弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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         主    文
     原判決を破棄する。
     本件を名古屋高等裁判所に差し戻す。
         理    由
 弁護人大道寺慶男の上告趣意第一点について。
 原判決が判示事実を認定する証拠としていずれも被告人の自白を内容としたとこ
ろの司法警察官及び検事の各聴取書を挙示していることは所論のとおりである。
 しかして以下記録に徴するのに、被告人はすでに第一審の公判において司法警察
官及び検事の取調を難じ、右の自白が警察官の強制若しくは拷問等によるものであ
る旨主張している。即ち栗田弁護人の被告人に対する問「警察の取調では暴行を受
けたのか。」答「はい、取調は毎日あり、遅いときは夜中の二時頃までもやられま
した。その間私が知らんと申しますと巡査等は殴る蹴るの暴行を加え又或る時は私
の頭の毛を引張つて机の上に頭をコツンコツンと押しつけたことも度々でありまし
た。それでも私は本当にやつたことがないのですから否認しますと、貴様のような
奴は裏の道場へ連れて行つて殴つてやると申したこともあります。斯様な乱暴なこ
とは多く夕食後夜間にされたのです。私は左様な厳重な取調で体が綿のように疲れ
とてもかないませんから嘘の事でもよいから申し上げてこの苦しみを免れようとい
う考へになり嘘の自白をしますと前提してA司法主任に自分がBを殺したように申
したのです。しかし私が本当にやつたことではないので十分なことが言えませんか
ら想像したり、又判らぬところは先方に教えられたりして漸く調書を作つて貰いま
した。」問「その外警察では非道い取扱いをせなかつたか。」答「私の家から差入
れてきました弁当さへ食べさせてくれなかつたこともあります。私はやつて居りま
せんから知らんと申しますと、貴様は何と剛情な太い奴だ、よい加減に白状したら
どうかというような押問答が毎日続いたのです。いつまで経つてもそんな事ばかり
でらちがあかず一方前述のような暴行によつて、体は衰弱してきて堪へられません
から裁判所へ廻して貰つて真実のことを申し上げて裁判を受けるより仕方がないと
いうような考えになつたのです。」問「検事には本当のことを言へばよかつたので
はないか。」答「検事さんの取調は高富警察署で行はれたのですから私は警察通り
に言はねば又制裁をうけることになると思ひましたので同様に申し上げたのです。」
問「警察において、被告は自殺しかけたことがあつたか。」答「ありました。余り
のことに堪へられず嘘の自白をしましたが、村人や消防団に対して申訳なくもう村
へ帰ることもできないので、便所へ行つた帰りに炊事場へかけ込みそこにあつた庖
丁を持つて咽喉を突かうとしましたが、先が折れ巡査にすぐ取上げられてしまつて
目的を達することができませんでした。」山田弁護人の被告人に対する問「毎晩い
つまで取調をうけたか。」答「遅い時は二時頃(午前二時頃の意か)早いときでも
十一時頃(午後十一時の意か)まで取調べられました。」との問答が現われている。
第一審裁判所は職権をもつて第二回公判に当時の警察署の司法主任であつたAを、
また弁護人の申請によつて第三回公判に巡査Cを証人として喚問し被告人の右主張
が真実であるかどうかの取調をしている(もつとも第一審判決は被告人に対する司
法警察官の聴取書を証拠として挙示していない)。
 ところで原審においても、被告人は前同様司法警察官及び検事の取調を攻撃して
いる。第一回公判において、弁護人大道寺慶三の被告人に対する問」一一月一〇日
から二〇日迄の間に差入れてくれた弁当箱を食べさせてくれたことはあるか。」答
「はい、四回許りありました。」問「十日の間宿直室に座らせられたか。」答「は
い、十日間正座で座らせられたことはあります。」問「被告は殴られたことがある
というが誰から殴られたのか。」答「司法主任のAさんに殴られました。」問「D
巡査はどうか。」答「この人は主として口の方で押へました。」問「E巡査はどう
