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平成16年5月28日宣告 東京地方裁判所平成5年刑(わ)第2271号贈賄被告事件
          主       文
   被告人両名をそれぞれ懲役1年6月に処する。
   未決勾留日数中,被告人A1に対しては70日を,被告人A2に対しては140日を,そ
れぞれその刑に算入する。
   この裁判確定の日から,被告人A1に対しては5年間,被告人A2に対しては4年間,
それぞれその刑の執行を猶予する。
   訴訟費用のうち,証人B13,同B14,同B10,同B5,同B7,同B16,同B9,同B3,同
B43,同B52,同B47,同B19,同B21,同B85,同B48,同B67,同B22,同B65,同B78,同
B72,同B71,同B74,同B51,同B57,同B31及び同B44並びに鑑定人B86に関する分
は,被告人両名の連帯負担とする。
          理       由
(犯罪事実)
 被告人A1は,土木,建築等建設工事の請負等を業とするC1株式会社代表取締役副社
長の職にあった者,被告人A2は,同社常務取締役建設総事業本部関東支店長の職にあ
った者,B1は,Z県知事として,同県職員を指揮・監督し,同県が発注する各種公共工事
に関し,請負業者選定のための指名競争入札の入札参加者の指名,発注予定価格の決
定,請負契約の締結等の職務を統括管理していた者であるが,被告人両名は,共謀の
上,平成4年12月22日,東京都千代田区所在の都道府県会館内において,B1に対し,
同県が発注した県立植物園温室新築工事等を同社が受注するに際し,指名競争入札の
入札参加者に指名されるなどの好意ある取り計らいを受けたことに対する謝礼の趣旨及び
将来同県が発注する予定のC57ダム建設工事,県庁舎新築工事,県立医療大学新築工
事等について指名競争入札の入札参加者に指名されるなどの好意ある取り計らいを受け
たいとの趣旨の下に現金2000万円を供与し,もって,B1の上記職務に関し賄賂を供与し
た。
(事実認定の補足説明)
第1 本件の争点等
 1 関係各証拠から明らかな事実
 関係各証拠によれば,本件の前提となる事実関係として,以下の事実が明らかである。
すなわち,
 (1) C1関係者等について
 ア C1の概要
 (ア) C1株式会社は,天保11年(1840年)に創業し,昭和5年にいわゆる法人成りした
(設立当初の商号は,株式会社C1組),土木,建築等建設工事の請負等を目的とする大
手総合建設会社(いわゆるゼネコン)であり,平成4年4月期において,資本金が640億円
余,従業員数が1万4000名余,売上高が約1兆9547億円,経常利益が約880億円に及
ぶなど,我が国最大手のゼネコン企業のうちの1社であった。
 (イ) C1は,平成4年12月当時,東京都港区に本店を置くほか,全国に本社の建設総事
業本部に所属する支店を設置し,各支店ごとに管轄区域を決めていたところ,関東甲信一
円については,東京支店が東京都及び千葉県の土木・建築工事を,関東支店が茨城,栃
木,群馬,埼玉及び長野の各県の土木・建築工事並びに山梨県の土木工事を,横浜支店
がその余を所管し,各支店の下に置かれた都内ないし各県の各営業所において,各担当
地域内の土木・建築工事の営業,施工を行っていた。なお,昭和63年10月に東京支店及
び関東支店が発足する以前は,関東甲信一円の土木工事については土木本部が,建築
工事については建築本部がそれぞれ所管し,その下に置かれた都内ないし各県の各土
木営業所が土木工事を,各建築営業所が建築工事をそれぞれ営業,施工していた。
 (ウ) Z県内の官公庁及び民間発注の土木・建築工事については,従前,土木本部水戸
土木営業所(後に茨城土木営業所に名称変更)が,建築工事については建築本部水戸
建築営業所(後に茨城建築営業所に名称変更)が,それぞれその営業や施工を担当して
いたが,平成元年4月,茨城土木営業所と茨城建築営業所が合併して,茨城営業所(以
下,その前後を問わず,「茨城営業所」という場合がある。)が発足し,その後は,関東支店
の統括管理下において,同県内の土木・建築工事の営業や施工を担当していた。
 イ 被告人両名の経歴,本件当時の地位等
 (ア) 被告人A1は,C2大学工学部を卒業後,昭和22年にC1に入社して,主に土木部
門の職務に従事し,本社土木業務部第一部長,取締役土木営業部長,常務取締役土木
営業部長,専務取締役,代表取締役専務取締役等を経て,昭和60年に代表取締役副社
長に昇進し,本件当時もその職にあったが,本件による逮捕を契機として,平成5年11月
に代表取締役副社長を辞任し,その後も,同社から顧問待遇を受けている。また,被告人
A1は,社団法人C3会幹事,社団法人C4会広報副委員長,社団法人C5協会契約制度
研究委員会委員長,広報委員会委員長等の業界団体の役員を務めるなど,業界活動も
精力的に行っていた。
 (イ) 被告人A2は,C2大学工学部を卒業後,昭和27年にC1に入社して,主に土木部
門の職務に従事し,取締役土木技術本部副本部長,常務取締役建設総事業本部土木技
術本部長等を経て,平成4年6月に常務取締役建設総事業本部関東支店長に就任し,本
件当時もその職にあり,平成5年6月には専務取締役建設総事業本部関東支店長に昇進
した。しかし,被告人A2は,本件による逮捕を契機として,同年11月に専務取締役関東支
店長の職を辞任し,平成7年6月には取締役を退任して常任顧問になり,平成11年4月か
らは顧問の立場にある。
 ウ その余のC1関係者らの経歴,本件当時の地位等
 (ア) B2は,昭和39年にC1に入社して,主に経理部門の職務に従事し,昭和61年に本
社主計部次長兼税務課長,平成4年5月に本社主計部担当部長にそれぞれ就任し,本件
当時に至っており,平成5年9月から11月までの取調べ当時も上記職にあった。その後,B
2は,取締役資金部長,専務取締役財務本部長を歴任し,平成12年7月から同年10月ま
での証人尋問当時も専務取締役財務本部長の職にあった。
 (イ) B3は,昭和38年にC1に入社して,主に経理部門の職務に従事し,土木本部東京
東部出張所(後に関東支店東部出張所に名称変更)次長等を経て,平成3年2月に建設
総事業本部関東支店(以下「関東支店」という。)茨城営業所副所長,平成4年6月に関東
支店経理部長にそれぞれ就任し,本件当時に至っており,平成5年10月から12月までの
取調べ及び平成7年9月から平成8年11月までの証人尋問当時も上記職にあった。
 (ウ) B4は,昭和36年にC1に入社した後,土木部門の職務に従事し,工事事務所長等
として,主に関東地方の土木工事現場を回り,昭和60年4月に土木本部茨城土木営業所
(平成元年4月以降は茨城営業所)次長,昭和61年4月に同副所長に昇進し,本件当時
及び平成5年10月から平成6年1月までの取調べ当時もその職にあった。その後,B4は,
平成8年10月,関東支店次長に昇進し,平成9年1月から同年6月までの証人尋問当時も
上記職にあった。
 (エ) B5は,昭和33年にC1に入社して,昭和49年から茨城土木営業所(平成元年4月
以降は茨城営業所)に勤務し,昭和59年に同所長,平成5年3月から関東支店次長兼労
務安全部長の職に就き,平成5年10月及び11月の取調べ当時並びに平成6年11月及び
12月の証人尋問当時も上記職にあったが,平成7年3月に同社を退社し,平成11年3月
の証人尋問当時は,民間会社に勤務していた。
 (オ) B6は,昭和30年にC1に入社して,主に建築関係の職務に従事し,昭和60年から
茨城建築営業所副所長,同所長を歴任して,平成元年4月から関東支店営業部長兼茨城
営業所統括副所長,平成5年3月からは茨城営業所所長の職に就き,同年10月及び11
月の取調べ当時も上記職にあり,平成7年1月及び2月の証人尋問当時は,関東支店次
長兼営業統括部長の職にあった。
 (カ) B7は,昭和29年にC1に入社して,昭和50年ころから昭和58年12月まで茨城土
木営業所副所長として勤務し,その後,土木本部営業部長兼茨城土木営業所参与を経
て,昭和63年10月から関東支店営業部長の職にあったが,平成4年3月に同社を退社
し,平成5年11月から平成6年2月までの取調べ当時並びに平成7年3月及び4月の証人
尋問当時は,民間会社の代表取締役の職にあった。
 (2) Z県関係者等について
 ア B1の経歴,本件当時の地位,職務権限等
 (ア) B1は,旧制C52高等学校,C2大学法学部政治学科を卒業し,昭和17年に厚生省
に入省し,兵役等を経て,昭和23年に建設省に入省し,人事課長,都市局長等を務め,
首都圏整備委員会事務局長を最後に,昭和45年10月に同省を退職した。B1は,翌46
年6月施行の参議院議員選挙に茨城地方区から立候補して初当選したが,昭和50年3月
に任期途中で辞職し,同年4月施行のZ県知事選挙に立候補して初当選し,以後,5期連
続して同県知事を務め,本件当時も上記職にあった(平成5年8月辞職)。
 (イ) B1は,本件当時,地方自治法に基づき,Z県知事として,同県を統轄し,これを代
表し,同県の事務を管理するとともにこれを執行し,同県職員を指揮監督する職務権限を
有しており,同法,同法施行令及び同県内部規程に基づき,上記「県の事務」に含まれる
各種公の施設の設置,管理に関し,県内の公共工事について,指名競争入札の入札参
加者の指名,発注予定価格の設定,請負契約の締結等の権限を有していた。
 イ 指名業者決定に関わるZ県の組織の概要等
 (ア) Z県では,地方自治法,同県行政組織条例及び同規則に基づき,各部課を設置
し,知事の権限に属する事務を分掌させていたが,県発注の土木・建築工事に関する事
務は土木部に分掌され,さらに,各種工事等に関する事務が同部内に設置された各課に
分掌されており,このうち,ダム建設工事はダム砂防課,県有住宅を除く県有建築物の建
築工事に関する事務については営繕課の各所管とされていた。
 (イ) 土木部では,県発注の土木・建築工事の入札・契約手続も担当していたが,指名競
争入札の参加業者選定は,内部規程により,土木部内に,土木部長を長とし,次長,技
監,都市局長及び各課長で構成するいわゆる部委員会,建築三課の各課長以下の課員
で構成するいわゆる三課合同委員会並びに各課の課長以下の課員で構成するいわゆる
課委員会が設置され,工事の予定金額に応じて各委員会に指名業者の決定権限が分掌
されていた。
 ウ Z県関係者の本件当時の地位,職務等
 (ア) B8は,昭和60年4月に建設省から出向してZ県土木部長に就任し,以後,昭和63
年3月まで上記職にあり,土木部所管事務全般を統括するほか,前記部委員会の委員長
として,同県発注公共工事の指名競争入札の指名業者の決定に関与していた。なお,B8
は,上記職を最後に退職し,平成5年8月の取調べ当時は,民間設計事務所を経営してい
た。
 (イ) B9は,B8の後任として,昭和63年4月から同県土木部長に就任し,以後,平成3
年3月まで上記職にあり,B8と同様の職務に従事していた。なお,B9は,平成5年8月の
取調べ当時並びに平成7年6月及び7月の証人尋問当時は,民間会社に勤務していた。
 (ウ) B10は,B9の後任として,平成3年4月に建設省から出向して同県土木部長に就任
し,本件当時も同職にあり,B8及びB9と同様の職務に従事していた。なお,B10は,平成
5年1月に建設省土木研究所に転出し,同年8月から平成6年1月までの取調べ当時も上
記職にあり,平成6年9月から11月までの証人尋問当時は財団法人理事の職にあった。
 (エ) B11は,昭和36年にZ県職員として採用され,土木部建築課,同住宅課等の勤務
を経て,平成3年4月土木部営繕課長に就任し,以後,平成6年3月31日までの間,同課
長として,同課所管事務全般を統括するほか,前記部委員会,三課合同委員会及び課委
員会の構成員ないし委員長として,同県発注公共工事の指名競争入札の指名業者決定
に関与していた。なお,B11は,平成5年8月から同年10月までの取調べ当時は上記職に
あり,平成6年4月から6月までのB1に対するC6株式会社幹部からの収賄被告事件(東京
地方裁判所平成5年刑(わ)第1962号。以下,C6幹部からの収賄事件を「C6ルート」又は
「C6ルート事件」という。)及び本件における証人尋問当時は土木部都市局建築指導課長
の職にあった。
 (オ) また,同県土木部ダム砂防課長の職は,昭和63年4月から平成元年5月までB
12が,平成元年6月から平成4年3月までB13が,平成4年4月から平成5年3月までB
14が,平成5年4月からB15がそれぞれ務めて,同課所管事務全般を統括しており,同課
課長補佐の職は,平成4年4月から平成6年3月まで,B16が務めていた。なお,上記の者
らはいずれも,平成5年8月の取調べ当時もその後の証人尋問当時も,Z県職員又は同県
関連団体役員の職にあった。
 (3) 本件面談の概要
 被告人A1は,B4の依頼に応じて,平成4年12月22日(以下「面談当日」という。),被告
人A2及びB4と共に,判示の都道府県会館(以下「都道府県会館」という。)に当時Z県知
事であったB1を訪問し,同会館内において,B1と面談した(以下「本件面談」という。)。
 2 本件の争点
 被告人両名はいずれも,公判段階において,本件面談の事実は認めるものの,現金を
供与した事実を否認し,本件面談の趣旨は儀礼的なあいさつであり,B1に対して,Z県発
注の工事をC1が受注するに際し,有利便宜な取り計らいを受けたことに対する謝礼及び
同県が今後発注するC57ダム建設工事等の受注に関して同様の有利便宜な取り計らいを
受けたい旨の陳情をしたこともないと供述している。また,公判段階において,B1も,被告
人両名の供述に沿い,本件面談の際に現金授受はなかった旨供述し,B3は,被告人両
名の供述に沿い,被告人A2を介して被告人A1から現金準備の指示を受け,これを準備
したことはなかった旨供述する。
 ところが,被告人両名を含む上記の者らはいずれも,捜査段階における検察官の取調べ
に対しては,本件面談の際の現金の授受(以下「本件現金授受」ということもある。)につい
て認めるか,これを裏付ける供述をし,本件面談の趣旨についてもB1に対する上記のよう
な謝礼及び陳情であった旨の供述をしていたところ,弁護人らは,上記の者らの各検察官
調書の証拠能力及びその内容の信用性を争い,被告人両名の各公判供述に沿って,本
件現金授受の存在を否定し,被告人両名はいずれも無罪である旨主張する。
 そこで,以下,被告人両名及び上記関係者らの各検察官調書の証拠能力及びその供述
内容の信用性を中心としながら本件現金授受の有無及びその趣旨について検討すること
とする。
第2 B1の各検察官調書等の証拠能力
 (1) 問題の所在
 ア 検察官は,B1の検察官調書のうち9通(甲書129~137)について,刑訴法321条1項
2号後段に基づき取調べを請求した。
 イ これに対し,弁護人は,B1の後記のような公判供述に基づき,B1の捜査段階の自白
が任意性に欠けるとともに公判段階の供述よりも特に信用すべき情況の下でされたもので
ないこと,すなわち,B1の検察官調書等は,B1の供述に基づくものではなく,検察官が押
し付けて作成したものであり,特に平成5年8月18日(以下,第2及び第3の各項におい
て,同年中の捜査状況については,「平成5年」の表記を省略する。)以降の検察官調書
は,検察官の偽計に基づく違法な取調べにより,B1がB17検事に対する心底からの恐怖
感に基づく精神及び思考の錯乱の中で重大な錯誤に陥った末に誤信させられ,その影響
の下に作成されたものであって,いずれも任意性はもとより特信性がないことは明らかであ
るから,検察官請求に係るB1の前記検察官調書9通にはいずれも証拠能力がない旨主
張する。すなわち,
 (ア) 本件でB1の取調べを担当した東京地方検察庁特別捜査部(以下「東京地検特捜
部」という。)所属のB17検事は,B1が7月23日の突然の逮捕により大きなショックを受けて
頭が混乱した状態にあるのに付け込んで,①B1に対し,ゼネコンからもらった政治献金の
一覧表を書かせた上,これらが賄賂であると決め付けて,捜査を引き延ばすと脅す一方,
正直に話せば線引きをして全部は起訴しないと利益誘導し,②B1が交際していた女性に
ついて,うそを付いたら全部プライバシーをばらす,B1が保有する多額の財産について,
国税当局に全部取り上げさせる,県庁職員を洗いざらい調べるなどと言って脅し,③「金を
もらったような気がするというのは,どこでいつもらったか分からなくても,金をもらった記憶
がある,金をもらったということだ。」という特異な記憶論を押し付けるなど,強引な取調べを
行って,虚偽内容の自白調書等に署名指印させるなどした。
 (イ) 株式会社C7のB18会長からの一連の収賄事件(以下,C7幹部からの収賄事件を
「C7ルート」又は「C7ルート事件」という。)について,8月13日に行われた起訴後の勾留
質問で,B1が事実を否認するや,B17検事は,「あなたのことはもう絶対に許さない。私だ
けではない。あなたのことは,本部の者も皆,うそ付きだと言って怒っている。総長もあなた
のことをうそ付きだと言って怒っている。もうこれからは,どんな小さな罪でも,あなたの罪は
徹底的にやる。女のこともばらす。」と激しい口調で叱責して,B1を恐怖で震え上がらせ,
B1をして,B17検事を恐れる余り,記憶にないことまで認めざるを得ない心境に追い込み,
自分の言うがままの上申書を作成させ,供述調書に署名指印させていった。
 (ウ) さらに,B17検事は,同月17日,B1が本件当時に行った割引債券の新規購入(新
たに割引債券を購入すること)や買い増し(既に保有している割引債券に現金を足して額
面の大きな割引債券に乗り換えること。以下「買い増し」という。)の原資が被告人A1から
受け取った現金であったという虚偽の事実を伝えることにより,B1を偽計して誘導し,誤信
したB1をして,被告人A1から2000万円を受け取ったとする内容の自白調書(乙物8)の
作成に応じさせた。ところが,その夜に記憶を喚起したB1から,上記割引債券の新規購入
等の原資は,C8株式会社顧問のB19及びC9株式会社会長のB20から受け取った現金で
賄ったから,被告人A1からは1000万円もの大金をもらっていないとして,調書の訂正を求
められるや,B1が上記割引債券を新規購入したのはその日の午前中で,B19やB20と会
ったのはその日の午後であったという虚偽の事実を繰り返し伝えて偽計し,その反論を封
じることによって,翌18日以降も,被告人A1から2000万円を受け取ったことを認める自白
調書(乙物67,69等)の作成に応じさせた。
 (エ) B17検事は,9月7日,B1に対し,当時のB1の弁護人が捜査情報をマスコミに発表
することを批判して,その解任を勧める不当な干渉を行うことにより,その弁護人を交替さ
せており,捜査における適正手続を逸脱する不当極まりないものである。
 (オ) B17検事は,その後も,B1が自己の意に沿う供述をしないと,B1に対し,「全部起
訴する。求刑は極刑にする。」,「あなたの体中を錐で刺してやりたい気持ちだ。」などと言
って脅迫し,引き続き自己の意向に沿った自白調書の作成に応じさせていったものであ
る。
 ウ そこで,以下,検察官請求に係るB1の前記検察官調書9通(甲書129~137)の任意
性,特信性の有無について検討することとする。
 (2) 特信性の判断資料として請求されたB1の検察官調書等の証拠能力
 ア 検察官の証拠請求
 検察官は,B1の上記検察官調書9通(甲書129~137)の特信性立証のために,以下の
証拠の取調べを請求した。
 (ア) 非供述証拠としての請求
 ① 上記検察官調書9通を含むB1の捜査段階における一連の検察官調書55通(乙物1
~21,42,44~46,48~51,53~55,58~62,67~72,74,76,77,79,80,83,86~91。た
だし,乙物1,42,79はいずれも抄本。甲書129は乙物4,甲書130は乙物61,甲書131は乙
物6,甲書132は乙物7,甲書133は乙物12,甲書134は乙物83,甲書135は乙物17,甲書
136は乙物18,甲書137は乙物20とそれぞれ同一である。),弁解録取書2通(乙物47,84)
及び勾留質問調書2通(乙物52,85)並びにB1作成名義の上申書等の書面13通(乙物
43,56,57,63~66,73,75,78,81,82,92)
 ② C6ルートにおけるB1の被告人質問調書20通(乙物22~41)
 (イ) 刑訴法321条1項1号後段に基づく請求 C6ルートにおけるB1の被告人質問調書
4通(甲書125~128)
 イ B1の一連の検察官調書等の非供述証拠としての証拠能力
 (ア) 弁護人は,B1の上記検察官調書等72通(乙物1~21,42~92)及びC6ルートにお
ける上記被告人質問調書20通(乙物22~41)を非供述証拠として取り調べることは,伝聞
法則の潜脱に当たり,弁護人の反対尋問権を侵害するものであるから,上記検察官調書
等及び被告人質問調書はいずれも非供述証拠としても証拠能力がない旨主張する。
 (イ) しかしながら,上記検察官調書等及び被告人質問調書はすべて,非供述証拠とし
て請求されたものであり,B1の供述経過のみが立証趣旨とされている。しかも,上記各被
告人質問調書がB1のC6ルートにおける供述を録取したものであることは,当裁判所に顕
著な事実であり,また,上記検察官調書等についても,本件におけるB1に対する一連の
被告人質問によって,そのいずれも,B1が自ら署名指印し又は作成したものであることが
明らかとなり,関連性が立証されるとともに,B1の捜査段階における供述経過も具体的に
立証されている。さらに,本件被告人質問の際には,本件弁護人だけでなくB1の弁護人
からも,B1の上記検察官調書等の信用性を弾劾する趣旨からの詳細な質問がされ,ま
た,上記被告人質問調書についても,後にみるとおり,その供述経過について質問する機
会が十分あったのである。このように,上記検察官調書等及び被告人質問調書により,B1
の捜査段階における供述の真実性まで立証される余地はなく,その供述経過について
は,反対尋問が十分に尽くされ,あるいは少なくともその機会が十分あったのであるから,
上記検察官調書等及び被告人質問調書を非供述証拠として採用しても,弁護人の反対
尋問権を何ら侵害することにはならないし,伝聞法則に反しないことも明らかである。したが
って,弁護人の上記主張は理由がない。
 ウ B1のC6ルートにおける被告人質問調書の証拠能力
 (ア) 弁護人は,B1のC6ルートにおける前記被告人質問調書4通(甲書125~128)につ
いて,反対尋問の機会が与えられていないから,刑訴法321条1項1号後段の要件を欠
き,証拠能力がない旨主張する。
 (イ)a しかしながら,B1のC6ルートにおける被告人質問調書のうち第40回から第50回
まで,第52回から第54回まで及び第58回から第63回までの各公判期日に関する20通
(乙物22~41。ただし,乙物29は甲書125,乙物30は甲書126,乙物38は甲書127と同一で
ある。)については,検察官から,平成10年11月26日に非供述証拠として取調べが請求
されており,これに先だって弁護人に証拠開示されていたことがうかがわれる。しかも,検
察官は,このうちの第48回公判期日の被告人質問調書(乙物30・甲書126)について,本
件第100回公判期日(平成12年6月16日)のB1に対する被告人質問の中で,検察官指摘
の相反部分につき指摘している。
 また,B1のC6ルートにおける第104回公判期日の被告人質問調書(甲書128)について
は,検察官から,他の上記被告人質問調書3通(甲書125~127)と共に,本件第162回公
判期日(平成15年2月28日)に,本件での被告人質問におけるB1の供述との相反部分を
指摘して,刑訴法321条1項1号後段に基づく取調べが請求されており,これに先だって
弁護人には証拠開示されていたことがうかがわれる。
 そして,B1に対しては,本件においても,第75回(平成10年9月25日)から第122回(平
成13年7月6日)までの公判期日の間に38期日にわたって被告人質問を実施し,本件弁
護人からも,第119回(同年5月25日)ないし第121回(同年6月22日)の各公判期日に詳
細な質問がされている。しかも,本件では,第
173回公判期日(平成15年8月1日)まで,B1に対する被告人両名からの収賄被告事件を
併合して審理し,各公判期日には,B1が原則として出頭していたところ,上記証拠請求の
あった第162回公判期日以降も,弁護人からは,B1に対する補充的な被告人質問の申出
はなかったのである。
 b このように,弁護人は,B1のC6ルートにおける上記被告人質問調書4通のいずれに
ついても事前に開示を受けており,続行中の被告人質問の中で,あるいは補充的な被告
人質問を新たに申し出ることにより,B1に対する反対尋問をする機会は十分にあったとい
うべきであるから,弁護人の前記主張は,すべてその前提を欠くものとして,採用することが
できない。
 2 B1の供述経過等
 (1) 関係各証拠によれば,B1の捜査段階の供述経過等として,次のような事実が認めら
れる。すなわち,
 ア(ア) B1は,7月23日午前から,滞在先である都内のホテルの客室で,B17検事の任
意の取調べを受けて,その際,証拠隠滅の状況やC7のB18との面談状況に関する検察官
調書3通(乙物44~46)が作成された。
 (イ) B1は,同日夕刻,当時の大森区検察庁に任意同行され,午後7時13分にC7ルー
ト事件で逮捕されたが,その逮捕事実である現金授受について,逮捕直後の弁解録取の
時点から,「確かに平成2年2月下旬にB18会長から知事公館で1000万円をもらった記憶
はあると思います。」と述べて,当初からこれを認める供述をしており(乙物47),7月25日
に行われた勾留質問でも,「その日時にB18さんから1000万円くらいのお金をいただいた
ような気がする。場所については,公舎でなく隣の県の公館であった記憶がある。」などと
述べて,趣旨はともかく,現金を受け取った事実については否定していない(乙物52)。
 イ 上記逮捕の翌日である7月24日夜,B17検事が,C7以外のゼネコンからも現金をも
らっていないかどうか尋ねたところ,B1は,政治献金であるとの留保を付けつつも,C1を
始めゼネコン数社から現金を受け取ったことを認めて,平成4年に現金をもらったゼネコン
の名称,金額等を記載した一覧表を作成し,その後の取調べにおいて,C1関係は,同年
に被告人A1からZ県東京事務所で現金1000万円をもらった旨の検察官調書(乙物42)が
作成された(B1・79回,B17・154回等)。
 ウ(ア) B1は,7月25,6日ころ,改めてC7以外のゼネコンから受け取った現金に関する
メモ(乙物43)を作成したが,C1関係は,時期について「平4」の記載の右横に「or平3」と書
いて消した後に「頃」を挿入し,相手の氏名について「A1副社長」,金額について「500万
-1000万」と記載して,場所は空欄とした。
 (イ) さらに,B1は,同月27日の取調べの際にも「平成4年ゼネコンからもらった政治献
金」と題する一覧表を2枚作成し,その1枚目(乙物57)には,政治献金をしたゼネコンの筆
頭として,会社名を「C1」,担当者を「多分A1副社長」,金額を「500万-1000万」,工事
名を「おそらく県庁新設の希望を含む」と記載した。ところが,3番目以下に記載した他のゼ
ネコンに関する工事名欄に誤って現金授受の場所を記載したため,B17検事から書き直し
を求められて,2枚目(乙物1の検察官調書に添付のもの)を作成したが,その際,C1関係
について,上記一覧表と同旨の記載をしたほか,現金授受の場所については「分からな
い」と記載して,その一覧表と同旨の検察官調書(乙物1)が作成されている。
 エ(ア) その後しばらくは,C7ルート関係のほか,B1の身上経歴や知事としての職務権
限,Z県発注の工事計画の進捗状況,ゼネコンからの継続的な多額の現金の収受,その
使途,証拠隠滅等の総論的事項に関する取調べが続き,8月12日,C7ルート事件とし
て,従来の勾留事実に3件を加えた4件の収賄事実で起訴された。これに伴い,検察官か
ら勾留請求があったが,翌13日に行われた勾留質問の中で,B1は,上記公訴事実のうち
平成4年の3000万円収賄については,記憶にない旨供述した。
 (イ) B1は,同月14日,B17検事から,勾留質問における供述について問いただされ
て,「裁判官殿 1.はっきりした記憶がないと言ったのは,そのとき情景について具体的に
はっきりした記憶がないということを言ったのであります。 2.供述調書と矛盾することを言
ったのではありません。」と記載した上申書(乙物92)を作成した。
 オ その後,B17検事が余罪の取調べを再開したが,その過程において,B1は,C1関
係では,同月15日付けで1通,翌16日付けで2通の各上申書を作成している。すなわち,
 (ア) B1は,同月15日付けで合計8通の上申書を作成したが,そのうち「C1について」と
題する上申書(乙物64)において,「最近では,昨年A1副社長が県庁か県公館に来られ,
私と会いました。主な話は,諸工事受注のお礼,県庁舎新築工事のお願いがありまし
た。」,「県立医療大学については,このとき聞いていたかどうか分かりません。」,「A1副社
長来庁の折,お金をもらったかどうかはっきりとは覚えておりませんが,お金をもらったと思
います。1000万円ぐらいから2000万円ぐらいだと思います。」,「その後,本年(平成5年)
初めになって,C57ダムについては受注をしない,受注したいという希望を放棄する,ただ
し,指名には入れてもらいたいという話が,確か電話で本社の相当上のクラスの重役(A1
副社長ではない人)からありました。」などと記載している。
 (イ) また,翌16日付けの「C1についての説明の訂正」と題する上申書(乙物66)では,
上記「C1について」のうち,C57ダムを受注したいという希望を放棄する旨の話は,平成5
年5月末か6月ころに,「A1副社長の代わりだという人」が県公館に来てしたと訂正する旨
の記載をした。
 (ウ) 次いで,同日付けの「C1についての説明」と題する上申書(乙物65)では,「昨年A
1副社長に会ったのは,昨年暮れの国の予算案編成の終盤近く,私が上京していた折で
す。昨年12月下旬ころと思います。場所は,都道府県会館の知事談話室で約15分ぐらい
だったと思います。諸工事受注のお礼とともに,県立医療大学の建築を受注したいというこ
とと県庁舎建築についても受注したい旨の陳情があったと思います。A1副社長来訪の
折,この知事談話室でお金の入っている封筒を受け取りました。金額は1000万円か2000
万円ぐらいだったと思っています。」などと記載し,併せて被告人A1らと面談した際の同室
での着席位置等についての図面も記載している。
 カ(ア) 同月17日付け検察官調書(乙物8)には,その時点のまとめの調書として,本件
収賄の状況について,上記上申書2通(乙物64,65)をより詳しくした内容の記載及び添付
図面があるほか,被告人A1から受け取った現金は1000万円ではなく2000万円だったの
ではないかと思うこと,その使途等として,平成4年12月24日に,当時の株式会社C10銀
行本店での割引債券の新規購入に1707万円,C10日本橋支店での割引債券の買い増
しに190万円の合計1897万円を使ったことなどが記載されている。
 なお,B17検事は,その日に,B1に対し,当時,Z県職員でB1の随行秘書を務めていた
B21がB1の行動記録を付けていたノート(B21第74回の速記録末尾に写しを添付したも
の。以下「B21ノート」という。)のうち,平成4年12月22日から24日までの欄に基づいてそ
の間のB1の行動日程を説明し,B1に記憶を喚起させている(乙物67参照)。
 (イ) ところが,翌18日付け検察官調書(乙物67)には,最初に,平成4年12月24日にC
8のB19から200~300万円,C9のB20からも1200~1300万円もらっているので,被告
人A1からもらったのは200万円か300万円だったのではないかと思う旨の記載がある。
 次いで,B17検事からの,B1が200万円か300万円と話したことはないとの指摘,さら
に,昨日,平成4年12月22日から24日までの行動日程を時刻を含めて説明したことを書
き取ったメモを見て,もう一度考えるとどうなるかとの質問の記載があった後に,これに対す
るB1の答えとして,「私が今日の取調べの冒頭で話したことは勘違いでした。昨日教えても
らった行動日程では,私は24日の午前中にC10等に出掛けていますが,B19さんやB20さ
んと会ったのは,24日の午後のことです。ですから,割引債券を買い増すのに充てた189
7万円の中にB19さんとB20さんから受け取った現金が含まれていることはあり得ませ
ん。」,「やはりA1副社長からもらった金の額は2000万円だったのではないかと思います。
その中から割引債券の買い増しに1897万円を使い,22日にC11株式会社の副社長のB
22からもらった200~300万円とB19さん及びB20さんからもらった金の合計1700~2000
万円くらいを水戸に持ち帰って知事公舎の段ボール箱の中にしまったと思います。」と記
載されている。
 キ(ア) 8月20日付け検察官調書は2通ある。
 a そのうち1通(乙物68)には,昨日午前,B23弁護士(以下「B23弁護士」という。)と面会
した際,面談当日に被告人A1から受け取った大型封筒の中身は,同被告人の対談集で
ある書籍1冊であったことを思い出した,したがって,大型封筒に1000万円か2000万円
が入っていたという記憶もなくなった旨記載されている。
 b ところが,他の1通(乙物69)には,「先ほど,私は検事にうそを付いていました。」とした
上で,B23弁護士から,C1側が,面談当日,被告人A1は対談集1冊を大型封筒に入れて
渡しただけで,お金は一切渡していないと話していることを聞いて,同弁護士に,本をもら
っていることを話すと,同弁護士から,「それならば,検事に,A1副社長からもらった大型
封筒にはその本が入っていたと言いなさい。お金については記憶にないと言いなさい。」な
どと言われたので,この助言に従った旨記載されている。
 (イ) さらに,翌21日付け検察官調書も2通ある。
 a そのうち1通(乙物70)には,B23弁護士ら弁護人との一連の接見状況について記載さ
れており,その中で,B1は,面談当日に,被告人A1から大型封筒に入った1000万円か2
000万円をもらったこと自体は覚えていたこと,しかし,何とか処罰を免れる方法はないかと
考え抜いて,B19やB20から金をもらったことを思い出し,これにB22からもらった金を合わ
せると,被告人A1からもらった金額は200~300万円だったという話を作ることができると
考え,その旨B17検事にも話したこと,ところが,C10に行ったのが平成4年12月24日の午
前であり,B19やB20に会ったのが同日午後であったことから,うそがばれてしまい,被告人
A1から2000万円受け取ったことを再び認めたこと,8月19日午前の接見で,B23弁護士
から,「A1副社長からもらった大型封筒には,本が入っていたのであり,お金については
覚えがないと言いなさい。」などと言われ,被告人A1の話と合わせる考えであると思い,そ
の指示に従ってうそを付いたことなどが記載されている。
 b また,他の1通(乙物71)にも,前日の否認供述がうそであることを認めた上,B17検事
から「クリスチャンになろうと考えているのであれば,すべてを懺悔するのでなければいけな
いのではないか。」,「今回の事件に関連して自殺した人がいるという話を聞いて恥じ入ると
ころはないか考えてみなさい。」などと説得を受けた状況,その結果,B1が正直に話すこと
を決意するに至ったこと,面談当日に被告人A1から大型封筒に入ったお金と本1冊をもら
い,その金額は2000万円であったことなどが記載されている。
 ク(ア) B1は,9月7日にB23弁護士らそれまでの弁護人全員を解任し,翌8日にはB
24弁護士と接見するとともに弁護人に選任した。
 (イ) そして,同日付け検察官調書(乙物9)には,B24弁護士から,「公人として潔く話を
するのは大事ですが,古い友人を失うことは,罪を償った余生において,自分の人生を寂
しくすることになるわけで,これも同じぐらい重要ですよ。」と言われたが,この際,公人とし
て私情にとらわれることなく真実を話すことで,ゼネコンと政治の関係を改革するのに少し
でも役立ちたい,今後もできるだけ記憶を呼び戻すように努め,ありのままに話すつもりで
あることなどが記載されており,B1は,同日付けで,同旨の上申書(乙物73)も作成してい
る。
 ケ(ア) 9月18日付け検察官調書(乙物10)には,平成4年12月24日に,C10日本橋支
店で割引債券の買い増しに191万円を支払い,C10本店で割引債券の新規購入に1707
万円を支払ったこと,C10本店で割引債券を新規購入したのは,それまで日本橋支店で再
三割引債券の乗り換えを行ってきたので,銀行員に顔を覚えられているかもしれない危惧
があり,被告人A1からもらった2000万円で割引債券を買って,その金の出所が捜査され
ることになった場合には困ると思ったためであることなどが記載されている。
 (イ) また,9月20日付け検察官調書(乙物77)には,まず,その日にB17検事から,平成
4年12月24日の午前中に,C10日本橋支店及びC12金庫本店に行き,正午過ぎから午後
1時過ぎまでの間に,ホテル「C13」でB19及びB20と順次会い,その後C10本店に行って
いると聞かされた旨の記載があり,それに続けて,被告人A1からもらったお金の金額が20
00万円に間違いないとした上,同日の行動日程,その日の割引債券の新規購入や買い
増しは当初から被告人A1からもらった2000万円の金でしようと考えていたので,B19やB
20から受け取った金はかばんに入れ,その後,水戸に持ち帰って公舎の段ボール箱にし
まい,C10本店では,被告人A1からもらった金のうち1700万円を出して割引債券を新規
購入したことなどが記載されている。
 (ウ) そして,同日付け検察官調書(乙物11)には,その時点のまとめの調書として,面談
当日に被告人A1から2000万円をもらった状況のほか,その後の行動日程や2000万円
の使途等が記載されているが,8月17日付け検察官調書(乙物8)と比較すると,被告人A
1からもらった現金を2000万円と断定している点,お金の入った大型封筒とは別に対談集
1冊を別の大型封筒に入れて同時にもらったとする点,被告人A1に随行者が一,二名お
り,現金授受の際に随行者が先に出ていたかもしれないとする点などで異なっている。
 コ(ア) B1は,C6ルート事件で,9月21日逮捕されて10月11日起訴され,次いで,同月
26日に本件で逮捕されたが,本件収賄の被疑事実については,その間も引き続き認めて
おり(甲書134・乙物83(10月17日付け),14(同月25日付け),84(同月26日付け弁解録取
書)),同月27日に行われた勾留質問でも「事実はそのとおり間違いありません。」と述べ
(乙物85),その後も,11月15日に本件で起訴されるまでの間,面談当日に被告人A1か
ら2000万円を受け取った事実については,終始供述を翻すことはなかった。
 (イ) もっとも,その後の検察官調書では,供述内容がより詳細になっているほか,従前の
検察官調書や上申書の記載内容を一部訂正した部分もみられる。すなわち,
 a 11月5日付け検察官調書(乙物15)には,都道府県会館別館2階にある知事会談話
室(以下「知事会談話室」という。)の内部の写真を見せられて,8月17日付け検察官調書
(乙物8)に添付された図面等は,同会館3階にある知事会役員室と勘違いをして作成した
ものである旨の記載がある。
 b 11月13日付け検察官調書2通(乙物19,89)には,B19及びB20からもらった合計16
00万円くらいは,もらった後ショルダーバッグに入れて,知事専用車のトランクの中にしま
っておき,当日の夜にショルダーバッグから出して,ホテル「C13」の宿泊した客室の番号
式の小さな金庫に収納し,B22からもらった200万円と被告人A1からもらった残金の合計
300万円くらいは,背広の内ポケットにしまったままにしておいた旨の記載がある。
 c 同月14日付け検察官調書(乙物21)には,本件面談の際,被告人A1から,「今日は
お土産を持参することにしていたのですが,重い物ですから,かえって知事が水戸にお帰
りになるときに荷物になってはと思いましたので,後日持参させることにしました。」と言われ
たとの記載がある。
 (2) なお,B1は,C7ルート事件により逮捕された後,拘置所内で取調べ状況等につい
てノートに書き記していたところ,このうち「№1訴訟用」と題するノート(弁物145。以下「B1
ノート№1」という。ただし,勾留中いったん宅下げされた当時の写しが弁物147,その反訳
書が弁物197)及び「№2訴訟用」と題するノート(弁物146。以下「B1ノート№2」という。ただ
し,勾留中いったん宅下げされた当時の写しが弁物148,その反訳書が弁物198)の2冊
(以下,2冊を併せて「B1ノート」という。)が証拠調べされている。
 (3) そして,B1の公判供述によっても,一連の上申書は,B1が自ら作成し,一連の検察
官調書も,B17検事が勝手に作成したようなものではなく,B1自身の供述に基づいて録取
されたものであることが明らかである。
 3 捜査段階の供述の任意性ないし特信性
 そこで,以上のようなB1の供述経過等を踏まえつつ,B1の捜査段階の供述の任意性な
いし特信性について検討することとする。
 (1) 早期の独自で自発的かつ客観的事実に沿う自白
 ア 初期自白の任意性・特信性
 (ア) 十分な事前準備
 まず,関係各証拠によれば,B1は,検察官から取調べを受けるのに先だって,弁護士2
名や知人らから,建設関係者からの具体的な現金収受の事実を念頭に置きながら,逮捕
や検察官の取調べに臨む心構えや対処方法等について,繰り返しアドバイスを受けて,取
調べ等に臨む方針を自ら固めるなど,予想される逮捕や検察官の取調べに対する十分な
準備をしていたことが認められる。すなわち,
 a 逮捕時にB1から押収されたメモ等(甲物51~109)及びB1の公判供述を中心とする
関係各証拠によると,B1は,C7からの収賄容疑に関する新聞報道等を契機として,逮捕
される2週間くらい前より,B24弁護士,B23弁護士,法律に詳しいと称する知人らから,具
体的な現金収受に関する収賄罪の成否のほか,予想される逮捕や検察官による取調べに
臨む心構えないし対処方法等について繰り返しアドバイスを受けていたことが認められる。
 b ちなみに,B1が当時作成していたメモ類には,収賄罪や公訴時効に関する刑法や刑
訴法の条文(甲物96)のほか,聴取したアドバイスの内容や取調べに臨む自らの方針等と
して,「時効を効果的に利用したら」(甲物74),「第1回は強く否認した方がいい。認めると
逮捕される。」(甲物85),「向こうは気持ちを読む。ぽんぽんしゃべるな。聞かれたことのみ
しゃべり,強く否定する。」(甲物57),「絶対否認していれば8割ぐらいは帰される」,「認め
れば終り」,「気持ちの上では,相手がどこまで知っているか探るようなつもりで。聞かれたこ
としかしゃべらない」,「否認は強くすること(ありません〇-覚えていません×),(記憶にな
い〇-知らない×)」(甲物89),「職務権限で頑張ってもだめ」,「会ってないと言うと,会え
る状況にないと言うと,勾留21日間となろう」,「授受否認で頑張る-3か月地獄の戦い」
(甲物91)旨の記載が認められる。
 c そして,B1は,公判供述において,B24弁護士からは,検察官の取調べが非常に厳
しく,金の趣旨を否認しても結局起訴されてしまうので,金の授受を否認するほかないとの
アドバイスを受け,知人からも,金についてはかなり突っ込んだ調べがあるから,それに耐
えられないと検察に破られる,B23弁護士に再度確認して,金をくれた業者には万全の準
備をしてもらう必要があるなどというアドバイスを受けたことを認めているのである。
 (イ) 早期の自白
 B1は,上記のように取調べに向けた十分な準備を行っていたにもかかわらず,C1を含
むゼネコン各社からの現金収受の事実について,極めて早期に自白を開始している。す
なわち,
 a B1は,7月23日の朝から滞在先のホテルで任意の取調べを受け,その日の夕刻に検
察庁に任意同行された上,逮捕されたが,その逮捕直後から,後に現金の授受自体を否
認するに至るB18からの収賄の被疑事実を認める趣旨の供述をし,その後の勾留質問で
は,同旨の供述をするとともに,現金を受け取った場所を訂正する供述までしている。
 b さらに,B1は,逮捕の翌日である同月24日,B17検事から,C7以外のゼネコンからも
現金をもらっていないかどうか尋ねられて,政治献金であるとの留保を付けながらも,C1を
始めとするゼネコン数社から現金を受け取ったことを認めて,平成4年に現金をもらったゼ
ネコンの名称,金額等を記載した一覧表を作成するとともに,その日の取調べにおいて,C
1関係については,その年に被告人A1からZ県東京事務所で現金1000万円をもらった
旨の検察官調書(乙物42)の作成に応じているのである。
 (ウ) 特段の追及的取調べのない段階での自白
 B1は,その公判供述によっても,7月24日,すなわち,B1がC7以外のゼネコン数社から
の政治献金に関する一覧表を作成するとともに,本件に関する最初の自白調書(乙物42)
に署名指印するまでに,B17検事から特段の追及的な取調べを受けたような形跡は全くう
かがわれない。かえって,B1は,B17検事から「平成4年に受け取った政治献金を一覧表
にして出してください。」と言われただけで,C1の被告人A1から1000万円を受け取ったこ
となどを記載した一覧表を自ら作成し,その後,B17検事から小声で,「何の見返りもない
のに金を持ってくる業者があるか。」と独り言のように言われただけで,上記一覧表の内容
に沿う上記検察官調書に署名指印したというのである。
 (エ) 供述内容の独自性
 関係各証拠を子細に検討しても,B17検事が,B1に対し,C7以外のゼネコンからの収賄
について具体的嫌疑や証拠資料を有していたことをうかがわせる状況は全く認められず,
かえって,C7以外のゼネコン各社からの収賄については,B1供述が先行して,その後に
裏付け捜査が進められていったことがうかがわれるのである。
 (オ) 供述内容の客観的事実との整合性
 B1が7月24日にC1に関して供述した内容のうち,平成4年に都道府県会館内にあるZ
県東京事務所で被告人A1と面談した点については,後に,同年12月22日,B1が上記
東京事務所で執務中に同会館内の知事会談話室で被告人A1と面談したという事実が判
明することにより,客観的に裏付けられている。
 (カ) まとめ
 以上のように,B1は,事前に逮捕や検察官の取調べに対する十分な準備をして臨んだ
にもかかわらず,B17検事が特段の追及的取調べをしたわけでもないのに,逮捕された直
後から,逮捕事実であるC7からの現金収受を認めただけではなく,その翌日には,B17検
事が具体的嫌疑や証拠資料を有していない他のゼネコン数社からの現金収受をも認める
に至り,しかも,その内容のうち,少なくともC1の被告人A1との面談の日時及び場所の点
は,客観的事実に合致するものであったのである。
 そして,このようなB1の初期供述の在り方は,B1が事前に準備した取調べに臨む心構え
や弁解に関する心づもりとは大きく異なるものであり,B1にとっては,突然の逮捕により衝
撃を受けた結果,不用意にされたものであることがうかがわれるものの,その供述の任意性
自体に疑問を生じさせるようなものではなく,かえって,B1がその記憶の内容を思わず吐
露したものとして,高い信用性を裏付けるものである。
 イ 弁護人の主張について
 (ア) 弁護人の主張及びB1の公判供述
 弁護人は,B1の当初の自白について,B1の記憶に基づかない信用性に欠けるもので
ある旨主張し,B1は,公判段階において,捜査段階の当初,C1から現金を収受したことを
認める自白をした理由について,以下のように供述し,記憶に基づかない自白であった旨
弁解している。すなわち,
 a 私は,C7のB18からの収賄容疑で最初に事情聴取を受けた7月23日にいきなり逮捕
され,大きなショックを受けて絶望し,当時の記憶は全くない。検察が巨大な権力を持つよ
うに見えて,気持ちが委縮した。
 b(a) 翌24日,私は,B17検事から「平成4年に受け取った政治献金を一覧表にして出し
てください。」と言われたので,ゼネコンからもらった政治献金を対象とする一覧表を作成し
たが,政治献金については,見返りを期待しないで受け取る金のことであり,法律に触れる
ものではないと理解していた。私には,C1やC6から政治献金をもらった記憶はなかった
が,事前に焼却していた手帳に「C1県庁新庁舎」との記載があったため,C1から頼まれて
いたことは間違いなく,金をもらう可能性が絶無ではないと思い込んでいた。さらに,B17検
事からは「うそを付いたら徹底的にやりますよ。」と言われたので,私は,B17検事の心証を
損なわないようにする「安全サイド」から,C1やC6からも金をもらったように書いておいた。
B17検事から,うそを付いていると思われると,身に覚えがないことまで疑いを掛けられるの
ではないかと心配だった。
 (b) この一覧表を書いた後,B17検事から「何の見返りもないのに金を持ってくる業者が
いるか。」と独り言のように言われて,検事が賄賂と思っていると感じ,大きなショックを受け
た。被告人A1から現金をもらったとの記載のある同日付け調書(乙物42)は,このショックと
逮捕によるショックがダブって,頭が大分混乱して作成されたものではないかと思う。
 (c) 私は,7月24日から,連日のように長時間の取調べが続いて,血圧の高い状態が続
き,頭がぼんやりした状況で取調べに対応していた。被告人A1の名前が出たのも,そのよ
うな体調が原因しているのかもしれない。
 (イ) 検 討
 a B1の上記公判供述は,要するに,突然の逮捕に伴う衝撃の中,長時間の取調べによ
る体調不良もあって,B17検事の心証を損なわないように,「安全サイド」から,県庁舎新築
工事について頼まれた記憶のあるC1からも現金をもらったと供述しておいたとするもので
ある。
 b(a) しかしながら,現金収受の有無すら記憶のはっきりしないものまで現金収受を認め
ることは,本件において正に現実化したとおり,自らを窮地に追い込むものであり,B1が述
べるような「安全サイド」とは全く相いれないものである。
 (b) また,B1は,前認定のとおり,C2大学法学部を卒業後,長らく建設省に勤務し,人
事課長,都市局長等の枢要なポストを歴任した後,参議院議員に転身して,昭和50年か
らは5期連続してZ県知事を務めており,逮捕された当時も,現役の県知事として,Z県を
統轄し,これを代表し,同県の事務を管理するとともにこれを執行し,同県職員を指揮監督
するなど,日々極めて多忙な職務をこなしていた者である。しかも,B1は,前認定のとお
り,検察官から取調べを受けるのに先だって,弁護士2名や知人らから,逮捕や検察官の
取調べに臨む心構えや対処方法等について,繰り返しアドバイスを受けることによって,取
調べに臨む方針を固めるなど,予想される逮捕や検察官の取調べに対する十分な準備を
していたのである。したがって,B1としても,B17検事がどのような意図をもってゼネコンか
らの現金収受の一覧表を書くように求めているのか当然に理解していたはずであるし,検
察庁やB17検事が政治献金であるという弁解を認めるかどうかについても相当に悲観的な
認識を有していたことがうかがわれる。にもかかわらず,そのような状況の下で,「安全サイ
ド」から上記のようなゼネコン数社からの現金収受を認める供述をしたとするB1の公判供
述は,極めて不合理というべきである。
 (c) また,面談当日は,当初の取調べからわずか約7か月前のことである。しかも,前記
のような事前準備の状況等からは,B1としても,検察庁及びB17検事がC7からの収賄の
嫌疑を抱いており,ゼネコン各社からの収賄にも強い関心のあることを,当然認識していた
はずであるし,取調べを受けるに当たっての自らの最大の関心事にもなっていたはずであ
る。さらに,上記のようなB1の学歴や経歴ないし現職,取調べに先立つ十分な準備をも考
慮すると,取調べ時点から遡って比較的近い時期の,しかも,重大な関心事であるはずの
ゼネコンからの現金収受という出来事を聞かれているというのに,B1が,現金収受の日時
や場所,金額,会話の内容等の詳細ならともかく,1000万円にも及ぶ多額の現金収受の
有無すらはっきりしないというのは,理解し難いことである。
 (d) ところが,B1は,そのように現金を受け取った具体的な記憶もないというのに,その
可能性が絶無ではなく,後から現金を受け取ったことが明らかになると,B17検事からうそ
付きと思われ,別の件でも不利益に取り扱われることが懸念され,そのようなことにはなりた
くないとして,B17検事に対して現金の収受を認めたというのであるが,そのような弁解自
体,不可解至極というべきである。
 (e) さらに,ゼネコン各社から現金を受け取った事実を具体的に供述した理由につい
て,B1は,C6ルートの第48回公判期日における裁判長からの補充質問に対し,C6とC1
からはもらっていないかもしれないが,上記両社も含めて明らかにもらっていないという記
憶の会社はないとし,金額を特定して記載した理由については「よく分からない。」,C6の
担当者を「多分建築担当の責任者」と記載した経緯については「極端に言えば当てずっぽ
うに言ったんだと思う。」と答えていた(甲書126)。
 しかし,B1は,本件公判では,C1から受け取った金額については,C1の会社の格,平
成元年9月ころの参議院補欠選挙でC1から1000万円を援助してもらったこと,平成4年4
月の参議院補欠選挙でC1がB1の名前で献金してくれており,B1個人あての献金もあり
得ることから,1000万円と特定する一方,ゼネコンの担当者については,C6ルートで「当
てずっぽう」と言ったのは間違いで,書く以上は偉い人を書かなければいけないと思ってお
り,C1については,B17検事から,被告人A1が談合の元締めであると盛んに言われたた
めに,被告人A1にしたなどと述べている。
 このように,B1の公判供述は,いずれにしても,あいまいかつ不可解な内容で,しかも,
大きく変遷しており,B1は,具体的な供述をした理由について何ら納得のいく説明をする
ことができないのである。
 (ウ) まとめ
 以上のとおり,捜査段階当初の自白に関するB1の公判供述は,あいまいで大きく変遷し
ており,その内容も,極めて不自然,不合理なものというほかなく,到底信用することができ
ない。したがって,これに依拠するところの弁護人の前記主張も採用できない。
 (2) 供述の一貫性と多数回にわたる弁護人との接見
 ア 初期自白後の供述経過等
 (ア) 供述の一貫性
 a B1は,捜査段階では,平成4年12月のC1からの現金収受に関し,7月24日に,被告
人A1から1000万円を受け取ったことを初めて認めて以降,後にみるとおり,一時的な否
認や一部の変遷はみられるものの,本件による起訴の日まで4か月近くにもわたりほぼ一
貫して認めていた。
 b(a) もっとも,前認定のとおり,B1は,8月20日付け検察官調書(乙物68)において,被
告人A1からの現金収受を否認している。
 (b) また,B1の捜査段階の供述には,以下のように,その一部に変遷もみられる。すな
わち,
 ⅰ 現金授受の日時
 7月24日付け検察官調書(乙物42)では「平成4年」,同月25,6日ころ作成の一覧表
(乙物43)では「平成4年ころ」,同月27日付け検察官調書(乙物1)添付の一覧表では再
び「平成4年」とされていたが,8月16日付け上申書(乙物65)では「平成4年12月下旬こ
ろ」となり,翌17日付け検察官調書(乙物8)からは「平成4年12月22日」と特定されてい
る。
 ⅱ 現金授受の場所
 7月24日付け検察官調書(乙物42)では「Z県東京事務所」とされていた。ところが,同月
25,6日ころに作成された上申書(乙物43)では場所の欄が空欄とされ,同月27日付け検
察官調書(乙物1)添付の一覧表では「分からない」とされたが,8月16日付け上申書(乙
物65)では,「都道府県会館本館2階にあるZ県東京事務所の1階上に当たる別館2階にあ
る知事談話室」とされて,縦長の会議室の最も奥の席にB1が着席した図面が添付された。
翌17日付け検察官調書(乙物8)でも,同様の図面が添付されるとともに,部屋の名称がB
21ノートにある「知事会談話室」ではなく「知事談話室」であるとされ,それ以降,10月17日
付け検察官調書(甲書134・乙物83)まで引き続き「知事談話室」とされていた。しかし,同
月25日付け検察官調書(乙物14)以降は,その名称が「知事会談話室」と訂正されている
ほか,11月5日付け検察官調書(乙物15)では,従前の各図面は勘違いして都道府県会
館本館3階の「知事会役員室」を記載したものである旨訂正されている。
 ⅲ 現金授受の相手方
 7月27日付け検察官調書(乙物1)添付の一覧表で「多分A1副社長」とされている以外
は,その前後を通じて,すべて「A1副社長」で統一されている。
 ⅳ 受け取った金額
 7月24日付け検察官調書(乙物42)では「1000万円」,同月25,6日ころ作成の一覧表
(乙物43)及び同月27日付け検察官調書(乙物1)添付の一覧表では「500万-1000万
円」,8月15日付け上申書(乙物64)では「1000万円ぐらいから2000万円ぐらい」,同月1
6日付け上申書(乙物65)及び同月17日付け検察官調書(乙物8)では「1000万円か200
0万円」とされており,同月21日付け検察官調書(乙物71)ではいったん「2000万円」と特
定されたが,9月8日付け検察官調書(乙物9)では「2000万円くらい」となり,同月20日付
け検察官調書(乙物11,77)で再び「2000万円」と特定されて,その後は2000万円で統
一されている。
 ⅴ 同行者の有無
 8月17日付け(乙物8),同月20日付け(乙物69)及び同月21日付け(乙物71)各検察官
調書では同行者がなかったとされたが,9月20日付け検察官調書(乙物11)では「ひょっと
すると最初のうちは随行者一,二名がおり,現金をいただく前に随行者が席を外して先に
部屋から退出していたものであったかもしれません」として,随行者がいた可能性を初めて
認めるに至り,10月25日付け検察官調書(乙物14)以降も同旨の供述をしている(甲書
136・乙物18)。
 ⅵ 現金授受の趣旨
 7月24日付け検察官調書(乙物42)では「県庁舎新築工事の受注」のお願い,同月27日
付け検察官調書(乙物1)添付の一覧表では「おそらく県庁新築への希望を含む」とされ,
8月15日付け上申書(乙物64)では「諸工事受注のお礼,県庁舎新築工事のお願い」,同
月16日付け上申書(乙物65)では上記のほか「県立医療大学建築」依頼と次第に拡張し,
同月17日付け検察官調書(乙物8)以降は,県発注の諸工事受注のお礼と県庁舎・県立
医療大学各新築工事受注の依頼とされて,10月25日付け検察官調書(乙物14)では諸
工事受注のお礼のほか「県庁舎新築工事と県立医療大学新築工事を始めとする県の工
事の受注」の依頼とされていた。しかし,11月11日付け検察官調書(乙物16)からは,C
57ダム建設工事の受注依頼も加わり,同月12日付け検察官調書(甲書136・乙物18)で
も,C57ダム建設工事,県庁舎及び県立医療大学各新築工事の受注依頼とされている。
 (c) しかし,後に検討するように,このような一時的な否認や供述の一部の変遷について
は,それぞれに合理的な説明が可能であるから,この否認や供述の変遷は,B1の供述全
体の信用性に疑問の生じさせるものではないということができる。
 (イ) 弁護人との接見状況
 a 関係証拠(甲書94)によれば,B1は,C7ルートにより逮捕された7月23日から本件に
より起訴された11月15日までの4か月足らずの間に,合計78回もの多数回にわたり弁護
人と接見しており,その内訳をみても,7月は24日(5分),25日(15分),26日(20分),2
8日(20分),30日(20分)の5回,8月はC7ルートで起訴された12日までに5回(各10分
ないし20分)の接見があり,同月15日に本件を含む余罪の取調べが再開されて以降は,
同月16日から同月20日まで,同月23日から同月27日まで及び同月30日から9月3日ま
での各連日おおむね1時間前後の接見が,さらに,弁護人が現在の弁護人に交替した同
月8日以降は,C6ルートで起訴された10月11日までに23回,本件で起訴された11月15
日までには更に27回とほぼ連日のように,基本的に1時間前後の接見が繰り返されたこと
が認められる。
 b(a) この点,弁護人は,当初の弁護人によるB1との接見は,回数,時間ともに極めて不
十分なものであり,9月8日に現在の弁護人に交替した時点では,B1は弁護人の助言に
耳を傾けて自らを弁護できるような精神状態にはなかった旨主張する。そして確かに,C7
ルートによる起訴前の勾留期間中の接見は,長くて20分間と比較的短時間であったことが
認められる。
 (b) しかしながら,本件を含む余罪の取調べが再開された8月15日以降をみると,9月8
日に弁護人が現在の弁護人に交替した後はもとより,それ以前においても,ほぼ連日のよ
うにおおむね1時間前後に及ぶ接見が繰り返されており,接見の頻度や時間が不十分で
あったなどとは到底いえない状況にあった。
 (c) しかも,B1ノート№1によれば,B1は,C7ルートによる勾留期間中も,「26日小C6
弁護士に言った」(9頁),「B23弁に聞く」(10頁),「弁に話す」(12頁)などの記載があっ
て,検察官に対する自己の供述内容等を当時の弁護人に報告していたことがうかがわれる
上,「供述が一貫していると固められる」,「一貫していない供述を調書に取らせるな」,「供
述を変遷させるな」,「本人だけしか分からない秘密を暴露しないこと」との記載もあって(40
頁),当時の弁護人から,こうした記載に関連するようなアドバイスを受けて,これを書き留
めていたことすら認められるのであり,B1も,公判段階において,これらは8月11日より以
前に記載したものであることを認めている。
 なお,B1は,C6ルートの公判において,弁護人から「供述を変遷させろ」とのアドバイス
を受けたことはなく,弁護人から受けたアドバイスは「供述を変遷させるな」であった旨供述
する(甲書128)が,B1ノート№1の上記のようなその前後の記載内容や文脈等からして明
らかに不合理であって到底信用できない。
 (d) さらに,B25弁護士の公判証言から,10月9日前後の接見の後に記載されたと認め
られるB1ノート№1には,「(B25さん)」との記載の下に,「と思うを必ずつける。必ず思う。
はっきり断ると怒る 怒らせる 怒られたことを弁に言う 種にしたいする 証拠能力なしとな
る」旨の記載があり(93頁),同弁護士の意図はともかく,B1自身の認識としては,取調べ
検事を挑発して怒らせるようにという趣旨のアドバイスを受けたものと理解していたと認めら
れるのである。
 c これらの点に徴すれば,B1は,C7ルートによる逮捕後も,弁護人との接見の際に,弁
護人に対し,取調べの状況や取調べに臨む方針等について随時相談して,弁護人から,
その都度アドバイスを受けるなど,弁護人からは随時必要な法的アドバイスを受けられる状
態にあり,そのアドバイスを踏まえつつ取調べに臨んでいたことは明らかである。
 (ウ) まとめ
 以上のように,B1は,逮捕勾留中も,弁護人から,その都度アドバイスを受けるなど,弁
護人から必要な法的アドバイスを受けられる状態にあり,そのアドバイスを踏まえつつ取調
べに臨んでいたというのに,逮捕の翌日に自白して以来,本件による起訴の日まで4か月
近くもの長きにわたり,面談当日に被告人A1から多額の現金を収受したことを,ほぼ一貫
して認めていたのであり,B1のこのような供述態度は,その間のB1の供述の任意性及び
特信性を裏付けるとともに,B1の自白が真意に基づくものであることを強く推認させる事情
ということができる。
 イ 弁護人の主張について
 弁護人は,上記のとおり,B1の捜査段階の供述が基本的に一貫しつつも一部に変遷し
ている点について,B1の公判供述を踏まえつつ,B1には被告人A1から現金を受け取っ
たという記憶が全くなかったのに,逮捕による衝撃の中で,心ならずも検察官に迎合して,
記憶にない話をしたところ,検察官から,脅されだまされ惑わされるなど翻弄されて,自白
を撤回できないまま,捜査の進展に伴った検察官からの強引な誘導に従って,このように
変遷した旨主張しているので,以下,捜査段階の供述の各段階ごとに逐次検討することと
する。
 (ア) C7ルートによる起訴(8月12日)までの供述状況について
 a B1の公判供述
 B1は,7月24日に初めて被告人A1からの現金収受を認めて以降,これを否認すること
ができず,B17検事の言いなりの調書に署名指印せざるを得なくなった理由として,以下の
ような事情があった旨供述している。すなわち,
 (a) 私が「記憶にない」と言うと,B17検事から「あなたはうそを付いている。正直に言わな
いと全部起訴する。取調べを引き延ばす。ずっと拘置所に置いておいて,最後は刑務所
に送り込んでやる。」とか,「正直に話せば全部は起訴しない。必ず線引きするから安心し
なさい。」と言われ,検事の言いなりになるしかなかった。
 (b) 女性関係についても根掘り葉掘り聞かれて,正直に答えると,B17検事から「あなた
はうそを付いている。うそを付いたら,女のこともばらすぞ。」と言われた。私としては,その
ような辱めを受けることは耐え難かった。
 (c) 資産についても,B17検事から「たとえ収賄にならないにしても,国税に話して全部
取り上げる。罰金まで入れると全部取り上げることになる。」と言われたので,絶望感がます
ます深くなってきた。
 (d) B17検事は,「県庁職員もやる。」とも言い,県庁職員を洗いざらい調べるような雰囲
気だった。これも大きな心配となり,私が記憶にないとは言い続けられない大きな理由とな
った。
 (e) B17検事から「調べた結果はこうなってる。」と何度も言われるうちに,だんだん検事
の言っていることはすべて本当で,自分が覚えていないだけなのかもしれないと思い,自
分の記憶に対する自信が失われていった。
 (f) B17検事特有の記憶論に惑わされた面もあった。B17検事は,「ある人の顔を見て,
どこかで見たような気がするというのは,どこでいつ見たか分からなくても,その人の顔を見
た記憶があるということと同様に,金をもらったような気がするというのは,どこでいつもらっ
たか分からなくても,金をもらった記憶がある,金をもらったということだ。だから『ような気が
する』という供述は許さない。必ず何々した記憶があると話しなさい。」と言われた。その結
果,すべての事件について断定的な調書になった。また,C1関係も,B17検事に「金をも
らった記憶はないが,一応一覧表に載せたと説明した」が,同様の理屈で,「もらったような
気がするということは,もらった記憶があるということだ。今更弁解してももう遅い。」と言われ
た。
 b 検 討
 (a) B1の供述経過との矛盾
 ⅰ しかしながら,前認定のB1の供述経過をみると,7月24日には,平成4年に被告人A
1からZ県東京事務所で現金1000万円をもらった旨供述していたのに(乙物42),同月2
5,6日ころ作成のメモ(乙物43)には,C1関係の時期について「平4」の記載の右横に「平
3」と書いて消した上「頃」を挿入し,相手の氏名について「A1副社長」,金額について「50
0万-1000万」と記載して,場所は空欄とし,さらに,同月27日には,担当者を「多分A1
副社長」,金額を「500万-1000万」,工事名を「おそらく県庁新設の希望を含む」と記載
し,現金授受の場所については「分からない」と記載している(乙物1添付の一覧表)。
 ⅱ そして,このように,B1が供述をあいまいな方向に変遷させていっていることは,B1
が述べるところの「安全サイド」から検察官に迎合して,全く記憶にない事実まで認め,その
後も,B17検事の脅しなどに屈して供述を翻すことができなかった者の供述態度としては,
いかにもそぐわないものであり,かえって,B1には,C1から現金を受け取ったという具体的
な記憶があり,そのため,当初はそれに沿った自白をしたものの,様々な思惑から,供述内
容を殊更にあいまいに変遷させていったことを強くうかがわせるものである。
 ⅲ この点,B1は,被告人A1に会った時期については,はっきりしたものがなかったの
で「頃」を入れた,どう考えても,被告人A1から金をもらったことが思い出せないので担当
者の「A1副社長」の前に「多分」を付けた,金額については,安全サイドのほか,B17検事
が検察官調書(乙物42)に1000万円と書いたことへの配慮などから,「500万-1000万」
であったと自分で創作したなどと供述している。しかし,現金を受け取った具体的な記憶が
ないのであれば,献金を受けたこと自体を否定すれば足りることである。また,B17検事の
脅迫等により,自白を覆すことができなかったというのであれば,それでは何故にその内容
についてはあいまいに変更することができたのかを疑問とせざるを得ないのである。
 (b) 脅迫ないし利益誘導に関する供述について
 ⅰ B1は,B17検事から,前記のように,「あなたはうそを付いている。正直に言わないと
全部起訴する。取調べを引き延ばす。ずっと拘置所に置いておいて,最後は刑務所に送り
込んでやる。」,「正直に話せば全部は起訴しない。必ず線引きするから安心しなさい。」,
「うそを付いたら,女のこともばらすぞ。」,「たとえ収賄にならないにしても,国税に話して全
部取り上げる。罰金まで入れると全部取り上げることになる。」,「県庁職員もやる。」と脅さ
れ利益誘導された旨供述する。
 ⅱα しかしながら,B1ノートを精査しても,C7ルートによる起訴までの箇所に,B1が供
述するような脅迫ないし利益誘導をB17検事から受けたことをうかがわせるような記載は全
く見当たらない。
 β 他方,B17検事は,①「全容を説明してもらえなければ,小さな事件でも起訴せざるを
得なくなるかもしれない。」ということは言った,②B1がある女性と一緒に過ごしたという供
述をした際に,B1から,そのような話も法廷に出るのかと聞かれ,「公判部には,できる限り
明らかにしないように引継ぎはします。しかし,その一連の流れの中で,当時のB1知事の
行動全部の立証が必要になってきたときには,その限度で,あなたがいつどこで何をして
いたかを明らかにせざるを得なくなるかもしれません。」という話もした,③検察庁がB1所有
の割引債券と多額の現金を押収したころ,B1から,その割引債券や現金は没収されるの
かという趣旨の質問されたため,押収と没収とは異なる旨説明した上,「収賄罪で起訴され
て有罪判決が確定すれば,その賄賂金額については追徴されます。また,たくさんの資産
が形成されているから,場合によっては,脱税として,追徴しろということになるかもしれませ
ん。」という話をしたこともあるが,④「県庁職員をやる。」という話をしたことはないなどと具
体的に証言している(154回)。
 γ そして,B17検事の上記証言内容には,特に不自然な点は見当たらず,その証言態
度は,誠実なものであったということができ,前掲のB1供述と対比して,B17検事の公判証
言の信用性は高いということができる。ちなみに,前認定のとおり,B1はC7ルートによる逮
捕の当初から頻繁に弁護人との接見を重ねていたところ,その事実を知らないはずがない
B17検事が,B1の供述するような脅迫や利益誘導を繰り返して,自白の任意性に疑問を
生じさせるような事態を自ら招くようなことは考えにくい。しかも,B17検事が,B1の弁護人
から取調べの方法について抗議を受けたのは,B1が10月26日に本件で再々逮捕された
後が初めてであったとうかがわれること(B17・154回,B24・112回,弁書152)は,B17検事
の公判証言の信用性を客観的に裏付けるものといえるのである。
 δ さらに,起訴・不起訴の点についてみれば,B1も,自白の見返りに特定の事件を不
起訴にするような約束があったとは述べていないのであり,この点に関するやり取りは,B
17検事が,起訴・不起訴の基準や見通し等に関する一般的な説示を行ったにとどまり,そ
れを超えて自白を獲得する手段として違法・不当な利益誘導を行ったものとは認められな
い。
 しかも,B1は,その述べるところによると,本件やC7ルート事件を自白する見返りとして
不問に付してもらうことを期待していた具体的事件があったわけではなく,その保有する割
引債券や現金に関して政治資金規正法違反や脱税容疑で立件される不安を抱いていた
にすぎないというのであるが,このように収賄事件に比べれば非難の度合いが弱く,未だ
捜査にも着手していない事件の立件を免れるために,現に取調べ中の本件やC7ルート事
件のような重大事件について,記憶もないのに自白することなど,あり得ないことというべき
である。したがって,B17検事の利益誘導により虚偽の自白をさせられた旨のB1の公判供
述は,信用するに足りないというほかない。
 ⅲ そうすると,B17検事による脅迫ないし利益誘導の点に関するB1の供述は,これを信
用することが困難である。
 (c) 記憶論に関する供述について
 ⅰ B1は,B17検事の「(金を)もらったような気がするということは,もらった記憶があると
いうことだ。」という独自の記憶論に惑わされたとも供述する。
 ⅱ しかしながら,B17検事は,この点,B1が「具体的な情景が思い出せないからよく分
からない。」という言い方をしたので,「例えば,この人の顔を見た記憶があるという場合,ど
こでいつ会ったか分からなくても,見たという記憶がなくなるわけではないんじゃないです
か。ですから,具体的な情景が思い出せないということであれば,去年特定のゼネコンから
多額のお金をもらったかどうかということを思い出してみたらどうですか。あるんだったら,具
体的な情景を思い出せないからといって,ある事実が消えてなくなるわけではないんじゃな
いですか。」と問いただして,B1の記憶喚起を促したにすぎない旨証言している(154回)。
 そして,B1ノート№1の41頁(前後の内容等から8月11日ころ記載したものと認められ
る。)には,「ある男の顔をどこかで見たようなという感覚だけ。いつどこで会ったか分からな
くても『その男の顔は知っている』といえる。記憶もそれと同じ。潜在的な記憶が潜んでいる
かもしれぬ。『この年もらったようだ』というのは『もらった記憶がある』ということではないの
か。」という,B17検事の公判証言に正に符合する記載があることに照らすと,B17検事の
上記公判証言は信用性が高いというべきである。
 そして,B1の上記公判供述に,B17検事の上記証言内容を加味して認められるところ
の,B17検事がB1に対して自白を促す説得方法は,道理に適い経験則にも裏打ちされた
ものであって,何ら不当,不合理な点はなく,自白を強要したり虚偽自白を誘発するような
ものでなかったことも明らかである。したがって,B17検事の独自の記憶論によって記憶に
ない虚偽の自白をさせられたとするB1の上記公判供述を信用することも困難である。
 (d) 供述を変遷させた理由
 ⅰ B1は,前にみたとおり,7月24日,平成4年にZ県東京事務所でC1副社長の被告人
A1から1000万円を受け取ったことを認めたが,その後,同月27日にかけて,現金授受の
場所,相手方,受け取った金額をあいまいにする方向に供述を変遷させているところ,この
ような供述の変遷状況は,前判示のように,B1には,C1から現金を受け取ったという具体
的な記憶があって,そのため,当初はそれに沿った自白をしたものの,様々な思惑から,
供述を殊更にあいまいに変遷させたことを強くうかがわせるものである。
 ⅱ この点,B17検事は,その公判証言の中で,当時のB1の供述態度について,B1は,
C1からの現金収受に関して,当初から,政治献金という言葉を使い,7月25,6日ころか
ら,その金額を少な目に,その時期もあいまいに話し始めたが,このような供述態度は,B1
が,賄賂という言い方をはばかるとともに,内容を余り明確に供述すると,C7ルートの場合
と同様に事件化されてしまうことを心配して,少しずつあいまいに言い出しているものと受け
止めていた旨供述している。そして,関係各証拠によれば,B1は,C1からの現金収受だ
けでなく,C6からの現金収受に関しても,7月24日時点では,平成3年に建築担当のトッ
プに近い責任者から確か県公館か県庁知事室で1000万円を受け取った旨明確に供述し
ていた(乙物42)のに,同月27日には,平成4年に多分建築担当の責任者から500ないし
1000万円を受け取ったが,場所は分からないと述べるなど(乙物1添付の一覧表),C1関
係と全く同様に,その供述を変遷させていることが認められるのであり,B17検事の上記公
判証言は,B1のこのような供述経過に沿うものとして,高い信用性を認めることができる。
 ⅲ しかも,B1及びB17検事の各公判供述に加えて,B1ノート№1(3頁,5頁)やB23弁
護士作成の回答書(弁物156。以下「B23回答書」という。)の記載内容からも,7月24日か
ら同月27日までの間は,B1が,C7ルート事件のうち,平成4年にB18から3000万円を受
け取ったとされる被疑事実について,記憶がない旨供述して,B17検事との間で厳しいせ
めぎ合いが続いていたことが認められる。
 ⅳ 加えて,前認定のように,B1の初期供述が,B1にとっては,逮捕による衝撃に伴っ
て不用意にも記憶内容を思わず吐露してしまったものであることも考慮すると,7月24日か
ら同月27日にかけての本件に関する供述の変遷は,B1が,本件についても,いったんは
記憶に従って認めてしまったものの,逮捕に伴う衝撃が抜けるに従い,早期にC7ルート以
外の余罪の多くについてまで自白してしまったことを後悔して,検察庁で未だ裏付けが取
られていない余罪について,殊更に供述内容をあいまいにし,立件される事件をできるだ
け限られたものにしようとする意図の下に,供述を変遷させたものと強くうかがわれるのであ
る。
 (e) まとめ
 そうすると,C7ルートによる起訴までの供述状況に関するB1の公判供述は,信用するこ
とができず,その間の本件に関する供述の変遷は,B1が殊更に供述内容をあいまいに
し,立件される事件をできるだけ限られたものにしようとして,意図的に行ったものと認めら
れるのである。したがって,B1の上記公判供述に基づき,B1の供述の任意性,特信性を
争う趣旨の弁護人の主張は,採用できない。
 (イ) 8月17日までの供述状況について
 a B1の公判供述
 (a) 8月13日,私は,C7ルート事件によって起訴されたが,その起訴後の勾留質問で,
公訴事実の一部について記憶がないと答弁すると,翌14日の取調べで,B17検事が烈火
のごとく怒り,「あなたのことはもう絶対に許さない。私だけではない。あなたのことは,本部
の者も皆,うそ付きだと言って怒っている。総長もあなたのことをうそ付きだと言って怒って
いる。もうこれからは,どんな小さな罪でも,あなたの罪は徹底的にやる。女のこともばら
す。」と非常に強い口調で狂ったように怒鳴った。私は,恐怖で震え上がり,何としてでも検
事の怒りを静めようと思って,頭を机にぴったりと付けて,平謝りに謝った。すると,B17検事
は,上申書の作成を求め,検事の言うとおり,「裁判官殿,私が記憶にないと言ったのは,
その情景について具体的にはっきりとした記憶がないことを言ったのであります」という趣旨
の上申書(乙物92)を書かされた。
 (b) 8月15日,私はC1等から金をもらっただろうと責められた。初めは「記憶にありませ
ん」と答えていたが,B17検事が「うそ付き」と怒鳴り,「C1のA1は業界の談合の元締めだ。
けしからん。」などと言った。私は,これ以上頑張っていて検事の心証を悪くすると,自分の
身が持たなくなってしまうのではないか,何としてでも検事の怒りを静めなければならないと
思い,そのためには,自分に記憶がなくても検事の言うがままに業者から金をもらったと言
うしか道がないとか,その会社から絶対に金はもらっていないという記憶がはっきりしている
もの以外は,金をもらった可能性が絶無ではないので,金をもらったと話しておく方が無難
だろうという気持ちになった。その後は,B17検事が私の生殺与奪の権を握っているように
見えて,検事さえ怒らせなければ,毎日の責めから免れることができるという目先のことにし
か頭が回らなくなり,検事の言うがままにしていた。
 b 検 討
 (a) 8月14日の取調べについて
 ⅰ 確かに,8月13日に行われたC7ルートの起訴後の勾留質問の中で,B1が,公訴事
