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平成23年8月4日判決言渡同日原本領収裁判所書記官
平成20年(行ウ)第1号不支給処分取消請求事件
口頭弁論終結日平成23年3月31日
判決
主文
1原告の請求を棄却する。
2訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第1請求
大垣労働基準監督署長が平成17年8月16日付けで原告に対してした労働
者災害補償保険法に基づく障害補償給付の支給に関する処分を取り消す。
第2事案の概要
本件は,原告が,勤務中の交通事故(以下「本件事故」という。)により高次
脳機能障害を負ったとして,大垣労働基準監督署長(以下「処分行政庁」とい
う。)に対し,障害補償給付の支給を請求をしたところ,処分行政庁が,本件
交通事故による受傷と高次脳機能障害との間には相当因果関係が認められない
としてこれを支給しない旨の決定(以下「本件処分」という。)をしたため,
被告に対し,本件処分の取消しを求めた事案である。
1前提事実(争いのない事実又は後掲証拠及び弁論の全趣旨により容易に認め
られる事実)
(1)本件事故の発生(甲21,31,32,33の1・2,乙10,25)
ア発生日時平成5年8月25日午後4時50分頃
イ発生場所岐阜県本巣市a本巣市役所南西交差点
ウ事故態様信号機のない交差点において,原告の運転する車両が交差点
に進入したところ,優先道路である交差道路を左方から時速約
50キロメートルで走行してきた第三者の乗用車の前部と原告
運転車両の前部が衝突した。原告車は反転し,ガードレールに
激突した。本件事故により,両車両とも全損状態となった。
(2)原告の本件事故当時の状況
原告は,大学卒業後,A株式会社に入社し,平成5年8月当時23歳であ
った。原告は,本件事故当時,営業部門に配属されており,本件事故は集金
業務による外回りの仕事中であった。(甲6,16,原告本人)
(3)本件事故後の原告の入通院経過等
ア原告は,本件事故直後,救急車でB病院へ搬送され,午後5時10分こ
ろ,同病院に到着した。同病院では,「頭部外傷Ⅱ型,頚椎捻挫」と診断
されたが,頭部ないし頚部のレントゲン検査の結果,異常所見なく経過観
察とされた。また,同日,頭部CT検査が実施された。原告は,同日午後
6時ころ帰宅した。(乙1,9,10,11,甲32,36)
イ原告は,平成5年8月27日,B病院で再受診した。(乙11,甲3
6)
ウ原告は,同年12月21日,C病院で受診した。同病院において,頭部
CT検査及び頭部MRI検査等が実施され,原告は,脳梗塞と診断された。
(甲20,24)
エ原告は,更なる検査等の必要性から,C病院の紹介で,平成6年1月2
1日,D病院で受診し,脳波及びMR血管撮影検査が実施された。原告は,
脳挫傷と診断され,同病名で約6か月の通院治療を要するとされた。(甲
16,21,25)
オ原告は,同年3月,勤務先に辞表を提出したが慰留され,同年4月に培
土生産工場に配置換えとなった。(甲16)
カ原告は,平成8年3月25日,E病院精神神経科で受診し,同日から同
年6月14日まで入院した。原告は,同病院で精神分裂病(現在では「統
合失調症」とされている。)と診断された。(乙24)
キ原告は,同年8月,勤務先から自主退職を勧められ,同年9月30日,
勤務先を退職した。(甲16,原告本人)
ク原告は,E病院を退院した後も,同病院で通院療養を継続していたが,
平成13年4月4日から同年6月1日まで同病院に入院し,さらに,同月
26日から同月28日まで同病院に入院した。(乙24,31)
ケ原告は,同年10月20日,外傷によりF病院へ救急搬送されICUに
入院となった。そして,同月25日に同病院の外科から精神神経外科へ転
科し,統合失調症と診断され,同年11月30日まで入院療養し,退院後
も,同病院で,引き続き月1,2回の通院療養を継続した。(乙25,甲
5の1)
コ原告は,平成17年7月25日,F病院の紹介で,G病院脳神経外科で
受診した。MRI検査,ECD-SPECT検査(以下「SPECT」と
いう。),FDG-PET検査(以下「PET」という。)等の結果,同
病院のH医師は,同年10月4日,原告につき,脳挫傷,びまん性軸索損
傷による高次脳機能障害と診断した。(甲1,5の1)
(4)本件処分等
ア原告は,平成16年10月8日付けで,処分行政庁に対し,記銘力低
下,集中力低下,易疲労感,言語障害等の高次脳機能障害の諸症状は,本
件事故の際の受傷に原因があるとして,障害補償給付の請求をした(乙1)。
イ処分行政庁は,平成17年8月16日付けで,原告に対し,「脳におけ
る病変は先天性と示唆され,少なくとも当時の外傷によるものではないと
判断できる事から,本件交通事故による受傷と高次脳機能障害との間には
相当因果関係が認められない」として,不支給を決定した(本件処分)。
(甲2)
ウ原告は,本件処分を不服として,同年10月6日,岐阜労働者災害補償
保険審査官に対し審査請求をしたが,同審査官は,同年12月22日付け
で,同審査請求を棄却する旨の決定をした。(乙2)
エさらに原告は,平成18年2月17日,労働保険審査会に対し,再審査
請求をしたが,同審査会は,同19年11月16日付けで,同再審査請求
を棄却する旨の決定をし,同決定は,同月18日,原告に送達された。(乙
3,弁論の全趣旨)
オ原告は,同20年5月1日,本訴を提起した。
2争点
原告は,本件事故により高次脳機能障害を負ったか。
3争点に関する当事者の主張
(原告の主張)
原告は,本件事故に基因して外傷性のびまん性軸索損傷を受け,その結果,
現在,高次脳機能障害の症状が存在する。その根拠は,以下のとおりである。
(1)事故態様ないし事故直後の意識障害等
本件事故においては,両車両ともに大破し,衝突形態,両車の速度,両車
の破損状況等からすれば,原告の身体に対し強い衝撃が加わったことは合理
的に推認して差し支えないものである。
原告は,少なくとも事故直後から搬送先のB病院到着まで意識がなかった
(甲6,31,乙1,9)。原告は,同病院での記憶ないし帰宅後の記憶に
ついても,病院と自宅に会社の上司がいたといった程度のごく一部の断片的
な記憶はあるが,それ以外の具体的な記憶はない(甲6,16,原告本人)。
B病院のカルテ(乙11,甲36)には意識障害についての記載がない
が,提出された同カルテには検査記録等が綴られておらず,全体の一部にす
ぎない可能性がある。障害補償給付支給請求書添付の診断書(乙1)には,
「受傷当時意識はなかった。」と記載されているところ,同診断書を作成し
たI医師は,原告を診察していないことからすれば,当時の原告の意識障害
の状況を示す資料が別に存在する可能性が考えられ,乙11は,被告側にと
って有利なものだけが編綴され作成されたものである疑いがある。
(2)事故後の原告の症状
原告は,受傷直後から右頭痛,頚部痛を訴え,左下肢筋力低下が見られる
(乙11,甲36)。特に,「右」頭痛は,原告の右の頭部に衝撃が加わっ
たことを示唆する重要な意味のある症状であり,「左」下肢筋力低下は,右
錐体路障害の存在可能性と合致するところ,錐体路障害をもたらす原因の一
つとして,びまん性軸索損傷が考えられる。
そして,原告は,本件事故の約1週間後の9月初頃に後頭部に痛みを感じ
るようになり(原告本人,甲20),このころより,イライラし汗をかきや
すくなった(甲20)。さらに頭と首の痛みが2週間ほど続き,それらが一
層大きくなったため,原告は,9月22日に各務原市でマッサージを受けた
が,このような痛みは事故前にはなかった(原告本人)。
原告は,平成5年10月頃になると,言葉が出にくくなったり,記憶力が
落ちてきた。かかる症状も,事故前には全くなかった(原告本人)。原告は,
この頃になると,事故前では20~30分で書き上げていた日報に1時間程
度かかるようになったり,客と話をしていても話が続かなくなったり,誰と
話しているのかも分からなくなることがあり,人と話すことに怖さを覚える
ようになった。原告は,同年10月27日には,Jセンター所長に面会して,
アドバイスを受ける等した(原告本人)。
原告は,更に記銘力が低下し,また,会話速度低下が進んだため,同年1
2月21日にC病院を受診した。同病院カルテには,本件事故以降,記銘力
障害,計算力障害等がある旨記載され,左側頭葉に低吸収域が見られること,
短期言語治療のための処方箋が出されていること,両鼻下側の視野欠損が記
載されている(甲20)。
原告は,同6年1月,D病院を受診した。原告は,同病院において,受傷
1週間程度から頭がボーッとすること,後頭部がドーンとすることを訴え,
その後も症状が改善せず,集中力がなくなること等を訴えた。同病院のカル
テには深部反射が右より左の方が亢進していること,神経心理学的障害の認
められることが記載され,漢字を忘れっぽい,言葉が出にくい,失行症,今
までできた動作の手順ができない等の訴えが記載されている。反射について
は,深部腱反射である下顎,上腕二頭,上腕三頭,膝,アキレスにおいて左
右ともに亢進しているとの検査結果が見られ,病的反射としてのワルテンベ
ルグ,ホフマンも見られた。また,「記銘力の軽度の障害を認めます。」と
の記載もされている(甲25)。
原告は,平成6年3月,事故前の能力との落差を感じ,勤務先会社に辞表
を出したが慰留され,同年4月に培土生産工場に配置換えとなった。その後
も勤務し続けたものの,勤務先の周囲の目にも原告の症状の変化が知られる
こととなった。原告は,平成8年3月からE病院に入院した。原告は,同年
8月には,勤務先会社から自主退職を勧められ,同年9月同会社を退職した。
その後も症状は好転することなく,また,職に就くこともなく,現在に至っ
ている(甲16,原告本人)。
原告の周囲の人間が,事故前と事故後とで原告の変化を次のように感じて
いる。本件事故前から原告のことを知る会社の先輩が,原告の話す速度が本
件事故後極端に遅くなったこと,理解や記憶力の低下があったことを感じ(甲
42),原告の従兄弟が,本件事故後には話がなめらかにできなかったり途
中で途切れたりする,行動についてもゆっくりになったと感じ(甲40),
知人の母親が,自分の息子と元気に遊んでいた原告が,人と会うのが苦手に
なったと感じている(甲41)。
以上,本件事故後の経緯をまとめると,原告は本件事故1週間後の9月初
旬頃から後頭部に痛みや頭重感を感じるようになり,これは,高次脳機能障
害の症状としての頭痛・倦怠感や,衝動性,易怒性に合致するものである。
そして,原告は,同年10月頃からは,それまでに全く感じたことのなかっ
た集中力低下,記銘力障害,記憶力低下,会話能力低下等の高次脳機能障害
を呈するようになり,このような症状が現在まで続いている。かかる時系列
からすれば,本件事故が契機となって,高次脳機能障害が出現したと考える
ことが相当である。
また,病的反射,深部腱反射の亢進等の症状から疑われる錐体路障害も,
外傷性のびまん性軸索損傷を原因とするものと認めて矛盾はない。
被告は,本件事故後1か月強を経てから原告が記銘力障害等を訴えるよう
になったことについて,びまん性軸索損傷による高次脳機能障害の発生機序
と矛盾する旨主張するが,障害を受けた軸索は,損傷部位より始まり,徐々
に軸索の遠位側に向かって順行性に変性が生じる(ワーラー変性という。)
ことが多いから,症状が遅発性に現れたとしても,びまん性軸索損傷による
高次脳機能障害であることと矛盾しない(甲52,証人H)。
(3)画像診断
原告には,受傷直後から外傷による脳挫傷が存すると診断されている(平
