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主文
1一審原告の控訴に基づき,原判決中,一審原告敗訴部分を次のとおり変更
する。
(1)一審被告は,一審原告に対し,20万円及びこれに対する平成16年6
月19日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
(2)一審原告のその余の請求を棄却する。
2一審被告の控訴を棄却する。
3訴訟費用は,第1,2審を通じこれを100分し,その3を一審原告の負
担とし,その余を一審被告の負担とする。
事実及び理由
第1当事者の求めた裁判
1一審原告
(一審原告の控訴について)
(1)原判決中,一審原告敗訴部分を取り消す。
(2)一審被告は,一審原告に対し,100万円及びこれに対する平成16年6
月19日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
(3)訴訟費用は,第1,2審とも一審被告の負担とする。
(一審被告の控訴について)
主文2項と同旨
2一審被告
(一審原告の控訴について)
一審原告の控訴を棄却する。
(一審被告の控訴について)
(1)原判決中,一審被告敗訴部分を取り消す。
(2)一審原告の請求を棄却する。
(3)訴訟費用は,第1,2審とも一審原告の負担とする。
第2事案の概要
1本件は,地方公務員共済組合(以下「組合」という。)である一審被告から
退職年金を受給していた元組合員P1が行方不明となり,失踪宣告によって死
亡したものとみなされたことから,同人と別居していた戸籍上の妻である一審
原告が,一審被告に対し,遺族共済年金の決定請求をしたところ,一審被告か
ら,一審原告が遺族に該当しないとの理由で決定請求を棄却する旨の処分(以
下「本件処分」という。)を受けたため,①本件処分には一審原告の遺族該当
性に関して事実誤認があり,また行政手続法(以下「手続法」ともいう。)に
違反する手続上の瑕疵があると主張して,その取消しを求めるとともに,②決
定請求手続における一審被告職員の不法行為(行政手続法違反)によって精神
的苦痛を被ったと主張して,一審被告に対し,国家賠償法1条1項に基づいて,
慰謝料100万円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である平成16年6月
19日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求
める事案である。
原審は,一審原告がP1の遺族共済年金の受給権を有する遺族に該当する者
であるとして本件処分を取り消したが,一審原告の一審被告に対する国家賠償
法1条1項に基づく損害賠償請求については,これを広義の不法行為による損
害賠償請求と解し,一審原告に本件処分の取消しによってもなお損害賠償によ
って慰謝されるべき精神的苦痛が存するものとは認められないとして,その請
求を棄却した。一審原告と一審被告は,それぞれその敗訴部分を不服として各
控訴をした。
2本件における関係法令等の定め,前提となる事実,争点及びこれに関する当
事者の主張は,当事者の当審における補足的主張を後記3,4のとおり付加す
るほかは,原判決事実及び理由の「第2事案の概要」欄の1ないし3に記載
のとおりであるから,これを引用する。ただし,原判決8頁8行目の「なお」
から同頁9行目末尾までを「なお,遺族該当性の判断を本件認定基準の定める
ところによってすることが合理的かつ相当であるとする一審被告の主張につい
て,一審原告は明らかに争っていない。)。」に,同25頁5行目の「平成1
5年7月26日」を「平成15年7月29日」に,同27頁4行目から7行目
までを「(3)争点③(国家賠償法1条1項に基づく損害賠償請求の成否等)
争点の第3は,一審被告の賠償責任の有無に関し,一審被告職員に手続法違反
の行為があったとして,一審被告は国家賠償法1条1項に基づく損害賠償責任
を負うかどうか,負うとして,一審原告の被った損害の額である。」に,それ
ぞれ改める。
3一審原告の主張
(1)一審被告職員の手続法違反について
ア原判決は,申請しようとする者が申請の意思を明らかにし,申請書を提
出を希望している場合において,行政庁が申請書の提出を拒否することは
手続法7条の趣旨に反し違法なものであるとしながらも,一審被告が事前
審査方式を採る理由が申請をしようとする者に結果的に無駄となることも
ある煩雑な手続上の負担をできるだけ避けさせるためであり,事前審査の
終了前でもとにかく請求したいという者に対しては決定請求書の交付を拒
むものではないから,一審被告の事前審査方式は,およそ合理性のない制
度であるとまでいうことは困難であると判示するが,一審被告の事前審査
方式の違法性を明確に認めなかった原判決の上記判断は不当である。
一審被告の事前審査方式は,イレギュラーケースについては申請書(決
定請求書)を書かせないで審査して,事前審査で認容されたら初めて決定
請求書を書かせるという方式であるが,申請者にとって,申請書を作成す
ることはさほど労力を要するものでないし,また,申請書を提出して請求
することで,その後の審査の公正性・透明性に疑義を持たずに判定者を信
頼して審査に委ねられるのであるから,申請書の提出が認められない場合
に比べ精神的な負担は少ない。遺族厚生年金の場合のように,申請意思を
示したら直ちにレギュラーとイレギュラーに分けることはせず,まず審査
基準を与えて共通の申請書式で審査申請させることが,判定者の恣意的審
査を防ぎ,手続法の公正性・透明性に適う手続であり,その上で必要なら
個別のイレギュラーケースにつき追加調査すればよいわけであるから,遺
族厚生年金と審査基準を共通するという一審被告においては,申請意思を
示した全申請者に直ちに共通の申請書式を交付すべきであり,一審被告は,
審査基準は遺族厚生年金の審査基準に則るとしながら,その運用において
は遺族厚生年金と全く異なる運用をしているものであって,一審被告の事
前審査方式は,申請者にとっては不利益こそあれ何の利益ももたらさない
不合理な方式であり,この方式は,申請書を提出させて予備審査をした後,
見込みがないからとして取り下げさせるやり方よりも更に違法性の高い審
査方式であって,申請機会を事実上奪われた申請者が申請を放棄すること
を期待する意味合いを持つ点で重大な違法行為であり,手続法の趣旨に背
反するものである。
イ原判決は,一審原告が一般的な標準処理期間の開示を求めたと認めるに
足りる証拠はなく,一審被告職員の行為に標準処理期間の公表義務違反が
あったと認められないと判示し,公表努力義務を定めた手続法6条につい
て,申請者が要求しなければ開示せずとも違法ではないと判示するが,原
判決の上記判断は不当である。
標準処理期間の制定が努力義務になっているのは,許認可の性質によっ
ては行政庁の努力以外の面で標準処理期間が定めにくい業務もあるからで
あって,本件はそれには該当しない。一審原告の場合は,申請意思を示し
てから申請書式をもらうに多大な努力をしても,これを受領した平成15
年8月30日まで63日を要し,さらに書式を得て申請書(決定請求書)
は作成したが,これが受理された同年9月16日までに更に17日を要し
たという,一審被告職員の手続法7条違反が大きく影響し,標準処理期間
を開示してもらっても,ほとんど意味がない状態になっていた。しかも,
本来は公表義務があるから,足立社会保険事務所のように事務所内に公表
されていれば,要求しなくても知り得,申請者は「標準処理期間の定めが
あるのに,申請者に申請書式も交付しないのはおかしい」と抗議できて別
の展開があったかもしれない。手続法6条の立法趣旨が申請の迅速で的確
な処理の確保であることにかんがみれば,申請者が開示を求めなかったか
らといって,公表も開示もしなくて許されるというのは手続法の精神に反
する。
ウ原判決は,一審被告職員に手続法8条違反の行為があったといえない旨
判示するが,本件処分において棄却理由を述べた文面は,一般論としては
専ら本件認定基準のうち一審原告に不利に該当する片言隻語を集めて,請
求棄却に向けて強引に当てはめたものであり,手続法の精神に合致したも
のとはいえない。
エ手続法9条は,許認可に係る情報において弱者の申請者(国民)のため
に,行政機関に対し,法に基づく義務である審査基準や標準処理期間が明
らかにされていることは当然として,さらに,申請しようとする者や申請
者の求めに応じ,申請書の記載及び添付書類に関する事項その他の申請に
必要な情報や審査の途中経過等の情報の提供にできる限り努めなければな
らない旨の努力目標を課しているものであるから,本来公表義務がある条
文に関して「申請者が要求しなかったから開示しなかった」とはいえない
ことは明白であり,公表か少なくとも申請者には進んで開示するというの
が行政機関の法的義務に適う方法である。また,一審原告が,平成15年
8月25日に一審被告のP2職員に「事前審査がいつ終わるか」と尋ねて
も答えず,同年9月11日に一審被告のP3職員に「乙8の4頁別紙2に
今となってなぜ第三者の証明を求めるのか,なぜ別表3を割愛して示すの
か」と尋ねても,「こちらが要求することにこちらが要求する方法で回答
されたい」などと対応したことは手続法9条違反である。
(2)国家賠償法1条1項に基づく損害賠償請求の成否等について
原判決は,一審被告の各条及び立証趣旨に反する点があったことを認めつ
つも,本件処分の取り消しによって慰謝されるべき精神的苦痛が一審原告に
存するものとは認められないとして,一審原告の損害賠償請求を棄却したが,
原判決が同請求を棄却した最大の理由は「一審被告の事前審査方式がおよそ
合理性のない制度であるとまでいうことは困難である」としてその違法性を
明確に認めなかった点にある。しかし,一審被告の事前審査方式が合理性を
欠く違法な制度であることは上記のとおりであるし,一審被告の行為が手続
法5条ないし9条に違反し,かつ違法であることは明らかである。本件では,
一審原告が申請意思を示しているにもかかわらず,一審被告職員は,一審原
告に申請行為そのものを拒否してさせず,認定基準も示さなかったものであ
って,行政庁の職員としての職務上の基本的な義務を怠ったものであり,単
に認定事務が滞ったという場合に比して,はるかに違法性が高く,しかも故
意に基づく違法行為である。3か月にわたって手続法の精神・立法趣旨・申
請の処理に係る手続法5条ないし9条に大幅に違反した一審被告職員の行為
によって,一審原告は,当時はもちろん現在においても精神的苦痛を被って
おり,その損害は慰謝されていない。一審被告に国家賠償法1条1項に基づ
く損害賠償責任を否定した原判決の判断は不当である。
なお,一審被告は,一審原告が「内心の静穏な感情」を被侵害利益である
と主張しているものと解しているが,一審原告は,手続法を中心とする現行
法の下で申請が適正に扱われる権利を侵害されてきたことに基づく精神的損
害を主張しているものであり,一審原告は「内心の静穏な感情」が害された
ことを被侵害利益として主張しているわけではない。
4一審被告の主張
(1)遺族該当性について
ア原判決は,遺族該当性の要件は「生計を共にしていた」ことであり,本
件認定基準は厳格に解釈適用すべきではなく,このことは本件認定基準が,
「実態と著しく懸け離れたものとなり,かつ,社会通念上妥当性を欠くこ
ととなった場合」には,これらの要件によらない柔軟な認定を認めている
のも上記のような趣旨を含むものと解される旨判示するが,本件認定基準
の全体の趣旨からすれば,「実態と著しく懸け離れたものとなり,かつ,
社会通念上妥当性を欠くこととなる場合には,この限りではない。」とあ
るのは,本件認定基準どおりに遺族の認定を行うと遺族に該当することと
なる場合に,その認定の結果が実態とかけ離れて,かつ,社会通念上妥当
性を欠くこととなる場合には,本件認定基準による認定に一定の抑制をか
け,遺族として認定を行わないことがあり得ることを規定したものであっ
て,この規定が原判決が判示するような趣旨を含むものと解すことはでき
ない。また,本件認定基準が法施行令の具体的運用の一基準として定めら
れている以上,本件における遺族該当性の判断おいても本件認定基準の趣
旨に沿った上での相当程度厳格な運用が求められるものというべきであり,
そのような厳格な認定を行うことは地方公務員等共済組合法(共済法)1
条に定める適切な給付を公的年金制度の保険給付として行うこととされて
いるところの,同法の趣旨から導かれる要請にかなうところである。
したがって,遺族該当性の判断にあたり,本件認定基準を厳格に解釈適
用すべきでないとする原判決の判断は誤りである。
イ原判決は,本件認定基準にいう「生活費,療養費等の経済的な援助が行
われていること」との要件について,組合員等からの経済的援助がなけれ
ば生活水準の維持に支障を来すことになったであろうという程度の関係が
存していたことは必要であると考えられるとはしたものの,他の諸事情と
相まって「生計を共にしていた」と認められる程度の経済的援助であれば
足りるとし,一審原告についてはこの要件を充たしている旨判示するが,
原判決の上記判断は以下述べるとおり誤りである。
(ア)共済法に基づく遺族年金制度は,組合員等の死亡に際して,これに
よる稼働能力の喪失を共済給付によって補填し,組合員等の収入によっ
て維持していた遺族の生活保障を目的とするものであるから,組合員等
の収入によって生計を維持していたことは遺族該当性を肯定する本質的
要件であって,原判決が判示するような「生計を共にしていた」との評
価を基礎付ける一徴表として考慮されるにすぎないものではない。そし
て,組合員等の収入によって生計を維持していたと認められるためには,
組合員等からの経済的援助(出捐)が当該遺族の生計を維持するために
相当な部分を占め,組合員等からの経済的援助(出捐)が失われるとき
は当該遺族の生計の維持に支障を来すこととなる関係が存在すること,
換言すれば,当該組合員等からの経済的援助(出捐)がなくなることに
よって当該遺族の生計を維持するにつき相当に困難な状況を招くに至る
程度の寄与がなされることを要するものであり,しかも,上記の経済的
援助の要件該当性は,組合員等の死亡時(本件においてはP1が行方不
明になった時)を基準時として判断されるべきである。
(イ)そして,①原判決がいう居宅の無償提供(無償居住)は生計維持
関係認定の基礎となる経済的援助には該当しないこと,②昭和61年
3月までの入金の余剰金を源資とする私的年金の受給も平成7年5月当
時における経済的援助とはいえないこと,③一審原告が主張する夫婦
預金の存在及びこれを源資とする私的年金の加入自体,いずれも措信す
ることができない上,仮にこれが存在したとしても,これを源資とする
私的年金の受給は平成7年4月当時における経済的援助とはいえないこ
と,④加給年金分の送金についても,その趣旨からして平成7年に送
金が予定されていたものではないし,仮に送金が予定されていたとして
も,その額自体からしても,その入金がなくとも一審原告の生計を維持
するにつき相当に困難な状況を招くものではないこと,これらの事情か
らして,本件においては,P1から一審原告に対し生計維持関係が認め
られるための経済的援助があったとはいえない。
ウ原判決は,P1と一審被告の別居がP1の暴力が原因だったとした上,
P1が14年の別居期間中に一審原告に謝罪するなどして,P1の暴力に
対する一審原告の恐怖心を完全に喪失させたことをうかがわせる事情があ
ったとは認められないとし,その別居は平成7年5月の時点においてもな
お,「止むを得ない事情」による別居であったと評価できる旨判示してい
るが,P1が家を出て住民票上の住所を異動した昭和56年7月から行方
不明になった平成7年5月までの14年間も別居を継続し,その間,P1
は一審原告が居住する自宅に一度も立ち寄ることもなく,P1・一審原告
双方から別居状態を解消する行動がとられることは全くなかったものであ
り,その別居状態は常態化し,固定化されていたものであるから,平成7
年5月当時においては,「止むを得ない事情」により別居していたとはい
えないし,まして「その事情が消滅したときは,起居を共にし,消費生活
上の家計を一つにすると認められるとき」といえないことは明らかであり,
原判決の上記判断は誤りである。
原判決は,14年間の別居中,P1が一審原告に謝罪するなどしていな
いことを問題とするが,別居中にP1が一審原告に暴力を振るおうとした
ことがあったのであればともかく,そのような事実は全くなかったし,か
えって,P1は,昭和61年3月までは誠実に送金を継続し,平成3年か
ら平成4年には両者の負担で山小屋の新築までしているのであって,それ
にもかかわらずP1・一審原告双方から別居状態を解消する行動が全くと
られていないことは,平成7年5月当時,P1・一審原告双方とも同居の
意思を全く喪失してしまったことを明確に示しているものであり,そのこ
とは,P1が一審原告に宛てた平成6年9月2日付けの手紙(乙1の6)
の文面やその後,一審原告に連絡することなく行方不明となっていること
からも裏付けられる。
エ原判決は,P1が,平成元年以降,別荘である山小屋において年1回程
度の頻度で一審原告に会っていたり,また,P1と一審原告において,手
紙・葉書のやり取りや電話連絡は別居期間を通じて頻繁にあり,その内容
も家族としての心のつながりを感じさせる内容も含まれているとして,定
期的な音信があったと判示しているが,上記ウのとおりP1は14年間も
の間一度も自宅に立ち寄ることもなく,一審原告がP1と顔を合わせたの
はわずか7,8回であることや,夫婦にとって重大事であるならば,面談
して相談するのが当然であり,そうすることに何ら支障がなかったはずで
あるのに,加給年金分の送金などについても,一審原告は自らP1と話し
合うこともなく,長女を通じてその要請をしており,P1と一審原告との
間に夫婦としての意思疎通がされていなかったのは明らかであり,夫婦と
しての音信・訪問があったとはいえないから,原判決の上記判断は誤りで
ある。
(2)一審被告職員の行政手続法違反の不存在について
ア原判決は,平成15年7月7日に一審原告が受給資格の認定基準を明ら
かにするよう求めたにもかかわらず,一審被告職員が認定基準に関する明
確な回答を行っていないとして,手続法5条3項違反があると判断してい
る。しかし,平成15年7月7日のP4職員,P5職員との面談時に一審
原告が質問したのは「別居の理由書にどう書けば遺族として認められる
か。」という模範解答の書き方であり,審査基準を明らかにすることでは
ない。少なくとも一審被告職員が審査基準を尋ねられているとは受け取ら
なかったとしてもやむを得ないものであった。遺族の認定は客観的事実に
基づいてされるべきものであって,模範解答の書き方を尋ねられても,一
審被告職員としては「事実をありのままに書いて下さい」としか回答でき
ないのは当然のことであって,これをもって認定基準に関する明確な回答
をしなかったとして,手続法5条3項違反と評価するのは誤りである。
イ原判決は,一審被告の事前審査方式について一応の合理性を認めつつも,
この方式による場合にはあらかじめ申請希望者に対してこの方式に服さず
に直ちに請求書を提出することもできること等を十分に説明しておくべき
ところ,本件の場合,これがなされていないから手続法7条の趣旨違反で
あると判示する。しかし,手続法7条は,申請が権限のある機関の事務所
(窓口)に到達したにもかかわらず,申請を「受け付けない」,「受理しな
い」等の取扱いをし,その間に申請の取下げや申請内容の変更を求める行
政指導を行ったり,処理を遅延させる等の事態を排除する規定であり,一
審被告の事前審査方式では,請求書が提出されていなくとも,この事前審
査手続の中で受給資格要件の審査が行われるものであり,申請の取下げ等
の行政指導等を行うものでないのはもとより,申請を放置しておくもので
はないから,何ら手続法7条の趣旨を没却するものではない。
現に,本件においても,一審被告は,平成15年7月4日付け事務連絡
を一審原告に送付して必要な審査を開始し,同年8月29日には同日付け
事務連絡で遺族共済年金請求書を一審原告に送付し,さらに同年9月10
日付け事務連絡で「生計維持関係を証明する書類の補てんしていただきた
いもの」の提出を一審原告に求め,同年9月16日に一審原告からの追加
