弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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       主   文
 被告はホテル営業の宣伝、広告その他営業上の施設および活動について、「東阪
急ホテル」という呼称を生ずる文字を使用してはならない。
 被告は「東阪急ホテル」という呼称を生ずる文字を表示している看板、パンフレ
ツト、広告物その他営業表示物件から「東阪急ホテル」という呼称を生ずる文字を
抹消せよ。
 訴訟費用は被告の負担とする。
       事   実
第一 当事者の求めた裁判
(原告)
 主文同旨
の判決および仮執行の宣言。
(被告)
 原告の請求を棄却する。
 訴訟費用は原告の負担とする。
との判決。
第二 当事者の主張
(請求原因)
一、原告は京阪神急行電鉄株式会社(以下阪急電鉄という)を中心とする阪急系の
会社(いわゆる阪急グループ)に属するものであつて、昭和三九年八月八日から肩
書地において「新阪急ホテル」という名称のホテルを開業し、現在盛業中である。
 「新阪急ホテル」という名称は原告の営業上の表示として日本国内において周知
であり、ビジネスマン向きの、いわゆるビジネスホテルであることを特長としてい
る。その声価は関西地区はもちろん、関東地区においても広く知られ、その利用者
は内国人に限られず、外国人の場合も少くない。
二、被告は、昭和四四年二月から肩書地において、原告の営業上の表示である「新
阪急ホテル」に類似した「東阪急ホテル」という名称を用いてホテルを開業し、現
在営業中であり、「東阪急ホテル」のほか、「東阪急ホテル」の英文表現である
「HOTEL HIGASHI HANKYU」等の表示を、その看板、パンフレ
ツト、広告物に用いて宣伝広告している。
三、「東阪急ホテル」の営業上の表示は「阪急」がその要部であり、「東」は単に
方位を示す特別顕著性のない部分であるから、「東阪急ホテル」という営業表示自
体で既に原告の営業と混同を生ずるおそれが十分にある。
 のみならず、現実に右両者の混同が生じている。すなわち、被告は「東阪急ホテ
ル」がビジネスホテルであることを特長としている旨を広告し、「HOTEL H
IGASHI HANKYU」という英文による表示中「HIGASHI」の文字
を「HANKYU」の文字より小さくしたり、上段に小さく「HIGASHI」下
段に大きく「HANKYU」と二段書きしたりした広告物を使用している。被告の
用いる「東阪急ホテル」という営業上の表示が原告の用いる「新阪急ホテル」とい
う営業上の表示に類似しているため、顧客が新阪急ホテルのつもりで現実には東阪
急ホテルに宿泊の申込みをし、原告ホテルに対し、宿泊の申込みをしたはずである
と強く主張する場合がしばしばあり(この場合原告ホテルのフロント係は全く当惑
する)、またエージエントにおいても、新阪急ホテルと東阪急ホテルとを混同し
て、新阪急ホテルのクーポン券を発行するつもりで現実には東阪急ホテルのクーポ
ン券を発行する場合や、自動車運転手等が右両ホテルを混同して誤つて顧客を案内
する場合が生ずることも稀ではない。
四、このように、被告が原告の営業上の表示と類似する営業上の表示を用いている
ため、被告の営業上の施設および活動が原告のそれと混同され、その結果原告は有
形無形の損害を被り、営業上の利益を害せられている。
五、よつて、原告は不正競争防止法一条一項二号により、被告に対し、右不正競争
行為の差止めを求める。
(請求原因に対する被告の答弁)
一、請求原因一の事実中、原告が昭和三九年八月頃から肩書地において「新阪急ホ
テル」という名称のホテルを開業し、現に盛業中であることおよび「新阪急ホテ
ル」という名称が原告の営業上の表示として周知であることは認めるが、その余の
事実は不知。
二、同二の事実中、「東阪急ホテル」という名称が原告の営業上の表示である「新
阪急ホテル」と類似するとの主張は否認する。その余の事実は認める。
三、同三の事実中、、混同のおそれについての原告の主張は否認する。また、被告
はビジネスホテルであることのみを特長として広告しているのではない。
 その余の事実は不知。
四、同四の事実は争う。
