弁護士法人ITJ法律事務所

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主文
1原告らの請求をいずれも棄却する。
2訴訟費用は原告らの負担とする。
事実及び理由
第1請求
1被告は,原告Aに対し,2億1179万1349円及びこれに対する平成2
6年6月25日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2被告は,原告Bに対し,1430万円及びこれに対する平成26年6月25
日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
3被告は,原告Cに対し,1430万円及びこれに対する平成26年6月25
日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
4訴訟費用は被告の負担とする。
第2事案の概要等
1事案の概要
本件は,被告が開設するD病院(以下「被告病院」という。)において出生
した原告Aが,その入院時に心肺停止状態に陥り,新生児低酸素性虚血性脳症
の後遺障害が残存したことについて,原告A並びにその両親である原告B及び
原告Cが,①被告病院の看護師が,授乳に際して原告Aと原告Cの母子同室を
実施した際,経過観察を怠った過失により,原告Aが心肺停止に陥り,また,
②被告病院の医師が不誠実な態度で説明を行ったことにより精神的苦痛を受け
たなどと主張して,不法行為に基づく損害賠償請求又は診療契約上の債務不履
行に基づく損害賠償請求として,被告に対し,原告Aにつき2億1179万1
349円,原告B及び原告Cにつきそれぞれ1430万円並びにこれらに対す
る不法行為の日の後である平成26年6月25日(訴状送達の日の翌日)から
支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求めた事案で
ある。
2前提事実(争いのない事実及び後掲の証拠により認められる事実)
当事者
ア原告C(昭和45年○月○日生)は,平成24年11月5日(以下,平
成24年の出来事については年の記載を省略する。),被告病院において,
原告Bとの間の長女(第1子)である原告Aを出産した。
イ被告は,地方公共団体であり,広島市a区bc丁目d番e号において
被告病院を設置運営している。
被告病院における経過
ア原告Cは,平成24年11月4日,原告Aを帝王切開で出産するために
被告病院に入院し,同月5日午後1時35分,原告Aを帝王切開で出産し
た。原告Aは,出生時に異常はなく,体重は2880g,アプガースコア
は出産1分後に8点,出産5分後に9点であった(甲A2・12~13,
34~35,69頁)。
イ被告病院の看護師は,遅くとも11月5日午後5時22分頃までに,原
告Aを新生児室から原告Cのベッドに移動させ(以下「第1回母子同室」
という。),原告Cは,原告Aに対し,授乳を行った。このとき,被告病
院の看護師は原告Cに付き添った(甲A2・36頁,乙A1)。
ウ被告病院の看護師は,11月5日午後8時頃,原告Aを新生児室から原
告Cのベッドに移動させ(以下「第2回母子同室」という。),原告Cは,
原告Aに対し,授乳を行った。このとき,被告病院の看護師は原告Cに付
き添った(甲A2・40頁,乙A1)。
エ被告病院の看護師は,11月6日午前0時30分頃,原告Aを新生児室
から原告Cのベッドに移動させ(以下「第3回母子同室」という。),原
告Cは,原告Aに対し,授乳を行った。被告病院の看護師は,同日午前0
時42分頃,原告Cの病室から退室した(甲A2・39頁)。
オ原告Cは,11月6日午前1時27分頃,乳首をなめていた原告Aが動
かなくなったことに気づき,すぐにナースコールを押した。その後,被告
病院の看護師は,原告Aにチアノーゼの症状が出ており,心肺停止状態に
あることを確認し,原告Aを新生児集中治療室(NICU)に入室させた。
被告病院の医師は,原告Aに対して蘇生措置を実施し,原告Aは,心拍は
再開したが,低酸素性虚血性脳症及び脳性麻痺のため,寝たきりの状態と
なった(甲A2・40,41,112頁)。
3争点及び争点に関する当事者の主張
監視義務違反又は経過観察義務違反の有無
【原告らの主張】
ア出産後間もない新生児は,まだ基本的な生体活動が不安定であり,突然
容態が悪化し,呼吸停止が生じることは容易に想定できる。また,母親と
新生児を同じベッドで寝かせる場合,寝かせ方によっては,母親と新生児
の体勢や,布団やタオルケットの位置等により,新生児の鼻口部がふさが
れて窒息に陥る危険性がある。呼吸停止状態が継続すれば,死亡を含む重
篤な結果が発生するから,呼吸停止状態を長期化させないようにすること
が必要であり,そのためには,一定以上の間隔を開けずに新生児の経過観
察をしなければならない。特に,原告Aは,高齢出産で,体外受精により
妊娠,分娩に至った子であり,先天異常や障害に対するリスクが特に高く,
被告病院の看護師は,窒息を来したり,乳幼児突然死症候群(SIDS)
などの原因で心肺停止状態となることも予見することができたから,一般
的な新生児よりも慎重に原告Aの経過観察をすべきであった。
原告Cは,流産経験のある初産婦であり,不妊治療(体外受精)を経て
原告Aを42歳で出産したが,第3回母子同室の時までに,アナペイン,
ソセゴン,セフメタゾール,ソリターT3号などの薬剤の投与を受けてい
た。原告Cは,第3回母子同室の際,帝王切開から約10時間程度しか経
過しておらず,麻酔や手術の負担による体力の消耗,出血量の多さ,術後
