弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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       主   文
原判決中被控訴人らの申請を認容した部分を取り消す。
被控訴人らの申請をいずれも却下する。
訴訟費用は第一、二審とも被控訴人らの負担とする。
       事   実
 控訴代理人は「原判決を取り消す。被控訴人らの申請はこれを却下する。申請費
用は第一、二審とも被控訴人らの負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は
控訴棄却の判決を求めた。
 当事者双方の主張並びに疎明関係は、次に付加するほか原判決事実欄に記載して
あるとおりであるから、これをここに引用する(ただし、原判決八枚目表二行目に
「別かれ」とあるのは「分かれ」の、(証拠関係につき中略)誤記と認めて訂正す
る。)。
(控訴代理人の陳述)
一 アセチレン部門閉鎖の必要性についての補足
1 控訴人会社においては、アセチレンの製造原価中に占める人件費の割合が業界
における専業メーカーとの比較においてはもちろん、大手酸素メーカーの兼営する
アセチレン部門と比較しても類を見ないほど高かつた。このことが同部門の業績を
悪化させるに至つた主要な原因の一つである。
 すなわち、一般にアセチレン専業メーカーは、その規模は兼営メーカーに劣る
が、本来労働集約的なアセチレン製造作業に適するよう低廉な労働力を採用し、そ
の賃金を激しい市場競争に耐え得る水準にとどめるよう極力努めているのに対し、
兼営メーカーは、主要部門である酸素製造部門が技術の飛躍的進歩に応じて設備集
約的な企業になるにつれ賃金も高騰するに至つたという事情があるため、これに影
響されてアセチレン製造部門の賃金も常に専業メーカーのそれに比べて上位に位置
していた。そして控訴人会社の現業男子労働者の賃金水準は他の兼営メーカーのそ
れと比較しても昭和三七年ないし四四年の八年間において第一位又は第二位という
高位にあつたのであるから、結局アセチレン業界全般を通じて控訴人会社の賃金は
最高の水準にあつたということができる。一方、控訴人会社の生産能率について見
ると、アセチレン業界においては通常従業員一人一か月当たりの生産量が生産能率
比較の指標とされているが、控訴人会社においては昭和三八年以降最高時において
もわずか一・七トンにとどまり、一トン程度の場合すら少なくなかった。これに対
し、業界においては専業及び兼営メーカーを含めて六トン程度が常識とされてお
り、昭和四〇年以降においては八トンないし一〇トンにも及ぶ高能率のメーカーす
ら珍しくなく、日ならずしてこれが業界の主力をなすに至つた。そのため、控訴人
会社が日興酸素と合弁で設立し、京葉地区におけるアセチレンの供給源としていた
東興アセチレン株式会社は、六トン前後の生産能率を維持していたにもかかわらず
赤字が累積し、昭和四四年九月には操業を停止して会社を解散するのやむなきに至
つたのである。まして控訴人会社の場合、前記のような状況にあるアセチレンの生
産を今後も継続するときは、累積赤字が一層増大することは極めて明らかであつ
た。
2 アセチレンの製造、供給の自動化を主体とする設備投資によつてその生産能率
を高めることは、ほとんど期待することができないものである。
 すなわち、アセチレンの製造工程は極めて簡単なものであるため、もともと機械
化する余地がほとんどなく、わずかに、カーバイトをアセチレン発生器に投入する
工程においてベルトコンベヤー等を利用して工程の一部を自動化する方式が考えら
れるにとどまる。そのような方式を採用した同業者もあつたが、右方式を採用した
場合、自動投入に便利なカーバイトの小塊を原料とするときは、その価格が人力投
入方式で使用される大塊の価格より一五パーセントも高いうえに、カーバイトの小
塊は空気中の水分と反応していわゆる風化現象を起こす割合が大塊の場合より格段
に高いという欠点があり、他方、大塊を原料として自動投入を行うときは、その形
状から装置の運転に円滑を欠くこととなるため、看視要員の常時配置を必要とする
という欠点があり、結局のところ自動投入方式の採用による製造原価低減の効果は
ほとんどないのであつて、現に、同装置を設置した兼営メーカーは、控訴人会社の
アセチレン部門閉鎖と相前後していずれもそのアセチレン部門を廃止しているので
ある。右に述べた自動投入以外にはアセチレンの製造工程において人力作業を機械
に代替する余地はなく、したがつて同業各社においても機械化した事例はない。
 次に、アセチレン発生工程の自動化については、控訴人会社も検討を重ねてきた
ところであるが、仮に右装置を設置するとすれば、昭和四四年一〇月当時の概算に
おいてボンベ詰アセチレン用の第二発生のみで四七〇万円を要し、更に日本鋼管水
江製鉄所及び日立造船神奈川工場に対するパイプラインによるアセチレンの供給を
も自動化する場合には一、一〇〇万円余を要するものと見込まれた。ところが、仮
にこれらの設備を行つたとしても、これによつて節減される人員は第二発生関係に
おける三直交替要員のうちの各直一名ずつにすぎず、前記パイプラインによるアセ
チレン供給には少くとも常時各直一名を配員する必要があり、しかも当時組合は昭
和四四年九月一九日提出の要求書によつて右の第二発生の自動化及びパイプライン
によるアセチレン供給装置のブロアー化等の設備投資を行つたうえでなおかつ当時
の実人員より四名も多い人員配置の要求をしていたのであるから、この点からして
も自動化による人員の節減は全く望むべくもないという実情にあつた。
 かようにして、アセチレンの発生やパイプラインによる供給の自動化によるコス
ト低減の効果はほとんど期待することができず、かえつて設備の減価償却費や金利
負担の増加によつて経済的にはマイナスとなるおそれすらあり、自動化に要した投
下資本を回収し得る見とおしも立たないという情況にあつたのであるから、前述の
自動投入方式のもつ欠陥をも考え合わせるときは、控訴人会社がアセチレン部門に
ついて自動化のための装置を設置しなかつたのは企業経営上当然の措置であつて、
これをもつて控訴人会社がことさら設備投資を怠つた証左とすることは見当違いと
いうべきである。
3 控訴人会社のアセチレン部門においては、昭和三六、七年以降作業要員数をめ
ぐつて労使間の紛争が絶えず、中には民事、刑事の諸事件まで伴い、期間も九ケ月
に及ぶという長期紛争すら発生するという状態であり、このような労使関係の不安
定もまた控訴人会社の同部門に対する合理化施策が所期の成果を挙げるに至らなか
つた原因の一つである。もとより労使関係においては、双方それぞれの言い分があ
り、一律に是非を判定することは困難であるとしても、本件アセチレン部門の閉鎖
に至るまでの全過程を通じてみるとき、労使関係の不安定の主たる原因が、控訴人
会社側においてせめて生産能率を一歩でも業界の水準に近付けて赤字の縮減を図る
べく要員問題につき当然かつ最低限度の協力を繰返し要請したのに対し、組合側が
業界や会社側の置かれている実状を無視し、一切の合理化は労働強化につながると
して極めて硬直した独善的な態度で、ただ反対のための反対に終始したことにある
ものと言つても決して過言ではない。
 しかして、アセチレン部門を閉鎖した他の兼営メーカーにおいては、労働組合の
柔軟な対応姿勢により閉鎖に先立つ数年間のうちに他部門への配置転換に応じた従
業員が多かつたため、アセチレン部門の所属人員の減少が著しく、閉鎖時に整理対
象となつた人員は相対的に極めて少なくなつていたのに対し、控訴人会社において
は、組合の硬直した姿勢に禍いされて減員は専ら自己都合退職の場合に限られ、配
置転換による減員は自ら希望したわずか二名にすぎず、アセチレン部門の閉鎖当時
約五〇名の従業員を擁し、操業の継続を前提とする合理化は到底望み得ない状態で
あつた。
二 アセチレン部門従業員の整理解雇の必要性についての補足
1 控訴人会社は、酸素部門等においても従来からかなりの過剰人員を抱えてお
り、昭和四〇年以降男子従業員の新規採用を停止し、定年、自己都合退職等による
自然減員をまつて人員の縮減に努めてきたものであつて、アセチレン部門の従業員
を他の部門に受入れる余裕は全くなかつた。
 会社が隆昌期にあれば、酸素部門に過剰人員があつても事業規模を拡張すること
により過員の解消を図ることができるが、昭和四五年ごろの酸素業界は未曽有の設
備投資時代であつたにもかかわらず、控訴人会社は、アセチレン部門の赤字に禍い
されて従来業績が振わず、無配の時期などもあつたため得意先や金融機関の信用が
ないこともあつて、新たに資本を調達して事業規模を拡張する余力がない状態であ
つた。控訴人会社の全事業場及び川崎市所在の事業場について部門別、職種別従業
員数の年度別推移を見ると、本件整理解雇直前の昭和四五年八月一日現在の全従業
員数は昭和五〇年一月一日現在のそれと比較して一一七名(うち四八名がアセチレ
ン部門の従業員)も多く、また昭和四五年八月一日現在の川崎在勤者数は昭和五〇
年一月一日現在のそれと比較してアセチレン部門の従業員を除いても五〇名多い。
これによつても分かるように、控訴人会社が昭和四五年八月当時アセチレン部門以
外の部門においても多数の過剰人員を抱えていたことは明らかである。
 他方、大手の同業各社である日本酸素、帝国酸素及び大同酸素においては、その
アセチレン工場の閉鎖に当たつて整理解雇は行われず、全従業員が配置転換により
他の部門に吸収されたが、右三社と控訴人会社とを対比すると、その当時における
経営規模の伸び率が全く異なつており、右三社は非常に余裕のある経済状態で、酸
素部門の設備投資に力を注いでおり、従業員の新規採用もさかんに行われていた。
日本酸素には以前鶴見工場と玉川工場という比較的近接した二つのアセチレン工場
があり、両者を合わせて最盛期には一三〇ないし一四〇名位の従業員がいたが、こ
れを玉川工場に集約し、昭和四五年七月に同工場が閉鎖された当時には従業員数が
五〇名を割つている状態であつた。この例にも示されているように、同業各社は、
それまでにアセチレン部門の集約や縮少を実施して同部門の従業員数を減少させて
いたため、それぞれの閉鎖時点における同部門の従業員数は最盛期と比較すれば極
めて少なくなつており、その全従業員数中に占める割合も低くなつている一方、経
