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令和2年6月30日判決言渡
平成31年(行ケ)第10024号審決取消請求事件
口頭弁論終結日令和2年1月30日
判決
原告株式会社ユニコム
訴訟代理人弁護士小松勉
同市川静代
同三輪拓也
同上田敏成
訴訟代理人弁理士苫米地正敏
被告Y
訴訟代理人弁理士西村知浩
主文
1原告の請求を棄却する。
2訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第1請求
特許庁が無効2018-800044号事件について平成31年1月16日
にした審決を取り消す。
第2事案の概要
1特許庁における手続の経緯等
⑴被告は,特許第5130307号「小動物用酸素治療装置」(以下「本件
特許」という。)の特許権者である。
⑵特許査定に至る経緯
本件特許の特許査定に至るまでの経緯は以下のとおりであった。
平成16年11月22日原出願(特願2004-366785号)
平成22年1月13日分割出願(特願2010-4841号)
(甲3。以下「本件出願」という。)
平成23年12月8日拒絶理由通知(甲8)
平成24年2月9日手続補正書,意見書(甲9)
同年6月4日拒絶理由通知(甲4)
同年8月6日手続補正書
(甲2。以下「本件補正」という。)
同日意見書(甲5)
同年10月23日特許査定
同年11月9日設定登録(甲1)
⑶原告は,平成30年4月20日,本件特許の無効審判を請求した(無効2
018-800044号)。
⑷特許庁は,平成31年1月16日,審判請求を不成立とする審決をした。
その謄本は,同月28日,原告に送達された。
⑸原告は,平成31年2月26日,審決の取消しを求めて,本件訴えを提起
した。
2本件発明
⑴本件特許は請求項1~4から成り,請求項2~4は,請求項1を引用して
その構成に限定を加えたものである。
請求項1の記載は次のとおりである。本件補正の補正要件違反が無効理由
として主張されているので,本件補正の前後における記載を示し,補正箇所
に下線を付した。分説は,審決にならった。
【本件補正前】
A1ゼオライトを備えた酸素濃縮器と小動物を収容するケージとから構成
され,
A2’前記ケージは,このケージ内の空気を置換できるように,前記酸素濃
縮器から大量の酸素含有空気を供給し続けることができる,内外を連通
する通孔を有する開放型のケージである
A7ことを特徴とする小動物用酸素治療装置。
【本件補正後】(以下「本件発明1」という。)
A1ゼオライトを備えた酸素濃縮器と小動物を収容するケージとから構成
され,
A2前記ケージは,内外を連通する通孔を有する開放型のケージであって,
A3前記通孔は,
A4前記ケージに酸素濃度調整手段を具備することなく,ケージ内を小動
物の酸素集中治療に最適であるとされる酸素濃度に保持できるように,
A5ケージ内を前記酸素濃縮器からの新鮮な酸素含有空気に交換できるよ
うに,
A6前記酸素濃縮器からの酸素含有空気の供給に対して,ケージ内の酸素
含有空気を外部に放出できる大きさに形成されている
A7ことを特徴とする小動物用酸素治療装置。
⑵本件補正の前後の記載を比較すると,請求項1についての本件補正の趣旨
は次のとおりである。
ア「通孔」の形成についてA4~A6のとおり特定する(以下,A4~A6
を「通孔大きさ特定事項」という。)。
イ前記酸素濃縮器から大量の酸素含有空気を供給し続けること(以下「酸
素大量事項」という。)を,A2’から削除する。
⑶本件出願に添付された【図1】は,本判決の別紙のとおりである。
3審決の理由の要旨
審決は,本件発明1についての原告の無効理由の主張をすべて排斥し,請求
項2~4に係る発明についての無効理由の主張については,請求項2~4が請
求項1を引用していることを主たる理由として排斥した。
本件発明1についての原告(無効請求人)の無効理由の主張及び審決の判断
は,次のとおりである。
⑴無効理由1(新規事項追加の補正要件違反)
ア通孔大きさ特定事項の追加について
〔原告(無効請求人)の主張〕
本件の願書に最初に添付した明細書(甲3。以下「出願時明細書」と
いう。)の【0011】,【0017】,【0021】の記載によれば,
酸素濃度の調整には,①通孔の大きさ,②酸素濃縮器からの空気供給流
量,③ケージの容積の三つの要素が組み合わせられることが必要である
旨開示されている。ところが,本件補正後の本件発明は,①を通孔大き
さ特定事項にあるように限定しただけで,②及び③との技術的関連性を
限定することなく,「最適であるとされる酸素濃度」が得られるとして
おり,本件補正は出願時明細書等の記載を逸脱する。
〔審決の判断〕
出願時明細書等の【0002】,【0005】,【0006】,【0
011】,【0015】~【0026】には,ケージに酸素濃度調整手
段を必要としない小動物用酸素治療装置,が記載されており,このこと
は,構成A4の「前記ケージに酸素濃度調整手段を具備することなく」
に相当する。
また,出願時明細書等の【0021】,【0022】には,構成A3,
A5及びA6並びに構成A4の「ケージ内を小動物の酸素集中治療に最
適であるとされる酸素濃度に保持できるように」に相当する一実施例と
しての数値が「例えば」という前提付きで記載されているから,上記各
構成についても出願時明細書等に開示されている。
したがって,通孔大きさ特定事項を追加する補正は,新たな技術的事
項を導入するものではない。
イ酸素大量事項の削除について
〔原告(無効請求人)の主張〕
補正後の本件発明1には「大量」という要素が反映されていないため,
出願時明細書等に記載された発明とは異なる発明であり,出願時明細書
等の【0010】の作用効果の記載とも整合しないから,新規事項に当
たる。
〔審決の判断〕
酸素大量事項を削除しても,出願時明細書等に記載された発明と異な
る発明となるとはいえず,【0010】の作用効果の記載とも整合して
