弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


戻る

平成18年(ネ)第10001号実用新案権侵害差止等請求控訴事件(原審・大
阪地裁平成16年(ワ)第14438号)
口頭弁論終結日平成18年9月13日
判決
控訴人株式会社オーエス
訴訟代理人弁護士宇佐見貴史
同弁理士柳野隆生
同森岡則夫
被控訴人株式会社シネマ工房
訴訟代理人弁護士井原紀昭
主文
1本件控訴を棄却する。
2控訴費用は控訴人の負担とする。
事実及び理由
第1控訴の趣旨
1原判決を取り消す。
2被控訴人は,原判決別紙物件目録記載のテレビハンガー及びビデオケースを
製造し,輸入し,販売し,販売のために広告若しくは展示をしてはならない。
3被控訴人は,占有する原判決別紙物件目録記載のテレビハンガー及びビデオ
ケースを廃棄せよ。
4被控訴人は,控訴人に対し,1500万円及びこれに対する平成17年1月
15日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
5訴訟費用は,第1,2審とも被控訴人の負担とする。
6仮執行宣言
第2事案の概要
1本件は,名称を「テレビハンガー」とする考案につき実用新案権(出願日:
平成6年10月14日,遡及出願日:平成4年10月28日。登録日:平成9
年9月19日。実用新案登録第2559570号。請求項1,2。)を有する
控訴人が,被控訴人の製造販売する原判決別紙物件目録記載の製品(被控訴人
製品)は同考案の技術的範囲に属するとして,被控訴人に対し,被控訴人製品
の製造,輸入,販売の差止め等と損害賠償金等の支払を求めた事案である。
2原審の大阪地裁は,平成17年12月1日,本件実用新案登録の請求項1,
2の考案は,米国特許第4,993,676号公報(原判決にいう「引用刊行
物1」),及び実願昭62-32356号(実開昭63-140781号)の
マイクロフィルム(原判決にいう「引用刊行物2」),並びに周知技術に基づ
いてきわめて容易に考案をすることができたから,実用新案法3条2項,1項
3号に違反し,同法37条1項2号の無効事由を有することになるから,同法
30条,特許法104条の3により,本件実用新案権を行使することができな
いとして,控訴人の請求を棄却した。
そこで,控訴人は,これを不服として本件控訴を提起した。
3なお,被控訴人は,平成17年8月29日,特許庁に対し,本件実用新案登
録の請求項1,2について無効審判を請求(無効2005-80258号事
件)したところ,控訴人は,平成17年11月21日付けで訂正請求(以下「
本件訂正」という。)をしたが,特許庁は,平成18年3月14日,本件訂正
を認めた上,審判請求不成立の審決をしたので,被控訴人から審決取消請求訴
訟(当庁平成18年(行ケ)第10184号)が提起され,本件訴訟と並行し
て審理が進められている。
第3当事者の主張
1当事者双方の主張は,次に付加するほか,原判決の「事実及び理由」欄の第
2,第3記載のとおりであるから,これを引用する(「本件実用新案権」等の
略称も,原判決の表現をそのまま用いる。)。
2当審における控訴人の主張
(1)相違点①についての判断の誤り
原判決は,「引用刊行物1のように1つの箱体であるキャビネットのテレ
ビを載置する上部とビデオデッキを載置する下部とを,本件考案1及び2の
ように別々の箱体とし,この2つの箱体を併設することは,テレビとビデオ
デッキを近接して吊り下げることを可能とする点で,何ら技術思想を異にす
るものではなく,単なる設計事項であることは明らかである」(原判決20
頁最終段落~21頁第1段落)と判断した。
しかし,本件考案1,2は,ビデオハンガーを箱体状としてテレビハンガ
