弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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主文
1被告は,原告Aに対し2690万円を支払え。
2被告は,原告Bに対し2680万円を支払え。
3被告は,原告Cに対し3360万円を支払え。
4被告は,原告Dに対し4740万円を支払え。
5被告は,原告Eに対し2770万円を支払え。
6被告は,原告Fに対し1914万円を支払え。
7被告は,原告Gに対し1276万円を支払え。
8被告は,原告Hに対し616万円を支払え。
9被告は,原告Iに対し2464万円を支払え。
10被告は,原告Jに対し3590万円を支払え。
11被告は,原告Kに対し1675万円を支払え。
12被告は,原告Lに対し1675万円を支払え。
13被告は,原告Mに対し3780万円を支払え。
14被告は,原告Nに対し3990万円を支払え。
15原告らのその余の請求をいずれも棄却する。
16訴訟費用は,これを11分し,その1を原告らの負担,その余を被告
の負担とする。
17この判決は,主文1ないし14項に限り仮に執行することができる。
事実及び理由
第1請求
1被告は,別表①欄記載の各原告に対し,次の金員を支払え。
(1)別表⑤欄記載の金額及びこれに対する同②欄記載の日の翌日から完済まで
年6分の割合による金員
(2)別表⑥欄記載の金額及びこれに対する平成16年9月5日から完済まで年
6分の割合による金員
(3)別表⑦欄記載の金額及びこれに対する平成19年1月15日から完済まで
年5分の割合による金員
2訴訟費用は被告の負担とする。
3仮執行宣言
第2事案の概要
1原告らの請求の概要等
本件は,被告から新築マンションの分譲を受けた原告らが,被告に対し,マ
ンションが耐震基準を満たしていないものであったとして,マンションの売買
契約の錯誤無効及び消費者契約法4条1項1号による取消しを主張し,不当利
得の返還として売買代金の返還及び利息(代金支払日の翌日以降の利息)の支
払を求めるとともに,被告が,耐震性能を回復できる根拠を示さないまま補修
による対応を主張し続けたことは不法行為に該当するとして,不法行為に基づ
く損害賠償請求として弁護士費用及び遅延損害金(本件訴状送達の日以降の遅
延損害金)の支払を求めた事案である。
本件の争点は,マンションの売買契約が買主の意思表示の瑕疵によって無効
となるかどうか(争点1),あるいは消費者契約法による取消しが可能かどう
か(争点2),原告ら主張の上記不法行為の成否(争点3)である。
2耐震基準について
(1)建築基準法20条は,建物の構造耐力に関する総則規定というべき規定で
あるが,構造耐力に関する規制の具体化をほぼ全面的に政令(建築基準法施
行令第3章の各規定)に委任している。本件で問題となる高さ60メートル
以下の高層マンションについても,建築基準法は,その20条2号イにより
「当該建築物の安全上必要な構造方法に関して政令で定める技術的基準に適
合すること。この場合において,その構造方法は,地震力によつて建築物の
地上部分の各階に生ずる水平方向の変形を把握することその他の政令で定め
る基準に従つた構造計算で,国土交通大臣が定めた方法によるもの又は国土
交通大臣の認定を受けたプログラムによるものによつて確かめられる安全性
を有すること」としているのみである(そのため,政令が改正されると法の
規制が変更されることになる。本件記録中には,耐震基準との関係で,しば
しば「昭和56年の法改正」とか「平成19年の法改正」という記述がされ
ているのは,政令の改正による法の規制の変更に言及するものである。)。
(2)本件では,地震力に対する構造耐力が問題となっているが,地震力は風圧
力と同様,建築物に対して水平に加わる外力である。そして,建築基準法施
行令82条以下の規定は,建築物が一定以上の水平耐力を保有することを要
求している。
(3)地震との関係での主な規定は,保有水平耐力について規定した建築基準法
施行令82条の3と地震力の計算方法を定めた建築基準法施行令88条であ
るが,いずれの規定も,昭和55年政令第196号(昭和56年6月1日施
行)によって大改正がされた。この大改正の後の建築基準法施行令所定の技
術基準が「新耐震基準」と呼ばれるものであり,本判決において単に「耐震
基準」という場合,これを指す。
なお,これら規定は,平成19年政令第49号(平成19年6月20日施
行)によっても改正され(以下,同政令による改正前の建築基準法施行令を
「旧施行令」といい,改正後のものを「現行施行令」という。),旧施行令8
2条の4は,現行施行令では82条の3となった。
(4)旧施行令82条の4第1号と現行施行令82条の3第1号は,いずれも,
建築物の保有水平耐力の計算に関する規定であるが,現行施行令82条の3
第1号は,それまでとは異なり,保有水平耐力を「国土交通大臣が定める方
法により」計算するものとし,計算方法を国土交通省の告示に委任している
(そのため,告示が改正されると,政令の中身が変わる結果,法の規制が変
更されることになる。)。
ここでいう告示は,平成19年度号外国土交通省告示第594号である
(本件では甲第48号証として提出されている。)。
(5)旧施行令82条の4は「特定建築物で高さが31mを超えるものについて
は…地上部分について,第1号の規定によって計算した各階の水平力に対す
る耐力(以下この条及び第82条の6において「保有水平耐力」という。)が,
第2号の規定によつて計算した必要保有水平耐力以上であることを確かめな
ければならない」と規定している。
旧施行令82条の4第2号によって計算される必要保有水平耐力とは,旧
