弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


戻る

       主   文
1 被告が原告らに対して平成8年6月25日付けでした労働者災害補償保険法に
よる遺族補償給付を支給しない旨の処分を取り消す。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
       事実及び理由
第1 請求
 主文と同旨
第2 事案の概要
 本件は,東京海上火災保険株式会社(以下「東京海上」又は「会社」という。)
の社員で平成3年12月13日に死亡したP1の両親である原告らが,P1の死亡
は業務に起因すると主張し,労働者災害補償保険法(以下「労災保険法」とい
う。)に基づく遺族補償給付を不支給とした被告の処分(以下「本件処分」とい
う。)の取消しを求める事案である。
1 争いのない事実等(証拠を掲記しない事実は争いがない。)
(1) P1の勤務歴等
ア 原告ら夫婦の子であるP1(昭和40年5月1日生)は,平成元年4月に東京
海上に入社し,2か月の研修を経た後,同年6月,国立市にある国立センターの情
報システム管理部運用課(以下「運用課」という。)に配属され,以後後述する本
件発症まで同課に勤務していた。
イ 同課では,オンライン運用管理,データベース(以下「DB」という。)運用
管理等をはじめとする種々の業務を行なっており,P1は,同課に配属となった
後,主にDB運用管理業務(以下「DB関連業務」という。)を担当した。
 配属当初,運用課のDB担当社員はP2,P1,P3の3人であったが,入社3
年目の平成3年4月,P1が副主任になるとともに,同年6月,運用課のグループ
編成が変わり,DB関連業務の担当者は,P1,P4の総合職2名と,P5及びP
6の一般職2名の4名となった。(乙10,証人P5)
(2) 発症経過
 P1は,平成3年11月30日(土曜日)午後7時55分ころ,友人の結婚披露
パーティに出席していた際,特発性の心室細動を発症して倒れ(以下「本件発症」
という。),午後8時33分ころ救急車で東京女子医科大学付属病院に搬送され
た。
 P1は,搬送時心肺停止状態にあり,救命蘇生術では心拍が回復しなかったた
め,開胸して直接心マッサージを施行したところ心拍が再開したが,意識は戻ら
ず,12月10日には聴性脳幹反応もほとんど認められず,低酸素脳症の状態であ
り,同病院入院中の12月13日,心室細動を発症し,同日午前3時27分に死亡
した(甲45)。
(3) 本件処分及び本件提訴
 P1の遺族である原告らは,本件発症が業務に起因するものであるとして,被告
に対し,平成6年9月2日付けで遺族補償一時金の支給を請求したが(乙1),被
告は,平成8年6月25日付けで,P1の疾病は労働基準法施行規則35条,別表
第1の2の9号に定める疾病とは認められないとし,これを支給しない旨の決定を
した(本件処分)。
 原告らは,これを不服とし,東京労働者災害補償保険審査官に対し審査請求をし
たが,平成9年3月28日付けで棄却決定を受け,労働保険審査会に対し再審査請
求をしたが,平成12年9月5日付けで再審査請求棄却の裁決を受けたので,同年
12月5日,本訴を提起した。
(4) P1の従事した業務の概要
ア 就業時間及び休日
 東京海上の就業規則は,始業時間は9時15分,終業時間は17時,休憩時間は
1時間と定めており,その所定労働時間は6時間45分である。休日は,土曜日,
日曜日,国民の祝日及び年末年始(12月31日,1月2日,3日と12月30日
又は1月4日のいずれか)である(乙5)。
イ P1の業務内容
(ア) 一般的な業務内容
 DB運用管理を行うDB関連業務は,会社コンピュータの環境のうちDBに関す
る各種ソフトの環境設定を担当する業務であり,DB関連業務には,①環境設定,
②リオーガナイズ及びスペース管理,③DBリカバリー(トラブル対応),④IM
S-Xの各作業が存する。これらDBの管理運用は日常的に行われ,DB環境設定
等のアプリケーションシステムの開発担当課から持ち込まれる作業量は時期によっ
て一定でなかった。
① 環境設定作業
 DB関連業務の担当者はDBに関する各種ソフトの環境設定を担当する。その主
な業務はIBM社提供のDB及びオンラインの支援ソフトであるIMSのうちDB
担当者分の環境設定である。保険の新商品が開発された場合に環境設定作業が必要
となる場合があり,環境設定作業が必要となる新規のDBが追加されるような場合
にアプリケーションシステムの開発担当課である情報システム開発部各課の担当者
とレビュー会議を行う。少なくともDBの環境設定作業,環境設定の内容を端末に
打ち込む作業の一部はDB関連業務の担当者が行っていた。
② リオーガナイズ及びスペース管理
 DBを構成する多数のデータは効率的に取り出せるように特定の順序に並べられ
ている。リオーガナイズとは,データの変更や追加に伴ってこのデータの並び順が
乱れ,効率的にデータを取り出せなくなったり,格納場所の空きがあるのに細切れ
になって長いデータが入らなくなった場合に,データを本来の順序に並べ替える作
業である。
 スペース管理とは,DBに割り当てられた磁気ディスク上の場所(スペース)の
状態,リオーガナイズの必要性をチェックする作業である。スペース管理は毎日行
われるものである。
③ DBリカバリー
 DBは,ディスク上に記憶されている関係で,ディスクの物理的な故障の他,い
わゆるジョブを間違えて動かす人為的ミスのために,論理的な故障を生じることが
ある。それを直すのがDBリカバリーである。DBの障害が発見されるのは昼夜を
問わず,オンラインの立上げに影響する機械作業でトラブルが発生した際は,登録
された順序に従って担当者に連絡される。
④ IMS-X
 IMS-Xとは,新しく開発した保険業務をオンライン上で実施するために行う
テストの最終段階で本番に最も近い環境下で行うテストである。
 IMS-XはIMSの下で午後8時から午後10時まで実施されるものの,午後
11時ころまでかかる場合があった。
(イ) プロジェクト
 DB担当者は上記(ア)の一般的業務のほかプロジェクト(定例業務ではなく,
ある年のある期間だけにやる業務)を担当していた。
 平成3年4月以降に運用課DB担当者が担当したプロジェクトとして,①AXオ
ンラインにおけるDB2の利用,②FRS-DRS改訂,③DB分割,④ログのデ
ィスク化,⑤IMSのバージョンアップ,⑥有事テストがあった。
① AXオンラインにおけるDB2の利用
 当時,東京海上は,代理店オンラインシステム(AXオンライン)を作ろうとし
ており,そのサブシステムの1つである顧客情報システムにおいて,IBM社が提
供するDB管理ソフトのDB2を使用してDBが構築される予定であった。
 東京海上で主に使用されるDBはIMSであった。DB2もごく一部の業務で既
に使用されていたが,標準的なサポート体制が確立されていなかった。
 東京海上の総合オンラインシステムの下でDB2を更新するのは初めての試みで
あり,P1はDB2の知識を向上させるために社外講習を受講した。顧客情報シス
テムは予定から1週間遅れて開始された。
② FRS-DRS改訂
 FRS-DRSとは,間違ったコンピューター操作によってDBが故障すること
を未然に防ぐガードシステムであるところ,その効率化のためのシステム改訂が平
成3年7月から平成4年2月まで行われる予定であった。
③ DB分割
 東京海上のDBの中核となる契約マスター,クレームマスターのDBについて,
分割方法を変更するプロジェクトが平成2年から開始され,平成3年のゴールデン
ウィークに分割が変更された。
④ ログのディスク化
 DBが更新される際にどのように更新されたかという記録(ログファイル)は,
従来磁気テープに記録されていたところ,このログファイルについて,量が少なく
て保存期間の短いものを磁気ディスクに記録するように変更するというプロジェク
トが存した。
⑤ IMSのバージョンアップ
 平成3年4月27日及び同月28日にαセンター(大阪)の,同年6月8日及び
同月9日に国立センターのオペレーティングシステムMVSのバージョンがXAか
らESAに変更され,P1がその事前確認作業の少なくとも一部を実施した。
 平成3年5月3ないし5日に国立センターのセンターコンピュータのうち富士通
M780をアムダール5990に入れ替えたが,P1がその事前確認作業の少なく
とも一部を実施した。
 同年6月17日に開発環境の変更,同年8月25日に本番バッチ環境の変更,同
年9月16日に本番オンライン環境の変更がそれぞれ実施され,オンラインとDB
の関連ソフトであるIMSのバージョンが2.2から3.1へ変更され,P1が,
その計画から準備,変更の実施まで少なくともプロジェクトの中核メンバーの1人
としてこれを担当した。
 同年8月13日にIBM社から提供されたオンライン制御ソフトウエアであるC
ICSのバージョンアップが実施され,P1がその事前確認作業の少なくとも一部
を実施した。
⑥ 有事テスト
 有事テストとは,東京海上のシステムとして,国立センター及びαセンターに各
2個あるIMSについて,メインセンターとされる国立センターの機能が地震等に
よって麻痺した場合を想定し,αセンターの2個のIMSのみで東京海上全体の業
務遂行に不可欠なシステムを選別し,それを機能させるというテストであり,年に
1回程度,定期的に行われるものである(甲40,乙10・29~30頁)。
 有事テストの事前準備には細心の注意が必要とされ,平成3年11月2日及び同
月3日に有事テストが実施され,有事テストが実施された後である同月22日にそ
の反省会がもたれた。
(ウ) 社外資格取得講座と3年目研修レポート
a 社員総合通信講座
 東京海上は社員向けに様々な通信講座を設定していた。また,同社には,社外資
格取得挑戦制度が存在し,部門別に推奨する資格が挙げられていた。
b 3年目研修レポート
 東京海上は,入社3年目の社員に対し3年目研修を実施しており,その一環とし
て個人研究レポートを提出させ,レポート提出後に部門別の研修を実施する。平成
3年度は,11月15日に総合系列3年目研修における個人研究の着手依頼と研修
までの日程が通知され,個人研究のテーマ報告期限が同月29日,個人研究レポー
トの提出期限が平成4年1月17日,研修が同月27日から29日までとされた。
本件発症は,P1が個人研究のテーマ報告を平成3年11月27日に提出した3日
後であった。
2 争点
 本件発症の業務起因性が争点であり,その中で,(1) 業務起因性の判断基
準,(2) 本件発症とP1の業務との条件関係の存否(特発性心室細動は,業務
による過労・ストレスによって発症させられうるか。),(3) 本件発症とP1
の業務との相当因果関係等の有無(業務の過重性)が主として争われている。
3 当事者の主張の骨子
(1) 原告
ア 業務起因性の判断基準
 「業務上の死亡」というには,業務と疾病との間に合理的な関連性が認められれ
ば十分である(合理的関連性説)。仮に相当因果関係が必要であるとしても,業務
が相対的に有力な原因であること(相対的有力原因説)は必要でなく,業務の遂行
が基礎疾患等を誘発又は増悪させて死亡の時期を早める等,それが基礎疾患等と共
働原因となって疾病の発症や死亡の結果を招いた等と認められれば足りる(共働原
因説)。また,業務に内在する危険性は,使用者によって労務提供が期待される労
働者のうちでもっとも危険に対する抵抗力の弱い者を基準として判断すべきであ
る。
イ 本件発症とP1の業務との条件関係
 労働省が設置した不整脈による突然死等に関する専門家会議の取りまとめた「不
整脈による突然死等の取扱いに関する報告書」は,不整脈の誘因として,運動,労
作,精神的緊張や興奮,疲労,不眠などの交感神経緊張亢進状態を挙げ,不整脈と
精神的・身体的負荷との関係を肯定しており,発症前に基礎疾患等が認められない
か,またはその病変がごく軽度であるために疾患の存在が明確にされていなかった
不整脈の業務上外の判断に当たっては,業務による過重負荷により明らかに発生し
たものかどうかを判断する必要があるとしている。
 他にも,過重な業務に従事したことによる慢性疲労(過労),睡眠不足,過激な
労働が致死性不整脈の発症及び増悪に関係するとの研究成果があり,その発生機序
も合理的に説明ができる。
 したがって,P1に発症した特発性心室細動は,業務による過労・ストレスによ
って発症しうるから,条件関係は肯定される。
ウ 業務起因性の存在(P1の過重労働の内容)
(ア) 通常業務について
 DBに関係するIMS環境設定を行う場合には,DB担当者がその作業の一切を
担当する。すなわち,保険などの新製品が開発され,それに関する情報をDBに載
せたりする場合,開発担当部と会議をもってレビューを行い,DB環境の設定計画
を立て,製品が完成した時点でその環境を実現するため実際に端末に打ち込んでい
く作業である。いったん新製品が開発されると,その情報量は大量であるから,仕
事量は一挙に増大する。
 スペース管理は非常に煩雑でストレスの溜まる作業であった。また,DB担当者
は,DBの環境に使われているGD-DM(IMSよりも小規模な環境ソフト)の
バージョンアップに備え,GD-DMがフォーマットされているディスクを整理す
る作業にも参加していたが,これも煩雑で消耗する作業であった。
 さらに,DBリカバリーは神経の集中を要求される業務である。
