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主文
1原判決主文第2項のうち,控訴人Aの請求に係る部分を次のとおり変更
する。
⑴東京都教育委員会が平成21年3月31日付けで控訴人Aに対してし
た懲戒処分を取り消す。
⑵控訴人Aのその余の請求を棄却する。
2控訴人Bの本件控訴を棄却する。
3訴訟費用は,第1審及び第2審を通じてこれを2分し,その1を控訴人
らの負担とし,その余は被控訴人の負担とする。
事実及び理由
第1控訴の趣旨
1原判決主文第2項を取り消す。
2主文第1項⑴と同旨
3被控訴人は,控訴人らに対し,それぞれ300万円及びこれに対する平成2
1年3月31日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2事案の概要(以下においては,特に断らずに原判決記載の略称を用いることが
ある。)
1本件は,控訴人Aが所属していた東京都立Xにおいて平成21年3月24日
に,控訴人Bが所属していた東京都立Yにおいて同月19日にそれぞれ挙行さ
れた卒業式の際,事前に各学校の校長から控訴人らに対して式典では国旗に向
かって起立し,国歌を斉唱するようにとの職務命令(本件職務命令)が発せら
れていたにもかかわらず,控訴人らがそれぞれの所属校での卒業式における国
歌斉唱時に着席したまま起立しなかったため,処分行政庁である東京都教育委
員会(都教委)が,地方公務員法(地公法)32条及び33条に違反するとし
て,同月31日,同法29条1項1ないし3号に基づき,控訴人らに対してそ
れぞれ停職6月の懲戒処分(本件各処分)をしたところ,控訴人らにおいて,
本件各処分は憲法13条,19条,23条,26条,教育基本法16条1項等に
違反するなどと主張して,本件各処分の取消しを求めるとともに,本件各処分
により精神的苦痛を受けたと主張して,都教委の設置者である被控訴人に対し,
国家賠償法(国賠法)1条1項による損害賠償請求権に基づき,慰謝料各30
0万円及びこれに対する本件各処分がされた日である平成21年3月31日か
ら支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求めた事案
である。
原審は,本件職務命令は憲法19条等の規定に違反するものでも,教育基本
法16条1項に違反するものでもないなどとしたが,本件B懲戒処分について
は,処分の選択が重きに失するものとして社会観念上著しく妥当を欠くもので
あり,懲戒権者の裁量権の範囲を逸脱してされた違法なものであるとして,同
処分を取り消し,本件A懲戒処分については,同処分を選択した都教委の判断
は社会観念上著しく妥当を欠くものとはいえず,停職期間も裁量権の範囲内と
いうことができ,適法であるとして,同処分の取消しを求める請求を棄却し,
国賠法1条1項に基づく損害賠償請求については,本件A懲戒処分は違法とは
いえず,本件B懲戒処分については国賠法上の過失は認められないなどとして,
控訴人らの請求をいずれも棄却する旨の判決をした。
そこで,上記敗訴部分を不服とする控訴人らが本件控訴を提起し,控訴人A
が本件A懲戒処分は違法である旨主張するとともに,控訴人Bとともに本件各
処分は国賠法上の過失があるなどと主張したが,被控訴人は,本件B懲戒処分
を取り消した被控訴人敗訴部分につき控訴も附帯控訴も提起しなかった。
したがって,原判決のうち本件B懲戒処分を取り消した部分は確定している
から,当審における審理の対象は,控訴人Aによる本件A懲戒処分の取消請求
及び控訴人らによる国賠法1条1項に基づく損害賠償請求の当否である。
2前提事実
前提事実は,次のとおり補正するほかは,原判決「事実及び理由」欄の第2
の2(原判決3頁12行目から20頁13行目まで)に記載のとおりであるか
ら,これを引用する。
(原判決の補正)
⑴原判決10頁6行目から7行目の「都立高等学校長及び都立盲・ろう・養
護学校長に対し,」の次に「職務命令の発出の必要性を基礎付ける事項とし
て,都教委が児童・生徒に国旗及び国歌に対して一層正しい認識をもたせ,
それらを尊重する態度を育てるために,学習指導要領に基づき入学式及び卒
業式を適正に実施するよう各学校を指導してきたことにより,平成12年度
卒業式から,すべての都立高等学校及び都立盲・ろう・養護学校で国旗掲揚
及び国歌斉唱が実施されているが,その実施態様には様々な課題があり,こ
のため,各学校は,国旗掲揚及び国歌斉唱の実施について,より一層の改善・
充実を図る必要があるということを示した上,」を加える。
⑵同12頁11行目の「勤務態度」から13行目の「戒告と定められている。」
までを「そして,勤務態度不良(職務命令違反,職務専念義務違反,職場離
脱)を行った場合には,減給,戒告と定められており,欠勤については,無
届欠勤1日又は私事欠勤5日以上が戒告,無届欠勤3日又は私事欠勤9日以
上が減給,無届欠勤5日又は私事欠勤15日以上が停職,3週間以上の無届
欠勤の継続が免職と細分化して定められている。」と改める。
⑶同16頁末行の「東京地裁」から17頁2行目の「係属中である。」まで
を「最高裁令和元年(行ツ)第250号,同年(行ヒ)第295号同年10
月3日第一小法廷決定は,控訴人らの上告を棄却するとともに,上告受理申
立てを受理せず(乙イ207),控訴人Aの請求を棄却した第一審の判決が
確定した。」と改める。
⑷同17頁5行目の「平成17」から8行目末尾までを「平成17年5月2
7日付けの停職1月の懲戒処分,平成18年3月31日付けの停職3月の懲
戒処分及び平成20年3月31日付けの停職6月の懲戒処分はいずれも有効
であることが確定していることになる。」と改める。
⑸同19頁18行目の「本件A不起立に及んだ。」の次に「控訴人Aが本件
A職務命令に従わなかったのは,控訴人Aの歴史観ないし世界観等において,
「君が代」や「日の丸」が過去の我が国において果たした役割が否定的評価
の対象となることなどから,起立斉唱行為をすることは自らの歴史観ないし
世界観等に反するもので,これをすることはできないと考えたことによるも
のであった。」を加え,19行目
⑹同20頁2行目の「本件B不起立に及んだ。」の次に「控訴人Bが本件B
職務命令に従わなかったのは,控訴人Bの歴史観ないし世界観等において,
「君が代」や「日の丸」が過去の我が国において果たした役割が否定的評価
の対象となることなどから,起立斉唱行為をすることは自らの歴史観ないし
世界観等に反するもので,これをすることはできないと考えたことによるも
のであった。」を加える。
3争点及びこれに対する当事者の主張
⑴争点及びこれに対する当事者の主張は,次のとおり補正し,後記⑵におい
て当審における当事者の補充主張を摘示するほかは,原判決「事実及び理由」
欄の第2の3(原判決20頁14行目から21行目まで)及び第3(原判決
20頁22行目から30頁末行まで)(ただし,いずれも控訴人Bの本件B
懲戒処分の取消請求に関する部分を除く。)に記載のとおりであるから,こ
れを引用する。
ア原判決23頁5行目の「必要性,合理性という」を「必要性や合理性の
有無という」と改める。
イ同30頁12行目から13行目の「平成17年度から平成21年度まで」
を「平成17年から平成21年まで」と改める。
⑵当審における当事者の補充主張
ア本件各処分の適法性について
(控訴人らの主張。ただし,控訴人Bの主張は,国賠法1条1項に基づく損
害賠償請求との関係でのものである。)
本件通達,本件職務命令及び本件各処分が憲法19条に違反している
ことについて
都教委は,卒業式等における不起立者を皆無にするために本件通達を
発し,校長の職務命令を一律に介在させることで,控訴人らの不起立を
職務命令に違反する非違行為として顕在化させ,君が代斉唱時に国旗に
向かって起立しない者に対し懲戒処分をするだけでなく,勤務先校長等
をも連座させて再発防止研修を受けさせ,不起立を繰り返した場合の免
職処分をも視野に入れた機械的な累積加重処分を行っている。都教委の
不起立者を皆無にするという目的に照らすと,本件通達,職務命令,処
分及び研修は,それぞれが独立して存在するものではなく,有機的に相
互に関連して存在するものであり,不起立者を皆無にするという目的に
向けた一連のものとして機能しているとみることができる。そして,機
械的な累積加重処分の論理的帰結として,不起立者は最終的に免職処分
を受けることが想定されている。
こうした一連の指導及び処分は,当該不起立者の内心に執拗に踏み込
み,追い詰めていくものであり,起立させるという都教委の政策目的に
基づき教育者の専門的良心や教育的営みを変更させる一つの強制的な
「制度・装置」として機能している。
そして,このような機能を持つ上記一連の措置は,自己の歴史観や世
界観を含む思想等により忠実であろうとする教師に対し,自らの思想や
信条を捨てるか,それとも教職員としての身分を捨てるかの二者択一を
迫るものであり,その思想及び信条を制約し,侵害するものであって,
思想及び良心の自由を直接的かつ実質的に侵害するものとして憲法19
条に違反する。
控訴人らは,教育実践の積み重ねがあったからこそ,懲戒処分を受け
ることが想定されても繰り返し不起立をしたのである。まさに,それは,
教育公務員としての職業上の信念,信条に基づく行為であって,控訴人
らは,自らの教育実践を通じて,この信念,信条を繰り返し語り,実行
してきた。そこに,控訴人らの教育公務員としての尊厳があり,これに
執拗に踏み込み,侵害する都教委の行為は,控訴人らの教師人格を破壊
するものである。
そして,このように,本件通達,本件職務命令及び本件各処分等によ
る一連の措置ないし指導及び処分が控訴人らの思想及び良心の自由を直
接的かつ実質的に侵害し,思想及び良心の自由に対する直接的な制約と
なる点を考慮すると,これが正当化される余地はないし,仮に,思想良
心の自由に対する制約が間接的であったとしても,その制約の程度が極
めて強度であることに照らせば,学校の卒業式や入学式等という教育上
の特に重要な節目となる儀式的行事においては,生徒等への配慮を含め,
教育上の行事にふさわしい秩序を確保して式典の円滑な進行を図ること
が必要か否かという判断要素を厳格に審査するべきであり,必要性及び
合理性の有無という緩やかな基準によって制約を正当化することは不当
である。
本件通達,本件職務命令及び本件各処分が憲法13条,23条,26
条及び教育基本法16条1項に違反していることについて
a旭川学力テスト事件最高裁判決は,教育の目的は「人格の完成」に
あり,国民各自が,一個の人間として,また,一市民として,成長,
発達し,自己の人格を完成,実現するために必要な学習をする固有の
権利を有する旨判示し,憲法13条,23条,26条は,子どもが自
由かつ独立の人格として,思想及び良心の自由を尊重されながら,教
員との人格的触れ合いの中で人格を発達完成させていく権利を保障し
たことを明らかにした。子どもは,自ら自律的に考え,成長していく
主体として捉えられ,そのため,教員には一定の範囲での教育の自由
が保障され,公権力による教育内容及び方法への過度の介入は許され
ない。
しかし,本件で,国旗及び国歌に対して起立を強制することは,国