施行令88条3項所定の地震力を前提として計算される理論値(必要保有水
平耐力)である。すなわち,旧施行令82条の4の規定は,その理論値より
も,材料強度によって計算される保有水平耐力の方が上回ることを要求して
いるから(以下,保有水平耐力を必要保有水平耐力で除した比の値を「保有
水平耐力指数」という。),結局,保有水平耐力指数が1.0以上でなければ,
建築基準法20条が要求する安全性を具備しないということになる。
(6)旧施行令88条3項は,旧施行令「82条の4第2号の規定により必要保
有水平耐力を計算する場合においては,前項の規定にかかわらず,標準せん
断力係数は,1.0以上としなければならない」と定め,必要保有水平耐力
の計算に用いる地震力の強さを規定している(現行施行令88条3項,82
条の3もこの点は同じ。)。
旧施行令88条2項本文所定の地震力(標準せん断力係数0.2以上)は,
建物の使用期間中(約50年)に数度は遭遇するであろう中規模地震(震度
5程度)を想定した数値で表されており,中規模地震で建築物が損傷しない
よう水平耐力を計算する場合の地震力であるが,これに対し,旧施行令88
条3項所定の地震力(標準せん断力係数1.0以上)は,極めて稀に遭遇す
るであろう大規模地震(震度6程度以上)を想定した数値で表されており,
大規模地震で建築物が崩壊しないよう水平耐力を計算する場合の地震力であ
る(現行施行令88条も同じ。)。
すなわち,旧施行令82条の4(現行施行令82条の3)所定の保有水平
耐力は,大規模地震によって建築物が崩壊しないようにするための耐震基準
を定める規定であるということができる(この点は甲第38号証の文献に解
説されている。)。例えば,ある建築物のある階の保有水平耐力指数が1.0
であるとの計算結果が得られた場合,大規模地震の際の計算上の地震力と当
該建築物の当該階の計算上の保有水平耐力が釣り合っていることになる。耐
震基準は,大規模地震の計算上の地震力と建築物の計算上の保有水平耐力が
釣り合っているか後者が前者を上回ることを要求するものである。
3新築住宅の売主の瑕疵修補義務について
住宅の品質確保の促進等に関する法律(平成12年4月1日施行。以下「品
質確保法」という。)95条は,新築住宅の売主の瑕疵担保責任に関する民法5
70条の特例規定である。これにより,新築住宅の売主は,住宅の構造耐力上
主要な部分等に隠れた瑕疵があった場合,住宅引渡時から10年間,損害賠償
義務を負うだけでなく,当該瑕疵の修補義務(民法634条)をも負うものと
されている。
4争いのない事実
次の事実は,証拠番号を引用したものを含め,いずれも争いがない。
(1)被告は,不動産の売買等を業とする株式会社であり,別紙物件目録記載1
の一棟の建物(以下「本件マンション」という。)を建築し,原告らを含む多
数の顧客にこれを分譲した(以下,本件マンションのうち顧客に分譲された
個々の物件,すなわち区分所有の対象となる建物と共用部分の持分を「分譲
物件」という。)。
(2)本件マンションの設計者は,株式会社テクノ設計事務所であり,構造計算
をしたのは,二級建築士であったOである。
Oは,平成14年2月5日,本件マンションの設計(以下「当初設計」と
いう。)に基づくものとして構造計算書(以下「本件計算書」という。)を作成
した。
本件計算書では,保有水平耐力指数,各階のX方向(建物の長い辺と平行
の方向)及びY方向(建物の短い辺と平行の方向)とも1.0を超える数値
が記載されていた。
(3)被告は,平成15年3月4日,申請書に本件計算書を添付して,本件マン
ションの建築確認申請をし,指定確認検査機関である日本イーアールアイ株
式会社(以下「日本ERI」という。)は,同月20日,当初設計が建築基準
法に適合しているものとして本件マンションの確認済証を発行した。
(4)日本ERIは,平成15年5月26日,品質確保法5条1項に基づき,設
計住宅性能評価書を作成した(甲6)。
同評価書の最初の項目は耐震等級であり,この項目には本件計算書に基づ
く構造の安定の評点が記載されており,大規模地震の際の「構造躯体の倒壊
等防止」の評点が「等級1」とされている。ここでいう「等級1」とは最も
優れているということではなく,3段階の評点中では最も低いものであり,
保有水平耐力指数が1.0以上1.25未満であることを意味するにとどま
る。
(5)原告らは,別表②欄記載の日に被告との間で,平成16年9月4日を引渡
予定日として,同③欄記載の物件を同④欄記載の代金で買い受ける旨の売買
契約(以下「本件各売買契約」という。)を締結し,その契約締結の際,被告
から重要事項説明書に基づき重要事項の説明を受け(甲2,甲7),被告に
対し,同⑤欄記載の手付金を支払った。その後,原告らは,平成16年9月
4日,残代金を支払うとともに,被告から本件マンションの区分所有権及び
敷地持分の引渡しを受け,これを取得した。
なお,原告Bについては,買主である妻のPが平成17年4月18日に死
亡したため,買主たる地位及び区分所有権及び敷地持分を相続により承継取
得した者である(以下,P死亡前の事実については原告Bに代えてPを含む
ものとして「原告ら」という。)。
(6)被告は,平成18年2月17日,株式会社テクノ設計事務所から,本件計
算書において偽装があったとの報告を受けた。
日本ERIは,札幌市に対し,構造計算に偽装があった旨報告し,札幌市
は,同年5月12日,本件計算書の一部で偽装が行われたこと,保有水平耐
力指数が1.0を下回っており,耐震基準を満たしていないことを明らかに
した。本件マンションについて正しく構造計算をすると,1階Y方向の保有
水平耐力指数が0.86となり,1.0を下回る。これに対し,1階のX方
向並びに他の階のX方向及びY方向の数値は,1.0以上であり耐震基準を
満たしていた。
