弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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         主    文
     原判決を破棄する。
     被告人を懲役七月に処する。
     但し、この裁判の確定した日から四年間右刑の執行を猶予する。
     被告人から金一〇万円を追徴する。
     原審及び当審の訴訟費用は、その二分の一を被告人の負担とする。
         理    由
 本件控訴の趣意は、弁護人木梨芳繁が差し出した控訴趣意書に、これに対する答
弁は、検察官廣瀬哲彦が差し出した答弁書にそれぞれ記載されているとおりである
から、これらを引用する。
 控訴趣意一(事実誤認の主張)について
 所論は、控訴趣意書自体からは必ずしも明確ではないが、原審弁論及び当審公判
廷の弁論の趣旨を合わせると、原判決は、いずれも投票買収資金としての認識のも
とに、被告人が単独で、同判示第一の日時、場所で、現金二〇万円の交付を受け、
更に同判示第二のとおり、Aに対し現金一〇万円を交付したと認定しているが、真
実はAと共同で、同判示第一の日時、場所で、金二〇万円の交付を受け、その場
で、Aと一〇万円ずつ分けたものであつて、金銭の授受に関する認定を誤つている
のみならず、Bの立候補決起集会(以下、「本件決起集会」という。)に参加する
ためのB後援会(以下、単に「後援会」という時はこれを指す。)会員の足代とす
る趣旨で授受をしたものであつて、投票買収資金とする趣旨ではないから、被告人
は無罪であるのに、原判示の各事実を認定したのは、証拠の取捨選択を誤り、事実
を誤認したものであつて、右誤認は判決に影響を及ぼすことが明らかである、とい
うのである(なお、事実認定についての経験則違反をいう点は、いかなる経験則に
反するかを明らかにしていないところからしても、結局事実誤認の主張に尽きるも
のと解される。)。
 所論のうち、金員授受の趣旨を争う点について。
 原判決が、当事者の主張に対する判断の項において、原判示の金二〇万円が交付
されるに至つた経緯及び交付の状況等について、原判決挙示の関係各証拠(被告人
の検察官に対する供述調書を除く。)により、その判示にかかる1ないし8の各事
実を認定し、これらの事実により、同判示の(一)ないし(四)の諸事情が認めら
れるとしたうえ、更に、これらの諸事情を総合して、右金員が投票買収資金として
交付されたものと認定したのは、右関係各証拠により正当としてこれを是認するこ
とができ、記録を精査し、当審における事実取調の結果を検討しても、右認定に誤
りがあることを窺わせる事情を見いだすことはできない。以下、所論にかんがみ、
若干説明を補足する。
 所論は、原判決の認定した右(一)ないし(四)の諸事情のうち、(四)の「被
告人が、Cの説明に納得しなかつたにもかかわらず、金二〇万円を受領した。」と
する趣旨の部分(これは結局他の状況的事実に基づく推認判断に当たる部分であ
る。)を除いては、これらの事実を特に争う趣旨ではなく、結局のところ、これら
の諸事情を総合して、投票買収資金として交付されたものとし、かつ被告人にその
点の認識があつたとした原判決の認定を争う趣旨に解される。すなわち、本件決起
集会に出席する予定の後援会会員に一律五〇〇円を配り、集会の行われた後に、出
席しなかつた者から改めて返還を求めることはしないし、出席した者につき過不足
があつても清算しないからといつて、それだけでは立候補予定者であるBに投票す
ることの報酬として配つたとはいえず、ましてや、被告人にはそのような認識はな
かつたとして争う趣旨と解される。
 思うに、公職選挙法二二一条一項一号は、当選を得、若しくは得しめない目的を
もつて選挙人又は選挙運動者に対し金銭等を供与することを禁止しており、更に同
条五号は、右の行為をさせる目的をもつて選挙運動者に対し金銭等を交付し、又は
選挙運動者がその交付を受けることを禁止しているところ、選挙人に対し「当選を
得しめる目的をもつて」金銭等を供与するということは、それが選挙人に対する行
為である以上、「当該候補者に投票させようとする目的」のもとに金銭等を供与す
ることにほかならないものであり、結局、供与の目的が、当該選挙人に利得をさせ
