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裁判例


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         主    文
     原判決及び第一審判決中、被告人Aに関する有罪部分を破棄する。
     被告人Aは無罪。
     その余の被告人に関する本件各上告を棄却する。
         理    由
 被告人B、同Cについて。
 弁護人森長英三郎、同高橋高男、同小島成一、同河崎光成、同渡邊正雄、同渡辺
脩、同朝倉正幸の上告趣意第二点について。
 所論は、昭和二五年東京都条例第四四号集会、集団行進及び集団示威運動に関す
る条例は憲法違反であるというが、右条例が憲法二一条に違反するものでないこと
は、当裁判所の判例(昭和三五年(あ)第一一二号同年七月二〇日大法廷判決・刑
集一四巻九号一二四三頁)とするところであるから、論旨は理由がない。
 所論のうち、その余の違憲(一四条違反)をいう点は、原審で主張、判断を経て
いない事項に関する違憲の主張であつて、上告適法の理由にあたらない。
 同第三、第四点について。
 所論は、単なる法令違反、事実誤認の主張であつて、いずれも上告適法の理由に
あたらない。
 被告人Aについて。
 弁護人小島成一、同渡邊正雄の上告趣意は、末尾添付の上告趣意書(第一、第二
点)記載のとおりである。
 職権をもつて調査するに、原判決及び第一審判決は、被告人Aに関する有罪部分
につき、刑訴法四一一条三号により破棄を免れない。その理由は、以下に述べると
おりである。
 同被告人に対する昭和三五年九月二八日付起訴状記載の公訴事実第一の要旨は、
「被告人は、日本社会党国民運動委員会委員長であるところ、昭和三五年六月三日
午後三時一五分頃から同六時三〇分頃までの間、東京都千代田区永田町所在国会議
事堂周辺並びに同町所在総理大臣公邸前附近路上において、a所属学生等約三千名
が参加し、同都公安委員会の許可を受けないで、日米安全保障条約改定阻止等を目
的とする集団示威運動が行われた際、午後五時三〇分頃から約一〇分間にわたり、
右総理大臣公邸前路上において、右学生等に対し、自動車上から携帯マイクを使用
し『われわれは岸内閣がやめない限りゼネストをくりかえさねばならない。学生が
立上るのは今だ』等とその気勢をあおる演説をなし、もつて右無許可の集団示威運
動を煽動したものである。」というのであり、第一審判決は、右演説の内容につい
て、「日本の学生が立ちあがるのは、あたり前である。今頃静かに本を読んでいる
ような学生は偽学生である。岸と李承晩、岸とメンデルスとどれくらいの違いがあ
るか。今日から明日にかけて政治的な大ゼネストが行われる。これは日本の労働者
の政治的な大きな前進である。こういうわれわれ日本国民の愛国的な盛り上りを、
岸は弾圧しようとしている。われわれは、この大ゼネストを見捨てるわけにはいか
ない。皆さんといつしょに岸が倒れるまで頑張ろう。」という趣旨の演説を行つた
旨判示したほか、右公訴事実と同趣旨の事実を認定し、同被告人を昭和二五年東京
都条例第四四号集会、集団行進及び集団示威運動に関する条例(以下、「本条例」
という。)五条所定の煽動者としてこれに有罪の判決を言い渡し、また、同起訴状
記載の公訴事実第二及び第三の各事実(同年六月一〇日における無許可の集団行進、
集団示威運動、集会を各指導したとする本条例五条違反の罪)については、証明不
十分として、同被告人を無罪としたところ、原判決は、右認定判断を争う検察官、
被告人双方の控訴に対し、右第一審判決の認定判断を維持是認して、これを棄却す
る判決を言い渡しているのである。
 しかし、同被告人が本件で問題とされている前記演説をした当時の社会情勢は、
原判決の是認した第一審判決の認定する事実によると、「昭和三五年一月一九日新
安保条約はワシントンで調印され、政府は同条約関係議案について国会の承認を求
めるため、これを同年二月五日第三四国会に提出した。安保改定問題は同国会の最