か。」答「この人は特にひどく私の体を突いたり押したりしました。」問「F巡査
はどうか。」答「この方は髪の毛を引張りました。」問「G巡査はどうか。」答「
この人は私の手にはめてあつた手錠をはめたまま左右に引張つたりしました。それ
を見かねたH巡査がゆるめてくれたことはありました。又何時であつたか、日は忘
れましたがG巡査はその日の午前中連続的に私の頭を机でコツンコツンと叩いたこ
とはあります。」問「前述の様なことはどれ位あつたのか。」答「十日間位続きま
した。」問「朝始まつて翌日の午前二時頃まで取調をうけたようなことはあつたか。」
答「はい、ありました。問「被告は九日目に自殺しようとしたことはあつたか、又
死んだ方がよいと思つたかどちらか。」答「私はこの事件について警察の方に協力
してきたにも拘らず私が前述のような恥辱をうけ本当に情けなく思い、こんなこと
なら死んだ方がよいと思い、又一層のこと死んでこれ等の人を怨もうと思いました。」
問「被告は検事の取調のとき何故本当のことを申さなかつたか。」答「警察の取調
係官から警案で申述べたと同様なことを検事の前で申せと命令的な言葉がありまし
たのでそれで警察と同様なことを検事の前で申したのです。」問「検事の前で聴取
書を取られている時A司法主任がそこの室を出入していたことはあつたか。」答「
はいありました」裁判長は被告人に対し問「被告はこの取調にあたつて強制脅迫、
拷問の取調があるというが、原審でA司法主任は絶対さようなことはないというが、
その点はどうか。」答「私のいうことが本当であるかどうかを怪しまれるならば当
時私と同房にいた人達にそのことを訊ねて頂けばその真相が判然と致します。」と
の問答が現われている。
 原審は職権をもつていずれも被告人の取調にあたつた警察官のD、F、G、E及
びAを、また弁護人の申請によつてI及び被告人の妻Jを裁判所外に証人として喚
問し、被告人の右主張が真実であるかどうかの取調をしている。
 ところで以上の証人尋問の結果、次のごとき供述を発見する。第一審公判におい
て証人Aは「被告人の取調に当り、強制、拷問等を加えたことがない。」と述べて
はいるが、「被告人は昼食時頃警察署内炊事場にあつた庖丁をもつて自己の咽喉を
つきかけたことがある。」ことは認め、なお裁判長との間に「余り厳重な取調をう
け堪へられないので(被告人は)自殺しようとしたというのではないか。」答「そ
んなことはないと思います。」問「そのような事があつてから自白をするようにな
つたのか。」答「さようであります、その日の午後の取調において自白した訳です。」
という問答を交わしている。原審の証人訊問において証人Gは「被告人を取調べた
とき被告人に手錠をはめさせて引張つたことなくその他強制、拷問を加えたことは
ない。」旨述べたが、最後に裁判長の「証人等が被告人を取調べるについて被告人
に手錠をはめたままであつたのか。」との問に対して「さよう、はめたままであり
ました。」と答えている。
 証人Fは「被告人を取調べたとき同人の頭の毛を引張つたことはなくその他強制、
拷問を加えたことはない。」旨述べたが、最後に弁護人大道寺慶男の「証人はE、
G、Dの四人で被告人を取調べたことはあつたか。」との問に対して「被告人が事
実を自白する二、三日前に四人で取調べたことはあります。」と答えている。
 証人Aは「夜十時頃から被告人を取調べはじめたことなく、家族が差入れた弁当
を被告人に渡さなかつたということはない。又殴つたこともない、ほかに被告人に
強制、拷問などを加えたことはない。」旨述べたが、被告人の求めにより、裁判長
の「被告人を警察署長が取調べた時午前二時頃まで取調べたという事実はあつたか。」
との問に対して「はい、ありました。」と答え、同じく「その時署長が被告人を殴
つたことはあつたか。」との問に対してはい「ありました。」と答えている、右の
捜査関係者の証言のほかに証人Iの供述には「私は詐欺事件で拘置所に勾留された
ときK某と同房だつた。Kはそれより前被告人と同じく警察署に留置されていたが、
その際警察官が夜一〇時頃から被告人を取調べはじめたのでうるさくて眠られなか
つたとKは私に申しておつた。」とあり、証人Jの供述には「私が警察署に留置中
