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平成24年9月13日判決言渡同日判決原本領収裁判所書記官
平成22年(ワ)第6028号特許権侵害差止等請求事件
(口頭弁論終結の日・平成24年6月28日)
判決
原告株式会社ネオインターナショナル
同訴訟代理人弁護士村田恭介
同辻本希世士
同辻本良知
同笠鳥智敬
同松田さとみ
同訴訟復代理人弁護士原井大介
同補佐人弁理士辻本一義
同神吉出
同丸山英之
被告P1
同訴訟代理人弁護士向井太志
同重冨貴光
同訴訟復代理人弁護士中村瑞穂
主文
1原告の請求をいずれも棄却する。
2訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第1請求
1被告は,別紙物件目録記載の物件を製造し,販売し,又は販売の申出をし
てはならない。
2被告は,別紙物件目録記載の物件を廃棄し,同物件の製造に必要な金型を
除去せよ。
3被告は,原告に対し,1億2000万円及びこれに対する平成22年5月
9日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2事案の概要
本件は,原告が,①主位的に,別紙物件目録記載の電力管理装置(以下「被告
製品」という。)は,原告の有する特許第4457379号の特許(以下「本件
特許」といい,この特許権を「本件特許権」という。)の技術的範囲に属してお
り,被告が業として被告製品を製造,販売することは本件特許権を侵害するもの
であるとして,被告に対し,特許法100条1項,2項に基づき,被告製品の製
造,販売等の差止め,被告製品の廃棄及びその製造に供する金型の除去を求める
とともに,本件特許権侵害の不法行為に基づき,1億2000万円の損害賠償及
びこれに対する訴状送達の日の翌日である平成22年5月9日から支払済みまで
民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求め,②予備的に,電気用品
安全法所定のPSE表示が,同法の定める検査を受けた電気用品についてのみ付
すことを許されているにもかかわらず,被告において,同検査を受けていない被
告製品につき,PSE表示が付されたものを販売したことが不正競争防止法2条
1項13号所定の不正競争行為(品質等誤認惹起行為)に当たるとして,不正競
争防止法4条に基づき,82億5260万円の損害賠償の一部である1億200
0万円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である平成22年5月9日から支払
済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求めた事案である。
1判断の基礎となる事実
以下の各事実は当事者間に争いがないか,掲記の各証拠又は弁論の全趣旨
により容易に認められる。
(1)当事者
原告は,制御盤及び電気機器の製造販売等を目的とする株式会社である。
被告は,電子機器の製造販売等を目的とする株式会社である。
(2)本件特許の内容
ア原告は,以下の本件特許権を有している。
特許番号特許第4457379号
発明の名称電子ブレーカ
登録日平成22年2月19日
出願日平成15年12月19日
特許請求の範囲
【請求項1】
負荷への通電電流から動作エネルギーを受けて過電流保護を行うバイ
メタル遮断回路を備えたブレーカに,負荷への通電電流を検知する電流
検知回路と,負荷への通電を遮断する遮断回路と,前記電流検知回路の
検知信号に応じて前記遮断回路を制御する制御回路とを付加して形成さ
れる電子ブレーカであって,前記制御回路は,定格電流を超える電流領
域に設定された少なくとも1以上の過負荷判別閾値と,当該過負荷判別
閾値毎に設定された過負荷判別時間とを対応させて格納したデータテー
ブルを備え,当該データテーブルを参照しつつ,負荷への通電電流値が
過負荷判別閾値以上となる時間を過負荷判別閾値毎に個別に計測する構
成とされ,前記制御回路は,いずれかの過負荷判別閾値に係る時間計測
値が当該過負荷判別閾値に設定された過負荷判別時間に至ったときは,
過負荷と判別して前記遮断回路を制御して負荷への通電を遮断するよう
にし,さらに,前記バイメタル遮断回路を備えたブレーカの遮断特性を,
前記制御回路による遮断回路に比べて大きく設定し,前記制御回路によ
る通電の遮断が発生する以前にバイメタル遮断回路が作動することが防
止されるようにしたことを特徴とする電子ブレーカ。
【請求項3】
前記制御回路は,警報信号を生成して外部へ出力する構成とされ,い
ずれかの過負荷判別閾値に係る時間計測値が,当該過負荷判別閾値に設
定された過負荷判別時間内に定められる警報開始時刻に至った後は,継
続して外部へ警報信号を出力することを特徴とする請求項1または2に
記載の電子ブレーカ。
【請求項4】
前記制御回路は,通電電流値が定格電流値未満に低下したときは,全
ての過負荷判別閾値に係る時間計測値をリセットすると共に,警報信号
の出力を停止することを特徴とする請求項1乃至3のいずれか1項に記
載の電子ブレーカ。
【請求項6】
前記制御回路は,少なくとも一部の負荷の駆動を停止させる停止信号
を外部へ出力する構成とされ,いずれかの過負荷判別閾値に係る時間計
測値が当該過負荷判別閾値に設定された過負荷判別時間内に定められる
遮断回避時刻に至った後は,所定の停止時間だけ停止信号を外部へ出力
して,少なくとも一部の負荷の駆動を停止させる遮断回避制御を行うこ
とを特徴とする請求項1乃至5のいずれか1項に記載の電子ブレーカ。
イ本件特許権の請求項1,3,4及び6の各発明(以下,それぞれを「本
件特許発明1」「本件特許発明3」「本件特許発明4」「本件特許発明
6」といい,これらをあわせて「本件特許発明」という。)を構成要件に
分説すると以下のとおりである。
【本件特許発明1】
A負荷への通電電流から動作エネルギーを受けて過電流保護を行うバ
イメタル遮断回路を備えたブレーカに,
B負荷への通電電流を検知する電流検知回路と,
C負荷への通電を遮断する遮断回路と,
D前記電流検知回路の検知信号に応じて前記遮断回路を制御する制御
回路とを付加して形成される電子ブレーカであって,