いないということもできない。したがって,酸素大量事項の削除は新規
事項に当たらない。
⑵無効理由2(甲6(図1)発明を引用発明とする本件発明1の進歩性欠如)
〔原告(無効請求人)の主張〕
本件発明1は,特開2000-314542号公報(甲6)の【図1】
(本判決の別紙参照)及びこれに関連する明細書の箇所に記載された発明
に基づいて,当業者が容易に想到し得た。
〔審決の判断〕
ア甲6の図1及びこれに関連する「発明の詳細な説明」の箇所には,次の
発明(以下「甲6(図1)発明」という)が記載されている。
「ゼオライト系の窒素吸着物質を備えた酸素富化空気供給装置3と動物7
を収容する隔離室2とを備え,
前記隔離室2は,隔離室2の空気と外部の空気とが通ずる排気口2bが
配設されている隔離室2であって,
前記排気口2bは,
前記酸素富化空気供給装置3からの酸素富化空気の供給により,隔離室
2の室内空間2cの酸素富化空気を外部に排出するものであり,
前記酸素富化空気供給装置3は,
隔離室2の室内空間2cを動物7の体調回復のための酸素濃度に保たれ
るように,
隔離室2の室内空間2cを酸素富化空気供給装置3からの連続的な酸素
富化空気の供給により酸素富化環境になるように,
隔離室2に取り付けられた酸素濃度調節器6とO2センサ5からの信号
により酸素供給量が自動調整された酸素富化空気を供給する
動物7の体調を回復する酸素富化環境装置1。」
イ本件発明1と甲6(図1)発明との一致点及び相違点は次のとおりである。
<一致点>
ゼオライトを備えた酸素濃縮器と小動物を収容するケージとから構成さ
れ,前記ケージは内外を連通する通孔を有する開放型のケージであって,
前記通孔は,前記酸素濃縮器からの酸素含有空気の供給に対して,ケージ
内の酸素含有空気を外部に放出できる小動物用酸素治療装置である。
<相違点A>
「前記通孔は,前記酸素濃縮器からの酸素含有空気の供給に対して,ケー
ジ内の酸素含有空気を外部に放出できる」について,本件発明1の「通
孔」は,通孔大きさ特定事項のとおり形成されているのに対して,甲6(
図1)発明の「排気口2b」は,「前記酸素富化空気供給装置3からの酸
素含有空気の供給により,隔離室2の室内空間2cの酸素含有空気を外部
に排出する」機能を有する排気口にすぎない。
ウ相違点Aについての検討
(ア)甲6(図1)発明自体からの想到容易性
本件発明1と甲6(図1)発明とは,ケージ内の空気を酸素濃縮器から
の新鮮な酸素含有空気に交換して,ケージ内の酸素濃度を小動物の酸素
集中治療に最適な濃度に保持する手段を有する点において共通する。し
かし,その具体的手段として,甲6(図1)発明では,酸素濃度調節器6
とO2センサ5を具備する機構によって酸素濃度を保持しており,排気
口2bの大きさは酸素濃度の保持とは無関係である。このように,甲6
(図1)発明では,酸素濃度の保持を排気口(通孔)の大きさの設定によ
って行うという技術思想は記載も示唆もない。
したがって,甲6(図1)発明に接した当業者にとって,甲6(図1)発
明の排気口を,本件発明1の通孔大きさ特定事項のとおりに形成するこ
とは,容易に想到し得ない。
(イ)甲7技術事項の適用による想到容易性
実願昭54-34909号(実開昭55-134818号)のマイク
ロフィルム(甲7)には,次の技術事項(以下「甲7技術事項(F1~
3)」という。)が開示されている。
「F1乾燥機2とペットを収容するペット乾燥用容器1とから構成さ
れ,
F2前記ペット乾燥用容器1は,内外を連通するサク3(ないしは
穴4)を有する開放型のペット乾燥用容器1であり,
F3前記ペット乾燥用容器1に酸素濃度調整手段を具備することな
く,前記ペット乾燥容器1内を小動物の乾燥に最適であるとされ
るペット乾燥の環境に保持できるようにしている。」
甲7技術事項(F1~3)は,ペットの乾燥に関する技術事項であり,
甲6(図1)発明のペットの酸素治療とは技術分野が相違する。また,技
術分野に関連性があるとしても,甲7には,ペット乾燥用容器1の通孔
(サク3又は穴4)を,本件発明1の通孔大きさ特定事項のとおり形成
することに関する記載はない。したがって,甲6(図1)発明に甲7技術
事項(F1~3)を適用して,相違点Aに係る本件発明1の構成とする
ことは,容易に想到し得ない。
(ウ)甲12技術事項の適用による想到容易性
甲12には,次の技術事項(以下「甲12技術事項」という。)が開
示されている。
「G1ケージに流量調整手段(酸素濃度調整手段)を具備することな
く,ケージ内を小動物の二次感染防止に最適であるとされる清浄
空気の環境に保持できるようにしている。」
甲12技術事項(G1)は,小動物の飼育に関する技術事項であり,
甲6(図1)発明のペットの酸素治療とは技術分野が相違する。また,技
術分野の関連性があるとしても,甲12の【0016】には「吸引口2
3より穴径が20~80%大きい排気口25」と記載されているものの,
当該記載は,吸引口に対する排気口の大きさの比率に関する記載であり,
排気口を,本件発明1の通孔大きさ特定事項のとおり形成することに関
する記載はない。したがって,甲6(図1)発明に甲12技術事項(G
1)を適用して,相違点Aに係る本件発明1の構成とすることは,容易
に想到し得ない。
⑶無効理由3A(甲6(請求項5)発明を引用発明とする本件発明1の新規性
欠如)
〔原告(無効請求人)の主張〕
本件発明1は,特開2000-314542号公報(甲6)の請求項5
に記載された発明と同一である。
〔審決の判断〕
ア甲6の請求項5及びこれに関連する「発明の詳細な説明」の箇所には,
次の発明(以下「甲6(請求項5)発明」という)が記載されている。
「空気中の窒素と酸素を分離して酸素富化空気を生成する酸素富化空気供
給装置と動物が収容可能な隔離室とから構成され,
前記隔離室は,隔離室の空気と外部の空気とが通ずる排気口が配設され
ている隔離室であって,
前記排気口が,配設されており,
前記酸素富化空気供給装置は,
