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平成27年(モ)第38号保全異議申立事件
(基本事件・平成26年(ヨ)第31号大飯原発3,4号機及び高浜原発3,4号
機運転差止仮処分命令申立事件)
決定
当事者等の表示別紙当事者目録記載のとおり(省略)
主文
1福井地方裁判所平成26年(ヨ)第31号大飯原発3,4号機及び高浜原発
3,4号機運転差止仮処分命令申立事件について,同裁判所が平成27年4月
14日にした仮処分決定を取り消す。
2債権者らの上記仮処分決定に係る申立てをいずれも却下する。
3申立費用は,保全異議申立ての前後を通じて,債権者らの負担とする。
理由
【目次】
第1異議申立ての趣旨・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・5
第2事案の概要・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・5
1前提事実・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・5
2争点・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・23
3争点に関する当事者の主張・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・23
司法審査の在り方・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・24
(債権者らの主張)・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・24
(債務者の主張)・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・25
基準地震動の合理性・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・26
(債権者らの主張)・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・26
(債務者の主張)・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・34
耐震安全性の相当性・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・41
(債権者らの主張)・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・41
(債務者の主張)・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・45
使用済燃料の危険性・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・50
(債権者らの主張)・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・50
(債務者の主張)・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・54
地震以外の外部事象の危険性・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・56
ア津波の危険性・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・56
(債権者らの主張)・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・56
(債務者の主張)・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・58
イ深層崩壊の危険性・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・61
(債権者らの主張)・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・61
(債務者の主張)・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・62
ウ土砂災害の危険性・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・62
(債権者らの主張)・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・62
(債務者の主張)・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・63
安全性確保に関するその他の問題・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・64
ア老朽化による危険性・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・64
(債権者らの主張)・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・64
(債務者の主張)・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・67
イ格納容器再循環サンプスクリーンの閉塞による危険性・・・・・・・・・70
(債権者らの主張)・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・70
(債務者の主張)・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・71
ウ計装設備の不備による危険性・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・72
(債権者らの主張)・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・72
(債務者の主張)・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・72
エ免震重要棟が存在しないことによる危険性・・・・・・・・・・・・・・・・・・・72
(債権者らの主張)・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・73
(債務者の主張)・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・73
燃料体等の損傷ないし溶融が生じた後の対策等・・・・・・・・・・・・・・・・・74
(債権者らの主張)・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・74
(債務者の主張)・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・76
保全の必要性・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・76
(債権者らの主張)・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・76
(債務者の主張)・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・77
第3当裁判所の判断・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・77
1・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・77
2・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・84
認定事実・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・84
原子力規制委員会の判断の合理性・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・103
債権者らの主張について・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・111
3・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・127
認定事実・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・127
原子力規制委員会の判断の合理性・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・139
債権者らの主張について・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・143
4・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・154
認定事実(本件使用済燃料ピットの安全性に関連する事実)・・・・154
認定事実(竜巻及びテロ等の危険性に関連する事実)・・・・・・・・・・160
原子力規制委員会の判断の合理性(主に耐震安全性について)・・165
債権者らの主張について・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・167
5・・・・・・・・・・・・・・・・176
津波の危険性・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・176
ア認定事実・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・176
イ原子力規制委員会の判断の合理性・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・189
ウ債権者らの主張について・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・193
深層崩壊の危険性・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・199
ア認定事実・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・199
イ原子力規制委員会の判断の合理性・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・200
土砂災害の危険性・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・201
ア認定事実・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・201
イ原子力規制委員会の判断の合理性・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・202
ウ債権者らの主張について・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・203
6・・・・・・・・・・・・205
老朽化による危険性・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・205
ア認定事実・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・205
イ本件原発の老朽化に対する安全性・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・210
格納容器再循環サンプスクリーンの閉塞による危険性・・・・・・・・・・214
ア認定事実・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・214
イ格納容器再循環サンプスクリーンの閉塞事象に対する安全性・・215
計装設備の不備による危険性・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・215
ア認定事実・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・215
イ原子力規制委員会の判断の合理性・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・216
免震重要棟が存在しないことによる危険性・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・217
ア認定事実・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・218
イ原子力規制委員会の判断の合理性・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・219
7その余の債権者らの主張等について・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・221
8結論・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・224
別紙当事者目録(省略)
別紙1若狭湾周辺の主な活断層の分布(省略)
別紙2沸騰水型原子炉(BWR)と加圧水型原子炉(PWR)(省略)
【本文】
第1異議申立ての趣旨
主文と同旨
第2事案の概要
本件は,債権者らが,福井県大飯郡高浜町田ノ浦1において高浜発電所3号
機及び4号機(以下,併せて「本件原発」という。)を,福井県大飯郡おおい
町大島1字吉見1-1において大飯発電所3号機及び4号機(以下,併せて「大
飯原発」という。)をそれぞれ設置している債務者に対し,人格権に基づく妨
害予防請求として,本件原発及び大飯原発の原子炉の運転(以下,単に「本件
原発の運転」のように表記することがある。)を仮に差し止めることを命じる
仮処分を申し立てた事案である(なお,別紙当事者目録記載1ないし4の各債
権者は,本件原発に係る申立てのみをしている。)。
当裁判所は,平成27年4月14日,上記申立てのうち本件原発に係る部分
(以下「本件仮処分命令申立て」という。)を認容する原決定をしたところ,
債務者は,これに対して保全異議を申し立て,原決定の取消しを求めた。
1前提事実
以下の事実は,当事者間に争いがないか,括弧内に掲記の疎明資料(なお,
疎明資料番号の枝番を明記しない場合は,全ての枝番を含む趣旨である。以下
同じ。)又は審尋の全趣旨(仮処分申立書第1,答弁書第5章等参照)により
容易に認められる。
当事者
ア債権者らの住所地は別紙当事者目録に記載のとおりであり,いずれも本
件原発から250km圏内に居住している。
イ債務者は,大阪府,京都府,兵庫県(一部を除く。),奈良県,滋賀県,
和歌山県,三重県の一部,岐阜県の一部及び福井県の一部への電力供給を
行う一般電気事業者である。
本件原発周辺の概要
ア債務者は,福井県大飯郡高浜町田ノ浦1に加圧水型原子炉を使用する高
浜発電所(以下「高浜原発」という。)の1号機ないし4号機を設置して
おり,高浜原発の3号機及び4号機が本件原発である。
イ高浜原発は,福井県の音海半島の根元部に位置し,その敷地の北側及び
南側は山に囲まれており,西側は内浦湾に面し,東側は若狭湾に面し,取
水口が設置されている。
高浜原発の周辺の地層には,高浜原発から見ておおむね北から東にかけ
て,FO-B断層,FO-A断層及び熊川断層と呼ばれる断層が順に存在
する。高浜原発,FO-A断層,FO-B断層及び熊川断層等の位置関係
は,おおむね別紙1のとおりである。
原子力発電所の仕組み
ア原子力発電の仕組み
原子力発電では,核分裂反応によって生じるエネルギーを熱エネルギー
として取り出し,この熱エネルギーによって蒸気を発生させ,この蒸気で
タービンを回転させて発電を行う。
イ核分裂の原理
全ての物質は,原子から成り立っており,原子は原子核(陽子と中性子
の集合体)と電子から構成されている。重い原子核の中には,分裂して軽
い原子核に変化しやすい傾向を有しているものがあり,例えばウラン23
5の原子核が中性子を吸収すると,原子核は不安定な状態となり,分裂し
て2ないし3個の異なる原子核(核分裂生成物)に分かれる。これを核分
裂といい,核分裂が起きると,大きなエネルギーが発生するとともに,核
分裂生成物(核分裂により生み出される物質をいい,その大部分は放射性
物質である。例えば,ウラン235が核分裂すると,放射性物質であるセ
シウム137,よう素131等が生じる。)及び2ないし3個の速度の速
い中性子が生じる。この中性子の一部が他のウラン235等の原子核に吸
収されて次の核分裂を起こし,連鎖的に核分裂が維持される現象を核分裂
連鎖反応という。なお,核分裂を起こす物質としては,ウラン,プルトニ
ウム等がよく知られているが,ウラン鉱石から取り出した状態のウランに
は核分裂しやすい性質を有するウラン235が約0.7%しか含まれてお
らず,残りの約99.3%は核分裂しにくい性質を有するウラン238で
あるところ,本件原発では,ウラン235の比率を3ないし5%程度に高
めた低濃縮ウランのほか,プルトニウムとウランを混ぜ合わせた燃料(M
OX燃料)も使用されている。
核分裂連鎖反応を制御するためには,核分裂を起こす中性子の数を調整
することが必要であり,中性子を吸収しやすい性質を持つ制御材を用いて
中性子の数を調整している。
ウ原子炉の種類
原子炉には,減速材及び冷却材の組合せによって幾つかの種類があり,
そのうち減速材及び冷却材の両者の役割を果たすものとして軽水(普通の
水)を用いるものを軽水型原子炉という。軽水型原子炉は大きく分けると
沸騰水型原子炉(BWR)と加圧水型原子炉(PWR)の2種類がある。沸
騰水型原子炉は,原子炉内で冷却材を沸騰させ,そこで発生した蒸気を直
接タービンに送って発電する。加圧水型原子炉は,1次冷却設備を流れる
高圧の1次冷却材を原子炉で高温水とし,これを蒸気発生器に導き,蒸気
発生器において,高温水の持つ熱エネルギーを2次冷却設備を流れている
2次冷却材に伝えて蒸気を発生させ,この蒸気をタービンに送って発電す
る。両者の基本的な仕組みを図示すると別紙2のとおりである。
本件原発の構造等
ア概要
本件原発は,加圧水型原子炉であり,原子炉を含む1次冷却設備,原
子炉格納容器,2次冷却設備,電気施設,補助給水設備,工学的安全施
設,一般的に使用済燃料プールと呼称されているプール(本件原発につ
いては「使用済燃料ピット」という。)等から構成される(以下,上記
の原子炉及びその附属施設を併せて「発電用原子炉施設」という。)。
1次冷却設備は,原子炉,加圧器,蒸気発生器,1次冷却材ポンプ,
1次冷却材管等から構成されており,原子炉内で生じた熱エネルギーで
1次冷却材を高温水とした上で,これを蒸気発生器に導き,蒸気発生器
内において2次冷却材を蒸気にする機能を果たしている。
原子炉は,原子炉容器,燃料集合体,制御材(制御棒及びほう素),
1次冷却材等から構成されており,原子炉容器は,上部及び底部が半球
状となっている縦置き円筒型の容器であり,その内部には燃料集合体,
制御棒等が配置され,その余の部分は1次冷却材で満たされている。
原子炉容器内の燃料集合体が存在する部分を炉心という。燃料集合体
は,ペレット(低濃縮ウラン燃料のペレットは二酸化ウランを小さな円
柱形に焼き固めたものであり,MOX燃料のペレットは二酸化プルトニ
ウムと二酸化ウランを混合して小さな円柱形に焼き固めたものである。)
をジルコニウム基合金製の燃料被覆管の中に縦に積み重ねて密接溶接
した燃料棒が束ねられたものであるところ,燃料集合体内の各燃料棒の
間には,制御棒挿入のための中空の経路(制御棒案内シンブル)が設置
されている。制御棒は,中性子を吸収しやすい性質を有する銀・インジ
ウム・カドミウム合金が用いられており,通常運転時は,燃料集合体か
らほぼ全部が引き抜かれた状態で保持されているが,緊急時には,自重
で炉心に落下して原子炉を停止させる(原子炉内の核分裂を止める)仕
組みになっている。また,ほう素(ほう酸)も中性子を吸収しやすい性
質を有しており,ほう酸を1次冷却材に添加し,その濃度を調整するこ
とによって中性子の数を調整し,核分裂連鎖反応を制御することができ
る。
1次冷却材管は,1次冷却材で満たされたステンレス鋼製配管であり,
原子炉容器,蒸気発生器及び1次冷却材ポンプを相互に連絡し,回路を
形成している。
原子炉格納容器は,1次冷却設備を格納する容器である。本件原発の
場合,原子炉格納容器の本体部は半球形ドームを有する円筒形の炭素鋼
製であり,その外側には鉄筋コンクリート造の外側遮蔽建屋が設けられ
ている。
2次冷却設備は,タービン,復水器,主給水ポンプ,これらを接続す
る配管等から構成される。2次冷却設備では,蒸気発生器で蒸気となっ
た2次冷却材をタービンに導き,タービンを回転させ,また,タービン
を回転させた蒸気を復水器において海水との熱交換によって冷却して水
に戻し,水に戻された2次冷却材を主給水ポンプ等で再び蒸気発生器へ
送っている。2次冷却設備の配管には,蒸気発生器出口からタービン入
口まで蒸気となった2次冷却材を導く主蒸気管,復水器で蒸気から水に
戻された2次冷却材を蒸気発生器へ導く主給水管等がある。なお,2次
冷却材は,放射性物質を含む1次冷却材とは隔離されているため,放射
性物質を含んでいない。
電気施設には,発電機,非常用ディーゼル発電機等がある。発電機は,
タービンの回転エネルギーによって電気を発生させる設備であり,発生
した電気は,変圧器を通じて送電線に送られるほか,発電所内の各設備
に供給される。非常用ディーゼル発電機は,発電機が停止し,かつ外部
電源(発電所外から供給される電源)を喪失した場合に,原子炉を安全
に停止した状態で維持するために必要な電力を供給し,工学的安全施設
作動のための電力を供給するものであり,本件原発の場合,1台で必要
な電力を供給できる容量を持つものを各号機につき2台ずつ備え,1台
ずつ独立した区画に分離して設置されている。
1次冷却設備等の故障や破損等による炉心の著しい損傷及びそれに伴
う多量の放射性物質の放出を防止又は抑制するため,工学的安全施設と
して,非常用炉心冷却設備(以下「ECCS」という。),原子炉格納
施設,原子炉格納容器スプレイ設備,アニュラス空気浄化設備等が設置
されている。
ECCSは,蓄圧注入系,高圧注入系及び低圧注入系で構成され,1
次冷却材管の破断等により1次冷却材の喪失(以下「LOCA」という。)
等が発生した場合,ほう酸水を原子炉容器内に注入する。
原子炉格納施設は,原子炉格納容器及びアニュラス部(原子炉格納容
器の配管等の貫通部の外側に設けられた密閉された空間)で構成されて
おり,LOCA等が発生した場合に圧力障壁となり,かつ,放射性物質
の放出に対する障壁となる。
原子炉格納容器スプレイ設備は,同スプレイポンプ,スプレイリング
等で構成されており,LOCA等が発生した場合に核分裂により生成し
た放射性よう素を吸収しやすくする薬剤をほう酸水に添加しながら,原
子炉格納容器内に水を噴霧して圧力上昇を抑えるとともに,原子炉格納
容器内に浮遊する放射性よう素等を除去する機能を持つ。
アニュラス空気浄化設備は,アニュラス空気浄化ファン,アニュラス
空気浄化フィルタユニット等で構成され,LOCA等が発生した場合に
周辺環境に放出される放射性物質の濃度を減少させる機能を持つ。
使用済燃料ピットは,原子炉から取り出された使用済燃料を貯蔵する
ための施設であり,壁面及び底部は鉄筋コンクリート造であり,その内
面にステンレス鋼板を内張り(ライニング)している(以下,特に断ら
ない限り,内張りされたステンレス鋼板それ自体を「ライニング」とい
う。)。
イ本件原発における発電の仕組み
1次冷却材は,加圧器によって高圧となった上,1次冷却材ポンプによ
って1次冷却材管を通って原子炉容器と蒸気発生器との間を循環している。
原子炉においては核分裂連鎖反応により熱エネルギーが生じるところ,
1次冷却材は原子炉容器内において核分裂連鎖反応によって生じた熱エネ
ルギーを吸収して高温になり,他方,これにより原子炉は冷却される。
高温になった1次冷却材は,1次冷却材管を通じて蒸気発生器に入り,
蒸気発生器において伝熱管の中を通過することで,1次冷却材の熱エネル
ギーを伝熱管の外側にある2次冷却材に伝達する。これにより,2次冷却
材は熱せられ,他方,1次冷却材は冷却される。そして,蒸気発生器で2
次冷却材に熱エネルギーを伝え終え,冷却された1次冷却材は,1次冷却
材ポンプにより再び原子炉に送られる。
2次冷却設備においては,蒸気発生器で熱せられて蒸気となった2次冷
却材がタービンに導かれ,これによりタービンを回転させて発電した上,
タービンを回転させた蒸気が復水器において冷却されて水に戻り,水に戻
った2次冷却材は主給水ポンプ等により再び蒸気発生器に送られる。
ウ本件原発からの放射性物質放出の危険性とその対応
1次冷却材管は高圧の1次冷却材で満たされていることから,1次冷却
材管が破損すると,1次冷却材が回路の外部に漏れ出し,LOCAが発生
する。このような冷却材の喪失事故が生じると,原子炉ないし燃料集合体
を冷やすことができず,炉心が損傷して本件原発から放射性物質が放出さ
れる危険が生じる。
本件原発において,LOCAを始めとする放射性物質が放出される危険
が生じた場合に備え,①制御棒の落下による原子炉の停止,②工学的安全
施設であるECCSによる原子炉の冷却及び③原子炉容器,原子炉格納施
設等による放射性物質の閉じ込めなどの対策が講じられている。
ECCSにおいては,蓄圧注入系が蓄圧タンクに貯蔵されたほう酸水を,
高圧注入系及び低圧注入系が燃料取替用水ピットに貯蔵されたほう酸水を,
有事の際に原子炉容器内に注入する。この際,上記ほう酸水や1次冷却材
管から漏れ出た1次冷却材等は原子炉格納容器の格納容器再循環サンプに
貯留されるところ,上記蓄圧注入系,高圧注入系及び低圧注入系のいずれ
の設備においても,ほう酸水の水源を格納容器再循環サンプに切り替えた
上で原子炉容器内に注入することができる。
エ本件原発への電力供給
本件原発内の機器に必要な電力は,発電機が動いている場合には発電機
から供給されるが,発電機が停止している場合には,工学的安全施設が作
動するための電力を含め,外部電源から供給される。
非常用ディーゼル発電機は,発電機が停止し,かつ,外部電源が失われ
た場合に,本件原発の保安を確保し,原子炉を安全に停止するために必要
な電力や工学的安全施設が作動するための電力を供給する。
発電機,外部電源及び非常用ディーゼル発電機からの電力供給が全て失
われた状態を,全交流電源喪失という。
全交流電源喪失が生じた場合には,直流電源である蓄電池(バッテリー)
や,重油によって作動する空冷式の非常用発電装置等による電源供給が行
われる。
使用済燃料の保管方法等
ア使用済燃料の発生,保管方法
原子力発電においては,核燃料を原子炉内で核分裂させると,燃料中に
核分裂生成物が蓄積し,連鎖反応を維持するために必要な中性子を吸収し
て反応速度を低下させるなどの理由から,適当な時期に原子炉内の燃料集
合体を取り替える必要がある。この際に原子炉から取り出される燃料集合
体が使用済燃料である。使用済燃料は,原子炉停止後に原子炉から取り出
された後,水中で移送されて使用済燃料ピットに貯蔵され,使用済燃料ピ
ットの底部に設置された燃料ラック内に垂直に立てた状態で収納される。
高浜原発における使用済燃料の貯蔵量(貯蔵容量4386体)は2000
体を超えている(甲254)。
使用済燃料ピットには,核分裂連鎖反応を制御する機能を有するほう酸
水(以下「ピット水」という。)が満たされている。このピット水は冷却
設備によって冷却され,その水位は常時監視されている。また,上記冷却
機能が失われるなどして水位が低下した場合に備え,ピット水の補給設備
が設置されている。
本件原発の使用済燃料ピット(以下「本件使用済燃料ピット」という。)
は,原子炉補助建屋のうち燃料取扱建屋に収容されており,AエリアとB
エリアに分かれている。
イ使用済燃料の性質
核燃料を原子炉内で燃やすと,核分裂性のウラン235が燃えて核分裂
生成物ができる一方,非核分裂性のウラン238は中性子を吸収して核分
裂性のプルトニウムに姿を変える。このように使用済燃料の中には,未燃
焼のウランが残っているほか,プルトニウムを含む新しく生成された放射
性物質が含まれることとなる。
使用済燃料は,崩壊熱を出し続け,時間の経過に従って衰えるものの,
1年後でも1万ワット以上とかなりの発熱量を出す。この崩壊熱を除去し
なければ,崩壊熱の発生源である燃料ペレットや燃料被覆管の温度が上昇
を続け,これらの溶融や損傷,崩壊が起こってしまう。
本件原発に係る安全性の審査の経緯,方法
ア本件原発に係る安全性の審査の経緯
本件原発の原子炉設置の許可は,昭和55年8月にされ,運転開始は
3号機が昭和60年1月,4号機が同年6月である。
原子力安全委員会は,上記許可当時は総理府に設置されていた機関で
あり,核燃料物質及び原子炉に関する規制のうち,安全確保のための規
制に関することなどについて企画,審議及び決定することを所掌事務と
していた。
原子力安全委員会が行う安全審査に当たっては,同委員会が策定した
各種の指針等が用いられ,耐震設計の妥当性に関しては耐震設計審査指
針が用いられた。
原子力安全委員会は,平成18年9月19日,耐震設計審査指針を始
めとする安全審査指針類を改訂した(以下,改訂前の耐震設計審査指針
を「旧指針」といい,改訂後の耐震設計審査指針を「新指針」とい
う。)。
耐震設計審査指針においては,耐震設計において基準とすべき地震動
(地震の発生によって放出されたエネルギーが特定の地点に到達し同地
点の地盤を揺らす場合の当該揺れのこと)が定義される。
旧指針においては,上記地震動として,設計用最強地震(歴史的資料
から過去において敷地又はその近傍に影響を与えたと考えられる地震が
再び起こり,敷地及びその周辺に同様の影響を与えるおそれのある地震
並びに近い将来敷地に影響を与えるおそれのある活動度の高い活断層に
よる地震のうちから最も影響の大きいものとして想定される地震)を考
慮して基準地震動S1を,設計用限界地震(地震学的見地に立脚し,設
計用最強地震を上回る地震について,過去の地震の発生状況,敷地周辺
の活断層の性質及び地震地体構造に基づき工学的見地からの検討を加え,
最も影響の大きいものと想定される地震)を考慮して基準地震動S2を,
それぞれ策定することとされており,原子炉の安全性確保のために重要
な役割を果たす安全上重要な設備が基準地震動S1に対して損傷や塑性
変形をしないこと,また,基準地震動S2に対して機能喪失しないこと
の確認がそれぞれ求められていた。
これに対し,新指針においては,上述のような安全上重要な設備の耐
震設計において基準とする地震動として,敷地周辺の地質・地質構造並
びに地震活動性等の地震学的及び地震工学的見地から施設の供用期間中
に極めてまれではあるが発生する可能性があり,施設に大きな影響を与
えるおそれがあると想定することが適切なものを策定しなければならな
いとされ(以下,この地震動を「基準地震動Ss」という。),発電用
原子炉施設のうち重要施設(耐震重要度分類がSクラスの施設)は,基
準地震動Ssに対してその安全機能が保持できることが必要である旨が
定められた。(甲120~122)
耐震設計審査指針の改訂を受け,その当時経済産業省の外局であるエ
ネルギー庁の機関であった原子力安全・保安院は,平成18年9月20
日,「新耐震指針に照らした既設発電用原子炉施設等の耐震安全性の評
価及び確認に当たっての基本的な考え方並びに評価手法及び確認基準に
ついて」(以下「バックチェックルール」という。)を策定し,債務者
を含む各電力会社等に対し,本件原発を含む発電用原子炉施設等につい
て,新指針に照らした耐震安全性評価(以下「耐震バックチェック」と
いう。)を実施するよう指示した。
本件原発の基準地震動は,当初,基準地震動S1の最大加速度(地震
によって地盤が振動する速度の単位時間当たりの変化の割合のうち最大
のもの)が270ガル,基準地震動S2の最大加速度が370ガルとされ
たが,債務者は,耐震バックチェックの実施に伴い,本件原発の基準地
震動Ssを新たに550ガルと策定した(なお,基準地震動の加速度に
ついては,固有周期(構造物が一揺れするのに要する時間であり,特定
の揺れやすい周期)が最も短周期側の地震動(周期0.02秒)で表記
される。)。
平成23年3月11日に東北地方太平洋沖で発生した地震(以下「東
北地方太平洋沖地震」という。)及びこれに伴う東京電力株式会社福島
第一原子力発電所(以下「福島第一原発」という。)の事故(以下「福
島原発事故」という。)を受け,原子力安全委員会は,経済産業大臣に
対し,既設の発電用原子炉施設について,設計上の想定を超える外部事
象に対する頑健性に関して総合的に評価することなどを要請した。
内閣官房長官,経済産業大臣及び内閣府特命担当大臣は,上記要請を
受け,同年7月11日,新たな安全評価を実施することとし,これを受
け,原子力安全・保安院は,同月22日,債務者を含む各電力会社等に
対し,福島原発事故を踏まえた既設の発電用原子炉施設の安全性に関す
る総合的評価(以下「ストレステスト」という。)を行い,その結果に
ついて報告をするよう求めた。
債務者は,上記の求めを受け,本件原発についてのストレステスト(以
下「本件ストレステスト」という。)を実施し,原子力安全・保安院に
対し,平成24年4月6日に本件原発のうち4号機の安全性に関する一
次評価の結果につき,同月27日に本件原発のうち3号機の安全性に関
する一次評価の結果につき,それぞれ報告書を提出した。(甲118,
119)
イ本件ストレステストの内容
債務者は,本件ストレステストにおいて,炉心の燃料集合体及び本件
使用済燃料ピットにある使用済燃料(以下,これらを併せて「燃料体等」
という。)について,地震,津波,全交流電源喪失及び最終ヒートシン
ク喪失(燃料体等から除熱するための海水を取水できない場合)の各評
価項目について,本件原発の安全上重要な設備によって燃料体等の重大
な損傷の発生を回避できるかを検討し,上記各評価項目に係るクリフエ
ッジ(原子力発電所の状況が急変する地震,津波等の負荷のレベル)を
特定した。
この際,債務者は,本件原発の安全上重要な設備の耐震性は基準地震
動Ssに対して余裕を有しており,その余裕の大きさ(以下,本件スト
レステストにおける上記余裕の程度を「耐震裕度」という。)は個々の
施設ごとに異なることを前提に,本件ストレステストの前に行われた緊
急安全対策の結果も踏まえ,安全上重要な設備が基準地震動Ssの何倍
の地震動を受ければその機能を喪失し,事態を収束させることが不可能
となるかを検討した上,地震による炉心損傷に係るクリフエッジを基準
地震動Ssに係る最大加速度の1.77倍である973.5ガルと特定
した。同様に,債務者は,津波による炉心損傷に係るクリフエッジを津
波の高さ10.8m,炉心の燃料集合体についての全交流電源喪失及び
最終ヒートシンク喪失に係るクリフエッジを約18ないし19日と特定
した。
債務者は,本件ストレステストに際し,地震と津波とが重畳する場合,
及びその他のシビアアクシデント(過酷事故)・マネジメントについて
も検討し,地震と津波との重畳については,基準地震動Ssの1.77
倍の大きさの地震と高さ10.8mの津波とが同時に発生した場合を想
定しても炉心損傷に至ることはないと判断した。(甲118,119)
債務者は,本件ストレステストにおいてクリフエッジを特定するに際
し,上記各評価項目について,起因事象(機器の損傷等に起因して生じ,
有効な収束手段がとられなければ燃料体等の重大な損傷に至る可能性の
ある事象)を選定し,当該起因事象の影響緩和に必要な機能を抽出して
イベントツリーを作成し,当該起因事象の進展を収束させる手順(以下
「収束シナリオ」という。)を特定し,各収束シナリオごとにクリフエ
特定ないし判断を行った。(甲118,119)
新規制基準及び再稼働申請
ア新規制基準及び再稼働申請の概要
福島原発事故を契機に,原子力規制委員会設置法(以下「設置法」と
いう。)が新たに制定されるとともに,核原料物質,核燃料物質及び原
子炉の規制に関する法律が改正され(平成24年6月27日号外法律第
47号。以下,改正後の同法律を「改正原子炉規制法」という。),設
置法においては,原子力規制委員会の組織及び権能について規定された。
改正原子炉規制法においては,「発電用原子炉を設置しようとする者
は,政令で定めるところにより,原子力規制委員会の許可を受けなけれ
ばならない」(同法43条の3の5第1項)とされ(以下,この許可を
「原子炉設置許可」という。),原子炉設置許可を受けた者(以下「発
電用原子炉設置者」という。)が同条2項2号から5号まで又は8号か
ら10号までに掲げる事項を変更しようとするときについても,「政令
で定めるところにより,原子力規制委員会の許可を受けなければならな
い」(同法43条の3の8第1項)とされている(以下,この許可を「設
置変更許可」という。)。なお,同法43条の3の6第1項4号及び同
号を準用する同法43条の3の8第2項においては,原子炉設置許可又
は設置変更許可の基準の一つとして「発電用原子炉施設の位置,構造及
び設備が核燃料物質若しくは核燃料物質によつて汚染された物又は発電
用原子炉による災害の防止上支障がないものとして原子力規制委員会規
則で定める基準に適合するものであること」が挙げられているが,ここ
でいう「原子力規制委員会規則」が,「実用発電用原子炉及びその附属
施設の位置,構造及び設備の基準に関する規則」(以下「設置許可基準
規則」という。)であり,この解釈を示すのが「実用発電用原子炉及び
その附属施設の位置,構造及び設備の基準に関する規則の解釈」と題す
る規程(以下「設置許可基準規則解釈」という。)である(以下,これ
らの設置変更許可の審査に係る規則等を「新規制基準」という。)。
また,発電用原子炉設置者が発電用原子炉施設の設置又は変更の工事
をしようとする場合には,「原子力規制委員会規則で定めるところによ
り,当該工事に着手する前に,その工事の計画について原子力規制委員
会の認可を受けなければならない」(改正原子炉規制法43条の3の9
第1項)とされ(以下,この認可を「工事計画認可」という。),工事
計画認可を受けて工事をする発電用原子炉施設については,「その工事
について原子力規制委員会規則で定めるところにより原子力規制委員会
の検査を受け,これに合格した後でなければ,これを使用してはならな
い」(同法43条の3の11第1項)とされている(以下,上記検査を
「使用前検査」という。)。
さらに,発電用原子炉設置者は,「原子力規制委員会規則で定めると
ころにより,保安規定(中略)を定め,発電用原子炉の運転開始前に,
原子力規制委員会の認可を受けなければならない」とされ,「これを変
更しようとするときも,同様とする」(同法43条の3の24第1項)
とされている(以下,上記変更に係る認可を「保安規定変更認可」とい
う。)。
なお,設置法,改正原子炉規制法並びに設置許可基準規則及び設置許
可基準規則解釈を含む原子力規制委員会規則等は,平成25年7月8日
に施行された。
現在停止している原子炉を再稼働させるには,当該原子炉が新規制基
準に適合することが必要となることから,発電用原子炉設置者は,原子
力規制委員会に対し,設置変更許可の申請を行い,同委員会による新規
制基準への適合性審査を経た上で設置変更許可を受けるとともに,工事
計画認可及び保安規定変更認可の各申請を行ってこれらの認可を受け,
さらに,工事計画認可を受けて工事をした施設については使用前検査に
合格する必要がある。
そして,設置変更許可,工事計画認可及び保安規定変更認可の各申請
は,一般に「再稼働申請」と呼ばれている。
イ本件原発の稼働状況等
本件原発のうち4号機は平成23年7月21日から,3号機は平成2
4年2月20日から定期検査を開始し,現在は運転を停止している。
債務者は,改正原子炉規制法等の施行を踏まえ,平成25年7月8日,
原子力規制委員会に対し,本件原発の設置変更許可,工事計画認可及び
保安規定変更認可の各申請を行った。これを受け,原子力規制委員会は,
本件原発の新規制基準に対する適合性を審査し,その過程で本件原発の
基準地震動Ssが700ガルに引き上げられたことなどを踏まえ,平成
26年12月17日,本件原発の新規制基準への適合性を認め,「関西
電力株式会社高浜発電所の発電用原子炉設置変更許可申請書(3号及び4
号発電用原子炉施設の変更)に関する審査書(案)」(乙12)を取りま
とめた。そして,上記審査書(案)については,同月18日から平成27
年1月16日までの間,パブリックコメント(意見公募手続)が行われ,
その結果も踏まえ,同年2月12日,「関西電力株式会社高浜発電所の発
電用原子炉設置変更許可申請書(3号及び4号発電用原子炉施設の変更)
に関する審査書(修正案)」(乙73)が原子力規制委員会において了承
され,設置変更許可がされた。また,遅くとも同年10月9日までに,
本件原発について工事計画認可及び保安規定変更認可がされた。(甲1
24,乙12,73,74,120)
チェルノブイリ原発事故
昭和61年4月26日,ウクライナの北辺に位置するチェルノブイリ原子
力発電所において,保守点検のため前日から原子炉停止作業中であった4号
機で,急激な出力上昇をもたらす暴走事故が発生し爆発に至った。原子炉と
その建屋は一瞬のうちに破壊され,爆発とそれに引き続いた火災に伴い,大
量の放射性物質の放出が継続した。最初の放射能雲は西から北西方向に流さ
れ,ベラルーシ共和国南部を通過しバルト海へ向かった。同月27日には海
を越えたスウェーデン王国で放射性物質が検出され,これをきっかけに,同
月28日,当時のソビエト社会主義連邦共和国政府は事故発生の公表を余儀
なくされた。チェルノブイリ原子力発電所からの放射性物質は,同月末まで
にヨーロッパ各地で,さらに同年5月上旬にかけて北半球のほぼ全域で観測
された。
東日本大震災及び福島原発事故
平成23年3月11日,三陸沖(牡鹿半島の東南東約130km付近)の
深さ約24km付近を震源とするマグニチュード9(地震の発生様式は海溝
型のプレート境界で発生するプレート間地震)の東北地方太平洋沖地震が発
生した。このとき,福島第一原発の1号機ないし3号機(いずれも沸騰水型
原子炉)は運転中,4号機ないし6号機は定期点検中であった。地震を感知
してすぐに1号機ないし3号機は自動的にスクラム停止(原子炉緊急停止)
した。ところが,地震により外部からの送電設備が損傷し,全ての外部電源
を喪失した。そのため,非常用ディーゼル発電機が自動起動し,いったん電
源は回復したが,津波等の理由によって,1号機,2号機及び4号機の全電
源喪失並びに3号機及び5号機の全交流電源喪失が生じた。
1号機ないし3号機はいずれも冷却機能を失ったためメルトダウン(炉心
溶融)を引き起こし,落下した核燃料が原子炉圧力容器の底を貫通して原子
炉格納容器に落下するというメルトスルー(炉心貫通)まで引き起こした。
さらに,1号機,3号機及び4号機の原子炉建屋内において水素爆発が生じ,
1号機及び3号機については原子炉格納容器内の圧力を下げるベントに成功
したが,2号機ではベントに失敗したため原子炉格納容器が一部破損した。
その間,高濃度の放射性物質が中央制御室に及ぶことがあったが,耐震性及
び放射性物質の防御機能が高い免震重要棟において事故のコントロールに努
めることができた。それでも,放射性物質が大量に外部に放出される事態と
なった。
その結果,15万人もの住民が避難生活を余儀なくされ,この避難の過程
で少なくとも入院患者等60名がその命を失った。(甲1)
我が国の原発に基準地震動を上回る地震が到来した事例
現在までに我が国の原発に基準地震動S1,基準地震動S2又は基準地震
動Ssを超える地震動が到来した事例として,以下の5例(以下,これらを
併せて「本件5例」という。)がある。
①平成17年8月16日に宮城県沖で発生した地震(以下「宮城県沖地震」
という。)では,東北電力株式会社女川原子力発電所(以下「女川原発」
という。)において観測された地震動のはぎとり波(観測された地震動を
基準地震動と比較するために観測地点における地表地盤等の影響を計算上
取り去る解析作業を経て評価された地震動)の応答スペクトル(地震動が
いろいろな固有周期を持つ構造物に対してそれぞれどの程度の大きさの揺
れ(応答)を生じさせるかを,縦軸に加速度や速度等の最大応答値,横軸
に固有周期をとって描いたもの)が,女川原発の基準地震動S2の応答ス
ペクトルを上回った。(甲125)
②平成19年3月25日に能登半島で発生した地震(以下「能登半島地震」
という。)では,北陸電力株式会社志賀原子力発電所1号機及び2号機(以
下,これらを併せて「志賀原発」という。)において観測された地震動の
はぎとり波の応答スペクトルの一部が志賀原発の基準地震動S2を上回っ
た。(甲37)
③平成19年7月16日に新潟県中越沖で発生した地震(以下「新潟県中
越沖地震」という。)では,東京電力株式会社柏崎刈羽原子力発電所(以
下「柏崎刈羽原発」という。)において観測された記録に基づいて推定さ
れた地震動が,柏崎刈羽原発の1号機ないし7号機に係る基準地震動S2
の1.2倍から3.8倍と評価された。(甲126,249)
④東北地方太平洋沖地震では,福島第一原発において,基準地震動Ssを
超えると評価される地震動が到来した。(甲1)
⑤東北地方太平洋沖地震では,女川原発においても,基準地震動Ssを超
えると評価される地震動が到来した。(甲1,94)
原決定の概要
原決定は,新規制基準に求められるべき合理性とは,基準に適合すれば深
刻な災害を引き起こすおそれが万が一にもないといえるような厳格な内容を
備えていることであると解すべきところ,新規制基準は緩やかに過ぎ,これ
に適合しても本件原発の安全性は確保されておらず,新規制基準は合理性を
欠くから,本件原発が新規制基準に適合するか否かについて判断するまでも
なく,債権者らが人格権を侵害される具体的危険が認められるとして,被保
全権利の存在を認め,原子力規制委員会の設置変更許可がされた現時点にお
いては,保全の必要性も認められるとして,本件仮処分命令申立てを認容し
た。
2争点
司法審査の在り方
基準地震動の合理性
耐震安全性の相当性
使用済燃料の危険性
地震以外の外部事象の危険性
安全性確保に関するその他の問題
燃料体等の損傷ないし溶融が生じた後の対策等
保全の必要性
3争点に関する当事者の主張
司法審査の在り方
(債権者らの主張)
ア人の生命を基礎とする人格権は我が国の法制下において最も重要な権利
であるのに対し,原子力発電所の稼働は電気を生み出すための一手段たる
経済活動の自由に属するものであるから,債権者らの人格権が債務者の経
済活動の自由たる原子力発電所の稼働の利益に優越する。また,本件原発
において,福島原発事故のような放射性物質が原子力発電所敷地外に放出
される重大な事故が発生する危険があるのであれば,人格権を侵害される
こととなる周辺住民と本件原発との共存は不可能というべきである。
そうすると,深刻な事故が起これば多くの人の生命・身体やその生活基
盤に重大な被害を及ぼす事業に関わる原子力発電所には,その被害の大き
さ・程度に応じた安全性と高度の信頼性が求められて然るべきであるし,
福島原発事故によって具体的な現実として明らかになったような事態が万
が一にでも生じるようなことは,社会的に受け入れられないというべきで
ある。
したがって,本件原発に,人の生命・身体を基礎とする根源的な権利で
