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平成17年(行ケ)第10002号 審決取消請求事件(平成17年5月23日口頭
弁論終結)
判決
原      告  ザイブナーコーポレーション
訴訟代理人弁理士  小堀益
同     堤隆人
   被      告  特許庁長官 小川洋
指定代理人     吉村宅衛
同    千葉輝久
同  内田正和
同     小曳満昭
同    涌井幸一
同    宮下正之
同    大日方和幸
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
この判決に対する上告及び上告受理申立てのための付加期間を30日と定
める。
事実及び理由
第1 請求
 特許庁が不服2002-5010号事件について平成15年7月11日にし
た審決を取り消す。
第2 当事者間に争いのない事実
1 特許庁における手続の経緯
 原告は,平成9年3月19日,名称を「モバイル式のコンピュータとその構
造」とする発明について特許出願(平成9年特許願第67010号,優先権主張1
996年〔平成8年〕8月15日・アメリカ合衆国,以下「本件出願」という。)
をしたが,平成13年12月14日に拒絶の査定を受けたので,平成14年3月2
2日,これに対する不服の審判の請求をするとともに,同年4月15日付けで審判
請求理由補充書及び手続補正書(以下,この手続補正書に係る特許請求の範囲の
【請求項1】の補正を「本件補正」という。)を提出した。
 特許庁は,同請求を不服2002-5010号事件として審理した結果,平
成15年7月11日,本件補正を却下した上で,「本件審判の請求は,成り立たな
い。」との審決をし,その謄本は,同月25日,原告に送達された。
2 特許請求の範囲の記載
(1) 本件出願の願書に添付した明細書(以下「本件明細書」という。)の特許
請求の範囲の【請求項1】の記載
 通常型コンピュータとしての実質的に全てのコンポーネントを内包し,周
辺機器とのコネクターを有する単一のコンピュータ・ハウジングを有し,
 このコンピュータ・ハウジングは前方部分及び後方部分を持ち,前記周辺
機器とのコネクターは,少なくとも,この後方部分に設けられており,
 このコンピュータ・ハウジングをユーザーの右側又は左側の何れかに装着
したとき,前記前方部分及び前記後方部分が常に同じ位置にあり,
 かつ,スタンドアロン式コンピュータに転用されるように適合させる手段
を有する身体装着型のモバイル式コンピュータ。
(以下,上記発明を「本願発明」という。)
(2) 本件補正に係る明細書(以下「補正明細書」という。)の特許請求の範囲
の【請求項1】の記載
 通常のコンピュータとしての全てのコンポーネントを内包し,周辺機器と
のコネクターと,ユーザーによる装着手段とを有する単一のコンピュータ・ハウジ
ングを有し,
 前記コンピュータ・ハウジングは,上下対称の構造を有し,前記周辺機器
とのコネクターはコンピュータ・ハウジングの後方部分のみに設けられており,
 前記コンピュータ・ハウジングをユーザーの左右いずれの側に取り付けた
場合においても,常にコンピュータ・ハウジングの前方部分がユーザーの前側に位
置し,
 さらに,
 前記コンピュータ・ハウジングは,電源,キーボード,又はモニターを包
含するスタンドアロン式コンピュータに転用する手段を有する身体装着型のモバイ
ル式コンピュータ。
(以下,上記発明を「本願補正発明」という。)
3 審決の理由
 審決は,別添審決謄本写し記載のとおり,本願補正発明について,本件補正
後の特許請求の範囲の記載が不明りょうであって,特許を受けようとする発明が明
確であるものとはいえないから,特許法36条6項2号の要件を満たしておらず,
特許出願の際独立して特許を受けることができないものであり,本件補正は,特許
法17条の2第5項(平成15年法律第47号による改正前のもの)で準用する同
法126条4項の規定に違反するものであるから,特許法159条1項で準用する
同法53条1項の規定により却下すべきものとした上,本願発明について,特開平
7-249006号公報(以下「引用例」という。)に記載された発明(以下「引
