弁護士法人ITJ法律事務所

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       主   文
一 原判決中控訴人aに関する部分を取り消す。
二 控訴人aの本件訴えを却下する。
三 控訴人aを除くその余の控訴人らの本件各控訴をいずれも棄却する。
四 控訴人aと被控訴人との関係における訴訟費用は第一、二審を通じて同控訴人
の負担とし、控訴人aを除くその余の控訴人らの各控訴費用は右の各控訴人らの各
負担とする。
       略語例
 以下、本判決においては、原判決別紙略語表記載の略語のほか、別紙略語表記載
の略語を用いることとする。ただし、正式の用語を用いる場合もある。
       事実
第一部 当事者双方の求める裁判
一 控訴人の控訴の趣旨
1 原判決を取り消す。
2 本件処分を取り消す。
3 訴訟費用は、一、二審を通じて、被控訴人の負担とする。
二 控訴の趣旨に対する被控訴人の答弁
1 本件控訴を棄却する。
2 控訴費用は控訴人らの負担とする。
三 控訴人らの本訴請求の趣向
本件処分を取り消す。
第二部 当事者双方の主張
 原審における当事者双方の主張は、原判決第二編(一―三頁から二―二七五頁ま
で)に摘示されているとおりであるから、この摘示を引用する。以下に、当審にお
ける当事者双方の追加、補足主張を摘示することとする。
第一章 控訴人らの主張
第一 本件訴訟における審理、判断の対象事項、司法審査の在り方
一 行訴法一〇条一項との関係
 取消訴訟が主観訴訟であると同時に公権力の統制に資する客観訴訟性をも有する
ことは異論のないところであり、取消訴訟における審理の対象は、当該処分の純然
たる私益保護要件に関する法規違反の有無だけでなく、処分に関連するすべての法
規、さらには法の一般原則などの不文法の違反をも含め、広く包括的にあらゆる違
法事由の有無に及ぶものというべきである。したがって、規制法二四条一項一号、
二号の規定が専ら公益を図る目的から設けられた規定であるとしても、本件処分の
取消訴訟においてこれらの規定違反を本件処分の取消事由とすることができないも
のとする理由はないものというべきである。また、規制法二四条一項三号の「経理
的基礎」の要件に関する定めも、経理面からする原子炉施設の設置及び運転の安全
性の確保を目的とする規定であり、これは、公益を図ると同時に原子炉周辺住民個
々人の利益を保護する趣旨をも含む規定と解すべきであり、したがって、この要件
充足の有無も、当然に本件訴訟の審理の対象に含まれる
ものというべきである。
二 原子炉設置許可処分に際しての審査対象事項
1 被控訴人の主張する基本設計論の不当性
 前記引用に係る控訴人らの原審における主張にもあるとおり、原子力発電所の安
全性とは、核燃料の生産、原子炉の運転、発電、平常運転時の放射性物質及び温排
水の監視及び処理、事故時の防災、廃棄物の処理ないし処分、使用済燃料の輸送及
び再処理、廃炉の処理ないし処分という原子力発電システム全体の安全性をいうも
のであることはいうまでもないところである。したがって、原子炉設置許可処分に
おける安全審査も、当然に右のシステムの全体について行われる必要があるものと
いうべきである。この安全審査の対象となる事項が原子炉施設の基本設計に係る安
全性に関する事項のみに限定されるべきであるとする被控訴人の主張は、規制法等
の法規に何ら根拠がなく、また、同法が原子力安全委員会(本件処分当時において
は原子力委員会)に安全審査を行わせている趣旨にも反するものであり、失当なも
のというべきである。
 また、規制法等関係法規の法構造からすると、実用発電用の原子炉以外の原子炉
の場合であれば、規制法上、後続手続である設計及び工事方法の認可については、
その設計及び工事の方法が設置許可を受けたところによるものであることが認可基
準の一つとなっており(規制法二七条)、さらに、その後続手続である使用前検査
においては、原子炉施設の工事が認可された設計及び方法に従って行われたことを
合格規準の一つとしており(同法二八条)、後続処分が全て設置許可を前提とし、
設置許可処分による統制が後続処分にも及ぶという法構造になっている。しかし、
実用発電用原子炉においては、同法七三条により右の二七条、二八条等の規定の適
用が除外され、設置許可処分の後続手続は、保安規定認可以外は電気事業法によっ
て定められている。そして、右の電気事業法の規定では、設置許可の後続手続であ
る工事計画認可の基準には「原子炉設置許可を受けたところによるものであるこ
と」は含まれていない(同法四一条)。すなわち他の原子力施設と異なり、実用発
電用原子炉の場合は、法律上、後続手続は原子炉設置許可を前提としておらず、原
子炉設置許可は後続処分を統制し得ない構造となっているのである。被控訴人の主
張するいわゆる基本設計論は、このような関係法規の法構造を看過したものであ
り、誤っている。
2 核燃料サ
イクル全体を通じた安全審査の必要性
 原子炉の設置、運転等の規制が段階的になされているにしても、その目的が規制
の全体を通じて原子炉の安全性を確保するところにあることからすると、各段階の
規制は、それ自体で完結する手続ではあり得ず、相互に影響を及ぼし合うはずであ
り、後続の規制の内容、運用の実態によっては、前段階における規制の内容、程度
が左右されることも十分考えられるところである。ところが、原子炉施設の詳細設
計、施工、定期点検等の「基本設計」以降の段階における作業現場等の実態は、原
子炉の設計と施工が同時に進行し、設計については計算過程が複雑で第三者がこれ
を事後的にチェックすることが事実上不可能であるため、現実には、詳細設計にお
ける解析内容等については実質を伴った審査が行われておらず、また、設計内容と
齟齬するような施工がなされ、施工や点検作業に当たる作業員については、日本原
電の従業員でなく下請業者に所属しているため教育訓練による質の向上が難しいな
ど、事故発生の危険に満ちた極めて深刻な状況にある。したがって、原子炉施設の
安全確保のためには、原子炉設置許可処分の段階で、施工、運転、保守等に関する
事項をも対象として、事故発生の要因となる危険な工法等を排除することをも審査
内容に加えた厳重な審査が行われる必要がある。
 このような事実からしても、本件原子炉設置許可処分の司法審査においては、原
子炉の設置から廃炉に至るまでの核燃料サイクル全体について、規制法二四条一項
一号ないし四号の各事由の有無が審査されるべきである。
3 JCOの臨界事故と基本設計論
 平成一一年九月三〇日から一〇月一日にかけて、茨城県那珂郡東海村大字石神外
宿二六〇〇番地所在の株式会社ジェー・シー・オー(JCO)のウラン加工工場の
転換試験棟において、燃料用のウラン溶液を混合均質化する作業の過程で、沈殿槽
内のウランが臨界に達するという事故が発生し、JCOの作業員二名が死亡すると
いう、放射線の被曝による被害としては我が国で最大規模の被害をもたらす結果と
なった。このJCOの臨界事故は、作業員が、臨界を防止するために設けられてい
る一度に取り扱うウラン限度量の定めを無視し、その限度量の六倍以上もの量のウ
ランを沈殿槽に投入するという異常な行為によって引き起こされたものである。
 そもそも、このJCOのウラン加工事業に関する許可の際の安全審査
においては、原子力安全委員会は、一度に取り扱うウランの量を厳重に一定量に制
限することを前提とした安全審査を行っていたのである。ところが、その後の設計
及び工事方法の認可を担当した科学技術庁においては、原子力安全委員会の想定し
ていなかったようなウラン粉末の再溶解工程での貯塔の使用という方法を設計及び
工事方法の認可において認可するという明らかな越権行為を行い、これが本件事故
の発生につながっているのである。
 このように、科学技術庁が再溶解工程において貯塔を使用することを勝手に認可
したことの背景には、被控訴人の主張する基本設計論の影響が色濃くみえるものと
いうべきである。すなわち、科学技術庁のこのような越権行為には、被控訴人の主
張する基本設計論の背景にある原子力安全委員会の安全審査の軽視と、詳細設計
(設計及び工事方法の認可の対象)を幅広く解するという姿勢が強く影響している
ものといわざるを得ないのである。
 控訴人らが主張するように、原子力安全委員会が原子力発電の全過程についてそ
の安全性を審査し、後続の手続でその判断を変更することができないことが明確に
なっていれば、このような事態は生じなかったはずである。この点からしても、原
子炉設置許可処分における安全審査の対象が原子炉の基本設計ないし基本的設計方
針に限定されるとする被控訴人の主張する基本設計論は、不合理かつ危険なものと
いうべきである。
三 原子炉設置変更許可処分と本件訴訟の審理、判断の対象
1 原子炉設置変更許可処分の性質
 原子炉設置変更許可処分があった場合には、当初の原子炉設置許可処分の内容は
右の変更許可処分のとおり変更され、原子炉設置許可処分は当初から変更どおりの
内容の原子炉設置許可処分として存在していたものとみなされることになり、した
がって、原子炉設置許可処分の取消訴訟においては、当該原子炉施設に関する現時
点における設計の違法性全般が審判の対象となるものというべきである。
 もっとも、原子炉設置許可処分における安全性の持つ意味にかんがみると、当初
の原子炉設置許可処分に安全性の判断の誤りがあった場合は、その後の原子炉設置
変更許可処分によってもその瑕疵は治癒されないものと解すべきである。
 また、後の原子炉設置変更許可処分が無効とされたり取り消されたりした場合に
は、これによって当初の原子炉設置許可処分が復活することとなるから、右の変更

可処分の後においても、控訴人らは、なお当初の原子炉設置許可処分の取消しを求
める利益を有し、変更前の当初の許可処分の実体的違法を主張し得るものというべ
きである。
2 被控訴人の主張について
 被控訴人は、本件訴訟において、既に原子炉設置変更許可処分がされた後におい
ても、なお右の変更許可処分前の本件原子力発電所に関するデータを援用した主張
を行ってきている。このような訴訟行為を行ってきた被控訴人は、禁反言の原則あ
るいは訴訟上の信義則からして、控訴人らに対し、本件処分の違法事由に関して、
控訴人らが設計変更前の設計を前提とする主張を行うことが許されないとの主張を
することは許されないものというべきである。
四 本件訴訟における司法審査の在り方
 そもそも、個人の生命は憲法上保護された権利であるから、本件処分に当たって
は、まず何よりもこの憲法による個人の生命の保障に適合するように国権が行使さ
れるべきであり、人身被害が発生する可能性のある原子炉施設の設置許可は、憲法
一三条、二五条により認められないものというべきである。
 また、原子炉施設の持つ巨大な危険性等からすれば、行政庁による原子炉施設の
設置許可権限の行使は、間違いなく安全が確保されると判断できる場合でなければ
許可をすべきでないとの実体的規制と、判断の適正を保障する手続を履践すべきで
あるとの手続的規制による制約を受けるものといわなければならず、その権限の行
使に当たって行政庁に裁量を認める余地は存しないものというべきである。
 前記引用にかかる控訴人らの原審における主張にもあるとおり、住民にとって、
本件原子炉施設は安全であるかそれとも安全でないかのいずれかでしかあり得ない
のであるから、本件訴訟においては、本件原子炉施設の安全性の有無そのものが法
的に判断されるべきであり、その判断に当たって行政庁である被控訴人らの裁量が
考慮されるべきものではない。
第二 本件処分の手続的違法性
 本件安全審査で用いられた審査基準や技術水準を含む専門技術的知見は、一九六
〇年代以前でなければ通用しないような極めて古いものであり、この点で、本件安
全審査には重大な手続的瑕疵があるものというべきである。また、本件安全審査に
おいては、前記引用に係る控訴人らの原審における主張にもあるとおり、審議時間
の不足、委員の欠席の状況、審議の方法等からして、原子力委員会、安全審査会、
八四部
会のいずれもが実質的な審査を行っていたものとは到底認められず、この点におい
ても、本件安全審査には重大な手続的瑕疵があるものというべきである。
第三 本件処分の規制法二四条一項三号要件違反
 原子炉の設置には多額の資金を要することからして、資金を欠く者に原子炉の設
置を認めると、安全面において不完全な原子炉を建設するおそれがあり、そのため
に災害が生じる危険性があるから、規制法二四条一項三号の経理的基礎の要件も、
本件訴訟における司法審査の対象とされるべきである。
 ところで、本件原子炉施設の工事に用する資金は合計一二〇〇億円と見積もられ
ている。しかし、本来必要とされる大気中に大量の放射性物質を放出することとな
るシビアアクシデントを防止するための装置等を要求するなら、その工事資金が一
二〇〇億円をはるかに超えることは明白であるから、本件申請を行った日本原電に
は、右の経理的基礎が欠けているものというべきである。
 また、原子炉施設設置者の技術的能力の点については、原子力発電所の安全性確
保の観点から、基本設計段階のみならず、詳細設計、施工、運転の段階に至る全過
程についての徹底的な検討が不可欠であるところ、この詳細設計、施工、運転の実
態については、およそ安全性の確保の観点からはかけ離れた実態があることは前記
のとおりであり、日本原電においても、規制法の規定の要求する技術的能力は備わ
っていないというほかない。
第四 本件処分の規制法二四条一項四号要件違反
一 総説(原子炉施設の本質的危険性と本件安全審査の不備)
1 原子炉施設の本質的危険性
 原子炉施設における事故は、数万人の死者、数十万人に対する放射線障害をもた
らし、我が国の国家予算にも匹敵する規模の経済的損失、居住、農耕の制限、禁止
を伴う大規模な土地汚染を伴うような災害を引き起こす可能性を持っている。この
ような原子炉施設の内蔵する危険性の巨大さからすれば、原子炉施設の危険性を、
他の工学的施設の危険性と同一のレベルの問題としてとらえることができないこと
は明らかである。したがって、原子炉設置許可に際しての安全審査においては、こ
のような原子炉施設の持つ巨大な危険性に対応した、災害及び障害の発生の完全な
防止という考え方に立った、厳格な審査が必要とされるものというべきである。
2 火災の不想定―防火対策の欠落
 本件安全審査時の安全審査指針には、火災に関する事
項の定めは全く存在しなかった。しかし、新安全設計審査指針(平成二年八月三〇
日原子力安全委員会決定)の指針五(火災に対する設計上の考慮)には、「原子炉
施設は、火災発生防止、火災検知及び消火並びに火災の影響の軽減の三方策を適切
に組み合わせて、火災により原子力施設の安全性を損なうことのない設計であるこ
と」と明記されており、さらに、「発電用軽水型原子炉施設の火災防護に関する審
査指針」(昭和五五年一一月六日原子力安全委員会決定)には、詳細な火災防護に
関する審査指針が定められ、構築物等への不燃性、難燃性材料の使用、適切な設計
による火災検知装置及び消火装置の設置のほか、自然事象による火災の防護、火災
の影響の軽減対策等の点についても審査を行うべきことが定められている。
 本件安全審査では、何ら火災に関する事項について規定のない、現在の科学技術
水準に照らしてみると不合理な審査基準に基づき、単に消火装置を設置するという
ことについてしか審査しておらず、したがって、本件許可処分は、不合理なものと
して取消しを免れないというべきである。
3 人為ミスによる事故の不考慮―誤操作防止対策の欠落
 本件安全審査の当時、安全審査指針には、設計上人為ミスを防止するための配慮
を求める定めはなく、また、事故想定としても、人為ミスの重複等は考慮されてい
なかった。ところが、平成二年八月三〇日、安全審査指針が全面改定され、新安全
設計審査指針の指針八(運転員操作に対する設計上の考慮)として、「原子炉施設
は、運転員の誤操作を防止するための適切な措置を講じた設計であること」とする
定めが新設され、これは、人間工学上の諸因子を考慮して、盤の配置及び操作器
具、弁等の操作性に留意すること、計器表示及び警報表示において原子炉施設の状
態が正確かつ迅速に把握できるよう留意すること、保守点検において誤りを生じ難
いよう留意することなどの措置を講じた設計であることを要求するものとされてい
る。このように、現在の科学技術水準に照らせば、設置許可段階での安全審査にお
いて、運転員の誤操作を防止するための設計上の考慮を行うことは不可欠とされて
いることからすれば、これを欠いた不合理な審査基準を用いて行われた本件安全審
査は不合理なものであり、さらに、運転員の誤操作防止対策を欠落させながら、事
故想定及び解析条件において運転員の誤操作としては単一のものしか想定し
なかった本件安全審査は更に不合理であり、したがって、本件許可処分は、不合理
なものとして取消しを免れないというべきである。
4 飛行機事故、内部発生飛来物等による事故の不想定
 本件安全審査に用いられた安全審査指針では、飛行機の墜落や各種の爆発、内部
発生飛来物による事故は、検討対象とされていない。しかし、新安全設計審査指針
においては、指針三(外部人為事象に対する設計上の考慮)、指針四(内部発生飛
来物に対する設計上の考慮)で、設置許可段階における安全審査で、これらの事象
に対する設計上の考慮を審査すべきものとしている。したがって、現在の科学技術
水準からすれば、本件安全審査に用いられた指針は不合理なものであり、本件許可
処分は、不合理なものとして取消しを免れないものというべきである。
5 シビアアクシデント対策の審査の欠落
 原子力安全委員会は、平成四年五月二八日、我が国の原子炉について、今後既存
の原子炉も含め、シビアアクシデント(安全評価において想定している設計基準事
象を大幅に超える事象であって、炉心が重大な損傷を受けるような事象)対策を求
める旨の勧告を行った。この勧告の基となった報告書では、シビアアクシデントに
至るおそれのあるスクラム失敗が想定され、その際にホウ酸水注入系によるバック
アップを検討することが求められている。
 このような状況が生じた現時点においては、シビアアクシデント対策について十
分検討せず、安全審査においてスクラム失敗を想定した解析を不要とした上で行わ
れた本件処分は、違法として取消しを免れないものとなったというべきである。す
なわち、現時点における科学技術水準からすれば、本件原子炉では、再循環流量制
御系の誤動作ないしは冷却材喪失事故に加えて、いずれもその際のスクラム失敗を
も想定し、そのような場合にもホウ酸水注入系の起動により暴走事故を阻止できる
か否かを検討しなければならないものと考えられるのである。ところが、本件安全
審査では、このような点に関する検討が行われていないのであるから、この点で、
本件安全審査は不合理なものというべきである。
6 電気系統の事故、試験中の事故について
(一) 電気系統の事故
 原子炉は、多数の機器への配電、それも停電や一部回路の異常にも耐え得るよう
に二重、三重の回路等による配電のための配線に守られて、初めて論理的な安全性
を保ち得るものである。原子炉の
安全保護にとって最も重要な意味をもつ緊急停止(スクラム)系においても、停電
時にも原子炉をスクラムできる仕組みにはなっているが、旧西独のカール原子力発
電所では、信号系のスイッチの溶着によってその機能が失われるという事故が発生
し、また、米国のセイラム原子力発電所でも、スクラム系が電気的要因で作動しな
いという事故が発生している。
 この原子炉の安全保護のために必要な電気系統は、スクラム系以外にも極めて多
数に上り、その保守は困難を極め、すでに人間の能力の限界を超えているものとい
わなければならない。
 本件原子炉では、過去に多くの電気系統の事故を起こしており、その事故の発生
箇所が、給水制御系、主蒸気系ないしタービンバイパス系、再循環系と、原子炉出
力に重要な影響を及ぼす部分に集中している。
(二) 試験中の事故
 本件原子炉では、数々の実験が現に行われており、その際、試験中の機器の誤動
作や運転員の誤操作も数多く発生している。特に、本件原子炉においては、主蒸気
隔離弁全閉試験が多数回行われており、その際には、少なくとも主蒸気隔離弁閉に
よるスクラム信号をバイパスした上で実験、試験が行われているはずである。この
ような場合には、スクラム信号が出るのが遅れることとなるが、その点に関する解
析は行われていない。したがって、本件原子炉において後記の反応度事故が発生す
る可能性は否定できないものというべきである。
7 平常時被曝の危険性
 本件安全審査は、一年につき〇・五レムという許容被曝線量を基準としてされて
おり、この基準は、被曝線量の制限値を、職業人については許容集積制限線量を五
レム、公衆人については線量限度を一年につき〇・五レムとする国際放射線防護委
員会(ICRP)の勧告に従ったものである。しかし、その後の調査研究によって
この基準の危険性が指摘され、その改訂が強く望まれるようになっていたところ、
ICRPは、一九九〇年(平成二年)一一月、従前の線量限度を変更し、職業人に
ついては五年平均で二〇ミリシーベルト(二レム)(ただし、年五〇ミリシーベル
トを超えてはならない。)、公衆人については一年につき一ミリシーベルト(〇・
一レム)を線量限度とする勧告を採択するに至った。この結果、本件安全審査は、
その根拠を欠くこととなったのである。
 しかも、本件安全審査では、本件原子炉周辺の公衆に対する被曝線量を不当に過
小評価してい
た瑕疵があり、また、作業者被曝の点についても、放射線障害が顕在化するという
問題を生じていたのである。したがって、本件安全審査における平常運転時の被爆
評価には、不合理な点があるから、本件安全審査は違法である。
二 配管及び材料の欠陥等
1 圧力容器の脆性破壊の危険
 原子炉の圧力容器、格納容器等は、原子炉運転中の中性子等の高エネルギー粒子
の照射に伴い、脆性破壊が進行し、割れやすくなることを避けられない。
 この圧力容器等の照射脆化の問題が安全審査の対象となることは明らかである
が、本件原子炉の設置許可申請当時、圧力容器に使用されている鋼材(マンガン・
モリブデン鋼)の脆性破壊問題はほとんど解明されておらず、その後になって、材
料を中心としてその危険性に対する研究と認識が深化していったのである。
 すなわち、商業用のBWRである旧西ドイツのグンドレミンゲン原子力発電所の
原子炉の圧力容器から現実に切り出された監視試験片を検査した結果では、同一の
材質の保存材について材料試験炉で短期間に大量の中性子照射を行ったものに比べ
て、はるかに脆化が進んでおり、しかも、その照射脆化の進行度は、切り出した試
験片の切り出し方向や切り出し位置によって大きく異なっていることが明らかにな
っている。しかも、金属材料学の専門家の最新の研究結果によれば、この照射脆化
の程度については、照射速度が遅いほどその材料に含まれた銅等の不純物からくる
影響もあって脆化が進行しやすいといういわゆる照射速度依存性が存在すること
が、理論的にもまた実験によっても確かめられているのである。これらの研究結果
からしても、照射脆化の問題に関しては、現在なお未解明の部分が多く、脆化の程
度等を予測するための数式についても、信頼できるものが存在しないという状況に
ある。ところが、本件安全審査においては、原子炉の寿命期間中の脆性遷移温度の
上昇の予測に当たって、これらの新しい研究成果等を全く考慮しない合理性を欠い
た考え方が用いられており、しかも、グンドレミンゲン原子力発電所の原子炉圧力
容器から切り出した試験片にみられる照射脆化の程度がその切り出し位置等によっ
て大きく異なっていたという事実は、監視試験片による照射脆化の進行度の監視と
いう方法については、その実効性に深刻な問題があることを示しているのである。
 このような事実からすると、本件原子炉の安全審査におけるこ
の点に関する審査は、極めて不十分なものであり、科学的な根拠を欠くものであっ
て、到底合理性を有しないものというべきである。
2 配管の化学的腐食による破断
 一九八六年(昭和六一年)一二月九日、米国のサリー原子力発電所二号炉におい
て、定格運転中に蒸気発生器の主蒸気隔離弁が閉止し、運転員が原子炉を手動停止
した際に、二次冷却系給水配管の曲管部が瞬時に破断し、二次冷却水が多量に噴出
し、作業員八名が火傷を負い、うち四名が死亡するという事故があった。この事故
の原因は、破断部付近の配管内部が腐食、侵食により著しく減肉していたため、原
子炉停止の際の圧力変動に耐えられなかったことにあるものとされている。このよ
うな大口径配管のギロチン破断は、関係者の間で現実には起こり得ない想定事故と
しか考えられていなかったものである。その後の一九八七年(昭和六二年)七月、
米国のトロージャン原子力発電所においても、定期検査中に、広範囲にわたる配管
の劣化、腐食、侵食が、一般に予想されていた曲管部ではなく直管部に発生してい
ることが発見されている。
 配管の減肉の原因としては、①配管の組合せ形状による流れの影響、②流体の温
度、③水質管理の問題、の三点のほか、④配管の材質の問題も考えられる。本件原
子炉においても、これらの問題点については、サリー原子力発電所事故におけるの
と類似の状況が考えられるのであり、現に、本件原子炉について昭和六三年一一月
八日に発表された補機海水ポンプの座金の大半が海水による腐食等のため消失して
いたことが発見されたという事故は、本件原子炉の各部分の材質について深刻な疑
問を提起するものというべきである。
 本件原子炉における配管等の化学的腐食による事故の危険性は、高いものといわ
なければならない。
3 応力腐食割れ(SCC)
(一) 被控訴人の主張によれば、化学的腐食に対する対策を原子炉施設の基本設
計に係る事項に属するものとしながら、応力腐食割れ対策は詳細設計以降の段階で
の審査に係る事項に属するものとしている。しかし、事故防止対策における位置付
けからして、同じ設備の化学的腐食の問題と応力腐食割れの問題とが別異に取り扱
われるべき理由が存しないことは明らかである。福島第二原子力発電所訴訟におけ
る平成四年一〇月二九日の最高裁判決が「応力腐食割れの防止対策の細目にかかわ
る事項」が基本設計に属しないとしていることから
して、少なくとも応力腐食割れ防止対策の基本的項目ないし大綱は、基本設計に属
するものと解すべきである。また、被控訴人の現行安全審査指針である新安全設計
審査指針においても、「原子炉冷却材圧力バウンダリは、通常運転時、保修時、試
験時及び異常状態において、脆性的挙動を示さず、かつ、急速な伝播型破断を生じ
ない設計であること」とされているところ、急速な伝播型破断の防止のためには応
力腐食割れに対する対策を講ずる必要があるものというべきであるから、原子炉設
置許可処分時の安全審査において、応力腐食割れ防止対策を審査する必要があるこ
ととなるものというべきである。また、最近、BWRの炉心を覆っている炉心シュ
ラウドに大規模な応力腐食割れが次々と発見されているが、本件原子炉において
は、圧力バウンダリの応力腐食割れの防止対策すら審査されておらず、ましてや炉
心シュラウドの応力腐食割れ対策など、全く審査もしていないのである。
 このように、応力腐食割れ対策について全く審査を行っていない本件処分は、違
法として取消しを免れないものというべきである。
(二) 昭和六三年九月七日、本件原子炉と同様のBWRである浜岡原子力発電所
一号炉における定期検査で、圧力容器底部に設置された炉内計装管収納管(インコ
アモニタハウジング)の付け根部分から放射性物質に汚染された冷却水が染み出し
ているのが発見され、調査の結果、この浜岡事故は、インコアモニタハウジングの
内表面に応力腐食割れによって亀裂が発生したことによるものであることが判明し
た。もし圧力容器に破断が生じれば、そこから冷却水が流出し続け、炉心が空焚き
状態になって、LOCAに至ることとなるが、圧力容器破断の場合は、配管の破断
の場合と異なり、これによって原子炉内に炉心冷却水を保持することが不可能にな
るのであるから、LOCAに対応するために設けられた注水式のECCSは全く機
能せず、壊滅的結果を伴う炉心溶融事故に至ることとなる。
 応力腐食割れ事故は、近時我が国の原子力発電所において多発している状況にあ
る。本件原子炉を含むBWRの圧力バウンダリには応力腐食割れを起こしやすい三
〇四ステンレス鋼が使用されているにもかかわらず、本件原子炉の安全審査におい
ては、右の材料に関する審査が行われておらず、この点において、本件安全審査に
は違法がある。少なくとも圧力バウンダリに使用する材料の選定は
、原子炉施設の基本設計に係る安全性に関する事項というべきであり、詳細設計の
範疇に入るものではないから、これを本件安全審査の対象外とする考え方は誤って
いる。
 浜岡原子力発電所事故の場合と同様、本件原子炉においても、圧力容器とハウジ
ングの溶接部付近に応力腐食割れを来す危険性が高く、この場合には深刻なLOC
Aに発展する可能性がある。ところが、本件安全審査においては、応力腐食割れの
危険性に関する審査を行わず、その防止策として最重要と考えられる使用材料の選
定に関する審査を怠り、欠陥材料の三〇四ステンレス鋼を使用した本件原発を安全
なものと判断しているのであり、その違法性は明らかなものというべきである。
4 炉心シュラウドの破断
 炉心シュラウド(本件原子炉のようなBWRにおいて、炉心を覆う円筒状の構造
物で、上部は蓋状のものがボルトで止められており閉じているが、下方向は開放し
ており、圧力容器下部プレナムとつながっている。)は、燃料集合体を横方向に固
定する唯一の支持構造物であり、燃料集合体を固定することにより、制御棒の挿入
される空間を確保している。また、圧力容器内で炉心を覆う比較的小さな閉じた空
間を形成しており、LOCA時に炉心の燃料を比較的容易に冠水させることを可能
にしている。この炉心シュラウドが、炉心部分の高さで破断、分離して、その上部
が横方向にずれた場合、燃料集合体は斜めになってしまい、この場合、スクラム信
号が出ても、制御棒は下から垂直に挿入されるため、斜めになった燃料集合体の間
に入ることができず、スクラム不能の状態に陥ることとなる。また、炉心シュラウ
ドが破断、分離して、その上部が横方向ないし上方向にずれて開口部が生じた場
合、通常運転時においても冷却材の流れが乱れることになり、特にLOCAの際
は、炉心シュラウド内部から外側に直接冷却材が流出することになり、結局、炉心
のその開口部より上の部分を冠水することができなくなる危険がある。
 本件原子炉の設計における解析では、大破断LOCAの場合の炉心シュラウドの
破断を想定していない。しかし、本件原子炉の現在の設計では、大破断LOCAと
同時に炉心シュラウドが破断して、その上部が横方向にずれた場合、制御棒が物理
的に挿入できなくなるのであるから、スクラム信号が想定どおりに発信してもスク
ラムは不能となり、不可避的に暴走事故に至ることになる。また、仮
に燃料棒の傾きが少なくてスクラムには成功したとしても、炉心シュラウドが破断
していることから、炉心シュラウド内の冷却材が直接炉心シュラウド外に流出し、
炉心部が露出することとなる。そして、炉心シュラウドが破断して炉心の燃料の高
さより下に開口部がある以上、ECCSが想定どおりに作動してもその冷却水が炉
心に保持されないため、結局炉心を冠水することができず、早晩炉心溶融に至らざ
るを得ないこととなる。このような危険は、中小破断LOCAの場合にあっても同
様である。
 炉心シュラウドは、原子炉の運転に伴い当初の予想よりも早くその老朽化が進行
し、原子炉の寿命よりはるかに早く割れが生じてきている。現に、福島第一原子力
発電所二号機で発生した炉心シュラウドのひび割れは、中間部リング内面で周方向
にほぼ全周にわたっており、ひびの深さは最大四〇・八ミリメートル、平均でも約
三一ミリメートルに及ぶという深刻なものとなっている。老朽化し照射脆化した炉
心シュラウドは、何らかの応力が働いたときに破断する危険がある。したがって、
これによって暴走事故、炉心溶融事故に至る可能性が高いものといわなければなら
ない。
5 再循環系配管の口径
 被控訴人の主張によれば、再循環系配管の口径の概略値は基本設計に係る事項と
されている。この再循環系配管の口径の概略値の確認の目的が炉心で発生した熱を
除去するのに必要な再循環流量が確保され得るか否かを確認することにあることか
らして、確認の対象となる配管の口径は内径でなければならないことはいうまでも
ない。ところが、本件申請の申請書、添付書類等には、配管の内径の記載は全くな
い。したがって、本件処分は、本件原子炉施設の基本設計に係る事項である再循環
系配管の内径を確認せずにされたこととなるから、この点で、違法として取消しを
免れない。
三 反応度事故(暴走事故)発生の危険性
1 総説
 原子炉の事故や異常事態による危険性を考えるに当たって、これまでは、主とし
て燃料棒の破損等によって発生する熱の問題が論じられることが多く、核反応によ
る原子炉の暴走事故(反応度事故)の問題は、そもそも起こり得ない事故に関する
問題として不当に軽視されてきた。しかし、後記のチェルノブイリ事故は、このよ
うに従前起こり得ない事故と考えられていた暴走事故が、現に起こり得ることを実
例をもって示したものである。したがって、原子炉に対する安
全審査においては、この反応度事故(暴走事故)を考慮に入れた厳しい審査が要求
されるようになってきているものというべきである。
2 再循環系事故からの暴走事故
(一) 本件原子炉のようなBWRにおいては、平常運転の過程で制御棒の操作と
再循環系の流量調節により原子炉出力を制御することが想定されており、反応度事
故回避のためには、制御棒の安定確保とともに、炉心に流入する冷却水の流量の急
増、水温の急低下、炉内圧力の急上昇を避けることが必要となる。再循環ポンプの
停止等の再循環系の事故は、再循環流量の減少、喪失によるボイド(空気泡)の発
生により、原子炉出力の低下を招くことになるため、それ自体が直接に反応度事故
を引き起こすということにはならないものであるが、他方で、この状態のところ
に、再循環ポンプの再起動等による冷却水の流入や炉内圧力の上昇といったボイド
の急速な消滅を招く事態が加わると、反応度が一気に増加して反応度事故につなが
るという意味で、非常に不安定で危険な状態を作り出すことにもなるのである。と
ころが、再循環系の故障は原子炉の設計上は極めて軽視されており、再循環系の事
故自体ではスクラムは一切設定されていない。したがって、再循環ポンプの停止に
より原子炉の出力が急速に低下した状態で、再循環ポンプが再起動し、炉心流量が
一気に増大し原子炉の出力が急上昇した場合においても、結局中性子束高の信号が
