弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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         主    文
     本件上告を棄却する。
     上告費用は上告人の負担とする。
         理    由
 上告代理人橋本千尋、同八尋光秀、同木下隆一の上告理由第一の第一点について
 我が国に在留する外国人は、憲法上、外国へ一時旅行する自由を保障されている
ものでないことは、当裁判所大法廷判決(最高裁昭和二九年(あ)第三五九四号同
三二年六月一九日判決・刑集一一巻六号一六六三頁、最高裁昭和五〇年(行ツ)第
一二〇号同五三年一〇月四日判決・民集三二巻七号一二二三頁)の趣旨に徴して明
らかである(最高裁平成元年(行ツ)第二号同四年一一月一六日第一小法廷判決・
裁判集民事一六六号五七五頁参照)。右と同旨の原審の判断は、正当として是認す
ることができ、論旨は採用することができない。
 同第一の第二点及び第三点について
 原審の適法に確定した事実関係の下においては、所論の点に関する原審の判断は、
正当として是認することができ、原判決に所論の違法はない。論旨は採用すること
ができない。
 同第二について
一 原審の適法に確定した事実関係等の概要は、次のとおりである。
 1 上告人は、昭和三四年一二月一日、大韓民国籍を有する父及び母の長女とし
て本邦において出生した大韓民国国民である。
 2 上告人は、日本国に居住する大韓民国国民の法的地位及び待遇に関する日本
国と大韓民国との間の協定(以下「日韓地位協定」という。)一条1(b)に該当
するものとして、昭和四四年一〇月一日付けで日本国に居住する大韓民国国民の法
的地位及び待遇に関する日本国と大韓民国との間の協定の実施に伴う出入国管理特
別法(以下「出入国管理特別法」という。)一条の許可を受けて、本邦で永住する
ことができる地位(以下右地位のことを「協定永住資格」という。)を取得した。
 3 上告人は、外国人登録法(昭和五七年法律第七五号による改正前のもの)一
四条の規定により指紋の押なつが義務付けられる年齢(一四歳)に達した後の昭和
四九年一二月二日及び昭和五二年一二月二日に同法一一条一項所定の確認を申請し
た際には、いずれも、指紋を押なつの上、新たな登録証明書の交付を受けたが、昭
和五六年一月九日に右確認を申請した際、区役所職員の度重なる説得にも応じず、
指紋の押なつを拒否したため、昭和五八年五月一四日、同法一八条一項八号に該当
するとして告発され、同年一一月二六日、同法違反の罪により起訴されて、昭和六
〇年八月二三日、福岡地方裁判所小倉支部において有罪判決を受けた。しかし、上
告人は、昭和六一年一月四日に外国人登録法(昭和六二年法律第一〇二号による改
正前のもの)一一条一項所定の確認を申請した際にも、同法一四条一項の規定する
指紋の押なつを拒否し、その後の区役所職員による説得にも応じなかった。
 4 法務大臣は、上告人が指紋の押なつを拒否するようになって以降、上告人が、
旅行目的を親族訪問とし、渡航先を韓国及び米国としてした再入国の許可申請に対
しては、昭和五六年四月六日付けで許可処分をしたが、上告人が、旅行目的を女性
コーラス団のピアノ伴奏とし、渡航先をカナダとしてした再入国の許可申請に対し
ては、上告人が指紋の押なつを拒否している事情を考慮して、昭和六〇年三月一三
日付けで不許可処分をした。
 5 上告人は、昭和六一年五月三〇日付けで、旅行目的を米国D大学留学、渡航
先を米国、出発予定年月日を同年七月一〇日、再入国予定年月日を昭和六二年七月
とする再入国の許可申請(以下「本件許可申請」という。)をしたが、法務大臣は、
上告人の外国人登録法違反の状態が依然として継続し、しかも、翻意の可能性が認
められないことなどから、同年六月二四日付けで右申請に対する不許可処分(以下
「本件不許可処分」という。)をした。
 6 上告人は、再入国の許可を受けないまま、同年八月一四日、D大学留学のた
め米国に向けて本邦から出国した。その結果、上告人は、協定永住資格を喪失する
に至った。
 7 上告人は、昭和六三年六月二八日、我が国の査証を受けないで米国から本邦
に入国しようとして上陸の申請をしたが、出入国管理及び難民認定法(平成元年法
律第七九号による改正前のもの)七条一項一号に規定された上陸のための条件に適
合していないと認定されたため、同法一一条に基づいて法務大臣に対し異議の申出
をしたところ、法務大臣は、同法一二条一項三号に基づき上告人に対して上陸を特
別に許可するとともに、同法四条一項一六号、出入国管理及び難民認定法施行規則
(平成二年法務省令第一五号による改正前のもの)二条三号の在留資格及び在留期
間一八〇日を付与した。
 8 上告人は、右在留期間の更新を受けた後、平成一年一二月には在留期間六か
月を付与され、平成二年六月には定住者として在留期間一年の指定を受け、平成三
