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平成27年6月26日判決言渡
平成26年(行ウ)第365号価額変更等請求事件
主文
1原告らの請求をいずれも棄却する。
2訴訟費用は原告らの負担とする。
事実及び理由
第1請求
1東京都収用委員会が平成26年5月29日付けでしたα地区第一種市街地再
開発事業に係る都市再開発法73条1項12号に定める別紙物件目録記載の建
物部分に関する原告らの借家権の価額を金0円と定める裁決を,金4773万
0556円と定めると変更する。
2被告は,原告らに対し,4773万0556円及びこれに対する平成25年
9月26日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2事案の概要
原告らは,都市再開発法(以下,単に「法」という。)に基づく第一種市街
地再開発事業であるα地区第一種市街地再開発事業(以下「本件再開発事業」
という。)の施行地区内の建築物の一部である別紙物件目録記載の建物部分に
つき,借家権(以下「本件借家権」という。)を有していたが,本件再開発事
業によって建築される施設建築物の一部についての借家権を希望しなかった。
本件再開発事業の施行者である被告は,権利変換計画において,法91条に基
づく補償に係る本件借家権の価額を0円と定めたところ(法73条1項12
号),原告らは,これを違法であるとして,法85条1項に基づき東京都収用
委員会にその価額の裁決の申請をしたが,同委員会も平成26年5月29日付
けで本件借家権の価額を0円と定める旨の裁決をした(以下「本件裁決」とい
う。)。
本件は,原告らが,本件裁決を不服として,法85条3項,土地収用法13
3条に基づき,被告に対し,本件借家権の価額を4773万0556円と定め
る旨に本件裁決を変更するよう求めるとともに,法91条1項所定の補償金と
して同額及びこれに対する権利変換期日の翌日である平成25年9月26日か
ら支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求め,更に
後者につき仮執行宣言を申し立てる事案である。
1関係法令の定め
(1)第一種市街地再開発事業と補償の種類
ア第一種市街地再開発事業は,市街地の土地の合理的かつ健全な高度利用
と都市機能の更新とを図るため,都市計画法及び法で定めるところに従っ
て行われる建築物及び建築敷地の整備並びに公共施設の整備に関する事業
並びにこれに附帯する事業である市街地再開発事業(法2条1号)のうち,
権利変換手続(法第3章第2節)の手法によりその目的を実現しようとす
る事業である。
イ第一種市街地再開発事業の施行者は,施行地区内の宅地若しくは建築物
又はこれらに関する権利を有する者で,法の規定により,権利変換期日に
おいて当該権利を失い,かつ,当該権利に対応して施設建築敷地若しくは
その共有持分,施設建築物の一部等又は施設建築物の一部についての借家
権を与えられないものに対し,その補償を支払わなければならない(法9
1条1項前段。以下,この補償を「91条補償」という。)。
ウまた,施行者は,施行地区内の土地の占有者及び当該土地にある物件を
占有している者で物件に関し権利を有する者が,これらの土地若しくは物
件の引渡し等により通常受ける損失を補償しなければならない(法97条
1項,96条1項。以下,この補償を「97条補償」という。)。
(2)権利変換計画における借家権の取扱い
法72条1項により施行者が定めるべきものとされている権利変換計画に
おいては,施行地区内の土地に権原に基づき建築物を所有する者から当該建
築物について借家権の設定を受けている者に対しては,法71条3項により,
施行者に対し施設建築物の一部についての借家権の取得を希望しない旨の申
出をした者(以下「地区外転出の申出」という。)を除き,施設建築物の一
部について,借家権が与えられるように定められなければならない(法77
条5項)。
他方,地区外転出の申出をした者は,権利変換期日において借家権を失い
(法87条2項),かつ,当該権利に対応する施設建築物の一部についての
