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平成12年(行ケ)第163号 特許取消決定取消請求事件
平成13年3月22日口頭弁論終結
判        決
       原      告     三菱電機株式会社
       訴訟代理人弁理士     高 瀬 彌 平
       被      告     特許庁長官 及 川 耕 造
       指定代理人        川 端   修
       同            槇 原   進
       同            大 森 蔵 人
       同            小 林 信 雄
       同            大 橋 良 三
            主        文
         原告の請求を棄却する。
         訴訟費用は原告の負担とする。
           事実及び理由
第1 当事者の求めた裁判
 1 原告
  特許庁が平成11年異議第70092号事件について平成12年3月24日
にした取消決定を取り消す。
 訴訟費用は被告の負担とする。
2 被告
  主文と同旨
第2 当事者間に争いのない事実
1 特許庁における手続の経緯
 原告は、発明の名称を「移動体用ナビゲーション装置」とする特許第278
0509号の特許(平成3年4月19日特許出願、平成10年5月15日設定登
録、以下「本件特許」といい、その発明を「本件発明」という。)の特許権者であ
る。
 本件特許につき、特許異議の申立てがあり、その申立ては、平成11年異議
第70092号事件として審理された。この審理の過程で、原告は、願書に添付し
た明細書(以下、願書に添付した図面をも加えて「本件明細書」という。)の訂正
(以下「本件訂正」という。)を請求したが、特許庁は訂正を認めず、平成12年
3月24日に「特許第2780509号の請求項1ないし3に係る特許を取り消
す。」との決定をし、同年4月17日にその謄本を原告に送達した。
2 本件訂正後の特許請求の範囲(以下、これらの発明をまとめて「訂正発明」
という。)
(1) 請求項1(以下、この発明を「訂正発明1」という。)
  地図データを記憶するデータ記憶部からの地図データ及び移動体の現在位
置を検出する位置検出部からの移動体の現在位置により表示地図データを演算する
データ処理部と、このデータ処理部で演算された表示地図データに基づいて地図を
表示画面に表示する表示部とを備え、前記表示部はそれぞれ縮尺の異なり、且つ各
々縮尺変更可能な2種類の、現在位置の表示された地図を一つの表示画面に同時に
表示すると共に、前記データ処理部には前記2種類の地図のそれぞれに対応し、位
置データが並行処理された前記2種類の地図が格納される二つのメモリ部が設けら
れていることを特徴とする移動体用ナビゲーション装置
(2) 請求項2(以下、この発明を「訂正発明2」という。)
 地図データ及び案内情報を記憶するデータ記憶部からの地図データ及び移
動体の現在位置を検出する位置検出部からの移動体の現在位置により表示地図デー
タを演算するデータ処理部と、このデータ処理部で演算された表示地図データに基
づいて表示画面に現在位置及び地図を表示する表示部とを備え、前記データ処理部
は、前記移動体の現在位置と目的地までの走行中の経路で、前記目的地までの距離
を示す表示を行うと共に、前記移動体の現在位置から所定距離までの目標となる、
経路に関する目標点及び目標点までの距離を含む案内情報を前記データ記憶部から
読み出し、前記表示部の表示画面に表示された地図上に前記案内情報をウインドウ
表示することを特徴とする移動体用ナビゲーション装置
(3) 請求項3(以下、この発明を「訂正発明3」という。)
 地図データを記憶するデータ記憶部からの地図データ及び移動体の現在位
置を検出する位置検出部からの移動体の現在位置により表示地図データを演算する
データ処理部と、このデータ処理部で演算された表示地図データに基づいて地図を
表示画面に表示する表示部とを備え、前記表示部の表示画面に地図と共に車載機器
の情報を、前記車載機器の情報を示す画面の上に現在位置の地図の画面がウインド
ウ表示されるように表示することを特徴とする移動体用ナビゲーション装置
3 決定の理由
  別紙決定書の写しのとおり、訂正発明1ないし3は、本件特許の特許出願
(以下「本件出願」という。)当時の周知技術であった「(ⅰ)地図データを記憶す
るデータ記憶部、(ⅱ)移動体の現在位置を検出する位置検出部、(ⅲ)表示地図デー
