弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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         主    文
     被告人Aに対する本件上告を棄却する
     被告人B、同同Cに対する原判決を破棄し、同被告人等に対する本件を
東京高等裁判所に差し戻す。
         理    由
 被告人Aに対する検察官の上告趣意第四点について。
 原審第五〇回公判調書の末尾、すなわち、記録二、三七七丁(所論に二、三六七
丁とあるのは誤記と認める)に裁判書記官補D(所論に吉とあるのは誤記と認める)
の署名捺印があるだけで、裁判長の署名捺印が存在していないこと並びにその次の
頁に裁判長判事Eの署名捺印はあるがその頁とその前の頁との間に契印のないこと
は所論のとおりである。しかし、右裁判所書記官補Dなる筆跡、墨色と裁判長判事
なる筆跡、墨色とは同一であり、普通行われる公判調書認証の形式からいつても、
前記両頁は契印がなくとも調書としての連続性を有すること極めて明らかである。
従つて、右両者の署名捺印は、公判調書の認証として欠くるところがないものとい
わなければならない。されば、右調書に対する裁判長の認証を欠くことを前提とし
て展開する所論は、既にその前提において採用することができない。
 同第三点の一について。
 原判決が昭和二三年五月六日被告人A方における本件金二〇万円の授受の情況に
ついて、所論のごとく認定し、その証拠として所論の証拠挙げていることは所論の
とおりである。しかし、原審の公判調書、ことに原審第四七回の公判調書中の被告
人C及び同Bと小玉弁護人との問答その他の供述によれば、同被告人両名の供述は
結局被告人Aが金二〇万円を被告人Cから交付されたものと誤解した趣旨を述べて
おり、従つて、必ずしも被告人Aの供述とその実質において相反するものとは解さ
れない。されば、原判決が被告人Aの供述の外被告人C、同Bの供述をも証拠とし
て判示金員授受の情況を認定したからといつて、吾人の経験法則に違背した証拠上
の違法は認められない。それ故本論旨は採用し難い。
 同点の二について。
 原判決が「被告人Bが被告人Cを通じ及び直接被告人Aに対して為した右談話の
内容自体は、結局友人たるGの立場に対する被告人Aの誤解を解き之が弁明を為し
たことに尽きるものでそれ以上に及ぶものではなく、しかも被告人Aからは党とし
ては既定方針に依つて進む外なき旨応酬せられたものであつて、従つて当時の民主
自由党の方針の変更を試み国会に於けるF事件の審議調査に付穏便な措置を得るよ
う配慮方を依頼したものでないことは勿論、又被告人Aを通じ民主自由党内殊に同
党所属の不当財委の委員等に対しGの為釈明方を求めたものでないことは明である。」
と説示したことは所論(一)で引用するとおりである。しかし、原判決がかく説示
するに至つた根拠は、必ずしも論旨摘記のごとき世評及び政界の情勢、被告人Bと
Gとの親交関係、被告人Bが被告人Cに伝言方を依頼し同人より被告人Aに通じ両
名がAと会見して判示のごとき談話を交換した事実からだけではなく、その他例え
ば、原判決は被告人Bが被告人Cに伝言を依頼する前に「被告人Bは右の如き世評
及び政界の情勢を知り、その頃同問題につき自からGに質し、その根拠なき風説で
迷惑をしている旨を告げられ且つは自己がH理事長として肥料製造業者に対し復旧
転換設備資金の貸出を行つた経験よりするも断然これら世上の疑惑は事実無根のも
のであるとの確信を抱いておつたこと」をも確定しており、また、Cとの談話の際
「復金融資は政府と司令部とで計画を樹て、それに対応して為されるものであるか
らその間不当融資ということはあり得ないこと、民主党総裁Iの後援者といわれる
J工業株式会社々長KはGの妻の兄であり、その関係上世間では、GからKを通じ
右I等に対し多額の政治献金が為されていると称しているが、Gは性格的にIを好
かず、義兄Kが同人を後援することにも反対している位だから、GからIに献金す
ることなどは絶対にあり得ぬことを述べた旨」等をも認定してこれらをその資料に
供しているのである。されば、原判決の前記説示は、被告人Bが被告人Aに対して