用発明」という。)に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものである
から,特許法29条2項により特許を受けることができず,また,特許請求の範囲
の記載が不明りょうであって,特許を受けようとする発明が明確であるとはいえな
いから,特許法36条6項2号の要件を満たしていないとした。
第3 原告主張の審決取消事由
 審決は,補正明細書の記載要件についての判断を誤った結果,本願補正発明
が独立して特許を受けることができないとし(取消事由1),本願発明の進歩性に
ついての判断を誤った結果,特許法29条2項により特許を受けることができない
とし(取消事由2),また,本件明細書の記載要件についての判断を誤った結果,
特許請求の範囲の記載が不明りょうで特許法36条6項2号の要件を満たしていな
いとしたが(取消事由3),これらの判断の誤りはいずれも違法であるから,取り
消されるべきである。
1 取消事由1(補正明細書の記載要件についての判断の誤り)
 審決は,本件補正後の特許請求の範囲の「コンピュータ・ハウジングは,上
下対称の構造を有し」との記載が,コンピュータ・ハウジングの全体構成を明確に
しておらず,また,「電源,キーボード,又はモニターを包含するスタンドアロン
式コンピュータに転用する手段」との記載も,スタンドアロン式コンピュータに転
用する手段の構成を明確にしていないから,本願補正発明は,本件補正後の特許請
求の範囲の記載が不明りょうであって,特許を受けようとする発明が明確であると
はいえないと判断したが,誤りである。
(1) 「上下対称の構造を有」するとの構成は,文字どおり,コンピュータ・ハ
ウジングの上下が対称の構造を有することを意味するものであって,表現に不明り
ょうなところはない。「対称」の意味については,本件補正後も変更のない本件明
細書(甲7)の発明の詳細な説明(以下,補正明細書として引用する。)におい
て,図6と図7の説明に関し,「本文において使用される『対称的』という用語
は,長手方向側面15及び20の対称性を意味し,即ちそれらが,寸法,形状及び
位置において同様であることを意味する。」(段落【0021】)と記載されてい
るから,長手方向側面15及び20の関係を「上下」としているのである。図
10は,本願補正発明の身体装着型コンピュータの身体への装着態様として,ユーザ
ーの肩に掛けて使用する例を示しているが,この態様について,「例えば,図10で
は,身体装着型コンピュータ1は,それがユーザーの肩に掛けて装着されるように
して示されている。この状況において,前方側面10は,それでもなお,前方(下向
きではあるが)に向いており,コンピュータの後方即ち後部側面5は,ユーザーの
後方(上向きではあるが)に面している。・・・」(段落【0023】)と記載さ
れている。したがって,補正明細書の上記記載に接した当業者は,コンピュータ・
ハウジングを身体に装着した状態における身体の上方を「上方」とし,身体の下方
を「下方」としていることが把握できるというべきである。
(2) また,本願補正発明にいう「前記コンピュータ・ハウジングは,電源,キー
ボード,又はモニターを包含するスタンドアロン式コンピュータに転用する手段」
との記載に係る「転用する手段」の具体的な構成は,補正明細書の発明の詳細な説
明中において,可動式スタンド(段落【0015】),ジョイスティック(段落
【0016】),固定スタンド(段落【0017】)が挙げられているほか,従来
型のモニターにケーブルを接続するために使用されるコンジットの第1開口部,電
源に接続するための第2開口部の他に,スタンドアロン式のコンピュータとして使
用される場合には,キーボードに接続するために第3開口部を設けること(段落
【0015】,【0017】)が挙げられている。さらには,フロッピー・ドライ
ブ,バーコード・スキャナ,VGAポート又は外部モニター・コネクタのようなそ
の他の周辺機器をコンピュータ1に接続するための手段を提供する開口部16及び
17,PCMCIAカード・スロットとともに使用されるケーブルのための開口部