資料が提出されたことを受けて,同月26日に本件処分を行っているもの
であって,その間,一審被告職員が,一審原告に対し,申請の取下げ等の
行政指導等を行ったことなどはないし,一審原告から遺族共済年金決定請
求書が提出されていないことを理由に申請を放置した事実などもないから,
一審被告職員に手続法7条の趣旨違反はない。
ウ原判決は,一審原告からの平成15年8月5日及び同月25日における
決定請求書の交付時期の見通し,すなわち事前調査の終了時期の見通しの
問い合わせに対し,できる限り具体的な時期の見通しを示すよう努めるべ
きであるのに,一審被告の職員はこれを行っていないとして,手続法9条
の趣旨にそぐわない不適切な行為があったと判断している。しかし,平成
15年8月5日及び同月25日の一審原告の発言は,直接的には事前調査
が終了して決定請求書が交付される時期を尋ねるものであって,本件処分
の見通しを尋ねるものでない上,一審被告は,同年9月1日到達の一審原
告の葉書に対応して,同月10日付け事務連絡により処分の見通しを回答
しており,これら一連の対応からすれば,一審被告は手続法9条1項所定
の努力義務を尽くしていると評価されるべきである。
(3)国家賠償法1条1項に基づく損害賠償請求の成否等について
上記のとおり,一審被告が一審原告について事前審査方式を適用したこと
については手続法違反はないが,仮にその適用及び平成15年8月29日付
け事務連絡により請求書を交付するまで,一審原告に請求書を交付しなかっ
たことが手続法7条の趣旨違反となるとしても,このことが国家賠償法に
基づく損害賠償請求の根拠とならないことは以下のとおりである。
ア一審原告が主張する被侵害利益は「内心の静穏な感情」であると解され
るところ,「内心の静穏な感情」は一般的にはその侵害により国家賠償法
に基づく損害賠償請求権を発生させるものではない。
イ一審原告は,一審被告が請求書を交付しなかったという一審被告の不作
為を問題としているのであるから,国家賠償法上の違法が肯定されるため
には一審被告に作為義務が認められなければならないところ,手続法7条
の義務はあくまで手続上の申請権に対応する義務であり,申請者の地位に
ある者の「内心の静穏な感情」等の私的利益を保護するものではないから,
国家賠償法上の違法の前提となる作為義務を同条から導くことはできない。
ウまた,一審被告の事前審査方式は,申請しようとする者の任意の協力が
ある限り違法ではなく,条理上の作為義務違反として違法となるには,少
なくとも申請しようとする者が事前審査方式について真摯かつ明確な拒否
をしていることが必要であるが,一審原告は,一審被告が平成15年8月
29日に請求書を交付するまで一審被告の事前審査方式を明確に拒否して
いなかったのであるから,一審被告に条理上の作為義務違反はないから,
一審被告が一審原告に請求書を交付しなかったことは国家賠償法に基づく
損害賠償請求の根拠とはならない。
第3当裁判所の判断
1当裁判所は,一審原告の請求のうち,本件処分の取消しを求める請求は理由
があり,損害賠償請求については,一審被告に対し20万円及びこれに対する
平成16年6月19日から支払済みまで年5分の割合による金員の支払を求め
る限度で理由があり,その余は失当であると判断する。その理由は以下のとお
りである。
(1)争点①(遺族該当性)についての判断は,当審における一審被告の主張に
対する判断を次のとおり付加するほかは,原判決事実及び理由の「第3当
裁判所の判断」欄の1に記載のとおりであるから,これを引用する。
(一審被告の主張に対する判断)
ア一審被告は,遺族該当性の判断において,本件認定基準を厳格に解釈適
用すべきでないとする原判決の判断は誤りであり,本件認定基準の趣旨に
沿った相当程度厳格な認定が行われるべきであり,本件認定基準の総論た
だし書に「実態と著しく懸け離れたものとなり,かつ,社会通念上妥当性
を欠くこととなる場合には,この限りではない。」とあるのは,本件認定
基準どおりに遺族の認定を行うと遺族に該当することとなる場合に,その
認定の結果が実態とかけ離れて,かつ,社会通念上妥当性を欠くこととな
る場合には,本件認定基準による認定に一定の抑制をかけ,遺族として認
定を行わないことがあり得ることを規定したものである旨主張する。
しかし,共済法2条1項3号は,遺族共済年金の受給権者である遺族に
ついて,「組合員等の配偶者,子,父母,孫及び祖父母で,組合員等の死
亡の当時(失踪の宣告を受けた組合員であった者にあっては,行方不明と
なった当時。)その者によって生計を維持していたものをいう。」と定義
し,同条2項では,上記の,組合員等によって生計を維持することの認定
に関し必要な事項は政令で定めるとし,これを受けて地方公務員等共済組
合法施行令(施行令)4条は,組合員等によって生計を維持していた者は,
当該組合員等の死亡当時その者と「生計を共にしていた者」のうち総務大
臣の定める金額以上の収入を将来にわたって有すると認められる者以外の
ものその他これに準じる者として総務大臣が定める者とするものと定めて
いる。そして,上記の「総務大臣の定める金額」は850万円とし,その
ほかの遺族に係る生計を維持することの認定に関しては厚生年金保険にお
ける生計維持関係等の認定基準及び認定の取扱いの例によるものとして,
その取扱い例として本件認定基準が設けられている。このような法令等と
本件認定基準の関係にかんがみれば,本件認定基準は施行令4条に定める
「生計を共にしていた」との要件に関わるものであることは明らかであり,
しかも認定基準という性格上,本件認定基準が全ての事例における具体的
な内容を網羅し得るものといえないことは容易に想定することができる。
本件認定基準の総論ただし書に「実態と著しく懸け離れたものとなり,か
つ,社会通念上妥当性を欠くこことなる場合には,この限りではない」と
あるのは,上記のように本件認定基準が施行令に定める「生計を共にして
いた」という要件に該当する全ての具体的な内容を網羅し得るものといえ
ないことから,審査要件の文言に拘泥して本件認定基準を形式的に適用す
るのではなく,事案によっては社会通念上の妥当性を考慮した柔軟な認定
をすることを許容したものと解される。
遺族該当性の判断において,本件認定基準をあまりに厳格に解釈適用す
るのは相当でなく,事案によっては柔軟な認定をするのが相当であるとし
た原判決の判断は,本件事案に即すれば相当であり,その判断において本
件認定基準の趣旨に沿った相当程度厳格な認定が行われるべきであるなど
とする一審被告の上記主張は独自の見解であり採用できない。
イ一審被告は,原判決が本件認定基準にいう「生活費,療養費等の経済的
な援助が行われていること」との要件について,他の諸事情と相まって
「生計を共にしていた」と認められる程度の経済的援助であれば足りると
判示した点は不当であり,上記要件については,当該組合員等からの経済
的援助がなくなることによって当該遺族の生計を維持するにつき相当に困
難な状況を招くに至る程度の寄与がなされることを要するものと解すべき
ある旨主張する。
しかし,本件認定基準が施行令4条に定める「生計を共にしていた」と
の要件に関わるものであり,遺族該当性の判断において同基準をあまりに
厳格に解釈適用することが相当でないことは上記ア説示のとおりであるし,
また,生計維持・生計同一要件と並ぶ一方の要件である収入要件において
上限額が年額850万円と比較的緩やかな基準設定となっていることと対
比して,生計維持・生計同一要件についてのみ一審被告の上記主張のよう
な厳格な基準が設定されているとは考えられず,本件認定基準にいう「生
活費,療養費等の経済的な援助が行われていること」との要件は,原判決
が説示するように,少なくとも組合員等からの経済的援助がなければ,生
活水準の維持に支障を来すこととなったであろうという程度の関係が存し
ていたことは必要であるものの,他の諸事情と相まって「生計を共にして
いた」と認められる程度の経済的援助であれば足りるものと解するのが相
当であり,一審被告の上記主張は採用できない。
また,一審被告は,一審原告につき上記の生計維持・生計同一要件を充
たしていると判断した原判決は誤りであると主張し,その根拠として上記
第2,4(1)イ(イ)①ないし④のとおり主張するが,一審被告の主張は,上
記の生計維持・生計同一要件について誤った見解を前提とするものである
上,上記①ないし④の主張は,原判決を正解しないか独自の見解をいうも
のにすぎず,いずれも採用できない。
一審原告につき上記の生計維持・生計同一要件を充たしていると判断し
た原判決に誤りはない。
ウ一審被告は,P1が行方不明となるまで一審原告と14年間も別居し,
その間,一度も自宅に立ち寄ることなく,双方とも別居解消の行動をとっ
ていないことなどを根拠として,その別居は平成7年5月当時においては
「止むを得ない事情」により別居していたとはいえないし,まして「その
事情が消滅したときは,起居を共にし,消費生活上の家計を一つにすると
認められるとき」といえないとして,これを「止むを得ない事情」による
別居であるとした原判決の判断は誤りである旨主張する。
しかしながら,前記認定(原判決を引用)のとおり,P1と一審原告の
別居は,離婚を前提として開始されたものではなく,P1の暴力を原因と
して,その冷却期間として開始されたものであるし,確かにその別居期間
は14年にも及んではいるものの,その間にP1から一審原告に対し種々
の経済的援助がされていることや両者の負担で共同で山小屋を新築してい
ること,さらに,その間,手紙等のやり取りや電話連絡も頻繁にされてい
ることにかんがみれば,別居にもかかわらずP1と一審原告との間には夫
婦としての一定のつながり,家族共同体としての意識があったものという
べきであるし,また,別居期間中に双方とも別居解消に向けた行動をとっ
てはいないものの,逆に離婚の話やそれをうかがわせる行動も一切とられ
た形跡も証拠上認められないことからすれば,14年間にわたる長期の別
居は,P1の暴力が原因となって開始され,その後双方の性格的な面も影
響して同居のきっかけが掴めないまま長期にわたり別居状態が推移したも
のとみるのが相当であるから,その別居は平成7年5月当時においても
「止むを得ない事情」による別居であると評価するのが相当である。
また,一審被告は,別居中にP1が一審原告に暴力を振るおうとしたこ
とがあったのであればともかく,そのような事実は全くなかったし,かえ
って,P1は,昭和61年3月までは誠実に送金を継続し,平成3年から
平成4年には両者の負担で山小屋の新築までしているのであって,それに
もかかわらずP1・一審原告双方から別居状態を解消する行動が全くとら
れていないことは,平成7年5月当時,P1・一審原告双方とも同居の意
思を全く喪失してしまったことを明確に示しているものであり,そのこと
は,P1が一審原告に宛てた平成6年9月2日付けの手紙(乙1の6)の
文面やその後,一審原告に連絡することなく行方不明となっていることか
らも裏付けられる旨主張する。
しかしながら,別居期間中に一審原告がP1から暴力を受けた事実を認
め得る証拠はないものの,一審原告のように配偶者から暴力を受けた経験
がある者の心理として,その後,その相手と手紙や電話等を通じた交流を
することはできたとしても,再びその相手と同居するについては相当の覚
悟を必要とすることは容易に推認できるところであり,また,一審被告が
指摘するP1による昭和61年3月までの送金や共同出資による山小屋新
築の事実は,むしろ別居にもかかわらず両者の間に夫婦としての一定のつ
ながり,家族共同体としての意識があったことを示すものといえるから,
別居中にP1・一審原告の双方から別居解消に向けた行動が取られていな
いからといって,これをもって直ちにP1,一審原告の双方ともに同居の
意思を全く喪失してしまったとはいえない。さらに,乙1の6の手紙には,
「私の行く先は目安はありませんが,α,βにはいたくありません。何と
か探します。」との記載があるものの,その一方では「何か,あなたの考
えや,感じたことがあれば手紙ででも助言ください。デンワは,P6が朝
∼お昼まで在宅しているので,それを承知で。よろしくたのみます。」と
の記載もあることにかんがみれば,この手紙がP1において一審原告と同
居する意思がないことを示す証拠といえないことは明らかであるし,P1
が一審原告に連絡なく行方不明になっている点も,P1の行方不明の原因
が証拠上明らかでない以上,P1に一審原告と同居する意思がないことを
示す根拠とはなり得ない。
エ一審被告は,P1と一審被告との間に定期的な音信があったとする原判
決の認定は誤りであり,P1は14年間もの間一度も自宅に立ち寄ること
もなく,一審原告がP1と顔を合わせたのはわずか7,8回であることや,
夫婦にとって重大事である加給年金分の送金などについても,自らP1と
話し合うこともなく,長女を通じてその要請をしているのであるから,P
1と一審原告との間に夫婦としての意思疎通がされていなかったのは明ら
かである旨主張する。
しかしながら,P1と一審原告の別居の原因がP1の暴力であったこと
にかんがみれば,夫婦にとって重要な事項に関しても,手紙や電話等で意
思の疎通を図ることは不自然とはいえないし,前記認定(原判決を引用)
のとおり,P1と一審原告とは,別居中にP1が一審原告の住居を訪れた
ことは一度もなかったものの,平成元年以降,別荘である山小屋において
年1回の頻度で顔を合わせていること,手紙・葉書のやり取りや電話連絡
は別居期間中を通じて頻繁にあり,その内容も事務的なものに終始してい
たわけではなく,家族としての心のつながりを感じさせる内容のものも含
まれていたのであるから,両者の間に定期的な音信があったことは明らか
である。
オ一審被告の上記各主張はいずれも採用できない。
(2)争点②(手続法違反の有無)及び争点③(国家賠償法1条1項に基づく損
害賠償請求の成否等)について
ア争点②についての判断の前提となる事実認定は,原判決事実及び理由の
「第3当裁判所の判断」欄の2(1)のとおりである(ただし,原判決44
頁23行目の「甲58,」の次に「甲96,」を加える。)からこれを引
用する。
イ前記争点①についての判断のとおり,本件処分は,手続的瑕疵の有無に
ついて判断するまでもなく違法な処分として取り消されるべきものである
から,一審原告主張の手続法違反の点は,一審被告職員の行為が,一審被
告の一審原告に対する損害賠償責任を生じさせるか否かの観点から検討す
れば足りる。
ウ手続法5条違反の主張について
手続法5条違反の主張についての判断は,原判決事実及び理由の「第3
当裁判所の判断」欄の2(2)アのとおりである(ただし,同55頁25行
目末尾の次に行を改め,「一審原告は,一審被告が遺族の認定に関する一
審被告としての審査基準を作成していないとの主張はしておらず,一審原
告の主張は,一審被告において遺族の認定に関する本件認定基準が確固と
して事実上運用されていないという趣旨のものであるというが(一審原告
の控訴状11頁),一審原告が前者の主張をしていることは明らかであり
(原審における一審原告準備書面(6)30頁以下),一審原告の主張が後者
のような趣旨のものであったとしても,それは審査基準の解釈運用の当否
の問題であって,手続法5条違反の問題ではない。」と加える。)から,
これを引用する。
エ手続法6条違反,7条違反,8条違反,9条違反の主張及びその他の主
張について
手続法6条違反,7条違反,8条違反,9条違反の主張及びその他の主
張についての判断は,原判決事実及び理由の「第3当裁判所の判断」欄
の2(2)イないしカのとおりであるから,これを引用する。
手続法7条違反,9条違反についての一審原告の主張(当審における主
張を含む。)は上記判断を超える部分は採用できない。手続法6条違反に
ついての一審原告の主張(当審における主張を含む。)については,標準
処理期間を申請者あるいは申請予定者に対して秘密にしないという趣旨か
らは,少なくとも事務所に掲示する,事務所に備え置き来所者が自由に取
れる説明書等への記載,申請者全員に例外なく交付する手続案内書等への
記載等の方法によることが望ましいけれども,申請者,申請予定者の求め
に応じて提示するという方法によることが許されないものではなく,一審
原告の主張は採用できない。
手続法8条違反についての一審原告の主張(当審における主張を含
む。)は採用できない。
オ一審被告は,手続法5条3項違反について,当審において前記第2,4
(2)アのとおり主張する。しかし,一審原告が,平成15年7月7日に,P
4職員及びP5職員に,遺族共済年金受給資格の認定基準を明らかにする
ように求めたという趣旨の一審原告の主張及び供述が事の成り行きとして
自然であることは前記の通り(原判決引用。事実及び理由「第3当裁判
所の判断」2(1)オ)であり,その際,一審原告がいわゆる模範解答の書き
方を尋ねたとの主張に沿う証拠は信用できない。
次に,一審被告は,手続法7条違反について,当審において前記第2,
4(2)イのとおり主張する。しかし,地方公務員等共済組合法施行規程(昭
和37年総理府・文部省・自治省令第1号)134条1項は「(地方公務
員等共済組合)法99条の規定により遺族共済年金の決定を請求しようと
する者は,次に掲げる事項を記載した遺族共済年金決定請求書を組合に提
出しなければならない。(1号ないし10号略)」と規定しているのであ
り(乙7),決定を請求しようとする者は所定の事項を記載した決定請求
書を組合に提出しなければならず,決定請求書を提出しなければ決定を請
求したことにならない。したがって,決定の請求をするために窓口に来訪
してその意思を明らかにした者に,決定請求書用紙を交付しなかったり,
事前審査方式により手続を進めることにこだわり,一審被告が事前審査方
式を行う理由及びこれに服さずに直ちに決定請求書を提出することもでき
る旨,さらには事前審査方式を行う場合とそうでない場合とでそれぞれの
申請に要する期間がどの程度になるのかなどを事前審査に入る前に十分に
説明し,そのような説明を受けた申請希望者が事前審査方式に服すること
に同意した場合でないのに,決定請求をすることを希望する者に決定請求
書用紙を交付しなかったり,要件を満たしていると認められる場合に決定
請求書を渡していると説明するのみで決定請求書用紙を交付しなかったり
することは,決定の請求を受け付けない,受理しないとの処理をしている
のと同じである。決定請求書が提出されないからといって審査をせずに放
置するものではなく,事前審査手続きの中で受給資格要件の審査が行われ
ているとしても,また,申請の取下げや申請内容の変更等の行政指導をす
るものでないとしても,手続法7条の趣旨を没却するものというべきであ
る。
更に,一審被告は,手続法9条違反について,当審において前記第2,
4(2)ウのとおり主張する。しかし,平成15年8月5日及び同月25日の
一審原告の発言は直接的には事前調査が終了して決定請求書が交付される
時期を尋ねるものであって本件処分の見通しを尋ねるものでないとの主張
自体,まだ決定請求書が提出されていないのだから正式の申請はなく手続
法9条の適用はないとの趣旨であればその不当であることは明かであるし,
事前調査が終了して決定請求書の交付される時期の見通しを尋ねられたの
であるから具体的なその時期の見通しを示すように努めるべきであるのに
それを履行していないことは前記のとおり(原判決引用。事実及び理由第
3,2(2)オ(ア))である。一審被告の主張は採用できない。
カ以上のとおり,一審被告職員には,手続法5条3項の規定に違反する職
務上の義務懈怠,同法7条の趣旨に違反する職務上の義務懈怠及び同法9
条1項の趣旨にそぐわない不適切な行為があったというべきであるが,一
審被告職員に同法6条,8条に違反する行為があったということはできな
い。
キ争点③(国家賠償法1条1項に基づく損害賠償請求の成否等)について
(ア)一審被告は,地方公務員等共済組合法に基づいて設けられた公共組
合であるから,国家賠償法1条1項所定の公共団体に該当する。一審被
告が,受給権者からの請求に基づいて,給付を受ける権利を決定するこ
とは公権力の行使に当たるから,その請求に対する審査及びそれに付随
する受付,窓口対応,調査を行う一審被告の職員は公権力の行使に当た
る公務員に該当する。本件で手続法違反が問題となる,一審原告からの
