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平成17年(行ケ)第10012号 審決取消請求事件(平成17年5月18日口
頭弁論終結)
判決
原      告   シャイアー バイオケム インコーポレイテッド
            (旧名称・バイオケム ファーマ インコーポレイテッ
ド)
  訴訟代理人弁護士吉武賢次
同宮嶋学
同    弁理士中村行孝
同 紺野昭男
同横田修孝
同伊藤武泰
被      告   特許庁長官 小川洋
指定代理人   深津弘
同       竹林則幸
同  一色由美子
同宮下正之
主文
     原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
この判決に対する上告及び上告受理申立てのための付加期間を30日と
定める。
 事実及び理由
第1 請求
 特許庁が不服2002-7953号事件について平成16年3月3日にした
審決を取り消す。
第2 当事者間に争いのない事実
1特許庁における手続の経緯
  (1) 原告は,発明の名称を「抗ウィルス性置換1,3-オキサチオラン」とす
る特許第2644357号(平成2年2月8日出願,パリ条約による優先権主張・
平成元年2月8日,優先権主張国・米国,平成9年5月2日設定登録。以下「本件
特許」という。)の特許権者である。
  (2) 原告は,平成11年9月10日,特許庁に対し,本件特許に係る発明を実
施するため,薬事法14条1項に規定する医薬品に係る同項の承認を受けることが
必要であるために,同発明を実施することができない期間(本件特許権の設定登録
の日から上記承認の日である同年6月11日までの2年1月8日)があったとし,
本件特許につき特許法(平成11年法律第41号による改正前のもの。以下同
じ。)67条2項に基づく特許権の存続期間の延長を求めるべく,延長登録の出願
(甲2。以下「本件出願」という。)をしたところ,特許庁は,平成14年1月2
8日付けで拒絶査定(以下「本件査定」という。)をしたので,原告は,同年5月
7日,これを不服として本件審判の請求をした。
    特許庁は,本件審判の請求を不服2002-7953号事件として審理を
した上,平成16年3月3日,「本件審判の請求は,成り立たない。」とする審決
をし,その謄本は同月12日に原告に送達された。
2 本件特許出願の願書に添付した明細書(甲2添付資料1。設定登録時のも
の。以下「本件明細書」という。)の特許請求の範囲の請求項1ないし12に記載
の発明の要旨
  【請求項1】次の式(Ⅰ)で表される1,3-オキサチオラン,その幾何異性
体および光学異性体,およびこれらの異性体の混合物:
   ここで,R1は水素またはアシルであり,;Zは,S,S=O,およびSO2
からなる群から選択され;そして,R2は
   であり,ここでR3およびR4はそれぞれ独立して,水素および1~6個の炭
素原子を有するアルキル基からなる群より選択される。
  【請求項2】シス異性体の形態である,請求項1に記載の式(Ⅰ)で表される
化合物。
  【請求項3】ZがSである,請求項1または2に記載の式(Ⅰ)で表される化
合物。
  【請求項4】R1,R3およびR4が水素である,請求項1に記載の化合物。
  【請求項5】以下のラセミ体混合物または分離された光学異性体の形態の化合
物からなる群から選択される化合物:
   シス-2-ヒドロキシメチル-5-(シトシン-1’-イル)-1,3-オ
キサチオラン,トランス-2-ヒドロキシメチル-5-(シトシン-1’-イル)
-1,3-オキサチオラン,およびこれらシスおよびトランス異性体の混合物;
   シス-2-ヒドロキシメチル-5-(シトシン-1’-イル)-3-オキソ
-1,3-オキサチオラン;シス-2-ベンゾイルオキシメチル-5-(シトシン
-1’-イル)-1,3-オキサチオラン,トランス-2-ベンゾイルオキシメチ
ル-5-(シトシン-1’-イル)-1,3-オキサチオラン,およびこれらシス
およびトランス異性体の混合物:および
   シス-2-ベンゾイルオキシメチル-5-(N4’-アセチル-シトシン-
1’-イル)-1,3-オキサチオラン,トランス-2-ベンゾイルオキシメチル
-5-(N4’-アセチル-シトシン-1’-イル)-1,3-オキサチオラン,
およびこれらシスおよびトランス異性体の混合物。
  【請求項6】ラセミ体混合物または分離された光学異性体の形態のシス-2-
ヒドロキシメチル-5-(シトシン-1’-イル)-1,3-オキサチオランある
いはその薬学的に許容可能な塩,エステル,またはエステルの塩。
  【請求項7】シス-2-ヒドロキシメチル-5-(シトシン-1’-イル)-
1,3-オキサチオラン。
  【請求項8】ラセミ体混合物の形態である,請求項1から7のいずれかに記載
の1,3-オキサチオラン化合物。
  【請求項9】分離された光学異性体の形態である,請求項1から7のいずれか
に記載の1,3-オキサチオラン化合物。
  【請求項10】請求項1から9のいずれかに記載の式(Ⅰ)で表される化合物
あるいはその薬学的に許容可能な塩,エステル,またはエステルの塩を含む,抗ウ
イルス用医薬組成物。
  【請求項11】薬学的に許容可能な担体をさらに含有する,請求項10に記載
の抗ウイルス用医薬組成物。
  【請求項12】請求項1から9のいずれかに記載の式(Ⅰ)で表される化合物
を付加的な活性成分と組み合わせて含む,抗ウイルス用医薬組成物。
3 審決の理由
 審決の理由は別添審決謄本写し記載のとおりであり,その要旨は,次のとお
りである。
  (1) 特許法67条の3第1項1号該当性
   ア 特許法67条2項による特許権の存続期間の延長登録が認められるため
には,特許法施行令(平成11年政令第430号による改正前のもの。以下同
じ。)1条の3に定める当該処分の範囲と延長登録出願の対象である特許発明の範
囲が重複していること(以下「第一要件」という。)が必要であり,また,既に別
の同様な処分を受けたことによって特許発明の実施をすることができるようになっ
ていないこと(以下「第二要件」という。)が必要である。
   イ 本件出願の理由付けとされている特許法67条2項の政令で定める処分
は,薬事法(平成11年法律第160号による改正前のもの。以下同じ。)14条
1項の規定に基づく平成11年6月11日付け製造承認(以下「今回の承認」とい
う。)であるところ,その承認の対象となった物品は,販売名をコンビビル錠と称
する,ジドブジン及びラミブジン含有の錠剤であり,その効能・効果をHIV感染
症とするものである。
     ところで,本件特許において,ラミブジンは請求項1において,R1,
R3及びR4が水素原子である化合物であり,また,請求項5ないし7に記載された
シス-2-ヒドロキシメチル-5-(シトシン-1’-イル)-1,3-オキサチ
オランである。さらに,ラミブジンを他の活性成分と組み合わせて抗ウイルス用医
薬組成物とすることが請求項12に記載されており,この組み合わせに使用するの
に好ましい治療薬として,3’-アジド-2’,3’-ジデオキシチミジン等の
「ヌクレオチド類似体」が挙げられている。そして,本件明細書には,この3’-
アジド-2’,3’-ジデオキシチミジンは一般にAZTと呼ばれると記載されて
おり,AZTはジドブジンの別名であるから,本件特許の請求項12はラミブジン
をジドブジンと組み合わせて使用することを記載しているといえる(なお,ジドブ
ジンの化学名としては,3’-アジド-3’-デオキシチミジンが普通であ
る。)。このため,今回の承認の対象となったものは本件出願の対象である特許請
求の範囲の記載と重複しているから,第一要件を充足している。
   ウ ラミブジンは,「販売名」を「エピビル錠」とし,「有効成分の一般
名」を「ラミブジン(通称:3TC)」とし,「用法・用量」を「通常,成人には
ジドブジンに併用して,ラミブジンとして1回150mgを1日2回投与する。な
お,年齢,体重,症状により適宜増減する。」とし,「効能・効果」を「下記疾患
におけるジドブジンとの併用療法 ・後天性免疫不全症候群(エイズ) ・治療前
のCD4リンパ球数500/mm3
以下の症候性及び無症候性HIV感染症」として
薬事法14条1項に基づき先に製造承認(以下「先の承認」という。)されている
ところ,本件出願に係るコンビビル錠と先に承認されたエピビル錠を対比すると,
いずれもHIV感染症の治療に対するものである点で一致しており,ただ,前者は
ラミブジン及びジドブジンを含有する錠剤であるのに対して,後者はラミブジン単
剤である点で一応相違する。
     しかしながら,先の承認において,ラミブジンはジドブジンと併用する
こと,すなわち,ラミブジンとジドブジンの併用を用法・用量として,かつ,ジド
ブジンとの併用療法を効能・効果として承認されているから,本件出願に係るもの
と先の承認の対象となったものとの違いは,単に,ラミブジン及びジドブジンの両
方が含有されている錠剤であるか,又は,それぞれの単剤を併用するかの違いにす
ぎないものであり,HIV感染症の治療に際して両化合物を投与する点において両
者は実質的に同一であり,第二要件は充足しない。したがって,本件出願につい