かかるまではスクラムはかからず、このスクラムが遅れるなどした場合には、暴走
事故が生ずる危険性が十分に考えられるのである。また、この場合、スクラムの失
敗があって原子炉がスクラムする以前にECCSが作動するような事態になると、
大量の冷水が炉心に一気に注がれることとなるから、これによって原子炉出力が急
上昇し、反応度事故の発生を避けられないこととなる。
(二) 我が国の原子力発電所においては、再循環ポンプの停止事故は頻繁に起こ
っており、本件原子炉においても、再循環ポンプの故障、再循環系の弁の閉固着と
いった事故が繰り返し起こっている。また、昭和六二年八月二八日、同六三年二月
一日と、中部電力の浜岡原子力発電所一号炉において、再循環ポンプ二台の停止事
故が現実に発生している。しかも、この場合、設計上は、原子炉水位高信号により
タービンがトリップし、主蒸気止め弁閉鎖信号により原子炉がスクラムすることと
なっているのに、昭和六三
年二月一日の事故においては、再循環ポンプが二台停止しても原子炉はスクラムし
なかったのである。
 さらに、昭和六四年一月七日、本件原子炉と同じBWRである福島第二原子力発
電所三号炉において、再循環ポンプの水中軸受リングが脱落、破損し、同ポンプの
羽根車も破損するという事故が発生した。本件原子炉のようなBWRにおいて、再
循環系大口径配管の破断の際、スクラムに失敗すれば、暴走事故に至る危険がある
が、この事故は、この再循環系大口径配管の破断に至る危険が多い事故であった。
この事故と同様の事故は、同じBWRで同じタイプの再循環ポンプを使用している
本件原子炉でも発生する可能性が十分にある。原子炉における配管、特に再循環系
の配管は、熱変動による膨張、収縮が大きく、固定部分がほとんどないため、振動
に極めて弱い性質を持っている。そして、再循環ポンプの大振動による応力、衝撃
は、再循環系の最も弱い部分である再循環系配管と圧力容器の溶接部分等に集中
し、金属疲労を蓄積し、破断に至らせるのである。しかも、この事故の際、運転員
は、再循環ポンプの破壊の危険のある警報が鳴り続ける中で、一四時間以上も再循
環ポンプを停止させずに運転を継続しているが、これは、運転員の人為ミスではな
く、運転マニュアルに沿った運転方法であったのである。このような運転は、最初
から一つの機器が故障していることを前提としながら、なお運転を継続するのであ
るから、そこに新たに生ずる故障は二つ目の故障となり、単一故障指針を超えた事
象となるのである。このような運転管理を前提とすれば、本件安全審査の前提とさ
れた単一故障指針は、その前提を欠くこととなるものというべきである。
(三) 被控訴人側の主張は、軽水炉では反応度ボイド係数が大きな負の値を持っ
ているので、何らかの理由で原子炉の出力が上昇した場合、炉心発熱量の増加によ
り炉心のボイドが増加し、そのため減速材である中性子が減少して結果的に原子炉
出力が低下することとなり、逆に、何らかの理由で原子炉の出力が低下した場合
は、炉心発熱量の減少によって炉心のボイドも減少し、その結果原子炉出力が上昇
することとなり、このボイドによる自立制御性により原子炉の出力は安定に保たれ
るとするものである。
 しかし、このことは、原子炉出力の低下以外の何らかの理由で炉心のボイド量が
減少し、原子炉出力の上昇によって生じるボイド量増加
要因よりボイド量減少要因の方が強くまた早く働く場合には、炉心のボイド量は全
体として減少し続け、原子炉出力が上昇し続けることを意味することとなる。すな
わち、反応度ボイド係数が大きな負の値であるということは、炉心のボイド量が増
加した場合の負の反応度投入、出力抑制効果が大きいということを意味するととも
に、炉心のボイド量が減少した場合の正の反応度投入、出力上昇効果が大きいとい
うことをも意味するのであり、いわば両刃の刃の危険を有していることとなるので
ある。
(四) 再循環ポンプが二台とも停止した場合、原子炉出力は急速に低下していく
が、ボイドが相当増加した段階になって再循環ポンプの誤再起動、タービントリッ
プ・タービンバイパス系の不作動等の強力なボイド消滅原因が発生した場合、原子
炉の出力の急激な上昇を生じることとなる。この場合、本件原子炉では、再循環流
量の増加そのこと自体はスクラム原因とはなっていないので、実際に原子炉出力が
急上昇し始めてから出るスクラム信号によるスクラムが間に合うかどうかが暴走事
故を防げるかどうかの鍵となることは、前記のとおりである。そこで、本件申請の
際の解析内容等に基づき、本件原子炉の再循環流量制御系の誤動作(本件原子炉設
置許可処分において当初想定された流量毎秒一八パーセント増加という事態)時の
炉心出口蒸気重量率の変化、ボイド減少による投入反応度を計算し、これを補償す
るドップラ効果を生じる燃料棒の発熱量を計算すると、本件原子炉において再循環
流量制御系の誤動作時に二秒時点でスクラムしていなければ(これは、一秒弱のス
クラム遅れに相当することとなる。)、燃料棒の発熱量の増加により、燃料棒破裂
に至ることになる。すなわち、本件原子炉の現在の設計においては、再循環流量制
御系の誤動作時の過渡一変化後二秒時点でスクラム反応度が加えられていない場合
には、破局的な水蒸気爆発を生じ、圧力容器は当然に破壊され、炉心の冷却が不可
能となるため、破局的な炉心溶融に至ることとなるのである。タービントリップ
は、BWRでは比較的頻繁に発生する異常事象であり、ましてや、〇・五秒とか
〇・一四ないし〇・二一秒程度のスクラム遅れは、現実に十分起こり得る事態であ
る。本件安全審査に際してこれらの点を見逃したことは、安全審査会の調査審議及
び判断の過程に看過し難い過誤、欠落があったことを意味するものである。
 本件
安全審査における右のような過誤の背景には、安全審査指針において、BWRの正
の反応度投入事象については・起動時及び出力運転中の制御棒引抜き(他に事故と
して制御棒落下事故)のみを解析すれば足りるとしていることがある。同じ事象で
も、反応度事故の危険という観点から解析するのと冷却失敗という観点から解析す
るのとでは、着目するパラメーターが全く異なるはずであり、反応度事故の危険と
いう観点からすれば危険があるとされる場合であっても、冷却失敗の危険という観
点からは安全であるとの結果が生じることがあるのである。したがって、再循環流
量制御弁の誤動作やタービントリップ等を反応度事故の危険という観点から全く解
析しなくてよいとしている点において、本件安全審査に用いられた審査基準は不合
理なものというべきである。
3 主蒸気系事故等からの暴走事故
(一) 主蒸気系の事故
 原子炉からの蒸気をタービンにつないで発電を行わせる主蒸気系の弁閉鎖等によ
り、主蒸気系が遮断される事故が生じると、その結果、炉内の蒸気が出口を失って
炉内圧力が高まり、ボイドがつぶれて原子炉の出力が上昇することとなる。この場
合の圧力上昇防止のため、逃がし安全弁とタービンバイパス系が設けられている
が、主蒸気系の弁閉鎖が生じた際にスクラムに失敗し、しかも逃がし安全弁ないし
タービンバイパス系も十分に働かない場合、暴走事故に至る可能性が高い。米国の
原子炉研究者であるウエッブ博士の解析によれば、主蒸気系の弁の閉鎖が生じ、か
つスクラムの失敗、再循環ポンプの停止失敗、逃がし安全弁の開放失敗が重畳した
場合、事故発生後六秒時点で破局的な出力暴走を生じ、炉心は全面的に溶融するこ
ととなる。
 本件原子炉では主蒸気系遮断の事故が何度も発生しており、その事故の態様等か
らすると、本件原子炉においては、電気系(計装系)を中心に、様々な原因から比
較的簡単に主蒸気系が遮断されることが分かるのである。仮に、本件原子炉におい
て、再循環ポンプ二台が停止するという事故が発生した場合を想定し、炉心のボイ
ドの大量発生のため中性子束が低い状態になっているところへ、タービンバイパス
系の不作動等の主蒸気系の故障があると、炉心には急に圧力がかかってボイドが潰
れ、急激に原子炉の出力が上昇することとなる。この場合にスクラム遅れがある
と、チェルノブイリ事故と同様の反応度事故に至る危険が十分に考えら
れる。
(二) 制御棒落下、逸失事故
 制御棒落下、逸失事故があると、極めて短時間に大きな正の反応度が投入される
ことになり、暴走に至る危険が強い。ウエッブ博士の論文によれば、一本の制御棒
逸失で、少なくとも一部で炉心溶融が生じ、それによる溶融燃料と水の相互作用に
よる破局的蒸気爆発が予測されるものとされている。
 本件処分では、制御棒落下事故の際の解析で、温度上昇による通常の蒸気増加に
よる圧力上昇と放射性物質の隔離について触れられているだけで、燃料棒破損時の
衝撃圧力や蒸気膨張による冷却水塊の飛び上がりによる機械的エネルギーが圧力容
器にどのような影響を与えるかについては全く検討がされていない。しかし、現在
の科学的知見では、制御棒落下事故については、浸水燃料の破裂による衝撃圧力な
いし蒸気膨張による冷却水塊の飛び上がりにより原子炉圧力容器の健全性を損なう
可能性があることが明らかにされている。この点に対する評価を欠いた本件安全審
査は、この点だけからしても違法なものというべきである。本件安全審査では、こ
のように、制御棒落下事故についても十分な審査をしておらず、ましてやそれより
重大な制御棒逸失事故について十分な審査をしたとはいえないのである。
(三) ホウ素希釈事故
 原子炉において本来スクラムが必要な事態が発生したにもかかわらずスクラムに
失敗した場合、原子炉を停止させるためにホウ酸水注入系を作動して原子炉内に中
性子吸収材(制御材)であるホウ酸を注入することになる。通常時のBWRでは、
冷却材である水は中性子吸収材としての性質よりも中性子減速材としての性質が強
いため、ボイドが増加した場合中性子減速材の減少となり、核分裂反応が減少し出
力が下がるため、反応度ボイド係数は負となることとなる。しかし、冷却材がホウ
酸を含む水になってしまうと、中性子吸収材としての性質の方が強くなり、反応度
ボイド係数が正になる危険が出てくる。ウエッブ博士は、この場合に緊急炉心冷却
系の誤動作等によってホウ酸を含まない純水が注入されるようなことがあると、減
速材の増加による正の反応度の投入が行われることとなり、出力暴走から原子炉が
爆発に至る可能性を指摘している。
4 LOCAからの暴走事故
 本件安全審査では、冷却材喪失事故(LOCA)について、原子炉のスクラム失
敗を一切想定せず、LOCAの際のスクラム失敗に起因する反応度事故の可能
性を全く検討していない。ところが、本件原子炉と同じゼネラルエレクトリック社
製のBWRである米国のブラウンズ・フェリー原子力発電所三号炉で、一九八〇年
(昭和五五年)六月、スクラム排出容器内の水残留のため、制御棒の一部の挿入に
失敗し、制御棒の全挿入に最初のスクラムから一四分二秒を要するという事故が発
生している。BWRにおいては、LОCAの際スクラムに失敗すれば、炉内の冷却
材が減少して炉心温度が上昇し、炉心にボイドが大量に発生し、原子炉の出力が低
下した状態となる。ここヘボイドが一気に潰れるような事象が加われば、反応度が
一気に増加し、暴走に至る危険があるが、LOCA、特に大破断LOCAの場合に
は、この大量発生したボイドを潰す事象が、冷却材の局所的な流量分布、冷却材の
炉心への大量吹き上げ、さらにはECCSの作動に伴う炉心冷却水の注入等によっ
て、事故の通常の経過として次々と起こり得るのである。
 再循環系配管一本の完全破断によるLOCAの際、制御棒二本が挿入に失敗し、
そのまま破断後一〇秒時点が訪れたとき、炉心入口流量の急増により正の反応度が
投入されると、スクラムのための余裕はほとんどなく、炉心入口流量の急増による
出力急上昇で原子炉の暴走事故に至る可能性があるものといわざるを得ない。中小
配管の破断の場合も、スクラム失敗を想定すると、事故経過の進行が遅いだけで、
大口径配管破断によるLOCAの場合と同様の経緯をたどるものと考えられるとこ
ろである。
 大口径配管においても瞬時完全破断(ギロチン破断)が生じ得ることは、サリー
原子力発電所二号炉での実例により明らかとなっている。また、福島第一原子力発
電所の六号炉では、ガンマプラグが接続された配管内の表面から突出していること
が判明しており、この現象は、再循環系配管のエルボ部に乱流を生じさせる可能性
がある。これらの事象があいまって、BWRにおいては、再循環系配管の腐食減肉
が相当程度進行していることがうかがわれる。したがって、再循環系配管の破断
は、十分に発生する可能性がある。また、スクラム信号系の事故やスクラム・ディ
スチャージ・ボリュームの満水事故による複数の制御棒の挿入失敗というスクラム
失敗の事態も、右のブラウンズ・フェリー原子力発電所三号炉での例にみられると
おり、十分に起こりうる可能性がある事態なのである。
5 設計変更後の炉心における暴走事故の危

 本件原子炉の現在の炉心(高燃焼度八×八燃料採用を前提とした炉心)への変更
に係る原子炉設置変更許可申請書添付書類記載の過渡変化解析を検討すると、発電
機負荷喪失(タービントリップとほぼ同じ)・バイパス弁不作動ないしは主蒸気隔
離弁全閉という比較的起こりやすい過渡現象の際に、前者の場合で〇・四秒程度、
後者の場合で一秒程度のスクラム遅れが生じたとすると、破局的な暴走事故に至る
可能性があることが判明する。
 すなわち、発電機負荷喪失は、原子炉外部の送電線を初めとする送電系統の異常
によって簡単に生じるが、このような場合、発電機及びタービンを保護するために
主蒸気系が急速に遮断され、その結果原子炉から発生する蒸気の行き場がなくな
り、原子炉で急激な圧力上昇、ボイド消滅が発生することになる。このような状態
で〇・四秒程度のスクラム遅れが生じた場合の燃料発熱量を評価すると、それは、
十分、燃料棒破裂、水蒸気爆発を生じ得る値となる。また、主蒸気隔離弁は、主蒸
気管放射能高、主蒸気圧力低、主蒸気流量高、主蒸気管トンネル温度高の信号や外
部電源の喪失時に全閉するが、本件原子炉では、この種の事故が起こる可能性は相
対的に高い。この主蒸気隔離弁閉止時の過渡変化について日本原電が本件設置変更
許可申請時に提出した解析によると、一秒程度のスクラム遅れがある時の総発熱量
は、破局的な水蒸気爆発を起こす値に近く、想像を絶する暴走事故に至ることにな
る。
四 過渡変化・事故解析の不合理性
1 スクラム遅れ、制御棒一本の挿入失敗の不想定
 本件安全審査に用いられた安全審査指針には、そもそも過渡変化・事故解析に関
する指針自体が存在せず、もちろん、スクラム遅れや制御棒一本の挿入失敗といっ
た事態を考慮すべきことも記載されていない。しかし、現行の安全評価審査指針
は、その「5・解析に当たって考慮すべき事項」の「5・2安全機能に対する仮
定」の(6)において、「原子炉のスクラムの効果を期待する場合においては、ス
クラムを生じさせる信号の種類を明確にした上、適切なスクラム遅れ時間を考慮
し、かつ、当該事象の条件において最大反応度価値を有する制御棒一本(複数の制
御棒が一つの駆動機構に接続される場合にあっては、その制御棒全数)が、全引き
抜き位置にあるものとして停止効果を考慮しなければならない。」と明記し、基本
設計上、過渡変化・事故解析に当たり、スクラム遅
れを考慮し、また、最大反応度価値の制御棒一本が固着し挿入に失敗した場合でも
原子炉を停止できる停止余裕を持つものであることを確認することを要求してい
る。
 しかし、本件原子炉のその後の設置変更許可申請書の上では、この指針の言葉そ
のまま引き写した記載があるものの、具体的な解析に関する記述の中では、最大反
応度価値の制御棒一本の固着不挿入に関して全く言及されておらず、添付書類に記
載された解析のためのスクラム反応度曲線は、この安全評価審査指針が出される前
の最大反応度価値の制御棒一本の固着不挿入を考慮していなかった当時の添付書類
記載のものから変更されていない。このことからして、新しい解析においても、実
際には、最大反応度価値の制御棒一本の固着不挿入は考慮されていないものと考え
ざるを得ない。前記のような現行の安全評価審査指針の定めからすれば、現在の科
学技術水準に照らせば、少なくとも原子炉を停止できるかという観点では、過渡変
化・事故時に、最大反応度価値を有する制御棒一本が挿入に失敗しても停止できる
ことを設置許可段階の安全審査で確認すべきものとされているのであり、そうする
と、この点を考慮していない不合理な安全審査基準によってされた本件処分は、こ
の点で不合理なものとして取消しを免れないというべきである。
 また、スクラム遅れ時間の考慮の点に関しても、発電機負荷遮断についてタービ
ン蒸気加減弁急速閉鎖スクラム信号でスクラムすることが期待されているところ、
このタービン蒸気加減弁急速閉鎖スクラム信号については、解析の中にスクラム遅
れ時間が記載されておらず、申請書添付書類を見る限り、スクラム遅れ時間を考慮
したと読むことは不可能である。さらに、スクラム遅れ時間も、主蒸気隔離弁閉鎖
スクラム及びタービン主蒸気止め弁閉鎖スクラムは〇・〇六秒、中性子束高スクラ
ムは〇・〇九秒、原子炉圧力高スクラムは〇・五五秒、原子炉水位低スクラムは
一・〇五秒の遅れが見込まれているにとどまる。事故時の作動の遅れを見込んだ場
合、〇・〇六秒とか〇・〇九秒といったスクラム遅れ時間は非常識であり、少なく
とも一秒程度のスクラム遅れ時間は考慮すべきである。
2 出力運転からの制御棒引抜事故の解析
 本件安全審査では、出力運転中の制御棒引抜事故に対しては、制御棒引抜監視装
置の作動によって制御棒引抜動作を阻止することが前提とされている。しかし、現
行の
安全評価審査指針は、その「5・解析に当たって考慮すべき事項」の「5・2安全
機能に対する仮定」の(1)において、「想定された事象に対処するための安全機
能のうち、解析に当たって考慮することができるものは、原則として重要度分類指
針において定めるMS―1に属するもの及びMS―2に属するものによる機能とす
る。」としており、重要度分類指針によれば、制御棒引抜監視装置はMS―3に属
するものとされている。すなわち、現行の安全評価審査指針では、過渡変化・事故
解析において、制御棒引抜監視装置による効果は原則として考慮できないことにな
っているのである。したがって、現在の科学技術水準からすれば、出力運転からの
制御棒引抜事故について、制御棒引抜監視装置の効果に期待するという不合理な基
準によってされた本件処分は、この点で不合理なものとして取消しを免れないもの
というべきである。
3 冷却材喪失事故(LOCA)の解析
 BWRの炉心のような複雑な形状の空間における気液二相層流(蒸気と水が併存
する流れ)の挙動は、十分解明されているとはいえない。また、燃料棒から冷却材
への熱伝達についても、その物理現象は理論的に十分解明されていない。さらに、
BWRでは、炉心の核的挙動、冷却材の水力的挙動、燃料棒の熱的挙動が複雑に影
響し合っているのであり、解析に当たっては、それらの各種の相互作用を計算、再
現し、総合的な結論を出す必要があるが、本件処分が行われた当時の解析コードに
はそのような能力は備わっていなかったのである。そもそも、本件申請の際の資料
には、使用した解析コードすら明示されていない。
 本件処分における冷却材喪失事故の解析・評価に際し、事故想定として圧力容器
破壊やスクラム遅れ、最大反応度価値を有する制御棒一本の挿入失敗等を想定して
いないことが現行の安全評価審査指針の定めに照らして不合理であることは前記の
とおりであるが、これに加えて、さらにECCS性能評価指針(昭和五六年七月二
〇日原子力安全委員会決定)の定めに照らすと、本件安全審査については、右の指
針によって提示することを求められているデータ、解析結果等が提出されておら
ず、右の指針で認められた条件を無視した計算式が用いられている等の点でも、不
合理な点があることとなるのである。
4 燃料破損限界の想定の誤り、浸水燃料の破裂の不考慮
(一) 燃料破損限界の想定の誤り
 原研で
は、昭和五〇年以降、原子炉安全性研究炉(NSRR)で各種の条件下での燃料破
損実験を行ってきており、この実験結果を受けて、原子力安全委員会は、昭和五九
年一月一九日、反応度投入事象評価指針を定め、燃料の破損限界等に関する新たな
判断基準を定めるに至った。ところが、本件安全審査は、このような新たな判断基
準を考慮することなくされているため、現在の科学技術水準からすると不合理な解
析結果となっており、この点で不合理なものというべきである。
(二) 浸水燃料の破裂の不考慮
 燃料被覆管が損傷すると燃料棒内に炉心の冷却材が浸入することとなり、このよ
うな燃料を浸水燃料と呼んでいるが、浸水燃料については、破裂時の衝撃圧力によ
って圧力容器への衝撃的な荷重が生じる危険があるとのNSRRの実験結果が出さ
れている。これを受けて定められた反応度投入事象評価指針では、「運転時の異常
な過渡変化及び事故にあっては浸水燃料の破裂による衝撃圧力等の発生によっても
原子炉停止能力及び原子炉圧力容器の健全性を損なわないこと」が判断基準とされ
ている。ところが、本件安全審査では、浸水燃料の破裂及びその影響については全
く審査がされておらず、したがって、本件安全審査は、現在の科学技術水準からみ
て明らかに不合理で、違法なものというべきである。
五 本件原子炉の自然的立地条件に係る危険性
1 審査基準の不備
 本件安全審査の時点では、審査基準の中の耐震設計に関する項目としては、極め
て抽象的な一項目があるだけで、基本方針、耐震設計上の重要度分類、耐震設計評
価法、荷重の組み合わせと許容限界の項目に分けて指針を規定している現行の耐震
設計に関する審査基準は、その後に定められたものである。昭和五三年九月二九日
に原子力委員会が発表した右の耐震設計審査指針では、原子炉施設の耐震設計を行
うに際して、設計用最強地震及び設計用限界地震という二種類の設計用地震を想定
し、それぞれに対応した耐震設計を行うべきものとされている。したがって、本件
原子炉施設に係る安全審査も、これらの新たな研究結果を踏まえ、また、新たな審
査指針に従って、当然にやり直されなくてはならない。
2 地質、地盤について
 地震への対応を考える上で、地質の精査は必須の要件であるが、本件安全審査に
は、ボーリング調査の結果、弾性波による物理探査に関するデータ、原子炉建屋の
支持地盤の長期許容支持力度を算
定するためのデータ、地盤調査の結果に関するデータ等の、被控訴人の主張するよ
うな安全審査を行う上で必要な具体的なデータが何ら提出されていない。これらの
データの提出なしに行われた本件安全審査は、結局のところ、申請者の主張をその
まま鵜呑みにしたにすぎないものというべきである。
 また、本件申請の添付書類の地質に関する報告によれば、本件敷地の地質は、土
質工学的に軟岩に属する岩石から構成される砂質泥岩であり、劣悪な岩盤である。
昭和四七年一一月一七日付けの安全審査報告書がその地盤に関する判断の資料とし
た昭和三一年の調査は、ボーリング調査のボーリング数が極めて少なく、ボーリン
グ深度もごく浅いという不十分なものであるが、それでも、その調査結果では、本
件地盤は、砂質泥岩層に砂(固結)が含まれており、一様な基盤とはいえないもの
であることが明らかになっている。したがって、地震動による揺れの強さは原子炉
施設が設置される岩盤と表層とで大差はないものと考えられることからして、本件
耐震設計で基盤で一八ガルの地震を想定していることは、地表面でも約二ガル程度
の地震しか想定していないこととなり、安全性の考慮として不十分である。また、
鉛直地震力は水平震度の二分の一に設定されているが、阪神大震災を契機として、
専門家の間で、現実の鉛直地震力は水平震度の二分の一を超える場合があることか
ら、これまで水平動に重点が置かれていた耐震設計を改める必要が指摘されてい
る。この点でも、本件耐震設計の基準は間違っている。
 なお、被控訴人の援用する平成九年変更許可申請の際の地盤等の調査も、本件原
子炉施設の直下の部分の地盤について行われたものではなく、その際のボーリング
調査も極めて不十分なものであり、本件敷地の地盤に関する必要なデータは得られ
ていない。
 また、本件安全審査では、過去の地震から推定される最大規模の地震の基盤にお
ける最大加速度を七一ガルとしており、これは、周期○・三秒と仮定して金井式を
用いて計算されたものである。しかし、本件敷地付近に比較的大きな振動を与えた
と思われる過去の地震の加速度の中には、七一ガルを超えるものがいくつもある。
また、本件敷地の卓越周期も○・三秒とは限らない。
 さらに、平成一二年一〇月六日の鳥取県西部地震では、これまで活断層が全く知
られていない地点でマグニチュード七・三もの地震が現実に発生している。現
行の耐震設計審査指針を前提とした安全審査においても、本件原子炉施設の耐震設
計上考慮すべき設計用限界地震として、直下地震としてはマグニチュード六・五の
ものを想定すれば足りるものとされているが、この鳥取県西部地震の例は、このよ
うな考え方が誤りであることを明らかにしたものというべきである。また、この鳥
取県西部地震の際の現実の地震動の数値を基に、現行の耐震設計審査指針及び実際
の安全審査で用いられている具体的審査基準による評価を行ってみると、現在の安
全審査の手法で想定される設計用限界地震の最大速度振幅が現実に生じたものより
はるかに小さくなり、この耐震設計審査指針等に定められた基準が不合理なもので
あることが明らかとなるのである。
 このような誤った前提に立って行われた本件安全審査は、違法なものというべき
である。
3 本件原子炉の敷地付近の地震動
 本件申請の申請書添付書類に掲げられた「茨城県周辺の地震」は、例えば茨城県
周辺に顕著な影響を及ぼした一六七七年の「磐城・常陸・安房・上房・下房の地
震」等の地震の一部が脱落しているなど、著しく不備なものであり、そこに掲げら
れた地震の中には、今日の知識によれば、震央位置や規模などを大幅に改めなくて
はならないものが多数存在している。また、昭和五四年に発表された東京都防災会
議の調査結果によれば、本件原子炉の敷地付近は、久慈川河口の大地震を引き起こ
し得る「地震の巣」の間近に位置し、また、東方、南方及び西南西方の三方を合計
四つの「地震の巣」で取り囲まれていることが明らかにされている。
 さらに、被控訴人が本件安全審査における地質、地盤に関する耐震安全性の審査
結果を補強するための資料としてその結果を援用している平成九年変更許可申請に
おける審査においても、平成五年の釧路沖地震や平成六年の北海道東方沖地震のよ
うな重大な被害をもたらした海のプレート内の地震の検討は全く行われていない。
 また、そもそも、本件安全審査がその前提としている同一地域では同様の規模で
地震が発生するとする知見が当てにならないことは、阪神大震災の例からしても明
らかであり、本件安全審査が依拠している地震危険度を統計的に表した河角マップ
は、プレートテクトニクス説や活断層地震説がない時代に作成された古いマップで
あり、今日では通用しないものである。また、河角マップの欠陥は、後記の金井式
と同様に、震央距離
に頼っていることであり、現に、河角マップでは説明できない地震例が沢山あり、
また、被控訴人の主張にある河角マップの仮定する標準地盤という概念の内容等も
明らかでない。さらに、耐震安全性の審査で重要な意味を持つ活断層についても、
その調査には大きな限界があり、その存在位置や内容は明らかになっておらず、む
しろ活断層の存在が知られていない場所で地震が発生したことによって活断層の存
在が判明したという例も少なくない。
 したがって、本件原子炉周辺でも過去の地震とは比べものにならないエネルギー
を持った地震が発生することがあり得るのであるから、本件安全審査が、過去の地
震歴に照らし、設計用地震動の最大加速度を一八○ガルと設定したのは、全く安全
性を無視した設定である。阪神大震災では、最大加速度八三三ガルを記録してお
り、このような規模の直下型地震が本件原子炉周辺で発生すると、それは設計用地
震動をはるかに超えることとなるから、本件原子炉施設は崩壊し、大惨事が発生す
ることになる。
4 地震規模、震源距離から地震の影響を判断した誤り
 本件原子炉を含むすべての原子力施設の敷地の地震による影響評価については、
地震規模・震源距離を関数とする金井式あるいはbの方法がその判断基準とされて
いる。しかし、地震規模、震源距離からでは、震度階、地震被害の影響の程度は不
明であり、これをよりどころにした判断は、致命的な間違いを犯している。そもそ
も、金井式のもとになったデータは、限られた範囲のデータで、震源距離が小さい
ときには金井式は使えないし、また、硬岩の岩盤で観測されたデータがもととなっ
ているため、その基盤が軟岩になっている本件原発の敷地の安全性評価の基準とす
ることはできないものである。過去に起きた地震の実例でも、地震規模・震源の深
さ・震央距離から検討した結果、死者、負傷者が少ないものの方が揺れが強いとい
う計算になっている。また、地盤の硬軟や太平洋プレートの影響で、震央距離が大
きいのに震度階が異常に高くなる異常震域と呼ばれる区域があるが、金井式では、
この異常震域は考慮されていない。また、この金井式には、遠距離の大きな地震に
ついては加速度が著しく過小評価される結果となる場合が多い等の問題もある。こ
のように、被控訴人主張の設計用地震動を導き出す根拠となった金井式自体、誤っ
た理論なのであり、これらの点に照らしても、本件安全審査
は、不合理、違法なものというべきである。被控訴人は、金井式によって直接導き
出されるのは、最大速度振幅であって、加速度ではないと主張する。しかし、金井
式が導き出すものには、最大速度振幅と加速度の二つがあり、被控訴人の主張自
体、金井式から最大加速度を導いていることを認めている。金井式では、震源距離
とマグニチュードが分かれば、ある地点での地震動の最大速度を推定できるとする
のであるが、阪神大震災の例では、金井式では全く説明ができない震源距離と震度
の関係が発生している。むしろ、地震動の揺れの強さは、震源距離ではなく、断層
距離(起震断層となった活断層からの距離)によって、また、地盤の良否によっ
て、大きく支配されることが明らかとなったのである。このように、地震による敷
地への影響が地震の規模と震源から敷地までの距離で決まるという考え方は、実情
と合致しておらず、地震による敷地への影響に関し、間違った判断をもたらすこと
となるのである。
5 安全審査会と八四部会
 本件安全審査においては、安全審査会が八四部会を設置し、同部会が調査審議を
し、その報告を安全審査会が受けて審査を行う形が取られた。しかし、安全審査会
では、毎回の会議で審議に時間を要する重大な事項が多数審議案件とされ、実質審
議は物理的に不可能であり、実質的な審議は、専ら八四部会に委ねられるという実
情にあった。
 本件安全審査における地盤・地震・耐震設計に関する審査委員は、b委員とc委
員の二名だけであったが、b委員の専門分野は耐震工学、c委員の専門分野は地震
学・気象学であり、地盤を専門分野とする委員は存在しなかった。b委員は、主と
して施設に関する審査を担当するAグループに属していた。また、地震学の専門家
はc委員であり、同委員は、主として環境に関する審査を担当するBグループに属
していた。本件の審査においては、八四部会の会合は九回、Aグループの会合が一
六回、Bグループの会合が一一回開催されている。しかし、c委員は、これらの会
合への出席は皆無で、名前だけの委員であった。また、b委員も、八四部会の会合
に二回、Aグループの会合に二回出席したにすぎない。しかも、右のb委員の出席
した部会の会合は、第一回と最終回であって、第一回は審査方針とA、Bのグルー
プ分けを行ったにすぎず、最終回は、部会の最終報告の検討を行っただけで、実質
的な審議は行っていない。この
ような審議状況からすれば、本件原子炉に係る地震、地盤に関する安全性について
の審査は、専門家によって実質的に行われたものとは到底いえず、この点で、本件
安全審査は違法なものというべきである。
六 チェルノブイリ事故について
 一九八六年(昭和六一年)四月二六日に旧ソビエト連邦ウクライナ共和国のチェ
ルノブイリ原子力発電所で発生した事故は、原子力発電所の事故としては初めて急
性放射能障害による死者を発生させたほか、多数の付近住民等に放射線による重度
の障害をもたらし、その付近三〇キロメートル圏内は相当長期間住民が居住するこ
とが不可能な地域となり、また、極めて大量の放射性物質を広大な旧ソ連領土とそ
の国境を越える世界に飛散させ、全世界に計り知れない被害をもたらす大事故とな
った。このチェルノブイリ事故の発生によって、本件処分については、その前提と
した事故想定が全く誤りであったことが明らかとなったものというべきである。
 本件原子炉施設は、三〇キロメートル圏内に九〇万人に及ぶ人々が居住している
という、世界的にもまれな人口密集地に設置されており、しかも、事故を起こした
チェルノブイリ原子力発電所四号炉の電気出力(一○○万キロワット)より大きい
一一〇万キロワットの電気出力を持つ原子炉であるから、本件原子炉施設において
チェルノブイリ事故と同規模の事故が発生した場合には、このような多数の住民が
迅速に避難することは極めて困難であり、付近住民に放射線被曝等による甚大な被
害をもたらすだけでなく、本件原子炉から約一三〇キロメートルしか離れていない
世界屈指の大都市である東京においても、子供は全員が疎開のやむなきに至り、さ
らに、我が国の大部分で牛乳を始めとする飲食物が食用不適となるなどの極めて深
刻な汚染を生ずることとなる。
 当時の立地審査指針に基づいて行われた本件安全審査においては、不当に限定的
な重大事故及び仮想事故を想定した上、しかも、その事故は常に原子炉がスクラム
に成功することによって途中で収束し、格納容器等は破壊に至らず、その健全性が
保たれるものとする楽観的で不条理な仮定に基づいて事故解析を行い、机上の計算
に基づくその結果が立地審査指針に適合しているものとして、本件処分が行われて
いる。しかし、チェルノブイリ事故は、これらの事故の想定や不条理な事故解析が
いかに無意味なものであるかを明らかにしたものというべきで
ある。すなわち、チェルノブイリ事故と同規模の事故を想定して本件原子炉におけ
る災害評価を行った場合、本件原子炉の立地条件は、万一の事故の発生を仮定して
も周辺の公衆に放射線障害を与えないこと等の立地審査指針に定められた要件を到
底充足するものでないことは明らかであり、この点で、本件処分は規制法二四条一
項四号の規定に違反しているものというべきことになるのである。
 また、チェルノブイリ事故は、運転員が、①緊急停止用の制御棒余裕を極端に少
なくしてしまったこと、②タービントリップ(停止)時に発すべきスクラム信号を