隔離室の室内空間の動物が酸素富化環境中で呼吸可能となるように,隔
離室の室内空間を外部の空気よりも酸素濃度が高い酸素富化環境にするよ
うに,酸素富化空気を連続的に供給する,
動物の体調を回復する酸素富化環境装置。」
イ本件発明1と甲6(請求項5)発明との一致点及び相違点は次のとおりで
ある。
<一致点>
「ゼオライトを備えた酸素濃縮器と小動物を収容するケージとから構成さ
れ,前記ケージは,内外を連通する通孔を有する開放型のケージであって,
前記通孔は,形成されている,小動物用酸素治療装置。」
<相違点B>
「前記通孔は,形成されている」について,本件発明1の「通孔」は通孔
大きさ特定事項のとおり形成されているのに対して,甲6(請求項5)発明
の「排気口」は「配設されて」いるにすぎない。
ウ相違点Bについての検討
(ア)原告(無効請求人)は,甲6(請求項5)発明は,酸素濃度調整手段を
具備していないから,本件発明1と同一であると主張しており,かかる
主張について検討する。
甲6の【請求項5】及び【0025】には,隔離室に酸素濃度調節器
及びO2センサとが具備されているのか否かが明記されていないため,
甲6(請求項5)発明が,酸素濃度調整手段を具備しているか否かは不明
である。そして,甲6(請求項5)発明が酸素濃度調整手段を具備してい
ないと仮定したとしても,甲6には,「排気口」が,本件発明1の通孔
大きさ特定事項のとおりに形成されることについては記載も示唆もない。
したがって,請求人の上記主張のように,甲6(請求項5)発明が酸素
濃度調整手段を具備していないと仮定しても,相違点Bは,実質的な相
違点であるといえる。
(イ)以上のとおり,相違点Bは実質的な相違点なので,本件発明1と甲6(
請求項5)発明とは同一ではない。
第3争点
原告は,審決の取消事由を9点主張する。
取消事由1は,本件発明1についての本件補正の補正要件違反に係る審決の判
断の誤りをいうものである。
取消事由2は,甲6(図1)発明を引用発明とする本件発明1の進歩性欠如に関
する審決の判断の誤りをいうものである。取消事由3~5は,取消事由2の主張
を前提として,請求項2~4に係る発明(以下「本件発明2~4」という。)に
ついての審決の判断の誤りをいうものであり,原告は,本件発明2固有の構成に
ついては甲6(図1)発明と甲10(特開2002-58373号公報)により,
本件発明3固有の構成については甲6(図1)発明と甲11(特開平10-144
29号公報)により,本件発明4固有の構成については甲6(図1)発明と甲7に
より,いずれも容易想到であると主張している。
取消事由6は,甲6(請求項5)発明を引用発明とする本件発明1の新規性欠如
に関する審決の判断の誤りをいうものである。取消事由7~9は,取消事由2の
主張を前提として,本件発明2~4に係る審決の判断についての誤りをいうもの
であり,本件発明2固有の構成については甲6(請求項5)発明と甲10により,
本件発明3固有の構成については甲6(請求項5)発明と甲11により,本件発明
4固有の構成については甲6(請求項5)発明と甲7により,いずれも容易想到で
あると主張している。
第4当事者の主張
1取消事由1(本件補正の補正要件違反)
⑴通孔大きさ特定事項の追加について
〔原告の主張〕
ア本件補正により追加された通孔大きさ特定事項は,機能的・抽象的で,
その果たすべき作用効果ないし発明の目的を提示した機能的クレームに当
たる。機能的クレームは,これを達成するために必要な具体的構成は何ら
明らかにしないにもかかわらず,技術的範囲が極めて広いものとなり得る
から,明細書中で十分にサポートされているか,あるいは技術常識からみ
て具体的構成が理解できる場合に限って許される。
出願時明細書のうち,【発明の効果】に関する【0011】には,「酸
素濃縮器からの供給流量」と「通孔の大きさ」とによって酸素濃度を容易
に調整できる旨の記載があるが,【発明を実施するための形態】に関する
【0021】,【0022】によれば,「通孔7から成る開口部例えば開
口面積80c㎡」,「70Lの容積をもつケージB」,「45%濃度の酸
素含有空気を……供給」,「酸素濃縮器Aから大量の例えば10L/mi
nの流量で……供給」の組み合わせによって,「ケージB内は,酸素集中
治療に最適であるとされる例えば30%の酸素濃度に保持され」ている。
つまり,通孔大きさ特定事項中の構成A4のとおり「ケージ内を小動物の
酸素集中治療に最適であるとされる酸素濃度に保持」するためには,「通
孔の大きさ」,「ケージの容積」,「供給する酸素濃度」及び「酸素濃縮
器からの供給流量」の4要素を適切に組み合わせる必要があるという技術
常識が前提となっている。そうすると,その具体的な組合せが開示されな
い限り,当該発明は明確性を欠き,当業者において実施不能である。
ところが,出願時明細書には,上記の4要素の組合せとしては,上記
【0021】に一例が開示されているのみで,これ以外のものは開示され
ておらず,各要素の相関関係は全く不明であり,「ケージの容積」,「供
給する酸素濃度」及び「酸素濃縮器からの供給流量」が異なる場合の通孔
の大きさを決定する方法等も全く記載されていないし,その示唆もない。
したがって,本件補正により通孔大きさ特定事項を追加したことは,新
規事項の追加に当たり,特許法17条の2第3項に違反する。
イ通孔大きさ特定事項を追加した後の本件発明1の技術思想は,「通孔の
大きさ」の設定のみで適切な酸素濃度を保持できるというものになってい
る。これは,補正前の発明が前提とする技術常識(最適な酸素濃度保持の
ためには上記の4要素を適切に組み合わせる必要があること)に反し,明
細書に記載のない新たな技術思想を提示するもので,この点からも新規事
項の追加に当たり,特許法17条の2第3項に違反する。
〔被告の主張〕
ア本件発明1は,原告が主張するような,ケージ内を最適な酸素濃度に保
持するために,「通孔の大きさ」,「ケージの容積」,「供給する酸素濃
