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平成15年(行ケ)第22号 審決取消請求事件
口頭弁論終結日 平成16年1月21日
判    決
原    告      出光石油化学株式会社
同訴訟代理人弁護士富 岡 英 次
 同渡 辺   光
同訴訟代理人弁理士平 山 孝 二
       同服 部 博 信
被    告      ダイセル化学工業株式会社
同訴訟代理人弁護士吉 澤 敬 夫
同牧 野 知 彦
同訴訟代理人弁理士古 谷   聡
同義 経 和 昌
主    文
     1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
 事実及び理由
第1 当事者の求めた裁判
 1 原告
(1) 特許庁が無効2002-35130号事件について平成14年12月6日
にした審決を取り消す。
(2) 訴訟費用は被告の負担とする。
 2 被告
 主文と同旨
第2 前提となる事実(当事者間に争いがない。)
1 特許庁における手続の経緯
  (1) 原告は,発明の名称を「難燃性ポリカーボネート樹脂組成物」とする特許
第3137864号(平成7年3月2日出願(以下「本件出願」という。)。平成
12年12月8日設定登録。以下「本件特許」という。)の特許権者である。
  (2) 被告は,平成14年4月8日,特許庁に対し,本件特許を無効とすること
を求めて審判の請求をした。
(3) 特許庁は,上記請求を無効2002-35130号事件として審理をした
上,平成14年12月6日,「特許第3137864号の請求項1~4に係る発明
についての特許を無効とする。」との審決(以下「本件審決」という。)をし,そ
の謄本は同月18日に原告に送達された。
2 本件発明の要旨は,別紙記載のとおりである(以下,別紙記載の請求項1な
いし4に係る発明をそれぞれ「本件発明1」ないし「本件発明4」という。)。
 3 本件審決の理由の要旨は,次のとおりである(甲1)。
(1) 本件発明1について
ア 特開平6-16918号公報(甲3。以下「刊行物1」という。)に記
載された発明(以下「引用発明1」ともいう。)と本件発明1とを対比すると,引
用発明1における「ポリカーボネート系樹脂」は,本件発明1における「一般式
(I)で表される構造の繰り返し単位を有する芳香族ポリカーボネート(PC)」に
相当し,引用発明1における「燐化合物」は本件発明1における「一般式(IV)で
表されるハロゲン非含有リン酸エステルモノマー」に相当し,引用発明1における
「フッ素系樹脂」は本件発明1における「ポリテトラフルオロエチレン」に相当す
るものであり,これらの点について,両発明間で実質上の相違点は見出せない。
イ次にこれら添加剤の配合量について検討すると,燐化合物については,
刊行物1に,ポリマーブレンド100重量部に対して1~20重量部が更に好ましい範囲
として記載され(段落【0008】),フッ素系樹脂については,同じく0.01~5重量
部の範囲で用いられる旨記載されている(段落【0013】)ことから,本件発明1で
規定する範囲と十分重複する範囲が記載されており,この点についても実質上の相
違点とすることはできない。
   ウ 最後にポリマーブレンドの組成について検討すると,本件発明1は,耐
衝撃性ポリスチレンをポリカーボネート75~90重量%に対し,10~25重量%配合す
るものであり,刊行物1には,ポリカーボネートに対し耐衝撃性ポリスチレンを配
合した実施例等の直接的記載はなされていない。
     しかしながら,刊行物1には,ポリカーボネート系樹脂以外の樹脂とし
て利用できる樹脂の中で代表的なものとしてHIPS(本件発明1で規定する耐衝撃性
ポリスチレン)が明記されており(段落【0014】),ポリカーボネート系樹脂とそ
の他の樹脂との配合割合は重量比で50/50,更に好ましくは60/40~95/5である
ことが示され(段落【0018】),実施例においては,ABSを用いた例ではあるもの
の,同比で80/20の例も記載されているのであるから,この点についても実質的な
相違点とすることはできない。
     原告(被請求人)は,本件発明1は,従来のPC-ABS系に代えて,PC-
HIPS系を採用し,しかも各成分の配合量を特定したことを特徴とするものであり,
この点は,刊行物1には記載されていない旨主張するが,刊行物1に記載された発
明がこの実施例(すなわちPC-ABS系)のみに限定されるべきでないことはもとより
当然のことであり,例えば,特開昭54-45359号公報(甲4。以下「刊行物
2」という。)にも記載されているとおり,ポリカーボネートが本来的にもつ成形
加工性における難点をハイインパクトポリスチレン(HIPS)の添加により解決する
こと,その際,その量比についても具体的に80/20(PC/HIPS)程度を採用するこ
とは周知であったと認められるから,原告のかかる主張は採用の限りでない。
   エ 以上のとおり,刊行物2に記載された周知事項をも参酌すれば,本件発
明1の構成要件はことごとく刊行物1に記載されているというほかなく,そうであ
る以上,本件発明1は刊行物1に記載された発明と認めるほかはない。
(2)本件発明2について
    本件発明2は,刊行物1及び「実用プラスチック事典編集委員会編集「実
用プラスチック事典」1994年(平成6年)1月5日発行」356~360,3
65~366,403~408頁」(甲5)に記載された発明に基づいて当業者が
容易に発明をすることができたものである。
  (3) 本件発明3について
    本件発明3は,本件発明1と同様,刊行物1に記載された発明とせざるを
得ない。
  (4) 本件発明4について
    本件発明4は,本件発明1と同様,刊行物1に記載された発明とせざるを
得ない。
  (5) むすび
    以上のとおりであるから,被告(請求人)の主張する他の無効理由につい
て検討するまでもなく,本件特許の請求項1ないし4に係る発明は,特許法29条
