弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


戻る

       主   文
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
       事実及び理由
第1 請求
 被告が原告に対し,平成10年10月30日付けでなした別紙許可証目録記載の
風俗営業許可証返納の受理処分は無効であることを確認する。
第2 事案の概要
 本件は,平成10年10月30日,原告作成名義の委任状を持参した行政書士が
原告の代理人として,被告に対し,原告が営業するパチンコ店の営業を廃止する旨
の返納理由書を添付して原告名義の風俗営業許可証(以下「本件営業許可証」とい
う。)を返納し,被告はこれを受理した(以下「本件受理」という。)ことに対
し,原告が,本件受理は営業許可の失効という効果を伴う行政処分であるところ,
本件営業許可証の返納は無権代理であり無効であるから,本件受理も無効であると
して,その確認を求めた事案である。
1 争いのない事実等
身分関係
 原告は,1923年(大正12年)○月○日生まれの韓国籍の女性であり,平成
10年9月14日当時75歳であった(甲3の1ないし3)。原告は,亡き夫であ
るP1ことP2との間に,長女P3,二女P4ことP5,長男P6ことP7及び二
男P8ことP9をもうけた。P10ことP11は,亡P7の妻である。
 亡P9は,昭和58年9月25日,亡P7は,平成9年11月2日,亡P2は,
平成9年11月11日,それぞれ死亡した。
 原告は,平成11年10月20日,大阪家庭裁判所において禁治産宣告を受けた
(甲19ないし21)。
本件パチンコ店について
 原告は,被告から,昭和41年12月23日,風俗営業等の規制及び業務の適正
化等に関する法律(以下「風営法」という。)2条1項7号の営業(ぱちんこ屋
等)を営むことの許可(許可番号第5478号。以下「本件営業許可」という。)
を受け,大阪市α7番5号においてパチンコ店(以下「本件パチンコ店」とい
う。)を営んでいた。パチンコ店の屋号は,「P13」,「P14」,「P15」
と変更されている。
本件営業許可証の返納(乙1,2,4)
 原告作成名義の委任状を持参した行政書士のP12は,被告に対し,平成10年
10月30日,原告の代理人であるとして,本件パチンコ店の営業を廃止する旨の
返納理由書を添付して営業許可証を返納し(以下「本件返納行為」という。),被
告はこれを受理した(本件受理)。
返納理由書には,返納理由として,「営業不振
につき廃業」「母国に永住帰国の予定」と記載されていた。
(4) 原告とP11との訴訟等(甲4,5,7ないし9,17の1ないし6)
 原告は,大阪地方裁判所に対し,P11及びP11が代表取締役を務めている有
限会社未来(以下「会社未来」という。)を相手方として,平成9年12月16
日,本件パチンコ店がある別紙物件目録記載の建物(以下「本件建物」という。)
を仮に明渡す旨の仮処分の申立てをし(甲4平成9年(ヨ)第3265号以下「別
件申立」という。),大阪地方裁判所は,平成10年1月19日,本件建物のうち
1階部分及び3階部分を仮に明渡せとの決定をした(甲5以下「別件決定」とい
う。)。
 P11及び会社未来は,大阪地方裁判所に対し,平成10年1月21日,原告を
相手方として,別件決定を取り消して,原告の別件申立を却下することを求める保
全異議の申立てをした(甲7)。
 大阪地方裁判所は,平成10年4月15日,別件決定を認可する旨の決定を行っ
た(甲8)。
 原告は,大阪地方裁判所に対し,平成10年3月24日,P11及び会社未来を
被告として,本件建物のうちの本件パチンコ店の部分を明渡すこと及び本件パチン
コ店の事務所内にあるコンピューター装置一式を引き渡すことを求める訴えを提起
した(甲9大阪地裁平成10年(ワ)第2825号以下「別件訴え」という。)。
 しかし,原告は,大阪地方裁判所に対し,平成10年10月17日,別件訴えの
取下書を提出するとともに(甲17の1),平成10年10月19日,別件申立の
取下書を提出した(甲17の2)。
 その他にも,原告と訴外P11との間には,平成10年(ヨ)第155号動産引
渡断行等仮処分命令申立事件,平成10年(ヨ)第159号動産引渡断行仮処分命
令申立事件,平成10年(ヨ)第254号建物明渡断行動産引渡断行仮処分命令申
立事件,平成10年(ヨ)第412号建物占有・使用妨害禁止等仮処分命令申立事
件が係属していたが,それぞれ平成10年10月19日に取り下げの申し出がなさ
れ,終了した(甲17の3ないし6)。
2 争点
(1) 風俗営業許可証の返納を受理する行為が行政処分に該当するか。
(2) 風俗営業許可証の返納が無権代理行為によって行われた場合,受理行為が
無効となるか。
(3) 本件返納行為は無権代理行為であるか。
3 当事者の主張
(1) 風俗営業許可証の返納を受理する行為が行政処分か。

