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裁判例


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       主   文
1 原告らの請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告らの負担とする。
       事実及び理由
第1 請求
 被告らは,名古屋市に対して,連帯して金56億9239万2244円及びこれ
に対する平成9年7月29日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2 事案の概要
 本件は,名古屋市の住民である原告らが,同市が一般廃棄物最終処分場建設用地
として購入した土地の売買契約が無効であり,その購入代金の支出(以下「本件支
出」という。)も違法であるとして,同市に代位して,地方自治法(平成11年法
律第87号による改正前のもの。以下「法」という。)242条の2第1項4号前
段に基づき,売買契約を締結した名古屋市長,購入代金の支出を行った当時の収入
役に対して不法行為に基づく損害賠償請求を,同号後段に基づき,契約の相手方で
ある被告名古屋市土地開発公社(以下「被告公社」という。)に対して,不法行為
に基づく損害賠償請求及び不当利得返還請求として受領した代金相当額の支払を求
めた住民訴訟である。
1 争いのない事実等
(1) 当事者
ア 原告らはいずれも名古屋市の住民である。
イ 被告Aは平成9年4月28日以降名古屋市長に地位にある者,被告Bは同年7
月28日当時名古屋市収入役の地位にあった者である。
 被告公社は,公共用地,公用地等の取得,管理及び処分等を行うことにより,地
域の秩序ある整備と市民の福祉の増進に寄与することを目的として,公有地の拡大
の推進に関する法律第10条以下の規定に基づき,名古屋市により設立された公社
である。
(2) 名古屋市による土地の購入
ア 名古屋市は,名古屋港西1区に一般廃棄物最終処分場を建設するため,被告公
社に対し,平成5年6月14日,昭和60年4月1日付け「事業用地の取得に関す
る協定書」(以下「協定書」という。)2条に基づき,白川不動産株式会社(以下
「白川不動産」という。)の所有名義となっていた別紙物件目録1ないし12記載
の土地(以下これらの土地全部を「本件土地」という。なお,同目録1ないし9の
土地は昭和36年11月28日千鳥684番の土地が分筆された土地であり,以
下,分筆の前の土地及び分筆後の土地全部を千鳥684番の土地という。同目録1
0ないし12の土地は前同日千鳥685番の土地が分筆された土地であり,以下,
分筆の前の土地及び分筆後の土地全部を千鳥685番の
土地という。)を取得することを要請し,被告公社は,平成5年7月8日,白川不
動産との間で,本件土地を47億0944万4000円(1平方メートル当たり4
000円)で売買するとの契約を締結し,白川不動産に対し,上記代金額を同月3
0日に支払って本件土地を取得し,その所有権移転登記を経由した(丙1,2,丁
2の1ないし12,丁9,弁論の全趣旨)。
イ 名古屋市と被告公社は,平成9年6月6日,名古屋市議会の議決を条件として
名古屋市が被告公社から本件土地を56億9239万2244円で購入する旨の土
地売買契約を締結し,その後,名古屋市議会の同意が得られたことにより,同年7
月7日,効力が発生した(以下「本件契約」という。)。名古屋市は,本件土地の
所有権移転登記を受けた後の同月28日,上記代金全額を被告公社に支払った(丁
1,弁論の全趣旨)。
 上記代金額は,協定書9条,事業用地の取得に関する実施協定書3条,4条の規
定に従って算定されたものであり,その内訳は次のとおりである。
(ア) 当該事業用地等の取得に要した用地費及び補償費
47億0944万4000円
(イ) (ア)に付帯する業務に要した費用(収入印紙代)
40万円
(ウ) 当該事業用地等の取得に要した事務費相当額
4709万9440円
(エ) (ア)ないし(ウ)の費用に有利子の資金が充てられたことによる資金経
費の額
9億3545万3804円
(3) 名古屋港西1区埋立事業の概要について
ア 名古屋港西1区埋立事業は,名古屋港港湾計画に定める西1区,すなわち名古
屋市港区藤前二丁目及び三丁目地先の土地(46.5ヘクタール)において,名古
屋市及び名古屋港管理組合が共同で廃棄物による公有水面の埋立事業を行おうとし
たものである(丁11,12)。同事業により設置する廃棄物最終処分場は,埋立
面積46.5ヘクタール,埋立容量400万立方メートル(内訳は一般廃棄物27
2万立方メートル,しゅんせつ土砂52万立方メートル等)の規模であり,主に名
古屋市内で,市民の日常生活から排出される一般廃棄物のうち,不燃ごみ,焼却灰
などを埋立処分するというものであった。
イ 名古屋市においては,昭和40年代ころ以降,廃棄物最終処分場の用地確保が
喫緊の行政課題とされ,愛岐処分場(岐阜県多治見市)を始め,いくつかの廃棄物
最終処分場が確保されてきたが(丁13,14),それらの処分場だけでは,名古
屋市の
将来のごみ需要に対応するには十分ではないとして,新たな廃棄物最終処分場の選
定確保が検討されることとなった。そうした中,昭和51年5月に,関係職員で構
成する名古屋市廃棄物対策研究会から名古屋港西1区を廃棄物最終処分場とするこ
とについての提言がなされた。それを受けて,名古屋市は,昭和51年度から西1
区処分場建設準備調査を開始し,昭和53年度に深浅調査を,昭和54年度には環
境調査を行った。そして,昭和55年1月に策定した名古屋市基本計画において,
名古屋港西1区を廃棄物の最終処分場とする旨の位置づけを行った。
 名古屋港西1区は,港湾法2条2項に規定する重要港湾である名古屋港の港湾区
域に含まれるので,西1区埋立事業は,同法3条の3第1項に基づく「名古屋港の
港湾計画」に沿って進めることが法的に義務づけられている。港湾計画とは,港湾
法に基づいて,将来(おおむね10年)における港湾の能力(取扱貨物量,港湾利
用者数等)と,それに対応する港湾施設の規模と配置,港湾の環境の整備と保全,
災害防止施設,土地利用等その他の重要な事項を定めるものであり,おおむね10
年ごとに改訂される。名古屋市が,西1区埋立事業を検討していた当時の名古屋港
の港湾計画は,昭和48年に改訂されたものであり,昭和56年ごろが次期改訂期
とされていた。そこで,名古屋市は,同計画の昭和56年の改訂に当たって,名古
屋港西1区が廃棄物処理用地として位置づけられるよう,前記名古屋市基本計画に
基づいて,昭和55年9月に,名古屋港港湾管理者である名古屋港管理組合に名古
屋港港湾計画の変更を申し入れた。同申入れを受けた名古屋港管理組合は,名古屋
港港湾審議会の審議を経た後,環境庁事務次官等を委員とする港湾審議会に対する
諮問及び運輸大臣の承認を経て,昭和56年7月に名古屋港西1区を廃棄物処理用
地に位置づける旨の名古屋港港湾計画の変更を行った(丁11)。
 その後,第6次港湾整備5か年計画が閣議決定され,名古屋港西1区が運輸省の
補助事業として位置づけられ,昭和60年ころから,西1区埋立事業に伴う環境へ
の影響を懸念する意見が現れてきたことから,平成元年3月に,河川への影響に配
慮して,港湾計画において105ヘクタール(以下,「本件事業予定地」という。
別紙1の事業計画図中緑色の実線で囲まれた範囲)とされていた埋立面積を70ヘ
クタール(前同図中紺色の実線
で囲まれた範囲)に縮小し,平成4年3月には,自然環境の保全に配慮して,埋立
面積を更に52ヘクタール(前同図中赤色の実線で囲まれた範囲)にまで縮小し
た。
 以上のような経緯を経て,平成5年7月に被告公社が本件土地の先行取得を行
い,同年12月に前記縮小後の埋立面積52ヘクタールのうち,46.5ヘクター
ル(前回図中赤色の斜線が引かれた範囲)で本件事業を実施することが決定される
に至った。
 なお,本件事業は,本件訴え提起後中止された。
(4) 本件事業予定地の概要(丁2の1ないし12,3ないし6,26)
 本件事業予定地は,国道23号線(名四国道)より南東の名古屋港港湾区域内に
位置し,東に庄内川,新川,西に日光川に挾まれた場所にある。本件土地は,春分
の日・秋分の日の満潮時には海水下に没し,干潮時には地表の一部が海水上に現れ
干潟となる。本件土地を含む上記港湾区域内の土地の平均水深は,0.70ないし
1.40メートルであり,潮位がN・P+0.6メートル以下になると地表の一部
が露出し始める。春分の日・秋分の日の満潮時の水深は,伊勢湾台風後,海岸堤復
旧工事のため土砂を採取した場所を除けば0.82ないし2.15メートルであ
る。
(5) 住民監査請求
 原告らは,平成10年2月25日,法242条1項に基づき,本件契約の締結及
び本件支出が違法であるとして,名古屋市監査委員に対して住民監査請求を行った
が,名古屋市監査委員は,同年4月20日,同監査請求を棄却するとの決定を行
い,そのころこれを原告らに通知した(甲1)。
2 本件の争点
(1) 名古屋市が取得した千鳥684番,同685番の土地は,本件事業予定地
ではなく,それ以外の場所に存する土地か。
(2) 本件土地は,海面下の土地であって,所有権の対象とならない土地であ
り,本件契約は,不能を目的とするものであり無効か。
(3) 本件契約は,売買の目的となる土地の範囲が特定できないものとして無効
か。
(4) 本件契約及び本件支出には,①新たな廃棄物処分場を確保する必要がない
にもかかわらず,不必要な土地を取得するためになされたとの違法及び②廃棄物処
分場に必要な面積以上の土地を取得したとの違法が存するか。
(5) 本件契約の締結過程において,十分な環境アセスメントを行うことは必要
か。また,その不実施は本件契約の違法無効をもたらすか。
(6) 本件契約は,取得後の所有権放棄を目
的とした契約であるか。また,そのような契約を締結することは違法か。
(7) 本件土地の購入価格は妥当か。
(8) 被告らの責任
3 争点についての当事者の主張
(1) 争点(1)(名古屋市が取得した千鳥684番,同685番の土地は,本
件事業予定地ではなく,それ以外の場所に存する土地か。)について
(原告らの主張)
 売買対象とされた千鳥684番,同685番は,本件事業予定地である藤前干潟
の土地ではなく,別の場所の土地である。登記簿上,千鳥684番,同685番は
名古屋市港区南陽町大字藤高新田の字千鳥にあるところ,大字藤高新田は,大字藤
高前新田の北側に位置する部分一帯であり,藤前干潟は大字藤高前新田の南側に位
