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平成15年刑(わ)第2317号,特(わ)第7260号,第7802号 業務上横
領,電気通信事業法違反被告事件
           判       決
           主       文
被告人を懲役3年に処する。
この裁判確定の日から5年間その刑の執行を猶予する。
           理       由
(罪となるべき事実)
 被告人は,東京都新宿区内に本店を置き,消費者金融業等を目的とする株式会社
A(代表取締役B)に渉外部課長代理,総務部法務課長,法務部課長(平成12年
6月から平成13年6月まで),管財開発部課長代理等として勤務し,同社の渉外
業務等に従事していた者であるが,
第1 同社代表取締役会長兼社長のB,「C探偵局」の経営者のD,同人の従業員
のE及び「F探偵事務所」の経営者のGと共謀の上,
1 平成12年12月14日ころから平成13年2月24日ころまでの間,同都
世田谷区内に所在のH方付近において,電気通信事業者であるI株式会社が設置し
た加入電話用の電気通信回線設備に取り付けた盗聴用の発信機及び上記建物の外壁
脇に設置した自動録音装置付き受信機を用いて,H方に架設された加入電話が使用
された際,上記発信機から発信された電波を上記受信機により受信して自動的に録
音できるようにした上,Hが上記加入電話を使用して他人と通話した内容を盗聴し
て録音し,もって,電気通信事業者の取扱中に係る通信の秘密を侵し,
2 平成13年1月23日ころから同年2月14日ころまでの間,同都港区内に
所在のJビル(現在はKビル)5階の株式会社L(代表取締役M)の事務所付近に
おいて,電気通信事業者であるI株式会社が設置した加入電話用の電気通信回線設
備に取り付けた盗聴用の発信機及び同設備内に設置した自動録音装置付き受信機を
用いて,上記事務所に架設された加入電話が使用された際,上記発信機から発信さ
れた電波を上記受信機により受信して自動的に録音できるようにした上,Mらが上
記加入電話を使用して他人と通話した内容を盗聴して録音し,もって,電気通信事
業者の取扱中に係る通信の秘密を侵し,
第2 株式会社Aの機器及び用紙を使用して同社及びその関連会社の禀議書を複写
した書面,株式会社Aの顧客情報を印字した書面(以下「顧客台帳」という。)並
びに株式会社Nが管理する資金需要者の信用情報を印字した書面(以下「情報セン
ター照会履歴」という。)について,いずれも株式会社Aのために業務上預かり保
管中,平成14年9月21日付けで同社を解雇された後もこれらを同社に返却せ
ず,同年10月上旬ころ,同都中野区内に所在のO事務所において,ほしいまま
に,自己の用途に使用する目的で,そのうちの禀議書を複写した書面24通,顧客
台帳7枚及び情報センター照会履歴60枚をOに引き渡して横領し
たものである。
(弁護人の主張に対する判断等)
1 弁護人は,判示第2の事実につき,次のような理由により,被告人は無罪であ
る旨主張する。すなわち,①業務上横領の対象物とされるものは,いずれもすべて
コピーで,経済的には無価値であって,財産的損害が存在しない上,被害者とされ
る株式会社Aや同社代表取締役のBにとっての主観的な価値は,同社が行っていた
違法な業務を社会的に隠蔽したいという不法なものであり,法が守るべき正当な価
値を有しないので,財物としての保護法益が存在せず,②被告人は,同社の違法業
務の実態をマスコミを通じて告発する方法を相談するために,自らの保管する同社
の内部資料をOに見せたところ,同人の詐言により,不本意ながら,これらを同人
に預ける結果になったのであり,同人がそれらをどのように利用したのかについて
は全く関知しておら
ず,そもそも社会的な告発を意図していたのであるから,不法領得の意思がなかっ
たのであり,③被告人が同社の内部資料をOに引き渡したのは,私欲によるもので
