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裁判例


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平成12年(行ケ)第157号 特許取消決定取消請求事件(平成13年3月21
日口頭弁論終結)
          判         決
       原      告   セイコーエプソン株式会社
       訴訟代理人弁理士   石井康夫
       同          鈴 木 喜三郎
       同          上柳雅誉
       被      告   特許庁長官 及川耕造
       指定代理人   丸山光信
       同          大橋隆夫
同小林信雄
       同          内山 進
          主         文
      原告の請求を棄却する。
      訴訟費用は原告の負担とする。
          事実及び理由
第1 当事者の求めた裁判
 1 原告
   特許庁が平成11年異議第72723号事件について平成12年3月23日
にした決定を取り消す。
   訴訟費用は被告の負担とする。
 2 被告
   主文と同旨
第2 当事者間に争いのない事実
 1 特許庁における手続の経緯
   原告は、昭和63年3月30日に特許出願され、平成10年11月6日に設
定登録された、名称を「オーバートーン用矩形状AT振動片の製造方法」とする特
許第2847706号発明(以下、この特許を「本件特許」といい、この発明を
「本件発明」という。)の特許権者である。
   本件特許につき異議申立てがされ、平成11年異議第72723号事件とし
て特許庁に係属したところ、原告は、平成11年12月3日、明細書の特許請求の
範囲及び発明の詳細な説明の各記載を訂正する旨の訂正請求をし、さらに、平成1
2年2月18日、訂正請求書の補正をした(以下、この補正後の訂正請求書に係る
訂正を「本件訂正」という。)。
   特許庁は、同特許異議の申立てにつき審理した上、平成12年3月23日に
「特許第2847706号の請求項1乃至6に係る特許を取り消す。」との決定
(以下「本件決定」という。)をし、その謄本は、同年4月15日、原告に送達さ
れた。
 2 特許請求の範囲
  (1) 設定登録時の明細書の特許請求の範囲の記載
   【請求項1】球状ポットに研磨剤と外形寸法がX軸方向7㎜以下、Z′軸方
向2㎜以下及びY′軸方向0.12㎜以上0.24㎜以下であるオーバートーン用
矩形状AT振動片を入れ、前記球状ポットを所定の半径で回転させるとともに前記
球状ポットを自転させることにより、前記球状ポットの球面に沿うように前記オー
バートーン用矩形状AT振動片の少なくとも片面の
   XZ′平面の斜面をとるようにしたことを特徴とするオーバートーン用矩形
状AT振動片の製造方法。
   【請求項2】請求項1において、前記球状ポットの側面を平面にしたことを
特徴とするオーバートーン用矩形状AT振動片の製造方法。
   【請求項3】請求項2において、前記平面の部分を互いに並べて配置した複
数の球状ポットを用いたことを特徴とするオーバートーン用矩形状AT振動片の製
造方法。
   【請求項4】請求項1において、前記オーバートーン用矩形状AT振動片の
Z′軸方向の幅をw、Y′軸方向の厚みをtとしたとき、幅wと厚みtとの辺比w
/tの範囲を
w/t=8.4±0.2、
w/t=10.64±0.2、
w/t=11.85±0.15、
w/t=13.45±0.15、
w/t=14.8±0.2、
w/t=17.6±0.2、
w/t=19.8±0.2、又は、
w/t=20.9±0.2、
としたことを特徴とするオーバートーン用矩形状AT振動片の製造方法。
   【請求項5】半径R1の球状ポットに研磨剤とオーバートーン用矩形状AT
振動片を入れ、前記球状ポットを所定の半径で回転させるとともに自転させること
により、前記球状ポットの球面に沿うように前記オーバートーン用矩形状AT振動
片の角を加工し、その後、R1<R2の関係のある半径R2の球状ポットに研磨剤