E前記制御回路は,定格電流を超える電流領域に設定された少なくとも
1以上の過負荷判別閾値と,当該過負荷判別閾値毎に設定された過負荷
判別時間とを対応させて格納したデータテーブルを備え,当該データテ
ーブルを参照しつつ,負荷への通電電流値が過負荷判別閾値以上となる
時間を過負荷判別閾値毎に個別に計測する構成とされ,
F前記制御回路は,いずれかの過負荷判別閾値に係る時間計測値が当
該過負荷判別閾値に設定された過負荷判別時間に至ったときは,過負
荷と判別して前記遮断回路を制御して負荷への通電を遮断するように
し,
Gさらに,前記バイメタル遮断回路を備えたブレーカの遮断特性を,
前記制御回路による遮断回路に比べて大きく設定し,前記制御回路に
よる通電の遮断が発生する以前にバイメタル遮断回路が作動すること
が防止されるようにした
ことを特徴とする電子ブレーカ。
【本件特許発明3】
H前記制御回路は,警報信号を生成して外部へ出力する構成とされ,
いずれかの過負荷判別閾値に係る時間計測値が,当該過負荷判別閾値
に設定された過負荷判別時間内に定められる警報開始時刻に至った後
は,継続して外部へ警報信号を出力することを特徴とする請求項1ま
たは2に記載の電子ブレーカ。
【本件特許発明4】
I前記制御回路は,通電電流値が定格電流値未満に低下したときは,
全ての過負荷判別閾値に係る時間計測値をリセットすると共に,警報
信号の出力を停止することを特徴とする請求項1乃至3のいずれか1
項に記載の電子ブレーカ。
【本件特許発明6】
J前記制御回路は,少なくとも一部の負荷の駆動を停止させる停止信
号を外部へ出力する構成とされ,いずれかの過負荷判別閾値に係る時
間計測値が当該過負荷判別閾値に設定された過負荷判別時間内に定め
られる遮断回避時刻に至った後は,所定の停止時間だけ停止信号を外
部へ出力して,少なくとも一部の負荷の駆動を停止させる遮断回避制
御を行うことを特徴とする請求項1乃至5のいずれか1項に記載の電
子ブレーカ。
(3)電気用品安全法とPSE表示
電気用品安全法は,電気用品の製造,販売等を規制するとともに,電
気用品の安全性の確保につき民間事業者の自主的な活動を促進すること
により,電気用品による危険及び障害の発生を防止することを目的とす
る法律であって,電気用品の製造又は輸入の事業を行う者に対し,氏名
等の届出義務を課している(その届出をした者を以下「届出事業者」と
いう。同法1条,3条)。
同法は,構造又は使用方法その他の使用状況からみて特に危険又は障
害の発生するおそれが多い電気用品であって政令で定めるものを,特定
電気用品と定義し,特定電気用品について,届出事業者は,その販売時
までに,経済産業大臣の登録を受けた者による適合性検査を受け,かつ,
経済産業省令で定める技術上の基準に適合している旨を記載した証明書
の交付を受け,これを保存しなければならず(同法8条1項,9条1
項),この義務及び同法8条2項の定める義務を履行したときは,当該
特定電気用品に経済産業省令で定める方式による表示(以下「PSE表
示」という。)を付することができるとする(同法10条1項)。また
同法は,電気用品の製造,輸入又は販売の事業を行う者は,PSE表示
が付されているものでなければ,これを販売し,又は販売の目的で陳列
してはならない旨を定める(同法27条1項)。
経済産業大臣は,①届出事業者が同法8条1項の規定に違反している
と認める場合には,届出事業者に対し,電気用品の製造,輸入又は検査
の方法その他の業務の方法の改善に関し必要な措置をとるべきことを命
ずることができ(同法11条),また,②電気用品の製造,輸入又は販
売の事業を行う者がPSE表示の付されていない電気用品を販売し,ま
た,届出事業者がその届出に係る型式の電気用品で技術基準に適合しな
いものを製造し,輸入し,又は販売したことにより危険又は障害が発生
するおそれがあると認める場合において,当該危険又は障害の拡大を防
止するため特に必要があると認めるときは,その者に対し,販売した当
該電気用品の回収を図ることその他当該電気用品による危険及び障害の
拡大を防止するために必要な措置をとるべきことを命ずることができる
(同法42条の5)。
(4)被告製品
被告は,平成16年6月以降,「N-EBシリーズ」の名称で,電子ブレ
ーカである被告製品を業として販売している。被告製品は,過電流が流れた
ときに回路を遮断する装置である配線用遮断機(ブレーカ)であり,電気用
品安全法上の特定電気用品に該当する。ブレーカの電流遮断方式には,一般
に熱動式と電磁式とがあり,このうち熱動式は,バイメタル遮断回路(熱膨
張率が異なる2枚の金属板を張り合わせたもので,温度の変化によって曲が
り方が変化する性質を利用したもの)を備えたものである。また,電子制御
による電流遮断方式が付加されている場合には,電子ブレーカと呼ばれ,被
告製品もこれに当たる。
被告製品を製造し,被告に納品しているのは宇賀神電機株式会社(以下
「宇賀神電機」という。)であり,宇賀神電機は,電気用品安全法の届出事
業者として,熱動式のもの,電磁式のもの及びその他のもの(電子式のも
の)を過電流引き外し機構として有する配線用遮断機につき,定格電流の違
いによる4つの型式について,経済産業大臣の登録を受けた者である財団
法人電気安全環境研究所(以下「JET」という。)において,特定電気用
品の適合性検査を受け,平成16年6月4日,JETより,前記技術上の基
準に適合している旨の適合性検査証明書(以下「旧検査証明書」という。)
の発行を受けた(甲7)。
宇賀神電機は,同年6月から平成22年7月までの間,旧検査証明書中の
証明書番号を記載したPSE表示(以下「旧表示」という。)を付して,被
告製品合計4万1263台を被告に出荷し(乙3),被告も旧表示を付した
状態でこれを販売してきた。
宇賀神電機は,平成22年8月12日,電磁式のもの及びその他のもの
(電子式のもの)を過電流引き外し機構として有する配線用遮断機につき,
上記同様4つの型式について,JETに対し改めて適合性検査を申し込み,
同月20日,適合性検査証明書(以下「新検査証明書」という。)の発行を
受けた(乙4の1~4)。宇賀神電機は,同月以降,新検査証明書中の証明
書番号を記載したPSE表示(以下「新表示」という。)を付した被告製品
