弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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         主    文
     原判決中上告人の不法行為に基づく損害賠償の請求を排斥した部分を破
棄する。
     右部分に関する事件を東京高等裁判所に差し戻す。
     原判決中その余の部分に関する上告を棄却する。
     前項の部分に関する上告費用は上告人の負担とする。
         理    由
 上告代理人中島登喜治の上告理由第一点について。
 所論は原審で主張しない事項をいうものであるのみならず、原審が、上告人にお
いて所論の担保のために本件売買を承諾した事実を認定していない以上、所論のよ
うな理由によつて右売買を所論営業に関する行為と解することもできないのであつ
て、論旨は採るを得ない。
 上告代理人田辺恒之、千葉宗八、松浦登志雄、青柳洋の上告理由第一点について。
 原判決の摘示するところによればD支店長Eが商法四二条により本件取引をなす
権限を有する旨の上告人の主張は被上告人においてこれを認めず、係争事項となつ
ていたことが認められるから、原審が上告人の主張の当否を判断した上これを排斥
したのはもとより当然であつて所論(一)の違法はなく、ヌ右の判断は所論の資料
をまたずしてこれをなし得る場合に属するのであるからこの点について原審のなし
た判断について所論(二)の違法ありとは言えない。論旨は理由がない。
 同第二点および第三点について。
 商法第四二条によつて支店の営業の主任者たることを示すべき名称を附した使用
人が支店の支配人と同一の権限を有するものと看做される、いわゆる「営業ニ関ス
ル行為」とは、営業の目的たる行為の外営業のため必要な行為をも含むものと解す
べきではあるが、当該行為がこれにあたるか否かは、行為の性質の外、取引の数量
等をも勘案し客観的に観察してこれを決すべきものと解するのが相当である。それ
故原判決が、本件のように靴下五千ダースの売買契約の如きは明らかにその営業に
関せざる権限外の行為というべきであるとして商法四二条の適用を否定したのは正
当であり、所論のように支店長Eが不良貸付回収を目的とし、職員の厚生にも資そ
うとしたものであつたとしても、これによつて右判断を不当とすることはできない。
原判決にはすべて所論の違法はなく論旨は理由がない。
 上告代理人中島登喜治の上告理由第二点、同田辺恒之、千葉宗八、松浦登志雄、
青柳洋の上告理由第四点の(一)、(二)、(三)、(五)について。
 原審は、上告人の民法七一五条に基づく損害賠償の請求について、「被控訴人(
被上告人)の使用人D支店長Eがなした本件靴下の売買が被控訴人の事業の執行に
つきなされたものでないこと前に説明したとありであるから、この点につき被控訴
人に民法七一五条による責任ありとはなし難く」と判示し、上告人の右請求を排斥
していること論旨の指摘するとおりである。しかし、原審は、右売買がいわゆる事
業の執行につきなされた行為であるか否かについては、さきに、これが商法四二条
の規定する営業に関する行為にあたることを否定している外別段の説示をしていな
いこと判文上明白であるから、右はひつきょう、右売買が前段にいわゆる営業に関
する行為でないことを理由として民法七一五条にいう事業の執行につきなされた行
為にもあたらない旨判断しているものと解せざるを得ない。しかしながら民法七一
五条は、使用者が被用者を使用して広く事業活動をなすものであることを根拠とし、
その事業の執行に関連して被用者が第三者に加えた損害について賠償責任を負担せ
しめることを趣旨とするものであり、取引の安全を保護するため支店長等の取引権
限の範囲を劃定する趣旨に出でた商法四二条とはその規定の趣旨を異にするのであ
るから、その間の区別を顧慮することなく、商法四二条にいう営業に関する行為に
あたらないからといつて、直ちに民法七一五条にいう事業の執行につきなされた行
為にもあたらないと即断することはできないものといわなければならない。のみな
らず、原判決の摘示するところによれば、上告人はその請求原因として、「EはF
等と相謀り、控訴人(上告人)を欺き被控訴人があたかも買人であるかのように誤
信せしめ、控訴人よりD支店に絹靴下を出荷せしめ、これを受領し、Eが被控訴人
の諒解の下にこれを売却処分した行為はF等との共同不法行為であり、しかもその
行為は銀行の業務としてなされたのであるから、被控訴人は民法七一五条により使
用者としての責任を負うべきものである」と主張しているのであつて、単にEが上