カットしてしまったことが原因となって生じた、スクラム失敗による核暴走事故
(反応度事故)であり、これが、炉心破壊、建屋破壊、放射能大量放出へと展開し
ていったものである。これまで、核暴走事故は、原子炉設置申請者、安全審査関係
者の間では、起こり得ない想定不適当事故として扱われてきた。チェルノブイリ事
故は、本件安全審査当時においては未だ議論の対象ともされていなかったATWS
を原因として生じた事故であり、このような事故が現実に発生したことは、とりも
なおさず、このATWSを検討の対象とすることなしにされた本件安全審査が、規
制法二四条一項四号の規定に反していることを示すものというべきである。
第二章 被控訴人の主張
第一 本件訴訟における審理、判断の対象事項、司法審査の在り方
一 行訴法一〇条一項との関係
 行訴法一〇条一項の規定の趣旨からして、本件許可処分の違法事由として裁判所
が本件訴訟において審理判断の対象となし得る事項は、原子炉設置許可の際の規制
法二四条一項四号及び同項三号中の「技術的能力」に係る許可要件適合性の審査、
すなわち、いわゆる安全審査の対象となる事項に限られるものというべきである。
なぜなら、規制法二四条一項一号の「原子炉が平和の目的以外に利用されるおそれ
がないこと」及び二号の「その許可をすることによって原子力の開発及び利用の計
画的な遂行に支障を及ぼすおそれがないこと」との各要件が定められた趣旨は、専
ら、原子力の研究、開発及び利用を平和の目的に限り、かつ、原子力の開発及び利
用を長期的視野に立って計画的に遂行するとの我が国の原子力に関する基本政策に
適合せしめ、もって広く国民全体の公益の増進に資することにあるのであって、こ
れらの規定が、原子炉施設の周辺住民等の個人的利益の保護を目的と
して内閣総理大臣の許可権限の行使に制約を課したものでないことは明らかである
からである。また、同項三号中の「その者に原子炉を設置するために必要な経理的
基礎があること」の要件も、原子炉の設置には多額の資金を要することにかんが
み、原子炉を設置するに足りる十分な資金的な裏付けがあることを要するとするも
のであり、これも原子炉施設の周辺住民等の個人的利益の保護を目的として内閣総
理大臣の許可権限の行使に制約を課したものでないことは明らかであるから、この
要件の存否も、本件処分の取消訴訟における裁判所の審理、判断の対象事項には含
まれないものというべきである。
二 原子炉設置許可処分に際しての審査対象事項等
1 原子炉施設の基本設計
 規制法二三条二項及び原子炉規則一条の二に定められている原子炉設置許可申請
書に記載すべき事項等からとらえられる原子炉施設の安全に係る設計の基本的考え
方を原子炉施設の基本設計ないし基本的設計方針と呼んでおり、これが原子炉設置
許可に際しての安全審査の対象となる。
 原子力の利用に関する規制法における安全規制の体系は、核原料物資、核燃料物
質及び原子炉の規制について、①精錬の事業に関する規制(同法第二章)、②加工
の事業に関する規制(第三章)、③原子炉の設置、運転等に関する規制(第四
章)、④再処理の事業に関する規制(第五章)、⑤右の各章の規定の適用を受けな
い核燃料物質等の使用等に関する規制(第六章)の各分野に区分して、それぞれの
分野ごとに、一連の所要の安全規制を行うという体系を採用している。原子炉設置
許可手続を右のような安全規制の体系の中に位置付けて、いわば横断的な観点から
原子炉設置許可に際しての安全審査の対象となる事項を考察すれば、それが原子炉
施設自体の安全性に直接関係する事項に限られることは明らかである。したがっ
て、原子炉施設自体の安全性に直接関係しない事項、例えば、核燃料サイクル全般
にわたる事項は、安全審査の対象とはならない。
 また、発電用原子炉の利用に関する規制法及び電気事業法による安全規制の体系
は、原子炉施設の設計から運転に至る過程を段階的に区分し、原子炉設置の許可、
工事計画の認可、使用前検査、同合格、保安規定の認可、定期検査等の規制手続を
介在させ、これら一連の規制手続を通じて安全確保を図るという段階的安全規制の
体系を採用している。原子炉設置許可手続を右のような段
階的安全規制の体系の中に位置付けて、いわば縦断的な観点から原子炉設置許可に
際しての安全審査の対象となる事項を考察すれば、それが発電用原子炉施設の基本
設計ないし基本的設計方針に係る安全性に関する事項に限られることは明らかであ
る。
 この基本設計ないし基本的設計方針の範囲は、原子炉施設における安全確保の考
え方や原子炉施設の設計に関する専門技術的知見、さらにはこれらを支える広範な
工学分野の専門技術的知見を背景に定まっているのであって、すべての事項を律す
るような一般的、抽象的基準によって定まっているものではない。なお、原子力関
係者間においては、右に述べた原子炉施設における安全確保の考え方や専門技術的
知見については、ほぼ共通の認識があるところである。
2 事故防止対策に関する基本設計の内容等
(一) 基本設計ないし基本的設計方針の概説
 この基本設計ないし基本的設計方針の内容を原子炉施設における事故防止対策に
関して言えば、次のとおりである。すなわち、原子炉設置許可に際しての安全審査
においては、第一に、所要の異常状態発生防止対策が講じられているかどうか、す
なわち、①燃料の核分裂反応を確実かつ安定して制御できるかどうか、②燃料被覆
管は、熱的、機械的及び化学的影響によって、また、圧力バウンダリは、機械的及
び化学的影響によって、それぞれその健全性が損なわれることがないかどうか、③
燃料被覆管及び圧力バウンダリの各健全性に影響を及ぼすおそれのある設備は、燃
料被覆管及び圧力バウンダリの各健全性を損なうような異常状態の発生を防止し得
る信頼性が確保されるかどうか等が確認される。第二に、所要の異常状態拡大防止
対策が講じられているかどうか、すなわち、①燃料被覆管及び圧力バウンダリ並び
にこれらの健全性に影響を及ぼすおそれのある設備に軽微な異常が発生した場合、
その異常を早期にかつ確実に検知し得るかどうか、②燃料被覆管及び圧力バウンダ
リの各健全性に影響を及ぼすおそれのある設備に発生した異常に対し、所要の安全
保護設備が設置されているかどうか、③右安全保護設備はいずれも確実に所期の機
能を発揮する信頼性が確保されるかどうか、さらに念のため、④安全保護設備等の
設計の総合的な妥当性に関する解析評価(運転時の異常な過渡変化解析)によって
も、燃料被覆管及び圧力バウンダリの各健全性が確保できるものとなっているかど
うか等が確認さ
れる。第三に、所要の放射性物質異常放出防止対策が講じられているかどうか、す
なわち、①圧力バウンダリを構成する配管の破断等放射性物質を環境に異常に放出
するおそれのある事態の発生に備え、所要の安全防護設備が設置されているかどう
か、②右安全防護設備はいずれも確実に所期の機能を発揮する信頼性が確保される
かどうか、さらに念のため、③安全防護設備等の設計の総合的な妥当性に関する解
析評価(事故解析)によっても、放射性物質の環境への異常な放出が防止できるも
のとなっているかどうか、等が確認されている。
 したがって、本件原子炉の事故防止対策に関する安全性の有無に関しては、右の
各点に関する本件安全審査の適否が、本件訴訟の審理、判断の対象となることとな
るのである。
(二) 冷却材再循環系に係る基本設計ないし基本的設計方針
 さらに、これを冷却材再循環系に係る基本設計等についてみると、まず、原子炉
の安定した運転のための強制循環方式の採用、すなわち再循環系の設置を確認した
上、異常状態発生防止の観点から再循環系に要求される機能が、第一に炉心が冷却
できること、第二に原子炉の出力制御ができること、第三に圧力バウンダリとして
放射性物質を閉じ込めることであることから、これらの点を確認することとなる。
実際の安全審査においては、第一の炉心冷却機能に関しては、炉心で発生した熱を
除去する(炉心を冷却する)のに必要な再循環流量が確保され得るかどうか、具体
的には再循環回路の数、再循環ポンプの容量及び台数並びに配管の口径の概略値が
確認される。第二の出力制御機能に関しては、再循環流量の調整により安定した原
子炉出力の制御ができるかどうか、具体的には、再循環流量の制御方法が確認され
る。第三の圧力バウンダリとしての機能に関しては、その健全性を維持するため、
原子炉内の圧力に対して十分な余裕を有する強度をもって設計されること、化学的
腐食による損傷防止の観点から耐食性に優れた材料が使用されること等が確認さ
れ、また、運転開始後において検査によりその健全性が確認できるように設計され
ていることが確認される。また、再循環系の状態を正確に把握することができるよ
うに再循環流量を測定する計測装置が設けられることが確認される。さらに、以上
の機能を十分に果たすための信頼性確保のために、十分な余裕をもって設定される
設計用地震動に対しても、最も高い重要度分
類に属する耐震設計が行われること等が確認される。
 なお、安全審査においては、安全保護設備及び安全防護設備等の各設計の総合的
な妥当性を評価するため、再循環系の故障を起因事象とした過渡変化及び事故解析
評価を行っている。
(三) 各種の設計項目に関する審査の内容等
 各種の設計項目に対し、原子炉設置許可に際しての安全審査において、いかなる
事項をいかなる程度まで審査するかは、事故防止対策における当該設備の位置付け
及び審査当時の技術的知見ないし当該設備の他産業における利用実績等により差異
が生ずる。
 例えば、原子炉圧力容器については、それが圧力バウンダリを構成する重要な機
器であることから、その設計について種々の厳格な基準に対する適合性が確認され
る必要があるが、事故防止対策上重要な機能が要求されていないタービン本体につ
いては、原子炉施設の概要の把握という観点からの確認がされれば十分である。ま
た、審査当時の技術的知見ないし他産業における利用実績等に照らし、詳細な設計
や施工等が適切にされることの十分な見通しがある設備については、その設計方針
の確認がされれば十分な場合が多い。
三 原子炉設置変更許可処分と本件訴訟の審理、判断の対象
1 本件各変更処分の存在
 本件原子炉施設については、設置者である日本原電が平成二年三月二二日(平成
二年一〇月三一日一部補正)付けでした高燃焼度八×八燃料の採用等に関する設置
変更許可申請及び平成三年七月二六日(平成三年九月二六日一部補正)付けでした
起動領域計装の採用等に関する設置変更許可申請に対し、被控訴人は、前者につい
ては平成三年五月二二日付けで、後者については平成四年二月一八日付けで、それ
ぞれ平成三年変更許可処分及び平成四年変更許可処分を行っている。
 まず、平成三年変更許可処分は、高燃焼度八×八燃料を採用することなどを内容
とするものであり、高燃焼度八×八燃料の採用に伴い、高燃焼度化のためのウラン
濃縮度の増加、太径ウオータ・ロッドの採用等の燃料設計仕様の変更がなされ、こ
れは、①炉心の核設計(反応度停止余裕、制御棒価値、スクラム反応度、反応度係
数、出力分布等の核分裂反応に関する諸特性に係わる設計)、②熱水力設計(燃料
から冷却材への熱伝達特性や冷却材の流動特性に係わる設計)、③動特性(冷却材
流量、反応度、原子炉圧力等の外乱に対する原子炉やプラントの応答特性(安定
性))及
び④機械設計(燃料に関する構造強度に係わる設計)に影響を及ぼすこととなる。
これに伴い、申請者は、右変更に係る原子炉施設の安全設計の総合的な妥当性を確
認するための安全評価(運転時の異常な過渡変化及び事故についての解析評価)を
行っており、安全審査において、申請者のした右安全評価について審査が行われて
いる。
 また、平成四年変更許可処分は、起動領域計装を採用することを内容とするもの
である。起動領域計装は、中性子束を計測して原子炉出力を表示する中性子計測装
置(原子炉核計装)の一つであり、本件原子炉の当初の設置許可処分では、原子炉
核計装として、原子炉出力を中性子束レベルによって中性子源領域、中間領域、出
力領域の三つに分け、これに対応して中性子源領域計装、中間領域計装、出力領域
計装を設けていたのを、平成四年変更許可処分において、中性子源領域と中間領域
の両者の範囲を併せて計測する起動領域計装を採用した(出力領域計装については
変更されていない。)ものである。両者の設計上の違いは、従来の炉内検出器が出
力運転時に炉心から引き抜かれるのに対し、起動領域計装が炉内固定型の検出器を
採用していること、安全保護系の一部として、従来の中間領域計装における中性子
束高スクラム信号に代え、過度に早い出力増加に対しては原子炉出力ペリオド短ス
クラム信号を、また、緩慢な出力増加に対しては中性子束高スクラム信号を採用し
ていること等の点にある。これに伴い、申請者は、運転時の異常な過渡変化のう
ち、起動領域計装等の設計の妥当性を確認する「原子炉起動時における制御棒の異
常な引き抜き」について、改めて右変更を前提とした解析評価を行い、安全審査に
おいて、申請者のした右安全評価について審査が行われている。
2 従前の設置許可処分の効力等
 原子炉設置許可処分に係る事項のうち原子炉の使用の目的、型式、熱出力等、あ
るいは原子炉施設の位置、構造及び設備等の事項に関する変更許可処分は、原子炉
設置者に対し、従前の設置許可に係る原子炉施設の一部を変更して、変更申請に係
る原子炉施設を適法に設置することができる地位を付与するものである。したがっ
て、変更許可処分に基づいて従前の原子炉施設について変更がされ、当該変更許可
処分に係る原子炉施設が設置された段階においては、従前の設置許可処分の効力
は、変更許可処分の内容と抵触する限度において、その目的を失い
消滅するものと解される。
 控訴人らは、右の変更許毎処分の後においても、なお当初の許可処分の実体的な
違法性の有無について審理、判断を求める利益を有しているものと主張する。しか
し、原子炉設置許可処分の取消訴訟の審理の対象は、原子炉施設の基本設計の安全
性それ自体ではなく、当初の設置許可処分に際してした原子炉の基本設計に係る安
全審査の適否である。そして、その後の変更許可処分に際して行われた安全審査
は、当初の設置許可処分に際して行われた安全審査と全く別個にされたものである
ことはいうまでもないから、当初の原子炉設置許可処分取消訴訟において、当該設
置許可処分時の安全審査の適否について審理をしていたのに、何ら訴え変更等の手
続を経ることなく、しかも時期を問わず、それと異なるその後の原子炉設置変更許
可処分の際の安全審査の適否を新たに審理の対象とするというのは、審理の対象を
暖昧にすることになる。したがって、本件訴訟では原子炉の現在の設計全般が審判
の対象になるとする控訴人らの主張は失当である。
 右の平成三年変更許可処分の際の安全審査においては、燃料の変更が、炉心の核
設計、熱水力設計、動特性及び機械設計に影響を及ぼすことから、これらの事項が
検討されるとともに、また、右燃料の採用等に伴い反応度係数等が変更されること
から、安全保護系、原子炉停止系等の主として異常影響緩和系に関する構築物、系
統及び機器の設計の妥当性を確認するため、運転時の異常な過渡変化及び事故の解
析、評価が行われた。また、右の平成四年変更許可処分の際の安全審査において
は、起動領域計装の採用が、核計装の信頼性向上等を図るため、中性子源領域計装
及び中間領域計装に代えて右計装を採用するものであることから、変更に係る起動
領域計装の核計装機能及び安全保護機能について検討されるとともに、安全保護系
の一部の変更であることから、運転時の異常な過渡変化について、原子炉起動時に
おける制御棒の異常な引抜きの解析及び評価の見直しが行われた。
 したがって、本件原子炉設置許可申請に係る安全審査中、①七×七燃料による炉
心の核設計等を前提とした部分、並びに②中性子源領域計装及び中間領域計装によ
る核計装機能及び安全保護機能を前提とした部分に関する違法は、本件原子炉設置
許可処分の取消事由とはなり得ないこととなる。
四 本件訴訟における司法審査の在り方
 原子炉施設の基本
設計ないし基本的設計方針に関する審査は、多方面にわたる極めて高度な科学的、
専門技術的な知見に基づいて行われる必要があり、しかもその科学技術が不断に進
歩し、発展していること、また、当該原子炉施設そのものの工学的安全性、平常運
転時における周辺住民への放射能の影響等を、原子炉施設設置予定地の地形、地
質、気象等の自然的条件、人口分布等の社会的条件等との関連において多角的、総
合的見地から検討するものであり、しかもその審査の対象には、将来の予測に係る
事項も含まれていることからすると、それは、各専門分野の学識経験者等を擁する
原子力委員会の科学的、専門技術的知見に基づく意見を尊重して行う内閣総理大臣
の合理的な判断に委ねられているものというべきである。
 このような性質を持つ原子炉設置許可処分の適否を裁判所が審査する場合の審
理、判断の在り方は、裁判所が当該許可申請の許可要件適合性について改めて独自
の審理を行い、その結果に基づく裁判所の判断を行政庁の裁量判断の結果と対比し
てその適否を決するというものではなく、右の許可要件適合性に関する行政庁の専
門技術的裁量判断を前提とした上、これを総合的、全体的に考察して、それが行政
庁としての立場における裁量判断として著しく不合理なものでないかどうかを審
理、判断するというものであるべきである。
第二 本件処分の規制法二四条一項四号要件適合性
一 総説(審査基準等に関する控訴人らの主張について)
1 火災対策について
 建築物の設計を行うに当たり、設置者が必要な部分に不燃性のものを使用するな
ど火災の防護について考慮することは常識に属することであり、また、火災の検知
や消火について消防法に定められた基準に従って設計されることも当然のことであ
って、本件安全審査においてもこれらのことを前提としていることはいうまでもな
い。
 平成二年八月三〇日原子力安全委員会決定による新安全設計審査指針は、従来の
安全設計審査指針の内容の一層の明確化及び体系化を図るために策定されたもので
あるが、右指針における「火災に対する設計上の考慮」及び火災防護指針は、本件
安全審査当時常識とされていた考え方を基本として、念には念を入れた安全審査の
ために、昭和五〇年に米国で発生したブラウンズ・フェリー原子力発電所一号炉の
火災事故の教訓等を踏まえて火災の防護に関し考慮すべき事項を整理、体系化した
ものであり、いず
れも本件安全審査当時の知見を否定するものではない。
2 人為ミスによる事故について
 本件安全審査においては、重要な機器についてインターロックが設けられるなど
して、誤操作がされても重大な結果につながらないような仕組み(フェイル・セー
フないしフール・プルーフ)が採用されていることを確認したことはもとより、人
間の操作を必要とする機器を有する施設の設計に当たり設置者が系統別に盤を分離
するなど誤操作防止について考慮することは常識に属することであって、当然の前
提としている。
 新安全設計審査指針における「運転員操作に対する設計上の考慮」は、念には念
を入れた安全審査のために、本件安全審査当時常識とされていた事項やその後得ら
れた知見等を含めて、運転員の操作に関し設計上考慮すべき事項を整理し、体系化
したものであって、本件安全審査当時の知見を否定するものではない。
3 飛行機事故、内部発生飛来物等による事故について
 本件安全審査においては、本件原子炉施設の地理的条件、人口、付近の原子力施
設、公共施設の位置及び周辺に飛行場のないこと等、敷地周辺の環境について確認
しているところ、本件原子炉施設周辺の環境からみて本件原子炉施設に影響を及ぼ
す外部的事象の発生する蓋然性は極めて低く、設計上特にこれを考慮する必要はな
いと考えられるし、また、本件安全審査においては、本件原子炉に係る発電用蒸気
タービンが非常用調速機を有すること、軸偏心、タービン速度、振動等の監視計器
など必要な計器を有すること等を確認しており、右タービンから内部発生飛来物が
発生する蓋然性は乏しいと考えられるのであって、これらを前提とした本件安全審
査に不合理な点はない。
4 シビアアクシデント対策について
 原子力安全委員会は、平成四年五月二八日に示したシビアアクシデント対策とし
てのアクシデントマネージメントについての判断の中で、我が国の原子炉施設の安
全性は、現行の安全規制の下で、いわゆる多重防護の姿勢に基づき厳格な安全確保
対策を行うことによって、十分に確保されているとしている。その上で、設計基準
事象を大幅に超え、炉心に重大な損傷を与える事象(シビアアクシデント)は、工
学的には現実に起こるとは考えられないほど発生の可能性は十分小さいものとなっ
ているが、万一、設計基準事象を超え、炉心が大きく損傷するおそれが発生したと
しても、これがシビアアクシデントに
拡大することを防止し、若しくは、シビアアクシデントにまで拡大した場合にも、
その影響を緩和するための措置(アクシデントマネージメント)を講ずることは、
この低いリスクを一層低減することになるので、原子炉設置者が効果的なアクシデ
ントマネージメントを自主的に整備し、万一の場合に、これを的確に実施できるよ
うにすることを奨励すべきとの考え方を示したにとどまるのである。すなわち、こ
れは、シビアアクシデント対策としてのアクシデントマネージメントについて、こ
れを原子炉設置許可の際の安全審査の対象とすることを求めたものではなく、その
整備を原子炉設置者において自主的に行うこととするものにすぎないのである。
5 平常運転時の被曝評価について
 本件安全審査においては、本件原子炉施設の平常運転に伴って環境に放出される
放射性物質による公衆の被曝線量が許容被曝線量等を定める件に定める許容被曝線
量以下になっていることはもちろんのこと、さらには、いわゆるALAPの考え方
に基づき、できる限りこれを下回るよう管理し得る施設となっているかどうかが審
査され、本件原子炉施設の平常運転に伴う公衆の被曝線量の最大値が、放射性希ガ
スから放出されるガンマ線による全身被曝線量については年間約〇・〇〇〇八レ
ム、液体廃棄物中の放射性物質に起因する全身被曝線量については年間約〇・〇〇
〇〇五レムと評価されている。この評価値は、ICRPの一九九〇年勧告が定めて
いる周辺公衆に対する線量限度の年間一ミリシーベルト(〇・一レム)を基準にし
ても、十分低い値となっている。
二 配管及び材料の危険に関する控訴人らの主張について
1 圧力容器の脆性破壊について
 原子炉設置許可に際しての安全審査においては、原子炉施設の異常状態発生防止
対策に係る安全性のうち圧力バウンダリの健全性の維持に関して、脆性遷移温度の
高い材料の使用により低温で加圧されて脆性破壊を起こすという事象に対し余裕を
持たせた設計がされているかどうかを審査すべきこととなる。本件安全審査では、
この点について、本件原子炉施設の原子炉圧力容器を含む圧力バウンダリにおいて
は、①脆性破壊防止を十分考慮した延性の高い材料(例えば、原子炉圧力容器用鋼
材として改良された原子力発電用マンガン・モリブデン・ニッケル鋼板二種相当品
及び原子力発電用鍛鋼品二種相当品)を使用すること、②右の材料としてフェライ
ト系鋼材が
使用される機器等の最低使用温度を脆性遷移温度より摂氏三三度以上高くすること
ができるように設計されること、③脆性遷移温度の上昇は、実際に使用される鋼材
に含まれる不純物元素の量により差があるところ、脆性遷移温度の実際の変化を知
るために、圧力容器に使用された鋼材の一部から作成された監視試験片を取り付け
ることができるように設計されること等を確認している。これにより、本件原子炉
施設は、脆性遷移温度の実際の変化に応じ、これを上回って十分に余裕のある温度
で運転することができるものと確認され、その結果、本件原子炉施設の圧力バウン
ダリは、その基本設計ないし基本的設計方針において、中性子の照射等による脆性
破壊に関し、その健全性が損なわれることのない余裕のあるものとして設置し得る
ものと判断されているのである。
 なお、原子炉圧力容器材料の脆性遷移温度については、最低使用温度をそれより
摂氏三三度以上高くすることができるように機器等が設計されるべきこと及びその
実際の変化を知るために監視試験片を取り付けることができるように設計されるべ
きことという各審査事項との間においてその推移が参考とされるにとどまり、脆性
遷移温度の把握ないし予測に係る数値自体の当否が、原子炉の設置許可に係る安全
審査において問題とされるものではない。すなわち、安全審査においては、中性子
照射による脆性遷移温度上昇の評価は、脆性破壊防止を十分考慮した延性の高い材
料の脆性遷移温度を基に導かれた最低使用温度が十分低いものであり、中性子照射
を受けた後も十分な余裕を持って運転管理をすることができることが確認されれば
足りるのである。
2 配管の材質等について
 本件許可申請に係る申請書においては、原子炉圧力容器には「原子力発電用マン
ガン・モリブデン・ニッケル鋼板二種相当品等」が、また再循環系配管にはステン
レス鋼がそれぞれ使用される旨記載されている。これは、圧力バウンダリとしての
健全性の判断に際しては、原子炉圧力容器の場合は、右のとおり、特に中性子照射
による脆性遷移温度の上昇の程度を事前に評価して対策を講ずる必要があるとこ
ろ、脆性遷移温度の上昇を評価するためには、具体的な材料を決定するか、少なく
とも材料の種類についての枠付けを必要とするのに対し、再循環系配管について
は、原子炉圧力容器の場合のような特殊な条件を考慮する必要はなく、腐食等一般
的な条件を
考慮すれば足りるので、ステンレス鋼の使用が確認されれば十分なためである。
3 応力腐食割れ(SCC)について
(一) 圧力バウンダリにおける応力腐食割れ
 圧力バウンダリにおける応力腐食割れは、特にSUS三〇四ステンレス鋼を使用
した配管等の溶接熱影響部に発生が多く見られた事象である。これは、金属材料の
耐食性の低下(鋭敏化)、金属材料における過度の引張応力の発生及び腐食環境の
存在の三つの条件が一定程度重畳した場合に初めて発生する事象であることが明ら
かにされており、この応力腐食割れの発生防止のための具体的な鋼種の選択、溶接
工法、運転方法という諸対策が既に確立している。
 したがって、圧力バウンダリにおける応力腐食割れの問題は、原子炉施設の詳細
設計や具体的な工事方法及び具体的な運転管理において対処されれば足りる事柄で
あって、原子炉施設の基本設計ないし基本的設計方針に係る原子炉設置許可時点で
の安全審査の対象となる事柄ではない。
(二) 応力腐食割れ防止対策の細目事項
 応力腐食割れ防止対策の細目にかかわる事項は、詳細設計や具体的な工事方法な
いし具体的な運転管理において対処される事柄であって、原子炉設置許可に際して
の安全審査の対象とはなっていない。なお、念のため付言すると、応力腐食割れ
は、仮に発生しても、ステンレス鋼が延性の極めて高い材質であることから、その
割れが急速に拡大することはない性質のものであり、漏洩が生じた段階で早期に検
知し、対処することができるものである。
4 再循環系主配管の口径について
 再循環系配管については、その肉厚は、その最高使用圧力等から自ずから合理的
範囲内に定まってくるものであって、控訴人らが主張するように、配管の内径が何
ら定まらないという問題が生ずるものではない。
三 本件原子炉の安全保護設備の安全性
1 原子炉停止系
 原子炉停止系とは、臨界又は臨界超過の状態から原子炉に負の反応度を投入する
ことにより、原子炉を臨界未満にし、高温停止から低温停止に至る反応度の変化を
補償し、かつ、臨界未満を維持するための機能を備えるよう設計された設備をい
い、その一つとして、運転時に何らかの異常が発生した場合に備えて、原子炉緊急
停止装置が設置される。
 本件安全審査においては、本件原子炉施設の原子炉停止系について、①高温待機
状態又は高温運転状態から、炉心を臨界未満にでき、かつ高温状態で臨界未
満を維持できる少なくとも二つの独立した系を有するとともに、試験可能性を備え
た設計であること、②制御棒及び同駆動系において、高温状態及び低温状態におい
て、反応度価値の最も大きい制御棒一本が完全に炉心の外に引き抜かれ、挿入でき
ないときでも、炉心を臨界未満にできること、③右の独立した系のうち少なくとも
一つは、通常運転時及び運転時の異常な過渡変化時において、燃料の許容設計限界
を超えることなく、高温状態で炉心を臨界未満にでき、かつ、高温状態で臨界未満
を維持できる設計であるとともに、低温状態で炉心を臨界未満にでき、かつ、低温
状態で臨界未満を維持できる設計であること、④右の独立した系の少なくとも一つ
は、事故時において、炉心を臨界未満にでき、かつ、炉心を臨界未満に維持できる
設計であること、などが確認された結果、本件原子炉施設の原子炉停止系(原子炉
緊急停止装置を含む。)は、確実に所期の機能を発揮し、信頼性が確保されるもの
と判断されている。
2 安全保護系
 安全保護系とは、原子炉施設の異常状態を検知し、必要な場合、原子炉停止系、
工学的安全施設等の作動を直接開始させるよう設計された設備をいう。
 本件安全審査においては、本件原子炉施設の安全保護系について、①安全保護系
を構成する機器若しくはチャンネルに単一故障が起きた場合又は使用状態からの単
一の取り外しを行った場合においても、その安全保護機能を失わないように、多重
性を備えた設計であること、②通常運転時、補修時、試験時及び異常状態におい
て、その安全保護機能を失わないように、その系統を構成するチャンネル相互を分
離し、それぞれのチャンネル間の独立性を実用上可能な限り考慮した設計であるこ
と、③計測制御系と部分的に共用する場合には、計測制御系の影響により安全保護
系の機能を失わないように、計測制御系から機能的に分離された設計であること、
④原則として、原子炉の運転中に定期的に試験できるとともに、その健全性及び多
重性の維持を確認するため、各チャンネルが独立に試験できる設計であること、な
どが確認された結果、右安全保護系は、原子炉施設の異常状態を検知し、必要な場
合、原子炉停止系、工学的安全施設等の作動を直接開始させるよう設計されている
ものと判断され、安全設計審査指針に適合しているものと判断されている。
3 運転時の異常な過渡変化
 安全評価審査指針に基づき、原子炉の
運転中において、原子炉施設の寿命期間中に予想される機器の単一の故障若しくは
誤動作又は運転員の単一の誤操作及びこれらと類似の頻度で発生すると予想される
外乱によって生じる異常な状態に至る事象の中から、原子炉施設が制御されずに放
置されると、炉心あるいは原子炉冷却材圧力バウンダリに過度の損傷をもたらす可
能性のあるものを適切に選定し、原子炉圧力の変動、原子炉冷却材温度の変動その
他について解析を行うのが、過渡変化解析である。原子炉設置許可処分の際の安全
審査において過渡変化解析を行う目的は、炉心あるいは原子炉冷却材圧力バウンダ
リに過度の損傷をもたらす可能性のある事象が発生した場合における安全保護系、
原子炉停止系等の主として異常影響緩和系に属する構築物、系統及び機器につい
て、設計の妥当性を確認することであり、その判断基準は、想定された事象が生じ
た場合、炉心が損傷に至ることなく、かつ、原子炉施設が通常運転に復帰できる状
態で事象が収束される設計であると確認し得ることとされる。本件安全審査におい
ても、安全評価審査指針に基づき、種々の厳しい条件を課した上で、過渡変化解析
の評価を行い、運転時の異常な過渡変化が発生した場合においても、燃料及び原子
炉冷却材圧力バウンダリの健全性は確保されると判断されている。
 想定された運転時の異常な過渡変化のうち、控訴人らが特に主張するものについ
ての解析評価を示すと、次のとおりである。
(一) 発電機負荷喪失(安全評価審査指針上は「負荷の喪失」)
① 原因
 送電線の故障等により送電が不能となり、発電機の負荷がなくなると、タービン
の回転数が急上昇し、このためタービンが損傷するおそれがあるので、急速にター
ビンヘの蒸気の供給を遮断する必要がある。しかし、このために、タービンの入口
に設けられたタービン蒸気加減弁を急速に閉鎖すると、原子炉圧力容器内の圧力が
上昇する。
② 対策と事象の推移
 本件原子炉施設においては、右の事象に対して、
a タービン出力が三〇パーセント以上で発電機負荷遮断が生じると、タービン蒸
気加減弁は急速閉止し、これに伴い原子炉はスクラムする。
b タービン蒸気加減弁急速閉止伴い、原子炉圧力が逃がし安全弁の設定圧に達す
れば、逃がし安全弁が開放する。
c タービン蒸気加減弁急速閉止に伴い、再循環ポンプ二台がトリップする。
という対策が講じられている。
こうした対策が講じられ
ていることにより、この過渡変化においては、タービン蒸気加減弁急速閉止があれ
ば、主蒸気の遮断により原子炉圧力が上昇し、ボイドがつぶれることによる正の反
応度投入によって中性子束は増加する。しかし、タービン蒸気加減弁急速閉止の信
号で原子炉がスクラムすると同時に再循環ポンプが停止するので、炉心流量は急減
し、ボイドが急増する。その結果、スクラムによる負の反応度投入とともに、ボイ
ドの負の反応度投入によって、中性子束の増加が抑えられ、事態は収束する。
③ 解析条件及び解析評価
 本件安全審査においては、右発電機負荷遮断に係る過渡変化解析に当たり、平常
運転時には想定されていない定格出力の約一〇五パーセントでの運転を仮定し、ま
た、発電機負荷遮断時には、タービンバイパス弁が作動して、原子炉で発生した蒸
気を直接復水器に導き、原子炉圧力容器内の圧力の上昇を抑制することが予定され
ているが、このタービンバイパス弁がすべて作動しないと仮定するなど、解析結果
を厳しくする前提条件が設定されている。
 右解析評価によれば、高出力運転中の発電機負荷遮断時においても最小限界出力
比が許容限界値である一・〇七を下回ることはないこと、また、表面熱流束の最大
値は定格値の約一一五パーセントにとどまり、燃料の線出力密度は燃料被覆管の一
パーセント塑性歪に対応する線出力密度(表面熱流束一七〇パーセントに相当)を
下回っていること、原子炉冷劫材圧力バウンダリの最高圧力が、約八四・ニキログ
ラム毎平方センチメートルにとどまり、本件原子炉冷却材圧力バウンダリの最高使
用圧力である八七・九キログラム毎平方センチメートルを超えることはないとされ
ていることなどから、燃料及び原子炉冷却材圧力バウンダリの健全性は保持される
との評価結果は、妥当と判断されている。
(二) 主蒸気隔離弁閉止(安全評価審査指針上は「主蒸気隔離弁の誤閉止」)
① 原因
 原子炉の出力運転中に、原子炉水位異常低等の主蒸気隔離弁の誤閉止に至る異
常、若しくは運転員の誤操作等により主蒸気隔離弁が閉止し、原子炉圧力が上昇す
る。
② 対策と事象の推移