借家権が与えられないこととなるので,91条補償の対象となる(上記(1)
イ)。そして,権利変換計画においては,91条補償を支払われるべき者に
ついて,その定める権利変換期日(法73条1項17号)において失われる
借家権及びその価額を定めなければならない(同項12号)。
(3)91条補償の額
91条補償の価額は,地区外転出の申出をすべき期限を経過した日(以下
「評価基準日」という。)における近傍類似の土地,近傍同種の建築物又は
近傍類似の土地若しくは近傍同種の建築物に関する同種の権利の取引価格等
を考慮して定める相当の価額であり(法80条1項),91条補償として支
払われるべき額は,この相当の価額に評価基準日から権利変換計画の認可の
公告の日までの物価の変動に応ずる所定の修正率を乗じて得た額に,同公告
の日から補償金を支払う日までの期間につき年6パーセントの割合により算
定した利息相当額を付した金額とされている(法91条1項)。
(4)権利の価額についての意見及び不服の扱い
施行者である市街地再開発組合は,権利変換計画を定めようとするときは,
権利変換計画を2週間公衆の縦覧に供しなければならない(法83条1項)。
施行地区内の土地又は土地に定着する物件に関し権利を有する者は,縦覧期
間内に,権利変換計画について施行者に意見書を提出することができ(同条
2項),施行者は,この意見書の提出があったときは,その内容を審査し,
その意見書に係る意見を採択すべきであると認めるときは権利変換計画に必
要な修正を加え,これを採択すべきでないと認めるときはその旨を意見書を
提出した者に通知しなければならない(同条3項)。91条補償の額の算定
の基礎となるべき法73条1項12号の価額についてこの意見書を採択しな
い旨の通知を受けた者は,その通知を受けた日から起算して30日以内に,
収用委員会にその価額の裁決を申請することができ,その裁決に不服がある
場合の損失の補償に関する訴えは,裁決書の正本の送達を受けた日から6月
以内に,これを提起した者が裁決申請者であるときは施行者を被告として,
提起しなければならないが,この裁決の申請及び訴えの提起は,事業の進行
を停止しない(法85条1項ないし3項,土地収用法133条2項,3項,
134条,都市再開発法施行令33条)。
2前提事実
(1)当事者等
ア原告らは,A法律特許事務所の名称で法律事務所を共同経営する弁護士
らであり,その事務所の用に供する建物として,平成24年ないし平成2
5年当時,別紙物件目録記載の建物部分(以下「本件建物部分」という。)
を共同で賃借していた(甲20,弁論の全趣旨)。
本件建物部分の属する建築物(別紙物件目録中の一棟の建物。以下「本
件建築物」という。)は,本件再開発事業の施行地区内に所在していた
(甲1,2)。
イ被告は,平成24年8月8日に東京都知事の設立の認可を受けたことに
より成立した法8条1項所定の市街地再開発組合であり,東京都港区α及
びβの一部の合計約2.5ヘクタールの区域を施行地区として高さ約20
0メートルの高層の施設建築物(以下「本件再開発ビル」という。)を建
築する等の内容の第一種市街地再開発事業(本件再開発事業)の施行者で
ある(甲7)。
(2)原告らによる地区外転出の申出
原告らは,被告に対し,平成25年4月5日,本件建物部分について,施
設建築物である本件再開発ビルの一部についての借家権の取得を希望しない
旨の法71条3項の規定による地区外転出の申出をした(甲11)。
(3)権利変換計画の縦覧及び認可等
被告は,本件再開発事業に係る権利変換計画(以下「本件権利変換計画」
という。)を,平成25年7月10日から同月23日までの2週間公衆の縦
覧に供した。本件権利変換計画には,権利変換期日を同年9月25日とする
ことのほか,原告らについては,同期日において本件建物部分の借家権を失
い,かつ,これに対応して,本件再開発ビルの一部についての借家権を与え
られず,その価額を0円とすることなどが定められた。(争いのない事実)
原告らは,その縦覧期間内である同年7月18日に,地区外転出の申出を
した借家人の全員について91条補償の額として0円を除く相当の価額を記