ある人格権が極めて広範囲に奪われるという事態を招く具体的危険が万が
一にでもあれば,その稼働は許されないというべきであり,原発事故の特
殊性を考慮すると,立証責任を事実上転換するのが相当であって,債務者
において,本件原発が安全であること,すなわち絶対的安全に準じる程度
の高度の安全性を疎明する必要があるというべきである。
仮に,立証責任が事実上転換されないとしても,債権者らにおいては,
上記のとおり,福島原発事故のような深刻な事態を招く具体的危険が万が
一にもあることを立証命題として,これを疎明することで足りるというべ
きであるし,このような見解が採用されないとしても,原発訴訟の特殊性
を考慮し,債権者らの証明度を軽減し,債権者らにおいて本件原発によっ
て放射線被曝する具体的危険を相当程度疎明すれば,債務者において反証
を尽くさない限り,放射線被曝の具体的危険が推認されるというべきであ
る。
イまた,発電用原子炉施設の安全性の審査に使用される具体的基準である
新規制基準が不合理であれば,周辺住民の安全は確保されないというべき
であるが,原子力規制委員会の委員及び原子力規制庁の職員には,福島原
発事故以前に原子力発電を推進する立場にあった者が含まれており,その
独立性が欠如していること,福島原発事故の原因究明がされていない状況
で新規制基準が策定されたこと,新規制基準を策定するに当たっての検討
期間が短く,十分な検討がされていないこと,パブリックコメントの手続
も形式的なものであったことを考慮すると,新規制基準の内容は,制定経
緯等の外形的事実からして合理的なものとはいえず,周辺住民の安全を確
保するものになっていないというべきである。
(債務者の主張)
ア債権者らの人格権に基づく本件原発の運転差止めが認められるためには,
本件原発の運転に伴い,人格権が侵害される具体的危険がどのような機序
で生じ,いずれの債権者にどのような被害が生じるのかが明らかにされな
ければならない。
また,具体的危険の有無の判断においては,原子力発電所に内在する危
険が顕在化しないように適切に管理できるか否かが問われるべきところ,
原子力発電所は,その建設,運転及び安全性の確保に当たって,様々な分
野にわたる高度の科学的・専門技術的知見を活用するものであるから,上
記判断の適否は,科学的・専門技術的知見を踏まえて検討することが不可
欠である。なお,原子炉の安全性について,達成不可能なレベルの絶対的
な安全性を要求されると解すべきではない。
そして,本件仮処分命令申立ては民事裁判である以上,本件原発の安全
性に欠ける点があり,債権者らの人格権が侵害される具体的危険が生じ,
これにより被害が生じる機序等の事実について,債権者らが立証責任を負
うべきであり,この主張疎明は,科学的,専門的知見を踏まえて具体的に
される必要がある。
イなお,新規制基準の制定過程及び本件原発の新規制基準への適合性審査
の過程を踏まえると,原子力規制委員会が,本件原発について新規制基準
に適合するものと認め,設置変更許可をしたという事実は,本件原発の安
全性に関する重要な事実である。
基準地震動の合理性
(債権者らの主張)
ア地震動を想定することの困難性
地震動の想定が本来的に不可能であること
クリフエッジを超える規模の地震を1度も予知できていないことは公
知の事実であり,自然現象を扱う科学の本質的な限界として,地震の予
知・予測は不可能というべきである。また,債務者が「震源を特定せず
策定する地震動」を策定する際に検討したのは,20年足らずの期間に
おける16の地震のみであるなど,地震動の想定に関して頼るべき過去
のデータは限られており,このデータの少なさは,地震動の想定の限界
を示しているといえる。
本件原発がクリフエッジを超える地震動に襲われれば,炉心の損傷に
至る危険があることは債務者も認めているところであるが,上記の地震
予知・予測に関する地震学の限界を踏まえれば,確実な科学的根拠に基
づき本件原発にクリフエッジを超える地震動は来ないと想定することは
本来的に不可能である。
既往最大の観測値や新潟県中越沖地震における推定値の存在
平成20年に発生した岩手・宮城内陸地震(以下「岩手・宮城内陸地
震」という。)において,本件原発において想定されるのと同じ内陸地
殻内地震で,我が国の既往最大である4022ガルの地震動が測定され
た。この数値は,本件原発のクリフエッジをはるかに上回るものではあ
るが,これでも我が国における過去20年程度の既往最大にすぎない。
なお,債務者は,この既往最大の地震動について,トランポリン効果に
よる特異な記録であると主張するが,そのような特異性は,地震が発生
して初めて分析できたものであり,このことも現在の地震学の限界を示
しているといえる。
また,新潟県中越沖地震(マグニチュード6.8)においては,柏崎
刈羽原発の基準地震動は450ガルとされていたところ,同1号機で東
西方向の解放基盤表面(上部の地盤や建物の振動による影響を全く受け
ない状態を仮想的に設定した,一定の広がりを有する岩盤の表面のこと
であり,基準地震動は,各原子力発電所ごとに,解放基盤表面における
地震動として策定される。)の最大加速度(はぎとり波)が,当時の基
準地震動の約3.8倍に相当する1699ガルと推定された。マグニチ
ュード6.8の地震で基準地震動をはるかに超える最大加速度が推定さ
れた原因については,地震後の分析により,震源特性のほか,固有の地
盤特性や発電所敷地下にある古い褶曲構造の影響とされたが,地震後に
地質構造による増幅が分析されたということは,基準地震動を策定する
際に地質構造の調査が不十分であったことを示しているといえる。そし
て,本件原発においても,敷地の地下構造について十分な調査をしたと
いえる状況にはない。
このように,地震については,震源特性や地盤特性を調査し,過去の
データに基づいて推測したとしても,実際に発生してみないと分からな
いという特性があり,このような地震学の限界を踏まえれば,クリフエ
ッジを超える地震動が本件原発を襲う可能性があるというべきであるし,
あたかも現在の地震学が地震に関して十分な予測ができる水準に達して
いるかのような債務者の主張は,地震学の限界を認識しない非科学的な
ものといわざるを得ない。
イ債務者が策定した基準地震動の合理性
基準地震動の信頼性
a基準地震動は,絶対に超えてはならない基準として定められるべき
ところ,平成17年から10年足らずの間に,7例(本件5例に加え,
東北地方太平洋沖地震の際の東海第二発電所及び平成23年4月7日
に宮城県沖で発生した地震の際の女川原発においても,はぎとり波の
応答スペクトルが一部の周期帯で基準地震動Ssの応答スペクトルを
上回った。)もの基準地震動を超える地震動が観測されているのであ
り,本件原発の基準地震動の信頼性を判断するに当たっては,最新の
知見に従って定めてきたとされる基準地震動を超える地震動が到来し
ているという事実,すなわち,これまで地震動の想定を誤り続けてき
たという事実を重視すべきである。
そして,10年足らずで7例も基準地震動を超える地震動が観測され
た理由の一つとして,基準地震動が基本的に既往地震の平均像に基づ
いて策定されてきたことを指摘することができるが,本件原発の基準
地震動も原理的には従来と同様の手法に基づいて策定されているから,
これを信頼することはできない。
b債務者は,大飯原発の敷地内を走るF-6破砕帯の位置についての
見解を変遷させたが(債務者が新たに示したF-6破砕帯は,従前の
F-6破砕帯の位置を詳細に把握したものとは到底評価できないほど
変遷している。),このことは,破砕帯の走行状況についての債務者
の調査能力の欠如や調査のずさんさを示しているといえる。発電所の
敷地内部においてさえこのような状況であるから,債務者により本件
原発の周辺地域における活断層の調査が厳密にされたと信頼すること
はできない。
c中央防災会議で指摘されているとおり,内陸部で発生するマグニチ
ュード7.3以下の地震は,活断層が地表に見られていない潜在的な
断層によるものが少なくないのであるから,どこでもこのような規模
の地震が発生する可能性があると考えるべきである。そして,マグニ
チュード7.3以下の地震であっても,本件原発の基準地震動である
700ガルを超える地震動をもたらすことはある。
したがって,この点を考慮することなく策定された本件原発の基準
地震動を信頼することはできない。
基準地震動の策定過程の合理性
a敷地ごとに震源を特定して策定する地震動
応答スペクトルに基づく地震動評価
債務者が敷地ごとに震源を特定して策定する地震動を評価する際
に用いた応答スペクトルに基づく地震動評価は,多数の地震の地震動
観測記録に基づき,地震規模と震源距離(震源から評価地点までの距
離)を想定し,これに応じた地震動の平均像を求めるものであるが,
平均像によって原子力発電所の耐震設計をしようとすること自体が
誤りであって,平均像ではない最大値を考慮すべきである。
また,応答スペクトルに基づく地震動評価を原子力発電所の耐震設
計に用いるのであれば,平均からどれだけの乖離を想定すべきか,観
測記録上の過去最大の乖離はどれだけで,それを超えるものをどこま
で想定すべきかという観点から,最大の地震動想定を行わなければな
らない。この点,応答スペクトルに基づく地震動評価では,地震規模
の想定が必要であるところ,断層の長さから地震規模を推定する際に
は,松田(1975)(松田時彦「活断層から発生する地震の規模と
周期について」(乙116))において提示された経験的関係式(以
下「松田式」という。)が採用されているが,同じ断層の長さでも松
田式の推定するマグニチュードを1.0(エネルギーで32倍)程度
上回る地震が現に発生しており,松田式は莫大な誤差(ばらつき)を
抱えているといえる。また,地震動の評価手法としては,社団法人日
本電気協会(以下「電気協会」という。)の原子力発電耐震設計専門
部会が作成したNodaetal.(2002)(Nodaetal.「Response
SpectraforDesignPurposeofStiffStructuresonRockSites」)
の方法(以下「耐専式」という。)が用いられているが,耐専式によ
る応答スペクトルでの推定値と近年の内陸地殻内地震での観測値を
比較すると,原子力発電所にとって重要な短周期において観測値が推
定値の3ないし4倍となっているものや,中には7ないし8倍に達し
ているものもある。
こうしたばらつきの程度を踏まえれば,原子力発電所の設計に当た
っては,少なくとも平均値の10倍の地震動を考慮する必要があると
ころ,本件原発の設計では,これらの平均像からの乖離が全く考慮さ
れていない。
なお,新規制基準下の「基準地震動及び耐震設計方針に係る審査ガ
イド」(以下「審査ガイド」という。)では,震源モデルの長さと震
源規模を関連付ける経験式を用いて地震規模を設定する場合,当該経
験式が有するばらつきを考慮することを義務付けているところ,松田
式は上記経験式に当たるので,松田式のばらつきを考慮しない債務者
の地震動評価は,審査ガイドの規定に違反している。
断層モデルを用いた手法による地震動評価
断層モデルを用いた手法による地震動評価とは,震源断層面を小区
画に分け,破壊開始点を定め,そこから破壊が伝播していくとして,
各小区画の破壊に伴う地震動を算定し,それらが敷地に達する間にど
のように減衰するかを算定し,各小区画からの地震動を全て重ね合わ
せて敷地の地震動を導く手法である。
そして,敷地までの経路でどのように地震動が減衰するかの関係式
をグリーン関数といい,実際に起きた小地震の距離減衰の様子をその
まま全ての小区画に当てはめて地震動を策定する「経験的グリーン関
数」と,評価地点の近くに適当な小地震がないときに理論的手法など
によって導く「統計的グリーン関数」があるところ,経験的グリーン
関数の結果と統計的グリーン関数の結果とは大きく食い違っており,
その乖離は最大2倍程度になっているから,グリーン関数には少なく
ともこの程度のばらつきがあるというべきである。
ところが,本件原発の耐震設計では,このようなグリーン関数のば
らつきは一切考慮されていないため,これに基づく地震動は,不確か
さを考慮しない過小なものとなっている。
また,断層モデルを用いた手法による地震動評価においては,想定
する震源断層を設定し,その規模や破壊シナリオを構築する必要があ
るが,その方法は設定者に依存し,ばらつきが大きいものとなりがち
であったため,強震動予測レシピ(強震動の予測を目的として,各種
調査結果に基づき震源断層の各パラメータを設定する方法を系統的
にまとめたもの)が提案され,原子力発電所の耐震設計においては,
A京都大学名誉教授によるいわゆる入倉レシピと地震調査研究推進
本部地震調査委員会による「震源断層を特定した地震の強震動予測手
法(「レシピ」)」(甲56,202。以下「推本レシピ」という。)
とが使用されている。
しかし,入倉レシピは,断層面積を導く際のモデルが極めて簡略
化されており,そこに大きなばらつきを生じさせる要因があり,ま
た,断層面積と地震モーメント(Mo)(地震の規模を表す指標の
一つであり断層運動の大きさ(エネルギー)を表す値)の関係式であ
るスケーリング則にも実際には相当なばらつきがある。このように
入倉レシピによって導かれた値は平均像でしかないというべきであ
るが,平均像から外れた地震が現実に発生している以上,平均像に
基づいて原子力発電所の耐震設計をすることは許されないのであり,
少なくとも過去最大に相当する平均像の4倍程度,原子力発電所の
安全性を考慮するなら平均像の10倍程度の数値を考慮する必要が
ある。
また,推本レシピも,入倉レシピと同様,ばらつきが考慮されてい
ない。
b震源を特定せず策定する地震動
新規制基準では,「震源を特定せず策定する地震動」は,震源と活
断層を関連付けることが困難な過去の内陸地殻内地震について得られ
た震源近傍における観測記録を収集し,これらを基に各種の不確かさ
を考慮して敷地の地盤物性に応じた応答スペクトルを設定して策定さ
れる必要があるとされ,検討対象となる内陸地殻内地震の選定におい
ては,①「地表地震断層が出現しない可能性がある地震」として,震
源の位置も規模も推定できない地震(モーメントマグニチュード(M
w)(Moを基に地震によって放出されるエネルギーの量をその対数
によって表したもの)が6.5未満の地震)であり,震源近傍におい
て強震動が観測された地震を適切に選定し,また,②「事前に活断層
の存在が指摘されていなかった地域において発生し,地表付近に一部
の痕跡が確認された地震」として,震源の規模が推定できない地震
(Mw6.5以上の地震)であり,長さの短い孤立した活断層による
地震についても検討を加え,必要に応じて選定することが求められて
いる。
しかし,観測記録の多くは断層面からある程度離れた地点での記録で
しかないから,この地点の観測記録を考慮するだけでは全く不十分で
ある。しかも,審査ガイドでは,収集対象となる内陸地殻内地震の例
として取り上げられているのは,平成9年3月の鹿児島県北西部地震
から平成25年2月の栃木県北部地震までの17年間に発生した16
地震にすぎず,この僅かな記録で地震動の最大値を知ることは不可能
である。
また,検討対象となる地震を基に,どのように「震源を特定せず策定
する地震動」を策定するかも問題となる。平成16年に発生した北海
道留萌支庁南部地震(以下「留萌支庁南部地震」という。)の場合,
Mw5.7という比較的小規模の地震でありながら,観測地点におけ
る地震動(はぎとり波)が609ガルにも達したものであるが,この
地震の最大地震動は観測地点の地震動の1.5倍以上であったことを
考慮する必要がある。また,不確かさとして,同じ断層面積でも既往
最大でMoが平均値の4倍程度になる場合があることを考慮し,応力
降下量(地震発生直前と直後の震源断層面に掛かるせん断応力(外力
を受けて物体内部で生じる,ずれを生じさせる力)の差)も短周期の
地震動も4倍(Mwは+0.4となる。)を想定すべきである。さら
に,Mw6.5の地震を想定するため,Mwを更に+0.4(地震動
は1.59倍となる。)として計算すると,留萌支庁南部地震の知見
から得られる敷地直下のMw6.5未満の地震がもたらす最大限の地
震動は,609ガル×1.5×4×1.59≒5810ガルとなるので
あるから,少なくとも5800ガルの地震動を想定する必要があると
いうこととなる。
c基準地震動の策定
地震学の現状を踏まえれば,将来の地震や津波の予測は大きな不確
かさを必然的に伴うが,新規制基準では,不確かさの考慮が求められ
ているものの,その具体的手法について言及がなく,結果として不十
分な不確かさの考慮を放置することになってしまっている。
また,福島原発事故を踏まえれば,基準地震動の策定は,少なくとも
既往最大を基礎とした上で,それを超える地震動が発生する可能性が
あることを想定して行うことが求められるというべきであるが,新規
制基準においても,地震動想定手法は福島原発事故以前と同一であり,
債務者による地震動の想定も,平均像を基本に若干の「不確かさ」を
考慮したもので,従前と何ら変わりがないものとなっている。このよ
うな過去の失敗に学ぼうとしない手法のままでは,原子力発電所の安
全性は到底確保されない。
なお,債務者は,基準地震動の年超過確率(1年間にある値を超過す
る確率)は1万ないし10万年に1回程度であると主張するが,年超
過確率の数字には根拠がない上,債務者の年超過確率の算定手法には
最新の知見が反映されておらず,国際水準を下回る算定が行われている
のであるから,年超過確率を根拠に本件原発の安全性を評価することは
できない。
(債務者の主張)
ア地震動の想定
地震動の想定が可能であること
a地震動の想定においては,地震動に影響を与える特性である①震源
特性,②伝播特性,③地盤の増幅特性(サイト特性)が重要な考慮要
素となるが,これらの特性に地域性が存在することは地震学における
確立した科学的知見である。そして,平成7年の兵庫県南部地震後に
活断層調査や地下構造調査等が活発に行われることで新たな知見が急
速に蓄積され,震源特性,伝播特性及び地盤の増幅特性(サイト特性)
の地域性に関する調査研究の成果が積み重ねられてきているのである
から,こうした科学的知見を踏まえ,地域性や地震動想定の不確かさ
等を適切に考慮することで,本件原発に到来し得る地震動を合理的に
想定することは十分可能というべきである。
b本件原発の敷地に大きな影響を与えると予想される地震は,いずれ
も内陸地殻内地震であるが,内陸地殻内地震は同じ箇所で繰り返し起
こるという特徴を有しており,発生した地震の記録は限られていたと
しても,対象とする地域において,過去の地震の痕跡である活断層の
有無や大きさ等を詳細に調査することで,内陸地殻内地震の規模等を
予測することは十分に可能である。
既往最大の観測値及び新潟県中越沖地震における推定値
岩手・宮城内陸地震の4022ガルという観測記録は,地震動によっ
て表層地盤がトランポリン上で跳ねている物体の運動のように振る舞う
という現象(トランポリン効果)が生じるなど,地盤の増幅特性(サイ
ト特性)の影響を強く受けたものである。これに対し,本件原発の敷地
の地盤は,岩手・宮城内陸地震の観測地点のそれと大きな違いがあるか
ら,同じ内陸地殻内地震であっても,上記地震の地震動と本件原発の敷
地における地震動とを一括りにするのは科学的合理性を欠いている。し
たがって,岩手・宮城内陸地震において4022ガルが観測されたこと
をもって,本件原発がクリフエッジを超える地震動に襲われる危険があ
るということはできない。
また,新潟県中越沖地震において,柏崎刈羽原発の敷地で地震動の増
幅が生じたのは,①震源特性の影響,②深部地盤における不整形性の影
響,③古い褶曲構造による増幅という三つの要因が重なったためである。
このうち,①の要因については,本件原発の基準地震動を策定する際
に,その知見を反映している。他方,②及び③の要因については,敷
地の地盤特性が異なっているため,本件原発の基準地震動を策定する
に当たって考慮する必要はない。したがって,新潟県中越沖地震の際
に柏崎刈羽原発における地震動の推定値が1699ガルとされたこと
をもって,本件原発にも同等の地震動が生じるということにはならな
い。
イ債務者が策定した基準地震動の合理性
基準地震動の信頼性
a我が国の原子力発電所において基準地震動を上回る地震動が発生し
た事例として,本件5例,すなわち,①宮城県沖地震における女川原
発,②能登半島地震における志賀原発,③新潟県中越沖地震における
柏崎刈羽原発,④東北地方太平洋沖地震における福島第一原発及び⑤
同地震における女川原発が挙げられる。
しかし,上記①ないし③は,旧指針による基準地震動S1又は基準地
震動S2を超過したものにすぎない。また,上記①,④及び⑤は,本
件原発の敷地に大きな影響を与えると予想される内陸地殻内地震とは
地震発生様式を全く異にするプレート間地震によるものである。なお,
上記④及び⑤は,いずれもマグニチュード9という極めて大規模な地
震の事例であるが,福島第一原発及び女川原発で観測された地震動は,
全体として基準地震動Ssとおおむね同程度と評価されており,これ
らの事例はむしろ基準地震動Ssの策定手法の妥当性を示している。
さらに,上記①及び③の事例は固有の地域特性による影響が大きい地
震であるし,本件原発の基準地震動Ssは,上記②及び③も踏まえて
策定されたものである。なお,上記③以外は,いずれも基準地震動を
超過した周期及び程度は限定的であるし,本件5例のいずれにおいて
も,安全上重要な設備の健全性に特段の問題は生じていない。
したがって,本件5例は,本件原発の基準地震動Ssの信頼性とは直
接に結び付かない要素が多々存在するから,本件原発に係る基準地震
動Ssの不十分さの根拠となるものではない。
b債権者らは,債務者がF-6破砕帯の位置についての見解を変遷さ
せたと主張するが,F-6破砕帯については,大飯原発3号機及び4
号機の建設当時から活動性がないことを確認していたところ,これを
改めて確認するために調査を実施し,その位置をより詳細に把握でき
たものである。このような事情を考慮せず,単に見解が変遷した事実
をもって,債務者の調査能力に限界があり,調査内容は信用できない
とする債権者らの主張は,追加調査や新たな知見による検証行為その
ものを否定するものであり,明らかに不合理である。
c債権者らは,内陸部で発生するマグニチュード7.3程度の規模の
地震が発生する可能性があると主張するが,この見解は,中央防災会
議の途中段階の案に依拠したものにすぎない。
基準地震動の策定過程の合理性
a敷地ごとに震源を特定して策定する地震動
債務者は,本件原発から震央距離(震源の真上に当たる地表の地点
までの距離)が200km程度以内の主な地震を確認し,内陸地殻内
地震である検討用地震の候補を抽出するとともに,後期更新世(約1
2万ないし13万年前)以降の活動が否定できない活断層を震源とし
て考慮する活断層とし,その評価に必要なデータを得るため,本件原
発周辺の地形及び地質・地質構造を把握する各種調査を実施し,その
結果を踏まえ,15個の活断層による地震を敷地に影響を及ぼすと考
えられる活断層による地震として抽出し,検討用地震の候補とした。
この際,債務者は,FO-A~FO-B断層と熊川断層の連動(3連
動)を考慮し,これを基本ケースとして地震動を評価することとし,
上林川断層の長さについても,断層の存在が明確な範囲は約26km
であるが,西端部が不明瞭であることから39.5kmと評価するな
ど,保守的な評価を行っている。これらの調査を前提に,本件原発の
敷地への影響が大きいと考えられる地震として,FO-A~FO-B
~熊川断層による地震及び上林川断層による地震を検討用地震と選定
した。
また,債務者は,若狭湾周辺地域における地盤の伝播特性を踏まえ
て,本件原発の敷地周辺における地盤の伝播特性を評価するとともに,
敷地周辺の地下構造を調査して地盤の増幅特性(サイト特性)を示す
速度構造(地盤モデル)を評価した。そして,本件原発の敷地周辺を
含む若狭湾周辺地域の地震発生層の深さを設定し,その結果を地盤モ
デルの評価に反映した。その際,債務者は,より安全側,すなわち,
浅部で地震が発生し,かつ,地震発生層の幅が広くなる方向で考慮し,
地震発生層の上端深さを3km,下端深さを18kmと設定した。
さらに,債務者は,地震動評価においては,応答スペクトルに基づ
く地震動評価及び断層モデルを用いた手法による地震動評価を実施し
たが,応答スペクトルに基づく地震動評価においては,原則として,
電気協会の原子力発電耐震設計専門部会において合理的な設計用地震
動評価手法として取りまとめられたものである耐専式を用いた上で,
内陸地殻内地震の地震動評価では通常適用して地震動を低減させる係
数(内陸補正係数)を適用せず,評価対象となる断層の上端深さを浅
くするとともにアスペリティ(震源断層面において固着の強さが周り
に比べて特に大きい領域)を本件原発の敷地に近い位置に設定し,F
O-A~FO-B~熊川断層については3連動を考慮するなど,保守
的な条件設定を行っている。
また,債務者は,断層モデルを用いた手法による地震動評価におい
ては,本件原発の敷地周辺の地質・地質構造調査結果等を踏まえ,推
本レシピ等の最新の研究成果に則って,震源特性に関する様々なパラ
メータ(震源断層パラメータ)を設定した。その際,債務者は,震源
断層の長さ,断層の上端深さ,アスペリティの位置,破壊開始点の位
置といったパラメータについて,より保守的な条件設定を行って基本
ケースを設定し,さらに,数多くの震源断層パラメータについて,不
確かさを考慮し,本件原発の敷地における地震動が基本ケースより大
きくなり得る震源断層モデルを用いた複数のケースを設定した。
b震源を特定せず策定する地震動
本件原発においては,敷地近くにFO-A~FO-B~熊川断層と
いう長い活断層が存在するため,本件原発に到来し得る地震動の想定
においては,敷地ごとに震源を特定して策定する地震動が支配的な地
位を占めており,震源を特定せず策定する地震動が寄与する度合いは
小さい。
しかし,債務者は,震源と活断層を関連付けることが困難な過去の
内陸地殻内地震の震源近傍における観測記録に基づいて策定された応
答スペクトルである加藤ほか(2004)(加藤研一ほか「震源を事
前に特定できない内陸地殻内地震による地震動レベル-地質学的調査
による地震の分類と強震観測記録に基づく上限レベルの検討-」(甲
204))において示されている応答スペクトル(以下「加藤ほかの
応答スペクトル」という。)を検討し,本件原発の地下構造調査にお
いて本件原発の敷地地下にS波速度2.2km/s以上(地震波には
縦波(波の進行方向と振動方向が同じ波)であるP波と横波(波の進
行方向と振動方向が直角になる波)であるS波の2種類があり,その速
度は,一般に,地盤が固いほど速くなる。)の硬質な岩盤が広がって
いることから,加藤ほかの応答スペクトルのうち,このような岩盤に
適用される「地震基盤」の応答スペクトルを採用した。
また,審査ガイドにおいて,観測記録の収集対象となる内陸地殻内
地震(震源と活断層を関連付けることが困難な内陸地殻内地震)の例
として示されている16地震につき,観測記録収集の要否や考慮の要
否を検討し,平成12年に発生した鳥取県西部地震(以下「鳥取県西
部地震」という。)と留萌支庁南部地震の地震動を採用した上で,観
測点の地殻構造の不確かさを考慮し,地震動の評価結果をより大きく
して震源を特定せず策定する地震動を評価し,応答スペクトルを設定
した。なお,債務者は,留萌支庁南部地震の評価に当たり,佐藤ほか
(2013)(佐藤浩明ほか「物理探査・室内試験に基づく2004
年留萌支庁南部の地震によるK-NET港町観測点(HKD020)
の基盤地震動とサイト特性評価」)において,震源近傍の観測点にお
ける地下構造や地震動の推定について十分検討されていたことに鑑み,
佐藤ほか(2013)により推定された地震動を採用したが,地下構
造の不確かさを考慮して基盤面の地震動を評価し,その上で,原子力
規制委員会における議論を踏まえ,地震動の評価結果をより大きくし
て応答スペクトルを設定した。
c基準地震動の策定
債務者は,まず,敷地ごとに震源を特定して策定する地震動の評価
のうち,応答スペクトルに基づく地震動評価の結果を踏まえて基準地
震動Ss-1の応答スペクトルを策定した。なお,基準地震動Ss-
1の応答スペクトルは,FO-A~FO-B~熊川断層による地震及
び上林川断層による地震の耐専式による地震動評価結果を水平方向・
鉛直方向ともに,全ての周期帯で上回っている。
次に,同じく敷地ごとに震源を特定して策定する地震動の評価のう
ち,断層モデルを用いた手法による地震動評価の結果を踏まえて,基
準地震動Ss-1の応答スペクトルを上回る四つのケースをそれぞれ
基準地震動Ss-2ないしSs-5として策定した。
さらに,震源を特定せず策定する地震動として設定した応答スペク
トルのうち,加藤ほかの応答スペクトルは,全周期帯で基準地震動S
s-1の応答スペクトルを下回ったが,鳥取県西部地震及び留萌支庁
南部地震の観測記録を考慮した応答スペクトルは,いずれも基準地震
動Ss-1をある周期で上回るため,これらをそれぞれSs-6,S
s-7として策定した。
そして,以上の基準地震動Ss-1ないしSs-7の応答スペクト
ルにおける最大加速度は,水平方向が基準地震動Ss-1の700ガ
ル,鉛直方向が基準地震動Ss-6の485ガルとなった。
このように,債務者は,本件原発周辺の地震発生状況や活断層の分
布状況等の地質・地質構造について詳細な調査・評価を実施した上で
検討用地震を選定し,保守的な条件で,かつ,不確かさも適切に考慮
した上で,平成7年の兵庫県南部地震を契機に発展してきた最新の地
震動評価手法を用いて検討用地震の地震動評価を行い,さらに,震源
を特定せず策定する地震動も評価した上で,本件原発の基準地震動S
s-1ないしSs-7を策定しているのであるから,本件原発に基準
地震動を超える地震動が到来することはまず考えられない。
なお,本件原発に係る基準地震動の年超過確率は1万ないし10万
年に1回程度であり,本件原発に基準地震動を超過する地震動が到来
する可能性は極めて低いものとなっている。
耐震安全性の相当性
(債権者らの主張)
ア耐震安全性の確保の考え方(安全余裕の存在)
債務者は,評価値(基準地震動による地震力が作用した場合に本件原
発の設備等に生じる応力値等)が評価基準値(許容値)を超えないこと
をもって,基準地震動に対する各建屋の耐震安全性が確保されているこ
とを確認したと主張するが,評価値及び評価基準値(許容値)は,いず
れも不確かさが内包されており,設計上は評価値が評価基準値(許容値)
を下回れば許容されるとしても,その差が安全余裕といえるものではな
い。
また,一般的に設備の設計に当たっては,様々な構造物の材質のばら
つき,溶接や保守管理の良否等の不確定要素が絡むのであり,設計者は
それらの不確定要素を想定し,設計時にできる限りの計算を行うが,全
てを計算し尽くせるわけではないため,求められるべき基準をぎりぎり
に満たすのではなく,その不確定要素に応じて基準値の何倍かの余裕を
持たせた設計がされる必要がある。すなわち,安全余裕とは,構造物に
存在している純粋な余裕(安全性の高さを示す概念)ではなく,構造物
の安全性を脅かす不確定要素の程度を意味する。
したがって,基準地震動に対して余裕を有しているということは,構
造物が基準地震動に対しては確実に耐えられるということを意味するに
とどまり,基準地震動を超えても確実に構造物の安全性が確保されると
いうことまでを意味するものではない。そうすると,本件ストレステス
トの結果によれば耐震裕度があるからといって,新規制基準下で策定さ
れた基準地震動に対する耐震安全性が確保されているとはいえないので
あり,過去において原子力発電所の施設が基準地震動を超える地震に耐
えられたという事実があったとしても,そのことから,今後,基準地震
動を超える地震が到来しても本件原発の安全性は確保されるということ
はできない。
債務者の設定した評価基準値(許容値)は,塑性変形を許す数値が採
用されており,過酷事故の発生領域に踏み込んだ設定がされているとい
うべきであるから,債務者の設定した評価基準値(許容値)と評価値と
の差をもって安全余裕があるということはできない。
イ各設備等の安全性
主給水ポンプと外部電源の耐震性
主給水ポンプと外部電源は,原子炉の安全確保の上で不可欠な役割を
第1次的に担う設備であるから,安全上重要な設備として耐震性を求め
るのが健全な社会通念というべきである。
ところが,主給水ポンプと外部電源は,安全上重要な設備とされてお
らず,耐震重要度分類でSクラスの強度を有していないから,基準地震
動を下回る地震であっても,これらが同時に破損し,実際には困難な限
られた手段が功を奏さない限り大事故へとつながることになる。すなわ
ち,緊急停止後に非常用ディーゼル発電機が正常に機能し,補助給水設
備による蒸気発生器への給水が行われたとしても,①主蒸気逃し弁によ
る熱放出,②充てん系によるほう酸の添加,③余熱除去系による冷却の
うち,いずれかに失敗しただけで,補助給水設備による蒸気発生器への
給水ができないのと同様の事態に進展するのであり,補助給水設備の実
効性は不安定なものにすぎない。
現実に福島原発事故では,全交流電源喪失という事態に陥って炉心溶
融に至ったものであるが,このことは,安全上重要な設備のみでは原子
力発電所を守ることが困難であることを示している。
したがって,従来の原子力発電所の設計思想が通用しないことは明ら
かであり,主給水ポンプや外部電源の脆弱さは安全上重大な欠陥という
べきであるから,基準地震動を下回る地震動であっても重大な事故に直
結する危険性があるといえる。
制御棒破損の危険性
原子炉の運転中に地震が発生し,センサー,制御棒駆動装置,制御棒,
制御棒を受け入れる原子炉の構成部分が破損すれば,原子炉を停止でき
なくなり,その後,原子炉が冷却できないような事態が併発すれば,炉
心溶融に至る危険が生じる。
配管破損の危険性
本件原発は加圧水型原子炉であり,蒸気発生器には多数の微細な伝熱
管が設置されており,地震動による影響を受けて物理的に破損する危険
がある。そして,原子炉の運転中に1次冷却材管が破損すれば,炉心の
水位低下により炉心が高温になり,炉心溶融に至る危険があるし,そこ
まで至らなくても,周辺環境への放射性物質の漏出につながる。また,
原子炉の運転中に2次冷却材管が破損すれば,高温高圧の2次冷却材が
水蒸気となって建屋内に吹き出すとともに,2次冷却材の漏出により,
1次冷却設備の一つである蒸気発生器内の水位が低下し,蒸気発生器の
水位低下による圧力変動等に誘発されて蒸気発生器の細管が破損するな
ど,1次冷却材管の破損が誘発されて炉心溶融や周辺環境への放射性物
質漏出の危険が生じる。
ウイベントツリーの実効性
基準地震動Ssの策定が耐震安全性確保の基礎であるから,基準地震
動Ssを上回る地震動に対しては,耐震設計上安全ということはできな
い。他方,本件ストレステストでは,本件原発のクリフエッジが973.
5ガルと特定されたが,ストレステストは机上のシミュレーションにす
ぎず,シナリオや入力値次第で恣意的に導くことも可能なものであって,
適切な安全評価をできるものではない。しかも,本件ストレステストで
は,経年変化が適切に考慮されていなかったり,支持構造物が対象から
合理的理由なく除外されたりするなど,不十分なものとなっている。
したがって,基準地震動を超えるがクリフエッジには達しない地震動
が本件原発を襲った場合,イベントツリーに記載された手段によって炉
心の損傷を回避することを期待することはできない。
イベントツリーが真に有効というためには,地震や津波のもたらす事
故原因につながる起因事象を余すことなく取り上げることが必要である
が,ストレステストにおいて起因事象を余すことなく取り上げることは
困難である。
また,イベントツリーでは,過酷事故の過程における人的ミス,見え
ない欠陥,不運を想定して評価することはできないし,実際の事故対策
においては,同時に多数箇所に損傷が生じるなど対処すべき事象が極め
て多くなること,必要な防御手段に係るシステム自体が地震によって破
損すること,実際に放射性物質が一部でも漏れれば近寄ることすらでき
なくなることなどが想定され,イベントツリーを前提とした事故対策の
実効性には不確実性が伴うというべきであるから,この点でも,イベン
トツリーの有効性には限界がある。
(債務者の主張)
ア耐震安全性の確保の考え方(安全余裕の存在)
原子力発電所の設計においては,発電に必要な設備とは別に安全上重
要な設備を設置し,この安全上重要な設備について,発電に必要な設備
に比べて格段に高い信頼性を持たせるようになっており,安全上重要な
設備は基準地震動に対して機能を喪失しないことが求められている。
そして,安全上重要な設備が基準地震動に対して機能を喪失しないか
どうかの確認は,耐震安全性評価によって行われており,建物・構築物
については,地震応答解析モデルを用いて各層の鉄筋コンクリート造耐
震壁のせん断ひずみ(せん断応力によって変形する際の変形の割合)の
最大値を評価することで評価値を算定し,評価値が評価基準値(許容値)
を超えないことをもって,基準地震動に対する各建屋の耐震安全性が確
保されていることを確認し,また,機器・配管系については,上記の地
震応答解析モデルに基準地震動を入力した際における,それぞれの建屋
の各階床の揺れ(床応答波)を基に,当該階床に設置している機器・配
管系(機器・配管の本体や床に固定するための支持構造物)に生じる応
力値等(評価値)を求め,これを評価基準値(許容値)である材料ごと
に規格等で定められた許容応力等と比較し,応力値等(評価値)が評価
基準値(許容値)を下回っていることをもって,基準地震動に対する各
機器・配管系の耐震安全性が確保されていることを確認している。
さらに,評価基準値(許容値)自体が実際に機器等が機能喪失する限
界値に対して余裕を持った値に設定されており,他方,評価値を計算す
る過程においても計算条件の設定等に余裕を持たせている。
このように,債務者は,安全上重要な設備について,新たな基準地震
動に対する耐震安全性評価を実施し,その評価結果を踏まえ,必要に応
じて耐震補強工事等を行って耐震性を確保し,基準地震動に対して耐震
安全性を有することを確認している。そして,安全上重要な設備のみで
原子炉を「止める」,「冷やす」,放射性物質を「閉じ込める」という
安全確保機能を十分に果たせるから,本件原発の原子炉が危険な状態に
なることはない。
なお,耐震安全性評価で確認する評価値と評価基準値(許容値)との
間の余裕に不確定要素は存在しないのであり,基準地震動の見直しによ
って評価値と評価基準値(許容値)との間の余裕が減少しても,そのこ
とで不確定要素に起因する危険性が高まることはない。
本件原発の耐震安全性評価において設定された評価基準値(許容値)
は,一部の例外を除き,弾性限界を超えた塑性変形領域に設定されてい
るが,設備の機能を維持するのに十分な水準で定められている。したが
って,本件原発における安全上重要な設備の評価値が評価基準値(許容
値)を下回っていれば,評価値が弾性限界を超えて塑性変形領域に入っ
ていても当該設備の機能を維持でき,本件原発の耐震安全性は確保され
る。
イ各設備等の安全性
主給水ポンプと外部電源の耐震性
主給水ポンプは安全上重要な設備ではなく,原子炉を停止した後の崩
壊熱の除去(冷却)は,主給水とは別の水源から蒸気発生器に水を送る
補助給水設備がその役割を担うこととし,この補助給水設備に格段の信
頼性を持たせている。
また,外部電源も安全上重要な設備ではなく,原子炉の安全性確保の
ために必要な電力の供給は,外部電源とは別の非常用ディーゼル発電機
がその役割を担うこととし,この非常用ディーゼル発電機に格段の信頼
性を持たせている。
このように,主給水ポンプや外部電源は,安全上重要な設備ではなく,
原子炉の安全性を確保するために必要な冷却水や電源の供給を担うこと
は期待されていないから,これらは必ずしも基準地震動に対する耐震安
全性を備える必要はない。
これに対し,債権者らは,補助給水設備による蒸気発生器への給水に
よる炉心の冷却について,「主給水喪失」,「外部電源喪失」に対する
イベントツリーを参照し,①主蒸気逃し弁による熱放出,②充てん系に
よるほう酸の添加,③余熱除去系による冷却のうち,いずれか一つに失
敗しただけで,補助給水設備による蒸気発生器への給水ができないのと
同様の事態に進展するとし,補助給水設備の実効性は不安定であると主
張する。しかし,「主給水喪失」,「外部電源喪失」に対するイベント
ツリーの当該フローの実施に係る機器は,新規制基準下での基準地震動
に対する耐震安全性を有することが確認されており,基準地震動以下の
地震動によって当該フローが実現できなくなることはない。また,万が
一,上記①ないし③のいずれかに失敗したとしても,イベントツリーの
別のフローに移行して事態の収拾を図ることは可能である。なお,債務
者は,福島原発事故を踏まえ,役割分担や要員配置等の態勢を整備し,
手順を確立するとともに,給電・給水の訓練を夜間,休日を含めて実施
しており,この点でも,イベントツリーの各手順に失敗することを前提
にすることはできない。
制御棒破損の危険性
地震計が地震による一定規模の揺れ(建屋基礎版上で水平160ガル
又は鉛直80ガル)を検知すると,原子炉トリップ信号が発信され,そ
の信号により原子炉トリップ遮断機が自動的に解放され,制御棒を保持
している制御棒駆動装置への電源が遮断され,制御棒を自重で炉心の燃
料集合体内に落下させ,原子炉を自動停止(トリップ)させる設計とな
っている。これらの地震計,電気配線,原子炉トリップ遮断機,制御棒
及び制御棒駆動装置等の地震時に原子炉を自動停止させるために必要な
一連の機器は,いずれも安全上重要な設備であり,基準地震動に対する
安全性が確保されている。
したがって,地震による機器の脱落・破損により制御棒が挿入できな
くなることはない。なお,仮に電気配線が破損しても,制御棒を保持し
ている制御棒駆動装置への電源が遮断され,原子炉トリップ遮断機が解
放された場合と同様に制御棒が自重で落下し,原子炉が自動停止する。
配管破損の危険性
債権者らは,1次冷却材管が破損すれば炉心溶融に至る危険があり,
また,2次冷却材管が破損しても,2次冷却設備の圧力変動に誘発され
て蒸気発生器の細管が破損し,結局,炉心溶融に至る危険があると主張
する。
しかし,1次冷却材管,蒸気発生器及び2次冷却材管の一部について
は,安全上重要な設備として耐震重要度分類がSクラスとされているか
ら,基準地震動に対する安全性が確認されている。なお,この安全性の
確認には,耐震重要度分類がSクラスではない2次冷却材管で破損が生
じた場合に発生する圧力変動も考慮しており,2次冷却設備での圧力変
動に誘発されて蒸気発生器の細管が破損することはない。
ウイベントツリーの実効性
本件ストレステストは,基準地震動Ssに対する原子力発電所の耐震
裕度を定量的に評価するため,そのような大きさの地震動が実際に本件
原発に到来し得るか否かという蓋然性の問題は一切捨象し,仮想的に基
準地震動を超過させて評価を行ったものであるが,そもそも債務者は,
最新の科学的知見等を踏まえ,詳細な調査に基づき,本件原発の基準地
震動を策定したのであり,本件原発が基準地震動を超える地震動に襲わ
れることは考えられない。
本件ストレステストにおける起因事象の選定は,日本原子力学会によ
り定められた「原子力発電所の地震を起因とした確率論的安全評価実施
基準:2007」(乙91,141。以下「地震PSA学会標準」とい
う。)の考え方に基づいて行ったものであり,また,原子力安全・保安
院により,起因事象の選定も含めて,本件ストレステストの評価内容が
妥当である旨の確認がされている。なお,債務者が本件ストレステスト
の検討対象から支持構造物を除外したのは,支持構造物が大きな地震荷
重を受ける際には,自らの変形によるエネルギー吸収が生じることや,
他の支持構造物との荷重分担が生じることから,その損傷が本体の安全
機能喪失に至るまでには大きな余裕があることを主な根拠としている。
また,原子力安全・保安院による本件ストレステストの評価において
も,収束シナリオに必要な設備,設備の設置場所等の地震に対する耐性,
災害時の要員確保の体制等が,現地調査も経て確認され,収束シナリオ
の実現に支障はない旨の評価がされている。
さらに,債務者は,イベントツリーにおける収束シナリオの実施のた
めに必要となる監視機器類の機能が問題なく維持されることを本件スト
レステストの中で確認し,全交流電源喪失のような事象が生じたとして
も,外部からの支援なしに約19日間は炉心を冷却できることを確認す
るとともに,構内道路の早期復旧のためブルドーザや油圧ショベルを配
備し,これらの操作のための要員を常時確保している。
したがって,イベントツリーの実効性に不確実性が伴うという債権者
らの主張は根拠がない。
使用済燃料の危険性
(債権者らの主張)
ア本件使用済燃料ピットの危険性
債務者の策定する基準地震動Ssは極めて過小であり,これに対する
安全性が確認されても,本件原発の安全性を確保したことにはならない
が,本件使用済燃料ピットの冷却設備の耐震重要度分類はBクラスであ
り,過小な基準地震動を下回る地震動によってすらも破損する危険性が
ある。債務者は,本件ストレステストによって上記冷却設備が基準地震
動Ssに対する耐震安全性を有していることを確認していると主張する
が,本件ストレステストによっても安全性を確認したことにはならない
のであり,基準地震動を超えない地震であっても,上記冷却設備が損壊
する具体的可能性がある。
また,本件使用済燃料ピットは,給水が行われなければ,全交流電源
喪失から3日を経ずして危機的状況に陥るところ,地震によって全交流
電源喪失という危機的状況に陥る場合には,隣接する原子炉も危機的状
態に陥っていることが多いことを念頭に置かなければならず,このよう
な状況下では使用済燃料ピットに確実に給水ができるとはいえない。し
かも,福島原発事故では,電源喪失による計装設備の機能喪失が大きな
問題であったにもかかわらず,本件使用済燃料ピットの計装設備の耐震
重要度分類はCクラスのままであり,過酷事故時に計装設備が故障し,
事態が加速度的に悪化する危険がある。
さらに,使用済燃料ピットにおいては,地震時にクレーン本体その他
の重量物が落下し,使用済燃料ピット又は使用済燃料が破損する危険性
があり,原子炉容器から使用済燃料ピットに使用済燃料を移送させる際
の作業工程も複雑で,事故の危険性が高い。
アメリカ合衆国(以下「アメリカ」という。)の原子力規制委員会(以
下「NRC」という。)は,平成13年に発生したいわゆる9.11テ
ロ事件を機に,使用済燃料プールについて,①崩壊熱の高い新しい使用
済燃料と古い使用済燃料を市松模様状に配置する,②使用済燃料プール
への電源を必要としない外部注水及びスプレイラインを敷設するという
具体的な対策を求めている。
しかし,本件原発では,容易に実施可能な①を実施せず,②に関して
も消防車による注水を可能にするといった可搬設備の配備にとどめる弥
縫策を講じたにすぎない。
本件使用済燃料ピットのAエリアは,平成16年に稠密化のための変
更措置がとられ,燃料ラックのピッチ間隔(相互の中心間の距離)が約
365mmから約280mmに狭められ,貯蔵能力が約663体から約
1240体へと引き上げられ,これによって実効増倍率(核分裂反応で
発生した中性子の個数に対する,次の核分裂反応で発生する中性子の個
数の割合であり,1のときが中性子数に増減がなく核分裂連鎖反応が持
続する状態(臨界)を意味し,1を超えると核分裂反応が持続する状態
(超臨界)を意味する。)が増加した。ところが,債務者は,0.95
とされていた実効増倍率の評価基準値(許容値)を0.98とし,0.