 本件原子炉施設においては、右事象に対して、
a 主蒸気隔離弁の誤閉止に伴う原子炉圧力の上昇を予想し、主蒸気隔離弁がある
程度(一〇パーセント)閉止すれば、原子炉はスクラムする(主蒸気隔離弁閉鎖ス
クラム)。
b 原子炉圧力の異常上昇を防止するため、原子炉
圧力があらかじめ定められた圧力に達すれば、逃がし安全弁を開放する。
という対策が講じられている。
 こうした対策が講じられていることにより、この過渡変化においては、主蒸気が
遮断されると、原子炉圧力は上昇するが、主蒸気隔離弁が全開位置から一〇パーセ
ント閉止すれば、主蒸気隔離弁閉鎖スクラム信号が発生し、原子炉はスクラムする
ため、負の反応度効果のため中性子束は減少し、逃がし安全弁の作動により、原子
炉圧力の上昇も抑えられる。タービン駆動給水ポンプ回転数が低下し、スクラム後
も崩壊熱によって原子炉圧力は上昇し、逃がし安全弁が間欠的に開放されるため、
原子炉水位は徐々に低下するが、実際には原子炉水位異常低(レベル二)で原子炉
隔離時冷却系等が起動して適切な値に維持される。また、原子炉圧力は逃がし安全
弁により制御されて、事象は収束する。
③ 解析条件及び解析評価
 本件安全審査においては、右主蒸気隔離弁の誤閉止に係る過渡変化解析に当た
り、発電機負荷遮断時の事象と同様に、定格出力の約一〇五パーセントで運転して
いると仮定し、主蒸気隔離弁の閉止時間は設定範囲の最小値である三秒を用いるな
ど、解析結果を厳しくする前提条件が設定されている。
 右解析評価によれば、主蒸気隔離弁の閉止速度は、タービン蒸気加減弁急速閉止
に比べてかなり遅いので、発電機負荷遮断、タービンバイパス弁不作動時に比べ緩
和されており、最小限界出力比は許容限界値である一・〇七を下回ることはないこ
と、表面熱流束の最大値は定格値の約一一〇パーセントにとどまること、また、原
子炉圧力は約八一・五キログラム毎平方センチメートルにとどまり、原子炉冷却材
圧力バウンダリにかかる圧力は、最高使用圧力である八七・九キログラム毎平方セ
ンチメートルを大きく下回るとされていることから、燃料及び原子炉冷却材圧力バ
ウンダリの健全性を保持するとの評価結果は妥当なものと判断されている。
(三) 再循環流量制御系の誤動作(安全評価審査指針上は「原子炉冷却材流量制
御系の誤動作」)
① 原因
 再循環ポンプの故障等により、再循環流量制御系に誤動作が起きると、再循環流
量が増加し、原子炉出力が上昇する。
② 対策と事象の推移
 本件原子炉施設においては、右事象に対して、
a 主制御器の誤動作により、再循環両ループに増加又は減少要求信号が発生して
も速度要求誤差制限器が付加されているので、毎秒一〇パー
セントの増減に制限される。
b どちらか片ループの速度制御器が故障しても、再循環流量制御弁の機械的特性
により、制御弁速度が制御されるので、両ループが誤動作する場合より厳しくなら
ない。
c 中性子束高スクラムにより、出力の異常上昇を抑える。
という対策が講じられている。
 こうした対策が講じられていることにより、この過渡変化においては、炉心流量
の増加に伴いボイドが減少し、中性子束が増加して出力も増加するが、燃料の熱伝
達時定数のため、表面熱流束の増加は、中性子束の増加に比べて緩やかなものとな
る。中性子束の増大により、約一・五秒で中性子束高スクラム信号が発生して、原
子炉はスクラムし、事象は収束する。
③ 解析条件及び解析評価
 本件安全審査においては、原子炉冷却材流量制御系の誤動作に係る過渡変化解析
に当たっては、原子炉は、流量制御弁の最小流量最大出力運転時(定格出力の五九
パーセント、定格流量の四一パーセント)で運転中と仮定し、主制御器に増加要求
信号が発生した場合を仮定するなど、再循環流量の増加量を厳しく評価する前提条
件が設定されている。
右解析評価によれば、原子炉冷却材流量制御系の誤動作時においても、最小限界出
力比は許容限界値である一・〇七を下回ることはないこと、表面熱流束は定格値の
約七四パーセントにとどまること、また、原子炉圧力は約六八・一キログラム毎平
方センチメートルにとどまり、原子炉冷却材圧力バウンダリにかかる圧力は、最高
使用圧力である八七・九キログラム毎平方センチメールを大きく下回るとされてい
ることから、燃料及び原子炉冷却材圧力バウンダリの健全性を保持するとの評価結
果は妥当なものと判断されている。
四 反応度事故発生の危険性に関する控訴人らの主張について
1 BWRの固有の自己制御性
 本件安全審査においては、本件原子炉は原子炉に異常な反応度が投入され、核分
裂反応が異常に急上昇する事態に対しては、全ての出力領域で自己制御性を有して
いること、本件原子炉の緊急停止系はアキュムレーターの圧力によって全制御棒を
原子炉内に挿入する設計となっているが、万一右圧力が低下した場合にも原子炉圧
力を利用して制御棒を原子炉内に挿入できる設計になっていること、また、最大の
反応度価値を有する制御棒一本が完全に引き抜かれて挿入できない状態を仮定して
も、その他の制御棒の全挿入によって炉心を未臨界にできる設計となっ
ていることを確認している。さらに、反応度が投入される事象に対する設計の妥当
性を評価確認するため、「運転時の異常な過渡変化」として、未臨界状態からの制
御棒引抜き、出力運転中の制御棒引抜き等を、また、「事故」として、制御棒落下
事故等をそれぞれ想定し、右いずれの場合であっても原子炉の安全性が確保できる
ことを確認している。なお、設計において想定されたその余の反応度投入事象につ
いては、右代表的な想定事象の解析評価に包絡されている。すなわち、軽水型原子
炉における固有の自己制御性は、本件原子炉を含むBWRにおいては、主として、
①燃料として使われるウラン二三八が、燃料の温度が上昇すると中性子を吸収しや
すくなる性質を持っていることから、核分裂反応が過大となって燃料の温度が上昇
すると中性子がウラン二三八に吸収されて不足し、その結果核分裂反応が抑制され
るという「ドップラ効果」、②核分裂反応の増加により燃料から冷却水へ伝達され
る熱の量が増えると、冷却水の温度が上昇し、原子炉内での蒸気泡(ボイド)の発
生が多くなり、このため減速材を兼ねる冷却水の密度が減少し、これにより中性子
の減速効果が低下し、中性子が減速されにくくなる結果、ウラン二三五による核分
裂反応が抑制されるという「ボイド効果」、③冷却水の温度上昇に伴って冷却水自
体の体積が膨張することにより冷却水の密度が減少し、中性子の減速効果が低下す
る結果、核分裂反応が抑制されるという「減速材温度効果」に基づく負の反応度出
力係数によるものである。なお、本件原子炉における減速材温度係数は、起動時の
限られた領域において正の値を持つ可能性があるが、同領域においても、①減速材
温度係数によるフィードバックは遅延性であるため、出力上昇があっても、まず即
時性のドップラ効果が有効に働くこと、②出力上昇があれば、減速材温度係数の正
の効果は小さくなり、更には負に転じること、③出力上昇によりボイドが発生すれ
ば、減速材温度係数は急激に負の値になるから、本件原子炉は起動時においても自
己制御性を有するのである。
 控訴人らの主張するように、仮に何らかの原因によってボイドが消滅し、原子炉
出力が一時的に上昇したとしても、原子炉の出力の急上昇はほとんど時間遅れなし
に燃料の温度を急上昇させるため、負のドップラ効果により原子炉の出力の上昇は
抑制されるとともに、さらに減速材温度効果、ボイド効
果により負の反応度が追加されることとなり、これによっても出力の上昇は抑制さ
れる。原子炉出力の自己制御効果は、これらの各効果の総合的な結果として働くも
のであるから、ボイド効果のみを取り上げて核暴走事故の危険があるとする控訴人
らの主張は失当なものというべきである。
 また、本件安全審査においては、ボイドが消滅するような運転時の異常な過渡変
化の解析において、①主蒸気系の弁が急閉し原子炉圧力が上昇する場合として、
「発電機トリップ」、「タービントリップ」、「主蒸気隔離弁の閉鎖」、「圧力制
御装置の故障」を、②原子炉冷却材流量が増加する場合として、「再循環流量制御
系の誤動作」、「給水制御器故障」を、③原子炉に冷水が注入される場合として、
「再循環冷水ループの誤起動」、「給水加熱喪失」をそれぞれ解析評価し、いずれ
の事象が発生した場合においても、燃料被覆管及び圧力バウンダリの健全性を確保
し得るものと判断されており、その安全性は確保されている。
2 スクラム失敗の想定の要否
 安全審査における運転時の異常な過渡変化解析及び事故解析は、安全保護設備、
安全防護設備等の設計の総合的な妥当性を判断するために、運転時の異常な過渡変
化等のうち代表的な事象を想定して、右事象が燃料被覆管及び圧力バウンダリの健
全性を損なうことなく、また放射性物質の環境への異常な放出に発展することなく
収束し得ることを確認するものである。
 一方、本件原子炉における原子炉緊急停止装置については、本件安全審査におい
て、その電源が喪失した場合にも作動し、その作動の回路は多重性と独立性を有す
るように設計されていることなどが確認され、確実に所期の機能を発揮し、信頼性
が確保されるものと判断されているのである。
 したがって、安全審査における解析評価に当たっては、想定された事象の発生に
加えて、原子炉が所期のスクラムに失敗するような事態までを考えることには合理
性がないのである。
3 再循環ポンプ二台停止事象について
 本件原子炉を含むBWRにおいては、原子炉の出力制御を制御棒を出し入れする
ことにより行うほかに、冷却水の一部を再循環ポンプにより強制的に再循環させ、
炉心を循環する冷却水量を調整することによって行うことができる設計となってい
る。炉心流量の調整による原子炉の出力制御は、炉心流量の増減に伴い、逆に炉心
内のボイド量が減増し、その結果ボイド効果により
出力が増減する性質を利用したものである。再循環流量が喪失する事象は、右のと
おり、出力が減少する結果を伴うものであるから、炉心への反応度付加の観点から
は問題となる事象ではないが、炉心への冷却水量減少に伴って、そのごく初期にお
いては燃料内において発生する熱量に対し冷却水量が少ない状態が起こり得る事象
であるため、このような場合においても燃料被覆管の健全性が損なわれないことを
確認する目的から、本件原子炉の安全審査では、再循環ポンプ二台停止の解析評価
を行っており、その結果、再循環ポンプ二台停止によっても燃料被覆管の損傷には
至らないことが確認されている。
 すなわち、再循環ポンプが停止し、炉心流量が減少すると、炉内のボイド量が増
加し、そのため原子炉水位が上昇することになるが、この水位の上昇幅はボイド量
の増加率ひいては炉心流量の減少率によって変わってくる。水位の上昇が大きい場
合には、主蒸気管を通してタービンに送られる蒸気中に多量の水が混入し、これに
よりタービンの回転羽根が損傷するおそれがあるので、タービンの保護のため、タ
ービンはトリップし、タービンがトリップするとタービン入口の主蒸気止め弁が閉
じ、原子炉は緊急停止する。一方、原子炉水位の上昇が小さい場合は、原子炉は緊
急停止することなく、出力が徐々に減少し、最終的には冷却水の自然循環に見合っ
た出力に落ち着くことになるのである。
五 過渡変化・事故解析に関する控訴人らの主張について
1 スクラム失敗、スクラム遅れの考慮の要否
(一) スクラム失敗
 本件原子炉施設における原子炉緊急停止装置については、本件安全審査におい
て、右装置用の電源が何らかの原因で喪失した場合においても制御棒が自動的に炉
心内に挿入されるよう設計されるとともに、右装置を作動させる回路は多重性及び
独立性を有するように設計されること、さらに、右装置を含む安全保護設備は、そ
の信頼性を常に保持するため、運転開始後もその性能が引き続き確保されているこ
とを確認するための試験を行えるように設計されること等が確認された結果、本件
原子炉施設に設置される原子炉緊急停止装置は確実に所期の機能を発揮し、信頼性
が確保されるものと判断されている。したがって、安全審査における解析評価に当
たって、想定された事象の発生に加えて、原子炉が所期のスクラムに失敗するよう
な事態までを考えることには合理性がないのである

 また、本件各変更許可処分に係る安全審査では、制御棒一本の不挿入及び適切な
スクラム遅れ時間が考慮されているが、安全審査における過渡変化解析において、
制御棒一本の不挿入及び適切なスクラム遅れ時間を考慮するのは、原子炉緊急停止
装置に何らかの故障を想定するものではない。したがって、現行の安全評価審査指
針を前提としても、原子炉緊急停止装置が機器等の故障によって正常に作動しない
ものとして、過度のスクラム遅れやスクラム失敗を仮定すべき必要性はなく、また
その合理性もない。
(二) スクラム遅れ
 本件原子炉施設については、平成三年変更許可処分に係る安全審査において、高
燃焼度八×八燃料を装荷し新たな炉心構成となった原子炉について、スクラム遅れ
を考慮した上で行われた過渡変化・事故の解析評価が、また、平成四年変更許可処
分に係る安全審査において、炉心に起動領域計装を新たに採用した原子炉につい
て、当該計装の採用がその結果に影響を及ぼす過渡変化について、スクラム遅れを
考慮した上で行われた解析及び評価が、それぞれ当時既に策定されていた安全評価
審査指針に適合していることを確認している。
 なお、過渡変化解析に当たって考慮される「適切なスクラム遅れ時間」とは、原
子炉緊急停止装置に何らかの故障を仮定するものではなく、各過渡変化時に原子炉
のスクラムの効果を期待する場合における、スクラムを生じさせる信号の検出器の
応答遅れ時間及び動作装置入力端子までの論理回路、信号伝達回路の遅れ時間の合
計時間であり、本件安全審査においても、例えば、前記の発電機負荷喪失時の過渡
変化解析においては、解析条件として○・○八秒のスクラム遅れ時間が考慮されて
いるが、これらは工学上適切に見積もられたものである。控訴人らのいう一秒程度
の遅れ時間というのは、このようなスクラム遅れ時間の本来の性質からして現実的
ではなく、そのようなスクラム遅れ時間を考慮すべき必要性、合理性はない。な
お、適切なスクラム遅れ時間を考慮することは、過渡変化解析を行う際の安全機能
に関する仮定であり、事象の解析を行う際の当然の前提となるべきものであるか
ら、これらの各変更許可処分に係る変更許可申請書の添付書類中の個々の過渡変化
解析における解析条件には記載が存しないにすぎず、本件安全審査においても、ス
クラム遅れ時間を含めた各解析条件が安全評価審査指針に適合するものと判断され
ている。
2 制御棒一本の挿入失敗の想定
 過渡変化・事故解析において制御棒一本の挿入失敗を想定すべきであるとの点に
関しては、本件各変更許可処分に係る変更許可申請において、申請者は、原子炉の
スクラム効果を期待する場合においては、当該事象の条件において最大反応度価値
を有する制御棒一本が全引抜位置にあるものとして停止効果を考慮した評価をして
おり、各安全審査において、申請者のした右の各安全評価がいずれも安全評価審査
指針に適合していることを確認している。
 なお、最大反応度価値を有する制御棒一本不挿入を過渡変化解析の前提条件とし
て仮定するのは、原子炉緊急停止装置に何らかの故障を仮定するものではなく、同
装置が所期の機能を発揮することを前提に、制御棒による停止系が設計上保有すべ
き余裕を適切に考慮しようとするものである。
 また、実際には、最大反応度価値を有する制御棒が一本挿入されない場合と通常
の場合とでは、スクラム反応度曲線にほとんど差がなく、過渡変化解析は、実際の
スクラム反応度曲線に対し十分な安全余裕度を見込んだスクラム反応度曲線を想定
し、これによって行うものであることから、平成三年及び平成四年の各変更許可処
分の変更許可申請書添付書類と昭和五二年の設置変更許可申請書添付書類との間に
差異が認められないが、このことが、本件安全審査において、制御棒一本不挿入と
いう事象が考慮されていないことを意味するものではない。
3 制御棒不挿入事故・故障例について
(一) ブラウンズ・フェリー三号炉の例
 一九八○年(昭和五五年)六月、米国のブラウンズ・フェリー原子力発電所三号
炉において、修理の目的で手動スクラム操作により制御棒の全挿入を図ったが、全
制御棒の約三分の一が部分挿入の位置に止まり、全挿入されないという事象が生じ
た。
 しかし、本件安全審査においては、本件原子炉の制御棒及び同駆動系について
は、各駆動系ごとにアキュムレーターが設けられていること、原子炉の緊急停止
(スクラム)時に全ての制御棒駆動系から排出される水を蓄えるスクラム排出ヘッ
ダ及びスクラム排出容器が設けられていること等から、十分なスクラム信頼性を有
しているものと判断されている。ブラウンズ・フェリー三号炉において制御棒が挿
入されない事態が生じたのは、スクラム排出ヘッダとその下流側にあるスクラム排
出容器を細い管で連結する構造となっていたため、水の流
れが悪くなり、スクラム排出ヘッダに水が残ったためである。しかし、我が国のB
WRにおいては、右事象における経験を教訓として、細い連結管をなくしてスクラ
ム排出ヘッダとスクラム排出容器を一体構造とし、スクラム排出へツダに水が溜ま
らないよう対策を講じていることから、本件原子炉施設においてそのような事象が
発生することは、全く考えられない。
 なお、右の事象の原因は、詳細設計以降の段階に係わるものである。
(二) セイラム原子力発電所等の例
 一九八三年(昭和五八年)に、米国のセイラム原子力発電所で、原子炉停止信号
が出たが、自動停止機構が作動せず運転員が手動で停止させたという例、一九六五
年(昭和四〇年)七月に、旧西独のカール原子力発電所で、運転中の定例試験時に
原子炉保護系のリレー数個に固着が発見されたという例、昭和五六年一二月に、敦
賀発電所一号炉において、制御棒の駆動機構の機能試験中に制御棒の引抜操作がで
きなかったという例は、いずれも、原子炉の運転管理あるいは品質管理の問題に関
する事柄であり、これが、本件安全審査が本件原子炉施設の基本設計ないし基本的
設計方針の安全性を確認したことの合理性を左右するものではない。
4 出力運転からの制御棒引抜事故の解析について
 制御棒引抜事故の解析については、申請者は、平成三年変更許可処分に係る申請
書において、改めて変更に係る原子炉施設について「出力運転中の制御棒の異常な
引き抜き」を解析し評価しており、安全審査においては、右の安全評価が安全評価
審査指針に適合していることを確認している。なお、右の変更許可処分に係る安全
審査においても、制御棒引抜監視装置の効果を期待した解析がされているが、安全
評価審査指針では、MS―3に属するものであっても、その機能を期待することの
妥当性が示された場合において、これを含めることができるとされているところで
ある。制御棒引抜監視装置は、事象発生前から機能し、かつ事象の過程中も機能し
続けるので、その機能を期待することが妥当であり、当該装置を解析に当たって考
慮することができる機能とすることは、安全評価審査指針に照らしても不合理では
ない。
5 冷却材喪失事故の解析について
 冷却材喪失事故解析に関しては、平成三年変更許可処分に係る安全審査におい
て、当時既に策定されていたECCS性能評価指針に則って審査し、これに適合し
ていることを確認してい
る。
6 燃料破損限界、浸水燃料について
 燃料の破損限界、制御棒落下事故が生じた場合の燃料棒破損による衝撃圧力の影
響等の点に関しては、申請者は、平成四年変更許可処分に係る申請書において、原
子炉起動時における制御棒の異常な引抜きに関しては、浸水燃料の存在を仮定して
も燃料棒の破損は生じないと評価しており、また、平成三年変更許可処分に係る申
請書において、制御棒落下事故に関しては、浸水燃料の破裂による衝撃圧力等の発
生によっても、原子炉停止能力及び原子炉圧力容器の健全性を損なわないと評価し
ており、各安全審査において、申請者がした右の浸水燃料を考慮した各安全評価
が、反応度投入事象評価指針に適合していることを確認している。
 また、浸水燃料の破裂の影響に関しては、右の各変更許可処分に係る安全審査に
おいて、当時既に策定されていた反応度投入事象評価指針に則って審査し、これに
適合していることを確認している。
六 本件原子炉の自然的立地条件に係る安全性
1 審査基準について
 本件許可処分後に策定された耐震設計審査指針及び地質、地盤の手引きは、過去
における原子炉の安全評価実績を踏まえ、それらを整理し明文化し、その後に予想
された多数の原子炉の耐震安全性の評価に係る審査の統一化のために策定されたも
のである。耐震安全性の評価に係る基本的な考え方は、本件安全審査当時から存在
したものであり、現在の指針おいても維持されており、右指針の策定によって、本
件安全審査当時の知見やその合理性が否定されるものではない。
2 地質、地盤に関する安全性
(一) 原子炉施設敷地の地盤のうち、特に同施設を支持する地盤(支持地盤)の
安全性については、①それが同施設を支持するために必要な地耐力を有している
か、②荷重による不等沈下を起こすおそれがないか、③敷地及びその周辺における
広範囲にわたる地質の分布及び構造からみて、同施設の支持地盤が十分な安全性を
有しているかを確認する必要がある。また、原子炉施設敷地全体の地盤の安全性に
ついては、同地盤が原子炉施設に損傷を与えるような大規模な地滑り、山津波等を
発生させるおそれがないかを確認する必要がある。
 なお、本件許可処分後の昭和五三年に、安全審査会が地質、地盤の手引きを策定
したが、右手引きは、過去における原子炉の安全審査の実績を踏まえ、それらを整
理し明文化し、その後に予想される多数の原子炉施設の地
質、地盤の安全性の評価に係る審査の統一化のために策定されたものであり、前記
の地質、地盤の安全性の評価に係る基本的な考え方は、地質、地盤の手引きにおい
ても維持されているところである。
 本件敷地及びその周辺には、日本原子力研究所の試験研究炉(JRR―1)が建
設され、日本原電の東海発電所原子炉が建設されるなど、右の地域は、我が国最初
の原子炉の立地地点として選定された地域である。申請者は、本件原子炉施設の設
置許可申請に当たって、地質、地盤をはじめとする自然的立地条件について、右の
ような先行施設の設置に係る過去の調査を踏まえ、更に追加的な調査の必要がある
事項について調査を行っており、本件安全審査においても、これら先行施設設置の
際の調査等において蓄積された知見を前提に、申請者が新たに調査等を行った結果
を総合して申請内容を審査している。
 本件原子炉施設は、地盤を掘り下げて岩盤を露出させ、これを支持地盤としてい
る。弾性波による物理探査、ボーリング調査等の結果によれば、本件原子炉施設の
支持地盤は、新第三紀に形成された砂質泥岩であり、同地層は本件敷地全域にわた
って平坦かつ均質に分布していることが確認できる。本件安全審査においては、右
砂質泥岩層は、本件原子炉施設を支えるために十分な地耐力(①支持力、②変形に
対する抵抗力、③せん断抵抗力)を有し、かつ不等沈下が生じるおそれはなく、ま
た、構造運動が本件原子炉施設の支持地盤の安定性を損なうおそれはないものと判
断した。
 控訴人らは、本件原子炉施設の地盤が、その地質が地質工学的に「軟岩」に属す
る岩石から構成される砂質泥岩であるから、不良地盤であるなどと主張する。しか
し、「軟岩」が直ちに弱い地盤であることを意味するものではなく、岩盤の良否
は、岩盤が有する強度と設置される建物の荷重との相対的な関係において判断され
るべきものであり、この点、本件原子炉施設の岩盤は、前記のとおり、各種調査の
結果、極めて均質な砂質泥岩で、本件原子炉施設の設置に対して十分な地耐力を有
することが確認されているのである。
(二) 平成九年九月一七日付けで、本件原子炉施設について、使用済燃料乾式貯
蔵設備の設置に係る平成九年変更許可申請の申請書が提出され、その後、平成一一
年三月一〇日付けで、右の設置変更を許可する平成一一年変更許可処分が行われて
いるが、この平成九年変更許可申請は、本件敷地
を構成する地質・地盤を対象とする最新の調査を踏まえたものである。この最新の
知見に照らしても、次のとおり、自然的立地条件に係る当初の本件安全審査は合理
的なものであることが明らかである。
(1) 本件敷地の地質・地質構造について
 本件敷地及び敷地周辺で行われた地表地質調査、ボーリング調査、ボアホールテ
レビ調査の各結果によれば、新第三系鮮新統の久米層が本件敷地の基礎岩盤をなし
ており、この久米層は、節理の少ない塊状の良好な地盤であり、有意な断層や破砕
帯のないこと、本件敷地全域にわたりほぼ水平に堆積し、褶曲構造のないことが認
められ、すべりを生じさせるような弱層等の不連続面も存在しないことが認められ
る。
(2) 基礎岩盤の均質性について
 本件敷地の基礎岩盤である久米層を対象として、物理試験、三軸圧縮試験等の岩
石試験、PS検層、ボーリング孔を利用した弾性波速度測定等の原位置試験が行わ
れたが、その結果は、久米層が、地盤物性の場所的変化が小さく、下方への連続性
が認められ、異方性のない良好な地盤であることを示すものであり、本件原子炉施
設の基礎岩盤が、平坦かつ均質な砂質泥岩層であるとした当初安全審査の合理性を
基礎付けている。
(3) 基礎岩盤の地耐力等について
 右の岩石試験の結果から算定される本件敷地の基礎岩盤である久米層の有する許
容支持力度は、長期許容支持力度が一平方メートル当たり二〇〇トン以上、短期許
容支持力度が一平方メートル当たり四〇〇トン以上であり、これに対し、本件原子
炉施設の基礎岩盤への常時荷重は一平方メートル当たり約六〇トン程度と算定でき
ることから、本件敷地の基礎岩盤は、十分余裕のある支持力を有するものと判断さ
れた。右のような基礎岩盤の試験結果等からして、本件原子炉施設の基礎岩盤の地
耐力に関する当初の本件安全審査の合理性が確認されたということができる。
(4) 本件敷地周辺の地質・地質構造について
 本件敷地周辺の地質・地質構造を把握するための空中写真判読、地表地質調査等
の調査の結果、本件敷地を中心とする半径三〇キロメートル以内の周辺陸域におい
て文献で指摘されている断層等については、耐震設計上考慮する必要がないことが
明らかにされ、それ以遠の断層についても、その活断層において想定される地震の
敷地における地震動が、当初の本件安全審査で用いられている設計用地震動の一八
○ガルに比べて、その約二
分の一程度であることからして、当初の本件安全審査における設計地震動の選定
が、安全上十分な余裕を持つものであることが明らかである。
3 本件原子炉施設に関する耐震安全性
(一) 原子炉設置許可に際しての耐震安全性に係る安全審査においては、①原子
炉施設において耐震設計上考慮すべき地震が、過去の地震歴や活断層の活動性等か
ら、適切に選定されていること、②右の①で選定された地震の原子炉施設敷地に及
ぼす影響を考慮した上で、当該原子炉施設の敷地基盤における設計用地震動が余裕
をもって設定されていること、③右の②で設定される設計用地震動に対して、工学
的、技術的見地からみて、当該原子炉施設につき適切な耐震設計が講じられ得るこ
とを確認する必要がある。
 なお、本件許可処分後の昭和五六年に原子力安全委員会が耐震設計審査指針を決
定したが、右指針は、過去における原子炉施設の安全審査の実績を踏まえ、それら
を整理、成文化し、その後に予想される多数の原子炉施設の耐震安全性の評価に係
る審査の統一化のために策定されたものであり、前記の耐震安全性の審査に係る基
本的な考え方は、右の耐震設計審査指針においても維持されているところである。
 本件安全審査においては、申請者が過去の地震歴を調査した結果により、本件敷
地付近に比較的大きな地震動を与えたと思われる過去の地震として、①日光地震、
②東京湾北部地震、③利根川下流域地震、④関東地震、⑤磐城沖地震を選定してい
ることについて、右選定は妥当なものと判断している。なお、東海村周辺ではこれ
まで顕著な地震被害の記録は見当たらず、有史以来の地震記録を基に日本全国の標
準地盤面の地震危険度を求めた河角マップに照らしても、本件敷地周辺は比較的地
震活動性の低い地域に属しているものと考えられる。また、本件敷地付近には、本
件原子炉施設に影響を与えるよう活動性の高い活断層は見当たらないから、本件安
全審査においては、考慮すべき活断層はないと判断した。
 地震が原子炉施設に及ぼす影響は、当該地震が原子炉の敷地地盤にどのような地
震動を与えるかによって異なり、右地震動は、物理的には、最大加速度震幅等によ
って示される。申請者は、前記のとおり選定した地震歴のち、本件敷地付近に最も
大きな地震動を与えたものは、①、②及び⑤であり、これらの地震による敷地基盤
における地震動の最大加速度はともに七一ガルとなるが、右最大
加速度に対して十分な余裕をとり、設計用地震動の最大加速度を一八〇ガルとして
いることを確認したので、本件安全審査においては、申請者の右設計用地震動の設
定は妥当なものと判断した。
 また、本件原子炉施設は、地震時における原子炉格納設備や機器の変形を小さく
するため、原則として、その設備を剛構造とした上、その施設全体を地表面に比べ
て地震の揺れの小さい岩盤上に設置するものであること、本件原子炉施設の耐震設
計に当たっては、まずその施設を耐震設計上の重要度に応じて分類した上で、それ
ぞれの施設に応じた設計がされること、原子炉施設のうち主要な設備については、
十分余裕をもって想定した水平地震力と鉛直地震力が同時に作用し、かつ、通常運
転等に伴って作用する力が加わった場合にも、それによって発生する応力は材料の
許容限界内にとどまり、右主要設備には損傷が生じないように設計されること、安
全対策上特に緊要な原子炉格納容器、原子炉緊急停止装置及びホウ酸水注入装置に
ついては、設計用地震動の一・五倍の加速度をもつ地震動に対して動的解析を行
い、このような地震を仮想した場合にも当該施設の機能が十分維持されるように設
計されること、以上の点を確認したので、本件安全審査においては、本件原子炉施
設は前記設計用地震動等に基づき十分余裕のある耐震設計が講じられる妥当なもの
と判断した。
(二) また、前記の使用済燃料乾式貯蔵設備の設置に係る平成九年変更許可申請
においては、本件敷地を構成する敷地・地盤に関して、耐震設計審査指針を適用し
た上で耐震安全性の審査が行われているが、この審査の結果からしても、次のとお
り、本件原子炉施設の耐震安全性に関する当初の本件安全審査は合理的なものであ
ることが明らかとなっている。
(1) 耐震設計上考慮すべき地震等の選定について
 耐震設計審査指針では、まず、耐震設計上考慮すべき地震として、過去に敷地又
はその近傍に影響を与えたと考えられる地震及び近い将来敷地に影響を与えるおそ
れがあると考えられる活動度の高い活断層による地震のうちから、敷地にとって最
も影響の大きいものを選定すべきものとしている。
 平成九年変更許可申請では、この耐震設計上考慮すべき地震等の選定について、
最近の研究成果をも取り入れて編集された種々の地震資料を検討した結果、敷地へ
の影響が最も大きな地震として一八九六年の鹿島灘の地震(マグニチュー
ド七・三、震央距離三五キロメートル)を選定し、また、敷地への影響を考慮する
必要がある活断層として、関谷断層及び神縄・国府津―松田断層帯を選定してい
る。これらの選定は、我が国において最も信頼性のある地震資料であるものと一般
に認められているいわゆる宇津カタログや気象庁地震カタログの記載、空中写真を
用いたリニアメント判読の結果等に照らして、適切なものと考えられる。
(2) 基準地震動の策定について
 さらに、耐震設計審査指針では、右のようにして選定された地震の地震規模、震
央位置などから、将来起こり得る最強の地震の想定として設計用最強地震を、さら
にこれを上回るような、およそ現実的でないと考えられる限界的な地震として設計
用限界地震をそれぞれ想定して、これに対応する基準地震動を策定した上で、原子
炉施設を耐震の重要度に応じて分類し、それぞれの施設に応じて、設計用最強地震
あるいは設計用限界地震による地震力に対してその安全機能が保持できるように設
計が行われるべきことを要求している。
 この基準地震動の策定に関しては、平成九年変更許可申請は、右の関谷断層にお
いて想定される地震規模がマグニチュード七・五であり、神縄・国府津―松田断層
帯から発生する可能性のある地震の規模がマグニチュード八程度と考えられること
などからして、設計用最強地震動を一八〇ガル、設計用限界地震動を二七〇ガル
(活断層及び地震地体構造からそれぞれ想定される各地震に基づいて策定されたも
の)及び三八○ガル(直下地震から想定される地震に基づいて策定されたもの)と
策定している。これらの地震動の策定は、既存の種々の研究内容と対比しても、整
合性、信頼性があり、適切なものと考えられる。
(3) 本件原子炉施設の耐震安全性について
 右のとおり、平成九年変更許可申請において耐震設計審査指針を適用した上で行
われた耐震安全性の審査でその妥当性が確認された設計用最強地震動の一八〇ガル
という数値は、当初の本件安全審査における耐震審査で用いられた設計用地震動の
最大加速度の数値である一八〇ガルと同一の数値となっており、これによって、右
の当初の本件安全審査における耐震審査が、現行の耐震設計審査指針に照らして
も、妥当なものであることが裏付けられているものというべきである。
4 耐震安全性に関する控訴人らの主張について
(一) 耐震設計上考慮すべき地震等
 控訴人らは、申
請人の許可申請書添付書類に掲げられた「茨城県周辺の地震」に誤謬.不備があ
り、その中には、今日の知識によれば震央位置や規模等を大幅に改めなくてはなら
ないものが多数存在し、また、本件原子力発電所の敷地付近が「地震の巣」で取り
囲まれていることを考慮していない等と主張する。しかし、今日の知識によって修
正すべき要素を加えて考えても、本件原子炉施設の敷地に大きな影響を与えるもの
と考えられる右の茨城県周辺の地震の震度や震央距離について、本件安全審査に影
響を与えるような評価の変更はないものと考えられ、また、控訴人らの指摘する
「地震の巣」の点も、それは中小規模の地震が比較的発生しやすい地域を指すもの
であり、原子炉の耐震安全性に影響を与えるような大規模な地震の発生可能性をい
うものではないと解されることからして、それによって、本件原子炉の安全性が左
右されるものではない。
(二) 耐震設計審査指針との関係
 本件原子炉施設の耐震設計が耐震設計審査指針に著しく違背しているとの控訴人
らの主張については、確かに、本件原子炉の安全審査は、右耐震設計審査指針を適
用してされたものではない。しかし、耐震設計審査指針が本件安全審査を否定する