度」及び「酸素濃縮器からの供給流量」の4要素を適切に組み合わせた発
明ではない。
本件発明1は,多くの調整手段によってケージ内の酸素濃度を調整して
いた従来技術の技術的問題点を解決した発明であり,ケージに酸素濃度調
整手段を具備せず,酸素濃縮器からケージ内に酸素含有空気を供給するだ
けで,ケージ内の酸素含有空気を通孔から外部に放出しながら,酸素濃縮
器からの新鮮な酸素含有空気と交換するようにして,ケージ内を小動物の
酸素集中治療に最適である酸素濃度に保持した発明であり,多くの調整手
段を用いてケージ内の酸素濃度を調整しないという斬新な技術的特徴を有
する。
イ通孔大きさ特定事項のうち,構成A4の「前記ケージに酸素濃度調整手
段を具備することなく,」は,出願時明細書の【0002】,【000
5】,【0006】,【0015】~【0026】及び図1などに記載が
ある。また,構成A4のその余の部分及び構成A5については,【001
0】,【0022】,A6については,【0011】,【0021】,
【0022】に記載されている。したがって,通孔大きさ特定事項は,明
細書又は図面のすべての記載を総合することにより導かれる技術的事項で
あり,新たな技術的事項ではない。
⑵酸素大量事項の削除について
〔原告の主張〕
ア出願時明細書では,従来技術において,酸素濃縮器からの酸素含有空気
の供給流量がせいぜい3L/min程度と少量で,ケージは気密性の高い
ものであったのに対し,本件発明1においては,供給流量を10L/mi
n程度の大量にするとともに,ケージは大きな開口面積を有する開放型と
する,という技術思想が開示されている。本件補正における酸素大量事項
の削除により,本件発明1は,供給流量が少量である従前の技術を含むこ
ととなるから,出願時明細書に記載された上記技術思想とは異なる技術思
想を有する発明となる。したがって,酸素大量事項の削除は,新規事項の
追加に当たり,特許法17条の2第3項に違反する。
イ酸素大量事項の削除は,供給流量を限定しないことによって特許請求の
範囲を拡張するという点で,特許法17条の2第5項にも違反する。
〔被告の主張〕
本件補正においては,酸素大量事項を削除するのと同時に通孔大きさ特
定事項を追加している。そして,酸素の供給流量を大量にするとともにケ
ージは大きな開口面積を有する開放型とする,という技術思想は,本件補
正の前後で一貫しているから,酸素大量事項の削除は,新規事項の追加に
当たらない。
2取消事由2(甲6(図1)発明を主引用発明とする本件発明1の進歩性欠如)
〔原告の主張〕
⑴相違点Aが存在するとした認定等の誤り
審決は,通孔大きさ特定事項を構成に含むこと(相違点A)において,本
件発明1は甲6(図1)発明と相違する旨認定した(上記第2の3⑵のイ)。
しかしながら,ケージ内を酸素富化環境に維持するために,酸素富化空気
の供給量に対応した大きさの排気口が必要である(供給量が多ければ,それ
に応じて排気口も大きくする必要がある)ことは技術常識である。この技術
常識を有する当業者は,甲6(図1)発明の排気口の大きさを酸素富化空気の
供給量に対応したものとすることを当然に了解するから,甲6(図1)発明は,
通孔大きさ特定事項に相当する構成を有していると解される。
したがって,審決の上記認定は誤りである。
⑵相違点Aの想到容易性に関する判断の誤り
審決の判断は,次のとおりいずれも誤りである。
ア甲7技術事項の適用による想到容易性(上記第2の3⑵のウ(イ))につい

甲7には,洗毛により濡れた状態のペットを乾燥させることに関する考
案が開示されており,審決が認定したF1~3に加えて,容器1の壁面の
サク3又は穴4の大きさを,容器1内を小動物の乾燥に最適なペット乾燥
の環境に保持できるように,また,乾燥機2からの大量の風を散らすこと
ができるように形成するという技術事項も記載されている。すなわち,甲
7技術事項は,本件発明の通孔大きさ特定事項に相当する構成も含むと認
定されるべきである。
そして,ペットの体毛の乾燥に関する甲7の技術とペットの治療に関す
る甲6の技術は,ペットの健全な生育のための技術という点で共通してい
る上,エアを送り込むことでも共通である。実際上,ペットの治療を行う
過程において,洗毛・乾燥が実施されることも珍しいことではなくむしろ
一般的である。そうすると,甲7技術事項は,引用発明である甲6(図1)
発明と技術分野が関連する。
したがって,甲6(図1)発明に甲7技術事項を適用して相違点Aに係る
本件発明1の構成を得ることは,当業者が容易に想到し得た。
イ甲12技術事項の適用による想到容易性(上記第2の3⑵のウ(ウ))につ
いて
甲12には,ケージ内を小動物の二次感染防止に最適な環境(清浄空気
の環境)に保持することに関する発明が開示されており,審決が認定した
技術事項G1に加えて,ケージ内を,小動物の二次感染防止に最適な清浄
空気の環境に保持できるように,吸引口より穴径の大きい排気口を設ける
という技術事項が開示されており,審決が認定したG1の他,G2の技術
事項も記載されていると認定すべきである。
そして,小動物に対する二次感染の防止に関する甲12の技術と小動物
の治療に関する甲6の技術は,小動物を病気から守り健全に育成するため
のものという点で共通している。また,ペットの病気の治療の際,二次感
染の防止措置が取られることは不可欠ともいえる。そうすると,甲12技
術事項は,引用発明である甲6(図1)発明と技術分野が関連する。
したがって,甲6(図1)発明に甲12技術事項を適用して相違点Aに係
る本件発明1の構成を得ることは,当業者が容易に想到し得た。
〔被告の主張〕
⑴本件発明1と甲6(図1)発明との技術思想の相違
ア本件発明1は,次の技術的特徴を有している。
①通孔から外部にケージ内の空気を放出しながら,酸素濃縮器からケー
ジ内に対して濃縮酸素を供給し,ケージ内の空気を酸素富化空気に交換
することによって,酸素濃度調整手段を具備せずに,ケージ内の空気を