置している。大字藤高新田の中にある字千鳥の土地が,その部分だけ離れ,大字藤
高前新田を飛び超えてその南側の海の中にあるということはあり得ない。土地宝典
(甲9の2)から明らかなとおり,字千鳥は,大字藤高新田に接した新川の川の中
にあるというべきである。
 そうでないとしても,地籍字分全図(甲14の1ないし5)によれば,千鳥68
4番は現在の藤前五丁目及び同三丁目の西側部分の南側の位置に記載されており
(甲19の1参照),地籍字分全図の記載からすれば,名古屋市は,千鳥685番
の土地と同686番及び同686番の1の土地を購入したことになる。
 したがって,名古屋市が本件契約の目的とした土地は,全く別の場所の土地であ
り,名古屋市は目的土地とは全く別の全く不要な土地を購入したことになるから,
このような土地売買契約は無効である。
(被告ら及び参加人の主張)
 原告らは土地宝典の図面を単に誤読して主張しているにすぎない。すなわち,同
図面によれば,本件土地の地番は新川に当たる部分に記入されているが,これは,
通常の記入方法によれば,同図面の欄外に接続することになる土地の一部を,土地
宝典の作図の便宜上,たまたま新川の部分が書き込むのに都合のよい白地スペース
として空いていた関係で,そこに書き込んだとみるべきである。
 土地宝典や名古屋港西1区全体の見分図(丁20),地籍字分全図と同時期に作
成された土地測量図面(丁21)の記載によれば,藤前二丁目,三丁目の南側に順
に千鳥685番,同684番の土地が存在することは明らかであり,地籍字分全図
に表示された字千鳥684番の土地の形状,同685番の土地との位置関係から,
本件事業予
定地の南端部分の土地が千鳥684番であることは明らかである。地籍字分全図の
地番表示は,誤記である。
(2) 争点(2)(本件土地は,海面下の土地であって,所有権の対象とならな
い土地であり,本件契約は,不能を目的とするものであり無効か。)について
(原告らの主張)
 本件土地は海であり,売買契約の対象とはならない。
 一般に,春分・秋分の満潮時において海面下に没する土地については公有水面と
され,私人の所有権は認められない。本件土地は,年間を通じ満潮時においては常
に水没しており,私人の所有権の対象とはなり得ないものである。したがって,所
有権の存在を前提とした売買契約は成立せず,本件契約は無効である。
 最高裁昭和61年12月16日第三小法廷判決の判示によれば,①過去におい
て,国が海の一定範囲を区画してこれを私人の所有に帰属させたこと,又は②私有
の陸地が自然環境により海没した場合で,当該海没地が人による支配利用が可能で
あり,かつ他の海面と区別しての認識が可能であることのいずれかの要件を満たす
場合は,現状が海没地であっても,所有権の客体性が失われないが,被告及び参加
人も本件土地について①の要件があるとは主張していないし,以下のとおり本件土
地は②の要件も満たしていない。
ア 本件土地が海没地でないこと
 本件土地について残されている地図の記載等を検討してみるに,明治17年ころ
に作成された地籍字分全図においては本件土地は陸地として記載されているもの
の,その作図の仕方は他の陸地の記載とは異なっていて,海岸線の外に海岸線があ
ったり,堤がないにもかかわらず,海岸線が直線に描かれているなどその信用性は
乏しい。他の地図では海として記載されており,本件土地がかつて陸地であったこ
とを推測させる地図は全く存在しない。また,被告らが本件土地がかつて陸地であ
ったことの根拠とする事由は次のとおりいずれも理由がなく,本件土地は現在に至
るまで干潟から陸地になったことはない。
(ア) 江戸時代の状況
 どの文献を見ても,新田開発は藤高前新田を最後に終了しており,それ以降新田
開発は成功していない。本件土地の新田開発が成功していたならば,「~新田」と
なっているはずであり,地図上,このような記載がないことはいまだ開発が完成し
ていないことを示すものである。
(イ) 地券について
 地租改正時における土地の申告は自主申告であったため,新
田開発権者は権利取得のために取りあえず申告を行い,明治政府は申告のあった土
地について自ら測量を行うことなく,人民が行った測量結果をそのまま認めて地券
を発行したにすぎない。本件土地及び字千鳥686番の土地について地券が下付さ
れていたとしても,同地券は荒田に対して発行されており,明治19年から明治2
8年まで鍬下年季が継続される旨の記載があることからすると,少なくとも明治1
9年の時点では同土地が田として未完成であったことを示している。また,同地券
には,地価及び地租の記載もない。
(ウ) 地籍帳について
 本件土地の地目は,「荒田」として記載されているが,これは本件土地が水田と
して米が取れるような状態の田ではないことを示している。
(エ) 起返について
 旧土地台帳に記載されている明治31年の起返は,「荒田」の起返ではなく,
「荒地」の起返をしたものである。したがって,本件土地はその時点においても相
変わらず「荒地」すなわち「干潟」だったものと推定される。
(オ) 登記について 
 本件土地について分筆登記がされた当時,名古屋法務局蟹江出張所では,分筆登
記申請の際に地積測量図の添付は求められていなかった。したがって,分筆登記が
されたからといって,本件地が陸地であると確認されたわけではない。
 本件土地の登記は,現状が海となった現在も抹消されることなく残存しているの
であり,登記があるからといって本件土地が陸地であったことの証明にはならな
い。
イ 本件土地が他の海面と区別しての認識が可能でないこと
 「他の海面と区別しての認識が可能である」といえるためには,単に図面の上だ
けではなく,実際に人が現地に出向いて,見分したときに,他の海面と区別できる
必要がある。本件土地のような干潟については,干潟となっている間のみ認識が可
能というのでは足りず,満潮時等表面が海水で覆われているときにもその認識がで
きることが必要である。しかし,本件土地は,図面上においても形状が次々と変遷
しており,歴史的にみると形状の確定が不可能であり,現状を見分しても,前記の
ような認識ができる状態になく,干潟となっているときも大体の位置は分かるもの
の,潮の干満や川の水量等によって,その境の部分はいつも変化し,変形し,移動
しているため,一体どこがその土地であるか境界が全く不明である。
(被告ら及び参加人の主張)
 海も性質上当然に私法上の所有権の
客体となりというものではなく,前記最高裁判決の判示によれば,本件土地が所有
権客体性を有しているといえるためには,①自然海没地であること,②人による支
配利用が可能でありかつ他の海面と区別して認識が可能であることが示されれば足
りる。
ア 本件土地が海没地であること
 本件土地が私有の陸地であったことは,次の諸事情から明らかである。
江戸時代の状況
 本件土地は,江戸時代の文化文政ころには,砂付場所として土地形成が自然現象
によってなされ,これに人為的な力が加えられた結果,年貢を納めることができる
ほどの生産力を持っていた陸地であった。このことは,本件土地のうち千鳥685
番に該当する土地について,1827年(文政10年)に,勘定奉行所と大代官所
から伊藤屋堅之助に対し「反数二三町七反二畝三歩,海東郡藤高前新田地先,定納
米三石五斗五升九合,但反二一升五合宛,当亥ヨリ丑迄一五ヶ年引」と記載された
地主仰付書が下付されており,伊藤屋堅之助の地主権が藩によって公認されていた
こと,また,同684番の土地についても,下之一色村の開発願が藩に許可され,
「下之一色地主ニ成之場所」となったこと等から明らかである。
 また,江戸時代に作成された地図の記載からも本件土地がかつて陸地であったこ
とが一見して明らかであり,原告らが本件土地が陸地であったことを推定させる地
図がないとする主張には根拠がない。
(イ) 地券について
 本件土地については,地券原本ないしその写しが発見されていないが,本件土地
に隣接する千鳥686番の土地については,改正地券の写しが発見されており,か
つ,本件土地の「地籍帳」及び「土地台帳」のいずれにも「明治九年ヨリ同十八年
マテ拾ヶ年季」であったことが明記されているのみならず,地目を「荒田」とし,
具体的地積も明記されていることなどから,本件土地についても,明治9年に具体
的地積の記載された地券が下付されたものと推認できる。他方,明治9年の地券下
付当時の根拠法令である「地租改正条例細目」(明治8年7月8日地租改正事務局
議定)「第9章荒地の事」第2条ただし書によれば,反別丈量できない土地につい
ては,地券面の記載方法として「旧反別何程但シ川成現反別未詳」と記載すべきこ
とが規定されていたため,その反対解釈から,地券に「地籍帳」及び「土地台帳」
と同一の具体的地積が記載され,「旧反別何程但シ川成現反別未詳」といった
記載がなかったと推認される本件土地は,少なくとも明治9年当時は,具体的地積
を確定できるに足る丈量(測量)が可能であったということになる。
(ウ) 地籍帳について
愛知県が保管する「地籍帳」及び「地籍字分全図」は,愛知県から郡区役所,戸長
役場に対して明治17年3月17日付けで発令された乙第44号布達に基づいて明
治17年1月1日時点の土地の状況を示すものとして作成されたものであるが,同
布達に添付された地籍編製心得書では,第7条で「海と陸の径界は満潮をもってそ
の区別をなすべし」と規定され,また,第27条で「元流作地にして出水の際荒地
となるもその形を存したるものは荒蕪地に編入すべし」と規定されている。一方,
本件土地は,前記「地籍帳」によれば,「荒田」とされて,具体的地積も記載され
ているのであるから,地籍編製心得書の上記規定内容に照らし,満潮時においても
地形が存する陸地であったことが明らかである。
(エ) 起返について
 本件土地については,「地租ニ関スル諸帳簿様式」(明治17年12月16日大
蔵省達第89号)に基づいて作成された市町村保管の「土地台帳」及び「土地台帳
規則」(明治22年3月22日勅令第39号)に基づいて作成された登記所保管の
「旧土地台帳」のいずれにも,「明治31年3月22旧許可起返」と記載され,し
かも,起返の際「丈量増」と明記されているが,このことは,本件土地が,明治3
1年3月22日の起返によって,免租地(荒田)から有租地(原野)となり,有租
地たる土地として当時の公共機関(地方庁)に確認されたことを意味する。
(オ) 登記について
 千鳥684番及び千鳥685番については,昭和36年11月28日に,それぞ
れ9筆及び3筆に分筆登記がなされているが,分筆申請を行うためには,地積の測