(イ) プロジェクトについて
 FRS-DRSについて,P1は,現状調査の上でその効率化のためシステム設
計に考察を加える作業を課されていた。平成4年2月のFRS-DRSスタート時
期が目前に迫っており,P1には過大なプレッシャーがかかっていた。
 ログのディスク化は,今まで例のない新しい試みであり,それ自体大変な作業で
あるが,どのジョブを優先的にディスク化すべきかを選定するなど,頭を使う作業
でもあった。
(ウ) 平成3年6月以降の過重業務
 P1は,平成元年6月に運用課に配属されて以来,恒常的な長時間労働,精神的
な負荷の強い業務に従事して来たが,特に,平成3年4月に同課企画グループ副主
任になり,同年6月からDB管理に不慣れな課員が増加する中でDB管理チームの
実質責任者になった後は,責任が重くなるという精神的負荷が著しく増加しただけ
ではなく,深夜のコンピュタートラブル対応の第1順位の連絡先となって深夜頻繁
にトラブル対応の業務に従事するとともに,労働時間もそれ以前に比べ増加した。
 平成3年6月から同年10月までの間,P1が業務に従事した毎月の労働時間
は,別紙1「平成3年11月の労働時間集計表」と同程度かそれ以上であり,これ
を下ることはない。
(エ) 本件発症前1か月間の過重業務
a 労働時間
 別紙1「平成3年11月の労働時間集計表」のとおりである。
 なお,①終業時刻は,時間外入退館記録簿(乙7,15。以下「入退館記録簿」
ともいう。)にP1の退館時間の記載がある日はその時刻によるべきであり,②そ
の他の日は入退館記録簿の記載開始時刻の10分前ころを終業時刻とするべきであ
る。また,③P1が帰宅後深夜ないしは未明にトラブル処理のための電話対応をす
る時間は労働時間とすべきであり,④P1が残業をする際は会社内で夕食を取るこ
とはほとんどないから,夕食時間を労働時間から控除することはできない。
b 業務内容等
 P1は,日常的業務に加え,特に次の業務に忙殺された。
(a) 有事テスト(11月2日,3日)
 準備は6月には始まり,10月ころには環境の変更を端末に打ち込む作業が本格
化し,P1は11月1日の出発直前までこの作業に追われた。有事テストは,1年
に1度の費用と手間暇を掛けたプロジェクトであり,αでのテスト本番では,2つ
のIMS上でDBが正常に作動するかどうかを厳しくチェックするわけであるが,
P1はDB関係の現場責任者として高い緊張感を課せられた。出張に伴う肉体的疲
労のみならず,精神的に非常に消耗する3日間であった。さらに,前年度18名で
あったプロジェクト参加者は,この年わずか4名に減らされたため,この4名の負
担は例年とは比較にならないほど重かった。
 テスト終了後,反省会が2度以上もたれ,11月28日には,有事テストの反
省,検証と,翌年のテストへのフィードバックについて討議するミーティングが開
かれた。DB担当者の責任者であるP1は,責任ある詳細な報告と発言が要求され
た。
(b) 深夜のトラブル対応(11月4日,5日,7日から8日)
 αから帰った翌日の11月4日(国民の休日の代休)23時57分,東京海上コ
ンピューターサービス株式会社(以下「TMC」という。)のP7の自宅にトラブ
ルの電話連絡があったが,同人では解決ができず,P1宛てに電話連絡があり,P
1がTMCに電話連絡をして対応・処理に当たった。P1はこの処理に約1時間を
要した。また,11月5日深夜24時01分(6日0時1分),TMCから自宅に
直接トラブルの電話があり,P1はそのトラブルの対応に約30分を要した。
 さらに11月7日の深夜から翌8日午前2時前後にかけ,自宅に3度の緊急連絡
があり,結局,午前3時半,P1は自ら出社して徹夜でトラブルに対応し,そのま
ま帰宅せず同日の昼間の業務に午後6時まで従事した。
(c) その他業務
 11月11日から22日までの期間は,ログディスク化,DB2,FRS-DR
S等のプロジェクトの準備期限に追われ,3年目研修のレポートの準備,前記有事
テストの反省会も加わった。また,11月21日,22日にはリオーガナイズの作
業があり,日常業務までもが普段よりも大変な状況にあった。さらに,P1は,1
1月上旬からこの期間,BMCソフト導入の検討業務にも従事していた。
 この期間,11月16日,17日には会社の課の旅行があったが,これは肉体的
精神的に負担になりこそすれ,疲労を癒すものではなかった。
(d) 発症前1週間の具体的就労状況
 基本的には,上記1か月の延長線上にあり,日頃に増して忙しい日常業務とプロ
ジェクトが殺到する状況にあった上,3年目研修レポートのテーマ提出締切日(2
9日)を控えていた。レポートの最終提出はさらに1か月半先であったが,テーマ
選定伺いは上司の厳しいチェックを受けること,FRS-DRSのスタートを2か
月先に控えプロジェクトの圧力は依然厳しい状況にあることからすると,わずか1
か月半で実質的な内容を仕上げることは不可能であり,テーマ提出はレポートの骨
子の完成を前提としたものでなければならなかった。
 11月25日(月)は環境見直しのプロジェクトが入っており,帰宅時間は午後
11時を過ぎていた。P1の体調に不調の兆しが見え始めた。
 11月26日(火),P1は朝からだるさと熱っぽさを感じて市販の風邪薬を服
用し,さらに頭痛と腹痛も感じたたため整腸剤や鎮痛剤も服用して出勤した。会社
では,まずスペース管理を処理し,次いでGD-DM整理に従事した。この日も帰
宅時間は午後11時を過ぎ,肉体的疲労と精神的ストレスで体調が悪化していっ
た。
 11月27日(水)は,まず,週1回のグループミーティング(諸業務の進捗報
告や連絡事項の伝達,問題提示などを行うもの)に参加し,次いでレビューを受け
た。P1は生涯教育の対象とされており,そのレビューを受けたり,DBを作る前
にそのためのレビューを受けたりしていた。レビューは,対象事項につき上司から
事細かなチェックを受けるもので,受ける側の精神的プレッシャーは相当なもので
あり,万全の準備を整えておく必要があった。まじめな性格のP1は,業務に追わ
れる間の短時間に,際だって高度な内容のテーマ検討を,最悪の体調の下にやり遂
げ,この日付けで研究テーマを提出したが,緊張,疲労状態はピークを迎えてい
た。
 11月28日(木)には,体調はますます悪化し,P1は市販の風邪薬,整腸
剤,鎮痛剤を服用して出勤した。この日は,まずログのディスク化という厳しい業
務を行い,前述した有事に関するミーティングにDB担当者の責任者として出席
し,さらにまた,DBリカバリーにも対応しなければならなかった。この日の帰宅
時間も,午後11時を過ぎていた。
 11月29日(金)になると,体調は最悪に近い状態まで悪化した。しかし,重
要な業務が山積している状況で欠勤はできず,P1は,またしても風邪薬,整腸剤
等の市販薬を頼りに出勤した。この日も,自動GEN(PM当て)ピーク問題の検
討や,FRS-DRS効率化作業という負担の大きい業務に従事した。
(e) 発症当日(11月30日(土))の状況
 本件発症当日も国立のオフィスでは「リオーガナイズ」が行なわれていた。P1
は,ABEND(アブノーマル・エンド=異常終了の略)の場合の一番目の連絡先
とされており,いつでも即座に対応し,場合によってはリカバリのため緊急出社を
しなければならない立場にあったため,仕事のフローチャートを持参してパーティ
に参加した。実際に連絡はなかったが,この日も業務から開放されてはいなかっ
た。
(オ) 以上からすれば,P1が従事していた業務の過重性は明らかであり,本件
発症は,P1が従事した業務により基礎疾患が増悪し発症したものであって,業務
に起因するものである。
(2) 被告
ア 業務起因性の判断基準等
 労災保険上の業務起因性が認められるためには,業務と疾病との間に条件関係が
あることを前提として,両者の間に法的にみて労災補償を認めるのを相当とする関
係,すなわち相当因果関係が必要であり,これが認められるためには,死亡等の結
果が当該業務に内在する危険の現実化と認められることが必要である。
 脳・心臓疾患発症が業務に内在する危険の現実化と認められるには,①当該業務
が危険(過重)であると認められることが必要であり(危険性の要件),それは,
当該労働者と同程度の年齢・経験等を有し通常の業務を支障なく遂行することがで
きる程度の健康状態にある者を基準として,当該業務による負荷が,医学的経験則
に照らし,脳・心臓疾患の発症の基礎となる血管病変等をその自然経過を超えて著
しく増悪させ得ることが客観的に認められる負荷といえるか否かによって決するの
が相当である(平均的労働者基準説)。さらに,②当該疾患が,当該業務に内在す
る危険の現実化として発症したと認められること(現実化の要件),すなわち当該
発症に対して,業務による危険性(過重性)が,その他の業務外の要因(当該労働
者の私的なリスクファクター等)に比して相対的に有力な原因となったと認められ
ることが必要である。
 また,業務起因性の主張立証責任は原告にある。
イ 本件発症とP1の業務との間には条件関係が認められないこと
 特発性心室細動の発症は,その患者の有する電気的基質に由来するものであり,
精神的ないし身体的過重労働による影響を受けて発症するものではないと考えられ
る。すなわち,
(ア) 特発性心室細動を含めた不整脈は,機能的な病態であり,器質的心疾患の
有無は不整脈を生じ得る基質の有無につながるが,特に重要なのは,器質的異常が
なくても,電気的基質があれば特発性心室細動は生じるということであり,特発性
心室細動は,そのような特発性心室細動を生じる潜在的基質(電気的基質)の自然
経過によるものがほとんどであるということである。
 すなわち,潜在的な致死的病態が存在しない健常人であれば,精神的過重あるい
は長い拘束時間も含めた身体的過重労働のあるいかに過酷な労働に従事したとして
も,著しい疲労を自覚するものの,特発性心室細動が生じるわけではない。問題と
なるのは,外見上,就労可能にみえる社会人の中に,潜在的に突然死を起こす基質
をもった人々が存在することである。この範疇に属する基質として,急性心筋虚血
を生じる可能性のある動脈硬化等の心筋の器質的基質とともに,特発性心室細動を
生ぜしめる電気的基質が存在するのであり,このように特発性心室細動を生ぜしめ
る電気的基質を有する者は,日ごろからいかに規則正しい生活をしていても,極度
の緊張や異常な興奮などを避けても避けなくても,日常生活におけるどのような諸
条件によっても心室細動を発症するのであり,つまり,自然経過の中でいつでも特
発性心室細動を発症する状況にある。ただし,その発症には,交感神経活性の亢進
ではなく,副交感神経(迷走神経)活性の亢進が深く関与していると考えられ,そ
のようなことから,このような電気的基質に基づいて発症する特発性心室細動は,
一般に,緊張状態から解放されてリラックスしたような場合に起こることが多いと
いわれており,特発性心室細動の誘因としては,飲酒等が作用すると指摘されてい
る。
 したがって,その発症に業務が関与するとすれば,副交感神経活性の亢進に際
し,その直前に一時的な強度の精神的負荷ないし身体的負荷がかかり,それから解
放されるという関係で関与する場合があるというにすぎないから,特発性心室細動
の発症に対して業務が関与するのは,その発症時点からみて,数分ないし長くても
数時間の程度でもたらされた強度の精神的負荷のみであり,数時間の単位より前に
生じた業務による精神的負荷ないし身体的負荷は,特発性心室細動の発症と直接に
関係を有するものではない。
(イ) P1は,特発性心室細動を生ぜしめる電気的基質を有していた。P1に発
症した特発性心室細動の誘因を指摘するとすれば,発症の20分前ころに飲んだコ
ップ2ないし3杯のビールである。他方で,P1に発症した特発性心室細動の発症
に関与するような業務による精神的,身体的負荷があったかをみても,本件発症当
日は休日で出社しておらず,前日も午後8時に退社しているから,十分に休息をと
っているはずであり,発症当日午後7時55分から数分ないし数時間前に,業務に
よる強度の精神的,身体的負荷があったというべき事情もなく,それによってホッ
とするような副交感神経の亢進をもたらしたということもできない。
(ウ) したがって,P1に発症した特発性心室細動は,もともとP1に存在した
電気的基質を基礎として,それが自然経過の中で発症したものにすぎず,その特発
性心室細動の発症の誘因を考えても,業務と無関係な飲酒というべきであるから,
本件発症とP1の業務との間には条件関係が認められない。
ウ 仮に本件発症に業務が関係したとしても業務起因性がないこと
(ア) 業務の内容について
a 環境設定作業について
 IMSの環境設定の変更は,作業すべてをDB担当が行っていたわけではなく,
DB担当者が担当するDB関連の環境設定作業等のかなりの部分がTMCに委託さ
れ,P1の業務は限られていた。
b リオーガナイズ及びスペース管理について
 各DBの状況のチェック,スペース拡張作業,リオーガナイス作業のいずれも定
型化が進んでおり,その作業準備もTMC及びTMCから外注されたオペレーター
が主体となって行っており,そのチェックもP1以外の職員が主に担当していた。
c プロジェクトについて
 FRS-DRSは,カットオーバーが3か月先の平成4年2月24日に予定され
ていたが,そのプロジェクト自体大きくなく,スケジュールが多少遅れても大きな
