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平成25年9月10日判決言渡
平成24年(行ケ)第10425号審決取消請求事件
口頭弁論終結日平成25年8月6日
判決
原告三菱重工業株式会社
原告
株式会社日立プラントテクノロジー承継人
株式会社日立製作所
原告ら訴訟代理人弁護士三村量一
東崎賢治
中島慧
被告三井造船株式会社
被告川崎重工業株式会社
被告佐世保重工業株式会社
被告住友重機械マリンエン
ジニアリング株式会社
被告内海造船株式会社
被告株式会社名村造船所
被告函館どつく株式会社
被告ジャパンマリンユナイテッド株式会社
(旧商号・ユニバーサル造船株式会社)
(株式会社アイ・エイチ・アイマリンユナイテッド承継人を兼ねる)
被告ら訴訟代理人弁護士名越秀夫
生田哲郎
高橋隆二
森本晋
佐野辰巳
中所昌司
主文
特許庁が無効2011-800262号事件について平成24年1
1月5日にした審決中,「特許第4509156号の請求項6に係る
発明についての特許を無効とする。」との部分を取り消す。
訴訟費用は被告らの負担とする。
事実及び理由
第1原告らの求めた判決
主文同旨
第2事案の概要
本件は,特許無効審決の取消訴訟である。争点は,特許法17条の2第3項違
反の有無である。
1特許庁における手続の経緯
発明の名称を「船舶」とする本件特許第4509156号(出願日:平成19
年9月13日,登録日:平成22年5月14日)の特許権者は,審決時において,
原告三菱重工業株式会社,株式会社日立製作所及び承継前原告株式会社日立プラ
ントテクノロジーであった。
その後,原告株式会社日立製作所は本件特許の持分を放棄した後,承継前原告
株式会社日立プラントテクノロジーを吸収合併して同社を包括承継した。現在は
原告らが本件特許権者となっている。
本件特許の出願過程においては,平成22年3月24日付けでの手続補正(本
件補正,甲224)がされていた。
被告らは,株式会社アイ・エイチ・アイマリンユナイテッドと共に,平成23
年12月22日,本件特許の請求項1,2,4~7について無効審判を請求した
(無効2011-800262号)。
本件特許について,平成24年4月10日付けで,特許請求の範囲の訂正請求
(甲225)があった。この訂正の内容は,後記審決の理由の要点に示すが,請
求項6を削除し,請求項7を6に繰り上げる訂正を含むものである。
特許庁は,平成24年11月5日,上記訂正を認めた上で,「特許第4509
156号の請求項6に係る発明についての特許を無効とする。特許第45091
56号の請求項1,2,4,5に係る発明についての審判請求は,成り立たない。」
との審決をし,その謄本は,同月15日,特許権者に送達された。
2本件発明の要旨
本件発明の要旨は,平成24年4月10日付け訂正請求に係る下記特許請求の
範囲のとおりである。
【請求項1】
バラスト水の取水時または排水時にバラスト水中の微生物類を処理して除去ま
たは死滅させるとともにバラスト水が供給されるバラスト水処理装置を備えてい
る船舶であって,
バラスト水が供給される前記バラスト水処理装置が船舶後方の舵取機室内に配
設され,前記舵取機室は吃水線よりも上方に位置することを特徴とする船舶。
【請求項2】
前記バラスト水処理装置が前記舵取機室内またはその空間に設けたデッキに配
設されていることを特徴とする請求項1に記載の船舶。
【請求項3】(無効審判請求の対象でないので,省略)
【請求項4】
前記舵取機室は非防爆エリアであることを特徴とする請求項1に記載の船舶。
【請求項5】
前記舵取機室はバラストポンプが設置される機関室に隣接していることを特徴
とする請求項1に記載の船舶。
【請求項6】(訂正前請求項7を繰上げ)
バラスト水の取水時または排水時にバラスト水中の微生物類を処理して除去ま
たは死滅させるとともにバラスト水が供給されるバラスト水処理装置を備えてい
る船舶であって,
バラスト水が供給される前記バラスト水処理装置が船舶後方の非防爆エリア
で,船舶の吃水線より上方かつバラストタンクの頂部よりも下方に配設されてい
ることを特徴とする船舶。
(以下,請求項ごとに「本件発明1」などという。)
3審判で主張された無効理由
審判で主張された無効理由(訂正後に関するもの)は,以下のとおりである。
(1)無効理由1(特許法29条の2)
請求項1,2,4,5に係る発明は,甲1に記載の発明と実質的に同一である
から,特許法29条の2の規定により特許を受けることができない。
(2)無効理由2(特許法29条2項)
請求項1の発明は,甲13及び甲14により進歩性を有しない。
請求項2,4,5の発明はいずれも,進歩性のない請求項1の発明に,周知事
項を単に付加した発明であるから,請求項1の発明と同様進歩性を有しない。
請求項6の発明は,甲15及び甲13により進歩性を有しない。
したがって,請求項1,2,4,5,6の発明は,特許法29条2項の規定に
より特許を受けることができない。
(3)無効理由3(特許法17条の2第3項)
請求項6に係る発明は,願書に最初に添付した明細書,特許請求の範囲および
図面に記載した事項の範囲外の発明であるから,特許法17条の2第3項の規定
により特許を受けることができない。
4審決の理由の要点
審決は,無効理由1及び2については理由なしとしたが,無効理由3につき,
「『非防爆エリア』という語は,当業者において『非危険区域』や『非危険区画』
と解釈できたとしても,『バラスト水処理装置』は舵取機室9以外に具体的にど
の場所に配設すると特定しているものではないから,船舶後方の舵取機室9以外
の『非危険区域(非危険区画)』ならどの場所(機関室も含む)でもよいことに
なる。このことは,『バラスト水処理装置を舵取機室9に配設』するという本件
出願当初の発明の要旨を逸脱し,新たな技術事項を導入したものと認められるこ
とになり,願書に最初に添付した明細書に記載された技術範囲を逸脱するものと
なり,新規な事項に該当し特許法17条の2第3項の規定により特許を受けるこ
とができないものである。したがって,本件発明6は特許法123条1項1号の
規定により無効とすべきである。」と判断した。
審決の上記無効判断の理由は,以下のとおりである。
本件の出願当初の明細書には「発明が解決しようとする課題」及び「課題を解
決するための手段」として以下のように記載されている。
「【発明が解決しようとする課題】
【0005】
ところで,上述したバラスト水処理装置は,荷役の進行と略同時に吸入または排
水されるバラスト水を処理するものであるから,高い処理速度(たとえば,大型原
油タンカーの場合には7000m3
/hr程度)が求められる。このため,バラス
ト水処理装置自体が大型化する傾向にあり,船舶にバラスト水処理装置の適当な設
置場所を確保することは,下記の理由により困難な状況にある。
【0006】
(1)バラスト水処理装置は,電気や薬剤などを使用する高度な処理レベルが求め
られるため,海洋環境下での波浪・風雨に対する耐食性を考慮すると,甲板等の船
外よりも船内に設置することが好ましい。
(2)バラスト水処理装置を船内に配置する場合,貨物積載量の確保や可燃性貨物
の積載に伴う危険区画等を考慮すると,船体中央部分に配置することを避け,船首
または船尾に配置することが望ましい。
(3)一般的な船舶設計では,バラストポンプ等の機器類は船尾の機関室に配置さ
れる。このため,船首にバラスト水処理装置を配置すると,船尾のバラストポンプ
近傍に設けられた取水口から船首まで長距離の配管が必要となる。
【0007】
このように,今後設置が義務づけられるバラスト水処理装置について,船体設計
の大幅な変更を必要とせず,しかも,新造船に設置する場合はもとより,既存の船
舶を改造して設置する場合にも容易に適用可能な船舶構造が望まれる。すなわち,
新造船や既存船の区別がなく,しかも,タンカー(LPG船,LNG船,油送船等),