を被告に出荷し,被告も新表示を付した状態でこれを販売した。
2争点
(1)主位的請求
ア被告製品の構成と技術的範囲の属否(争点1)
イ損害の有無及び額(争点2)
(2)予備的請求
ア品質等誤認惹起行為該当性(争点3)
イ故意又は過失の有無並びに違法性(争点4)
ウ不正競争行為による損害の有無(争点5)
エ損害の額(争点6)
第3争点に対する当事者の主張
1主位的請求
(1)争点1(被告製品の構成と技術的範囲の属否)について
【原告の主張】
被告製品の構成は,別紙被告製品説明書記載のとおりであり,本件特許
発明1の構成要件A~Gを,本件特許発明3の構成要件H,本件特許発明
4の構成要件I及び本件特許発明6の構成要件Jをそれぞれ充足する。
被告は,被告製品がバイメタル遮断回路を備えていることを否定するが,
旧検査証明書には,過電流引き外し機構として「熱動式のもの」「電磁式
のもの」「その他のもの」の3つが併記されているのであるから,被告製
品が「熱動式のもの」,すなわちバイメタル遮断回路を備えたものである
ことは明らかである。
【被告の主張】
被告製品は,平成16年6月の販売開始当初の300台こそ,バイメタ
ル遮断回路を備えたものであった(被告製品のうち,バイメタル遮断回路
を備えるものを,以下「被告旧製品」という。)が,遅くとも同年秋ころ
以降は,バイメタル遮断回路を備えず,電子制御のほか,電磁式の遮断方
式のみを備えたマグオンリ(マグネティックトリップオンリー)方式を採
用している(被告製品のうち,電子制御及びマグオンリ方式を採用するも
のを,以下「被告新製品」という。)。
したがって,被告新製品は,本件特許発明の構成要件A「負荷への通電
電流から動作エネルギーを受けて過電流保護を行うバイメタル遮断回路を
備えたブレーカ」を充足せず,他の構成要件の充足性を検討するまでもな
く,本件特許発明の技術的範囲に属しない。
(2)争点2(損害の有無及び額)について
【原告の主張】
被告は,被告製品を1個あたり約35万円で1か月につき300台以上
販売しているが,被告製品1個あたりの利益額は20万円を下らない。本
件特許登録日(平成22年2月19日)から本訴提起まで約2か月が経過
しており,その間に被告が被告製品を販売したことによって得た利益は約
1億2000万円(20万円×300台×2か月)である。
したがって,被告の本件特許権侵害により原告が被った損害額は1億2
000万円であると推定される(特許法102条2項)。
【被告の主張】
争う。
2予備的請求
(1)争点3(品質等誤認惹起行為該当性)について
【原告の主張】
PSE表示は,需要者に対し,電気用品安全法所定の適合性検査の受検,
証明書の交付及び証明書の保存といった手続が履践されたことを示すもの
であるから,不正競争防止法2条1項13号の定める「品質」又は「内
容」の表示に当たる。
被告製品の構成が被告の説明どおりだとすれば,バイメタル遮断回路を
備えていない被告新製品については,適合性検査がなされておらず,その
ため,PSE表示を付すことも,そもそも製造販売することも認められな
いものであった。それにもかかわらず,被告が被告新製品に旧表示を付し,
また,旧表示を付した被告新製品を譲渡あるいは引き渡したことは,不正
競争防止法2条1項13号所定の不正競争(品質等誤認惹起行為)に該当
するといえる。
【被告の主張】
不正競争防止法2条1項13号の趣旨は,商品に付した表示によって需
要者の需要を不当に喚起し,市場における優位性を実現しようとする行為
を防ぐことにある。しかし,電子ブレーカの取引において需要者が着目す
るのは,電子ブレーカの性能(電気代の基本料金が下がる度合い)であり,
具体的には,需要者は,電気代基本料金削減の仕組み,導入例,動作特
性・設置可能領域表を確認・吟味し,電子ブレーカの購入是非を判断する
のであり,PSE表示が需要者の需要を不当に喚起し,かかるPSE表示
によって被告製品の優位性が実現・確保されるという事態が生じることは
考えられない。
したがって,被告新製品に旧表示を付すことは,そもそも不正競争を構
成しない。
(2)争点4(故意又は過失の有無並びに違法性)について
【原告の主張】
被告は,電子ブレーカを大量に扱う業者であり,電気用品安全法上の規
制を当然に知っておくべき立場にある上,適合性検査を受けたのが被告旧
製品であることを知っていたのであるから,被告新製品を販売するに当た
っては,改めて適合性検査を受けなければならないことを当然に認識すべ
きであったといえる。それにもかかわらず,被告は,虚偽のPSE表示を
付した被告新製品を販売し続けたのであるから,故意又は少なくとも重大
な過失があったというべきであり,販売者にとどまるから過失や違法性が
ないなどという弁解が成立する余地はない。
なお,被告は,被告新製品販売に当たり,JETがあらためて適合性検
査を受ける必要がない旨の見解を示したと主張するが,JETがそのよう
な見解を示すことは考えられない。
【被告の主張】
ア被告製品の型式変更後,適合性検査を受け直さず,旧表示を付して販
売したことは確かであるが,被告製品の届出事業者である宇賀神電機も,
監督官署である関東経済産業局より,部長名での注意といった極めて軽
微な処分を受けたにとどまる。被告は,被告新製品の販売者にとどまり,
適合性検査を受けるべき主体ではなく,表示の基礎となる検査を適法に
受けているかどうかといった内実についてまで調査・確認すべき義務を
負っていたわけでもない。
本件における品質等誤認惹起行為の問題は,電気用品安全法違反が根
本にある以上,電気用品安全法に照らして過失が認められない被告につ
いて,不正競争防止法上もしくは民法上,不法行為責任を負うべき過失
があったとはいえないし,不法行為を構成するほどの違法性を有するも
のであったともいえない。
イ具体的な事実関係を見ても,被告は,上記型式変更の際,宇賀神電機
に対し,改めて適合性検査を受ける必要があるかを問い合わせ,その必
要はないとのJETの見解を得た宇賀神電機から,その旨回答を得てい
たのであり,販売者としての注意を尽くしている。さらに求められる注
意義務としては,外形上電気用品安全法に適合した表示が付されている
かを確認する義務があるにとどまるが,被告はその注意義務を尽くして
おり,やはり不法行為責任の前提となる過失があるとはいえない。