成6年2月28日付けD病院カルテ。甲21,25)。
被告は,本件事故当日のCT検査で異常所見が認められなかったことが,
原告が本件事故によりびまん性軸索損傷を負ったことと矛盾する旨主張する
が,局在性脳損傷のないびまん性軸索損傷のみの場合,外傷直後のCT及び
MRI画像では一見正常のこともあり,精度の高いMRI画像で観察すると,
脳内(皮質下白質,脳梁,上位脳幹背外側部,小脳)に散在性の点状出血を
認めることが多いとされている(乙8)。
従来型MRI画像では,受傷初期に,画像上,軸索損傷の存在を示すスコ
アの変化が発現することはなくとも,6か月経過後に,そのスコアの変化が
見られる例があるという報告がある(甲22)。本件では,平成5年8月2
5日に原告が搬送されたB病院では,MRIすら撮影されていない。さらに,
平成6年2月28日時点でのD病院での画像においても,FA(異方性比率),
MD(平均拡散性)等,軸索損傷の存在を示すスコア的変化の検証がなされ
ていない。従来型画像にすぎないCT画像において,急性期に何らかの変化
が見られなくとも,6か月経過後に明白な画像上の変化(上記FA,MDの
スコア的変化)が見られる可能性は十分にありうる。また,H医師の意見書
によれば,K医師が認めた脳萎縮と同一部位若しくはその極めて近傍に,本
件交通事故によって損傷が起こり,病変が拡大,進展し現在に至ったことは
十分考えられる(甲29)。
平成21年6月1日に原告を診断したD病院精神神経科L医師によれば,
D病院のCT結果における「左側頭-頭頂部(角回付近)に異常陰影」との
所見は,記銘力障害,失語,文章の理解及び組み立ての乱れといった各症状
と整合する。その根拠は,左角回に損傷を受けた右利きの患者は,言語理解
は正常に見えるにも拘わらず,隠喩の二重性を理解できなかった等という報
告があることである(甲27)。
G病院において,H医師は,画像所見の結果,「1.MRIにおける軽度
~中等度の「びまん性脳萎縮」の存在(同年齢の健常人との比較において),
2.FDG-PETにおける両側前頭前野内側面及び帯状回の局所糖代謝低
下,3.ECD-SPECTにおける両側前頭前野内側面及び帯状回の局所
脳血流低下,4.MRdiffusiontensorimageでみられる脳梁膨大部後半に
おけるtractの減少」より,原告がびまん性軸索損傷である旨診断している。
このうち,PET画像における両側前頭前野内側面及び帯状回の局所脳代謝
低下ないしSPECT画像における両側前頭前野内側面及び帯状回の局所脳
血流低下は,びまん性軸索損傷患者にみられる典型的な代謝低下画像(内側
前頭前野,内側前頭脳底領域,帯状回,視床における代謝低下が認められ,
かつ,帯状回は「C」の字型に代謝低下が見られるもの)である。これに対
し,うつ病の場合には,両側前頭前野から前部帯状回のみならず,左前頭側
頭と頭頂円蓋部にかけて広範囲に血流低下が散在するほか,アルツハイマー
型認知症,レビー小体型認知症,パーキンソン病等の心因性の病名でも,画
像上,脳の広い範囲に血流低下が見られる(甲52,証人H)。
(4)原告の神経症状等及び他の疾患の可能性について
アL医師によれば,C病院及びD病院のカルテから読み取ることのできる
本件事故後の原告に生じていた記銘力障害,失語,病的反射,失行,両鼻
下側の視野損失の症状は,ICD-10やDSM-Ⅳ-TRなどの全世界
的に用いられている国際的診断基準だけでなく,いかなる従来診断的にお
いても統合失調症の症状として理解することはできない(甲19,27)。
ちなみに,記銘力障害と統合失調症の基準の一つである思考途絶・言語新
作(思考の流れに途絶や挿入があり,その結果,まとまりのない,あるい
は関連性を欠いた話し方をしたり,言語新作がみられたりするもの)とは
まったく異なるものである。被告は,両鼻側下部半盲について脳における
異常との関連づけがなく確定的な診断がされていないと主張するが,些細
な障害がCTで見られないことはまれではなく,検査上異常がないことか
ら正常であると短絡的に結論できない(甲27)。
H医師も,脳神経外科の立場から,平成6年1月当時のD病院のカルテ
に記載されている反射結果は,深部腱反射(正常でも見られるが亢進又は
消失している場合は異常,あるいは左右差がある場合もどちらかが異常な
もの。)である下顎,上腕二頭,上腕三頭,膝,アキレスは,左右ともに
亢進しているので,両側性に錐体路のどこかで器質的障害が存在している
ことを示しており,病的反射(正常では出現せず,出現すれば異常なもの。)
は左のワルテンベルグ,ホフマンがみられ,かつ左が右に比べてより亢進
していることから,右側錐体路障害がより強いことが窺われると述べてお
り,結局,これらは統合失調症では説明できないと意見書において述べる
(甲29)。
仮に,本件事故前に何らかの脳萎縮が生じており,それが何らかの精神
性障害に発展し得るものであったとしても,同事故後に原告に生じていた
神経症状が,交通事故による外傷によって生じたものであると合理的に説
明できる以上,因果関係は肯定される。
イまた,被告は,本件事故後の原告の症状が,慢性外傷後頭痛や外傷後神
経症によるものである可能性を主張するが,H医師によれば,平成17年
の時点で,原告が頭痛等を訴えておらず,それが,頭痛や頭重感が消失し
ていたからだとするならば,記銘力障害や計算能力・作業能力低下等が頭
痛や頭重感に伴う症状であったとすればそれらの症状も消えているはずで
ある。さらに,平成17年時点で外傷後神経症の症状としてのめまい,耳
鳴り,眼精疲労,易怒,いらいらなどの訴えはなかった。さらに,外傷後
神経症では,言語性記憶力の低下や,病的反射,深部腱反射の亢進等を説
明できない(甲29)。
(被告の主張)
原告は,本件事故に基因してびまん性軸索損傷を受傷したとは認められない
から,原告の諸症状は本件事故に基因するとはいえない。その根拠は,以下の
とおりである。
(1)事故直後の意識障害等
原告は,示談書(甲33の2)に双方の車両が全損と記載されていること
を根拠とし,本件事故によって原告に強い衝撃が加わったと主張するが,同
示談書の記載内容からは,双方の車両が修理して再利用するのではなく全損
処理をしたことのみが分かるのであって,原告が受けた衝撃の程度は分から
ない。むしろ,本件事故の相手方が受傷していないこと(甲31)に照らす
と,原告のみが本件事故によって身体に強い衝撃を受けたことは推認しえな
い。
びまん性軸索損傷を受傷したといえるためには,6時間以上の意識障害が
あることが目安とされているが(びまん性脳損傷についてのゼネレリの分類,
乙19,41),B病院の救急カルテには,本件事故直後において,原告に
意識障害が見られた旨を窺わせる記述はなく,また,事故後搬送先病院到着
まで約20分間意識消失があったとしても,せいぜい脳振盪程度のものとの
評価が当たるに過ぎず,損傷の程度が永続的な高次脳機能障害が残るに足り
るだけの強度を有していないことは明白である。
よって,本件事故によって,原告に,永続的な高次脳機能障害を残存させ
るだけの意識障害が生じたといえないことからすれば,本件事故後に原告に
生じた症状が本件事故による外傷によって生じたものであるとは合理的に説
明できない。
被告は,原告に全く軸索損傷がなかったと断言しているものではないが,
意識障害の程度と脳外傷による高次脳機能障害は強く関連しており,「脳振
盪後症候群でも近時記憶の低下といらいら感,めまい・ふらつき感を感じる
が可逆的である」(乙40)とされているように,脳振盪のごとく,軽度の
意識障害については,軽い軸索損傷があっても,高次脳機能障害など生じる
ことはなく,予後は良好であり,何ら後遺症が残らないと考えることが合理
的である。
(2)高次脳機能障害の発症時期,機序等
原告は,本件事故後約1か月強である平成5年10月頃から記銘力低下等
の症状が出始めたと主張しているが,本件事故当時,原告の直接の上司であ
ったM及び同6年7月に原告について配置換えが実施されたことにより原告
の上司となったNは,いずれも,原告は事故前と変わりない状態で普通に仕
事をしていたと述べている(乙16,17)。営業を担当していた原告にか
かる症状が出現していたとすれば,就労を続けることは困難であったといわ
ざるを得ないところ,直ぐに職場に復帰し,その後も会社においてトラブル
が起こった事実がないことはもちろん,一緒に仕事をしていた同僚や上司が
異変に気づくこともなく,休職するまで約2年以上にわたり就労を続けてい
たのであるから,本件事故後相当期間は,高次脳機能障害を発症していなか
ったというべきである。
原告は,本件事故の1か月強経過後から記銘力低下,会話能力減少,日常
における意欲減退等の症状が出現し,事故後から継続したものであると言う
よりも次第に悪化したという趣旨を述べ(原告本人),従兄弟の供述(甲4
0)などからもこれが窺われるところ,これは,受傷の瞬間に軸索の断裂が
生じるため受傷直後に症状が最も強いとされる高次脳機能障害の発生機序に
明らかに反する。また,脳外傷による高次脳機能障害は,急性期には重篤な
症状が発現していても,時間の経過とともに軽減傾向を示す場合がほとんど
であるし,脳外傷による症状が,軽症例でありながら数年間持続するという
ことは考えにくい(乙18,21,40)。
なお,ワーラー変性が起きて,神経細胞が消滅するまでに一定の時間がか
かるということは,びまん性軸索損傷が発症した場合,受傷直後の頭部CT
等の画像所見では何ら異常が見られなかったものが慢性期の頭部CT等の画
像所見では脳萎縮等の脳の器質的変化として現れるという神経細胞の形態変
化の遅れを意味するに過ぎず,ワーラー変性が受傷直後も神経伝達機能が残
存し,それが断絶するまでにも一定の期間がかかるということの医学的根拠
になるものではない。したがって,このことを,受傷後1か月後に高次脳機
能障害の症状が出ていたとしてもこれが頭部外傷によるびまん性軸索損傷に
よるものであることが否定されないことの根拠とする原告の主張は誤りであ
る。
さらに,本件においては,平成6年にD病院への通院を終了した後,E病
院へ受診した同8年3月までの間の原告の症状の経過を裏付ける客観的資料
は存在しない。
(3)画像所見
本件事故当日にB病院において撮影された頭部CT検査の結果等を踏ま
え,同病院脳神経外科のK医師は,原告に本件事故を原因とする脳外傷その
他異常所見は存在しないと診断し(乙11,甲36),その4か月後に受診
したC病院及びD病院の頭部CT及びMRI所見においても,原告には,B
病院での受診結果と同様,両側側頭頭頂葉に異常があるとして脳の病変が指
摘されたものの(乙12及び13),B病院での所見と比較検討しても,「び
まん性軸索損傷」の病態の進行を示すとされる時間経過による脳萎縮の進行
や脳室の拡大といった器質的変化は認められない(乙18)。
本件事故直後にK医師によって指摘された脳病変は,本件事故前から存在
するものであり(本件事故により脳外傷を受傷したとすれば,それが受傷直
後に「脳萎縮」の所見として現れることはないため。),これは,平成5年
12月21日の頭部CT,平成6年1月7日,同18日の頭部MRIの画像
を見た岐阜労働局地方労災医員であるO医師によれば,両画像において認め
られた両側の側頭頭頂葉の異常(萎縮あるいは脳挫傷)と,同一のものと考
えられる(平成5年8月25日にいったん見られた脳萎縮が消失するとする
医学的知見はなく,これらが部位をほぼ同一にするため。)から,同CTな
いしMRIの上記画像所見は,本件事故による病状の原因となる異常所見と