ることによつて、その投票意思を、直接、間接に特定の候補者に向けさせようとす
ることにあれば足りるというべきであつて、原判決が投票買収の趣旨あるいは投票
を依頼する趣旨というのも、投票することに対する直接的な報酬、対価とする場合
に限る趣旨ではなく、右のように、選挙人に利得させることによりその投票意思を
特定の候補者に向けさせようとする場合であれば足りる趣旨のものと解するのが相
当である。
 右の観点から、更に検討するに、原判決の認定した事情のうち、(一)及び
(二)によると、昭和五八年四月一〇日施行の福岡県議会議員選挙に立候補を決め
ていたBの選挙運動者らが、その告示直前である同年三月一三日に予定されていた
本件決起集会(「Bを励ます集い」と称されていたもの)には、約三〇〇〇人もの
動員が計画されていたものであり、その動員の手段として、交通費の名目で選挙人
であるB後援会の多数の会員に一律五〇〇円をあらかじめ配布することにし、被告
人が受領した金銭は、それに充てる資金として交付され、なお、交通費の実費との
間に過不足があつても後に清算等を予定していないものであるというのであり、ま
してや、関係証拠によると、右集会に出席しなかつた場合でもその返還は求めない
ものであることが認められるのであるから、選挙人である多数の後援会会員に対す
る右金員の配布をもつて単に右集会参加のための交通費の実費を支払う趣旨にとど
まるものとすることはできず、殊に、右五〇〇円を受け取りながら集会に参加しな
い場合には、結局直接的に投票を依頼する趣旨のものとならざるをえないのである
から、その趣旨もまた含まれているものと認めるほかはない。そして、被告人にお
いても、一律五〇〇円ずつ、事後において清算しないものとして配布するための金
員であることの認識のもとにこれを受け取つていることについては、被告人が原審
及び当審各公判廷でも認めるところであり、したがつて、交通費の実費支給の趣旨
にとどまらないことにつき認識していたものと認めざるをえないのであり、まして
や原判示(三)のように応接室に場所を変え個別的に各地区責任者に交付している
ことや、同(四)のように、被告人が右金員配布が選挙違反になるのではないかと
の疑問を感じて、Cに質問している状況やその後応接室で現金入りの封筒を差し出
された際いつたんはその受領を辞退しているという被告人の一連の態度(これらの
点から被告人がCの説明に納得していなかつたものと認めた原判決の判断に誤りは
ない。)に照らし、被告人が以上のように直接的な投票依頼の趣旨も一部含まれる
ことになることにつき認識していたこともまた、明らかであるといわなければなら
ない。
 のみならず、仮に集会参加のための交通費の実費であるとの所論の前提に立つと
しても、そもそも、右集会の趣旨からしても、立候補予定者を支持する者がその自
由意思により参加することが前提とされる性質の集会(告示直前にそのような集会
を開くこと自体が事前運動に当たり、許されないことについては、ひとまずお
く。)であることが明らかであるから、参加者は当然に自費により参加すべきであ
ると解されるところ、選挙が間近に迫つた時期に右集会を開催し、選挙人にそのた
めの交通費を支給することは、選挙人を右集会に参加させることによつて、その投
票意思を特定の候補者へと誘引し、これを強化することを意図しているものにほか
ならず、そのような実費の支給自体が、集会への参加を容易ならしめ、結局その投
票意思を左右することにつながるものであるから、当選を図る目的に出たものとい
わざるをえないものであり、かつ、その支給は、本来自ら負担すべき出捐を免れさ
せる意味において、当該選挙人に利得させることになるものといわなければならな
い。そして、被告人自身も右の交通費支給の効果については十分認識していたもの
と認められる。したがつて、仮に、所論のとおり交通費として配布する趣旨である
からといつて、選挙人に対するそのような金銭の配布自体がすでに公職選挙法二二
一条一項一号の禁止の対象になるものであつて、その趣旨の資金の交付を受けるこ
とは、同項五号に該当するものといわなければならない。この点についての所論
は、結局前提においてすでに理由がないことに帰する。なお、原審記録及び当審に
おける事実取調の結果を検討しても、被告人の検察官に対する供述調書の任意性に