23を設けること(段落【0019】)が挙げられており,これらが「スタンドア
ロン式コンピュータに転用する手段」の具体的な種々の手段であり,「転用する手
段」は,具体的に何を指すかが明らかである。そもそも,「スタンドアロン式コン
ピュータに転用する手段」という記載自体から発明としての構成は明確であり,こ
れを,その実施態様にまで掘り下げて特許請求の範囲を記載しなければならない理
由はない。
 したがって,「スタンドアロン式コンピュータに転用する手段」の構成が
明確でないとした審決の判断は誤りである。
2 取消事由2(本願発明の進歩性についての判断の誤り)
(1) 審決は,本願発明の進歩性の判断の前提として,本願発明と引用発明とを対
比した上,両者は,「通常型コンピュータとしての実質的に全てのコンポーネント
を内包し,周辺機器とのコネクターを有する単一のコンピュータ・ハウジングを有
し,このコンピュータ・ハウジングは前方部分及び後方部分を持ち,前記周辺機器
とのコネクターは,少なくとも,この後方部分に設けられており,このコンピュー
タ・ハウジングをユーザーの右側又は左側の何れかに装着したとき,前記前方部分
及び前記後方部分が常に同じ位置にあり,かつ,スタンドアロン式コンピュータに
転用される身体装着型のモバイル式コンピュータ。」(審決謄本7頁下から第3段
落)との構成において一致し,一方,「本願発明にあっては,スタンドアロン式コ
ンピュータに転用されるように適合させる手段を有しているのに対して,引用例に
あっては,この構成が明示されていない点」(同頁下から第2段落)で相違すると
認定したが,引用発明の認定自体が既に誤っている。
 引用例(甲6)の「上部パネル(302)」と「底部パネル(310)」は,
本願発明の「前方部分」と「後方部分」と同視することはできないし,引用例は,
本願発明のような,コンピュータ・ハウジングのユーザの左右側の取り付けの差に
よって,周辺機器とのコネクターの相対位置の変更,上下位置の変更などによる操
作の不都合,不具合を解消することについて意図しておらず,まして,そのための
対策についての示唆もしていない。
(2) 次に,審決は,相違点についての判断において,「モバイル式(携帯用)コ
ンピュータとスタンドアロン式(ラップトップ型又はデスクトップ型)コンピュー
タとを兼用するコンピュータとなすことは普通のことであって,該コンピュータが
スタンドアロン式コンピュータとして使用するための手段を備えることは技術常識
乃至周知の技術的事項であり,・・・引用例に記載されたものにおいても,スタン
ドアロン式(ラップトップ型又はデスクトップ型)コンピュータとして使用するこ
とを妨げる特段の理由も認められないから,前記技術常識乃至周知の技術的事項を
参酌して本願発明のように構成することは当業者が容易になし得ることと認められ
る。また,本願発明により奏する作用効果も,当業者が予測し得る程度のものであ
って格別のものとは認められない。」(審決謄本8頁第2段落)と判断したが,こ
の判断も誤りである。
 審決は,本願発明の「このコンピュータ・ハウジングをユーザーの右側又
は左側の何れかに装着したとき,前記前方部分及び前記後方部分が常に同じ位置に
あり,」との構成を引用発明との相違点としていないから,この相違点についての
判断を欠くという基本的な誤りを犯している。
 本願発明は,通常のモバイル式のコンピュータを対象とするものではな
く,引用例にも記載の「身体装着型」のモバイル式コンピュータをスタンドアロン
とするもので,本来が単なる携帯型のコンピュータではなく,通常,操作に際して
手を使用しないいわゆる「ハンドフリー」で操作され,腰ベルトに装着される「コ
ンピュータ・ハウジング」をスタンドアロンコンピュータとして機能させたもので
あって,そのこと自体は周知慣用とはいえない。しかも,コンピュータ・ハウジン
グを左右装着自在とし,さらには,スタンドアロンコンピュータとして機能させる
ことによる「身体装着型のモバイル式コンピュータ」の使い易さを格段に改善した
効果は極めて顕著である。
3 取消事由3(本件明細書の記載要件についての判断の誤り)
 審決は,本願発明の特許請求の範囲に規定する「スタンドアロン式コンピュ
