弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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         主    文
     原判決を破棄する。
     被告人を懲役一年及び罰金三〇万円に処する。
     右罰金を完納することができないときは、金二〇〇〇円を一日に換算し
た期間、被告人を労役場に留置する。
     原審における訴訟費用は、その二分の一を被告人の負担とする。
         理    由
 本件控訴の趣意は、弁護人加藤達夫、同山出和幸(連名)提出の控訴趣意書記載
のとおりであるから、ここにこれを引用する。
 右控訴趣意第一点(事実誤認)について。
 所論は要するに、管理売春の罪(売春防止法一二条)が成立するためには、売春
婦らの居住に関する支配と売春行為に関する支配が必要であるところ、本件におい
ては右の二要件とも具備しないのに、その具備を是認した原判決は事実を誤認した
ものであるというのである。
 よつて検討するに、原判決挙示の証拠にれば原判示事実は優に認められ、したが
つて、右二要件の存在はこれを是認しうるところである。すなわち、
 まず所論によれば、(1)A嬢の遅刻、欠勤に対して被告人から殊さらに強い干
渉があつたわけではないこと、(2)遊客があつてもA嬢において必ずこれに応じ
なければならないわけではないこと、(3)外出も用件があれば認めていたこと、
(4)A嬢は自由に店をやめることができたこと、(5)A嬢において束縛を感ず
るようなことはなかつたこと等からすると、被告人においてA嬢に対し居住に関す
る支配を有していたということはできないというのである。
 しかし、管理売春における居住の支配は、売春婦らに対しその起居全般を束縛し
たり前借金等で居住の自由を拘束したりするほどに強力なものである必要はなく、
同女らを一定の時間一定の客待ち場所に集合させ、何時でも遊客の求めに応じうる
よう待機させ、その間無断で外出することを許さない程度の拘束で足るものと解す
べきところ、原判決挙示の証拠によれば、被告人は、(1)「広海A」の営業時間
を午後四時から翌日午前三時までとし、A嬢を四班編成として定められた出店時間
(早番午後四時から、中番午後五時から、遅番午後七時から。残りの一班は公
休。)における出店を各班毎に順次くり返していたこと、(2)出店後は特に被告
人又は店長の許可を受けた場合を除いて無断外出を禁止していたこと、(3)欠勤
及び遅刻については、罰金制度と称して届出の有無に応じて、一〇〇〇円から五〇
〇〇円を徴収することとしていたこと(但し、その徴収は主としてA嬢の一人に委
ね、A嬢の福利厚生費に使用した。なお、昭和五一年五月中旬ころから一時その徴
収を中止した。)、(4)A嬢は、指名の場合を除き被告人が雇用したレジ係によ
つて出店順に来店した遊客の割当てを受けていたことがそれぞれ認められ、原審に
おける被告人の供述及び分離前の共同被告人Bに対する尋問調書のうち右と相容れ
ない部分はたやすく措信できない。
 しかして、以上の事実によれば、A嬢らの居住に関し前説示の程度の拘束が及ん
でいたことは明らかであり、したがつて、右に関し被告人の支配が存在したことも
これを肯認しうるところである。
 次に所論によれば、本件において、(1)売春をすることが明示的又は黙示的に
雇入れの条件とはなつていないこと、(2)売春の対価又は実質的に売春の対価と
みられるものに対し、被告人が分け前にあずかつたことはないこと、(3)売春を
しないと生活できないような労働条件の下にA嬢がおかれていたわけではないこ
と、(4)売春をするかしないかはA嬢の全くの自由意思でなされていたこと等か
らすると、被告人がA嬢に対し売春行為に関する支配を有していたということはで
きないというのである。
 しかしながら、原判決挙示の証拠によれば、(1)本件のA嬢は、その全員が殆
んどすべての遊客と売春行為をなし、遊客も同様にこれを目的に来店していたこ
と、(2)店の収入は基本入浴料を四〇分で三〇〇〇円とし、延長一〇分毎に一〇
〇〇円を加算徴収するとともに、A嬢から出勤日毎にタオル代、掃除代として二〇
〇〇円(その日の客三名以上の場合)又は一〇〇〇円(その日の客二名以下の場
合)及び客一名毎に飲用の有無に拘らずコーラ代一〇〇円を徴収していたこと、
(3)一方、A嬢は店から給与等の支給は全く受けず、専ら客から直接に受取るサ
ービス料をその収入としたが、被告人らは右サービス料に関し、客の入浴の世話及
びマツサージを内容とする本来のサービス(いわゆるチヤリ)の料金を一〇〇〇円
と定めたほか、売春を含むその他のサービスをすることにより最高七〇〇〇円まで
のサービス料の取得を認めるとともに、A嬢に対し右最高額を越える料金の取得を
厳禁し、これに反した者は解雇する旨伝えて厳しく指導したこと、(4)しかし、
A嬢は右一〇〇〇円のサービス料収入では店に納入すべき前記タオル代、掃除代そ