影響がなく,その作業自体すべてが住生コンピューターサービス株式会社(以下
「SLC社」という。)に委託され,P1は,定期的な打合せ,事実確認等を行う
必要があったにすぎない。
 ログのディスク化は,以前から計画されてきたが,緊急性が高くなく,他の業務
との兼ね合いから先延ばしにされてきたものであり,ようやく平成3年11月半ば
から,その作業に着手し,同月28日の時点では未だに検討に着手したにすぎず,
実施スケジュールさえ未定であった。
(イ) 平成3年6月以降の就労状況
 本件発症前の約6か月間(平成3年6月1日から11月30日)の労働日数は,
総日数183日のうち実労働日数が127日,うち休日労働日数が5日であり,休
日日数は56日(有給又は特別休暇3日)であって,同僚と比較しても,その勤務
状況は平均レベルであった。
(ウ) 本件発症前1か月間の業務について
a 労働時間
 本件発症前の約1か月間の勤務状況は別紙2「労働時間集計表」のとおりであ
る。時間外労働時間は,仮に「時間外および休日勤務実施届」(以下,「時間外等
実施届」又は「実施届」という。)記載の残業予定時間まで夕食時間も取らずに連
続して残業したとしても47時間27分であり,実際には,これより短かった。な
お,同表の労働時間欄に「仮」とあるのは,実施届により残業することが予定され
ていたので,予定どおりに業務に従事したかは不明であるものの,その予定時刻ま
で残業したと仮定した時間である。
b 本件発症の1か月前から1週間前までの業務内容等
 11月1日(金),P1は,遅くとも午後7時以前には退社し,同月2日及び3
日に有事テストが実施される予定であった大阪所在のαセンターに向かい,αに宿
泊した。
 11月2日(土),P1は,午後1時からαセンターでオンラインの立上げ,照
会・検索・エントリー確認のための有事テストに従事し,午後8時30分に業務を
終了し,翌3日(日)は,午後3時30分には有事テストを終了した。作業は時間
的にゆとりがあったばかりか,両日に実施された有事テストは,極力,αTMCだ
けで有事オンライン・有事業後バッチを稼働させることが目指された結果,有事D
Bの作成,オンライン環境設定はαTMCでほぼ実施することができ,業後バッチ
についても,トラブル対応を含めてαTMC独力で実施することができた。
 11月4日(月)は休日で勤務はなく,P1は自宅で静養した。
 11月5日(火),P1は,午前0時1分にTMCからトラブル発生の電話を受
け,これに応対した。その後,午前9時15分に出社し,通常業務に従事し,午後
9時(仮定)に退社した。
 11月6日(水),P1は,午前10時から午前11時までオンライン・DB管
理グループのミーティングに出席した後,リオーガナイズ作業に従事した(もっと
も,実際にはP1が行うことはほとんどなかったことは前記のとおり。)。
 11月7日(木),P1は,午後1時から午後3時まで月例の運用課課内会議に
出席し(ただし,発言すべき事項はなかった。),午後3時30分から午後4時3
0分までDB分割担当者の打合せに出席し(ただし,P1の担当部分は終了してい
た状況にあった。),BMCソフト導入検討のために午後9時までの残業命令があ
り,午後10時58分に退社した。なお,BMCソフト導入検討業務は,プロジェ
クトにもなっておらず,また,実施伺いも立てられていない業務であったことか
ら,緊急を要する業務ではなかった。
 11月8日(金),P1は,午前2時にTMCオペレーターから自宅に電話が入
り,トラブルの対応のために午前3時35分に出社し,通常業務に従事して,午後
6時ころに退社した。
 11月9日(土)及び10日(日)は,いずれも休日であり,P1は出社せず,
業務に従事していない。
 11月11日(月),P1は,通常業務に従事し,午後8時(仮定)に退社し
た。
 11月12日(火),P1は,通常の業務に従事し,午後9時(仮定)に退社し
た。
 11月13日(水),P1は,午後2時から午後3時までオンライン・DB管理
グループのミーティングに出席し,午後6時2分に退社した。
 11月14日(木),P1は,午後1時から午後3時までFRS-DRSの打合
せに出席し,同日午後9時までDBリカバリーTMC移行のための残業命令があ
り,午後10時7分に退社した。
 11月15日(金),P1は,都内で開催された社外セミナーに出席した。
 11月16日(土)及び17日(日)は,いずれも休日であり,P1は,課内レ
クリエーションとして日光へのバス旅行に参加した。このバス旅行は,課内の親睦
行事であり,参加が強制されるものでなく,あくまでも自由参加であった。
 11月18日(月),P1は,「FRS-DRS効率化プロジェクト(伺い)」
の稟議書を中間報告として提出した。このプロジェクトは,7月からスタートした
プロジェクトであり,デザイン業務からシステムテストまでをSLC社に業務外注
していることなどから,その業務がP1に精神的,身体的負荷をもたらすものであ
ったとはいえない。ログディスク化検討のために午後8時までの残業命令があり,
午後10時35分に退社した。
 11月19日(火),P1は,BMC導入検討業務のために午後9時まで残業命
令があり,午後10時30分に退社した。
 11月20日(水),P1は,午後2時から午後3時までオンライン,DB管理
グループのミーティングに出席した。
 11月21日(木),P1は,午後4時から午後5時までDB分割の担当者打合
せに出席し,BMC導入検討業務のために午後9時までの残業命令があったが,午
後10時25分に退社した。
 11月22日(金),P1は,BMC導入検討業務のために午後9時まで残業命
令があり,午後9時10分に退社した。
 11月23日(土)及び24日(日)は所定休日であり,P1は業務に従事して
いない。
c 発症前1週間の業務内容等
 P1の3年目研修について,平成3年11月29日までに報告することが義務付
けられていたのは研究レポートのテーマ報告にすぎず,個人研究レポートの提出期
限は平成4年1月17日であり,P1は,この時期に実質的に研究に着手していな
い。また,P1は,テーマ報告を期限2日前に時間的に余裕を持って提出してい
る。さらに,P1が選定した研究テーマは,P1の業務の経験をそのまま活かせる
テーマであったから,その検討に要する時間はごく短時間で足りるものであり,テ
ーマ報告書も用紙1枚の分量にすぎず,そのテーマの選定等の格別の負担や達成の
困難性は認められない。
 11月25日(月)は,通常業務に従事し,午後3時ころから午後5時ころまで
の間にオンライン及びDBを担当する主要メンバーによる打合せに出席し,遅くと
も午後9時に退社した。
 11月26日(火)は,通常業務に従事し,その一環として,1ないし2時間程
度,DB担当者とTMCのDB担当者との間で行われるスペース管理業務に関する
打合せに出席し,遅くとも午後9時に退社した。
 11月27日(水)は,通常業務に従事し,その一環として,午前10時ころか
ら午前11時ころまで間にオンライン・DB管理グループの打合せに出席し,テー
マ報告期限の2日前である同日に「総合系列3年目研修 個人研究テーマ選定(伺
い)」を提出した。
 11月28日(木)は,通常業務に従事し,午後10時10分に退社した。
 11月29日(金)は,通常業務に従事し,その一環として午前10時ころから
午前12時ころまでの間に自動GENシステム効率化の打合せに出席するととも
に,午後1時ころから午後3時ころまでの間にFRS-DRS打合せに出席し,午
後8時には退社した。
 P1は,自動GEMシステムに直接関わっておらず,その効率の悪さがDB2の
使い方に起因すると推測されたことから,DB担当として技術的な支援をするため
に出席したにすぎない。また,FRS-DRSの打合せは,2週間に1回程度の頻
度で定期的に行われており,主に委託先のSLC社から進捗状況の報告,問題点に
ついての議論,ペンディング事項について検討結果が報告等されたにすぎない。
d 本件発症当日(11月30日(土))について
 P1は休日であり,業務に従事しておらず,午後7時55分ころ,友人の結婚披
露パーティーに出席していた際に本件発症に至った。
(エ) 以上のとおり,本件発症前のP1の業務内容は特に過重なものではなく,
P1が業務に関連して異常な出来事に遭遇した事実も認められない。
 したがって,P1の業務と本件発症との間に,相当因果関係を認めることはでき
ない。
第3 当裁判所の判断
1 業務起因性の判断基準
 労災保険法に基づく保険給付は,労働者の「業務上」の死亡について行われるが
(同法7条1項1号),労働者が業務上死亡したといえるためには,業務と死亡と
の間に相当因果関係があることが必要である(最高裁第2小法廷昭和51年11月
12日判決・判例時報837号34頁参照)。また,相当因果関係の判断基準につ
いては,労災保険法に基づく保険給付が労基法上の危険責任の法理に基づく使用者
の災害補償責任を担保する制度であることを踏まえたものであることからすると,
業務起因性が肯定されるには,当該業務に内在する危険が現実化することによって
発症したと評価できることを要するのであり,このような観点から事案に即して判
断すべきである。
 そして,脳・心疾患発症の基礎となりうる素因又は疾病(以下「素因等」とい
う。)を有していた労働者が,脳・心疾患を発症する場合,様々な要因が上記素因
等に作用してこれを悪化させ,発症に至るという経過をたどるといえるから,その
素因等の程度や他の危険因子との関係をふまえ,医学的知見に照らし,労働者が業
務に従事することによって,その労働者の有する素因等を自然の経過を超えて有意
に増悪させたと認められる場合には,その増悪は当該業務に内在又は随伴する危険
が現実化したものとして業務との相当因果関係を肯定するのが相当である(最高裁
第3小法廷平成9年4月25日判決・判時1608号148頁,同裁判所第1小法
廷平成12年7月17日判決・裁集198号461頁参照)。
 また,訴訟上の因果関係の立証は,自然科学的証明ではなく,経験則に照らして
全証拠を総合検討し,特定の事実が特定の結果を招来した関係を是認し得る高度の
蓋然性を証明することであり,その判定は,通常人が疑いを差し挟まない程度に真
実性の確信を持ち得るものであることを必要とし,かつ,それで足りるものである
(最高裁第2小法廷昭和50年10月24日判決・民集29巻9号1417頁)。
2 本件発症と業務との条件関係の存否
(1) 認定事実
 争いのない事実等,後掲証拠及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認めら
れ,これを覆すに足りる的確な証拠は存在しない。
ア 前提となる医学的知見(甲10,81,乙11,19,乙29,33,35,
38,乙39の添付資料)
(ア) 不整脈の定義
 心臓の活動を制御するシステムには2つあり,一つは自律神経を介するもので,
交感神経がアクセルとして,副交感神経がブレーキとして作用する(副交感神経の
亢進は心臓の活動を抑制する。)。もう一つは,刺激伝導系と呼ばれるものであ
る。刺激伝導系は,心臓内に存在する筋肉と神経の中間のような特殊な心筋組織で
あり,これにより,心筋は脳からの神経支配を受けずに自動的に収縮する。すなわ
ち,この刺激伝導系は,心筋収縮の調和と同調を引き起こす刺激(インパルス)を
生じ,かつそれを伝導する特殊な機能を担う心筋組織からなり,洞結節,房室結
節,ヒス束,左右の脚,プルキンエ繊維から構成される。正常な刺激伝導は,洞結
部で生成された刺激が心房筋から心房結節,ヒス束,左脚及び右脚,プルキンエ線
維を経て心室筋を順次興奮させる形で行われるが,この正常な心臓の調律からはず
れた状態が不整脈と定義される。なお,脚ブロックとは,ヒス束から分岐した左又
は右の脚枝内で器質的又は機能的に伝導遅延又は伝導途絶を生じた状態をいう。
(イ) 特発性心室細動
 不整脈には,①心臓に器質的,解剖学的異常が存在する場合,②薬物その他の原
因がある場合(血液電解質の異常,代謝異常や内分泌異常,薬物中毒),③これら
の異常が認められない場合の3つの場合があり,特発性心室細動は,③の一つであ
る。
 細動とは,個々の心筋細胞が全く無秩序な興奮収縮を繰り返す状態を称し,統一
された心収縮が行われないためポンプ機能が消失する。特に心室に生じる細動(心
室細動)では心拍出量がゼロとなるため速やかな心肺蘇生措置が取られないと致死
的な経過を辿ることが多く,心室細動は最重症の不整脈である。そして,通常の検
査では心室細動を起こす可能性があると考えられる明らかな基礎疾患が認められ
ず,薬剤による催不整脈が否定される心室細動が特発性心室細動と呼ばれている。
 特発性心室細動の特徴として,表面上は健康な若年ないし中年層(男性にやや多
い。)に生じ突然死をきたす疾患であり,心肺蘇生により蘇生できた症例を調べて
も明らかな基礎心疾患がなく,抗不整脈薬による治療には限界があり,予後不良な
疾患であると理解されている。なお,特発性心室細動に関する文献報告を総括した
結果では,全患者数54人のうち90パーセント以上は心室細動発生時に心肺蘇生
を受けており,自然停止例は10パーセント未満であったとの報告がある。
(ウ) ブルガダ症候群
 特発性心室細動の中に,胸部第1~第3誘導の右脚ブロック様波形とST上昇と
いう特異な心電図所見を特徴とするものがあり,ブルガダ症候群と呼ばれている。
