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平成29年3月2日判決言渡同日原本領収裁判所書記官
平成28年(行ケ)第10175号審決取消請求事件
口頭弁論終結日平成29年2月16日
判決
原告アイメック
同訴訟代理人弁理士山田卓二
中野晴夫
同訴訟復代理人弁理士岸本雅之
被告特許庁長官
同指定代理人高見重雄
福島浩司
郡山順
富澤哲生
冨澤武志
主文
1原告の請求を棄却する。
2訴訟費用は原告の負担とする。
3この判決に対する上告及び上告受理申立てのための付加期間を
30日と定める。
事実及び理由
第1請求
特許庁が不服2015-2531号事件について平成28年3月22日にした審
決を取り消す。
第2事案の概要
1特許庁における手続の経緯等
⑴原告は,平成21年9月30日(優先権主張:平成20年9月30日,米国,
平成21年4月17日,英国),発明の名称を「単磁区ナノ粒子の磁気共鳴イメージ
ング」とする特許出願(特願2011-528370号。以下「本願」という。甲
6)をしたが,平成26年9月30日付けで拒絶査定(甲10)を受けた。
⑵そこで,原告は,平成27年2月9日,これに対する不服の審判を請求した
(甲11)。
⑶特許庁は,上記審判請求を不服2015-2531号事件として審理を行い,
平成28年3月22日,「本件審判の請求は,成り立たない。」との別紙審決書(写
し)記載の審決(以下「本件審決」という。)をし,同年4月5日,その謄本が原告
に送達された。なお,出訴期間として90日が附加された。
⑷原告は,平成28年8月2日,本件審決の取消しを求める本件訴訟を提起し
た。
2特許請求の範囲の記載
特許請求の範囲請求項30の記載は,平成26年5月26日付け手続補正書(甲
9)により補正された次のとおりのものである。以下,請求項30に記載された発
明を「本願発明」といい,その明細書(甲6)を「本願明細書」という。なお,文中
の「/」は,原文の改行箇所を示す(以下同じ。)。
【請求項30】物品にあるタグを活性化する方法であって,/タグは,5~80n
mの範囲の直径を有し,酸化鉄を含む単磁区粒子を含むものであり,/物体につい
て,0.1テスラ未満の静磁場を発生することと,/物体について,物体中の単磁区
粒子の電子常磁性共鳴(EPR)を生じさせる周波数でRFエネルギーを発生し,
前記電子常磁性共鳴によってタグの活性化を生じさせることと,を含み,/電子常
磁性共鳴は,単磁区酸化鉄粒子の磁化に比例しており,該磁化は,検出されるRF
磁界を誘起するようにした,方法。
3本件審決の理由の要旨
⑴本件審決の理由は,別紙審決書(写し)記載のとおりである。要するに,本願
発明は,下記アの引用例に記載された発明(以下「引用発明」という。)並びに下記
イからオの周知例に記載された周知技術及び技術常識に基づいて,当業者が容易に
発明をすることができたものであるから,特許法29条2項の規定により特許を受
けることができない,というものである。
ア引用例:米国特許出願公開第2005/0118102号明細書(甲1)
イ周知例1:特開2002-90435号公報(甲2)
ウ周知例2:特開2008-61940号公報(甲3)
エ周知例3:国際公開第2006/080417号(甲4)
オ周知例4:特表2002-512376号公報(甲5)
⑵本件審決が認定した引用発明,本願発明と引用発明との一致点及び相違点は,
次のとおりである。
ア引用発明
細胞,組織,あるいは分子を選択的に加熱する方法であって:前記方法は,/特に
前記細胞,組織,あるいは分子の生物学的標的に結合する,標的部分を備えた超常
磁性ナノ粒子を含む組成物を,前記細胞,組織,あるいは分子に接触させ;そして,
/磁場におけるRF場の印加時に,電子スピン共鳴を用いて前記超常磁性ナノ粒子
にRFパワーを吸収させ,そのエネルギーを熱として放出させ,それにより,前記
超常磁性ナノ粒子を加熱すること,/を含み,/さらに,サーモグラフィ,MRI,
ESR,及びX線からなる群から選択される方法を用いて,前記細胞,組織,また
は分子を画像化することを含み,/前記超常磁性ナノ粒子は,gamma-Fe2O
3を含み,約100nm未満の少なくとも1つの寸法を有する,方法
イ本願発明と引用発明との一致点
物品にあるタグを活性化する方法であって,/タグは,酸化鉄を含む単磁区ナノ
粒子を含むものであり,/物体について,静磁場を発生することと,/物体につい
て,物体中の単磁区粒子の電子常磁性共鳴(EPR)を生じさせる周波数でRFエ
ネルギーを発生し,前記電子常磁性共鳴によってタグの活性化を生じさせることと,
を含み,/電子常磁性共鳴は,単磁区酸化鉄粒子の磁化に比例しており,該磁化は,
検出されるRF磁界を誘起するようにした,方法である点
ウ本願発明と引用発明との相違点
(ア)相違点1
単磁区ナノ粒子は,本願発明では,「5~80nmの範囲の直径」を有するのに対
し,引用発明では,「約100nm未満の少なくとも1つの寸法」を有する点
(イ)相違点2
静磁場が,本願発明では,「0.1テスラ未満」であるのに対し,引用発明では,
この点につき特定していない点
4取消事由
本願発明の容易想到性の判断の誤り
第3当事者の主張
〔原告の主張〕
1相違点の看過
引用例の[0063]及び[0064]の記載に加え,図2のスペクトルは,印加
