弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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         主    文
     本件控訴を棄却する。
         理    由
 本件控訴の趣意は、弁護人小林健治作成名義の控訴趣意書(一)、(二)および
弁護人水田耕一、同三戸岡耕二共同作成名義の控訴趣意書に記載されているとおり
であり、これに対する答弁は、検察官宮代力作成名義の答弁書に記載されていると
おりであるから、これらを引用し、これに対し次のとおり判断する。
 弁護人小林健治の控訴趣意第一の二および弁護人水田耕一外一名の控訴趣意第二
点中理由不備の主張について
 所論は、要するに、原判決は、自社製の二級清酒を詰めたびんに特級清酒の表示
証を貼布した行為を、内容、品質につき誤認を生ぜしめる虚偽の表示であるとし
て、不正競争防止法第五条第一号に該当するとしたが、右二級清酒の品質や特級清
酒の内容、品質を具体的に判示せず、右両者間に如何なる差異があり、その結果如
何なる誤認を生ぜしめることになるかにつき何ら判示するところがないから、この
点において原判決には理由不備の違法がある、というのである。
 しかし、原判決は、本件清酒の内容、品質につき、これが二級酒であることすな
わち「特級」でないことおよび被告人Aが、右二級酒に清酒特級の表示証を貼布し
たことを認定判示しているものであつて、後に説示するように、酒税法の規定によ
り、二級の表示証を貼布すべき本件清酒に、本来酒類審議会の審査を受け品質優良
なものとして特級の認定を受けた清酒に貼布すべき清酒特級の表示証を貼布するこ
とは、本件清酒が、清酒特級であり、かつ、酒類審議会の審査を受け、品質優良な
ものとして特級の認定を受けた優良酒であると誤認せしめるものであり、商品であ
るびん詰清酒に、その品質、内容につき誤認を生ぜしめる虚偽の表示をしたことに
なることは明らかであるから、原判決には、所論のような理由不備の違法はないと
いわなければならない。論旨は理由がない。
 弁護人小林健治の控訴趣意第一点、第三点(法令適用の誤ないし理由不備の主
張)について
 所論は、要するに、不正競争防止法第五条第一号は、同条第二号、第三号と異な
り、不正競争の目的を以てすることを要しないとされており、もつぱら消費者を保
護するための立法として、不当に一般消費者を誘引しようとする商品の表示、その
広告を禁止するものと解せられるから、その広告、表示をするにつき、不正の利得
を得ようとする目的、意図を必要とすべきものと思料されるところ、原判決は、た
んに、「二級清酒に、その内容、品質と異なる清酒特級の表示証を貼布して、これ
をあたかも特級清酒であるかのように装つて移出販売しようと企て……一・八リツ
トルびん詰二級清酒合計一万六千四百九十四本に清酒特級の表示証を貼布し」と認
定したに止まり、右目的、意図の認定をしていないから、原判示事実につき不正競
争防止法第五条第一号を適用処断した原判決は、同号の解釈を誤り、その構成要件
の認定を欠くものであり、理由不備の違法があるというのである。
 <要旨第一>よつて案ずるに、不正競争防止法第五条第一号が、同条第二号、第三
号と異なり不正競争の目的を要件としていないことは、所論の指摘する
とおりであるけれども、同号の行為は、競業の公正と秩序の破壊行為としてとくに
反倫理性が強く、公序良俗、信義衡平に反することが顕著であり、公衆の利益が害
せられる危険が大きいため、不正競争の目的の有無にかかわらず処罰し得るものと
なしたものと解するのを相当とし、所論の主張するように、これを根拠として、右
規定をもつてもつぱら消費者を保護するための立法となし、同号の罪の成立するた
めには、その表示、広告をするにつき、不正の利得を得ようとする目的、意図の存
在することを必要とするものと解することはできない。ひつきよう、論旨は独自の
見解であつて採用することはできず、原判決には所論のような法令適用の誤ないし
理由不備の違法は認められないから、この点についての論旨は理由がない。
 弁護人水田耕一外一名の控訴趣意第一点(法令適用の誤ないし理由不備の主張)
について