ータに転用されるように適合させる手段」が,「身体装着型のモバイル式コンピュ
ータからスタンドアロン式コンピュータの機器へどのような構成により転用される
ものとなるのか依然として不明であって,この『転用されるように適合させる手
段』が具体的構成として何を指しどのような構成を規定しているのか不明りょうで
ある」(審決謄本9頁第2段落)としている。しかしながら,本願発明の目的の一
つは,本件明細書の段落【0010】に記載のとおり,「身体装着型のモバイル式
コンピュータ」を従来型のコンピュータとして使用できるようにすることにあっ
て,この目的を,段落【0014】に記載のとおり,通常,ハンドフリーで操作さ
れ,腰ベルトに装着される「コンピュータ・ハウジング」をスタンドアロンコンピ
ュータとして機能させるという要件によって達成したものであるから,その目的の
達成手段自体は明確であり,審決の上記判断は誤りである。
第4 被告の反論
 審決の認定判断に誤りはなく,原告主張の取消事由はいずれも理由がない。
1 取消事由1(補正明細書の記載要件についての判断の誤り)について
(1) 本願補正発明の特許請求の範囲の記載において,「前記コンピュータ・ハ
ウジングは,上下対称の構造を有し,前記周辺機器とのコネクターはコンピュー
タ・ハウジングの後方部分のみに設けられており,」という構成にいう「上下」
が,コンピュータ・ハウジングをどのように置いた場合の上下を指すのかは特定さ
れていない。すなわち,このコンピュータは「身体装着型」であるから,コンピュ
ータの身体装着時の態様により,ハウジング構成の上下,前後,左右が変化するこ
とは自明である。原告は,補正明細書に実施例として記載されていると主張する
が,ユーザーの装着の仕方によっては,位置関係が不明確になることが予想される
のであり,この点が特定されない以上,「コンピュータ・ハウジングの全体構成
(上下,前後,左右の各構成)」は不明確であるというほかない。
(2) 本願補正発明の「電源,キーボード,又はモニターを包含するスタンドア
ロン式コンピュータに転用する」との構成が何を意味しているのかが不明であり,
単に机上に設置できるということを意味するにすぎないとも解し得る。
2 取消事由2(本願発明の進歩性についての判断の誤り)について
 身体装着型のモバイル式コンピュータをスタンドアロンコンピュータとして
機能させること自体は,引用例に「非携帯モード」として示されているのであっ
て,本来,相違点とはいえないものであるが,審決は,引用例に本願発明でいう
「スタンドアロン式コンピュータに転用されるように適合させる手段」が明示され
ていない点を一応の相違点として採り上げた上で,モバイル式とスタンドアロン式
を兼用するものにスタンドアロン式として使用するための手段を設けることが当然
のことであるという事実等を勘案し,この相違点の克服が容易であると判断してい
るものである。
3 取消事由3(本件明細書の記載要件についての判断の誤り)について
 本願発明にいう「スタンドアロン式コンピュータに転用されるように適合さ
せる手段」が何を意味しているのかが不明確であることは,上記1で述べたのと同
様である。
第5 当裁判所の判断
1 取消事由1(補正明細書の記載要件についての判断の誤り)について
(1) 審決は,本件補正後の特許請求の範囲の記載が不明りょうであるとの判断
の根拠の一つとして,上記特許請求の範囲の「電源,キーボード,又はモニターを
包含するスタンドアロン式コンピュータに転用する手段」という記載が,スタンド
アロン式コンピュータに転用する手段の構成を明確にしていないことを挙げてお
り,原告がこれを争っているので検討する。
 本件補正後の特許請求の範囲の「前記コンピュータ・ハウジングは,電源,キー
ボード,又はモニターを包含するスタンドアロン式コンピュータに転用する手段を
有する身体装着型のモバイル式コンピュータ。」とは,「身体装着型のモバイル式
コンピュータ」を「スタンドアロン式コンピュータ」(補正明細書(甲7)の発明
の詳細な説明中の段落【0014】で,「スタンドアロン式コンピュータ」は,ラ
ップトップ型又はデスクトップ型のコンピュータのことであると定義されてい