977という評価値を算出して審査をすり抜けたのであり,本件使用済
燃料ピットは,通常の使用状況においてさえ臨界事故等が発生する危険
性がある。そして,これにMOX燃料が追加されれば,その危険性は更
に高まることとなる。
本件使用済燃料ピットは,壁面及び底部が厚さ約2ないし3mの鉄筋
コンクリート造で,その内面にステンレス鋼板を内張りした構造物であ
るが,地震力や水圧等の外力に加え,コンクリートとステンレス鋼板の
熱膨張率の差から生じる温度変化によるひずみが集中すると,局部的に
ライニングがコンクリート躯体から外れるか損傷し,ピット水が漏えい
する。なお,ライニングの溶接部は,グラインダー(研削盤)仕上げの
際に表面に小さな傷等の欠陥を生じやすく,小さな欠陥であっても,重
大事故時に降伏ひずみ以上の変形を受ければ,ライニングの破断につな
がる。
そして,ライニングからのピット水の漏えいが生じれば,漏出箇所を
特定して補修することは困難であり,ピット水を抜いて補修作業を実施
するまで漏えいを止める手立てはない。
さらに,本件原発が再稼働すれば,使用済燃料が増加し,地震発生時
に使用済燃料の集中が起こり,再臨界や使用済燃料の溶融等が生じて放
射性物質が漏出する危険がある。
イ堅固な施設によって防御を固める必要性
原子炉格納容器と同様の防御の必要性
使用済燃料は,崩壊熱を発し続けているので,冷却を継続しなければ
ならないが,炉心の燃料集合体よりも核分裂生成物(いわゆる死の灰)
を多く含んでおり,その危険性はより高いともいえる。
そして,欧州では,航空機衝突等の対策として,内側格納容器と外側
格納容器の二重格納容器を設置するなどの対策が行われているように,
原子炉格納容器の機能として,外部からの不測の事態に対して炉心の燃
料集合体を守るという機能を軽視することはできないのであり,使用済
燃料も,原子炉格納容器内の炉心と同様,外部からの不測の事態に対し
て堅固な施設によって防御を固められる必要がある。
なお,福島原発事故では,使用済燃料プールが原子炉格納容器のよう
な堅固な施設に囲まれていなかったにもかかわらず,建屋内の水素爆発
に耐えて冷却水の喪失には至らず,がれきがなだれ込むなどして使用済
燃料に大きな損傷が生じることもなかったが,これは幸運にすぎない。
竜巻及びテロ等の危険性
本件使用済燃料ピットは,原子炉格納容器のような堅固な施設に囲ま
れておらず,また,本件原発にはトルネード・リリーフ・ベントも設置
されていない。そのため,竜巻による飛来物の衝突を原因とする使用済
燃料や本件使用済燃料ピットの破損,竜巻による水の吸い上げによる使
用済燃料の冷却の失敗等により,放射性物質が周辺環境に放出される危
険性がある。しかも,本件使用済燃料ピットは容器に囲まれていないた
め,放射性物質が漏えいすると,周辺環境にそのまま放出されることと
なる。
また,使用済燃料ピットに対するテロ等は具体的危険性があると評価
すべきであるが,燃料取扱建屋にしか守られていない本件使用済燃料ピ
ットが航空機の衝突,ミサイルによる攻撃といったテロ等の標的となれ
ば,本件使用済燃料ピットの損傷や大規模火災の発生等によって冷却機
能が失われ,又は使用済燃料自体が損傷し,放射性物質が周辺環境に放
出される危険性がある。そのほか,いわゆる拡大自殺(自殺するに際し
て他者を巻き込むこと)に伴う破壊行為,核物質の奪取等を目的とする
組織的なテロ行為,いわゆるサイバーテロ等によって過酷事故に至る危
険性がある。
(債務者の主張)
ア本件使用済燃料ピットの安全性
本件使用済燃料ピットは強固な構造物であり,基準地震動に対する耐
震安全性を有し,本件使用済燃料ピットを覆っている燃料取扱建屋や使
用済燃料ピットの冷却設備及び補助設備は基準地震動Ssに対する耐震
安全性を有している。また,債務者は,本件使用済燃料ピットの水位等
を常時監視し,万が一ピット水の冷却・補給機能を喪失するなどして水
位が低下しても,構内の各種タンクや海水から本件使用済燃料ピットへ
注水して必要な水量を補えるよう,電源を必要としない可搬式の消防ポ
ンプを高台に配備するなどしており,かつ,これらの対策について厳し
い条件を想定した訓練を繰り返し行って有効性を確認している。さらに,
本件使用済燃料ピットは,福島第一原発とは異なり,構内道路に近接し
た場所に配置され,建屋出入口扉を通じて構内道路から直接アクセスす
ることができるなど,車両や要員のアクセス性が非常に高く,外部から
の注水も非常に容易である。
なお,債権者らは,本件使用済燃料ピットでは全交流電源喪失から3
日を経ずして冠水状態が維持できなくなることを問題視するが,消防ポ
ンプによる給水に必要な作業時間は約19.5時間であり,3日という
のは十分に対応可能な余裕のある時間といえる。
また,使用済燃料を移送する際には,燃料移送装置を用いた安定した
状態で行われるので,事故発生の危険がある状態になることはない。
債権者らは,新しい使用済燃料と古い使用済燃料を市松模様状に配置
していないことが危険であるかのように主張するが,市松模様状の配置
を含めた分散配置は,臨界防止ではなく冷却効果の向上を目的として行
われるものであるから,これを臨界の危険性と結び付けることはできな
い。また,債権者らは,本件使用済燃料ピットの安全対策を弥縫策であ
の対策を講じており,その有効性も確認している。
債務者は,本件使用済燃料ピットにおいて稠密化を実施するに当たり,
貯蔵される使用済燃料について臨界防止対策を行うことで,本件使用済
燃料ピットの全貯蔵容量まで使用済燃料を貯蔵しても安全性が確保され
ることを確認している。
また,債務者は,NRCが是認している規格も踏まえ,かつ,解析上
の不確定性も考慮して,実効増倍率の評価基準値(許容値)及び評価値
を算出しており,評価値が評価基準値(許容値)を下回っている以上,
使用済燃料が臨界に至ることはない。
債務者は,本件使用済燃料ピットのライニングの溶接に当たり,確実
性の高い溶接方法を採用した上で,欠陥や漏えいがないことを各種試験
によって確認している。また,ライニングのグラインダー仕上げにおい
て過剰な削り込みが生じない施工方法を採用している。
なお,債権者らは,コンクリートとステンレス鋼板の熱膨張率の差か
ら生じる温度変化の危険性を主張するが,本件使用済燃料ピットにおい
て冷却機能及び注水機能が失われても,ライニングが破損するような急
激な温度上昇は生じない。
本件使用済燃料ピットは,使用済燃料を収納保管する燃料ラックも含
め,耐震重要度分類がSクラスに分類され,基準地震動に対する安全性
が確認されており,本件使用済燃料ピットの貯蔵容量まで使用済燃料を
貯蔵しても安全性が確保されることも確認されている。
したがって,本件原発を再稼働しても,使用済燃料の集中による再臨
界や使用済燃料の溶融に至ることはない。
イ堅固な施設によって防御を固める必要性
使用済燃料は,本件使用済燃料ピットにおいて,大気圧(1気圧)の下,
約40℃以下に保たれたピット水により冠水状態で貯蔵されており,冠水
状態が維持されていれば崩壊熱が十分除去され,その健全性が維持される
から,耐圧性能を有する原子炉格納容器のような堅固な施設によって使用
済燃料ピットを閉じ込める必要はない。なお,原子炉格納容器は,外部か
らの事象に対して防御機能を果たし得るものではあるが,外部からの不測
の事態に備えて炉心を防護するためのものではなく,LOCA等が発生し
た場合に,内部から放射性物質を含む高温高圧の水蒸気ないし水が万が一
にも放出されることを防止するためのものであるから,原子炉格納容器が
外部からの事象に対して防御機能を果たす役割を負っていることを前提に,
本件使用済燃料ピットにも原子炉格納容器のような堅固な施設が必要であ
るということはできない。
また,本件使用済燃料ピットについては,地震以外の津波や竜巻に対し
ても安全機能が維持できることを確認している。
地震以外の外部事象の危険性
ア津波の危険性
(債権者らの主張)
基準津波の策定
a原子力発電は我が国が壊滅的な打撃を受けかねないほどの危険な事
業であるから,綿密な活断層調査,津波に関する過去の文献調査及び
その裏付け調査などを実施し,あり得る最大の津波を想定した津波対
策が講じられるべきである。
そして,本件原発における津波の危険性を評価するに当たっては伝承
を重視すべきであるところ,若狭湾には,天正地震を始め,過去に大
津波が押し寄せた事実が伝えられている。ところが,債務者は,天正
地震の伝承を考慮に値しないと決め付けているのであり,伝承を軽視
する債務者の姿勢からすれば,津波のリスク評価における盲点や意図
的過小評価が存在するものと考えられる。また,債務者は,大津波の
発生を裏付ける可能性がある地点での調査を行っておらず,ボーリン
グ地点を恣意的に選定した疑いがある。
b本件原発の沖合の海底に相当数の活断層があり,隠岐トラフ南東縁に
ある全長80kmの逆断層群は本件原発に大規模な津波をもたらす可能
性があり,海域活断層が活動することによって本件原発付近の地盤が動
き,従来の想定を超える津波が発生する可能性もある。
ところが,債務者は,経済合理性を追求し,断層の長さを過小評価
し,地震と地すべりが重畳して発生する津波の評価過程においても,
単体組合せ(各波源の数値シミュレーション結果を活用して,評価点
において津波波形を重ねて水位を算出する手法)と一体計算(各波源
からの津波伝播を同じ解析モデルで同時に数値シミュレーションによ
り計算する手法)の二つの手法を用いながら,基準津波を策定する段
階で,水位変動量が小さくなる一体計算の数値を採用するなど,安全
側に配慮しない不合理な計算をしており,津波の予測において不可避
的な「倍半分」程度の不確実性も考慮していない。
cまた,若狭地方の地盤はブロック化し,ブロック運動を続けている
のであるから,地盤ブロックの上昇や陥没を想定する必要があるし,
本件原発の敷地自体が相当程度沈降・陥没する可能性も考慮する必要
があるが,債務者は,こうしたことは考慮しておらず,地盤の隆起に
ついても,極めて楽観的な想定しかしていない。
d若狭湾のようなリアス式海岸で大地震が発生した場合には土砂崩落
による津波の発生も想定しなければならないところ,本件原発の南西
に位置する青葉山は過去に大規模な山体崩壊を起こしたことで知られ
ており,地震によって周辺の山が崩落すれば,湾の奥に押し寄せる大
波の高さが債務者の想定に収まる根拠はない。
e以上によると,現在分かっている情報だけで津波の規模や性格を想
定することはできないのであり,本件原発を再稼働する条件は存在し
ていないというべきであるし,少なくとも既往最大の津波として,東
北地方太平洋沖地震の際に岩手県,宮城県及び福島県沿岸を襲った高
さ15mの津波と同程度の津波を想定すべきである。
津波に対する安全性
本件原発では,防潮堤の基礎として杭基礎(主に軟弱な地盤における
構造物の建設において,浅い基礎では構造物を支えることができない地
盤の場合に,深く杭を打ち込み,構造物を支える基礎)が採用され,そ
の支持方法として摩擦杭(杭の先端を地下の支持層まで到達させず,主
として杭の側面と地盤との間に働く周面摩擦力によって荷重を支える方
法)が採用されているが,摩擦杭は,杭の先端を地下の支持層に到達さ
せる支持杭の方法ができない場合の次善の策というべきもので,原子力
発電所のような万が一にも事故が発生することがあってはならない施設
において採用されるべきものではないし,摩擦杭の方法によるのであれ
ば,その支持力が十分であるかの確認には万全を期すべきところ,その
確認方法の根拠は薄弱である。
また,本件原発の防潮堤は基礎部分に液状化を生じる可能性があるこ
とが明らかとなっているが,債務者の採用した地盤改良手法である浸透
固化工法では,地盤改良を行わない隣接地盤が液状化した状態で津波が
押し寄せ,基礎部分ごと押し流される可能性があり,浸透固化工法の液
状化耐性を確認するには繰返し三軸圧縮試験を実施すべきところ,これ
も実施されておらず,液状化耐性を確認する換算式にも科学的根拠がな
い。
(債務者の主張)
基準津波の策定
a債務者は,本件原発の供用中に設計基準対象施設に大きな影響を及
ぼすおそれがある津波(以下「基準津波」という。)を策定するため,
まず,文献調査や完新世(約1万年前)から現在までを調査対象とす
る津波堆積物調査を実施し,本件原発の安全性に影響を及ぼすような
規模の津波が認められないことを確認した。
bその上で,債務者は,地震,海底及び陸上の地すべり,火山現象と
いった津波の波源ごとに津波の検討を行い,日本海の海底及び海岸線
の地形を基に設定した解析モデルを用いた数値シミュレーションを実
施し,安全上重要な設備への影響を考慮して本件原発に複数設定した
評価点での津波水位を計算した。
まず,債務者は,地震による津波について,津波の波源となる地震
のうち,敷地周辺の海域活断層による地震及び日本海東縁部の断層に
よる地震を検討対象とし,検討対象断層を選定した上で,不確かさの
因子である広域応力場,断層の位置・傾斜・走行等を合理的と考えら
れる範囲で変化させた数値シミュレーションを多数実施するパラメー
タスタディを行い,水位変動量が最大となるケースを確認し,大陸棚
外縁~B~野坂断層及びFO-A~FO-B~熊川断層の二つを検討
対象波源として選定した。その上で,パラメータスタディにおいて水
位変動量が最大となったケースの諸元を用いて詳細な数値シミュレー
ションを行い,安全上重要な設備への影響を考慮して本件原発に複数
設定した評価点での津波水位を検討した。
次に,債務者は,地震以外の因子として,海底及び陸上の地すべり,
火山活動に伴う山体崩壊を検討し,海底の地すべりについては海底音
波探査記録等を用いて最大規模の海底地すべり地形における地すべり
による海底地形の変化を算出し,陸上の地すべりについても本件原発
へ大きな水位変動をもたらすと考えられる陸上地すべり地形を選定し,
その上で,数値シミュレーションを行って評価点での津波水位の検討
を行った。なお,火山活動に伴う山体崩壊については,火山現象によ
る津波が本件原発の安全性に影響を及ぼすことはないと評価した。
c国及び地方自治体では,様々な波源モデルを用いた津波の検討が実
施されているが,債務者は,本件原発へ比較的大きな水位変動をもた
らす可能性があるものとして,福井県が想定した波源モデル,秋田県
が想定した波源モデル及び国土交通省・内閣府・文部科学省の「日本
海における大規模地震に関する調査検討会」が想定した波源モデルに
ついても,数値シミュレーションを実施して津波の影響を評価した。
dさらに,海底及び陸上の地すべりは,その周辺の活断層等を震源と
する地震の揺れによって発生することも想定されるため,債務者は,
発生要因ごとの検討だけでなく,地震と地すべりが重畳して発生する
津波についても検討を行なった。本件原発の場合,地震の震源となる
断層と地すべりの位置が近接しており,地震に伴い地すべりが発生し
た場合の津波が本件原発へ大きな水位変動をもたらすと考えられる①
若狭海丘列付近断層と隠岐トラフ海底地すべりの組合せ及び②FO-
A~FO-B~熊川断層と陸上地すべりの組合せについて,地すべり
の発生時間の不確かさを考慮した上で,津波水位評価結果を足し合わ
せ,最も厳しい組合せのケースを抽出し,本件原発に最も大きな影響
を及ぼすおそれがある津波のケースを選定した。そして,当該ケース
については,個々の波源の組合せについて,足し合わせよりも精度の
高い同時計算を行い,評価点における津波水位が最も厳しくなるケー
スを選定し,基準津波を策定した。
津波に対する安全性
債務者は,津波の遡上波が安全上重要な設備を設置する敷地に流入す
ることを防止するため,取水路防潮ゲート及び放水口側防潮堤を設置し
ている。また,海水ポンプの取水性についても,地盤の隆起も考慮した
上で,津波による水位の低下に伴う影響がないことを確認している。
これらを踏まえ,朔望平均潮位(新月及び満月の日から5日以内に観
測された各月の最高満潮面及び最低干潮面を1年以上にわたって平均し
た高さの推移)のばらつき等を考慮した評価点における津波水位と周辺
敷地,取水路防潮ゲート及び防潮堤の高さ並びに海水ポンプの取水可能
水位とを比較するなどし,数値シミュレーションを用いて取水口付近に
おける津波に伴う砂の堆積による通水への影響と,津波による海水ポン
プ位置での砂の堆積厚さを検討した結果,安全上重要な設備が津波に対
して安全機能を保持できることを確認している。
また,原子力規制委員会は,債務者が実施した津波評価の内容につい
て審査した結果,債務者が策定した基準津波について,津波の発生要因
として,地震のほか,地すべり,斜面崩壊その他の地震以外の要因及び
これらの組合せによるものを複数選定し,不確かさを考慮して適切に策
定しており,新規制基準に適合していると評価した。
イ深層崩壊の危険性
(債権者らの主張)
深層崩壊とは,山崩れ,崖崩れなどの斜面崩壊のうち表層崩壊よりも深
部で発生する大規模な崩壊現象のことである。その発生メカニズムは研究
途上であるが,深層崩壊は,長期間の連続雨量とその末期における短時間
の集中豪雨が引き金となって岩盤自体のクラック(亀裂)やクリープ(斜
面の非常にゆっくりとした滑動)が発達することによって発生すると考え
られている。そして,深層崩壊の発生には,短期間に400mmを超える
雨量が必要と考えられているところ,近年では地球温暖化の影響によって,
400mmをはるかに超える集中豪雨が頻繁に各地を襲っている。
また,深層崩壊の原因は集中豪雨に限定されず,火山活動,地震,岩盤
の風化現象等も含まれ得るところ,本件原発は急峻な山々に挟まれた谷底
部分に位置している上,若狭湾周辺は地下の岩盤に強い力が働き,岩盤に
無数の亀裂や隙間が発生していると考えられるから,風化の進行が著しい
はずである。したがって,本件原発周辺は深層崩壊が発生する条件が満た
されており,実際に,本件原発の近くにある青葉山は,過去に大規模な深
層崩壊を起こしたものと考えられる。
そうすると,本件原発周辺で地震や短期間の集中豪雨により深層崩壊が
発生する危険性は高いといえる。そして,大規模な深層崩壊が複数発生し
て崩壊土砂が本件原発を襲えば,本件原発は壊滅し,さらに,崩壊土砂が
債務者所有の送電専用鉄塔,専用道及び県道を襲えば,外部電源が失われ,
修復にも数箇月単位の長期間を要することになると考えられるのであり,
その間,炉心の冷却機能を安定的に維持することは極めて困難となる。
(債務者の主張)
債権者らは,深層崩壊の危険性が高い旨を主張するが,その主張に具体
的な根拠はなく,本件原発を取り囲む山々が広い集水域を有し,急斜面が
認められることから危険と主張しているにすぎない。
なお,青葉山には新たな火山噴出物がなく,不安定な部分の多くは既に
崩壊しているため,山体全体の大規模な崩壊を起こす可能性は極めて低い
といえるが,仮に山体崩壊を起こしたとしても,青葉山と本件原発は標高
200m程度の山で隔てられており,崩壊した土砂が本件原発に到達する
ことは考えにくい。また,火山活動による深層崩壊が本件原発で起きる可
能性はない。
ウ土砂災害の危険性
(債権者らの主張)
本件原発は,山を造成して建設されたものであるが,切土や盛土をした
部分は崩壊を起こす危険性が高い。そして,本件原発の西側と東側には斜
面移動体が存在し,その更に西側には非常に広い範囲で大規模な地すべり
が起きている。したがって,債務者が策定した基準地震動が過小であるこ
とも併せ考慮すれば,地震に随伴して本件原発に向かって斜面崩壊が発生
する危険があり,債務者が想定する重大事故対策がとれなくなる可能性が
高い。
また,本件原発の東側及び北側を通る福井県道149号音海中津海線が
本件原発につながる唯一の車道であり,本件原発内の道路の一部は斜面と
接している。そのため,斜面崩壊が起これば道路が使用できなくなり,債
務者が想定する重大事故対策がとれなくなる可能性が高い。とりわけ,本
件原発の南側には土石流危険区域に指定されている区域が2か所あるとこ
ろ,この区域内には本件原発の建屋につながる道路があり,上記重大事故
対策ではこの道路を使用することが前提となっているため,土砂災害によ
ってこの道路が使えなくなれば,その対策がとれなくなる可能性が高い。
さらに,本件原発の立地に照らせば,地震による崖崩れ等により本件原
発の設備等に影響が生じるだけでなく,鉄塔の倒壊等による通常電源の長
期間の喪失や,交通路の遮断という重大な事態が生じる可能性が高いが,
このような危険に対する対策はされていない。
(債務者の主張)
本件原発付近の土石流危険区域内又はその上流側には,降雨に伴い土砂
が流れ出すことを抑える蛇籠,土石流の流速を低下させ土砂等の堆積を促
す効果が見込まれるコンクリート堰,防護フェンス等の人工構造物が配置
されており,本件原発の安全性に影響を及ぼすような土石流が発生するこ
とはない。実際に,本件原発の安全性に影響を及ぼすような土石流が発生
した記録もない。
仮に土石流が発生したとしても,土石流危険区域には重大事故対策のた
めの設備を配備していないため,重大事故対策に係る運転操作,作業の成
立性に問題は生じない。また,土石流危険区域に含まれる道路が使用でき
ない状況になったとしても,重機により車両通行ルートの復旧を図ること
ができるし,重大事故対策を実施するためのルートは複数確保されており,
その作業の成立性に支障を来すことはない。さらに,進入道路が何らかの
事情で使用できなくなった場合に備え,ヘリコプターや船舶による輸送手
段も確保されている。
安全性確保に関するその他の問題
ア老朽化による危険性
(債権者らの主張)
高経年化対策の限界
高経年化対策は,部品交換等の適切なメンテナンスによって超長期運
転を可能とする対策であるが,ひび割れが見つかった配管や機器を交換
しても,システム全体としての原子力発電所が生き返るわけではなく,
かえってバランスを崩し,思わぬ事故を招く危険がある。しかも,原子
炉容器は日々老朽化が進行するが,原子炉容器自体を交換することは不
可能なため,高経年化対策は原子炉容器の脆性破壊に対する有効な対策
になっていない。
中性子照射脆化の危険性
a中性子照射脆化は,原子炉容器に用いられる材料(鋼材)が核分裂
によって生じる中性子の照射を受けることにより,その粘り強さ(靱
性)が低下する(脆化する)現象のことをいう。中性子照射脆化の危
険性を示す指標として,脆性遷移温度(ある物質が本来の強度を失う
限界の温度)があり,中性子照射脆化により脆性遷移温度は上昇する。
そして,緊急事態時にはECCSで炉心を急冷する必要があるが,
炉心を急冷すると原子炉容器の内壁と外壁とで温度差が生じ,内壁に
強い引張応力が作用することになるところ,このような強い力が脆性
遷移温度以下で作用すると,原子炉容器全体が破壊されて放射性物質
が一気に外部に放出されてしまうことになるため,冷却ができないと
いう進退両難の状態に陥ってしまう。
また,緊急事態時にECCSが自動的に作動し,原子炉が急冷され
ると,原子炉容器は大きな熱衝撃を受けるが,原子炉の急冷は,冷水
の注入のほか,1次冷却設備及び2次冷却設備の急激な減圧,蒸気発
生器による急激なエネルギー除去などの複合的な要因を伴うことも考
えられ,原子炉容器はかなりの熱衝撃を受けることになる。さらに,
1次冷却設備の圧力が急激に低下すると,ECCSの高圧注水ポンプ
が自動的に作動し,再び1次冷却設備側の圧力が上昇するため,原子
炉容器には熱衝撃だけでなく上昇した水圧力も作用する。これを加圧
熱衝撃(以下「PTS」という。)というが,PTSが発生すると,
急冷により脆性遷移温度を下回る水に浸されて破壊危険状態にある原
子炉容器が,内部で熱衝撃と水圧力による応力を受けて破壊に至る危
険がある。
b原子炉容器の中性子照射脆化を監視するためには,監視試験片を原
子炉内に設置し,これを定期的に取り出して検査することとなってい
る。しかし,当初の想定寿命を延長させて原子炉を運転すると,監視
試験片を取り出す頻度を上げる必要があるにもかかわらず,監視試験
片の数が圧倒的に不足することになるのであり,実際に監視試験片を
使い切って実測できなくなっている原子炉も出現しつつある。そして,
監視試験片の数が足りなくなると,老朽段階に入った原子炉容器が無
監視状態となる。
c原子炉を設計する際には予測式を用いて脆性遷移温度を予測するが,
平成21年4月には九州電力株式会社玄海原子力発電所1号機(以下
「玄海原発1号機」という。)の監視試験片の脆性遷移温度が想定外
である98℃に達していることが明らかになるなど,予測式では説明
できない事態が生じており,予測式の精度は致命的に低いことが分か
ってきている。
他方,債務者は,原子炉容器と監視試験片とでは照射条件が異なり,
監視試験片の脆性遷移温度は原子炉容器の将来の数値である旨を主張
するが,監視試験片と原子炉容器とで照射条件を異にすることは違法
であり,そのまま本件原発を再稼働することは許されないし,そのよ
うな監視試験片の設置方法では,現時点での安全性を確認することは
できず,脆性遷移温度が将来予測よりも高温に達する可能性は否定で
きない。
したがって,脆性遷移温度の将来予測値は,その将来が到来した時
点の実測値と大きく乖離する可能性が高く,破壊靱性値の予測値も,
その将来が到来した時点の実測値を示すものとはいえないというべき
であるから,債務者のPTS評価によって本件原発の安全性が確認で
きたとはいえない。
dさらに,原子炉容器は,地震動による衝撃も受けることになるが,
債務者が想定する地震動は過小であるから,債務者のPTS評価は不
十分である。
溶接部の残留応力によるクラックの危険性
大飯原発3号機は,平成3年に稼働を開始した比較的稼働年数の少な
い原子炉であるにもかかわらず,応力腐食割れあるいは溶接不良による
配管溶接部の損傷,クラックの発生という事象に見舞われている。しか
も,このクラックは樹状に深化した形状を有するという特徴があり,1
0万運転時間で貫通に及ぶという具体的危険性を有するものであったが,
他にもクラックが潜在的に存在する可能性や,微少な傷が見逃されてい
る可能性は否定できない。
したがって,本件原発についても,既に相当数の潜在的損傷部分を抱
え込んだ危険な状態のまま運転を継続してきたものというべきである。
(債務者の主張)
本件原発における設備の保全
債務者は,本件原発の設備を健全な状態に維持し,トラブルの未然防
止や安全運転を図るため,定期的に発電を停止し,運転実績,設置環境,
劣化・故障形態等を基に方法,時期等を定めた計画に従って,点検,検
査,取替え等を実施している。なお,債務者を含む電気事業者が行う検
査は「定期事業者検査」と呼ばれるが,これに加え,安全上重要な設備
については「施設定期検査」として原子力規制委員会の検査も受け,定
期事業者検査の実施体制等についても「定期安全管理審査」として同委
員会の審査を受けている。
また,債務者は,発電用原子炉施設における保安活動の実施状況,保
安活動への最新の技術的知見の反映状況を評価する定期安全レビューを
10年を超えない期間ごとに実施しており,そのプロセスや内容は原子
力規制委員会の保安検査において確認を受けている。
さらに,債務者は,原子力発電所の運転開始から30年を経過するま
でに,安全上重要な設備について経年劣化に関する技術的な評価(高経
年化技術評価)を行い,長期保守管理方針を策定し,10年を超えない
期間ごとに最新の知見等を反映した再評価を行うこととなっている。な
お,長期保守管理方針は,原子力規制委員会による審査を受け,保安規
定変更認可を受けるとともに,同委員会の原子力保安検査官による保安
検査において,長期保守管理方針に基づく保全活動が適切に実施されて
いることについて確認を受けることとなっている。そして,債務者は,
平成27年に運転開始から30年を迎える本件原発についても,高経年
化技術評価を実施し,長期保守管理方針を講じることで30年目以降に
おいても原子力発電所を健全に維持できることを確認しており,原子力
規制委員会に対して保安規定変更認可の申請を行っているところである。
このように,債務者は,安全上重要な設備の高経年化に対して適切に
評価を行い,適切な保全対策を講じることで,安全性が確保されること
を確認しており,高経年化により設備の安全性が失われることはない。
なお,債権者らは,機器を交換してもシステム全体としての原子力発
電所が生き返るわけではなく,かえってバランスを崩し,思わぬ事故を
招く危険が生じる旨や,原子炉容器は交換不可能であり,高経年化対策
は原子炉容器の脆性破壊に対する有効な対策になっていない旨を主張す
るが,債務者は,部品の交換後もシステムの機能が維持されることを確
認しており,原子炉容器についても,その健全性を確認している。
中性子照射脆化の危険性
a一般に,鋼材中に亀裂が存在し,鋼材の靱性が低下した状態におい
て,鋼材に大きな応力が働くと,鋼材がほとんど延びることなく破壊
される(脆性破壊)可能性があるが,脆性破壊は,①亀裂の存在,②
靱性の低下,③高応力の発生という三つの要因が同時に満たされた場
合に発生する可能性が生じるものである。
そして,債務者は,原子炉容器の健全性を評価するに当たり,まず,
①亀裂の存在については,定期的に実施している超音波探傷検査で原
子炉容器に亀裂は認められていないが,一律に亀裂の存在を想定して
いる。次に,②靱性については,原子炉容器と同じ材料を使用した監
視試験片を原子炉容器内表面より少し内側(炉心寄り)に配置し,計
画的に取り出して破壊靱性値(粘り強さ)を評価し,原子炉容器の健
全性の評価時期(高経年化技術評価では運転開始後60年経過時点)
における予測値を算出して破壊靱性遷移曲線を設定している。なお,
原子炉容器の温度が高いほど,破壊靱性値も高くなる。さらに,③高
応力の発生については,脆性破壊の観点から最も厳しい条件となるP
TSが生じた状況を仮定し,LOCA時の温度変化等を実際の事故時
の挙動よりも厳しくなるように保守的に設定した上で,コンピュータ
ーの計算により応力拡大係数(想定した亀裂の先端部に発生する応力
の大きさを示す数値であり,PTSにおける原子炉の温度による応力
拡大係数の変化を示す曲線を「PTS状態遷移曲線」という。)を算
出している。
以上のように,債務者は,結果が厳しくなるよう複数の保守的な仮定
で評価し,それでも破壊靱性値が応力拡大係数よりも常に大きい(破
壊靱性遷移曲線とPTS状態遷移曲線が交わらない)こと,すなわち
本件原発の原子炉容器が脆性破壊に至らないことを確認しているので
あり,本件原発の原子炉容器の健全性は,十分な保守性をもって確認
されている。
b債権者らは,監視試験片の数が不足する旨を主張するが,本件原発
の監視試験片は原子炉容器内に十分残っており,60年運転を想定し
ても監視試験片が不足することはない。
c債権者らは,脆性遷移温度や破壊靱性値につき,予測式では説明が
つかない測定結果が出ている旨を主張するが,監視試験片は原子炉容
器内表面より少し内側に配置されているため,そのデータは原子炉容
器が将来受けると想定される中性子照射量のデータとなるから,原子
炉容器の健全性は,予測式に基づく評価だけでなく,監視試験片の脆
化程度を直接把握することでも確認されているといえる。なお,債務
者は,原子炉容器の材料が受ける中性子照射量及び温度履歴等の条件
がほぼ同等の条件で適切に把握できるよう,監視試験片を原子炉容器
内表面より少し内側に配置しているのであり,この監視試験片の設置
方法は,国内外の加圧水型原子炉において一般に用いられているもの
であって,違法と評価されるものではない。
玄海原発1号機に関しては,福島原発事故等を踏まえて開催された原
子力安全・保安院の高経年化技術評価に関する意見聴取会(以下「高
経年化意見聴取会」という。)において,十分健全であることを確認
したとされ,PTS評価手法についても,直ちに規制の見直しを行う
必要はないとされている。そして,本件原発についても同じ手法で高
経年化技術評価を行って原子炉の健全性を確認し,その結果を踏まえ,
原子力規制委員会に対して保安規定変更認可の申請を行っているとこ
ろである。
d債権者らは,債務者が想定する地震動は過小であるから,債務者の
PTS評価は不十分であると主張するが,債務者は,基準地震動を適
切に策定し,これを踏まえてPTS評価を適切に実施している。
溶接部の残留応力によるクラックの危険性
応力腐食割れは,特定の材料が特定の環境と応力にさらされたときに
割れを生じる現象であり,材料,環境,応力(引張応力)の3要素が重
畳した場合に初めて発生する可能性が生じるものであるところ,債務者
は,国内外で応力腐食割れが発生した600系ニッケル基合金を溶接部
に使用している箇所に対し,応力腐食割れの3要素から「材料」の要素
をなくすため,応力腐食割れに強い690系ニッケル基合金へ材質を変
更する対策工事を実施し,3要素から「応力」の要素をなくすため,ウ
ォータージェットピーニング工事を実施するなど,応力腐食割れに対す
る具体的対策を実施しているから,応力腐食割れの発生・進展は考えに
くい。
イ格納容器再循環サンプスクリーンの閉塞による危険性
(債権者らの主張)
LOCAが発生した場合,安全装置が自動的に開始し,充填ポンプや安
全注入ポンプが,燃料取替用水タンクからの補充水を自動的に供給するこ
とになるが,燃料取替用水タンクの容量の如何を問わず,いずれかの時点
において補充水の水源を格納容器内の底に設置されている格納容器再循環
サンプに切り換えなければならない。
しかし,LOCAによって漏出した高温高圧の1次冷却材は,保温材等
の異物を洗い流すことになるため,これらの異物が,異物の流入を防止す
るために設置されている格納容器再循環サンプスクリーン(格子状の金属
フィルタ)を目詰まりさせ,漏出した1次冷却材が行き場を失って原子炉
内に貯留し,関係機器を水没させて原子炉の冷却機能を喪失させるおそれ
がある。実際に海外の複数の沸騰水型原子炉において操作ミス等が原因で
格納容器内に1次冷却材が流出し,配管から飛散した保温材等により非常
用炉心冷却系ストレーナ(ろ過装置)が目詰まりして機能喪失する事例が
発生しているところ,加圧水型原子炉である本件原発においても,異物付
着による格納容器再循環サンプスクリーンの閉塞を防止することは,構造
的,技術的に極めて困難あるいは不可能であり,閉塞による冷却機能の喪
失,さらには炉心溶融といった重大事象への発展を阻止することは,現在
の技術水準では期待できない。
したがって,本件原発を再稼働させれば,格納容器再循環サンプスクリ
ーンの閉塞によって炉心溶融に至る危険性がある。
(債務者の主張)
債務者は,本件原発について,格納容器熱除去設備に係るろ過装置につ
いての審査基準を満たすように,格納容器再循環サンプスクリーンの閉塞
を防止する設備上の対策を実施しており,その安全性は確保されているか
ら,債権者らが主張するような閉塞が生じることはない。
なお,格納容器再循環サンプスクリーンの閉塞は,過去に海外の沸騰水
型原子炉で発生した事象を契機として,その対応策の調査・検討が行われ
てきたものであり,本件原発のような加圧水型原子炉において実際にその
ような閉塞事象が発生したものではない。
ウ計装設備の不備による危険性
(債権者らの主張)
計装設備が事故時に機能を発揮できるようにするには,福島原発事故を
踏まえ,過酷事故発生時にも十分機能する原子炉及び原子炉格納容器の計
装系,使用済燃料ピットの計装系等の開発・整備をすることが必要である。
しかし,新規制基準には,過酷事故時の計装設備に関する規定が明記され
たが,計装設備の耐震重要度分類は福島原発事故以前と変化がなく,その
強化は不十分である。特に原子炉水位計については,規制内容の検討を継
続することが確認された状況であり,原子炉水位に関する計装設備が過酷
事故時に十分機能するようにはなっていないことが明らかにされている。
このように計装設備に関する規制が不備の状態で本件原発を再稼働するこ
とは許されない。
(債務者の主張)
原子炉の安全性確保に必要となるパラメータ(1次冷却材の温度・圧力
・流量,加圧器の水位・圧力,中性子束)の計装設備については,いずれ
の耐震重要度分類もSクラスであり,基準地震動に対する安全性を備えて
いる。また,債務者は,新規制基準に従い,炉心の著しい損傷が生じるな
どした際に原子炉の状態を把握するために必要となるパラメータの計装設
備についても,基準地震動に対する耐震安全性を備えていることを確認す
るとともに,事故時における温度,放射線,荷重等の使用条件において,
必要な機能を有効に発揮できるようにしている。なお,本件使用済燃料ピ
ットの計装設備の耐震重要度分類はCクラスであるものの,Sクラスと同
等の安全性を有している。
エ免震重要棟が存在しないことによる危険性
(債権者らの主張)
新規制基準では,設計基準事故(発生頻度が運転時の異常な過渡変化よ
り低い異常な状態であって,当該状態が発生した場合には発電用原子炉施
設から多量の放射性物質が放出するおそれがあるものとして安全設計上想
定すべきもの(設置許可基準規則2条2項4号))及びこれを超える事故
が発生した場合に,対策要員が必要な指令を発したり,関係各所と通信・
連絡し合い,必要な対策を行うための要員を収容したりする等の機能を発
揮できる緊急時対策所の設置を要求している。そして,緊急時対策所が免
震機能を有する免震重要棟であることは,その機能を果たすために備える
べき重要な条件の一つとして新規制基準において求められている。これは,
福島原発事故において免震重要棟が重要な働きをしたことからすれば,当
然の要求事項といえる。
ところが,本件原発は,現在,緊急時対策所として中央制御室横に指揮
所が確保されているが,免震重要棟が設置されていない。債務者は,免震
事務棟を前倒しして設置し,完成次第,免震事務棟を緊急時対策所とする
ことを明らかにしているが,このことは,債務者が,新規制基準が要求し
ているのが免震重要棟であり,かつ,免震重要棟が緊急時対策所に要求さ
れている機能を発揮できる場所であると認識していることを示している。
したがって,免震重要棟が設置されていない状態で本件原発を再稼働す
ることは許されない。
(債務者の主張)
中央制御室(設置許可基準規則26条及び59条にいう「原子炉制御室」)
は,室内に中央制御盤等を設置し,原子力発電所の運転等に必要な監視及
び操作等を集中的に行う施設であり,事故等の発生時にも運転員がとどま
るために必要な設備を備え,一定の居住性を確保できるようになっている
が,緊急時対策所(設置許可基準規則34条及び61条)は,中央制御室
とは別に設置され,事故等の発生時に中央制御室の運転員がその対応に専
念できるよう,必要な情報を得て状況等を客観的に把握し,中央制御室の
運転員を援助しつつ,発電所内外への必要な通信連絡等を行うための施設
である。そして,緊急時対策所は,上記のような機能を果たすのに必要な
耐震性を有していれば,必ずしも免震構造であることは設置許可基準規則
上も要求されていない。
本件原発においては,基準地震動に対する耐震安全性を有し,基準津波
による影響を受けない緊急時対策所が設置されており,この内容で設置変
更許可の申請を行い,原子力規制委員会による許可も受けている。なお,
債務者は,要員の収容性等をより向上させるとともに,電源機能等も更に
充実させ,新しい緊急時対策所の設置を進めているところである。
燃料体等の損傷ないし溶融が生じた後の対策等
(債権者らの主張)
ア水蒸気爆発の危険性
本件原発において炉心溶融が生じた場合,最短で1時間半程度で炉心貫
通に至るが,債務者は,炉心貫通に至るまでの間に,重大事故対策として
散布される原子炉格納容器スプレイ水が格納容器下部キャビティに流入し
て深さ約1.3mのプールを形成し,原子炉容器を貫通して原子炉格納容
器底部に落下する溶融した核燃料を上記プールで冷却することを想定して
いる。
しかし,プールに溶融した核燃料を落下させると,水蒸気爆発が生じる
危険性が高いところ,債務者は,過酷事故対策として科学的研究成果を恣
意的に解釈し,水蒸気爆発は起こりにくいと断定して,溶融した核燃料を
プールに落下させて冷却する方法を採用しているのであり,水蒸気爆発に
よる原子炉格納容器の破壊と放射性物質の大量放出という大事故を引き起
こす危険がある。
イ水素爆発の危険性
炉心溶融が生じた際に水素が発生する場合としては,燃料被覆管材の主
成分であるジルコニウムが高温となり,水との化学反応が生じて水素が発
生する場合や,溶融した核燃料が原子炉格納容器内の床や壁のコンクリー
トと接触することでコンクリートの熱分解による浸食が生じ,溶融した核
燃料とコンクリートの相互作用(MCCI)によって生じる水分や炭酸ガ
スがジルコニウムなどの金属成分と接触することで水素が発生する場合な
どがある。
そして,新規制基準では,原子炉格納容器の水素濃度13%以下を轟爆
防止の判断基準としているところ,水素濃度の評価に当たっては,MCC
Iによる水素発生の不確かさの影響評価を踏まえ,全炉心内のジルコニウ
ム量の100%が水と反応すると仮定して水素濃度を計算すべきであるが,
そうすると,上記13%を超えることとなる。
したがって,本件原発では,炉心溶融が生じた場合,水素爆発による原
子炉格納容器の損壊とそれに伴う放射性物質の大量放出という大事故が発
生する危険がある。
ウ避難計画等の不備
本件原発において炉心溶融が生じ,放射性物質の大量放出という大事故
が発生すれば,福島原発事故を超える被害が発生する可能性がある。
ところが,債務者は,5層ある多重防護(深層防護)のうち,①異常の
発生を未然に防止する(異常発生防止),②異常の拡大及び事故への発展
を防止する(異常拡大防止),③放射性物質の異常な放出を防止する(放
射性物質異常放出防止)という3層を考慮するのみで,第4層である過酷
事故対策や第5層の放射能汚染緩和対策を考慮していないが,新規制基準
においても,防災計画や避難計画を内容とする第5層の防護について規定
されておらず,原子力規制委員会は,地域防災計画について何ら判断をし
ないことになっているのであるから,新規制基準が不合理であることは明
らかである。また,新規制基準では,大規模損壊が発生した場合に,被害
を防止する基準がないに等しいにもかかわらず,大規模損壊が発生した場
合に周辺住民と本件原発との離隔距離を確保するための基準が設けられて
おらず,福島原発事故の教訓を無視した内容となっている。
さらに,地域防災計画についても,本件原発において事故が発生した場
合には,公共交通機関による避難の手段は十分に確保されておらず,自家
用車での避難によって避難ルートにおいて渋滞が多発するなど,避難に多
大な困難が伴うことは明らかであり,避難が完了するまでの間に住民が長
時間放射線にさらされることは避けられない。さらに,病人,老人,身体
障害者等の避難弱者の避難が困難になり,深刻な被害を招く可能性がある。
そして,放射線被曝に耐え得るシェルターを要所要所に配備するといった
避難に代わる防護措置もとられていない。
したがって,本件原発については,防災面で不備があるから,再稼働を
認めるべきではない。
(債務者の主張)
炉心損傷ないし炉心溶融が生じた後の危険性を問題とするのであれば,ま
ずは炉心損傷ないし炉心溶融が生じる具体的危険性の有無が問われるべきと
ころ,本件原発については,自然立地条件に係る安全確保対策と事故防止に
係る安全確保対策を講じることで,炉心の著しい損傷や周辺環境への放射性
物質の異常な放出が確実に防止されるようになっている。
したがって,本件原発については,そもそも炉心損傷ないし炉心溶融が生
じる具体的危険性が認められない。
保全の必要性
(債権者らの主張)
債権者らの被保全権利は,人の生命を基礎とする人格権であり,これを超
える価値を他に見いだすことのできない最も重要な権利であって,債務者の
経済的自由は,これよりも劣位にある。そして,万が一,本件原発において
深刻な事故が発生すれば,債権者らの最も重要な権利が不可逆的に侵害され
るのであるから,保全の必要性は高い。
他方,債務者が発電事業を営む権利は,原子力発電以外の手段によっても
十分に実現可能であり,むしろ,原子力発電のコストは他の発電手段と比較
しても高いのであるから,本件仮処分命令申立てが認められても,債務者の
被る損害はない。
したがって,本件原発の再稼働が既に目前に迫っている現状において,保
全の必要性が認められることは明らかである。
なお,本件仮処分命令の発令に当たっては,債権者らに担保を供させる必
要はない。
(債務者の主張)
債務者は,本件原発について設置変更許可,工事計画認可及び保安規定変
更認可の各申請を行ったところ,設置変更許可の申請については,原子力規
制委員会が新規制基準への適合性を認めたが,工事計画認可を得た設備につ
いて同委員会による使用前検査に合格した後に初めて本件原発の再稼働を計
画することになるのであって,本件原発の再稼働時期は不透明である。した
がって,本件原発の再稼働が差し迫っているとはいえない。
また,債務者は,本件原発の再稼働時期が遅れれば,1日当たり約6億円
の増分費用が発生するのであり,仮に本件仮処分命令申立てを認める決定が
されるとしても,債務者が被る損害を十分に考慮した担保を債権者らに立て
させるべきである。
第3当裁判所の判断

個人の生命,身体及び健康という重大な保護法益が現に侵害されている場
合又は侵害される具体的危険がある場合には,その個人は,その侵害を排除
し,又は侵害を予防するために,人格権を被保全権利として,侵害行為を仮
に差し止めるよう求めることができると解されるが,その主張立証(疎明)
責任は,人格権が現に侵害されている,又は侵害される具体的危険があると
して差止めを求める債権者らが負うものと解されるのであり,人格権に基づ
く発電用原子炉施設の運転差止仮処分命令申立事件における主張立証責任に
ついても,当該原子炉施設の安全性に欠けるところがあって,人格権が現に
侵害されている,又は侵害される具体的危険があることを債権者らにおいて
主張疎明する必要があるというべきである。
ところで,発電用原子炉施設の安全性については,従前から,核原料物質,
核燃料物質及び原子炉の規制に関する法律その他の関係法令が定められ,平
成24年9月以前は,原子力安全委員会において,安全性に関する審査のた
めに耐震設計審査指針等の基準を設け,発電用原子炉施設の設置,運転の許
否を審査するなどの規制が行われていたところであり,さらに,同年6月に
は,福島原発事故の反省を踏まえ,設置法が成立し,これに基づいて同年9
いて策定された新規制基準等に基づく規制が行われることとなり,発電用原
子炉施設は,関係法令及び新規制基準を含む原子力規制委員会規則に定める
基準を満たした場合に初めて同委員会の許認可を受け,適法に運転すること
ができるという制度が採用されたものである。
設置法によれば,原子力規制委員会は,原子力利用における事故の発生を
常に想定し,その防止に最善かつ最大の努力をしなければならないという認
識に立って,確立された国際的な基準を踏まえて原子力利用における安全の
確保を図るため必要な施策を策定し,又は実施する事務を一元的につかさど
るとともに,その委員長及び委員が専門的知見に基づき中立公正な立場で独
立して職権を行使し(設置法1条),国家行政組織法3条2項に基づくいわ
ゆる3条委員会として高度の独立性が保障されている(設置法2条)。その
委員長及び委員についても,人格が高潔で原子力利用における安全の確保に
関して専門的知識及び経験並びに高い識見を有する者のうちから,両議院の
同意を得て,内閣総理大臣が任命するとされ(同法7条1項),原子力に関
する事業を行う者やその役員ないし従業員等については,委員長又は委員の
欠格事由とされる(同条7項)など,法制度として,原子力規制委員会が,
高度の専門的知見に基づいて中立公正な立場から独立して職権を行使できる
態勢を確保する仕組みが採用されているといえる。さらに,原子力規制委員
会の事務を処理させるために設置されている原子力規制庁(同法27条1項)
については,原子力規制庁長官は委員長の命を受けて庁務を掌理する(同条
5項)とすることで,原子力規制委員会及び原子力規制庁全体としての独立
性が確保される組織構成となっている。
発電用原子炉施設の設置,運転等に対する規制について,このような制度
が採用された趣旨は,核燃料を使用する発電用原子炉施設は,その稼働によ
り,人体に有害な多量の放射性物質を発生させるものであって,発電用原子
炉施設の安全性が確保されないときには,放射性物質が当該原子炉施設の周
辺住民等の生命,身体及び健康に重大な危害を及ぼし,周辺の環境を長期間
にわたって汚染するなど,深刻な被害を引き起こすおそれがあるため,発電
用原子炉施設においては,こうした深刻な事故が万が一にも発生しないよう
にする必要があるところ,発電用原子炉施設の安全性が確保されているか否
かを判断するには,当該原子炉施設そのものの工学的安全性,平常運転時に
おける周辺住民及び周辺環境への放射線の影響,事故時における周辺地域へ
の影響等について,当該原子炉施設の立地の地形,地質,気象等の自然的条
件,人口分布等の社会的条件及び当該原子炉設置者の原子炉の設置,運転等
に必要とされる技術的能力との関連において,多角的,総合的見地から検討
がされるべきであり,このような検討を行うに当たっては,原子力工学はも
とより,多方面にわたる極めて高度な最新の科学的,専門技術的知見に基づ
く総合的判断が求められることが明らかであるから,上記のとおり各専門分
野の学識経験者等を擁し,専門性・独立性が確保された原子力規制委員会に
おいて,総合的・専門技術的見地から十分な審査を行わせ,もって原子力利
用における安全の確保を徹底することにあるものと解される。
このような発電用原子炉施設の安全性に係る審査の特質に鑑みれば,発電
用原子炉施設の安全性に欠けるところがあるか否かについて,裁判所は,そ
の安全性に関する原子力規制委員会の判断に不合理な点があるか否かという
観点から審理・判断するのが相当である。すなわち,原子力規制委員会にお
ける調査審議において用いられた具体的審査基準に不合理な点があり,ある
いは当該原子炉施設が上記具体的審査基準に適合するとした同委員会の調査
審議及び判断の過程等に看過し難い過誤,欠落があるときは,当該原子炉施
設の安全性に関する同委員会の判断に不合理な点があるものといえるのであ
り,そのような場合には,当該原子炉施設の安全性に欠けるところがあると
いわざるを得ず,深刻な事故が起こる具体的な可能性が否定できないことと
なり,よって,周辺住民の生命,身体及び健康を基礎とする人格権が侵害さ
れる具体的危険が肯認されるというべきである。
そして,科学技術を利用した発電用原子炉施設については,災害発生の危
険が絶対にないという「絶対的安全性」を想定することはできないものであ
って,何らかの程度の事故発生等の危険性は常に存在するといわざるを得な
いのであるから,絶対的安全性を要求することは相当ではない。しかしなが
ら,発電用原子炉施設において重大な事故が一たび起きれば,放射性物質に
よる人的な被害は時間的にも空間的にも拡大し,深刻化するおそれがあり,
じた被害の甚大さや深刻さを踏まえるならば,ここでいう安全とは,当該原
子炉施設の有する危険性が社会通念上無視し得る程度にまで管理されている
ことをいうと解すべきである。したがって,原子力規制委員会における調査
審議において用いられた具体的審査基準に不合理な点があるか,あるいは当
該原子炉施設がその具体的審査基準に適合するとした同委員会の調査審議及
び判断の過程等に看過し難い過誤,欠落があるか否かについては,福島原発
事故の経験等も踏まえた現在の科学技術水準に照らし,当該原子炉施設の危
険性が社会通念上無視し得る程度にまで管理されているか否かという観点か
ら,あくまでも厳格に審理・判断することが必要であるというべきである。
なお,原子力発電により電力会社が得られる経済的利益がいかに大きなもの
であったとしても,許容される危険性の程度を緩和するのは相当ではないと
いうべきである。
また,原子力規制委員会の安全性に関する判断に不合理な点があることの
的危険について主張疎明すべき債権者らが負うべきものと解されるが,当該
原子炉施設の安全審査に関する資料や科学的,専門技術的知見は専ら発電用
原子炉設置者である債務者側が保持していることなどを考慮すると,債務者
において,まず,原子力規制委員会の上記判断に不合理な点がないこと,す
なわち,同委員会における調査審議に用いられた具体的審査基準の合理性並
びに当該基準の適合性に係る調査審議及び判断の過程等における看過し難い
過誤や欠落の不存在を相当の根拠,資料に基づき主張疎明すべきであり,債
務者が主張疎明を尽くさない場合には,原子力規制委員会がした判断に不合
理な点があるものとして,当該原子炉施設の周辺に居住する住民の人格権が
侵害される具体的危険があることが事実上推認されるものというべきである。
他方,債務者が上記の主張疎明を尽くした場合には,本来,主張立証責任
を負う債権者らにおいて,当該原子炉施設の安全性に欠けるところがあり,
債権者らの人格権が現に侵害されているか,又は侵害される具体的危険があ
ることについて主張疎明する必要があると解するのが相当である。
なお,設置変更許可に当たっては,原子力規制委員会によって発電用原子
炉施設の位置,構造及び設備が核燃料物質若しくは核燃料物質によって汚染
された物又は発電用原子炉による災害の防止上支障がないものとして新規制
基準に適合するか否かが審査されるのであり(改正原子炉規制法43条の3
の8第2項,同法43条の3の6第1項4号),この審査が再稼働申請にお
ける審査の中核に位置付けられるものと解されるから,債務者において,設
置変更許可に係る具体的審査基準である新規制基準の合理性並びに新規制基
準の適合性に係る調査審議及び判断の過程等における看過し難い過誤や欠落
の不存在について主張疎明を尽くしたのであれば,工事計画認可及び保安規
定変更認可に係る判断に不合理な点が認められない限り,上記具体的危険が
あることを事実上推認することはできないというのが相当である。
以上に対し,債権者らは,原子力規制委員会の委員及び原子力規制庁の職
員の独立性が欠如しており,福島原発事故の原因究明がされていない状況で
新規制基準が策定され,新規制基準を策定するための検討期間が短く,パブ
リックコメントの手続も形式的なものであったとして,新規制基準の制定経
緯等の外形的事実からして,新規制基準の内容が不合理である旨を主張する。
しかし,新規制基準は,福島原発事故を受け,設置法に基づいて原子力規
制委員会が新たに設置され,同委員会の下に設置された発電用軽水型原子炉
の新規制基準に関する検討チーム,発電用原子炉施設の新安全規制の制度整
備に関する検討チーム及び発電用軽水型原子炉施設の地震・津波に関わる規
制基準に関する検討チームにおいて検討が行われたものであり,各チームの
会合は公開され,原子力規制委員会の担当委員や多様な学問分野の外部専門
家を始め,原子力規制庁及び旧独立行政法人原子力安全基盤機構の職員らが
出席し,それぞれ約8か月間(開催回数は12ないし23回)にわたって議
論を重ね,外部専門家については,透明性・中立性を確保するため,電気事
業者等との関係を自己申告することが求められ,その申告内容がウェブサイ
ト上で公開され,さらに,パブリックコメント(意見公募手続)も2度にわ
たって行われたことが認められるのであり(乙17,85,90,157~
の検討経緯は,専門性,透明性,中立性を確保しつつ,迅速な制度整備が行
われたことを示しているものというべきである。
また,設置法上,原子力規制委員会及び原子力規制庁全体としての独立性
とおりである。そして,原子力規制委員会の委員長及び委員は,福島原発事
故から学んでいない者は原子力行政に関わる資格がないという観点から人選
が進められ,両議院において人選の理由を吟味の上,両議院の同意と内閣総
理大臣による任命という民主的な手続を経て選任されたのであるから(乙1
06,107),原子力規制委員会の委員長及び委員の人選を不合理である
ということはできず,他に原子力規制委員会の委員長及び委員が独立性を欠
く人選となっていることをうかがわせる疎明資料はない。なお,原子力規制
委員会の委員長及び委員には,福島原発事故以前に原子力発電を推進する立
場にあった者が含まれていることは債権者らが主張するとおりであるが,こ
れまでの原子力行政に関わった者は,基本的には原子力を推進する中で各種
業務等に従事していたものであり,原子力規制委員会の委員長及び委員の人
選に当たっても,この点を認識した上で,原子力の安全規制に関連する各種
分野の専門家として高い専門性と識見を有しているだけでなく,福島原発事
故に至る原子力行政に対する深刻な反省と原子力の安全規制に対する高い問
題意識と責任感のある人物が人選されたものと認められるのであるから(乙
106),福島原発事故以前に原子力発電を推進する立場にあった者が原子
力規制委員会の委員及び原子力規制庁の職員に含まれていることのみをもっ
て,その独立性が欠如しているということはできない。
さらに,原子力安全委員会では,福島原発事故の教訓を踏まえて新指針の
改訂が検討され,新規制基準の策定過程においても,福島原発事故を踏まえ
た新指針の改訂案や,福島原発事故について複数の事故調査委員会において
行われた原因究明の結果が検討対象とされたことが認められる(乙154~
156,158,159)。また,検討期間の長短は,そのことから直ちに
新規制基準の内容の不合理性が基礎付けられるものとはいえないし,パブリ
ックコメントについても,多数の意見が寄せられ,これらが新規制基準を策
定する過程で議論の素材とされたことが認められるのであり(甲234,乙
162),新規制基準を策定するに当たって実施されたパブリックコメント
の手続が形式的なものであったとはいえない。
したがって,新規制基準の制定経緯等の外形的事実から新規制基準の内容
が不合理であるということはできず,この点に関する債権者らの主張は採用
できない。
的知見を踏まえ,債務者において,原子力規制委員会の判断に不合理な点が
ないことを相当の根拠,資料に基づき主張疎明したといえるか否かについて,
本件原発の危険性が社会通念上無視し得る程度にまで管理されているかとい
う観点から,まず検討を加えることとする。

認定事実
前記前提事実,各項の末尾に掲記の疎明資料及び審尋の全趣旨によれば,
以下の事実が認められる。
ア耐震設計審査指針の改訂
旧指針では,基準地震動S1及びS2の2種類の基準地震動を策定す
るものとされ,基準地震動S1をもたらす地震(設計用最強地震)につい
ては,歴史的資料から過去において敷地又はその近傍に影響を与えたと
考えられる地震が再び起こり,敷地及びその周辺に同様の影響を与える
おそれのある地震並びに近い将来敷地に影響を与えるおそれのある活動
度の高い活断層による地震のうちから最も影響の大きいものを想定する
こととされ,基準地震動S2をもたらす地震(設計用限界地震)としては,
地震学的見地に立脚し,設計用最強地震を上回る地震について,過去の
地震の発生状況,敷地周辺の活断層の性質及び地震地体構造に基づき工
学的見地からの検討を加え,最も影響の大きいものを想定することとさ
れ,施設の耐震重要度に応じて,基準地震動S1及びS2に対する安全
性を有することが求められた。
そして,本件原発においては,基準地震動S1の最大加速度が270ガ
ル,基準地震動S2の最大加速度が370ガルと設定された。(前提事実
甲45,46,121,122)
原子力安全委員会は,平成13年6月25日,当時の原子力安全基準
専門部会に対し,安全審査に用いられる耐震安全性に係る指針類に最新
の知見等を反映し,より適切な指針類とするために必要な調査審議を行
い,その結果を報告するように指示した。これを受けて,同専門部会(平
成16年4月1日から原子力安全基準・指針専門部会と改称)が旧指針
等について検討を進め,約5年にわたる審議を経て,平成18年9月19
日,旧指針が新指針へと大きく改訂された。
その結果,旧指針では2種類が策定されていた基準地震動が新指針では
一本化され,敷地周辺の地質・地質構造並びに地震活動性等の地震学的
及び地震工学的見地から施設の供用期間中に極めてまれではあるが発生
する可能性があり,施設に大きな影響を与えるおそれがあると想定する
ことが適切な地震動を基準地震動Ssとし,これに基づいて耐震安全性を
検討することとされた。また,活断層の活動性評価に万全を期すため,
旧指針では5万年前以降とされていた評価期間が,新指針では後期更新
世(12万ないし13万年前)以降の活動が否定できないものに拡張さ
れ,活断層の調査手法についても,それまでの文献調査,空中写真判読
及び現地調査等に加え,変動地形学的調査(地震等に起因する痕跡の累
積効果である特徴的な地形(変動地形)を研究対象とし,地殻変動やそ
の原因を研究する学問を踏まえた調査),地質調査及び地球物理学的調
査の手法を総合した詳細な活断層調査を実施することとされた。
基準地震動の評価手法にも改訂が加えられ,「敷地ごとに震源を特定し
て策定する地震動」及び「震源を特定せず策定する地震動」をそれぞれ
評価して策定することとされ,「敷地ごとに震源を特定して策定する地震
動」の評価においては,応答スペクトルに基づく地震動評価(経験式に基
づく応答スペクトルを用いた評価手法)に加え,最新のシミュレーション
評価手法である断層モデルを用いた手法による地震動評価が採用され,「震
源を特定せず策定する地震動」の評価においては,旧指針ではマグニチュ
ード6.5の直下地震(震源距離10km)を一律に想定していたところ,
詳細な調査を行っても活断層の存在を事前に把握できなかったと考えら
れる地震の震源近傍における地震動の観測記録を基に応答スペクトルを
設定することとされた。なお,鉛直方向の地震動の評価について,旧指針
では一律に水平方向の2分の1とされていたところ,これを個別の動的地
,甲45,120~1
22)
イ耐震バックチェック及びこれに伴う基準地震動の評価・策定
耐震バックチェックの経緯
原子力安全・保安院は,耐震設計審査指針が旧指針から新指針へと改訂
されたことを受け,平成18年9月20日,バックチェックルールを策定
するとともに,各電力会社等に対して,稼働中及び建設中の発電用原子炉
施設等について,耐震バックチェックの実施とそのための実施計画の作成
を求め,更にその後,平成19年7月16日に発生した新潟県中越沖地震
を踏まえ,確実に,かつ,可能な限り早期に評価を完了できるよう,実施
計画の見直しを求めた。
これを受けて,債務者は,同年8月20日,原子力安全・保安院に対し,
耐震バックチェックの実施計画の見直し結果を報告し,平成20年3月3
1日,本件原発に係る耐震バックチェックの中間報告書を提出し,平成2
1年3月31日,中間報告書の追補版を提出した。
これに対し,原子力安全・保安院は,耐震バックチェックの審議を円滑
に進めるため,総合資源エネルギー調査会原子力安全・保安部会耐震・構
造設計小委員会の下に設置されている地震・津波ワーキンググループ及び
地質・地盤ワーキンググループによる合同ワーキンググループ並びに構造
ワーキンググループにサブグループを設置し,本件原発については,合同
Cサブグループ及び構造Bサブグループにおいて検討が行われた。そして,
原子力安全・保安院は,平成22年11月29日付けで,本件原発の耐震
安全性についての評価書(甲116)を作成した。(前,甲1
16,214,215,乙15)
地質・地質構造の評価
債務者は,耐震バックチェックにおいて本件原発に係る基準地震動を
策定するに当たり,前記のとおり新指針において活断層の評価期間が拡大
されていたことから,本件原発の敷地周辺における約12万ないし13万
年前以降の活動が否定できない活断層の有無や規模等の情報を取得する
ため,既存文献の調査,変動地形学的調査,地表地質調査,地球物理学
的調査及び海上音波探査(発振器で海面下から音波を発し,受振器で海
底面や海底下の地層境界からの反射音波を観測して,海底の速度構造分
布を把握する調査手法)を実施するなど,本件原発の敷地周辺の地質・
地質構造の評価を行った。
そして,原子力安全・保安院及び合同Cサブグループは,債務者の実
施した調査について,基本的に新指針等で要求されている調査が実施され
ているとしつつも,債務者が実施した海上音波探査結果を独自の立場か
らチェックするために原子力安全・保安院が実施した海上音波探査の結
果等も踏まえ,債務者が実施した調査及び評価の妥当性について検討を行
った。
なお,合同Cサブグループは,その審議の過程において,債務者が上
林川断層の長さを断層の存在が明確な約26kmと判断していたのに対
し,断層西端部が不明瞭であると指摘し,FO-A断層及びFO-B断
層についても,これらの同時活動を考慮すべきとの指摘を行った。これ
らの指摘を受け,債務者は,上林川断層については,その長さを断層の
存在が確実に否定できる地点まで延伸させた39.5kmと評価し,F
O-A断層及びFO-B断層についても,同時活動を考慮してFO-A
~FO-B断層の長さを35kmと評価した。
その上で,債務者は,若狭湾周辺の主な断層の分布を別紙1のとおり
と評価し,原子力安全・保安院は,合同Cサブグループの検討結果を踏ま
え,債務者の敷地周辺の断層等に関する評価は妥当なものと判断した。(甲
116,209)
基準地震動の評価・策定
a解放基盤表面の設定
債務者は,本件原発の敷地周辺の地下構造を把握するため,PS検
層(ボーリング孔を利用して,人工的に発生させた弾性波(P波・S
波)が地盤内を伝播する状況を観測・解析して,弾性波の深さ方向の
速度構造を測定する調査手法)や試掘坑弾性波探査(岩盤に掘削した
試掘坑内で人工的に発生させた弾性波(P波・S波)の伝播状況を測
定装置で観測・解析し,速度構造を把握する調査手法)を実施し,本
件原発の敷地地下の浅部にはS波速度が2.2km/s程度の硬質な
岩盤がほぼ均質に広がっていることを確認し,本件原発の解放基盤表
面のS波速度を2.2km/s,標高を原子炉格納施設の接地面に相
当する2mに設定した。(甲116)
b敷地ごとに震源を特定して策定する地震動
債務者は,本件原発の敷地周辺における地震の発生様式や発生状況,
敷地周辺の活断層の分布状況を踏まえ,本件原発については,上林川
断層による地震(長さ39.5km,マグニチュード7.5)及びF
O-A~FO-B断層による地震(長さ35km,マグニチュード7.