する静磁場の大きさを掃引して得られるものであり,その微分曲線は,物体にマイ
クロ波又はRF波(RFin)を供給したときに吸収されずに戻ってきたRFinとの
差分から得られるものであることによれば,引用発明は,超常磁性ナノ粒子が投与
された人体にRFinを供給し,印加する静磁場を掃引しつつ,電子スピン共鳴(E
lectronSpinResonance,ESR)により吸収されたRFi
nを検出する方法に係るものである。
他方,本願発明は,単磁区酸化鉄粒子を含むタグにRFinを供給し,単磁区酸化
鉄粒子の磁化により誘起されるRFoutを検出する方法に係るものである。
したがって,本願発明と引用発明との間には,検出対象につき,本願発明が,単磁
区酸化鉄粒子を含むタグにRFinを供給し,単磁区酸化鉄粒子の磁化により誘起さ
れるRFoutを検出するのに対し,引用発明は,超常磁性ナノ粒子が投与された人体
にRFinを供給し,印加する静磁場を掃引しつつ,電子スピン共鳴(ESR)によ
り吸収されたRFinを検出するという相違点があり,本件審決は,同相違点を看過
した点において誤りがある(なお,取消事由に直接結びつくものではないが,本件
審決は,引用発明の電子スピン共鳴周波数が超常磁性ナノ粒子の磁化に比例する旨
認定しているところ,ランジュバンの常磁性理論によれば超常磁性ナノ粒子の磁化
は静磁場に対して非線形的に変化することなどから,電子スピン共鳴周波数は,超
常磁性ナノ粒子の磁化に比例するものではなく,よって,本件審決の前記認定は,
誤りである。)。
2本願発明の容易想到性
そして,RFoutの検出については,引用例に記載されておらず,引用発明に接し
た当業者が容易に想到できるものでもない。
なお,原告は,引用発明に接した当業者が相違点1及び2に係る本願発明の構成
を容易に想到できるものとした本件審決の判断は,認める。
3被告の主張について
⑴被告は,引用例中,本件審決並びに平成25年11月20日付け拒絶理由通
知及び平成26年9月30日付け拒絶査定のいずれにおいても言及されていない
[0069]及び[0090]から[0093]を引用して本願発明に進歩性がない
旨主張するが,このような主張は,特許法50条の趣旨に反するものである。
⑵被告は,本願発明は,その態様にパルス法を含むものであり,引用例にはパ
ルス法が記載されていることから,本願発明と引用発明は,検出対象を同じくする
旨主張する。
しかし,本願発明は,物体につき,①単一の箇所にある特定の大きさの0.1テス
ラ未満の静磁場を発生させ,②物体中の単磁区粒子の電子常磁性共鳴(Elect
ronParamagneticResonance,EPR)を生じさせる,
上記の静磁場に対応する特定の周波数でRFエネルギーを発生し,上記電子常磁性
共鳴によってタグの活性化を生じさせて,上記単一の箇所で誘起されるRF(Ra
dioFrequency)磁界を検出するものであり,このRF磁界が,RFo
utである。しかも,本願発明は,画像の取得に関するものではない。他方,引用発
明は,人体につき,①傾斜磁場又は磁場勾配を用いて複数の箇所にそれぞれ異なる
大きさの静磁場を発生させ,②人体中の粒子の電子スピン共鳴(ESR)を生じさ
せる,上記の異なる大きさの静磁場に対応する複数の周波数でRFエネルギーを発
生し,上記電子スピン共鳴によって画像を取得するものである。このように,本願
発明と引用発明は,技術的思想を異にする。
〔被告の主張〕
1本願発明の検出方法について
甲第13号証及び乙第1から3号証によれば,電子スピン共鳴(ESR)信号の
検出方法には,①静磁場中に配置される試料にマイクロ波を照射して電子スピン共
鳴を生じさせ,その結果の吸収を,試料によるマイクロ波の吸収信号として検出す
るCW法(ContinuousWaveMethod,連続波法)及び②静
磁場中に配置される試料にパルス状マイクロ波を照射して電子スピン共鳴を生じさ
せ,その結果の緩和を,試料から放射される応答信号として検出するパルス法があ
ることは,本願優先日当時において技術常識であった。さらに,乙第5から8号証
によれば,パルス法の基本原理は,試料から放射される応答信号である電子スピン
共鳴信号の大きさ及び周波数のいずれも試料中の不対電子の磁化の大きさに比例し,
その磁化によってコイルに誘導交流電流が発生するというものであることも,本願
優先日当時において技術常識であった。
本願発明の発明特定事項に「該磁化は,検出されるRF磁界を誘起するようにし
た」との記載が含まれていること,原告において,本願発明は,単磁区酸化鉄粒子を
含むタグにRFエネルギー(RFin)を供給し,電子常磁性共鳴(EPR)により誘
起されたRF磁界をRFinとは異なるRF信号(RFout)として検出する方法に
係るものである旨述べていることに加え,前記技術常識を踏まえると,本願発明は,
その態様にパルス法を含むものと理解される。
2引用発明の検出方法について
引用例の発明の名称,明細書([0003][0019][0046][0048]
[0063][0067])並びに特許請求の範囲請求項1,2,29,31,39,
41及び55の記載によれば,引用例には,細胞又は組織を含む生物学的標的に特
異的に結合する超常磁性ナノ粒子の電子スピン共鳴(ESR)信号を検出すること
によって上記生物学的標的を撮像する方法が記載されており,よって,少なくとも,