営規模の拡大に伴つてアセチレン部門以外の部門での増員が必要となつていたた
め、アセチレン部門の従業員を社内の他部門に受入れる余力があつたものであり、
この点が控訴人会社の場合と著しく異なつていた。
 更に、控訴人会社においては昭和四三、四年当時自己都合退職者数は多かつた
が、アセチレン部門の閉鎖に伴つて生じた余剰人員を将来とも抱えて行ける力があ
ればともかく、当時控訴人会社は辛うじて同業各社から落伍しないことでせい一杯
の状況にあつたし、景気が悪化すれば自己都合退職者が減少するばかりでなく仕事
量そのものが減少して更に新たな過剰人員が生ずるのは自明の理であるから、将来
の自己都合退職者の発生をあてにすることは許されず、将来その発生の確実な定年
退職者数は向う五年間をとつてみても三八名に過ぎなかつた。したがつて、アセチ
レン部門の従業員を他部門に過員を承知で配置転換し、将来の自然減耗を頼みとし
て徐々に過員の解消を図る措置を講ずることは、控訴会社にとつて難きを強いるも
のであり、その実行は極めて困難であつた。
2 被控訴人らは、昭和三八年以降における控訴人会社全体の収支は相当額の黒字
を続け、株式配当率も順次増加してきたから、会社の経営上アセチレン部門の従業
員を他部門に吸収し得る余裕がなかつたとはいえないとして本件整理解雇の不当性
を論ずるが、昭和四五年当時の経済界は有史以来の好況下にあつたもので、その時
期に控訴人会社が昭和三八年以来の無配や低配当をようやく脱却して一割配当を行
い得たとしても、その一事をもつて経営が将来にわたり安定するに至つたとするの
は早計であり、まして全く就労すべき業務のなくなつた約五〇名にも及ぶアセチレ
ン部門の従業員をそのまま抱えていける余裕が生じたなどとみることは到底不可能
である。
 すなわち、当時酸素業界においては需要の増加に伴つて各社間の設備投資競争は
極めて激烈であつた。もともと酸素製造業は一般に装置産業と呼ばれる業種の典型
であつて、各メーカーの売上高や販売面における競争力は、その設置している酸素
製造装置の生産能力や生産コストによつておのずから決定される。このような業界
の特殊性から、控訴人会社も他社に劣らない設備投資を行わない限り業界における
売上のシエアーを拡大することはもちろん維持することすらできなくなる。昭和四
五年当時、控訴人会社の主力工場である川崎、千葉の両工場の主たる営業地盤であ
る京浜及び京葉工業地帯においては、同業各社が従来とは桁違いに大型の液体酸素
製造機(以下「液酸機」と略称する。)を相次いで設置しており、たとえば、昭和
四二年日本酸素による千葉臨海石油コンビナート向けの毎時生産能力七万三、四〇
〇立方メートル(酸素、窒素、アルゴン合計)に及ぶオンサイトプラントの新設、
昭和四四年東京液化酸素社(日本酸素及び帝国酸素が資本参加)による横浜根岸に
おける液化天然ガスの冷熱を利用した新方式の毎時生産能力一万立方メートル液酸
機の設置、昭和四五年日本酸素相模原工場における毎時生産能力一万立方メートル
液酸機の設置、昭和四六年帝国酸素を中心とする川崎オキシトン社による川崎臨海
石油コンビナート向けの毎時生産能力七、〇〇〇立方メートルオンサイト液酸機の
設置というように、目白押しの状態で大型設備投資が行われていた。これに対し、
控訴人会社が保有していたのはいずれも昭和三〇年代に取得した旧式の高圧型小型
液酸機三基であり、その毎時生産能力も三基合計で四、〇〇〇立方メートルにすぎ
ず、そのほか昭和四〇年代に設置したものとしては控訴人会社が太陽酸素ほか一社
と合弁で設立した三洋酸素の毎時生産能力三、五〇〇立方メートルの液酸機しかな
いという状態であり、大手同業各社との間の設備投資面における較差は広がる一方
で、控訴人会社は市場競争力においても著しい劣位に置かれていた。
 昭和四五年四月期において控訴人会社が一億五、七〇〇万円の純利益を挙げ、株
式配当率を前期の年八パーセントから年一〇パーセントに増加することができたの
は、支払利息及び減価償却費が減少したことによるものであり、大手の同業各社が
いずれも支払利息及び減価償却費を逐年増加させながらもなおかつ利益を増加させ
ていたことと対比すると、控訴人会社と大手の同業各社との間では、利益を挙げ得
た原因が全く異なるのである。累年物価騰貴を伴う現時の経済状況の下において
は、常に現有設備の減価償却費以上の設備投資を行わなければ現有の生産能力を維
持することができないが、控訴人会社にはそのような設備投資を行うに足りる収益
性がないため、設備を更新する余裕がなく、したがつて控訴人会社は現有設備の旧
式化による固定資産の実質上の喰漬しによつて、単に見掛けの上だけの利益を計上
していたにすぎないのである。
 控訴人会社の基幹生産設備である液酸機は、前述のとおりいずれも旧式の小型高
圧式のもので、昭和四〇年代の技術革新の著しかつた時期においては、設備そのも
のが陳腐化し、経済的にも競争力を失つており、昭和四五年当時には他社と同様の
中・低圧式大型液酸機に更新する必要に迫られていたが、毎時生産能力二、〇〇〇
立方メートルの大型液酸機を設置するとした場合には機械装置だけで八億円、付帯
設備を合わせると全体で一〇億円を要すると見込まれ、右の設備投資のために自己
資金を充当する余裕がなかつたので、資金の大部分は外部からの借入に頼らざるを
得ない情況にあつた。しかし、右の設備投資に伴う金利及び減価償却費を計算する
と、初年度では一期(半年)当たり一億三、〇〇〇万円に達し、税引前利益はほと
んど計上することができず、無配に転落することは明白であり、このようにして控
訴人会社は、従来の経営状態のままでは、設備更新を行えば業績の極端な悪化を招
き、ひいてはその存立も困難となるおそれがあり、さりとて設備の更新を行わなけ
れば遠からず生産能力及び売上高が激減し、会社自体の維持も確保できなくなると
いうジレンマに陥つていた。その原因は控訴人会社の収益性が低かつたことに帰す
るのであるが、控訴人会社の収益性が低かつたのは、アセチレン部門の労働分配
率、すなわち労務費を含めた付加価値中に占める労務費の割合が、昭和三八年一〇
月期から昭和四〇年四月期までにおいて六六パーセントないし八九・八パーセント
という高率を示し、その後においては一〇〇パーセントを超える場合があるばかり
でなく、計算上マイナスとなる場合すら少なくなかつたという、およそ通常の経営
においては予想することのできない異常な高率にあつたことによるものである。
 控訴人会社がその経営の改善を図るためには、右のような異常な労働分配率を示
しているアセチレン部門を閉鎖する以外に方法のなかつたことは当然であると同時
に、同部門の閉鎖による遊休人員を他部門に吸収した場合には、その労務費を他部
門が負担しなければならなくなり、その場合は会社全体の労働分配率が一層高いも
のになつて、経営の破綻すら招来しかねなかつたことは、極めて容易に推認される
ところである。
3 川崎工場のアセチレン部門以外の部門又は他の事業場において希望退職者を募
集し、退職者の補充としてアセチレン部門の従業員を配置転換する方法を採用する
ことは、当時の情況下にあつては著しく困難であつた。
 すなわち、昭和四五年当時においては、有効求人率が一・四一という高率を示し
ており、本件整理解雇当時控訴人会社が希望退職者を募集した場合には他の企業か
らの誘引が激しく行われることは明らかであり、当時における同業各社の相次ぐ設
備増強によるおう盛な求人状況に照らすと、他社の誘引の主な対象となるのは採用
後すぐにでも役立ち得る熟練労働者であることも容易に推認された。そして、仮に
希望退職者の範囲を限定して募集した場合であつても、アセチレン部門の閉鎖や同
部門の従業員の整理といういわばアセチレン部門に限定された問題とは異質のシヨ
ツクを他の部門の従業員に与えることとなるので、その影響を受けて酸素部門の液
酸機運転熟練者や得意先との接触の深い有能な営業担当者が他社に引抜かれるおそ
れがあり、そのような事態が生ずれば控訴人会社は生産及び営業の両面にわたつて
致命的な打撃を被ることが明らかであつた。以上のとおりであるから、川崎工場の
アセチレン部門以外の部門又は他の事業場において広く希望退職者を募集し、希望
退職によつて生じた欠員の補充としてアセチレン部門の従業員を配置転換する方法
を採るべきであつたとするのは、当時の実情を無視した極めて非現実的な議論であ
つて、他部門の熟練労働者が退職した後に不熟練のアセチレン部門の従業員を新技
術を修得せしめる時間的余裕もないまま配置転換することは、当該部門の生産能率
に重大な障害を与える結果となることは明らかであり、かような方法による解決を
期待するのは、経営者に対し当面の目的である企業護持に逆行する方策の採用を求
めることに帰着し、その不当であることはいうまでもない。
三 アセチレン部門の閉鎖とこれに伴う同部門の従業員の解雇に関する手続につい
ての補足
1 アセチレン部門の閉鎖は、控訴人会社が昭和四五年七月一六日に組合に対しそ
の旨を通知したことによつて突然表面化したものではなく、控訴人会社は昭和三九
年以来、作業要員問題に関する労使間交渉の過程において、アセチレン部門の生産
能率の低いことが同部門の存廃に直接かかわる問題であることを具体的に繰り返し
説明して組合側の理解と事態改善のための協力とを求めてきたものであり、組合と
しても、遅くとも昭和四四年九月ごろには、このまま推移するときは早晩アセチレ
ン部門の閉鎖が避けられない実情にあること及び閉鎖の際は直ちにこれが同部門の
従業員の解雇につながることを感知し、更に昭和四五年三月に控訴人会社から組合
川崎支部に対するアセチレン部門の別会社化の提案があつたことにより、同部門の
閉鎖時期が切迫していることを十分予測し得たものである。
 したがつて、アセチレン部門の閉鎖及び同部門の従業員の整理計画を控訴人会社
が発表してからこれを実施するまでの期間が一か月間であつたことは、決して猶予
期間として短かきに失するものではない。
2 控訴人会社が組合に対しアセチレン部門の閉鎖及び同部門の従業員の整理計画
を通告した後その実施に至るまでの一か月間に、労使間において三回の団体交渉が
行われたが、その席上会社側が、他部門における過剰人員の実情や産業界全般にお
ける求人逼迫の状況からして、アセチレン部門の従業員の他部門への配置転換及び
希望退職者の募集はいずれもその実施が極めて困難である旨を説明したのに対し、