4)を検討用地震に選定した。
次に,債務者は,地震動評価に用いる検討用地震の震源モデルのパ
ラメータを設定するに当たり,深さに応じて実施された屈折法地震探
査(地表付近での発破等によって人工的に弾性波(P波・S波)を発
生させ,地下の速度の異なる地層境界で屈折して戻ってきた屈折波を
地表に設置した測定装置で観測し,地下の速度構造を求める調査手法),
微動アレイ探査(複数の微動計を地表に直線状・放射状等に連続して
配置(アレイ配置)し,人が感じないほど微小で常に存在している地
盤の振動(常時微動)を同時に観測して,データ解析により微動計を
配置した付近の地盤の速度構造を求める調査手法),地震計水平アレ
イ探査及び地震波速度トモグラフィ等により敷地周辺の地盤の速度構
造を検討するとともに,気象庁地震カタログ(1997年10月~2
005年12月)を用いて,本件原発の敷地周辺から100km程度
以内の範囲の微小地震分布の検討等を行い,その結果を踏まえ,不確
かさを保守的に考慮して,断層の上端深さを3kmとしたケース,断
層傾斜角(震源断層面と水平面とのなす角度の小さい方)を15度傾
斜させて75度としたケース(以下「断層傾斜角75度ケース」とい
う。)を考慮するほか,新潟県中越沖地震の震源特性として短周期の地
震動レベルが同規模の内陸地殻内地震と比べて1.5倍程度大きかった
ため,柏崎刈羽原発の敷地において地震動の増幅が生じたという知見を
踏まえ,短周期の地震動レベルを基本ケースに対して1.5倍とし
たケース(以下「短周期地震動レベル1.5倍ケース」という。)を考
慮するなど,不確かさを考慮したパラメータを設定した。
以上を前提に,債務者は,耐専式を用いて応答スペクトルに基づく
地震動評価を行った。その際には,本件原発の敷地周辺で発生した内
陸地殻内地震の観測記録が十分に得られていないことを踏まえ,相対
的に厳しい評価となるように内陸補正係数を適用しないこととした。
また,債務者は,断層モデルを用いた手法による地震動評価につい
ては,短周期側に統計的グリーン関数法,長周期側に理論的手法(離
散化波数法)を適用したハイブリッド合成法を用い,不確かさを考慮
したパラメータを用いて地震動評価を行った。
以上の地震動評価に対し,原子力安全・保安院は,合同Cサブグル
ープにおける検討結果を踏まえ,債務者の評価を妥当なものと判断した。
(甲51,116,209,乙15)
c震源を特定せず策定する地震動
債務者は,震源と活断層とを関連付けることが困難な地震の最大規模
はマグニチュード6.8程度と考えられるところ,加藤ほかの応答スペ
クトルは,国内外で発生した内陸地殻内地震を対象として,詳細な地質
学的調査によっても震源位置と震源規模をあらかじめ特定できなかっ
たと考えられる地震を選定し,選定された地震の震源近傍の観測記録等
をおおむね上回るような地震動の応答スペクトルを示したものであっ
て,マグニチュード6.8程度の規模の内陸地殻内地震を対象に,解放
基盤表面上の応答スペクトルとして策定されていることから,加藤ほか
の応答スペクトルに対し,耐専式の方法に従って求めた地盤の増幅特性
(サイト特性)を用いることによって,震源を特定せず策定する地震動
を評価した。
原子力安全・保安院は,合同Cサブグループにおける検討結果を踏ま
え,債務者による上記評価を妥当なものと判断した。(甲116)
d基準地震動Ssの策定
債務者は,検討用地震についての応答スペクトルに基づく地震動評
価を包絡するように設定した設計用応答スペクトルを基準地震動Ss
として採用した。なお,検討用地震についての断層モデルを用いた手
法による地震動評価及び震源を特定せず策定する地震動として設定し
た地震動は,いずれも上記基準地震動Ssを下回るため,本件原発の
基準地震動としては,上記基準地震動Ssで代表させることとした。
その結果,債務者は,耐震バックチェックによって新たに策定した
本件原発の基準地震動Ssの最大加速度を550ガル(水平方向)と
設定し,原子力安全・保安院は,債務者が策定した基準地震動Ssを
妥当なものと判断した。(甲116,209)
ウ新規制基準の策定
新規制基準では,発電用原子炉施設のうち,運転時の異常な過渡変化又
は設計基準事故の発生を防止し又はこれらの拡大を防止するために必要と
なる施設を「設計基準対象施設」(設置許可基準規則2条2項7号),こ
のうち地震の発生によって生じるおそれがあるその安全機能の喪失に起因
する放射線による公衆への影響の程度が特に大きいものを「耐震重要施設」
(同規則3条1項)とし,その上で,設計基準対象施設については,「地
震力に十分に耐えることができるものでなければならない」(同規則4条
1項)とされ,耐震重要施設については,「供用中に当該耐震重要施設に
大きな影響を及ぼすおそれがある地震による加速度によって作用する地震
力(中略)に対して安全機能が損なわれるおそれがないものでなければな
らない」(同条3項)とされた。
また,基準地震動については,「最新の科学的・技術的知見を踏まえ,
敷地及び敷地周辺の地質・地質構造,地盤構造並びに地震活動性等の地震
学及び地震工学的見地から想定することが適切なもの」として策定するこ
と(設置許可基準規則解釈別記2第4条5項)とされ,その策定手法の基
本的な枠組みとしては,新指針と同様,「敷地ごとに震源を特定して策定
する地震動」及び「震源を特定せず策定する地震動」について,「解放基
盤表面における水平方向及び鉛直方向の地震動としてそれぞれ策定するこ
と」(同項1号)とされた。そして,「敷地ごとに震源を特定して策定す
る地震動」については,「敷地に大きな影響を与えると予想される地震(以
下「検討用地震」という。)を複数選定し,選定した検討用地震ごとに,
不確かさを考慮して応答スペクトルに基づく地震動評価及び断層モデルを
用いた手法による地震動評価を,解放基盤表面までの地震波の伝播特性を
反映して策定すること」(同項2号)とされ,「震源を特定せず策定する
地震動」については,「震源と活断層を関連づけることが困難な過去の内
陸地殻内地震について得られた震源近傍における観測記録を収集し,これ
らを基に,各種の不確かさを考慮して敷地の地盤物性に応じた応答スペク
トルを設定して策定すること」(同項3号)とされた。
なお,新規制基準において採用された基準地震動を策定する基本的な枠
組み自体は,新指針から変更されていないが,新規制基準においては,内
陸地殻内地震について,複数の活断層の連動を考慮することが明記される
など(同項2号②ⅱ),基準地震動の評価が厳格化され,また,基準地震
動の策定に当たっての調査については,目的に応じた調査手法を選定する
とともに,調査手法の適用条件及び精度等に配慮することによって,調査
結果の信頼性と精度を確保することが明示的に求められ(同項4号),地
下構造による地震波の伝播特性及び地盤の増幅特性(サイト特性)を考慮す
るに当たっては,三次元的な地下構造により地質構造の評価を厳密に行うこ
とが求められる(同項4号①)など,調査の要求水準が具体化ないし高度化
された。
さらに,新規制基準では,地震に随伴する事象として,周辺斜面の安定
性についても検討することが求められており,耐震重要施設については,
基準地震動を生じさせる地震の発生によって生じるおそれがある斜面の崩
壊に対して安全機能が損なわれるおそれがないものでなければならないも
のとされた(設置許可基準規則4条4項)。(乙17,90)
エ新規制基準下での基準地震動の評価・策定
検討用地震の選定
債務者は,新規制基準下での基準地震動を策定するに当たり,検討用
地震を選定するため,文献調査に基づいて過去の被害地震から本件原発
の敷地に影響を及ぼす地震は内陸地殻内地震であることを確認した。
その上で,債務者は,陸域については,文献調査,変動地形学的調査,
地表地質調査等を踏まえ,敷地周辺の地質及び地質構造を把握・評価し
たが,その際,変動地形学的調査としては,債務者及び国土地理院が撮
影した空中写真を用いた空中写真判読(約60%ずつ重なるように撮影し
た空中写真1対を実体視鏡と呼ばれる器具を用いて立体的に観察するこ
と),航空レーザー測量(航空機から下方にレーザーを照射しながら飛
行し,同時に航空機の三次元的な位置及び機体の姿勢を把握することに
より,地表面の詳細な三次元座標を計測する方法)及び現地での測量に
よる対象地点の標高の調査に基づき,活断層の可能性のある地形を抽出し,
地表地質調査等としては,地形や地質を地表から確認する地表調査を行う
とともに,更に詳細なデータが必要な場合には,ボーリング調査やトレン
チ調査(対象とする断層等を横切るように溝状に地面を掘削して地質の
分布等を直接観察する調査),反射法地震探査(発振器で地表面から人
工的に地震波を発し,受振器で地層からの反射地震波を観測し,解析し
て,地下の速度構造分布を把握する調査手法)等を実施し,断層の有無,
後期更新世以降の活動の有無,考慮すべき断層の長さを評価した。
また,債務者は,海域については,文献調査のほか,海上音波探査及
び他機関によって実施された海上音波探査記録の再解析,海上ボーリン
グ調査等を実施し,陸域と同様,考慮すべき活断層の有無や考慮すべき
長さを評価した。
以上の調査を踏まえ,債務者は,震源として考慮する活断層の主なも
のの分布を別紙1のとおり抽出し,敷地に影響を及ぼすと考えられる活
断層による地震として,FO-A~FO-B~熊川断層,上林川断層を
始めとする15個の活断層による地震を抽出し,検討用地震の候補とし
た。なお,債務者は,FO-A~FO-B断層(約35km)及び熊川
断層(約14km)について,両断層が約15kmの離隔を有しており,
かつ,地質・地質構造調査等によっても断層が連続していると評価できる
地質構造は認められなかったが,本件原発の設置変更許可に係る審査の過
程で,原子力規制委員会から,FO-A~FO-B断層及び熊川断層の連
動破壊を完全に否定することは難しいとの指摘がされ,連動する場合を考
慮することが求められたことを踏まえ,より保守的に考慮すべく,両断層
の連動を考慮することとし,断層が確認されていない区間(約15km)
も含めた一連の断層の長さ(63.4km)を基本ケースとして設定し,
地震動を評価することとした。また,上林川断層の長さについては,耐震
バックチェックの際と同様,断層の存在が確実に否定できる地点まで延伸
した39.5kmと評価した。
そして,債務者は,抽出された検討用地震の候補について,耐専式の方
法により求めた応答スペクトルの比較を行い,FO-A~FO-B~熊
川断層による地震及び上林川断層による地震を検討用地震として選定
した。(甲109,208,乙12,13,19の1,乙73,7
5)
本件原発の敷地周辺における地下構造の調査・評価
債務者は,本件原発の敷地の地下構造を把握するために既に実施してい
たPS検層や試掘坑弾性波探査の結果を踏まえ,地表面から地下200m
程度の敷地浅部にはS波速度が2.2km/s程度の硬質な岩盤がほぼ均
質に広がっており,特異な構造は見られないことを確認し,耐震バックチ
ェックの際と同様,本件原発の解放基盤表面をS波速度2.2km/s,
標高を2mと設定した。
また,債務者は,新たに,反射法地震探査により,地下1000m以深
まで連続する反射面が観測され,その範囲内では特異な構造は認められな
いことを確認し,屈折法地震探査の解析結果によっても,敷地の浅部地下
構造は水平方向に連続的であり,特異な構造は認められないことを確認し
た。
さらに,敷地内での微動アレイ観測や,本件原発の周辺で得られた常時
微動記録を用いた地震波干渉法(地表の離れた2点で常時微動を長期間
観測してデータ解析を行い,2点間の地震波の伝わり方を求めることに
より,2点間における地盤の速度構造を求める調査手法)による深部地
下構造評価等を実施し,本件原発の敷地地下における地盤の速度構造を評
価した。(甲208,乙13,19の1)
地震発生層の深さの設定
若狭湾周辺地域で想定される地震発生様式である内陸地殻内地震はP
波速度が約6.0km/s以上の地層で発生するとされていることから,
債務者は,地下の深さに応じたP波速度の分布等に関する調査結果や研
究事例等を参照し,若狭湾周辺地域におけるP波速度が6.0km/s
の地盤の上端深さを地震発生層の上端深さとし,これを4kmと評価し
た。また,債務者は,地震発生層の下端深さについて,本件原発から半
径約100km以内の地震の発生状況を統計的に評価し,地震発生層の
下端より2ないし3km浅いとされるD90(その値より震源深さが浅
い地震の数が全体の90%となる深さ)が約15kmであったことを踏
まえ,地震発生層の下端深さを18kmと評価した。
しかし,本件原発の設置変更許可に係る審査の過程で,原子力規制委
員会から,地震発生層の上端深さについて速度構造や微小地震の発生状
況を考慮して検討するように求められたことを受け,債務者は,若狭湾
周辺地域における地震発生層に関する文献に示されている地震発生層の
P波速度のうち最も小さい値が5.8km/sであり,本件原発の敷地
地下における地盤の速度構造の評価結果ではP波速度が5.8km/s
となる層の上端深さが3.7km程度であったところ,更に保守的に考
慮し,地震発生層の上端深さを3kmと設定した。(甲109,208,
363,乙12,13,19の1,乙73)
検討用地震に関する各種パラメータの設定
基準地震動の評価に当たっては,検討用地震に対する各種パラメータ
の設定の仕方が重要になるところ,債務者は,検討用地震に関する各種
パラメータについて,本件原発の敷地周辺の地質・地質構造調査結果等を
踏まえた上で,推本レシピ等の研究成果に基づき,断層面積,地震モーメ
ント,短周期の地震動レベル,アスペリティ面積,平均応力降下量,ア
スペリティの応力降下量,破壊伝播速度(断層の破壊開始点から破壊が
震源断層面上を広がっていく速さ)等の震源特性に関する様々なパラメ
ータを設定することとした。
そして,FO-A~FO-B~熊川断層については,これらの断層の
3連動を考慮して断層の長さを63.4kmとし,断層の上端深さを3
km,下端深さを18km,左横ずれ断層傾斜角を90度,すべり角(震
源断層の上盤側の下盤側に対する相対的なずれの方向)を0度,破壊伝
播速度を0.72β(地震発生層のS波速度)とし,アスペリティを各断
層の敷地近傍に配置した震源断層モデルを基本ケースとして設定した。
その上で,不確かさを考慮してパラメータを設定するケースとして,①
震源断層面と敷地との距離が近くなり,かつ,震源断層の面積が大きくな
る断層傾斜角75度ケース,②新潟県中越沖地震の際に得られた知見を反
映させた短周期地震動レベル1.5倍ケースのほか,③FO-A~FO-
B~熊川断層は横ずれ断層であるが,縦ずれの成分もあることを想定し,
すべり角を30度としたケース(以下「すべり角30度ケース」とい
う。),④基本ケースでは2か所に分散していたアスペリティを一塊とし
て敷地近傍に配置することで地震動が大きくなるようなケース(アスペリ
ティの形状を変えて2ケース。以下,併せて「アスペリティ一塊2ケー
ス」という。)を検討候補とすることとした。また,破壊伝播速度につい
ては,この数値が上がると短い時間に多くの地震波が評価地点に到達す
ることとなって大きな地震動となるところ,債務者は,推本レシピに示
されている経験式を用いて上記のとおり0.72βと評価していたが,
本件原発の設置変更許可に係る審査の過程で,原子力規制委員会から,
横ずれ断層であることを考慮した最新の知見を反映するよう求められた
ため,宮腰研ほか「すべりの時空間的不均質性のモデル化」科学技術振
興調整費成果報告書「地震災害軽減のための強震動予測マスターモデル
に関する研究」による知見を参考にし,平均的な破壊伝播速度に標準偏
差を考慮して,⑤破壊伝播速度を0.87βに引き上げたケース(以下
「破壊伝播速度0.87βケース」という。)を検討候補とすることと
した。
また,上林川断層による地震については,耐震バックチェックの際と同
様,断層の長さを断層の存在を明確に否定できるまで延長した39.5k
mとした上で,断層の上端深さを3km,下端深さを18km,右横ずれ
断層傾斜角を90度,すべり角を180度とし,アスペリティを断層の存
在が明確な範囲及びその西方延長部のそれぞれ敷地に近い位置に配置した
震源断層モデルを基本ケースとして設定した。(甲54~56,202,
208,乙12,13,15,19の1,乙73)
応答スペクトルに基づく地震動評価
応答スペクトルに基づく地震動評価とは,地震が発生したときの敷地
(評価地点)における地震動の応答スペクトルを,地震規模と震源距離
との関係から経験式を用いて求める手法である。
債務者は,応答スペクトルに基づく地震動評価を実施するに当たり,地
震規模(マグニチュード)については,断層の長さに基づいて松田式によ
り求めることとし,その値と等価震源距離(震源断層面の各部から放出
され敷地に到達する地震波のエネルギーの総計が,特定の1点(点震源)
から放出されたものと仮定した場合に到達するエネルギーと等しくなる
ときの点震源から敷地までの距離)等を前提に,距離減衰式(地震動は
地震によって放出されるエネルギーが大きいほど,また,震源に近いほ
ど大きくなるという性質を利用し,地震規模と震源からの距離との関係
から,地震動の最大加速度等を経験的に求める計算手法)である耐専式
を用いて地震動評価を行った。
そして,FO-A~FO-B~熊川断層については,断層の長さが6
3.4kmである場合の松田式で算定したマグニチュードが7.8,基
本ケースの断層の深さ及びアスペリティの配置を前提とした等価震源距
離が18.6kmとなることから,これらの数値を前提に,基本ケース
して,断層傾斜角75度ケースや,アスペリティ一塊2ケースを検討し
た。
また,上林川断層については,断層の長さが39.5kmである場合の
松田式で算定したマグニチュードが7.5,基本ケースの断層の深さ及び
アスペリティの配置を前提とした等価震源距離が19.9kmとなること
から,これらを前提に基本ケースの地震動を評価した。
なお,耐専式の内陸補正係数については,耐震バックチェックの際と
同様,これを乗じることなく応答スペクトルを評価した。(甲200,
208,乙12,13,19の1,乙73,75)
断層モデルを用いた手法による地震動評価
断層モデルを用いた手法による地震動評価とは,地震時の震源におけ
る断層運動をモデル化し,その震源特性(断層モデル)に加えて,震源
から敷地までの地震波の伝播特性と地盤の増幅特性(サイト特性)を考
慮して数値的に地震動を評価する方法である。
債務者は,断層モデルを用いた手法による地震動評価において,評価
地点の震源近傍で発生した地震の適切な観測記録が得られていないため,
地震動の最大加速度等の計算手法として,短周期側には統計的グリーン
関数法,長周期側には理論的方法(離散化波数法)を用い,これらによ
って計算された地震動を組み合わせたハイブリッド合成法により評価す
ることとした。また,断層モデルにおいて設定した断層面積から地震規
模(地震モーメント)を評価する手法については,入倉・三宅(200
1)(入倉孝次郎・三宅弘恵「シナリオ地震の強震動予測」(甲316,
乙169))において提案され,推本レシピを構成する関係式(以下「本
件スケーリング則」という。)を採用した。
のとおり,基本ケースとして設定した震源断層モデルのほか,不確かさを
考慮したケースとして,①短周期地震動レベル1.5倍ケース,②断層
傾斜角75度ケース,③すべり角30度ケース,④破壊伝播速度0.87
βケース,⑤アスペリティ一塊2ケースを検討し,各ケースについて複数
の破壊開始点を設定して地震動を評価した。
また,上林川断層による地震についても,基本ケースとして設定した震
源断層モデルのほか,不確かさを考慮したケースとして,①短周期地震動
レベル1.5倍ケース,②破壊伝播速度0.87βケースを検討し,各ケ
ースについて複数の破壊開始点を設定して地震動を評価した。
なお,債務者は,上記の不確かさを考慮するパラメータのうち,短周期
の地震動レベル,断層傾斜角,すべり角及び破壊伝播速度は,事前の詳細
な調査や経験式等から地震発生前におおよそ把握できるもの(認識論的な
不確かさ)であり,それぞれ独立して不確かさを考慮すれば足りるが,ア
スペリティ配置及び破壊開始点については,地震発生前の把握が困難な
もの(偶然的な不確かさ)であるとして,これらの不確かさを重畳させて
考慮した。(甲56,202,208,乙12,13,19の1,乙16
9)
震源を特定せず策定する地震動
債務者は,耐震バックチェックの際と同様,加藤ほかの応答スペクトル
を参照し,そこで示された4種類の応答スペクトルのうち,硬質な岩盤が
広がっている本件原発周辺の地下構造に対応するもの(地震基盤の応答ス
ペクトル)を採用した。
また,新規制基準の趣旨を十分に踏まえ,基準地震動の妥当性を厳格
に確認するために活用することを目的として,原子力規制委員会が定め
た審査ガイド(甲47)では,観測記録の収集対象となる地震について,
地表地震断層が出現しない可能性がある地震(震源の位置も規模も推定で
きない地震(Mw6.5未満の地震))と,事前に活断層の存在が指摘さ
れていなかった地域において発生し,地表付近に一部の痕跡が確認された
地震(震源の規模が推定できない地震(Mw6.5以上の地震))の2種
類を区分した上で,収集対象となる内陸地殻内地震の例として16地震
が示されているところ,債務者は,本件原発の設置変更許可に係る審査
の過程で,原子力規制委員会から,内陸地殻内地震の例として審査ガイ
ドに示されている全ての地震について観測記録等を収集し,検討するよ
うに求められ,このうち鳥取県西部地震については,同地震の震源域と
本件原発周辺地域との間に地質学的背景に大きな地域差が認められない
と指摘され,留萌支庁南部地震については,その地震観測記録を対象に,
既往の知見である微動探査等に基づく地盤モデルによるはぎとり解析の
みならず,適切な地質調査データに基づく地盤モデルによるはぎとり解
析を行うことを求められた。
債務者は,上記16地震を検討し,Mw6.5以上である二つの地震の
うち,岩手・宮城内陸地震については,本件原発の周辺地域と震源域の地
質学的背景が異なることから観測記録の収集対象外としたが,鳥取県西部
地震については,両地域の間に地質学的背景に明瞭な差異は認められな
いと判断し,その観測記録を収集して評価することとした。そして,債
務者は,同地震の震源近傍に位置する賀祥ダムの観測記録はS波速度が
1.2ないし1.3km/sの岩盤上の観測記録であったことから,こ
の観測記録を採用したが,その際,本件原発の解放基盤表面のS波速度
(2.2km/s)と比較すると,本件原発の敷地の方がより硬質な岩
盤上にあると判断されるところ,保守的な評価となるように地盤特性に
よる補正等を行うことなく採用し,応答スペクトルを設定した。
また,債務者は,Mw6.5未満の14地震については,これらの観
測記録のうち,加藤ほかの応答スペクトル等との比較において敷地に及ぼ
す影響が特に大きいと考えられ,かつ,ボーリング調査等による精度の
高い地盤情報が得られている留萌支庁南部地震のHKD020(港町)観
測点の観測記録を考慮することとした。そして,佐藤ほか(2013)
において,同観測点における物理探査の結果に基づき,解放基盤表面と
評価できる固さを有する基盤面の深さとして地下41m(S波速度は9
38m/s)までの地下構造を評価した上で推定された地震動(最大加
速度は水平方向が585ガル,鉛直方向が296ガル)を前提に,同観
測点の地下構造についての不確かさを考慮して基盤面の地震動を評価し
(最大加速度は水平方向が609ガル,鉛直方向が306ガル),その
上で,保守性を考慮して地震動の評価結果をより大きくした地震動(最大
加速度は水平方向が620ガル,鉛直方向が320ガル)を本件原発にお
ける震源を特定せず策定する地震動として採用し,応答スペクトルを設定
した。(甲47,63,208,210,乙12,73,審尋の全趣旨(債
))
基準地震動の策定
債務者は,敷地ごとに震源を特定して策定する地震動の評価結果につい
て,応答スペクトルに基づく地震動評価の結果を包絡するように設定した
地震動を基準地震動Ss-1として設定し,断層モデルを用いた手法によ
る地震動評価の結果のうち一部の周期帯で基準地震動Ss-1の応答スペ
クトルを上回る四つのケースの地震動を基準地震動Ss-2ないしSs-
5として設定した。また,震源を特定せず策定する地震動については,鳥
取県西部地震の観測記録を考慮した応答スペクトル及び留萌支庁南部地震
の観測記録を考慮した応答スペクトルは,いずれも一部の周期帯で基準地
震動Ss-1の応答スペクトルを上回ったため,これらの地震動を基準地
震動Ss-6及びSs-7として設定した(なお,加藤ほかの応答スペク
トルは,全周期帯で基準地震動Ss-1の応答スペクトルを下回ってい
る。)。
以上により策定した本件原発の基準地震動Ss-1ないしSs-7の
最大加速度は,水平方向が基準地震動Ss-1の700ガル,鉛直方向
が基準地震動Ss-6の485ガルとなった(以下,新規制基準下で策定
された本件原発に係る基準地震動を「本件基準地震動」という。)。
なお,債務者は,審査ガイドに基づき,本件基準地震動の年超過確率を
算定したところ,基準地震動Ss-1(最大加速度700ガル)に対す
る年超過確率は10-4
~10-5
/年(1万ないし10万年に1回程度)と
なった。(甲47,208,乙12,13,19の1,乙73)
オ原子力規制委員会による審査
原子力規制委員会は,債務者が行った地震動評価について審査を行い,
本件基準地震動は,各種の不確かさを考慮して,最新の科学的・技術的知
見を踏まえ,敷地及び敷地周辺の地質・地質構造,地盤構造並びに地震
活動性等の地震学及び地震工学的見地から適切に策定しているものと判断
し,本件基準地震動が新規制基準に適合するものと判断した。(乙12,
73)
原子力規制委員会の判断の合理性
ア新規制基準の内容の合理性
新規制基準では,基準地震動を策定するに当たって,敷地ごとに震源を
特定して策定する地震動と震源を特定せず策定する地震動の双方を考慮し,
敷地ごとに震源を特定して策定する地震動については,検討用地震を複数
選定し,検討用地震ごとに応答スペクトルに基づく地震動評価及び断層モ
デルを用いた手法による地震動評価の双方を実施することとされ,震源を
特定せず策定する地震動については,震源と活断層を関連付けることが困
難な過去の内陸地殻内地震について得られた震源近傍における観測記録を
収集し,これらを基に敷地の地盤物性を加味した応答スペクトルを設定す
ることが求められるなど,複数の手法を併用して地震動を評価した上で,
その結果を総合し,最も厳しい評価結果を基準地震動として採用すること
が想定されているのであるから(前記
的な枠組みは合理的といえる。
なお,この基本的枠組み自体は,新指針において既に採用されていたも
されたものであるが,新指針は,耐震安全性に係る指針類に最新の知見等
を反映し,より適切な指針類とするため,約5年間にわたる審議を経て改
みが採用されるに至る経緯は,これが相応の科学的・技術的知見に基づい
て構築されたものであることを裏付けているといえる。さらに,新規制基
定に係る規制は,新指針において採用されていた基本的な枠組みを維持し
つつ,新指針と比較して具体化,詳細化され,精度の高い調査を求める内
容になっているといえるのであって,この点でも,新規制基準における基
準地震動策定の基本的な枠組みの合理性が裏付けられているといえる。
また,新規制基準では,最新の科学的・技術的知見を踏まえて基準地震
動を策定することを求め,敷地ごとに震源を特定して策定する地震動につ
いては,「検討用地震の選定や基準地震動の策定に当たって行う調査や評
価は,最新の科学的・技術的知見を踏まえること」(設置許可基準規則解
釈別記2第4条5項2号⑦)とされ,震源を特定せず策定する地震動につ
いても,その妥当性について「最新の科学的・技術的知見を踏まえて個別
に確認すること」(同項3号②)とされるなど,最新の科学的・技術的知
見を踏まえた検討・評価を実施することが明確に要求されている。不確か
さの考慮についても,敷地ごとに震源を特定して策定する地震動について
は,「各種の不確かさ(震源断層の長さ,地震発生層の上端深さ・下端深
さ,断層傾斜角,アスペリティの位置・大きさ,応力降下量,破壊開始点
等の不確かさ,並びにそれらに係る考え方及び解釈の違いによる不確かさ)
については,敷地における地震動評価に大きな影響を与えると考えられる
支配的なパラメータについて分析した上で,必要に応じて不確かさを組み
合わせるなど適切な手法を用いて考慮すること」(同項2号⑤)とされ,
震源を特定せず策定する地震動については「地表に明瞭な痕跡を示さない
震源断層に起因する震源近傍の地震動について,確率論的な評価等,各種
の不確かさを考慮した評価を参考とすること」(同項3号②)とされるな
ど,不確かさの考慮を明確に求める規定となっている。
こうした最新の科学的・技術的知見を反映することや不確かさを適切に
考慮することを明確に要求する規定は,もとより合理的なものというべき
であるが,他方で,最新の科学的・技術的知見の具体的な内容,調査の信
頼性や精度を確保する具体的な方法,不確かさの具体的な考慮方法等につ
いては,なお抽象的な記述にとどまっているともいえ,新規制基準の策定
に関与した専門家により「基準地震動の具体的な算出ルールは時間切れで
作れず,どこまで厳しく規制するかは裁量次第になった」との指摘もされ
ているところである(甲235)。しかしながら,停止中の原子炉が運転
を再開する場合には,原子力規制委員会による審査を経た上で,当該原子
炉が新規制基準に適合するものとして同委員会による設置変更許可を受け,
さらに,工事計画認可及び保安規定変更認可を受ける必要があるとするこ
おり,原子力の安全規制に関連する各種分野の専門家として高い専門性と
識見を有する複数の委員を擁する同委員会が,高度の専門的・技術的知見
に基づき中立公正な立場で独立して職権を行使できる態勢を確保すること
によって,審査に係る各原子炉ごとに,精度の高い調査と最新の科学的・
技術的知見を踏まえた地震動の評価がされているか,不確かさについても
適切に考慮されているかといった点を個別的かつ具体的に審査するという
枠組みが予定されているものと解されるのであり,そのような審査の枠組
みには十分な合理性があるというべきである。
以上を総合すると,基準地震動に関する新規制基準の内容に不合理な点
はないと認めるのが相当である。
イ調査審議及び判断の過程等の合理性
債務者は,耐震バックチェックにおいて,地質・地質構造の調査とし
て,文献調査,変動地形学的調査,地表地質調査,地球物理学的調査,
海上音波探査等を実施して本件原発の敷地及びその周辺の地質・地質構造
の評価を行い(原子力安全・保安院においても,債務者が実施した海上
音波探査結果を独自の立場からチェックするために海上音波探査が実施
されている。),その際には,屈折法地震探査,微動アレイ探査,地震
計水平アレイ探査及び地震波速度トモグラフィ等を実施するとともに,
気象庁地震カタログを用いて微小地震分布の検討等を行って敷地周辺の
地盤の速度構造を把握するなど,地震動評価の前提となる各種調査を実
際しても,文献調査,変動地形学的調査,地表地質調査等に基づく検討
用地震の選定や本件原発の敷地周辺の地質・地質構造の評価を行い,変
動地形学的調査においては,空中写真判読,航空レーザー測量及び現地で
の測量等に基づき,活断層の可能性のある地形を抽出し,地表地質調査等
においては,必要に応じてボーリング調査,トレンチ調査,反射法地震探
査等を実施し,また,本件原発の敷地の地下構造ないし速度構造を把握す
るため,耐震バックチェックにおいて検討したPS検層や試掘坑弾性波
探査の結果を確認するとともに,新たに,反射法地震探査,屈折法地震
探査,微動アレイ観測,地震波干渉法等を実施してい
以上によれば,本件原発に係る検討用地震の選定や基準地震動の策定
に当たっては,最新の科学的・技術的知見を踏まえた各種調査が実施さ
れたということができる。
また,債務者は,各種の調査結果を踏まえ,推本レシピ等に基づいて
震源特性に関する各種のパラメータを設定し,応答スペクトルに基づく
地震動評価においては,断層の長さから地震規模を求めるに当たって松
田式を,地震動の最大加速度等を求めるための距離減衰式として耐専式
をそれぞれ採用し,断層モデルを用いた手法による地震動評価において
は,断層面積から地震規模を求めるに当たって本件スケーリング則を,
地震動の最大加速度等を求めるための関係式として統計的グリーン関数
法と理論的方法(離散化波数法)を組み合わせたハイブリッド合成法を
た地震動の算定手法を併せて「本件地震動算定手法」という。)。
そして,推本レシピについては,地震調査研究推進本部地震調査委員
会における検討結果等を踏まえ,震源断層を特定した地震を想定した場
合の強震動を高精度で予測するための「誰がやっても同じ答えが得られ
る標準的な方法論」の確立を目指して策定されているものであり(甲5
6,202,乙170,171),強震動予測レシピによる地震動の予
測手法自体は,いまだ開発途上の手法であって,更なる精度向上の必要
性が指摘されているものではあるが(甲450~453),実際の観測
記録による検証によっても,地震動評価手法としての相応の有用性ない
し妥当性が確認されている(甲56,202,451~453,乙75,
77)。また,債務者が断層モデルを用いた手法による地震動評価にお
いて採用した統計的グリーン関数法及び本件スケーリング則についても,
観測記録による検証を踏まえた推本レシピにおいて採用されている手法
であり,地震動の評価においては一般的に用いられる手法とされている
(甲56,202,乙13)。
松田式については,昭和50年に掲載された論文において示された計
算式であり(乙116),安全を確保する上では余りに古い旨の指摘(甲
198)や,ばらつきが大きい旨の債権者らの指摘もあるが(この指摘
を裏付けるものとして甲431が提出されている。)が,推本レシピに
おいても地震規模(マグニチュード)を求めるための関係式として松田
式が引用されているところであり(甲56,202),最新の科学的知
見を踏まえても,活断層と地震の規模との関係を示す計算式として信頼
性を有しているものと評価するのが相当である。また,松田式の元とな
った14地震については,松田式によるマグニチュードと平成15年に
気象庁によって再評価されたマグニチュードとがおおむね整合しており,
地震の規模を過小評価する方向で大幅にばらつきがあるといった事情は
認められていないこと(乙112,116)や,松田式によるマグニチ
ュード8クラスの大地震における断層破壊域の長さと地震モーメントの
関係は観測記録とほぼ一致していると評価されていること(甲428)
も,松田式を採用することの合理性を裏付けるものといえる。なお,債
権者らが松田式のばらつきを根拠付けるものとして指摘する「活断層研
究と内陸地震の長期予測:阪神淡路大震災以降」(甲431)の図7は,
内陸地震のマグニチュードと地表地震断層の出現率との関係を検討し,
地表地震断層を基に地震発生事象を推定すると見落としが生じることを
示すためのものであり,松田式自体に大幅なばらつきが含まれているこ
とを示すものとはいえない(むしろ,震源断層と地震断層の長さが対応
すると思われるものについては,整合的な結果が得られることがうかが
われる。)。
耐専式については,電気協会の原子力発電耐震設計専門部会において
最新の経験的地震動評価法について審議され,評価地点の水平方向及び
鉛直方向の地震動の応答スペクトルを評価することができ,基準地震動の
合理的な策定方法として取りまとめられた距離減衰式であり(甲200),
実際に発生した地震の観測記録との比較を踏まえ,ばらつきを考慮する
必要はあるものの,平均的な地震動特性を評価するのに適切な評価方法
であることが確認されている(乙168)。
以上のとおり,本件地震動算定手法は,最新の科学的・技術的知見を
踏まえても信頼性があるものと認めるのが相当であり,具体的な適用過
程において適切に不確かさが考慮されている限り,上記手法には合理性
が認められるというのが相当である。
そこで,進んで,債務者による不確かさの考慮が適切にされているか
についてみるに,債務者は,まず,敷地ごとに震源を特定して策定する
地震動の評価において,①FO-A~FO-B~熊川断層の3連動を考
短周期地震動
1.5倍ケース,断層傾斜角75度ケース,すべり角30度ケース,破壊
伝播速度0.87βケース,アスペリティ一塊2ケースなど,各種のパラ
メータを保守的に設定した多様な不確かさを考慮したケースを検討して
式を用いるに当たり,⑤内陸地殻内地震の地震動評価では,内陸補正係
数を乗じることで応答スペクトルを全体的に小さく評価することが想定
されているところ,より保守的に地震動評価を行うため,内陸補正係数
震動の評価においても,⑥加藤ほかの応答スペクトルに加え,審査ガイド
に示されている16地震を検討し,地質学的背景に大きな地域差がない地
震や敷地への影響が大きい地震の観測記録を採用し,保守性を考慮して
),基準地震動の策
定過程を通じて,不確かさを考慮した保守的な評価を行っているというこ
とができる。
以上の不確かさの考慮のうち,①の断層の3連動の考慮,③の地震発
生層の上端深さの考慮,④の破壊伝播速度0.87βケースの考慮は,
いずれも,原子力規制委員会による審査の過程において,同委員会が債
務者に対して不確かさの保守的な評価を求めた結果が反映されたもので
審査ガイドに示されている16地震のうち,鳥取県西部地震については
地質学的背景に大きな地域差が認められないことを指摘し,留萌支庁南
部地震については適切な地質調査データに基づく解析をすることを求め
債務者による本件原発の基準地震動の策定については,こうした審査の
過程での原子力規制委員会による指摘も反映されることで,より保守的
な評価が行われたものと評価することができる。
そうすると,債務者は,原子力規制委員会の審査過程における指摘等
も踏まえつつ,不確かさを保守的に考慮して本件基準地震動を策定した
ものといえ,原子力規制委員会による審査についても,厳格かつ適正に
行われたものと評価するのが相当である。そして,基準地震動の年超過
確率は,地震が起こることを前提に(決定論的に)その時どのような地
震動が来るのかを算定するという基準地震動の策定とは異なり,確率論
的な考え方に基づくハザード評価の観点から,基準地震動の策定過程に
おける不確かさの考慮等の妥当性を評価するためのものと認められる
(乙186,187)ところ,本件基準地震動については,年超過確率
が10-4
~10-5
/年(1万ないし10万年に1回程度)という極めて低
に評価されているものと評価できることも併せ考慮すると,本件原発の
地震に対する危険性が社会通念上無視し得る程度にまで管理されている
かという観点に照らしても,本件基準地震動は,本件原発の耐震安全性
を確保するための基準として合理性があるというべきであり,これが新
規制基準に適合するとした原子力規制委員会の調査審議及び判断の過程
等に看過し難い過誤,欠落は認められないというのが相当である。
ウまとめ
以上によれば,基準地震動に関する具体的審査基準並びに本件基準地震
動についての原子力規制委員会による調査審議及び判断の過程等に不合理
な点はなく,本件基準地震動が新規制基準に適合するとした原子力規制委
員会の判断に不合理な点はないと認めるのが相当である。
債権者らの主張について
ア地震動を想定することの困難性について
地震動の想定が本来的に不可能であることについて
債権者らは,自然現象を扱う科学の本質的な限界として,地震の予知
・予測は不可能であり,また,頼るべき過去のデータの少なさも地震動
の想定の限界を示していると主張するところ,確かに,こうした地震予
測の限界については,地震学の専門家からも指摘されており(甲52,
108,174,444,464),地震予測に限界があることを否定
することはできない。
最新の科学的・技術的知見に照らし,合理的な調査及び算定手法に基づ
き,かつ,各種の不確かさを考慮することによって保守的な評価がされ
たものといえるところ,そのようにして策定された基準地震動であれば,
最新の科学的・技術的知見に照らしても極めて厳しい地震動を想定する
ことになるというべきであるから,原子力発電所の耐震安全性を確保す
したとおり,「絶対的安全性」を想定することはできないことも踏まえ
ると,一般論として地震予知に限界があることや過去のデータが限られ
ているといったことをもって,本件基準地震動を前提に本件原発の耐震
安全性を評価することの合理性を否定することは相当でないというべき
である。
既往最大の観測値や新潟県中越沖地震における推定値の存在について
債権者らは,岩手・宮城内陸地震において,内陸地殻内地震で我が国
の既往最大である4022ガルの地震動が測定され,新潟県中越沖地震
においては最大加速度が当時の基準地震動の約3.8倍に相当する16
99ガルと推定されたことを根拠に,地震学の限界を踏まえれば,クリ
フエッジを超える地震動が本件原発を襲うことも否定できない旨主張す
る。
しかし,岩手・宮城内陸地震において測定された4022ガルという
地震動は,特異な地盤構造等によりトランポリン効果と呼ばれる現象等
が生じたことによって記録されたものと認められ(甲110,乙24,
25),また,新潟県中越沖地震については,同地震自体はマグニチュ
ード6.8であったが,短周期の地震動レベルが同規模の内陸地殻内地
震と比べて1.5倍程度大きかったことに加え,柏崎刈羽原発敷地の地
下構造の特性として,地震基盤上面が傾斜していたこと,堆積層が厚く
褶曲構造を呈していたことなどの要因が重なったため,同敷地において
地震動の増幅が生じたものと推定されるところ(甲126,乙15),
本件原発の敷地においては,その地下構造に地震動を増幅させるような
沖地震において短周期レベルが1.5倍程度大きかったという知見につ
そうすると,岩手・宮城内陸地震及び新潟県中越沖地震の各事例と本
件原発とでは,敷地の地下構造(地盤の増幅特性(サイト特性))を異
にしているというべきであるし,震源特性に関する上記各事例の知見は
本件基準地震動の策定過程において適切に考慮されているといえるから,
上記の各事例の存在のみを根拠にして,本件原発の敷地において本件基
準地震動や本件原発のクリフエッジを超えるような地震動が生じる具体
的な可能性があるということはできない。
したがって,債権者らの上記主張は採用できない。
イ基準地震動の信頼性について
債権者らは,最新の知見に従って定めてきたとされる基準地震動を超
える地震動が到来しているという事実を重視すべきであると主張する。
しかし,債権者らが基準地震動を超過したとして指摘する本件5例,
すなわち,①宮城県沖地震における女川原発,②能登半島地震における
志賀原発,③新潟県中越沖地震における柏崎刈羽原発,④東北地方太平
洋沖地震における福島第一原発及び⑤同地震における女川原発に加えて,
債権者らが主張する2事例,すなわち,⑥同地震における東海第二発電
所及び⑦平成23年4月7日に宮城県沖で発生した地震における女川原
発(甲388)の合計7例の存在は,各事例に該当する地震が発生した
当時の基準地震動の想定が十分でなかったことを示すものではあるが,
いずれも福島原発事故を踏まえて策定された新規制基準下での基準地震
動を超過したものではなく,①宮城県沖地震,②能登半島地震及び③新
潟県中越沖地震については,旧指針における基準地震動S1及びS2を
超過したものであるから,これらの事例の存在をもって,直ちに新規制
基準下で策定された本件基準地震動の合理性が否定されるものではない
というべきである。
また,新規制基準は,最新の科学的・技術的知見を踏まえて基準地震
動を策定することを求めているところ,本件原発において想定される内
陸地殻内地震の知見として,③の新潟県中越沖地震の震源特性として短周
期の地震動レベルが1.5倍程度大きかったという知見が本件基準地震動
を策定する過程に反映されていることは前記のとおりである。なお,本件
原発の敷地において新潟県中越沖地震の際に柏崎刈羽原発で強い地震動
をもたらした地盤の増幅特性(サイト特性)が認められていないことは前
記のとおりであるから,本件基準地震動の策定において,柏崎刈羽原発で
見られたような地震動の増幅を考慮していなかったとしても,そのことか
ら本件基準地震動を不合理であるということはできない。
さらに,東北地方太平洋沖地震は,マグニチュード9という我が国で発
),その際に福島第一原発,
女川原発及び東海第二発電所(上記④~⑥の事例)で観測された地震動は,
耐震バックチェックに伴い策定された基準地震動Ssの応答スペクトル
を一部の周期で超過したものの,全体としてはおおむね同程度又はこれ
を下回っていたことが認められるのであり(甲94,乙16,23),
これらの事例の存在は,新指針に基づく基準地震動の合理性ないし信頼
性をある程度裏付けるものと評価することも可能である。
以上によれば,債権者らが主張する7例が存在することをもって,直
ちに新規制基準下で策定された本件基準地震動の合理性や信頼性が否定
されるものではないというべきである。
また,債権者らは,債務者が大飯原発の敷地内を走るF-6破砕帯の
位置についての見解を変遷させたことを根拠に,活断層の調査が厳密に
されたと信頼することはできないと主張するが,債務者が調査をする過
程で破砕帯の位置についての見解を変遷させたこと自体は,原子力規制
委員会の審査及び債務者の調査等がより厳密に行われた結果と評価する
こともできるのであって(甲72~79),このことを根拠に,債務者
の地盤調査が厳密にされなかったということはできないから,上記主張
は失当である。
さらに,債権者らは,中央防災会議での指摘を根拠として,本件基準
地震動の700ガルを超える地震動をもたらすマグニチュード7.3以
下の地震は,どこでも発生する可能性があると主張するが,全疎明資料
によっても,そのような指摘を本件原発に当てはめることが,最新の科
学的・技術的知見に照らして合理的といえるかは明らかではないという
ほかないから,債権者らの上記主張は採用できない。なお,マグニチュ
ード7.3以下の地震はどこでも発生する可能性がある旨の指摘を考慮
しても,直ちに本件基準地震動の策定過程の合理性が否定されないこと
ウ基準地震動の策定過程の合理性について
敷地ごとに震源を特定して策定する地震動
a債権者らは,敷地ごとに震源を特定して策定する地震動の評価にお
いて債務者が採用した本件地震動算定手法は,ばらつきを抱えており,
それによって導かれた地震動は平均像でしかないが,平均像によって
原子力発電所の耐震設計をしようとすること自体が誤りである旨,ば
らつきの程度を踏まえれば少なくとも平均値の10倍の地震動を考慮
する必要がある旨,松田式が有するばらつきを考慮しないことが審査
ガイドの規定に違反している旨を主張する。
b確かに,債務者が採用した本件地震動算定手法は,いずれも本質的
には過去の観測記録を基に地震動等を想定しようとするものであるか
ら(甲56,202,乙116,168,170,171),それら
の手法によって算定された基準地震動は,債権者らが主張するとおり,
設定された条件を前提とした平均的・標準的な地震動を示すものとい
うべきである。
そうすると,本件地震動算定手法によって得られた数値は,一定の
幅を持ったばらつきが内包されているというべきであり,審査ガイド
においても,震源モデルの長さ等と震源規模を関連付ける経験式を用
いて地震規模を設定する場合には当該経験式が有するばらつきを考慮
することとされている(甲47)ところである。したがって,債権者
らの主張するとおり,債務者は,本件地震動算定手法を用いて地震動
を評価するに当たり,ばらつきが内包されていることを考慮しなけれ
ばならないというべきである。
cしかしながら,本件地震動算定手法が最新の科学的・技術的な知見
において説示した
とおりであるところ,債務者は,このことを前提に,その分析の基礎
となる条件設定において,敷地周辺の調査結果を踏まえて不確かさを
考慮した保守的な条件を採用することで,自然現象であるが故のばら
つきに対応しようとしたものと解される。
そして,強震動に影響を与える特性として,①地震の震源特性,②
地震波の伝播特性,及び③地盤の増幅特性(サイト特性)があり(甲
48),平均像から大幅に乖離するような地震動は,上記の各特性に
関する特異な要因が影響しているものと考えることができ,その中で
も,地表で観測された地震動は地下100mの地盤で観測された地震
動に比べて相当程度大きくなる傾向があること(甲362)からする
と,地盤の増幅特性(サイト特性)は地震動の増幅に大きな影響を及
ぼす要素であると考えられる。そうしたところ,本件原発の敷地周辺
は,浅部は硬質な岩盤がほぼ均質に広がり,地震動を増幅させるよう
実際に,本件原発においては,兵庫県南部地震における最大加速度も
一般の地盤上にある舞鶴海洋気象台で観測された最大加速度より大幅
に小さい数値であったことが認められるのであるから(乙115),
本件原発の地震動評価においては,伝播特性や地盤の増幅特性(サイ
ト特性)による地震動の増幅も含めた大幅なばらつきまで考慮しなか
ったとしても不合理とはいえず,震源特性について,震源断層の長さ
や各種の震源断層に関するパラメータを保守的に設定することによっ
て,平均的・標準的な地震動から乖離する地震動に対応するという方
針を採用することにも,一定の合理性があるというべきである。
dそこで,債務者による震源断層の長さの評価をみると,債務者は,
文献調査に加え,陸域においては,空中写真判読,航空レーザー測量,
現地での測量等の地表調査を行い,必要に応じてボーリング調査,ト
レンチ調査,反射法地震探査等を行い,海域においては,海上音波探
査や海上ボーリング調査等を行うなど,詳細な調査に基づいて活断層
新技術によって詳細な地形イメージが得られるようになっていること
(甲431)も考慮すれば,上記の各種調査に基づく評価には相応の
信頼性があるというのが相当である。なお,「電力会社は地質コンサ
ルタントに調査や分析を委託している。この中には変動地形学を学ん
だ者もいるが,クライアントに都合の悪い結果を出すはずはない」との
指摘(甲429)もされているが,本件基準地震動の評価に用いられた
各種調査の信頼性に具体的な疑問を生じさせるような疎明資料はない。
さらに,債務者は,本件基準地震動の評価に大きく影響するFO-
A~FO-B~熊川断層について,その3連動を前提に,断層が確認
されていない区間(約15km)も含めた一連の断層として,63.