て,特許法67条の3第1項1号にいう「その特許発明の実施に特許法第67条第
2項の政令で定める処分を受けることが必要であった」とすることはできない。
(2) 特許法67条の3第1項4号該当性
コンビビル錠は米国において平成9年9月26日に製造承認されたことが
認められ,そうすると,米国での製造承認の日から平成11年3月24日にされた
我が国での製造承認申請までには約1年6か月を有したことになるが,請求人
(注,原告)提出の資料からは,いかなる理由によりこのような長期間を必要とし
たのか明らかでない。このため,米国での治験計画届出書の提出日(平成8年7月
30日)から我が国での製造承認の日(平成11年6月11日)までの間,必要な
手続が引き続いてされていたものとは直ちには認めることができないから,「特許
発明の実施をすることができなかった期間」を,請求人が主張する,我が国での特
許権の設定登録の日(平成9年5月2日)として起算することが適切であるという
ことができない。
(3) 以上のとおりであるから,本件出願は特許法67条の3第1項1号及び同
項4号(注,審決謄本4頁の「3 原審の拒絶の理由の概要(理由2)」の項に
「特許法第67条の3第1項第3号」とあるのは「特許法第67条の3第1項第4
号」の,同7頁の「5 むすび」の項に「特許法第67条の3第1号及び第3号」
とあるのは「特許法第67条の3第1項第1号及び第4号」の誤記と認める。)に
該当し,本件出願によって「特許権の存続期間の延長登録」(以下,単に「延長登
録」という。)を受けることはできない。
第3 原告主張の審決取消事由
審決は,本件出願の特許法67条の3第1項1号該当性に関する判断を誤り
(取消事由1),また,同項4号該当性に関し,本件審判の審理において手続違背
を犯すとともに,その判断を誤ったものであり(取消事由2),それらの瑕疵が審
決の結論に影響を及ぼすべきことは明らかであるから,審決は取り消されるべきで
ある。
 1 取消事由1(特許法67条の3第1項1号該当性の判断の誤り)
審決は,本件出願に係る特許発明の「物」が,原告が本件出願の理由付けと
した今回の承認を受ける前に既に受けていた先の承認の対象になった「物」と実質
的に同一であるとの認定に基づき,本件出願に係る特許発明は先の承認により既に
実施をすることができるようになっていたとして,本件出願は「既に別の同様な処
分を受けたことによって特許発明の実施をすることができるようになっていないこ
と」という第二要件を満たさず,延長登録は認められないと判断しているが,この
判断は誤りである。
(1) 先の承認の対象となった「物」と本件出願に係る「物」とが実質的に同じ
であるとした審決の認定判断の誤り
 ア審決は,原告が本件出願の理由付けとした今回の承認の対象であるコン
ビビル錠(ラミブジン及びジドブジンの両方が含有されている合剤)と,先行処分
の対象であるエピビル錠(ラミブジンの単剤)とを比較して,「先の承認におい
て,ラミブジンはジドブジンと併用すること,即ち,ラミブジンとジドブジンの併
用を用法・用量として,かつ,ジドブジンとの併用療法を効能・効果として承認さ
れているから,本件出願と先に承認のものとの違いは,単に,ラミブジン及びジド
ブジンの両方が含有されている錠剤であるか,または,それぞれの単剤を併用する
かの違いにすぎない」(審決謄本6頁第3段落)と認定し,今回の承認の対象とな
ったコンビビル錠と,先の承認の対象となったエピビル錠とは,HIV感染症の治
療に際してラミブジンとジドブジンを投与する点において,「実質的に同一であ
る」(同段落)とし,先の承認の対象となった「物」を,同処分に係る医薬品製造
承認書の有効成分の欄の記載内容を越えて認定し,その認定を前提に,先の承認の
対象となった「物」と今回の承認の対象となった「物」とは実質的に同じ物である
と認定している。
イ しかしながら,薬事法14条1項の製造承認の対象となった「物」は,
当該処分に係る医薬品製造承認書の有効成分の欄により特定されるべきであり,そ
れ以外の欄に記載された事項により製造承認の対象となった「物」を特定すべきで
はない。
     薬事法によれば,医薬品は,医薬品等の製造の許可を受けた者でなけれ
ば業としてその製造をすることができず,その許可を受けた者は,原則として,同
法14条に基づき,厚生大臣(注,現行法においては厚生労働大臣。以下同じ。)
の承認を受けることにより,初めてその医薬品を製造することが可能となる(同法
12条,13条)。そして,同法14条に基づく製造承認に係る医薬品製造承認書
には,当該処分により承認された医薬品の有効成分の欄があり,その有効成分はこ
の欄の記載により特定されている。有効成分が医薬品を構成する成分の中で最も重
要な位置を占めることはいうまでもなく,したがって,医薬品,特にその有効成分
が薬事法の規制対象,すなわち承認の対象となることは明らかである。
     先の承認では,用法・用量の欄や効能・効果の欄において他の医薬品と
併用すべきことが記載されている。この併用すべき医薬品は,用法・用量の欄や効
能・効果の欄に記載され,承認の対象となった有効成分の使い途を限定するもの
の,併用すべき医薬品それ自体はその処分により薬事法の規制を受けない。すなわ
ち,併用すべき医薬品は,薬事法の規制対象となる場合があっても,それは別の承
認により規制を受けるのである。つまり,有効成分の欄以外に記載された医薬品は
その承認の対象となった「物」とはいえない。
 以上のことから,医薬品の承認の対象となった「物」は,当該処分に係
る医薬品製造承認書の有効成分の欄により特定されるべきであって,それ以外の欄
に記載された事項により当該処分の対象となった「物」を特定すべきではないか
ら,先の承認の対象において処分の対象となった「物」と本件出願に係る「物」と
は明らかに異なるものである。
 ウまた,先の承認の対象となった「物」と本件出願に係る「物」とが実質
的に同じ物ではないことは,先の承認を受けたことによって本件出願に係る特許発
明を実施することができなかったことからも明らかである。
     薬事法14条1項に基づいて医薬品の製造承認を受けることで,同法上
の制限が解除されることは先に述べたとおりである。
     本件についてみると,先の承認の対象となったものは,エピビル錠であ
り,「有効成分」を「ラミブジン」とし,「効能・効果」を「下記疾患におけるジ
ドブジンとの併用療法 ・後天性免疫不全症候群(エイズ) ・治療前のCD4リ
ンパ球数500/mm3
以下の症候性及び無症候性HIV感染症」として承認されて
いる(甲3)。一方,今回の承認に基づく本件出願に係るものは,コンビビル錠で
あり,「有効成分」をラミブジンとジドブジンの両方とし,「効能・効果」を「H
IV感染症の治療」として承認されている(甲2添付資料2)。
     したがって,先の承認のみによって製造可能となるのは,有効成分をラ
ミブジンとする,エピビル錠(ラミブジンの単剤)のみにすぎず,有効成分の異な
るコンビビル錠(ラミブジンとジドブジンの合剤)が,先の承認のみによっては製
造できないものであることは薬事法の規定から明らかである。すなわち,本件出願
のコンビビル錠の製造は,今回の承認があって初めて可能となったのである。
     以上のとおり,先の承認を受けたことによっては本件出願に係る特許発
明を実施することができなかったのであり,このことからみても,先の承認におい
て処分の対象となった「物」と本件出願の「物」とが実質的に同じ物ではないこと
は明らかである。
     この点に関連して,審決は,「本件出願も先の承認に係るものも,ラミ
ブジンとジドブジンの両方をHIV感染症の治療に使用する点で実質的に変わりは
ないのであり,・・・有効成分の欄の記載の差異は単なる形式的な差異にすぎな
い」(審決謄本6頁第5段落)と認定している。
     しかしながら,上記のように,先の承認のみでは,HIV感染症の治療
において,ラミブジンの単剤(エピビル錠)をジドブジンの単剤(レトロビル錠)
と実際に組み合わせて使用することができたにすぎず,それさえも,医師等の医療
の現場にかかわる者のみが可能であったにすぎない。すなわち,先の承認があるの
みでは,合剤であるコンビビル錠を,製造し販売することは,形式的にも実質的に
もできなかったのである。
    したがって,ラミブジンとジドブジンの両方をHIV感染症の治療に使
用できた点で,「実質的に変わりはない」として,先の承認により本件出願に係る
コンビビル錠の製造の実施もできたとする審決の判断は明らかに失当である。
エ 以上のとおり,先の承認の対象となった「物」と,本件出願の理由付け
とされた今回の承認の対象となった「物」とは明らかに異なる物であり,先の承認
によっては,本件出願に係る特許発明を実施することができなかったことは明らか
であるから,本件出願が第二要件を充足し,特許法67条の3第1項1号に規定す
る要件を満たすことは明らかである。
(2) 審決の国際的調和違反について
    欧州において本件出願の場合と同様の状況でコンビビル錠に関する特許権
の存続期間の延長登録が認められていることは,以下に述べるとおりであり,この
ことからすれば,本件出願を拒絶すべきものとした審決の判断は,特許制度の国際