原告の主張)
 被告が,本件営業許可証の返納を受理すれば,風営法10条2項により、原告が
被告から与えられた,本件パチンコ店の営業についての許可が失効する。したがっ
て,風俗営業許可証の返納を受理することは,特定人の具体的権利・利益に変動を
生ぜしめるものであり,行政処分に当たる
(被告の主張)
 風俗営業許可証返納の受理行為は,意思や判断が介在する余地のない単なる事実
行為であり,抗告訴訟の対象たる行政処分に当たらないものとみるべきであるか
ら,本件訴えは却下されるべきである。
(2) 風俗営業許可証の返納が無権代理行為によって行われた場合,受理行為が
無効となるか。
(原告の主張)
 一般に,重大かつ明白な瑕疵が存在する場合に行政処分は無効となるとされてい
るが,取消訴訟の排他的管轄を認める根拠は,行政上の法律関係を早期に安定させ
るとともに行政処分の適法有効性に対する利害関係者の信頼を保護することにあ
る。瑕疵が明白であれば,係争処分を無効としても行政活動の円滑や利害関係人の
信頼を不当に害することにはならないのは確かであるが,瑕疵が明白であるとはい
えない場合でも,利害関係人に不測の損害を与えることがなければ,重大な瑕疵が
存在することを理由に行政行為を無効とするべきである。
 風俗営業許可証返納受理処分は,営業許可を失効させるものであるが,営業許可
が失効していることを信頼して原告や原告関係者と何らかの取引を行うことは考え
られないし,受理処分の無効を認めて元の営業許可を復活させたとしても,円滑な
行政活動を妨げるとは考えられない。したがって,本件では,瑕疵が明白でなくと
も瑕疵が重大であれば無効とすべきである。
 本件受理は,有効な返納行為があることを必須の前提とするところ,本件営業許
可証の返納は,原告の意思に基づいて行われたものではなく重大な瑕疵が存在する
から,本件受理処分は無効である。
(被告の主張)
 P12行政書士は,平成10年10月30日,本件パチンコ店の所轄署である福
島警察署を訪れ,対応した同署の担当者に対して,原告名義の返納理由書,原告の
営業許可証,原告がP12行政書士に対し本件営業許可証を返納することを委任し
た旨の委任状を提出して返納を申し出たので,書類に不備がないことを確認したう
えで,これを受理したものである。
 行政処分が無効とされるには,当該行政行為に重大な瑕疵があり,かつ,瑕疵の
存在
を容易に確定し得るべき外観上明白な瑕疵であるべきところ,本件においては,行
政書士が委任状を添えて所定の書類を所轄署に提出して受理されたものであるか
ら,明白な瑕疵があったとはいえない。したがって,本件は無効要件に欠ける。
(3) 本件申請行為は無権代理行為であるか。
(原告の主張)
ア 委任契約の不存在
 原告は,P12行政書士に対し,本件営業許可証の返納を委任していない。仮
に,原告がP12行政書士に対し,本件営業許可証の返納を委任したとしても(以
下「本件委任」という。),原告は,平成10年9月から同年10月末までの間,
「痴呆症」ないし「仮性痴呆症」と診断されるような状態であり,本件パチンコ店
を廃業すること,ないし営業許可証の法的意味を了知したうえでその是非を判断で
きるような正常な判断能力を有していなかったから,委任は無効であり,返納行為
は無権代理行為である。
イ 本件返納行為が無権代理であることを基礎付ける事実
 本件営業許可証の返納が,無権代理行為であることは以下の事実から明らかであ
る。
(ア) 風俗営業許可証の返納は,風俗営業者の廃業意思を確認するため,実務
上,営業許可名義人が直接管轄の警察署に赴いて営業許可証を返納する方法で行わ
れるのが原則であるが,本件では,原告は,本件パチンコ店を管轄する福島警察署
に赴いておらず,自ら返納手続を行っていない。また,原告が本件営業許可証の返
納に関して自署した書面もない。以上のことから,原告が,本件営業許可証を返納