年九月にも定住者として在留期間一年の指定を受けた。上告人は、平成元年八月及
び平成二年一〇月の二回にわたり指紋の押なつを拒否したが、昭和六三年七月、平
成元年一月及び平成二年六月の三回にわたり再入国の許可を受けている。
 9 上告人は、出生以来本邦に居住しており、義務教育課程を経て私立の高等学
校を卒業後愛知県立E大学F学部G科(ピアノ専攻)に入学し、同大学を卒業後、
同大学大学院修士課程I科G科(ピアノ専攻)に進み、昭和六〇年に同大学院を卒
業したが、同大学院に在学中、米国インディアナ州立D大学大学院の教授の知遇を
得て、その指導を受けることになり、昭和六一年四月に同大学院I科(ピアノ専攻)
の入学許可を得た。上告人がした本件許可申請は、D大学における右の留学目的を
実現するために行ったものであった。
 10 他方、被上告人においては、当時指紋押なつ拒否者の数が増加する傾向を
示していたことから、その対応策として、外国人登録法の一部を改正する法律(昭
和五七年法律第七五号)の施行(同年一〇月一日)を機に、指紋押なつ拒否者に対
して原則として再入国の許可を与えない方針が打ち出され、本件不許可処分も、右
方針に基づいてされたものであった。また、本件不許可処分がされた当時は、指紋
押なつ拒否運動が全国的な広がりを見せ、在日外国人団体において、指紋押なつ制
度反対の意思の表明方法として、登録証明書の切替交付に際して指紋を押なつしな
い意向を示し、当局の説得期間中も押なつを拒否する、いわゆる留保運動を展開し
たため、指紋の押なつを留保する者が続出するという社会情勢にあった。
 11 昭和六二年法律第一〇二号による外国人登録法の改正により、指紋の押な
つ義務は原則として最初の一回のみとされ(同法一四条一項、五項)、さらに、平
成四年法律第六六号による外国人登録法の改正により、協定永住資格を有する大韓
民国国民につき指紋押なつ制度が廃止された(同法一四条一項、日本国との平和条
約に基づき日本の国籍を離脱した者等の出入国管理に関する特例法三条)。
二 右事実関係等に基づいて、本件不許可処分の適否につき検討する。
 1 一般に、出入国に関する事務は国際法上国内事項とされていて、外国人の入
国にいかなる条件を課するかは専らその国の立法政策にゆだねられているところ、
我が国の出入国管理及び難民認定法は、再入国の許可を受けて本邦から出国した外
国人に限って、当該外国人の有していた在留資格のままで本邦に再び入国すること
を認めるものとしている。そして、再入国の許可の要件について、同法二六条一項
は、法務大臣は、本邦に在留する外国人(同法一三条から一八条までに規定する上
陸の許可を受けている者を除く。)がその在留期間(在留期間の定めのない者にあ
っては、本邦に在留し得る期間)の満了の日以前に本邦に再び入国する意図をもっ
て出国しようとするときは、法務省令で定める手続により、その者の申請に基づき、
再入国の許可を与えることができる旨規定するのみで、右許可の判断基準について
特に規定していないが、右は、再入国の許否の判断を法務大臣の裁量に任せ、その
裁量権の範囲を広範なものとする趣旨からであると解される。なぜならば、法務大
臣は、再入国の許可申請があったときは、我が国の国益を保持し出入国の公正な管
理を図る観点から、申請者の在留状況、渡航目的、渡航の必要性、渡航先国と我が
国との関係、内外の諸情勢等を総合的に勘案した上、その許否につき判断すべきで
あるが、右判断は、事柄の性質上、出入国管理行政の責任を負う法務大臣の裁量に
任せるのでなければ到底適切な結果を期待することができないものだからである。
 右のような再入国の許否の判断に関する法務大臣の裁量権の性質にかんがみると、
再入国の許否に関する法務大臣の処分は、その判断が全く事実の基礎を欠き、又は
社会通念上著しく妥当性を欠くことが明らかである場合に限り、裁量権の範囲を超
え、又はその濫用があったものとして違法となるものというべきである(最高裁昭
和五〇年(行ツ)第一二〇号同五三年一〇月四日大法廷判決・民集三二巻七号一二
二三頁参照)。
 2 以上の見地に立って、本件不許可処分に係る法務大臣の判断が裁量権の範囲
を超え又はその濫用があったものとして違法であるか否かにつき検討する。
 前記事実関係等によれば、本件不許可処分は、協定永住資格を有する上告人が、
渡航先国である米国における大学留学を旅行目的として本件許可申請をしたのに対
し、被上告人が指紋押なつ拒否者の増加という事態に対する対応策として打ち出し
た指紋押なつ拒否者に対しては原則として再入国の許可を与えないという方針に基
づき、上告人が外国人登録法(昭和六二年法律第一〇二号による改正前のもの)一
四条一項の規定に違反して指紋の押なつを拒否していることを専らその理由として
されたものであって、他に法務大臣が上告人の右許可申請に対する許否の判断に当
たり右申請を許可することが相当でない事由として考慮した事情の存在はうかがわ