重要問題として、衆参両議院の予算委員会、衆議院安保特別委員会で同時に議題と
された。しかしながら、最大野党である社会党は、政府が旧安保条約の改定交渉を
始めるや、つとに安保改定阻止の方針を決めており、しかも社会党の立場は安保改
定阻止というものの、根本的にはいわゆる安保体制の打破にあり、したがつて新安
保条約の審議に臨むその基本的態度は、国会における審議の過程を通じ新安保条約
の内容と実体のもつ危険性を国民の前に解明しつつ審議未了に持ち込むことによつ
て、その廃案化をねらいとしたのに対し、政府・自民党は安保改定によつて従来の
安保体制の前進を計ろうとしていたのであるから、両者は全く異る基盤に立つもの
であつたのであつて、安保条約の審議は始めから難航した。そしてその審議のあお
りで防衛法案など同国会に提出された重要法案の大半は、同年五月二六日の会期終
了一週間前の同月一九日になつても未成立の状態であつた。そこで政府・自民党は
同日大はばの会期延長を意図し、社会党は座り込みでこれを阻止しようとしたが、
警官隊に排除され、結局五〇日の会期延長が議決された。一方新安保条約関係議案
は会期延長の本会議に先き立つて委員会で強行採決され、翌二〇日午前零時過ぎ自
民党議員の大多数のみで開会された本会議で承認され、直ちに参議院に送付された。
この採決の仕方に対しては世論の激しい非難が集中して岸内閣の退陣、衆議院の解
散が要求された。社会党は院外闘争に訴えてあくまで安保改定を阻止することを決
め、国民会議の主催する統一行動も同年五月一九日以降は岸内閣の退陣、新安保条
約批准阻止、衆議院の解散、同年六月一九日に予定されたアイゼンハワー・アメリ
カ大統領の訪日阻止に闘争目標が集約された。一方国会では一切の審議が停止し、
国会は連日連夜、安保反対、岸内閣退陣、衆議院解散を怒号するデモ隊で取りまか
れ(た)」、というのである。
 そして、記録によると、同被告人は、衆議院議員、日本社会党国民運動委員会委
員長という立場から、当時の右のごとき異常事態に対応し、前記条約関係議案のい
わゆる強行採決以後、国会周辺の集会等に赴き、岸内閣を強く攻撃し、安保反対闘
争を激励する趣旨の演説を繰り返していたことがうかがわれ、本件で問題となつて
いる前記演説をした前後の状況に関し、同被告人は、当日院内にいたところ、社会
党の関係者又は国民会議事務局の者を通じ、aの方から首相官邸前の学生の集会で
挨拶をしてもらいたい旨の申入れがあつたので、一人で首相官邸前に赴き、学生の
紹介を受けて、既に前記自動車を中心に集まつている学生に対し、岸内閣を強く攻
撃し、安保反対闘争を激励する内容の演説をして直ちに帰つたので、演説前後の状
況は知らない旨供述しているところであり、ほかに、同被告人の本件演説前後の行
動に関する資料は、記録上発見することができない。
 以上のとおり、同被告人が本件演説をした当時の異常な社会情勢、右演説をする
に至つた前後の状況、同被告人の衆議院議員、社会党国民運動委員会委員長として
の政治的立場、地位、右演説の内容、殊に右演説が具体的集団行動に全く触れてい
ないことに照らすと、同被告人としては、本件演説をした当時、その当否は別とし
て、時の政府と鋭く対立する野党の社会党国民運動委員会委員長という立場から、
専ら、いわゆる日米新安全保障条約の国会承認をめぐる当時の政府の態度を強く批
判、攻撃し、自己の政治的主張を訴えることを意図して本件演説を行い、学生らの
前記集団行動が東京都公安委員会の許可にかかるものであるか否かという点を念頭
に置いていなかつたものと疑う余地がある。そうすると、同被告人が捜査段階から
公判を通じ、一貫して、政治家として求めに応じて本件演説をしたまでであつて、
当時学生らの前記集団行動が東京都公安委員会の許可にかかるものであるか否か念
頭になかつた旨弁解している点は、直ちにこれを虚偽であると断じ去ることはでき
ないものと解される。そして、原判決の維持する第一審判決の挙示する証拠のみに
よつては、未だ、同被告人が当時学生らの前記集団行動が無許可であることを認識