実のうち平成4年の3000万円収賄については記憶にない旨供述し,翌14日に,B17検事
から,勾留質問における上記供述について問いただされて,「裁判官殿 1.はっきりした
記憶がないと言ったのは,そのとき情景について具体的にはっきりした記憶がないというこ
とを言ったのであります。 2.供述調書と矛盾することを言ったのではありません。」と記載
した上申書(乙物92)を作成したことは,前認定のとおりである。
 ⅱ さらに,B1及びB17検事の各公判供述によると,B1は,上記の起訴前には,C7ル
ートで起訴された4つの公訴事実のいずれも認める旨の検察官調書ないし上申書の作成
に応じていたことがうかがわれるのであって,このような当時の状況に照らすと,B17検事
が,B1の勾留質問における供述内容を知って,B1を厳しく問いただした結果,上記のよう
な上申書が作成されたことが推認される。
 ⅲ しかし,B1の公判供述によっても,B1は,8月15日の取調べにおいて,当初は,7月
段階の自白を翻してまで,本件について記憶にない旨供述したというのであり,勾留質問
でのB1の否認を巡る厳しい取調べがB1の供述態度に影響を与えた様子はうかがわれな
い。
 (b) 8月15日の取調べ状況について
 ⅰ 8月15日の取調べ状況についてみても,B1の公判供述のうち,絶対に金はもらって
いないという記憶がはっきりしているもの以外は,金をもらった可能性が絶無ではないの
で,金をもらったと話しておく方が無難だろうという気持ちになったとする点は,前記「安全
サイド」と同旨であるところ,このような弁解が極めて不合理であることは,前に詳しく判示し
たとおりである。
 ⅱ また,B1の接見記録(甲書94)によると,B1は,8月16日朝に1時間4分,翌17日午
前にも53分,当時の弁護人と接見していると認められるところ,B23回答書によっても,そ
の接見の際に,B1は,B17検事から,同月12日の取調べで,「裁判官の前で何を言っても
自由だが,言うこといかんによっては大変なことになるよ。」と言われ,同月14日の取調べ
では,「検察庁に対する挑戦だ。そういう態度なら,県庁移転工事のことで,金をもらった事
件を徹底的にやる。地元の業者の分も暴く。」と言われたと訴えたことまではうかがわれる
が,同月15日の取調べで脅されたと訴えた形跡はなく,かえって「C7の件は認めるから,
他は不問にしてもらえないか。」と訴えていたというのである。
 ⅲ さらに,B1は,8月15日に,前認定のとおり,上申書を8通も作成して,このうちC1関
係の上申書(乙物64)には,本件の概要のみならず,同社からの過去の現金収受状況,被
告人A1との接触状況,本件後の同社側からの受注辞退の申入れ等についてまで記載し
ており,C6ルート関係でも,同様の上申書(乙物63)を作成している。また,B1は,翌16日
には,前認定のとおり,C1関係で2通の上申書を作成し,そのうち1通(乙物65)では,本
件現金授受の状況について,詳細に説明するとともに,被告人A1と会った部屋の図面も
作成し,他の1通(乙物66)では,本件面談後の受注辞退の申入れの時期や方法について
訂正をしている。
 そして,B1ノート№1(44頁,46~47頁)及びB23回答書の各記載によると,B1は,同月1
5日,C1及びC6関係の上申書以外にも,ゼネコン数社からの合計数千万円に及ぶ現金
収受について,同様の上申書を個別に作成していたことがうかがわれるのであり,そのうち
の1件にすぎない本件について,B1が,その述べるような厳しい取調べを受けた結果,そ
の意に反して各上申書を作成したものとは考えにくいのである。
 しかも,その内容をみても,C1関係の上記各上申書はいずれも,7月段階の検察官調書
や上申書と比較して,非常に詳細になっており,とりわけ,本件後の同社側からの受注辞
退の申入れの事実は,検察庁として当時は全く把握していない事項であったことがうかが
われるのであり,このような上申書の作成状況は,これらの上申書がB1の自発的な意思で
作成されたことをうかがわせるものである。
 ⅳ そうすると,これらの上申書に基づき作成されたことがうかがわれる8月17日付け検
察官調書(乙物8)についても,その任意性を優に認めることができる。
 (c) まとめ
 以上のとおり,8月17日までの供述状況に関するB1の公判供述は,信用できないから,
B1の上記公判供述に基づき,B1の供述の任意性,特信性を争う趣旨の弁護人の主張
も,採用できない。
 (ウ) 収受した現金の金額及びその使途に関する供述状況について
 a B1の公判供述
 (a) 8月17日,被告人A1から受け取った現金が2000万円であるとし,その使途にも触
れた同日付け調書(乙物8)が作成された後,私は,房に帰ってから,面談当日の平成4年
12月22日にC11のB22及びC8のB19から各200ないし300万円,C9のB20からは1200
ないし1300万円もらい,その金で同月24日に割引債券の新規購入や買い増しをしたこと
を思い出した。
 (b) そこで,翌18日の取調べで,そのことについて話すとともに,B17検事に対する遠慮
から,割引債券の新規購入等の原資の金額を合わせようとして,C1からも200ないし300
万円もらったと話した。すると,B17検事から,C10で割引債券の新規購入等をしたのはす
べて平成4年12月24日の午前中であったことを前提に,「何を言っているんだ。B19さん
やB20さんにあなたが会ったのは24日の昼過ぎだよ。」と言われ,愕然とした。頭が混乱
し,検事の言うことだから確かな証拠があるんだろうと思って,私の考えはぺしゃんこにつぶ
れ,異議申立てどころではなくなった。
 (c) 9月20日,私がC10本店に行った時期を平成4年12月24日午前から同日午後に訂
正する調書(乙物77)が作成されたが,これも,私が供述したものではなく,B17検事が勝
手に作成したものである。8月17日に「債券の買い増しと新規購入が午前中に行われた」
と言われてから,C10本店の新規購入が午後であったとは一度も言われていない。B17検
事は,私がC10本店に行ったのが午後であったことを早くから知っていたのに,私に午前
であると錯覚させて供述させたものと思う。検事のやり方は誠に卑怯だと思う。
 b 検 討
 (a)ⅰ 確かに,関係各証拠によれば,B1は,平成4年12月24日の午前中にC10日本橋
支店で割引債券の買い増しのために191万円を,同日午後2時15分以降にC10本店で
割引債券の新規購入のために1707万円を,それぞれ支払ったことは明らかである。
 ⅱ また,8月17日に,B1が被告人A1から受け取ったのは2000万円であり,これをC
10での合計1897万円(日本橋支店での支払を190万円としているため,実際より1万円少
ない。)の支払に充てた旨の検察官調書(乙物8)が作成されていたが,B1が,翌18日,上
記2000万円の使途に関して取調べを受けた際,上記12月24日にはB19及びB20から合
計1400ないし1600万円をもらったので,被告人A1からもらったのは200ないし300万円
だったのではないかと思う旨の弁解を始めたこと(乙物67)は,前認定のとおりである。
 ⅲ そして,B17検事及びB1の各公判供述によると,8月18日に,B17検事が,B1に対
して,前日に説明してメモさせていたB21ノートの上記12月24日の欄の記載に基づき再考
を促したこと,なお,B17検事が前日にB1に説明したのは,上記12月24日欄の2頁のうち
午後2時10分までの日程が記載された1頁目のみであり,そこには,同日午前にC10日本
橋支店に行った旨の記載はあるものの,同日午後2時15分以降に行ったC10本店に関す
る記載がなかったこと,そのため,B1は,B19及びB20からもらった資金で割引債券の新規
購入等をすることはあり得ないものと誤解し,その旨を明言して上記弁解を撤回したことが
認められる。
 ⅳ しかも,B17検事は,その公判証言によっても,8月下旬ころには,東京地検の本庁
から,B21ノートには,B1が平成4年12月24日午後にもC10に行っているとの記載がある
ので,同日午前中に割引債券の新規購入等をすべて行ったとは断定できないという指摘
を受けていたというのに,そのことをB1に伝えたのは,その点に関する検察官調書(乙物
77)を作成した9月20日が初めてであったというのであって,取調べの在り方としては,そ
の公正さに疑問の残る取調べ方法というべきである。
 (b)ⅰ しかしながら,B17検事は,上記のような取調べ状況やこれに伴うB1の供述経過
を検察官調書としてその都度記録しており(乙物67,77),B17検事において意図的にB1
を騙そうとしたような状況はなかったものと認められる。
 ⅱ また,8月18日時点におけるB1の弁解は,B1も認めるとおり,被告人A1からもらっ
た現金が200ないし300万円であったという,B1の記憶にもない全くの虚偽内容であり,B
1は,上記のような誤解に基づき,この虚偽内容の弁解を撤回せざるを得なくなったにすぎ
ない。
 ⅲ さらに,B1は,9月20日に,B17検事から,B19及びB20と会った後にC10本店に行
っていることを聞かされながら,被告人A1からもらった現金は2000万円に間違いないと供
述した上,これらの事実を前提として,平成4年12月24日の行動及び金の出入りについて
詳しく供述し(乙物77),これを踏まえて,その時点での本件に関するまとめの調書も作成さ
れている(乙物11)。
 ⅳ しかも,B1ノート№1中の9月20日の欄(72~73頁)には,上記検察官調書の内容の
概要や従前の調書との内容の違いに関する記載があるにとどまり,B19及びB20からもらっ
た金で割引債券の新規購入等をしたことをうかがわせたり,B17検事から予想外のことを言
われたとか,うそを付かれたことを憤るような記載は全く見られないばかりでなく,同月21
日,22日,24日と連日のようにB1と接見していたB24弁護士も,その間にB1からそのよう
な訴えがあったとは証言していないのである。
 ⅴ そうすると,B17検事は,意図的にB1を騙そうとして平成4年12月24日のB1の行動
についての誤った事実を前提とした取調べを行ったわけではなく,その証言するように,手
元にあったB21ノートの写しの同日欄のうち1頁目を見て,軽率にもその日のB1の日程に
関する記載が同頁のみであると早合点して,これを前提に取調べを行ったものであること
がうかがわれる。しかも,B1は,そのような取調べによって,被告人A1からの現金収受の
有無に関する誤った認識を植え付けられ,これに基づき虚偽の供述をしたものではなく,
自らの虚偽内容の弁解を撤回せざるを得なくなったにすぎないのである。したがって,B
17検事のこのような取調べ方法は,客観的事実に反する誤った前提に基づく点において,
誤導のおそれのある危険なものであり,B17検事がその誤りに気付きながら直ちに是正しよ
うとしなかった点において,公正さに疑問を残すものではあるが,意図的にB1を欺罔しよう
としたものではなく,それによって虚偽供述を誘発したわけでもないから,それ自体,違法
な取調べ方法であるとも,B1の供述の任意性に疑問を生じさせるものともいえない。
 ⅵ かえって,B1が,9月20日に,B17検事から,B19及びB20と会った後にC10本店に
行っていることを聞かされながら,被告人A1からもらった現金は2000万円に間違いないと
供述していることは,8月17日に,B17検事から,C10で合計1900万円近い支払をしてい
ることを指摘され,被告人A1から受け取った金額が2000万円であることを明確に思い出
したために,1707万円を使ったC10本店に行く前にB19及びB20と会っていたことを教え
られても,その記憶が動揺しなかったことをうかがわせるものである。
 c まとめ
 以上のとおり,被告人A1から収受した現金の使途等の供述状況に関するB1の公判供
述をそのまま信用することはできず,したがって,B1の上記公判供述に基づき,B17検事
の取調べ方法が違法であるとしてB1の供述の任意性,特信性を争う趣旨の弁護人の主張
も,採用することはできない。
 (エ) 8月20日の一時的な否認供述について
 a B1の公判供述
 (a) 私は,8月19日午前に当時の弁護人であるB23弁護士と接見し,同弁護士から,「C
1側は,A1副社長とA2支店長,B4茨城営業所副所長が面談して,『D1』という本の入っ
た袋を贈呈したが,金は渡していないと言っている」と聞いた。これを聞いて,本をもらった
ことを思い出した。
 (b) そこで,翌20日,私が「大型封筒に入っていたのは金ではなく本と思われる。金をも
らったことはどうしても思い出せないのでもらっていないのではないか。」と話すと,B17検
事は,「それじゃ,債券を買った金はどこから出たんだ。」と反論してきた。私が「分かりませ
ん。」と答えると,「本の標題まで覚えているのに債券を買った金が思い出せないとは何て
こった。金をもらったことを覚えているか覚えていないか分からないというのは何てことだ。
ふざけるんじゃない。」と怒鳴られ,一遍にしゅんとなった。その後に,被告人A1から金をも
らったという調書(乙物69)が作成された。
 b 検 討
 (a)ⅰ 確かに,8月20日付けで,B1が,B23弁護士と接見した際,面談当日に被告人A
1から受け取った大型封筒の中身は,同被告人の対談集である書籍1冊であったことを思
い出した,したがって,大型封筒に1000万円か2000万円が入っていたという記憶もなく
なった旨記載された検察官調書(乙物68)と,「先ほど,私は検事にうそを付いていまし
た。」とした上で,B23弁護士から,C1側が,面談当日,被告人A1は対談集1冊を大型封
筒に入れて渡しただけで,お金は一切渡していないと話していることを聞いて,同弁護士
に,本をもらっていることを話すと,同弁護士から,「それならば,検事に,A1副社長からも
らった大型封筒にはその本が入っていたと言いなさい。お金については記憶にないと言い
なさい。」などと言われたので,この助言に従った旨記載された検察官調書(乙物69)があ
ることは,前認定のとおりである。
 ⅱ また,8月20日の一時的な否認は,前認定のような同日付け(乙物68,69)及び同月
21日付け(乙物70,71)各検察官調書並びにB1ノート№1(50~51頁)及びB23回答書の
各記載,更にはB1自身の公判供述からも,B1が,同月19日に接見したB23弁護士から,
「C1の話では,A1副社長が,年末のあいさつも兼ねて,A2新支店長,B4茨城営業所副
所長と共に,支店長就任のあいさつをし,その際,『D1』という本の入った袋は贈呈した
が,金の授受は絶対にないと言っている。」と聞かされたことによるものと認められる。
 (b)ⅰ しかしながら,B1は,上記一時的否認の直後に否認供述を撤回した上,翌日に
かけて,否認するに至った経緯やB1の意図等についての3通もの検察官調書(乙物69~
71)の作成に応じている。
 ⅱ しかも,押収してある『D1第Ⅲ集』と題する書籍(弁物102)によれば,面談当日に被
告人A1がB1に手渡したとされる同一表題の書籍は,大きさが縦約21.6㎝,横約15.7
㎝,幅約2.3㎝,重さが約576gであると認められるのに対し,検証の結果(弁人25)によれ
ば,2000万円の現金(1万円札100枚の札束20個)は,重さが約2150gあり(B3の捜査
段階の供述(甲書140)に従い,A4版の書類が入るマチ付きで鳩目の付いた大型茶封筒
と同種と思われる大型茶封筒に入れたもの),B3が11月6日付け検察官調書(甲物70)で
供述する方法で並べると,縦約31.9~32.5㎝,横約23㎝,高さ約4.8㎝の大きさにな
ることが認められ,B1が被告人A1から受け取ったとされる書籍と2000万円の現金との間
には,大きさ及び重さのいずれについても大きな違いがあるということができる。したがっ
て,ゼネコン等から1000万円単位の現金を受け取った豊富な経験のあることを自認して
いるB1が,この書籍と2000万円の現金とを記憶の中で取り違えたり,8月20日付け検察
官調書(乙物68)にあるように,B23弁護士から,自分が受け取った大型封筒の中身がこの
書籍であったという話を聞いて,書籍が入っていたことを思い出し,その封筒の中に1000
万円か2000万円が入っていたという記憶がなくなるということは,想定し難いことというべき
である。
 ⅲ さらに,B23回答書によれば,B1は,8月15日にC7以外のゼネコンからの収賄につ
いての取調べが再開されるや,当時の弁護人に対し,これらの余罪については不問にして
もらいたい旨繰り返し訴えていたことが認められる。
 (c) そうすると,8月20日時点での一時的な否認供述は,余罪についての刑事責任の追
及を免れようとして,B1自身の検察官調書(乙物69~71)にあるように,B23弁護士から,
前記のようなC1側からの話を聞いたことから,これを奇貨として,口裏を合わせようとして記
憶に反する供述をしたものの,B17検事から,様々に追及され説得されて,再び自らの記
憶に合致した自白をするに至ったことが認められる。したがって,これに反する趣旨のB1
の公判供述は,信用することができず,B1の上記公判供述に基づき,B1の供述の任意
性,特信性を争う趣旨の弁護人の主張も,採用することはできない。
 (オ) 弁護人の交替について
 a B1の公判供述
 (a) 9月6日,私は,B17検事から「今のようにあなたが接見で話したことが次から次と出て
しまうようだと,政治的圧力によって起訴をやめたと言われるおそれがあるので,検察として
も起訴せざるを得なくなる。そうすると,一番損するのはB1さんの方ですよ。」と言われた。
私は,B23弁護士がマスコミに情報を流していることに検察が強い不快感を示していると思
い,検事が捜査を打ち切ろうとしていたものまで起訴されるようになっては大変だと心配に
なった。
 (b) さらに,9月7日にも,B17検事から「B23弁護人がしゃべりすぎる。マスコミへの発表
がひどすぎる。特捜始まって以来のひどさだ。やり方が検察庁の怒りを買っている。今やB
1対検察ではなく,B23対検察になっている。発表されたゼネコンは全部徹底的にやるとい
うことに決まった。検察の内部には,B23さんはB1さんと結託してやってると言って疑ってる
者もいる。」,「B23弁護人を辞めさせる手続はあるが,あなたが解任するのが一番簡単で
すよ」と言われた。私は,B23弁護士のために検事の機嫌を悪くすると,捜査は厳しくなる
し,線引きもされなくなり,どんな小さなことも全部起訴され,囚われたまま死ななければな
らないと大変不安になった。そのため,B17検事の勧めに従い,B23弁護士を解任すること
を決意して,その日のうちにB23弁護士ら3人の弁護人を解任した。
 b 検 討
 (a) 確かに,B1ノート№1の記載(61頁)に照らしても,9月6日及び7日の取調べにおい
て,B17検事が,B23弁護士によるマスコミに対する捜査の進展状況の細かな公表に強い
不満を示したために,それが直接の契機となって,B1がB23弁護士らを解任したことがうか
がわれる。
 (b)ⅰ しかしながら,B23弁護士を解任したことについて,B1ノート№1には,B17検事が
その解任を勧めた旨の記載は皆無である。しかも,B24弁護士の公判証言によると,B1
は,B24弁護士に対し,B23弁護士解任の理由について,マスコミへの公表をやめるよう何
度かお願いしたが,B23弁護士がやめてくれないし,B23弁護士自身の接見の回数が少な
く,自分の意を十分伝えることができない不満があったためであると説明していたことが認
められる。
 ⅱ また,B24弁護士を後任の弁護人として選任したことについても,B1ノート№1には,
B17検事からの働きかけがあったことをうかがわせる記載は全く見当たらない。かえって,
同ノート中の「B26,B27,B28警視総監の友人(刑事畑) B24君(C14協会の常務)から当
たってみてもらいたい そしてご相談を!」という記載(61頁)及びB24弁護士の公判証言
からすると,B1は,刑事畑の知り合いの弁護士がB24弁護士とB26元検事長しかいなかっ
たために,B24弁護士に連絡して,後任の弁護人を依頼したことがうかがわれる。
 (c) そうすると,B17検事がB23弁護士の解任を勧めた旨のB1の公判供述は,信用する
ことができず,これに依拠するなどして,上記の弁護人の交替が検察庁の思惑に基づくも
のである旨の弁護人の主張も,採用できない。
 (カ) 9月12日及び同月13日の取調べ状況について
 a B1の公判供述
 (a) 9月12日,私は,B17検事から,平成3年10月にC15株式会社副社長のB29から金
をもらったのではないかと追及を受けた際に,黙っていると,怒ったB17検事から「全部起
訴する。求刑は極刑にする。」と怒鳴られた。翌13日にも,B17検事から「途中からもらって
いないと言っても,それはうそ付きだ。どこまでももらってないと言い張るなら,全部ばらしち
ゃう。」,「B30主任(本件の捜査主任であったB30検事。)がすごく怒ってる。」とものすごい
剣幕で怒鳴られた。これを聞いて,私は,獄死しなきゃならないという恐怖感に襲われた。
 (b) そこで,私が,平成2年か3年にC15から1000万円もらったといううその供述をする
と,B17検事から,「どうして最初からもらったと言わなかったのか。」と追及された。私が,苦
し紛れに「具体的な記憶がありませんでしたから。」と答えると,B17検事は,突然狂ったよう
に怒り出し,「それなら最初から,もらったけれども具体的状況は記憶がないと言えばいい
じゃないか。うそ付き,帰れ。」と言って私を房に戻した。
 (c) 1時間くらいして取調室に呼び出されると,B17検事から,非常に恐ろしい顔をしてに
らみつけられ,「あなたの言うことはしょっちゅう変わるので信用できない。あなたの体中を
錐で刺してやりたいような気持ちだ。」と言われて,私は,大変なショックを受けた。
 b 検 討
 (a) そこで検討するに,前記(ア)ないし(オ)で検討してきたとおり,B1の公判供述には,
あたかもB17検事による違法不当な取調べが続けられたため,事実に反する自白を強要さ
れたかのように,事実を作出又は誇張して述べた部分が多く,全般的に信用性に乏しいも
のというべきである。したがって,9月12日及び同月13日の取調べ状況に関する供述部分
も,B1ノートの記載等の客観的裏付けのないものは,これを信用することが困難である。
 (b)ⅰ そのような観点から,まず,B1ノート№1の9月12日の欄の「求刑は極刑になる」,
「すべて起訴する」との記載(65頁)についてみるに,B17検事が,前認定のように自己の弁
護人と頻繁に接見しているB1に対し,収賄事件で死刑を意味する極刑を求刑するなどと
いった荒唐無稽の脅迫をあえてするとは考えにくいし,前認定のように収賄罪の法定刑を
知っていたはずのB1がこれをまともに受け取ることも考えられない。
 ⅱ この点,B24弁護士は,9月13日の接見では,B1から,前日の取調べについて,C
15からの収賄の事実を追及され,B17検事から「具体的に供述しなさい。そうしないのはう
そを付いているからだ。あなたは,もらっていないと言うことがうそだと判ったら腹を切ると言
ったが,C15の件で腹を切れるか。」,「この件が証拠上はっきりして起訴した場合には,極
刑に処する,それ以外のどんな小さなものも起訴する。」などと脅されたと訴えられた旨証
言している。
 ⅲ このようなB24弁護士の上記公判証言に照らすと,同公判証言にある「腹を切る」とい
う言葉は,責任を取るという程度の意味にとどまることがうかがわれるのであり,それと同様
に,B1ノートにある,9月12日の取調べにおけるB17検事の言葉も,B1の供述態度次第
では,求刑が法律で定められた最高の刑になるかもしれないし,証拠上裏付けられた事件
を全部起訴せざるを得なくなるかもしれないという趣旨にとどまるものと考えられる。したが
って,このような取調べが違法不当ということはできない。
 (c) 次に,B1ノート№1の9月13日の欄の「身体中をキリで刺してやりたいという気持ち
だ」との記載(66頁)について検討する。
 ⅰα B24弁護士の公判証言によれば,B1は,同月14日の接見で,同弁護士に対し,
前日の取調べについて,「C15から金をもらった記憶がない。」と言ったところ,B17検事か
ら「徹底的に調べる。どんな細かいことでも起訴する。捜査を長引かせて拘束も長引かせ
る。女性のことも調べる。」などと脅され,「C15から金をもらった。」と供述すると,さらにB
17検事から「あなたの言うことは全く信用できない。錐かナイフで体中を刺してやりたいよう
な気持ちだ。」などと脅されて,検事から言われるままに,「本当はもらった記憶があったの
に,もらっていないと言い張った」という内容の上申書を書いたと訴えていたことが認められ
る。
 β また,B1ノート№1の記載(64~66頁)等によれば,9月12日と同月13日の2日間,C
15からの収賄についての取調べがあり,B1が,逮捕された翌日の7月24日以降,同社か
らの現金収受を認めていること(乙物51),同社のB29とも頻繁に会っていることなどを根拠
に,B17検事がB1を様々に追及したところ,B1は,「記憶がない」と言い,「もらったかもら
ってないか」を聞かれると,「じゃもらっていない」と答えていたが,同月13日夜になって,
「平成2年か3年に1000万円ぐらいもらった」と言い出し,B17検事から,なぜそのように供
述しなかったのかと聞かれて,「具体的情況について記憶がなかったから」などとあいまい
な供述を続けたため,B17検事が怒り出し,B1をいったん房に戻してから,午後11時45分
まで取り調べたことがうかがわれる。
 γ そして,B17検事も,「あなたの体中を錐で刺してやりたいような気持ちだ。」と言った
ことはないが,B1が,具体的な情景を思い出せないとよく言っていたので,「そうやって鎧
甲で自分の身を固めたところで,検察としては,槍をどんどん突き刺していって,事実を解
明していきますよ。」と言ったとして,取調べの中で,槍で突き刺すような発言をしたことを認
める証言をしている。
 δ このような証拠関係からは,C15からの現金収受に関するB1の供述があいまいに終
始したため,9月13日の夜の取調べでは,B17検事がかなり感情的になって,B1に対し,
「錐で刺す」とか「槍で刺す」などという言葉を使ったり,「徹底的に調べる。どんな細かいこ
とでも起訴する。」などと威嚇的な態度で取調べを行ったことがうかがわれるのであり,取調
べの方法として穏当さを欠くものとして,被疑者の供述状況次第では,その供述の任意性
に疑問を生じさせ得るものというべきである。
 ⅱα しかしながら,B1の公判供述及びB1ノート№1の記載(64~66頁)を検討しても,9
月12日及び同月13日の取調べでは,「お金をもらったという感じがしていたのに,C57ダ
ム以来もらったかもらってないかと言われた時に,もらってないと言ってしまった」旨の上申
書が作成されたのみで,現金授受に関する具体的な内容を録取した供述調書が作成され
た形跡は認められない。
 β また,B1ノート№1の記載(64~67頁)によれば,9月14日の夜には,B1が平成3年5
月ころC15のB29から現金1000万円を受け取った旨の供述調書が作成されたが,C15関
係と併行して取調べが行われていたC1関係では,同日においても,B1は,平成2年12月
10日に被告人A1から金をもらった感じがしないなどと述べて否認供述を貫いていたことが
認められる。
 γ さらに,B1の接見記録(甲書94)によると,B1が9月14日午後1時4分から3時までの
2時間近くにわたりB24弁護士と接見していることが認められることも考慮すると,仮に前日
の取調べによってB1が衝撃を受けていたとしても,翌14日にはそれから既に脱却してい
たことがうかがわれるのである。
 δ したがって,前認定のように,9月13日夜の取調べ方法は,穏当さを欠くものであっ
たとはいえ,その影響は,少なくともC1関係の事件に関する限り,翌14日以降のB1の供
述には及ばなかったことがうかがわれる。
 (d) そうすると,9月12日及び13日の取調べの影響によりB1の供述の任意性ないし信
用性が欠けるに至った旨の弁護人の主張は,C1関係の事件に関する限り,理由がないと
いうべきである。
 (キ) 9月下旬以降の取調べ状況について
 a B1の公判供述
 B1は,その後も引き続き,B17検事から繰り返し脅されたり圧力を掛けられた旨供述して
いる。すなわち,
 (a) 9月21日,私は,C6幹部からの収賄容疑で再逮捕されたが,翌22日に,C1からの
平成2年12月10日の収賄容疑で取調べを受けた。その際,私が「金をもらった記憶も実感
もない。」と答えると,B17検事から「後でもらったことが判ったときに,あのときは思い出せな
かったんだという弁解は許さない。うそを付いたことにする。」と言われて,怖くなり,「A1さ
んが手ぶらで来られるはずはないと思います。」と言って,その場を取り繕った。
 (b) 9月27日にも,再び同じ件で被告人A1から金をもらっていないか聞かれたが,その
際,B17検事から「正直に話しなさい。全部話せば全部は起訴しないが,全部話さないと全
部起訴するぞ。」と言って脅された。
 (c) 10月18日,B17検事から,「裁判で争うと保釈にならないよ。いったん線引きをして
起訴しないと決まったものの中にも,起訴しようと思えば起訴できるものがあるんだし。」と言
われ,裁判で争わないよう圧力を掛けられたと感じた。
 (d) 同月23日の取調べで,私が,ゼネコンの東京本社から来る人が何も持ってこないこ
ともあると答えると,B17検事は,「うそを付いている。刑が重くなると思ってうそを付いている
んだ。金をもらった記憶がないというのは思い出してないんだ。」と激しい口調で怒鳴られ
にらみつけられたので,私は,下を向いて黙るしかなかった。
 (e) 同月25日,B17検事から,被告人A1が,本件で逮捕され,否認していることを知らさ
れた。C1関係者が真相を明らかにしてくれると期待を持ったが,私は,気持ちが完全に萎
縮してしまっており,とても今までの供述を変えることはできなかった。
 (f) 同月26日,本件で逮捕され,同日の弁解録取でも,同月27日の勾留質問でも,容
疑事実を認めた。勾留質問で認めたのは,B17検事の指示どおりにしないと,検事がもの
すごく怒るためである。C7ルートの件で懲りていた。
 (g) 本件による逮捕後も,B17検事からは,繰り返し脅されるなどして,供述を覆すことは
できなかった。すなわち,
 ⅰ 同月31日,B17検事から「背広生地をもらわなかったか。」,「昭和60年ころに被告人
A1らと会っていないか。」と聞かれ,「覚えていない。」と答えると,B17検事が急に怒り出
し,「記憶にない記憶にないということばかり言っていると,残っている事件は全部やるぞ。
そうすると,しばらくは拘置所から出られない。来年の夏になっちゃう。保釈もずっと先にな
る。」と言ってきた。そのため,私は検事の話にできるだけ合わせる供述をした。
 ⅲ 11月7日夜の取調べで,B17検事から「A1のことなら何でも知っていることを話してく
れ。裁判になっても取調べが行われることがあるよ。仙台の市長がそうだ。検察と対立する
と保釈にならないよ。」と言われ,脅しと感じた。当時は,寝汗が続き,肋骨の辺りが痛いな
ど,体調も悪く,かなり参っており,1日も早く保釈になって精密検査を受けたいと思ってい
た。
 b 検 討
 (a) そして,このようなB1の公判供述に対応する証拠としては,以下のようなものがある。
すなわち,
 ⅰ B1ノート№1の9月22日の欄(74頁)には,「『実感がないということで,どうしても実感
がないなら,もらっていないのだ』と言うから,『もらっていないのでしょう』と言ってしまった
が,『後で判ったときは,思い出せないということは許さない。うそを付いたことにする。』など
と脅した」との記載がある。
 ⅱ B25弁護士は,9月29日の接見の際,B1は,前日の取調べ状況として,B17検事か
ら,「知っていることは全部話しなさい。正直に話せば全部起訴することはない。もし隠して
いると,全部起訴することになる。」と言われたと話し,記憶にないと答えても許してもらえな
いということで,どのように対処したらいいのか大変悩んでいるようだったと証言している。
 ⅲ B1ノート№2の10月18日の欄(32頁)には,「とことん頑張って長引かせる戦術を採
ると,保釈にならないかもしれない。」,「早く裁判を切り上げ刑務所に入り服役すれば,刑
期の6~7割で仮釈放になるだろう。勾留期間も裁量だけど見てくれる。その方がいいので
はないか。線引き外で起訴できるものがあるし。」などの記載がある。
 ⅳ B25弁護士は,C1関係の勾留質問に先だって,B1から,「C7の件の勾留質問で否
認したとき,検事からさんざん怒鳴られたので,今回もまた記憶にないと言うと,検事からき
つい取調べを受けることになるだろうが,それには耐えられないので,認めていいか。」とい
う話があったので,弁護団としてもやむを得ないという話になったと証言している。
 ⅴ B1ノート№2の10月31日の欄(71頁)には,「記憶がない記憶がないと言っている
と,後残っている奴も全部やるようになる。-(B30の脅しか?) そうするとここからはしばら
く出られない。」との記載がある。
 ⅵ B1ノート№2の11月7日の欄(77頁)には,B17検事の発言として,「A1さんについて
何でも知っている(思い出)ことはないか?」,「◎対決していると保釈されない」との記載が
ある。
 (b)ⅰ しかしながら,前認定のとおり,10月9日前後の接見の後に記載されたB1ノート
№1には,「(B25さん)」との記載の下に,「と思うを必ずつける。必ず思う。はっきり断ると怒
る 怒らせる 怒られたことを弁に言う 種にしたいする 証拠能力なしとなる」旨の記載が
あるところ(93頁),同弁護士の意図はともかくとして,B1自身は,取調べ検事を挑発して怒
らせるようにという趣旨のアドバイスを受けたと理解していたのであり,B1にとっては,このよ
うなアドバイスが,自己の供述調書の証拠能力を否定するために,B17検事を挑発して,そ
れに対するB17検事の対応を記録するとともに,弁護人にも訴えようとする積極的な動機
付けになったこともうかがわれるのである。したがって,B1ノートの記載及び弁護人との接
見時のB1の発言内容の信用性については,慎重な検討を要する,
 ⅱ そして,B1ノートの記載内容にB1及びB17検事の各公判供述を総合すると,9月下
旬以降の取調べにおいて,B17検事が厳しくB1を追及したのは,主として平成2年12月1
0日の現金授受等の余罪に関するものであるところ,それらの取調べにおけるB17検事の
言動も,それ自体,B1の供述の任意性ないし信用性に疑いを生じさせるものとまではいえ
ないし,B1は最後まで余罪についての否認を貫いたことが認められる。
 ⅲ また,B1の公判供述によっても,8月20日以降は,B1が一貫して本件現金授受の
存在を前提とする供述をしていたため,B17検事は,その有無について厳しく取調べをし
たことがなく,B1が公判段階で否認することを牽制するにとどまっていたことがうかがわれ
る。
 ⅳ さらに,その間のB17検事による取調べの中で,仮にB1の公判供述にあるように,取
調べを受ける側から見て威圧的と感じられるような言動があったとしても,前認定のように,
本件捜査段階で転機となるようなB1の供述,すなわち,本件現金授受を認め,その詳細ま
で述べた供述はすべて,そのような言動に先立ち,かつ,これらとは全く関係なくしてB1か
ら任意に語られたものであることが認められるのである。
 (c) なお,9月下旬以降におけるB1の供述中には,一部に前判示のような変遷がみられ
るので,その理由についても検討しておく。
 ⅰα まず,現金授受の場所について,10月17日付け検察官調書(甲書134・乙物83)
までは都道府県会館別館2階にある「知事談話室」とされていたが,同月25日付け検察官
調書(乙物14)以降は,その名称が「知事会談話室」と訂正され,さらに,11月5日付け検
察官調書(乙物15)では,従前の図面は勘違いして都道府県会館本館3階の「知事会役員
室」を記載したものである旨訂正されている。
 β しかし,このような変遷は,現金授受の場所についてのB1の思い違いが,後に裏付
け捜査によって面談の場所が明らかとなり,これに基づき是正されていった過程として,自
然なものということができる。
 ⅱα 次に,同行者の有無について,8月21日付け検察官調書(乙物71)までは,同行
者がなかったとされていたが,9月20日付け検察官調書(乙物11)において,「ひょっとする
と最初のうちは随行者一,二名がおり,現金をいただく前に随行者が席を外して先に部屋
から退出していたものであったかもしれません」と供述して,随行者がいた可能性を初めて
認めるに至り,10月25日付け検察官調書(乙物14)以降も同旨の供述をしている(甲書
136・乙物18)。
 β しかし,このような変遷は,9月20日付け検察官調書(乙物11)にあるように,B1とし
ては,被告人A1が1人で部屋に入ってきたように思っていたものの,それは,現金を授受
する場面が頭に残っているからであり,現金を受け取る前に随行者が退出していたとすれ
ば,その記憶と矛盾するものではなく,後にC1に対する裏付け捜査により随行者のいたこ
とが判明したことにより,訂正されたことがうかがわれるのである。
 ⅲα 最後に,現金授受の趣旨について,10月25日付け検察官調書(乙物14)までは
含まれていなかったC57ダム建設工事の受注依頼が,11月11日付け検察官調書(乙物
16)以降,新たに加わえられ,同日付け検察官調書(甲書135・乙物17)において,C57ダム
建設工事の進捗状況,その受注を求めるゼネコン各社からの陳情状況等が録取されてい
る。
 β しかし,B1は,前認定のとおり,8月15日付け上申書(乙物64)以降,本件現金授受
の後に,C1側からC57ダムの受注希望を放棄する旨の意思表示があったことを認めてい
た。しかも,B1の公判供述によると,B1は,C57ダムについて,その後も繰り返しB17検事
から事情を聴かれており,10月23日の取調べでは,本件面談の際に,B1が,県庁舎と医
療大学の話は出たと思うが,C57ダムの話は出なかったと思うと供述すると,B17検事が不
満そうな顔をしたというのである。加えて,被告人A1は,後にみるとおり,同月31日に本件
現金授受を初めて自白して以降,その趣旨について,C57ダム建設工事の受注依頼であ
ったと明確に供述していた。
 γ したがって,B1には,面談当日に被告人A1からC57ダム建設工事の受注依頼を受
けた記憶まではなかったものの,B17検事が同工事についても受注依頼があったという嫌
疑を抱いて取調べを進めているうち,被告人A1がその趣旨を含むことを明言するに至っ
たため,これを踏まえて更にB1を取り調べた結果,上記のような供述の変遷に至ったことを
合理的に推認することができる。
 ⅳ このように,上記の各供述の変遷は,それぞれにB1の供述過程として自然かつ合理
的なものであり,B1供述の任意性ないし信用性に特段疑問を生じさせるものとはいえな
い。
 (d) 加えて,9月下旬以降も,前認定のように,B1がその弁護人と頻繁かつ長時間にわ
たり接見していたことも考慮すると,その間の取調べの影響によりB1の供述の任意性ない
し信用性が欠けるに至ったとする弁護人の主張は,採用することができない。
 (ク) まとめ
 以上のとおり,B1の捜査段階の供述については,弁護人指摘の諸点を踏まえて検討し
ても,任意性ないし信用性に疑いを生じさせるまでの事情は存しないと認められるから,こ
の点に関する弁護人の主張はすべて理由がないことに帰する。
 (3) B1の各検察官調書の証拠能力についての結論
 以上のとおり,B1の捜査段階における供述は,全般的に,任意性はもとより,その公判供
述と対比しても,これより信用すべき特別の情況があったと優に認められるから,検察官請
求に係るB1の検察官調書9通(甲書129~137)はいずれも証拠能力を有することが明らか
であって,これを否定する趣旨の弁護人の主張はすべて採用できない。
第3 C1関係者の各検察官調書の証拠能力
 1 被告人A1の各検察官調書の証拠能力
 (1) 問題の所在等
 ア 問題の所在
 (ア) 検察官は,被告人A1の検察官調書のうち6通(乙書12~16,27)について,刑訴法
322条1項又は321条1項2号後段に基づき取調べを請求した。
 (イ) これに対し,弁護人は,3月21日付け検察官調書(乙書27)については,被告人A1
に対する政治資金規正法違反の嫌疑を持っていた検察官が,警戒心を起こさせないため
にあえて参考人として供述拒否権を告げずに取り調べるという違法な手段によって獲得し
た違法収集証拠である上,特信性も欠いており,また,その余の検察官調書5通(乙書
12~16)についても,本件で被告人A1の取調べを担当した東京地検特捜部所属のB
31検事から,「得意先をリベートで徹底的に調査する。」,「C6のB32さんは得意先6社をや
られて勘弁してくれと言った。C7のB33さんも3社で手を挙げた。」,「今得意先をなくしてC
1がとんでもないことになったら,C1中興の祖はB34,C1衰退の元凶はA1ということになる
ぞ。」などと言って脅迫され,あるいは「B3の手帳の面談当日の欄に『2,000』と書いて消
した跡がある。」,「C1の顧問弁護士が,特捜部長を訪れたり,B30主任検事に電話をかけ
て,接見時に容疑を認めたことを伝えたA1を怒鳴ったことを謝罪し,C1にもA1本人にも
善処させると言っていた」と告げられるなど偽計を用いて獲得された任意性のないものであ
る上,特信性も欠いているとして,いずれも証拠能力がない旨主張する。
 (ウ) そこで,以下,被告人A1の前記検察官調書6通(乙書12~16,27)の任意性及び
特信性の有無について検討することとする。
 イ 任意性・特信性の判断資料として請求された被告人A1の検察官調書等の証  拠
能力
 (ア) 検察官は,被告人A1の上記検察官調書6通(乙書12~16,27)の任意性・特信性
立証のために,上記検察官調書6通を含む被告人A1の捜査段階における一連の検察官
調書23通(乙物93,96~117。ただし,乙書12は乙物104と,乙書13は乙物116と,乙書
14は乙物114と,乙書15は乙物115と,乙書16は乙物117と,乙書27は乙物93とそれぞれ同
一である。),弁解録取書1通(乙物94)及び勾留質問調書1通(乙物95)の取調べを請求
し,弁護人は,前記第2の1(2)イ(ア)と同様の理由により,上記検察官調書等はいずれも非
供述証拠としても証拠能力がない旨主張する。
 (イ) しかしながら,弁護人の上記主張が理由のないことは,同(イ)で判示したとおりであ
る。
 (2) 被告人A1の供述経過等
 関係各証拠によれば,被告人A1の捜査段階の供述経過等として,次のような事実が認
められる。すなわち,
 ア 被告人A1は,3月21日,B35元衆議院議員の所得税法違反被疑事件(以下「B35脱
税事件」という。)に関連して,B30主任検事から,B35元議員に対する裏献金問題(以下
「B35献金問題」という。)について取調べを受け,その際,被告人A1が,C1の9名いる副
社長の中の筆頭副社長であり,昭和59年8月にB36相談役が亡くなってからは,政治家等
に対する資金提供の仕事を引き継いでいたこと,政治家等に対する資金提供には,政治
資金規正法に基づいて経理処理をするものと同法によらないいわゆる裏献金とがあり,前
者は本社管理部が担当していたが,後者は被告人A1が自ら行っていたこと,B35元議員
に対する裏献金を行った時期は,昭和61年の盆から平成4年の盆までの毎年盆暮れの2
回であり,金額は1回当たり500万円ないし1000万円であったこと,献金をする際は,昭
和63年10月より前は土木本部経理部長に,同月以降は関東支店経理部長に指示して自
室に持って来させた上,被告人A1自身がB35元議員の元に直接届けたことなどを内容と
する検察官調書(乙書27・乙物93)に署名指印した。
 イ(ア) B1は,前認定のとおり,7月23日,C7からの収賄容疑で逮捕されたが,同月24
日,平成4年中に被告人A1から現金をもらったことを認める供述を始め,その後の取調べ
において,面談当日に都道府県会館で被告人A1と面談した際,同人から現金2000万円
をもらった旨の供述をした。
 (イ) 被告人A1は,7月23日の数日後,C1の顧問弁護士で,後に本件の主任弁護人と
なるB37弁護士から電話を受け,B1が上記のような現金供与の事実を自白した旨の連絡
を受けたが,即座にこれを否定し,さらに,後日,C1会長の秘書役が同席する中で,被告
人A2らと共にB37弁護士から事情聴取を受けた時も,本件の容疑事実を強く否定した。被
告人A1は,その後も,B37弁護士やC1関係者に対して本件贈賄事実を否定し続けてお
り,C16新聞が9月6日付け朝刊で本件贈賄容疑について報道した際には,B37弁護士に
依頼して,C1及び被告人A1個人として,抗議の文書を同新聞社に送付するなどしている
(弁物167,169)。
 (ウ) そのような状況の中,B31検事は,10月21日から同月25日までの間,東京都内の
ホテルで,本件贈賄容疑につき在宅で被告人A1を取り調べた。被告人A1は,B37弁護
士と随時連絡を取りながらこの取調べに応じたが,面談当日に都道府県会館で,被告人A
2やC1茨城営業所副所長のB4と共にB1に面会したことは認めたものの,あくまで現金は
渡していない旨供述した。
 ウ 被告人A1は,同月26日,本件贈賄容疑で逮捕されたが,弁解録取の際,「私は,面
談当日ころ,B1知事に会ったことは事実であるが,現金を渡したことはないし,県立植物
園の工事や県庁舎の工事については全く知りませんでした。」と述べ(乙物94),同月27日
の勾留質問においても,「面談当日,B1知事と面会したことはあるが,会った趣旨は,自分
がしばらくB1知事と会っていなかったためと新任の関東支店長である被告人A2の紹介の
ためである。会う段取りはB4が付けた。植物園や県庁舎の工事の話は知らないし,2000
万円を渡したこともない。」旨述べて(乙物95),現金供与の事実を否認していた。
 エ 被告人A1は,同月27日の午前と午後に各20分間,同月29日の午後に20分間,そ
れぞれ自らの弁護人らと接見していたが,同月31日,以下のように,B1に対する現金200
0万円の供与を認める供述を始めた。すなわち,これまで家族やC1のことを思って否認を
してきたが,検事から証拠上明らかな事実について否認をしていると,C1にとって決して
良い方向には向かわないと告げられ,事実を認める決心をした,しかし,これまで会長や社
長,マスコミに対しても事実を否定してきたことから,事件の詳しい内容については,弁護
士と会って私の心境を社内の者に伝える手続を取ってもらってから話すつもりであるなどと
する検察官調書(乙物96)に署名指印した。
 オ 11月1日には,本件贈賄事実を認める内容の4通の検察官調書が作成され,いずれ
も被告人A1が署名指印している(乙物97~100)。そして,これらの調書には,被告人A1と
B1及びB4との従前の交際状況のほか,次のような記載がある。すなわち,
 (ア) 私がB1知事に現金2000万円を供与した理由は,当時バブル経済がはじけて民間
発注の工事が激減したことから,業績の落ち込みを食い止めるためには公共工事の受注
に力を注がなければならず,金額の大きな工事を確実に受注したいと考えたからである。
(乙物97)
 (イ) 昭和60年ころ,C17株式会社のB38会長,B1知事,代議士秘書のB39と私の4人で
東京の料亭で会った際,C57ダムについて,C17がスポンサー,C1がサブのジョイントベン
チャー(共同企業体。以下「JV」という。)に受注させるという話があり,私はこれを了承し
た。(乙物98)
 (ウ) その後,私は,2回ほどB1知事に会ったが,しばらく御無沙汰していたところ,面談
当日の少し前,B4から電話で,B1知事に会ってC57ダムの件を頼んでほしいと言われ,こ
れを承諾し,これまでB1知事に会ったことがなかった被告人A2を同行させることにした。
また,2000万円の現金は,関東支店経理部長のB3に命じて持って来させた。(乙物
98,99)
 (エ) 面談当日の午前中,B4がB1知事に洋服の生地を渡したいと電話で言ってきたが,
私は,「そんな大きな物を持っていくやつがあるか」と言って叱りつけた。B1知事との面会
の前に,私は,ホテル「C18」のC19クラブという会員制のサウナに行っていたが,B3に用
意させた2000万円の現金は運転手のB40に保管させており,B40をC1本社に帰らせて被
告人A2とB4を迎えに行かせ,C19クラブ地下出口の前で合流し,3人でB40運転の自動
車に乗り込んでB1知事との面会場所に向かった。(乙物99)
 (オ) 面会の際,私は,B1知事に対して,Z県が発注する予定の金額の大きな工事にC1
を指名業者に入れてほしいとお願いした上で,現金2000万円を渡したほか,C5協会広
報委員会委員長として各界の名士と対談したときの様子をまとめた「D1第Ⅲ集」という本を
B1知事に手渡したが,お金だけを渡すより渡しやすいし,カモフラージュになると考えたか
らである。しかし,C57ダムのことを頼むのを忘れたため,後でB4に文句を言われた(乙物
97~99)。
 (カ) 現金2000万円について,B3が,私とは直接にやり取りをしておらず,支店長の被
告人A2経由だったと供述しているのなら,そのとおりだったかもしれない。(乙物100)
 カ 被告人A1は,11月2日午前の20分間,B37弁護士,女婿のB41弁護士及びB42弁
護士と接見した後,検察官に対し,本件2000万円の現金供与を否認するに至ったが,同
月4日午後の20分間,B37・B41両弁護士と接見した後の取調べでは,再び本件現金供
与を認める供述を始めるとともに,B1と面会し,現金2000万円を渡して,今後Z県が発注
する予定の金額の大きな工事について,C1が指名されるようお願いをしたなどと,本件贈
賄の際の具体的な状況について記載された検察官調書(乙物102)に署名指印している。
 キ その後,被告人A1は,11月8日,12日及び13日に各20分間,前記弁護士らと接見
しているが,同月15日に本件で起訴されるまでの間,本件贈賄事実を一貫して認めて,1
5通の検察官調書(乙書12~16を含む乙物103~117)に署名押印している。そして,その
内容は,以下に指摘する点が付加される以外は,おおむね同月1日付け各検察官調書の
内容として前に要約したところと同旨である。すなわち,
 (ア) 同月8日付け調書(乙物109)には,3月下旬に,B35脱税事件に関連して,B17検
事から取調べを受けた際,C1の元関東支店長が平成元年にB1に対し現金1000万円を
贈っていた事実を追及されたことから,被告人A1が,本件贈賄事実まで発覚することを恐
れて,被告人A2と協議した上,その後の5月27日に被告人A2がB1に面会して,C57ダム
の受注断念を申し入れた状況などが記載されている。
 (イ) 11月10日付け調書(乙物112)には,3月19日ころ,関東支店の前経理部長である
B43の保管する裏金に関する帳簿が検察庁に押収されたことを聞いて,被告人A1が,本
社主計部担当部長のB2に対し,「そんな帳簿があったのか。それは大変だな。」という趣
旨のことは言ったが,自分としては,帳簿の廃棄を指示する意思ではなかった,しかし,B2
がそれを帳簿廃棄の指示と受け取ったのであれば,B2自身の内心の問題であることなど
が記載されている。
 (ウ) また,11月14日付け調書(乙書16・物117)には,否認から自白に至るまでの被告
人A1の一連の心境として,B1が逮捕された後,B37弁護士から事情を聞かれた際に,本
件贈賄は絶対にやっていないとうそを言い,その場にいた被告人A2とB4も話を合わせた
ことから,その後のB37弁護士やマスコミからの質問に対してもうそを言い,認めたら私の社
会的生命が終わるし,会社に莫大な損害が掛かると思って事実を否認してきたが,検事か
ら,証拠上明らかな事実について何を言っても通らない,否認を通しているとC1のために
ならないなどと説得され,検察庁を敵に回すとC1にとって大きな損害になると感じたことか
ら,私自身の社会的な生命が終わろうとも,C1が多少指名停止を受けようとも,真実のこと
を認めるしかないと腹をくくり,事実を認める気持ちになったことなどが記載されている。
 ク もっとも,同月5日以降の検察官調書には,細部においてそれまでの供述とは異なる
部分もみられる。すなわち,
 (ア)a まず,被告人A1が現金2000万円の用意を指示した相手について,同月6日付け
調書(乙物105)には,これまで被告人A2をかばってうそを付いていたが,私が指示した相
手は,B3ではなく被告人A2であった旨の記載があり,現金2000万円を受け取った相手
についても,同月8日付け調書(乙物108)には,面談当日C19クラブの出口で被告人A2
から受け取った旨の記載がある。
 b そして,面談当日,被告人A1が被告人A2及びB4と合流し,被告人A2から現金200
0万円を受け取った場所について,同月13日付け調書(乙書15・乙物115)には,私として
はC19クラブ地下1階の出口であったような気がするが,明確な記憶があるわけではないの
で,あるいは地上で会ったのかもしれないなどと記載されている。
 (イ)a また,現金2000万円をB1に贈った趣旨について,同月9日付け調書(乙物110)
には,C57ダム建設工事の受注依頼が主眼であったが,それ以外にも,C1がZ県から潮来
の橋梁工事等の種々の工事を受注させてもらったことに対するお礼と今後Z県から発注さ
れる予定の常陸那珂湊の火力発電所建設に関連する土木工事等の種々の大型工事に
ついてC1を指名業者に入れるなど種々の便宜を図ってもらうためのお礼であるなどと記載
されている。
 b そして,同月10日付け調書(乙物113)にも,面談当日,私は,主に土木工事を念頭
において,B1に「C57ダムを始め,今後いろいろ大型の工事が出る予定だと伺っておりま
すが,C1をよろしくお願いします」などと言ったが,B1は,Z県が発注する予定の大型工事
を私よりよく知っているので,私の言葉を県庁舎移転新築工事や県立医療大学新築工事
などと結びつけて考えてくれたのであれば,副社長として,それはそれでありがたいことで
あったと記載されている。
 (3) 3月21日付け検察官調書(乙書27)の証拠能力
 ア 任意性ないし特信性
 (ア) そこでまず,3月21日付け検察官調書(乙書27)の任意性ないし特信性について検
討するに,この調書は,前認定のとおり,被告人A1が,在宅で,しかも,B35脱税事件に関
連して,参考人として取り調べられた内容を録取したものであるところ,被告人A1は,当公
判廷においても,同調書は,自分が自発的に供述した内容がそのとおり録取されており,
検事の取調べ態度も,逮捕後に比べると,全然柔らかくてソフトであった旨供述してい
る(130回,134回)。したがって,被告人A1の同調書における供述の任意性に疑問を差し
挟む余地はなく,その供述の信用性に問題となり得る外部的情況の存在も全くうかがわれ
ない。
 (イ) 他方,被告人A1は,本件訴訟の当初から,相被告人らと共に,全面無罪を主張し
ており,その主張は,C1の利益にも沿うものであるところ,関係各証拠によると,被告人A1
は,本件が起訴された平成5年11月に代表取締役副社長を辞任した後も現在に至るま
で,同社から顧問待遇を受け,訴訟の準備に関して様々な支援を受け続けていることが認
められる。しかも,被告人A1は,公判廷では,同社関係の傍聴人や主張を同じくするB1
及び被告人A2の面前で供述しているのであるから,捜査段階における供述時と比較し
て,その主張に反するような供述をしにくい外部的情況にあることは否定できないというべ
きである。
 (ウ) 以上によると,被告人A1の上記検察官調書中の供述は,任意性はもとより,その公
判供述よりも信用すべき特別の情況があったことが認められる。
 イ 違法収集証拠の主張について
 (ア) 弁護人は,前記検察官調書について,取調べの目的や内容等からみて,検察官
は,被告人A1の行為が政治資金規正法に該当するとの認識を持っていたことが明らかで
ありながら,被告人A1に警戒心を起こさせないために,あえて参考人として,供述拒否権
を告げずに取調べをしたのであって,このような取調べは違法であり,同調書は違法収集
証拠として証拠能力を有しない旨主張する。
 (イ) しかしながら,前記のような同調書の内容からすると,検察官は,B35脱税事件に関
連して,その所得たるC1からの現金贈与を裏付ける目的で被告人A1を取り調べ,実際に
複数回現金を贈与した旨の供述を得たことが明らかであり,被告人A1の政治資金規正法
違反事件の捜査目的による取調べであった形跡は全く認められないから,弁護人の主張
はその前提を欠くものというほかない。
 ウ よって,前記検察官調書(乙書27)に証拠能力があることは明らかである。
 (4) 捜査段階の供述の任意性ないし特信性
 そこで,前記のような被告人A1の供述経過等を踏まえつつ,被告人A1のその余の検察
官調書5通(乙書12~16)における供述の任意性ないし特信性について検討することとす
る。
 ア 自白の任意性・特信性を担保する外部的情況
 (ア) 被告人A1の経歴や地位ないし立場
 a 被告人A1は,前認定のとおり,C2大学工学部を卒業後,昭和22年にC1に入社し,
その後土木畑を歩み,順調に出世して,昭和60年に代表取締役副社長となり,面談当日
や本件取調べ当時も,C1の経営陣の一翼を担うとともに,社外においても,C3会幹事,C
5協会広報委員会委員長等の経済界や建設業界における要職を歴任していた者である。
 b このような被告人A1の経歴や本件当時の地位ないし立場からすると,被告人A1は,
豊富な学識,経験に裏付けられた強い意志力及び高度で的確な状況認識ないし判断能
力を有していたことがうかがわれるのであり,このような被告人A1において,本件贈賄事実
を認めることがどのような意味を有し,自己やC1にどのような影響を及ぼすかについて理
解していなかったはずはない。
 (イ) 弁護人との接見ないし打合せの下での比較的早期で一貫した自白
 a(a) 被告人A1は,前認定のとおり,本件逮捕の約3か月前から,本件贈賄の嫌疑が掛
けられていることを認識して,C1顧問弁護士のB37弁護士と何回も打合せをし,あるいは
連絡を取っており,逮捕された後も,10月27日に2回,同月29日に1回それぞれ自己の
弁護人らと接見して法的な助言を受けていたが,逮捕から6日目,弁護人らとの最後の接
見からは2日後である同月31日に,本件贈賄事実を自白している。
 (b) その後,被告人A1は,11月2日の弁護人らとの接見後にいったん否認に転じたが,
同月4日のB37・B41両弁護士との接見の直後から,再び本件贈賄事実を認める供述を始
め,その後も,同月8日,12日及び13日にそれぞれ弁護人らの接見を受けながら,本件
起訴日である同月15日まで一貫して本件贈賄事実を認める供述を続けて,多数の自白調
書に署名指印している。
 (c) このような接見ないし打合せ状況の下での被告人A1の供述経過は,本件贈賄事実
を認めることがどのような意味を有し,自己やC1にどのような影響を及ぼすかについて十
分理解していた被告人A1が,弁護人らからの様々な助言に耳を傾けながらも,最終的に
は自らの意思で本件贈賄事実を認める決断をし,同月4日以降本件起訴に至るまで,その
意思を変えることなく自白を維持したことを示すものであって,被告人A1の捜査段階にお
ける供述の任意性ないし信用性を強く推認させる事情ということができる。
 b もっとも,被告人A1は,前認定のとおり,11月2日にいったんは否認に転じ,また,同
月4日に再度自白した後も,前記の諸点について,当初の自白調書とは異なる内容の供
述をしていることから,これらの変遷が被告人A1の自白の任意性及び信用性に影響を及
ぼすかについても検討しておく。
 (a) 11月2日の否認について
 ⅰ 被告人A1は,前認定のとおり,逮捕後5日間,本件贈賄事実を否認した後に,B
31検事の説得に従って自白したものであるが,前認定のようなその立場や捜査の経過等
に照らすと,10月31日に自白した後もしばらくは,気持ちの整理が付かず,できれば自己
の責任を回避したいという思いが残っていたことも,当然あり得るところと考えられる。
 ⅱ 他方,B37弁護士を中心とする弁護人らは,前認定のように,被告人A1らから,本件
贈賄事実がない旨繰り返し聞かされていたところ,後にみるとおり,B3が本件贈賄原資の
準備への関与を認める供述を始めたのは,11月1日である。そして,接見記録(甲書138)
によれば,弁護人らは,10月31日及び11月1日は接見せず,翌2日,被告人A1と接見し
た後,B3と接見したことが認められるから,その日の被告人A1との接見の際,弁護人ら
は,本件贈賄事実を認めているのは収賄側のB1のみであり,被告人A1は,B1の供述に
よって巻き込まれたものにすぎず,これを裏付けるべき証拠は薄いものと認識していたこと
がうかがわれる。そのため,弁護人らは,被告人A1及びB42弁護士の各公判供述にあるよ
うに,被告人A1から,自白したことを聞かされて驚き,被告人A1に強く翻意を促したものと
認められる。
 ⅲ そうすると,11月2日の否認は,未だ気持ちの整理の付いていない被告人A1が,弁
護人らから強く翻意を促されて否認に転じたものと考えられるのであり,その後,前認定の
ように,弁護人らと接見した直後に再び自白に転じていることも考慮すると,このような一時
的な否認は,被告人A1の自白の任意性ないし信用性に疑問を生じさせるものとはいえな
い。
 (b) 被告人A2の関与に関する供述の変遷について
 ⅰ まず,被告人A1が,再度の自白供述において初めて,被告人A2の関与に触れて
いる点についてみるに,関係各証拠によれば,被告人A1は,被告人A2に目を掛けて同
人を取締役に推薦した者であることが認められる一方,被告人A1の最終的な自白供述に
よれば,被告人A2に指示して本件贈賄資金を準備させ,本件面談に同行させたということ
になる。したがって,被告人A1が,本件贈賄事件に巻き込んだ被告人A2に負い目を感じ
るのも,当然の情として理解できるところであり,11月1日の時点では,自らは自白していた
とはいえ,B3において,本件贈賄原資を準備して被告人A2に手渡したと供述していること
を知らなかったのであるから,何とか被告人A2をかばおうとして,直接にB3に命じ本件贈
賄資金を準備させた旨供述していたものと考えられる。
 ⅱ ところが,11月1日付け検察官調書(乙物100。被告人A1の公判供述からも同日の
最終調書と認められる(136回)。)によれば,被告人A1は,同調書が作成された時点で,
B31検事から,B3が,被告人A1とは直接現金のやり取りをしておらず,被告人A2経由で
やり取りしている旨供述していることを聞かされて,「B3がそのように言っているのならその
とおりだったかもしれない」と供述したことが認められる。さらに,被告人A1は,翌2日に,
被告人A2が逮捕されたことを知って以降は,被告人A2の関与を詳細に供述するようにな
ったのであり,このような供述の変遷は,もはや被告人A2をかばうことが不可能になったと
認識したためであると推認することができる。
 ⅲ ちなみに,同月6日付け検察官調書(乙物105)には,被告人A1の被告人A2に対す
るそのような心情が記載されており,B31検事も,被告人A1は同月1日付け上記調書に署
名した後,「これでA2も逮捕されるんでしょうね。」と言ってかなり落ち込んだ様子が見られ
たと証言している(161回)。
 ⅳ そうすると,被告人A1の自白供述が被告人A2の関与の有無に関して変遷している
のは,被告人A1の被告人A2をかばおうとする心情に基づくものと認められるのである。
 (c) まとめ
 以上の諸点に加え,被告人A2らと合流して被告人A2から本件贈賄資金を受け取った
場所,請託の際に「C57ダム」と具体的に言ったかどうか,本件贈賄の趣旨がC57ダムに限
定されるかどうかなどに関する供述の変遷も,被告人A1が,一連の取調べを通じて,B
31検事から,事件関係者の供述を聞かせられるなどして次第に記憶を喚起ないし補正して
いったものとして,いずれも自然なものということができる。そうすると,前認定のような被告
人A1の自白供述の変遷には,それぞれに合理的な理由があると認められるのであり,い
ずれも被告人A1の自白供述の任意性及び信用性に影響を及ぼすものとはいえないので
ある。
 (ウ) 自白に至った経緯ないし理由
 a 被告人A1が自白に至った経緯ないし理由について,10月31日付け(乙物96)及び1
1月14日付け(乙書16・乙物117)各検察官調書には,要するに,被告人A1が,B31検事
から,本件は証拠上明白な事件であり,否認を続けていると,C1のためにならないと説得
されて,検察庁を敵に回してしまうと,同社が大きな損害を受けることになりかねないと感じ
たことから,自分の社会的生命が終わり,同社が多少の指名停止を受けようとも,真実を認
めるしかないと腹をくくり,事実を認める気持ちになったためであると記載されている。
 b また,B31検事は,当公判廷において,10月26日から30日にかけて,本件は証拠上
明白な事案である,東京地検特捜部は徹底的に捜査を尽くして事案の真相を明らかにす
る決意である,このような明白な事案について否認をすることがC1のために利益になるの
かよく考えてほしいなどと被告人A1に告げて説得した結果,同月31日に自白を得た,そ
の後,被告人A1が否認に転じたことから,同様の説得を続けるとともに,いったん認めると
言ったのにそれを覆すような卑怯なことをすれば,特捜部は燃えること,関東支店の裏金
から本件贈賄資金を捻出したことの裏付けとして,関東支店の得意先,支店内の営業所,
下請企業を調べざるを得ないことなどを告げて説得し,同月4日に再度自白を得たなどと
証言しており(161回),その内容は,上記調書の内容を敷衍するものとなっている。
 c そして,このB31検事の公判証言は,具体的かつ明確であるほか,後に検討するとお
り,見方によっては被疑者に自白を迫る追及的で不当な取調べであるとの指摘を受けかね
ないような点についてまで積極的に供述しており,その供述態度は率直なものと認められ
る。また,被告人A1は,その経歴や立場からすれば,C1に対して強い愛着を持っていた
ことがうかがわれるところ,検察官から否認を続けると同社のためにならないと説得され,自
ら否認を続けることと自白することとの利害得失について検討した結果,本件を自白するに
至ったというのは,極めて自然な経過ということができる。
 d したがって,被告人A1の前記調書及びB31検事の上記公判証言はいずれも高い信
用性が認められるところ,上記調書にあるような自白に至った経緯ないし理由は,後に検
討するようなB31検事の取調べ方法を考慮に入れても,C1の経営陣において枢要な立場
にいた者の判断理由として十分納得のいくものである。
 e さらに,被告人A1がいったん否認に転じた後は,B31検事の取調べがより厳しいもの
になったであろうことは容易に推察されるものの,被告人A1の供述と対比しながら検討し
ても,取調べの方法において,初期自白の段階と基本的に違いはないことがうかがわれ
る。しかも,被告人A1が,前認定のように,弁護人らと接見した直後に再自白し,その後,
接見を重ねながらも,自白を一貫して維持していたという事実は,C1に対して強い愛着を
持つ被告人A1が,弁護人らの様々な法的助言や説得を踏まえながらも,自ら否認を続け
ることと自白することとの利害得失について慎重に検討して,自らの冷静な判断の下に再
自白に踏み切ったことを推認させるものである。
 f したがって,被告人A1が初期自白,そして再自白に至る経緯ないし理由もまた,C1
の経営上責任ある立場にいた者の判断として十分納得のいくものであり,被告人A1の捜
査段階の自白の任意性や信用性を支える事情ということができる。
 (エ) 弁護人の対応
 関係各証拠によれば,被告人A1の弁護人らは,被告人A1の逮捕後,前認定のとおり接
見を重ね,11月1日には,B31検事の取調べ方法を非難するとともに,被告人A1の健康
状態と人権に配慮した捜査をするよう要望する内容の書面(弁書173)を東京地検検事正
あてに発送し,同月2日ころには,東京地検の特捜部長やB30主任検事に対して,B31検
事の取調べ方法について抗議したと認められるのに,同月4日に被告人A1が再自白した
後は,前認定のように被告人A1との接見を重ねていながら,東京地検特捜部に対して,
何らかの抗議や要望等をした形跡が全くうかがわれない。このような事情も,被告人A1が
再自白した際やその後の取調べに関して,B31検事の取調べ方法に抗議を要するような
違法,不当な点がなかったことをうかがわせるものであり,被告人A1の捜査段階の自白の
任意性を裏付けるものといえる。
 (オ) まとめ
 以上のように,豊富な学識,経験に裏付けられた強い意志力及び高度で的確な状況認
識ないし判断能力を有していた被告人A1が,事前に,弁護人らから法的助言を様々に受
けていたにもかかわらず,逮捕から6日目,弁護人らとの接見からは2日後に,自己ばかり
でなく,C1にも重大な不利益を及ぼすところの,本件贈賄事実を認める供述を始めて,そ
の翌日には詳細な自白調書の作成に応じ,その後,いったん否認に転じたものの,弁護
人らとの接見直後に再び自白を始め,本件起訴に至るまで自白を一貫して維持している
のであり,しかも,被告人A1が自白するに至った理由は,同社の経営陣で枢要な立場に
いた者の判断として十分に納得のいくものである。したがって,このような被告人A1の自白
に至る経緯は,その供述の任意性ないし信用性に疑問を生じさせるものではなく,かえっ
て,上記のとおり高い精神能力を有し責任ある立場にある者の判断として,その内容の信
用性を裏付けるものということができる。
 イ 弁護人の主張について
 (ア) 弁護人の主張
 a 被告人A1は,公判段階では,
 (a) 初期自白をした理由について,B31検事から,①事実を認めないとC1の各支店や
得意先等のリベートを徹底的に捜査するぞ,C1をつぶしてもいいのか,②否認を続けると
証拠隠滅とか他の事件を次々と立件してC1を指名停止にしてやるなどと脅され,さらに,
③逮捕の時点で起訴することは決まっていると告げられたために,東京地検特捜部の捜査
が得意先に波及することにより,得意先がC1から離れてしまうことを恐れて,捜査を収束さ
せるためとともに,幾ら弁解をしてもしようがないという気持ちになって,虚偽の自白をした,
 (b) また,再自白をした理由については,④11月1日にB3の手帳の面談当日の欄に20
00万円と書いて消した跡があるとか,⑤B37弁護士が同月2日の接見後に東京地検特捜
部長を訪ねたり,B30主任検事に電話をかけたりして,接見の際に容疑を認めた被告人A
1を怒鳴ったことを謝罪し,被告人A1に善処させる旨言明したなどという虚偽の事実を告
げられ,弁護士やC1首脳の対応に不信感を抱いて,自分は会社の犠牲になるしかないも
のと考えて虚偽の自白をした旨供述している。
 b そして,弁護人は,被告人A1の上記公判供述を前提に,被告人A1の自白には,任
意性も信用性もない旨主張するので,以下,この主張の当否について検討を加える。
 (イ) 検 討
 a 被告人A1の公判供述の信用性に疑問を生じさせる外部的情況
 (a) まず,前記(3)ア(イ)で認定したような被告人A1における相被告人との主張の共通性
やC1との利害の共通性,起訴後も同社から継続して受けている手厚い待遇や訴訟準備
上の支援からすると,同社関係の傍聴人や主張を同じくするB1や被告人A2の面前で供
述している公判廷では,捜査段階と比較すると,相被告人や同社の主張に反するような供
述をしにくい外部的情況にあったといえる。
 (b) また,前認定のとおり,被告人A1は,強い意志力と的確な判断能力を持ち,弁護人
らから法的助言を何度も受けていたのであり,たとえB31検事からその主張するような脅迫
等を受けたとしても,逮捕後比較的短期間で虚偽の自白をするなど通常は考えにくいとこ
ろである。
 (c)ⅰ さらに,被告人A1は,公判段階では本件贈賄事実を否認した理由について,捜
査段階の自白が真実ではないことのほか,私はC1のために虚偽自白をして社会的生命を
失ったが,恩のある土木のために死にたいと考えて,本件贈賄の趣旨に建築工事を入れ
ることに抵抗したところ,B31検事も,私の気持ちを理解して,「上司に報告する」と言ってく
れたのに,起訴状には贈賄の趣旨として建築工事も記載されていることに怒りを覚え,検
察に対する不信感が生じて,裁判では真実を述べることにしたと供述している(137回)。
 ⅱ しかしながら,被告人A1は,前認定のとおり,本件贈賄の趣旨には建築工事も含ま
れることを認める検察官調書(乙物113)に署名指印しているのであり,その際の取調べに
おいて,東京地検特捜部が,本件贈賄の趣旨につき,土木工事だけでなく,建築工事も
含むものと考えていることは,容易に察しが付いたはずである。ところが,被告人A1は,起
訴状の記載を見て怒りを覚えたとか,虚偽自白をすることでC1を救おうという一大決心をし
ていたはずなのに,この程度のことで決心が揺らいでしまったというのも,いかにも不自然
である。
 (d) 加えて,被告人A1が前記のような脅迫や偽計による取調べを受けておれば,弁護
人らの11月2日ころまでの前記の対応からすると,東京地検特捜部に対して抗議や要望
等の行動を起こすことが当然に予想されるのに,同月4日の再自白以降,弁護人らは,全
くこのような行動をとった形跡がないのであるから,再自白に至る過程においても脅迫,偽
計による取調べが行われたとするA1の公判供述は,このような弁護人らの行動に沿わな
いものというべきである。
 (e) そうすると,被告人A1の公判供述は,その外部的情況からしても,信用性に疑問が
残るのである。
 b 脅迫について
 (a) 被告人A1が供述する脅迫の点について,B31検事は,当公判廷において,被告人
A1に対し,「事実を否認していると,本件贈賄資金の裏付け捜査として,関東支店の裏金
がどのようにして作られたのかを解明するため,営業所,下請企業,得意先のリベート等の
金の流れについて調べざるを得ない。」ということは言ったし,「あなただって,ほかにも心
当たりがあるでしょう。それで捜査が長引いてもいいんですか。徹底的にやりますよ。1つぐ
らいは認めなさい。」という趣旨のことは言った旨,一部被告人A1の前記公判供述と符合
する供述をしており,表現方法の違いはともかく,B31検事がC1の各部署や得意先に対す
る捜査が拡大し長期化することにまで言及して,同社のために真実を述べるようにという趣
旨の説得をしたことが認められる。
 (b)ⅰ そして確かに,このような取調べ方法は,自白しないと,強制捜査の範囲を拡大し
て会社に大きな損害を与えるかもしれないと言って強く自白を迫るものであり,被告人A1
のように会社経営陣にいる者には大きなインパクトを与えるものであって,捜査の進展状況
や供述者の立場,供述状況次第では,自白の任意性にも影響を与えかねないものであ
る。また,11月1日以降は,被告人A1のみならず,B3も,関東支店の裏金を使って2000
万円を用意した旨供述しているのであり,2000万円の原資を解明するための捜査をする
必要性は薄らいでいたということもできる。したがって,B31検事が,同月2日に被告人A1
がいったん否認に転じた後も,捜査の拡大や長期化を引き続き強調して取り調べることに
は,疑問の余地もある。
 ⅱ しかしながら,当時の状況としては,B1が,前認定のように,早期に本件収賄事実の
自白を始めて,その後長期間にわたって一貫して認めており,他方,C1では,後に認定す
るように,3月の時点で,本件贈賄資金の裏付けとなるべき関東支店の裏金に関する裏帳
簿が廃棄されて,その後も完全には復元されないなど,不明朗で捜査に対する非協力的
な動きがあり,しかも,本件贈賄資金の原資に関する物的証拠は何も確保されていなかっ
たのである。したがって,捜査機関としては,被告人A1を始めとする同社関係者の本件贈
賄に関する供述態度如何によっては,その贈賄原資を解明するために,営業所,下請企
業,得意先のリベート等の金の流れに関しても捜査を尽くす必要が生じることも,引き続き
予想される状況にあり,更には,余罪が発覚して捜査が長期化することも,あり得ない事態
ではなかった。
 そうすると,B31検事は,このような状況の中で,捜査が拡大し長期化することのないよう
に,本件事案の真相を明らかにするよう説得したといえるのであって,このような取調べ方
法が違法,不当であるとまではいえない。
 ⅲ しかも,被告人A1の公判供述に従うとすれば,自白するかどうかは,C1にとって,捜
査の拡大や長期化による不利益と虚偽内容の贈賄を認めることによる社会的信用の失墜
や各自治体等の指名停止等の不利益とを比較衡量するという極めて高度の経営的判断を
要する事項となるはずである。ところが,被告人A1は,その公判供述やB42弁護士の公判
証言に照らしても,自白するに当たり,弁護人らを介するなどして,C1の最高首脳の了解
を求めたり,その意向を確認しようとした形跡は全くうかがえないのであって,そのことは,
自白内容が虚偽であるとする被告人A1の公判供述自体に,重大な疑念を生じさせるもの
である。
 (c) したがって,B31検事の脅迫により虚偽内容の自白をした旨の被告人A1の公判供
述を信用することは,困難というほかない。
 c 起訴は決まっている旨の言辞について
 (a) 被告人A1が供述する上記言辞について,B31検事は,当公判廷において,自分に
は起訴する権限がないので起訴することが決まっていたとは言っていないが,本件は証拠
上明白な事件であり,被告人A1が贈賄をしたことは間違いないと確信していたので,被告
人A1にも,本件は証拠上明白であると言って説得をしたし,本件贈賄を否認する被告人
A1の供述は真実ではないと考えていたので,否認調書は作成しなかったと供述している。
 (b) そして確かに,本件を起訴するかどうかはB30主任検事が決めるべきことであり,被
告人A1らC1関係者の取調べ前から本件を起訴することが決まっていたというのは通常あ
り得ないことであって,このような話を信じたという被告人A1の供述は,信用性に乏しいも
のといえる。
 (c) もっとも,B31検事は,その公判証言によっても,被告人A1を取り調べる前から心証
を固めていたために,同人の否認供述には真摯に耳を傾けなかったことがうかがわれるの
であり,その点において,B31検事の取調べに臨む姿勢には疑問があるというべきである。
しかし,このような取調べ方法は,被告人A1に自白を迫る威力からするとそれほど強力な
ものとはいえないし,被告人A1も,これが虚偽自白をした主たる理由とは述べていないの
である。
 (d) したがって,B31検事の上記のような取調べ方法も,被告人A1の自白の任意性や
信用性に影響を与えるものとはいえないのである。
 d 偽計について
 (a) B3の手帳に関する偽計
 ⅰ 前記④のB3の手帳に関する偽計の点について,B31検事は,被告人A1に対し,B
3の手帳を見て何か消した跡があったので,被告人A1に対し,「消した跡が有るよ。何か
都合が悪いことが書いてあったんでしょう。」とは言ったかもしれないが,2000万円と書い
て消した跡があるとは言っていない旨,このような偽計を否定する供述をする(162回)のに
対し,B42弁護士は,当公判廷において,11月2日の接見時に,被告人A1から,B3の手
帳の面談当日の欄に「2000」と書いて消した跡があるとB31検事から言われたと説明を受
けた旨被告人A1の供述に沿う証言をしている(168回)。
 ⅱα そこで検討するに,B3から押収した平成4年度の手帳(物22)の面談当日の欄に
は,何か書いて消した跡はあるものの,その文字は判別できないことが客観的に明らかで
あるところ(職50),このように明らかな虚偽の事実を告げて自白を得たとしても,後に問題
となるのは必至であるから,B31検事があえてこのような違法な取調べをしたとは考えにく
い。
 β また,前認定のように,被告人A1は,それまで,B37弁護士らに対して,本件贈賄は
事実無根であると繰り返し強調してきたところであり,弁護人らも,B42弁護士の公判証言
にあるとおり,被告人A1が否認を貫いていると考えていたことがうかがわれる。さらに,前
認定のように,被告人A1は,自白はしたものの,未だ気持ちの整理の付かない状態にあ
ったことがうかがわれるほか,本件贈賄事実を認めることは,C1に対しても重大な悪影響を
及ぼすものである。したがって,被告人A1としては,弁護人らに対し,自白したことを伝え