民の間で意見が分かれる問題について,一方的に国旗及び国歌に対す
る敬意,賛同を要求することになる。したがって,教師に「起立」と
いう一定の価値観の表明をさせ,これにより生徒にも同様の態度をと
らせることを期待することは,まさしく価値観にかかわる問題につい
て,一定の価値観と態度を押し付け,子どもに「自ら考える教育」で
はなく,「押し付けられる教育」を施そうとするものである。
そして,本件通達や本件職務命令は,子どもに対して直接「起立」
を命じるものではないとされているが,本件通達や本件職務命令によ
る教師に対する起立の強制は,子どもに対し,示威的で強い心理的強
制を及ぼすものであり,子どもの自律的な成長発達を阻害し,その学
習権を侵害する。
b憲法が要請する子どもの個性に応じ自由かつ独立した人格を形成
するための教育においては,教師の教育の自由ないし教育上の裁量が
十分に尊重されなければならない。特に,本件のように「日の丸・君
が代」という,すぐれて意見の分かれる問題については,政治的な多
数決による意見が教育の方向を強く左右することがあってはならず,
一方の考えを教師が子どもに教え込むことは許されない。控訴人らは,
日頃の教育実践において,子どもたちが自分で考えを選択することが
できるようにする教育を展開していたのであり,「日の丸・君が代」
に関しても,一方的な考え方を押し付けることはできないという信念
を有し,子どもたちが自分自身の考えを形成できるように支援してき
た。このような控訴人らは,自ら教育者としての立場に反して国歌斉
唱時に起立するということはできないのであり,このことは,憲法1
3条,23条,26条に定められた教師の教育の自由として保障されて
いる。
c教育基本法16条1項は,教育行政に対し,「不当な支配」を禁じ
ている。「不当な支配」に当たるか否かは,旭川学力テスト事件最高
裁判決に示されているとおり,①教育における機会均等の確保と全国
的な一定の水準の維持という目的のために必要かつ合理的と認められ
る大綱的な基準にとどまるべきものであること,②教師による創造的
かつ弾力的な教育の余地や地方ごとの特殊性を反映した個別化の余地
が十分残されていること,③教職員に対し一方的な一定の理論ないし
観念を生徒に教え込むことを強制するものでないことという基準によ
って判断されるべきである。これに照らすと,本件通達,本件職務命
令及び本件各処分は教育基本法16条1項が禁止する「不当な支配」
に当たるといえる。
国旗及び国歌に対する起立斉唱は,単なる儀礼的行為ではない。「国
旗・国歌」の問題は,国民が様々な見解を持つ主題であり,個人の世
界観や国家観にかかわり,人によってさまざまに意見が分かれる。「起
立」は,国旗及び国歌に対する敬意の表明であり,そのような価値観
を表明させる行為を強制することは,一定の価値観と態度を押し付け,
子どもに「自ら考える教育」でなく,「押し付けられる教育」を施そ
うとするものである。
学習指導要領には「国旗の掲揚と国歌の斉唱」の指導をすることし
か記載されておらず,それ以上の「価値観の表明」にわたる指導につ
いての記載はない。したがって,入学式及び卒業式において,起立を
要請する必要性はそもそもない。これについて,学校で一方的な価値
観の強制,義務付けをすることについては,世論の反対も多く,国旗
国歌法制定時には,政府答弁においても,義務付けをしたり,強制に
わたったりすることがないようにするとの説明が繰り返しされた。
したがって,本件通達には,必要性及び合理性は認められないので
あり,学習指導要領から本件通達や本件職務命令の合理性を導き出す
ことはできない。
また,本件通達は,教師の裁量の余地を残していない。すなわち,
本件通達の内容は,極めて詳細かつ厳格なものであり,自主的な創意
工夫の余地や教師の裁量の余地を残していない。特に学校行事などの
特別活動においては,教科教育とは教育の内容が異なり,教師や学校
の裁量の範囲が異なっている。学習指導要領においても,学校行事に
ついては,学校や地域及び生徒の実態に応じて,種類ごとに,行事及
びその内容を重点化するとされているのであり,特に特別活動の場面
においては,生徒の自主的な判断の尊重,各学校の自主的な行事運営
の必要性が高いのであるから,教育委員会は,学校の自主的な決定を
尊重し,学校行事について一律かつ詳細な内容での介入をすることは
許されない。
d以上のとおり,本件通達及び都教委の一連の指導並びにこれに基づ
いてされた本件職務命令及び本件各処分は,憲法13条,23条,2
6条に定める,子どもを独立かつ自律的な人格とみてその成長を目指
すという教育の目的を逸脱するものであり,必要性も合理性もなく,
過度に教師の裁量を制限し,教師に対し一方的な価値観や観念を生徒
に教え込むことを強制するものであって,憲法13条,23条,26
条に違反し,教育基本法16条1項が禁止する「不当な支配」に当た
る違法なものである。
本件A懲戒処分が裁量権の逸脱濫用に当たることについて
a本件A懲戒処分がされた事案と同種の事案である平成19年度卒業
式での不起立行為を理由として平成20年3月にされた控訴人Aに対
する停職6月の懲戒処分においては,控訴人Aが「強制反対日の丸・
君が代」などの語句がプリントされたトレーナー(以下「本件トレー
ナー」という。)を着用した行為(以下「本件トレーナー着用行為」
という。)も懲戒処分の対象とされているが,平成20年3月の懲戒
処分から平成21年3月にされた本件A懲戒処分までは,本件A不起
立のほかに懲戒処分の対象となる事由は生じておらず,また,停職処
分の相当性を基礎付ける具体的な事情もない。このことは,控訴人A
にとって有利な事情として考慮されるべきである。
なお,そもそも,本件トレーナー着用行為は,懲戒事由となる職務
専念義務違反や職務命令違反には当たらないものであり,控訴人Aは,
本件トレーナー着用行為を憲法によって保障された「服装の自由」に
基づくものとして行っており,これにより学校の業務が妨げられたり,
生徒や同僚教師に対し何らかの不適切な影響が及んだりしたことはな
い。
b公務員に対する懲戒処分における裁量権の逸脱濫用の有無は,処分
権者の裁量判断の過程及び方法に立ち入った厳格な審査がされるべき
であり,考慮すべき事項及び考慮すべきでない事項の全てを,その重
み付けまでして検討すべきである。
そして,本件A懲戒処分が裁量権の逸脱濫用に当たるか否かの判断
においては,少なくとも,次の事由が,すなわち,①国旗国歌法の制
定過程において,政府が,同法は国旗掲揚,国歌斉唱を義務付けるも
のではないことを繰り返し表明していたこと,②学習指導要領の国旗
国歌条項は,国旗に正対して起立することは命じておらず,国旗及び
国歌に対する起立そのものは,いかなる法令によっても教育公務員に
義務付けられてはいないこと,③本件通達,本件職務命令,本件各処
分及び再発防止研修は,それぞれが独立して存在するものではなく,
不起立者をなくすという目的の下,一連のものとして機能し,最終的
には不起立者が免職処分を受けることが想定され,不起立者の内心に
執拗に踏み込み,追い詰めていくものであって,自己の歴史観や世界
観を含む思想等により忠実であろうとする教師にとっては,自らの思
想や信条を捨てるか,教師としての身分を捨てるかの二者択一を迫ら
れることになるものであり,そのような事態は,憲法19条が保障す
る思想及び良心の自由に対する実質的な侵害になること,④教育公務
員は,本来教育活動について一定の裁量を有しており,これを妨げる
ような処分権の発動は謙抑的でなければならず,教育活動についての
「不当な支配」が禁止されていることからも,処分権の行使は抑制的
である必要があること,⑤本件では「日の丸・君が代」という国民の
間でも意見,評価の分かれる事項についての教育活動の在り方が問題
となっているのであり,そのような場面では,教育委員会は,懲戒処
分をもって同事項に係る教育を阻害したり,教師に対し一方的な見解
を教え込むことを強制したりすることは許されないこと,⑥控訴人A
の本件A職務命令への不服従は,教師としての良心に基づくものであ
り,意見の分かれる問題についての教育を実践するという真摯な動機
に基づくものであること,⑦控訴人Aの本件職務命令への不服従は,
教育者としての信念及び長年にわたる教育実践と不可分一体のもので
あり,不起立は控訴人Aの教育実践の必然的帰結であること,⑧本件
A不起立は,卒業式の進行を遅らせたり,妨げたりするものではなく,
学校行事に支障は生じておらず,児童・生徒の学習権が侵害されたこ
とや出席者に不快感や嫌悪感を抱かせたことについては立証がされて
いないこと,⑨停職処分は,教育がその上に成り立つ教師と児童・生
徒及び保護者との人間的交流及び信頼関係を破壊するものであり,教
育現場や教育上の関係に悪影響を及ぼすこと(停職処分がされると,
教師と生徒及び保護者との関係は分断され,停職期間が6か月に及ぶ
ときには,教師と生徒との信頼関係構築に与える影響は同期間が3か
月にとどまる場合に比して極めて大きく,被処分者は2学期開始から
1か月が経過した10月1日に職場に復帰することになり,生徒との
間の信頼関係構築が非常に困難なものとなる。),⑩累積加重処分の
機械的適用は違法不当であり,その結果は被処分者にとり過酷であっ
て,教師と児童・生徒及び保護者との信頼関係を破壊し,後は免職し
かないという威嚇効果を生じさせ,更に被処分者に不適格のレッテル
を貼り,その名誉,信用を最大限に破壊すること,⑪過去の処分歴を
理由に累積加重処分を行うことは,過去の処分を繰り返し不利益に評
価することであり,一時不再議の原則に反し,実質的な二重処分,二
重処罰に当たること,⑫他県の同種事案における懲戒処分との比較で
は,全国的に不起立は懲戒処分の対象とはされておらず,懲戒処分が
される場合でもその種類は戒告にとどまっており,東京都の区町村に
おいても,不起立の前歴や処分歴があっても,また,不起立の意思が
予め表明されていても,職務命令は出されず,不起立について校長が
報告もしない事例があり,また,東京都におけるその他の懲戒処分と
比較しても,停職3月ないし6月の懲戒処分がされた事例はほとんど
が児童・生徒に対する体罰,セクハラや同僚教師に対するセクハラ,
万引き,酒気帯び運転による事故など,重大な非違行為であって,本
件不起立をこれらと同列に論じることは権衡を欠いた不当な扱いとな
り,比例原則及び平等原則違反となること,⑬本件当時,不起立のみ
を理由として停職の懲戒処分をした任命権者は全国でも被控訴人のみ
であること,⑭控訴人Aが平成18年度卒業式において不起立をした
ことついて平成19年3月にされた停職6月の懲戒処分は取り消され
ていること,以上の事由が十分に考慮されなければならない。
c控訴人Aの過去の懲戒処分の対象となった行為については,前記の
とおり,これを理由に累積加重処分を行うことは過去の懲戒処分を繰
り返し不利益に考慮することであり,一時不再議の原則に反し,実質
的な二重処分,二重処罰に当たることに留意するほか,①その行為の
原因及び動機について,教師の教育の自由の保護という観点からの評
価が必要であること,②その行為の影響について,同行為が学校外の