(3)争点5(不正競争行為による損害の有無)について
【原告の主張】
ア原告と被告は,いずれも本店を大阪市〈以下略〉に置き,多数の販売
代理店等を通じ,「コストダウン,大幅な経費削減=電気代(基本料
金)を安くする」という同一のコンセプトの下に,同様の機能を有する
電子ブレーカを,全国の事業者に販売する点で共通している上,同一の
販売代理店が原告と被告双方の電子ブレーカを扱っていることも多数あ
り,競合関係にあるといえる。
被告は,6年以上もの間,本来PSE表示を付すことができず,そも
そも販売すること自体が許されない被告新製品について,あたかも電気
用品安全法所定の適合性検査を受けた製品であるかのようにPSE表示
を付して販売し続けてきたのであるから,競合他社である原告が損害を
受けたことは明らかである。
イ被告は,PSE表示によって需要が喚起されるものではない旨主張す
るが,PSE表示とその制度趣旨については,制度導入時から周知徹底
が図られてきてきた。そのため,PSE表示が付されていない電子ブレ
ーカは,需要を喚起するかを問題とする前に,販売代理店の段階で流通
から遠ざけられてしまう。
また,需要者である工場の設備担当者などの立場から考えても,電子
ブレーカの安全性は関心事であり,PSE表示を常に話題にするほどで
あるから,PSE表示の付されていない電子ブレーカを購入することな
どあり得ない。実際にも,販売代理店は,電子ブレーカの営業に当たっ
てその適法性を説明していた上,電子ブレーカ販売業者のウェブサイト
でも適合性検査やPSE表示の説明がされており,電子ブレーカの需要
者がPSE表示に着目してきたのは客観的事実といえる。
したがって,本件の不正競争行為であるPSE表示がなければ,需要
者が被告新製品を購入することは一切なかったといえるにもかかわらず,
被告は旧表示を付すことで被告新製品を販売してきたのであるから,そ
の分だけ競合他社は損害を被ったといえる。
【被告の主張】
ア電子ブレーカの取引において需要者が着目するのは,電子ブレーカの
性能(電気代の基本料金が下がる度合い)や,製品のブランド力,販売
業者の営業努力であり,PSE表示によって需用が喚起されるというこ
とはない。したがって,被告新製品におけるPSE表示によって被告新
製品,さらには原告製品の売上げに影響を与えたということはなく,原
告に損害が生じたとはいえないし,そもそも営業上の利益が侵害された
ともいえない。
イこの点,原告は,電気用品安全法が販売者についてもPSE表示を付
さない電気用品の販売をしてはならないと規定していることを根拠に,
被告新製品販売の効力が一律に否定され,一品の流通も許されなかった
ことを前提とした主張をしている。
しかし,被告新製品には,外形上PSE表示が付されており,PSE
表示のない製品を流通させたわけではないし,そもそも,PSE表示に
関する電気用品安全法の規定に違反した場合も,取引行為そのものが無
効になるわけではない。また,電気用品安全法によると,技術基準を満
たさない悪性能の製品が流通している場合,届出事業者に対して必要な
措置を命ずることができるが,本件ではそのような改善命令も発せられ
ていない。
したがって,電気用品安全法上の表示義務違反の製品であるから被告
新製品の流通そのものが認められない,そのため競業会社たる原告は,
被告販売分についてシェアを不当に奪われ,損害が生じたなどという論
理が成り立たないことは明らかである。
そもそも,本件のPSE表示問題は,流通そのものについては結果的
に問題がなく,いわば被告側の内部の問題,あるいは,製造者が監督官
署から是正・指導を受けるべき問題であるにとどまっており,原告が被
告製品の販売によって損害を受けたなどという話ではない。
ウ加えて,宇賀神電機及び被告は,適合性検査を受けないまま旧表示を
付した被告新製品を販売していた期間中,本件の違反を認識するに至っ
ていれば,直ちに適合性検査を受け直し,新表示を付した被告新製品を
販売していたといえる。現に,宇賀神電機及び被告は,平成22年7月
ころに適合性検査を受け直す必要があると認識するに至ったところ,宇
賀神電機は同年8月12日には適合性検査を申請し,同月20日には適
合性検査証明書の発行を受けている。
また,本件では適合性検査を改めて受け直し,新表示が付された後も,
被告新製品の顧客等からそのことでとがめられることはなく,被告新製
品の販売台数に何の影響も生じていない。このことは,これら手続が上
記期間のいずれの時期であったとしても同様であったと考えられる。
したがって,PSE表示の適否にかかわらず,被告新製品を販売でき
なかったであろう期間はおよそ想定できず,やはり競合他社たる原告が
シェアを不当に奪われ,損害が生じたなどという論理が成り立たないこ
とは明らかである。
エまた,原告と被告とは,実態としてはほとんど競合関係にない上,電
子ブレーカ業界で被告と並んで二強とされる株式会社ジェルシステム
(以下「ジェルシステム」という。)は被告新製品と同じくマグオンリ
方式を採用しているのに対し,原告の電子ブレーカは不人気のバイメタ
ル方式であること,被告製品の主要な販売代理店はジェルシステムとも
良好な関係がある一方で,原告との取引関係はないことからすれば,仮
に販売代理店や最終需要者が被告新製品を取り扱わない事態が発生した
としても,その需要が原告の電子ブレーカに向かうということは考えら
れない。
(4)争点6(損害の額)について
【原告の主張】
ア被告は,被告新製品1台当たり少なくとも20万円の利益を得ていた
が,本件不正競争行為による被告新製品の販売数は4万1263台であ
る。したがって,これら販売によって被告が得た利益は,少なくとも8
2億5260万円であり,同額が原告の受けた損害の額と推定される
(不正競争防止法5条2項)。
被告が品質等誤認惹起行為によって電子ブレーカのシェアを伸ばし始
める直前の平成16年度の時点で,電子ブレーカの市場は原告と株式会
社イーマックス(以下「イーマックス」という。)の2社でしめられて
おり,シェア率は原告が約55.9%,イーマックスが44.1%であ
った。イーマックスのシェア分に最大限配慮したとしても,原告の損害
額が,46億1320万3400円(82億5260万円×55.
