弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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         主    文
     本件抗告を棄却する。
         理    由
 本件抗告申立の理由は、記録に編綴の抗告申立書記載のとおりであるが、右は要
するに、原決定は、「本件付審判請求事件を担当する合議体のうちA及びBの両裁
判官が、該事件と基本的事実関係をほぼ同じくする準抗告事件の裁判に関与し、右
準抗告を棄却したものであるとしても、右両裁判官に不公平な裁判をする虞がある
とはいえない。そればかりでなく、右準抗告事件の裁判は、申立人が還付を求める
押収物件の一部に関し福岡地方裁判所久留米支部の押収物主任官ないし物品管理官
(本件付審判請求事件における被疑者C)によつて国庫帰属の措置がとられてお
り、その物件について検察官の処分はなかつたと判断しているだけで、右物件にか
かる前記国庫帰属の措置の適否については判断していないから不公平な裁判をする
虞は認められない。」として、右両裁判官に対する忌避の申立を容れなかつたもの
である。しかし右準抗告棄却の決定によれば、押収物主任官ないし物品管理官にお
いて所有権放棄による国庫帰属の措置がとられていることが認められるとして、本
件付審判請求事件の被疑者であり各押収物主任官ないし物品管理官であつたCの職
務行為を正当化する判断をしているのである。そうしてみれば、右準抗告の決定に
おいてすでに右被疑者の職務行為を正当なものと判断している裁判官が、各職務行
為が違法であると主張する本件付審判請求事件の審理に関与する限り、不公平な裁
判をする虞があることはいうまでもないので、原決定を取消し前記両裁判官の忌避
を求めるというにある。
 よつて、原決定の当否を検討するに、
 記録によれば、原決定は請求者に忌避権が存するかどうかを留保したまま、その
主張する忌避理由につき判断し、これを否定するのであるが、この場合、忌避権の
存否は先決事項と考えられるので、この点につき先ず検討すべきである。
 そこで、請求者に忌避権が存するか否かを按ずるに、抗告人の忌避申立における
所論は、先に最高裁判所が被疑者に対し忌避権を是認したことを援用し、被疑者だ
けではなく請求者も公平な裁判を受ける権利を有し、被疑者と同じく請求者にも忌
避権が存するのは当然であると主張するのである。しかし、付審判請求手続におい
て、被疑者と請求者は全く相反する地位にあり、刑事訴訟法二一条一項において被
告人に認められる忌避権を被疑者に拡大類推することと同一の論理を以て請求者の
忌避権を是認するのは相当でないので、所論の右論拠を直ちに採用することはでき
ない。
 しかしながら、所論指摘の最高裁判所の判例によれば忌避制度が広く裁判官の職
務執行一般を対象とするものであることは右規定が総則に存するという条文の配置
及び文言上明らかであるとされ、付審判請求に対しその裁判官について職務執行の
公正を期するため忌避の規定の適用あることは、その制度のおかれた趣旨等にかん
がみ言うをまたずして明らかであるとし、殊に、刑事訴訟法二一条一項は被告人と
あるがその文理のみにとらわれることなく、制度の趣旨等を広く考慮し合理的な解
釈をなすべきものであるとの趣旨を示し(最決昭四四・九・一一刑集二三巻九号一
一〇〇頁参照)、また付審判請求制度において、公正な判断機関として裁判所が選
ばれている点から考察すれば審判の公正を担保するため、忌避の規定か適用される
のが相当である(最決昭四七・一一・一六刑集二六巻九号五一五頁参照)としてい
るのである。そして右は請求者につき忌避権の存否を判断するにあたつても参酌す
べきところであるが、とりわけ、刑事訴訟における忌避制度が裁判の公正を担保す
るために、広く裁判官の職務執行一般を対象とし、公判手続以外にも忌避の是認さ
るべき場合が存し、付審判請求手続がこの場合であり、また右制度の趣旨又は立法
の沿革に照し、付審判請求手続における忌避権に関する限り明文にとらわれない解
釈が必要であるとの見解は、請求者の忌避権を論ずる場合においても是認さるべき
ものと思われる。
 そこでまず、忌避権の基礎につき考えてみるに、周知の如く憲法三七条は刑事被
告人に対し公平な裁判所の裁判を保障する。したがつて、被告人の忌避権はここに
憲法的な基礎を見出すことができるものであつて、被告人の忌避権に関する限り、
右の基本権の刑事訴訟における直接的な現象形態に外ならない。しかしながら、被
疑者の段階において忌避権を是認することは直接的な憲法的要請ではなく、これを
認めるか否かはむしろ立法政策の問題とみるべきである。被疑者においてしかり、
請求者に関してはなおさら右の憲法的要請を直線的に(間接的は別として)採用す
ることはできない。
 <要旨>そうすると、被告人以外の者の忌避権の有無は専ら刑事訴訟の次元におけ
る問題であり、刑事訴訟法の実質的枠組の中から認識されなければならない
が、刑事訴訟における忌避制度が広く裁判官の職務執行一般を対象とし、もつて裁
判の公正を担保するものであることは前示引用の判例の示すとおりであり、右の如
く裁判そのものに要請される公正性は、現実的には手続的公正によつて確保され、
この刑事訴訟法に内在すべき公平の原則(とりわけ当事者に対する公正性と平等
性)を追求する限り、忌避権は必ずしも被告人のみに限定されず、同法二一条一項
が明示するとおり検察官にも是認さるべきであり、またそれと同時に、公判手続に