遺族共済年金の決定請求にかかる対応は,いずれも一審被告の職員がそ
の職務を行うについて行ったあるいは行わなかったものであり,故意,
少なくとも過失によるものと認められる。
公権力の行使に当たる公務員がその職務を行うについて行政手続法に
定めた義務に反したとしても,当然に申請者等に違法に損害を与えたこ
とになるものではない。義務違反の態様,違反した義務のその手続にお
ける重要性,申請の結果に及ぼした影響,そのことによって申請者等の
受けた財産的損失の有無,程度,精神的苦痛の有無,程度を考慮して,
違法な損害に該当するか否かを判断すべきものである。
(イ)上記のとおり,一審被告の職員には,手続法5条3項に違反する職
務上の義務懈怠行為,同法7条の趣旨に違反する行為及び同法9条1項
の趣旨にそぐわない不適切な行為があったものである。しかしながら,
一審原告は,これらの一審被告職員の違法行為等にもかかわらず,結果
的には本件認定基準に沿って一審被告に対する主張立証を一応尽くすこ
とができたものと認められ,また,最初の決定請求の申出から本件処分
が行われるまでに要した審査の期間も,標準処理期間である2か月と比
べればこれを超過しているものの,それでも1か月程度の超過で済んで
おり,さらに,その結果としての本件処分は,一審原告を遺族と認定し
なかった誤った内容のものではあったが,原判決によって取り消され,
当審判決もその判断を維持するものであり,一審被告が判断を誤ったの
は,上記の各手続法違反等に起因するものではなく,主として証拠によ
って認定された事実の評価の相違によるものと認められる。そして,こ
れらの事実に,手続法9条1項は,行政庁は,申請者の求めに応じ,当
該申請にかかる審査の進行状況及び当該申請に対する処分の時期の見通
しを示すよう努めなければならない旨を定めるものであること,手続法
5条3項違反については,遅まきながら平成15年9月11日に一審被
告から一審原告に審査基準が送付されていること,を合わせ考えると,
手続法5条3項違反及び同法9条1項の趣旨にそぐわない不適切な行為
については,本件処分の取消しによってもなお損害賠償によって慰謝さ
れるべき精神的苦痛が原告に存するものとは認められない。
(ウ)他方,地方公務員等共済組合法施行規程134条1項は「(地方公
務員等共済組合)法99条の規定により遺族共済年金の決定を請求しよ
うとする者は,次に掲げる事項を記載した遺族共済年金決定請求書を組
合に提出しなければならない。」と規定しているのであり,決定を請求
しようとする者は所定の事項を記載した決定請求書を組合に提出しなけ
ればならず,決定請求書を提出しなければ決定を請求したことにならな
い。したがって,決定の請求をするために窓口に来訪してその意思を明
らかにした一審原告に,決定請求書用紙を交付しなかったり,事前審査
方式により手続を進めることにこだわり,一審被告が事前審査方式を行
う理由及びこれに服さずに直ちに決定請求書を提出することもできる旨,
さらには事前審査方式を行う場合とそうでない場合とでそれぞれの申請
に要する期間がどの程度になるのかなどを事前審査に入る前に一審原告
に十分に説明し,そのような説明を受けた一審原告が事前審査方式に服
することに同意した場合でないのに,決定請求をすることを希望する一
審原告に平成15年8月30日まで決定請求書用紙を交付しなかったり,
要件を満たしていると認められる場合に決定請求書を渡していると説明
するのみで前記の日まで決定請求書用紙を交付しなかったりすることは,
決定の請求を受け付けない,受理しないとの処理をしているのと同じで
あり,決定の請求が受け付けられ,審査手続きが開始するか否かの根本
に関わることである。一審原告が決定請求書用紙の交付を受けられない
ことに不安,不審を抱いたことはもっともであり,その不安,不審の程
度が極めて大きかったことは,老齢の一審原告が,7月,8月の暑い時
期に,一審被告を再三訪問するのみでなく,手続の素人なりに考えて,
社会保険庁,足立区役所,文部科学省(一審被告の監督官庁),足立社
会保険事務所,葛飾区役所,総務省等の相談窓口を,時間と交通費をか
けて訪れて相談していること(甲96)から推認することができる(一
審原告がそれらの相談窓口を訪問したのは,審査基準を知りたいという
思いもあったものと解されるが,決定請求書用紙の交付を受けられない
ことの不安,不審を解決することが大きな動機であったと認められ
る。)。
一審被告の職員(一審被告本部年金部審査第一課のP2職員,P4職
員,P5職員,P7職員等)による手続法7条に定められた義務の趣旨
に違反する行為によって,一審原告の受けた極めて大きい不安,不審の
念による精神的苦痛,これに対応するため上記のような各官公署を訪れ
て相談せざるを得なかったことによる精神的苦痛は,上記(イ)に上げた
事情を考慮してもなおこれに対する損害賠償が必要な違法な損害に当た
る。
そして,これらの精神的苦痛に対する慰謝料は20万円が相当である。
(エ)一審被告は,一審原告が主張する被侵害利益は「内心の静穏な感
情」であるとすることを前提に,「内心の静穏な感情」は一般的にはそ
の侵害により国家賠償法に基づく損害賠償請求権を発生させるものでは
ない,手続法7条の義務はあくまで手続上の申請権に対応する義務であ
り,申請者の地位にある者の「内心の静穏な感情」等の私的利益を保護
するものではないから,国家賠償法上の違法の前提となる作為義務を同
条から導くことはできない旨主張する。
しかし,一審原告は,行政手続法を中心とする現行法の下で申請が適
正に扱われる権利を侵害されてきたことに基づく精神的損害を主張して
いるものであり,当裁判所も,一審原告の主張を,一審原告の遺族共済
年金の決定請求手続において,行政手続きの一般法である行政手続法に
従って適正に扱われる権利を侵害されたことに基づく精神的損害を主張
しているものと解し,これを前記判断の限度で認容しているものであり,
一審被告の主張は,その前提自体が誤っている。
一審被告は,一審被告の事前審査方式は,申請しようとする者の任意
の協力がある限り違法ではなく,条理上の作為義務違反として違法とな
るには,少なくとも申請しようとする者が事前審査方式について真摯か
つ明確な拒否をしていることが必要であると主張するが,当裁判所は,
前記判断(原判決を引用(事実及び理由「第3当裁判所の判断」欄の2
(2)ウ)及び前記(ウ))のとおり,一審被告が事前審査方式を行う理由及
びこれに服さずに直ちに決定請求書を提出することもできる旨,さらに
は事前審査方式を行う場合とそうでない場合とでそれぞれの申請に要す
る期間がどの程度になるのかなどを事前審査に入る前に一審原告に十分
に説明し,そのような説明を受けた一審原告が事前審査方式に服するこ
とに同意した場合に限って,事前審査方式による手続を進めることが相
当となるのであり,それが手続法7条の趣旨にかなった運用であると解
するものであり,一審被告の主張は,手続法7条の趣旨を正しく理解し
ないもので,到底採用できない。
2よって,一審原告の控訴に基づいて,上記判断と一部結論を異にする原判決
を変更し,一審被告の控訴は理由がないので棄却することとして,主文のとお
り判決する。
東京高等裁判所第14民事部
裁判長裁判官西田美昭
裁判官犬飼眞二
裁判官小池喜彦は差し支えのため,署名押印できない。
裁判長裁判官西田美昭
(原裁判等の表示)
主文
1被告が原告に対し平成15年9月26日付けでした遺族共済年金の決定
請求を棄却する旨の処分を取り消す。
2原告のその余の請求を棄却する。
3訴訟費用は100分し,その4を原告の,その余を被告の各負担とする。
事実及び理由
第1請求
1主文第1項と同旨(以下同項記載の処分を「本件処分」という。)
2被告は,原告に対し,金100万円及びこれに対する平成16年6月19日
(訴状送達の日の翌日)から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2事案の概要
本件は,地方公務員共済組合(以下「組合」という。)である被告から退職
年金を受給していた元組合員が行方不明となり,失踪宣告によって死亡したも
のとみなされたことから,同人と別居していた戸籍上の妻である原告が,被告
に対し,遺族共済年金の決定請求をしたところ,被告から,原告が遺族に該当
しないとの理由で決定請求を棄却する旨の本件処分を受けたため,①本件処分
には原告の遺族該当性に関して事実誤認があり,また行政手続法に違反する手
続上の瑕疵があると主張して,その取消しを求めるとともに,②決定請求手続
における被告職員の不法行為(行政手続法違反)によって精神的苦痛を被った
と主張して,被告に対し,国家賠償法1条1項に基づいて,慰謝料100万円
とこれに対する民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める事案
である。
1関係法令等の定め
本件に関係する法令等の定めは,次のとおりである。
(1)地方公務員等共済組合法(以下「共済法」という。)
ア被告及び被告の業務
被告は,公立学校の職員並びに都道府県教育委員会及びその所管に属す
る教育機関の職員をもって組織する組合である(共済法3条1項2号)。
組合は,共済法で定めるところにより,組合員の退職,障害又は死亡に関
し,長期給付を行うものとし(共済法42条),長期給付は,退職共済年
金,障害共済年金,障害一時金及び遺族共済年金とする(共済法74条)。
給付を受ける権利は,その権利を有する者(以下「受給権者」という。)
の請求に基づいて,組合が決定する(共済法43条1項)。
イ遺族共済年金
退職年金(昭和60年法律第108号による共済法改正前のもの)の受
給権者が死亡したときは,その者の遺族に遺族共済年金を支給する(共済
法99条1項4号,昭和60年法律第108号附則28条1項)。遺族と
は,組合員又は組合員であった者(以下「組合員等」という。)の配偶者,
子,父母,孫及び祖父母で,組合員等の死亡の当時(失踪の宣告を受けた
組合員であった者にあっては,行方不明となった当時。後記(2)において
同じ)その者によって生計を維持していたものをいう(共済法2条1項3
号)。組合員等によって生計を維持することの認定に関し必要な事項は,
政令で定める(共済法2条2項。同項に基づく政令の定めは後記(2)のと
おり)。
ウ支払未済の給付
受給権者が死亡した場合において,その者が支給を受けることができた
給付でその支払を受けなかったものがあるときは,これをその遺族(前記
イの遺族と同じ)に支給し,支給すべき遺族がないときは,当該死亡した
者の相続人に支給する(共済法47条1項)。給付を受けるべき同順位者
が2人以上あるときは,その全額をその1人に支給することができるもの
とし,この場合において,その1人にした支給は,全員に対してしたもの
とみなす(同条2項)。
(2)地方公務員等共済組合法施行令(以下「施行令」という。)4条
共済法2条1項3号に掲げる組合員等の死亡の当時その者によって生計を
維持していた者は,当該組合員等の死亡の当時その者と生計を共にしていた
者のうち総務大臣の定める金額以上の収入を将来にわたって有すると認めら
れる者以外のものその他これに準ずる者として総務大臣が定める者とする。
(3)地方公務員等共済組合法運用方針(昭和37年10月3日自治甲公第10
号。以下「運用方針」という。)共済法2条関係(施行令4条)
「総務大臣の定める金額」(施行令4条)は,年額850万円とする。な
お,以上のほか,遺族に係る生計を維持することの認定に関しては,厚生年
金保険における生計維持関係等の認定基準及び認定の取扱いの例によるもの
とする。
(4)生計維持・生計同一関係に係る認定基準及びその取扱いについて(昭和6
1年4月30日庁保険発第29号各都道府県民政主管部(局)保険・国民年
金主管課(部)長宛社会保険庁年金保険部国民年金・業務第1・2課長連名
通知「生計維持関係等の認定基準及び認定の取扱いについて」別添。以下
「本件認定基準」という。)
ア総論
遺族厚生年金の受給権者に係る生計維持関係の認定については,生計同
一要件(後記イ)及び収入要件(後記ウ)を満たす場合に死亡した被保険
者又は被保険者であった者と生計維持関係があるものと認定するものとす
る。ただし,これにより生計維持関係の認定を行うことが実態と著しく懸
け離れたものとなり,かつ,社会通念上妥当性を欠くこととなる場合には,
この限りでない。
イ生計同一に関する認定要件
(ア)生計維持認定対象者に係る生計同一関係の認定にあたっては,次に
該当する配偶者又は子は,生計を同じくしていた者に該当するものとす
る。
a住民票上同一世帯に属しているとき
b住民票上世帯を異にしているが,住所が住民票上同一であるとき
c住所が住民票上異なっているが,次のいずれかに該当するとき
(a)現に起居を共にし,かつ,消費生活上の家計を一つにしている
と認められるとき
(b)単身赴任,就学又は病気療養等の止むを得ない事情により住所
が住民票上異なっているが,次のような事実が認められ,その事情
が消滅したときは,起居を共にし,消費生活上の家計を一つにする
と認められるとき
①生活費,療養費等の経済的な援助が行われていること。
②定期的に音信,訪問が行われていること。
(イ)認定の方法
前記(ア)の事実の認定については,受給権者から別表1(後記エ)の
書類の提出を求め行うものとする。
ウ収入に関する認定要件
(ア)生計維持認定対象者に係る収入に関する認定にあたっては,次のい
ずれか(省略)に該当する者は,厚生大臣の定める金額(年額850万
円)以上の収入を将来にわたって有すると認められる者以外の者に該当
するものとする。
(イ)認定の方法
前記(ア)の認定については,受給権者からの申出及び生計維持認定対
象者の状況に応じ別表2(省略)の書類の提出又は提示を求め行うもの
とする。
エ別表1(生計同一に関する認定関係)
認定対象者の状況区分提出書類
前記イcaそれぞれの住民票(世帯全員)の写(ア)(b)
b民生委員等第三者の証明書又は別表3
(後記オ)に掲げる書類
c別居していることについての理由書
オ別表3(第三者の証明書に代わる書類)
事項提出書類
①健康保険等の被扶養者になっ・健康保険被保険者証等の写
ている場合
②給与計算上,扶養手当等の対・給与簿又は賃金台帳等の写
象になっている場合
③税法上の扶養親族になってい・源泉徴収票又は課税台帳等の写
る場合
④定期的に送金がある場合・現金封筒,預金通帳等の写
⑤その他①∼④に準ずる場合・その事実を証する書類
(5)行政手続法(以下「手続法」という。)
ア審査基準(5条)
行政庁は,審査基準(申請により求められた許認可等をするかどうかを
その法令の定めに従って判断するために必要とされる基準)を定めるもの
とし(手続法5条1項),審査基準を定めるに当たっては,許認可等の性
質に照らしてできる限り具体的なものとしなければならず(同条2項),
行政上特別の支障があるときを除き,法令により申請の提出先とされてい
る機関の事務所における備付けその他の適当な方法により審査基準を公に
しておかなければならない(同条3項)。
イ標準処理期間(6条)
行政庁は,標準処理期間(申請がその事務所に到達してから当該申請に
対する処分をするまでに通常要すべき標準的な期間)を定めるよう努める
とともに,これを定めたときは,申請の提出先とされている機関の事務所
における備付けその他の適当な方法により公にしておかなければならない
(手続法6条)。
ウ申請に対する審査・応答(7条)
行政庁は,申請がその事務所に到達したときは遅滞なく当該申請の審査
を開始しなければならず,かつ,法令に定められた申請の形式上の要件に
適合しない申請については,速やかに,申請者に対し相当の期間を定めて
当該申請の補正を求め,又は当該申請により求められた許認可等を拒否し
なければならない(手続法7条)。
エ理由の提示(8条)
行政庁は,申請により求められた許認可等を拒否する処分をする場合は,
申請者に対し,同時に,当該処分の理由を示さなければならず(手続法8
条1項),当該処分を書面でするときは,その理由は,書面により示さな
ければならない(同条2項)。
オ情報の提供(9条)
行政庁は,申請者の求めに応じ,当該申請に係る審査の進行状況及び当
該申請に対する処分の時期の見通しを示すよう努めなければならず(手続
法9条1項),申請をしようとする者又は申請者の求めに応じ,申請書の
記載及び添付書類に関する事項その他の申請に必要な情報の提供に努めな
ければならない(同条2項)。
2前提となる事実(当事者間に争いがない。)
(1)原告とP1は,昭和31年12月27日に婚姻の届出をした夫婦であるが,
昭和56年7月1日に別居し,住民票上の住所を異にしていた。P1は,被
告の組合員であった者であり,昭和61年3月に東京都の中学校教諭職を退
職し,退職年金(昭和60年法律第108号による共済法改正前のもの)を
受給していたが,平成7年5月に行方不明となり,平成15年6月27日,
失踪宣告の裁判が確定して,死亡したものとみなされた(死亡とみなされる
日は平成▲年▲月▲日)。
(2)原告は,遺族共済年金の給付を受けるため,平成15年6月30日以降,
何度も被告の事務所を訪れ,同年9月16日,被告に対し,遺族共済年金の
決定請求書を提出したが,被告は,同年9月26日,原告がP1の遺族には
該当しないものと認定し,原告の請求を棄却する旨の本件処分をした(処分
通知書の原告への到達は同年9月27日)。
(3)原告は,本件処分を不服として,平成15年11月25日,公立学校共済
組合審査会に対し,審査請求をしたが,平成16年2月23日,同審査会か
ら,原告の審査請求を棄却する旨の裁決を受けたため(裁決書の原告への到
達は同年3月4日),同年5月31日,本件訴訟を提起した。
3争点及び当事者の主張
(1)争点①(遺族該当性)
争点の第1は,本件処分の取消原因の有無に関し,原告がP1の「遺族」
(共済法2条1項3号),すなわち,P1が行方不明となった当時P1によ
って生計を維持していたものに該当するかどうかであり,より具体的には,
運用方針によってその例によることとされている本件認定基準中,生計同一
要件に関する前記1(4)イ(ア)c(b)の基準,すなわち,「単身赴任,就学
又は病気療養等の止むを得ない事情により住所が住民票上異なっている」が,
「生活費,療養費等の経済的な援助が行われていること」や「定期的に音信,
訪問が行われていること」が認められ,「その事情が消滅したときは,起居
を共にし,消費生活上の家計を一つにすると認められるとき」に該当するか
どうかである(なお,本件認定基準によって遺族の該当性を認定することの
合理性・相当性については,当事者間に争いがない。)。
ア原告の主張
(ア)別居の原因について
原告とP1の別居は,P1の暴力を原因とするものであり,原告が家
庭裁判所に夫婦関係調整の調停を申し立てた結果,P1が東京都足立区
の自宅(原告の現住居)を出るという形をとったが,夫婦関係をそれ以
上こじらせないための回避措置としての別居であり,婚姻関係が破綻し
たことを理由とするものではなかった。当時原告は,P1が暴力を振る
った理由を説明し,二度と暴力を振るわないと約束してさえくれれば,
P1との関係を修復して戻ってきてもらってよいと考えていたので,別
居が14年間にわたることは想像すらしていなかった。P1も原告が頭
を下げてくることを希望していたと推測され,長期の別居は想定してい
なかったと思われるが,プライドの高いP1は暴力の件を謝ることがな
く,今後暴力を振るわないと約束することもなかったため,別居期間が
結果的に長期にわたることとなった。
被告は,平成6年9月6日付けのP1の葉書(乙4の4の8)がP1
の気力の減退を示しており,別居の原因が仮に暴力であったとしても,
その事情は既に解消していたと主張するが,暴力を振るわれた側の原告
にとっては,P1が弱音を吐いてきたからといって,直ちに暴力の可能
性がなくなったものと理解して同居するということは容易にできるもの
ではなかった。しかも,夫婦のDV事案において,暴力を振るった夫が
妻に対して弱音を吐いたりして気を惹こうとすることはしばしば見られ
るところであり,気力の減退を示したから暴力の事情が消滅したとは簡
単に判断できるものではない。
したがって,原告にとっては,平成7年5月に至るまで「止むを得な