ーに併設することにより,優れた強度を維持し,ビデオデッキを安定して保
持することができるのであり,これに更に押え片を設けることで,テレビハ
ンガー本体と一体的に傾け,ビデオデッキの操作性を向上させることも可能
となるといった各引用刊行物からは見出せない格別顕著な作用効果を有する
のであり,原判決の上記判断は,明らかに誤りである。
(2)相違点②についての判断の誤り
ア原判決は,「テレビハンガーは,天井,壁等から吊り下げて人の頭上に
設置するものであり,地震等に際し,テレビやビデオデッキがハンガー内
から外部に落下することを防止する固定機能を具備していることが必要不
可欠であることは自明の課題である。そうすると,引用刊行物2に接した
当業者が,同刊行物に記載されたテレビハンガーにおける前記テレビの固
定構造を引用刊行物1のビデオデッキに適用して,相違点②に係る本件考
案1の構成を想到することは,極めて容易であったというべきである」(
原判決21頁最終段落~21頁第2段落)と判断した。
しかし,一般的に,テレビは重心が高く,箱体状のハンガー内において
も不安定である。その一方,テレビハンガーによりテレビを天井等から吊
り下げる場合,テレビ画面を見やすくするために,テレビを下向きに傾斜
させることに意義があることは,引用刊行物1,2にも開示されているよ
うに本件考案の出願当時から明らかであった。そして,引用刊行物2のテ
レビ固定具は,重心の高い不安定なテレビをこのように傾斜させた場合
に,前方への転倒・転落を防止すべく設けられたものであり,引用刊行物
2のような押え部材を用いること以外に,テレビをハンガー本体に縛り付
けるためのバンドを設けることも行なわれていた。一方,ビデオデッキは
重心が低く,引用刊行物1の下部46内では安定している。また,操作の
ために通常はテレビよりも下側に設けられる上,テレビのように画面を見
るためのものでないため,ビデオデッキを下向きに傾斜させる意義は,本
件出願当時,容易には見いだせなかった。そして,引用刊行物1の下部4
6内のビデオデッキに対しては,これを傾斜させないかぎり,押え片など
を用いることは特に必要性がない。引用刊行物1,2のいずれにも,テレ
ビとともにビデオデッキも傾けることの動機付けとなる記載はなく,ま
た,本件遡及出願当時そのような意義が見いだせなかったことは上記のと
おりであって,テレビハンガーを傾けるものではない引用刊行物1のビデ
オハンガー部分に,テレビの転倒を防止するために設けられた引用刊行物
2のテレビ固定具を転用することは,明らかに動機を欠いており,その意
義も認められないのであるから,原判決の上記判断は,明らかに誤りであ
る。
イ本件考案1,2は,箱体状のビデオハンガーをテレビハンガー本体の下
方に併設したこと,及びビデオデッキを押圧固定する固定金具をスライド
自在に設けたことを組み合わせることにより,ビデオデッキを安定保持し
てテレビとともに傾けて操作性を向上させることも可能となるといった,
引用刊行物1,2等に記載された従来のテレビハンガーからは到底予想も
できない顕著な作用効果を奏するものである。
(3)進歩性についての判断基準の誤り
特許の対象である発明は高度であることを必要とするのに対し,実用新案
登録の対象である考案は創作であれば十分であり,高度であることを要しな
い。この相違は,発明の特許要件としての進歩性と考案の登録要件としての
進歩性との相違に対応しており,発明の進歩性は「容易」でないことを必要
とするのに対し,考案の進歩性は「きわめて容易」でなければ足りる。
ところが,原判決は,この考案の進歩性の判断基準について,明確に認識
していないことは,単に「容易」と判断している下記①ないし③の記載より
明らかである(下線付加)。