的調和に反するものであり,この点からも審決は取り消されるべきである。
   ア 欧州においては,我が国でいうところの特許権の存続期間の延長制度
は,一般的に,医薬等の追加保護証明書(SupplementaryProtection
Certificate)に関する制度(以下「SPC制度」という。)といわれている。現在
の制度は,1992年に施行されたEC(欧州共同体)の「医薬の追加(補足)の
保護証明書の創設に関する1992年6月18日の理事会規則(EEC1768/
92)」(甲5。以下「SPC規則」という。)に定められている。
     SPC制度は,我が国の存続期間の延長制度と同様に,医薬に関する基
本となる特許権が存在する一方で,医薬として市場におかれる前に所定の行政的認
可手段の必要なものは,5年を限度として,その基本特許権の存続期間の延長を認
める制度である。そして,延長の認められるための要件として,(a) 当該製品が
有効な基本特許により保護されていること,(b) 当該製品を市場に置くことに対
し有効な許可がECの理事会指令に従い与えられていること,すなわち,医薬品の
承認が得られていること,(c)当該製品が既に追加保護証明書の対象とされていな
いこと,及び(d) (b)にいう認可が当該製品を市場に置くことに対する最初の認
可であること,すなわち,存続期間の延長に係る医薬品の承認が基本特許に関する
最初の承認であることが要求されている(SPC規則3条)。これらの要件は,特
許法67条の3に規定する要件と明らかに類似している。
     また,存続期間の延長された特許権の効力に関して,SPC規則は,4
条において,「証明書によって与えられる保護は,基本特許によって与えられる保
護の制限内において,対応の医薬を市場に置くことに対する認可に含まれている製
品についてのみ,かつ,証明書の期間の満了前に当該製品について認可されている
医薬としての使用にのみ及ぶ」と規定している。これは換言すると,存続期間の延
長された特許権の効力は,承認の対象となった「物」についての当該特許発明の実
施についてのみ及ぶということである。すなわち,存続期間の延長された特許権の
効力についても,特許法68条の2に規定する内容と明らかに類似している。
     このように,欧州におけるSPC制度と,我が国の特許権の存続期間の
延長制度とは,延長が認められる要件及び認められた場合の効果も含めて極めて類
似しているということができる。
イ 欧州においては,エピビル錠と,コンビビル錠について,それぞれ医薬
品としての製造承認が得られている。
     また,エピビル錠(ラミブジンの単剤)についての承認は,ジドブジン
などの他の抗レトロウイルス製剤と併用することを前提としてされた。このこと
は,欧州におけるエピビル錠の添付文書(甲6)中にラミブジンをジドブジンと併
用して用いる旨が記載されていることから明らかである。例えば,上記添付文書の
適用及び用法の欄や用量及び投与の欄には,エピビルを他の抗レトロウイルス製剤
と組み合わせて使用することが記載され,参照すべきとされる臨床試験の説明の欄
や微生物学の欄にはエピビルとレトロビル(ジドブジン)の組合せが記載されてい
る。
     そして,欧州においては,このような状況において,ラミブジンとジド
ブジンの組合せについて,欧州特許第0513917号の存続期間の延長が認めら
れている。このことは,ラミブジンとジドブジンの組合せ製品についての,医薬品
の追加保護証明書(甲8)の存在から明らかである。すなわち,欧州においても,
エピビル錠の製造承認と,コンビビル錠の製造承認とが存在し,かつ,エピビル錠
の製造承認においてラミブジンとジドブジンの併用について記載されている状況に
おいて,合剤であるコンビビル錠に関する特許権の存続期間の延長が認められてい
るのである。このように,欧州において延長登録が認められている状況は,本件出
願の場合と明らかに酷似しているといえる。
ウ 我が国における存続期間の延長制度と,欧州におけるその延長制度は,
上記したように類似した制度である。一方で,特許制度について国際的な制度の調
和が進められていることは周知のとおりである。したがって,審決の結論は特許制
度の国際的調和に逆行することが明らかである。
2 取消事由2(特許法67条の3第1項4号該当性の判断の誤り)
  (1) 本件審判における審理手続の違法性
   ア 特許法159条2項において準用する同法50条によれば,審判官は拒
絶査定の不服審判において査定の理由と異なる拒絶の理由を発見したときは拒絶理
由を通知しなければならず,拒絶査定と異なる理由で拒絶審決をしようとするとき
はその理由を出願人に通知して意見を述べる機会を与えなければならないところ,
審決の理由2(注,特許法67条の3第1項4号該当性)に示された理由は本件査
定に示された理由とは異なるものであり,またその理由は新たな拒絶理由として出
願人に通知されていない。
 すなわち,審査段階から審判段階を経て審決に到る経緯は,以下のとお
りである。
 (ア) 審査段階で,審査官は,平成13年5月29日,原告に対し,拒絶
理由通知書(甲9)を発したが,その中で特許法67条の3第1項4号を根拠とす
る拒絶理由(理由3,なお,「特許法第67条の3第1項第3号」とあるのは誤
記)が通知された。その内容は,「a)資料3として提出された外国での治験計画
書の提出者が「GlaxoWellcomeInc.」であるのに対し,本願に係る処分を受けた者
は日本グラクソ株式会社であり,両者は一致しないから,本願特許発明を実施でき
なかった期間を上記外国での治験計画書の届出日をもとに算出することができな
い。b)出願人は資料3と,資料2の「海外における臨床試験」等の記載から,本
願に係る製造承認の審査に,資料3に係る治験計画届に関する臨床試験データが用
いられた旨主張するが,資料3の内容を特定する記載のない資料2の当該記載から
だけでは,上記資料3に関する治験が製造承認の審査に必要であったことを示すと
はいえず,本願特許発明を実施できなかった期間を算出することができない。」と
いうものであった。
 (イ)審査官は,平成14年1月28日付けで本件査定をし,その謄本
(甲10)を原告に送達したが,その中で先に通知された拒絶理由(理由3)が依
然として解消していないことが告知された。その内容は,「米国における治験計画
書の提出者と本件製造承認を受けた者はグラクソスミスクライングループの一員で
あるといっても,現に両者は別人として存在しているのであるから,本出願に関す
る治験計画書の届出日から本出願に係る処分を受けた日本グラクソ株式会社が該治
験計画に関与していたか,該治験計画書が本出願に係る処分を受けることを目的と
して提出されたことが示されない限り,本出願に係る処分には何の関係も認められ
ないGlaxoWellcomeInc.がアメリカ合衆国の食品・医薬品局(以下「FDA」とい
う。)に提出した書類の写しに記載された日付の日から,本出願に係る特許発明を
実施することができなかったとはいえない。」というものである。
  (ウ) 本件審判の請求について不成立審決がされたが,審決の理由2と本
件査定における理由3は,適用される根拠条文は同じであるが,本件出願を拒絶す
べきものとする判断の過程は相違するから,審決の理由は本件査定の理由と異なる
というべきである。
      まず,本件査定の理由は,米国において提出された治験計画書と日本
における承認申請との関係が不明確であることに基づくものであり,米国における
製造承認前の米国における手続を,日本の製造承認手続との関係で明確化すること
が求められている。具体的には「本出願に関する治験計画書の届出日から本出願に
係る処分を受けた日本グラクソ株式会社が該治験計画に関与していたか,該治験計
画書が本出願に係る処分を受けることを目的として提出されたこと」を示すことが
求められている。すなわち,本件査定の理由は,米国において提出された治験計画
届出書が今回の承認に関連しているかどうか明確ではないことから,その事実を明
確化することを求めるものであるといえる。
      一方,審決の理由は,米国での製造承認から日本での製造承認申請ま
で約1年6か月を要した理由が不明確であることに基づくものであり,米国におけ
る製造承認後の日本における手続を,日本の製造承認手続との関係で明確にするこ
とが求められている。すなわち,審決の理由は,米国での承認の後日本での製造承
認申請までの間,必要な手続が引き続いてされたかどうか明確ではないことから,
その事実を明確化することを求めるものであるといえる。
      このように,審決の理由と本件査定の理由は適用される根拠条文では
共通するが,それぞれが依拠している事実や明確化が求められている対象は明らか
に相違する。そして,特許庁の判断がどこに主眼をおいてされたのか明確に示され
ていない以上,本件査定の理由を告知された出願人が審決の理由に対応することま
で期待されているとは到底いえない。 そうすると,特許法67条の3第1項4号
に違反するとの拒絶に至った判断過程が審決の理由と本件査定の理由とで相違する
ことは明らかであるから,審決の理由は本件査定における理由と異なるというべき
である。
 (エ) 上記において述べたように,原告に対し審査・審判段階で特許庁か