の創部等の苦痛などの帝王切開による出産の疲れや,麻酔や鎮痛剤の影響,
午前1時前後という通常の母親は睡眠している深夜の時間帯であったこと
などから,意識が朦朧としており,腹部が痛くて体を動かすこともできな
かったから,原告Aの状態を適切に見守り続け,容態の変化をすぐに発見
し,適切に対応することは困難な状態であった。このように,母親である
原告Cが原告Aの様子を観察することは不可能な状態であり,被告病院の
看護師は,原告Cが睡眠状態や意識朦朧状態に陥ることを予見することが
できたから,原告Aの急激な容態変化に直ちに対応することができるよう
にするため,出生当夜の睡眠時間帯については,原告Aを常時監視すべき
であり,最低限,10分~15分以上は目を離さずに経過観察を行うべき
義務を負っていた。
イしかし,被告病院の看護師は,11月6日午前0時42分以降,原告A
と原告Cを二人きりにし,何ら経過観察を行わなかった。そのため,原告
Aは,看護師が病室を離れた後,呼吸停止状態となったが,原告Cは,意
識朦朧状態となったために,原告Aの容態の急変に直ちに気づくことがで
きず,原告Aの呼吸停止に対する処置が遅れた。
なお,原告Cは,夜間の授乳を希望したことはないし,2回目の母子同
室や3回目の母子同室においても,痛みのため,横臥位になることはなく,
仰向けのままであった。原告Aは,3回目の母子同室の際も,乳首をなめ
る程度で,吸啜することはなかった。
【被告の主張】
ア原告Cは,高齢出産の初産婦で,体外受精による妊娠であったため,被
告病院は,妊娠経過中の母体管理については,通常の妊産婦に比較すると
十分に留意する必要があった。しかし,母子共に異常なく正産期を迎え,
原告Cは,陣痛もなく,前夜の睡眠が障害されていない状態で予定帝王切
開を受けて原告Aを出産したもので,陣痛を経て経膣分娩を遂げた産婦や
緊急帝王切開を受けた産婦に比較すると,出産の疲れは軽度であったと考
えられる。原告Cに対する予定帝王切開術は,麻酔・手術時間や出血量に
おいても全く問題なく終了し,術後の経過も良好であったから,原告Cが
他の妊産婦に比較して手術の負担による体力の消耗や疲労があり,特別な
配慮を要する状態であったということはできない。
原告Cに対して投与されたソセゴンは,悪心嘔吐,傾眠などの副作用が
あるが,血中濃度半減期は1.28時間~1.99時間程度(1キログラ
ム当たり0.5mgを投与した場合)であり,投与から2時間後の11月
5日午後8時20分頃には,血中濃度が半減期に達して薬効から離脱し始
め,同月6日午前0時20分頃には,血中濃度がほぼ0となっていたもの
と考えられる。原告Cに対して投与されたセフメタゾールは,抗生剤であ
り,精神・神経系の副作用は報告されていない。原告Cに対して投与され
たソリターT3号は,電解質液であり,薬剤ではない。アナペインの副作
用は,血圧低下,発熱,嘔気嘔吐などであり,頻度の低い副作用としてシ
ョック,意識障害などがあるが,マルチレートを使用したアナペインの持
続投与は,帝王切開患者に対して手術終了直前から3日間の予定で行われ
るルーチンな疼痛緩和のための局所措置であり,母乳の授乳との間に関連
性はない。第3回母子同室の際に,原告Cに投与されていた薬剤が原告C
の精神・神経状態に影響を与えたということはできない。
イ原告Aは,正産期に出生し,出生直後から胎外順応も良好で,出生後の
経過について全く問題は認められない正常新生児であったから,体調が急
変して容態が悪化するリスクがあるとしても,極めて低い確率であった。
また,原告Aには,気道閉塞を疑わせる所見もなく,被告病院の看護師が
突然心肺停止に至ることを予見することはできなかった。
なお,高齢出産である場合,乳幼児突然死症候群(SIDS)の原因と
なりやすい早産児や低出生体重児の割合が高くなるため,乳幼児突然死症
候群が生じることが多いが,原告Aは,高齢出産で出生したとはいえ,早
産児でも低出生体重児でもなかったから,通常の新生児に比較して乳幼児
突然死症候群のリスクが高かったということはできない。
ウ被告病院の看護師は,11月6日午前0時30分頃,新生児室で原告A
が泣き,授乳させた方がよいと考えたことから,原告Cが夜間の授乳を希
望したことを確認した上で,原告Aを原告Cのベッドまで連れて行き,仰
臥位で閉眼している原告Cに対し,「Cさん」とやや小さめの声で呼びか
けたところ,原告Cはすぐに「はい」と答え,開眼した。被告病院の看護
師が「赤ちゃんが泣いていますが授乳させますか。どうしますか。」と尋
ねたところ,原告Cは,「分かりました。」と答えて母乳授乳を希望した。
原告Cは,自分で横向き(左側臥位)になり,原告Aに対し,左側の授乳
を行ったが,吸啜は良好であり,11月6日午前0時42分頃,看護師が
原告Cの点滴を交換した際も,原告Aの吸啜は良好であった。被告病院の
看護師は,右側からも授乳させるため,原告Cに対し,「反対側に向けま
すか。」と尋ね,原告Cが右側臥位に体位変換し,右側にスペースを確保
するため動いて位置を整えている間に,原告Aを原告Cの右側に移動させ
た。原告Cは,原告Aに対し,右側の授乳を行ったが,吸啜は良好であっ
た。被告病院の看護師は,原告Cに対し,「赤ちゃんが吸わなくなったら
ナースコールしてください。」と告げ,原告Aの吸啜が良好であり,顔色
や様子に変わりがないことを確認してから退室した。
このような状況において,原告Aに呼吸が停止するなどの容態急変が生
じることは通常想定することができない。また,当時,原告Cが何らかの
原因で病的な意識障害に陥り,そのため原告Aの容態急変をすぐに発見し