行為であるにもかかわらず,被控訴人や市教委の教育内容に関する方
針又は校長の教育内容に関する方針に反するものとして安易に「学校
の秩序」を乱すものと評価されるべきではないこと,③国旗国歌法制
定前後において,「日の丸・君が代」をめぐって守られるべき「学校
の秩序」の意味は大きく異なっていることに留意すべきである。
そうしたとき,控訴人Aの,平成5年度卒業式において校長が校庭
のポールに掲揚した日の丸の旗を引き降ろした行為(減給10分の1,
1月),平成7年3月に出した学級だよりにおいて,校長が日の丸の
旗をポールに掲揚したことについて自律的な思考を放棄していると批
判する意見を述べた記事を掲載した行為(文書訓告)及び平成11月
2月に行った家庭科の最後の授業において,「日の丸・君が代」を卒
業式において用いる学校が全都的及び全国的に圧倒的多数になってい
る状況について,自分で考えず,教育委員会の命令にのみ従う校長は
オウム真理教の幹部と変わりがないとの意見を記載したプリントを用
いた行為(文書訓告)は,いずれも,教師としての真摯な信念に由来
する動機に基づいてしたものであって,その態様は,教育活動の範囲
内のものであり,「学校の秩序」を乱すものではなく,むしろ,子ど
もの教育に当たる学校の秩序の一環として守られるべきものと評価さ
れることになるのであり,以上の行為をもって,平成16年度卒業式
における不起立(減給10分の1,6月)及び平成17年度入学式に
おける不起立(停職1月)の各懲戒処分の量定判断において考慮すべ
き事由とみることは許されない。
また,平成17年7月に行われた再発防止研修において,控訴人A
が,着用したゼッケンを取るよう求めたられたのに対し,その理由を
尋ね,研修の目的を質問して研修の開始を遅らせたとの行為(減給1
0分の1,1月)も,教師としての真摯な信念に由来する動機に基づ
いてしたものであって,その態様は,学校外における再発防止研修に
おいて,研修を少しの時間遅らせたというものにすぎず,学校教育に
対しては何らの影響も及ぼさないものであったのであり,これを処分
量定において考慮することは,考慮すべきでない事由を考慮したこと
になり,裁量権の逸脱濫用となる。
そして,本件通達後,平成16年度卒業式における1回目の不起立
行為を理由とする給与6月の10分の1を減ずる懲戒処分後にされた
不起立行為を理由とする各懲戒処分は,過去の懲戒処分の理由となっ
た行為を考慮に入れて機械的に量定を加重したものであり,上記各行
為に対して本来されるべき評価を行わないまま,誤った評価に基づい
て量定の加重をしたもの,すなわち,考慮に入れるべきことを考慮せ
ず,また,考慮に入れてはならない事項を考慮に入れて行ったものと
いえ,裁量権を逸脱濫用したものとして違法となる。
(被控訴人の主張)
本件通達,本件職務命令及び本件各処分が憲法19条に違反している
との主張について
控訴人ら教育公務員は,全体の奉仕者であって,一部の奉仕者ではな
いのであり(憲法15条2項),全体の奉仕者として公共の利益のため
に勤務し,かつ,職務の遂行に当たっては,全力を挙げてこれに専念し
なければならず(地公法30条),その職務の遂行に当たって,法令等
に従い,かつ,上司の職務上の命令に忠実に従わなければならないもの
である(地公法32条)。そして,学校教育法及び同法施行規則に基づ
いて定められた学習指導要領は,学校行事のうち儀式的行事について,
「学校生活に有意義な変化や折り目を付け,厳粛で清新な気分を味わい,
新しい生活の展開への動機付けとなるような活動を行うこと。」と定め,
「入学式や卒業式などにおいては,その意義を踏まえ,国旗を掲揚する
とともに,国歌を斉唱するように指導するものとする。」と定めている。
したがって,上司(校長)が控訴人ら教職員に対して,入学式,卒業式
等において,国旗及び国歌の指導に関して職務上の命令を発することが
できるのは当然のことであり,これに従わなかった教職員は服務上の義
務に違反したのであるから,懲戒処分を受けるのは当然であり,繰り返
し服務上の義務に違反すれば加重された懲戒処分を受けるのも当然のこ
とであって,一方,任命権者として服務上の義務に違反して懲戒処分を
受けた者に対して,その再発を防止するための措置(再発防止研修)を
とることも当然のことである。
控訴人らが一連の措置として問題にする職務命令,懲戒処分,再発防
止研修はいずれも当然の措置であって,控訴人ら教職員の教育の自由を
侵害するものでは全くなく,本件各処分の本質的構造が執拗に控訴人ら
の教育の自由を侵害するものであるとする控訴人らの主張には理由がな
い。控訴人らが繰り返し懲戒処分,再発防止研修を受け,加重された懲
戒処分を受けてきているのは,控訴人らがまさに執拗に校長の職務命令
に違反した結果に他ならない。
控訴人らは,控訴人らの不起立を,職務命令を介在させて「非違行為」
として顕在化させる必要があったため,都教委は,本件通達に基づき校
長を通じて職務命令を発することで処分の対象を作出したなどとも主張
するが,都教委は教育課程の適正な実施のために本件通達を発し,都立
学校を指導したものであり,教職員を処分するために通達を発する等し
たものでないことはいうまでもない。
そして,本件職務命令は,いうまでもなく教職員に対して一定の外部
的行為(国歌斉唱時の起立)を命ずるにとどまるものであり,命令を受
けた教職員の思想及び良心の自由を一般的(客観的)不可避的に侵害す
るものではなく,当該外部的行為に消極的な考えを有する教職員にあっ
ても,自己の考えを表に出すことなく,当該命令に従うことは不可能で
はないのであって,控訴人ら教職員の思想及び良心の自由を侵害するも
のではない。また,懲戒処分は,加重処分も含めて,全て当該教職員が
校長の職務命令に違反したという外部的,外形的行為を問題とし,これ
を理由に発せられているものであって,その思想及び良心の内容は全く
問題になどしていないのであり,これも控訴人らの教職員の思想及び良
心の自由を侵害するものではない。
控訴人らは,都教委の一連の措置は,自己の歴史観や世界観を含む思
想等により忠実であろうとする教師にとっては,自らの思想や信条を捨
てるか,それとも教師としての身分を捨てるかの二者択一の選択を迫ら
れることになる旨主張するが,同主張には理由がなく,根拠もない。
本件通達,本件職務命令及び本件各処分が憲法13条,23条,26
条及び教育基本法16条1項に違反しているとの主張について
普通教育の場において,教師の教育の自由が一定の範囲で認められる
としても,その根拠が憲法13条,26条にあるとすれば,それは教師
個人の人権としてではない。
普通教育の場における教育の自由は,その憲法上の根拠をいずれに求
めるにせよ,教育を受ける子どもの利益のためのものであり,仮に教育
の自由が侵害されても,その違憲を主張する適格を有するのは子どもで
あって,教師にはない。教師がその主張をすることは,行訴法10条1
項所定の「自己の法律上の利益に関係のない違法」を主張するものとし
て許されない。
仮に,普通教育における教育の自由が教師個人の人権として保障され
ているとの立場に立つとしても,その自由は限られた一定の範囲に限定
されるものであり,教育行政機関は,誤った知識や一方的な観念を子ど
もに植え付けるような教育を施すことを強制することはできないものの,
許容された目的のために必要かつ合理的な介入をすることは許され,そ
の範囲では教師の教育の自由は制約される。また,本件のような儀式的
行事については,その教育活動は儀式にふさわしい内容及び方法でされ
るべきであって,裁量の範囲はもともと広いものではなく,学校単位で
行われるものであり,個々の教師が決定できるものではない。
控訴人らが都教委の一連の指導等を教育基本法16条1項に違反す
ると主張する理由は,都教委がその一連の指導等によって各都立学校に
対し,その所属教職員も含めて本件通達どおりに入学式,卒業式などを
実施することを義務付け,これを強制したということにある。
しかし,都教委は学校管理機関としてその管理する学校に対し,必要
な場合には,普通教育の目的を達成するために必要かつ合理的な限度で,
教育の内容及び方法についても具体的な命令をすることができるのであ
り,学校が校長,教頭(副校長),一般教職員からなる組織体である以
上,上記命令が校長の職務命令を通して学校の構成員たる一般教職員に
特定の事項を命ずることになるものであって,そのことゆえに教育基本
法に違反することになるものではない。
本件通達は普通教育の目的を達成するために必要かつ合理的なもの
であり,ことに本件で問題となる①「国歌斉唱に当たっては,式典の司
会者が「国歌斉唱」と発声し,起立を促す。」,②「式典会場において
は,教職員は,会場の指定された席で国旗に向かって起立し,国歌を斉
唱する。」との条項は学習指導要領の内容及び趣旨に沿うものであり,
それは控訴人らの勤務する特別支援学校においても同様なのであって,
これを都教委の一連の指導等によって校長の職務命令を通して一般教職
員に義務付けることになっても,それによって都教委の一連の指導等が
教育基本法に違反することになるものではない。
よって,控訴人らの都教委の一連の指導等を問題とする主張はそもそ
も理由がない。
本件A懲戒処分が裁量権の逸脱濫用に当たるとの主張について
a控訴人Aは,平成19年10月3日,同月9日,同月11日,同月
12日,同月15日から同月19日までの間,同月22日,同月26
日,同月30日,同年11月1日,同月7日,同月12日から同月1
5日までの間,同月20日,同年12月5日及び同月6日の勤務時間
中に,左胸及び背部に,「強制反対日の丸君が代」又は「OBJ
ECTIONHINOMARUKIMIGAYO」などの語句が
印刷された服(本件トレーナー)を着用し,職務専念義務に違反する
行為を続けるとともに,平成19年10月18日及び19日には,都
立Z(以下「Z」という。)の校長から口頭で,上記の服を着用しな
いようにという職務命令を受けたにもかかわらず,その後も,上記の
とおり勤務時間中に本件トレーナーの着用を続け,同校長の上記職務
命令に違反する行為をした。控訴人Aの本件トレーナー着用行為は,
地方公務員法32条,33条,35条に違反し,同法29条1項1号,
2号,3号に該当する。
控訴人Aの本件トレーナー着用行為は,都教委が本件通達を発し,
都立学校の入学式,卒業式等においては,国旗を掲揚し,国歌を斉唱
することとし,Zの校長も従前から都教委の上記方針と同様,同校の
入学式,卒業式においては,国旗を掲揚し,国歌を斉唱することとし
てきており,今後も同様の方針であることに対し,これに反対する旨
のスローガンを同校の校長,副校長,職場の同僚,生徒等に訴えかけ
るものである。
本件通達や校長の上記方針は,学習指導要領に沿った適法なもので
ある。控訴人Aは,憲法及び地方公務員法により全体の奉仕者とされ,
地方公務員法により職務専念義務が課されている教育公務員であるが,
かかる地位にある者が,職務に専念すべき勤務時間中に,本件トレー
ナーを着用することにより,都教委や校長の学習指導要領に沿った適
法な方針に反対する旨のスローガンを訴えているのである。