い事情」による別居が続いていたものといえる。
(イ)経済的援助について
P1は,原告が居住する自宅や別荘である山小屋の維持費(固定資産
税等)を支払い,自宅が借地であったため地代も供託してきた。収入の
ほとんどない原告にとって住居を無償で提供され,固定資産税,地代等
をすべて支払ってもらえることは,生活するに当たって重要な事実であ
り,このようなP1の援助があってこそ,別居当時には大学2年生であ
った二男及び高校3年生であった長女を大学卒業まで育て上げることが
できたのである。被告は,税金や地代の支払は自己の権利を確保するた
めであって,原告を扶養する意思があってのことではないと主張するが,
単なる自分の権利保全であれば自宅建物等の登記済権利証や地代の供託
書は自分で保管するはずのものであるところ,P1はこれらを原告に保
管させていた(甲19,甲90の1,2,甲91,乙1の14の1,2,
乙1の15の1,2)。また,被告は,自宅は実質夫婦財産であるから,
原告にも住む権利があり,これをもってP1からの経済的援助とはいえ
ないと主張するが,原告の実質共有持分は2分の1にすぎず,当然に無
償で住み続ける権利があるとはいえないし,それであればむしろ税金や
地代等も2分の1を負担しなければならないところ,P1が自分からす
べて負担したのである。
また,P1は,別居後P1が定年退職する昭和61年3月まで,毎月
欠かさず月16万ないし20万円及びボーナス等の半分を二男及び長女
名義の預金口座(通帳をP1が管理し,キャッシュカードを原告が管理
していた。)に入金し,原告及び子どもらの生活費の援助を行ってきた。
当時P1の給料は手取りで年500万ないし550万円くらいであった
と推測されることからすれば,上記のような少なからぬ入金が原告を含
めた3人(昭和59年4月以降は原告と長女の2人)の生活費援助の趣
旨であったことが明らかである。昭和61年4月から平成4年2月まで
は一時入金が途絶えていたが,これはP1が退職して年金生活者となり
収入が減少したためであり,この間原告が生活費を請求しなかったのは,
それまでのP1の送金を貯めた預金や別居時に原告が管理していた夫婦
預金を取り崩して生活できたからである。P1が昭和61年3月までは
十分な入金をしてくれた上,二男も長女も奨学金を受けたことから学費
が浮いたので,P1の入金分から400万円くらいの預金(ボーナスの
半額に手をつけずに済んだ。)ができていた。また,原告が別居時に管
理していた夫婦預金は800万円程度であったが(P1名義540万円,
原告名義320万円くらい。甲61ないし87),昭和58年8月に約
100万円を自宅修繕費に充てたので,約700万円が残っていた。長
男はP1と一緒に住んでおり,二男は昭和59年4月に就職して自宅を
離れ,長女も昭和61年4月に就職したので,その後は原告自身の生活
費としてはさほどの額はかからなかった。特に当時は預貯金の利息が高
金利でついたため,住居費や地代,税金の負担のかからない原告は,利
息だけでもほぼ生活費の大半をまかなうことができた。昭和63年に6
10万円を年金保険等(甲10の1ないし13の3)に回してもなお,
相当程度の預貯金が残存していた。P1の方がしばらく生活費を送金し
なかったのも,夫婦預金があることを知っていたからであり,夫婦関係
調整の調停の際には,P1は夫婦預金を原告が生活費として使うことを
容認していた。夫婦預金の取り崩しによる生活の維持は実質的に婚姻費
用分担による扶養に当たるのであって,P1の経済的援助と同視し得る
ものである。そして,原告は,金利が下がる中,預金を取り崩す生活が
続き,預金が減ってきたことから,平成4年にP1に対し,生活が苦し
いので妻のいる年金加入者に対して付加されている加給年金分を送って
欲しい旨を申し入れたところ(その時長女が口添えをしてくれた。),
P1はこれを了承し,平成4年3月から,昭和61年に遡って前記の長
女名義の預金口座(P8銀行のもの。甲7,甲34)に加給年金分を入
金してくれるようになり,平成4年には115万3600円(昭和61
ないし平成3年分),平成5年には41万4900円(平成4,5年
分),平成6年には21万5400円(平成6年分)を入金している。
被告は,平成4年以降のP1の送金には長女への援助分が含まれている
と主張するが,留学中の長女への援助(月額5万円)が送金されていた
のはP9の長女名義の預金口座であって(甲20の1,2,甲21ない
し23,甲42),P8銀行の預金口座の入金の中には長女への援助分
は含まれていない。
以上のとおり,P1が失踪した平成7年5月当時の原告は,住居を無
償で提供されていたことに加え,自分の公的年金のほかは,夫婦預金の
取り崩し分や,預金を運用した私的保険の満期金,加給年金分としての
P1の入金分によって主たる生活費を得ていたのであるから,結局P1
の経済的援助により生活していたというべきである。
被告は,原告が長女や二男の援助により生計を営んでいたと主張する
が,原告は長女からも二男からも経済的援助を受けておらず,原告がP
1の健康保険上の被扶養者からはずれたのはP1が定年退職して横浜市
の国民健康保険に入ったからであり,税法上は平成元年にP1と長女の
話し合いで長女に税控除を譲ったからであり,P1が失踪した平成7年
5月当時に二男の健康保険上の被扶養者になっていたのは平成5年8月
から平成7年6月までの長女の留学期間に限って便宜的に二男の健康保
険に入れてもらったものにすぎない。平成7年5月当時においては,長
女は留学のため失業しており,二男は平成6年8月から3人の扶養家族
を伴ってのロンドン勤務になったから,原告に対して援助する余裕はな
かった。
また,被告は,原告自身に生計を維持するに足る資産・収入があった
とも主張するが,①原告は別居後は断続的に家庭教師の仕事しかしてお
らず,あったとしても小遣い程度の収入であったのであり,②平成4年
に建てた山小屋の建築費の原告負担分は,預かっていた夫婦預金から一
時立替払いし,原告の両親の遺産に絡む裁判で平成7年に共同相続人か
ら得た現金(実質遺産)から補てんしたのであり(平成4年の遺産分割
審判当時既に共同相続人が1000万円近くの預金を引き出したらしい
事実はつかんでいたものの,確証がなかったため審判には反映されてい
なかったが,裁判をすれば取得できる見込みはあった。),③自宅の大
修理に関するP1の手紙(乙4の4の4)に対しては,原告から,山小
屋の別途新築だけでも大変なのに自宅の修理までする余裕はないとの趣
旨の返事をして(甲41の1,2),話はそれで終わっており,④平成
4年から平成7年にかけての原告名義の預金口座への振込(甲8)は,
山小屋建築費のP1負担分を一旦原告に送金し原告分と合わせて支払っ
たもの(平成4年12月の300万0244円。甲53),前述の共同
相続人からの入金分(平成7年3月13日の376万0284円),遺
産分割審判及び前述の裁判の各費用(旅費日当)などであり,何ら原告
の資産・収入の証明になるものではない。
(ウ)別居後の交流について
原告とP1は,別居後もP1が失踪するまで,電話,手紙,葉書など
を頻繁にやり取りして交流を続けてきた。手紙,葉書については,原告
の手元に残っているもののうち証拠で提出しているものだけでも36通
にのぼっている。被告は,P1の手紙の内容は事務的なものが多いと主
張するが,自分の近況を書いたものや原告らの様子を尋ねたものなども
あり(甲19,乙1の6,乙4の4の7など),決して冷淡という雰囲
気ではない。事務的な内容が多いのは,P1が大正生まれで教師という
職業に就いていたこともあり,若い人のようにストレートな愛情表現を
する人間ではなかったことと,原告に自宅等の管理を委ね,子どもの教
育を託しているのは家長として原告に指示をして実務的なことをさせて
いるという意識から,それらに関連する内容が自ずと多くなったという
ことにすぎない。
また,原告とP1は,P1の失踪から遠くない平成3年から平成6年
にかけての時期に,費用折半の約束で山小屋を新築することを決め(乙
4の4の2),工事の契約者は原告のみで(甲53),共有名義で原告
が表示登記手続をし(甲29),不動産取得税は全額P1が支払ったが
(乙4の4の7),このような過程は,この間の夫婦の生計同一を証明
する事実である。当時P1と原告が生計同一状態にあり,将来もそのよ
うな関係が続く見込みがあったのでなければ,この時期に共同して共有
名義の建築物を建てるはずもないのである。
(エ)まとめ
以上のとおり,原告とP1の夫婦は,別居期間こそ14年にわたって
いるものの,その間ほぼ定期的といえる音信があり,双方で情報を共有
していたから意思の疎通もあった上,経済的援助もなされていたもので
ある。しかも平成4年には共同で共有名義の山小屋を新築している。そ
の上別居の理由が「暴力」という特殊なもので,容易に別居を解消でき
ないものの,原告はP1に経済的に依存し,P1は原告に精神的に依存
し,かつ家長として妻たる原告に夫婦財産の管理や子どもの養育の実務
を命じるという意識を持っていたから,夫婦としてのつながりが存在し,
決して破綻とはいえない共同関係にあった。P1は内縁の妻を持つこと
もなかったので,将来復縁して同居に至る可能性も高かったのであり,
失踪の9か月前に当時同居していた長男と別に住もうと考えている旨の
手紙(乙1の6)を原告に送り,一種原告の関心を引こうとしているこ
ともこのことをうかがわせる。被告は,「βには居たくありません。何
とか探します。」とのP1の記述をもって原告と同居する意思がなかっ
たとしているが,このような行き先の相談をわざわざ手紙で原告に書い
てよこしていたということ自体が重要であって,原告の関心を引くため
でなければ何らこのような相談を持ちかけてくる必要はなかったもので
ある。原告とP1間には生計維持関係ないし生計同一関係が存在したも
のというべきである。
また,遺族共済年金が遺族の扶養を直接の目的とするものであるとし
ても,組合員が在職中に支払っていた掛金を主たる原資としているもの
であることも否定できない。P1の在職期間36年のうち,25年間は
原告が同居し,共済掛金の支払に寄与・貢献してきたのであるから,こ
の点からみても原告が「遺族」としての年金支給を全く受けられないこ
とは極めて不当である。
したがって,原告が「遺族」に当たらないとした被告の本件処分は取
り消されるべきである。
イ被告の主張
(ア)「止むを得ない事情」及び「その事情が消滅したときは,起居を共
にし,消費生活上の家計を一つにすると認められるとき」について
P1が家を出て住民票上の住所を異動した昭和56年7月から行方不
明となった平成7年5月までの間,14年間も別居を継続し,しかもそ
の間,P1は足立区の自宅に一度も立ち寄ることもなく,原告がP1と
顔を合わせたのはわずか7,8回であり,そのうち最後に顔を合わせた
のは平成6年に偶然東京都内の安売店で出会っただけであり,その余の
山小屋で顔を合わせた時も,事前に原告が日程を連絡していたとはいえ,
それは山小屋の利用調整のためであり,P1と山小屋で会うためではな
かった。14年間の別居中には二男の結婚もあるが,原告とP1が顔を
合わせたのが山小屋と安売店のみであったとすれば,P1が二男の結婚
式に原告とともに夫婦として出席することもなかったのである。その上
原告・P1双方から別居状態を解消する行動がとられることは全くなか
ったものであり,別居状態は常態化し,固定化していたものである。現
に,P1が原告に宛てた平成6年9月2日付けの手紙(乙1の6)では,
「私の行く先は,目安がありませんが,α,βには居たくありません。
何とか探します。」と記載し,原告と同居する意思がないことを明らか
にし,その後平成7年5月には何ら原告に連絡することもなく行方不明
となっているのであって,将来的に原告とP1とが「起居を共にし,消
費生活上の家計を一つにする」可能性が全くなくなっていたことは明ら
かである。
原告は,P1との別居はP1の暴力によるものと主張するが,平成7
年5月当時には既に別居が14年間に及んでいる上,同時点ではP1は
70歳近くになっており,P1が原告に宛てた平成6年9月6日付けの
葉書(乙4の4の8)には,「長男と離れ,私が家を出ることにしたこ
とは,話し合い,一緒にいることにもどしました。私は精神的にも,体
力的にも弱くなってしまったからです。独りより,二人のほうが力にな
るのだろうということも,仕方ありません。」と記載して気力の減退を
示しており,別居の原因が仮に暴力であったとしても,その事情は既に
解消していたものである。
したがって,平成7年5月当時においては,「止むを得ない事情」に
より別居していたとはいえないし,ましてや「その事情が消滅したとき
は,起居を共にし,消費生活上の家計を一つにすると認められる」とは
いえない。
(イ)「生活費,療養費等の経済的な援助が行われていること」について
生計同一関係が認められるためには,「生活費,療養費等の経済的な
援助が行われていること」(狭義の生計維持要件)が必要であり,これ
に該当するというためには,少なくとも組合員等からの収入がなくなる
ことによって,当該世帯の生計を維持するにつき相当に困難な状態を招
くに至る程度の寄与がなされていることを要するものである。
原告は,P1が原告の居住する自宅(借地)の維持費を支払っている
ことは重要な経済的援助であると主張するが,自宅がP1所有名義とな
っているのであれば,その財産維持のためこれを負担するのは当然であ
り,これをもって原告に対する経済的援助ということはできない。また,
遺族共済年金の支給は,組合員等が死亡した場合,その者によって生計
を維持されていた者に対し,組合員等の死亡当時に得られていた収入の
喪失を補てんする趣旨であり,組合員等の所有する自宅に居住していた
配偶者は,組合員等が死亡すれば当該自宅を相続して引き続き居住でき
るのであって,組合員等の死亡により自宅への居住利益が喪失するわけ
ではなく,かかる利益は遺族共済年金の支給要件たる生計同一関係に係
る経済的援助として考慮すべきものではない。本件の場合,P1は自ら
の意思により家を出ており,同人の原告宛手紙(乙1の7)の中には自
分名義の家に原告が居住することについては必ずしもその意思に沿うも
のではなかったことが示されており(「今,住んでいて,そちらが,住
みつづけるのでしょうから,私は,何とも言いようはありません。」と
の部分),また長女が留学していた期間を除き,原告と長女は昭和61
年からP1が失踪するまでの間同居していたことからすると,P1とし
ては,原告が自宅に居住することについて不満であるとの感情は持ちつ
つ,父親としての心情からわが子である長女と同居している原告に対し
家を出るよう言うことができなかったものであり,このため自分自身の
権利の行使を行わず,その反射的結果として原告はP1名義の家に住み
続けたものであって,これをもってP1から原告に対し経済的援助を行
っていたと評価することはできない。しかも,足立区の自宅はP1が原
告と結婚した後である昭和35年に住宅ローンで新築したものであり,
P1と原告が協力して取得した不動産であって,少なくとも実質的には
両名の共有財産であり,共有者として原告に使用する権利があるのであ
って,その権利に基づいて居住していたものであるから,これをもって
P1から原告への経済的援助ということはできない。
原告は,P1が昭和61年まで定期的に生活費を送金していたと主張
するが,生計同一関係の有無はP1が行方不明となった平成7年5月当
時で判断されるべきものであって,昭和61年以前の送金の有無は関係
がない。しかも上記送金は,二男名義の預金口座及び長女名義の預金口
座にそれぞれ送金され,長女の大学卒業・就職と同時に打ち切られてお
り,その趣旨は原告への経済援助ではなく,二男及び長女に対する生活
費・学費の援助である。現に,上記送金打ち切りに際して,原告とP1
との間で今後の原告の生活についての相談は全くされていない。また原
告は,P1が平成4年以降は加給年金分を原告に送金していたと主張す
るが,当該金員は長女の預金口座に入金されているものであるところ,
同口座の預金通帳(甲7,甲34)からはP1による送金であることは
確認できないし,仮にP1からの送金であったとしても,年額としては
20万円程度であり,その上平成7年には加給年金分の送金はなされな
かったのであって,この程度の額の送金があっても,これをもって生計
同一関係が認められるための経済的援助とはいえない。しかも,上記の
加給年金分の送金は長女がアメリカ合衆国に留学することになって原告
が1人で生活することになることから,長女がP1に要請して開始する
ことになったものであるが,長女が平成7年6月に留学から帰国するこ
とはもともと予定されており,そのことはP1も承知していたことであ
って,加給年金分の送金が長女において安心して留学できるようにとの
目的でなされていた以上,P1が失踪した平成7年にはもともと加給年
金分の送金が予定されていたとは考えられず,現に平成7年には加給年
金分の送金はなされていないのであって,平成6年8月までしかなされ
ていない加給年金分の送金をもって原告とP1との生計同一関係を認め
ることができないことは明らかである。その上,長女は平成5年9月か
らアメリカ合衆国に留学しているところ,P1から原告に宛てた平成6
年9月2日付けの手紙(乙1の6)には,「P10(長女)への月額の
援助は5万円ですが,最後まで続けられます。」と記載されており,長
女の預金口座への上記送金には長女への援助も含まれているものであり,
上記送金をもって原告とP1との生計同一関係があったとは認められな
いことはこの点からしても明らかである。
P1は平成元年以降平成7年5月まで「控除対象配偶者なし」と被告
に届出をし,一方,原告は平成7年5月当時健康保険関係につき二男の
被扶養者となっていた(健康保険においては直系尊属が被扶養者と認定
されるためには,「主としてその被保険者により生計を維持するもの」
に該当することが必要である。健康保険法3条7項)。原告は,被告に
提出した平成15年8月5日付け申立書(乙2の1)において,昭和6
1年4月以降P1から送金がなかった理由について,「(原告は)まだ
多少収入もあり,わずかながら遺産を手にすることになったからであ
る。」と述べており,平成7年5月当時には,自らの資産と二男の経済
的援助によりその生計を維持していたものである。
原告が自ら生計を維持するに足る資産を有していたことは以下の事情
からも明らかである。①原告の平成7年当時の課税証明書上の所得は国
民年金と私的年金を合わせて年額70万円程度であったが,平成3年か
ら平成4年にかけて総額1100万円もの経費を要する山小屋を原告に
おいてその経費の2分の1を負担して新築している。②P1から原告に
宛てた平成4年8月12日付けの手紙(乙4の4の4)では,原告が足
立区の自宅の大修理(実質建替)を計画していることが示され,その上,
「そちらで,お考えのことなのですが,高額の修理費,負担者が誰にな
るか,費用の捻出方法など,それ次第で,税金(修理後の)はどうなる
か,など,(私に)十分気をつけて対処するように言われました。」と
記載されていて,上記の大修理(実質建替)の経費を原告が負担するこ
とを前提としていることも示されている。③原告はP1から送金がなさ
れていない時期である昭和63年に,610万円もの資金を,資金が相
当の期間固定してしまう養老保険料及び個人年金保険料の支払に充てて
いる(甲10の1ないし甲13の3)。④原告名義の預金口座(甲8)
には,平成4年に合計300万2640円,平成5年に合計31万13
97円,平成7年にいたっては合計494万9942円もの金額が振り
込まれており,しかもこの中にはP11信用金庫からの振込もあり,原
告は同信用金庫にも預金を有している。⑤原告は昭和61年から平成4
年までの7年もの期間,P1からの送金を受けることなく,その生計を
維持してきていたのであり,しかもその間,国民年金の支給も,私的年
金の支払も受けていなかったのであって(国民年金の支給開始は平成5
年8月,私的年金の支払開始は平成6年8月),仮に原告主張のとおり
二男・長女から経済的援助を受けていなかったとすれば,少なくともそ
の間は自らの資産ないし収入によって生計を維持していたと解すほかは
ない。⑥原告が平成9年に申し立てた婚姻費用分担の審判において,