組合側からは、配置転換について二、三の簡単な質問があつたのみで、希望退職者
の募集については質問すらなく、ましてこれらの措置の実施等につき会社側に対し
なんらの要求も提出されず、前記三回にわたる団体交渉の都度、組合側は、具体的
な意見及び提案を一向に示さず、ただ閉鎖の実施の延期を求めるのみであり、いつ
まで延期すればよいのか、またその時期に歯止めがあるのかは皆目不明であつた。
一方、アセチレン部門の現場においては八月に入つてから年次有給休暇をとる者が
急増し、特に八月一〇日以降は出勤率が極度に低下したため、アセチレンの製造は
ほとんど停止状態となつた。そこで控訴人会社としては、このまま漫然とアセチレ
ン部門の閉鎖及び同部門の従業員の解雇の実施を延期しても事態の進展が期待でき
るとは思われず、同部門の操業が事実上停止状態にあるのに前記措置の実施を延期
する場合には合理化問題自体の解決にも支障をきたすおそれがあるため、やむをえ
ず予定どおり八月一五日付けをもつて閉鎖及び解雇を実施するに至つた次第であ
り、なお、その後における組合との交渉の経過及び結果は、従来主張したとおりで
ある。
3 帝国酸素、日本酸素及び大同酸素の三社は、それぞれのアセチレン部門を閉鎖
した際、労働組合に対し閉鎖計画を示して交渉し、その同意を得たうえ閉鎖を実施
したが、右三社においては、控訴人会社におけるのと異なり、いずれも労働協約に
組合員の解雇につき同意約款又は協議約款が存在していたのであるから、アセチレ
ン部門の閉鎖に際し右三社が講じた手続を例に引いて控訴人会社の措置を非難する
のは当を得ないものというべく、本件解雇の手続について同意約款又は協議約款が
存在する場合と同程度に組合との間で十分な事前協議が尽くされていないことを理
由として解雇の効力を否定することは、信義則の法理の適用を誤るもので、明らか
に不当である。
(被控訴代理人の陳述)
一 控訴人の当審における主張一は争う。
 控訴人が原審以来主張しているアセチレン部門の赤字額や作業能率に関する計数
は、控訴人会社に都合がよいようにことさら作為を加えて得られた数値であつて、
正確性を欠くものである。
 また、控訴人会社のアセチレン部門への実質的な設備投資額は昭和三八年以降わ
ずか二〇〇万円程度にすぎず、同業各社が設備の自動化によつて生産性を高めたの
に対し、控訴人会社の場合は人員削減に終始したのであつて、これによつても控訴
人会社が所要の設備投資を怠つていたことは明らかである。
二 控訴人の当審における主張二は争う。アセチレン部門の従業員の他部門への配
置転換は次に述べるとおり決して困難なものではなかつた。
1 昭和五〇年一月現在における控訴人会社の従業員数が昭和四五年八月当時にお
けるアセチレン部門を除くその余の部門の従業員数よりも減少しているとしても、
それは結局のところ設備改善もしくは労働強化による生産性の向上又は作業の下請
化の結果生じた現象であつて、昭和四五年八月当時アセチレン部門を除くその余の
部門は将来「合理化」を予定している職場であつたというにとどまり、その従業員
数は当時の生産態勢下にあつては決して過員の状態にあつたものではない。昭和四
〇年以降における定年、自己都合等退職による従業員の自然減は男子だけでも年間
平均三四名にのぼつていたが、昭和四〇年から昭和五〇年一月までの間控訴人会社
は従業員のいわゆる減耗無補充の方針を採つていたため、かえつて全社的に見ると
従業員数は欠員状態にあつたものである。
2 控訴人会社は本件解雇通告後昭和四九年末までの間に男女従業員一〇〇名余
(うち男子従業員七〇名余)を採用している。新規採用にかかる女子従業員の従事
すべき職務が仮に事務部門の補助的業務であつたとしても、職種の性質にこだわら
ず急場をしのぐためアセチレン部門の従業員を一時的に右業務に従事させることを
考慮すべきであつた。また、新規採用にかかる男子従業員の職種が技術関係、営業
関係及び保安関係要員であつたとしても、アセチレン部門の従業員による代替性が
ないとはいえないし、右新規採用者中には、本件解雇通告当時予測し得なかつた経
営事情の変化により、その後新たに開始した業務の要員として採用した者が若干含
まれているとしても、そのような予測を超えた経営事情の変化が起きた場合に対処
し得る態勢を日頃から確立しておくのが経営者の社会的責務であつて、そのために
はアセチレン部門の従業員をいつたん他部門に配置転換しておき、経営事情に変化
が生じた際に新規事業部門に再配置転換することによつて処理すべきであつたと考
えられる。
3 控訴人会社においては現にアセチレン部門の従業員を他部門に配置転換した先
例がかなりあつたし、大手酸素各社はアセチレン工場の閉鎖に際し従業員の他部門
への配置転換を実施している。また、本件解雇通告後アセチレン製造業以外の種々
の業種の会社が控訴人会社に求人の申込をしている。これらのことから見ても、ア
セチレン部門と酸素部門等の他部門との間においては作業技能面で従業員の互換性
が乏しいという控訴人の主張は当たらない。
 なお、大手酸素各社は、そのアセチレン部門の閉鎖に際し従業員を極めて自然に
他部門に配置転換し得る経営上の余裕があつたわけではなく、他部門に欠員がなか
つたにもかかわらず、各社ともそれ相当の工夫と努力により一名の解雇者も出さず
に整理問題を処理、解決したものである。
4 従来述べたとおり、控訴人会社は、会社全体としては昭和三八年以降も逐年そ
の事業規模を拡大して着実に業績を挙げてきたものであつて、昭和四五年四月の決
算期においては、税引後の純利益として対前期比五〇パーセント増の一億五、〇〇
〇万円を計上しており、これに伴い株式配当率も従来の年八パーセントから年一〇
パーセントに引上げられた。そして控訴人会社は、本件解雇通告の約半年後に資本
金全額を出資して子会社の新洋酸素株式会社を設立し、更に同会社に対し八億五、
九〇〇万円余を貸付けている。また現在控訴人会社は年間二億ないし三億円程度の
利益を計上し、堅実な業績伸長を続けている。このように、控訴人会社の経営状態
は順調であり、アセチレン部門の従業員を解雇しなければ経営が破綻するというよ
うな状況にあつたものではなく、解雇を回避することは十分に可能であつた。
5 およそ人員整理を実施するに当たつては、解雇をできるだけ回避するための努
力の一つとして希望退職者募集の方法が採られるべきことは多言を要しない。本件
の場合においては、全従業員を対象として希望退職者を募つたとしても、予め人員
や応募条件等を定めたうえ組合の協力のもとに実施すれば控訴人のいうような「全
従業員の動揺」や「熟練労働者の引抜き」などの弊害が生ずるおそれはなかつたの
であつて、この点に関する控訴人の主張は見えすいた遁辞にすぎない。また控訴人
会社はアセチレン部門の従業員のみを対象としても希望退職者募集の方法を事前に
講じ得たはずであり、現に解雇通告を受けた従業員四七名中、一七名は八月一五日
又はその直後の段階で任意退職の形式により控訴人会社を退職し、その余の三〇名
のうち被控訴人らを除く一七名も、結局は任意退職の形式をとることを条件にさか
のぼつて退職に同意するに至つたのである。したがつて、控訴人会社としては、ま
ず希望退職者を募集し、これによつて欠員の生じた職場にアセチレン部門の従業員
を配置転換することを真剣に考慮すべきであつたし、その実行は決して困難なもの
ではなかつたのである。
三 控訴人の当審における主張三は争う。
1 本件整理解雇の特異性は、控訴人会社が、その創立以来最高の業績を挙げる一
方でアセチレン部門の閉鎖と全従業員の一割にも及ぶ同部門従業員の全員解雇を突
然に通告したこと、他に解雇を回避し得る手段の検討すら行わずに右通告後わずか
一か月で一方的に解雇を強行実施したことの二点に存するのであつて、その解雇の
手続自体を見ても社会通念上首肯すべきものでなかつたことは明らかである。
2 昭和三九年以降六年間にも及ぶアセチレン部門の要員問題に関する労使間の交
渉中に、控訴人会社側から組合側に対しアセチレン部門を閉鎖する方針が示された
ことは一度もなかつたし、まして同部門の閉鎖と同時に同部門の全従業員が解雇さ
れるであろうことまで予測し得るような事情は全く存在しなかつた。
3 控訴人会社は、昭和四四年一〇月ごろからアセチレン部門の閉鎖問題につき本
格的な検討を始め、昭和四五年三月の役員会において閉鎖もやむなしとの結論に達
し、その後アセチレン対策委員会を設け閉鎖の基本方針と具体的措置等の検討打合
せに入り、同年六月五日アセチレン部門の閉鎖と同時に同部門の従業員全員を解雇
することを決定し、閉鎖及び解雇の実施に関する準備作業に入り、諸準備の完了を
まつて同年七月一六日アセチレン工場の閉鎖と従業員全員の解雇を発表したが、そ
の間控訴人会社は組合に対し事情を説明し協力を求めた事実は一度もなく、終始穏
密裡に事を運び、文字どおり突然に従業員の全員解雇を通告したのである。そして
右解雇通告後も控訴人会社は、組合との間に何一つ協議が整わないのにアセチレン
工場の閉鎖と従業員の解雇をかねての計画に従い遮二無二強行したのであつて、そ
こには話合いによつて円満解決を図るという姿勢はいささかも見受られず、控訴人
会社のとつた右の一連の措置は、余りにも自己防衛本位で、従業員の立場や都合を
考えない唐突かつ性急なものであつたとの非難を免れることはできない。
4 本件工場閉鎖及び従業員の全員解雇は、労使双方にとつて創立以来未曽有の重
大な問題であつた。したがつて、控訴人会社としては、この問題を組合に通告する
については組合内部における十分な討議の時間的余裕を与えるとともに、団体交渉
においても他の案件よりも一層時間をかけ組合の意見を聴取して円満解決をめざす
のが労使間における当然の信義則である。しかるに、控訴人会社は、工場閉鎖及び
従業員全員解雇の実施時期のわずか一か月前に右計画を組合に通告し、事実上右計
画の実施を容認することを前提とする退職条件等に関する組合側の希望を提示する
よう性急に要求し、わずか四回の団体交渉を行つたのみで既定計画どおり全員解雇
を強行実施したのであるから、控訴人会社のとつた右措置は労使間の信義則をふみ
にじつたものと断ぜざるを得ない。
(疎明関係)(省略)
       理   由
一 控訴人が酸素、アルゴン、窒素、アセチレン、液化石油ガス等各種高圧ガスの
製造、販売、これらのガスの製造装置、付帯機械器具等の製造、販売その他の付帯
事業の経営を目的とする株式会社であつて、東京都品川区に本店を置き、東京都ほ