タを演算するデータ処理部、(ⅳ)地図を表示画面に表示する表示部、とを備え、
(ⅴ)前記データ記憶部からの地図データ及び前記位置検出部からの移動体の現在位
置により、前記データ処理部で表示地図データを演算し、表示部の表示画面に前記
演算した表示地図データを表示する、(ⅵ)移動体用ナビゲーション装置。」(以下
「周知発明」という。)、及び、周知発明以外の周知の技術的事項に基づいて当業
者が容易に発明をすることができたものであって、特許法29条2項に該当するか
ら、本件訂正は認められないとしたうえで、訂正前の特許請求の範囲請求項1ない
し3に係る発明も、周知発明、及び、周知発明以外の周知の技術的事項に基づい
て、当業者が容易に発明をすることができたものであって、同項に該当すると認定
判断した。
第3 原告主張の決定取消事由の要点
  決定の理由【1】(手続の経緯)、【2】(訂正請求書に対する手続補正の
可否について)、【3】(訂正の適否について(その1))は認める。同【4】
(訂正の適否について(その2))の(1)(訂正された特許発明)、(2)(引用刊行
物など)は認める。同【4】の(3)(対比・判断)の(3-1)(訂正明細書(判決注・
本件訂正後の明細書をいう。以下同じ。)の請求項1に係る発明について)は、6
頁8行(「さらに」から)ないし10行(「である」まで)、6頁10行(末尾の
「及」から)ないし17行、及び、31行ないし38行を争い、その余を認める。
同【4】の(3)(対比・判断)の(3-2)(訂正明細書の請求項2に係る発明につい
て)は、7頁33行(「また前記距離情報の」から)ないし8頁4行を争い、その
余を認める。同【4】の(3)(対比・判断)の(3-3)(訂正明細書の請求項3に係る
発明について)は、8頁22行(「またウインドウ画面」から)ないし32行を争
い、その余を認める。同【4】の(4)(結論)は争う。同【5】(本件特許異議の申
立てについての判断)は、9頁3行ないし13行を認め、その余を争う。同【6】
(まとめ)は争う。
  決定は、訂正発明1に関して相違点(ⅱ)についての判断を誤り、訂正発明2
に関して相違点(ⅱ)及び(ⅲ)についての判断を誤り、訂正発明3に関して相違点
(ⅰ)についての判断を誤ったものであって、これらの誤りが、決定の結論に影響を
及ぼすことは明らかであるから、違法として取り消されるべきである。
1 取消事由1(訂正発明1に関する相違点(ⅱ)についての判断の誤り)
(1) 決定は、「画面表示に共通の表示データを処理する際に並行処理を行うこ
とは周知の技術的事項(必要であれば、特開平2-130624号公報参照)であ
る」と認定したが、誤りである。
ア 決定が周知例としたあげた特開平2-130624号公報(以下「周知
例1」という。)には、同一情報に複数の読出要求(アクセス)があった場合に、
並行読出しができるファイル装置が開示されてはいるものの、そこでは、記憶され
た情報をそのまま読み出しているだけであって、加工してはいない。したがって、
周知例1には、「並行読出し」をする技術は記載されているものの、「並行処理」
をする技術は記載されていないのである。
 また、仮に、周知例1記載のデータの「読出し」をデータの「処理」と
解釈したとしても、周知例1には、「データを並行処理」することが記載されてい
ることになるだけである。すなわち、周知例1には、記憶装置から並行して読み出
したデータに対して共通に他のデータを作用させる旨の記載が見当たらないから、
訂正発明1の位置データに相当する「画面表示に共通の表示データ」は記載されて
いないと考えざるを得ない。
イ 被告は、周知例として特開平2-130628号公報(平成2年5月1
8日公開。以下「周知例2」という。)、特開昭64-86947号公報(平成元
年3月31日公開。以下「周知例3」という。)、特開平2-77086号公報
(平成2年3月16日公開。以下「周知例4」という。)を提出した。しかし、こ
のうちの周知例2、4は、その公開から本件出願まで2年間も経過していない特許
公開公報であるから、その内容は技術常識になり得ない。
ウ また、次のとおり、周知例2ないし4記載の発明から、被告主張の周知
技術の存在を認めることはできない。
(ア) 位置データの並行処理が記載されているというためには、次の条件
を満たさなければならない。
① 条件1:2種類の地図データ(「第1の地図データ」、「第2の地
図データ」)に対応するものとして2種類の画像データが演算前(データ処理部で