したP12行政書士に対し,本件営業許可証の返納を委任していないことは明らか
である。
(イ) 原告の当時の状況及び検査の結果
 原告は,平成10年の春ころより,時々自分の家やトイレを探すことができない
という症状を呈するようになり,老人性痴呆症が始まったのではないかという疑い
が生じ始め,同年夏以降には症状が次第に悪化し,神経困難症状を呈するようにな
った。9月中旬ころには,C型肝炎検査の数値も高くなり,食事もできずに極度に
衰弱した状態にあった(甲10)。
 原告は,平成10年9月28日から同月30日まで韓国のP16病院に入院して
いた。原告の担当医は,原告に対し,平成10年9月30日,「痴呆症」ないし
「仮性痴呆症」の診断を下していた。
 また,原告は,平成11年1月27日から同月29日まで,韓国のP17病院に
入院していたが,同病院の医師は,原告には
少なくとも平成10年9月28日から平成10年10月30日ごろには意識混沌と
ともに,判断障害,対人関係困難,意志疎通障害があったと診断している。
 P18医師作成の平成12年10月2日付鑑定書(甲59以下「別件鑑定書」と
いう。)も,本件事件当時,原告が,不十分ながら保たれていた精神能力を適切に
行使できる状況におかれていなかったために,精神能力を欠いた状態であったと結
論付けている。
(ウ) 原告の意思に基づいてなされたとされる行為が不自然であること
 原告は,P11との間で,平成10年10月14日,確認書(甲16以下「本件
確認書」という。)を作成しているが,その内容は,原告が本件パチンコ店の営業
権を有しないこと,信用組合関西興銀西支店にある原告名義の約1億3000万円
の定期預金及び三和銀行新大阪支店にある原告名義の約5000万円の定期預金の
実質上の権利者が亡P7であること,約2億円の現金及び預金について原告が何ら
の権利も有しないこと,原告が上記の財産を保全するために行ってきた従前の訴訟
及び仮処分を全て取り下げることを確認するというものであった。
 そして,この確認書のとおり,平成10年10月30日,公安委員会宛に原告名
義になっていた本件パチンコ店にかかる本件営業許可証が返納され,原告のP11
らに対する全ての訴訟及び仮処分が取り下げられた。
 しかし,本件確認書は,原告が一方的に自己の財産ないし権利を全て放棄するこ
とを内容とするものであり,この確認内容によれば,原告自身の今後の生活さえ保
障されないことになり,極めて不合理なものである。正常な判断ができる状態で,
原告は自分の所有する財産ないし権利を全て放棄してP11に与えるということは
考えられない。
(エ) 営業許可証に添付された返納理由書の返納理由の記載が事実と全く異なる
こと
 営業許可証に添付された返納理由書には,返納理由として営業不振及び母国への
永住予定と記載されているが,原告には母国である韓国に永住する予定は全くなか
ったし,本件パチンコ店が営業不振であったという事実もない。
ウ 結論
 以上のとおり,原告自身が本件営業許可証を返納しておらず,原告が自署した本
件営業許可証の返納手続に関する文書が存在しないこと,本件返納が行われた当
時,原告は正常な判断能力を欠いていたか,著しく減退していたこと,原告の意思
に基づいてなされたとされる行為が極
めて不自然であること,営業許可証に添付された返納理由書の返納理由の記載が事
実と全く異なること等の事実に照らせば,原告は,P12行政書士に対し,本件営
業許可証を返納することを委任していないし,仮に委任していたとしても,原告
は,本件委任当時,正常な判断能力を欠き,あるいは,著しく判断能力が減退して
いたことが明らかであるから,本件委任は無効であり,本件返納は無権代理行為で
ある。
(被告の主張)
ア 原告は,P12行政書士に対し本件営業許可証を返納する手続をとることを委
任し,委任状,返納理由書を作成したうえ本件営業許可証とともに同人に交付して