か五市に営業所及び出張所を、川崎市、千葉市及び東京都に工場をそれぞれ有して
いること、昭和四五年当時の控訴人会社の資本金額は一五億二、〇〇〇万円であつ
たこと、被控訴人らは、いずれも控訴人に雇用されて昭和四五年八月当時控訴人会
社川崎工場のアセチレンガス製造部門(以下「アセチレン部門」という。)に勤務
していた従業員であつて、昭和四五年以前から、控訴人会社の従業員を主たる構成
員として組織された合成化学産業労働組合連合東洋酸素労働組合(以下単に「組
合」という。)川崎支部に所属する組合員であつたこと、控訴人は、昭和四五年八
月一五日限り川崎工場のアセチレン部門を閉鎖したが、これに先立ち同年七月二四
日被控訴人らを含む同部門の従業員全員(ただし、同部門の製造二課長の職にあつ
た従業員一名を除く。以下同じ。)に対し、アセチレン部門の閉鎖に伴い同年八月
一五日限り解雇する旨の意思表示(以下「本件解雇通告」という。)をしたこと、
昭和四五年当時における控訴人会社の就業規則五二条本文には、「社員(注。従業
員をいう。)が次の各号の一に該当するときは三〇日前に解雇予告するか、平均賃
金三〇日分以上を支給して解雇する。」、同条八号には、「やむを得ない事業の都
合によるとき」との規定があり、本件解雇通告は右就業規則五二条八号に該当する
事由があることを理由としてなされたものであること、以上の各事実は当事者間に
争いがない。
二 そこで、控訴人会社川崎工場のアセチレン部門の閉鎖に伴う被控訴人ら従業員
の整理解雇が右就業規則五二条八号にいう「やむを得ない事業の都合による」もの
と言い得るか否かについて判断する。
1 およそ、企業がその特定の事業部門の閉鎖を決定することは、本来当該企業の
専権に属する企業運営方針の策定であつて、これを自由に行い得るものというべき
である。しかし、このことは企業が右決定の実施に伴い使用者として当該部門の従
業員に対する解雇を自由に行い得ることを当然に意味するものではない。我国にお
ける労働関係は終身雇用制が原則的なものとされており、労働者は、雇用関係が永
続的かつ安定したものであることを前提として長期的な生活設計を樹てるのが通例
であつて、解雇は、労働者から生活の手段を奪い、あるいはその意思に反して従来
より不利な労働条件による他企業への転職を余儀なくさせることがあるばかりでな
く、その者の人生計画を狂わせる場合すら少なくない。したがつて、労働者を保護
するために、たとえ労働基準法一九条一項に見るように、法律の明文によつて使用
者の解雇の自由が制限されていることがあるが、そのような場合に当たらないとき
であつても、先に述べたように解雇が労働者の生活に深刻な影響を及ぼすものであ
ることにかんがみれば、企業運営上の必要性を理由とする使用者の解雇の自由も一
定の制約を受けることを免れないものというべきであり、控訴人会社の就業規則五
二条が使用者側の都合による従業員の解雇を無制約なものとせず、「やむを得ない
事業の都合によるとき」に限定したのは、右に述べた事理を就業規則上明文化した
ものと解されるのである。
 しかして、解雇が右就業規則にいう「やむを得ない事業の都合による」ものに該
当するといえるか否かは、畢竟企業側及び労働者側の具体的実情を総合して解雇に
至るのもやむをえない客観的、合理的理由が存するか否かに帰するものであり、こ
の見地に立つて考察すると、特定の事業部門の閉鎖に伴い右事業部門に勤務する従
業員を解雇するについて、それが「やむを得ない事業の都合」によるものと言い得
るためには、第一に、右事業部門を閉鎖することが企業の合理的運営上やむをえな
い必要に基づくものと認められる場合であること、第二に、右事業部門に勤務する
従業員を同一又は遠隔でない他の事業場における他の事業部門の同一又は類似職種
に充当する余地がない場合、あるいは右配置転換を行つてもなお全企業的に見て剰
員の発生が避けられない場合であつて、解雇が特定事業部門の閉鎖を理由に使用者
の恣意によつてなされるものでないこと、第三に、具体的な解雇対象者の選定が客
観的、合理的な基準に基づくものであること、以上の三個の要件を充足することを
要し、特段の事情のない限り、それをもつて足りるものと解するのが相当である。
以上の要件を超えて、右事業部門の操業を継続するとき、又は右事業部門の閉鎖に
より企業内に生じた過剰人員を整理せず放置するときは、企業の経営が全体として
破綻し、ひいては企業の存続が不可能になることが明らかな場合でなければ従業員
を解雇し得ないものとする考え方には、同調することができない。けだし、使用者
はいつたん労働者を雇用した以上客観的、合理的事由のない単なる自己都合によつ
てこれを解雇する自由を有しないことは前述のとおりであるけれども、資本主義経
済社会においては、一般に、私企業は、採算を無視して事業活動及び雇用を継続す
べき義務を負うものではないし、また、事業規模の縮小の結果労働力の需要が減少
した場合に、全く不必要となつた労働力をひきつづき購買することを強制されるも
のではなく、雇用の安定による労働者の生活保障、失業者の発生防止等の観点から
私企業に対し、前記以上に雇用に関して需要供給の関係を全く無視した特別な法的
負担を課する根拠は現在の法制のもとにおいては認められないからである。
 なお、解雇につき労働協約又は就業規則上いわゆる人事同意約款又は協議約款が
存在するにもかかわらず労働組合の同意を得ず又はこれと協議を尽くさなかつたと
き、あるいは解雇がその手続上信義則に反し、解雇権の濫用にわたると認められる
とき等においては、いずれも解雇の効力が否定されるべきであるけれども、これら
は、解雇の効力の発生を妨げる事由であつて、その事由の有無は、就業規則所定の
解雇事由の存在が肯定されたうえで検討されるべきものであり、解雇事由の有無の
判断に当たり考慮すべき要素とはならないものというべきである。
2 よつて、右に述べた判断基準に照らし、まず、控訴人が決定、実施したアセチ
レン部門の閉鎖措置の必要性・合理性の有無について検討する。
(一) 控訴人会社が酸素、アルゴン、窒素の製造、販売等のほかに昭和二八年か
らアセチレンガスの製造、販売をも行うこととし、川崎工場内にその製造部門を設
置し、以来一七年間にわたりその製造、販売を行つてきたこと、控訴人会社のアセ
チレン部門の業績は、当初の約五年間は同業者が少なく市況も安定していたため一
応順調な伸展を見せ、それに応じて控訴人会社も同部門の設置の増強、拡大に努力
してきたこと、しかし、昭和三四年ごろになると、中小の酸素製造業者をはじめ高
圧ガス販売業者、カーバイト製造業者などが続々とアセチレンガスの製造、販売を
開始し、業者間の競争が激化するようになつたこと、昭和三八年ごろから新しくプ
ロパン、プロピレンなどの石油系の溶断ガスが出現し、アセチレンガスの大口需要
者である鉄鋼、造船、造機等の業者がアセチレンガスに代えて石油溶断ガスを使用
する傾向が生ずるに至つたことは、当事者間に争いがない。成立に争いのない疎乙
第一〇六号証の三、原審証人aの証言によりいずれも真正に成立したと認める同第
四号証の一ないし一五、同第五号証の一ないし六、同第六、第七号証の各一、二、
同第八号証、同第九号証の一、二、同第一〇ないし第一三号証、原審証人bの証言
によりいずれも真正に成立したと認める同第一八号証、同第二二号証、弁論の全趣
旨によりいずれも真正に成立したと認める同第六四号証、同第六七号証、第六八号
証の一、二、原審証人a、同bの各証言に前記当事者間に争いのない事実を総合す
ると、次の事実を認めることができる。
 元来、アセチレンガスの製造工程は極めて簡単であるうえ、その製造設備や操業
は比較的少額の資金によつても実施可能であるため、前述のとおり昭和三四年ごろ
以降中小の酸素製造業者をはじめ多数の業者がアセチレンガスの製造業界に進出
し、全国におけるアセチレン製造工場数は、控訴人会社が川崎工場にアセチレン部
門を設置する直前の昭和二八年七月当時には一五工場にすぎなかつたのに対し、昭
和三八年末には八五工場にも達し、各地に工場が設立されて製品の供給過剰を招く
に至つた。そのため、アセチレンガスの市況は昭和三五、六年ごろから次第に悪化
し、加えて、昭和三八年ごろから爆発の危険性の低い石油系溶断ガスが大量かつ安
価に生産、供給され、前述のとおりアセチレンガスの大口需要者である鉄鋼、造
船、造機等の業者がアセチレンガスに代えて石油系溶断ガスを使用するようになつ
たことからアセチレンガスの需要の伸びが急速に鈍化し、アセチレンガスの価格の
低落に拍車がかけられ、控訴人会社の溶解アセチレンの販売価格は、昭和三二年ご
ろには一キログラム当たり約三〇〇円程度であつたのが、昭和三八年には約二二〇
円となり、更に、昭和四三年下期から同四四年上期にかけては一九三円弱にまで落
ち込んだ。ところで、アセチレン業界においては、従業員一人一か月当たりの生産
量が生産能率比較の指標とされているが、一般には六トン程度が常識とされている
のに、控訴人会社においては昭和三七年までは冬期で約一・八トン、夏期で約一・
四トンないし一・六トンであり、昭和三八年以降は最高時においても一・七トンに
とどまり、一トン程度の場合すら珍らしくなかつた。そのため、控訴人会社におけ
るアセチレンガスの製造原価中に占める人件費の割合は、他の同業者に類例を見な
いほど高率となつており、他方、アセチレン部門の従業員の賃金水準は他の大手酸
素同業各社(日本酸素株式会社(以下「日本酸素」という。)、帝国酸素株式会社
(以下「帝国酸素」という。)、大阪酸素工業株式会社(以下「大阪酸素」とい
う。)及び大同酸素株式会社(以下「大同酸素」という。))に比較して遜色のな
いものであつたため、このことがひいてはアセチレンガスの製造原価を高める結果
を招き、控訴人会社は市況の悪化を克服することができなかつた。以上に述べたよ
うな原因によつて、控訴人会社のアセチレン部門の収支は昭和三八年上期から赤字
に転落するに至り、その赤字額は毎年累積して、昭和四四年下期までに総額約四億
一、六〇〇万円に達した。
 以上のとおり認められ、被控訴人cは当審における本人尋問において、兼営製造
業者のアセチレンの生産能率は一人一か月二トン前後であつて、六トンというのは
特殊な事例である旨供述しているが、前掲疎乙第一〇六号証の三及び原審証人aの
証言に照らすと右供述は採用することができない。
 原審証人aの証言によれば、同人が作成した疎乙第四号証の一ないし一五の部門