①「本件考案1及び2が,その出願前に頒布された刊行物である乙第2号
証(引用刊行物1)及び乙第4号証(引用刊行物2)に記載された考案に
基づいて容易に考案することができた……」(原判決16頁最終段落~1
7頁第1段落)
②「……当業者であれば容易に推考し得ることである。」(同21頁第2段
落)
③「以上によれば,本件考案1は,引用刊行物1及び2から当業者が想到す
ることが容易であり,進歩性が否定されるべきである。」(同23頁第4
段落)
したがって,原判決は,実用新案登録の対象である考案の進歩性について
の判断基準を誤ったものであり,違法である。
(4)本件考案1,2の認定の誤り
ア本件実用新案登録については,控訴人は,平成17年11月21日付け
訂正請求書(甲11)により請求の範囲の減縮等を目的とする本件訂正を
した。
本件訂正により訂正された実用新案登録請求の範囲記載の考案の内容は
以下のとおりである(下線は訂正箇所。以下「訂正考案1」,「訂正考案
2」という。)。
【請求項1】天井等からテレビを吊り下げ状態に設置するテレビハンガー
であって,天井面等から垂設した吊下パイプの下端に取り付けられる吊下
部に対し,テレビを載置するハンガー本体を前後に傾動可能に連結し,該
ハンガー本体の下面に,ビデオデッキを載置するための箱体状のビデオデ
ッキ用ハンガーを併設し,ビデオデッキ用ハンガーの両側板に,内方に突
出させた上押さえ片を有するビデオデッキ固定金具を,上下にスライド自
在に取り付け,載置したビデオデッキを上面から押圧して固定可能とした
ことを特徴とするテレビハンガー。
【請求項2】上押さえ片と側片とよりなるL型のビデオデッキ固定金具の
側片を,ビデオデッキ用ハンガーの側板の内面に当接し,ビデオデッキ用
ハンガーの側板の外側から上下に開口した長孔を通って取付ネジの先端を
挿入してビデオデッキ固定金具に螺合させて取り付けることにより,ビデ
オデッキ固定金具を上下にスライド自在とした請求項1記載のテレビハン
ガー。
そして,特許庁の審決により本件訂正が認められれば,原判決における
本件考案1,2の認定は結果的に誤りとなり,これに基づく本件考案1,
2が無効事由を有するとの結論も,結果的に誤りとなる。
(5)訂正考案1,2の技術的範囲
ア訂正考案1,2の構成
(ア)訂正考案1
A天井等からテレビを吊り下げ状態に設置するテレビハンガーであ
って,
B天井面等から垂設した吊下パイプの下端に取り付けられる吊下部
に対し,テレビを載置するハンガー本体を前後に傾動可能に連結
し,該ハンガー本体の下面に,ビデオデッキを載置するための箱体
状のビデオデッキ用ハンガーを併設し,
Cビデオデッキ用ハンガーの両側板に,内方に突出させた上押さえ
片を有するビデオデッキ固定金具を,上下にスライド自在に取り付
け,
D載置したビデオデッキを上面から押圧して固定可能としたことを
特徴とする
Eテレビハンガー。
(イ)訂正考案2
F上押さえ片と側片とよりなるL型のビデオデッキ固定金具の側片
を,ビデオデッキ用ハンガーの側板の内面に当接し,
Gビデオデッキ用ハンガーの側板の外側から上下に開口した長孔を
通って取付ネジの先端を挿入してビデオデッキ固定金具に螺合させ
て取り付けることにより,ビデオデッキ固定金具を上下にスライド
自在とした
H請求項1記載のテレビハンガー。
イ被控訴人製品の構成
a天井等からテレビを吊り下げ状態に設置するテレビハンガーであ
って,
b天井面等から垂設した吊下パイプの下端に取り付けられる吊下部
に対し,テレビを載置するテレビハンガーを前後に傾動可能に連結
し,該テレビハンガーの下面に,ビデオデッキを載置するための箱
体状のビデオケースを併設し,
cビデオケースの両側板に,内方に突出させた上押さえ片を有する
ビデオデッキ固定金具を,上下にスライド自在に取り付け,
d載置したビデオデッキを上面から押圧して固定可能としたことを
特徴とする
eテレビハンガー。
f上押さえ片と側片とよりなるL型のビデオデッキ固定金具の側片
を,ビデオデッキ用ハンガーの側板の内面に当接し,
gビデオデッキ用ハンガーの側板の外側から上下に開口した長孔を
通って取付ネジの先端を挿入してビデオデッキ固定金具に螺合させ
て取り付けることにより,ビデオデッキ固定金具を上下にスライド
自在とした
h上記a~eの構成を備えたテレビハンガーである。
ウ被控訴人製品と訂正考案1,2との対比
(ア)被控訴人製品における「テレビハンガー」は,訂正考案1,2におけ
る「ハンガー本体」に相当する。また,被控訴人製品における「ビデオ
ケース」は,訂正考案1,2における「ビデオデッキ用ハンガー」に相
当する。
(イ)被控訴人製品の構成a,b,c,d,e,f,g,hは,それぞれ訂
正考案1,2の構成A,B,C,D,E,F,G,Hを充足し,被控訴