て適切に対応することが困難となる状態であったということもできない。
エ母子共に特段の異常が認められない場合に,新生児の状態を観察して異
常がないかを確認し,異常があればナースコールをするのは,第一次的に
は母親の役割であり,被告病院の看護師が新生児である原告Aの様子を常
時監視すべき義務はない。また,新生児に対して15~20分間隔で見守
りを行うことが一般病院の産科病棟で日常的に実施されているとは到底考
えられない。
説明義務違反の有無
【原告らの主張】
出生後間もない新生児に突然の容態の急変があり,将来にわたって介護を
要するような重い障害が残った場合,病院の医師は,診療契約の本旨及びこ
れに信義則上付随する義務として,当該新生児の両親に対し,事実関係等を
調査した上で急変の原因等について具体的にわかりやすく説明する義務を負
う。しかし,被告病院のE副院長は,原告B及び原告Cに対し,原告Aに対
する看護体制について,カンガルーケアの問題である,母子を二人きりにす
る取扱いは東京の有名な病院でも行われているものである,などと医学会で
権威付けられた正当性があるものであるかのような虚偽の説明を行い,医学
知識のない原告B及び原告Cを言いくるめようとした。また,E副院長は,
原告Aの容態の急変について,交通事故のようなものであるなどと配慮を欠
く発言をした。これらの発言により,原告B及び原告Cは精神的苦痛を受け
た。
【被告の主張】
被告病院のE副院長が,原告Aに対する看護体制について,カンガルーケ
アという用語を用いて説明したこと,母子を二人きりにする取扱いは東京の
有名な病院でも行われているものであるなどと説明したこと,原告Aの容態
急変を交通事故に例えて説明したことは認め,その余は否認する。
被告病院の医師らは,原告Aに異変が発見されてから,直ちに原告Bに来
院してもらい,原告B及び原告Cに対し,心のケアを行いつつ説明を行い,
原告Cが退院するまでの入院環境にも配慮をした。被告病院の医師らは,事
後的な医療行為の結果について患者又は家族らが理解することができるよう
に十分説明を行っており,説明義務違反があるものとはいえない。
E副院長の発言は,病院としての管理責任に過失がないことを説明する目
的でなされたものであり,医学的正確性よりも患者家族への分かりやすさに
配慮し,カンガルーケアという用語を便宜的に用いたり,原告Aの容態急変
が不可避的なものであることを説明するために交通事故の例えを用いたもの
で,原告B及び原告Cを言いくるめようとしたものではなく,原告B及び原
告Cに対する配慮を欠いたものであるということもできない。
原告らに生じた損害
【原告らの主張】
ア監視義務違反又は経過観察義務違反に係る損害
原告Aは,呼吸停止状態が長時間継続したため,低酸素性虚血性脳症を
発症した。被告病院の看護師が経過観察義務を尽くし,10分~15分以
上原告Aから目を離さなければ,原告Aの呼吸停止後,直ちにこれを発見
し,早期に蘇生措置を施すことができたから,本件のような重篤な後遺障
害を負う結果を回避できた可能性が極めて高い。被告病院の看護師の監視
義務違反又は経過観察義務違反により原告らに発生した損害は,以下のと
おりである。
原告Aの損害
a後遺障害慰謝料3500万円
原告Aは,低酸素性虚血性脳症,脳性麻痺のため,寝たきり状態で
あり,人工呼吸による呼吸の補助,胃瘻からの栄養剤注入,薬の注入
を受けている。後遺障害慰謝料は3500万円が相当である。
b逸失利益2811万5817円
基礎収入は354万7200円(賃金センサス平成24年・女子・
学歴計・全年齢平均賃金),労働能力喪失率は100%,労働能力喪
失期間は,18歳から67歳までの49年間が相当である。ライプニ
ッツ方式(係数7.9262)により中間利息を控除すると,逸失利
益は2811万5817円となる。
c将来介護費1億2942万1773円
原告Aは,今後86年間にわたり,1日当たり1万8000円の介
護費を要する。ライプニッツ方式(対応する係数19.6989)に
より中間利息を控除すると,将来介護費は1億2942万1773円
となる。
d小計1億9253万7590円
e弁護士費用1925万3759円
f合計2億1179万1349円
原告B,原告Cの損害
a近親者固有の慰謝料各1000万円
原告B及び原告Cは,原告Aが重篤な心肺停止の状態に陥ったこと
や,重い後遺障害を負っていることに精神的苦痛を受けた。これを慰
謝するための慰謝料は,各1000万円が相当である。
b弁護士費用各100万円
c合計各1100万円
イ説明義務違反等に係る損害(原告B,原告C)
a慰謝料各300万円
原告B及び原告Cは,E副院長の説明義務違反及び不誠実な説明態
度により精神的苦痛を受けた。これを慰謝するための慰謝料は,各3
00万円を下らない。
b弁護士費用各30万円
c合計各330万円
【被告の主張】
否認ないし争う。
第3当裁判所の判断
1認定事実
前記前提事実に加え,証拠(甲A16,乙A3~乙A9,乙A14,証人
F,証人G,原告C本人及び後掲各証拠。ただし,下記認定に反する部分を
除く。)並びに弁論の全趣旨によれば,次の事実を認めることができる。
ア医学的知見
原告Cに投与された薬剤について
aアナペイン(乙B13)
術後鎮痛効果を有するキシリジン系製剤である。手術終了時に,通
常,成人に1時間当たり6mlを硬膜外腔に持続投与し,期待する痛
覚遮断域,手術部位,年齢,身長,体重,全身状態等により1時間当
たり4~10mlの範囲で適宜増減することとされている。添付文書