しながらこれを認容し、学生らの右集団行動を実行させるため、あえて学生らに対
し本件演説を行い、学生らの右集団行動の継続を言外に暗示したものと、認めるに
足りないといわなくてはならず、集団行動が無許可であることの認識につき、同被
告人と、別個の集団行動の主催者的立場からその指導者として責任を問われている
本件他の被告人とを、同列に論じえないことは、多言を要しない。
 しかるに、原判決は、学生らの前記集団行動の形態自体合法性を欠くことのみを
理由として、直ちに同被告人において右集団行動が無許可であつたことを認識して
いた旨認定し、これを前提として、たやすく同被告人を処断した第一審判決を是認
しているのであつて、原判決及び同判決の維持した第一審判決には、右認識の点に
つき、判決に影響を及ぼすべき重大な事実誤認があることを疑うべき顕著な事由が
あるに帰する。それゆえ、本件上告趣意につき判断を加えるまでもなく、原判決及
び第一審判決中同被告人に関する有罪部分を破棄しなければ著しく正義に反するも
のと認める。
 ところで、本件は、事件発生以来一三年余を経過し、今後あらたな証拠が現われ
ることはほとんど望みえない状況であるから、同被告人に関する有罪部分を事実審
に差し戻しても、事案の真相を解明することは、期待しがたいと考える。したがつ
て、当審は、自判によつて事件に終止符を打つのが相当と考えるので、同被告人に
対し、本件公訴事実につき犯罪の証明がないとして無罪の言い渡しをするものとす
る。
 よつて、同被告人に対し、刑訴法四一一条三号により、原判決及び第一審判決中
同被告人に関する有罪部分を破棄し、同法四一三条但書、四一四条、四〇四条、三
三六条により、その余の被告人に対し、同法四一四条、三九六条により、主文のと
おり判決する。
 この判決は、被告人Aに関する部分につき、裁判官天野武一の反対意見があるほ
か、裁判官全員一致の意見によるものである。
 裁判官天野武一の反対意見は、次のとおりである。
 私は、多数意見が弁護人ら連名の上告趣意第二点ないし第四点に対して示した判
断及びその理由に、異議はない。しかし同時に、多数意見が、被告人Aについて原
判決中に刑訴法四一一条三号を適用すべき事実誤認があるとし、そのゆえをもつて、
同被告人に関しては上告趣意第一、二点の判断に及ぶことなく同被告人の判決部分
を破棄し無罪を自判することには、反対である。すなわち私は、同被告人に対して
も他の被告人らの場合と同じく上告を棄却することを相当と考える者で
 あつて、その理由を次に示すことにする。
 (一) 上告趣意第一点は、昭和二五年東京都条例第四四号集会、集団行進及び
集団示威運動に関する条例(以下「条例」という。)における煽動者処罰の規定が
違憲(二一条、三一条違反)、無効であることを強調しつつ、仮にそうでないとし
ても右条例の合憲的解釈上同被告人は条例五条にいう煽動者に該当せず、したがつ
て原判決はこの点の解釈につき憲法に違反するとともに判例に違反するものがある
として、原判決の破棄を主張する。
 しかるに、多数意見は、これらの点に対して直接の判断を避け、同被告人の本件
演説は、学生らの所論集団行動が東京都公安委員会(以下「公安委員会」という。)
の許可にかかるものであるか否かを念頭に置かないで行われたことを疑う余地があ
るとし、その一事により、原判決には判決に影響を及ぼすべき重大な事実誤認があ
ることを疑うべき顕著な事由があると断定した。これに対し、私は、原判決の事実
誤認をいうことの誤りであることを、論証したいと考える。
 (二) さて、本件では、原審が維持する第一審判決の認定する事実、すなわち、
原判決判示の日時及び場所において判示の目的のもとにa所属学生約三千人の参加
による集団示威運動が行われたこと、いわゆるA演説は、折から首相官邸内に警察
官が防止線設置のため駐車しておいた輸送車数台を同官邸正門前に引出して、その
付近路上いつぱいにすわり込んで気勢をあげていたこれら学生に対し、右輸送車上
から携帯マイクを用いて行われたものであること、その演説が第一審判決判示の趣
