弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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       主   文
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
       事実及び理由
第1 請求
 被告が原告の平成8年2月1日から平成9年1月31日までの事業年度の法人税
について平成10年3月31日付けでした更正処分のうち,所得金額2144万9
140円,納付すべき税額780万7700円を超える部分を取り消す。
第2 事案の概要
1 本件は,被告が原告に対し,平成8年2月1日から平成9年1月31日までの
事業年度(以下「本件事業年度」という。)の法人税について更正処分(以下「本
件更正処分」という。)をなしたため,原告が,本件更正処分は適法な申告に対し
てなされたものであり,更正の要件を欠く違法な処分であると主張して,その取消
しを求めた抗告訴訟である。
2 前提事実(争いのない事実)
(1) 原告は,石油類の卸,小売業を営む株式会社であり,被告から青色申告の
承認を受けて法人税等の申告,納税をしている。原告の本件事業年度における法人
税についての課税の経緯は,別表1のとおりである。
(2) 原告は,本件事業年度中,関係先店舗で「HEIWA PRECA」とい
う名称のプリペイドカード(以下「本件商品券」という。)を発行した。本件事業
年度における本件商品券の総発行対価は,合計5億0332万5238円,そのう
ち未使用部分に係る発行金額は,合計9987万1420円である。原告は,本件
事業年度分の法人税について,別表1のとおり平成9年3月28日に確定申告をし
たが(以下「本件申告」という。),その際,本件商品券については,商品との引
換えが終了した4億0345万3818円のみを計上し,未使用部分に係る合計9
987万1420円分は預り金として処理し,収益としては申告しなかった。本件
商品券の未使用部分に係る発行対価を本件事業年度の収益として計上するとした場
合,当該部分に係る原価額は合計8012万1288円となる(この原価額につい
て原告は積極的には争わない。)。
(3) 被告は,原告の本件事業年度分の法人税につき,本件商品券の前記未使用
部分に係る収益及び原告が本件事業年度以前に発行した灯油前売券(以下「灯油
券」という。)の販売価格148万3640円を計上しなかったことは法人税基本
通達2-1-33(以下「本件通達」という。)に反するとして,これらを申告に
係る所得金額1372万9550円に加算
したほか,申告に係る損金算入を一部否認した部分(寄付金につき470万408
2円,新規取得土地等に係る負債の利子につき262万5000円,受取利息に係
る県民税利子割分につき62円),売上の計上漏れ分117万8380円及び受取
利息の計上漏れ分1015円をそれぞれ所得に加算し,ここから本件商品券及び灯
油券の未使用部分に係る原価額8560万1660円並びに損金算入額(事業税に
つき63万8000円,寄付金につき15万0888円,仮払消費税の精算に伴う
部分につき61円)を減算した3720万2540円を本件事業年度の原告の所得
金額と認定して,別表2の「本件更正処分」欄のとおり本件更正処分を行ったが,
本訴において,灯油券に係る収益が本件事業年度に申告すべき所得であるとの主張
を撤回した上,本件商品券に係る原価額を前記のとおり8012万1288円と訂
正し,さらに,寄付金の損金不算入額を465万4123円と訂正して,原告の本
件事業年度の所得額及び税額は別表2の「被告主張額」欄記載のとおりとなるか
ら,その範囲内でなされた本件更正処分は適法であると主張している。
 原告の本件事業年度分の所得金額は,上記の本件商品券の未使用部分に係る収益
と原価に関するもの以外の部分については,本訴において被告が主張するとおり合
計2139万9181円となる。
(4) 本件通達は,法人税基本通達(以下「基本通達」という。)が昭和55年