人製品が,その構成上,本件各訂正考案と同一であることは明らかであ
る。
(ウ)被控訴人製品の作用効果は,訂正考案1,2の作用効果と同一であ
る。
(エ)よって,被控訴人製品は,訂正考案1,2の技術的範囲にも属するこ
とは明らかである。
3当審における被控訴人の主張
控訴人の当審における主張は,以下に述べるとおり,いずれも失当であり,
本件控訴は棄却されるべきである。
(1)相違点①についての判断の誤りの主張に対し
本件考案1,2の登録請求の範囲,考案の詳細な説明には,ビデオハンガ
ーを箱体状としてテレビハンガーに併設することにより優れた強度を維持で
きるとの記載は全くない。また,客観的に考えても,引用刊行物1のキャビ
ネットと本件考案1のテレビ及びビデオハンガーとの間に,強度維持の点で
差異があるとは考えられない。したがって,控訴人が,本件考案には優れた
強度があると主張することは,実用新案登録請求の範囲や考案の詳細な説明
に記載されていないことに基づき,本件考案の技術的範囲を拡大主張してい
るのであり,明らかに誤った主張というほかない。
さらに,ビデオデッキを安定して保持できるのは,ビデオハンガーを箱体
状にしたからではなく,ビデオデッキ用ハンガーの両側板に内方に突出させ
た上押え片を有するビデオデッキ固定金具を載置したビデオデッキを上面か
ら押圧して固定可能にしたからである。
本件考案1,2の実用新案登録請求の範囲には,「ビデオデッキを載置し
たビデオハンガーとテレビハンガー本体とを一体的に傾けビデオデッキの操
作性を向上させることも可能になる」との記載はなく,本件明細書にも,両
者を一体的に傾ける手段,構成は何ら記載されてなく,控訴人主張の作用効
果についての記載もない。本件明細書の段落【0017】には,「【考案の
効果】……テレビ及びビデオを吊り下げ状態で,しかもテレビの下方にビデ
オデッキを近接して設置することができるので,テレビとビデオデッキを接
続する接続ケーブルが邪魔にならず,その上接続ケーブルが短くて済み,し
かも,テレビとビデオデッキの操作が行い易くなる。」と記載されており,
この記載からすると,「テレビとビデオデッキの操作が行い易くなる」との
効果は,「テレビの下方にビデオデッキを近接して設置することができる」
ことによる効果であって,テレビとビデオデッキを一体に傾けたことによる
効果ではない。むしろ,テレビとビデオデッキを一体として傾けると,ボタ
ン操作やビデオテープの出し入れ等は,ビデオデッキを傾けない場合(水平
状態)よりも困難となることが明らかである。控訴人の主張は,本件考案の
登録請求の範囲及び明細書に記載も示唆もされていない事項について,本件
考案1の構成要件かつ作用効果であると主張するものであり,失当である。
(2)相違点②についての判断の誤りの主張に対し
テレビ及びビデオハンガーは,その目的,機能より天井,壁等から吊り下
げて人の頭上に設置することが不可欠の製品なので,地震等に際し,テレビ
やビデオデッキがハンガー内から外部にすべり落ちることを防止することが
必要不可欠の課題であった。他方,ケース(ハンガー)内の収容物を固定金
具,ボルト,ケース自体に設けられた長孔を利用して摺動自在に固定する技
術は,本件考案出願前より広く一般に知られた技術であった。また,引用刊
行物2のテレビ固定具はテレビを傾斜させるためだけでなく,地震大国の日
本においては,地震等に際しテレビハンガー内のテレビが外部にすべり落ち
て人の頭等に衝突して受傷させたり,器物を破損したりすることを防止する
とともに,テレビ自体の破損を防止することをも目的としていたこと明らか
である。したがって,当業者であれば,たとえ引用刊行物1,2にビデオデ
ッキをテレビとともに傾斜させることが示唆されていなくとも,地震等の際
にビデオデッキがビデオハンガー内からすべり落ちることを防止するため
に,引用刊行物2の固定具をビデオハンガーに転用することはきわめて容易
であったというべきである。
(3)進歩性についての判断基準の誤りの主張に対し
本件考案1,2は,公知技術に基づき当業者が当然に考えつく程度のもの
であり,引用刊行物1,2からきわめて容易に想到できたものである。した
がって,本件考案1,2の進歩性を否定した原判決の判断に誤りはない。
(4)本件考案1,2の認定の誤りの主張に対し
本件訂正は,新規事項を追加し,登録請求の範囲を拡張し又は変更するも
のであり,また,明りょうでない記載の釈明を目的とするものではなく,認
められないことが明らかである。
(5)訂正考案1,2の技術的範囲の主張に対し
本件訂正が認められるか否か不確定の現時点において,被控訴人製品が訂
正考案1,2の技術的範囲に属するか否かを議論しても意味がなく,控訴人
の主張は失当である。
第4当裁判所の判断
1当裁判所も,本件考案1,2は,引用刊行物1,2に基づいて当業者(その