と前記オーバートーン用矩形状AT振動片を入れ、該球状ポットを所定の半径で回
転させるとともに自転させることにより、少なくとも片面のXZ′平面の斜面をと
るようにしたことを特徴とするオーバートーン用矩形状AT振動片の製造方法。
   【請求項6】請求項5において、前記オーバートーン用矩形状AT振動片は
外形寸法がX軸方向7㎜以下、Z′軸方向2㎜以下及びY′軸方向0.12㎜以上
0.24㎜以下であって、前記オーバートーン用矩形状AT振動片のZ′軸方向の
幅をw、Y′軸方向の厚みをtとしたとき、幅wと厚みtとの辺比w/tの範囲を
w/t=8.4±0.2、
w/t=10.64±0.2、
w/t=11.85±0.15、
w/t=13.45±0.15、
w/t=14.8±0.2、
w/t=17.6±0.2、
w/t=19.8±0.2、又は、
w/t=20.9±0.2、
としたことを特徴とするオーバートーン用矩形状AT振動片の製造方法。
  (2) 本件訂正に係る明細書(以下「訂正明細書」という。)の特許請求の範囲
の請求項1の記載
    研磨面として使用しない両側面を平面にした半径Rの1つの球面からな
り、該球面を研磨面として使用する球状ポットを前記平面の部分を互いに並べて配
置した複数の球状ポットに研磨剤と外形寸法がX軸方向7㎜以下、Z′軸方向2㎜
以下及びY′軸方向0.12㎜以上0.24㎜以下であるオーバートーン用矩形状
AT振動片を入れ、前記球状ポットを所定の半径で回転させるとともに前記球状ポ
ットを自転させることにより、前記球状ポットの球面に沿うように前記オーバート
ーン用矩形状AT振動片の少なくとも片面のXZ′平面の斜面をとるようにしたこ
とを特徴とするオーバートーン用矩形状AT振動片の製造方法。
 3 本件決定の理由
   本件決定は、別添決定謄本写し記載のとおり、①訂正明細書の特許請求の範
囲の請求項1に記載された発明(以下「本件訂正発明」という。)は、実願昭58
-6522号(実開昭59-112548号公報)のマイクロフィルム(以下「刊
行物1」といい、そこに記載された発明を「刊行物発明」という。)、実願昭61
-48509号(実開昭62-159017号公報)のマイクロフィルム(以下
「刊行物2」という。)、特開昭57-138573号公報(以下「刊行物3」と
いう。)並びに特開昭53-36494号公報(以下「刊行物4A」という。)及
び特開昭62-183208号公報(以下「刊行物4B」という。)にそれぞれ記
載された発明並びに周知の技術事項に基づいて当業者が容易に発明し得るものであ
って、本件訂正は、特許法120条の4第3項で準用する同法126条4項(注、
「特許法120条の4第3項の規定により準用され、特許法等の一部を改正する法
律(平成6年法律116号)附則6条1項の規定がなお従前の例によるとすること
によって適用される同法による改正前の特許法126条3項」の趣旨と解され
る。)の規定に違反するので認められないとし(なお、本件決定の訂正請求の許否
についての判断に関する説示にかんがみて、本件決定が、訂正請求書の補正を認め
たことは明らかである。)、②本件発明の要旨を設定登録時の明細書の特許請求の
範囲の記載のとおり認定した上、その請求項1、同2及び同3記載の各発明は、刊
行物1、刊行物2、刊行物3、刊行物4A、4Bにそれぞれ記載された発明に基づ
き当業者が容易に発明をすることができたものであり、その請求項4記載の発明
は、刊行物1、刊行物2、刊行物3、刊行物4A、4B及び特開昭52-1280
93号公報にそれぞれ記載された発明に基づき当業者が容易に発明をすることがで
きたものであり、その請求項5記載の発明は、刊行物1、刊行物3、刊行物4A、
4B、特開昭57-68921号公報及び特開昭63-63209号公報にそれぞ
れ記載された発明に基づき当業者が容易に発明をすることができたものであり、そ
の請求項6記載の発明は、刊行物1、刊行物2、刊行物3、刊行物4A、4B、特
開昭52-128093号公報、特開昭57-68921号公報及び特開昭63-
63209号公報にそれぞれ記載された発明に基づき当業者が容易に発明をするこ
とができたものであるから、上記請求項1~6に係る本件特許は、特許法29条2