5月に改正された際に新設されたものであり,その内容は以下のとおりである。
 法人が商品の引渡し又は役務の提供(以下「商品の引渡し等」という。)を約し
た証券等(以下「商品引換券等」という。)を発行するとともにその対価を受領し
た場合における当該対価の額は,その商品引換券等を発行した日の属する事業年度
の益金の額に算入する。ただし,法人が,商品引換券等(その発行に係る事業年度
ごとに区分して管理するものに限る。)の発行に係る対価の額をその商品の引渡し
等(商品引換券等に係る商品の引渡し等を他の者が行うことになっている場合にお
ける当該商品引換券等と引換えにする金銭の支払を含む。)に応じてその商品の引
渡し等のあった日の属する事業年度の収益に計上し,その発行に係る事業年度終了
の日の翌日から3年を経過した日(同日前に有効期限が到来するものについては,
その有効期限の翌日とする。)の属する事業年度終了の時において
商品の引渡し等を了していない商品引換券等に係る対価の額を当該事業年度の収益
に計上することにつきあらかじめ所轄税務署長(国税局の調査課所管法人にあって
は,所轄国税局長)の確認を受けるとともに,その確認を受けたところにより継続
して収益計上を行っている場合には,この限りでない。
3 争点
 本件更正処分につき国税通則法24条の定める更正の要件は存したか(原告が本
件申告においてしたように,商品引換券等の発行に際して収受する対価につき,発
行時に収益計上することなく預り金として処理し,現実に所持者が商品等と引換え
をした時点で収益計上する方法(以下「原告方式」という。)により申告すること
は,法人税法(以下「法」という。)22条に反するか。)。
4 争点に関する当事者の主張
(1) 原告の主張
ア 法22条4項は,各事業年度の収益の額は一般に公正妥当と認められる会計処
理の基準(以下「公正妥当処理基準」という。)に従って計算されるものとする旨
定めているが,その趣旨は,課税所得金額の計算に関する規定を法及び同法施行令
等において完結的に定めることは繁雑に過ぎ,かつ,困難であることから,企業会
計における損益計算が健全な会計慣行に基づいて適切に処理されていれば,法人税
の課税所得の金額の計算も,企業の損益計算を前提とすることとし,法人税の課税
の目的に照らして企業会計の処理をそのまま受け入れることが適当ではない部分に
ついてだけ,法に特段の定めを置いて規制を加えるというものであると解される。
したがって,法22条4項の公正妥当処理基準とは税法以前の企業会計の分野にお
けるものを指すと解すべきであり当該業種においてある会計慣行が一般化してい
て,それが健全な慣行として継続的に行われ,かつ社会的に認知されておりさえず
れば,当該会計慣行に従ってなした申告が不適法となることはない。
イ 商品引換券等は,発行者がその商品券を持参した顧客に対し,券面額まで商品
等を給付する債務を負担したことを示すものであるから,その発行の際に収受する
対価の性質は預り金というべきであり,原告方式は正規の簿記の原則に従ったもの
である。現に,一般の簿記の教科書は,商品引換券等の発行時及び商品との引換え
がされた時の経理処理の方法について,現在も原告方式による説明をしているので
あって,このことは税務大学校の簿記の教科書についても同様である。したがっ
て,原
告方式は公正妥当処理基準に合致するものであり,本件申告の内容は法の規定に合
致した適法なものであるから,本件更正処分は国税通則法24条の要件を欠く違法
な処分である。
ウ 被告は,本件通達が昭和55年に新設されたことを根拠として,原告方式は公
正妥当処理基準に該当しないと主張するが,国税庁長官の通達によってその会計慣
行が当該業種で一般化するとはいえないし,その通達と異なる取扱いが法令の規定
に違反するものであることにもならない。
(2) 被告の主張
ア 法22条4項が公正妥当処理基準を定めた趣旨は,企業が会計処理において用
いている基準ないし慣行のうち,一般に公正妥当と認められるものについては,そ
れによる所得計算を是認するが,そうでないものについては税法上も認めないとい
うものであるから,税法解釈上支障を生じ,公正妥当な内容の基準であると認めら