5争点1(錯誤の有無)についての主張
【原告らの主張】
(1)原告らは,本件マンションのモデルルームを訪れた際,被告ないし被告の
委託業者である住友不動産販売株式会社の販売担当者らから「新耐震基準に
基づく安心設計」「当マンションでは新耐震基準に基づき,かつ阪神淡路大
震災のデータなども考慮に入れた構造を採用」などと記載されたパンフレッ
ト(以下「本件パンフレット」という。)を交付され,「住友と大林組のマン
ションだから安心」であること,品質確保法に基づく性能評価を受ける物件
であり,耐震設計に問題はなく,法令の基準よりも余裕を持たせた耐震性能
を有するマンションである旨説明を受けたうえ,購入を勧められた。
こうして,原告らは,本件マンションが,確認済証の交付を受け,かつ,
設計住宅性能評価を受けた,耐震基準を満たす設計であり,当初設計のとお
りの施工がされ,約定の物件引渡予定日までに耐震基準を満たす物件の引渡
しを受けるものであるという動機に基づき,当該動機を明示又は黙示に表示
した上で,本件各売買契約に係る買受けの意思表示をした。
ところが,実際には,当初設計は耐震基準を満たさないものであったから,
原告らの買受けの意思表示は,契約締結の動機を形成する重要な部分に関す
る錯誤に基づくものであり,民法95条所定の要素の錯誤があるものとして
無効である。
(2)本件マンションの保有水平耐力指数が1.0を下回っていた1階は,全世
帯の避難経路である上,15階建ての上層階の全重量を負担している。また,
本件マンションの1階はピロティ形式になっており,地震の力が集中して崩
壊しやすくなっている。しかも,本件マンションについて実際に行われるこ
とが予定されている補強工事の案(乙第1号証のもの。以下「本件補強案」
という。)による工事は,2か月に及び,原告ら区分所有者の生活に様々な制
限を加える大規模な工事である。
このように,本件マンションの耐震強度の不足は,これが不足している場
所からみても,補修に要する工事の規模からみても,極めて重大な瑕疵であ
る。このような重大な瑕疵を補修したとしても,補修したマンションはいわ
ば「きず物」であって,新築物件としての価値はないから,耐震強度が補修
可能であったとしても,原告らの動機の錯誤が要素の錯誤によるものである
ことに変わりはない。
なお,本件補強案以外に被告が主張している別の補強工事の案(乙第7号
証の1のもの。以下「第2補強案」という。)は,本件マンションの建築確認
時に施行されていた旧施行令に適合させる補強案にすぎず,現行施行令に適
合させる内容になっていない。
【被告の主張】
(1)動機の錯誤が成立するためには,動機と,当該動機と食い違う客観的な事
実とが,意思表示の時点において同時に存在していなければならない。
本件各売買契約の時点では,被告は,当初設計を変更して耐震基準を満た
す物件を原告らに引き渡すことが可能であったし,被告は,設計を変更する
可能性があることを売買契約書や重要事項説明書に記載して原告らに告知し
ていたから,本件各売買契約が締結された時点において,約定の物件引渡予
定日までに耐震基準を満たす分譲物件の引渡しを受けることができないとい
う客観的な事実は存在しなかったというべきである。
したがって,結果的に,原告らが,耐震基準を満たす分譲物件の引渡しを
受けることができなかったとしても,原告らの買受けの意思表示が動機の錯
誤によるものとして無効となるわけではなく,ただ,売主である被告におい
て耐震基準を満たすよう本件マンションを補修する瑕疵担保責任を負うのみ
である。
(2)そもそも,本件マンションの耐震強度は,わが国のマンションとして格別
に高いものではなく,本件マンションは耐震強度の高さを特徴とするもので
はなかったのであって,本件パンフレットでも,耐震強度が66項目のうち
の一つとして取り上げられていたに過ぎない。原告らは立地条件などの本件
マンションの他の特徴に着目して購入したのであって,耐震強度に着目して
本件マンションを購入したのではないから,この点においても,原告らの買
受けの意思表示に動機の錯誤はないというべきである。
(3)原告らは,耐震強度に関する動機を表示したと主張するが,本件各売買契
約締結時,原告らのうち誰一人として,被告側担当者に耐震強度について明
示的に述べた者はいなかった。また,被告は,耐震性について問題がない旨
の説明はしていないし,本件パンフレットの交付は動機の表示とは関係がな
い。その上,本件各売買契約の当時,一般にマンションの買主が耐震強度に
関心を持っているとはいえなかったのだから,黙示的にも原告らの動機は表
示されていなかった。
(4)売買の目的物の性状について,買主の認識と客観的な性状との間に齟齬が
あり,そのため売買契約が錯誤により無効というためには,客観的にみて,
買主において売買の目的を達することができないほどに齟齬が重大で,公平
の観点からして,そのまま売買契約を有効とすることが相当でないといえる
程度のものであることが必要というべきである。
本件マンションの保有水平耐力指数は,唯一1階Y方向・負方向について
耐震基準をわずかに満たしていないにとどまる。1階がピロティ形式になっ
ているわけでもない。
また,本件補強案による工事によって,区分所有者らの生活に重大な影響
が生じることはない。耐震基準を回復するためだけならば,第2補強案で足
り,これによれば,さらに区分所有者の生活への影響は少なくて済む。もち
ろん,第2補強案は改正法による基準を満たしている。
このように,本件マンションの構造の瑕疵は,公平の観点からして,その
まま本件各売買契約を有効とすることが相当でないといえる程度の齟齬では
なく,原告らの錯誤無効の主張は失当である。
6争点2(消費者契約法4条1項1号に基づく取消し)についての主張