るに当たり,本件贈賄が真実であり,それまでうそを付いてきたと説明することには心理的
抵抗感のあったことがうかがえるのであり,そのため,自白した理由として,あたかも脅迫や
偽計も交えた不当なB31検事の取調べを受けて,自白せざるを得なかったと説明すること
も,十分あり得るところと考えられる。したがって,B42弁護士の上記公判証言が被告人A1
の公判供述の信用性を裏付けるものとはいえないのである。
 ⅲ したがって,B3の手帳に関する偽計についての被告人A1の公判供述をそのまま信
用することは困難である。
 (b) B37弁護士の謝罪等に関する偽計
 ⅰ 前記⑤のB37弁護士の謝罪に関する偽計の点について,B31検事は,11月2日に,
B37弁護士が特捜部長を訪ねたり,B30主任検事に電話をかけてきたことはあり,そのこと
を被告人A1に告げたことはあったと思うが,B37弁護士は抗議したものと認識していたの
で,被告人A1に対しても,B37弁護士が謝罪に来たとか,被告人A1に善処させると言っ
ていたとか告げたことはない旨供述する(162回,163回)。
 ⅱα そこで検討するに,被告人A1は,同日の接見において,B37弁護士から「真実を
述べろ。」と言われて否認に転じたというのであるから,弁護人らやC1首脳の本件贈賄事
件に関する方針は十分に承知していたはずであるのに,その翌日に,B31検事から,B
37弁護士が検察幹部に謝罪したと言われただけで,弁護人らに確認することもなく,弁護
人らの方針が百八十度変更されたと盲信したというのは,いかにも不自然である。しかも,
被告人A1は,その述べるところによっても,同月4日の接見において,B37弁護士に確か
めたところ,同弁護士からは,検察幹部に贈賄を認めるようなことを言うわけがないなどと言
って,全面的に否定されたというのに(136回),弁護人らに対する疑いを払拭できなかった
というのも理解し難いところである。
 β また,被告人A1が,その際,その公判供述にあるように,弁護人らに対して,B31検
事から言われたとされる前記のようなB37弁護士の言動の真偽について確認したのであれ
ば,弁護人らとしても,被告人A1のそのような疑いを払拭するために接見の機会を増やす
などする一方,このような不当な取調べを行ったB31検事に対しても,それまでも行ってき
たように何らかの方法で抗議の意思を表すはずであるのに,弁護人らがこのような活動をし
た形跡は全く認められないのである。
 ⅲ そうすると,被告人A1のこの点に関する供述は,いかにも不自然なものというほかな
く,何らの裏付けをも欠くものであって,信用することは困難である。
 e まとめ
 以上みてきたとおり,B31検事から違法,不当な取調べを受けた旨の被告人A1の公判
供述は,そのまま信用することができないだけでなく,関係各証拠から認められるB31検事
の取調べ方法は,相当に強引なものであったとはいえ,違法,不当なものとまでは認めら
れず,また,被告人A1の供述の任意性ないし信用性に影響を及ぼすものともいえないか
ら,この点に関する弁護人の主張は理由がない。
 (5) 被告人A1の各検察官調書の証拠能力についての結論
 以上のとおり,被告人A1の捜査段階における供述は,任意性が認められる上,その公
判供述と対比しても,これより信用すべき特別の情況があったと優に認められるから,検察
官請求に係る被告人A1の検察官調書6通(乙書12~16,27)はいずれも証拠能力を有す
ることが明らかであって,これを否定する弁護人の主張はすべて採用することができない。
 2 被告人A2の各検察官調書の証拠能力
 (1) 問題の所在等
 ア 問題の所在
 (ア) 検察官は,被告人A2の検察官調書5通(乙書19~23)について,刑訴法322条1
項又は321条1項2号後段に基づき取調べを請求した。
 (イ) これに対し,弁護人は,これらの検察官調書はいずれも,本件で被告人A2の取調
べを担当した東京地検特捜部所属のB44検事から,連日長時間にわたり厳しい取調べを
受け,体調不良の中,「会社をつぶす。」,「得意先を徹底的にやる。」など多数の脅迫文
言を言われて獲得された任意性のないものである上,特信性も欠いているので,証拠能力
がない旨主張する。
 (ウ) そこで,以下,被告人A2の前記検察官調書5通(乙書19~23)の任意性及び特信
性の有無について検討することとする。
 イ 任意性・特信性の判断資料として請求された被告人A2の検察官調書等の証  拠
能力
 (ア) 検察官は,被告人A2の上記検察官調書5通(乙書19~23)の任意性・特信性立証
のために,上記検察官調書5通を含む被告人A2の捜査段階における一連の検察官調書
20通(乙物119,120,122~139。ただし,乙書19は乙物134,乙書20は乙物135,乙書
21は乙物139,乙書22は乙物131,乙書23は乙物138とそれぞれ同一である。),弁解録取
書1通(乙物118)及び勾留質問調書1通(乙物121)の取調べを請求し,弁護人は,前記第
2の1(2)イ(ア)と同様の理由により,上記検察官調書等はいずれも非供述証拠としても証拠
能力がない旨主張する。
 (イ) しかしながら,弁護人の上記主張が理由のないことは,同(イ)で判示したとおりであ
る。
 (2) 被告人A2の供述経過等
 関係各証拠によれば,被告人A2の捜査段階の供述経過等として,次のような事実が認
められる。すなわち,
 ア(ア) B1がC7ルート事件で逮捕されてから数日後に,被告人A2は,C1会長の秘書
役が同席する中で,被告人A1,B4らと共に,B37弁護士から事情聴取を受けたが,その
際,面談当日に被告人A1及びB4と共にB1と面会したことはあるものの,B1に現金を渡し
たことはない旨説明した。
 (イ) また,C16新聞が9月6日付け朝刊で本件贈賄容疑に関する報道したことについ
て,C1及び被告人A1が抗議の文書を同新聞社に送付するなどした際にも,被告人A1と
共にB37弁護士からその報告を聞いている。
 イ(ア) そのような中,10月20日ころから東京地検特捜部によるC1関係者に対する任意
の取調べが開始されて,被告人A2も,同月21日に呼出しを受け,B37弁護士,C1関係者
らと共にホテル「C20」に集まった後,東京地方検察庁に行ってB45検事から取調べを受け
た。その後も,ほぼ連日のようにB45検事から取調べを受けたが,被告人A2は,面談当日
に被告人A1及びB4と共にB1と面会した事実はあるが,B1に現金を渡したことはない旨
供述し,同月28日から被告人A2の取調べを担当することになったB44検事の取調べに対
しても,同様の供述を繰り返した。
 (イ) なお,被告人A1は,前認定のように,同月26日に本件贈賄の容疑で逮捕され,当
初は,被告人A2と同様の供述をしていたが,同月31日に事実を認める供述を始め,11
月1日に詳細な自白調書4通に署名指印した(乙物97~100)。
 (ウ) また,B3は,後に認定するように,10月28日に証拠隠滅の容疑で逮捕され,11月
1日には,被告人A2の指示で現金2000万円を用意し,面談当日に,C18の駐車場か車
回りの所で,被告人A2にその現金を渡した旨記載された調書に署名指印している(甲物
61)。
 ウ(ア) 被告人A2は,11月2日本件贈賄の容疑で逮捕されたが,その日の弁解録取及
び同月4日の勾留質問では,前同様,面談当日に被告人A1及びB4と共にB1と面会した
が,その趣旨は表敬訪問であって,現金は渡していないなどと述べている(乙物
118,121)。
 (イ) また,同月2日に,身上経歴に関する検察官調書(乙物119)のほか,C1には,あり
もしない事実をあると言って,部下が上司に責任を押し付けたり,上司が部下に責任を押
し付けたりするような役員や社員は,過去において私の知る限りいない旨記載された検察
官調書(乙物120)も作成されている。
 (ウ) なお,被告人A2は,同月4日,B37弁護士及びB41弁護士を弁護人として選任し,
勾留質問を挟んで合計30分間弁護人らと接見している。
 エ(ア) 被告人A2は,同月5日に,私は,多分いつまでもB1知事にお金を差し上げた事
実はないと述べるつもりはない,否認しても罪を認めても,いずれにしても私も罪に問われ
る状況になっていることは,昨日弁護人と会って分かった旨記載された検察官調書(乙物
122),次いで,B3経理部長は,C18のアスレチッククラブの車寄せの辺りで私にお金を渡
したと話しているそうだが,私の現在の記憶では,そのような場面は浮かんでこないので,
B3経理部長には,私がA1副社長の部屋でお金を受け取ったとか,B3がA1副社長の秘
書に預けていたお金を受け取ったなどと話している旨ぶつけてほしい,それでB3経理部
長の話が変わるのであれば,B3は間違った事実を話していることになると思うなどと記載さ
れた検察官調書(乙物123)にそれぞれ署名指印した。
 (イ) 他方,B3は,後に認定するとおり,同日,A2支店長は,現金2000万円を私から本
社の被告人A1の副社長室(以下「A1副社長室」という。)で受け取ったとか,その現金をA
1副社長の女性秘書を介して受け取ったなどと述べ,その旨私に質問してほしいと供述し
ているそうだが,そのような事実はいずれもない,私がA2支店長にこの現金を渡した場所
は,車のあるところであるが,それがどこなのかは現在思い出せない旨記載された検察官
調書(甲物67)に署名指印している。
 オ(ア) 被告人A2は,同月7日,明日,弁護人を通じて社長に関東支店長の職を辞任す
ると伝えてから,今回の事件について,すっきりした気持ちですべてお話しする,私が逮捕
された事件について否認するつもりはない旨記載された検察官調書(乙物124)に署名指
印した。
 (イ) そして,被告人A2は,同月8日午前に20分間,B41・B42両弁護士と接見して,関
東支店長の職を辞する旨伝えた後,取調べにおいて,本件贈賄事実を認め,以下のよう
な記載のある検察官調書(乙物125)に署名指印した。すなわち,
 a 今回の事件を切っ掛けに,建設業界全体や官界,政界を浄化したいという心境にな
り,また,A1副社長が事実を正直に話している以上,私もきちんと事実を正直に話さなけ
ればならないという心境になった。
 b 今回B1知事に差し上げた2000万円は,私が,A1副社長から指示されて,B3経理
部長に準備させたものであり,面談当日に,C19の車寄せの所で,私がB3から受け取って
A1副社長に手渡し,A1副社長が都道府県会館の知事談話室でB1知事に手渡した。
 c Z県では,C57ダム建設工事を始め,県庁舎新築工事,県立医療大学新築工事等の
工事がいろいろ計画されており,C1では,植物園温室新築工事等の工事を受注していた
ことから,諸々の工事受注に便宜を図ってもらうために2000万円をB1知事に差し上げ
た。
 カ(ア) その後,被告人A2は,同月12日,16日,19日に各20分間,前記弁護人らと接
見しているが,同月22日に本件で起訴されるまでの間,本件贈賄事実を一貫して認め,1
4通の検察官調書(乙物126~139)に署名押印している。
 (イ) そのうち同月9日付け検察官調書(乙物126)には,B1知事に差し上げた2000万円
については,当時から賄賂と認識していたこと,面談当日の前の週辺りに,A1副社長から
電話があり,当日の午後4時半にB1知事に会うことになっているので同行するように言わ
れ,その際に2000万円を持っていくので支店の方で用意するよう指示されてこれを了承し
たこと,その後,B3経理部長を支店長室に呼んで,A1副社長から言われたのでウラキン
(裏金)で2000万円を用意するよう命じ,さらに,本件面談の前日に2000万円を支店長
室に持参してきたB3に対して,面談当日の午後4時までにA1副社長の所に届けておくよ
う指示したことなどが記載されている。
 (ウ)a また,同月10日付け検察官調書は2通あり,うち1通(乙物127)には,面談当日の
面談までの行動について,午前中にZ県C53町の役場等に行き,午後1時ころ関東支店に
戻ったこと,午後2時から開催された総合幹部会議に出席してあいさつしてから,午後3時
10分ころ支店長車で関東支店を出発し,午後3時50分ころC1本社に着いてA1副社長室
に行ったこと,すると,A1副社長のおそらくB46秘書から,出先に来るようにとの指示が伝
えられたので,その場にいたB4と共に,C19に行ったこと,C191階車寄せに副社長車と支
店長車をとめ,B4が建物の中に入っていき,私が,支店長車のそばに立っていると,B3経
理部長が寄ってきて,待っていたというので,B3から現金2000万円の入った手提げ付き
紙袋を受け取ったこと,しばらくすると,A1副社長とB4が建物から出てきたので,A1副社
長に歩み寄って現金の入った紙袋を渡すと,すぐにB4が,自分が持つと言ってこれを受
け取ったこと,それから,3人で都道府県会館に向かったが,そのとき,私が副社長車に乗
ったのか支店長車に乗ったのかは記憶が必ずしも明確ではないことなどが記載されてい
る。
 b もう1通の検察官調書(乙物128)には,都道府県会館に到着後,部屋に通されてB1
知事と面会したこと,A1副社長は,B1知事にあいさつしてから,私を知事の大学の後輩と
して紹介し,私は,B1知事と名刺交換をしたこと,その後,A1副社長は,用意していた対
談集を取り出してB1知事としばらく雑談してから,立ち上がり,「来年もいろいろあるようで
すからよろしくお願いします。」などと言い,出入口の方に歩き始めようとしたB1知事のそば
にすり寄り,「これはお土産です。」と言って現金の入った紙袋を手渡すと,B1知事は,「あ
っ,そう。」と言ってこれを持って部屋から出ていったこと,その後,A1副社長とB4は副社
長車で,私は支店長車に乗って都道府県会館を出たことなどが記載されている。
 (エ) 同月11日付け検察官調書(乙物129)には,A1副社長がB1知事に2000万円を差
し上げた理由は,本人からは直接聞いてはいないものの,C57ダムが来年発注になるの
で,受注を確実にするためであろうと察していたこと,C57ダムは関東支店が担当している
Z県の発注工事であるから,その工事の受注に必要な金である2000万円は,関東支店が
負担するのが常識であり,当然の仕事としてB3経理部長に用意させたものであることなど
が記載されている。
 (オ) 同月12日付け検察官調書(乙物130)には,当初本件贈賄事実を否認した理由とし
て,自分が助かりたいという気持ちがなかったわけではないものの,会社にとって大変な不
名誉となり,指名停止などの処分を受けて経済的にも大変な損害となるので,会社を何とし
ても救いたかったというのが自分の気持ちであったことなどが記載されている。
 (カ) 同月14日付け検察官調書(乙書22・乙物131)には,被告人A1からB1への面会に
同行するように指示されてから本件贈賄後に都道府県会館を出るまでの経緯についてそ
れまでと同様の記載があるほか,2000万円をB1知事に贈った背景事情として,当時バブ
ル経済が崩壊して,関東支店にとどまらずC1全体の受注が落ち込んでいたために,公共
事業をできるだけ多く受注して経営の安定につなげる必要があったこと,面談当日,C
19に向かうためA1副社長室から出てエレベーターに乗っているとき,B4が縦長の手提げ
の付いた紙袋を持っていたので,尋ねると,B1知事への土産に洋服の生地を持ってきた
などと言っていた記憶があること,しかし,B4は,都道府県会館に入ったときはこれを持っ
ていなかったので,副社長車の中に置いてきたと思ったこと,A1副社長は,B1知事に対
するあいさつの中で,来年出件が確実視されていたC57ダムの名を挙げてお願いしたかも
しれないことなどが記載されている。
 (キ)a 同月15日付け検察官調書は2通あり,うち1通(乙物132)には,B4は面談当日に
B1知事に現金2000万円を差し上げた事実はないと話しているそうだが,紙袋の中に現
金が入っていたことは知らないのではないかと思う,しかし,B4も,A1副社長がB1知事に
紙袋を渡したことは当然認識しているはずであり,B4には,私もきちんと話すように言って
いると伝えても構わないなどと記載されており,
 b もう1通(乙物133)には,B1知事逮捕直後にB37弁護士から事情聴取があった日に,
事情聴取に先立ち,副社長室でA1副社長と2人で話をした際,A1副社長から,「社内的
には単なる表敬訪問に行ったことになっているので,お金のことは伏せて話せ。」と言われ
たので,「分かりました。」と答えたこと,その後,応接間で,A1副社長,私,B4,B2主計部
担当部長らが集まってB37弁護士から事情聴取を受けたが,A1副社長が中心になって,
B1知事とは会ったが金は渡していないと説明したこと,9月の終わりごろ,今回の事件がC
16新聞に報道された後の重役会において,A1副社長は,役員らに対し,「新聞報道の事
実はないから安心してください。」などと言って釈明し,私もこれに同調したことなどが記載
されている。
 (ク) 同月16日付け検察官調書は2通あり,うち1通(乙書19・乙物134)には,C1の沿
革,役員構成,組織の概要等が記載され,もう1通(乙書20・乙物135)には,関東支店の概
要,被告人A2が関東支店長に就任したときの事務引継ぎの内容,特に関東支店におけ
る裏金の管理状況等が記載されている。
 (ケ)a 同月17日付け検察官調書は2通あり,うち1通(乙物136)には,B4が否認を維持
していることについて,B4は,私やA1副社長が事実を話していると検事から聞いても信用
していないのではないかと思う,B4は頑固な人物でもあることから,正直な話はしないかも
しれないなどと記載されている。
 b もう1通(乙物137)には,面談当日にA1副社長室に行ったとき,私に「A1副社長は例
の所に行って汗を流している。」などと告げた人物は,B46秘書ではないかと思っていた
が,B46秘書が当日出張していた可能性があると聞き,改めて考えてみたが,女性秘書か
らこのような話を聞いたという記憶はないので,もしかしたらB4からA1副社長の行き先を聞
いたのかも知れないなどと記載されている。
 (コ) 同月18日付け検察官調書(乙書23・乙物138)には,7月下旬ころにB37弁護士に
虚偽の事情説明をした際の詳しい状況とその際B37弁護士から取調べの際の心構えを聞
いたこと,B4が現在でも現金を渡していないと言い張っているのは,検事の話を信用して
おらず,そのときの口裏合わせにこだわっているほか,自分が計画したB1知事への表敬
訪問がこのような事態になったことに責任を感じているためであると思うこと,自分がB3経
理部長に口止めしなかったのは,口が堅くて裏帳簿の破棄までしたB3が事実をしゃべる
はずがないと確信していたからであること,今回検事から,私にお金を渡した場所について
のB3の供述が変わらないと聞いたときは,一縷の望みも絶たれたと思ったことなどが記載
されている。
 (サ) 同月21日付け検察官調書(乙書21・乙物139)には,関東支店の受注高の推移,Z
県からの受注実績に関する資料を基に,平成4年度には民間工事の受注高が激減してお
り,経営の安定を図るためには公共工事の受注拡大に力を注ぐ必要があったこと,Z県に
はC57ダムの工事を始め,県庁舎新築工事,常陸那珂港埠頭埋立造成工事,県立医療
大学新築工事など今後発注予定の工事が多く,茨城営業所がそれらの受注を目指して活
動していることを私も承知しており,A1副社長がB1知事に2000万円を差し上げたのは,
C57ダムの工事を確実に受注したいという理由であり,私においてはそれに加えて茨城営
業所の営業活動が有利に展開できたらという気持ちもあったことなどが記載されている。
 (3) 被告人A2の捜査段階の供述の任意性ないし特信性
 そこで,以上のような被告人A2の供述経過等を踏まえつつ,被告人A2の検察官調書5
通(乙書19~23)における供述の任意性ないし特信性について検討することとする。
 ア 自白の任意性・特信性を担保する外部的情況
 (ア) 被告人A2の経歴や地位ないし立場,弁護人との接見ないし打合せ
 a(a) 被告人A2は,前認定のとおり,C2大学工学部を卒業後,昭和27年にC1に入社し
て,主に土木部門の職務に従事し,取締役土木技術本部副本部長,常務取締役建設総
事業本部土木技術本部長等を経て,平成4年6月に常務取締役建設総事業本部関東支
店長に就任し,本件面談当時も,その職にあり,平成5年6月には専務取締役建設総事業
本部関東支店長に昇進し,本件取調べ中も,その職にあった者である。
 (b) このような被告人A2の経歴や当時の地位ないし立場からすると,被告人A2は,被
告人A1と同様,豊富な学識,経験に裏付けられた強い意志力及び高度で的確な状況認
識ないし判断能力を有していたことがうかがわれるのであり,このような被告人A2において
も,本件贈賄を認めることがどのような意味を有し,自己やC1にどのような影響を及ぼすか
について理解していなかったはずはない。
 b(a) また,被告人A2は,前認定のとおり,本件逮捕の約3か月前から,本件贈賄の嫌
疑が掛けられていることを知り,被告人A1らと共に,B37弁護士から事情聴取を受け,在
宅で取調べを受けた初日の10月21日にも,B37弁護士と会っていたのであり,これらの機
会に取調べの際の心構え等について助言を受けていたことがうかがわれる。さらに,被告
人A2は,11月2日に逮捕された後も,同月4日及び8日に自己の弁護人らと接見して法的
助言を受けていた。
 (b) ところが,被告人A2は,逮捕から7日目の同月8日に本件贈賄事実を自白している
ばかりか,その日は,接見の際に,弁護人らから「本当にやっていないのなら頑張りなさ
い。」などと激励を受けたにもかかわらず(被告人A2150回,B42168回),弁護人らに対し
て関東支店長を辞任する旨伝えた上,その直後の取調べにおいて本件贈賄事実を認め
る供述を始め,以後,同月12日,16日及び19日にそれぞれ弁護人らの接見を受けながら
も,本件起訴日である同月22日まで一貫して本件贈賄事実を認める供述を続けて,多数
の自白調書に署名指印しているのである。
 c 以上のように,被告人A2は,本件贈賄事実を認めることがどのような意味を有し,自
己やC1にどのような影響を及ぼすかについて十分理解しながら,上記のような接見ないし
打合せ状況の下で,詳細な自白に至ったのであり,このような供述経過は,被告人A2が,
弁護人らからの様々な助言に耳を傾けながらも,最終的には自らの意思で本件贈賄事実
を認める決断をし,同月8日以降本件起訴に至るまで,その意思を変えることなく自白を維
持したことを示すものであって,被告人A2の捜査段階における供述の任意性ないし信用
性を強く推認させる事情ということができる。
 (イ) 自白に至った経緯ないし理由
 a(a) 前認定のように,被告人A1は,10月31日に本件贈賄事実を認める供述を始め,1
1月1日に詳細な自白調書の作成に応じたが,翌2日の弁護人らとの接見後に,否認に転
じており,また,後に認定するように,B3は,同月1日に,被告人A2から指示されて,面談
当日に現金2000万円を被告人A2に届けた旨の供述を始め,その後,一貫してこの供述
を維持していた。
 (b) そして,B44検事(165回)及び被告人A2(145回,150回)の各公判供述によれば,B
44検事は,被告人A2に対し,被告人A1及びB3の上記各自白内容を告げて,正直に事
実を話すよう説得したところ,被告人A2は,B44検事の話を当初は信用しなかったものの,
11月4日の接見において,弁護人らから,被告人A1やB3が上記のような自白供述をして
いることを聞いたことが認められる。
 (c) さらに,前認定のように,被告人A1は,同日の接見において,弁護人らに再度自白
する決意を伝えた後,再び自白に転じているところ,関係証拠(甲書138)によると,弁護人
らのその日の被告人A2に対する接見は午前中に,被告人A1に対する接見は午後に行
われたことが認められるから,弁護人らは,被告人A2とのその日の接見の時点では,被告
人A1の上記の決意までは知らず,同月2日の接見の際の態度から,被告人A1は再び否
認に転じているとの認識を有しており,被告人A2に対しても,そのような認識を前提に,否
認を貫くよう激励したことがうかがわれる。
 b(a) また,被告人A2の供述経過等をみても,前認定のように,被告人A2は,同月2日
に,C1には,ありもしない事実をあると言って,部下が上司に責任を押し付けたり,上司が
部下に責任を押し付けたりするような役員や社員は,過去において私の知る限りいない旨
記載された検察官調書(乙物120)に,同月5日には,私は,多分いつまでもB1にお金を差
し上げた事実はないと述べるつもりはない,否認しても罪を認めても,いずれにしても私も
罪に問われる状況になっていることは,昨日弁護人と会って分かった旨記載された検察官
調書(乙物122),B3はC18のアスレチッククラブの車寄せの辺りで私にお金を渡したと話し
ているそうだが,私の現在の記憶では,そのような場面は浮かんでこないので,B3には,
私が被告人A1の部屋でお金を受け取ったとか,B3が被告人A1の秘書に預けていたお
金を受け取ったなどと話している旨ぶつけてほしい,それでB3の話が変わるのであれば,
B3は間違った事実を話していることになると思うなどと記載された検察官調書(乙物123)
にそれぞれ署名指印している。
 (b) ところが,B3は,同月5日に,被告人A2は,現金2000万円を私から本社の副社長
室で受け取ったとか,その現金を被告人A1の女性秘書を介して受け取ったなどと述べ,
その旨私に質問してほしいと供述しているそうだが,そのような事実はいずれもない旨記載
された検察官調書(甲物67)に署名指印している。
 (c) そして,被告人A2は,同月7日,明日,弁護人を通じて社長に関東支店長の職を辞
任すると伝えてから,今回の事件について,すっきりした気持ちですべてお話しする,私が
逮捕された事件について否認するつもりはない旨記載された検察官調書(乙物124)に署
名指印しているのである。
 c このような関係者らの供述状況,B44検事の取調べ状況,弁護人らとの接見状況に加
え,被告人A2の供述経過も併せ考慮すると,被告人A2は,11月2日の時点で,被告人A
1が自白し,B3も本件贈賄資金準備の事実を認めて,自分が罪に問われかねない状況に
置かれたことは認識したものの,被告人A1は既に否認に転じており,B3の前記供述を動
揺させることができれば,状況は好転するかもしれないと考えて,同月5日,B44検事に対
し,B3が自分に現金を渡した場所はA1副社長室であるなどという虚構の事実を述べて,
B3に伝えさせ,B3も否認に転ずることを期待したものの,B44検事から,これらの事実をぶ
つけても,B3の供述が変わらなかったと教えられ,しかも,同月8日の接見では,弁護人ら
から,被告人A1が再度自白に転じたことを告げられたことにより,もはや罪から逃れるすべ
はないものと観念して,その接見の直後に本件贈賄事実を自白するに至ったことが,優に
推認できるのである。
 d そして,以上のような被告人A2が本件を自白するに至った経緯ないし理由は誠に自
然かつ合理的なものであって十分納得できるものであり,そこには任意性を疑わせる事情
を見出すことはできないというべきである。
 (ウ) 供述の一貫性ないし独自性
 a 前認定のとおり,被告人A2の供述は,11月8日に自白して以降は,細部を含めてほ
ぼ一貫しており,B44検事から,面談当日に同行していたB4が現金の授受を否認する供
述を続けていると聞いても,その供述に動揺や変遷は全くみられない。
 b また,面談当日における被告人A1と被告人A2らの合流地点について,前認定の供
述経過に,被告人A2(143回)及びB44検事(165回)の各公判供述を総合すると,被告人
A2は,在宅段階の11月1日ころ,B44検事と共に,C18に隣接する東京都千代田区C
60町所在のC19ビル付近に赴いた際に,一階の車寄せ付近であったと供述し,以後も同
様の供述をしていることが認められるが,被告人A1は,ほぼ一貫して,同ビルの地下1階
であったと供述し(乙物99,103),B3の供述も,当初は明確でなかったから(甲物
61,83,67),被告人A2のこの点に関する供述は,独自のもので,固有の記憶に基づく自
発的なものであったことがうかがわれる。
 c さらに,被告人A2は,7月下旬ころ,B37弁護士から事情聴取を受ける前に,A1副社
長室で被告人A1と2人きりになり,被告人A1から本件について口止めをされたと供述して
いる(乙物133,乙書23・乙物138)が,この供述は,本件に関する罪証隠滅工作として重要
な意義を有するものであるところ,この点については,被告人A1が全く供述しておらず,B
44検事が誘導することも困難というべきであるから,被告人A2独自の供述ということができ
る。
 d しかも,本件面談の際に被告人A1がB1に依頼した内容について,B1は,ほぼ一貫
して,県庁舎や県立医療大学の新築工事についてお願いをされた旨供述し(乙物14等),
被告人A1は,11月10日以降は,「C57ダムを始め今後いろいろ大型の工事が出る予定と
伺っていますが,よろしくお願いします。」旨お願いしたと供述する(乙物113等)一方,被
告人A2は,当初は,具体的な工事名を挙げておらず(乙物128),同月14日の時点にお
いても,翌年の出件が確実視されていたC57ダムの名を挙げてお願いしたかもしれないと
供述するにとどまっているのであって(乙書22・乙物131),B44検事は,かかる重要な点に
おいても,被告人A2に供述を押し付けていないことがうかがわれる。
 e 以上のとおり,被告人A2の捜査段階の自白供述は,一貫しており,かつ,関係者らの
供述からは独自性を有するものであるから,これらの事情も,同供述の任意性ないし信用
性を担保する事情といえる。
 (エ) 弁護人の対応について
 被告人A2の弁護人は,被告人A1の弁護人と全く共通するところ,弁護人らは,被告人
A1に関しては,前認定のように,11月1日,B31検事の取調べ方法を非難するとともに,
被告人A1の健康状態と人権に配慮した捜査をするよう要望する内容の書面(弁書173)を
東京地検検事正あてに発送し,同月2日ころには,東京地検の特捜部長やB30主任検事
に対して,B31検事の取調べ方法について抗議している。ところが,弁護人らは,前認定の
ように被告人A2との接見を重ねながらも,東京地検特捜部に対して,何らかの抗議や要
望等をした形跡が全くうかがわれないのであって,このことは,被告人A2に対するB44検
事の取調べ方法に違法,不当な点がなかったことをうかがわせるものであり,被告人A2の
捜査段階の自白の任意性ないし信用性を裏付けるものである。
 イ 弁護人の主張について
 (ア) 弁護人の主張
 a 被告人A2は,公判段階では,自白するに至った経緯ないし理由について,11月2日
に逮捕されて以降,B44検事から,①連日のように長時間の厳しい取調べを受けて,身体
的に限界に達していたところ,②黙っているのは検察に挑戦するつもりか,検察はやると言
ったらとことんやるんだ,関東支店以外の支店の手入れを準備しているんだ,片っ端から
摘発してやる,得意先も徹底的に調べてやる,C6は6社で音を上げたんだ,C1は10社リ
ストアップしてある,もう若手を待機させてあるんだ,会長,社長だって引っ張ってやる,会
社をつぶしてやるなどと脅迫され,被告人A1も同様の脅迫を受けて会社を守るために自
分を殺して虚偽の自白をしたと弁護人らから聞いたことから,その意思を無にするわけには
いかないと思い,自分も会社を守るために虚偽の自白をした,③あなたの奥さんは,がん
で亡くなったんじゃなくて自殺じゃないか,このことを公表してやろうか,自殺幇助で調べる
ことだってできるんだなどと脅されたこともあった旨供述している。
 b そして,弁護人は,被告人A2の上記公判供述を前提に,被告人A2には高血圧症等
の持病があり,連日の長時間にわたる厳しい取調べによってかなりの体調不良を来してい
たところ,B44検事から上記のような執ような脅迫を加えられたことにより虚偽の自白に追い
込まれたものであるから,被告人A2の自白には任意性も信用性もない旨主張するので,
以下,この主張の当否について検討する。
 (イ) 検 討
 a 被告人A2の公判供述の信用性に疑問を生じさせる外部的情況
 (a) まず,被告人A2は,被告人A1と同様に,本件訴訟の当初から,相被告人らと共に,
全面無罪を主張しており,その主張は,C1の利益にも沿うものであるところ,関係各証拠
によると,被告人A2は,本件が起訴された平成5年11月に専務取締役関東支店長の職を
辞任し,平成7年6月に取締役を退任した後も現在に至るまで,同社から顧問待遇を受
け,同社から訴訟の準備に関して様々な支援を受け続けていることが認められる。しかも,
被告人A2は,公判廷では,同社関係の傍聴人や主張を同じくするB1及び元上司でもあ
る被告人A1の面前で供述しているのであるから,捜査段階における供述時と比較して,そ
の主張に反するような供述をしにくい外部的情況にあったというべきである。
 (b) また,被告人A2が前記のような脅迫による取調べを受けたり,体調不良を起こして
いたとすれば,同じ弁護人らの被告人A1に関する対応をみると,東京地検特捜部に対し
て抗議や要望等の行動があってしかるべきなのに,弁護人らは,被告人A2に関しては全
くこのような行動をとっていないのであるから,B44検事から前記のような脅迫等の不当な
取調べが行われたとする被告人A2の公判供述は,このような弁護人らの行動に沿わない
ものというべきである。
 (c)ⅰ さらに,被告人A2は,公判段階において,捜査段階では,面談当日の被告人A1
との合流地点はC19ビル1階の車寄せであったこと,A1副社長室から同ビルに向かうのに
支店長車を利用したこと,同ビルから都道府県会館までの間,支店長車に乗ったのか副社
長車に乗ったのかは覚えていないことを,いずれも自ら供述したことを認めながら,保釈後
の平成6年8月ころ,被告人A1,B4,弁護人らと当時の状況について話し合い,C19ビル
等の現場に行って面談当日の行動を再現してみたところ,合流地点は同ビル地下1階で
あり,本社のA1副社長室から同ビルを経て都道府県会館に至るまでいずれも副社長車に
同乗していたことを思い出した旨供述している(143回,145回)。
 ⅱ しかしながら,被告人A2は,その述べるところによっても,任意の取調べを受けてい
た11月1日ころ,B44検事と共にC19ビルに行って記憶を喚起する機会を与えられた際,
同ビルの地上1階で被告人A1らと合流したことを認めるような供述をし,その後,上記のよ
うな内容の検察官調書が作成されたというのである。したがって,更に約9か月間も経過し
てから再び現場を見て,取調べ当時の記憶が変わったというのは,余りにも不自然である。
しかも,上記行動再現の際は,被告人A1の説明に基づく経路に沿って行動再現をしたと
いうのであり,被告人A1らの供述に強く影響されたことがうかがわれる。
 ⅲ この点,被告人A2は,面談当日,被告人A1と合流する前に,被告人A1はアスレチ
ッククラブに行っている旨聞かされていたところ,C19ビルの並びにC18のアスレチッククラ
ブがあることも知っていたので,B44検事と現地を見た際に,自分が合流した場所とは全く
違った印象であり,半信半疑だったが,同検事から,確信ありげに,「あそこにC19ビルと書
いてある。ここだ,ここだ。」と言われたことから,「この辺りかな。」と言って,それ以上は反論
できなかった旨供述する。しかし,被告人A2は,平成4年6月にもC19ビルに行った経験の
あることを自認している。しかも,B44検事と現地を見たのは,あくまで在宅で任意の取調べ
段階であり,印象が全く違うというのに,反論できなかったばかりか,そこが合流場所であっ
たことを認める供述をしたというのは,いかにも不可解である。
 ⅳ したがって,被告人A1らとの合流場所に関する被告人A2の公判供述は,いかにも
不自然なものというほかなく,これもまた,自らの供述状況に関する公判供述の信用性に
疑問を生じさせる外部的情況ということができる。
 b 取調べ時間及び健康状態について
 (a) 前記①の取調べ時間及び健康状態について,関係証拠(弁178)によると,被告人A
2が逮捕された翌日の11月3日から最初に自白した同月8日までの取調べのための出房
時刻は,裁判所における勾留質問があった同月4日を除き,午前9時台ないし10時台であ
るが,逮捕当日の同月2日から同月8日までの帰房時刻は,同月6日の午後9時26分,同
月7日の午後6時58分を除き,いずれも午後10時を超えており,特に同月2日と5日は午
後11時を超えていることが認められるのであり,被告人A2の取調べがかなりの長時間に
及んだことは否定できない。
 (b) また,被告人A2が本件贈賄事実を否認している間は,B44検事の取調べが相当に
厳しいものであったことは,同検事の公判証言からもうかがわれるところ,被告人A2の公判
供述(150回)によれば,被告人A2は,逮捕される20年くらい前から高血圧症の治療を受
け,逮捕直前に受けた人間ドックで心臓冠動脈肥大の診断を受けて,定期的検査の必要
性を指摘されていたというのであるから,被告人A2の体調が上記のような厳しく連日長時
間に及ぶ取調べによって一時的に不良に陥っていたこともうかがわれる。
 (c) しかしながら,被告人A2が自白供述を始めた日の前日は,上記のとおり,午後6時5
8分とかなり早い時間に帰房している。また,被告人A2及びB44検事の各公判供述による
と,被告人A2は,逮捕翌日である同月3日から降圧剤を処方され,同月5日には別の種類
の降圧剤も追加処方されて,高血圧状態は改善したのであり,また,B44検事は,取調べ
を開始する前に,その日の血圧と体調を聞いてから取調べを行っており,体調不良を理由
に取調べを中断したり,被告人A2から体調不良を理由に取調べの中断を求めたりするこ
とはなかったと認められる(被告人A2145回,B44165回)。さらに,前認定のように,弁護人
らからは,B44検事の取調べ方法に対する抗議や要望等が全く出されていない。しかも,
自白を始めた理由について,被告人A2自身も,連日長時間の厳しい取調べや体調不良
を主たる理由とはしておらず,また,前判示のとおり,被告人A2が,被告人A1とB3の各自
白供述により,もはや罪から逃れるすべはないと観念したことによるものと合理的に推認で
きるのである。
 (d) そうすると,被告人A2の供述の任意性ないし信用性に悪影響を及ぼすほどの不当
な取調べ方法は採られなかったものと認められる。
 c 脅迫について
 (a) 捜査の拡大や長期化に関する脅迫について
 ⅰ 前記②の捜査の拡大や長期化に関する脅迫について,B44検事は,当公判廷にお
いて,在宅取調べの段階で,本件贈賄資金の原資を解明するために関東支店の得意先
を捜査する必要があったから,被告人A2に対して,その旨を説明した上,得意先を調査し
ても構わないという趣旨の文章を書面に書くよう指示したことはあるが,逮捕後の取調べで
は,被告人A2が述べるようなことは一切言っていない旨証言している(167回)。
 ⅱ そこで,B44検事の上記公判証言の信用性について検討するに,被告人A2が逮捕
された11月2日の時点では,既にB3が関東支店の裏金を使って2000万円を用意した旨
供述し,被告人A1の自白調書も作成されており,2000万円の原資を解明するための捜
査をする必要性は薄らいでいたといえるから,逮捕後はそのようなことを言っていない旨の
B44検事の公判証言は,当時の捜査の進展状況に沿う自然なものといえる。また,B44検
事は,被告人A2に対し,得意先を調査しても構わない旨の上記書面の作成を求めたこと
のほか,被告人A1やB3の供述を伝えて説得した際に,「C1では上司は部下にうそは言
いません。部下は上司にうそは言いません。」という趣旨の内容の書面を書くよう指示したこ
となど,一見すると強引とも受け取られかねない取調べ手法を行ったことまで率直に認めて
おり(167回),その供述態度は真摯なものということができる。そうすると,被告人A2の取調
べ方法に関するB44検事の公判証言は,全体として信用性が高いものと認められる。
 ⅲ 他方,被告人A2の公判供述に従うとすれば,被告人A1の場合と同様に,本件贈賄
事実を自白するかどうかは,C1にとっても,捜査の拡大や長期化による不利益と虚偽内容
の贈賄を認めることによる社会的信用の失墜や各自治体等の指名停止等による不利益と
を比較衡量するという極めて高度の経営判断を要する事項であり,一専務取締役にすぎ
ない被告人A2がその一存で決定できることではなく,弁護人らを通じてC1の最高首脳の
意向を確認してからでないと決定できない事柄であるはずである。ところが,被告人A2及
びB42弁護士の各公判供述によっても,11月8日の接見に際し,被告人A2と弁護人らと
の間でこのようなやりとりがあったことは全くうかがわれないばかりか,弁護人らが,真実に
反する自白はしないように被告人A2をいさめたというのに,被告人A2は,弁護人らの制止
を振り切って,接見直後の取調べにおいて,本件贈賄事実を自白したと認められるのであ
って,被告人A2の公判供述は,この点から,いかにも不自然,不合理というほかなく,これ
を信用することは困難である。
 (b) 被告人A2の妻の死因に関する脅迫について
 ⅰ 前記③の被告人A2の妻の死因に関する脅迫について,B44検事は,当公判廷にお
いて,被告人A2の夫人が自殺したということは知っていたし,被告人A2と夫人のことを話
題にしたことはあるが,自殺の事実をマスコミに公表するとか自殺幇助で調べるなどとは言
っていない旨証言している(167回)。
 ⅱ そこで検討するに,被告人A2の述べるところによっても,その妻が亡くなったのは昭
和63年5月と本件取調べ時から5年以上も前のことであることに加え,当時がんを患ってい
てマンションから飛び降りたものであり,それに関して監察医が作成した書類もあったという
のであるから(153回),被告人A2に自殺幇助の疑いが生ずる余地はなく,検察官が贈賄
の被疑者をあえてそのような嫌疑で調べるというのは,通常はあり得ない話というほかな
い。しかも,B44検事がこのような発言をしたとすれば,被告人A2にとっては重大な脅威で
あるとともに,同人の最も触れてほしくないプライバシーを利用しようとする極めて卑劣な取
調べ方法として激しい怒りを感じると思われるのであり,被告人A2自身も,「A2家の名誉
が汚されて耐えられないと思った。私を犯罪者に仕立て上げようとする冷酷非道な検事の
姿に怖くなった。」と供述している(153回)。ところが,被告人A2は,自白に至った最大の
理由としては前記②の脅迫の点を挙げており(150回,153回),この点は従たるものとして
述べているにすぎず,弁護人らに訴えて,検察庁に抗議しようとした形跡も全くないのであ
って,このような被告人A2の供述態度や行動状況は,その供述内容に照らし不自然という
べきである。
 ⅲ 以上に照らすと,この点に関しても,B44検事の公判証言は信用できるのに対し,被
告人A2の公判供述をそのまま信用することは困難である。
 d まとめ
 以上みてきたとおり,B44検事から違法,不当な取調べを受けた旨の被告人A2の公判
供述は,信用することができないものであり,取調べ時間の長さや厳しさも,被告人A2の
供述の任意性ないし信用性に影響を及ぼすものとはいえないから,この点に関する弁護
人の主張も理由がない。
 (4) 被告人A2の各検察官調書の証拠能力についての結論
 以上のとおり,被告人A2の捜査段階における供述は,任意性が認められる上,その公
判供述と対比しても,これより信用すべき特別の情況があったと優に認められるから,検察
官請求に係る被告人A2の検察官調書5通(乙書19~23)はいずれも証拠能力を有するこ
とが明らかであって,これを否定する弁護人の主張はすべて採用することができない。
 3 B3の各検察官調書の証拠能力
 (1) 問題の所在等
 ア 問題の所在
 (ア) 検察官は,B3の検察官調書2通(甲書140,141)について,刑訴法321条1項2号
後段に基づき取調べを請求した。
 (イ) これに対し,弁護人は,B3が,本件贈賄資金を準備して被告人A2に届けたほか,
その原資に関する関東支店の裏金出納帳(以下「裏金出納帳」という。)を廃棄したことな
どを認める上記検察官調書2通の作成に応じたのは,本件でB3の取調べを担当した東京
地検特捜部所属のB47検事から,「捜査会議の総意として,C1の対応は検察に対する宣
戦布告としか取れない。真実を明らかにして納まるところに納まらなければ,全支店,業
者,得意先を徹底的にやる。これによって結果としてC1がどうなろうと,一私企業の問題
だ。」,「捜索は今度は名古屋支店かもしれないよ。得意先,下請にも徹底的に調査を入れ
る。みんなB1知事への2000万円の出所は関東支店であるということをしゃべっている。貴
方はそんなに一人頑張っていいのか。」などと脅迫され押し付けられるなどした任意性,特
信性のないものであり,いずれも証拠能力がない旨主張する。
 (ウ) そこで,以下,B3の前記検察官調書2通(甲書140,141)の任意性,特信性の有無
について検討する。
 イ 特信性の判断資料として請求されたB3の検察官調書等の証拠能力
 (ア) 検察官は,B3の上記検察官調書2通(甲書140,141)の特信性立証のために,上
記検察官調書2通を含むB3の捜査段階における一連の検察官調書24通(甲物55~
57,60~77,83,88,89。ただし,甲書140は甲物73,甲書141は甲物74とそれぞれ同一で
ある。),弁解録取書1通(甲物58)及び勾留質問調書1通(甲物59)の取調べを請求し,弁
護人は,前記第2の1(2)イ(ア)と同様の理由により,上記検察官調書等はいずれも非供述
証拠としても証拠能力がない旨主張する。
 (イ) しかしながら,弁護人の上記主張が理由のないことは,同(イ)で判示したとおりであ
る。
 (2) B3の供述経過等
 関係各証拠によれば,B3の捜査段階の供述経過等として,次のような事実が認められ
る。すなわち,
 ア B3は,まず在宅により,3月にはB17検事から21日,22日,26日の3回,9月にはB
31検事から16日,17日,20日の3回,さらに,10月20日ころからは,同月28日に証拠隠
滅の容疑で逮捕された前後を通じて,11月17日に釈放されるまでの間,ほぼ連日のよう
にB47検事の取調べを受けて,以下の各検察官調書に署名指印している。
 イ このうち,3月26日付け調書(甲物55)には,B3が,①前任の関東支店経理部長であ
り,当時の建設総事業本部経理部長であるB43から,関東支店の約1億1000万円の裏金
及び資産負債残高表,営業先行投資立替金といった資料の引継ぎを受けて以降,裏金
出納帳を新たに付けていたこと,②その後,毎年盆暮れには作るようにとのB43の指示に
基づき,平成4年7月及び12月に各1000万円の裏金を造成して,前者はB43に渡した
が,後者はB43から連絡がなく関東支店で保管していたこと,③B35献金問題に関して検
察庁からC1に捜査への協力要請のあった3月19日に,被告人A1,B43,B2らと話をした
際,B43かB2から,上記7月造成分がB35献金の資金であることを聞かされ,B2からは,
上記12月造成分を他の裏金とは別に保管するよう指示を受けたこと,④3月21日の取調
べ終了後,B2から,裏金出納帳の廃棄を指示されて,翌22日にシュレッダーにかけて廃
棄したが,C1の顧問弁護士であるB37弁護士からの助言もあり,できるだけ再現した裏金
出納帳を作成して同月26日に提出したこと(弁物39。以下「再製出納帳」といい,その内容
は,別紙C1関東支店裏金出納帳対比一覧表(以下「対比一覧表」という。)の「再製出納
帳」欄記載のとおりである。),⑤関東支店の裏金は,上記12月造成分を含む1041万円
のほか,1億3974万円余を保管していることなどが記載されている。
 ウ 次に,9月16日付け検察官調書(甲物56)には,B3がB2から廃棄の指示を受けたの
は「裏金の帳面とか裏金に関するもの」であり,廃棄したのは「裏金の出納帳,社内領収
証,メモ,B43から引継ぎを受けた裏金に関する書類すべて」であったとする以外は,上記
3月26日付け検察官調書とほぼ同旨の記載があるほか,B43から引継ぎを受けた状況,裏
金の造成方法,裏金出納帳や社内領収証等の作成方法や保管方法等が記載されてい
る。
 エ 9月20日付け検察官調書(甲物57)には,B3が,B43手持ちの資料を示されて,B
43から引継ぎを受けた裏金出納帳上の残高が,実際には再製出納帳の金額よりも109万
円余多かったことを認めたほか,添付された再製出納帳の記入漏れ分についてのみ記載
した出納帳(弁物43。以下「復元出納帳(記入漏れ分)」又は「記入漏れ分」といい,その内
容は,対比一覧表の「記入漏れ分」欄記載のとおりである。)の写しに基づき,記入漏れ分
についての説明が記載されている。
 この記入漏れ分は,B3が,関東支店から本社主計部に税務申告用の資料として提出し
ていた,使途を明らかにせず経費性を自己否認する自己否認用の裏金に関する一覧表
に基づき,合計420万円余の裏金の支出を新たに認めるとともに,それに対応する裏金の
収入として,下請業者であるC26から吸い上げた708万円を新たに認めたものである。
 オ(ア) B3は,逮捕後の10月28日,検察官に対する弁解録取において,裏金出納帳等
の隠滅をB2と相談したことは事実だが,最終的に決めたのは自分の判断であった旨供述
し(甲物58),翌日の勾留質問では,B2と相談して裏金出納帳等を細断したことは事実だ
が,証拠隠滅という意識はなかった旨供述している(甲物59)。
 (イ) なお,同月29日付け検察官調書(甲物60・弁書205)には,B3が妻に指示して平成
4年の自己の手帳を預かってもらっていることを認める旨の記載がある。
 カ 11月1日付け検察官調書(甲物61・弁書206)は,B3が本件贈賄原資の準備を認め
た最初の調書であり,これには,①面談当日の前日か前の週に,被告人A2から,「A1さん
の所に持っていくから2000万円用意してくれ。」と命じられ,裏金を保管してあるキャビネッ
トから現金2000万円を取り出し準備して,裏金出納帳にも記載したが,この現金はいつも
どおり社名の入っていない大型封筒に入れたと思うこと,②面談当日に,この現金を被告
人A2から指示されたC18に持っていったが,建物の中に入った記憶がなく,周囲に車があ
ったという記憶なので,ホテルの駐車場か車回りの所と思うこと,C18から赤坂方向に向か
って歩いて帰ったという記憶があるので,交通手段は,地下鉄を利用したと思うこと,③そ
の場には,被告人A2とB4がおり,被告人A1の姿も見たような気がすること,④その場で,
被告人A2に「御苦労様。」と言って2000万円の入った封筒を渡し,すぐにその場から立ち
去ったことなどが記載されている。
 キ 同月2日付け調書は4通あり,そのうち,①甲物62(弁書209)には,B3がB43から引
継ぎを受けた裏金は,裏金出納帳の残高欄にあった金額よりも更に千二,三百万円多く,
一億二千三,四百万円であったことが,②甲物63(弁書208)には,自分の手帳には裏金
のことも鉛筆で書いていたが,ある程度時間が経つと消しゴムで消しており,本件贈賄資金
について書いたかどうか分からないが,書いておれば,消していると思うことが,③甲物
64(弁書210)には,裏金出納帳には,日付として「12 21」か「12 22」と記載したと思うこ
と,このうち「21」というのは準備のために現金をキャビネットから出した日のことであり,摘
要欄には「経理部 A2扱 A1副社長渡し」と記載していると思うこと,2000万円支出後の
残高は1億円前後になっており,後に茨城営業所からの埋め合わせはなかったことが,④
甲物88(弁書207)には,被告人A2に2000万円を届けに行った際の状況等として,場所
はC18の駐車場か車回りかはっきりしないが車のある所であり,被告人A2から指示された
経緯ははっきりしないこと,C18で被告人A2を待っていると,被告人A2のほか,B4と被告
人A1も連れ立って建物の方から歩いてきたこと,B4を見て,「B4さんが何でこんな所にい
るのだろう。」という印象を持ったこと,被告人A2はコートを着ないで黒っぽい服装,B4は
いつも濃紺の服であり,普段と違う印象がなく,被告人A1はコートを着ておらず,手に白っ
ぽい色合いの大学ノートくらいの大きさで,持つ指の力でやや湾曲したような格好になった
物を持っていたように思うこと,被告人A2に手渡した2000万円は,無地の大型茶封筒に
入れてあったが,封筒が1つか2つかどちらとも言えず,いずれにしても手提げの付いた紙
袋に入れたと思うこと,その紙袋は関東支店の女性にもらったと思うこと,支店長車のB
82運転手とは顔を合わせたので,覚えているかもしれないこと,被告人両名及びB4は副
社長車に乗ったと思うこと,副社長車が先発し,支店長車が追いかけたことなどがそれぞれ
記載されている。
 ク 同月3日付け検察官調書は2通あり,そのうち,①甲物65(弁書211)には,B43から引
継ぎを受けた現金は,裏金出納帳の残高よりも千二,三百万円多いか,もっと多かったか
もしれないが,一致させようとはしなかったこと,9月20日に提出した記入漏れ分にも記載
していない裏金の収入が別に500万円あり,その造成にC1の子会社であるC21株式会社
を使ったために,捜査の対象とはしたくなくて記載しなかったことが,②甲物66(弁書212)
には,B3が被告人A2の逮捕について聞かされた心境が記載されている。
 ケ 11月4日付け検察官調書(甲物83・弁書213)には,B3が,①面談当日,関東支店か
ら赤坂の本社の関東支店分室に行ったと思うが,A2支店長がいなかったので,支店長の
行き先に2000万円を持っていったと思うこと,②C18の車のある所で,支店長車のB82運
転手の顔を見たので,しばらく待つうち,被告人A2,被告人A1,B4が現れたこと,③被告
人A2に現金を渡した後,2台の車が右の方に曲がっていったと思うことなどが記載されて,
B3作成の図面が添付されている。
 コ 同月5日付け検察官調書は2通ある。
 (ア) このうち甲物67(弁書214)には,現金2000万円を被告人A2に渡した場所につい
て,B47検事から,被告人A2の依頼に基づくとして,本社の副社長室や被告人A1の女性
秘書を介してではないかとの質問を受けたのに対し,B3が,これを否定した上,授受の場
所は車のある所で,そこがどこかははっきりと思い出せないと供述した旨の記載がある。
 (イ) また,甲物68(弁書215)には,再製出納帳の内容に,前記記入漏れ分並びに前記
11月3日付け調書(甲物65)指摘の500万円の造成及び本件賄賂金2000万円の支出を
新たに加えて作成した出納帳(甲物68添付資料。以下「修正出納帳」といい,その内容
は,対比一覧表の「修正出納帳」欄記載のとおりである。)に基づき,3月29日時点で,裏
金出納帳の残高は1億3486万円余,簿外の現金を加えた裏金総額は1億4686万円余
ないし1億4786万円余あって,その時点でB17検事が確認した現金1億3974万円余との
差額である710万円ないし810万円は,実際は現金を支出しているのに,再製出納帳等
にその支出を記載していないためではないかなどの記載がある。
 サ 11月6日付け検察官調書も2通あり,そのうち,①甲物70(弁書217)には,現金200
0万円を入れた封筒やそれを入れた手提げ付き紙袋の形状等のほか,B3が,本件面談の
前日午後に支店長室に現金を届けた後,被告人A2から呼ばれて,「明日,ほかに回る用
事ができたので,〇〇時までに分室に持ってきてくれ。」と言われたため,現金入り手提げ
付き紙袋を経理部の金庫室の金庫に一時置いておき,面談当日の午後,本社の関東支
店分室に持っていったところ,A2支店長が別の場所にいるというので,その指定された場
所まで持っていき,被告人A2に手渡した旨の記載があり,②甲物69(弁書216)には,面談
当日は,午前にC54町のC22ビルに行き,午後2時ころまでに関東支店に戻ったが,往復
は支店の車を使っており,現金は持ち歩いていない,午後2時から5時まで関東支店の大
会議室で開催予定の総合幹部会には最初から出席せず,関東支店経理部担当部長のB
52が代わりに出席していると思う旨の記載がある。
 シ その後の同月11日付け検察官調書(甲物89・弁書219)には,①被告人A2の指示に
ついて,「22日午後4時ころまでに本社にいる自分に裏金を届けてくれ。」という趣旨だっ
たが,その場所が本社にある関東支店の分室かA1副社長室かはどうしてもはっきりしない
こと,②当日は関東支店の分室には女性秘書が詰めていなかったので,被告人A2の所
在を教えてくれたのは,被告人A1の女性秘書だろうと思うこと,③女性秘書からは,「C
18のC19の玄関で,4時10分に副社長と会うことになっていて,もう出られました。すぐに来
てほしいとのことです。」と教えられたと思うが,当時はC19と聞いてもピンと来なかったと思
うので,女性秘書から,「C55橋を渡ってすぐの左側のビル」という程度のことを教わって本
社を出たことなどの記載がある。
 ス なお,B3は,同月9日には,面談当日にC22株式会社に行った交通手段を支店の車
からタクシー又は地下鉄に訂正し(甲物71・弁書218),同月12日には,C22やC23株式会
社(以下,同社を含むC24株式会社が統括する企業グループを「C25グループ」という。)関
係の工事代金の未収金問題について供述している(甲物72・弁書220)。
 セ そして,同月13日付け検察官調書(甲書140・甲物73・弁書221)には,①関東支店に
おける裏金の保管,被告人A2からの2000万円準備の指示,その準備,被告人A2への
最初の手渡しの各状況,②その後,B3が,被告人A2から呼ばれて,「明日,ほかに回る
用事ができたので,午後4時ごろまでに,本社のA1副社長の所にいるから,お金を届けて
くれ。」と指示されて2000万円を受け取り,経理部の金庫室の金庫に一時的に置いたこ
と,③面談当日は,午前11時にC22ビルを関東支店のB48経理部次長兼経理課長及びB
49営業部長と訪問し,その際,2000万円も持参したこと,④C22で昼食を御馳走になり,
その後,本社に行って,交渉の結果報告や対応策の検討のためB43に会うなど,本社経
理部で時間を過ごして,午後4時少し前にA1副社長室に現金を届けるために行ったこと,
⑤すると,女性秘書から,「いったん来られたA2支店長が,A1副社長と会うため外に出掛
けた。」,「支店長からの言付けが入っています。4時10分までにC18のC19の玄関に行っ
てくださいとのことです。」のように言われたので,C19の場所を教わり,すぐに現金を持っ
て本社を出たこと,⑥C19の出入口付近に行き,支店長車のそばに行くと,車外にいた被
告人A2が近づいてきたので,現金の入った手提げ付き紙袋を「御苦労様です。」と言いな
がら渡したこと,⑦そのころ,被告人A1とB4が建物の方から現れて,別の黒っぽい車の方
に歩いていって乗り込み,被告人A2もその車の方に行ったこと,⑧被告人A1は右手に何
か白っぽい色合いの大学ノートのような物を持っていたこと,⑨その後,車が2台発進して
右手の方に曲がっていったことなどが記載されている。
 ソ 同月15日付け検察官調書(甲書141・甲物74・弁書222)には,B3が3月22日午前8
時前に関東支店の裏金出納帳,証憑類のファイル,リベートに関する得意先別ファイル等
を支店経理部にあるシュレッダーにかけて細断したとして,それに至る経緯,復元の状況
等について次のような記載がある。すなわち,
 (ア) 3月19日の昼休みに関東支店の会議室でB35献金問題に関連する話合いがあり,
その席で,被告人A1から「B35先生に闇献金をしていた。闇献金をしないと,工事の受注
ができなくなってしまう。闇献金のお金は,亡くなったB50経理部長時代から関東支店の裏
金で出してもらい,盆暮れに継続的にやっていた。」との説明があった。その話合いで,前
記12月造成分の1000万円を隠し通すことは無理であり,これをほかと区別して保管して
おくことを考えなければならないという話も出ていたように思う。
 (イ) その日の夜に開かれた東京地検からの呼出しに対する対策会議で,B2から「金の
出所が問題になるので,出所に関する伝票や補助元帳を準備し,元帳に付せんを貼って
用意しておいた方がいい。明日,私が伝票類の整理ができたかどうか確認に行くから,B3
さんは,これから支店に行って用意してください。」と指示があり,誰かから「身辺を整理して
おくように」という指示があったかもしれない。裏金出納帳等は,関東支店の電算室のキャ
ビネットに裏金と一緒にしまってあったので,見付かることはないだろうと思っていた。
 (ウ) 翌20日午前10時過ぎころ,B2が関東支店に来て,裏金の伝票類や補助元帳を点
検したり,裏金出納帳を見たりしたが,本件2000万円については,プール金の中から出し
たので,伝票類も補助元帳の記載もなく,裏金出納帳さえ見付からなければ何ら心配はな
かったし,裏金出納帳には「支店長扱い A1副社長渡し」としか書かれていないので,誰
に渡したかは分からない。そのためか,B2からは,これについての話は出ず,前記12月造
成分の1000万円を裏金の中から分離して保管しておくようにと指示された。そこで,電算
室のキャビネットから1000万円だけを取り出し,B3の扱いで毎月支出していた現金のうち
残った41万円を入れていた私専用のキャビネットの中に入れた。
 (エ) 3月21日午前,検察庁の係官が来て,机の中身を点検され,私のノートと共に私専
用のキャビネットに保管してあった1041万円や伝票類,補助元帳が押収され,夕方に台
東区検に行き,検事の取調べを受けた。B43からの引継ぎはなく,裏金は1041万円だけ
で,裏金出納帳はないと言い張った。
 (オ) 同日夜遅く,C20の被告人A1の部屋に呼ばれて行くと,被告人A1とB2がおり,後
からB43も来た。被告人A1は,「B35先生に闇献金をしていた事実を検事に認めた。」と話
し,B43が「検事は,何かファックスを見ながら,具体的な名前を出して追及してきたので,
裏資料を押さえられているみたいだ。」と報告すると,被告人A1は,裏金出納帳を付けて
いたことについて,「そんなもの付けていたのか。」と驚き,「そんなものはいらないだろう。」
と言っていた。B2が「廃棄処分の命令者を検察庁で聞かれても,A1副社長に指示された
とは言えないから,自分の判断でやった,と答えなさい。どうしても頑張りきれなかったら,B
2の名前を出してもやむを得ない。」のような打合せはなかったように思う。
 (カ) その後,同ホテルのB3の部屋で,B2と証拠隠滅について相談し,B2から,「廃棄
した方がいいな。シュレッダーにかけておいた方がいい。ボクが責任持つから。」と指示さ
れた。翌22日早朝,B2に,「A1副社長の言うとおり,裏金出納帳等を処分してしまって,
本当にいいのだろうか。」と再確認の話をしたかどうか覚えていない。
 タ 11月16日付け検察官調書は3通あり,そのうち,①甲物75(弁書225)には,被告人
A2に現金を渡した場所を供述した経緯として,検事から,「赤坂のホテルで何か思い出す
ことはないか。」と言われ,B3が,車があって,被告人A1,B4,被告人A2がいる情景を思
い出した旨の,②甲物76(弁書224)には,面談当日は被告人A2から現金を届けるよう指
示を受けていたため,午後2時から関東支店で開催が予定されていた総合幹部会に欠席
せざるを得なくなった旨の,③甲物77(弁書223)には,裏金出納帳の復元状況等について
の記載がある。
 (3) B3の捜査段階の供述の任意性ないし特信性を担保する外部的情況
 以上のようなB3の供述経過等を踏まえて,B3の捜査段階の供述の任意性ないし特信性
を担保する外部的情況について検討する。
 ア 供述の独自性ないし一貫性
 (ア) 被告人A2の指示,被告人A2に現金を届けた事実に関する供述
 a B3は,本件贈賄事実を認める趣旨の被告人A1の検察官調書(乙物96)が作成され
た翌日である11月1日に,面談当日,被告人A2から指示されて現金2000万円を準備し
た上,C18にいた被告人A2に届けたところ,その場に被告人A1もいたことを認める検察
官調書(甲物61)に署名指印しており,これは,被告人A1の供述態度に追随したことをうか
がわせるものである。
 b しかし,被告人A1の上記調書は,本件贈賄事実のみを認める極めて概括的なもので
あり,同人の同日付け調書(乙物99)も,本件贈賄原資の準備については,同人がB3に直
接指示したかのような記載があって,被告人A2の関与には全く触れられていない。
 c しかも,本件贈賄原資の準備に被告人A2が関与している点,現金2000万円を被告
人A2に届けた状況は,B3が供述するまで,被告人A1はもとより,他の関係者について
も,供述していた形跡が全く見当たらないところから,B3は,被告人A1の供述や他の関係
者の供述等からは独自に,これらの点について自ら供述したことがうかがわれる。
 (イ) 現金受渡しの場所や相手方に関する供述
 a B3は,11月1日以降一貫して,現金を渡した相手は被告人A2である旨の検察官調
書(甲物61,67等)に,また,被告人A2と落ち合って現金を受渡しした場所についても,後
にみるとおり,一部に変遷はみられるものの,ほぼ一貫して,C18付近の地上の周囲に車
のある所である旨の検察官調書(甲物61,83,73)に署名指印している。
 b ところが,被告人A1は,同月1日,被告人A2と落ち合った場所について,C19クラブ
地下出口の前と明確に供述し(乙物99),その供述は,同月5日(乙物102,103)まで維持
されている。
 c また,被告人A2がB3から本件贈賄原資を受け取ったことを認めるような検察官調書
(乙物123)に署名指印したのは,同月5日以降であり,しかも,B3は,その日に,取調べの
B47検事から,被告人A2が本社の被告人A1の部屋で現金を受け取ったとか,被告人A1
の秘書を介して現金を受け取ったと供述している旨告げられたのに,これらをいずれも否
定して,現金受渡しの場所は車のある所である旨の検察官調書(甲物67)に署名指印して
いる。
 d このように,B3は,現金受渡しの場所や相手方について,被告人両名がそれぞれ異
なる供述をした後も,これらのいずれとも食い違う供述を維持している。そして,B3自身,
公判段階において,同月5日の取調べでは,B47検事から,「A2は,現金の受渡しの場所
について,支店でも本社でもないという供述を始めた模様だから,あなた自身の記憶に自
信を持ちなさいよ。」と言われた旨供述しており(45回),これは,B3がB47検事に対しては
自分の記憶として現金の受渡しの場所を供述していたことを如実に示すものである。
 (ウ) 裏金出納帳等の廃棄に関する被告人A1及びB2の指示に関する供述
 a B2は,裏金出納帳等について,①10月31日,被告人A1から,3月21日にB35脱税
事件の捜査への対応策が検討された際,「そういう物は処分しなさい。」と言われ,その翌
日の協議の際にも,「何でそんなものを取っておくんだ。要らない物なら,支店の責任で処
分しろ。」という趣旨のことを言われて,廃棄処分にするよう指示されたこと,そこで,B2がB
3に「処分したらおそらく誰の指示でやったのかと検察庁の取調べで聞かれるだろう。その
ときA1副社長から指示されたとは言えませんよ。だから,自分の判断で処分したと言ってく
ださい。それでも,どうしても頑張りきれなかったら,僕から指示されたと言ってもやむを得ま
せんよ。」と話したことなどが記載された検察官調書(甲書120)に署名指印し,②11月13
日にも,3月21日に被告人A1から「そんな物は廃棄しなさい。」と指示されたこと,そこで,
B2がB3に上記と同旨の話をしたところ,これを聞いて,被告人A1が「そうだな。やっぱり,
おれが言ったというのはまずいから,支店の責任でやってくれ。」と言ったことなどが記載さ
れた検察官調書(甲書124)に署名指印している(なお,B2の上記各調書の証拠能力につ
いては,後に検討する。)。
 b 他方,被告人A1は,11月10日,裏金出納帳等に関して,3月21日に,B2に対し,
「そんな出納帳があったのか。それは大変だな。」と言ったことはあるが,自分は裏金出納
帳とはいえ出納帳の廃棄を指示できる立場にはなく,廃棄を指示する趣旨ではなかった旨
の検察官調書(乙物112)に署名指印している。
 c ところが,B3は,その後の11月15日に,3月21日夜,裏金出納帳の存在を知った被
告人A1が,「そんなもの付けていたのか。」と驚き,「そんなものは要らないだろう。」と言っ
たこと,しかし,被告人A1から,「裏金出納帳のような物,廃棄しろ。」,「各支店の責任で
裏金出納帳等の廃棄処分をしろ。」のように具体的で明確な指示であったかはよく覚えて
いないこと,B2が「廃棄処分の命令者を検察庁で聞かれても,A1副社長に指示されたと
は言えないから,自分の判断でやったと答えなさい。どうしても頑張りきれなかったら,B2
の名前を出してもやむを得ない。」と言うような打合せはなかったように思うことなどが記載さ
れた検察官調書(甲物74)に署名指印している。
 d このように,B3は,裏金出納帳等の廃棄に関する被告人A1及びB2の指示について
も,先行する被告人A1の供述ともB2の供述とも食い違う供述をしているのである。
 (エ) 弁護人との接見状況
 a B3が在宅の取調べ当時から随時弁護人らに取調べの状況等を報告し助言を受けて
いたことは,B3自身も認めているところであり(38回),関係証拠によれば,B3は,逮捕後
も,10月29日に2回合計25分,11月2日に15分,8日に20分,11日に20分,16日に20
分,それぞれ弁護人らと接見していることが認められる(甲書138)。
 b このように,B3は,逮捕後も,6回にわたり弁護人らと接見してその助言を得る機会を
有しながら,11月1日に本件贈賄の原資準備への関与を認めて以降は一貫して,被告人
A2から現金の準備を指示されて面談当日に被告人A2に届けた旨の検察官調書に署名
指印しているのである。
 (オ) まとめ
 以上のように,B3は,被告人A1の自白調書が作成された後ではあるものの,その内容を
大きく超えて,本件贈賄原資の準備が被告人A2からの指示に基づくものであり,現金200
0万円を面談当日に被告人A2に届けたことまで認めるに至り,現金受渡しの場所や相手
については上司である被告人両名と,裏金出納帳等の廃棄に関する被告人A1及びB2の
指示については被告人A1及びB2とも,あくまで食い違う供述をしている。しかも,B3は,
その間も,弁護人らと接見を重ねており,取調べ検事から自分とは異なる内容の被告人A
2の供述を告げられても,本件贈賄原資の準備に関与するなどしたという自らの供述を貫
いていることがうかがわれるのである。そして,このようなB3供述の独自性ないし一貫性
は,検察官の押し付けや他の関係者の供述による影響とは相いれないB3供述の任意性
ないし自発性を裏付けるものということができる。
 イ 供述過程の合理性ないし自然性
 (ア) 本件贈賄原資の準備への関与を認める供述に至る経緯
 a B3は,前認定のとおり,本件面談当時から捜査段階,証言段階を通じて,C1関東支
店経理部長の職にあったところ,関係各証拠によれば,9月6日,本件贈賄の嫌疑につい
て,C1の広報室長が事実無根であるとの談話を発表した旨の新聞報道があり(弁物55),
被告人A1も,当時,テレビ番組等のインタビューで本件贈賄の事実を明確に否定し,B3
も,当時からそれらの事情を認識していたこと(B3・43回)が認められる。そうすると,B1が
知事を務めるZ県を管轄する関東支店の経理部長であったB3としては,B47検事の取調
べを受けた当時においても,C1にとって大きなダメージとなることが容易に予想される本件
贈賄事実を認めることが極めて困難な状況にあったと考えられる。
 ちなみに,B3の平成4年の手帳の面談当日の欄に消された痕跡のあることは,同手帳
(物22)及び鑑定結果(職50)によって明らかであるところ,B3も,10月29日付け検察官調
書(甲物60)にあるとおり,逮捕される前に,同手帳が押収時に発見されることのないよう妻
にその隠匿を指示したことを認めているのである(38回,44回)。
 b そして,上記検察官調書に,B47検事の公判証言(69回,70回)を総合すると,B3は,
B47検事の取調べに対して,同手帳は処分して存在しない旨供述していたが,妻が検察
庁職員の助言によって保釈保証金詐欺の被害を免れたことを聞き知るや,態度を軟化さ
せて,同手帳の所在を明らかにし,同月30日に妻を介して同手帳が任意提出されたことが
認められる。
 c しかも,同月31日に,本件贈賄事実を認める趣旨の被告人A1の検察官調書(乙物
96)が作成されていることをも考慮すると,B3が,最初に本件贈賄原資の準備を認める11
月1日付け検察官調書(甲物61)の作成に応じたのは,その妻が検察庁職員に助けられた
ことを聞き知って,検察庁に対する態度を軟化させていた中,B47検事から,本件贈賄の
最高責任者である被告人A1がその事実を認めたと告げられて,本件贈賄への関与を否
認する必要性が乏しくなったと判断したことによるものと,合理的に推認することができる。
 (イ) 供述の変遷
 a もっとも,B3の検察官調書の内容は,前にみたとおり,当初はかなりあいまいなもので
あり,その一部には変遷もみられる。すなわち,
 (a) まず,面談当日のB3の行動に関し,①B3が関東支店からC22に赴くのに用いた交
通手段が,支店の車(11月6日付け・甲物69。以下,このaの項では「11月」の表記を省略
し,また,調書の特定は同一日付の調書が複数ある場合に限り証拠番号を付記することと
する。)から,タクシーか地下鉄(9日付け),さらに地下鉄(13日付け)に,②その際の現金
2000万円持参の有無が,持参していない(6日付け・前同)から,持参した(13日付け)
に,③C22訪問後の行動が,関東支店に戻る(6日付け・前同)から,本社経理部で時間を
過ごす(13日付け)に,④本社で現金を最初に持参した場所が,関東支店分室(4日付
け,6日付け・甲物69)から,A1副社長室(11日付け,13日付け)にそれぞれ変遷してい
る。
 (b) また,被告人A2への現金2000万円の交付に関しても,①交付場所が,C18の駐車
場か車回りの所(1日付け,2日付け)ないし車のある所(4日付け,5日付け・甲物67)から,
C19ビルの玄関(11日付け)ないし出入口付近(13日付け)に,②その際の建物側縁石と
副社長車及び支店長車との位置関係が,縁石から車長1台ないし1台半分離れた位置に
両車両が縁石に向けてハの字形に並んで停車している図面(4日付け)から,ほぼ2車線
の通路状の車寄せに副社長車が縁石に沿い,支店長車が車長1台分くらいその右後方に
各停車している図面(13日付け)にそれぞれ変遷している。
 b(a) これらの変遷について,弁護人は,B47検事が捜査の変転に応じてB3に供述を押
し付けた結果によるものである旨主張し,B3も,公判段階では,その主張に沿う供述をして
いる。
 (b) そして確かに,B3が,面談当日に,上司の被告人A2の指示に従って関東支店の裏
金から現金2000万円を用意し,自らC19ビルまでこの大金を届けて,その場に副社長の
被告人A1もいたような状況を実際に体験していたのであれば,B3にとっては,それ自体
非常に印象深いことであり,しかも,それからわずか9か月足らず後の9月上旬には,前認
定のような本件贈賄の嫌疑に関する新聞報道等があったのであるから,日時や金額の一
致によって,上記現金がその贈賄原資であることは当然に分かったはずである。さらに,同
月中旬には,B31検事から関東支店の裏金について取調べを受けたのであるから,B47検
事の取調べを受ける10月後半までには,その記憶を繰り返し喚起していたことが容易に想
定される。したがって,B3としては,上記aの諸点についても,面談当日からわずか11か月
足らず後の上記取調べ時点において,実感を伴ったかなり具体的な記憶を保持しあるい
は喚起していたものと考えられるのに,これらの事項について,当初の検察官調書の内容
が相当あいまいなものにとどまり,それが大きく変遷しているのは,いかにも不可解というべ
きである。
 c(a) しかしながら,前記a(b)の供述の変遷に関してみると,被告人A1が面談当日の午
後にC19クラブに出掛けていたことは,関係各証拠から明らかであり,被告人A1は,11月
1日には,被告人A2と落ち合った場所が同クラブ地下出口の前であった旨供述し,その
供述は,同月5日まで維持されている。しかも,検証結果(人25・弁人17)によれば,C19ビ
ルの1階及び地下1階の各出入口前付近には,B3が同月4日に作成した図面のような状
況では2台の車をとめるスペースの存在しないことが認められる。そして,B47検事の公判
証言によれば,B31検事から,10月28日ころ,被告人A1がB1に会う直前まで同クラブに
いたことを,同月31日には,被告人A1が本件贈賄について自白したことをそれぞれ聞か
されていたというのであり(69回,71回),被告人A1の上記のような供述状況についてもそ
の都度聞き知っていたと考えられる。したがって,B47検事が,被告人A1の供述する合流
場所の状況とは全く矛盾するような図面の作成をB3に強要することなどあり得ないこととい
うべきである。ちなみに,B3も,11月1日時点から,B47検事が同ビルの地下駐車場で会
ったのではないかと何度も言っていたと証言しているのである(44回)。
 (b) また,前記a(a)の供述の変遷に関しても,①の点は,B3の公判証言(45回)及び同
月9日付け検察官調書(甲物71)から,検察庁で捜査した結果,面談当日,支店の車でB3
らを乗せたもののないことが判明したことによるものと認められる。また,②ないし④の点も,
B47検事が,弁護人主張のように,客観的裏付けのないまま自分の想定した筋書を被疑者
に押し付けることなど,後の捜査でこれと矛盾する証拠が出てきた場合に自家撞着に陥る
ことが容易に想定されるから,取調べの在り方としては考えにくいところである。
 d(a) 他方,関係各証拠によると,B3及び被告人A1の弁護人らとの接見状況等として,
次の事実が認められる。すなわち,
 α 被告人A1は,11月2日午前,弁護人のB37,B42及びB41の各弁護士と接見して,
その際,弁護人らに対し,本件贈賄についての自白調書を取られた旨話すと,B37弁護士
から,「どうして君はありもしないことを認めたんだ。本当にやってないんだったら,今からで
も遅くないから,その供述をまたひっくり返して,絶対否認しなきゃだめだ。」,「しっかりなさ
い。」としかられたため,その後,否認に転じた。(甲書138,B42168回,169回)
 β B3は,同日午後,B37弁護士と接見して,その際,同弁護士に対し,被告人A2はど
うなっているのかを確認した。(甲書138,B338回,45回)
 γ B3は,同月8日午前,B37弁護士と接見し,その際,同弁護士から,自己の手帳の
件を問いただされたのに対して,手帳の消した跡に2000という数字を書いたことはないは
ずだと話した。(甲書138,B42・168回)
 δ それに引き続き,B37弁護士らが,被告人A1と接見したところ,同人から,B37弁護
人を通じて被告人A2とB3の供述を被告人A1のそれに合わせるようにB31検事から話が
あったと聞いて,とても怒り,「自分にそんな罪証隠滅するような口裏合わせをさせる気か。
はっきり断ったということを検事に伝えてほしい。」と言った。(甲書138,B42168回)
 (b) 以上認定のようなB37弁護士の姿勢を考慮すると,B37弁護士は,B3に対し,同月2
日の接見の際には,安易な供述を諫めるとともに,被告人A1も自白を翻す見通しであるこ
とを伝えて激励し,同月8日の接見の際にも,繰り返し安易な供述を諫めるとともに激励し
たことがうかがわれる。
 e 以上みてきたようなB3の供述経過,弁護士との接見状況,捜査の進捗状況,関係者
の供述状況等に照らすと,前記aで指摘したようなB3供述の当初のあいまいさや変遷の状
況は,次のような供述心理によるものと合理的に説明することができる。すなわち,
 (a) B3は,前認定のとおり,10月末ころには検察庁への態度を軟化させていたところ,1
1月1日に,B47検事から,本件贈賄の最高責任者である被告人A1がその事実を認めたと
告げられて,これへの関与を否認する必要性が乏しくなったと判断し,自らの本件贈賄原
資の準備への関与を認める供述を始めたものの,自らの供述が直属の上司で自分に直接
指示を下した被告人A2,更にはC1副社長の被告人A1の責任を決定的に裏付けるものと
なることから,当初は,すべてを記憶のとおり供述することができず,あいまいな供述にとど
めていた。
 (b) 次いで,B3は,同月2日午後,B37弁護士と接見した際,同弁護士から,安易な供