量図が必要とされている(不動産登記法第81条の2第2項)。同分筆登記の際に
も,地積の測量図が提出されているはずであり,このことは,千鳥684番及び千
鳥685番が管轄登記所において,本件土地の一部として確認され,その結果当該
分筆登記が行われたことを示している。
イ 本件土地が,人による支配利用が可能であり,かつ他の海面と区別して認識が
可能であること
 本件土地の大部分は,干潮時には干潟又は浅瀬となり,これまでにも事業予定区
域を明示した上で環境影響評価の現況調査等が実施されていることなどから,人に
よる支配利用
は十分に可能である。また,本件土地は自然海没により干潟となったもので,その
形状は年月の経過とともに変化するが,干潮時に干出する土地の形状により海面と
の識別ができるから,おおむね位置は特定できるものであり,詳細な位置について
は,必要の都度,海岸堤防上に敷設してある境界鋲をもとに,測量座標値を用いて
復元することができるので,他の海面と区別しての認識は可能である。
(3) 争点(3)(本件契約は,売買の目的となる土地の範囲が特定できないも
のとして無効か。)について
(原告らの主張)
 本件土地の境界は全く不明である。したがって,名古屋市は,本件土地の実測面
積を全く確定することなく土地を購入したことになるが,このような土地売買契約
は無効である。
(被告ら及び参加人の主張)
 本件土地の境界は確定することが可能である。そもそも土地の境界が不明である
としても売買契約が無効となることはない。
(4) 争点(4)(本件契約及び本件支出には,①新たな廃棄物処分場を確保す
る必要がないにもかかわらず,不必要な土地を取得するためになされたとの違法及
び②廃棄物処分場に必要な面積以上の土地を取得したとの違法が存するか。)につ
いて
(原告らの主張)
ア 本件土地は,新たな廃棄物処分場が必要であるという前提で購入されたもので
あるが,近時の景気動向等からすると,廃棄物は減少傾向となることが予測され,
現有の処分場の拡張や廃棄物の処理方法の工夫等によっても対応が可能であって,
新たな廃棄物処分場の確保は不要である。
 仮に,新たな廃棄物処分場が必要であるとしても,新処分場用地としては,名古
屋港5区(愛知県知多市)等,他に代替地が存在する。しかるに,名古屋市は,代
替地の検討を怠り,本件土地の埋立てに固執している。
イ 名古屋市は,廃棄物処分場に必要であるとして,約118ヘクタールの本件土
地を購入したが,名古屋市が廃棄物処分場として埋立てを予定しているのは本件土
地のうち46.5ヘクタールにすぎず,その余の約72.1ヘクタールはそのまま
何の利用もせず所有権放棄する予定である。57億円もの巨額な費用で購入した本
件土地のうち半分以上は利用しないというのはきわめて異常であり,必要以上の面
積の土地を取得したのは明らかであって,このような放棄行為は前記各条項に違反
し,行政の裁量権を大きく逸脱し又は濫用となる違法な行為である。
(被告ら及び参加
人の主張)
ア 名古屋市の現在の処分場の状況に照らし,新たな処分場の確保が緊急かつ重要
な課題となっていることは明らかである。また,原告らが主張する代替地は本件土
地の代替地としては不適当であり,仮に本件土地以外に代替地が存在するとして
も,そのことは本件土地の取得の必要性ないし適格性を否定するものではない。
イ また,名古屋市が本件土地全部を取得した理由は,第1に名古屋法務局が,本
件土地について,平成5年時点で公図がないとの理由で,分筆登記申請を受理でき
ないとする立場をとっていたこと,第2に,名古屋市が一部の土地の売買に固執す
ると,前所有者である白川不動産から本件土地を購入することが困難な状況となっ
たこと,第3に,本件土地全体を購入することによって,処分場設置とその隣接地
の自然環境保全という全体的調整が可能となるなどの理由によるものであって,行
政裁量の枠内での正当な売買契約と評すべき性格のものである。名古屋市として
は,今後廃棄物処分場のための埋立予定地はもとより,それ以外の購入地について
も自然環境保全の見地から各種の施策を検討しており,何の利用もせず捨て去るこ
とはあり得ない。
(5) 争点(5)(本件契約の締結過程において,十分な環境アセスメントを行
うことは必要か。また,その不実施は本件契約の違法無効をもたらすか。)につい

(原告らの主張)
 本件土地(藤前干潟)は,全国最大級のシギ,チドリ類の飛来地であり中継地で
あって,国際的な渡り鳥の飛来地である。したがって,本件契約の締結に当たって
は,本件土地を取得後,同土地を埋め立てることにより自然の生態系にどのような
影響を与えるかを十分に調査しなければならない。しかるに,名古屋市が,本件土
地について十分な環境アセスメントを行うことなく,本件土地の埋立てを前提とし
た本件契約を締結したことは違法であり,本件契約は無効である。
(被告ら及び参加人の主張)
 環境アセスメントに関する事項は,本件契約後に予定されていた公有水面埋立行
為等に際して検討を要するものであるとしても,本件土地の取得行為である売買契
約そのものとは関連性がなく,また,環境問題は財務会計上の行為又は事実に該当
しないから,本件契約及び本件支出の違法性を基礎づけることにはならない。
 なお,名古屋市は,本件の西1区埋立事業に付随して派生することが予想される
環境問題についても十分な配慮検
討をしている。
(6) 争点(6)(本件契約は,取得後の所有権放棄を目的とした契約である
か。また,そのような契約を締結することは違法か。)について
(原告らの主張)
 名古屋市は本件土地の所有権を放棄することにより本件土地を公有水面とし,こ
れを名古屋港管理組合が公有水面埋立法により埋め立てる計画であった。このよう
に本件土地の購入は,後に所有権を放棄する目的で行われたものである。このよう
な目的で本件契約を締結する行為は,当該契約を締結した時点で名古屋市に損害を
発生させるものであり,法が「地方自治の本旨に基づいて,……地方公共団体にお
ける民主的にして能率的な行政の確保を図る……。」(法1条)と定め,「地方公
共団体は,その事務を処理するに当たっては,住民の福祉の増進に努めるととも
に,最小の経費で最大の効果を挙げるようにしなければならない。」(法2条13
項)と定めていることに反するものであって,行政の裁量権を大きく逸脱し又は濫
用となる違法な行為である。
(被告ら及び参加人の主張)
 名古屋市が本件土地を取得した目的は,西1区埋立事業及び廃棄物処分場設置の
ために必要であるからであって,かかる購入目的と離れての用地取得はあり得な
い。
 そもそも名古屋市は,本件土地の所有権をいまだ放棄しておらず,放棄の時点で
名古屋市に対する損害が発生するか否かについて議論の余地が生ずるにしても,現
時点で住民訴訟における「損害」の要件を欠くことは明らかであるから,原告らの
主張は失当である。
(7) 争点(7)(本件土地の購入価格は妥当か。)について
(原告らの主張)
ア 先行取得価格の不当性
 本件土地は,昭和40年9月末,愛知県海部郡在住の個人所有者から名古屋市の
白川不動産に約2億7000万円で売却されたものであり,それを被告公社が平成
5年7月に1平方メートル当たり4000円,合計約47億円で取得したものであ
るが,そうすると本件土地の価格は,昭和40年9月から平成5年7月までの約2
8年の間に約17.44倍に上昇したことになる。この上昇率は,市街地価格指数
の上昇率11.03倍に比して異常に高い。本件土地は,海面下の土地であり,利
便性は全くない土地であることを考えれば,通常の土地としての土地価格の上昇は
到底考えられないものである。にもかかわらず,昭和40年の価格から17.44
倍もの上昇をしたとして土地価格の評価が行われ
ているのは明らかに不当である。
 被告らが参考とした各鑑定は,結果を正当化するために作成されたにすぎないも
のであり,取引事例比較法における取引事例の選択を誤るなどその内容も不当であ
る。
イ 名古屋市の取得価格の算定の違法
 名古屋市は被告公社から,本件土地を56億9239万2244円で購入してい
る。しかし,平成5年7月には既に土地神話も完全に崩壊しており,土地価格の上
昇は考えられない状況下であり,通常の取引では,それ以降土地価額が上昇するこ
とはあり得ないことである。にもかかわらず,利子支払という名目で9億円以上の
上乗せをしたことは不当な価格設定である。
 被告らは,被告公社との協定に基づき取得価格を算定したと主張するが,地方公
共団体は可能な限り濫費を防ぐ立場にあるから(法2条13項),当該地方公共団
体の長らは,協定書どおりに処理するのではなく,協定書等から算出される金額よ
りも少ない費用で売買を成立させなければならない作為義務を負っている。被告A
及び被告Bは,かかる義務を怠り,安易に協定書どおりの処理を行ったのものであ
り,違法である。
ウ このような不当な価額による土地の購入は,行政の裁量権を逸脱又は濫用する
ものであって違法であり,本件契約は無効というべきである。
(被告ら及び参加人の主張)
ア 先行取得価格について
 名古屋市は,複数の不動産鑑定の結果を踏まえて評定した適正な価格以下で被告
公社に先行取得させたものであり,何ら不当な点は存しない。原告らは,上記各鑑
定が取引事例比較法における比準価格を算定するに当たって,比準地として海浜地
あるいは周辺農地としたことを問題とするが,本件土地のように海面下の土地の取
引の事例が稀有であるためにそのような選択をしたにすぎず,鑑定の際には比準地
の性格に応じて適切な補正がなされており,その他についても不合理な点はなく,
上記鑑定は妥当なものである。
 原告らは,市街地価格指数の上昇率を根拠に取得価格の不当性を主張している
が,市街地価格指数は,6大都市に所在する多数の土地の価格変動の平均値を示し
ているにすぎず,その変動率は各土地ごとに大きく異なる。ましてや,前主の購入
価格が高かったか低かったかも不明のまま,単純に前主の購入価格と本件取得価格
との倍率を前記平均値と対比することには何の意味もない。原告らの主張するとお
り,本件土地は海面下の土地であり,利便性は
全くない土地であるとするならば,前主の購入価格もそれを反映した著しい低額に
なっているとも考えられる。
 そもそも地方公共団体がどのような財産を購入すべきか,また,その財産を購入
する際の対価がどうあるべきかについては,法96条1項8号が財産の取得につい
て一定の場合に議会の議決を要する旨定めているほかは,これを具体的に規制する
法令は存在せず,地方公共団体の長の財産購入契約の締結は,対価を含めて,その