ものでないことは前記のとおりであり、前記のような本件安全審査の内容からし
て、本件安全審査が右耐震設計審査指針と基本的に同様の考え方の下で行われてい
ることは明らかである。
(三) 河角マップ、金井式について
 控訴人らは、河角マップは、現在からすれば、その裏付けとなる理論自体が誤っ
ているなどと主張する。しかし、本件安全審査においては、河角マップは、東海村
周辺の地震活動性を他の地域と比較するための参考資料として用いたにすぎず、同
マップに基づいて設計用地震動が策定されたものではない。
 また、控訴人らは、金井式による計算では、遠くの巨大地震の加速度が著しく過
小評価される結果となる場合が多く、阪神大震災で起こった現実の事象を説明する
ことができないなど、金井式は、その理論自体が間違っていると主張する。
 しかし、金井式は、岩盤上(地盤)における地震動の最大加速度、震源距離及び
マグニチュードの関係を表す実験式であり、震源距離とマグニチュードからある地
点での地震動の最大加速度振幅を推定するものであり、直接地震の加速度の値を求
める式ではない。控訴人らの主張する地震計で測られたデータは、地表面上の観
測データと思われるところ、岩盤における地震動は、岩盤と表層との間の地層を通
過して、地表上に到達するまでの間に大きく増幅する特性を有するため、岩盤にお
ける地震動を金井式で算定した数値と地層を通過することにより増幅された地表上
における観測値との間には、当然、大きな開きが生じることとなる。したがって、
金井式の計算と地震計で測られたデータとの間に違いがあったとしても、それが金
井式の妥当性を疑わせることとなるものではなく、また、直ちに耐震安全性に関し
て問題となるものではない。両者の開きをとらえて金井式の妥当性を否定する根拠
とすることはできないし、それが直ちに岩盤に支持された建物の耐震安全性の評価
に影響を与えるものでもない。
 また、控訴人らは、金井式では、震央距離が大きいのに震度階が異常に高くなる
異常震域と呼ばれる区域があることを全く考慮していないとも主張する。しかし、
一般にこの異常震域が現われるのは、深い場所で発生した深発地震の場合であり、
この深発地震の場合は、一般にその震源が遠くなることとなる。ところが、原子炉
施設の敷地に大きな影響を与えるのは、震源が浅く、敷地との震源距離が比較的短
く、かつ、規模の大きい地震であるものというべきであるから、深発地震による敷
地への影響は、原子炉施設の耐震設計で考慮している地震による影響に比べて、相
対的に小さいものと考えられ、したがって、金井式を用いてこれを評価するまでの
必要はないのである。
 なお、金井式は、地震工学の分野において一般にその妥当性が十分に認められて
おり、今日においても重用されている式である。
(四) 安全審査会における審査
 控訴人らは、本件安全審査における審査委員には、地盤、地震を専門分野とする
審査委員が含まれておらず、安全審査会及びその八四部会における地質、地盤及び
耐震安全性に関する審議は、実質を備えていないものであったとも主張する。しか
し、本件安全審査には、b委員が審査委員として関与しており、同委員は、耐震工
学の専門家ではあるが、当然のこととして、耐震工学上必要な地質、地盤及び地震
に関する知見をも十分に有しており、安全審査会及びその八四部会において地質、
地盤に係る安全性及び耐震性の問題が議論される場に必ず出席していたのである。
したがって、右の点に関する控訴人らの主張も、失当なものというべきである。
5 阪神大震災に関する控訴人ら
の主張について
 控訴人らは、阪神大震災を例に挙げ、本件原子炉施設周辺でも過去の地震とは比
べものにならないエネルギーの地震が発生することはあり得るから、過去の地震歴
に照らして設計地震動の最大加速度を一八○ガルに設定したことは、安全性を無視
した設定であると主張する。
 しかし、設計地震動は、単に過去の地震動のみに照らして設定されるものではな
く、過去の地震歴や活断層の活動性等から、原子炉施設敷地において耐震設計上考
慮すべき地震を選定し、この地震が原子炉施設に及ぼす影響を考慮した上で、余裕
をもって、当該原子炉施設の敷地基盤における設計地震動を設定することとされて
いる。本件においても、本件原子炉施設の敷地周辺には、兵庫県南部地域の活断層
のような、本件原子炉施設に影響を与える活動性の高い活断層は見当たらないこと
が、安全審査において確認されており、設計地震動は過去の地震歴に照らして十分
余裕をもって設定されていることが確認されている。また、耐震設計で考慮すべき
地震は、発電所地点毎に選定すべきものであり、本件原子炉施設敷地に阪神大震災
並みの規模の直下型地震を想定した検討を行うことは、そもそも不適当である。
 また、水平方向の加速度の増幅が抑えられ上下方向の加速度が相対的に大きくな
る場合があるといわれる軟弱な表層からなる埋立地盤の観測記録と、構造物の影響
を強く受けていると考えられる高層ビル等の観測記録を除いて、阪神大震災におけ
る観測記録についてみると、上下動の最大加速度振幅は水平動の最大加速度振幅に
比べて、平均的に二分の一を下回る結果が得られている。原子炉施設は、その構造
から全体的にみて、上下方向には特に剛性の高い構造となっており、上下動の原子
炉施設の耐震安全性に与える影響は小さいものとみることができる。したがって、
本件原子炉施設における鉛直地震力に関する評価は、阪神大震災で得られた知見に
照らしても、その妥当性が損なわれるものではない。
七 チェルノブイリ事故について
 チェルノブイリ発電所で事故を起こした原子炉(四号炉)は、旧ソ連が独自に開
発した、黒鉛を減速材とし、軽水を冷却材とする黒鉛減速軽水冷却沸騰水型炉(R
BMK)である。この原子炉は、低出力では反応度出力係数が正となる設計、すな
わち固有の自己制御性がなくなるという設計上の特徴を有しているのに、このよう
な炉特性に対応した原子炉緊急停止系
の設計が不十分であって、この点に対する対策は、運転規則によってしか担保され
ておらず、警報、インターロック、自動停止等の設備面における対策が何ら採られ
ていなかった。すなわち、チェルノブイリ四号炉の原子炉緊急停止系は、緊急停止
時に制御棒を挿入し、十分な負の反応度を投入することにより原子炉を停止させる
設計ではあるが、この反応度投入速度は反応度操作余裕がある値以上ないと保障さ
れないものであり、しかも、この反応度操作余裕の確保は、運転規則によってしか
担保されていなかったのである。
 しかも、チェルノブイリ事故は、原子炉の通常停止の過程で、発電所外部の電源
が喪失してタービンヘの蒸気供給が停止した場合、タービン発電機の回転慣性エネ
ルギーがどの程度発電所内の電源需要に応じることができるかという、極めて特殊
な試験を行おうとした際に、運転員が多数の規則違反を犯したという特殊な状況の
下で発生したものである。その規則違反の主な状況をみると、運転規則では低出力
(原子炉熱出力七〇万キロワット以下)での連続運転は厳重に制限されていたの
に、運転員が二〇万キロワットの低出力で運転を継続したため、原子炉が不安定な
状態に置かれていた上、運転規則に違反してほとんどの制御棒が引き抜かれていた
ことから、反応度操作余裕が不足して停止機能も大幅に低下していた。しかも、二
基のタービン発電機の停止信号に基づいた原子炉の自動停止系のための保護信号も
バイパスされていた。このような状態で試験が強行され、原子炉に擾乱が与えられ
たため、原子炉の出力が上昇し、その出力上昇を抑制することができず、事故に至
ったものである。
 以上を総合すると、チェルノブイリ事故は、いわゆる反応度事故であり、その原
因は、設計における多重防護の適用における脆弱性を背景とし、運転員の多数かつ
重大な規則違反により設計者が予想しなかったような危険な状態を原子炉に導いた
ことにある。
 我が国の軽水炉においては、原子炉出力の過渡期の変化に対して反応度出力係数
が出力の変化を抑制する効果を持つ設計となっていて、固有の安全性を有してお
り、しかも、このような原子炉の特性を前提とした上で、出力の上昇により燃料温
度が急激に上昇した場合等を想定しても安全性が確保できる設計となるなど、適切
な設計上の安全確保対策が講じられている。すなわち、本件原子炉については、本
件許可処分に際しての安
全審査において、その基本設計ないし基本的設計方針に関し、原子炉に異常な反応
度が投入され核分裂反応が異常に急上昇する事象に対しては、すべての出力領域で
反応度出力係数が負となること、すなわち自己制御性を有していることを確認して
おり、そもそもチェルノブイリ事故の要因となった前提が存在しないのである。さ
らに、反応度が投入される事象に対する設計の妥当性を評価確認するため、厳しい
条件を仮定した反応度投入事象を想定しても、その安全性が確保されることを確認
している。したがって、チェルノブイリ事故の発生は、本件安全審査の合理性に何
ら影響を与えるものではない。
       理由
第一 本件処分の存在等
 日本原電が昭和四六年一二月二一日に内閣総理大臣に対して本件申請を行い、内
閣総理大臣が昭和四七年一二月二三日に本件処分を行ったこと、控訴人らが昭和四
八年二月一九日に本件処分について内閣総理大臣に対して異議申立てを行い、内閣
総理大臣が同年七月二七日付けで右異議申立てを棄却したことについては、いずれ
も当事者間に争いがない。
 なお、その後、昭和五三年法律第八六号により規制法が改正され、内閣総理大臣
の行った本件処分は通商産業大臣が行ったものとみなされることとなり、さらに、
平成一一年法律第一六〇号により規制法が改正され、右のとおり通商産業大臣が行
ったものとみなされた本件処分が、更に被控訴人(経済産業大臣)が行ったものと
みなされることとなった。
第二 控訴人らの本件訴訟の原告適格
一 行訴法九条にいう「当該処分の取消しを求めるにつき法律上の利益を有する
者」とは、当該処分により自己の権利若しくは法律上保護された利益を侵害され又
は必然的に侵害されるおそれのある者をいうのであり、当該処分について定めた行
政法規が、不特定多数者の具体的利益を専ら一般的公益の中に吸収解消させるにと
どめず、それが帰属する個々人の個別的利益としてもこれを保護すべきものとする
趣旨を含むと解される場合には、かかる利益も右にいう法律上保護された利益に当
たり、当該処分によりこれを侵害され又は必然的に侵害されるおそれのある者は、
当該処分の取消訴訟における原告適格を有するものというべきである。そして、当
該行政法規が、不特定多数者の具体的利益をそれが帰属する個々人の個別的利益と
しても保護すべきものとする趣旨を含むか否かは、当該行政法規の趣旨・目的、当

行政法規が当該処分を通して保護しようとしている利益の内容・性質等を考慮して
判断すべきである。
 これを規制法二三条、二四条の規定に基づく原子炉設置許可処分についてみる
と、原子炉設置許可の基準として同法二四条一項三号(技術的能力に係る部分に限
る。)及び四号が設けられた趣旨は、原子炉が、原子核分裂の過程において高エネ
ルギーを放出するウラン等の核燃料物質を燃料として使用する装置であり、その稼
働により、内部に多量の人体に有害な放射性物質を発生させるものであって、原子
炉を設置しようとする者が原子炉の設置、運転につき所定の技術的能力を欠くと
き、又は原子炉施設の安全性が確保されないときは、当該原子炉施設の従業員やそ
の周辺住民等の生命、身体に重大な危険を及ぼし、周辺の環境を放射能によって汚
染するなど、深刻な災害を引き起こすおそれがあることにかんがみ、右災害が万が
一にも起こらないようにするため、原子炉設置許可の段階で、原子炉を設置しよう
とする者の右技術的能力の有無及び申請に係る原子炉施設の位置、構造及び設備の
安全性につき十分な審査をし、右の者において所定の技術的能力があり、かつ、原
子炉施設の位置、構造及び設備が右災害の防止上支障のないものであると認められ
る場合でない限り、主務大臣は原子炉設置許可処分をしてはならないとした点にあ
る。そして、同法二四条一項三号所定の技術的能力の有無及び四号所定の安全性に
関する各審査に過誤、欠落があった場合には重大な原子炉事故が起こる可能性があ
り、事故が起こったときは、原子炉施設に近い住民ほど被害を受ける蓋然性が高
く、しかも、その被害の程度はより直接的かつ重大なものとなるのであって、特
に、原子炉施設の近くに居住する者はその生命、身体等に直接的かつ重大な被害を
受けるものと想定されるのであり、右各号は、このような原子炉の事故等がもたら
す災害による被害の性質を考慮した上で、右技術的能力及び安全性に関する基準を
定めているものと解される。右の三号(技術的能力に係る部分に限る。)及び四号
の設けられた趣旨、右各号が考慮している被害の性質等にかんがみると、右各号
は、単に公衆の生命、身体の安全、環境上の利益を一般的公益として保護しようと
するにとどまらず、原子炉施設周辺に居住し、右事故がもたらす災害により直接的
かつ重大な被害を受けることが想定される範囲の住民の生命、身体の安全等
を個々人の個別的利益としても保護すべきものとする趣旨を含むと解するのが相当
である。
 そして、当該住民の居住する地域が、前記の原子炉事故等による災害により直接
的かつ重大な被害を受けるものと想定される地域であるか否かについては、当該原
子炉の種類、構造、規模等の当該原子炉に関する具体的な諸条件を考慮に入れた上
で、当該住民の居住する地域と原子炉の位置との距離関係を中心として、社会通念
に照らし、合理的に判断すべきものである。
二 本件においては、控訴人らが別紙当事者目録記載のとおりの各住所に居住して
いることが記録上明らかであるところ、乙第二号証(添付書類7)及び控訴人dの
本人尋問の結果によれば、控訴人aを除くその余の各控訴人らの右の各住所は、い
ずれも本件原子炉施設から約三キロメートルないし約二〇キロメートルの範囲内の
地域にあることが認められる。そうすると、乙第一号証(本件申請の申請書)及び
同第二号証(添付書類2)によれば、本件原子炉が電気出力約一一〇万キロワッ
ト、熱出力約三三〇万キロワットの沸騰水型の原子炉であることが認められること
などからして、右の各控訴人らは、いずれも本件原子炉の設置許可の際に行われる
規制法二四条一項三号所定の技術的能力の有無及び四号所定の安全性に関する各審
査に過誤、欠落がある場合に起こり得る事故等による災害により直接的かつ重大な
被害を受けるものと想定される地域内に居住する者というべきであるから、本件処
分の取消しを求めるについて、行訴法九条にいう「法律上の利益を有する者」に該
当するものと認めるのが相当である。
 これに対し、控訴人aは、本件訴訟の原審における口頭弁論終結時においては右
と同様の地域内に居住していたものの、その後その住所を移転し、本件原子炉施設
から一〇〇キロメートル余もの遠隔地である栃木県足利市内の住所に居住するに至
ったことが認められるから、現時点においては、もはや本件原子炉施設における事
故等がもたらす災害により直接的かつ重大な被害を受けることが想定される地域内
に居住する者には該当しないこととなったものというべきである。もっとも、本件
原子炉施設について想定される事故等の態様や規模のいかんによっては、その事故
等のもたらす災害によってこのような遠隔の地に居住している者であっても被害を
被るという事態も想定されないではないところである。しかし、このような遠
隔地に居住する住民について想定される被害は、もはや原子炉施設周辺に居住して
いる住民について認められる個別、具体的な被害の域を超えて、むしろ広く一般公
衆について等しく考えられる抽象的、一般的な被害という性質を有するにすぎない
ものというべきであり、したがって、このような被害の可能性を理由に、本件訴訟
の原告適格を認めることは困難なものといわなければならない。そうすると、控訴
人aついては、本件訴訟の原告適格を認めることはできず、したがって、同控訴人
の本件訴えは、不適法な訴えとして却下を免れないものというべきである。
第三 本件訴訟における審理、判断の対象事項、司法審査の在り方
一 行訴法一〇条一項との関係
1 行訴法一〇条一項は、取消訴訟においては、自己の法律上の利益に関係のない
違法を理由としては、処分の取消しを求めることができないものとしている。この
規定の趣旨は、前記の第二において説示したところに従って、当該処分により自己
の権利若しくは法律上保護された利益を侵害され又は必然的に侵害されるおそれの
ある者に該当するとして、当該処分の取消しを求めるについて行訴法九条にいう法
律上の利益が認められる者であっても、およそその者の法律上の利益の保護という
観点とは無関係に、専ら他の者の利益等を保護するという観点から当該処分の要件
として定められているにすぎない事項については、そのような要件に違背している
との理由では、当該処分の取消しを求めることはできないとすることにあるものと
解される。
 したがって、この行訴法一〇条一項の規定によっても、処分の取消しを求める者
の側で主張し得る当該処分の違法理由が、その処分の取消しを求めようとする者個
々人の個別的利益を保護するという観点から定められた処分要件の違背のみに限定
されるというものではなく、不特定多数者の一般的公益保護という観点から設けら
れた処分要件であっても、それが同時に当該処分の取消しを求める者の権利、利益
の保護という観点とも関連する側面があるようなものについては、その処分要件の
違背を当該処分の取消理由として主張することは、何ら妨げられるものではないと
いうべきである。この理は、例えば、土地収用法上の事業の認定の要件の一つとし
て、事業計画が土地の適正かつ合理的な利用に寄与するものであること(土地収用
法二〇条三号)、あるいは、当該土地を収用する公益上の必要が
あること(同条四号)といった公益目的からする処分要件が定められている場合
に、自己の所有地を収用されることとなる者が、右の公益目的から定められた要件
の違背を主張して、当該事業認定処分の取消しを求めることができるものと解され
ることからしても、明らかなものというべきである。
2 このような観点に立って、規制法二四条一項各号の定める原子炉設置許可処分
の各要件についてみると、まず、三号の技術的能力に係る要件及び四号の災害防止
の観点からする要件が、いずれも控訴人ら住民の生命、身体の安全等を個々人の個
別的利益としても保護しようとする趣旨から設けられたのであることは、前記の第
二において説示したとおりであり、したがって、これらの要件が、控訴人らの法律
上の利益に関係を持つものであることは明らかなものというべきである。
 また、三号の経理的基礎に係る要件も、災害の防止上支障のないような原子炉の
設置には一定の経理的基礎が要求されることなどから設けられたものであり、控訴
人らの生命、身体の安全の保護という観点と無関係なものではないものと解される
ところである。
 さらに、一号及び二号の各要件も、これが公益あるいは国益の保護という観点か
ら設けられた要件であること自体は明らかなものというべきであり、したがって、
規制法にこれらの要件が規定されていることを根拠として、本件原子炉施設の周辺
に居住している住民について本件訴訟の原告適格が認められることとなるものでな
いことはいうまでもないところである。しかしながら、他方で、仮に平和目的以外
に利用されるおそれがあり、あるいは、原子力の開発及び利用の計画的な遂行に支
障を及ぼすおそれのあるような公益目的に合致しない原子炉の設置等が行われると
いった事態があり得るものとすれば、そのような原子炉の設置等によって、その生
命、身体の安全等に危険が及ぶという事態を防止するという観点においては、これ
らの要件が控訴人ら住民の権利、利益の保護という観点とも関連する側面があるこ
とは否定できないところというべきである。
 したがって、規制法二四条一項各号の定める原子炉設置許可処分の各要件の存否
は、いずれも本件処分の取消訴訟における裁判所の審理、判断の対象事項に含まれ
るものというべきであり、三号の経理的基礎に係る要件並びに一号及び二号の各要
件が本件訴訟の審理、判断の対象事項に含まれないとする被控訴
人の主張は、失当なものというべきである。
 同様に、本件処分に係る安全審査手続それ自体の違法性の有無が本件訴訟の審
理、判断の対象から除かれるとする被控訴人の主張も、理由がないものというべき
である。
3 もっとも、右の規制法二四条一項四号の災害防止に係る要件に関する事項であ
っても、それが専ら控訴人ら以外の個人の利益保護を目的とするものであり、控訴
人らの個人的利益とはおよそ係わりのないようなものである場合には、仮にその点
に関して本件処分に違法とされる点があったとしても、それは右の行訴法一〇条一
項にいう自己の法律上の利益に関係のない違法といわざるを得ないこととなるか
ら、本件訴訟においてこれを審理の対象とすることはできないことになる。したが
って、本件訴訟の原告である控訴人ら以外の本件発電所における作業者の被曝の危
険性に関する問題等は、本件訴訟の審理の対象から除かれるものというべきであ
る。
二 原子炉設置許可に際しての安全審査の対象事項
 規制法は、その規制の対象を、製錬事業(第二章)、加工事業(第三章)、原子
炉の設置、運転等(第四章)、再処理事業(第五章)、核燃料物質等の使用等(第
六章)、国際規制物資の使用(第六章の二)に分け、それぞれにつき内閣総理大臣
の指定、許可、認可等を受けるべきものとしているのであるから、右の第四章所定
の原子炉の設置、運転等に対する規制は、専ら原子炉設置の許可等の同章所定の事
項をその対象とするものであって、他の各章における規制の対象とされている事項
までをその規制の対象とするものでないことは明らかである。
 また、規制法第四章の原子炉の設置、運転等に関する規制の内容をみると、原子
炉の設置の許可、変更の許可(二三条ないし二六条の二)のほかに、設計及び工事
の方法の認可(二七条)、使用前検査(二八条)、保安規定の認可(三七条)、定
期検査(二九条)、原子炉の解体の届出(三八条)等の各種の規制が定められてお
り、これらの規制が段階的に行われることとされている(なお、本件原子炉のよう
な実用発電用原子炉については、規制法七三条は、二七条ないし二九条の適用を除
外するものとしているが、これは、電気事業法(昭和五八年法律第八三号による改
正前のもの。以下同じ。)四一条、四三条及び四七条により、その工事計画の認
可、使用前検査及び定期検査を受けなければならないこととされているからであ
る。)
。したがって、原子炉の設置の許可の段階においては、専ら当該原子炉の基本設計
のみが規制の対象となるのであって、後続の設計及び工事方法の認可(規制法二七
条)の段階における規制の対象とされている当該原子炉の具体的な詳細設計及び工
事の方法は、規制の対象とはならないものと解すべきである。
 右にみたような規制法による規制の構造からすると、原子炉設置の許可の段階の
安全審査においては、当該原子炉施設の安全性に係わる事項のすべてをその審査の
対象とするものではなく、その基本設計の安全性に係わる事項のみをその審査の対
象とするものと解するのが相当である。すなわち、原子炉施設自体の安全性に直接
関係する問題とは別個の問題と考えられる原子炉施設から排出される温排水の熱に
よる影響、固体廃棄物の最終処理の方法、使用済燃料の再処理及び輸送の方法並び
に国、県等の行う防災対策に係わる事項はもとより、原子炉施設の安全性に関係す
る事項ではあっても、原子炉施設の詳細設計やその具体的な工事方法、あるいは設
置後の原子炉施設の運転管理の方法等の細目的な事項は、原子炉設置許可の段階の
安全審査の対象とはならないものというべきである。
 この点について、控訴人らは、実用発電用の原子炉については、前記のように規
制法二七条、二八条等の規定の適用が除外され、設置許可処分後の設置工事の認可
や使用前検査の手続は専ら電気事業法の定めるところによるものとされており、し
かも、これらの手続においては、当初の原子炉設置許可処分の内容が後続処分の内
容等を統制し得ない法構造になっているものとし、このことを理由に、これらの後
続手続の段階における規制の対象となる事項が原子炉設置許可処分の段階における
規制の対象から除外されるものとする右のような考えは、関係法規の法構造を看過
した不当なものであると主張する。しかしながら、電気事業法の定めるところに従
って行われる設置工事の認可や使用前検査の手続においては、当然に、その申請に
係る工事の内容等が人体に危害を及ぼす等の危険のないものとなっているか否かの
点が、独立して審査されることとなっているのであり(同法四八条二項等)、原子
炉設置許可処分の段階でこれらの点についても審査を行っておくのでなければ、後
の手続においてはこれらの点の審査が行えないものとする法構造にはなっていない
のであるから、右の控訴人らの主張には理由がない
ものというべきである。
 したがって、原子炉設置許可に際しての安全性の審査において、核燃料の生産、
原子炉の運転、発電、平常運転時の放射性物質及び温排水の監視及び処理、事故時
の防災、廃棄物の処理ないし処分、使用済燃料の輸送及び再処理、廃炉の処理ない
し処分という原子力発電に関するシステムの全過程がその審査の対象となるものと
する控訴人らの主張は失当なものというべきである。同様に、原子炉施設の詳細設
計、施工、定期点検等の作業現場の実態が事故発生の危険に満ちたものであると
し、原子炉施設の安全確保のためには、原子炉設置許可処分の段階においてこれら
の事項についても厳重な審査を行う必要があり、本件訴訟においてもこれらの点を
審理、判断の対象とすべきものとする控訴人らの主張も、失当なものとする以外な
い。
三 原子炉設置変更許可処分と本件訴訟における審理、判断の対象
 乙第八七ないし第九八号証によれば、本件原子炉施設については、設置者である
日本原電が平成二年三月二二日(平成二年一〇月三一日一部補正)付けでした高燃
焼度八×八燃料の採用等に関する設置変更許可申請及び平成三年七月二六日(平成
三年九月二六日一部補正)付けでした起動領域計装の採用等に関する設置変更許可
申請に対し、前者については平成三年五月二二日付けで、後者については平成四年
二月一八日付けで、それぞれ平成三年変更許可処分及び平成四年変更許可処分が行
われ、その後、これらの変更許可処分に基づく施設、設備の変更が現に行われるに
至っていることが認められる。
 ところで、当初の原子炉設置許可処分の後にその変更許可処分が行われた場合、
一般論としていえば、この両処分が別個独立の行政処分の性質を有するものとし
て、それぞれが独立して取消訴訟の対象となることはいうまでもないところであ
る。しかしながら、本件のように、当初の原子炉設置許可処分に対する取消訴訟の
係属中に、原子炉設置変更許可処分が行われ、当初の原子炉設置許可処分の許可内
容に沿って設置されていた原子炉施設の施設、設備の内容がその変更許可処分によ
る許可内容に沿って現実に変更された場合には、少なくともその安全性の問題に関
しては、後の変更許可処分によって変更を許可された後の内容が、そのまま当該原
子炉に係る原子炉設置許可処分の処分内容となるものと解するのが相当である。な
ぜなら、原子炉設置変更許可処分があった場合
、この原子炉設置変更許可処分は、それが直ちにその処分内容に沿った原子炉施設
の変更を義務づけるものとまではいえないにしても、当該施設に係る当初の原子炉
設置許可処分の内容の変更を目的とする処分であることからして、この変更許可処
分に基づく当該原子炉施設の変更が現に実施された以上、実体的には、両処分を一
体的なものとして取り扱うことが相当なものと考えられるからである。すなわち、
原子炉設置許可処分に対する取消訴訟においては、当該原子炉施設全体の安全性に
関する行政庁の判断の適否が審理、判断の対象となるものというべきところ、原子
炉施設においてはその施設、設備の各部分が相互に補完しあって機能していること
からして、その施設、設備がいったん変更された以上、その変更後の施設、設備を
除いてその原子炉施設の安全性の有無を判断することはできないものといわざるを
得ないところである。また、原子炉施設の安全性の審査に関して、当初の原子炉設
置許可処分と後の原子炉設置変更許可処分の二つの処分を峻別し、その結果とし
て、当該原子炉施設の施設、設備の一部が変更されたにもかかわらず、当該原子炉
施設の右の変更許可処分後に残存している施設部分、あるいは右の変更許可処分に
係る変更部分のみについて、それぞれ独立してその安全性の有無を審査するものと
すれば、右の変更後の施設、設備が全体として安全性を欠くものと判断された場合
には、その原因を当初の設置許可処分と後の変更許可処分のいずれに帰すべきかと
いう、判断が困難でしかも実益に乏しい問題に直面することとならざるを得ないの
である。さらに、行政庁の側では、原子炉設置変更許可処分を行う際には、その変
更許可処分による変更の対象とはならない施設、設備との関連性を含めて、当該原
子炉施設の全体としての安全性の有無を判断しているはずであるから、右の変更許
可処分に存する実体的な違法事由の有無については、当初の原子炉設置許可処分の
取消訴訟においてこれを審理、判断し得るものとしても、特段の不都合はないもの
と考えられるのである。
 以上に検討したところからすれば、本件訴訟においては、専ら本件原子炉施設の
右の各変更許可処分に係る変更前の施設、設備に関する事項については、その安全
性の有無は審理、判断の対象から除外されるものというべきであるが、右の変更許
可処分に係る違法事由については、これも現時点における本件
原子炉施設の安全性の有無に係わる事項として、審理、判断の対象に含まれること
となるものというべきである。
 したがって、本件訴訟において、原子炉設置変更許可処分があった後において
も、なお変更前の当初の原子炉設置許可処分に関する実体的な違法事由の有無が全
面的にその審理、判断の対象事項となるものとする控訴人らの主張は失当なものと
いうべきであるが、他方、当初の原子炉設置許可処分と後の原子炉設置変更許可処
分とが別個の処分であることを理由に、右の原子炉設置変更許可処分後の原子炉の
現在の設計全般が本件訴訟の審理、判断の対象となるものではないとする被控訴人
の主張も、右に説示したところに反する限度で失当なものというべきである。
四 本件処分の専門技術性とその司法審査の方法
1 内閣総理大臣が原子炉設置の許可をする場合には、あらかじめ、核燃料物質及
び原子炉に関する規制に関する事項等を所掌事務とする原子力委員会の意見を聴
き、これを尊重しなければならないものとされており(規制法二四条二項)、原子
力委員会には、学識経験者及び関係行政機関の職員で組織される安全審査会が置か
れ、原子炉の安全性に関する事項の調査審議に当たるものとされている(設置法一
四条の二、三)。
 また、規制法二四条一項三号は、原子炉を設置しようとする者が原子炉を設置す
るために必要な技術的能力及びその運転を適確に遂行するに足りる技術的能力を有
するか否かにつき、同項四号は、当該申請に係る原子炉施設の位置、構造及び設備
が核燃料物質、核燃料物質によって汚染された物又は原子炉による災害の防止上支
障がないものであるか否かにつき、それぞれ審査を行うべきものとしている。原子
炉設置許可の基準がこのように定められている趣旨は、原子炉が原子核分裂の過程
において高エネルギーを放出する核燃料物質を燃料として使用する装置であり、そ
の稼働により、内部に多量の人体に有害な放射性物質を発生させるものであって、
原子炉を設置しようとする者が原子炉の設置、運転につき所定の技術的能力を欠く
とき、又は原子炉施設の安全性が確保されないときは、当該原子炉施設の従業員や
その周辺住民等の生命、身体に重大な危害を及ぼし、周辺の環境を放射能によって
汚染するなど、深刻な災害を引き起こすおそれがあることにかんがみ、右のような
災害が起こらないようにするため、原子炉設置許可の段階で、原子炉を設置し
ようとする者の右の技術的能力並びに申請に係る原子炉施設の位置、構造及び設備
の安全性につき、科学的、専門技術的見地からする十分な審査を行わせることにあ
るものと解される。
 右の原子炉を設置しようとする者の技術的能力の点を含めた原子炉施設の安全に
関する審査は、当該原子炉施設そのものの工学的安全性、平常運転時における従業
員、周辺住民及び周辺環境への放射線の影響、事故時における周辺地域ヘの影響等
を、原子炉設置予定地の地形、地質、気象等の自然的条件、人口分布等の社会的条
件及び当該原子炉設置者の技術的能力との関連において、多角的、総合的見地から
検討するものであり、しかも、その審査の対象には、将来の予測に係る事項も含ま
れているのであって、右の審査においては、原子力工学の分野を初めとする、多方
面にわたる極めて高度な最新の科学的、専門技術的知見に基づく総合的判断が必要
とされることが明らかである。規制法二四条二項が、内閣総理大臣が原子炉設置の
許可をする場合において、同条一項各号の定める許可の基準の適用について、あら
かじめ原子力委員会の意見を聴き、これを尊重しなければならないものと定めてい
るのは、右のような原子炉施設の安全性に関する審査の特質を考慮し、右の許可の
基準への適合性の有無に関する判断については、これを、各専門分野の学識経験者
等を擁する原子力委員会の科学的、専門技術的知見に基づく意見を尊重して行う内
閣総理大臣の合理的な判断にゆだねる趣旨と解するのが相当である。
2 以上の点を考慮すると、右の原子炉施設の安全性の有無に関する判断の適否が
争われる原子炉設置許可処分の取消訴訟における裁判所の審理、判断は、原子力委
員会あるいは安全審査会の専門的技術的な調査審議及び判断を基にしてされた被控
訴人行政庁の判断に不合理な点があるか否かという観点から行われるべきであっ
て、現在の科学技術水準に照らし、右の調査審議において用いられた具体的な審査
基準に不合理な点があり、あるいは当該原子炉施設が右の具体的審査基準に適合す
るとした原子力委員会あるいは安全審査会の調査審議及び判断の過程に看過し難い
過誤、欠落があり、被控訴人行政庁の判断がこれに依拠してされたと認められる場
合には、被控訴人行政庁の判断に不合理な点があるものとして、右判断に基づく原
子炉設置許可処分は違法とされることとなるものというべきである。
 また、右
の原子炉設置許可処分に対する取消訴訟においては、原子炉設置許可処分が右のよ
うな性質を有することにかんがみると、被控訴人行政庁の判断に不合理な点がある
ことの主張、立証責任は、本来、控訴人らが負うべきものではあるが、当該原子炉
施設の安全審査に関する資料をすべて被控訴人行政庁の側において所持しているこ
となどを考慮すると、まず、被控訴人行政庁の側において、その判断の依拠した前