る。)に転用しようとするもので,前者から後者へと転用するための手段を有する
との意味であると理解することができる。
 ところで,願書に添付すべき明細書の技術用語は学術用語を用いるべきと
ころ(特許法施行規則24条,様式29の7),コンピュータの属する技術分野に
おいて,「転用する手段」は学術用語であるとはいえないから,その有する普通の
意味で使用されているものと解される。一般に,「転用」とは,「本来の用い方を
しないで,他の用途に用いること。流用。」(広辞苑第5版),「本来の目的とは
違った用途にあてること。」(大辞林第2版)といったことを意味するものとされ
ていることからすると,「身体装着型のモバイル式コンピュータ」を「スタンドア
ロン式コンピュータに転用する」ということは,本来の用い方によれば「身体装着
型のモバイル式」であるコンピュータを「スタンドアロン式コンピュータ」として
用いるということであり,「スタンドアロン式コンピュータに転用する手段」を有
することが本願補正発明の構成要件となっているものと認められる。このように
「スタンドアロン式コンピュータに転用する手段」を有することが本願補正発明の
構成要件となっているということであれば,「スタンドアロン式コンピュータに転
用する手段」は,あってもなくてもよいというものではなく,本願補正発明におけ
る必須不可欠の構成要件であるはずである。
 上記のとおり,「転用」という用語の一般的な用語例に従うと,用い方を
変えるだけの場合をも含むことになり,腰のベルトに取り付けていたコンピュータ
を机の上に置いて使用するといったことも一種の転用といえないこともないが,こ
のような事柄が特許法によって保護されるべき発明に当たるといえないことは明ら
かである。本願補正発明においては,何らかの技術的意味を持った「スタンドアロ
ン式コンピュータに転用する手段」が存在するはずであり,この手段を用いること
によって,「身体装着型のモバイル式コンピュータ」が「スタンドアロン式コンピ
ュータに転用」されるものであるというべきである。
 しかしながら,このような技術的意味を持った「転用する手段」がどのよ
うなものであるかは,補正明細書の特許請求の範囲の【請求項1】の記載において
も明らかでなく,念のために,発明の詳細な説明を精査しても,「転用する手段」
を定義したり説明したりしている記載を見いだすことはできない。
(2) この点について,原告は,「転用する手段」の具体的な構成について,補
正明細書の発明の詳細な説明中において,可動式スタンド,ジョイスティック,固
定スタンドが挙げられているほか,従来型のモニターにケーブルを接続するために
使用されるコンジットの第1開口部,電源に接続するための第2開口部の他に,ス
タンドアロン式のコンピュータとして使用される場合には,キーボードに接続する
ために第3開口部を設けることが挙げられているなどとし,これらから「転用する
手段」とは具体的に何を指すかが明らかである旨主張するので,順次,検討する。
ア 可動式スタンドについて
 補正明細書(甲7)の発明の詳細な説明の段落【0015】には,「ユ
ーザーの身体に接触するコンピュータ・ハウジングの部分は,ベルト通し(身体装
着型コンピュータとして使用される場合)と,従来型のコンピュータとして使用さ
れる場合のリフト・スタンドとを兼ねる可動式スタンドを有する。」(5欄27行
目~31行目),段落【0017】には,「更にコンピュータの下側後方部分5の
中に配置されるものは,装着されるときには上向きに折り畳まれ,ラップトップ
型,デスクトップ型又はその他の従来型コンピュータに転用されるときには下向き
に折り返されて移動される,可動式リフト・スタンド8である。リフト・スタンド
8が下方に移動されるとき,開口即ちアウトレット3は,コンピュータが従来型コ
ンピュータとして使用されるので,(図2で示されたように)容易にアクセス可能
である。当該リフト・スタンドは,スタンドとして機能するばかりでなく,図6及
び図7で示されるようにベルト通しをも兼ねるようにして機能する。」(6欄30
行目~41行目)との記載がある。
 上記記載によれば,可動式スタンドは,身体装着型コンピュータとして
