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         主    文
     原判決を破棄する。
     本件を東京高等裁判所に差し戻す。
         理    由
 上告代理人喜田村洋一の上告理由について
 一 本件は、被上告人の発行する新聞に掲載された記事が上告人の名誉を毀損す
るものであるとして、上告人が被上告人に対して損害賠償を請求するものであり、
原審の確定した事実関係の概要は、次のとおりである。
 1 被上告人の発行する「夕刊フジ」紙の昭和六〇年一〇月二日付け紙面の第一
面に、原判決別紙のとおりの記事(以下「本件記事」という。)が掲載された。本
件記事は、「『Aは極悪人、死刑よ』夕ぐれ族・乙が明かす意外な関係」「『丙さ
んも知らない話…警察に呼ばれたら話します』」等の見出しを付した八段抜きの記
事である。
 2 上告人は当時妻丁を殺害しようとしたとの殺人未遂被疑事件について逮捕、
勾留されて取調べを受けていたところ、本件記事の大要は、(1) 右殺人未遂被疑
事件についての上告人の勾留期間の末日である同月三日が迫っており、捜査機関の
上告人に対する取調べも大詰めを迎えているが、上告人は頑強に右事件への関与に
つき否認を続けていると報じた後、(2) 夕ぐれ族ないし新夕ぐれ族なる名称でい
わゆる風俗関係の営業をしている乙が、同年初めころから上告人と相当親密な交際
をしていた旨述べたとした上、「『Aサンは女性に対して愛を感じないヒトみたい。
あの人にとって、女性はたばこや食事と同じ。本当の極悪人ね。もう、(Aと)会
うことはないでしょう。自供したら、きっと死刑ね。今は棺桶に片足をのっけてい
るようなもの』。乙嬢は『極悪人』『死刑』といい切るのである。なぜここまでい
えるのか。『仕事とかお金とか事件のこととか、〈こんなこと私に話してもいいの
かしら〉と奥さんの丙さんにも話していないようなことを話してくれました。内容
はノーコメントですが、(警察に)呼ばれたら、話します』と非常に意味深である。」
と記載し、(3) 続いて、捜査の状況につき、「Aは『否認のまま起訴』という見
方が警視庁内では今、最も強い。」と報じた後、「しかし、『あきらめるのは、ま
だ早い。最終日を狙え』という外部の声もある。」として、「東京地検の元検事(
中略)にいわせると、Aは『知能犯プラス凶悪犯で、前代未聞の手ごわさ』という。
『弱点を探り出すこと。弱さは自信や強さの裏返しで、Aは何人もの女性を渡り歩
き、女性に自信をもっているはず。それに、いまヤツの唯一の心の支えは女房だろ
う。そこで、女房にAを裏切るように仕向ける。裏切ったとみせかける。〈女は簡
単〉の自信が崩れ、大変なショックだろう』元検事は、このままならA否認のまま
起訴とみる。『Aもはじめから、そのつもりだったろう。起訴になって保釈請求も
予定行動。この二年間の金もうけは、保釈金集めだったのじゃないかな。しかし、
裁判所は保釈しないよ、絶対に。こりゃ、Aはショックだ。どんなにがんばっても、
必ずこの保釈不許可でダウンだよ。』とみる。」と結ぶものである。
 3 なお、上告人については、昭和五九年以来、右殺人未遂事件の嫌疑のほか、
右殺人未遂の犯行後に妻丁を殺害したとの嫌疑等についても、数多くの報道がされ
ていた。
 二 上告人は、本件記事のうち、「『Aは極悪人、死刑よ』」との見出し部分(
以下「本件見出し1」という。)、「『丙さんも知らない話…警察に呼ばれたら話
します』」との見出し(以下「本件見出し2」という。)及び本文中の「元検事に
いわせると、Aは『知能犯プラス凶悪犯で、前代未聞の手ごわさ』という。」との
部分(以下「本件記述」という。)は、いずれも、上告人が右各記載のとおりの人
物であると断定するものであり、上告人の名誉を毀損するものであるなどと主張し
ている。
  これに対し、原審は、以下のように判示して、上告人の請求を棄却した。
  本件見出し1等は、いずれも上告人の犯罪行為に関する事実についてのもので、
公共の利害に関する事実に係るものであり、次に述べるとおり、被上告人について
は、これらに関し、名誉毀損による不法行為責任は成立しない。
 1 本件見出し1は、上告人に関する特定の行為又は具体的事実を、明示的に叙
述するものではなく、また、これらを黙示的に叙述するものともいい難い。その上、
これが乙の談話であると表示されていることも考慮すると、右見出しは、意見の表
明(言明)に当たるというべきである。そして、この意見は、乙が、本件記事が公
表される前に既に新聞等により繰り返し詳細に報道され広く社会に知れ渡っていた
上告人の前記殺人未遂事件等についての強い嫌疑を主要な基礎事実として、上告人
との交際を通じて得た印象も加味した上、同人についてした評価を表明するもので
あることが明らかであり、右意見をもって不当、不合理なものということもできな
い。
 2 次に、本件見出し2は、乙が前記殺人未遂及び殺人各事件への上告人の関与
につき何らかの事実又は証拠を知っていると受け取られるかのような表現を採って