の演算前)に存在すること。
② 条件2:移動体の現在位置に対応するものとして、2種類の画像デ
ータと演算される共通の表示データが別に存在すること。
③ 条件3:演算は2種類の画像データに対し並行に行われること。
④ 条件4:演算の結果、2種類の表示画像データが得られること。
(イ) ところが、周知例3には、2種類の画像データ、及び、共通の表示
データが存在しないから、位置データの並行処理に対応する技術が記載されていな
い。
(ウ) 周知例4記載の発明の、画像データは1種類であり、また間引き処
理が2種類の画像データに並行に行われていないので、前記条件1、3を充足しな
いから、周知例4には、位置データの並行処理に対応する技術が記載されていな
い。
(2) 仮に、被告主張の周知技術が存在するとしても、これを訂正発明や周知発
明のような移動体ナビゲーション装置に転用することは、当業者が容易になし得た
ことではない。
  ある周知技術をそれに適用することが容易であるとされる発明は、当該周
知技術と同一又は類似の技術分野のものに限られなければならない。また、ある装
置・システムで使われるコンピュータによる表示データの処理技術が、その装置・
システムに特有の技術的課題を解決することを目的としているか、又は解決手段が
その装置・システムに特有の手段である場合には、これを訂正発明や周知発明のよ
うな移動体ナビゲーション装置に転用することは、移動体ナビゲーション装置の技
術者にとって困難なことである。ところが、これらを前提とした場合、周知例2な
いし4の技術は、いずれも、移動体ナビゲーション装置に適用することの困難なも
のであることが明らかである。
ア 周知例2記載の発明の技術分野は、電子計算機によるデータ処理技術で
あるから、訂正発明とは技術分野が異なる。
  また、周知例2記載の発明の技術的課題は、マルチ・タスキング・コン
ピュータ・システムに特有の課題及び解決手段であるから、訂正発明と関連・共通
する要素がない。
イ 周知例3記載の発明の技術分野は、超音波診断装置の撮像であるから、
訂正発明とは技術分野を異にする。
  周知例3記載の発明の技術的課題及びその解決手段は、超音波診断装置
のエコー信号のようなアナログ画像信号をディジタル画像データに変換して表示す
るシステムに特有のものであるから、訂正発明とは関連・共通する要素がない。
ウ 周知例4記載の発明の技術分野は、コンピュータの表示装置の制御であ
るから、訂正発明とは技術分野を異にする。
 また、周知例4記載の発明の技術的課題及びその解決手段は、CRTデ
ィスプレイ及びプラズマディスプレイの同時並行(デュアルディスプレイモード)
の表示ドライブシステムに特有のものであり、訂正発明とは関連・共通する要素が
ない。
(3) 訂正発明1のデータ処理部は、下記の①、②の構成を備えている。
① 2種類の地図に位置データの並行処理を行う。
② その結果を二つのメモリ部に格納して同時に画面表示する。
 そして、①、②の双方を備えることによって、データ処理部の処理を迅速
にすることができ、自車位置の表示に関しては、データ処理してから表示するまで
の処理速度が高速になり、移動体の速度に対してリアルタイムに表示処理でき、縮
尺の異なる地図において、両方の地図において、リアルタイムで現在位置の画面表
示を行うことができ、使用者は2種類の地図のいずれの地図上においても現在位置
を正確に確認することができるという特有の効果を奏するものである。
 ところが、特開昭62-98500号公報(以下「刊行物4」という。)
記載の発明は、二つのメモリ部を備えてはいるが、同一画面に2種類の地図を同時
に表示することはできない。したがって、刊行物4記載の発明は、上記②を備えて
いないし、二つのメモリ部を設けることにより表示を速くするという作用効果も奏
しない。
 また、特開昭61-267778号公報(以下「刊行物5」という。)記
載の発明は、二つの地図データを記憶する二つのメモリ領域を備えてはいるもの
の、二つの地図データを記憶した後の合成画像処理に時間がかかり、両方の地図に
おいてリアルタイムで画面表示をすることは難しい。したがって、刊行物5記載の
発明は、二つのメモリ領域を備えることにより2種類の地図データをメモリ領域に
記憶してから表示するまでの速度を向上させるという作用効果はない。
2 取消事由2(訂正発明2に関する相違点(ⅱ)及び(ⅲ)についての判断の誤
り)
  決定は、訂正発明2と周知発明との相違点について、後記刊行物6ないし8