いるのであるから,許可証返納の意思があったことは明らかであり,本件返納に何
らの瑕疵はない。
イ 別件鑑定書は,本件返納行為が行われた当時,原告には「自己の行為の結果を
判断する能力は不十分ながら保たれていた。」としており,原告に判断能力が備わ
っていたことを認めているのである。
 別件鑑定書は,これに加えて,原告には精神能力の適切な行使をできるような状
態ではなかったとしているが,唐突であり意図的にこじつけたものとしか考えられ
ないし,「精神能力の適切な行使」という概念も曖昧である。
 また,別件鑑定書は,乙7号証の1の録音テープに基づき,「平成10年10月
14日の時点では原告にはせん妄は加わっておらず意識は清明であった」「テープ
を聴く範囲内では10月14日のこの時点では原告には特記すべき痴呆の辺縁症状
はなく,意識は清明で,時・所・人に対する見当識も保たれている」等と記載した
うえで,「しかし,この時点のような精神状態が本件事件の他の期間中も持続して
いたかどうかは疑問である。」としているのであるから,少なくとも10月14日
の時点では精神状態に問題がなかったことを認めている。
第3 争点に対する判断
1 風俗営業許可証の返納を受理する行為が行政処分か。
 抗告訴訟の対象となる「行政庁の処分その他公権力の行使に当たる行為」とは,
公権力の主体たる国又は公共団体が行う行為のうち,その行為によって,直接国民
の権利義務を形成し又はその範囲を確定することが法律上認められているものをい
うと解されるところ,被告は,風俗営業許可証返納の受理は,意思や判断が介在す
る余地のない単なる事実行為であり,抗告訴訟の対象となるべき行政処分に当たら
ないと主張する。
 しかし,許可証の返納に際して添
付を要求される返納理由書(風営法施行規則20条2項)には,返納者の氏名の記
載及び押印が求められ,さらに返納理由の記載も求められていることに照らすなら
ば,営業許可証返納の申し出があった場合,公安委員会は,かかる返納の申し出が
本人の意思に基づくものかどうかを判断したうえでこれを受理するものにほかなら
ないから,風俗営業許可証返納の受理は,当該返納の申し出が本人の意思に基づく
有効な行為として受領する受動的な意思行為であるということができ,しかも,営
業許可証返納の受理によって営業許可が失効するという権利義務関係の変更が生じ
るものとされている(風営法10条2項)。したがって,営業許可証返納の受理
は,単なる事実行為ということはできず,それによって直接国民の権利義務を形成
し又はその範囲を確定するということが法律上認められているものということがで
き,抗告訴訟の対象となる「行政庁の処分その他公権力の行使に当たる行為」に該
当すると解すべきである。
2 風俗営業許可証の返納が無権代理行為によって行われた場合,受理行為が無効
となるか。
ア まず,第1に,いかなる場合に許可証返納受理が無効となるか,その判断基準
が問題となる。
 この点につき被告は,当該行政処分に重大な瑕疵があり,かつ,瑕疵の存在を容
易に確定し得るべき外観上明白な瑕疵であるかどうかで判断すべきであると主張す
る。
 しかし,一般に無効原因として瑕疵の明白性が要求されるのは,主として処分の
存在を信頼する第三者を保護するためであるから,かかる第三者の保護を図る必要
がない場合には,外観上明白な瑕疵であるかどうかにかかわらず当該行政処分は無
効となる場合があるものと解すべきである(最高裁昭和48年4月26日第1小法
廷判決・民集27巻3号629頁参照)。
 これを本件についてみると,営業許可証の返納受理によって生じるのは,許可が
失効するという効果であるが,ある者の営業許可が失効した場合には取引関係が消
滅するのみであって,新たな取引関係が形成されるということは通常想定し難いと
ころであるし,ある者の営業許可が失効することによって他の者の許可が容易にな
るなどの関係もない。したがって,営業許可証返納の受理が有効であることを信頼