1項3号若しくは同条2項の規定に違反して特許されたものである。
第3 当事者の主張
 (原告の主張する本件審決の取消事由)
  本件審決は,本件発明1の新規性,進歩性に関する判断を誤り(取消事由
1,2),また,上記判断を誤った結果,本件発明2ないし4に関する新規性,進
歩性の判断をも誤った(取消事由3)ものであり,違法として取り消されるべきも
のである。
1 取消事由1(本件発明1の新規性判断の誤り)
本件発明1は,刊行物1に記載された発明ではなく,かつ,刊行物1に記載
されているに等しい事項から把握される発明でもない。その理由は,以下に述 べ
るとおりである。
  (1) ポリカーボネートとHIPSとの組み合わせが刊行物1に開示されていないこ
とについて
   ア 本件審決においては,刊行物1には,ポリカーボネート系樹脂以外の樹
脂として利用できる樹脂の中で代表的なものとしてHIPSが明記されていると判断し
ている。
     確かに,刊行物1には,「本発明で使用されるポリカーボネート系樹脂
以外の樹脂として熱可塑性樹脂であれば特に制限なく有効に利用できる。それらの
中の代表的なものを例示すれば,ポリスチレン系樹脂(PS,HIPS),アクリロニト
リル・スチレン系樹脂(SAN),アクリロニトリル・ブタジエン・スチレン系樹
脂(ABS),・・・等が挙げられ・・・。」(段落【0014】)と記載されて,数多く
の樹脂が列挙され,その中の1つとしてHIPSが記載されている。
イ しかしながら,刊行物1の上記記載から,ポリカーボネートとHIPSとの
組み合わせが発明として刊行物1に記載されていると当業者が認識することはでき
ない。その理由は,次のとおりである。
    (ア) 刊行物2,特開昭49-18941号公報(甲6),特公昭57-
2 7133号公報(甲7)には,次の記載がある。
 a刊行物2には,スチレン系樹脂とポリカーボネート樹脂との組成物
の例として,ポリカーボネート樹脂にハイインパクトポリスチレン(ブタジエン-
スチレン共重合体)をブレンドする例が挙げられている(甲4の1頁右欄17行~
2頁左上欄1行)。しかし,刊行物2は,ポリカーボネートとHIPSとをブレンドす
ることは,ポリカーボネート樹脂の加工性(流動性)を改良することを目的とした
ものであり,ポリカーボネート樹脂の本来の性質を保持しつつ,かつ,大幅な耐衝
撃性の向上を意図したものではない,としている(同2頁左上欄11~15行)。
     b 甲6には,刊行物2と同様に,ポリカーボネートにハイインパクト
ポリスチレン(HIPS)をブレンドすることが記載されているが,同刊行物は,ポリ
カーボネートとHIPSとをブレンドすると,ポリカーボネートの流動性は改善される
が,ポリカーボネートの優れた機械的特性,特に衝撃強度が著しく低下するという
欠点を有する,としている(1頁右下欄15行~2頁右上欄7行)。
     c 甲7には,「ポリスチレンとポリカルボネート(判決注:ポリカー
ボネート)は相性が悪く,力学的性質の貧弱な濁った混合物を形成する」(1頁2
欄19~21行)ことが記載されている。
(イ) 刊行物2,甲6及び甲7の上記各記載から考えた場合,ポリカーボ
ネートとHIPSをブレンドすると,ポリカーボネ-トが本来的に有する耐衝撃性のよ
うな機械的強度が犠牲になるというのが技術常識である。したがって,当業者であ
れば,耐衝撃性,難燃性,流動性の優れたポリカーボネート樹脂組成物を製造しよ
うとする場合は,ポリカーボネートとHIPSはブレンドすべきでないと考えるのが相
当であり,仮に両者をブレンドすれば,得られた組成物は,流動性はよくても,そ
れ以外の機械的特性が悪く,使用に耐え得るものではないと認識するはずである。
被告は,刊行物2に記載されたポリカーボネートとHIPSであるスチレ
ン系樹脂とのブレンド樹脂において,そのIZOD強度は,本件発明1において好まし
いとされているIZOD強度を遙かに上回るから,ポリカーボネートにHIPSを配合した
組成物の耐衝撃性が悪く,使用に耐えないとの原告の主張には理由がない旨主張す
る。しかしながら,当業者が通常認識するHIPSとは,伸びが100%を超えない程
度のものであり,かつ,通常のポリスチレンと比べ,耐衝撃性を3ないし4倍に上
げ,弾性率を2ないし3割下げたものであり,さらに,ポリカーボネート(PC)と
比較した場合,同程度の弾性率と,PCよりは低い耐衝撃性を有するものである。こ
のような技術常識が存在するにもかかわらず,被告は,耐衝撃性(IZOD強度)がポ
リカーボネートの5倍,硬度(弾性率とも相関する。)がポリカーボネートの1/
5,伸び率が300%を超えるような刊行物2記載のスチレン系樹脂をHIPSと称して
いるが,かかる認識を前提とする被告の主張は,技術常識から離れたものであっ
て,理由がない。
      このように,ポリカーボネートにHIPSを配合した組成物は,機械的特
性,特に耐衝撃性が悪く,使用に耐えないものであり,ポリカーボネートとHIPSと
を組み合わせても,難燃性に優れ,かつ流動性,耐衝撃性にも優れたポリカーボネ
ート樹脂組成物を製造することができないということが,刊行物1の発行当時及び
本件出願当時の技術常識であった。
 (ウ)上記(イ)の技術常識を有する当業者が,上記アに摘示した刊行物1
の記載に接した場合,同刊行物には,HIPSが数多くの樹脂の1つとして列挙されて
いるものの,ポリカーボネートにその樹脂を組み合わせることにより,流動性は改
良されるとしても,引用発明1の効果を奏し得ない組成物が記載されているにすぎ
ないと考えるのが,通常の理解の仕方である。
   ウ したがって,ポリカーボネートとHIPSとの組み合わせは,刊行物1に記
載されているとはいえず,本件審決の上記認定は,当業者の認識と異なるものであ
り,誤りである。
  (2) ポリカーボネートとHIPSとの配合割合が刊行物1に開示されていないこと
について
    上述のように,刊行物1には,ポリカーボネートとHIPSを重量比で50/