9%)を下回ることはない。
イ本件における損害額の算定には,次のような方法も考えられる。
原告の平成16年度(平成15年8月1日から平成16年7月31
日)の電子ブレーカの出荷台数は2027台であったが,被告が品質等
誤認惹起行為によってシェアを伸ばしはじめた後である平成17年度
(平成16年8月1日から平成17年7月31日)の出荷台数は137
7台にまで激減している。被告の不正競争行為がなければ,被告新製品
は一切販売できず,原告の販売数が減少することもなかったと考えられ
るから,原告の電子ブレーカ1台あたりの利益である20万円に,上記
販売減少数650台を乗じた1億3000万円が平成17年度に原告が
被った損害の額といえる。
そして,被告による不正競争行為は,平成17年度から平成22年度
までの6年間続いたのであるから,少なく見積もったとしても,1億3
000万円×6年=7億8000万円が原告の被った損害の額である。
ウまた,さらに別の損害算定方法としては,被告の品質等誤認惹起行為
によって余儀なくされた原告製品の値下げ分をもって損害額とすること
が考えられる。
まず,平成16年7月までの原告製品平均粗利は21万8776円で
あったが,その後被告が品質等誤認惹起行為によって被告新製品の販売
を開始したことにより,原告は原告製品の販売等を確保するため値下げ
を余儀なくされ,原告製品の平均粗利は,平成17年度で18万234
3円,平成18年度で16万0070円,平成19年度で15万632
0円,平成20年度で16万3113円,平成21年度で18万270
8円,平成22年度で19万3180円に下がっている。その差額分は,
値下げ額を意味するところ,同額×各年度の売上台数によって,各年度
に原告が被った損害の額が算定でき(平成17年度3887万4011
円,平成18年度1億5310万5248円,平成19年度1億583
8万8416円,平成20年度1億4761万8276円,平成21年
度7191万9592円,平成22年度3184万1424円),その
合計は6億0174万6967円である。
【被告の主張】
ア本件は,不正競争防止法5条2項の推定がはたらく事案ではなく,そ
れを前提とした原告の損害額算定は失当である。
イ原告の売上減少分による損害額算定にしても,そもそも原告の売上げ
減少と被告新製品の売上げとは何ら関係がないし,平成16年度に原告
製品の売上げ台数が650台減少したことを示す証拠は信用性がない。
しかも,その後は原告製品の出荷台数は上昇しているのであり,十分な
根拠も示さないまま,平成16年度の減少分を基礎として,それ以降の
損害額も算定するなどという手法は成り立ち得ない。
ウ値下げ分を損害額とする主張についても,そもそも平均粗利の減少を
値下げと直ちに結びつけることは,取引の実態に合致しておらず,非常
に不合理である。
また,仮に原告製品の値下げがあったとしても,電子ブレーカの価格
は様々な要因によって決定されるのであり,被告新製品の旧表示との関
連性はおよそ存在しないのであるから,値下げ分をもって原告の被った
損害額とできないことは明らかである。
第4当裁判所の判断
1争点1(被告製品の構成と技術的範囲の属否)について
(1)本件特許発明の構成要件Aは,「負荷への通電電流から動作エネルギー
を受けて過電流保護を行うバイメタル遮断回路を備えたブレーカに」という
ものであるが,前記判断の基礎となる事実のとおり,過電流が流れたときに
回路を遮断する装置であるブレーカにおいて,電流遮断方式には,一般に熱
動式と電磁式とがあり,このうち熱動式は,バイメタル遮断回路を備えたも
のである。すなわち,構成要件Aは,電流遮断方式として,バイメタル遮断
回路を備えたブレーカであることを要件としている。
この点,原告は,被告製品の構成について,かかるバイメタル遮断回路を
有しているとし,上記要件が充足される旨主張する。しかし,証拠(甲7,
乙1,2の4,3,4の1~4,5の1~7,6,7,8の1~6,9,1
0の1~3)及び弁論の全趣旨によれば,被告製品は,平成16年6月の製
造,販売開始当初の300台こそ,バイメタル遮断回路を備える被告旧製品
であったが,遅くとも同年9月ころ以降に製造されたものは,バイメタル遮
断回路を有しない被告新製品であったことが認められる。
そして,本件特許権登録日である平成22年2月19日は,上記型式変更
から既に5年以上が経過している上,その期間,被告製品を製造する宇賀神
電機から被告への製品出荷台数は,各月数百台に及んでいたこと(乙3)を
考えると,本件特許権登録日の時点で,バイメタル遮断回路を備えた被告旧
製品の在庫は被告のもとにも既になく,同日以降に被告が販売した被告製品
は,すべてバイメタル遮断回路を有しない被告新製品であったと認められる。
なお,平成22年までに販売された被告新製品に,バイメタル遮断回路を有
する被告旧製品について得られた旧表示が付されていたことは前述のとおり
であるが,その経緯は後記2(1)イで認定するとおりであるから,旧表示を
付して販売された事実から,被告新製品にもバイメタル遮断回路があるとの
事実を認定することはできず,他にこの点を認めるに足りる証拠はない。
よって,本件特許権の登録日以降に被告が販売した被告製品は,いずれも
構成要件Aを充足しておらず,他の構成要件の充足性を論じるまでもなく,
本件特許発明1の技術的範囲に属しないし,また,本件特許発明1を引用す
る本件特許発明3,4及び6(甲6)の各技術的範囲にも属しない。
(2)以上より,原告の主位的請求は,その余の争点について判断するまでも
なく,いずれも理由がない。
2争点3(品質等誤認惹起行為該当性)について
(1)前記判断の基礎となる事実,証拠(甲4~7,9,10,20~22,
乙1,2の1~4,3,4の1~4,10の1~3,12~14)及び弁論
の全趣旨によれば,以下の事実が認められる。