する第三者の保護を考慮する必要のないことを勘案すれば,風俗営業許可証の返納
受理が無効かどうかを判断するにあたっては,外観上明白な瑕疵であ
ることまでは不要であると解すべきである。
イ 第2に,原告は,本件受理は,その前提となる返納許可証の返納の申し出が無
権代理行為によって行われたものであるから無効であると主張するところ,申請行
為が無権代理行為によって行われたことをもって,許可証の返納を受理する行為に
ついても無効を招来するものといえるかどうかが問題となる。
 法令上行政処分が利害関係人の申請,同意,承諾等を前提としてなされるべきこ
とが要求されている場合において,このような私人の行為の瑕疵がそれを前提とし
てなされる行政処分の効力にどのような影響を与えるかについては,当該私人の行
為が行政行為の要件に占める意味によって異なり,これを一概に論ずることはでき
ないというべきであり,これを当然無効とするためには,法の趣旨が,利害関係人
の行為を当該処分の不可欠の前提要件あるいは処分の根幹的な要件であるとするも
のであること,さらには,これを当然無効とする場合には,行政の安定とその円滑
な運営の要請を阻害するものであるから,無効の主張を許さないことが著しく不当
と認められるような具体的事情があることが必要であるというべきである。
 これを風俗営業許可証の返納の申し出についてみると,風営法10条2項が,許
可証が返納された場合に許可が失効すると規定するのは,返納の申し出があったと
の事実から営業継続の意思がないことが明らかであるので,許可を存続させる必要
性がないからであると解され,返納の申し出が単なる処分の端緒であるとみること
はできない。そうであるとすれば,返納の申し出が本人の真正な意思に基づいて行
われたということは,許可の失効と直接結びつく返納の受理処分の必要不可欠の前
提要件であるというべきである。
 そこで,まず,本件返納行為が無権代理行為によるものであるのか否かについて
検討する。
3 本件返納行為は無権代理行為であるか。
(1) 代理権授与の有無
 証拠(乙1,2,7の1及び2,証人P11)によれば,原告は,平成10年1
0月14日,本件営業許可証を返納するのに必要な返納理由書及び返納申請をP1
2行政書士に委任する旨の委任状に,P11に代筆させて署名し,その後,自ら押
印をしたことが認められる。
 したがって,原告がP12行政書士に対し,本件返納申請につき代理権を授与し
たことが認められる。
(2) 意思能力の有無
 そこで,原告がP12行政書士に対し
,本件返納申請について代理権を授与した当時,原告は意思能力を有していたか否
かにつき判断する。
ア 証拠(甲10ないし13,56の1,56の3,56の4,56の6,56の
21,56の24)によれば以下の事実が認められる。
(3) P16病院入院時
a 原告は,平成10年9月28日から同月30日まで,P16病院に入院してい
た(甲56の4)。
b 原告は,P16病院でMMSEテストを2回受けており,その結果は以下のと
おりである(甲56の4,56の6)。
(a) 合計30点満点中24点(見当識 10点満点中9点,記銘3点満点中3
点,注意計算 5点満点中1点,記憶再生 3点満点中3点,言語9点満点中8点
 なお,乙56の4の翻訳では記銘に関する問題について10点満点中9点と記載
されているが誤訳である。)。
(b) 合計29点満点中13点
c 平成10年9月30日,原告に対し脳のMRI検査が行われた。その結果,側
脳室の拡大を伴うびまん性の脳萎縮が認められ,また脳組織の全般にわたり,萎縮
性の兆候が認められた。(甲56の21)。
d 原告の行動
原告は,平成10年9月29日,看護婦から防護室がどこになるかを教えられた
が,ずっと覚えられないでいた(甲56の24)。
 原告は,平成10年9月30日,トイレに行ったあと自分の病室に帰れないこと