1992年(平成4年)にブルガダらがこの心電図所見を特徴とする特発性心室細
動の症例8例を報告し,その後各国で同様の症例が報告されたため,上記心電図所
見を有する特発性心室細動はブルガダ症候群と呼ばれるようになり,近時研究が進
められている。
(エ) 心室頻拍
 心室頻拍は,ヒス束分岐部以下の心室内から発生する興奮が3つ以上続くものと
定義されている。心室頻拍発作が始まると,患者は急に心悸亢進,前胸部違和感,
胸痛,呼吸困難を訴え,頻拍に伴って血圧が低下し,心拍出量が低下するため脳へ
の血流量が低下し,意識喪失をきたすこともある。著しく心拍数が多い状態,即ち
心室粗動(毎分170ないし300回)が持続すれば(持続性心室頻拍),心室細
動(心拍数毎分300ないし600回)に移行することがある。心室頻拍の場合,
基礎心疾患の有無によって突然死の危険は大きく異なり,基礎心疾患のある持続性
心室頻拍患者が突然死する可能性は高いが,これがない特発性心室頻拍患者が突然
死することはまれである。また,虚血性心疾患急性期や末期患者を除く157例の
突然死のホルター心電図を分析したところ,83パーセントが心室細動から死に至
ったが,最初から心室細動が出現したのは8パーセントにすぎず,心室頻拍から心
室細動への移行が62パーセントであったとの報告例がある。
 心室細動及び心室頻拍の確定診断は発作時の心電図による。
イ P1の基礎疾患等
(ア) P1の意識消失発作
a 発作の頻度等(甲17・87頁,乙12・3枚目,乙36・15頁,26頁,
38頁,証人P548~49頁,同P854~55頁,原告P9本人)
 P1は,本件発症前,以下のとおり計7回の意識消失発作を起こしていた。いず
れの場合も,数分で自然に意識が回復している。発作が起きた時間帯は,①ないし
④及び⑥はいずれも夜間9時ころ又は11時ころであり,⑤は午後2時前後ころで
ある。
① 昭和62年3月(当時21歳)
 大学のサークル合宿中(四国)の夜中に,電話ボックスへ走って行ってその中で
初めて意識消失発作を起こす(5分間位で意識が戻る。)。
② 昭和63年7月ないし8月(当時23歳)
 飲酒後,激しく走った後に,友人宅で意識消失発作を起こす。
③ 平成元年9月ないし11月(当時24歳)
 会社のテニス合宿中に意識消失発作を起こす。
④ 平成2年2月ないし3月(当時24歳)
 友人宅で意識消失発作を起こす。
⑤ 平成2年4月5日(当時24歳)
 会社で会議中に意識消失発作を起こす。
⑥ 平成2年5月10日(当時25歳)
 詳細は不明であるが,意識消失発作を起こす。
⑦ 平成3年1月(正月)(当時25歳)
 自宅まで走ってきて門のところで動悸と数分間の意識消失発作を起こす。
b 発作時の状況(乙36,37,原告P9本人)
 P1は,上記⑥の発作の直後である平成2年5月12日,意識消失発作と動悸を
主訴として日本医科大学付属病院第1内科を受診した。P1は,医師に対し,意識
消失発作の状況について「3年ほど前から半年おきぐらいに突然心臓の動悸がはげ
しくなり意識を失うことがある。最近では1月おきぐらいになる。放置して1分ぐ
らいで自然にもどる。」と説明した。また,診療録には,発作時の状況説明と思わ
れる「顔が青白くなる,体が硬直する,息が荒くなったり大きくなったり止まった
りする,目を半分開けているが何も見えていないような感じ,口から泡が出ること
がある,尿が無意識に出る,胸に耳を当ててみるとどきどきと大きな音がする」旨
の記載が残されている(乙36・3頁,14頁)
 なお,P1ないしその代理の原告P9は,初診以降本件発症の直前(平成3年1
1月29日)まで間欠的に同病院に通院して診察又は薬の処方を受けたが,同病院
では,上記a記載以外の発作発症は報告されていないし,原告P9も承知していな
い。
c 本件発症時の状況(乙12,甲14,15,22,79)
 本件発症当日(平成3年11月30日),P1は午後7時から始まった友人の結
婚披露パーティーに出席し,友人と話をしながらコップ2,3杯のビールをゆっく
りと飲み,少量の食事をとるなどした後,席から立ちトイレの方向に向かって数歩
歩いたところで突然前方に倒れた。P1はしばらくの間「ウー」と声を出していた
が,意識はなかった。
 午後8時17分ころ救急車が到着したときは,①意識:JCS~300(痛み刺
激を加えても全く動かない状態),②脈拍:触れず,③呼吸:感ぜず,という状況
にあった。東京女子医科大学病院に搬送されたときの状況も同様で心肺停止状態に
あり,その後の開胸心マッサージにより心拍が再開したものの,意識を回復しない
まま死に至ったことは前記のとおりである。
(イ) P1の健康状況
a 健康診断の結果等(甲21,38,乙36)
 P1は,平成元年以降毎年10月に実施される会社の健康診断を受けていた。平
成2年及び3年の健康診断で軽度の肝機能障害が指摘されたものの,それ以外には
異常は認められず,血圧も良好で,体重は標準体重であった(身長約173㎝,体
重67.5ないし69.5㎏)。
 P1は,喫煙はせず,酒は飲むが平均1日ビール小瓶1本程度であった。その
他,P1に心臓疾患の危険因子は存在しない。
b 日本医科大学付属病院における検査結果(乙36,37)
 P1が平成2年5月12日以降受診した日本医科大学付属病院では,血圧(随
時),心拍数測定,血液生化学検査(2回)の他,以下①ないし⑥の検査が行われ
た。⑥の検査は,平成3年6月20日の受診時,同年1月に再度意識消失発作があ
った旨の説明がされたことを受けて行われたものであり(同時にホルター心電図検
査等の予約がされたが,予定日にP1の祖母の葬儀が行われたため(甲36)キャ
ンセルされた。),⑤,⑥の検査では,「?」付きで心疾患の存在を疑わせる所見
が指摘されたが,特にそれ以上の検査は行われていない。なお,この間,血圧値に
問題はなく,血液検査の結果もγ-GTPの数値以外は正常域であった(なお,γ
-GTPの高数値は日本医科大学付属病院での投薬による影響が疑われる(甲8
1)。)。
① 平成2年5月19日 ホルター心電図検査:異常なし
②     6月 9日 頭部MRI:異常なし
③     6月16日 頭部CT:異常なし
④     7月 3日 脳波:異常なし
⑤        同日 UCG(心エコー図):LV asynergy(左心
室の壁運動異常)?
⑥ 平成3年6月29日 ECG(心電図):short PQ(PQ間隔短
縮)?
(2) 本件発症とP1の業務との条件関係の検討
ア P1の意識消失発作の原因
 前記のとおり,日本医科大学付属病院で実施された平成2年7月のUCG(心エ
コー図)及び平成3年6月のECG(心電図)において,いずれも「?」マーク付
きであるが,心疾患の存在を疑わせる所見が指摘されているが,心室細動を起こす
可能性があると考えられる明らかな基礎疾患があるとは診断されていない。
 そして,東邦大学β病院第3内科P10助教授の意見書(乙38及び39。以
下,一括して「P10意見書」という。)は,前記(1)イ(ア)のような意識消
失発作の状況や上記P1の病態等に鑑みると,P1の度重なる意識消失発作の原因
は一過性心室細動と考えるのが相当であり,本件発症以前の7回の意識消失発作は
心室細動が自然停止したために意識が回復したが,本件発症においては心室細動が
自然停止しなかったとみるのが相当であるとの見解を示している(乙38・3~4
頁)。また,立川相互病院のP11医師もこの点について否定はしていない(甲8
1・4頁)。
 しかし,心室細動及び心室頻拍の確定診断は発作時の心電図によることになるか
ら,これのない本件において,P1の過去の失神発作の原因がこのいずれであるか
の確定診断はできない。
 そこで,P10意見書が心室細動と判断した根拠を見ると,意識消失を生じるよ
うな頻脈性不整脈として,①心室細動,②心拍数の著しく多い心室頻拍(心室粗
動),③1:1伝導を示す心房粗動,④偽性心室頻拍を挙げた上,「②の心室粗動
は,基質的心疾患があって心機能が低下している場合に生じることが多く,通常の
社会生活を営んでいて,健康診断でも異常を指摘されない例に生じることはまずな
い。またもし②であっても,心室粗動が持続すれば心室細動に移行するから最終的
には心室細動を起こして失神したと考えるのが妥当である。③の1:1伝導を示す
ものは心房粗動や心房細動が持続するので,医療機関を受診しその際不整脈が発見
されるはずである。④は,本件発症後の心電図から否定される。①の特発性心室細
動は,一過性に生じて自然停止することもあるのが特徴であり,この一過性心室細
動により失神が起こる。」(要旨)というものである。しかし,基礎心疾患のない
特発性心室頻拍患者も存する上,心室頻拍が一定程度持続すると意識喪失をきたす
場合があること,心室細動はそのほとんどがそのまま回復せずに死に至るところ,
P1の失神発作は7回とも失神に止まり死に至っていないことからすると,P1の
過去における意識消失発作の原因が心室細動であったと判断するには疑問が残り,
むしろ,心室細動にまで至らない心室頻拍(心室粗動)であったとみる方がより自
然である(P10意見書は,上記③のとおり特発性心室細動は自然停止するのが特
徴であるとするが,前記のとおり,特発性心室細動が自然停止した例は10パーセ
ント未満とする報告があり,自然停止例はむしろ少ないと考えられる。)。
イ 特発性心室細動は業務による過労・ストレスによって発症させられうるか。
(ア) 労働省が設置した不整脈による突然死等に関する専門家会議が取りまとめ
た「不整脈による突然死等の取扱いに関する報告書」(平成8年1月)(乙6)で
は,①ストレスによる交感神経緊張並びに自律神経の調節異常が心筋の電気的不安
定状態をも惹起し,自動能の亢進・低下,撃発活動及び興奮旋回等の不整脈発現の
要因に促進的に作用し危険な致死的不整脈の出現を招来する可能性があることが指
摘され,また,②突然死に影響を与えている心理的社会的要因として,睡眠障害が
あり生活リズムが不規則であること,仕事が山積みし疲労状態にあること等が挙げ
られ,さらに,③疫学的調査においてストレスにより誘発された不整脈による突然
死例も存在するとされていること,健康人を対象とした実験的研究においても,健
康人に精神的負荷を加える場合,心筋仕事量の増加,交感神経機能の活性化及び血
小板凝集の促進がもたらされ,その結果,不整脈が誘発されるとの報告もあること
が指摘されている。
(イ) 「脳・心臓疾患の認定基準に関する専門検討会報告書」(平成13年11
月)(甲10,乙19)は,疲労の蓄積等と脳・心臓疾患の発症との関係を中心に
業務の過重性の評価要因の具体化等を検討した報告書であり,同年12月12日付
け厚生労働省労働基準局長の脳血管疾患及び虚血性心疾患等の認定基準策定の前提
となったものであるが,この報告書は,同認定基準の対象疾病として心停止(心臓
突然死を含む。)を挙げている(19頁以下)。
 そして,同報告書は,心室細動発症の機序として,その回路となる解剖学的ない
し電気的基質,引き金となる心室期外収縮(基本調律の終期より短い間隔で起こる
局所性興奮),それらを修飾する因子の3つの要因を挙げ,心臓突然死の危険度は
これらを評価して総合的に判断するとしており,基質と引き金の両方に影響を及ぼ
す修飾因子の一つとして自律神経,ストレスを挙げている(80,81頁)。ま
た,虚血性心疾患等のリスクファクターとしてのストレスに関し,「過労は身体的
ストレスのみならず精神的ストレス状態であり,突然死の大きな修飾因子となる。
過労時にはカテコールアミンが分泌され,その結果致死性不整脈は生じやすくな
る。また,飲酒,喫煙,コーヒーなどの嗜好品,睡眠不足や変則勤務など生体リズ
ムの乱れは不整脈発生の誘発ないし増悪因子となる。」と指摘している(125
頁)。
 そして,同報告書は,長時間労働などの負荷が長期間にわたって作用することに
より,疲労が蓄積し,脳・心臓疾患を発症することを認めている。すなわち,「長
時間労働が脳・心臓疾患に影響を及ぼす理由として,『①睡眠時間が不足し疲労が
蓄積すること,②生活時間の中での休憩・休息や余暇活動の時間が制限されるこ
と,③長時間に及ぶ労働では,疲労し低下した心理・生理機能を鼓舞して職務上求
められる一定のパフォーマンスを維持する必要性が生じ,これが直接的なストレス
負荷要因となること,④就労態様による負荷要因に対するばく露時間が長くなるこ
となどが考えられる。このうちでも,疲労の蓄積をもたらす要因として睡眠不足が
深く関わっていると考えられる。一般に,睡眠不足の健康への影響は,循環器や交
感神経の反応性を高め,脳・心臓疾患の有病率や死亡率を高めると考えられてお
り』『1日3~4時間の睡眠は翌日の血圧と心拍数の有意の上昇による最大運動能
力の低下をもたらす』『睡眠時間が5時間以下では脳・心臓疾患の発症率が高い』
など,『長期間にわたる1日4~6時間以下の睡眠不足状態では,睡眠不足が脳・
心臓疾患の有病率や死亡率を高めるとする報告がある。』業務の過重性評価は諸要
因を総合的に評価するべきであるが,長時間労働に着目してみた場合,1日4~6
時間程度の睡眠が確保できない状態が継続していたかどうかという視点で検討する
ことが妥当と考えられる。」と指摘されている。(95,96頁)
(ウ) 以上のような知見について,心臓に器質的・解剖学的異常等の基礎疾患が
ないか,ごく軽度であるためその存否が判明しない程度である場合の心室細動であ