告人となした売買行為だけをいわゆる事業の執行につきなされた行為であるとして
いるものではなく、同人が右靴下を他に売却処分した行為がこれに該当する旨主張
していることが明らかであり、現に原審は、右Eは被上告銀行取締役Gに対し、D
支店宛に送られた本件靴下はF等に対する貸付金の担保にとつてある旨報告した関
係上右GはEに対し右靴下を処分し右貸付金の弁済に充つべき旨命じたこと、Eは
その命を受けてFとともに右靴下の大部分を昭和二四年九、一〇月頃山形県方面に
売却したことをも認定しているのであつて、右認定のごとき事実関係であるとすれ
ば、右Eの靴下の売却は、被上告銀行の事業の執行につきなされた行為でないとは、
にわかに即断し得ないものといわなければならない。してみれば、原審は、単にE
が上告人となした売買がいわゆる事業の執行につきなされた行為にあたるか否かを
判断しただけで足るものではなく、進んで同人のなした右靴下の売却についてもこ
の点の判断を加え、もつて上告人の請求の当否を決すべきものであるにかかわらず、
上告人となした売買を、商法四二条の規定する営業に関する行為でないとの理由だ
けで被上告銀行の事業の執行につきなされた行為にもあたらないとし、これによつ
て直ちに被上告銀行の民法七一五条による責任を否定したのは、法律の解釈適用を
誤つたか、理由不備の違法あるものであつて、この点に関する論旨は理由があり、
右の部分に関する原判決は破棄を免れない。
 上告代理人中島登喜治の上告理由第三点、同田辺恒之、千葉宗八、松浦登志雄、
青柳洋の上告理由第四点の(四)について。
 原審は、上告人の不法行為を原因とする損害賠償の請求について、「右Eが被控
訴人会社取締役Gの命により本件靴下を山形県方面に売却処分したことは前に認定
したとおりであるけれども、右Eにおいて右靴下が控訴人の所有に属することを知
つていたとの事実についてはこれを認むべき証拠なく、更に被控訴人会社取締役G
は被控訴人D支店が本件靴下をF等に対する債権の担保にとつたものと信じ右Eに
その処分を命じたことも前認定のとおりであるから、結局右EおよびGには不法行
為の成立要件たる主観的責任条件を欠くことに帰し、この点についても被控訴人に
民法七一五条等にもとづく責任ありとはなし難い」と判示し、EおよびGに権利侵
害の故意の存在しないことを理由として上告人の請求を排斥していること、論旨の
指摘するとおりである。
 しかし、所有権侵害の故意ありというためには、必ずしも特定人の所有権を侵害
することについて、認識のあることを要するものではなく、単に他人の所有権を侵
害する事実の認識があれば足るのであるから、Eにおいて本件靴下が上告人の所有
に属することを知つていたことを認むべき証拠がないというだけで、直ちに同人に
所有権侵害の故意がないものと即断することはできない。のみならず、仮にEに遣
いて本件靴下につき所有権侵害の故意がなく、又Gにあいてもその故意がなかつた
ものとしても、上告人は右請求の原因として、上告人の出荷した本件靴下をEが売
却処分した行為は不法行為である旨、前点摘録のごとく主張した上、さらに「被控
訴人(被上告人)の同絹靴下の処分は単独の不法行為も成立するものであつて、以
上いづれの観点からいつても、被控訴人は代金相当額の損害を弁償すべき責任を有
するものである」と主張していること原判決事実摘示により明らかであり、Eおよ
びGに所有権侵害の過失ある事実を主張していないものとは必ずしも解し得ないの
であるから、同人らにおいてかかる過失ありゃ否やを判断することなくしては、不
法行為の成立要件たる主観的責任条件を欠くものと断定し得ないものといわなけれ
ばならない。しかるに原審が前記摘録のごとく判示しただけでたやすく同人らにお
いて主観的責任条件を欠くものと断定し、これによつて上告人の請求を排斥したの
は、法律の解釈適用を誤つたか、理由不備の違法あるものであつて、この点の論旨
も理由があり、右の部分に関する原判決は破棄を免れない。
 よつてその余の部分の論旨に対する判断を省略し、民訴四〇七条、三九六条、三
八四条、九五条、八九条に従い、裁判官全員の一致で主文のとおり判決する。
     最高裁判所第三小法廷
         裁判長裁判官    河   村   又   介
            裁判官    島           保
            裁判官    小   林   俊   三
            裁判官    垂   水   克   己

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