が2回あった(甲56の24)。
e 記憶・見当識について
 原告の担当医師は,平成10年9月29日,神経精神科の医師に対して,診療依
頼記録を送付しているところ,同書面には,原告に記憶障害,言語障害,日時の見
当識障害,計算能力障害が認められると記載されている(甲56の6)。
f 医師の診断
 P16病院の担当医師は,平成10年9月30日,原告の病状について,「痴呆
症である。但し,仮性痴呆症は除外診断すべきである。その他の診断名及び主要合
併病変としてHCV及び鬱病である。」と診断している(甲56の3)。
(イ)P17病院入院時(甲12,13)
a 原告は,平成11年1月27日から同月29日まで,韓国のP17病院に入院
した(甲12)。
b 検査の結果
 同病院の医師は,原告の脳組織についての検査の結果,左右,前頭葉,側頭葉の
重なった部位及び脳基底核部位に脳梗塞が存在すると診断している(甲13の
1)。また,心理検査の結果,認知機能及び記憶力が減少しており,記憶力維持損
傷が伺われるとしている(甲1
3の1)。
c 医師の診断
 患者の脳組織損傷部位が患者に情緒不安定やその他の精神症状を惹起させてお
り,意識程度が明瞭ではなく,短期記憶力障害及び失語症が存在するとしたうえ
で,P17病院の医師は,はっきりとした痴呆ではないが,認知機能の損傷が見え
るので,初期健忘症や中期混乱期に該当する痴呆症候群とみることができ,これか
らの痴呆症候群悪化の高危険群とみることができるとして,平成11年1月29
目,最終的には,原告は混合型老人性(初期)痴呆であると診断している(甲1
2)。
イ 以上の事実及び原告が当時高齢であったことを総合すると,原告はP16病院
入院時及びP17病院入院時において,脳萎縮,記憶の障害,言語機能の悪化等が
認められるから,いずれの時点においても萎縮性痴呆症に罹患していたことが認め
られる。
ウ 一方,証拠(甲12,56の4,56の5,56の24)によれば以下の事実
が認められる。
(ウ) 原告がP16病院を退院する時に作成された退院要約記録には,原告の記
憶は,直近,最近,遠方いずれについても正常であると記載されて,見当識につい
ても正常と記載されている(甲56の4)。
(イ) P16病院入院時に作成された経過記録にも,平成10年9月28日の時
点では,直近及び遠方の記憶は正常であると記載されているが,最近の記憶につい
ては正常から障害に移行している旨が記載されている。見当識については良好であ
ると記載されている(甲56の5)。
(ウ) 同病院入院時に作成された看護記録には,原告は,入院中,夜間はコミュ
ニケーションができなかったが,平成10年9月30日の朝,内科回診時には,場
所・時間,人に対して認識し,対話もよくできていたと記載されている(甲56の
24)。
(エ) P17病院の診断書(甲12)には,本院に入院時,初期痴呆状態に見え
たが,平成11年1月29月現在,意思疎通に特別な障害がなく,判断力でも,は
っきりとした障害がない状態と考えられるとされている(甲12)。
(オ) P16病院入院時に2回行われたMMSE検査のうち,1回は30点満点
中24点と高得点を挙げている(甲56の4)。
(カ) 原告は,平成10年9月28日,韓国において公正証書を作成している
(乙6)。
エ 以上の事実及び前記アの事実を総合勘案すると,原告は,萎縮性痴呆症に罹患
しているといっても,その程度は軽度のものであり,その時々に
よって原告の意識状態には差があることが認められる。
 別件鑑定書(甲59)も,平成10年10月から同月30日当時の原告の意思能
力について,原告は萎縮性痴呆に罹患していたが,その痴呆は初期段階で,「軽度
痴呆」の域にあったが,原告の精神状態は著しく不安定であったため原告の有する
精神能力も動揺したと鑑定している。
 そして,萎縮性痴呆症の進行は一般には緩徐であり(甲59,64),かつ,原