述を諫められるとともに,被告人A1も自白を翻す見通しであることを聞かされて激励され,
さらに,同月8日の接見の際にも,繰り返し安易な供述を諫められるとともに激励されて,心
理的に動揺した。そのため,B3は,一気に供述を翻し本件贈賄原資の準備への関与まで
否認することはできなかったものの,一部に記憶に反する供述をも交えて供述するようにな
った。
 (c) しかし,B3は,同月5日に,被告人A2から,B47検事を介して,自分の供述を試すよ
うな言付けをされ,その後,B47検事から,被告人A2も同月8日に本件贈賄事実を認めた
と聞かされ,さらに,同月9日,自己の虚偽供述の一部が検察庁の捜査により覆されるに至
ったことから,本件贈賄に関してはすべて記憶に基づいて正直に供述するに至ったもので
ある。
 f そして,以上のようなB3の供述心理は,B3が本件贈賄原資の準備等への関与を認め
るに至る経緯ないしその際のB3の供述態度等に関するB47検事の公判証言ともよく符合
するものであり,これによっても更に裏付けられているのである。
 g したがって,B3供述の当初のあいまいさやその後の一部の変遷について,B47検事
が捜査の変転に応じてB3に供述を押し付けた結果によるとする弁護人の主張は,採用す
ることができない。
 (ウ) そして,以上みてきたような,B3が自白するに至った経緯ないし理由,あるいは,当
初はあいまいな供述をしたり供述を一部変遷させるなどした供述心理は,関東支店経理部
長として同支店の裏金を管理し,本件贈賄資金をその裏金から準備したというB3の立場
に照らし,誠に自然かつ合理的なものであるから,これもまた,B3供述の信用性を裏付け
るものということができる。
 (4) 取調べ状況等に関するB3の公判証言の信用性
 ところで,B3は,本件贈賄原資の準備への関与等を認める趣旨の前記各検察官調書に
署名指印した理由について,公判段階では,後にみるとおり,前記(1)ア(イ)記載の弁護人
の主張に沿った証言をしているので,以下,取調べ状況等に関するB3の公判証言の信用
性について検討する。
 ア B3の立場ないし捜査や裁判に対する姿勢等
 (ア) B3は,前認定のとおり,証言段階においても引き続き関東支店経理部長の職にあ
ったものであるところ,本件面談当時,被告人A2は,直属の上司に当たる関東支店長の,
被告人A1は,その更に上位の上司に当たる副社長の各職にあったばかりでなく,共にB3
の証言当時もC1から顧問待遇を受けていた者である。しかも,B3は,その述べるところに
よっても,被告人A2については,公明正大で,進取の気性,積極さ,そして人との交わり
に心遣いがあり,被告人A1についても,人物のスケールが大きく,心遣いも大変きめ細か
く,良い印象を持っており,いずれも尊敬しているというのである。したがって,B3としては,
その証言当時,被告人両名の面前においては,被告人両名にとって不利益な事実を供述
することが困難な状態にあったということができる。
 (イ)a また,B3の捜査ないし検察庁に対する姿勢を示す一連の対応として,次の事実を
指摘することができる。すなわち,
 (a) まず,B3は,関東支店経理部長に就任した後,同支店の裏金を管理して,これを裏
金出納帳等と共に関東支店の電算室にあるダイヤル付きキャビネットの中に保管していた
が,B35献金問題が表面化した後の3月20日,B2の指示で,前記12月造成分の1000万
円を分けて上記キャビネットから取り出し,手元にあった41万円を合わせて経理部にある
自分専用のキャビネットに移し替えた。そのため,翌21日,検察庁の係官が関東支店に来
た際,裏金については,B3のキャビネット内にあった1041万円のみが押収された。
 (b) 次いで,B3は,翌22日早朝,B2の指示に基づき,裏金出納帳等の自分が管理して
いる裏金に関する資料をすべてシュレッダーにかけて廃棄し,その日の夜の取調べにお
いては,あくまで前任のB43から裏金や裏金出納帳を引き継いでいない旨虚偽内容の供
述した。
 (c) しかし,B3は,B37弁護士から,裏金出納帳を速やかに再製するようにと指示された
ため,再製出納帳を作成して,同月26日に検察庁に提出したが,その再製に際しては,
意図的に,裏金の収入から,検察庁に見られては具合の悪い下請のC26に造成させた2
口合計1499万円を除外したほか,C21に造成させた500万円も記載しなかった。
 (d) B3は,9月16日からB31検事の取調べを受けたが,その際,B43からの引継ぎ資料
を示され,裏金の現金残高と再製出納帳の残高との差を縮めるよう求められるなどしたた
め,関東支店から本社主計部に税務申告用の資料として提出していた自己否認用の一覧
表に基づき,新たに合計420万円余の裏金の支出を認めたほか,C26造成の708万円を
記入漏れ分として追加した。
 (e) B3は,11月3日の取調べにおいて,本件贈賄原資の2000万円のほか,C21に造
成させた500万円を更に認めるに至り,同月5日に,これらを加えて修正した修正出納帳
を作成提出したが,これも,多くの意図的な記入漏れのあるものであった。
 (f) さらに,B3は,10月28日の逮捕前に,妻に電話して,面談当日の欄に消した痕跡
のある平成4年分の自分の手帳を預かっておくようにと指示して隠匿し,自宅に対する捜
索の際に押収を免れている。
 (g) 加えて,B3は,その公判証言において,その真偽はともかくとして,裏金の処理につ
いて次のような工作をしていたと供述している。
 α B3は,裏金出納帳を再製中の3月23日に,裏金のうち検察庁に見られては具合の
悪い2900万円を分離して自宅に持ち帰り,その後自宅で保管していた。
 β 次いで,B3は,B31検事の取調べを受けて記入漏れ分を作成中の9月18日に,い
ずれ検察庁に発覚することが見込まれるC26造成分のうち791万円を裏金本体に戻し,残
りの2109万円を当時の関東支店経理部のB51経理課長代理に自宅で保管するよう指示
した。
 b 以上のように,B3は,捜査や検察官の取調べに対しては,真実を明らかにしようとす
るのではなく,会社のためならば,あえて,虚偽内容の供述をしたり,出納帳等の会計帳簿
や証憑類を廃棄したり,多額の現金を会社から持ち出して自宅等に隠匿したり,会社の顧
問弁護士の指示に反してでも内容虚偽の裏金出納帳を作成することすらいとわない姿勢
をとっていることが明らかである。
 (ウ)a 次に,B3の裁判に対する姿勢を示す対応としても,次の事実を指摘することがで
きる。すなわち,
 (a) B3は,その述べるところによると,部下のB51に自宅で保管させていたという前記の
裏金2109万円について,平成6年3月末に本社主計部の指示により関東支店の裏金を
表の会計に繰り入れた際にも,そのうち9万円のみを現金の不足分に充当しただけで,残
りの2100万円は,証人尋問続行中の平成8年4月30日に至って弁護人ら立会いの下に
確認し,同年5月8日付けで本会計に繰り入れるまで,B51に引き続き自宅で隠匿させてい
たというのである。
 (b) また,B3は,その公判証言において,B47検事の取調べ状況や調書の作成状況等
について,逮捕勾留中に記載していたというノートの記載に基づき供述していることがうか
がわれるのに,その内容についての検察官からの質問には,「ノートの内容については,
すべて公にしたくないというのが一貫した気持ちである。」などと述べて,頑なに供述を拒
んでいる(51回等)。
 b このように,B3は,公判段階においても,真実をすべて明らかにしようとする姿勢に乏
しいとみるほかはない。
 (エ) 以上みてきたような,B3のC1における地位や立場,被告人両名との関係,本件捜
査や裁判に対する姿勢等からすると,B3の公判証言の信用性については,慎重な検討を
要するというべきである。
 イ B3の証言内容の不自然さ,不合理さ
 (ア) B3の公判証言の内容には,根幹部分に限っても,次のように数多くの疑問点があ
り,他の証拠関係に照らしても,これらの疑問を払拭することは困難である。
 a B3は,前任者であるB43からの引継ぎの際に,B35献金用として盆暮れに1000万円
を造成しておいた方がよいとの指示があり,平成4年7月に1000万円を造成して,同年12
月当時もそれが手元にあったというのに,B43から特段の指示もなく,かつ,B43にその必
要性を問い合わせることもないまま,なぜか,その月にも1000万円を新たに追加して造成
したとしている。
 b B3は,再製出納帳を作成するに当たり,各営業所の裏金担当者を招集して,各営業
所から原資料に基づく報告をさせているというのに,関東支店で裏金の月次の収支表や
原価計上内訳表の集計表を作成するなど,同支店の裏金の管理においてB3の補助的役
割を果たしていたB52には,なぜか,協力を求めることなく作業を進めて,そのため,B52が
保管していたという後出のバインダー資料(弁物46)を参照する機会を失したとしている。
 c(a) B3は,本件贈賄の相手方とされるB1が知事を務めるZ県を管轄する関東支店の
経理部長であるところ,(平成5年)3月に,同支店の裏金について捜査を受け,9月上旬に
は,本件贈賄の嫌疑が広く報道されて,被告人A1がこれを明確に否定していた。しかも,
B3は,10月20日ころからのB47検事による在宅取調べの時点から,2000万円を関東支
店が準備していたのではないかという取調べを受けていたというのであるから,その当時か
ら,本件贈賄原資の不存在をいかにして明らかにするかについては,強い関心があったは
ずである。
 (b) そして,仮に,関東支店の裏金の出納状況が,B3の証言するようなものであったの
であれば,B3は,9月あるいは遅くとも10月の取調べの時点において,裏金出納帳を完
全に再製することによって,本件贈賄原資の不存在を簡単に説明できたはずである。ま
た,仮に,B3が証言するように,平成4年7月造成分の1000万円について検察官に供述
することに問題があったとしても,副社長である被告人A1による本件贈賄の嫌疑というC1
にとっての危急の事態に直面していたのであるから,少なくとも直属の上司である被告人A
2,あるいは裏金の管理について常々指示を仰いでいた本社主計部のB2や前任者のB
43らに相談するなり了解を求める必要性が高かったと考えられる。
 (c) ところが,B3は,なぜか,上司や関係者に相談したり了解を求めることもなく全くの独
断で,検察官に対し,本件贈賄原資の不存在について説明することを放棄して,あくまで
裏金に関する虚偽供述を維持発展させたとしている。
 d(a) B3は,面談当日の午後の行動については,B47検事から在宅で取調べを受けた
当時から,面談当日かその前日に2000万円を誰かに渡していないか取調べを受けてお
り,勾留後には,自分の手帳を見るなどして,C22の訪問,関東支店の総合幹部会,夜の
懇親会,更には,C22からの帰路に本社であいさつ回りをしたことまで記憶を喚起してい
る。しかも,B3は,C24については,B47検事から,関東支店の未収金の関係で現に取調
べを受けている。
 (b) 他方,B3は,面談当日午後のC24との折衝について,釈放された後に,関東支店
経理部次長のB53から「C24の件,行ったでしょう。」などと言われて簡単に思い出したと証
言しており,また,C24との折衝は,自らの発言が予定されていた関東支店の総合幹部会
を欠席してまで出向いたとされるものである。
 (c) このように面談当日午後のC24との折衝という重要かつ特徴的な出来事,しかも,本
件贈賄原資の準備の嫌疑に対する決定的なアリバイとなり得る出来事について,B3が捜
査段階において全く思い出さないようなことは考えにくい。
 (d) ところが,B3は,C24との折衝については,なぜか,捜査段階では全く思い出さなか
ったと証言するのみならず,思い出してからは,JR秋葉原駅の改札を入って階段を上ると
きにB53に「今晩懇親会に出るんだろうね。」と声を掛けたこと,その後,支店の懇親会に出
て,二次会に流れたこと,それにはたまたま営業所の人間が混じっていたことといった流れ
について大変しっかり記憶が戻っているとまで証言しているのである(47回)。
 e(a) B3は,本件贈賄原資の準備等への関与を認める検察官調書の作成に応じた理由
について,要するに,C1の危機を救おうとする被告人A1の意向に従ったものであると述
べている。そうであれば,被告人A1が明確に否認しているというのに,B3が被告人A1に
よる裏金出納帳の廃棄の指示まで認める理由は見出し難いことになる。
 (b)α この点,B3は,B47検事から,「このままではB2さんがいわゆる証拠隠滅の罪をす
べて被ってしまう。塀の向こうに落ちるよ。それでいいのかね,君。」,「B2さんを救えるのは
あなただけなんだよ。証拠隠滅の罪は重いよ。同僚としてそれでいいのか。冷たいな。」,
「破棄してしまえという意味に受け取れることを入れたい。B3さんには酷だけども,二,三の
んでもらわなくちゃ困るよ。」などと言われたことが理由であった旨証言する(45回)。
 β しかし,B3の当時の立場からすれば,この公判証言は,いかにも不可解である。すな
わち,被告人A1による指示を認めて,証拠隠滅の犯罪に副社長の被告人A1まで巻き込
むことになれば,C1の会社ぐるみの犯罪であることを認めることになってしまい,B3が自ら
強調するところの,同社の危機を救おうとするという被告人A1の意図はもとより,それに同
調しようとするというB3の意図にも真っ向から反することになるのである。
 (イ) 以上のように,B3の公判証言には,その核心部分について,払拭できない多くの基
本的な疑問が残るのであり,その内容は,全体的に不自然かつ不合理なものというほかな
い。
 ウ 取調べ状況に関するB3の公判証言の信用性
 (ア) B3の公判証言の概要
 B3は,その公判証言において,B47検事による取調べ状況,とりわけ本件贈賄原資の準
備への関与を認めた検察官調書の作成に応じるに至った経緯等について,おおむね次
のように供述している(44回,45回等)。すなわち,
 a B47検事は,取調べの当初から,「400万円を横領している。そうじゃなければB1知事
への2000万円の一部として使ったんじゃないのか。」などと言い,ストーリーを勝手に決め
て,それを認めろと繰り返した。
 b 10月26日ころ,B47検事から,「昨晩の特捜部の捜査会議の総意を伝えるから,これ
を会社のトップ(「上司」かもしれない。)又は弁護士に伝えるように。真実を明らかにして納
まるところに納まらなければ,C1の得意先,下請を徹底的に調査する。それによってC1が
どうなろうと,それは一私企業の問題だ。」と脅され,非常に恐怖感を感じた。その後,本
社,関東支店,東京支店,横浜支店,大阪支店と相次いで家宅捜索が展開されたと聞い
た。
 c 同月30日,2000万円の準備を否認すると,B47検事から,「そんなことを言っている
と,どんどん捜査が拡大するぞ。得意先にも捜査を入れる。C6はC27とかC28,6社であ
る。C1はC29,C30,それから下請にも捜査を入れるぞ。」と脅された。下請との長年にわた
る強固な協力関係,信頼関係が壊れることは絶対に避けなければならないと大きな不安を
持った。
 d その後,B47検事から,「みんなB1知事への2000万円の出所は関東支店としゃべっ
ているよ。あなたはそんな一人頑張っていいの。」と言われ,被告人A1の判断にかかわら
ず自分が頑張ったら,会社が致命的な打撃を被るというのは,自分の責任ではないかとい
う考えが響いて,訳が分からなくなった。
 e(a) 11月1日,B47検事は,「今度は名古屋支店かもしれない。支店はむろんだけれど
も,得意先,下請にも徹底的に調査を入れるぞ。」,「平成4年12月22日にA2と個別に会
ったことがあるんじゃないか。どこかで個別に会っただろう。」,「その日以外で会ったことは
ないのか。」と聞き,「思い出せませんね。」と答えると,「それじゃ,C31,それからC32,C
18のどこかでA2と会ったことはないか。」と聞いてきた。
 (b) 私が,「C31は仕事で行った記憶が全くない。C32は安全大会や懇親会でしか行っ
たことがない。この2つについては,A2支店長に個別に会っていないことは間違いない。
むろんC18についても思い出せませんが。」と言って,何の用事で行ったか思い出している
と,B47検事から,「C18で会ったんじゃないのか。」と言われた。そこで,以前に旧館の正
面玄関に行き,その前の駐車場が大変広いという印象がある旨話した。
 (c) すると,B47検事は,「そこでA2と12月22日に会ったんだろう。A1もいただろう。茨
城のB4副所長もいたらしいよ。」と決め付け,「4人が車の近くにいる図を書け。」と突然言
ってきた。私は「書きようがないですよ。」と言ったが,B47検事から,「ただ思ったように書け
ばいいんだよ。」と言われ,いろいろ仕向けられて図を書かされた。
 (d) その後,B47検事は,C18で被告人A2に金を渡したという調書を作って,「それに署
名しろ。」と言ってきた。それを見て,いったいどうなっているんだろうと心臓がどきどきし,
被告人A1に話を合わせなければという思いもあって,迷いながら署名した。検事の怖さか
ら,金縛り,操り人形になってしまった。その日の調書に署名したのは,①被告人A1の決
断に合わせなければいけないという気持ちと,②検事が怖く,検事の金縛り,操り人形にな
ったためである。
 f 同月2日に,B47検事から,被告人A1が贈賄を認める供述を始めた模様だという報道
があったことを聞かされた。その出所は関東支店と言われたので,会社の大変な状況を救
わなければならないと身を挺して会社を守ろうとしている被告人A1の判断を感じた。B
47検事からは,「あなた一人が乗り遅れている。」,「A1さんが,『関東支店から出たとして
も,B3には責任がないから,しゃべるように。』,『B3が扱ったからといって,会社はB3を見
捨てないし,そのことはA1自身が保証するから。B3には大変迷惑を掛けることになるが
な。』と言ってる。」と言われた。被告人A1の判断の邪魔者になっては大変な責任になると
強く感じた。
 (イ) B3の公判証言の信用性
 そこで,以上のような取調べ状況に関するB3の公判証言の信用性について検討する。
 a(a) まず,B3が10月26日の取調べ終了後に上司に報告するために提出したとされる
書面(弁物50添付のメモ)には,「C1の対応は検察に対する宣戦布告としか取れない。真
実を明らかにして納まるところに納まらなければ,全支店,業者,得意先に徹底的にやる。
これによって,結果としてC1がどうなろうと,一私企業の問題だ。担当検事から今日呼ばれ
ている人たちに同じことが伝達されることになっている。」との記載があって,B47検事からB
3に対し,これに類する発言のあったことがうかがわれる。
 (b) また,B47検事の公判証言によっても,B3は,同月28日の逮捕後も同月31日の午
後までは,本件贈賄原資の準備等への関与を否認していたというのであり,B47検事がB3
を相当に厳しく取り調べていたことも当然あり得ることと考えられる。
 b しかしながら,B47検事は,B3に対し,B3の証言するような脅迫をしたことを明確に否
定している。しかも,前にもみたとおり,B47検事の証言に係る,B3が本件贈賄原資の準備
等への関与を認めるに至る経緯やその際のB3の供述態度等は,B3の供述経過,弁護士
との接見状況,捜査の進捗状況,関係者の供述状況等からうかがわれるB3の供述心理と
よく符合するものである。
 c 他方,B47検事の脅迫に屈して本件贈賄原資の準備等への関与を認める検察官調
書の作成に応じたなどとするB3の公判証言の内容には,それ自体,次のような疑問とすべ
き点が認められる。すなわち,
 (a) 10月26日のB47検事の発言は,その内容に照らし,C1の上層部に対するものと考
えられるのであり,その報告を受けた会社側では,直ちに弁護士を含めて,対応策が検討
され,その方針は,同月28日にB3が逮捕されるまでに,B3にも伝達されていたことがうか
がわれる。そうすると,B47検事から,B3が証言するような一連の発言があったとしても,そ
れは,同月26日に言われたとされる内容を超えるものではなく,それに対する対応策は既
に決まっていたはずであるから,検事に対する恐怖心から,金縛りになって,検事の操り人
形のようになるようなことは,考えにくいところである。
 (b) また,検事に対する恐怖心から,金縛りになって,検事の操り人形のようになったとい
うのに,B3は,前記(3)ア及びイで指摘したように,本件贈賄原資の準備等への関与を認
め始めた当初から,これに先行する被告人A1の自白の内容とは食い違い,かつ,より詳
細な内容の供述をし,その後も,被告人両名の各供述とも食い違う供述をしているのであ
って,このようなB3の供述状況は,B3の証言する当時の心理状態とは,相いれないもので
ある。
 (c) さらに,B3は,捜査段階では,一度として,被告人A2に対して現金2000万円を届
けたなどとは供述しておらず,B47検事が勝手に作成した調書に署名指印させられただけ
であると証言しているのに,被告人A2らと落ち合って被告人A2に現金を渡した際の位置
関係等について,前記(3)イで指摘したように,被告人両名の各供述とは食い違う内容の1
1月4日付け図面(甲物83添付のもの)を自ら作成しているのである。
 d このように,B3の公判証言のうち,B47検事の脅迫に屈して本件贈賄原資の準備等
への関与を認めるに至ったとする部分は,他の関係者の供述やB3の検察官調書の作成
状況等に照らして,誠に不自然なものというほかなく,B47検事の公判証言と対比しても到
底信用することができない。
 (ウ) そうすると,B3が本件贈賄原資の準備等への関与を認めるに至ったのは,前記(3)
イ(イ)eで指摘したように,主として,B47検事から,被告人A1が本件贈賄事実を認めたと
告げられて,これへの関与を否認する必要性が乏しくなったことによるものと認めるのが相
当である。ちなみに,B3も,本件贈賄原資の準備等への関与を認めるに至った理由の1
つとして,被告人A1の決断に合わせなければいけないという気持ちを挙げているのであ
る。
 (5) B3の各検察官調書の証拠能力についての結論
 以上のとおり,B3の捜査段階における供述はいずれも,任意性はもとより,その公判証
言と対比しても,これより信用すべき特別の情況があったと優に認められるから,検察官請
求に係るB3の検察官調書2通(甲書140,141)はいずれも証拠能力を有することが明らか
であって,これを否定する趣旨の弁護人の主張はすべて採用することができない。
第4 本件の背景事情等
 次に,本件贈賄の準備及び実行に関する事件関係者の各供述の信用性を検討する前
提として,本件の背景事情等について検討しておくこととする。
 1 Z県における公共工事の指名業者選定及び受注業者決定の実情等並びにこ  れら
の点に関するC1関係者の認識
 (1) Z県における公共工事の指名業者選定及び受注業者決定の実情等
 ア 関係各証拠によれば,Z県における公共工事の指名業者選定及び受注業者決定の
実情等,とりわけ,B1の指名業者選定に対する介入ないし受注業者決定への影響等につ
いて,次のような事実が認められる。すなわち,
 (ア) Z県では,本件当時,県が発注する公共工事の受注業者を決定するに際し,原則と
して,県が入札参加者を指名する指名競争入札の方法が採用されており,上記入札に参
加する業者は,あらかじめ,土木部長を委員長とする資格審査会において参加資格を認
められた者の中から,前記第1の1(2)イ(イ)認定のとおり,土木部内に設置された部委員
会,三課合同委員会,課委員会等において選定することとされていた。このうち,本件当時
には,発注予定金額が5000万円以上の工事は,部委員会の所管とされていたところ(B
10・17回),部委員会で指名業者を選定する場合,その内規により,当該工事の主管課が
原案として指名推薦書を作成して部委員会に提出し,部委員会では,上記主管課の推薦
に基づき審議して指名業者を決定することとされていたが,ほとんどの場合,上記主管課
の推薦案どおりに指名されていた。
 なお,共同企業体については,平成4年9月ころから,あらかじめ業者に自由に共同企業
体を結成させた上,これを指名の対象にする方法が採られていた。
 (イ) B1は,本件よりかなり以前から,上記指名業者選定の過程で,特定の工事につい
て,部委員会の委員長である土木部長,あるいは各選定委員会の委員長ないし構成員を
務め,部委員会に対して指名業者を推薦する権限を有する当該工事の所管課長らに対
し,自らが陳情を受けるなどして当該工事を受注させたいと考える特定の業者を入札参加
者として指名するよう指示することにより,上記業者が当該工事を受注するいわゆる本命業
者であることを示唆する,いわゆる「天の声」を出すことが数多くあり,これを受けた土木部
の部課長らは,上記指示に従って,各選定委員会において,上記特定の業者を入札参加
業者(指名業者)として選定するとともに,土木部に営業に来る他の業者の担当者らに対
し,上記特定の業者が本命業者であることを示唆することにより,知事であるB1の意向を
伝えていた。
 (ウ) 他方,Z県の建設業界では,従前から,指名競争入札制度が形骸化し,しばしば,
入札前に指名業者間で話し合って,あらかじめ当該工事を受注する業者を決め,入札価
格を打合せするなどして,上記業者が確実に落札できるよう取り計らうなどの受注調整が
行われていたところ,本件当時,既に5期連続して知事を務めていたB1の意向は,上記業
者間の受注調整にも絶大な影響力を有しており,上記(イ)認定のような県担当者らの言動
等から特定の業者についてB1から「天の声」が出されたことを察知した指名業者らは,自ら
B1の意向に沿った受注調整を行い,その結果として,上記特定の業者がほぼ確実に当該
工事を落札,受注していた。
 (エ) このように,本件当時,Z県においては,県発注の公共工事の受注業者の決定につ
いて,B1の意向が絶大な影響力を有していたことから,大手ゼネコン等の建設業者らは,
受注を狙う特定の工事について,指名業者選定の担当部署である土木部の部課長ら関係
職員の下に営業に訪れるだけでなく,B1の「天の声」を得ようとして,しばしばB1に直接面
会するなどして,同人に対し,当該工事の受注の陳情をしていた。
 イ(ア) 上記アの(イ)ないし(エ)の認定は,主として,B11の公判証言(4回,5回)及びC6
ルートにおける証言(甲書48,49)並びにB8(甲書3,6),B9(甲書7),B10(甲書4,
8,14,53),B13(甲書11)及びB14(甲書12)の各検察官調書に基づくものである。
 (イ)a そして,上記のZ県関係者らの各供述内容は,B1がZ県土木部の部課長らに対し
て特定の業者を指名するよう指示していたこと,上記指示が本命業者を示唆するものであ
ったこと,指名された業者間で受注調整や談合が行われることにより,上記B1の意向に沿
った本命業者が落札するものと認識していたことなどについて,互いによく符合しており,
具体的な指示の方法等についても,各人の体験に基づくとうかがわせる区々の説明をして
いるのである。なお,同人らの各供述には,県職員の関与やB1の指示の妥当性等につい
て,慎重かつ控え目な供述態度をうかがわせる部分も散見されるが,前記第1の1(2)ウ認
定のような各人の経歴や立場等に照らせば,ごく自然な態度といえるし,むしろその一方
で,上記のような核心部分について一様に互いに符合する供述をしていることは,上記核
心部分に関する各供述の信用性が高いことを端的に裏付けるものである。
 b 加えて,同人らの各供述はいずれも,B1の意向が受注業者の決定に絶大な影響力
を有していたとする点において,Z県が指名競争入札手続が形骸化しており,同人らがそ
れぞれ県土木部幹部職員としてこれに関与していた事実を認めるものであって,同人らの
経歴や立場等にかんがみれば,このように自己やZ県関係者にとって著しく不名誉かつ不
利益となる虚偽の事実をあえて述べることは考え難いのである。
 c そうすると,同人らの上記各供述は十分信用できるというべきである。とりわけ,B
11は,C6ルート及び本件における証言段階を通じて,未だZ県職員として現職の地位にあ
りながら,捜査段階の供述を翻して本件を全面的に争っているB1の面前において,B1の
みならず自己にとっても不利益な事実を詳細かつ明確に証言しているのであって,B11証
言の信用性が極めて高いことは明らかである。
 (ウ)a なお,B10は,前掲各検察官調書では,B1から,Z県が発注を予定していたダム
工事や建築工事について,いずれも特定の業者の名前を挙げて指名に入れるよう指示さ
れ,本命業者とするよう示唆されたなどと,前認定に沿う供述をしていたが,公判段階で
は,C57ダム建設工事についてはB1から直接話があったが指名の指示とは受け取らなか
った,ダム工事以外についてB1から特定の業者のことを言われたことはなかったなどと述
べたり,部委員会で知事の意向に従って指名業者を決めたということはなかった,部下が
特定の業者を落札させようとして各業者に何らかの働きかけをしているということは聞いたこ
とがないなどと述べるなど,上記認定事実に反する証言をしている。
 b(a) そこで,B10の上記各供述の信用性について検討するに,B10は,公判証言にお
いて,検察官から暴言等を浴びせられて耐えられなくなったので,平成5年8月11日付け
検察官調書(甲書4)に署名した,同年10月14日付け検察官調書(甲書14)も,当日出頭
すると調書が作成されており,不満な点について6時間にわたり押し問答をして疲れてきた
ため妥協して署名したなどと供述しているほか,同年8月26日付け検察官調書(甲書8)に
は主張したことと相反することが書かれており,署名した調書は上記調書より枚数が少なか
ったと思うなどと調書が改ざんされたものである旨の主張をしている。
 (b)ⅰ しかしながら,まず,B10が改ざんを主張する上記8月26日付け調書には,改ざん
の不可能なB10の署名がある上,その署名のある丁には,B1が業者について指示してき
た旨及びC57ダム建設工事に関してB1が特定の業者に受注させる意向を示していた旨
の,B10が公判証言で否定している内容の記載があるのであって,この点に関するB10証
言は,到底信用することができない。
 ⅱ 次に,B10の証言する検察官の暴言等については,B10が取調べの都度その内容
等を記載していたとするメモ(弁2)に同様の記載が認められるが,上記メモには,B10がメ
モを作成する契機になったとする初めて作成された調書の作成日に誤記があることに照ら
すと,作成経緯についてのB10証言はそのまま信用することは困難であって,上記メモの
記載内容の信憑性にも疑問が残るといわざるを得ない。
 ⅲα もっとも,B10は,取調べ段階においても殊更あいまいな供述をして事実を明らか
にしないよう努めていたことがうかがわれるのであり,B10の証言するような検察官の暴言等
はおくとしても,B10が一時体調不良になるような相当厳しい取調べが行われたことは否定
できない。
 β しかし,B10は,公判証言においても,建築工事についてのB1からの指示があったこ
とを認める内容の9月18日付け調書(甲書53)には,特段の不服申立てをしなかったことを
認めている。また,上記8月11日付け調書には,B1が指示してくる業者が「本命に違いあ
りませんでした」というのを「本命に違いないと思いました」などと表現の細かい点に関する3
カ所の訂正申立てが調書末尾に記載されており,上記10月14日付け調書には,B10が公
判証言で否定するところの建築工事に関するB1からの指示につき,訂正を申し立てるな
ど,なるべくあいまいな表現にしようとして,相当程度その申立てに近い記載になったこと
がうかがわれる。
 γ さらに,B10が署名した前記各調書には,B1やB10自身を初めとする土木部職員に
とって刑事責任をも追及されかねない著しく不名誉ないし不利益な内容が記載されていた
のであるから,仮にその内容が全くの虚偽であれば,B10が上記のような調書に納得しな
いまま署名するような事態は想定し難いことである。
 ⅳ 以上検討のとおり,B10の検察官調書作成経緯等に関する公判証言には,不自然な
点が多く,これをそのまま信用することができないだけでなく,調書の内容等に照らせば,
B10が上記各調書にはそれなりに納得して署名したものと推認することができる。
 (c) しかも,B10の各検察官調書の内容は,全体的に,前判示のように,B11,B8,B9,
B13及びB14といったZ県関係者,とりわけB10の前任者であるB8やB9,元部下のB11の
各供述とよく符合するのに対し,B10の公判証言は,同県における指名業者選定及び受
注業者決定の実情について,B8,B9,B11らの各供述とは大きく食い違った内容となって
いる。そのうえ,B10証言には,C57ダム建設工事についてB1から直接話があった際の認
識等について,B1の意図を推測することはなかったと証言する一方,B1から「C57ダムの
件,B9君から聞いてるな。」と言われて,前任者のB9から引継ぎを受けた業者に関する話
と理解し,C57ダムの発注時期が来れば,再度B1に確認しようと思い,さらに,その在任中
は引継ぎを受けた業者名を記憶していて,後任者に引き継いだなどと,前後矛盾するよう
な趣旨の証言をしていて,不自然である。加えて,B10には,同県における指名競争入札
手続の実体を明らかにすることを殊更はばかるような回避的な証言態度もうかがえるのであ
る。
 (d) そうすると,B10証言は,全般的に不自然,不合理で,信用することが困難であるの
に対し,これとの対比において,B10の前記各検察官調書の信用性に疑いを入れる余地
はないというべきである。
 ウ 次いで,Z県における公共工事の指名業者選定及び受注業者決定の実情等に関す
るB1供述の信用性について検討する。
 (ア)a B1の検察官調書(甲書131)には,この点について,「私は,業者から県発注工事
につき指名の陳情を受けると,担当の課で原案を作って指名委員会に諮る前に,担当部
課長らに対し,度々その業者を指名に入れるように指示を出していた。これがいわゆる『天
の声』である。そして,その業者が,他の指名業者に天の声が出たことを明らかにして工事
を譲ってもらい,いわゆる本命業者に決まる,つまり,いわゆる談合によって,入札前からあ
らかじめ落札業者が決まるというのが業界の実情であることも,建設省に勤めていたころか
らよく分かっていた。したがって,担当部課長らに対し指名の指示をすることは,実質的に
は,その業者が受注できるようにしてやってほしいというに等しい意味合いを持っていた。
このような指示を出した場合は,ほぼ例外なく当該業者が落札していたが,これは,自分の
下にその業者がお礼を言いに来ることなどから分かっていた。」などと,B1が部下に対して
指名業者の選定で指示を与えていたこと,その指示が工事受注の本命業者を示唆するも
のであったこと,その指示の受注業者決定に対する影響等についての供述が録取されて
いる。
 b(a) そして,上記検察官調書の内容は,前記ア認定のような本件当時のZ県における
公共工事の指名業者選定及び受注業者決定の実情等といった客観的状況によく符合し
ており,指示どおりに受注業者が決定されていたことについて認識していた理由について
も具体的かつ合理的な理由が述べられており,特に不自然な点は認められない。さらに,
関係各証拠によれば,B1は,C7からの収賄容疑で逮捕された4日後である平成5年7月2
7日には,B17検事から求められ,指名業者選定手続の概要を図示した上,「まず(指名業
者の)原案を担当部課で作る。この段階で担当部課長が特に重要と思う工事については
知事の了解を求める。ものによってはいずれを指名するのか知事の判断を求める。」などと
記載した書面を自ら作成しているのであり(乙物56),B1において,捜査段階の早期から,
既に,自らの指名業者選定手続への介入状況を自認していたことが認められるのであっ
て,上記のような供述経過に照らしても,B1の上記検察官調書は,十分に信用できるもの
というべきである。
 (b) なお,B1は,C6ルートにおける被告人質問では,上記検察官調書が作成された経
緯について,「検事が自分の考えを押し付けてどんどん書いていった」旨供述する(乙物
25)が,B1の取調べ状況に関する公判供述が到底信用し難いものであり,かつ,B1の捜
査段階の供述について一般的に任意性,特信性が十分是認できることは,前記第2の3で
詳細に説示したとおりであるから,B1の上記弁解は到底信用することができない。
 (イ)a これに対し,B1は,公判段階ではほぼ一貫して,部下に対し,業者から陳情のあ
ったことを伝えてはいたが,決して指示ではなかったし,談合につながるとは思っていなか
ったなどと弁解している。
 b しかしながら,上記弁解は,Z県関係者であるB8及びB10の各検察官調書並びにB
11の公判証言等と明らかに食い違っている。例えば,B8は,その検察官調書(甲書3)に
おいて,B1が「そこは指名に入れておくだけでいい」と指示した業者は指名に入れたもの
の結局落札しなかった旨供述している。また,B10は,その検察官調書(甲書8)において,
担当課長からB1が本命と言った業者2社が指名停止期間中なので,その期間を過ぎてか
ら指名手続をする旨言われ,これを承諾したことがあると供述しているところ,同工事は,そ
の後,B1が本命と言った業者2社がそれぞれJVを組んだ共同企業体等により落札されて
いることが認められるのである(物47)。しかも,指示の点に関するB1の上記弁解は,県教
育庁文化課長からB1にあてた「自然博物館の館内展示工事施工業者の選定について」と
題する文書(物46)中の,B1に施工業者選定について指導,指示を仰ぐ旨の記載内容と
矛盾するものである。加えて,B1は,C6ルートの被告人質問(甲書128)の際に,検察官か
ら,B1ノート№1(弁物147)中に,Z県発注の流域下水道終末処理場の焼却炉設置工事
について,特定人から頼まれて特定の鉄工業者を本命業者とするよう部下に指示した旨の
記載があること(25頁)を指摘されて,上記記載どおりに部下に指示した事実があったことを
自認してもいるのである。
 c 以上の点に照らすと,前記ア認定のZ県における公共工事の指名業者選定及び受注
業者決定の実情等に反する趣旨のB1の公判供述は,信用できないことが明らかである。
 (2) C1関係者の認識
 ア(ア) 前記(1)ア認定の,B1のZ県における公共工事の指名業者選定に対する介入及
び受注業者決定への影響力をどのように認識していたかについて,被告人両名,B4及び
B7は,捜査段階においてそれぞれ次のように供述している。すなわち,
 a 被告人A1は,その検察官調書(乙書14)において,「私は,B1知事がZ県の長とし
て,どこでどのような工事を出すかということを決めたり,その工事についてどの業者を指名
するか決めたり,場合によっては,入札の前にいわゆる天の声を出してどの業者に受注さ
せるかを決めたり,工事請負業者と契約を締結したりする権限を持っているということは,長
く業界にいたので分かっていた。」旨供述し,
 b B7は,その検察官調書(甲書25,54)において,「『C33会』という大手ゼネコンが中心
になって結成したZ県内の土木工事について,業者間の談合を行う業務担当者の集まりが
あり,昭和54年から昭和59年3月までの間,私が初代会長を務めた。C33会では,同県内
の土木工事の受注業者を談合によって決めて受注調整していたが,工事金額が数億円を
超える土木工事や数十億円になるダム工事等,超大型工事については,知事等発注者側
の「天の声」や議員の意向が明確に出されていることが多く,出件前に本命業者が決まっ
ていた。B1知事の意向は,県の工事担当者から,『この工事についてはどこそこの業者が
一番熱心に営業しているようですよ。』という形で業者間に伝えられていた。このようにして
B1知事の天の声が流れることにより,その工事を狙っていた他の業者も,公共工事の入札
業者の指名権限を持つ知事の意向に背くと,その工事について指名業者から外されるだ
けでなく,今後の工事の指名にも関わってくるので,知事の意向には背くわけにはいか
ず,受注調整も容易になる。B1知事は,指名業者の決定権限を背景に受注調整に対して
も影響力を持っていたので,受注を望む業者は,天の声を出してもらい,業者間の受注調
整を有利にしようとして,こぞってB1知事に工事の受注を陳情に行っていた。」旨供述して
おり,
 c(a) 被告人A2は,その検察官調書(乙書22)において,「私も,Z県からこれまで常陸那
珂湊の下水道工事や植物園温室新築工事などの工事をいただいていましたし,今後もC
57ダムを始め諸々の工事が目白押しでしたので,発注権限などの絶対的な権限を持って
いるB1知事に2000万円を差し上げておけば今後有利に営業活動ができると思いまし
た。」旨述べ,
 (b) B4は,その検察官調書(甲書35)において,「中央の業者間の話合いによって,C1
が,C57ダムの工事が取れるとされているといっても,実際に本件ダム工事の発注権限を
有するZ県知事や,同県土木部幹部等の心証を悪くして,万一,C1が指名に入れてもらえ
なくなれば,実際の工事の受注はできなくなるわけです。」,「私は,C57ダムの平成5年中
の発注が確実になり,いよいよ着工が近づいたことから,暮れのあいさつを兼ねて,A1副
社長とA2支店長をB1知事に会わせて,同知事のC1に対する印象を良くし,A1副社長ら
に,C57ダムの工事について,同社が確実に受注できるようにB1知事に対して念押しをし
てもらおうと,トップ営業を計画したのです。」旨述べて,
 d それぞれに,Z県発注の大型土木工事であるC57ダムの受注業者選定に関して,県
知事であるB1が影響力を行使するとの認識を有していたことを認めているのである。
 (イ) そこで,以上の各C1関係者の各検察官調書における各供述の信用性について検
討する。
 a(a) まず,関係各証拠によれば,上記各関係者及びその余の茨城営業所関係者のC1
における地位や立場,Z県やB1との関係等として,次のような事実が認められる。すなわ
ち,
 ⅰ 被告人A1は,その述べるところによっても,同社の代表取締役副社長等として,公
共工事の受注調整やB35元議員との関係を担当していたところ,B1とは,昭和60年ころ
に,C57ダムの受注調整に関して,C17のB38らも交えて話合いをしたほか,その後も,B1
を料亭で接待したこともあるというのである。
 ⅱ 被告人A2は,本件面談の約半年前である平成4年6月に,茨城営業所を管轄する
関東支店の支店長に就任した者であり,その担当する6県の1つであるZ県の土木・建築
工事の受注状況についても大きな関心を抱いていたことは明らかである。そして,被告人
A2は,関東支店長就任の際に,前任のB54及び各担当部長等から詳細な業務引継ぎを
受け,同年7月のZ県庁へのあいさつ回りに先立ち,訪問した茨城営業所において,「Z県
の主要プロジェクト」と題する冊子(物18)を示されるなどして受注目標工事の概要や受注
状況等の説明を受け,営業所員との懇談会も行うなどしていたほか,関東支店で毎週開催
される朝会(幹部会)や毎月開催される総合幹部会には毎回,毎月開催される県別営業会
議にも時々出席し,その都度同営業所から送られてくる週報や各種資料等にも目を通す
など,様々な機会を通じて,同営業所の営業状況についても随時報告を受けていたので
あり,さらに,B1と初めて会うという本件面談に際しても,その立場に照らし,C1におけるZ
県からの受注実績や今後受注目標とする発注予定の工事について,あらかじめ調べるな
どしていたことがうかがわれる。
 ⅲ B4は,昭和60年4月に茨城土木営業所(平成元年4月以降は茨城営業所)次長に
就任し,昭和61年4月に同副所長に昇進して,本件当時もその職にあり,同営業所におけ
る土木工事の営業を統括し,Z県が発注する土木工事の営業を直接に担当していた者で
あるが,昭和59年5月から,大手ゼネコンで構成し,同県における土木工事の受注調整を
行っていた「C33会」の正会員となり,C35会による談合事件が発覚して同会が解散する平
成3年7月まで,その地位にあった。
 ⅳ B6は,昭和60年から茨城建築営業所副所長,同所長を歴任し,平成元年4月から
関東支店営業部長兼茨城営業所統括副所長に昇進して,本件当時もその職にあり,同営
業所における建築工事の営業を統括し,Z県が発注する建築工事の営業を直接に担当し
ていたが,昭和62年,C33会と同様,大手ゼネコンで構成し,同県における土木工事の受
注調整を行っていた「C34会」の会員となり,翌年には副会長に就任して,C35会による談
合事件が発覚して同会が解散する平成3年7月までその地位にあった者である。
 ⅴ B5は,昭和49年から茨城土木営業所(平成元年4月以降は茨城営業所)に勤務
し,昭和59年に同所長に昇進して,本件当時もその職にあり,茨城営業所の営業等を統
括していた者である。
 ⅵ B7は,昭和50年ころから昭和58年12月まで茨城土木営業所副所長を務め,その
後,土木本部営業部長兼茨城土木営業所参与を経て,昭和63年10月から平成4年3月
まで関東支店営業部長の職にあり,その間,終始,茨城営業所の営業に深く携わってきた
者であるが,昭和54年から昭和59年3月までは,C33会の会長を務めていた。
 (b) 以上のとおり,前記(ア)記載のC1関係者の各検察官調書における各供述は,上記
(a)認定の各人のB1との関係や同社における立場,Z県や業者間の受注調整に対する関
与や経験の程度等に応じて,それぞれの認識内容を映し出したものということができるので
あり,その各供述内容に特に不自然,不合理な点は見受けられない。
 b また,被告人A1及びB7の各検察官調書の内容をみると,B1がZ県発注工事の受注
業者決定に強い影響力を持つ理由やそれを知るに至った経緯について,被告人A1は,
C1の本社幹部として自らB1に対する営業活動あるいは受注調整に関与した経験に基づ
き,B7も,長年のC33会会長として同県で営業活動や受注調整に関与した経験に基づ
き,それぞれの立場から,具体的に固有の表現を用いて説明しているのであって,各取調
べ検事からの誘導をうかがわせる状況は存在しない。しかも,県の担当者がB1の意向を業
者に伝える方法について,B7が供述するところは,Z県関係者であるB11の供述(甲書48)
によって裏付けられているのである。
 c(a) さらに,被告人両名の各検察官調書の作成経緯に関する各公判供述がいずれも
信用できないことは,前記第3の1及び2の各該当箇所で詳細に説示したとおりであり,B4
の検察官調書の作成経緯に関する公判証言が信用できないことは,後記第5の4(3)イ(イ)
で詳細に説示するとおりである。
 (b)ⅰ なお,B7は,公判段階において,平成5年11月6日付け検察官調書(甲書25)に
ついて,検察官から,暴言を言われ,供述を押し付けられて,人の話を聞くつもりがないよ
うだったので,いい加減嫌になり署名した,署名の意味は調書の内容を読んでもらったとい
う意味だと思っていたなどと供述する。
 ⅱ しかしながら,B7は,B1の天の声やC33会の活動について上記調書よりも詳しい平
成6年1月21日付け検察官調書(甲書54)にも署名しているところ,B7証言によっても,こ
の調書作成のための取調べに任意性を疑わせるような事情は全く認められない。この点,
B7は,同調書の読み聞けのときは,後の予定が気になってよく聞いていなかった旨弁解
するが,調書の内容が,正にB7の否定している天の声を認めるものであることからすれ
ば,これに全く気付かないというのもいかにも不自然である。
 また,B7が署名した上記11月6日付け調書には,前記のように,被告人両名を始めとす
るC1関係者にとって不利益な内容が記載されているところ,B7は,その調書作成時に既
に同社を退社していたとはいえ,35年以上にわたり同社に勤務していた経歴を持ち,取調
べにおいても,当初はB1の天の声について強硬に否定していたとうかがわれるB7が,そ
の述べるような軽はずみな理由から調書に署名することなど考え難いことである。
 ⅲ そうすると,上記各検察官調書作成に至る経緯に関するB7証言は信用することが困
難であり,上記各調書にはB7が納得の上署名したものと認められる。
 d 加えて,これらC1関係者らの各供述は,前記(1)ア認定の同県における公共工事の指
名業者選定及び受注業者決定の実情等の内容とよく符合することをも考慮すると,いずれ
も高い信用性が認められる。
 イ(ア) これに対し,公判段階において,被告人両名,B4及びB7のみならず,本件当時
の茨城営業所長であるB5や建築担当副所長のB6も,異口同音に,Z県における県発注
工事の受注業者決定についてB1の意向が強い影響力を有しているとの認識はなかった
旨供述している。
 (イ)a そこで,被告人両名の認識内容を検討する前提として,B7,B5,B4及びB6の上
記各公判証言の信用性について検討する。
 (a) まずもって,これらC1関係者はいずれも,同社においてZ県発注の公共工事に関す
る営業活動を直接に担当していた者であり,そのための情報収集を日ごろから精力的に行
っていたはずであるところ,同県における公共工事の指名業者選定及び受注業者決定の
実情,とりわけB1が天の声を発していたという実情が前認定のようなものであったというの
に,同社のしかも直接の担当者の誰もがその実情を全く知らなかったというのは,余りにも
不自然である。
 (b)ⅰ 個別にみても,B7は,公判段階において,B1による天の声に対する認識を否定
しながら,それと同時に,業者間での受注調整がうまくいかないときに,ある業者から,天の
声が出ているから確認してほしいと言われて,確認をとろうとしたことが数回あったとか,そ
のうち1件は,E党Z県連幹事長から確認がとれなかったので,県土木部長にも確認した,
他の1件は,市長から確認がとれなかったので,助役にも確認したと供述しているのであ
り,その公判証言は,前後矛盾する不自然なものというべきである。しかも,B7が,Z県内
で大手ゼネコン間の受注調整を行うC33会の会長を長らく務めていたことも考慮すると,B
1の影響力に関するB7の公判証言は,到底信用することができない。したがって,B7は,
捜査段階で述べるように,B1のZ県における公共工事の指名業者選定に対する介入及び
受注業者決定への影響力について熟知しており,それを前提にC33会会長として業者間
の受注調整を行っていたことは明らかである。
 ⅱ 次に,B4は,前認定のように,Z県が発注する土木工事の営業を直接に担当してい
たほか,公判段階においても,B7からC33会の正会員の地位を引き継ぎ,C33会において
受注調整に関与し,C33会解散後も業者間で受注調整を行っていた旨証言している。そし
て,前認定のように,Z県における公共工事の指名業者選定及び受注業者決定に対して
は,B1が強い影響力を保持し,前記のような方法で県の担当者らに自らの意向を伝えるな
どして積極的に介入しており,B4の前任者であるB7も,そのことを熟知し,それを前提にC
33会会長として業者間の受注調整を行っていたのであるから,B7から,C33会におけるC
1の代表としての正会員の地位を引き継いだB4も,B7から詳細な事務引継ぎを受けるとと
もに,その後も自ら,同県内で土木工事の営業を担当し,県の関係部課等にあいさつ回り
するなどして,B7と同様の認識を有していたことは,優に推認することができる。
 しかも,B4がB7からC33会の正会員の地位を引き継いだころに,同県における公共工
事の指名業者選定及び受注業者決定の実情やC33会で行われる受注調整の方法等がそ
れまでとは異なるものになったことをうかがわせる事情も全く存在しない以上,上記推認に
反する趣旨のB4の公判証言を信用することは困難である。
 ⅲ また,B6は,前認定のように,Z県が発注する建築工事の営業を直接に担当してい
たほか,公判段階においても,C34会において受注調整に関与し,C34会解散後も業者間
で受注調整を行っていた旨証言している。このように,B6は,建築部門において,B4と全
く同様の地位にあり,同様の受注調整への関与をしていた者であるから,B4に関する上記
推認と同様の推認をすることができる。そして,この推認に反する趣旨のB6の公判証言が
信用できないことは,B4に関して説示したところと同様である。
 ⅳ さらに,B5は,前認定のように,茨城営業所長として,同営業所の営業等を統括して
いた者であり,B4やB6から,同営業所のZ県に対する営業状況等について随時報告を受
けていたものとうかがわれる。しかも,B5は,公判段階においても,少なくとも土木工事に
関しては,営業所の営業会議に出席して,目標工事の一覧表である出件予定工事一覧表
の作成に関与しているほか,出件予定工事一覧表を基に,関東支店幹部に各工事に対
する営業活動の状況を報告したり,関東支店幹部から営業活動に関して指示を受ける県
別営業会議に出席していたなどと供述している。さらに,関係各証拠によると,B5は,平成
3年12月16日付け関東支店への稟議書において,同県から依頼のあったところの100万
円の寄付を伴うB1の海外友好使節団への同行について,営業対策上応諾やむを得ない
ものと思われるなどと記載している(物14,15)ほか,平成4年2月20日付け関東支店への
稟議書においても,同県から依頼のあった合計400万円の寄付について,同様の記載を
しているのである(物16)。したがって,B5についても,B4に関する前記推認と同様の推認
をすることができるのであり,この推認に反する趣旨のB5の公判証言が信用できない理由
は,上記各稟議書の趣旨に反するものであることのほか,B4に関して説示したところと同
様である。
 b 以上の判断を前提に,被告人A1の認識について更に検討を加える。
 (a)ⅰ 被告人A1は,公判段階においても,本件よりかなり以前に自ら業者間の受注調
整に関与していたことは認めながらも,公正取引委員会事務局が昭和59年2月21日に
「公共工事に係る建設業における事業者団体の諸活動に関する独占禁止法上の指針」
(弁物159)を出した後は,これに沿った受注調整しか行われず,業者間の受注調整により
受注業者が決定されることはなかったことを強調するほか,副社長になった後は受注調整
には関与していなかった旨供述している。
 ⅱ しかしながら,C1の部内資料である「土木営業部の現況」と題する書面(甲書111)に
は,主要官庁工事の受注形態として,「A.官・業界調整型d工事出件前に『官』と『業界』の
調整により決定 ex.建設省(ダム)等」,「B.官意向型d工事出件時における『官』からの
「声」で決定 ex.地方公共団体工事(ダム等の大工事を除く。)」との記載があるところ,上
記書面には,被告人A1について「副社長」との肩書きで記載されていることから,被告人
A1が副社長に就任した昭和60年以降の現況に関する書面であることは明らかである。
 そして,この書面の記載内容からすると,被告人が土木営業部を統括する立場にあった
ことが認められるほか,このような立場にある被告人A1が,建設業界において,上記指針
が出された後も,官公庁等と業者間で受注業者までを決定する受注調整が行われたり,官
公庁等から受注業者を示唆する天の声が出ることがあることを当然熟知していたことも,合
理的に推認することができる。
 ⅲ また,被告人A1が,業者間により受注業者までを決定する受注調整に関与していた
ことは,被告人A1自ら,公共工事を請け負うためにはB35元議員の力が必要であるとし
て,同元議員に政治資金規正法によらない裏献金をしていたという後に認定する事実のほ
か,C15の元副社長のB29が,大手ゼネコン各社において政治家等との窓口を担当する
副社長以上の集まりであり,被告人A1も参加していたC36会において,受注調整が行わ
れる場合のあること,中でも有力政治家と太いパイプを持っていたC17元会長のB38の発
言力が大きかったことなどを供述していること(甲書16)ともよく符合するものである。
 ⅳ そうすると,被告人A1の業者間の受注調整への関与を否定する趣旨の上記供述を
信用することは困難であり,被告人A1は,上記のような受注調整及びこれに官公庁や政
治家等の意向が影響することを熟知していたものと認められる。
 (b)ⅰ そこで,被告人A1のこのような認識を前提に,受注業者決定へのB1の影響力に
関する被告人A1の認識について検討するに,後に認定するとおり,被告人A1は,C57ダ
ム建設工事について,C17のB38との間で受注調整を行うとともに,この受注調整を前提
に,B1が実際に天の声を出したことを熟知していたのである。
 ⅱ しかも,被告人A1は,捜査段階では,B4から,C33会の会長がB7からC15の担当
者に代わってから,C15が主導権を握り,受注調整の場で太刀打ちできない旨聞いていた
と述べているところ(乙書14),当時のC33会内の力関係の変動を生々しく語るものとして,
誠に自然な内容であり,B4が周囲の者にそのような受注調整の実情を話していたことは,
B7の供述(甲書25)によっても裏付けられていることからも,高い信用性を認めることができ
る。この点,被告人A1及びB4は共に,公判段階において,このようなやり取りをしたことを
否定しているが,別に判示するように,検察官調書の作成経緯に関する両名の各公判供
述がいずれも信用できないことに照らしても,上記やり取りに関する両名の各公判供述を
信用することは困難である。
 ⅲ 以上のように,被告人A1は,Z県内における受注調整の状況について,B4から相談
ないし報告を受けていたほか,自らC57ダムの受注調整に関与し,B1がこの受注調整を前
提とする天の声を出したことを熟知していたのである。しかも,被告人A1は,自らB1に何
度も面談して営業活動を行っており,本件面談も,B4の申入れに基づくとはいえ,被告人
A1の発意に基づくものであったと認められるから,受注業者決定へのB1の影響力の認識
に関する被告人A1の公判供述は,上記のような同人の体験や知識,B1に対する営業実
績に反する不自然,不合理なものであり,到底信用することはできない。したがって,被告
人A1は,捜査段階で供述するとおり,B1が同県における受注業者決定について極めて
大きな影響力を有すると認識していたことを認定することができる。
 c 次いで,被告人A2の認識について検討する。
 (a) 被告人A2は,公判段階において,前認定のような,B1のZ県における公共工事の
指名業者選定に対する介入及び受注業者決定への影響力について,全く知らなかったか
のような供述をしている。
 (b) しかしながら,前認定のような被告人A2の関東支店長という地位,就任時に受けた
前任者や担当部長,茨城営業所関係者らからの詳細な引継ぎや報告,その後も同営業所
の営業状況等に関して随時様々な機会に報告を受けていたことに照らすと,被告人A2の
上記公判供述の内容は,不可解至極というべきである。しかも,関係証拠によると,被告人
A2の前任者であるB54は,平成4年5月に,C1社長及び人事部長あてに,Z県関連工事
及びB1知事がイニシアティブを持つ常陸那珂湊開発関連工事等の大型工事の出件が見
込まれており,更なる営業推進のために必要であるとして,B1の親戚の同社への入社の
上申を行ったことが認められるのであり(物13),このような前任者の認識と対比すると,被
告人A2の公判供述が信用できないことは明らかである。
 (c) そして,以上のような被告人A2の地位や前任者等からの業務引継ぎ状況,茨城営
業所から営業状況について随時報告を受けていたことに加え,上記のような前任者の認
識,更には,前認定のような同営業所関係者の認識内容等からすると,被告人A2は,捜
査段階で述べるように,B1がZ県における受注業者決定について極めて大きな影響力を
有すると認識していたことを優に推認することができる。
 2 B1に対するゼネコン等からの資金提供の実情等及びこれらの点に関するC1建設関
係者の認識
 (1) B1に対するゼネコン等からの資金提供の実情等
 ア B1は,その検察官調書(甲書131)において,「私は,指名競争入札の指名陳情に来
る業者の大半から,陳情の際や落札できたとき,あるいは中元歳暮や選挙陳中見舞いの
名目で,陳情に関して資金提供を受けていた。これは,私から担当部課長への『天の声』
を出してほしいからであることは十二分に分かっていた。業者から陳情されたからというだ
けで陳情どおりに部局長らに指示を出し,工事受注の謝礼や受注のために持参してくれた
現金をためらいもせずに頂くなど,今振り返ってみると,誠に恥じ入るべきことを日常的に
続けていたものだと深く反省している。」などと供述している。
 イ(ア) B1の上記供述は,その内容に不自然,不合理な点は見当たらず,B1がその心
情を率直に吐露している様子がうかがえる。
 しかも,B1は,C6ルートの公判や本件公判においても,「政治献金の趣旨である」旨弁
解しながら,ゼネコン等からしばしば政治資金規正法に違反する多額の現金を受け取って
いたことを認め,「陳情する業者の中には金を持ってくる者もあった」,「陳情絡みの献金も
あった」などと,実際に受注陳情の際に現金供与を受けた事実も自認しており,また,平成
5年7月25,6日ころ及び同月27日に作成した「政治献金一覧表」(乙物43,57)について
質問を受ける中で,「ゼネコン幹部と会うなどして陳情を受けた場合,会社名と案件名を備
忘のために手帳に記載していた。逮捕前に焼却処分した平成4年の手帳に,C1から県庁
新庁舎について陳情があった旨の記載があったため,C1から金はもらっていないことが絶
無だとは言い切れない。もらったのに記憶がないだけかと不安に感じ,C1の名前を挙げ
た。」(79回),「同手帳には,C1を含め,県庁新庁舎に関する陳情があったゼネコン4社の
名前が記載されていたが,そのうち1社については,金をもらっていないことがはっきりして
いたので名前を挙げなかった。」(99回)などと供述しているのであり,これらの公判供述
は,陳情してくる業者の大半から現金供与を受けていた旨の上記検察官調書の内容を裏
付けるものである。
 さらに,関係各証拠によれば,B1は,逮捕当時,約1億円の現金や総額6億円以上に上
る割引債券等といった県知事や参議院議員としての正規の収入からは到底蓄財し得ない
ような多額の資産を有してこれを隠匿していたほか,付き合っていた女性に多額の現金を
贈与するなどしていたことが認められるのであり,このような資産の保有状況や金員の費消
状況も,上記検察官調書の内容を客観的に裏付けるものである。
 (イ) なお,B1は,公判段階において,上記検察官調書の内容を検事に供述したことを
否定するが,B1の取調べ状況に関する公判供述が到底信用し難いものであり,かつ,B1
の捜査段階の供述について一般的に任意性,特信性が十分是認できることは,前記第2
の3で詳細に説示したとおりであるから,B1の上記弁解は到底信用することができない。
 (ウ) したがって,B1の上記検察官調書は十分信用することができるのであり,これに反
する趣旨のB1の公判供述を信用することは困難である。
 ウ そして,高い信用性の認められるB1の前記検察官調書によれば,本件当時,ゼネコ
ン等の建設業者が,Z県発注に係る公共工事の受注陳情に絡み,しばしばB1に対して多
額の資金提供をしていた事実を認定することができる。
 (2) C1関係者の認識
 ア 次いで,前記(1)ウ認定の,B1に対するゼネコン等からの資金提供の実情について,
被告人両名及びB4はいずれも,公判段階において,そのような認識がなかった旨供述す
るので,各人のこの点に関する認識の有無について,以下検討することとする。
 イ(ア) まず,B4についてみるに,前記のとおり信用できるB7の検察官調書(甲書54)に
よれば,B7は,C1がより多くの工事を受注できるようにするための営業活動の一環として,
B1に対して,昭和58年ころに1000万円を,昭和61年か62年ころに1000万円を,平成
元年9月下旬ころに1000万をそれぞれ献金していた旨供述している。そして,前認定のと
おり,B7は,Z県発注の公共工事の受注業者の決定についてB1の意向が大きな影響力
を有していたと認識していたのであるから,B7のB1に対する上記献金は,同県発注の公
共工事の受注陳情に絡んだものであることは明らかである。
 この点,B1は,公判段階においても,C1からは,昭和50年終わりころから平成4年にか
けて,選挙の応援等様々な名目で,数回にわたり,合計数千万円の資金提供を受けた旨
供述しているところ,献金の名目はともかくとして,献金の事実についてはB7の供述を裏
付けるものといえる。
 (イ) そして,B4も,前認定のように,茨城営業所におけるB7の後任者で,B7からC33会
の正会員の地位も引き継いでいたのであり,しかも,県発注工事の受注業者の決定につ
いてB1の意向が大きな影響力を有することを認識していたのであるから,上記のように,B
7が公共工事の受注陳情に絡みB1に繰り返し多額の献金をしていたことについて,B7か
ら引継ぎを受けていないはずがない。
 さらに,B4は,同営業所において,Z県が発注する土木工事の営業を直接に担当してい
たものであり,必要な情報を収集していたことがうかがわれるほか,前認定のとおり,C33会
の会長交替に伴い,C15が受注調整の場での主導権を握ったために,同社に太刀打ちで
きないという認識も併せ有していたのであるから,そのような認識を抱いていたB4が,C
15からもB1への多額の資金提供が行われているのではないかと考えるのは,その立場か
らすると,至極自然なことといえる。
 (ウ) 以上の検討からすれば,B4においては,ゼネコン等の建設業者が,Z県発注工事
の受注陳情に絡み,B1からいわゆる「天の声」を得るために,B1に対し,相応の資金提供
をしているものと認識していたことが認められる。
 ウ 次に,被告人A1の認識について検討する。
 (ア)a まず,被告人A1は,捜査段階において,B35元議員に対し,昭和61年の盆から
平成4年の盆まで,盆暮れの2回,政治資金規正法に基づかない定期的な裏献金を行っ
ており,その理由は,B35元議員が建設族の超ボスであり,建設土木業界において,公共
工事を請け負ったり,その事業を遂行するには,B35元議員の力が必要であり,にらまれた
ら大変だという気持ちがあったからである,裏献金の原資は,B35元議員にお世話になる
工事がほとんど土木関係であったことから,当初は本社土木本部から支出し,関東支店発
足後は,B35元議員の出身地盤が山梨だったので,山梨県を管轄する関東支店から支出
した,などと供述している(乙書27)。
 b(a) この点,被告人A1は,公判段階では,B35元議員に対する裏献金に関して,原資
がどこから出ているのか,献金当時は知らなかった,裏献金の目的は建設業界に対する発
言力あるいは建設省その他に対する発言力が他の人たちとは違ったからであるなどと供述
している(124回)。
 (b) しかしながら,被告人A1が,上記のようなあいまいな目的で,自らあえて多額の裏献
金を定期的に行っていたというのは,いかにも不自然である。
 (c) また,被告人A1は,副社長になってすぐのころ,山梨県のC56ダムの件で,当時の
土木本部長から頼まれて,B35元議員の所に1000万円を持参した,その際に,土木本部
長から,B35元議員に塩川ダムのことを頼んであるからと言われたが,その趣旨についてよ
く分からないと供述している(134回)。しかし,前認定のように,受注調整に深く関与して,
政治家等の天の声についても熟知し,B35元議員の建設業界に対する発言力等について
も十分認識していた被告人A1が,上記裏献金が塩川ダムの受注陳情に関連したものであ
ることを理解していなかったはずがなく,極めて不合理な供述というべきである。
 (d) したがって,B35元議員への裏献金に関する被告人A1の公判供述を信用すること
は困難である。
 c そうすると,被告人A1は,捜査段階で供述するとおり,公共工事の受注等に絡んでB
35元議員に定期的に多額の裏献金をし,しかも,前認定のように,受注調整に深く関与し
て,政治家や官公庁側から天の声が出ることも熟知していたのであるから,他の大手ゼネ
コンもまた,C1と同様に,受注調整に絡んで官公庁における工事の発注権者や政治家等
に対して資金提供を行っているであろうことを当然認識していたものと推認することができ
る。
 (イ) そこで,上記認定を前提に,大手ゼネコン等が工事の受注陳情に絡んでB1に多額
の資金提供をしていることに関する被告人A1の認識について検討する。
 a(a) まず,被告人A1は,前認定のように,Z県における受注調整の実情やB1の受注業
者決定への影響力の大きさについて十分な認識を有しており,しかも,その述べるところに
よっても,B7やB4といったZ県内の公共工事等の受注調整に関与していた茨城営業所の
幹部社員から直接に連絡を受け,営業を頼まれるなどしていたことからすれば,被告人A1
は,B7のB1への前記献金はもとより,同業他社によるB1への多額の資金提供に関して
も,報告ないし相談を受けていたことを推認することができる。
 (b) ちなみに,被告人A1は,その検察官調書(乙書14)では,B4が本件面談を依頼し
てきたことについて,同業他社も,B1への食い込みを狙って,なりふり構わず金を贈ってい
るのだろうと考えた旨供述しているところである。
 (c) これに対し,被告人A1は,公判段階では,B7がB1に対して資金提供をしていたこ
とは聞いたことがなく,関東支店からその原資が出ていることも知らなかった旨供述してい
るが,上記(a)で指摘した諸事情に照らすと,誠に不自然な供述であって,これを信用する
ことは困難である。
 エ 最後に,被告人A2の認識について検討する。
 (ア) 前認定のように,被告人A2は,Z県における受注調整の実情やB1の受注業者決
定への影響力の大きさについて十分な認識を有していたほか,関東支店長として,その管
轄する茨城営業所の幹部社員から受注目標工事や営業状況等の報告を随時受けて,指
導ないし援助をしていたのであるから,B7のB1への前記献金,更には同業他社によるB1
への多額の資金提供の実情等についても,B4らから報告ないし相談等を受けるなどして,
認識していたものと合理的に推認することができる。
 (イ) そして,被告人A2は,その検察官調書(乙書22)において,当時の建設業界には,
発注者側に賄賂を贈るという悪弊があり,業界では官庁から仕事をもらう上では必要悪とも
されていた旨,一般論としてではあるが,公共工事の受注に際して,発注者等に対して資
金提供がされる慣行があったことを認める供述をしているのであり,このような供述も,被告
人A2の上記認識を裏付けるものである。
 (ウ) なお,被告人A2は,公判段階において,受注調整等に関わったことはなく,引継ぎ
により,関東支店で過去に受注調整のあったことは知っていたが,関東支店長就任後は,
受注調整が行われたことはないし,B1にC1から献金していることも知らなかった旨供述し
ているが,前認定のように,茨城営業所関係者はもちろん,被告人A1においても,B1に
対するC1を含むゼネコン等からの資金提供の実情等を認識していたというのに,同営業
所を管轄する関東支店の長である被告人A2がその点について全く認識せず,全く関与し
ていないというのも,極めて不自然というほかなく,上記公判供述を信用することは困難で
ある。
 オ 以上検討のとおり,被告人両名及びB4はいずれも,ゼネコン等の建設業者が,Z県
発注に係る公共工事の受注陳情に絡み,B1からいわゆる「天の声」を得るために,B1に
対し,相応の資金提供をしているものと認識していたことが認められる。
 3 C1の本件当時の経営環境,経営方針ないしZ県からの受注状況等及  びこれらの
点に関するC1関係者の認識
 (1) C1の本件当時の経営環境,経営方針等について
 ア C1の本件当時の経営環境,経営方針等
 関係各証拠によれば,C1の本件当時の経営環境,経営方針等として,次のような事実
が認められる。すなわち,
 (ア) C1は,創業以来,鉄道建設,電源開発等の土木工事を中心に施工してきたが,そ
の後建築部門も拡充強化して一流総合建設業者としての地位を確立し,受注高の約7割
を建築工事が占めるようになっていたところ,いわゆるバブル期には,民間の設備投資の
急激な増大等によって,平成2年度まで受注高等を飛躍的に上昇させて業績を伸ばし,同
年度には過去最高の受注高約2兆3159億円の実績を上げ,翌年度も受注高2兆3054
億円を維持していた。
 (イ) ところが,バブル経済崩壊後の民間設備投資の低迷により,工事需要が大きく減少
すると,建設業界全体の業績が大幅に低迷するようになり,C1もその影響を受けて,平成
4年10月14日開催の建設総事業本部期央経営総合会議(以下「本社期央経営総合会
議」という。)及び同年11月19日開催の特別重役会で報告された各種資料によると,平成
4年度上半期(同年4月1日から同年9月30日まで)の総受注高が前年同期比で約21%
減,約2700億円も下回り,平成4年度通期の見込みも,目標額を3611億円下回り,前年
度比でも約14%減と予想され,その結果,昭和63年以降,同社が維持していた総受注高
におけるゼネコン業界第2位からの転落も懸念されていたのであり,その理由については,
民間受注の大幅な減少にあるとされていた(物121)。また,同社では,工事代金の未収や
債務保証等に伴う問題も厳しい状況にあったほか,海外進出の失敗に伴って,同年12月
時点で,いずれは数億円規模の特別損失を計上しなければならない状況にもあった。
 (ウ) このような深刻な不況により,民間工事の需要低迷が続き,受注競争の激化が見込
まれる中,経営の安定化のために,政府の経済対策としての公共投資により増加傾向にあ
って,代金不払いの問題が生じない公共工事受注の必要性が高まった。そのため,C1で
も,平成4年度の重点施策として,公共事業の発注動向を踏まえた営業戦略の推進と新し
い契約方式への対応強化が掲げられ,地方自治体等の官公庁からの受注の強化が強調
されたほか,前記本社期央経営総合会議では,緊急営業対策と実施上の課題として,地
方自治体からの受注強化が指摘されるなどして,公共工事の受注の確保,拡大が社内各
層に周知徹底されていた。(物123)
 (エ) 関東支店においても,平成3年度の総受注高が前年度より約862億円,約31%減
少するなど,業績が悪化したため,平成4年度の重点施策として,公共工事の受注拡大が
掲げられ,同年度を初年とする同支店3か年計画の基本方針においても,その狙いとし
て,公共工事の営業強化等による受注の量と質の安定的確保が挙げられていた。ところ
が,関東支店では,前記本社期央経営総合会議の時点において,同年度通期の総受注
高が,目標値を約874億円,前年度からも約304億円下回る見通しになったために,業績
の低迷に対する緊急営業対策の1つとして,主要目標工事の確実な受注を掲げ,具体的
には,ダム工事や県庁舎等の県発注大規模工事の確実な受注を目指し,本社や関係部
署に対しても,時宜を得たトップ営業の実施を要望していた。(物123中の「会議資料その
2」関東支店の支店別緊急営業対策と題する書面,乙書21添付資料①,弁物194)
 イ C1関係者の認識
 (ア) 被告人両名はいずれもC1の幹部役員として前記本社期央経営総合会議や特別役
員会に出席していた者であり,B5,B4及びB6も茨城営業所幹部社員として後記支店期
央経営総合会議に出席していた者であって,それぞれにこれらの会議への出席等を通じ
て,上記ア認定のような同社の本件当時における経営環境,経営方針等を十分認識して
いたことは明らかである。
 (イ)a ちなみに,捜査段階において,被告人A1は,本件当時のC1の経営環境につい
て,前記ア認定に沿う事情を説明した上,特に不況時には,経営を安定させるために公共
工事を受注することが不可欠であり,自身を含む同社経営陣が各種会議の席で公共工事
の受注拡大を強調して訓示するなどしていた旨供述し(乙書14),被告人A2も,関東支店
の受注高の急激な減少に言及した上,「各種会合の席でも厳しい経済環境の中では公共
工事の受注拡大に力を注ぐことが重要であると言われていたし,私もそのように考えてい
た」旨供述している(乙書21)。
 そして,被告人両名の上記各供述はいずれも,前認定のような当時の客観的な経済情
勢に沿う自然かつ合理的なものであり,同社の第96期(平成4年度)の有価証券報告書
(物127)の記載内容や内部資料(物120~124,弁物194)によっても客観的に裏付けられ
ていて,十分信用することができる。
 b さらに,関係証拠によると,平成4年10月26日に開催された関東支店期央経営総合
会議(以下「支店期央経営総合会議」という。)において,被告人A2が,同支店の平成4年
度受注見込みが4年前の受注実績に戻るほど落ち込んでおり,同年度上半期の受注実績
も極めて不振であるとして,①本店との連携強化と責任者の明確化,②県・市町村営業の
強化等の下半期受注拡大対策を強調していることが認められるのであり(乙書21添付資料
②),被告人A2自身はもとより,同会議に出席していたB5,B4及びB6も同様の認識を有
していたことが客観的に裏付けられるのである。
 (ウ)a ところが,公判段階において,被告人A1は,副社長になってからは,官庁工事と
業界の仕事に重点を置いていたので,バブル経済の崩壊等本件当時の経済状況につい
て実感がない,本件当時のC1の土木部門の受注高は前年度と比較して並行か少し減っ
たという認識だったが,建築部門の受注高には,余り関心がなかったので,会議等の資料
も見ていなかった(124回),不況時になると公共工事の受注を目指して,建設会社各社が
受注競争にしのぎを削るという認識もなかった(131回)などと述べ,被告人A2も,関東支
店の受注目標等を下回るということで厳しい状況にあったが,バブルの前の時期よりもはる
かに業績が良いので,それほど悲観した問題ではなかった(140回),前記支店期央経営
総合会議での業績が落ち込んでいる旨の発言をしたのは,枕詞のようなもので,部下を鼓
舞するためであり,それほど大変な状況にはなかった(141回)などと述べて,関東支店の
業績の悪化について危機感がなかった旨強調している。
 b(a) しかしながら,これらの公判供述はいずれも,その内容自体,前記ア認定の本件当
時にC1の置かれた経営環境や経営状況に照らし不自然,不合理であり,上記(イ)a及びb
掲記の関係各証拠とも明らかに矛盾するものであって,到底信用することができない。
 (b) なお,被告人A2は,本件当時におけるC1の業績の良さを強調するところ,確かに,
前記特別役員会で報告された資料(物121)によると,同社の平成4年度上半期の経営成
績として,前年同期比で,売上高が約25%,営業利益が約20%増加していると認められ
るのであり,その限りで業績が上がっていたことは否定し難いものの,これは,バブル期に
おける好調な受注に基づくものであり,本件当時における受注高の大幅な減少は,将来に
おける売上高や営業利益,経常利益等に深刻な悪影響を与えるものであるから,業績の
好調を理由に,被告人A2の公判供述が合理化されるものではない。
 (2) C1の本件当時のZ県からの受注状況等について
 ア C1の本件当時のZ県からの受注状況等
 関係各証拠によれば,C1の本件当時のZ県からの受注状況等として,建築工事に関し
ては,平成4年5月に工事金額9億3500万円の県立植物園温室新築工事を受注したもの
の,同工事を受注する前の約8年間は受注がなく,土木工事に関しても,昭和63年4月以
降,工事金額3000万円以上5億円以下の上下水道工事や橋梁工事等を10件,工事金
額合計19億6800万円を受注している程度だったことが認められる(乙書21添付資料④,
⑤)。
 イ C1関係者の認識
 (ア) C1のZ県担当者らの認識
 a(a) まず,茨城営業所長のB5,同副所長のB4及びB6については,前認定のように,
いずれも長らくZ県内で営業を直接に担当していた者であり,それぞれの職務分担が土木
担当,建築担当と分かれていることを考慮しても,当然上記のような受注状況を認識してい
たものと推認される。
 (b) また,前記(1)イで認定したとおり,B5,B4及びB6は本件当時のC1及び関東支店
の経営状況等について十分な認識を有していた。しかも,B5作成名義の「1992年度営業
所経営方針」と題する書面(甲書31添付資料②)では,営業所重点施策の1つに,受注水
準低下傾向への歯止め及び市場変化への対応として,公共工事の受注拡大が挙げられ
ており,同じ作成名義の「92年度下半期経営方針実施上の問題点・要望事項」と題する書
面(甲書31添付資料③)では,具体的施策として,県・市・町・村営業初期情報の収集に加
え,県・市・町・村受注対策として多数の主要受注目標工事が掲げられているほか,同じ作
成名義の「96期最重点施策期央の見直し」と題する書面(甲書31添付資料③)では,「最