記の具体的審査基準並びに調査審議及び判断の過程等、被控訴人行政庁の判断に不
合理な点のないことを相当の根拠、資料に基づいて主張、立証する必要があり、被
控訴人行政庁においてこのような主張、立証を尽くさない場合には、被控訴人行政
庁のした判断には不合理な点があることが事実上推認されることとなるものという
べきである。
 したがって、この点について、本件処分が原子炉周辺住民の生命、身体の安全を
侵害するおそれのある行政処分であることなどを理由に、本件処分に当たっておよ
そ行政庁の側に判断の幅を認める余地がないものとし、あるいは、本件原子炉が安
全であることについて、全面的に被控訴人行政庁の側に主張立証責任があるものと
する控訴人らの主張は、右に説示したところに反する限度で、失当なものというべ
きである。
第四 本件処分の手続的適法性
 本件処分が行われるに至る手続的な経過からして、当裁判所も、本件処分に、そ
の手続面において処分の取消理由となるような違法は認められないものと判断する
が、その理由は、原判決がその「理由」欄の第四章(原判決三―五六頁一一行目か
ら三―九四頁末行まで)において説示するところと同一であるから、右の説示を引
用する。
 ただし、原判決三―六二頁八行目に「しかし、」とある部分から一〇行目から一
一行目にかけて「前判示のとおりである。」とある部分までを「しかし、規制法二
四条二項が、内閣総理大臣の行う原子炉設置の許否に関する判断を、各専門分野の
学識経験者等を擁する原子力委員会の科学的、専門技術的知見に基づく意見を尊重
して行うその合理的判断に委ねる趣旨と解されることは、前記のとおりである。」
に、同一一行目に「その裁量権」とあるのを「その判断権」に、同三―六三頁五行
目、同三―八三頁九行目及び同三―八四頁八行目にそれぞれ「専門技術的裁量」と
あるのをいずれも「専門技術的判断」にそれぞれ改め、同三―八五頁一行目に「裁
量により」とあるの
を削除し、同二行目の「右の専門技術的裁量」とある部分から同三行目の「及ぶも
のである。」とある部分までを「専ら、右のようにして行われた判断に不合理な点
があるか否かという観点から行われるべきである。」に、同三―八八頁六行目から
七行目にかけて「判断すべき事項であって、前記の専門技術的裁量に属するという
べきである。」とあるのを「判断すべき事項に属するものというべきである。」に
それぞれ改める。
 なお、控訴人らは、本件安全審査に用いられた審査基準や専門技術的知見が一九
六〇年代以前でなければ通用しないような極めて古いものであり、この点で本件安
全審査に重大な手続的瑕疵があるものと主張する。しかし、この点は、結局は本件
安全審査の実体面における適否の問題に帰着するものというべきであり、その点を
離れて、右の審査基準等の適否がそれ自体で直ちに本件処分の手続面における違法
を招来するものとまですることは困難なものというべきであるから、この点につい
ては、後の該当箇所において改めて判断を加えることとする。
第五 本件処分の規制法二四条一項一号ないし三号要件適合性
一 規制法二四条一項一号及び二号要件適合性
 規制法二四条一項一号の原子炉が平和の目的以外に利用されるおそれがないこと
との要件、さらには、同二号の原子炉設置の許可が原子力の開発及び利用の計画的
な遂行に支障を及ぼすおそれがないこととの要件に関しては、控訴人らは、本件処
分がこれらの要件に違反するとする理由として、本件原子炉における使用済燃料か
ら再処理により抽出されるプルトニウムが平和目的以外に利用されないという具体
的根拠がないこと、あるいは、本件原子炉の使用済燃料の再処理及び固体廃棄物の
最終処分の技術が確立していないばかりか、そのめども立っていないことを主張す
るにとどまっている。
 しかし、右の主張にあるような、本件原子炉の使用済燃料から抽出されるプルト
ニウムが平和目的以外に利用される可能性があり得るとの極めて一般的、抽象的な
危険のみで、本件処分が右の一号要件に違反することとされるものでないことは明
らかなものというべきである。しかも、証人eの証言によれば、使用済燃料の再処
理の過程で抽出されるプルトニウムについては、国内においては規制法等による厳
しい規制が行われている上、その再処理が海外の再処理工場において行われる場合
においても、国際査察機関の査察によ
って、国際規制物質たるプルトニウムの軍事目的等への転用が防止される仕組みと
なっていることが認められるところである。
 また、本件申請では、使用済燃料については、原則として動燃の再処理施設にお
いてその再処理が行われるものとされ、固体廃棄物の最終処分の点に関しても、一
応これを本件原子炉の敷地内に貯蔵、保管し、その後海洋投棄処分など適当な措置
を講ずるものとされているところ(乙第一、第二号証)、本件処分の当時は、我が
国においては原則として動燃のみが使用済燃料の再処理事業を行うものであること
を規制法自体が予定していたこと(四四条)などからして、このような使用済燃料
の再処理あるいは固体廃棄物の処分方法が、法の予定するところに反するものとし
て、本件処分の違法理由になるものと考えることは到底困難である。
 したがって、規制法二四条一項一号及び二号要件に関する控訴人らの主張には、
理由がないものというべきである。
二 規制法二四条一項三号要件適合性
 当裁判所も、本件処分に、規制法二四条一項三号の経理的基礎及び技術的能力に
関する要件との関係において、これを違法とすべき事由があるものとは認められな
いものと判断するが、その理由は、原判決がその「理由」欄の第五章の二及び三の
各項(原判決三―九五頁七行目から三―一〇二頁八行目まで)において説示すると
ころと同一であるから、右の説示を引用する。
 ただし、原判決三―九九頁一行目に「専門技術的裁量」とあるのを「専門技術的
判断」に、同三―一〇〇頁八行目に「裁量権の逸脱又は濫用があった」とあるのを
「その判断に不合理な点がある」に、同三―一〇一頁五行目に「裁量権の逸脱等」
とあるのを「不合理な点」にそれぞれ改める。
 なお、この点について、控訴人らは、本件原子炉施設について本来必要とされる
シビアアクシデント防止のための装置等の設置をも要求するならば、日本原電につ
いては、本件原子炉を設置するために必要な経理的基礎が欠けているものというべ
きこととなるものと主張する。しかし、控訴人らの主張するシビアアクシデント対
策に係る指針が、原子炉設置許可の際の安全審査の基準等とまでされているもので
はなく、シビアアクシデントによるリスクを一層軽減するための原子炉設置者及び
行政庁の努力指針という趣旨で策定されたにとどまるものと解されることは、後記
第六の一の3において説示するとおりであるから、このシビアアクシデント対策に
必要な費用をも含めて右の経理的基礎の要件の有無を判断すべきものとする控訴人
らの主張は、その前提を欠く失当なものというべきである。
第六 本件処分の規制法二四条一項四号要件適合性
一 はじめに
1 総説
 当裁判所も、前記のような原子力委員会あるいは安全審査会の専門技術的な調査
審議及び判断を基にしてされた本件処分における規制法二四条一項四号の要件適合
性の審査に、不合理な点があるものとすることはできず、したがって、右の要件と
の関係で本件処分を違法とすべき事由は認められないものと判断する。その理由
は、以下において、主として当審における控訴人らの主張に対する判断を中心とし
て、当裁判所の判断を付加、補足するほかは、原判決がその「理由」欄の第六章
(原判決三―一〇二頁九行目から三―四一七頁末行まで)において説示するところ
と同一であるから、右の説示を引用する。
 ただし、原判決三―一〇三頁一行目及び同三―一一三頁六行目にそれぞれ「専門
技術的裁量」とあるのをいずれも「専門技術的判断」に、同八行目から九行目にか
けて「裁量権の逸脱等があったもの」とあるのを「その判断に不合理な点があるも
の」に、同三―一一四頁二行目から三行目にかけて「裁量権の逸脱等」とあるのを
「不合理とされる点」に、同三―一二四頁五行目に「裁量事項」とあるのを「事
項」に、同八行目及び同三―一二五頁四行目にそれぞれ「裁量権の逸脱等」とある
のをいずれも「不合理な点」に、同三―一四四頁三行目に「その後」とあるのを
「その後、後記のとおり、平成二年一一月になって新たな勧告が出されるに至るま
での間は、」に、同三―一五〇頁四行目に「裁量権の逸脱等」とあるのを「不合理
な点」にそれぞれ改め、同行の次に行を改めて「なお、その後平成二年一一月にI
CRPが採択した新たな線量限度に関する勧告との関係で、なお本件安全審査が合
理的なものといえるか否かの点については、後に改めて判断を加えることとす
る。」と加え、同三―一五七頁七行目、同三―一五八頁一〇行目、同三―一九一頁
一〇行目、同三―一九七頁六行目、同三―二〇一頁二行目、同三―二〇三頁一〇行
目、同三―二〇四頁六行目、同三―二〇六頁八行目から九行目にかけて、同三―二
一七頁一行目、同三―二二二頁八行目から九行目にかけて、同三―二一五二頁八行
目から九行目にかけて、同三―二五三頁二行目及び一〇
行目、同三―二七二頁一〇行目、同三―二七九頁九行目、同三―二八三頁六行目、
同三―二八七頁三行目、同三―二九三頁九行目、同三―二九六頁一〇行目、同三―
三〇七頁二行目、同三―三一九頁五行目から六行目にかけて、同三―三二〇頁一一
行目並びに同三―三二一頁六行目にそれぞれ「裁量権の逸脱等」とあるのをいずれ
も「不合理な点」にそれぞれ改め、同三―三三二頁二行目から六行目までの括弧書
きの部分を削除し、一〇行目に「裁量権の逸脱等」とあるのを「不合理な点」に改
め、同三―三三四頁九行目に「これらのうち」とある部分から一〇行目に「ついて
みるに、」とある部分までを削除し、同三―三四〇頁一〇行目に「裁量権の逸脱
等」とあるのを「不合理な点」に改め、同三―三四一頁一一行目に「これらのう
ち」とある部分から同三―三四二頁一行目に「ついてみるに、」とある部分までを
削除し、同頁四行目に「裁量権の逸脱等」とあるのを「不合理な点」に改め、同三
―三四三頁一行目に「これらのうち」とある部分から二行目に「ついてみるに」と
ある部分までを削除し、同三―三四九頁四行目、同三―三五〇頁八行目、同三―三
五三頁五行目及び七行目並びに同三―三五八頁五行目にそれぞれ「裁量権の逸脱
等」とあるのをいずれも「不合理な点」に改める。
2 本件安全審査の適否の審査方法等
 控訴人らは、原子炉施設の内蔵する危険性の巨大さからすれば、原子炉施設の危
険性を他の工学的施設の危険性と同一のレベルの問題としてとらえることはでき
ず、原子炉設置許可に際しての安全審査においては、このような原子炉施設の持つ
巨大な危険性に対応した、災害及び障害の発生の完全な防止という観点に立った厳
格な審査が必要とされるものと主張する。
 しかしながら、前記引用に係る原判決の説示(第六章の第一の四の1の部分(原
判決三―一一五頁二行目から三―一二〇頁九行目まで)における説示など)にもあ
るとおり、科学技術を利用した各種の実用機械、装置等にあっては、程度の差こそ
あれそれが常に何らかの危険を伴うことは避け難い事態ともいうべきところであ
り、ただ、その科学技術を利用することによって得られる社会的な効用、利便等と
の対比において、その危険の内容、程度や確率等が社会通念上容認できるような水
準以下にとどまるものと考えられる場合には、その安全性が肯定されるものとし
て、これを日常の利用に供することが適法とされ
ることとなるものと解すべきである。この理は、原子炉施設における安全性の問題
についても基本的に異なるところはないものというべきであるから、原子炉施設の
場合に限って、どのような異常事態が生じた場合においても災害及び障害の発生が
完全に防止されるといった、ある意味では理論上達成不可能な水準の安全性の確保
が要求されるものとすることには、理由がないものというべきである。この場合
に、具体的にどの程度の安全性のレベルをもって原子炉設置許可を相当とする基準
とすべきかの点については、科学的、専門技術的知見をも踏まえた総合的な判断が
必要とされることになるものというべきであるから、この点に関する判断を、我が
国の原子力行政の責任者として原子炉設置許可の衝に当たる被控訴人等の行政庁の
専門技術的判断にゆだねざるを得ない面があるものと考えられることは、前記第三
の四の1において説示したところも明らかなものというべきである。
 また、本件処分が原子炉の設置を一定の要件の下に許容することを前提とした法
規である規制法に基づいて行われる処分であることからすれば、その取消訴訟であ
る本件訴訟においても、本件処分を違法とすべき瑕疵があるか否かを、右の規制法
の定めとの関係において判断すべきこととなることも、いうまでもないところであ
る。ところが、控訴人らの主張の中には、ややもするとこのような視点を離れて、
原子炉施設の持つ危険の巨大さなどからして、およそ本件原子炉の設置を許可する
ことがいかなる要件の下においても許容されないとするかのような主張、さらに
は、我が国におけるエネルギー政策の在り方という観点からして、もはや原子力発
電の必要性は失われており、世界各国のすう勢がそうであるように、我が国も脱原
子力発電の方向に向かうべきであることからして、本件処分が取り消されるべきで
あるとする主張等が含まれている。しかし、原子炉施設の危険性等を理由にその設
置の差止めを求める民事訴訟における主張としてならばともかく、専ら本件処分が
右の規制法の定めに反して違法とされるものか否かが争われることとなるにすぎな
い本件行政訴訟における主張としては、右のような主張は当を得ないものというべ
きである。
3 新たな安全審査指針の策定等と本件安全審査
 控訴人らは、本件処分の後に新たに策定された各種の安全審査指針等を援用し、
本件処分における安全審査が、これらの新
たな安全審査指針等に定められている事項を考慮することなしにされたものである
から、本件処分はこの点からして違法とされるべきであると主張する。確かに、本
件原子炉の安全性は、単に本件処分当時のいわば過去の科学技術水準に照らしてこ
れが肯定されればそれで足りるというものではなく、むしろ現在の時点における最
新の科学技術水準に照らしてみても、その安全性が肯定される必要があるものと考
えられ、したがって、これらの本件処分の後に新たに策定された各種の安全審査指
針等の基礎となっている現在の科学技術上の知見等に照らしてみた場合に、本件処
分の安全審査に違法とされるべき点があるものと考えられる場合には、その点から
して、本件処分が違法とされる余地があるものと考えられるところである。
 しかしながら、控訴人らの援用する「発電用軽水型原子炉施設の火災防護に関す
る審査指針」(昭和五五年一一月六日原子力委員会決定)(甲第三〇八号証七九頁
以下)に定められた火災防護に関する審査指針及び新安全設計審査指針(平成二年
八月三〇日原子力安全委員会決定)(甲第三〇八号証七頁以下)の指針五(火災に
対する設計上の考慮)に定められた火災発生防止等に関する審査指針は、その内容
からしても、被控訴人の主張するとおり、本件安全審査の当時においても火災発生
の防止対策としていわば常識ともされていた考え方を基本として、更に入念な安全
審査を行うための指針として、火災の防護に関し考慮すべき事項を整理、体系化し
たというにすぎないものであって、本件安全審査の基礎とされた本件処分当時のこ
の問題に関する知見にその後の新しい科学技術上の知見等からみて誤りとされる点
があるものとして、これを覆すような内容の全く新たな審査指針を策定したという
ものでないことは明らかである。また、このことは、右の新安全設計審査指針の指
針八(運転員操作に対する設計上の考慮)に定められた運転員の誤操作を防止する
ための設計上の考慮、あるいは指針三(外部人為事象に対する設計上の考慮)及び
指針四(内部発生飛来物に対する設計上の考慮)に定められた飛行機の落下や各種
爆発、内部発生飛来物による事故に対する設計上の考慮についても、全く同様に当
てはまるものと考えられるところである。したがって、これらの新たな審査指針が
策定されたことによって、その策定以前の時点に行われた本件安全審査が、当然に
違法とさ
れることとなるものではないというべきである。
 また、控訴人らの主張するシビアアクシデント対策に係る事項は、原子力安全委
員会が同委員会の原子炉安全基準専門部会に設けられた共通問題懇談会の提案(甲
第三〇八号証八七〇頁以下)を受けて平成四年五月二八日に決定した「発電用軽水
型原子炉施設におけるシビアアクシデント対策としてのアクシデントマネージメン
トについて」と題する対応方針(甲第三〇八号証八九二頁以下)において、我が国
の原子炉施設の安全性が現行の安全規制の下で十分確保されており、シビアアクシ
デント(設計基準を大幅に超える事象であって、安全設計の評価上想定された手段
では適切な炉心の冷却又は反応度の制御ができない状態であり、その結果、炉心の
重大な損傷に至る事象)が工学的には現実に起こるとは考えられないほど発生の可
能性は十分低くなっているものと判断されるということを前提としながらも、この
低いリスクを一層低減するものとしてアクシデントマネージメント(設計基準事象
を超え、炉心が大きく損傷するおそれのある事態が万一発生したとしても、現在の
設計に含まれる安全余裕や安全設計上想定した本来の機能以外にも期待し得る機能
又はそうした事態に備えて新規に設置した機器等を有効に活用することによって、
それがシビアアクシデントに拡大するのを防止するため、若しくはシビアアクシデ
ントに拡大した場合にもその影響を緩和するために採られる措置)の整備を促進す
ることは意義深いものであるとし、原子炉設置者においてアクシデントマネージメ
ントの整備を継続的に進めることが必要であるとして、原子炉設置者及び行政庁に
対してそのために一層の努力を要望したというにとどまるものであることが認めら
れる。したがって、これは、右の原子力安全委員会の判断によって、原子炉設置許
可の際の安全審査に関して何らかの新たな基準等が策定されるに至ったというもの
でないことは明らかであるから、これによって、この原子力安全委員会の判断が出
される前にされた本件安全審査が当然に違法とされるものではないというべきであ
る。
4 公衆の許容被曝線量について
 控訴人らは、許容被曝線量の点について、職業人について許容集積制限線量を五
レム、公衆人について線量限度を一年につき○・五レムとする当時のICRPの勧
告に従って、これを一年につき○・五レムとする基準によってした本件安全審査
が、その後一九九〇年(平成二年)一一月にICRPが従前の線量限度を変更し、
職業人については五年平均で二〇ミリシーベルト(二レム)(ただし、年五〇ミリ
シーベルトを超えてはならない。)、公衆人については一年につき一ミリシーベル
ト(○・一レム)を線量限度とする従前より厳しい内容の勧告を採択したことによ
って、現時点においては違法とされるに至ったものと主張する。確かに、右のIC
RPの勧告における線量限度に関する数値の変更は、関係する各専門領域の世界各
国の専門家の間における最新の科学技術上の知見を踏まえて行われたものと考えら
れるところである。
 しかしながら、被控訴人の主張するとおり、本件安全審査においては、本件原子
炉施設の平常運転に伴って環境に放出される放射性物質による公衆の被曝線量が許
容線量等を定める件において定められている許容被曝線量である年間○・五レムを
下回り、かつ、実用可能な限り更に一層低く押さえられるようになっているかが審
査され、公衆の被曝線量の最大値が、放射性希ガスから放出されるガンマ線による
全身被曝線量については年間約○・八ミリレム、液体廃棄物中の放射性物質に起因
する全身被曝線量については年間○・〇五ミリレムと評価されており、この評価に
不合理な点があるものとすることができないことは、前記引用に係る原判決の説示
(原判決三―二五三頁三行目から三―三二〇頁末行まで)にあるとおりである。
 そうすると、この評価値は、控訴人らの援用するICRPの一九九〇年勧告が定
めている周辺公衆に対する線量限度である年間一ミリシーベルト(〇・一レム)と
の対比においても十分低い値になっているものというべきであるから、右のICR
Pの勧告に定める線量限度の数値が改定されたことから、直ちに右改定前の数値を
前提として行われた本件安全審査が違法とされることとなるものではないというべ
きである。
二 圧力容器、配管等の材料の欠陥等の有無
1 総説
本件安全審査においては、本件原子炉施設事故防止に係る安全確保対策として、圧
力容器については脆性破壊防止を十分考慮した延性の高い材料を使用するなどの方
策が講じられること、圧力バウンダリを構成する機器及び配管については必要に応
じて耐食性に優れたステンレス鋼が使用されることなどが確認されたことを始めと
して、本件原子炉施設における圧力バウンダリの健全性に影響を及ぼすおそれのあ

設備については、その材料の材質等の面からしても、いずれもその健全性を損なう
ような異常状態の発生を防止し得る信頼性が確保されるものと判断されていること
は、前記引用に係る原判決の説示(原判決三―一六四頁一一行目から三―一六九頁
八行目まで、三―二〇六頁一〇行目から三―二〇九頁三行目まで、三―二二二頁一
〇行目から三―二二九頁七行目まで)にあるとおりである。
2 圧力容器等の脆性破壊問題
 控訴人らは、圧力容器に使用されている鋼材の脆性破壊の問題に関しては、本件
処分の当時はほとんど問題の解明がされておらず、その後になって、その危険性に
関する研究と認識が深化してきたのであり、これらの新しい専門技術的知見からす
れば、この点に関する本件安全審査の内容は、明らかに不合理な点があるなど、極
めて不十分なものであると主張する。
 確かに、証人fの証言、甲第三六三(第三八五)、第三八一の一及び四、第三八
六の二号証によれば、一九七七年(昭和五二年)に廃炉となったBWRである旧西
ドイツのグンドレミンゲン原子炉の圧力容器から切り出された鋼材の試験片を調査
した結果、材料試験炉で短時間に中性子の加速照射を行った鋼材に比べると、はる
かに脆化が進んでいることが明らかとなり、その原因はいまだ明らかとはなってい
ないものの、右のf証人のモデル計算による研究等の結果では、中性子の照射量の
みならず、その照射速度の遅速、さらには鋼材に含まれている不純物の量等によっ
て鋼材の脆化の程度に著しい差を生ずる結果となること、すなわち、中性子の照射
量が同じでも照射速度が遅いほどその脆化の程度が大きくなること、また鋼材に含
まれている銅等の不純物の影響によってもその脆化の程度に差異が生ずる結果とな
ることが明らかにされていることが認められる。このような研究の結果等を基に、
右のf証人は、本件安全審査において用いられた圧力容器の鋼材の材料試験炉での
短時間の加速照射によるデータを基にした脆性遷移温度の予測評価は、科学的な合
理性を欠くものであるとする証言を行っている。もっとも、同証人の証言によって
も、これらの諸要素をも考慮に入れた正確な脆化の予測式といったものは、いまだ
出現していないというのである。
 しかしながら、本件安全審査においては、右の原子炉圧力容器を含む圧力バウン
ダリの脆性破壊防止という観点から、前記引用に係る原判決の説示にもあるとお
り、(
一)原子炉容器の母材として、脆性破壊防止を十分考慮して、延性の高い低合金鋼
(原子力発電用マンガン・モリブデン・ニッケル鋼板二種相当品及び原子力発電用
鍛鋼品二種相当品)を使用すること、(二)右の鋼材を使用した原子炉圧力容器の
仕様は、その初期における脆性遷移温度を摂氏マイナス一二度からプラス四度程度
とし、四〇年間の使用の末期においてもその脆性遷移温度が摂氏三二度以下にとど
まるようにすべきものとし、しかも、圧力容器が圧力を受けている間は、容器の温
度を脆性遷移温度より摂氏三三度以上高くすることができるように(なお、運転温
度は摂氏二八六度とされている。)設計されること、また、(三)圧力容器等の脆
性遷移温度の実際の変化を監視するために、圧力容器内に照射試料を挿入すること
になっていること等が確認されているところである(乙第一、第二、第五、第三五
号証)。
 右の事実からすると、本件原子炉施設の圧力容器等については、中性子の照射に
よる脆性破壊の危険に対する対策の面でも、その運転中の最低使用温度と圧力容器
等に使用されている母材の脆性遷移温度との間に常に摂氏三三度以上の温度差を維
持するという設計方針が採用されていることを始めとして、このような事象に対し
て十分に余裕を持たせた設計が行われているものと考えられるところである。した
がって、仮に控訴人らの主張するように、現時点における最新の専門科学的知見に
照らしてみれば、本件安全審査の際に用いられた鋼材の脆性遷移温度の予測評価の
内容に不合理とされる点が出てきており、現実のその脆性遷移温度がこれよりはあ
る程度高くなることがあり得るものとしても、これによって、本件原子炉の圧力容
器等の構造や材質に関する基本設計の内容について、その脆性破壊の危険性という
観点から行われた本件安全審査の内容が、直ちに合理性を欠き違法とされるものと
まですることは、困難なものと考えられるところである。
 また、この圧力容器等の脆性破壊による危険の問題は、むしろ、現実に進行して
いくその脆化の程度、態様等に応じて、廃炉の時期の問題をも含めた原子炉施設の
適切な運転等の管理の問題として対処されるべき問題と考えられるのであり(現
に、前記のf証人の証言も、この問題に関する安全審査の在り方等について新たに
具体的な審査基準等を提言するといった内容のものではなく、このような問題を持
った原子炉施設の使
用期限を更に三〇年あるいは四〇年も先に延ばそうとすることの問題点を指摘する
もののようにも考えられるところである。)、少なくともこの点に関する本件原子
炉施設の基本設計の安全性に係わる事項を対象として行われるにすぎない本件安全
審査の内容については、控訴人らの主張するような理由によって、これが合理性を
欠くものとまですることは困難なものというべきである。
3 控訴人らのその余の主張について
 控訴人らは、また、炉心シュラウド、配管等の応力腐食割れ(SCC)対策に関
する審査の不備等をも主張する。しかし、本件安全審査において、配管等の応力腐
食割れ問題については、その発生を防止するための具体的な対策として、鋼種の選
択、溶接工法、運転方法という諸対策が既に確立しており、これは、原子炉施設の
詳細設計や具体的な工事方法、あるいは具体的な運転管理の段階で対処すれば足り
る問題であって、その具体的な細目等が原子炉施設の基本設計に関する原子炉設置
許可処分の段階での安全審査の対象となる事項ではないものと考えられることも、
原判決が説示するとおりである。
 さらに、控訴人らは、炉心シュラウドの構造やその設置位置等からして、これが
炉心部分の高さで破断するなどした場合に、スクラム不能の状態を招来し、大事故
に至る危険があるものと主張する。しかし、本件安全審査においては、炉心シュラ
ウドを含む炉内構造物について、その性能、機能等が圧力バウンダリの健全性に影
響を及ぼさないようなものとなっていることが確認されており、この審査に不合理
とされる点が認められないことは、前記の原判決の説示にあるとおりである。控訴
人らの右の主張は、これらの事実を措いて、単に炉心シュラウドの位置、構造等の
みからして、これが破断した場合の抽象的な事故の危険をいうにすぎないものとい
わざるを得ず、この点に関して、本件安全審査の合理性が否定されることとなるよ
うな点があるものとまでは認められないというべきである。
 なお、控訴人らは、本件の申請書等の記載に再循環系主配管の内径の記載がない
ことを理由に、本件安全審査においては、この再循環系配管の口径の概略値の確認
がされていないものと主張する。しかし、被控訴人の主張にもあるとおり、この再
循環系配管については、その肉厚がその最高使用圧力等との関係で自ずから合理的
な範囲内のものとして定まってくるものと考えられるから、右のような申請書の記
載ではこの配管の内径が定まらないというものでないことは明らかなものというべ
きである。
三 反応度事故(暴走事故)発生の危険性
1 BWRの固有の自己制御性
 本件安全審査においては、沸騰水型の軽水型原子炉(BWR)である本件原子炉
にあっては、核分裂反応の割合が増大して燃料及び冷却水の温度が上昇すればそれ
に伴って核分裂反応が抑制されるという、核分裂反応に対する固有の自己制御性が
あり、燃料について制御不能な核分裂反応が生じることはあり得ないこと、また、
本件原子炉施設には、燃料の核分裂反応を安定的に制御する原子炉出力制御設備が
設けられることなどが確認され、その結果、本件原子炉施設は、燃料の核分裂反応
を確実にかつ安定的に制御することができるものと判断されていることは、前記引
用に係る原判決の説示(原判決三―一六一頁六行目から三―一六二頁七行目まで)
にあるとおりである。
 なお、被控訴人の主張等からすると、右のBWRにおける固有の自己制御性は、
主として、①ドップラ効果、②ボイド効果及び③減速材温度効果に基づく負の反応
度出力係数によるものであることが認められる。右①のドップラ効果とは、燃料中
の全ウラン量に対するウラン二三五の占める重量の割合の低い低濃縮度のウランが
燃料として使われているBWRにあっては、核分裂反応を起こさないウラン二三八
が燃料の温度が上昇すると中性子を吸収しやすくなる性質を持っていることから、
核分裂反応が過大となって燃料の温度が上昇すると、中性子がウラン二三八に吸収
されて不足することとなり、その結果、核分裂反応が抑制されることとなることを
いうものである。また、右②のボイド効果とは、核分裂反応の増加により燃料から
冷却水に伝達される熱の量が増えると、冷却水の温度が上昇し、原子炉内での蒸気
泡(ボイド)の発生が多くなり、これによって減速材を兼ねている冷却水の密度が
減少するため、中性子の減速効果が低下し、ウラン二三五による核分裂反応が抑制
されることをいうものである。さらに、右③の減速材温度効果とは、冷却水の温度
上昇に伴って冷却水自体の体積が膨張することにより冷却水の密度が減少し、中性
子の減速効果が低下する結果、核分裂反応が抑制されることをいうものである。こ
れらの各効果がそれぞれ働くことによって、原子炉に負の反応度出力係数を与える
結果、核分裂反応が確実かつ安定的に
制御され得ることとなるのである。
2 暴走事故の可能性に関する控訴人らの主張について
(一) 控訴人らは、再循環系配管の破断事故、再循環ポンプの停止事故等の再循
環系の事故によりボイドが大量に発生して原子炉出力が相当下がったときに、再循
環ポンプが誤って再起動しあるいはタービントリップ、タービンバイパス系の不作
動が起こるといったボイド消滅の強力な要因が生じた場合、あるいは主蒸気系の弁
閉鎖等の主蒸気系の事故により原子炉内の圧力が急上昇して炉心のボイドが消滅し
た場合等を例に引いて、これらの場合にスクラムの遅れや失敗等が伴うことによ
り、原子炉出力が一気に上昇し、暴走事故に至る可能性があると主張する。そし
て、米国の原子炉研究者であるR・E・ウェッブ博士の著述になる「沸騰水炉にお
ける反応度事故と不安定性出力振動」と題する論文(甲第三〇三号証)には、これ
らの控訴人らの主張に沿う記述があることが認められるところである。
 しかしながら、前記のようなBWRにおける固有の自己制御性からすれば、控訴
人らの主張するように、何らかの原因によってボイドが消滅し、原子炉出力が一時
的に上昇したとしても、原子炉の出力の急上昇は直ちに燃料の温度の急上昇をもた
らすこととなり、これによる負のドップラ効果のため原子炉の出力の上昇が抑制さ
れることとなり、さらに、減速材温度効果、ボイド効果による負の反応度の追加が
生じるため、これによっても出力の上昇が抑制されることとなるはずである。これ
らの各効果による総合的な核分裂反応の制御効果を無視して、専らボイド効果のみ
を取り上げて核暴走事故の危険があるとする控訴人らの主張は、被控訴人も主張す
るとおり、合理性を欠くものというべきである。
 しかも、本件安全審査に当たっては、ボイドが消滅するような運転時の異常な過
渡変化として、「発電器トリップ」、「タービントリップ」、「主蒸気隔離弁の閉
鎖」あるいは「圧力制御装置の故障」による主蒸気系の弁の急閉に伴う原子炉圧力
の上昇という事態、「再循環流量制御系の誤動作」や「給水制御器故障」による冷
却材流量の増加という事態、さらには「再循環冷水ループの誤動作」や「給水加熱
喪失」による原子炉への冷水の注入という事態を想定し、それぞれの事態における
過渡変化について解析評価を行った結果、いずれの事象が発生した場合において
も、燃料被覆管及び圧力バウンダリの健全性
は確保され得るものであることが確認されている(乙第二、第五、第三五号証)。
また、同じく再循環ポンプが二台停止するという事態に関しても、これに伴う炉心
流量の減少によるボイド量の増加という事態を想定した解析評価を行い、その結果
として、燃料被覆管の損傷といった事態には至らないことが確認されている(乙第
二、第五、第三五号証)のである。
(二) なお、控訴人らは、「再循環流量制御系の誤動作」あるいは「発電機負荷
喪失・バイパス弁不作動」という事態について、独自の解析を行い、その結果とし
て、前者の場合については一秒足らず、後者の場合については○・四秒程度のそれ
ぞれスクラム遅れが生ずると、破局的な水蒸気爆発に至る計算になるなどと主張す
る。控訴人らのこの計算結果からすると、その前提要件、計算方法等が正確なもの
であるものとすれば、控訴人らの主張する右のような危倶にも、それなりの根拠が
あるものとも考えられるところである。
 しかし、この控訴人らの主張する計算等の内容は、スクラム遅れの時間としてど
の程度の時間を考慮すべきかの点(この点については、後の四の2の項において判
断を示すこととする。)を除いては、これによっても、前記の本件安全審査に当た
って行われた解析評価の内容等について、どの点にどのような過誤等があるとする
のかを具体的に指摘、論証するものとまではいえず、このような控訴人らによる計
算によって異なる結果が得られたとの事実のみから、直ちに本件安全審査の際の解
析評価の内容等の合理性が覆されるものとまで断ずることは困難なものというべき
である。すなわち、この控訴人らによる独自の計算等が本件安全審査に当たって行
われた解析評価の内容と異なる結果となったとの一事のみからしては、本件安全審
査の際の解析評価の前提要件の設定や計算方法等のその内容が、原子力工学等の専
門技術的な観点からして合理性を欠きあるいは過誤があるとされるものとまでする
ことは、困難なものといわなければならない。