告がP12行政書士に対し,本件委任をした時点と原告がP16病院及びP17病
院に入院した時点とはそれ程時間的に離れていないことからすると,原告は,本件
委任をした時点においても同様に軽度の萎縮性痴呆症に罹患しており,かつ,意識
状態も明瞭な時と不明瞭な時とがある不安定な状態であったことが推認される。
オ 平成10年10月14日の原告の意思能力
(ア) 以上を前提として,本件委任時の原告の意思能力について検討してみる
に,証拠(乙1,乙6)によれば,平成10年10月14日,原告が本件返納申請
をP12行政書士に委任した際,原告は,返納理由書に署名しようとして書き損じ
ているなど身体の機能に障害のある状態であることが認められ,また,会話の受け
答えもゆっくりとしているが,原告は,親族間の紛争及び自己の現在おかれている
状況について把握していること,P12行政書士らの話を誤解したり,ちぐはぐな
受け答えをすることもなく応答していること,本件パチンコ店の営業を止めるとい
うことについても理解して会話をしていること,別件鑑定書も,「平成10年10
月14日の時点では,原告にはせん妄は加わっておらず意識は清明であった。」と
していることからすると,本件委任時においては,原告の判断能力は比較的安定し
ている状態であり,意思能力があったものと認められる。
(イ) もっとも,原告は,本件委任当時,原告は,日本と韓国の間を頻繁に行き
来し,またP11らとの間に紛争があるなど過酷な状態にあったのであるから,原
告は不十分ながらも存在していた精神能力を適切に行使し得る状態にはなかったと
主張する。
 確かに,一般論としては,本件委任当時,原告の置かれていた状況は原告の精神
状態にとって良好な環境であったとは言い難く,適切に判断能力を行使し得なくな
る可能性はあったといい得るが,原告が当時置かれていた状況にあれば必ず精神能
力を適切に行使し得なくなるというわけでは
なく,現に,乙7号証の1及び2によれば,原告の精神状態は適切な状態に保たれ
ていたことが認められるから,原告の主張は採用することはできない。
 また,原告は,原告がP11に対して提起していた多数の訴訟等を全て取り下げ
る等原告の意思に基づいてなされたとされる行為が極めて不自然であることから,
本件委任当時,原告には意思能力がなかったことが認められると主張する。確か
に,老齢の原告の今後の生活を考えると,損得勘定については適切な計算に基づく
行動ができていたのかどうか疑問がないではないが,そのことから直ちに,訴訟を
終了させるあるいは営業を廃止するという自己の行為の法的効果についてまで認識
できなかったということにはならないし,乙7号証の1及び2において原告自身が
述べているように,原告をとりまく親族間のもめ事に嫌気がさして訴訟等を取り下
げるという行動に出たこともあながち不合理であるとはいえず,了解可能であるか
ら,かかる事実から原告が本件委任当時意思能力を有していなかったことを推認す
ることはできない。
 また,原告は,営業許可証に添付された返納理由書の返納理由の記載が事実と全
く異なることから,本件委任が原告の意思に基づくものではないと主張するが,本
人自身が返納理由書を記載する場合でも事実と異なる返納理由を記載することは十
分にあり得るのであるから,返納理由書に記載されている返納理由が事実と異なる
ことから本件委任が原告の意思に基づかなかったことを推認することもできない。
4 結論
 以上検討したとおり,本件委任当時原告には意思能力がなかったことが認められ
ないから,その余の点について判断するまでもなく,本件受理は無効であるとの原
告の主張は採用することはできない。よって,原告の請求は理由がないからこれを
棄却することとし,訴訟費用の負担につき行訴法7条,民訴法61条を適用して,
主文のとおり判決する。
大阪地方裁判所第二民事部
裁判長裁判官 三浦潤
裁判官 林俊之
裁判官 中島崇