50~99/1,あるいは60/40~95/5の割合で配合したポリカーボネート組成物
で,流動性は改良されたものの,耐衝撃性の低いものが記載されている。
    これに対して本件発明1では,ポリカーボネート樹脂とHIPSは相溶性が悪
く,両者を配合した組成物は,流動性は改良されるものの,耐衝撃性は低下すると
の技術常識に反して,刊行物1に記載されたポリカーボネートとHIPSとの配合割合
より狭い範囲である75/25~90/10という範囲を選択するこ とにより,難燃性,
流動性及び耐衝撃性のすべてが優れたポリカーボネート樹脂組成物を得ることに成
功したのである(本件特許に係る【請求項1】,本件特許に係る明細書(以下「本
件明細書」という。)の段落【0009】等)。
    このことは,本件明細書の(A)成分(ポリカーボネート)が95重量%を
超え,(B)成分(HIPS)が5重量%未満では,流動性等の性能が不十分であるこ
と,及び,(A)成分が70重量%未満で,(B)成分が30重量%を超えると,目的
とする難燃性を得ることが困難になるほか,耐衝撃性に大きな低下をもたらすた
め,不都合であるとの記載からも明らかである(段落【0037】)。また,本件特許
の出願段階に提出された平成12年9月7日付手続補正書(甲8)の表2からも裏
付けられる。すなわち,ポリカーボネート/HIPSの重量比が99/1以下の98/2で
あって,刊行物1記載の配合割合を満たす比較例4では,SFL(成形流動性)が劣
る。また,ポリカーボネート/HIPSの重量比が50/50以上の65/35及び50/50であ
って,刊行物1記載の配合割合を満たす参考比較例1a及び参考比較例1bでは,
難燃性,IZOD(耐衝撃性)が劣る。その一方で,本件発明1の配合割合を満た
す,PC/HIPSの重量比が90/10及び80/20である参考実施例1a及び実施例1は,
難燃性,IZOD(耐衝撃性)並びにSFL(成形流動性)ともに優れている(甲8の表
2)。
    上記のとおり,ポリカーボネートとHIPSとの配合割合を,重量比で75/
25~90/10とすること,具体的に80/20(PC/HIPS)程度とすることは,刊行物1
に何ら開示されていない。
  (3) ポリカーボネートとHIPSとの組み合わせ及びその配合割合は,刊行物2を
参酌しても,刊行物1に開示されているとはいえないことについて
    本件審決は,ポリカーボネートが本来的にもつ成形加工性における難点を
ハイインパクトポリスチレン(HIPS)の添加により解決すること,その際,その量
比についても具体的に80/20(PC/HIPS)程度を採用することは,刊行物2にも記
載されているとおり周知であったと判断している。しかし,刊行物2の記載を参酌
しても,刊行物1に「ポリカーボネート75~90重量%及びHIPS10~25重量%を含
む」点が記載されているとはいえない。
    先に述べたように,刊行物1の発行当時,ポリカーボネートとHIPSとの組
み合わせは,機械的特性,特に耐衝撃性が悪く,使用に耐えないものであるといっ
た問題点があり,両者の配合によっては,耐衝撃性等が優れたポリカーボネート樹
脂組成物が得られないとの技術常識があった。したがって,当業者であれば,刊行
物2の記載が意味するものは,ポリカーボネートにHIPSを添加すると,加工性(流
動性)は改良されるとしても,機械的特性,特に耐衝撃性が劣った樹脂組成物が得
られるということであると理解するのが通常である。
    さらに,刊行物2には,HIPSをどの程度配合するかについての記載もな
く,ポリカーボネートとHIPSの量比を特定するための指針,例えばその量比と得ら
れた樹脂組成物の物性との関係が知られていたものでもないから,両者の量比を
80/20とすることが周知であったとはいえない。
    以上のとおり,刊行物2の記載を参酌した場合に,刊行物1に記載されて
いるのは,ポリカーボネートにHIPSを配合(但し,配合比は明らかにされていな
い。)すると,加工性(流動性)は改良されるものの,ポリカーボネートの本来の
特質である耐衝撃性が劣った組成物しか得られないということであり,刊行物2を
参酌しても,ポリカーボネート75~90重量%及びHIPS10~25重量%を含む樹脂組成
物が,刊行物1に記載されていたということは到 底できない。
(4) まとめ
    以上のとおり,ポリカーボネートが本来的にもつ成形加工性における難点
をハイインパクトポリスチレン(HIPS)の添加により解決すること,その際,その
量比についても具体的に80/20(PC/HIPS)程度を採用することは,たとえ刊行物
2の記載を参酌しても,刊行物1に記載されているとはいえない。したがって,本
件発明1の新規性を否定した本件審決の判断が誤りであることは明らかである。
 2 取消事由2(本件発明1の進歩性判断の誤り)について
   本件審決は,「本件請求項1~4に係る発明は,特許法29条2項の規定に
違反して特許されたものであり」と述べるにとどまり,本件発明1が特許法29条
2項に違反して特許されたものである理由を全く述べていない。しかし,本件発明
1は,当業者が公知文献及び出願当時の技術常識等に基づいて容易に発明をするこ
とができたものではない。ポリカーボネートとHIPSとをブレンドすること及びその
際の配合割合を特定のものとすることにより,難燃性,流動性及び耐衝撃性に優れ
たポリカーボネート樹脂組成物が得られることについての記載ないし示唆が,刊行
物1,刊行物2及び甲6には全くない。
   つまり,前記1で述べたように,本件出願当時,ポリカーボネートとHIPSと
を配合すると,機械的特性,特に耐衝撃性が悪く,使用に耐えないものであること
はよく知られていたところであり,ポリカーボネートとHIPSとを組み合わせても,
難燃性に優れ,かつ流動性,耐衝撃性にも優れたポリカーボネート樹脂組成物を製
造することができないというのが技術常識であった。現に,刊行物1に記載のとお