項の規定に違反してされたもので、同法113条1項2号に該当し、取り消すべき
ものであるとした。
第3 原告主張の本件決定取消事由
   本件決定の理由中、本件訂正発明の要旨の認定、刊行物2、刊行物3及び刊
行物4A、4Bの記載事項の認定、本件訂正発明と刊行物発明との相違点(1)~(3)
の認定並びに相違点(2)及び(3)についての判断は認める。
   本件決定は、本件訂正の許否についての判断に際し、刊行物1の記載事項を
誤認して本件訂正発明と刊行物発明との一致点の認定を誤り(取消事由1)、ま
た、相違点(1)についての判断を誤った(取消事由2)結果、本件訂正発明が刊行物
1、刊行物2、刊行物3、刊行物4A、4Bにそれぞれ記載された発明及び周知技
術に基づいて当業者が容易に発明し得るものであって、本件訂正は独立特許要件に
適合しないので認められない旨誤って判断し、ひいて、本件発明の要旨の認定を誤
って、本件特許が特許法29条2項の規定に反してされたとの誤った結論に至った
ものであるから、本件決定は違法として取り消されるべきである。
 1 取消事由1(一致点の認定の誤り)
  (1) 本件決定は、刊行物1に「研磨面として使用しない両側面をも球面にした
半径Rの1つの球面からなり、該球面(の両側面を除く上下面部)を研磨面として
使用する球状ポット(『球面部』)を前記両側面の部分を互いに並べて配置した複
数(3個)の球状ポット(から成る『一つのパイプ』製の『回転体』)に研磨剤と
矩形状AT振動片(『矩形状ATカット水晶振動子』)を入れ、前記球状ポットを
自転させることにより、前記球状ポットの球面に沿うように前記矩形状AT振動片
の少なくとも片面のXZ′平面の斜面をとるようにした矩形状AT振動片の製造方
法」(決定謄本3頁12行目~19行目)の発明(刊行物発明)が記載されている
と認定し、この認定に基づいて、本件訂正発明と刊行物発明とが「研磨面として使
用しない両側面を有する半径Rの1つの球面からなり、該球面(の両側面を除く上
下面部)を研磨面として使用する球状ポットを前記両側面の部分を互いに並べて配
置した複数の球状ポットに研磨剤と矩形状AT振動片を入れ、前記球状ポットを自
転させることにより、前記球状ポットの球面に沿うように前記矩形状AT振動片の
少なくとも片面のXZ′平面の斜面をとるようにした矩形状AT振動片の製造方
法、を構成要件としている点」(4頁15行目~21行目)で一致すると認定し
た。
  (2) 上記のように、刊行物1に、半径Rの一つの球面から成る球状ポットにつ
き「研磨面として使用しない両側面をも球面にした」ことが記載されていると認定
した理由として、本件決定は、「刊行物1には、研磨面として使用する球面と研磨
面として使用しない球面について明記されて無いが、第8図の『回転体』が『一つ
のパイプ』から成り、『回転体』に『球面部』が『三室形成されている』と明記さ
れているので、第8図の『回転体』(パイプ)は、第6図と同様にその左右方向の
中心軸を軸として回転し、軸から見て上下面部が研磨面として使用され両側面が研
磨面として使用されないと思量される」(決定謄本3頁23行目~28行目)とし
た。
    しかしながら、球面形状の回転体を用いたコンベックス加工において、上
記のような、両側面を研磨面として使用しないという認識は、研磨に使用しない面
があるか否かについて解明しようとする意識がなければ生じ得ないものであるとこ
ろ、本件特許出願の当時、球状ポットを用いて矩形状水晶振動片をコンベックス加
工する技術分野においては、球面内に研磨に使用しない面が存在することについて
の認識はなかった。そのような認識を明らかにしたものは、本件特許出願の日より
後に公開された特開平1-257561号公報が最初である。そうだとすれば、本
件決定における、球面内に研磨に使用しない面が存在するとの認識は、本件発明を
理解したからこそ生じたものであり、当業者といえども、刊行物1の記載自体によ
って当然に認識できるものではなかった。
    そうすると、本件決定の上記刊行物発明の認定のうち、半径Rの一つの球
面から成る球状ポットが「研磨面として使用しない両側面をも球面にした」との認
定部分は誤りというべきであり、したがって、その認定に基づく一致点の認定のう