試料中の超常磁性ナノ粒子の電子スピン共鳴信号を検出する方法が記載されている
ことは明らかである。そして,引用例の[0069]及び[0090]から[009
3]には,上記検出の具体的方法が記載されているところ,前記1のとおり,パルス
法とは,静磁場中に配置される試料にパルス状マイクロ波を照射して電子スピン共
鳴を生じさせ,その結果の緩和を,試料から放射される応答信号として検出するも
のであるから,「加熱のために,連続的な180°のパルス」を印加することに加え
て,「撮像のために」少なくとも「90°のパルス」印加後の「緩和信号を観察する」
との記載([0093])は,パルス法を示すものである。
3検出対象の対比
前記1のとおり,本願発明は,その態様にパルス法を含むものであり,前記2の
とおり,引用例にはパルス法が記載されていることから,本願発明と引用発明は,
検出対象を同じくする。
すなわち,引用発明における「超常磁性ナノ粒子を加熱すること」及び「サーモグ
ラフィ,MRI,ESR,及びX線からなる群から選択される方法を用いて,前記細
胞,組織,または分子を画像化すること」は,ESRを用いた画像化の際に静磁場中
に配置される,生物学的標的に特異的に結合する超常磁性ナノ粒子にパルス状マイ
クロ波を照射して,電子スピン共鳴(ESR)を生じさせ,その結果として生じる超
常磁性ナノ粒子から放射される応答信号を検出する方法である。超常磁性ナノ粒子
から放射される応答信号である電子スピン共鳴信号の大きさ及び周波数は,いずれ
も,超常磁性ナノ粒子の不対電子の磁化の大きさに比例し,その磁化により,コイ
ルに誘導交流電流が発生するものということができる。
他方,本願発明は,前記1のとおり,単磁区酸化鉄粒子を含むタグにRFエネル
ギー(RFin)を供給し,電子常磁性共鳴(EPR)により誘起されたRF磁界をR
Finとは異なるRF信号(RFout)として検出するものである。
そして,引用発明における超常磁性ナノ粒子から放射される応答信号である電子
スピン共鳴信号は,超常磁性ナノ粒子に照射したパルス状マイクロ波であるRF磁
界が電子スピン共鳴により誘起されてコイルに発生させた誘導交流電流,すなわち,
RFinとしてパルス信号を供給したときに電子スピン共鳴の結果として生じたRF
outであるから,これが,本願発明における電子常磁性共鳴に誘起されたRF磁界に
係るRFoutに相当することは,明らかである。
したがって,本願発明と引用発明の検出対象は,同一である。
第4当裁判所の判断
1本願発明について
本願発明に係る特許請求の範囲は,前記第2の2のとおりであり,本願明細書(甲
6)によれば,本願発明の特徴は,以下のとおりである(下記記載中に引用する図面
については,別紙参照)。
⑴技術分野
本願発明は,連続波又はパルスの高周波エネルギーを用いて磁気共鳴応答を有す
るタグを活性化する方法に関するものである(【0001】)。
⑵背景技術
磁気共鳴イメージング(MRI)は,人体内部の高品質の断層画像(2Dスライス
又は3D画像)を生成する周知の手法であり,核磁気共鳴(NuclearMa
gneticResonance,NMR)の原理に基づくものである。MRI
においては,核を磁化するために,通常,1テスラから3テスラのDC(直流)磁界
が使用され,狭帯域の周波数範囲の電磁波が,特定の核の共鳴特性(周波数,緩和時
間)を識別するために選択される。人間の臓器の画像化には,通常,プロトンが用い
られる(【0002】)。いくつかのMRI実験では,狭帯域RF波の複雑なパルスシ
ーケンスを用いて核の位相を操作し,特定のタイプのNMR信号を生成している。
パルスは,核のスピンを正確に90度又は180度回転して核共鳴と同調させる必
要がある(【0003】)。
識別タグとして機能する磁気媒体の使用は,これが付着された物品が狭帯域の呼
掛け(interrogation)交流磁界を放出する検出システムを通過するときに検出される
磁気媒体で構成されたRF-IDタグにおいて既に応用されている(【0008】)。
⑶解決すべき課題
本願発明は,電子常磁性共鳴(EPR)を用いて物体に関する情報を収集するた
めの良好な方法,より具体的には,低磁場,低周波数で物体への信号浸透が良好な
方法の提供を目的とするものである。本願発明に係る実施形態の利点は,単磁区粒
子の電子常磁性共鳴の検出に基づき,高速で,かつ,正確な画像化を実現できるこ
とである(【0011】【0020】【0051】)。
⑷課題を解決するための手段
本願発明は,0.1テスラ未満の静磁場において,物体に連続波又はパルスの高
周波(RF)エネルギーを印加して単磁区粒子に電子常磁性共鳴(EPR)を生じさ
せること及び単磁区粒子のEPR信号を検出することを含む。EPR信号の検出は,
物体の画像の形態で検出してもよい。電子常磁性共鳴により,単磁区粒子を有する
タグの磁気共鳴応答が,タグを活性化させる。その活性化は,細胞内標的(cellular
targeting),温熱療法(hyperthermia)及び熱焼灼(thermoablation)を含む(【001
2】【0014】【0016】【0080】)。
ブロードバンド周波数スペクトルを含む超広帯域パルスをナノ粒子常磁性体に加
えた場合,集団の電子スピンの全て又はある選択部分は,静磁場に対して特定の角
度αだけ同時に傾斜する。これは,方向αに集団の全体磁化を生じさせることにな