る特発性心室細動を除外する合理的理由は見あたらないし,現にそのようにすべき
であるとする記載はない。
 そして,このような見解は,上記報告書等以外の医学文献や専門家の意見におい
ても示されている(甲57,59,60,74ないし76)。ちなみに,公立学校
共済組合関東中央病院のP12院長は,平成12年5月に作成した医学的意見書
(甲75の2,4)において,致死的不整脈は日常的に発生するものであり格別の
誘因を必要とするものではないが,もし過重な負荷があれば発症が加速される点は
急性心筋梗塞などの虚血性心疾患と同じである旨,また,特発性心室細動の発症に
は誘因は必要ないが,誘因となるようなものがあれば発作は起こりやすくなる旨,
過重な負荷は心室細動発作を起こすための必要条件ではないが誘因となる旨を述べ
ている。
(エ) 被告は,特発性心室細動の発症に対して業務が関与するのは,その発症時
点からみて,数分ないし長くても数時間の程度でもたらされた強度の精神的負荷の
みであり,数時間の単位より前に生じた業務による精神的負荷ないし身体的負荷
は,特発性心室細動の発症と直接に関係を有しない旨主張するところ,この見解を
直接裏付けるに足る証拠は存しない。
 したがって,特発性心室細動一般について,そもそも発症の数時間の単位より前
に生じた業務との条件関係を肯定し得ないとの見解は採用できない。
(オ) 以上検討したところによると,特発性心室細動一般について,業務による
過労・ストレスにより発症しうるとする関係は肯定され,一般的条件関係は肯定さ
れるというべきである。
ウ P10意見書について
 P10意見書(乙38,39)は,P1に発症した心室細動については,そもそ
も業務との条件関係を肯定し得ないとの見解に立つようであるので,以下検討す
る。
(ア) 同意見書は,①P1は心室細動を起こす基質(基礎心疾患以外)を有して
いた,②P1は,運動後,飲酒後,会議中に失神していることから,通常の運動,
通常量の飲酒,通常の業務上の緊張であっても,心室細動が誘発される基質があっ
たと考えられる,③そのような基質をもった例の自然的経過として,いつどこで心
室細動が生じてもおかしくない,④P1は就業する前の学生時代から失神を繰り返
している,⑤本件発症は結婚披露宴での感情の変化や飲酒といった直前の因子が誘
因となったと考えられる,以上から業務と本件発症との因果関係はないと考えるべ
きであるとし(乙38・5~6頁),過重な業務のない就業前の若年者にも電気的
除細動で停止した心室細動の例があることから,本件発症のときだけ過重な業務の
ために心室細動が自然停止しなかったと考えることはできない(乙39・3~4
頁),としている。そして,同意見書は,確定診断はできないとしながら,P1の
心室細動を起こす基質として遺伝子異常を示唆し,また,P1に生じた失神発作の
状況から副交感神経(迷走神経)亢進が関与している可能性が高く,ブルガダ症候
群に生じる心室細動の発症機転と類似するとして,P1に生じた心室細動がブルガ
ダ症候群である可能性を示唆するようである(乙38・5頁,乙39・2~3
頁)。ちなみに,特発性心室細動のうち心電図に特徴的所見が現れるブルガダ症候
群については,その約15パーセントに心筋Naチャネル遺伝子(SCN5A)の
変異がみられるとの報告があり,これが原因遺伝子の一つであることが承認されて
いる(乙39の添付資料)。また,ブルガダ症候群と同様の心電図の特徴を有する
症例の中に迷走神経の活性亢進によって特発性心室細動が誘発される例があるとの
報告がある(乙32)。
(イ) しかし,P10意見書には次のような疑問があり,採用することができな
い。
 まず,議論の前提として,P10意見書は,P1の過去の失神発作が心室細動に
よるものとしているが,この判断には疑問があり,むしろ特発性心室頻拍(心室粗
動)による発作とみる方が無理がないことは前記(ア)のとおりである。
 もっとも,P1が本件発症前学生時代から7回も特発性の頻脈性不整脈発症を繰
り返していることから,これを発症しやすい何らかの基質を有したであろうことは
推測でき,P10意見書の上記①の点はその限度で承認できる。しかし,過去の発
作が運動後,飲酒後,会議中に発生したといってもその状況の詳細は明らかではな
いから,そのことだけから直ちに②のように,通常の運動,通常の飲酒,通常の業
務による緊張であっても心室細動が誘発される基質があったとの結論,ひいては③
のように,いつどこでも心室細動を起こしうるとの結論を導くのは妥当ではない。
また,④の点についても,発作は確かに就業前から起きているが,就業後は約2年
8月の間に本件を含め6回と回数が急増していることに着目すべきであり,このこ
とはむしろ業務との因果関係を推認させるものともいえる。⑤の点は推測を述べる
ものにとどまり,条件関係を否定する論拠になるとはいえない。
 また,P10意見書は,過重な業務のない就業前の若年者にも電気的除細動で停
止した心室細動の例があることを論拠の一つとして挙げるが,過重な業務に従事し
ない者にも特発性心室細動が発症するという事実は,過重な業務又はそれによるス
トレスが誘因となって特発性心室細動を発症するという命題と二律背反の関係にな
く,過重な業務と特発性心室細動発症との間に1において説示したような条件関係
を肯定する妨げとはならないというべきである。
 なお,P10意見書は,P1に生じた特発性心室細動について遺伝子異常の存在
やブルガダ症候群であることを示唆するが,その可能性を否定できないとするだけ
であって,P1についてブルガダ症候群に特徴的な心電図所見が確認されたわけで
はない。また,ブルガダ症候群に関しては,前記のような報告例が存するというだ
けであり,これらからは,せいぜいP1に生じた特発性心室細動が遺伝子異常によ
るとか,副交感神経の活性亢進が原因であるとかの可能性を否定できないとの結論
を導き得るだけであって,前述したP10意見書の積極的論拠とすることはできな
い。
 その他,P1に,業務との条件関係を否定ないし消極に解させる基礎疾患ないし
基質があったと認めるに足る証拠はない。
エ 以上のとおり,P1に業務との条件関係を否定ないし消極に解させるような特
殊な基礎疾患ないし基質があったと認める根拠がない以上,心室細動に関する前記
イの一般論が妥当し,上記特殊な基礎疾患ないし基質がないものとして判断すべき
である。けだし,そうでなければ,心室細動による突然死について,いくつも考え
られる上記特殊な基礎疾患ないし基質がいずれも存しなかったことを死後になって
立証しなければならないという不可能を労働者側に強いることになり,業務起因性
を肯定する余地が乏しくなるという不合理を招くからである。
 したがって,本件発症と過重労働との条件関係は肯定し得るものである。
3 業務の量的な過重性(労働時間等)
(1) 労働時間等の判断の前提
ア 後掲証拠により容易に認定できる事実
(ア) 残業に関する規制等
 東京海上では労働時間に関する総量規制が行われており,国立センターにおいて
は,時短目標として,水,金曜日は極力残業はせず,月,火,木曜日も週2回20
時までの残業(総合職の場合)を想定し,これを超えたり,水,金曜日に残業する
場合は事前事後によらず特認残業申請を提出させることとし,また残業時間終了後
は速やかに退社することを目標としていた。P1の業務と関連する部署では,水曜
日と金曜日については,極力残業をせず,後述する入退館記録簿設置時間までには
帰るようにし,月,火,木曜日も残業予定時間終了後は速やかに帰ることを目標と
して,夕食を取るよりもその分早く帰ろうということで,取らないことが多かっ
た。(甲2,3)
(イ) 時間外等実施届(甲72,その集計は甲71の別表2)の記録
 東京海上では,各社員が1週間の業務の予定を立て,事前に残業予定を申請して
残業命令を取得し,残業実施後に結果を届け出ることにより,時間外手当が支払わ
れる手続がとられていた。時間外等実施届には,上記残業命令と実施結果が記載さ
れるが,残業命令のとおりに残業が行われた場合は実施結果の記載を省略する扱い
であり,実施結果が残業命令より短縮された場合はその旨が記載され,残業命令よ
り延伸した場合はその旨の追加申請がなされることになる。
 運用課オンライン・DB管理チームの平成3年4月22日から11月28日まで
の実施届(甲72)によると,実施結果が残業命令より短縮された旨の記載は稀で
あるが存在する。他方,実施結果が残業命令より延伸した旨の追加の申請がなされ
たことはない。また,午後8時まで(3時間未満)の残業申請がなされることは,
P4は例外として,他の者ではほとんど例がない。さらに,水,金曜日の残業申請
がなされることはほとんど例がない。
 時間外等実施届によると,P1に関する残業等申請,同命令,実施結果は,平成
3年5月が34時間(平日残業が32時間,休日出勤が2時間),6月が49時間
10分(平日残業が41時間,休日出勤が8時間10分,うち深夜残業が4時間1
0分),7月が平日残業が46時間,8月が46時間45分(平日残業が39時
間,休日出勤が7時間45分,うち深夜残業が1時間),9月が平日残業40時
間,10月が平日残業49時間,11月が71時間10分(平日残業が53時間1
0分,休日出勤が18時間,うち深夜残業が1時間25分)であり,P1は,この
とおり,水,金曜日以外はほぼ全日3ないし4時間の残業を予め申請し実施してい
た(甲72,甲23・3枚目裏)。
(ウ) 時間外入退館記録簿(乙7,15)の記録
 国立センターでは,月,火,木曜日は午後10時から翌日の午前7時まで,水曜
日は午後6時から翌日の午前7時まで,金曜日は午後7時から翌日の午前7時ま
で,休日は終日,時間外入退館記録簿を設置し,その時間帯に入退館する従業員
は,氏名,入退館時刻と時間外に在館した理由を記載することとなっていた(甲4
6,乙7,15)。したがって,これに在館理由を業務として在館した旨の記載が
ある場合は,この時間も業務に従事したと認定できる。
 本件において,入退館記録簿は平成3年11月分のみが書証として提出されてい
るところ,これと上記時間外等実施届を対比すると,P4など一部の例外を除き,
全般的に入退館記録簿により認められる残業時間の方が時間外等実施届によるそれ
より大幅に長い。また,水曜日と金曜日にも,多数の者が長時間の残業を行ってい
た。
(エ) P1の所定休日外の休暇取得
 P1が平成3年4月以降本件発症までの間,所定休日以外に取得した休日は,有
給休暇が7月及び8月に各1日,忌引きが8月及び9月に合計2日(取得可能な日
数は合計6日),休日出勤の代休が1日(取得可能日数は4日)である(甲3
6)。
イ 検討
 上記アの事実によると,P1は,平成3年6月以降は,所定外の休日を取ること
は難しく,恒常的に時間外勤務をせざるを得ない状況が継続していたこと,しかる
に会社は残業を抑制し,残業について申告許可制を採用するなど,サービス残業が
起こりやすい素地があったこと,現に,一部の例外を除き,会社に報告し残業手当
が支払われる残業時間よりも,実際の残業時間の方が全般的に大幅に長く,長時間
のサービス残業が行われていたこと,水曜日と金曜日は極力残業申請はせず,なる
べく入退館記録簿設置時間までには帰るようにしていたこと,しかし,これを超え
ることもしばしばあったが,その残業申請はされなかったこと,月,火,木曜日も
残業予定時間終了後は速やかに帰ることを目標としたが,これを超えることも多
く,超過分の残業申請はされなかったことが認められる。
 このことにP5証言(7頁以下)を併せ考えると,P1の労働時間の認定に当た
っては,入退館記録簿(乙15)に記載のない日は,反対の証拠がない限りこれを
設置する時間の直前,具体的にはその10分前まで残業を行ったと推認すべきであ
り,なおかつ,時間外等実施届(甲72)の記載は,上記反対証拠としての価値は
ないというべきである。
 また,夕食時間については,P1は帰宅後に夕食を取っており,会社では特に空
腹のときに菓子パンを食べる程度であったとの原告P9の供述,P1が夕食を取っ
ているところを見たことはないとの証人P5の供述(24頁)及び上記ア(ア)の
とおり夕食を取るよりは早く残業を終わらせて帰るというのがP1の部署の一般的
傾向であった事実からすると,夕食時間を考慮することなく全在社時間を残業時間
と認定すべきである。
(2) 本件発症前約6か月間におけるP1の労働時間
ア 平成3年11月(発症前1か月)の労働時間数
(ア) 有事テストにかかる労働時間の認定
 11月1日(金)の終業時間については,時間外等実施届(乙14)によれば,
同日は午後10時まで残業命令が出されており,それと異なる実施届が出されてい
ないから,P1は,少なくとも午後10時まで業務に従事していたものと認められ
る。ちなみに,11月2,3日については,予定より短縮された旨の実施届けが提
出されており,このことに照らしても11月1日は予定どおり残業が実施されたこ
とが明らかである。
 この点,被告は,この日P1が終日国立センターで勤務したことを前提に,入退
館記録簿にP1の退館記録がないことから,残業時間を午後7時までと主張する。
しかし,αで行われた有事テスト実施期間は11月1日から3日までの3日間であ
り,1日は「DBローディング(CMFオンライン休止)オンライン準備」が予定
され,この日に国立からの出張者が到着することとされている(甲5・別紙1)。
また,時間外等実施届(乙14)によると,11月1日の時間外勤務の理由は,前