(被告の主張)
一、被告の営業上の表示は原告のそれと類似しない。
(名称の類似性判断の基準)
 名称、呼称につき共通部分がある場合に、その主体を区別する方法の一つとし
て、一般に新、旧、東、西、南、北等の接頭語を冠する方法が採用されている。こ
れを卑近な例でみると、大阪駅に対して新大阪駅があり、大阪市と別個のものとし
て東大阪市が新設された如きである。右の如き用語の使用態様が類似と考えられる
ならば、公共的名称として使用されなかつたはずである。
 すなわち、このような用語の使用態様は類似概念と考えるべきではなく、区別概
念として把握するのが通常の用語の使用方法である。商標に例をとつてみても、現
実に「桜正宗」、「大黒正宗」、「キンシ正宗」の三者が使用されているが、立派
に区別された商標として一般市場で取引され、なんら営業上の支障はない。またホ
テル業界にあつても「大阪ホテル」と「新大阪ホテル」とがあるが、これが不正競
業関係にあるとは何人も意識していない。その他、ものを区別する方法として右の
ような用語の使用方法を採用しているものは数限りなく存在することは公知の事実
である。
(ホテル業界における営業表示の実態)
 ホテル営業の中心的要素をなすものは施設の存在場所である。商品販売業とは本
質的に営業活動の態様を異にする。従つて、その営業表示の類似、混合について考
える場合にも、ホテル業界の特殊性を考慮に入れなければならない。
 ホテル業界においては、施設の存在場所を異にすれば、同一の営業表示を使用す
るものさえあり、多くは、東、西、南、北等の接頭語を付してその営業上の主体、
施設および活動を区別しているのがむしろ慣行となつている。このような例は無数
に存在し、電話帳を一瞥しただけで容易に知ることができるが、世間一般はこれを
なんら異としていないのである。仮に、所在地や右接頭語による差異を無視して、
誤認混同する者があつたとしても、それはその者の不注意と評価されるべきもので
ある。
(阪急なる語を用いるホテルが他に存在する事実)
 阪急電鉄と関係なく「阪急」なる名称を付したホテルは、大阪市内においても被
告の外に「阪急ホテル」と「北阪急旅館」がある。
(1) 阪急ホテル
 このホテルは、昭和九年、本店を大阪市<以下略>に置き、合資会社阪急ホテル
として発足した歴史を有し、「阪急ホテル」の商号で営業をなし、漸次発展して同
区<以下略>に阪急ホテル新館、同区<以下略>に阪急ホテル第一別館を設けて盛
業中、昭和二〇年戦災に遇つて全焼した。しかし、その翌年五月南区<以下略>で
営業を再開、現在約五〇室を有するビジネスホテルとして繁栄している。右ホテル
は阪急電鉄とは全く関係がないのみならず、原告がホテルを開業するに際し、
【A】らが同ホテル経営者に対し阪急名義を使用してホテル営業をさせて欲しいと
懇請し、その承諾を得た経緯がある。
(2) 北阪急旅館
 これも戦前の昭和一二年創業の古い老舗の旅館で右阪急ホテルと同様、阪急百貨
店との場所的関係からこの商号を使用しており、現在営業中である。
 以上のとおり、既に原告創業以前より大阪のホテル業界においては、「阪急」の
語をその営業上の表示たる名称の一部に使用していたものが存在し、原告との間に
名称の類似、営業上の施設および活動についての混同を生じていないことは原告の
自認するところであるといつてよい。そうすると、ひとり被告の営業表示のみが原
告のそれに類似したり、営業上の施設、活動に混同を生ぜしめるということはとう
てい考えられない。
(現在における「阪急」なる語の意味)
 原告の主張は、「阪急」なる名称を営業上使用する権限が京阪神急行電鉄の独占
に属するものであるとの誤つた独断的認識に立脚している。なるほど、「阪急」な
る名称は当初は右電鉄会社の略称として生じたものであつたかも知れないが、その
後相当の年月を経過した今日、地域、地区を指称する意味、認識をもつて使用され
ることも極めて多いのであつて、これは南海電鉄、阪神電鉄、近畿日本鉄道、京阪
電鉄の略称である「南海」、「阪神」、「近鉄」、「京阪」などの場合と同様であ
る。この点、旧財閥の三井、三菱、住友などの名称の使用とはそのイメージを異に
する。このことは本件の類似、混同の判断についても当然考慮されなければならな
いことである。
