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裁判例


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○ 主文
原判決を次のとおり変更する。
被控訴人が昭和四八年七月三一日付で控訴人の昭和四七年分所得税についてした更
正処分のうち分離短期譲渡所得の金額五二二万八三〇一円を超える部分及び過少申
告加算税賦課決定のうち右超える部分に関する部分を取消す。
控訴人のその余の請求を棄却する。
訴訟費用は、第一、二審を通じこれを三〇分し、その一を控訴人の負担としその余
を被控訴人の負担とする。
○ 事実
控訴代理人は、「原判決を取消す。被控訴人が昭和四八年七月三一日付で控訴人の
昭和四七年分所得税についてした更正処分のうち分離短期譲渡所得の金額五一八万
六八三七円を超える部分及び過少申告加算税賦課決定を取消す。訴訟費用は第一、
二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は、控訴棄却の
判決を求めた。
当事者双方の主張並びに証拠の関係は、次のとおり付加するほか、原判決事実摘示
のとおりである(ただし、原判決三枚目裏九行目に「二一四、三五」とあるのを
「二一四・三五」と、八枚目裏六行目に「川崎信用金庫」とあるのを「川崎市信用
金庫」と、同裏八行目から九行目にかけて「昭和四六年一一月二二日」とあるのを
「昭和四六年一一月一日」とそれぞれ訂正し、七枚目表七行目の「仮登記」の前、
同裏五行目及び九枚目表一行目の各「代物弁済」の次にそれぞれ「予約」を加え
る。)から、これを引用する。
控訴代理人は、甲第五号証を提出し、証人Aの証言を援用し、後記乙号各証の成立
を認めると述べ、被控訴代理人は、乙第七、第八号証の各一ないし三、第九号証の
一ないし五、第一〇、第一一号証を提出し、前記甲号証の成立を認めると述べた。
○ 理由
一 原判決事実摘示第二の一請求原因1の事実、本件更正処分において控訴人主張
の借入金利子を本件土地の取得費に算入することを否認した事実及び同第二の三被
控訴人の主張冒頭より1、2の(一)の事実は、いずれも当事者間に争いがない。
二 そこで、本件譲渡所得の金額の計算上、控訴人の主張する借入金利子ないし借
入金債務に関連する費用(借入金債務担保のための低当権設定等登記費用、借入金
債務返済契約についての公正証書作成費用)が、本件土地の取得費に算入されるべ
きか否かについて判断する。
原本の存在及び成立に争いのない甲第一号証、乙第一号証、第二号証の一、二、成
立に争いのない甲第二号証、乙第三ないし第五号証、公務員が職務上作成したもの
と認められるから真正な公文書と推定すべき乙第六号証及び原審における控訴人本
人尋問の結果(ただし、次の認定に反する部分は前掲乙第一、第六号証と対比して
信用し難いから、これを除く。)によると、次の事実を認めることができる。
(一) 控訴人は、昭和四三年七月二九日、訴外B、同C及び同D(共有持分各三
分の一)から、東京都世田谷区<地名略>畑一八八平方メートル、<地名略>畑一
八平方メートル及び<地名略>畑八・三五平方メートル(以下これらを合わせて
「本件土地」という。)を次の約定により代金八七四万四四〇〇円で買い受けた。
(1) 控訴人は、訴外Bらに対し、右同日手付金として一〇〇万円を支払い、農
地法第五条の許可申請につき農業委員会における決議通過を確認した後一〇日以内
(同年八月三一日まで)に内金として二〇〇万円を支払う。
(2) 訴外Bらは、控訴人に対し、右許可があつた後、同年九月三〇日までに本
件土地につき所有権移転登記申請手続及び明渡しを完了する。右手続完了と同時に
控訴人は、訴外Bらに対し、残額五七四万四四〇〇円を支払うものとする。ただ
し、右期日までに右許可が得られない場合は双方合意の上延期することができる。
(3) 右残代金五七四万四四〇〇円のうち三五〇万円は訴外Bら及び仲介人訴外
三越興業株式会社指定の金融機関から融資を受けて決済する。
(二) 控訴人は、右売買契約締結の日訴外Bらに手付金一〇〇万円を支払つた。
次いで、控訴人及び訴外Bらは、昭和四三年一〇月一一日、東京都世田谷区農業委
員会を通じて同都知事に対し、本件土地につき農地法第五条の規定による許可申請
をし、同年一一月二一日右都知事の許可を受け(許可番号第一八九四号)、同学一
二月三日右農業委員会を通じて右許可書の交付を受けた。そして、控訴人は、同日
(右一二月三日)本件土地につき共有者全員持分全部移転の登記を経由した。
(三) 控訴人は、同年一二月一〇日、訴外川崎市信用金庫との間で、本件土地に
つき同日の金銭消費貸借契約に基づく抵当権設定契約を締結し、同月一一日、本件
土地につき右信用金庫を抵当権者とする抵当権設定登記を経由した上、同月一四
日、右信用金庫(登戸支店扱い)から二五〇万円を、最終弁済期日昭和五三年一二
月二二日、弁済方法昭和四四年一月から毎月二二日二万〇五〇〇円ずつ均等割賦払
(ただし、最終回は六万〇五〇〇円とする。)、利息日歩八厘四毛と約定して借り
受けた。そして、控訴人は、昭和四三年一二月一四日、訴外Bらに対し、本件土地
の売買残代金五七四万四四〇〇円を支払い、前記売買代金を完済したが、右残代金
支払の一部に右信用金庫から借り受けた二五〇万円を充てた。
(四) 控訴人は、夫の訴外Eが代表取締役に就任している訴外有限会社白金工芸
の取締役であり、肩書住所地に借家住いをしているのであるが、自分らの居宅を新
築する意図をもつて本件土地を買い受け、昭和四四年七月ころ本件土地を整地し
て、周囲にブロツク塀を設置したものの、右居宅を建築するには至らなかつた。
