弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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         主    文
     原判決を取り消す。
     被控訴人の請求を棄却する。
     訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。
         事    実
 控訴代理人は、主文同旨の判決を求め、被控訴代理人は、控訴棄却の判決を求め
た。
 当事者双方の事実上の陳述は、控訴代理人において、(一)被控訴人主張の請求
原因事実中、被控訴人が控訴人から金四万三千四百三十二円を受け取つたこと、並
びに被控訴人主張の催告があつたことは認めるが、その余の事実は否認する。被控
訴人主張の貸付債権目録記載の一、二の金員、立替債権目録記載の一、二の金員
は、控訴会社が成立した昭和二十八年十月二十三日以前のものであり、控訴会社の
定款には会社の負担に帰すべき設立費用についての定めがないから、右金員を被控
訴人が支出し、控訴会社の取締役が承認したとしても、控訴会社の負担に帰せしめ
られないものである。(二)仮に控訴人が被控訴人主張の債務を有するものとすれ
ば、控訴人は、被控訴人に対して有する金三百万円の株金払込請求権を以て、右債
務と対当額において相殺する。すなわち、被控訴人外八名は、発起人として控訴会
社の設立を計画し、株式総数六千株を額面株式として、一株の金額五百円とし、払
込金三百万円は全部被控訴人において支出すること(すなわち自己の引受株式分以
外の他の発起人及び株式申込人の分を立て替え支払うこと)を約し、昭和二十八年
一月二十三日定款を作成し、同日被控訴人外八名の発起人において会社の設立に際
し発行する額面株式六千株のうち四千二百株を引き受け、残り干八百株を公募し、
同日被控訴人は、右六千株の株金合計三百万円を払込取扱銀行である日本信託銀行
株式会社横浜支店に払い込み、同日創立総会を開いて商法所定の手続をふみ、取締
役会を開いて代表取締役を定め、同日右銀行の払込金の保管証明書を以て設立登記
をしたものである。しかして被控訴人は、右払込金全額を自己のために右銀行から
払戻をうけて、これを取り戻したのであつて、右払込金はいわゆる「見せ金」に過
ぎず、払込は仮装のものであるから、控訴会社の払込は未済であつて、発起人たる
被控訴人は、商法第百九十二条第二項により右株式の額面総額三百万円の払込をな
す義務がある。右義務は会社成立と同時に生ずるものであつて、被控訴人主張のよ
うに設立無効の原因があるからといつてその責任を免れるものではない。よつて右
金額中本件債務を対当額において相殺の意思表示をなすものである。(三)被控訴
人が控訴会社の総株主から右払込義務を免除する旨の同意を得たことを否認する。
仮に然りとするも、発起人の払込義務は、総株主の同意によるも免除することはで
きないと述べ、被控訴代理人において、「(一)控訴会社の株式総数全部につき払
込がなかつたことは認める。しかしながら商法第百九十二条第二項の株金払込責任
は、株金払込に関する欠陥の程度が軽微でそのために会社資本の強固と事業の遂行
に障害を生じない場合にその欠陥を補充せしめるために適用があるのであつて、本
件のように引受株式全部について払込がない場合には、同条は適用がない。従つて
被控訴人に株金三百万円の払込義務はない。(二)仮に被控訴人に株金払込義務が
あつたとしても、被控訴人は昭和二十八年一月下旬頃から同年五月中旬頃までの間
に控訴会社の総株主から右払込義務の免除を受けたから、これが払込義務はな
い。」と述べた外、原判決事実摘示(原判決添附目録をふくむ)記載のとおりであ
るから、ここにこれを引用する。
 証拠として、被控訴代理人は、甲第一ないし第五号証、第六号証の一、二、第七
号証、第八号証の一、二、第九号証を提出し、当審証人A、Bの証言を援用し、乙
各号証の成立を認め、控訴代理人は、乙第一、第二号証、第三号証の一ないし十
五、第四号証を提出し、当審証人C、Dの証言を援用し、甲第二、第三号証の成立
を否認する、同第八号証の一、二の成立を認める、甲第九号証中「三、六〇〇円」
と記載されている部分を除いて、その成立を認めるが、右の部分の成立を否認す
る、その余の甲各号証の成立は不知と述べた。
         理    由
 被控訴人主張の貸付債権目録中の
 一、 金五万円       昭和二十八年一月十二日
 二、 金十万円       同月十二日
 三、 金五千円       同年二月二日
 四、 金五千円       同月六日
 五、 金五千円       同月十二日
 六、 金三百三十円     同月十六日
 七、 金二千四百五十円   同月十六日