 これら電鉄会社の沿線周辺には、電鉄会社とは全く無関係な各種企業が、その営
業上の表示の一部にその電鉄の略称たる名称を使用していることは公知の事実であ
る。例えば、「阪急」なる名称を営業表示の一部に使用した場合を考えると、この
場合の「阪急」なる語は、地域すなわち阪急電鉄沿線の附近という意味に用いられ
ているのであつて、このような使用形態は一般に広く常用されているところであ
る。大阪、神戸という地名を営業表示の一部に使用した場合となんら異なるところ
はないと考えるべきである。
 阪急電鉄と関係がなく、「阪急」なる名称を右のような意味で営業表示の一部に
用いている企業をあげれば枚挙にいとまなく、大阪市、尼崎市、吹田市、守口市、
東大阪市の一部をみただけでも八二にも及び、大阪から京都、宝塚、箕面、神戸に
至る京阪神急行電鉄の全沿線について調査すればその数は数百に達するであろう。
 従つて、本件においてその営業上の表示の類似について判断するにあたつては、
「阪急」の部分を切り離し、これを要部として考察するのは相当でなく、「新阪
急」「東阪急」とそれぞれ一体として観察すべきである。そうすると、被告の営業
表示「東阪急ホテル」は原告の「新阪急ホテル」に類似しないことは明らかであ
る。
(結論)
 以上のとおり、一般に営業主体を区別するために新、旧、東、西等の接頭語を冠
した名称を使用していること、特にホテル業界においてはそのような例が多いこ
と、「阪急」なる語を営業表示の一部に使用するホテルが他に存在し、それらと原
告との間に営業主体等の混同が生じていない事実、「阪急」なる語は現在では阪急
電鉄のみを指称するものではなく、これが営業表示の一部に使用された場合には地
域的意味をもつた語に転化されている事実等に照して考えると、「東阪急ホテル」
なる営業上の表示は「新阪急ホテル」なる営業上の表示に類似しないというべきで
ある。
二、東阪急ホテルと新阪急ホテルとの間に混同は生じない。
(阪急ホテルとの関係)
 前記のとおり、原告は阪急ホテルが古くから阪急百貨店近くを発祥の地として営
業していることを熟知のうえで、これと自己とを区別するため「新」の字を冠した
名称を採用したのである。
右両者が類似であり、両者の営業に混同を生じるとの危虞があれば、原告がそのよ
うな名称を採用するはずはない。阪急ホテルと新阪急ホテル(原告)とが、営業上
の支障をきたすことなく併存し、お互に独自の持味を生かして繁栄していること
は、かかる名称の使用が営業上の支障となるような混同を生じないことを有力に実
証している。
 仮に、原告の主張するような間違いがあつたとしても、それは名称が類似してい
るから生じたものではなく、極めて例外的なことであつて、ホテル営業上の害とな
るようなものではない。
(マスコミの報道および被告の宣伝広告)
 被告はその営業開始前より現在まで独自の方法で「東阪急ホテル」の名称と所在
を広く周知させるため、多額の費用を投じて新聞、ラジオ、テレビ、週刊誌等に宣
伝広告し、その額は合計一、七〇〇万円を超える莫大な額に達している。特に営業
上の表示問題は、当庁に仮処分申請事件(昭和四四年(ヨ)第一〇六二号)が係属
するや、いち早く、原告と被告とがなんら関係のない企業であることが大々的に報
道されたのみならず、その仮処分判決があるや、地方新聞はもとより、朝日、読
売、日本経済等すべての新聞が大きく記事としてとりあげ、原告と被告との間に営
業上の関係が存在しないことを報道した。
 従つて、現在においては、原告と被告とは全く別個の営業であることは業界は勿
論、一般世間の人にも周知徹底しており、両者を混同するものではない。原告はな
お混同の事実があると主張するが、かかる事情下においては、仮にいくらかの混同
が生じたとしても、それは法の保護に値しないものというべきである。
(ホテルの営業態様)
 ホテルの顧客は料金、立地条件、利用目的、サービスについての好み等によつて
ホテルを選択する。そして、顧客がホテルに宿泊する経過は、①直接ホテルに来る
客、②電話で予約した後来る客、③斡旋業者を通ずる客の三種がある。そのいずれ
の宿泊経過をみても、新阪急ホテルと東阪急ホテルを混同することは通常考えられ
ない。すなわち、①の場合は現場を確認するのであるから混同誤認はありえない。