貨物船(コンテナ船,ロールオン/ロールオフ船,一般貨物船等)及び専用船(ば
ら積貨物船,鉱石運搬船,自動車運搬船等)等のように多種多様な船舶(特に一般
商船)に対して,多種多様な方式のバラスト水処理装置を船内適所に容易に設置可
能とする船舶構造が望まれている。
本発明は,上記の事情に鑑みてなされたものであり,その目的とするところは,
多種多様な船舶に対して,多種多様な方式のバラスト水処理装置を船内適所に容易
に設置可能とする船舶構造を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明は,上記の課題を解決するため,下記の手段を採用した。
本発明に係る船舶構造は,バラスト水の取水時または排水時にバラスト水中の微
生物類を処理して除去または死滅させるバラスト水処理装置を備えている船舶構
造であって,前記バラスト水処理装置が船舶後方の舵取機室内に配設されているこ
とを特徴とするものである。
【0009】
このような船舶構造によれば,バラスト水処理装置を船舶後方の舵取機室内に配
設するようにしたので,船体構造や船型を大きく変更することなく,船舶内の空間
を有効に利用して種々のバラスト水処理装置を容易に設置することができる。
【0010】
上記の船舶構造においては,前記バラスト水処理装置を前記舵取機室内の空間に
設けたデッキに配設することが好ましく,これにより,舵取機室内の空間をより一
層有効に利用して,すなわち,空間を立体的に有効利用して種々のバラスト水処理
装置を設置することができる。」
そして,本件の出願当初の特許請求の範囲は次のとおりである。
「【請求項1】
バラスト水の取水時または排水時にバラスト水中の微生物類を処理して除去ま
たは死滅させるバラスト水処理装置を備えている船舶構造であって,
前記バラスト水処理装置が船舶後方の舵取機室内に配設されていることを特徴
とする船舶構造。
【請求項2】
前記バラスト水処理装置が前記舵取機室内またはその空間に設けたデッキに配
設されていることを特徴とする請求項1に記載の船舶構造。
【請求項3】
前記バラスト水処理装置のバッファタンクとしてアフト・ピーク・タンク等の船
尾部ボイドスペースが使用されていることを特徴とする請求項1または2に記載
の船舶構造。」
このことから,本件の出願当初の明細書に記載された請求項1~3に係る発明
は,「・・・多種多様な船舶(特に一般商船)に対して,多種多様な方式のバラス
ト水処理装置を船内適所に容易に設置可能とする船舶構造が望まれ・・・」ている
という課題に対して,「・・・バラスト水処理装置が船舶後方の舵取機室内に配設
され・・・」という手段により解決するものであると認められる。
その後,平成22年3月24日付け手続補正書により,その特許請求の範囲は
請求項4~7を追加して以下のように補正され,特許されたものである。
「【請求項1】
バラスト水の取水時または排水時にバラスト水中の微生物類を処理して除去ま
たは死滅させるバラスト水処理装置を備えている船舶であって,
前記バラスト水処理装置が船舶後方の舵取機室内に配設されていることを特徴
とする船舶。
【請求項2】
前記バラスト水処理装置が前記舵取機室内またはその空間に設けたデッキに配
設されていることを特徴とする請求項1に記載の船舶。
【請求項3】
前記バラスト水処理装置のバッファタンクとしてアフト・ピーク・タンク等の船
尾部ボイドスペースが使用されていることを特徴とする請求項1または2に記載
の船舶。
【請求項4】
前記舵取機室は非防爆エリアであることを特徴とする請求項1に記載の船舶。
【請求項5】
前記舵取機室はバラストポンプが設置される機関室に隣接していることを特徴
とする請求項1に記載の船舶。
【請求項6】
前記舵取機室は吃水よりも上方に位置することを特徴とする請求項1に記載の
船舶。
【請求項7】
バラスト水の取水時または排水時にバラスト水中の微生物類を処理して除去ま
たは死滅させるバラスト水処理装置を備えている船舶であって,前記バラスト水
処理装置が船舶後方の非防爆エリアに配設されていることを特徴とする船舶。」
さらに,平成24年4月10日付け訂正請求書において,以下のように訂正さ
れた。
「【請求項1】
バラスト水の取水時または排水時にバラスト水中の微生物類を処理して除去ま
たは死滅させるとともにバラスト水が供給されるバラスト水処理装置を備えてい
る船舶であって,
バラスト水が供給される前記バラスト水処理装置が船舶後方の舵取機室内に配
設され,前記舵取機室は吃水線よりも上方に位置することを特徴とする船舶。
【請求項2】
前記バラスト水処理装置が前記舵取機室内またはその空間に設けたデッキに配
設されていることを特徴とする請求項1に記載の船舶。
【請求項3】
前記バラスト水処理装置のバッファタンクとしてアフト・ピーク・タンク等の船
尾部ボイドスペースが使用されていることを特徴とする請求項1または2に記載
の船舶。
【請求項4】
前記舵取機室は非防爆エリアであることを特徴とする請求項1に記載の船舶。
【請求項5】
前記舵取機室はバラストポンプが設置される機関室に隣接していることを特徴
とする請求項1に記載の船舶。
【請求項6】
バラスト水の取水時または排水時にバラスト水中の微生物類を処理して除去ま
たは死滅させるとともにバラスト水が供給されるバラスト水処理装置を備えてい
る船舶であって,
バラスト水が供給される前記バラスト水処理装置が船舶後方の非防爆エリアで,
船舶の吃水線より上方かつバラストタンクの頂部よりも下方に配設されているこ
とを特徴とする船舶。」
本件補正後の特許発明7及び訂正された訂正特許発明6は,出願当初の明細書,
特許請求の範囲および図面には記載されていない「バラスト水処理装置が船舶後方
の非防爆エリアに配設されている」という構成を特徴としている。
そして,その効果として,出願当初の明細書には,次のように記載されている。
「【0029】
このように,上述した本発明の船舶構造によれば,今後設置が義務づけられるバ
ラスト水処理装置20について,船体設計や船型の大幅な変更を必要とせず,しか
も,新造船や既存の船舶を改造して設置する場合においても,多種多様な船舶に対
して,多種多様な方式のバラスト水処理装置を容易に設置することができる。すな
わち,本発明は,船舶構造としては必要である舵取機室9の空間を有効に利用し,
配置上の制約や他の船舶構造に及ぼす影響が小さい舵取機室9が,船舶構造におけ
るバラスト水処理装置20の最適な設置場所であることを見いだしたものである。
【0030】
また,舵取機室9は,バラストポンプ13が設置される機関室8に隣接して近い
ため,処理装置入口側配管系統15及び処理装置出口側配管系統16に必要となる
配管長及び配管設置スペースが少なくてすみ,バラスト水処理に伴う圧力損失も最
小限に抑えることができる。
また,舵取機室9は非防爆エリアであるから,各種制御機器や電気機器類の制約
が少なくてすむという利点もある。
また,舵取機室9は,船舶の吃水より上方に位置するため,緊急時においてはバ
ラスト水を容易に船外へ排水できるという利点もある。
なお,本発明は上述した実施形態に限定されるものではなく,本発明の要旨を逸
脱しない範囲内において適宜変更することができる。」
このことは,「バラスト水処理装置」を「舵取機室9」に配設したことによる効
果として「本発明は,船舶構造としては必要である舵取機室9の空間を有効に利用
し,配置上の制約や他の船舶構造に及ぼす影響が小さい舵取機室9が,船舶構造に
おけるバラスト水処理装置20の最適な設置場所であることを見いだしたもので
ある。」,「舵取機室9は,バラストポンプ13が設置される機関室8に隣接して
近いため,処理装置入口側配管系統15及び処理装置出口側配管系統16に必要と
なる配管長及び配管設置スペースが少なくてすみ,バラスト水処理に伴う圧力損失
も最小限に抑えることができる。」と記載されているが,そのほかに副次的な効果