等には,妊婦,産婦,授乳婦等への投与について,①妊娠中の投与に
関する安全性は確立していないため,妊婦又は妊娠している可能性の
ある婦人には治療上の有益性が危険性を上回ると判断される場合にの
み投与する旨,②妊娠後期の患者には,投与量の減量を考慮するとと
もに,患者の全身状態の観察を十分に行う等,慎重に投与する旨の注
意事項が記載されている。術後鎮痛の使用成績調査において認められ
た主な副作用は,血圧低下(2.6%),嘔気(0.9%),嘔吐
(0.7%)であった。
bソセゴン(甲B3,乙B9)
鎮痛剤である。術後疼痛に対して用いた場合,筋注後約10~20
分で効果が発現し,注射後約1時間(40~60分)で最大効果とな
り,約3~4時間効果が持続する。臨床試験では,筋肉内投与の場合,
半減期は1.28±0.71時間であった。副作用については,眠気,
めまい,ふらつき等があらわれることがあるが,5%以上の発現率を
みたものは,悪心嘔吐(6.10%),傾眠(5.10%)であった。
乳汁への移行性は確認されていない。添付文書等には,妊婦,産婦,
授乳婦等への投与について,①胎児に対する安全性は確立していない
ため,妊婦又は妊娠している可能性のある婦人には治療上の有益性が
危険性を上回ると判断される場合にのみ投与する旨,②分娩時の投与
により新生児に呼吸抑制があらわれることがある旨,③分娩前に投与
した場合,出産後新生児に禁断症状(神経過敏,振戦,嘔吐等)があ
らわれることがある旨の注意事項が記載されている。
cセフメタゾール(甲B4,乙B10)
セファマイシン系抗生物質製剤である。添付文書には,重大な副作
用(頻度不明)としてショックやアナフィラキシー様症状等が記載さ
れているが,副作用発現頻度が明確となる調査は実施されていない。
添付文書等には,妊娠中の投与に関する安全性は確立していないため,
妊婦又は妊娠している可能性のある婦人には治療上の有益性が危険性
を上回ると判断される場合にのみ投与する旨の注意事項が記載されて
いる。
dソリターT3号輸液(甲B7,乙B11)
輸液用電解質液である。添付文書等には,妊婦,産婦,授乳婦等へ
の投与について,使用上の注意事項は記載されていない。
早期母子接触及び母乳育児について
a母乳育児には,乳児に最適な成分組成で少ない代謝負担,感染症の
発症及び重症度の低下,母子関係の良好な形成,出産後の母体の回復
の促進などの利点が挙げられている。また,出生後できるだけ早期に
母親と新生児を接触させ(早期接触),30分以内に初回授乳を行う
こと(早期授乳)が重要である,24時間以内の授乳回数はその後の
泌乳量に影響し,授乳回数が7~8回あればその後の母乳分泌が良く
なるとの報告もされている。WHO,ユニセフ共同声明の「母乳育児
を成功させるための十か条」は,医学的な必要がないのに母乳以外の
栄養や水分を与えないこと,母親と新生児が一緒にいられるように終
日母子同室を実施すること,新生児が欲しがる場合はいつでも母親が
母乳を飲ませてあげられるようにすることなどを定めており,厚生労
働省の策定した「授乳・離乳の支援ガイド」(乙B1)には,これを
踏まえ,出産後はできるだけ早く母子が触れ合って母乳を飲めるよう
に支援すること,出産後は新生児が終日一緒にいられるように支援す
ること,新生児が欲しがるときや母親が飲ませたいときにはいつでも
母乳を飲ませられるように支援することなどが母乳育児の支援を進め
るポイントとして記載されている(乙B1・12,18,22頁,乙
B2・9,11,12頁)。
「授乳・離乳の支援ガイド」(乙B1)の褥婦棟の母乳育児支援の
項には,「母子同室の基準は,子どもの出生時妊娠週数37週・体重
2200g以上,35~36週・出生体重2400g以上で,子ども
の状態が安定し,褥婦棟での母子同室が可能と判断された場合に適
応。」との記載がある(乙B1・24頁)。
b平成24年発行の日本未熟児新生児学会雑誌第24巻第3号に掲載
された「正期産新生児の望ましい診療・ケア(日本未熟児新生児学会
医療提供体制検討委員会)」(乙B3)には,米国小児科学会・米国
産婦人科学会(AmericanAcademyofPedi
atrics/AmericanCollegeofObst
etricians&Gynecologists,AAP/ACO
G)のガイドライン及び英国国立医療技術評価機構(Nationa
lInstituteforHealthandClin
icalExcellence,NICE)のガイドラインを参考
にして正期産新生児の望ましい診療・ケアに関する診療指針を作成・
提言しているところ,上記提言には,①正期産新生児の診療の基本と
して,「出生後の適応過程が順調であること,疾患がないことを一定
期間の観察で確認する。」,②出生時の取扱い方として,「児の状態
(呼吸,心拍数,体温,皮膚色,活気・筋緊張)が一定時間安定して
いることを確認する。」,「出生後一定期間(6~12時間)は呼吸
循環動態の適応過程にあり,児の状態が安定していることを確認する。
呼吸,心拍,体温,皮膚色,覚醒状態,活気・筋緊張を一定間隔で観
察し記録する。問題がない限り母子接触や母子同室を実施する中で観
察する。AAP/ACOPのガイドラインでは2時間安定した状態が
続くまで少なくとも30分毎に評価して記録するよう提言してい
る。」,③入院中のケア・処置として,「出生直後から,母子の状況
が許す限り終日の母子同室とする。」,「出生直後の母子接触と30
分以内の初回授乳,終日の母子同室,頻回授乳を実施する。」との記
述がある。
c病院及び有床診療所に対する調査を行った結果,病院では13.