はなく,日本最大の消費者金融企業である同社が長年行ってきた違法業務を社会的
に明らかにするという公益を図る目的で行ったものであるから,内部告発者制度の
必要性を求める世論が高まっている今日の情勢に照らせば,被告人の行為は,刑法
35条の正当行為に該当し,違法性が阻却される。弁護人は,以上のような趣旨の
主張をしている。
2 そこで,検討すると,関係各証拠によれば,次のような事実が認められる。す
なわち,
(1) 被告人は,平成14年9月下旬ころ,約5000万円の借金があり,株式会
社Aから退職金が支給されないことが分かったことから,被告人が業務上預かり保
管していた同社に関する内部資料を金に換えて,借金の返済に充てようと考えるに
至ったこと
(2) 被告人は,そのころ,ジャーナリストのHに対し,「私には借金が約500
0万円あるので,私の持っているAの内部資料を少なくともそれ以上の金額の金に
換えたい」旨を伝え,ブローカー等の仕事もしているOを紹介されたこと,被告人
は,Oに会い,「私が持っているAの内部資料には,Aと右翼や暴力団に関するも
の,Hの自宅等の盗聴テープ,Aが調査会社を通じて支店長にする社員の犯歴調査
を行っていることが明らかになるものなどがある」旨を説明したが,Oから,「見
せてもらわなければ,分からないよ」などと言われたこと
(3) 被告人は,同年10月上旬ころ,Oに対し,被告人の保管する株式会社Aの
内部資料を見せたところ,Oから,「これで幾ら欲しいの」などと尋ねられたこ
と,そこで,被告人は,Oに対し,「私には借金が約5000万円あるので,その
借金が返せる金額が欲しいです。もちろん,それより金額が多ければ多いほどいい
です」などと答えたところ,Oは,「マスコミに売ったところで,1000万円に
もならないだろう。これを5000万円で買ってくれる人は,株を扱う人くらいし
かいないだろう。もし他に5000万円で買ってくれる人がいたら,探してやろ
う」などと言ったこと
(4) 被告人は,Oから,「その資料は,置いていけ」などと言われたことから,
判示第2の禀議書を複写した書面24通,顧客台帳7枚及び情報センター照会履歴
60枚(以下「本件各書面」という。)を株式会社Aに関する他の内部資料ととも
にOに引き渡して預けたまま帰ったこと
などの事実が認められる。
3 以上の各事実を前提に,まず,本件各書面の財物性の有無について検討する
と,そもそも財物というためには,所有権等の財産権の目的となり得るものであれ
ばよく,金銭的又は経済的な価値の有無は問わないと解されているところ,本件各
書面は,その性質に鑑みれば,金銭的又は経済的に無価値であるということはでき
ず,また,刑法上の保護に値する所有権の目的となり得るものであることも明らか
であるから,業務上横領罪の対象である「他人の物」に該当することは多言を要し
ないというべきである。
 さらに,前記2認定の各事実を総合すれば,被告人は,約5000万円に上る
多額の借金を抱え,株式会社Aから退職金も支給されなかったことから,その借金
を返済する資金を得るために,被告人が保管していた同社の内部資料を是非とも金
に換えたいとの強い意図を有しており,そのために,Oの求めに応じて,本件各書
面を含む同社の内部資料をOに引き渡したことが明らかである。してみると,被告
人に不法領得の意思があったことは,十分に認めることができる。
 そして,被告人がOに引き渡したものの中には,株式会社Aの違法行為とは全
く関係のない顧客の個人情報等に関する書面も多数含まれていることをも合わせ考
えると,仮に,被告人において,同社の違法行為を社会的に明らかにしようという
思いもないわけではなかったとしても,その手段は社会的な相当性を有するもので
はなく,また,その目的も専ら自己の借金返済のための多額の資金を得ることにあ
ったということができるのであるから,被告人が本件各書面をOに引き渡した行為
が,刑法35条の正当行為には該当せず,違法性を阻却しないことは明らかであ