として「舵取機室9は非防爆エリアであるから,各種制御機器や電気機器類の制約
が少なくてすむという利点もある」(下線は当審において付与したものである。)
と記載したものと認められる。
そして,「非防爆エリア」については上記の【0030】に「・・・舵取機室
9は非防爆エリアであるから,各種制御機器や電気機器類の制約が少なくてすむと
いう利点もある。」と記載されているだけで,本件の出願当初の明細書では舵取機
室9以外には具体的にどの場所に配設するとの記載も示唆もしているものではな
い。
「非防爆エリア」という語は,当業者において「非危険区域」や「非危険区画」
と解釈できたとしても,「バラスト水処理装置」は舵取機室9以外に具体的にどの
場所に配設すると特定しているものではないから,船舶後方の舵取機室9以外の
「非危険区域(非危険区画)」ならどの場所(機関室も含む)でもよいことになる。
このことは,「バラスト水処理装置を舵取機室9に配設」するという本件出願当
初の発明の要旨を逸脱し,新たな技術事項を導入したものと認められることにな
り,願書に最初に添付した明細書に記載された技術範囲を逸脱するものとなり,新
規な事項に該当し特許法17条の2第3項の規定により特許を受けることができ
ないものである。
したがって,本件発明6は特許法123条1項1号の規定により無効とすべきで
ある。
第3原告ら主張の審決取消事由
1取消事由1(特許法17条の2第3項についての理由不備)
特許法17条の2第3項の「明細書又は図面に記載した事項」とは,当業者に
よって,明細書又は図面のすべての記載を総合することにより導かれる技術的事
項であるところ,審決は,明細書又は図面のすべての記載を総合することにより
いかなる技術的事項が導かれるかを検討することなく,明細書の一部の記載を抜
き出すことにより,「本件出願当初の発明の要旨」なる補正要件とは無関係な事
項を検討したのみで,「本件出願当初の発明の要旨を逸脱し,新たな技術事項を
導入したものと認められる」とだけ述べて,特許法17条の2第3項違反という
結論を導いている。このように,審決は,結論を導くための理由を付しておらず,
明らかな理由不備が存在するから,重大な違法性を有するものとして取消しを免
れない。
2取消事由2(特許法17条の2第3項についての判断の誤り)
(1)当初明細書の記載からは,バラスト水処理装置を非防爆エリアに配設す
ることにより,本件発明の課題を解決できるという技術的事項が導かれること
ア本件発明6の課題
発明の課題は,明細書全体の記載を参酌して認定されるところ,当初明細書(甲
201)の【0005】~【0007】には,バラスト水処理装置が大型化する
傾向にある中で,①海洋環境下での波浪・風雨に対する耐食性の確保,②貨物積
載量の確保や可燃性貨物の積載に伴う危険区画等からの隔離,③船尾の機関室に
配置されるバラストポンプ近傍に設けられた取水口からバラスト水処理装置まで
の距離の短縮といった観点から,船舶にバラスト水処理装置の適当な設置場所を
確保することが困難な状況にあったことが記載されている。
また,当初明細書には,バラスト水処理装置の配設場所について,乗員の居住
区から近くに配設すれば,作業時等のアクセス面で有利になること(【0026】),
船舶の吃水より上方に配設すれば,緊急時にバラスト水を容易に船外へ排水でき
るという利点があること(【0030】)なども記載されている。
以上によれば,本件発明は,船舶にバラスト水処理装置の適当な設置場所を確
保することが困難であるという状況下において,船舶におけるバラスト水処理装
置の適切な設置場所を提供することを課題とするものということができる。
イ当初明細書【0030】の記載
当初明細書の【0030】には,「舵取機室9は非防爆エリアであるから,各
種制御機器や電気機器類の制約が少なくてすむという利点もある。」という記載
がある。
防爆構造の電気機器が充足すべき要件については,財団法人日本海事協会が発
行した「鋼船規則H編(2006年版)」(甲217)(30~31頁)に記
載されているように,材料や構造等について厳しい要件を充足しなければならな
い。当初明細書の【0030】にいう「各種制御機器や電気機器類の制約」とは,
このことを意味するものである。そして,防爆エリアに配設される電気機器(防
爆構造の電気機器)がこのような要件を充足しなければならないことは当業者の
技術常識であるから,当初明細書【0030】の「舵取機室9は非防爆エリアで
あるから,各種制御機器や電気機器類の制約が少なくてすむという利点もある。」
という記載を当業者が読めば,ここには,①バラスト水処理装置を非防爆エリア
に配設する場合には,バラスト水処理装置を構成する各種制御機器や電気機器類
の制約が少なくて済むというメリットがあるという事項と,②舵取機室は非防爆
エリアであるから,バラスト水処理装置を舵取機室に配設すれば,バラスト水処
理装置を非防爆エリアに配設した場合のメリットを享受することができるという
事項が併せて記載されていると当然に理解することになる。「各種制御機器や電
気機器類の制約が少なくてすむという利点」のことを,バラスト水処理装置を非
防爆エリアに配設した場合に共通する利点ではなく,舵取機室に配設した場合に
特有の利点であると理解することは,あり得ないことである。
そして,バラスト水処理装置を防爆エリアに配設した際に,バラスト水処理装
置を構成する各種制御機器や電気機器類について厳しい要件を充足しなければな
らないという上記の制約が生じる結果として,①バラスト水処理装置が大型化す
る,②バラスト水処理装置の製造コストが高くなる,③バラスト水処理装置の納
期が長くなるといったデメリットが生じることになる。通常のバラスト水処理装
置と防爆構造のバラスト水処理装置との間で,大きさ,コスト及び納期について
差異が生じることは,当業者であれば当然に理解している事項である。
したがって,当業者が,当初明細書【0030】の「舵取機室9は非防爆エリ
アであるから,各種制御機器や電気機器類の制約が少なくてすむという利点もあ
る。」という記載に接すれば,バラスト水処理装置を非防爆エリアに配設するこ
とによって,それを構成する各種制御機器や電気機器類として防爆構造のものを
使用する必要がなくなり,その結果,バラスト水処理装置のサイズを小型化し,
製造コストを減少させた上で,納期も短くすることができるという効果を奏する
ことを理解する。そして,そのような効果を奏する非防爆エリアが,バラスト水
処理装置の配設場所として適切であるということを認識することになる。
それゆえ,当初明細書【0030】の「舵取機室9は非防爆エリアであるから,
各種制御機器や電気機器類の制約が少なくてすむという利点もある。」という記
載に接した場合,当業者は,訂正後の請求項6に記載された構成(すなわち,バ
ラスト水処理装置を非防爆エリアに配設するという構成)により,バラスト水処
理装置のサイズを小さくすることができるため,「船体設計の大幅な変更を必要
とせず,しかも,新造船に設置する場合はもとより,既存の船舶を改造して設置
する場合にも容易に適用可能」(【0007】)となり,船舶におけるバラスト
水処理装置の適切な設置場所を提供するという本件発明の課題が解決されること
を認識することができる。
したがって,当初明細書の【0030】からは,本件発明6の構成のうち,バ
ラスト水処理装置を非防爆エリアに配設するという構成を採用することによっ
て,上記の課題が解決されるという技術的事項を導くことができる。
ウ当初明細書【0006】の記載
当初明細書の【0006】には,「バラスト水処理装置を船内に配置する場合,
貨物積載量の確保や可燃性貨物の積載に伴う危険区画等を考慮すると,船体中央
部分に配置することを避け,船首または船尾に配置することが望ましい。」と記
載されている。「危険区画」とは「防爆エリア」と同義であるから,上記の記載
を当業者が読めば,バラスト水処理装置は防爆エリアを避けて(すなわち非防爆