小動物の酸素集中治療に最適であるとされる酸素濃度に調整保持する。
②ケージの通孔は,酸素濃縮器からの濃縮酸素の供給に対応して,ケー
ジ内の空気を外部に放出できる大きさに形成されている。
イ甲6(図1)発明は,次の技術的特徴を有している。
①隔離室内の酸素濃度の調整保持は,もっぱら,酸素濃度調整手段であ
るO2センサ5及び酸素濃度調節器6により測定し,これらの機器を用
いたフィードバック制御に基づき酸素富化空気を供給することにより実
現される。
②隔離室の排気口は,酸素富化空気供給装置からの酸素富化空気の供給
により,隔離室の室内空間の酸素富化空気を外部に排出する機能を有す
る排気口にすぎない。
ウ以上のとおり,本件発明1と甲6(図1)発明は,少なくとも,上記①及
び②において技術的特徴が顕著に異なり,技術思想が相違する。
⑵相違点Aは存在すること
本件発明1の「通孔」と甲6(図1)発明の「排気口」とは,上記⑴ア及び
イの各②のとおり技術的意義を異にするから,審決がこれを相違点Aとして
認定したことに誤りはない。
⑶相違点Aの想到容易性について
次のとおり,審決の判断に誤りはない。
ア甲7技術事項の適用による想到容易性について
甲6(図1)発明の「ペットの酸素治療に関する技術」と甲7発明の「ペ
ットの乾燥に関する技術」とは,技術分野が同一のものでも密接に関連す
るものでもなく,両者は,課題が共通せず動機付けもないから,甲6(図
1)発明へ甲7技術事項を適用することは容易に想到し得ない。また,仮
に適用したとしても,甲7技術事項は,容器内をペットの乾燥に必要な温
度環境に保持する技術であるのに対し,本件発明1は,ケージ内をペット
の酸素集中治療に最適である酸素濃度に保持する技術であるから,相違点
Aに係る本件発明1の構成には到達しない。
イ甲12技術事項の適用による想到容易性について
甲6(図1)発明の「ペットの酸素治療に関する技術」と甲12発明の
「ペットの飼育に当たり二次感染を防止する技術」とは,技術分野が同一
のものでも密接に関連するものでなく,両者は,課題が共通せず動機付け
もないから,甲6(図1)発明へ甲12技術事項を適用することは容易に想
到し得ない。また,仮に適用したとしても,甲12技術事項は,棚内の空
気が外に流出することを防止するために各棚を陰圧の環境に保持する技術
であるのに対し,本件発明1は,ケージ内をペットの酸素集中治療に最適
である酸素濃度に保持する技術であるから,相違点Aに係る本件発明1の
構成には到達しない。
3取消事由6(甲6(請求項5)発明を主引用発明とする本件発明1の新規性欠
如)
〔原告の主張〕
⑴甲6(請求項5)発明において酸素濃度調整手段は必須の構成ではないこと
ア次の①~③によれば,甲6が開示する「酸素富化環境装置」の発明にお
いて,酸素濃度調整手段は,必須の構成ではない。
①請求項1及び5は,その余の請求項と異なり,酸素濃度調整手段と
してのO2センサ及び酸素濃度調節器を具備していない。
②【0013】において,O2センサ等の酸素濃度調整手段を用いた酸
素濃度の保持は「他の目的」として位置づけられている。
③請求項5に対応する【0068】では,酸素濃度調整手段に言及す
ることなく,隔離室内が酸素富化環境になると記載されている。
イこのように,甲6に記載されている「酸素富化環境装置」において,酸
素濃度調整手段は必須の構成ではなく付加的な構成にすぎないから,甲6
(請求項5)発明は,請求項5の文言どおり,酸素濃度調整手段を具備しな
いものと認定するべきである。
⑵相違点Bは存在しないか,存在するとしても実質的な相違点でないこと
審決が相違点Bを実質的な相違点と判断した根拠は,「甲6には,排気口
の大きさに関する記載も示唆もなく,相違点Bに係る点が技術常識であると
もいえない」というものであるが,以下のとおり誤りである。
すなわち,隔離室内を酸素富化環境に保つためには,酸素富化空気の供給
に応じた排気が必要なことは自明であり,隔離室に,酸素富化空気の供給量
に対応した大きさの排気口を設置するということ(供給量が多ければ排気口
も大きくする必要があるということ)自体は,技術常識である。本件発明1
は単に「最適な濃度に保持できるように」,「新鮮な酸素含有空気に交換で
きるように」,「酸素含有空気の供給に対して,ケージ内の空気を外部に放
出できる大きさに形成」すると機能的・作用的に記載され,「達成すべき結
果」が記載されているにすぎず,このようなこと(供給量を多くすれば,そ
れに応じて排気口も大きくする必要があること)は技術常識にすぎない。甲
6でもこの技術常識を当然の前提としており,そのことは,【0069】の
「酸素富化空気の連続的な供給によって排気口2bから矢印B方向に連続的
に排出される」旨の記載から明らかである。
〔被告の主張〕
⑴甲6(請求項5)発明において酸素濃度調整手段は必須の構成であること
甲6の全体を参酌すると,酸素富化空気供給装置が隔離室内部の酸素濃度
を制御するためには,その前提要素として,「O2センサ」と「酸素濃度調
節器」の構成を要し,これらからの測定結果を用いたフィードバック制御に
よって制御が実行されることが記載されており,「酸素濃度調節器」と「O
2センサ」を具備しない構成を意図した記載も存在しない。
甲6の【請求項5】には,「O2センサ」と「酸素濃度調節器」の構成が
明記されていないが,他の請求項と同様に,隔離室内部の酸素濃度は,本件
発明1の「酸素濃度調整手段」に相当するO2センサ5及び酸素濃度調節器
6によって制御されていると理解される。
⑵相違点Bは実質的な相違点であること
本件発明1の通孔大きさ特定事項に係る構成は,酸素濃度調整手段を具備
せずにケージ内の酸素濃度を容易に調整するという本件発明1の技術的特徴
を実現するためのものであり,原告が主張するような技術常識も存在しない
から,相違点Bは実質的な相違点である。
第5裁判所の判断
1本件発明1の技術的意義
本件明細書によれば,本件発明1の技術的意義等は次のとおりである。