る。
4 したがって,判示第2の事実につき,被告人が無罪である旨の弁護人の主張
は,理由がない。
(法令の適用)
罰条  
判示第1の1及び2の各所為
いずれも包括して刑法60条,平成13年法律第62号(電
気通信事業法等の一部を改正する法律)附則4条により同法による改正前の電気通
信事業法104条1項
判示第2の所為  刑法253条
刑種の選択  判示第1の1及び2の各罪につきいずれも懲役刑
併合罪加重  刑法45条前段,47条本文,10条,47条ただし書(最も重い
判示第2の罪の刑に法定の加重)
刑の執行猶予  刑法25条1項
(量刑の理由)
1 本件は,株式会社Aの課長であった被告人が,同社代表取締役及び探偵事務所
の経営者ら3名と共謀の上,同社に批判的な記事を書くなどしたジャーナリスト2
名の自宅又は事務所に盗聴器を設置し,その加入電話の通話内容を盗聴して録音
し,電気通信事業者の取扱中に係る通信の秘密を侵したという電気通信事業法違反
(判示第1),同社のために業務上預かり保管中の同社等の禀議書を複写した書面
24通,同社の顧客情報を印字した顧客台帳7枚及び資金需要者の信用情報を印字
した情報センター照会履歴60枚を横領したという業務上横領の事案である。
2 まず,判示第1の各犯行について見ると,Hは,平成12年10月30日発売
の「別冊宝島Real#004」において,「ネットバブルの真相。詐欺師,政
商,街金融! ネットバブルを演出した知られざる裏人脈」との見出しで,株式会
社Aがネットバブルを利用して巧みに自社株の株価操作をしているという同社を批
判する内容の記事を発表するなどしていた。株式会社Aの代表取締役のBは,同年
11月ころに同社の株価が急激に下落したことから,その原因がHの記事にあり,
同社を快く思わない黒幕的人物が同社の株価を下落させるためにHに記事を執筆さ
せたものと考え,同人の背後関係を探るために,被告人に対し,H方の電話の盗聴
を指示した。一方,Mは,Bの長男が経営する香港の現地法人が,株取引で巨額の
損失を出したという情
報を得て,平成13年1月上旬に香港に赴いて取材活動を行った。Bは,Mの取材
活動を知り,同様に,黒幕的な人物が株式会社Aを攻撃するためにMに取材活動を
させていると考え,同人の背後関係を探るために,被告人に対し,Mが代表取締役
を務める株式会社Lの事務所の電話の盗聴を指示した。被告人は,これらの指示を
受けて,「C探偵局」の経営者のDに電話の盗聴を依頼し,同人の指示を受けた同
人の従業員のE及び「F探偵事務所」の経営者のGが,H方付近と株式会社Lの事
務所付近にそれぞれ盗聴用の発信機等を取り付けるなどして,判示第1の各犯行に
及んだものである。
 このように,被告人らは,高性能な盗聴機器を取り付けるなどの巧妙な手口に
よって,H方については2か月間余り,株式会社Lの事務所については20日間余
りという長期間にわたってそれぞれ盗聴行為を行ったものであり,上記各犯行は,
H及びMのみならず,通話を盗聴されたすべての者のプライバシーを著しく侵害す
る悪質な犯罪というほかない。しかも,大手の消費者金融会社の代表取締役らが,
自社に批判的な言論や取材活動を行うジャーナリストらに対し,その背後関係を探
るという身勝手な目的のために,安易にこのような違法行為に及んだことは,社会
に大きな衝撃を与えるものであり,厳しい非難を受けるのは当然である。そして,
被告人は,Dから盗聴して録音したカセットテープを順次受け取り,Bに対し,そ
の内容に関するメモ
を作成して報告したり,直接カセットテープを聞かせたりした上,同人の決裁を得
て,Dに1日当たり20万円の多額の報酬を支払うなどしているのであって,Bの
指示によるものとはいえ,上記各犯行において,重要かつ不可欠な行為を行ってい
るのであり,その果たした役割は重大である。また,この種の犯行は,模倣性や伝
播性も高いものであることに鑑みると,一般予防の観点も考慮する必要がある。
