弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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主文
被告人は無罪。
理由
第1本件公訴事実
本件公訴事実は,「被告人は,知的障害を有し,全身性エリテマトーデスに
罹患していた長女のA(当時29歳)を介護していたものであるが,自己及び
長女らの将来を悲観するなどし,同人と無理心中することを決意し,平成25
年10月8日午後1時頃から同日午後4時47分頃までの間に,大阪府吹田市
a町b丁目c番dハイツe号室被告人方風呂場において,長女に対し,殺意を
もって,同人を浴槽内の湯水に沈め,よって,その頃,同所において,同人を
溺水による窒息により死亡させて殺害した。」というものである。
関係証拠によれば,被告人が,長女(以下「被害者」という。)と無理心中
することを決意し,前記日時場所において,被害者を浴槽内の湯水に沈め,被
害者を殺害したことが認められる(以下,この行為を「本件殺害行為」という。)。
第2争点
1本件の争点は,本件殺害行為時の被告人の責任能力である。
この点,検察官は,被告人は,本件殺害行為時うつ病にかかっており,それ
が本件殺害行為に大きく影響していたが,当時の状況から無理心中を選択した
ことは了解可能であるなどとして,本件殺害行為を自分の意思で思いとどまる
ことが全くできない状態に至っておらず,心神耗弱の状態にあった旨主張して
いる。弁護人は,被告人は,本件殺害行為時うつ病にかかっており,抑うつ状
態の強い影響を受け,あるいは解離状態にあったため,本件殺害行為を自分の
意思で思いとどまることができず,心神喪失であった可能性が残る旨主張して
いる。
当裁判所は,本件殺害行為当時の被告人が置かれた状況は,被告人が無理心
中を決意するほど絶望的な状況ではなく,他に被告人が無理心中を決意するよ
うな事情も認められないから,被告人が抑うつ状態から状況を悲観的に捉え,
突発的に無理心中を決意して本件殺害行為に及んだものと考えられ,それまで
被害者に愛情を注いで養育してきた被告人が本件殺害行為に及んだのは,被告
人の元々の人格に基づく判断によるものでなく,うつ病の影響のみによる疑い
がある,すなわち,被告人が本件殺害行為当時心神喪失の状態にあった疑いが
あると判断した。以下,説明する。
2本件殺害行為に至る経緯について
重度の知的障害を有していた被害者は,平日は障害者作業所(以下「作業所」
という。)に通所していたが,平成25年4月下旬以降,全身性エリテマトー
デスのために作業所に通所できなくなった。被告人は,被害者の介護の負担が
増す中で,うつ病を発症した。
同年9月中旬,被告人が,夫に「もう限界」と述べたことから,夫が同月2
7日から退職を前提に休職し,被告人と共に被害者の介護に当たるようになっ
た。
同年10月2日夜に,被害者が大声を出して暴れ,被告人が「Aちゃんやめ
て」などと言って被害者を抱きしめることがあったことから,夫が作業所の職
員に相談し,被害者の作業所通所再開について話し合うため,同月9日の被害
者の通院に作業所の職員も同行することとなった。
同月8日朝,夫は所用のために出社し,作業所を運営する社会福祉法人の在
宅介護ヘルパーが午前11時から午後1時まで被害者の介護のため被告人方
を訪問した。夫は同日午前中に被告人に電話をかけたが,その時,被告人と被
害者に変わった様子はなかった。また,上記ヘルパーによれば,被害者は昼食
時に遊び食べの状況があったものの特に異常な状態はなく,被告人にも変わっ
た様子はなかった。
ヘルパーが帰った後,被告人方には被告人と被害者しかいなかった。被告人
は,ヘルパーが帰った後,被害者を浴槽で押さえつけて殺害した記憶はあるが,
その他殺害の詳細な態様等に関する記憶は欠落している。
同日夕刻,夫が帰宅して,浴槽で亡くなっている被害者を発見した。被告人
は,入水自殺を図り池の中に浮いていたところを救助された。
3本件殺害行為時における被告人の精神障害が本件殺害行為に与えた影響につ
いて
鑑定人B医師の公判供述(以下「本件精神鑑定」という。)によれば,被告
人は,本件殺害行為時,大うつ病性障害にかかっており,その程度は比較的重
度に近い中等症であったこと,その影響により重度の抑うつ状態にあり,物事
を悲観的に捉える状況にあったほか,解離状態にあり,被告人の意識が狭さく
状態であったこと,そのために本件殺害行為時の記憶が一部欠落していること
が認められる。
また,本件精神鑑定によれば,被告人は元来明るい性格の人物であって,被
告人の本来的な人格のみに基づいて,長期間にわたり愛情を注いできた我が子
と無理心中を図るようなことは考えにくいから,被告人が被害者との無理心中
を決意した過程には,被告人がかかっていた前記の大うつ病性障害が大きく影
響していたと認めることができる。
4被告人の責任能力について
検察官は,被告人が心神耗弱であった,すなわち,本件殺害行為を思いと
どまることが全くできない状態に至っていなかったと認める根拠として,①
本件殺害行為直前まで普段と変わらない生活を送っていた,②無理心中を図
るという動機は当時の状況から了解可能である,③本件殺害行為前後の記憶
も断片的に残っており,違法性の意識も持っている,④本件殺害行為後の行
動も無理心中として一貫性があり,合目的的であることを挙げている。
動機の了解可能性について