 所論は、要するに、不正競争防止法第五条第一号が不正競争行為として禁止しよ
うとしているのは、広告その他の公衆の知り得べき手段、方法をもつて公衆を誤認
に導くおそれのある表示の使用であり、商品にかかる表示をすることが禁止される
のも、通常の場合商品に公衆性があり、その表示が一種の広告的作用を営むからに
外ならない。したがつて、同号による虚偽表示の禁止は、公衆に向つて虚偽表示を
なし、それにより公衆を誤認に導き、もつて自己の商品に不正に公衆を誘引しよう
とする行為を処罰しようとするものであるということができるから、同号は、行為
者に、不正に公衆を誘引し、もつて不正の利益を得ようとする目的、意図があつた
こと、および行為者の表示行為により、公衆が誤認に陥り、当該商品に誘引される
客観的危険が生ずることを要件とするものと解すべきであり、仮りに商品に虚偽の
表示が付されても、すでに先買契約が成立し、ないし買入れの注文をなした特定の
買主に対してその商品が給付されるに過ぎない場合、行為者に、公衆を不正に誘引
して不正の利益を得ようとする目的、意図がないのはもとより、該表示が公衆に向
つてなされ、それにより公衆が誤認に陥り、もつて当該商品に誘引されるという客
観的危険性も認められないから、かかる場合右規定による禁止の対象とならないも
のと解するのを相当とするところ、原判決は、右目的、意図の存在や結果の発生に
ついて何ら認定するところがないうえ、もともと本件清酒は、すべて消費者からの
注文に基づいて当該買主に給付すべきものてあつて、右のような目的、意図や結果
発生のおそれのないものであるから、原判決が、原判示事実に同法第五条第一号を
適用したのは、同号の解釈適用の誤または理由不備の違法があるというのである。
 <要旨第二>しかし、同号の罪の成立に不正の利得を得ようとする目的、意図の存
在することを要するものでないことは、前説示のとおりであり、同号
は、競業秩序の破壊行為を処罰することにより、競業の公正と秩序を保護するとと
もに公衆の利益を保護するにあると解するのを相当とするから、たとえ、本件清酒
が、消費者の注文に応じて移出、給付されるものであるとしても、これに清酒特級
の表示証を貼布して品質、内容につき誤認を生ぜしめる虚偽の表示をなすとき、自
由競争の範囲を逸脱し、競業の公正と秩序を害するとともに公衆の利益を害するも
のであるから、同号に該当するものであることは明らかである。それ故、本件につ
き同号を適用処断した原判決には、法令の解釈適用の誤または理由不備の違法はな
く、論旨は、ひつきよう独自の見解であつて採用することはできない。論旨は理由
がない。
 弁護人小林健治の控訴趣意第二点(事実誤認の主張)および弁護人水田耕一外一
名の控訴趣意第二点中事実誤認ないし法令適用の誤の主張について
 所論は、要するに、原判決は、びん詰二級清酒に清酒特級の表示証を貼布し、商
品であるびん詰清酒にその内容、品質につき誤認を生ぜしめる虚偽の表示をしたと
認定したけれども、もともと清酒の級別制度は、酒税法上徴税の便宜のため設けら
れたものであつて消費者保護の目的を有しないものであり、同法第五条第一項によ
り清酒は、特級、一級および二級に区別され、同法施行令第一一条は、清酒の規格
につき、特級は品質が優良であるもの、一級は品質が佳良であるもの、二級は右特
級および一級に該当しないものと規定しているから、二級の中には級別の審査を自
発的に受けないものも含まれており、しかも右規格に該当するかどうかは、同法第
五条第四項、第五項により中央酒類審議会または地方酒類審議会の審査したところ
により国税庁長官または国税局長が認定するものと定められているけれども、右審
査は、国税庁の鑑定官を含む数人の審査員のいわゆる聞き酒などの方法により味、
香、色などの面から審査する官能検査であるから、必ずしもその審査の結果には全
幅の信頼を措き難いものがあるうえ、原酒は、級別の審査認定を受けたのち濾過、
火入れ、補酸、除酸、混合、割水等の工程を経てびん詰めされるので、その間品質
の変化が生ずること、清酒の級別審査は、貯蔵タンクごとに少量の試料について行
なわれ、右試料は、入念な炉過を行ない出品されるので、その出品技術の巧拙によ
り級別の認否が左右される実情にあることなどを考えると、清酒の級別の認定表示
