弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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         主    文
     本件上告を棄却する。
     上告費用は上告人の負担とする。
         理    由
 上告代理人山本敏雄、同中村益之助の上告理由第一点について。
 論旨前段は、原判決は、Dの過失に基因する上告人所有小型自動車破損の共同不
法行為を否定した点に民法七一九条一項の擬律錯誤がある、と主張するが、原判決
は所論不法行為による損害賠償債権を以てする相殺は許されないと判示しているに
止まり、所論の如く共同不法行為の成立まで否定している趣旨ではないから、右論
旨は理由がない。
 論旨後段は、Dに自動車破損の不法行為についての過失あるが故にDの生命侵害
につき不法行為責任なしというのか、生命侵害自体に自己の過失あるが故にその不
法行為責任なしというのかいずれかの意味に解される。しかし自動車破損につき過
失があるという理由だけで生命侵害なる別個の不法行為責任を免れ得ないことは言
うを俟たず、また、加害者たるEの過失ある行為とDの生命侵害との間に相当因果
関係がある以上、Dに過失があるとの理由だけでEの不法行為による損害賠償責任
を免れ得ないことは勿論であり、単に過失相殺の問題を生じるにすぎない。原判決
認定事実によればEの過失ある行為とDの生命侵害との間に相当因果関係のあるこ
とは明らかであるから、Eの不法行為に基く損害賠償責任を認めた原判決には所論
の如き擬律錯誤、もしくは理由齟齬はない。それ故右論旨も理由がない。
 同第三点について。
 論旨がもし、自動車破損の不法行為におけるDの過失によつて、生命侵害の不法
行為責任を否定しようとするにあるならば、その理由なきこと前に述べたとおりで
ある。また論旨が仮りに、被用者数名の「(使用者の)事業ノ執行ニ付」いて、そ
の共同過失によりその一人について権利侵害(違法な事実)が生じた場合、民法七
一五条の使用者責任は生じない、との主張だとしても、論旨はやはり理由がない。
けだしこの問題はかかる被害者たる被用者が同条の「第三者」に該当するか否かの
問題であるが、被害者たる被用者がその業務執行の担当者でなかつた場合及び共同
担当者ではあつたが当人には過失のなかつた場合に、民法七一五条の救済を拒絶さ
るべき理由のないことは明白である。(大正一〇年五月七日大審院判決、民録八八
七頁参照)。そうだとすれば本件のように被害者たる被用者がその業務執行の共同
担当者にして、しかも当人にも過失があつた場合においても、なお前記二つの場合
と同様に解するを相当としよう。何となれば、民法七一五条の使用者責任の理由は、
他人を使用して企業の利益を受け、もしくは危険を包蔵する企業を営んで利益を受
ける企業者に、公平上、企業それ自体を理由として他人の行為につき報償責任もし
くは危険責任を負わしめるにあり、この理由からすれば、一方の共同職務担当者に
民法七一五条一項に該当する不法行為が存する以上、なお同条の企業責任を負担せ
しめて差支えなく、前記の場合と区別すべき理由がないからである。被害者の業務
執行上の過失に基く責任の公平化は、過失相殺によつて十分その目的を達し得べく、
原判決にはすべて所論の違法はない。
 同第二点について。
 論旨は、先ず、上告人の負担する債務が上告人自身の不法行為によるものでない
との理由により、Dの自動車破損による損害賠償請求権をもつてする相殺は許容す
べきものであるとして、民法五〇九条の擬律錯誤を主張する。しかし民法七一五条
の使用者責任が使用者自身の過失責任を理由とするか、純然たる結果責任であるか
の問題は別とし、仮りに後者であつたとしても不法行為による債務であることに変
りなく、民法五〇九条の条文も彼此区別していないのみならず、同条の趣旨が不法
行為の被害者に現実の弁償済によつて損害の填補を受けしめようとするにある以上、
これを除外すべき何等の理由がなく、所論のように自己の不法行為でないとの理由
により同条の適用を免れ得ないと解すべきであるから、これと同趣旨の原判決の判
断は正当である。
 論旨はさらに自働債権が不法行為による損害賠償請求権であること等の理由をあ
げて、本件に同条を適用すべきでないと主張するが、右に述べた同条の立法趣旨に
照らせば、所論はいずれも採用に値しないこと明かである。
 よつて、民訴四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員の一致で、主文のと
おり判決する。
     最高裁判所第三小法廷
         裁判長裁判官    河   村   又   介
            裁判官    島           保
            裁判官    小   林   俊   三
            裁判官    垂   水   克   己

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