また、控訴人は、訴外川崎市信用金庫に対し、昭和四三年一二月一四日から約定利
息を、昭和四四年一月二二日から約定割賦払金及び約定利息を支払つていたが、昭
和四六年一〇月二〇日ころ、訴外Fに対し本件土地を売り渡し (その代金が一五
七〇万円であることは当事者間に争いがない。)、同人から手付金を受領したの
で、これをもつて同年一一月一日、右信用金庫に対し借入金元本残額一八〇万三〇
〇〇円を支払い、これを完済するとともに、同日、右信用金庫から利息の過払分
(同月二日から同月二二日までの分)一万〇四一二円の返還を受けた。したがつ
て、控訴人が右信用金庫に対して支払つた借入金利子は、昭和四三年一二月一四日
から昭和四六年一一月一日までのもので、その合計額は六二万八六二九円である
(ただし、被控訴人がこの支払利子合計額を六四万九四五三円であるとしこれを資
産の取得費として控除することを否認したことについて当事者間に争いがな
い。)。
そして、控訴人は、昭和四六年一一月二日、本件土地につき右信用金庫の抵当権設
定登記の抹消登記を経由し、昭和四七年一月一二日、本件土地につき訴外Fに対す
る所有権移転登記を経由した。
右認定事実によれば、控訴人は、昭和四三年七月二九日訴外Cほか二名から農地法
第五条の許可を条件として本件土地を代金八七四万四四〇〇円で買い受け、同年一
一月二一日同条の許可を受けて、同年一二月三日本件土地につき共有者全員持分全
部移転登記を経由した上、同月一〇日訴外川崎市信用金庫のため本件土地につき抵
当権を設定して、同月一一日右抵当権設定登記を経由した後、同月一四日右信用金
庫から二五〇万円を利息日歩八厘四毛の約定で借り受け、同日右借入金二五〇万円
と合せ五七四万四四〇〇円を訴外Bらに支払つて本件土地の買受残代金を完済し、
同日から昭和四六年一一月一日までの間に右借入金利子六二万八六二九円を右信用
金庫に支払つたというのであり、また、控訴人は、本件土地を自己使用の目的すな
わち非業務用の資産として取得したのであつて、控訴人が本件土地につき訴外Bら
から持分全部移転登記を経由し、直ちに右信用金庫のため抵当権設定登記を経由し
た経緯に照らせば、控訴人は、右持分全部移転登記を経由したことにより本件土地
の処分権限を完全に把握し、同時に本件土地の引渡しをも受けたものと見るのが相
当である。
三 ところで、譲渡所得に対する課税は、資産の値上りによりその資産の所有者に
帰属する増加益を所得として、その資産が他に譲渡されて所有者の支配を離れるの
を機会に、右増加益の所得を清算して課税する趣旨のものである(最高裁判所昭和
四七年(行ツ)第四号同五〇年五月二七日第三小法廷判決・民集二九巻五号六四一
頁参照)から、この趣旨を基礎として考察を進めるに、所得税法第三八条第一項の
規定に照らせば、資産を取得するための借入金の利子が、右条項にいう「設備費及
び改良費の額」に当たらないことは文理上明らかであり、この点に関し他に法令上
別段の定めをした規定は存しないから、借入金の利子が同条項の「譲渡所得の金額
の計算上控除する資産の取得費」を構成するかどうかは、もつぱら同条項にいう
「その資産の取得に要した金額」に該当するかどうかの解釈いかんにかかることに
なる。
(一) 当該資産を交換取得する場合に反対給付物を他から入手するのに要した相
当額の対価支払は、交換取得との間に相当因果関係があるとして、右対価を「取得
に要した金額」に含めるべきものと解するのが相当であると同様に、有償取得の通
常手段である買受代金支払に引き当てるべき金額を入手するための対価としての相
当額の支出もまた資産取得との間に相当因果関係が認められるところ、右金額を他
から借り入れた場合に支払われる相当額の借入金利子は正に右金額獲得の対価とし
ての支出金額と見ることができるから、これを当該資産の「取得に要した金額」に
含めるべきものと解してなんら不合理はない。
資産取得のための出費が右取得との間に相当因果関係をもつといえるか否かは、当
該取得のための支出の必要性の度合を考量し、かつ、その出費額を取得金額から控
除することが当該租税負担の合理性、衡平性の観点から相当であるか否かを考慮し
て決せられるべきことがらであつて、取得と出費との間に被控訴人主張のように直
接因果関係の存する場合に限定しなければならない理由は見出し難い。直接因果関
係のある支出であつても、不相当な支出金額は「取得に要した金額」ということが
できない反面、因果関係が必ずしも直接的でなくても相当因果関係を認める余地が
あるものといわなければならない。手持資金によつて資産が取得される場合との対
比を考えれば、借り入れた資金による取得の場合の借入金利子支払額は、その借入
及び利子支払が必要相当であつたと認められるかぎり、「取得に要した金額」とし
て課税所得から控除することが租税負担の衡平性のうえから妥当であり合理的であ
るといわなければならない。
成立に争いのない乙第七号証の一ないし三によつて明らかなとおり、税務行政実務
上の取扱指針ともいうべき現行の所得税基本通達(昭和四五年七月一日直審所三
〇)は、所得金額計算上の必要経費について規定する所得税法第三七条に関し、
「業務の用に供される資産の取得のために借り入れた資金の利子は、当該業務にか
かる各種所得の金額の計算上必要経費に算入する。ただし、当該資産の使用開始の
日までの期間に対応する部分の金額については、当該資産の取得価額に算入するこ
とができる。」(同基本通達三七-二七)と定め、この定めに対応して、譲渡所得
の金額の計算上控除する取得費について規定する同法三八条に関し、「固定資産の
取得のために借り入れた資金のうち、当該固定資産の使用開始の日までの期間に対
応する部分の金額は、業務の用に供される資産にかかるもので三七-二七により当