b公務員に対する懲戒処分は,公務員としてふさわしくない非行があ
る場合に,その責任を確認し,公務員関係の秩序を維持するために科
される制裁であり,懲戒権者は,「懲戒事由に該当すると認められる
行為の原因,動機,性質,態様,結果,影響等のほか,当該公務員の
右行為の前後における態度,懲戒処分等の処分歴,選択する処分が他
の公務員及び社会に与える影響等,諸般の事情」を考慮して,懲戒処
分をすべきかどうか,また,懲戒処分をする場合にいかなる処分を選
択すべきかを決定することができる(最高裁昭和52年12月20日
第三小法廷判決・民集31巻7号1101頁,最高裁昭和52年12
月20日第三小法廷判決・民集31巻7号1225頁)。
本件A不起立は,最高裁において裁量権の逸脱濫用がないとされた
平成18年3月の停職3月の懲戒処分後,さらに平成18年度卒業式
において校長の職務命令に違反して不起立を行い,その上また平成1
9年度卒業式において不起立を行ったのに加え,引き続き本件の平成
20年度卒業式において確信的に不起立を行ったものであり,本件A
不起立までの処分歴に係る非違行為がその内容,頻度において学校の
規律や秩序を害する程度の相応に大きいものであることは,上記最高
裁判決自体から明らかであり,しかも,本件A懲戒処分の前年度にお
いては,職務専念義務違反等である本件トレーナー着用行為を継続的
に行っている。控訴人Aは,憲法及び地方公務員法により全体の奉仕
者とされ,地方公務員法により職務専念義務が課せられている教育公
務員であり,このような地位にある者が,職務に専念すべき勤務時間
中に,都教委や校長の学習指導要領に沿った適法な方針に反対する旨
のスローガンを訴える行為をしているのであるから,それが学校の規
律と秩序を阻害するものであることは明らかであり,本件トレーナー
着用行為は,非違行為として重大である。これらのことを考慮すれば,
本件A懲戒処分(停職6月)は上記最高裁判決の趣旨に合致し,裁量
権の逸脱や濫用は存しないというべきである。
控訴人Aは,本件A懲戒処分の不利益性が重大であることを主張す
るが,本件A不起立の重大性とそれを是正防止すべき必要性が大きい
ことに加え,そのような非違行為を控訴人Aが確信的に繰り返してき
たことを考慮すれば,不利益性の大きい懲戒処分を受けるのは当然の
ことである。
また,控訴人Aは,停職期間を6月とする本件A懲戒処分は最高裁
平成24年1月判決によって適法と判断された停職期間を3月とする
平成18年3月の懲戒処分に比して不利益の内容がより重大であるな
どと主張するが,本件A懲戒処分の停職期間には約1か月半の夏期休
業期間が含まれており,子どもとの学校における関わりという観点か
らすれば,それが不能となるのは約4か月半であり,最高裁平成24
年1月判決が適法と判断した停職3月の懲戒処分に比べ約1か月半長
くなるに過ぎない。控訴人Aは,最高裁によって適法と認められた停
職3月の懲戒処分を受けながら,平成19年3月,平成20年3月,
平成21年3月と引き続き校長の適法の起立斉唱命令に違反する行為
を繰り返したのであり,しかも前回の平成20年3月の懲戒処分時に
は本件トレーナー着用行為という非違行為も行っていたのであるから,
上記程度の不利益を受けるのは当然のことである。
さらに,控訴人Aは,被控訴人が,次は免職しかないという極めて
重い処分として意図的に「停職6月」を利用している旨主張するが,
職員の懲戒に関する条例には,停職期間を6月とする懲戒処分がされ
た後は,同種行為については必ず1ランク上の免職処分を発令すると
の規定はなく,また,都教委が不起立行為に対する懲戒処分として停
職6月の発令をした後に,再度,同種の不起立行為をした場合には,
繰り返し停職6月の懲戒処分をすることはせず,免職とする取扱いを
してきたということもない。現に,都教委は,控訴人Aの平成18年
度卒業式における不起立行為後の平成19年度卒業式及び平成20年
度卒業式における不起立行為についても処分を一貫して停職6月の懲
戒処分にとどめている。
イ控訴人らによる国賠法1条1項に基づく損害賠償請求の当否について
(控訴人らの主張)
本件各処分をしたことに過失があることについて
a本件各処分の量定につき,都教委が職務上通常尽くすべき注意義務
を尽くしたか否かは,当時の裁判状況ではなく,国旗国歌法制定時(平
成11年)における立法者の意思を踏まえて判断すべきである。
東京都教育庁指導部は,平成14年11月には,「入学式や卒業式
などにおける国旗掲揚及び国歌斉唱の指導に関する資料」を作成し,
その資料の一つとして「国旗及び国歌に関する法律」主要国会審議状
況を掲載し,処分量定においては国旗国歌法制定時における立法者意
思を尊重すべきことを明確にしていた。そして,上記審議状況におい
ては,学校における国旗及び国歌の指導と児童・生徒の内心の自由と
の関係につき,「学習指導要領に基づいて,校長,教員は,児童・生
徒に対し国旗国歌の指導をするものであります。このことは,児童・
生徒の内心にまで立ち至って強制しようとする趣旨のものでない」,
「単に従わなかった,あるいは単に起立しなかった,あるいは歌わな
かったといったようなことのみをもって,何らかの不利益をこうむる
ようなことが学校内で行われたり,あるいは児童・生徒に心理的な強
制力が働くような方法でその後の指導等が行われるということがあっ
てはならない」等の答弁がされたことが示されていた。都教委は,本
件各不起立について処分量定をする際にも,本件職務命令の違憲性に
関する最高裁平成23年5月判決や最高裁平成24年1月判決を待つ
までもなく,国旗国歌法制定時における立法者意思を検討することに
よって,本件職務命令が憲法の保障する思想及び良心の自由との関係
で微妙な問題を含むものであること,すなわち,思想及び良心の自由
についての間接的制約となる面があること,したがって,処分量定を
行うに当っては,不起立の理由(控訴人らは,本件職務命令は控訴人
らの思想及び良心の自由を侵害するものと考えていた。)を考慮する
必要があることを容易に認識することができたといえるが,都教委は,
このことを一切考慮することなく,むしろ意図的に控訴人らの思想及
び良心の自由を侵害することを目的として,機械的に累積加重処分を
したのであるから,都教委は本件各不起立に係る処分量定をするに当
り職務上通常尽くすべき注意義務を尽くさず,したがって,本件各処
分をしたことには過失があったということができる。
bまた,本件各処分に係る過失の有無については,控訴人らのような
教育公務員に特別の身分保障が認められていること(教育基本法9条
2項,教育公務員特例法1条,同21条1項参照)を踏まえるととも
に,本件各処分が平等取扱原則(地方公務員法13条),公正原則(同
法27条),比例原則及び二重処罰の禁止原則に適合するかどうかを
検討することが必要である。
そうしたとき,本件各処分については,①都教委が自ら定めた標準
的な処分量定を量的にも質的にも優に超えた停職6月の懲戒処分であ
ること,②都教委がとった機械的な累積加重処分は不利益処分の内容
との権衡が考慮されずに次々と処分が重くなっていくものであること,
③都教委は控訴人らに対し意図的,目的的な累積加重処分を行ってお
り,不起立者がいなくなるまで行うというその政策目的は強固であり,
不起立者を起立させるという目的からみると,本件通達,本件職務命
令,懲戒処分及び研修は,その目的に向けた一連のものとして機能し
ていること,④停職6月の懲戒処分は経済的に過酷な不利益処分であ
り,また,控訴人らと児童・生徒及び保護者との信頼関係を破壊し,
控訴人らの名誉及び信用を最大限破壊するものであるが,都教委は,
本件非違行為とそのような処分の具体的な内容及び性質との権衡や,
処分の影響,効果を考慮せず,また,本件非違行為の原因や動機を斟
酌せず,標準的な処分量定の考慮事項をも考慮せずに本件各処分をし
ていること,⑤本件各処分は,都教委による他の懲戒処分事例との均
衡がとれておらず,他の都道府県の措置,処分内容との均衡も失して
いること,以上の事情がみられるのであり,本件各処分が平等取扱原
則,公正原則,比例原則に違反するものであることは明らかである。
そして,都教委が控訴人らの過去の処分事例を累積加重処分の基礎付
け事情として考慮し,実質的に二重処分をして二重処罰の禁止原則に
違反していることは前記のとおりであり,本件各処分をしたことには
国賠法上の過失が認められる。
控訴人らの損害について
控訴人らは,本件各処分により,停職期間中教壇に立てないという不
利益を被っているが,教育公務員の性質上,この不利益による精神的苦
痛は,懲戒処分が取り消されたり,その結果,支払われなかった給与が
支払われたりすることをもって回復するものとはいうことができない。
特に,養護学校では,教諭と児童・生徒との人格的触れ合いが教育活動
に欠かすことのできないものであるところ,控訴人らは,児童・生徒と
の触れ合いを特に重視していたことを考慮すると,財産的損害の回復の
みによっては,控訴人らの精神的損害が慰謝されるものでないことは明
らかである。
また,本件各処分の場合,控訴人らが職場に復帰するのは2学期の半
ばである10月1日になるのであり,本件各処分が生徒との間で信頼関
係を構築することに対し極めて大きな障害となったことは明らかである。
(被控訴人の主張)
本件各処分をしたことに過失があるとの主張について
a仮に,本件各処分が処分量定につき裁量権の逸脱濫用があるとして
取り消されるべきものであったとしても,そのことから直ちに都教委
に過失が認められ,損害賠償責任が肯定されるわけではない。
控訴人らの損害賠償請求は,国賠法1条1項によるものであり,控
訴人らの損害賠償請求が認容されるには被控訴人の公務員の行為に国
賠法上の違法性が認められなければならず,そのためには,国又は公
共団体の公権力の行使に当たる公務員が個別の国民に対して負担する
職務上の法的義務に違反して当該国民に損害を加えたことが必要であ
り(最高裁昭和60年11月21日判決・民集39巻7号1512頁),
かつ,当該公務員が職務上通常尽くすべき注意義務を尽くすことをし
なかったと認め得るような事情があることが必要である(最高裁昭和
53年10月20日判決・民集32巻7号1367頁,最高裁昭和5
7年3月12日判決・民集36巻3号329頁,最高裁平成元年6月
29日判決・民集43巻6号664頁,最高裁平成5年3月11日判
決・民集47巻4号2863頁)。
また,国賠法1条1項による損害賠償責任の要件である公務員の故
意過失については,法令の解釈につき異なる見解が対立して疑義が生
じており,拠るべき明確な判例学説がなく,実務上の取扱いも分かれ
ていて,そのいずれについても一応の論拠が認められる場合に,公務
員がその一方の解釈に立脚して公務を執行したときは,後にその執行
が違法と判断されたからといって,直ちに当該公務員に過失があった
とすることはできない(最高裁昭和46年6月24日判決・民集25
巻4号574頁,最高裁昭和49年12月12日判決・民集28巻1
0号2028頁)。
控訴人らの場合,控訴人らに職務命令違反があり,懲戒事由該当性