ち、半径Rの一つの球面から成る球状ポットが「研磨面として使用しない両側面を
有する」点で一致するとの部分も誤りである。
  (3) 被告は、振動片と研磨剤を収容した球状ポットを水平軸の回りに回転させ
ると、振動片はポットの下側の内面でだけ研磨され、左右両側で研磨されることは
ないとして、球状ポットにおいて研磨に使用しない面が存在することは、当業者が
容易に解析できる程度のことであり、当業者にとって自明の事項であると主張す
る。
    しかしながら、「左右両側で研磨されることはない」との認識は、研磨に
使用しない面の存在の有無を調べようとする要求があってはじめて解析されるもの
であり、そのような要求がない以上解析は行われない。被告の主張は、研磨に使用
しない面の存在の認識を前提とするものにすぎない。しかも、球状ポット内の振動
片は重力と遠心力のほか攪拌作用も受け、互いに衝突し反射して左右両側にも飛散
するもので、その挙動は単純ではなく、左右両側で研磨される可能性もあり、研磨
に使用しない面があることが自明であるとは必ずしもいうことができない。したが
って、被告の主張は、出願時の技術水準に基づくものではなく失当である。
 2 取消事由2(相違点(1)についての判断の誤り)
  (1) 本件決定は、本件訂正発明と刊行物発明との相違点(1)として認定した
「前記側面(注、研磨面として使用しない両側面)を、前者が、平面としているの
に対して、後者が球面としている点」(決定謄本4頁22行目~23行目)につ
き、「研磨面として使用されず矩形状AT振動片の製造に直接無関係であれば、そ
の面をどの様な形状にするかは容易に考えられると思量され、矩形状AT振動片の
製造に用いる回転体の研磨面として使用しない側面を平面とすることは、刊行物5
(第1図参照)(注、実願昭58-27431号(実開昭59-132753号)
のマイクロフィルム)、刊行物13(特公昭45-34360号公報)、刊行物1
4(実公昭49-47280号公報)にも記載されて周知であるので、刊行物1に
記載された第1の発明(注、刊行物発明)において、前記側面を平面として本件訂
正発明のようにすることは、当業者が容易になし得たことである。」(4頁39行
目~5頁7行目)と判断した。
  (2) しかしながら、仮に、刊行物1において、球状ポットの球面内に研磨に使
用しない面が存在することを認識できたとしても、「その面をどの様な形状にする
かは容易に考えられる」とした本件決定の判断には根拠がない。すなわち、球面内
に研磨面として使用しない面があるとしても、それが球面であることにより、加工
上特段の支障はなく、振動片の形状が研磨中の向きに関係なく同一となるという球
面研磨の利点が損なわれることもないので、むしろ、それを球面のままにしておく
ことが当然である。
    また、実願昭58-27431号(実開昭59-132753号)のマイ
クロフィルム(甲第9号証、以下「刊行物5」という。)の図面第1図に示された
円筒パイプ1の両側の平板状の部材は、水晶片2と研磨剤3が回転中にこぼれるの
を防ぐための蓋材であって、回転体として使用する円筒パイプ1では当然に設けら
れる部材であり、実公昭49-47280号公報(甲第11号証、以下「刊行物1
4」という。)に記載された蓋付内装匣14の平面状端面及び平面状仕切壁13
も、蓋付内装匣14を区画するために設けられる部材であるから、いずれも回転体
の研磨面として使用しない側面を平面とするという技術思想を開示するものではな
い。特公昭45-34360号公報(甲第10号証、以下「刊行物13」とい
う。)に記載された円筒状容器17の平板の両端部も、回転体の研磨面として使用
しない側面を平面とするという技術思想を開示するものということはできない。こ
れらの発明は、いずれも、球面ではなく、円筒面で研磨することを目的とするもの
であり、蓋又は仕切りは、円筒の内部に収容した内容物のこぼれを防止するための
不可欠の構成であるが、その部分で研磨することはもともと考慮外である。
したがって、これらの蓋又は仕切りの平面状の形状は、研磨に使用しない面の形状
として平面状を選択したものではないから、結果的にこの平面が研磨に使用されな