該業務にかかる各種所得の金額の計算上必要経費に算入されるものを除き、当該固
定資産の取得費又は取得価額に算入する。」(同基本通達三八-七)と定めている
が、これらの基本通達の趣旨は、業務用資産についてはその使用開始以後には使用
に対応する事業収益が考えられるから、当該納税期間中に支払われる借入金利子を
当該期間の事業遂行によつて生じた費用として当該事業にかかる各種所得の計算上
必要経費として控除することができるとしているものであつて、これら基本通達か
らも、資産取得のための借入金の利子支払と右取得との間の相当因果関係を本質的
には否定しない趣旨を汲み取ることができるのである。(ちなみに、法人税の場合
には、いずれも成立に争いのない乙第八号証の一ないし三、同第九号証の一ないし
五によれば、法人税の取扱についての通達(昭和三四年直法一-一五〇)一一五条
において、取得資産の使用開始前の借入金の利子についてこれを資産の取得価額に
算入して控除するか使用開始以後の分と同じく資産の維持または管理の費用として
損金に算入するかは法人の任意処理にまかされる旨が定められていたところ、現行
の法人税基本通達(昭和四四年直審二五)制定の際に前記通達一一五条の定めは削
除されることになつたが、この点については一般に公正妥当と認められる会計処理
に従つて差支えないものとし、課税行政実務上通達をもつて定めることをしないが
従来の取扱いを変更する趣旨ではなかつたことが窺えるのであつて、この経緯から
も、借入金利子支払と資産取得との間の因果関係の相当性を否定すべき実質的理由
を見出すことはできない。)
なお、前掲所得税基本通達の趣旨に従えば、非業務用資産については、その使用開
始以降もその使用に対応する事業収益というものは考えないのであるから、当該資
産取得のために支払われる借入金利子であつても、その資産の使用開始の日までの
期間に対応する部分の金額についてのみ取得価額に算入できるにすぎないこととな
り、使用開始以降の分については、資産の取得費としても、一般的必要経費として
も控除することができないことになるわけであるが、このこと自体の当否は後に触
れることとして、右基本通達が右のように使用開始の前後をもつて取扱いの区別を
していることからは、非業務用資産について右基本通達が資産取得のための借入金
利子を取得費に含めることを本質的に否定しているものと解することはできない。
以上のように課税行政実務上の取扱指針として示されたところから見ても、資産取
得とその取得のために要した借入金の利子支払との間の相当因果関係をその因果関
係が直接的でないことの故に否定しなければならないとはしていないことが理解で
きる。
しかもまた、前示甲第七号証の一ないし三によつて明らかなように、右所得税基本
通達は、固定資産を賦払の契約によつて取得した場合について、「その賦払金の合
計額のうちに賦払期間中の利息及び賦払金の回収のための費用等に相当する金額が
含まれている場合には、その利息及び費用相当額は、業務の用に供される資産にか
かるもので三七-二八により当該業務にかかる各種所得の金額の計算上必要経費に
算入されたものを除き、当該固定資産の取得費又は取得価額に算入する。」(同基
本通達三八-八)と定めていて、これは文理上、非業務用資産にも適用あるものと
解せられるところであるが、この場合には当該資産の使用開始の前後を問わないも
のと解せられるから、当該資産が譲渡されるまでに支払われた利息等の金額は、譲
渡所得の金額の計算上控除される取得費に含まれることになるわけである。このよ
うな通達がなされた理由として考えられることは、一つには、資産を賦払の契約に
よつて購入する場合の賦払代金の額には賦払期間中の利息および回収費相当額が含
まれ、即金で購入する場合の代金額に右利息等相当額が上乗せされるのを通例とす
ることからの衡平的考慮にあるということができるが、代金の賦払とは別個に賦払
期間中の利息等の支払が約定される場合をこの基本通達の適用から除外する趣旨と
解することはできないから、資産取得の代金が当該売主以外の者からの借入金をも
つて賦払される場合の借入金利子支出についてもこれを取得費に算入しないことに
する合理的理由は前示必要性、衡平性の考慮から見出し難いものといわなければな
らない。さらにまた、取得代金が他からの借入金をもつて即金で支払われる場合の
借入金利子支出はそれが一時払されると延べ払いされるとの別にかかわりなく納税
者の担税力に消極的に作用する点では右代金が賦払される場合に比べてまさるとも
おとらないから、この場合の借入金利子支出を前叙の場合と別異に取扱わなければ
ならない理由も見出し難い。
(二) しかし、ここで、右基本通達が前記のごとく非業務用資産の取得費につい
て業務用資産の取得費とは別個の取扱いをしていることについて考えてみるに、資
産が業務の用に供されるものとして取得される場合の取得費の入手および支出の経
過は一般に財務会計上明確に把握しやすいのに対し、非業務用資産の場合には、そ
の取得のために予定した借入金であつてもその一部又は全部が納税者及びその扶養
家族等の生活維持のための費用すなわち所得金額の計算上必要経費に算入されない
家事関(連費所得税法第四五条第一項第一号参照)に振り向けられ、現実に取得代
金として支払われた金額の一部又は全部が当該借入以外の方法で用意された手持金
等によつて充足されることが金銭の高度代替性上考えられ、このような家事関連費
との混淆のために当該資産取得のために要した借入金としての特定性を保持し難
く、したがつてまた、右借入金の利子支払も右資産取得のために要した借入金に対
する利子の支払としての特定性を把握できなくなることについての考慮が働いて、
右基本通達上異つた取扱いがなされているものと解する以外に右区別の理由を見出