れない慣行は,同項にいう公正妥当処理基準に該当しないと解すべきである。
イ 商品引換券等が発行されると,商品の引渡し等がなされるかどうかは商品引換
券等の所持者の一方的な意思によって決定されることとなる。このため,所持者が
商品引換券等を紛失したり,収集目的で退蔵した場合は,商品の引渡し等がされな
いままの状態が継続することとなるが,原告方式による場合には,このような商品
引換券等につき永久に収益計上がされないこととなり,税務処理上大きな弊害が発
生する。したがって,原告方式が公正妥当処理基準に適合するとは認められない。
 また,会計理論上,預り金については,権利者を明確に特定することができ,債
務者がその給付債務を履行しない場合には,権利者に対して対価を返還することと
なるのが一般的であるが,商品引換券等の発行者がその所持者を明確に特定するこ
とは事実上不可能であり,発行者が収受した対価が商品引換券等の所持者に対して
返還されることは通常ないから,商品引換券等の発行の対価が会計理論上預り金に
該当すると解することには疑問があり,発行時において発行者の確定した収入にな
るというべきである。また,原告方式によった場合,もはや商品の引渡し等がなさ
れる可能性がない商品引換券等の対価が永久に預り金名目で負債として計上され続
けることになるが,このような経理処理が妥当であるとは到底考え難い。したがっ
て,原告方式は会計理論の面からみても妥当な経理処理の方法であるとはいえず,
この点でも
法22条4項の公正妥当処理基準には該当しない。
ウ 本件通達は,原告方式の有する上記イのような弊害にかんがみ,税務上の取扱
いを統一化,明確化するために昭和55年に新設されたものであって,その内容は
合理的なものである。そして,本件通達新設後,本件事業年度までの間に20年近
くもの期間が経過しているところ,この間に本件通達の定める会計処理の方法(以
下「通達方式」という。)は公正で妥当な会計処理の基準として社会に広く定着す
るに至っている。
エ 以上のとおり,原告方式は公正妥当処理基準に適合せず,このような原告方式
に基づいてなされた本件申告は法22条に違反するものであるから,これについて
更正をなすべき理由がある。よって,公正妥当処理基準に適合する通達方式により
なされた本件更正処分は適法である。
第3 当裁判所の判断
1 まず,企業会計と税法の関係について検討するに,課税所得は,企業による会
計処理の結果を基礎として,これに税法等を適用して計算されるものであるから,
税法以前の概念や原理を前提としている。ところで,従来,税法及び通達により規
定されていた所得計算規定ないし会計処理の基準の中には,税法独自の規定なの
か,企業会計上当然の規定なのか明らかでないものが多かったことから,昭和41
年12月に「税法において課税所得は,納税者たる企業が継続して適用する健全な
会計慣行によって計算する旨の基本規定を設けるとともに,税法においては企業会
計に関する計算原理規定は除外して,必要最小限度の税法独自の計算原理を規定す
ることが適当である。」とする「税制簡素化についての第一次答申」が発表され,
これを受けて,昭和42年5月の税制改正により法22条4項が新設された。この
ような経緯に照らすと,法22条4項は,税法が繁雑なものとなることを避ける目
的で,客観的にみて規範性,合理性があり,公正妥当な会計処理の基準であると認
められる方式に基づいて所得計算がなされている限り,これを認めようとするもの
であると解されるが,税法は納税義務の適正な確定及び履行を確保することを目的
としているから,適正公平な税収の確保という観点から弊害を有する会計処理方式
は,法22条4項にいう公正妥当処理基準に該当しないというべきである。
 原告は,法が特段の定めを置いていない分野については,ある会計慣行が一般化
して,それが健全な慣行として継続的に行われ
,かつ社会的に認知されておりさえずれば,当該会計慣行は公正妥当処理基準に該
当する旨,その判断は税法と無関係になされるべきものであるかの如く主張する
が,法22条4項が,適正公平な税収の確保という観点から看過し難い重大な弊害