り,ポリカーボネートとHIPSとを重量比で50/50~99/1,あるいは60/40~95/
5の配合割合で配合した場合,流動性は多少なりとも改善されるが,耐衝撃性に欠
ける樹脂組成物しか得られないのである。
   しかし,本件発明1は,ポリカーボネートとHIPSとの配合割合を最適化する
ことにより,刊行物1,刊行物2等の引用例に記載されていない耐衝撃性と,難燃
性及び流動性とが共に改善されるという際だって優れた効果を奏するものである。
このような効果は,上述した技術常識からすれば,当業者が予測し得る範囲外のも
のであることは明白である。
   上記のとおり,当業者であっても,刊行物1,刊行物2及び本件出願当時の
技術常識等に基づいて容易に本件発明1を想到することはできない。よって,本件
審決が,本件発明1の進歩性の判断を誤ったことは明白である。
 3 取消事由3(本件発明2ないし4の新規性及び進歩性判断の誤り)について
   本件発明2ないし4は,いずれも本件発明1の従属項であり,本件発明1の
構成要件を満たすものであるから,本件発明1が新規性,進歩性を有する以上,本
件発明2ないし4も新規性及び進歩性を有することは明白である。
   本件発明2ないし4の新規性,進歩性を否定した本件審決の判断が誤りであ
ることは明らかである。
(被告の反論)
1 取消事由1について
(1) ポリカーボネートとHIPSとの組み合わせが刊行物1に開示されていないと
の原告の主張について
   ア 刊行物1の段落【0014】には,「本発明で使用されるポリカーボネート
系樹脂以外の樹脂として熱可塑性樹脂であれば特に制限なく有効に利用できる。そ
れらの中の代表的なものを例示すれば,ポリスチレン系樹脂(PS,HIPS),アクリロ
ニトリル・スチレン系樹脂(SAN),アクリロニトリル・ブタジエン・スチレン系樹
脂(ABS)・・・」と記載され,代表的なものの例示としてポリスチレン系樹
脂(PS,HIPS)が筆頭に挙げられている。この記載は,当業者に対しポリカーボネー
トとHIPSの組み合わせを直接開示したものにほかならない。刊行物1の出願人の電
気化学工業株式会社は,この種の樹脂の専門メーカーの1つであり当業者にほかな
らないから,そのような当業者が特許明細書中で記載したこの明確な記述につい
て,他の当業者がポリカーボネートとHIPSの組み合わせを認識できないなどという
ことはあり得ない。
     刊行物1の実施例7は,HIPSをABSに変えた以外はすべて本件発明1と同
じ構成を具えており,かつ,刊行物1の段落【0014】にはHIPSとABSがともにポリカ
ーボネート系樹脂以外の樹脂として代替可能であることが明記されている。
     したがって,刊行物1には本件発明1の構成がすべて開示されているこ
とになり,そのような記載は当業者にその記載のとおり理解が可能であるから,刊
行物1により本件発明1に新規性が認められないとした本件審決の判断に誤りはな
い。
   イ 原告は,ポリカーボネートにHIPSを配合した組成物は耐衝撃性が悪く使
用に耐えないことがよく知られていたと主張するが,事実に反する。
    (ア) 一般論として,耐衝撃性などの強度が高いポリカーボネートに,異
物 であるポリスチレンやHIPSを混合すれば,ポリカーボネート特有の強度が落ち
ることは当然である。しかしながら,ポリカーボネートに流動性の向上等の目的で
スチレン系樹脂を混合することは従来から行われ,しかも可及的にポリカーボネー
トの強度を下げないように工夫することも行われていた。要するに,ポリカーボネ
ートに対するスチレン系樹脂の配合量を少なくし,これをポリカーボネート中に均
一に分散させれば(ポリカーボネートの海の中にスチレン系樹脂が島状に分散した
構造で,「海島構造」という。),ポリカーボネート本来の強度が大きく低下しな
いことは常識である。
      刊行物2に「従来から,ポリカーボネート樹脂の海にスチレン系樹脂
の島を均一に分散させた場合,耐衝撃性が大幅に高くなることが見いだされている
(プラスチックスVol.21,Noll.)」(2頁右上欄3~6行)と記載されているの
は,このような常識を示す。刊行物2に係る特許の出願人の日本合成ゴム株式会社
(現商号・ジェイエスアール株式会社)は,この種の樹脂の専門メーカーの1つで
あり,該記載は当業者の常識をよく物語っている。刊行物2の表1のa-1,a-
2には,ポリカーボネートとスチレン系樹脂(実施例1に基づくHIPSである)のブ
レンド樹脂が記載され,スチレン系樹脂の配合量が10%のときと20%のときの
IZOD強度がそれぞれ76Kg-cm/cm,64Kg-cm/cmであることが記載されている。
      本件出願前に刊行された刊行物2に記載されたポリカーボネートと
HIPSのブレンド樹脂において,そのIZOD強度は,次の(イ)に述べる本件発明1の
IZOD強度を遥かに上回る値であるから,ポリカーボネートにHIPSを配合した組成物
は耐衝撃性が悪く,使用に耐えない旨の原告の主張には全く根拠がない。
 (イ) 上記のように,従来からポリカーボネートにHIPSを含むスチレン系
樹脂を配合することは行われており,その当時の技術水準でも十分に耐衝撃性の高
い樹脂が得られていたことは刊行物2のみならず,1981年2月に公表された
PCT特許の公表特許公報(乙1)などからも裏付けられる。
      すなわち,乙1には,ポリカーボネートにポリスチレン(PS)をブレ
ンドした樹脂(ポリマーアロイ)が記載され,乙1の4頁右下欄記載の表のポリマ
ーアロイ12は,PC75重量%,PS25重量%の混合物であるが,IZOD強度は26.5Kg-
cm/cmである。乙1にいう「スチレン樹脂」には,ハイインパクトポリスチレン樹
脂を含み,これが好ましいとされており(乙1の4頁左上欄参照),同表2のポリ
スチレン(PS)樹脂100%のIZOD強度の値15.2Kg-cm/cmという数値からみて,当該
PSはHIPSであることが分かる。IZOD強度の値が10Kg-cm/cmを越えるようなポリス