ついて、原判決がこれを肯定し、その理由について説示しているところは、すべて
正当と認められ、また、所論指摘のD、C、E、Aの検察官に対する各供述調書謄
本、公判調書謄本中の証人Aの供述部分に証拠能力を否定すべき理由は窺われな
い。
 所論のうち、受交付、交付の状況に関する点について
 原判決は、原判示第一について、Cから金二〇万円の交付を受けた場にAが同席
していたことは認めながら、被告人の単独受交付の事実を認定し、その理由とし
て、(一)Aはa地区の責任者ではあつたが、自宅で商売をしていた関係で後援会
の本部事務所やF連絡所に出る機会も少なく、CはAとは受交付当日である二月二
四日が初対面であり、DもAがa地区の責任者であることに疑問をもつ状態であつ
たのに対し、被告人が本部事務所との連絡も一手に引き受け本部事務所での会合に
もよく出席し、同地区を事実上代表しているように見られていたこと、(二)現
に、受交付当日である二月二四日に行われた定例会でも被告人がb地区を代表して
発言し、b地区分の金二〇万円についても同席しているAの意向を聞くことなく被
告人が受領していること、(三)その後三月初旬ころまでの間、被告人が右金二〇
万円を保管し、三月初旬ころ自己の一存で右二〇万円を折半し、内一〇万円をAに
渡したものであつて、他方、Aはa地区分の交付を被告人に求めるようなこともし
ていないことなどの事実を挙げている。
 しかし、原審及び当審において取り調べた関係証拠によると、確かに被告人の方
が、Aより主体的に活動し、b地区を代表して発言したりしていたことは認められ
るが、被告人はc地区の代表者であり、Aは同a地区の代表者であつて、本来対等
の立場にある者と認められるうえ、Aが当時毎週後援会本部で行われていた定例会
に欠席がちであつたことはなく、ほとんど出席しており、F連絡所にも毎日のよう
に出ていたこと(当審公判調書中の証人Aの供述部分によつても、そのように認め
られる。)、したがつて、Cが当日Aと初対面であるということはあり得ないし、
DもAが同a地区の代表者であることについて疑問をもつ状態にはないことが認め
られ、原審公判調書中の証人C及び同Dの各供述部分等の右認定に反する部分は、
Cらの後援会幹部及び被告人、Aらが選挙違反事件の犠牲者をできるだけ少なくす
るためにした通謀に基づいて捜査段階で供述されたことを、なお公判段階でも維持
しようとして供述されたものである疑いが濃く、いずれも信用できないというべき
である。更に、右各証拠によると、被告人がAに金一〇万円を交付した時期につ
き、原判決が認定するように三月初旬ころとするのは、多数の者に右金員を配布す
ることが予定されており、しかも三月一三日に予定されている集会への交通費の名
目により配布する以上は時期的に見ていたずらに遷延することなく直ちに配布にか
からなければならない状況にあつたと考えられることに照らし、遅きに過ぎると思
われるのみならず、当審公判調書中の証人Aの供述部分によると、右時期について
の、捜査段階における二月二八日ころ、あるいは公判段階における三月初旬ころと
いうのは、いずれも事実でなく、受交付の翌日ころ、すなわち、二月二五日ころで
あつた旨供述を変更するに至つていること、関係証拠によると、被告人の担当する
c地区の分についての両替をAにしてもらつた日は、受交付の翌日と認められ、そ
のこととの関係から考えても、a地区の分も右両替のなされたころまでにAに渡さ
れていたものと見るのが自然であること、他方、被告人は、捜査段階では二月二八
日ころと述べていたが、前記のような通謀に従つてそのように述べたもので、真実
は、本部事務所の応接室で受領後、廊下に出て直ちに、各一〇万円ずつ分け合つた
というのであり、原審以来一貫してその旨供述していることが、それぞれ認められ
るのであつて、以上の点からすると、被告人の右弁解を虚偽であるとして否定し去
ることは困難であるし、少なくともAの当審証言によつても、Aに対する一〇万円
の交付はその翌日ということになるのであり、したがつて、a地区の分が三月初旬
まで被告人の手もとに留め置かれていたという原判決の認定事実についても、これ
を認めることはできないものといわなければならない。してみると、被告人はc地
区を代表する者として、Aは同a地区を代表するものとして、呼び入れられ、被告