ら拒絶理由が通知され,反論の機会が与えられたのは,拒絶理由通知を受けたとき
と本件査定の謄本の送達を受けたときの2回だけであり,これら以外に出願人が反
論の機会を与えられたことはない。そして,本件査定は先に通知された拒絶理由が
解消していないことを理由とするものであり,上記拒絶理由は審決の理由とは関係
がない。したがって,審決の理由について新たな拒絶理由が通知された事実は存在
しない。
 イ 上記アで述べたところからすれば,特許法67条の3第1項4号を理由
として本件出願による延長登録は認めないとした審決は,同法159条2項におい
て準用する同法50条に規定する手続に違反してされたものであることは明白であ
るから,違法として取り消されるべきである。
(2) 今回の承認に関し米国での治験計画届出書の提出日から我が国での製造承
認の日までの間必要な手続が引き続いてされていたことについて
   ア 審決は,「米国での製造承認の日から我が国での製造承認申請までには
約1年6ヶ月を有したことになるが,請求人(注,原告)提出の資料からは,如何
なる理由によりこのような長期間を必要としたのか明らかでない。このため,上記
米国での治験計画届出書の提出日から我が国での製造承認の日迄の間,必要な手続
が引き続いてなされていたものとは直ちに認めることができないから,『特許発明
の実施をすることができなかった期間』を,請求人が主張する,我が国での特許権
の設定登録の日として起算することが適切であるということができない。」(審決
謄本7頁第2ないし第3段落)と認定しているが,誤りである。
     すなわち,米国での製造承認の日から我が国での製造承認申請までの約
1年6か月の期間において,必要な手続が引き続いてされていたことは,以下に述
べるとおりである。
    (ア) 原告は,平成8年7月30日,米国において治験計画届書を提出
し,平成9年9月26日に米国において製造承認がされた。
    (イ) 米国での製造承認の日から医薬審第1015号通達の通達日までの
期間(約13か月間)においては,米国において実施された臨床試験データに基づ
いて,我が国において製造承認申請ができないか調査・検討がされていたから,こ
の期間全般にわたって今回の承認に関連して必要な手続が引き続いてされていたと
いえる。臨床試験データに基づいて製造承認申請が可能か調査・検討がされていた
ことは,①外国で実施された臨床試験データの取扱いの状況や,②今回の承認に係
るコンビビル錠の事前評価会での質疑応答から明らかである。
 米国における製造承認が得られた時点では,我が国においては,HIV
感染症の患者数が臨床試験の円滑な実施に必要な数に達していなかった。これに対
し,欧米ではHIV感染症治療薬の使用成績が相当程度蓄積していたことから,外
国において実施された臨床試験データに基づいて我が国において製造承認を得るこ
とが必然的に迫られていたことは明らかである。
      一方で,米国での製造承認の時点において,我が国では昭和60年6
月の薬発第660号(甲11)の通達の下,外国で実施された医薬品の臨床試験デ
ータを審査資料として受け入れる取扱いを実施していたものの,この通達では受入
れの要件が細かく設定され,また,吸収・分布・代謝・排泄に関する試験や投与量
設定に関する試験等については原則として国内で実施された臨床試験データが必要
とされていた。すなわち,外国での臨床試験データの受入れに際しては,医薬審第
1015号通達と比較して厳しい条件が課されていた。また,平成10年8月には
薬発第660号に代わる医薬発第739号通達(甲12)と医薬審第672号通達
(甲13)が発出されたが,依然として一定条件で臨床試験を日本国内において実
施することが必要とされていた。このような状況下にあって,今回の承認申請に当
たって外国で得られたデータを利用する場合にどのような試験が必要であるか等の
確認が必要であった。例えば,米国におけるラミブジンの用量は600mg/日と
されているが,これは日本の臨床現場で使用されている400mg/日を上回るも
のであり(甲2添付資料4),用量が異なる点からどのような試験が必要であるか
等を確認しなければならなかった。したがって,我が国における製造承認申請に当
たってどのような試験が求められるのか等について調査・検討することが必要であ
ったことも明らかである。
      以上のことから,米国において実施された臨床試験データに基づく製
造承認申請の可能性に関連して,米国における製造承認の後に引き続いて調査・検
討がされていたことは明らかであるということができる。
(ウ) 我が国での製造承認申請は外国の審査当局に対する承認申請に添付
される資料をもって我が国での承認を行う旨の「HIV感染症治療薬の製造又は輸
入承認申請の取扱いについて」という医薬審第1015号通達(甲2添付資料5)
の通達日から我が国での製造承認申請までの期間(約5か月間)においては,今回
の承認申請に向けて,エイズ医薬品調査会の事前評価準備会(平成10年12月1
5日開催),調査会事前評価(平成11年3月9日開催),調査会審議(平成11
年4月16日)が相次いで開催されているから,この期間全般にわたって必要な手
続が引き続いてされていたことは明らかである。そして,「コンビビル錠-事前評
価レポート(その1)-」(甲2添付資料4)の「1.審査センターにおける事前
評価準備会での依頼者に対する指摘事項及びその評価結果」の欄に記載された事前
評価準備会における審査センターと依頼者との間の質疑応答の状況や,エイズ医薬
品調査会における審議概要(甲2添付資料4)の「II.調査会報告書」の欄に記
載された調査会審議の状況から,日本グラクソ株式会社(本件特許権の実施権者)
が我が国における今回の承認に向けて資料の準備や提出を行っていたことは明らか
である。
イ 以上のように,米国での製造承認から我が国での承認申請までの約1年
6か月の間,必要な手続が引き続いてされていたことは明らかであるから,審決の
「特許発明の実施をすることができなかった期間」(特許法第67条の3第1項4
号)についての認定判断は誤りである。
第4 被告の反論 
本件出願が特許法67条の3第1項1号及び同項4号に該当するから,本件
出願によって本件特許につき延長登録を受けることはできないとした審決の判断は
相当であり,審決に原告主張の審決取消事由はない。
1 取消事由1(特許法67条の3第1項1号該当性の判断の誤り)について
(1) 特許権の存続期間の延長制度について
   ア 医薬品,農薬などの一部の分野では,安全性の確保などを目的とする法
律の規定による許可等を得るに当たり所用の実験,審査などに相当の期間を要する
ため,その間はたとえ特許権が存続していてもその権利の独占的実施による利益を
得ることができない結果,特許権者は,このような法規制がなければ特許発明の実
施をすることができたにもかかわらず,その処分を受ける必要があったためその実
施が不可避的に相当期間妨げられることになる。特許権の存続期間の延長制度は,
このような問題を解決するため創設されたものである。
     ところで,医薬品における法規制である薬事法は,14条において,厚
生大臣は,医薬品等につき,これを製造しようとする者から申請があったときは,
品目ごとにその製造についての承認を与える(1項),前項の承認は,申請に係る
医薬品等の名称,成分,分量,構造,用法,用量,使用方法,効能,効果,性能,
副作用等を審査して行うものとし,次の各号のいずれかに該当するときは,その承
認は,与えない(2項)と規定しているように,その処分(承認)は品目ごとに与
えられるのに対し,存続期間が延長された場合の特許権の効力は,処分を受けた品
目そのものに限定されず,処分の対象となった物(その処分においてその物の使用
される特定の用途が定められている場合にあっては,当該用途に使用されるその
物)についての特許発明の実施に及ぶ旨規定されている(特許法68条の2)。こ
れは,特許権の効力を厚生大臣の承認単位の狭い範囲でとらえるのは特許制度にな
じまないためであり,「物」と「用途」という特許法上主要な概念でくくることが
より合理的であるとされたためである。
イ 特許法67条の3第1項1号について
     延長登録を受けるためには特許法67条の3第1項各号の一に該当しな
いことが必要であるが,その1号には「その特許発明の実施に第67条第2項[存
続期間の延長]の政令で定める処分を受けることが必要であったとは認められない
とき。」と規定されている。
     何らの法規制もなければ特許発明の実施をすることができたにもかかわ
らず,特許法67条2項の政令で定める処分を受けることが必要であるためにその
実施が妨げられている場合に,当該特許の存続期間の延長を認めることとするのが
本制度の趣旨であるから,処分を受けることによって禁止が解除された範囲と特許
発明の範囲に重複している部分がなければ特許発明の実施に当該処分を受けること
が必要であったとは認められず,延長登録出願は拒絶される。また,仮に,上記の
重複関係があったとしても,それ以前に別の同様な処分を受けることによって特許
発明の実施をすることができるようになっていれば,後の処分を受けることは,特