「申立人の生活費は自分の国民年金年間受給額約20万円と個人年金年
額約20万円の他,同居している長女から月額15万円余りの援助を受
けながら生活している。しかし,申立人は生活費が不足しがちであり,
不足分はアルバイトや預貯金を取り崩して生活していると述べる」とさ
れていたのであり(甲9),要するに原告の生活費は年額220万円
(P1が負担していたという自宅・山小屋の税金,地代,管理費等の費
用年額25万7600円を除外しても約200万円)を上回っていたの
であって,平成7年当時,国民年金・私的年金と年額20万円程度の加
給年金分の送金で生計を維持していたはずはなく(そもそも平成7年に
は加給年金分の送金はない。),仮に原告主張のとおり二男・長女から
の経済的援助がなかったとすれば,生計維持の主たる財源が原告自身の
資産ないし収入にあったことは明らかである。⑦原告は昭和40年まで
は教員としての職を有し,自らの収入(退職時には退職金もあったはず
である。)を得ていたものであり,その後も非常勤講師・家庭教師等を
して収入を得ていたものであり,自らの資産を形成することは十分に可
能であったものである。
原告は,昭和61年から平成4年まで送金が途絶えていた間はP1の
送金を貯めた預金や別居時に原告が管理していた夫婦預金を取り崩して
生活していたと主張するが,原告はこのようなことは被告宛の平成15
年7月17日付け回答書(乙1の1)にも,同年8月5日付け申立書
(乙2の1)にも,さらに同年9月16日付け回答書(乙4の1)にも
記載しておらず,かえって,前記のとおり,同年8月5日付け申立書
(乙2の1)では,「まだ多少収入もあり,わずかながら遺産を手にす
ることになった」としていたのであって,上記主張はこれと矛盾するも
のであるし,そもそもこれはP1が行方不明となった平成7年5月当時
の経済的援助ではない。また原告は,山小屋建築費の半額は550万円
であり,父母の遺産等からこれにかなり近い現金が入る見込みがあった
ことから,とりあえず夫婦預金から出すことにしたとも主張するが,原
告が平成3年に申し立てた遺産分割(甲39)では,父母の遺産のうち
現預金は合計197万4648円しかなく,これを相続人3人で分割す
るのであるから,原告が上記のような現金を取得する見込みなどそもそ
もあるはずがなく,現に平成4年8月に出された審判では原告の取得し
た現預金はわずか3万0817円であるばかりか,かえって共同相続人
に144万9470円を支払うこととなっているのであって,原告の上
記主張は全く客観的事実に反するものである。原告の主張によれば,夫
婦預金が別居時に約800万円であったが,そのうち100万円を自宅
の修理に使い,昭和63年に残り700万円のうち610万円を年金保
険等に積み立てたというのであるから,昭和63年当時には約100万
円弱となっていたものである。原告はほかに昭和61年までのP1から
の送金を貯めたものが約400万円あったとも主張するが,これを合わ
せても預金は約500万円弱である。この中から,前述した共同相続人
への支払(144万9470円)をすれば残額350万円弱にしかなら
ないのであって,ほかに資産がなければ山小屋の建築に550万円も支
出することができるはずがないのである。
以上のとおり,P1が行方不明となった平成7年5月当時,P1から
原告に対し,それがなくなれば原告の生計維持に困難を生じさせるほど
寄与する経済的援助がなされていたことはないのであって,その一事か
らしても生計同一関係は認められないものである。
(ウ)「定期的に音信,訪問が行われていること」について
原告とP1との間には,別居期間中にP1から原告への手紙・葉書で
の連絡はある程度なされているものの,そのほとんどは山小屋の費用負
担等についての送金通知など事務的なものである。そして,これら事務
的な事項についてのやり取りですら手紙又は葉書を用いていることは,
P1と原告との人間関係が,直接会ったり,電話による会話を拒ませる
ものであったことを示すものである。
しかもP1は昭和56年7月以降,足立区の自宅に立ち寄ることは一
切なく,またP1が行方不明となった平成7年5月まで別居解消の話し
合いがなされたことは全くなかったものである。
したがって,原告とP1との間には,平成7年5月当時,夫婦として
の意思疎通がなされていたと判断するほどの定期的な音信・訪問はなか
ったものである。
(エ)まとめ
以上のとおり,原告とP1との間には,平成7年5月当時,生計同一
関係は認められず,結局,共済法2条1項3号の生計維持要件を欠くも
のであって,本件処分は適法である。
(2)争点②(手続法違反の有無)
争点の第2は,本件処分の取消原因の有無及び被告の賠償責任の有無に関
し,本件処分に係る手続において,被告職員に手続法5条ないし9条違反の
行為があったかどうかである。
ア原告の主張
(ア)手続法5条違反
被告は,手続法施行後も,遺族の認定に関する被告としての審査基準
を作成しておらず,担当職員が本件認定基準等を含む現行諸規定をその
時々で恣意的に取捨選択して,適用し運用していた。仮に本件認定基準
が被告としての審査基準に当たるとしても,被告は,これを公にせず,
窓口に据え置いてもおらず,原告の来訪当初からの再三の問い合わせに
対しても明らかにしようとしなかった。このため,原告が本件認定基準
を知ったのは相当日数が経過してからであり,しかも他機関からの教示
によるものであった。被告が本件認定基準の完全なものを原告に交付し
たのは,本件処分の通知書に同封したものが初めてであった。
また,被告は,原告が来訪の当初から決定請求の意思を示し,決定請
求書の交付を求めていたにもかかわらず,複雑な事案であるとして遺族
認定を先行させる「事前審査方式」を採用し,2か月もの間原告に決定
請求書を交付せず,請求行為をさせなかった。
以上の被告の行為は,審査基準の作成・公表を定めた手続法5条に違
反している。
(イ)手続法6条違反
被告は,手続法施行後,本部直接請求の遺族共済年金決定までの標準
処理期間は2か月と定めているようであるが,申請者には公表されてお
らず,本件でも原告に告げることなく,決定請求の意思を示してから約
3か月も経って唐突に本件処分をした。これは,標準処理期間の公表を
定めた手続法6条に違反している。
(ウ)手続法7条違反
前記(ア)のとおり,被告は,原告が来訪の当初から決定請求の意思を
示し,決定請求書の交付を求めていたにもかかわらず,複雑な事案であ
るとして遺族認定を先行させる「事前審査方式」を採用し,2か月もの
間原告に決定請求書を交付せず,請求行為をさせなかった。これは,行
政庁の審査応答義務は申請が到達した時に生ずる旨を規定した手続法7
条に違反している。
(エ)手続法8条違反
被告は,前記(ア)のとおり恣意的に引用した審査基準で原告の決定請
求を棄却し,本件認定基準に則った棄却理由を本件処分の通知書に記載
しなかった。これは,処分理由の提示を定めた手続法8条に違反してい
る。
(オ)手続法9条違反
被告は,原告が申請意思を示してからも正式な審査を開始せず,決定
請求書の交付すら拒絶し続け,処分時期の見通しも全く明らかにしなか
った。また,原告は被告職員に対し審査基準の開示を求めたのであるが,
仮にこれを被告職員がその証言するように「どう書けば遺族と認定され
るかという模範解答の書き方」の教示を求めるものと解したのだとして
も(原告がそのような求めをすることはありえないが),被告職員は手
続法9条2項に従って申請に関する可能な範囲の情報を与える努力をす
べきであった。したがって,被告は,手続法9条に規定する情報提供等
の努力義務も果たしていなかったことが明らかである。
(カ)まとめ
以上のような被告の原告に対する異例の対応は,原告の長男がP1の
支払未済年金の支給を求めて被告の事務所を訪れた際,被告の職員に対
し行った暴行・脅迫行為の影響によって,原告の遺族共済年金受給資格
の審査過程の中に長男を納得させる対策(原告の遺族該当性を否定して
長男に支払未済年金の相続分を支給すること)を持ち込んだことが最大
の原因である。
以上のような手続法違反は,本件処分の取消原因(手続的瑕疵)とな
るものであるとともに,後記(3)のとおり,被告職員の原告に対する不
法行為を構成するものというべきである。
イ被告の主張
(ア)手続法5条違反の主張について
手続法5条3項の趣旨は,申請をしようとする者あるいは申請者に対
して審査基準を秘密にしないとの趣旨であり,対外的に積極的に周知す
ることまで義務付けるものではなく,関係者の求めに応じて開示するこ
とも許されるものである。そして,手続法5条3項違反を理由として処
分が違法になることがあるとしても,それは処分がなされるまで行政庁
において審査基準を明らかにせず,このため請求者において必要な請求
理由の主張・資料の提出ができなかったという場合である。
本件の場合,原告からは少なくとも平成15年7月26日の被告職員
との面談まで原告から審査基準を明らかにするよう求められたことはな
かったものであり,その際被告職員が口頭で本件認定基準を明らかにし,
また同年9月10日付け事務連絡において本件認定基準の文書を原告に
送付しているのであって,被告の対応に手続法5条3項違反はない。
なお,原告は,被告が審査基準を設定していないと主張するが,被告
は,本件認定基準を審査基準としているものである。そもそも原告は被
告が本件認定基準を審査基準としていることを認めていたものであって
(原告準備書面(1)第2の2),原告の上記主張は自白の撤回に当た
り許されない。
(イ)手続法6条違反の主張について
手続法6条の趣旨は同法5条3項と同旨であり,関係者の求めに応じ
て開示することも許される。そして,仮に同法6条違反があったとして
も,そもそも標準処理期間を定めること自体が努力義務でしかないので
あって,同条違反があったとしても本件処分を違法ならしめるものでは
ない。
本件の場合,被告は原告から処分の見通しについての情報提供を求め
られたが(これについては,被告は平成15年9月10日付け事務連絡
により回答している。),標準処理期間の開示を求められたことはなく,
しかも,被告は同事務連絡とともに原告に送付した資料(甲38)の末
尾の「備考」欄に標準処理期間(2か月)を記載して明らかにしており,
手続法6条違反はない。
(ウ)手続法7条違反の主張について
手続法7条違反は,不作為の違法の理由とはなっても,原告の申請に
対する応答としてなされている本件処分の違法理由となるものではない。
被告においては,申請しようとする者に結果的に無駄となることもあ
る煩雑な手続上の負担をできるだけ避けるため,年金の受給資格要件に
ついて可能な限り事前に申請しようとする者から聴取し,審査資料を提
出してもらい,受給資格要件の存否を審査し,その審査結果が出た時点
でこれを申請しようとする者に通知し,請求書を提出してもらうとの事
前審査制度をとっている。この事前審査制度は,年金請求者の手続上の
負担を軽減するためのものであり,その対象もあくまで別居や重婚的内
縁関係があるといった複雑な事案に限って行っているものであって,手
続上も請求書が提出されていなくとも,この事前審査手続の中で受給資
格要件の審査が行われるものであり,何ら手続法7条の趣旨を没却する
ものではない。
被告は,事前審査を行う場合,事前審査が終わって,その結果を通知
する際,請求書を併せて送付している。しかし,申請しようとする者が
事前審査の終了前であっても,とにかく請求しておきたいというのであ
れば,これを拒否するものではない。現に,被告は平成15年8月29
日付け事務連絡により,原告に請求書を送付しているところである。被
告が同日まで原告に請求書を交付しなかったのは,それまでは原告が直
ちに請求書の交付を求めるとの態度を明確にせず,被告において原告が
被告の事前審査制度を了解しているものと認識していたからであって,
原告の要求を一方的に拒絶していたというものではない。
(エ)手続法9条違反の主張について
手続法9条は,努力義務を規定したものにすぎず,その違反は本件処
分の違法理由となるものではない。
本件の場合,被告は,平成15年8月29日付け事務連絡により原告
に請求書類を送付し,また同年9月10日付け事務連絡により情報提供
も行っているのであって,手続法9条違反がないことは明らかである。
(3)争点③(被告職員による不法行為の成否等)
争点の第3は,被告の賠償責任の有無に関し,被告職員に手続法違反の行
為があったとして,これが原告に対する不法行為を構成するかどうか,及び
不法行為が成立するとして,原告の被った損害の額である。
ア原告の主張
前記(2)のとおりの被告職員の違法行為により,原告は2か月間ほとん
ど徒労といってよい労力を余儀なくされた。正式の決定請求手続をとるま
での2か月間被告に足を運んだことは8度に及び,その都度人を威圧した
り,愚弄するような被告職員の態度に傷つけられた。また,審査基準や処
分時期の見通しを全く明らかにしてもらえなかったために,書面の作成や
資料の収集に必要以上の労力と時間を割かざるを得なかった。その挙げ句
の短期間(わずか10日間)での棄却決定であり,原告は被告職員の故意
又は過失に基づく違法行為により多大な精神的苦痛を被った。この損害は
少なくとも金100万円を下らない。したがって,被告は原告に対し,国
家賠償法1条1項に基づき,慰謝料として金100万円を支払うべき責任
がある。
イ被告の主張
原告の主張は争う。被告職員に違法行為はなく,故意・過失もない。
第3当裁判所の判断
1争点①(遺族該当性)について
(1)前記第2の2の事実のほか,証拠(各付記のもののほか,甲33,甲40,
甲55,原告本人)及び弁論の全趣旨によれば次の事実が認められる。
アP1(大正▲年▲月▲日生)と原告(昭和▲年▲月▲日生)(甲1)は,
ともに公立中学校の教師をしていた昭和31年12月27日に婚姻し,そ
の後原告は昭和39年11月に退職したが(退職時の原告の給与月額は4
万2900円で,原告は退職の際に退職一時金を取得した。),P1は昭
和61年3月の定年まで引き続き教員職にあった。この間,昭和▲年▲月
▲日には長男P6(以下単に「長男」という。)が,昭和▲年▲月▲日に
は二男P12(以下単に「二男」という。)が,昭和▲年▲月▲日には長
女P10(以下単に「長女」という。)がそれぞれ生まれた。
イP1と原告は,昭和34年に原告の現住居地である東京都足立区γの土
地を賃借し,昭和35年にP1名義で18年の住宅ローンを組んで持ち家
を建て,長男,二男,長女とともに居住していたが,昭和56年3月,長
男が大学を卒業して横浜市に転居し,次いで同年7月1日,P1が上記の
自宅を出て原告との別居生活を開始し(別居に至る経緯は後記ウのとお
り),以後P1は,平成7年5月に行方不明となるまで,横浜市α内で長
男と同居していた。一方,原告は,P1が家を出た後も二男(当時大学2
年生)及び長女(当時高校3年生)とともに上記自宅に居住していたが,
昭和57年4月には長女が大学に進学して千葉市内の学生寮に居を移し
(昭和61年3月まで),昭和59年4月には同年3月に大学を卒業した
二男が就職して神戸市に転居した(昭和61年7月まで)。その後,長女
は,昭和61年3月に大学を卒業し,同年4月からは就職して自宅に戻り,
以後,アメリカ合衆国に留学していた期間(平成5年8月から平成7年6
月まで)を除いて,原告と同居していた(その後平成11年2月に婚姻し
て原告と別居)。また,二男は,昭和61年7月に転勤とともに一旦自宅
に戻って原告と同居したが,同年10月に婚姻して埼玉県和光市に転居し,
平成6年8月からは英国に転勤となり,平成10年に帰国するまで同国に
居住していた。
ウP1は,昭和55年5月ころから,原告に対して度々殴る蹴るの暴力を
振るうようになり,原告は,昭和56年3月,東京家庭裁判所に夫婦関係
調整の調停を申し立てた。P1は,調停委員に対し,離婚の意思のないこ
とを述べたが,家庭裁判所調査官等の説得により,原告との別居を承諾し,
昭和56年7月1日,自宅を出た。
エP1と原告が別居を始めた当時,夫婦の資産としては,足立区γのP1
名義の自宅建物のほか,昭和50年に建てた山小屋(長野県δ),並びに
額面合計867万円の郵便定額貯金及び公社債(うちP1名義のもの54
7万円,原告名義のもの320万円。以下「夫婦預金」という。)があっ
た(甲61ないし甲87)。P1は,原告との別居後も平成7年5月に行
方不明となるまで,自宅の固定資産税(甲43)及び地代並びに山小屋
(後に新築したものも含む。)の固定資産税,管理料,水道料等の維持費
を負担していた(原告がP1の行方不明後に申し立てた婚姻費用分担の審
判(平成10年10月29日付け)(甲9)においては,これらの費用の
総額は審判の当時で年額25万7600円であったと認定されている。)。
このうち自宅の地代についてはP1が昭和53年6月以来供託を続けてい
るところ,P1は原告との別居後も供託書を原告に送付し,原告がこれを
保管していた(甲16,甲19,乙1の14の1ないし乙1の15の2)。
また,自宅及び山小屋の登記済権利証(甲90の1ないし甲91)も原告
が保管していた。夫婦預金は,昭和58年6月から平成3年2月までの間
に順次満期が到来することとなっていたもので,郵便定額貯金の満期受取
額及び公社債の元利金の合計額を合わせると1600万円余りに及ぶもの
であった。P1は,原告との別居に際し,原告が夫婦預金を取り崩すこと
を承諾し,原告はその旨を家庭裁判所を介して聞いた。
オP1は,別居直後の昭和56年8月から昭和57年3月までの間は,P
8銀行の原告名義の預金口座(甲4,甲5)に例月分として毎月約12万
円と年末期手当の半額に相当する38万5000円を振込入金し,昭和5
7年4月からは,父親として子を見捨てていないことを示すために子名義
の預金口座に送金してほしいとの原告の申し入れを受け,同銀行に二男名
義の預金口座と長女名義の預金口座(甲6,甲7,甲34)を作り,通帳
はP1が保管し,キャッシュカードは原告に託して,二男名義の預金口座
には例月分として毎月約11万円と各期手当等臨時収入の半額を,長女名
義の預金口座には例月分として毎月約9万円をそれぞれ入金し(甲15)
(例月分の合計額約20万円はP1の月収の約3分の2に相当した。),
二男が就職した昭和59年4月からは,長女名義の預金口座に例月分とし
て毎月約16万5000円(これはP1の月収の約2分の1に相当し
た。)と各期手当等臨時収入の半額を入金した。これらのほかに,二男,
長女及び原告に対し,臨時の小遣いを入金することもあった(甲15,甲
45の1,2)。P1は,昭和61年3月の定年退職に当たり,原告に対
し,電話で,「年金生活になって収入が半分になって大変だ。何かあった
ら言ってきてください。」と伝え,同年4月以降,長女名義の預金口座へ
の入金を停止したが,平成4年3月からは,留学を翌年に控えた長女と原
告からの要請を受けて,自己の退職年金のうち昭和61年にまで遡った各
年分の加給年金額に相当する金額として(乙1の7ないし乙1の8の7),
平成4年3月9日には20万2400円(平成3年分),同年4月24日
には18万6800円(昭和61年分),同年6月25日には18万79
00円(昭和62年分),同年8月26日には18万8100円(昭和6
3年分),同年10月26日には19万2000円(平成元年分),同年
12月18日には19万6400円(平成2年分),平成5年2月22日
には20万2400円(平成4年分),同年8月16日には21万250
0円(平成5年分),平成6年8月15日には21万5400円(平成6
年分)をそれぞれ長女名義の預金口座に入金した。なお,P1は,長女の
留学中は,長女に対する援助として,長女名義のP9の預金口座に,例月
分5万円(4か月分20万円をまとめて入金)のほか,臨時の必要な金額
を入金していた(甲20の1ないし甲23,甲42)。
カ原告は,P1との別居後は,前記オのP1からの入金額のほか,原告自
身が都立高校産休補助教員として稼働して得た給与(昭和56年度のみ),
家庭教師のアルバイト分(月額収入2万ないし6万円程度),夫婦預金の
取り崩し分等で生活費等を賄っていた。P1が長女名義の預金口座への入
金を停止した昭和61年ころには,夫婦預金は,昭和58年ころに自宅の
改修をした残りの700万円余りが原告の手元にあり,これに加えて,二