位置づけることはできない(乙18,37)。すなわち,D病院における脳
挫傷の診断は,同病院のカルテの現病歴に「brain(脳)CTなどn.p(異常
なし)」と記載されていることからも明らかなとおり,本件事故直後に同一
箇所で認められた脳萎縮の存在を看過した誤った診断である。
K医師が認めた脳萎縮と同一部位若しくはその極めて近傍に,本件事故に
より損傷が起こり,病変が拡大,進展し現在に至ったことは十分考えられる
とする原告の主張は,もともと異常があった部位にだけ損傷が生じるような
脳の受傷メカニズムは考えにくく,外傷による皮質損傷で,それが原因とな
って病変が拡大,進展するほどのものであれば,受傷後のCTで容易にわか
るはずであるところ,K医師のCT所見においては外傷による所見がないこ
とを明記しているのであるから,合理的な説明でないことが明らかである。
さらに,G病院におけるMRIで指摘された局所性及びびまん性の「脳萎
縮」も,KCT意見書の異常所見と同一であると認められ,トラクトグラフ
ィーで指摘された軸索の減少部位は,前記の局所性「脳萎縮」と一致すると
ころ,これは,同萎縮の存在のために神経繊維が減少しているのであって,
びまん性軸索損傷が存在することを示すとはいえない。加えて,PET・S
PECTによる前頭前野内側面及び帯状回の血流ないし代謝局所低下所見は,
抗精神病薬や,統合失調症,うつ病など様々な病態によっても生じるから,
G病院におけるこれらの画像所見は,いずれも本件事故によるびまん性軸索
損傷の存在を裏付けるものではない。
また,原告が本件事故による症状として主張するC病院カルテに記載され
ている両鼻側下部半盲(C病院における所見)は,視神経交叉部あるいは視
覚領域中心部の異常により生じるものであるから,確定診断のためにはその
ような脳における異常との関連づけが必要となるが,C病院のCTでの「左
側頭葉にLDA,梗塞像」,D病院のCTでの「左側頭-頭頂部(角回付近)
異常陰影」との所見とは部位が一致しない。
(4)統合失調症の可能性及び神経症状等について
岐阜労働局地方労災医員であるP医師によれば,本件事故後の原告の症状
は,次のとおり,神経障害としての統合失調症に伴う認知障害(=高次脳機
能障害)であると考えられるとしている(乙23,36)。
ア原告は,統合失調症に罹患しており,原告の統合失調症症状は,緩徐な
経過を取りながら,平成5年10月中旬頃には顕在化していた。
イ原告は,平成13年3月の専門学校卒業と同4月の就職という出来事を
契機として,病状の増悪を来たし,同年4月4日から同年6月1日までE
病院へ入院,さらに,同年10月20日から同年11月30日までF病院
へ入院しているが,これらは統合失調症の脆弱性仮説と,ストレス耐性閾
値の低下を来すというストレス仮説で説明できる。
ウ認知機能障害(=高次脳機能障害)は統合失調症患者の85~90%に
認められ,発病前の前駆期ですでに出現している。それ故,認知機能障害
は統合失調症の結果ではなく,その背景となる特性を反映し,発症に至る
脆弱性を示していると考えられる。認知機能障害は,外傷性,器質性の変
化によってのみ生じるものではない。
エB病院のCT所見の「左右のシルビウス裂~中心溝近傍の脳萎縮,左に
強し」は,統合失調症の患者に見られるCT所見と同一である可能性が高
い(乙30)。
オ統合失調症患者においては全脳体積の極軽度の減少,脳室の拡大等が見
られる。D病院及びG病院のMRIで指摘された「年齢相当以上の脳萎縮」
は,統合失調症のMRI所見と矛盾するものではない。
カG病院のPET・SPECT所見の「両側前頭前野内側面及び帯状回の
局所糖代謝低下・局所脳血流低下」は,統合失調症患者の画像所見を示唆
するということができる(乙30,38,39)。
原告が神経症状であると主張する症状は,記銘力障害,失語,病的反射,
失行であるところ,原告が根拠とするD病院カルテには,医師により「失語
(-),失認(-),失行(-)」と記載されており,S.T(言語療法士)
によるリハビリステーション経過報告書でも失語症ではなく記銘力低下の影
響かと考えられる旨記載されており,原告に失語,失行の症状は認められず,
記銘力障害は神経症状としても精神症状としても出現するものである。また,
原告が主張するように,病的反射が統合失調症では説明がつかないとしても,
外傷前からあったものであるのか不明であり,もしそうであるとすれば,K
医師のCT所見で指摘されている脳萎縮との関係が考えられ,さらに,反射
の亢進は,運動繊維の中でどこかに障害があるということを示しているだけ
で,高次脳機能障害と直接の関係があるわけではないから,これらが本件事
故による症状とまでは認められず,原告が本件事故によって高次脳機能障害
を発症したことの根拠とはならない。
(5)他の疾患の可能性
O医師によれば,原告の訴える症状の原因として,慢性外傷後頭痛や外傷
後神経症が原因である可能性が考えられる(乙18)。
第3当裁判所の判断
1前掲前提事実に掲記の証拠及び弁論の全趣旨を総合すると,以下の事実が認
められる。
(1)本件事故前の原告の状況(甲8,13ないし16,38ないし42,原告
本人)
ア原告は,中・高生時代から成績は中の上で,高校時代は生徒会役員を務
めていた。
イ原告は,高校卒業後,Q大学獣医畜産学部畜産土木工学科に進学して畜
産利水開発学研究室に所属し,牛ふんスラリーという液体を発酵させて肥
料にする過程を観察・実験し卒業論文を書き,4年間で単位を取得して平
成4年3月に同大学を卒業した。なお,原告は,大学では,テニスサーク
ルに所属していた。
ウ原告は,A株式会社に自然科学系の部署であるバイオ事業部門があった
ことから,大学卒業後の平成4年4月,同社に就職し,新事業本部で培土
生産業務に従事した。同業務には,顧客の要望に応じた培土を調合し生産
するなどの仕事が含まれ,原告は,園芸用や水稲用の培土を作っていた。
原告は,平成5年7月の全社大会において社長から銀賞の表彰を受けるな
ど成績を評価された。会社の同僚は,原告が同大会の口頭発表においてメ
モを見ることなく細部まで時間通りに発表したことに感心した。
エ原告は,本件事故の前である平成5年7月(原告の陳述書・甲16では
同年8月),営業職に異動した。その後,岐阜県近辺の顧客を訪問し,培
養土に関する注文や相談を受け,集金を担当し,また,上司とともに新規
取引先を回るなどの仕事もしていた。
(2)本件事故の状況
ア本件事故は,前掲前提事実のとおり,信号機のない交差点で,原告の運
転する車両が交差点に進入したところ,優先道路である交差道路を左方か
ら時速約50キロメートルで走行してきた訴外第三者の乗用車との間で,
その車両の前部同士が衝突し,原告車は反転してガードレールに激突し,
両車両とも全損状態となったというものである。原告は,後のD病院での
受診の際,前頭部にこぶを負ったと述べている(甲21)。
イしかし,両車両の損傷状況を示す客観的な証拠はなく,事故態様の詳細
についても不明であるため,本件事故で原告の身体のどこにどの程度の衝
撃を受けたかについても明らかでない。
(3)本件事故当日の受診等(甲6,16,20,21,36,乙9,10,1
1,16,原告本人)
ア原告は,本件事故直後である午後4時50分頃,救急搬送され,平成5
年8月25日午後5時10分にB病院に到着した。
イ原告は,同病院で,頭部及び頚部レントゲン検査,頭部CT検査の施行
を受け,「頭部外傷Ⅱ型,頚椎捻挫」と診断されたが,各レントゲン検査
の結果は異常なしとされ,経過観察とされた。
ウ同日施行された頭部CTの所見用紙(ただし,読影日は同月27日)に
は,K医師により,所見欄に「左右のシルビウス裂~中心溝近傍の脳萎縮
あり。脳梗塞あるいは古い脳挫傷か?左に強し。」との記載が,コメント
欄に「モヤモヤ病AVM(動静脈奇形)等。念のため,一度造影CTを。
少なくとも今回の外傷による異常ではないですし,外傷による他の異常は,
ありません。」との記載がされている(以上の所見欄及びコメント欄の記
載内容を,以下「K所見」という。)。ただし,同CT画像自体は残存し
ておらず,K医師による上記所見用紙の概念図への書込みが残存するのみ
である。
エ原告本人は,現在の記憶として,本件事故後救急搬送され,B病院に到
着し,検査等を受けたことを記憶していない。しかし,本件事故当日の同
病院のカルテの「既往症・原因・主要症状・経過等」の欄には,原告に意
識障害があったことを示す記述はない。また,後のD病院での受診の際に
は,原告は,事故の際の記憶はないが,搬送先のB病院では意識もあり歩
行もできたと述べた。
オ原告の直接の上司であったMは,原告の救急搬送の連絡を受け,本件事
故現場を経由して同病院へ赴き,約1時間待機した後,診察室から出てき
た原告を迎えたが,その際,原告の意識はしっかりしていたと感じた。原
告本人は,現在の記憶として,病院の待合室で,上司が座っていたことを
ぼんやりと記憶している。原告は,午後6時半頃,同病院からMとともに
帰宅したが,原告本人の現在の記憶としては,その際の記憶はない。しか
し,Mは,帰宅する際の道中も原告の意識はしっかりしていた旨述べてい
る。原告本人の現在の記憶として,帰宅後,親から休むように言われすぐ
横になったことや,Mと父と座っていたこと等を断片的に記憶しているの
みで,本件事故の翌日の行動については,会社に出勤したか否かも含めて
記憶がない。
(4)本件事故の翌々日の再受診(乙11,甲36)
ア原告は,本件事故の翌々日である平成5年8月27日,B病院で再受診
した。原告は,同受診の際,頚部痛,右頭痛を訴え,また,左のスリッパ
が脱げやすいと左下肢の筋力低下を訴えた。しかし,吐き気はなく,指し
びれもなかった。同日のカルテには,他に,「スパーリングテスト(-),
処方アドフィード3袋」と記載されている。
イ原告は,現在の記憶として,同日同病院で再受診した際,検査の結果異
常なしと言われたことは記憶しているが,同日の受診を,本件事故翌日の
ことと記憶しており,受診の結果,異常なしと言われたため,その日は出
勤したと記憶している(甲6,16)。
(5)C病院で受診するまで(甲6,8,16,20,24,38,原告本人)
ア原告は,現在の記憶として,本件事故後,初めのうちは問題なく過ごせ
ていたと記憶している。
イ原告は,本件事故から1週間くらい後である平成5年9月初旬頃から,
後頭部がどんとする痛みから,首にかけて硬くなって動かせなくなり,イ
ライラが生じ,汗をかきやすくなった。
ウ原告は,その後も後頭部の痛みと首が動かせない状態が2週間ほど続い
たため,同年9月22日及び23日,あんまマッサージ指圧師を訪ねてマ
ッサージを受け,その後も2~3回マッサージを受けに行った。その頃,
原告は,後頭部の手のひらの大きさの範囲くらいが痛み,痛むと1分半く
らい続くことがあった。
エ原告は,同年10月頃になり,言葉がうまくしゃべれなくなったり,記
憶力が落ちる等の症状を父親に訴えるようになった。そのころから,原告
は,会社では受けた電話での注文を書こうとしても忘れてしまったり,営
業先で客と話をする際,前日に観た野球の試合の点数を忘れていたりした
ため,電話を取ったり人と話をしたりするのが怖く感じるようになった。
その頃,原告は,様々な資材を混ぜて園芸用の土を生産する仕事で,最後
に山土を混ぜる必要があったにもかかわらず,それを混ぜない形の配合表
で発注し納品してしまうというミスをしたことがあった。また,原告は,
それまでは20~30分で書いていた日報に1時間程度かかるようになっ
たなど,あまりに物忘れがひどいと感じた。もっとも,原告は,同月16
日,フォークリフトの取扱い試験には合格した。