すことができない。そこで、同基本通達三八-七が非業務用資産の取得のための借
入金利子は当該資産の使用開始の日までの期間に対応する部分の金額に限定してこ
れを取得費又は取得価額に算入するものとしている趣旨も、右使用開始までの分に
ついては家事関連費との混淆の可能性が少く、取得のために要した借入金利子支出
としての特定性の把握が困難ではない点を見て、これを取得費又は取得価額に算入
することに取扱つても税務の処理上不当の結果を生じないとの考慮が働いているも
のと解すること以外にその合理性を見出すことはできないものである。この点につ
いて、使用開始以後は当該資産の取得による利益を受けているからそれ以後継続的
に発生する借入金利子は資産の使用によつて生ずる収益に対応する費用としてその
収益にかかる所得の計算上控除されるべきものであるから「取得に要した金額」と
はいえないと説明することは当をえない。なんとなれば、前にも述べたとおり、譲
渡所得に対する課税の本質は、資産の保有期間中の値上り益に対する清算課税であ
り、保有期間中の資産使用による収益の有無を考慮に入れる制度ではないから、譲
渡所得の控除費目としての取得費に当るか否かを定めるにあたつて使用収益の有無
を考慮に入れることは筋ちがいのことといわなければならないからである。譲渡所
得以外の各種所得の金額の計算上、費用収益対応の考え方から当期支払分の借入金
利子相当額を当期の必要経費に算入できるとされていることから、譲渡所得の場合
の借入金利子の取得費性を否定し、これを資産の維持費ないし維持管理費と見るの
は、この場合の借入金利子支払が借入金自体に対する対価支払としての本質を有す
るものであることを忘れた議論といわなければならない。
また、代金賦払による資産取得の場合について前示基本通達が特別の取扱いをして
いるのも、前示の理由のほかに、代金賦払の場合には非業務用資産の取得において
も、賦払金額及びその利息等の支払金額は家事関連費と混淆されることなく、当該
資産取得のために要する金額としての特定性を保つて支出されるのが常態であるか
ら、この点に着目して課税行政実務の指針として右のように定めて差支えなしとし
たものと解することができる。
以上のごとく、非業務用資産の取得費については、家事関連費との区別、特定に問
題があるから、課税上もこの点に考慮を払う必要があるけれども、そのことの故に
「取得に要した金額」として相当因果関係の認められる支出について取得費性を否
定しなければならない理由は生じない。また、非業務用資産の取得費の成否がその
使用開始の前後で左右されなければならない理由も見出しえないところである。
(三) これを本件について見るに、前記認定判示のとおり、控訴人は、本件土地
を非業務用の資産として取得するにあたつて訴外Bらと売買契約を締結した際、買
受代金の一部(三五〇万円)を同人らの指定する金融機関から融資を受けて支払う
旨約定し、右約定に基づいて訴外川崎市信用金庫から二五〇万円を借り受け、右借
受同日中に借受金全額を買受残代金に充てて右Bらに支払つたのであるから、右事
実関係からすれば、借入金二五〇万円は本件土地買受に要する金額としての特定性
を失うことなく、これを必要とする使途に支払われたものということができるとこ
ろ、この借入金に対して借入の日から前判示の期間中右信用金庫に対して控訴人に
よつて支払われた前認定の借入金利子の額六二万八六二九円は借入金額借入期間に
照らし相当であるということができるから、右借入金利子の支払と本件土地取得と
の間に相当因果関係を認め、右借入金利子の全額をもつて「取得に要した金額」に
該当するものと判断すべきである。そして、その間に相当因果関係が認められる以
上、前示認定のごとく右借受及びその利子支払が本件土地取得の時点以後になされ
たことは右判断に消長を来たすものではない。
(四) なお、たな卸資産の評価に関する所得税法施行令第一〇三条及び減価償却
資産の償却方法に関する同施行令第一二六条が各取得値額に該当する金額を定める
について取得のための借入金利子について触れるところがないことから、これらの
場合の資産取得価額には借入金利子が含まれないとする解釈が原判決のいうとおり
是認されるとしても、これらの場合の納税主体としては借入金利子支払額をその年
の必要経費として総収入金額から控除する余地が考えられるのであるから、これら
と制度の本質を異にする譲渡取得の場合、ことに本件のような非業務用資産の場合
の取得費についての法律解釈が右と同様になされなければならない理はないわけで
ある。
また、租税特別措置法施行令第一九条第三項が所得から控除すべき費目を規定する
にあたつて、同項第一号に「当該土地の譲渡等に係る土地等の原価の額として所得
税法第三八条第一項〔譲渡所得の金額の計算上控除する取得費〕の規定に準じて計
算した金額」を掲げるのと別に、同項第二号に「その年中に支払うべき負債の利子
の額のうち、当該土地の譲渡等に係る部分の金額」を併記していることから、負債
の利子を取得費に含めないのが所得税制立法の建前であるとの推論が一応考えられ
るが、右負債の利子は当該土地の譲渡等に係つて支出されるものであつて、取得原
価を構成すべき負債利子のみを指すものとは文理上解せられないから、右のような
推論は当をえないものといわなければならない。さらにまた、同施行令第二二条の
八第八項第一号においても「土地の取得に要する費用の額」とその「費用に充てる
ための借入金の利子の額」とが併記されていることが認められるが、同号の規定文
言から明らかなとおり、右借入金の利子は、土地の取得のほかに、その造成、分
譲、当該事業に要する一般管理費をも含め、これらの費用に充てるためのものとし