【原告らの主張】
(1)被告は,原告らに対し,実際には耐震基準を満たしていない設計であるに
もかかわらず,本件マンションが新耐震基準に基づく旨の記載のある本件パ
ンフレットを交付したり,モデルルーム等において設計が耐震基準を満たし
ている旨説明して,本件マンションの購入の勧誘をした。
このように,被告が,重要事項である耐震性能につき,耐震性能を備えた
設計であると事実と異なることを告げたため,原告らは,その旨誤認して,
本件各売買契約を締結したのである。
(2)したがって,被告の行為は,消費者契約法4条1項1号の不実告知に該当
するので,原告らは,平成18年11月10日までに,本件各売買契約を取
り消す旨の意思表示をした。
【被告の主張】
(1)消費者契約法4条1項1号の「勧誘」とは,消費者の契約締結の意思の形
成に影響を与える程度の勧め方をいい,個別の契約締結の意思の形成に直接
に影響を与えているとは考えられない不特定多数向けの本件パンフレットの
交付は,それだけでは「勧誘」と評価されるものではない。また,被告の担
当者は,原告らに対し,耐震性について問題がない旨の説明はしていない。
(2)また,事業者の告知内容は過去又は現在の事実に関するものでなければな
らず,将来の出来事は除外される。本件マンションの竣工日である平成16
年8月10日より前においては,本件マンションが耐震性を欠くかどうかは
将来の出来事であり,不実告知の対象となるものではない。原告Aを除く原
告らは,同日より前に被告から上記告知を受けたのであるから,不実告知に
よる取消しを主張できない。
(3)そもそも本件マンションの構造瑕疵は,補強工事によって容易に修補が可
能である以上,契約を維持しつつ瑕疵修補あるいは損害賠償の問題として法
的処理を考えれば足りる事項であり,消費者契約法4条1項1号にいう「重
要事項」には含まれない。
(4)原告Aは,不動産賃貸という事業のために本件マンションを購入したもの
であるから,消費者契約法2条1項にいう消費者に該当せず,同法4条2項
に基づく取消しをすることはできない。
7争点3(不法行為の成否−弁護士費用の賠償義務)についての主張
【原告らの主張】
(1)被告は,平成18年5月12日には,本件マンションが耐震性能を満たし
ていないことを知り,同月27日には原告らに対して被告の補強案によれば
耐震性能を回復できると説明したにもかかわらず,同年12月25日まで,
補強案についての構造計算書を示さないまま,一貫して補修以外の対応はし
ないとの態度をとり続けた。
被告は,補修義務履行の前提として,補強案の根拠となる構造計算書を原
告らを含む区分所有者及び管理組合に示さなければならない義務があったの
に,これを怠った。これら被告の行為は,不法行為を構成するものである。
(2)被告の不法行為により,原告らは弁護士に委任して本件訴訟を提起・追行
せざるを得なくなったから,被告は,原告らに生じた弁護士費用(売買代金
額の1割の額)を賠償すべき義務を負う。
【被告の主張】
被告は,原告らを含む本件マンションの区分所有者に対して,説明会の段階
から品質確保法に基づく補修を実施することを告げた上で,耐震基準を満たす
ことができる補強案を提示している。そして,その際に提示した補強案は,大
手設計事務所である日建設計による検証を経たものであったのであるから,補
強案の提示としては十分であり,被告は,これを超えて構造計算書まで提示す
る義務を負っていたものではない。
したがって,被告に原告ら主張のような不法行為が成立することはありえな
い。
第3当裁判所の判断
【認定事実】
争いのない事実,証拠(証拠番号は括弧内に掲記した。)及び弁論の全趣旨によ
れば,以下の事実が認められる。
1原告らは,被告が建設したモデルルームを訪れ,被告側担当者から本件パン
フレットを交付された。本件パンフレットには,本件マンションの質の高い設
備と性能の紹介として,66項目の記載があり,その中の直接基礎方式の採用
をうたった部分には,「新耐震基準に基づく安心設計」「当マンションでは,
新耐震基準に基づき,かつ阪神淡路大震災のデータなども考慮に入れた構造を
採用」などと記載されていた(甲2)。
モデルルームには,本件パンフレットに記載した設備や仕様をパネル展示し
たコーナーが設けられていた。中には,直接基礎について説明するパネルもあ
り,販売員が原告らに説明した。もっとも,本件マンションの耐震強度は特筆
すべきセールスポイントというほどのものではなかったので,販売員らが耐震
強度を強調して説明することはなかった(証人Q,証人R)。
原告らは,本件各売買契約を締結した日に,設計住宅性能評価書及び重要事
項説明書の交付を受け,住友不動産販売株式会社のS又はRから,それぞれ重
要事項説明を受けた。S及びRは,原告らに対し,本件マンションが設計住宅
性能評価を取得していることを説明した(甲1の1ないし1の11,証人R,
原告A)。
2原告らの分譲物件購入の経緯
(1)原告Aは,相続した不動産を売却した上で,投資目的で本件マンションを
購入することとした。購入に際しては,建設会社で設計業務を担当していた
経験から,本件マンションのデベロッパーが被告であること,本件マンショ
ンの耐震性能,防音機能,立地に着目して,本件マンションの購入を決めた
(乙6,原告A)。
(2)原告BとPは,本件マンションを購入するに当たり,立地,防音機能等に
加えて,耐震性能について検討した(甲21の1,原告B)。
(3)原告Cは,職場で損害保険の営業を担当していた際,阪神淡路大震災が起
こり,関西に応援に行った社員の話を聞いたことがあった。本件マンション
の購入に当たっては,暖房設備,耐震性能,24時間ごみを捨てられること,
ピッキング対策に着目していた。転勤族であったため,将来の賃貸や売却も