裁量に委ねられた行為である。土地の価格は,当該土地周辺地域の社会基盤の整備
状況や,景気の動向等の経済的要因に影響されて大きく変動するものであり,しか
も,実際に土地の売買がなされる際には,売買当事者の個別的,主観的な事情によ
っても価格が大きく左右される。そして,公有地を時機を逸せずに円滑かつ確実に
取得するという政策的要素をも勘案すれば,地方公共団体の土地購入が違法になる
のは,取得する必要もないのに,当該財産を適正価格よりも著しく高価で取得した
というような,裁量権行使が逸脱ないし濫用にわたると認められる場合に限られる
のであって,必要により当該財産を取得するときであれば,適正価格よりも高価で
取得しても直ちに違法とはいえない。
 本件の場合,本件土地は,名古屋市の廃棄物処分用地として必要不可欠なもので
あり,是が非でも取得しなければならなかった土地であるから,本件土地が適正価
格よりも高価で取得されていたとしても,直ちに裁量権の逸脱行使に当たるもので
はない。そして,名古屋市が実際に本件土地を取得するに当たって,取得価格につ
いても本件土地の特殊性に照らして慎重な吟味を行い,適正と判断される範囲内の
価額にて取得を行ったことは前記のとおりであるから,本件土地の先行取得価格に
は全く問題がない。
イ 名古屋市の取得価格について
 名古屋市の被告公社からの買取価格は,両者間で締結済みの基本協定に基づいて
算出されているものであって,両者間の売買の際に改めて合意の上,上乗せをした
というものではない。名古屋市は先行取得額に基本協定に既定された買取費用を付
加して被告公社から買い取っているのであって,この名古屋市の取得価格には不当
な点は存しない。
(8) 争点(8)(被告らの責任)について
(原告らの主張)
ア 被告Aの責任
 被告Aは,故意又は過失によって,前記のとおり,違法無効な本件契約の意思決
定をし,その結果,名古屋市
に同契約の売買代金相当額の損害を被らせたものである。
 したがって,被告Aは,名古屋市に対して,損害賠償責任を負う。
イ 被告Bの責任
 被告Bは,収入役として,支出負担行為が法令に違反していないことを確認する
義務があるにもかかわらず,これを怠り,故意又は重大な過失により,法令に違反
し,本件支出をしたものである。本件土地の売買契約は,世間から注目を浴び続け
ている物件の売買であり,新聞記事等によっても明らかにされた事実があるぐらい
であり,被告Bは,違法かつ無効な事実を知っていたか,あるいは,ほんのわずか
の注意を払うことにより契約が違法無効なものであることを知ることができたはず
である。
 したがって,被告Bは名古屋市に対して売買代金相当額の損害について損害賠償
責任を負う。
ウ 被告公社の責任
 被告公社は,本件契約が違法,無効であることを知りながら,その代金を受領し
たから,名古屋市に対して,本件契約の代金相当額の損害について損害賠償責任を
負う。
 また,被告公社は,法律上の原因なく,本件契約の代金相当額の利益を得,名古
屋市に同額の損失を生じさせたから,名古屋市に対して,本件契約の代金相当額を
不当利得として返還する義務がある。
(被告らの主張)
 いずれも争う。
第3 当裁判所の判断
1 争点(1)(本件土地の位置及び地番)について
 本件土地が所有権の対象となる土地といえるかについては,本件事業予定地が登
記簿上何番地の土地であるかを確定する必要があるから,まずこの点から判断す
る。
 原告らは,千鳥684番,同685番の土地の登記簿上の所在地は「名古屋市港
区南陽町大字藤高新田」であるところ,藤前新田に属する土地が,その南側の藤高
前新田を越えてその南側に位置する藤前干潟の中にある本件事業予定地であるはず
はない,土地宝典(甲9の2)の記載のとおり,字千鳥は大字藤高新田に接した新
川の川の中にあると主張する。
 しかしながら,字千鳥が「藤高前新田」の中の小字であったことは,地籍帳(丁
4の目次五)から明らかである上,Cによる報告書(丁3)の1ページ末行によれ
ば,藤高前新田は明治21年に藤高新田に合併されたというのであるから,それ以
降,藤高前新田の土地は「大字藤高新田」の中にある土地として表されるようにな
ったはずである。このような経緯からすると,字千鳥の土地が,旧藤高前新田より
南側に位置したとしても不合理ではな
い。また,土地宝典(甲9の2)の記載は,通常の記入方法によれば,同図面の欄
外に接続することになる土地の一部を,土地宝典の作図の便宜上,たまたま新川の
部分が書き込むのに都合のよい白地スペースとして空いていた関係で,そこに書き
込んだとみるべきであることは,同図面の記載それ自体からして明らかである。原
告らの前記主張は失当である。
 次に,原告らは,地籍字分全図(甲14の1ないし5)によれば,本件土地のう
ち千鳥684番は現在の藤前五丁目及び同三丁目の西側部分の南側の位置に記載さ
れており,地籍字分全図の記載からすれば,名古屋市は,千鳥686番及び同68
6番の1の土地を購入したことになると主張する。
 しかしながら,地籍字分全図と同時期に作成された千鳥686番の土地測量図面
(丁21)では,千鳥686番の土地は,藤高前新田に南接する土地であるが,北
西角近くでは小川新田と藤高新田に接すると表示されており,北西角付近は現在の
藤前五丁目の西端,藤高五丁目の西南端,小川二丁目の東南端が接する辺りの状況
に相当すると認められるし(土地宝典及び甲19の1参照),同測量図面における
「千鳥六百八十六番」に記載された地積「四拾八町七反五畝壱歩」(千鳥686番
の地積と同一である。)と同じ地積の土地が明治6年8月に作成された名古屋港西
1区全体の見分図(丁21)では藤高前新田の西隣に存在するように表示されてい
る。そして,同図においては,千鳥685番の南側に千鳥684番の地積と同一の
地積「五拾弐町八反四畝五歩」を有する土地があると表示されているところ,土地
宝典では千鳥685番の南側部分の土地が字千鳥684番の土地であるとして記載
されていることからすれば,千鳥686番の土地は藤前五丁目と同三丁目の西側の
約半分の南側に位置しており,千鳥684番の土地は本件土地の南側部分すなわち
千鳥685番の南側に位置しているというべきであって,前記地籍字分全図の地番
表示は誤記であると解するのが相当である。
 以上検討した結果によれば,本件事業予定地の土地は,本件契約により売買の対
象とされた千鳥684番,同685番の土地に相当し,原告らの主張は失当であ
る。よって,以下においては,千鳥684番,同685番の各枝番の土地を本件土
地という。
2 争点(2)(本件土地の所有権客体性)について
(1) 原告らは,本件土地は海であり,私法上の所有権の
客体となる土地ではないから,本件契約は無効であると主張するので,本件土地の
私法上の所有権の客体性について検討する。
 海は,社会通念上,海水の表面が最高高潮面に達したときの水際線をもって陸地
から区別されているところ,本件土地は,前記第2の1(4)のとおり,現状にお
いて海である。そして,海は,古来より自然の状態のままで一般公衆の共同使用に
供されてきたところのいわゆる公共用物であって,国の直接の公法的支配管理に服
し,特定人による排他的支配の許されないものであるから,そのままの状態におい
ては,所有権の客体たる土地に当たらない。
 しかし,海も,およそ人の支配の及ばない深海を除き,その性質上当然に私法上
の所有権の客体となりというものではなく,国が行政行為などによって一定範囲を
区画し,他の海面から区別してこれに対する排他的支配を可能にした上で,その公
用を廃止して私人の所有に帰属させることが不可能であるということはできない
(ただし,現行法は,海について,海水に覆われたままの状態で一定範囲を区画し
これを私人の所有に帰属させるという制度は採用していない)。また,私有の陸地
が自然現象によって海没した場合についても,当該海没地の所有権が当然に消滅す
る旨の立法は現行法上存在しないから,当該海没地は,人による支配利用が可能で
ありかつ他の海面と区別しての認識が可能である限り,所有権の客体たる土地とし
ての性格は失わない(最高裁昭和61年12月16日第三小法廷判決・民集40巻
7号1236頁参照)。
 したがって,本件土地が私的所有権の客体たる土地に当たらず,本件契約が無効
であるというためには,①国が過去において本件土地を他の海面から区別して区画
し私人の所有に帰属させたことがないこと,②i本件土地が自然現象により海没し
た土地ではなく,かつて私有の陸地であったことはないこと,ii仮に自然現象に
よって海没した土地であるとしても,現在人による支配利用が不能であり,かつ他
の海面と区別して認識することが不能であるとの事実が認められなければならない
ところ,上記のとおり,現行法上,海水に覆われたままの状態の海について一定範
囲を区画しこれを私人の所有に帰属させるという制度は採用されていないから(本
件土地が土地であると主張している被告らもそのような主張をしていない。),ま
ず上記②iの事実,すなわち,本件土地が昔から海であ
って陸地となった事実がなかったかについて検討する。
(2) 本件土地の沿革等
 証拠(甲5,12,13,14の1ないし4,甲39ないし42,45,46,
50,51,53,丁3ないし6,18,19の1,2,丁27の1ないし4)に
よれば,次の事実が認められる。
ア 文政10年(1827年)閏6月,尾張藩勘定奉行所及び大代官所は,伊藤屋
堅之助に地代金32両を上納させて,藤高前新田地先地主仰付書を下付した。同書
には次のような記載がある。
「反数弐拾三町七反弐畝三歩 海東郡藤高前新田地先
    定納米三石五斗五升九合 但 反ニ壱升五合宛
                当亥ヨリ丑迄拾五ヶ年引」
 上記記載中,「定納米」とは,毎年検地を行って,藩に上納する年貢米を定める
のではなく(これを「見取米」という。),収穫量にかかわらず,定量の年貢米を
納めることを意味し,「当亥ヨリ丑迄拾五ヶ年引」とは,文政10年より15年
間,年貢米の上納が免除されたことを意味する。
イ 上記藤高前新田地先の土地は,天保7年(1836年),成瀬隼人正に差上げ
となり,成瀬隼人正の領地であった下之一色村に譲渡された。この間の経緯は,天
保8年(1837年)から同11年(1840年)の間に作成されたものと推定さ
れる「藤高前新田及政成新田新築立場所圖(別紙2,以下「築立図」という。)に
藤高前新田地先(藤高前新田の南側)の字千鳥685番の土地にほぼ相当する部分
に「伊藤屋ヨリ譲請之場所」の記載があることからもうかがわれる。
ウ 天保7年(1836年)ころ,下之一色村は,藤高前新田地先の土地の南側の