オ原告は,ミスを恐れて精神的に不安定となり,同年10月27日,Jセ
ンターの所長と面会し指導を仰いだ。原告は,仕事を休んで休養を取るよ
うにとのアドバイスを受けたが,仕事を休むことでさらに記銘力が低下す
ることが怖かったことから,仕事を続けた。
他方で,原告は,本件事故後も,テニスや合気道といった趣味を続けて
いた。
カしかし,その後,原告は,さらに記銘力が低下し,覚えていられること
が少なくなったと感じ,会話のスピード自体も次第に遅くなり,次第に言
葉がスムーズに出てこないようになったため,C病院で受診することとし
た。
キなお,Mは,原告が,平成6年7月頃生産部に異動するまでの間は,少
なくとも普通に営業部で仕事に従事していたと供述する(乙16)。また,
同社の生産部の原告の上司であったN氏は,平成6年7月以降も原告は普
通に仕事に従事したが,平成8年3月頃から,不気味な笑いを浮かべるな
ど行動がおかしくなったと供述する(乙17)。
しかし,同社で原告の1年先輩のR氏は,本件事故後,原告の話すスピ
ードが極端に遅くなり,冗談も少なくなり,仕事上の指示にも自信がなさ
そうで,何かを安心して任せられる状態ではなかった旨供述し(甲42),
原告の従兄弟であるS氏は,本件事故後,原告の様子は本件事故を境にし
て明らかに違っており,話が滑らかにできなかったり,話が途中で途切れ
たりすることがあり,行動もゆっくりになっており,このようなことは事
故後の年月が経つにつれて顕著になっていると感じると供述する(甲40)。
(6)C病院における受診等(甲16,20,24)
ア原告は,平成5年12月21日からC病院神経内科に受診し,主訴とし
て,「くびの鈍痛,会話が遅くなった,しゃべるのがおっくう,汗をかき
やすい,ものがみにくい」と訴えた。また,「本件事故の1週間後よりく
びのどーんとした感じが続いている。その他,イライラ,汗をかきやすく
なっている。」,「本件事故以後,物をみるのに集中できない」,「本件
事故以後,記銘力低下,集中力低下を自覚。」,「左腕外(・・記載内容が
不明であり中略‥)が右腕より鈍い」などと訴えた。
イ同日,同病院神経内科医師は,眼科医師に対し視野検査等を依頼し(依
頼書には「CT上,左側頭葉にLDA(低吸収域)を認めます。」と記載
されている。),これに対する回答として,眼科医師は,「ゴールドマン
視野検査は別紙の如く両鼻下側にdefect(欠損)あるようです。定期的に
視野検査させていただければ幸いです。」等と報告した。
ウまた,同日,同病院神経内科医師は,「短期言語治療処方箋」で,リハ
ビリテーション科言語室に対し,ウェリスラー成人知能検査等による言語
機能の評価を依頼し,同日から平成6年1月18日までの間に同検査が実
施され,その結果として,言語性評価点合計52点,動作性評価点合計4
6点,全検査評価点合計98点との記載,同評価欄には「言語性・動作性
IQに差はなく,全体的にみて知能レベルは“平均”でした。下位検査の
分析を行ったところ,記銘力,注意力,集中力に関する項目で特に成績低
下を認めました。」との記載がある。
エまた,同日(平成5年12月21日),同病院において,原告の頭部C
T検査が施行された。原告は,同日付で,「脳梗塞」と診断され,同疾病
のため,通院の上検査治療のため,1ヶ月間の通院を要するとされた。
オ原告は,同6年1月7日,同病院神経内科で再受診し,本件事故以後,
「物をやるのに集中できない,物が覚えられない」と訴えた。同日付同科
のカルテ「総括」欄には,「頚部ジャクソン徴候,記銘力低下,両鼻側半
盲」と記載されており,また,「反射」の欄には左半身の反射の異常が見
られることが記録されている。
カ原告は,同日,同病院において,言語訓練士の指導を受けた。同日付け
「リハビリテーション経過報告書」には,「語想起能力は保たれています
が,長い文章での説明では,やや文の組み立てが乱れます。また口頭命令
に従うといった複雑な文の理解に軽度の障害がみられました。それらの症
状は,失語症ではなく,記銘力低下の影響下と考えられます。」と記載さ
れている。また,原告に対し,同日,頭部MRI検査が実施された。
キ同病院の同年1月17日付カルテには,原告の訴えについて,「不変」
と記載されている。
(7)D病院における受診等(甲16,21,25)
ア原告は,平成6年1月21日,更なる検査の必要性から,C病院の紹介
で,D病院で受診し,主訴として,記銘力障害(電話番号がすぐにでも覚
わらない,約束を忘れてしまっている。)を訴えた。また,「本件事故後
1週間ほどしてから頭がボーッとする。後頭部がドーンとする。症状はな
かなか改善せず,集中力がなくなる。」と訴えた。同日付カルテによれば,
原告には四肢筋力低下が見られたが,シビレ,歩行障害,めまい,ふらつ
きは見られなかった。
イ同日付けカルテには,「総括」の欄には,「1)頚部前屈時痛,2)深
部反射亢進Rt(右)>Lt(左),3)神経心理学的障害」,「1全
身所見」の欄には,「alexia(失読症)(-),agraphia(失書症)(-),
漢字を忘れっぽい,言葉が出にくい,apraxia(失行症)今までできた動
作の手順ができない」,「4脳神経」の欄には,「舌下舌萎縮(-),
細かい動きはできないという」と記載されている。
また,「10反射」として,「「下顎N(正常)」,「上腕二頭
右(+)<左(+)」,「上腕三頭右(+)<左(+)」,「橈骨右
(+)<左(+)」,「ワルテンベルグ右(-)左(+)」,「ホフマ
ン右(-)左(+)」,「膝右(+)左(++)」,「アキレス右
(+)左(++)」,「膝間代右(-)左(-)」,「足間代右(-),
左(-)」,「バビンスキー右(-),左(-)」,「チャドック右
(-),左(-)」,「ロッソリモ右(-),左(-)」」等と記載さ
れており,さらに,「13失語(-),失認(-),失行(-)」と記
載されている。
ウまた,同日付け臨床診断として,MRI画像上,左側頭頭頂部病変(角
回)と診断されている。同病院のカルテの同日付経過治療欄には,「<脳
CT>12/21’93県病院両側シルヴィウス裂描出年齢の割に脳
室拡大(軽度左右対称)ltangulargylus(左角回)付近に境界不鮮明
LDA(低吸収域)」とのコメント付きのスケッチが記載されている。ま
た,<脳MRI>と題するスケッチにおいては,脳溝を含む部分に「T2
強調像にて高信号」などと指摘されている。さらに,原告に対する頚部
MRI画像上には,異常は認められなかった。
エ同カルテの同月24日付けの脳外科宛の「依頼箋」には,「脳CTでL
DA(低吸収域)あり。脳溝の拡大かと思われましたが,MRI冠状断像
では明らかに同部の皮質に異常像を認めます。」等と記載されている。ま
た,原告に対し,同日,MR血管撮影検査が施行された。
オ同カルテの同月28日付経過治療欄には,「主訴的訴え」として「症状
は徐々に改善してきている。たくさんのことを同時に注意できる。まだメ
モしないと覚われない(記銘力障害)」と,「客観的情報」として「脳外
の脳動脈撮影(両側),腫瘍,動静脈奇形は否定される。脳梗塞は否定で
きないが年齢的に言っても外傷による脳挫傷と考える。」等と,「評価」
として「右錐体路徴候が明らかになってきている。」と,「計画」として
「脳挫傷として経過観察」等と記載されている。
原告は,同日付で,同病院において「脳挫傷(左頭頂葉)疑」と診断さ
れた。同日付け診断書には,「今後6か月間の通院治療を要する。軽度の
記銘力障害及び右上肢巧緻運動障害を認めるが,通常の業務への就労には
支障はないと考えられる。ただし,高度の判断力を要する仕事に従事する
際には配慮が必要と思われます。」と記載されている。
(8)会社退職からG病院受診に至るまで(甲6,16,38,乙24,原告本
人)
ア原告は,本件事故前との落差から自信を喪失したため,平成6年3月,
会社に辞表を提出した。しかし,「君一人いなくても大丈夫だから,リハ
ビリのつもりできたらいいよ。」などと言われて慰留された。もっとも,
原告は,同年7月(原告の陳述書・甲16では同年4月),営業の仕事を
外され,入社当時と同じ培土生産の工場勤務に配置換えとなった。
イ原告は,平成8年頃,すでに会社に症状を隠せなくなっており,徐々に
疲れやすくなり記憶力もさらに低下してきた。症状が進むにつれ,部署の
異動があり,新しい仕事を覚えられない等から,周囲の目が気になるよう
になり,朝は緊張して出勤する決心がつかない日もあった。
ウ原告は,平成8年3月25日,E病院を受診し,原告の母Tは,原告
が,2か月前くらいから,「自分の中で色々指図したり,命令してくれる
「あなた」,「あんた」という人がいる」と訴えるようになり,「それに
自分で答える様になった。」と訴えた。原告は,受診の際,「命ずる声は
男の人」,「人間を作る元の人が来てるから仕方ない,自分だけでなく,
周りの人までそうなっている,世の中破滅しようとしていた」などと述べ
た。
原告は,同病院において「S(統合失調症)」と診断され,同日から約
3か月間,同病院に入院した。原告は,同入院期間は,投薬と規律ある生
活で,よく眠れるようになった。
エ原告は,同病院を退院した後,会社を休職したが,同年8月15日,会
社から自主退職を勧められ,会社を退職した。以後,原告は,依然として
疲れやすいままで職に就くことはできなかった。
オ原告は,介護士になることを志し,平成11年に専門学校に入学し,2
年後の平成13年3月に同校を卒業して介護福祉士及びレクリエーション
インストラクターの資格を取得した。専門学校に入学した後も,記憶障害・
言語障害があり疲れやすく集中できなかったが,午前10時から午後3時
までの授業を終え,家に帰るとすぐ布団に入った。母親が病院へ薬を取り
に行くなどしていた。
原告は,専門学校卒業後は福祉施設に就職が内定していたものの,事前
研修が終わった後,同施設の人に辞めることを勧められ,同施設に就職す
ることを断念した。
カ原告は,E病院退院後も,同病院へ通院していたが,同13年4月4日
から同年6月1日まで,同病院に入院し,また,同月26日から同月28
日まで,同病院に入院した。(乙24,31)
キ原告は,平成13年10月20日,自ら腹部,左胸部を果物ナイフ,包
丁等で刺し,F病院へ救急搬送されICU入院となった。そして,原告は,
同月25日,F病院の外科から精神神経外科へ転科し,統合失調症と診断
され,同年11月30日まで入院療養し,退院後も,同病院へ,引き続き
月1,2回の通院療養を継続した。(乙25,甲5の1)
(9)G病院における受診,治療経過等(甲1,4,5の1,29)
ア原告は,平成17年7月25日,F病院の紹介で,G病院脳神経外科に
受診し,記銘力障害や計算能力,作業能力低下等の症状を訴えた。
イ原告は,同病院において,同年8月8日,MRI検査,ECD-SPE
CT検査及びWAIS-R等の各種精神心理学検査を,同月26日,FD
G-PET検査及び各種神経心理学検査を受けた。
ウ同病院で施行された神経心理学検査の結果,WAIS-R全検査IQが
85点(言語性IQ88,動作性IQ84)で,全体的な能力がやや低下
しているとされているほか,記憶能力,特に言語性の記憶能力の低下が顕
著であり,論理的な記憶などができていない,一度に記憶できる量が少な
く,保持することも困難になっている,情報処理速度が遅く,遂行能力が
低下していると考えられ,同時に要求されることが増えると混乱し処理速
度が更に落ちる等と診断されている。
エ同病院のH医師は,画像所見の結果,「1.MRIにおける軽度~中等
度の「びまん性脳萎縮」の存在(同年齢の健常人との比較において),2.