重点施策実施状況」欄で,受注水準低下傾向への歯止め及び市場変化への対応として,
公共工事の受注拡大を挙げて,合計30億1000万円の受注を確保したとされており,「今
後の対策」欄では,民間中央大手の設備投資削減に対応し,官公庁工事・地場工事の入
手拡大を図るとされているのである。したがって,上記各書面の作成者であるB5はもとよ
り,その原案の作成に関与したとうかがわれるB4及びB6においても,本件当時,Z県から
の工事の受注が上記ア程度では十分ではなく,更に受注を確保する必要があるとの認識
を有していたことが合理的に推認できるのである。
 b これに対し,B5,B4及びB6は,公判段階において,それぞれに上記推認と相反する
供述をするので,以下,その信用性について検討する。
 (a)ⅰ まず,上記3名は,公判段階において,それぞれの立場から,民間工事の施工が
忙しく,県発注工事を受注するまでの余裕がなかった,そのため,大規模工事について
は,ほとんど指名業者に入っていたが,積極的には受注しなかった,下水道工事等の工区
が多くに分かれる工事は,各業者が順番に受注していたなどと供述し,上記「96期最重点
施策期央の見直し」と題する書面によれば,平成4年度の総受注金額について,上半期の
目標額234億円に対して見込み額240億円,通期の目標額525億円に対して見込み額5
26億円であって,いずれも茨城営業所における受注目標を達成できる見込みが持たれて
いたことが認められる。
 ⅱ しかしながら,前記a(b)記載のB5作成名義の各書面によれば,茨城営業所におい
ても,民間工事の減少を前提に,公共工事の受注拡大を目標とする営業方針が採られて
いたことは明らかである。しかも,平成5年4月5日開催の関東支店期首経営総合会議で報
告された資料(物19)中の「部署別1992年度経営目標達成状況」と題する書面によれば,
同営業所の総受注高の目標金額は645億円に設定されていたのに,受注高見込みは36
5億円にすぎないことが認められることからすれば,本件当時には,既に受注実績の極め
て不振な状況が明らかになっていたことがうかがわれる。
 ⅲ したがって,B5らの前記各公判証言は,このような茨城営業所の営業方針や公共工
事の受注確保の必要性と矛盾するものであって,いずれも信用することができない。
 (b) また,B4は,公判段階で,平成4年当時,茨城営業所の土木の受注高は170億円
か180億円あり,その77%が民間,23%が官庁工事で,Z県からの受注はその4%にすぎ
ない,バブルの影響は,まだ受けておらず,公共工事ではなく民間工事に力を入れていた
とも供述するが,これもまた,前認定のような茨城営業所の営業方針や公共工事の受注確
保の必要性とは全く相いれないものであり,到底信用することができない。
 (c)ⅰ 他方,B6は,公判段階において,「支店長業務引継書」(弁物194)中の手持ち工
事現況表によれば,関東支店の手持工事高は3380億円余,そのうち茨城営業所分は99
8億円余であるのに対し,「大手五社業績比較」と題する書面(乙書30添付資料①)では,
昭和61年のC1全体の総受注高が9820億円であることを指摘して,茨城営業所の繁忙ぶ
りを強調する。
 ⅱ しかしながら,C1としても,大幅な総受注高の増加傾向に対応して,人件費の点の
みをみても,現業部門の人員数は,昭和60年度から平成3年度までの間に約2000人増
加している(物123。会議資料その1の4頁)のであって,その後に受注高が大幅に減少す
れば,利益を出すことさえおぼつかなくなることは自明の理である。そして,本件当時,総
受注高の減少傾向が,とりわけ建築工事において顕著であることは,関東支店においても
茨城営業所においても明らかであったこと(甲書30添付資料②,⑥,乙書21添付資料①,
物19)からすれば,総受注高の減少を食い止める必要があることは明らかである。
 ⅲ したがって,B6の上記指摘も,茨城営業所において公共工事の受注の必要性が高
まっていたことを否定する理由とはなり得ないものである。
 (d)ⅰ さらに,B6は,公判段階では,県立植物園温室新築工事について,赤字工事で
あったことを強調するとともに,他社が希望しておらず,官公庁工事において応札が不調
になることは基本的にあり得ないため,業界の体面から受注したなどとして,あたかもやむ
なく受注したかのような供述をしている。
 ⅱ しかしながら,仮にB6が述べるように,上記工事が赤字覚悟の受注であったとして
も,C1,特に茨城営業所としては,多数の公共工事を発注していたZ県との関係を良好な
ものに維持継続して,次の受注に結びつける必要性があったのであり,しかも,B6も述べ
るように,同工事が高い建築技術を必要とするものであれば,C1の高い技術水準をアピー
ルする機会にもなるものであった。さらに,B6は,同じ公判証言で,同工事が出件される地
区付近では,受注を予定していた民間工事が1年間延期になったために,社員が空いて
いたとも述べているほか,出件予定工事一覧表に同工事が記載されていること(甲物20),
支店長業務引継書(弁物194)には,同工事について「県発注の大型工事ということで赤字
覚悟で応札し,受注になった」旨記載があること,B5も,同工事受注のため,営業担当者と
共に担当課長の所にあいさつ回りをしたと供述していることなどからすれば,同工事もま
た,茨城営業所が積極的に営業活動をした結果,受注したものと認められる。
 c 以上検討してきたとおり,C1の本件当時のZ県からの受注状況等に関するB5,B4及
びB6の各公判証言はいずれも信用することができないのであり,前記a記載の各推認に
合理的な疑いを入れるものではない。したがって,上記3名はいずれも,茨城営業所にお
けるZ県発注工事の受注実績を認識した上,本件当時の経営環境等からして,更に県発
注工事の受注確保が必要であると考えていたものと認められる。
 (イ) 被告人A1及びA2の認識
 a(a) まず,C1の本件当時のZ県からの受注状況等に関する被告人A1の認識について
検討するに,被告人A1は,捜査段階において,同県から受注していた工事を把握してい
たわけではなく,土木工事,建築工事を問わず,そこそこの工事を受注させてもらっている
とは思っていた旨供述しているところ(乙書15),本件当時,同社副社長としてその経営の
一翼を担っていたという被告人A1の地位ないし立場,前認定のような同社の同県からの
受注状況等からすると,極めて自然な内容であり,その信用性に疑問の余地はない。
 (b) そして,被告人A1は,前記(1)イ(ア)で認定したように,バブル崩壊後の深刻な不況
の中で,C1が全社的に公共工事の受注の確保,拡大を目指す経営方針を採っていたこと
を十分認識していたところ,茨城営業所もその例外となり得ないことは明らかである。しか
も,被告人A1は,関東支店における前記支店期央経営総合会議にも出席し,営業の必
要性を強調していること(乙書21添付資料②)をも考慮すると,捜査段階における上記供述
のように,同営業所におけるZ県発注工事の受注状況について個々具体的にまでは認識
していなかったとしても,前認定のようなその地位や立場,認識内容等に照らすと,同営業
所においても,県発注工事をそれなりに受注しており,更にその受注を確保,拡大する必
要性が高いとの認識を有していたことは明らかである。
 b(a) 次に,被告人A2のこの点に関する認識について検討するに,被告人A2は,前認
定のように,関東支店長として,その管轄する茨城営業所の幹部社員から受注目標工事
や営業状況等の報告を随時受け,指導ないし援助をしていたのであるから,詳細について
の認識まではなかったにしても,B5,B4及びB6といった同営業所の幹部社員とほぼ同様
の認識を有していたことは,優に推認できる。したがって,被告人A2が,捜査段階におい
て,関東支店の所管であるZ県発注の工事を受注して,支店の実績の落ち込みを食い止
めたいと思った旨供述していること(乙書22)は,上記推認に沿うものであり,高い信用性を
認めることができる。
 (b)ⅰ もっとも,被告人A2は,公判段階では,Z県に対する強い受注意欲を否定し,県
立植物園温室新築工事も,支店長引継ぎの際,支店長業務引継書(弁物194)に基づき,
単に赤字工事であるという説明を受けただけで,大型工事なので受注したとの説明はなか
った旨供述している(141回,145回)。
 ⅱ しかしながら,被告人A2は,その述べるところによっても,関東支店長就任後に茨城
営業所を訪問した際,B6から県立植物園温室新築工事は技術的に難しい工事であると聞
いていたというのであり,この工事が,単なる赤字工事ではなく,C1の技術力を示して実績
を残し,今後の県発注工事の受注に結びつくものと認識していたこともうかがわれるのであ
る。
 ⅲ さらに,Z県に対する強い受注意欲を否定する趣旨の公判供述は,前認定のような
本件当時のC1を取り巻く経営環境や同社及び関東支店の経営方針,更にはこれらの点
に対する被告人A2の認識には全くそぐわない不自然,不合理なものであって,到底信用
することができない。
 c 以上のとおり,茨城営業所の受注状況について,被告人A1はその詳細までは認識し
ておらず,被告人A2もその概略を認識していた程度にとどまるとはいえ,被告人両名の本
件当時における地位や立場,C1の経営環境や経営方針等に対する認識等からすると,Z
県発注工事の受注を確保し拡大する必要性が高いものと認識していたことは明らかであ
る。
 4 C57ダム建設工事の進捗状況,受注調整状況等及びこれらの点に関するC1  建設
関係者の認識ないし受注意欲等
 (1) C57ダム建設工事の進捗状況等
 ア 関係各証拠によると,本件当時までのC57ダム建設工事事業の進捗状況等として,
次のような事実が認められる。すなわち,
 (ア) Z県では,昭和46年から,大北川をせき止め,洪水調節や都市用水確保等を目的
とする多目的ダムを建設するC57ダム建設工事計画の予備調査を,昭和52年度からは実
施計画調査を開始して,昭和58年度に建設事業に着手し,用地買収のための地権者との
交渉を進めるとともに,昭和63年度から工事用の道路工事を開始した。
 (イ) この過程において,同県では,建設省の指摘もあって,昭和58年ころから,コンクリ
ートの骨材となる砂利等を調達するための原石山を確保するかどうか,また,原石山を確
保するとしてダム本体工事と一括発注するか分割発注するかを検討していたが,最終的
に,原石山を確保し,本体工事と原石山工事を分割して発注することが決定された。しか
し,用地買収の遅延により,ダム本体工事等の発注が遅れて,平成4年8月にC57ダム建
設事業全体計画書に対する建設大臣の認可が下り,同年10月にダム本体工事の設計を
発注するに至った。
 (ウ) 本件当時,C57ダム建設工事は,全体事業費約380億円,うち本体工事費約200
億円,原石山工事費約50ないし60億円が見込まれ,本体工事の発注は平成5年秋ころ
の予定であった。
 イ さらに,前認定事実に,関係各証拠を総合すると,C57ダム建設工事に関しては,業
者間による受注調整が行われるとともに,B1が本命業者を示唆する天の声を出したことが
認められる。すなわち,
 (ア) C57ダム建設工事については,昭和60年前後から,C15,C1,C17等が,その受注
を目指して営業活動を行っていた。
 (イ) そのような中,昭和61年ころ,被告人A1は,B1,C17のB38,代議士秘書のB39ら
と都内の料亭で会談し,その席上,B39が「C57ダム建設工事については,C17とC1とが有
力である。」と発言した。さらに,その帰り,被告人A1は,B38から「あの線でいいですね。」
と言われて,C57ダム建設工事について,C17とC1とのJVで受注した上,C17がそのスポ
ンサーを取ることへの了解を求められて,これを承諾したことから,上記内容による両社間
の受注調整が成立した。
 (ウ) 他方,B1は,昭和61年ころ,B35元議員から,C57ダム建設工事をC17とC1とに受
注させてほしい旨の依頼があり,さらに,上記のような両社間の受注調整の成立をも踏まえ
て,昭和61年から翌62年にかけて,当時のC15副社長のB29に対して,同工事をC17とC
1に譲るよう数回にわたり説得を重ねた結果,C17とC1とが本体工事を受注する代わり,C
15が原石山工事を受注するという調整を行った。
 (エ) そこで,B1は,そのころ以降,歴代のZ県土木部長に対して,C57ダム建設工事の
指名では,本体工事についてC17とC1とのJV,原石山工事についてC15を本命業者と
し,これらの業者を指名するよう指示するいわゆる天の声を出し,歴代の土木部長も,転任
の際にその都度,この点に関する引継ぎ等を行っていた。
 (2) C1関係者の認識ないし受注意欲等
 ア C1のZ県担当者の認識ないし受注意欲等
 a(a) まず,関係各証拠によれば,昭和62年9月21日付けの「重要目標工事月報」と題
する書面(物21)には,他社の動向として「C15がB90副社長を介し,県への働きかけがあっ
た。」,営業上の問題点として「C15封じの方策を考える必要がある。」との記載があるほ
か,同年8月28日B7がB1に面会した旨の記載があること,C57ダム本体工事は,平成4年
7月ころ作成された「Z県の主要プロジェクト」と題する冊子(物18)に掲載され,また,茨城
営業所作成の「92年度下半期経営方針実施上の問題点・要望事項」と題する書面(甲書
31添付資料③)の具体的施策「県・市・町・村受注対策」の欄では,主要受注目標工事の1
つとして掲げられているほか,その記載内容から平成4年度下半期ころに作成されたとうか
がわれる「営業所重要問題点」と題する書面(甲物17)にも,「営業所受注量の生命線とな
るため,受注確率100%が目標」として挙げられていること,「92.11月営業打合会資料
(土木系)」と題する書面(甲書35添付資料)にも,大北川総合開発事業C57ダムとして挙
げられており,「本体 C17,C1,C37,C38」等の書き込みもされていることが認められる。
 (b)ⅰ また,C57ダム建設工事の営業活動について,同工事の直接の営業担当でもあっ
たB4は,その検察官調書(甲書35)において,業者間の受注調整がされていたとしても,
実際に同工事の発注権限を有するB1や県土木部幹部等の心証を悪くして指名から外れ
れば,受注することができないので,営業所としては,間違いなく指名に入れてもらって確
実に受注するために,県の担当部署に対する営業活動が当然ながら欠かせなかった,自
分と県庁OBのB55が中心となり,県土木部長,技監,土木部次長,ダム砂防課長,同課長
補佐及び久慈水系ダム建設事務所等を回って名刺を配ったり,C1の技術をアピールする
ためのパンフレット等を渡すなどの営業活動をしていた,平均すると月に一度くらいは県庁
を訪れて営業していた,茨城営業所では,同工事に重点目標を置いていた,昭和63年こ
ろには同工事の設計を受注していたコンサルタント業者に技術協力を申し出たものの断ら
れたなどと供述している。
 ⅱ 茨城営業所長のB5も,その検察官調書(甲書26,32)において,B4とB55があいさ
つ回りなどの営業活動を行っていた,自分もB4らと一緒にダム砂防課長の所や,課内の
係員などに名刺を置いて,同工事の指名が得られるよう何回かあいさつ回りをした,新聞
報道等がある都度,関東支店に対し,県別営業会議等を利用して逐次その情報の報告を
していたなどと供述している。
 (c)ⅰ このように,上記(a)の各種資料におけるC57ダム建設工事に関する記載は,茨城
営業所において,同工事を主要な受注目標工事として積極的な営業活動の対象としてい
たことをうかがわせるものであるところ,上記(b)のようなB4及びB5の各供述は,このような
各種資料の記載のみならず,前記1認定のようなZ県における公共工事の指名業者選定
及び受注業者決定の実情等,同3認定のようなC1の本件当時の経営環境,経営方針な
いしZ県からの受注状況等並びにこれらの点に関するB4及びB5の各認識とも符合するも
のであるから,両名の上記各供述も高い信用性が認められる。
 ⅱ そして,これらの事情に加え,両名の上記各供述を総合すると,両名は共に,本件当
時も,同工事の茨城営業所による受注を強く意欲しており,同工事の確実な受注に向けて
積極的な営業活動を行っていたことが優に認定できるのであり,B4が,その一環として,同
工事の発注を翌年に控えた平成4年12月において本件面談を立案したことは,このことを
裏付けるものということができる。
 (d) また,B4は,茨城営業所の土木担当の副所長として同工事の営業を担当していた
ことからすれば,前任のB7から引継ぎを受けるなどして,同工事については業者間の受注
調整が行われ,B1からも天の声が出ていることを,当然に知悉していたものと合理的に推
認することができる。
 b(a) もっとも,B4は,公判段階では,捜査段階とは異なり,同工事の受注に向けて積極
的な営業活動をしていなかった趣旨の供述をしている。
 (b) しかしながら,B4の上記公判証言は,上記a(a)でみた各種資料の記載と明らかに矛
盾しており,同(c)で指摘した各認定事実とも相いれない不自然なものである。しかも,B4
の公判証言は,同工事に関する前任者のB7からの引継ぎの内容,受注調整の内容を知
るに至った経緯,コンサルタント業者に技術協力を断られた理由等の点に不自然,不合理
な点が散見されるのである。したがって,この点に関するB4の公判証言を信用することは
できない。
 (c) なお,弁護人は,B4が,前記検察官調書(甲書35)において,C57ダム建設工事のJ
V比率から,C1が総受注額200億円の40%に当たる80億円は受注できるのではないか
と思っていたが,実際にそれだけ取れなかった場合に備えて,出件予定工事一覧表では
控え目に見込額を63億円とした旨供述しているのは不自然であり,信用性がない旨主張
するところ,後に検討するように,上記検察官調書のこの部分は,取調べ検察官が被告人
A1の供述に基づき誘導したものであることがうかがわれ,そのまま信用することはできない
ものである。
 しかし,B4は,公判段階において,この部分はさほど重要ではないと思っていたとも述べ
ているのであり,本件の罪体立証との関連性も希薄な部分であるから,この部分が信用で
きないからといって,上記のように全体的に不自然,不合理な点の多い公判証言と比べれ
ば,上記検察官調書のその余の部分の信用性は肯定できるというべきである。
 c(a) また,B4は,B1がC57ダム建設工事の本命業者を指示する天の声を出していたこ
とについて,捜査段階では供述せず,公判段階においてもこれを否定する趣旨の供述を
している。
 (b) しかしながら,B4は,その公判証言によっても,平成元年ころ,当時のB9土木部長
から,「C57ダムは,C1,C17,C38だと思ったら,C17,C1,C38なんだってね。」などと言
われたというのである。そして,B4は,前認定のように,茨城営業所の土木担当副所長とし
て,Z県の関係部署にあいさつ回りをしていたほか,同県内の土木工事に関して業者間の
受注調整を行うC33会の会員であったのであり,しかも,Z県における公共工事の指名業
者選定及び受注業者決定の実情や,前任者であるB7がB1に対して営業活動の一環とし
て資金提供をしていたことについても認識していたほか,後に詳しく検討するように,平成5
年5月に,被告人A2がB1に対して同工事の受注辞退を申し入れた際には,これに同行し
ているのである。
 (c) そうすると,B4は,遅くとも,B9土木部長から上記のように言われた時点において,
B1が同工事に関して天の声を出したことを認識したものと合理的に推認できるのであり,こ
れに反するB4の上記公判証言は,上記のような事情に沿わない不自然なものであって,
これを信用することは困難である。
 d(a) さらに,B5,B4及びB6は,公判段階においてそれぞれに,①県の関係部署への
あいさつ回りに際して,受注を希望している工事について工事名を挙げることはなく,あい
さつして名刺を置いてくるだけであるとか,②茨城営業所から関東支店に送る週報は,営
業の中で一番若い社員が新聞情報等を集めて送っているだけであるとか,③出件予定工
事一覧表は,受注目標工事の一覧表ではなく,あくまで出件予定工事の一覧表であるな
どと述べて,殊更にC57ダム建設工事等の県発注の大型工事に対する受注意欲を否定す
るような供述をしている。
 (b) しかし,上記①の点は,あいさつして名刺を置いてくるだけであれば,受注意欲をア
ピールしたり,情報収集することもできないことから,有効な営業活動になり得ないことは,
明らかというべきである。また,②の点も,前認定のように,週報は,関東支店で支店長も出
席して毎週開かれる会議で報告されるものであり,営業上の必要がない事項についてまで
記載して関東支店に情報提供することなど,考えられないことである。さらに,③の点も,B
6の捜査段階の供述(甲書30)によれば,出件予定工事一覧表は,月1回の土木・建築別
に開かれる営業所会議で情報を更新したり新件を追加するなどし,関東支店で土木・建築
別に開かれる県別営業会議で,これに基づき支店側に説明や報告をし,支店側から質問
を受けるというのである。そうすると,出件予定工事一覧表は,営業所において受注目標と
する工事を一覧表にしたものとみるほかはない。
 (c) したがって,B5,B4及びB6の前記各公判証言はいずれも,信用することが困難で
ある。
 イ 被告人両名の認識,受注意欲等
 (ア) まず,被告人A1のC57ダム建設工事についての認識,受注意欲等について検討
する。
 a 被告人A1は,前認定のとおり,C57ダム建設工事に関する業者間の受注調整に自ら
直接関与していた者であり,しかも,被告人A1(乙書14)及びB4(甲書35)の捜査段階の
各供述によれば,被告人A1は,本件面談を依頼される前の平成4年中に,B4に対して同
工事の進捗状況等について尋ねて,平成5年に出件すると聞いていたことが認められる。
さらに,被告人A1が,同工事の発注を翌年に控えた面談当日,年末の忙しい時期である
にもかかわらず,B1とわざわざ面談していることも考慮すると,本件当時においても,被告
人A1が同工事の受注に強い意欲を有していたことは明らかというべきである。
 b(a) また,C57ダム建設工事に関し,業者間で受注調整が成立していたとしても,発注
するのはあくまでZ県であり,受注調整の内容を実現するには,同県にその受注調整に沿
った指名業者の選定及び受注業者の決定をさせる必要がある。しかも,被告人A1は,前
認定のように,同県での指名業者選定及び受注業者決定の実情,とりわけ,B1が積極的
に介入して強い影響力を行使していたことを認識していたのである。さらに,被告人A1
が,公判段階でも,上記受注調整によって,C1が同工事の本体工事をC17とのJVで受注
できると考えていたことを認めているほか,前認定のように,上記受注調整の際に,B1が同
席していたことも併せ考慮すると,被告人A1としても,同工事に関して,B1が上記受注調
整に沿った天の声を出しているとの認識を有していたことを優に認定することができる。
 (b) そして,被告人A1は,その公判供述によっても,昭和59年から本件面談までに3
回,B1と面談しており,また,前認定のように,昭和58年から平成元年にかけて,B7がB1
に対し営業活動の一環として3回にわたり合計3000万円の資金提供をし,そのことを被告
人A1も認識していたところ,この面談ないし資金提供の時期は,同工事に関する各業者
の営業活動が活発になり,業者間の受注調整が行われ,B1の同工事に関する天の声が
出された前後であると認められる。したがって,このような度重なる面談や多額の資金提供
は,同工事を受注するための営業活動であったことを強くうかがわせるものであり,被告人
A1の受注意欲を裏付けるものといえるのである。
 (イ) 次に,被告人A2のC57ダム建設工事についての認識,受注意欲等について検討
する。
 a(a) まず,関係各証拠によれば,C57ダム建設工事は,被告人A2が引継ぎを受けた際
に作成された支店長業務引継書(弁物194)中の中長期主要出件見込工事一覧表に,「大
北川総合開発事業C57ダム」としてJV総額180億円,C1金額63億円という受注見込み金
額と共に記載されていること,前記支店期央経営総合会議における資料中の「支店別緊
急営業対策」と題する書面(物123中の「会議資料その2」)には,関東支店の緊急営業対
策として,主要目標工事の確実な受注が掲げられ,具体的には,ダム工事や県庁舎等の
県発注大規模工事の確実な受注を目指して,本社や関係部署に対しても,時宜を得たトッ
プ営業の実施を要望するとされていたことが認められる。
 このような各種資料の記載によっても,関東支店では,C57ダム建設工事が主要な受注
目標工事として積極的な営業の対象とされていたことがうかがわれる。
 (b) そして,前記3(1)及び(2)で認定したように,関東支店では,平成4年10月の時点
で,同年度通期における総受注高の大幅な落ち込みが見込まれていたほか,茨城営業所
では,Z県発注の大規模土木工事の受注が昭和63年4月以降はない状態が続いており,
これらの事情は,被告人A2も概括的には認識していたところ,茨城営業所を管轄する関
東支店の責任者である被告人A2としては,同支店の業績の落ち込みを食い止めるため
に,C57ダム建設工事の受注に強い意欲を有していたことは,当然のことであり,これを殊
更否定する趣旨の被告人A2の公判供述は,本件当時における同人の立場や関東支店
及び茨城営業所の置かれた状況に照らし,極めて不自然であって,到底信用できないも
のである。
 b(a) また,被告人A2は,公判段階において,関東支店長の引継ぎの際,C57ダム建設
工事については,業者間の受注調整により,C17がスポンサー,C1がサブのJVで受注で
きるということを聞いていた旨供述するところ,被告人A2が,Z県での指名業者選定及び
受注業者決定の実情,とりわけ,B1が積極的に介入して強い影響力を行使していたと認
識していたことは,前認定のとおりである。しかも,被告人A2は,その公判供述によると,会
社の規模や技術力においてC1より格下のC17がスポンサーであることに不満を持ってい
たというのであるから,そのような不満の残る受注調整になった理由についても,関東支店
長として,支店幹部や茨城営業所の担当者らに対し,具体的な説明を求めないことなど,
想定し難いところである。加えて,後に詳しく検討するように,被告人A2は,平成5年5月
に,B1に対して直接に,同工事の受注辞退を申し入れているのである。したがって,被告
人A2も,同工事に関して,支店幹部や茨城営業所の担当者らから説明を受けるなどして,
B1が上記受注調整に沿った天の声を出しているとの認識を有していたことを優に認定す
ることができる。
 (b) もっとも,被告人A2は,公判段階において,同工事に関し,B1が天の声を出したと
の認識はなかった旨供述するが,上記のような事情,とりわけ,被告人A2が自らB1に対し
て同工事の受注辞退を申し入れているという事実に沿わない不自然なものであるから,到
底信用することができない。
 c さらに,関係証拠によれば,被告人A2は,面談当日に開催された総合幹部会におい
て,「営業等で,本社の支援を仰ぐことは重要であり,副社長以上をどんどん引っ張り出し
て,関係得意先を回ってもらい,その辺から戦線を拡大していきたい。特に,全国的な広が
りを持つ公共工事については,各支店が必死になって役員に頼んでおり,頻度の多いとこ
ろに顔を向けるのが人情なので,前々から予定を組んで熱意で役員の足を向けさせてほし
い。」と発言したことが認められるのであるから(物23),被告人A2が,C57ダム建設工事の
確実な受注のためには,本社役員等によるトップ営業の必要があるとの認識を持っていた
ことも,明らかというべきである。
 5 県庁舎及び県立医療大学各新築工事の進捗状況等並びにこれらの点に関する  C
1関係者の認識ないし受注意欲等
 (1) 県庁舎及び県立医療大学各新築工事の進捗状況等
 関係各証拠によると,県庁舎及び県立医療大学各新築工事の進捗状況等として,次の
ような事実が認められる。すなわち,
 ア(ア) Z県では,昭和60年ころから,B1の指導の下に,水戸市三の丸所在の県庁舎の
建て替えが計画され,同一敷地内に建て替える案と移転案の両案並立のまま検討が重ね
られていたが,平成2年10月,林野庁に対し,同市C58町所在のC50(平成3年10月に「C
51」に名称変更)用地の払下げを打診したところ,平成3年12月,同庁から積極的回答を
得た。そこで,同月,上記用地の払下げに関する知事名の要望書を正式に提出し,その
後,平成4年8月に国有林野管理審議会が上記用地の売払い承認の答申,同年11月13
日に県が上記用地の国有財産買受けの申請,同月25日までに国側が上記用地売払いの
承認,そして,本件面談の4日前である同年12月18日に,県議会が県庁の位置を決める
条例案を可決して,上記用地への県庁舎の移転が正式に決定されるなど,本件面談当時
には,県庁舎新築工事計画は,移転先の土地問題が解決して,具体的に進展し始めてい
た。
 (イ) 本件当時,県庁舎新築工事は,概算工事費として約700億円が見込まれ,平成7
年度の工事発注が予測されていた。そのため,大手ゼネコン各社は,Z県随一の規模とな
る同工事の受注を目指し,上記のような県庁舎新築計画の進捗状況に合わせて,本社役
員らがB1の下に直接陳情に訪れるなど,受注に向けた活発な営業活動を展開していた。
 イ(ア) また,同県では,平成3年1月ころから,理学療法士等の養成施設の設立が検討
されていたが,同年度中には,同県稲敷郡C59町に医療従事者の養成等を目的とする4
年制の県立大学を建設する基本構想案が策定され,平成4年4月には,衛生部に県立医
療大学設置準備局が設置されるなど,同大学新築計画が急速に具体化した。そして,同
年6月30日に,同大学設置に関する基本計画が完成した後は,建築関係事務を担当する
土木部営繕課において,同年7月6日,設計業者に基本設計を発注し,同年11月30日,
上記基本設計を完成させ,同年12月14日には平成5年3月15日を履行期とする実施設
計を発注するなど,本件面談当時,同大学新築工事計画は順調に進められていた。
 (イ) 本件当時,同大学新築工事は,本体工事費だけで163億円余が見込まれ,平成5
年度上期中の発注が予定されており,その受注を目指す大手ゼネコン各社は,上記のよう
な同大学新築計画の進捗状況に合わせ,県庁担当部署等への営業を活発に行ってい
た。
 (2) C1関係者の認識ないし受注意欲等
 ア C1のZ県担当者の認識ないし受注意欲等
 (ア) 県庁舎新築工事について
 ⅰα 前認定のように,県庁舎新築工事は,概算工事費が約700億円も見込まれる大規
模工事であり,Z県のシンボルでもあるところ,関係各証拠によれば,茨城営業所では,平
成4年8月28日付け,同年11月13日付け,同月20日付けの各週報(物112)において,同
工事に関する進捗状況等を関東支店に対して報告しているほか,「92年度下半期経営方
針実施上の問題点・要望事項」と題する書面(甲書31添付資料③)においても,県・市・町・
村受注対策として,同工事を主要受注目標工事に掲げていることが認められる。
 β また,同営業所における建築工事営業の責任者であったB6は,同工事の受注につ
いて,現在地での建て替えであれば旧庁舎を施工した業者が有利になるが,移転になれ
ば必ずしも有利にはならないと述べているところ,本件当時までに,移転案の採用が決定
されていたのであるから,同工事は,C1にとり,大きなビジネスチャンスが期待できる状況
にあったということができる。
 γ そのような中,B6も,同営業所の営業担当者が県庁舎建設準備局等に名刺置き等
のあいさつ回りをしていたことは認めているほか,Z県の代表的工事である同工事を受注
することにより宣伝効果のあることは認めているのである。
 δ そうすると,茨城営業所においては,県庁舎新築工事の受注を強く意欲しており,B
6を中心として,同工事の受注に向けて積極的な営業活動をしていたことを優に推認する
ことができる。
 ⅱα これに対し,B6は,公判証言において,自らは,県庁舎新築工事に関して関係部
署に対する名刺置き等をしていなかったし,営業活動をするのは時期尚早だと思っていた
として,茨城営業所では積極的な営業活動をしていなかったかのような供述をしている。
 β しかしながら,上記ⅰで認定した各種事情に加え,B1を中心とするZ県関係者らが
認めるように,大手ゼネコン各社は,同工事の受注を目指して,本社役員らがB1の下に直
接陳情に訪れるなど,受注に向けた活発な営業活動を展開していた状況に照らせば,同
工事に対する受注意欲及び活発な営業活動を殊更否定する趣旨のB6の公判証言は,極
めて不自然なものというほかなく,到底信用することができない。
 (イ) 県立医療大学新築工事について
 ⅰ 前認定のように,県立医療大学新築工事も,本体工事費だけで163億円余が見込ま
れる大規模工事であるところ,関係各証拠によれば,茨城営業所では,平成4年5月ころま
でに同工事の情報を入手し(甲書30添付資料⑤),同年11月下旬には,同工事の発注時
期等を関東支店に報告する週報を送付していた(物112)ことが認められる。しかも,B6は,
同営業所の営業担当者が県立医療大学設置準備局や県土木部営繕課等の関係部署に
あいさつ回りをしており,同人も,同工事の基本設計を受注した設計会社にあいさつに行
ったことは認めているのである。
 ⅱ また,関係各証拠によれば,本件面談後のこととはいえ,同工事について,平成5年
3月30日現在の出件予定工事一覧表に記載されており(物20),「1993年度営業所(出張
所)経営方針」と題する書面(甲書30添付資料④)では,「目標大型プロジェクトに対する受
注戦略の強化」として掲げられ,「受注量確保のため,本支店の支援の下に確実に入手を
図る」とされているほか,同年6月25日付け週報(甲書30添付資料⑤)では,「県立医療大
学は,当営業所がかねてより営業を進めてきた物件であり,書類提出に当たり,遺漏のな
いよう注意する所存であります。」と記載されていることが認められる。
 ⅲ さらに,同工事は,工区を6つに分けて発注されることになっていたところ,B6の公判
証言によれば,発注金額の最も大きな第4工区の受注は,茨城営業所だけでなく,C6も目
指していたというのである。
 ⅳ そうすると,茨城営業所においては,県庁舎新築工事と同様に,県立医療大学新築
工事の受注をも強く意欲しており,B6を中心として,同工事の受注に向けて積極的な営業
活動をしていたことを優に推認できるのであり,これに反する趣旨のB6の公判証言は,県
庁舎新築工事に関してと同様に極めて不自然なものであるから,到底信用することはでき
ない。
 イ 被告人両名の認識ないし受注意欲等
 (ア) 被告人A2の認識ないし受注意欲等
 次に,被告人A2の県庁舎及び県立医療大学各新築工事についての認識ないし受注意
欲等について検討する。
 a(a) まず,関係証拠により,「1993年度関東支店期首経営総合会議資料」(物19)にお
いて,県庁舎新築工事が「支店・営業所が一体となり本社の協力を得て計画的な受注を図
る」工事として挙げられ,県立医療大学新築工事が「目標工事の確実な入手」との欄に掲
げられていることが認められるほか,B6も,平成4年8月ころの関東支店で開かれた県別営
業会議において,関東支店の建築営業統括部長のB91から,県庁舎新築工事についてど
のようなスタンスを取っているのか聞かれるとともに,同工事に関する新聞記事の切り抜き
をもらったと供述している(甲書30)。さらに,関係各証拠によれば,両工事共に,その進捗
状況等が週報により茨城営業所から関東支店に報告されていたところ,この週報は,毎週
月曜日に支店の部長以上が出席し,被告人A2も出席する朝会(幹部会)で報告された
後,回覧されて,その情報が支店幹部にも共有されていたことが認められる。しかも,前認
定のような同営業所における営業活動の状況等からすれば,関東支店においても,両工
事を受注目標工事とし,その受注に向けて積極的な営業を行う必要のある工事と認識して
いたことが優に認められる。
 (b) この点,被告人A2は,公判供述においても,関東支店の営業担当者が民間工事の
関係でZ県に出向いた際には,県庁にも,県庁舎新築工事や県立医療大学新築工事を含
めた趣旨で,名刺置きのあいさつ回りをしていたことを認めており,これも,上記認定を裏
付けるものといえる。
 (c) このように,茨城営業所はもとより,関東支店においても,県庁舎及び県立医療大学
各新築工事について,積極的な営業活動を行う必要性を認識し,現に営業活動を行って
いたほか,前認定のように,同営業所では,両工事の受注を強く意欲しており,同営業所
における建築工事の営業責任者であったB6を中心として,両工事の各受注に向けた積極
的な営業活動をしていたのである。そのうえ,前記3認定のようなC1の本件当時の経営環
境,経営方針ないしZ県からの受注状況等,これらの点に関する被告人A2の認識,更に
は,被告人A2の関東支店長という立場からすれば,被告人A2においても,両工事が関
東支店の受注目標工事であり,その受注に向けて積極的な営業を行う必要がある工事で
あると認識し,強い受注意欲を有していたことは,合理的に推認できるというべきである。
 (d) そして,被告人A2は,前記4(2)イ(イ)cで認定したように,C57ダム建設工事等の公
共工事の確実な受注のためには,本社役員等によるトップ営業の必要があるとの認識を有
していたのであり,県庁舎及び県立医療大学各新築工事についても同様の認識であった
ことも明らかである。
 b(a) これに対し,被告人A2は,公判段階においては,上記認定に反して,①県庁舎新
築工事は,群馬,栃木両県の県庁舎新築工事に力を注いでいたので,それほど重きを置
いていなかった,県立医療大学新築工事は,小さな工事という認識であり,営業所が主体
的に営業していたのではないか,②自分は土木畑出身であり,建築工事について余り関
心がなかったなどと,あたかも両工事に対する関東支店や被告人A2自身の受注意欲はそ
れほど強くなかったかのような供述をしている。
 (b) しかしながら,こうした被告人A2の公判供述は,上記aで指摘したようなC1,特に関
東支店や茨城営業所を取り巻く状況,県庁舎及び県立医療大学各新築工事受注の重要
性,同支店や同営業所による積極的な営業活動,同人の関東支店長という立場,その認
識内容に加えて,前認定のように,同人がC57ダム建設工事の受注に強い意欲を有してい
たことにも照らすと,著しく不自然・不合理というべきであり,到底信用することができない。
 (c)ⅰ なお,B6は,公判段階において,県庁舎新築工事に関して,何かの営業の打ち
合わせをした際に,被告人A2が,「これらを3つ取るのは大変だよ。茨城が一番不利だ。」
という話をしたとし,被告人A2も,これを受けて,B6に対し,Z県庁舎新築工事については
営業活動を余りしないように指示していたかのような供述をしている。
 ⅱ しかしながら,被告人A2及びB6が供述するように,群馬,栃木両県の各県庁舎新
築工事についてのC1の受注が見込まれるような状況にあったとする根拠は,全く明らかに
されていない。しかも,前認定のような本件当時のバブル崩壊後の厳しい経済情勢等に照
らすと,これらの工事に関する同業他社による営業活動も,非常に活発化していたことがう
かがわれるのであり,そのような状況下において,県が発注するこれら大型工事についてC
1が確実に受注できるなどといえないことはいうまでもない。そして,関東支店及び茨城営
業所は,本件当時,前記3認定のように厳しい状況にあり,関係各証拠によれば,とりわけ
建築部門の受注高の落ち込みは著しいものがあったと認められる(甲書30添付資料②,
⑥,乙書21添付資料①,物19)。加えて,前記ア(ア)認定のように,Z県庁舎新築工事につ
いては,茨城営業所が,その受注を強く意欲し,B6を中心に積極的に営業活動をしてお
り,関東支店でも,これを受注目標工事としていたことも勘案すれば,同営業所の建築工
事の営業責任者であるB6,更には,同営業所を管轄する同支店の長である被告人A2に
おいて,同工事の受注を意欲しないようなことはあり得るはずがなく,これに反する趣旨の
被告人A2及びB6の各公判供述はいずれも到底信用することができない。
 (イ) 被告人A1の認識ないし受注意欲等
 次いで,被告人A1の県庁舎及び県立医療大学各新築工事についての認識ないし受注
意欲等について検討する。
 a(a) この点,被告人A1は,捜査段階では,自分は土木担当の副社長であったから,土
木工事に目が向いてしまうことは否定できず,Z県が発注する建築工事については個々具
体的には把握していなかった(乙書15)とか,各種会議において配布される資料を見たり,
担当者の報告は聞いていたが,特に大きな工事,技術的に問題のある工事,自ら営業し
た工事など特別な理由がない限り,個々の目標工事については頭に残らなかったのが実
情であった(乙書14)などと供述する一方,B1が知事になってから,つくば科学万博等種
々のプロジェクトを手がけていることは知っており,本件面談当時も,同県が大型の工事を
含む種々の工事の発注を予定していることは分かっていた(乙書14),普段から建築工事
のことを全く考えていないというわけではなく,建築工事の受注についてサポートなりフォロ
ーをしたいという気持ちは持っていた(乙書15)などとも供述しているのである。
 (b) そして,被告人A1は,前に認定したとおり,C1では長らく土木部門の職務に従事し
てきた者であり,関係証拠からは,本件当時も,土木部門の最高責任者の地位にあったこ
とが認められるものの,後にみるような被告人A1の同社における地位や役割等に照らす
と,その職務範囲は,決して土木部門に限られることなく,全社的見地から,営業現場を指
導し支援すべき立場にあったことは明らかである。したがって,被告人A1の上記供述は,
上記のような被告人A1の社内的立場に沿うものといえるであり,高い信用性を認めること
ができる。
 (c) そして,被告人A1の上記供述にあるような認識ないし意識に,その社内における立
場も考え併せると,被告人A1は,B1との本件面談に際し,その述べるように,県庁舎新築
工事や県立医療大学新築工事についての具体的・個別的な認識に乏しかったとしても,
建築工事も含むZ県発注の公共工事一般について受注の意欲を有したことは合理的に推
認できるのである。
 b(a) これに対し,被告人A1のほか,被告人A2,B4等のC1関係者らはいずれも,公判
段階において,土木担当の副社長である被告人A1が建築工事の営業をすることはないこ
とを強調し,弁護人も,同社では土木職,建築職及び事務職が明確に区分されているなど
として,同旨の主張をするので,以下,被告人A1の職務権限ないし社内における地位に
ついて検討する。
 (b)ⅰ この点,被告人A1が,本件当時,C1において,代表取締役副社長の地位にあ
り,広く公共工事の業者間の受注調整に関与するとともに,公共工事の発注に強い影響
力を有するB35元議員等の政治家らに対する政治資金規正法によらない裏献金を担当し
ていたことは,前認定のとおりである。
 ⅱ また,関係各証拠によると,被告人A1は,平成5年6月当時,10名いたC1代表取締
役副社長の中では最もその経歴が古く(物127),同社総務部長作成名義の「役員の序列
について(お知らせ)」と題する書面(物117)によれば,対外役員序列は代表取締役会長,
代表取締役副会長,代表取締役社長に次ぐ4番目,対内役員序列は名誉会長,会長,副
会長,社長に次ぐ5番目の序列とされ,対内的には,C1家出身の副会長を除き,同社生
え抜きの役員のトップの地位にあった者であり(物127),上記書面は,本社ばかりでなく,
全国各支店にも配布されて,全社的に周知されていた(甲書110,物117)ことが認められ
る。
 ⅲ そして,以上のようなC1での地位や経歴,役割等に照らすと,被告人A1は,その行
うべき営業活動も,土木工事に限られるはずがなく,全社的な見地から必要があれば,当
然に建築工事の営業も含むものであったと考えられるのであり,そのことは,建築担当の役
員やその余の役員らも期待していたものと容易に推認できるというべきである。
 (c)ⅰ また,被告人A1は,公判段階において,トップ営業について説明する中で,地方
自治体の首長に対して営業に行く場合にも,「御無沙汰しています。よろしく。」などと言う
だけであり,建築工事についてお願いしますという趣旨はない旨供述する。
 ⅱ しかし,被告人A1は,同時に,地方自治体の首長に対する営業の際に具体的工事
名さえ挙げないのは,どの工事をC1として希望しているかは,営業所等出先機関が既に
伝達しているからであるとも供述しているところ,その出先機関が建築工事の営業活動をし
ていることも当然想定されるのであり,土木工事の具体的工事名を挙げなければ,建築工
事に対する営業の趣旨も含むことは明らかである。したがって,被告人A1の上記供述は,
それ自体,不自然・不合理であって,到底信用することができない。
 (d) その他,被告人A1は,建築工事関係の得意先はない旨強調する際に,C1では,
官公庁や民間企業について営業担当者を決めていないとも供述するが,同社営業第2本
部作成名義の平成4年12月付け営業担当者名簿(物118)が現に存在しているのであり,
その中で多数の営業先を指定されている被告人A1がその存在を知らないということは考
えられないから,被告人A1の上記供述も客観証拠に明らかに反するものというほかない。
 (e) 以上のとおり,被告人A1の自らの営業活動に関する公判供述は,不自然・不合理
な点を多く含むものであり,全般的に信用することが困難であるから,これを前提とする弁
護人の前記主張も採用できない。
 6 本件面談の目的
 (1)ア 被告人A1(乙書13~15),被告人A2(乙書21,22)及びB4(甲書35)はいずれも,
その各検察官調書では,本件面談について,B1に対する単なる表敬訪問や平成4年7月
に関東支店長に就任した被告人A2をB1へ紹介する目的だったのではなく,B1をして,
県発注工事の受注業者選定に対する影響力を行使して,C1がC57ダム建設工事等(被
告人A2においては更に県庁舎及び県立医療大学各新築工事を含む。)を受注できるよう
取り計らってもらうことを目的としていた旨供述している。
 イ(ア) そして,被告人A1らの捜査段階における上記各供述はいずれも,前記1認定の
ようなZ県における公共工事の指名業者選定及び受注業者決定の実情等,同3認定のよう
なC1の本件当時の経営環境,経営方針ないしZ県からの受注状況等,同4認定のようなC
57ダム建設工事の進捗状況等,同5認定のような県庁舎及び県立医療大学各新築工事の
進捗状況等,並びに以上の点に関するC1関係者の認識ないし受注意欲等によく合致す
るものである。とりわけ,本件面談は,C57ダム建設工事発注を翌年に控え,県庁舎及び県
立医療大学各新築工事計画がそれぞれに具体的に進展し始めて,大手ゼネコン各社が
活発な営業活動を行っていた時期に当たることを指摘することができる。
 (イ) また,被告人A1は,関係証拠から明らかなとおり,平成4年10月開催の前記支店
期央経営総合会議において,被告人A2を含む関東支店の幹部らに対し,「皆さんを全面
的にバックアップしていく必要があるのでどんどん使ってもらい」たいと述べるなど,本社の
役員以上によるトップ営業についての意欲をみせており(乙書21添付資料②),公判供述
においても,可能な限り現場からのトップ営業の要請に応じていたことを認めていることも,
被告人A1らの前記各供述の信用性を裏付けるものである。
 (ウ) さらに,本件面談は,C1副社長の被告人A1においてもZ県知事であったB1にお
いても多忙を極める12月22日という年末の時期に,茨城営業所副所長のB4がわざわざ
面会の予約を取り付け,関東支店長である被告人A2をも同道して,予算陳情等のために
東京出張中のB1に面会していることも考慮すると,被告人両名及びB4の捜査段階におけ
る前記各供述には,いずれも高い信用性を認めることができる。
 (2) これに対して,被告人両名はいずれも,公判段階では,本件面談は,被告人A1がし
ばらくB1に会っていなかったことから,その表敬訪問を目的としたものであり,また,被告人
A2が関東支店長就任後にB1にあいさつをしていなかったことから,被告人A1が被告人
A2をB1に紹介する目的もあったなどと,B1にC57ダム建設工事等の受注についてC1に
有利に取り計らってもらう趣旨はなかった旨供述しているので,以下,この点に関する被告
人両名の各公判供述の信用性について検討する。
 ア(ア) まず,B4は,公判段階においても,本件面談を依頼したのは,被告人A1がB1に
はしばらく会っておらず,C57ダム建設工事が近くなってきたためである,C57ダム建設工
事は確実に取れるものと思っていたが,だからと言ってしばらく会っていないのは失礼に当
たると思った,被告人A1に本件面談を依頼する際,「C57ダムも近いですよ。」と言うほか
に,「できたらお願いしてください。」とも言った旨供述し,非常に控え目な表現ではあるも
のの,C57ダム建設工事についてお願いする趣旨を含むことを認めているのであり,被告
人両名の上記各公判供述は,B4のこの公判証言とも食い違うものである。
 (イ)a もっとも,B4は,被告人A1に「C57ダムも近いですよ。」,「できたらお願いしてくだ
さい。」と言った趣旨について,被告人A1がB1と面談した際,C57ダム建設工事の出件が
近いという話が出て,これを被告人A1が知らなければ気まずい思いをすると思ったからで
あると供述している。
 b(a) しかし,前認定のように,本件面談を依頼する前の平成4年中に,B4が被告人A1
からC57ダム建設工事の進捗状況等を尋ねられ,平成5年には出件する旨回答していたこ
とからすると,その依頼を受けた当時には,被告人A1が同工事の出件時期を認識してい
ただけでなく,自ら受注調整に関与した同工事の受注に関心を持っていたことが明らかで
あり,そのことは,被告人A1との上記やり取りから,B4も当然に認識していたものとうかが
われる。したがって,被告人A1がその出件時期も知らなかったことを前提とするB4の上記
供述は,この点において,他の証拠関係に沿わないものというべきである。
 (b) また,その内容も,C57ダム建設工事の受注が確実であるとの認識を有していなが
ら,被告人A1に同工事の出件が近いことを知らせるという目的で,「できたらお願いしてく
ださい。」と言ったとしたり,B1に対する礼を失したとしても,取れる工事が取れなくなると心
配したことはない,本件面談以外に,B1に対する暮れのあいさつはしていなかったとしな
がら,同工事の出件が翌年に迫っているというこの時期に,被告人A1及びB1双方共に多
忙を極める年末に,あえて被告人A1に本件面談を依頼するなど,不自然・不合理というほ
かない。
 (c) したがって,この点に関するB4の上記公判証言は,信用することができない。
 イ また,被告人A1は,公判供述においても,トップ営業を積極的に活用するよう部下に
言っており,可能な限り現場からのトップ営業の要請に応じていたこと,B4からは,「平成5
年にC57ダム建設工事の出件がされるから,この辺で1回あいさつしてください。」と言われ
て本件面談が設定されたことは認めているのである。そうすると,被告人A1においても本
件面談がトップ営業として依頼されたものであると当然に認識していたはずであるから,本
件面談は儀礼的なあいさつにすぎなかったとする被告人A1の公判供述は,自らの公判供
述との関係でも極めて不自然というほかない。
 ウ さらに,関係各証拠によれば,被告人A2は,関東支店長就任後の平成4年7月にZ
県庁にあいさつ回りを行い,B1と会えなかったとはいえ,名刺置きのあいさつをしていると
いうのに,面談当日午後に予定されていた総合幹部会を途中退席してまで被告人A1に
同行したこと,その総合幹部会では,被告人A2が,公共工事に関してトップ営業の重要性
を訴えていること(物23)が認められるほか,前認定のように,被告人A2においても,被告
人A1が,C57ダム建設工事の受注調整に関与するなどして,同工事の受注に関心を持っ
ていることを認識しており,被告人A2自身においても,同工事の受注を確実にしたいと考
えていたのである。そうすると,本件面談は儀礼的なあいさつにすぎなかったとする被告人
A2の公判供述は,同人の認識内容や言動等に沿わない極めて不自然なものというべきで
ある。
 エ 以上のとおり,本件面談の目的に関する被告人両名の各公判供述はいずれも,信用
することが困難である。
 (3)ア ところで,被告人A1は,捜査段階においても,本件面談の目的に関し,県庁舎及
び県立医療大学各新築工事についての認識がないか極めて乏しかったように供述してい
る。
 イ しかしながら,被告人A1は,捜査段階では,C57ダム建設工事のみを念頭に置いて
いたわけではない旨供述している。しかも,前認定のような被告人A1の全社的見地から広
範な営業活動が期待されていたという立場等にもかんがみれば,被告人A1が,県庁舎及
び県立医療大学各新築工事を具体的に想定していたか否かは別として,両工事等の建築
工事も含めたZ県発注の大型工事一般についても,その依頼の対象としていたものと容易
に推認できるところである。
 (4) 以上みてきたとおり,高い信用性の認められる被告人両名及びB4の前記各検察官
調書に,上記(3)で検討したところを総合すれば,本件面談の目的は,被告人両名及びB4
において,B1に対し,C57ダム建設工事のみならず,県庁舎及び県立医療大学各新築工
事等の建築工事をも含むZ県発注の大型工事について,C1を指名業者として選定しても
らうとともに,B1をして,県発注工事の受注業者選定に対する影響力を行使して,これらの
大型工事を受注できるよう取り計らってもらうことにあったと優に認定できるのである。
第5 本件贈賄について
 1 問題の所在
 弁護人は,本件面談の事実は認めながらも,その際,被告人A1がB1に対して現金を手
渡した事実はなく,したがって,被告人両名を含むC1関係者が本件贈賄を謀議し準備し
実行した事実もなく,これらの事実の存在を認める趣旨の事件関係者の捜査段階における
各供述はすべて信用できない旨主張し,被告人両名,B3及びB1は,公判段階におい
て,いずれも弁護人の上記主張に沿う供述をしている。そして,本件では,事件関係者の
捜査段階の上記各供述を除いては,本件贈賄事実を直接に裏付ける客観的証拠が存在
しないのである。
 2 事件関係者の捜査段階の各供述の信用性を裏付けるべき客観的状況
 そこで,以下において,本件贈賄を謀議し準備し実行したことないしその賄賂を収受した
ことを認める趣旨の被告人両名,B3及びB1の捜査段階における各供述の信用性につい
て検討するに,まず,これらの各供述の信用性を裏付けるべき客観的状況として,以下の
事情が存在する。
 (1) 本件の背景事情等
 ア 前記第4の1ないし5で認定したとおり,本件の背景事情等として,次の事実が認めら
れる。すなわち,
 (ア)a Z県では,県知事であるB1が,本件よりかなり以前から,県の発注工事の指名業
者選定の過程で,土木部の部課長らに対し,自らが陳情を受けるなどした特定の業者に
受注させるよう示唆する「天の声」を出すことが数多くあり,これを受けた土木部の部課長ら
は,上記指示に従って,上記特定の業者を指名業者として選定するとともに,他の業者の
担当者らに対しB1の意向を示唆していたが,このようなB1の意向は,県の建設業界の業
者間の受注調整にも絶大な影響力を有しており,上記のように県担当者らから示唆される
と,これを察知した指名業者らは,自らB1の意向に沿った受注調整を行い,その結果とし
て,上記特定の業者がほぼ確実に当該工事を落札,受注していた。このように,本件当
時,Z県では県発注の公共工事の受注業者決定について,B1の意向が絶大な影響力を
有していたことから,大手ゼネコン等の建設業者は,受注を狙う特定工事について,指名
業者選定の担当部署である土木部の部課長ら関係職員の下に営業に訪れるだけでなく,
B1の「天の声」を得ようとして,しばしばB1に直接面会するなどして,B1に対し,当該工事
の受注の陳情をしていた。
 b 上記のようなB1のZ県における指名業者選定に対する介入及び受注業者決定への
影響等について,本件当時,茨城営業所のB5,B4及びB6(以下「B5ら」という。)はもとよ
り,被告人両名も共に,B1が県発注の公共工事の受注業者の決定について極めて大きな
影響力を持っていることを認識していた。
 (イ) しかも,本件当時,ゼネコン等の建設業者が,上記のようなZ県発注工事の受注陳
情に絡み,B1から天の声を得るために,しばしばB1に対し多額の資金提供をしており,本
件当時,B5らはもとより,被告人両名においても,詳細はともかくとして,上記のような状況
を認識していた。
 (ウ) 他方,C1は,バブル経済崩壊の影響を受けて業績が落ち込み,公共工事受注の
必要性が高まって,平成4年度には,公共工事の受注拡大ないし確保が経営方針の1つと
して掲げられることになり,また,関東支店では,これに先駆けて平成3年度の時点で業績
が悪化し,平成4年度の重点施策の1つとして公共工事の受注拡大を掲げていたところ,
被告人両名及びB5らは,それぞれの立場に応じて上記のようなC1の本件当時の経営環
境,経営方針等を十分認識していた。
 (エ)a また,C1は,Z県発注工事について,建築工事に関しては,平成4年5月に県立
植物園温室新築工事を受注する前の約8年間は受注がなく,土木工事に関しても,昭和6
3年4月以降,工事金額3000万円以上5億円以下の下水道工事や橋梁工事を10件受注
している程度であった。
 b B5らは,そのようなZ県発注工事の受注状況を前提にして,更に県発注工事の受注
を確保する必要があると認識しており,被告人A2も,同様の認識を有していた。また,被告
人A1は,茨城営業所が県発注工事をそれなりに受注しており,更にその受注を確保,拡
大する必要性が高いと認識していた。
 (オ)a Z県では,昭和58年度からC57ダム建設事業に着手し,用地買収の遅延のため
工事発注が遅れていたが,平成4年8月にその全体計画書に対する建設大臣の認可が下
り,同年10月にダム本体工事の設計が発注された。本件当時,C57ダム建設工事は,全
体事業費約380億円,うち本体工事費約200億円,原石山工事費約50億円ないし60億
円が見込まれ,本体工事の発注は平成5年秋ころと予定されていた。
 b C57ダム建設工事については,昭和60年前後から,C15,C1,C17が営業活動を行
っていたが,昭和61年ころ,被告人A1とC17のB38との間で,C17をスポンサー,C1をサ
ブとするJVにより受注するとの業者間の受注調整が成立する一方,B1は,B35元議員よ
り,同工事をC17とC1に受注させてほしい旨の依頼があったため,C15のB29を説得して,
同工事の本体工事をC17とC1のJVが,原石山工事をC15が受注するとの調整を行った。
その後,B1は,歴代の土木部長に対し,上記調整のとおりの業者を指名するように指示
し,歴代の土木部長も,転任の際にその都度,この点に関する引継ぎを行っていた。
 c(a) C1茨城営業所では,C57ダム建設工事を受注目標工事として,強い受注意欲に
基づき,積極的に営業活動に取り組んでいたほか,同工事の営業責任者であったB4は,
上記受注調整及びB1の同工事に関する天の声について,遅くとも平成元年ころまでには
認識していた。
 (b) また,被告人A1は,上記のとおり同工事の受注調整に直接関与し,B1が天の声を
出す前後ころには繰り返しB1と面会し,平成4年中にはB4に同工事の進捗状況等を尋ね
るなど,同工事の受注に意欲を示すとともに,B1の上記受注調整に沿った天の声を出して
いるとの認識も有していた。
 (c) 被告人A2においても,関東支店長就任後,関東支店幹部や茨城営業所の担当者
らから説明を受けるなどして,同工事に関する業者間の受注調整の具体的状況やB1がそ
の受注調整に沿った天の声を出しているとの認識を有するとともに,同工事の受注に強い
意欲を持っていた。
 (d) そして,被告人両名及びB4はいずれも,上記のような認識ないし意欲を前提に,同
工事を確実に受注するためには,トップ営業を含めた積極的な営業活動が必要であるとの
認識を有していた。
 (カ)a Z県では,B1の指導の下に,県庁舎の建て替えが計画され,平成4年11月に移
転先の土地問題が解決して,本件面談当時,県庁舎新築計画が具体的に進展し始めて
いたが,同工事は,概算工事費として約700億円が見込まれ,平成7年度の工事発注が
予測されたため,大手ゼネコン各社は,Z県随一の規模となる同工事の受注を目指し,計
画の進捗状況に合わせて,県庁担当部署へ営業に訪れるほか,本社役員らがB1の下に
直接陳情に訪れるなど,受注に向けた活発な営業活動を展開していた。
 b また,同県では,平成3年から平成4年にかけて,県立医療大学新築計画が急速に具
体化し,本件面談当時も,上記計画は順調に進められていたが,同工事は,本体工事費と
して163億円余が見込まれ,平成5年度上期中の発注が予定されており,その受注を目指
す大手ゼネコン各社は,上記計画の進捗状況に合わせ,県庁担当部署等への営業を活
発に行っていた。
 c(a) C1茨城営業所では,県庁舎及び県立医療大学各新築工事をいずれも受注目標
工事として,強い受注意欲に基づき,積極的に営業活動に取り組んでいたほか,週報や
県別営業会議等において,B6等の営業担当者らが,両工事の進捗状況及びこれに対す
る営業活動について関東支店幹部へ報告するなどしていた。
 (b) また,被告人A2は,関東支店長として,両工事が関東支店の受注目標工事であり,
その受注に向けて積極的な営業を行う必要がある工事であると認識し,強い受注意欲を有
しており,その受注のためには,両工事についてもトップ営業を含む積極的な営業活動が
必要であるとの認識を有していた。
 (c) 他方,被告人A1は,本件面談当時,県庁舎及び県立医療大学各新築工事につい
ての具体的・個別的な認識に乏しかったとしても,建築工事を含むZ県発注の公共工事一
般について受注の意欲を有していた。
 イ(ア) そして,本件面談は,以上認定のような,B1のZ県における指名業者選定に対す
る介入及び受注業者決定への影響等,B1に対するゼネコン等からの資金提供の実情
等,C1の本件当時の経営環境,経営方針ないし同県からの受注状況等,C57ダム建設工
事計画並びに県庁舎及び県立医療大学各新築工事計画の進捗状況等といった背景事
情の下に,以上認定のような,上記諸事情に関する認識やC57ダム建設工事等の同県発
注工事に対して受注意欲等を有する同社茨城営業所副所長のB4が提案し,準備して実
現したものである。
 (イ)a しかも,被告人A1は,本件当時,C1の代表取締役副社長として,経営の一翼を
担う者であり,上記背景事情等について,前認定のような認識ないしC57ダム建設工事の
受注調整を行うなどの受注意欲等を有していたところ,B1とは,同工事について各業者の
営業活動が活発になり,業者間の受注調整が行われ,B1の同工事に関する天の声が出
された前後の昭和59年から昭和63年にかけて,3回面談した以外は,本件面談時まで面
談したことがなく,特段の個人的な親交もなかったにもかかわらず,茨城営業所副所長のB
4の依頼に応じて,12月22日という年末で多忙を極める時期に,被告人A2及びB4を同
行してB1と面談したのである。
 b さらに,前記第4の6認定のとおり,本件面談の目的は,被告人両名及びB4におい
て,B1に対し,C57ダム建設工事のみならず,県庁舎及び県立医療大学各新築工事等の
建築工事をも含むZ県発注の大型工事について,C1を指名業者として選定してもらうとと
もに,B1をして,県発注工事の受注業者選定に対する影響力を行使して,これらの大型
工事を受注できるよう取り計らってもらうことにあったのである。
 ウ(ア) 以上認定のような事実関係,とりわけ,厳しい経営環境及び受注実績の下で,C1
においても,公共工事受注の必要性が高まる中,C57ダム建設工事の出件を翌年に控え
た年末という時期に,上記のような目的の面談があえて行われたことからすれば,被告人A
1らが,本件面談に際して,B1に期待するところの県発注工事の受注業者選定に対する
影響力の行使に対し,相応の見返りとなるような金品を持参したであろうことが,合理的に
推認できるというべきである。
 (イ) なお,後にみるように,B4は,面談当日,50万円相当の仕立て券付き背広生地を
用意していたことが認められるものの,これが,B1の県発注工事の受注業者選定に対する
影響力への見返りとなるようなものではないことも明らかというべきである。
 (2) B1からのZ県関係者に対する指示
 ア また,本件面談後に,B1が,次のように,Z県関係者に対して,特定の工事名を挙げ
て,C1を指名に入れるよう指示した事実も認められる。
 (ア)a まず,関係各証拠によれば,B1は,面談当日の夜に,都内の料亭で催された県
幹部職員との懇親会の一次会会場から二次会会場へ移動する自動車内において,県土
木部長として県立医療大学新築工事の指名競争入札事務を所管していたB10に対し,
「医療大学の工事は,C1を頼むよ。」などと言って,C1を同工事の指名に入れるよう指示
したことが認められる。
 b この事実は,前記第4の1(1)イで判示したように高い信用性の認められるB10の検察
官調書(甲書14)及びこれに符合する内容のB1の検察官調書(甲書133,136)によって認
定することができる。
 c(a) この点,弁護人は,①B1とB10が乗った自動車には,B1の随行秘書であるB21も
同乗していたところ,B21は,上記のような会話を聞いていない旨証言している(74回),②
B1が,土木部長退任を間近に控えたB10に対して上記のような指示をするのは不自然で
ある,③B10が,B1の上記指示を後任のB56ないし部下のB11営繕課長に伝えた事実は
ないなどの点を指摘して,上記指示はなかった旨主張するので以下検討する。
 (b) まず,①の点についてみるに,B21は,B1の建設省時代の話とB10が退任する話は
覚えているが,それ以外の会話がなかったとは断言できないとも証言していることからすれ
ば,その証言は,B10の前記供述と矛盾するものではない。
 (c) また,②の点に関して,B1は,本件面談後,この件を忘れないうちにB10に伝えてお
こう,B10は間もなく退任するが,B10に指示しておけば,部下に伝えるなどしてくれるだろ
うと思ったと述べており(甲書136),特段疑問とすべき点はない。
 (d) さらに,③の点に関して,B10は,C1がその施工能力からして指名業者に入ることは
間違いないし,担当のB11らがどこかで知事の意向を聞くだろうと思っていたことなどからB
11に告げなかった(甲書14),C6の指名に関する指示については,B11からその旨告げら
れた,同工事は前任者からの引継ぎ事項ではないので,後任のB56にも引き継がなかった
(甲書53)と供述しているのであり,B1の思惑とB10の思惑とが食い違っているにすぎない
のであって,不自然ということはできない。
 (e) したがって,弁護人の上記主張はすべて理由がない。
 (イ) また,その信用性に疑問とすべき点のないB1の検察官調書(甲書136)によれば,B
1が,平成5年初めにB10の後任としてZ県土木部長として着任したB56に対し,B56が指
名競争入札事務を所管するC57ダム建設工事に関して,「本体工事はC17とC1にやらせ,
原石山工事はC15にやらせるようにしてくれ。」と言って,各業者を同工事の指名に入れる
よう指示したことが認められる。
 イ このように,B1が,本件面談直後,県発注工事の事務を所管する土木部長に県立医
療大学新築工事に関し,また,翌年初めころには,その後任の土木部長にC57ダム建設
工事に関して,それぞれC1を本命業者とするよう指示していることは,被告人A1らによる
本件面談の目覚ましい成果といえるのであり,このような本件面談後の状況は,その面談
に際し,B1をして受注業者としてC1を選択することを動機付けるような出来事があったこと
をうかがわせるものであり,これも,前記(1)ウ(ア)の推認を裏付けるものである。
 3 B1の供述の信用性
 (1) B1の供述の全体的な信用性
 ア まず,B1の捜査段階における供述の全体的な信用性について検討するに,B1が,
その検察官調書(甲書131)で述べているところは,前記第4の1(1)で認定したZ県における
公共工事の指名業者選定及び受注業者決定の実情等及び同2(1)で認定したB1に対す
るゼネコン等からの資金提供の実情等と,同じく検察官調書2通(甲書135,136)で述べて
いるところは,同4(1)で認定したC57ダム建設工事の進捗状況等と,同じく検察官調書2通
(甲書132,133)で述べているところは,同5(1)で認定した県庁舎及び県立医療大学各新
築工事の進捗状況等と,それぞれの内容がよく合致しており,上記各検察官調書の信用
性はそれぞれに,これらの本件の背景事情等によって裏付けられているのに対し,これら
の本件の背景事情等をいずれも否定する趣旨のB1の公判供述は,前掲の多くの客観的
証拠に抵触する不自然,不合理なものというほかない。
 イ したがって,B1の捜査段階における供述は,全体として信用性が高いのに対し,B1
の公判供述は,全体的にそのまま信用することが困難というべきである。
 (2) B1の本件収賄についての自白供述の信用性
 上記(1)でみたように,B1の捜査段階における供述は,全体として高い信用性が認められ
るものであるところ,これを前提として,B1の本件収賄についての自白供述の信用性につ
いて検討することとする。
 ア B1の供述経過等による裏付け
 (ア) 前記第2で詳細に判示したように,B1の供述経過等として,次のような点を指摘す
ることができる。
 a(a) B1は,逮捕の翌日,平成4年にZ県東京事務所で被告人A1から1000万円を受け
取った旨供述した。
 (b) そして,このような初期供述は,前記第2の3(1)で詳論したとおり,B1が,検察官から
取調べを受けるのに先だって,弁護士2名や知人らから,建設関係者からの具体的な現金
収受の事実を念頭に置きながら,逮捕や検察官の取調べに臨む心構えや対処方法等に
ついて,繰り返しアドバイスを受けて,取調べ等に臨む方針を自ら固めるなど,予想される
逮捕や検察官の取調べに対する十分な準備をしていたというのに,B17検事から,特段の
追及的な取調べや誘導的な取調べもない段階で,独自に述べるに至り,平成4年にZ県
東京事務所のある都道府県会館で被告人A1に面談したことは,後に客観的に裏付けら
れているのである。しかも,初期供述が自己の記憶に基づかないものであった旨のB1の公
判供述は,あいまいで大きく変遷しており,その内容も,極めて不自然,不合理なものであ
って,到底信用することができない。
 b(a) B1は,その後も本件起訴に至るまでの間,面談当日に被告人A1から多額の現金
を収受したことを,ほぼ一貫して認めていた。
 (b) そして,このような初期供述後の供述経過は,前記第2の3(2)で詳論したとおり,B1
が,逮捕後も,弁護人との多数回にわたる接見の際に,弁護人に対し,取調べの状況や取
調べに臨む方針等について随時相談して,弁護人から,その都度アドバイスを受けるな
ど,弁護人からは随時必要な法的アドバイスを受けられる状態にあり,そのアドバイスを踏
まえて取調べに臨んでいたというのに,一時的な否認や一部の変遷はみられるものの,本
件起訴までの4か月近くにもわたりほぼ一貫して,面談当日に被告人A1から多額の現金
を収受したことを認める供述を続けているのである。しかも,この一時的な否認や一部の変
遷も,B1が,逮捕直後から,余罪を含め多数の収賄の事実を認めてしまったために,その
後は,様々な思惑から,一時的に否認したり,供述内容を殊更に変遷させるなど,それぞ
れに合理的な説明が可能なものである。
 さらに,B17検事による取調べは,相当に厳しいものであり,一部に公正さに疑問の残っ
たり穏当さに欠ける取調べがあったこともうかがわれるものの,このような問題のある取調べ
方法が,本件に関するB1の供述について,虚偽供述を誘発するなど不当な影響を与えた
とは認められない。その他,初期供述後のB1の供述が,B17検事による脅迫,欺罔,利益
誘導等による記憶に基づかないものであった旨のB1の公判供述は,自らの供述経過やB
1ノート等の記載内容にも沿わず,その内容も,不自然,不合理なものであって,信用する
ことが困難である。
 (イ) 以上のように,B1の捜査段階における供述経過等は,その自白が自発的で真意に
基づくことを強くうかがわせるものであり,虚偽供述を誘発するような状況の存在も全く認め
られないから,自白の内容の真実性,すなわち,B1の捜査段階における供述の信用性を
裏付けるのに対し,捜査段階の自白の任意性ないし真実性を否定する趣旨のB1の公判
供述は,上記のような供述経過等に沿わないだけでなく,前記第2の3で詳細に説示したよ
うに,供述経過等について信用できない部分を多く含むものである。
 イ 本件の背景事情等に基づく推認との符合
 B1は,その検察官調書3通(甲書134,136,137)において,面談当日に,被告人A1か
ら,C1がZ県発注の諸工事を受注したお礼及び今後発注が予定されているC57ダム建設
工事,県庁舎・県立医療大学各新築工事等の受注を依頼する趣旨で,現金2000万円を
受け取ったなどと述べて,本件収賄の事実を自白しているところ,このようなB1の捜査段階
における自白供述は,前記2で判示したところの本件の背景事情等及びB1の本件面談後
の行動に基づいて推認できる事実とよく符合するものであって,この推認により客観的に裏
付けられている。
 ウ 面談当日前後におけるB1の現金収支等との関係
 (ア) 証拠上明らかなB1の現金収支等
 次いで,B1の捜査段階における供述と面談当日前後におけるB1の現金収支等との整
合性について検討するに,関係各証拠によれば,次の事実が認められる。すなわち,
 a B1は,平成4年12月22日朝,B21と共に上京し,同日午後2時過ぎころ,C11副社長
のB22から現金200万円を受け取った。
 b B1は,同日午後4時30分ころ,被告人A1らと面談した後,同日午後5時過ぎころ,ホ
テルC13(以下,この(2)の項では単に「ホテル」という。)にチェックインして,その際,貸金
庫を借りた。
 c B1は,同月24日午前9時過ぎころ,上記貸金庫を解約してから,公用車でホテルを
出発し,貸金庫を借りている株式会社C39銀行虎ノ門支店に寄って,C10及びC12発行の
割引債券を貸金庫から取り出した後,C10日本橋支店に出向き,同支店で,現金191万円
を使ってC10発行の上記割引債券について買い増しを行い,次いで,C12本店に赴き,同
本店で,C12発行の上記割引債券について乗り換えを行ったが,その際は現金の収支は
なかった。
 d その後,B1は,運輸省に陳情をした後,ホテルに戻り,その客室で,同日午後0時30
分ころC8顧問のB19から現金200万円を,同日午後1時ころC9会長のB20から現金140
0万円をそれぞれ受け取った。
 e B1は,公用車で再びホテルを出発して,当時の通産大臣に陳情し,都道府県会館の
Z県東京事務所に寄ってから,公用車でC10本店に向かい,同本店で,現金1707万円を
使ってC10発行の割引債券を新規購入した後,C39虎ノ門支店で,その日に新規購入な
いし買い増しした割引債券を貸金庫に収納した。その後,B1は,赤坂の料亭で開かれた
懇親会に出席して,現金5万円を支払っている。
 f B1は,翌25日朝,公用車でホテルを出発して,午前に厚生省,防衛庁,E党本部,午
後に建設省,大蔵省を回るなどした後,上野駅から特急電車に乗って水戸に帰った。その
後,公用車で,鍼灸院に寄ってから,県庁に登庁して執務を行った後,地元の料亭で開か
れた懇親会に出席し,終了後に,タクシーで知事公舎に帰宅した。
 (イ) ホテルでの貸金庫の利用状況との符合
 a 上記認定のように,B1は,ホテルの貸金庫を,同月22日午後5時過ぎに借りて,同月
24日午前9時過ぎに解約しているところ,このようなホテルの貸金庫の利用状況は,B1
が,同月22日午後4時30分ころの本件面談で,被告人A1から2000万円を受け取り,同
月24日午前からC10日本橋支店や本店,更にはC12本店を回って合計1898万円もの現
金を使って割引債券の新規購入ないし買い増しをしたというB1の捜査段階の供述に沿う
ものということができる。
 b(a) しかも,前認定のように,1万円札100枚の札束20個の現金2000万円を,B3の捜
査段階の供述(甲書140,甲物70)に従い,マチ付きで鳩目の付いた大型茶封筒に入れる
と,縦約31.9~32.5㎝,横約23㎝,高さ約4.8㎝の大きさになるところ,B1の検察官調
書(甲書137)及び検証の結果(弁人35)によれば,B1が借りた貸金庫の内径は,底面部が
幅約24.5㎝,奥行き約37.8㎝,開口部が幅約23.5㎝,奥行き約24.9㎝で,高さが側
面の張り出しの下まで約5.8㎝であることが認められるのであり,このような貸金庫の内径
は,上記の現金2000万円入り大型茶封筒の大きさよりも若干大きなものということができ
る。
 (b) そうすると,B1が,検察官調書(甲書134)において,「私は,この2000万円の入った
封筒を貸金庫の中のケースに封筒を折ったりせずにそのまま差し入れるように収納しまし
た。その封筒は,無理に押し込んだりすることなくそのケースに入りましたが,そうかと言っ
て,封筒を入れたときにそのケースにかなり隙間ができてしまうほどでもなく,少しだけ隙間
が残るというくらいのものでした。」と述べているのは,上記のような現金2000万円入りの大
型茶封筒の大きさと貸金庫の大きさとの関係によく合致するものといえる。
 c 以上のように,B1のホテルの貸金庫を利用した時期及び貸金庫の大きさは共に,B1
の捜査段階の供述とよく符合するものであって,その信用性を裏付けるものということがで
きる。
 (ウ) B1の公判供述について
 a B1は,公判段階において,面談当日前後における現金収支等として,次のように,捜
査段階とは大きく異なる供述をしている。すなわち,
 (a) 私は,平成4年12月22日に上京する際に,C39虎ノ門支店の貸金庫に入れるため
に額面合計540万円の割引債券5枚,割引債券の買い増しや職員の慰労に使う現金約2
00万円を持参した。
 (b) 同日夕方にホテルの貸金庫を借りたのは,水戸から持ってきた上記割引債券及び
現金150万円のほか,B22からその日に受け取った現金200万円を入れるためである。な
お,ホテルの客室にも金庫はあるが,以前利用した際に,開かなくなってホテル従業員を
呼んだが,非常に時間が掛かって懲りたことから,今回は利用しなかった。
 (c) 同月24日朝は,ホテルの貸金庫から,割引債券及び現金350万円を取り出し,C
10日本橋支店では,その350万円の中から191万円を割引債券の買い増しに使った。
 (d) その後,B19及びB20から現金合計1600万円を受け取ったことから,C10本店で
は,手持ちの現金107万円を加え,現金合計1707万円で割引債券の新規購入をした。
 b しかしながら,このようなB1の公判供述には,以下のように多くの疑問点を指摘せざる
を得ない。すなわち,
 (a) まず,B1が面談当日に上京する際,割引債券を持参したことを裏付ける証拠は存在
しない。また,B1は,同じ公判供述で,割引債券については,捜査段階でも記憶が間違い
なくあり,隠すはずもないから,B17検事に話していると述べる一方,水戸からの持参品に
ついて詳しく供述している平成5年10月28日付け検察官調書(乙物86)に記載されていな
い理由は分からないと述べている(100回)。しかも,B1の公判供述によっても,この割引債
券は,面談当日から半年以上も先の平成5年6月25日を償還期限とするものであり,その
供述からも,頻繁に上京していたことがうかがわれるB1が,あえてこの時期の出張に際して
持参する必要性も見出し難い。
 (b) B1は,その公判供述によっても,上京当日の午後2時過ぎにはB22と面談すること
が予定されており,B22からは相当額の現金をもらえると予想し,実際に現金200万円を受
け取ることができたというのに,水戸から約200万円もの現金を持参する理由についての
合理的な説明はされていない。
 (c)ⅰ B1の検察官調書(甲書137)及び検証の結果(弁人35)によれば,B1が宿泊した
客室内の金庫は,テンキーで暗証番号を入力する方式のもので,内径は,底面部が幅約
30.5㎝,奥行き約21.7㎝,開口部が幅約30.5㎝,奥行き約19.7㎝で,高さが約10.
