弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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         主    文
     原判決を破棄する。
     被告人Aを懲役八月に、被告人Bを懲役四月に処する。
         理    由
 本件各控訴の趣意は、大阪地方検察庁検事正代理次席検事片岡平太名義及び各被
告人の弁護人種子島幸雄名義のそれぞれの控訴趣意書(但し弁護人の被告人Aにつ
いての控訴趣意は第一項乃至第三項は量刑不当、第四、五項は事実誤認を主張する
旨釈明)記載のとおりであるから、これを引用する。
 検察官の控訴趣意について。
 論旨は、本件公訴事実中の外国国章損壊の点につき、原判決は、刑法第九二条に
いわゆる損壊とは物質的に破壊する行為を指称すると解し、被告人等の行為は国章
の前面に本件看板を垂下して国章を外部から見えないように遮蔽したに止つたので
あるから、刑法第九二条の損壊に当らないとして無罪の言渡しをしているが、右は
法令の解釈を誤つたもので、この誤りは判決に影響を及ぼすことが明らかである。
刑法第九二条の解釈上重視しなければならないのは、外国国章に対して加えられた
物質的損害そのものではなく、国章の上に顕現された外国の権威に対する侮辱意思
の表現である。従つて損壊等の意義を原判決のように特に狭く厳格に解すべき理由
はない。本件所為により国章としての効用を失つたのであるから損壊に該当し、然
らずとするも、除去、又は汚穢に該当すると言うのである。
 <要旨>よつて案ずるに、刑法第九二条の立法目的を探り、これと同じく物の損壊
について規定した同法第四〇章なかんずく同法第二六一条とを比較し、さら
に侮辱罪に関する同法第二三一条の規定の趣旨を参酌するときは、右第二六一条
が、所有権を保護するため、物の経済的効用を滅失又は減少せしめる行為を禁止し
ようとするにあるに反し、第九二条は、わが国と外国との間における円滑な国交に
資するため、国章が表徴している当該外国の威信尊厳を傷つける行為を禁止しよう
とするにあることをうかがうことができ、同条にいわゆる損壊とは、国章自体を破
壊又は毀損する方法によつて、外国の威信尊厳表徴の効用を滅失または減少せしめ
ることをいい、除去とは、国章自体に損壊を生ぜしめることなく、場所的移転、遮
蔽等の方法によつて、国章が現に所在する場所において果している右威信尊厳表徴
の効用を滅失または減少せしめることをいい、汚穢とは、人に嫌汚の感を懐かしめ
る物を付着または付置して国章自体に対して嫌汚の感を懐かしめる方法によつて、
右効用を滅失または減少させることをいう、と解するを相当とする。
 ところで、原審がその有罪部分の認定について挙示した証拠ならびに当審の検証
調書および証人Cの尋問調書を総合すれば、被告人両名は共謀の上、昭和三六年九
月三〇日午前三時頃中華民国に対し侮辱を加える目的を以て、大阪市a区b町c丁
目d番地所在の同国駐D総領事館邸一階正面出入口上部の中央に、中華民国の青天
白日の国章を刻し、その右側に「中華」左側に「大厦」と刻した横額の上に白地に
黒く「台湾共和国D総領事館」と大書したベニヤ板製の看板を掲げて、右中華民国
の国章のある横額を外部から全く遮蔽したものであるとの起訴状記載の事実、なら
びに、前記中央に国章のある中華大厦の横額は建物正面の長方形の凹所に塗り込ん
で刻みつけられたもので、これに対する遮蔽の仕方は右横額の前面にこれとほぼ同
形のベニヤ板製の看板を、右横額の上部に打ちつけられていた釘或いは上部にあつ
たコンクリートのいぼに看板に取りつけた針金を巻きつけて垂下せしめ、この横額
に看板が恰度重なり合うように合致せしめ且つ密接させていたものであつて、横額
は看板により全く遮蔽されかえつて本件建造物が台湾共和国D総領事館となつたか
の感を懐かしめること、および、この看板を掲げた場所は屋内からの出入りが遮断
された地上約四米の高所であつて一階からは勿論二階からも容易に近付き難く、右
看板の取りはずしは容易でないばかりか、取りはずさない以上は、そのまま固定し
たもので、この遮蔽は単に一時的のものでないこと等が認められる。かかる国章の
遮蔽の方法は国章の場所的移転こそないが、右国章がその場所において果しつつあ