はいるが、本件記事の通常の読者においては乙の戯言と受け取られるものにすぎな
いから、右見出しは、前記殺人未遂及び殺人各事件への上告人の関与につき嫌疑を
更に強めるものとはいえず、本件見出し1と併せ考慮しても、これにより上告人の
名誉が毀損されたとはいえない。
 3 最後に、本件記述は、上告人に関する特定の行為又は具体的事実を、明示的
に叙述するものではなく、また、これらを黙示的に叙述するものともいい難いから、
右は、やはり意見の表明(言明)に当たるというべきである。そして、この意見は、
東京地検の元検事と称する人物が、本件記事が公表される前に既に新聞等により繰
り返し詳細に報道され広く社会に知れ渡っていた上告人の前記殺人未遂事件等につ
いての強い嫌疑並びに上告人に対する捜査状況を主要な基礎事実として、同人につ
いてした評価と今後の捜査見込みを表明するものであるから、右意見をもって不当、
不合理なものということもできない。
 三 しかしながら、原審の右判断は是認することができない。その理由は、次の
とおりである。
 1 新聞記事による名誉毀損の不法行為は、問題とされる表現が、人の品性、徳
行、名声、信用等の人格的価値について社会から受ける客観的評価を低下させるも
のであれば、これが事実を摘示するものであるか、又は意見ないし論評を表明する
ものであるかを問わず、成立し得るものである。ところで、事実を摘示しての名誉
毀損にあっては、その行為が公共の利害に関する事実に係り、かつ、その目的が専
ら公益を図ることにあった場合に、摘示された事実がその重要な部分について真実
であることの証明があったときには、右行為には違法性がなく、仮に右事実が真実
であることの証明がないときにも、行為者において右事実を真実と信ずるについて
相当の理由があれば、その故意又は過失は否定される(最高裁昭和三七年(オ)第
八一五号同四一年六月二三日第一小法廷判決・民集二〇巻五号一一一八頁、最高裁
昭和五六年(オ)第二五号同五八年一〇月二〇日第一小法廷判決・裁判集民事一四
〇号一七七頁参照)。一方、ある事実を基礎としての意見ないし論評の表明による
名誉毀損にあっては、その行為が公共の利害に関する事実に係り、かつ、その目的
が専ら公益を図ることにあった場合に、右意見ないし論評の前提としている事実が
重要な部分について真実であることの証明があったときには、人身攻撃に及ぶなど
意見ないし論評としての域を逸脱したものでない限り、右行為は違法性を欠くもの
というべきである(最高裁昭和五五年(オ)第一一八八号同六二年四月二四日第二
小法廷判決・民集四一巻三号四九〇頁、最高裁昭和六〇年(オ)第一二七四号平成
元年一二月二一日第一小法廷判決・民集四三巻一二号二二五二頁参照)。そして、
仮に右意見ないし論評の前提としている事実が真実であることの証明がないときに
も、事実を摘示しての名誉毀損における場合と対比すると、行為者において右事実
を真実と信ずるについて相当の理由があれば、その故意又は過失は否定されると解
するのが相当である。
 右のように、事実を摘示しての名誉毀損と意見ないし論評による名誉毀損とでは、
不法行為責任の成否に関する要件が異なるため、問題とされている表現が、事実を
摘示するものであるか、意見ないし論評の表明であるかを区別することが必要とな
る。ところで、ある記事の意味内容が他人の社会的評価を低下させるものであるか
どうかは、当該記事についての一般の読者の普通の注意と読み方とを基準として判
断すべきものであり(最高裁昭和二九年(オ)第六三四号同三一年七月二〇日第二
小法廷判決・民集一〇巻八号一〇五九頁参照)、そのことは、前記区別に当たって
も妥当するものというべきである。すなわち、新聞記事中の名誉毀損の成否が問題
となっている部分について、そこに用いられている語のみを通常の意味に従って理
解した場合には、証拠等をもってその存否を決することが可能な他人に関する特定
の事項を主張しているものと直ちに解せないときにも、当該部分の前後の文脈や、
記事の公表当時に一般の読者が有していた知識ないし経験等を考慮し、右部分が、
修辞上の誇張ないし強調を行うか、比喩的表現方法を用いるか、又は第三者からの
伝聞内容の紹介や推論の形式を採用するなどによりつつ、間接的ないしえん曲に前
期事項を主張するものと理解されるならば、同部分は、事実を摘示するものと見る
のが相当である。また、右のような間接的な言及は欠けるにせよ、当該部分の前後
の文脈等の事情を総合的に考慮すると、当該部分の叙述の前提として前記事項を黙
示的に主張するものと理解されるならば、同部分は、やはり、事実を摘示するもの
と見るのが相当である。
 2 以上を本件について見ると、次のとおりいうことができる。
 (一) まず、『Aは極悪人、死刑よ』という本件見出し1は、これと一体を成す
見出しのその余の部分及び本件記事の本文に照らすと、乙の談話の要点を紹介する
趣旨のものであることは明らかである。ところで、本件記事中では、当時、上告人
は、前記殺人未遂被疑事件について勾留されており近日中に公訴が提起されること