 八、 金千円        同月十七日
 九、 金八百五十円     同月十九日
 十一、 金五千八百四十円  五月二十三日
 十二、 金十万円      同月三十日
 十三、 金十八万円     六月二十日
 被控訴人主張の立替債権目録中の
 一、 金四万七千円     昭和二十八年一月二十二日
 二、 金五万円       同日
 三、 金三千四百六十円   同年二月五日
 四、 金六千五百円     同日
 五、 金三千円      同年三月十日
 六、 金一万円      同年五月十七日
 七、 金七万円      同月二十日
 八、 金六千十六円    同月二十一日
 九、 金三万円      同年六月五日
 を、被控訴人が控訴人に貸し付け、又は立て替えたことは、いずれも、当審証人
Cの証言により同人の署名捺印の成立が真正であると認められ、従つてその余の部
分も真正に成立したと推定せられる甲第二号証によつて認め、
 被控訴人主張の立替債権目録中の
 十、 金十一万円      昭和二十八年十月十二日
 を被控訴人が立て替えたことは、当審証人Dの証言並びに前第三者の作成にかゝ
り当裁判所の真正に成立したと認める甲第五号証を綜合してこれを認め、
 立替債権目録中の
 十一、 金一万八千四百円  昭和二十八年十月二十六日
を被控訴人が立て替えたことは、当審証人Dの証言、同証言により真正に成立した
と認める甲第七号証を綜合してこれを認め、
 立替債権目録中の
 十二、 金九千円    昭和二十八年十月三十日
 を被控訴人が立て替えたことは、当審証人Dの証言並びに同証書により真正に成
立したと認める甲第四号証を綜合してこれを認める。
 右貸付債権目録中の十、金一万七千百六十円、昭和二十八年五月十五日とある分
は、被控訴人がこれを控訴人に貸し付けたことは、成立に争のない甲第八号証の
一、二(催告書)に記載されているけれども、これだけで貸付の事実を認め難く、
他にこれを認めるに足る証拠がない。
 控訴人は、前段認定の貸付ないし立替金のうち控訴会社成立以前のもの(貸付債
権目録の一、二、立替債権目録の一、二)は、設立費用であり、かつ控訴会社の定
款には会社の負担に帰すべき設立費用についての定がないから、これを会社の負担
とすることを控訴会社の取締役が承認したとしても、控訴会社の負担とすることは
できないと主張しているので按ずるに、前記甲第二号証によれば、貸付債権目録の
二、金十万円は、「蒲田工場への立替金」とあるので、設立中の会社の将来の営業
準備のために立替支出せられたいわゆる開業準備費用であると認めるのが相当であ
り、同じく立替債権目録の一、金四万七千円は、設立登記の費用であることが明ら
かであつて、ともにいわゆる設立費用に属しないものというべく、右は当時設立中
の控訴会社のために支出せられたものであるから、控訴会社成立の後は、当然控訴
会社の負担に帰するものというべきである。貸付債権目録の一、金五万円は、前掲
甲第二号証には、設立準備金とあり、その内容は明らかでないが、当審証人Cの証
言によれば、控訴会社は、合資会社本田木工所を基礎として設立されたもので、特
に設立事務の執行のため特段の費用を要したものとも認められないので、これまた
いわゆる設立費用ではなくて将来の開業準備の費用に充てるため貸し付けられたも
のと認めるのを相当とすべく。従つて控訴会社成立の後は当然控訴会社の負担に帰
すべきものである。次に立替債権目録二、金五万円は、前掲甲第二号証、当審証人
C、Bの各証言を綜合すれば、右は被控訴人が控訴会社設立にあたり払込を仮装す
るために一時他より借り入れたみせ金である金三百万円の利息の支払にあてたもの
と認められるので、これを控訴会社の負担に帰せしめるのはいささか無理である。
 以上説示のとおりであつて、被控訴人は控訴人に対して貸付債権目録並びに立替
債権目録記載の金員中、貸付債権目録の十、立替債権目録の二を除いた残合計七十
六万八千八百四十六円の債権を有するものというべきである。しかして、被控訴人
が控訴人から右債権のうち金四万三千四百三十二円の弁済を受けたことは、被控訴
人の自認するところであり、これを被控訴人が本訴において、弁済期の先ず到来し
た債権と認められる貸付債権目録一の金五万円の一部弁済に充当したのは正当であ
り、これを差し引いた残額七十二万五千四百十四円は、被控訴人が現に控訴人に対
して有する債権というべきである。
 しかして、右のうち貸金債権については弁済期の定がなかつたことは弁論の全趣
旨によりて明らかであり、被控訴人が前段認定の債権をすべてふくむ金額につき、
昭和二十八年十一月二十九日控訴人に到達した内容証明郵便で、同年十二月十五日
までに返済するよう催告したことは、控訴人の認めるところである。しかして右期
間は相当であるので、以上の債権は、右催告の到達により同年十二月十五日がその