視野に入れ,被告が販売し大林組が施工していることや立地の良さから資産
価値を維持できると考えて,本件マンションを購入した(原告C)。
(4)原告Dは,大学に通う娘を住まわせるために,防災,防犯関係に注意した
上で,立地の良さや大手不動産会社が販売していることも考慮して,本件マ
ンションを購入した。原告Dは和歌山県に住んでおり,阪神淡路大震災の際
には物が落ちてくるなどの経験をし,夫が営む歯科医院の従業員がけがをし
たこともあり,本件マンションを購入するにあたっても耐震基準を満たすこ
とが一番の条件だった(原告D)。
(5)原告Eは,夫を亡くし,子供も独立したので,一人暮らしをするために本
件マンションを購入した。植物園に面しているという立地や眺望,ガスコー
ジェネレーション方式の採用に加え,札幌市内のマンションに住む友人が地
震の際に怖い思いをしたとの話を聞いて耐震性能にも注意した上で,被告が
信頼できる会社だとの評判も念頭に置いて,本件マンションの購入を決めた
(原告E)。
(6)原告F及び同Gが本件マンションを購入するに当たっては,横幅に比べて
奥行きが短いという本件マンションの形状から,耐震性に注意し,本件パン
フレットに記載のあった,ガスコージェネレーションシステムの存在も重視
した(原告F)。
(7)原告Hは,日本の地震の多さに関心があり,壁面が湾曲している本件マン
ションの形状を気にして,モデルルームを訪れては耐震強度について質問を
繰り返し,販売担当者では間に合わずに施工業者の担当者に説明を代わって
もらったほどだった。耐震性のほか,暖房設備や断熱性能にも着目して本件
マンションを選んだ(原告I)。
(8)原告Jは,夫とともに本件マンションの購入を検討していたが,夫は,テ
レビで見た免震構造に関心を持ち,モデルルームを訪れた際,本件マンショ
ンが免震構造を採っているのかどうか質問していた。そのほかにも,本件マ
ンションの立地条件や景観の良さ,収納設備,水回りの設備が気に入って,
本件マンションを購入した(原告J)。
(9)原告Kは,釧路在勤中に釧路沖地震を経験し,建物の耐震性には関心があ
ったところ,本件マンションは被告が販売し大林組が施工するというので安
心していた。その上で,本件パンフレットの記載があった住棟セントラルシ
ステムとガスコージェネレーションシステムにも着目して本件マンションを
購入した(原告K)。
(10)原告Mは,友人から本件マンションの購入を勧められた。友人は,本件
マンションが設計住宅性能評価を取得していることを特に重視しており,同
人が耐震性能についていろいろ質問をしたのに対する販売員の対応を聞いて,
購入を決めた(原告M)。
(11)原告Nは,被告のブランドと本件マンションのデザインに惹かれて購入
を決めた。その際,被告が販売している本件マンションが耐震基準を満たす
ことは,当然の前提であると考えていた(原告N)。
3原告らに交付された売買契約書及び重要事項説明書には,施工上の都合や設
計変更等により面積に変更が生じる場合があるとの記載があった。また,重要
事項説明書には,特記事項として,間仕切り及び内装の仕上げ等につき売主が
一部設計変更を行う場合があり,購入した住戸の上下・左右の隣接住戸の間取
り・用途・居室の床仕上げ等がパンフレット記載の形状とは異なる場合がある
とし,その場合には隣接住戸への音の伝わり方に違いがあるとの記載があった
(甲1の1ないし1の11,甲7)。
4本件マンションは平成16年8月10日に竣工し,同年9月4日に各専有部
分が原告らに引き渡されたが,平成18年2月になって本件マンションの耐震
強度に偽装の疑いがあることが発覚した。被告が日建設計に依頼して再計算し
たところ,1階Y方向の保有水平耐力指数が0.86と法定の基準を下回って
いることが判明し,同年5月12日,札幌市によってもその事実が確認された
(甲11,甲12)。
5被告は,平成18年5月27日に区分所有者向け報告会,同年6月25日に
説明会を開き,1階及び地下1階の柱各2本を補強することにより耐震基準を
満たすことができると説明した(甲12,甲16)。
しかし,原告らは,被告の説明に納得せず,同年11月8日(原告Gは同月
10日),弁護士を代理人として,消費者契約法に基づき本件各売買契約を取
り消し,予備的に,錯誤無効の主張をした(甲3の1ないし11,甲4の1な
いし11)。
他方,本件マンションの管理組合は,平成19年2月25日,被告に余裕を
持った相当な内容の躯体の補強工事を求める旨の決議をし(証人Q,原告F,
同K),被告は,これに応じることとした。
6被告による補強案の提示
被告は,平成19年4月28日,同年5月15日及び翌16日,現地調査を
実施した上で,同年9月,本件マンションの管理組合に対し,本件補強案を提
示した(乙1,2,7の1)。
本件補強案によると,①1階に鉄骨柱1本を新設する,②1階に耐震壁1か
所を新設する,③1階のそで壁3か所を補強する,④1階の構造スリット2か
所を閉塞して耐震壁とする,⑤地下1階にそで壁1か所を新設する,⑥地下1
階のそで壁2か所を補強するという工事が行われることとなっている。工期は
2か月(実働40日)であり,壁の解体,アンカー打ち,コンクリート打設時
(合計19日間)には,騒音,振動が大きくなることが見込まれる。
また,区分所有者は,工事期間中及び工事後,主として以下のような生活面
での制限を受けることとなる(甲33,乙1)。
(1)工事期間中を通じ,ごみ集積場に収集日当日しかごみを出せなくなる。も
っとも,被告が屋外に仮設ごみ庫を設置する。
(2)工事期間中を通じ,駐車場6台分が使用できなくなり,被告が近隣(a条
b丁目)に代替駐車場を用意する。
(3)コンクリート打設の日(延べ2日)は,駐車場の入出庫時に担当者に連絡