いとしても、研磨に使用しない側面を平面にするという技術思想が開示されたもの
と判断することは誤りである。
    そうすると、相違点(1)につき、刊行物発明において「前記側面を平面とし
て本件訂正発明のようにすることは、当業者が容易になし得たことである」とする
本件決定の判断が誤りであることも明らかである。
  (3) 被告は、装置内に不要部分があった場合、省資源、省エネルギーや小型軽
量化の目的を達成するという観点から、当該不要部分を削除することが、技術上、
工学上の常識であると主張する。
    しかしながら、球状ポットは、その内面がすべて連続する球面であること
から、振動片が内面のどの部分に接触しても同じ球面形状に研磨されるという利点
を有しており、このことを考慮すると、連続する球面に不連続な面(平面)を導入
することなどはあえてしないのがむしろ常識である。したがって、被告の主張は失
当である。
第4 被告の反論
   本件決定の認定及び判断は正当であり、原告主張の取消事由は理由がない。
 1 取消事由1(一致点の認定の誤り)について
   原告は、本件特許出願当時、球状ポットを用いたコンベックス加工におい
て、当業者に、球面内に研磨に使用しない面が存在することについての認識はなか
ったから、両側面を研磨面として使用しないという認識も生じ得なかったとし、本
件決定の刊行物発明の認定のうち、半径Rの一つの球面から成る球状ポットが「研
磨面として使用しない両側面をも球面にした」との認定部分が誤りであって、これ
を前提とした一致点の認定も誤りであると主張する。
   しかしながら、球状ポットによって振動片を研磨する場合に、振動片と研磨
剤を収容した球状ポットを水平軸の回りに回転させると、振動片と研磨剤は、下方
向に重力を受けて常にポットの下側の内面に集まり、左右両側には存在しないか
ら、振動片はポットの下側の内面でだけ研磨され、左右両側で研磨されることはな
い。なお、本件訂正発明のように球状ポットを公転させるものについては、公転軸
に垂直な回転面の放射方向に遠心力が働き、重力の代わりに作用する(この場合重
力の影響は小さい。)。このように、研磨に寄与する内面の場所を特定することが
できること、すなわち、球状ポットにおいて研磨に使用しない面が存在すること
は、当業者が容易に解析できる程度のことであり、当業者にとって自明の事項であ
る。
   したがって、本件決定の刊行物発明の認定に誤りはなく、これに基づく一致
点の認定にも誤りはない。
 2 取消事由2(相違点(1)についての判断の誤り)について
   原告は、球状ポットの球面内に研磨面として使用しない面があっても球面の
ままにしておくことが当然であると主張するが、研磨に使用しない面は研磨作業と
無関係であるから、それがどのような形状であっても支障はなく、なくてもよいこ
とは自明であるから、球面のままにしておくことが当然であるとする主張は失当で
ある。
   また、原告は、刊行物5、刊行物13及び刊行物14に記載された発明の各
両端部の平面形状が、蓋又は仕切りであって、研磨に使用しない面の形状として平
面状を選択したものではないから、この平面が研磨に使用されないとしても、研磨
に使用しない側面を平面にするという技術思想が開示されたものと判断することは
誤りであると主張する。
   しかしながら、装置内に不要部分があった場合に、省資源、省エネルギーや
小型軽量化の目的を達成するという観点から、当該不要部分を削除することは、技
術上、工学上の常識である。そして、刊行物発明において、研磨に寄与しない球状
ポットの左右両側部は不要部分ということができるから、この部分を除去するとと
もに、その除去部分をふさぐことは、当業者において容易に考え得ることである。
この場合に、当該左右両側部がどのような形状であっても支障のないことは上記の
とおりであるところ、製作容易性、あるいは省資源の観点から、平面状とすること
がよいことは当業者にとって自明であり、また、振動片と研磨剤とが回転中にこぼ
れるのを防止するために両側端面をふさぐ手法として平面板を使用することは、刊
行物5、刊行物13及び刊行物14に記載されているように周知の事項である。