の他稼働上支出すべき必要経費例えば髪のセツト代、深夜のタクシー代、夜食費等
を控除すれば、とうていその最低生活費自体をも充たすに足らず、たまにはチツプ
等の収入があるとしても、(もつとも、チツプ自体も殆んど売春をした場合に限つ
て得られるものであることが窺われる。)、殆んどが浴場個室内における売春を伴
うサービスをして五〇〇〇円から七〇〇〇円のサービス料を得るのが常態となつて
おり、換言すればサービス料の右最高額七〇〇〇円は実質的には売春料の最高額に
外ならず、被告人らは以上の事実を十分に知悉していたこと、(5)被告人らは日
頃よりA嬢に対し、客には最高のサービスをして入浴の時間延長をとるべき旨を勧
奨し、時間延長一〇分を一点、指名客一名を一点としてA嬢の成績を点数化してグ
ラフに表示し、これをA嬢控室に掲示し、一定の成績をあげた者には専用個室を与
える等の制度を採用したが、これは延長料等の収入を得る店側の利益と売春料を得
るA嬢の利益及び売春を求める遊客の要求とが合致するもので、右勧奨は暗に売春
を奨励するものに外ならなかつたこと、(6)しかして、被告人らはA嬢が売春に
際して使用する避妊具についても、特に使用済の避妊具は店内に放置することなく
必ず持ち帰つて処分すべきことを命じ、売春の証跡を残すことのないよう厳しく指
導をしていたこと等が認められ、原審証人C、同D、同E、同Fの各証言並びに原
審における被告人の供述及び分離前の共同被告人Bに対する尋問調書のうち右と相
容れない部分は前掲各証拠に照らしたやすく措信できない。
 <要旨>しかして、以上の事実に徴すると、「被告人はA嬢のなす売春行為自体に
関し、これを直接的に強制したことはないけれども単に認容ないし黙認した
には止まらず、A嬢に固定給を支給せず、入浴の世話及びマツサージ等その本来の
職務に従事して揚げる料金収入だけでは最低生活費をも充たしえない仕組みのもと
に、実質的に売春料の最高額を決定し、A嬢が浴場個室内で売春をして客から売春
料を受領することを常態としたうえ、暗にこれを奨励し、その売春に使用した避妊
具の管理に関して指導する等の方法によつて、A嬢が売春することにつき直接、間
接に支配、介入していたことは十分に肯認できるところであり、かかる場合におい
ては、A嬢らの売春行為に関し被告人の支配が存在し、被告人は売春防止法第一二
条にいう人に「売春をさせる」ことを業としたものと解すべきである。」
 そうしてみれば、被告人につきA嬢らの居住に関する支配と売春行為に関する支
配の存在を認め、管理売春の成立を肯定した原判決は正当であつて、記録を精査し
ても原判決には所論の如き事実誤認があることを発見することはできない。論旨は
理由がない。
 右控訴趣意第二点(量刑不当)について。
 よつて所論にかんがみ、本件記録及び原審において取調べた証拠のほか当審にお
ける事実取調べの結果を加えてその犯情を検討するに、
 被告人は多数のA嬢と客引きを使用し、個室一五室を全面的に活用するなどして
組織的に本件を敢行したもので、売春の回数も多く、あげた収益も多大なものがあ
つたと認められること、被告人は原判示のとおり兇器準備集合罪により懲役刑の執
行を受け終つたものであるのに、その後間もなくして本件犯行に及んだものである
こと等にかんがみるときは、原判決の被告人に対する刑の量定は必ずしも首肯でき
ないものではない。
 しかしながら他面、被告人が「広海A」の経営を担当したのは昭和五〇年二月か
らであつて、その経営の期間及び本件管理売春の期間は必ずしも長期とは言い難い
こと、被告人は愛知県半田市に本店を有するG株式会社の取締役として同社から福
岡における唯一の店舗である「広海A」の経営担当者として派遣され、A経営は初
めての経験であつたところから、その営業成績をあげることを急ぐあまり、勇み足
的に本件所為に及んだことが窺われること、A嬢に対する支配、介入の実態が格別
に悪らつであつたとも認め難いことその他所論の被告人に利益な事情を参酌すると
きは、原判決の被告人に対する科刑はいささか重きに失し相当でない。論旨は理由
がある。
 そこで、刑事訴訟法三九七条一項、三八一条に則り原判決を破棄し、同法四〇〇
条但書に従いさらに判決する。
 原判決の確定した事実に法律を適用すると、被告人の原判示所為は刑法六〇条、
売春防止法一二条に該当するところ、被告人には原判示の前科があるので刑法五六
条一項、五七条により懲役刑につき再犯の加重をなし、その刑期及び金額の範囲内
で被告人を懲役一年及び罰金三〇万円に処し、右の罰金を完納することができない
ときは、同法一八条により金二〇〇〇円を一日に換算した期間、被告人を労役場に
留置することとし、原審における訴訟費用は刑事訴訟法一八一条一項本文に従いそ
の二分の一を被告人に負担させることとする。
 よつて、主文のとおり判決する。
 (裁判長裁判官 山本茂 裁判官 川崎貞夫 裁判官 矢野清美)

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