旨、内容のものであること、そしてこの学生らの集団示威運動は条例による公安委
員会の許可を受けないで行われたものであることなどの客観的事実関係については、
すべて争いがなく、また本件上告趣意の争点をなすものでもない。ここにおいて、
原判決は、「被告人Aについて、本件集団行動が無許可であつたことについての認
識があつたと認め得るとして、その四〇、四一頁に判示するところは、関係証拠に
照らして極めて正当であり、この点の事実誤認を争う所論は失当である。」と判示
するのであるが、多数意見はこの部分をとらえて、「原判決は、学生らの前記集団
行動の形態自体合法性を欠くことのみを理由として、直ちに同被告人において右集
団行動が無許可であつたことを認識していた旨認定し、これを前提として、たやす
く同被告人を処断した第一審判決を是認している」旨論難する。そこで、右に引用
の二頁にわたる第一審判決の判示部分をみるに、「六月三日全学連傘下の学生らに
よつて行われた判示(二)の集団行動が公安委員会の許可を受けないでなされたも
のであることも前掲証拠によつて明らかである。ところで、右学生らによる本件集
団行動は判示のとおりであつて、被告人Aは首相官邸前付近道路いつぱいに坐り込
んで気勢を上げている学生に対し、しかも学生らによつて同官邸内から引出された
阻止線設定用の輸送車の上から演説をしているのである。これら学生による右集団
行動がその形態自体すでに合法性を欠いていたものであることはおのずから明らか
であり、右集団行動の無許可であることの認識がなかつたという被告人Aの弁解は
とうてい認め難い。」とあるのである。しかも、第一審判決判示のこの部分は、同
判決が、その前提として、まず相被告人B、C、Dの三名に関し、昭和三五年五月
一九日及び六月一〇日における安保改定阻止国民会議主催の集団行動についていず
れも主催者から公安委員会に対する所定の許可申請がされておらず、したがつてそ
の許可を受けないで行われたものであることが明らかであると認定しているところ
を受けて、「同被告人らは国民会議が主催し実施した本件各集団行動につき、それ
ぞれその実施を事実上主宰したものとして実質上主催者的立場にあつたものという
べきであり、かような立場にあつた者については、集団行動の許可申請手続がなさ
れたと信じていたと認め得るに足る事情(例えば何人かをして申請手続をなさしめ
る等)の存しないかぎり、許可申請手続がなされていないことはこれを知つている
ものと認めるのが相当である。(なお、被告人Dは「五月一九日以降われわれ自身
は全く届出を必要とすることは感じなかつたし、届出をする意思もなかつた」と述
べている。―第二一回公判における同被告人の供述・75、76問答。)のみなら
ず、被告人Bの五月一九日の関係については、同被告人は五月一九日の午後国民会
議から傘下諸団体に対し緊急動員の指令が発せられた旨東京地評書記Eからの連絡
で了知していたのであるから(第二二回公判期日における被告人Bの供述・速記録
その一、8ないし11問答)、この点からみても同日の集団行動が緊急性のため許
可申請の手続をふむことなくなされたものであることを同被告人において認識して
いたものと認めざるを得ない。」との判文のあとに続く要約部分なのである。そこ
で私は、原審の維持する第一審判決挙示の証拠について、これら判文の前後を周到
に読みとることを求めつつ、右判文に引用の第一審第二一回公判における被告人D
の供述のうちに、その関係部分をみることにしたい。
 (三) 右被告人Dが、そこで述べている要旨は、「五月一九日以降われわれは
届出をしていない」けれども、これは「五月二〇日にやる行動についてはあらかじ
め予定していたので、警視庁と交渉に入つていたと思うが、それ以前に五月一九日
突発的なああいう事件が起こり、緊急要請ということで、各組合に動員をお願いし
たような状況であり、七二時間以前に警視庁に届け出るという時間もなかつたし、
事実こういう混乱のときに警視庁に連絡をとる余裕はなかつたから、一九日には全
く無届でやつた。事実問題として連日大衆行動があつてあらかじめ予定できない場