ア検察官は,本件殺害行為当時の被告人を取り巻く状況,すなわち,被害
者を介護することによる負担の増大や被害者の病状を悲観して,被告人が
被害者との無理心中を決意することは不合理ではなく,本件殺害行為の動
機として了解可能である旨主張する。しかし,当裁判所は,本件殺害行為
当時の被告人を取り巻く客観的な状況は,依然として被告人にとって厳し
いものではあったものの,将来を悲観しなければならないほどのものでは
なく,知的障害のある被害者に長期間にわたり愛情を注いできた被告人が,
被害者と無理心中しようと決意する理由としては合理性を欠くものと考え
た。
イ被告人の介護負担について
被告人は,従来は作業所に通所していた被害者を平成25年4月下旬頃
から自宅で介護しており,その結果,知的能力が1歳4か月程度で,かつ,
全身性エリテマトーデスにかかっていた被害者の面倒を被告人が常に見る
ことになり,本件殺害行為に至るまでの過程において,これが被告人にと
って大きな負担となっていたことは言うまでもない。
しかし,被告人の夫は,同年9月27日から退職を前提に休職し,被告
人と共に自宅で被害者の介護に当たるようになっていた。また,本件殺害
行為翌日である同年10月9日には,作業所の職員が被害者の通院に同行
した上,被害者の作業所への通所を再開することについて話し合うことが
予定されていた。
このように,自宅で常時被害者を介護することが被告人にとって負担が
大きかったとはいえ,本件殺害行為直前の頃には,その負担が軽減される
可能性がある客観的状況にあったのであるから,この点から被告人が被害
者と無理心中を図ろうと決意したことが合理的であると考えることは難し
い。
ウ被害者の病状について
被害者が,完治が難しいとされる全身性エリテマトーデスにかかり,そ
の症状や投薬治療の副作用などにより被害者に大きな負担がかかっている
のを目の当たりにし,被告人が被害者の将来に不安を感じていたことは想
像に難くない。しかし,被害者の主治医によれば,本件殺害行為当時,被
害者の病状は徐々に良くなっており,投薬量が徐々に減っていたほか,一
時は減少していた被害者の体重も全身性エリテマトーデスにかかる直前頃
の体重まで戻っていた。
そうすると,全身性エリテマトーデスが完治が難しい病気であったとは
いえ,本件殺害行為当時,その病状は徐々に良くなっていたことを考える
と,被害者の病状は将来を悲観しなければならないような状況にあったと
はいえず,この点からも,被告人が被害者と無理心中を図ろうと決意した
ことを合理的に説明することは難しい。
エ以上のとおり,本件殺害行為当時の被告人を取り巻く客観的状況をみる
と,このような状況を悲観したことが,被告人が本件殺害行為に至る動機
として合理的なものとはいえず,動機が了解可能であるとの検察官の前記
②の主張は認めることができない。
なお,検察官は,被告人が,本件殺害行為の直後に「今まであんなこと
をしたことないのに。」「そんなことする子じゃなかったのに。」などと述べ
ていた事実を根拠として,本件殺害行為の直前に被告人が本件殺害行為を
決意せざるを得ない何らかの出来事があったと考えられる旨主張している
が,前記被告人の発言を聞いたソーシャルワーカーの供述を前提としても,
前記発言が何を意味するものかは一義的に定めることができないから,前
記発言が,被告人が本件殺害行為を決意せざるを得ない何らかの出来事を
示すものとまでは認定できない。
その他検察官は,本件殺害行為前後の被告人の行動に異常な点がない旨主
張する。検察官が主張するように,被告人は,本件殺害行為後に濡れた衣服
を着替えて玄関の鍵を施錠し,入水自殺を図った公園まで自転車で移動する
ことができているが,終始愛情を持って養育していた被害者を,殺害後全裸
のまま浴槽に放置して外出していることは,日頃の被告人からはかえって不
可解とも思える。このように,検察官が主張する②の動機が了解可能である
こと以外の事情をもってしても,被告人が自分の意思で思いとどまることが
全くできない状態に至っていなかったとは認められない。
5以上のとおり,検察官が,被告人が本件殺害行為を思いとどまることが全く
できない状態に至っていなかったと認める根拠として主張する点はいずれも採
用することはできない。
そして,証拠上,被告人がどのような出来事を直接的な動機として本件殺害
行為に及んだかは必ずしも判明せず,夫やヘルパーが認識している本件殺害行
為当日の被告人の様子に自殺に至るような事情もうかがえず,被告人は突発的
に無理心中を決意したと考えられ,それまで被害者に愛情を注いで養育してき
た被告人が本件殺害行為を行った原因としては,大うつ病性障害の影響以外に
は考えることができない。したがって,被告人は大うつ病性障害の影響のみに
より本件殺害行為に及んだ可能性を排斥できず,自分の意思で思いとどまるこ
とが全くできない状態に至っていなかったというには,合理的な疑いが残ると
の判断に至った。
第3よって,被告人の本件殺害行為は,心神喪失者の行為として罪とならないか
ら,刑事訴訟法336条前段により無罪の言渡しをする。
裁判員6名とともに審理し,評議を尽くした結論は以上のとおりである。
(求刑懲役4年)
平成26年9月19日
大阪地方裁判所第8刑事部
裁判長裁判官田口直樹
裁判官小松本卓
裁判官横井裕美

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