が認められること自体は明らかであって,都教委が控訴人らを懲戒処
分に付したこと自体には,何ら職務上通常尽くすべき注意義務違反も,
過失もなかったことは明らかである。
b処分量定について
公務員法上,公務員には職務命令遵守義務があり,公務員は上司か
ら職務命令が発せられれば,重大かつ明白な瑕疵がない限り,例え違
法な職務命令であってもこれに従わなければならないと解されている
ところ(最高裁平成15年1月17日判決・民集57巻1号1頁等),
その根拠は公務員関係の秩序維持の見地に求められている(東京高裁
昭和49年5月8日判決・行裁集25巻5号373頁)。すなわち,
公務員の職務命令遵守義務違反はそれ自体,公務員関係の秩序維持の
見地からして重大な非違行為であり,懲戒権者がこのことを考慮して,
処分の選択をすることは当然のことである。
控訴人らは,公務として学校教育を担う教育公務員であるところ,
本件非違行為は学習指導要領に基づき教育課程を適正に実施するため
に校長から発せられた重要な職務命令に違反したものであり,しかも
それは,重要な学校行事である卒業式の場で,自らの考えに反する命
令であるとの理由で,児童・生徒,保護者,来賓,その他学校関係者
の面前で,公然とされたものであり,公務員関係の秩序維持のため本
件各処分が必要であると懲戒権者が判断しても,それは当然のことで
あって,その判断が社会観念上著しく妥当を欠く等といえないことは
明らかであり,都教委に職務上の注意義務違反などないことは極めて
明らかである。
そして,過去に処分歴があれば,加重された処分となることは,公
務員の懲戒処分の本質からしても当然のことである。
すなわち,公務員に対する懲戒処分は,当該公務員に職務上の義務
違反,その他,単なる労使関係の見地においてではなく,国民全体の
奉仕者として公共の利益のために勤務することをその本質的な内容と
する勤務関係の見地において,公務員としてふさわしくない非違行為
がある場合に,その責任を確認し,公務員関係の秩序を維持するため,
科される制裁である。当該公務員に過去に処分歴があれば,当該公務
員についてはその責任を確認し,公務員関係の秩序を維持する必要が
増大するのであり,これが繰り返されればその必要は量的にばかりで
はなく,質的にも増大していくのであって,当該公務員に対する懲戒
処分の量定が加重されたものとなるのは当然のことである。
そして,控訴人らが卒業式等の国歌斉唱時に起立しないことを繰り
返し,職務命令に違反していたことは前記前提事実のとおりである。
もっとも,最高裁平成24年1月判決は,卒業式等の式典における
不起立行為については,個人の歴史観ないし世界観等に起因するもの
であるとの特殊性があるとし,この点から不起立行為に対する懲戒に
おいて停職処分を選択するには,過去の1,2年度に数回の卒業式等
における不起立行為による懲戒処分の処分歴があることのみをもって
ただちにその相当性を基礎付けるには足りず,上記の場合に比べて過
去の処分歴に係る非違行為がその内容や頻度等において規律や秩序を
害する程度の相応に大きいものであるなど,過去の処分歴が停職処分
の不利益の内容との権衡を勘案してもなお規律や秩序の保持等の必要
性の高さを十分に基礎付けるものであることを要すると判示している
が,上記は最高裁平成24年1月判決によってはじめて示された新判
断であって,神戸税関事件最高裁判決(最高裁昭和52年12月20
日第三小法廷判決・民集31巻7号1101頁)では懲戒処分の処分
量定において懲戒権者は過去の処分歴等を考慮することができ,また
懲戒処分は社会観念上著しく不合理でない限り,裁量権の範囲内の措
置として適法であるとされているのであり,現に,最高裁平成24年
1月判決こそ,控訴人Bに対する停職の懲戒処分(1月)については,
上記の理由で裁量権の逸脱濫用を認め取り消したが,差戻前一審東京
地裁判決及び差戻前控訴審東京高裁判決は何れも裁量権の逸脱濫用が
ないとして適法と判断し,控訴人Aについては,3回前の平成17年
度卒業式における不起立に係る平成18年3月の停職3月の懲戒処分
は上記最高裁平成24年1月判決によって是認されているばかりか,
前々回の平成19年3月の停職6月の懲戒処分も一審東京地裁判決で
は裁量権の逸脱濫用はないとして適法と判断されており,さらには,
前回の平成20年3月の停職6月の懲戒処分も一審東京地裁判決で適
法と判断されているのである。
以上のことからすれば,都教委が控訴人らの今回の非違行為(本件
各不起立)に対し,本件各処分にすることを裁量権の範囲内の措置と
して適法と判断したことはやむを得ないことであって,職務上通常尽
くすべき注意義務違反も,過失もない。
c控訴人らは,本件各処分が標準量定を大幅に超えていると問題にす
る。
しかし,公務員に対する懲戒処分は,前記のとおり,公務員として
ふさわしくない非行がある場合に,その責任を確認し,公務員関係の
秩序を維持するために科せられる制裁であるが,懲戒権者は,「懲戒
事由に該当すると認められる行為の原因,動機,性質,態様,結果,
影響等のほか,当該公務員の右行為の前後における態度,懲戒処分等
の処分歴,選択する処分が他の公務員及び社会に与える影響等,諸般
の事情」を考慮して,懲戒処分をすべきかどうか,また,懲戒処分を
する場合にいかなる処分を選択すべきかを決定することができるもの
である(最高裁昭和52年12月20日第三小法廷判決・民集31巻
7号1101頁,最高裁平成2年1月18日第一小法廷判決・民集4
4巻1号1頁。以下,併せて「最高裁昭和52年12月等各判決」と
いう。)。そして,最高裁昭和52年12月等各判決は,懲戒権者が
裁量権を行使する場合の考慮要素を挙げているが,同各最高裁判決は,
これら諸般の事情を考慮して処分を決定することができるとしている
ものであって,こられの事情を全て考慮しなければ裁量権の行使が違
法になるとしているわけではない。これらの考慮要素のもつ意味は具
体的事案において異なり得るのであって,いかなる要素をどの程度考
慮するのかは具体的事案において懲戒権者の裁量に任されているもの
である。
また,控訴人らは,懲戒権者には,平等原則違反,公平原則違反に
ついて裁量の余地はないとの趣旨の主張をするが,最高裁昭和52年
12月等各判決は,懲戒権者の裁量権の行使に基づいてされた懲戒処
分は社会通念上著しく妥当を欠いていない限り,違法と判断すべきも
のではないとしているのであって,当該懲戒処分が社会通念上著しく
妥当を欠くものでない限り,平等原則違反,公正原則違反も否定され
る。
公務員の懲戒処分にあっては,懲戒事由がある場合に,懲戒処分を
するかどうか,また,いかなる処分を選択するかを懲戒権者の裁量に任
せているのは,懲戒処分が広範な事情を総合的に考慮してされるもの
である以上,平素から庁内の事情に通暁し,部下職員の指揮監督の衝
に当たる者の裁量に任せるのでなければ,とうてい適切な結果を期待
することができないからであり,また,裁量に任せている範囲には,
いかなる要素を,どの程度考慮するかも含まれているのであって,裁
量の範囲は極めて広範なものである。
したがって,公務員の懲戒処分が比例原則等に違反して,裁量権の
逸脱濫用と評価されるのは,選択された処分がおよそ合理的な選択と
評価される余地のない極端な場合に限られるものである。
控訴人らは,国旗国歌法制定時の政府答弁についても言及するが,同
答弁は,公立学校の教職員が卒業式等において国歌斉唱時に国旗に向
かって起立することを義務付けない趣旨を述べたものではない。
損害について
控訴人らに対する本件各処分が違法として取り消されれば,取消判決
の効力によって控訴人らの経済的不利益は遡って回復される(具体的に
は,停職期間中に職員の懲戒に関する条例(昭和26年東京都条例第8
4号)4条3項に基づき支給されなかった給与(給料及び諸手当)につ
いては全て回復措置が図られるとともに,本件各処分によって昇給,退
職手当や退職共済年金に影響がある場合にはそれらも是正される。)。
また,地方公務員たる教師教員が教育活動を行うのは職務上の義務で
あって,教員の個人的権利ではないし,また,その個人的利益のためで
はないのであって,当該活動が本件各処分によってできなくなったから
といって,そのことによる損害の賠償を求めることはできない。
したがって,本件各処分が仮に違法であるとして取り消されれば,控
訴人らについては慰謝すべき損害は存在しないことになるから,控訴人
らの国賠法に基づく損害賠償請求はいずれも理由がない。
第3当裁判所の判断
1当裁判所は,本件A懲戒処分については,原審と異なり,取り消されるべき
ものと判断するが,控訴人らの国賠法1条1項に基づく各損害賠償請求につい
ては,原審と同様,いずれも理由がないと判断する。その理由は,以下のとお
りである。
2本件通達,本件職務命令及び本件各処分の憲法19条違反の有無について
⑴本件通達,本件職務命令及び本件各処分の憲法19条違反の有無について
は,当裁判所も,同通達等は憲法19条に違反するとはいえないと解するの
が相当であると判断する。その理由は,次のとおり改め,後記⑵において当
審における控訴人らの主張について判断するほかは,原判決「事実及び理由」
欄の第4の1(原判決31頁2行目から36頁18行目まで)に記載のとお
りであるから,これを引用する。
ア原判決31頁5行目の「本件通達は,」の次に「前記前提事実⑵の内容等
から明かなとおり,」を加え,21行目の「原告らの有する歴史観」から2
3行目の「ということはできない。」までを「かつ,そのような所作として
外部からも認識されるものというべきである。したがって,上記国歌斉唱
の際の起立斉唱行為は,その性質の点から見て,控訴人らの有する歴史観
ないし世界観を否定することと不可分に結びつくものとはいえず,控訴人
らに対して上記国歌斉唱の際の起立斉唱行為を求めることを内容とする
本件職務命令は,上記の歴史観ないし世界観それ自体を否定するものとい
うことはできない。」と改める。
イ同32頁12行目の「制約となる。」を「制約となる面があることは否定
し難い。」と,13行目の「世界観であっても,」を「世界観には多種多様
なものがあり得るのであり,」と,18行目の「本件において,」を「職務
命令においてある行為を求められることが,個人の歴史観ないし世界観に
由来する行動と異なる外部的行動を求められることとなる限りにおいて,
当該職務命令が個人の思想及び良心の自由についての間接的な制約とな
る面があると判断される場合にも,職務命令の目的及び内容には種々のも
のが想定され,また,これによってもたらされる上記の制約の態様等も,
職務命令の対象となる行為の内容及び性質並びにこれが個人の内心に及
ぼす影響その他の諸事情に応じて様々であるといえる。したがって,」と,
23行目の「本件職務命令は,」から25行目の「あるところ,」までを「本
件職務命令に係る国歌斉唱の際の起立斉唱行為は,前記のとおり,控訴人
らの歴史観ないし世界観との関係で否定的な評価の対象となるものに対
する敬意の表明の要素を含むことから,そのような敬意の表明には応じ難
いと考える控訴人らにとって,その歴史観ないし世界観に由来する行動
(敬意の表明の拒否)と異なる外部的行動となるものである。この点に照