合が多かつたので時間的に届出の余裕がなかつたし、当時公安条例違憲の判決があ
つたと記憶し、われわれも憲法違反であると考え、学者も相当にそういつていたこ
とであつた。そこで余裕のある場合には大衆になるべく迷惑をかけたくないという
配慮から警視庁に届け出ていたのであつて、公安条例を合憲として届け出たわけで
はない。ところが、五月一九日以降は、大衆自身が行動化していたから警視庁との
トラブルなど考える余裕もなく届出もしなかつた。また警視庁からそのことで警告
を受けなかつた。これらを総括すると、当時われわれの意識としては五月一九日以
降のああいう政治危機、国会が空白になり、われわれの努力にもかかわらず安保条
約が強行突破された後国民自らが議会政治を守ろう、民主主義を守ろうという自覚
に基づく行動であり、国民の権利として当然の行動なのであるから公安条例で規制
されるものとは全然考えなかつた。そういう状況の中でわれわれ自身は全く届出を
必要とすることは感じなかつたし、届出をする意思もなかつた。」というのである。
しかも、翌第二二回の公判において、当時都議会議員の相被告人Bは、弁護人の問
いに対して「私も公安条例の問題は議会で制定の当時から反対しているから、どう
いうものが届出が必要かということは知つていたが、私の立場で届出をするなどと
いうことは関係のないことであるし、私はやつてあるのかなということは後で気が
ついたが、あの頃は念頭になかつた」旨を答え、また被告人Aは、同日の公判にお
いて、弁護人との間に要旨次のとおりの問答を行つているのである。「(問)その
頃は、たしか動員されないあるいは要請されないデモ隊が、しょつちゆう国会に来
ていた時期だが、そういう集団に挨拶をしたことが多かつたのか(答)私は社会党
の国民運動委員長という立場にあるために、よく党を代表して国会周辺のそういう
種類の集会にいつて挨拶をしたことがある。(問)六月三日の集会が条例に基づく
届出をしていたかどうかは存じておられたであろうか(答)そういうことは私全然
存じない(問)そういうことは全然考えていなかつたのか(答)ええ、」すなわち、
本件被告人らはいずれも、公安委員会に対する許可申請に対して相被告人Dがさき
に述べているその認識ないし感覚と共通の主張をしているものとみることができよ
う。また、第一審証人Eの証言によると、「自分は当時東京地方労働組合評議会書
記として安保国民会議の動員関係あるいはデモの届出等の関係の仕事を手伝つてい
た」が「労働組合関係の統制は順次整理することができたけれども、一番問題にな
つた集団の中にaがあつた。これは、独自の指導、統制で独自の行動をとり、しか
もそれが学生だけの行動をとるのではなく、そこに集まつた人達に呼びかけながら
行動したから、そのあたりを全体として統制するのがむつかしいところであつたと
記憶する。」、「学生の一部には国会の中に入ろうという声が出ていたが、われわ
れはそれに賛成できなかつた。」とある(当時、aがほとんど連日にわたつて激し
い行動に出たことは、本件記録に徴し、東京地裁昭和三九年押第五七〇号の内一一
号の朝日新聞縮刷版を引用するまでもなく、顕著な事実であつた。)のであるが、
被告人Aが本件演説をもつて呼びかけた学生集団の本件集団行動につき公安委員会
の許可を受けていたかどうかに対する同被告人の認識について述べるところは、前
記法廷におけるそれのように、専らただ不知ないし無関心をいうのみであつて、こ
のことは警察捜査の段階以来変ることがない。しかもその間、許可申請ないし許可
があることを推認し得たことの可能性、すなわちこれを推認するに足る事情につい
て、誰ひとりその主張ないし合理的説明をしていないことは、記録上まことに明白
である。よつていま、多数意見がこの点につき同被告人としては「念頭に置いてい
なかつた」とするところを、本人の主張する趣意にそつて釈明すれば、当時の政治
的状況のもとにおける国会議員としての政治活動に対し、条例の煽動罪のごときは
成立しないとするにあると理解すべきで、公安委員会に対する許可申請の有無ない