FDG-PETにおける両側前頭前野内側面及び帯状回の局所糖代謝低下,
3.ECD-SPECTにおける両側前頭前野内側面及び帯状回の局所脳
血流低下,4.MRdiffusiontensorimageでみられる脳梁膨大部後半に
おけるtractの減少」より,原告にびまん性軸索損傷があると診断してい
る。そして,頭部外傷が本件事故以外になかったとすると,現在出現して
いる高次脳機能障害(神経症状)は,本件事故による頭部外傷に起因する
ものと判断せざるを得ないとしている。
(10)現在の原告の生活状況
ア原告は,平成15年から現在に至るまで,月曜から金曜まで「U」とい
う作業所に通い,紙箱の組立て,箱のシール貼り,ガムなどのパック詰め,
手提げ袋の持ち手付けなどの簡単な作業を行っているが,疲れやすく翌日
に疲労が残るため,終了時間まで作業することができない。
イ甲16の陳述書作成時である平成21年当時,原告は,疲れやすく,集
中力に欠ける状況が続いており,一度に複数のことを指示されると判断が
できない,記憶力が低下している,会話がスムーズにできない,無理をし
た翌日は疲れが残るという症状がある。
(甲6,16,38,原告本人)
2高次脳機能障害及びびまん性軸索損傷に関する医学的知見について
このことについて,掲記の証拠によれば,次のとおりと認められる。
(1)びまん性軸索損傷とは
びまん性軸索損傷とは,脳全体に回転角加速度衝撃が加わった場合に,脳
内に剪断力が働き,大脳表面と大脳辺縁系及び脳幹部を結ぶ神経軸索が広い
範囲に切断されるか損傷されるかして,広範な神経連絡機能の断絶を生じる
こととなる病態をいう(乙19,26,35,41,甲52)。
(2)高次脳機能障害とは
高次脳機能障害とは,麻痺・感覚障害・失調など要素的な身体症状による
ものではない言語・認知・行為・記憶・その他さまざまな知的能力及びそれ
らの維持に必要な背景の障害と定義される(乙5)。高次脳機能障害は,脳
の局所性損傷でも,びまん性損傷でも生じる(乙8)。
(3)脳損傷による高次脳機能障害の病像
「自賠責保険における高次脳機能障害認定システム検討委員会」が作成し
た平成19年2月2日付けの「自賠責保険における高次脳機能障害認定シス
テムの充実について」(報告書)と題する書面(甲17。以下「自賠責報告
書」という。)によると,自賠責保険(共済)における「脳外傷による高次
脳機能障害」とは,脳外傷後の急性期に始まり多少軽減しながら慢性期へと
続く,以下の①ないし⑤の特徴的な臨床像を指すとされている。弁論の全趣
旨によれば,これは,「自賠責保険(共済)における」との限定が付されて
いるが,脳外傷による高次脳機能障害に関して,現在における一般的な医学
的知見を総合したものと解される。
①典型的な症状-多彩な認知障害,行動障害及び人格変化
認知障害とは,記憶・記銘力障害,注意・集中力障害,遂行機能障害など
で,具体的には,新しいことを覚えられない,気が散りやすい,行動を計画
して実行することができない,などである。行動障害とは,周囲の状況に合
わせた適切な行動ができない,複数のことを同時に処理できない,職場や社
会のマナーやルールを守れない,話が回りくどく要点を相手に伝えることが
できない,行動を抑制できない,危険を予測・察知して回避的行動をするこ
とができない,などである。人格変化とは,受傷前には見られなかったよう
な,自発性低下,衝動性,易怒性,幼稚性,自己中心性,病的嫉妬・ねたみ,
強いこだわりなどの出現である。
なお,これらの症状は,軽重があるものの併存することが多い。
②発症の原因及び症状の併発
上記①の認知障害,行動障害,人格変化は,主として脳外傷によるびま
ん性脳損傷を原因として発症するが,局在性脳損傷(脳挫傷,頭蓋内血腫
など)とのかかわりも否定できない。実際のケースでは,両者が併存する
ことがしばしば見られる。また,びまん性脳損傷の場合,上記①の症状だ
けでなく,小脳失調症,痙性片麻痺あるいは四肢麻痺の併発も多い。これ
らの神経症状によって起立や歩行の障害がある事案においては,脳外傷に
よる高次脳機能障害の存在を疑うべきである。
③時間的経過
脳外傷による高次脳機能障害は,急性期には重篤な症状が発現していて
も,時間の経過とともに軽減傾向を示す場合がほとんどである。これは,
外傷後の意識障害の回復経過とも似ている。したがって,後遺症の判定は,
急性期の神経学的検査結果に基づくべきではない。経時的に検査を行って
回復の推移を確認すべきである。しかし,症例によっては,回復が少ない
まま重度な障害が持続する場合もある。
④社会生活適応能力の低下
上記①の症状が後遺した場合,社会生活への適応能力が様々に低下する
ことが問題である。これを社会的行動障害と呼ぶこともある。軽症で,忘
れっぽい程度の障害であれば日常生活への影響は少ない。しかし,重症で
は就労や就学が困難になったり,介護を要する場合もある。
⑤見過ごされやすい障害
脳外傷による高次脳機能障害は,種々の理由で見落とされやすい。例え
ば,急性期の合併外傷のために診療医が高次脳機能障害の存在に気づかな
かったり,家族・介護者は患者が救命されて意識が回復した事実によって
他の症状もいずれ回復すると考えていたり,被害者本人の場合は自己洞察
力低下のため症状の存在を否定している場合などがあり得る。
(4)高次脳機能障害の診断基準
自賠責報告書によれば,脳外傷による高次脳機能障害の診断基準に関して,
次のとおり指摘されおり,これも現在における一般的な医学的知見を総合し
たものと解される。
①総論
脳外傷による高次脳機能障害の症状を医学的に判断するためには,意識
障害の有無とその程度・長さの把握と,画像資料上で外傷後ほぼ3か月以
内に完成するびまん性脳室拡大・脳萎縮の所見が重要なポイントとなる。
また,その障害の実相を把握するためには,診療医所見は無論,家族・介
護者等から得られる被害者の日常生活の情報が有効である。
②意識障害の有無とその程度
脳外傷による高次脳機能障害は,意識消失を伴うような頭部外傷後に起
こりやすいことが大きな特徴である。一次性のびまん性脳損傷(びまん性
軸索損傷)の場合,外傷直後からの意識障害を大きな特徴とするのに対し,
二次性脳損傷では,頭蓋内血腫や脳腫脹が増悪して途中から意識障害が深
まるという特徴がある。また,脳外傷直後の意識障害がおよそ6時間以上
継続するケースでは,永続的な高次脳機能障害が残ることが多い。意識障
害の程度・期間の重要性を良く認識した上で,十分な調査が必要となる。
高次脳機能障害が問題となる事案の抽出条件として,以下のいずれかが
挙げられる(ただし,必要条件ではない。)。
ⅰ半昏睡ないし昏睡で,開眼・応答しない状態(ジャパン・コーマ・ス
ケール(以下「JCS」という。)で3桁,グラスゴー・コーマ・スケ
ール(以下「GCS」という。)で8点以下)が少なくとも6時間以上
続くこと。
ⅱ健忘症あるいは軽度意識障害(JCSで1ないし2桁,GCSで13
ないし14点)が少なくとも1週間以上続くこと。
③画像所見
びまん性軸索損傷の場合,受傷直後の画像では正常に見えることもある
が,脳内(皮質下白質,脳梁,基底核部,脳幹など)に点状出血を生じて
いることが多く,脳室内出血やくも膜下出血を伴いやすい。受傷数日後に
は,しばしば硬膜下ないしくも膜下に脳脊髄液貯留を生じ,その後代わっ
て,脳室拡大や脳溝拡大などの脳萎縮が目立ってくる。およそ3か月程度
で外傷後脳室拡大は固定し,以後はあまり変化しない。これらを踏まえ,
認定には経時的な画像資料を通して脳室拡大・脳萎縮等の有無を確認する
ことが必要である。
また,局在性脳損傷(脳挫傷,頭蓋内血腫等)が画像で目立つ場合で
も,脳室拡大・脳萎縮の有無や程度を把握することが重要である。
頭部画像上,初診時の脳外傷が明らかで,少なくとも3か月以内に脳室
拡大又は脳萎縮が確認されることが,高次脳機能障害が問題となる事案と
しての抽出条件の一つとされる(ただし,必要条件ではない。)。
④他の疾患との識別
頭部外傷を契機として具体的な症状が発現し,次第に軽減しながらその
症状が残存したケースで,びまん性軸索損傷とその特徴的な所見が認めら
れる場合には,脳外傷による高次脳機能障害と事故との因果関係が認めら
れる。
一方,頭部への打撲などがあっても,それが脳への損傷を示唆するもの
ではなく,その後通常の生活に戻り,外傷から数か月以上を経て高次脳機
能障害を思わせる症状が発現し,次第に増悪するなどしたケースにおいて
は,外傷とは無関係に内因性の疾病が発症した可能性が高いものといえる。
画像検査を行って,外傷後の慢性硬膜下血腫の生成や脳室拡大の伸展など
の器質的病変が認められなければ,この可能性はさらに支持されるものと
考えられる。この可能性の中には非器質性精神障害も含まれる。
⑤脳震盪との関係
脳振盪症候群,MTBI(MildTraumaticBrainInjury)の評価につ
いては,現在の画像検査において外傷所見が見出せず,また,意識障害の
存在も確認できない場合であっても,外傷による障害があるものが相当数
存在するので,脳外傷による高次脳機能障害と認定すべきだとする問題提
起があるが,現在臨床において一般的に実施されているCT,MRI等の
検査において外傷の存在を裏付ける異常所見がなく,かつ,相当程度の意
識障害の存在も確認できない事例について,脳外傷による高次脳機能障害
と認定の存在を確認する信頼性のある手法があると結論するには至らなか
った。従って,当面,従前のような画像検査の所見や意識障害の状態に着
目して外傷による高次脳機能障害の有無を判定する手法を継続すべきであ
る。しかしながら,上記結論は,あくまでも現在の医療水準の到達点を前
提とするものであって,現在の画像診断技術で異常が発見できない場合に
外傷による脳損傷が存在しないと断定するものではなく,この点について
は,今後の画像診断技術などの向上・進歩に応じて,従前の画像診断によ
る手法に拘泥することなく,適切に対応すべきである。
3本件事故と原告の症状との因果関係について
前記の医学的知見及び後記摘示の医学的知見に照らして,前記認定事実(及
び証拠状況)から本件事故と原告の症状との因果関係について,特にびまん性
軸索損傷の存否の判断を中心として,次に検討する。
(1)受傷後の意識レベルについて
ア本件事故直後の原告の意識レベルについて
前示のとおり,原告は,本件事故から約20分後に救急車で到着したB
病院の救急外来で,「頭部外傷Ⅱ型,頚椎捻挫」と診断されたのであるが,
頭部外傷Ⅱ型とは脳震盪を意味すること(弁論の全趣旨),脳震盪を診断
した医師としては,脳損傷の有無を判断するため,意識障害の有無につい
て着目すべきであり,意識障害が認められたなら,それが軽度のものであ
っても重要な事実としてこれをカルテに記載すると考えられるところ,本
件事故当日のカルテには意識障害の有無に関する記載はないこと,原告は,
後に受診したD病院で,(B病院では)意識もあり歩行もできた旨述べた
こと,本件事故から1時間半くらいが経過したころ,診察室から出てきた
原告を迎え,車で原告の自宅に送り届けた上司のMは,その際の印象とし
て,原告はしっかりしていたと述べていること,他方,原告は,D病院で
は,本件事故時の記憶はない旨述べたこと,原告本人は,現在の記憶とし
て,本件事故発生からB病院到着までの間は記憶がない旨述べていること,
以上によれば,原告は,脳震盪により病院に搬送されるまでの間,軽度の
意識障害や逆行性健忘が生じていた可能性があると考えられるが,本件事
故により原告に半昏睡以上の意識障害が生じていたと認めることはできな
い。
なお,原告は,B病院のカルテには検査記録等が綴られていないこと,
「受傷当時意識はなかった」旨の記載がある同病院の平成16年9月6日
付け診断書(乙1)を作成したI医師は,当時原告を診察した医師ではな
いが,このような場合,医師は,カルテの記載など当時の資料に基づき診
断書を作成すべきであること,以上によれば,当時の原告の意識障害を示
す資料が別に存在する可能性がある旨主張するが,受傷ないし診療当時の