2㎝であることが認められるのであり,この金庫は,前認定のような大きさの現金2000万円
入り大型茶封筒を入れるには,小さすぎるものではあるが,B1が水戸から持参したとする
現金約200万円及び割引債券5枚は十分なゆとりをもって収納可能なものである。このよう
に客室内に金庫がありながら,現金150万円及び割引債券5枚を入れるためだけに,わざ
わざ別の貸金庫を借りるというのも不自然である。
 ⅱ この点,B1は,前記のように,以前利用した際に,開かなくなってホテル従業員を呼
んだが,非常に時間が掛かって懲りたために,面談当日には利用しなかった旨供述する
が,上記検証の結果からも明らかなとおり,上記客室内の金庫は,テンキーで暗証番号を
入力するだけで開け閉めのできる操作が容易なものであり,その利用方法については,金
庫上面のすぐ脇に説明書が置かれていたから,県知事として豊富な社会経験を有するB1
が,その利用をためらうようなことは考え難い。しかも,ホテル宿泊部フロント課課長の指示
説明によれば,客が操作を誤って金庫が開かなくなっても,アシスタントマネージャーがマ
スターキーを持っているため,すぐに開けられるというのである。さらに,宿泊客から金庫の
不具合に関するクレームが付いたのにホテル側が直ちにこれに対応しないようなことは考
え難いから,B1の公判供述の不自然さはより際立つというべきである。
 (d)ⅰ B1の公判供述によると,B1は,B22,B19及びB20から受け取った現金合計180
0万円のみならず,水戸から持参したという現金のうち98万円についても割引債券の新規
購入のために費消し,料亭での支払の5万円のほか,女性との買い物や食事にもある程度
の金額を費消したとうかがわれるから,水戸に帰る際には,上京時より100万円以上も少な
い90万円台の現金しか持ち帰らなかったことになる。
 ⅱ しかし,B1は,B22,B19,B20らから年末に現金を定期的にもらっていたことを認め
ており,こうした年末の現金収入が,B1の蓄財だけでなく,政治献金としても,重要な財源
であったことがうかがわれるのに,B1は,B22,B19,B20らから受け取った現金以上の金を
すべて割引債券の購入,すなわち,自らの蓄財に充てたというのも,いかにも不自然であ
る(なお,乙物90参照)。
 c(a) これに対し,弁護人は,B1の捜査段階における自白供述の方が不自然,不合理で
あるとして,次の点を指摘している。すなわち,B1の捜査段階の供述によれば,①B1は,
平成4年12月24日朝に,その日はB19とB20から多額の現金をもらう見込みがあったの
に,ホテルC13の貸金庫を解約した上,被告人A1から受け取ったとされる本件2000万円
を含む合計2200万円の現金を持って同ホテルから出掛けている,②ところが,B1は,最
初に行ったC10日本橋支店では191万円しか使っていない,③B1は,その日,割引債券
の新規購入や買い増しで現金合計1903万円を費消したものの,B19及びB20から現金合
計1600万円を受け取ったため,1897万円もの多額の現金を同ホテルに再び持ち帰った
のに,その夜は同ホテルの貸金庫を借りていない,④しかも,B1は,翌朝,この多額の現
金を持って予算の陳情のための省庁回りをした後,水戸まで持ち帰り,夜は料亭での宴会
に出席してから公舎に持ち帰っている,このような行動は不自然,不合理であり,B1の捜
査段階の自白供述は信用できないというのである。
 (b) しかしながら,弁護人指摘のB1の行動については,それぞれにB1自身が捜査段階
で説明しているか合理的に説明することが可能なものである。すなわち,
 ⅰα まず,①の点について,B1は,同月22日から23日までの間,ホテルの貸金庫を
借りたのは,2000万円もの大金を被告人A1との面談後に科学技術庁事務次官への陳情
や県幹部との懇親会に持ち歩くのは不用心であり,同月23日には日中に外出することを
予定していたので,客室に置いておくのも不用心と考えたためである,同月24日に本件2
000万円を持ち出したのは,同日に割引債券の乗り換え手続をし,その際にこの2000万
円を使って新規購入をしようと考えたためであると説明している(甲書136)。
 β しかも,B20の公判証言によると,B20が盆暮れにB1に手渡していた現金は,多いと
きも少ないときもあったというのであり(72回),B19の公判証言によると,B19は,暮れにはB
1に現金を渡すこともあれば酒や菓子を渡すこともあったというのである(72回)から,B1と
しては,B19及びB20から受け取る金額は確定的には予想できなかったはずである。した
がって,同月24日に割引債券の新規購入や買い増しに多額の現金を使うことを予定して
いたB1としては,B19及びB20から受け取る金額が少ないことも考えられるから,被告人A
1から受け取った本件2000万円を持ち出しても,決して不自然とはいえない。
 ⅱ ②の点について,B1は,同日午前中に本件2000万円をすべて使わなかったのは,
C10日本橋支店では,何度も乗り換えの手続をしていたので,行員や守衛らに顔を覚えら
れているかもしれないと思い,同支店で本件2000万円全額を使い新規購入をすると,捜
査されることになったときに発覚しやすくなって不都合であると考えたためであると供述して
いる(甲書136)。そして,このようなB1の供述は,被告人A1から本件2000万円を受け取
ったことに対する後ろめたさを感じている者の心境として,ごく自然なものということができ
る。しかも,B1としては,前記のように,同日午前中には,B19及びB20から受け取る金額
は確定的には予想できなかったのであるから,割引債券の新規購入や買い増しに使う金
額も未定であったと考えられるのであり,本件2000万円の一部のみを使うということも十分
考えられるところである。
 ⅲ ③の点は,同日夜の時点では,被告人A1から受け取った大型茶封筒入りの本件20
00万円は,ほとんど費消していたのであり,残りの1900万円前後の現金は,1つの封筒に
まとまるような形ではなかったことがうかがわれる。そうすると,前認定のようなホテル客室内
の金庫の大きさに照らすと,この程度の現金であれば,その金庫に十分収納することが可
能であるといえる(乙物89参照)。したがって,それとは別に貸金庫を借りる必要は認められ
ないから,その夜にホテルの貸金庫を借りなくても不自然とはいえない。
 ⅳα ④の点は,確かに,B1は,多額の現金をかなり不用心とも思われるほど大胆かつ
無造作に持ち歩いており,一般人の感覚からすると,奇異な印象を与えるものである。
 β しかしながら,B1は,その公判供述によっても,ゼネコン等から1000万円単位もの
多額の現金を多数回にわたり受け取ってきており,しかも,知事公舎では,段ボール箱に
約1億円もの現金を入れていたというのである。加えて,大型茶封筒入りの2000万円の現
金は,前認定のように,重さが約2150g,大きさが縦約31.9~32.5㎝,横約23㎝,高さ
約4.8㎝程度にとどまり,検証の結果(弁人25)によれば,A4版の書類が入るような小振り
の横長の手提げ付き紙袋に入れて,それほど目立つことなく容易に持ち歩くことができると
認められるから,上記のような金銭感覚のB1が,2000万円前後の現金を無造作に持ち歩
いたとしても,あながち不自然とはいえない。
 (c) したがって,弁護人の前記主張は採用できない。
 エ 本件2000万円に関するB21の目撃供述
 (ア)a B1の秘書であったB21は,公判段階において,面談当日には,被告人A1らの面
談を終えて知事会談話室から出てきた際,B1が何か持っていたという記憶はないが,その
2日後の平成4年12月24日の朝には,水戸から上京した際に持っていた物とは異なる,A
4版の書類を横にして入れるくらいの大きさの黒っぽいC40の羊羹のような感じの紙袋を持
っていた旨証言している(74回)。
 b そして,本件2000万円を入れた紙袋は,B3の検察官調書(甲書140)によれば,手提
げ部分のしっかりした黒っぽい色合いの手提げ付き紙袋であったというのであり,被告人A
2の検察官調書(乙書22)によれば,C40の羊羹を入れるような横長の手提げ付き紙袋で,
横幅が約35㎝,高さが約30㎝,幅が約10㎝くらいだったというのである。また,検証の結
果(弁人25)によれば,B3及びB21の上記各供述に従って,2000万円の現金をマチ付き
で鳩目の付いた大型茶封筒に入れたところ,羊羹等を入れる和菓子店「C40」のA4版程
度の大きさで横長の手提げ付き紙袋に十分に収まるものと認められる。
 c そうすると,上記B21供述は,面談当日の2日後の朝のこととはいえ,B3が供述すると
おりの本件2000万円の入った手提げ付き紙袋を,B1が持っているところを目撃したという
ものであるから,被告人A1から本件2000万円を受け取ったとするB1の捜査段階の供述
を直接的に裏付けるものということができる。
 (イ)a もっとも,B21は,前記のとおり,面談当日,被告人A1らの面談を終えて知事会談
話室から出てきた際,B1が何か持っていたという記憶はない旨供述するとともに,B1がゼ
ネコン関係者と会う際には,政治献金を渡されるのではないかということで,B1が何を持っ
ているかに比較的関心を持って見ていたとも証言している(74回)。
 b しかし,B21は,B1が黒っぽい紙袋を持っていた可能性については否定せず,あくま
で持っていたか否か記憶にないと述べるにとどまっている。しかも,B21は,面談から2日後
の朝に,B1が水戸から上京時に持っていなかった黒っぽい手提げ付き紙袋を持っていた
ことについては,特段記憶に残るべき強い印象を受けた根拠も特にないというのに,明確
に供述し,弁護人からの詳細な尋問にも全く動揺していない。
 c さらに,B21が面談当日の前後を通じて随行秘書としてB1とは密接な関係にあったこ
とも考慮すると,このようなB21の供述態度は,B21を取り調べたB31検事が指摘するよう
に(161回,162回,164回),本件面談直後における現金の入った紙袋の目撃という,B1の
有罪を決定づけるような供述は回避しながらも,完全に口をつぐむことには良心の呵責を
覚えて,2日後の目撃状況について供述したものと,合理的に推認することができる。
 d したがって,上記のような面談当日の目撃状況に関するB21の証言が,その2日後の
目撃状況に関する証言の信用性を左右するものとはいえない。
 (ウ)a 他方,B1は,B21が目撃した紙袋について,B1は,同月24日朝に乗り換えをする
債券証書を入れる用意のために,ショルダーバッグに折り畳んで入れていた手提げ付き紙
袋を脇に置いたのかもしれない旨供述する(102回)。
 b ところが,B1は,公判段階において,その紙袋を車内で出したのであれば,折り畳ん
だままであったと思うとも供述している(102回)。しかも,同日朝に,B21がB1をC39虎ノ門
支店に送り届けた時点でB1と別れたことは,関係各証拠から明らかであるから,B1の供述
を前提とすれば,B21が見たのは,折り畳まれた状態の空の紙袋であったことになる。しか
し,B21は,紙袋がそうした状態であったとは証言していないし,折り畳まれた紙袋を持って
いただけで,その紙袋の特徴の詳細についてまで記憶に残るというのも,いかにも不自然
である。
 c したがって,B21が目撃した紙袋は,中に物の入った状態であったと考えるほかはな
く,B1の上記供述は到底信用できない。
 (エ)a さらに,B1の運転手であったB57は,公判段階において,同月24日の朝からB1
の乗車する公用車を運転した際,多分,いつもと同じように,黒いショルダーバッグと取っ
手の付いた縦長の紙袋を持っていたと思う旨証言している(108回,109回)。
 b しかし,B57は,平成元年4月1日からB1が逮捕される平成5年7月まで,B1専属の公
用車の運転手を務めていたところ,平成4年12月24日に,B1が具体的にそのような荷物
を持っていたという記憶はなく,B1が持っていた手提げ付き紙袋の形や色についての記
憶もない,B1は紙袋を2つ持っていることもある,知事とは一線を画するように心掛けてい
たので,B1の持ち物については,はっきり分からないとも証言している。
 c したがって,その日のB1の持ち物に関するB57の証言は,具体的な記憶に基づくもの
でないことが明らかであり,B21の前記証言と矛盾するものとはいえないのである。
 オ B1ノートの記載
 (ア)a B1ノート№1(弁物147)71頁には,平成5年9月19日の取調べの際のB17検事と
のやり取りとして,「A1副社長から平4.12.22もらったのは,記憶の上で実感の上で(割
引債券を買ったことを捨象して考えて),1000万か2000万か。談話室でもらったとき(急
いでC13へ行き,チェックインして貸金庫を借り,お金を入れ,24日朝貸金庫からお金を出
している),Boxに入れたとき,Boxから出したとき。又,C6より多いという実感があった
か。」旨の質問に続き,「Boxから取り出すとき,2000万円あったという実感はありますが,
割引債券を買ったことは間違いない事実ですので,捨象したと言われても,どう考えていい
か分からない。」という答えの記載がある。
 b また,同72頁には,同月20日の取調べ状況及びB1の認識内容として,「検事から,
A1さんからのは2000万円かと聞かれたが,元々言っているように,大型封筒の厚さから
言っても重さから言っても,開けたときのぞいたときの様子からしても,2000万円間違いな
いと思う。」旨の記載がある。
 c さらに,B1ノート№2(弁物148)28頁には,同年10月7日のやり取りとして,「もらった
実感の一番強いのはどれか A1か,B32か・・・強い順番で言うとどうか?」旨の質問に続
いて,「A1もB32も実感は100%ありますと言っています」旨の答えの記載があった上,そ
のうち「実感は100%ありますと言っています」の部分を横線で抹消した後,「もらいましたと
調書では言っているではないか」との記入があり,次いで,「今はどうか?」という質問の記
載に続いて,「実感はありますよ。どちらも。」という答えが記載されているのである。
 (イ) このようなB1ノートの記載は,B1が,B17検事の取調べ状況をメモする中で,被告
人A1から現金を受け取った実感があるという自己に不利益な事実を,思わず吐露したも
のとして,高い信用性が認められるのであり,これもまた,B1の本件収賄についての自白
供述の信用性を裏付けるものである。
 カ(ア) 以上検討してきたとおり,B1の本件収賄についての自白供述は,前記(1)で判示
したように,B1の捜査段階の供述が全体的に信用性が高いことに加えて,前記アないしオ
で判示したように,その供述経過等からは,自発的な真意に基づくことを強くうかがわせる
ものであり,虚偽供述を誘発するような状況の存在も全く認められない。しかも,その内容
も,本件背景事情等に基づく推認と符合し,B1がホテルの貸金庫を利用した時期やその
大きさとも符合しており,面談当日前後におけるB1の現金収支等とも矛盾しないものであ
って,本件2000万円に関するB21の目撃供述及びB1ノートの記載によっても,客観的に
裏付けられているほか,前認定のような本件背景事情等に照らしても,自然な流れに沿う
合理的なものということができるから,高い信用性を認めることができる。
 (イ) これに対し,本件収賄を否認する趣旨のB1の公判供述は,前記(1)で判示したよう
に,全体的にそのまま信用することができないだけでなく,前記アないしオでみたような供
述経過等はもとより,多くの客観的事情や証拠関係にも沿わない不自然・不合理なもので
あって,これを信用することは困難である。
 4 本件贈賄の謀議,準備及び実行に関するC1関係者の各供述の信用性
 (1) C1関係者の供述の概要
 ア 本件贈賄の謀議及び本件贈賄資金の準備について
 (ア) 被告人A1(乙書14)及びB4(甲書35)は,その各検察官調書において,B4は,平
成4年12月初めころ,被告人A1に電話して,C57ダム建設工事の発注が近いことなどを
理由に,B1に対するトップ営業を依頼した,すると,被告人A1は,これを承諾するととも
に,B4に対し,B1との面会の約束を取り付けるとともに,B4も同行するように指示した,こ
れを受けて,B4は,Z県知事公室秘書課と連絡を取り,面談当日の午後4時30分に都道
府県会館で被告人A1がB1に面会できる旨の約束を取り付けた旨それぞれの立場から供
述している。
 (イ) 被告人A1(乙書15)及び被告人A2(乙書22)は,その各検察官調書において,被
告人A1は,その後,被告人A2に電話をして,本件面談に同行することを指示するととも
に,2000万円を用意することも併せて指示し,被告人A2は,これを承諾した旨それぞれ
の立場から供述している。
 (ウ) 被告人A2(乙書22)及びB3(甲書140)は,その各検察官調書において,被告人A
2は,同月中旬ころ,B3を呼んで,「A1副社長の所に持っていくから,裏金で2000万円
用意してくれ。」と指示し,B3は,これを承諾した,そこで,B3は,関東支店の裏金から現
金2000万円を用意した上,面談当日の午後4時過ぎころ,C19ビル1階車寄せ付近に赴
いて,同所付近で被告人A1と待ち合わせをしていた被告人A2に対し,上記現金2000万
円を届けた旨それぞれの立場から供述している。
 イ 本件贈賄の状況について
 (ア) 被告人A1(乙書15)及び被告人A2(乙書22)は,その各検察官調書において,被
告人A2は,B3から現金2000万円入りの手提げ付き紙袋を受け取った後,間もなく同所
付近に現れた被告人A1に対し,「例の物を持ってきました。」と言って,上記紙袋を手渡し
た,その後,被告人両名及びB4は,自動車でB1との面談場所である都道府県会館に向
かった旨それぞれの立場から供述している。
 (イ) 被告人A1(乙書15)及び被告人A2(乙書22)は,その各検察官調書において,被
告人両名及びB4は,都道府県会館に到着後,同会館内の知事会談話室に案内されて待
っていたところ,B1が現れたので,被告人A1が,「いつもいろいろお世話になりましてあり
がとうございます。」とあいさつし,C1のZ県からの公共工事受注についてお礼を述べた
後,被告人A2を紹介し,雑談してから,「今後,県からは,C57ダムを始め,いろいろと大
型工事が出ると伺っておりますが,C1をよろしくお願いします。」と述べた上,現金2000万
円入りの手提げ付き紙袋をB1に差し出したところ,B1は,これを受け取った旨それぞれの
立場から供述している。
 (2) C1関係者の供述の全体的な信用性
 ア 被告人両名及びB4の捜査段階における各供述の全体的な信用性について検討す
るに,被告人A1(乙書14),被告人A2(乙書22)及びB4(甲書35)が,その各検察官調書
で述べているところは,前記第4の1(1)で認定したZ県における公共工事の指名業者選定
及び受注業者決定の実情等並びに同1(2)で認定したこの点に関するC1関係者の認識
と,被告人A1(乙書14)及び被告人A2(乙書22)が,その各検察官調書で述べているとこ
ろは,同2(1)で認定したB1に対するゼネコン等からの資金提供の実情等及び同2(2)で認
定したこの点に関する被告人両名の認識並びに同3(1)ア及び同(2)アで認定したC1の本
件当時の経営環境,経営方針ないしZ県からの受注状況等並びに同3(1)イ及び同(2)イで
認定したこれらの点に関する被告人両名の認識と,被告人A1(乙書14)及びB4(甲書35)
が,その各検察官調書で述べているところは,同4(1)で認定したC57ダム建設工事の進捗
状況等及び同4(2)で認定したこの点に関するC1関係者の認識ないし受注意欲等と,被告
人A1が,その検察官調書2通(乙書14,15)で述べているところは,同5(1)で認定した県庁
舎及び県立医療大学各新築工事の進捗状況等並びに同5(2)で認定したこの点に関する
被告人A1の認識ないし受注意欲等と,被告人A1(乙書13~15),被告人A2(乙書
21,22)及びB4(甲書35)が,その各検察官調書で述べているところは,同6で認定した本
件面談の目的と,それぞれの内容がよく合致しており,上記各検察官調書の信用性はそ
れぞれに,これら本件の背景事情等によって裏付けられているのに対し,これらの本件の
背景事情等をいずれも否定する趣旨の被告人両名及びB4ら茨城営業所関係者の各公
判供述はいずれも,前掲の多くの客観的証拠に抵触する不自然,不合理なものというほか
ない。
 イ したがって,被告人両名及びB4ら茨城営業所関係者の捜査段階における各供述
は,全体として信用性が高いのに対し,これらの者の各公判供述は,全体的にそのまま信
用することが困難というべきである。
 (3) 本件贈賄に関する被告人両名及びB3の各供述の信用性
 上記(2)でみたように,被告人両名の捜査段階における各供述はいずれも,全体として高
い信用性が認められるものであるところ,これを前提として,被告人両名及びB3の本件贈
賄の謀議,準備及び実行状況に関する捜査段階の各供述の信用性について検討するこ
ととする。
 ア 被告人両名及びB3の供述経過等による裏付け
 (ア) 被告人A1の供述経過等
 前記第3の1で詳細に判示したように,被告人A1の供述経過等として,次のような点を指
摘することができる。
 a(a) 被告人A1は,その経歴や本件当時の地位ないし立場からすると,豊富な学識,経
験に裏付けられた強い意志力及び高度で的確な状況認識ないし判断能力を有しており,
本件贈賄事実を認めることがどのような意味を有し,自己やC1にどのような影響を及ぼす
かについて理解していたはずであるところ,逮捕後も,自己の弁護人らと接見して法的な
助言を受けていたが,逮捕から6日目,弁護人らとの最後の接見からは2日後である平成5
年10月31日に,本件贈賄事実を自白し,その後,同年11月2日の弁護人らとの接見後に
いったん否認に転じたが,同月4日のB37・B41両弁護士との接見の直後から,再び本件
贈賄事実を認める供述を始め,その後も,弁護人らの接見を受けながら,本件起訴日であ
る同月15日まで一貫して本件贈賄事実を認める供述を続け,多数の自白調書に署名指
印している。
 (b) そして,このような接見ないし打合せ状況の下での被告人A1の供述経過は,前記
第3の1(4)ア(ア)及び(イ)で詳論したとおり,本件贈賄事実を認めることがどのような意味を
有し,自己やC1にどのような影響を及ぼすかについて十分理解していた被告人A1が,弁
護人らからの様々な助言に耳を傾けながらも,最終的には自らの意思で本件贈賄事実を
認める決断をし,同月4日以降本件起訴に至るまで,その意思を変えることなく自白を維持
したことを示すものであり,その間の一時的な否認や被告人A2の関与に関する供述の変
遷も,それぞれに合理的な理由が認められるのであって,被告人A1の捜査段階における
供述の信用性を強く裏付ける事情ということができる。
 b(a) 被告人A1は,このように本件贈賄事実を自白するに至った経緯ないし理由につい
て,捜査段階では,B31検事から,本件は証拠上明白な事件であり,否認を続けていると,
C1のためにならないと説得されて,検察庁を敵に回してしまうと,同社が大きな損害を受け
ることになりかねないと感じたことから,自分の社会的生命が終わり,同社が多少の指名停
止を受けようとも,真実を認めるしかないと腹をくくり,事実を認める気持ちになったためで
あると説明している。
 (b) そして,前記第3の1(4)ア(ウ)で詳論したとおり,このような自白に至った経緯ないし
理由は,B31検事の厳しい取調べ方法を考慮に入れても,C1の経営陣において枢要な立
場にいた者の判断理由として十分納得のいくものである。しかも,被告人A1が,弁護人ら
と接見した直後に再自白し,その後,接見を重ねながらも,自白を一貫して維持していたと
いう事実は,C1に対して強い愛着を持つ被告人A1が,弁護人らの様々な法的助言や説
得を踏まえながらも,自ら否認を続けることと自白することとの利害得失について慎重に検
討して,自らの冷静な判断の下に再自白に踏み切ったことを推認させるものである。したが
って,被告人A1が初期自白,そして再自白に至る理由もまた,その自白の信用性を支え
る事情ということができる。
 (イ) 被告人A2の供述経過等
 前記第3の2で詳細に判示したように,被告人A2の供述経過等として,次のような点を指
摘することができる。
 a(a) 被告人A2は,被告人A1と同様,豊富な学識,経験に裏付けられた強い意志力及
び高度で的確な状況認識ないし判断能力を有しており,本件贈賄事実を認めることがどの
ような意味を有し,自己やC1にどのような影響を及ぼすかについて理解していたはずであ
るところ,逮捕後も,自己の弁護人らと接見して法的な助言を受けていたが,逮捕から7日
目の平成5年11月8日に本件贈賄事実を自白しているばかりか,その日は,接見の際に,
弁護人らから「本当にやっていないのなら頑張りなさい。」などと激励を受けたのに,弁護人
らに対して関東支店長を辞任する旨伝えた上,その直後の取調べにおいて本件贈賄事実
を認める供述を始め,その後も繰り返し弁護人らの接見を受けながらも,本件起訴日であ
る同月22日まで一貫して本件贈賄事実を認める供述を続けて,多数の自白調書に署名
指印している。
 (b) そして,このような接見ないし打合せ状況の下での被告人A2の供述経過は,第3の
2(3)ア(ア)で詳論したとおり,被告人A2が,弁護人らからの様々な助言に耳を傾けながら
も,最終的には自らの意思で本件贈賄事実を認める決断をし,同月8日以降本件起訴に
至るまで,その意思を変えることなく自白を維持したことを示すものであって,被告人A2の
捜査段階における供述の信用性を強く推認させる事情ということができる。
 b(a) また,被告人A2がこのように本件贈賄事実を自白するに至った経緯ないし理由
は,前記第3の2(3)ア(イ)で詳論したとおり,被告人A2が,同月2日の時点で,被告人A1
が自白し,B3も本件贈賄資金準備の事実を認めて,自分が罪に問われかねない状況に
置かれたことは認識したものの,被告人A1は既に否認に転じており,B3の前記供述を動
揺させることができれば,状況は好転するかもしれないと考えて,同月5日,B44検事に対
し,B3が自分に現金を渡した場所はA1副社長室であるなどという虚構の事実を述べて,
B3に伝えさせ,B3も否認に転ずることを期待したものの,B44検事から,これらの事実をぶ
つけても,B3の供述が変わらなかったと教えられ,しかも,同月8日の接見では,弁護人ら
から,被告人A1が再度自白に転じたことを告げられたことにより,もはや罪から逃れるすべ
はないものと観念して,その接見の直後に本件贈賄事実を自白するに至ったものと推認す
ることができる。
 (b) そして,このような被告人A2が本件を自白するに至った経緯ないし理由は,誠に自
然かつ合理的なものであって十分納得できるものであり,そこには任意性を疑わせる事情
を見出すことはできない。
 c(a) 被告人A2の供述は,前記第3の2(3)ア(ウ)で詳論したとおり,同月8日に自白して
以降は,細部を含めてほぼ一貫しており,B44検事から,面談当日に同行していたB4が現
金の授受を否認する供述を続けていると聞いても,その供述に動揺や変遷は全くみられな
い。また,面談当日における被告人A1との合流地点や本件後の被告人A1からの口止め
工作に関する被告人A2の供述は,独自のもので,固有の記憶に基づく自発的なものであ
ったことがうかがわれる。
 (b) このように,被告人A2の捜査段階の自白供述は,一貫しており,かつ,関係者らの
供述からは独自性を有するものであるから,これらの事情も,同供述の信用性を担保する
事情といえる。
 (ウ) B3の供述経過等
 前記第3の3で詳細に判示したように,B3の供述経過等として,次のような点を指摘する
ことができる。
 a(a) B3は,前記第3の3(3)アで詳論したとおり,被告人A1の自白調書が作成された後
ではあるものの,その内容を大きく超えて,本件贈賄原資の準備が被告人A2からの指示
に基づくものであり,現金2000万円を面談当日に被告人A2に届けたことまで認めるに至
り,現金受渡しの場所や相手については上司である被告人両名と,裏金出納帳等の廃棄
に関する被告人A1及びB2の指示については被告人A1及びB2とも,あくまで食い違う供
述をしている。しかも,B3は,その間も,弁護人らと接見を重ねており,取調べ検事から自
分とは異なる内容の被告人A2の供述を告げられても,本件贈賄原資の準備に関与するな
どしたという自らの供述を貫いているのである。
 (b) そして,このようなB3供述の独自性ないし一貫性は,検察官の押し付けや他の関係
者の供述による影響とは相いれないB3供述の自発性を裏付けるものということができる。
 b(a) また,このように本件贈賄事実を自白するに至った経緯ないし理由,あるいは,B3
供述の当初のあいまいさや変遷の状況は,前記第3の3(3)イで詳論したとおり,B3が,同
年10月末ころには検察庁への態度を軟化させていたところ,同年11月1日に,B47検事か
ら,本件贈賄の最高責任者である被告人A1がその事実を認めたと告げられて,これへの
関与を否認する必要性が乏しくなったと判断し,自らの本件贈賄原資の準備への関与を
認める供述を始めたものの,自らの供述が直属の上司で自分に直接指示を下した被告人
A2,更にはC1副社長の被告人A1の責任を決定的に裏付けるものとなることから,当初
は,すべてを記憶のとおり供述することができず,あいまいな供述にとどめていた,B3は,
同月2日午後,B37弁護士と接見した際,同弁護士から,安易な供述を諫められるととも
に,被告人A1も自白を翻す見通しであることを聞かされて激励され,さらに,同月8日の接
見の際にも,繰り返し安易な供述を諫められるとともに激励されて,心理的に動揺したた
め,一気に供述を翻し本件贈賄原資の準備への関与まで否認することはできなかったもの
の,一部に記憶に反する供述をも交えて供述するようになった,しかし,B3は,同月5日
に,被告人A2から,B47検事を介して,自分の供述を試すような言付けをされ,その後,B
47検事から,被告人A2も同月8日に本件贈賄事実を認めたと聞かされ,さらに,同月9
日,自己の虚偽供述の一部が検察庁の捜査により覆されるに至ったことから,本件贈賄に
関してはすべて記憶に基づいて正直に供述するに至ったものである。
 (b) そして,以上のようなB3が自白するに至った経緯ないし理由,あるいは,当初はあい
まいな供述をしたり一部変遷させるなどした供述心理は,関東支店経理部長として同支店
の裏金を管理していたB3の立場に照らし,誠に自然かつ合理的なものであるから,これも
また,B3供述の信用性を裏付けるものということができる。
 (エ) 以上みてきたように,被告人両名及びB3の捜査段階における各供述経過等は,そ
れぞれに,各人の本件贈賄の謀議,準備及び実行への関与を認める趣旨の各供述(以
下,B3の供述も含めて「自白供述」という。)がいずれも自発的で真意に基づくことを強くう
かがわせるものであり,虚偽供述を誘発するような状況の存在も全く認められないから,上
記各供述の内容の真実性,すなわち,被告人両名及びB3の捜査段階における各供述の
信用性を裏付けるのに対し,各人の捜査段階の供述を否定する趣旨の被告人両名及びB
3の各公判供述は,それぞれに上記のような供述経過等に沿わないだけでなく,前記第3
の1(4),2(3)及び3(4)でそれぞれ詳細に説示したように,供述経過等について信用できな
い部分を多く含むものである。
 イ 各供述相互及びB1の自白供述との符合
 (ア) 被告人両名及びB3の各自白供述の符合
 a まず,被告人両名及びB3の各自白供述は,本件贈賄の謀議,準備及び実行に関し
て,各人が直接体験した事実及びそこから察知した事実についてそれぞれの立場から述
べたものとして,後に検討する点を除けば,互いにおおむね符合しており,有機的に関連
し合い補完し合って,全体として統一性のある供述となっているところから,相互に信用性
を強く補強し合う関係に立つというべきである。
 b(a) また,被告人両名及びB3の各自白供述は,前記3で詳細に判示したように,高い
信用性の認められるB1の自白供述ともよく符合している。
 (b)ⅰ もっとも,本件贈賄の趣旨ないしその認識について,被告人両名とB1との各自白
供述の間には,若干の食い違いがみられる。すなわち,
 α 被告人A1は,これまでZ県から潮来の方の橋梁工事等種々の工事を受注させてもら
ったお礼と,今後同県が発注する予定のC57ダム建設工事,C61の火力発電所関連の土
木工事等種々の大型工事について,B1にC1のための便宜供与を依頼する趣旨であっ
た,C57ダムとかC61の火力発電所関連の土木工事等のほかに今後同県が発注する予定
の大型工事については逐一把握していなかったものの,主として土木工事を念頭に置い
ていたなどとして,C57ダム建設工事等の大型土木工事の受注が主眼であった旨供述して
いる(乙書13~15)。
 β 被告人A2は,C57ダム本体工事の確実な受注が中心的な理由であるほか,茨城営
業所の営業活動が有利に展開できたらという気持ちもあった,Z県からは過去にもC61の
下水道工事や県立植物園温室新築工事等を受注しており,今後もC57ダム建設工事を始
め,C61の開発工事,県庁舎新築工事等の大型工事が目白押しであったことから,特にC
57ダムに関してB1に便宜を図ってもらうために現金2000万円を贈ったなどとして,C57ダ
ム本体工事の確実な受注が中心であった旨供述している(乙書21,22)。
 γ 一方,B1は,C1には流域下水道工事を始めとするZ県の土木建築工事を発注して
いるお礼と,C57ダム建設工事のほか県庁舎新築工事や県立医療大学新築工事等の発
注を依頼するためのものとして現金2000万円を受け取ったなどと供述している(甲書
133,136)。
 ⅱ このように,被告人両名及びB1の各自白供述には,本件贈賄の趣旨ないしその点
の認識に関して若干の食い違いがみられる。しかし,前認定のように,本件当時,被告人A
1は,C1の副社長であって,個々の営業所の営業対象まで精通しているとは考え難いほ
か,C57ダム建設工事については自ら受注調整に関与していた者であり,被告人A2は,
関東支店長として,茨城営業所の営業にも重大な関心を払い,特に翌年発注予定のC
57ダム建設工事には注目していたことがうかがわれるのに対し,B1は,Z県知事として,同
県発注工事の計画の進捗状況を熟知していた者である。したがって,上記指摘のような若
干の食い違いは,このような3名の経歴や本件当時の立場に応じて,それぞれの予備知識
や関心の重点事項の違いに基づくものといえるのである。
 (c) また,被告人両名及びB1は,本件面談状況のうち,会話の内容・順序や現金入り手
提げ紙袋の受け渡す際の様子等について,必ずしもすべて一致した供述をしているわけ
ではないが,その違いはいずれも些細なものであって,上記各供述の信用性に影響を与
えるものではなく,むしろ各人がそれぞれの固有の記憶に基づき供述した結果というべき
である。
 (イ) B4の供述について
 もっとも,本件面談を計画し同行もしたB4は,捜査・公判を通じて,一貫して本件贈賄を
否定する趣旨の供述をしており,その意味で,本件贈収賄事件に関与した者全員の供述
が一致しているということはできない。そこで,B4の本件贈賄を否定する旨の供述の信用
性及び他の事件関係者の各自白供述の信用性への影響等について検討することとする。
 a B4の公判証言の信用性
 (a) まず,B4の公判証言につき検討するに,前認定のとおり,本件面談当時,被告人A
1はC1副社長,被告人A2は関東支店長,B4は茨城営業所副所長の地位にあり,公判証
言当時も,被告人両名は共に同社顧問,B4は関東支店次長の地位にあって,いずれの
時点においても,被告人両名はB4にとって事実上の上司の地位にあった。また,B4は,
その公判証言によっても,被告人A1に結婚式の媒酌人を依頼し,被告人A1がZ県にゴ
ルフに来たときなどに会っていたというのであり,しかも,本件面談を直接に被告人A1に依
頼していることも考慮すると,被告人A1とは相当に緊密な関係があることがうかがわれる。
さらに,B4は,トップ営業を被告人A1に進言して本件面談を実現させた者であり,仮に本
件贈賄事実を知っていても,被告人両名に本件贈賄の嫌疑が掛かったことに責任を感じ
る立場にあったということができる。しかも,B4は,公判証言の際には,同社関係者や被告
人両名の面前で供述しているのであるから,捜査段階の供述と比較して,被告人両名,更
にはC1全体に不利益となるような事実を率直に供述しにくい外部的情況があったというべ
きである。
 (b) そして,B4の公判証言の内容は,前記第4の本件の背景事情等,後記オの被告人
A2によるB1へのC57ダム受注辞退申入れ,後記(4)ウのC19ビル1階玄関での被告人A1
との合流,同オの仕立券付き背広生地の準備・持参等といった本件贈賄の有無を判断す
る上で重要な間接事実について,当裁判所の認定に沿わない不自然,不合理なものであ
るから,その公判証言の信用性は低いといわざるを得ない。
 b B4の各検察官調書の証拠能力及び信用性
 (a) 問題の所在
 ⅰ 検察官は,B4の平成5年12月6日(以下,このbの項では「平成5年」の表記を省略
する。)付け検察官調書(甲書35)を刑訴法321条1項2号後段に基づき,同月22日付け
検察官調書(甲物108)を同法328条に基づきそれぞれ取調べを請求した。
 ⅱ これに対し,弁護人は,後にみるようなB4の取調べ状況等に関する公判証言を踏ま
えて,上記各検察官調書はいずれも任意性を欠き,証拠能力を欠くのみならず,同月6日
付け検察官調書は信用性もない旨主張するので,以下この点について検討する。
 (b) B4の供述経過等
 ⅰ 取調べの経過等
 関係各証拠によれば,B4は,10月22日から同月31日までの間,初日は参考人として,
翌日以降は本件贈賄の被疑者として,いずれも在宅でB58検事の取調べを受けたが,同
月31日の取調べ終了後,帰宅途中に体調不良となり,千葉県我孫子市内に所在するC
41病院に入院したこと,その後,B4は,平成6年3月4日まで入院していたが,その間に同
病院において,多数回にわたりB58検事ないしB59検事の取調べを受けたこと,12月6日
の取調べは,同病院医師B60立会いの下に行われ,同月22日の取調べは,同病院総婦
長B61立会いの下に行われたことが認められる。
 ⅱ 前記各検察官調書の内容
 B4の前記各検察官調書には,それぞれ次のような記載がある。すなわち,
 α 12月6日付け検察官調書(甲書35)
 ! 私は,昭和61年ころ,前任の茨城土木営業所副所長のB7から,「C57ダムの本体工
事はC1,C17,C38の3社が,原石山の工事はC15が取ることになっている。」と聞いた覚
えがある。その後,本社土木本部の人間から,C17がスポンサーで,C1はサブという話を
聞き,被告人A1に文句を言ったところ,「B38さんとの約束だから仕方がないんだ。C17,C
15をC17,C1に変えただけでも意味があるんだ。ダムは茨城だけではないんだ。」などと言
われた。
 " 昭和63年ころ,C57ダムの設計を受託していたコンサルタント会社に技術協力を申し
出たが,県の意向が示されない限り受けられないなどとして断られた。このような経緯から,
B38と被告人A1との間で業者間の受注調整ができていると思った。しかし,発注権限を有
する知事等の心証を悪くして指名に入れてもらえないと受注できないので,営業所として
は,確実に受注するために県担当部署に対する営業活動は欠かせなかった。「92・11月
営業打合会資料(土木系)」と題する書面には,C57ダム建設工事の総工事金額が200億
円,C1の取り分の工事金額が63億円と記載されているが,これは,工事総額200億円の
40%の80億円は受注できると思っていたが,取れなかったときに備えて控え目に63億円
としたものである。
 # 平成4年に,被告人A1から,「C57ダムの件はどうなっているんだ。」と聞かれたことが
あり,被告人A1も確実に受注できるか関心を持っていたはずである。C57ダムの平成5年
中の発注が確実になり,また,被告人A1はB1と長い間会っておらず,被告人A2も支店長
就任以来一度もB1に会っていなかったので,私は,平成4年12月初めころ,トップ営業を
計画し,被告人A1に電話して,「副社長,もう随分B1知事に会っていないんで,ここらで
一度会ってもらえないでしょうか。その際,C57ダムの発注が近づいてきていますので,C
57ダムくらいは頼んでくださいよ。」などと頼み,了承してもらった。
 $ 面談当日,私は,都道府県会館に向かう自動車内でも,被告人A1に対して,「C57ダ
ムくらいは頼んでくださいよ。」と頼んだ記憶がある。また,B1に会うのに手ぶらでは失礼だ
と思い,私一人の判断で,手土産として50万円相当の仕立券付き背広生地を用意した
が,被告人A1に,「そんな大きな目立つものを持っていくものではない。それは後にし
ろ。」などと言われたので,12月26日ころ,私が1人で知事公舎に持参してB1に手渡し,
その際,B1に「C57ダムも近いので,これまでどおりよろしくお願いします。」とお願いした。
 β 12月22日付け検察官調書(甲物108)
 私は,本件面談時に,被告人A2が何か持って知事会談話室に入ったかどうかについて
はよく覚えていない。面談終了後に,B1と私たちのいずれが先に談話室を出たか,私たち
3人の部屋を出た順番についてもよく覚えていない。本件面談時に,被告人A1がB1に対
談集以外の物を渡したという場面を思い出すことはできないが,被告人両名が,現金入り
紙袋をB1に渡したと言っているなら,私の気付かないうちに渡したのだと思う。面談時の状
況については,他の人の行動の一部始終を見てすべて記憶しているわけではないので,
被告人両名やB1らの話していることが事実ではないと主張するつもりはない。
 ⅲ B4作成の上申書の内容
 また,上記取調べ期間中に,B4が作成した上申書2通(弁物83,84)には,次のような記
載がある。すなわち,
 α B41弁護士あて10月26日付け上申書(弁物83)には,本件面談時の状況等につい
て,仕立券付き背広生地の点が触れられていないこと,談話室に入ってきたとき,B1は手
ぶらではなく何か入っている紙袋を持ってきたような記憶があるとの点を除き,おおむねそ
の公判証言と同様の内容が記載されている。なお,この上申書には,同月28日の確定日
付がある。
 β 11月7日付け上申書(弁物84)には,10月22日から連続して10日間,ほとんど午前
10時から午後10時までぶっ続けで取調べを受けた,その取調べでは,検事から「うそ付
け。」,「あほだ。」,「顔洗ってこい。」などとすごい剣幕で怒鳴られた,「おまえのおかげで
C1はつぶれるぞ。」,「おまえが本当のことを言わなければ,捕まるぞ。」などと脅された,し
かし,本件贈賄事実はない,今入院しており,口がきけなくなる,倒れる,死ぬとなった際に
も,証拠になるために真実を述べておきたいと思うなどとの記載がある。なお,この上申書
には,11月9日の確定日付がある。
 (c) 取調べ状況等に関するB4の公判証言
 B4は,取調べ状況等に関して大要次のような証言をしている。すなわち,
 ⅰα 10月22日から31日までの10日間は,連続して毎日午前10時から午後11時かそ
れよりも遅くまで,B58検事から取り調べられた。初日は,参考人として土木部の営業等に
ついて調べられ,この時,本件面談には被告人両名に同行したと言っても信じてもらえな
かった。
 β しかし,翌日,同行していたことが事実と判ると,本件贈賄の共犯者として厳しい取調
べに変わった。B58検事から,テーブルはたたくは,「顔洗ってこい。はいずり回れ。」などと
あらゆる罵倒を受けた。検事は,顔を紫色にして,ものすごい怒鳴り方で脅迫的なことを言
っていた。「もう会社をつぶすぞ。」とか「A1はもう駄目なんだから,おまえも駄目だ。連行
するぞ。」などと脅されたし,さらに,県の下水道課長の自殺やC6経理部長の自殺未遂の
話を出して,「C1はこれだけの大きな事件を起こしながら,犠牲者は何で出ないんだ。」な
どと,私に自殺しろというような脅し方もされた。検事から,「年末に何も持っていっていない
のはおかしいじゃないか。C11も200万円持っていっている。」などと厳しく追及されたた
め,私の一存で50万円の仕立て券付き背広生地を用意して持っていこうとしたが,実際に
は持っていっていないなどと述べ,その旨の上申書も書いた。
 ⅱ 10月31日の取調べが終わり,帰宅途中に体調が悪くなり,C41病院に緊急入院し
た。病名は,狭心症,高血圧症,糖尿病及び不安神経症で,前3者は持病だが軽いもの
であり,不安神経症は取調べが原因だと思う。入院中の状態は,面会謝絶で絶対安静だ
ったが,その間,11月5日,9日にはB58検事の,同月12日,15日,17日,19日,23日,
26日,12月1日,6日,13日,22日,平成6年1月21日にはB59検事の取調べをそれぞ
れ受けた。なお,11月17日には,B59検事と共にB44検事も取調べに来た。B59検事の取
調べは,入院中だったので長くても2時間くらいで,それほど脅迫したような取調べはなか
ったが,「A1はこう言っているんだ。A2はこう言っているんだ。B3はこう言っているんだ。
何でおまえだけうそを言うんだ。」というような押し付け的な取調べばかりだった。また,検事
からは,「おまえが本当のことを言わないと,A1もA2も釈放されないぞ。おまえも良くなっ
たら強制連行する。」などとも言われた。
 ⅲα 12月6日付け調書のうち,間違いなく指名に入れてもらうために営業したという部
分,被告人A1らに確実に受注できるよう知事に念押しをしてもらおうとしたという部分の「間
違いなく」,「確実に」,「念押しした」などの点について訂正を申し入れたが,「同じようなも
のじゃないか。」などと言われて,しょうがないのかなと思って署名押印したものである。ま
た,昭和61年ころにB7からC15が原石山工事を取るなどと聞かされたとする点,C57ダム
建設工事のC1の取り分が80億円であるとされている点,被告人A2を私が本件面談に誘
ったとする点は,検事に供述したことはない。
 β また,同月22日付け調書は,私が供述したことではなく,検事が,被告人両名及びB
1が本件贈賄事実を認めているのだから,おまえが見ていないならおまえの知らないところ
で渡したんだろうというふうに理詰めで押し付けてきて出来上がった調書である。
 (d) B4の検察官調書の証拠能力
 そこで,まず,B4の前記各検察官調書の証拠能力について検討する。
 ⅰ 検察官による取調べ状況
 α まず,検察官による取調べ状況についてみるに,前認定のように,B4は,10月22日
から同月31日までは連日取調べを受け,その影響もあって,同日入院しており,その後
も,13回の取調べを受けている。しかも,B4が,本件面談に同行しながら,一貫して本件
贈賄事実を否認していたことも考慮すると,前記11月7日付け上申書に記載されたほどの
ものであったかはともかくとして,B58検事から相当に厳しい取調べが行われたことが容易
に推認できる。
 β しかし,B4の公判証言によっても,11月12日以降のB59検事による取調べは,医
師,看護婦長ないし事務長の立会いの下に行われ,B4はベッドに横になって血圧測定器
を付けたままの状態で取調べを受け,医師等のほか検察官や検察事務官も随時血圧を確
認しており,取調べ時間は長くて2時間程度であったというのである。
 γ したがって,B59検事の取調べについて任意性を疑わせるような事情が皆無であるこ
とはもとより,仮にこれに先行するB58検事の取調べに行き過ぎがあったとしても,少なくと
も前記12月6日付け検察官調書が作成されるまでには,その影響から脱していたものと考
えられるから,いずれにしても,B4の前記検察官調書の任意性に疑問の余地はない。
 ⅱ B4の検察官調書の疑問点
 α もっとも,B4の前記12月6日付け検察官調書には,関係各証拠に沿わない点のある
ことが認められる。すなわち,
 ① C57ダム建設工事のC1の取り分が80億円であるとする点は,前記「92・11月営業打
合会資料(土木系)」と題する書面(甲書35添付資料)及び支店長業務引継書(弁物194)
において,受注金額が63億円とされていることと矛盾している。
 ② B4が被告人A2を本件面談に誘ったとする点は,被告人A1が被告人A2を誘った旨
の被告人A1(乙書15)及び被告人A2(乙書22)の各検察官調書と矛盾している。
 β<ア> そこで,①の点について検討するに,B4は,C57ダム建設工事におけるC1の受
注金額について,公判証言では,C57ダムのボリュームは約53万%であり,1%当たり4万
円で概算すると工事全体で約210億円になるが,うち本体工事は約75%,原石山工事が
約25%であり,本体工事で予測されるC1の取り分は40%であるから,210億円に75%と
40%を乗じた結果,C1の取り分として63億円という数字を出した旨供述している。そして,
この説明は,上記の各客観証拠に沿うものであり,検察官調書記載の80億円を63億円と
控え目に書いたとの説明より合理的ということができるほか,B4が,取調べにおいて,公判
証言と同様の説明ができない特段の事情はうかがえず,あえて検察官調書記載のような説
明をしなければならない理由も認められない。
 他方,上記検察官調書の作成に先行して,C57ダム建設工事の本体工事の価格が200
億円と聞いていたので,C1の持ち分が40%となるとして,C1の受注金額が80億円強にな
ると思ったとする被告人A1の11月12日付け検察官調書(乙書14)が存在することも考慮
すると,B59検事が,この点について被告人A1の供述に沿う内容のB4の供述を得ること
に固執していたこともうかがえるのである。
 <イ> しかしながら,その内容は,本件贈賄の嫌疑の有無とは無関係の周辺事項に関す
るものであり,B4自身,特別問題になるとは思っていなかったと証言している。したがって,
B4がこの点について記憶に反する調書の作成に応じたとしても,それは,本件贈賄事実
につきあくまで否認を通しつつ,他の周辺事情等について,取調べ検事の追及に一部迎
合したものとうかがうことができる。ちなみに,B4自身,本件贈賄については,あくまで現金
を持っていっていないという事実を述べていたが,それ以外は大して重要でないと思い,
多少ルーズなところがあり,検事の追及が変わればという気持ちやどうでもいいという気持
ちなどから,「確実に受注できるように」などとされている点については迎合した旨の供述を
しており,その取調べに臨む態度の一端を示しているものといえる。
 <ウ> このように,上記①の点は,B59検事に押し付けられた疑いはあるものの,B4の捜
査段階における供述の任意性に疑問を生じさせるものとはいえない。
 γ 他方,②の点は,被告人両名の各供述とは食い違うものであり,B59検事として,あえ
てこのような供述をB4に押し付けることは考えられず,B4が自らそのような供述をしたもの
といえるのである。
 ⅲ まとめ
 以上のとおり,B4の前記各検察官調書については,いずれも証拠能力を優に認めること
ができる。
 (e) B4の検察官調書の信用性
 ⅰ 次いで,前記12月6日付け検察官調書の信用性についてみるに,上記(d)ⅱでみた
ように一部に客観証拠と一致しない点も見受けられるが,それ以外の茨城営業所における
営業活動の状況及び本件面談を計画した理由に関しては,前記第4の本件の背景事情
等と,本件面談時に仕立券付き洋服生地を準備した状況に関しては,後記(4)オの仕立券
付き背広生地の準備・持参といった当裁判所の認定した間接事実によく沿うものであり,茨
城営業所の土木担当の副所長として本件面談を計画したというB4の立場に照らしても,極
めて合理的な内容といえることからすると,前記aで判示したとおり信用することが困難なB
4の前記公判証言と比較すると,信用性が高いことは明白である。
 ⅱα もっとも,B4の上記検察官調書は,前記12月22日付け検察官調書と照らし合わ
せると,B4が,自ら直接目撃したはずの本件面談の状況について,極めてあいまいな供
述に終始して,あたかも本件贈賄を裏付けるような供述を殊更回避する姿勢をうかがわせ
るだけでなく,B1の天の声やこれを前提とする県関係者の活動等についても,供述をあく
まで回避していることからすると,こうした部分についてはその供述をそのまま信用すること
は困難である。
 β しかし,B4本人,被告人両名,そしてC1にとって不利益であり,かつ,前記第4で認
定した本件の背景事情等に沿う供述部分,すなわち,C57ダム建設工事について受注調
整が行われたが,営業活動は欠かせなかったこと,被告人A1が同工事の出件に関心を持
ち,B4に問い合わせていたこと,本件面談は,同工事の受注を確実にするためのトップ営
業であったことなどについては,信用性を十分認めることができるのである。
 ⅲα なお,前記10月26日付け上申書に記載されたB4の捜査段階の主張内容は,お
おむねその公判証言と同様のものであり,その限りで,本件贈賄の有無に関するB4の供
述は,一貫性があるとみることもできる。
 β しかしながら,上記上申書には,談話室に入ってきた時に,B1が手ぶらではなく何か
入っている紙袋を持ってきたような記憶があると記載されているところ,B4は,この点,公判
証言において,検事からの取調べで,本件面談でB1がC1から紙袋入りの2000万円をも
らい,都道府県会館から紙袋を持って出たと言われたが,B1に2000万円を渡したことは
なく,B1が紙袋を持っていたのかなという気がしたので,上記のように書いたという,自らの
記憶にもない不自然な説明しかできないのである。そして,このことは,B4が,被告人A1
からB1に現金2000万円入りの手提げ付き紙袋を手渡したことをごまかすために,B1が当
初から紙袋を持っていたという虚構の事実を作出しようとしたことをうかがわせるものであ
る。したがって,上記上申書の存在は,B4の公判証言の信用性を補強するものではない
し,まして,上記検察官調書の供述内容の信用性を減殺するものでもないというべきであ
る。
 c 小 括
 以上検討してきたとおり,B4の前記各検察官調書はいずれも証拠能力が認められるとこ
ろ,同人の公判証言は,全般的に,捜査段階における供述は,本件贈賄事実を否定する
など被告人両名の主張に沿う部分について,信用性に乏しいというべきであるから,B4の
供述は,被告人両名,B1及びB3の捜査段階における前記各供述の信用性を左右するも
のでないということができる。
 ウ 本件の背景事情等に基づく推認との符合
 被告人両名及びB3の各自白供述はいずれも,具体的かつ詳細で,内容的に特に不自
然,不合理な点はなく,前記2で判示したところの本件の背景事情等及びB1の本件面談
後の行動に基づいて推認できる事実とよく符合するものであって,これらの推認により客観
的に裏付けられているのである。
 エ 被告人A1による裏金出納帳廃棄の指示
 (ア) 問題の所在
 a 検察官は,B2(甲書120,121,124)及びB3(甲書141)の各検察官調書に基づき,平
成5年3月21日深夜,B35献金問題の裏付け捜査の関係で取調べを受けた被告人A1,B
43及びB3が,B2と共に,被告人A1の宿泊していたホテルの一室に集まり,取調べの内
容を報告し合った際に,B43から,「裏金関係資料を検察庁に押収されたようだ。」などの
発言が,B3からも,「取調べで,B43から裏金出納帳を引き継いでいるだろうと聞かれた。」
という発言があり,これを聞いた被告人A1が,「そういう物は処分しなさい。」などと言って
裏金出納帳廃棄を指示した旨主張する。
 b これに対して,弁護人は,そのような事実はない旨主張し,被告人A1も,捜査段階か
ら一貫して,こうした指示を否定する趣旨の供述をし(乙物112,130回,131回,134回),B
2(104回~106回)及びB3(37回,42回)も,公判段階では,そのような指示を受けたことを
否定する供述をしている。
 c そこで,以下,被告人A1による裏金出納帳廃棄の指示があったかどうかについて検
討するが,これに先立ち,まず,B2の各検察官調書の証拠能力について検討することとす
る。
 (イ) B2の各検察官調書の証拠能力
 a 弁護人の主張
 弁護人は,B2の検察官調書5通(甲書120~124)の証拠能力について,B2が,取調べ
検事から,非常に厳しい取調べを受ける中で,「みんな言わないともっとC1をいじめる
ぞ。」,「支店にどんどんガサかけるぞ。」,「B80会長を逮捕する。」などと言われたことや,
恩義のあるB62副社長の名前を出せず,かといって裏金出納帳の廃棄について自らがそ
のすべての責任を負う覚悟ができなかったため,検察官からの,裏金出納帳廃棄の指示を
したのは被告人A1だろうという追及に迎合して,その旨の記載のある検察官調書に署名
指印したものであり,特信性を欠き,いずれも証拠能力がない旨主張する。
 b B2の供述経過等
 そこで,以下,B2の上記検察官調書5通の特信性の有無について検討するに,関係各
証拠によれば,B2の捜査段階における供述経過等として,次のような事実が認められる。
すなわち,
 (a) B2は,まず在宅により,平成5年9月16日から同年10月28日(以下,この(イ)の項で
は,「平成5年」の表記を省略する。)までの間はB63検事の取調べを,同日に逮捕されて
以降はB45検事の取調べを,いずれも裏金出納帳の廃棄を被疑事実とする証拠隠滅の被
疑者として受けて,以下の各検察官調書に署名指印している。
 (b) このうち,10月31日付け検察官調書(甲書120)には,被告人A1から,3月21日及
び22日に,それぞれ次のような裏金出納帳廃棄に関する指示を受けた旨の記載がある。
すなわち,
 ⅰ 3月21日,被告人A1,B43,B3及び私の4人が,ホテルの一室に集まり,私を除く3
人が取調べの内容等を報告した。その際,B43が,裏金に関するメモ等を検察庁に押収さ
れたかもしれない旨発言し,B3も,裏金出納帳の引継ぎについて聞かれた旨発言した。
すると,被告人A1が,「経理はそんなものを付けているのか。」,「何が書いてあったん
だ。」などと尋ねたので,B43が,「裏の収支が書いてあります。」と答えたところ,被告人A1
は,「そういう物は処分しなさい。」と裏金出納帳の廃棄を指示した。確かこのときも「各支店
の責任でやりなさい。」と言っていたように思う,そこで,私は,B3に,「処分したらおそらく,
誰の指示でやったのかと検察庁の取調べで聞かれるだろう。そのとき,A1副社長から指示
されたとは言えませんよ。だから,自分の判断で処分したと言ってください。それでも,どう
しても頑張りきれなかったら,僕から指示されたと言ってもやむを得ませんよ。」と話し,B3
は,「分かりました。自分の責任でやったと言います。」と答えた,翌22日,私かB3のホテ
ルの客室で,B3から,裏金出納帳廃棄について再確認を受けた。
 ⅱ 同月22日,被告人A1らに対する事情聴取の後,本社の被告人A1の部屋に,被告
人A2,B89本社管理部長,私,B43らが集まった。その際,B43が,裏金出納帳を検察庁
に押収された旨発言すると,被告人A1が,「そんなもの,どこに置いてあったんだ。」,「経
理はそんな帳簿を付けているのか。」,「それは要る帳簿か,要らない帳簿か。」と言ったの
で,私が,企業会計上必ずしも必要ではない旨答えたところ,被告人A1が,「それならなく
てもいい帳簿か。要らない帳簿なんだな。何でそんなものを取っておくんだ。要らないもの
なら支店の責任で処分しろ。」ないし「廃棄しろ。」などと再度裏金出納帳の廃棄を指示し
た。
 (c) 11月3日付け検察官調書(甲書121)には,3月21日と翌22日に被告人A1から裏金
出納帳廃棄の指示があったので,支店から送られてきていた原価表等もこれに該当すると
考え,自らがシュレッダーにかけて細断処分したなどとの記載がある。
 (d) 11月4日付け検察官調書(甲書122)には,「裏金に関する帳簿類は処分しろ。」との
被告人A1の指示があったので,保管していた原価表等をシュレッダーにかけて処分した
などとの記載がある。
 (e) 同月12日付け検察官調書(甲書123)には,3月19日昼休み,関東支店会議室にお
いて,被告人A1,B62,B43,B3,私,山梨営業所長らが出席して,B35元議員に対する
献金やC42協会の談合問題に関する事実関係の確認などを行った,その後,被告人A1,
B62,B43,B3及び私が残り,被告人A1からB35元議員への献金について,「B35さんへ
の献金は,実は自分が持って行った。金を持っていかないと,工事の受注を邪魔されるか
ら仕方がない。ほかの業者もやっていることだ。」,「以前は既に亡くなったB50経理部長か
らもらっていたが,彼が亡くなってからは,B43からもらっていた。去年の7月までは持って
いったが,12月は持っていっていない。」などと発言し,B43及びB3から,B35元議員への
献金は関東支店の裏金から出していた旨の発言があった,私は,B35献金に関連する裏
金を国税当局に公表せざるを得ないことから,B3に,関東支店の裏金出納帳を確認させ
た上,12月にB35元議員の所に持っていく予定だった1000万円についてはほかの裏金
と区別して保管しておくように指示した,この会議の後の午後3時30分ころか4時ころ,被
告人A1が検察庁から呼出しを受けたので,すぐ被告人A1の部屋まで戻るようにとの連絡
を受け,被告人A1,B62,被告人A2,B43,私,B3らが集まって対応を協議して,B35元
議員に対する献金分については明らかにすること,金の出所に関する伝票や元帳に付せ
んを張っておくことなどが確認された,さらに,被告人A1かB62かよく覚えていないが,「当
然ガサ入れがあるだろうから,身辺整理はしておくように。」という注意があったなどとの記
載がある。
 (f) 最後に,11月13日付け検察官調書(甲書124)には,3月19日からの経緯について
説明した上,同月21日夜,被告人A1が宿泊するホテルの一室に,被告人A1,B43,B3
及び私が集まり,私を除く3名が検察庁での取調べの内容を報告したが,その際,B43が,
裏金に関するメモか出納帳のようなものを検察庁に押収されているかもしれない旨発言し,
B3が,取調べ検事から,裏金出納帳を引き継いだだろうなどと言われた旨発言した,する
と,被告人A1が,「経理はそんなものを付けているのか。それには何が書いてあるんだ。」
などと言ったので,私たちが,裏金の出入りが全部書いているなどと答えると,被告人A1
は,「そんな大事なものを取られたのか。そんなものを取られていたら,そりゃ大変だぞ。」
などと言った,B3が,検事から裏金出納帳を引き継いだだろうと責められているが,どうす
ればいいかなどと言ったところ,被告人A1が,「そんなものは廃棄しなさい。」と命令した,
そこで,私は,B3に対し,「裏帳簿を処分したら,検察庁での取調べの際,おそらく誰の指
示でやったのかと聞かれるだろう。そのときに,代表取締役であるA1副社長から指示され
たということは言えませんよ。だから,あくまで裏帳簿に関する支店の責任者として,自分の
判断で処分したと言ってください。それでも,どうしても頑張りきれなかったら,僕から指示さ
れたと言ってもやむを得ませんよ。」と話した,すると,被告人A1は,「そうだな。やっぱり,
おれが言ったというのはまずいから,支店の責任でやってくれ。」と言い,B3は,支店の責
任でやったと言う旨答えていた,翌22日,私かB3の部屋でB3から裏金出納帳の処分に
ついて確認を求められ,更にどのように廃棄すればよいか聞かれたので,例えばシュレッ
ダーにかけるという方法もあるなどと,裏金出納帳の廃棄を指示した,同日も,被告人A1ら
の取調べが終わった後,被告人A1のホテルの部屋に,被告人A1,B43,B3及び私が集
まり,その際,B3が,「裏帳簿はシュレッダーにかけて処分しました。取調べのときは,今日
も『裏帳簿などはない。』と言って頑張りました。」と報告していたなどとの記載がある。
 c B2の捜査段階の供述の特信性を担保する外部的情況
 以上のようなB2の供述経過等を踏まえて,B2の捜査段階の供述の特信性を担保する外
部的情況について検討する。
 (a) 供述の独自性
 B2は,逮捕4日後の10月31日に,被告人A1の裏金出納帳廃棄の指示を認める検察
官調書(甲書120)に署名しているところ,被告人A1は,捜査段階を通じてこのような指示
をしたことを否認しており,B3が被告人A1の上記指示を認めた供述をしたのは11月15日
であって(甲書141),他の者がそれより以前に,被告人A1の上記指示について供述した
証跡は全く認められないから,B2は,被告人A1の供述やB3ら関係者の供述等からは独
自に,詳細な供述をしたことが認められる。
 (b) 取調べ検事による供述の押し付けの不存在
 B2は,その公判証言によっても,取調べ検事から,裏金出納帳廃棄の指示をしたのが,
土木部門のトップである被告人A1であるというのはおかしく,経理部門のトップである財務
担当副社長のB62からの指示だったのではないかとの追及を受けたというのであり,取調
べ検事がB2に対して被告人A1の指示に関する供述を押し付けるような状況があったとは
うかがわれない。
 (c) 弁護人と接見する中での供述の一貫性
 ⅰ そして,B2は,関係証拠によれば,逮捕後,10月29日に2回合計25分,11月2日
に14分,同月8日,11日及び16日に各20分ずつの合計6回にもわたって弁護人と接見し
ているものと認められ(甲書138),その助言を得る機会が何度もありながら,10月31日に,
被告人A1による裏金出納帳廃棄の指示を認める検察官調書に署名指印して以降,一貫
して同旨の記載のある検察官調書に署名指印しているのである。
 ⅱα もっとも,B2の検察官調書の内容は,被告人A1から裏金出納帳廃棄の指示を受
けた日時について,当初の3月21日及び翌22日の2回であったとする供述(甲書
120,121)から,同月21日に被告人A1から指示があり,翌22日には,B3が被告人A1に
対して関東支店の裏金出納帳を廃棄したことを報告した旨の供述(甲書124)に変遷してい
る。
 β しかしながら,B2は,その公判証言においても,取調べの際には,3月21日から23
日くらいまでの事実を混同していた旨供述しているのであり,その間の被告人A1からの裏
金出納帳廃棄の指示について,記憶に混乱があったとしても,あながち不自然とはいえな
い。
 γ また,B2の当初の供述は,被告人A1が,3月21日と翌22日の2回も,裏金出納帳
の存在について確認したとするなど,いささか不自然であるのに対し,変遷後の供述は,
同月21日に被告人A1から指示があり,翌22日には,B3がその結果報告をしたという自
然な内容となっている。
 δ さらに,B2は,その公判証言によっても,取調べ検事から,被告人A1から2回にわた
り指示があるのは不自然なのではないかとの追及を受けたというのであるから,上記のよう
な供述の変遷は,そのような取調べを受ける中で,記憶喚起に努めることにより,当時の記
憶が喚起されたものと合理的に推認できるのである。
 η したがって,上記のような供述の変遷が,B2の供述全体の信用性に影響を及ぼすこ
とはないというべきである。
 (d) そうすると,被告人A1による裏金出納帳廃棄の指示に関するB2の供述は,取調べ
検事による押し付けではなく,B2が,被告人A1の供述やB3ら関係者の供述等からは独
自に,詳細に供述したものであり,しかも,弁護人と繰り返し接見して助言を得る機会を得
ながら,逮捕から4日後に初めて供述して以降,一貫して供述していると認められるのであ
り,このようなB2の供述経過等は,B2の上記供述が,自発的に固有の記憶に基づいてさ
れたことをうかがわせるものということができる。
 d 取調べ状況等に関するB2の公判証言の信用性
 ところで,B2は,被告人A1による裏金出納帳廃棄の指示等を認める趣旨の前記各検察
官調書に署名指印した理由について,当公判廷では,後にみるとおり,前記a記載の弁護
人の主張に沿った証言をしているので,以下,取調べ状況等に関するB2の公判証言の信
用性について検討する。
 (a) B2の公判証言の全体的な信用性
 ⅰ 裏金出納帳廃棄への被告人A1の関与に関する供述の不自然な変遷
 α B2は,被告人A1による裏金出納帳廃棄の指示の有無について,検察官の主尋問
に対しては,被告人A1からの指示はなかったが,被告人A1の面前で,自分がB3に裏金
出納帳廃棄の指示をした旨証言していたのに,弁護人の反対尋問に対しては,B3に裏金
出納帳の廃棄を指示したのは,被告人A1の面前ではなく,B3が取っていたホテルの部屋
だったなどと証言するに至っている。
 β そして,このように証言を変遷させた理由について,B2は,弁護人との打ち合わせで
B3の証言内容等を聞かされたり,B3に事実確認をするなどしたことによって記憶を喚起し
たというものである。しかし,前記のとおり,裏金出納帳の廃棄からわずか約7か月後の捜
査段階でも3月21日から23日くらいまでの事実について混同していたというB2が,それか
ら更に約6年9か月も経過した時点で,他の関係者の証言内容等を聞くことによって,自ら
の記憶を喚起できたというのも容易に想定し難いところであり,上記証言の変遷は,他の関
係者の証言内容に影響を受けたことによるものとうかがわれる。
 γ さらに,B2のこの点に関する供述内容は,捜査段階における検察官調書,主尋問に
対する証言,反対尋問に対する証言の順に,次第に被告人A1による裏金出納帳廃棄に
関する関与の程度が低くなっているのであり,被告人A1の公判供述の内容等をも併せ考
慮すると,このような供述の変遷状況は,B2が,当初の公判証言において,検察官調書の
内容から後退させた供述をしたものの,被告人A1の主張には沿わない不都合な内容であ
ったため,更にこれを変遷させたことをうかがわせるものである。
 ⅱ B35献金問題に関する供述の不自然な変遷
 α また,B2は,B35元議員に対する裏献金(以下「B35献金」という。)の原資に関し,第
102回公判期日には,検察官の主尋問に対して,B62から「B35献金の財源を探せ。」と指
示され,全支店の使途不明金を調査した結果,関東支店の管理部門で雑費として原価処
理した使途不明金しかないと思い,B62に報告した,3月19日昼,被告人A1,B62,B3ら
とB35献金の件を話し合った際,被告人A1が「関東支店の使途不明金がB35献金の原資
である。」と発言した旨証言していたのに,第104回公判期日には,弁護人の反対尋問に
対して,B62の指示は「B35献金の本当の財源は出せないからそれにすり替わる別の財源
を探せ。」という趣旨と理解していた,関東支店の使途不明金が金額等でB35献金に一番
合致しているためである,被告人A1の上記発言の趣旨は「B35献金の財源は関東支店の
使途不明金だったことにする。」という意味だったなどと証言するに至っている。
 β この点,B2は,当初の証言は,自分の検察官調書を読んで,そうだったかなというこ
とで証言したが,その後に,その検察官調書に間違いが非常にたくさんあったことに気付
いたなどと証言するが,B2が証言するように,捜査段階では,検察官から事実と異なる供
述を押し付けられて虚偽供述をしたというのであれば,そのことも記憶に鮮明に残るはずで
あるのに,検察官調書を読んでその内容に特段の疑問も持たずにその内容と同旨の証言
をすることなど,考え難いところである。
 γ また,B2は,B62の指示や被告人A1の発言を上記のように理解した理由について,
B62はB35献金の真の財源を知っていると思っていたからであるとか,被告人A1が自分の
報告した関東支店の使途不明金が財源であると発言したからであるなどと述べるのみで,
何ら合理的な説明をしていない。しかも,B2は,全支店の経費性を自己否認した使途不
明金を調査し,関東支店の管理部門で雑費として処理した使途不明金しかないと思って,
B62に報告したというのであり,そのような調査の経緯,特に,徹底的な調査を行ったにも
かかわらず,他にB35献金に見合う使途不明金を発見できなかったという事実に照らすと,
B2の上記証言も信用することが困難である。
 ⅲ まとめ
 以上のとおり,B2の公判証言は,その根幹部分において不自然に変遷しているところ,
このような供述の変遷状況は,B2がその記憶に基づくことなく,様々な思惑から供述して
いることをうかがわせるものである。そして,前認定のとおり,B2の公判証言当時,B2は専
務取締役財務本部長としてC1の経営の一翼を担う立場にあり,被告人両名は共にC1の
顧問の地位にあったことも考慮すると,B2は,公判証言当時,被告人A1の面前において
は,被告人A1,ひいてはC1にとって不利益な事実を供述することが困難な状態にあった
ことがうかがわれるのであり,B2の公判証言は,全体的に信用性に乏しいものというほかな
い。
 (b) 取調べ状況等に関する公判証言の信用性
 ⅰ そこで,最後に,B2の取調べ状況に関する公判証言について検討するに,B2は,こ
の点,次のとおり証言している。すなわち,
 α 海外出張中の9月15日,B62から至急帰ってくるように言われ,翌16日帰国すると,
検察庁から出頭するよう連絡が入っていた。同日午後出頭して取調べを受け,その後,逮
捕される同年10月28日の前日までに30日くらい取調べを受けた。
 β 同月28日逮捕されて勾留され,大変ショックを受けて動揺した。逮捕勾留中は,ほぼ
毎日非常に厳しい取調べがあり,取調べ検事から「みんな言わないともっとC1をいじめる
ぞ。」,「支店にどんどんガサかけるぞ。」,「B80会長を逮捕する。」などと言われた。「C1を
つぶすぞ。」とまで言われたかどうかは分からないが,それに近いことは言われた。
 γ 自分の判断でB3に関東支店の裏金出納帳の廃棄を指示した旨供述していたが,取
調べ検事から「A1の指示だろう。」と追及を受け,一人で罪を全部かぶってしまう覚悟もで
きず,かといって,B62には大恩がある上,B62が身体を害しており,その名前を出せなか
ったため,これに迎合してしまった。
 ⅱα しかしながら,B2の公判証言が全体的に信用性に乏しいものであることは,前記
(a)でみたとおりである。
 β また,B62をかばうために虚偽の供述をしたとする部分については,前記c(b)でみた
とおり,B2の公判証言によっても,取調べ検事から,土木担当の被告人A1が裏金出納帳
廃棄の指示をするのは不自然であり,財務担当副社長のB62からの指示があったのでは
ないかという追及も受けていたというのであるから,取調べ検事が,被告人A1からの指示
があったことを前提に取調べを行ったような状況はうかがわれない。しかも,仮にB62をか
ばおうとしたからといって,C1主計部担当部長であったB2が,検事から追及されて,同社
の代表取締役副社長である被告人A1につき,同人が実際には裏金出納帳の廃棄に全く
関与していないにもかかわらず,同人を罪に陥れるような虚偽の供述をあえてするようなこ
とは考え難いところである。
 γ さらに,取調べ検事による脅迫的言辞に関する公判証言についても,B2は,検察官
から,その正確な文言を確認されると,「とにかく,とことんやるぞということは言われた。」,
「何とか支店,何とか支店にガサ入れした。ここにも行ったというようなことで,ちゃんと全部
言わないと,というようなことで非常に厳しかったと思っている。」と述べるにとどまっている
のである。
 δ したがって,B2の取調べ状況等に関する上記公判証言は信用できないから,それを
前提とする弁護人の主張も採用の限りでない。
 e B2の各検察官調書の証拠能力についての結論
 以上のとおり,B2の捜査段階における供述はいずれも,その公判証言よりも信用すべき
特別の情況があったと認められるから,検察官請求に係るB2の検察官調書5通(甲書
120~124)はいずれも証拠能力を有することが明らかであって,これを否定する趣旨の弁
護人の主張はすべて採用することができない。
 (ウ) 被告人A1による裏金出納帳廃棄の指示の有無
 そこで,被告人A1による裏金出納帳廃棄の指示の有無について検討する。
 a B2及びB3の捜査段階における各供述
 B2及びB3は,捜査段階において,それぞれ次のように被告人A1による裏金出納帳廃
棄指示の存在を裏付けるべき供述をしている。すなわち,
 (a) まず,B2は,その検察官調書(甲書124)において,被告人A1が,B43から,関東支
店経理部が裏金出納帳を作成していると聞き,B3から,「私は,検事から,『裏帳簿を引き
継いだだろう』と責められていますが,どうすればいいんでしょうか。」と尋ねられて,「そん
なものは廃棄しなさい。」と指示した旨供述している。
 (b) また,B3は,その検察官調書(甲書141)において,被告人A1が,B43の報告を聞
いて,「そんなもの付けていたのか。」というような表現で驚き,それが検察庁に押収された
ことを聞いて,「そんなものは要らないだろう。」というようなことを言っていた,この言葉は,
「処分しろ。」という意味に受け取れたが,そのように具体的で明確な言い方であったかよく
覚えていない旨供述している。
 b B2及びB3の各供述の信用性
 (a) 供述相互の符合
 ⅰ このように被告人A1が裏金出納帳の廃棄を指示したことについては,B2及びB3が
異口同音に供述するところである。しかも,この点について,B2は,前認定のように,独自
に供述しており,他方,B3は,B2の上記供述を踏まえた取調べに対しても,指示の文言
についてはB2と異なる供述をし,被告人A1から「B62副社長と相談して対処しろ。」と言わ
れたことは記憶になく,B2から「廃棄処分の命令者を検察庁で聞かれても,A1副社長に
指示されたとは言えないから,自分の判断でやったと答えなさい。どうしても頑張りきれなか
ったら,B2の名前を出してもやむを得ない。」と言われたことは否定しているのであり,互い
に影響されたような状況は存在しないのである。したがって,B2及びB3の上記各供述は,
相互に信用性を補強し合う関係に立つということができる。
 ⅱα もっとも,被告人A1による裏金出納帳廃棄の指示に関して,B3の供述は,前記の
とおり,B2の供述と比べると,相当にあいまいなものとなっている。
 β しかし,前記第3の3(3)イ(イ)eで判示したようなB3の供述心理に照らせば,被告人A
1による裏金出納帳廃棄の指示に関して供述した当時,B3は,裏金出納帳の廃棄を被疑
事実とする罪証隠滅の被疑者として逮捕勾留されていたのであり,被告人A1による上記
指示を認めることは,この件に関しても,被告人A1の責任を決定的に裏付けるものとなる
供述をすることになるため,躊躇を覚えたものの,検事から示されたB2の供述が,具体的
であることから,全面的に否定することは困難と考え,あいまいな供述にとどめたものとうか
がわれるのである。
 γ したがって,B3の供述があいまいであることは,その信用性に影響を与えるものでは
なく,むしろB2の供述の信用性を補強するものというべきである。
 (b) 客観的状況との合致
 ⅰ 次いで,平成5年3月当時の状況をみると,関係各証拠によれば,当時,B35脱税事
件がマスコミ等で大きく取り上げられていたところ,同月19日には,被告人A1,B62,B2,
B43及びB3らがB35献金問題に関して対応を協議し,同月21日には,B35脱税事件の裏
付け捜査として,C1本社及び関東支店に対する捜索差押えが行われるとともに,関東支
店における裏金の管理,入出金等に関与していたB43及びB3,B35元議員に裏献金を行
っていた被告人A1が検察庁による取調べを受けたこと,その取調べ終了後の同日深夜,
被告人A1が宿泊していたホテルの一室に,被告人A1,B43,B3らのほか,本社主計部
担当部長としてC1の全支店の裏金の収支等を把握する立場にあったB2が集まって,被
告人A1ら3人が取調べ内容を報告し合い,その中で,B43から,裏金関係資料を検察庁
に押収されたようだとの発言が,B3からも,取調べでB43から裏金出納帳を引き継いでい
るだろうと聞かれたとの発言があったことが認められる。
 ⅱ このように,同月21日当時は,検察庁によるB35脱税事件の裏付け捜査に伴い,C1
の裏金も捜査の対象となり,同社関係者に対する取調べにおいて,裏金の使途や裏金出
納帳に関しても聴取され,検察庁に裏金関係資料の一部も押収されて,その内容次第で
は,同社の裏金の使途等についての捜査が進められる可能性も否定できない状況にあっ
たところ,更に裏金の収支がすべて記載されている裏金出納帳を押収されるようなことがあ
れば,民間得意先に対するリベートのほか,政治家等に対する他の裏献金の事実も明らか
となって,贈賄や政治資金規正法違反の嫌疑をかけられるおそれが生じていたものと認め
られる。
 ⅲ そして,B2,B3及びB43のC1における立場からすれば,このようなおそれを当然認
識していたはずである。また,被告人A1も,B43やB3の上記発言から,関東支店の裏金
出納帳の存在について認識するに至ったものであるところ,前認定のように,被告人A1が
同社で政治家等に対する資金提供の仕事を担当しており,その実態についても最も知り
得る立場にいたことからすると,裏金出納帳が検察庁に押収されるようなことがあれば,自
らも捜査の対象となり,ひいては同社が重大なダメージを受けるおそれのあることを当然に
懸念したはずである。
 ⅳ そうすると,被告人A1が,本来は土木担当の副社長であり,経理関係では直接に指
示する立場になかったとしても,裏金出納帳が検察庁に押収されることによって,自分ばか
りでなくC1が被るおそれのある不利益の大きさを強く懸念したことがうかがわれるのであり,
また,B2らとしても,裏金出納帳をどうするか早急に決めなければならない立場にあったか
ら,裏金と密接な関係を有する政治家等に対する資金提供を担当しており,同社の筆頭副
社長でもある被告人A1から指示があれば,当然にそれに従ったものと考えられる。すなわ
ち,当時は,被告人A1が,裏金出納帳を管理するB3らに対して,裏金出納帳を廃棄する
よう指示し,B3らも,この指示に従うべき客観的状況にあったといえるのであり,このような
客観的状況の存在も,B2及びB3の前記各供述の信用性を裏付けるものといえる。
 (c) まとめ
 以上のように,B2及びB3の前記各供述は,相互に信用性を補強し合う関係に立つととも
に,当時の客観的状況によっても裏付けられており,共に高い信用性を認めることができ
る。
 c B2,B3及びB43の各公判証言の信用性
 もっとも,B2及びB3はいずれも,捜査段階の供述を翻して,公判段階では,被告人A1
からの裏金出納帳廃棄の指示はなかった旨証言し,B43も,同趣旨の公判証言をするの
で,その信用性について検討する。
 (a) B2の公判証言について
 ⅰ B2は,公判段階では,裏金出納帳廃棄の指示はB62からされたものである旨証言す
る。
 ⅱ しかしながら,B2が証言するところのB62による指示とは,B2が,B62から,B35脱税
事件に対する検察庁の捜査がC1に及んだ場合の社内の連絡調整役を依頼された際,B
62に,裏金関係のメモ等をどうするか尋ねたところ,B62から,「まあ,しかし,経理は,しか
しなあ,なかなか,ああ。」,「これは処分をした方がいいんだろうけれども,まあ,そこら辺は
なあ,うーん。」と言われたというにすぎないのであり,これをもって裏金出納帳廃棄の指示