3 次に,判示第2の犯行について見ると,被告人は,平成8年ころ,株式会社A
を退職した自己の前任者から身の保全を考えておくようにと言われたこともあっ
て,それ以降,自己の保身のためと備忘録的資料として,自らがBの指示で取り扱
った反社会的な業務やその他の業務に関する内部資料等をコピーして自宅に持ち帰
るなどしていた。一方,被告人は,いわゆるバカラ賭博に入れ込むようになって借
金を重ね,平成12年末には,Bに約1000万円の借金を立替払いしてもらった
にもかかわらず,その後も,バカラ賭博を継続して借金を繰り返し,平成14年夏
ころには約5000万円の借金を負うに至った。そこで,被告人は,自主退職して
退職金で借金を支払うしかないと考えるようになったが,無断欠勤を続けたことな
どのため,同年9月2
1日付けで株式会社Aを懲戒解雇された。被告人は,多額の借金を抱え,退職金も
支給されなかったことから,その借金を返済する資金を得るために,被告人が業務
上預かり保管していた株式会社Aの内部資料を金に換えることを企て,判示第2の
犯行に及んだものである。
 このように,被告人は,自らギャンブルに耽って借金を重ねるという無軌道な
生活を送った末に,専ら自己の借金返済のための多額の金銭を得る目的で上記犯行
に及んでいるのであって,動機に酌むべき事情は見当たらない。しかも,被告人
は,本件各書面をブローカー等の仕事もしているOに引き渡して横領しているので
あって,その結果,本件各書面は,株式会社Aに対する恐喝未遂事件に利用される
ことに発展しているのである。業務上横領の対象となった本件各書面は,多数に上
っている上,顧客の氏名,借入実績,信用情報等の秘密性の高い多くの個人情報を
含むものであり,被告人の上記犯行は,株式会社Aの社会的な信用を損なうにとど
まらず,多数の顧客のプライバシーをも侵害する極めて重大かつ悪質な犯行といわ
ざるを得ない。個人情
報の保護の重要性が強調される今日,利欲目的で何らためらうことなく重要な個人
情報を漏洩させた被告人の行為は,厳しく咎められなければならない。
4 したがって,以上の諸点に照らすと,本件の犯情は悪く,被告人の負うべき刑
事責任は重いものがある。
5 しかしながら,他方,被告人のために酌むべき事情も存在する。すなわち,被
告人は,本件各犯行について,捜査段階及び公判段階を通じて事実関係を素直に認
め,反省の態度を示している。判示第1の各犯行の首謀者は,株式会社Aの代表取
締役であるBであって,被告人は,その部下として,従属的な立場にあったことは
否めないところである。そして,被告人は,判示第1の各犯行について,それ自体
は既に捜査機関に発覚していたとしても,自ら積極的にその詳細を取調官に供述
し,その事案の解明に協力するとともに,共犯者であるBらの公訴提起にも貢献し
ている。被告人は,判示第2の犯行により,利益を得るには至っていない上,被告
人の意図は別として,結果的には,株式会社Aの内部において行われていた違法行
為の解明に繋がった面
があることは,否定できない。盗聴の被害者であるHが,被告人に寛大な処分を希
望する旨の嘆願書を提出している。被告人は,前科がなく,本件各犯行によって,
かなりの期間の身柄拘束を受けるとともに,社会的な制裁も受けている。その他,
弁護人が指摘するような被告人のために有利に斟酌することができる事情も認めら
れる。
6 そこで,以上のような被告人のために有利な事情も斟酌すると,本件各犯行は
いずれも悪質なものではあるけれども,被告人に対しては,前示のとおり刑を量定
した上,実刑に処するのではなく,その刑の執行を猶予するのが相当であると判断
した次第である。
(公判出席検察官 中島行博,求刑 懲役4年)
  平成16年5月7日
     東京地方裁判所刑事第3部
           裁 判 官   服   部      悟

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