考案の属する技術の分野における通常の知識を有する者)がきわめて容易に考
案をすることができたもので,実用新案法37条1項2号により実用新案登録
無効審判で無効にされるべきものと認められるから,同法30条,特許法10
4条の3第1項の適用により,控訴人は,本件実用新案権を行使することはで
きず,控訴人の本訴請求は,いずれも理由がないから棄却すべきであると判断
する。その理由は,次に付加するほか,原判決の「事実及び理由」欄の第4記
載のとおりであるから,これを引用する。
2当審における控訴人の主張に対する判断
(1)相違点①についての判断の誤りの主張について
ア控訴人は,本件考案1,2は,ビデオハンガーを箱体状としてテレビハ
ンガーに併設することにより,優れた強度を維持し,ビデオデッキを安定
して保持することができるのであり,これに更に押え片を設けることで,
テレビハンガー本体と一体的に傾け,ビデオデッキの操作性を向上させる
ことも可能となるといった引用刊行物1からは見出せない格別顕著な作用
効果を有するのであり,原判決の相違点①についての判断は誤りであると
主張する。
イしかし,ビデオ用ハンガーをテレビ用ハンガーの下面に併設する点につ
いて,引用刊行物1(乙2)のように1つの箱体であるキャビネットのテ
レビを載置する上部とビデオデッキを載置する下部とを,本件考案1,2
のように別々の箱体とし,この2つの箱体を併設することは,テレビとビ
デオデッキを近接してつり下げることを可能とする点で,何ら技術的思想
を異にするものではなく,当業者が必要に応じ適宜選択し得る単なる設計
事項であるというべきである。また,テレビハンガー本体と一体的に傾け
る点も,引用刊行物1のテレビハンガーに,引用刊行物2に開示された傾
動可能に連結する構成を適用し,テレビを下方に傾ければ,キャビネット
内のテレビとビデオデッキが一緒に傾くことは当然のことである。そし
て,押え片を設ける点についても,テレビを下方に傾ければ,キャビネッ
ト内のテレビとビデオデッキが一緒に傾くことは上記のとおりであり,こ
の場合,ビデオデッキのハンガー部分にも,テレビと同様に,ビデオデッ
キを固定するために固定具を取り付ける必要があることは,当業者に自明
のことと認められる。
したがって,控訴人主張の点は,いずれも単なる設計的事項ないし当業
者に自明のことにすぎず,当業者がきわめて容易に想到することができた
ものであり,また,これらの点が奏する効果も格別顕著なものと認めるこ
とはできないから,控訴人の上記主張は採用することができない。
(2)相違点②についての判断の誤りの主張について
ア控訴人は,引用刊行物1(乙2),同2(乙4)のいずれにも,テレビ
とともにビデオデッキも傾けることの動機付けとなる記載はなく,また,
本件出願当時そのような意義が見いだせなかったのであって,テレビハン
ガーを傾けるものではない引用刊行物1のビデオハンガー部分に,テレビ
の転倒を防止するために設けられた引用刊行物2のテレビ固定具を転用す
ることは,明らかに動機を欠いており,その意義も認められないのから,
原判決の相違点②についての判断は誤りであると主張する。
イしかし,引用刊行物2(乙4)に記載された考案は,テレビハンガーの
両側板に,内方を突出させた上押さえ片を有するテレビ固定金具を,上下
にスライド自在に取り付け,載置したテレビ上面から押圧して固定可能と
したというものであると認められること,テレビハンガーは,天井,壁等
からつり下げて人の頭上に設置するものであり,地震等に際し,テレビや
ビデオデッキがハンガー内から外部に落下することを防止する固定機能を
具備していることが必要不可欠であることは自明の課題であるから,引用
刊行物2に接した当業者が,同刊行物に記載されたテレビハンガーにおけ
る前記テレビの固定構造を引用刊行物1のビデオデッキに適用して,相違
点②に係る本件考案1の構成を想到することは,きわめて容易と認められ
ることは,原判決(21頁下第2段落~22頁第2段落)の説示するとお
りであり,引用刊行物1(乙2)のビデオハンガー部分に引用刊行物2の
テレビ固定具を適用することには,ビデオデッキがハンガー内から外部に
落下することを防止するための動機付けがあり,その技術的意義も認めら
れる。
したがって,控訴人の上記主張は採用することができない。
(3)進歩性についての判断基準の誤りの主張について
ア控訴人は,原判決の進歩性の判断について,16頁最終段落~17頁第
1段落,同21頁第2段落及び同23頁第4段落の記載に実用新案法3条
2項の規定する「きわめて」の語がないことを指摘し,原判決は考案の進
歩性についての判断基準を誤ったものであると主張する。
イ確かに,実用新案法3条2項は,「実用新案登録出願前にその考案の属
する技術の分野における通常の知識を有するものが前項各号に掲げる考案