チレン樹脂は,HIPS(HIと略称される。)でのみ得られ,ポリスチレン単独の樹
脂(GPと略称される。)では得られないからである(「プラスチック成型材料商取
引便覧」1995年版(改訂第11版)(乙2)参照)。
      本件発明1にいう耐衝撃性について,本件明細書には「通常,15Kg-
cm/cm以上が実用上好ましい範囲である。」(段落【0047】)と記載され,現在の
特許請求の範囲に含まれる実施例では,IZOD強度において25Kg-cm/cmと31Kg-
cm/cmでしかない。しかし,上記のとおり本件出願当時の技術水準において,ポリ
カーボネートにHIPSを配合した組成物が,耐衝撃性(IZOD強度)についても本件発
明1と同等以上の強度を有していたことは明らかであり,それらは使用に耐えない
ようなものではない。
(ウ)刊行物2におけるPCとHIPSのブレンドの記載について
      刊行物2には,PCとHIPS等のブレンドについて,「これらは主として
ポリカーボネート樹脂の加工性(流動性)を改良することを目的としたものであ
り,ポリカーボネート樹脂の本来の性質を保持しつつ,かつ,大幅な耐衝撃性の向
上を意図したものではない」(2頁左上欄11~15行)と記載されている。
      しかしながら,刊行物2のこの記載は,「大幅な耐衝撃性の向上を意
図したものではない」との記載から明らかなとおり,ポリカーボネートとHIPSのブ
レンドによって耐衝撃性が劣化することを意味しているのではなく,大幅な耐衝撃
性の向上が得られないことを記述しているにすぎない。上記(ア)で述べたとおり,
刊行物2の表1のa-1,a-2には, ポリカーボネートとスチレン系樹脂(実
施例1に基づくHIPSである。)のブレンド樹脂が記載され,スチレン系樹脂の配合
量が10%のときと20%のときのIZOD強度がそれぞれ76Kg-cm/cm,64Kg-cm/cmで
あることが記載されている。
  (エ) 甲6の記載について。
      甲6には,「従来,ポリカーボネートの成形性の改良法として,ポリ
カーボネートにポリスチレンをブレンドする方法(特公昭43-6295号公報参
照)やハイインパクトポリスチレンをブレンドする方法(英国特許第854,47
5号明細書参照)が知られている。これらの方法によりポリカーボネートの流動性
は改善されるが,・・・ポリカーボネートの優れた機械的特性,特に衝撃強度が著
しく低下するという欠点を有する。」(1頁右下欄15行~2頁左上欄7行)と記
載されている。
      前記のとおり,ポリカーボネートに異物であるポリスチレンやHIPSを
ブレンドすれば,ポリカーボネート固有の強度が落ちることは常識であるから,甲
6の上記記載はこのような一般論を述べたものか,若しくは甲6に記載の試験にお
ける特有の事情を述べたもののいずれかにすぎず,本件出願当時の技術水準を示す
ものではない。例えば,甲6の上記引用箇所に続くポリカーボネートにHIPSを配合
した組成物の具体的記載をみると,「ポリカーボネート60重量%とハイインパクト
ポリスチレン40重量%とからなる樹脂組成物の衝撃強度は,1/4インチ棒では
5.6Kg・cm/cm,1/6インチ棒では6.4Kg・cm/cmと低く」(2頁右上欄5~8行)
というものであり,HIPSの配合割合が40重量%と極めて高く,この例の場合には前
記したようなスチレン系樹脂が島状に均一に分散した構造「海島構造」とならず,
いわゆる両連続構造となってしまい,高い耐衝撃性が得られない場合である可能性
が高いことが示されている。
      いずれにせよ,ポリカーボネートとスチレン系樹脂のブレンドによっ
ても,さほど強度が落ちないようにできることは,刊行物2や乙1に記載のとおり
であり,原告の援用する甲6の記載をもって,一般的にポリカーボネートにHIPSを
配合した組成物の耐衝撃性が悪いことなどは裏付けられない。
(オ) 甲7の記載について。
      甲7には,「ポリスチレンとポリカルボネートは相性が悪く,力学的
性質の貧弱な濁った混合物を形成する」(1頁2欄19~21行)と記載されてい
る。
      しかしながら,この記載も,ポリカーボネートとスチレン系樹脂のブ
レンドによってポリカーボネート固有の強度が落ちることの一般論を述べているに
すぎず,ポリカーボネートとHIPSの組み合わせが使用に耐えないものであることな
どを裏付けるものではない。また,甲7は,ポリカーボネートとポリスチレンの組
み合わせであり,HIPSとの組み合わせではないから,直接本件の参考にはなるもの
ではない。
      甲7記載の発明のように,スチレン系樹脂の相溶性を問題とし,添加
剤を用いて相溶性を改善するための発明等も存在するが,少なくとも,甲7の上記
箇所にいう「力学的性質の貧弱な組成物」が,どのような構成で,どの程度貧弱な
ことを指すのかは分からず,一方で,ポリカーボネートとスチレン系樹脂の混合物
であっても,刊行物2や乙1に開示されているとおり,本件出願当時の技術水準に
おいて既に本件発明1が求める程度以上の耐衝撃性が得られていたことは知られて
いたから,甲7の上記記載は,ポリカーボネートにHIPSを配合した組成物が使用に
耐えない程の耐衝撃性が悪いことの根拠にはならない。
(カ) 以上のとおり,刊行物2,甲6,甲7の上記各記載を総合的に考え
ても,ポリカーボネートにHIPSをブレンドすると使用に耐えないほど機械的強度が
低下することが技術常識であるなどということはない。
      現に,本件明細書に記載の比較例1は,ポリカーボネート80重量%と
HIPS20%の組成物であるが,そのIZOD強度は26Kg-cm/cmもあり,決してその強度
が本件特許の実施例よりも劣っていることはない。比較例1では,ごく微量(0.1重
量部)のPTFEが含まれているが,本件明細書の 段落【0039】には,PTFEは溶融滴
下防止効果を目的とするもので,その配合量が増えると耐衝撃性に悪影響があるこ
とが明記されていることからも明らかなとおり,少なくともPTFEがIZOD強度の向上