土地(現在の千鳥684番)についても開発願を出しており,築立図の「伊藤屋ヨ
リ譲請之場所」の記載の下(南側)に「下一色村新開御願場所」の記載がある。
エ そして,天保12年(1841年)以降に作成されたものと推定される」「庄
内,日光河口新田之圖」(別紙3,以下「新田図」という。)においては,築立図
において「伊藤屋ヨリ譲請之場所」とされた場所は,「御年貢地」と記載されてお
り(これは前記イの年貢米上納の免除期間が経過したことによるものと推察され
る。),「下一色村新開御願場所」とされた場所は,「下一色地主ニ成之場所」と
なっており,下之一色村の地主権が藩によって公認されたことが示されている。た
だし,上記両地について,これ以降明治維新に至るまで,「新田」(
村と同義)に至るまでの開発が進んだことを示す資料は存在しない。
 なお,新田図には,千鳥686番に相当する土地について,「下ノ一色地主ニ成
之場所」と記載されているが,同土地については天保7年(1836年)ころ,伊
藤屋忠左衛門が開発を願い出たが,下之一色村からも開発願が出されており,同村
には天明7年(1787年)の新川開削によって潰地ができていた事情があったた
め,同村に対して開発許可がなされたという経緯がある。
オ 明治維新後,廃藩置県により中央集権化が図られる中で,地租改正事業が行わ
れ,土地については地券が発行された。
 本件土地についての地券の原本はいまだ発見されていないが,千鳥686番の土
地については,地券の写しが現存しており,同写し(以下「本件地券」という。)
によると,「地券」という標題の上に「明治九年改正」という角朱印が押されてお
り,物件の所在,所有者名,地目反数(荒田四拾八町七反五畝壱歩)が記載されて
いるほか,「但明治九年ヨリ同一八年マテ拾ヶ年季」との記載とその次行に「但明
治十九年ヨリ同廿八年マテ十ヶ年継年季」との記載があり,発行日は明治11年
(1878年)8月8日となっているが,その時点では鍬下年季(荒地の開墾に当
たり開墾の成功まで免租又は貢租軽減を受けた期間)中のため,地価,地租につい
ての記載はない。同地券の形式は,地祖改正事務局が府県に対し,明治8年(18
75年)11月20日の地租改正事務局乙第8号達により示した「全国統一形式」
による地券の雛形と同一のものであり,「明治九年改正」の角朱印の明治9年(1
876年)8月22日の地租改正事務局達乙第12号による指示取扱いによったも
のとなっている。
カ 愛知県は郡区役所,戸長役場に対して,明治17年(1884年)3月17
日,乙第44号布達により,同布達別紙の「地籍編製心得書」に従って町村の地籍
を調査することとした。藤高前新田についても,明治17年1月1日現在の土地の
現状に従って地籍帳(「明治一七年一月調地籍帳六四尾張国海東郡藤高前新田」)
及び地籍字分全図(明治29年ころ作成されたものと推定される。別紙4)が作成
されている。
 同地籍帳には,本件土地については次のように記載されている。「字千鳥六百八
十四番 荒田 五拾貳町八反四畝五歩 民有第一種 明治九年ヨリ同十八年マテ拾
ヶ年季」
 「字千鳥六百八十五番 荒田 廿三町七反貳
畝三歩 民有第一種 明治九年ヨリ同十八年マテ拾ヶ年季」
 そして,字千鳥686番の土地については次の記載がある。
 「字千鳥六百八十六番 荒田 四拾八町七反五畝壱歩 民有第一種 同上(明治
九年ヨリ同十八年マテ拾ヶ年季)」
 また,上記地籍字分全図では宇千鳥の土地部分は陸地として描かれており,「海
岸」と記載された部分とは色で区画されており,各土地の地番表示と並んでいずれ
も「荒田」の記載がある。同図は,一字限地図と呼ばれるものであって,各字(同
図では,藤高前新田)の毎筆の地形,地目,地番を記入し,道路溝渠を着色し,四
隣の境界を明らかにしたものである。
キ 明治17年(1884年)3月15日の太政官布告第7号により地租条例が制
定され,これに伴って,帳簿の整備が行われることとなり,従来の地券大(台)帳
の外,同年12月には,土地の沿革並びに当該土地の反別地価及び地租等を明らか
にする基礎とするため,新しく地租台帳,土地台帳が作成され,戸長役場には土地
台帳等が備え付けられることとなった(同年12月16日大蔵省達第89号「地租
ニ関スル諸帳簿様式」,甲45)。これに基づき作成された土地台帳には,本件土
地について,次のような記載がある。
 「字千鳥六百八拾四番 荒田反別五拾貳町八反四畝五歩」の沿革の項の沿革事由
欄には,「明治九年ヨリ同拾八年マテ拾ヶ年季」「明治十九年十月五日許可 明治
十九年ヨリ同廿八年マテ十ケ年継年季」「明治廿九年五月廿三日許可 明治廿九年
一ヶ年継年期」の記載に続き,「明治三十一年三月廿二日許可起返 内貳拾三町四
反四畝拾歩丈量増」により反別が「七拾六町貳反八畝拾五歩」になり,地目等級が
「草生原野壱等」になり,地価,地租もそれぞれ定められた旨の記載がある。
 また,「字千鳥六百八十五番 荒田反別貳拾三町七反貳畝三歩」についても字千
鳥684番と同様の沿革事由欄の記載があり,「明治三十一年三月廿二日許可起返
 内拾八町七反壱畝七歩丈量増」により反別が「四拾貳町四反三畝拾歩」になり,
地目等級が「草生原野壱等」になり,地価,地租もそれぞれ定められた旨の記載が
ある。
 そして,字千鳥686番の土地については,「字千鳥六百八拾六番  荒田四拾
八町七反二畝壱歩」との表示に続いて「但明治十九年ヨリ同廿八年マテ十ケ年継年
季」の記載があり,沿革の項には,地目等級「草生原野一等」,反別「貳拾八町六
反七畝拾四歩
」,地価「貳百五拾八円七銭」,地租「六円四拾五銭二厘」との記載に続き,沿革
事由として「明治廿九年十二月廿九日許可変換起返据置分外ニ二拾町七畝拾七歩ヲ
本番ニ第一ヲ付シ別紙二記載ス」との記載がある。上記沿革事由に関連して,「字
前ノ千鳥六百八拾六番第壱」の用紙が起こされ,その表題部には「草生原野貳拾町
七畝拾七歩 此地價金壱百八拾円六拾八銭 此地租金四円五拾壱銭七厘」と記載さ
れ,沿革の項の沿革事由欄には「明治廿九年十二月廿九日許可変換起返」との記載
がある。
ク 明治22年(1889年)3月,従来の地券・地券台帳制度は廃止され(同年
法律第13号),土地台帳規則(明治22年3月22日勅令第39号)等に基づ
き,上記土地台帳は地券台帳を基礎に充実整備されることとなり,以後この土地台
帳(旧土地台帳)に登録された地価に基づき徴税されることとなった(同年法律第
30号等)が,本件土地及び千鳥686番に関する旧土地台帳には,前記クの土地
台帳と同様の記載がなされている。
ケ 戦後,土地台帳法(昭和22年法律第30号)が公布されたが,旧土地台帳
は,そのまま引き継がれた。その後,土地台帳は,昭和35年3月31日,不動産
登記法の一部を改正する等の法律(同年法律第14号)によって廃止され,土地台
帳に記載されていた土地の表示に関する記載は,土地登記簿の表題部に移記され
た。この移記後の昭和36年11月28日,本件土地について分筆登記が経由され
ていることは前記第2の1(2)アのとおりである。
(3) ②iの要件(自然海没地か否か)の検討
ア 以上の史料からすると,藤高前新田の開発に続いて,本件土地は,遅くとも天
保年間には徳川幕府からの開発許可がなされて新田開発がなされ,少なくとも一部
の土地(現在の千鳥685番)については年貢を納めることのできるまでの土地と
なり,その他の土地(千鳥684番)についても下之一色村の地主権が公認される
程度の開発がなされていたことがうかがわれる。その後明治に入ってからは,本件
土地は荒田として一定期間免租地として扱われることとなったが,その後起返の許
可を得て,有租地(草生原野)となって地価及び地租が定められた時期があった
が,その後,現状のような干潟(満潮時には海没)となって現在に至っていること
になる。ただし,起返後に,どのような時機に,どのような経緯に基づき本件土地
が干潟となったかについては
明らかではない。
 このように,本件土地は砂付場所(干潟)として推移してきたわけではなく,開
発により,満潮時においても海没しない土地となった時期があったという史料が存
在するところ,原告らは,本件土地が陸地となったことを示す地図は一切存在しな
いとし,地券が交付されている事実や,地籍帳や地券台帳の記載は,本件土地が陸
地になったことを意味しない,本件土地は新田開発が試みられたものの,結局開発
が成功することなく放置され,従前どおり砂付場所(干潟)として残ったものであ
ると主張する。
 そこで,本件土地の地図,地券,地籍帳及び土地台帳の記載などについて,順次
検討する。
イ 地図について
 原告らは明治以降に作成された地図おいては,本件土地はいずれも海として描か
れていると主張し,その例として以下の地図を指摘する。
 名古屋近傍図(明治21年大日本帝国陸軍第三師団参謀部作成,甲15の2)
 下之一色村図(明治24年大日本帝国陸地測量部作成,甲6)
 名古屋市実測図(明治43年2月名古屋市教育会作成,甲17の2)
 海東郡役所編纂図(明治43年海東郡役所編纂,甲8)
 熱田町図(大正9年大日本帝国陸地測量部作成,甲7の2)
 熱田町図(昭和7年大日本帝国陸地測量部作成,甲7の3)
 熱田町図(昭和12年内務省地理調査所作成,甲7の4)
 確かに,これらの地図には,本件土地部分はいずれも海として記載されているこ
とが認められ,上記各地図は本件土地が明治後期においては既に干潟ないし海であ
ったことを示しているとみることもできる。しかし,起返の許可があった明治31
年3月以降のどの時期に本件土地が干潟となったのかについては明らかではないこ
とは前述のとおりであり,明治31年以後に作成された各地図に本件土地が干潟な
いし海として描かれていても,そのこと自体は前記の本件土地の沿革とは必ずしも
矛盾するものではなく,明治43年ころまでに干潟化したと考えられるにとどま
る。
 名古屋近傍図及び下之一色村図によれば,これらの地図が作成された明治21年
から24年当時は,海であったということになるが,他方前記のカ記載のとおり,
明治29年ころ作成されたものと推定される地籍字分全図においては,本件土地は
陸地として記載されているほか,本件土地の起返許可から間もない時期に作成され
た愛知郡実測図(明治31年10月今枝新三郎製図,甲16の2)では,本件土
地部分は堤土ないし堤石を表していると解される破線で囲まれ,「千鳥新田」との
記載がなされており,起返により同地の開発がその作成当時成功していたことをう
かがわせる地図もある。このように,本件土地が陸地であったことを示す地図も存