男及び長女がともに日本育英会から奨学金の貸与を受け(甲46の1,2,
甲48),長女についてはさらに大学の入学金と2年間の授業料の免除を
受けたことなどから,P1から二男及び長女名義の各預金口座への4年間
の入金額のうち,各期手当等の半額分約400万円が蓄えとして残ってい
た。原告は,昭和63年には,老後に備えるために,これらの預貯金のう
ち満期にならない原告名義の預貯金を除くその余のものの中から610万
円を支出し,これを平成5年以降に順次満期等が到来する養老保険及び個
人年金保険(いずれもP13相互会社のもの)の保険料に充ててこれらの
保険に加入した(甲10の1,2,甲11の1,2,甲12の1,3)。
これにより,原告は,平成5年6月28日には満期保険金285万810
9円,平成12年11月27日には据置保険金137万2787円をそれ
ぞれ受領し,平成6年から平成15年までの10年間には毎年8月28日
に各50万9370円の年金の支払を受けた(甲12の1,甲13の1な
いし3)。また,原告は,平成5年8月,国民年金の繰上支給を申請して
受給権を取得し(乙4の2),同月以降,年額約20万円の老齢基礎年金
を受給している(乙1の23)。
キP1は,原告との別居後も引き続き原告を健康保険上の被扶養者として
いたが,昭和61年3月に定年退職した際,長男とともに横浜市αで国民
健康保険に加入したため,原告をP1の健康保険上の被扶養者にすること
ができなくなった。そこで,原告は,当時大学を卒業して就職し原告と再
び同居することになった長女の健康保険上の被扶養者となり,その後,平
成5年7月に長女が留学のために退職し健康保険から脱退した際,独居と
なる原告を心配した長女からの要請を受けた二男が,一時原告を自己の健
康保険上の被扶養者としたが,長女が平成7年6月に帰国すると,再び原
告は長女の健康保険上の被扶養者となった。また,P1は,被告に対する
税法上の扶養親族(控除対象配偶者)の届出において,昭和63年までは
原告を届け出ていたが,長女の税法上の扶養親族の届出と重複していると
の指摘を受けたことから,平成元年以降は「控除対象配偶者なし」と届け
出ていた(乙5)。ただし,配偶者の有無そのものについては,被告に対
して一貫して「妻有」と届け出ており,平成6年9月に被告に提出した扶
養親族等申告書にも「異動なし」(すなわち「妻有」の届出は変わらず)
と記載していた(乙5)。
クP1と原告は,相談の上,平成3年から同4年にかけて,老朽化した旧
山小屋と同じ敷地(借地)内に山小屋をもう一棟新築した(共有名義)。
総費用は約1100万円で,P1と原告が半額ずつを負担した。P1は,
自己負担分の費用を随時前記オのP8銀行の長女名義の預金口座に入金し
ていたところ(乙1の9の1,乙1の9の3ないし乙1の10の4),平
成4年10月9日,第3回目の工事費として154万5000円を入金し
(甲7,乙1の10の2),原告がこれと原告の負担分とを合わせた金額
を一旦原告名義の預金口座に入金して,同年12月2日,工事代金300
万0244円を工事会社に振込送金した(甲53はその領収証)。原告名
義の預金口座(甲8)への平成4年12月1日から2日にかけての合計3
00万2640円の入金及び同年12月2日の300万0544円(うち
手数料300円)のカード振込による出金は,以上の経緯によるものであ
る。その後,P1は,平成5年10月30日付けの委任状(甲29)によ
り登記手続の一切を原告に委任し,平成6年7月22日には不動産取得税
を納付した(乙4の4の7)。
ケ原告の両親は,鳥取県内に居住していたところ,昭和▲年▲月に原告の
父が,平成▲年▲月に原告の母が相次いで死亡し,平成3年に鳥取家庭裁
判所に遺産分割の調停等が申し立てられ,平成4年8月13日,遺産分割
等の審判が行われた。相続人は原告(長女),P14(二女),P15
(三女)の3名で(甲44),上記遺産分割の審判により,原告は,実家
の土地建物(鳥取県岩美郡ε所在,分割時の評価額合計1410万円)と
合計3万0817円の預金及び現金などを取得する一方,P14に対する
清算金144万9470円を負担することとなった(甲39)。上記遺産
分割の審判のころから,P14による遺産(預金)の取り込みの疑いがあ
ったところ,その後原告の提訴を受けた鳥取地方裁判所からの調査嘱託に
よって約1000万円の預金の引出があったことが判明し,原告は,平成
7年,P14に対し引き出した預金額の一部の支払を命ずる勝訴判決を得
た。原告名義の預金口座(甲8)に平成7年3月13日に振り込まれた3
76万0284円(P14からのもの)は上記判決で確定した債務の履行
分,平成5年4月8日に振り込まれた13万3503円(P15からのも
の)及び10万1572円(P14からのもの),平成7年12月21日
に振り込まれた66万2962円(P14からのもの)並びに同日及び同
月27日に振り込まれた合計52万6696円(P11信用金庫からのも
の)は,いずれも上記遺産分割の調停・審判及び民事訴訟について原告に
発生した旅費と日当の負担分である(P11信用金庫はP14の預金引出
行為に加担したとして原告に訴えられ敗訴していた。)。なお,同預金口
座に平成5年12月3日にP16株式会社から振り込まれた7万6322
円は,原告が同社のバスに乗っていて急停車されたため転倒して負傷した
ことに対する賠償金である。
コP1と原告は,別居後も月に2,3回程度の頻度で手紙や葉書のやり取
りを行っており,P1から原告に宛てたものとしては,昭和57年6月1
5日付けのものを初めとして,最後の平成7年5月2日付けのものまで,
併せて35通の手紙や葉書が現存し(甲15ないし甲19,甲24の1な
いし甲26の2,甲32の1,2,乙1の6,乙1の7ないし乙1の8の
3,乙1の8の5ないし乙1の9の3,乙1の9の5ないし乙1の10の
5,乙1の12,乙4の4の1ないし乙4の4の9。このうち乙1の10
の5と乙4の4の7は同じものである。),また原告からP1宛てのもの
も3通が現存している(甲27の1ないし甲28,甲41の1,2)。P
1から原告宛てのものは,山小屋の新築に関する打合せや入金通知などの
内容のものが大半を占めるが,留学中の長女が知らせてきた近況をP1自
身の感想を交えて記載したもの(平成6年4月15日付けの手紙(甲1
9)),P1が整形外科にかかり重いリュックや力仕事は故障のもとにな
りかねないので家にいる旨(山小屋に行かないことを伝える趣旨と思われ
る。)を記載したもの(平成6年7月20日ころ投函の葉書(乙4の4の
7)),長男との同居が継続困難となった事情などを記載したもの(平成
6年9月2日付けの手紙(乙1の6))などもあり,また連日にわたって
投函したと思われるものもある(例えば,甲18の1ないし3の封書,甲
25の1,2の葉書及び乙4の4の3の葉書は,平成4年5月27日,2
8日,29日の連日に郵便局が受け付けたものである。)。また,電話の
やり取りも月1回程度以上はあり,旅行に行った話や子の就職・進学等の
話を交わしていた(P1と原告が電話連絡をしていた事実は,P1が原告
に宛てた平成6年9月2日付けの手紙(乙1の6)の中で,「デンワは,
P6が朝∼お昼まで在宅しているので,それを承知で,よろしくたのみま
す。」と記載して,暗に長男のいないときに電話をくれるよう原告に求め
ていることからも,うかがうことができる。)。昭和63年ころには,P
1が外国旅行の際に買い求めたスカーフとブローチを原告にプレゼントし,
逆に原告の方でも長女とともに九州旅行をした際に土産として博多帯を買
い求めてP1に送ったこともあった。P1が原告との別居後に自宅に立ち
寄ることはなかったが,平成元年9月に原告が長女とともに山小屋を訪れ
た際,同所で別居以来初めてP1と会い,その後も原告は山小屋でP1と
5,6回程度会っていた。平成6年の秋ころには,東京都内の安売店で偶
然会い,立ち話をした(これがP1と原告が会った最後の機会となっ
た。)。
(2)本件認定基準について
本件認定基準は,前記のとおり,別居中の配偶者であっても,当該別居に
「単身赴任,就学又は病気療養等の止むを得ない事情」があり,「生活費,
療養費等の経済的な援助が行われていること」や「定期的に音信,訪問が行
われていること」が認められ,「その事情が消滅したときは,起居を共にし,
消費生活上の家計を一つにする」と認められるときは,組合員等と生計を同
じくしていた者に該当するものと認定すべきことを定めている。しかしなが
ら,このような本件認定基準に定める生計同一要件が,施行令4条に定める
「生計を共にしていた」との要件に関わるものであることは明らかであり,
要は,諸般の事情を総合考慮したときに,当該配偶者が組合員等と「生計を
共にしていた」と認められるかどうかが重要なのであるから,上記のような
生計同一要件を一応の基準としつつも,これをあまりに厳格に解釈適用する
のは相当ではないものといわなければならない。この点,本件認定基準自身
が,その定める生計同一要件及び収入要件によることが「実態と著しく懸け
離れたものとなり,かつ,社会通念上妥当性を欠くこととなる場合」には,
これらの要件によらない柔軟な認定を認めているのも,上記のような趣旨を
含むものと解することができる。
したがって,例えば,別居に「止むを得ない事情」があるかどうかという
点についていうと,特に配偶者の場合,戸籍上届出のある配偶者であっても,
別居が相当長期間に及ぶなど,その婚姻関係が実体を失って形骸化し,かつ,
その状態が固定化して近い将来解消される見込みのないとき,すなわち,事
実上の離婚状態にある場合には,もはや遺族共済年金を受給すべき「配偶
者」に該当しないものと解されるところ(最高裁昭和58年4月14日第一
小法廷判決・民集37巻3号270頁参照),別居が「止むを得ない事情」
によるものであったかどうかということは,このような「配偶者」性の判断
において既に考慮されているはずの事項であるから,このような意味での
「配偶者」であることが肯定された者について,さらにその生計同一要件の
具備を判断する場合においてまで,別居の理由を殊更に重要視するのは相当
とはいえない。
また,音信・訪問が「定期的」に行われていたかどうかという点について
も,厳密な意味で定期的であったとはいえないまでも,経済的援助等の他の
諸事情と相まって「生計を共にしていた」と認められる程度に相応の頻度及
び内容をもった音信・訪問等が行われていれば足りるものというべきである。
特に「生活費,療養費等の経済的な援助が行われていること」との要件に
ついては,被告はこれを狭義の生計維持要件と称し,これに該当するために
は少なくとも組合員等からの収入がなくなることによって,当該世帯の生計
を維持するにつき相当に困難な状態を招くに至る程度の寄与がなされている
ことを要するものであると主張するのであるが,生計同一要件と並ぶ一方の
要件である収入要件においてさえ,前記のとおり,上限額が年額850万円
と比較的緩やかな基準設定となっていることにかんがみれば,被告が主張す
るような厳格な考え方をとるのは相当ではなく,この点についても,他の諸
事情と相まって「生計を共にしていた」と認められる程度の経済的援助であ
れば足りるものというべきである。もっとも,別居中の配偶者が,別居中で
あるにもかかわらず,「生計を共にしていた」と認められるためには,少な
くとも組合員等からの経済的援助がなければ,生活水準の維持に支障を来す
こととなったであろうという程度の関係が存したことは必要であると考えら
れる。
(3)本件の検討
以上のことを踏まえ本件について検討すると,以下に述べるとおり,原告
はP1が行方不明となった当時において生計同一要件を充たしており,した
がってP1と「生計を共にしていた」ものと認めることができる。
ア原告とP1とが事実上の離婚状態にはなく,原告が遺族共済年金の受給
権者となり得る「配偶者」に該当することについては,被告も特に争って
はいない(仮に,被告の主張が原告の「配偶者」性をも問題とする趣旨で
あるとしても,以下に述べるような別居に至る事情,別居期間中のP1か
ら原告への経済的援助の状況,P1と原告との音信その他の交流の状況等
に照らせば,両者の婚姻関係が実体を失って形骸化し,事実上の離婚状態
にあったとまでいうことはできないものというべきである。)。したがっ
て,生計同一要件該当性の判断において原告とP1との別居の理由を殊更
に重要視するのは相当とはいえないが,念のため検討すると,前記認定事
実によれば,原告とP1の別居は,離婚を前提としたものではなく,P1
の暴力を原因とし,いわばその冷却期間として開始されたものであると認
められるのであり,その後P1が失踪するまでの別居期間は14年という
長期にわたることとなったものの,その間,P1が原告に謝罪するなどし
て,P1の暴力に対する原告の恐怖心を完全に喪失させたことをうかがわ
せるような事情は認められない(この点,原告は本人尋問の中で,P1が
もし同居するならばどうしても,もう暴力をしない,あのときの暴力はど
ういう訳で暴力をしたのかということを言ってもらわないと,原告として
はとても安心できないという気持ちであった,と供述しているところであ
る。)。そうすると,原告とP1の別居は,P1が行方不明となった平成
7年5月の時点においてもなお,「止むを得ない事情」による別居であっ
たと評価することが可能である。
被告は,平成7年5月時点でP1が70歳近くになっていたことや,P
1が原告に宛てた平成6年9月6日付けの葉書(乙4の4の8)の中でP
1が気力の減退を示していることを指摘して,別居の原因となった事情
(P1の暴力)は既に解消していたと主張するが,この程度のことでP1
の暴力の危険や,これに対する原告の恐怖心が全くなくなっていたと判断
するのは早計であるといわざるを得ない。
イ次に,P1が行方不明となった平成7年5月ころの原告の生活状況をみ
てみると,前記認定のとおり,原告は,その当時,P1所有名義の居宅に
無償で居住し(これは別居開始以来のことである。),P1から取り崩し
の承諾を得ていた別居前からの夫婦預金と,P1が別居後退職時までに原
告管理の預金口座に入金していた金員の残りの一部を,保険料として支払
ったことに基づく私的年金年額約50万円の支給を受け,さらに上記預金
口座に入金を再開したP1から加給年金分として年額約20万円の入金を
受けていたものである。したがって,他方において原告が,公的年金年額
約20万円と月額2万ないし6万円程度のアルバイト収入を得ていたこと
を考慮しても,P1からの経済的援助(住居の無償提供,夫婦預金取り崩
しの承諾及びP1退職時までの入金を含む。)がなければ,原告の生活水
準の維持に支障を来すこととなったであろう関係が存したことは明らかで
ある。
被告は,原告がP1所有名義の居宅に無償で居住していたことに関し,
P1が自宅の維持費を支払うのは財産維持のための当然の行為であること,
組合員等の所有する自宅に居住していた配偶者は組合員等が死亡しても当
該自宅の相続によって居住利益を失うことがないから,このような利益を
遺族の収入の補てんを目的とする遺族共済年金の支給要件に係る経済的援
助として考慮するのは相当ではないこと,原告の自宅は実質的にはP1と
原告夫婦の共有財産であるから,共有者としての原告には使用する権利が
あり,原告の居住はその権利に基づくものであることなどから,住居の無
償提供はP1の経済的援助ではないと主張する。しかしながら,原告の自
宅が実質的に夫婦の共有財産とみる余地があるとしても,当然に一方の配
偶者である原告のみが無償で使用できるわけではないから,他方の配偶者
であるP1からの無償提供は,やはり原告に対する経済的援助に当たると
解すべきであるし,生計同一要件における「経済的援助」は,「生計を共
にしていた」との評価を根拠づける一徴表として考慮されるものであるこ
とからすると,夫が自己所有の自宅を無償で妻に提供しているとの事実は,
夫婦間において家族共同体としての意識のつながりが失われていないこと
を示す重要な徴表であるということもできる。被告が指摘するP1の原告
宛ての手紙(乙1の7)については,被告が指摘する箇所に引き続いて,
「弁護士は『柱一本残せば,よい』とのことです。求められれば,その時
点で,考えなどは,おしらせします。」との記載があることからすると,
この手紙は,自宅の改修についての相談を原告から受けたP1が,基本的
には原告の判断に任せる旨の回答をしたにすぎないものと解する余地があ
り,必ずしも原告の居住がP1の意思に沿わないものであることを示した
ものとはいえない。
被告は,夫婦預金についてはそもそもその存在自体が疑問であり,また
退職時までの入金については,二男名義及び長女名義の預金口座に入金さ
れ長女の大学卒業・就職と同時に打ち切られていることからすると,その
趣旨は原告への経済的援助ではなく,二男及び長女への生活費・学費の援
助であり,さらにこれらはいずれもP1が行方不明となった平成7年5月
当時の経済的援助ではないと主張する。しかしながら,前記認定のとおり,
夫婦預金が存在したことは証拠上明らかであり(甲61ないし甲87),
また退職時までの入金の額がP1の月収の2分の1ないし3分の2という
相当に高額なものであったことや,入金に係る預金口座の通帳を原告が保
管していたことなどからすると,入金の趣旨は原告を含めた家族3人への
経済的援助であったと解するのが自然であり,さらに原告はこれらの金員
の一部を原資(保険料)とすることによって,平成7年5月当時における
私的年金年額約50万円の支給を受けることができたのであるから,やは
りこれはその当時におけるP1からの経済的援助とみるのが相当である。
被告は,平成4年以降の加給年金分の入金について,P1による入金で
あること自体がそもそも疑問であり,また仮にP1からの入金であったと
しても,長女が安心して留学できるようにとの目的でなされていた以上,
長女が帰国する平成7年にはもともと入金が予定されていたとは考えられ
ず,さらに長女名義の預金口座への入金には留学中の長女への援助も含ま
れていたと主張する。しかしながら,前記認定のとおり,平成4年以降の
加給年金分の入金がP1からのものであることは,P1から原告に宛てた
手紙・葉書の記載によっても明らかであり(乙1の7ないし乙1の8の
7),また長女及び原告から要請のあった平成4年以降の分のみならず,
入金を一時やめていた昭和61年にまで遡って毎年分の入金がされている
ことや,平成5年分及び平成6年分については,当該各年の8月にそれぞ
れ入金がされていることなどからすると,長女が安心して留学できるよう
にとの趣旨を超えて,継続して原告を援助する趣旨の入金であったと解す
るのが相当であり,平成7年分についても,同年5月のP1の失踪がなけ
れば,例年どおり同年8月に入金があったものと推認することができるの
であり,さらに,前記認定のとおり,留学中の長女への援助は他の銀行の
預金口座に入金されていたものであり,加給年金分の入金の中に明らかに
長女への援助分も含まれていたと解することは困難であるから,被告の上
記主張はいずれも採用することができない。
被告は,原告が平成7年5月当時,P1の税法上の控除対象配偶者とな
っていなかった一方で,二男の健康保険上の被扶養者となっていたこと,
P1からの仕送りが途絶えていた昭和61年から平成4年までの間に,養
老保険料等610万円(昭和63年),山小屋新築費用の半額550万円
(平成3年ないし同4年)などの多額の出費があることなどを根拠として,
P1が行方不明となった平成7年5月当時には,原告は自らの資産と二男
の経済的援助によりその生計を維持していたものであると主張する。しか
しながら,まず原告がP1の税法上の控除対象配偶者でなく二男の健康保
険上の被扶養者となっていた事情は前記認定のとおりであり,このことか
ら直ちに原告の資産の存在や二男からの経済的援助の事実が推認されるも
のではない。また,昭和61年から平成4年までの間の多額の出費につい
ても,これらはそもそも平成7年5月当時における原告固有の資産の存在
を推認させる事実ではない上(むしろ多額の出費はその後の資産の減少を
推認させるものである。),前記認定のとおり,原告の手元には,もとも
と元利金を合わせると1600万円余りにも及ぶ多額の夫婦預金があった
ことに加え,昭和61年3月の時点では,それまでのP1からの十分な入
金によって約400万円の余剰を生じていたほどであり,昭和63年に養