別損益計算書には、アセチレン部門の従業員のアセチレンガス製造作業以外の作業
によつて生じた収益はアセチレン部門の売上欄に計上されず、「その他」の部門の
売上欄に含めて計上されていることが認められるが、右収益の原価がアセチレン部
門の労務費その他の原価欄に計上されているか否かはこれを認めるに足りる資料は
なく、かりに計上されているとしても、右証拠によれば前記のアセチレン部門の赤
字の状況を大きく左右するほどの数額ではないことが認められるので、疎乙第四号
証の一ないし一五が控訴人会社のアセチレンの製造に伴つて生じた赤字額をことさ
ら誇張して記載されたものであるとはにわかに断じ得ない。
 その他、疎甲第八〇号証、第一二二号証、第一七一号証、第一七二号証の一、
二、第二二五号証、第二二六号証の一、二をもつてしても前記認定を左右するに至
らず、他に右認定を覆えすに足りる疎明資料はない。
(二) 右のようなアセチレン部門の業績の悪化に対処すべく控訴人会社が執つた
措置について見ると、昭和三四年当時の控訴人会社のアセチレンガス製造装置は第
一、第二工場ともに毎時一五立方メートルのもの各四基であつたこと、昭和三五年
中に控訴人会社が第二工場の製造装置四基を毎時三〇立方メートルのものに切り換
えたこと、控訴人会社が、昭和三六年五月に日本鋼管水江製鉄所にアセチレンガス
を供給するためのパイプラインとガス昇圧ブロワー装置を、また、昭和三八年一一
月に日立造船神奈川工場にアセチレンガスを供給するためのパイプラインをそれぞ
れ完成させたことは、当事者間に争いがなく、成立に争いのない疎甲第九七、第九
九号証、第一〇〇号証の一、二、第一〇四号証の二、第一〇五号証、第一四八号証
の一ないし四、第一五五号証の一、三、原審における被控訴人c本人尋問の結果に
よつて真正に成立したと認める疎甲第三七、第一〇八号証、前掲疎乙第八号証、同
第一二号証、同第一八号証、同第二二号証、同第六四号証、原審証人a、同b、同
dの各証言、原審における被控訴人c本人尋問の結果を総合すると、控訴人会社は
右のほかアセチレンガスの販売量を増加させるため、昭和三四年から同三七年まで
の間に、それまでは控訴人会社所有のアセチレン容器は約一万六、〇〇〇本(一本
当たりの充てん量約六キログラム)にすぎなかつたのを約三万三、〇〇〇本に増加
させるなど、アセチレン部門の生産能力の増強、アセチレン容器の増加、大口需要
者に対するアセチレン供給設備の改善等につきそれなりの努力をしてきたこと、更
に控訴人会社は、人件費の節減によるアセチレンガスの製造原価の引下げを図るた
め組合ないしその川崎支部と交渉を重ね、組合側の協力を求めたこと、しかしなが
ら、以下に述べるような控訴人会社における労使間の不安定が禍いして、生産性の
向上及び製造原価の引下げはいずれも所期の目的を達することができなかつたこ
と、すなわち、昭和三六年から同三七年にかけて控訴人会社は川崎工場のアセチレ
ン部門の従業員に過剰人員があるとして配置転換による合理化を試みようとしたこ
とから、同部門の要員の過不足や適正配置問題をめぐつて労使間で紛争が発生し、
控訴人会社は組合川崎支部と交渉の結果、昭和三七年五月一四日、アセチレン部門
の第一、第二工場の製造装置各四基と日本鋼管水江製鉄所に対するアセチレンガス
昇圧ブロワー装置を運転させることを前提として、三交替制各直の作業人員を二〇
名とし、欠勤や有給休暇等による欠員が生じても出勤者数が一八名に達していると
きは右各装置を運転することを主たる内容とする、いわゆる二〇名要員覚書の協約
を同支部との間で締結し(以上の事実は当事者間に争いがない。)、紛争を一応収
拾したが、控訴人会社はその後も組合に対し要員の削減と作業能率の向上を求めた
のに対し、組合は従業員の労働強化であるとしてこれに強く反対したこと、そのた
め、せつかく完成した日立造船神奈川工場へのパイプラインも稼働しないまま約六
か月間も放置されるという事態が生じたこと(右事態が生じたことは当事者間に争
いがない。)、その後、アセチレン部門の労使間には、要員問題をめぐり昭和三七
年一二月二〇日のいわゆる一九名要員団交確認、昭和三八年七月一五日のいわゆる
一六名要員覚書(止むをえない事由により第一工場が運転できない場合につき)、
昭和三九年五月四日のいわゆる日立送アセ問題に関する一九名要員等確認(組合は
二名増員要求を取り下げ、作業員一直一九名ないし一七名では第一工場二基(バテ
瓶充填)、第二工場四基及び水江送アセ作業を行い、一六名ないし一四名では第二
工場四基と水江送アセ作業を行い、日立送アセについてはマニホールド方式で作業
を行う。)昭和四二年一一月一一日のいわゆる一四名要員覚書(第二工場の製造装
置四基、水江及び日立送アセ装置の運転につき)、昭和四四年一月一八日のいわゆ
る機械運転台数規制を含む一四名要員覚書などの協約が締結されたが(右各協約が
締結された事実は当事者間に争いがない。)、これらはいずれも暫定的なものにす
ぎず、要員問題をめぐる労使間の紛争は依然として絶えなかつたため、生産能率は
向上せず、人件費の節減によるアセチレンガスの製造原価の引下げはその目的を達
するに至らなかつたこと、以上の事実を認めることができる。
 被控訴人らは、控訴人会社は他の大手同業各社に比べて設備の自動化、容器の改
良等についての努力を怠つていた旨主張し、疎乙第一四号証の一及び四によると、
昭和三五年を基準とした控訴人会社の全事業部門に対する設備投資額の伸び率は、
昭和四二年から同四四年までの三年間は酸素大手五社中の最下位にあることが認め
られるが、右の事実から直ちにアセチレン部門に対する控訴人会社の設備投資が他
の大手同業各社のそれと比較して不十分であつたものと断定することは不可能であ
る。また、成立に争いのない疎甲第二四八号証の二、同第二四九号証の三、当審証
人eの証言によると、アセチレンの製造能力を向上させるため、他の大手同業各社
のうち帝国酸素及び大同酸素はカーバイトの自動投入方式を採用し、控訴人会社
も、昭和三七、八年当時は社内報で近くアセチレン製造設備を自動化する方針であ
る旨言明していたが、その後控訴人会社においては設備の自動化は遂に実施されな
かつたことが認められる。しかしながら、前掲e証言及びこれによつて真正に成立
したと認める疎乙第一四七号証によると、カーバイトの自動投入方式を採用した場
合、カーバイトの小塊を使用するときは省力化には役立つが、原料価格が割高とな
るうえ原料の風化による損失が生じやすい欠点があり、カーバイトの大塊を使用す
るときは原料のコスト面からは有利であるが、投入が連続的に円滑に行われるよう
にするためには看視要員の常時配置が必要であつて省力化の実を挙げることができ
ず、結局、自動投入方式は人力投入方式に比べて採算上必ずしも有利とはいえない
こと、右各証拠と成立に争いのない疎甲第一一号証、原審証人dの証言によると、
アセチレンの製造は、その工程が極めて簡単であるため、原料であるカーバイトの
投入を自動化すること以外には機械化の余地がほとんどない事業部門であることが
認められる。したがつて、控訴人会社がアセチレン製造設備の自動化を実施しなか
つた事実をとらえて設備投資を怠つたものと評するのは当たらず、他に控訴人会社
が設備投資その他の面においてアセチレン部門の業績向上のための企業努力をかく
べつ怠つていた事実を認め得る資料はない。
(三) 前記2(一)の認定に供した各疎明資料のほか、原審証人d、当審証人f
の各証言、弁論の全趣旨により真正に成立したと認める疎乙第四六号証、右f証人
の証言によつて真正に成立したと認める疎乙第一五七号証を総合すると、昭和三八
年ごろ以降における酸素製造業者兼営のアセチレン部門の業績の悪化は、ひとり控
訴人会社に特有の問題ではなく、大なり小なり業界共通の問題であつて、控訴人会
社のアセチレン部門を含む昭和四三年までに開設された全国の酸素製造業者兼営の
アセチレン部門の工場総数三五(うち大手業者のもの一八)のうち、昭和三九年か
ら同四八年までの間に閉鎖されたものは一六(うち大手業者のもの一一、控訴人会
社のアセチレン部門の閉鎖の時点より早い時点で閉鎖されたもの八)にのぼつてお
り、更に昭和五〇年七月までには大手酸素製造業者のアセチレン部門は全部閉鎖さ
れていること、右のように酸素製造業者によるアセチレン部門の経営が不利なもの
となつたのは、アセチレンガスの供給過剰の傾向に加えて、アセチレンガスの製造
については設備の近代化が大型化による経費節減の余地が少なく、酸素製造業者な
どによる大規模経営方式よりもアセチレンガスの専業製造業者による小規模経営方
式の方が生産費が安く、有利となつたためであり、いわば業界の構造の変化に起因
するものであること、控訴人会社はアセチレン部門の業績の悪化を防止するため前
述のような種々の対策を講じたけれども、その効果はあがらず、同部門の赤字は年
を追つて増大し、特に昭和四一年以降は、同部門の要員の削減、配置転換等に関す
る労使間の紛争が影響するところも大きかつたが、毎年六、〇〇〇万円から一億円
近くにも及ぶ欠損となり、昭和三八年上期から昭和四四年下期に至るまでの累積赤
字額は前認定のとおり約四億一、六〇〇万円に達したこと、昭和四〇年代に入る
と、アセチレンガスの原料であるカーバイトの慢性的不足による価格の高騰、経済
の高度成長に伴う人件費や運賃の急激な増大はアセチレンガスの製造原価の上昇傾
向を不可避なものとし、その結果、通常の工夫や努力をもつてしてはアセチレン部
門の赤字を黒字に転ずることは不可能であると考えられるようになるとともに、さ
きに認定したような労使間の事情から、組合ないし組合川崎支部に対し要員の思い
切つた削減や作業能率の飛躍的な向上を求めることも困難であると考えられるに至
つたこと、他方、控訴人会社の主力営業部門である酸素部門は昭和三八年以降もか
なりの業績を挙げ、控訴人会社全体の収支は相当額の黒字であり、昭和三八年から
昭和四四年に至るまでの間における控訴人会社の純利益の合計額は約一七億二、九
〇〇万円(税引後純利益は約一〇億四、九〇〇万円)に達したが、酸素製造業はそ
の生産高及び売上高が主としてその製造設備の能力の如何によつて左右されるいわ
ゆる装置産業であつて、当時酸素業界は各社が競つて設備投資を行つていた時代で
あり、前記の期間内におけるアセチレン部門の約四億一、六〇〇万円にも及ぶ累積
赤字額は控訴人会社全体の業績の伸長、酸素部門の設備の拡大を少なからず阻害