4kmに及ぶ震源断層を想定し,上林川断層についても,断層の長さ
を断層の存在を確実に否定できるまで延長した39.5kmの震源断層
を想定している(前記
チ調査では発生履歴を把握できない地震が存在するとの指摘(甲36
1)や,海上音波探査には限界があり,FO-A断層やFO-B断層の
ような沿岸域の活断層調査とその適切な評価は残された課題であるとの
指摘(甲432)がされるなど,活断層の長さの評価には一定の限界が
あることは否定できないものの,債務者が想定した震源断層の長さは,
十分に保守的なものと認めるのが相当である。なお,断層の長さの評価
について,「日本の原子力施設周辺では,あるはずの活断層が無視され,
無視できない場合にはできるだけ短く「値切る」という異常な安全審査
が行われてきた」との指摘(甲389)もあるが,債務者は,当初,F
O-A~FO-B断層と熊川断層の連動を考慮していなかったところ,
原子力規制委員会からの指摘を受けて上記各断層の3連動を前提とした
評価が行われたところであり本件基準地震動の評価
において,上記のような異常な安全審査は行われなかったと認められ
る。
eそして,債務者は,応答スペクトルに基づく地震動評価については,
耐専式を用いる際に内陸補正係数を適用せず,不確かさを考慮してパ
ラメータを設定したケースを複数考慮するなど,震源特性の不確かさを
考慮した保守的な評価を行
りであり,しかも,FO-A~FO-B~熊川断層についてはマグニチ
ュード7.8という大規模な地震が敷地近傍(等価震源距離18.6k
務者の上記想定は,震源断層の長さを十分に保守的に設定し,震源特
性に関する各種パラメータについても保守的な配慮を行ったものとい
える。
これに加え,距離減衰式では地震規模が大きくなるほど,震源距離
が小さくなるほど,ばらつきが小さくなる傾向がみられたとの指摘が
されている(甲438)ところ,耐専式は距離減衰式であり,かつ,
FO-A~FO-B~熊川断層による地震はマグニチュードが7.8
と大きく,等価震源距離が18.6kmと比較的小さいといえること
も考慮すると,本件地震動算定手法に内包されるばらつきを債権者ら
が主張するような方法で考慮しなかったとしても,上記の保守的な想
定によりばらつきは適切に考慮されているものと評価するのが相当で
ある。
したがって,債務者による応答スペクトルに基づく地震動評価を不
合理であるということはできず,債務者の評価が審査ガイドに違反す
るということもできない。
fまた,断層モデルを用いた手法による地震動評価についても,評価
の前提となる震源断層の長さが十分に保守的に設定されていることは
前記のとおりであり,地震発生層の上端深さも調査結果より更に保守
ける断層面積は相当程度保守的な設定がされたということができる。
さらに,断層面積以外の各種の震源特性に関するパラメータについて
る。そうすると,債務者は,本件地震動算定手法に内包されているば
らつきを債権者らが主張するような方法では考慮していないが,保守
的な設定によって上記のばらつきをも考慮したものと評価することが
できる。
なお,債務者が断層面積から地震規模を評価する際に採用した本件
スケーリング則については,地震規模が他の算定手法(特に松田式)
によるよりも過小に評価されるとの指摘(甲308,317,320,
400)がされているところであるが,本件スケーリング則は,地震
れ自体の科学的妥当性を直ちに否定することはできないことや,上記
のとおり債務者が本件スケーリング則に適用する断層面積を保守的に
設定していることを考慮すれば,債務者による断層モデルを用いた手
法による地震動評価の合理性を直ちに否定することはできないという
べきである。
g以上によれば,債権者らの主張を踏まえても,本件基準地震動の策
定過程の合理性を否定することはできない。
震源を特定せず策定する地震動
a債権者らは,震源を特定せず策定する地震動評価に関し,断層面か
らある程度離れた地点での観測記録を考慮するだけでは不十分である
旨,審査ガイドで取り上げられている収集対象となる内陸地殻内地震
は17年間の16地震にすぎず,この僅かな記録で地震動の最大値を
知ることは不可能である旨,留萌支庁南部地震(Mw5.7)につい
て,観測地点の地震動ではなく最大地震動を想定し,ばらつきを平均
値の4倍程度とし,かつ,Mwを6.5とした場合の地震動を想定す
べきであるなどと主張する。
確かに,審査ガイドで取り上げられている収集対象となる内陸地殻
内地震は17年間の16地震という限られたものであり,その中には,
断層面からある程度離れた地点での観測記録が検討対象とされている
ものもある。しかし,これらは検討対象として意味のある地震動を例
示したものであり,本件原発の稼働期間において生じ得る強震動を想
定するための基礎データとしての有用性を否定するに足りる疎明資料
もない。したがって,これらの観測記録を分析の対象とし,保守的な
評価を行って策定した応答スペクトルについては,観測記録の少なさ
や断層面との離隔のみを根拠に,その信頼性を直ちに否定することは
できないというべきである。
bその上で,債務者による震源を特定せず策定する地震動評価につい
てみると,債務者は,原子力規制委員会の指摘も踏まえつつ,本件原
発の敷地周辺と地質学的背景に共通性がある観測記録を検討対象に選
な点は認められない。そして,鳥取県西部地震の観測点(賀祥ダム)
のS波速度は1.2ないし1.3km/s,留萌支庁南部地震の観測
点(HKD020(港町)観測点)の基盤面(地下41m)のS波速
表面のS波速度は,上記各観測点のS波速度よりも速い2.2km/
s(標高は原子炉格納施設接地面の2m)であ
本件原発は上記各観測点よりも固い岩盤上に設置されているといえる。
そうすると,一般に軟らかい地盤ほど地震動が増幅される傾向があ
るといえる(乙13,112)から,仮に本件原発の敷地周辺で上記
各地震と同じ地震が発生した場合,本件原発の敷地での揺れは上記各
観測点よりも小さくなるものと考えられる。ところが,債務者は,こ
のような地盤の違いによる補正をすることなく,上記各地震の観測記
録を採用して評価を行っているのであるから,この点の債務者の評価
は保守的なものといえる。なお,硬質地盤では短周期の地震動が増幅
されやすいとの指摘もあるが(甲362),この指摘は,軟弱地盤と
硬質地盤における長周期に対する短周期の地震動の増幅傾向の違いを
一般的に述べたものにすぎず,軟弱地盤ほど地震動が増幅される傾向
があるとの上記知見とは必ずしも矛盾するものではないと考えられる
から,採用の限りではない。
さらに,債務者は,留萌支庁南部地震の評価において,地下構造の
不確かさ等を考慮して保守的な数値を前提とした応答スペクトルを策
定しているのであるから,この点でも,債務者の評価手法は保守的な
ものといえる。
以上に加え,債務者が検討対象とした加藤ほかの応答スペクトルは,
我が国とアメリカのカリフォルニア州で発生した41の内陸地殻内地
震を検討対象として,強震観測記録に基づき,震源を事前に特定でき
ない地震の上限レベルを検討したものであることが認められるのであ
り(甲204),この応答スペクトル自体が相当数の観測記録に基づく
信頼性のあるものと評価できるのであるから,債務者が震源を特定せず
策定する地震動評価において加藤ほかの応答スペクトルも併せて検討
し,これを上回るように基準地震動を策定しているこ
も併せ考慮すると,債務者が,本件原発の震源を特定せず策定する地震
動評価において,債権者らの主張するような不確かさの考慮を行ってい
なかったとしても,そのことから債務者による評価を不合理であるとい
うことはできない。
cなお,債権者らは,九州電力株式会社川内原子力発電所(以下「川
内原発」という。)における基準地震動の策定過程に関するものでは
あるが,留萌支庁南部地震の応答スペクトルを包絡線で処理していな
いことなど,川内原発で採用された震源を特定せず策定する地震動の
評価手法を問題視する意見書を提出しており(甲375の2),上記
意見書の指摘は,本件原発における震源を特定せず策定する地震動評
価にも当てはまるものといえる。また,あらかじめ震源を特定できな
い地震の最大規模はマグニチュード7.1程度,活断層で発生するが
地表で認めにくい地震の最大規模はマグニチュード7.1程度,短い
活断層で発生する地震の最大規模はマグニチュード7.4程度との指
摘(甲370)も踏まえれば,一般的には,あらかじめ判明している
活断層と関連付けることが困難な地震で,マグニチュード7を超える
ものが起こる可能性を完全に否定することはできないというべきであ
る。
しかし,本件原発については,その敷地近傍にFO-A~FO-B
~熊川断層や上林川断層等の複数の活断層が存在しており(別紙1),
特に,FO-A~FO-B~熊川断層については,本件基準地震動を
策定するに当たって3連動を考慮し,63.4kmにも及ぶ活断層に
よる地震(等価震源距離は18.6km,マグニチュードは7.8)
震動評価を行うに当たっては,活断層と関連付けることが困難な地震
による地震動よりも,敷地近傍の活断層に関連する地震動の評価が本
件基準地震動を策定する際に重要な意味を持つといえる。そうすると,
債務者の採用した基準地震動の策定手法,すなわち,敷地ごとに震源
を特定して策定する地震動評価においてFO-A~FO-B~熊川断
層による地震を想定し,保守的な配慮をして応答スペクトルを評価し,
包絡線で処理した応答スペクトルとして基準地震動Ss-1を策定し
た上で,この基準地震動Ss-1を上回る部分があるか否かという観
点から,震源を特定せず策定する地震動評価において設定した応答ス
いうべきであるし,FO-A~FO-B~熊川断層において想定され
た地震規模(マグニチュード7.8)及び震源距離(等価震源距離1
8.6km)に照らせば,一般的にはあらかじめ判明している活断層
と関連付けることが困難な地震でマグニチュード7を超えるものが起
こる可能性を完全に否定することはできないということを踏まえても,
上記の合理性を否定することはできないというべきである。
基準地震動の策定
以上によれば,債権者らの主張を踏まえても,債務者が新規制基準下
で策定した本件基準地震動を不合理であるということはできないが,地震
が自然現象である以上,本件基準地震動を上回る地震動が本件原発を襲う
可能性を完全に否定することはもとより不可能である。
しかし,本件基準地震動の年超過確率は10-4
~10-5
/年(1万ない
し10万年に1回程度)
国際原子力機関(IAEA)においても,2段階で設定される設計用地震
動のうち,より厳しい設計用地震動(原子力発電所の設計上使用される最
大の地震動で,歴史上・地質学上起こり得る最大のもの)の年超過確率は,
おおむね10-3
~10-4
/年に対応する地震動となっていることが認めら
れること(乙114)を考慮すると,一方で,年超過確率自体については,
これと基準地震動を結び付けることが問題であるとの指摘,残余のリスク
の評価に用いることは不可能であるとの指摘,地震学者の間で広く理解さ
れ,支持されてきたものではないとの指摘もあり(甲382,383,3
87),この数字自体を絶対視すべきではないとしても,本件基準地震動
は,国際的な水準に照らして十分に保守的な評価がされたものということ
ができる。
これに対し,債権者らは,債務者の年超過確率の算定手法は最新の知見
が反映されておらず,国際的な水準も下回る旨を主張するが,債務者が年
超過確率の算定において参照した地震PSA学会標準は,社団法人日本原
子力学会が標準委員会・発電炉専門部会の下に地震PSA分科会を設けて
検討し,同専門部会,同委員会での審議を経て,アメリカにおけるPSA
(確率論的安全評価)の議論状況も視野に入れて策定されたものであり,
これによる年超過確率の算定手法は,IAEAが定める安全基準類のうち
確率論的地震ハザード評価の指針を規定しているSSG-9や,アメリカ
において確率論的地震ハザード評価に当たっての手順等を取りまとめた報
告書(EPRI3002000709)において採用されている算定手法と基本的に合致
したものであることが認められる(乙141,186)。したがって,債
務者の採用した年超過確率の算定手法には,科学的裏付けに基づく相応の
信頼性があるものと認めるのが相当である。
また,債権者らは,年超過確率の算定において使用された一様ハザー
ド・スペクトル(ある地域一帯に適用される硬質岩盤の表面における応
答スペクトル)の信頼性が薄弱であり,我が国より地震の発生頻度が少
ないアメリカの東部地域(ワッツ・バー原子力発電所)で使用されてい
る一様ハザード・スペクトルと比較しても信頼性に疑問があるとする意見
書(甲375の2)を提出する。しかし,債務者による年超過確率の算定
手法は,基本的な構造はアメリカの報告書(EPRI3002000709)において採
用されている算定手法と合致するものではあるが,敷地周辺の活断層をモ
デル化した特定震源モデルと地震地体構造区分図に基づく領域震源モデル
を策定した上で,地震規模と発生頻度の関係を一般的な関係式(グーテン
ベルク-リヒターの法則)を用いるなどして評価し,距離減衰式による地
震動評価を行った上で,ロジックツリーを作成して確率論的ハザード評価
を行うものであって,その算定過程において,敷地周辺の地質学的なデー
タの量や質,敷地に影響を及ぼす活断層の有無や距離等が影響するものと
解されるから,本件原発の算定結果とワッツ・バー原子力発電所の算定結
果を,我が国とアメリカの対比という観点から単純比較できるものではな
いというべきであるし,そもそも年超過確率は,単純にある規模の地震が
何年に1回の割合で発生するかを明らかにするものではなく,地震が起こ
ることを前提に(決定論的に)その時どのような地震動が来るのかを算
定するという基準地震動の策定とは異なる観点から,基準地震動の策定過
程における不確かさの考慮等の妥当性を評価するために行われるものであ
所の年超過確率との単純比較のみから,本件基準地震動の保守性を裏付け
るという意味での年超過確率の信頼性まで否定することはできないという
べきである。
なお,債務者が年超過確率を算定する際に参照した地震PSA学会標準
は,改訂作業が行われており(甲369,394,468),上記改訂作
業が完了した際には,債務者において最新の知見に基づいて年超過確率の
検証を行うことが求められることは当然であるが,この改訂によって債務
者が算定した年超過確率が大幅に修正されることをうかがわせる疎明資料
はなく,上記改訂作業が現に行われていることをもって債務者の策定した
年超過確率の信頼性が損なわれるとはいえない。
そうすると,本件基準地震動を上回る地震動が本件原発を襲う可能性を
完全に否定することは不可能であるとしても,
たとおり,本件原発が本件基準地震動による地震力に対して十分に耐える
ことができるのであれば,本件原発の地震に対する危険性は社会通念上
無視し得る程度にまで管理されていると評価するのが相当である。
なお,債務者が本件基準地震動を策定する際に採用した地震予測手法
を提唱するなどしてきたA京都大学名誉教授が,新聞社の取材に対し,
「科学的な式を使って計算方法を提案してきたが,これは地震の平均像
を求めるもの。平均からずれた地震はいくらでもあり,観測そのものが
間違っていることもある。」,「基準地震動はできるだけ余裕を持って
決めた方が安心だが,それは経営判断だ」と述べるなど,新規制基準下
での基準地震動が原子力発電所の安全性を確保する基準として不十分で
あるかのような発言をしていることが認められる(甲111)。しかし,
上記発言は,そもそも本件基準地震動を念頭に置いたものではないし,
その趣旨も,基準地震動を超える地震動が発生する可能性が完全には否
定できないことを率直に認めたものにすぎないものと解され,この発言
をもって直ちに本件基準地震動の保守性や基準地震動としての合理性を
否定することはできない。
エまとめ
以上によれば,債権者らの主張を踏まえても,基準地震動に関する具体
的審査基準に不合理な点はなく,本件基準地震動が新規制基準に適合する
ウ)は左右されないというのが相当である。

認定事実
前記前提事実,各項の末尾に掲記の疎明資料及び審尋の全趣旨によれば,
以下の事実が認められる。
ア新指針及び新規制基準における耐震設計方針
旧指針では,各施設等が耐震重要度に応じた耐震性を備えることを基
本とし,耐震重要度分類について,原子炉格納容器や制御棒などの安全
上特に重要な施設をAsクラス,ECCSや排気筒などの安全上重要な
施設をAクラス,廃棄物処理設備などの一般建築物の1.5倍の強度を
持つ施設をBクラス,上記以外の一般建築物と同等な強度を持つ施設を
Cクラスとしていたが,新指針では,耐震安全上最も重要な施設の範囲
が,旧指針のAsクラスに加えてAクラスにまで拡張され,最上位のS
クラスに一元化された。(甲121,122)
新指針では,耐震重要度分類がSクラスの施設については,基準地震
動Ssによる地震力に対してその安全機能が保持できるとともに,基準
地震動Ssに基づき工学的判断により設定された弾性設計用地震動Sd
による地震力又は重要度分類に応じて算定された静的地震力のいずれか
大きい方の地震力に耐えるものとすることが求められた。
そして,弾性設計用地震動Sdによる地震力は,水平方向及び鉛直方
向について適切に組み合わせたものとして算定されなければならないと
された。また,静的地震力に対しては,Sクラスの建物・構築物の評価
においては,水平地震力を建築基準法で定められた基準値である地震層
せん断力係数Ci(ただし,Ciの算定に当たっては標準せん断力係数
Coを0.2とする。)の3倍として計算し,水平地震力と鉛直地震力
が同時に不利な方向に作用するものとされ,Sクラスの機器・配管系の
評価においては,地震層せん断力係数Ciに3倍を乗じたものを水平震
度とし,当該水平震度及び建物・構築物について算定された鉛直震度を
それぞれ20%増しとした震度より求めるものとされるなど,地震力の
算定法についても,具体的な規定が設けられた。
さらに,耐震安全性に関する設計方針の妥当性の評価に当たって考慮
すべき荷重の組合せと許容限界についても,Sクラスの建物・構築物に
ついては,常時作用している荷重及び運転時に作用する荷重と基準地震
動Ssによる地震力との組合せに対して,当該建物・構築物が構造物全
体としての終局耐力(建物・構築物に対する荷重又は応力を漸次増大し
ていくとき,その変形又はひずみが著しく増加するに至る限界の最大耐
力)に対して十分な余裕を残し,建物・構築物の終局耐力に対し妥当な
安全余裕を有していることが必要とされ,Sクラスの機器・配管系につ
いては,通常運転時,異常な過渡変化時及び事故時に生じるそれぞれの
荷重と基準地震動Ssによる地震力とを組み合わせ,その結果発生する
応力に対して,構造物の相当部分が降伏し,塑性変形する場合でも,過
大な変形,亀裂,破損等が生じ,その施設の機能に影響を及ぼすことが
ないこととされ,そのうち動的機器等に関しては,基準地震動Ssによ
る応答に対して,実証試験等により確認されている機能維持加速度等を
許容限界とするとされるなど,Sクラスの施設等が基準地震動Ssに対
して機能を喪失しないことが必要とされた。(甲120,乙21)
新規制基準では,「設計基準対象施設は,地震力に十分に耐えること
ができるものでなければならない」(設置許可基準規則4条1項)とさ
れ,「耐震重要施設は,その供用中に当該耐震重要施設に大きな影響を
及ぼすおそれがある地震による加速度によって作用する地震力(以下「基
準地震動による地震力」という。)に対して安全機能が損なわれるおそ
れがないものでなければならない」(同条3項)とされた。
また,上記の「地震力に十分に耐える」とは,「ある地震力に対して
施設全体としておおむね弾性範囲の設計がなされることをいう」とされ,
この場合の「弾性範囲の設計」とは,「施設を弾性体とみなして応力解
析を行い,施設各部の応力を許容限界以下に留めることをいう」とされ,
この場合の「許容限界」とは,「必ずしも厳密な弾性限界ではなく,局
部的に弾性限界を超える場合を容認しつつも施設全体としておおむね弾
性範囲に留まり得ることをいう」とされた(設置許可基準規則解釈別記
2第4条1項)。
その上で,設計基準対象施設を耐震重要度分類に従ってSクラス,B
クラス及びCクラスに分類し,Sクラスについては,「地震により発生
するおそれがある事象に対して,原子炉を停止し,炉心を冷却するため
に必要な機能を持つ施設,自ら放射性物質を内蔵している施設,当該施
設に直接関係しておりその機能喪失により放射性物質を外部に拡散する
可能性のある施設,これらの施設の機能喪失により事故に至った場合の
影響を緩和し,放射線による公衆への影響を軽減するために必要な機能
を持つ施設及びこれらの重要な安全機能を支援するために必要となる施
設,並びに地震に伴って発生するおそれがある津波による安全機能の喪
失を防止するために必要となる施設であって,その影響が大きいもの」
と定義され,少なくともSクラスとする必要のある施設が列挙された(同
条2項1号)。なお,使用済燃料を冷却するための施設はBクラスとさ
れ(同項2号),主給水ポンプ及び外部電源(送電線等)はCクラスと
された(同項3号)。
さらに,地震力の算定についても,水平2方向及び鉛直方向について
適切に組み合わせたものとして算定する弾性設計用地震動による地震力
と静的地震力について算定方法が定められ(同条4項),静的地震力に
ついては,建物・構築物の評価においては,地震層せん断力係数Ciに
施設の耐震重要度分類に応じた係数(Sクラスの場合は3倍)を乗じ,
機器・配管系の評価においては,地震層せん断力係数Ciに施設の耐震
重要度分類に応じた係数(同上)を乗じたものを水平震度とし,当該水
平震度及び建物・構築物について算定された鉛直震度をそれぞれ20%
増しとした震度より求めること(同項2号)とされるなど,おおむね新
指針と同様の算定方法が採用された。さらに,弾性設計用地震動につい
ては,適切な解析法を選定するとともに,「十分な調査に基づく適切な
解析条件を設定すること」や,入力地震動について,「敷地における観
測記録に基づくとともに,最新の科学的・技術的知見を踏まえて,その
妥当性が示されていること」などが明記された(同項1号)。
さらに,設計基準対象施設の設計に当たっては,「基準地震動による
地震力に対して,その安全機能が保持できること」,「建物・構築物に
ついては,常時作用している荷重及び運転時に作用する荷重と基準地震
動による地震力との組合せに対して,当該建物・構築物が構造物全体と
しての変形能力(終局耐力時の変形)について十分な余裕を有し,建物
・構築物の終局耐力に対し妥当な安全余裕を有していること」,「機器
・配管系については,通常運転時,運転時の異常な過渡変化時及び事故
時に生じるそれぞれの荷重と基準地震動による地震力を組み合わせた荷
重条件に対して,その施設に要求される機能を保持すること」(同条6
項1号)などが必要とされた。(乙17,90,113)
イ本件原発の耐震安全性評価
債務者は,設計基準対象施設につき,耐震重要度に応じて,重要な安
全機能を有する施設(地震に伴って発生するおそれがある津波による安
全機能の喪失を防止するために必要となる施設を含む。)をSクラス,
これと比べて安全機能を喪失した場合の影響の小さいものをBクラス,
これら以外の一般産業施設,公共施設と同等の安全性が要求される施設
をCクラスに分類し,耐震重要度に応じて耐震安全性を評価することと
した。
そして,債務者は,本件原発の評価値を計算するに当たり,地震応答
解析(地震動に対して構造物がどのように揺れるかを評価するために,
構造物を適切なモデルに置き換え,そのモデルに地震動を入力して構造
物の揺れ方や力の働き方等を求める解析方法)を行った上で,応力解析
(地震応答解析によって得られた構造物に作用する地震力(荷重)によ
り,構造物を構成する各部位に力がどのように作用するかを求める解析)
を行うことで,単位面積当たりの応力を算出することとした。
その上で,債務者は,建物・構築物の評価については,質点系モデル
(質量を各階とも床面に集中させ,部材(壁や柱)の剛性や減衰を考慮
してモデル化する手法)を用い,基礎と構造的に一体である外部遮へい
建屋,原子炉格納容器,外周建屋,燃料取扱建屋及び内部コンクリートを
立ち上げ,質量の大きな蒸気発生器を組み入れるなどして,構成部位ごと
に質量・剛性・減衰を考慮したモデルを構築し,これに本件基準地震動を
入力することで,各層の鉄筋コンクリート造耐震壁のせん断ひずみの最
大値を評価した。また,機器・配管系については,構築した建物・構築
物の質点系モデルに本件基準地震動を入力し,それぞれの建屋の各質点(各
階床)の揺れを解析し,求めた各階床の揺れ(床応答波)に基づいて,
各階に設置されている機器・配管系に生じる応力値等(評価値)を算出
した。(甲116,乙12,13,73,113,審尋の全趣旨(債務

なお,債務者は,評価値の計算過程においては,エネルギー吸収効果
(材料に発生する応力が降伏点を超えて材料が塑性変形する際により大
きなエネルギー吸収が生じて設備の揺れを抑制するという効果)を考慮
せず,機器等の重量は最大重量を用い,床応答スペクトルを周期方向に
±10%拡幅し,機器等の寸法についてのばらつきを考慮し,断面係数
を製造上定められた仕様の中で最小とすることで単位面積当たりに作用
する荷重が大きくなるように設定し,地震荷重と組み合わせる地震以外
の荷重については,運転状況によらず機器等の最高使用圧力を前提にす
るなど,保守的な評価を行った。また,荷重の組合せについては,水平
方向及び鉛直方向のそれぞれにつき地震動を入力して応答解析を行い,
機器・配管系に作用する地震力を算出し,水平2方向の地震動による地
震力のうち大きい方の地震力と鉛直方向の地震力を同時に作用させて評
価値を計算した。
その上で,債務者は,算出した評価値と材料ごとに規格等で定められ
た許容応力等に基づく評価基準値(許容値)を比較し,評価値が評価基準
値(許容値)を超えないことを確認した。なお,債務者は,建物・構築
物については,既往の実験結果のばらつきも考慮して評価した鉄筋コン
クリート造耐震壁の終局せん断ひずみ(部材がせん断力により破壊する
時点のせん断ひずみ)が4.0×10-3
であったところ,これに余裕を
持たせて2.0×10-3
と設定し,機器・配管系については,そこで用
いられている材料の破壊実験結果に基づき,その実験値の下限値を考慮
して余裕を見込んだ数値を評価基準値(許容値)として採用し,その材
料については,材料メーカーが発行する材料証明書を取得し,適切に製
造された材料であることや,その材料の品質が規格等により定められた
範囲内であることを確認した。(甲116,乙12,13,73,11
3,117の1・2,乙119,145,150,183)
ウ耐震安全性評価に対する審査
耐震バックチェック
原子力安全・保安院は,債務者が実施した本件原発に係る耐震安全性
の評価結果について審査を行い,本件原発の建物・構築物(原子炉建屋
及び原子炉補助建屋)の耐震安全性評価については,地震応答解析モデ
ルの妥当性を確認した上で,耐震バックチェックにおいて策定した基準
地震動Ssによる地震応答解析結果の最大応答せん断ひずみの値(評価
値)が,耐震壁のせん断ひずみの評価基準値(許容値)を超えないこと
などを確認し,建物・構築物の耐震安全性は確保されていると判断した。
また,機器・配管系の耐震安全性評価については,安全上重要な機能を
有するSクラスの施設のうち主要な8施設(原子炉容器,蒸気発生器,
一次冷却材管,炉内構造物,余熱除去ポンプ,余熱除去配管,原子炉格
納容器及び制御棒(挿入性))について,構造強度評価,地震応答解析
手法,応力評価手法,床応答スペクトルの拡幅,水平・鉛直方向地震
力の組合せ方法等の妥当性を確認した上で,基準地震動Ssによる地震
力と地震以外の荷重を組み合わせて算定した評価部位の発生応力(評価
値)が評価基準値(許容値)以下であることなどを確認し,安全上重要
な機器・配管系の耐震安全性は確保されていると判断した。(甲11
6)
原子力規制委員会による審査
原子力規制委員会は,債務者の設置変更許可の申請を受けて,債務者
の耐震重要度分類の方針,弾性設計用地震動の設定方針,地震応答解析
による地震力及び静的地震力の算定方針,荷重の組合せと許容限界の設
定方針,波及的影響に係る設計方針等について審査を行い,本件原発の
耐震設計方針がいずれも新規制基準に適合するものと判断した。(乙1
2,73)
エ本件ストレステスト
債務者は,本件ストレステストにおいて,本件原発の設計上の想定を
超える地震動に対する頑健性に関して総合的な評価を実施するに当たり,
地震動が設計上の想定を超える程度に応じて,耐震重要度分類がSクラ
スの施設等が損傷・機能喪失するか否かを評価基準値(許容値)との比
較等を踏まえて評価することとし,その評価においては,起因事象の進
展過程をイベントツリーの形式で示し,その各段階で使用可能な防護措
置について,それぞれの有効性及び限界を示すこととした。(甲118,
119)
まず,債務者は,炉心損傷に至る事象については,地震PSA学会標
準に示される考え方に基づいて,LOCA発生等のステップごとにその
有無を分類して起因事象を選定し,「主給水喪失」,「外部電源喪失」,
「補機冷却水の喪失」,「2次冷却系の破断」,「大破断LOCA」,
「中破断LOCA」,「小破断LOCA」,「格納容器バイパス」(炉
心の燃料集合体から放出された放射性物質が格納容器雰囲気を経由する
ことなく環境に放出される事象)及び「炉心損傷直結」の9事象を選定
した。(甲118,119,乙91)
次に,債務者は,選定した各起因事象に対して,事象の影響緩和に必
要な機能を抽出し,影響緩和機能に期待できない「格納容器バイパス」
及び「炉心損傷直結」の各事象を除いてイベントツリーを作成し,収束
シナリオを特定した。
また,債務者は,燃料体等の重大な損傷に関わる耐震重要度分類がS
クラスの設備等及び燃料体等の重大な損傷に関係し得るその他のクラス
の設備等を評価対象とし,各事象を収束させるのに必要な設備等を抽出
し,抽出した設備等について,耐震バックチェックにおいて策定した基
準地震動Ssによる評価値を求めた。さらに,各設備等の評価基準値(許
容値)については,既往の評価等で実績があるものを用いるなどして算
定し,評価値が評価基準値(許容値)に達するのは基準地震動Ssの何
倍の地震動が生じた場合であるかを算出し,耐震裕度を求めた。
その結果,炉心損傷に至る起因事象のうち,「主給水喪失」と「外部
電源喪失」の各起因事象については,耐震重要度分類がB,Cクラスの
設備等の破損により発生することから,基準地震動Ss未満の地震動で
も発生するものと評価したが,Sクラスの設備等の破損により発生する
起因事象については,全て耐震バックチェックにおいて策定した基準地
震動Ssに対して1.62倍(以下「1.62Ss」のように表記す
る。)以上の耐震裕度があるという結果となった。(甲118,11
9)
債務者は,耐震裕度の小さい起因事象から順番に,各影響緩和機能を
フォールトツリーに展開してその耐震裕度を求めるとともに,イベント
ツリーを作成して収束シナリオの耐震裕度を評価し,各起因事象を起点
とするクリフエッジを特定した。なお,炉心損傷に至る起因事象のうち
「主給水喪失」と「外部電源喪失」のイベントツリーは同様のものとな
ることから,「外部電源喪失」にまとめて評価することとした。
このうち,耐震裕度が最も小さい「外部電源喪失」の収束シナリオの
耐震裕度は1.77Ssとなり,これ以上においては,メタルクラッド
スイッチギア(以下「メタクラ」という。),パワーセンタが機能を喪
失する結果,空冷式非常用発電装置による給電が失敗することとなり,
炉心損傷に至るものと判断された。そして,「外部電源喪失」の次に大
きな地震動で発生する起因事象である「補機冷却水の喪失」については,
その耐震裕度(1.62Ss)が上記1.77Ssよりも小さいことか
ら,その収束シナリオについて評価を行ったところ,「補機冷却水の喪
失」を起点とするイベントツリーの耐震裕度は「外部電源喪失」の場合
と同じく1.77Ssとなり,「補機冷却水の喪失」の次に大きな地震
動で発生する起因事象である「炉心損傷直結」の発生に係る耐震裕度は
2Ssとなることから,本件原発の炉心損傷に係るクリフエッジは1.
77Ss(973.5ガル)と特定された。
なお,債務者は,本件原発における訓練実績等を確認した上で,本件
原発については,全交流電源喪失が発生したとしても,外部からの支援
なしに,約16ないし19日にわたって燃料体等の冷却を維持でき,外
部からの支援態勢として,陸路だけでなくヘリコプターによって燃料等
の空輸を行う仕組みを構築していることから,外部からの補給が可能な
時間的余裕があることなどを確認するなど,収束シナリオの成立性につ
いても検討した。(甲118,119)
以上の検討を経て,債務者は,平成24年4月6日(4号機について)
及び同月27日(3号機について),本件ストレステストの結果を原子
力安全・保安院に提出した。これを受け,原子力安全・保安院は,「発
電用原子炉施設の安全性に関する総合的評価に係る意見聴取会」を設置
・開催し,専門家からの意見聴取を行うとともに,債務者へのヒアリン
グや現地調査を行い,起因事象の選定方法や耐震裕度の評価方法,収束
シナリオに係る防護措置の成立性や信頼性等を検討し,本件原発の炉心
損傷に係るクリフエッジを基準地震動Ssの1.77倍(973.5ガ
ル)とした債務者の評価を妥当なものと判断した。(乙79)
オ振動実験の結果
昭和55年度から平成16年度までの25年間にわたり,多度津・大型
高性能振動台を用い,原子力発電所の実機を模擬した試験体(適切な縮尺で
形状及び材質等をできるだけ実機に近くモデル化したもの)に対する振動
実験(原子力発電施設耐震信頼性実証試験)が実施された。
上記振動実験では,本件原発と同じ加圧水型原子炉の設備に対して強度実
証試験及び限界加振試験(強度実証試験の揺れを超える地震波を入力して
加振し,耐震安全上の余裕を確認する試験)が実施された。原子炉格納容
器については,強度実証試験で591ガル(数値は,縮尺比や付加質量等に
基づく相似則により試算した実機相当の最大加速度(水平方向)。本項の
数値につき,以下同じ。),限界加振試験で887ガルが入力され,炉内構
造物については,強度実証試験で729ガル,限界加振試験で1094ガル
が入力され,1次冷却設備については,強度実証試験で1433ガル,限界
加振試験で2866ガルが入力され,原子炉容器については,強度実証試験
で753ガル,限界加振試験で961ガルが入力され,非常用ディーゼル発
電機システムについては,強度実証試験で1360ガル,限界加振試験で1
770ガルが入力され,電算機システムについては,強度実証試験で526
ガル,限界加振試験で2262ガルが入力され,原子炉停止時冷却系等につ
いては,強度実証試験で1800ガル,限界加振試験で2700ガルが入力
され,主蒸気系については,強度実証試験で1940ガル,限界加振試験で
4850ガルが入力されたが,いずれも異常は発生しなかった。
以上のとおり,振動実験において,本件基準地震動(700ガル)を超
える地震波が入力されたが,いずれの設備についても異常の発生は認めら
れなかった。(乙21,88)
カ本件原発における福島原発事故後の安全対策
債務者は,福島原発事故を受け,外部電源に加え,非常用ディーゼル発
電機による電源供給機能も全て喪失する事象(全交流電源喪失)への対
策として,必要な容量を有する電源車や空冷式非常用発電装置を配備し,
監視等に必要な機器への電源供給や電動補助給水ポンプ等への電源供給が
可能となるようにした。また,債務者は,新規制基準への対応として,空
冷式非常用発電装置の運用向上の観点から,より迅速な給電が可能となる
よう,中央制御室からの起動・停止ができるように改良するとともに,電
源車の追加配備を行った。さらに,交流電源を供給するまでの電源とし
て,直流電源(蓄電池)の増強も行った。(甲118,119各添付4
-1,甲261~263,乙11)
また,電源が確保できない場合の原子炉の冷却については,動力源と
して電力を必要としないタービン動補助給水ポンプにより2次冷却材管
を通じて蒸気発生器への給水が行われ,原子炉の除熱を行うことになる
ところ,そのための水を水源(復水タンクや海水等)から補給するため,
消防ポンプ及び消火ホースを配置し,津波による影響を受けない場所に
保管した。これに加え,債務者は,消防ポンプよりも吐出圧力の高い中
圧ポンプを配備するとともに,海水供給用可搬式ポンプの配備,タンク
間の配管改造を行った。
さらに,債務者は,本件原発の設備等の冷却に必要な海水を汲み上げ
る海水ポンプの代替として,ディーゼル駆動式の大容量ポンプを配備し,
ECCSが使用できない場合に備え,炉心へ冷却水(海水等)を直接注
入するための可搬式及び恒設の代替低圧注水ポンプを配備した。(甲1
18,119各添付4-1,甲152,261~263,乙11)
なお,債務者は,本件ストレステストにおいても,福島原発事故後か
ら本件ストレステストの評価時までに整備を行った緊急安全対策の効果
について検討を加え,緊急安全対策整備前であれば,原子炉補機冷却水
サージタンクが機能喪失することで炉心損傷に至り,クリフエッジは1.
