弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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         主    文
     本件上告を棄却する。
         理    由
 弁護人森茂、同永田菊四郎の上告趣意第一点について。
 しかし、原判決によれば、原審が所論の判示事実を認定したのは、被告人の原審
公判廷における判示同旨の供述とC提出にかかる始末書中判示に照応する被害顛末
の記載とを綜合した結果によるものである。そして右証拠を綜合すれば、原審の事
実認定はこれを肯認するに難くないのである。論旨は畢竟事実審である原審の裁量
権の範囲に属する事実認定を非難するに帰着し上告適法の理由とならない。
 同第二点について。
 記録によれば、原審は所論の主要食糧配給通帳についても第一回公判期日におい
て事実調に際し、これを被告人に示し意見弁解を求め(記録八一丁参照)、適法に
その証拠調を為したものと認め得るのである。のみならず該通帳は警察署において
領置されたものであつて、特に原審第一回公判期日前公判準備のため訴訟関係人か
ら提出されたものではないのであるから、刑訴第三四二条に所謂取調を要する証拠
書類には該当しないのである(昭和一三年(れ)第二五六号事件同年六月一三日言
渡大審院判決、同一一年(れ)第五一三号事件同年六月一五日言渡大審院判決参照)。
従つて仮りに右通帳につき証拠調が為されなかつたとしても原判決に所論のような
違法があるとはいい得ないのである。論旨は理由がない。
 同第三点について。
 原判決によれば、その確定した事実は「被告人は当時雇傭中のA某外五名が移動
証明書を持つていないため同人等の主要食糧の配給を受けることが出来なかつたの
でその頃D某から譲受けたB外五名の移動証明書を利用して同人等を自己の同居人
として虚偽の申告を為し自己の主要食糧配給通帳にその旨の登載を受け十数回に亘
り長崎県北松浦郡E食糧営団F出張所係員に対し、恰も前記B外五名が被告人方に
同居しているものの如く装つて右通帳を提出し因つてその旨誤信した係員から右B
等の配給分として白米合計二八四瓩四九〇瓦及び押麦合計三〇瓩八四〇瓦の配給を
受けてこれを騙取したものである」というのである。すなわち、B外五名は架空の
幽霊人物であると否とを問わず当時被告人方に同居していなかつたというのである
から、被告人は右所轄食糧営団出張所においては同人等の配給分としては主食の配
給を受けることはできなかつた筈なのである。夫にも拘らず、欺罔手段を弄して係
員を誤信せしめて同人等の配給分として主食たる白米及び押麦を交付せしめたとい
うのであるから、詐欺罪の成立することは当然である。論旨は本件被告人の所為は
A某外五名のために、B外五名の移動証明書を利用して主食の配給を受けたに過ぎ
ないのであつて、所謂幽霊人口により不正受配したものではなく唯受配人名を異に
するだけで受配人数は正しいのであり何等配給制度を阻害するものではないと主張
し、宮城控訴院の判例を引用するのである。しかし右宮城控訴院の判決は、「正当
受配資格者としては世帯主一人であるに拘わらず家族全員五人との虚偽の届出をし
て五人分の家庭用主食の配給を受けた」という事案において第一審判決が五人分の
不正受配ありとし詐欺罪の成立を認めたのに対し、「不正受配は四人分であつて一
人分は正当受配である」との控訴人の主張を容れ、論旨摘録の通り判示したもので
ある。然るに本件においては前説示の如く、B外五名は判示食糧営団出張所からは
主食の配給を受ける権利のないものであつてその全部につき不正受配ということが
できるのであるから、右判決の場合とは大いにその趣を異にする。右判例の引用は
適切ではないのである。
 なお論旨は配給制度においては受配者の人数が大切なのであつてその人名が甲で
あるか乙であるかは重要ではない。と主張するのであるが、なるほど本件の場合に
おいてB外五名はそれが仮空の人物でないとすれば、わが国内の何処かでは所定量
の主食の配給を受け得るのであるから、国全体の見地に立てば、被告人が同人等の
名義で受けた主要食糧の配給も結局不正受配とならないようにも見える。しかし配
給制度というものは、需要供給の原則に従う自由経済に放任しては到底全国民に最
少限度の必要量の分配を期待し得ない食糧事情に対処せんとして定められたもので
ある。国は国民に所定量の主食を供給するため、予め各地に実在する受配者の数を
調査しこれに対応する配給機関を整備しその所要量をこれに輸送する等諸般の計画
を樹立してその円滑な実施を期しているのであるから、本件におけるが如く現実に
居住の変更ないにも拘らず虚偽の移動証明書を利用して各人が各所において任意に
所定量以上の配給を受け得るものとすればこの制度の円滑な運営を阻害することは
必然であろう。しかのみならず詐欺罪の被害法益は、不当に騙取せられる財物であ
り、配給制度そのものではない。従つて被告人が前示食糧営団出張所係員を欺罔し
て正当には受配し得ない主要食糧を騙取した以上詐欺罪に問擬せられるのもまた己
むを得ないのである。論旨は理由なきものである。
 同第四点について。
 裁判が公平でなければならぬことはいうまでもない。しかし憲法第三七条第一項
にいわゆる「公平な裁判所の裁判」とは偏頗や不公平のおそれのない組織と構成と
をもつた裁判所による裁判といふ意味であつて必ずしも個々の事件につきその内容
実質が具体的に公正妥当な裁判という意味ではない。従つて所論のような科刑が重
きに過ぎるとか、執行猶予の言渡を為すべきにこれをしなかつたというが如き量刑
上の当不当の問題は右憲法の条項違反の問題とはなり得ないのである(昭和二二年
(れ)第四八号事件同二三年五月二六日大法廷判決参照)。論旨は結局事実審であ
る原審の自由裁量権に属する量刑の不当を非難するに帰着し上告適法の理由となら
ない。
 よつて刑訴第四四六条に従い主文の通り判決する。
 この判決は裁判官全員の一致した意見である。
 検察官 安平政吉関与
  昭和二三年一一月四日
     最高裁判所第一小法廷
         裁判長裁判官    岩   松   三   郎
            裁判官    沢   田   竹 治 郎
            裁判官    真   野       毅
            裁判官    斎   藤   悠   輔

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