日までのような有事テスト準備ではなく,有事テストである。したがって,被告の
主張は前提を誤っており採用できない(P1はこの日αへ出張し,午後10時まで
上記有事テスト業務に従事したと認められる。)。
 11月2日(土)の始業時間について,被告は午後1時からと主張するところ,
甲5・別紙1によれば,同日のスケジュールは「オンライン立ち上げ,照会・検
索・エントリー確認(13:00~17:00),有事業後バッチ」となっている
が,午後1時というのは「照会・検索・エントリー確認」作業(有事テストの本体
部分)の開始時刻に過ぎず,それに先立ちオンラインの立ち上げの作業が行われた
と理解するのが素直である。時間外等実施届(乙14)に終業時刻が午後8時30
分まで,実施時間数が合計10時間15分と記載されていることからも,当日は午
前9時15分から午後8時30分まで勤務したと認められる。
 11月3日(日)の最終日,P1は,午後3時30分には有事テストを終了し,
時間外等実施届にもこれを終業時刻として届け出ている(乙10・39頁,乙1
4)ので,一応これを勤務時間とする。なお,αから東京へ戻る移動時間も,泊付
の遠距離出張であることから考慮すべきであるが,労働時間算定の上ではとりあえ
ず除外し,別途考慮することとする。
(イ) 集計
 有事テスト実施時については上記(ア)のとおりとし,それ以外の日は前記
(1)イにおいて検討した結果(入退館記録簿に退館時刻の記載がある場合はその
時間,記録がない場合は反対証拠がない限り入退館記録簿が設置される時間の10
分前を終業時刻と認定する。)に従い,11月の労働時間を集計すると,別紙3の
とおりであり,その総労働時間は230時間37分,現行労働基準法の定める1日
8時間・週40時間を超える時間外労働時間は62時間37分となる。このうち,
休日出勤は合計15時間30分である。
 なお,この他に,後述するとおりP1が深夜トラブルの電話対応(DBリカバリ
ー)に要した時間も労働時間に含めるべきではあるが,これに要した時間を認定す
る的確な証拠がないので,ここでは一応除外し,別途考慮することとする。
イ 平成3年10月以前同年6月までの労働時間数
 前述したとおり,10月以前は入退館記録簿が証拠として提出されていないため
11月のような個別集計は困難である。
 しかし,10月は,時間外等実施届上の平日残業が11月と遜色ない状況であっ
たことが認められ(甲72,前記(1)ア(イ)参照),そうすると,10月は少
なくとも,11月の休日出勤を差し引いた約47時間程度の1日8時間・週40時
間を超える時間外労働時間があったと推認できる。また,同年6月ないし9月も,
時間外等実施届上の平日残業時間数の対比から同様に相当程度の時間外労働があっ
たと推認できる。
 この事実は,P1の上司であったP8課長,P13課長代理やTMCのP7がP
1の死亡前1か月が特に忙しい時期ではない旨述べていること(乙10・38頁,
乙22,24)からも裏付けられる。
ウ 評価
 別紙3のとおり,11月には国立センターを退社するのが午後10時近く,ある
いはそれより遅い日が,月,火,木曜日を中心に実労働日22日の半数を超える1
2日存在する。P1の通勤所用時間(復路)は1時間30分ないし1時間50分で
あった(原告P9本人1~2頁)から,このような日は,P1が帰宅するのは午後
11時30分ころないし午前0時を超える時刻になる。他方,P1は毎朝午前7時
半ころには自宅を出発していた(同)から,上記のような日のP1の自宅滞在時間
は,わずか7時間ないし8時間しかなかった。この間に,夕食をとり,着替え,入
浴,就寝準備などを行ない,起床後は身支度,朝食,出勤準備などをするとなる
と,睡眠時間は5時間前後を確保できるかどうかという程度であったと認められ
る。また,本件発症前2週間は,原則として残業申請をせずに午後7時までに退社
することになっていた金曜日に連続して午後9時過ぎ,午後8時までサービス残業
をしており,多忙であったことが窺える。
 しかも,本件発症の4週間前までに集中したとはいえ,α出張のため休日出勤が
あり,別紙3の労働時間以外にも出張の移動のため時間的な拘束を受けており,ま
た,後述するとおり自宅での深夜トラブルの電話対応や,これに引き続く未明の出
勤(11月8日)もあり,これらも加わったことによる肉体的精神的負担は非常に
重いものであったと認められる。そうすると,労働時間等の量的な面から見て,1
1月は相当に負担の重い状況であったというべきである。
 また,10月以前6月までの引き続く5か月間をみると,11月に比べ,休暇を
取得し,休日出勤が少なかった分,総労働時間としては短いが,平日の残業時間自
体は大差ないものと認められ,電話対応の負担や通勤時間も考慮すると,月,火,
木曜日を中心に多くの日が十分な睡眠時間の確保も難しい状況であったと認められ
る。
4 業務の質的な過重性
(1) 認定事実
 争いのない事実,後掲証拠及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められ,
これを覆すに足りる的確な証拠は存在しない。
ア 東京海上におけるDB関連業務
 東京海上は,昭和57年8月,第2次総合機械化計画の中核である総合オンライ
ンシステムをスタートさせた。これは,全ての保険種目について,単なる照会に止
まらず,継続・移動の計上業務,保険の支払い業務,会計・財務までをオンライン
化するべく,全ての営業課支社・損害サービスセンターにオンライン端末(約87
0台)を設置するという計画であった。そして,これら支社・サービスセンターな
どの第一線のオフィスの端末を国立センターの超大型コンピューターと通信回線で
結び,現場オフィスでは,国立センターのDBのファイルを見ながら業務を行うも
ので,発生した継続・移動やクレームに関する情報を現場から直接・迅速に入力
し,最新のデータファイルを構築するとともにこれにアクセスしながら仕事をす
る,もはやこれを見なければ仕事ができないというものである。さらに,平成2年
2月ころほぼ完成したETS計画は,開発規模で第2次総合機械化計画の1.8
倍,設置端末が2700台という損保業界では前例のない大規模で画期的なシステ
ム開発であった。このように,東京海上ではオンライン業務を中心に各種DBを構
築して利用しているため,IMS,DB2等のDB管理システムを導入している。
これらのソフトウエアを使いこなすには,多くの知識や高い技術が必要とされるこ
とから,会社では,専門知識を持ったDB担当者を置き,独自のサポートシステム
を作り,DBを構築・利用する各種システムの開発・運用がより容易に効率的にで
きるようにしている。(甲6,甲50の4・11頁以下,甲48・11枚目)
 このような経過で,昭和57年のDB発足当時は,指で数えるほどの数であった
DBが,平成3年当時は1000を超える状態になっていた(甲40,証人P51
8~19頁)。
イ DB関連業務の人的体制
(ア) DBチームのメンバーの変動
 P1が所属していたDBチーム(DB関連業務)は,従前,P2副主任がチーム
リーダーであり,P1,一般職ながらDB担当として長い経験と豊富な知識を有す
るP5,P3の4名体制であったのが,平成3年6月,P2,P3が抜けて,P1
がチームリーダーとなり,新たに,一般職でDB担当は初めてのP6,新人で総合
職のP4が加わったことで,P1,P5,P6,P4の体制となった。P4は経済
学部出身で,入社までコンピューターに関与したことはなかった。(乙10,証人
P53頁)
 これに対し,P1は,早稲田大学理工学部で電気工学を専攻してコンピューター
関係の教科も44単位取得し,学生時代の昭和60年ころにはパソコンを購入して
おり,入社直後の平成元年10月には第2種情報処理技術者試験に,平成2年4月
には同第1種試験に合格した。2年先輩のP2とともに最短での合格であり,第1
種の合格者は運用課の中でもほかにはごく僅かしかいなかった。(甲71,12)
 平成3年6月の上記編成替え以前,DBチームはリソース管理グループ(リーダ
ーはP14課長代理)に属し,併せてディスク関連業務も担当し,前記4名の他に
P15・P16社員も加わっていたが,上記編成替えと同時に,ディスク関連業務
が切り離され,オンライン・データベース管理グループ(リーダーはP13課長代
理)に属するようになった(乙10・14,15頁)。
(イ) DBチーム内の職務分担
 平成3年8月当時の運用課オンライン・データベース管理グループの業務分担は
別紙4のとおりであり(甲26,弁論の全趣旨),DBチームの4人(緑色)の中
では,P1が圧倒的に多くの職務の責任者(◎印)となっている。このような集中
ぶりは,同課のオンラインチーム(紫色)には見られないことである。
 また,P1は,P6,P4の教育をせねばならず,特にP4の教育には時間を取
られた。P4はサービス残業をしない主義であった上,残業時間自体他と比べてか
なり少ないため,P1とP4の2人で行うべき仕事では,その分P1の負担が大き
くなった。(甲64,72,証人P520頁)
 さらに,P1は,平成3年6月にP2に代わりDB関連業務全体の責任者となっ
たため,新しい仕事を多く担当することになり,負担が大きくなった(甲40,証
人P517頁)。同年4月及び5月は,木曜日にも残業を申請しない日が複数あ
り,残業の申請理由はIMS3.1のバージョンアップ関係に限られていたのに対
し,6月以降,特段の理由なく残業を申請しないことはなくなり,かえって,しば
しば金曜日にも残業を申請し,その残業申請理由も多岐にわたるようになっている
こと(甲71,72)はこれを物語るものといえる。
 なお,P1の死後は,P4が,P1の仕事をそのまま引き継ぐことができず,D
Bチームの業務全体を別チームすなわちバッチ・リソース管理チームに移した(証
人P854頁)。そして,P5が平成4年6月に退職予定だったものを同年9月ま
で延期し,P1の担当していた仕事の引継ぎをP4に対して行い,また,P2に助
けを請うたり,TMCのP7に助けてもらったり,プロジェクトを先延ばしにした
りして,P4は2年目からDBの責任者となった(証人P524,51頁)。
(ウ) 社内でのサポート体制
 DB担当が属するオンライン・データベース管理グループのグループリーダーP
13課長代理は部下であるP1をサポートすることもあったが,基本的にはDB関
連業務の作業は課長や課長代理のする業務ではなく,サポートは例外的な場合であ
ったし,同人自身が非常に多忙であった(乙22・2~3頁,甲64,証人P52
0頁)。
 また,P1の前任者のP2は,DB2に限っては直接関与していた(甲29,証
人P547頁)が,責任者は別紙4のとおりP1であった(甲26,P540頁。
証人P8はP2が担当責任者であったかのような供述をするが,甲26に照らし信
用できない。)。P2がP1に対しその他の技術的な助言等を行っていた可能性は
あるが,P2自身P1以上に多忙を極めていたから(乙15の入退館記録簿から優
に認められる。),助言といっても僅かなものにとどまったと推認されるし,同人
は,引き続き担当したICFカタログ化(P1はこれを担当していない。)以外に
はDB関連業務を理由に残業を申請したことはない(甲72)。
(エ) TMCとの業務分担
 本件当時,東京海上は,コンピューター運用を子会社のTMCへ定型的な業務か
ら順次移管(業務委託)する途中にあり,DB関連業務では,TMCは,DB環境
設定,DBスペース管理,DBリカバリー,DB分割,有事テストの各業務のうち
機械的な作業を中心に分担していた。同社の権限は定型的な処理に関するもので,
判断にかかるものや作業結果の確認は東京海上の社員が行った。なお,TMC側の
リーダーであるP7は,DB関連業務には平成2年ころから関わるようになったば
かりで,まだ勉強中であった。また,当時は,移管途中であったことから,P1が
移管のための体制作りや教育などの作業にかえって時間をとられるという状況もあ
った。(甲40,62,72,乙10,22,24,証人P518~19頁,同P
8。なお,乙10,22には,移管のための作業に時間をとられたことを否定する
部分があるが,P1がDBリカバリーのTMCへの移行検討のため8月末ころ以降
長時間の残業申請をし認められていること(甲72)に照らし信用できない。)
ウ 通常業務の内容
(ア) DBの環境設定作業
 保険の新商品開発等により,新しいDBを作る必要が生じたりDBの使用法が変
わった場合などに,DBの環境設定作業が必要になる。具体的には,会社の企画担
当者からその申し入れがあると,運用課のDBチームが企画担当者とレビュー会議
を行い,その後I/OインターフェイスというプログラムにそのDBを登録してテ
ストした上で,実際にDBに登録するという作業である。DBチームの中で実際に
これを行っていたのはP1とP5だけであり,テスト後のDB登録作業はほぼ全部
TMCに委託されていたが,急ぎの場合などにP1ら運用課の方で行うこともあっ
た。DB環境設定作業は,年間5回以上,多いときで10回を超える程度であった
が,一度に10件位が持ち込まれることもあった。(甲62,証人P532~34
頁,同P87~9頁)
(イ) リオーガナイズ及びスペース管理
 DBチームは,スペース管理のため,リオーガナイズのタイミングを知らせる警
告(ウォーニング)リストを毎朝出してチェックしていたが,数が多いため,リス