人及びAが共同して、Cらからb地区全体の分として金二〇万円の交付を受けた
が、直接手渡されたのは被告人であつたに過ぎないものと認めるのが相当であり、
しかも、その直後、被告人の弁解するように本部事務所内でc地区分及びa地区分
としてそれぞれ一〇万円ずつ分け合つた疑いがあり、遅くとも翌日までには分配を
済ませているものと認められ、原審第八回及び第九回各公判調書中の証人Aの供述
部分、被告人Aほか四名に対する公職選挙法違反被告事件第四回及び第六回各公判
調書中の被告人Aの供述部分謄本、Aの検察官に対する供述調書謄本、被告人の検
察官に対する同月一一日付供述調書、原審第七回公判調書中の証人Dの供述部分、
同人の検察官に対する同月一二日付供述調書謄本、原審第一〇回公判調書中の証人
Eの供述部分、同人の検察官に対する同月一一日付供述調書謄本、原審第五回公判
調書中の証人Cの供述部分、同人の検察官に対する同月二五日付供述調書謄本中
の、以上の認定に沿わない各部分は、その余の関係証拠に照らしていずれも信用で
きない。なお付言するに、被告人の単独による受交付事実の起訴は、被告人がCら
から金二〇万円の交付を受けた際、Aが同席していた事実がないことを前提として
なされたものであることが、原審で取り調べられているところの捜査段階で作成さ
れた関係供述調書に照らして明らかであり(A同席の事実を供述していたものとし
ては、Dの検察官に対する昭和五八年五月一日付供述調書謄本があるのみである
が、他に、これを肯定する証拠はなく、被告人も、Aも、捜査段階で作成された供
述調書においてはいずれもこの事実を否定していた。)、また、b地区と同様に受
領の際複数の者が在席したd地区の場合には、その場に在席した五名共同で受領し
たものとして起訴がなされその旨の認定がされていることも、関係証拠上明らかで
ある。
 <要旨第一>それ故、被告人は、Aと共同して、Cらから金二〇万円の交付を受け
たものと認められるが、そうである以上、その後のAとの間における一
〇万円の授受については、独立した犯罪を構成せず罪とならないものといわなけれ
ばならない。これは、共謀者間における金銭の授受ではなく、共同受領にかかる金
銭の分配にほかならないからである。すなわち、共謀者間であつても、もともとそ
のうちの特定人の占有に属する金銭を交付することは、占有を移転するものとして
交付罪を構成するが、本件受交付にかかる金銭は、これと異なり、共同占有である
か、あるいは共同受領したものを一時一方において便宜保管しているに過ぎないも
のと見るべきものであり、これを分配して各自の占有に移すことをもつて交付受交
付の行為に当たるとすることはできないからである。したがつて、以上と異なる各
事実を認定したうえ、原判示第一及び第二の各事実を認定した原判決には事実の誤
認があり、その誤認は判決に影響を及ぼすことが明らかであるから、原判決はこの
点において破棄を免れない。論旨は理由がある。
 なお、職権により調査するに、原判決の当事者の主張に対する判断において認定
された事実によると、少なくともCらと被告人との間にb地区の後援会会員に対
し、一人当たり金五〇〇円を配布する旨の共謀が成立していたことが明らかであ
り、その趣旨に沿つてまず被告人がCらから金二〇万円の交付を受けた事実を認定
し、その後、同判示第二のとおり、被告人がAに対し、同趣旨のもとに右金二〇万
円のうちの金一〇万円の交付をしたとの事実を認定しているところ、受交付にかか
る金員の一部(同一性のある一部)が当初の共謀の趣旨に従い更に供与または交付
された場合には、その部分の受交付罪については後の供与罪または交付罪に吸収さ
れ、残部についての受交付罪と後の供与罪または交付罪とが併合罪となるとするの
が判例であり(最高裁判所昭和四〇年(あ)第一五四一号同四一年七月一三日大法
廷判決・刑集二〇巻六号六二三頁、昭和四一年(あ)第一七〇九号同四三年三月二
一日第一小法廷判決・刑集二二巻三号九五頁、なお、昭和四三年(あ)第二三四七
号同四五年一一月二〇日第二小法廷決定・刑集二四巻一二号一六四七頁参照)、当
裁判所もこれに従うのが相当であると考える。したがつて、原判示第二のとおり一
〇万円の交付罪を認定しながら、同第一について、残額の金一〇万円でなく金二〇
万円全額の受交付罪の成立を認めたのは、公職選挙法二二一条一項五号の定める交