5%の施設が,有床診療所では12.8%の施設が,分娩直後からの
母子同室を実施しており,病院では20.1%の施設,有床診療所で
は20.5%の施設が,分娩後24時間の時点で母子同室を実施して
いるとの報告がある(乙B1・16頁)。また,全国の産科併設総合
病院へ出産後の母子の扱いに関するアンケート調査を行った結果,約
38.8%の施設が分娩後すぐからの母子同室を行っているとの調査
結果が得られたとする報告例がある(乙B5)。
イ被告病院における新生児の扱い等
被告病院においては,母体の疲労回復や,新生児の観察のため,経膣分
娩,帝王切開を問わず,生後24時間以内は,保育器収容を必要としない
新生児は全員新生児室で管理し(ただし,経膣分娩の母親が希望した場合
には,分娩の直後であっても,看護師又は助産師の見守りの下で分娩台の
上で新生児に授乳させることができ,最大で2時間程度,母親と新生児が
一緒にいることができる。),生後24時間が経過した後に母子同室を推
奨することとしていた。また,被告病院では,新生児室で管理されている
新生児について,授乳のたびに,看護師が母親のベッドに新生児を連れて
行き,母親の状況や意向を確認した上で授乳してもらい,授乳が終わった
らナースコールを押してもらって新生児を迎えに行くとの取扱いをしてい
るが,新生児を母親のベッドに連れて行ってから新生児室に連れ帰るまで
の時間や,その間の見回りの頻度についての取り決めはされていなかった。
もっとも,深夜時間帯については,2時間ごとに巡視が行われ,看護師が
全ての患者(母親)の様子を見て回っており,また,その他にも看護師が
母親の様子を観察することはあった。授乳に要する時間は,一般的には2
0分~30分が平均であるが,授乳の時間は様々であり,40分程度かか
る母親もいる。また,授乳を終えた後も新生児と一緒に寝るなどして,1
時間や1時間半程度,新生児と二人きりになる母親もいる(証人F11~
17,52~69,77,101~105,133~136項,証人G2
5~28,36~41,72~98,109~110,143,178
項)。
ウ原告Aの出生に係る事実経過等
原告Cは,妊娠38週0日である11月4日,翌日に予定帝王切開に
より出産するために被告病院に入院し,同月5日午後1時35分,原告
Aを帝王切開により出産した。麻酔時間は1時間27分,手術時間は5
2分,手術終了時刻は同日午後2時20分,総出血量は1079g(羊
水込み)であった。原告Aは,出生時,異常はなく,体重が2880g
であり,アプガースコアは出産1分後に8点,出産5分後に9点,臍帯
動脈血ガス分析値はph7.265であった。原告Cは,同日午後2時
29分,手術室を退室し,4人部屋の病室(410号室)に移動した
(甲A2・12~13,31,34~35,60,69頁,乙A3,乙
A12・1,4頁)
原告Cは,11月5日午後2時15分から同月8日午前9時まで,術
後鎮痛のため,マルチレート(薬剤持続投与器材)を用いる方法により,
毎時間4mlずつ,アナペイン0.2%の硬膜外への持続投与を受けた
(乙A12・1,4~5頁)。
原告Aは,11月5日午後3時24分,呼吸状態に問題はなく,冷感,
蒼白やチアノーゼもなかった(乙A2・2,5~10頁)。
被告病院の看護師は,11月5日午後4時30分頃から同日午後5時
30分頃までの間,新生児室にいた原告Aを原告Cのベッドに移動させ
(第1回母子同室),原告Cは,原告Aに対し,授乳を行ったが,原告
Aは原告Cの乳首をなめる程度であった。このとき,被告病院の看護師
は原告Cに付き添っており,原告Cは,看護師に対し,夜間にも授乳を
希望する旨を伝えた。原告Aは,その後,新生児室に戻された(甲A
2・36~37頁,乙A1,弁論の全趣旨)。
原告Cは,11月5日午後5時49分,ソリターT3号輸液500m
lの点滴投与を受けた。また,原告Cは,同日午後6時20分,鎮痛剤
であるソセゴンの投与を受けた(甲A2・37,54頁)。
被告病院の看護師は,11月5日午後8時頃,原告Aを新生児室から
原告Cのベッドに移動させ(第2回母子同室),原告Cは,原告Aに対
し,授乳を行った。このとき,被告病院の看護師は原告Cに付き添った。
原告Aは,その後,新生児室に戻された(乙A1,弁論の全趣旨)。
原告Aは,11月5日午後8時20分,呼吸状態に問題はなく,冷感,
蒼白やチアノーゼもなかった(乙A2・2,5~10頁)。
また,原告Aは,11月5日午後9時1分,H医師の診察を受けたが,
呼吸音及び心音は正常で,異常は認められなかった(甲A2・72頁,
乙A2・1,3,4頁)。
原告Cは,11月5日午後10時11分,セフメタゾールの点滴投与
を開始されたが,このとき原告Cに特に異常はなかった。また,同日1
1時頃にも,原告Cのバイタルサインに異常はなかった(甲A2・38,
55頁,乙5・1頁,乙A6・1頁)。
被告病院のI看護師は,新生児室にいた原告Aが泣いたため,母乳を