を挙げたうえ、「前記距離情報の表示にあって目的地までの距離を示す表示を行う
ことは当業者が適宜なし得る設計上の事項にすぎないものと認められるから、上記
相違点(ⅱ)及び(ⅲ)に係る構成は当業者が容易になし得ることと認められる。」
(7頁33行~36行)と判断したが、誤りである。
  特開昭56-121200号公報(以下「刊行物6」という。)、特開昭6
3-178400号公報(以下「刊行物7」という。)、特開平1-210819
号公報(以下「刊行物8」という。)記載の発明は、いずれも、目的地までの距離
と目標点までの距離のいずれか一方のみを表示するものであって、その両方を表示
するものではない。目標点は、あくまでも通過点にすぎず、目的地とは性質が異な
るものであるから、これを目的地と同一視することもできない。
  これらの発明は、訂正発明2に特有の効果、すなわち、目的地までの距離と
目標点までの距離の両方を表示しているので、案内情報をより有利に利用できる、
という効果を奏し得ない。
3 取消事由3(訂正発明3に関する相違点(ⅰ)についての判断の誤り)
  決定は、訂正発明3と周知発明との相違点(ⅰ)について、後記刊行物9を挙
げたうえ、「ウインドウ画面についてその画面表示の入れ替えや重ね表示も適宜行
われる設計上の事項である」(8頁22行~24行)と判断したが、誤りである。
(1) 特開平1-175698号公報(以下「刊行物9」という。)記載の発明
は、地図画面上に車載機器の情報を表示しているから、相違点(ⅰ)に係る訂正発明
3の構成とは異なる。
(2) 被告は、画面上にどのウインドウをどの位置に表示するか、また、どのよ
うにウインドウ画像を重ねて表示するかの決定は、適宜行われる単なる設計上の事
項である旨主張する。
 しかし、当業者が適宜なし得る設計上の事項というのは、2以上あってど
ちらの手段を採用しても作用効果が同程度の場合についてのみ、いい得ることであ
る。ところが、刊行物9記載の発明は、地図画面の現在位置が車載機器の情報表示
によって隠されてしまう可能性があり、訂正発明3の「車載機器の情報を示す画面
上に現在位置を表示することにより、現在位置が車載機器の情報によって隠される
ことがなく確実に現在位置を表示できる」という特有の効果を奏さない。したがっ
て、刊行物9記載の発明と訂正発明の相違を、当業者が容易になし得る設計的事項
とすることはできない。
第4 被告の反論の要点
1 取消事由1(訂正発明1に関する相違点(ⅱ)についての判断の誤り)につい

(1) 「画面表示に共通の表示データを処理する際に並行処理を行うこと」が周
知の技術的事項であることについて
ア 周知例1は、一般情報に関するデータや、音声信号、映像信号の同一情
報に同時に複数の読み出し要求(アクセス)があった場合に、並行読出しができる
ファイル装置を開示するものである。情報が映像信号であれば、映像は画面表示さ
れることは当然のことであるから、この画面表示のために必要な表示データの処理
が並行して行われると考えられるのである。もっとも、周知例1には、並行処理に
関する直接的記載がないから、この点に着目すれば、「並行処理」することは記載
されていないということができる。
イ 周知例2には、「異なる複数の並行して動作するプログラムが、共通の
データを使用して、データ処理して、画面表示を行う技術」が、周知例3には、
「被検体の所定領域の全体画像と拡大画像との共通の表示データである、超音波探
触子12で送受波して得られるエコー信号を全体画像と拡大画像として同時に表示
するために、A/D変換器13及び14を用いて、並行処理を行う技術」が、周知
例4には「共通の表示データである表示データメモリ(VRAM)33の表示デー
タを、CRTディスプレイとプラズマディスプレイと同時に表示するために、CR
T表示コントローラ(CRT-CNT)31と表示制御部(DC)32とを用い
て、並行処理を行う技術」が記載されている。このように、「画面表示に共通の表
示データを処理する際に並行処理を行うこと」は、本件出願時には、既に周知技術
であったということができる。
ウ 上記周知技術は、位置データに限ることなく、画面表示に共通の一般的
な表示データについての、一般的なコンピュータ技術である。訂正発明1は、デー
タの記憶手段、演算手段、表示手段及びデータ処理に用いられる技術としては、上
記一般的なコンピュータ技術との間に本質的な相違はなく、画面表示に必要な表示
データを処理するという観点からみれば、同一ないし類似の技術分野である。