しは同委員会による許可の存否のごときは演説者にかかわりのないことであるから、
これらのことは全く度外視して演説を行つたということになるのであろう。すなわ
ち、それはただ、所要の許可申請や許可の存否のことは眼中になく、これを無視し
て演説したとの事実をいうにとどまり、許可が必要であることを認容しようとする
態度であつたことを示すものとすることはできない。したがつて、このような許可
の存否に対する無視、無関心をもつて、その許可の存在に関する軽信又は誤信の可
能性にまで引き上げ、これと演説とを関係づけて事を論ずることは論理の飛躍であ
り、事態の真相に対してことさらに眼を閉じる以外の何物でもないことになろう。
なぜならば、本件の具体的事実関係のもとにおけるこのような無視、無関心は、そ
れが真実であつて単なる弁解にとどまらないにしても、許可があることの蓋然性に
対する認識に通じるものではなくして、許可を欠くことの蓋然性を全く認識しよう
と欲しないこと、すなわち無許可であることの無視を意味するにほかならず、更に
また、多数意見も、もし同被告人が本件集団行動の無許可を知つておれば演説をし
なかつたであろうことをいい得ているものではないからである。
 (四) しかも、本件においては、問題の昭和三五年六月三日当時、国会周辺及
び首相官邸付近の集団行動に対して公安委員会の許可を予想することがおよそ不可
能な客観情勢にあり、当時この方面における一般の集団示威行動が無許可の行進な
いし集会であつたことは、原判決が引用する第一審判決判示及び関係証拠部分の示
すところによつて明らかにうかがわれ、なかでもいわゆるaの集団行動に至つては、
公安委員会に対する許可申請を信じるに足る事情の全く見出しがたい周知の状況に
あつたことは、常識的にみて疑う余地がない。かくして、当時の第一、二審を通じ、
裁判所自体にとつて経験的ともいい得るほど顕著なこの客観的事態を現実の背景と
して、適切に本件の事実認定がされたものであることは、極めて自然に、かつ、合
理的に理解できることでなければならないのである。
 被告人Aにおいては、当面の政治運動実践家として、この事態に無関心であるは
ずがなく、問題の六月三日、同被告人が判示の学生集団の行動に対して公安委員会
の許可があり得たことの予見や認識を争う余地の認められないことは、まさにかか
る情勢に加えるに次に示す前後の状況をもつてするとき、一層自明であつたとしな
ければならない。
 本件第一、二審が認定した事実によれば、同被告人が本件演説をした時刻は右六
月三日の午後五時三〇分頃から約一〇分間ということである。この時のこの場所に
おける学生集団参加者のうち一五名の者に対しては、昭和三七年六月二七日東京地
方裁判所において無許可の集会、集団行進並びに集団示威運動、総理大臣官邸構内
への侵入、警察官に対する職務執行妨害等の行為により有罪判決(昭和三五年(わ)
第二五四四号等同三七年六月二七日東京地裁判決・下刑集四巻五・六号五四二頁)
が言い渡されていて、このことは、当裁判所に顕著な事実なのであるが、同判決の
判示によれば、被告人Aの演説が行われる前の午後三時四〇分頃衆議院第一議員会
館前を出発した約三千名の学生らは、午後四時二〇分頃総理大臣官邸の正門前に到
着し、直ちに百名位が構内への侵入を図り、施錠してあつた門内の方に向かつてし
か開かないようになつている正門の門扉にロープをかけてこれを逆に外側に向けて
引き始め、午後四時四〇分頃までにその引き開けを終えると、F(同事件の被告人、
学生)も加わつて正門門扉の内側に配置してあつた警察輸送車の引き出しを行つた
上、更にFらは、右のようにして構内への侵入口が作られた午後四時五〇分頃から
午後五時過ぎ頃までの間に、ほか数十名の学生とともに右正門内から構内に深さ一
五メートル位侵入し、ある者は、学生の侵入を阻止するため警備についていた八二
名の警察官に対し、右正門の門扉付近からプラカードの柄などを投げつけた、とい
うのであつて、これに本件記録の示すところを照合すれば、その激しいもみ合い騒
ぎの直後の雰囲気の中で、被告人Aは判示輸送車のボンネツトの上から演説してい