授乳させたほうがよいと考え,11月6日午前0時30分頃までに,原
告Aを原告Cのベッドに連れて行った(第3回母子同室)。原告Cは,
仰臥位で閉眼していたが,顔色は普通で,帝王切開後の痛みや後陣痛を
うかがわせるような様子もなかったため,I看護師は,原告Cに対し,
「Cさん。」とやや小さめの声で呼びかけたところ,原告Cは,すぐに
「はい。」と返事をして開眼した。I看護師は,原告Cに対し,授乳希
望を尋ねたところ,原告Cは母乳授乳を希望した。原告Cは,自分で横
向き(左側臥位)になり,看護師が原告Aの口を原告Cの左側乳首に含
ませたところ,原告Cの乳房に緊満はなく,原告Aの吸啜も良好であっ
た。I看護師は,いったん退室し,同日午前0時42分頃,原告Cの病
室に再入室して原告Cの点滴を交換したが,その際も原告Aは口を動か
していた。I看護師は,原告Cに対し,反対側の乳房からの授乳を促し,
原告Cが右側臥位に体位変換している間に,原告Aをベッドサイド右側
に移動させた。I看護師が原告Aに原告Cの右側乳首をくわえさせると,
原告Aは口を動かして吸啜し始めた。I看護師は,原告Cに対し,「赤
ちゃんが吸わなくなったらナースコールしてください。」と告げ,ナー
スコールが原告Cの手の届く位置にあることや,原告Aの顔色や様子に
変わりがないことを確認してから退室した(甲A2・39,86頁,乙
A3・1~3頁)。
原告Cは,11月6日午前1時27分頃,原告Aが動かなくなったこ
とに気づき,すぐにナースコールを押した。原告Cのベッドを訪問した
G助産師は,原告Aが顔面蒼白で,ぐったりした様子であることに気づ
き,すぐに原告Aを抱いて看護師詰所に連れて行った。看護師詰所にい
た看護師及び助産師らは,原告Aの顔色が不良で,心肺停止状態であっ
たことから,看護師詰所の隣にある診察室Ⅱにおいて,原告Aに対し,
蘇生措置を開始し,途中からは当直医のJ医師も蘇生措置に加わった。
NICUのK医師は,11月6日午前1時34分,原告Aに対し,気管
内挿管をしたが,挿管時,原告Aに気道閉塞をうかがわせる液体や固形
物はなかった。その後,K医師が蘇生措置を継続し,バギングを継続す
ると,原告Aは心拍と呼吸を再開した。原告AはNICUへの移動時,
SpO2は60%台,心拍数は120~130台で,全身の色は蒼白~
白ピンク色であった。原告Aは,同日午前1時45分,NICUへ入室
した(甲A2・40~41,73,86,109~110,127~1
28頁)。
原告Aは,上記のとおり,心拍と呼吸を再開したが,最終的には,新
生児低酸素性虚血性脳症となった(甲A1,甲A2・110頁)。
原告Aは,平成25年2月21日,被告病院において気管切開術を受
けたが,このとき,原告Aの気管軟骨がかなり下方に位置しており,喉
頭の位置が異常に低いことや,軽微な喉頭裂を疑わせる所見があること
が判明した。また,被告病院の医師は,喉頭拳上術により気管口の位置
を補正したが,原告Aの奥舌は下がったままで,下顎も開口位になった
ままであった。このことから,被告病院の医師は,原告Aは,舌骨や下
顎を引き上げる筋肉や喉頭そのものを引き上げるための筋肉が弱いか,
又は一部が欠損していたため,授乳の際に喉頭を拳上して嚥下すること
ができず,窒息を生じた可能性があると考えた(乙A13・4~6頁)。
LのM医師が作成した平成26年5月1日付け「身体障害者診断書・
意見書」(甲A7)には,原告Aの状態について,低酸素性虚血性脳症
により寝たきりとなり,意識レベルはJCSⅢ-200で固定している
こと,自発呼吸が不十分であるために終日人工呼吸器による陽圧換気を
要すること,四肢の自発的な運動は見られないことなどが記載されてお
り,原告Aは,同年6月20日付けで山口県から身体障害者手帳(1級)
の交付を受けた(甲A9)。
エE副院長による説明内容(甲A3)
被告病院のE副院長は,看護師及びN事務局次長の立会いのもと,平成
25年4月15日,原告B及び原告Cに対し,原告Aの状態等について説
明を行った。その際,原告Bから被告病院に不注意がなかったのかという
質問に対し,E副院長は,「カンガルーケア」という用語を用いて,出産
後に母と子を面会させる方針を採用する病院が10年ほど前から増えてお
り,このような方針を採ることが良いのか悪いのかは分からないのではな
いかと述べた。また,E副院長は,被告病院に過失はなかったと思ってい
るのかとの原告Bの再度の質問に対して,交通事故に例えて,原告Aに生
じた事象はアクシデントであり,医療事故であるとの説明をした。原告B
は,第3回母子同室の際に看護師が原告Cに付き添わなかったことはおか
しいのではないかと言ったところ,E副院長は,看護師が付き添っていれ
ば,原告Aの急変をもっと早く発見することができた可能性はあり,付添
いのない間に原告Aに急変が生じて障害が残ったことについては気の毒な
ことだと考えているが,母子が同室の際に看護師が必ず付き添うという取
扱いは全国的な傾向とはなっていない,東京の非常に有名な病院では,出