らすと,本件職務命令は,一般的,客観的な見地からは式典における慣例
上の儀礼的な所作とされる行為を求めるものであり,それが結果として上
記の要素との関係においてその歴史観ないし世界観に由来する行動との
相違を生じさせることとなるという点で,その限りにおいて控訴人らの思
想及び良心の自由について間接的な制約となる面があるということがで
きる。他方,」とそれぞれ改める。
ウ同33頁12行目の「立場にある。」を「立場にあり,地方公務員法に基
づき,学習指導要領に沿った式典の実施の指針を示した本件通達を踏まえ
て,その勤務する学校の各校長から学校行事である卒業式の式典に関して
本件職務命令を受けたものである。これらの点に照らすと,公立学校の教
職員である控訴人らに対して当該学校の卒業式という式典における慣例
上の儀礼的な所作として国歌斉唱の際の起立斉唱行為を求めることを内
容とする本件職務命令は,学校教育の目標や卒業式等の儀式的行事の意
義,在り方等を定めた関係法令等の諸規定の趣旨に沿って,地方公務員の
地位の性質及びその職務の公共性を踏まえ,生徒等への配慮を含め,教育
上の行事にふさわしい秩序の確保とともに当該式典の円滑な進行を図る
ものであるということができる。」と,13行目の「以上の諸事情を踏ま
え,」を「以上の諸事情を踏まえると,本件職務命令については,前記のよ
うに控訴人らの思想及び良心の自由についての間接的な制約となる面は
あるものの,」と改め,15行目から16行目にかけての「地方公務員」か
ら18行目の「その範囲内にとどまるものである限り,」を削り,19行目
の「違反するものではなく」から20行目の「認められる」までを「違反
するものではないと解するのが相当である」と改める。
エ同34頁20行目から21行目の「教育行政の一端を担う地方公務員と
しての地位を有する」を「教職員であって,法令やそれに基づく職務命令
に従って学校行事を含む教育活動に従事する義務を負っている」と改め
る。
オ同35頁22行目の「原告らは,」から36頁15行目末尾までを次のと
おり改める。
「控訴人らは,本件職務命令は,累積加重される重い懲戒処分を背後に備
える形で発出され,再発防止研修等を通じて組織的に被処分教員の心の中
身を入れ替えることを狙った意図的な思想弾圧を目的とした,本件通達,
本件職務命令違反による機械的な累積加重処分,再発防止研修等の一連の
行為の一環であるから,思想及び良心の自由に対する制約の程度は極めて
強度であり,不起立を繰り返すと,より長期間の停職処分を受け,ついに
は免職処分を受けることにならざるを得ない事態に至って,自己の歴史観
や世界観を含む思想等により忠実であろうとする教員にとっては,自らの
思想や信条を捨てるか,それとも教職員としての身分を捨てるかの二者択
一を迫るものとして,思想及び良心の自由に対する直接的な制約となる点
を考慮すると,これが正当化される余地はないし,仮に,思想及び良心の
自由に対する制約が間接的であったとしても,その制約の程度が極めて強
度であることに照らせば,学校の卒業式や入学式等という教育上の特に重
要な節目となる儀式的行事においては,生徒等への配慮を含め,教育上の
行事にふさわしい秩序を確保して式典の円滑な進行を図ることが必要か
否かという判断要素を厳格に審査するべきであり,必要性及び合理性の有
無という緩やかな基準によって制約を正当化することは不当である旨主
張する。
しかし,まず,本件通達は,前記前提事実⑵の内容等から明らかなとお
り,旧地教行法23条5号所定の学校の教育課程,学習指導等に関する管
理及び執行の権限に基づき,学習指導要領を踏まえ,上級行政機関である
都教委が関係下級行政機関である都立学校の各校長を名宛人としてその
職務権限の行使を指揮するために発出したものであって,個々の教職員を
名宛人とするものではなく,本件職務命令の発出を待たずに当該通達自体
によって個々の教職員に具体的な義務を課すものではないことは,前記⑴
説示のとおりである。また,本件通達には,各校長に対し,本件職務命令
の発出の必要性を基礎付ける事項を示すとともに,教職員がこれに従わな
い場合は服務上の責任を問われることの周知を命ずる旨の文言があり(前
記前提事実⑶),これらは国歌斉唱の際の起立斉唱の実施が必要に応じて
職務命令により確保されるべきことを前提とする趣旨と解されるものの,
職務命令の発出を命ずる旨及びその範囲等を示す文言は含まれておらず,
具体的にどの範囲の教職員に対し職務命令を発するか等については個々
の式典及び教職員ごとの個別的な事情に応じて各校長の裁量に委ねられ
ているものと解される。そして,本件通達では,職務命令の違反について
教職員の責任を問う方法も,懲戒処分に限定されておらず,訓告や注意等
も含み得る表現が採られており,具体的にどのような問責の方法を採るか
は個々の教職員ごとの個別的な事情に応じて都教委の裁量によることが
前提とされているものと解される。したがって,本件通達をもって,本件
職務命令と不可分一体のものとみることはできない。そして,当該職務命
令は,教科とともに教育課程を構成する特別活動である学校の儀式的行事
における教育公務員としての職務の遂行の在り方に関する校長の上司と
しての職務上の指示を内容とするものであり,上記のとおり,具体的にど
の範囲の教職員に対し職務命令を発するか等については個々の式典及び
教職員ごとの個別的な事情に応じて各校長の裁量に委ねられているもの
と解され,職務命令違反に対し具体的にどのような問責の方法を採るかも
都教委が個々の教職員ごとの個別的な事情に応じてその裁量によって定
め,不起立行為が繰り返された場合に加重処分がされることがあっても,
当然に機械的な加重処分がされるとまではいえないのであるから,本件職
務命令をもって,控訴人らが主張するような意図的な思想弾圧を目的とし
た,本件通達,本件職務命令違反による機械的な累積加重処分,再発防止
研修等の一連の行為の一環とみることはできないし,思想及び良心の自由
に対する直接的な,あるいは間接的であってもその程度が極めて強度な制
約とまでみることはできない。
したがって,控訴人らの上記主張は採用することができない。」
カ同36頁17行目の「憲法19条等」を「憲法19条」と改める。
⑵当審における控訴人らの主張について
控訴人らは,当審においても,本件通達,職務命令,処分及び研修は,不起
立者を皆無にするという目的の下,有機的に相互に関連した一連のものとし
て機能し,機械的な累積加重処分の論理的帰結として,不起立者は最終的に
免職処分を受けることが想定され,自己の歴史観や世界観を含む思想等によ
り忠実であろうとする教師にとっては,自らの思想や信条を捨てるか,それ
とも教職員としての身分を捨てるかの二者択一を迫られるのであり,その思
想及び信条を制約し,侵害するものであって,思想及び良心の自由を直接的
かつ実質的に侵害するものとして憲法19条に違反する旨主張する。
しかし,本件通達,本件職務命令及びその違反による処分や再発防止研修
を一連のものとみることはできないし,これらが思想及び良心の自由に対す
る直接的な,あるいは間接的であってもその程度が極めて強度な制約であり,
憲法19条に違反するものとまで認めることができないことは前記⑴引用に
係る原判決(ただし,補正後のもの)説示のとおりであり,控訴人らの上記
主張は採用することができない。
3本件通達,本件職務命令及び本件各処分の憲法13条,23条,26条及び
教育基本法16条1項違反の有無について
⑴本件通達,本件職務命令及び本件各処分の憲法13条,23条,26条及
び教育基本法16条1項違反の有無については,当裁判所も,同通達等は憲
法13条,23条,26条及び教育基本法16条1項に違反するとはいえな
いと解するのが相当であると判断する。その理由は,次のとおり改め,後記
⑵において当審における控訴人らの主張について判断するほかは,原判決「事
実及び理由」欄の第4の2(原判決36頁19行目から41頁末行まで)に
記載のとおりであるから,これを引用する。
(原判決の補正)
原判決39頁24行目の「認められる(」の次に「前記前提事実⑶,」を加
える。
⑵当審における控訴人らの主張について
控訴人らは,本件通達及び都教委の一連の指導並びにこれに基づいてされ
た本件職務命令及び本件各処分は,憲法13条,23条,26条に定める子
どもを独立かつ自律的な人格とみてその成長を目指すという教育の目的を逸
脱し,子どもに「日の丸・君が代」に対する起立を事実上強制して自律的な
成長発達を阻害し,その学習権を侵害するものであり,必要性も合理性もな
く,また,その内容は,過度に教師の裁量を制限し,教師に対し一方的な価
値観や観念を生徒に教え込むことを強制するものであって,教師の教育の自
由を侵害するものとして憲法13条,23条,26条に違反し,教育基本法
16条1項が禁止する「不当な支配」に当たる違法なものであるとして,前
記主張する。
しかし,①本件通達は各学校の校長を名宛人とし,本件職務命令は控訴人
ら教職員を名宛人とするものであって,いずれも生徒を名宛人とするもので
はないから,本件通達や本件職務命令によって直接生徒が国歌斉唱時に起立
を強制されるという関係に立つものではないこと,②自国及び他国の国旗及
び国歌を尊重する態度を養うことが重要であるという学習指導要領の考え方
は,国の教育行政機関が正当な理由に基づき合理的な決定権能を行使した結
果として,憲法上許容される内容のものといえること,③教育活動は生徒の
内心に対する働きかけを伴うものであり,本件通達及び本件職務命令を通じ
て学校における儀式的行事の場において教員らが国旗及び国歌として定めら
れたものを尊重する態度を示すことにより,生徒らにも同様の態度が涵養さ
れ,学習指導要領の内容が実現されることを効果として期待することは,そ
の目的及び態様に照らし,教育活動として許容される範囲内のものであって,
これにより生徒が事実上起立を強制されたものと評価することはできないこ
と,④普通教育においては,憲法23条を根拠として完全な教授の自由を認
めることはできず,憲法上,控訴人らが所属していた学校の児童・生徒の教
育内容については,国の教育行政機関等には,正当な理由に基づく合理的な
決定権能が認められていると解され,教育に対する行政権力の不当,不要の
介入は排除されるべきであるとしても,許容される目的のために必要かつ合
理的と認められる場合には,教育の内容及び方法に関し,教育行政機関が指
示や命令を行うことは,教育基本法にいう「不当な支配」に該当するもので
はなく,憲法26条及び23条に違反すると解することもできないこと,そ
して,⑤「日の丸」及び「君が代」は,これを国旗及び国歌とすることにつ
いて反対する意見があることは事実であるが,いずれも全国民を代表する議
員により構成される国権の最高機関である国会が制定した法律により国旗及
び国歌として定められているものであり,入学式や卒業式という式典の場に
おける国旗の掲揚や国歌の斉唱を通じて,これらを尊重する態度を育てると
いう学習指導要領の考え方が,誤った知識や一方的な観念を生徒に植えつけ
るような内容の教育を施すことを強制するようなものと評価することはでき