は、商品の客観的品質ないし内容を保証し、表示する機能を有するとはいえず、一
方、東京国税局間税部鑑定官室大蔵技官B、C作成の昭和四五年三月一三日付試験
成績と題する書面によれば、本件清酒のうち、一二月二二日移出にかかる「D」
は、アルコール分が一六・一度、エキス分が七・一九―これを原エキスに換算する
と三二・七以上となる―であり、また、一二月二四日および二七日移出にかかる
「E」は、アルコール分一六度、エキス分が五・九〇―これを原エキスに換算する
と三一・四となる―であつて、いずれも現行の酒税法施行令により政正される以前
の旧施行令第一〇条により定められた清酒特級の成分規格であるアルコール分一六
度以上、原エキス分三〇度以上の数値に適合しており、右成分規格は、現在におい
ても各酒造業者により特級酒の基準として踏襲されているところであるから、本件
各清酒は、いずれも科学的にいつて特級酒としての品質を備えていることは明らか
であり、そのうえ、右Dは、もともと輸出用に造つた自家用酒ともいうべき優良酒
であり、「E」は、「F」の名で特別二級酒として売出すため純粋な米だけから取
つた酒をベスにして造つた優良酒であるから、これに清酒特級の表示証を貼布して
も、品質につき虚偽の表示をしたことにはならない筋合であり、しかも、被告人会
社は、当時特級の在庫を四万五〇〇〇本程有しており、そのうち二万本程度の受注
を見込んでいたところ、一二月半ばに直接消費者からの注文が殺倒し結局一〇万本
位になつたが、被告人会社では当時直売方式を採つていて、直接消費者から前金で
代金を預つたりしていて内容を変更することは困難であり、特級の審査を受ける機
会もないところから、切羽詰つて、級別の審査を受けずしたがつて特級の認定を受
けていない酒に特級の表示証を貼布して移出したものであり、後で利益の中から金
銭的なものは還元する積りであつて不正の利得を得ようとする目的はなかつた。そ
れ故、本件につき不正競争防止法第五条第一号違反の事実を認定した原判決には、
判決に影響を及ぼすことが明らかな事実の誤認または法令の解釈適用の誤がある、
というのである。
 しかし、清酒の級別制度が、もともと酒税徴収の必要上設けられたものであり、
酒税法上、酒税は原則として、酒類の数量を課税標準とし(従量税)、その級別お
よびアルコール分に応じて税率が定められていることは明らかであるけれども、記
録および当審における事実取調べの結果ならびに酒税法第五条、第三八条および同
法施行令第一一条等の定むるところによれば、清酒特級の規格は、「品質が優良で
あるもの」同一級の規格は、「品質の佳良であるもの」と定められており、清酒が
右規格に該当するかどうかは、中央酒類審議会または地方酒類審議会の審査したと
ころにより国税庁長官または国税局長の認定するものとされ、右中央酒類審議会は
国税庁に置かれ、国税庁長官および委員三〇人以内で組織され、地方酒類審議会は
国税局ごとに置かれ、国税局長および委員一五人以内(通達により最低九人とされ
ている)で組織され、いずれも鑑定官や学識または経験のある権威者のうちから任
命された委員により構成されるものであるから、その審査を経て清酒特級の認定を
受けたものは、所論の指摘するように、場合により、認定を受けた後、品質に変化
の生ずることがあり、また中には品質のさほど優秀であると認め難いものがありう
るとしても、一般的にいつて品質の優良な清酒といい得ることは疑のないところで
あるから、所論のように、清酒の級別の認定、表示は、商品の客観的品質を表示す
る機能を有せず、かえつて清酒の客観的品質につき消費者を誤らせるものであると
いうことはできないというべきであり、酒税の保全および酒類業組合等に関する法
律第八六条の五、同法施行令第八条の三により酒類製造業者は、製造場から移出す
る清酒の容器の見やすい箇所に、その級別、アルコール分等を表示すべく義務づけ
られており、清酒の価格は、原則として酒税相当額を含む清酒の原価および適正な
利潤を基礎として定められるものであるから、清酒の級別の表示は、その販売価格
の高低と共に内容の品質の優劣と密接不可分の関係にあるものとして一般公衆に理
解されるに至るべきことは当然の事理といわなければならない。
 そこで本件清酒の品質につき検討すると、本件清酒が、現行の昭和三七年政令第