使用される場合と従来型のコンピュータとして使用される場合とに兼用されるもの
であり,従来型のコンピュータとして転用される場合に,下向きに折り返されて移
動されるというのであるから,可動式スタンドの技術的意味は,「スタンドアロン
式コンピュータ」に転用された際にスタンドに用いられるというにすぎないのであ
って,可動式スタンドを用いることによって,「身体装着型のモバイル式コンピュ
ータ」が「スタンドアロン式コンピュータ」に転用されるものでないことは明らか
である。
イ ジョイスティックについて
 補正明細書の発明の詳細な説明の段落【0016】には,「本発明
(注・本願補正発明)の構造が従来型コンピュータとして使用される場合,当該ハ
ウジングの頂部区域にはジョイスティック又はボタン或いはその他の手段である3
個の可動式レバーが配置されており,1つはマウスを操作するためのものであり,
他の2つはプログラム実行又はカーソル操作のためのものである。モバイル式の機
能が所望される場合には,当該頂部の可動式ボタン又はレバーは,ユーザーの右手
側に装着されようと左手側に装着されようと,常に同じ様式で使用されることにな
る。」(6欄6行目~14行目),段落【0017】には,「コンピュータ・ハウ
ジング2の頂部前方部分10には,中央ボタン11及びジョイスティック又はレバ
ー12が配置される。レバー12は,コンピュータ1がモバイル式であるか又は従
来型のコンピュータとして使用されるとき,マウス・ポインタを移動させ制御する
ために使用される。制御ボタン11は,コンピュータ1が従来型コンピュータとし
て使用されるとき,プログラム実行又はメニュー選択のために使用される。これら
の制御装置11及び12は,図3及び図4において明瞭に示される。」(6欄48
行目~7欄7行目)との記載がある。
 上記記載によれば,ジョイスティックは,身体装着型コンピュータとし
て使用される場合にも,従来型のコンピュータとして使用される場合にも用いられ
るものであり,当該ジョイスティックを用いることによって,「身体装着型のモバ
イル式コンピュータ」が「スタンドアロン式コンピュータ」に転用されるものでな
いことは明らかである。
ウ 固定スタンドについて
 補正明細書の発明の詳細な説明の段落【0017】には,「コンピュー
タ1が従来型コンピュータとして転用され使用されて,図2で示されたように平坦
なデスク又はその他の表面26に配置されるとき,固定スタンド14は,コンピュ
ータの前方区域10を支持するために使用される。この前方スタンド14は,図6
及び図7で示されるようにベルト通し(即ち取っ手)としても使用される。図2で
は,リフト・スタンド8は,アウトレット3に対するケーブル4の容易な接続を許
容するために下方に移動されている。リフト・スタンド8が無ければ,アウトレッ
ト・コンジット3の末端角度の故にケーブルの接続は非常に困難になることが理解
され得るであろう。」(7欄18行目~29行目),段落【0020】には,「図
5では,ハウジング2の底部が,前方スタンド即ち前方ベルト通し14を前部10
の中の適所に配置せしめた好適な実施例において示されている。・・・図5で示さ
れたように,リフト・スタンド8及び前方スタンド14は,コンピュータ1がウエ
スト又はユーザーの身体の他の場所の廻りに装着されるときには,ベルト通し即ち
ベルト・ガイドとして機能する。スタンド8及び14は,その構造及び機能を示す
ために誇張された様式で突出するように示されているが,ユーザーにとって快適で
便利であるように,いかなる快適な構成が使用されることも可能である。」(8欄
35行目~9欄3行目)との記載がある。
 上記記載によれば,固定スタンドは,身体装着型コンピュータとして使
用される場合にも,従来型のコンピュータとして使用される場合にも用いられるも
のであり,その用い方が,前者では「ベルト通し」として用いられるのに対して,
後者では「スタンド」として用いられるというのであるが,当該スタンドを用いる
ことによって,「身体装着型のモバイル式コンピュータ」が「スタンドアロン式コ
ンピュータ」に転用されるものでないことは明らかである。
エ その他,従来型のモニターにケーブルを接続するために使用されるコン