②の電話の場合も、少くとも受信する側で直ちに間違いが発見できるので、誤認混
同に基づくミスは予防できる。③の場合は、両者が全く別経営であることは業界に
おける顕著な事実であるから、間違いはあり得ず、仮に間違つた斡旋業者があつた
とすれば斡旋業者たる資格はない。
(結論)
 以上で明らかなとおり、現在においては、「新阪急ホテル」と「東阪急ホテル」
との間に混同を生じる場合は、勿論、混同を生じるおそれもない。
三、被告には取引秩序をみだす反倫理性がない。
 不正競争防止法一条一項二号にいわゆる他人の営業上の施設または活動と混同を
生ぜしめる行為として法律上の評価をなすには、一方の営業において自由競争の限
界を逸脱し取引秩序をみだす反倫理的行為としての信義則違反があつて、そのため
に他方の営業上の施設または活動と混同を生ずるおそれがある場合でなければなら
ない。しかし、被告の営業活動の実態はつぎのとおりであつて、取引秩序をみだす
反倫理性は全くない。
(「東阪急ホテル」の名称採用の経緯)
 被告の親企業である株式会社津多屋(代表取締役【B】)が現に経営している阪
急東ビルデイングは大阪市<以下略>に所在する。この建物は原告の営業開始前で
ある昭和三六年に開業したのであるが、阪急東通り商店街に接し、かつ阪急百貨店
の東側に所在することから、「株式会社阪急東ビルデイング」という商号で大阪法
務局に設立登記したのであるが、その翌年に旅館業株式会社津多屋が阪急東ビルデ
イングを併営することになつたため、法人たる株式会社阪急東ビルデイング自体は
解散したものの、「阪急東ビル」の名称は現在も従来通り継続使用されている。
 右「阪急東ビル」なる名称の使用について、その以前から営業していた新阪急ビ
ルからも、阪急電鉄からもなんら苦情等の申出がなかつたという過去の体験から、
被告はその商号を阪急百貨店の東方に所在するホテルという場所的関係と、右阪急
東ビルと同系列の企業であるという単純な動機から「東阪急ホテル」としたもので
あつて、原告と不正競争を行つたり、またその利益や信用を害しようというような
動機目的は全くない。
(商号登記)
 被告代表取締役【B】は同取締役支配人【C】とともに、被告ホテル営業を計画
するに際し、もしホテル建物の建築完成、営業開始時までに他に「東阪急ホテル」
と同一名称のホテルができては困るので、大阪法務局に「東阪急ホテル」の商号を
登記し、株式会社津多家が施主となつて一億四千万円を投じてホテル建物を建築
し、完成と同時に昭和四四年二月一二日被告会社を設立し、被告がホテルについて
の一切の権利義務を承継したのである。
 もし、「東阪急ホテル」が「新阪急ホテル」と類似商号の関係にあるのであれ
ば、右の如き商号登記は法務局において当然拒否されたであろうから、これが許さ
れた以上、被告としては本訴の如き問題が惹起するとはいささかも考えなかつたと
ころである。
(被告の宣伝―原告の態度)
 被告は堂々とホテル開業の二、三か月前より全国的に新聞、ラジオ、テレビ、週
刊誌、業界紙、その他大衆の眼にふれ心にとまるような広告媒体を介して、千数百
万円にも及ぶ多額の宣伝広告費を投じて、被告ホテルの名称、場所、営業内容の宣
伝広告に努め、無事盛大に開店したのである。
 このように被告は大々的な広告、宣伝を行なつていたのであるから、原告として
は直ちに被告の存在および本訴において問題とされている被告の営業上の表示を知
つていたはずである。もし原告の営業上被告の営業表示がなんらかの支障をもたら
すおそれがあるのであれば、同業でもあることであるから、なおさら、被告の開店
前に何らかの意思表示をなすのが当然の措置であろう。ところが、原告は被告の開
店後一か月を経過した後になつて、初めて本訴請求の如き差止め請求をなしたので
ある。
(結論―反倫理性なし)
 以上のとおり、被告は原告の利益を害したり、不正競争を行つたりしようとする
動機、目的を全く有さず、また商号登記手続までして法秩序に則り、十分慎重に営
業表示を決定したもので、被告の営業表示はむしろ法の保護を受けたものと確信す
る。また、その営業活動においても、自由競争の原則に立脚して大々的に広告、宣
伝を行つているものであつて、ホテル営業活動としていささかも他より非難を受け