の被告人に弁当を差入れたのに食べないままに戻つてきたことがあつた。」とある。
 以上のように、本件記録中には、被告人の警察署における供述が強制若しくは拷
問による自白であることを推認させるような幾多の証人の供述が存在するのである。
殊に、直接、取調の衝に当つた警察官自身が被告人の取調は被告人に手錠をはめた
ままで行われたこと、午前二時頃まで取調べたこと、警察官が四人がかりで被告人
を取調べたこと、警察官の一人が被告人を殴つたことのめることを認あていること
は前述のとおりである。もとより、これらの証拠をいかに判断して、被告人の警察
における自白が任意にいでたものであるかどうか、従つて、その自白に証拠能力が
あるかどうかを決定することは事実審たる原審の自由裁量に委ねられているところ
ではあるが、その自由裁量たるや、合理的判断にもとずくものでなければならず、
経験則に反するものであつてはならないことは勿論である。原審は果して右のごと
き警察官の証言をいかに判断したのであろうか。
 本件において記録を精査しても右各供述の真実性を疑うに足りるような資料は存
在しないのであるから、原審が若し右各警察官自身の以上のごとき供述を以て、措
信するに足らないものとしたのであるならば、それは原審のいわれなき独断であつ
て、経験則に反する判断といわなければならない、又、若し、真実、以上のような
ことが行われたにしても、それについて何らか斟酌すべき事情があると思われるな
らば、原審としてこれを証拠にとる以上、その間の事情を十分に審理しなければな
るまい(たとえば、被告人が自殺を企てるおそれがあつて、これを阻止する必要上、
やむなく、手錠をはめたまま取調をしたというような事情があつたかどうかのごと
き。尤も被告人が自殺を図つたことは記録上窺われるけれども、そのおそれのため
に特に手錠を用いたという事情は見られない)。しかるに、原審がかかる事情につ
いて、特段の審理をした形跡もない。特段の事情の斟酌すべきものもなく、以上各
証人の供述するようなことが真実行われたものとするならば、かかる状況の下にな
された被告人の警察における供述は、強制、拷問によるものであることを思わせる
十分の理由があるものといわなければならない。要するに原審が右のごときいろい
ろの証人の供述があるにかかわらず、これを排斥するに足る納得すべき事由もなく、
たやすく被告人の警察における供述を証拠として本件犯罪事実を認定したことは前
に述べたような経験則の違反若しくは審理不尽の違法あるものと断ぜざるを得ない。
そして原判決は、右被告人に対する司法警察官の聴取書を他の証拠と綜合して本件
犯罪事実を認定しているのであつて、右の違法は判決に影響を及ぼさないこと明か
だとはいえないから、原判決はこの点において破棄を免れないのである。
 よつて爾余の論旨、また弁護人大道寺慶三及び被告人本人の各上告趣意に対する
説明を省略し、旧刑訴四四七条、四四八条の二に従い、主文のとおり判決する。
 この判決は裁判官沢田竹治郎、同井上登、同齋藤悠輔及び同岩松三郎の少数意見
を除くほか、他の裁判官の一致した意見によるものである。
 弁護人大道慶男の上告趣意第一点に対する裁判官齋藤悠輔の少数意見は次のとお
りである。
 原判決が証拠として、被告人に対する検事並びに司法警察官の聴取書中の供述記
載を掲げたこと、並びに被告人の公判廷の陳述及び所論証人の証言中に所論摘示の
ごとき供述記載の存することは所論のとおりである。しかし、証拠の取捨、判断は、
原裁判所の裁量に属するばかりでなく、その取捨、選釈の理由のごときは、これを
判決書に示さなければならないことは訴訟法上少しも要請されていないのである。
従つて、原判決が被告人に対する検事並びに司法警察官の聴取書中の供述記載を証
拠として挙示した以上、所論摘示の被告人並びに証人の供述記載を措信しないで、
却つて、右被告人の聴取書中の供述記載は、強制、拷問、脅迫その他不任意にされ
たものでないものと認めたものといわなければならないし、そして、かく認めたこ
とについては経験則に違背した違法等は毫も認められない。されば、所論は、結局
原審の裁量を非難するに帰し適法な上告理由と認め難い。