エリアに)配置することが望ましいということを理解することができる。したが
って,当初明細書【0006】の上記記載に接した場合,当業者は,訂正後の請
求項6に記載された構成(すなわち,バラスト水処理装置を非防爆エリアに配設
するという構成)により,船舶におけるバラスト水処理装置の適切な設置場所を
提供するという本件発明の課題が解決されることを認識することができる。
それゆえ,当初明細書の【0006】からは,本件発明6の構成のうち,バラ
スト水処理装置を非防爆エリアに配設するという構成を採用することによって,
上記の課題が解決されるという技術的事項を導くことができる。
(2)当初明細書には,バラスト水処理装置を機関室に配設することを排除す
る旨の記載はないこと
当初明細書の【0025】には,「機関室8をバラスト水処理装置20の設置
場所とすることには問題が多くきわめて困難である」との記載があるが,【00
25】は,通常の船舶設計における機関室には余分な空間がないことを理由とし
て,機関室にバラスト水処理装置を設置することは困難であると述べているにす
ぎず,機関室に特有の技術的な問題等を指摘しているわけではないから,バラス
ト水処理装置を機関室に配設することを排除するものではない。
(3)当初明細書の記載は,バラスト水処理装置を舵取機室に配設する構成に
限定するものではないこと
当初明細書の【0023】,【0026】~【0028】,【0030】の記
載によれば,バラスト水処理装置を舵取機室に配設すると,①舵取機室の内部に
は,バラスト水処理装置の設置が可能となる大きな設置空間を容易に確保するこ
とができること,②舵取機室は,機関室の上部に配置された乗員の居住区から近
く,作業時等のアクセス面でも有利であること,③舵取機室は船内空間であるか
ら,海洋環境下における波浪や風雨に対する腐食対策を施す必要がないこと,④
バラスト水処理装置がバッファタンクを必要とする方式の場合,近傍にあるボイ
ドに設置されるアフト・ピーク・タンク等をバッファタンクとして利用すること
ができること,⑤舵取機室は船舶の吃水線より上方かつバラストタンクの頂部よ
り下方に位置すること,⑥舵取機室は,バラストポンプが設置される機関室に隣
接して近いため,処理装置入口側配管系統及び処理装置出口側配管系統に必要と
なる配管長及び配管設置スペースが少なくて済み,バラスト水処理に伴う圧力損
失も最小限に抑えることができること,⑦舵取機室は非防爆エリアであることか
ら,各種制御機器や電気機器類の制約が少なくて済むこと,の利点がある。
上記①~⑦は,バラスト水処理装置の設置場所を選定する上での考慮要素を示
すものであり,より多くの項目を満たすほど望ましいということができるが,他
方で,バラスト水処理装置の設置場所としての必須要件として記載されているわ
けではない。すなわち,舵取機室は,これらの条件を全て充足する区画であるか
ら,バラスト水処理装置を配設する上で最適の場所であるとされているにすぎず,
当初明細書の記載は,舵取機室以外の場所にバラスト水処理装置を配設すること
を排除するものではない。
本件発明6は,バラスト水が供給される前記バラスト水処理装置が,(A)船
舶後方の非防爆エリアで,(B)船舶の吃水線より上方,かつ,(C)バラスト
タンクの頂部よりも下方に配設されていることを特徴とするものであるところ,
これらの要件により,上記①~⑦の大部分(少なくとも③,⑤,⑦)の利点を享
受することができることは,当業者が,当初明細書の記載に基づき,容易に理解
できる。
(4)小括
上記のとおり,本件発明6の構成のうち,バラスト水処理装置を非防爆エリア
に配設するという構成を採用することによって,上記の課題が解決されるという
技術的事項は,当初明細書の【0030】及び【0006】から導かれるもので
あり,本件補正は,当該技術的事項との関係において,新たな技術的事項を導入
していないから,特許法17条の2第3項に違反するものではない。
審決は特許法17条の2第3項についての判断を誤っており,この誤りは審決
の結論に影響を及ぼす。したがって,審決中,「特許第4509156号の請求
項6に係る発明についての特許を無効とする。」とした部分は,違法として取り
消されるべきである。
第4被告の反論
1取消事由1(特許法17条の2第3項についての理由不備)に対し
本件出願時に施行されていた特許法には「発明の要旨」なる用語は用いられて
いないが,平成5年改正前特許法(旧法)41条には,「…願書に最初に添付し
た明細書又は図面に記載した事項の範囲内において特許請求の範囲を増加し減少
し又は変更する補正は,明細書の要旨を変更しないものとみなす」と規定されて
いた。また,当時の旧法53条にかかる審査基準には,明細書を補正して当初明
細書等に記載されていなかった発明についても特許を受けることができるとする
と,先願主義の趣旨に反することから,明細書の要旨を変更する補正を却下する,
との趣旨の記載があった。さらに,同審査基準には,「記載した事項の範囲内」
とは一字一句同じ事が記載されていることをいうのではなく,出願時において当
業者が当初明細書等の記載からみて自明な事項も「記載した事項の範囲内」とみ
るとの趣旨の記載があった。すなわち,旧法下では,「発明の要旨」は,出願公
告決定前の補正が許されるか否かのメルクマールであり,その内容は,出願時に
おける当業者を基準にして,当初明細書等のすべての記載から自明な事項を含む
ものと解されていた。
このような特許法改正の沿革に鑑みれば,補正要件を論じる審決中における「本
件出願当初の発明の要旨」の意義は,補正の適否を判断するために必要な事項で
あるところの,「当初明細書等のすべての記載を総合することによって導かれる
技術的事項」の趣旨で用いられていることが容易に理解できる。
実質的にみても,審決は,「……,本件の出願当初の明細書では舵取機室9以
外には具体的にどの場所に配置するとの記載も示唆もしているものではない。」
とし(21頁27~29行),当初明細書等にはバラスト水処理装置20が舵取
機室9内に配置する発明が記載され,舵取機室9以外の場所に配置する記載がな
かったことを実質的に認定し,「『非防爆エリア』という語は,当業者において
『非危険区域』や『非危険区画』と解釈できたとしても,『バラスト水処理装置』
は舵取機室9以外に具体的にどの場所に配設すると特定しているものではないか
ら,船舶後方の舵取機室9以外の『非危険区域(非危険区画)』ならどの場所(機
関室も含む)でもよいことになる。」とし(21頁30~34行),船舶後方の
舵取機室9以外の非危険区域(機関室も含む)にバラスト水処理装置を配設する
という技術的事項が,補正によって新たに導入された技術的事項であることを認
定している。
したがって,審決では特許法17条の2第3項違反という結論を導くための理
由が十分に示されている。
よって,審決には理由不備はなく,原告らのかかる主張は失当である。
2取消事由2(特許法17条の2第3項についての判断の誤り)に対し
(1)当初明細書等(甲201)のすべての記載を総合することにより導かれ
る技術的事項
ア当初の特許請求の範囲の記載事項
当初の特許請求の範囲には,「バラスト水処理装置が船舶後方の舵取機室内に
配設されている」船舶構造のみが記載されていた。
イ当初明細書等に記載された技術的事項
本件明細書の【0002】~【0004】は,「技術背景」との表題が付され,
バラスト水処理装置を備える必要性が記載されている。これらの段落には,バラ
スト水処理装置の設置場所に関する記述は一切ない。
【0005】~【0007】には,「発明が解決しようとする課題」との表題
が付され,【0005】にはバラスト水処理装置自体が大型化する傾向にあり,
適当な設置場所の確保が困難になっていることが記載され,【0006】には,
詳細は後述するように,バラスト水処理装置の設置場所を定める際の常識的な制