て掲げられているのであるから、この規定をもつてしても、本件借入金利子と取得
費との関係についての前示判断を動かすべき根拠とはなしえないものといわなけれ
ばならない。
(五) なお、控訴人が本件借入金の債権担保のための抵当権設定、代物弁済予約
仮登記の費用として一万五三四〇円を、本件借入金債務返済契約の公正証書作成費
用として五三〇〇円を支出したことは当事者間に争いがないが、これらの費用は、
その本来の性質上、債権者が貸付債権を確保するために要するものであつて、当該
資産の取得との間に借入金利子の場合のような相当因果関係を認めることはできな
いから、これを本件土地の取得費に該当するものと解することはできない。
四 以上によれば、控訴人の昭和四七年分の分離短期譲渡所得の金額は、譲渡収入
金額一五七〇万円から当事者間に争いのない取得費の額九二九万八八三〇円と譲渡
費用の額五四万四二四〇円を控除した金額である五八五万六九三〇円からさらに右
借入金利子支払分として認定した六二万八六二九円を控除した金額五二二万八三〇
一円と算定すべきことになるから、この金額を超えて右分離短期譲渡所得の金額を
五八三万六二九〇円と算出してなした本件更正処分は、右五二二万八三〇一円を超
える部分について所得過大認定の違法があり、右更正を前提としてなされた本件過
少申告加算税の賦課決定もまた右超える部分に関して違法であるといわなければな
らない。(本件更正処分においては、前示譲渡収入金額から前示取得費、譲渡費用
の合計額を控除した金額五八五万六九三〇円よりさらに二万〇六四〇円を減額し、
課税所得金額を五八三万六二九〇円としていて、この減額は控訴人が主張する借入
金債務担保のための抵当権設定等の登記費用及び公正証書作成費用の合計額と一致
するが、右減額はたまたま誤つて計算された結果であつて、右控訴人主張の費用額
を取得費として控除したものではないことが弁論の全趣旨に徴して明らかであ
る。)
よつて、控訴人の本訴請求は、それぞれ右違法部分の取消を求める限度において理
由があり、この部分の請求を棄却した原判決はこの部分につき失当であつて控訴は
一部理由があるが、その余の部分の請求は失当であつて控訴は理由がないから、原
判決を右の趣旨に従つて変更し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九六条、第八
九条、第九二条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 安倍正三 長久保 武 加藤一隆)
(原裁判等の表示)
○ 主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
○ 事実
第一 当事者の求めた裁判
一 原告
1 被告が昭和四八年七月三一日付で原告の昭和四七年分所得税についてした更正
処分のうち分離短期譲渡所得の金額五、一八六、八三七円を超える部分及び過少申
告加算税賦課決定を取り消す。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
二 被告
主文と同旨
第二 当事者の主張
一 請求原因
1 原告は昭和四七年分所得税につき、
総所得金額を六五八、〇〇〇円(配当所得、不動産所得、給与所得)、分離短期譲
渡所得の金額を五、一八六、八三七円として確定申告したところ、被告は、昭和四
八年七月三一日付で総所得金額を六五八、〇〇〇円(申告額どおり)、分離短期譲
渡所得の金額を五、八三六、二九〇円とする更正処分(以下、「本件更正処分」と
いう。)及び過少申告加算税一三、〇〇〇円の賦課決定(以下、「本件賦課決定」
という。)をした。
原告は、これを不服として昭和四八年八月一〇日被告に対し異議の申立てをした
が、被告は同月二三日付でこれを棄却したため、さらに同年九月五日国税不服審判
所長に対し審査請求をしたところ、同所長は昭和四九年三月一四日付でこれを棄却
し、その裁決書謄本は同月二〇日原告に送達された。
2 しかしながら、本件更正処分は分離短期譲渡所得の金額の算定に当たり、借入
金利子六四九、四五三円を資産の取得費として控除することを否認し、原告の所得
を過大に認定した違法があり、右更正を前提とする本件賦課決定も違法である。
二 請求原因に対する認否
1 請求原因1の事実は認める。
2 同2のうち、本件更正処分において原告の主張する借入金利子を本件土地の取
得費に算入することを否認したことは認めるが、本件更正処分及び賦課決定が違法
であるとの主張は争う。
三 被告の主張
原告の昭和四七年分の総所得金額及び分離短期譲渡所得の金額は次のとおりであ
る。
1 総所得金額 六五八、〇〇〇円
(一) 配当所得の金額 三〇、〇〇〇円
(二) 不動産所得の金額 二五二、〇〇〇円
(三) 給与所得の金額 三七六、〇〇〇円
(一) +(二)+(三) 六五八、〇〇〇円
2 分離短期譲渡所得の金額 五、八五六、九三〇円
(一) 原告がその所有する東京都世田谷区<地名略>ほか二筆の土地公簿上二一
四、三五平方メートル (以下、「本件土地」という。)を訴外Fに譲渡したこと
による本件譲渡所得の金額の算出根拠は次のとおりである。
(1) 譲渡収入金額 一五、七〇〇、〇〇〇円
(2) 取得費(取得価格、仲介手数料、農地転用許可申請手数料、所有権移転登
記費用、
整地等費用)九、二九八、八三〇円
(3) 譲渡費用 五四四、二四〇円
(1) -((2)+(3)) 五、八五六、九三〇円
(二) 原告は本件譲渡所得の金額の計算に当たり借入金利子六四九、四五三円を
取得費に算入すべきであると主張するが、借入金利子は譲渡収入金額から控除すべ
き取得費には当たらないというべきである。
譲渡所得課税の本質は、資産の保有期間中に逐年生じた資産の値上りによる増加益