⑴小動物用酸素治療装置の従来技術【0002】【0003】【0005】
ア酸素富化空気の供給量は少量(3L/min程度)であった。
イケージは気密性であった。
ウ(ア)ケージ内の雰囲気を調整するための機構を有していた。
(イ)呼気中の二酸化炭素は吸着等によって処理していた。
⑵従来技術の課題【0005】
機構が複雑であった。調整操作が面倒であった。高価であった。
⑶課題解決の手段【0006】【0007】
(上記⑴のア~ウにそれぞれ対応する。)
ア酸素富化空気の供給量は大量(10L/min程度)とする。
イケージは通孔を有する開放型とする。
ウ適切な大きさ(開口面積)の通孔を形成することにより,複雑かつ高価
な調整機構(上記⑴ウの(ア)及び(イ))を要することなく,ケージ内の雰囲気
を最適な酸素濃度に保持できるようにする。
2甲6に記載された発明の技術的意義
⑴甲6によれば,発明の技術的意義は,基本的には次のとおりである。
ア酸素富化環境装置の従来技術及びその課題
(ア)従来は,O2マスクやO2ノズルによって酸素富化空気を供給して
いた。
そのため,マスク等の着用が必要であった。吸入中に歩き回ることが
できなかった。複数人が同時に吸入できなかった。動物には使用できな
かった。【0006】
(イ)従来は,酸素供給装置として酸素ボンベを用いていた。
そのため,室内(満員電車,劇場,高地の山小屋など)にいる人全員
が特に意識することなく酸素富化空気を吸入できるような装置は実現で
きなかった。ボンベ交換の費用と手間がかかった。【0010】【00
11】
イ上記アの課題を解決するための手段
そこで,送気管を介して酸素富化空気供給装置から隔離室に酸素富化空
気を供給する。これにより,隔離室にいる人又は動物が,特に意識するこ
となく,O2マスクやO2ノズルを使用せずに,酸素富化空気を吸入で
きるような室内空間を得る。【0012】
⑵甲6によれば,発明の「他の目的」の一つとして,「O2センサによって
酸素濃度を検知しながら制御装置によって隔離室を所望の酸素濃度に保つこ
とによって,該隔離室の室内を安全でかつ安定的な酸素富化状態にする」こ
とがある。【0013】
⑶以上のとおり,甲6が開示する発明においては,酸素富化空気の連続的供
給により,隔離室全体を酸素富化雰囲気にすること(上記⑴)が,基本的な
技術的意義である。これに対し,センサを用いたフィードバック制御(以下
「センサ制御」という。)によって隔離室内の酸素富化雰囲気を安定的に保
持すること(上記⑵)は,いわば発展的な技術的意義である(なお,甲6の
「隔離室」における「隔離」とは,完全な気密性を有するという意味ではな
く,室外とは雰囲気が異なるという程度の意味に解される。)
このように,甲6には,酸素富化空気の連続的供給により隔離室全体を酸
素富化雰囲気にすることのみを目的とする発明群(以下「甲6基本発明群」
という。)と,これを前提に,更にセンサ制御を用い,隔離室内を所望の酸
素濃度に保つことによって酸素富化雰囲気を安定的に保持することを目的と
する発明群(以下「甲6発展発明群」という。)と,の二つの類型の発明が
開示されている。そして,甲6に掲げられた8個の請求項のうち,センサ制
御を構成に含まない請求項1及び5は甲6基本発明群に属し,センサ制御を
構成に含む請求項2~4,6~8は甲6発展発明群に属する。
3取消事由1(本件補正の補正要件違反)について
以下のとおり,本件補正に補正要件違反があるとはいえず,原告の主張は理
由がない。
⑴原告は,本件補正につき,通孔大きさ特定事項(A4~A6)の付加と酸
素大量事項(A2’)の削除という二つの補正事項を取り上げて,それらは,
新規事項の追加に当たるから,補正要件に違反すると主張する。
しかし,出願時明細書【0021】【0022】には,70Lの容量を持
つケージに,開口面積80c㎡を有する開口部を設け,45%の濃度の酸素
含有空気を10L/minで供給すると,ケージ内が,酸素集中治療に最適
とされる30%の酸素濃度が保持されるとの記載があり,これによれば,ケ
ージに適切な酸素濃度を保持するのに適切な開口部を設けること,すなわち,
通孔大きさ特定事項が出願時明細書に記載されていたことは明らかである。
したがって,通孔大きさ特定事項の追加は,新規事項の追加には当たらない。
次に,酸素大量事項についてみるに,出願時明細書は,ケージに3L/m
inというような少量の酸素含有空気を供給した場合の問題点を指摘し(
【0005】),例えば10L/minというような大量の酸素含有空気の
供給を課題解決手段として提案する(【0006】)ものであって,少量の
酸素含有空気を供給する構成は,出願時明細書の記載からも除外されている
ものと解されるから,酸素大量事項の削除が,3L/minといった少量の
酸素含有空気の供給をも特許請求の範囲に含めるものであるのならば,新規
事項の追加に当たると見る余地も生じないではない。しかし,補正後の請求
項A4ないしA6は,通孔の大きさの特定という形ではあるが,ケージから
外部に適切に空気を放出することにより,ケージ内の酸素濃度を最適に保つ
ことを定めているところ,この酸素濃度を最適に保つという効果は,酸素含
有空気が適切に供給されて初めて実現されることは明らかなのであるから,
補正後の請求項も,酸素濃度が適切に保たれないような量の酸素含有空気が
供給される場合は想定しておらず,3L/minといった少量の酸素含有空
気が供給される場合を排除しているものと解するのが相当である。このこと
は,補正後の請求項A4ないしA6から導かれるものであって,酸素大量事
項の有無によって左右されるものではない。したがって,酸素大量事項の削
除も,新規事項の追加には当たらないものと解される(なお,原告は,請求
項からどのような場合が排除されているのかがあいまいであるなどといった
主張をするかもしれないが,それは,明確性要件の問題であって,新規事項
の追加の問題ではない。)。
これらの事情によれば,本件補正は,出願時明細書に記載した事項の範囲