し、控訴人会社の酸素部門は大手同業各社のそれと比較して生産能力その他におい
て相当の立遅れを余儀なくされ、たとえば、系列下のオンサイトプラント及び共同
製造会社を含めた大手同業者間の酸素の生産能力を比較すると、昭和三五年には、
控訴人会社の一に対し、日本酸素四、帝国酸素三、大阪酸素及び大同酸素いずれも
ほぼ一であつたのが、昭和四五年には、控訴人会社の一に対し、日本酸素四七、帝
国酸素一二、大阪酸素二、大同酸素六となり、その間に著しい格差が生ずるに至つ
たこと、その結果、アセチレン部門をこのままの状態で存続すれば控訴人会社全体
の経営にも深刻な影響を及ぼし、酸素業界の競争に伍してゆくことは困難となるこ
とが予測されたことが認められる。
 もつとも、原審証人aの証言によつて真正に成立したと認める疎乙第一五号証に
よると、控訴人会社の株式の配当率は、昭和三七年には無配であつたのが、昭和三
八年下期から年四分に、昭和四一年上期から年六分に、昭和四二年下期から年八分
に、更に昭和四四年下期から年一割に順次増加していることが認められるけれど
も、成立に争いのない疎乙第四号証の一ないし一五、原審証人aの証言及び右証言
により真正に成立したものと認められる疎乙第一七号証、当審証人gの証言及び右
証言により真正に成立したものと認められる疎乙第一五八号証によれば、昭和四五
年ごろのわが国産業界の稀にみる好況の影響により、控訴人会社の酸素部門におい
てもその売上の伸長がみられるが、前記期間中における同社の営業成績は実質的に
は必ずしも好転したものではなく、利払、減価償却差引前利益は特段に大巾な上昇
はなく、税引前利益が上昇し、配当又は増配に転じたのは、同社が格別の設備投資
を行わなかつたため、支払利息、減価償却費が逐年減少したことに主たる原因があ
り、事業収益に格段の増大があつたことによるものではないこと、一割配当をする
ことは、同社が資金を導入するうえで無理をしてでもこれを実現する必要があつた
ことが認められ、控訴人会社における右配当増加等の事実もアセチレン部門の赤字
が同社の経営全体に及ぼす影響についての前記認定を妨げるものではなく、他に前
記認定を覆えすに足りる疎明はない。
(四) 成立に争いのない疎甲第五、六号証の各一、二、同第七号証、同第八号証
の一、二、原審証人b、同d、当審証人fの各証言によれば、控訴人会社は、昭和
三八年ごろからアセチレン部門の合理化、赤字解消につき検討し、組合又は組合川
崎支部と交渉を重ねたが、同部門の従業員の減員、酸素部門への配置転換等につい
て組合川崎支部の協力を期待することができない状況にあることが明らかになつた
ので、同四四年一〇月頃からは、同部門の存廃について検討を重ねた末、控訴人会
社におけるアセチレン部門の収支の改善はもはやほとんど不可能な状態であること
にかんがみ、大手酸素同業各社との企業間競争から落伍しないようにするために
は、アセチレン部門を全面的に閉鎖するなどこれを控訴人会社の経営から切り離す
以外に方法がないという結論に達したこと、しかし、アセチレン部門の閉鎖は、同
部門に勤務している従業員の生活に重大な影響を及ぼすことになるため、控訴人会
社は、昭和四五年三月ごろから、同部門の従業員の雇用をできるだけ継続したまま
同部門の営業を第三者に譲渡する案や、同部門の従業員を経営主体とする別会社を
設立する案などを検討し、特に後者の案については、同年三月三〇日組合川崎支部
に対しこれを提示して(この点は当事者間に争いがない。)別会社の経営を引受け
る意思の有無について回答を求めたが、前者の案は、同部門の営業の適当な譲受人
を見いだすことができず、後者の案は、その構想が具体的に確立したものではなか
つたこともあつて、経営の責任を組合員に転嫁するもので検討に値いしないとの理
由で組合川崎支部から一蹴されたため、いずれも実現するに至らなかつたこと、控
訴人会社は、その後も検討を重ねたが、結局、同年六月五日の取締役会において、
アセチレン部門を全面的に閉鎖するとともに、同部門に勤務している従業員全員を
解雇する旨を決定したことが認められる。
(五) 以上に認定したところによれば、控訴人会社のアセチレン部門の業績の不
振は、一時的なものではなく、同業各社に共通する業界の構造的な変化と控訴人会
社に特有な生産能率の低いことに起因し、その原因の除去はいずれも困難であり、
同部門の収支の改善はほとんど期待することができず、このままの状態で漫然と放
置するときは、少なくとも主力部門である酸素製造部門が設備投資その他において
同業各社との競争にさらに大きく立ち遅れ、大手同業各社との企業格差が拡大し、
ひいては会社経営に深刻な影響を及ぼすおそれがあつたことが明らかであるから、
控訴人会社がその経営の安定を図るため、会社の採算上多年マイナスの要因となつ
ているアセチレン部門を閉鎖するに至つたことは、企業の運営上やむをえない必要
があり、かつ合理的な措置であつたものといわざるを得ない。
3 次に、控訴人会社がアセチレン部門を廃止した結果、全企業的に見て、過剰人
員が生じたか及び右部門の従業員を控訴人会社の他部門に配置転換する余地があつ
たかどうかについて検討する。
(一) 控訴人は、控訴人会社では酸素部門等においても従来からかなりの過剰人
員を抱えており、昭和四〇年以降男子従業員の新規採用を停止し、定年、自己都合
退職等による自然減員をまつて人員の縮減に努めてきたものであつて、アセチレン
部門の従業員を他の部門に受入れる余裕は全くなかつた旨主張する。
 控訴人会社が昭和四〇年以降、一部の女子事務員を除き一般的に従業員の新規採
用を停止していた事実は当事者間に争いがなく、前掲疎乙第二二号証、いずれも成
立に争いのない疎甲第二九九号証の一ないし六九、同号証の九〇ないし一〇一、疎
乙第七二号証、同第一四四号証の一ないし五六、当審証人eの証言によつていずれ
も真正に成立したと認める疎乙第一二六号証の一、二、同第一三七号証の一、二、
同第一四四号証の五七、同第一四七、第一五七号証、原審証人b、同d、当審証人
e、同fの各証言を総合すると、本件解雇通告の前後においては、控訴人会社では
酸素部門を含む全生産部門において人員縮減の方針がとられ、前記のように昭和四
〇年から全般に新規採用を停止していたものであるが、そのころ及びその後の控訴
人会社の男子職員新規採用者数は、昭和四〇年度上半期(年度とは毎年四月一日か
ら翌年三月末日までをいう。以下同じ。)一名(労務部長付課長待遇の管理職)、
昭和四三年度上半期二名(本社守衛)、昭和四七年度上半期一名(本社開発部開発
課研究係員)、昭和四八年度上半期四名(本社生産部技術課技術係員二名、本社開
発部開発課開発係員一名、本社労務部在籍新洋酸素株式会社出向要員一名)、同年
度下半期九名(国分寺営業所製造課凍結粉砕係員四名、千葉工場製造課生産二係員
三名、同工場守衛一名、千葉営業所営業係員一名)、昭和四九年度上半期三名(新
洋酸素出向要員一名、本社生産部技術課技術係員一名、足利営業所製造課石油ガス
生産係員一名)、同年度下半期二名(本社生産部技術課技術係員一名、本社労務部
在籍一名)であつたこと、右のうち昭和四七年度採用者及び昭和四八年度上半期採
用者の合計五名は、いずれも技術職員であつて、現業職員を新規に採用したのは昭
和四八年一一月になつてからであること、昭和四八年度下半期に国分寺営業所で合
計四名の新規採用を行つたのは、ポリエチレンを凍結して粉砕する受託加工作業の
注文が昭和四八年から急増したことに伴い、右作業の三交替勤務体制を実施するた
め増員の必要が生じたことによるもので、このような経営事情の変化は本件解雇通
告当時には予想し得ないものであつたこと、もつとも、控訴人会社は、昭和四〇年
度から昭和四四年度までの五年度間に定年退職者二七名中から一五名をB嘱託とし
て採用し、更に昭和四五年度から昭和四九年度までの五年度間に定年退職者三四名
中から二〇名をB嘱託として採用しているが、このことは嘱託の採用を必要とする
欠員が現にあつたことを意味するものではなく、控訴人会社は五五歳定年制を採つ
ていたところ、累次にわたる組合の定年延長の要求に対処するため、組合との協定
に基づき、定年退職者についてこれをB嘱託として一年を単位とする再雇用及びそ
の更新を行うこととしたものであり、B嘱託の採用はいわば実質上の定年延長措置
であつて、これを新規採用と全く同視することはできないこと、控訴人会社のアセ
チレン部門以外の部門の男子従業員数は、昭和四五年八月一日現在において四二二
名(うち、事務一三五、技術五九、現業一九一、特務三七)であつたのが、昭和五
〇年一月一日現在では三五五名(うち、事務一二八、技術七一、現業一三〇、特務
二六)となつており、右期間中に合計六七名の減少(うち、事務七名減、技術一二
名増、現業六一名減、特務一一名減)をみているにもかかわらず、右減員に関して
組合との紛争も特段に発生せず、控訴人会社の生産販売高は石油シヨツクによる一
時的な景気後退の時期を除けばむしろ増勢を示しており、その間昭和四八年八月以
降労働時間を全社全部門にわたつて週実働四二時間制から四〇時間制に変更し、年
間一〇〇時間以上の時間短縮を実施したが、これによつて業務上の支障は全く生ぜ
ず、機械、設備等につき特筆するほどの改善も認められないのにむしろ各種の作業
能率は向上していることが認められる。
 以上の事実によると、本件解雇通告当時、控訴人会社にはアセチレン部門以外の
事業部門においても川崎工場及びその他の事業場を通じ新たに補充を必要とするよ
うな男子従業員の欠員がなかつたばかりか、かえつて数十名に及ぶ過員を擁してお
り、特に現業職員及び特務職員の著しく高い比率の過員状況から、控訴人会社とし
ては右の過員の解消に努めていたものと認められる。
(二) 被控訴人らは、昭和四〇年以降控訴人会社の従業員数は全社的に見ても欠
員状態にあつた旨主張し、疎甲第二六四号証によると、川崎工場及び川崎営業所の
在勤者数は昭和三七年以降昭和四三年まで逐年減少してきたこと、前掲乙第一二六
号証の一、二によると、控訴人会社の男子従業員数は、昭和四四年四月から昭和四
五年四月までの一年間だけをとつて見ても、川崎在勤者(アセチレン部門に勤務す
る者も含む。)で二〇名減、全社的には三五名減となつていることが認められる
が、右減員数が即欠員であるというのは当たらず、前認定の状況に照せばむしろ過
員が逐年減少しつつあつたものと認めるのが相当である。
 被控訴人らは、また、控訴人会社は昭和四〇年以降五〇名以上の女子従業員を採