許発明の実施に必要であったと認められないため,同出願は拒絶されることとな
る。
     医薬品の場合,上記のとおり品目ごとの承認(処分)が与えられるが,
特許法68条の2にいう「物」と「用途」という観点に対応するものは,薬事法の
規制上では「有効成分」と「効能・効果」であるから,「有効成分」,「効能・効
果」が同一で,これ以外の剤型や用法,用量,製法等が異なる承認がいくつかあっ
た場合,その中の最初の承認を受けることによって医薬品としての製造,販売等の
禁止が解除され,その有効成分と効能・効果の組合せについては特許発明の実施が
できることになったと考えられ,したがって,ある「有効成分」と「効能・効果」
の組合せについては,最初の承認に基づいてのみ延長登録が可能であり,その後の
承認を受けることは特許発明の実施に必要であったとは認められないこととなる。
(2) 先の承認の対象となった「物」と本件出願に係る「物」との実質的な同一
性について
ア本件出願に係るものと先の承認において処分の対象となったものとは,
HIV感染症の治療に際してラミブジン及びジドブジンの両化合物を投与する点に
おいて実質的に同一であり,「本件出願について『その特許発明の実施に特許法第
67条第2項の政令で定める処分を受ける必要があった』とすることはできない」
(審決謄本6頁下から第2段落)とした審決の判断は相当である。
     すなわち,エピビル錠(ラミブジンの単剤)の添付文書(乙2)によれ
ば,その効能・効果はHIV感染症における他の抗HIV薬との併用療法にあり,
【薬物動態】の項においては,上記他の抗HIV薬として,ジドブジンを併用した
場合の<日本人における成績>が記載され,さらに【臨床成績】の項においても,
<国内において実施された臨床試験の成績>及び<海外において実施された臨床試
験の成績>のいずれにおいても,ラミブジンの単剤とジドブジンの単剤とを併用投
与した結果が記載されており,この併用療法における有効成分がラミブジン及びジ
ドブジンであることに疑いの余地はない。すなわち,併用するとされるジドブジン
の単剤であるレトロビルカプセルの添付文書(乙3)には,【組成・性状】の欄
に,1カプセル中にジドブジン100mgを含有することが記載され,ジドブジン
がHIV感染症の併用治療における有効成分であることは明らかである。
     ここで,本件出願に係るジドブジン・ラミブジン合剤であるコンビビル
錠の添付文書(甲14)をみると,【効能・効果】の欄には,HIV感染症と記載
され,【薬物動態】の項目1.は,その見出しが「本剤の単独投与もしくはジドブ
ジン製剤とラミブジン製剤併用投与での成績」と記載されており,同箇所において
<日本人における成績>の結果は,ジドブジン製剤とラミブジン製剤の単剤併用の
場合の結果のみが記載され,その内容は,ラミブジン製剤である上記エピビル錠の
添付文書に記載されたものと全く同一の内容のものである。そして,それに引き続
く<外国人における成績>の(1)には,生物学的同等性という見出しの下に,ジ
ドブジン300mg及びラミブジン150mgを含有する配合剤を1錠投与した場
合と,ジドブジン製剤(ジドブジン300mgを含有する製剤)1錠及びラミブジ
ン製剤(ラミブジン150mgを含有する製剤)1錠を投与した場合の生物学的同
等性を評価した結果,両者の間に生物学的同等性が示されたことが記載されてい
る。すなわち,ジドブジンとラミブジンをHIV感染症の併用治療に用いる場合,
それぞれを単剤とするか,両方の有効成分を同時に配合した合剤とするかは,いわ
ば製剤上の相違であり,両者は生物学的に同等なものであって,両者間で有効成
分,効能・効果に差異があるとはいえないものである。
     このことは,本件明細書(甲2添付資料1)の記載からも明らかであ
る。すなわち,本件明細書には「これらの組合せの個々の成分は,分離した,また
は結合した,薬剤処方物で,逐次投与,または,同時投与され得る。」(9頁右欄
45~47行目)と記載されており,この記載からも,ラミブジンを他の有効成分
(治療活性剤)と組み合わせて投与するための剤型として,それぞれを単剤とする
か,あるいは単一の配合剤とするかは適宜の事項であることが分かる。HIV感染
症の治療においては,薬剤の中途半端な飲み方をすると,薬剤の血中濃度が上がら
ず,抑え続けていたウィルスが活発に増殖を始めてしまうので,正しく処方された
抗ウィルス剤を正しく服用することが特に重要であり(乙4),そのような背景の
下にコンビビル錠の有用性について,平成11年4月26日付けの審査報告書(甲
2添付資料4)には,「本剤は,従来の単剤では1日8錠内服すべき薬剤が2錠で
すみ,抗HIV治療における服薬遵守は格段に改善される点に有用性が認められる
と考えられることから,本剤を承認して差し支えないと判断した。」と記載されて
いるものであり,その有用性は,いわゆる剤型変更として把握し得る程度のもので
ある。
   イ この点について,原告は,承認の対象となった「物」は,当該処分に係
る医薬品製造承認書の有効成分の欄により特定すべきであって,それ以外の欄に記
載された事項により当該処分の対象となった物を特定すべきではないと主張してい
る。
     しかしながら,特許法68条の2の規定にいう「物」に該当するのが,
薬事法14条1項に規定する承認の対象となる,有効成分によって特定される医薬
品であるとはいうことができても,その有効成分が当該処分に係る医薬品製造承認
書の有効成分の欄に記載されているものに限られるとは必ずしもいうことができ
ず,例外的には,それ以外の欄に記載された成分をも当該処分の対象となった医薬
品を特定する有効成分に含めるべき場合があるというべきである。
     そして,ラミブジンと併用すべきジドブジンがHIV感染症の併用療法
における有効成分の一つであることは,既に説明したとおりである。また,「医薬
品エピビル錠の承認及び薬価収載について」(甲3)によれば,ラミブジン製剤で
あるエピビル錠の【用法・用量】の欄には,「通常,成人にはジドブジンに併用し
て,ラミブジンとして1回150mgを1日2回投与する。」と記載され,【効
能・効果】の欄には,「下記疾患におけるジドブジンとの併用療法 ・後天性免疫
不全症候群(エイズ)・・・」と記載され,さらに,ジドブジンは既承認の抗HI
V薬として昭和62(1987)年9月に製造承認されたものであることが記載さ
れている(この既承認においては,当然のことながらジドブジンは当該処分に係る
医薬製造承認書の有効成分の欄に記載された有効成分である。)。
     そうすると,このエピビル錠は,既に承認されているジドブジン単剤と
併用するものとして承認されたものであることが明らかであるから,先の承認は実
質的には今回の承認において【有効成分】の欄に記載されているラミブジンと【用
法・用量】あるいは【効能・効果】の欄に記載されているジドブジンの両方を有効
成分とするものに対する承認であるということができる。
     薬事法では,ある化合物のナトリウム塩を有効成分として医薬品の承認
がされている場合,そのカリウム塩を有効成分とするときには,別途承認を受ける
ことが必要となるが,存続期間の延長制度に係る特許庁の審査基準においては,医
薬品の承認を受けた「物」は,その物と実質的に同一の物も包含するものとされて
おり,例として,ある化合物のナトリウム塩が承認されている場合は,その化合物
のカリウム塩も実質的に同一のものと扱うことを規定している。このことからみて
も,存続期間の延長制度における「物(有効成分)」が単に当該処分に係る医薬品
製造承認の有効成分の欄に記載されたものだけで形式的に特定すべきものではない
ということができる。
ウ原告は,また,先の承認の対象となったエピビル錠と本件出願に係るコ
ンビビル錠とが,存続期間の延長制度における「物」としてみたときに,実質的に
同じ物ではないことは,先の承認を受けたことによって本件出願に係る特許発明を
実施することができなかったことからも明らかであるとも主張する。
     しかしながら,厚生大臣による医薬品の製造承認は「品目」単位でされ
ることが必要なものであり,一方,存続期間の延長制度においては「物」と「用
途」で特定する範囲で特許発明の実施ができるか否かを判断するのであるから,品
目単位で承認される医薬品の製造を実施することができなかったからといって,先
の承認において処分の対象となった「物」と本件出願に係る「物」とが,存続期間
の延長制度において,実質的に同じ物ではないことを意味することにはならない。
(3) 審決の特許制度における国際調和違反について
    原告は,欧州における特許権の存続期間の延長制度が,延長が認められる
要件や認められた場合の効果が我が国のその延長制度と極めて類似しているとの前
提の下に,本件出願に対応する延長登録が欧州において認められていることから,
我が国においても本件出願に係る延長登録が認められるべきであり,これと結論を
異にする審決は特許制度の国際的調和に逆行するものであって,取り消されるべき
であると主張する。
    しかしながら,特許権の設定登録と同様,その存続期間の延長制度も各国
がそれぞれの制度の下で要件を判断し,その結果が他国の判断に影響を与えるもの
ではない。しかも,日本,欧州及び米国の存続期間の延長制度は,類似している点