内でなされたといえる。したがって,本件補正は特許法17条の2第3項に
違反しない。
⑵原告は,補正後の本件発明1は機能的クレームであること,出願時明細書
には発明の構成に対応する実施例は1例しかないこと,課題達成のために必
要な要素のうち通孔の大きさ以外の要素(ケージの容積,供給する酸素濃度
及び酸素濃縮器からの供給流量)が請求項において特定されていないこと等
を指摘する。
たしかに,原告の指摘する点に照らすと,補正後の本件発明1が特許法3
6条4項及び6項を充足しているかは検討の余地がある。しかしながら,本
件補正の要件を定める特許法17条の2第3項は,補正後の請求項の記載が
特許法36条4項及び6項を充足することを要件としていないから,原告が
指摘する諸点は,上記⑴の判断を左右しない。
⑶原告は,本件補正のうち酸素大量事項の削除は,供給流量を限定しないこ
とによって特許請求の範囲を拡張するという点で,特許法17条の2第5項
にも違反する旨主張するが,本件補正は,いわゆる「最後の拒絶理由通知」
を受けて行われたものではないから,特許法17条の2第5項は適用されな
い。よって,原告の上記主張は採用することができない。
4取消事由2(甲6(図1)発明を主引用発明とする本件発明1の進歩性欠如)
について
以下のとおり,審決の認定した相違点Aが実質的な相違点でないとはいえず,
相違点Aに係る構成を当業者が容易に想到し得たともいえないから,原告の主
張は理由がない。
⑴上記2のとおり,甲6には,酸素富化空気の連続的供給により隔離室全体
を酸素富化雰囲気にする甲6基本発明群と,これを前提に,更にセンサ制御
によって隔離室内の酸素富化雰囲気を安定的に保持する甲6発展発明群と,
の二つの類型の発明が開示されている。そして,審決の認定した甲6(図1)
発明は,O2センサ及び酸素濃度調節器を構成に含むから,甲6発展発明群
の類型に属する。
以下,このことを前提に判断する。
⑵審決が相違点Aの存在を認定したことについて
原告は,甲6(図1)発明においても,排気口の大きさは酸素富化空気の供
給量に対応した大きさとされるはずであるから,審決が,この排気口は単に
「酸素富化空気供給装置3からの酸素含有空気の供給により,隔離室2の室
内空間2cの酸素含有空気を外部に排出する機能を有する排気口」にすぎな
い旨認定して,通孔大きさ特定事項に従って形成される本件発明1の通孔と
相違する(すなわち,相違点Aが存在する。)と認定したのは誤りである旨
主張する。
この点,たしかに,甲6(図1)発明の排気口においても,「隔離室」の
「排気口」としての機能を果たすためには,その大きさ(開口面積)には,
おのずから一定の範囲限定がある。例えば,壁面のほとんど全体を開口して
しまえば,もはや「隔離室」といえなくなってしまうし,逆に,針の穴程度
の大きさでは,「排気口」としての用をなさない。
しかし,甲6(図1)発明においてそのような範囲限定の下で排気口の大き
さ(開口面積)が設定されることと,本件発明1において最適な酸素濃度の
保持という観点から通孔の大きさが設定されることとの間には,質的な差異
がある。甲6発展発明群に属する甲6(図1)発明においては,酸素富化雰囲
気を安定的に保持することも課題とされているが,その課題を解決する役割
はセンサ制御に割り当てられているから,排気口の開口面積の設定にはさほ
どの技術的な配慮を必要としない。これに対し,本件発明1においては,通
孔の開口面積の適切な設定こそが,最適な酸素濃度の保持という課題を解決
するための手段であるから,慎重な配慮が必要とされる(もっとも,上記3
⑵でも説示したとおり,課題を解決するための具体的な方法が明細書に十分
に開示されているかという疑問はある。)。
相違点Aが存在するとした審決の上記認定は,かかる差異に着目したもの
として相当であり,原告の上記主張は採用することができない。
⑶甲6(図1)発明自体からの想到容易性について
隔離室内の酸素富化雰囲気を安定的に保持するための方法として,甲6に
は,センサ制御以外の方法について何らの記載も示唆もない。そうすると,
本件発明1のように,通孔の開口面積を適切に設定することによって隔離室
内の酸素富化雰囲気を安定的に保持することを,当業者が甲6(図1)発明か
ら容易に想到し得たとはいない。
したがって,これと同旨の審決の判断に誤りはない。
⑷甲7技術事項又は甲12技術事項の適用による想到容易性について
相違点Aは,ケージ内の雰囲気を最適な酸素濃度に保持することに関する
もので,特定の気体成分(O2)の濃度調整を課題とする。これに対し,甲
7に記載された発明は,ケージに網目様のサクや多数の穴を設けることによ
って,ケージ内に流入する空気を四散させることに関するもので,特定の気
体成分の濃度調整を課題としない。また,甲12に記載された発明は,ケー
ジの一方の壁に吸入口を設け,その反対側の壁に吸入口よりも大きな排気口
を設け,そこから排気をするようにすることにより,空気の流れを作るとと
もに,ケージ内を陰圧に保つことに関するするもので,特定の気体成分の濃
度調整を課題としない。
このように,甲7及び甲12が開示する技術事項は,いずれも,ケージ内
の雰囲気を最適な酸素濃度に保持することを課題とする相違点Aに係る構成
を得るために,当業者が適用を検討する技術事項とはいえない。また,仮に
適用したとしても,甲7及び甲12に記載された発明は,特定の気体成分の
濃度調整に関するものではないから,甲6(図1)発明において酸素濃度を保
持するために設けられた酸素濃度調整手段(酸素濃度調節器6及びO2セン
サ5)を省くことはできず,「前記ケージに酸素濃度調整手段を具備するこ
となく」を含む相違点Aに係る構成を得ることができない。
したがって,甲6(図1)発明に甲7技術事項又は甲12技術事項を適用し
て本件発明1の相違点Aにかかる構成を得ることは,当業者が容易に想到で
きたとはいえない。これと同旨の審決の判断に誤りはなく,容易に想到でき