を有する会計慣行をも許容する趣旨で新設されたとは到底解し難いから,原告の上
記主張は採用できない。
2 これを本件についてみるに,証拠(甲4ないし6,8)及び弁論の全趣旨によ
れば,商品引換券等を発行した場合の発行代金については,これを一種の預り金と
して処理する会計慣行が古くから存したところ,簿記に関する解説書の中にも,商
品引換券等が発行された場合の会計処理について,商品引換券等が後日それと引換
えに商品を引き渡すという債務を示す証券であることから,発行した際に商品券勘
定の貸方に記載し,後日商品を引き渡した際に借方に記入する旨解説しているもの
があり,平成10年4月に税務大学校が発行した簿記会計の解説書にも同旨の記載
があることが認められる。したがって,原告方式は簿記の方式としては社会的に一
応認知された方法であり,かつ一定期間継続的に行われてきたことは否定できな
い。
3 しかしながら,商品引換券等,ことにプリペイドカードが発行された場合,残
額が僅少であるとか,当初から収集目的で購入した等の理由から,顧客が引換えを
することなく死蔵したり,あるいはカード自体を紛失したり失念したために長期間
引換えがなされないまま,発行者において事実上給付義務を免れることとなる部分
が一定の確率で必ず発生すると考えられるのであって,現に,証拠(甲8,乙2,
3)によれば,戦前に発行された商品引換券等が本件通達の制定された昭和55年
ころまで預り金処理されていたという事例もあったことが認められる。原告方式に
より処理した場合には,このような引換え未了部分に係る発行代金相当額は永久に
預り金として処理され続けることとなるが,かかる事態は企業の会計処理として妥
当なものとはいい難い上,発行者が事実上,確定的な利益を享受するにもかかわら
ず,税務当局は当該発行代金部分に対する課税をなし得なくなるという税務上重大
な弊害を生ぜしめることが明らかである。
4 しかも,証拠(甲8,9,乙2ないし7)によれば,本件通達の制定後,税務
会計に関する解説書や税務関係雑誌,法人税法や基本通達の解説書において,原告
方式に弊害がある
こと及び商品引換券等の発行代金については通達方式によるべきことが繰り返し説
明されていることが認められるところ,本件通達が発せられたのは昭和55年であ
り,本件事業年度までの間に17年近くもの期間が経過していることからすれば,
たとえ最近の簿記の解説書の中に商品引換券等の記帳処理につき前記2のような解
説をしているものが依然として存するとしても,遅くとも本件事業年度当時におい
ては,税務申告上は原告方式によらず通達方式によるべきこと及びその合理性が既
に広く知られていたというべきである。したがって,原告方式によりなされた本件
申告は,前記3の点及びこの点のいずれの観点からしても,公正妥当処理基準に合
致しない方式に基づく申告として国税通則法24条所定の更正の要件を具備してい
たというべきである。
5 そこで進んで判断するに,商品引換券等の発行代金が発行時において発行者の
確定的な収入になると解することに会計理論上特段の問題はなく(この場合,期末
において引換え未了の部分については引換費用の見積計上を認める必要があるが,
これについては別途基本通達2―2-11に取扱いが定められている。),通達方
式は,原告方式のような弊害がなく,公正かつ妥当な方法であると認められる上,
前記4のとおり,本件事業年度当時,企業の会計処理の基準として既に広く知られ
たものとなっていたのであるから,このような通達方式により原告の所得額を算定
することは適法である。そして,通達方式により,前記第2の2の各事実に基づき
原告の所得金額及び法人税額を算定すると,別表2の「被告主張額」欄のとおりと
なるから,その範囲内でなされた本件更正処分は適法である。
6 以上の次第で,原告の請求には理由がないからこれを棄却し,主文のとおり判
決する。
名古屋地方裁判所民事第9部
裁判長裁判官 加藤幸雄
裁判官 橋本都月
裁判官 冨岡貴美

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