62Ssと評価されるところ,緊急安全対策後は,上記サージタンクの
機能が喪失しても,空冷式非常用発電装置の配備,タービン動補助給水
ポンプの水源の確保により,タービン動補助給水ポンプを用いた2次系
冷却が可能となり,緊急安全対策整備前後でクリフエッジが改善された
ものと評価した。そして,本件ストレステストの結果を審査した原子力
安全・保安院においても,福島原発事故後に実施された緊急安全対策等
により,耐震裕度が向上するとともに,空冷式非常用発電装置による給
電機能及び消防ポンプによる水源確保の多様化と収束シナリオの追加が
され,安全対策の多重化・多様化が向上したと評価した。(甲118,
119,乙79)
キ本件基準地震動を踏まえた耐震補強工事等
債務者は,本件基準地震動の策定に伴い,本件基準地震動に基づく評価
値が評価基準値(許容値)以下となるか否かを改めて確認し,耐震安全性
を満足しない見込みとなった設備や,耐震安全性を満足する見込みである
が安全性を更に向上させる必要があると判断した設備に対し,必要な耐震
補強工事を行うこととした。そして,本件原発の耐震補強工事として,配
管サポート類に対して740か所,機器に対して90か所にわたる工事を
実施し,耐震重要施設については,評価基準値(許容値)が本件基準地震
動に基づく評価値を上回っており,耐震安全性を有していることを確認し
なお,本件ストレステストにおいては,メタクラ及びパワーセンタの機
能喪失がクリフエッジとして特定され,その耐震裕度が1.77Ssとさ
れたところ,メタクラについては,本件基準地震動を前提とした評価値の
計算において保守的な手法を採用すると,その評価値に対する評価基準値
(許容値)の割合が1.04と評価されたが,債務者は,本件ストレステ
スト後,メタクラ及びパワーセンタが機能を喪失しこれらを経由した電源
供給を行えなくなった場合であっても電源供給が可能となるよう,代替所
内電気設備を設置し,同設備の本件基準地震動を前提とした評価値に対す
る評価基準値(許容値)の割合は1.85と評価された。(乙126,1
27)
原子力規制委員会の判断の合理性
ア新規制基準の内容の合理性
新規制基準は,設計基準対象施設を,耐震重要度分類に従ってSクラス,
Bクラス及びCクラスに分類し,地震により発生するおそれがある事象に
対して,原子炉を「止める」,「冷やす」,放射性物質を「閉じ込める」
という安全確保の機能を果たす上で重要な施設等をSクラスとした上で,
その施設等について,それ以外の施設等よりも厳しい想定の下で耐震安全
性を評価し,基準地震動に対して機能喪失しないことを要求し,本件原発
に基準地震動に相当する地震動が到来したとしても,原子炉の安全性や放
射性物質の拡散防止を確実なものにしようとしたものと解される。
そして,Sクラスに分類される施設等は,上記のとおり原子炉の安全性
を確保するのに重要な役割を果たすものであり,これらの機能が喪失しな
ければ,原子炉を「止める」,「冷やす」,放射性物質を「閉じ込める」
ことが可能となり,原子力発電所全体の安全性を確保することができるの
であるから,原子炉の安全性を確保するのに重要な役割を果たすものと,
原子炉の通常運転に必要であるがその安全性確保に不可欠とはいえないも
のとを区別し,前者をSクラスとして高度の耐震安全性を持たせるという
考え方は,原子力発電所全体の安全性を確保するという観点から十分な合
理性があるというべきである。なお,このような耐震安全性の基本的な考
え方は,新指針においても採用されていたものであり,新規制基準におい
て変更されたものではないが,新指針においては,耐震安全設計上最も重
準では,耐震重要度分類の定義を具体化するとともに,少なくともSクラ
スに分類すべき施設を具体的に列挙することでSクラスの範囲が明確にさ
たといえる。
また,新規制基準では,耐震安全性を確認する際に必要となる地震力の
算定や設計基準対象施設の設計等の評価については,基本的な方針が明示
されるとともに,最新の科学的・技術的知見を踏まえたものであることが
除し,かつ,最新の知見に基づいた精度の高い評価を行うことが求められ
ているものといえる。なお,新規制基準では,基準地震動による地震力に
耐えると評価するに当たり,局部的に弾性限界を超える場合を容認してい
るが,これは,施設全体としておおむね弾性範囲にとどまり得ることを要
求することで原子力発電所全体としての安全性を確保するものと解される
のであり,弾性限界を超える場合を容認していることをもって新規制基準
の規制が不合理であるということはできない。
以上によれば,耐震安全性に関する新規制基準の内容に不合理な点はな
いと認めるのが相当である。
イ調査審議及び判断の過程等の合理性
債務者は,建物・構築物については,地震応答解析モデルを用いて各層
の鉄筋コンクリート造耐震壁のせん断ひずみの最大値(評価値)を評価し,
これが評価基準値(許容値)を超えないことをもって基準地震動に対する
各建屋の耐震安全性が確保されていることを確認し,機器・配管系につい
ては,床応答波を基に当該階床に設置している機器・配管系に生じる応力
値等(評価値)を求め,これを評価基準値(許容値)である材料ごとに規
格等で定められた許容応力等と比較し,応力値等(評価値)が評価基準値
(許容値)を超えないことをもって基準地震動に対する各機器・配管系の
債務者が採用した評価値及び評価基準値(許容値)に合理性があるのであ
れば,評価基準値(許容値)に対して評価値が余裕を有していることをもっ
て,本件基準地震動に対して耐震安全性が確保されていると判断することに
は合理性があるといえる。
そして,債務者は,本件原発の耐震安全性評価を行うに当たり,地震応
答解析及び応力解析を行うことで評価値を算出しているが,地震応答解析
において債務者が採用したモデル化の手法や荷重の組合せの方法は,電気
協会原子力規格委員会「原子力発電所耐震設計技術規程JEAC4601-2008」
等の規格に沿う手法であることが認められるのであり(乙146,150),
最新の科学的・技術的知見を踏まえた検討手法が採用されたものといえる。
さらに,債務者は,評価値の算定過程においては,床応答スペクトルを拡
幅することで機器等に作用する荷重を保守的に見積もり,断面係数を最小
とすることで単位面積当たりに作用する荷重が大きくなるように設定し,
エネルギー吸収効果も考慮しないことにするなどの保守的な評価を行い,
評価基準値(許容値)を算定するに当たっても,建物・構築物については,
鉄筋コンクリート造耐震壁の終局せん断ひずみに余裕を持たせた数値を採
用し,機器・配管系についても,材料の品質保証を前提に破壊実験結果に
ものといえるから,債務者が採用した評価値及び評価基準値(許容値)に
は合理性があるというべきである。
以上に加え,原子力発電施設耐震信頼性実証試験において,本件原発と同
じ加圧水型原子炉の主たる設備がいずれも本件基準地震動を上回る耐震安全
性を有していることが実証的な手法によって確認されて
本件原発においては,福島原発事故を踏まえ,全交流電源喪失のような厳
しい事象においても電源や冷却機能を確保できるように,各種の緊急安全
,本件基準地震動の策定に伴なって
本件基準地震動に基づく評価値が評価基準値(許容値)以下となるように
耐震補強工事が実施され,耐震重要施設については本件基準地震動による
評価値が評価基準値(許容値)を下回ることが確認されていること(前記
00ガル)を上回る973.5
原発のクリフエッジとして特定された事象(メタクラ及びパワーセンタ)
については,より耐震安全性の高い代替設備が整備されていること(前記
)を併せ考慮すると,本件原発の耐震重要施設(耐震重要度分類がS
クラスの施設等)の評価基準値(許容値)は,本件基準地震動による評価
値に対して相応の余裕を有しており,かつ,本件原発は,原子炉を「止め
る」,「冷やす」,放射性物質を「閉じ込める」という観点から,原子力
発電所全体として安全性の確保が図られているものと評価するのが相当で
ある。
そうすると,本件原発の耐震重要施設は,本件基準地震動による地震力に
対して安全機能が損なわれるおそれがない設計がされ,本件原発は,本件
基準地震動による地震力に対して十分に耐えることができる設計がされて
いると認めるのが相当であるところ,本件基準地震動に合理性が認められる
したとおりであるから,本件原発の地震に対する危険性が社会通念上無視
し得る程度にまで管理されているかという観点に照らしても,本件原発の
耐震設計方針が新規制基準に適合するとした原子力規制委員会の調査審議
及び判断の過程等に看過し難い過誤,欠落は認められないというのが相当
である。
ウまとめ
以上によれば,耐震安全性に関する具体的審査基準並びに本件原発の耐
震安全性に関する原子力規制委員会の調査審議及び判断の過程等に不合理
な点はなく,本件原発の耐震安全性が新規制基準に適合するとした原子力
規制委員会の判断に不合理な点はないと認めるのが相当である。
債権者らの主張について
ア耐震安全性の確保の考え方(安全余裕の存在)について
債権者らは,基準地震動に対して余裕を有しているということは,不
確定性を有する構造物が確実に基準地震動に耐えられるということを意
味するのであり,基準地震動を超えても確実に構造物の安全性が確保さ
れるということを意味するものではないし,評価基準値(許容値)と評
価値の算定過程には不確かさが内包されているから,本件ストレステス
トの結果によれば耐震裕度があり,また,耐震重要施設の評価基準値(許
容値)が新たに策定された本件基準地震動を前提とする評価値に対して
余裕を有しているからといって,本件基準地震動に対する耐震安全性が
確保されているとはいえない旨を主張する。
しかし,債務者が,評価値及び評価基準値(許容値)の算定過程にお
したとおりであるが,これに加え,溶接の良否や保守管理の良否等につ
いては,各種の基準や規格等において高度の品質管理が行われていると
認められ(乙113),本件原発においても,溶接や保守管理の質が高
い水準で確保されているものと認めるのが相当であること,機器の製作
方法に起因して必然的に生じる寸法のばらつきについては,原子力発電
所全体の保守性によって手当てをするという設計方針が一般的に採用さ
れていると認められること(乙145)も併せ考慮すると,債務者が設
定した評価値及び評価基準値(許容値)の合理性は,構造物等の不確定
性を考慮しても否定されないというのが相当である。
また,新潟県中越沖地震では,柏崎刈羽原発が当時の基準地震動を超
える地震動を受けたが,原子力発電所全体として安全性を維持したこと
(乙173,175)は,評価基準値(許容値)の評価値に対する余裕
が,安全余裕として意味のあるものであることを裏付けているというこ
とができる(もっとも,新潟県中越沖地震で柏崎刈羽原発が受けた損傷
は決して軽微なものとはいえず,そこで生じた事象を真摯に分析し,教
訓としなければならないことは,債権者らの提出する意見書(甲403)
において指摘されているとおりであるが,この指摘をもって上記の柏崎
刈羽原発に関する安全余裕の評価が左右されることはない。)。
したがって,本件原発の耐震重要施設について,評価基準値(許容値)
が評価値に対して余裕を有していることをもって,耐震安全性を有して
いると判断した債務者の評価を不合理であるということはできない。な
お,本件ストレステストの結果が,本件原発の耐震安全性が本件基準地
震動に対して相応の余裕を有していることを裏付ける一事情として評価
できることは,後記オにおいて説示する。
また,債権者らは,評価基準値(許容値)が塑性変形を許す数値とな
っており,過酷事故の発生領域に踏み込んだ設定がされているとして,
評価基準値(許容値)と評価値との差を安全余裕と評価することはでき
ないと主張する。
そこで検討すると,評価基準値(許容値)が塑性変形を許す数値とな
っている点については,再稼働申請における工事計画認可の審査の際に
用いられる「耐震設計に係る工認審査ガイド」(乙184)では,電気
協会が策定した「原子力発電所耐震設計技術指針JEAG4601-1987」(乙
183の1。以下「JEAG4601-1987」という。)及び原子力発電所耐
震設計技術指針重要度分類・許容応力編JEAG4601・補-1984」(乙1
83の2。以下「JEAG4601-1984」といい,これらを併せて「JEAG4601」
という。)を根拠として評価基準値(許容値)を定めることが是認され
ており(乙184),債務者においても,JEAG4601に基づいて評価
基準値(許容値)を評価したことが認められる(乙113)。そして,
JEAG4601-1987では,建物・構築物の評価基準値(許容値)については,
構造物全体として十分変形能力(ねばり)の余裕を有し,終局耐力に対
して安全余裕を持たせた値とする方針とされ,機器・配管系の評価基
準値(許容値)については,限界強度又は機能維持上妥当な安全性を有
していることを確認しなければならず,過大な変形を起こして必要な機
能が損なわれない値とする方針とされていることが認められる(乙18
3の1)。
そうすると,JEAG4601では,原則として弾性限界を超える値が評価基
準値(許容値)として設定されているということになるが,仮に弾性限
界を超えるとしても,当該施設等の必要な機能がなお維持されるのであ
れば,原子力発電所全体の安全性は確保されているというべきところ,
上記のとおり,JEAG4601では,弾性限界を超えることを想定しつつも,
建物・構築物に構造物全体として十分な余裕を持たせ,機器・配管系に
ついても機能維持上妥当な安全性を確保することが求められているので
あるから,弾性限界を超える値を評価基準値(許容値)として設定して
いること自体から本件原発の耐震安全性が確保されていないと断じるこ
とはできない。そして,JEAG4601に基づく数値についても,JEAG4601-
1984の策定に当たっては,地震学,耐震工学,原子力安全工学,材料強
度解析等の各分野に関する学識経験者,発電用原子炉設置者及び原子力
設計製作者が関与し,検討会等が多数回開催され,JEAG4601-1987の策
定に当たっても,地震動検討会,土木構造物検討会,建物・構築物検討
会及び機器・配管系検討会等が設けられて各専門分野の検討が行われた
ことが認められる(乙183)のであるから,科学的・技術的知見に裏
付けられた信頼性のあるものというべきである。
したがって,債務者の採用した評価基準値(許容値)が塑性限界を超
える場合を容認する数値であることを考慮しても,評価基準値(許容値)
が評価値に対して余裕を有していることをもって,本件原発が耐震安全
性を有していると判断した債務者の評価を不合理であるということはで
きない。
イ主給水ポンプと外部電源の耐震性について
債権者らは,主給水ポンプ及び外部電源は,原子炉の安全確保の上で
不可欠な役割を1次的に担う設備であるにもかかわらず,安全上重要な
設備とされておらず,これらの脆弱さは安全上重大な欠陥であると主張
する。
しかし,本件原発においては,主給水ポンプが機能を喪失した場合に
備え,補助給水設備として,電動機により駆動する2台の電動補助給水
ポンプ及び蒸気タービンにより駆動するタービン動補助給水ポンプが配
備されているところ(乙11),補助給水設備の耐震重要度分類をSク
ラスとすることで,炉心の冷却機能について高い耐震安全性を持たせて
いるものといえる(乙76)。
さらに,債務者は,タービン動補助給水ポンプの水源を確保するため,
消防ポンプ及び消火ホースを配備するとともに,中圧ポンプや海水供給
用可搬式ポンプの配備,海水ポンプの代替となるディーゼル駆動式の大
容量ポンプの配備,タンク間の配管改造,炉心へ冷却水(海水等)を直
接注入するための可搬式及び恒設の代替低圧注水ポンプの配備等を行っ
いるといえる。
そうすると,主給水ポンプの耐震重要度分類はSクラスとされていな
いが,高度の耐震安全性が要求されるタービン動補助給水ポンプ等の耐
震重要施設等によって原子炉の安全性が確保される設計方針になってい
るといえるのであり,その設計方針は,原子炉の安全性を原子力発電所
全体として確保するという観点から合理性があるというべきである。
したがって,主給水ポンプの耐震重要度分類がSクラスとされていな
いことをもって,本件原発の耐震設計に安全上の欠陥があるということ
はできない。
また,外部電源については,これを喪失しても,非常用電源から電源
を供給することができれば原子炉の安全性は確保されるというべきであ
るところ,本件原発においては,外部電源を喪失した場合に備えて,原
子炉の安全性確保のために必要な電力を供給できる非常用ディーゼル発
電機の耐震重要度分類をSクラスとすることで高い耐震安全性を持たせ
ていることが認められる(乙76)。
さらに,本件原発では,福島原発事故を踏まえ,非常用ディーゼル発
電機による電源供給機能も全て喪失するような事象(全交流電源喪失)
への対策として,必要な容量を有する電源車や空冷式非常用発電装置が配
備されトレステストにおいてもその効果が確認さ
とができることも併せ考慮すると,外部電源の耐震重要度分類がSクラス
とされていないことをもって,本件原発の耐震設計に安全上の欠陥があ
るということはできない。
さらに,債権者らは,非常用ディーゼル発電機が正常に機能し,補助
給水設備による蒸気発生器への給水が行われたとしても,①主蒸気逃し
弁による熱放出,②充てん系によるほう酸の添加,③余熱除去系による
冷却のうち,いずれかに失敗しただけで,補助給水設備による蒸気発生
器への給水ができないのと同様の事態に進展するのであり,補助給水設
備の実効性は不安定なものにすぎないとして,主給水ポンプや外部電源
の脆弱性が本件原発の安全上の欠陥であると主張するところ,本件スト
レステストのイベントツリーによれば,債権者らが主張するとおり,上
記①ないし③のいずれかの操作に失敗すれば,補助給水設備による蒸気
発生器への給水ができない事態に進展することが認められる(甲118,
しかし,本件原発については,耐震重要施設(上記の主蒸気逃し弁,
充てん系,余熱除去系のいずれもこれに含まれる(甲118,119各
又はこれを下回る地震動によって上記①ないし③の操作が実施不可能な
いし困難になることをうかがわせる疎明資料はないから,債権者らの上
記主張は採用できない。
なお,確かに,施設等の耐震安全性が確保され,求められる操作が実
施可能であったとしても,危機時における人為的なミス等が生じ,求め
られる操作に失敗する可能性を否定することはできない。そして,実際
に,本件原発以外の原子力発電所の定期試験中に非常用ディーゼル発電
機の起動に失敗した事例や,スリー・マイル・アイランド原子力発電所
において補助給水ポンプによる給水に失敗した事例があることが認めら
れるところである(甲241,242)。しかし,人為的なミス等の要
因に対しては,最悪の事態を想定して訓練を繰り返すことで安全性を確
保するほかないというべきであるが,施設等の耐震安全性自体が確保さ
れ,それを危機時に適切に操作するための教育・訓練が適時適切に実施
されているのであれば,操作に失敗することを前提にして耐震設計に安
全上の欠陥があると評価するのは相当とはいえない。そして,債務者は,
福島原発事故を踏まえ,最悪の事態を想定した教育・訓練を実施し,今
後も適時適切に実施していく予定であることが認められるのであるから
(甲261,263),今後,上記のような失敗事例を踏まえ,訓練や
定期的な検査を継続することが不可欠であることは当然であるが,危機
時における人為的なミス等が生じる可能性があることを理由として,本
件原発の耐震設計に安全上の欠陥があるということはできない。
ウ制御棒破損の危険性について
債権者らは,原子炉運転中に制御棒を受け入れる原子炉の構成部分等が
破損し,原子炉を停止できなくなると,その後に原子炉が冷却できないよ
うな事態が併発し,炉心溶融に至る危険が生じると主張する。
しかし,制御棒クラスタ,制御棒駆動装置,制御棒クラスタ案内管,制御
棒案内シンブル等の原子炉を緊急停止させるための施設は,いずれも「原子
炉を停止し,炉心を冷却するために必要な機能を持つ施設」(設置許可基
準規則解釈別記2第4条2項1号本文)として耐震重要度分類がSクラスと
クラスに分類される施設等が本件基準地震動に対して相応の余裕を持って
債権者らの主張する制御棒破損の危険性をうかがわせる疎明資料もない。
なお,債務者は,制御棒については,制御棒クラスタ落下開始から全スト
ロークの85%が挿入されるまで2.2秒という安全評価の解析条件の数値
を評価基準値(許容値)とし,基準地震動Ssによる制御棒の挿入時間が1.
75秒となることから評価基準値(許容値)を下回ることを確認しており(甲
116),その機能の実効性についても確認がされている。
そうすると,債権者らの上記主張を踏まえても,本件原発の耐震設計に
安全上の欠陥があるとはいえない。
エ配管破損の危険性について
債権者らは,蒸気発生器の多数の微細な伝熱管が地震動による影響を受
けるなどして原子炉の運転中に1次冷却材管が破損すれば,炉心溶融ない
し周辺環境への放射性物質の漏出につながり,原子炉の運転中に2次冷却
材管が破損すれば,1次冷却材管の破損が誘発されると主張する。
しかし,1次冷却材管は,「原子炉冷却材圧力バウンダリを構成する機
器・配管系」(設置許可基準規則解釈別記2第4条2項1号)として耐震
重要度分類
1,乙17,90),Sクラスに分類される施設等が本件基準地震動に対
したとおりである。
また,本件ストレステストでは「2次冷却系の破断」が起因事象として
象設備は主蒸気系配管)と評価されており(甲118,甲119各表5-
いえるのであり,他に本件原発において2次冷却材管の破損に誘発されて
1次冷却材管が破損する危険性があることうかがわせる疎明資料もない。
そうすると,債権者らの上記主張を踏まえても,本件原発の耐震設計に
安全上の欠陥があるとはいえない。
オイベントツリーの実効性について
債権者らは,ストレステストは机上のシミュレーションにすぎず,シ
ナリオや入力値次第で恣意的に導くことも可能なものであって,適切な
安全評価をできるものではないと主張する。
しかし,ストレステストは,起因事象を選定し,各起因事象に対して
影響緩和に必要な機能を抽出し,イベントツリーを作成して特定した収
束シナリオの実現に必要な機器の耐震裕度を個々に評価し,クリフエッ
ジを特定するものであるところ,債務者は,起因事象を選定するに当た
っては,地震PSA学会標準に依拠して起因事象を特定し,耐震バック
チェックにおいて策定した基準地震動Ssに対する評価値を用い,各設
備等の評価基準値(許容値)についても,既往の評価等で実績がある
ものを用いて耐震裕度を評価するなど術的
知見に依拠し,かつ,債務者による恣意の介在しない評価を行っている
ものといえる。また,債務者は,全交流電源喪失となっても,約16な
いし19日間は給水の継続による炉心の冷却が可能であることを確認
し,電源喪失から炉心損傷に至るまで相当程度の時間的余裕を確保でき
ることを確認しており,原子力安全・保安院においても,現地調査等
によってイベントツリーにおいて想定された収束シナリオの成立性が
確認されているのであって他に本件ストレステ
ストの過程に債務者の恣意が介在したことをうかがわせる疎明資料もな
い。
そうすると,本件ストレステストは,相応の科学的・技術的な根拠を
有するものと認めるのが相当であり,これによって適切な安全評価をす
ることはできないなどという債権者らの主張は採用できない。
債権者らは,本件ストレステストは,経年変化が適切に考慮されてい
なかったり,支持構造物が対象から合理的理由なく除外されていたりす
るなど,不十分なものとなっていると主張する。
しかし,本件ストレステストにおいては,一部の機器等の経年変化に
よって機器等の応力を増加させる可能性があるとして,耐震安全上考慮
すべき経年変化が抽出されて考慮されていること,評価の対象外とされ
た支持構造物については,既往の実証試験において,設計荷重を超える
ような地震荷重に対し,損傷が本体の安全機能喪失に至るまでには大き
な余裕があることが確認されていることが認められる(甲118,11
記主張は採用できない。
債権者らは,ストレステストにおいて起因事象を余すことなく抽出す
ることは困難であると主張する。
しかし,ストレステストは,安全上重要な設備によって燃料体等の重
大な損傷の発生を回避できるかを検討し,クリフエッジを特定するため
備を特定するのに必要な起因事象が,ある程度抽象的であれ抽出できて
いれば足りるというべきである。そして,債務者は,起因事象の抽出に
この基準は,起因事象の分類についてアメリカの基準を参照しつつ,関
連分野の専門家により科学的・技術的知見が集約されたものであること
が認められるから(乙141),債務者は,信頼性の高い基準に依拠し
て起因事象を抽出したものということができ,原子力安全・保安院にお
いても,本件ストレステストにおける起因事象の抽出方法の妥当性が審
て抽出された起因事象は,アメリカの原子力発電所において抽出された
起因事象と大差ないことが認められるのであり(乙141),本件スト
レステストにおける起因事象の抽出が国際水準に照らしても合理的なも
のであったことを裏付けているといえる。
したがって,債務者は,本件ストレステストにおいて必要な範囲で適
切に起因事象を抽出したものと認めるのが相当である。
債権者らは,イベントツリーでは,過酷事故の過程における人的ミス,
見えない欠陥,不運を想定して評価することはできないし,実際の事故
対策には不確実性が伴うのであるから,イベントツリーの有効性には限
界があると主張する。
しかし,人的ミス等の要因や,実際の事故対策における不確実性につ
いては,最悪の事態を想定して訓練を繰り返すことで安全性を確保する
ほかないが,本件ストレステストでは,訓練実績も踏まえてイベントツ
実現可能性を確認してイベントツリーの収束シナリオが策定されている
といえる。
そうすると,収束シナリオの実現性をより確実なものとするため,危
機時を想定した適時適切な訓練が継続されなければならないのは当然で
あるが,事故対策の不確実性に関する債権者らの主張を踏まえても,本
件ストレステストの信頼性を否定することはできないというべきである。
以上に加え,本件原発については,本件ストレステストの実施後,本
件基準地震動を踏まえた耐震補強工事,代替所内電気設備の設置等が実
ステスト当時よりも向上しているものと推認することができる。そうす
ると,確かに,本件ストレステストは耐震バックチェックにおいて策定
された基準地震動Ssに基づくものであり,本件ストレステストによっ
て特定されたクリフエッジの地震動(973.5ガル)を本件基準地震
動に対する耐震安全性の評価にそのまま用いることは相当ではないとし
ても,上記クリフエッジの値が本件基準地震動をも上回っていることは,
少なくとも本件原発の耐震安全性が本件基準地震動に対して相応の余裕
を有していることを裏付ける一事情として評価することができる。なお,
本件ストレステストは一次評価であって,二次評価まで実施しなければ
精度の高い評価にはならないといえるが(甲244),このことは,一
次評価の結果を上記の限度で評価することまで否定するものとはいえな
い。
カまとめ
以上によれば,債権者らの主張を踏まえても,耐震安全性に関する具体
的審査基準に不合理な点はなく,本件原発の耐震安全性が新規制基準に適
合するとした原子力規制委員会の判断に不合理な点はないとの前記判断

認定事実(本件使用済燃料ピットの安全性に関連する事実)
前記前提事実,各項の末尾に掲記の疎明資料及び審尋の全趣旨によれば,
本件使用済燃料ピットの安全性に関し,以下の事実が認められる。
ア本件使用済燃料ピットの概要
本件使用済燃料ピットは,燃料取扱建屋の基礎直上の地盤面近くに設置
されており,構内道路から燃料取扱建屋に設けられている建屋出入口扉を
通じて直接アクセスすることができる。
使用済燃料は,本件使用済燃料ピットの底部に設置された燃料ラック内に
垂直に立てた状態で収納されている。本件使用済燃料ピットの水位は,通常
約12mであり,使用済燃料の長さは約4mであるため,使用済燃料の上端
から水面までは約8mの水位がある。
1)
イ新指針及び新規制基準における規制
使用済燃料ピットに関する耐震重要度分類について,新指針では,使用
済燃料を貯蔵するための施設はSクラス,使用済燃料を冷却するための施
設はBクラスとされた。新規制基準においても,新指針と同様,使用済燃
料を貯蔵するための施設はSクラス,使用済燃料を冷却するための施設は
Bクラスとされ,各クラスに応じた耐震設計が求められた(設置許可基準
規則解釈別記2第4条2項1号及び2号)。
また,新規制基準では,使用済燃料貯蔵槽における燃料損傷防止対策が
求められており(設置許可基準規則37条3項),必要な措置として,
「使用済燃料貯蔵槽の冷却機能又は注水機能が喪失することにより,使用
済燃料貯蔵槽内の水の温度が上昇し,蒸発により水位が低下する事故」及
び「サイフォン現象等により使用済燃料貯蔵槽内の水の小規模な喪失が発
生し,使用済燃料貯蔵槽の水位が低下する事故」に対して,「燃料有効長
頂部が冠水していること」,「放射線の遮蔽が維持される水位を確保する
こと」,「未臨界が維持されていること」の三つの項目を満足することが
必要とされた(設置許可基準規則解釈37条3-1・2)。さらに,「使
用済燃料貯蔵槽の冷却機能又は注水機能が喪失し,又は使用済燃料貯蔵槽
からの水の漏えいその他の要因により当該使用済燃料貯蔵槽の水位が低
下した場合において貯蔵槽内燃料体等を冷却し,放射線を遮蔽し,及び臨
界を防止するために必要な設備を設けなければならない」(設置許可基準
規則54条1項),「使用済燃料貯蔵槽からの大量の水の漏えいその他の
要因により当該使用済燃料貯蔵槽の水位が異常に低下した場合において貯
蔵槽内燃料体等の著しい損傷の進行を緩和し,及び臨界を防止するために
必要な設備を設けなければならない」(同条2項)とされ,貯蔵槽内燃料
体等の冷却等に必要な設備として,使用済燃料貯蔵槽の水位を維持できる
可搬型代替注水設備(注水ライン及びポンプ車等)の配備等が求められ(設
置許可基準規則解釈54条2項),貯蔵槽内燃料体等の著しい損傷の進行
を緩和して臨界を防止するための設備として,可搬型スプレイ設備(スプ
レイヘッダ,スプレイライン及びポンプ車等)の配備等が求められた(同
条3項)。(甲120,乙17,90)
ウ本件原発における福島原発事故後の安全対策
債務者は,本件使用済燃料ピットにおいては,冷却系及び既存の補給水
系の機能喪失によりピット水を冷却する手段がなくなった場合に備え,電
源を必要としない消防ポンプ及び消火ホースを配備し,津波による影響を
受けない場所に保管することにより,本件原発構内の淡水を貯蔵している
タンク,1次系純水を貯蔵しているタンク及び海から必要な水量を本件使
用済燃料ピットへ注水することを可能にした。
さらに,債務者は,使用済燃料ピットの異常な水位低下に備えて,上記
の消防ポンプによる給水手段に加え,本件使用済燃料ピットへのスプレイ
注水及び放水砲による注水のため,可搬式代替低圧注水ポンプ,放水砲用
の大容量ポンプ,放水砲等を新たに整備するとともに,使用済燃料ピット
の監視カメラの整備等を行った。(甲118,119各添付4-1,甲1
52,261~263,乙11,79,113)
エ本件ストレステスト
債務者は,地震に起因して使用済燃料が損傷するに至る事象として,
ピット水の流出及び使用済燃料ピット冷却系の機能喪失に伴う崩壊熱除
去失敗を考慮することとし,起因事象として「外部電源喪失」,「使用
済燃料ピット冷却機能喪失」,「補機冷却水の喪失」,「使用済燃料ピ
ット損傷」の4事象を選定した。(甲118,119)
次に,債務者は,選定した各起因事象に対して,事象の影響緩和に必
要な機能を抽出し,影響緩和機能に期待できない「使用済燃料ピット損
傷」を除いてイベントツリーを作成し,収束シナリオを特定した。
また,債務者は,起因事象及び影響緩和機能(フロントライン系及び
サポート系)に関連する設備等を抽出し,その設置場所,耐震クラス,
損傷モード,評価値,評価基準値(許容値)及び耐震裕度を整理し,耐
震バックチェックにおいて策定した基準地震動Ssの何倍でどのような
起因事象が発生するかを評価した。そして,「外部電源喪失」について
は,耐震重要度分類がB,Cクラスの設備等の破損により発生すること
から,基準地震動Ss未満の地震動で発生するものとしたが,耐震重要
度分類がSクラスの設備等の破損により発生する起因事象のうち,「使
用済燃料ピット冷却機能喪失」については,使用済燃料ピットポンプが
対象設備となり,その耐震裕度を1.47Ss,「補機冷却水の喪失」
については,原子炉補機冷却水サージタンクが対象設備となり,その耐
震裕度を1.62Ss,「使用済燃料ピット損傷」については,本件使
用済燃料ピットが対象設備となり,その耐震裕度を2Ssと特定した。
(甲118,119)
その上で,債務者は,「外部電源喪失」,「使用済燃料ピット冷却機
能喪失」のそれぞれの収束シナリオを検討し,各起因事象を起点とする
イベントツリーの耐震裕度を評価したところ,いずれの起因事象につい
ても,福島原発事故後に実施された緊急安全対策において,消防ポンプ
を用いて海水を本件使用済燃料ピットに供給することによって冷却する
ことが可能となり,クリフエッジが改善されたため,各イベントツリー
の耐震裕度は特定されないものの,「使用済燃料ピット損傷」において
は,2Ssで使用済燃料の損傷に至ると考えられることから,本件使用
済燃料ピットに係るクリフエッジを「使用済燃料ピット損傷」の耐震裕
度である2Ssと特定した。なお,本件原発において消防ポンプ,消火
ホースの搬出,設置,運転及び海水給水に必要な時間については約19.
5時間と確認され,本件使用済燃料ピットの水位が低下するまでに一連
の作業が実施できることも確認された。(甲118,119,乙79)
原子力安全・保安院は,債務者が上記のとおり特定した本件使用済燃
料ピットの耐震裕度について,防護措置の成立性の観点からも検討を加
え,周辺斜面の中腹部の耐震裕度を保守的に1.8Ssとみなすととも
に,周辺斜面の山頂部の地山の崩落に加えて中腹部のすべり面上の土塊
も崩落すれば,土塊が擁壁を超えて燃料取扱建屋の方向に溢れ,その場
合に燃料取扱建屋が障壁となる可能性もあるが,その可能性は考慮せず
に本件使用済燃料ピットへの給水作業に支障をきたすものとみなして,
本件使用済燃料ピットのクリフエッジを「斜面崩落による給水作業困難」
と評価し,その耐震裕度を1.8Ssと判断した。
また,原子力安全・保安院は,防護措置の成立性を現地調査や訓練実
績も踏まえて検討し,地震と津波の重畳時を前提に,車両通行ルート上
への漂流物,倒壊物,土砂の流入等を想定しても,復旧作業が実施され
るため給水確保に係る作業が可能であることを確認し,その場合の本件
使用済燃料ピットへの給水確保に必要な時間が約19.5時間(漂流船
がある場合には約21時間)であることを確認した。(乙79)
オ本件原発における重大事故対策の有効性等
債務者は,本件原発における重大事故対策の有効性ないし成立性を検討
し,本件使用済燃料ピットについては,使用済燃料ピット冷却系及び補給
水系の故障を想定事故とした場合,ピット水の温度(初期水温は40℃)
が100℃に到達するまでの時間は約9時間,使用済燃料ピットの水位が
放射線の遮へいが維持される最低水位(使用済燃料の上端から4.34m
の位置)に到達するまでの時間は約2.1日であり,また,使用済燃料ピ
ット冷却系配管の破断を想定事故とした場合,同じく水温が100℃に到
達するまでの時間は約8時間,最低水位に到達するまでの時間は約1.4
日間と分析されたのに対し,事故を検知して消防ポンプによる注水を開始
できるまでの時間は6.5時間と評価でき,かつ,本件使用済燃料ピット
の蒸発水量を上回る容量の消防ポンプが整備されていること,夜間や休日
においても事故収束作業に必要な要員が確保できる態勢となっていること,
事故収束作業に必要な燃料が確保されていること等を確認し,重大事故対
策の有効性及び成立性を確認した。
また,債務者は,可搬型重大事故等対処設備を本件原発の各所に分散し
て配置するとともに,それらへのアクセスルートについても検討を加え,
周辺構造物(建屋,鉄塔及び煙突)の倒壊,周辺タンクの損壊,周辺斜面
の崩壊,地盤支持力の不足,液状化及び揺すり込みによる不等沈下,地下
構造物の損壊といった地震による被害要因を想定した上で,自然災害時に
おいても,可搬型重大事故等対処設備による対処が可能であることを確認
した。(甲152,154,乙84の1,乙102の1)
カ原子力規制委員会による審査
度分類に応じて耐震安全性を評価し,原子力規制委員会は,債務者の耐震
安全性の評価が新規制基準(設置許可基準規則4条関係)に適合している
ものと判断した。
また,原子力規制委員会は,使用済燃料貯蔵槽における燃料損傷防止対
策(同規則37条関係)について,使用済燃料ピットの水位の低下が想定
される事故に対して,消防ポンプによる本件使用済燃料ピットへの注水操
作の有効性等を評価し,債務者の計画している燃料損傷防止対策や本件使
用済燃料ピットの未臨界性の評価は妥当なものと判断した。使用済燃料貯
蔵槽の冷却等のための設備及び手順等(同規則54条関係)についても,
債務者が,本件使用済燃料ピットへの代替注水のために消防ポンプ等を新
たに整備することとし,異常な水位低下に備えて本件使用済燃料ピットへ
のスプレイ注水及び放水砲による注水のため可搬式代替低圧注水ポンプ,
大容量ポンプ(放水砲用),放水砲等を新たに整備することとし,本件使
用済燃料ピットの状態を監視できる監視カメラを新たに整備することとす
るなど,新規制基準の要求事項に対応し,かつ,適切に整備される方針で
あることなどを確認した。その上で,本件使用済燃料ピットの損傷防止対
策や冷却等のための設備及び手順等が新規制基準に適合するものと判断し
た。(乙73,84の1,乙102の1)
認定事実(竜巻及びテロ等の危険性に関連する事実)
前記前提事実,各項の末尾に掲記の疎明資料及び審尋の全趣旨によれば,
竜巻及びテロ等の危険性に関し,以下の事実が認められる。
ア竜巻の危険性について
新規制基準では,安全施設は想定される自然現象が発生した場合にお
いても安全機能を損なわないものでなければならないとされており(設
置許可基準規則6条1項),重要安全施設については,「当該重要安全
施設に大きな影響を及ぼすおそれがあると想定される自然現象により当
該重要安全施設に作用する衝撃及び設計基準事故時に生ずる応力を適切
に考慮したものでなければならない」(同条2項)とされ,上記の「想
定される自然現象」とは,「敷地の自然環境を基に,洪水,風(台風),
竜巻,凍結,降水,積雪,落雷,地滑り,火山の影響,生物学的事象又
は森林火災等から適用されるもの」(設置許可基準規則解釈6条2項)
とされている。(乙90)
債務者は,想定される自然現象の一つとして,竜巻を抽出し,我が国
で昭和36年以降に発生した最大の竜巻を参照した上で,データの信頼
性等を考慮した保守的な数値として,基準竜巻を過去最大の竜巻に相当
する最大風速92m/sと設定した。そして,基準竜巻の最大風速を設
計竜巻の最大風速とした上で,これに余裕を持たせた最大風速100m
/sによる設計竜巻荷重に対する施設等の安全性評価を行うこととし,
「風圧力による荷重」,「評価対象施設内外の気圧差による荷重」及び
「飛来物の衝撃荷重」を設定した。
さらに,債務者は,設計上対処すべき安全施設として,その施設の安
全機能が損なわれないように防護する必要がある竜巻防護施設と竜巻防
護施設に対して物理的・機能的影響を及ぼし得る施設の双方(以下「設
計対象施設」という。)を抽出し,設計対象施設について,設計荷重に
対してその構造健全性が維持され,竜巻防護施設の安全機能が損なわれ
ない設計とすることを確認した。
なお,竜巻飛来物については,本件原発構内において飛来物となり得
るものを現地調査等により抽出し,運動エネルギー及び貫通しやすさを
考慮して設計上考慮すべき飛来物(設計飛来物)を設定し,衝突時に設
計対象施設に与えるエネルギーが設計飛来物によるものより大きくなる
物については,固定,固縛等により飛来物とならないようにするととも
に,竜巻防護施設に防護壁又は防護ネットを設置するなど,債務者は,
飛来物に対する防護対策を講じた。
また,債務者は,本件使用済燃料ピットの竜巻に対する安全性につい
ては,コンクリート躯体内に設置されており,設計竜巻による複合荷重
による影響を受けないことを確認するとともに,設計飛来物による影響
として,厚さ4.0mmのライニングが損傷する可能性を検討し,その
場合であっても,大部分のピット水はコンクリートの躯体内にとどまる
ため,有意な水位低下は生じず,必要に応じてピット水を補給すること
で水位を維持することができることを確認した。(甲256,262)
原子力規制委員会は,本件原発の竜巻に対する防護に関して,設計上
対処すべき施設を抽出するための方針,発生を想定する竜巻の設定,設
計荷重の設定,設計対象施設の設計方針等について審査し,設計対象施
設の抽出は原子力規制委員会が定めた「原子力発電所の竜巻影響評価ガ
イド」(以下「竜巻ガイド」という。)に従っており,かつ,安全施設
の安全機能に着目した検討が行われていることを確認し,設計竜巻につ
いては,竜巻ガイドを踏まえ,かつ,保守性を考慮したものであること
を確認し,設計荷重の設定及び設計対象施設の設計方針についても,竜
巻ガイドを踏まえ,竜巻防護施設の安全機能が損なわれない方針とされ
ていることを確認した。(乙12,73)
イテロ等の危険性について
原子力規制委員会が策定し,新規制基準の一部を構成する「実用発電
用原子炉に係る発電用原子炉設置者の重大事故の発生及び拡大の防止に
必要な措置を実施するために必要な技術的能力に係る審査基準」(以下
「重大事故等防止技術的能力基準」という。)2.1項では,故意によ
る大型航空機の衝突その他のテロによる発電用原子炉施設の大規模な損
壊(以下「大規模損壊」という。)が発生した場合における体制の整備
に関し,使用済燃料貯蔵槽の水位を確保するための対策及び使用済燃料
の著しい損傷を緩和するための対策に関するものも含め,手順書が適切
に整備されていること,加えて,当該手順書に従って活動を行うための
体制及び資機材が適切に整備されていること又は整備される方針が示さ
れていることが求められている。
これに関し,債務者は,大規模損壊によって発電用原子炉施設が受け
る被害範囲は不確定性が大きく,あらかじめシナリオを設定した対応操
作は困難であると考えられることなどから,周辺環境への放射性物質の
放出低減を最優先に考えた対応を行うこととし,可搬型設備による対応
を中心とした対策手順を整備した。さらに,債務者は,大規模損壊発生
時の体制について,要員への教育及び訓練,体制の整備,大規模損壊発
生時の対応に必要な設備及び資機材の整備をすることとした。
原子力規制委員会は,債務者の計画が,重大事故等防止技術的能力基
準2.1項及び同項の解釈を踏まえ,必要な検討を加えた上で策定され
ており,大規模損壊が発生した場合における体制の整備に関して必要な
手順書,体制及び資機材等が適切に整備される方針であることを確認し
たことから,新規制基準に適合するものと判断した。(乙12,73)
また,新規制基準においては,「発電用原子炉施設への人の不法な侵
入,発電用原子炉施設に不正に爆発性又は易燃性を有する物件その他人
に危害を与え,又は他の物件を損傷するおそれがある物件が持ち込まれ
ること及び不正アクセス行為(中略)を防止するための設備を設けなけ
ればならない」(設置許可基準規則7条)とされ,不正アクセス行為に
関しては,「サイバーテロへの対策が含まれる」(設置許可基準規則解
釈7条)とされている。
これを受けて,債務者は,発電用原子炉施設への人の不法な侵入を防
止するため,安全施設を含む区域を設定し,その区域を人の侵入を防止
できる障壁等により防護し,人の接近管理及び出入管理が行える設計と
すること,発電用原子炉施設への不正な爆発物又は易燃性を有する物件
等の持込みを防止するため,持込み点検が可能な設計とすること,発電
用原子炉施設及び特定核燃料物質の防護のために必要な設備又は装置の
操作に係る情報システムが,サイバーテロも含めた電気通信回線を通じ
た不正アクセス行為を受けることがないように,当該情報システムに対
する外部からのアクセスを遮断する設計とする方針を示し,原子力規制
委員会は,債務者の設計が設置許可基準規則に適合するものと判断した。
そして,債務者は,本件原発の原子炉建屋周辺に防護区域,周辺防護
区域,立入制限区域を設定し,各区域の境界で本人確認や物品検査を行
い,防護区域に立ち入る際には爆発物検査を実施するなどして出入管理
を行うとともに,各区域の境界にセンサーを設置し,不審者の侵入を監
視し,侵入を検知した場合には直ちに原子力関連施設警戒隊や海上保安
庁に通報し,各区域の境界に設置された鉄筋コンクリート壁やフェンス
などの障壁を用いて侵入者の攻撃行為を遅延させる態勢を整えた。(乙
12,73,90,113)
さらに,新規制基準においては,「重大事故に至るおそれがある事故
(運転時の異常な過渡変化及び設計基準事故を除く。以下同じ。)又は
重大事故(以下「重大事故等」と総称する。)に対処するための機能を
有する施設」を「重大事故等対処施設」(設置許可基準規則2条2項1
1号)とし,このうち「故意による大型航空機の衝突その他のテロリズ
ムにより炉心の著しい損傷が発生するおそれがある場合又は炉心の著し
い損傷が発生した場合において,原子炉格納容器の破損による工場等外
への放射性物質の異常な水準の放出を抑制するためのもの」を「特定重
大事故等対処施設」(同項12号)とした上で,発電用原子炉を設置す
る事業所は,特定重大事故等対処施設を設置しなければならず(同規則
2条2項5号ロ,42条柱書き),その施設は,テロに対して重大事故
等に対処するための機能が損なわれるおそれがないものであり,かつ,
テロの発生後,発電用原子炉施設の外からの支援が受けられるまでの間,
使用できるものであることが求められている(同条1号及び3号)。
そして,債務者は,意図的な航空機衝突等により炉心を冷却する設備
等が機能喪失し,炉心に著しい損傷が発生した場合において,原子炉格
納容器の破損を防止するために必要な特定重大事故等対処施設の設置を
進めている。(甲262,乙17,90)
本件使用済燃料ピットの損傷に対しては,ピット水の水位が維持でき,
本件使用済燃料ピット周辺での作業が可能な状況であれば,消防ポンプ
による給水作業を行い,ピット水の水位が維持できない場合でも,本件
使用済燃料ピット周辺での作業が可能な状況であれば,可搬式代替低圧
注水ポンプによる本件使用済燃料ピットへのスプレイを行い,本件使用
済燃料ピット周辺での作業が不可能な状況であれば,離れた位置から代
替低圧注水ポンプによるスプレイ又は大容量ポンプによる放水砲からの
放水を行うことで使用済燃料を冷却することとしている。
なお,債務者は,可搬型重大事故等対処設備を原子炉建屋から100
m以上の離隔を確保した場所に設置し,かつ,2セットが同時に被災し
ないように100m以上の離隔を確保して保管することにより,大型航
空機の衝突等による損壊の被害が生じても対処可能であることを確認す
るなど,可搬型重大事故等対処設備についての保管場所及びアクセスル
ートについても検討を加え,対処方針の成立性を確認した。(甲152,
乙95の1,乙113)
原子力規制委員会の判断の合理性(主に耐震安全性について)
ア新規制基準では,使用済燃料ピットに関する耐震重要度分類は,使用済
燃料を貯蔵するための施設がSクラスとされ,高度の耐震安全性を求めら
れる一方で,使用済燃料を冷却するための施設はBクラスとされている(前
済燃料の冠水状態が維持されていれば,その崩壊
熱は除去され,その健全性が維持されるところ,新規制基準は,仮に使用
済燃料を冷却するための施設が機能を喪失しても,可搬型代替注水設備等
の地震や津波の影響を受けない代替的な注水・冷却手段を配備することに
よって使用済燃料ピットの安全性を確保しようとしているものと解される。
そして,使用済燃料を冷却するための施設が機能を喪失しても,直ちに使
用済燃料の損傷が生じるわけではなく,ピット水の水位が危険な状態に低
使用済燃料を冷却するための施設については耐震重要度分類をBクラスと
しつつも,信頼性の高い代替的な注水・冷却手段を通じて使用済燃料ピッ
トの安全性を確保しようとした新規制基準の規制内容には十分な合理性が
あるといえる。
その上で,新規制基準では,使用済燃料ピットの冷却機能又は注水機能
が失われることによって想定される事故等に対して,燃料損傷防止対策を
講じることやその対策に必要な措置が使用済燃料の安全性を確保するため
の一定の条件を満たしていることが求められ,また,使用済燃料ピットの
冷却機能の喪失やピット水の水位低下が生じた場合に使用済燃料の冷却等
を可能とするための設備や臨界を防止するために必要な設備の整備等が求
に対する判断(前記3)において説示したとおり新規制基準の耐震安全性
に関する基準に合理性が認められることも併せ考慮すれば,使用済燃料ピ
ットの安全性に関する新規制基準の内容に不合理な点は認められない。な