ることを知り得るのである。しかも同被告人が乗つた輸送車は、引き出された輸送
車でいえば五輛目で、まだ正門から完全に引き出されていない状態にあつたもので
あり、それまで同所で学生に呼びかけて抗議集会を開くことを宣していた前記学生
Fがボンネツトの上の被告人Aを紹介し、同被告人の演説のあとでは、更に学生G
が官邸内に突つ込んで集会を持とうと呼びかけたことは、本件記録上争いのない事
実である。そして右の学生らに対する前記東京地裁判決においては、右F、Gらが、
同日午後六時頃から六時三〇分頃までの間、多数の学生とともに警備中の警察官約
二四〇名に対し、五回位にわたつて各数十名ないし百数十名の集団を作つて一団と
なつて突き当たる等の暴行に出たことが、犯罪事実の一部として認定、判示されて
いる。私は、このような状況のもとにある学生らの集団が、依然として頻繁に同様
の集団行動に及ぶ危険があるとき、なおあらためて公安委員会に所定の許可申請を
するものと認識したり、あるいはこれに対して許可があるものと評価することの可
能性をいずこに見いだそうというのであるのかを、重ねて問いたい。
 しかるに、前述のように、多数意見は、原判決に対し、学生らの本件集団行動の
形態自体合法性を欠くことのみを理由として、直ちに同被告人において右集団行動
が無許可であつたことを認識していた旨認定したと非難する。しかし、原審は、第
一審とともに、本件演説の際における集団行動自体、すなわち総理官邸前付近路上
いつぱいにすわり込んでいるaの判示行動をみて、とうてい許可を受けたものであ
るとか、許可の条件に従つているものであるとかと認める余地のない状況にあつた
ことをとらえ、これを「形態」と表現するほかなかつたものと理解できる。しかも、
ここにいう「形態」の語の概念は、現実の条件状況から遊離した平面観察による現
象形態を指すものではなくして、その集団の主体的特性やその行動が占めた場所的・
時間的条件(被告人Aは「今日から明日にかけて政治的なゼネストが行われる」と
呼びかけている。)のもとで、その具体的な動向やこれに伴う危険性の有無等をあ
わせ観察するに足る総合的な客観性を一個の現象としてとらえた場合の表現と解す
るに難くないのである。
 (五) 申すまでもなく、条例にいう煽動者処罰の規定は、煽動者に積極的な煽
動目的があることを、すなわち目的犯であることを定めたものではない。よつて原
判決は、条例の煽動者処罰規定における煽動につき「無許可の集団行動を実行させ
る目的、実行させようとする刺げき的表現が、行為者の表現自体から認識されるの
でなければならない。」とする所論に対し、そのように解しなければならない法理
は存しないうえ、本件の場合は、同被告人の演説内容を含めた客観的状況全体から
して、煽動者であると優に認定できるとして、これを排斥した。この点において原
判決と見解を同じくする私は、いわゆる院外における言動について負う責任の帰属
は、国会に議席をもつ政治家であると否とを区別して決すべきものではないと考え
る。多数意見は、この点につき、同被告人が野党の責任政治家としての立場から専
ら政治的主張を訴えることを意図して本件演説を行い、学生らの前記集団行動に対
する公安委員会の許可の有無を念頭に置いていなかつたものと疑う余地があるとす
るが、他の相被告人に対してはどうであるかというに、相被告人B、C及びDの場
合に第一審判決が示した「集団行動の許可申請手続がなされたと信じていたと認め
得るに足る事情の存しないかぎり、許可申請手続がなされていないことはこれを知
つていたものと認めるのが相当である。」との前記の認定判断は、多数意見にその
まま受け入れられて、B、Cの両相被告人(被告人Dは死亡)は各上告を棄却され
有罪とされるのである。しかもこの点の認識に関する弁解は、被告人Aにおける場
合と彼此全く異なるものはなく、本件上告趣意においては、本件a所属の学生集団
の行動が無許可のものであることを当然の前提とする論理を展開して被告人Aの演
説に対する適用条例の違憲やその解釈の判例違反その他の誤りを主張し、無許可で