産から6時間後には母と子を二人きりにする取扱いをするところもある,
被告病院においても,看護師が付き添わなかったことについて過失がある
とはいえないとの見解を述べた。
事実認定の補足説明
ア原告らは,原告Cは,帝王切開後の腹部の痛みのため,横向きへの体位
変換をすることができず,仰向きのまま原告Aに授乳していたが,原告A
は,第1回母子同室から第3回母子同室までのいずれも,原告Cの乳首を
くわえる程度で,吸啜はしなかったと主張し,原告C本人はこれに沿う供
述をする。
イしかし,原告Cの上記供述を裏付ける証拠はない。被告病院の診療録
(甲A2・39頁)には,第3回母子同室における授乳時の状況について,
原告Cはまず左側の授乳を行い,吸啜は良好であったこと,その後,原告
Cを右側臥位にし,原告Aを右側に移動させたところ,右側も吸啜良好で
あったことが記載されており,原告らの主張は,診療録の記載内容と整合
しない。また,証拠(甲A2・49頁)によれば,原告Cは,F看護師長
に対し,11月6日午後4時頃,原告Aについて,「初めは吸っていたの
に動かなくなったので,看護師さんを呼んだ。」と述べたことが認められ
る。被告病院の看護師が,授乳のために原告Aを原告Cのベッドに連れて
きたにもかかわらず,痛みのため自力で体位変換ができない原告Cと乳首
をくわえさせても吸啜しない原告Aを置いて退室するとは考えにくいこと
を併せ考慮すると,原告らの主張は採用することができない。
2監視義務違反又は経過観察義務違反の有無)について
原告らは,新生児に対しては一定程度の間隔を開けずに経過観察をするこ
とが必要であり,被告病院の看護師は,高齢出産かつ体外受精で出生した原
告Aに対しては,一般的な新生児よりも慎重に経過観察をすべきであった,
原告Cは,出産の疲れや,麻酔や鎮痛剤の影響,深夜の授乳時間帯であった
ことなどから,意識が朦朧としており,原告Aの状態を適切に見守り,容態
の変化をすぐに発見し,適切な対応をとることは困難な状態であったなどと
して,被告病院の看護師は,原告Aの急激な容態変化に直ちに対応すること
ができるようにするため,原告Aを常時監視すべきであり,最低限,10分
~15分以上は目を離さずに経過観察を行うべき義務を負っていたと主張す
る。
まず,原告Aの状態についてみると,上記認定事実イ,
①被告病院においては,母親の分娩の疲れや新生児の
観察の必要性も考慮し,出生後24時間以内は新生児を新生児室で管理し,
授乳のたびに看護師が母親のベッドに連れて行くという取扱いをしていたこ
と,②原告Aは,予定帝王切開により11月5日午後1時35分に38週1
日で出生したが,出生時に特段の異常所見はなく,その後の看護師による観
察においても異常所見はなく,同日午後9時1分の医師による診察において
も,呼吸及び心音は正常であり,異常所見は認められなかったこと,③第3
回母子同室の際の原告Aの吸啜は良好であり,I看護師が退室した同月6日
午前0時42分頃の時点でも,異常所見は認められなかったことが認められ
る。また,原告Aが新生児室で管理されていた際に異常所見が現れたことを
うかがわせる証拠はない。
次に,原告C
原告Cは,11月5日午後2時20分の手術終了後,
分娩室から410号室に移され,同日午後2時15分以降鎮痛効果を有する
アナペインを,同日午後5時49分に電解質液であるソリターT3号を投与
され,同日午後6時20分に鎮痛剤であるソセゴン,同日午後10時11分,
抗生物質であるセフメタゾールの投与を受けたこと,②ソゼコンの副作用と
して眠気が現れることがあることが認められる。
しかし,分娩時から3回目の授乳の開始時までの間に原告Cの意識が朦朧
としていたことを認めるに足りる証拠はなく,
よれば,①原告Cには,分娩時から第3回母子同室時までの間,特段の異常
所見は認められなかったこと,②原告Cは,11月6日午前0時20分以降,
I看護師からの呼びかけに対してすぐ開眼し,原告Aに対する授乳を開始し
たこと,③原告Cは,I看護師が退室した同日午前0時42分頃の時点にお
いても,授乳を継続しており,意識状態に特段の異常は認められなかったこ
とが認められる。また,上記認定事実のとおり,ソセゴンの半減
期は1.28±0.71時間であることからすると,第3回母子同室が開始
される前である11月6日午前0時20分頃までに,原告Cのソセゴンの血
中濃度は低下しており,眠気等の副作用が現れる可能性は低下していたと考
えられる。原告Cが,分娩時から第3回母子同室時までの間に,被告病院の
看護師に対して出産による疲労や眠気を訴えていたことをうかがわせる証拠
はない。なお,帝王切開を受けた者が,手術自体の影響により睡眠状態や意
識朦朧状態に陥りやすいとの医学的知見が存在することを認めるに足りる証
拠はない。
これらによれば,原告Aについては,出生児から第3回母子同室時までの
間,容態の急変をうかがわせる兆候が現れたことはなく,原告Cについても,