とみることは困難である。
 ⅲ しかも,裏金の管理は,政治家や得意先等との関係に深く関わるという性質にかんが
み,C1の経営上も,重要な事項に当たるとみられるのであり,その裏金の出納を記録し管
理するための裏金出納帳について,上記のような趣旨不明の指示のみで,再度の意思確
認をすることもなく廃棄することなど,あり得ないことというべきである。
 ⅳ さらに,B2の公判証言は,前判示のように,全体的に信用性に乏しいものであり,上
記指示があったとされる日時等に関する供述も,極めてあいまいであることからすると,裏
金出納帳廃棄の指示に関するB2の公判証言もまた,信用することは困難である。
 (b) B3の公判証言について
 ⅰ 次に,B3は,公判段階では,被告人A1は,「そんな資料があったのか。」などと言っ
ていたが,「そんなもの要らないだろう。」などとは言っておらず,B2から強く指示された旨
証言している(37回,42回)。
 ⅱ しかしながら,B3の公判証言が全体的に信用できないことは,前記第3の3(4)でみた
とおりである。また,上記(a)ⅲで指摘したように,C1の経営上も重要な事項と考えられる裏
金を管理する裏金出納帳を,本社主計部担当部長にすぎないB2の指示のみで廃棄する
というのは,いかにも不自然である。
 ⅲ また,B3は,自らも裏金出納帳を廃棄しようと考えた理由について,民間得意先に大
変な迷惑をかけることになると思ったからであり,贈賄や政治資金規正法違反等の事実が
問題になるとまでは考えなかった旨証言するが,当時は,前認定のとおりB35脱税事件の
裏付け捜査を受けている状況にあったことからすれば,殊更に民間得意先関係のみを強
調するこの証言内容も不自然である。
 ⅳ したがって,裏金出納帳廃棄の指示に関するB3の公判証言も,信用することができ
ない。
 (c) B43の公判証言について
 ⅰ B43は,公判段階において,自分の机の中から裏金関係の資料が押収されたようだ
と報告したが,被告人A1は,土木系で,帳簿類のことについては素人なので,余りぴんと
来ているような感じはなかった,裏金関係の資料を処分するように指示したこともなかったと
思う旨証言している(62回)。
 ⅱ しかしながら,前認定のような,被告人A1のC1代表取締役副社長という地位や政治
家等に対する資金提供を担当していたという役割に照らすと,裏金関係の資料が押収され
たとするB43の報告を聞いて,被告人A1が驚かなかったはずはなく,B43の上記公判証言
は,B2やB3の捜査段階における各供述を待つまでもなく,極めて不自然なものであって,
信用の限りではない。
 d 被告人A1の公判供述の信用性
 (a) 被告人A1は,公判段階において,自分は土木担当の副社長であり,経理関係は担
当でないことを強調して,裏金出納帳の廃棄を指示したことを否認する趣旨の供述をして
いる(130回,131回,134回)。
 (b)ⅰ しかしながら,被告人A1が経理関係を担当していないからといって,それが裏金
出納帳廃棄の指示をしなかったことの理由となるものでないことは,前記b(b)で指摘したと
おりである。また,被告人A1は,公判段階において,裏金の存在やその使途等に関して
極めてあいまいで回避的な供述に終始しているところ,前記のような被告人A1のC1にお
ける地位や立場,役割等に照らすと,これらの点について具体的な認識がなかったかのよ
うな供述も,不自然なものといわざるを得ないのであり,裏金に関連する被告人A1の供述
は全般的に信用するに足りないというほかない。
 ⅱ なお,被告人A1は,捜査段階では,本件贈賄事実を認めた後においても,裏金出
納帳廃棄の指示については否認していたものの(乙物112),「そんな帳簿があったのか。
それは大変だな。」と発言をしたこと,さらに,B2がその言葉を裏金出納帳廃棄の指示と受
け取る可能性は認めており,公判供述とは趣旨を大きく異にするものである。しかも,被告
人A1にとっては,裏金出納帳廃棄の指示を認めることは,本件贈賄事実を裏付けるととも
に,その情状にも重大な影響を与えるだけでなく,新たに罪証隠滅の刑責も問われかねな
い事態を招くことになるのである。したがって,被告人A1が否認を通したからといって,そ
の公判供述の信用性を基礎付けるものとはいえない。
 (c) したがって,裏金出納帳廃棄の指示を否認する被告人A1の公判供述も信用するこ
とはできない。
 e 以上のとおり,裏金出納帳廃棄の指示に関するB2の捜査段階の前記供述は,高い
信用性が認められるのであり,これによれば,被告人A1が明確に裏金出納帳廃棄の指示
をしたものと認定することができる。
 (エ) まとめ
 以上検討してきたとおり,被告人A1が,平成5年3月21日に,その担当していた政治家
等に対する裏献金等の発覚を恐れて,B3らに対し,裏金出納帳の廃棄を指示した事実が
認められる。そして,B2が捜査段階で供述するように,被告人A1は,その指示を明確かつ
強い口調で行ったというのであり,具体的な裏金支出,とりわけ,比較的近い時期のものを
念頭に置いていたことがうかがわれるのである。そうすると,上記指示の事実は,その約3
か月前の事件とされる本件贈賄事実を認める趣旨の被告人両名の捜査段階の各供述の
信用性を裏付けるべき事実ということができる。
 オ 被告人A2によるC57ダム建設工事の受注辞退申入れ
 (ア) 問題の所在
 a 検察官は,B1(甲書135)及び被告人A1(乙書16)の各検察官調書に基づき,平成5
年5月27日,被告人A2が,被告人A1の代理としてB1と面談し,その際,C57ダム建設工
事の受注辞退を申し入れた旨主張する。
 b これに対し,弁護人は,被告人A2がB1に申し入れたのは,C17とのJV解消であっ
て,C57ダム建設工事の受注辞退を申し入れたことはない旨主張し,B1(120回),被告人
A1(130回,133回)及び被告人A2(144回,148回)も,公判段階では,同旨の供述をして
いる。
 c そこで,以下,被告人A2によるC57ダム建設工事の受注辞退の申入れがあったかどう
かについて検討する。
 (イ) B1及び被告人A1の捜査段階における各供述の信用性
 a B1の供述の信用性
 (a) 被告人A2によるC57ダム建設工事の受注辞退の申入れについて,B1及び被告人
A1は,捜査段階では,異口同音にこれを認める供述をしている。
 (b)ⅰ しかも,B1の捜査段階における供述が全体的に信用性が高いのに対し,その公
判供述が信用できないことは,前記第2,第4及び第5の3で詳細に判示したとおりである。
そして,B1は,公判段階においても当初は,被告人A2が申し入れてきたのは受注辞退だ
ったとし,受注辞退の理由は分からない,あるいは理由は言われたがはっきりしなかったな
どと,捜査段階の上記供述と同趣旨の供述をしていたのである(89回,91回,107回)。
 ⅱα もっとも,B1は,その後,B1ノート№2の平成5年11月1日の欄(72頁)に「C1 C
57ダムをやめたいというのは本当。向こう(C1の方)から水戸へA1の代理の人が来て,今
まで新しい入札方式になるから,C17の親のもとではやりたくないと云っていたが,それはウ
ソであった。危ない状勢だから受注したら危なくなるという理由。」との記載を示されて,被
告人A2の申入れは新しい入札方式になるので,C17のスポンサーではやりたくないことを
理由としたJVの解消だったと供述を変遷させている(120回)。
 β この点,B1は,B1ノート№2の上記記載について,B17検事からC1関係者の話とし
て告げられたところを記載したものである旨述べているところ(84回,120回),B4の公判証
言(57回)に照らせば,上記C1関係者とはB4であり,同人の話は,C17とのJV解消の申入
れであったという趣旨であったことがうかがわれる。さらに,前記のようなB1の公判段階の
当初の供述をも勘案すると,B1ノート№2の上記記載は,B17検事から,被告人A2は「新
しい入札方式になるから,C17の親の下ではやりたくない」と申し入れた旨のB4の供述を
聞かされたB1が,それでも,被告人A2の申入れは受注辞退の趣旨であったとの認識に
変わりのないことを記載したものと解されるのである。
 γ したがって,被告人A2の申入れはC17とのJV解消の趣旨にすぎなかったとするB1
の公判供述は,信用することが困難である。
 (c) そうすると,B1の捜査段階における前記供述は,高い信用性を認めることができる。
 b 客観的状況との合致
 (a) 被告人A2が,被告人A1と相談の上,被告人A1の名前でB1との面会の約束を取り
付け,平成5年5月27日,被告人A1の代理として,B4を伴って水戸市内のZ県公館にま
でわざわざ出向き,B1と面会したことは,関係各証拠から明らかである。
 (b)ⅰ また,関係各証拠によれば,これに先立つ同年3月下旬から,東京地検特捜部に
よるB35脱税事件の裏付け捜査として,C1関東支店が管理する裏金の金額を確認される
とともに,平成元年9月22日の欄に,「摘要」として「B50 Z県知事」,「支払金額」として「1
0000000」などと記載のある現金出納帳用紙(物27)や,「工事名」欄に「茨城」,「支出済
額」欄に「20,000,000」,「支出内容・工事出件時期等」欄に「B1知事s」などと記載のあ
る「営業先行投資立替金(工事未出件分),関東支店」と題する書面(物43)等が押収され
たこと,平成5年3月22日には,B3が,被告人A1の指示に基づき,同支店の裏金出納帳
を廃棄し,その後,これを再製して東京地検特捜部に提出したこと,そして,そのころには,
被告人A1も,国会議員に対する献金等について取調べを受けるとともに,B1に対する平
成元年の支出に関しても取調べを受けたことが認められる。
 ⅱ このように,同月下旬以降,B35脱税事件の裏付け捜査を契機として,C1関東支店
の裏金の使途に関する捜査が行われたことは明らかである。
 (c) さらに,C57ダム建設工事に関しては,被告人A1とC17のB38との業者間で受注調
整が行われ,これを受けて,B1が,その本体工事をC17とC1等とのJVが,原石山工事をC
15が,それぞれ受注するとの受注調整を行った上,その旨を歴代のZ県土木部長に指示
する天の声を出しており,そのことは,被告人両名も認識していたこと,本件面談の主目的
が,B1に,県発注工事の受注業者選定に対する影響力を行使して,C1が同工事の本体
工事を受注できるよう取り計らってもらうことにあったことは,いずれも前認定のとおりであ
る。
 (d) 以上認定の各種事情を総合するならば,被告人両名としては,平成5年5月当時,
東京地検特捜部において,C57ダム建設工事に関するC1の受注見込みとB1に対する同
社関東支店の裏金の支出状況を関連付け,その裏金が同工事の受注陳情に絡んで供与
されたとの疑いから捜査を進めて,本件面談にも,同工事の受注陳情に関連するものとし
て捜査が及ぶのではないかと懸念し,これを回避するためには,同工事の受注を断念し,
B1に対して受注辞退の申入れをすることもやむを得ないと判断することも,当然あり得るよ
うな客観的状況にあったということができる。
 (e) そうすると,このような客観的状況の存在も,B1及び被告人A1の前記各供述の信用
性を裏付けるものということができる。
 c まとめ
 以上のとおり,被告人A2によるC57ダム建設工事の受注辞退の申入れに関するB1及び
被告人A1の捜査段階における各供述はいずれも,高い信用性を認めることができる。
 (ウ) 被告人両名及びB4の各公判供述の信用性
 a これに対して,被告人A1(130回,133回),被告人A2(144回,148回)及びB4(57
回,58回)はいずれも,公判段階において,B1が,C57ダム建設工事をC1とC17等とのJV
で受注するという業者間の受注調整を知っていたことから,B1に対して,C17とのJVを解
消したいと申し入れた旨供述している。
 b(a) しかし,B1の捜査段階の前記供述によれば,B1は,被告人A2と面会した当時か
ら,同人の申入れがC57ダム建設工事受注辞退の趣旨であることを理解していたものと認
められる。
 (b) また,被告人両名及びB4はいずれも,公判段階では,前記第4の4(2)のとおり,B1
がC57ダム建設工事に関する業者間の受注調整の事実を知っているとは思ったが,B1が
天の声を出したことまでは知らなかった旨供述しているところ,各該当箇所で判示したよう
に,上記各供述がいずれも信用できないことはもとより,その各供述を前提とすれば,受注
調整により決まったJVの解消は,B1とは全く無関係の事柄であって,B1に対しあえて申
入れをしなければならないような理由も見出し難いことになる。ちなみに,その理由につい
て,被告人A2は,一応礼儀として申し入れたと供述し,B4は,知らせておいた方が親切か
と思ったと供述するにとどまり,到底納得のいかない説明しかしていないのである。
 c さらに,JVを解消しようとしたとする理由も不可解である。すなわち,
 (a) 被告人両名は,①C57ダム建設工事をC17とC1とのJVで受注するという噂が業界内
に浸透し,平成5年3月ころから下請け業者が被告人A2の所などへ来てC17への口利きを
依頼することが頻繁にあったところ,C1が平成4年のC35会による談合問題で公正取引委
員会に摘発されたことから,同工事についても談合を疑われるのではないかとの不安があ
ったこと,②同社内には,以前からC17がスポンサーであることに不満があったところ,入札
方法が変更になるという情報があり,同じAランクに属するC1とC17がJVを組むことが難し
くなる可能性もあったことから,C1がスポンサーとなったJVを組んで受注したいと考えたこ
とを挙げている。
 (b)ⅰ しかしながら,上記①の理由からJVを解消するのであれば,C17に事前にその理
由を告げてJVの解消の協議をしても何ら不都合はないはずであり,被告人両名は共に,
そのための時間的余裕があったことは認めつつ,B1に対するJV解消の申入れの前にC
17と事前の協議をしなかったと述べているのである。この点,被告人両名はそれぞれに,C
17の経営状況の悪化やB38の業界内での影響力の低下を指摘するほか,被告人A1は,
後に談合を取りざたされる状況であった旨説明すればB38に了解してもらえると思ったなど
と供述するが,C17との無用の紛議を招くようなことを,被告人両名,とりわけ受注調整に長
く携わってきた被告人A1がするとは考えられない。
 ⅱ むしろ,C17との事前協議をしなかったという事実は,この申入れがC1側の固有の事
情に基づくことをうかがわせるものであり,その限りで,被告人A1の捜査段階の供述の信
用性を裏付けるものといえる。
 (c)ⅰ 次に,上記②の理由に関して,関係各証拠によると,C1社内では,C17がJVのス
ポンサーであることに対する不満があったこと(甲書35,B7・26回),平成5年3月ないし5
月当時,建設省等において公共工事の新入札制度等の検討が行われていたこと(弁書
161),Z県においても,同年5月には入札方法に関して内部的に検討していたこと(甲書
19)が認められる。
 ⅱ しかしながら,被告人両名の各供述によっても,同年5月の時点において,C57ダム
建設工事についてどのような入札方法になるのかは決まっておらず,被告人両名も同じA
ランクに属する業者がJVを組むことができなくなる可能性もあるという程度の認識しかなか
ったというのである。そうすると,それ以上の見通しが立たないその時点において,サブとは
いえ受注調整により受注が見込まれていたというのに,その見込みさえ捨ててJVを一方的
に解消する理由としては,上記②も十分なものとはいえない。
 ⅲ この点,B4は,同年3月ないし4月ころに,県庁のOBから,C57ダム建設工事の発注
方式が変わり,同じAランクの業者のJVではなく,Aランク,Bランク,Cランクの業者による
自発的な組み合わせが求められると理解したのでJVの解消が必要だと考えた旨証言して
いるが(57回),被告人A2は,同年4月末か5月上旬ころまで,JVの解消については,茨城
営業所と連絡を取っていなかった,B4にJVの解消を告げると,B4は不満そうに言ってい
たと供述しており(144回),不自然に食い違っていて,これらの各供述を信用することは困
難である。
 d(a) さらに,被告人A2及びB4の各公判供述によれば,両名はいずれも,捜査段階か
ら一貫して,入札方式の変更を理由としてC17とのJV解消を申し入れた旨供述していたこ
とがうかがわれる。
 (b) しかし,これらの各供述も,B1や被告人A1の捜査段階における各供述と食い違うば
かりでなく,前判示のように,捜査段階で,取調べ検事から,B4の供述を聞かされても,被
告人A2の申入れがC57ダム建設工事の受注辞退にあったという,B1の記憶が全く動揺し
ていないことに照らしても,供述の一貫性から,被告人A2及びB4の上記各供述の信用性
を認めることはできない。
 e そうすると,被告人A2によるC57ダム建設工事の受注辞退申入れに関する被告人両
名及びB4の各公判供述はいずれも,信用することが困難である。
 (エ) 小 括
 以上検討したとおり,高い信用性の認められるB1及び被告人A1の捜査段階における各
供述によれば,面談当日から約5か月後,C1関東支店の裏金に対する捜査が開始されて
から約2か月後の平成5年5月27日に,被告人A2が,B1に対し,その具体的な言葉はと
もかく,C57ダム建設工事の受注を辞退する趣旨の申入れをしたものと認められるのであ
り,この事実もまた,本件贈賄を認める趣旨の被告人両名の捜査段階の各供述を裏付ける
べき事実といえる。
 カ 被告人両名及びB4の口裏合わせ
 (ア) 問題の所在
 a まず,関係各証拠によれば,平成5年7月下旬ないし8月上旬ころ(以下,このカの項
では「平成5年」の表記を省略する。),被告人両名,B4,B37弁護士ほか数名が出席した
会合があり,その会合で,B37弁護士が,7月23日にC7ルート事件で逮捕されていたB1
の当時の弁護人から,B1が被告人A1から多額の現金を受け取った旨供述していると聞き
及んだとして,各人に事実確認を行い,その際,本件面談に参加した被告人両名及びB4
がいずれも,B1に現金2000万円を渡したことはなく,本件面談は表敬訪問であったと答
えたことが認められる。
 b そして,検察官は,被告人A2(乙書23)の検察官調書に基づき,上記会合の前に,被
告人A1が,自室において,被告人A2に対し,「本件面談は,社内的には単なる表敬訪問
ということになっているので,お金のことを伏せて,表敬訪問のことだけを話せ。」と言って
本件贈賄について口止めし,被告人A2も,これを了解した旨主張する。
 c これに対し,弁護人は,そのような事実はなかった旨主張し,被告人両名は共に,公
判段階では,このような口裏合わせがあったことを否定する趣旨の供述をしている。
 d そこで,以下,被告人両名による口裏合わせがあったかどうかについて検討することと
する。
 (イ) 被告人両名の各公判供述の信用性
 a そこで,まず,被告人両名の各公判供述について検討するに,被告人両名は共に,
上記会合においては,面談当日,B1に対して2000万円を渡したことはない旨概括的に
答えただけで終わった,8月下旬,再度被告人両名,B4,B37弁護士らで集まり,B37弁護
士に対して,本件面談に至る経緯や被告人A1が本件面談時にB1に「D1」という本を渡し
たことなど詳しく説明したと供述している。
 b しかしながら,前認定のように,B1は,同月19日に当時の弁護人であるB23弁護士と
接見した際,同弁護士から,C1側が,本件面談時には,「D1」という本を渡したが,現金は
渡していないと話している旨聞かされて,翌20日の取調べでは,B17検事に対して,受け
取った大型封筒に入っていたのは現金ではなく本であったと供述するに至ったのである。
そうすると,B37弁護士が,本件面談時に被告人A1がB1に上記本を渡した事実を知った
のは,遅くとも同月19日以前ということになるはずであり,同月下旬に被告人A1らから初め
て説明を受けたとする被告人両名の各公判供述とは明らかに矛盾することになる。しかも,
B4は,公判段階でも,同月下旬の再度の説明に関しては証言しておらず,7月下旬ないし
8月上旬ころの前記会合において,B1に渡した本の話が出ていたと証言しているのであ
る(57回,58回)。
 c 以上のとおり,被告人両名のこの点に関する各公判供述は,他の関係各証拠と矛盾
するものであって,信用することは困難である。
 (ウ) 被告人両名の捜査段階の各供述の信用性
 次に,被告人両名の捜査段階の各供述の信用性について検討する。
 a まず,被告人両名の捜査段階における供述経過は,次のようなものである。すなわ
ち,
 (a) 11月14日,被告人A1が,前記会合の席で,B37弁護士に対し,B4が,「あの時,
副社長は本を裸で持っていった。」,「副社長はB1知事に何も仕事のことは頼まなかった。
C57ダムの件を頼んでくれなかった。」と言い,被告人A2も,「副社長は私のことをC2大の
後輩だと知事に紹介してくれましたよね。」と言っただけだったので,自分も,「そういえば,
あの時は,『D1第Ⅲ集』を持っていったな。本だけ持っていったことにしよう。仕事のことは
頼んでおらず,単なる表敬訪問だったことにしよう。」と考えて,暗黙のうちに口裏を合わせ
たと供述している(乙書16)。
 (b) 次いで,同月18日に,被告人A2が,7月下旬ころ,A1副社長室で,被告人A1から
直接に,「例の知事に渡したお金は,社内的には単なる表敬訪問に行ったことになってい
るので,何かあったら,お金のことは伏せて,表敬訪問のことだけを話せ。」と口止めされ,
自分も,「分かってますよ。」と言ってこれを了承した,その後開かれた前記会合において,
被告人A1が,「表敬訪問の状況を説明します。」と言い出した,その際,B37弁護士から,
「本当にお金を持っていってないんだろうね。」と聞かれて,被告人A1も自分もこれを明確
に否定するなどして,被告人A1のみならず,B4との口裏合わせも暗黙のうちに成立した
などと供述しているのである(乙書23。なお,11月15日付け検察官調書(乙物133)にもほ
ぼ同旨の供述が録取されている。)。
 (c) このように,被告人両名の捜査段階の各供述は,本件贈賄について口裏合わせをし
た点及びB4との口裏合わせの状況についてはほぼ同趣旨であるものの,被告人両名間
の口裏合わせの方法や態様については大きく異なっており,それぞれに独自に供述したも
のであることがうかがわれる。しかも,被告人A1の供述が先行しているところから,被告人
A2は,B44検事から,被告人A1の上記供述を指摘されて取調べを受けたと考えられるの
に,その供述とは大きく異なり,被告人A1から口止めの指示を受けた事実を明確に供述し
ている。したがって,被告人A2の上記供述は,被告人A1の供述に影響されたのではな
く,被告人A2固有の記憶に基づくことを強くうかがわせるものである。
 (d) この点,被告人A2は,公判段階では,被告人A1の意向に従い,本件贈賄を認める
調書の作成に応じることにした以上,その後は検察官の創作に委ねていた旨供述する。し
かし,そうであれば,被告人A1の供述よりも同人に不利益な内容の供述調書が作成され
ることなどあり得ないはずなのに,被告人A1による口止めに関する被告人A2の上記供述
は,被告人A1の情状に関して,その供述よりも,不利益な内容となっているのである。した
がって,被告人A2の上記公判供述は,不合理であって,到底信用することができない。
 (e)ⅰ もっとも,被告人両名の各供述は,被告人両名の間の口裏合わせの方法や態様
については前記のように大きく食い違っている。
 ⅱ この点,被告人A1は,前認定のように,事前にB37弁護士から電話で問い合わせを
受けた際に,明確に現金の授受を否認していたのであり,本件贈賄を自白した以上,B
17検事から,事前の口裏合わせについて追及されて,これを認めざるを得なくなったことが
うかがわれる。しかし,被告人A1としては,被告人A2が供述するように,明確な口止めをし
たことを供述して,自ら積極的に罪証隠滅工作をしたことまで認めることには,抵抗感があ
ったことから,その供述するように,上記会合の席で,B4,被告人A2が,相次いで,本件
面談の趣旨が表敬訪問にすぎなかったことを強調する発言をしたために,これに同調した
ように供述したことが,合理的に推認できる。
 ⅲ 他方,被告人A2は,B44検事から,被告人A1が口裏合わせを認めたことを聞かされ
て,この点につき隠しておく必要がなくなったものと考え,その記憶に従って,被告人A1の
口止めについて明確に供述したものと考えられるのである。
 ⅳ したがって,被告人両名の各供述の前記のような食い違いは,その各供述の信用性
を損なうものとはいえない。
 b さらに,前記オで認定したように,被告人両名は,5月当時,東京地検特捜部が,同社
関東支店の裏金の支出状況についても捜査を進めて,本件面談にも捜査が及ぶのでは
ないかと懸念し,これを回避するためには,C57ダム建設工事の受注を断念して,B1に対
して受注辞退の申入れをしたのであり,B4も,本件面談及び上記申入れのいずれにも同
行していることからして,被告人両名と同様の認識を有していたことがうかがわれる。したが
って,被告人両名及びB4としては,B1が被告人A1から2000万円を受け取った旨供述し
ているという状況の下において,顧問弁護士との上記会合の際それぞれに,本件面談時
にB1に2000万円を渡したと認めることがいかなる事態を招くかを思い描いて,本件贈賄
事実を絶対に認めることはできないと考えることも当然にあり得る状況にあったということが
できる。
 c そうすると,被告人両名の各供述経過に加え,上記認定のような客観的状況からも,
被告人両名の捜査段階における各供述は,被告人A1が一部話していない点を除いて
は,いずれも高い信用性が認められる。
 d なお,B4は,捜査・公判を通じて,前記会合で口裏合わせを行ったことを認めていな
いが,同人は,捜査段階においても,その前提となる本件贈賄事実を否認しているのであ
るから,このような同人の供述は,被告人両名の捜査段階における各供述の信用性に影
響を及ぼすものではない。
 (エ) 以上のとおり,高い信用性の認められる被告人両名の捜査段階における各供述を
総合すると,前記(ア)aの会合に先立ち,被告人A1が,被告人A2に対して,本件面談時
にB1に対して2000万円を渡した事実はなく,表敬訪問であったと口止めし,さらに,上記
会合において,被告人両名とB4との間でも暗黙のうちに同内容の口裏合わせが成立した
ことは,十分認定することができる。そして,このような口裏合わせの事実も,本件贈賄事実
を認める被告人両名の捜査段階における各供述の信用性を裏付ける事実といえるのであ
る。
 キ 総 括
 (ア) 以上検討してきたとおり,本件贈賄の謀議,準備及び実行に関する被告人両名及
びB3の捜査段階における各供述は,被告人両名の捜査段階における各供述が共に,全
体として高い信用性が認められ,前記第3で判示したように,任意性はもとよりその各公判
供述と対比してもこれらより信用すべき特別の情況があったと認められるほか,前記アで判
示したような3名の各供述経過等,同イで判示したような各供述相互及びB1の自白供述と
の符合,同ウで判示したような本件の背景事情等に基づく推認との符合,同エで判示した
ような被告人A1による裏金出納帳廃棄の指示,同オで判示したような被告人A2によるC
57ダム建設工事の受注辞退申入れ,同カで判示したような被告人両名及びB4の口裏合
わせの各事実により,客観的に裏付けられているのであって,いずれも高い信用性を認め
ることができる。
 (イ) 他方,本件贈賄の謀議,準備及び実行への関与を否定する趣旨の被告人両名及
びB3の各公判供述は,前記第3で判示したように,取調べ状況について真実を語るものと
は到底認められず,B1の自白供述及び本件の背景事情等に基づく推認に合致せず,被
告人A1による裏金出納帳廃棄の指示,被告人A2によるC57ダム建設工事の受注辞退申
入れ,被告人両名及びB4の口裏合わせの各事実にも沿わない不自然・不合理なもので
あり,いずれも信用することが困難である。
 (4) 弁護人の主張について
 弁護人は,本件贈賄の事実はなく,被告人両名は共に無罪である旨主張しているとこ
ろ,その主要な論拠として後記アないしオの各事実を主張するので,以下これらの点につ
いて逐次検討することとする。
 ア 被告人A2のC53町長訪問予定期日変更の経緯について
 (ア) 問題の所在等
 a B3は,捜査段階において,本件面談の前日に当たる平成4年12月21日(以下,この
アの項では「平成4年」の表記を省略する。)午後,あらかじめ被告人A2から準備を指示さ
れた現金2000万円を手提げ付き紙袋に入れ,支店長室に持参して被告人A2にいった
ん手渡したが,その後,呼ばれて支店長室に行くと,被告人A2から,「明日,ほかに回る用
事ができたので,午後4時ころまでに,本社の被告人A1の所にいるから,お金を届けてく
れ。」などと言われて,現金2000万円入りの上記手提げ付き紙袋を戻された旨供述してい
る(甲書140)。
 b この点に関して,弁護人は,関係各証拠によれば,被告人A2が面談当日にC53町長
を訪問した事実があるが,その日程は,前日の午後には既に決まっていたもので,B3が被
告人A2に現金2000万円を持参した後に,その日程が急きょ決まったことはないから,B3
の上記供述は,検察官が創作したものである旨主張している。
 c そこで,以下,被告人A2のC53町長訪問の日程変更の経緯について検討した上,B
3の上記供述の信用性について検討することとする。
 (イ) 被告人A2のC53町長訪問の日程変更の経緯
 a 客観証拠から明らかな事実
 (a) まず,被告人A2が,面談当日午前8時45分ころZ県C53町長を訪問しており,その
前日にC53町に出向いた事実のないことは,いずれも関係各証拠から明らかである。
 (b)ⅰ C53町の庁中日誌(物111)には,12月21日の欄3行目の「時間」,「場所」,「会議
内容」の各欄にそれぞれ「13:00」,「庁議室」,「土地開発公社理事会」と記載された上,
その上に一本の横線が引かれているところ,庁中日誌の鑑定結果(甲書102)によれば,上
記記載部分には,同月22日の欄の3行目の各欄に現にある「8:45」,「町長室」及び「C1
関東支店長来庁」という記載と同様に記載された後,消しゴムで消されていることが認めら
れるのであり,被告人A2のC53町長訪問が同月21日から同月22日に変更されたことが認
められる。
 ⅱ そして,上記庁中日誌及び「平成4年度C53町土地開発公社決算について」と題す
る書面(弁物192)によれば,土地開発公社理事会は,当初同月21日開催の予定が変更さ
れて,同月18日に開催されたことが認められる。そして,この予定変更は,被告人A2のC
53町長訪問の予定変更よりも後であったことが明らかであるから,上記C53町長訪問は同
月18日以前に変更されたものと認められる。
 (c) また,茨城営業所作成の同月18日付け週報(物112)には,同月21日に,被告人A
2がC53町長にあいさつする予定が記載され,この週報が同月18日午前10時59分に関
東支店にファックス送信されていることが認められる。
 b 茨城営業所関係者の各供述
 (a) 各供述の概要
 次に,被告人A2のC53町長訪問について,本件当時のC53工事事務所長のB64,茨城
営業所長のB5,C43工事事務所長のB65及び同営業所土木課長のB66は,それぞれ次
のように供述している。すなわち,
 ⅰ B64の公判証言(96回)
 私が被告人A2にお願いしてC53町長にあいさつに来てもらった。私が町長側に面会の
アポイントを取ったと思う。B5にも,被告人A2に同行してもらうために来てもらった。当初の
予定は,12月21日だったが,被告人A2かC53町長の都合で22日に変更になった。日程
変更の連絡が,関東支店から直接聞いたのか茨城営業所を通して聞いたのかは記憶にな
いが,関東支店から直接連絡を受けたのであれば,茨城営業所にその旨連絡を入れたは
ずである。この日程変更の連絡は,18日又はそれ以前にあったと思う。21日の朝,C53工
事事務所に行ったら,B65が被告人A2に相談したいことがあるなどと言って来ていたが,
予定が変更になっていたので,B65に,「今日じゃないぞ。」などと言った記憶がある。21日
に,B5やB66も来ていたかは記憶にない。
 ⅱ B65の公判証言(97回)
 私は,12月21日は,C53工事事務所に行っていない。22日昼ころ,C53工事事務所に
行ったが,その目的は,B5に,C43工事の見積もりについて相談するためで,被告人A2
に相談をするためではなかった。21日夕方か,22日午前に茨城営業所に電話をして,所
員から22日昼ころC53工事事務所に行けばB5に会えると言われた。
 ⅲ B5の供述
 α B5は,捜査段階では,「当初は,12月21日に,被告人A2がC53町長を訪問する予
定だったが,私,B65,B66がそろってC53工事事務所に行ったところ,被告人A2かC53町
長のいずれかの都合が悪くなり,22日に来るということだった。B65が来たのは,C43の工
事の見積もりの関係について,被告人A2と相談するためだった。私は,22日もC53工事
事務所に行き,B64と共に被告人A2のC53町長訪問に同行した。B65は,22日にも来て
いたと思うが,この日も,被告人A2に上記工事の相談をできず,後日関東支店で相談した
ように記憶している。」旨供述していた(甲書119)。
 β ところが,B5は,公判段階では,「被告人A2のC53町長訪問の日程は,当初から22
日で変更がなかったように記憶しているが,21日に被告人A2がC53町長を訪問する旨記
載のある週報からすれば,日程の変更があったのだろうとも思う。日程の設定等の事務的
な作業は,茨城営業所を通さずに,工事事務所と関東支店との間で連絡を取り合って行う
こともある。21日にC53工事事務所に行ったとすれば,B64が22日を21日と間違えて伝え
たからだと思う。」旨証言している(95回)。
 ⅳ B66の公判証言(168,169回)
 私は,C53工事事務所に12月21日には行っておらず,22日に行った。このことは,私有
自動車業務上使用精算書(弁物200)に添付された領収書により裏付けられている。C53工
事事務所に行った目的は,被告人A2のC53町長訪問の同行ではなく,工事現場の安全
管理に主眼を置いた巡回だった。また,22日には,時間が合えば,B5及びB65とC43工
事の見積もりについて相談する予定であった。なお,B5やB65のような立場の者が関東支
店の土木部長を通さずに関東支店長の被告人A2に相談することはあり得ないことだと思う
が,B5がそのように考えていたのであれば,B5の言うとおりなのだろうと思う。
 (b) 各供述の信用性
 ⅰ そこで,茨城営業所関係者の上記各供述の信用性について検討するに,まず,B
64の証言は,被告人A2のC53町長訪問の日程変更について厳しく争われている本件訴
訟の段階において,日程変更があったことを明確に証言しており,しかも,日程変更の有
無だけでなく,その時期も,後に客観的に裏付けられているのである。さらに,B64の真摯
な証言態度,その証言内容が自然な流れに沿う合理的なものであり,弁護人からの詳細な
反対尋問にも全く動揺していないことに加え,証言当時は,C1を退職してから1年半近くも
経過した後であることも考慮すると,その証言の一部がB64の検察官調書の内容と食い違
っているとしても,B64の証言は,その信用性に疑問とすべき点は見出し難い。
 ⅱ 次に,B65の証言の信用性を検討するに,B65は,7年以上も前の,しかも,その証言
に従う限り特に印象の残ることもないような出来事について証言しているところ,捜査段階
で本件に関して取調べを受けたことはなく,当時の出来事を思い出した理由について,弁
護人からいろいろ問い合わせがあり,また,年末の非常に忙しい時期だったことは覚えて
いるとしか述べていない。しかも,B65の証言は,B65が12月21日にC53工事事務所に来
ていたかどうかについては,B64の証言と,B65が同事務所を訪れた目的については,B
64及びB5の各供述と,それぞれ食い違っているのであり,これを信用することは困難であ
る。
 ⅲα さらに,B5の供述の信用性について検討するに,まず,その公判証言は,日程変
更の有無や,B5自身が12月21日にC53工事事務所に行ったのかどうかなどの点につい
て,供述内容が極めてあいまいであり,B5自身も記憶があいまいであることを認めているこ
とからすれば,その信用性は乏しいというべきである。
 β 他方,B5は,捜査段階では,12月21日にC53工事事務所に行ったことを明確に供
述している。しかし,B66が,その日はC53工事事務所に行っていないと証言していること
に加え,C53工事事務所長のB64が事前に日程変更を知らされていたのに,その上司であ
る茨城営業所長のB5が事前に聞かされていないようなことは想定し難いことであるから,B
5の捜査段階の供述もにわかには信用し難いものである。
 ⅳ 最後に,B66の証言の信用性について検討するに,その証言は,10年以上も前の
出来事に関する供述であるものの,私有自動車業務上使用精算書という客観証拠により
裏付けられているほか,内容的にも,特に不自然な点はなく,他の関係者の各供述とも矛
盾しないことから,その信用性を否定すべき事情は認められない。
 ⅴ 以上の検討から,B64の証言は,高い信用性を認めることができる。
 c そして,前記a認定の事実及びB64の前記証言に,被告人A2が12月21日にC53町
に行った形跡のないことをも併せ考慮すると,次の事実が合理的に推認できる。すなわち,
 (a) 被告人A2のC53町長訪問の日程は,当初12月21日の予定であったが,その後に
翌22日に変更され,この変更は,遅くとも同月18日までに行われた。
 (b) そして,上記日程変更について,茨城営業所は,同月18日付け週報を関東支店へ
ファックス送信する時点では,認識していなかったが,同月18日中には,その旨関東支店
に報告ないし連絡されて,被告人A2も,当初の日程が変更されたことを認識するに至っ
た。
 d(a) これに対し,本件当時,C1関東支店支店長室秘書の職にあったB67は,公判段階
において,被告人A2のC53町長訪問の日程は,当初から12月22日であり,21日から22
日に変更になったことはない旨証言し(91~93回,169回,170回),被告人A2も,同旨の
供述をしている。
 そして,B67は,その根拠として,本件当時の被告人A2のスケジュール表(弁物123。以
下「スケジュール表」という。)及びその鑑定結果(職51)から,スケジュール表の12月21日
の欄の「幹部会」と記載された部分の下の痕跡は「C53」と記載されたものとは思われないこ
と,同じ日の欄の「山梨B68所長」の記載の右斜め上の余白に「8」及び「30」ないし「00」と
記載された痕跡が,同じく右斜め下の余白には「16」と記載された痕跡が,それぞれ認め
られるが,これらはいずれも被告人A2と山梨営業所のB68所長との面談時間の候補を記
載したものであって,被告人A2のC53町長訪問の日程を記載したものではないことを指摘
している(169,170回)。
 (b)ⅰ しかしながら,B67は,当初,肉眼で観察して,スケジュール表の12月21日の欄
には,記載されていたものを消したような痕跡はない旨明確に証言していたのに(91回),
その後,検察官の求めに応じてルーペを用いて観察し,同日の欄の「幹部会」との記載の
「幹」の字と「部」の字の辺りに左上から右下に下がるような斜めの2ミリくらいの線があるが,
何を書いたか分からない旨供述し(93回),さらに,スケジュール表の鑑定結果(職51)を前
提に,上記のような証言をするに至ったのである。
 ⅱ この点,スケジュール表の12月21日の欄の上記痕跡は,肉眼でも容易に確認できる
ものであり,しかも,B67は,スケジュール表の記載について,一部の記載を除きすべて自
分が記載しており,訂正する場合にも自分だけが訂正していた旨証言しているというのに,
当初,同日の欄に記載されたものを消したような痕跡がない旨断言しているのであり,この
ような証言内容は,訂正の事実を殊更に糊塗しようとする態度をうかがわせるものである。
 ⅲ また,スケジュール表の同月21日の欄に記載された「山梨B68所長」の右余白に認
められる痕跡についても,その痕跡が,当初の証言段階では明確に問題にされていなか
ったことを考慮にいれても,本件当時から約11年半も経過した後の第169回公判期日にお
いていきなり,前記のような極めて具体的かつ詳細な証言をしていることも不自然といわざ
るを得ない。
 ⅳ そして,上記鑑定結果によると,スケジュール表の同月21日の欄には,現に消された
痕跡があるほか,消された痕跡の存在が一部確認できても,その全体像を明らかにして,
元の文字を復元することが不可能な場合も多いことが認められるから,スケジュール表の
記載ないしその痕跡の状況は,日程変更がなかったとするB67の上記証言を裏付けるもの
とはいえない。
 ⅴ さらに,B67は,その公判証言によっても,平成5年10月下旬ころ,在宅で検察庁の
取調べを受けていた被告人A2から,取調べに必要であると言われて,スケジュール表等
に基づき,面談当日の被告人A2の行動について伝えていたところ,関東支店の職員か
ら,近々同支店への検察庁の捜索差押えが行われると聞き及び,スケジュール表を持って
いかれると,支店長もスケジュール表を管理している自分も日程が分からなくなり困るだろう
と思って,自宅に持ち帰って保管していたにもかかわらず,自身が検察官の取調べを受け
た際には,意図的に,被告人A2のスケジュール表は既に廃棄したなどと虚偽内容の供述
をしたというのである。このように,B67は,スケジュール表を自ら隠匿したものであり,その
目的は,被告人A2の面談当日ないしその前後の行動日程に関する証拠を隠滅すること
にあったことは明らかである。
 (c)ⅰ 以上のとおり,スケジュール表の記載ないしその痕跡に関するB67の上記証言を
信用することは困難であり,したがって,この証言を前提とした被告人A2のC53町長訪問
の日程変更がなかった旨の証言も,信用できないというべきである。さらに,被告人A2のこ
れと同旨の公判供述も,前記cの推認に反するだけでなく,特段の具体的な根拠があるわ
けでもないことからすれば,B67の上記供述と同様,信用できるものではない。
 ⅱ そうすると,これらの各供述は,上記推認,すなわち,被告人A2のC53町長訪問の
日程について,当初の12月21日から翌22日に変更されたが,そのことは,12月18日の
時点までに,関東支店に報告ないし連絡されて,被告人A2を含む関東支店側が認識して
いたとの推認に対し合理的な疑いを入れるものではないということができる。
 (ウ) B3供述の信用性
 そこで,以上認定のような被告人A2のC53町長訪問の日程の変更ないし被告人A2の
認識状況を前提に,B3の前記供述の信用性について検討する。
 a(a) まず,前認定のように,被告人A2は,12月21日の午後の時点では,既に翌日午
前中にC53町長を訪問する予定があったことを認識していたのであり,B3からいったん現
金を受け取った後に,同月22日の予定が急きょ入ったような状況にはなかったのである。
したがって,B3の供述のうち,被告人A2が「明日,ほかに回る用事ができたので」と言った
というのは,このような状況にはいささかそぐわないもののようにも思われる。
 (b) しかしながら,B3の前記供述を前提とすると,被告人A2は,当初,B3に現金2000
万円を準備するよう指示した時点では,C53町長訪問は日程変更前の12月21日の予定
であり,翌22日には本件面談以外に関東支店から外出する予定はなかったため,同月21
日にB3から現金を受け取り本件面談まで自ら保管しておこうと考えて,同日に現金を持参
するように指示し,その指示どおりにB3が現金を持参してきた時点では,特段の問題意識
もなくいったんこれを受け取ったものの,その後,上記日程変更によって,翌日朝にC53町
への出張が入ったことを思い出し,そのまま2000万円という多額の現金を自ら保管してお
くことに不安を覚えたため,B3に引き続き現金を保管させて,面談当日に被告人A1まで
直接届けさせることを思い立ち,B3を呼んで,その旨指示をして現金を手渡したことがうか
がわれるのであり,そのような状況の中で,被告人A2が,「明日,ほかに回る用事ができた
ので」と言って指示の理由を説明するのは,誠に自然な成り行きということができる。
 (c) したがって,B3の前記供述のうち,被告人A2が「明日,ほかに回る用事ができたの
で」と言って説明したとする部分は,決して不自然,不合理ではない。
 b(a) また,被告人A2は,捜査段階において,B3に現金2000万円の準備を指示し,本
件面談の前日くらいに,B3が現金を持参してきたことは認めるものの,その際,B3が準備
した現金をしばらくの間でも預かったということはない旨供述している(乙書22)。
 (b) しかしながら,被告人A2は,その供述によっても,B3を呼んで,現金を用意するよう
命じた上,本件面談の前日に現金を持参してきたB3に対して,面談当日の午後4時まで
に被告人A1まで届けておくよう指示することにより,現金を被告人A1に届けることまです
べてB3に委ねていたというのであり,他方,B3は,被告人A2のこの指示に基づき,面談
当日に被告人A1まで現金を届ける義務を負うことになったのである。そうすると,被告人A
2は,B3に比べれば,上記指示に関する出来事についての印象が薄いこともあり得るとこ
ろであるから,この点に関する記憶を鮮明に保持しておらず,一時的に現金を手元に置い
たことを失念したとしても,あながち不自然とはいえない。
 (c) したがって,B3及び被告人A2の各供述が上記の点で一部食い違っても,B3の供
述の信用性が減殺されることはないというべきである。
 c その他関係各証拠を子細に検討しても,B3の前記供述について,その信用性に合理
的な疑いを生じさせる事情は見出し得ない。
 (エ) 以上のとおり,被告人A2のC53町長訪問予定期日変更の経緯に照らしても,B3の
前記供述の信用性に合理的な疑いが生じない以上,この点に関する弁護人の主張は採
用できない。
 イ 面談当日のB3の行動について
 (ア) 問題の所在
 a B3は,面談当日の自らの行動について,捜査段階では,午前11時にC22ビルを関東
支店のB48及びB49と訪問し,その際,現金2000万円も持参した,C22で昼食を御馳走に
なり,その後,本社に行って,交渉の結果報告や対応策の検討のためB43に会うなど,本
社経理部で時間を過ごして,午後4時少し前に被告人A1に現金を届けるためにA1副社
長室に行った,すると,女性秘書から,「いったん来られたA2支店長が,A1副社長と会う
ため,外に出掛けた。」,「支店長からの言付けが入っています。4時10分までにC18のC
19の玄関に行ってくださいとのことです。」のように言われたので,C19の場所を教わり,す
ぐに現金を持って本社を出た,C19の出入口付近に行き,支店長車のそばに行くと,車外
にいた被告人A2が近づいてきたので,現金の入った手提げ付き紙袋を「御苦労様で
す。」と言いながら渡した,そのころ,被告人A1とB4が建物の方から現れて,別の黒っぽ
い車の方に歩いていって乗り込み,被告人A2もその車の方に行ったなどと供述している
(甲書140)。
 b これに対し,弁護人は,①B3がC22に現金2000万円を持参したことはない,②B3に
は面談当日の午後4時ころにアリバイがあるとして,B3の上記供述は信用できない旨主張
する。
 c そこで,以下,上記各論点別に検討することとする。
 (イ) C22等への現金2000万円持参の有無
 a 弁護人の主張
 弁護人は,<ア>現金2000万円を持って得意先回りすることは,C1の「現金・小切手・手
形・有価証券等の取扱いに関する事故防止について」と題する通達(弁物24)に違反する
ものであること,<イ>C22まで同行したB48は,B3が封筒や紙袋は持っていなかったと思う
と証言していることなどを理由に,B3がC22に現金2000万円入りの手提げ付き紙袋を持
参したことはない旨主張する。
 b C1の通達との関係について
 (a) そこでまず,<ア>の主張について検討するに,確かに,上記通達には,多額の現金
を取り扱う場合は,徒歩運搬を避け,会社所有の車両を利用するとともに,原則として2名
以上の社員によるなどとする定めのあることが認められる。
 (b)ⅰ この点,B3は,現金を持ち歩いた理由について,面談当日の午前,取引先のC
22に工事代金の未収金交渉に訪れることになっていたが,当日の日程では,その後の本
社への報告等を考えると,関東支店にいったん戻って,午後4時までにC1本社まで被告
人A2に指示された現金2000万円を届けるのは大変なので,C22へ向かう時から,現金2
000万円が入った手提げ紙袋を持参した旨供述している(甲書140)。
 ⅱ そして,B3がC22まで持参したとされる現金2000万円は,関東支店の裏金であると
ともに犯罪行為である贈賄の資金であり,しかも,被告人A2の指示により,面談当日に被
告人A1に届けなければならなかったものである。また,B3としても,被告人A2から,使途
についての説明もなく,いきなり裏金から2000万円もの大金を準備して,被告人A1に届
けることを指示されたのであり,前認定のように,被告人A1がC1において政治家等への裏
献金を担当していたことも併せ考慮すると,贈賄や政治資金規正法違反等の何らかの犯
罪行為に使用される可能性を容易に推察できたものといえる。
 ⅲ このように,関東支店の裏金管理の責任者であるB3は,関東支店長の被告人A2の
指示に基づき,時間を指定されて副社長の被告人A1に2000万円もの大金を届けなけれ
ばならない立場にあり,しかも,その金が何らかの犯罪行為に使用される可能性を察知し
ていたのである。したがって,現金2000万円を持ち歩いた理由に関するB3の上記供述
は,上記通達の存在を前提としても,B3がこのような当時置かれていた状況ないし認識内
容に照らすと,誠に自然な内容ということができる。したがって,上記通達の存在は,B3の
供述とは何ら抵触するものではないというべきである。
 c B48の公判証言について
 (a) 次に,<イ>の主張について検討するに,B48は,公判段階において,C22を訪ねた
当時,B3は荷物を持っていなかった記憶である,B3は,常日ごろ,かばんとかそういう物
を持たず,持っていてもせいぜい図面を入れるA4サイズの薄い封筒ぐらいであり,C40の
袋のような手提げ付き紙袋を持っていれば,気付くし,印象に残るはずなので,そのような
ものは持っていなかったと思う旨証言している(89回,90回)。
 (b)ⅰ しかしながら,刑訴法328条に基づき取り調べられたB48の平成5年11月15日付
け検察官調書(甲書109)には,「12月22日に,B3が,何か荷物を持っていたか否かにつ
いては,現在記憶としては残っていない。荷物を持っていたとも,持っていなかったとも,い
ずれの記憶もない。ただ,B3は真面目な人柄で,多分自宅に持って帰って目を通すつも
りであると思うが,会社の書類らしき物が入った大型の封筒などを持って外出することも多
く,同日に,例えば大型の封筒,あるいは手提げ紙袋などを持っていたとしても,私として
は,いわば見慣れた光景であったため,記憶に残っていないという可能性は強いと思う。」
などと,B48の上記公判証言と矛盾するような内容の記載がある。
 ⅱ この点,弁護人は,B48の上記検察官調書の任意性に疑いがある旨主張するが,B
48が,公判段階においても,100%自分が供述したとおりではなく,若干ニュアンスが違う
と思って訂正を申し立てたものの,訂正してもらえなかったが,調書の内容にトータル的に
納得して署名指印した旨供述していることからすれば,その任意性に関して疑問とする余
地はない。
 ⅲ また,弁護人は,検察官が,B48の証人尋問終了後に,初めてB48の上記調書を開
示して刑訴法328条に基づき請求したため,B48に対する取調べ状況等に関する十分な
尋問ができなかったなどとして,検察官の上記証拠請求は弁護人の証人尋問権を侵害し
た違法があると主張する。しかし,B48は弁護人請求の証人であったのであり,弁護人とし
ては,上記調書が開示された後に,B48に対する再度の証人尋問を請求することも容易で
あったはずであるから,検察官の上記証拠請求が違法であるとはいえない。
 ⅳ そうすると,B48の前記公判証言は,その検察官調書の記載とは矛盾するものであ
り,しかも,上記公判証言が面談当日から7年近く後にされたものであることも併せ考慮す
れば,これをそのまま信用することは困難である。
 d 以上のとおり,C22等への現金2000万円持参の有無に関する弁護人の主張①は理
由がない。
 (ウ) B3のアリバイの成否
 a B3及びB53の各公判証言
 (a) B3は,公判段階では,面談当日の自らの行動について次のとおり証言して,自分に
は本件2000万円を被告人A2に届けたとされることについてアリバイがある旨主張してい
る(34回,40回)。すなわち,
 ⅰ 私は,午前11時にC22に未収金回収の交渉に行き,昼食後,B48と一緒に本社建
設総事業本部の経理部に行ったが,B43には会えず,C22での話の内容を伝えられなか
った。午後2時前に,B48と別れ,午後3時半ころまで,本社主計部,資金部,監査部,総
務部を回った。その後,新橋経由で秋葉原に向かい,午後4時ころ,JR秋葉原駅高架下の
喫茶店で関東支店経理部次長のB53と待ち合わせて,午後4時半のアポイントどおりC
24本社を訪問した。
 ⅱ C24とは未収金回収の交渉を続けており,その日が支払条件変更の覚書を交わす
日だった。C24側は,B69常務取締役とB70業務部長の2人であり,文案について了承を
得られたので,午後5時ころ退出し,タクシーで関東支店に戻り,経理部の自席でたまった
書類を整理した後,午後5時45分ころから,総合幹部会の懇親会に遅れて参加した。な
お,総合幹部会には,未収金関係の交渉のために欠席した。他に重要な用件があったわ
けではない。
 (b) また,B53も,公判段階において,次のようにB3の上記証言に沿う証言をしてい
る(46回,53回)。すなわち,
 ⅰ 面談当日,未収金回収の交渉のため,B3とC24に行き,午後4時半から午後5時ころ
までB69及びB70と打ち合わせをした。午後4時半のアポにしたのは,当日,本社で経理部
と監査部の定例会議が予定されていたためである。当日は,午後1時15分ころにB51と共
に関東支店を出て,午後2時ころに本社の喫茶室でB48と落ち合った。経理部の他支店と
の会議が長引いていたため,先に監査部の会議に出ることになったが,監査部の会議が
終わった時点で午後3時40分になってしまった。本来,経理部の会議にも出ることになっ
ていたが,午後4時半にはC24とのアポが入っていたので,経理部の会議はB48とB51に
お願いして,自分は,赤坂見附から銀座線で新橋に行き,JRに乗り換えて秋葉原に向かっ
た。午後4時ちょっと過ぎには秋葉原に着いたと思う。その後の記憶がはっきりしないが,B
3とその付近で一緒になって2人でC24に行ったことは間違いない。
 ⅱ C24に行き,B69及びB70と最終的な合意に達し,午後5時ころC24を出て,秋葉原
駅に戻った。秋葉原駅の階段を上るときにB3が立ち止まり,「今日の関東支店の忘年会に
は出席するのか。」と言われ,「今日の業務を整理してから忘年会に出席します。」と答え
た。電車で錦糸町駅まで行き,錦糸町からタクシーで関東支店に戻り,それからあらかじめ
起案してあったC24との合意にかかる稟議書の起案日を12月22日にするよう女子事務員
に指示して日付を入れさせた上,B3の判をもらい,その後,午後5時40分ころから,B3と
共に忘年会に参加した。
 (c) そして,B3及びB53は,C24との交渉経過について,次のとおり,面談当日に覚書の
最終合意に至った旨証言している(B334,40回,B5346,53回)。すなわち,
 ⅰ C1は,C25グループに属する株式会社C44から,クラブハウス建設工事及びその追
加工事を請け負ったが(弁物57~59),平成3年10月1日時点で,その工事代金のうち7億
760億円が未回収となっていた。そのため,同日,C1は,C44及びC25グループを統括す
るC24との間で,支払期限を平成4年9月30日(以下,この(ウ)の項では「平成4年」の表記
を省略する。)とし,C24がC44の上記工事代金債務を連帯保証するとともに,上記支払期
限までに債務を弁済できなかった場合には,C25グループが所有する不動産(以下「本件
不動産」という。)に抵当権を設定することなどを内容とする覚書を締結した(弁物60)。
 ⅱ しかし,9月30日時点においてもなお,上記工事代金債務のうち5億760万円が未
払いであったため,B3及びB53は,B69及びB70を交渉相手として上記未収金回収交渉
を行い,10月20日,C24本社において,B69らに対し,上記覚書に基づき,本件不動産へ
の抵当権設定を求めるとともに,支払期限を再延長した覚書の締結を求めて,覚書案(弁
物61。同種の覚書案が複数存在するので,以下,「弁物〇覚書案」として特定する。)を提
示したところ,B69らは,本件不動産への抵当権設定は新たな覚書締結時点で履行するこ
とを希望した。
 ⅲ B3らは,前記覚書に基づき,本件不動産への抵当権設定を先行させることを強く求
めたため(弁物62参照),B69らはこれを了承した。そこで,B3らは,11月16日,B69らから
本件不動産の権利書を預かり,同月19日,本件不動産にC1の抵当権が設定された(物
25参照。なお,弁物63,64は物25の一部)。
 ⅳ さらに,B3らは,支払期限を再延長する覚書の締結交渉を進めて,12月3日,C
24本社を訪れ,本件不動産の権利書をB69らに返還するとともに,弁物65覚書案を提示し
たところ,B69らから,本件不動産による代物弁済等を内容とする弁物67覚書案を示され
た。
 ⅴ B53は,その日の交渉経過を本社に報告し,本社との間で,B69らから提案の本件不
動産による代物弁済については拒絶することで交渉方針を再確認したが,その際,本社か
ら,C25グループ側と新たに取り交わす覚書には期限の利益喪失条項を加えるようにとの
指示があった。そこで,B3及びB53は,期限の利益喪失条項を盛り込んだ弁物68覚書案
を作成した上,12月18日,C24本社を訪れて,これをB69らに提示したところ,B69らから,
期限の利益喪失条項のうち「本契約による債務の一部でも履行を遅滞したとき」は期限の
利益を喪失する旨の条項(7条4号)が厳しすぎるとして,その削除を求められ,その日も合
意に至らなかった。
 ⅵ そのため,B53が,上記条項の削除について,本社の同意を取り付け,同条項を削
除した弁物69覚書案を作成した上,B3及びB53は,面談当日,C24本社を訪れて,B69ら
にこれを提示し,同覚書案どおりに合意するに至った。
 b C1とC24との交渉の経緯
 そこでまず,B3が面談当日のアリバイの最大の根拠とするC1とC24との交渉の経緯につ
いて検討する。
 (a) 覚書案作成の経緯について
 ⅰα まず,関係各証拠によれば,本件不動産には,C1を抵当権者とする抵当権が11
月19日付けで設定されており,その被担保債権の利率が年5.5%であること(物25),長
期プライムレートの利率は,9月1日の時点で,年6.1%から年5.7%に引き下げられ,11
月2日には年5.5%に引き下げられていること(甲書79)が認められる。
 β 他方,10月20日の交渉内容を記載したメモ(弁物62)によれば,B69らは,前記a(c)
ⅰの覚書の利息は,長期プライムレート年7.5%を固定したもので高すぎるので,今回
は,短期プライムレート年4.75%に年0.25%を上乗せした年5%としてほしい旨主張し
たのに対し,B3らは,前回の利息は約定どおりの支払を求めるとともに,今回の利息は長
期プライムレートの年5.7%の変動相場制を主張し,折衝の結果,短期プライムレート年
4.75%に年0.75%を上乗せした年5.5%で合意していることが認められるほか,同月2
3日の電話による交渉内容を記載したメモ(B53・53回速記録末尾添付資料6)によっても,
利息年5.5%とすることの確認がされたことが認められるのである。
 γ なお,その後にB69らが提示した弁物67覚書案,さらに,B3らが提示した弁物68及
び69各覚書案ではいずれも,利息が「年5.5%(長期プライムレートの変動利率による)」と
されているが,これらは,上記認定のように,年5.5%の利息で合意した後,長期プライム
レートの利息が年5.5%になったことから,B3らの主張していた長期プライムレートの変動
相場制を採用したものと解されるのであって,利息の合意に至る経緯ないし算出方法につ
いての上記認定に疑問を生じさせるものとはいえない。
 δ そして,上記認定のような交渉経緯や長期プライムレートの変動経過に加え,弁物
65覚書案3条には「利息 年5.7%(長期プライムレートと同率)」と記載されていることから
すると,同覚書案がB3らからB69らに提示されたのは,12月3日ではなく,利息について
短期プライムレートをベースとする旨の合意が成立した10月20日ないしそれ以前であった
ことが合理的に推認できるというべきである。
 ⅱα 次に,関係各証拠からすると,弁物68覚書案は,弁物65覚書案の次にB3らからB
69らに提示されたものと認められるところ,弁物68覚書案の末尾余白には,「◎会員権 平
日1250×20口(C1工事代金充当) ◎代物弁済 ○7条(4)×」との書き込みがあり,B3
の手帳(物22)の週間予定表の12月3日欄には,同日の交渉時にB69らから会員権による
代物弁済を認めるよう求められたことをうかがわせる「会員権買取要求→覚書」との記載が
ある。さらに,関係各証拠によれば,B3らとB69らとの交渉は,同日までに,本件不動産に
抵当権が設定され,新たな覚書を締結するだけになっていたと認められることからすれば,
弁物68覚書案は,同月18日ではなく,本件不動産に抵当権を設定した後の最初の交渉
である同月3日に提示されたものと合理的に推認できる。
 β そして,弁物68覚書案には,期限の利益喪失条項の7条4号の記載に横線が引か
れ,その冒頭に×印が付けられているところ,その記載状態からすると,この点も,12月3
日の交渉で主張されたと考えるのが自然である。
 ⅲ さらに,関係各証拠によると,弁物69覚書案は,弁物68覚書案の次にB3らがB69ら
に提示したものであるところ,同覚書案では,B69らの要求に従い,期限の利益喪失条項
の7条4号が削除されて,この覚書案により双方の同意が成立し,その後,これと同内容の
覚書に関係者が記名押印したことが認められる(弁物70。以下「最終覚書」という。)。そし
て,弁物68覚書案から弁物69覚書案の作成までに,B3らの方で検討を要する事項として
は,B69らが提案した上記ⅱαの代物弁済のほかは,期限の利益喪失条項のうち7条4号
の削除にしぼられていたところ,代物弁済に関しては,それまでの交渉でもB3らが強い難
色を示していたところであるから(弁物62),主に検討を要するのは,上記条項の削除であ
ったことがうかがわれる。しかも,この点を検討するのであれば,12月3日から同月18日ま
での期間で十分と考えられることに加え,B69らにおいては,弁物68覚書案の内容につい
て,上記条項削除以外に特段の異議申立てをしていないのである。
 ⅳ そうすると,B69らは,この点に関する要望が認められれば覚書案に同意したであろう
ことがうかがわれるから,弁物69覚書案は,12月3日の次の交渉期日である同月18日の
期日にB3らからB69らに提示され,同日にB69らがその覚書案に同意したものと考えるの
が最も自然かつ合理的というべきである。
 (b) B3の手帳の記載について
 ⅰ B3の手帳(物22)の年間カレンダー中の面談当日の欄には「ご返事」との記載が認
められるところ,B3は,この記載について,C24側に対して前記のような期限の利益喪失条
項の一部削除に関する返答をする予定を記載したものである旨証言している(47回)。
 ⅱ しかしながら,「ご返事」は丁寧語であるから,C1側からの返事ではなく,得意先から
の返事を記載したものとみられる。そして,B3の証言によれば,面談当日に訪問したC
22側から返済計画書の提示がある予定であったというのであるから(47回),上記記載はこ
のC22側からの返済計画書について記載したものとうかがわれる。したがって,上記手帳の
記載がB3のC24との交渉経緯に関する公判証言を裏付けるものとはいえない。
 (c) 禀議書等の作成経緯に関するB53の証言について
 ⅰ B53は,C24との交渉結果に関する本店提出用稟議書(B53・53回速記録末尾添付
資料1)及び支店用稟議書(同2)について,12月2日付けで稟議書を起案し,回覧文書等
を管理している女性職員にワープロで清書してもらった,そのうち本店提出用稟議書は,
その女性職員に保管してもらい,支店用稟議書は,B3らの決裁印をもらった後,私が保管
していた,同月22日の交渉で双方合意に至ったので,帰社後,本店提出用稟議書につい
ては上記女性職員に,支店用稟議書については私が,それぞれ作成日を同月2日から同
月22日に訂正し,同月22日,私が本店提出用の稟議書にB3の決裁印をもらった,回覧
文書発信簿(同3)に,C24との交渉に関する稟議書の発信日が同月2日となっているの
は,上記女性職員が回覧文書を受け付けた時点の日付が発信日として記載されているか
らであるなどと証言して(53回),上記禀議書の作成経緯がC1とC24との交渉経緯に関す
る自己の証言内容を裏付けるかのように主張している。
 ⅱ しかし,B53の証言のとおり,B53が稟議書を12月2日に起案していたとしても,その
後,同月18日の交渉で合意に至り,それについて同月22日付けでB3の決裁を受けるな
どして稟議に回したことも十分考えられるのであり,B53が指摘する稟議書ないし回覧文書
発信簿の存在が,上記交渉経緯に関するB53の証言を裏付けるものともいえない。
 (d) 最終覚書の調印時期に関するB69の公判証言について
 ⅰ なお,B69は,最終覚書の調印時期に関して,11月19日付けで抵当権設定登記が
されている以上,その前に覚書に捺印したことは間違いない,捺印がないものについて抵
当権設定登記をするはずがない,したがって,損害金を負けてほしいという交渉も,同日ま
でには終わっていると思う旨証言している(85回,86回)。
 ⅱ しかしながら,本件不動産への抵当権の設定は,前記a(c)ⅰの覚書に基づきされた
ものであり,支払期限を更に1年間延長する内容の新たな覚書の締結とは,全く関連性の
ない事項であるし,C1側が上記抵当権の設定を優先させる意向で交渉を進めていたこと
は,B3らの公判証言等から明らかである。また,B69の公判証言によれば,同人の手帳(B
69・85回速記録末尾添付資料Ⅰ)にも記載のある12月3日の交渉の内容が不明となるほ
か,B69の交渉経緯に関する公判証言自体,かなりあいまいで,具体的な記憶を十分保持
しているとはうかがわれないことなどからすれば,B69の上記公判証言は,にわかに信用で
きず,これを交渉経緯認定の前提とすることはできない。
 (e) まとめ
 以上のとおり,C1とC24との未収金回収に関する客観的資料からは,12月18日の時点
で,弁物69覚書案で双方合意に達したものと合理的に推認することができる。そして,これ
に反する趣旨のB3及びB53の各公判証言はいずれも,上記客観的資料を十分に説明で
きていない点が散見されるものであって,これらを信用することは困難である。
 c アリバイに関するB3及びB53の各公判証言の信用性
 (a) B3の供述経過等について
 ⅰ まず,B3が面談当日にC24に行ったことを思い出した経緯に関するB3の公判証言
が,極めて不自然で信用できないことは,前記第3の3(4)イ(ア)dで指摘したとおりである。
 ⅱ また,B3の手帳(物22)には,C24に関して,10月6日,同月20日及び12月3日の各
交渉については月別予定表の該当日の各欄に,12月18日の交渉については週別予定
表の同日の欄にそれぞれ記載され,月別予定表の面談当日の欄に,「総合幹部会
14.00~17.00」と「幹部懇親会17:30」との記載の間に「C2211時」との記載が挿入されてい
るのに,その日のC24との交渉に関する記載は,月別予定表にも週別予定表にも全く記載
されておらず,これらの記載状況は,B3が面談当日にはC24本社に行っていないことをう
かがわせるものである。
 (b) C24関係者の供述状況について
 ⅰ C24側交渉責任者であった同社常務取締役のB69は,公判段階において,面談当
日に,B3らが来たことは覚えていないし,自分の手帳にも,その旨の記載はなく,また,共
に交渉に立ち会っていたC25グループのC45株式会社の業務部長だったB70(平成9年1
0月死亡)が作成したメモにも,その旨の記載はなかった,そのため,平成5年11月ころB
53から面談当日の訪問について問い合わせがあった際,よく分からないと回答した旨証言
している(85,86回)。
 ⅱ この点,B53も,同年11月10日から12日までころに,C24に電話して,自分とB3が
面談当日にC24を訪問していないかを確認したところ,B70の回答は,「12月3日と18日は
確かに来ているが,22日については記載されていない。」あるいは「記憶してない。」という
ことだった,翌日,再度B70に電話をかけて確認したが,B70の手帳にも,面談当日にB
53とB3が訪問したとの記載はない旨言われた,同月16日ころ,B51がC24に行ったとこ
ろ,「12月22日は来ていないよ。」と言われたとのことだった,その後,同年12月15日に,
B51と一緒にC24に利息の請求に行った際に,B70に,折衝経緯に関する書類を綴ったフ
ァイルが見付かったか聞いたところ,「見付からない。」という返事だった旨証言し(46回),
B51も,C24のB70から,「私の手帳の12月22日の欄には,B3さんやB53さんが来たという
記載はないよ。」と言われた旨証言しているのである(107回)。
 ⅲ このように,C24側の交渉担当者であるB69及びB70は共に,B3らが面談当日に同
社本社に交渉に来たという記憶がなく,同社側にはその記録がないというのであって,これ
らの証拠もまた,B3らが面談当日にはC24本社に行っていないことを裏付けるものというこ
とができる。
 (c) B53の公判証言について
 ⅰα B53の前記公判証言は,C24から関東支店に戻る際に,タクシーを利用して,100
0円ちょっとかかったというのに,関係証拠(甲書78)によれば,その交通費の精算書が存
在しないことが認められるなど,B3の公判証言と同様に客観的裏付けを欠くものである。
 β また,B53は,B3のアリバイに関する明確な記憶があり,C24側に問い合わせることま
でしたというのに,B3が釈放された後の平成5年11月24日ないし26日のいずれの日か
に,B3に対して,面談当日は行動を共にしていた旨言っただけで,平成6年6月13日に,
B37弁護士に詳しく説明するまでは,C1関係者に話をしていないと証言している。しかし,
B3のアリバイの成否は,同社にとっては極めて重要な事項であることが明らかであるにも
かかわらず,B53の上記のような対応は,いかにも不可解といわざるを得ない。
 γ しかも,B53の前記公判証言は,面談当日に秋葉原駅付近でB3と落ち合った場所
や方法について極めてあいまいなまま終始しており,その余の部分の記憶の明確さと対比
すると,この点も不自然というほかない。
 ⅱα なお,B48(89,90回)及びB51(106,107回)はいずれも,面談当日午後,B51がB
53と共に本社に行き,午後2時ころ経理部でB48と落ち合ってから,喫茶店で待機した後,
午後2時50分ころから監査部に報告に行き,午後3時40分くらいまで報告し,その後,B
53が別件の用事で出掛けたので,経理部への報告は,B48とB51が行った旨,B53の公判
証言に沿う証言をしている。
 β そして,本件当時の建設総事業本部監査部次長のB71は,面談当日の業務日誌
(弁物188はそのファックスコピー)の記載からすれば,関東支店からの月例報告にはB53,
B48及びB51の3名が出席していた旨(100回),同じく経理部資金課担当者のB72は,同
日の関東支店との資金会議の際に作成した査定結果表(弁物122はそのファックスコピー)
の記載からすれば,関東支店からはB48及びB51のみが出席し,B53は出席していなかっ
た旨(99回),それぞれに公判段階で上記B53,B48及びB51の各公判証言を裏付けるか
のような証言をしている。
 γ しかしながら,仮に,B53が面談当日午後にB48及びB51とは別れて別の用事で出掛
けたとしても,それがC24の用件であったと確定できない以上,B53の前記公判証言を裏
付けることにはならない。そして,B53は,自己の手帳を焼却したとして,その裏付け証拠を
自ら廃棄したことを認めているのである(46回)。
 δ その点はさておき,上記各証拠について検討しても,上記業務日誌については,面
談当日の来部者欄のうち,関東支店からの来部者につき,監査部の女性社員が「B48課
長」とのみ記載したため,記載漏れに気付いたB71が,「B51代理」及び「B53次長」との記
載を書き加えたというのであり,前日の来部者欄には「B73課長他」との記載もあって,記載
の厳密さには疑問が残る。また,上記査定結果表の記載についても,関東支店側の出席
者は,B72が自ら記載した旨証言するものの,その支店名・出席者名欄の上に記載された
「12/22」との記載は,B72が記載したものではなく,いつ記載されたのかも分からないと
いうのである。
 そして,上記業務日誌及び査定結果表のいずれも,B53の求めに応じて,平成6年6月1
3日に関東支店にファックス送信されたものであるところ,B53は,同日,B37弁護士に対
し,B3の面談当日午後の行動について詳しく説明したというのであるから,これに関連した
資料としてB53が取り寄せたものであることは明らかである。にもかかわらず,いずれの原本
についても,保存の措置がとられることなく,その後廃棄されているというのである。しかも,
関係者の供述によっても,いずれの書面も加除訂正が容易な鉛筆により記載されていたも
のと認められ,かつ,上記のとおり現に追加記載もされていたのである。したがって,B53は
もとより,B3ら他のC1関係の事件関係者にとっても,両書面共に,B3の面談当日の行動
を間接的にでも裏付ける証拠として重要なものと思われ,その原本を保存して疑義の生じ
ないようにする必要性が非常に高いと考えられるのに,これがいずれも廃棄されたというこ
とは,極めて不自然であり,上記業務日誌の来部者欄及び査定結果表の出席者欄の各記
載をそのまま信用することは困難といわざるを得ない。
 η このように,上記B48,B51,B71及びB72の各公判証言並びに上記業務日誌及び査
定結果表の存在及び記載内容等から,B53が面談当日C24へ出向いたことを裏付けられ
ることはないというべきである。
 ⅲ そうすると,B53の前記公判証言は,客観的裏付けを欠いており,内容的にも不自然
というべきであるから,これを信用することは困難である。
 (d) まとめ
 以上のとおり,関係各証拠を総合すると,12月18日の交渉でC1とC24との合意が成立
したものと合理的に推認できるから,面談当日にB3らがC24本社を訪れる理由は何ら存在
しないことになる。しかも,面談当日の午後にC24本社に交渉のために出向いたとするB3
の前記公判証言は,客観的裏付けを欠くだけでなく,C24関係者の各供述にも反するとと
もに,その供述経過,内容共に不自然極まるものであるから,到底信用することができな
い。
 d 以上検討してきたとおり,関係各証拠を子細に検討しても,B3が面談当日の午後にC
24本社には出向いていないことが認められるから,B3のアリバイに関する弁護人の主張②
も採用できない。
 ウ C19ビル1階での合流の可否について
 (ア) 問題の所在
 a(a) 被告人A2(乙書22)及びB3(甲書140)は,面談当日午後4時ころ,被告人A1と被
告人A2及びB4がC19ビルの1階玄関車寄せ付近で合流したが,これに先立って,同所に
おいて,被告人A2がB3から現金2000万円入りの手提げ付き紙袋を受け取った旨それぞ
れに供述している。
 (b) 被告人A1も,ほぼ同旨の供述をするものの,被告人A2らとの合流場所について
は,C19ビルの地下1階玄関付近で合流したような気がするが,明確な記憶があるわけで
はなく,地上で被告人A2らと合流したかもしれない旨供述している(乙書15)。
 (c) そして,B3は,被告人A2に現金入り手提げ付き紙袋を手渡した際の状況につい
て,ほぼ2車線の通路状の車寄せに,副社長車が縁石に沿い,支店長車が車長1台分くら
いその右後方に各停車している図面(甲書140添付資料)を作成しているのである。
 b これに対し,弁護人は,①C19ビル1階玄関付近でB3作成の上記図面のように停車
することは,後続車の進路妨害になってしまうため不可能である,②被告人両名及びB4の
各公判供述のみならず,C19クラブ支配人の公判証言や顧客台帳によっても,被告人A1
が被告人A2らと合流したのは同ビル地下1階玄関と認められる,③B3が被告人A2に現
金を受け渡す予定の場所が,当初のA1副社長室から同ビル1階玄関付近に変更になっ
た経緯が不明であるとして,被告人両名及びB3の捜査段階における各供述はいずれも信
用できない旨主張する。
 c そこで,以下,各論点ごとに検討することとする。
 (イ) B3の供述どおり停車することの可否について
 a 検証の結果(人25・弁人17)によれば,C19ビル1階玄関付近の状況は,おおむね次
のようなものであると認められる。すなわち,
 (a) 同所付近は,C60町通りに面し,赤坂見附寄りに同ビル玄関が,麹町寄りにタワー玄
関が並んでいる。同所の車寄せは,幅約5.38mの通路状になって,上記各玄関に順次
面しており,道路からは,幅約5.97mの入口から進入した上,右折して上記車寄せに至る
ことになる。また,上記車寄せは,建物側約3.00m,道路側約2.08mの2車線に仕切ら
れており,建物側は,自動車の走行車線であるとともに,客が自動車に乗降する場所,道
路側は,ゼブラ・マークが引かれて,客待ちのタクシーなどが停車することのできる場所と
なっている。
 (b) 検証日である平成12年12月22日(金)の午後3時50分から午後4時10分までの
間,同ビル1階玄関付近の状況を撮影したところ,上記車寄せでは,建物側車線でも,タク
シーを降車する際に要する時間程度の停車は頻繁に行われていること,道路側車線に
は,タクシー以外にも,人待ちのために数分間程度停車する自動車も見られるが,ドアマン
から特段の注意を受けていないこと,建物側及び道路側の各車線に共に自動車が停車し
ても,それが並列ではなくある程度ずれているときは,別の自動車が停車中の自動車の間
をすり抜けるように現に通過していること,道路側車線には上記入口の直近付近にも自動
車が停車することがあることが認められる。
 b また,本件当時,C18でドアマンの業務に従事していたB74の公判証言(101回)は,
要するに,上記車寄せは狭いが,運転手から人を迎えに来たと言われれば,担当のドアマ
ンが状況を判断して,少し寄せた場所に駐車させる場合もある,その構造上,客が出てくる
のを待つために自動車をとめられる場所は4か所あり,それ以外の場所は,他の自動車の
邪魔になるので駐停車させないが,時間帯によっては,玄関の縁石に沿って,ほんの短い
時間とめさせることもないわけではなく,そのときのドアマンが状況を判断して,後続の自動
車が入って来られないことのないようにしている,12月22日午後4時ころといえば,一般的
にいって忙しい時期,時間帯に当たり,道路側車線に空車タクシーがいた可能性はある
が,夜ではないので,たくさんいたかどうかは分からないなどというものである。
 c そうすると,上記検証結果及びB74の公判証言に照らしても,C19ビル1階玄関付近の
車寄せにおいて,B3作成の図面のような状況で自動車2台をとめて被告人A1を待つこと
も,短時間であれば十分に可能であると認められる。したがって,弁護人の主張①が理由
がないばかりでなく,この点に関するB3の捜査段階の供述は,このような現場の状況によ
っても裏付けられるのであり,その信用性は高いものと認められる。
 (ウ) 被告人A1と被告人A2らとの合流場所について
 a 弁護人は,前記主張②の根拠として,被告人A1(128回,135回),被告人A2(143
回,145回,147回),B4(57回~59回)及び本件当時C19クラブの支配人であったB75(63
回,64回)の各公判供述並びにC19クラブの顧客台帳(甲書82,弁物95。以下「顧客台帳」
という。)を指摘している。
 b そこでまず,顧客台帳及びB75証言について検討する。
 (a)ⅰ 顧客台帳のうち面談当日の該当部分によれば,その左上に「LUNCH」と書かれ
た面には,「NAME」欄に「C1A1様」,「IN」欄に「14:55」,「OUT」欄に「16:10」,その
右横の「NAME」欄に「16:10 OUT予定」,更にその右横の備考欄に「P1→1台 16:1
0迄に到着予定」との記載のあることが認められる。
 ⅱ そして,B75は,このような顧客台帳の記載について,次のように証言している。すな
わち,
 α C19ビル29階のC19クラブ受付で作成している顧客台帳によれば,被告人A1が,面
談当日は,14時55分に来店し,16時10分に帰ったことが分かる。「NAME」欄の「16:1
0 OUT予定」との記載は,被告人A1が,来店した際,受付の者にその時間に帰ると告げ
たことを意味する。備考欄の「16:10迄に到着予定」との記載は,地下駐車場の専用のド
アマンが,16時10分までに自動車が迎えに来るということを聞いて受付の者に連絡した
か,被告人A1が受付の者にその旨伝えたことを意味する。備考欄の「P1→1台」との記載
は,地下駐車場に自動車が到着したことを地下のドアマンが受付の者に連絡したことを意
味する。
 β もっとも,「16:10到着予定」と「P1→1台」の記載を同時に書いた可能性も否定でき
ないが,筆跡が異なるので,別の機会に記載したものと思われる。自動車が地下駐車場で
ずっと待っている場合には,「P1に1台」と記載する。迎えの自動車がない場合には,備考
欄に「なし」と記載し,同ビル1階玄関に自動車が待機している場合には,備考欄に「1Fに
1台」と記載する。
 (b)ⅰ そこで検討するに,顧客台帳の備考欄には,「P1→1台」の右横に若干の空白を
空けて,「16:10迄に到着予定」と記載されているから,これを素直に読めば,「P1→1台」
と記載された後に,「16:10迄に到着予定」と記載されたこと,すなわち,両者が一体とし
て,16時10分までに地下1階に迎えの自動車が1台来るとの予定を記載したものとみるの
が自然である。ちなみに,顧客台帳の備考欄は,全般的に左詰めで記載されているので
ある。