   そうすると、球状ポットにおいて研磨に使用しない左右両側面を除去し、振
動片及び研磨剤のこぼれ防止を目的として除去部分を平面板でふさいで本件訂正発
明のようにすることは当業者が容易に行い得たものということができる。
   したがって、本件決定の相違点(1)についての判断に誤りはない。
第5 当裁判所の判断
 1 取消事由1(一致点の認定の誤り)について
  (1) 刊行物1(甲第4号証)には、刊行物発明の半径Rの一つの球面から成る
球状ポットにつき、両側面が研磨面として使用されないことについて明示の記載は
見当たらない。そして、原告は、球面形状の回転体を用いたコンベックス加工にお
いて、両側面を研磨面として使用しないという認識は、研磨に使用しない面がある
か否かについて解明しようとする意識がなければ生じ得ないものであるところ、本
件特許出願の当時、球状ポットを用いて矩形状水晶振動片をコンベックス加工する
技術分野においては、球面内に研磨に使用しない面が存在することについての認識
はなかった旨主張する。
    しかしながら、刊行物5(甲第9号証)には、「第3図は本考案による矩
形水晶片形状加工用パイプの一実施例である。・・・第3図に基づき本考案の説明
を行なう。矩形水晶片形状加工用パイプ(6)の形状は、該パイプの全長の中心部分の
該パイプ内径を最大とし、該パイプの内面に、該パイプ両端方向に向かい曲率を持
たせて、該パイプ内径を連続的に小さくしている。この矩形水晶片形状加工用パイ
プ(6)に矩形水晶片(2)と研磨剤(3)を共に収容し、該パイプを回転させることによ
り、パイピングが行なわれる訳である。第3図(B)で示す様に矩形水晶片(2)が矩形
水晶片形状加工用パイプ(6)の全長方向に平行な状態の位置に置かれても、矩形水晶
片(2)中心部付近は該パイプ内面に接触はしない。つまり矩形水晶片(2)が矩形水晶
片形状加工用パイプ(6)の内面で横になった状態においても、矩形水晶片(2)の振動
変位方向である長手方向にコンベックス形状加工が形成される」(5頁10行目~
6頁8行目)との記載があり、この記載と図面第3図(A)とによれば、刊行物4に
は、パイプの全長の中心部分の内径を最大とし、パイプ両端方向に向かい曲率を持
たせてパイプ内径を連続的に小さくした内面を有するパイプの全長方向の中心軸を
水平方向とし、パイプの内部に矩形水晶片と研磨剤を収容して、上記中心軸を回転
軸として回転させたときに、矩形水晶片と研磨剤とがパイプ内面の中心部分(パイ
プ内径が最大である部分)付近の下側に局在して、コンベックス形状加工が形成さ
れ、パイプ内面の両側部分には矩形水晶片及び研磨剤が存在しないことが開示され
ていると認めることができる。そして、この場合に、コンベックス形状加工が形成
されるとは、矩形水晶片が研磨されることを意味するものであり、また、パイプの
全長の中心部分の内径には特に限定はないが、これをパイプ全長の長さに近づけれ
ば、パイプ全体の形状が球形に近くなることは明らかである。
    さらに、刊行物3(甲第6号証)には「球形のバレル槽内へ所定量の棒状
工作物を装入すると共に、所定量のメデイアを用い、前記バレル槽を自転及び公転
させて棒状工作物の端面角部をバレル槽の内周面に接触摺動させることにより、棒
状工作物の端面角部に丸み付けすることを特徴としたバレル研磨方法」(特許請求
の範囲1項)の発明及び「メデイアは研磨剤・・・と・・・することを特徴とした
特許請求の範囲第1項記載のバレル研磨方法」(特許請求の範囲2項)の発明が記
載されており、「球形バレル槽7内にメデイアとしての研磨剤32と棒状工作物を
装入し・・・(摺動研磨を行なうにはマス量はバレル槽容量の5~35%が利用出
来るが、コスト的には30%内外とするのが望ましい。)モーター12を高速回転
するとターレツト4,4は回転し、球形バレル槽7は軸受5,5内で自転運動を行
ない、バレル槽内部の工作物に研磨作用を与える。」(7欄8行目~16行目)、
「第1図はこの発明の高速遊星旋回式バレル研磨機の正面図、第2図は同じく側面
図」(10欄1行目~2行目)との各記載がある。そして、これらの記載と図面第
2図とを併せ見れば、刊行物3には、球形バレル槽内に端面角部に丸みを付けるべ