エ 原告は、周知例2、4について、公開から本件出願までの期間が短いか
ら、その内容が技術常識になり得ないと主張する。しかし、周知技術とは、本来、
当業者が熟知しているべき事項であって、当業者の常識ともいうべきものである。
一方、周知例2ないし4にも開示されている一般的なコンピュータ技術は、本件出
願前に既に公知であり、コンピュータ技術に係わる当業者であれば、これらの技術
は熟知しているものであるとするべきであって、公知文献の数と公知の期間のみを
捉えて、周知技術ではない、とすることに合理性はない。
オ 原告は、位置データの並行処理が記載されているというためには、4つ
の条件が必要であると主張する。しかし、訂正発明1が、そのデータ記憶部に記憶
されている「地図データ」として2種類のデータを構成要件とすること(条件1)
は、訂正明細書の特許請求の範囲請求項1にも、発明の詳細な説明の欄にも記載さ
れていないから、原告の主張は、根拠がない。
(2) 刊行物4、5記載の発明が、2種類の地図に位置データの並行処理を行う
ものではないにしても、それらに開示されている、移動体ナビゲーションにおいて
二つのメモリ部に格納して画面表示するとの技術的思想を、特開平2-6713号
公報(以下「刊行物2」という。)記載の発明の、現在位置の表示された縮尺の異
なる2種類の地図を一つの表示画面に同時に表示するものに採用できないとする格
別の技術的理由は存在しない。
 そうすると、原告が主張する訂正発明1が奏する作用効果は、縮尺の異な
る地図において、両方の地図においてリアルタイムで現在位置の画面表示を行うこ
とができ、使用者は2種類の地図のいずれの地図上においても現在位置を確認する
ことができるという刊行物2記載の発明が奏する作用効果、並行処理によってデー
タ処理してから表示するまでに処理速度が高速になるという周知技術が奏する作用
効果、二つのメモリ部に格納して画面表示するという刊行物4、5記載の発明が奏
する作用効果の総和以上のものではないから、当業者が予測できる範囲のものであ
る。
2 取消事由2(訂正発明2に関する相違点(ⅱ)及び(ⅲ)についての判断の誤
り)について
 刊行物6、7には、目標点までの距離を表示することが開示されている。目
的地は、目標点の意味との関係でいうと最終目標点を意味するということができる
から、目標点までの距離の表示に加えて、目的地までの距離を表示することは、当
業者が容易に着想できることである。また、その表示に当たっても、目標点までの
距離表示と同様の表示の仕方で表示できることである。したがって、目的地までの
距離と目標点までの距離の両方を表示することは、当業者が適宜なし得る設計上の
事項にすぎず、案内情報をより有効に利用できるという効果も、当業者が容易に予
測できる範囲のものである。
3 取消事由3(訂正発明3に関する相違点(ⅰ)についての判断の誤り)につい

  周知例2にも開示されているような、同一画面に複数のウインドウ画像を表
示をする場合、個々のウインドウ画像を入れ替えて、画面上にどのウインドウ画像
をどの位置に表示するか、また、どのようにウインドウ画像を重ねて表示するかの
決定は、必要なウインドウ画面が得られるように適宜行われる設計上の事項であ
る。したがって、刊行物9の地図画面上に車載機器の情報を表示することに代えて
車載機器の情報を示す画面の上に現在位置を表示することは、当業者が適宜なし得
たことである。
  そして、現在位置が車載機器の情報によって隠されることがなく、確実に現
在位置を表示できるという効果も、当業者が容易に予測できる範囲のものである。
第5 当裁判所の判断
1 取消事由1(訂正発明1に関する相違点(ⅱ)についての判断の誤り)につい

(1) 「画面表示に共通の表示データを処理する際に並行処理を行うこと」(決
定書6頁8行~9行)について
ア 乙第1号証(周知例2)によれば、周知例2には、「本発明は総括的
に、複数のコンピュータ適用業務プログラムに共通データを入力する方法に関する
ものであり、詳細にいえば、複数のコンピュータ適用業務プログラムに共通データ
を自動的に、かつ並行して入力する方法に関する。さらに詳細にいえば、本発明は
複数のコンピュータ適用業務プログラム内に存在する共通データを並行して操作す
ることを可能とする方法に関する。」(1頁右欄13行~末行)、「添付図面、特
に第1図には、マルチ・タスキング・コンピュータ・システムで表示された、複数
のウィンドウ12、14、及び16を有するコンピュータ・ディスプレイ10が示