申述べた談話の内容のみに根拠したものでないこと明白であり、従つて、所論(二)
のごとく右談話の内容ばかりを検討しただけでは前記説示が経験法則に違背する違
法があるとの論旨は当らない。
 また、原判決は「被告人Aが前記金員の趣旨に関し、被告人Bの主観的意図を認
識したとは到底考えられず被告人Aは全くその認識がなかつたものと言わねばなら
ぬ」と結論したことは、所論(一)で引用するとおりであるが、その結論を導き出
す根拠たる理由が前記談話の内容のみによつたものでないことは既に説明したとこ
ろである。そして、所論(三)のGの原審第八九回公判における供述は、その供述
自体で明らかなように本件B等対A間の談話並びに金員授受のあつた後における被
告人B対証人G間の談話であり、従つて必ずしもその以前になされた被告人B等と
被告人Aとの談話の内容並びに被告人Aの金員受領の趣旨に対する主観的認識を立
証する有力な認定資料であるということはできない。しかのみならず、証拠の取捨
判断は事実審たる原審の裁量に属するところであり、また、証拠の取捨判断の理由
を判決に示すべきことは訴訟法上毫も要請されていないのであるから、前記Gの証
言を採用せず又はその採否の理由を示さなかつたからといつて、違法であるという
ことはできない。それ故この点に対すを所論も採用し難い。
 同点の三について。
 所論被告人Aが昭和二三年四月二日以降引き続き約一ケ月余在京しなかつたとの
原判決の認定は、その挙示の証拠で肯認することができ、その間経験則に反する違
法は認められない。所論は、原判決の採用しない証拠に基き原判決の事実認定を非
難するもので適法な上告理由ではない。また、判示弁明の時から金員交付までの間
一ケ月余を経過しているから、かかる事実を以て公訴事実のごとき趣旨の下な供与
されるものであるとの情を察知しなかつた論拠の一つとしても、所論のように著し
く経験則に違背するものということはできない。それ故この点に対する論旨も採る
ことができない。
 同点の四について。
 所論原判決における「被告人Aは被告人Bに対する従来の関係上かかる金員の交
付に付必ずしも奇異の感を懐く理由のないこと」云々との判示中「被告人B」とあ
るのは「被告人C」の誤記であること判示全体を通読すれば明らかであるから、本
論旨はその理由がない。
 同点の五について。
 原判決が被告人Aは被告人Bの主観的意図を認識しなかつたと認定した理由の一
つとして「本件金額がF事件と結付けて考うべく余りに少額のこと」を挙げたこと
は所論のとおりである。そして、所論は本件二〇万円を余りに少額であると断定し
たのを著しく経験法則に違背する判断であると主張するのであるが、本件審理に現
われたF事件に関する諸般の事情に照し、原判決のごとく判断することも経験法則
上必ずしも是認し得られないとはいえないから、本論旨も採用できない。
 以上一乃至五について説明したとおり被告人Aが本件二〇万円を被告人Bから本
件公訴事実のごとき趣旨の下に供与するものであることを察知しながら受領したと
の点についてその証明がないとした原判決の判断には証拠上の経験則に反した違法
は認められない。果たして然らば既に被告人Aの本件二〇万円供与の趣旨について
の認識が右のごとく認められない以上、被告人Aの国会議員としての国政に関する
職務権限就中不当財委の委員外の議員としての職務権限の範囲が仮りに所論のとお
りであるとしても、同被告人は無罪たるを免れないから、論旨一、二点に対する判
断を与えるまでもなく、同被告人に対する本件上告はその理由なきこと明白である。
よつて、同被告人に対する上告については旧刑訴四四六条に則り主文のとおり判決
する。
 被告人Bに対する検察官の上告趣意第四点並びに被告人Cに対する同上告趣意第
一点の一について。
 原判決が公職に関する就職禁止、退官、退職等に関する勅令(以下公職追放令と
略称する。)一五条にいわゆる政治上の活動の意義に関し所論のごとく当裁判所大
法廷の判決(昭和二三年(れ)一、八六二号同二四年六月一三日大法廷判決判例集
三巻七号九七四頁以下参照)を引用し、これに附加して「茲に現実の政治といい環
境と事情というその意は、当該具体的条件の下に於て現実の政治に対し具体的に影