老保険及び個人年金保険に加入した後は,平成5年に280万円程度の満
期保険金,平成6年以降には毎年50万円程度の個人年金を受け取ること
が見込まれていたことからすると,原告がまず夫婦預金の中から自宅改修
費の約100万円(昭和58年ころ)を支払い,さらにその残りとP1か
らの入金の余剰金約400万円とを合わせた預貯金の中から上記の保険料
610万円及び山小屋新築費用の半額550万円を支出したとしても,残
りの預貯金の元利金とアルバイト収入(月額2万ないし6万円程度)によ
って,昭和61年から平成4年までの間の原告の生活費をまかなうことは
十分に可能であったものと認められるから,上記のような多額の出費が直
ちに原告固有の資産の存在の根拠となるものではない。原告名義の預金口
座(甲8)への平成4年から同7年にかけての振込入金の経緯は,前記認
定のとおりであり,これらもまた平成7年5月時点での原告固有の資産の
存在の根拠となるものではない。その他,P1から原告に宛てた平成4年
8月12日付けの手紙(乙4の4の4)の中に,自宅の大修理の経費を原
告が負担することを前提としているように読める記載があることや,原告
が昭和39年11月まで教職につき,その後も非常勤講師・家庭教師等を
して収入を得ていたことなども,同様に,それのみでは平成7年5月時点
での原告固有の資産の存在を推認させるには足りない。なお被告は,原告
が平成9年に申し立てた婚姻費用分担の審判(甲9)において,「申立人
の生活費は自分の国民年金年間受給額約20万円と個人年金年額約20万
円の他,同居している長女から月額15万円余りの援助を受けながら生活
している。」と認定されていることを根拠に,当時の原告の生活費は年額
220万円(自宅及び山小屋の維持管理費用を除いても約200万円)で
あったとし,これを前提に平成7年当時の原告が公的・私的年金及び加給
年金分の合計約90万円程度の収入で生計を維持していたはずがないとも
主張するが,そもそも上記の審判は,個人年金の金額を誤っているほか
(「約20万円」としているが,「約50万円」とすべきところであ
る。),長女からの援助の額をどのような根拠をもって認定したのかが明
らかでなく,これを直ちに真実のものと認めることは困難であるから,被
告の上記主張はその前提を欠くものといわざるを得ない。
ウ次に,原告とP1との音信・訪問等による交流の状況をみると,前記認
定のとおり,P1が別居中に原告の住居を訪れる(自宅に戻る)ことはな
かったものの,平成元年以降,別荘である山小屋において,年1回程度の
頻度では原告と会っていたのであり,また手紙・葉書のやり取りや電話連
絡は,別居期間を通じて頻繁にあり,その内容も決して事務的なものに終
始していたわけではなく,家族としての心のつながりを感じさせる内容の
ものも含まれていたことが認められる。以上のほか,P1が自宅の地代の
供託書を別居後も原告に送付して原告がこれを保管していた事実や,別居
の開始から約10年後の平成3年ないし同4年にかけての時期(P1の失
踪した平成7年から数えると3年ないし4年前の時期)において,原告と
P1が相談して共有名義の山小屋を新築し,その後これを共同で使用して
いた事実などは,原告とP1とが別居中も互いに家族共同体としての意識
を失わず,その意識をP1の失踪時に近い時期まで持続させていたことの
表れとみることもできる。
エ以上を総合すると,P1が行方不明となった平成7年5月当時において
も,原告とP1との間には経済面及び精神面での家族としてのつながりが
認められ,別居の原因となったP1の暴力という事情が解消された場合に
は,再び起居を共にし,消費生活上の家計を一つにする蓋然性が高かった
ものということができる。
被告は,原告・P1双方から別居状態を解消する行動がとられたことは
なく,P1が原告に宛てた平成6年9月2日付けの手紙(乙1の6)では
原告と同居する意思がないことを明らかにしており,その後平成7年5月
には何ら原告に連絡することもなく行方不明となっていることからすると,
原告とP1の別居状態は常態化・固定化し,将来的に原告とP1とが「起
居を共にし,消費生活上の家計を一つにする」可能性はなくなっていたと
主張する。しかしながら,原告・P1双方から別居状態を解消する行動が
とられたことがなかったことに関しては,原告が,本人尋問の中で,原告
の方は暴力が怖いのでなかなか同居することができず,P1の方はプライ
ドが高いので妻の方から何か言ってきてくれるのを待っているうちに長い
時間がかかったのではないかと思うと供述し,また,P1が原告に宛てた
上記手紙に関しても,原告が,本人尋問の中で,P1が手紙で今にも長男
との同居をやめてどこか家を探すと言いながら,「何か,あなたの考えや,
感じたことがあれば手紙ででも助言ください。デンワは,P6が朝∼お昼
まで在宅しているので,それを承知で,よろしくたのみます。」と記載し
ていること(乙1の6)からすると,原告と同居したいのにはっきりそう
と言えないP1が暗にその気持ちを原告に伝えようとしたものではないか
と思う旨を供述しているところであり,いずれも約25年にわたる同居生
活の中で夫の性格をよく知っていたものと推認される妻の発言として一概
に排斥することのできない重みをもった供述というべきである。したがっ
て,これらの事情を必ずしも別居状態の常態化・固定化の根拠とみるのは
相当ではない。さらに,P1が行方不明となった原因は明らかになってお
らず,P1の意に反する失踪であったことも十分に考えられるのであるか
ら,原告に対して何らの連絡もなかったからといって,このことから直ち
にP1の側に別居解消の意思がなかったとすることはできない。
(4)本件処分の適法性
以上のとおり,原告は,P1が行方不明となった当時において,施行令4
条に定める「生計を共にしていた」との要件に該当するものである。したが
って,この点についての判断を誤り,原告を共済法2条1項3号の「遺族」
に該当しないものと認定した本件処分は,違法であり,取り消されるべきで
ある。
2争点②(手続法違反の有無)及び争点③(被告職員による不法行為の成否
等)について
(1)前記第2の2の事実のほか,証拠(各付記のもののほか,甲56,甲58,
乙10ないし乙14,証人P7,証人P5,証人P2,原告本人)及び弁論
の全趣旨によれば次の事実が認められる。
ア原告は,平成15年6月27日にP1の失踪宣告の裁判が確定したこと
から,同年6月30日,足立区役所において失踪届を提出したところ(甲
37の4),区の担当者から,P1の失踪宣告を記した戸籍が同年7月4
日に調うので,それから遺族年金等の申請をすればよいのではないかとの
助言を受けた。
イそこで,原告は,戸籍が調い次第速やかに遺族共済年金の決定請求をし
たいと考え,その準備のため,平成15年6月30日,被告の事務所を訪
れ,応対した被告職員のP7係長(以下「P7職員」という。)に対し,
遺族共済年金の決定請求書の交付を求めた。被告においては,年金受給者
が死亡した場合で,長期間の別居や重婚的内縁関係など生計維持関係を調
査しなければ遺族の認定ができないときには,遺族共済年金の決定請求書
の交付に先立ち,事前に生計維持関係についての事実関係を調査すること
としているところ,原告の場合には,長期間の別居と失踪宣告による死亡
という事情があったことから,P7職員は,事前調査の必要を認め,原告
に対し,追って調査書を郵送し必要な書類を求めるので提出してほしい,
遺族と認定されれば決定請求書を送付する旨を説明し,原告が提示した失
踪宣告確定証明書,失踪宣告審判書謄本,失踪届の各写しを受領するとと
もに(これらは同年9月12日に原告に返却された。甲37の1ないし
4),原告が所持していた戸籍の附票等の写しをとった。その際,原告と
P7職員との間で原告の長男のことが話題となり(長男と被告との関係に
ついては後記ソのとおり),原告が東京地方検察庁の処分通知書(甲57
の1,2)(長男は平成9年12月に原告に対する傷害の事実で起訴され
罰金刑を受けていた。)を提示し,「このとおりなので,もし長男が迷惑
をかけるようなら,私たちに遠慮せずに警察に通報してください。」と言
ったところ,P7職員は上記処分通知書の写しをとった(甲37の5)。
ウ平成15年7月1日にも原告が被告の事務所を訪れ,P7職員が前日に
とった戸籍の附票等の写しには「無効」の文字が浮き出ているので必要で
あれば後日正式なものを提出すると述べて写しの返却を求めたため,P7
職員はこれを原告に返却した。またその際,原告がP7職員に対し,再度
遺族共済年金の決定請求書の交付を求めたが,P7職員は,遺族と確認さ
れれば決定請求書を交付するとの前日の説明を繰り返した。
エ原告が平成15年7月4日にP1の失踪宣告を記した戸籍の全部事項証
明書をとり(甲1),同日,被告に電話をして,応対した被告職員のP5
係員(以下「P5職員」という。)に対し,P7職員が言っていた調査書
の送付を催促したところ,同年7月7日,原告のもとに,「遺族共済年金
受給権の認定について」と題する事務連絡文書(同年7月4日付けでP7
職員が発送したもの)(甲35の1,2,乙6)が郵送されてきた。これ
は,戸籍謄本,住民票,所得証明書等のほか,原告とP1が別居に至った
理由を記した書面の提出を求めるものであり,同年7月22日を提出の期
限とするものであった。被告が原告とP1の別居理由を記した書面の提出
を求めたのは,当該別居が本件認定基準にいう「止むを得ない事情」によ
るものかどうかを確認するためであり,被告としてはこの点の確認をまず
した上で,さらに経済的援助や音信・訪問の有無についての調査に進むこ
とを予定していた。
オ原告は,足立区の広報活動により,別居の場合に遺族年金を受給するに
は生計維持関係の証明が必要という程度の知識があったので,前記エの事
務連絡文書で生計維持関係の証明が要求されていないことを不審に思い,
平成15年7月7日,被告の事務所を訪れた。このときには,被告職員の
P2審査第一課長(以下「P2職員」という。)の指示によりP7職員か
ら原告の担当を引き継いだ被告職員のP4課長補佐(以下「P4職員」と
いう。)及びP5職員が原告に応対した。原告の担当を替えたのは,別居
と失踪宣告という複雑な事案であったために習熟度の高い複数の職員に担
当させることが主な理由であったが,後記ソのような原告の長男の問題へ
の対応をも配慮したものであった。原告は,P4職員及びP5職員に対し,
上記事務連絡文書の中で生計維持関係について尋ねていない理由を問い質
し,遺族共済年金受給資格の認定基準を明らかにするよう求めたが,同職
員らからは認定基準に関する明確な回答が得られなかった。
(原告がこの時点で生計維持関係の証明が必要という程度の知識があった
ことは,後記カの原告の提出書類(乙1の1)の中に「P17とP1の生
計維持関係の証明」と題する主張があったことからしても明らかである。
そして,前記エの事務連絡文書で生計維持関係の証明が要求されていない
ことを不審に思った原告が,被告の事務所を訪れて,その点を質していく
中で,被告職員に対して審査基準の開示を求めたという趣旨の原告の主張
及び供述は,事の成り行きとして自然というべきであるから,少なくとも
上記認定事実の限度ではこれを採用することができる。証人P5も,「別
居の理由書にどう書けば,遺族として認められるのかということを聞かれ
ました。」と証言して,その限度では原告が審査基準に関わる質問をした
ことを認めており,同証人の証言で上記認定事実に反する部分は採用する
ことができない。)
カ原告は,前記エの事務連絡文書で提出を求められていた書類(生計維持
ないし生計同一関係の主張を含む。)及び関係資料(乙1の1ないし2
4)を用意し,平成15年7月17日,被告の事務所を訪れ,応対したP
4職員及びP5職員に対しこれらの書類等を提出した。その際,P4職員
から,同年7月7日の面談の際に提出を求めていた改製前の戸籍(P1の
戸籍は平成8年5月3日に改製されている。甲1)が提出されていないと
の指摘を受けたため,原告は,即日,改製前の戸籍をとって被告宛てに郵
送した(甲36の2)。
キ原告は,前記カの書類等を提出した翌日から,遺族共済年金受給資格の
認定基準を知るために各所に対して問い合わせを行い,平成15年7月2
5日には被告の監督官庁である文部科学省のP18担当官にも尋ねてみた
が,同担当官は,被告のP4職員に説明を求めるようにと言うのみで,同
担当官からもP4職員に話をしておくことは約束したものの,認定基準を
示すことはなかった。そこで,同年7月28日,原告が足立社会保険事務
所の相談コーナーにおいて,厚生年金保険の場合の遺族年金受給資格の認
定基準について尋ねたところ,担当者は,本件認定基準を含む法令等の該
当箇所にマーカーで印をした資料と遺族給付裁定請求書(乙2の2)及び
生計同一関係の申出書(乙2の3)を原告に手渡し,「あなたは異例の扱
いを受けているようだ。すぐに上の人に事情を訴えなさい。」との助言を
した。原告は,このことを電話でP18担当官に伝えるとともに,同担当
官に対し被告にもこれを伝えるよう依頼した。同日,文部科学省から被告
のP4職員に電話があり,被告の職員であるP19管理課長(以下「P1
9職員」という。)とP4職員が同省に赴いたところ,原告が被告の対応
に不満を持っているので原告を呼んで説明してあげてほしいとの指示を受
けた。そこで,P4職員は,原告の話を聞くために,同日,原告に電話連
絡をして,被告の事務所への来所を求めた。
ク平成15年7月29日,被告の事務所を訪れた原告に対し,P2職員,
P4職員及び被告の職員であるP3課長補佐(以下「P3職員」とい
う。)の3名が応対しようとしたところ,原告から1名での応対を求めら
れたため,P2職員が原告と面談した。原告は,前日に足立社会保険事務
所で入手した本件認定基準等の資料,遺族給付裁定請求書及び生計同一関
係の申出書をP2職員に示し,同社会保険事務所の対応と比較して,これ
らの書類を渡さない被告職員の対応の悪さを非難した。P2職員は,被告
においても厚生年金保険の場合と同じ認定基準(本件認定基準)に従って
認定事務を行っていることを原告に口頭で伝えるとともに,別居状態にあ
る場合や重婚的内縁関係にある場合には,事前に遺族の要件を満たしてい
るかどうかについて認定するため個別のケースごとに質問事項を定め事務
連絡で事前調査をお願いしており,その結果,要件を満たしていると認め
られる場合に決定請求書を交付しているとの被告の遺族認定事務手順を説
明した。また,その際,P2職員は,P1の支払未済の退職年金(約18
00万円)のことに触れ,原告に対し,未支給年金は原告が遺族に認定さ
れたら原告に全額渡し,認定されなかったら相続人に相続分に従って分割
支給する旨を説明した。
ケ原告は,平成15年7月28日のP4職員からの電話連絡又は翌29日
のP2職員との面談において,生計同一関係の申出をすることについての
承諾を得たことから,生計同一関係の申出に係る文書及び関係資料(乙2
の1ないし6)を用意し,同年8月5日,被告の事務所を訪れて,応対し
たP2職員及びP5職員に対し,これらの文書等を提出するとともに,持
参した手紙・葉書の多数の束を提示した。さらに原告は,P2職員に対し,
決定請求書をいつ渡すのかとの質問をし,P2職員は,遺族認定が終わっ
て遺族と認定された場合に決定請求書を送付すると答えた。
コ原告は,その後も被告の原告に対する遺族認定手続への不審の念を払拭
することができず,なお調べているうちに,手続法という法律の存在を知
り,平成15年8月25日,まずP2職員に電話をして,追加資料の有無
の確認と審査の進行状況及び決定請求書の交付時期の見通しについての問
い合わせを行い,P2職員から追加資料は今のところ考えていない旨,審
査についてはなるべく急いで進める旨,遺族としての要件を満たしている
ことが認定されれば決定請求書を送付する旨の回答を得た上で,総務省行
政管理局行政手続室に電話をして,同室のP20担当官に相談した。P2
0担当官は,原告に対し,「あなたがまだ申請書を出していないなら,ど
んなに証明を尽くしていようと,あなたはこの2か月,何もしなかったの
と同じなのですよ。」と述べて,申請意思を示してから2か月も申請書を
提出させないこと,審査基準についての情報を与えないこと,たとえ事前
審査であってもそれを申請者に告げず申請書を提出させないこと等は手続
法に照らし問題がある旨を説明し,被告に対しても,同年8月27日,行
政手続室に赴いた被告のP19職員らに対し,被告の事前審査による事務
処理方式の問題点を指摘した。
サ平成15年8月29日,被告の職員であるP21総務課長(以下「P2
1職員」という。)から原告に対し,希望があれば遺族共済年金の決定請
求書類を送付する旨の電話があり,原告が決定請求書類の送付及び初めて
の請求者に与える情報の提供を求めたところ,同日付け事務連絡文書とと
もに遺族共済年金決定請求書(乙7)その他の書類が,翌30日に原告に
郵送されてきた。
シさらに原告が,平成15年8月30日にP21職員に宛てて出した葉書
(同年9月1日到達)(乙3)により,遺族共済年金の決定請求に係る情
報提供の要請と請求書提出後の処分日程の見通しについての照会を行うと
ともに,同年9月9日には,遺族共済年金決定請求書(甲88)を作成し
た上で,P21職員に電話をし,上記照会等に対する回答の督促と決定請
求書提出の申出をしたところ,P21職員からは,担当の審査第一課から
追完してもらいたいものがあるとのことで連絡があるまで決定請求書の提
出を待ってもらいたい旨,及び処分の見通しについては追って知らせる旨
の回答があり,同年9月11日,原告のもとに,「遺族共済年金の決定請
求について」と題する事務連絡文書(同年9月10日付けでP2職員が発
送したもの)(乙8)が,本件認定基準の全文を記載した資料等とともに
郵送されてきた。この事務連絡文書は,遺族共済年金決定請求書のほか,
「生計維持関係を証明する書類で補てんしていただきたいもの」として,
①行方不明になった平成7年当時において,今まで提出されたもの以外で,
P1から受けた経済援助に係る申立て及びそれを証する書類,②別居状況
を解消しようとする交渉の有無の申立てとそのことを証明する書類及び婚
姻を継続するための意思の疎通をあらわす音信を証明する書類並びに定期
的に訪問が行われていたことの第三者の証明,③市(区)町村長が発行す
る原告の平成7年当時の所得証明書と平成7年当時の健康保険の適用関係
を確認できる書類,④所定の書式の「生計関係証明書」(民生委員等第三
者の証明のあるもの)の提出を求めるものであるとともに,処分の時期の
見通しについて,請求書及び追加資料等を受け付けた後,遺族認定におけ
る生計維持関係の有無を審査の上,更に資料の補てんを必要としない場合
は,10日前後をもって通知する予定である旨を教示するものであった。
被告が上記のような「生計維持関係を証明する書類で補てんしていただき
たいもの」の提出を求めたのは,その時点では被告の内部において原告の
決定請求を棄却する旨の処分原案が既に固まっていたものの,原告に対し
最終確認をしておくためであった。また,上記事務連絡文書には,原告に
対する情報提供として,被告が遺族共済年金決定請求者に送付している
「遺族共済年金の決定請求手続について」と題する事務連絡の文書書式
(甲38)が同封されており,同文書書式の末尾には「備考」として「当
組合に必要書類が提出されてから,決定までに2ヶ月ほどかかる場合もあ
ります。ご了承ください。」との記載がある。
(原告は,上記9月10日付けの事務連絡文書に添付された本件認定基準
は別表3が脱落している不完全なものであったと主張するが,後記スの原
告提出の追加資料(乙4の1)の中に,「その他生計維持関係については,
15,7,17及び8,5付文書に述べた。『民生委員等の証明又は第3表に掲げる
書類(自分で客観的資料を提出する)』とP2氏同封の『生計維持関係等
の認定基準及び認定の取扱いについて』38∼39頁にあるので,これで
足りると思う。」との記載があることからすると,原告に送付された上記
事務連絡文書には本件認定基準に係る通知文書の全文(乙8の9枚目から
12枚目まで)が「39頁」の別表3を含めて添付されていたことが認め
られるから,原告の上記主張を採用することはできない。)
ス前記シの平成15年9月10日付けの事務連絡文書を受け取った原告は,