在し,その内容も前記史料に表れた開発の経緯と符合する。原告らの主張するよう
に陸地となったことを示す地図は一切存在しないということはできない。
 なお,江戸時代についても,築立図及び新田図の記載方法からみると,本件土地
は陸地として記載されていると解することができないわけではない。原告らは,築
立図における「澪筋」(本件土地の東に存在する新川からの川水の流入を示すも
の)の澪とは,「河,海の中で,船の通行に適する底深い水路」を意味するのであ
って,その両側が水で覆われていることを表すものであって,陸地になっていなか
った証拠であると主張するが,証拠(丁23)によれば,尾張地方の方言では,澪
は「みよ」と読み,「海用」とも表記され,「狭いところを通る水の流れ」の意味
するものと認められるから,「澪筋」の記載をもって直ちに築立図において本件土
地が陸地として描かれていることを否定する論拠にはならない。これらの築立図及
び新田図の記載からすると,江戸時代においても本件土地が陸地の状態になってい
た時期があったといえないわけではない。
ウ 字千鳥686番の地券について
(ア) 原告らは,「本件地券が下付されるについては,その地押丈量は地主らが
自分たちで行い届け出をしていることが明らかであり,どこまで信用できるか不明
である。」「荒田に対して発行され,しかも年季10年と記載されていることは,
明治18年までに土地として完成することが期待されている土地であり,明治9年
には田としては未完成であったことの表れであり,更に継年季が認められたことか
らすると,明治19年においても同様の状態であった。」「地価や地租の税率の記
載がないことは,地価を算定することができない土地であったことの表れであ
る。」と主張する。
(イ) そこで,検討するに,証拠(甲50,丁3ないし8)によると,次の事実
が認められる。
 明治5年(1872年)2月,「地所永代売買ノ解禁」(太政官布告第50号)
により,地方領主の領有権が廃止されて土地所有権が法認され,同月24日の「地
所売買譲渡ニ付地券渡方規則」(大蔵省達第25号,甲39),同年
7月4日の「一般ノ地所ヘノ地券交付」(大蔵省達第83号)等によって新たな地
券制度が設けられて土地の自由な取引が実現することとなった。この地券制度の下
で交付された地券が「壬申地券」(群村地券)といわれるものである(これ以前に
おいては,明治元年(1868年)に導入された地券制度があり,同制度の下で発
行された地券は市街地券と呼ばれている。)。壬申地券発行は,従前から存在して
いた検地帳(御図帳,水帳)等を基に行われ,地押丈量(土地の重複や脱落がない
よう土地1筆ごとに押さえながら測量調査を行うこと)は行われなかった(同年9
月4日大蔵省達第126号「地券渡方規則第15条以下相違」,甲39)。
 しかし,壬申地券の発行による地租改正は,その事業に手間取り,当初の目的を
達することができなかったため,新規の地租改正の方法が策定されることとなり,
明治6年(1873年)7月28日,上諭をつけた太政官布告第272号「地租改
正法」が布告され,同時に,「地租改正条例」,「地租改正施行規則」(甲40)
が公布され,改正の直接実行者である地方官に対しては,「地租改正地方官心得
書」(甲40)が布達され,本格的な地租改正事業が行われることとなった。これ
以後交付された地券は「改正地券」(一般地券)といわれる。
 具体的な地租改正事業が始まったのは,明治8年(1875年)5月に地租改正
事務局(同年3月24日設置,明治14年6月30日閉鎖)が活動を開始してから
のことであり,同事務局は,明治8年7月8日,「地租改正条例細目」「地所処分
仮規則」を議定して,これらに基づき地租改正事業が進められた。事業に当たって
は,まず土地所有者(納税義務者)を確定するため,「地所名称区別改定」(明治
7年11月7日太政官布告第120号,甲41)によって,全国の土地を「官有
地」と「民有地」に区分し,民有地については所有権を主張する者に申出を義務づ
け,測量(地押丈量)の上,地番を付して地券が交付された明治政府は,自ら測量
を行わず,人民に自ら行わせ,それを検査するという方法を採った。
 これを受けて,愛知県は,明治7年(1874年)3月に告諭を出し,同年11
月,「地租改正ニ付心得書」を布達した。愛知県の地租改正作業は明治8年(18
75年)6月に着手され,明治13年(1880年)11月に完成した。
(ウ) 前記(2)オの事実によると,字千鳥686番
の地券は,「改正地券」であると認められるところ,同地券には,その地目反数と
して,「荒田四拾八町七反五畝壱歩」と記載され,「但明治九年ヨリ十八年マテ拾
ヶ年季」との記載があり,地価,地租についての記載はない。
 ところで,地租改正施行規則第10則には「渾テ年季ヲ定メ無税ノ積聞届置候荒
地ノ儀ハ損害ノ厚薄ニ寄リ更ニ起返スヘキ難易ヲ量り年季ノ長短ヲ定メ年季中無代
價ノ地券可相渡事」との定めがあり,地租改正条例細目の「第9章 荒地ノ事」の
第2条では「川欠等ニテ水溜トナリ反別丈量ナリカタキ荒地ハ地主従前所持ノ素称
ニヨリ仮ニ旧反別ヲ以テ券状ヲ渡スヘシ追テ起返ノ節実歩ヲ丈量シ券状書替授付ス
ヘキコト但シ本条ノ如キ地処ハ券状へ旧反別何程但シ川成現反別未詳ト記載スヘキ
コト」とされており,第4条では,「荒地年季ハ一〇ヶ年以内ヲ以テ定ムヘシ 尤
深荒ノ地ハ一〇ケ年以内起返スヘキ目的ナシト雖モ先ツ一〇ケ年迄ヲ限トナシ季明
ニ至リ猶起返ラサルモノハ継年季ヲ聞届クヘキ積心得ヘキコト」とされている。
 これらの規定に照らすと,字千鳥686番の土地は荒地と認定され,地租改正施
行規則第10則に従い,年季が定められ,「年季中無代価」と書かれた地券が発行
されたこと,地組改正条例細目第4条により10か年季と定められたこと,反別が
確定反別として記載されていることからすると,同細目第2条にいう「水たまりで
丈量できないような土地」ではなかったことが認められる。
 なお,地租改正施行規則第8則には「海川ノ附洲湖水縁等ノ不定地或ハ試作ノ地
所等反別確定無之分ハ何不定地凡反別何程ト相記シ」とされ,「地價相定規則ノ通
収税可致事」とされているので,地券に反別が確定反別が記載され,無代価となっ
ている字千鳥686番の土地は,海川の附洲すなわち干潟とは認定されなかったも
のである。
(エ) 以上(イ),(ウ)により認められる本件地券が発行された時期における
法制と本件地券の記載によれば,本件地券の存在とその記載内容から字千鳥686
番の土地ひいては本件土地が陸地であったとみるには十分な根拠があるというべき
である。原告らは,本件地券の交付に際してなされたという地押丈量は地主らが自
分たちで行い届け出たものであるから,どこまで信用できるか不明であるという
が,原告らの主張するとおり届出の内容については政府の検査がなされることにな
っていたところ,字千鳥の土地につい
て検査がなされなかったことを推測させる事情などについては何らの具体的主張は
なく,一般論をもって前記認定を左右することはできない。
エ 地籍帳の記載について
(ア) 原告らは,地籍帳において,西堤外川欠の682番の土地も荒田とされ,
面積の記載もあることから,同じく地目が「荒田」とされている本件土地も水害で
土地が流出したような状態で,米が取れるような状態でない田のことを指すもので
あり,明治17年の時点においても本件土地は陸地になっていなかったと主張す
る。
(イ) しかし,水田として米が取れる状態であるかどうかと陸地として土地性が
認められるかは別であり,米が取れるように開発中の土地であっても陸地というこ
とは可能であるから,原告らの主張は,本件土地の土地性を否定する根拠にはなら
ないが,以下地籍帳の記載に基づいて本件土地の土地性について検討する。
証拠(丁3ないし8)によると,次の事実が認められる。
地籍帳は,愛知県が郡区役所,戸長役場に対して,明治17年3月17日乙第44
号布達「町村地籍 別紙心得書ニ照準シ更ニ調整 来一八年三月二五日迄ニ可差出
此旨相達候事」により作成されたものであり,同布達添付の別紙地籍編製心得書第
5条には「一筆限リノ方積ハ明治一七年一月一日ノ姿ヲ以テ記載スルモノトス」と
あり,地籍帳の記載は明治17年1月1日現在の状態を具体的に示すものと思われ
る。そして,同心得書には,「海ト陸地トノ径界ハ満潮ヲ以テ其区別ヲナスヘシ」
(第7条)とされ,「元流作地ニシテ出水ノ際荒地トナルモ其形ヲ存シタルモノハ
荒蕪地ニ編入スヘシ」(第27条),「附寄洲ハ其名称ヲ挙クヘシ」(第28条)
とされている。
前記心得書からすると地籍帳において「荒田」とされた本件土地は,明治17年1
月1日段階において,満潮時においても陸地であって,洲ではないと認定されてい
たことがうかがわれる。
オ 土地台帳及び起返について
(ア) 原告らは,起返許可について,「本件土地は,新田開発予定地として所有
の対象となる荒田とされたが,開発予定期間である明治28年までに米の生産が可
能な田(陸地)として完成することができなかった。このまま放置すれば国に土地
を返還しなければならないため(明治14年4月15日内務省指令は,明治12年
3月4日内務省地理局通知以前に払い下げられた海面のうち,鍬下年季中に埋立て
の成功しないものは国に返地させるべ
きものとした),米は生産できないが草なら生える土地であるとして「草生」地と
して残すこととし,「荒地起返地価査定願」を提出し,その結果土地台帳上の地目
も原野になったものである。ヨシやアシが生える可能性があり,あるいは生えてい
た干潟であったから「草生」ということもでき,官有地になることを免れ得たので
ある。このように起返の前後を通じて本件土地は干潟の状態であり,陸地になった
ことはない。」と主張する。
(イ) 原告らの主張は,「荒田」が起返により「原野草生」になったことを前提
としながら,「原野草生」が干潟の状態であったというのであるが,そのように解
する根拠としては,官有地になることを免れるためという動機の存在をいうにすぎ
ず,開発が成功しなかったとする根拠を具体的に主張していない。
 そこで,起返の際にどのような調査がなされたかについて検討するに,明治17
年3月15日地租条例(甲45)が公布され,以後起返による地価の査定や地目変
換は同条例によって行われたところ,地租条例には「開墾鍬下年期明荒地免租年期
明ニテ地價ヲ定ルトキ又ハ地目變換スルトキハ地盤ヲ丈量ス(第6条)」とされ,
明治17年4月5日大蔵省号外達「地租条例取扱心得書(甲45)」第3条には,
「凡土地ノ丈量ハ三斜法ヲ用ヒ其地主ヲシテ之ヲ為サシメ其段別及ヒ野取絵図(第
一号雛形ノ如ク)を差出サシメ然ル上主務官吏ヲ派遣シテ其当否ヲ検査セシムヘ