戻る



採用情報


弁護士 求人 採用
弁護士募集(経験者 司法修習生)
激動の時代に
今後の弁護士業界はどうなっていくのでしょうか。 もはや、東京では弁護士が過剰であり、すでに仕事がない弁護士が多数います。
ベテランで優秀な弁護士も、営業が苦手な先生は食べていけない、そういう時代が既に到来しています。
「コツコツ真面目に仕事をすれば、お客が来る。」といった考え方は残念ながら通用しません。
仕事がない弁護士は無力です。
弁護士は仕事がなければ経験もできず、能力も発揮できないからです。
ではどうしたらよいのでしょうか。
答えは、弁護士業もサービス業であるという原点に立ち返ることです。
我々は、クライアントの信頼に応えることが最重要と考え、そのために努力していきたいと思います。 弁護士数の増加、市民のニーズの多様化に応えるべく、従来の法律事務所と違ったアプローチを模索しております。
今まで培ったノウハウを共有し、さらなる発展をともに目指したいと思います。
興味がおありの弁護士の方、司法修習生の方、お気軽にご連絡下さい。 事務所を見学頂き、ゆっくりお話ししましょう。

応募資格
司法修習生
すでに経験を有する弁護士
なお、地方での勤務を希望する先生も歓迎します。
また、勤務弁護士ではなく、経費共同も可能です。

学歴、年齢、性別、成績等で評価はしません。
従いまして、司法試験での成績、司法研修所での成績等の書類は不要です。

詳細は、面談の上、決定させてください。

独立支援
独立を考えている弁護士を支援します。
条件は以下のとおりです。
お気軽にお問い合わせ下さい。
◎1年目の経費無料(場所代、コピー代、ファックス代等)
◎秘書等の支援可能
◎事務所の名称は自由に選択可能
◎業務に関する質問等可能
◎事務所事件の共同受任可

応募方法
メールまたはお電話でご連絡ください。
残り応募人数(2019年5月1日現在)
採用は2名
独立支援は3名

連絡先
〒108-0023 東京都港区芝浦4-16-23アクアシティ芝浦9階
ITJ法律事務所 採用担当宛
email:[email protected]

71期修習生 72期修習生 求人
修習生の事務所訪問歓迎しております。

ITJではアルバイトを募集しております。
職種 事務職
時給 当社規定による
勤務地 〒108-0023 東京都港区芝浦4-16-23アクアシティ芝浦9階
その他 明るく楽しい職場です。
シフトは週40時間以上
ロースクール生歓迎
経験不問です。

応募方法
写真付きの履歴書を以下の住所までお送り下さい。
履歴書の返送はいたしませんのであしからずご了承下さい。
〒108-0023 東京都港区芝浦4-16-23アクアシティ芝浦9階
ITJ法律事務所
[email protected]
採用担当宛