意識の有無は,カルテ本体に記載するのが通例であり,検査記録等に証拠
が残存するような事柄とは考えにくいこと,本件事故当日のカルテの記載
は,前後に継続する部分が存在したり別に検査記録等が存在したりするこ
とを窺わせるような内容ではないこと(なお,レントゲン画像やCT画像
については,別保管とされることが多いため,カルテが残存しながらこれ
らが残存しないことは不自然とはいえない。),診療から年月を経て診療
をした医師ではない医師が残存するカルテに基づき当時の病状に関して診
断書を作成するに当たっては,診断書作成時における患者の供述を参考資
料とすることがないとはいえないこと,したがって,「受傷当時意識はな
かった」との上記診断書の記載は,当該診断書作成時における原告の記憶
を反映したものである可能性があること,以上によれば,当時の原告の意
識障害を示す資料が別に存在する可能性があるとする上記原告の主張をも
って,原告に半昏睡以上の意識障害があったとは認められないとする前示
の判断が左右されるということはできない。
また,原告の父の陳述書(乙9)にある「事故直後から病院まで本人意
識なし」との記載については,その内容が原告の父が直接知っているはず
のない事柄であること,また,前示の証拠状況とも齟齬があるというべき
であることからすると,これも,その作成当時における原告の記憶を反映
したものである可能性があるというべきであるから,採用することはでき
ない。
イ本件事故後1週間程度の間の意識レベルについて
前記認定事実によれば,原告は,本件事故当日には,医師の診察を受け
たほか,Mや家族と接触し,遅くとも翌々日以降には,勤務先会社の者や
その営業先の者とも接触したと考えられるところ,診察した医師が原告の
意識レベルについて疑問を抱いたとする証拠はなく,むしろ,異常なしと
の判断を原告に対し示したこと,B病院に搬送されて以降,自覚的にも他
覚的にも原告の意識レベルが低下していたことを窺わせるエピソードは見
当たらないこと,以上によれば,本件事故後1週間程度の間に原告に軽度
の意識障害が生じていたと認めることもできない。
なお,原告本人は,本件事故後の行動についての記憶が断片的である旨
述べるが,本件事故後の行動について問い質され,記憶を喚起したのがC
病院受診時であったとすれば,その時点で本件事故から約4か月が経過し
ていたのであるから,記憶が断片的であるとしても特に不自然ということ
はできない。
ところで,原告は,脳外傷による意識レベルの低下は見落とされやすい
旨主張するが,本件事故当日及び翌々日の診療で,担当医師は,脳のレン
トゲン・CT撮影を指示し,その結果を検討するなど,原告の脳損傷の有
無について注意していたと考えられるから,その際,原告の意識レベルの
低下を見落としたとは考えにくく,意識レベルの低下を認めていたならカ
ルテに記載したはずであること,また,翌々日以降,原告が意識レベルが
低下した状態で普通に営業職に従事することができたとは考えにくいとこ
ろ,従事に支障を生じたことを窺わせるエピソードがあったとは認められ
ず,仮にそのようなエピソードがあれば,本件事故との関連性が問題とさ
れたはずであることからすると,上記原告の主張をもって原告に意識障害
が生じていた可能性を認めることはできない。
ウ以上のとおり,本件事故後の原告には,B病院に搬送されるまでの間,
脳震盪による軽度の意識障害又は逆行性健忘が生じていた可能性が認めら
れるが,現在の一般的な医学的知見としてびまん性軸索損傷による高次脳
機能障害の発症を問題とすべき6時間以上の昏睡若しくは半昏睡又は1週
間以上の意識レベルの低下が生じていたとする事実があると認めることは
できない。
(2)CT,MRI画像等の所見について
ア医学的知見について
前示のとおり,びまん性軸索損傷を診断する上の重要ポイントとして,
画像所見として,急性期における何らかの異常所見又は慢性期にかけての
局所的な脳萎縮,特に脳室拡大の進行,急性期は脳内の点状出血,脳室内
出血,くも膜下出血であり,慢性期は事故後の画像と比較して限局性又は
びまん性の脳萎縮又は脳室拡大が指摘されている。
もっとも,びまん性軸索損傷の急性期について,自賠責報告書には,脳
内に出血が認められる場合が多いとされているが,純粋なびまん性軸索損
傷では,受傷当日の頭蓋内は全く正常であるとか,何ら異常を認めないこ
ともあるとする文献(乙40,甲46),外傷直後のCT及びMRIでは
一見正常のこともあるが,精度の高いMRIで観察すると,脳内に散在性
の点状出血を認めることが多いとする文献(乙8)がある。
また,慢性期(受傷後3か月以上)には,CT及びMRI画像上,脳の
表面の脳溝が拡大し,脳萎縮による見かけ上の脳室の拡大が生じ,第3脳
室及び第4脳室を含む全脳室の拡大が生じるとされている。
イ本件事故当日のCT画像について
以上を前提として,本件について見れば,仮に本件事故によりびまん性
軸索損傷が生じていたとした場合に急性期というべき本件事故当日にB病
院で撮影されたCT画像は残存していないが,翌々日に当該画像を読影し
たK医師の所見(K所見)が残存しており,これによれば,当該画像上は,
本件事故の外傷による異常はないとされているところ,前示のとおり,び
まん性軸索損傷の有無は,受傷直後のCT画像からは判断できない場合が
あるとされているのであるから,このことのみをもっては,原告にびまん
性軸索損傷が生じていたとも生じていなかったとも判断することはできな
いというべきである(ただし,H医師は,K所見が指摘する脳萎縮の場所
と同じ場所に損傷が生じた可能性を指摘しているが,この指摘についての
判断は,後記のとおりである。)。
ウ脳室拡大の有無について
仮に本件事故によりびまん性軸索損傷が生じていたとした場合に慢性期
と言うべき時期における脳画像として,前示のとおり,本件事故の約4か
月後である平成5年12月21日にC病院で施行された脳CTの画像が存
在し,これについて,D病院の平成6年1月21日付けカルテには,「年
齢の割に脳室拡大(軽度,左右対称)」が認められる旨の記載があるとこ
ろ,K所見には,脳室拡大に関する所見の記載がないことから(甲25,
36,乙11),本件事故後に脳室拡大が生じた可能性があるのではない
かとの疑いが問題となる。
しかし,平成6年1月のMRI画像を確認したO医師は,同画像での脳
室の大きさは,24歳という年齢からすれば僅かに拡大していると判断し
ても,正常範囲内と判断してもどちらでも良い所見であり,少なくとも明
らかな脳室拡大の所見はない旨述べており(乙18),この判断の信用性
を左右する証拠はない。
また,脳室拡大の有無ないし程度は,同じ基準で急性期と慢性期の画像
を比較することが大切であり,脳室の大きさは個人差が大きいために,年
齢別の正常例と比較することは不適当であることや,1回だけの画像では
確定できないことが指摘されている(乙8,21,40)。
以上によれば,上記D病院のカルテに脳室拡大に関する所見の記載があ
ることとK所見に脳室拡大に関する記載がないこととをもって本件事故後
に原告の脳室に拡大が生じたと認めることはできない。
エびまん性脳萎縮の有無等について
H医師は,平成17年8月8日のG病院での原告の脳のMRI画像(甲
10の2)について,軽度ないし中等度のびまん性脳萎縮が認められる旨,
また,本件事故当日のCT画像でK医師が認めた左右のシルビウス裂~中
心溝近傍の脳萎縮と同一部位又はその極めて近傍に,本件事故によって損
傷が起こり,病変が拡大,進展し現在に至ったことは十分考えられる旨述
べている(甲29,証人H)。
しかし,O医師は,上記MRI画像に認められる脳萎縮は,K所見の「左
右のシルビウス裂~中心溝近傍の脳萎縮あり」と異なるものとは認められ
ず,びまん性脳萎縮と言えるようなものではない旨,K所見にいう脳萎縮
と同一の部位に本件事故による脳萎縮がさらに生じたとする可能性は確率
的に低いと考えるべきであるし,また,本件事故によって当該部位(皮質)
に損傷が生じたとすれば,局在性脳損傷として本件事故直後のCT画像上
も出血等を認めることができた可能性が高い旨述べており(乙18,証人
O),この供述の信用性を妨げる証拠はないから,上記H医師の見解を直
ちに採用することはできない。
なお,P医師は,統合失調症患者のCT画像に脳室拡大やシルビウス裂
の開大が認められたとする報告例が多数存在し,本件事故当日のCT画像
に関する「左右のシルビウス裂~中心溝近傍の脳萎縮あり」とのK所見も,
これらの報告例が示す所見と同一である可能性が高い旨述べている(乙2
3)。確かに,乙30(239頁ないし243頁)には,脳室拡大(特に
側脳室の拡大)の所見は,統合失調症患者の7割超において認められたと
する報告例,その6割弱に認められたとする報告例,同所見は初回エピソ
ード患者にも認められること,また,統合失調症患者にシルビウス裂の開
大が認められる場合があることなどの記載があり,上記P医師の見解を裏
付けている。そして,上記K所見にいう脳萎縮は,C病院やD病院のカル
テ(甲24,25)に示された判断とも併せ見れば,脳挫傷,脳梗塞又は
脳動静脈奇形などを原因とするとの疑いを生じさせるものであったことが
窺われるが,原告本人は,脳挫傷や脳梗塞の既往はない旨述べており,能
動静脈奇形は,D病院のMR血管撮影の結果により否定されている。しか
しながら,上記K所見にいう脳萎縮については,統合失調症患者に認めら
れる所見と同一と認めるに足りる具体的証拠はないというべきであり,統
合失調症との関連性は1つの可能性として有力であるとしても,O医師が
述べるように(乙18),その原因は不明というべきものと考える。
オまとめ
以上のとおりであるから,本件事故直後のCT画像には,びまん性脳萎
縮など本件事故による脳損傷を示す所見はないというべきであり,また,
同CT画像に関するK所見と本件事故から4か月後のCT・MRI画像と
を対比した場合に,びまん性脳萎縮に特徴的というべき慢性期における脳
萎縮(脳室拡大)が生じていると認めるに足りる証拠はないというべきで
ある。
カトラクトグラフィーについて
なお,H医師は,MRdiffusiontensorimageで原告の脳梁膨大部後
半のトラクトの減少が認められることをびまん性軸索損傷を診断する根拠
の1つであるとしている(甲4)。
しかし,O医師は,「シルビウス裂~中心溝近傍」に脳萎縮が存在すれ
ば,脳梁後半部は当然に神経繊維が減少している部位であり,K所見の指
摘する脳萎縮が本件事故以前からあったのであれば,「脳梁後半部におけ
る神経繊維の減少」は,本件事故によるびまん性軸索損傷を示すものでは
ない旨述べており(乙18),この供述の信用性を妨げる証拠はないから,
上記H医師の判断を採用することはできない。
(3)原告の症状について
弁論の全趣旨によれば,原告に生じている記銘力障害その他の症状は高次
脳機能障害の症状として矛盾はないものと認められるが,被告は,これらが
統合失調症など他の疾患によるものである旨主張するので以下に検討する。
アL医師の指摘について
精神科医であるL医師は,C病院及びD病院の各カルテにより本件事故
後の原告に生じていたと認められる記銘力障害,失語,病的反射,失行及
び両鼻下側の視野損失の症状は,統合失調症の症状として理解することは
不可能であり,D病院のCT結果所見における「左側頭-頭頂部(角回付
近)に異常陰影」との所見は,記銘力障害,失語,文章の理解及び組立て
の乱れといった各症状と整合すると述べている(甲19,27)。
しかし,D病院のCT結果所見の「左側頭-頭頂部(角回付近)に異常
陰影」との所見は,前示のとおり,K所見の「シルビウス裂~中心溝近傍
に脳萎縮」との所見と同一である可能性が高いことからすれば,原告の上
記諸症状は本件事故と因果関係を有しないこととなる。けれども,原告は,
これらの諸症状が本件事故後に生じた旨も主張するので,これらの諸症状
について次に個別に検討することとする。
イ記銘力障害について