響し、、著しく影響を及ぼす具体的可能性ある行為を指すものであることは明らか
である。これを通常の状態であつたならばその行為が与えたであろうところの影響
即ち政治への影響の抽象的可能性があれば足るとするが如きは徒らに右政治活動の
意義を拡大し、追放者の自由を不当に束縛し、禁止の目的を逸脱するものといわな
ければならぬ。」と説示したこと並びにその法律的見解の下に、本件被告人Bの被
告人Aに対する弁明行為は仮りにBにして現金二〇万円供与の趣旨につき前記のご
とき主観的意図を有していたとしても現実の政治に対し何等の影響を及ぼすもので
もなく又その可能性もなかつたから、政治上の活動に該らないと解すべきであると
して、公職追放令違反の公訴事実につき同人を無罪としたこと及び既に被告人Bの
した前記行為が公職追放令一五条にいわゆる政治上の活動に該らないこと前認定の
如くである以上、被告人Cの為した前記行為が右にいわゆる政治上の活動に該当し
ないことも亦明らかであるとして、被告人Cに対する本件公訴事実の第一は犯罪の
証明なきに帰着するものであるとしたことはいずれも所論のとおりである。しかし、
公職追放令一五条一項違反の罪の成立には、所定の行動あるを以て足り、その他更
らに一定の目的の存在若しくは一定の結果の発生を必要とするものではないから、
同条にいわゆる「政治上の活動」とは、当公廷が曩に前掲判決において示したごと
く結局「現実の政治に影響を与えると認められるような行動」であれば足りるとい
う趣旨であり、ただかかる行動と認められるか否かを判定する上において言動の内
容と共にその環境と事情とを重要な因子として考察することを要するとしただけで
あつて、原判決の説示するがごとく必ずしも現実の政治に対し具体的に影響を与え
若しくは影響を与えるような具体的可能性あることを要するものではない。されば、
原判決の前記法条の解釈は誤りであるといわなければならない。そして、原判決は、
「被告人Bの内心に於ては前記金員(被告人Aに対する二〇万円及び被告人Cに対
する一〇万円)の趣旨は単に純粹の挨拶金とのみ断定出来ず、少くとも被告人Aに
対する分については、あるいは之に依つて旧来の義理を果した上更に第二段の交渉
に転換すべき楔機を包蔵し若くは更に被告人Aを通じて該弁明が他に波及すること
を期待し、それの謝意及び費用をも含むものと思惟していたのではないかとの疑念
は到底払拭し去ることができない」とし(原判決四一丁裏参照)且つその意図があ
るとしても、現実の政治に対し何等具体的の影響もなくまたその可能性もないもの
として、結局被告人両名を無罪としたものであるから、原判決は前示法条の誤解が
あるばかりでなく、犯罪事実の判定につき重要な因子として考察すべき環境と事情
とを充分に審理確定しなかつた違法があるものというべく、従つて、この点に対す
る所論は、いずれも結局その理由があつて、被告人両名に対する原判決は、既にこ
の一点において破棄を免れない。
 よつて被告人C、同Bに対する爾余の論旨については、すべて判断を省略し、同
被告人等に対しては、旧刑訴四四七条四四八条の二に従い主文のとおり判決する。
 以上は裁判官全員一致の意見である。
 検察官 堀忠嗣関与
  昭和二六年一月一〇日
     最高裁判所大法廷
         裁判長裁判官    田   中   耕 太 郎
            裁判官    塚   崎   直   義
            裁判官    長 谷 川   太 一 郎
            裁判官    霜   山   精   一
            裁判官    井   上       登
            裁判官    栗   山       茂
            裁判官    小   谷   勝   重
            裁判官    斎   藤   悠   輔
            裁判官    藤   田   八   郎
            裁判官    岩   松   三   郎
            裁判官    河   村   又   介
            裁判官    穂   積   重   遠

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