ジットの第1開口部,電源に接続するための第2開口部の他に,スタンドアロン式
のコンピュータとして使用される場合には,キーボードに接続するために第3開口
部を設けること,さらには,フロッピー・ドライブ,バーコード・スキャナ,VG
Aポート又は外部モニター・コネクタのようなその他の周辺機器をコンピュータ1
に接続するための手段を提供する開口部16及び17,PCMCIAカード・スロ
ットとともに使用されるケーブルのための開口部23を設けることは,いずれもス
タンドアロン式コンピュータとして使用する場合に使用するものであって,これを
用いることによって,「身体装着型のモバイル式コンピュータ」が「スタンドアロ
ン式コンピュータ」に転用されるものといえない。
(3) また,原告は,「スタンドアロン式コンピュータに転用する手段」という
記載自体から発明としての構成は明確であり,これを,その実施態様にまで掘り下
げて特許請求の範囲に記載しなければならない理由はないと主張する。しかしなが
ら,前述したとおり,「スタンドアロン式コンピュータに転用する手段」は本願補
正発明に必須の構成であり,これによってスタンドアロン式コンピュータに転用さ
れるとしているのであるから,このような構成を本願補正発明の必須の構成要件と
している以上,特許請求の範囲の記載において,その技術的意味を明確にすべきで
あることはいうまでもないところである。原告の上記主張は失当というほかはな
い。
(4) 以上によれば,本願補正発明の特許請求の範囲にいう「スタンドアロン式
コンピュータに転用する手段」は,本願補正発明の特許請求の範囲の記載のみなら
ず,発明の詳細な説明の記載を検討してもなお明らかであるとはいえず,その技術
的意味は不明とであるといわざるを得ない。
 したがって,本願補正発明は,本件補正後の特許請求の範囲が不明りょう
であって,特許を受けようとする発明が明確であるとはいえないから,特許法36
条6項2号の要件を欠いているとした審決の判断に誤りはなく,原告の取消事由1
の主張は理由がない。
2 取消事由3(本件明細書の記載要件についての判断の誤り)について
(1) 本願発明の特許請求の範囲中に「スタンドアロン式コンピュータに転用さ
れるように適合させる手段を有する身体装着型のモバイル式コンピュータ。」との
記載があることは,上記第2の2(1)のとおりである。これを上記第2の2(2)の本
願補正発明の特許請求の範囲の記載と対比すると,本願補正発明が「転用する手
段」としているのに対して,本願発明において「転用されるように適合させる手
段」となっている点で相違している。
 上記1(1)の判示のとおり,「身体装着型のモバイル式コンピュータ」を
「スタンドアロン式コンピュータ」に転用するとは,本来の用い方によれば「身体
装着型のモバイル式」であるコンピュータを「スタンドアロン式」として用いると
いうことであるが,「身体装着型のモバイル式コンピュータ」から「スタンドアロ
ン式コンピュータに転用されるように適合させる手段」を有することが本願発明の
構成要件となっているのである。このように「スタンドアロン式コンピュータに転
用されるように適合させる手段」を有することが本願発明の構成要件となっている
ということであれば,「スタンドアロン式コンピュータに転用されるように適合さ
せる手段」は,あってもなくてもよいというものではなく,本願補正発明における
必須不可欠の構成要件であるはずである。
 しかしながら,このような技術的意味を持った「スタンドアロン式コンピ
ュータに転用されるように適合させる手段」がどのようなものであるかは,本件明
細書の特許請求の範囲の【請求項1】の記載をみても明らかでなく,念のために,
発明の詳細な説明を精査しても,「転用する手段」を定義したり説明したりしてい
る記載を見いだすことができないことは,取消事由1において検討したところと同
様である。
(2) 原告は,本願発明の目的の一つは,「身体装着型のモバイル式コンピュー
タ」を従来型のコンピュータとして使用できるようにすることにあって,この目的
を,段落【0014】に記載のとおり,通常,ハンドフリーで操作され,腰ベルト