る。最も有利な場合,超広帯域RFパルス又はパルスシーケンスは,静磁場に対し
て垂直に配向するまでスピンを反転させる。歳差運動するスピンの磁気双極子モー
メント,回転磁界は,集団の磁化に比例した最大振幅を有し,伝送された超広帯域
パルスの同じ周波数を有するRF磁界を誘起する。これが粒子のエコー信号であり,
【図7】のとおりである(【0068】)。粒子の局所化及び画像化は,異なる共鳴条
件,磁場傾斜を備えた静磁場の変動の下でエコー信号によって得てもよい(【007
1】)。
単磁区共鳴粒子の測定信号は,磁化に比例する(【0051】)。
タグは,約5~80nmの範囲の直径を有する酸化鉄(Fe3O4,Fe2O3)を
含む単磁区粒子を含む。この単磁区粒子は,極めて大きな磁化を有する。例えば,約
40~60nmの酸化鉄粒子の磁化は,室温,3テスラのプロトンの磁化より約1
7000倍高い(【0014】【0019】【0053】【0065】【0081】)。
⑸効果
上記⑷のとおり,単磁区共鳴粒子の測定信号,すなわち,検出されるEPR信号
は磁化に比例する。したがって,約5~80nmの範囲の直径を有する酸化鉄(F
e3O4,Fe2O3)を含む単磁区粒子は,極めて大きな磁化を有することから,低
い静磁場で最大飽和磁化を達成してそのEPR信号の振幅が最大になり,より高感
度を得るために高い静磁場を印加する必要はない。これにより,共鳴周波数も低く
なり,人体又は小動物に対するより大きな侵入深さや,低い熱放散が得られる(【0
051】【0064】)。
2引用発明について
⑴引用発明の認定
引用例(甲1)には,本件審決が認定したとおりの引用発明(前記第2の3⑵ア)
が記載されていることが認められ,この点につき,当事者間に争いはない。
引用発明の特徴は,以下のとおりである。
ア技術分野
引用発明は,ナノサイズの超常磁性粒子を用いた画像化及び/又は選択的な加熱
両方の方法に関するものである([0003])。
イ従来技術及び課題
従来,高いエネルギーの光子粒子を備えた電磁放射ががん等の治療に使用されて
おり,高エネルギー放射ビームは,標的細胞を破壊するために特定の位置に焦点を
定めることができるものの,同じ場所にある正常細胞も破壊してしまうので,放射
が特定の位置における病気の細胞のみを具体的に標的にすること等が望ましいとさ
れていた。
温熱療法が治療ツールとして探求されてきたが,腫瘍に熱を適用するための治療
方法においては,高度に局所化されたビームが身体表面の下数センチメートルの深
さで作られることを要するものの,上記局所化は健康な組織の損傷という結果を伴
うなどの問題があった([0004][0005][0007])。
ウ課題解決のための手段
(ア)電子スピン共鳴による加熱
上記イの問題を解決するために,引用発明は,超常磁性ナノ粒子の電子スピン共
鳴吸収を生体内の加熱方法として使用する,生物医学的用途のための電子スピン共
鳴加熱方法を提供するものである([0008][0012])。
すなわち,超常磁性ナノ粒子は,望ましい標的細胞,組織,臓器等に特異的/選択
的に結合する標的部分に結合することができ,磁場におけるRF場の印加時におい
ては,電子スピン共鳴によってRFパワーを吸収し,その熱をエネルギーとして放
出することができる(電子スピン共鳴加熱)。
電子スピン共鳴加熱は,放射線場(マイクロ波又はRF)周波数,磁場及び材料の
磁気回転比が以下の式を満足したときに生じる。
hv=gμBB(hはプランク定数,vは磁気スピン共鳴周波数,Bは外部磁場,
gは磁気回転比,μBは電子スピン共鳴のためのボーア磁子)
核磁気共鳴(NMR)においては,μBを核磁子μNに置き換えるべきである。核
スピンや電子スピンは,スピン共鳴で光子エネルギーを吸収し,コヒーレントの歳
差運動をより高いエネルギー準位レベルに遷移する。スピン歳差運動は,スピン-
格子相互作用を介して緩和するので,吸収された電磁エネルギーは熱に変換する。
上記のとおり,電子スピン共鳴は,適用される磁場と電磁放射エネルギーが一定
の条件を満たす場合にのみ起きるので,電子スピン共鳴加熱を,特定の位置にある
超常磁性ナノ粒子のみに向けることができる。
引用発明の電子スピン共鳴加熱方法は,上記の超常磁性ナノ粒子及び電子スピン
共鳴の性質を活用して,細胞,組織又は分子を含む生物学的標的に結合する標的部
分を備えた超常磁性ナノ粒子を含む組成物を,上記生物学的標的に接触させ,電子
スピン共鳴を使用して超常磁性ナノ粒子を加熱し,それによって,超常磁性ナノ粒
子と接触する上記生物学的標的を加熱するものである([0003][0008]
[0009][0013][0017][0044])。
電子スピン共鳴の間に磁場勾配を設ければ,加熱領域を,超常磁性ナノ粒子が分
散されている領域よりも小さい領域に局在化すること(空間分解,局所化加熱)が
できる([0003][0013][0017][0045])。
超常磁性ナノ粒子は,γFe2O3を含み,約100nm未満の少なくとも1つの
寸法を有する([0015][0023])。γFe2O3は,大きな磁化及び高い
検出可能性を備えた物質の1つとしてよく知られている([0096])。
(イ)可視化の方法
超常磁性ナノ粒子の加熱と同時に,又は独立して,超常磁性ナノ粒子及びこれに
より標識される細胞,組織,器官等の可視化が行われる。可視化方法は,X線,磁気