弁済期とせられるに至つたものというべきである。
 よつて進んで、控訴人の相殺の抗弁につき按ずるに、被控訴人が控訴会社の発起
人であること、控訴会社の株式総数全部につき払込がなかつたこと、右株式総数に
対する払込金合計が三百万円であることは、当事者間に争がないところである。
 もつとも、弁論の全趣旨によれば、被控訴人は、控訴会社設立にあたり、他から
払込金全額を借り受けてこれを払込取扱銀行に払い込み、会社設立登記を経由した
上、直ちにこれを右銀行より払い戻しを受けたことを認められるけれども、右は仮
装払込であることは明らかであり、被控訴人においても特にこれを以て払込があつ
たとはいつていないので、かかる事実があつたからといつて、控訴会社の株式につ
いてはすべて払込がなかつたものとなすに妨げないものというべきである。それ
故、被控訴人は控訴会社に対し商法第百九十二条第二項により他の発起人と連帯し
て右未済払込金三百万円の払込をなすべき義務あるものといわなければならない。
 ところで、被控訴人は、商法第百九十二条第二項の株金払込義務は、本件のよう
に引受株式全部について払込がない場合には適用がない、と主張する。なる程、右
法条は、払込のない株式について、発起人の責任を認めて欠缺した資本を充実し、
以て設立無効を防止せんとするものであつて、いわば株式会社の成立存続を前提と
するものであるということができるであらう。また引受株式全部について払込がな
い場合は、これは設立無効の原因となしうることはいうまでもないことである。し
かしながらそれだからといつてそのような場合には常に発起人の株金払込責任はな
いと即断することは、いささか早計のそしりを免れないであらう。けだし、株金の
払込未済の結果設立無効を生じたとしても、設立無効の主張は、会社成立の日から
二年内に限り、かつ訴を似てのみこれを主張しうべく、しかもこの訴は株主または
取締役に限りこれを提起することができるのであつて、設立無効の判決が確定して
も、その効果は既往に遡らず、株式会社は、既往の関係においては有効に存在した
ものとして、ただ将来に向つて解散の場合に準じて清算がなされるに止まるのであ
つて、(商法第四百<要旨>二十八条第三十八条参照)このことから考えても、たと
い払込欠缺の結果設立無効を生じたとしても、発起人はなお払込未済の株式
についてその払込をなす責任を負担するものということができるであらう。(大審
院大正六年十月十三日言渡判決抄録七四巻一六八九六頁及び昭和八年九月十二日言
渡判例集一二巻二三二六頁参照)しかも本件においては、控訴会社が昭和二十八年
一月二十三日成立したことは成立に争ない乙第一号証により明らかであり、その日
から二年内に控訴会社の株主または取締役が設立無効の訴を提起したことは被控訴
人の毫も主張立証しないところであるから、既に二年以上を経過した現在において
はも早何人も控訴会社の設立無効を争い得ないこととなり、従つて設立無効の原因
たるべき株金の払込未済という瑕疵もこの提訴期間の経過によつて治癒されたもの
となすを相当とすべく、しかるときは株式会社の成立存続を前提としてのみ発起人
の株金払込責任を認むべきであるとの被控訴人の主張を容認するとしても、被控訴
人は、なお本件株金払込の責任を免れるに由ないであらう。よつて被控訴人の右主
張は理由なしとして排斥する。
 次に被控訴人は、控訴会社の総株主から右株金払込義務の免除を受けたので、払
込責任はない、と主張しているけれども、総株主の同意を以て免除しうるのは商法
第二百六十六条第一項各号の場合に限られるのであつて、発起人の株金払込義務
は、その損害賠償義務と異なり、総株主の同意を以てするもこれを免除することが
できないことは、株式会社の資本の充実をはかり、以てその健全な活動を得せしめ
ようとする法の趣旨からいつて当然のことであり(商法第百九十六条第二百六十六
条第四項参照)、被控訴人の主張は、それ自体理由がない。
 よつて、控訴人が被控訴人に対して負うている貸金並びに立替金合計七十二万五
干四百十四円の返還義務と、控訴人が被控訴人に対して有する金三百万円の未済株
金払込義務とを対当額において相殺する旨の控訴人の抗弁は理由があり、控訴人の
右相殺により控訴人の被控訴人に対する右貸金並びに立替金返還義務は消滅したも
のというべきである。
 それ故、控訴人に対し右貸金並びに立替金の返還を求める被控訴人の本訴請求は
失当であつて、棄却さるべきものであり、これを認容した原判決はこれを取り消す
べく、訴訟費用の負担については民事訴訟法第八十九条第九十六条を適用し、主文
のとおり判決する。
 (裁判長判事 大江保直 判事 内海十楼 判事 猪俣幸一)

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