に担税力を認め、逐年その増加額を査定して課税することが技術上困難であるとこ
ろからその資産がたまたま所有者の支配を離れて他に移転するのを機会に、これを
清算して課税しようとする一種の清算課税である。所得税法が譲渡所得の金額の計
算に当たり、資産の譲渡による収入金額から控除する取得費を当該資産の取得に要
した金額並びに設備費及び改良費の額に限定している(所得税法三三条三項、三八
条一項)のはそのためであり、したがつて、右にいう資産の取得に要した金額と
は、その資産の購入代価、製作原価、登録費用、不動産取得税等当該資産を取得す
るために直接必要とした金額、換言すれば当該資産の客観的価額の一部を構成する
支出をいうと解すべきである。ところで、借入金利子は資産の取得に要する資金を
他から借り入れたことによつて支払われるものであるから、資産の取得と直接には
結びつかず、むしろ当該資産を保有するための維持費にほかならないというべきで
あるから、当該資産の取得費を構成するものではない。仮に、これを取得費に算入
するとすれば、固定資産税その他当該資産の維持、管理等のために要した費用も取
得費に算入しなければならないこととなり不合理な結果を招来する。したがつて、
非事業用資産の取得のために要した借入金の利子は、社会生活を維持するための費
用にすぎず、いわゆる家事関連費にすぎないのである。
(三) なお、所得税基本通達三八-七は、固定資産の取得のために借り入れた資
金の利子のうち、当該固定資産の使用開始の日までの期間に対応する部分の金額を
取得費等に算入する旨認めているが、それは、法人税の場合に、使用開始前の借入
金の利子につき取得価額に算入するか、費用に算入するかを全く法人の任意処理に
委ねており、また個人の場合でも事業用資産については右法人税の場合に準じて取
り扱つていること(所得税基本通達三七-二七)との比較上、政策的に調整措置を
とつたものにすぎないのであつて、個人の非事業用資産についての借入金利子は、
本来、使用開始前といえども取得費を構成するものではない。また、右通達は、借
入金利子を取得費に算入するか否かにつき、もつぱら当該資産を使用し得る時点
(使用開始)を基準として、使用開始までの期間に対応する利子は取得費に算入
し、使用開始後の期間に対応する利子は維持費であつて取得費を構成しないとして
いるところ、土地についてはその現況自体に本質的変更を加えず使用する限り何時
でも使用し得る性格のものであるから、原則として土地の取得即使用開始と解すべ
きである。このように解することは、土地が時の経過に伴い価値を減少することが
あり得ないばかりか、近時においては投資投機の対象として利用されてきたという
実情があり、土地取得の時が正に原価性を有するものであり、それ以後は土地の値
上り利益として考えられるという点からいつて合理性がある。ところで、原告が本
件土地の所有権を取得したのは農業委員会の転用許可書の交付を受けた昭和四三年
一二月三日であつて(売主との間に所有権移転の時期についての特約は存在しな
い。)、原告の主張する借入金利子はすべて本件土地の取得後支払われたものであ
るから、前記のとおり右通達によつても本件借入金利子が取得費に算入される余地
はない。
(四) さらに、原告の確定申告にかかる本件土地の取得費のうち、借入金債務担
保のための抵当権設定、代物弁済仮登記費用一五、三四〇円及び借入金債務返済契
約についての公正証書作成費用五、三〇〇円はいずれも本件土地を購入するに要し
た借入金に関連する費用であり、借入金利子と同性質のものであるから、右金額は
前記(二)と同様の理由により本件土地の取得費を構成しない。
(五) 以上のとおり、原告の確定申告にかかる本件土地の取得費のうち、原告が
本件土地を取得するために要した借入金の利子並びに借入金債務担保のための抵当
権設定、代物弁済仮登記費用及び借入金債務返済契約についての公正証書作成費用
は、いずれも本件土地の譲渡所得の金額の計算上控除されるべき資産の取得費に当
たらないから、原告の係争年分の分離短期譲渡所得の金額は前記のとおり五、八五
六、九三〇円となるところ、その範囲内でなした被告の本件更正処分は適法であ
り、右更正を前提とする本件賦課決定も適法である。
四 被告の主張に対する原告の認否
1 被告の主張1の事実は認める。
2 同2のうち(一)の事実は認めるが、(二)ないし(五)は争う。
なお、原告は本件土地を購入する際、売主との間で代金全額の支払のとき所有権が
移転する旨の特約をなしたから、原告が本件土地の所有権を取得したのは代金を完
済した昭和四三年一二月一四日であつて、被告の主張する昭和四三年一二月三日で
はない。
五 原告の反論
1 原告は、本件土地の取得費として被告主張の九、二九八、八三〇円のほかに次
のとおり六七〇、〇九三円を支出したから、譲渡収入金額から控除されるべき取得
費の額は合計九、九六八、九二三円となる。
(一) 借入金利子 六四九、四五三円
原告は自己の居住用家屋新築のため本件土地を購入した際、その購入資金として川
崎信用金庫登戸支店から二、五〇〇、〇〇〇円を借り入れており、右借入日(昭和
四三年一二月一四日)から昭和四六年一一月二二日までの間の借入金利子として合
計六四九、四五三円を支払つた。
(二) 登記費用 一五、三四〇円
右借入金債務担保のための抵当権設定、代物弁済仮登記の費用である。
(三) 公正証書作成費用 五、三〇〇円
右借入金債務の返済契約についての公正証書作成費用である。
2 被告は、借入金利子は資産の取得と直接には結びつかず単なる維持費にすぎな
いとして、その取得費算入を否定するが、これは所得税基本通達三八-七、同三八