に基いてきわめて容易に考案をすることができたときは,その考案につい
ては,同項の規定にかかわらず,実用新案登録を受けることができな
い。」と規定し,特許法29条2項の「容易に発明をすることができたと
き」とは異なり,特許よりも想到困難性が低い考案であっても,実用新案
登録ができることとしている。そうすると,控訴人の指摘する原判決の上
記記載は,不正確な記載であるといわざるを得ない。
しかし,本件考案1,2は,引用刊行物1,2に基づいて当業者がきわ
めて容易に考案をすることができたものであることは上記1のとおりであ
り,原判決の上記記載は単なる誤記であると認められ,この点が原判決の
判断に影響を及ぼすものとも認められない。
したがって,控訴人の上記主張も採用することができない。
(4)本件考案1,2の認定の誤りの主張について
ア控訴人は,特許庁の審決により本件訂正が認められれば,原判決におけ
る本件考案1,2の認定は結果的に誤りとなり,これに基づく本件考案
1,2が無効理由を有するとの結論も結果的に誤りとなる旨主張する。
イところで,証拠(甲11,15,16,乙43)及び弁論の全趣旨によ
れば,被控訴人は,平成17年8月29日,特許庁に対し,本件実用新案
登録の請求項1,2について無効審判を請求(無効2005-80258
号事件)したところ,控訴人は,平成17年11月21日付け訂正請求
書(甲11)により実用新案登録請求の範囲の減縮等を目的とする訂正請
求(本件訂正)をしたこと,同無効審判請求事件について,特許庁は,平
成18年3月14日,本件訂正を認めた上,審判請求不成立の審決をした
ので,被控訴人から審決取消請求訴訟(当庁平成18年(行ケ)第101
84号)が提起されたことが認められる。
ウそこで,念のため,本件訂正後の訂正考案1,2の進歩性について検討
する。
(ア)本件訂正(甲11)の訂正事項aは,実用新案登録請求の範囲の請求
項1について,本件考案1から訂正考案1に訂正し,訂正事項bないし
dは,実用新案登録請求の範囲と考案の詳細な説明との整合をとるた
め,段落【0005】,【0007】及び【0017】を訂正するとい
うものである。
そうすると,訂正考案1,2は,本件考案1,2の「テレビを吊り下
げた状態に設置するテレビハンガー」の「吊下部」に対し,「テレビを
載置するハンガー本体を前後に傾動可能に連結」する構成を付加したも
のである(以下「本件訂正に係る構成」という。)。
(イ)他方,引用刊行物2(乙4)には,以下の記載がある。
①「第2図はテレビハンガーを示し,L字形サイドボード11の水平部
分へ底板10の両側のチャンネル部を係合させ,サイドボード11の
長孔18へ底板10を通したボルト10を通して横幅を調節可能に固
定し,該長孔18によりテレビの所定範囲のサイズの変化に対応でき
るようにする。サイドボード11の垂直部分にはサイドアーム12固
定用のボルト21,21挿通用の孔を設け,下側の孔20は上側の孔
を中心に20度の範囲でサイドボード11がサイドアーム12に対し
て回動できる大きさとし,テレビを垂直位置より前下りの方向へ傾斜
しうるようにし,回動中心孔の近くにテレビフードのサイドボード3
固定用の孔201を設け,サイドアーム12には上下に調節できるよ
うにボルト孔を複数個設ける。該サイドアーム12はその上端を屈曲
させて水平に延長させ,該延長部を両側にチャンネルを有するハンガ
上板13と摺動自在に係合させると共に,該延長部にサイドボード1
1の長孔18と同じ大きさおよび数の長孔を形成し,ハンガ上板13
を通したボルトを通して固定する。またサイドアーム12の上方に形
成した長孔22にはL字形テレビ固定具17の垂直部に固定したボル
ト23を通し,該テレビ固定具17を位置調節自在に固定する。ハン
ガ上板13の中央にパイプ14を通し,先端螺切部へナット28を螺
着して該ハンガ上板13を支持し,パイプ14のナット28により突
出した部分へゴムキャップ29を被せる。パイプ14の上端にフラン
ジ15を位置調節可能にボルト26で固定し,該フランジ15の上端
拡大取付部の孔27にアンカボルトを通してスラブへ固定する。16
はプラスチック製の化粧アダプタであり,取付時天井ボードに開けた
穴を見えなくするものであり,……該コードはパイプ14を通してナ
ット28の螺着側の下端開口よりテレビ側へ導き出される。」(明細
書6頁第2段落~8頁第1段落)
②「……さらに,フードはテレビの取付角度を調節するテレビハンガー
へ取付けるので,テレビと一体に取付角度が変わり,何ら調節する必
要なく良好な遮光性が得られる。」(同9頁第1段落)
(ウ)引用刊行物2(乙4)の上記記載及びその第2図からすると,引用刊
行物2の「パイプ14」,「サイドアーム12」及び「サイドボード1
1,底板10」は,それぞれ,訂正考案1の「天井面等から垂設した吊