 多数説は、故ら被告人に利益な証言の一部を捉えて強いて経験則違反等を云々す
るものといわなければならない。なぜなら、多数説引用の証人の供述中には被告人
の警察における供述が強制若しくは拷問による自白であることを推認させるような
ほんの僅かばかりの供述は存在するが(しかも原判決引用の警察官ことに検事の聴
取書中の供述が強制若しくは拷問によるとの直接証拠は全然存在しない。)、同時
に強制若しくは拷問でないという明白な、より多数の供述も存在するのであて、そ
のいずれを信用するか否かは経験則の問題ではなく、全く単なる原審の裁量選釈に
属するところであり且つその信用するかしないかの理由は判決に示す必要がないか
ら、これを示さなかつたからといつて違法の問題も起り得ないからである。ことに、
審理の範囲、限度は原審の裁量に属するところであつて刑事訴訟法においては他の
理由を伴う場合は格別単なる「審理不尽の違法」は上告理由たり得ないものである
ばかりでなく、本件においては第一審以来強制若しくは拷問であるか否かについて
は多数の証人調を行つているのであつて、これを審理不尽というがごときは全然事
実に反する暴論といわなければならない。これを要するに多数説は論旨の主張しな
い経験則違反並びに審理不尽の違法を強いて創作するものであつて到底賛同するを
得ない。裁判官沢田竹治郎、同井上登、同岩松三郎の少数意見は次のとおりである。
 多数意見が理由ありとした論旨は、結局事実審である原審がその裁量権の範囲内
で適法になした証拠の採否を論難し、延いてその事実認定を非難するに帰し、上告
適法の理由とならないものと認められる。この点においては、齋藤裁判官の少数意
見に全面的に賛同するものであるが、いささかその理由を補足したいと思うのであ
る。
 そもそも上告審は、原判決に法令違反あるか否かを審査する、いわゆる法律審で
あるから、事実審が適法になした事実の認定には当然拘束せられる。そして事実の
認定は証拠によるのであり(旧刑訴三三六条、新刑訴三一七条参照)、証拠の証明
力(細分すれば信憑力及び証拠力)は裁判官の自由な判断に委ねられているのであ
る(旧刑訴三三七条、新刑訴三一八条参照)。このいわゆる自由心証主義の下にお
いても、経験則や論理の法則の適用が全然排除されるものでないことは勿論であつ
て、或る証拠により事実を認定するにつき、経験則若しくは論理の法則に背反する
ことがあれば、その事実認定には法令違反があるものとして上告理由となり得べき
ことは多言を要しない。しかし、事実認定が経験則又は論理の法則に違反するとい
い得るためには、経験則上有り得ない事項を内容とする証拠を事実認定の資料に供
した場合、若しくは証拠そのものは経験則上有り得る内容を有するものであつても、
その証拠から或る事実を推断するに際し経験則又は論理の法則を無視しを場合でな
ければならない。それ故、事実審裁判所の事実認定がその挙示する証拠により経験
則及び論理の法則に従い肯定し得るものである限り、たとい当該裁判所が採用しな
かつたと認められる証拠が、形式上反対の事実を肯定すべく有力な内容を有するか
のように見え且つ数多く記録に存在しているとしても、ただそれだけで直ちにその
事実認定を経験則違反であると速断することはできない。けだし、証拠の証拠能力
は、まずその信憑力のあることを前提とするものであるから、或る証拠が形式上如
何に有力な内容を有するように見えても、それを裁判所が措信しないならば、その
証拠の証拠力は皆無というべきである。そして証拠の信憑力はその証拠の内容その
ものだけできまるものではない。例えば証言の信憑力はその供述の内容のみならず
証人その人の人柄、その立場、その利害関係、その供述態度、その他諸般の事情に
より決定されるものである。のみならず、これら諸般の事情は截然と個々別々に証
言の信憑力を左右するとは限らず、むしろそのすべてが渾然と綜合せられて信憑力
に影響を及ぼすに至るのが通例である。さらに多数の証言相互間において、その信
憑力の有無優劣を対比判断する場合には一層ことは錯綜し複雑となるのであつて、
その信憑力を決定すべき諸般の事情を一々論理的に分析して、その信憑力に及ぼし
た影響を個別的に判断することは、殆んど不可能なのである。ましてや、多数の裁