載すべき旨等を述べる法83条2項の意見書を被告に提出した(甲12)。
被告は,原告らに対し,同年8月6日,同条3項の規定に基づいて,この
意見書に係る意見を採択すべきでない旨の通知をした(甲13)ため,原告
らは,同月12日,法85条1項に基づき,東京都収用委員会に本件借家権
の価額の裁決を申請した(甲14)が,翌9月,被告は,法72条1項によ
り東京都知事の認可を受けて本件権利変換計画を定め(甲7),法86条1
項により原告らにその通知をし,これにより,同条2項に基づき権利の変換
の処分がされた(弁論の全趣旨)。
(4)本件建物部分の明渡しと97条補償
原告らの本件借家権は,法87条2項により,平成25年9月25日の権
利変換期日に消滅したところ,同年10月17日,原告らと被告との間で,
本件建物部分の引渡しにより原告らが通常受ける損失に対する97条補償の
額を1659万8926円とする旨の法97条2項の協議が成立し,原告ら
は,同年末まで頃に,本件建物部分を被告に引き渡す一方,被告は,原告ら
に対し,同年10月23日及び同年12月6日の2回に分けて同補償額を支
払った。その補償の内訳は以下のとおりである。(乙1,3,弁論の全趣旨)
ア工作物補償259万2166円
イ動産移転補償185万2800円
ウ移転雑費補償145万8240円
エ借家人補償1069万5720円(家賃差額補償額2年分及び敷金の
運用益損失相当額から成るもの)
(5)収用委員会の裁決と本件訴えの提起
東京都収用委員会は,法85条3項により準用される土地収用法94条8
項により,平成26年5月29日付けで,法73条1項12号に定める原告
らの本件借家権の価額を0円とする旨の裁決をし(甲15。本件裁決),原
告らは,同年8月4日,法85条3項により準用される土地収用法133条
2項及び3項により,被告に対し,本件訴えを提起した(当裁判所に顕著な
事実)。
3主な争点と両当事者の主張
本件の主な争点は,(1)本件借家権に対する91条補償の要否とその額(争
点1),(2)補償額に対し遅延損害金を付すべき起算日及び仮執行宣言の許否
(争点2)であり,これらに関する当事者の主張は以下のとおりである。
(1)争点1(本件借家権に対する91条補償の要否とその額)
(原告らの主張)
ア不随意の明渡しに伴い借家権価格が発生すること
市街地再開発事業において施行者が支払うべき補償は,権利変換計画に
記載され,施行地区内に権利を有する者で権利変換期日に権利を失い,か
つ,当該権利に対応した権利を与えられない者に対し,権利変換期日まで
に支払われる91条補償と,市街地再開発事業の工事のための土地の明渡
しに伴い,物件の移転料,仮住居・仮営業所のための費用,移転雑費等の
関係権利者が受ける通常損失を補償し,明渡しの期限までに支払われなけ
ればならない97条補償の2種類が存在し,被告は,権利変換で借家権を
失う地区外転出を希望する者に対し,両者の補償を行わなければならない。
このうち,91条補償は,客観的に借家権の取引価格が認められる場合
についてのみ必要となる補償ではなく,その有無にかかわらず,不随意の
明渡しに伴い当然に発生するものである。そして,原告らは,本件再開発
事業が行われない限り,本件建物部分に係る賃貸借契約を継続し,その賃
借権を保有しつづけることができた以上,これに伴う明渡しが原告らにと
って不随意なものであることは明らかであり,借家権価格が当然に顕在化
する。
また,第一種市街地再開発事業においては,法88条5項により,施行
地区内の建物に借家権を有する者は,原則として,権利変換計画の定める
ところに従い,施設建築物の一部について借家権を得ることになっている
一方,法71条3項は,例外的に,借家権者が施行者に対して地区外転出
の申出を行うことができると定めるのであり,法が,借家権者に対し,権
利変換と地区外転出という2つの選択肢を用意している以上,選択肢の経
済的価値は等価であるべきである。しかるに,本件借家権の価額を0円と
する場合には,等価であるべき2つの選択肢の均衡を著しく欠く結論とな
り,借家権価格が0円であること自体,誤っている。
さらに,借家権価額を0とすることは,法1条の目的規定に掲げられた