して工事車両を移動してもらわなければならない。
(4)工事期間中を通じて,駐輪場から建物へ直接出入りすることができなくな
る。また,駐輪スペースが23台分制限され,仮駐輪場(盗難防止用の仮設
パイプあり)を利用することとなる。また,工事の結果,駐輪可能台数が3
台分減る。
(5)鉄骨を搬入する約3時間,エントランスを使用できず,西側メールコーナ
ーあるいはサブエントランスから出入りすることとなる。
(6)4回(c号室は2回)にわたり,午後1時から午後5時まで,各階2号室
から5号室及びc号室の水の使用及び排水ができなくなる。該当者は,期間
中は1階管理事務所もしくは工事用仮設トイレを使用することとなる。
7本件補強案に基づく工事が施工されなかった経緯
本件補強案は,本件マンション共用部分の変更に該当するから,その工事を
行うためには,区分所有者及び議決権の各4分の3以上の多数による集会の決
議を要するところ,本件マンションの管理組合は,平成19年10月28日,
全84戸の4分の3以上の多数をもって,本件補強案を承認した(甲35,証
人Q)。
被告は,本件補強案に基づき,平成20年8月に区分所有者向け工事説明会
を2度開催し,同月21日には札幌市から違反是正計画として適当と認める旨
の通知を受け,同年9月11日の着工を予定していた。しかし,管理組合理事
会は,説明会での区分所有者の質疑の状況から補強案には組合員の理解を得ら
れていないと判断し,着工を延期した(甲35,乙5)。
その後,管理組合は,同年11月30日に臨時総会を開催し,本件補強案に
よる工事を行うべきかどうか改めて採決をしたが,工事に賛成が61件,反対
が8件,棄権(大半は原告らである。)が15件であった。そのため,本件補
強案による修補工事の実施は可決されなかった(甲37)。
8他のマンションの耐震偽装
被告が分譲を予定していたマンションで耐震偽装が発覚したのは,本件マン
ションだけではない。
被告は,完成間近になって構造計算書の偽装が発覚した「T」については,
顧客への引渡期日が守れないことから,売買契約を解消して手付金を返還し,
一部の顧客には多少の金額を上乗せした。その後,被告は,補強工事を行い,
耐震補修工事をしたことを明示した上で再分譲した。
また,被告は,15階建てのうち5階くらいまで躯体を立ち上げた段階で構
造計算書の偽装が発覚した「U」についても,顧客に迷惑をかけないために売
買契約を解消した。その後,被告は問題部分を撤去して再度工事をした。
なお,この二つのマンションでは,構造計算書の偽装が行われてはいたもの
の,売買契約解消後に行われた札幌市の検査により,当初の設計に基づき構造
計算し直してみたところ,耐震基準は満たしていた(証人Q)。
【争点1に対する判断】
1本件各売買契約は,いずれも建築確認の後に締結されたものであるから,こ
れにより,原告らと被告は,建築確認に従って施工される(原告Aについては
施工された)分譲物件を売買することを合意したものと認められる。前記認定
事実3のとおり,施工上の都合や設計・仕様の変更により,間取りや面積が建
築確認と異なる場合があることは留保されているものの,共用部分となる躯体
の構造に関してまで建築確認と大きく異なる物件の引渡しがされることは予定
されていない。
したがって,本件各売買契約の目的物は,客観的には,耐震偽装がされた建
物であったということができる。
2ところで,マンションの販売においては,立地条件,外観,設備の充実度な
どがセールスポイントとして宣伝されることが多く,それとの比較でいうと,
比較的地味な住宅の基本的性能(防火・耐火性能,防音・遮音性能,耐水性能,
耐震強度など)がセールスポイントとして強調されたり宣伝されたりすること
は少ない(例えば,雨漏りしないことをセールスポイントとして新築マンショ
ンの販売活動がされることは,やはり想像しにくい。)。
しかし,そのことは,マンションの住宅の売買において,立地条件等が買受
けの動機付けとして重要であり,基本的性能が重要ではないことを意味しない。
ことは逆であり,基本的性能の方が重要であるが故に建築基準法令により最低
限の性能の具備が義務付けられており,そのことを大前提として売買がされる
が故に,立地条件等の方こそが住宅の個性化・差別化を図る要因として宣伝さ
れる現象が生じるにすぎないのである。
したがって,本件各売買契約においては,売主である被告は,建築基準法令
所定の基本的性能が具備された建物である事実を当然の大前提として販売価格
を決定し,販売活動を行い,原告らもその事実を当然の大前提として販売価格
の妥当性を吟味し分譲物件を買い受けたことに疑いはない。
そうすると,本件各売買契約においては,客観的には耐震偽装がされた建物
の引渡しが予定されていたのに,売主も買主も,これが建築基準法令所定の基
本的性能が具備された建物であるとの誤解に基づき売買を合意したことになり,
売買目的物の性状に関する錯誤(いわゆる動機に関する錯誤)があったことに
なる。
3ところで,わが国の国土は地震が多い。人々にとって,多数の建築物が倒壊,
崩壊し,数千人という死者が出た平成7年の阪神大震災の記憶は風化していな
いし,北海道では,阪神大震災に前後して奥尻沖や道東地方で大規模地震が発
生しており,普段口にすることはなくとも,わが国に住む大多数の人は大規模
地震に対する恐怖心を抱いている。それが,建築物の崩壊や避難できないうち
に生じる火災によって生命の危険をもたらすからである。
耐震強度の不足が恐怖心と直結するが故に,本件各売買契約締結の当時,新
築されるマンションの耐震強度が相当程度不足している(1階の保有水平耐力
指数1.0以上が必要なところこれが0.86しかない。)ことが分かっていた
ならば,いくら立地条件が良かったとしても,殆どの人は本件マンションの分