シ」とされており,年季明けの土地については地盤を測量し,官吏が検査すること
が必要とされていた。証拠(丁6,21)によると,字千鳥686番の土地につい
ての丈量図は,地租条例取扱心得書に定められた第1号雛形と同様の求積方式によ
って作成されており,「実地検査ハ明治二九年一一月二五日」と記載され,実地検
査もなされたことが認められる。土地台帳の記載によると本件土地は起返の際丈量
増となっているから,本件土地の起返による地目変換と地価査定も字千鳥686番
と同様に地盤が測量され,実地検査も行われたと認められる。測量や実地検査の結
果,「原野草生」と認定された経緯からすると,当時本件土地は陸地といえる状態
であったというべきであり,これを否定して干潟の状態のままであったとするべき
根拠はない。
カ 結論
 以上イないしオで検討した結果によれば,本件土地に関する史料が信用できず,
本件土地は一度も陸地といえる状態にはならなかっ
たとはいえず,かえって,当時の法制に照らしてこれらの史料を検討すると,本件
土地は少なくとも本件地券が発行された時期から起返が行われた明治31年頃まで
の間は陸地であって,その後海没した土地であると認めるのが相当である。
(4) ②iiの要件(支配可能性及び認識可能性)の検討
 前記第2の1(4)のとおり,本件土地を含む上記港湾区域内の土地の平均水深
は,0.70ないし1.40メートルであり,潮位がN・P+0.6メートル以下
になると地表の一部が露出し始め,春分の日・秋分の日の満潮時の水深は・伊勢湾
台風後,海岸堤復旧工事のため土砂を採取した場所を除けば0.82ないし2.1
5メートルであって浅く,そのままの状態でも土砂の採取や構造物の築造ができ,
現在の技術水準をもってすれば経済的にも十分に負担可能な範囲の費用で埋立てが
可能であると思われる。そして,本件土地については,過去において,私人間で取
引が繰り返され,その移転登記も経由されていること,名古屋市は,昭和38年度
まで本件土地について固定資産税を賦課徴収していたこと(丁5,弁論の全趣
旨),本件土地に隣接する千鳥686番の2の土地(本件土地と同様に現状は干潟
である。)については,昭和36年に国道の建設用地として買収の対象となってい
ること(甲48の1ないし4),本件土地の大部分は,干潮時には干潟又は浅瀬と
なり,これまでにも事業予定区域を明示した上で環境影響評価の現況調査や鑑定評
価のための調査等が実施されていること(丁7,8,17,弁論の全趣旨),以上
の事実が認められ,本件土地は長年私人のみならず,国や地方公共団体によって
も,財産的,経済的価値が認識されていて,それらの者の支配利用下にあったとい
うことができ,上記②iiの支配可能性の要件を充足しているというべきである。
 認識可能性の要件につき,原告らは単に図面の上だけではなく,海没した状態
で,現状において他の海面と識別できる必要があると主張する。
 確かに,一般論としては原告らの主張するとおりであるが,現行法上,海面下の
土地について,陸地との境界の基準及びその所有権の帰属関係等について明確に定
めた法令等は存在しないのであるから,原告らの主張が他の海面との明確な識別を
要求するという趣旨であれば,そのような識別基準を要求することはおよそ困難で
ある。本件土地が自然海没地であり,現状においても人に
よる支配可能性があることは前述したとおりであるから,②iiの要件は,これを
前提とした上で,本件土地が他の海とどの程度認識可能であれば,私人の所有権の
客体となり得るかどうかという観点から判断されるものであって,具体的には,本
件土地が海没地となった経緯,現状,所有者等の意図及び認識,図面や地図等の記
載,測量技術等を総合考慮して,海及び干潟の各状態において,社会通念上本件土
地の位置,形状等が認識できるかものかどうかを判断すべきである。
 そうすると,本件土地は,図面あるいは地図上において,その位置,形状につい
てはおおむね特定できるだけでなく,現状においても,干潮時において,その干潟
の形状は年月の経過とともに変化するものの,干出する土地の形状により海面との
識別をすることはおおむね可能であって,前記のとおり私人間において本件土地は
取引の対象となっていたことからすると,それらの者の間においても本件土地の位
置,形状について共通の理解があったものと推認される。また,本件土地が海没し
ている場合においても,その詳細な位置については,必要があれば,海岸堤防上に
敷設してある境界鋲をもとに,測量座標値を用いて復元することは十分に可能であ
る。
 よって,本件土地を他の海面と区別して認識することは可能であり,②iiの要
件を満たしているといえる。
(5) 以上のとおり,本件土地が私法上の所有権の客体となり得ないものである
との点については,その立証がなく,本件契約は不能を目的とする契約であって無
効であるとの原告らの主張は理由がない。
3 争点(3)(本件契約の対象の特定性と契約の適法性)について
 原告らは,本件土地が藤前干潟の場所に存在するとしても,その境界は不明であ
るとして,そのような土地を購入する契約は違法無効であると主張する。
 一般に,内容が不確定な法律行為は,法律効果を帰属させるのに不適当であるか
ら,そのような法律行為は無効となる。しかし,法律行為の内容の一部に確定して
いない部分があっても,当該法律行為を行う当事者の定めた標準ないし解釈によれ
ばその内容を確定し得る場合には,当該法律行為が無効となることはない。これを
土地の売買契約についてみた場合,例えば,契約対象の土地の境界について隣接所
有者等との間に争いがあり,実測面積が確定できない場合であっても,契約当事者
間においては登記簿上の面積をもって当該土
地の面積とすることを前提として契約が締結されているならば,当該契約が無効と
なることはない。したがって,本件土地の境界が不明であり,その実測面積が確定
できないとしても,そのことのみによって本件契約が無効となることはないから,
原告らの前記主張は失当というべきである。
 本件契約は,本件土地については公図が存在しないことから,白川不動産から取
得した図面により本件土地を購入し(甲1,弁論の全趣旨),その移転登記が経由
されたものであることからすると,本件契約の当事者間においては,本件土地の位
置,形状は上記図面上のものとして,本件土地の面積は土地登記簿上のものとして
合意が成立したものと解され,本件契約の内容はそのようなものとして確定してい
るというべきであるから,本件契約は有効である。
 原告らは,境界が不明な本件土地を買い受けた本件契約の締結は違法であると主
張するところ,その主張が境界が不明な土地の売買契約の締結は財務会計法規に違
反する違法があるとの主張であると解したとしても,境界の確定が困難で,そのた
め使用ができず土地購入の目的を達成できないなど財務会計法規上違法と目すべき
事実が存在するとの主張立証がないから,原告らの上記主張は理由がない。
4 争点(4)(本件契約等の必要性)について
(1) 本件契約は,一般廃棄物最終処分場を新設するための用地の取得を目的と
するものであるが,市町村は,その区域内における一般廃棄物,すなわち住民の日
常生活から排出されるごみの減量に関し住民の自主的な活動の促進を図るとととも
に,一般廃棄物の適正な処理に必要な措置を講ずる責務を負っており(廃棄物の処
理及び清掃に関する法律第4条1項),その必要な措置として自ら処理施設を設置
して処分するか(同法6条の2第1項,9条の3),業者に委託するなどして処理
する(同法6条の2第2項,7条等)ことが求められている。そして,一般廃棄物
処理に関し,市町村がどのような施策を講じるかは,一般廃棄物の排出状況及び将
来における排出量の見込みや現有の一般廃棄物処理施設あるいは最終処分場の残存
処理能力,処理方法の改善の可能性等を総合考慮した上でなされるべきことであっ
て,専門的かつ政策的な行政判断が求められるものであるから,その施策の選択は
市町村の裁量に委ねられていると解される。そうすると,市町村が一般廃棄物処理
のための措置の方策として新
たな一般廃棄物最終処分場の建設をする場合において,そのための用地としてどの
ような土地を選定し購入すべきかについても,法96条1項8号が財産の取得につ
いて一定の場合に議会の議決を要する旨を定めているほかは,これを規制する法令
が存しないことからすれば,当該市町村の長の裁量に委ねられているというべきで
あって,当該土地の購入が違法となるのは,明らかに取得の必要がないのに,当該
財産の適正価格よりも著しく高価で取得したなど,その裁量権を逸脱あるいは濫用
したと認められるような場合に限られるというべきである。
(2) 本件についてみると,前記第2の1(3)イで述べたとおり,名古屋市に
おける一般廃棄物最終処分揚の確保は長年の懸案事項であり,同市においても検討
が重ねられてきたが,現有の処分場のみで同市の将来のごみ需要に対応できるかに
ついては疑念があったこと(弁論の全趣旨によれば,原告らもこの点については争
っていないものと認められる。)に加え,ごみの減量に関する住民の自主的な活動
には限界があることからすれば,名古屋市長が将来のごみ需要に対応するために新
たな一般廃棄物最終処分場を建設することとし,そのための用地として本件土地を
取得するため本件契約を締結したことは合理的な裁量権の行使というべきであっ
て,本件契約は不必要な契約であるとする原告らの主張には理由がない。原告らは
本件土地以外にも適当な代替地が存在する旨を主張するが,その代替地の優位性に
ついては何ら立証しないし,本件契約の締結自体が合理的な裁量の範囲内に属する
ものである以上,他の代替地を選定するかどうかはその当否を問題としているにす
ぎないのであって,代替地の存在によって本件契約が違法となるものではないか
ら,原告らのかかる主張は失当というべきである。
(3) また,原告らは,仮に本件土地の取得の必要性があるとしても,本件契約
は,将来一般廃棄物最終処分場用地として必要とする以上の土地を購入しており,
過剰な契約であると主張する。
 しかしながら,本件土地は現状海没地であり,本件土地の各筆ごとの境界が不明
確であること,本件土地はいずれも同一の所有者(白川不動産)に帰属していたの
であり,同所有者との売買交渉に当たっては本件土地の一部のみを買い受けるより
も全体を買い受ける方が交渉が優位に進むと考えられること,一般に土地の有効利
用の見地から名古屋市として
もまとまった土地として購入した方が得策であると考えられること,名古屋法務局
が,本件土地については平成5年時点で公図がないとの理由で分筆登記申請を受理