おける当事者のみに限られず、被疑者その他の者にも許容さるべき場合がなければ
ならない。しかし他面、刑事訴訟法二一条が公判手続のみに忌避権を規定すること
からみれば、無限定のものではなく、少なくとも公判手続に必要的に先行し又は附
随ないし前置される手続ではなく、これに対し独立性とある程度の自足性を有する
審判手続に限らるべきである。かかる意味においても、付審判手続における被疑者
に対して忌避権を是認することは妥当であるが、他面、右手続の対象たる被疑者の
みに忌避権を保有せしむることは前示の意味の公平性を害する。それ故に、いわば
当事者的に対立する側、とりわけ右手続の目的たる審判を求めて該手続の開始を請
求する者にも忌避権を是認するのが相当である。殊に、請求者の側にも忌避理由が
発生しうることは否定できないところであつて、これを片面的に無視することによ
つて当該審判の公正が期待できるものとは考えられない。ところで、請求者は実体
的には主として犯罪の被害者であり、通常の刑事手続においては、検察官が被害者
の権利に留意して、いわば代行するが故に、手続参加の有無を問わず被害者に忌避
権は必要でないとされるのである。しかし、付審判手続を請求する場合においては
検察官が被害者の見解を採用せざるが故に、被害者のために準起訴手続を求むるこ
とにつき審判の方途を設けたものであつて、検察官と被害者である請求者はいわば
対立状態に陥り、検察官において被害者の右権利を保全し得べき状態にはないの
で、通常の手続における前述の理由は是認できない。そうだとすれば、付審判手続
の右の如き特殊性にかんがみ請求者に対し直接的に忌避権を是認することも不当で
はない。
 尤も、現行刑事訴訟法の文理の上では請求者に対して忌避権を認める規定は存し
ない。右にいわゆる設権規定が存しない限り、これを否定するのが当然のように解
される。しかし、この点は被疑者についても同じであつて、先にも援用せる最高裁
判所の判旨にも明らかなとおり、制度の趣旨に照しこれを広く解し、合理的な解釈
を必要とする場合であり、とりわけ本制度に関する立法の沿革に徴するとき、請求
者から裁判官の忌避申立をするが如き事態は立法者の予想しないことであつたと思
われる。そうだとすれば、予想しながら規定しなかつた場合(この場合は規定しな
いことによつて消極的又は否定的に規制するものである)と異なり、類推的に補充
さるべきところである。この場合、被告人から被疑者を拡大類推する如く、原告的
性格を大前提として検察官から請求者を法規類推することが相当でないとしても、
前述の如く付審判請求制度を包括する刑事訴訟法全体からいわゆる法類推すること
は可能である。
 以上のような理由からして請求者に対して忌避権を是認するのが相当と解する。
 次に、本件忌避理由の存否につき判断すべきところ、本件記録のほか付審判請求
事件及び前記準抗告事件の各記録を調査するに、本件付審判請求事件の審理を担当
する裁判所を構成する合議体のうち裁判官A及び同Bが前記準抗告事件(福岡地方
裁判所久留米支部昭和四八年(む)第D号)の裁判に関与したものであることは所
論指摘のとおりである。しかし、右準抗告事件は押収物件について検察官のした処
分の違法を主張するものであつて、同事件の裁判では右物件のうち番号11、1
3、14、15を除くその余の物件(本件付審判請求事件で問題とする物件)に関
する限り、右検察官の処分は存しないことを認定したにすぎないものであり、本件
付審判請求事件では右物件の処理に関し裁判所の押収物主任官ないし物品管理官た
るCの職権濫用、器物損壊、有印虚偽公文書作成同行使の犯罪があるとし、これに
つき検察官が公訴を提起しないことを不服として審判を求めるものであるから、両
事件を通じ同一裁判所が関与することがあつても、この一事をもつて、不公平な裁
判をする虞があるとすることができないのは言うまでもない。
 所論は、前記両裁判官が右準抗告事件の裁判に関与するにとどまらず、その申立
を棄却する決定において、すでに本件付審判請求事件の被疑者たるCがなした押収
物件の国庫帰属の措置を正当なものと判断しているので、同一の事実関係に基づく
本件付審判請求事件の審理に関与する限り、不公平な裁判をする虞があるともいう
のであるが、右準抗告の裁判では、検察官の処分の不存在を認定する根拠として、
裁判所の押収物主任官ないし物品管理官において所有権放棄による国庫帰属の措置
がなされていることを挙示するものであり、右の所有権放棄による国庫帰属の措置
というのは、同決定の理由説示を仔細に検討すれば明らかなとおり、右措置の正当
性又は所有権放棄が実体法上有効になされていることを判断しているのではなく、
押収物件の国庫帰属の手続として、所有権放棄の方法が採られ、これに基づき右帰
属手続がなされていることを説示しているにすぎないものであつて、Cのなした右
国庫帰属の措置の適否についてまで判断しているものではない。
 そうだとすれば、前記両裁判官が本件付審判請求事件の審理を担当しているから
といつて、不当な予断をいだき不公平な裁判をする虞があるということはできず、
その他前掲各記録を精査しても右両裁判官に忌避の原因となる事情は何ら見出せな
い。
 してみれば、本件忌避申立を理由がないとして却下した原決定は正当であり、本
件抗告は理由がないので、刑事訴訟法四二六条一項に則り主文のとおり決定する。
 (裁判長裁判官 平田勝雅 裁判官 吉永忠 裁判官 塚田武司)

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