も見込まれる状況にあったが、嫌疑につき頑強に否認し続けていたこと、乙はかね
て上告人と相当親しく交際していたが、同人から、捜査機関の事情聴取に応ずるに
も値すべき「事件のこと」に関する説明を受けたことがあること、その上で、乙が、
上告人について、『本当の極悪人ね。(中略)自供したら、きっと死刑ね。今は棺
桶に片足をのっけているようなもの』と述べたことが紹介されているのである。右
のような本件記事の内容と、当時上告人については前記殺人未遂事件のみならず殺
人事件についての嫌疑も存在していたことを考慮すると、本件見出し1は、乙の談
話の紹介の形式により、上告人がこれらの犯罪を犯したと断定的に主張し、右事実
を摘示するとともに、同事実を前提にその行為の悪性を強調する意見ないし論評を
公表したものと解するのが相当である。
 (二) 次に、『丙さんも知らない話…警察に呼ばれたら話します』という本件見
出し2は、右(一)に述べた事情を考慮すると、やはり乙の談話の紹介の形式により、
上告人が前記の各犯罪を犯したと主張し、右事実を摘示するものと解するのが相当
である。右談話は、その後の両名の相当親密な関係に立脚するものであることが本
件記事中でも明らかとされており、本件記事が報道媒体である新聞紙の第一面に掲
載されたこと、本件記事中には乙の談話内容の信用性を否定すべきことをうかがわ
せる記述は格別存在しないことなども考慮すると、本件記事の読者においては、右
談話に係る事実には幾分かの真実も含まれていると考えるのが通常であったと思わ
れる。そうすると、右見出しは、上告人の名誉を毀損するものであったというべき
である。
 (三) 最後に、「この元検事にいわせると、Aは『知能犯プラス凶悪犯で、前代
未聞の手ごわさ』という。」という本件記述は、上告人に対する殺人未遂被疑事件
についての前記のような捜査状況を前提としつつ、元検事が上告人から右事件につ
いて自白を得ることは不可能ではないと述べたことを紹介する記載の一部であり、
当時上告人については右殺人未遂事件のみならず殺人事件についても嫌疑が存在し
ていたことも考慮すると、本件記述は、元検事の談話の紹介の形式により、上告人
がこれらの犯罪を犯したと断定的に主張し、右事実を摘示するとともに、同事実を
前提にその人格の悪性を強調する意見ないし論評を公表したものと解するのが相当
である。
 3 もっとも、原判決は、本件見出し1及び本件記述に関し、その意見ないし論
評の前提となる事実について、被上告人においてその重要な部分を真実であると信
ずるにつき相当の理由があったと判示する趣旨と解する余地もある。
 しかしながら、ある者が犯罪を犯したとの嫌疑につき、これが新聞等により繰り
返し報道されていたため社会的に広く知れ渡っていたとしても、このことから、直
ちに、右嫌疑に係る犯罪の事実が実際に存在したと公表した者において、右事実を
真実であると信ずるにつき相当の理由があったということはできない。けだし、あ
る者が実際に犯罪を行ったということと、この者に対して他者から犯罪の嫌疑がか
けられているということとは、事実としては全く異なるものであり、嫌疑につき多
数の報道がされてその存在が周知のものとなったという一事をもって、直ちに、そ
の嫌疑に係る犯罪の事実までが証明されるわけでないことは、いうまでもないから
である。
 これを本件について見るに、前記のとおり、本件見出し1及び本件記述は、上告
人が前記殺人未遂事件等を犯したと断定的に主張するものと見るべきであるが、原
判決は、本件記事が公表された時点までに上告人が右各事件に関与したとの嫌疑に
つき多数の報道がされてその存在が周知のものとなっていたとの事実を根拠に、右
嫌疑に係る犯罪事実そのものの存在については被上告人においてこれを真実と信ず
るにつき相当の理由があったか否かを特段問うことなく、その名誉毀損による不法
行為責任の成立を否定したものであって、これを是認することができない。
 四 そうすると、右とは異なり、被上告人につき本件見出し等に関しての不法行
為責任の成立を否定した原審の認定判断は、法令の解釈適用を誤ったものというべ
きであり、この違法は原判決の結論に影響を及ぼすことが明らかである。論旨は理
由があり、原判決は破棄を免れない。そして、本件については、更に審理を尽くさ
せる必要があるから、原審に差し戻すこととする。
 よって、民訴法四〇七条一項に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判
決する。
     最高裁判所第三小法廷
         裁判長裁判官    園   部   逸   夫
            裁判官    大   野   正   男
            裁判官    千   種   秀   夫
            裁判官    尾   崎   行   信
            裁判官    山   口       繁

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