約条件が3つ挙げられており,【0007】には,バラスト水処理装置について,
船舶設計の大幅な変更を必要とせず,既存の船舶を改造して設置する場合にも容
易に適用可能な船舶構造が望まれること,及び,タンカー,貨物船,専用船等の
ように多種多様な船舶に対して,多種多様な方式のバラスト水処理装置を船内適
所に容易に設置可能とする船舶構造が望まれていることが記載されている。
そして,これらの記載を総括して,【0007】に「……船体設計の大幅な変
更を必要とせず,しかも,新造船に設置する場合はもとより,既存の船舶を改造
して設置する場合にも容易に適用可能な船舶構造が望まれる。……。本発明は,
上記の事情に鑑みてなされたものであり,その目的とするところは,多種多様な
船舶に対して,多種多様な方式のバラスト水処理装置を船内適所に容易に設置可
能とする船舶構造を提供することにある。」と記載されている。
すなわち,本発明は,船体設計の大幅な変更をせずに,多種多様な船舶に対し
て多種多様な方式のバラスト水処理装置を船内適所に容易に設置することを目的
としたものであり,特殊な船舶構造における問題を解決することを目的にしたも
のではない。
【0008】~【0011】には,「バラスト水処理装置が船舶後方の舵取機
室内に配設されていること」によって,「船体構造や船型を大きく変更すること
なく,船舶内の空間を有効に利用して種々のバラスト水処理装置を容易に設置す
ることができる」との効果を奏することが記載されている。しかし,バラスト水
処理装置を舵取機室以外に配設することは記載も示唆もされていない。
【0012】には,「…船体設計や船型の大幅な変更を必要とせず,……,多
種多様な船舶に対して,多種多様な方式のバラスト水処理装置を容易に設置可能
となる」という発明の効果が記載されている。これは,【0005】~【000
7】に記載された発明の目的に対応する発明の効果である。このことからも,本
件発明の目的は,【0005】~【0007】のすべての記載を総合して解釈す
べきであることが明白である。
【0013】~【0016】2行目及び図4には,バラスト水処理装置20を
舵取機室9内に配置する発明の構成が記載されているが,舵取機室9以外にバラ
スト水処理装置20を配置する発明の構成は記載されていない。
【0016】3行目~【0017】6行目及び図1には,バラスト水処理装置
20を舵取機室9内に配置する発明の構成が記載され,【0017】7行目~【0
021】並びに図2及び図3には,バラスト水処理装置20を含むバラスト水の
配管系統の例が記載されているが,舵取機室9以外にバラスト水処理装置20を
配置する発明の構成は記載されていない。
【0022】~【0024】には,バラスト水処理装置20を舵取機室9内に
設置するという発明の構成と,バラスト水処理装置20を舵取機室9内に設置し
たときの発明の効果が記載されている。しかし,バラスト水処理装置20を舵取
機室9以外の場所に設置する構成及び効果は記載されていない。
【0025】には,バラスト水処理装置20を機関室8に設置することのデメ
リットが記載されている。この記載に接した当業者は,機関室8にバラスト水処
理装置20を設置すると本件発明の課題を解決することにならず,機関室8内に
はバラスト水処理装置20を設置することを積極的に除外したものと理解する。
本件発明の目的は,バラスト水処理装置自体が大型化する傾向にあることを前提
として(【0005】),船体構造や船型の大幅な変更を必要とせず,多種多様
な船舶構造に対して,多種多様な方式のバラスト水処理装置を船内適所に容易に
設置可能とするものであり(【0007】),機関室8内へバラスト水処理装置
20を設置することは,(バラスト水処理装置が大型化した場合には,)機関室
8を大型化するように船殻設計を変更するなど,船体構造や船型の大幅な変更が
必要になって,前記の本件発明の目的を達成できないことが【0025】に記載
されているのであるから,【0025】の記載は,機関室8にバラスト水処理装
置20を設置することを積極的に除外したものである。
【0026】~【0028】の7行目には,バラスト水処理装置20を舵取機
室9に設置することのメリット(発明の効果)が記載されている。しかし,バラ
スト水処理装置20を舵取機室以外に設置した場合の効果は記載されていない。
【0028】8行目~14行目には,バラスト水処理装置の設置場所が吃水線
40より上,バラストタンク6の頂部より下に設置することのメリット(発明の
効果)が記載されているが,この段落においても「舵取機室9に設置することは
極めて合理的である」と記載されており,舵取機室以外にバラスト水処理装置を
設置することは記載されていない。
【0029】には,バラスト水処理装置20を舵取機室9内に設置する構成及
び効果が記載されている。しかし,バラスト水処理装置20を舵取機室以外の場
所に設置する構成も効果も記載されていない。
【0030】は,4つの段落から構成され,第1~3段落は,いずれも「また,
舵取機室9は…」で始まる文章になっている。この文章構造を素直に読めば,【0
030】の第1~3段落は,バラスト水処理装置20を舵取機室9内に設置する
メリット(発明の効果)が3つ並列に記載されていると解釈できる。しかし,【0
030】には,バラスト水処理装置20を舵取機室9以外の非防爆エリアに設置
することの発明の構成や効果は,記載されていない。
また,【0030】には,「なお,本発明は上述した実施形態に限定されるも
のではなく,本発明の要旨を逸脱しない範囲内において適宜変更することができ
る。」との記載があるが,適宜変更できるのは「本発明の要旨を逸脱しない範囲
内」であって,本発明の目的である「船体設計や船型の大幅な変更を必要とせず,
……,多種多様な船舶に対して……バラスト水処理装置を船内適所に容易に設置
可能とする」ことに適合しない範囲まで適宜変更できると記載されているわけで
はない。したがって,【0025】に記載されている,「普通の船舶設計」では
デメリットのある機関室8にバラスト水処理装置を設置するような変更までも開
示しているわけではない。
以上を総括すれば,当初明細書等には,バラスト水処理装置を舵取機室内に設
置する発明の目的,構成及び効果が記載されている。しかし,バラスト水処理装
置を舵取機室以外に設置することに関する技術的事項は,唯一【0025】に機
関室に設置した場合のデメリットが記載されているのみであり,バラスト水処理
装置を舵取機室以外に設置する発明は,記載されていない。
(2)本件補正により追加された技術的事項
本件出願は,平成22年3月24日付け手続補正(本件補正,甲224)によ
り,特許請求の範囲の全文と,明細書の全文が補正された。本件補正により,明
細書には,当初明細書に記載されていない【0012】~【0014】が新たに
追加されている。
その後,平成24年4月10日付け訂正請求書(甲225)による訂正におい
て,本件補正で追加された請求項6が削除され,本件補正の請求項7を請求項6
に繰り上げた上で,本件発明6のとおり訂正された。
本件発明6には,バラスト水処理装置が,船舶後方の非防爆エリアの舵取機室
内に配設される発明と,船舶後方の非防爆エリアにあって舵取機室以外に配設さ
れる発明が包含されている。
しかし,当初明細書等のすべての記載を総合することにより導かれる技術的事
項には,後者の,バラスト水処理装置が,船舶後方の非防爆エリアであって舵取
機室以外に配設される発明は含まれていない。
したがって,バラスト水処理装置が,船舶後方の非防爆エリアであって舵取機
室以外に配設される発明は,当初明細書等のすべての記載を総合することにより
導かれる技術的事項以外の追加事項であり,かかる技術的事項を追加した本件補
正は,特許法17条の2第3項の要件を満たさないものである。
(3)まとめ
よって,本件発明6が特許法17条の2第3項の要件を満たさない補正に係る
発明であると認定した審決の判断に誤りはない。