に装着される「コンピュータ・ハウジング」をスタンドアロンコンピュータとして
機能させるという要件によって達成したものであるから,その目的の達成手段自体
は明確であると主張する。
 本件明細書(甲7)の段落【0014】には,「上述の目的及びその他の
目的は,モバイル式の身体装着型コンピュータと,スタンドアロン式,即ちラップ
トップ型又はデスクトップ型コンピュータ或いはその他の従来型コンピュータのた
めのコンポーネントとの両方として使用され得るコンピュータ構造によって概ね達
成される。『従来型コンピュータ』によって意味されるものは・・・現在知られ使
用されているコンピュータである。1つの実施例における本発明のコンピュータ構
造は,ユーザーのウエストの廻りに装着され得るものであり,ユーザーのウエスト
の湾曲に応じて輪郭形成されるようにその内側側面(ユーザーのウエストに接触す
る側面)で湾曲されるように成した,コンピュータ・ハウジングを有する。それ
は,前記ユーザーのウエストラインの一部のみを占有する構造的な寸法即ち面積を
有する。従って,前述のジャニックI及びIIとは違って,ユーザーのウエスト全
体を取り囲むものではない。ウエスト装着型コンピュータとして使用される場合に
は,ユーザーが目的物即ち機械を修理しようとし或いはその他の理由で両手を使用
しようとするとき,ユーザーの両手を邪魔して妨害しないように,ケーブル及びそ
の他の電気的接続部がコンピュータの後方部分から伸延することが重要である。当
該コンピュータ構造は対称的であり,従って当該コンピュータは左利き操作のため
の装置としてひっくり返されることが可能であり,当該ケーブル・アウトレット
は,このようにして,常にユーザーの後方に面することになる。逆に,マウス・コ
ントロール(従来型コンピュータに転用されるとき)は,右利き又は左利きのユー
ザーに便利なように常にコンピュータ・ハウジングの前方に位置決めされることに
なる。本発明のコンピュータのハウジングは,電源,モニター,キーボード又はそ
の他の必要なコンポーネントのような他のコンポーネントに接続するためのアウト
レットを有する。同時係属出願第08/538,194号及び米国特許書第5,3
05,244号明細で説明されたモバイル・コンピュータのすべての実施例は,本
文で説明され請求されたように修正して本発明において使用され得るこれらの構造
の中に包含される。同時係属出願第08/538,194号の開示は,本件開示の
中に引例として組み込まれるものとする。」(4欄14行目~5欄5行目)との記
載がある。しかし,上記記載によっては,ハンドフリーで操作され,腰ベルトに装
着される「コンピュータ・ハウジング」をどのようにしてスタンドアロンコンピュ
ータに転用するのか明らかでなく,また,「スタンドアロン式コンピュータに転用
されるように適合させる手段」についての定義付けや説明をするものでもない。そ
の他,本件明細書の発明の詳細な説明のそのほかの記載をみても,「スタンドアロ
ン式コンピュータに転用されるように適合させる手段」がどのような技術であるか
について明示あるいは示唆する記載を見いだすことができない。
 したがって,原告の上記主張は理由がない。
(3) そうすると,本願発明の特許請求の範囲にいう「スタンドアロン式コンピ
ュータに転用されるように適合させる手段」の技術的意味は,不明確であるという
ほかはない。
 したがって,本願発明も,特許請求の範囲の記載が不明りょうであって,
特許を受けようとする発明が明確であるとはいえないから,特許法36条6項2号
の要件を満たしていないとした審決の判断に誤りはなく,原告の取消事由3の主張
は理由がない。
3 以上のとおり,原告主張の取消事由1及び3は理由がなく,他に審決を取り
消すべき瑕疵は見当たらない。そうすると,取消事由2について判断するまでもな
く,原告の請求は理由がないから棄却することとし,主文のとおり判決する。
     知的財産高等裁判所第1部
         裁判長裁判官 篠  原  勝  美
    裁判官青柳馨
    裁判官 宍戸充

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