用しており、その中には従来男子従業員が従事していた職場に配置された者もいる
旨主張する。前掲疎甲第二九九号証の一ないし六九、同号証の九〇ないし一〇一、
疎乙第一二六号証の一、二、同第一四四号証の一ないし五七、同第一四七号証、当
審証人eの証言によつて真正に成立したと認める疎乙第一四四号証の五八による
と、控訴人会社は、昭和三九年度から同四四年度までの間に女子従業員五二名を新
規採用したが、右期間内における女子従業員の退職者数は七四名であり、実質的に
は減員となつていること、また、昭和四五年度から同四九年度までの間における女
子従業員の新規採用者数は七〇名であるが、その間六九名が退職しているので、純
増は一名にとどまること、右一名の純増が生じたのは、昭和四五年八月から同五〇
年一月までの間に川崎工場で男子事務員四名が減員され、他方、川崎営業所で男子
事務員及び女子事務員各一名が増員された結果によるものであり、在籍人員数の上
で見る限り川崎在勤者全体を通じ男子三名減、女子一名増となるため、あたかも従
来男子が担当していた職務を女子が担当することになつたような観を呈するが、そ
の職種はいずれも事務職であるうえ、右の女子一名の純増が生じた時期は昭和四七
年以降であることがうかがわれる。したがつて、右に認定した控訴人会社の女子従
業員の採用状況から、本件解雇通告当時控訴人会社の男子従業員に欠員があり又は
近く欠員の生ずる見込みがあつたものと推認することは不可能であり、他に控訴人
会社において従来男子従業員が配置されていた職場に女子従業員が配置された実例
があつたことを認めさせる疎明はない。
(三) 次に、控訴人会社における前記過員の解消に関する見とおしについて見る
と、前掲疎乙第一四四号証の五七によれば、控訴人会社の男子従業員数は、昭和三
九年度末(昭和四〇年三月三一日)現在で六三〇名(うち管理職四七名)、昭和四
四年度末(昭和四五年三月三一日)現在で四八三名(うち管理職四二名)であつ
て、右の五か年間における管理職以外の従業員の自然減は全職種、全事業部門を通
じて合計一四二名であり、その年間平均は二八・四名であつて、昭和四五年度以降
もほぼ同様の自然減が見込まれていたものと認められる。右の年間減員見込数は全
事業部門の合計であつて、そのうちアセチレン部門以外の部門の男子従業員の年間
減員見込数は、これをつまびらかにすることができないが、これを年間二八・四名
と仮定しても、アセチレン部門以外の部門における過員を自然減によつて解消する
ためには、前記の過員状況からすれば、昭和四五年当時今後少くとも二年以上を要
すると見込まれていたものと推認され、前掲疎乙第一四七号証によると、実際に
は、その後生じた石油シヨツクによる景気の下降や雇用不安等により自己都合退職
者が減少した結果、前記過員が解消したのは昭和五〇年になつてからであつたこと
が認められる。
 他方、前掲疎甲第二九九号証の六五、疎乙第一二六号証の二によると、アセチレ
ン部門の閉鎖当時同部門に勤務していた従業員(課長一名を除く)は、総員四七名
で、その職種は、製造二課管理係員一名が技術職である以外は、被控訴人らを含む
その余の従業員四六名はすべて工場現場の作業に従事するいわゆる現業職であつた
ことが明らかであるから、被控訴人ら現業職に属する従業員を他部門に配置転換す
るとすれば、その対象となるべき職種は、現業職及びこれと類似の職種である特務
職に限られるのが相当ということができる。ところが、他部門においては現業職及
び特務職は当時過員であり、近い将来欠員が生ずる見込はない状態にあつたことは
前述のとおりである。右のように、他部門において労働力の需要がなく、また、近
い将来右需要の生ずることも期待し得ない事情にあつた以上、アセチレン部門の閉
鎖により全企業的に見ても右部門の従業員は剰員となつたことが明らかであるとい
わなければならない。
(四) 右の点に関し、被控訴人らは、アセチレン部門の従業員を女子事務員に退
職者が生じた場合の補充として暫定的に右職場に配置する等の配慮をすべきであつ
た、あるいは将来経営事情が変化して事業範囲を拡張し新規業務を開始する場合に
備えて、アセチレン部門の従業員を新規業務要員として温存しておくべきであつた
旨主張するけれども、被控訴人らは現業職員であつて、その従事している業務は女
子事務員の従事すべき業務と職種の代替性のないことが明らかであるし、また、ア
セチレン部門の閉鎖当時において、将来事業範囲を拡張し新規業務を開始する計画
が存したことを認め得る資料もないので、右主張はいずれも採用することができな
い。
 更に、被控訴人らは、控訴人会社が、アセチレン部門の従業員の配置転換先を確
保するため他部門の従業員について希望退職者を募集する措置を講ずべきであつた
のに、これを怠つた旨主張するところ、他部門の従業員について控訴人会社が希望
退職者の募集をしなかつたことは控訴人の認めるところであり、同社が右の措置を
とつたならばアセチレン部門閉鎖によつて余剰人員が生ずることを防ぐことができ
たか否かは不確定の事実ではあるが、一般に企業が特定の事業部門を閉鎖するに当
たり、同事業部門の従業員の配置転換先を確保するために他部門の従業員につき希
望退職者を募集すべき義務があるか否かは、当時の諸般の事情を考量して判断され
るべきものである。しかして前掲疎乙第二二号証、同一五七号証、原審証人b、当
審証人f、同eの各証言及びこれによつて真正に成立したと認める疎乙第二四号証
並びに弁論の全趣旨を総合すると、本件アセチレン工場閉鎖の当時はわが国経済の
高度成長の最盛期に当り、産業界一般に求人難の時期であつたため、控訴人会社と
しては、全従業員について希望退職者を募集するときは、他企業とくに規模拡張中
の同業他社から控訴人会社の酸素部門、営業部門の従業員に対する引抜きを誘発す
ることを恐れたこと、また、希望退職者を募集する以上は、その方法に工夫を加え
たとしても、控訴人会社において必要とする熟練従業員等がこれに応じた場合に、
これを阻止することは困難であるとともに、これらの従業員に代えて技倆未熟なア
セチレン部門の従業員を配置するときは、少なくとも当分の間作業能率の低下は避
けられないこと、さらに、前記のとおり控訴人会社の酸素部門等においては現業職
員及び特務職員につき多大の過員を抱え、自然減耗による減員の方針を維持してき
たところであるから、右部門の希望退職者に代えて全般に年齢の比較的若いアセチ
レン部門の従業員を配置するときは、右人員の合理化計画に支障が生ずる恐れがあ
つたこと、昭和四五年七月中旬に控訴人会社が本件整理解雇を行う旨を公表したと
ころ、四七名の被解雇者について地元の同業各社や大手有名会社を中心に関東一円
の企業一二二社から延べ一、二二〇名に及ぶ求人の申入れが控訴人川崎工場に殺到
し、当時は再就職事情が極めて良好であつたことが認められる。
 以上の事実を勘案すると、控訴人会社が当時全社的に希望退職者を募集すること
によつて会社経営上大きな障害が生ずることを危惧したのはあながちこれを杞憂と
して理由なしと断ずることはできず、右認定の事実を総合考量すると控訴人会社は
当時希望退職者を募集すべきであり、これによりアセチレン部門閉鎖によつて生ず
る余剰人員の発生を防止することができたはずであるということはできない。
 その他被控訴人らは、控訴人会社の経営状態はアセチレン部門の従業員を解雇し
なければ経営が破綻するような状況にあつたものではなかつた旨、るる主張するけ
れども、右主張は、企業内に生じた過剰人員を整理せず放置するときは企業の経営
が破綻することが明らかな場合でなければ従業員を解雇し得ないことを前提とする
ものであるところ、右前提の採用できないことは既に説示したとおりであるから、
右主張は、本件解雇がやむを得ない事業の都合によるものであるかどうかの判断に
影響を及ぼすものではない。
4 上記説示のとおり、控訴人会社のアセチレン部門の閉鎖により、同部門の従業
員は最高責任者である製造二課長以下四八名がことごとく過剰人員となつたもので
ある。そして、控訴人会社は前記のとおり既に企業全体に過剰人員を擁していたの
であるが、そのうちから控訴人会社が具体的な解雇対象者として被控訴人らを含む
アセチレン部門の従業員(管理職たる課長一名を除く)四七名全員を選定したこと
は、一定の客観的基準に基づく選定であり、その基準も合理性を欠くものではない
と認められる。けだし、アセチレン部門は他部門とは独立した事業部門であり、こ
れを全面的に廃止したことにより企業全体としての過員数が一層増加するに至つた
のであつて、この過員数の増加をくいとめるため、管理職以外のアセチレン部門の
従業員全員を整理解雇の対象者とすることには、当時としては相当な理由があつた
ということができるからである。
5 以上のとおりであるから、本件解雇は就業規則にいう「やむを得ない事業の都
合による」ものということができ、本件解雇について就業規則上の解雇事由が存在
することは、これを認めざるを得ないものというべきであり、他に右認定を妨げる
べき特段の事情の存在は認められない。
三 被控訴人らは、本件解雇通告は、雇用契約関係を規律する信義則に違反したも
のであり、また、権利を濫用したもので、違法無効であるという。
 そこで検討すると、控訴人会社が昭和四五年六月五日の取締役会でアセチレン部
門を全面的に閉鎖するとともに同部門に勤務している従業員全員を解雇することを
決定するに至つた経過については、前記二・2・(四)において認定したとおりで
あり、前掲疎乙第二二号証、原審証人b、同dの各証言によると、控訴人会社は更
にその後右閉鎖及び解雇の実施期日及び方法について検討したうえ、同年七月上旬
ごろ、実施期日を同年八月一五日とし、解雇者に対しては退職金規定による退職金
のほかに勤続年数等を考慮した特別加給金、予告手当及び帰郷旅費を支払うこと等
を決定したことが認められる。そして、右決定に基づき、控訴人会社が昭和四五年
七月一六日に組合及び組合川崎支部に対し右決定の趣旨を通知するとともに、全従
業員に対し右閉鎖及び解雇の理由を説明したアセチレン工場部門白書を配布し、更
に、同月二四日被控訴人らを含むアセチレン部門の全従業員に対し本件解雇通告を
し、同年八月一五日同部門を閉鎖するに至つたこと、昭和四五年当時、控訴人会社
と組合との間には、組合員である従業員の解雇問題につき事前に協議すべき旨の労
働協約等は存在しなかつたのであるが、控訴人会社は、アセチレン部門の閉鎖及び