ア原告及び被告による電子ブレーカの販売
原告と被告は,いずれも大阪市〈以下略〉を本店所在地として電子ブ
レーカの販売を行う会社である。両社とも,電子ブレーカの販売形態に
は,大別して,①リース会社に販売した上,同社から最終需要者へリー
スする形態,②販売代理店に販売し,同社がリース会社に販売した上,
最終需要者へリースする形態(原告あるいは被告は,最終需要者による
電子ブレーカの申込みがあってから,販売代理店に対して電子ブレーカ
を販売する。),③直接最終需要者へ販売する形態があるが,いずれの
形態においても,最終需要者は,低圧電力を利用する事業者であり,一
般家庭への販売は予定されていない。また,平成18年2月から平成2
1年12月ころまで,原告と被告双方の電子ブレーカを取り扱っている
販売代理店もあった(甲22,乙18)。
被告が電子ブレーカである被告製品の販売を開始したのは,平成16
年6月のことであり,原告はそれ以前から電子ブレーカの販売を行って
いた。また,被告製品の実際の製造を行っていたのは宇賀神電機である
が,同社の被告製品納品先は被告のみであった。
一般に,低圧電力の電気代基本料金は,契約容量(単位はKw)に比
例して決まるが,この契約容量の定め方によって,負荷設備契約と主開
閉器契約(ブレーカ契約)の区別がある。負荷設備契約は,事業者の利
用する電気機器の総容量を契約容量とするものであるのに対し,主開閉
器契約は,ブレーカの定格電流値に応じて契約容量を決めるものである。
従来のブレーカでは,電流が定格電流値を超えると比較的短い時間で回
路が遮断されてしまうため,そのリスクを避けるためには,実使用電力
と比較して余裕のある契約容量を設定せざるを得なかった。一方,電子
ブレーカでは,電流が定格電流値を超えても直ちに回路が遮断されるわ
けではなく,定格電流値を超えている時間がJIS規格上許容された最
大値へ達した場合に初めて遮断するものであるため,定格容量に余裕を
持たせる必要性が従来のブレーカに比べて小さい。つまり,電子ブレー
カは,工場,店舗等で低圧電力を利用する事業者にとって,主開閉器契
約のもと,定格容量をより小さく設定し,電気代の基本料金削減を可能
にし得る製品である。原告及び被告いずれの電子ブレーカの広告(甲4,
9)もこの利点を全面的に強調したものである一方,PSE表示への言
及はない。
イ被告製品の販売経過など
宇賀神電機が被告製品の製造を開始したのは,平成16年6月のこと
であったが,当初製造の300台は,三菱電機が製造した熱動式,電磁
式を併用する汎用タイプの遮断機(MB100-SW)を母体とし,宇
賀神電機が開発した電子式遮断機を加えた被告旧製品であり,バイメタ
ル遮断回路を備えていた。この被告旧製品について,宇賀神電機は,過
電流引き外し機構として,熱動式のもの,電磁式のもの及びその他のも
の(具体的には電子式のもの)があるとの形式区分を前提に,JETの
適合性検査を受け,同月4日には旧検査証明書が発行された。
しかし,宇賀神電機は,遅くとも同年9月ころには,上記汎用タイプ
の遮断機(MB100-SW)の利用をやめ,代わりに三菱電機より,
熱動要素のないマグオンリ方式の遮断機(NF125-CW等)の納入
を受け,これを母体としつつ,電子式遮断機を加えた被告新製品の製造
を開始した。
旧検査証明書は,過電流引き外し機構として熱動式,電磁式及びその
他(電子式)を有する被告旧製品に対するものであったのに対し,被告
新製品は,電磁式及びその他(電子式)のみを有するもので,型式が異
なることとなったが,平成16年当時,宇賀神電機は,被告新製品につ
いて改めて適合性検査を受ける必要があるとの認識はなく,被告も,被
告製品に上記型式の変更があり,被告新製品について適合性検査がなさ
れていないことは認識していたが,それが電気用品安全法上問題である
との認識はなかった。
平成16年6月から平成22年7月までの間,宇賀神電機から被告へ
の被告新製品出荷台数は,平成16年(6月~12月)が865台,平
成17年が3121台,平成18年が5499台,平成19年が886
8台,平成20年が9260台,平成21年が8280台,平成22年
(1月~7月)が5370台である。被告新製品の正面図は,別紙被告
製品正面図のとおりであるが,上記型式変更の前後を問わず,一貫して
旧表示が付された状態(右側で中央よりやや上の部位)で被告に納品さ
れていた。被告は,平成22年7月までの間,旧表示が付された被告新
製品を販売してきた。
ウ電気用品安全法違反発覚後の経過
宇賀神電機は,本訴提起がされた平成22年4月23日以降である同年
7月ころ,監督官庁の指摘などにより,被告製品の型式を上記イのとおり
に変更した場合,適合性検査を改めて受ける必要があることを認識するに
至った。そこで,宇賀神電機は,同年8月12日,被告新製品について,
JETに対して適合性検査を申し込んだところ,その8日後である同月2
0日に,型式の区分中,過電流引き外し機構の欄に電磁式のもの及びその
他のものと記載した新検査証明書の発行を受けた。
関東経済産業局産業部長は,平成22年11月2日付の書面で,宇賀神
電機に対し,同社が製造及び販売してきた被告新製品について,①電気用
品安全法5条に規定する変更の届出をしていなかったこと,②適合性検査
を受けていなかったこと,③適合性検査にかかる手続を履行していないに
もかかわらず,PSE表示を付していたこと,④PSE表示が付されて
いるものでなければ,電気用品を販売し,又は販売の目的で陳列して
はならない旨の規定に違反して電気用品を販売していたこと,といっ
た電気用品安全法違反があったことにつき,「誠に遺憾であり,注意
する。」とした。一方,被告新製品について,改善命令(電気用品安
全法11条),あるいは,回収ほか危険及び障害の拡大を防止するた
めに必要な措置(同法42条の5)が命じられることはなかった。