もあるが,大きく異なる点もある。
    すなわち,日本においては,ある有効成分について複数の特許権がある
(例えば,その有効成分についての「物質発明」,「医薬用途発明」,「物質の製
造方法の発明」及び「製剤発明」)ときに,その有効成分,効能・効果についての
最初の承認処分に基づいて,それぞれの特許権をすべて延長することができ,その
延長回数についても,例えば,「物質発明」,「物質の製造方法の発明」につい
て,その用途が異なる度に,その有効成分・効能効果についての最初の承認処分に
基づいて何度でも延長することができるが,一方,SPC規則3条(c)項及び(d)
項(甲5)においても,米国特許法第156条(a)(2)及び(c)(4)(乙5)におい
ても,特許権の存続期間の延長は,ある有効成分について,一つの特許権を1回延
長できるだけである。存続期間の延長制度といっても,我が国と欧州,米国とで
は,このような基本的なところが大きく相違するものであって,原告の主張はその
前提においても失当である。
2 取消事由2(特許法67条の3第1項4号該当性の判断の誤り)について
(1) 本件審判の審理手続における手続違背について
ア 存続期間の延長制度の趣旨は上記1(1)で述べたとおりのものであって,
その延長の対象となる特許権は各国それぞれにおいて設定されるものであり,その
実施に対する法規制も各国それぞれにおいて定められるものであるから,特許発明
を実施するため薬事法14条1項に規定するような医薬品に係る製造等の承認を受
ける必要があったというためには,各国ごとにその承認申請をした上,承認を受け
ることが必要であることはいうまでもない。したがって,我が国において医薬品を
製造するためには,厚生大臣に対してその承認申請をすることが必要であり,米国
で医薬品の製造をするためには,米国の担当官庁であるFDAに対してその承認申
請をする必要がある。そして,我が国の特許権の存続期間は,我が国において実施
しようとしてもできなかった期間,すなわち厚生大臣による承認を得るために実施
できなかった期間について延長されることになる。
     そうであれば,米国のFDAに対して医薬品製造の承認申請を行ったこ
とは,米国において医薬品を製造することを意図していることを示すものである
が,我が国における医薬品の製造を意図したもの,すなわち,我が国において特許
発明を実施しようとしていたことを示すものではない。しかしながら,医薬品が対
象とする疾患の種類によっては,我が国において医薬品の製造を意図しても,国内
だけでは十分な症例について治験を行うことが困難であるなどの理由により,治験
を外国で行わざるを得ないことは十分に有り得ることであり,そのような場合に特
許発明を実施できなかった期間を我が国における治験期間のみとすることは必ずし
も合理的とはいえない。一方,外国での承認のための治験の開始時期を始期として
単純に我が国において特許発明が実施できなかった期間を算定した場合には,当初
は我が国における特許発明の実施を意図してないために承認申請手続を行わず,そ
の後状況の変化により我が国においてその実施をすることを決めて承認申請手続を
始めたときには,特許発明を実施できなかった期間が不当に長期間となる。
     以上の事情を考慮すると,我が国での医薬品の製造承認申請に外国にお
ける治験の結果等を使用した場合には,そもそもその外国における治験が我が国で
承認を得ることを目的としていたものであることが必要であるということができ
る。そして,そのためには外国で承認申請をした者が我が国で承認申請をした者と
同一であるか,あるいはその意思を受けて治験を行ったものであって,その後遅滞
なく我が国における承認申請を行ったものであることが必要となる。言い換えれ
ば,外国での治験及び承認は我が国における承認を得るための手続の一部として我
が国における手続と継続性を有するものである必要がある。
   イ そこで,本件査定における理由及び審決の理由(2)をみると,前者は
GLAXOWELLCOMEINC.(グラクソ・ウエルカム社)からFDAに提出された治療計画
書が我が国において承認を受ける目的でされたものであることが明らかでない点を
指摘しており,後者はGLAXOWELLCOMEINC.によるFDAへの治療計画書の提出と我
が国での製造承認申請手続が一連の継続的なものであることが明らかでない点を指
摘している。すなわち,いずれの場合も,上記のFDAへの治療計画書の提出が我
が国での製造承認申請手続に継続性をもって結びつくものであることが明らかでな
いことを問題としており,その結果として特許発明が実施できなかった期間が明ら
かでないため,特許法67条の3第1項4号に違反していると認定判断したもので
あるから,両者の拒絶理由が異なるとする原告の主張は失当である。
(2) 今回の承認に関し米国での治験計画届出書の提出日から我が国での製造承
認の日までの間,必要な手続が引き続いてされていたことについて
    原告は,米国での製造承認の日から医薬審第1015号通達(甲2添付資
料5)の通達日までの期間(約13か月間)においては,米国において実施された
臨床試験データに基づいて,我が国において製造承認申請ができないかどうか調
査・検討がされていたから,この期間全般にわたって今回の承認に関連して必要な
手続が引き続いてされていたということができると主張する。
    しかしながら,米国において治験計画書が提出された平成8年(1996
年)7月30日時点で有効な厚生省薬務局長通知(昭和60年6月29日,薬発第
660号。甲11。なお,この通知は平成10年8月11日付けの厚生省医薬安全
局長通知(医薬発第739号)(甲12)により廃止されるまで有効。)は,外国
で実施された医薬品等の臨床試験データの取扱いについて,その「第一 医薬品に
ついて」の項において,「外国で実施された臨床試験データ(・・・)は,第三の
各項に適合する場合は審査資料として受け入れることとする。」としながらも,そ
のただし書において,「吸収・分布・代謝・排泄に関する試験,投与量設定に関す
る試験及び比較臨床試験については,原則として国内で実施された臨床試験データ
が必要である。」と記載されているところ,本件についてそのような試験が米国で
の治験計画書の提出後,並行してされていたことを示す証拠はない。一方,このよ
うな要件を緩和した「HIV感染症治療薬の製造または輸入承認申請の取り扱いに
ついて」という医薬審第1015号(甲2添付資料5)が通達されたのは平成10
年11月12日であり,本件出願の審査・審判段階において実際に提出された資料
の内容からみても,我が国において製造承認申請をすることについて具体的に検討
されたことが推認されるのは,この日以降と考えるのが合理的である。
    このような状況を考えると,本件において,原告が米国での治験計画書の
提出時に我が国での承認申請を企図していたものと認めることはできない。したが
って,米国での製造承認の日である平成9年9月26日以降,この通達が発出され
た平成10年11月12日までの間の期間全般にわたって,今回の承認に関連して
必要な手続が引き続きされていたとはいえず,原告の主張は失当である。
    なお付言すれば,上記の推認可能な日である平成10年11月12日から
我が国において厚生大臣による製造の承認がされた日である平成11年6月11日
までの期間は2年未満であるので,この期間は延長の対象とはなり得ない(特許法
第67条の3第1項3号)ものである。
第5 当裁判所の判断
1取消事由1(特許法67条の3第1項1号該当性の判断の誤り)について
 (1) 特許権の存続期間の延長制度と特許法67条の3第1項1号の規定の趣旨
について
 ア医薬品,農薬などの一部の技術分野では,特許発明の実施において安全
性の確保等の見地から法律の規定による許可等の処分を得る必要があるとされてい
るところ,当該処分を的確に行うために所要の手続が定められていて,当該処分を
得るまでに相当の期間を要するときには,その間はたとえ特許権が存続していても
その権利の独占的実施による利益を得ることができない結果,特許権者は,このよ
うな法規制がなければ特許発明の実施をすることができたにもかかわらず,その処
分を受ける必要があったためその実施が不可避的に相当期間妨げられることにな
る。特許法67条2項は,このような事態は特許権の存続期間の趣旨に照らし不都
合であるとの見地から,「特許権の存続期間は,その特許発明の実施について安全
性の確保等を目的とする法律の規定による許可その他の処分であって当該処分の目
的,手続等からみて当該処分を的確に行うには相当の期間を要するものとして政令
で定めるものを受けることが必要であるために,その特許発明の実施をすることが
二年以上できなかったときは,五年を限度として,延長登録の出願により延長する
ことができる。」と規定し,上記規定の要件を満たす場合に,5年を限度として,
延長登録を認めることによって,特許権者が受ける不利益の救済を図っている。
上記規定を受けて,特許法施行令1条の3は,特許法67条2項の政令
で定める処分として,薬事法14条1項に規定する医薬品に係る同項(同法23条
において準用する場合を含む。)の承認等を列挙しているところ,本件において問