ず,したがって,国旗及び国歌に関する学習指導の内容は,国の教育行政機
関が正当な理由に基づき合理的な決定権能を行使した結果として,憲法上許
容される内容のものということができること,⑥本件通達は外形的に秩序だ
って行われるべき学校の式典における儀式的行事の実施指針を定めるもので
あるところ,本件通達が学習指導要領の適正な実施のために発せられた公務
員組織の内部の命令として,「不当な支配」に該当せず,憲法13条,23
条及び26条に違反するとは認められないものであり,本件通達で定められ
た限度で控訴人ら現場の教員の式典の実施に関する裁量が認められないとし
ても,違法,不当ということができないこと,以上は前記引用に係る原判決
説示のとおりであり,控訴人らの上記主張は採用することができない。
4本件各不起立の地公法32条及び33条該当性について
当裁判所も,本件各不起立は地公法32条及び33条に該当すると判断する。
その理由は,原判決「事実及び理由」欄の第4の3(原判決42頁1行目から
12行目まで)に記載のとおりであるから,これを引用する。
5本件A懲戒処分が裁量権の逸脱濫用に当たるか否かについて
⑴当裁判所は,本件A懲戒処分は懲戒権者としての都教委に与えられている
裁量権の合理的範囲を逸脱してされたものといわざるを得ず,違法なものと
いうべきであると判断する。その理由は,以下のとおりである。
ア総論
総論は,次のとおり補正するほかは,原判決「事実及び理由」欄の第4
の4⑴(原判決42頁14行目から44頁7行目まで)に記載のとおりで
あるから,これを引用する。
原判決42頁24行目の「1号1頁」の次に「。最高裁昭和52年1
2月等各判決」を加え,同行目の末尾に続けて,改行の上,「本件におい
て,上記諸事情についてみると,不起立行為の性質,態様は,全校の
児童生徒等の出席する重要な学校行事である卒業式等の式典において行
われた教員による職務命令違反であり,当該行為は,その結果,影響と
して,学校の儀式的行事としての式典の秩序や雰囲気を一定程度損なう
作用をもたらすものであって,それにより式典に参列する児童生徒への
影響も伴うことは否定し難い。他方,不起立行為の動機,原因は,当
該教員の歴史観ないし世界観等に由来する「君が代」や「日の丸」に対
する否定的評価等のゆえに,本件職務命令により求められる行為と自ら
の歴史観ないし世界観等に由来する外部的行為とが相違することであ
り,個人の歴史観ないし世界観等に起因するものである。また,不起立
ような性質,態様に鑑み,当該式典の進行に具体的にどの程度の支障や
混乱をもたらしたかは客観的な評価の困難な事柄であるといえる。」を加
え,25行目の「原告らは,」から26行目の「ある。」までを削る。
同43頁1行目の「適法なものであるから,」を「学校教育の目標や卒
業式等の儀式的行事の意義,在り方等を定めた関係法令等の諸規定の趣
旨に沿って,地方公務員の地位の性質及びその職務の公共性を踏まえ,
生徒等への配慮も含め,教育上の行事にふさわしい秩序の確保とともに
式典の円滑な進行を図るものであって(最高裁平成22年(オ)第95
1号同23年6月6日第一小法廷判決・民集65巻4号1855頁等参
照),このような観点から,その遵守を確保する必要があるものというこ
とができ,このことに加え,前記アにおいてみた事情によれば,」と,
2行目の「起立」を「規律」と,12行目の「原告らは,」から13行目
不起立行為に対する懲戒において戒告を超えてより重い減給以上の処分
を選択することについては,本件事案の性質等を踏まえた慎重な考慮が
必要となるものといえる。そして,」とそれぞれ改める。
イ本件A懲戒処分について
控訴人Aが本件A懲戒処分より前に不起立行為以外の非違行為による3
回の懲戒処分及び不起立行為による5回の懲戒処分を受けていることは,
前記引用に係る原判決の前提事実⑸ア摘示のとおりである。不起立行為以
外の非違行為3回のうち2回は,卒業式における国旗の掲揚の妨害と引き
降ろし及び服務事故再発防止研修におけるゼッケンの着用と研修の妨害等
の実力行使を伴うなど,積極的に式典や研修の進行を妨害する行為による
ものである。このほか,控訴人Aは,国旗や国歌に関する対応について校
長を批判する内容の文書の生徒への配布等により2回の文書訓告を受けて
いる。また,不起立行為により控訴人Aが受けた5回の懲戒処分のうち,
4回は停職の処分であり,このうち平成19年3月30日付け停職6月の
懲戒処分は確定判決により取り消されたが,平成18年3月31日付けの
停職3月の懲戒処分及び平成20年3月31日付けの停職6月の懲戒処分
(後記のとおり本件トレーナー着用行為も懲戒処分の対象として含む。)は
いずれも最高裁判決によって有効であることが確定している。
このように,控訴人Aの過去の処分歴に係る非違行為は,自己の思想及
び良心と社会一般の規範等により求められる行為とが抵触する場面におい
て積極的に式典や研修の進行を妨害する行為が含まれているほか,校長の
職務命令に違反して,勤務時間中に,「強制反対日の丸君が代」又は「O
BJECTIONHINOMARUKIMIGAYO」などの語句が
印刷された服(本件トレーナー)を着用する(本件トレーナー着用行為)
という職務専念義務違反行為に及ぶなど,あえて学校の規律や秩序を乱す
ような行為を選択して実行したものも含まれており,処分の頻度も懲戒処
分8回,訓告2回という高いものであることからすれば,規律や秩序を害
した程度は相応に大きいものであるということができる。これらを踏まえ
たとき,本件職務命令に違反した本件A不起立に対する懲戒処分につき,
同処分の種類として停職処分を選択すること自体については,前記相当性
を基礎付ける具体的な事情があるということができる。
そして,停職期間について検討すると,控訴人Aは,1回目の平成16
年度卒業式における不起立行為につき平成17年3月31日給与6月の1
0分の1を減ずる懲戒処分を受け,2回目の平成17年度入学式における
不起立行為につき同年5月27日停職1月の懲戒処分を受け,3回目の同
年度卒業式における不起立行為につき平成18年3月31日停職3月の懲
戒処分を受けているところ,2回目の不起立行為につき停職1月の懲戒処
分を受けた後,再発防止研修でのゼッケン着用を巡る抗議等を行ったこと
によって給与1月の10分の1を減ずる懲戒処分を受けている。これらを
考慮すると,3回目の不起立行為に対する処分の停職期間を2回目の不起
立行為に対する停職処分の期間(1月)を加重した3月とすることは,そ
の期間の選択が重すぎて相当ではないとはいえない。そして,4回目の平
成18年度卒業式における不起立行為については,停職期間を6月とした
平成19年3月の懲戒処分が取り消されているが,それまで不起立行為が
繰り返されているほか,不起立行為に関連した非違行為が行われているこ
と及びこれらに対する懲戒処分の内容を踏まえれば,少なくとも停職期間
を3月とする限度で停職処分とすることはその期間の選択が重すぎて相当
ではないとはいえず,また,5回目の平成19年度卒業式における不起立
行為については,同非違行為のほかに,同年度の勤務時間中に上記語句が
印刷された本件トレーナーを着用し,このことについて,再三にわたり,
校長及び副校長から注意指導を受け,さらに本件トレーナー着用行為をし
ないようにとの職務命令を受けたにもかかわらず,その後も同行為を続け
たことにより,これらが地公法32条,33条及び35条に違反するとし
て,これと併せて停職期間を6月とする懲戒処分がされたのであり(乙イ
205~207),同処分についても,その期間の選択が重すぎて相当では
ないとはいえない。そして,6回目の本件A不起立は,その翌年,再び不
起立行為が繰り返されたものであり,これに対する懲戒処分を平成17年
度卒業式及び平成18年度卒業式における各不起立行為に対するものとし
て重すぎて相当ではないとはいえない停職3月の懲戒処分よりさらに重く
することはやむを得ないものというべきである。
しかし,前記アの説示のとおり,停職処分は,それ自体によって被処分
者に対して一定の期間,職務の停止及び給与の全額不支給という直接の職
務上及び給与上の不利益が及ぶ処分であり,将来の昇給等にも相応の影響
が及ぶほか,職員の懲戒に関する条例によれば,停職期間の上限は6月と
されていて,停職期間を6月とする停職処分を科すことは,さらに同種の
不起立行為を繰り返し,より重い処分が科されるときには,その処分は免
職のみであり,これにより地方公務員である教師としての身分を失うこと
になるとの警告を与えることとなり,その影響は,単に期間が倍になると
いう量的な問題にとどまらず,身分喪失の可能性という著しい質的な違い
を被処分者に意識させることになり,これによる被処分者への心理的圧迫
の程度は強い。特に,控訴人Aの場合には,前記説示のとおり,その不起
立行為の動機,原因は,控訴人Aの歴史観ないし世界観等に由来する「君
が代」や「日の丸」に対する否定的評価等のゆえに,本件職務命令により
求められる行為と自らの歴史観ないし世界観等に由来する外部的行為とが
相違するというものであることに照らすと,その後も施行される入学式,
卒業式では,少なくとも,控訴人Aは,その内心においては,上記歴史観,
世界観等に反して本件職務命令に従うか,教師としての身分を失うことに
なるかの選択を迫られる状況に置かれることになる。
以上の事情を踏まえれば,本件A不起立について停職期間を6月とする
停職処分を科すことは,十分な根拠をもって慎重に行わなければならない
ものというべきであるところ,控訴人Aについて過去に懲戒処分や文書訓
告の対象となったいくつかの行為は,平成17年度卒業式における不起立
行為についての平成18年3月の懲戒処分において考慮され,その後,同
種の非違行為が繰り返されて懲戒処分を受けたという事実は認められない
上,本件A不起立は,以前において行われた掲揚された国旗を引き降ろす
などの積極的な式典の妨害行為ではなく,控訴人Bと同様の国歌斉唱時に
起立しなかったという消極的な行為であって,卒業式の会場において不快
に感じた参列者がいたことは否定できないものの,その限度にとどまるも
のであり,また,停職6月の平成20年3月の懲戒処分がされた後は,本
件A懲戒処分時まで,控訴人Aが,勤務時間中に,平成19年度の本件ト
レーナー着用行為のような行為をしたことはなく,また,その他の非違行
為がされたことについては,これを認めるに足りる的確な証拠はない。こ
れらのことを踏まえれば,本件A不起立については,職員の懲戒に関する
条例により停職期間の上限とされている6月を停職期間とする停職処分を
科すことは,控訴人Aの過去の処分歴や不起立行為が繰り返されてきたこ
とを考慮しても,なお正当なものとみることはできないというべきである。
以上によれば,本件A懲戒処分において停職期間を6月とした都教委の
判断は,具体的に行われた非違行為の内容や影響の程度等に鑑み,社会通
念上,行為と処分との均衡を著しく失していて妥当性を欠くものであり,
懲戒権者としての都教委に与えられている裁量権の合理的範囲を逸脱して
されたものといわざるを得ず,違法なものというべきである。