共鳴撮像(MRI),電子スピン共鳴撮像,サーモグラフィー撮像などを含む([0
046])。例えば,電子スピン共鳴加熱療法遂行の前,その間,後に,同じ機器で
超常磁性スピン共鳴撮像を実行することができる([0048])。
局所化加熱及び空間分解撮像を実現するために,磁場勾配が提供される([00
91])。磁場勾配とは,専用に設計されたコイル配列における直流電流によって作
られる磁場における空間的に独立した変化量である。例えば,主な磁石のz方向に
沿って空間的に変化する線形磁場が,水のように均質な物質の試料に適用される場
合,試料の他の側におけるスピンと異なる周波数を有するようにz方向に関する試
料の1つの側においてスピンを引き起こす。周波数の分布は,試料に沿って得られ
る。個々の周波数における磁化の量は,適用される磁場の勾配に垂直な表面に沿っ
た信号の統合である。x勾配は,コイル配置を使用して得られ,任意の勾配を得る
ために90度だけ回転される必要がある。これらの両方が,z方向に沿った向きの
主な磁場を加える,又は,そこから控除する磁場を作るが,磁場の強度は,x又はy
方向において変化する([0092])。撮像に当たり,一定の実施形態において,
90°のRFパルスが,緩和信号を観察するために提供される([0093])。
エ効果
前記ウのとおり,電子スピン共鳴は,適用される磁場と電磁放射エネルギーが一
定の条件を満たす場合にのみ起きるので,超常磁性ナノ粒子に隣接する細胞,組織,
臓器等のみを加熱することができ,ほとんどの正常細胞は,影響を受けることがな
い([0013])。
⑵本願発明と引用発明との対比
本願発明と引用発明との間には,本件審決が認定したとおりの相違点1及び2(前
記第2の3⑵ウ)が存在し,これらの相違点に係る本願発明の構成は,いずれも本
願優先日当時の当業者において容易に想到し得るものであったと認められ,この点
は,当事者間に争いがない。
なお,電子常磁性共鳴(EPR)は,電子スピン共鳴(ESR)の一種であり,常
磁性体における電子スピン共鳴を指す。
3取消事由(本願発明の容易想到性の判断の誤り[相違点の看過])について
⑴原告は,本願発明と引用発明との間には,検出対象につき,本願発明が,単磁
区酸化鉄粒子を含むタグにRFinを供給し,単磁区酸化鉄粒子の磁化により誘起さ
れるRFoutを検出するのに対し,引用発明は,超常磁性ナノ粒子が投与された人体
にRFinを供給し,印加する静磁場を掃引しつつ,電子スピン共鳴(ESR)によ
り吸収されたRFinを検出するという相違点があり,本件審決は,同相違点を看過
した点において誤りがある旨主張する。
⑵本願優先日当時の技術常識
後掲証拠によれば,本願優先日当時の技術常識として,以下の事実が認められる。
ア電子スピン共鳴(ESR)について
(ア)電子スピン共鳴装置は,静磁場中に置かれた試料内の不対電子に,その磁場
強度に応じた周波数のマイクロ波磁界を印加し,それにより不対電子がマイクロ波
磁界に共鳴してマイクロ波エネルギーを吸収する様子をスペクトルとして検出する
装置である。上記スペクトルの観測方法には,磁場強度を固定してマイクロ波の周
波数を連続的に変化させながら,あるいは,マイクロ波の周波数を固定して磁場強
度を連続的に変化させながら,測定試料によるマイクロ波の吸収スペクトルを観測
するCW法(連続波法)のほか,磁場強度を一定値に固定してパルス状のマイクロ
波を測定試料に照射し,測定試料から放射される応答信号を処理してスペクトルを
獲得するパルス法がある(周知例1【0002】【0004】【0005】,周知例2
【0003】【0104】,乙1【0002】~【0004】,乙3【0002】【00
03】)。
(イ)前記2⑴ウ(ア)のとおり,電子スピン共鳴加熱は,放射線場(マイクロ波又
はRF)周波数,磁場及び材料の磁気回転比が,hv=gμBB(hはプランク定数,
vは磁気スピン共鳴周波数,Bは外部磁場,gは磁気回転比,μBは電子スピン共鳴
のためのボーア磁子)の式を満足したときに生じるものであるところ,核磁気共鳴
(NMR)においては,μBを核磁子μNに置き換えるべきである。核スピンや電子
スピンは,スピン共鳴で光子エネルギーを吸収し,コヒーレントの歳差運動をより
高いエネルギー準位レベルに遷移する。スピン歳差運動は,スピン-格子相互作用
を介して緩和するので,吸収された電磁エネルギーは熱に変換する(引用例[00
08][0009])。
また,磁気共鳴イメージングは,撮影対象を水素原子核(プロトン)とする核磁気
共鳴を用いたMRI(核磁気共鳴イメージング)及び撮影対象を電子とする電子ス
ピン共鳴を用いたESR-CT(電子スピン共鳴イメージング)のいずれも,均一
な静磁場中において,信号発生場所を特定するための傾斜磁場コイル系を用い,傾
斜磁場強度を変化させて画像化するものである(周知例2【0003】【0004】)。
さらに,特開平2-234742号公報(乙4)には,「核磁気共鳴(NMR),ま
たは電子スピン共鳴(ESR)等を用いてスペクトルや断層像を取得する磁気共鳴
映像方法」(1頁下から7~5行目)に関する発明として,「画像サイズよりサンプ
リングワード数を増やしてオーバーサンプリングをするに際し,サンプリングの始
めか前記サンプリングの終わりかの少なくともいずれか一方において,信号読み出