るような取引秩序をみだす反倫理的行為、信義則違反行為をなしていない。
 従つて、「東阪急ホテル」と「新阪急ホテル」とが類似し、原告の主張するよう
な混同誤認の事態がたまたま惹起するようなことがあつたとしても、不正競争防止
法一条一項二号に該当すると評価すべきではない。
四、営業上の利益を害されるおそれはない。
 前記のとおり、遅くとも現在では、原告と被告との間に営業上の混同を生ずるこ
とがなくなつたのであるから、原告において営業上の利益を害されることはないの
であるが、仮に、原告主張のような間違いが若干あつたとしても、阪急ホテルが存
在していることを承知のうえで「新阪急ホテル」という営業表示を採用した原告で
あるから、「東阪急ホテル」という営業表示とのまぎらわしさが営業上支障になる
とはいいえないはずであるし、そのうえ原告の営業規模、収益、その他の営業状態
を考慮すれば、被告の営業表示との間の多少のまぎらわしさは、不正競争防止法に
いわゆる営業上の利益を害されるものでないことは勿論、営業上の利害を害される
おそれという程度にも達しないものといわねばならない。何故ならば、被告の「東
阪急ホテル」という営業表示によつて原告の営業上の利益が害されるおそれがある
というのであれば、原告は既に存在していた阪急ホテルによつても営業上の利益を
害されるはずであるから、「新阪急ホテル」という営業表示そのものを採用するは
ずがなかつたからである。
五、権利の濫用
 仮に、被告の営業表示と原告のそれとの間に何らかの混同が生じたとしても、そ
れは現在および将来にわたつて原告の営業上支障となる程度のものではない。
 また、「阪急」なる語をその営業上の表示の一部に使用している阪急ホテルが既
に古くから原告とは別個の法人として被告程度の規模で存在営業しているのである
から、被告の営業上の表示のみを変更したからといつて、原告の主張するような些
細な混同、支障がなくなるものとは考えられない。混同についての原告の主張は、
本訴を維持継続するためにつくられた程度のものとしか考えられない。
 右の如き事情のもとにおける原告の本訴営業上の表示使用差止の請求は、権利の
濫用として排斥されるべきである。
第三 証拠関係(省略)
       理   由
一、当事者間に争いのない事実
 原告が昭和三九年八月頃から肩書地において「新阪急ホテル」という名称のホテ
ルを開業し、現在盛業中であり、「新阪急ホテル」なる名称が原告の営業上の表示
として日本国内において周知である事実および被告が同四四年二月頃から肩書地に
おいて「東阪急ホテル」という名称を用いて開業し、現在営業中であり、「東阪急
ホテル」のほかその英文表現である「HOTEL HIGASHI HANKY
U」等の表示をその看板、パンフレツト、広告物に用いて宣伝広告している事実
は、いずれも当事者間に争いがない。
二、類似についての判断
(1) まず、被告の営業上の表示である「東阪急ホテル」なる名称が原告の営業
上の表示である「新阪急ホテル」なる名称に類似するかどうかについて考える。
 「東阪急ホテル」と「新阪急ホテル」とは、いずれも「阪急ホテル」という文字
の上に一字を冠したもので、前者はその接頭語が「東」であるのに対し、後者のそ
れは「新」である。そして、右接頭語のみに着眼するときは、それぞれ文字、発
音、観念等において異なるものであることは明らかであるけれども、現実に使用さ
れている「東阪急ホテル」および「新阪急ホテル」の各表示は、一般世間において
はいずれも「東」または「新」で切らずに、「東阪急ホテル」、「新阪急ホテル」
と一気に読まれるのが通常であると考えられ、従つて右各表示から生ずるイメージ
も「新」や「東」を分離しない「東阪急ホテル」「新阪急ホテル」の一体的な観
察、称呼に基づくものであると考えられる。ところで、右両表示はその大部分を占
める「阪急ホテル」の部分を共通にしており、その「阪急ホテル」中の「阪急」な
る語は日本国内において有数の私鉄企業である京阪神急行電鉄またはその系列企業
を表象するものであることは当裁判所に顕著な事実であり、このことから「阪急」
の文字を使用した営業表示は阪急百貨店、プロ野球阪急ブレーブスの関連企業を有
する阪急電鉄を連想させることにより一般世間に強い印象を与えるものと推認され