されている。」(3頁左下欄10行~13行)、「第3図には、マルチ・タスキン
グ・コンピュータ・システムで表示された、複数のウィンドウ12、14、16、
及び40を有するコンピュータ・ディスプレイ10が示されており、このディスプ
レイで本発明の方法を利用して、複数のウィンドウへのデータの同時入力が行われ
る。図示のように、グローバル・カーソル24、26及び28がウィンドウ12、
14、及び16内に配置されている。ここで、ほとんどのワード・プロセッシング
機能で周知の挿入または置換いずれかの手法によって、データを各ウィンドウに入
力でき、このようなデータはグローバル・カーソルが活動している他の各ウィンド
ウに並行して、かつ自動的に追加される。」(4頁左上欄末行~右上欄13行)と
の記載があることが認められ、上記記載によれば、同周知例には、異なる複数の、
並行して動作するプログラム(ウィンドウ12、14、及び16に係るプログラ
ム)が、画面表示に共通のデータを使用し、これを、周知の挿入・置換の方法で並
行して処理して、画面表示を行う技術が記載されていることが認められる。
イ 乙第2号証(周知例3)によれば、周知例3には、「本発明は、被検体
の所定領域の全体画像(原画像)と該全体画像中の任意の領域の拡大画像を表示部
に同時に表示する超音波診断装置に関する。」(1頁左下欄20行~1頁右下欄2
行)、「以下、本発明について画面を参照して詳細に説明する。第1図は本発明の
一実施例による超音波診断装置を示す構成図である。第1図において、送受波部1
1は超音波探触子12で送受波して得られるエコー信号を全体画像用A/D変換器
13及び拡大画像用A/D変換器14にそれぞれ入力する。A/D変換器13及び
14は、全体画像用書込みクロック生成部15及び拡大画像用書込みクロック生成
部16からのサンプリングクロック信号Fs1及びFs2で同時にエコー信号のデ
ィジタル化を行う。」(2頁左下欄4行乃至14行)、「これにより、第3図
(b)に示す全体画像に関する画像データがフレームメモリ17に書込まれ
る。・・・これにより、第3図(c)に示すような拡大画像に関する画像データが
フレームメモリ18に書込まれる。・・・フレームメモリ17及び18から読出さ
れた画像データは、ビデオ信号生成部25で合成され、モニタ26には第4図に示
す画像として表示される。」(3頁右上欄1行~15行)と記載があることが認め
られ、上記記載によれば、周知例3には、被検体の所定領域の全体画像と拡大画像
との共通の表示データである、超音波探触子12で送受波して得られるエコー信号
を、全体画像と拡大画像として同時に表示するために、A/D変換器13及び14
を用いて、並行処理を行う技術が記載されていることが認められる。
ウ 以上の事実によれば、本件出願当時、画面表示を行う技術において、画
面表示に共通の表示データを処理する際に、並行処理を行うことが、周知技術であ
ったことが認められる。
エ 原告は、位置データの並行処理が記載されているというためには、第3
の1(1)ウ(ア)の①ないし④の条件1ないし4(条件1:2種類の地図データ(「第
1の地図データ」、「第2の地図データ」)に対応するものとして2種類の画像デ
ータが演算前(データ処理部での演算前)に存在すること、条件2:移動体の現在
位置に対応するものとして、2種類の画像データと演算される共通の表示データが
別に存在すること、条件3:演算は2種類の画像データに対し並行に行われるこ
と、条件4:演算の結果、2種類の表示画像データが得られること)が必要である
として、これを前提に、周知例3には、2種類の画像データ、及び、共通の表示デ
ータが存在しないから、位置データの並行処理に対応する技術が記載されていない
と主張する。
 しかし、訂正発明1の特許請求の範囲の欄には、「2種類の、現在位置
の表示された地図」、「前記2種類の地図のそれぞれに対応し、位置データが並行
処理された前記2種類の地図」として、位置データが処理された後、メモリ部に格
納される際には2種類の地図が存在することについての記載はあるものの、位置デ
ータの処理前に2種類の地図データが存在しなければならない旨の記載はない。原
告の主張は、訂正発明1の特許請求の範囲の記載に基づかないで訂正発明1を限定
しようとするものである。なお、甲第3号証(訂正請求書)によれば、訂正明細書
の発明の詳細な説明の欄にも、位置データの処理前に2種類の地図データが存在し
なければならない旨の記載はないことが認められる。