判官で構成される裁判所においては殊にそうなのである。この不可能事を顧みず単
に、一般に判断なる思考作用は三段論法により結論を抽き出し得るものであるとの
見地に立つて、裁判所が証拠の信憑力の判断をするに当つても、論理の法則に従い
信憑力に影響を及ぼした個別的事由の確定を強要するようなことがあれば、それは
事物の性質に反し証拠判断の正鵠を失するに至るおそれがあるであろう。法律がい
わゆる自由心証主義の原則を採つたのも、実はこの点を考えてのことであつて、従
つてこの原則は少くとも裁判所が証拠の信憑力を判断するに当つては、その前提た
る個々の理由を意識的に分析確定するのではなく、総合的、直観的に結論を見出し
得べきことを許したものであり、この限りにおいては、論理の法則の適用から裁判
所を解放したものということができるのである。だから合議裁判所において、或る
証拠の信憑力につき判断をなすに当つても、これを措信すべきか否かの結論を決す
れば足るのであり、その何故に措信すべきか否かの理由につき評決をする必要はな
いのである。この事は刑事訴訟たると、民事訴訟たるとにょり特に差異を認むべき
理由はない。否むしろ前者においては後者に比し更に一層強き意味においてこれを
肯定すべき根拠があるともいい得る。すなわち民訴一九一条一項によれば判決には
「理由」を記載することが要求せられている。ここにいわゆる理由とは判決のよつ
て来る所以を意味すること勿論であるから、これを全く字義通りに解するならば、
性質上証拠理由の一部に属する証拠の信憑力に関する判断の理由をも包含するもの
といい得るかも知れない。しかし、自由心証主義は、かかる理由の確定から裁判所
を解放したものであることは前述のとおりである。従来大審院判例が証拠を措信し
ない理由の如きはこれを説示するの要なしとの見解を堅持していたのも、これがた
めに外ならない。ところが刑事訴訟法においては右民訴法の規定とは異なり、有罪
の判決においても、罪となるべき事実、証拠によつてこれを認めた理由及びその事
実に対する法令の適用を説示すれば足ることを明定しているのであり、ただ例外と
して法律上犯罪の成立を阻却すべき原由又は刑の加重減免の原由たる事実上の主張
があつたときに限り、特にこれに対する判断を示さなければならないとしているに
過ぎない。それ故、個々の証拠方法につきその証拠能力、信憑力又は証拠力等に関
し、如何なる主張がなされても、一々これに対する判断を説示することは、法律上
要請せられてはいないというべきである。(旧刑訴三六〇条、新刑訴三三五条)。
されば本件におけるが如く、被告人の警察での自白が、強制若くは拷問によるもの
であるとの主張がなされた場合にあつては、裁判所はもとよりこれが調査をなすべ
きは当然であるが、その調査の結果についての判断を説示しなければならないもの
ではない。すなわち、かかる場合有罪判決を言渡すに当り、もしその自白を強制又
は拷問によるものと認めたならば、これを事実認定の資料に供しないまでのことで
あり、また然らずと認めた場合には、何等その然らずとする所以を説示しなくとも、
これを事実認定の資料に供することを妨ぐるものではない。その然らずとする所以
を説示しないことの当不当の問題はしばらくこれを措き、これを捉えて違法視する
ことはできないのである。いや、むしろ事実審裁判所がかかる調査をなした上(本
件においては原審はこの点について十分の調査をして、第一審が採用しなかつた問
題の自供を敢えて事実認定の資料としたのである。)その自白を事実認定の資料に
供したとすれば、それは却つてこれを強制又は拷問によるものとは認めなかつたも
のと見るのが相当なのである。何となれば裁判所ともあろうものが、かかる調査を
遂げ、その自白を強制又は拷問によるものと認めながら、なおかつ敢えてこれを事
実認定の資料に供したものとは到底考えられないからである。この場合、その調査
の結果として強制又は拷問を肯定するに足るが如き内容の資料があらわれたか否か
は問題とするに足りない。けだし、それらの資料にして裁判所をして措信し得べき
ものと思料せしむるに足るものでなければ、その証拠力は問題とならないのであり、