(2)以上の認定事実を前提に検討するに,平成16年6月4日に発行された
旧検査証明書は,型式として,過電流引き外し機構に熱動式,電磁式及びそ
の他(電子式)を有するものを対象としているのに対し,平成16年9月こ
ろ以降に製造された被告新製品は,熱動式の過電流引き外し機構を有してお
らず,旧検査証明書の対象とした型式とは異なる製品といわざるを得ない。
そのため,被告新製品については,平成22年8月20日に,型式として,
過電流引き外し機構に電磁式のもの及びその他のものを記載した新検査証明
書が発行されるまでの間,適合性検査の受検,証明書の交付及び保存という
手続が履行されていない特定電気用品であって,電気用品安全法上PSE表
示を付すことは認められない製品であったといえる(この点は,被告も争う
ものではない。)。それにもかかわらず,被告は,この間,旧表示が付され
た被告新製品を販売してきたものである。
そして,電気用品安全法によれば,PSE表示は,同法の規定する技術基
準に適合している旨同法所定の適合性検査で証明されたことを示す表示であ
るが,「構造又は使用方法その他の使用状況からみて特に危険又は障害
の発生するおそれが多い電気用品」である特定電気用品の1つである電子
ブレーカにとって,不正競争防止法2条1項13号の規定する「品質」
についての表示に該当するといえる。
したがって,被告新製品が,適合性検査の受検,証明書の交付及び保
存といったPSE表示を付すための手続要件を満たしていないにもかか
わらず,被告が旧表示を付した被告新製品を販売してきたことは,品質
について誤認させるような表示をした商品を譲渡したものとして,不正
競争防止法2条1項13号の定める不正競争行為(品質等誤認惹起行
為)に該当する。
(3)これに対し,被告は,電気ブレーカの需要者が着目するのはその性能で
あり,PSE表示が需要を喚起することは考えられないため,PSE表示の
要件を満たさずにこれを付していたとしても,不正競争行為(品質等誤認
惹起行為)には当たらない旨主張する。
しかし,本件においてPSE表示が現に需要を喚起するものであったかは,
争点5(不正競争行為による損害の有無)との関係で有意な指摘であるもの
の,被告新製品の正面視で視界に入る位置にPSE表示が付されている以上,
不正競争防止法2条1項13号上の「表示」を満たすことは否定できない
し,また,PSE表示自体が,特定電気用品である電子ブレーカにとって,
同号の規定する「品質」についての表示であることを否定する根拠にも
ならない。
したがって,被告の上記主張は採用できない。
(4)なお,バイメタル遮断回路を備えない型式に変更された後の被告新製品
は,長らく適合性検査の受検手続を採らないまま,旧表示を付して販売さ
れていたが,平成22年8月12日に適合性検査が申し込まれるや8日後
の同月20日には新検査証明書が発行されていること,その後も関東経済
産業局産業部長名で注意こそされたものの,被告新製品の回収等は命ぜら
れていないことからすると,当初から電気用品安全法の規定する技術基準
自体には適合したものであったと認められ,この認定を妨げるに足りる証
拠はない。
そのため,本件で問題となる品質等誤認惹起行為は,被告新製品が同法
の技術基準に適合しないのに,適合するかのように装ったという実体的
な面にあるのではなく,同法が求める手続を履行していないのに,これ
を履行したことを示すPSE表示を付した状態で販売したという手続的
な面に存するということができる。
3争点4(故意又は過失の有無並びに違法性)について
(1)次に前記品質等誤認惹起行為について,被告の故意又は過失の有無を
検討するに,被告が,被告製品がバイメタル遮断回路を備えないものへ
と変更された当初から,これを認識し,上記型式変更後に適合性検査を
改めて受けていないことも認識していたことは,前記認定のとおりであ
る。
被告は,被告製品を直接製造しておらず,適合性検査の申込みをすべ
き届出事業者の地位にないとはいえ,特定電気用品である被告製品につ
き,自社を製造販売元(甲4)として大量に販売する会社である。この
ような被告にとって,上記型式変更後の被告新製品につき,改めて適合
性検査を受ける必要があることは十分認識し得たし,また,認識すべき
であったといえる。
そうすると,適合性検査を受けていないのに,これを受けたことを示
すPSE表示が付された被告新製品を販売するという品質等誤認惹起行
為を行ったことについて,被告の過失は否定できないというべきである。
(2)この点,被告は,被告製品の型式変更時,宇賀神電機に対して適合性検査
の要否を問い合わせ,不要との回答を得たのであるから,十分に注意を尽く
していた旨主張する。
しかし,被告がそのような問い合わせをしたことを認めるに足りる証拠は
ないし,仮にそのような問い合わせをしていたとしても,上記のとおり,被
告製品の流通における被告の立場を考えれば,このことをもって十分に注
意義務を果たしたとはいい難い。
また,被告は,宇賀神電機において,JETから適合性検査の再受検
は不要であるとの回答を得ていたとも主張するが,これを認めるに足り
る証拠もないし,仮にその当時,宇賀神電機とJETとの間で何かしら
のやりとりがあったとしても,型式の同一性が失われる構成変更である
こと等正確な情報を伝達した上で,JETの回答を得たかも不明であり,
被告の主張を根拠付けるものとはなり得ない。
したがって,被告の上記主張も採用できない。
(3)以上(1)及び(2)と同様の理由により,不正競争防止法上の違法性を否定
する被告の主張も採用できない。
4争点5(不正競争行為による損害の有無)について
(1)原告は,被告の前記品質等誤認惹起行為によって,競合他社である原告
が得べかりし利益を失うという損害を被った旨主張する。この点,不正競争
防止法5条2項によれば,品質等誤認惹起行為を行った者がその行為により