九七号酒税法施行令による全面改正前の昭和二八年政令第二七号酒税法施行令第一
〇条所定の清酒特級の成分規格に適合することは所論指摘のとおりであるけれど
も、右旧施行令においても清酒特級の規格として右の成分規格のほか「品質芳じゆ
んかつ優秀であるもの」と定められており、現行法のもとにおいては右成分規格の
定めが廃止され、単に「品質が優良なもの」をもつて清酒特級の規格と定められて
いるに過ぎないから、現在においては、右成分規格はなお清酒特級の品質をみる上
の一つの目安となることは否定し得ないとしても、清酒特級の規格に該当するかど
うかは、一に酒類審議会の審査および認定にまたざるを得ないものであるというべ
きところ、原審公判廷における証人秋本雄一の供述、白河税務署間税第一係長G作
成の昭和四五年三月一四日付H酒造の級別認定申請および認定事績についてと題す
る書面、仙台国税局間税部長作成の昭和四九年三月一日付捜査関係事項照会に対す
る回答についてと題する書面添付のH酒造株式会社級別認定事績表等の証拠によれ
ば、酒造業者が特級の認定を申請する原酒は、いずれも各業者において自信をもつ
て審査にかけるものであるが、それでも、各地の地方酒類審議会の実績をみると、
平均して申請点数中八〇パーセントないし八五パーセントが特級の認定を受け得る
に止まつており、有名メーカーのものでも認定から外れることがあるというのが実
情であり、被告人会社の級別認定の実績について、特級の認定を申請した点数およ
びそのうち特級の認定を受け得なかつた点数(但し、この申請点数の中には、特級
として認定されなかつた場合一級として認定を受け度い旨申請した点数を含ませ、
また、特級の認定を受け得なかつた点数の中には、右の場合に特級として認定され
ず一級に認定された点数およびその何れにも認定されなかつた点数を含ませた。)
とをみると、昭和四三年度において、申請点数三点中一点、同四四年度において申
請点数二二点中六点、同四五年度において申請点数七点中五点がそれぞれ特級の認
定を受け得なかつたことが認められ、このような実績に照らすと、本件清酒が、被
告人会社の自信のある優良酒であつたとしても、法定の審査にかけた場合、果して
所期のとおり特級の認定を受け得たかどうか疑いがないわけではないといわざるを
得ないのである。
 <要旨第三>清酒の級別の認定は、このような酒造業者の推す優良酒に対して、徴
税の便宜をもかねてその格付けを行なうものであり、その格付け自体お
よび格付けの方法等に異論のあり得ることは、所論の指摘するとおりであるけれど
も、現行制度上清酒の級別制度が行なわれており、一般公衆が右級別の審査、認
定、表示等に即応して清酒の銘柄とその級別を指定してこれを注文し購入している
現在の取引の実態や慣行のもとにおいては、級別の認定を受けていない清酒を詰め
たびんに清酒特級の表示証を貼布することは、たとえそれが所論の主張するような
優良酒であるとしても、右級別制度上本来二級酒であるべきものを特級酒と偽るも
ので、商品の内容につき誤認を生ぜしめるものであり、また品質については、もと
もと公式の酒類審議会の審査を受け、品質が優良なものとして特級の認定を受けた
ものでない清酒を、正式に特級の認定を受けた品質優良な清酒であると誤認せしめ
るものであることは明らかであるから、被告人Aが、被告人会社の業務に関し、同
社製造にかかる一・八リツトルびん詰二級清酒七五〇本、一万三五本および五七〇
九本に清酒特級の表示証を貼布した本件所為は、不正競争防止法第五条第一号所定
の「商品にその品質内容……につき誤認を生ぜしめる虚偽の表示を為したるもの」
に該当するものといわなければならない。なお、所論は、同被告人において不正に
利得をする目的がなかつた旨主張するけれども、右の主観的目的の存否は、同号の
罪の成否に影響を及ぼすものでないことは、前に説明したとおりである。
 それ故、原判決には所論のような事実誤認ないし法令適用の誤はなく、論旨はい
ずれも理由がない。
 よつて、刑事訴訟法第三九六条により本件控訴を棄却することとして、主文のと
おり判決する。
 (裁判長裁判官 吉川由己夫 裁判官 瀬下貞吉 裁判官 竹田央)

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