そしてある証拠を措信するか否かは自由心証の問題であり、しかも措信すべきか否
かの理由に至つては、裁判所が有罪判決をなす場合においても、これを説示する必
要のないことは既に縷述したとおりであるからである。それ故、所論被告人の警察
における自白が強制又は拷問によるものであるやを疑わしめるような内容を有する
若干の証言が記録上存在することは、多数説の指摘するとおりであるが、それらは
すべて原審の採用しなかつたものであること原判文上窺い知ることができるのであ
るから、原判決に多数説のいうような違法があるとは考えられない。多数説は「原
審は果して右の如き警察官の証言をいかに判断したのであろうか。本件において記
録を精査しても右各供述の真実性を疑うに足りるような資料は存在しないのである
から、原審が若し右各警察官自身の以上のごとき供述を以て措信するに足らないも
のとしたのであるならば、それは原審のいわれなき独断であつて経験則に反する判
断といわなければならない。……」というけれども、一体、如何なる内容の経験則
があるというのか、この点必ずしも明確でないのみならず、われわれとしては、多
数説の説示するような情況の下で所論警察官の各供述を措信しなければならないと
するが如き経験則が存在するものとは考えられないのである。しかも原審が採用し
た聴取書記載の供述がなされたときに拷問が行われたという事実を窺い得べき証拠
は何一つない。また右供述に際し被告人が殴打されたという事実についても、証人
として調べられた警察官自身自分が殴打したという証言は一つもないのである。そ
して齋藤裁判官も指摘するとおり、拷問等の行為はなかつた旨の証言も有るのだか
ら、原審がその証言を信じこれと対照して多数説判文挙示の証拠を信じなかつたと
すれば、決して経験則に反したとはいえないのである。結局ただ記録で見たところ
拷問があつたらしいというだけのことになつてしまうのであつて、原審の専権に属
する証拠の取捨判断を不当なりとして原判決を破棄するものに外ならないのである。
多数説は上告裁判所として、自ら尋問の衝に当りもしない証人の供述の信憑力をた
だ記録にあらわれた供述の内容だけに基ずいて判断することが許されるとでも考え
ているのであろうか。そしてまた或る証拠を措信すべきか否かの理由を有罪判決に
おいても説示すべきことを強要せんとするのであろうか。果して然りとすれば、そ
れは自由心証主義を採用した法規に背反して、事実審裁判所に対し、自らもなし得
ないであろうところの不可能事を強いると共に、法律審の権限を逸脱して事実審の
裁量に属する証拠の取捨を批判し延いて事実の認定に干渉せんとするものであり、
到底賛同することはできない。この事は、憲法の適用が問題である場合たるとその
他の法令の適用が問題である場合たるとにより差異あるものとは考えられない。さ
らに、多数説の考え方が許されるならば、本件におけると反対に事実審が被告人の
自白を強制又は拷問によるものと認めこれが証拠能力を否定した結果犯罪の証明が
ないとして無罪の判決をした場合において、検察官が強制拷問の事実を認むべから
ざる証拠の多々存することを主張して上告を申立てたときに、上告審で記録だけの
書面審理によつて原審の右認定を非なりとし、無罪の原判決を破棄し得る不当な結
果をも招来することとなるであろう。
 なお多数説のような理由で上告審の権限を逸脱し訴訟法上の原則に反し原判決を
破棄することは今後数多くの訴訟において事実審の自由心証による証拠の取捨判断、
事実の認定に不当な制約を加えることになりその事実認定を不自由ならしめる結果
を生ずるおそれがある。のみならず本件においては問題になつた聴取書を除いても
他に被告人の有罪を認めしめるに足る証拠は有るのだから、原審が挙示の証拠中に
司法警察官の聴取書を記載して置かなかつたなら全然問題は起らなかつたのだし、
又記載しても多数説の挙げた種々の証言につきただ一言これらの証言は供述当時の
態度等より信用できない旨を説示しておれば上告審としては全く手の付けようがな
かつたであろう。従つていま原判決を破棄して差戻してみたところで差戻後の第二
審において右のような態度に出れば、結局事件終了が長引くこと以外何等の実益も