る中華民国の威信尊厳表徴の効用を滅却するものというべく刑法第九二条の除去に
該当するものと解するを相当とする。
 したがつて、刑法第九二条の損壊とは同条所定の国章を物質的に破壊する行んだ
けをいうものとしその認定の被告人らの所為か国章の除去に該当するか否かの考慮
を示さず卒然として無罪の言渡しをした原判決は、法令の解釈を誤まり事実を誤認
したものと言うべく、この誤りは、原判決に影響を及ぼすことが明らかであるか
ら、この点において原判決は破棄を免れない。
 被告人Aの弁護人の控訴趣意第四項、第五項及び被告人Bの弁護人の控訴趣意第
二項(いずれも事実誤認の主張)について。
 各論旨は、原判示第一の中華民国D総領事館邸一階正面出入口鉄製扉は建造物よ
り取りはずし可能であり、建造物と一体をなしているものではないから、これに対
する損壊は建造物損壊でないのみならず、ペンキを以て汚したことはりムバー液を
以て容易に払拭し得られるので損壊とは言えない。従つてこの点原判決には事実の
誤認があり、被告人等は無罪であると主張するのである。
 よつて案ずるに、原判示第一の建造物損壊の事実は、その挙示証拠により優に認
定できる。右証拠なかんづく各実況見分調書、Eの検事に対する供述調書による
と、原判示の中華民国駐D総領事館邸一階正面出入口鉄製扉は、高さ二米一三糎、
巾一米八二糎の観音開式になつており、その各々の片側は建物に頑丈に取付けられ
てあり、建物の一部を構成していること、又右扉や前記館邸一階正面出入口左右の
石造りの外壁に原判示の如きマーク、文言等が書かれた白色ビニール塗料及び黒色
エナメル塗料、赤色エナメル塗料は当初ガソリンを用いたが何等払拭の効果がない
ので、シンナーを使用したところ一応筆体が判らない程度に抹消することは出来た
が、前記館邸にその威容と美観とを著しく損わしめる意味、書体の文言とマークを
容易に原状に復し得ない程度に附着せしめ汚損したことが明らかである。特殊の液
を使用すれば払拭し得るとしても汚損たるに変りはない。その他所論にかんがみ、
当審における事実調べの結果その他一件記録に徴しても、原判決の建造物損壊の認
定に誤りはない。従つて論旨は理由がない。
 ところで、弁護人のその余の論旨は各被告人についての量刑不当を主張するので
あるが、原判示第一の建造物損壊の点につき事実の誤認がなく、有罪であり、又原
判示第一の侮辱の事実、第二の建造物侵入の事実についても有罪であることに争い
のないところ、前記のとおり原判決が無罪とした外国国章損壊罪の点も有罪として
破棄する以上これらは総べて一個の裁判をもつて裁判をなすべきものであるので、
弁護人の各被告人に対する原判示の有罪部分に関する量刑不当の論旨についての判
断をまつまでもなく、この原判示有罪部分も破棄を免れない。従つて量刑不当の論
旨に対してはいまここに判断することを省略し、後記自判に際しての考慮に護るこ
ととする。
 よつて刑事訴訟法第三九七条第一項、第三八二条に従い、原判決を破棄し、同法
第四〇〇条但書により直ちに判決するのに、罪となるべき事実及び証拠の標目は、
当審のあらたに認定した国章除去の事実およびその証拠は前示のとおりであるほか
は、原判決と同一であるから、これを引用する。
 被告人等の所為を法律に照すと、原判示第一の建造物損壊の点は刑法第二六〇条
前段、第六〇条に、原判示第一の侮辱の点は同法第二三一条、第六〇条、罰金等臨
時措置法第二条に、原判示第二の建造物侵入の点は刑法第一三〇条、第六〇条、罰
金等臨時措置法第二条、第三条に、当審判示の国章除去の点は刑法第九二条、第六
〇条、罰金等臨時措置法第二条、第三条に各該当するところ、右建造物損壊罪と侮
辱罪とは、一個の行為で数個の罪名に触れる場合であるから、刑法第五四条第一項
前段第一〇条に則り重い建造物損壊罪の刑で処断すべく、右建造物侵入罪と国章除
去の罪とは、互に手段結果の関係にあるから、刑法第五四条第一項後段第一〇条に
則り、重い建造物侵入罪の刑で処断すべく、以上は、刑法第四五条前段の併合罪に
つき、同法第四七条第一〇条に則り、重い建造物損壊罪の刑に法定の加重をした刑
期範囲内で、主文のとおり科刑する。
 よつて主文のとおり判決する。
 (裁判長裁判官 井関照夫 裁判官 三木良雄 裁判官 山下鉄雄)

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