公共の福祉の名の下に個人の私有財産を収奪する行為であり,憲法29条
1項及び3項に違反する。
イ本件借家権の価額の算定は割合法によるべきこと
借家権価格を算定する上では,土地価格,建物価格及び借地権価格等に
標準借家権割合を乗じて求める方法(以下「割合法」という。)が,市街
地再開発事業において一般的に採用されている評価方法として妥当する。
その理由は,①従前財産の配分を基本的考え方とする権利変換になじむこ
と,②算式が単純で理解しやすく,多人数の借家人を説得しやすく処理し
やすいこと,③画一的処理が要求される相続税財産評価でも借家権割合の
考え方が用いられていることなどにある。そして,借家権価額の算定基準
を定める法80条1項においても,相当の価額を,取引価格「等」を考慮
して定めるべきものとしていて,条文上も許容されている。
この割合法によれば,本件建物部分の属する別紙物件目録中の専有部分
の建物(以下「本件専有部分」という。)の借地権の価格22億3687
万9000円及び本件専有部分自体の価格2億6913万8800円に,
それぞれ本件専有部分の床面積3907.83平方メートルに対し本件建
物部分の床面積248.10平方メートルの占める賃借割合0.0634
8792と,東京都における標準借家権割合30パーセントとを乗じて算
出した4260万4438円及び512万6118円の合計である477
3万0556円が,本件借家権の価額とされるべきである。
なお,本件借家権の価額の算定に当たっては,本件建物部分は,正面路
線価,側方路線価ともに地価水準の極めて高い本件建築物内において,約
45年間にもわたり継続的に,安定性高く法律事務所として営業型,店舗
型として使用されてきたという個別事情が十分考慮されるべきである。
(被告の主張)
ア借家権価格の発生について
原告らが有する本件借家権について,α地区における事務所の借家権の
取引慣行がなく,取引価格も発生していないことから,被告は,法91条
に基づく本件借家権価額は0円と判断した。もっとも,被告は,原告らに
対し,法97条補償として,原告らが通常受ける損失の補償を適正に行っ
ており,原告らは当該補償によりほぼ経済的な負担なく代替物件に移転す
ることが可能となっている。法91条及び法97条に基づく補償額は全体
として十分に合理的である。
都市再開発法に基づく明渡しは,不随意の明渡しではない。都市再開発
事業において,借家権者は,地区外転出か施設建築物への入居かのいずれ
かを自ら選択するものであり,後者を選択して従前とほとんど同じ場所に
同様の借家権を取得することもできる。被告は,本件建築物の借家権者ら
に対し,本件再開発ビルに再入居することもできると案内していたが,こ
れを申し込まずに地区外転出を決めたのはほかならぬ原告ら自身であり,
法に基づく本件建物部分の明渡しは不随意の明渡しとは性質を異にする。
また,権利変換と地区外転出の2つの選択肢の経済的価値は等価である
べきであること自体は当然のことであるが,本件再開発事業が行われるα
地区においては,権利変換により取得する借家権価額も0円であるため,
上記2つの選択肢の経済的価値は正に等価であり,不均衡は生じていない。
イ原告ら主張の本件借家権の価額の算定方法について
市街地再開発事業の実務において,借家権の価額を割合法により求める
ことが一般的に採用されているとの事実は全くない。
割合法は,個別性が強く賃貸人との関係において個別的な形をとって具
体的に現れる借家権価額について,契約内容等の個別性を反映しない点で
合理性を欠く評価方式である。相続税の財産評価で借家権割合の考え方が
用いられるのは貸家建付地の評価減の算定のみであり,借家権自体の財産
評価に用いるものではない。
(2)争点2(補償額に対し遅延損害金を付すべき起算日及び仮執行宣言の許否)
(被告の主張)
本件裁決主文の価額の変更請求は,裁決後の民事訴訟によってのみ行使す
ることができ,かつ,判決によって補償額が確定的に決まるものであるから,
遅延損害金の起算日は判決確定の日の翌日であると解すべきであり,判決後
に確定する補償額の仮執行宣言の申立ても許されない。