に寄与することはないから,比較例1は実質的にポリカーボネートとHIPSの混合物
と理解して差し支えない。ポリカーボネートにHIPSを配合した組成物の耐衝撃性が
悪いという原告の主張は,本件明細書の記載自体とも矛盾するのである。
  (2) ポリカーボネートとHIPSとの配合割合が刊行物1に開示されていないとの
原告の主張について
 刊行物1に開示されているポリカーボネート組成物の耐衝撃性は極めて高
く,例えば,実施例6のPC/ABSが重量部で90/10の組成物の耐衝撃性は,IZODで
73Kg-cm/cmもある。この事実は,前述したポリカーボネートの海にスチレン系樹
脂の島が分散している構造によるものであり,刊行物1に記載された組成物の耐衝
撃性が低いとする原告の主張は全く根拠がない。
    また,刊行物2の表1のa-1,a-2には,ポリカーボネートとHIPSの
ブレンド樹脂が記載され,スチレン系樹脂/PCの配合量が10/90%の例と,20/
80%の例が示され,IZOD強度がそれぞれ76Kg-cm/cm,64Kg-cm/cmであることが
記載されている。したがって,本件発明1におけるポリカーボネートとHIPSとの組
み合わせの際の配合割合の数値にも新規性がないことは明白である。
2 取消事由2について
   本件発明1には,新規性が認められないから,その進歩性の有無を論ずるま
でもなく,本件発明1に係る特許は,特許法29条1項3号に違反して許されない
ものである。
のみならず,本件発明1は,これをいかに減縮しても,進歩性が認められな
い。原告の主張する耐衝撃性については,その組成範囲や衝撃強度については刊行
物2に記載があり,PCとABSの組み合わせに代えてPCとHIPSを組み合わせることで流
動性が向上すること自体は公知である。また難燃性について,TPPとPTFEの組み合わ
せも刊行物1に記載されているところである。
3 取消事由3について
本件発明1には新規性が認められないから,本件発明1が新規性を有するこ
とを前提に,本件発明2ないし4の進歩性,新規性を否定した本件審決に誤りがあ
るとする原告の主張は失当である。
第4 当裁判所の判断
 1 取消事由1(本件発明1の新規性判断の誤り)について
  (1) ポリカーボネートとHIPSとの組み合わせが刊行物1に開示されているか否
かについて
    原告は,ポリカーボネートとHIPSとの組み合わせが刊行物1に開示されて
いない旨主張するので,検討する。
   ア 刊行物1(甲3),刊行物2(甲4)には,次のとおりの記載がある。
    (ア) すなわち,刊行物1(甲3)には,「【0014】本発明で使用される
ポリカーボネート系樹脂以外の樹脂として熱可塑性樹脂であれば特に制限なく有効
に利用できる。それらの中の代表的なものを例示すれば,ポリスチレン系樹
脂(PS,HIPS),アクリロニトリル・スチレン系樹脂(SAN),アクリロニトリル・
ブタジエン・スチレン系樹脂(ABS)・・・等が挙げられ,」と記載され,また,
「【0022】表1」の「実施例7」の欄には,PC/ABS重量部が80/20であり,燐化合
物/金属塩としてTPP(燐酸クレジルジフェニル)/酢酸亜鉛を10/0.01重量
部,PDMS(ポリジメチルシロキサン)/PTFE(ポリ四フッ化エチレン)を-/0.2重
量部含むもののアイゾット衝撃強度(1Z0D kg-cm/cm)が68であることが記載さ
れている。
    (イ) また,刊行物2(甲4)には,①「ポリカーボネート樹脂(A)95
~50重量部と,・・・スチレン系樹脂(B)5~50重量部とよりなる高耐衝撃性高
加工性ポリカーボネート樹脂組成物。」(特許請求の範囲),②「スチレン系樹脂
とポリカーボネート樹脂との組成物の例として,ポリカーボネート樹脂にハイイン
パクトポリスチレン(ブタジエン-スチレン共重合体)をブレンドする(英国特許
第854,475号),ABS樹脂(アクリロニトリル-ブタジエン-スチレングラフ
ト共重合体)をブレンドする(特公昭38-15225),・・・等を挙げること
ができる。」(1頁右下欄17行~2頁左上欄10行),③「しかし,これらは主
としてポリカーボネート樹脂の加工性(流動性)を改良することを目的としたもの
であり,ポリカーボネート樹脂の本来の性質を保持しつつ,かつ,大幅な耐衝撃性
の向上を意図したものではない。」(2頁左上欄11~15行),④「従来から,
ポリカーボネート樹脂の海にスチレン系樹脂の島を均一に分散させた場合,耐衝撃
性が大幅に高くなることが見出されている(プラスチックスVol.21,No11)。」
(2頁右上欄3~6行)とそれぞれ記載され,さらに,⑤その「表1,実施例2」
における「a-1」,「a-2」の欄には,ブタジエン-スチレン共重合体,すな
わちHIPSであるスチレン系樹脂(a)にポリカーボネート樹脂を配合した実施例2
について,その重量比が10/90であるものの1/4インチ アイゾット衝撃強
度(1Z0D kg-cm/cm)が76kg-cm/cmであり,同重量比が20/80のものの同アイゾ
ット衝撃強度が64kg-cm/cmであること(3頁右下欄2行目から4頁右上欄18行,
5頁表1)が記載されている。
イ本件発明1においては,ポリカーボネート75~90重量%に対し,耐衝撃
性ポリスチレンを10~25重量%配合するものとされているところ,刊行物1(甲
3)には,実施例としては,原告主張のとおり,ポリカーボネートにABS樹脂をブレ
ンドしたものしか記載されていない。しかし,上記ア(ア) に認定のとおり,刊行
物1には,当該ABS樹脂に先立って,「ポリスチレ ン系樹脂(PS,HIPS)」が,使
用できる熱可塑性樹脂の代表的なものとして例示されているから,刊行物1に接し
た当業者は,ポリカーボネートとHIPSとの組み合わせが開示されているものと認識
するというべきである。
このことは,刊行物1の先行発明である刊行物2において,既にポリカ
ーボネートにHIPSをブレンドする公知例(英国特許第854,475号)が開示さ