れない。
 出入国管理特別法一条の規定に基づき本邦で永住することを許可されている大韓
民国国民については、日韓地位協定三条、出入国管理特別法六条一項所定の事由に
該当する場合に限って、出入国管理及び難民認定法二四条の規定による退去強制を
することができるものとされていることに加えて、日韓地位協定四条(a)の規定
により、日本国政府は我が国における教育、生活保護及び国民健康保険に関する事
項について妥当な考慮を払うものとされ、右規定の趣旨に沿って行政運用上日本国
民と同等の取扱いがされているのであって、このような協定永住資格を有する者に
よる再入国の許可申請に対する法務大臣の許否の判断に当たっては、その者の本邦
における生活の安定という観点をもしんしゃくすべきである。しかるところ、本件
不許可処分がされた結果、上告人は、協定永住資格を保持したまま留学を目的とし
て米国へ渡航することが不可能となり、協定永住資格を保持するために右渡航を断
念するか又は右渡航を実現するために協定永住資格を失わざるを得ない状況に陥っ
たものということができるのであって、本件不許可処分によって上告人の受けた右
の不利益は重大である。
 しかしながら、そもそも、外国人登録法が定める指紋押なつ制度は、本邦に在留
する外国人の登録を実施することによって外国人の居住関係及び身分関係を明確な
らしめ、もって在留外国人の公正な管理に資するという目的を達成するため、戸籍
制度のない外国人の人物特定につき最も確実な制度として規定されたものであって、
出入国の公正な管理を図るという出入国管理行政の目的にも資するものであるから、
法務大臣が、指紋押なつの拒否が出入国管理行政にもたらす弊害にかんがみ、再入
国の許可申請に対する許否の判断に当たって、右申請をした外国人が同法の規定に
違反して指紋の押なつを拒否しているという事情を右申請を許可することが相当で
ない事由として考慮すること自体は、法務大臣の前記裁量権の合理的な行使として
許容し得るものというべきである。のみならず、その後の推移はともかく、本件不
許可処分がされた当時は、指紋押なつ拒否運動が全国的な広がりを見せ、指紋の押
なつを留保する者が続出するという社会情勢の下にあって、出入国管理行政に少な
からぬ弊害が生じていたとみられるのであり、被上告人において、指紋押なつ制度
を維持して在留外国人及びその出入国の公正な管理を図るため、指紋押なつ拒否者
に対しては再入国の許可を与えないという方針で臨んだこと自体は、その必要性及
び合理性を肯定し得るところであり、その結果、外国人の在留資格いかんを問わず
に右方針に基づいてある程度統一的な運用を行うことになったとしても、それなり
にやむを得ないところがあったというべきである。他方で、前記事実関係等によれ
ば、上告人は、本件不許可処分の前のみならずその後も指紋押なつの拒否を繰り返
しており、上告人が外国人登録制度を遵守しないことを表明し、これを実施したも
のと被上告人に受け止められても無理からぬ面があったといえなくもない。
 右のような本件不許可処分がされた当時の社会情勢や指紋押なつ制度の維持によ
る在留外国人及びその出入国の公正な管理の必要性その他の諸事情に加えて、前示
のとおり、再入国の許否の判断に関する法務大臣の裁量権の範囲がその性質上広範
なものとされている趣旨にもかんがみると、協定永住資格を有する者についての法
務大臣の右許否の判断に当たってはその者の本邦における生活の安定という観点を
もしんしゃくすべきであることや、本件不許可処分が上告人に与えた不利益の大き
さ、本件不許可処分以降、在留外国人の指紋押なつ義務が軽減され、協定永住資格
を有する者についてはさらに指紋押なつ制度自体が廃止されるに至った経緯等を考
慮してもなお、右処分に係る法務大臣の判断が社会通念上著しく妥当性を欠くこと
が明らかであるとはいまだ断ずることができないものというべきである。したがっ
て、右判断は、裁量権の範囲を超え、又はその濫用があったものとして違法である
とまでいうことはできない。
四 以上によれば、本件不許可処分が違法であることを理由に国家賠償法一条一項
に基づき被上告人に対して慰謝料の支払を求める上告人の本訴請求は、その余の点
について判断するまでもなく失当であり、右請求を棄却すべきものとした原審の判
断は、結論において正当である。論旨は、原判決の結論に影響しない点の違法をい
うものに帰し、採用することができない。よって、裁判官全員一致の意見で、主文
のとおり判決する。
     最高裁判所第二小法廷
         裁判長裁判官    根   岸   重   治
            裁判官    大   西   勝   也
            裁判官    河   合   伸   一
            裁判官    福   田       博

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