し用の傾斜磁場の極性をエコー信号のピーク付近を収集している信号読み出し用の
傾斜磁場の極性と逆転させる磁気共鳴映像方法。」(特許請求の範囲)が記載されて
いる。
これらの事実によれば,電子スピン共鳴と核磁気共鳴は,磁気に共鳴させる対象
が電子か水素原子核(プロトン)かの相違はあるものの,いずれも前記のhv=g
μBBの式(ただし,核磁気共鳴においては,μBをμNに置き換える。)によって表
される原理に基づくものであり,それらの共鳴の画像化も,均一な静磁場中におい
て,信号発生場所を特定するための傾斜磁場コイル系を用い,傾斜磁場強度を変化
させるという方法によるものということができる。
イパルス法について
(ア)特開平2-234742号公報(乙4)には,「…イメージング方法につい
て説明する。断層面を指定し,NMR信号を発生させるために90°RFパルス(A
1)を照射するときにスライス用磁場Gs(B1)を同時に印加する。」(4頁9~1
2行目),「イメージングを実行するには,まず,断層面を指定し,NMR信号を発生
させるために90°RFパルス(A1)を照射するときにスライス用磁場GS(B1)
を同時に印加する。」(9頁8~11行目)との記載がある。
大澤忠ほか編「画像診断別冊⑥臨床MRI入門」(株式会社秀潤社,平成4年
3月発行。乙5)には,NMR信号に関し,概要,「電荷を有し,自転する質量のあ
る陽子であるプロトンは,磁気的に小さな棒磁石と等価であり,z方向に一定の外
部磁場(静磁場)B0をかけると,z軸とある角度を保ちつつその周囲を一定速度で
歳差運動(倒れかけているコマのみそすり運動に似た状態)をする。この回転速度
(周波数)は,原子核の種類(核種)とB0によって決まるものであり,共鳴周波数
と呼ぶ。上記プロトンは,全体としてはB0と同じz方向を向く大きな棒磁石とみな
すことができ,これを巨視化磁化(M)と呼ぶ。上記共鳴周波数と同じ周波数の高周
波(ラジオ波)により,B0と直角方向に(すなわちx-y平面上),ある一定速度
で回転する磁場(B1)を外部から一定時間かけると,Mをx-y平面に倒すことが
できる。このパルス高周波を90°パルスと呼ぶ。Mをx-y平面に倒した時点で
90°パルスを切ると,外部からの磁場はB0のみとなるから,Mは,z軸を中心に
共鳴角周波数ω0(核種により一定の磁気回転比にB0を乗じたもの。共鳴周波数を
2πで除したものに等しい。)で回転を続けることになるので,x-y平面にコイル
を用意しておけば,回転する磁石であるMによって誘導交流電流であるNMR信号
が発生する。」との記載がある。
特開昭61-144553号公報(乙6)には,核磁気共鳴方法(NMR)による
作像に関し,概要,「医用NMR装置は,本質的に被検体の領域を通して静止均一分
極化磁界B

0を発生するための磁石から成り,分極化磁界上に上記磁界B

0の方向に
対して垂直な平面において無線周波数領域パルスが補助コイルによつて重畳される。
画像は,生物組織内に包含される水素原子核又はプロトンに通常共鳴することによ
って得られる。この共鳴は,各プロトンが微小磁石のように行動することから可能
であり,かつ,無線周波数領域が逆方向に回転する2つの磁界に等しく,スピンの
歳差運動方向の回転は,それとの結合を可能にする。」(2頁左下欄6~16行目),
「作像されるべき容積は,3平面三面体0,x,y,zに対して言及され,軸線0z
は,慣例により,直流分極化磁界B

0に対して平行である。作像されるべき媒体の巨
視的磁化ベクトルM

は,非作動状態において,軸線0zに対して平行であり,かつ,
角速度ω0で回転する無線周波数領域B1が,共鳴信号が収集される平面x,0,y
内にある。」(2頁右下欄下から6行目~3頁左上欄上から3行目),「(系B

1と一直
線とされる)軸線0x’に沿う90°パルスは,ベクトルM

を傾斜させ,平面x0y
において歳差運動をさせる。これは,共鳴信号を誘起する運動であり,かつ,平面x
0y内に配置されたコイルによって検知される。」(3頁左上欄8行目~右上欄8行
目)との記載がある。
(イ)また,前記「画像診断別冊⑥臨床MRI入門」(乙5)には,NMR信
号強度が巨視的磁化Mの大きさに比例し,Mと同じ大きさのM0は単位体積当たりの
プロトン数に比例する旨の記載が,前記特開昭61-144553号公報(乙6)
には,プロトンの自由歳差運動における平衡への復帰中に検出される共鳴信号が分
極化磁界B

0に配置された原子核の磁化M

に比例する旨の記載が(2頁右下欄8~1
0行目)それぞれあり,さらに,特開平7-190966号公報(乙7)には,概
要,「ESR分光計の基本原理は,共振器内にセットした不対電子を有する試料に静
磁場をかけることで電子スピンを+1/2又は-1/2の値をとる状態に分離し,
該状態の試料に適宜なエネルギーのマイクロ波を照射して共鳴を起こさせ,共鳴に
よって吸収又は分散されたマイクロ波のエネルギーが不対電子の量に比例すること
から,吸収又は分散されたマイクロ波エネルギーを不対電子の量(磁化の強度)に
対応させる」との記載(【0004】)がある。
(ウ)前記(ア)の各記載によれば,核磁気共鳴におけるパルス法は,試料を静磁場
中に配置した上で,静磁場に対して直角方向のパルス状のRFのマイクロ波を照射
することによって,核磁気共鳴を生じさせ,これによって誘起された磁界を,核磁