譲を受けようとは思わないはずである。
4耐震強度の不足が恐怖心と直結するが故に,分譲業者から,竣工後に行う一
定の補強工事によって安全性が確保されると説明されても容易に納得できない
人が多いと思われ,そのこととマンションの特質とが相まって,マンションの
耐震強度の不足は,補強工事の必要性が自明であるのに工事の施工ができない
という深刻な状況を出現させることになる。
すなわち,マンションは,空間的には大部分が専用部分であるが,構造的に
は大部分が共用部分であり,共用部分の変更を伴う大規模修繕には区分所有者
及び議決権の4分の3以上の賛成が必要となるため(建物の区分所有に関する
法律17条),ある耐震補強工事をすれば安全性が確保できるのかに不安を持
つ人が相当数おれば,その工事の実施ができないのであり,前記認定のとおり,
この現象は本件マンションにあっても発生している(耐震偽装発覚から4年が
経過しようとしているのに補強工事が実施されていない。)。
被告は,「T」及び「U」(結果的には耐震基準を満たしていた物件)につ
いて,偽装が発覚した後,耐震基準を満たすかどうか未だ不明な段階で,売買
契約を解消して顧客に手付金を返還し,後に補修工事をして再分譲するという
対応をしており,それは分譲後の大規模修繕の困難さを勘案すれば極めて賢明
な対応であるが,逆に,そうせざるをえないことは,耐震強度の不足が深刻な
状況をもたらすことの裏返しなのである。
51階の保有水平耐力指数1.0以上が必要なところこれが0.86しかない
という耐震強度の不足は,決して軽微な瑕疵ではない。大規模地震の際に高層
マンションの1階が崩壊することは避難を困難にすることであるから,その補
強工事は万全を期して行われるべきであり,本件マンションの管理組合の意向
を踏まえて被告が提案した本件補強案も前記のとおり大規模なものであり,共
用部分が少なからず変更されるのである。
被告は,上記耐震強度の不足を解消するだけなら比較的小規模な工事(第2
補強案)で足りるとして乙第7号証を提出するが,耐震強度の不足が恐怖心と
直結していることは致し方ないところであって,耐震強度の不足を解消するこ
とは,ある程度までは居住者の恐怖心を取り除くというものでなければならな
いことは社会通念が要求するところである。換言すれば,耐震強度の不足とい
う瑕疵の大きさ・重大性は,ある程度までは社会通念によって測る必要がある
といわざるをえない。したがって,構造計算の理論上は最低限この程度の補強
工事で足りるという,理論上最低限必要となる補強工事の規模から,直ちに,
耐震強度に関する本件マンションの瑕疵が重大ではないとはいい難い。
6上記3及び5の説示から明らかなとおり,新築マンションにあっては,耐震
強度に関する錯誤は,錯誤を主張する者に契約関係から離脱することを許容す
べき程度に重大なものというべきであり,民法95条の錯誤に該当するものと
認めるのが相当である。したがって,本件各売買契約に係る原告らの買受けの
意思表示は無効であり,被告は,原告らに対し,売買代金を返還する責任を負
う。
もっとも,代金支払日以降の利息請求については,売買契約が無効である場
合に返還すべき代金に対する利息が,目的物の返還があって初めて発生するも
のであると解すべきところ(民法575条2項本文類推),原告らが売買目的
物を被告に返還したと認めるに足りる証拠はない。したがって,原告らの利息
請求は理由がない。
7被告は,原告らは立地条件などの本件マンションの他の特徴に着目して購入
したのであって,耐震強度に着目して本件マンションを購入したのではないと
か,本件各売買契約の当時,一般にマンションの買主が耐震強度に関心を持っ
ているとはいえなかったと主張し,耐震強度の不足が要素の錯誤でないと主張
するようであるが,その主張は,マンションの販売活動においてセールスポイ
ントとして宣伝される事柄よりも,宣伝がされない重要な大前提(基本的性
能)こそが顧客が当該マンションを買い受ける動機付けの第一歩となっている
ことを無視する主張であって,採用することができない。
また,被告は,原告らが,本件各売買契約の際,耐震強度に関する動機を表
示していないから,動機の錯誤の主張ができないと主張するが,当事者双方が
契約の大前提として了解している性状(本件では法令が要求する耐震強度の具
備)に錯誤があった場合,予想外の錯誤の主張によって売主が困惑するという
事態は発生しないものとみられるから,「当該性状があるから買い受ける」と
いう動機の表示がされたがその性状がなかった場合と同視すべきである。
したがって,原告らが明示的に「法令が要求する耐震強度を満たしているか
ら買い受ける」という動機を明示しないで本件各売買契約を締結したことは,
耐震強度に関する錯誤の主張を禁じる理由にはならないと解される。
8被告は,本件マンションにおける耐震強度の不足は,瑕疵担保責任(品質確
保法によって拡張された瑕疵担保責任)の履行によって解消されるが故に,契
約関係からの離脱を許す程度に重大な錯誤に該当しないと主張するようである。
確かに,品質確保法の施行後,新築住宅の売主の責任は,請負人と同様に完
全履行債務(修補債務)を負うことになっているが,品質確保法は,完全履行
債務があるが故に錯誤の問題が生じないという帰結(請負契約であれば正にそ
うである。)を特定物売買にも持ち込んだとまで解釈することはできない。そう
解釈した場合,欠陥住宅たる新築住宅の買主に対する法的救済を狭める結果と
なるが,品質確保法がそのような結果を意図して新築住宅の売主の修補債務を
規定したとまでは解されない。
【争点3に対する判断】
原告らは,被告が平成18年5月27日の説明会以降,構造計算書を示さない
まま補修以外の対応はしないとの態度をとったことが,不法行為を構成すると主