-八と矛盾するのみならず、(1)本件土地の取得は二、五〇〇、〇〇〇円の借入
金がなければ実現しなかつたこと、(2)本件土地が取得と同時に右借入金の抵当
物件とされたこと、(3)借入金の元利金の支払が当初の約定どおり行われ、累積
された利子が支払われていないことなどに照らすと、本件土地の取得と借入金との
間に「ひも付き関係」が存在することは紛れのない事実であり、さらに、この種の
借入金には利子の支払義務が伴うのが至極当然のことであるから、資産の取得と借
入金利子とは直接に結びついているというべきである。また、被告は取得費とは資
産の客観的価額の一部を構成する支出であることを必要とすると主張するが、その
ように解する合理的理由がないばかりか、被告が取得費にあたるものとして例示す
る登録費用や不動産取得税はいずれも資産の取得の結果支出するもので取得に要す
る費用ではなく、まして資産の客観的価額の一部を構成する支出ということのでき
ない性質のものである。これらを取得費に当たるとする以上、借入金利子をこれら
と区別して取得費に含まれないとする合理的根拠はない。
ところで、今日では資産を購入する場合、「ローン」若しくは「賦払」の手段を利
用するのが通例であるが、そのいずれの手段を利用しても実質的には変わるところ
がなく、即金の代価よりも金利及び手数料など相当額だけ高くなるのが通例であ
る。そして、そのいずれの手段を利用した場合であつても、譲渡所得の計算上利子
等相当額を当然に取得費に算入すべきであつて、これを算入しないときは、いわば
幻の所得に課税することとなる。前記基本通達三八-八が賦払の契約により購入し
た資産にかかる金利と代金回収のための手数料等相当部分を取得費と認めており、
この賦払の場合と本件のようにローンを利用して資産を購入しその利子を支払う場
合とを別異に取り扱うことは租税負担公平の原則からいつて違法である。
このように、借入金利子は取得費に算入されるべきであつて、前記基本通達三八-
七が使用開始の前後で取得費に含めるか否かを決しているのには何ら合理性がな
く、さらには、被告の主張する同通達の「使用開始」とは土地についてはその取得
のときであるという解釈もまた合理性がないというべきである。
六 原告の反論に対する被告の認否
1 原告の反論1のうち、原告がその主張のとおりの金員を支出したことは認める
が、それが取得費に当たるとの主張は争う。
2 同2は争う。
第三 証拠関係(省略)
○ 理由
一 請求原因1の事実、被告の主張1及び2の(一)の事実はいずれも当事者間に
争いがない。
二 そこで、本件譲渡所得の金額の計算上、原告の主張する借入金利子ないし借入
金債務に関連する費用(借入金債務担保のための抵当権設定等登記費用、借入金債
務返済契約についての公正証書作成費用)が、本件土地の取得費に算入されるべき
か否かについて判断する。
1 借入金利子について
(一) 原告が本件土地の購入資金として昭和四三年一二月一四日川崎信用金庫登
戸支店から二、五〇〇、〇〇〇円を借り入れ、右借入日から昭和四六年一一月二二
日までの間の借入金利子として合計六四九、四五三円を支払つたことは当事者間に
争いがない。
(二) 所得税法三八条一項は、譲渡所得の金額の計算に当たり資産の譲渡による
収入金額から控除する取得費の範囲を資産の取得に要した金額と設備費及び改良費
の額とする旨定めているが、これは、譲渡所得が不動産所得、事業所得又は雑所得
のごとく投下資本の生産力による収益ではなく、資産そのものの騰貴により逐年発
生している増加益であつて、しかもその資産が所有者の支配を離れて他に移転する
のを機会にこれを清算して課税することとしている関係上期間計算に親しまない性
質のものであるということに基づくものと解される。このように譲渡所得の本質が
資産の保有期間中の値上り益に対する清算課税であるとするならば、所得税法三八
条一項にいう取得費たる「資産の取得に要した費用」とはその資産の取得の時まで
に、その取得のために直接必要とした費用、すなわち、その資産の購入代価及び購
入手数料、登録費用等購入に直接付随する費用をいうと解するのが相当である。
ところで、資産を購入するための借入金に対する利子は、当該資産の購入に付随し
て直接支出するという性質のものではなく、資産の購入に要する支出にあてるため
の資金を他から借り入れたことによつて支出するものであるから、資産の購入との
関係ではそれはあくまで間接的な支出にすぎないというべきであり、これをもつて
資産を取得するために直接必要とした支出ということはできないし、また、負債利
子は一般に原価性を有しないと解されていること(所得税法施行令一〇三条、一二
六条の規定によれば、借入金利子はたな卸資産、減価償却資産の取得価額に含まれ
ないと解される。)から考えても、借入金利子は所得税法三八条一項にいう「資産
の取得に要した費用」には当たらないと解するのが相当である。そして、借入金利
子が設備費や改良費に当たらないことはその性質上いうまでもないから、結局、借
入金利子は、現行法上、譲渡所得の金額の計算上譲渡収入金額から控除すべき取得
費には含まれないというべきである。
したがつて、被告が本件更正処分において原告が支出した借入金利子六四九、四五
三円につき本件譲渡所得の金額の計算上これを控除しなかつたことに違法はない。
(三) なお、所得税基本通達(昭四五・七・一直審所三〇)三八-七は「固定資
産の取得のために借り入れた資金の利子のうち、当該固定資産の使用開始の日まで
の期間に対応する部分の金額は、業務の用に供される資産にかかるもので三七-二
七により当該業務にかかる各種所得の金額の計算上必要経費に算入されたものを除
き、当該固定資産の取得費または取得価額に算入する。」としており、税務行政上