付罪及び受交付罪の解釈、適用を誤つた違法があるものといわなければならず、原
判決はすでにこの点において破棄を免れないものである。
 さらに、職権により調査するに、原判決は、同判示第一により交付を受けた利益
として、検察庁で領置保管されている金一〇万円を没収しているところ、関係証拠
によると、被告人が手許に留どめていた金一〇万円(Aにより両替されたもの)の
うちの一部については、本件決起集会の当日、b地区の後援会会員を会場に運んだ
マイクロバスの借り賃として支払つて費消しており、その部分については後に埋め
合わせていることが認められ、また他の一部は、町内会長にいつたん配布しまもな
く同額の返還を受けていることが認められるのであるが、その返還にかかる金員が
配布した金員と同一であるか否かが明らかでないのであつて、結局、右領置保管に
かかる金一〇万円は、Cらから交付を受けた金員そのもの(両替されたものを含
む。大審院大正七年三月二七日判決・刑録二四輯二四八頁)ではなく、一部他の金
員と混同しているものといわなければならない。したがつて、右一〇万円は、これ
を没収することはできず、同額を追徴すべきものであるから、原判決には判決に影
響を及ぼすことが明らかな法令の適用の誤りがあるものとして、この点においても
破棄を免れない。
 以上のとおり、原判決には、判決に影響を及ぼすことが明らかな事実誤認及び法
令適用の誤りがあるから、その余の控訴趣意(量刑不当)につき判断するまでもな
く、原判決は全部破棄を免れない。
 そして、右に見たとおり、公訴事実第一の被告人の単独受交付及び同第二の交付
の訴因(原審段階で示された二月二八日ころ及び三月初旬ころの主位的・予備的各
訴因の双方共)につき有罪と認めることはできないこ<要旨第二>とに帰するとこ
ろ、当裁判所は、第六回公判期日において、公訴事実第一の訴因(Cらからの二〇
万円の単独受交付)のみに対するものとしてではなく、右訴因及びこれ
と併合罪関係にある同第二の訴因(Aに対する一〇万円の交付、主たる訴因はその
時期を二月二八日ころとするもの、予備的訴因はこれを三月初旬ころとするもの)
の両訴因に対する一個の予備的訴因として、Aと共同して、Cらから二〇万円の交
付を受けたとの訴因(二〇万円の共同受交付)を予備的に追加する旨の検察官から
予備的訴因の迫加の請求に対し、これを許可する決定をしたが、このような予備的
訴因の追加が許されるとしてこれを許可した理由については、以下のとおりであ
る。すなわち、公職選挙法に定める金銭供与を共謀した者の間において金銭の交
付、受交付がなされた後、その一部が共謀に従い供与された場合または更に交付さ
れた場合には、すでに成立した交付、受交付罪のうち後に供与または交付された金
銭の部分については、後の供与罪または交付罪(以下、便宜上「G罪」という。)
に吸収され、残部についての交付、受交付罪(以下、便宜上「H罪」という。)と
併合罪の関係に立つとするのが、前叙のとおり最高裁判所の判例であつて、この前
提に立つ以上は、少なくとも同一性のある金員が後の供与または交付に使用されて
いる限り(前記最高裁判所昭和四五年一一月二〇日第二小法廷決定、なお、昭和六
一年(あ)第一六〇号同年七月一七日第一小法廷決定参照)、その金額が増加する
につれ、G罪の成立範囲が拡張されるとともに、それに吸収される分だけH罪とし
て認定できる部分が縮小されるという関係に立ち、その極限である全額が供与また
は交付された場合には、G罪のみが成立するという特殊な相互関係が形成されてい
るものと考えられる(なお、右の関係は、G罪が起訴されている限りにおいて生ず
るものであり、G罪の起訴がない以上は、全額につきH罪の成立を認定できること
も最高裁判所の判例とするところと解される。最高裁判所昭和五八年(あ)第九〇
九号同五九年一月二七日第一小法廷決定・刑集三八巻一号一三六頁)。
 したがつて、たとえば、当初、交付を受けていた金員全額につき受交付罪の訴因
(全額H罪)により起訴したが、後になつて、その全部が更に供与されていた事実
が判明した場合に、右訴因を後の供与罪(全額G罪)に訴因を変更することができ
るし、その逆も可能であることは当然であるが、これと同様に、後の供与または交
付が受交付金員の一部にとどまつている場合(一部G罪)においても、訴因変更の
方法により、その部分を前の受交付の訴因に変更することも可能であるとしなけれ