トどおりに直ちに対応するのではなく,リストに上がったDBを実際にリオーガナ
イズするか否か,リオーガナイズする時期や方法について検討する必要があった。
この判断を誤ってDBをあふれさせてしまうと,そのDBに関するシステムが止ま
ってしまうため,このウオーニングに対する考察には微妙な判断が求められる。
(甲62,証人P519頁)
 ただし,リオーガナイズが実施されるのは,月に数回ないし10回を超える程度
で,具体的作業はTMCに委託されており,DB担当者が行うのは,作業を行うこ
との指示とどの場所にデータを載せるかといった判断,その準備及び実施結果のチ
ェック,その他連絡などの業務であった。P1は,この業務の責任者であり,リオ
ーガナイズをいつ行うか,データをどの場所に載せるかの決定に関与し,その他準
備段階及び実施状況のチェックや作業過程において困難な作業があれば相談に応じ
ていた。(証人P534~36頁,同P89~11頁)
 本件発症当日の11月30日,国立センターではリオーガナイズ作業が行われて
おり,「ABEND」(abnormal end=異常終了)時はP1が第1順
位の要連絡先とされていた。P1は,作業手順に関するフローチャートを持ってパ
ーティに参加していた。(甲13,62,乙10)
(ウ) トラブル対応とDBリカバリー
a 夜間・休日における同業務は,平成3年6月まではP2とP1の担当であり,
TMCのP7も分担していたが,6月以降,P1が主に担当し,TMCのP7も分
担する体制となった。すなわち,メインマスターと呼ばれる主要DBはP1とP7
が交代で第1順位と第2順位を担当し,その他のDBは全てP1が担当し,P1不
在の場合にP7が対応する体制であった。ただし,P7が対応できないトラブルの
場合,同人から直接又はTMCのオペレーターを介してP1に電話があり,実質上
P1が対応していた。(乙10,22・4頁,乙24,証人P813~14頁)
 夜間・休日のトラブル対応は,担当者に連絡があれば,常に現場に赴かなければ
ならないといったものではなく,多くは電話での対応のみで処理できた。しかし,
トラブルの発生したDBがオンラインで使用されているものであれば,翌朝からの
営業に支障が出るため,オンラインを立ち上げる時間までにはリカバリーを終えな
ければならず,重要な場合は出社して対応する必要があった。(乙17,乙10・
11~12頁,証人P811~12頁,同P521~22頁)
 なお,同業務は平成4年2月から順次TMCへ移行された(乙10)。
b 平成3年11月には,2,5,8,9日の4日にP1宅に電話が入り,P1
は,そのうち5日と8日の電話に応対し,8日は電話のみでは対応できず,午前3
時30分に出社してリカバリーを行った(証人P8,乙17)。
 なお,原告は,5日24時01分(6日0時1分)にもP1宅へ電話があったと
主張するが,これを認めるに足りる証拠はない。電話呼び出し記録(乙17)に
は,TMCのオペレーターが「11月5日」24時01分にP1へ電話した旨の記
載があるが,その直前の「11月4日23時57分」のTMCP7に対する電話記
録に「対処」の記録がなく,備考欄に「運用課P1氏」と記載されていること及び
その直後の11月9日分の記録の仕方に照らすと,上記の記載は,オペレーターが
4日23時57分にP7に連絡したが,同人では対処できないため,5日0時1分
にP1へ電話し直したことを示しているとみられる(P7のトラブル処理能力に問
題があったころからすると特に不自然ではない。)。また,原告P9が作成してい
た家計簿(甲68)には,11月4日及び6日の欄に,それぞれ深夜P1に電話が
かかってきた旨の記載があるが,その文面からすると3日の深夜と6日の夜に電話
があった趣旨と理解され,原告が主張する11月4日23時57分の後と6日の0
時1分の2回とは異なっていること,原告らが立川労働基準書に提出した甲14,
39の陳述書等では4日から5日にかけての深夜に電話があったとするのみで,6
日0時1分の電話には触れていないことに照らして採用しがたい。
c そして,特に11月のみが特別に深夜トラブルの発生が多かったことを認める
に足りる証拠はないこと,平成3年6月以降,P1と交代でメインマスターのリカ
バリーに当たることになったP7は,連絡を受けた後自らP1に架電して相談や指
示を仰ぐことがしばしばあったこと(原告P9本人3~4頁)及び原告P9本人の
供述内容を総合すると,同年6月から10月までの間も,11月の4回に近い回数
の電話が深夜・休日にあり,そのうちかなりの部分にP1が対応したと推認するの
が相当である。なお,電話呼び出し記録(乙17)は,トラブルが発生しTMCの
オペレーターが担当者の自宅に電話をする場合に記録するもので,連絡を受けた担
当者がさらに別の担当者に電話をして相談をしたような場合には記載がされない
(証人P812~13頁)から,これに記載がないことは電話呼出しがなかったこ
との裏付けにはならない。
(エ) IMS-X
 上記業務は,本来DB担当の業務ではなく,DB担当であったP1がこれに立ち
会うことはない。しかし,IMS-Xを実施するアプリケーション部門において,
トラブルの原因がDBにあると予測はつくが自分たちでは直せない場合などには直
接DBチームに相談にくる。Xテストは社員が遅くまで残業できる月,火,木曜日
のオンライン業務終了後に行われていたが,P1もこの曜日には残業していたし,
Xテストがあることを意識していたので,相談があると対応していた。特に,作業
を持ち込むアプリケーション部門が顔見知りや同期の者であった場合などは,DB
チームの中でもまずP1の所に来ていた。(乙10・12頁,乙22・5頁,証人
P814頁,甲62,同P538~39頁)
ウ プロジェクト業務について
 この時期にDB担当者が担当したプロジェクトは,別紙4の〈DB管理チームプ
ロジェクト〉記載のとおりである。このうち,AXオンラインにおけるDB2の利
用,FRS-DRS,ログのディスク化,BMCソフト導入検討,IMSのバージ
ョンアップはP1が責任者であり,有事テストもDBチームではP1が担当してい
た。(甲26,40)
 プロジェクトの進行は,運用課全体で年間計画を立て,スケジュール調整などを
して配分を決めていたが,DBチームの担当するプロジェクトの数は,メンバー数
が2倍のオンラインチームに比べて遜色ないものであった(甲26,40,乙1
0,証人P815頁)。ただし,各プロジェクトの進行は,年次の途中で予定を変
更して先延ばしにすることもあった(証人P815頁,同P540頁)。
(ア) AXオンラインにおけるDB2の使用
 同業務自体は運用課の担当業務ではなく,DB担当の仕事は,企画5課のDB面
でのサポートとして,DB2のDBが使用中に壊れた場合にデータを復元する起点
を記録しておくための汎用プログラムの開発とアプリケーションの応答を効率化す
るためのチューニングサポートであった。前者は,P1が担当し予定どおり完成し
て提供した。P1はそれまでDB2に関与したことがなく,そのため社外講習も受
講し,7月には集中して7回残業を申請し認められている。後者は,P2が中心に
担当した。AXオンラインのIMS-Xテストは8月末に行われたが,時間がかか
り過ぎるため原因を調べてチューニングする必要があり,その後の改善作業を経て
も11月2日の時点でなお5万4000件の処理に合計4時間35分という長時間
を要したため,今後の対応として,プログラム,DB2テーブル環境の見直しをし
効率化を図る,処理件数の再見積りを行い現状レベルで対応可能か根本的な対策が
必要か調査する旨の報告が11月15日付けでP2から提出された。(甲29,4
0,72,乙22,証人P816~17頁,同P517頁,40~42頁)
(イ) FRS-DRS効率化
 同業務は,平成3年11月中旬に詳細設計を終え,12月中にプログラムを作成
し,翌4年初めからシステムテストを行い,3月に運用開始の予定であった。P1
は7月ころから詳細設計に関する検討を開始し,デザインの重要な部分を決定し,
実務を委託する予定のSLC社と詳細について打合せをしながら作業を進め,11
月18日付けでこれに関する報告書を提出した。P1は,この業務のため7月上旬
に集中して4回と10月21日に残業を申請し認められている。(乙21,甲4
0,72,証人P542頁。P8は,平成3年10月当時のP1の関与としては,
定期的な打合せや事実確認等を行う必要があったにすぎず,それに割かれた時間
は,せいぜい週4時間程度にすぎなかったと述べるが(乙10・24頁,証人P8
18~19頁),上記証拠に照らし採用できない。)
(ウ) DBの分割
 同業務の主担当者は,P14課長代理及びP5であったが,I/Oインターフェ
イスというプログラムはDBチームにとって一番重要なプログラムであるため,P
1は,チーム・リーダーとしてそれに対する理解を深めておく必要があり,8月及
び9月にはI/Oインターフェイスを修正する作業を担当し,その後も打合せには
参加していた。(甲40,乙10・25頁,証人P543頁)
(エ) ログのディスク化
 同プロジェクトは,以前から計画されていたものの,緊急性が高くなかったた
め,他の業務との兼ね合いで先延ばしにされ続けていたものであり,内容的にも普
通のプロジェクトであった(乙10・26頁,証人P820頁,同P544頁)。
 P1は,有事テストが終了した平成3年11月半ばから当該プロジェクトの検討
に着手し,2度にわたり残業を申請し認められたが,死亡後確認したところでは,
その進行状況は検討段階に止まり,ほとんど進んでいなかった(甲72,乙10・
26頁,証人P820頁,同P544頁)。
(オ) BMCソフト導入
 P1は,有事テストが終了した後,担当責任者としてBMCソフト導入検討にも
着手し,そのためしばしば残業をおこなったが,その進行状況は検討段階であった
(甲26,72,P819~20頁)。
(カ) DBリカバリーのTMCへの移行検討
 同プロジェクトは,形式的にはP13課長代理が責任者で,DBチームではP1
とP4が担当したが,P1が8月末ころ以降長時間の残業申請をし認められている
のに対し,P13課長代理はもちろん,P4もこの関係では残業申請をしておらず
(甲72),実際にはP1が担当していた(甲40)。
(キ) システムのバージョンアップ
 P1は,8月13日に行われたCICS(IBM社提供のオンライン制御ソフト
ウエア)のバ-ジョンアップの事前確認作業を実施し,6月下旬に2回残業を申請
し認められている(甲40,72)。
 IMSバ-ジョン2.2から3.1へのバージョンアップは,オンライン担当と
DB担当が連携して実施した業務であり,DB担当の担当者はP1であった。P1
は,このプロジェクトの中核メンバーの一人として計画,準備,変更までの業務に
従事し,4月以前から6月末ころまでと,8月5日から25日までの間,この準備
のため頻繁に残業を申請し認められている。このプロジェクトは,9月中旬にオン
ラインが完了した。(甲72,乙10・27頁,証人P821頁)
 P1は,4月27,28日(α)および6月8日,9日に,MVSのバージョン
のXAからESAへの変更(OSソフトのバージョンアップ),5月3日,4日,
5日に,富士通M780コンピュータからアムダール5990へのバージョンアッ
プ(ハードウェアのバージョンアップ),CICSの事前確認作業を実施している
(甲40)。
(ク) 有事テスト
 P1は,平成3年11月に実施された有事テストにDB関係の担当者として関与
し(乙10・31頁),同年6月ころからその準備を開始し,8月末ころからはそ
のために頻繁に残業を行い,直前の1か月位は週に2回ほど会議を持った。準備作
業はαTMCと協力して行っていたが,TMCの担当スタッフがミスをするなどし
てP1に負担がかかった。(甲40,72)
 平成3年の有事テストは,例年と異なり,東京地区に大災害発生の場合は交通・
通信途絶が予想されるため,αTMCが独自で稼動させることを目指して実施され
た。このため,11月2日及び3日に実施された有事テストに参加する国立センタ
ーからの出張者は,前年に比べてかなり減員され,運用課員は8名から3名に,ア
プリ要員は7名から0名に,IBMのSE(システムエンジニア)は3名から1名
に減らされた。テストの結果,オンライン環境設定まではαTMCでもできたが,
有事オンライン稼動はαTMC独力ではできず,トランザクションの正常稼動には
運用課及びTMC国立CCR要員のサポートを要し,「特に,ネットワークのトラ
ブル対応力はαTMCには無きに等しかった。」と報告された。(甲5)
ウ 3年目研修のレポートのテーマ報告
 P1らを対象に,平成3年11月15日付けで,テーマ「自由(担当業務に関す
ること,新技術の研究等)」,提出期限同月29日として,3年目研修レポートの
テーマ報告と研究着手命令が通知された(甲32)。研修生からは,このレポート
は,直接将来の昇進や勤務評定に影響がないとしても,入社3年間の総括として,
業務知識に加え中堅社員としてのスキルアップなど一定の研修成果が求められてお
り,周囲に比べて遜色ないレベルに仕上げる必要があるととらえられていた。レポ
ートは30ないし40枚にまとめ,研修の場で1時間程度の発表をすることが予定
されておりテーマ選定やレポート作成には上司からレビューを受け,特にレポート