 そして、前記イ認定に係る周知例3の記載によれば、周知例3記載の発
明には、データ処理後には、フレームメモリ17に書込まれる全体画像に関する画
像データと、フレームメモリ18に書込まれる拡大画像に関する画像データという
2種類のデータが存在すること、及び、共通の表示データである、超音波探触子1
2で送受波して得られるエコー信号が存在することが認められる。したがって、原
告の主張は、採用することができない。
オ 原告は、周知例2につき、それが公開から本件出願まで2年間も経過し
ていない特許公開公報であることを挙げ、これを根拠に、その内容は技術常識にな
り得ないと主張する。
 しかし、公開から出願まで2年間を経過しない特許公開公報を、ある技
術が周知であることを認定するための資料の一つとして使用することは、常に許さ
れない、という筋合いのものではない。
 乙第1、第2号証によれば、周知例2、3記載の発明においては、画面
表示に用いる表示データの処理をコンピュータによって行うことが想定されている
ことが認められる。このように、本件においては、周知性の問題となる技術はコン
ピュータに関するものであり、その技術分野の特性を考慮すれば、前記周知技術を
認定するには前掲資料で十分であるというべきである。
(2) 前記周知技術を周知発明に適用することの容易性について
ア 原告は、周知例2記載の発明の技術分野は、電子計算機によるデータ処
理技術であり、周知例3記載の発明の技術分野は、超音波診断装置の撮像であるか
ら、訂正発明とは技術分野を異にすると主張する。
 しかし、前記(1)認定に係る周知技術が、画面表示を行う技術であって、
そこでの画面表示に用いる表示データの処理をコンピュータにより行うものである
ことは、前述のとおりである。また、弁論の全趣旨によれば、移動体ナビゲーショ
ン装置において、画面表示に用いる表示データの処理をマイクロコンピュータによ
り行うことが慣用技術であることが認められるから、移動体ナビゲーション装置で
ある周知発明も、画面表示を行う技術であって、そこでの画面表示に用いる表示デ
ータの処理をコンピュータにより行うものであるということができる。そうだとす
ると、周知発明と上記周知技術とは、少なくとも、画面表示を行う技術であって、
コンピュータにより画面表示に用いる表示データの処理を行うという限度では、技
術分野を同じくしているというべきである。そして、上記周知技術と周知発明と
が、この意味で技術分野を同じくするものである以上、原告主張の意味での両者の
技術分野の相違は、コンピュータに関する技術の特性などに照らし、両者の組合せ
の妨げにならないというべきである。
イ また、原告は、周知例2記載の発明の技術的課題及び解決手段は、マル
チ・タスキング・コンピュータ・システムに特有のものであり、周知例3記載の発
明の技術的課題及びその解決手段は、超音波診断装置のエコー信号のようなアナロ
グ画像信号をディジタル画像データに変換して表示するシステムに特有のものであ
るから、訂正発明とは関連・共通する要素がないと主張する。
 しかし、前示のとおり、前記周知技術は、画像表示を行う技術におい
て、画面表示に共通の表示データを処理する際に用いられる手段であり、周知発明
も、画像表示を行う技術であって、画面表示に共通の表示データを処理していると
いう点で、共通する技術分野において共通の要素があるというべきである。原告の
主張は、画像表示を行う技術であることを無視して、「マルチ・タスキング・コン
ピュータ・システム」、「超音波診断装置のエコー信号のようなアナログ画像信号
をディジタル画像データに変換して表示するシステム」と細かく分類し、この細か
い分類において、これらが異なるというものであって、失当である。
(3) 相違点(ⅱ)に係る構成を得ることの容易性について
 刊行物4、5によれば、2種類の地図を表示する際に、メモリをそれぞれ
の地図に対応させて二つ設けることは周知の技術的事項であることが認められる。
そして、周知発明に、この周知の技術的事項と、前記(1)認定に係る周知技術を組み
合わせて、相違点(ⅱ)に係る訂正発明1の構成を得ることは、当業者が容易になし
得たものと認められる。
 原告は、①刊行物4記載の発明は、二つのメモリ部を備えてはいるが、同
一画面に2種類の地図を同時に表示することはできない、②刊行物5記載の発明
は、二つの地図データを記憶する二つのメモリ領域を備えてはいるが、二つの地図
データを記憶した後の合成画像処理に時間がかかり、両方の地図においてリアルタ
イムで画面表示をすることは難しいと主張する。