できないとする立場をとっていたこと(甲1)からすれば,名古屋市長が一般廃棄
物最終処分場用地として予定していた範囲以上の土地を購入することを決定したと
しても,そのことによって,その裁量権を逸脱ないし濫用したとまではいえないと
いうべきである。
 よって,原告らの前記主張は採用できない。
5 争点(5)(環境アセスメントと契約締結過程の違法)について
 本件契約は,本件土地を取得後,同土地を埋め立てることを前提とした契約であ
るから,本件契約締結に当たっては本件土地について十分な環境アセスメントを行
うことが必要であり,被告らはこれを怠ったと主張する。
 しかしながら,原告らが主張する環境アセスメントに関する事項は,本件土地を
取得後に埋め立てるということとなれば,その際に検討すべき事項であり,本件契
約の締結に際して検討することが法的に義務づけられている事項ではなく,本件契
約締結に当たって十分な環境アセスメントが行われていなかったとしても,そのこ
とによって本件契約が違法無効となるわけではないから,原告らの主張はその前提
において失当といわざるを得ない。
 なお,付言するに,法242条の2第1項にいう違法とは,財務会計法規上の違
法であると解せられるところ,本件契約締結過程において,十分な環境アセスメン
トを行わなかったために,本件土地及びその周辺の自然環境に悪影響を与えたり,
環境保護に関する法令等に反する事態を招いたとしても,そのこと自体は行政の執
行が不当ないし違法であるというにとどまり,直ちに財務会計法規上の違法とはな
らないし,このような違法のみを理由として契約の締結や契約代金の支払行為等の
財務会計行為が違法であるということもできない。そして原告らは環境アセスメン
トの不備が財務会計法規上の義務違反することになる根拠やその義務違反の具体的
内容については何ら主張していないから,この点に関する原告らの主張は理由がな
い。
6 争点(6)(本件土地取得後の所有権放棄と契約の違法)について
 原告らは,名古屋市が本件土地取得後に同地の所有権を放棄することにより,本
件土地を公有水面とする予定であるとして,本件契約は取得後の所有権放棄を目的
としたものであり,そのよう
な目的をもって締結された本件契約は違法無効であると主張する。
 しかし,前記第2の1(2)アのとおり,本件契約の目的が一般廃棄物最終処分
場用地の取得であることは明らかであって,その目的を達成するために,本件土地
を取得後所有権を放棄し,公有水面とした上これを埋め立てる方法を採るか,ある
いは,所有権を保持したまま埋立てをするかは,実際に埋立てが開始される段階に
なって関係機関と協議する中で決定することとされていたのであり,所有権の放棄
が既定事実となっていたことの証拠はない。仮に所有権を放棄するという形式をと
ることとなったとしても,所有権放棄とは,西1区埋立事業に基づき同地を埋め立
てる際に生じる公有水面埋立法上の問題との法的整合性を図るための一方策として
予定されているにすぎないものであり,西1区埋立事業の達成,一般廃棄物最終処
分場の設置という目的実現のための手段として採用されるものであって,名古屋市
において一般廃棄物最終処分場用地の確保が急務とされていた実情の下では,かか
る契約の目的は合理性を有しているというべきであるから,所有権の放棄をもって
直ちに違法な財産の管理行為であるとはいえないし,そのような手段を採用するこ
とが裁量権の逸脱あるいは濫用となるとはおよそいい難い。そもそも原告らの主張
するところは,本件土地取得後の同地の管理ないし処分が違法であるということに
すぎないのであって,本件契約の目的とは直接関係がなく,仮に取得後に予定され
ている本件土地の管理及び処分が違法になされたとしても,そのことがさかのぼっ
て本件契約の違法無効をもたらすわけではない。また,前記のとおり,本件契約締
結時には所有権が放棄されることは飽くまで予定にすぎず,したがって違法な財産
の管理ないし処分がなされるかどうかも当然未確定であるところ(現に本件の場合
も,予定されていた埋立事業は中止され,現在においても名古屋市は本件土地の所
有権者のままである。),そのような将来行われるかどうかも確定していない行為
の違法の可能性を理由として本件契約自体が違法無効ということはできない。
 よって,原告らの前記主張は採用できない。
7 争点(7)(本件土地の購入価格の当否)について
(1) 被告公社の先行取得価格について
 証拠(丁7,8)並びに弁論の全趣旨によれば,次の事実が認められる。
ア 名古屋市長は,本件土地の価格を明らかにす
るため,財団法人日本不動産研究所(不動産鑑定士E)に対して,平成4年10月
15日時点の同地の鑑定評価を依頼した。同鑑定では,本件土地が現況海面下の土
地の工場地向き宅地見込地であることから,①同一需給圏内の類似地域に存する同
種別の取引事例から求めた比準価格,②対象地について,周辺地域と同様に工場地
として開発し,分譲することを想定し,造成後の更地価格から造成工事費相当額及
び発注者が直接負担すべき通常の付帯費用等を控除して行う開発法を採用して求め
た価格の2つを試算価格として,この両価格を調整して鑑定評価額を決定するとい
う方針の下に行われている。
 同鑑定では,まず,本件土地と同様の海浜地の取得事例を全国から集積して得た
比準価格を1平方メートル当たり5300円と試算した。また,開発法を採用して
求めた価格を1平方メートル当たり5600円と試算した。その上で,比準価格は
現実的かつ実証的な価格であり規範性が高いものの,本件土地の地域的特性から同
一需給圏がより広い範囲にわたって認められるため取引事例の収集が全国的規模と
なり,それによって地域間の格差が大きくなるとともに,取引事例が限定されるた
め時点修正率が大きくなるという問題点があり,一方,開発法により求めた価格は
周辺の工場地価格を反映した投資採算価格で,想定造成計画も隣接の藤前流通団地
を参考に求めたものであり規範性は高いが,本件の開発許可は一般民間開発業者に
は困難な状況を伴うという問題点があることから,両者は同等の妥当性があるもの
と判断し,ほぼ中庸値である1平方メートル当たり5500円をもって鑑定評価額
と決定した。
イ 名古屋市長は,本件土地の価格を明らかにするため,株式会社明和不動産鑑定
所(不動産鑑定士D)に対して,平成4年10月15日時点の同地の鑑定評価を依
頼した。同鑑定では,隣接する「藤前流通業務地区」を参考にした工場用地を想定
し,本件土地転換・造成後の更地価格から,同一条件にするために必要な標準的造
成工事費等を控除する「原価法に準ずる法」により算定された試算価格を基本とし
て,これを周辺農地事例からの「取引事例比較法」により算定された試算価格と参
考として鑑定評価額を決定するという方針の下に行われている。
 同鑑定では,まず「原価法に準ずる法」により1平方メートル当たり4720円
と試算した。次に,本件土地に最も近似する周辺地域の用途
的地域は土地利用の原始的方法である農地地域であり,同地域との間には価格水準
的なバランスが認められるとして,周辺農地の取引事例からの比準により1平方メ
ートル当たり4640円の試算価格を得た。そして,規範性の高い「原価法に準ず
る法」により試算された価格を中心に,一般には市場取引の実勢を反映する比較方
式を若干参酌して,1平方メートル当たり4700円をもって鑑定評価額と決定し
た。
ウ 名古屋市は,平成4年11月13日までに上記鑑定評価書の提出を得て,名古
屋市の公有財産価額審議会に本件土地の価額の評定を付議し,同審議会は,平成5
年5月17日,前記2つの不動産鑑定評価の評価額を参考に,1平方メートル当た
り4600円を本件土地の評定価格とした。
 これを受けて,名古屋市は,上記評定価額の範囲内で白川不動産と本件土地の買
取交渉を進めた結果,1平方メートル当たり4000円(合計47億0944万4
000円)で買収に応ずる旨の内諾を同社から得たので,同価格をもって本件土地
の取得を被告公社に対して依頼し,被告公社は,同依頼に基づき,本件土地を同価
格で白川不動産から買い受けた。
 以上のことからすれば,上記両鑑定が採用した手法は異なるもののそれぞれの鑑
定手法にはいずれも合理性を有しており,鑑定に当たっての事例の選択及びその鑑
定判断には公正かつ妥当なものというべきである。そして,名古屋市は,両鑑定評
価額を参考にして本件土地の評定価格を決定した上で,白川不動産との交渉を行
い,交渉の結果いずれの鑑定評価額をも下回る価格での買受けの承諾を得て被告公
社に本件土地を取得させているのであるから,先行取得価格の決定について名古屋
市には何ら裁量権を逸脱する違法は存しないものである。
 市街地価格指数の上昇率を根拠に先行取得価格の不当性をいう原告らの主張は採
用できない。
(2) 名古屋市の取得価格について
 前記第2の1(2)イで述べたとおり,本件契約の売買代金金額は,協定書9
条,事業用地の取得に関する実施協定書3条,4条の規定に従って適正に算定され
たものであって,その額は妥当なものである。
 この点,原告らは,法2条13項を根拠として,被告A及び被告Bは協定書どお
りに処理するのではなく,協定書等から算出される金額よりも少ない費用で売買を
成立させなければならない作為義務を負っており,安易に協定どおりの処理を行っ
たことは違法で
あると主張する。
 しかしながら,協定書等に基づき被告公社の先行取得価格に上乗せされた金額
は,事務諸経費と被告公社が本件土地を取得後負担した利子相当額であり,仮に協
定書等に算出される金額よりも低い価額にて名古屋市が買受けをするとなると被告
公社は上記の利子相当額等を自ら負担することを強いられることとなるが,そのよ
うな結果が不当であることはいうまでもない。したがって,被告A及び被告Bはこ
のような不当な結果を招来しないよう協定書等に従って処理する義務を負っている
のであって,原告らの前記主張は採用できない。
(3) 以上のことから,被告公社による先行取得の価格及び本件契約の代金額は
いずれも妥当なものであり,本件契約の代金額の決定に違法があるとはいえない。
第4 結論
 以上判示したところによれば,その余の点について判断するまでもなく,原告ら
の各請求はいずれも理由がないからこれを棄却することとし,訴訟費用について
は,行政事件訴訟法7条,民事訴訟法61条を適用して,主文のとおり判決する。
名古屋地方裁判所民事第9部
裁判長裁判官 野田武明
裁判官 橋本都月
裁判官 富岡貴美

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