第5当裁判所の判断
1取消事由2(特許法17条の2第3項についての判断の誤り)について
(1)当初明細書の記載事項
当初明細書(甲201)には,以下の事項が記載されている。
ア技術分野
本発明は,たとえば船舶のバラスト水に含まれる微生物類を処理して除去または
死滅させるバラスト水処理装置を備えた船舶構造に関する(【0001】)。
イ背景技術
船舶のバラスト水は,船体の姿勢制御や復原性確保のためにバラストタンクに積
載される海水または淡水であり,船舶の安全運航上欠くことのできないものであ
る。このバラスト水は,空船時にポンプでバラスト水を吸い込んでバラストタンク
内に積載(取水)し,貨物を積み込む港において積荷の進行に合わせて排出(排水)
される。上述したバラスト水には,種々の微生物類(水生生物)が含まれている。
この微生物類には,微小な生物(バクテリア等の微生物やプランクトン等の浮遊生
物等)に加えて,魚類等の卵や幼生等も含まれる(【0002】)。
従って,バラスト水は積載地と異なる港(水域)に排水されることとなるため,
バラスト水とともに移動した微生物類が新たな環境に定着すれば,その水域の生態
系や水産業等の経済活動に影響を与えることが懸念される。また,バラスト水とと
もに移動した一部の病原菌は,人体の健康に直接影響を与えることも懸念される。
このため,国際海事機関(InternationalMaritimeOrganization:IMO)におい
ては,バラスト水に含まれる微生物類の管理に関する条約が批准され,バラスト水
の取水時または排水時に微生物類を除去または死滅させることが求められる(【0
003】)。
このようなバラスト水中の微生物類を除去または死滅させる装置としては,流路
内に設けたスリット板をバラスト水が所定流速以上で通過するようにして,スリッ
ト通過により乱れた流れの内部に存在する剪断現象(場所による流速の急激な差)
を利用し,この剪断により液中の微生物を破壊して殺減する液中微生物殺滅装置が
提案されている。また,スリット位置をずらしたスリット板を前後に配置しておき,
前のスリット板で剪断により破壊されなかった微生物については,前のスリット板
で発生させたキャビテーションを後側のスリット板で潰す際に生じる衝撃圧を利
用して破壊することにより,さらに殺減させるようにした液中微生物殺滅装置も提
案されている(【0004】)。
ウ発明が解決しようとする課題
ところで,上述したバラスト水処理装置は,荷役の進行と略同時に吸入または排
水されるバラスト水を処理するものであるから,高い処理速度(たとえば,大型原
油タンカーの場合には7000m3
/hr程度)が求められる。このため,バラスト
水処理装置自体が大型化する傾向にあり,船舶にバラスト水処理装置の適当な設置
場所を確保することは,下記の理由により困難な状況にある(【0005】)。
(1)バラスト水処理装置は,電気や薬剤などを使用する高度な処理レベルが求め
られるため,海洋環境下での波浪・風雨に対する耐食性を考慮すると,甲板等の船
外よりも船内に設置することが好ましい。(2)バラスト水処理装置を船内に配置
する場合,貨物積載量の確保や可燃性貨物の積載に伴う危険区画等を考慮すると,
船体中央部分に配置することを避け,船首または船尾に配置することが望ましい。
(3)一般的な船舶設計では,バラストポンプ等の機器類は船尾の機関室に配置さ
れる。このため,船首にバラスト水処理装置を配置すると,船尾のバラストポンプ
近傍に設けられた取水口から船首まで長距離の配管が必要となる(【0006】)。
このように,今後設置が義務づけられるバラスト水処理装置について,船体設計
の大幅な変更を必要とせず,しかも,新造船に設置する場合はもとより,既存の船
舶を改造して設置する場合にも容易に適用可能な船舶が望まれる。すなわち,新造
船や既存船の区別がなく,しかも,タンカー(LPG船,LNG船,油送船等),
貨物船(コンテナ船,ロールオン/ロールオフ船,一般貨物船等)及び専用船(ば
ら積貨物船,鉱石運搬船,自動車運搬船等)等のように多種多様な船舶(特に一般
商船)に対して,多種多様な方式のバラスト水処理装置を船内適所に容易に設置可
能とする船舶が望まれている。本発明は,上記の事情に鑑みてなされたものであり,
その目的とするところは,多種多様な船舶に対して,多種多様な方式のバラスト水
処理装置を船内適所に容易に設置可能とする船舶構造を提供することにある(【0
007】)。
エ課題を解決するための手段
本発明は,上記の課題を解決するため,下記の手段を採用した。本発明に係る船
舶構造は,バラスト水の取水時または排水時にバラスト水中の微生物類を処理して
除去または死滅させるバラスト水処理装置を備えている船舶構造であって,前記バ
ラスト水処理装置が船舶後方の舵取機室内に配設されていることを特徴とするも
のである(【0008】)。
このような船舶構造によれば,バラスト水処理装置を船舶後方の舵取機室内に配
設するようにしたので,船体構造や船型を大きく変更することなく,船舶内の空間
を有効に利用して種々のバラスト水処理装置を容易に設置することができる(【0
009】)。
上記の船舶構造においては,前記バラスト水処理装置を前記舵取機室内の空間に
設けたデッキに配設することが好ましく,これにより,舵取機室内の空間をより一
層有効に利用して,すなわち,空間を立体的に有効利用して種々のバラスト水処理
装置を設置することができる(【0010】)。
また,上記の船舶構造においては,前記バラスト水処理装置のバッファタンクと
してアフト・ピーク・タンク等の船尾部ボイドスペースを使用することが好ましく,
これにより,バッファタンクを必要とする方式のバラスト水処理装置であっても,
バッファタンクの新設が不要となる(【0011】)。
オ発明の効果
上述した本発明の船舶構造によれば,今後義務づけられるバラスト水処理装置を
設置する際,船体設計や船型の大幅な変更を必要とせず,しかも,新造船や既存の
船舶を改造して設置する場合においても,多種多様な船舶に対して,多種多様な方
式のバラスト水処理装置を容易に設置可能となる(【0012】)。
カ発明を実施するための最良の形態
以下,本発明に係る船舶構造の一実施形態を図面に基づいて説明する。図4は,
船舶構造の一例としてLNG船1の船体構造を示す図である。このLNG船1は,
船体前方より順に,船首部2,船体中央部3及び船尾部4に分類される。船首部2
は,LNG船1の航行方向前方に位置する部分であり,船首側倉庫等が設けられて
いる。船首部2の後方に配置された船体中央部3には,複数(図示の例では3基)
のLNGタンク5が船体軸線に沿って配列されている。また,船体中央部3には,
球形としたLNGタンク5の下部周辺に形成される空間を利用して,複数に分割さ
れたバラストタンク6が船体の左右両側に形成されている(【0013】)。
上述したLNG船1の適所には,バラスト水処理装置20が設けられている。こ
のバラスト水処理装置20は,船体の姿勢制御や復原性確保を目的としてバラスト
タンク6に積載されるバラスト水に含まれる種々の微生物類を除去または死滅さ
せる装置である。すなわち,バラスト水処理装置20は,積み荷の状態等に応じて
バラストタンク6内に取水したバラスト水が貨物の積載量を増すにつれて排水さ
れることから,バラスト水に含まれる微生物類を除去または死滅させた状態で排水
できるように取水時または排水時に処理して,取水港周辺に生息する微生物類が他
の海域に排水されて生態系に影響を及ぼすことを防止するための装置である(【0
015】)。
上述したバラスト水処理装置20は,船舶後方となる船尾部4の舵取機室9内に
配置されている。図1に示すバラスト水処理装置20は,第1処理ユニット21及
び第2処理ユニット22を備えている。この場合の第1処理ユニット21及び第2
処理ユニット22は,必要な処理能力をふたつのユニットに分割して配置したもの