るから、「東阪急ホテル」なる営業表示は「新阪急ホテル」のそれに類似した印象
を与え、従つて両表示は類似するものと認めるのが相当である。
 なお、「東阪急ホテル」なる営業表示中の「阪急」という語が右の如きイメージ
をもつことを十分意識し、かつそれによる効果を期待して「東阪急ホテル」なる営
業表示が採用されたことは、被告代表者本人の当裁判所における「東阪急ホテルが
堅い名前でもある……」との供述および被告が当初出した宣伝パンフレツトの最も
目につき易い所に「大阪駅前」と題して、国鉄大阪駅は小さく阪急ビル前面を大き
く写した写真(「阪急百貨店」の表示が明瞭に見える)を掲載していること(成立
に争いのない甲第一一号証)からも十分窺えるところである。
(2) 被告の主張に対する判断
(あ) 被告はホテルの名称については既存のホテルの名称に新、東、西、等の接
頭語を冠したものを使用することが一般に行なわれ、これらの間にあつては所在
地、右接頭語の有無あるいは相異により主体を区別しているのであつて、ホテルの
名称に右共通の表示部分がある故をもつて営業表示が類似するとなすのは業界の実
情に反する旨主張する。
 被告代表者本人の供述により成立を認めうる乙第一七号証によると、ホテル、旅
館業界において所在地は異るが、同一名称のホテル、あるいは新、東、西等の接頭
語を伏せると同一名称となるホテルが少からず存在する事実が認められるけれど
も、同一企業が数個所にホテルを設けるときは、同一名称又は右の如き接頭語を冠
した名称を用いるのが極めて自然且普通のことであるから、既存のホテルと同一名
称あるいはこれに新、あるいは東等の語を附加した名称を用いてホテルを設けると
きは、右施設自体はそれぞれの所在地あるいは右附加語等により区別をなしその混
同を避けることができても、右両者のホテルが同一営業にかかるものであるか、あ
るいは経営上何らかの関連があるものであるか紛らわしく、企業上の混同を生ずる
おそれがあるのは否めないところである。
したがつて、このようなホテル間において類似性なしとすることはできない。右類
似の名称のホテル間において現実に混同を生じているか、一方が他方に対し営業表
示の差止請求権があるか、更に進んでその行使が許されるか等の問題は、個々の場
合について、具体的事情等をしんしやくして検討しなければ判定できないことであ
る。世間には数個所に同一名称あるいはこれに新、東、西等を附加した名称のホテ
ルが現存していても、これを直ちにそのまま適法な業界の実状として是認し類似性
否定の根拠たる事実であると認めることはできない。
(い) また、被告は、営業表示中に「阪急」なる語を使用する阪急ホテルと北阪
急旅館が既に存在していたにもかかわらず、これに類似しないとして原告が新たに
「新阪急ホテル」なる営業表示を採用したのであるから、被告の営業表示のみが原
告のそれに類似するとはとうてい考えられない旨主張する。
 成立に争いのない乙第一九、二〇号証、同各号証により真正に成立したと認めら
れる同第九号証、弁論の全趣旨により真正に成立したと認められる同第四号証の
一、二によれば、被告主張のとおり、原告ホテルが創立される遥か以前の昭和九年
一一月五日に阪急電鉄とは無関係の【D】が、大阪市<以下略>番地(阪急百貨店
の東側)に「阪急ホテル」と称するホテルを開業し(経営主体は合資会社阪急ホテ
ル)、その後同区<以下略>に阪急ホテル新館を新築し、更に同区<以下略>に阪
急ホテル第一別館を新築し、合計客室一二〇をもつて十数年間営業していたとこ
ろ、昭和二〇年戦災に遇つたが、昭和二一年五月同市<以下略>においてやはり
「阪急ホテル」なる名称で復興し現在に至つている(現経営主体は心斎橋不動産株
式会社)事実および極めて小規模ながら昭和一二年より同市<以下略>において阪
急電鉄と無関係の【E】が「北阪急旅館」なる名称で旅館業を営んでいる事実が認
められる。しかし、前掲各証拠によれば、原告が「新阪急ホテル」なる営業表示で
ホテルを開業するに際しては、
右阪急ホテルの経営者に対して原告が「新阪急ホテル」なる名称を使用するにつき
その承認を懇請し、数回拒絶されたけれども、漸くその承認を得たので、これを使
用するに至つたという経緯が認められるのであつて、右の事実はとりもなおさず阪