気共鳴信号として検出するものであることは,本願優先日当時において技術常識で
あったものと認められる。
そして,前記ア(イ)のとおり,電子スピン共鳴と核磁気共鳴は,磁気に共鳴させる
対象が電子か水素原子核(プロトン)かの相違はあるものの,いずれも同じ原理に
基づくものであり,それらの共鳴の画像化も,均一な静磁場中において,信号発生
場所を特定するための傾斜磁場コイル系を用い,傾斜磁場強度を変化させるという
方法によることから,上記技術常識は,電子スピン共鳴におけるパルス法にも当て
はまるということができる。したがって,電子スピン共鳴におけるパルス法は,試
料を静磁場中に配置した上で,静磁場に対して直角方向のパルス状のRFのマイク
ロ波を照射することによって,電子スピン共鳴を生じさせ,これによって誘起され
た磁界を,電子スピン共鳴信号として検出するものであることも,本願優先日当時
において技術常識であったものと認められる。
前記(イ)の記載に加え,電子スピン共鳴と核磁気共鳴が同じ原理に基づくものであ
ることを併せ考えれば,電子スピン共鳴信号の大きさが試料中の不対電子の巨視的
磁化の大きさに比例することは,本願優先日当時の技術常識であったものと認めら
れる。
⑶引用発明の検出対象と本願発明の検出対象の対比
ア引用発明の検出対象について
前記2⑴のとおり,引用発明は,「サーモグラフィ,MRI,ESR,及びX線か
らなる群から選択される方法を用いて,前記細胞,組織,または分子を画像化する
こと」を含むもの,すなわち,電子スピン共鳴(ESR)を用いて細胞,組織又は分
子を画像化することを含むものである。
前記2⑴ウ(イ)のとおり,引用例には,引用発明の特徴として,①超常磁性ナノ粒
子の加熱と同時に,又は独立して,超常磁性ナノ粒子及びこれにより標識される細
胞,組織,器官等の可視化が行われ,可視化方法は,電子スピン共鳴撮像を含むこと
([0046]),②主な磁石のz方向に沿って空間的に変化する線形磁場が,均質
な物質の試料に適用される場合,試料の他の側におけるスピンと異なる周波数を有
するようにz方向に関する試料の1つの側においてスピンを引き起こし,個々の周
波数における磁化の量は,適用される磁場の勾配に垂直な表面に沿った信号の統合
であることから,x勾配は,任意の勾配を得るために90度だけ回転される必要が
あること([0092]),③撮像に当たり,一定の実施形態において,90°のR
Fパルスが,緩和信号を観察するために提供されること([0093])が記載され
ている。前記⑵イ(ウ)のとおり,電子スピン共鳴におけるパルス法は,試料を静磁
場中に配置した上で,静磁場に対して直角方向のパルス状のRFのマイクロ波を照
射することによって,電子スピン共鳴を生じさせるものであるから,引用例の上記
記載によれば,引用発明は,電子スピン共鳴におけるパルス法を用いて細胞,組織
又は分子を画像化するものを含むものと認められる。
そして,前記前記⑵イ(ウ)のとおり,電子スピン共鳴におけるパルス法は,電子
スピン共鳴によって誘起された磁界を電子スピン共鳴信号として検出するものであ
り,電子スピン共鳴信号の大きさは,試料中の不対電子の巨視的磁化の大きさに比
例する。したがって,引用発明は,超常磁性ナノ粒子の電子スピン共鳴を生じさせ
る周波数でパルス状のRFのマイクロ波すなわちRFエネルギーを照射して超常磁
性ナノ粒子の電子スピン共鳴(電子常磁性共鳴)を生じさせ,電子スピン共鳴によ
って誘起された磁界を,超常磁性ナノ粒子の磁化に比例する電子スピン共鳴信号と
して検出するものである。すなわち,引用発明の検出対象となるのは,RFエネル
ギーそのものではなく,上記のとおりRFエネルギーを超常磁性ナノ粒子に照射す
ることにより生じさせた電子スピン共鳴(電子常磁性共鳴)によって誘起された磁
界である(なお,原告は,取消事由に直接結びつくものではないとしながら,ランジ
ュバンの常磁性理論から超常磁性ナノ粒子の磁化が静磁場に対して非線形的に変化
するといえることを主たる根拠として,電子スピン共鳴周波数は,超常磁性ナノ粒
子の磁化に比例しない旨主張するが,前記⑵イ(ウ)の技術常識に加え,超常磁性ナノ
粒子の磁化が静磁場に対して非線形的に変化することは,電子スピン共鳴周波数が
超常磁性ナノ粒子の磁化に比例するか否かを左右するものではないことから,上記
主張は採用できない。)。
イ本願発明の検出対象について
本願発明は,「物体について,物体中の単磁区粒子の電子常磁性共鳴(EPR)を
生じさせる周波数でRFエネルギーを発生し」,単磁区粒子の電子常磁性共鳴を生じ
させるものである。そして,前記2⑵のとおり,電子常磁性共鳴は電子スピン共鳴
の一種であり,また,上記RFエネルギーは,パルスのRFエネルギーを含む(【0
012】【0080】)。本願発明の一態様は,超広帯域パルスをナノ粒子常磁性体に
加えた場合,集団の全体磁化を生じさせ,歳差運動するスピンの磁気双極子モーメ
ント,回転磁界は,集団の磁化に比例した最大振幅を有し,伝送された超広帯域パ
ルスの同じ周波数を有するRF磁界を誘起し,粒子のエコー信号を検出する(【00
68】)というものであるが,これは,パルスのRFエネルギーによってナノ粒子常
磁性体の電子常磁性共鳴を生じさせ,これによって誘起された磁界を,ナノ粒子常
磁性体の磁化に比例するエコー信号すなわち電子常磁性共鳴信号として検出するも
