弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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         主    文
     本件上告を棄却する。
     上告費用は上告人の負担とする。
         理    由
 上告代理人村田利雄、同國府敏男の上告理由第一点及び第二点について
 原審の適法に確定した事実は、おおむね次のとおりである。
 一 被上告人は、上告人のD工場に勤務する従業員であるが、昭和四九年六月二
四日の昼の休憩時間に、休憩室を兼ねている同工場食堂において、同月一四日に公
示された参議院議員選挙の候補者の応援演説のためE日本共産党書記局長が来援す
るという内容の同党中央委員会発行同月二三日付赤旗号外約二〇枚を同工場従業員
に配布し、次いで同年七月六日の昼の休憩時間に、同食堂において、同党への投票
の呼び掛けを内容とする同党参議院議員選挙法定ビラ約四六枚を同工場従業員に配
布した。
 二 右の赤旗号外及び日本共産党参議院議員選挙法定ビラ(以下「本件ビラ」と
総称する。)の配布は、食事中の従業員数人に一枚ずつ平穏に手渡し、他は食卓上
に静かに置くという方法で行われたものであつて、従業員が本件ビラを受け取るか
どうかは全く各人の自由に任され、それを閲読するかあるいは廃棄するかもその自
由に任されていた。また、右の配布に要した時間も数分間であつた。
 三 被上告人が本件ビラを配布したのは日本共産党員の依頼に基づくものである
が、被上告人がそれに応じたのは、F労働組合G支部の上部団体であるH労連が本
件ビラ記載の参議院議員選挙に際して、日本社会党及び日本共産党所属の候補者を
支持することを決定しており、当時被上告人が同支部支部長の地位にあつたがため
であつた。
 四 上告人の就業規則一四条には「会社内で業務外の集合又は掲示、ビラの配布
等を行なうときは予め会社の許可を受け所定の場所で行なわなければならない。」
と定められており、また、上告人とF労働組合との間で締結された労働協約五七条
にも同旨の定めがあるところ、被上告人の本件ビラの配布は、いずれも上告人の許
可を受けないものであつた。なお、被上告人は、昭和四九年六月二四日の配布後に、
前記工場の工場長から無許可でビラ配布を行わないよう注意されたが、本件ビラに
ついては許可が不要であると反論し、同年七月六日の配布も無許可で行つた。
 五 上告人は、昭和四九年一〇月一日、被上告人に対し、本件ビラの配布は前記
就業規則五九条一号所定の懲戒事由である「会社の諸規定或は労働協約に違反した
とき。」に該当すること及び工場長の注意に従わなかつたのは同条三号所定の懲戒
事由である「正当な理由なくして上司の命令に従わないとき。」に該当することを
理由として、被上告人を戒告処分に付する旨の意思表示をした。
 ところで、被上告人の本件ビラの配布は、許可を得ないで工場内で行われたもの
であるから、形式的にいえば前記就業規則一四条及び労働協約五七条に違反するも
のであるが、右各規定は工場内の秩序の維持を目的としたものであることが明らか
であるから、形式的に右各規定に違反するようにみえる場合でも、ビラの配布が工
場内の秩序を乱すおそれのない特別の事情が認められるときは、右各規定の違反に
なるとはいえないと解される(最高裁昭和四七年(オ)第七七七号同五二年一二月
一三日第三小法廷判決・民集三一巻七号九七四頁参照)。そして、前記のような本
件ビラの配布の態様、経緯及び目的並びに本件ビラの内容に徴すれば、本件ビラの
配布は、工場内の秩序を乱すおそれのない特別の事情が認められる場合に当たり、
右各規定に違反するものではないと解するのが相当である。
 したがつて、右と同旨に出て被上告人に対する本件戒告処分を無効とした原審の
判断は相当であり、原判決に所論の違法はない。論旨は、ひつきよう、以上と異な
る見解に立つて原判決を論難するか、あるいは原判決を正解しないでその不当をい
うものであつて、いずれも採用することができない。
 同第三点について
 論旨は、原判決が被上告人の行為は前記就業規則五九条三号所定の懲戒事由に該
当しないと判断したのは、同規定の解釈適用を誤つたものである、というのである。
 しかし、所論の命令は、ひつきよう、前記就業規則一四条及び労働協約五七条の
遵守を命じるものであるところ、被上告人にこれらの規定違反の事実がない以上は、
右命令違反を問擬する余地もないから、被上告人の行為が前記就業規則五九条三号
に該当しないとした原審の判断は、結論において正当である。論旨は、採用するこ
とができない。
 よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官横井大三の反対意見が
あるほか、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
 裁判官横井大三の反対意見は、次のとおりである。
 私は、本件ビラの配布が工場内の秩序を乱すおそれのない特別の事情が認められ
る場合に当たるとする多数意見に反対する。
 本件ビラの配布は、休憩時間を利用し、休憩室を兼ねた工場食堂内において平穏
裡に行われたもので、その配布の態様においては取り立てて問題にする点はないと
いえるかもしれない。しかしながら、本件ビラは、日本共産党所属の参議院議員候
補者への投票を呼び掛け、同党の政策を宣伝するとともに、他の政党を攻撃する内
容を有するものであつて、その配布は、明らかに選挙運動であり、政治活動である。
一般に、政治活動は、高度の社会的利害の対立や思想上の反目を包蔵しており、そ
れが企業内において行われるときは、職場に不必要な緊張、摩擦、軋轢を生じさせ、
ひいてはその規律を乱し、作業能率を低下させ、企業運営に支障を来す可能性が多
分に存するところ、選挙運動期間中に特定の候補者ないし政党の支持を訴えて行わ
れた本件ビラの配布も、選挙運動という最も典型的な政治活動として、職場内に政
治的ないし感情的対立を生じさせ、その秩序を乱すおそれのある行為であることを
否定することはできない。したがつて、本件ビラの配布は、実質的に見ても、就業
規則一四条及び労働協約五七条に違反し、就業規則五九条一号所定の懲戒事由に該
当するものというべきであるから、本件戒告処分を無効と判断した原判決を破棄し、
第一審判決を取り消した上、本件請求を棄却すべきである。
     最高裁判所第三小法廷
         裁判長裁判官    木 戸 口   久   治
            裁判官    横   井   大   三
            裁判官    伊   藤   正   己
            裁判官    安   岡   滿   彦

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