急ホテルの経営者も原告もともに「阪急ホテル」なる名称と「新阪急ホテル」なる
名称が類似し混同を生じるおそれがあると考えていたことを明白に物語つているの
である。そして、現在において、一般に「阪急ホテル」という名称のうえに何らか
の接頭語を冠しさえすれば、その営業主体を識別できるという状態になつている事
実を証明するに足りる証拠もない。従つて、被告の右主張も採用できない。
(う) また、被告は、現在においては「阪急」なる語は阪急電鉄沿線附近という
地域を示す語に転化されて使用されていて必ずしも企業としての阪急グループを意
味しない旨主張するが、「阪急」なる語は以前より一般的に地名を表示していた
「京阪」「阪神」というが如き電鉄の略称とは多少趣きを異にし、「阪急」なる語
が専ら地名ないし地域を表現する語に転化されて使用されていると認めるべき証拠
はない。
 もつとも弁論の全趣旨により真正に成立したと認められる乙第一一号証および成
立に争いのない同第二〇号証によれば、阪急電鉄の系列に属さない企業でその営業
表示中に「阪急」なる語を使用しているものが相当数存在している事実は認められ
るが、これは阪急電鉄ないしその系列企業がその使用差止めの措置の必要を認めな
かつたか、差止請求の権限がなかつたからと推測されるので、右事実をもつて「阪
急」なる語が現在においては専ら地域ないし地名を表現する語に転化されて使用さ
れていると認めるべき証拠とはなし得ないと考えられる。よつて被告の右主張も採
用できない。
三、混同および損害のおそれについての判断
(1) 証人【F】の証言により真正に成立したと認められる甲第一九号、証人
【F】および同【G】の各証言によると、エージエントが原告と被告とを間違えて
クーポンを発行したことがある事実、被告と原告とを間違えて被告ホテルに宿泊中
の顧客に対する伝言を原告ホテルに依頼して来たことがある事実、被告ホテルを原
告ホテルの傍系ホテルと間違えてその質問を原告ホテルに対してする顧客がある事
実、タクシー等車の運転者が屡々原告ホテルと被告ホテルとを間違えて客を案内し
て来る事実、原告ホテルに宿泊予約する積りで間違えて実際は被告ホテルに予約
し、自分は原告ホテルに予約したはずだと強く主張しホテルフロント係との間に悶
着を生じたことがあつた事実、顧客からの料金の銀行振込みが間違われて入金され
た事実、原告ホテルと被告ホテルとが同一系列下にあると誤解した顧客が原告ホテ
ルに支払うべき料金を被告ホテルに送金したことがある事実、パトカー(又は救急
車)が被告ホテルに行くべきところを間違えて原告ホテルに来たことがある事実等
が認められ、右事実に加えて前記認定のとおり原告の営業表示も被告の営業表示も
ともに阪急電鉄の系列に何らかの関連があるホテルであるとの類似の観念を生ぜし
める事実を併せ考えると、被告は原告の周知表示である「新阪急ホテル」なる名称
に類似した「東阪急ホテル」なる名称を営業表示としてホテル営業を営んでいる結
果、被告ホテルを原告の営業上の施設または活動と現に混同せしめ、原告はこれに
より少なからず営業上の利益を害せられていることが推認される。
 乙第二号証の一ないし四、同第一九、二〇号証および被告代表者本人の供述中に
は右認定の如き混同を生じていない旨の記載または供述があるが、右はいずれも前
記認定を左右するものではない。
(2) 被告の主張に対する判断
(あ)被告は、原告が阪急ホテルが既に存在していることを熟知のうえで、右名称
の上に「新」を冠して自己の営業表示としたことは、両者間に混同を生じるおそれ
がない証拠であり、同様に原告の営業表示と被告のそれとも混同を生じない旨主張
するが、前記認定のとおり混同を生じるおそれがあつたればこそ原告は何度も右阪
急ホテルの経営者に懇請して「新阪急ホテル」なる名称の使用につき了承を得たも
のと推認されるのであつて、この事実に徴しても右主張は理由がない。
(い)また、被告は、合計一、七〇〇万円を超える莫大な広告宣伝費を投じて被告
ホテルの宣伝をしたことに加えて、原告が本訴に先立ち提起した本訴差止請求権を
被保全権利とする仮処分事件の係属およびそれに対する当庁の判決についてマスコ
ミが大々的に報道したことによつて、原告ホテルと被告ホテルとは全然別個の経営
に属するもので、何ら営業上の関係がないことは、業界は勿論一般世間の人にも周