(原告らの主張)
土地収用法133条2項に基づく損失補償増額請求訴訟において,判例は,
収用の時期以降の遅延損害金を請求することができるとするところ,同条を
準用することを定めている法85条3項に基づく本件訴訟にもその理は当然
に妥当するから,遅延損害金は権利変換期日の翌日から起算すべきであり,
民事訴訟法259条1項の財産権上の請求として金銭の給付を求める部分に
ついての仮執行宣言の申立ても,何ら不適法なものではない。
第3当裁判所の判断
1争点1(本件借家権に対する91条補償の要否とその額)について
(1)借家権の消滅と91条補償の要否について
ア施行者は,第一種市街地再開発事業の施行地区内の宅地若しくは建築物
又はこれらに関する権利を有する者で,法の規定により,権利変換期日に
おいて当該権利を失い,かつ,当該権利に対応して,施設建築敷地若しく
はその共有持分,施設建築物の一部等又は施設建築物の一部についての借
家権が与えられないものに対し,その補償として,失われる宅地若しくは
建築物又は権利の価額たる法80条1項所定の「相当の価額」に,所定の
修正を加え利息相当額を付して支払わなければならない(法91条1項,
80条1項,73条1項12号)。
この91条補償は,施行地区内に有していた権利に対応する権利が第一
種市街地再開発事業完了後の施行地区内において与えられずにその権利を
失う者に対して,当該権利の消滅の対価として支払われるべき補償である
ということができる。
もっとも,法71条は,権利変換を希望しない旨の申出等について定め
ているところ,上記の申出の内容は,①施行地区内の宅地の所有者及びそ
の宅地について借地権を有する者については,これらの資産の価額に相当
する金銭の給付を希望することであり,施行地区内の土地に権原に基づき
建築物を所有する者については,建築物の価額に相当する金銭の給付か又
は建築物を他に移転するかを希望することであると規定されている(同条
1項)のに対し,②施行地区内の建築物につき借家権を有する者について
は,単に,借家権の取得を希望しないことであると規定され,金銭の給付
を希望することがその内容に含まれていない(同条3項)。
上記のとおり,同条の1項と3項とが権利変換を希望しない旨の申出等
の内容を書き分けているのは,借家権は,賃貸人の承諾なく第三者へ譲渡
し得ないものであり,取引慣行自体が存在しないことが一般であって,客
観的な取引価格を認識することが困難であるのが通常であることに基づく
ものと解される。そうすると,同条3項の規定は,施行地区内の建築物に
つき借家権を有する者は,借家権の消滅の対価として当然に何らかの金銭
の給付を受けられるものではないことを前提にしたものと解することが相
当である。
以上によれば,法は,施行地区内の建築物について借家権を有する者が
地区外転出の申出をした場合において,法91条1項に定める91条補償
が支払われるべき対象者に形式的には当たるとしても,必ず借家権の消滅
の対価として法91条に基づき金銭の給付による補償をしなければならな
いとの立場をとるものではないといわざるを得ない。
イ他方,施行者は,施行地区内の土地の占有者及び物件に関し権利を有す
る者が,施行者から,権利変換期日後第一種市街地再開発事業に係る工事
のため必要があるとして求められる土地の明渡しのためにする土地若しく
は物件の引渡し又は物件の移転により通常受ける損失を補償しなければな
らない(法97条1項,96条1項)。
この97条補償は,権利の消滅の対価の補償ではなく,明渡しをするこ
とに伴って通常受ける損失についての補償を行う趣旨のものであるという
ことができ,消滅する借家権について取引価格を認識することができない
場合であっても,明渡しに伴い,当該借家権が借家人に対してもたらして
いた経済的な利益が損なわれるときは,これを通常損失の範囲内で補償す
ることも含まれると解される。
ウ原告らは,法91条に基づく補償は,借家権の客観的な取引価格が認め
られるかどうかを問わず,不随意の明渡しに伴い当然に発生するものであ
る旨主張する。
この点,本件建物部分の借家権を有していた原告らは,本件建物部分の