たとする原告の主張は採用することができない。
5取消事由6(甲6(請求項5)発明を主引用発明とする本件発明1の新規性欠
如)について
以下のとおり,審決の認定した相違点Bが実質的な相違点でないとはいえず,
原告の主張は理由がない。
⑴相違点Bは実質的な相違点であること
上記2のとおり,甲6には,酸素富化空気の連続的供給により隔離室全体
を酸素富化雰囲気にすることのみを目的とする甲6基本発明群と,これを前
提に,更にセンサ制御によって隔離室内を所望の酸素濃度に保つことによっ
て,酸素富化雰囲気を安定的に保持することを目的とする甲6発展発明群と
の二つの類型の発明が開示されている。そして,審決の認定した甲6(請求
項5)発明は,センサ制御を構成に含まないから,甲6基本発明群の類型に
属する。
これに対し,本件発明1は,ケージ内の最適な酸素濃度の維持を目的とす
るものであって,かかる目的を実現するための具体的な構成として,通孔大
きさ特定事項を含む構成を採用することによって,従来必要されていた酸素
濃度調整手段等を不要としたことに技術的意義を有している(ただし,上記
3⑵でも説示したとおり,通孔大きさ特定事項の構成によって課題を解決す
るための具体的な方法が明細書に十分に開示されているかという問題はあ
る。)。そうすると,本件発明1を,甲6に開示された二つの発明の類型の
いずれかに当てはめるとすれば,甲6発展発明群の類型に属する。
このように,本件発明1と甲6(請求項5)発明とは,その背景としての技
術的思想を異にする。このことを反映して,具体的な構成においても,本件
発明1の通孔は,通孔大きさ特定事項に従って形成されるのに対して,甲6
(請求項5)発明の排気口は,単に「配設されている」にとどまる(この点,
上記4⑵においても説示したとおり,甲6(請求項5)発明の排気口も,それ
が「隔離室」の「排気口」である以上その開口面積は無限定ではないが,酸
素濃度の維持ないし調整という観点から開口面積を規定するという技術思想
はない。なぜなら,甲6が開示する発明群においては,酸素濃度の維持ない
し調整はセンサ制御によって実現されるからである。)。このように,審決
が認定した相違点Bは,技術思想の違いに裏付けられた実質的な相違点であ
る。
したがって,本件発明1は甲6(請求項5)発明と同一ではないから,取消
事由6に係る原告の主張には理由がない。
なお,相違点Bは,相違点Aと同様のものであるところ,上記4(4)で述
べたのと同様の理由により,無効理由3において,本件各発明の進歩性を否
定する証拠として挙げられている甲7,甲10,甲11からは,相違点Bに
係る本件発明1の構成を得ることができないものである。
⑵原告は,甲6(請求項5)発明の「排気口」も,本件発明1の通孔大きさ特
定事項と同様の技術的意義及び構成を有していると認定すべきであるから,
相違点Bは存在しないか,存在するとしても実質的な相違点でない旨主張す
るが,上記⑴の説示に照らして採用できない。
⑶なお,甲6(請求項5)発明の具体的な実施形態によっては,「排気口」の
開口面積が本件発明1の開口大きさ特定事項を充たし,結果的に,本件発明
1の構成要件がすべて充たされることになる可能性は存する。しかしなが
ら,そのように具体的な実施例のレベルで構成が重なり合い得るということ
だけでは,技術的思想の具現化としての発明が同一であって新規性を欠くと
いうことにはならない。
6その他の取消事由について
⑴取消事由3~5について
上記第3のとおり,本件発明2~4についての取消事由3~5は,本件発
明1が甲6(図1)発明に対して進歩性を欠如する旨の取消事由2の主張を前
提として,さらに,本件発明2~4に固有の構成もそれぞれ甲10,甲11,
甲7に記載された技術事項により容易想到であるから進歩性を欠如する旨を
いうものである。
しかしながら,取消事由2に係る原告の主張を採用できないことは上記4
のとおりであるから,本件発明1の構成を更に限定した本件発明2~4が進
歩性を欠くとはいえず,取消事由3~5に係る原告の主張も理由がない。
⑵取消事由7~9について
上記第3のとおり,本件発明2~4についての取消事由7~9は,本件発
明1が甲6(請求項5)発明に対して新規性を欠如する旨の取消事由6の主張
を前提として,さらに,本件発明2~4に固有の構成もそれぞれ甲10,甲
11,甲7に記載された技術事項により容易想到であるから進歩性を欠如す
る旨をいうものである。
まず,取消事由6に係る原告の主張を採用できないことは上記4のとおり
である。
そして,本件発明2~4に固有の構成の容易想到性についても,甲10に
記載された発明は,ケージ内の圧力(陽圧か陰圧か)に着目するもので,特
定の気体成分の濃度調整を課題とするものでなく,甲11に記載された発明
は,酸素濃度測定センサにより酸素濃度を監視し,所定の酸素濃度となるよ
う制御するもので,「酸素濃度調整手段」を必須のものとしており,甲7に
記載された発明は,ケージに網目様のサクや多数の穴を設けることによって,
ケージ内に流入する空気を四散させることに関するもので,特定の気体成分
の濃度調整を課題としないから,いずれの発明も,「酸素濃度調整手段を具
備することなく」「小動物の酸素集中治療に最適であるとされる酸素濃度」
に「保持」することを課題とする本件発明2~4の構成を得るために当業者
が適用を検討する発明とはいえないし,仮に適用したとしても,「前記ケー
ジに酸素濃度調整手段を具備することなく」を含む構成を得ることができな
い。
したがって,取消事由7~9に係る原告の主張も理由がない。
7結論
よって,審決に原告主張の誤りはないから,原告の請求を棄却することとし
て,主文のとおり判決する。
知的財産高等裁判所第3部
裁判長裁判官
鶴岡稔彦
裁判官
上田卓哉
裁判官
石神有吾
(別紙)
本件明細書の【図1】
甲6の【図1】

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