く棒状工作物と研磨材とを収容して、バレル槽を公転させながら自転させた場合
に、棒状工作物は、研磨材とともにバレル槽内の公転軸に垂直な回転面の放射方向
の内周面に局在して研磨作用を受け、当該放射方向から見て側面側の内周面には存
在しないこと、並びに球形バレル槽内に収容する棒状工作物及び研磨材をバレル槽
容量の5~35%とすることが開示されているものと認められる。
    そうすると、球状ポットによって棒状ないし矩形状の工作物を研磨し、コ
ンベックス加工等をする場合において、工作物と研磨剤とを収容した球状ポットを
水平軸の回りに回転させると、工作物と研磨剤は球状ポットの下側の内周面に局在
して、左右両側には存在しないこと(球状ポットを公転させながら自転させた場合
には、工作物と研磨剤は公転軸に垂直な回転面の放射方向の内周面に局在して、そ
の左右両側には存在しないこと)、したがって、工作物は球状ポットの下側の内周
面(球状ポットを公転させながら自転させた場合には、工作物と研磨剤は公転軸に
垂直な回転面の放射方向の内周面)でだけ研磨され、その左右両側で研磨されるこ
とはないことが、本件特許出願当時、当業者には周知の事項として理解されている
ものと認めることができる。
    もっとも、球状ポットに収容する工作物と研磨剤の総量を球形ポット容量
の50%以上としたときは、工作物等の内容物の上面が回転軸よりも上方に位置す
るため、球形ポットの内面の両側部分は常に内容物等と接触し、両側部分も研磨に
寄与することになることは自明であるが、刊行物1(甲第4号証)には、球状ポッ
ト(球面部)に収容する水晶片及び研磨剤の総量につき特段の限定はなく、上記の
とおり、刊行物3に開示された5~35%とすることも排除していないと認められ
る。
    そうであれば、上記の周知事項を併せ考えた場合に、当業者が、刊行物1
の記載より、球状ポット容量に対する水晶片及び研磨剤の総量の割合が僅少であっ
て、水晶片が球状ポットの両側面では研磨されない形態を読み取ることは極めて容
易であり、刊行物1には、刊行物発明の半径Rの一つの球面から成る球状ポットに
つき、両側面が研磨面として使用されない場合についても、実質上記載があるもの
ということができる。
  (2) 原告は、球状ポットを用いて矩形状水晶振動片をコンベックス加工する技
術分野において、球面内に研磨に使用しない面が存在することについての認識を明
らかにしたものは、特開平1-257561号公報が最初であると主張するが、上
記刊行物5及び刊行物3の各記載事項に照らして、上記主張は採用することができ
ない。
    また、原告は、球状ポット内の振動片は互いに衝突し反射して左右両側に
も飛散するもので、その挙動は単純ではなく、左右両側で研磨される可能性もあ
り、研磨に使用しない面があることが自明であるということはできない旨主張する
ところ、確かに、遠心効果や攪拌作用により、球状ポット内の工作物が両側部分に
移動し、あるいは工作物同士の衝突により突発的に両側部分に飛散する可能性がな
いということはできないが、球状ポット容量に対する工作物、研磨剤等の内容物の
総量の割合が僅少である場合には、上記のような移動、飛散の程度も限定的である
ことは技術常識上明白であり、一般的には、両側面が研磨面として使用されないと
いうこともできるものであるから、上記主張も採用することができない。
  (3) したがって、本件決定がした、刊行物1に、半径Rの一つの球面から成る
球状ポットにつき「研磨面として使用しない両側面をも球面にした」ことが記載さ
れているとの認定及びこの認定に基づく一致点の認定に、原告主張の誤りはない。
 2 取消事由2(相違点(1)についての判断の誤り)について
  (1) 原告は、刊行物1において、球状ポットの球面内に研磨に使用しない面が
存在することを認識できたとしても、それが球面であることにより加工上特段の支
障はなく、球面のままにしておくことが当然であるから、「その面をどの様な形状
にするかは容易に考えられる」とした本件決定の判断には根拠がないと主張する。
    しかしながら、工作加工機械に関する技術分野において、一般に対象物の
不要部分を発見して、当該部分を削除し、あるいは単純化することにより、対象物