であり,いずれのユニットも舵取機室9内に配置されている。なお,バラスト水処
理装置20については,第1処理ユニット21及び第2処理ユニット22に分割す
る構成に限定されることはなく,処理方式や諸条件に応じて適宜変更可能である
(【0016】)。
さて,上述したバラスト水処理装置20は,LNG船1の後方となる舵取機室9
内に配置されている。このバラスト水処理装置20は,荷役の進行に合わせて取水
または排水されるバラスト水を処理するため,高い処理速度が求められて大型化す
る。このため,バラスト水処理装置20の設置には,大きなスペースが必要となる。
また,バラスト水処理装置20には,種々の方式が存在するため,現状では大きな
設置スペースが必要なことに変わりはないものの,設置スペースとして求められる
条件(形状等)は多種多様となる(【0022】)。
LNG船1のような通常の船舶は,プロペラ11及び航行用エンジンが船体後方
に配置されている。このため,バラストポンプ13は,特別な事情がなければ船体
後方の機関室8内に設置される。従って,バラスト水処理装置20は,配管長及び
配管設置スペースの増加を抑制するため,バラストポンプ13の近傍に設置するこ
とが望ましい。一方,舵取機室9は機関室8に隣接し,しかも,プロペラ11及び
舵の直上に位置しているので,これらの駆動に起因する振動対策等から比較的広い
空間が設けられている。このため,舵取機室9の内部には,バラスト水処理装置2
0の設置が可能となる大きな設置空間を容易に確保することができる。すなわち,
舵取機室9には,船体構造や船型を大きく変更することなく,バラスト水処理装置
20の設置に必要な空間を容易に確保することができる(【0023】)。
具体的に説明すると,舵取機室9の空間は,上述した振動の問題があるため,通
常機器類の設置に適さない場所(空間)として残されている。しかし,バラスト水
処理装置20は,主としてLNG船1の停船時に使用されるものであるから,上述
した振動のない状態での使用が可能となる。本発明者らは,上述した船舶構造に着
目し,舵取機室9がバラスト水処理装置20の設置場所として最適であること発見
したものである。すなわち,バラスト水の取水または排水は,船舶が港に停船して
荷役作業を行う際に実施されるので,バラスト水処理装置20の運転時には船舶航
行用のエンジンや舵が駆動されることはなく,従って,舵取機室9は,バラスト水
処理装置20の運転時に周囲の振動を考慮する必要はなく,バラスト水処理装置2
0の設置場所としては最適である。なお,要すれば航海中にも処理することがある
が,これを否定するものではない(【0024】)。
バラストポンプ13の近傍という観点では,バラスト水処理装置20を機関室8
内に設置することも考えられる。しかし,通常の船舶設計における機関室8内は,
メンテナンスや操作性を考慮すると,特別な要件がある場合を除いて種々の機器類
を配置する場所とされる。しかも,機関室8の内部は,通行性や作業性を考慮する
とともに,機器類の設置及メンテナンスを可能にする必要最小限の空間を確保して
いるのが実情であり,実質的には余分な空間は存在しない。従って,機関室8内に
バラスト水処理装置20を設置しようとすれば,機関室8を大型化するように船殻
設計を変更するなど,船体構造や船型の大幅な変更が必要となる。特に,既存船に
適用する場合には,機関室8を改造してバラスト水処理装置20を設置すること
は,船体構造の大規模な改造工事が必要となる。このような改造工事は,コストや
工事期間の増大を伴うものであるから,機関室8をバラスト水処理装置20の設置
場所とすることには問題が多くきわめて困難である(【0025】)。
また,舵取機室9は,機関室8の上部に配置された乗員の居住区7から近く,作
業時等のアクセス面でも有利になる。このような観点から見ても,舵取機室9はバ
ラスト水処理装置20の設置場所に適している。また,舵取機室9は船内空間であ
るから,海洋環境下における波浪や風雨に対する腐食対策を施す必要がなく,この
点でもバラスト水処理装置20の設置場所に適している(【0026】)。
また,舵取機室9は,舵取装置の上方に比較的大きな上部空間が存在するので,
たとえば図1に示すように,この空間の中間位置等にデッキ30を形成してバラス
ト水処理装置20を設置することも可能である。このような構成は,舵取機室9内
の空間を立体的に有効利用できるので,たとえば図1に示すように,第1処理ユニ
ット21をデッキ30上に設置し,第2処理ユニット22を舵取機室9の床面上に
設置するというような分割構造を容易にする。従って,構成及び形状等が異なる各
種方式のバラスト水処理装置20を設置する際には,諸条件に応じた柔軟な対応が
可能となる。なお,図1に示す構成例では,デッキ30の上に第1処理ユニット2
1を設置しているが,特に限定されるものではない(【0027】)。
また,バラスト水処理装置20を舵取機室9に設置すると,バラスト水処理装置
20がバッファタンクを必要とする方式の場合,近傍にあるボイド10に設置され
るアフト・ピーク・タンク等をバッファタンクとして利用することができる。この
ような構成とすれば,ボイド10の空間を有効利用してバッファタンクの設置スペ
ースを容易に確保できる。すなわち,バッファタンクは単にバラスト水を貯蔵する
ものであるから,船尾に位置して複雑な形状となるボイド10内であっても,空間
形状の制約を受けることなく有効利用が可能である。また,大気開放型のバラスト
水処理装置20の場合,その構成上万が一の際に備え船舶の吃水線40以下に設置
することは避けるべきである。一方,バラストタンク6の頂部以上にバラスト水処
理装置20を設置しかつ既存のバラストポンプ13を利用する場合はバラストポ
ンプ13の吐出圧力を上げる等の余分な改造が必要となり無駄が生じる。よって,
大気開放型のバラスト水処理装置20の場合は,船舶の吃水線40より上方かつバ
ラストタンク6の頂部より下方に位置する舵取機室9に設置することは極めて合
理的であると言える(【0028】)。
このように,上述した本発明の船舶構造によれば,今後設置が義務づけられるバ
ラスト水処理装置20について,船体設計や船型の大幅な変更を必要とせず,しか
も,新造船や既存の船舶を改造して設置する場合においても,多種多様な船舶に対
して,多種多様な方式のバラスト水処理装置を容易に設置することができる。すな
わち,本発明は,船舶構造としては必要である舵取機室9の空間を有効に利用し,
配置上の制約や他の船舶構造に及ぼす影響が小さい舵取機室9が,船舶構造におけ
るバラスト水処理装置20の最適な設置場所であることを見いだしたものである
(【0029】)。
また,舵取機室9は,バラストポンプ13が設置される機関室8に隣接して近い
ため,処理装置入口側配管系統15及び処理装置出口側配管系統16に必要となる
配管長及び配管設置スペースが少なくてすみ,バラスト水処理に伴う圧力損失も最
小限に抑えることができる。また,舵取機室9は非防爆エリアであるから,各種制
御機器や電気機器類の制約が少なくてすむという利点もある。また,舵取機室9は,
船舶の吃水より上方に位置するため,緊急時においてはバラスト水を容易に船外へ
排水できるという利点もある。なお,本発明は上述した実施形態に限定されるもの
ではなく,本発明の要旨を逸脱しない範囲内において適宜変更することができる
(【0030】)。
以上のように,当初明細書の全体的な要旨としては,バラスト水処理装置の配
設場所について,舵取機室に主眼が置かれたものであり,「非防爆エリア」に関
しては,【0030】に唯一記載があるものの,その意味を含む具体的な内容に
ついては,舵取機室以外の例示はないことをまず指摘することができる。しかし,
「非防爆エリア」に関する記載がこのように当初明細書にあるので,その意味す
るところを以下に検討する。
(2)出願時の技術常識の参酌
甲101~103,甲208~211によれば,本件出願時点において,「非