あることを同被告人が認識していなかつたとの論証の有無のごときに至つては、上
告趣意自体多くを言及するところではない。そのゆえにこそ、多数意見は、同被告
人の場合だけ「職権をもつて調査するに」とし、また「本件上告趣意につき判断を
加えるまでもなく」として、原判決の事実認定における論証の不足をいうのである
が、そのためにはかかる特段の配意を理由づけるに足る合理的な根拠を示すところ
がなければならないことになる。そこで多数意見は、二つの事情をその理由として
挙げた。すなわち、同被告人が衆議院議員、社会党国民運動委員会委員長である政
治家として求めに応じて本件演説をしたまでであること及びあえて本件演説を行い
学生らの無許可集団行動の継続を言外に暗示したものと認めるに足りないこと、と
する二点がそれである。
 ところが、同時にこのことは、同被告人が右の集団行動の無許可を知つていたと
しても同じくこの演説を行つたにちがいないことを、かえつて言外に示すことにな
らないであろうか。更に思うに、右に挙げる二点は、この場合の許可に対する認識
の存否を定める消極要素であるよりは、上告趣意が重きをおく条例の解釈及び違法
性の阻却を論議する場に導入するにふさわしい事実の認識の仕方といえるのであつ
て、私は、本件に対し、多数意見が、本件演説の煽動性の有無を判断し、あるいは
進んで政治家の政治演説は条例違反としての違法性阻却事由たり得るか否かを論定
するみちを選ばなかつたことを、惜しみたい。
 (六) 重ねていうが、同被告人において本件学生集団に公安委員会に対する許
可申請ないしこれに対する同委員会の許可があつたとするに足る積極的な事情は全
く存せず、右につき同被告人が無許可の認識に欠けていると認めるに足りないとす
る多数意見の見解は、経験則に違背して現実的でない。そのうえ、同被告人の本件
演説は、原判決認定のように、これら学生の集団行動の遂行に気勢を添えることを
現実に志向した内容のものであることが認められ、これをもつて単に漠然たる挨拶
又は報告演説の類と同視することは失当であり、更に、その演説が行われた時、所
及び聴衆集団のもつ特性及び当時の騒然たる政情裡における同被告人の地位・立場
等を事実に即して総合判断すれば、この演説者が、条例にいう煽動者として自己の
言動に対する責任を問われるべきことは、真にやむを得ないこととなるのであり、
これを処罰したからといつて、憲法二一条に反することにはならない(最高裁昭和
三三年(あ)第一四一三号同三七年二月二一日大法廷判決・刑集一六巻二号一〇七
頁、同裁同四三年(あ)第二七八〇号同四八年四月二五日大法廷判決・刑集二七巻
四号五四七頁参照)。
 そこで、上告趣意第一点に立ちかえつて判断するに、まずその所論中条例の煽動
者処罰規定の違憲、無効をいう点については、すでに多数意見が上告趣意第二点に
対する判断において引用する当裁判所の判例の趣旨とするところに照らし、すべて
是認することができず、論旨は理由がない。次いで、所論のうち判例違反をいう点
は、所論引用の判例が事案を異にして本件に適切でなく、上告適法の理由にあたら
ない。なお、同被告人に対する上告趣意第二点の判断は、多数意見が他の被告人ら
に対して示すところと同一であるから、これを引用する。
 以上のとおり、原判決には、判決に影響を及ぼすことが明らかな事実誤認はなく、
理由不備その他の違法もない。よつて私は、多数意見と異なり、被告人Aに対して
も刑訴法四一四条、三九六条に則り上告を棄却すべきものとするのである。
 検察官石井春水 公判出席
  昭和四九年六月一八日
     最高裁判所第三小法廷
         裁判長裁判官    坂   本   吉   勝
            裁判官    関   根   小   郷
            裁判官    天   野   武   一
            裁判官    高   辻   正   己

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