 しかし、そうであるとしても、刊行物4、5から、上記周知の技術的事項
(2種類の地図を表示する際に、メモリをそれぞれの地図に対応させて二つ設ける
こと)が認識できなくなる筋合いのものではないから、原告の主張は、以上の認定
を左右するものではない。
 そして、原告主張に係る作用効果は、訂正発明1の構成が得られた場合の
自明の効果であることが明らかであるから、この作用効果をもって、予想外のもの
ということはできない。
 原告の主張は、刊行物4、5から認識される周知の技術的事項(2種類の
地図を表示する際に、メモリをそれぞれの地図に対応させて二つ設けること)が、
原告が訂正発明1の構成であると主張する、この周知の技術的事項以外の構成
(「同一画面に2種類の地図を同時に表示する」、「両方の地図においてリアルタ
イムで画面表示する」)を備えていないというものにすぎないのであって、上記周
知の技術的事項(2種類の地図を表示する際に、メモリをそれぞれの地図に対応さ
せて二つ設けること)と周知発明や前記(1)認定に係る周知技術との組合せが困難で
ある理由となるものではない。
2 取消事由2(訂正発明2に関する相違点(ⅱ)及び(ⅲ)についての判断の誤
り)について
原告は、刊行物6ないし8記載の発明は、いずれも目的地までの距離と目標
点までの距離の両方を表示するものではないと主張する。
 しかし、甲第9号証(刊行物6)、第10号証(刊行物7)によれば、刊行
物6、7には、ナビゲーション装置において、目標点までの距離を表示することが
開示されていることが認められる。そして、目的地は、最終的な目標点を意味する
ことが明らかである。
 したがって、当業者において、目標点までの距離を表示するという周知の技
術的事項から、目標点までの距離の表示に加えて、目的地までの距離をも表示する
ことは、当業者が容易に想到し得たことと認められる。
 なお、原告の主張する、訂正発明2の特有の効果、すなわち、目的地までの
距離と目標点までの距離の両方を表示しているので、案内情報をより有利に利用で
きるという効果も、自明の効果であって当業者が当然に予測し得ることは明らかで
ある。
3 取消事由3(訂正発明3に関する相違点(ⅰ)についての判断の誤り)につい

  甲第12号証(刊行物9)、乙第1号証及び弁論の全趣旨によれば、刊行物
9に見られるように、表示画面に地図と共に車載機器の情報を表示するように構成
すること、現在位置が表示された地図の画面にウインドウ表示することは従来より
周知の技術的事項であること、同一画面に複数のウインドウ画像を表示する場合
に、ウインドウ画像を適宜重ねた状態で表示することも、重ねない状態で表示する
ことも、周知の表示手段であることが認められるから、訂正発明3に係る相違点
(ⅰ)の構成は、当業者が容易に想到し得たものと認められる。
  原告は、刊行物9記載の発明について、地図画面の現在位置が車載機器の情
報表示によって隠されてしまう可能性があり、訂正発明3の「車載機器の情報を示
す画面上に現在位置を表示することにより、現在位置が車載機器の情報によって隠
されることがなく確実に現在位置を表示できる」という特有の効果を奏さないか
ら、当業者が容易になし得たものではないと主張する。
 しかし、訂正発明3に係る相違点(ⅰ)の構成は、ウインドウ画像を適宜重ね
た状態で表示したにすぎないから、当業者が、上記周知の表示手段からこれを容易
に想到し得たことは明らかである。そして、原告主張に係る訂正発明3の特有の作
用効果が、この構成を選択したことによる自明な作用効果であって、当業者が容易
に予測し得たことも、また明らかであるから、このような効果が異なることを理由
に、この構成を選択することが容易ではないとすることはできない。
4 以上のとおりであるから、原告主張の決定取消事由は理由がなく、その他決
定にはこれを取り消すべき瑕疵は見当たらない。
第6 よって、本訴請求を棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟
法7条、民事訴訟法61条を適用して、主文のとおり判決する。
        東京高等裁判所第6民事部
              裁判長裁判官   山  下  和  明
                 裁判官   山  田  和  司
                 裁判官  宍  戸     充

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