れていることからも首肯し得るというべきである。
ウ(ア)原告は,ポリカーボネートとHIPSをブレンドした組成物についての
問題点を指摘した前記ア(イ)の刊行物2の③記載並びに甲6及び7の各記載から考
えた場合,ポリカーボネートとHIPSをブレンドすると,ポリカーボネ-トが本来的
に有する耐衝撃性のような機械的強度が犠牲になるというのが技術常識であり,当
業者であれば,耐衝撃性,難燃性,流動性の優れたポリカーボネート樹脂組成物を
製造しようとする場合は,ポリカーボネートとHIPSはブレンドすべきでないと考え
るのが相当であり,仮に両者をブレンドすれば,得られた組成物は,流動性はよく
ても,それ以外の機械的特性が悪く,使用に耐え得るものではないと認識するはず
である旨主張する。
    (イ) そこで検討するに,確かに,刊行物2に前記ア(イ)③のとおり記載
されているほか,特開昭49-18941号公報(甲6)には,「従来,ポリカー
ボネートの成形性の改良法として,ポリカーボネートにポリスチレンをブレンドす
る方法(特公昭43-6295号公報参照)やハイインパクトポリスチレンをブレ
ンドする方法(英国特許第854,475号明細書参照)が知られている。これら
の方法によりポリカーボネートの流動性は改善されるが,実際の射出成形におい
て,その成形品は層状構造を有するために,外力が加えられた場合,剥離現象が認
められ,特に薄物成形品の商品価値を著しく損うという欠点を有すると共にポリカ
ーボネートの優れた機械的特性,特に衝撃強度が著しく低下するという欠点を有す
る。」(1頁右下欄15行~2頁左上欄7行。以下「甲6の①記載」という。)と
記載され,また,特公昭57-27133号公報(甲7)には,「ポリスチレンと
ポリカルボネートは相性が悪く,力学的性質の貧弱な濁った混合物を形成する」
(1頁2欄19~21行)と記載され,ポリカーボネートとHIPSをブレンドした場
合の問題点が指摘されている。
      しかしながら,前記ア(イ)の刊行物2の④記載によれば,ポリカーボ
ネート樹脂の海にスチレン系樹脂の島を均一に分散させた場合,耐衝撃性が大幅に
高くなるとされており,また,同⑤記載の実施例2のa-1,a-2によれば,10
又は20重量%のHIPSを含むポリカーボネート樹脂は,アイゾット衝撃強度が76又は
64kg-cm/cmであるとされ,この値は,本件明細書の段落【0047】において,実用上
望ましいとされている値の15kg-cm/cm以上をはるかに上回る値である。そして,上
記記載④及び⑤を併せてみれば,前記ア(イ)の刊行物2の③記載は,その文言どお
り,HIPSを含むスチレン系樹脂とポリカーボネート樹脂との組成物が,主としてポ
リカーボネート樹脂の加工性(流動性)を改良することを目的としたものであり,
ポリカーボネート樹脂の本来の性質を保持しつつ,かつ,大幅な耐衝撃性の向上を
意図したものではない旨を指摘するにとどまるものであり,それ以上に,HIPSとポ
リカーボネートをブレンドしたものが,「特に耐衝撃性が悪く,使用に耐えない」
ことを示唆したものではないと解するのが相当である。
 なお,原告は,刊行物2(甲4)の引用する「プラスチックスVol. 
21,No11」には,「従来から,ポリカーボネート樹脂の海にスチレン系樹脂の島を
均一に分散させた場合,耐衝撃性が大幅に高くなることが見出されている」との記
載は一切ない旨主張するが,そのことを確認する証拠はないし,また,甲4に係る
発明の出願者がその文献に基づいて上記のとおりの判断をし,そのことが甲4に記
載されていることは明らかであるから,仮に上記文献に原告主張の記載が存在しな
いとしても,そのことは上記判断を左右するものではない。
      また,原告は,当業者が通常認識するHIPSとは,伸びが100%を超
えない程度のものであり,かつ,通常のポリスチレンと比べ,耐衝撃性を3ないし
4倍に上げ,弾性率を2ないし3割下げたものであり,さらに,ポリカーボネー
ト(PC)と比較した場合,同程度の弾性率と,PCよりは低い耐衝撃性を有するもの
であるところ,刊行物2に記載のスチレン系樹脂は,耐衝撃性(IZOD強度)がポリ
カーボネートの5倍,硬度(弾性率とも相関する。)がポリカーボネートの1/
5,伸び率が300%を超えるようなものであって,かかるスチレン系樹脂は
HIPSということができないものである旨主張する。しかし,前記刊行物2に記載の
実施例2は,ブタジエン-スチレン共重合体にポリカーボネート樹脂を配合したも
のであり,ここに記載されているブタジエン-スチレン共重合体はまさにHIPSであ
るスチレン系樹脂であると解するのが技術常識というべきであり(甲12の117
頁の「2 原料」及び118頁の「3製造方法 (2)」,甲4の1頁右下欄18行~
2頁左上欄1行の記載参照),HIPSを原告主張のものに限定する根拠はないし,ま
た,当業者の間に原告主張のような技術常識が存在することを認めるに足りる的確
な証拠はない。
(ウ)弁論の全趣旨によれば,一般論として,耐衝撃性などの強度が高い
ポリカーボネートに,異物であるポリスチレンやHIPSを混合すれば,ポリカーボネ
ート特有の強度が落ちることは技術常識に属することと考えられるところ,甲6に
は,上記記載に続けて,ポリカーボネートにHIPSを含むポリスチレンを配合した組
成物についての試験結果が示され,「上表よりわかるようにポリスチレンとの混合
により流動性は著しく改善されるが,いずれも衝撃強度の低下が著しく,又ポリス
チレンを含有したものには全て剥離現象が認められた。一方,ポリカーボネート
60重量%とハイインパクトポリスチレン40重量%とからなる樹脂組成物の衝撃強度
は,1/4インチ棒では5.6Kg・cm/cm,1/6インチ棒では6.4Kg・cm/cmと低
く・・・」(2頁右上欄1~8行)と記載され,さらに,「本発明者は,異種樹脂
の配合によりポリカーボネートの成形性が向上し,ポリカーボネートの熱変形温度
の低下が小さく,しかも耐衝撃性に優れたポリカーボネート組成物について鋭意研