それに伴う同部門の従業員の解雇につき組合の理解と協力を得るため、前述のとお
り昭和四五年七月一六日に組合に対し右閉鎖及び従業員の解雇の実施方を通知した
ほか、本件解雇通告後右閉鎖の実施に至るまでの間に、同年七月三〇日、八月七日
及び同月一四日の三回にわたり組合と団体交渉を行つたこと、しかし、組合は、控
訴人会社のアセチレン部門の一方的な閉鎖及び従業員の解雇には原則的に反対であ
る旨主張し、右閉鎖の実施期日の延期を要求するのみで、問題解決の具体的方法に
ついては何らの対案も提示しなかつたので、控訴人会社は組合の了解と協力を得な
いまま同年八月一五日に予定どおり右閉鎖及び同部門の従業員の解雇を決行したこ
と、以上の事実は当事者間に争いがなく、原審証人dの証言及び成立に争いのない
疎乙第二八号証によれば、控訴人会社は、同月一二日付をもつて右従業員各人に対
し同月一五日に前記退職金、三〇日分の解雇予告手当等を川崎工場において支給す
る旨をあらためて通知したことが認められる。
 右の事実関係に徴して明らかなとおり、控訴人会社が取締役会で決定したアセチ
レン部門の閉鎖及び同部門の従業員の全員解雇の方針を組合及び組合川崎支部に対
しはじめて通知したのは同年七月一六日であり、解雇対象者である被控訴人らに対
し本件解雇通告をしたのは同月二四日であり、右閉鎖及び解雇を実施したのは右通
知の日から約一か月後、本件解雇通告の日から約二〇日後であつて、控訴人会社が
組合と協議を尽くさないまま短期間のうちにアセチレン部門の閉鎖及びそれに伴う
従業員の解雇を強行したことは、いささか性急かつ強引であつた感がないではな
い。
 しかしながら、当時控訴人会社においては解雇問題につき組合と事前に協議すべ
き旨の労働協約等が存在しなかつたことは前述のとおりである。そして、控訴人会
社が昭和三八年から同四五年に至るまでの長期間アセチレン部門の赤字経営を続
け、結局、同部門を閉鎖してその従業員全員を整理せざるを得ない羽目に陥つた原
因については、前記二において詳細に認定したとおりであり、控訴人会社の経営陣
に特段の責められるべき落度があつたものとは認められない。そのうえ、前掲疎乙
第一八号証、同第二二号証、成立に争いのない疎乙第四三号証、同第六一号証によ
ると、控訴人会社は従来から組合川崎支部に対し、アセチレン部門の赤字が逐年増
加しており、会社経営上放置しがたい状況にあること並びに同部門における人員削
減と作業能率の向上が急務であることを繰り返し説明していたこと及びこれが実現
できないときは、同部門の存廃が早晩検討されなければならないことも会社側から
説明されていたことが認められ、更に、控訴人会社が昭和四五年三月三〇日組合川
崎支部に対し、同部門の従業員を経営主体とする別会社を設立する案を提示して経
営引受けの意思の有無を打診したことは既に認定したとおりであつて、成立に争い
のない疎甲第七号証によれば、右の案につき同組合支部の賛意を得られなかつた控
訴人会社は、同組合支部に対し、アセチレン工場に関する会社の決意は遠からず発
表する旨を伝えていることが認められ、これらの事実からすると、少くとも控訴人
会社はアセチレン部門の従業員に対し同部門の将来は楽観を許さず、早晩その存廃
が問題とされることを知らせており、同部門の閉鎖及び本件解雇が全くの抜打ち的
措置であつたと断定することはできない。また、成立に争いのない疎甲第一五号
証、原審における被控訴人c本人の供述により成立の真正が認められる疎乙第一六
四号証、当審証人eの証言によれば、アセチレン工場においては控訴人会社の前記
解雇の通告があつたこと等により同年八月に入つてからは欠勤者が増加し、同月一
〇日以後は同工場の操業が殆ど停止する状態となり、一方同月一四日の組合との団
体交渉は中断のまま組合側の申入れにより終つてしまつたので、控訴人会社として
は同工場の閉鎖、解雇を延期する措置をとるに至らなかつたことが認められ、原審
及び当審における被控訴人c本人の供述中には、右八月に入つてからアセチレン工
場の操業が低下又は停止したのは控訴人会社がカーバイトの入荷を差止め、かつア
セチレン容器の入手を不能にしたためである、とする部分があるが、右の供述は前
記証人eの証言、右証言により成立の真正が認められる疎乙第四八、第四九号証の
各一、二及び同第五〇号証に照らし採用できない。このような事情のもとにおいて
は、控訴人会社が組合と十分な協議を尽くさないで同部門の閉鎖と従業員の解雇を
実行したとしても、他に特段の事情のない限り、右の一事をもつて本件解雇通告が
労使間の信義則に反するものということはできない。
 ところで、原審における被控訴人c本人尋問の結果によつていずれも成立の真正
を認め得る疎甲第二〇二号証の一、二、同第二〇三ないし第二〇五号証、同第二〇
六、第二〇七号証の各一、二、同第二〇八号証、前掲疎乙第四六号証によると、帝
国酸素、日本酸素、大同酸素等の大手酸素製造業者がその兼営するアセチレン部門
を閉鎖した際には、労働組合と協議を尽くした結果、いずれも同部門の従業員を他
の事業部門に配置転換するなどの方法を講じることにより、整理解雇者を一名も出
さないで事態を解決したことが認められるけれども、右各証拠のほか、いずれも成
立に争いのない疎乙第八四ないし第九〇号証の各一、二、同第九一号証の一ないし
三、同第九二号証の一、二、当審証人eの証言、同証言によつて真正に成立したと
認める疎乙第七六、第七七号証、同第七八号証の六一、同第一四七号証に弁論の全
趣旨を併わせると、帝国酸素、日本酸素及び大同酸素においては、控訴人会社と異
なり、会社と労働組合との間にいわゆる人事協議約款が存在していたこと、右三社
の労働組合は合理化問題について柔軟な態度をとつており、右三社のアセチレン部
門の従業員は同部門の閉鎖前から徐々に配置転換により減少していたため、同部門
の閉鎖時における従業員数の全従業員数に対する比率が低下していたこと、右三社
は昭和四〇年から昭和五〇年にかけて毎年多数の男子従業員を新規採用しており、
右三社においては、酸素部門等の事業規模が年々拡張され、アセチレン部門の従業
員を配置転換により吸収し得るだけの労働力の需要があつたことを推認することが
でき、これらの諸点において右三社は控訴人会社と比べ全く事情を異にしているこ
とがうかがわれる。したがつて、右三社がアセチレン部門を閉鎖した際に労働組合
と協議を尽くした結果整理解雇者を出さなかつたという実例があるからといつて、
これと比較して、控訴人会社の執つた本件整理解雇の措置が信義則に反し、解雇権
の濫用であるとするのは、当たらないものというべきである。
 被控訴人らは、控訴人会社が全従業員について希望退職者を募集するなどしてア
セチレン部門の従業員の整理解雇を極力回避する措置を講じなかつたことをもつて
本件解雇手続における信義則違背であるとして非難するが、控訴人会社に対し右の
ような措置をとることを期待することは、当時の事情からみて困難であつたことは
さきに説示したとおりである。また、被控訴人らは控訴人会社がアセチレン部門の
従業員につき希望退職者を募集し、解雇者を減じ又は無くする措置を講じなかつた
ことをも同様に非難するが、前掲疎乙第二二号証によれば、本件整理解雇の実施後
控訴人会社は組合と団体交渉を重ね、組合は会社の方針を承認し、解雇に応じた従
業員については希望退職として取扱い、一人金一六万円の餞別金を加給することな
どを合意し(以上は当事者間に争いがない。)、その後昭和四五年一一月二四日ま
でに被控訴人らを含む二五名(本件仮処分事件の当初の申請人)を除く被解雇者全
員が同年八月一五日付けの退職願を控訴人会社に提出して希望退職の取扱いを受け
たが、右二五名の者は退職願の提出を拒否していたことが明らかであるから、希望
退職を募集したとしても、アセチレン部門においては少くとも被控訴人らを含む二
五名以上の者がこれに応ぜず、右の者らについて解雇を避けようとすれば、前記の
とおり全社的に希望退職者を募集して配置転換をはかり、又はこれをせずにそのま
ま右の者らを他部門に吸収する以外にはなく、前者が期待できなかつたことは前示
のとおりであり、後者についても前認定の控訴人会社の当時の他部門の現業職及び
特務職の従業員の数及びその過員状況からすれば、右人員をそのまま控訴人会社に
おいて温存することを期待することができなかつたことは既に説示したところと同
じである。以上に説示した諸事情を総合考量すると、控訴人会社が全社的にあるい
はアセチレン部門の従業員につき希望退職者募集の措置を講じなかつたことをもつ
て信義則に違反するほど不当なものであつたと解することはできない。
 その他、本件に現われたすべての資料を検討しても、被控訴人らに対する本件整
理解雇が被控訴人ら主張のように労使間の信義則に反し、又は解雇権の濫用にわた
るものと認めることはできないので、被控訴人らの前記主張は失当である。
四 被控訴人らは、控訴人のした本件解雇通告は、不当労働行為に該当し、無効で
ある旨主張するところ、被控訴人らが組合川崎支部所属の組合員であり、組合活動
を行つてきたことは当事者間に争いがない。しかしながら、本件解雇は、上来説示
したとおり、就業規則に定める「やむを得ない事業の都合」によりなされたもので
あり、控訴人会社において被控訴人らが活発な組合活動を行つてきたことを嫌悪
し、被控訴人らを職場から排除することにより組合川崎支部の団結力ないし団体行
動力を弱体化する目的をもつて本件解雇を行つた旨の被控訴人らの主張事実は、全
疎明資料によつてもこれを認めるに足りない。
 よつて、右主張もまた採用することができない。
五 以上に認定・判断したところによれば、控訴人会社が被控訴人らに対してした
本件解雇通告は有効にその効力を生じたものというべく、これによつて被控訴人ら
は昭和四五年八月一五日限り控訴人会社の従業員の地位を喪失したものである。し
たがつて、本件仮処分申請は被保全権利の疎明がないことに帰着し、保証をもつて
疎明に代えることも相当でないので、右申請は全部排斥を免れない。
 これと一部結論を異にし、被控訴人らの申請の一部を認容した原判決は、当審の
前示判断と牴触する限度で失当として取消を免れず、本件控訴は理由があるので、
民事訴訟法三八六条、九六条、八九条、九三条を適用して、主文のとおり判決す
る。
(裁判官 外山四郎 近藤浩武 鬼頭季郎)

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