同年9月11日,P3職員に電話をかけ,定期的な訪問と生計同一につい
て今となっては不可能な第三者の証明を求めることの不当性について抗議
するとともに,同年9月12日,被告の事務所においてP19職員と面談
し,被告職員の対応についての不満を述べ,原告としては既に生計同一関
係を証明するに必要な書類は提出済みであると考えている旨を説明した。
P19職員は,本件認定基準などの関係規定の写しをとって原告に交付し,
また原告に対して,「この組合にはあなた方夫婦を形骸化した夫婦と思っ
ている者はいませんよ。」と述べた。原告は,P19職員のこの発言を原
告の決定請求を認容する趣旨と理解し,同年9月16日,追加資料(乙4
の1ないし乙4の4の9)を添えて,遺族共済年金決定請求書を被告に提
出した。
セ被告は,平成15年9月26日付けで原告の決定請求を棄却する旨の本
件処分を行ったが,本件処分の通知書(甲2)には,①本件認定基準によ
り遺族共済年金の受給要件について審査した旨,②「止むを得ない事情」
及び「その事情が消滅したときは,起居を共にし,消費生活上の家計を一
つにすると認められるとき」については,P1自身が住民票を異動した昭
和56年7月から行方不明となった平成7年5月までの14年間,P1は
足立区の自宅に一度も立ち寄ることもなく,双方に別居状態を解消する意
思も見当たらないことから,別居状態は固定化していると考えられ,冷却
期間とは認められず,消費生活上の家計はそれぞれ独立したものであると
判断する旨,別居して14年が経過した行方不明当時においてもなお冷却
期間としての別居の事情が消滅する時期を特定できない状態にあることか
ら,「止むを得ない事情」に該当しないものと判断する旨,③「生活費,
療養費等の経済的な援助が行われていること」については,P1から原告
に送金のあった金額は行方不明になった前年に21万5400円,平成7
年に9万7400円であったことが確認できる一方,当時の原告自身の収
入は国民年金,私的年金を合わせると月額で5万8500円であるとされ
ていること,医療保険の適用においてP1が行方不明となった平成7年5
月当時は二男の被扶養者になっていること及びP1が被告に提出した扶養
親族等申告書においても平成元年から行方不明となる平成7年まで原告を
税法上の控除対象配偶者として申告していない事実から,P1が行方不明
になった当時,原告は原告自身の収入及び二男の援助により生計を営んで
いたものと判断する旨,原告が家賃を負担することなしにP1名義の家に
住むことについては,婚姻関係の継続期間中における原告の寄与分の一部
と考えられることから,家賃に換算するべきものではない旨,自宅及び山
小屋等のP1名義の不動産の維持管理費等に係る費用の負担のための送金
については,自己名義の財産を維持・管理するのに必要な範囲のものであ
り,別居していた14年間にP1が足立区の自宅に一度も立ち寄ることが
なかったことから,原告の生計を維持するためのものではないと判断する
旨,④「定期的に音信,訪問が行われていること」については,別居期間
中,P1からの手紙及び葉書による音信は事実として認められるが,定期
的な訪問については,P1が足立区の自宅に一度も立ち寄ることがなかっ
たことから,認められないものである旨,⑤以上のことから,P1が行方
不明となった当時,原告とP1は,婚姻関係の継続は認められるものの生
計同一の状況にあったとは認められず,原告はP1によって生計を維持し
ていたものと認められないことから,共済法2条1項3号に規定する遺族
には該当しないものと認定し,原告からの遺族共済年金の決定請求を棄却
するものである旨の記載がある。
ソ原告の長男は,平成12年に被告の事務所を訪れ,P1の支払未済の退
職年金の支給を求めたが,その際,被告の職員に対し,首を絞める暴行を
加えた。また,原告の長男は,平成15年にも同年7月3日以降被告の事
務所を6度にわたって訪れ,P1の支払未済の退職年金の支給を求めたが,
7月3日には応対したP4職員及びP3職員に対し「年金をくれないと殺
す。」と言って脅迫し,被告はそのことで神田警察署に相談した。被告は,
原告(平成15年9月19日請求。甲54,甲59)及び長男から支払未
済の給付請求を受けていたところ,本件処分後の平成15年10月1日付
けで二男及び長女に対しても「支払未済の給付請求書」の提出を求め(甲
93,甲94),P1の支払未済の退職年金を各相続人に分割支給した。
タ被告の理事長が被告の各支部長宛てに平成6年10月31日付けで発出
した「行政手続法の施行に伴う長期給付に係る標準処理期間の設定につい
て」と題する通知文書(乙9)には,遺族共済年金に係る標準処理期間
(本部直接請求)について,決定までの期間を2か月と設定した旨の記載
があり,また,審査基準の設定について,現行諸規定により整理されてい
るため特段の措置を講ずる必要はない旨の記載がある。
(2)本件の検討
前記1のとおり,本件処分は,手続的瑕疵の有無について判断するまでも
なく,違法な処分として取り消されるべきものであるから,原告主張の手続
法違反の点は,専らこれにより被告職員の原告に対する不法行為が成立する
かどうかという観点から検討すれば足りることになる。そして,このような
観点から検討した結果は次のとおりであり,被告職員の行為には手続法違反
の点が認められるものの,これにより原告に損害が発生したとまでは認める
ことができず,原告の損害賠償請求は理由がないものというべきである。
ア手続法5条違反の主張について
(ア)手続法5条3項が審査基準の公表を行政庁に義務付けた趣旨は,審
査基準を申請者の知り得る状態に置くことにより,許認可等の処分結果
について一定の予見可能性を与えるとともに,行政庁の判断過程の透明
性の向上を図ることにあるものと解され,このような趣旨からすると,
審査基準を公にしておく具体的方法としては,申請希望者の求めに応じ
て提示するという方法をとることも許されるものというべきであるが,
本件においては,前記認定のとおり,平成15年7月7日の原告と被告
職員との面談において,遺族共済年金の決定請求をしようとしていた原
告が受給資格の認定基準を明らかにするよう求めたにもかかわらず,被
告職員は認定基準に関する明確な回答をしなかったというのであるから,
このような被告職員の行為は,手続法5条3項の規定に違反し,職務上
の義務を怠ったものといわざるを得ない。
(イ)なお,原告は,被告が遺族の認定に関する被告としての審査基準を
作成していないとも主張するが,手続法5条1項の規定に基づく審査基
準の設定は,上級行政庁等の他の行政庁に係る運用通達等をそのまま借
用し自らの基準として用いる方法によることも許されるものと解される
ところ,共済法上の遺族に係る生計を維持することの認定に関しては,
共済法を所管する総務省の運用方針において,厚生年金における生計維
持関係等の認定基準,すなわち本件認定基準によるべきものとされてお
り,これを受けて被告においても,前記のとおり,各支部長宛ての理事
長通知文書の中で,審査基準の設定については,現行諸規定により整理
されているため特段の措置を講ずる必要はないものとして,本件認定基
準をもって自らの審査基準とする方針を明確にしているものと解される
のであるから,被告が被告としての審査基準を作成していないとの原告
の主張は失当であるというほかない(原告は,担当職員が本件認定基準
等を含む現行諸規定を恣意的に取捨選択して適用し運用していたとも主
張するが,それは審査基準の解釈運用の当否の問題であって,審査基準
そのものの設定の問題とは次元を異にするものである。)。
(ウ)また,原告は,被告の事前審査方式が手続法5条に違反していると
も主張しており,これは,事前審査方式についての手続上の運用基準の
設定・公表の有無を問題とする趣旨の主張とも解されるが,これは,実
体上の判断基準である審査基準の設定・公表について定めた手続法5条
の問題ではなく,後記ウの手続法7条の問題として取り上げるべきもの
である。
イ手続法6条違反の主張について
手続法6条が標準処理期間を設定した場合にその公表を行政庁に義務付
けた趣旨も,手続法5条3項と同様に,予測可能性の付与と申請の処理の
透明性の向上を図ることにあるものと解され,標準処理期間を公にしてお
く具体的方法としても,同様に,申請希望者の求めに応じて提示するとい
う方法をとることが許されるものというべきところ,本件においては,前
記認定のとおり,原告が原告に対する具体的な処分の時期の見通しに関し,
平成15年8月5日及び同年8月25日に決定請求書の交付時期の見通し,
すなわち事前審査(その内容は後記ウのとおり)の終了時期の見通しを被
告職員に問い合わせた事実,及び同年8月30日付けの葉書をもって決定
請求に対する決定処分の時期の見通しを被告職員に照会した事実は認めら
れるものの,一般的な標準処理期間の開示を求めたことを認めるに足りる
証拠はなく,被告職員の行為に標準処理期間の公表義務違反があったとま
では認められない(もっとも,後記オのとおり,手続法9条の情報提供義
務との関係では不適切な行為があったと認められる。)。
ウ手続法7条違反の主張について
手続法7条は,各種の申請の処理について透明性の向上と迅速・公正な
対応を図ることが国民の行政に対する信頼を確保する上で重要であること
にかんがみ,行政庁について,申請が到達したときに遅滞なく当該申請の
審査を開始する義務が生ずる旨を端的に規定したものと解される。このよ
うな同条の趣旨にかんがみると,申請をしようとする者が申請の意思を明
らかにし,申請書の提出を希望している場合において,行政庁が申請書の
提出を拒否することは,同条の趣旨に実質的に違反する違法なものという
べきである。
被告において,別居状態にある場合や重婚的内縁関係にある場合に,遺
族の認定手続を事実上先行させ,遺族と認定された場合に決定請求書を申
請者に交付してその提出を求めるという事前審査方式を採っていることは
前記認定のとおりである。そして,被告の主張によると,このような事前
審査方式を採る理由は,申請をしようとする者に結果的に無駄となること
もある煩雑な手続上の負担をできるだけ避けるためであり,申請をしよう
とする者が事前審査の終了前であってもとにかく請求しておきたいという
のであれば決定請求書の交付を拒むものではないというのであるから,そ
のようなものである限り,被告の事前審査方式がおよそ合理性のない制度
であるとまでいうことは困難である。しかしながら,このような取扱いは,
あくまでも申請希望者が任意に応じる限りにおいて許容されるものという
べきであるから,被告としては,申請希望者に対し,事前審査方式に服す
るのか,それともこれに服さずに決定請求書を直ちに提出するのかの選択
の機会を与えるために,被告が事前審査方式を行う理由及びこれに服さず
に直ちに決定請求書を提出することもできる旨,さらには事前審査方式を
行う場合とそうでない場合とでそれぞれの申請の処理に要する期間がどの
程度になるのかなどを,事前審査に入る前に十分に説明しておくべきであ
り,そのような説明を受けた申請希望者が事前審査方式に服することに同
意した場合に限って,同方式による手続を進めることが相当であり,それ
が手続法7条の趣旨にかなった運用であるというべきである。本件の場合
には,証拠上,このような事前の説明,殊に,事前審査方式に服すること
なく直ちに決定請求書を提出することもできる旨の説明,及びそれぞれの
方式をとった場合の処分時期の見通しについての説明が原告に対し行われ
たものとは認められないばかりか,平成15年7月中には,原告の意向が
早期に決定請求書を提出し,被告の判断を求めることにあることは容易に
認識し得る状況にあったにもかかわらず,同年8月下旬に総務省の担当官
から指摘を受けるまで事前審査方式に拘泥し続けたものといわざるを得な
いのであるから,この点において,被告職員の行為は,手続法7条の趣旨
に違反し,職務上の義務を怠ったものといわざるを得ない。
エ手続法8条違反の主張について
手続法8条が処分理由の提示を行政庁に義務付けた趣旨は,行政庁の判
断の慎重と公正妥当を担保してその恣意を抑制するとともに,処分理由を
申請者に知らせることによって不服申立ての便宜を図ることにあると解さ
れるところ,前記認定のとおり,本件処分の通知書には,本件認定基準に
沿って判断した旨の理由が判断に当たって考慮した事実の摘示とともに詳
細に記載されており(この点で本件認定基準に則った棄却理由を記載して
いないとする原告の主張は失当である。),上記の理由提示の目的は達せ
られているものということができるから,被告職員に手続法8条違反の行
為があったということはできない。
オ手続法9条違反の主張について
(ア)手続法9条1項が申請者の求めに応じ申請に係る審査の進行状況や
処分時期の見通しを示すべき努力義務を行政庁に課した趣旨は,同法6
条に基づく標準処理期間の開示によって申請の処理に要する時間につい
ての一般的な目安は示されるものの,実際に申請を行った者にとっては
自己に対する具体的な処分の時期にこそ関心があるものであることから,
同法6条を補完するものとして,処分時期の見通し等を知りたいという
申請者の要求に対し行政庁は答えるよう努めるべきことを明らかにした
ものであり,その背景には,行政は国民に対して基本的に懇切な態度を
もって臨むべきであるとの考え方が存在するものと解される。このよう
なことからすると,本件においても,被告職員は,原告からの平成15
年8月30日付けの葉書による処分日程の見通しの照会に対してのみな
らず,同年8月5日及び同月25日における決定請求書の交付時期の見
通し,すなわち事前審査の終了時期の見通しに関する問い合わせに対し
ても,なるべく急いで審査を進めるとのみ答えるのではなく,できる限
り具体的な時期の見通しを示すよう努めるべきであったというべきであ
る。特に同年8月25日の時点においては,原告が最初に決定請求の申
出をした同年6月30日から起算して既に標準処理期間の2か月に近い
日にちが経過していたのであるから,標準処理期間と同程度の期間での
処理が可能なのかどうか(これはそもそも事前審査に入る前に説明して
おくべきものであるが,原告に対してこの点の説明がなかったことは前
記ウに指摘したとおりである。),更に日にちを要するのであればその
理由について,原告に対し十分な説明を行うべきであったものというべ
きところ,このような説明が原告に対し行われたものとは認められない。
したがって,これらの点において,被告職員の行為は,手続法9条1項
の趣旨にそぐわない不適切なものであったといわざるを得ない。
(イ)手続法9条違反に関する原告のその余の主張は,要するに,十分な
説明なく事前審査方式による手続を進めたことと,審査基準の開示の要
求に対して速やかにこれを開示しなかったことを問題としているものと
解されるから,実質的には手続法7条違反の主張(前記ウ)及び同法5
条違反の主張(前記ア)と同じ主張と考えられる。これらの主張に対す
る検討の結果は既に説示したとおりである。
カその他の主張について
(ア)以上のほか,原告は,被告職員の原告に対する異例の対応は,原告
の長男が被告の職員に対し行った暴行・脅迫行為に影響され,原告の遺
族該当性を否定し,長男に支払未済年金の相続分を受給させようとの意
図に出たものである旨の主張をする。しかしながら,前記認定のとおり,
被告における原告の担当が原告の長男の問題への対応をも配慮して交替
されていること,遺族共済年金の受給資格に係る遺族認定の手続の中で
被告職員が支払未済年金の受給権者及び支給の方法についても言及して
いること,支払未済年金について原告と長男から給付請求がされている
ことを前提とする相続人への分割支給の手続が本件処分の直後に進めら
れていることなど,原告に対する遺族認定の手続と原告の長男に対する
支払未済年金の支給手続との関連性をうかがわせる事情も認められない
ではないものの,明らかに原告主張のような意図が被告職員にあったと
まで認めるに足りる証拠はない。原告は,以上のような事情のほか,平
成15年6月30日に被告職員が「あなたは遺族年金をもらえないとし
て,未済年金をP6さんにあげる気はありますか。」と述べたこと,同
年7月7日に被告職員が「(書類提出の)期限を切るのは,申請者が複
数の場合,一方に長く待たせるのは悪いからです。」と述べたこと,被
告職員が遺族認定に必要のない改製前の戸籍の提出を求めたのは相続人
の範囲確定のためであり支払未済年金の支給事務の必要からであったと
考えられることなどを指摘するが,6月30日や7月7日の被告職員の
発言については,そのような事実があったとする原告の陳述書及び供述
があるのみで,その裏付けとなり,かつこれらの事実を否定する被告職
員の陳述書及び証言を排斥できるだけの証拠はなく,また改製後の戸籍
(甲1)には,例えば二男についての記載がなく,遺族の要件に係る生
計維持関係の認定のためには家族構成の確認が必要であることなどを考
慮すると,改製前の戸籍の提出が必ずしも遺族認定に必要のないものと
はいえない。
(イ)また,原告は,被告職員が原告に対し,威圧したり,愚弄するよう
な態度をとったとも主張し,これに沿う陳述書も提出するが,これを裏
付けるに足りる証拠はない。被告職員の陳述書及び証言はこれらの事実
を否定しており,原告の主張・供述のみを採用することはできない。
キ不法行為の成否について
以上のように,原告の手続法違反の主張に関しては,被告職員に手続法
5条3項の規定に違反する行為,同法7条の趣旨に違反する行為及び同法
9条1項の趣旨にそぐわない不適切な行為があったことは認めざるを得な
い。しかしながら,原告は,このような被告職員の違法行為等にもかかわ
らず,結果的には本件認定基準に沿って被告に対する主張立証を一応尽く
すことができたものと認められ,また,最初の決定請求の申出から本件処
分が行われるまでに要した審査の期間も,標準処理期間である2か月と比
べればこれを超過しているものの,それでも1か月程度の超過で済んでお
り,さらに,その結果としての本件処分は,原告を遺族と認定しなかった
誤った内容のものではあったが,前記1のとおり,それも本判決によって
取り消されるものである。したがって,本件処分の取消しによってもなお
損害賠償によって慰謝されるべき精神的苦痛が原告に存するものとは認め
難く,原告に対する不法行為の成立をいう原告の主張は理由がないものと
いうべきである。
第4結論
以上の次第で,原告の請求のうち,本件処分の取消しを求める請求は理由が
あるから認容し,その余の請求(損害賠償請求)は理由がないから棄却するこ
ととし,訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法7条,民事訴訟法61条,64
条本文を適用して,主文のとおり判決する。
東京地方裁判所民事第3部
鶴岡稔彦裁判長裁判官
古田孝夫裁判官
潮海二郎裁判官

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独立支援
独立を考えている弁護士を支援します。
条件は以下のとおりです。
お気軽にお問い合わせ下さい。
◎1年目の経費無料(場所代、コピー代、ファックス代等)
◎秘書等の支援可能
◎事務所の名称は自由に選択可能
◎業務に関する質問等可能
◎事務所事件の共同受任可

応募方法
メールまたはお電話でご連絡ください。
残り応募人数(2019年5月1日現在)
採用は2名
独立支援は3名

連絡先
〒108-0023 東京都港区芝浦4-16-23アクアシティ芝浦9階
ITJ法律事務所 採用担当宛
email:[email protected]

71期修習生 72期修習生 求人
修習生の事務所訪問歓迎しております。

ITJではアルバイトを募集しております。
職種 事務職
時給 当社規定による
勤務地 〒108-0023 東京都港区芝浦4-16-23アクアシティ芝浦9階
その他 明るく楽しい職場です。
シフトは週40時間以上
ロースクール生歓迎
経験不問です。

応募方法
写真付きの履歴書を以下の住所までお送り下さい。
履歴書の返送はいたしませんのであしからずご了承下さい。
〒108-0023 東京都港区芝浦4-16-23アクアシティ芝浦9階
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