題となる薬事法14条についてみると,同条1項は,「厚生大臣は,医薬品(厚生
大臣が基準を定めて指定する医薬品を除く。)・・・につき,これを製造しようと
する者から申請があったときは,品目ごとにその製造についての承認を与える。」
と規定し,同条2項は,「前項の承認は,申請に係る医薬品・・・の名称,成分,
分量,構造,用法,用量,使用方法,効能,効果,性能,副作用等を審査して行う
ものとし,次の各号のいずれかに該当するときは,その承認は,与えない。」と規
定している。
イ延長登録出願の拒絶の要件を定めた特許法67条の3第1項は,「その
特許発明の実施に第67条第2項〔存続期間の延長〕の政令で定める処分を受ける
ことが必要であったとは認められないとき。」(1号)には同出願を拒絶すべき旨
定めているところ,特許法67条2項の政令で定める処分を受けることにより製造
等の禁止が解除される範囲と延長登録出願の対象である特許発明の範囲とが重複し
ている部分がなければ,特許発明の実施に当該処分を受けることが必要であったと
は認めらないことはいうまでもない。
     ところで,存続期間が延長された場合の特許権の効力について規定した
特許法68条の2は,「特許権の存続期間が延長された場合・・・の当該特許権の
効力は,その延長登録の理由となった第67条第2項〔存続期間の延長〕の政令で
定める処分の対象となった物(その処分においてその物の使用される特定の用途が
定められている場合にあっては,当該用途に使用されるその物)についての当該特
許発明の実施以外の行為には,及ばない。」と規定している。存続期間の延長制度
の趣旨及びその文言に照らせば,この規定は,政令の定める処分の対象となる範囲
と関係のない部分については期間延長後の特許権の効力が及ばないとすることが必
要であるが,一方において,上記アの薬事法14条の規定のように,医薬品につい
て,その成分,効能・効果に加え,名称,用法,用量,使用方法等を特定した品目
ごとに製造承認等を受ける必要があるとされているときに,当該製造承認等が得ら
れた品目についてのみに期間延長後の特許権の効力が及ぶとするのは,特許権者の
権利の実効性の確保という観点からは問題があることから,その双方の観点を考慮
の上,期間延長後の特許権の効力は,当該品目に限定されず,成分により特定され
る「物」及び効能,効果により特定される「用途」について特許発明を実施する場
合全般に効力が及ぶものとし,それ以外には効力が及ばないとしたものであると解
される。
このような特許法68条の2の規定の趣旨からすれば,政令で定める処
分によって同法67条の3第1項1号にいう「特許発明の実施」ができるようにな
ったか否かについても,政令で定める処分において具体的に対象となった,成分,
効能・効果のほか,使用形態,使用方法,使用量等で特定される具体的な品目では
なく,当該処分の対象となった成分により特定される「物」と当外処分で定められ
た「用途」(薬事法14条1項の承認においては効能・効果により特定される。)
によって画される範囲のものを基準として判断するのが相当であると考えられる。
なぜなら,一方で,期間延長後の特許権の効力が政令で定める処分の対象となった
具体的な品目に限定されず,当該処分の対象となった「物」と当該処分で定められ
た「用途」で画される範囲全般に及ぶとしながら,他方で,政令で定める処分によ
って「特許発明の実施」ができるようになったか否かを当該処分の対象となった具
体的な品目を基準に判断するということになれば,特許権者に政令で定める処分を
受ける必要があったため被った不利益の救済以上のものを与えることになり,ま
た,特許権者側は特許発明を実施するため具体的品目ごとに特許法67条2項の政
令に定める処分を受けることにより,その都度延長登録を受けることができ,その
結果,延長される期間が不当に長くなるおそれが大きくなるからである。
そうすると,成分,効能・効果に加え,使用形態,使用方法,使用量等
で具体的に特定される具体的な品目についてその製造等の禁止を解除する政令で定
める処分がされている場合には,当該処分の対象である成分により特定される
「物」と当該処分で定められた「用途」によって画される範囲において特許発明が
実施できるようになっているというべきであるから,その物の使用の形態等に変更
があるため,重ねて同様の処分を受けることが必要であるとされていても,「特許
発明の実施に特許法第67条第2項〔存続期間の延長〕の政令で定める処分を受け
ることが必要であった」と認めることはできないと解するのが相当である。
     以下,上記の観点に立って,本件出願が特許法67条の3第1項1号に
該当するか否かについて判断することとする。
(2) 今回の承認とコンビビル錠に関する本件出願に係る特許発明との関係につ
いて
   ア 証拠(甲2,同添付資料1ないし6,甲3,18)及び弁論の全趣旨に
よれば,次の事実が認められる。
    (ア) 本件特許の通常実施権者であるグラクソ・ウエルカム株式会社(当
時の商号・日本グラクソ株式会社,平成11年7月1日に日本ウエルカム株式会社
を吸収合併し,現商号に変更。)は,平成11年3月24日付けで,厚生大臣に対
し,販売名をコンビビル錠とし,有効成分をジドブジン及びラミブジン,効能又は
効果をHIV感染症とする医薬品について製造の承認申請をし,厚生大臣より,同
年6月11日付けで,薬事法14条1項により,上記医薬品を申請のとおり承認す
る旨の処分(今回の承認)を受けた。
    (イ) 上記医薬品の有効成分であるラミブジンは,本件特許の請求項1に
記載の化合物のうち,式(Ⅰ)のR1,R3及びR4が水素原子で,かつZがSであ
る化合物であり,同請求項5ないし7に記載されたシス-2-ヒドロキシメチル-
5-(シトシン-1’-イル)-1,3-オキサチオランである。また,同請求項
12には,ラミブジンを他の活性成分と組み合わせて抗ウイルス用医薬組成物とす
ることが記載され,本件明細書(甲2添付資料1)には,この組合せに使用するの
に好ましい治療薬として,一般にAZTと呼ばれる3’-アジド-2’,3’-ジ
デオキシチミジン(注,「3’-アジド-3’-ジデオキシチミジン」の誤記と認
める。)等の「ヌクレオシド類似体」が挙げられている(2頁4欄29~31目
行,9頁18欄27~28行目)。上記のAZTはジドブジンの通称である。
    (ウ) ジドブジンは,日本ウエルカム株式会社が昭和62年9月に抗HI
V薬として厚生大臣より製造の承認を受けている医薬品である。なお,日本ウエル
カム株式会社は,その後平成11年7月1日に上記のグラクソ・ウエルカム株式会
社に吸収合併された。
イ 上記認定の事実によれば,今回の承認により製造等の禁止が解除される
範囲と本件出願の対象であるコンビビル錠に関する本件特許発明(本件特許の請求
項12記載の,ラミブジンを他の活性成分として好適なものとして本件明細書に列
挙されているジブドミンと組み合わせて使用することを含む,抗ウイルス用医薬組
成物)とは重複していると認められる。
 (3)先の承認により本件出願に係るコンビビル錠に関する特許発明が実施でき
るようになっていたか否かについて
    上記(1)で検討したところによれば,先の承認の対象となった「物」と当該
処分で定められた「用途」によって画される範囲において本件出願の対象であるコ
ンビビル錠に関する特許発明が実施できるようになっていると解される場合には,
その物の剤形等に変更があるため,重ねて同様の処分を受けることが必要であると
されていても,「特許発明の実施に特許法第67条第2項〔存続期間の延長〕の政
令で定める処分を受けることが必要であった」とは認められないというべきであ
る。そこで,先の承認により本件出願に係る特許発明が実施できるようになってい
たか否かを検討する。
   ア 証拠(甲3,乙2,3)によれば,グラクソ・ウエルカム株式会社に合
併される前の日本ウエルカム株式会社は,販売名を「エピビル錠」とし,有効成分
の一般名称をラミブジン,成分・分量を「1錠中にラミブジン150mgを含有す
る」,用法・用量を「通常,成人にはジドブジンに併用して,ラミブジンとして1
回150mgを1日2回投与する。なお,年齢,体重,症状により適宜増減す
る。」,効能・効果を「下記疾患におけるジドブジンとの併用療法 ・後天性免疫
不全症候群(エイズ) ・治療前のCD4リンパ球数500/mm3
以下の症候性及
び無症候性HIV感染症」とする医薬品(製造業者名・Glaxo Wellco
me Operations)について,厚生大臣に対し製造の承認申請をし,平
成9年2月14日付けでその承認を得たこと,エピビル錠(ラミブジンの単剤)の
添付文書(乙2)において,【効能・効果】の欄にはHIV感染症における他の抗
HIV薬との併用療法,【薬物動態】の項には,ラミブジン150mg1日2回に
上記他の抗HIV薬として,ジドブジン100mg1日4回を併用した場合の<日
本人における成績>が記載され,さらに【臨床成績】の項においても,<国内にお
いて実施された臨床試験の成績>及び<海外において実施された臨床試験の成績>
のいずれにおいても,ラミブジンの単剤とジドブジンの単剤とを併用投与した結果
が記載されていること,なお,併用するとされるジドブジンの単剤であるレトロビ