ないことになるであろう)。更にまた最高裁判所が我々のような態度に出れば憲法
の条文は空文に帰してしまうとか、憲法の番人たる最高裁判所の存在価値はなくな
つてしまうとかいう論を時々耳にするが、かくの如きは全くとんでもない話である。
捜査官はすべて憲法違反の拷問等をしてはならないのであり、これを敢てすれば行
政上十分の制裁がある筈であり、又刑法上の涜職罪として所罰を受けることとなる
であろう。また一般刑事事件において第二審迄は拷問等の事実があつたか否かにつ
き十分調査しなければならないのであり若しその事実があればこれに基く供述は証
拠にとつてはならないのだから、憲法の拷問等禁止の規定は決して空文になるもの
ではない。唯上告審は事実審の証拠の採否の前提となつた事実(拷問等)の有無に
つき法則違反(前記説明)のない限り原審の認定に拘束されるというだけのことで
ある。原審が拷問等の事実を認めながらそれに基く供述を証拠にとれば無論破棄す
るのだし、原審の手続に憲法違反があれば(例えば審理を公開しないというような)
破棄をするのである。更に法律審としてはどこまでも裁判の法律適用については憲
法に違反するや否やを審理しまた、立法部、行政部の制定する法令の憲法適否につ
いても審査するのであつて、これが最高裁判所の主要な任務であり、実に重大な任
務であるこというまでもない。唯わが訴訟法の立前から事実認定については特に法
律で認められた場合の外原審の認定に拘束されるというだけで(憲察で拷問された
否かという事実はいわゆる訴訟手続に関する事実ではない)、そのたあに最高裁判
所の存在価値が無くなるとか、裁判所自身の自殺行為であるというが如きは全く採
るに足らない考えである。
 検察官 安平政吉関与
  昭和二六年八月一日
     最高裁判所大法廷
            裁判官    長 谷 川   太 一 郎
            裁判官    沢   田   竹 治 郎
            裁判官    井   上       登
            裁判官    栗   山       茂
            裁判官    島           保
            裁判官    齋   藤   悠   輔
            裁判官    藤   田   八   郎
            裁判官    岩   松   三   郎
            裁判官    河   村   又   介
 裁判長裁判官塚崎直義は退官につき、また裁判官霜山精一、同小谷勝重は差し支
えにつきいずれも署名押印することができない。
            裁判官    長 谷 川   太 一 郎

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独立支援
独立を考えている弁護士を支援します。
条件は以下のとおりです。
お気軽にお問い合わせ下さい。
◎1年目の経費無料(場所代、コピー代、ファックス代等)
◎秘書等の支援可能
◎事務所の名称は自由に選択可能
◎業務に関する質問等可能
◎事務所事件の共同受任可

応募方法
メールまたはお電話でご連絡ください。
残り応募人数(2019年5月1日現在)
採用は2名
独立支援は3名

連絡先
〒108-0023 東京都港区芝浦4-16-23アクアシティ芝浦9階
ITJ法律事務所 採用担当宛
email:[email protected]

71期修習生 72期修習生 求人
修習生の事務所訪問歓迎しております。

ITJではアルバイトを募集しております。
職種 事務職
時給 当社規定による
勤務地 〒108-0023 東京都港区芝浦4-16-23アクアシティ芝浦9階
その他 明るく楽しい職場です。
シフトは週40時間以上
ロースクール生歓迎
経験不問です。

応募方法
写真付きの履歴書を以下の住所までお送り下さい。
履歴書の返送はいたしませんのであしからずご了承下さい。
〒108-0023 東京都港区芝浦4-16-23アクアシティ芝浦9階
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