防爆エリア」という用語は,船舶の分野で一般的に用いられている用語であると
認められ,危険場所(危険区画又は区域)の反対語である非危険場所と同義であ
り,防爆構造が要求されない領域,すなわち,電気機器の構造,設置及び使用に
ついて特に考慮しなければならないほどの爆発性混合気が存在しない区画又は区
域を意味するものと認められる。
本件出願時点において,当業者にとって,船舶のどの場所が「非防爆エリア」
であるかについても,以下の理由により明確であると認められる。
すなわち,甲101(財団法人日本海事協会「2007鋼船規則鋼船規則検査要
領H編電気設備」)には,タンカー,液化ガスばら積船及び危険化学品ばら積
船のそれぞれについて,0種,1種及び2種の三段階で危険場所を分類しなけれ
ばならないことが記載されており,どこを危険場所とすべきについても,危険場
所の段階毎に具体的に例示されている。
また,甲215(日本規格協会「JIS船用電気設備-第502部:タンカー
-個別規定」)には,危険区域の分類について詳細な規定が定められており,危
険区域の分類の例についても具体的に図示されている。
さらに,危険区域の分類については、甲216(日本規格協会「爆発性雰囲気
で使用する電気機械器具-第10部:危険区域の分類」)においても詳細に定め
られている。
これらの甲101,215,216に照らせば,本件出願時点において,当業
者にとって,船舶のどの場所が危険場所又は区域になるのかは明確であり,そう
である以上,危険場所又は区域ではない「非防爆エリア」がどこかも明確である
というべきである。
また,甲101,215,216は,船舶を設計するにあたって遵守すべき基
本指針に関するものであるから,本件出願時点において,「非防爆エリア」の意
味はもとより,その具体的な場所についても,当業者の技術常識であったものと
認めて差し支えない。
上述したように,当初明細書において,「非防爆エリア」という用語の意味が
記載されておらず,操舵機室以外に「非防爆エリア」の例示は存在しない。しか
し,上記技術常識に照らせば,当初明細書に接した当業者は,「非防爆エリア」
の意味や場所を明確に理解できるというべきである。また,当初明細書において,
「非防爆エリア」という用語が一般的な意味,すなわち,「電気機器の構造,設
置及び使用について特に考慮しなければならないほどの爆発性混合気が存在しな
い区画又は区域」という意味で用いられていることは,【0030】の「舵取機
室9は非防爆エリアであるから,各種制御機器や電気機器類の制約が少なくてす
むという利点もある。」という記載と整合することからも明らかである。
(3)【0030】の記載事項
本件発明6の構成である「非防爆エリア」について,前記のとおり,当初明細
書の【0030】に,「また,舵取機室9は非防爆エリアであるから,各種制御
機器や電気機器類の制約が少なくてすむという利点もある。」と記載されている。
ここに記載された利点は,文理上,舵取機室の副次的な効果として述べられて
いる。しかし,当該記載に接した当業者は,この効果は舵取機室に限定されるも
のではなく,舵取機室とは別次元の「非防爆エリア」の一般的な効果として理解
するというべきである。その理由は,以下のとおりである。
まず,「非防爆エリア」の意味およびその具体的な場所が当業者の技術常識で
あることは,上述したとおりである。「非防爆エリア」は,「電気機器の構造,
設置及び使用について特に考慮しなければならないほどの爆発性混合気が存在し
ない区画又は区域」を意味するから,「非防爆エリア」であれば,そこに配置さ
れる電気機器の構造,設置及び使用について特に考慮する必要がないことは当然
で,その結果として,「各種制御機器や電気機器類の制約が少なくてすむという
利点」があることも明白である。すなわち,「各種制御機器や電気機器類の制約
が少なくてすむという利点」は,「非防爆エリア」の裏返しであって,「非防爆
エリア」が備える当然の効果を述べているものである。
そうすると,当初明細書の趣旨が全体として舵取機室に主眼を置かれており,
【0030】の記載が操舵機室の効果を文理上述べているとしても,【0030】
の記載に接した当業者は,「各種制御機器や電気機器類の制約が少なくてすむと
いう利点」が舵取機室特有の効果であると理解することはなく,舵取機室には限
定されない,より広義の「非防爆エリア」に着目した効果であると即座に理解す
るものと認めることができる。そして,かかる理解の下,「非防爆エリア」につ
いても,舵取機室とはほとんど無関係な単独の構成として理解するというという
べきである。
よって,【0030】の記載から,バラスト水処理装置を「非防爆エリア」に
配設する構成によって,「各種制御機器や電気機器類の制約が少なくてすむ」と
いう効果を奏する,ひとまとまりの技術的思想を読み取ることができ,本件発明
6の「非防爆エリア」は,【0030】において実質的に記載されているという
べきである。「非防爆エリア」の構成について特許法17条の2第3項の要件を
満たさないとすることはできない。
(4)【0025】との関係
当初明細書の趣旨は,全体として,バラスト水処理装置を舵取機室に配設する
ことに主眼を置いており,特に,【0025】には,舵取機室の優位性が機関室
(「非防爆エリア」の一つ)との対比において述べられている。
当初明細書で全体として述べられている,バラスト水処理装置を舵取機室に配
設するという技術的思想は,【0023】に記載されているように,舵取機室固
有の特性,すなわち,操舵機室は,プロペラ及び舵の直上に位置しており,振動
の問題があるため,通常機器類の設置に適さない場所(空間)として残されてい
ることに着目したものである。
これに対して,バラスト水処理装置を「非防爆エリア」に配設するという技術
的思想は,【0030】に記載されているように,「非防爆エリア」が「各種制
御機器や電気機器類の制約が少なくてすむという利点」を有することに着目した
ものである。したがって,バラスト水処理装置を「非防爆エリア」に配設すると
いう技術的思想は,バラスト水処理装置を舵取機室に配設する技術的思想と着目
点の次元が異なっている。
バラスト水処理装置を「非防爆エリア」に配設するという技術的思想は当初明
細書の【0030】によってサポートされている以上,当初明細書において,舵
取機室に関する特有の技術的思想が開示されているとしても,そして,バラスト
水処理装置を「非防爆エリア」に配設することに関連する記載が【0030】に
おいてだけであるとしても,「非防爆エリア」に関する本件発明6が特許法17
条の2第3項の規定を満たすことについての判断を左右するものではない。
また,バラスト水処理装置を舵取機室に配設することと,これを「非防爆エリ
ア」に配設することとは,次元を異にする技術的思想であるから,前者の優位性
を後者との関係で述べた【0025】の記載が存在するとしても,後者を無視す
ることはできない。そして,両者が別次元の技術的思想である以上,「非防爆エ
リア」が舵取機室以外の場所(機関室を含む)を包含するとしても,そのことを
もって,新たな技術事項を導入したものとすることはできない。
2まとめ
以上のとおり,本件補正において,バラスト水処理装置の配設場所を「非防爆
エリア」としたとしても,新たな技術事項を導入するものではなく,出願当初明
細書に記載された技術範囲を逸脱するものではない。よって,本件発明6が特許
法17条の2第3項の規定により特許を受けることができないとした審決の判断
は誤りであり,原告の主張する取消事由2には理由がある。
第6結論
よって,取消事由1について判断するまでもなく,審決を取り消すこととし,
主文のとおり判決する。
知的財産高等裁判所第2部
裁判長裁判官
塩月秀平
裁判官
池下朗
裁判官
新谷貴昭

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