ルカプセルの添付文書(乙3)において,【効能・効果】の欄にはHIV感染症
と,【組成・性状】の欄には,1カプセル中にジドブジン100mgを含有するこ
とが記載されていることが認められる。
イまた,本件明細書(甲2添付資料1)には,「本発明の化合物は,他の
治療薬(例えば,他の抗感染剤)と共に用いることもできる。特に,本発明の化合
物は,公知の抗ウィルス剤と共に用い得る。このように,本発明は,別の局面にお
いて,他の治療活性剤(特に,抗ウィルス剤)と式(Ⅰ)の化合物,または生理的
に許容可能なそれらの誘導体との組合せを提供する。上記のように定義された組合
せは,薬物処方物の形態で使用するために提供されることが好ましく,上述のよう
に定義された薬学的に許容可能な担体との組合せは,従って,本発明の別の局面で
ある。このような組合せに使用するための好ましい治療薬は,・・・3’-アジド
-2’,3’-ジデオキシチミジン(注,「3’-アジド-3’-ジデオキシチミ
ジン」の誤記と認める。)・・・などのヌクレオシド類似体・・・を包含する。こ
れらの組合せの個々の成分は,分離した,または結合した,薬剤処方物で,逐次投
与,または同時投与され得る。」(9頁18欄11~47行目)と記載されいる。
この記載によれば,ラブジミンとジドブジンの各成分を投与するための剤型とし
て,それぞれを単剤とするか,あるいは単一の配合剤とするかは当業者において適
宜選択ができる事項であることが明らかである。
   ウ さらに,コンビビル錠の添付文書(甲14)において,その【効能・効
果】の欄には「HIV感染症」と記載され,【薬物動態】の項目1.には,その見
出しが「本剤の単独投与もしくはジドブジン製剤とラミブジン製剤併用投与での成
績」と記載されており,<日本人における成績>の結果については,ジドブジン製
剤とラミブジン製剤の単剤併用の場合の結果のみが記載され,その内容は,ラミブ
ジン製剤である上記エピビル錠の添付文書に記載されたものと全く同一の内容のも
のである。そして,それに引き続く<外国人における成績>の(1)には,生物学的同
等性という見出しの下に,ジドブジン300mg及びラミブジン150mgを含有
する配合剤を1錠投与した場合と,ジドブジン製剤(ジドブジン300mgを含有
する製剤)1錠及びラミブジン製剤(ラミブジン150mgを含有する製剤)1錠
を投与した場合の生物学的同等性を評価した結果,両者の間に生物学的同等性が示
されたことが記載されていることが認められる。加えて,今回の承認の手続過程で
作成された平成11年4月26日付けの審査報告書(甲2添付資料4)には,「本
剤は,従来の単剤では1日8錠内服すべき薬剤が2錠ですみ,抗HIV治療におけ
る服薬遵守は格段に改善される点に有用性が認められると考えられることから,本
剤を承認して差し支えないと判断した。」と記載されている。これらの記載は,ジ
ドブジンとラミブジンをHIV感染症の併用治療に用いる場合,それぞれを単剤と
して併用するか,両方の有効成分を同時に配合した合剤として用いるかは,いわば
製剤上の相違にすぎず,両者は生物学的に同等なものであって,そのような剤形の
違いによって効能・効果には差異がないことを裏付けるものである。
エ上記各事実を総合すれば,エピビル錠は,有効成分であるラミブジンを
既に昭和62年9月に厚生大臣により製造承認されているジドブジン単剤と併用
し,上記のHIV感染症等の治療薬として用いるものとして厚生大臣により製造の
承認(先の承認)がされたものであることが明らかであるから,先の承認は,実質
的には,今回の承認に係る医薬品製造承認書の有効成分の欄に記載されているラミ
ブジンと既に先の承認により製造承認を受けているエピビル錠の有効成分であるジ
ドブジンの両方を有効成分とする抗ウィルス用医薬組成物の製造承認と同一視でき
るものというべきである。
     この点に関し,原告は,特許法68条の2の「処分の対象となった物」
は,当該承認(処分)に係る医薬品製造承認書の有効成分の欄により特定すべきで
あって,それ以外の欄に記載された事項により「処分の対象となった物」を特定す
べきではないと主張する。
しかしながら,同規定にいう「処分の対象となった物」に該当するもの
は,薬事法14条1項に係る処分の場合,その対象となる有効成分によって特定さ
れる医薬品であり,その有効成分は当該処分に係る医薬品製造承認書の「有効成分
の欄」に記載されているのが原則であるが,効能・効果の欄に記載された成分も例
外的に「処分の対象となった物」を特定するための有効成分に含まれる場合がある
というべきである。そして,先の承認におけるように,他の医薬品との併用を必須
の前提とし,その併用により一定の効能・効果を有することを前提に製造承認がさ
れている場合であって,当該他の医薬品が先に単剤として製造承認を得ていること
などから,併用すべき医薬品として効能・効果の欄に記載されているにとどまると
きも,当該他の医薬品の有効成分が,例外的に,上記医薬品製造承認書の有効成分
の欄に記載の有効成分と一体をなすものとして,「処分の対象となった物」を特定
するための有効成分に含まれるとすべきである。
     なお,原告は,承認(処分)の対象は,当該処分に係る医薬品製造承認
書の有効成分の欄に記載されたものに限られるとの主張を裏付けるものとして,
「詳説 改善多項制・特許権の存続期間の延長制度」(社団法人発明協会発行,平
山孝二ら著。甲4)を提出しているところ,同文献には「(ⅱ) 処分の対象とな
った物 処分の対象となった物の名称等,その物を特定するのに必要な事項を記載
する。医薬品・・・ではその有効成分の一般的名称,化学名及び化学構造式を記載
する。① 一般的名称 医薬品の場合は,承認書の『一般的名称』の欄に記載され
たものを,・・・そのまま転記する。」(179頁下から7行目~180頁3行
目)という記載があるが,上記記載は,典型的な事例について記載事項を分かりや
すく説明したものであって,この記載をもって,本件の場合も同様に考えるべきも
のとするのは相当でない。
     原告の上記主張は採用することができない。
オそうすると,原告は,今回の承認を待つまでもなく,先の承認により本
件特許の請求項12に係る上記発明を実施することができたというべきであり,ラ
ミブジンとジブドミンの両方の有効成分の併用という形態を,その両者を組み合わ
せた錠剤にするため,すなわち剤形の変更のため,改めて薬事法14条1項の製造
承認を受ける必要があったからといって,「特許発明の実施に特許法第67条第2
項〔存続期間の延長〕の政令で定める処分を受けることが必要であった」と認める
ことはできない。
   原告は,先の承認の対象となったエピビル錠と本件出願に係るコンビビ
ル錠とが,存続期間の延長制度における「物」としてみたときに,実質的に同じ物
ではないことは,先の承認を受けたことによって本件出願に係る本件特許発明を実
施することができなかったことからも明らかであると主張するが,上記に説示した
ところと異なる見解に立つものであって,採用の限りでない。
(4) 原告は,欧州における存続期間の延長制度が,我が国のそれと延長が認め
られる要件や認められた場合の効果が極めて類似しているとの前提の下に,本件出
願に対応する延長登録が欧州において認められていることから,我が国においても
本件出願の延長登録は認められるべきであり,これと結論を異にする審決は特許制
度の国際的調和に逆行するものであって,取り消されるべきであると主張する。
    しかしながら,特許権の存続期間の延長制度及び延長後の特許権の効力に
関して定めたSPC規則(甲5)の各規定の内容が,我が国の特許法67条の3,
68条の2の各規定の内容と類似している部分があることは原告主張のとおりであ
るが,そもそも,延長登録を認めるべきか否かは,特許権の設定登録を認めるべき
か否かと同様,各国の所管行政庁,不服争訟機関がそれぞれの法律制度の下におい
て解釈判断すべきものであり,外国等の法律の解釈判断が直ちに我が国の法律の解
釈判断に影響を及ぼすと解すべき根拠はなく,両者の間に延長登録が認められる範
囲についていくらかの相違があったとしても,これをもって特許制度の国際的調和
に逆行するとまでいうことはできない。
(5) 以上のとおりであるから,本件出願は,「その特許発明の実施に特許法第
67条第2項の政令で定める処分を受けることが必要であった」ということはでき
ず,特許法67条の3第1項1号に該当するというべきである。
 2 以上の次第で,本件出願が特許法67条の3第1項1号に該当するとした審
決の判断の誤りをいう原告の取消事由1の主張は理由がないから,本件出願が同項
4号に該当するとした審決に原告主張の瑕疵があるか否かを判断するまでもなく,
原告主張の取消事由は理由がなく,他に審決を取り消すべき瑕疵は見当たらない。
   よって,原告の請求は理由がないからこれを棄却することとし,主文のとお
り判決する。
  知的財産高等裁判所第1部
  裁判長裁判官    篠  原  勝  美
 裁判官      青  栁     馨
       裁判官   宍  戸     充

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