の小型軽量化、低コスト化、省資源化を図ろうとすることは、当業者にとって普遍
的な技術課題であるというべきである。そうすると、刊行物発明である半径Rの一
つの球面から成る球状ポットが、研磨面として使用しない両側面をも球面にしたも
のであることが認識された場合においては、当該両側面が研磨面として使用され
ず、球状ポットによる水晶片の加工に無関係であれば、当該両側面をどのような形
状としてもよいことは自明のことであるから、球状ポットの軽量化や、低コスト
化、当該両側面部分の原材料を節約する省資源化等を目的として、当該両側面の形
状につき単純化が図られるよう工夫をすることが、当業者として自然であるという
べきであり、当該両側面が球状であっても加工上特段の支障はないからといって、
それを球面のままにしておくことが当然であるとは到底いうことができない。
    したがって、原告の上記主張は採用することができず、「その面をどの様
な形状にするかは容易に考えられる」とした本件決定の判断に誤りはない。
    そして、刊行物5(甲第9号証)の図面第1図(A)、刊行物13(甲第10
号証)の図面第4図、刊行物14(甲第11号証)の図面第2図及び第3図にそれ
ぞれ示されているように、工作物の研磨に用いる回転体において、研磨面として使
用しない両側面を平面状とすることは、本件特許出願当時、周知の技術事項であっ
たものと認められるところ、上記のように、刊行物発明において両側面をどのよう
な形状としてもよいのであれば、これを平面状とすることが単純化の趣旨に最も沿
うところであり、かつ、球状ポットの小型軽量化、低コスト化、省資源化等の目的
を達成することのできるものであることは、当業者が容易に想到し得るものである
と認められる。
  (2) 原告は、上記刊行物4、刊行物13及び刊行物14に記載された発明がい
ずれも球面ではなく、円筒面で研磨することを目的とするものであり、それらの平
面状部材が蓋又は仕切りであって、その部分で研磨することはもともと考慮外で、
平面状の形状は、研磨に使用しない面の形状として選択したものではないから、結
果的にこの平面が研磨に使用されないとしても、研磨に使用しない側面を平面にす
るという技術思想が開示されたものと判断することは誤りであると主張する。
    しかしながら、上記周知事項から刊行物発明に適用するのは、研磨面とし
て使用されない面の形状の点のみであり、研磨面の形状ではないから、上記各刊行
物が円筒形で研磨することを目的とするものであるとしても(なお、上記のとお
り、刊行物4に記載された発明には、全体形状が球形に近い形態が含まれると解さ
れる。)、その適用が妨げられるものではない。また、上記各刊行物に記載された
発明において、平面状部材が蓋又は仕切りであり、当初から研磨面として予定され
ていなかったものであるとしても、そのこと自体、研磨に寄与しない両側面の形状
を平面状としたことに変わりはなく、その限度において当該事項が周知である場合
に、それを、研磨面として使用しないことが認識された刊行物発明の両側面に適用
することに何ら支障があるものともいえない。そうすると、原告の上記主張は採用
することができない。
  (3) したがって、「刊行物1に記載された第1の発明(注、刊行物発明)にお
いて、前記側面を平面として本件訂正発明のようにすることは、当業者が容易にな
し得たことである。」(決定謄本5頁5行目~7行目)とした本件決定の判断に原
告主張の誤りはない。
 3 以上のとおりであるから、原告主張の本件決定取消事由は理由がなく、他に
本件決定を取り消すべき瑕疵は見当たらない。
   よって、原告の請求を棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴
訟法7条、民事訴訟法61条を適用して、主文のとおり判決する。
  東京高等裁判所第13民事部
    裁判長裁判官 篠   原   勝   美
    裁判官 石   原   直   樹
    裁判官   宮   坂   昌   利

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