の作成は業務時間外に行うこととされているため相当に負担となった。テーマ提出
時にはレポートの詳細を検討するには至らないが,成果を上げられる内容のレポー
トを提出しなければならないことから,おおよその構想は決めておく必要があっ
た。(甲2,3,33,34。これに反する限り乙22,23及び証人P824頁
は採用できない。)
 P1は,11月27日にテーマ報告を行い,12月2日から翌年1月10日まで
を資料収集・調査・テスト,1月6日から同月10日までをレポート作成に充てる
スケジュールを組んでいた(乙9)。
エ P1の11月中の業務内容は通常業務のほか,以下のとおりである(甲16,
71,72,乙10,弁論の全趣旨)。
・1日(金)から3日(日)まで,有事テスト参加のためα出張。
・4日(月・休日),翌日にかけての深夜に電話でトラブルに対応。
・5日(火),DBリカバリー作業のTMC移行検討業務のため残業。
・6日(水),午前10時から午前11時までオンライン・DB管理グループのミ
ーティングに出席した後,リオーガナイズ作業に従事。
・7日(木),午後1時から午後3時まで月例の運用課課内会議,午後3時30分
から午後4時30分までDB分割担当者の打合せに各出席,BMCソフト導入検討
のため残業。
・8日(金),午前2時にトラブル発生のため自宅に電話が入り,対応のために午
前3時35分に出社し,そのまま通常業務に入る。
・9日(土)及び10日(日),休日であり出社せず。
・11日(月),12日(火),いずれもBMCソフト導入検討のため残業。この
ころからログのディスク化検討を始める。
・13日(水),午後2時から午後3時までオンライン・DB管理グループのミー
ティングに出席。
・14日(木),午後1時から午後3時までFRS-DRSの打合せに出席。DB
リカバリーTMC移行検討のため残業。同日付けでDB関連トラブルの原因と内容
を紹介し,その防止のため運用ルールを変更したことを連絡するレターを情報シス
テム部門の各課あてに出状。
・15日(金),朝から夕方まで都内で開催されたDB2のパフォーマンスに関す
る社外セミナーに参加。
・16日(土)及び17日(日),休日であるが,課内レクリエーションの日光へ
のバス旅行に参加。集合16日午前9時,解散17日午後3時30分,いずれも国
立センター。
・18日(月),FRS-DRS効率化プロジェクトの稟議書(乙21)提出。ロ
グのディスク化検討のため残業。
・19日(火),BMC導入検討業務のため残業。
・20日(水),午後2時から午後3時までオンライン・DB管理グループのミー
ティングに出席。
・21日(木),午後4時から午後5時までDB分割の担当者打合せに出席。BM
C導入検討業務のため残業。
・22日(金),午後2時から4時まで有事テストの反省会出席。金曜日であるが
BMC導入検討業務のために残業。同反省会に先立って打合せと準備があり,この
日と前日はリオーガナイズ作業があった。
・23日(土),24日(日),休日であり出社せず。
・25日(月),午後3時ころから午後5時ころまでオンライン及びDBを担当す
る主要メンバーによる打合せに出席。BMC導入検討業務のため残業。
・26日(火),スペース管理業務に関する打合せに1ないし2時間程度出席。B
MC導入検討業務のため残業。
・27日(水),午前10時ころから午前11時ころまでオンライン・DB管理グ
ループのミーティングに出席。3年目研修個人研究テーマ提出。これに先立ち,数
日前にテーマの選定につきP13課長代理を通じてP8課長に相談した(その際,
特段P1に対し生涯教育に関連して詳細なレビューが行われたことはない。)。
・28日(木),有事テストのミーティングに出席。ログのディスク化検討のため
残業。
・29日(金),午前10時ころから午前12時ころまで自動GENシステム効率
化の打合せに出席。午後1時ころから午後3時ころまでFRS-DRS打合せに出
席。午後8時までサービス残業。
・30日(土),休日であり出社せず。
(2) 判断
 上記(1)の事実に前記3を併せると,P1の従事した業務の内容や質につい
て,次のとおりであったと推認できる。
 P1の従事していたDB担当の業務,すなわちDB管理,運用,保守の仕事は,
平常の業務だけでも相当に高度な知識と技術が要求される上,東京海上は特に大規
模なオンラインシステムを導入したばかりで,これに関わるSEはもともと強い精
神的緊張を強いられた。しかも,P1は若年ながらコンピューターに関し運用課内
でもトップクラスの高度な知識と技術を有しており,より重要でより困難な業務を
与えられ,それをこなして行った。しかし,平成3年6月以前は,P1と同様優秀
なSEであり2年先輩のP2がリーダーであったため,担当する業務の種類は比較
的少なく,責任も軽かった。しかるに,P1は,平成3年6月以降,他のチームに
転出したP2に代わりDB管理チームの実質責任者となったことにより責任が重く
なり,それだけでなく,多数の新たな業務を抱えることになり,試行錯誤を強いら
れる状況になった。しかも,同時に,コンピューターに関しほとんど知識も経験も
ない,又はコンピューターには関与していてもDB管理に不慣れなメンバーが半数
を占めるという事態に直面し,本来はそれらの者が行うべき作業を自ら行うととも
に,その指導や教育をも行わなければならなかった。そのような中で,前任者のP
2の関与やグループリーダーのP13の支援はごく限定的なものであった。要する
に,平成3年6月以降,P1は非常に多忙で,その労働は時間以上に密度の高いも
のであったが,周囲からの支援はさほど期待できず,むしろチームのメンバーやT
MCへの指導等に手がかかり,P1が支援しなければならない状況もあったといえ
る。
 そして,夜間・休日におけるトラブル対応は,いつ連絡があるか予想がつかず,
電話があれば睡眠は中断され電話で対応できない重要なトラブルであれば深夜であ
っても出社してDBリカバリー作業に当たらなければならないことになり,そのこ
と自体による精神的負担も決して軽くはない。しかも,平成3年6月より前は,2
年先輩のP2もこれを分担していたから,P1の負担は比較的小さかったが,6月
以降は,メインマスター以外のDBはP1が常時担当し,メインマスターはP7も
分担していたとはいえ,同人が対応しきれずにP1に処理を任せ,又は自ら直接P
1に指示を求めることもあって,P1が常時対応を求められる体制となった。しか
もその頻度も月に4回程度は電話連絡があることが想定される程度であって,P1
は,夜間・休日においても,これを想定し業務から完全には解放されない状態が存
したといえる。
 以上のとおり,労働の質的な面からも,ストレスの多い状況が本件発症まで約半
年にわたって続いたと認めることができる。
 なお,東京海上では,土,日曜日,祝日は所定休日であったが,発症前1か月の
平成3年11月の所定休日を見ると,P1は,2日(土)及び3日(日)はαセン
ターへ出張し,4日(月)は休日であったが深夜に電話連絡を受けて電話でトラブ
ルに対応し,9日(土),10日(日)は業務に従事せず,16日(土),17日
(日)は,業務には従事しなかったが,課内レクリエーションで日光へのバス旅行
に参加したため,十分な休息を得ることができなかった(甲40によると,この旅
行は上司と行動をともにするため精神的にも負担感がある行事であると認められ
る。)。23日(土),24日(日)も業務に従事していないが,15日(金)に
3年目研修のレポート提出の通知があり,レポートのテーマを提出した27日
(水)の数日前,テーマ選定につきP8課長に相談をしていること,P1が選定し
たテーマは担当業務に関することとはいえ,一応の評価を得られる30ないし40
枚のレポートの構想を決めるには,それまでの業務や研修内容を踏まえた十分な検
討が必要であったと推察され,またこのレポート作成は業務時間外に行うこととさ
れたことからみて,23,24日の休日もテーマ選定の検討を行ったとみられ,必
ずしも十分な休息が得られなかった可能性が高い。これらの事情及び前記平日の残
業時間をあわせ考えると,休日の存在はP1が従事した業務の量的過重性はもとよ
り,質的な過重性をも十分減殺し得るものであったとはいえない。
 また,前任者のP2も入社3年目でDB管理チームの実質責任者となったとはい
っても,その時は会社のオンラインシステムやDBの規模が異なり,チームのメン
バーも異なるから比較の対象にはならず,P4が入社2年目で同じ立場に立ったの
は,周囲がカバーして負担が軽減されたから可能となったと考えられ,ともにP1
と同じ状況で同じ業務に従事していたわけでないから,P1の業務が過重でなかっ
たことの証左にはならない。さらに,ログのディスク化やBMCソフト導入検討
は,結果としてさしたる成果を残していなかったが,検討段階で作業量の割にはさ
したる結果を残せないのは当然のことであり,結果が残っていないから作業量が小
さいとはいえない。
4 判断
 以上検討したところによると,P1にはもともと,激しい運動あるいは飲酒後の
運動によりまれに誘発され,短時間で自然回復するような,心室頻拍(心室粗動)
を起こす基質があったと推測されるが,業務従事を含め通常の社会生活を送る限り
では,そう頻繁に発作を生じさせるようなものではなく,致死的とならない程度の
ものであると考えられるところ,平成3年6月以降6か月間にわたり継続してP1
が従事した業務は,労働時間,業務内容,人的体制,作業内容等からみて,不整脈
による突然死の危険性を増大させるに足る過重なものであった。他方,P1は,本
件発症当時26歳7か月と若年であり,仕事以外には不摂生をした形跡はなく,本
件発症当時の飲酒もその量から見て特に重視すべきものとは認められず,他に危険
因子もなかった。これらに鑑みると,6か月間にわたる上記過重業務がP1の上記
基質を徐々に悪化させるとともに,発症の誘因にも作用することによって,自然的
経過を超えて,その基質を有意に増悪させ,遂には,本件の致死性心室細動を引き
起こしたものであることを,経験則に照らし通常人が疑いを差し挟まない程度の真
実性をもって,肯定することができる。したがって,その増悪は当該業務に内在又
は随伴する危険が現実化したものとして業務との相当因果関係を肯定するのが相当
である。
第4 結論
 以上によれば,P1の死亡は,その従事した業務に起因するものというべきであ
るから,これを業務上の死亡と認めなかった本件処分は違法であり,取り消される
べきである。
 よって,原告らの被告に対する本訴請求は理由があるから認容することとし,主
文のとおり判決する。
東京地方裁判所民事第11部
裁判長裁判官 三代川三千代
裁判官 多見谷寿郎
裁判官 鈴木昭洋

戻る



採用情報


弁護士 求人 採用
弁護士募集(経験者 司法修習生)
激動の時代に
今後の弁護士業界はどうなっていくのでしょうか。 もはや、東京では弁護士が過剰であり、すでに仕事がない弁護士が多数います。
ベテランで優秀な弁護士も、営業が苦手な先生は食べていけない、そういう時代が既に到来しています。
「コツコツ真面目に仕事をすれば、お客が来る。」といった考え方は残念ながら通用しません。
仕事がない弁護士は無力です。
弁護士は仕事がなければ経験もできず、能力も発揮できないからです。
ではどうしたらよいのでしょうか。
答えは、弁護士業もサービス業であるという原点に立ち返ることです。
我々は、クライアントの信頼に応えることが最重要と考え、そのために努力していきたいと思います。 弁護士数の増加、市民のニーズの多様化に応えるべく、従来の法律事務所と違ったアプローチを模索しております。
今まで培ったノウハウを共有し、さらなる発展をともに目指したいと思います。
興味がおありの弁護士の方、司法修習生の方、お気軽にご連絡下さい。 事務所を見学頂き、ゆっくりお話ししましょう。

応募資格
司法修習生
すでに経験を有する弁護士
なお、地方での勤務を希望する先生も歓迎します。
また、勤務弁護士ではなく、経費共同も可能です。

学歴、年齢、性別、成績等で評価はしません。
従いまして、司法試験での成績、司法研修所での成績等の書類は不要です。

詳細は、面談の上、決定させてください。

独立支援
独立を考えている弁護士を支援します。
条件は以下のとおりです。
お気軽にお問い合わせ下さい。
◎1年目の経費無料(場所代、コピー代、ファックス代等)
◎秘書等の支援可能
◎事務所の名称は自由に選択可能
◎業務に関する質問等可能
◎事務所事件の共同受任可

応募方法
メールまたはお電話でご連絡ください。
残り応募人数(2019年5月1日現在)
採用は2名
独立支援は3名

連絡先
〒108-0023 東京都港区芝浦4-16-23アクアシティ芝浦9階
ITJ法律事務所 採用担当宛
email:[email protected]

71期修習生 72期修習生 求人
修習生の事務所訪問歓迎しております。

ITJではアルバイトを募集しております。
職種 事務職
時給 当社規定による
勤務地 〒108-0023 東京都港区芝浦4-16-23アクアシティ芝浦9階
その他 明るく楽しい職場です。
シフトは週40時間以上
ロースクール生歓迎
経験不問です。

応募方法
写真付きの履歴書を以下の住所までお送り下さい。
履歴書の返送はいたしませんのであしからずご了承下さい。
〒108-0023 東京都港区芝浦4-16-23アクアシティ芝浦9階
ITJ法律事務所
[email protected]
採用担当宛