授乳を開始した時刻が午前0時30分と深夜の時間帯であったことを考慮し
ても,第3回母子同室当時,授乳中に意識を失うなどの異常な状態に陥るこ
とをうかがわせる兆候が現れたことはなかったということができる。
したがって,第3回母子同室当時,被告病院の看護師において,原告Aの
容態が急変することを具体的に予見することができたとは認められないし,
原告Cが原告Aの容態の急変に直ちに気付くことができず,容態の急変に対
して適切に対応することができないことを具体的に予見することができたと
は認められない。
また,当時,被告病院において,看護師又は助産師が新生児に対する授乳
に付き添ったり,母子同室となっている新生児に対して10分~15分ごと
に見回りをすることが取り決められていたことを認めるに足りる証拠はなく,
上記認定のとおり,被告病院においては,見守りの頻度についての取
り決めはされていなかったことが認められる。上記認定の「授乳・
離乳の支援ガイド」等の各文献には,新生児に対する授乳時に医療従事者が
行うべき見回りの頻度についての記載は見当たらず,他に,第3回母子同室
当時,医療機関において,10分~15分ごとに経過観察を行うことが第3
回母子同室当時の臨床医学の実践における医療水準として確立していたこと
を認めるに足りる証拠はない。そうすると,原告C及び原告Aと被告との間
の診療契約において,そのような経過観察を行うことが被告の債務の内容と
なっていたと解することはできない。
以上によれば,被告病院の看護師が原告Aを常時監視したり,10分~1
5分以上目を離さずに経過観察したりする義務を負っていたとは認められな
いから,被告病院の看護師に原告ら主張の監視義務違反又は経過観察義務違
反があったとは認められない。
なお,原告らは,新生児は呼吸状態が不安定であり,呼吸停止状態が継続
すれば重篤な結果を生じる危険性があるから,被告病院の看護師らは,原告
Aを常時監視し又は10分から15分に1回程度の経過観察をすべきであっ
たと主張する。しかし,このような危険性があるからといって,それが抽象
的なものにとどまる場合には,被告病院の看護師らが監視義務又は経過観察
原告Aの
容態が急変することや,原告Cが原告Aの容態の急変に直ちに気付くことが
できず,容態の急変に対して適切に対応することができないことを具体的に
予見することはできなかったから,被告病院の看護師らが原告ら主張の監視
義務又は経過観察義務を負うということはできない。よって,原告らの主張
は採用できない。

原告らは,被告病院のE副院長は,原告B及び原告Cに対し,原告Aの看
護体制について,虚偽の説明をして原告B及び原告Cを言いくるめようとし
たと主張する。
上記認定事実1①被告病院のE副院長は,原告Bから被告
病院に不注意がなかったのかと尋ねられた際,原告B及び原告Cに対し,
「カンガルーケア」という用語を用いて,出産後に母子を面会させる方針を
採用する病院が10年ほど前から増えていることなどを説明したこと,②E
副院長は,原告Bから被告病院に過失はなかったのかと尋ねられた際,原告
B及び原告Cに対し,交通事故に例えて原告Aに生じた事象がアクシデント
であり,医療事故である旨を説明したこと,③E副院長は,原告Bから看護
師が原告Cに付き添わなかったのはおかしいのではないかと言われたところ,
母子が同室の際に看護師が必ず付き添うという取扱いは全国的な傾向となっ
ておらず,東京の非常に有名な病院では出産から6時間後には母子同室を行
っているとの説明をしたことが認められる。
しかし,新生児の看護体制や被告病院以外の病院における取扱いに関する
E副院長の上記説明が事実に反するものであることを認めるに足りる証拠は
ない。かえって,13.5%の病院が分
娩直後からの母子同室を実施しているとの報告例が存在することが認められ
る。
原告らは,E副院長は原告Aの容態の急変について,交通事故のようなも
のであるなどと配慮を欠く発言をしたと主張する。
しかし,E副院長は,原告Aの
容態の急変を事前に予測したり,回避したりすることは困難であったことを,
交通事故に例えて説明したものと認められる。したがって,E副院長の説明
内容が原告B及び原告Cに対する配慮を欠くものであるということはできな
い。
したがって,被告病院のE副院長の説明内容について,原告ら主張の説明
義務違反があるとは認められない。
4まとめ
以上によれば,被告病院における原告C及び原告Aに対する診療や原告B及
び原告Cに対する説明について,不法行為上の過失又は診療契約上の債務不履
行があったということはできない。
第4結論
原告らの請求は,その余の点について判断するまでもなく,いずれも理由が
ない。よって,これを棄却することとして,主文のとおり判決する。
広島地方裁判所民事第1部
裁判長裁判官龍見昇
裁判官宮本博文
裁判官田中佐和子

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