非事業用資産についても使用開始前の借入金利子を取得費に算入することを容認す
る取扱いをしていることが窺われるが、これは、その制定の経過に照らすと、法人
税の場合に使用開始前の借入金利子につき取得価額に算入するか費用に算入するか
を全く法人の任意処理にまかせている取扱いをしており、また、個人の事業用資産
についても右法人税の場合に準じて取り扱つているので(所得税基本通達三七-二
七)、これらと比較して非事業用資産について異なる取扱いがなされる不都合を避
けるために租税負担の公平の見地から調整を図つた税務政策上の措置にすぎないと
いうべきである。そして、右通達にいう「使用開始の日」とは社会通念上当該固定
資産を使用し得る状態となつた時を指すと解すべきであるところ(このように解さ
ないと当該資産を全く使用しないまま他に譲渡した場合には使用開始の日がないこ
ととなり、通達の規定が無意味なものとなるし、また資産を直ちに使用した場合と
社会通念上使用し得るにもかかわらず長期間未使用の状態を継続し、譲渡の直前に
何らかの用途に供した場合とで取得費に算入される借入金利子の金額が異なるとい
う不都合を生ずるからである。)、これを土地の場合についてみると、土地はその
現況自体に本質的変更を加えずに使用する限り、何時でも使用し得る性質のもので
あるから、その使用開始の時は原則として当該土地の所有権が移転され、引渡しが
なされた時と解するのが相当であり、証人Gの証言によれば、税務行政上も概ねそ
のような趣旨で取り扱われていることが認められる。
ところで、原本の存在及び成立に争いのない乙第一号証、第二号証の一、二、成立
に争いのない乙第三ないし第五号証及びその方式及び趣旨により公務員が職務上作
成したものと認められるから真正な公文書と推定すべき乙第六号証によれば、原告
は昭和四三年七月二九日売主である訴外Cとの間で農地法五条の農地転用許可を停
止条件とする本件土地の売買契約を締結したが、その所有権移転の時期については
特段の合意をしなかつたこと、昭和四三年一二月三日農地転用許可書が交付され、
同日所有権移転登記手続を了したことを認めることができ、右認定に反する原告本
人尋問の結果は前掲乙第六号証に照らしにわかに措信し難く、他に右認定を覆すに
足りる証拠はない。
右認定した事実によれば、原告は売買契約の効力が生じた昭和四三年一二月三日に
本件土地所有権を取得したものということができ、また、右日時ころ本件土地の引
渡しを受けたものと推認することができる。
そうすると、原告が本件借入金を借り入れた日は本件土地の所有権移転及び引渡後
(すなわち、前記通達にいう「使用開始の日」の後)である昭和四三年一二月一四
日であつて、その主張する借入金利子はすべて本件土地の取得後支払われたもので
あるから、本件の場合は、前記基本通達三八-七の適用される場合ではなく、本件
借入金利子を取得費に算入することは許されないというべきである。
(四) また、原告は、借入金利子を取得費に算入しないことは賦払契約による購
入の場合に賦払金中の利息及び賦払金回収費用等相当額を取得費に算入することを
容認している所得税基本通達三八-八と比較して租税公平負担の原則に反する上主
張する。
なるほど、右通達は「固定資産を賦払の契約により購入した場合において、その賦
払金の合計額のうちに賦払期間中の利息及び賦払金の回収のための費用等に相当す
る金額が含まれている場合には、その利息及び費用相当額は、・・・・・・当該固
定資産の取得費又は取得価額に算入する。」と定め、賦払の場合は、当該資産の使
用開始の前後を問わず、賦払期間中の利息等相当額の取得費算入を認めることとし
ている。
しかし、右通達の趣旨は、賦払契約による資産の購入の場合の購入価格(賦払金の
合計額)と即金による資産の購入価格との差には集金手数料、貸倒れの危険負担、
金利等種々の要素が含まれており、これは、販売条件の異なることによる販売価格
の差であつて、このように販売条件の異なることによつて販売価格に差異が生ずる
ことは一般の取引慣行上十分是認し得るところであることに照らし、賦払契約の場
合には、その賦払金の合計額をもつてその資産の購入代価に当たるとしたものであ
るから、本件のように右の場合とはその前提を異にする即金による資産購入の場合
に、借入金利子を取得費に算入しないこととしても租税公平負担の原則に反すると
はいえず、この点に関する原告の主張は理由がない。
2 借入債務に関連する費用について
原告が本件借入金債務担保のための抵当権設定、代物弁済仮登記の費用として一
五、三四〇円を、本件借入金債務返済契約の公正証書作成費用として五、三〇〇円
を支払つたことは当事者間に争いがない。
しかしながら、これらの費用はいずれも資産の購入資金として他から借り入れた借
入金債務に付随する費用であつて借入金利子と同性質のものであるから、前記のと
おり借入金利子が取得費を構成しないことと同様の理由により本件土地の取得費に
当たらないと解すべきである。
したがつて、原告の昭和四七年分の分離短期譲渡所得の金額は、五、八五六、九三
〇円となる。
三 そうすると、原告の昭和四七年分の総所得金額は六五八、〇〇〇円、分離短期
譲渡所得の金額は五、八五六、九三〇円であるから、その範囲内でなされた本件更
正処分は適法であり、これを前提とする本件賦課決定にも違法はない。
よつて、原告の本件請求は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負
担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決す
る。

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