お,竜巻及びテロ等に対する使用済燃料ピットの安全性に関する新規制基
て説示する。
イ本件使用済燃料ピットの安全性に関する原子力規制委員会の調査審議及
び判断の過程等についてみると,本件原発の耐震設計方針に合理性が認め
いて説示したとおりであるが,これに加え,使用済燃料を冷却する設備を
含め本件使用済燃料ピットに関する施設等の評価基準値(許容値)は本件
基準地震動による評価値を上回っていること(乙94),本件ストレステ
ストにおいて本件使用済燃料ピットに係るクリフエッジとして特定された
事象は「斜面崩落による給水作業困難」であるが,その耐震裕度は1.8
Ssであり,「使用済燃料ピット損傷」の耐震裕度は2Ssとされたこと
に対して相応の余裕を持った耐震安全性が確保されているものと認めるの
が相当である。さらに,使用済燃料は,冠水状態が維持できていれば健全
性が損なわれることはないところ,本件使用済燃料ピットについては,可
搬式の消防ポンプを用いた注水冷却が可能な態勢が整えられており,可搬
型重大事故等対処設備の有効性ないし成立性も確認されていることに加え,
本件使用済燃料ピットにおける燃料損傷防止策や冷却等のための設備及び
手順等について,新規制基準の要求事項に応じた安全対策が整備され,実
際に消防ポンプによる注水,スプレイ注水,放水砲による注水等の多様な
料ピットの安全性を確保するための対策が講じられているものと評価する
ことができるというべきである。
そうすると,本件使用済燃料ピットの危険性が社会通念上無視し得る程
度にまで管理されているかという観点に照らしても,本件使用済燃料ピッ
トの安全性が新規制基準に適合するとした原子力規制委員会の調査審議及
び判断の過程等に看過し難い過誤,欠落は認められないというのが相当で
ある。なお,竜巻及びテロ等の危険性を考慮しても,この判断が左右され
ウ以上によれば,本件使用済燃料ピットの安全性について新規制基準に適
合するとした原子力規制委員会の判断に不合理な点はないと認めるのが相
当である。
債権者らの主張について
ア本件使用済燃料ピットの危険性について
債権者らは,本件基準地震動は極めて過小であり,これに対する安全
性が確認されても,本件原発の安全性を確保したことにはならないし,
基準地震動を超えない地震であっても,本件使用済燃料ピットの冷却設
備を損壊させる具体的可能性があると主張する。
動の合理性)に対する判断(前記2)において説示したとおりであるし,
本件使用済燃料ピットの冷却設備の耐震重要度分類がBクラスであった
としても,本件基準地震動に対する使用済燃料の健全性が維持されると
らの主張は採用できない。
また,債権者らは,本件使用済燃料ピットが全交流電源喪失から3日
を経ずして危機的状況に陥るとして,本件使用済燃料ピットが安全性を
欠いていると主張するが,本件原発における重大事故等に対する対策の
有効性評価によって,事故を検知してから消防ポンプによる注水を開始
できるまでの時間は6.5時間であることが確認されており,本件使用
済燃料ピットの水位が放射線の遮へいが維持される最低水位に達するま
での時間である約2.1日と比較してもかなりの時間的余裕があるとい
波の重畳時という厳しい条件下を前提に,現地調査や訓練実績も踏まえ
て復旧作業の成立性を確認し,その場合の本件使用済燃料ピットへの給
水確保に必要な時間が約19.5時間(漂流船がある場合には約21時
失に陥ったとしても,そのことから,本件使用済燃料ピット内の使用済
燃料が損傷するに至るおそれが生じるとはいえない。
なお,債権者らは,使用済燃料の移送時等に事故の危険性が高い旨を
主張するが,債権者らが主張するような事故が発生する具体的な危険性
をうかがわせる疎明資料はなく,採用できない。
債権者らは,NRCは,使用済燃料プールについて,①崩壊熱の高い
新しい使用済燃料と古い使用済燃料を市松模様状に配置する,②電源を
必要としない外部注水及びスプレイラインを敷設するという具体的な対
策を求めているが,本件原発では,容易に実施可能な①を実施せず,②
についても可搬設備の配備にとどめる弥縫策を講じたにすぎないと主張
する。
しかし,市松模様状の配置を含めた分散配置は,使用済燃料ピットの
冷却効果を向上させることで,使用済燃料ピットの水位低下を想定した
燃料損傷防止対策の一つとなり得るということにすぎず(乙101),
使用済燃料ピットの安全性を確保する上で必須の処置とはいえないので
あるから,債務者においては,こうした新たな知見を積極的に採用し,
本件原発の安全性をより高度なものとすることが求められるのは当然と
しても,使用済燃料の分散配置がされていないことをもって,本件使用
済燃料ピットの安全性に欠けるところがあるとはいえない。なお,使用
済燃料の健全性を維持するために多様な給水手段が確保されるのであれ
ば,その手段が可搬設備によるものであるからといって,弥縫策を講じ
たにすぎないと断じることはできないのであり,可搬設備であることを
問題視する債権者らの上記主張は採用できない。
債権者らは,本件使用済燃料ピットにおいて稠密化を実施したことに
より,実効増倍率が高まり,臨界事故等が発生する危険があると主張す
る。
しかし,債務者は,本件使用済燃料ピットにおいて稠密化を実施する
に当たり,アメリカにおける基準(ANSI/ANS-57.2)では,実効増倍率の
評価基準値(許容値)を0.95ないし0.98とし,0.95より大
きい値を採用する場合は,解析上の不確定性を詳細に評価することとさ
れていることを踏まえ,ラックの製作公差(工作物の許容される誤差の
最大寸法と最小寸法との差),ラック内の偏心(使用済燃料の片寄り)
による不確定性への影響及び燃料製作公差に伴う影響といった解析上の
不確定性を詳細に評価することを理由として,評価基準値(許容値)を
0.98とした上で,実際に上記の公差や影響を詳細に評価したほか,
中性子の減速材となるほう酸の存在を考慮しないなどの保守的な条件設
定をして実効増倍率を算定し,これが評価基準値(許容値)を下回るこ
とを確認したことが認められる(乙98)から,債務者が実施した本件
使用済燃料ピットにおける稠密化については,国際的な水準に合致する
安全性が確保されているものということができる。したがって,この点
に関する債権者らの主張は理由がない。
債権者らは,ライニングの破断等によってピット水が漏えいする危険
性があると主張する。
しかし,債務者は,本件使用済燃料ピットのライニングについては,
コンクリート躯体部分に埋込金物を取り付けた後にライニングを溶接す
る方法を採用することで,溶接時の熱変形を抑え,溶接の確実性を高め
ている上,浸透探傷試験,真空漏えい試験,使用前検査を実施し,ライ
ニングの構造や強度に欠陥がないことを確認していることが認められ
(乙125),他に本件使用済燃料ピットのライニングに欠陥があるこ
とをうかがわせる疎明資料もない。
なお,債権者らは,コンクリートとステンレス鋼板の熱膨張率の差か
ら生じる温度変化によるひずみによって,ライニングの損傷が生じる旨
を主張する。しかし,使用済燃料ピット冷却系配管の破断を想定事故と
した場合であっても,ピット水の水温が40℃から100℃に到達する
イニングとコンクリートの熱膨張率の差によって損傷が生じた事例や実
証試験が存在することをうかがわせる疎明資料はないし,ピット水が1
00℃に上昇する事象を前提としても,ライニングに生じる変形(ひず
み)は軽微であることが認められ(乙189),債権者らが提出する意
見書(甲409)で示された計算式を前提にしても,ライニングに生じ
る変形の程度は明らかではなく,ライニングが損傷に至るか否かは明ら
かではないといわざるを得ないことを考慮すると,ピット水の水温の上
昇によってライニングが破損する具体的な危険性があるとはいえない。
債権者らは,本件原発の再稼働によって使用済燃料が増加し,地震発
生時に使用済燃料の集中が起こり,再臨界や使用済燃料の溶融等の危険
が生じると主張するが,使用済燃料ピットの耐震重要度分類は,使用済
燃料の集中を防止する燃料ラックも含めてSクラスであり,Sクラスの
震安全性の相当性)に対する判断(前記3)において説示したとおりで
ある(なお,本件ストレステストにおいても,燃料ラックは,過去の実
証試験や個別評価等で安全機能喪失に至るまで大きな耐震裕度が確認さ
れているものとして,評価の対象外とされている(甲118,119各
貯蔵する使用済燃料が増加するからといって,貯蔵された使用済燃料の
集中が生じるといった安全上の具体的な問題が生じるとは認められず,
他に債権者らの上記主張を裏付ける的確な疎明資料はない。
イ堅固な施設によって防御を固める必要性について
原子炉格納容器と同様の防御の必要性
債権者らは,使用済燃料も原子炉格納容器内の炉心と同様に外部から
の不測の事態に対して堅固な施設によって防御を固められる必要がある
と主張する。
そこで検討すると,原子炉格納容器は,事故時に原子炉や1次系冷却
設備から放出される放射性物質などの有害な物質の漏えいを防止するこ
とを目的とし,LOCA時等に圧力障壁となり,かつ,放射性物質の放
散に対する最終障壁を形成するものとされていることが認められ(乙9),
新規制基準においても,原子炉格納容器の意義については「一次冷却系
統に係る発電用原子炉施設の容器内の機械又は器具から放出される放射
性物質の漏えいを防止するために設けられる容器」(設置許可基準規則
2条2項36号)とされているのであるから(乙17,90),原子炉
格納容器は,外部からの不測の事態に対する防御ではなく,1次冷却材
の喪失等が発生した場合に,内部から放射性物質を含む高温,高圧の水
蒸気(水)が万が一にも周辺環境へ放出されることを防止するために設
けられるものと認められる。
そうすると,LOCA等によって高温高圧の1次冷却材が漏えいした
場合のように,内部から放射性物質を含む高温高圧の水蒸気等が周辺環
境へ放出される危険があるのであれば,原子炉格納容器のような堅固な
施設によって防御を固める必要があるといえるが,冠水状態が保たれて
いれば健全性が確保される使用済燃料については,冷却機能を喪失した
り,ピット水の水位の低下が生じたりしたとしても,直ちに放射性物質
を含む高温高圧の水蒸気等が放出されるような事態に陥ることは想定さ
れないというべきであるから,原子炉格納容器のような堅固な施設によっ
て防御を固めていないことをもって,本件使用済燃料ピットの安全性に欠
けるところがあるとはいえない。
なお,債権者らは,福島原発事故を根拠に本件使用済燃料ピットを堅
固な施設で防御すべきと主張するが,福島第一原発の使用済燃料プール
が構内道路から約30m上方に設置されているのに対し,本件使用済燃
料ピットは,構内道路と近接し,道路と同じ高さに設置されているため
外部からのアクセス性に優れているといえ,また,福島第一原発とは異
なり,本件使用済燃料ピットには他の施設と共用の排気ラインがなく,
水素の流れ込みによる水素爆発のおそれもないなど,両者の設置位置及
び構造は異なっていることが認められるのであり(乙113),これら
を同列に論じることはできない。
以上より,使用済燃料が原子炉格納容器内の炉心と同様,堅固な施設
によって防御を固められる必要があるとする債権者らの主張は採用でき
ない。
竜巻及びテロ等の危険性
a竜巻の危険性
債権者らは,飛来物の衝突や水の吸い上げなど竜巻を原因とする本
件使用済燃料ピット等の損傷・機能不全により,放射性物質が周辺環
境に放出される危険があると主張する。
しかし,新規制基準では,竜巻を始めとする自然現象の影響を考慮
認められないというべきである。
また,債務者は,我が国で過去に発生した最大の竜巻を参照して基
準竜巻を設定し,これに余裕を持たせた風速による設計竜巻荷重に対
する安全性評価を行い,風圧力による荷重,評価対象施設内外の気圧
差による荷重及び飛来物の衝撃荷重をそれぞれ設定し,施設等の安全
性を確認するとともに,飛来物に対する対策を講じており,本件使用
済燃料ピットについても,竜巻の影響により,仮に飛来物でライニン
グが損傷したとしても,有意なピット水の水位低下は生じず,かつ,
給水等によって使用済燃料の冠水状態を維持することが可能であるこ
とが確認されている
巻の危険性は,いずれも具体的な根拠に乏しいものというほかない。
そうすると,竜巻の危険性が社会通念上無視し得る程度にまで管理
されているか否かという観点から,債権者らの主張を踏まえても,こ
れに関する具体的審査基準に不合理な点はなく,本件使用済燃料ピッ
トの竜巻に対する安全性が新規制基準に適合するとした原子力規制委
員会の調査審議及び判断の過程等に看過し難い過誤,欠落は認められ
ないというのが相当である。
bテロ等の危険性
故意による大型航空機の衝突,ミサイルによる攻撃,いわゆる拡大
自殺に伴う破壊行為,核物質の奪取等を目的とする組織的なテロ行為,
サイバーテロ等については,そのような事象が故意行為によって発生
させられるものである以上,その発生確率の低さのみを根拠に安全性
が確保されているということはできない。そして,本件原発において,
一たび大型航空機やミサイルによる大規模なテロ等が起こった場合に
は,それに十分に耐えるだけの堅固性を使用済燃料ピットに期待する
ことは困難というほかなく(甲258,259),炭素鋼製の原子炉
格納容器であっても大規模損壊に至る可能性は否定できないというべ
きであるが,大規模なテロ等に対しては,そのような事象によって原
子炉格納容器や使用済燃料ピットに大規模損壊が生じた場合を想定し,
周辺環境への放射性物質の放出低減を最優先に考えた対応を行うとい
う方針を採用することには合理性があるというべきである。そして,
重大事故等防止技術的能力基準では,大規模なテロ等によって大規模
損壊が生じた場合を想定し,特定重大事故等対処施設を設置するとと
もに,可搬型の各種設備等を配備することによって大規模損壊に対応
できるよう,適切な手順の整備を求めているのであり,その内容を不
合理であるということはできない。
これに加え,アメリカでは,大規模なテロ等に対する規制として,
使用済燃料ピットに対する水補給(別系統の利用,外部補給,外部ス
プレイ)が示されているところ,原子力規制委員会が作成した審査基
準においても,アメリカが定める手順と同様のものが整備されている
ことが認められ(乙113),新規制基準が要求する大規模なテロ等
への対策は,国際的な水準に合致するものといえることを考慮すると,
大規模なテロ等への対策に関する新規制基準の内容に不合理な点はな
いと認めるのが相当である。
また,債務者は,本件原発において,重大事故等に対処する設備等
を整備し,可搬型の各種設備等については,その保管場所及びアクセ
スルートについても検討を加えるなどして対処方針の成立性を確認す
対応し,さらに,意図的な航空機衝突等の対処として安全性・信頼性
向上のため,空冷式除熱装置(熱交換器)等の設置検討を進めるとと
もに,防災訓練のほか過酷事故時の対応能力向上のための各種取組や
発電所指揮者の訓練・教育等を実施しているのであるから(甲261,
263),大規模なテロ等に対する債務者の対策には合理性が認めら
れるというべきである。
さらに,新規制基準では,侵入者への対策や出入管理を行い,危険
物の持込みを防止することや,サイバーテロも含めた不正アクセス行
理的である。そして,債務者は,本件原発の原子炉建屋周辺について,
区域ごとに人の出入りを管理し,危険物の持込みを制限するとともに,
不審者の侵入に対する警戒態勢を整え,また,重要な情報システムに
ついては外部からのアクセスを遮断する設計とすることでサイバーテ
ロへの対策を講じているのであるから(
テロ行為やサイバーテロ等への対策についても合理性が認められると
いうべきである(なお,侵入者によるテロ行為やサイバーテロによっ
て大規模損壊に至った場合の対策については,上記の大規模なテロ等
の場合と同様である。)。
以上に加え,本件原発がテロ等の標的となる現実的かつ具体的な蓋
然性がどの程度あるのか,仮に標的となったとして,テロ等が実行に
移される蓋然性がどの程度あるのか,仮に実行に移されたとして,本
件原発の原子炉格納容器や本件使用済燃料ピットにテロ等による攻撃
が命中するなどし,大規模損壊にまで至る蓋然性がどの程度あるのか
は明らかではなく,本件原発が具体的に何らかのテロ等の標的になっ
ていることをうかがわせる疎明資料もない(なお,債権者らが,テロ
等の危険性やテロ等による被害想定がされていたことなどを示すもの
として提出する疎明資料(甲414~427)は,いずれも本件原発
に対するテロ等の具体的な危険を裏付けるものとはいえない。)こと
を併せ考慮すれば,現時点においては,債務者の講じている対策をも
って,テロ等の危険性は社会通念上無視できる程度にまで管理されて
いるかという観点に照らしても,テロ等の危険性に関する具体的審査
基準に不合理な点はなく,本件原発の大規模テロ対策が新規制基準に
適合するとした原子力規制委員会の調査審議及び判断の過程等に看過
し難い過誤,欠落は認められないというのが相当である。
ウまとめ
以上によれば,債権者らの種々の主張を踏まえても,使用済燃料ピット
の安全性について新規制基準に適合するとした原子力規制委員会の判断に
当である。

津波の危険性
ア認定事実
前記前提事実,各項の末尾に掲記の疎明資料及び審尋の全趣旨によれば,
以下の事実が認められる。
新指針における津波に対する規制
新指針では,地震随伴事象に対する考慮として,施設の供用期間中に
極めてまれではあるが発生する可能性を想定することが適切な津波によ
っても,施設の安全機能が重大な影響を受けるおそれがないことを確認
することが明記された。(甲120,122)
新規制基準における津波に対する規制
新規制基準では,設計基準対象施設は,基準津波に対して「安全機能
が損なわれるおそれがないものでなければならない」(設置許可基準規
則5条)とされ,基準津波については,「最新の科学的・技術的知見を
踏まえ,波源海域から敷地周辺までの海底地形,地質構造及び地震活動
性等の地震学的見地から想定することが適切なものを策定すること」と
されるとともに,津波の発生要因として,「地震のほか,地すべり,斜
面崩壊その他の地震以外の要因,及びこれらの組合せによるものを複数
選定し,不確かさを考慮して数値解析を実施し,策定すること」(設置許
可基準規則解釈別記3第5条1項)とされた。
さらに,地震に伴う津波については,プレート間地震,海洋プレート
内地震,海域の活断層による地殻内地震等を考慮し,「津波発生要因に
係る敷地の地学的背景及び津波発生要因の関連性を踏まえ,プレート間
地震及びその他の地震,又は地震及び地すべり若しくは斜面崩壊等の組
合せについて考慮すること」(同条2項1号)とされた。
また,基準津波による遡上津波については,「敷地周辺における津波
堆積物等の地質学的証拠及び歴史記録等から推定される津波高及び浸水
域を上回っている」とともに,「行政機関により敷地又はその周辺の津
波が評価されている場合には,波源設定の考え方及び解析条件等の相違
点に着目して内容を精査した上で,安全側の評価を実施するとの観点か
ら必要な科学的・技術的知見を基準津波の策定に反映すること」(同項
5号)とされた。そして,津波の調査においては,「必要な調査範囲を
地震動評価における調査よりも十分に広く設定した上で,調査地域の地
形・地質条件に応じ,既存文献の調査,変動地形学的調査,地質調査及
び地球物理学的調査等の特性を活かし,これらを適切に組み合わせた調
査を行うこと」とされるとともに,「津波の発生要因に係る調査及び波
源モデルの設定に必要な調査,敷地周辺に襲来した可能性のある津波に
係る調査,津波の伝播経路に係る調査及び砂移動の評価に必要な調査を
行うこと」(同項7号)とされた。
なお,基準津波の策定の過程に伴う不確かさの考慮については,耐津
波設計上の十分な裕度を含めるため,「基準津波の策定に及ぼす影響が
大きいと考えられる波源特性の不確かさの要因(断層の位置,長さ,幅,
走向,傾斜角,すべり量,すべり角,すべり分布,破壊開始点及び破壊
伝播速度等)及びその大きさの程度並びにそれらに係る考え方及び解釈
の違いによる不確かさを十分踏まえた上で,適切な手法を用いること」
(同項6号)とされた。(乙17,90)
本件原発の津波評価
a過去の津波の調査
債務者は,日本海における津波に関し,各種文献の調査を実施して記
録を確認し,日本海沿岸に大きな被害をもたらした津波としては,昭和
58年日本海中部地震及び平成5年北海道南西沖地震による津波があり,
また,地震以外を直接的な要因とする日本海における津波の記録として
は,火山活動に伴う山体崩壊を要因とする寛保1年(1741年)の渡
島沖地震の際の津波があることを確認した。
また,債務者は,若狭湾における津波の痕跡に関するデータ拡充を図
ることを目的として,日本原子力発電株式会社及び独立行政法人日本
原子力研究開発機構と共同で津波堆積物調査を実施し,若狭湾沿岸の
三方五湖周辺,久々子湖東方陸域及び猪ヶ池において,ボーリングに
より完新世(約1万年前以降)の地層をカバーするように試料を採取
し,津波堆積物の有無を調査した。その結果,本件原発の安全性に影
響を及ぼすような規模の津波の痕跡は認められなかった。(乙12,
27,29,73)
b地震に起因する津波の検討
債務者は,既往津波の再現性の検討として,昭和58年日本海中部
地震及び平成5年北海道南西沖地震による津波について,数値シミュ
レーションを実施して本件原発の敷地周辺の痕跡高と比較したところ,
再現性が良好であることから,数値シミュレーションにおいて用いる
解析モデル及び計算手法を妥当と判断した。
その上で,債務者は,地震による津波が本件原発に及ぼす影響を検
討するため,文献調査及び敷地周辺の地質調査結果を踏まえて,本件
原発に対して大きな水位変動を及ぼす津波の波源となる可能性のある
断層として,①本件原発の敷地周辺の海域活断層及び②日本海で大き
な地震の震源域となっている日本海東縁部(日本海の北海道北西沖か
ら佐渡島北方にかけての領域)の断層を検討することとした。そして,
本件原発の敷地周辺の海域活断層については,阿部(1989)(阿部
勝征「地震と津波のマグニチュードに基づく津波高の予測」)におい
て示されている津波の波源となる地震の規模と津波の伝播距離により
津波高さを概算する簡易予測式を用いた手法により,本件原発の敷地
に到達する推定津波高さを検討したところ,推定津波高さが1m以上
となる海域活断層は,和布-干飯崎沖~甲楽城断層,大陸棚外縁~B
~野坂断層,三方断層及びFO-A~FO-B~熊川断層の四つとな
り,これらを検討対象として抽出した。また,日本海東縁部の断層に
ついては,北海道沖から新潟県沖までの広範囲な海域に,検討用対象
断層としてMw7.85の基準断層モデルを設定した。
そして,債務者は,上記の各断層について,不確かさの因子である
広域応力場,断層の位置・傾斜・走向等を合理的と考えられる範囲で
変化させた数値シミュレーションを多数実施するパラメータスタディ
を行い,水位変動量の大きい大陸棚外縁~B~野坂断層及びFO-A
~FO-B~熊川断層の二つを検討対象波源として選定した。なお,
パラメータスタディの結果,日本海東縁部の断層については,敷地周
辺の海域活断層に比べて水位変動量が小さかったため,これを検討対
象波源として選定しないこととした。
その上で,債務者は,検討対象波源について,上記パラメータスタ
ディにおいて水位変動量が最大となったケースの諸元を用いて,海底
地形等を更に詳細にモデル化した数値シミュレーションを行い,本件
原発の敷地に複数設定した各評価点(水位上昇の評価については,取
水路閉塞部前面,3,4号機循環水ポンプ室,3,4号機海水ポンプ
室,放水口前面及び放水路(奥),水位下降の評価については3,4
号機海水ポンプ室。以下,併せて「本件評価点」という。)における
津波水位を算出した。
なお,債務者は,水位下降の評価においては,FO-A~FO-B
~熊川断層の地盤隆起量を0.23mとして評価した。(乙12,2
7,73)
c地震以外に起因する津波の検討
海底地すべりについて
債務者は,旧地質調査所(独立行政法人産業技術総合研究所地質
調査総合センター)が作成した海底地質図等に基づき,本件原発の
北西海域に広がる隠岐トラフの付近に海底地すべり地形群が広範囲
にわたって存在することを確認し,この海底地すべり地形群につい
て,既往の海上音波探査記録の再解析を行い,海底地すべり地形の
有無を詳細に確認した。その結果,隠岐トラフの南東側及び南西側
の水深約500ないし1000m付近の大陸斜面に馬蹄形をした3
8の海底地すべり跡を抽出し,これらを位置及び向きにより大きく
三つのエリアに分け,各エリアの海底地すべり地形について,海上
音波探査記録により崩壊部の鉛直断面積が最も大きい海底地すべり
地形を抽出した。
その上で,各エリアの最大規模の海底地すべり地形について,高
分解能音波探査記録等を用いて地すべりによる海底地形の変化を算
出した上で,海底地形の変化に伴う海面の挙動を想定するとともに,
その海面の挙動がどのように伝わるかを数値シミュレーションによ
り計算して,本件評価点における津波水位を算出した。その際,債
務者は,Wattsetal.(2005)(Wattsetal.「Tsunami
GenerationbySubmarineMassFailure.Ⅱ:PredictiveEquations
andCaseStudies」)等による予測式及び佐竹・加藤(2002)
(佐竹健治・加藤幸弘「1741年寛保津波は渡島大島の山体崩壊
によって生じた」)において用いられた運動学的海底地すべりモデ
ル(Kinematicモデル)による予測方法を用いて,潮汐による水位
変動等も考慮して本件評価点の津波水位を評価した。(乙12,2
7,73)
陸上地すべりについて
債務者は,独立行政法人防災科学技術研究所の地すべり地形分布
図データベースのうち,本件原発から半径約10km以内にある地
すべり地形を対象に,本件原発に影響を及ぼす津波を発生させる陸
上地すべり地形が存在するエリアを抽出し,さらに,空中写真・航
空レーザー測量結果による地形判読及び現地踏査を実施して地すべ
り地形を抽出した。さらに,債務者は,抽出された地すべり地形に
ついて,HuberandHager(1997)(Huber,A.andW.H.Hager
「Forecastingimpulsewavesinreservoirs」)に示される水位予
測式を適用した結果を踏まえ,検討対象の陸上地すべり地形を選定
した。
その上で,債務者は,詳細な地形判読及び現地踏査の結果に加え,
福井県による地すべり調査結果も参考にして,地すべり範囲,崩壊
土砂量等を想定した上で,土砂崩壊シミュレーションを実施し,地
すべりによる崩壊土砂が海面に突入する際の海面の挙動を計算する
とともに,初期水位形状の算出に際してはWattsetal.(2005)
等による予測式及び佐竹・加藤(2002)による運動学的手法に
よる予測方法を用い,潮汐による水位変動等も考慮して本件評価点
における津波水位を評価した。(乙12,27,73)
火山現象について
債務者は,火山現象に起因する津波については,独立行政法人産
業技術総合研究所地質調査総合センターの活火山データベースや文
献調査,若狭湾沿岸における津波堆積物調査の結果(前記a)等か
ら,本件原発の安全性に影響を及ぼすような大きな水位変動をもた
らした火山現象に起因する津波の痕跡は認められないと判断し,火
山現象による津波が本件原発に与える影響はないと評価した。(乙
12,27,73)
d行政機関の波源モデルを用いた津波の検討
債務者は,国及び日本海に面する各地方自治体が実施した津波の検
討のうち,本件原発に対して比較的大きな水位変動をもたらす可能性
のあるものとして,福井県が想定した若狭海丘列付近断層の波源モデ
ル(以下「福井県モデル」という。),秋田県が想定した日本海東縁
部の断層の波源モデル(以下「秋田県モデル」という。)及び国土交
通省・内閣府・文部科学省の「日本海における大規模地震に関する調
査検討会」が想定した若狭海丘列付近断層及びFO-A~FO-B~
熊川断層の波源モデル(以下「検討会モデル」という。)を検討した。
まず,福井県モデルについては,断層長さが90kmと想定されて
いるところ,債務者は,文献調査及び海上音波探査の再解析の結果,
福井県モデルが想定する90kmに及ぶ一連の海域活断層は認められ
ないことを確認したが,保守的に評価する観点から,福井県モデルが
想定した断層長さを前提とした波源モデルによって数値シミュレーシ
ョンを実施し,本件評価点の津波水位を評価した。
また,債務者は,複数の自治体が実施している日本海東縁部の津波
の検討のうち,地震規模が最も大きい秋田県モデルを検討することと
した。そして,債務者は,秋田県モデルでは,断層長さが複数の領域
の断層が連動するとして350km,地震発生層の下端深さが海底面
下46kmと設定されているところ,日本海東縁部における地震はお
おむね1000年程度の間隔で発生していることなどから,本件原発
の供用期間中に秋田県モデルが想定する断層長さの地震が発生する可
能性は極めて低いと判断し,また,地震発生層の下端深さについても,
日本海東縁部はプレートの沈み込みが生じておらず,地震発生層はお
おむね15kmより浅いから,地震発生層の下端深さが海底面下46
kmに達することは想定し難いと判断したが,保守的に評価する観点
から,秋田県モデルを前提とした数値シミュレーションを実施し,本
件評価点の津波水位を評価した。
さらに,債務者は,検討会モデルについて,基準津波として選定さ
れている若狭海丘列付近断層(断層長さ87km)及びFO-A~F
O-B~熊川断層(断層長さ60km)の波源モデルを用いて検討す
ることとし,概略計算による津波の数値シミュレーションを実施し,
債務者による津波水位評価結果と同程度以上の津波水位となった波源
について,更に詳細な数値シミュレーションを実施して本件評価点の
津波水位を評価した。(乙12,27,73)
e津波の組合せに関する検討
さらに,債務者は,津波を発生要因ごとに検討するだけでなく,地
震とその地震に起因する地すべりが重畳して発生する津波を検討する
こととし,若狭海丘列付近断層と隠岐トラフ海底地すべりの組合せ及
びFO-A~FO-B~熊川断層と陸上地すべりの組合せを検討対象
とし,その上で,地震に起因する津波とそれに組み合わせる地すべり
に起因する津波について,単体組合せによる計算を行って,最も厳し
い組合せのケースを抽出した。
なお,海底地すべりの発生時間の不確かさを考慮し,各海底地すべ
り地形における地すべりが若狭海丘列付近断層の地震による地震動の
継続時間内のいずれかのタイミングで発生するとの条件を設定した。
また,FO-A~FO-B~熊川断層と陸上地すべりの組合せによる
津波の影響についても,陸上地すべりの発生時間の不確かさを考慮し,
FO-A~FO-B~熊川断層の地震による地震動の継続時間内のい
ずれかのタイミングで,陸上地すべりが発生するとの条件を設定して
評価を行い,最も厳しい組合せのケースを抽出した。(乙12,27,
73)
f基準津波の策定
債務者は,以上の評価結果から,本件原発に最も大きな影響を及ぼ
すおそれがある津波を選定し,選定した津波に係る地震と地すべりの
組合せについて,二つの波源による津波の一体計算を行い,本件評価
点における津波水位が最も厳しくなるケースを選定した。
その結果,若狭海丘列付近断層(福井県モデル)と隠岐トラフ海底
地すべりの組合せのうち,発生時間のずれが78秒のケースを基準津
波1,FO-A~FO-B~熊川断層と陸上地すべりの組合せのうち,
発生時間のずれが54秒のケースを基準津波2として選定した。そし
て,各基準津波における本件評価点における水位上昇の最大値は,取
水路閉塞部前面が+5.5m,3,4号機循環水ポンプ室が+2.4
m,3,4号機海水ポンプ室が+2.5m,放水口前面が+5.3m,
放水路(奥)が+6.2mとなり,水位下降の最大値は,3,4号機
海水ポンプ室が-2.0mとなった(以下,本件原発に係る基準津波
を「本件基準津波」という。)。
なお,債務者は,本件基準津波による水位上昇側の年超過確率は1
0-4
~10-5
/年程度(1万ないし10万年に1回程度),水位下降側
の年超過確率は10-4
~10-7
/年程度(1万ないし1000万年に1
回程度)と算定した。(乙12,27,73)
g入力津波の策定
さらに,債務者は,基準津波を踏まえた上で,本件基準津波の検討
過程で算出した単体組合せの結果も含めて本件評価点において水位変
動が最大となる数値に,朔望平均のばらつきとして上昇側に+0.1
5m,下降側に-0.17mの水位変動を考慮した入力津波(施設の
津波に対する設計を行うために,津波の伝播特性及び浸水経路等を考
慮して,それぞれの施設に対して設定するもの)を策定した。
その結果,入力津波高さは,取水口前面が+4.7m,取水路閉塞
部前面が+6.2m,3,4号機循環水ポンプ室前面が+2.9m,
3,4号機海水ポンプ室前面が+2.8m,放水口前面が+6.2m,
3,4号機放水口前面が+6.0m,放水路(奥)が+6.7m,防
潮扉前面が+6.6mとなり,水位下降の最大値は,3,4号機海水
ポンプ室前面が-2.5mとなった。(乙12,73,176)
本件ストレステスト
a債務者は,本件ストレステストにおいて,津波に起因して燃料体等
の損傷に至る起因事象として,「主給水喪失」,「外部電源喪失」,
「過渡事象」,「補機冷却水の喪失」,「炉心損傷直結」の五つの事
象を選定し,これらに対する影響緩和に必要な機能を抽出し,イベン
トツリーを作成して収束シナリオを特定した。
その結果,債務者は,津波の高さが3.85mで「補機冷却水の喪
失」が発生し,これによって「主給水喪失」及び「過渡事象」が発生
し,津波の高さが4.0m以上になると「外部電源喪失」が発生し,
津波の高さが10.8m以上になると,建屋内の機器のほとんどが浸
水・水没するため重要な制御・保護機能が不能となり,「炉心損傷直
結」に至るものと評価した。その上で,債務者は,「補機冷却水の喪
失」及び「外部電源喪失」の収束シナリオを検討したところ,電動又
はタービン動補助給水ポンプによる蒸気発生器への給水を行い,現場
の手動操作により主蒸気逃し弁を開放して熱放出を行い,蓄圧注入に
よるほう酸水の給水により未臨界性を確保するなどすることで炉心の
損傷が回避されるため,「補機冷却水の喪失」及び「外部電源喪失」
の収束シナリオの許容津波高さはいずれも10.8mとなるが,この
許容津波高さは「炉心損傷直結」の津波高さでもあり,これを本件原
発の津波によるクリフエッジとして特定した。
また,債務者は,本件使用済燃料ピットに係るクリフエッジについ
ては,福島原発事故後に実施された緊急安全対策整備後においては,
消防ポンプを用いて海水を本件使用済燃料ピットに供給することで冷
却が可能となっ
0mをクリフエッジと特定した。(甲118,119)
b原子力安全・保安院は,津波による起因事象の選定やクリフエッジ
の特定の妥当性を確認し,津波によるクリフエッジについての債務者
の評価結果を妥当なものと判断した。(乙79)
原子力規制委員会による審査
原子力規制委員会は,債務者が実施した津波評価の内容について審査し,
本件基準津波は,津波の発生要因として,地震のほか,地すべり,斜面崩
壊その他の地震以外の要因及びこれらの組合せによるものを複数選定し,
不確かさを考慮して適切に策定しているとして,新規制基準に適合すると
判断した。
また,原子力規制委員会は,債務者の耐津波設計方針について,本件
基準津波の波源から保守的な設計又は評価となるような配慮を加えて入
力津波高さや速度を設定し,潮汐による水位変動,高潮による水位変動,
地殻変動による隆起の影響も考慮して保守的な評価をする方針であるこ
とを確認し,また,津波防護の方針についても,津波の流入する可能性
を網羅的に検討した上で,津波防護施設,浸水防止設備,津波監視設備
等を配置するなど,津波の流入を防止する方針がとられ,本件基準津波
によっても本件原発の安全機能が損なわれるおそれがないものと判断し,
新規制基準に適合すると判断した。
なお,原子力規制委員会は,耐津波設計方針に関する審査の過程にお
いて,債務者が敷地内に浸水した状態で事故対処等を行う方針としてい
たところ,津波防護施設等により敷地への浸水を防止することを求め,
また,債務者が取水路防潮ゲートの閉止について運転員による現場操作
によることを基本とする方針としていたところ,当該ゲートの閉止操作
について遠隔操作によることを基本とすべきと指摘した。これを受け,
債務者は,津波防護施設等の強化により敷地内に浸水させない対策を示
し,また,取水路防潮ゲートの動的機器であるゲート落下機構等を重要
安全施設として位置付け,遠隔操作を基本とする設計方針を示した。ま
た,債務者は,放水口防潮堤のかさ上げ等,浸水防止対策を強化する方
針を示すなど,審査の過程で耐津波設計方針の強化が図られた。(乙1
2,73)
本件原発における津波に対する安全対策
債務者は,福島原発事故後,原子炉及び本件使用済燃料ピットに対す
浸水防止策として,タービン動補助給水ポンプ等の安全上重要な設備が
津波により浸水することを防止するため,既存扉及び建屋貫通部の隙間
にシール施工等を行うことにより浸水防止措置を講じた。
なお,福島原発事故後の緊急安全対策を実施する前は,海水ポンプの
機能喪失により冷却不全となり,燃料体等の重大な損傷に至ると評価さ
れ,そのクリフエッジは3.85mと特定されていたところ,緊急安全
対策を実施した後は,海水ポンプの機能が喪失した場合でも,空冷式非
常用発電装置の配備とタービン動補助給水ポンプの水源の確保により,
海水系に頼らない冷却が可能となるとともに,扉及び貫通部にシール施
工等を行ったことによって,津波によるクリフエッジが改善されたもの
と評価した。
また,債務者は,安全上重要な設備の津波による浸水対策の強化を図
るため,水密扉への取替えを行った。
防護施設として,取水路防潮ゲート(海抜8.5m)及び放水口側防潮
堤(海抜8.0m)を設置し,本件基準津波が本件原発の敷地内に浸水
することを防止するための措置を講じた。なお,上記防潮堤については,
地震時の側方流動力及び地震後の津波波力等を考慮し,水平抵抗力に優
れる鋼管杭を採用し,杭の支持力については,国土交通省が定める技術
基準である道路橋示方書に基づいて評価し,摩擦杭の方式で支持力が確
保できることを確認するとともに,液状化の影響を低減させるため,岩
盤に至るまでの液状化層に対し薬液を注入し,杭の前後10mにわたっ
て,砂粒子の間隙水をシリカのゲル化物に置き換えることで液状化を防
止する浸透固化により地盤改良を実施した。なお,債務者は,繰返し非
排水三軸試験(液状化試験)により液状化に対する抵抗力を直接求める
などして地盤改良の効果を確認し,地盤改良が不十分と判断される場合
は,薬液の再注入等の対策を行うこととしている。(甲118,119,
301,乙12,27,73,129,179,182)
イ原子力規制委員会の判断の合理性
新規制基準の内容の合理性
新規制基準では,新指針と比較して津波に関する規制が大幅に充実さ
れ,基準津波の策定方法について具体的な規定も設けられ,その内容も,
地震のほか,地すべり,斜面崩壊その他の地震以外の要因及びこれらの
組合せによる津波を複数選定し,不確かさを考慮した数値解析を実施し
て策定することが求められ,さらに,基準津波の策定に当たっては,最
新の科学的・技術的知見を踏まえ,文献の調査に加え,変動地形学的調
査,地質調査及び地球物理学的調査等を適切に組み合わせた調査を広範
に行うことが求められるなど,最新の科学的・技術的知見に裏付けられ
た合理的根拠に基づく基準津波の策定が求められている(
また,基準津波による遡上津波は,敷地周辺における津波堆積物等の
地質学的証拠及び歴史記録等から推定される津波高さ及び浸水域を上回
っているとともに,行政機関により敷地又はその周辺の津波が評価され
ている場合には,波源設定の考え方及び解析条件等の相違点に着目して
内容を精査した上で,安全側の評価を実施するとの観点から必要な科学
的・技術的知見を基準津波の策定に反映することとされ,不確かさにつ
いても,耐津波設計上の十分な裕度を含めるため,各種の不確かさを十
これまでに蓄積されてきた津波に関する痕跡や知見を保守的な評価に用
い,かつ,不確かさも保守的に考慮することで,策定される基準津波が
過小なものとならないよう配慮されているといえる。
なお,新規制基準においても,最新の科学的・技術的知見の具体的内
容,調査の信頼性や精度を確保する具体的な方法,不確かさの具体的な
考慮方法等については,なお抽象的な記述にとどまっているともいえる
が,原子力規制委員会が専門的かつ中立的な観点から個別的かつ具体的
に審査するという基本的な枠組みは,基準地震動策定の基本的な枠組み
と共通するものといえ,そのような枠組みに十分な合理性があるといえ
示したとおりである。
以上によれば,新規制基準では,不確かさを考慮した保守的な評価に
よって基準津波を策定することが求められているのであり,津波の危険
性に関する新規制基準の内容に不合理な点はないと認めるのが相当であ
る。
調査審議及び判断の過程等の合理性
a債務者は,基準津波の策定に当たり,文献調査や津波堆積物調査に
よって過去の津波の調査を行なった上で,地震に起因する津波の発生
要因を抽出し,既往津波による再現性を確認し,科学的・技術的知見
に基づく数値シミュレーションの手法を用い,FO-A~FO-B~
熊川断層の3連動を前提とし,不確かさの因子となるパラメータを変
化させて水位変動量が最大となったケースの諸元を用いて本件評価点
を基礎とし,科学的・技術的知見に基づく信頼性のある手法を用いて
保守性に配慮した評価を行ったといえる。また,債務者は,地震以外
に起因する津波として海底地すべり及び陸上地すべりの双方について
検討し,各種調査結果に基づいて地すべり地形を把握した上で,発生
し得る最大規模の地すべりを想定し,複数の予測式を用いて評価を行
い,より厳しい結果を
知見に基づき,保守的な評価を行っている。さらに,債務者は,行政
機関において検討された波源モデルを用いた津波についても,断層の
守的な観点から多様な波源の評価を行っている。
その上で,債務者は,津波の組合せに関する検討を行い,地震とそ
の地震に起因する地すべりが重畳して発生する津波について,発生時
間の不確かさを安全側に考慮した上で,最も厳しい組合せのケースを
抽出して本件原発に最も大きな影響を及ぼすおそれがある津波を選定
し,詳細な一体計算を経て本件基準津波を策定しているのであるから
として,保守的な評価によって策定されたものといえる。
そして,本件基準津波の水位上昇側の年超過確率は10-4
~10-5
/年程度,水位下降側の年超過確率は10-4
~10-7
/年程度(前記ア
本件原発が
本件基準津波に十分に耐えることができるのであれば,本件原発の津
波に対する危険性が社会通念上無視し得る程度にまで管理されている
かという観点に照らしても,本件基準津波の策定について,原子力規
制委員会の調査審議及び判断の過程等に看過し難い過誤,欠落はない
と認めるのが相当である。
bさらに,債務者は,津波に対する安全対策を講じるに当たっては,
津波による水位上昇のみならず,水位低下に伴う海水の取水への影響
や,津波に伴う砂の堆積の影響も考慮し,本件原発の安全上重要な設
備が本件基準津波に対して安全機能を保持できることを確認しており
しかも,原子力規制委員会は,債務者による耐津波設計方針に関す
る審査の過程において,津波防護施設等により敷地への浸水を防止す
ることを求め,債務者によって浸水防止対策を強化する方針が示され
るなど,審査の過程で耐津波設計方針の強化が図られ,実際に本件原
発に本件基準津波を上回る高さの取水路防潮ゲート(海抜8.5m)
及び放水口側防潮堤(海抜8.0m)が設置されたのであるから(前
ているといえる。
以上に加え,本件原発においては,福島原発事故後,上記防潮堤の
設置のほか,扉及び貫通部にシール施工等を行い,安全上重要な設備
について水密扉への取替えを行うなどの浸水対策を実施していること
件原発においては,本件基準津波に対して十分に耐えることができる
設計方針となっているものと認めるのが相当である。
したがって,本件原発の耐津波設計方針が新規制基準に適合すると
した原子力規制委員会の調査審議及び判断の過程等に看過し難い過誤,
欠落は認められないというのが相当である。
まとめ
以上によれば,津波の危険性に関する具体的審査基準並びに本件基準
津波及び本件原発の耐津波設計方針についての原子力規制委員会による
調査審議及び判断の過程等について不合理な点はなく,本件原発の津波
に対する安全性が新規制基準に適合するとした原子力規制委員会の判断
に不合理な点はないと認めるのが相当である。
ウ債権者らの主張について
基準津波の策定について
a債権者らは,債務者による津波に関する伝承の考慮が不十分である
旨を主張する。
この点,「基準津波及び耐津波設計方針に係る審査ガイド」(甲2
94)においても,「基準津波を選定する際には,その規模が,敷地
周辺における津波堆積物等の地質学的証拠や歴史記録等から推定され
る津波の規模を超えていること」,「歴史記録については,震源像が
明らかにできない場合であっても規模が大きかったと考えられるもの
について十分に考慮されていること」が求められており,津波の評価
に当たっては,歴史記録等を十分に考慮する必要があるところ,天正
14年(1586年)に発生した天正地震については,若狭湾沿岸に
大津波が押し寄せたことをうかがわせる文献の記載があり,近時,福
井県高浜町の若狭湾沿いの地層から津波の痕跡らしい堆積物が発見さ
れたことが認められ(甲163,168,296),天正地震のほか
にも,山陰地方において万寿地震と呼ばれる地震の際に大津波が生じ
たという伝承や,美浜町の常神半島東側においても過去に大津波でく
るみ浦と呼ばれた地域にあった村が滅んだとの伝承があるなど,複数
の津波にまつわる伝承ないし伝説が存在することが認められる(甲1
64~166,297,298)。
しかし,天正地震については,被害状況から震源を津波が発生する
おそれのない内陸部とする分析もされている(乙32)。また,債務
者は,ボーリング調査及び試料分析による津波堆積物調査を実施すると
ともに,若狭湾沿岸の県市町村史誌(全36文献)を対象とした天正地
震による津波に関する記述の有無の確認や,若狭湾沿岸において比較的
標高が低くて海岸に近い,創建年代の古い神社13か所に対する聞き
取り及び現地調査を実施したが,いずれの調査においても,天正地震の
際に大規模な津波が発生したことを示唆するものはなく,原子力安全
・保安院においても,文献調査や津波堆積物調査等の結果は天正地震
による大規模な津波を示唆するものではないと考えられるとしている
(乙33,34)。さらに,原子力安全・保安院は,天正年間も含めて
データを拡充するため,津波堆積物について追加調査を行う旨の見解を
示したが(乙34),その後にそのデータ拡充を図ることを目的として
実施された津波堆積物追加調査(乙29)においても,天正地震によ
る津波を含め,完新世(約1万年前から現在まで)の期間に大規模な
そして,近
時,福井県高浜町の若狭湾沿いにおいて津波の痕跡らしい堆積物が発
見されている点については,現段階では,津波の痕跡であるか否かも
明確ではなく,仮に津波の痕跡であったとしても,津波の規模や性質,
本件原発敷地に対する影響の有無・程度は不明というほかない。そう
すると,今後の分析を通じて,最新の科学的・技術的知見に基づいて
若狭湾沿岸において大規模な津波が来襲していた可能性が新たに裏付
けられれば,債務者において,その事実を十分に考慮して津波の想定
を再度行うべきことは当然であるが,上記の痕跡が発見されたという
事情のみから,債務者において,天正地震による大津波が発生して
いた可能性を考慮しなかったことを不合理であるということはできな
い。
さらに,債権者らが指摘するその他の伝承ないし伝説についても,
その真偽自体が明らかとはいえないものであり,本件原発の敷地周辺
における津波の規模等は全く不明というほかないものであるから,債
務者がこれらの伝承ないし伝説を考慮しなかったことを不合理である
ということはできない。
なお,債権者らは,津波堆積物調査におけるボーリング地点が恣意
的に選択された疑いがある旨を主張するが,債務者が実施した津波堆
積物調査は,若狭湾沿岸の標高の低い平野部で,かつ,静穏な堆積環
境を維持している潟湖,湖沼,湿地帯が選定されていることが認められ
るのであるから(乙27,29,33),ボーリング地点の選定は,津
波堆積物の調査として合理性があるというべきであるし,地震による津
波は沿岸部を広く襲う性質のものであることを考慮すると,債務者にお
いてボーリング地点を恣意的に選択できるとは考え難く,債務者が津波
堆積物が存在しない地点を恣意的に選択して調査を実施したことを具
体的にうかがわせるような疎明資料もない。
以上によれば,津波の伝承ないし伝説に関する債権者らの主張を踏
まえても,債務者による津波の評価が不合理であるということはでき
ない。
b債権者らは,本件原発の沖合の海底に相当数の活断層があり,隠岐
トラフ南東縁にある全長80kmの逆断層群は大規模な津波をもたらす
可能性があると主張するが,債務者は,検討対象とすべき断層を抽出