属する本件建築物の所在地が本件再開発事業の施行地区とされたことによ
り,自ら地区外転出の申出を選択すると否とにかかわらず,その明渡しを
余儀なくされ,この意味において,本件建物部分の明渡しは「不随意の明
渡し」に当たることは否定できないが,上記で判示したとおり,この明渡
しによる損失の補償は,97条補償により賄われることが予定されている
(なお,この補償には,明渡し等に伴う移転費用に加えて,転出後の家賃
差額の補償といった,従来の借家権を継続したときに享受できたであろう
経済的な利益の喪失部分も含まれ得る。前提事実(4)参照。)。そうする
と,建築物の明渡しがこのような意味における「不随意の明渡し」である
ことをもって,直ちに91条補償を受けられるべきと解さなければならな
いわけではない。
また,原告らは,法が,借家権者に対し,権利変換と地区外転出の申出
という2つの選択肢を用意している以上,選択肢の経済的価値は等価であ
るべきであるが,借家権の価額を0円とする場合には,等価であるべき2
つの選択肢の均衡を著しく欠く結論となる旨主張する。
しかしながら,施行地区内の建築物について借家権を有する者が権利変
換を選択し,当該権利に対応して施設建築物の一部について借家権を与え
られることになった場合においても,当該借家権につき,当然に,取引価
格が認識できることにはならない(権利変換計画上も,当該借家権の価額
は記載されない。法73条1項7号,8号。同項2号ないし4号対照。)。
したがって,原告らの上記主張はその前提を欠くものといわざるを得ない。
上記アで判示したとおり,施行地区内の建築物に借家権を有する者で,
権利変換期日においてこれを失い,かつ,これに対応して,施設建築物の
一部についての借家権が与えられないものについて,常に借家権の消滅の
対価として91条補償が必要とされているとまではいえないのであり,法
は,91条補償の額を0円と算定すべき場合があり得ることを当然の前提
としているものであるから,原告らの主張は採用することができない。
なお,このように解するとしても,法は,91条補償以外に97条補償
を設け,不随意の明渡しに伴って生じる損失を補償することとしているか
ら,憲法29条1項及び3項に違反するものとはいえない。
(2)91条補償をすべき額
そこで進んで,原告らが本件再開発事業により失うところとなった本件借
家権につき,施行者が法91条により補償すべき額を検討する。
ア借家権者が法87条2項の規定により失う借家権の価額は,所定の評価
基準日における近傍同種の建築物に関する同種の権利の取引価格等を考慮
して定める相当の価額と規定されており(法80条1項),この文言に照
らせば,施行者が法91条により補償すべき額は,借家権の取引価格を基
礎として算定すべきものであることは明らかである。
これに対し,原告らは,取引価格「等」との表現のうちに,割合法によ
り算定することが許容されており,本件借家権の評価において割合法を使
用することが合理的である旨主張する。
しかしながら,上記(1)アで判示したとおり,法は,権利変換の際に生
じる借家権の消滅の対価として,借家権者は当然に金銭の給付を受けられ
るものではないとの立場をとっているところ,常に割合法を採用して標準
借家権割合に相当する一定の金額を補償しなければならないと解すること
は,上記の立場と相容れないものとなるから,そのように解することは困
難である。また,不動産鑑定評価基準においては,借家権の評価に関し,
①借家権の取引慣行がある場合の借家権の鑑定評価額の評価方法と,②賃
貸人から建物の明渡しの要求を受け,借家人が不随意の立退きに伴い事実
上喪失することとなる経済的利益等,賃貸人との関係において個別的な形
をとって具体に現れるものがある場合の借家権の鑑定評価額の評価方法と
を区別して記載し,割合法については,上記①の場合に比較考量するもの
とされ,上記②の場合には勘案すべきものとされていない(甲18)。こ
れらの点を勘案すると,借家権の取引慣行があるなど取引価格が認識し得
る場合においては,割合法により求めた価格を比較考量することが許容さ
れることがあるとしても,取引価格を認識し得ない場合においては,常に