ばならず(前記最高裁判所昭和四一年七月一三日大法廷判決中、予備的訴因追加に
関する判示部分参照)、ただ、その場合にはすでに訴因とされている受交付罪の部
分(残額H罪)と一罪になるので、これを合わせて全額についての受交付罪の訴因
(全額H罪)にすることになるだけのことと考えられる。このことは、G罪が証明
がなくあるいは罪とならないという理由で無罪とされても、それに対応する部分は
その前段階のより軽い罪が成立することにより、罪数的にはともかくとして、有罪
の認定をされていることに変わりはないのであるから、G罪に対応する部分につき
結局一部有罪の判断(縮小認定)がされるのと同視できることからも、理解できる
ところである(すなわち、G罪がもともとH罪と併合罪の関係に立つからといつ
て、G罪が証明できずあるいは罪とならないため無罪とされる場合に、その部分が
同時に起訴されたH罪の一部として有罪とされる関係にある以上、G罪につき主文
で無罪を言い渡すべきではないと解されるのである。なお、前記の最高裁判所昭和
四三年三月二一日第一小法廷判決の事案は、G罪にあたる部分につき主文で無罪の
言渡がなされ、その部分のみ上訴がなく確定したため、その既判力が有罪部分の一
部に及んだとされた事案である。)。もつとも、本件では、二〇万円の交付を受
け、そのうちの一〇万円を交付したとする事実関係に基づく起訴であるのに、一〇
万円の「一部G罪」の訴因による起訴をしながら、同時にその残額の一〇万円では
なく全額である二〇万円の「全額H罪」の訴因による起訴もしているのであるが、
この点は、交付、受交付罪についての解釈、適用の誤りに起因するに過ぎないもの
であるから、このことにより予備的訴因追加の可否自体まで左右されるものではな
いと解するのが相当である。右のように考えると、本件において検察官が請求した
とおり、公訴事実第一及び第二の訴因を合わせたものに対する一個の予備的訴因の
追加という方法によるのが、予備的訴因追加の請求の仕方としてむしろ正当である
と考えられるのである。
 よつて、刑訴法三九七条一項、三八二条、三八〇条により、原判決を破棄し、同
法四〇〇条但書により、当審において追加された予備的訴因に従い、更に次のとお
り判決する。
 (罪となるべき事実)
 被告人は、昭和五八年四月一〇日施行の福岡県議会議員選挙に際し、宗像市選挙
区から立候補したBの後援会c地区の代表者として同人の選挙運動者であつたもの
であるが、同じく同後援会a地区の代表者として右Bの選挙運動者であつたAと共
同して、同年二月二四日、福岡県宗像市大字ef番地所在のB後援会事務所におい
て、右Bの選挙運動者であるCらから、同人らが右Bに当選を得させる目的で被告
人らから同選挙区の選挙人であるb地区後援会会員らに対し供与すべき投票買収資
金として手交するものであることを知りながら、現金二〇万円の交付を受けたもの
である。
 (証拠の標目)(省略)
 (法令の適用)
 被告人の判示所為は、刑法六〇条、公職選挙法二二一条一項五号、一号に該当す
るので、所定刑中懲役刑を選択し、その所定刑期の範囲内で被告人を懲役七月に処
し、情状により、刑法二五条一項を適用して、この裁判の確定した日から四年間右
刑の執行を猶予することとし、なお、被告人はAと共同で交付を受けた現金二〇万
円につきAと一〇万円ずつ分け合つたもので、被告人のもとにとどめられた金一〇
万円を没収または追徴することになるが、被告人が交付を受けたものとして福岡地
方検察庁に保管中の現金一〇万円(昭和五八年福岡地検領第一二三三号符号一六四
号)は、その大部分が判示受交付罪で交付を受けた金員を両替したものではある
が、一部他の金員が混入していて、本件により交付を受けて両替した金員と、混入
した金員とが混同し、両者を区別することができない状態にあり、結局これを没収
することができないから、公職選挙法二二四条後段により、右交付を受けた利益で
ある金一〇万円を被告人から追徴し、原審及び当審における訴訟費用は、刑訴法一
八一条一項本文により、その二分の一を被告人に負担させることとして、主文のと
おり判決する。
 (裁判長裁判官 永井登志彦 裁判官 小出錞一 裁判官 谷敏行)

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