下パイプ」,「吊下パイプの下端に取り付けられる吊下部」及び「ハン
ガー本体」に相当し,引用刊行物2の前記「サイドボード11の垂直部
分には……下側の孔20は上側の孔を中心に20度の範囲でサイドボー
ド11がサイドアーム12に対して回動できる大きさとし,テレビを垂
直位置より前下りの方向へ傾斜しうるようにし」との構成は,訂正考案
1の「吊下部に対し・・・ハンガー本体を前後に傾動可能に連結し」と
の構成に相当するものと認められる。
そうすると,引用刊行物2には,「天井等からテレビを吊り下げ状態
に設置するテレビハンガーであって,天井面等から垂設した吊下パイプ
の下端に取り付けられる吊下部に対し,テレビを載置するハンガー本体
を前後に傾動可能に連結したテレビハンガー」(下線付加)が開示され
ていると認められるから,本件訂正に係る構成が開示されていることが
認められる。
(エ)この点につき,審決(甲15)は,「本件考案1は「傾動可能に連結
する」および「下面に併設する」を採用することから,テレビとビデオ
デッキが一緒に傾くことになることは,前記のとおりである。他方,甲
第1号証に記載された「詰め部材54の配置」は,キャビネットの向き
を水平そのままにテレビのみを下方に傾けるものであり,キャビネット
を傾けないことを前提とした構成である。また,テレビを傾けて載置す
る一方でビデオデッキを水平に載置する構成によれば,テレビとビデオ
デッキを一緒に傾けるという考えは排除されている。加えて,シャフト
の下端にキャビネットの上面を直接連結する構造を採用しており,両者
の間に別途の連結部材を介在させる余地はない。以上によれば,甲第1
号証は,キャビネット自体を傾けること,テレビとビデオデッキを一緒
に傾けること,以上は想定されていないと言うべきである。……そうす
ると,甲第2号証に「傾動可能に連結する」構成の開示があるとしても
これを甲第1号証に適用することはできず,したがって,上記相違点に
係る構成は,きわめて容易になし得るとは言えない」(審決13頁第3
段落~下第3段落),すなわち,引用刊行物1(乙2)はキャビネット
を傾けないことを前提とした構成であるから,引用刊行物2(乙4)に
開示された「傾動可能に連結する」構成を適用することには阻害事由が
あるとするものである。
しかし,引用刊行物1には,「詰め部材54」につき,「テレビジョ
ンセットの画面の下方に向かう角度位置を調整するために,セットの後
部に,滑ることができる詰め部材54が配置される。詰め部材は,画面
角度を視聴に最適な位置に調節することができるように動かすことがで
きる」(審決〔甲15〕11頁第2段落の引用による)との記載があ
り,同記載によれば,「詰め部材54」は,テレビを下方に傾けるもの
であると認められるが,キャビネットを傾けないことを前提にした構成
であるとまでは認められない。そして,テレビを下方に傾ける手法とし
ては,本件遡及出願当時,引用刊行物2の上記「テレビを載置するハン
ガー本体を前後に傾動可能に連結したテレビハンガー」が既に公知であ
ったのであるから,引用刊行物1のように「詰め部材54」を使用する
か,引用刊行物2のようにハンガー本体を「傾動可能に連結する」構成
を採用するは,当業者が必要に応じ適宜選択し得る程度の事項というべ
きであり,引用刊行物1の「テレビハンガー」に,引用刊行物2に開示
された「傾動可能に連結する」構成を適用することに阻害事由があると
いうことはできない。
(オ)以上検討したところによれば,本件訂正に係る構成は,当業者が必要
に応じ適宜選択し得る程度の事項というべきであり,また,これを引用
刊行物1に適用することに阻害事由があるということはできないから,
訂正考案1,2も,本件考案1,2と同様に,引用刊行物1,2に基づ
いて当業者がきわめて容易に考案をすることができたものと認められ
る。
エそうすると,本件訂正後の訂正考案1,2も進歩性を肯定することがで
きず,本件訂正の有無にかかわらず,本件実用新案登録は実用新案登録無
効審判により無効にされるべきものと認められるから,本件訂正により本
件考案1,2が無効理由を有するとの結論が誤りとなる旨の控訴人の主張
も理由がない。
3以上のとおり,本件実用新案登録の請求項1,2は実用新案登録無効審判に
より無効にされるべきものと認められる。
したがって,実用新案法30条,特許法104条の3第1項の適用により,
控訴人は,請求項1,2に係る本件実用新案権を行使することはできない。
4結論
よって,その余の点について判断するまでもなく,控訴人の被控訴人に対す
る請求をすべて棄却した原判決は相当であり,控訴人の本件控訴は理由がない
からこれを棄却することとして,主文のとおり判決する。
知的財産高等裁判所第2部
裁判長裁判官中野哲弘
裁判官岡本岳
裁判官上田卓哉