利益を受けているときは,その利益の額は,営業上の利益を侵害された者が
受けた損害の額と推定されるが,この規定はあくまで損害額の推定であり,
その前提である損害の発生を推定するものではない。そのため,不正競争行
為を根拠に損害賠償を請求する者は,相手方の不正競争行為によって損害を
被ったことを立証する責任を負うことになる。
(2)そこで検討するに,前記認定のとおり,原告と被告が販売する電子ブレ
ーカは,いずれも事業者を対象に,主開閉器契約を利用することで電気代の
基本料金低減を図ろうとする製品であり,しかも,原告と被告は,いずれも
大阪市〈以下略〉を本店所在地としている上,双方の電子ブレーカを取り扱
う販売代理店もあったというのであるから,両者は競合関係にあるといえる。
しかしながら,被告新製品に付されたPSE表示である旧表示は,被告製
品の正面視で視界に入る位置にあるとはいえ,右側で中央よりやや上の部位
に小さく表示されているにとどまり,他にも製品名,販売元,定格電流値な
どが表示されている中で,特に目立つ態様とはいえないこと,電子ブレーカ
は,一般家庭での使用は予定されておらず,低圧電力を利用する事業者が,
電気代の基本料金を削減するというメリットと,電子ブレーカ導入の費用と
を対比の上,導入する製品であること,被告製品の営業,宣伝時に利用され
る広告(甲4)も,被告製品の導入によって電気代の基本料金を大幅に削減
できることを強調した製品説明がなされる一方,PSE表示への言及はない
こと,同広告には,被告製品の写真こそ掲載されているが,PSE表示部分
はかろうじて確認できる程度の小ささで写っているにとどまり(甲4),需
要者の目を惹く態様とはいえないこと,被告あるいはその販売代理店が,事
業者に対して被告製品の営業を行うに際し,PSE表示に言及したり,PS
E表示を付した被告製品の現物を示すなどした事実は認められないこと,以
上の点を指摘することができる。これらを総合すると,被告新製品に旧表示
を付して販売することは,形式的には不正競争行為に当たるとしても,被告
新製品に旧表示が付されたことによって被告新製品に対する需要が喚起され
たとはいえず(前記認定のような電子ブレーカの取引実態からすると,需要
喚起の有無は,最終需要者たる事業者の観点から決すべきである。),した
がって,原告が販売機会を喪失する等して営業上の利益を侵害され,損害を
被ったとの関係を認めることはできない。
なお,原告は,電子ブレーカを設置した事業者において,適合性検査証明
書がなければ申込みに至らなかったと述べる陳述書(甲36)を提出してい
るが,仮にその内容が事実であるとしても,被告製品に付されたPSE表示
を示され,それによって電子ブレーカの導入を決めたとするものではないし,
原告が指摘するウェブサイトの情報(甲37)も,電子ブレーカそのものが
適法であることにつき一般論として言及するにとどまる。また,電子ブレー
カの販売業者である株式会社エスコ,株式会社ライフオンなどのウェブサイ
トでは,JETの適合性検査に言及したり,PSE表示を併記するなどして
いるが(甲38~41),被告製品に付されたPSE表示が,需要を喚起し
ていたことを示すものではない。
(3)この点,原告は,宇賀神電機が新検査証明書を取得する平成22年8月
までの間,被告新製品にはPSE表示を付すことができず,PSE表示が付
されていない特定電気用品は販売することができないのであるから,平成1
6年9月から平成22年7月までに被告新製品4万1263台を販売したこ
とによる被告の利益全部が,不正競争行為によるものであるとして,その結
果として競業他社である原告に損害が発生した旨主張する。
しかし,電気用品による危険及び障害の発生防止を目的とする電気用品安
全法の規制と,品質等誤認惹起行為による瑕疵ある情報の伝達が不当に需要
を喚起し,公正な競争を害することを防止しようとする不正競争防止法では,
その趣旨が異なるというべきであるから,前者に違反する被告の行為が,直
ちに後者における原告の損害発生を基礎付けるものでもない。
(4)かえって,既に認定したところによれば,宇賀神電機が被告新製品につ
いての適合性検査の申込みをしてから,新検査証明書を得るまで8日を要し
たに過ぎないこと,これに伴う行政機関の対応は,関東経済産業局が宇賀神
電機を注意するにとどまり,旧表示を付した被告新製品について,回収や製
造方法の改善といった,従前の譲渡行為の効力を否定するような措置は命じ
られなかったこと,したがって,被告は,技術基準に適合しないものを,適
合するかのように装って販売したのではなく,必要な手続が履行されていな
い被告新製品を販売したにとどまると認められること,以上の点を指摘し得
るのであり,これらを前提とすると,電気用品安全法の定めに従えば,被告
は,平成16年9月から平成22年8月まで,被告新製品を1台も販売でき
なかったはずであるとして,原告の損害発生の根拠とする原告の主張は,本
件の実態におよそ適合しないものといわざるを得ない。
(5)以上検討したところによれば,被告新製品に旧表示を付した状態で販売
することが不正競争行為に当たるとの判断を前提としても,これによって被
告が格別の需要を喚起したとは認められず,問題となる期間中,被告が被告
新製品をまったく販売できなかったと解することもできないから,原告に,
金銭をもって賠償すべき損害が生じたとは認められず,したがって,原告の
予備的請求は,その余の争点について判断するまでもなく,いずれも理由が
ない。
5結論
以上の次第で,原告の請求は,その余の争点について判断するまでもなく,
いずれも理由がないから,これらを棄却することとし,主文のとおり判決する。
大阪地方裁判所第21民事部
裁判長裁判官谷有恒
裁判官松川充康
裁判官網田圭亮

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