 ⅱ この点,B75は,「16:10迄に到着予定」との記載のみによって,通常は,地下駐車
場に迎えが来ることと,迎えの車の台数は,客が1名であれば一般的には1台であることを
理解できる旨証言するが,担当者が複数いることからすれば,そのような理解が全員に共
通のものかについては疑問の余地がある。また,B75の指摘する筆跡の違いも顕著なもの
ではなく,同一人が書いたか別人が書いたか不明というべきである。
 ⅲ ちなみに,顧客台帳(甲書82)の12月3日の裏面の備考欄には,「B76副社長→19:
30到着予定」との記載の隣に「○着」との記載のみがあること,同月7日の表面の備考欄に
は,「B77様P1→1台 18:00着予定」との記載から下に矢印が引かれ,「17:00到着しま
した。」との記載があること,同月11日の裏面の備考欄には,「先方手配C46ハイヤー2台 
20:30着予定」との記載の隣に「○着」との記載のみがあることなどからすれば,迎えの自
動車が到着して,その連絡がクラブ受付に入った場合には,その旨適宜記載される扱いに
なっていることが合理的に推認できるのである。
 ⅳ そうすると,顧客台帳中の上記「P1→1台 16:10迄に到着予定」との記載は,あくま
で当初の予定の記載であると合理的に推認できるから,「P1→1台」との記載が,地下駐車
場に自動車が到着したことを意味するとのB75証言は採用できない。
 (c) さらに,B75は,被告人A1の面談当日の離店状況について,自らの記憶に基づか
ず,顧客台帳の記載からの推測を証言したにすぎないことは,その証言内容から明らかで
ある。そして,前認定のように,顧客台帳の記載は当初の予定を記載したものと推認できる
ことからすれば,来店時には,C19ビル地下1階玄関を利用する予定だった被告人A1が,
その後予定を変更して同ビル1階玄関を利用することにした可能性を否定するものではな
いというべきである。
 (d) したがって,B75の公判証言及び顧客台帳の記載からは,被告人A1が,面談当日
に同ビルの1階玄関を利用せず,地下1階玄関を利用したと認めることはできない。
 (e)ⅰ なお,以上検討したとおり,顧客台帳中の上記「P1→1台 16:10迄に到着予定」
との記載は,同ビル地下1階玄関に迎えの車1台が午後4時10分に到着予定であるという
趣旨と合理的に推認できるところ,被告人A1の説明した内容がそのまま記載されておれ
ば,上記記載から,被告人A1の当初の予定として,被告人A2らとは同ビル地下1階玄関
で合流する心積もりであったことがうかがわれる。
 ⅱα しかし,被告人A1が,当初,同ビル地下1階玄関の合流を予定していたとしても,
当日は,被告人A2らとの合流が予定されており,被告人A2は支店長車で来ることが予想
されたから,同車の運転手が同ビルの状況に不案内であることに配慮して,合流場所の予
定を公道に面して分かりやすい同ビル1階玄関に変更し,その旨を自分の秘書に連絡す
ることにより,合流予定の被告人A2及びB4に伝えさせたほか,A1副社長室に来たB3に
も伝えられたことによって,これらの関係者が同ビル地上1階玄関付近で合流することがで
きたものと考えられる。
 β ちなみに,被告人A1のスケジュール表(物114)の12月22日の欄の横には斜め方向
に走り書きで「16:10A2玄関」との記載があり,B78の公判証言(98回)によれば,このよう
なメモは,3名いた被告人A1の秘書のうちのB79作成のスケジュール表にしか記載がない
と認められることからすると,B78が証言するように,B79が,被告人A1から,被告人A2との
連絡場所について急ぎの連絡を受け,直ちに対処するなどして,すぐにその用件が終わっ
たことがうかがわれるのである。
 ⅲ したがって,顧客台帳中の前記「P1→1台 16:10迄に到着予定」の記載と前記(ア)
a記載の各証拠とは何ら矛盾するものではないということができる。
 c 次に,被告人A2の公判供述について検討する。
 (a)ⅰ 被告人A2は,被告人A1と合流した状況について,捜査段階では,C1本社から
自分の支店長車に乗ってC19ビルに行き,その地上1階で被告人A1らと合流した後,引き
続き支店長車に乗って都道府県会館に向かったと供述していたのに(乙書22),公判段階
では,A1副社長室に行くと,被告人A1の女性秘書から,被告人A1は現在C19クラブの
サウナにいるので,午後4時10分にC19ビルの地下駐車場の玄関で待ち合わせることに
変更した旨の被告人A1の伝言を聞くとともに,被告人A1の専用車で現地に行くよう教え
られたので,B4と共に,A1副社長専用車に乗り込んで,C19ビル地下1階駐車場内にあ
るC19クラブの専用玄関前に行き,そこで被告人A1と落ち合ったなどと詳細に供述してい
る(143回,147回)。
 ⅱ このように捜査段階とは異なる詳細な供述をしたことについて,被告人A2は,捜査段
階では,C1本社からC19ビルを経由して都道府県会館に行った状況の記憶が明確ではな
かったが,保釈後の平成6年8月ころに,被告人A1,B4及び弁護人らと共に,C19ビル及
び都道府県会館に現場確認に行き,記憶を喚起することができた旨供述する。
 (b) しかしながら,被告人A1と合流した状況について集中的に取り調べられたはずの捜
査段階に,しかも,B44検事と共にC19ビル周辺まで確認をしに行き,地上1階付近で「こ
の辺りかな。」という話までしたというのに(143回),本件面談から約1年8か月も経過してか
ら,地下1階であったと明確に記憶を喚起するというのは,いかにも不自然である。そして,
被告人A2は,その述べるところによっても,保釈された後,被告人A1やB4らと本件につ
いて話し合いを行った上,被告人A1らに同行して現場の確認をして,その記憶を喚起し
たというのであり,その公判供述は,被告人A2に固有の記憶に基づくものというよりは,被
告人A1の主張の影響を強く疑わせるものというべきである。
 (c)ⅰ また,被告人A2は,公判段階においては,逮捕の前日,B44検事と共に,C19ビ
ル1階付近に行った際,同検事から,確信ありげに,「あそこにC19ビルと書いてある。ここ
だ,ここだ。」と言われたことから,「この辺りかな。」と言って,それ以上は反論できず,その
後はそれを前提に供述調書を作成された旨供述している(143回,149回)。
 ⅱ しかし,被告人A2及びB3の捜査段階の各供述経過をみると,被告人A2は,同月8
日には,C19の車寄せの所と供述していたのに(乙物125),B3は,同月4日の時点では,
C18の車のある所とのみ供述し(甲物83),同月11日になって,C19の玄関と供述するに至
っている(甲物89)。このように,合流場所をC19ビル付近と特定する供述は,被告人A2が
先行しているのであり,B44検事が被告人A2に対し供述を誘導したり押し付けられるような
状況はうかがわれないから,取調べ状況に関する被告人A2の上記公判供述は,このよう
な供述経過に沿わないものである。
 ⅲ しかも,被告人A2は,公判段階では,B44検事の取調べの中で,地上ではなく地下
だったと申し立てたことはないとも供述しているのである(143回)。
 (d) したがって,被告人A2の合流場所に関する公判供述を信用することは困難である。
 d 次いで,B4の公判証言について検討するに,B4は,公判段階では,合流場所につ
いて,被告人両名の各公判供述と同旨の証言をしているところ(57回~59回),その根拠と
しては,ちょっと薄暗かった,周りに景色が見えなかった,地下から地上に出たと記憶して
いることを指摘するのみである。しかも,B4は,地下駐車場のゲートを通過したり,運転手
がチケットを受け取ったという記憶はなく,地上に出る経路も,すぐだったということ以外,覚
えていないというのであり,検証の結果(人25・弁人17)から認められるC18地下駐車場の
状況にはそぐわないものである。さらに,B4の上記公判供述には,具体的な裏付けがある
わけではなく,しかも,B4も,被告人両名らと共に現場確認をしていることからすれば,被
告人A1の主張の影響があったという疑いが残るのであって,これを信用することも困難で
ある。
 e 最後に,被告人A1の公判供述について検討する。
 (a) 被告人A1は,その供述経過からしても,捜査段階から一貫して,合流場所をC19ビ
ル地下1階玄関付近と供述していたことが認められる。
 (b)ⅰ しかしながら,被告人A1のこうした一連の供述は,合流場所を同ビル地上1階玄
関付近であるとする被告人A2及びB3の捜査段階の各供述とは全く相反するものである。
 ⅱ このように,被告人A1の供述と被告人A2及びB3との各供述とが大きく食い違って
いることから,それぞれの取調べ検事が,この点に関する確認を行ったとうかがわれるとこ
ろ,B3は,合流場所について,若干の変遷はあるものの,平成5年11月1日以降,一貫し
てC18付近の地上であった旨供述しており,同月5日には,B47検事から,本社の副社長
室や被告人A1の女性秘書を介してではないかという被告人A2の供述に基づく質問を受
けても,全く動揺していない(甲物67・弁書214)。さらに,合流場所に関する供述の若干の
変遷も,前記第3の3(3)イ(イ)eで指摘したように,その供述心理が合理的に説明できるもの
である。
 ⅲ また,被告人A2は,その公判供述によっても,逮捕前日の同月1日ころに,C19ビル
地上1階付近で「この辺りかな。」という話をして,その後,捜査段階では一貫して同旨の供
述調書が作成されたにもかかわらず,これには反論していないというのである(143回)。
 ⅳ 他方,被告人A1は,捜査段階から一貫して,同ビル地下1階玄関であった旨供述し
ているものの,同月13日には,合流場所について,私としてはC19クラブ地下1階の出口
であったような気がするが,明確な記憶があるわけではないので,あるいは地上で会ったの
かもしれないと記載された検察官調書(乙書15・乙物115)の作成に応じているのである。
 (c) さらに,被告人A1は,C19クラブを週2回くらい利用していた,地上1階の玄関を利
用して同クラブに行ったことはない,同クラブから出るときも,一,二回歩いて帰る際に1階
玄関を利用したことはあるが,それ以外は,地下1階玄関を利用していた旨供述している。
このような被告人A1の公判供述からすると,被告人A1は,極めて頻繁かつ多数回にわた
り同クラブを利用していたことがうかがわれるのであり,個々の出入りの状況について明確
かつ詳細には記憶していないことも,十分あり得るところと考えられる。したがって,被告人
A1の捜査段階における供述は,そのような記憶の状態を表すものとして,納得のいくもの
である。
 (d) なお,被告人A1は,公判段階において,C19クラブに行くことに決めた後,自分の
秘書にその旨連絡したと供述し(128回),現にそのような連絡があったことは,前認定のよ
うに,被告人A1のスケジュール表(物114)の12月22日の欄の横に「16:10A2玄関」と記
載があることからも認められる。
 しかし,この「玄関」がどこを指すのかは,これを記載したB79の供述(甲書36)によっても
明らかではなく,この点からも,被告人A1が地下1階で合流しようとしていたことは裏付けら
れないというべきである。
 (e) そうすると,合流場所に関する被告人A1の一連の供述もまた,その信用性に疑問が
あるといわざるを得ないのである。
 f 以上のとおり,合流場所に関する弁護人の前記主張は,すべて理由がなく,したがっ
て,被告人A2及びB3の捜査段階における各供述のとおり,被告人A1と被告人A2及びB
4がC19ビルの1階玄関車寄せ付近で合流するとともに,これに先立ち,同所において,被
告人A2がB3と合流することが十分に可能であったと認められる。
 (エ) B3が被告人A2に現金を受け渡す場所変更の経緯について
 a(a) 弁護人は,前記のように,B3が被告人A2に現金を受け渡す予定の場所が,当初
のA1副社長室からC19ビル1階玄関付近に変更になった経緯が不明である旨主張する。
 (b) しかし,この点は,前記(ウ)b(e)ⅱで判示したとおり,被告人A1が,当初,同ビル地
下1階玄関の合流を予定しながらも,支店長車の運転手が同ビルの状況に不案内である
ことに配慮して,合流場所の予定を公道に面して分かりやすい同ビル1階玄関に変更し,
その旨を自分の秘書であるB79に連絡することによって,合流予定の被告人A2及びB4に
伝えさせたほか,A1副社長室に来たB3にも伝えられたことによって,これらの関係者が同
ビル地上1階玄関付近で合流することができたものとして,説明が付くのである。
 b(a) もっとも,上記場所変更の経緯に関して,被告人A2とB3の捜査段階における各供
述は,一部食い違っている。
 ⅰ まず,被告人A2の捜査段階の供述は,次のようなものである(乙書22)。すなわち,
私が支店長車から降りて助手席側に立っていると,B3が私のそばに来た,私は,B3が既
にA1副社長に2000万円を届けているだろうと思っており,どうしてB3がいるのだろうと思
って,B3に「どうしたんだい。」と声を掛けると,B3は,「A1副社長の所に例の物を届けに
行ったら,A1副社長がこちらにみえていると聞きましたので,こちらで渡そうと思って待って
いたところです。」と説明した,私は,「じゃあ,おれから渡すから。」と言って現金2000万円
入り手提げ紙袋を受け取った,というのである。
 ⅱ これに対し,B3の捜査段階の供述は,次のようなものである(甲書140)。すなわち,
面談当日の午後,私が,A1副社長室へ行って,女性秘書に,「関東支店のB3ですが,支
店長はおじゃましていますか。」と言ったところ,いったん来た被告人A2が,A1副社長と会
うため外出したということで,「支店長からの言付けが入っています。4時10分までに,C
18のC19の玄関に行ってくださいとのことです。」というように言われたと思う。そこで,歩い
てC19まで行き,C19の出入口付近で支店長車のB82運転手を見付けてそのそばに行き,
被告人A2と会うことができた,というのである。
 ⅲ このように,B3と合流する前の被告人A2の認識として,被告人A2は,現金2000万
円が既に被告人A1に手渡されたと思っていた旨供述するのに対し,B3は,被告人A2に
おいても,現金2000万円が被告人A1にまだ手渡されていないことを知っていたとの前提
で供述しており,その間に明白な食い違いがみられる。
 (b)ⅰ しかしながら,このような供述の食い違いは,被告人A2とB3との間の認識の違い
に起因するものとして説明することができる。すなわち,被告人A2は,前記検察官調書に
おいて,本件面談の前日,B3に対して,現金2000万円を「22日の4時までにA1さんの所
に届けておいてくれよ。おれも4時ころには行くことになっているから。」などと指示したと供
述していることから,被告人A2としては,B3に対し,被告人A1に現金2000万円を直接届
けるよう指示したものと認識していたことがうかがわれる。他方,B3は,前記検察官調書に
おいて,被告人A2から,「午後4時ころまでに,本社のA1副社長の所にいるから,お金を
届けてくれ。」という言い方で指示されて,被告人A2に届けようとしていたと記憶している
が,「A1副社長の所に届けてくれ。」という指示だったかもしれない旨供述していて,B3と
しては,被告人A2に届けることを指示されたと認識していたものと認められる。したがって,
被告人A1に直接届ける趣旨の被告人A2の指示を,B3が,被告人A1の所にいる被告人
A2に届けるように指示されたと取り違えたものにすぎないと考えられるのである。
 ⅱ そして,被告人A2及びB3の捜査段階における各供述を総合すると,両名が合流す
るに至るまでの事実経過として,次のような事実が推認できる。すなわち,被告人A2は,A
1副社長室に行った時点で,B3が既に被告人A1に現金2000万円を手渡したものと思っ
ていたが,被告人A1の秘書から,B3が来たことの確認が取れなかったため,B3が来た場
合に備えて念のため,被告人A1の秘書に,B3が来た場合には,C19ビルの1階玄関に来
るように言付けをして,同ビルに向かった,その後,A1副社長室を訪れたB3は,被告人A
1の秘書から,上記のような被告人A2の言付けを聞き,同ビル1階玄関に向かった,被告
人A2は,同ビル1階玄関にB3が来たので,どうしたのかと思って声を掛けたところ,現金2
000万円が被告人A1に手渡されていなかったことを知り,B3からこれを受け取った,以上
のように認められる。
 ⅲ このように,被告人A2とB3との前記のような認識の違いを前提にしても,両者の捜査
段階における各供述は,以上のような事実経過についてそれぞれに認識した内容を述べ
たものとして,矛盾はないということができる。
 c(a) さらに,本件当時に被告人A1の秘書だったB78は,面談当日,B3が被告人A1を
訪ねてきたことはないし,取調べまでに,B3には一度も会ったことがなかった旨証言す
る(98回)。
 (b) しかしながら,B78の上記公判証言は,客観的裏付けが伴うものではなく,B3が面談
当日にA1副社長室を訪ねてきていないとする根拠は,B3と会ったという記憶がないことに
尽きるといえる。そして,B78は,その公判証言によると,面談当日に,被告人A1がC19ク
ラブに行ったこと,B79が被告人A1から電話連絡を受けたこと,被告人A2やB4が被告人
A1を訪ねてきたことについては,捜査段階でも記憶がなかったというのである。しかも,前
認定のように,被告人A1から,合流場所の変更についての急ぎの電話連絡を受けたの
は,B79であり,すぐに用件が終わったということから,被告人A2やB4,更にはB3が訪ね
てきても,被告人A1の指示を直接に受けたB79が対応したことが強くうかがわれる。したが
って,B78にはB3に対する記憶がないからといって,B3が訪ねてきていないとはいえない
のである。
 d そうすると,B3が被告人A2に現金を受け渡す場所変更の経緯に関する弁護人の主
張③も採用することができない。
 (オ) まとめ
 以上のとおり,被告人A1と被告人A2及びB4との合流及びB3から被告人A2に対する
現金受渡しの状況に関する被告人A2及びB3の捜査段階における各供述はいずれも,弁
護人の前記主張にかんがみ慎重に検討しても,その信用性に疑問とすべき点は見出し難
い。
 エ 贈賄資金の原資及び裏帳簿の廃棄について
 (ア) 問題の所在
 弁護人は,関東支店経理部担当部長であったB52が保管していたという収支表等を綴っ
たバインダー式の書類綴(弁物46。以下「バインダー資料」という。)及びB3作成の平成8
年4月12日付け「再製出納簿(最も正しいもの)」と題する裏金出納帳(弁物48。以下「最終
出納帳」という。)を証拠として提出した上,最終出納帳の平成4年12月末時点の裏金残
高は,バインダー資料中の96期収支表の12月の次月繰越金額と一致し,かつ,平成5年
10月8日時点での関東支店の裏金現金残高ともほぼ一致していることなどから,最終出納
帳の記載は信用するに足りるものであるとして,最終出納帳及びバインダー資料に基づ
き,平成4年12月に,本件贈賄の原資とされる現金2000万円が支出されていないことは
明らかである旨主張するので,以下,贈賄資金の原資及び裏帳簿の廃棄について検討す
ることとする。
 (イ) 最終出納帳の信用性
 a 裏金残高の整合性
 (a) まず,関東支店の裏金残高の整合性について検討するに,B3の公判証言によれ
ば,平成5年3月末の時点で,関東支店の裏金の総額は,検察庁が同月21日に押収した
1041万円,B3が同月23日に自宅に持ち帰ったとする簿外の裏金400万円を含めた290
0万円,及びB17検事が同月26日に確認した1億3974万8585円の合計1億7915万85
85円であったことになる。
 (b) しかしながら,この金額は,上記簿外の裏金が計上されていない最終出納帳の同時
点における残高1億7924万8585円に,上記簿外の裏金400万円を加えた合計1億832
4万8585円と比べると,409万円も少ないものである。そして,このことは,B3の公判証言
のみならず,最終出納帳の信用性にも疑問を生じさせるものである。
 (c) なお,この点,B3は,同時点における関東支店の裏金総額と最終出納帳の残高と
の差額は9万円である旨証言している(43回)。しかしながら,最終出納帳の平成4年6月末
時点における残高は1億1109万6285円とされていて,修正出納帳のそれと同額である。
そして,修正出納帳は,B3の公判証言によっても,簿外の裏金を計上していないことが明
らかであるから,最終出納帳もまた,簿外の裏金を除外したものと解するほかはない。した
がって,上記証言は,その前提を誤ったものとして,信用することができない。
 b 最終出納帳作成の経緯
 (a) また,最終出納帳作成の経緯についてみるに,B3の公判証言に,その検察官調書
(甲物55,57,68)の存在及び記載内容を総合すると,B3は,平成5年3月22日朝,裏金
出納帳を廃棄し,同日夜,B37弁護士にこれを報告したところ,再製するよう指示されたた
め,裏帳簿を再製したとして,同月26日に検察庁に再製出納帳(弁物39)を提出したもの
の,同年9月20日の取調べで,再製出納帳に記載漏れがあったことを認めて,復元出納
帳(記入漏れ分)(弁物43)を提出し,さらに,逮捕後の同年11月5日に,本件贈賄原資が
関東支店から支出されたことを認める内容の修正出納帳(甲物68添付資料)を作成してい
たが,自己に対する証人尋問の続行中で,しかも,検察官からの公判期日にして8回にも
及ぶ主尋問が終了し,弁護人からの反対尋問が始まった後の平成8年4月12日になっ
て,ようやく最終出納帳を作成したことが認められる。
 (b) ところが,B3は,その公判証言にあるように,関東支店から本件贈賄原資を支出して
いないのであれば,本件贈賄の嫌疑が明らかになった平成5年9月ないし10月の時点で,
正に文字どおり「最も正しい」裏金出納帳を完全に復元することによって,被告人A1らに
嫌疑のないことを明らかにすることも可能であったはずであり,その機会も再三あったにも
かかわらず,このような行動に出ないばかりか,自ら意図的に隠していた現金収支を小出し
にするという不可解な行動をとっているのである。しかも,最終出納帳の内容は,対比一覧
表記載のとおり,B3が本件贈賄への関与を認めた後に作成された修正出納帳はもとより,
同年3月下旬に再製した再製出納帳,更には,同年9月20日ころに作成した復元出納帳
(記入漏れ分)とも,大きく食い違うものである。
 c 平成4年7月のB35元議員への献金の原資問題
 (a) 問題の所在
 ⅰ B3が作成した再製出納帳では,その支出欄中の平成4年7月17日の欄に,「B3扱
い」として1000万円を造成するとともに,「B3扱い・B43渡し」として本社建設総事業本部
経理部長のB43に交付した旨の,また,その収入欄中の同年12月11日の欄に,「B3扱
い」として1000万円を造成した旨の各記載があるが,B3は,その検察官調書(甲物55,甲
書141)において,同年7月17日の裏金の収支は,B43の指示によるもので,後にB35元議
員への裏献金に使われたことを知った旨,また,同年12月11日の裏金の造成は,B43か
ら,毎年盆暮れに作ると教えられていたため造成したものであり,その後,B43からは何の
連絡もなかったので,他の裏金と一緒に保管しておいた旨供述している。
 ⅱ これに対し,最終出納帳では,上記同年7月17日付けによる1000万円の支出がな
いほか,B3は,公判段階において,同旨の証言をするとともに,再製出納帳で1000万円
を支出した旨記載したのは,同年7月分のB35献金について,平成5年3月19日に,被告
人A1らから,関東支店から出したことにする旨の指示を受けて,これに従ったものであり,
実際には,上記1000万円は手付かずのまま残っており,同月下旬の検察庁からの捜索が
入る前に,この1000万円を含む2900万円を自宅に持ち帰った旨証言している。
 ⅲ このように,B3は,捜査段階とは異なり,平成4年7月の1000万円の支出はなかった
旨証言し,その主張に基づき最終出納帳を作成しているところ,この1000万円支出の不
存在が最終出納帳の信用性の前提となることから,以下,この点について検討を加える。
 (b) 関係者の各公判供述
 ⅰα 被告人A1,B2,B3及びB43はいずれも,公判段階では,B35献金は関東支店の
裏金から支出されたものではない旨供述する。
 β この点,B43は,関東支店では,盆暮れに500万円ないし1000万円の裏金を造成し
ていたが,この裏金は,何か特定の目的に使うから作るという性質のものではなく,不慮の
支出があったときに備えて残高を維持しておくためのものであり,B3に引き継いだ際も,何
の目的で作るかについては説明していないと証言し,B3も,B35献金用に作るとは聞いて
いなかったとして,上記B43の公判証言に沿う証言をしている。
 ⅱα しかしながら,B3は,公判証言の当初は,B35献金用に造成していた旨証言して
いたものである(32,33回)。
 β また,B3は,その公判証言によると,平成4年7月に造成した1000万円を支出して
いないとしながら,同年12月にも現に1000万円を造成しているというのであり,しかも,毎
月100万円の裏金も造成していたというのである。ところが,関東支店の裏金には,後記
(エ)でみるとおり,多額の簿外の裏金も存在しており,しかも,B3の公判証言によると,同
年7月造成の1000万円は手付かずのまま残っていたというのである。にもかかわらず,同
年12月にも1000万円をあえて造成した理由について,B3もB43も何ら合理的な説明をし
ていない。
 γ さらに,B2及びB3の各公判証言によっても,平成5年3月の時点では,B35脱税事
件の裏付け捜査を受けた際に,関東支店では,過去数年分にわたるB35元議員に対する
裏献金の原資として,同支店の上記盆暮れの造成資料に付せんを貼って検察庁に提出し
ていることが明らかである。ところが,このように検察庁に対して虚偽内容の資料を提出せ
ざるを得なかった理由についても,被告人A1,B2,B3らはいずれも,十分合理的な説明
をしていないのである。
 δ そもそも,関東支店の裏金がB35献金の原資でないことを説明するためには,その実
際の原資が何かを明らかにすれば足りるのに,被告人A1ら関係者のいずれもがその具体
的な説明をせず,B35献金が関東支店以外から支出させたことをうかがわせる客観証拠も
存在しないのである。
 η そうすると,B35献金は関東支店の裏金から支出されたものではないとする被告人A
1,B2,B3及びB43の各公判供述はいずれも,不自然,不合理なものとして信用すること
は困難である。
 (c) 関係者の捜査段階における各供述
 ⅰ 他方,被告人A1(乙書27),B3(甲書141)及びB2(甲書123)はいずれも,その各検
察官調書において,B35献金は関東支店の裏金から支出されていたことを認めており,こ
れらの供述に任意性及び特信性が認められることは前判示のとおりである。
 ⅱ しかも,関係各証拠によれば,B35元議員は,山梨県選出の国会議員であり,B35献
金が行われた当時,同県の建築関係は横浜支店が管轄していたものの,土木関係につい
ては関東支店が管轄していたことが認められる。そして,被告人A1は,捜査段階におい
て,B35元議員に対し,盆暮れの2回定期的な裏献金を行っており,その理由は,B35元
議員が建設族の超ボスであり,建設土木業界において,公共工事を請け負ったり,その事
業を遂行するには,B35元議員の力が必要であり,にらまれたら大変だという気持ちがあっ
たからである,裏献金の原資は,B35元議員にお世話になる工事がほとんど土木関係であ
ったことから,当初は本社土木本部から支出し,関東支店発足後は,B35元議員の出身地
盤が山梨だったので,山梨県を管轄する関東支店から支出した旨供述しているところ(乙
書27),この供述は,前記第4の2(2)ウ(ア)で判示したとおり,その公判供述と対比して高い
信用性が認められるのである。
 ⅲ したがって,被告人A1らの捜査段階における各供述に基づき,B35献金は関東支
店の裏金から支出されていたものと優に認定できる。
 (d) 弁護人の主張について
 ⅰ この点,弁護人は,昭和58年4月15日から昭和60年9月12日まで,平成元年7月1
5日から平成2年4月17日まで及び平成2年4月1日から平成4年6月30日までの各現金
出納帳用紙(物26,27,29)にはいずれも,B35元議員への献金の記載がないことを根拠
に,B35献金の原資が関東支店の裏金ではない旨主張する。
 ⅱ しかしながら,関東支店の裏金には,後記(エ)でみるとおり,多額の簿外の裏金も存
在しており,上記現金出納帳用紙の記載にないからといって,B35献金の支出がなったと
はいえない。しかも,B43のB35献金に関する公判証言が上記のとおり不自然であることか
らすれば,B43が関東支店の裏金の管理を引き継いでからは正確に記載している旨の同
人の公判証言もにわかに信用し難いというべきである。
 ⅲ したがって,上記現金出納帳用紙の存在がB35献金の原資に関する前記認定に合
理的な疑いを入れるものともいえないから,この点に関する弁護人の主張は,理由がな
い。
 (e) 以上のとおり,平成4年7月の1000万円の支出はなかったとするB3の公判証言は
信用することができず,したがって,このB3の主張を前提とする最終出納帳の信用性にも
致命的な疑問が生ずるのである。
 d まとめ
 以上指摘した点に加え,次項でみるように,その基礎資料とされるバインダー資料の内容
の真実性ないし証拠価値に重大な疑問のあることも併せ考慮すれば,最終出納帳の記載
を信用することは困難である。
 (ウ) バインダー資料の内容の真実性ないし証拠価値
 a バインダー資料の内容の真実性
 (a) 一方,バインダー資料は,関東支店経理部や各営業所で作成された収支表,原価
計上内訳表やその各集計表等の関東支店の裏金の収支に関する資料が綴られたもので
ある。そして,最終出納帳は,B3がバインダー資料を基に作成したものであり,バインダー
資料中にある第96期収支表では,平成4年12月末の次月繰越金額が1億4878万6585
円とされていて,最終出納帳の同時点の裏金残高と合致するように,バインダー資料の信
用性は最終出納帳と表裏をなすものであり,上記のとおり最終出納帳の信用性に疑問が
あることからすれば,バインダー資料の内容の真実性にも疑問が生じるというべきである。
 (b)ⅰ また,バインダー資料は,その写しに平成6年1月11日付けの確定日付が付され
ているところ,B52は,バインダー資料の存在が明らかにされた経緯等について,次のよう
に証言している。すなわち,
 α 平成5年3月22日,本社から,裏金関係の書類はすべて廃棄する旨の命令があった
が,バインダー資料を廃棄すると,担当業務に支障が生じるので,独断で保管した。B3
が,B37弁護士から,廃棄した裏金出納帳の再製を命じられたことは知っていたが,各営
業所の協力があれば再製可能であると判断して,バインダー資料の存在は告げなかった。
 β 同年10月ころ,本件贈賄の容疑で被告人A1らが検察庁の取調べを受けていること
を知って,バインダー資料を確認したが,その贈賄原資に該当する支出は見当たらなかっ
た。その後の同年10月23日,自分も検察庁に呼ばれ,本件贈賄原資に該当する支出が
関東支店にないか質問されたが,これを否定する供述をした。もっとも,この時点では,誰
も逮捕されておらず,B3の再製出納帳で十分証明できると思っていたことなどから,検事
に対しても,バインダー資料の存在を告げなかった。
 γ しかし,同月26日に被告人A1が,同月28日にB3が,同年11月2日には被告人A2
がそれぞれ逮捕されて,一大事だと思い,同月3日の翌日か翌々日に,B37弁護士にバイ
ンダー資料を届けた。B37弁護士からは,「バインダー資料を届けたことを口外するな。」と
言われていたので,B3に対する証人尋問続行中には,B3に話していない。
 ⅱ しかしながら,B52の証言する以上のような経緯は,上司であるB3が顧問弁護士の
指示により裏金出納帳の再製を命じられており,そのことを熟知しているというのに,その
直属の部下であるB52が,裏金の収支が網羅的に記載されているというバインダー資料を
その再製の資料としてあえて提供しなかったとか,B52は,平成5年10月の時点で,バイン
ダー資料が,被告人A1らに対する本件贈賄の嫌疑を容易に晴らすことのできる決定的証
拠になり得るものであることを,十分認識しながら,被告人A1らが逮捕されるまで,誰にも
その存在を告げなかったとか,その存在を顧問弁護士に告げた後にも,顧問弁護士の指
示があったとして,B3が裏金の出入りに関し極めて詳細な証人尋問を受けているというの
に,その続行中に,B3にもその存在を話さなかったという不可解な行動をとっており,しか
も,それぞれの理由について納得できる説明をしていない。加えて,B52が被告人A2の逮
捕直後にバインダー資料の存在を顧問弁護士のB37弁護士に告げたのであれば,これ
は,被告人両名の起訴を阻止するのに最も有効な客観資料となり得たはずであるから,同
弁護士あるいは被告人両名の弁護団としては,直ちに検察庁にその存在を伝え,あるい
は少なくとも確定日付をとるなどして証拠保全することが考えられるのに,そのような動きが
あったことをうかがわせる証拠は全く存在しないのである。したがって,B52の上記証言は,
内容的に極めて不自然,不合理なものというほかなく,このことも,バインダー資料の内容
の真実性に疑問を生じさせる事情ということができる。
 (c)ⅰ これに対し,弁護人は,各営業所等から提出された月度収支表等には,各営業所
の所長及び裏金担当者の印鑑が押されており,その中には退職者や転勤者も含まれてい
るから,バインダー資料の改ざんは不可能である旨主張する。
 ⅱ しかしながら,バインダー資料は,平成4年12月分までしか証拠化されておらず,本
件贈賄は,同月22日の出来事とされているから,贈賄原資を支出した痕跡を払拭しようと
すれば,同月分に関してのみ手を加えれば足りるのであって,改ざんすることも決して困難
なことではない。すなわち,B3及びB52のみが作成に関与するとされる関東支店の月度収
支表及び原価計上内訳表並びに各営業所を含む各集計表の同月分のみを改ざんすれ
ば足りるのである。
 ⅲ したがって,弁護人指摘の点を考慮に入れても,バインダー資料,特に平成4年12
月分の改ざんが不可能となるわけではないから,弁護人の上記主張は採用できない。
 (d) そして,以上みてきたような最終出納帳の信用性及びバインダー資料の内容の真実
性に対する数多くの疑問からすると,関東支店の平成4年12月分月度収支表及び原価計
上内訳表並びにこれらの集計表の内容の真実性には重大な疑問が残るといわざるを得な
い。
 b バインダー資料の証拠価値
 (a) B52は,バインダー資料中の月度収支表の集計表における次月繰越額と実際にあ
る裏金現金との確認作業をしておらず,B3が作成していた裏金出納帳の内容も確認した
ことがないと証言している(67回)。したがって,各時点におけるバインダー資料中の月度
収支表の集計表上の次月繰越額,裏金出納帳上の裏金残高,裏金現金という3つの金額
の関係を知り,その整合性を確認することができるのは,B3をおいて他にはいないというこ
とになる。そして,後にみるように,裏金に関するB3の公判証言が全般的に信用できない
ことに照らせば,各集計表が仮に正確に記載されていても,これが実際の裏金残高を正確
に示すものとはいえないのである。
 (b)ⅰ また,B3は,捜査段階では,本件贈賄原資について,プール金の中から出したの
で,伝票類も補助元帳の記載もなく,裏金出納帳さえ見付からなければ何ら心配はなかっ
た旨供述するところ(甲書141),B43は,その公判証言において,関東支店の裏金につい
て,政治家等に対する献金を支出する目的でためていたわけではないとはしながらも,関
東支店のプール金から国会議員に対する裏献金を支出したことは認めており(61回),関
東支店には,使途を定めないプール金としての裏金が存在したものと認められる。
 ⅱ そうすると,B3が述べるように,本件贈賄原資を関東支店の裏金のプール金から支
出したとしても,平成5年1月以降にこれを回収するための裏金の造成を行っておれば,バ
インダー資料中の平成4年12月分の関東支店の月度収支表及び原価計上内訳表並びに
各営業所を含む各集計表のみを改ざんすれば足りるのである。したがって,バインダー資
料は,同月分の関東支店の月度収支表及び原価計上内訳表並びに各集計表を除いて
は,本件贈賄原資が関東支店から支出されていないことの証明に資するものとはいえな
い。
 c まとめ
 以上検討のとおり,バインダー資料中の平成4年12月分の関東支店の月度収支表及び
原価計上内訳表並びに各集計表の内容の真実性には重大な疑問が残り,その余の部分
は独立しては証拠価値のないものである。さらに,後記(エ)でみるように,関東支店には,
簿外で多額の裏金が存在したこともうかがわれる以上,バインダー資料は,関東支店の裏
金から本件贈賄原資が支出されていないことの裏付けとなるものではないというべきであ
る。
 (エ) 簿外の裏金の存在
 a 問題の所在
 (a) 以上検討してきたように,最終出納帳の信用性及びバインダー資料の内容の真実
性ないし証拠価値には,いずれも重大な疑問が残るといわざるを得ない。
 (b) しかも,簿外の裏金の金額を調整すれば,裏金出納帳と手持ち現金との帳尻を合わ
せることはいくらでも可能であるから,関東支店の裏金の全容を解明しようとすれば,裏金
出納帳に記帳された裏金にとどまらず,簿外の裏金の動きまで解明することが不可欠とい
うべきである。すなわち,B3が証言するように,平成5年3月末時点における手持ちの現金
総額が1億7915万8585円であったとしても,簿外の裏金が4428万9800円あれば,修
正出納帳の同時点の残高1億3486万8785円と帳尻が合うことになるのである。
 b 検 討
 (a)ⅰ そこで,関東支店における簿外の裏金について検討するに,その金額を確定する
に足りる客観証拠は存在せず,わずかに何ら客観証拠に基づかないB43及びB3の各公
判証言が,B43からB3に関東支店の裏金を引き継ぐ際の簿外の裏金は400万円であった
と一致しているのみである。
 ⅱ しかしながら,B3は,捜査段階では,B43から引継ぎを受けた簿外の裏金は千二,
三百万円だったなどとして,公判段階とは異なる供述をしている(甲物62,68)。しかも,B3
の捜査段階の供述及び公判証言のいずれも,各供述時点においてB3自身の作成した裏
金出納帳と裏金金額との合計が検察庁に把握されていた裏金の総額とほぼ合致するよう
な内容となっており,共に強い作為性をうかがわせるものである。
 (b)ⅰ また,B43は,簿外の裏金が400万円になった経緯について,「B62常務報告」と
題する書面(物28。以下「B43報告書」という。)について説明する中で,前任者から関東支
店の裏金管理を引き継いだ際には,簿外の裏金が3816万4690円であったところ,B62と
相談して調整を加え,1682万5690円に減額し,さらに,平成4年7月ころ,B62に対して
そのうち1282万5690円を渡したことから,簿外の裏金が400万円になった旨証言す
る(60回)。
 ⅱ しかしながら,B43の上記公判証言のうち,平成4年7月ころ,B62に簿外の裏金から
1282万5690円を渡したとする部分は,これを裏付けるべき客観証拠が存在しない。
 ⅲ さらに,B43の公判証言によれば,B43報告書は,B43が,前任者が急死した後,平
成2年4月19日現在における関東支店の裏金の状況について,経理担当の常務取締役
であったB62に報告するために作成した書面であり,「B80会長報告(B62常務から)」と題
する書面(物30。以下「B62報告書」という。)は,その翌日にB62がB80C1会長に上記裏
金の状況について報告するために作成された書面であると認められるところ,簿外の裏金
について,B43報告書では1682万5690円,B62報告書では36万3578円とされていて,
その間には1646万円余もの差が存在している。そして,B43は,その理由につき説明する
ことができないのであり,このような顕著な金額の差からは,B80会長には明らかにしないB
62限りの簿外の裏金があったことが強くうかがわれる。したがって,それと同様に,B62に明
らかにしない関東支店限りの裏金の存在も考えられるのであり,B43報告書が関東支店の
裏金の全貌を記載したものであるかについても,疑問が残るのである。
 (c) したがって,関東支店における簿外の裏金金額を確定することはできないが,B43報
告書やB43の公判証言によっても,B43が引き継いだ際には3800万円を超える簿外の裏
金があったというのであるから,本件当時においても,相当多額の簿外の裏金があったこと
が推認されるというべきである。
 (オ) B3の一連の不可解な行動等の意図ないし趣旨
 最後に,B3の裏金に関する一連の不可解な行動等の意図ないし趣旨について検討す
ることとする。
 a 裏金の隠匿状況
 (a) まず,その前提として,関東支店の裏金を隠匿していた状況について,B3及びB
51はそれぞれに,B3が,関東支店の裏金から現金2900万円を平成5年3月23日に持ち
帰って保管していたが,同年9月18日,そのうち2109万円をB51に預けていたところ,平
成6年3月末ころ,その中から9万円の返還を受け,さらに,平成8年4月30日,弁護人立
会いの下,B51の保管していた2100万円を確認した上,B51が,同年5月に,その金額を
表の会計に計上した旨各証言している(B3・42回,43回,50回,B51・106回,107回)。
 (b) そして,上記各公判証言のうち,2100万円が上記日時に関東支店の表の会計に計
上されたことは,客観証拠(弁物98~100)により裏付けられており,その余の部分も,その
信用性を覆すに足りる証拠が存在しない以上,関東支店の裏金の一部について,上記公
判証言にあるような隠匿が行われたものと認められる。
 (c)ⅰ なお,自宅に隠匿した2900万円の内訳について,B3は,簿外の裏金400万円,
平成4年7月に造成した1000万円,平成5年1月及び3月のC26造成分の708万円及び7
91万円に,端数合わせとしての1万円を加えた金額である旨証言している。
 ⅱ しかしながら,前記(イ)cで判示したとおり,平成4年7月に造成した1000万円が使用
されなかったとするB3の公判証言は,信用できないものである。また,C26造成分の裏金
に相当する現金合計1499万円を隠したことについて,B3は,下請けに迷惑がかかると
か,下請けを利用した裏金の造成が1つあれば他にもあるだろうと追及されると思ったなど
と証言するが(34回,37回),同年8月に同じ下請けのC21を使って造成したとされる500万
円については隠匿していないというのであり,十分な説明とはなっていないのである。した
がって,B3の公判証言のうち上記部分は,信用することが困難である。
 b B3の行動等の意図ないし趣旨
 そして,以上みてきたようなB3の一連の不可解な行動ないし供述状況については,その
意図ないし趣旨が,それぞれ次のように合理的に説明することができる。すなわち,
 (a) 関東支店の簿外の裏金は,平成5年3月時点で約3000万円あったところ,B3は,
検察庁に押収されることを免れるために,そのうちの2900万円を分離して,自宅に持ち帰
って隠匿保管を始めた。
 (b) また,B3は,同月下旬に再製出納帳を作成するに当たっては,発覚してはまずいと
考えられる本件贈賄の原資2000万円の支出を除外するとともに,それに見合う収入とし
て,C26造成分の2口合計1499万円及びC21造成分の500万円を除外することにより,再
製出納帳の残高1億4590万円と検察庁に押収された1041万円及び検察庁に明らかに
する1億3974万8585円の合計1億5015万8585円との帳尻をおおむね合わせた。
 (c) ところが,同年9月にB31検事から取調べを受けて,B43からの引継ぎ資料を突きつ
けられるなどして追及され,同年3月末現在の現金残高と再製出納帳の残高との整合性を
高めるよう求められたことから,検察庁にいずれ発覚するおそれのある税務申告のための
自己否認用の一覧表に記載のある合計420万円余の支出を認めるとともに,C26造成分
のうち708万円を新たに認め,同年3月末時点の出納帳の残高を1億4986万8785円に
増やして,帳尻を合わせた。
 (d) それと同時に,B3は,同じC26造成分の791万円についても,山梨営業所を捜査さ
れていずれ発覚するおそれが生じたことから,自宅に隠匿保管していた2900万円のうち7
91万円を裏金本体に戻すとともに,自分への贈賄原資準備の嫌疑を察知し,残りの2109
万円を部下のB51に指示してその自宅に隠匿保管させた。
 (e) その後,B3は,逮捕されて,本件贈賄原資を関東支店の裏金から支出したことを認
めるに至ったが,あくまで簿外の裏金2109万円の発覚を免れるため,C21造成分の500
万円を新たに認めることにより,同年3月末時点の出納帳の残高を1億3486万8785円に
するとともに,千二,三百万円の簿外の裏金の存在を認めることにより,再び帳尻を合わせ
ようとした。
 (f) そのため,B3は,釈放後,B52からバインダー資料の存在を知らされても,裏金の実
態すべてを明らかにすることができず,再び帳尻を合わせるために,平成4年7月造成分
の1000万円を支出しなかったことにし,B52作成のバインダー資料中の集計表における
平成4年12月末の残高を,最終出納帳の帳尻に合わせるなど,様々な工作を施した上
で,ようやくB51に隠匿保管させていた2100万円を表会計に戻した。
 (g)ⅰ しかし,簿外の400万円との調整を忘れたために,平成5年3月末現在の現金残
高1億7915万8585円が,最終出納帳の残高1億7924万8585円及び簿外の裏金400
万円の合計1億8324万8585円よりも409万円も少なくなってしまったものである。
 ⅱ この点,B3は,この409万円の差について,同年1月から3月までの分の収支に計上
漏れがあるためでないかと弁解する(43回)が,同年3月の裏金出納帳の再製段階におい
て,その直前の期間について409万円もの計上漏れが生ずることなど考え難いことである
し,他方,B3が意図的に収支に計上していないものがあるのであれば,最終出納帳作成
までの段階で何らかの手当てをしていたはずであるから,上記弁解は信用できない。
 c 以上のとおり,B3の不可解とも思われる一連の行動等は,その意図ないし趣旨がす
べて合理的に説明することが可能なものであり,このことは,B3の公判証言が信用できな
いとした上記判断の正しさを裏付けるものということができる。
 (カ) 小 括
 以上要するに,最終出納帳の信用性,バインダー資料,とりわけ,平成4年12月分の関
東支店の収支表及び原価計上内訳表並びに各集計表の内容の真実性には疑問があり,
B3の公判証言の信用性にも重大な疑問が残るほか,仮に裏金出納帳が正確に再製され
たとしても,簿外の裏金の金額まで確定できない以上は,関東支店の裏金から本件贈賄
原資が支出されなかったとはいえないのである。したがって,この点に関する弁護人の主
張もすべて理由がない。
 オ 仕立券付き背広生地の準備・持参等について
 (ア) 問題の所在
 弁護人は,被告人A1(128回,131回,135回),被告人A2(142回,144回,147回)及びB
4(57回)並びに本件当時被告人A2の秘書を務めていたB81(63回)の公判段階における
各供述に基づき,被告人両名は,B1に対する手土産として,関東支店を通じ,仕立券付
き背広生地を準備しており,現金2000万円を準備したことはなく,これに反する趣旨の被
告人両名及びB4の捜査段階における各供述はいずれも信用できない旨主張するので,
以下,この点について検討する。
 (イ) 関係者の各公判供述の概要
 被告人両名,B4及びB81が公判段階でそれぞれ供述する仕立券付き背広生地の準備・
持参等についての経緯は,大要以下のようなものである。すなわち,
 a 被告人A1は,B1との本件面談が決まった後の平成4年12月14,5日(以下,このオ
の項では「平成4年」の表記を省略する。)ころ,被告人A2に電話をかけ,被告人A2も本
件面談に同行することになった。その際,被告人A1は,被告人A2が関東支店就任後にB
1にあいさつしたことがないことを理由に,被告人A2に,手土産として背広を準備するよう
指示した。
 b(a) 被告人A2は,被告人A1との電話の後,B81を呼んで,「12月22日に,B1にあい
さつすることになったから,手土産にするのにC47の50万円の洋服を用意してくれ。」と指
示した。このとき,被告人A2は,ギフトカードを想定して「洋服」又は「背広」と言ったが,指
示を受けたB81は,仕立券付き背広生地を準備するものと考えて,株式会社C47大宮店に
注文を入れた。
 (b) 仕立券付き背広生地は,同月16日ころ,関東支店に届き,B81は,これをロッカーに
保管した上,そのころ,被告人A2に対し,準備ができた旨報告した。また,B81は,C47の
仕立券付き背広生地の経理処理についてB3に相談したところ,その代金は茨城営業所
の負担になるので,請求書を30万円と20万円の2通に分けるよう言われたため,C47に請
求書を2通に分けて発行するよう依頼し,その請求書は,同月17日ころに届いた。
 c(a) 被告人A2は,同月21日,被告人A1に電話して,本件面談のための集合時間を
確認するとともに,C47の背広を準備したと伝えたところ,被告人A1から,C47より株式会
社C48のほうが良いのではないかと言われたため,C48の背広を用意する旨答えた上,B
81に対し,C48の背広を用意するように指示した。
 (b) そこで,B81は,直ちに,C48に注文したところ,翌22日(面談当日)昼ころ,その仕
立券付き背広生地が関東支店に届けられたため,これが準備できたことを被告人A2に報
告することなく,同日午後1時から2時の間に,支店長車のB82運転手に,C48の仕立券付
き背広生地入りの手提げ付き紙袋を預けた。
 (c) なお,B81は,C48に対しても,請求書を30万円と20万円の2通に分けて発行するよ
う依頼し,C48から依頼どおりの請求書が発行された。
 d(a) 被告人A2は,同日午後3時10分過ぎころ,本社のA1副支店長室に向かうため,
支店長車に乗ったところ,B82運転手から,大きな包みの入った紙袋を示されて預かって
いる旨言われたことから,B81がギフトカードではなく,仕立券付き背広生地を用意したこと
に気付いた。
 (b) そこで,被告人A2は,B81に電話をして,「ギフトカードじゃないのか。こんな大きな
もの持っていけないじゃないか。」と文句を言った。すると,B81は,「C48には,ギフトカード
がないんです。」と答えたことから,被告人A2は,それならしようがないと思い,また,被告
人A1に釈明するにも仕立券付き背広生地を持参した方が良いと考えて,これを持ってい
くことにした。
 (c) その後,被告人A2は,A1副社長室でB4と合流し,被告人A1がいるC19ビルに向
かうことになったが,その際,B4が被告人A2の持参していた仕立券付き背広生地入り紙
袋を被告人A2に代わって持つことになった。
 e(a) 被告人A2及びB4は,C19ビル付近で被告人A1と合流し,被告人A1の副社長車
で都道府県会館に向かったが,その際,B4が,助手席に仕立券付き背広生地が入った手
提げ付き紙袋を抱えて乗り込んだ。
 (b) これを見た被告人A1は,「それは何だ。」とB4に聞くと,B4が「B1知事への手土産
です。」と答えたので,「そんな大きなものを持っていったら,B1知事に迷惑だ。」と言った。
これに対し,被告人A2は,「C48にはギフトカードがなかったんです。」と弁解したが,被告
人A1は,「とにかくそんな大きな物をB1知事に渡したら迷惑だから,今日は持っていくの
はやめよう。」と言い,B4に後で水戸のほうに届けておくように指示するとともに,「代わり
に,この本を持っていこう。」と言って,「D1」という本をB1への手土産代わりにすることにし
た。
 f なお,被告人A1は,B1との面談の際に,洋服生地を用意したが後日水戸の方に届け
る旨話しており,同月26日には,B4が,B1を知事公舎に訪ねて,仕立券付き背広生地を
手渡した。
 (ウ) 関係者の捜査段階における各供述
 他方,被告人両名及びB4はいずれも,捜査段階では,各公判供述と異なり,それぞれ
次のように供述している。すなわち,
 a B4は,その検察官調書(甲書35)において,年末の忙しい時期にB1がわざわざ私た
ちに会ってくれる上,C57ダム等について,私たちのお願いを聞いてもらうのであるから,手
ぶらでは失礼だと思い,私一人の判断で,B1にお土産として50万円相当の仕立券付き背
広生地を用意して,都道府県会館に持っていこうとした,しかし,その後,被告人A1から,
「そんな大きな目立つものを持っていくものではない。それは後にしろ。」などとしかられた
ので,私一人で,12月26日ころ,仕立券付き背広生地を知事公舎に持参して,B1に手渡
した,私は,このときも改めてB1に対し,「C57ダムも近いので,これまでどおりよろしくお願
いします。」とお願いした旨供述している。
 b また,被告人A1は,その検察官調書(乙書15)において,面談当日の午前中だったと
思うが,B4から,「今日,B1に会う際,洋服生地を渡したいと思い,用意しました。」との電
話を受け,B1に2000万円を渡すことを知らないB4が気を利かせたのだと思ったが,洋服
生地は人目に付き,せっかくこっそりB1に現金を渡そうとしていることが台無しになると思
い,B4に対して,「そんな目立つ物持っていくやつがいるか。」と洋服生地を本件面談に持
って来ないように言った旨供述している。
 c さらに,被告人A2も,その検察官調書(乙書22)において,面談当日,B4とA1副社
長室で合流した際に,B4が縦長の手提げの付いた紙袋を持っているのに気付き,「何持
ってんだ。」と聞くと,B4は,「知事へのお土産に洋服の生地を持ってきました。」と答えた
旨供述している。
 (エ) 関係者の各公判供述の信用性
 そこで,前記(イ)のような被告人両名,B4及びB81の各公判供述の信用性について検討
する。
 a C47及びC48の請求書等
 (a) 請求書等の存在
 弁護人は,被告人両名らの各公判供述の信用性を裏付ける証拠として,以下の各請求
書等を提出している。すなわち,
 ⅰ C47経理部長作成名義の確認書(弁書91)には,C47大宮店作成名義(係名B83)で
C1あての12月17日付け納品書1通,納品請求確認書1通及び請求書2通の各写しが添
付され,いずれにも年月日が同月16日,品名が御仕立券付紳士服地,数量が1と記載さ
れており,金額については,納品書及び納品請求確認書並びに請求書1通には20万円
(消費税込み20万6000円),他の請求書1通には30万円(消費税込み30万9000円)と
記載されている。
 ⅱ また,C48取締役副社長作成名義の確認書(弁書92)には,C1あての同月22日付
け請求書2通の各写しが添付され,いずれにも品名が御贈答用仕立券付生地,数量が1と
記載されており,金額については,1通に30万円(消費税込み30万9000円),他の1通に
は20万円(消費税込み20万6000円)と記載されている。
 (b) C47との取引について
 ⅰ まず,C47関係についてみるに,上記請求書等の印刷部分から,C47は,東京都中
央区に本店のあることが明らかであるところ,被告人両名らの各公判供述によっても,B1に
は都内の都道府県会館で手渡す予定であったというのに,C47との上記取引は,埼玉県
大宮市(現在の埼玉県さいたま市)内に所在するC47大宮店との間で行われているのであ
り,極めて不可解である。
 ⅱα この点,B81は,C47大宮店のB83某が,都内の支店にいるころから,定期的に関
東支店の支店長秘書室に営業に来ており,秘書室ではC47を頼むときは常にB83に連絡
しており,本件当時,大宮支店以外のC47との取引はなかった旨証言している。
 β しかし,B81は,同時に,秘書室からC47に注文することも多少あったが,全くない年
もあり,当時はだんだん少なくなっていて,余りなかったと思うとか,紳士服については,C
47以外の複数の業者との取引もあったと思うとも証言しているのである。
 γ そして,被告人両名らが供述するように,その注文内容が急きょ変更になるなど,臨
機応変の対応が必要になることも予想されることを考慮すると,B81が証言するような理由
は,このように取引の少ない,しかも,都内から遠く離れた大宮店にわざわざ注文するもの
として,到底納得し難いものであり,B81の上記証言を信用することは困難である。
 ⅲ したがって,C47大宮店作成名義の上記請求書等は,本件とは無関係の,例えば埼
玉営業所関係の取引に関するものとの疑いが濃いというほかなく,これらの存在が被告人
両名らの各公判供述の信用性を裏付けるものとはいえない。
 (c) C48との取引について
 また,C48関係についてみても,C48作成名義の前記請求書には,あて名として「C1㈱」
としか記載されておらず,茨城営業所が注文した可能性を否定するものではないから,こ
の請求書の存在をもって,直ちに仕立券付き背広生地が関東支店で準備されたことを裏
付けるものとはいえない。
 (d) まとめ
 以上のとおり,C47及びC48各作成名義の上記請求書等の存在が,被告人両名らの各
公判供述の信用性,すなわち,仕立券付き背広生地が関東支店で準備されたことを裏付
けるものということができないばかりか,かえって,C47大宮店作成名義の上記請求書等
は,本件とは無関係の取引に関するものとの疑いが濃いのに,あたかも本件と関連する証
拠として提出されていることは,被告人両名らの各公判供述が事実に反することをうかがわ
せるものということができる。
 b 関係者の各公判供述の不自然さ
 (a) 被告人A2及びB81はいずれも,被告人A2のB81に対する指示は,当初のC47の際
も,その後,C48に変更した際も,50万円相当の背広ないし洋服と言っただけであり,この
指示の趣旨について,被告人A2はギフトカードを,B81はお仕立券付き背広生地をそれ
ぞれ想像していた旨供述している。
 (b) しかしながら,これらの供述は,以下のように,内容的に誠に不自然なものといわざる
を得ない。すなわち,
 ⅰ 被告人A2がB81に準備を指示した贈り物は50万円もの高額な商品であり,しかも,
被告人A2がB81に指示を与えあるいはB81が被告人A2に何度も報告したのに,被告人
A2から,一度もギフトカードか仕立券付き背広生地かということを明示せず,かつ,B81に
おいても,一度も確認しないことなど,考え難いことである。
 ⅱ 被告人A2は,上司である被告人A1の指示により,関東支店にとって非常に大切な
存在であり,かつ,水戸からわざわざ上京してきていたB1に対する贈り物を準備したという
のに,その現物を事前に1度も確認していないのである。
 ⅲ B81は,ギフトカードだと体裁が余り良くなく,生地が付いていると相手に対する思い
やりが伝わると考えたとか,当時の秘書室の考え方では,仕立券付き背広生地の方が丁
寧と考えていたなどと供述するが,水戸に持ち帰るB1の立場や人目があるのに目立つ贈
り物を都道府県会館に持ち込まざるを得ない被告人両名の立場に全く配慮しないもので
あり,関東支店長の被告人A2の秘書としては,考えにくい対応である。
 c 関係者の各公判供述の食い違い
 また,関係者の各公判供述には,看過できない食い違いが認められる。すなわち,
 (a) B4は,本件面談が決まった後,被告人A2から,B1との本件面談には自分も同行す
ることになった,手土産として背広ないしギフトカードを用意したからというような話があった
旨供述するが,被告人A2は,そのような電話をB4にしたことはない旨供述している。
 (b) 被告人A2は,本件面談の前日,集合時間を聞くために被告人A1に電話をし,その
ついでにC47の背広を用意したことも伝えた旨供述するが,被告人A1は,被告人A2から
の電話は,B1への手土産の準備ができたことの報告であり,そのついでに話したことは全
くない旨供述している。
 (c) 結局B1に贈らなかったC47の仕立券付き背広生地について,被告人A2は,東京支
店に回したということを大分後になってから聞いた旨供述するが,B81は,関東支店におい
て,平成5年2月か3月ころ,他の得意先に対して用立てた旨供述している。
 d 捜査段階の供述に関する説明
 (a) 被告人両名及びB4の各公判供述
 被告人両名及びB4は,捜査段階で公判供述と異なる供述をした理由について,それぞ
れ次のように供述している。すなわち,
 ⅰ B4は,検事の取調べで「2000万円持っていっただろう。」と非常に厳しい追及があ
り,これを否定しても,「何も用意しないのはおかしいじゃないか。」と言われるなどしたの
で,自分の方から仕立券付き背広生地を準備したことを供述した,その際,自分がアポイン
トを取ったことが発端となり,被告人両名に本件贈賄の嫌疑が掛けられることになったこと
に,非常に責任を感じていたので,被告人両名に迷惑をかけてはいけないと思い,自分の
一存で準備したなどと説明した旨供述している。
 ⅱ 被告人A2は,在宅段階の取調べで,検事から,「B4が,仕立券付き背広生地は自
分が用意したと言っているが,どうなんだ。」と聞かれ,それが事実に反することは分かった
が,B4が検事に怒鳴られるだけでなく,土下座させられたり,壁に向かって立たされたり,
ひどい取調べを受けているとB84総務部長から聞いており,私が,B4の言っていることは
事実に反すると言うと,B4がますますひどい取調べを受けるだろうと思ったので,B4をか
ばう意味でその供述に併せて事実に反する供述をした旨供述している。
 ⅲ 被告人A1は,仕立券付き背広生地は面談当日にB1に渡したわけではなく,言う必
要がなかったので,言わなかったなどと供述している。
 (b) 検 討
 ⅰ しかしながら,被告人両名及びB4はいずれも,被告人両名が本件贈賄の嫌疑につ
いて取調べを受けてこれを否認していたのであるから,被告人両名が相談して仕立券付き
背広生地を準備したことを明らかにし,歳暮として仕立券付き背広生地を持っていったと主
張すれば,更に2000万円も準備する必要があったのかという疑問を生じさせることも可能
であり,それなりに有力な反論になり得るものである。しかも,このようなことは,被告人両名
及びB4においても容易に考えつくはずのものと考えられる。
 ⅱ ところが,被告人A1は,前認定の供述経過等から明らかなとおり,取調べで本件面
談に至る経緯等についても詳細に取調べを受けていたというのに,上記のように,言う必要
がなかったから言わなかったと供述するのみで,捜査段階で供述しなかったことについて
何ら合理的な説明をしていない。
 ⅲ 次に,被告人A2は,B4をかばうためだった旨主張するが,仕立券付き背広生地の
準備を明らかにすることは,自らの嫌疑に対する有力な反論となり得るのみならず,B4へ
の厳しい取調べを終わらせる契機にもなり得るものである。したがって,被告人A2の上記
主張は,それ自体失当である。
 ⅳα また,被告人A2は,平成5年8月下旬に,2度目に被告人両名,B4,B37弁護士
らが集まり,B37弁護士から,本件面談に関する事情を聞かれた際に,仕立券付き背広生
地の話が出たものの,B37弁護士か被告人A1かはっきり覚えていないが,誰かから,「仕
立券付き背広生地は,本件当日B1に渡していなかったので,取調べを受けても話す必要
はない。」と言われて,そういう話になった旨供述している。
 β しかし,被告人両名が仕立券付き背広生地の準備について捜査機関に明らかにし
ても,前記のように被告人両名の嫌疑への有効な反論となることはあっても,被告人両名
にとって特段不利益になるとは考えにくいから,被告人A2の上記公判供述も信用すること
は困難である。
 ⅴα さらに,B4は,被告人両名に迷惑が掛からないようにするため,独断で仕立券付
き背広生地を準備したと述べていたと供述している。
 β しかし,B4は,50万円相当の仕立券付き背広生地をB1に贈ることが贈賄に当たると
考えていた形跡が全く認められないことからすれば,事実をありのまま供述することで被告
人両名に迷惑が掛かると考えること自体,あり得ないことというべきである。
 ⅵ そうすると,被告人両名及びB4が,捜査段階において,仕立券付き背広生地につき
虚偽の供述をしなければならないような合理的な理由は全く認められず,したがって,公判
段階において捜査段階の供述を変遷させたことについても,本件贈賄事実を隠蔽する以
外,何ら合理的な理由が見出せないのである。
 e まとめ
 以上みてきたとおり,被告人両名らの仕立券付き背広生地に関する各公判供述は,客観
的な裏付けがなく,内容的にも不自然なものであり,相互に看過できない食い違いがある
ほか,公判段階において捜査段階の供述を変遷させたことについても,本件贈賄事実を
隠蔽する以外,何ら合理的な理由が見出せないのである。しかも,本件とは無関係の疑い
が濃いC47大宮店作成名義の前記請求書等が,本件と関連する証拠として提出されてい
ることは,正に,被告人両名,B4及びB81の各公判供述がいずれも事実に反することをう
かがわせるものであって,これらを信用することは困難である。
 (オ) 関係者の捜査段階における各供述の信用性
 a 他方,被告人両名及びB4の捜査段階における各供述は,前記のとおり,各供述がそ
れぞれに食い違っているかのようにみえるが,これらの供述を総合すると,次のような事実
経過を推認することができる。すなわち,
 (a) B4は,被告人両名が,本件面談時に,B1に2000万円を贈る計画を知らなかったた
め,独断で,B1への手土産として仕立券付き背広生地を贈ることを考えた。そこで,B4
は,C48で仕立券付き背広生地を購入することとして事前に注文を入れておき,面談当
日,上京した際にこれを受け取って,そのまま本件面談に同行しようと考えた。
 (b) ところが,B4が,被告人A1に,本件面談時に,B1へ仕立券付き背広生地を贈るこ
との了解を得ようと,面談当日に電話で連絡を取ったところ,被告人A1から,洋服生地の
ような目立つものを持っていかないように言われたことから,本件面談時に,B1へ仕立券
付き背広生地を贈ることをあきらめて,後日B1の所に持参するほかないと考えたものの,
その時点では,既にC48に仕立券付き背広生地を注文していたため,茨城に持って帰るた
めに,本件面談前にC48で仕立券付き背広生地を受け取ることにした。そして,その際,B
4は,茨城営業所での経理処理の都合から,請求書は30万円と20万円に分けて発行して
もらった。
 (c) その後,B4は,A1副社長室に向かったが,このときには被告人A1に準備したもの
を報告する趣旨から仕立券付き背広生地を持参していたため,被告人A2がそれに気付
いた。その後,B4は,被告人A2と共に,被告人A1と合流するため,C19ビル1階玄関に
向かったが,被告人A1から,洋服生地のような目立つものを持ってこないように言われて
いたため,被告人両名及びB4が乗車する被告人A1の副支店長車にはこれを運び込ま
ず,茨城営業所の自動車ないし被告人A2の支店長車に積み込み,被告人A1の秘書に
預け,あるいはその他適当な場所に保管するなどしておき,水戸に帰る際に持ち帰ること
にした。
 b(a) 以上のように,被告人両名及びB4の上記捜査段階の各供述は,整合性のある一
貫した事実をそれぞれの立場から認識した限度で供述したものとして矛盾なく説明するこ
とができる。しかも,被告人両名及びB4がいずれも,捜査段階において,C19ビルから都
道府県会館へ向かう被告人A1の副社長車内に仕立券付き背広生地の入った紙袋があっ
たとは供述していないこととも符合することになる。さらに,12月22日付けのC1に対するC
48の30万9000円及び20万6000円の請求書各1通が存在することとも矛盾しない。
 (b)ⅰ なお,被告人A1の当時の秘書であったB78ないしB79は共に,B4から紙袋を預
かったとは供述していないが,B78は,主に,面談当日にB3が被告人A1を訪ねて来なか
ったかについて尋問を受けたものであり(98回),B79は,主に,被告人A1のスケジュール
管理及び被告人A1のスケジュール表の当日の記載に関して供述しているから(甲書36),
これらの供述が上記推認に矛盾するものとはいえない。
 ⅱ また,B4は,面談当日,B87運転手が運転する茨城営業所の自動車で上京した,A
1副社長室に行く前に,C49商事に赴いたので,その報告のためB88副本部長の所に午
後3時30分ころに行った旨証言している(58回)が,これも上記推認に矛盾するものではな
い。
 c そして,前記(エ)で検討したように,仕立券付き背広生地の準備等に関する被告人両
名,B4及びB81の各公判供述がいずれも信用できないことに照らせば,上記推認に合理
的疑いが生じるものではない。
 (カ) 小 括
 よって,B4が12月26日にB1に渡した仕立券付き背広生地は,関東支店ではなく,B4
が茨城営業所として準備したものと認められるから,この点に関する弁護人の主張も理由
がない。
 カ 総 括
 以上検討してきたとおり,弁護人の主張はいずれも理由がないから,採用の限りではな
く,本件贈賄事実を認める被告人両名らの捜査段階における各供述の信用性に何ら合理
的な疑いを入れるものではない。
 5 結 論
 (1) 以上説示してきたとおり,被告人両名,B1及びB3の捜査段階における各供述はい
ずれも高い信用性が認められるところ,これらの各供述によれば,前記4(1)掲記のような本
件贈賄の謀議,準備及び実行の状況に沿う各事実をすべて認定することができるから,こ
の点に関する弁護人の主張は,すべて理由がないことに帰する。
 (2) なお,本件贈賄の趣旨及びその認識については,前記4(3)イで説示したように,被
告人両名及びB1の各自白供述の内容には若干の食い違いがみられ,被告人両名は共
に,C57ダム建設工事の受注依頼を主眼に置いていたことがうかがわれるものの,本件面
談の際に,被告人A1がB1に対し「いつもいろいろお世話になりましてありがとうございま
す。」,「今後,県からは,C57ダムを始め,いろいろと大型工事が出ると伺っておりますが,
C1をよろしくお願いします。」と述べていることからも,茨城営業所が過去にZ県から各種の
工事を受注したことに対するお礼及び同営業所が営業目標とするその余の同県発注予定
工事の受注依頼をも含むことがうかがわれるのであり,そのことは,被告人両名もそれぞれ
の自白供述の中で認めるところである。そして,前記第4の3(2)で認定したC1の本件当時
の同県からの受注状況,同4及び5で認定したC57ダム建設工事,県庁舎新築工事及び
県立医療大学新築工事の各進捗状況並びにこれらの点に関する同社関係者の認識ない
し受注意欲等,同6で認定した本件面談の目的を総合すると,本件贈賄の趣旨は,判示し
たとおり,同県が発注した県立植物園温室新築工事等を同社が受注するに際し,指名競
争入札の入札参加者に指名されるなどの好意ある取り計らいを受けたことに対する謝礼の
趣旨及び将来同県が発注する予定のC57ダム建設工事,県庁舎新築工事,県立医療大
学新築工事等について指名競争入札の入札参加者に指名されるなどの好意ある取り計ら
いを受けたいとの趣旨であったと認めるのが相当である。
(確定裁判)
 被告人A1は,平成9年10月1日東京地方裁判所で斡旋贈賄罪により懲役1年6月,4年
間執行猶予に処せられ,その裁判は平成15年1月27日付け上告棄却決定に対する異議
申立て棄却決定の送達をもって確定したものであり,この事実は判決書謄本2通(乙
28,29)及び決定書謄本2通(乙30,31)により認める。
(法令の適用)
 被告人両名の判示所為はいずれも平成7年法律第91号附則2条1項本文により同法に
よる改正前の刑法60条,198条(197条1項前段)に該当するところ,被告人A1につい
て,これは前記確定裁判があった斡旋贈賄罪と同法45条後段の併合罪であるから,同法
50条によりまだ確定裁判を経ていない判示贈賄罪について更に処断することとし,被告人
両名について,いずれも所定刑中懲役刑を選択し,その刑期の範囲内で被告人両名をそ
れぞれ懲役1年6月に処し,被告人両名に対し,いずれも同法21条を適用して,未決勾留
日数中,被告人A1に対しては70日,被告人A2に対しては140日,それぞれその刑に算
入し,被告人両名に対し,いずれも情状により同法25条1項を適用して,この裁判確定の
日から,被告人A1に対しては5年間,被告人A2に対しては4年間,それぞれその刑の執
行を猶予することとし,訴訟費用のうち,証人B13,同B14,同B10,同B5,同B7,同B16,
同B9,同B3,同B43,同B52,同B47,同B19,同B21,同B85,同B48,同B67,同B22,
同B65,同B78,同B72,同B71,同B74,同B51,同B57,同B31及び同B44並びに鑑定人
B86に関する分は,刑訴法181条1項本文,182条により,すべて被告人両名に連帯して
負担させることとする。
(量刑の理由)
 1 事案の概要
 本件は,大手ゼネコンであるC1の代表取締役副社長であった被告人A1及び同社常務
取締役関東支店長であった被告人A2の両名が,共謀の上,当時のZ県知事であったB1
に対し,同社が県発注の県立植物園温室新築工事等を受注できたことに対する謝礼の趣
旨及び将来発注予定のC57ダム建設工事,県庁舎新築工事,県立医療大学新築工事等
について指名競争入札の入札参加者に指名されるなど好意ある取り計らいを受けたいと
の趣旨の下に,現金2000万円を供与したという贈賄の事案である。
 2 被告人両名の刑事責任を基礎付ける共通情状
 (1) 公共工事における指名競争入札は,その入札参加者に適格があるとして指名された
業者間で公正な価格競争を行わせることにより,適正な価格による公共工事の確実な施工
を実現し,ひいては予算執行の適正化を図ろうとする制度であるところ,被告人両名は,金
の力により,このような指名競争入札制度の実効性を失わせて公共工事を強引に受注しよ
うとしたものであり,本件は,反社会性の高い犯罪である。しかも,C1は,本件当時も,受
注高が平成3年度約2兆3054億円,平成4年度約1兆8038億円に及び,従業員数約1
万4000人を擁するなど,業界の模範ともなるべき日本有数の大企業であったのに,その
幹部であった被告人両名は,自社の利益を追及しようとする余り,法を無視し,その社会的
責任を放棄して,ためらう姿勢を全く示すことなく,組織的に本件贈賄を計画し準備し実行
しており,極めて悪質な犯行である。
 (2) もっとも,C1は,本件当時までの約8年間において,工事金額約10億円弱の建築工
事1件のほかは,Z県発注の大型工事を受注していなかったところ,バブル景気の崩壊に
伴い民間からの工事の発注が激減して,同社においても,全社的に公共工事の受注確
保・拡大の必要性が強調される状況にあったものであるが,同県では,本件以前から,県
発注工事の指名競争入札が形骸化して,知事であるB1の意向によって事実上受注業者
が決定されるという実態があり,これらの点が本件の背景事情となったことは否定し難いと
ころである。しかし,被告人両名は,こうした同県の悪しき実態に付け込み,金の力でB1の
歓心を買い,自社の利益のみを追及しようとしたのであって,上記のような背景事情がある
からといって,本件の動機ないし経緯に酌量すべき点があるとはいえない。
 (3) さらに,本件の結果,Z県知事の職務行為が買収され,その公正さや廉潔性が著しく
害されて,県民を始めとする国民一般の信頼が大きく損ねられたのはもとより,指名業者選
定や入札の前から,B1が県職員に違法な指示をするなどしたことにより,指名競争入札制
度を骨抜きにする不正な契約が締結されるおそれが現実化しており,その社会的な悪影
響は重大である。そして,平成5年当時,本件を含む一連のゼネコン汚職事件が次々と摘
発され,地方自治体の首長やゼネコン業界の幹部が次々と起訴されたことにより,社会に
与えた衝撃は甚大であるとともに,公共工事発注の在り方やゼネコン業界の談合ないし金
権体質に対して国民が抱くに至った拭い難い不信感は深刻であり,10年余りが経過した
今日においてもなお,被告人両名の行為が厳しく非難されるべきことはいうまでもない。
 (4) 加えて,後に個別の情状としてもみるとおり,被告人両名は,捜査段階の途中から,
事実関係を認めて反省の弁を述べるなどしていたにもかかわらず,公判段階では,いずれ
もその供述を翻し,本件贈賄事実ないしその原資に関する事実等を始め,種々の点で,不
自然,不合理な主張ないし弁解を強弁し,C1の社員等多数の関係者をも巻き込んで,正
に会社ぐるみで罪証隠滅まで重ねるに至っているのである。
 3 被告人両名の刑事責任を基礎付ける個別情状
 (1) 被告人A1関係
 ア 次に,各被告人の個別情状についてみると,被告人A1は,C1では,代表取締役筆
頭副社長として,C1家出身の副会長を除いては,同社生え抜きの役員のトップという枢要
な地位ないし立場にありながら,部下である茨城営業所副所長のB4から,B1へのトップ営
業を依頼されてこれを了承するや,受注調整に関与していたC57ダム建設工事というZ県
発注の大型工事の受注を確実にするとともに,その余の同県からの受注拡大をも図るため
に,本件面談に際してB1へ多額の贈賄をすることを計画し,部下の被告人A2に贈賄資
金を準備させた上,本件面談時には,B1に直接現金を手渡すなど,本件犯行の首謀者と
しての役割を果たしている。
 イ また,被告人A1は,代表取締役筆頭副社長等として,長年にわたりC1の経営の一
翼を担っていただけでなく,業界団体の要職を歴任していたのであるから,建設業界の代
表として,自ら模範となって自社及び業界全体を指導し,業界内の悪弊も率先して改善除
去すべき立場にあったにもかかわらず,その立場を忘れ,自社の利益のみを追及して本件
犯行に及んだという態度は,厳しい非難に値するのみならず,結果的に,C1の企業として
の信用を著しく喪失させ,同社を混乱に陥れており,企業経営の一翼を担う者として軽率
のそしりも免れない。
 ウ しかも,被告人A1は,社団法人C5協会の契約制度研究委員会委員長ないし広報
委員会委員長として,公共工事標準請負契約約款の検討,調査を行うとともに官民懇談
会等を通じて請負契約の明確化と片務性の是正を目指していたというのに,他方におい
て,C57ダム建設工事に関しては,旧態依然とした業者間の受注調整に関与したほか,平
素から政治家に対する多額の裏献金等を担当していたものであり,本件もその一貫をなす
ものである。また,被告人A1は,本件犯行の約1年前に敢行した国会議員に対する斡旋
贈賄罪により前記確定裁判記載のとおりの有罪判決を受けているのであり,この種事犯の
累行性もうかがわれることからすれば,その犯情は悪質である。
 エ さらに,被告人A1は,本件贈賄の犯行が発覚することを恐れて,自ら裏金出納帳の
廃棄を指示し,被告人A2及びB4と口裏合わせを行い,被告人A2をしてB1にC57ダム建
設工事の受注辞退を申し入れさせるなどの罪証隠滅工作をし,捜査段階では全面的に自
白して反省の態度を示していたのに,公判段階に至るや,不自然,不合理な弁解に終始
して,本件贈賄はえん罪である,真昼の暗黒だとまで強弁して,C1の利益を擁護するとと
もに,自らの保身を図ろうとしたのみならず,本件で起訴された後も,長きにわたり同社から
顧問待遇を受けるなど同社に対する自らの影響力を維持することにより,同社及びゼネコ
ン業界全体の体質改善の絶好の機会を自ら封じており,犯行後の情状も誠に劣悪というほ
かない。
 オ そうすると,被告人A1の刑事責任は相当に重いというべきである。
 (2) 被告人A2関係
 ア 被告人A2は,被告人A1から本件贈賄の計画を打ち明けられて贈賄資金の準備を
するよう指示されるや,これを奇貨とし,C1関東支店長として,関東支店や所管の茨城営
業所の受注増を図ろうと考え,自らも本件贈賄の必要性を認めて,同支店の裏金から贈賄
資金を拠出するよう部下に指示するなど,本件贈賄の準備を行い,本件面談にも同行して
いるのであって,本件犯行において重要かつ不可欠な役割を果たしている。
 イ しかも,被告人A2も,本件犯行後,被告人A1及びB4と口裏を合わせたり,B1に対
するC57ダム受注辞退の申入れに出向くなど,罪証隠滅工作に関与しているほか,捜査段
階では犯行を認めて反省の弁を述べていたのに,公判段階に至るや,被告人A1に同調
して不自然,不合理な弁解に終始しているのであって,犯行後の情状も悪いというべきで
ある。
 ウ したがって,被告人A2の刑事責任にも重いものがある。
 4 被告人両名のために酌むべき事情
 ア しかし他方,本件の背景には,前にみたとおり,Z県における公共工事の指名競争入
札制度が形骸化して,知事であるB1の意向により事実上受注業者が決定され,B1に金を
贈るなどしてその歓心を買わなければ,大型工事の受注が困難とされるような状況があっ
たのであり,本件贈収賄事件の最大の責任は,このような状況を作り上げたB1にあり,被
告人両名の責任はこれに次ぐものということができる。
 イ また,被告人両名はいずれも,C1において長年にわたり職務に励み,同社の発展に
それぞれの立場から寄与してきた者であり,とりわけ,被告人A1は,土木工事技術等の面
から同社の発展に尽力したのみならず,C5協会広報委員会委員長として,建設業に対す
る社会的理解の促進を図るため種々の活動を行うなど数々の業界団体の役員を務め,業
界内外にわたり多大の貢献をしてきたのであり,我が国の建設業界に残した業績は高く評
価することができる。
 ウ そして,本件犯行の動機も,あくまでC1の営業成績の向上を図ろうとしたものであり,
私利私欲に基づくものではなく,被告人両名は,本件審理のために7か月余りにわたり身
柄を拘束されるとともに,本件が大々的にマスコミに報道されるなどして,既に相応の社会
的制裁を受けている。
 エ その他,被告人A1は,前記確定裁判記載のとおり,本件と併合罪関係にある別罪に
ついて,本件と別個に,懲役1年6月,4年間執行猶予に処せられていること,被告人A2に
は前科前歴のないこと,現在,被告人A1は78歳,被告人A2は76歳とそれぞれ高齢であ
ること,その他被告人両名のために酌むべき事情も少なからず認められる。
 5 結 論
 そこで,以上の諸事情を総合考慮すると,被告人両名に対しては,それぞれ懲役1年6
月に処した上,上記にみたような被告人両名の各刑事責任の軽重及び被告人両名のため
に酌むべき事情を総合考慮して,特に今回に限り,被告人A1に対しては5年間,被告人
A2に対しては4年間それぞれその刑の執行を猶予するのが相当である。
 よって,主文のとおり判決する。
  平成16年5月28日
       東京地方裁判所刑事第2部
    
           裁判長裁判官   中 谷 雄二郎
    
              裁判官   杉 山 愼 治
    
              裁判官   田 岡 薫 征

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