戻る



採用情報


弁護士 求人 採用
弁護士募集(経験者 司法修習生)
激動の時代に
今後の弁護士業界はどうなっていくのでしょうか。 もはや、東京では弁護士が過剰であり、すでに仕事がない弁護士が多数います。
ベテランで優秀な弁護士も、営業が苦手な先生は食べていけない、そういう時代が既に到来しています。
「コツコツ真面目に仕事をすれば、お客が来る。」といった考え方は残念ながら通用しません。
仕事がない弁護士は無力です。
弁護士は仕事がなければ経験もできず、能力も発揮できないからです。
ではどうしたらよいのでしょうか。
答えは、弁護士業もサービス業であるという原点に立ち返ることです。
我々は、クライアントの信頼に応えることが最重要と考え、そのために努力していきたいと思います。 弁護士数の増加、市民のニーズの多様化に応えるべく、従来の法律事務所と違ったアプローチを模索しております。
今まで培ったノウハウを共有し、さらなる発展をともに目指したいと思います。
興味がおありの弁護士の方、司法修習生の方、お気軽にご連絡下さい。 事務所を見学頂き、ゆっくりお話ししましょう。

応募資格
司法修習生
すでに経験を有する弁護士
なお、地方での勤務を希望する先生も歓迎します。
また、勤務弁護士ではなく、経費共同も可能です。

学歴、年齢、性別、成績等で評価はしません。
従いまして、司法試験での成績、司法研修所での成績等の書類は不要です。

詳細は、面談の上、決定させてください。

独立支援
独立を考えている弁護士を支援します。
条件は以下のとおりです。
お気軽にお問い合わせ下さい。
◎1年目の経費無料(場所代、コピー代、ファックス代等)
◎秘書等の支援可能
◎事務所の名称は自由に選択可能
◎業務に関する質問等可能
◎事務所事件の共同受任可

応募方法
メールまたはお電話でご連絡ください。
残り応募人数(2019年5月1日現在)
採用は2名
独立支援は3名

連絡先
〒108-0023 東京都港区芝浦4-16-23アクアシティ芝浦9階
ITJ法律事務所 採用担当宛
email:[email protected]

71期修習生 72期修習生 求人
修習生の事務所訪問歓迎しております。

ITJではアルバイトを募集しております。
職種 事務職
時給 当社規定による
勤務地 〒108-0023 東京都港区芝浦4-16-23アクアシティ芝浦9階
その他 明るく楽しい職場です。
シフトは週40時間以上
ロースクール生歓迎
経験不問です。

応募方法
写真付きの履歴書を以下の住所までお送り下さい。
履歴書の返送はいたしませんのであしからずご了承下さい。
〒108-0023 東京都港区芝浦4-16-23アクアシティ芝浦9階
ITJ法律事務所
[email protected]
採用担当宛