して考慮するとともに,若狭海丘列付近断層について,福井県モデル
として想定されている断層の長さが90kmの波源モデルや,検討会
モデルとして想定されている断層の長さが87kmの波源モデルを考
慮して基準津波を検討するなど,保守的な評価を行っているところで
者による津波の評価の合理性を否定することはできない。
また,債権者らは,債務者が経済合理性を追求する結果,津波評価
が安全側に配慮しない不合理なものとなっており,「倍半分」程度の
不確実性も考慮されていない旨主張する。しかし,本件基準津波の評
価が,各種調査を基礎に科学的・技術的知見に基づく信頼性のある手
法を用い,かつ,不確かさを考慮した保守的なものとなっていること
たっては,単体組合せの計算結果も含めて水位変動が最大となる数値
に朔望平均のばらつきを考慮しているのであるから
債権者らの主張を考慮しても,債務者は十分に保守的な津波評価を行
ったものといえる。加えて,債務者は,津波防護施設として,取水路
防潮ゲート(海抜8.5m)及び放水口側防潮堤(海抜8.0m)を
もって浸水を防止できるだけの措置を講じているのであるから,経済
合理性を追求するために過小な津波評価と津波対策を実施しようとし
ていたとは認められない。しかも,「倍半分」程度の不確実性を考慮
すべき根拠として債権者らが提出する文献(甲300)によれば,平
成12年2月頃,津波予測の数値解析において誤差があることを考慮
して,シミュレーション結果の2倍の高さの津波が到達した場合の影
響について評価がされ,本件原発については,当時の想定値の2倍の
水位上昇があったとしても安全性に影響はないものと評価されたこと
が認められるのであるから,本件基準津波に更に「倍半分」の不確か
さを加味しなければ津波の評価の合理性が確保できないという根拠は
見いだし難い。したがって,債権者らの「倍半分」に関する主張を考
慮しても,債務者の津波の評価を不合理であるということはできない
というべきである。
なお,債権者らの提出する意見書(甲171)には,若狭湾一帯は
活断層の巣であり,海域活断層が活動することによって発生する地震
の際に本件原発が立地している地盤又はそのすぐ側の海の地盤が動き,
従来の想定を超える津波が発生する可能性があるとの見解が述べられ
ているところであるが,本件基準津波は,本件原発付近の海域活断層
についての調査等に基づき検討対象とすべき活断層を抽出し,再現性
の確認された手法や根拠のある手法に基づき,不確かさ等を保守的に
は,問題とすべき活断層の位置や長さ,想定される津波の高さ及びそ
の根拠等は何ら示されていないのであるから,上記の見解を踏まえて
も,債務者による津波の評価を不合理であるということはできない。
cまた,債権者らは,若狭地方の地盤はブロック化し,ブロック運動
を続けているから,地盤ブロックの上昇や陥没を想定する必要がある
ところ,債務者の津波評価においては,地盤の隆起や陥没についての
考慮が不十分である旨を主張する。この点,確かに,若狭湾沿岸での
津波については,ブロック運動を想定することが必須であるとの見解
もあるが(甲302),債務者の津波評価においては,FO-A~F
O-B~熊川断層の3連動を評価するなど,本件原発近傍の断層の長
さを保守的に設定するとともに,複数の波源を想定して保守的な評価
を行ってシミュレーションを実施しているのであるから,債権者らの
主張や上記見解を踏まえても,債務者による津波の評価の合理性が直
ちに否定されることにはならないというべきである。なお,本件原発
周辺で,地震によって地盤が陥没した事例が複数認められるが(甲3
04~306),これらの地盤の陥没が津波の波源となり得るか否か
は明らかではなく,これらの事例を根拠に債務者による津波の評価を
不合理であるということはできない。
d債権者らは,若狭湾のようなリアス式海岸で大地震が発生した場合
には土砂崩落による津波の発生も想定しなければならないと主張する
が,債務者が,各種調査に基づいて発生し得る地すべりの範囲や崩壊
する土砂量を推定し,複数の計算手法を用いて最も厳しい評価結果を
採用し,地震による津波とも組み合わせて基準津波を策定しているの
e債権者らは,本件原発においては,少なくとも既往最大の津波を想
定すべきであり,本件原発にも,東北地方太平洋沖地震の際に岩手県,
宮城県及び福島県沿岸を襲った高さ15mの津波と同程度の津波が押
し寄せることを想定すべきと主張するが,東北地方太平洋沖地震にお
ける津波は,海溝型のプレート境界で発生するプレート間地震によっ
内陸地殻内地震によって発生する津波とは,その態様を異にするもの
であるから,東北地方太平洋沖地震において15mの津波が観測され
たからといって,本件原発においても同程度の津波を想定すべきとす
る債権者らの主張は採用できない。
津波に対する安全性について
債権者らは,本件原発に設置された防潮堤は,杭の先端を地下の支持
層に到達させる支持杭の方法ができない場合の次善の策というべき摩擦
杭が採用されたため,支持力が十分であることの根拠が薄弱である上,
隣接地盤の液状化により,基礎部分ごと押し流される可能性があると主
張する。
しかし,本件原発の防潮堤は,水平抵抗力に優れる鋼管杭が採用され,
杭の支持力についても,道路橋示方書に基づいて評価され,支持力が確
保できることが確認されているのであり,岩盤に至るまで杭の前後10
mにわたって液状化を防止する浸透固化による地盤改良が実施され,そ
も併せ考慮すると,防潮堤が基礎部分ごと押し流される具体的な危険性
があるとは認め難い。したがって,この点に関する債権者らの主張は採
用することができない。
まとめ
以上によれば,債権者らの主張を踏まえても,津波の危険性に関する
具体的審査基準に不合理な点はなく,本件原発の津波に対する安全性が
新規制基準に適合するとした原子力規制委員会の判断に不合理な点はな
深層崩壊の危険性
ア認定事実
前記前提事実,各項の末尾に掲記の疎明資料及び審尋の全趣旨によれば,
以下の事実が認められる。
新規制基準では,地震及び津波を除く自然現象が発生した場合におい
ても安全施設の安全機能が損なわれないような設計としなければならな
いとされており(設置許可基準規則6条1項),想定される自然現象に
ついては,敷地の自然環境を基に,洪水,風(台風),竜巻,凍結,降
水,積雪,落雷,地すべり,火山の影響,生物学的事象又は森林火災等
から適用されるものをいうとされている(設置許可基準規則解釈6条)。
以上のとおり,新規制基準には,検討すべき自然災害として深層崩壊
は明示されていない。(乙90)
債務者は,本件原発の安全施設の安全機能に影響を及ぼし得る個々の
自然現象として,竜巻,火山の影響,森林火災,風(台風),降水,落
雷,生物学的事象,凍結,積雪,高潮,洪水及び地すべりの12事象を
抽出したが,大規模な深層崩壊が本件原発を襲う可能性については特段
考慮しなかった。
これに対し,原子力規制委員会は,本件原発の設計において,地震及
び津波を除く自然現象に対して安全施設の安全機能が損なわれない方針
としていることを確認し,新規制基準に適合すると判断した。(乙12,
73)
イ原子力規制委員会の判断の合理性
新規制基準においては,検討すべき自然災害として深層崩壊が明示さ
とは不可能というべきであり,個々の原子力発電所の立地条件や自然環
境に基づき,原子力事業者において検討すべき自然災害を抽出し,抽出
した自然災害に対して安全施設の安全機能が損なわれないような設計と
するよう求め,原子力規制委員会において,その評価過程及び設計方針
の適切性を専門的かつ中立的な観点から個別的かつ具体的に審査すると
いう基本的な枠組みには十分な合理性があるというべきである。
したがって,自然現象に対する安全性に関する新規制基準の内容に不
合理な点はないと認めるのが相当である。
債権者らは,本件原発周辺で地震や短期間の集中豪雨により深層崩壊
が発生する危険性は高いと主張する。
しかし,独立行政法人土木研究所土砂管理研究グループ火山・土石流
チームが国内全域に対して統一された手法を用いることによって深層崩
壊の発生のおそれのある渓流を抽出することを目的として策定した「深
層崩壊の発生の恐れのある渓流抽出マニュアル(案)」(乙35)では,
深層崩壊の発生実績に基づく手法,地質構造及び微地形要素に基づく手
法並びに地形量に基づく手法の三つの手法によって深層崩壊発生のおそ
れのある渓流抽出を行う旨が定められているところ,明治期以降,本件
原発周辺において大規模な深層崩壊の発生実績は認められず(乙36),
本件原発の敷地の地質・地質構造調査においても,深層崩壊による堆積
物は確認されていない(乙38)。
なお,本件原発の近傍に位置する青葉山は,過去に大規模な山体崩壊
を起こしたことがうかがわれるが,その痕跡である流れ山の分布からす
ると,その土砂が本件原発の敷地にまで到達したとは認められず(甲1
72),今後,青葉山において山体崩壊が発生した場合に,その土砂が
本件原発の敷地に到達することをうかがわせる疎明資料は見当たらない。
以上に加え,本件原発周辺に第四紀火山(約260万年前から現在ま
でに活動した火山)は存在しておらず(乙37),本件原発周辺で火山
活動による深層崩壊が起きる可能性は考え難いことも併せ考慮すると,
集中豪雨が深層崩壊の契機になり得ること(甲176),台風等の影響
により各地で豪雨が発生していること(甲177~181)を考慮して
も,本件原発における深層崩壊の危険性は,社会通念上無視し得る程度
のものと評価するのが相当であり,債務者が,本件原発の安全性を評価
するに当たり,債権者らが主張するような深層崩壊の危険性を特段考慮
しなかったことをもって,債務者による自然現象に対する評価が不合理
であるということはできない。
そうすると,債権者らが主張するような深層崩壊の危険性が評価され
ていないとしても,原子力規制委員会の調査審議及び判断の過程等に看
過し難い過誤,欠落があるということはできない。
土砂災害の危険性
ア認定事実
前記前提事実,各項の末尾に掲記の疎明資料及び審尋の全趣旨によれば,
以下の事実が認められる。
新規制基準では,耐震重要施設は,基準地震動をもたらす地震の発生
によって生じるおそれがある斜面の崩壊に対して安全機能が損なわれる
おそれがないものでなければならないとされている(設置許可基準規則
4条4項)。
また,新規制基準では,地震及び津波を除く自然現象が発生した場合
においても安全施設の安全機能が損なわれないような設計としなければ
ならないとされ(同規則6条),想定される自然現象として地すべりを
挙げている(設置許可基準規則解釈6条)。(乙17,90)
債務者は,本件原発における斜面崩壊の危険性について,本件基準地
震動による地震力を作用させた動的解析を行い,斜面崩壊のおそれがな
いことを確認した。これを受けて,原子力規制委員会は,債務者による
斜面崩壊の危険性に対する評価が新規制基準に適合するものと判断した。
また,債務者は,本件原発背面の斜面の安定性を確保するため,山頂
部及び中腹部の土砂の掘削を実施し,山頂部からは約6万㎥,中腹部か
らは約3.4万㎥(合計でトラック2.2万台相当)の土砂を搬出した。
さらに,債務者は,本件原発の安全性を評価する上で考慮すべき自然
現象として地すべりを抽出した上で,本件原発の3号機付近において土
石流危険区域に設定されている箇所について,地表踏査により土石流の
発生源となるような土砂の堆積は確認されず,土石流が発生しないもの
と判断し,また,固体廃棄物貯蔵庫付近には,土石流危険区域に設定さ
れている箇所又は地すべり地形が確認されている箇所が存在するが,固
体廃棄物貯蔵庫を,杭基礎により岩盤に支持された壁厚60cm以上の
鉄筋コンクリート構造等とすることにより,地すべりによる土砂の衝突
により倒壊しない設計とすることとした。これを受けて,原子力規制委
員会は,債務者の設計が安全施設の安全機能が損なわれない方針となっ
ているものと判断した。(甲262,乙12,73)
イ原子力規制委員会の判断の合理性
基準地震動に関する新規制基準の内容に合理性が認められることは争
とおりであるから,基準地震動による斜面崩壊に対する安全性を求める
新規制基準の内容も合理的といえる。また,自然現象に関する新規制基
る。
そして,本件基準地震動に合理性が認められることについては,争点
おりであるが,債務者は,本件原発周辺の斜面崩壊の危険性について,
動的解析を行って本件基準地震動に対する安全性を確認し,さらに,斜
面の掘削を行うことで斜面崩壊の危険性を相当程度軽減する措置を追加
で行っているのであって,他に本件原発の安全性を脅かすような土石流
等の土砂災害が発生する具体的な可能性をうかがわせる疎明資料もない。
なお,債権者らは,台風等の影響により,各地で豪雨が発生しているこ
とを示す疎明資料(甲177~181)を提出するが,これらを本件原
発の敷地における土砂災害の具体的な危険性を直接裏付けるものという
ことはできない。
したがって,本件原発における土砂災害の危険性が社会通念上無視し
得る程度にまで管理されているかという観点に照らしても,本件原発の
土砂災害に対する安全性に関する原子力規制委員会の調査審議及び判断
の過程等に看過し難い過誤,欠落があるということはできず,上記安全
性が新規制基準に適合するとした原子力規制委員会の判断に不合理な点
はないと認めるのが相当である。
ウ債権者らの主張について
債権者らは,土砂災害によって本件原発の建屋に通じる道路が使えな
くなれば,債務者が想定する重大事故対策がとれなくなる可能性が高い
と主張する。
しかし,新規制基準では,想定される重大事故等が発生した場合にお
いて,可搬型重大事故等対処設備を運搬し,又は他の設備の被害状況を
把握するため,工場等内の道路及び通路が確保できるよう,適切な措置
を講じることが求められているところ(設置許可基準規則43条3項6
号),債務者は,重大事故対策を実施するためのルートを複数確保する
とともに,土石流危険区域に含まれる道路が使用できない状況になった
としても,ルートの復旧を図ることを可能にするため,障害物を除去す
るブルドーザー2台と油圧ショベル1台を離れた位置に保管していると
ころであり,原子力規制委員会においても,本件原発の重大事故対策を
実施するためのルートの確保について新規制基準に適合すると判断され
ていることが認められる(乙12,73,79,90,95の1)。
したがって,仮に土砂災害が本件原発の敷地内に及んだとしても,重
大事故対策が実施できるよう,適切な対策が講じられているというべき
である。
また,債権者らは,本件原発の西側と東側には斜面移動体が存在し,
その更に西側には非常に広い範囲で大規模な地すべりが起きていると主
張するが,本件原発の敷地の地質・地質構造調査においても土石流ない
し地すべりによる堆積物は確認されておらず(乙38),他に本件原発
の安全性に影響を与えるような大規模な土砂災害が発生する具体的な可
能性をうかがわせる疎明資料はない。
なお,債権者らは,本件原発は山を造成して建設されたものであり,
切土や盛土をした部分は崩壊を起こす危険性が高いとも主張するが,本
件原発における土砂災害の危険性は,社会通念上無視し得る程度にまで
管理され
したとおりであり,この評価は,本件原発の敷地に切土や盛土が含まれ
ていることを当然の前提としているものであるから,債権者らの主張す
るところによって左右されるものではない。
さらに,債権者らは,崖崩れ等により設備そのものに影響が生じるだ
けでなく,鉄塔の倒壊等による通常電源の長期間の喪失や,交通路の遮
断という重大な事態が生じる可能性は大きいと主張するが,債務者は,
全交流電源喪失という厳しい条件を想定した上で,外部からの支援なし
に,約16ないし19日にわたって燃料体等の冷却を維持でき,外部か
らの支援態勢として,陸路だけでなくヘリコプターによって燃料等の空
輸を行う仕組みを構築するなど,外部からの補給の成立性等を確認して
って交通路の復旧作業を行うことも可能と考えられるから,本件原発に
おいては,債権者らの主張するような事態が発生したとしても,重大事
故対策の実効性を確保するのに必要な設備等が整備されているというの
が相当である。
以上によれば,債権者らの主張を踏まえても,本件原発の土砂災害に
対する安全性が新規制基準に適合するとした原子力規制委員会の判断に
不合理な点はないとの前記判断(前記イ)は左右されない。

老朽化による危険性
ア認定事実
前記前提事実,各項の末尾に掲記の疎明資料及び審尋の全趣旨によれば,
以下の事実が認められる。
本件原発における設備の保全
債務者は,本件原発の稼働中,定期的に発電を停止して点検,検査,
修理・取替え等の定期点検を実施するとともに,発電用原子炉施設にお
ける保安活動の実施状況及び保安活動への最新の技術的知見の反映状況
を評価する定期安全レビューを10年に1度実施していた。
また,上記定期安全レビューでは,中長期的な視点に立脚して評価対
象期間の保安活動を評価し,必要に応じて安全性向上のために有効な追
加措置を抽出することにより,本件原発等が最新のものと同等の高い水
準を維持しつつ安全運転を継続できる見通しを得ることが目的とされて
いた。(乙41,42)
高経年化技術評価
債務者は,本件原発が運転開始から30年を迎えることから,平成2
6年6月までに,以下のとおり高経年化技術評価を実施するとともに,
長期保守管理方針を策定した。
高経年化技術評価に当たっては,本件原発の安全上重要な機器・構造
物等を抽出した上で,日本原子力学会標準「高経年化対策実施基準」附
属書に基づき,経年劣化事象と部位の組合せを抽出し,原子炉容器の中
性子照射脆化,蒸気発生器の応力腐食割れ,充てん・高圧注入ポンプの
疲労割れ,余熱除去ポンプの熱時効等,着目すべき劣化事象を抽出して,
経年劣化事象が発生していないか,又は今後の運転で発生しないかを評
価した。さらに,経年劣化事象が発生する可能性のある機器・構造物は,
運転開始後60年経過時点の劣化状況を想定し,現状の保全活動で安全
性が確保されているかの評価を行った。
その結果,債務者は,安全機能を有する機器・構造物等は,現在行っ
ている保全活動の継続及び一部の機器・構造物の追加保全策を講じるこ
とで,原子力発電所全体の機器・構造物の健全性が長期的に確保される
ことを確認した。そして,この追加保全策として,短期的には,2次系
ドレン系統配管について,炭素鋼配管の減肉状態を保守的に仮定しても
耐震性が確保できるよう耐震サポート補強工事を実施すること,中長期
的には,蒸気発生器について,応力腐食割れ等が顕在化することが否定
できないことから,蒸気発生器の取替えを含めた保全方法を検討するこ
と,原子炉容器について,高照射領域での脆化傾向の知見拡充等のため,
第5回監視試験の実施計画を策定すること等を内容とする長期保守管理
方針を取りまとめた。(乙44,45)
中性子照射脆化
a破壊靱性遷移曲線の設定
本件原発の原子炉容器には,原子炉容器と同じ材料を使用した監視
試験片が原子炉容器内表面より少し内側に配置されているところ,債
務者は,電気協会原子力規格委員会作成の「原子炉構造材の監視試験
方法JEAC4201-2007」及び同2010年追補版(乙57,58。以下,
これらを併せて「JEAC4201-2007」という。)に基づき,本件原発の運
転開始時には原子炉容器内に6体が挿入されていた監視試験片のカプ
セルを計画的に取り出し,これまで4回の監視試験を行うことにより,
鋼材のねばり強さを示す破壊靱性値や脆性遷移温度等の実測値を確認
した。
その上で,債務者は,同委員会作成の「原子力発電所用機器に対す
る破壊靱性の確認試験方法JEAC4206-2007」(乙59。以下「JEAC
4206-2007」という。)の附属書Cにおいて定められている破壊靱性
遷移曲線の設定に関する計算式を用い,原子炉容器の健全性の評価時
期である運転開始後60年経過時点における予測値を算出するため,
実測値を運転開始後60年経過時点まで温度軸に対してシフトさせ,
その予測破壊靱性の下限を包絡した曲線を破壊靱性遷移曲線として設
定した。(乙54,55,57~59,130)
bPTS状態遷移曲線の設定
債務者は,本件原発の原子炉容器に対し,定期的に超音波探傷検査
を実施しており,平成18年の定期検査時に実施した原子炉容器に対
する超音波探傷検査では,原子炉容器内表面に亀裂等の損傷の存在は
認められなかった。
しかし,債務者は,JEAC4206-2007の附属書Cに基づき,原子炉容
器炉心領域内表面に深さ10mm,長さ60mmの亀裂が存在してい
ると想定して,脆性破壊の観点から最も厳しい条件となるPTS事象
について,脆性破壊の発生可能性を評価した。
その上で,債務者は,JEAC4206-2007に定められたPTS評価手法
に基づき,PTS事象として,「小破断LOCA」,「大破断LOC
A」,「主蒸気管破断事故」を対象として,本件原発の原子炉容器胴
部(炉心領域部)材料の評価を実施し,PTSにおける応力拡大係数
を算定してPTS状態遷移曲線を設定した。
なお,債務者は,想定亀裂先端部の中性子照射量については,原子
炉容器内表面の値を用い,「大破断LOCA」に対するPTS評価に
おいて応力拡大係数を算定する際には,1次冷却材の温度が通常運転
温度の約300℃から冷水の温度までステップ状に(瞬間的に)低下
するものと保守的に仮定して熱伝導解析及び応力解析を行った。(乙
54,55,130)
c原子炉容器の健全性の評価
以上の評価を踏まえ,債務者は,本件原発の原子炉容器の健全性に
ついて,亀裂の存在を想定しても,運転開始後60年経過時点におい
て,破壊靭性値を示す破壊靱性遷移曲線が応力拡大係数を示すPTS
状態遷移曲線を常に上回っていることを確認し,本件原発の原子炉容
器については,脆性破壊は生じないと評価した。(乙54,55)
溶接部のクラック(応力腐食割れ)
a本件原発の3号機について
債務者は,平成20年の定期検査において,原子炉容器上部ふたに
ついて,大飯原発3号機の原子炉容器上部ふた管台溶接部から1次冷
却材漏えい事象が確認されたことを踏まえ,長期的な健全性維持を図
るため,管台母材及び溶接金属材料を600系ニッケル基合金から耐
腐食性に優れた690系ニッケル基合金に変更するなど,改良を施し
た新しい上部ふたに取り替えた。
また,600系ニッケル基合金溶接部の応力腐食割れに係る点検と
して,国内外の加圧水型原子炉における応力腐食割れ事象を踏まえ,
600系ニッケル基合金が使用されている原子炉容器底部,加圧器逃
し弁管台,同安全弁管台,同スプレイ弁管台及び同サージ管の溶接部
については外観目視点検や超音波探傷検査を,原子炉容器冷却材出入
口管台と蒸気発生器出口管台の溶接部については渦流探傷試験をそれ
ぞれ実施し,異常がないことを確認した。
さらに,予防保全対策として,溶接部表面の残留応力を低減させる
ため,原子炉冷却材出入口管台と炉内計装筒の内面及び表面溶接部に
ウォータージェットピーニング工事を,蒸気発生器出口管台の溶接部
表面にショットピーニング工事をそれぞれ実施した。なお,蒸気発生
器の入口管台溶接部については,ショットピーニング工事実施前の渦
流探傷試験で有意な信号指示が認められたことから,補修工事を実施
した。(乙63)
b本件原発の4号機について
債務者は,平成19年の定期検査において,本件原発の3号機と同
様の目的で,管台母材及び溶接金属材料を600系ニッケル基合金か
ら690系ニッケル基合金に変更するなど,改良を施した新しい上部
ふたに取り替えた。
また,平成22年の定期検査において,600系ニッケル基合金が
使用されている原子炉容器出入口管台について超音波探傷検査を,原
子炉容器炉内計装筒の内面及び管台溶接部について渦流探傷試験や外
観目視点検をそれぞれ実施し,異常がないことを確認した。
さらに,予防保全対策として,原子炉容器炉内計装筒の内面及び管
台溶接部について,表面の残留応力を低減させるため,ウォータージ
ェットピーニング工事を実施し,加圧器サージ管台,安全弁管台,逃
し弁管台,スプレイライン管台について,600系ニッケル基合金で
溶接された管台から耐腐食性に優れた690系ニッケル基合金で溶接
された管台に取り替えた。(乙49,64)
イ本件原発の老朽化に対する安全性
高経年化対策の限界について
債権者らは,高経年化対策について,配管等を交換しても原子力発電
所が生き返るわけではなく,かえってバランスを崩し,思わぬ事故を招
く危険性が生じると主張し,債権者らの主張に沿う専門家の見解も示さ
れている(甲188,190)。
しかし,債権者らの主張に沿う上記見解によっても,配管等の部品の
交換によっていかなる事故を誘発することになるのかやその蓋然性は明
らかではない。
そして,債務者は,本件原発の稼働中においては,定期的に発電を停止
して点検,検査,修理・取替え等の定期点検を実施するとともに,定期
安全レビューを実施するなど,経年劣化が生じることを前提として,健全
加え,本件原発に対して高経年化技術評価を実施することで,安全上重要
な設備について劣化事象を抽出して健全性を評価し,運転開始後60年
経過時点の劣化状況を想定した安全性を検証,確認するとともに,配管
等の交換も含めた長期保守管理方針を策定して保全に努める方針を示し
等を通じて,配管等の部品の交換等といったメンテナンスが実施される
など,有効な高経年化対策が実施されているといえ,その有効性・実効
性を否定すべき具体的な事情は認められない。
したがって,高経年化対策の限界に関する債権者らの主張は採用でき
ない。
中性子照射脆化の危険性について
a債権者らは,原子炉容器自体を交換することは不可能であることか
ら,高経年化対策は原子炉容器の脆性破壊に対する有効な対策になっ
ておらず,中性子照射脆化により,PTS事象において脆性破壊を生
じる危険がある旨を主張する。
しかし,脆性破壊により原子炉容器が破損する可能性が生じるのは,
亀裂の存在,靱性の低下及び高応力の発生という三つの要因が同時に
満たされた場合であることが認められるところ(乙53),本件原発
の原子炉容器については,超音波探傷検査においても原子炉容器内表
面に亀裂は認められていないにもかかわらず,亀裂の存在を想定して
脆性破壊の可能性を評価し,また,中性子照射量を評価するに当たっ
ては,脆性破壊が発生する亀裂の先端部分ではなく,より多くの中性
子照射を受けている原子炉容器内表面の中性子照射量を前提に評価し,
さらに,「大破断LOCA」に対するPTS評価においては1次冷却
材の温度変化を厳しい想定とするなど(前記
を前提として脆性破壊の可能性を検討し,原子炉容器の脆性破壊とい
う観点からは最も厳しいPTS事象を想定しても原子炉容器の脆性破
原発の原子炉容器において中性子照射脆化による脆性破壊が生じる危
険性は,社会通念上無視し得る程度にまで管理されていると評価する
のが相当である。
b債権者らは,原子炉容器内に設置される監視試験片の数が不足する
ことで,老朽段階に入った原子炉容器が無監視状態になると主張する。
しかし,本件原発の原子炉容器内には,監視試験片のカプセルが2
されてきた監視試験によって既に運転開始後60年経過時点における
原子炉容器内表面の照射量の想定値が得られていることが認められる
のであり(乙54,55,130),JEAC4201-2007においては,長
期監視試験計画について,「原子炉圧力容器内面での中性子照射量
が取り出したカプセルの中性子照射量を下回っている間は,次のカ
プセルの取り出しを計画する必要はない」と規定されていること(乙
57)も考慮すれば,本件原発については,直ちに改めて監視試験
を実施する必要がある状況にはなく,今後,監視試験を頻繁に実施
しなければ原子炉容器の安全性が確保できない状況にあるともいえな
い。
したがって,本件原発の監視試験片の数に関する債権者らの主張を
踏まえても,中性子照射脆化の危険性に関する債務者の評価の合理性
が左右されることはない。
c債権者らは,平成21年4月に玄海原発1号機の監視試験片の脆性
遷移温度が想定外の温度に達していることが明らかになるなど,予測
式の精度は致命的に低いこと,監視試験片と原子炉容器とで照射条件
を異にすることは違法であり,そのような監視試験片の設置方法では,
現時点での安全性を確認することはできず,脆性遷移温度が将来予測
よりも高温に達する可能性は否定できないことを根拠に,債務者の評
価によって本件原発の安全性が確認できたとはいえないと主張する。
確かに,予測式については,特に高い中性子積算照射量においては
予測精度が十分高いとはいえない可能性があるとされ,予測精度の向
上が課題とされてはいるが,原子力安全・保安院が関係分野の専門家
の意見を参考にすべく開催した高経年化意見聴取会において,玄海原
発1号機の上記事象について検討が加えられた結果,玄海原発1号機
が第4回監視試験片の中性子積算照射量に相当するまでの間(運転開
始後約58年)における運転に対して十分健全であることが確認され
るとともに,PTS評価手法について直ちに規制の見直しを行う必要
はないとされたことが認められる(乙62)。そうすると,債権者ら
の指摘するように,予測式の精度が十分高いとはいえない可能性があ
るからといって,本件原発の中性子照射脆化に対する評価を直ちに不
合理であるということはできない。
また,債務者が採用した評価手法は,監視試験で得られた実測値に
基づくものであり,破壊靱性遷移曲線を運転開始後60年経過時点ま
で温度軸に対してシフトさせるに当たっても,その予測破壊靱性の下
限を包絡した曲線を設定することで評価の保守性が確保されているの
るというのが相当であるし,データの蓄積等によって国内脆化予測法
の予測精度が向上していることが認められること(乙58),本件原
発における監視試験の実測値は国内脆化予測法による予測を逸脱して
おらず,本件原発の原子炉容器に特異な脆化は認められていないこと
(乙54,55)も併せ考慮すれば,脆化予測の精度の向上には継続
的に取り組む必要があることは当然であるが,債務者による本件原発
の中性子照射脆化の評価手法に違法又は不合理な点はないというべき
である。
dなお,債権者らは,原子炉容器は地震動による衝撃も受けることに
なるが,債務者が想定する地震動は過小であるから,債務者のPTS
評価は不十分であると主張するが,本件基準地震動が合理的であるこ
説示したとおりであり,この点に関する債権者らの主張は採用できな
い。
溶接部の残留応力によるクラックの危険性について
債権者らは,本件原発が既に相当数の潜在的損傷部分を抱え込んだ危
険な状態のまま運転を継続してきたと主張する。
しかし,債務者は,超音波探傷検査,渦流探傷検査及び外観目視点検
を行うなどして溶接部の点検を実施し,600系ニッケル基合金が使用
されている溶接部を耐腐食性に優れた690系ニッケル基合金に材質を
変更する工事を実施し,予防保全対策としてウォータージェットピーニ
ング工事を実施するなど,
これに加え,本件ストレステストでは,応力腐食割れも含めて経年変化
を考慮した上で,配管等の破断によるLOCAの発生には,基準地震動
Ssに対する相応の耐震裕度が確保されていることが確認されたことが
認められること(甲118,119,乙79)も併せ考慮すれば,溶接
部のクラックの危険性については,債権者らの主張を考慮しても,社会
通念上無視し得る程度にまで管理されているというのが相当である。
まとめ
以上のとおりであって,本件原発の老朽化による危険性を踏まえても,
これまで説示してきた本件原発の発電用原子炉施設の安全性に関する認
計画認可や保安規定変更認可に係る原子力規制委員会の判断に不合理な
点があるということもできない。
格納容器再循環サンプスクリーンの閉塞による危険性
ア認定事実
前記前提事実,各項の末尾に掲記の疎明資料及び審尋の全趣旨によれば,
以下の事実が認められる。
原子力安全・保安院は,国外の沸騰水型原子炉で発生した非常用炉心
冷却系統ストレーナ(ろ過装置)の閉塞事象を踏まえ,平成20年2月,
ストレーナの閉塞事象についての考慮に関し,発電用原子力設備に関す
る技術基準を定める省令への適合性の審査基準として,「非常用炉心冷
却設備又は格納容器熱除去設備に係るろ過装置の性能評価等について
(内規)」(乙46)を定め,これに従って格納容器再循環サンプスク
リーンの有効性評価を実施し,上記省令へ適合させることを求めた。(乙
46~49)
これを受けて,債務者は,本件原発における格納容器再循環サンプス
クリーンの有効性を評価したところ,設備上の対策が必要であると評価
されたことから,前記の内規に定められた審査基準を満たすよう,格納
容器再循環サンプスクリーンをより表面積の大きいものに取り替える工
事を実施した。(乙48,49)
イ格納容器再循環サンプスクリーンの閉塞事象に対する安全性
債権者らは,異物付着による格納容器再循環サンプスクリーンの閉塞を
防止することは,構造的,技術的に極めて困難あるいは不可能であり,こ
れによる冷却機能の喪失を阻止することは,現在の技術水準では期待でき
ないと主張する。
しかし,本件原発においては,国外での非常用炉心冷却系統ストレーナ
の閉塞事象を踏まえて策定された審査基準に適合させるため,格納容器再
循環サンプスクリーンの閉塞を防止する設備上の対策工事が実施されたの
であるから(前記ア),本件原発における格納容器再循環サンプスクリー
ン閉塞の危険性については,社会通念上無視し得る程度にまで管理されて
いるというべきであるし,この危険性を踏まえても,これまで説示してき
計装設備の不備による危険性
ア認定事実
新規制基準では,計測制御系統施設に関し,「設計基準事故が発生し
た場合の状況を把握し,及び対策を講じるために必要なパラメータは,
設計基準事故時に想定される環境下において,十分な測定範囲及び期間
にわたり監視できるものとすること」(設置許可基準規則23条3号)
とされ,上記パラメータのうち,発電用原子炉の停止及び炉心の冷却に
係るものについては,「設計基準事故時においても二種類以上監視し,
又は推定することができるものとすること」(同条4号)とされるとと
もに,重大事故等対処設備については,「想定される重大事故等が発生
した場合における温度,放射線,荷重その他の使用条件において,重大
事故等に対処するために必要な機能を有効に発揮するものであること」
(同規則43条1項1号)とされ,計装設備については,「当該重大事
故等に対処するために監視することが必要なパラメータを計測すること
が困難となった場合において当該パラメータを推定するために有効な情
報を把握できる設備を設けなければならない」(同規則58条)などと
されている。(乙90)
原子力規制委員会は,債務者において重大事故等に対処するための計
装設備が適切に整備される方針であることを確認し,債務者の方針が新
規制基準に適合するものと判断した。(乙12,73)
イ原子力規制委員会の判断の合理性
前記アのとおり,新規制基準では,過酷事故時に計装設備が有効に機
能するための規制が設けられているのであり,原子力発電所の安全確保
の観点から,計装設備を重要視した規制を設けた新規制基準の規制内容
はもとより合理的といえる。
なお,債権者らは,福島原発事故後に行われた計装設備の規制強化は
不十分であり,特に原子炉水位計については過酷事故時に十分機能する
ようにはなっていないことが明らかにされているなど,計装設備に関す
いては過酷事故時に炉心の冷却に係るパラメータが監視できることが求
められているのであり,新規制基準の規制内容が不十分であるとか不備
があるとかいうことはできない。
債権者らは,計装設備に不備があるから,本件原発を再稼働すること
は許されないと主張する。
しかし,原子炉の安全性確保に必要となるパラメータ(1次冷却材の温
度・圧力・流量,加圧器の水位・圧力,中性子束)の計装設備の耐震重
要度分類はいずれもSクラスであるところ(乙113,審尋の全趣旨(債
務者),耐震重要度分類がSクラスの施設等が本件基準地
震安全性の相当性)に対する判断(前記3)において説示したとおりで
ある。
また,債務者は,福島原発事故後,全交流電源喪失という事態におい
ても,監視等に必要な機器への電源供給が可能となるように空冷式非常用
計装設備の信頼性の確保を図
るため,重要なパラメータを監視する予備の可搬型計測器等の配備や重
大事故対策として原子炉格納容器水位計の新設といった対策を講じるな
ど(甲262),計装設備の充実を図っていることが認められ,他に債
務者による計装設備の整備等に不合理な点があることを具体的にうかが
わせる疎明資料もない。
そうすると,債権者らの主張を踏まえて,本件原発の計装設備の不備
による危険性が社会通念上無視し得る程度にまで管理されているかとい
う観点からみても,本件原発の計装設備の整備内容が新規制基準に適合
するとした原子力規制委員会の判断に不合理な点はないと認めるのが相
当である。
免震重要棟が存在しないことによる危険性
ア認定事実
前記前提事実,各項の末尾に掲記の疎明資料及び審尋の全趣旨によれば,
以下の事実が認められる。
新規制基準では,緊急時対策所について,「一次冷却系統に係る発電
用原子炉施設の損壊その他の異常が発生した場合に適切な措置をとるた
め,緊急時対策所を原子炉制御室以外の場所に設けなければならない」
とされている(設置許可基準規則34条)。
また,緊急時対策所が重大事故等に対処するための適切な措置が講じ
られるよう,「重大事故等に対処するために必要な指示を行う要員がと
どまることができるよう,適切な措置を講じたものであること」,「重
大事故等に対処するために必要な指示ができるよう,重大事故等に対処
するために必要な情報を把握できる設備を設けたものであること」,
「発電用原子炉施設の内外の通信連絡をする必要のある場所と通信連絡
を行うために必要な設備を設けたものであること」,「重大事故等に対
処するために必要な数の要員を収容することができるもの」であること
が求められ(同規則61条),緊急時対策所の設備については,基準地
震動による地震力に対し,免震機能等により緊急時対策所の機能を喪失
しないようにするとともに,基準津波の影響を受けないことや,要員の
居住性の確保が求められている(設置許可基準規則解釈61条)。(乙
90)
債務者は,本件原発の緊急時対策所を,耐震構造を有し,かつ,基準
津波の影響を受けない高浜原発1号機及び2号機の原子炉補助建屋内に
設置し(以下,この緊急時対策所を「現対策所」という。),新規制基
準の要求事項に対応した設備及び手順等を整備する方針を示した。これ
を受け,原子力規制委員会は,債務者が,現対策所を原子炉制御室以外
の場所に設ける設計とした上で,これを本件基準地震動による地震力に
よっても機能喪失しないようにするとともに,本件基準津波の影響を受
けない位置に設置していること,給電や要員の居住性を確保する手順,
必要な数の対策要員を収容する手順等,現対策所が,重大事故等に対処
するための適切な措置を講じるのに必要となる設備及び手順等について,
新規制基準の要求事項に対応し,かつ,適切に整備される方針であるこ
と等を確認し,本件原発の緊急時対策所の整備方針が新規制基準に適合
すると判断した。(甲223,乙12,73,審尋の全趣旨(債務者主
さらに,債務者は,当初は,平成27年度の運用開始を目指して,地
上9階,地下1階の免震事務棟の設置を検討していたが,基準地震動の
見直し等を受け,この計画を変更し,平成29年度の運用開始を予定し,
地上1階,地下1階の緊急時対策所を設置するとともに,これとは別に,
地上5階,地下1階の免震事務棟を設置する予定とした。なお,新たに
設置が予定されている緊急時対策所は,建屋内の面積が約800㎡,換
気及び遮へい設備,情報把握及び通信連絡の設備を設け,最大約200
人の収容が可能な耐震構造の建物であり,免震事務棟は,建屋内の面積
が4000㎡,収容想定人数が最大約800人の通信連絡設備及び非常
用発電装置を備えた免震構造の建物であり,初動要員の宿直場所,事故
時要員の待機場所としての活用が予定されている(なお,新たな緊急時
及び手順等が整備された現対策所が活用されることとなる。)。(甲2
63)
イ原子力規制委員会の判断の合理性
過酷事故が発生した状況下にあっては,適切かつ迅速に状況判断を行
える指揮系統を維持し,かつ,有効な対策を確実に実行できる要員を確
保することが重要であることは当然であるところ,新規制基準では,重
大事故等に対処するための要員を収容するための設備として,緊急時対
策所の設置を要求し,緊急時対策所について,免震機能等により地震や
内容は,福島原発事故において免震重要棟が重要な役割を果たしたこと
また,現対策所は,本件基準地震動及び本件基準津波に対する安全性
を備え,かつ,緊急時対策所としての機能を発揮するのに必要な設備及
現対策所の整備が本件原発の安全性を確保する上で不十分であることを
うかがわせる疎明資料もないのであるから,現対策所が整備されること
をもって新規制基準に適合するとした原子力規制委員会の判断に不合理
な点はないものと認められる。
これに対し,債権者らは,新規制基準が要求しているのは免震重要棟
であることを前提に,本件原発には免震重要棟が設置されていないのに,
本件原発の緊急時対策所の整備方針が新規制基準に適合するとした原子
力規制委員会の判断は不合理であると主張する。
しかし,新規制基準では,緊急時対策所の基準地震動に対する耐震安
全性を確保するための手段については,「免震機能等により」と規定さ
れており,その規定の仕方からしても,必ずしも免震機能を有している
ことを常に要求するものではないと解されるところ,高い耐震安全性が
確保されているのであれば,それが免震構造であるか否かは重要とはい
えないのであるから,債務者が現対策所を免震機能のあるものとしてい
ないことをもって,本件原発の安全性に関する原子力規制委員会の判断
が不合理であるということはできない。
なお,債権者らは,債務者が免震事務棟の設置を検討していることを
根拠に,債務者においても緊急時対策所に免震機能が要求されているこ
とを認識していると主張するが,債務者が免震事務棟を設置することは,
過酷事故が生じた場合の対応能力を強化するものであり,本件原発の安
全性をより一層高める取組の一つとして評価できるものであって,この
ことを根拠に現対策所の安全性が不十分であるとはいえないし,本件原
発の緊急時対策所に関する原子力規制委員会の判断が不合理であるとい
うこともできない。
以上によれば,債権者らの主張を考慮しても,緊急時対策所に関する
具体的審査基準並びに本件原発の緊急時対策所に関する原子力規制委員
会の調査審議及び判断の過程等に不合理な点はなく,本件原発の緊急時
対策所について新規制基準に適合するとした原子力規制委員会の判断に
不合理な点はないと認めるのが相当である。
7その余の債権者らの主張等について
以上によれば,本件原発においては,債権者らが主張する危険性(本件原
発の燃料体等の損傷ないし溶融に結び付く危険性)については,社会通念上
無視し得る程度にまで管理されているというべきである。
そして,上記危険性が社会通念上無視し得る程度にまで管理されていれば,
燃料体等の損傷ないし溶融を前提とする水蒸気爆発及び水素爆発の危険性や
放射性物質が本件原発の敷地外に大量放出される危険性も,社会通念上無視
等の損傷ないし溶融が生じた後の対策等)に関する主張について判断するま
でもなく,債務者において,現在の科学技術水準に照らし,新規制基準の内
容及び本件原発が新規制基準に適合するとして本件原発の設置変更許可をし
た原子力規制委員会の判断に不合理な点がないことについて,相当の根拠,
資料に基づき主張疎明を尽くしたものと認めるのが相当である。なお,一件
記録によっても,工事計画認可及び保安規定変更認可に係る原子力規制委員
会の判断に不合理な点があるとも認められない。
そうすると,本件原発の安全性に欠ける点があるとはいえないから,本件
原発周辺に居住する住民の生命,身体及び健康を基礎とする人格権が侵害さ
れる具体的危険があると推認することはできないこととなる。
以上に対し,原子力規制委員会のB委員長は,平成26年7月16日,川
内原発の安全審査について記者会見した際,原子力規制委員会の審査につい
て「適合性を見る審査であって,ゼロリスクの安全を確保する審査ではない」
との理解に立ち,かつ,「一般論として,技術ですから,これで人事で全部
尽くしていますと,対策も尽くしていますということは言い切れませんよと
いうことです。」と発言したことが認められるが(甲233),これは,原
子力規制委員会が新規制基準への適合性を認めたことは絶対的安全性を認め
たことを意味するものではなく,安全対策に終わりはないという理解を明ら
かにしたものと解されるのであって,新規制基準に適合しても原子力発電所
の安全性は確保されないことを認めたものとはいえないというべきであるか
ら,上記発言を根拠に,新規制基準の内容や調査審議及び判断の過程等の不
合理性を基礎付けることはできない。
なお,新規制基準に合理性が認められるのは,原子力事業者に対し,常に
最新の多方面かつ高度の科学的・技術的知見に基づき,原子力発電所の危険
性等の評価及び安全性の確保を図ることを求めるとともに,その安全対策に
ついて,人格が高潔であって,原子力利用における安全の確保に関して専門
的知識及び経験並びに高い識見を有する委員長及び委員によって構成される
原子力規制委員会において,専門的知見に基づき中立公正な立場で独立して
安全性を審査するという法の趣旨に則った枠組みが機能することが前提であ
って,法の趣旨にもとるような運用がされれば,新規制基準の合理性はその
基礎を失うこととなるのであるから,債務者及び原子力規制委員会において
は,福島原発事故に対する深い反省と絶対的安全性は存在しない(いわゆる
「安全神話」に陥らない)という真摯な姿勢を前提に,常に最新の科学的・
技術的知見を反映し,高いレベルでの安全性を実現すべく,継続的な取組を
怠らないことが要請されるものといわなければならない。
また,債権者らが提出する意見書(甲375の1)では,原子力防災に係
る対策が原子力規制委員会の所掌範囲から除外され,テロ対策が著しく脆弱
なままで放置され,将来の取組の展望さえ示されていない旨,決定論に基づ
く過酷事故のシナリオ選定は恣意的なものになり,復旧活動が担保された評
価を行っている点で楽観的な評価になっている旨,原子力発電所の施設等を
安全系と非安全系に区別し,安全系さえ健全であれば原子炉事故には至らな
いという単純化した理解は誤っている旨,解析結果等の数値は,一見すると
客観性があるが,実際は多くの不確かさを含んだものである旨など,原子力
発電所の安全評価に関連する様々な指摘がされており,同意見書の作成者に
おいて,新規制基準が世界水準に及んでいない旨や過酷事故の発生確率を低
くするために規制をするという設計思想自体に問題がある(バッド・デザイ
ンである)旨など,多様な問題意識が指摘されているところである。これら
の指摘は,いずれも一般論としての見解を述べるにとどまるものであり,債
務者による本件原発の安全評価を念頭に置いたものではないから,これまで
説示してきた本件原発において燃料体等の損傷ないし溶融に結び付く危険性
が社会通念上無視し得る程度にまで管理されているとの判断を左右するもの
ではないというべきであるが,債務者及び原子力規制委員会においては,こ
うした見解を始め,多様な意見に真摯に耳を傾け,複合的な視点で高いレベ
ルの安全性を目指す努力が継続されることが望まれるところである。
更に付言すると,本件原発については,燃料体等の損傷ないし溶融が生じ
た後の対策等について判断するまでもなく,人格権侵害の具体的危険の有無
を事実上推認することはできないことは既に説示したとおりであるが,この
ことは,本件原発において燃料体等の損傷ないし溶融に至るような過酷事故
が起こる可能性を全く否定するものではないのであり,万が一炉心溶融に至
るような過酷事故が生じた場合に備え,避難計画等を含めた重層的な対策を
講じておくことが極めて重要であることは論を待たない。そして,本件原発
に関連する避難計画については,関係自治体において検討及び計画の策定が
進められているところであるが(甲12,283,284),債務者,国及
び関係自治体は,債権者らが指摘するような避難手段の確保の問題,避難ル
ートの渋滞の問題,避難弱者の問題等を真摯に検討し,周辺住民の理解を得
ながら,より実効性のある対策を講じるように努力を継続することが求めら
れることは当然である。
8結論
以上を総合すれば,本件原発の設置変更許可等に係る原子力規制委員会の判
断に不合理な点はないものと認められ,債権者らの主張疎明を考慮しても,債
務者による上記疎明を揺るがすには足りないというべきであり,また,これま
で説示してきたところを踏まえれば,債権者らによる主張疎明その他本件に現
れた一切の事情を考慮しても,本件原発の安全性に欠けるところがあり,債権
者らの生命,身体,健康が侵害される具体的危険があると認めるには足りない
といわざるを得ない。そうすると,本件仮処分命令申立ては,その余の点につ
いて判断するまでもなく,いずれも理由がないというべきである。
よって,原決定を取り消し,債権者らの本件仮処分命令申立てをいずれも却
下することとして,主文のとおり決定する。
平成27年12月24日
福井地方裁判所民事第2部
裁判長裁判官林潤
裁判官山口敦士
裁判官中村修輔
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