割合法のみを採用して上記の対価の額を算定しなければならないと解すべ
き理由はなく,また,後記イのとおり借家権の取引慣行があるとはいえな
い本件において,割合法を適用することが合理的であるともいい難い。以
上と異なる原告らの主張は採用することができない。
また,原告らは,再開発の実務において,借家権価額を割合法により求
めることが一般的である旨主張し,それに沿う書証(甲18,19)を提
出するが,仮に他の市街地再開発事業の実務において,借家権の取引慣行
がないのに,専ら割合法により算定した額により91条補償を行っている
事例があるとしても,それが故に,本件再開発事業において,本件借家権
の価額を割合法によらずに算定したことが法に反することになるものでは
ない。
さらに,原告らは,借家権の価格を評価すべき他の場面において,他の
法令又は実務上,割合法に相当する考え方が採用されている例が存在する
ことを指摘するが,各分野における立法趣旨や問題状況の違いに応じて評
価方法が異なることはあり得るものであり,そうした例の存在することが
以上に判示したところを左右するものではない。
イそこで,本件建物部分の近傍同種の建築物に関する同種の権利の取引価
格を検討すると,評価基準日現在,本件再開発事業の施行地区付近におい
て,借家権の取引価格が成立している,即ち,①借家権取引の慣行があっ
て借家権に譲渡取引対象としての財産価値があるとか,②借家権を取得す
る上で返還の予定されない一時金を支払わなければならないのが一般であ
って,当該一時金相場が実質的に借家権の取得取引における経済的価値を
形成しているとかいった事実を認めるに足りる証拠はない。①について付
言すると,証拠(甲3,5の各第7条)及び弁論の全趣旨によれば,原告
らが本件建物部分に借家権の設定を受けた賃貸借契約においては,「乙
〔賃借人〕は甲〔賃貸人〕の書面による承諾を得ないで,他に賃借権を譲
渡し,もしくは転貸(共同使用,同居その他これに準ずる一切の行為を含
む)をしてはならない。」旨の約定があると認められるところ,このよう
な無断賃借権譲渡禁止の約定を伴う同種の借家権が,一定の価格をもって
譲渡取引の対象とされることは,容易に想定し難いものである。
なお,原告らは,本件借家権の価額を算定するに当たっては,借家権価
額が一般的に高額となるとされる個別要因(長期継続性,安定性,地価水
準,営業・店舗型であることなど)があるとし,これが考慮されるべきで
あると主張するが,借家権の取引価格が成立しているとはいえない本件に
おいては,それらの個別要因は,せいぜい97条補償として通常損失を算
定する際の基礎事情として考慮され得るにとどまるものであって,91条
補償において考慮すべき事情には当たらない。そして,実際上も,原告ら
は,本件再開発ビル付近において事務所を賃借することにさしたる困難は
ないものと考えられ,また,前提事実(4)のとおり,原告らに対しては,
地域の標準賃料と従前の本件建物部分の賃料との実差額の相当期間分も9
7条補償として支払われていることをも勘案すると,原告らが従前有して
いた借家権の経済的な価値についてはそれに見合う補償がされているもの
ということができ,これとは別に,91条補償が支払われるべき事情があ
るとは認め難い。
ウ以上によれば,法91条により補償されるべき借家権の価額は0円であ
ると認めるのが相当である。
2結論
よって,本件借家権について法91条により補償されるべき額を0円とした
本件裁決は相当であり,その価額についての本件裁決の変更及び本件借家権を
失うことに対して91条補償の支払を求める原告らの請求は,その余の点につ
き判断するまでもなく理由がないから,これらをいずれも棄却することとし,
訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法7条,民事訴訟法65条1項本文,61
条を適用して,主文のとおり判決する。
東京地方裁判所民事第38部
裁判長裁判官谷口豊
裁判官平山馨
裁判官馬場潤

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