知徹底したから、少くとも現在においては混同を生じるおそれはない旨主張する。
 成立に争いのない乙第五号証の一ないし七三、同第一九、二〇号証および被告代
表者本人の供述によれば、被告が開業前より現在までに約二、〇〇〇万円に達する
資金を投じて被告ホテルの広告宣伝を行なつたことおよび成立に争いのない乙第一
三号証および同第一四号証の一ないし六によれば、被告主張のとおり右仮処分の係
属およびこれに対する判決につきマスコミが大きく報道した事実が認められるけれ
ども、当裁判所に顕著な事実であるマスコミの報道はその時限りのもので継続的な
ものでない事実およびホテルという性格上両ホテルの利用者は大阪近辺の者は少な
く、大阪地方から遠方に居住する者が大部分であるという事実に徴して考えると、
右事実をもつてしても混同のおそれがなくなつたと認めることはできない。
(う)また、被告はホテル営業の実態からみて、原告ホテルと被告ホテルとの混同
が生ずるはずがない旨主張するが、前記認定のとおり、現実に混同を生じている事
実に照して、右主張はとうてい採用できない。
四、反倫理性なき旨の主張について
 被告は、「東阪急ホテル」なる営業表示の使用は、原告の利益を害したり、不正
競争を行つたりしようとする動機、目的に基づくものではなく、あらかじめ商号登
記までして法秩序に則つたものであり、取引秩序をみだす反倫理性を有しないか
ら、不正競争防止法一条一項二号に該当しない旨主張する。
 しかし、同号が不正競争の目的ないし動機の存在を要件としていないことは同条
改正の経過および同法五条二号の規定と対比すれば明白であるから、右動機、目的
の不存在をもつて有利な事情とはなし得ない。
また成立に争いのない乙第七号証、同第一九、二〇号証および被代表者本人の供述
によれば、被告主張のとおり、あらかじめ「東阪急ホテル」の商号登記をし、その
後同一商号で被告会社が設立された事実が認められるけれども、商号登記や会社の
設立登記がなされたからといつて、その登記商号がいかなる場合にも何人に対して
もその存在を主張できる権限を付与されたことにはならないから、商号が登記され
ているからといつて、それだけでは法秩序に則つたものということはできない。ま
た、不正競争防止法が特に反倫理性の存在を要件とはしていないから、反倫理性の
不存在をもつて被告の抗弁とすることもできない。
 そして、周知の営業表示と類似の営業表示を使用し、他人の営業上の施設または
活動と混同を生ぜしめる行為は、すなわち取引秩序をみだす行為に該当するのであ
るから、被告の右主張も理由がない。なお、被告は開業二、三か月前より全国的に
広告宣伝をしていたから、原告は当然被告が「東阪急ホテル」なる営業表示で営業
活動をすることを知つていたにもかかわらず、開業後一か月も経過した後になつて
初めて差止め請求に及んだ旨非難するが、原告の差止め請求が時宜に遅れた権利主
張であるとは考えられない。
五、権利濫用の主張について
 被告は、「阪急」なる語を営業表示中に使用しているホテルは、被告ホテルの他
に阪急ホテルが存在しており、同ホテルとほぼ同一の営業規模であるから、仮に被
告の営業表示を変更したとしても、右阪急ホテルとの間には混同を生じるのである
から、被告に対してのみなす本訴差止め請求は権利の濫用である旨主張する。しか
し、原告と右阪急ホテルとの間に混同が生じるかどうかは原告の被告に対する本訴
差止め請求とは全く無関係なことであるうえ、前記認定のとおり原告の営業表示が
周知となる以前に「阪急ホテル」なる営業表示が善意で使用されていたとするなら
ば、原告は阪急ホテルに対してその使用差止めを請求する権限を有しない(不正競
争防止法二条四号)筋合であり、他方阪急ホテルは原告の営業表示の併存を承認し
ているのであるから、何ら問題とすべき点はなく、被告の主張は理由がない。
六、よつて、原告の本訴請求は理由があるからこれを認容することとし、訴訟費用
の負担につき民事訴訟法八九条を適用し、主文のとおり判決する。なお、仮執行の
宣言の申立については、相当でないから、これを却下する。
(裁判官 大江健次郎 近藤浩武 庵前重和)

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