上記のとおり,L医師は,記銘力障害が統合失調症の症状であることを
否定するのであるが,乙30には,統合失調症の初期症状に関する研究と
して5つの研究が紹介されているところ,「中井(1974)」を除く4つ
研究において,多様な初期症状が指摘されている中で,次のとおり,原告
が訴える記銘力低下によく類似すると考えられる症例のあることが指摘さ
れている。
①Clerambault(1920)は,「思考消失と忘却」として,「考えている
ことが突然消え,忘れさせられ,止められる」と表現される現象を指摘
している。
②Mcghie&Chapman(1961)は,「話し言葉の知覚(即時理解の障害,
即時記憶の障害)」として,「・・・今しがた聞いたばかりのことも忘
れてしまいます。」という症例を指摘している。
③Huberら(1966)は,「超短期記憶の即時保持の障害」として「誰か
に何か言われると,すぐにそれを実行するか書き留めるかしなければ,
それを覚えていられません。私はたしかにそれを聞いたのに,それは消
えてしまうんです。」と陳述する症例を指摘している。
④中安(1990)は,30種からなる「初期分裂病症状一覧」を作成して
おり,その中の1つとして「即時記憶の障害」(直前に自分でしようと
思ったことや他人から聞いたこと,あるいは読んだことが全く思い出せ
なくなるという体験)のある症例を指摘し,102例の症例中35.3%
に当該症状の出現があったとしている。
以上のような統合失調症の初期症状に関する研究結果が存在すること,
原告は,平成8年3月に統合失調症の診断を受けていること,また,統合
失調症は発症と緩解を繰り返す例が少なくないこと(乙27の85頁ない
し90頁)等からすると,原告が訴える記銘力低下の症状は,統合失調症
の初期症状であるとしても不自然ではないというべきである(本件事故と
統合失調症との関連性の存否については後述する。)。
ウ失語,失行について
原告に失語及び失行の症状があったのか否かについては,前示のとおり
C病院及びD病院の各カルテの記載に矛盾があるかのようでもあるが,D
病院での最後の受診日(平成6年2月28日)と同日付の診断書では,「軽
度の記銘力障害及び右上肢巧緻運動障害」のみが症状として記載され,失
語又は失行についての記載はないこと,C病院の言語訓練士の報告書には,
「文の組立てが乱れる」とか「口頭命令に従うといった複雑な文の理解に
軽度の障害が見られる」といった症状は,「失語症ではなく,記銘力低下
の影響と考える」旨の記載があること,原告本人の現在の症状に関する訴
えも,記銘力障害のために言葉が出ないとか,記銘力障害のために仕事の
手順が分からなくなるという趣旨と解されること,以上によれば,失語及
び失行が記銘力障害とは別の独立の症状として存在した(又は存在する)
と認めることはできない。
エ錐体路障害について
H医師は,脳神経外科の立場から,D病院のカルテに記載されている深
部腱反射である下顎,上腕二頭,上腕三頭,膝,アキレスは,左右ともに
亢進しているので,両側性に錐体路のどこかで器質的障害(画像上捉えら
れなくても良い。すなわち,精神的な障害ではないという意味。)が存在
していることを示しており,更に,病的反射は左のワルテンベルグ,ホフ
マンがみられ,かつ左が右に比べてより亢進していることから,右側(右
大脳半球運動野起始という意味)錐体路障害がより強いことが疑われると
述べており,これらは統合失調症では説明できず,また,言語性記憶力の
低下や病的反射,深部腱反射の亢進は,外傷後神経症では説明できないと
述べる(甲29)。
O医師も,深部腱反射や病的反射は正常でも亢進したり出現することが
あり,腱反射が亢進し病的反射が出るからといって即座に錐体路障害があ
るとまではいえないが,左右差があるときには明らかな異常であり,その
点から本症例は右錐体路障害の存在が疑われるとしている(乙37)。
以上のとおりであるから,原告には,右錐体路障害があると認めるのが
相当である。そして,一般に,錐体路障害が生じる原因としては,血管障
害,腫瘍,変性,外傷,脱髄疾患などがあり,びまん性軸索損傷によって
も生じるとされているところ(甲30,乙18,証人H,同O),原告に
ついては,血管障害や腫瘍の存在は,D病院のMR血管撮影の結果により
否定されており,また,本件事故以前の原告に右錐体路障害を示す症状が
存在したことを窺わせる証拠はない。さらに,本件事故の翌々日のカルテ
には,「左下肢の筋力低下,スリッパがぬげ易い」との原告の訴えに関す
る記載が,また,C病院のカルテには,「左腕の何か(判読不能)が右腕
より鈍い」との原告の訴えがあったことを窺わせる記載があり,これらの
症状は,右錐体路障害との関連性が考えられるべきものである。
なお,G病院のトラクトグラフィーで錐体路の異常は指摘されていない
など,原告の脳画像上,錐体路障害の原因を説明し得る所見があるとする
証拠はないが,H医師によれば,必ずしも形態的に神経の断絶が認められ
ない場合でも,神経所見としての反射の亢進はあり得るとしている(証人
H)。
以上を総合すると,原告に認められる右錐体路障害は,これのみを見る
限り,本件事故によるびまん性軸索損傷の発生を疑わせるものというべき
である。
しかし,O医師によれば,錐体路障害は,軽いものであれば自覚症状を
ほとんど伴わない旨述べていること(証人O),本件事故の翌々日に診察
した医師は,原告から「左下肢筋力低下,スリッパがぬげ易い」との訴え
をカルテに記載しながら,異常なしと診断したこと,また,この左下肢の
症状については,その後受診した他の医療機関で同様の訴えがあったとは
認められないこと,原告から左腕に関する訴えのあった上記C病院での診
察から約1か月後の平成6年1月24日ころ,D病院第1内科医師は,右
錐体路徴候の存在を認めつつ,運動障害などを認めない旨の判断を示して
いること(甲25),この左腕に関する症状についても,その前後に受診
した他の医療機関で同様の訴えがあったとは認められないこと,さらに,
平成6年2月28日付け診断書(甲25)では,「右上肢巧緻運動障害」
が指摘されていること(この診断書の記載の根拠となるカルテの記載は判
然としない。右錐体路障害による障害は,左半身に出るものとされている。),
以上の事実を総合すると,原告の右錐体路障害は,比較的軽度のものであ
り,また,上記の左下肢や左腕の症状も,特に問題とすべき程度ではなか
ったものと推測されるから,いずれについても本件事故前から存在したも
のである可能性(あるいは,左下肢や左腕の症状については,これらの訴
えがあった当時の一時的なものであった可能性)があるというべきであり,
さらに,左下肢や左腕の症状と右錐体路徴候との関連性について検討され
た経過も窺われないから,これらの症状がびまん性軸索損傷と関連性を有
するものであるか否かについては,判断するに足りる証拠がないといわざ
るを得ない。
オ視野欠損について
前示のとおり,平成5年12月21日にC病院神経内科を受診した原告
は,「本件事故後,物をみるのに集中できない」と訴えたため,同科医師
が同病院眼科に依頼してゴールドマン視野検査を受けさせた結果,眼科医
から「両鼻下側にdefectあるようです。定期的に視野検査させていただけ
れば幸いです。」との回答を得たことが認められる。しかし,その後,原
告が同様の症状を訴えたり,再度の視野検査が行われたなどの経過は窺わ
れない。また,上記原告の訴える症状が上記視野欠損と関連性があること
を検討するに足りる証拠はなく,さらに,P医師によれば,両鼻下部の視
野欠損は,「視神経交叉部あるいは視覚領野中心部の異常により生じる」
とされているが(乙36の9頁),原告のこれらの部位に異常が存するか
否かに関して検討がされた経過も窺われず,びまん性軸索損傷の発生との
関連性を判断する証拠も提出されていない。
カまとめ
以上のとおり,原告の記銘力障害は,統合失調症の初期症状と見て不自
然ではなく,また,原告に失語,失行に類する症状があるとしても,それ
らは記銘力障害によるものであると考えられ,独立の症状と見るべき根拠
に乏しいというべきである。他方,左下肢の筋力低下,左腕に関する何ら
かの症状,視野欠損及び右錐体路障害を示す検査結果は,それのみを見る
限り,本件事故によってびまん性軸索損傷が生じた疑いを抱かせるという
べきであるが,左下肢・左腕の症状及び視野欠損は,特に問題とすべき程
度のものではなかったようであり,その原因は究明されておらず,それら
がびまん性軸索損傷の発生と関連するとの証拠もなく,右錐体路障害とと
もに,本件事故以前から存在したなどの可能性も否定できないというべき
である。
(4)原告の症状が次第に軽減する経過を辿っていないことについて
アH医師は,軸索のどこかに損傷を受けると,その損傷は軸索全体に徐々
に広がり,数週間経つと,軸索で繋がれる両方の細胞まで死んでしまうこ
とが言われているので,その完全に死んでしまうまでは,多少なりとも神
経伝達はあると考えられるから,症状が直ちに現れず,事故からしばらく
経過して症状が現れる場合もあると考えられる旨述べる(甲52,証人H)
が,乙43(7頁~9頁),乙45(1277・1278頁),乙47(1
92・193頁)を総合すると,びまん性軸索損傷では,軸索が受傷によ
る外力で直接に断裂するのではなく,損傷を受けた神経線維に,普通は侵
入できないカルシウムが入り込み,これが細胞骨格を破壊するカルパイン
を活性化することで軸索の破壊が進行すること,この現象は,人では数時
間かけて進行すること,その間は,軸索は,神経伝達を失わない可能性が
あることが示唆されているが,受傷後数時間を経た後も神経伝達があった
軸索が,その後に神経伝達を失うことがあるとする知見を示す証拠はなく,
受傷後数週間して神経伝達を失うことがあるとする見解は,受傷後の症状
は次第に軽減することをびまん性軸索損傷に特徴的とする自賠責報告書そ
の他の文献の記載から推測される一般的知見とも整合せず,これを採用す
ることはできない。
イまた,原告は,自己洞察力の低下により,事故後の症状に気付きにくか
った可能性について主張し,また,H医師は,高次脳機能障害が軽度の場
合,精神的ストレスが加わって症状が助長される可能性は否定できないか
ら,徐々に症状が進行するという経過を辿ったとしても,外傷によるびま
ん性軸索損傷による高次脳機能障害であることと矛盾しない旨述べている
(証人H)。なお,平成6年1月17日付けC病院カルテには,当時の原
告の訴えとして「不変」と(甲20,24),同年2月28日付けD病院
カルテには,当時の原告の訴えとして「症状は徐々に改善してきている。
たくさんのことを同時に注意できる。」などと記載されており(甲21,
25),原告の症状が,必ずしも悪化の一途を辿ったのではなく,改善傾
向を示したようでもあることが認められる。
しかし,原告は,本件事故後の救急搬送及び翌々日の通院により医師の
診察を受けて異常なしとの診断を受け,本件事故当日に病院から帰る際に
はMと接触したほか,帰宅して以降は,家族と接触する機会があったと考
えられ,また,遅くとも本件事故の翌々日以降には,勤務先会社での同僚・
上司との接触,さらには取引先の人との接触の機会があったと考えられる
のに,本件事故から1週間くらいが経過して,頭痛,イライラし汗をかき
やすいなどの症状が現れるまで,原告に高次脳機能障害というべき症状が
生じていたとするエピソードは窺われないのである。そして,原告は,本
件事故から1か月以上が経過して記銘力障害を自覚し,その後,C病院で
受診した平成5年12月21日ころまでは,その症状は増悪していったと
認識しており,会社勤務を休まず続けていた原告が記銘力障害を自覚する
までの間に,周囲の者が何らかの異変に気付いたとするエピソードも特に
窺われず,原告の父も,原告との会話がスムーズにできなくなったなどの
異変を感じたのは平成5年10月ころとしているのである。
自己洞察力の低下や精神的ストレスの影響により,高次脳機能障害を自