⑵被控訴人は,控訴人Aが本件A懲戒処分により受ける不利益は,本件A不
起立の重大性とそれを是正防止すべき必要性が大きいことに加え,そのよう
な非違行為を控訴人Aが確信的に繰り返してきたことを考慮すれば,不利益
性の大きい懲戒処分を受けるのは当然のことである,また,本件A懲戒処分
の停職期間には約1か月半の夏期休業期間が含まれており,子どもとの学校
における関わりという観点からすれば,それが不能となるのは約4か月半で
あり,最高裁平成24年1月判決が適法と判断した停職3月の懲戒処分に比
べ約1月半長くなるに過ぎない,控訴人Aは,最高裁によって適法と認めら
れた停職3月の懲戒処分を受けながら,平成19年3月,平成20年3月,
平成21年3月と引き続き校長の適法な起立斉唱命令に違反する行為を繰り
返したのであり,しかも前回の平成20年3月の処分時には本件トレーナー
着用行為という非違行為も行っていたのであるから,停職6月による不利益
を受けるのは当然のことである,職員の懲戒に関する条例には,停職6月よ
り重い懲戒処分として免職が定められているが,同処分については,停職6
月の懲戒処分がされた非違行為と同種行為が繰り返された場合に必ず科され
なければならない旨の規定はなく,現に都教委は,控訴人Aについて,平成
19年3月に停職6月の懲戒処分をした後,控訴人Aが不起立行為を繰り返
しても,免職の処分はしていない旨主張する。
しかし,前記⑴の判断は被控訴人が主張する上記事情をも踏まえた上での
ものであり,被控訴人の上記主張は同判断を左右するものとしては採用する
ことができない。
6控訴人らによる国賠法1条1項に基づく損害賠償請求の当否について
⑴本件A懲戒処分が懲戒権者の裁量権の範囲を超えるものとして違法であ
り,取り消されるべきものであることは前記5に説示したとおりである。
また,本件B懲戒処分が懲戒権者の裁量権の範囲を超えるものとして違法
であり,取り消されるべきものであることは,次のとおり補正するほかは,
原判決「事実及び理由」欄の第4の4⑶(原判決48頁2行目から49頁1
7行目まで)に記載のとおりであるから,これを引用する。
(原判決の補正)
原判決48頁4行目の「前提事実2⑸ウ」を「前記前提事実⑸ウ」と,1
8行目の「あった認める」を「あったと認める」とそれぞれ改める。
⑵しかし,控訴人らによる国賠法1条1項に基づく損害賠償請求については,
当裁判所も,いずれも理由がないと判断する。その理由は,次のとおり補正
し,後記⑶において当審における控訴人らの主張について判断するほかは,
原判決「事実及び理由」欄の第4の5⑵アからエまで(原判決49頁24行
目から52頁25行目まで)に記載のとおりであるから,これを引用する。
ア原判決49頁24行目の「本件B懲戒処分は,」を「本件各処分は,い
ずれも」と改める。
イ同50頁13行目から14行目の「本件B不起立」を「本件各不起立」
と,同行目の「原告B」を「控訴人ら」と,15行目,17行目から18
行目の各「本件B懲戒処分」をいずれも「本件各処分」とそれぞれ改め,
20行目の「前判示のとおり,」から22行目から23行目にかけての「推
認されるところ,」までを削る。
ウ同51頁2行目及び19行目の各「本件B懲戒処分」をいずれも「本件
各処分」と,11行目の「前提事実1⑷ア」を「前記前提事実⑷ア」と,
23行目の「原告B」を「控訴人ら」とそれぞれ改める。
エ同頁25行目の「以上に判示したとおり,」から52頁6行目末尾まで
を「そして,本件各処分の時点において,控訴人らには,前記前提事実⑸
の非違行為と処分歴があり,控訴人Aにあっては,不起立行為をしたこと
につき,平成17年3月に給与6月の10分の1を減ずる懲戒処分を,同
年5月に停職1か月の懲戒処分を,平成18年3月に停職3月の懲戒処分
を,平成19年3月に停職6月の懲戒処分を,平成20年3月に停職6月
の懲戒処分をそれぞれ受け,平成17年5月の懲戒処分の後に実施された
再発防止研修においては,被控訴人の日の丸,君が代強制反対と書かれた
ゼッケンの着用を巡る抗議等を行ったことにより給与1月の10分の1を
減ずる懲戒処分を受け,平成19年3月の停職6月の懲戒処分を受けた後
には,勤務時間中に平成20年3月の懲戒処分の対象ともなった本件トレ
ーナー着用行為を行い,控訴人Bにあっても,不起立行為について,平成
16年4月に戒告の懲戒処分を,同年5月に給与1月の10分の1を減ず
る懲戒処分を,平成17年3月に給与6月の10分の1を減ずる懲戒処分
を,平成18年3月に停職1月の懲戒処分を,平成19年3月に停職3月
の懲戒処分を,平成20年3月に停職6月の懲戒処分をそれぞれ受け,こ
れらを考慮して処分量定をすべき状況にあったものであり,前記のとおり,
停職の懲戒処分については,単に過去の不起立の回数だけでは足りず,当
該処分を選択することの相当性を基礎付ける具体的事情が必要であること
を判示した最高裁平成24年1月判決がまだ示されておらず,裁判例の考
え方も分かれていた状況の下において,都教委が,本件各不起立について,
本件処分量定の考え方に沿って控訴人らについて過去の処分が有効である
ことを前提として停職6月の懲戒処分を選択したことは,その処分の量定
に際して職務上通常尽くすべき注意義務を尽くさず,本件各処分を行った
とまでは認めることはできない。」と改める。
オ同52頁7行目,11行目,21行目及び24行目の各「原告B」をい
ずれも「控訴人ら」と,7行目の「本件B不起立」を「本件各不起立」と,
15行,19行目及び23行目の各「本件B懲戒処分」をいずれも「本件
各処分」と,24行目の「行為がある」を「行為である」とそれぞれ改め
る。
⑶当審における控訴人らの主張について
控訴人らは,都教委が処分の量定に際して職務上通常尽くすべき注意義務
を尽くしたか否かの判断においては,当時の裁判状況ではなく,国旗国歌法
制定時の立法者の意思を重視すべきであり,東京都教育庁指導部が平成14
年11月には「入学式や卒業式などにおける国旗掲揚及び国歌斉唱の指導に
関する資料」を作成し,その資料の一つとして「国旗及び国歌に関する法律」
主要国会審議状況を掲載し,処分量定においては国旗国歌法制定時における
立法者意思を尊重すべきことを明確にしていたこと及び同国会審議状況を踏
まえれば,都教委は,本件各不起立について処分量定をする際にも,本件職
務命令の違憲性に関する最高裁平成23年5月判決や最高裁平成24年1月
判決を待つまでもなく,国旗国歌法制定時における立法者意思を検討するこ
とによって,本件職務命令が憲法の保障する思想及び良心の自由との関係で
微妙な問題を含むものであること,すなわち,思想及び良心の自由について
の間接的制約となる面があること,したがって,処分量定を行うに当っては,
不起立の理由(控訴人らは,本件職務命令は控訴人らの思想及び良心の自由
を侵害するものと考えていた。)を考慮する必要があることを容易に認識す
ることができたといえるが,都教委は,このことを一切考慮することなく,
むしろ意図的に控訴人らの思想及び良心の自由を侵害することを目的とし
て,機械的に累積加重処分をしたのであるから,都教委は本件各不起立に係
る処分量定をするに当り職務上通常尽くすべき注意義務を尽くさず,したが
って,本件各処分をしたことには過失があったということができる旨主張す
る。
しかし,国旗国歌法制定時の国会審議において,政府から,処分について
はその裁量権が濫用されることがあってはならない等の説明がされていたと
しても,懲戒権者の裁量権の行使や本件処分量定について上記のとおり説示
したところに照らせば,そのことから直ちには,本件各不起立について,停
職期間を6月とする停職処分をすることが違法となるとの判断は導くことが
できないというべきであり,本件各処分前にされた控訴人Bの不起立行為に
対する停職処分が取り消される一方で,控訴人Aの不起立行為に対する平成
17年5月の停職1月の懲戒処分,平成18年3月の停職3月の懲戒処分,
平成20年3月の停職6月の懲戒処分はいずれも最高裁の判決等によりその
有効性が確定し,取り消された控訴人Aの平成19年3月の懲戒処分(停職
6月)も処分取消訴訟の第1審ではそれが適法であることが確認され,控訴
人Bの平成18年3月の懲戒処分(停職1月)も取消訴訟の第1,2審にお
いては処分の適法性が確認されている。
また,控訴人らは,国賠法上の注意義務違反の有無については,控訴人ら
のような教育公務員に特別の身分保障が認められていることを前提として,
本件各処分が平等取扱原則,公正原則,比例原則に適合するかどうかとの観
点から検討することが必要であるところ,これに照らせば,本件各処分は上
記各原則に違反するものであり,これを選択することについては,都教委に
職務上尽くすべき注意義務を尽くさなかった過失がある旨主張する。
しかし,この点についての認定判断は,前記引用に係る原判決説示のとお
りであり,控訴人らの主張は採用することができない。
さらに,控訴人らは,都教委が過去の処分事例を考慮して後の非違行為に
ついての処分量定をすることは過去の非違行為を重ねて評価し,処分するも
のであり,二重処罰の禁止原則に違反する旨主張するが,懲戒権者たる都教
委が,その裁量権の行使に当たって,過去の非違行為及び処分歴を考慮する
こと自体は違法ではなく,式典における国歌斉唱時の不起立で戒告を受けた
教員がさらに不起立を繰り返した場合において,戒告処分以上の減給,停職
等の懲戒処分をすることが,どのような場合に,社会観念上,著しく妥当を
欠いて裁量権の範囲を逸脱し,又はこれを濫用したことになるかについては,
下級審の裁判例も判断が分かれており,実務上は,本件処分量定においては,
過去に非違行為を行い懲戒処分を受けたにもかかわらず,再び同様の非違行
為を行った場合は,量定を加重すると定められており,非違行為を重ねた場
合に懲戒処分を加重するという考え方は,非違行為の再発防止や公務員関係
の秩序維持の必要性という観点から,一般的にみて合理性がないということ
はできないことは,前記引用に係る原判決説示のとおりであって,控訴人ら
の主張するところから直ちに被控訴人が本件各処分をするに当たって職務上
尽くすべき注意義務を尽くさなかったものと認めることはできず,上記主張
は採用することができない。
7以上によれば,控訴人Aの本件A懲戒処分の取消しを求める請求は理由があ
るからこれを認容すべきであり,控訴人らの国賠法1条1項による損害賠償請
求はその余の点について判断するまでもなくいずれも理由がないからこれらを
棄却すべきであるところ,控訴人Aの上記処分取消請求及び控訴人らの各損害
賠償請求をいずれも棄却した原判決は,控訴人Aの取消請求を棄却した限度で
不当であり,その余は相当であるから,同不当部分を上記判断に符合するよう
に変更すべきである。
第4結論
よって,控訴人Aの控訴に基づき,原判決主文第2項のうち,控訴人Aの請
求に係る部分を主文第1項のとおり変更し,控訴人Bの控訴は理由がないから
これを棄却することとして,主文のとおり判決する。
東京高等裁判所第9民事部
裁判長裁判官小川秀樹
裁判官廣田泰士
裁判官和波宏典

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