究した結果,メタアクリル酸エステル,芳香族モノビニル系化合物及びアクリロニ
トリルの1種以上をグラフト成分とした特定割合のポリブタジエン成分を含有する
ポリブタジエン系グラフト共重合体(A),ポリスチレン(B)及びポリカーボネ
ート(C)とを特定割合で混合して得られるポリカーボネート組成物が上記の要件
を満足することを見出し,本発明に到達したものである。」(2頁右上欄10行~
左下欄1行)と記載されている。
      してみると,甲6は,HIPSを含むスチレン系樹脂とポリカーボネート
とのブレンドが,耐衝撃強度を低下させるなどの一般的問題を抱えながらも,ポリ
カーボネートに流動性の向上等の目的で従来から行われている発明であることを紹
介し,上記問題点を解決するため,甲6記載の発明が行われたことを明らかにして
いるものと認められる。しかして,上記の試験結果は,HIPSを含むポリスチレンの
配合割合が40重量%と極めて高く,この例の場合には,刊行物2に記載されている
ようなスチレン系樹脂が島状に均一に分散した構造「海島構造」とはならず,高い
耐衝撃性が得られない場合であることが推認されるから,甲6の①記載は,本件出
願当時の技術水準を示すものではないというべきである。
(エ)また,上記検討の結果からすれば,甲7の上記記載も,ポリカーボ
ネ ートとスチレン系樹脂のブレンドによってポリカーボネート固有の強度が落ち
ることの一般論を述べているにすぎないとみるべきである。
(オ)結局のところ,前記ア(イ)の刊行物2の③記載並びに甲6の①記
載,甲7の前記記載を根拠に,当業者であれば,仮にポリカーボネートとHIPSを混
合すれば,得られた組成物は,流動性はよくても,それ以外の機械的特性が悪く,
使用に耐え得るものではないと認識するはずであるという原告の主張は理由がな
く,甲10のうち原告と同趣旨をいう部分も採用することはできない。
(2) ポリカーボネートとHIPSとの配合割合が刊行物1に開示されているか否
かについて
     原告は,本件発明1は,刊行物1記載の配合割合よりせまい範囲である
75/25~90/10という範囲を選択することにより,難燃性,流動性及び耐衝撃性の
すべてが優れたポリカーボネート樹脂組成物を得ることに成功したものであるとこ
ろ,刊行物1には,ポリカーボネートとHIPSを重量比で50/50~99/1,あるいは
60/40~95/5の割合で配合したポリカーボネート組成物で,流動性は改良される
ものの耐衝撃性の低いものが記載されているにすぎず,ポリカーボネートとHIPSと
の配合割合を,重量比で75/25~90/10とすること,具体的に80/20(PC/HIPS)
程度とすることは,刊行物1に何ら開示されていない旨主張している。
     しかしながら,本件明細書(甲2)には,本件発明1におけるIZOD(ア
イゾット衝撃強度)について,「通常,15Kg-cm/cm以上が実用上好ましい範囲で
ある。」(段落【0047】)と記載されているところ,前記(1)ア(ア)に認定したとお
り,刊行物1には,実施例7として,ポリカーボネートとABSとの組み合わせに係る
組成物ではあるが,PC/ABS比が80/20のもののアイゾット衝撃強度(1Z0D kg-
cm/cm)が68kg-cm/cmであることが示されており,このアイゾット衝撃強度は,本
件発明1の場合に実用上望ましい値とされる上記の15kg-cm/cmをはるかに上回るも
のである。そして,ABSに替えてHIPSを同量使用したものも,これに準じた特性を発
揮するであろうことは,当業者であれば容易に推測し得るところであるといえる。
そして,前記(1)ア(イ)に認定のとおり,刊行物2には,HIPSを10又は20重量%含有
するポリカーボネートのアイゾット衝撃強度が76又は64kg-cm/cmであることが開示
されており,上記配合割合を80/20程度とすることは,本件出願当時周知であった
ということができる。
     したがって,上記周知の事項をも考え併せれば,刊行物1には,「ポリ
カーボネートとHIPSとの配合割合を,重量比で75/25~90/10とすること,具体的
に80/20(PC/HIPS)程度とする」ことが開示されているというべきであり,原告
の上記主張は理由がない。
2 取消事由2(本件発明1の進歩性判断の誤り)について
本件発明1が新規性を具備しないことは前記1に説示のとおりであるから,
本件発明1の進歩性をいう原告の主張は失当である。
のみならず,仮にポリカーボネートとHIPSとの配合割合が刊行物1に開示さ
れていないとしても,前記1(2)に説示したところからすれば,かかる配合割合を本
件発明1のとおりに選択設定することは,刊行物1及び刊行物2の記載から容易に
想到できることというべきであるし,また,本件発明1の奏する作用効果も,前記
1(1)アに認定の刊行物1及び刊行物2の記載から予測される範囲内のものであると
認められる。したがって,本件発明1に進歩性を認めることはできない。
 3 取消事由3(本件発明2ないし4の新規性及び進歩性判断の誤り)について
   原告は,本件発明2ないし4は,本件発明1の要件すべてを満たすものであ
るから,本件発明1が新規性,進歩性を有する以上,本件発明2ないし4も新規性
及び進歩性を有する旨主張する。
   しかしながら,本件発明1が新規性,進歩性を具備しないものであることは
前記1,2に説示のとおりであるから,原告の主張は,その前提を欠き,理由がな
い。
 4 以上の次第で,原告が取消事由として主張するところはいずれも理由がな
く,本件審決に他にこれを取り消すべき瑕疵は見出せない。
   よって,原告の請求は理由がないから棄却することとし,主文のとおり判決
する。
  東京高等裁判所第3民事部
  裁判長裁判官 北  山  元  章
 裁判官  青  栁     馨
       裁判官清  水     節
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