のにほかならない。そして,本願発明の「5~80nmの範囲の直径を有し,酸化鉄
を含む単磁区粒子」は,ナノ粒子常磁性体に含まれるものである。したがって,本願
発明の検出対象となるのは,RFエネルギーそのものではなく,RFエネルギーを,
5~80nmの範囲の直径を有し,酸化鉄を含む単磁区粒子に加えることにより生
じさせた電子常磁性共鳴によって誘起された磁界である。
ウ引用発明の検出対象と本願発明の検出対象の対比
前記アのとおり,引用発明の検出対象となるのは,RFエネルギーを超常磁性ナ
ノ粒子に照射することにより生じさせた電子スピン共鳴(電子常磁性共鳴)によっ
て誘起された磁界であり,前記イのとおり,本願発明の検出対象となるのは,RF
エネルギーを,5~80nmの範囲の直径を有し,酸化鉄を含む単磁区粒子に加え
ることにより生じさせた電子常磁性共鳴によって誘起された磁界である。
そして,引用発明の超常磁性ナノ粒子は,「gamma-Fe2O3を含み,約10
0nm未満の少なくとも1つの寸法を有する」ものであるから,酸化鉄を含む単磁
区ナノ粒子である。本願発明の「酸化鉄を含む単磁区粒子」も,「5~80nmの範
囲の直径を有する」ものであるから,酸化鉄を含む単磁区ナノ粒子である。
したがって,引用発明及び本願発明のいずれも,RFエネルギーを,酸化鉄を含
む単磁区ナノ粒子に照射することにより生じさせた電子常磁性共鳴によって誘起さ
れた磁界を検出対象とするものであるから,原告主張に係る相違点は存在しないと
いうべきである。
⑷原告の主張について
ア原告は,引用例中,本件審決並びに平成25年11月20日付け拒絶理由通
知及び平成26年9月30日付け拒絶査定のいずれにおいても言及されていない
[0069]及び[0090]から[0093]を引用して被告が本願発明に進歩性
がない旨の主張をすることは,特許法50条の趣旨に反する旨主張する。
しかし,引用発明は,電子スピン共鳴を用いて超常磁性ナノ粒子を加熱すること
及び細胞,組織又は分子を画像化することを含むものであり,上記各段落のいずれ
の記載も電子スピン共鳴に関わるものであるから,本件審決,上記拒絶理由通知及
び拒絶査定のいずれにおいても明示的に言及されていなくても,審判の審理の対象
になっていたものというべきである。
イ原告は,本願発明は,物体につき,①単一の箇所にある特定の大きさの0.1
テスラ未満の静磁場を発生させ,②物体中の単磁区粒子の電子常磁性共鳴を生じさ
せる,上記の静磁場に対応する特定の周波数でRFエネルギーを発生し,上記電子
常磁性共鳴によってタグの活性化を生じさせて,上記単一の箇所で誘起されるRF
磁界を検出するものであり,このRF磁界が,RFoutである上,画像の取得に関す
るものではない,他方,引用発明は,人体につき,①傾斜磁場又は磁場勾配を用いて
複数の箇所にそれぞれ異なる大きさの静磁場を発生させ,②人体中の粒子の電子ス
ピン共鳴を生じさせる,上記の異なる大きさの静磁場に対応する複数の周波数でR
Fエネルギーを発生し,上記電子スピン共鳴によって画像を取得するものであり,
両発明は技術的思想を異にする旨主張する。
しかし,本願発明に係る請求項1は,「物体について,0.1テスラ未満の静磁場
を発生することと,」「物体について,物体中の単磁区粒子の電子常磁性共鳴(EP
R)を生じさせる周波数でRFエネルギーを発生し,前記電子常磁性共鳴によって
タグの活性化を生じさせること」を含むものであり,原告主張に係る「単一の箇所
にある特定の大きさの0.1テスラ未満の静磁場を発生させ,」「上記の静磁場に対
応する特定の周波数でRFエネルギーを発生し,」という限定は付されていない。よ
って,静磁場及びRFエネルギーの周波数に関する原告の主張は,特許請求の範囲
の記載に基づかないものということができる。
しかも,前記1⑷のとおり,「粒子の局所化及び画像化は,異なる共鳴条件,磁場
傾斜を備えた静磁場の変動の下でエコー信号によって得てもよい。」(【0071】)
との本願明細書の記載によれば,本願発明は,傾斜磁場を用いる態様を包含するも
のであるから,この点において引用発明と異なるものではない。
また,本願明細書における①本願発明に係る実施形態の利点は,単磁区粒子の電
子常磁性共鳴の検出に基づき,高速で,かつ,正確な画像化を実現できることであ
る旨の記載(【0011】)及び②単磁区粒子のEPR信号の検出は,物体の画像の
形態で検出してもよい旨の記載(【0016】)に加え,その検出例が示されている
こと(【0068】【図7】)によれば,本願発明が,その一態様として画像の取得を
含むことは明らかである。他方,前記⑶アのとおり,引用発明も,電子常磁性共鳴信
号を検出した上でこれを画像化することによって画像を取得するものである。
⑸小括
以上のとおり,原告主張に係る相違点の看過はなく,また,原告は,本件審決が認
定した相違点1及び2に係る本願発明の構成を容易に想到できるとした本件審決の
判断を認めている。
4結論
よって,原告主張の取消事由は理由がなく,したがって,原告の請求を棄却する
こととし,主文のとおり判決する。
知的財産高等裁判所第4部
裁判長裁判官髙部眞規子
裁判官古河謙一
裁判官鈴木わかな
別紙
本願明細書(甲6)掲載の図面
【図7】

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