 むしろ、この控訴人らの主張する計算等の内容については、被控訴人が指摘する
ように、例えば、再循環流量制御系においては、主制御器のほか、再循環両ループ
に速度要求誤差制限器が設置されているから、仮に主制御器の誤動作が起こったと
しても、それぞれの系統における流量は、最大毎秒一〇パーセントの増減に制限さ
れることとなっているのに、このことを考慮
にいれないで計算を行っていること、また、炉心から冷却材への熱伝達について、
炉心における熱量の増加分が、過渡変化開始直後から除々に冷却材に伝わっていく
ことになるものであり(乙第八八、第一七〇号証)、これによって原子炉内のボイ
ドの減少が抑えられ、正の反応度の添加が抑制されることとなることを無視して、
炉心から冷却材へ熱が全く伝わらない時間があることを前提として計算を行ってい
ること、さらに、負荷の喪失等によるボイドの減少に関して、ボイドが減少するの
に要する時間的な経過を考慮した場合には全反応度が一ドルを超えて超即発臨界に
至ることはないものと考えられる(乙第一〇九号証)にもかかわらず、この時間的
な経過を無視した誤った計算を行っていることなど、その内容の合理性、正確性等
にはなお疑問の余地があるものとも考えられるところである。
 そうすると、控訴人らの右の主張等から直ちに、本件安全審査の前提とされた右
のような過渡変化解析の内容を合理性を欠くものとまですることは、困難なものと
いうべきである。
(三) また、控訴人らは、本件安全審査が、スクラム失敗に起因する反応度事故
の可能性を全く検討していない点において、合理性を欠くものであるとも主張す
る。しかしながら、本件安全審査においてスクラム失敗を伴う過渡現象についての
事故解析がされていないことから、本件安全審査を不合理なものとすることができ
ないことは、前記引用に係る原判決の説示(原判決三―二一八頁一〇行目から三―
二二二頁九行目まで)にあるとおりである。そもそも、本件原子炉における原子炉
緊急停止装置については、本件安全審査において、電源が何らかの原因で喪失した
場合においても制御棒が自動的に炉心内に挿入されるように設計されるとともに、
右装置を作動させる回路が多重性及び独立性を有するように設計され、さらに右装
置を含む安全保護設備については、その信頼性を常に保持するため、運転開始後も
その性能が引き続き確保されていることを確認するための試験を行えるように設計
されることなどが確認された結果、これが確実に所期の機能を発揮し、信頼性が確
保されるものと判断されている(原判決三―一七三頁一行目から三―一七四頁八行
目まで)のである。そうすると、安全審査における解析評価に当たって、想定され
た異常事象の発生に加えて、原子炉が所期のスクラムに失敗するという事態までを
想定し
ていないからといって、これによって、本件安全審査の合理性が否定されることと
なるものとまですることは困難なものというべきである。なお、この過渡変化解析
等においてスクラム失敗という事態を考慮しないことの当否の問題については、控
訴人らの主張にかんがみ、後に改めて判断を加えることとする。
(四) その他、控訴人らは、冷却材喪失事故(LOCA)時のスクラム失敗、原
子炉の緊急停止に失敗しホウ酸水注入系の作動によって原子炉内にホウ酸水が注入
された場合などを例に引いて、暴走事故の危険性を主張しており、前記のウェッブ
論文(甲第三〇三号証)には、この主張内容に沿う記述がみられるところである。
 しかし、これらの主張も、帰するところは、想定された各種の事象の発生に加え
て、スクラム遅れやスクラム失敗という独自の仮定を置くことによる暴走事故の可
能性を主張するものである。そうすると、本件安全審査においては、前記認定のと
おり、本件原子炉施設の安全保護設備等の設計の総合的な妥当性や原子炉緊急停止
装置の機能、信頼性が確認されていることからして、これらの控訴人の主張も、本
件安全審査の合理性を否定するには足りないものというべきである。
四 過渡変化・事故解析の内容等
1 本件安全審査における過渡変化・事故解析
 昭和四七年の本件処分時の安全審査に当たって、本件原子炉の運転中に発生する
異常な過渡変化として、合計一四に上る代表的な異常事象を想定し、これらの事象
について、安全保護設備のうち最もその評価結果が厳しくなるような機器の一つが
単一の事象に起因して故障しその機器の有する安全上の機能が発揮されないことを
想定するなどの厳しい前提条件を設定した解析が行われ、その結果、本件原子炉施
設が、異常な過渡変化が発生した場合においても、燃料被覆管及び圧力バウンダリ
の健全性を確保することができるものとなっていることが確認され、本件原子炉施
設の安全保護設備の設計が総合的にみて妥当なものと判断されていることは、前記
引用に係わる原判決の説示(原判決三―一七四頁九行目から三―一七九頁七行目ま
で)にあるとおりであり、また、あえて放射性物質を環境に異常に放出するおそれ
のある事態として合計六つの態様の事故を想定し、同様の前提条件を設定した事故
解析が行われ、その結果、本件原子炉施設が、右のような事故が発生した場合にお
いても、放射性物質の環境への異常
放出を防止することができるものとなっていることが確認され、本件原子炉施設の
安全防護設備等の設計が総合的にみて妥当なものであると判断されていることも、
前記引用に係る原判決の説示(原判決三―一八三頁三行目から三―一九一頁六行目
まで)にあるとおりである。
 その後、平成三年変更許可処分の際の安全審査に当たっては、高燃焼度八×八燃
料の採用等のための燃料設計仕様の変更に伴い、本件原子炉の反応度係数、最小限
界出力比等が変更されることなどから、これらの変更に係る原子炉施設の安全性の
総合的な妥当性を確認するため、炉心あるいは圧力バウンダリの健全性に影響を及
ぼす可能性のある運転時の異常な過渡変化として合計一二に上る事象を想定し、こ
れらについて安全保護系、原子炉停止系等の設計の妥当性を確認するための過渡変
化解析の審査が行われるとともに、原子炉施設から放出される放射性物質による環
境への影響が大きくなる可能性のある合計一一に上る事象を想定し、これらについ
て工学的安全施設等の設計の妥当性を確認するための事故解析の審査が行われてい
る(乙第九〇、第九一号証)。さらに、平成四年変更許可処分の際の安全審査に当
たっては、核計装の信頼性の向上等を図るために原子炉核計装として起動領域計装
を採用することに伴い、原子炉核計装の構成の変更及びスクラム信号の変更によっ
て核計装機能及び安全保護機能に係る設計の変更が生じることから、運転時の異常
な過渡変化として「原子炉起動時における制御棒の異常な引き抜き」を想定し、こ
れについて、改めて右の変更を前提とした解析の審査が行われている(乙第九六、
第九七号証)。
 ところで、原子炉設置変更許可処分が行われ、当初の原子炉設置許可処分の許可
内容に沿って設置されていた原子炉施設の施設、設備の内容がその変更許可処分に
よる許可内容に沿って変更された場合には、少なくともその安全性の問題に関して
は、後の変更許可処分によって変更を許可された後の内容がそのまま当該原子炉に
係る原子炉設置許可処分の処分内容となるものと解するのが相当であることは、前
記のとおりである。そうすると、本件原子炉施設の安全審査における過渡変化・事
故解析の内容等の適否を検討するに当たっても、右の昭和四七年の本件処分時の安
全審査に当たって行われた過渡変化・事故解析の内容に加えて、さらに右の平成三
年変更許可処分及び平成四年変更許可処
分の各安全審査に当たって行われた過渡変化・事故解析の内容をも併せて、これら
を総合した解析評価の結果について、その当否を検討すべきこととなるものという
べきである。
2 スクラム失敗、スクラム遅れの考慮
 控訴人らは、昭和四七年の本件処分の安全審査に用いられた安全審査指針にはそ
もそも過渡変化・事故解析に関する指針が存在せず、その際に行われた過渡変化・
事故解析においてはスクラム遅れが考慮されておらず、この点において、右の過渡
変化・事故解析の内容は、現在の科学技術水準からして不当、違法なものというべ
きであると主張する。確かに、原子炉施設の安全評価に関する審査指針において、
過渡変化・事故解析に当たって適切なスクラム遅れ時間を考慮すべきことが明記さ
れるようになったのは、本件処分が行われた後の平成二年八月になってからである
ことがうかがえるところである(甲第三〇八号証一〇二頁以下掲記の安全評価審査
指針(平成二年八月三〇日原子力安全委員会決定)のⅡの5・2の(6)参照)。
 
 しかしながら、乙第八八号証によれば、前記の平成三年変更許可処分の安全審査
に当たって行われた解析評価においては、「原子炉起動時における制御棒の異常な
引き抜き」という過渡変化時における中性子束高スクラム、「外部電源喪失」とい
う過渡変化時におけるタービン主蒸気止め弁閉鎖スクラム、「給水加熱喪失」とい
う過渡変化時における中性子束高スクラム、「負荷の喪失」という過渡変化時にお
けるタービン蒸気加減弁急速閉鎖スクラム、「原子炉冷却材流量制御系の誤動作」
という過渡変化時における中性子束高スクラム、「主蒸気隔離弁の誤閉止」という
過渡変化時における主蒸気隔離弁閉鎖スクラム、「給水制御系の故障」という過渡
変化時におけるタービン主蒸気止め弁閉止スクラム、「原子炉圧力制御系の故障」
という過渡変化時における主蒸気隔離弁閉鎖スクラム、「給水流量の全喪失」とい
う過渡変化時における原子炉水位低スクラム、「原子炉冷却材喪失」という事故時
における原子炉水位低スクラム、「原子炉冷却材流量の喪失」という事故時におけ
るタービン主蒸気止め弁閉鎖スクラム、「原子炉冷却材ポンプの軸固着」という事
故時におけるタービン主蒸気止め弁閉鎖スクラム、「制御棒落下」という事故時に
おける中性子束高スクラム、「主蒸気管破断」という事故時における主蒸気隔離弁
閉鎖スクラムについて、また
、乙九三号証によれば、平成四年変更許可処分の安全審査に当たって行われた解析
評価においては、「原子炉起動時における制御棒の異常な引き抜き」という過渡変
化時における原子炉出力ペリオド短スクラムについて、それぞれ右の安全評価審査
指針のⅡの5・2の(6)にいう適切なスクラム遅れ時間を考慮した解析評価が行
われ、しかも、乙第九〇、第九一、第九六、第九七号証によれば、これらの解析評
価がいずれも右の安全評価審査指針に適合していることが確認されていることが認
められるのである。したがって、右のような各過渡変化解析や事故解析の内容が現
在の科学技術水準からして不当、違法なものであるとする控訴人らの主張には、理
由がないものというべきである。
 また、控訴人らは、この解析評価において考慮すべきスクラム遅れ時間の点に関
して、事故時の作動の遅れを見込んだ場合には、右の各安全審査に当たって行われ
た解析において見込まれている〇・〇六秒とか〇・〇九秒とかいったスクラム遅れ
時間は非常識であり、少なくとも〇・四秒、さらには一秒あるいは二秒といった程
度のスクラム遅れ時間を考慮すべきものと主張する。しかしながら、本件原子炉施
設における原子炉緊急停止装置が、その回路の多重性及び独立性あるいはその性能
の継続的な試験可能性の確保といった観点からして、確実に所期の機能を発揮し、
その信頼性が確保されるものと判断されていることは前記のとおりであり、したが
って、本件原子炉の安全審査における解析評価に当たって、想定された異常事象の
発生に加えて、原子炉が所期のスクラムに失敗するという事態までを想定しないと
その合理性が否定されることとなるものとまで考えられないことは前記のとおりで
ある。むしろ、前記の安全評価審査指針において過渡変化等解析に当たって適切な
スクラム遅れ時間を考慮すべきものとしている趣旨は、被控訴人の主張するとお
り、原子炉緊急停止装置に何らかの故障を仮定するというものではなく、過渡変化
時等に原子炉のスクラムの効果を期待する場合に、スクラムを生じさせる信号の検
出器の応答遅れ時間及び動作装置入力端子までの論理回路、信号伝達回路の遅れ時
間を考慮すべきものとする点にあるものと考えられるところである。すなわち、こ
こにいうスクラム遅れ時間とは、本件原子炉施設に関して一般に想定される安全保
護系、原子炉停止系等を構成する各機器を念頭におい
て、先行の原子炉施設の実績等を踏まえながら、工学的にその仕様上生じ得る機器
又は回路の作動に要すると見込まれるいわば仮定上の時間をいうものと解すべきで
あり、例えば、これを安全保護系を構成する回路についていうと、その回路が電気
信号等を伝達するものであることからして、電気信号等を回路全体に伝達するのに
要する時間も、一般的にいって一〇〇分の一秒単位の、いわば瞬時ともいうべき時
間と考えられるのである。そうすると、控訴人らの主張する○・四秒さらには一秒
ないし二秒といった時間は、このようなスクラム遅れ時間というものの性質からし
て、現実的でないものというべきである。例えば、控訴人らは、前記のとおり、発
電機負荷喪失という事態について、技術的には〇・四秒程度のスクラム遅れは十分
に起こり得るものであると主張するところ、被控訴人の主張によれば、平成三年変
更許可申請の際のこの発電機負荷喪失という過渡変化の解析においては、安全評価
審査指針の定める適切なスクラム遅れ時間として、○・○八秒という時間が考慮さ
れているにとどまることがうかがえるのであるが、前記のようなスクラム遅れ時間
というものの性質からして、この○・○八秒という時間が合理性を欠くものである
ことを認めるに足りるまでの資料は見当たらないのである。
 さらに、控訴人らは、本件原子炉と同一のBWRである米国のブラウンズ・フェ
リー原子力発電所三号炉で一九八〇年(昭和五五年)六月に発生したスクラム失敗
事故等を例に引いて、スクラム失敗という事態が現に発生する可能性のある事態で
ある旨を主張する。しかしながら、乙第一〇五証によれば、右のブラウンズ・フェ
リー原子力発電所三号炉における事故は、修理の目的で手動スクラム操作により制
御棒の挿入を図ったところ、全制御棒の約三分の一が部分挿入の位置にとどまり、
全挿入に至らなかったというものであるが、これは、BWRの停止装置において
は、スクラム排出ヘッダに水が溜まっていると、制御棒を押し上げる力が弱くな
り、制御棒が完全に挿入されなくなるところ、右のブラウンズ・フェリー原子力発
電所三号炉においては、スクラム排出ヘッダとその下流端にあるスクラム排出容器
を細い管で連結する構造となっていたため、水の流れが悪くなり、スクラム排出ヘ
ッダに水が残ったことによって生じたものであることが認められるのである。これ
に対し、本件原子炉を含む我
が国のBWRにおいては、右の事例を教訓として、細い連絡管をなくして、スクラ
ム排出ヘッダとスクラム排出容器とを一体構造とし、スクラム排出ヘッダに水が溜
まらないようにする対策が講じられていることが認められる(乙第一〇五、第二、
第三五号証)から、右のブラウンズ・フェリー原子力発電所三号炉におけるスクラ
ム失敗の例も、本件安全審査の合理性を否定するに足りるものではないというべき
である。
 また、一九六五年(昭和四〇年)七月に旧西独のカール原子力発電所で発生した
運転中の定例試験時に原子炉保護系のリレー数個に固着が発見されたという例は、
スクラム・リレーの製造過程において被覆コーティングが適切に熱処理されなかっ
たことによるものであり(乙第一〇六号証)、さらに、昭和五六年一二月に敦賀発
電所一号炉において発生した制御棒の駆動機構の機能試験中に制御棒の引抜操作が
できなかったという例も、制御棒駆動水圧制御ユニット内の引抜側隔離弁の一部に
損傷があったことによるものであって(乙第一〇七号証)、これらの事例では、い
ずれも用いられた材料の品質管理や制御棒駆動系の運転管理の在り方が問題とされ
ることとなるものというべきではあるが、これによって、原子炉施設の基本設計や
基本的設計方針の安全性が問われることとなるというものではないことが認められ
るものというべきである。
3 制御棒の挿入失敗の想定等
 控訴人らは、また、現行の安全評価審指針においては、原子炉のスクラムの効果
を期待する場合において、当該事象の条件において最大反応度を有する制御棒一本
が全引抜位置にあるものとして停止効果を考慮しなければならないものと明記され
ているのに、昭和四七年の本件処分の安全審査に当たって行われた過渡変化・事故
解析においてはこの点が考慮されていないこと、同様に、現行の安全評価審査指針
においては、過渡変化・事故解析において、制御棒引抜監視装置による効果は原則
として考慮できないこととなっているのに、昭和四七年の本件処分の安全審査に当
たって行われた過度変化・事故解析においては、出力運転中の制御棒引抜事故に対
しては、制御棒引抜監視装置の作動によって制御棒引抜動作を阻止することが前提
とされていることを引いて、本件安全審査が現在の科学技術水準からすれば不合理
なものと考えられることになるものと主張する。
 まず、前者の制御棒一本の挿入失敗を想定する必
要があるとの点については、確かに、前記の現行の安全評価審査指針のⅡの5「解
析に当たって考慮すべき事項」の「5・2安全機能に対する仮定」の(6)におい
て、原子炉のスクラムの効果を期待する場合においては、当該事象の条件において
最大反応度価値を有する制御棒一本が全引抜位置にあるものとして停止効果を考慮
すべきことが要求されているところである。しかしながら、昭和四七年の本件処分
の安全審査に当たって行われた過渡変化・事故解析においてはともかく、その後の
平成三年変更許可処分及び平成四年変更許可処分の各安全審査に当たって行われた
解析評価においては、右の現行の安全評価審査指針の定めを基に、原子炉のスクラ
ム効果を期待する場合において、当該事象の条件において最大反応度価値を有する
制御棒一本が全引抜位置にあるものとして停止効果を考慮した評価がされており
(乙第八八、第九三号証)、これらが右の安全評価審査指針に適合していることが
確認されているところである(乙第九〇、第九六号証)。そうすると、現時点にお
ける本件原子炉施設の安全性に関していえば、控訴人らの右の指摘は妥当しないも
のというべきことになる。
 また、後者の制御棒引抜監視装置による効果の点については、確かに、現行の安
全評価審査指針のⅡの5「解析に当たって考慮すべき事項」の「5・2安全機能に
対する仮定」の(1)において、想定された事象に対処するための安全機能のう
ち、解析に当たって考慮することができるものは、原則として重要度分類指針にお
いて定めるMS―1及びMS―2に属するものによる機能とするものと定められて
いるところ、右重要度分類指針によれば、制御棒引抜監視装置はMS―3に属する
ものとされているところである。しかしながら、右の安全評価審査指針のⅡの5・
2の(1)の定めのただし書では、MS―3に属するものであっても、その機能を
期待することの妥当性が示された場合においては、これを含めることができるもの
とされている。しかも、本件原子炉施設については、平成三年変更許可処分の安全
審査に当たって行われた「出力運転中の制御棒の異常な引き抜き」という過渡変化
の解析評価において、制御棒引抜監視装置は事象発生前から動作しており、かつ、
発生後も引き続き動作するため、その動作を考慮することができるものとして、解
析評価が行われ(乙第八八号証)、これが安全評価審査指針に
適合していることが確認されているのである(乙第九〇、第九一号証)。したがっ
て、この点に関する控訴人らの主張も、理由がないものというべきである。
 さらに、控訴人らは、本件安全審査に当たっての冷却材喪失事故(LOCA)の
解析が、昭和五六年七月二〇日の原子力安全委員会決定に係るECCS性能評価指
針の定めに照らして不合理なものとなっているとも主張する。しかし、この点につ
いても、平成三年変更許可処分の安全審査に当たって、冷却材喪失事故について改
めて右のECCS性能評価指針の定めに則った解析評価が行われ(乙第八八号
証)、これが右の指針に適合していることが確認されていることが認められる(乙
第九〇、第九一号証)から、この点に関する控訴人らの指摘も、理由がないものと
いうべきである。
4 燃料破損限界の想定、浸水燃料の破裂の考慮等
 控訴人らは、燃料破損限界の想定あるいは浸水燃料の破裂の考慮の点に関して
も、昭和五九年一月一九日に原子力安全委員会が決定した反応度投入事象評価指針
に定められた燃料の破損限界に関する新たな判断基準や浸水燃料の破裂による衝撃
圧力等の影響に関する審査指針を考慮せずにされた本件安全審査が、現在の科学技
術水準からして不合理なものであると主張する。
 しかしながら、これらの点についても、平成三年変更許可処分の安全審査に当た
っては、「制御棒落下」事故の解析評価において燃料の破損限界や浸水燃料の破裂
による衝撃圧力等を考慮した解析が行われ(乙第八八号証)、また、平成四年変更
許可処分の安全審査に当たっては、「原子炉起動時における制御棒の異常な引き抜
き」という過渡変化の解析評価において浸水燃料の存在を考慮した解析が行われ
(乙第九三号証)、その結果がいずれも右の評価指針等に適合していることが確認
されている(乙第九〇、第九一、第九六、第九七号証)ところである。したがっ
て、これらの点に関する控訴人らの指摘も、理由がないものというべきことにな
る。
五 本件原子炉施設の自然的立地条件に係る安全性
1 本件原子炉施設の敷地の地質、地盤等
(一)本件安全審査における審査
 本件安全審査において、本件原子炉施設の自然的立地条件に係る安全性に関し
て、本件原子炉施設の敷地の地盤に係る条件が本件原子炉施設における大きな事故
の誘因とならないものと判断されており、この判断に不合理な点が認められないこ
とは、前記引用に係る
原判決の説示(原判決三―一五七頁三行目から三―一五八頁末行まで)にあるとお
りである(なお、証人bの証言参照)。
(二) 平成九年変更許可申請に際しての調査結果
 また、乙第一四五、第一六七ないし第一六九号証によれば、その後、平成九年九
月一七日付けで、本件原子炉施設について、使用済燃料乾式貯蔵設備の設置に係る
平成九年変更許可申請の申請書が提出され、その後、平成一一年三月一〇日付け
で、右の設置変更を許可する平成一一年変更許可処分が行われているが、右の平成
九年変更許可申請に当たって行われた本件敷地及び敷地周辺の地表地質調査、ボー
リング調査、ボアホールテレビ調査等の最新の調査結果によれば、本件原子炉施設
の敷地の地盤、地質等は、次のようなものであることが確認されており、安全審査
会の調査審議の結果としても、この調査結果等は妥当なものであるとする結論が出
されている。
(1) 本件敷地の基礎岩盤
 本件敷地の地質は、新第三系鮮新統の久米層、第四系更新統の段丘堆積物及び第
四系完新統の沖積層、砂丘砂層で構成されており、本件敷地の基礎岩盤を構成する
久米層は、本件敷地全域にわたって標高プラス七ないしマイナス四〇〇メートル以
深に分布している。ボーリング調査の結果によれば、この久米層が節理の少ない塊
状の良好な地盤であり、有意な断層や破砕帯のないこと、本件敷地全域にわたりほ
ぼ水平に堆積し、摺曲構造のないことが認められ、また、ボアホールテレビ調査の
結果によれば、すべりを生じさせるような弱層等の不連続面も存在しないことが認
められる。
(2) 基礎岩盤の均質性
 本件敷地の基礎岩盤である久米層を対象として、物理試験、三軸圧縮試験等の岩
石試験、PS検層、ボーリング孔を利用した弾性波速度測定等の原位置試験が行わ
れたが、その結果は、久米層が、地盤物性の場所的変化が小さく、下方への連続性
が認められ、異方性のない良好な地盤であることを示すものとなっている。
(3) 基礎岩盤の地耐力等
 岩石試験の結果から算定される本件敷地の基礎岩盤である久米層の有する許容支
持力度は、長期許容支持力度が一平方メートル当たり二○○トン以上、短期許容支
持力度が一平方メートル当たり四○○トン以上であるものと算定された。
(三) 本件安全審査の適否
 右の平成九年変更許可申請に当たって行われた調査結果等は、本件原子炉施設の
基礎岩盤が平坦かつ均質な砂質泥岩層
であるとした当初安全審査の合理性を基礎付けるものとなっており、また、本件原
子炉施設の基礎岩盤への常時荷重が原子炉建屋の自重や形状からして一平方メート
ル当たり約六〇トン程度と算定できることとの関係で、本件敷地の基礎岩盤が十分
余裕のある支持力を有するものとした当初安全審査の合理性を確認するものとなっ
ているということができる。したがって、この点からしても、本件安全審査におけ
る本件原子炉施設の敷地の地質、地盤等の点に関する判断については、その合理性
が認められるものというべきである(なお、証人gの証言参照)。
 この点について、控訴人らは、本件安全審査においては、各種の調査結果のデー
タ等安全審査を行う上で必要な具体的なデータが何ら提出されておらず、本件安全
審査は申請者の主張をそのまま鵜呑みにしたにすぎないものであると非難する。し
かし、少なくとも右の平成九年変更許可申請に際しての調査結果に現われた各種の
データからすれば、これが当初の本件安全審査の内容の合理性を確認する内容のも
のとなっていることは右のとおりであるから、右の控訴人らの非難は当たらないも
のという以外ない。
2 本件原子炉施設に係る耐震安全性
(一) 耐震安全性に係る安全審査の方法等
 本件安全審査において、本件原子炉施設の自然的立地条件に関して、地震との関
係において本件原子炉敷地周辺の地質構造等が、本件原子炉施設における大きな事
故の誘因とならないものと判断されており、この判断に不合理な点が認められない
ことは、前記引用に係る原判決の説示(原判決三―一五七頁三行目から三―一五八
頁末行まで)にあるとおりである(なお、証人bの証言参照)。
 しかしながら、原子炉施設に関する耐震設計の審査指針としては、本件処分の
後、原子力安全委員会によって、最新のものとしては昭和五六年七月二〇日付けの
耐震設計審査指針(甲第三〇八号証六二頁以下)が決定されており、むしろこの耐
震設計審査指針が原子炉施設の耐震安全性の問題に関する最新の科学技術的知見を
踏まえて定められたものと考えられることからすれば、本件原子炉施設の耐震安全
性の問題に関する本件安全審査の適否についても、これを右の耐震設計審査指針の
内容に照らして検討してみることが相当なものと考えられるところである。
 右の耐震設計審査指針の定めによれば、原子炉施設の耐震設計においては、原子
炉施設を構成する各施設
の重要度等に応じて定められた各クラス別に、各施設が、敷地に影響を与えた過去
の地震の生起状況を主体とし、近距離に存在する活断層の状況などを考慮して定め
る設計用最強地震(証人gの証言によれば、過去の地震歴、活断層の状況等からみ
た、将来起こり得る最強の地震)及び設計用限界地震(証人gの証言によれば、活
断層の状況のほか、地震地体構造をも調査し、直下地震の存在等をも考慮に入れて
考えた、右の設計用最強地震を上回るような、およそ現実的ではないと考えられる
限界的な地震として想定される地震)による地震力あるいは一定の方式で算定され
た静的地震力等に耐えることなどの方針を満足しているものであることが要求され
ている。そこで、以下に、この耐震設計審査指針の定めとの関係で、本件原子炉施
設に係る耐震安全性の問題に関する本件安全審査の前記のような判断が合理性を持
つものといえるか否かを検討することとする。
(二) 本件敷地周辺の断層等の状況
 平成九年変更許可申請に際し、本件敷地周辺の地質・地質構造を把握するための
空中写真判読、地表地質調査等の調査が行われているが、その結果(乙一四五号
証)などからすれば、本件原子炉施設の耐震設計上考慮の対象となる本件敷地周辺
の断層等の状況は、次のとおりであることが認められる。なお、乙第一三三、第一
三四、第一四〇、第一四二ないし第一四四号証によれば、文献上本件敷地を中心と
する半径三〇キロメートル以内の周辺海域には活断層、断層等は示されていないか
ら、断層等の状況は専ら周辺陸域についてこれを検討することで足りるものと考え
られる。
(1) 本件敷地近辺の活断層等
 まず、主要な文献上に示されている本件敷地を中心とする半径三〇キロメートル
以内の周辺陸域の活断層等としては、鹿島台地西縁部の第四紀後期層の撓曲(乙第
一三一号証)、鹿島台地西縁部の活断層(活撓曲を含む。)(乙第一三三号証)、
活断層の疑いがあるリニアメント(確実度Ⅲ)として、棚倉破砕帯西縁断層の一
部、水府村付近の四本のリニアメント、関口―黒磯リニアメント及び関口―米平リ
ニアメントの七本のリニアメント(乙第一三四号)、鹿島、行方などの活傾動(乙
第一三四号証)がある。
 このうち、鹿島台地西縁部の撓曲、鹿島台地西縁部の活断層(活撓曲を含む。)
及び鹿島、行方などの活傾動については、地表地質調査の結果付近にリニアメント
が判読されないこと
などから、少なくとも第四紀後期以降の活動性はないものと判断され(乙第一四五
号証)、これらは耐震設計に当たって考慮すべき活断層には当たらないものと考え
られる。また、棚倉破砕帯西縁断層の一部は、これと連続して最終活動時期が一様
と判断される南方延長部において段丘面に変位地形が認められないことなどから、
第四紀後期以降活動した事実はないものと判断され(乙第一三四号証)、水府村付
近の四本のリニアメントも、一部に断層が認められるが、いずれも小規模な断層で
断層面が連続していないことなどから、これは主として浸食に対する抵抗差によっ
て形成された崖線等であるものと考えられ(乙第一四五号証)、したがって、これ
らも耐震設計上考慮する必要はないものと考えられる。
 さらに、関口―黒磯リニアメントの推定位置付近には断層が認められないことな
どから、右リニアメントは浸食に対する抵抗差によって形成されたものと考えられ
(乙第一四五号証)、また、関口―米平リニアメントについても、ほぼ直線状の谷
にみられる急崖等は熱水変質を受けた破砕部とその周辺の花崗岩類との浸食に対す
る抵抗差を反映したものと考えられること(乙第一四五号証)から、これらも耐震
設計上考慮する必要はないものと考えられる。
(2) 本件敷地周辺のその他の活断層
 本件敷地を中心とする半径三〇キロメートル以遠の断層であって、本件敷地への
影響を考慮する必要がある断層として、関谷断層、神縄・国府津―松田断層帯及び
烏山―菅生沼断層が存在する。このうち、烏山―菅生沼断層については、その部分
にリニアメントが見つからず、また、その断面図でレベルの食い違いがみられない
こと(乙一四五号証)から、本件原子炉施設の耐震設計との関係では、関谷断層と
神縄・国府津―松田断層帯について検討すれば足りるものと考えられる(乙第一六
四号証、証人gの証言)。
(三) 本件原子炉施設の耐震設計
(1) 耐震設計上考慮すべき地震等
 本件安全審査においては、過去の地震歴の調査結果等から、本件敷地付近に比較
的大きな地震動を与えたと思われる過去の地震として、一六八三年の日光地震から
一九三八年の磐城沖地震までの五つの地震を選定していることは、前記引用に係る
原判決の説示(原判決三―一五八頁で引かれている同二―一〇九頁三行目ないし一
一〇頁一〇行目)にあるとおりである。
 これに対し、平成九年変更許可申請の際の調査
結果においては、種々の地震資料による過去の地震歴の更に詳細な調査結果等か
ら、東海地点に震度五程度以上の影響を与えたと推定される地震として、八一八年
の関東諸国の地震から一九三八年の福島県東方沖地震までの合計一二の地震を選定
し、そのうち本件敷地への影響が最も大きな地震としては、鹿島灘の地震(一八九
六年、マグニチュード七・三、震央距離三五キロメートル)が選定されており(乙
第一五六号証)、安全審査会における調査審議の結果でも、この調査結果、選定等
は適切なものであるとする結論が出されている(乙第一六四号証、証人gの証
言)。
(2)本件敷地基盤における設計用地震動
 本件安全審査においては、本件原子炉施設の耐震設計上考慮すべき設計用地震動
の設定に当たって、前記のとおり選定した過去の地震のうち本件敷地付近に最も大
きな地震動を与えたものを日光地震(一六八三年、マグニチュード七・三、震源距
離八二キロメートル)、東京湾北部地震(一八九四年、マグニチュード七・五、震
源距離一〇ニキロメートル)及び磐城沖地震(一九三八年、マグニチュード七・
五、震源距離一〇二キロメートル)であるものとし、これらの地震による敷地基盤
における地震動の最大加速度をいずれも七一ガルであるものと推定し、その結果、
設計用地震動の最大加速度を右の最大加速度に対して十分余裕をとって一八○ガル
と設定したこと(乙第二号証)が妥当なものと判断されていることは、前記引用に
係る原判決の説示(原判決三―一五八頁で引かれている同二―一一〇頁一一行目か
ら二―一一一頁一〇行目まで)にあるとおりである。
 これに対し、右の平成九年変更許可申請の際の調査結果においては、本件敷地へ
の影響が最も大きな地震として選定された鹿島灘の地震(マグニチュード七・三、
震央距離三五キロメートル)を基に、前記のとおり検討の対象とすべき活断層であ
る関谷断層及び神縄・国府津―松田断層帯の存在を考慮に入れて、設計用最強地震
(歴史地震としてはマグニチュード七・三の一八九六年の鹿島灘の地震、活断層の
地震としてはマグニチュード七・五の関谷断層の地震)の基準地震動の最大加速度
振幅が一八〇ガル、設計用限界地震(活断層の地震としてはマグニチュード八・五
の神縄・国府津―松田断層帯の地震、地震地体構造による地震としてはマグニチュ
ード七・七五の太平洋プレートと陸側のプレート境界の地震、直下地震と
してはマグニチュード六・五の震源距離一〇キロメートルの地震)の基準地震動の
最大加速度振幅が二七〇ガル(活断層及び地震地体構造による地震の場合)及び三
八○ガル(直下地震の場合)と策定されており、これらの地震動の策定は、既存の
種々の研究内容と比較しても整合性、信頼性のある適切なものであることが認めら
れる(乙第一五七、第一六四号証、証人gの証言)。
(3) 本件安全審査における耐震設計の審査の適否
 右の平成九年変更許可申請の際の調査結果による設計用最強地震動の数値等を前
記の本件安全審査における設計用地震動の数値と対比すると、設計用最強地震の最
大加速度の一八○ガルという数値は、本件安全審査における設計用地震動の最大加
速度の数値の一八○ガルと同一になっている。したがって、この点で、本件安全審
査における耐震審査が、現行の耐震設計審査指針に照らしてみても、妥当なもので
あることが確認されたこととなるものというべきである。
 もっとも、本件安全審査においては、右の平成九年変更許可申請がその前提とす
る現行の耐震設計審査指針の要求している安全審査の方法である設計用限界地震に
基づく基準地震動をも想定した上での審査、すなわち、活断層及び地震地体構造か