張する。
しかし,証拠(甲12,16,乙1,2)によれば,同日の説明は,本件マン
ションについて行われた耐震偽装の内容とともに被告の対応方針を説明したにと
どまり,実際に施工しようとする具体的補強案を示したわけではなかったことが
認められる。また,前記認定によれば,被告が示した方針に対しては,管理組合
が平成19年2月25日により手厚い補修を求める決議をしているところであり,
それ以前の,管理組合において補修の方針が定まっていない段階において,被告
が構造計算書を伴った具体的補強案を提示すべき義務を負っていたということは
できない。
したがって,原告の請求には理由がない。
【結論】
以上の次第で,原告らの請求は,別表④欄記載の金額の各支払を求める限度で
理由があるものとして認容し,その余はいずれも理由がないから棄却することと
し,訴訟費用の負担につき民事訴訟法61条,64条本文を適用して,主文のと
おり判決する。
札幌地方裁判所民事第3部
裁判長裁判官橋詰均
裁判官宮崎謙
裁判官木口麻衣
(別表)
①②③④⑤⑥⑦
原告の氏名売買契約売買目的物売買代金手付金残代金弁護士
締結日費用
別紙物件目録
AH16.8.21記載2(1)の不2690万円269万円2421万円269万円
動産
BH15.9.20同記載2(2)の2680万円100万円2580万円268万円
不動産
CH15.10.12同記載2(3)の3360万円100万円3260万円336万円
不動産
DH15.9.25同記載2(4)の4740万円470万円4270万円474万円
不動産
EH15.6.20同記載2(5)の2770万円270万円2500万円277万円
不動産
FH15.7.5同記載2(6)の1914万円60万円1854万円191万
不動産4000円
GH15.7.5同記載2(6)の1276万円40万円1236万円127万
不動産6000円
H15.7.6同記載2(7)の616万円−616万円61万H
不動産6000円
IH15.7.6同記載2(7)の2464万円−2464万円246万
不動産4000円
JH16.1.27同記載2(8)の3590万円350万円3240万円359万円
不動産
KH15.7.17同記載2(9)の1675万円165万円1510万円167万
不動産5000円
LH15.7.17同記載2(9)の1675万円165万円1510万円167万
不動産5000円
MH15.7.17同記載2(10)3780万円370万円3410万円378万円
の不動産
NH15.9.5同記載2(11)3990万円390万円3600万円399万円
の不動産
(注)手付金の支払日はいずれも売買契約締結日であり,残代金の支払日はいずれも平成
16年9月4日である。
物件目録
1(一棟の建物の表示)
所在札幌市d区e条f丁目g番地h
建物の名称V
構造鉄骨鉄筋コンクリート造陸屋根地下1階付15階建
床面積1階529㎡11
2階ないし15階551㎡02
地下1階398㎡73
(敷地権の目的たる土地の表示)
土地の符号1
所在及び地番札幌市d区e条f丁目g番h
地目宅地
地積1013㎡00
2(専有部分の建物の表示及び敷地権の表示)
家屋番号e条f丁目g番hのi(1)
建物の名称i
種類居宅
構造鉄骨鉄筋コンクリート造1階建
床面積2階部分73㎡73
土地の符号1
敷地権の種類所有権
敷地権の割合68万372分の7760
家屋番号e条f丁目g番hのj(2)
建物の名称j
種類居宅
構造鉄骨鉄筋コンクリート造1階建
床面積3階部分71㎡49
土地の符号1
敷地権の種類所有権
敷地権の割合68万372分の7515
家屋番号e条f丁目g番hのk(3)
建物の名称k
種類居宅
構造鉄骨鉄筋コンクリート造1階建
床面積7階部分77㎡08
土地の符号1
敷地権の種類所有権
敷地権の割合68万372分の8044
家屋番号e条f丁目g番hのl(4)
建物の名称l
種類居宅
構造鉄骨鉄筋コンクリート造1階建
床面積8階部分95㎡75
土地の符号1
敷地権の種類所有権
敷地権の割合68万372分の1万26
家屋番号e条f丁目g番hのm(5)
建物の名称m
種類居宅
構造鉄骨鉄筋コンクリート造1階建
床面積8階部分66㎡51
土地の符号1
敷地権の種類所有権
敷地権の割合68万372分の6962
家屋番号e条f丁目g番hのn(6)
建物の名称n
種類居宅
構造鉄骨鉄筋コンクリート造1階建
床面積8階部分73㎡73
土地の符号1
敷地権の種類所有権
敷地権の割合68万372分の7760
家屋番号e条f丁目g番hのo(7)
建物の名称o
種類居宅
構造鉄骨鉄筋コンクリート造1階建
床面積8階部分71㎡49
土地の符号1
敷地権の種類所有権
敷地権の割合68万372分の7515
家屋番号e条f丁目g番hのp(8)
建物の名称p
種類居宅
構造鉄骨鉄筋コンクリート造1階建
床面積10階部分77㎡08
土地の符号1
敷地権の種類所有権
敷地権の割合68万372分の8044
家屋番号e条f丁目g番hのq(9)
建物の名称q
種類居宅
構造鉄骨鉄筋コンクリート造1階建
床面積12階部分71㎡49
土地の符号1
敷地権の種類所有権
敷地権の割合68万372分の7515
家屋番号e条f丁目g番hのr(10)
建物の名称r
種類居宅
構造鉄骨鉄筋コンクリート造1階建
床面積13階部分79㎡31
土地の符号1
敷地権の種類所有権
敷地権の割合68万372分の8291
家屋番号e条f丁目g番hのs(11)
建物の名称s
種類居宅
構造鉄骨鉄筋コンクリート造1階建
床面積15階部分77㎡08
土地の符号1
敷地権の種類所有権
敷地権の割合68万372分の8044

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