覚したのが受傷からある程度の日数を経た後となることがあり得るとして
も,以上の経過は,そのような説明によって理解することは困難というべ
きであり,前示のようなびまん性軸索損傷による高次脳機能障害の一般的
な経過とは著しく異なるものというべきである。
なお,本件事故後,原告の言動態度に変化があったとする周囲の人の陳
述書(甲40ないし42)については,その変化があったとする時期が,
本件事故直後のことであるのか,原告が述べると同様の時期(平成5年1
0月ころ)のことであるのか判然とせず,また,これらの陳述書の作成時
期が本件事故から相当に年月を経過した後であることからすると,これら
の陳述書の記載をもって上記判断を左右するものとは認められない。
(5)PET,SPECT画像について
平成17年8月に原告に施行されたPETの画像には,両側前頭前野内側
面及び帯状回に局所的な糖代謝低下が認められ,また,同月に原告に施行さ
れたSPECTの画像には,両側前頭前野内側面及び帯状回に局所脳血流低
下が認められる(甲4,5の1,43,44,証人H,同O)。
そして,外傷性高次脳機能障害では,SPECTやPETによる血流量低
下や代謝低下の画像所見があるとされており(甲9の55頁),また,H医
師は,特にPET画像の所見について,「外傷性びまん性軸索損傷患者に典
型的な糖代謝低下画像所見として,内側前頭前野,内側前頭脳底領域,帯状
回及び視床において著しい糖代謝低下が認められるとする文献(甲52の添
付2-1。JOURNALOFNEUROLOGY,NEUROSURGERYANDPSYCHIATRY,July,2006,
Vol77,p856-862)が存在する。甲43(原告のPET画像)の上から2段目
一番右の画像のように,赤くぽつんと狭い範囲で重症に糖の代謝が落ちてい
るのが見られたり,その上の画像のように,帯状回にCの字型に代謝低下が
見られるのは,うつ病や抗精神病薬によってではあり得ず,びまん性軸索損
傷に典型的な所見である。」旨述べている(甲52,証人H)。
上記H医師が引用する文献の859頁の上段Aの画像は,外傷性びまん性
脳損傷による高次脳機能障害のある22名の患者のPET画像を統計的パラ
メトリックマッピングしたものとされているが,これと,原告のPET画像
(甲43)のL-medial及びR-medialとを比較対照すると,確かに,内側前
頭前野及び帯状回の糖代謝低下において,類似を指摘することができる。
しかし,原告のPET画像では,内側前頭脳底領域及び視床に相当する部
位に糖代謝低下があるとは認められず,また,K所見が指摘する脳萎縮の部
位と思われる部位に著しい低下が,前頭前野外側部にも軽度の糖代謝低下の
ある部位が認められ,全体としては,必ずしも上記文献の画像に類似してい
ると認めることはできない。
また,前示のとおり,自賠責報告書によれば,「PETによる脳機能検査
所見を因果関係の有無や障害程度判断の根拠とすることには,検査手法とし
てなお一層の確立を待つことが穏当」とされており,乙21(103頁)に
も,「PETはあくまで機能画像であり,脳の器質的な損傷があってもなく
ても,機能障害が出たときには所見として出る可能性がある。最近の精神科
のPET画像の報告でも,機能障害において,次々に異常所見が報告されて
いる。CTあるいはMRI上異常なし,脳損傷に伴う身体所見なしで患者の
訴えのみがあるとする。その時に,PETで脳代謝の低下が出たときに,脳
外傷が原因と判断していることは明らかな行き過ぎのように思われる。」と
の記載があり,以上によれば,PET画像によりびまん性軸索損傷の存否を
判断する手法は,一般的な医学的知見として,確立していないことが窺われ
る。
さらに,乙30(269頁)によれば,抗精神病薬治療に伴う脳血流・代
謝の変化として,「皮質領域では,帯状回前部・背外側前頭前野(DLPF
C)の血流・糖代謝が低下することが報告されている」とされ,また,「抗
精神病薬によるこれらの皮質領域の変化は断薬後も比較的長期にわたって認
められ」るとされているところ,原告は,PET検査が行われた平成17年
当時,F病院精神神経科で通院精神療法を受けていたと認められること(乙
33)からすれば,上記原告のPET画像に関する所見は,抗精神病薬の影
響によるものである可能性を否定できないというべきであり,O医師も,う
つ傾向にある人や投薬の影響を受けている人の場合に類似の画像になるとし
て,これがびまん性軸索損傷に典型的な所見というには無理があるとの判断
を示している(証人O)。
以上によれば,原告の脳のPET・SPECT画像の所見は,びまん性軸
索損傷に典型的なものと認めるに足りず,これらの所見をもってびまん性軸
索損傷の存在を推定することはできないというべきである。
(6)症状が本件事故後に発現したことについて
原告は,本件事故から1週間ないし1か月以上後から高次脳機能障害とい
うべき諸症状が発現し,それ以前にはこのような諸症状はなかったから,当
該諸症状は,本件事故との関連性が推定され,本件事故によるびまん性軸索
損傷の発生を窺わせる旨主張する。
しかし,原告の症状のうち,右錐体路障害及びこれとの関連性が問題とな
る症状以外のものについては,前示のとおり統合失調症の初期症状とみるこ
とも可能なものであること,原告は,平成8年3月に統合失調症の診断を受
けているところ,統合失調症は,かつては素質を主因として明らかな外的誘
因なしに発病するものと解されてきたが,近年では,その素質として,先天
的な脆弱性(発病しやすさ)のほか,後天的な脆弱性(獲得脆弱性)が寄与
する可能性も指摘されており,また,何らかのライフイベント(復職,昇進,
家族構成員の変化等)による精神的負荷(ストレス)が発病因子(又は再発
因子)となることも指摘されていること(乙30の117頁ないし125頁),
統合失調症は,発症と寛解を繰り返す例が少なくないこと(乙27の85頁
ないし90頁)などを総合勘案すると,原告にはこのような脆弱性が素質と
して存在し,本件事故後,本件事故ないし本件事故による身体症状が精神的
負荷となり,又は本件事故前の営業職への異動が精神的負荷となり(原告本
人は,当該異動による精神的負荷はなかった旨述べる一方,本件事故の原因
について,「営業も日が浅かったので,ふだん以上にちょっと負担が掛かっ
ていたかな。」と,当該異動による精神的負荷があったと解し得る趣旨も述
べている。),あるいは,これらの精神的負荷が相まって,原告に統合失調
症の初期症状を生じさせたとも考えられ,P医師も,原告の諸症状について
検討した結果として,平成5年10月には原告の統合失調症が顕在化してい
たとの判断を示している(乙23)。ただし,P医師は,営業部門への転属
や本件事故は,疾病経過中の一つの出来事に過ぎない旨述べているが(前同
証拠),前示のような原告の諸症状の発現経過からすると,本件事故や異動
による精神的負荷が発病因子となった可能性は十分考えられるというべきで
ある。もっとも,統合失調症発症における素質(脆弱性)とライフイベント
のもたらす精神的負荷とのそれぞれの役割の軽重については,それぞれの程
度の強弱ないし大小に関連するとの仮説があること(乙30の118頁の図
5)が認められるものの,それぞれの程度の強弱・大小を測定・判断するこ
とは,著しく困難であると考えられ,本件において,本件事故と原告の統合
失調症発症との関連性の有無・程度について判断することは,困難というほ
かない。
以上によれば,本件事故後に原告に高次脳機能障害の諸症状が発現したか
らといって,それが直ちにびまん性軸索損傷によるものであることを窺わせ
るということはできないし,それが本件事故との関連性を推定させるという
こともできない。
なお,O医師は,本件事故から1週間ないし1か月以上後から原告に生じ
た諸症状(右錐体路障害等を除く。)について,筋収縮性頭痛,慢性外傷後
頭痛又は外傷後神経症の可能性を指摘し(乙18),また,交通事故後の高
次脳機能障害の症例中には,脳損傷によらないものが相当数混在しているこ
とを指摘しており(証人O),これらの指摘は,乙21(82頁)に,外傷
後神経症の症状として,頭痛や頭重のほか,記銘力低下,易疲労性,めまい,
耳鳴り,倦怠,眼精疲労,易怒,集中力低下,いらいら,攻撃的性格その他
の不定愁訴があるため,脳外傷による高次脳機能障害との鑑別が重要である
旨の記載があることからも裏付けられると解されるが,平成5年10月ころ
に原告に生じた記銘力低下は,その訴えの内容から見て極めて深刻な程度の
ものであったと考えられ,外傷後神経症によるものとして説明可能な程度の
ものであるのか明らかとは言い難く,他方,前示のような統合失調症の初期
症状の例によく符合するというべきであることからすると,これは,統合失
調症の初期症状である可能性が比較的高いのではないかと考える。
(7)まとめ
以上のとおり,①本件事故直後,原告には,脳震盪による軽度の意識障害
又は逆行性健忘が生じていた可能性が認められるものの,現在の一般的な医
学的知見としてびまん性軸索損傷に随伴すると考えられている6時間以上の
昏睡若しくは半昏睡又は1週間以上の意識レベルの低下が生じたとする事実
は認められないこと,②原告の脳のCT画像及びMRI画像で認められる左
右両側のシルビウス裂~中心溝にかけての脳萎縮は,本件事故前から存在し
たものと同一である可能性が高く,軽度の脳室拡大も,本件事故前から存在
したものである可能性があるため,これらが本件事故によるびまん性軸索損
傷の慢性期として生じた所見であるとは認められないこと,③原告の,本件
事故後まもなく生じ,今日に至る高次脳機能障害というべき諸症状は,その
症状自体としては,びまん性軸索損傷によるものとしても矛盾はないが,他
方,統合失調症その他の疾患によるものである可能性を否定することはでき
ず,本件事故との関連性の有無又は程度を判断することは困難であること,
④原告に生じた諸症状は,本件事故後,直ちに生じたものとは認められず,
1週間後くらいから頭痛等が生じ,1か月以上経過してから記銘力障害の症
状が現れ,次第に記銘力障害の症状は増強する経過を辿ったかのようであっ
て,びまん性軸索損傷に通例とされる受傷直後から症状がありその後次第に
軽減するという経過を辿ったものとは認められないこと,⑤原告の脳の帯状
回及び両側前頭前野内側面における糖代謝・血流の低下というPET・SP
ECT画像の所見も,抗精神病薬の影響による可能性があるなど,びまん性
軸索損傷によるものと認めるに足りる証拠はないこと,以上のことが認めら
れ,これらを総合すれば,本件事故により原告にびまん性軸索損傷が生じた
とは認めることができない。
なお,本件事故の翌々日の受診における「左下肢筋力低下,スリッパがぬ
げ易い」とのカルテの記載,C病院での左腕の何らかの症状に関するカルテ
の記載及び諸検査で右錐体路障害を示す結果が得られたことについては,本
件事故との関連性を思わせないではないが,軽微な錐体路障害は自覚症状が
ない場合があること,左下肢・左腕の症状は問題にすべき程度のものでなか
ったと考えられることから,これらが本件事故前にありながら自覚症状がな
かったなどの可能性もあること,左下肢・左腕の症状と錐体路障害との関連
性について論ずべき証拠もないこと,また,上記①ないし⑤などの証拠状況
とも併せ勘案すれば,右錐体路障害を窺わせる事実は,びまん性軸索損傷の
発生を肯認し得ないとの上記判断を左右するものとは言えない。
よって,原告に生じている障害は,本件事故により生じたものとは認めら
れず,平成17年8月16日付けで原告に対してした労働者災害補償保険法
に基づく障害補償給付の支給をしない旨の処分に違法はないから,その取消
しを求める原告の請求には理由がない。
3結論
以上の次第で,原告の請求を棄却することとし,主文のとおり判決する。
岐阜地方裁判所民事第1部
裁判長裁判官針塚遵
裁判官村上未来子
裁判官笹邉綾子

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