ら想定される地震については二七〇ガル、直下地震から想定される地震については
三八○ガルの各最大加速度振幅の地震動に対しても、本件原子炉施設のうちの安全
対策上特に緊要な施設の機能が保持されるように設計されているか否かの点の審査
は、直接には行われていないということになる。しかし、本件原子炉施設の耐震設
計においては、地震力によって建物等に発生する応力を弾性限度内に収めるとい
う、いわゆる弾性設計が行われており、そのため、経験上、構造物は設計地震動に
対して概ね四倍程度の安全余裕度を持つこととなるものと考えられているところで
ある(乙第一六四号証、証人gの証言)。しかも、平成七年九月に資源エネルギー
庁が行った検討の結果によれば、本件原子炉施設について、右の設計用限界地震動
の最大加速度振幅である二七〇ガル及び三八○ガルという数値を基に、現行の耐震
設計審査指針に定められた方法によって審査を行った場合においても、その耐震安
全性が確保されることが確認されていることが認められるのである(乙第一〇二、
第一六四号証、証人gの証言)。
 これらの事実からすれば、現行の耐震設計審査指針
の定めとの関係においても、本件原子炉施設に係る耐震安全性の問題に関する本件
安全審査の判断は、合理性を有するものであることが認められることとなるものと
いうべきである。
3 控訴人らの主張等について
(一) 審査基準の不備の主張について
 控訴人らは、本件安全審査の時点では、原子炉施設の耐震設計に関する審査基準
の定めは極めて不十分なものであり、現行の耐震設計審査指針にあるような設計用
最強地震及び設計用限界地震という二種類の設計用地震を想定してそれらに対応し
た耐震設計を要求するといった具体的な審査基準の定めは置かれていなかったか
ら、このような不十分な審査基準によってされた本件安全審査は、現時点における
科学技術水準からすれば、不合理なものというべきであると主張する。
 しかし、本件原子炉施設の耐震設計が、現行の耐震設計審査指針を前提とし、同
指針に定められている設計用最強地震動及び設計用限界地震動の最大加速度の数値
等を基にした場合においても、その耐震安全性が確保されるものとなっていること
が確認されていることは、前記のとおりである。したがって、控訴人らのこの主張
には、理由がないものというべきである。
 なお、控訴人らは、鳥取県西部地震の際に活断層の全く知られていない地点でマ
グニチュード七・三もの地震が発生していることからして、直下地震としてマグニ
チュード六・五のものを想定すれば足りるものとしている現行の耐震設計審査指針
の定めが誤りであることが明らかになったものとし、また、この鳥取県西部地震の
際の地震動の数値をもとに計算してみると、現在の安全審査の手法で想定される設
計用限界地震の最大速度振幅が現実に生じたものよりはるかに小さくなるから、こ
の点からしても、現行の耐震設計審査指針の定めは不合理なものであることが明ら
かであると主張する。確かに、平成一二年の鳥取県西部地震の際にマグニチュード
七・三という規模の地震動が観測されていること(甲第三七一、第三七三号証)か
らすると、原子炉施設の更なる耐震安全性の確保という配慮から、このような観測
結果をも踏まえたより慎重な審査指針が策定されることが望ましいものとも考えら
れるところである。
 しかしながら、現行の耐震設計審査指針における直下地震の想定は、原子炉施設
の敷地等の調査の結果その近傍に直下地震が発生するという事態が考えられない場
合においても、十分な耐震安
全性を確保するという見地から敢えてこれを設計用限界地震の一つとして無条件で
想定すべきものとされているという性質のものであること、また、鳥取県西部地震
については科学的な研究、考察がいまだ十分に行われているものとはいい難いこと
がうかがえ、さらには、前記のとおり、原子炉施設の耐震設計においてはいわゆる
弾性設計が行われていることなどから、現実の構造物は設計地震動に対して相当程
度の安全余裕度を持つこととなるものとされているところである(証人gの証
言)。これらの事情からすると、鳥取県西部地震の際に実測値として右のような観
測値が得られたとの一事をもって、現行の耐震設計審査指針の定めが直ちに合理性
を欠くものとされることとなり、それによって、この点に関する本件安全審査の内
容自体が違法とされることとなるものとまですることは、なお困難なものというべ
きである。
(二) 本件敷地の地盤に関する主張について
 控訴人らは、本件敷地の地質は、軟岩に属する砂質泥岩であって、劣悪な岩盤で
あり、また、本件敷地の地盤は、砂質泥岩層に砂(固結)が含まれており、一様な
基盤とはいえないものであるなどと主張する。確かに、本件敷地における弾性波に
よる物理探査、ボーリング調査等の結果によれば、本件原子炉施設の支持地盤は、
新第三紀に形成された砂質泥岩であることが認められる(乙第二号証)ところであ
る。
 しかし、平成九年変更許可申請に当たって行われた本件敷地及び敷地周辺の地表
地質調査、ボーリング調査、ボアホールテレビ調査等の最新の調査結果によれば、
久米層からなる本件敷地の基礎岩盤が、久米層がほぼ水平に堆積し、断層、弱層等
のない良好な岩盤であり、岩石検査の結果によっても、地盤物性の場所的変化が少
なく、異方性のない良好な地盤であることが確認されており、その許容支持力度の
面でも十分余裕のあるものであることが確認されていることは、前記のとおりであ
る。したがって、この点に関する控訴人らの主張にも、理由がないものというべき
である。
(三) 本件敷地付近における地震動に関する主張について
 控訴人らは、また、本件原子炉の耐震設計上考慮すべき地震の範囲、内容等につ
いて、本件安全審査に当たって考慮の対象とされた地震の範囲等に一部脱落がある
などの著しい不備があり、本件敷地がいわゆる「地震の巣」に取り囲まれているこ
とが考慮されておらず、さらには、そも
そも、本件安全審査がその前提としている同一地域では同様の規模で地震が発生す
るものとする知見自体が当てにならないものであるなどと主張する。
 しかし、控訴人らが検討の対象から脱落しているとする一六七七年の「磐城・常
陸・安房・上房・下房の地震」等については、これらが本件原子炉の設計用地震動
を設定するに当たって現に検討の対象とされていることが認められる(甲第二六六
号証)ところである。また、この「磐城・常陸・安房・上房・下房の地震」につい
ては、かつてはそのマグニチュードが七・四であるものとされてきた(乙第一七二
号証)のが、本件設置許可処分後に発行された文献である「理科年表昭和六四年」
(乙第一七三号証)等の記載では、その地震の規模がマグニチュード八・○に修正
されている。しかし、この地震については、同時に、その震源も本件原子炉施設か
らより遠い位置に修正されている(乙第一七二、第一七三号証、証人gの証言)か
ら、この地震に対する評価の変更が、本件原子炉施設の耐震安全性に影響を与える
ものとまでは考えられないところである。さらに、控訴人らの主張にある「地震の
巣」の点も、これを中小規模の地震が比較的発生しやすい地域を指すもの(乙第九
九号証)と解する限り、これによって、大規模の地震が近距離で発生した場合を想
定して検討される原子炉施設の耐震安全性の問題に関する判断が左右されるもので
はないというべきである。
 また、平成九年変更許可申請の際の調査において本件敷地に影響を与えたと推定
される過去の地震歴を調査するための資料としては、我が国において最も信頼性が
高い資料と一般に認められている各種の地震資料が用いられていることが認められ
る(乙第一五六、第一六四号証、証人gの証言)のであり、これらの資料に基づく
検討、判断は、地震は同一地域においてほぼ同様の規模でくり返し発生している例
が多く、過去に地震が発生している地域では将来も同様の発生機構により同様の地
震が発生する可能性が高いものとする地震学における一般的な知見(証人bの証言
参照)を基にして行われているものと考えられるところである。これらの点からす
れば、控訴人らの右のような非難も、根拠がないものというべきである。
 その他の耐震設計上考慮すべき地震の範囲等に関する控訴人らの主張も、前記の
とおり地震学等に関する一般的な知見等からして妥当なものであることが確認さ
れている本件安全審査におけるこの点に関する判断の合理性を覆すに足りるものと
まですることは、困難なものというべきである。
(四) 地震の影響評価等に対する主張について
 控訴人らは、原子炉施設の敷地に対する地震の影響評価を地震規模・震源距離を
関数とする金井式あるいはbの方法によるべきものとする本件安全審査の耐震安全
審査の判断基準自体に問題があるものとし、むしろ、地震動の揺れの大きさは、断
層距離や地盤の良否に支配されるものであるから、本件安全審査における耐震設計
の審査には合理性がないものと主張する。
 しかしながら、地震学における一般的な知見では、震度と震源距離又は震央距離
との間には一般的に相関関係が認められているところであり、また、平成九年変更
許可申請に際し、本件敷地に対して地震動による影響を与える可能性のある活断層
について、その規模や活動性をも評価した検討が行われており、その検討、評価の
結果が相当なものと認められることは、前記のとおりである。さらに、本件敷地基
盤における地震動の最大速度振幅を算定するために用いられている金井式は、岩盤
上(基盤)における地震動の最大速度振幅、震源距離及びマグニチュードの関係を
表す実験式であり、地震工学の分野において一般にその妥当性が十分に認められて
おり、今日においてもなお重用されているものであることから、本件原子炉を支持
する岩盤上における地震動を算定する算式としてこの金井式を用いることは妥当な
ものと考えられていることが認められるのである(乙第一六四号証、証人b及び同
gの各証言)。また、控訴人らは、金井式の基となったデータはマグニチュード
四・○ないし五・一程度の限られた範囲の地震に関するものであると主張する。し
かし、確かに、金井式が当初作成されるに当たって基礎とされたデータは控訴人ら
の主張するような範囲のものであったが、その後、マグニチュード五・四を超える
ような規模の地震に関する金井式の適用の可能性が検証され、これを可とする結論
が得られていることが認められるところである(乙第一七五号証)。
 次に控訴人らは、金井式による計算では、遠くの巨大地震の加速度が著しく過小
評価される場合が多く、現に阪神大震災で起こった震源距離の近い地点の震度より
震源距離の遠い地点の震度の方が大きくなっている現象を説明できないことになる
などと主張する。しかし、控訴人らの主張
は、阪神大震災等における地震計で測定された地表面上の観測データを根拠とする
ものと考えられるところ、基盤における地震動は、基盤と表層との間の地層を通過
して地表面に達するまでの間に大きく増幅される特性をもっているため、基盤にお
ける地震動を金井式によって計算した数値と地表面における地震計等による観測値
との間には、当然大きな開きが生じることとなり、したがって、金井式による計算
値と地震計で測定されたデータとの間に違いがあっても、それが金井式の妥当性を
疑わせることとなるものではないものと考えられるところである(乙第一六四号
証、証人gの証言)。
 さらに、控訴人らは、金井式では、震央距離が大きいのに震度階が異常に高くな
る異常震域と呼ばれる区域があることが考慮されていないから、金井式を用いて策
定された設計用地震動には不備があるものと主張する。しかし、異常震域と呼ばれ
る現象は、深い場所で発生した地震(深発地震)では、震央付近では無感であるの
に、東日本の太平洋側では有感となる現象をいうものとされ、したがって、一般に
この異常震域が現れるような地震は、深発地震であるためその震源は遠いものと考
えられる(乙第九九、第一七四号証)。ところが、原子炉施設の耐震設計に当たっ
て考慮する必要があるのは、その敷地に大きな影響を与えることとなるような地
震、すなわち、震源が浅く、震源距離も比較的短く、かつ、規模の大きな地震なの
であって、深発地震による影響というのは、このような原子炉施設の耐震設計にお
いて考慮されるべき地震の影響に比べると相対的に小さいものと考えられるところ
である。そうすると、金井式を用いてこのような地震による影響を評価することを
しなくても、それによって、原子炉施設の耐震設計の妥当性が失われることとなる
ものとまでは考えられないものというべきである。
 また、控訴人らは、本件敷地の岩盤が軟岩であることからして、本件申請で用い
られている表層と地盤(基盤)との地震動の比率に関する考え方(基盤で一八○ガ
ルの加速度を持った地震を考えることは、地表面での約三五〇ガルないし五五〇ガ
ル程度の地震を予想していることになるとする考え方)が誤りであると主張する。
しかし、この点も、本件原子炉施設の敷地における表層と基盤との地震動の比率に
関する知見に照らして、本件申請で用いられている右のような考え方については、
その妥当性が認
められるものというべきである(証人gの証言)。
 なお、控訴人らは、本件安全審査に用いられた河角マップについても、現在の時
点でみればその裏付けとなる理論が誤っており、これが欠陥のあるものであるとも
主張する。しかし、本件安全審査においては、河角マップは、本件原子炉施設の所
在地である東海村周辺の地震活動性を他の地域のそれと比較するための資料として
用いられているにすぎず、これが設計用地震動の策定の根拠とされているものでは
なく、また、このマップを、各地方における地震の活動度及び地震発生の度合いを
推定するための資料として用いることは、一般に是認されているところであること
が認められるのである(証人bの証言)。
 したがって、控訴人らのこれらの点に関する主張も、本件安全審査の合理性を覆
すに足りるものではないというべきである。
(五) 阪神大震災の影響に関する主張について
 なお、控訴人らは、本件原子炉施設の設計用地震動の加速度が一八〇ガルにすぎ
ず、阪神大震災と同規模の震災が発生すると、それだけでその地震動に耐えられな
いことが明らかであるなどと主張する。
 しかし、本件安全審査あるいは平成九年変更許可申請の際の調査においては、過
去の地震歴や活断層の活動性等からして、本件敷地について耐震設計上考慮すべき
地震を適切に選定した上で、その耐震安全性が検討、審査されていることは前記の
とおりである。すなわち、本件敷地周辺には、阪神大震災における活断層のような
本件原子炉施設に影響を与える活動性の高い活断層は見当たらないことが確認され
ているのである。また、原子力安全委員会は、平成七年一〇月五日、阪神大震災の
教訓を踏まえた上でも、なお現行の耐震設計審査指針が妥当なものであるとする
「平成七年兵庫県南部地震を踏まえた原子力施設耐震安全検討会」の報告書を妥当
なものとして了承しているところでもある(乙第一〇三号証の一、二)。
 また、控訴人らは、阪神大震災を契機として、専門家の間で、現実の鉛直地震力
が水平震度の二分の一を超える場合があることから、これまで水平動に重点が置か
れてきた耐震設計を改める必要が指摘されているのに、本件耐震設計では、鉛直地
震力が水平震度の二分の一にしか設定されていないから、この点で本件耐震設計の
基準は誤っているとも主張する。
 しかし、阪神大震災における観測記録では、上下動の最大加速度振幅は水平動の
最大加速度振幅に比べて平均的に二分の一を下回るという結果が得られており、水
平方向の最大加速度の発生時刻における水平方向に対する上下方向の加速度振幅の
比を分析した結果でも、これが二分の一を大きく下回ることとなっており、しか
も、原子炉施設はその構造からして全体的に上下方面には特に剛性の高い構造とな
っていて、上下動が原子炉施設の耐震安全性に与える影響は小さいものとみなすこ
とができることが認められるのである(乙第一〇三号証の一)。
 これらの事実からすれば、控訴人らの右の各主張も、いずれもその根拠に乏しい
ものというべきである。
(六) 安全審査会の審査の手続に関する主張について
 控訴人らは、安全審査会の八四部会における本件原子炉の地震、耐震設計等に関
する審査が、地盤、地震を専門分野とする審査委員の関与がないままにされたもの
であり、専門家によって実質的に行われたものとは到底いえず、この点で、本件安
全審査は違法なものというべきであると主張する。
 しかしながら、本件安全審査には、b委員が審査委員として関与しており、同委
員は、耐震工学の専門家ではあるが、当然のこととして、耐震工学上必要とされる
地質、地盤及び地震に関する知見をも十分に有しており、安全審査会及びその八四
部会において地質及び地盤に関する安全性あるいは耐震性に関する問題が議論され
る場合には必ず出席していたことが認められるところである(証人bの証言)。ま
た、本件原子炉施設の敷地の地質、地盤、さらには本件原子炉施設の耐震安全性の
問題に関する本件安全審査が、その後の平成九年変更許可申請の際の各種の調査結
果等からして、現行の耐震設計審査指針の定めに照らしてみても、その実体的な内
容の面で合理的なものであることが確認されていることは前記のとおりである。こ
れらの点からすると、これらの地質、地盤、耐震安全性等の問題に関する本件安全
審査の内容自体に不合理な点があるものとは考えられず、控訴人らのこの点に関す
る主張も、本件安全審査の合理性を覆すには足りないものとする以外ない。
(七) 証人hの証言について
 証人hは、本件敷地の地盤や本件原子炉施設の耐震安全性の点について、我が国
においては未だ知られていない活断層が多数存在する可能性が高く、これまで活断
層の存在が確認されていなかった地点で大きな規模の地震が発生した実例も少なく
ないこと、活断層の活動度の大
きさと地震発生の可能性の間にも必ずしも関連性が認められないこと、本件敷地付
近における活断層の調査結果や考慮すべき地震の規模等のデータの正確性、その評
価方法等の妥当性にも疑問があること、本件敷地の地盤の性質等からして耐震設計
上の最大加速度振幅の策定にも不合理な点があることなどを指摘し、本件安全審査
が不合理なものであると証言する。
 しかし、h証人は、古生物層位学を中心とする地質学の専門家であって、一般に
原子力発電所の安全審査に当たってその知見等が必要とされるものと解される地震
学、耐震工学、建築学といった各専門分野については、専門外であることを自ら認
めており、また、本件原子炉施設の敷地の地盤や周辺の地質・地質構造等に関する
データ等についても、自らが現にその調査を行うなどして何らかの知見等を得たと
するものでないことを認める証言をしているところである。しかも、その証言内容
には、例えば、層せん断力係数を算定する際の地震力について動的地震力と静的地
震力とを混同してその立論の根拠とするなどの誤りがあること(証人gの証言)が
認められるのである。さらに、そもそも同証人の証言は、結局は、本件敷地が他の
地域に比べて相対的に耐震安全性の面で優れているか否かという観点を離れた一般
論、抽象論として、我が国においては、どの地域に活断層が存在するかを確定する
ことは不可能であり、地震がどの地域で起こるかの予測も不可能なのであるから、
原子力発電所の設置に適した立地点なるものは存在しないものとし、原子力発電所
の設置を絶対的に認めないとする立場に立ったものであることが明らかである。そ
うすると、このh証人の証言は、前記のとおり原子炉の設置を一定の要件の下に許
容することを前提とした法規である規制法の定めに照らして本件処分の適否を判断
するという本件訴訟の性質とも相容れない前提に立ったものとせざるを得ないので
ある。
 これらの点からすれば、右のようなh証人の証言も、本件原子炉施設の耐震安全
性等の点に関する本件安全審査の合理性を覆すには足りないものというべきであ
る。
六 チェルノブイリ事故について
1 チェルノブイリ事故の概要等
 一九八六年(昭和六一年)四月二六日、旧ソビエト連邦ウクライナ共和国のチェ
ルノブイリ原子力発電所で事故が発生したが、原子力安全委員会ソ連原子力発電所
事故調査特別委員会の右のチェルノブイリ事故に関する
昭和六一年九月九日付けの第一次調査報告書「ソ連原子力発電所事故調査報告書―
第一次―」(乙第七八号証)及び昭和六二年五月二八日付けの最終報告書「ソ連原
子力発電所事故調査報告書」(乙第七九号証)並びに弁論の全趣旨によれば、右の
事故の概要とその評価は、次のとおりであるものとされている。
(一) チェルノブイリ原子力発電所では、一九八六年(昭和六一年)四月二五日
に保守のため四号炉を停止することとなっており、炉の停止前に、外部電源が喪失
してタービンヘの蒸気供給が停止した場合に、タービン発電機の回転慣性エネルギ
ーによりECCSの一部など所内の電源需要にどの程度対応できるかを調べる試験
を行うことになっていた。四月二五日午前一時、試験計画に従って運転員は定格出
力三二〇万キロワットで運転していた炉の出力低下を開始し、一三時五分、炉の出
力が一六〇万キロワットとなり、一四時、試験計画に従ってECCSが切り離さ
れ、その後約九時間にわたって、ECCSを切り離したまま、一六〇万キロワット
運転が続いたが、これは、運転規則に違反するものであった。二三時一〇分、運転
員は一六○万キロワットから出力低下を再開し、低出力時の運転規則に従って局所
出力自動制御系から平均出力自動制御系に切り替えたところ、平均出力自動制御系
と出力の同期がとれず、自動制御装置が作動しなかったため、出力が急激に低下し
始め、三万キロワット以下にまで低下した。四月二六日午前一時になって、運転員
は制御棒を手動で引き抜くことにより出力を二〇万キロワットに何とか維持するこ
とができたが、それ以上の出力上昇は困難な状況であった(なお、七〇万キロワッ
ト以下での長時間運転は、運転規則に違反していた。)。それにもかかわらず、試
験を実施するための準備が進められ、一時三分、七分に、既に作動していた六台の
主循環ポンプ(各ループ三台ずつ)に加えて、さらに各ループ一台のポンプを起動
させた。この結果、炉心での発熱量に対して流量が過大となり、炉心ボイド率の減
少の結果、流動抵抗が減少し、炉心流量は規定値よりも増大した(冷却材流量を過
大にすることは、運転規則により禁止されていた。)。炉心ボイド率の減少に伴い
反応度が減少し、また気水分離器圧力及び水位が低下した。運転員は、給水流量を
増やしたが、低出力下では出力及び給水の制御が難しく、気水分離器水位の回復は
困難であった。気水分
離器水位及び圧力に関する原子炉緊急停止信号による炉の停止を防ぐため、一時一
九分、運転員は同信号をバイパスさせた(これも規則違反である。)。運転員は気
水分離器水位の低下を防ぐため気水分離器への給水流量をさらに増やし始め、これ
に伴い気水分離器から低温の冷却水が炉心に流入したため、ボイド率がさらに減少
し負の反応度が印加され、出力維持のために自動制御棒が上限停止位置まで上昇し
た。そのため、運転員は手動制御棒を引き抜いて出力を調整しなければならなくな
り、この結果、反応度操作余裕がさらに低下した。一時二二分三〇秒、運転員は計
算機からの出力データにより反応度操作余裕が炉の緊急停止を要する値以下の値に
なっていることに気付いたが、運転員はこれを無視して炉を停止しなかった(これ
は、重大な運転規則違反であり、もしこの時点で炉を停止していれば、今国の事故
は当然防げたはずであった。)。
 一時二三分、原子炉は出力二〇万キロワットの運転状態にあったが、低出力運転
のため反応度出力係数は正となっており、ほとんどの制御棒が引き抜かれていたた
め、原子炉の緊急停止のための反応度操作余裕が極端に減少し、かつ、冷却材ボイ
ド係数が大きくなっており、圧力の低下及び給水流量の急減により冷却材温度が飽
和温度近くになり炉心全体でボイドが発生しやすい状況になるなど、原子炉は非常
に不安定な状態になっていた。試験に先立ち、運転員は第八タービン発電機トリッ
プによる原子炉緊急停止信号をバイパスした。これは、最初の試験が不成功の場
合、速やかに再試験ができることを意図したものであるが、試験計画にも違反して
いた(この違反がなければ、今回の事故を防止し得た可能性が高く、これが最後の
重大な違反となった。)。一時二三分四秒、運転員は第八タービン発電機の蒸気停
止加減弁を閉じ、試験を開始した。同弁閉により蒸気流が絶たれたためタービン発
電機がコーストダウンし始め、気水分離器圧力が上昇し始めた。また、八台の主循
環ポンプのうち四台がコーストダウンしている第八タービン発電機から負荷を取っ
ていたため、炉心流量が減少し始めた。同時に、第八タービン発電機に接続してい
る給水ポンプのコーストダウンにより給水流量が減少し、それに伴い冷却材の温度
が上昇した。この結果、炉心ボイド率が増加するとともに出力がゆっくりと上昇し
始めた。これを見て、一時二三分四〇秒、直長は運転
員に炉の緊急停止を命じ、緊急停止用ボタンが押されたが、ソ連の発表によれば制
御棒が効き始めるまでには六秒程度を要する制御棒配置にあったため、出力上昇を
抑えることはできず、出力はさらに上昇し、一時二三分四四秒に出力は定格の約一
〇〇倍となった。この結果、多量の蒸気発生、燃料過熱、燃料の溶融破損、微細化
した粒子状の燃料による急激な冷却材沸騰、燃料チャンネルの破損へと進行した。
 一時二四分、爆発が二回発生した。全ての圧力管及び原子炉上部の構造物が破壊
されるとともに、燃料及び黒鉛ブロックの一部が飛散した。クレーンと燃料交換機
が落下し、上部遮蔽体はほぼ垂直位置となるまで移動した。原子炉建家の屋根も破
壊された。また、炉心の高温物質が吹き上げられて原子炉施設、機械室等の屋根に
落ち、三〇を超える箇所から火災が発生した。これに伴い、多量の放射性物質が環
境に放出された。
 ソ連の推定によれば、放出された燃料は、プラント敷地内に○・三~〇・五パー
セント(炉心初期蓄積量に対する割合)、敷地から二〇キロメートル以内に一・五
~二パーセント、そして二〇キロメートル以遠に一から一・五パーセント散在した
とされている。なお、このチェルノブイリ事故によって、発電所敷地内はもとよ
り、敷地外の旧ソ連各地、さらにはヨーロッパ諸国等に放射線物質による汚染が拡
がり、ヨーロッパ諸国においても、葉菜について放射線物質の沈着による汚染が認
められ、牧草を食べる動物の肉類中にも放射線濃度の上昇がみられる事態となっ
た。
(二) ところで、チェルノブイリ発電所で右の事故を起こした原子炉は、旧ソ連
が独自に開発した、黒鉛を減速材とし、軽水を冷却材とする黒鉛減速軽水冷却沸騰
水型炉(RBMK)である。本件原子炉を含む我が国のBWRにあっては、ボイド
係数が負の値を有し、前記のとおり、原子炉内でのボイドの増加によって中性子の
減速効果が低下し、核分裂反応が抑制されるという性質があるのに対し、右のチェ
ルノブイリ発電所の原子炉は、大きな正のボイド係数を有しており、低出力では反
応度出力係数が正となる設計、すなわち固有の自己制御性がなくなるという設計上
の特徴を有している。ところが、このような炉特性に対応した原子炉緊急停止系の
設計が不十分であって、この点に対する対策は、運転規則によってしか担保されて
おらず、警報、インターロック、自動停止等の設備面における対策
が何ら採られていなかった。すなわち、チェルノブイリ四号炉の原子炉緊急停止系
は、緊急停止時に制御棒を挿入し、+分な負の反応度を投入することにより原子炉
を停止させる設計ではあるが、この反応度投入速度は反応度操作余裕がある値以上
ないと保障されないものであり、しかも、この反応度操作余裕の確保は、運転規則
によってしか担保されていなかったのである。
 しかも、右のとおり、チェルノブイリ事故は、原子炉の通常停止の過程で、発電
所外部の電源が喪失してタービンヘの蒸気供給が停止した場合、タービン発電機の
回転慣性エネルギーがどの程度発電所内の電源需要に応じることができるかとい
う、極めて特殊な試験を行おうとした際に、運転員が多数の規則違反を犯したとい
う特殊な状況の下で発生したものである。すなわち、運転規則では低出力(原子炉
熱出力七〇万キロワット以下)での連続運転は厳重に制限されていたのに、運転員
が二〇万キロワットの低出力で運転を継続したため、原子炉が不安定な状態に置か
れていた上、運転規則に違反してほとんどの制御棒が引き抜かれていたことから、
反応度操作余裕が不足して停止機能も大幅に低下しており、しかも、二基のタービ
ン発電機の停止信号に基づいた原子炉の自動停止系のための保護信号もバイパスさ
れているという状態で試験が強行され、原子炉に擾乱が与えられたため、原子炉の
出力が上昇し、その出力上昇を抑制することができず、事故に至ったものである。
 以上を総合すると、右のチェルノブイリ事故は、いわゆる反応度事故であり、そ
の原因は、そもそも原子炉の設計内容自体に多重防護の思想の適用という面で不十
分、脆弱な面があったことが背景となり、それに加えて、運転員の多数かつ重大な
規則違反行為により、設計者が予想しなかったような危険な状態を原子炉に導き、
しかも、運転員は、数々の規則違反を犯しながら、原子炉が今どれほど危険な状態
になっているかについての認識がなかったか、あるいは極めて不十分であったとい
うことにあるものと解されるところである。
2 チェルノブイリ事故と本件原子炉の安全性
 控訴人らは、右のチェルノブイリ事故が、急性放射能障害により多数の人命を奪
い、大量の放射性物質を広大な旧ソ連領土のみならずその国境を越える世界にも飛
散させ、全世界に計り知れない被害をもたらした大事故であり、しかも、これまで
関係者の間では起こり得ない類
型の事故として扱われていた核暴走事故(反応度事故)であることなどからして、
このような事故が発生したこと自体が、本件安全審査が規制法二四条一項四号要件
に違反していることを示すものであると主張する。
 しかし、本件原子炉を含む我が国のBWRについては、それが原子炉出力の過渡
期の変化に対して反応度出力係数が出力の変化を抑制する効果を持つ設計となって
いて、固有の安全性を有しており、しかも、このような原子炉の特性を前提とした
上で、出力の上昇により燃料温度が急激に上昇した場合等を想定しても安全性が確
保できる設計となるなど、適切な設計上の安全確保対策が講じられていることは、
前記引用に係る原判決の説示及び前記の当裁判所の補足説示にあるとおりである。
すなわち、本件原子炉については、本件許可処分あるいはその後の各変更許可処分
の際の安全審査において、その基本設計に関し、原子炉に異常な反応度が投入され
核分裂反応が異常に急上昇する事象に対しては、すべての出力領域で反応度出力係
数が負となること、すなわち自己制御性を有していることが確認されており、さら
に、反応度が投入される事象に対する設計の妥当性を評価確認するため、厳しい条
件を仮定した反応度投入事象を想定して解析評価等を行った上で、その安全性が確
保されることが確認されていることも前記のとおりであって、そもそも、チェルノ
ブイリ事故の要因となった前提事実自体が存在しないものと考えられるところであ
る。さらに、チェルノブイリ事故の発生については、運転員の多数かつ重大な規則
違反行為の存在という、基本的に原子炉設置許可の段階の安全審査の対象とはなら
ない事項がその大きな原因となったものと考えられることも前記のとおりである。
 このような点からすると、確かに、前記の原子力安全委員会ソ連原子力発電所事
故調査特別委員会の各報告書でも指摘されているように、このチェルノブイリ事故
は、原子力発電所のような複雑巨大なシステムにおいて、人間と機械とがどのよう
に役割を分担すべきか、それぞれが相手の領域を侵さないようにどのような防護策
を用意すべきかという、基本的な問題の重要性を改めて示したものと考えられると
ころである。しかし、本件訴訟の審理の直接の対象事項となる原子炉設置許可の段
階におけるその基本設計に係る原子炉の安全性という問題に関していえば、いわゆ
る反応度事故に対する安全性とい
う面で、チェルノブイリ事故を発生させた原子炉と本件原子炉とを直ちに同一視す
ることはできず、したがって、チェルノブイリ事故が発生したという事実から、本
件原子炉の基本設計に係る安全性に関する事項について行われた本件安全審査の合
理性が、直ちに否定されることとなるものとすることは困難なものというべきであ
る。
第七 結論
 以上のとおり、原判決中、もはや本件処分の取消しを求める訴えの原告適格を有
しないこととなった控訴人aの訴えをも適法なものとして、この訴えに係る請求に
ついて本案の判断を示した部分は、現時点においては失当というべきこととなり、
同控訴人の訴えは却下を免れないものというべきであるが、その余の控訴人らの請
求を棄却した部分は相当であり、右の各控訴人らの控訴にはいずれも理由がないも
のというべきである。よって、主文のとおり判決する。
東京高等裁判所第一五民事部
裁判長裁判官 涌井紀夫
裁判官 宇田川基
裁判官合田かつ子は、退官したため、署名・押印することができない。
裁判長裁判官 涌井紀失
略語表
新安全設計審査指針   発電用軽水型原子炉施設に関する安全設計審査指針(平
成二年八月三〇日原子力安全委員会決定)
安全評価審査指針    発電用軽水型原子炉施設の安全評価に関する審査指針
(平成二年八月三〇日原子力安全委員会決定)
重要度分類指針     発電用軽水型原子炉施設の安全機能の重要度分類に関す
る審査指針(平成二年八月三〇日原子力安全委員会決定)
ECCS性能評価指針  軽水型動力炉の非常用炉心冷却系の性能評価指針(昭和
五六年七月二〇日原子力安全委員会決定)
反応度投入事象評価指針 発電用軽水型原子炉施設の反応度投入事象に関する評価
指針(昭和五九牢一月一九日原子力安全委員会決定)
耐震設計審査指針    発電用原子炉施設に関する耐震設計審査指針(昭和五六
年七月二〇日原子力安全委員会決定)
地質、地盤の手引き   原子力発電所の地質、地盤に関する安全審査の手引き
(昭和五三年八月二三日原子炉安全専門審査会作成)
平成三年変更許可処分  通商産業大臣が平成三年五月二二日付けで日本原電に対
してした東海第二発電所原子炉設置変更許可処分
平成四年変更許可処分  通商産業大臣が平成四年二月一八日付けで日本原電に対
してした東海第二発電所原子炉設置変更許可処分
平成九年変更許可申請  日本原電が平成九年九月一七日付けで通商産
業大臣に対してした東海第二発電所原子炉設置変更許可申請
平成一一年変更許可処分  通商産業大臣が平成一一年三月一〇日付けで日本原電
に対してした東海第二発電所原子炉設置変更許可処分(平成九年変更許可申請に対
する許可処分)

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