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裁判例


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            主         文
   1 原告らの請求をいずれも棄却する。
   2 訴訟費用は原告らの負担とする。
            事実及び理由
第1 請求
被告は,A及びBに対し,990万円を請求せよ。
第2 事案の概要
本件は,半田市の元市長ら3名を被告として提起された地方自治法(平成14年法
律第4号による改正前のもの。以下「旧法」という。これに対して改正後のものを「現行
法」という。)242条の2第1項4号に基づく住民訴訟において,元市長らが勝訴した
ため,同市が同条第8項に基づいて弁護士報酬の一部を支払ったところ,半田市の
住民である原告らが,その支払は違法であると主張して,同市の執行機関である被
告に対し,上記支払に関与した市長及び助役たる個人に支払額相当の損害賠償を
請求することを求めた住民訴訟(現行法242条の2第1項4号の請求)である。
1 前提事実(争いのない事実及び証拠によって容易に認定できる事実等)
(1) 当事者
ア 原告らはいずれも半田市の住民である。
イ 被告は半田市の執行機関であり,損害賠償請求の相手方とされたAは同市
の現市長(以下「A現市長」という。),Bは同市の助役である。
(2) 住民訴訟の提起と結果
ア 半田市の住民であるC(以下「C」という。)は,平成7年11月10日,当時の
半田市長であったD(以下「D」という。),助役であったE(以下「E」という。)及
び元企画部長であったF(以下「F」といい,上記3名を「Dら」という。)らを被告
として(下記(ア)事件については,株式会社鴻池組(以下「鴻池組」という。)も
共同被告とされた。),名古屋地方裁判所に対し,旧法242条の2第1項4号
に基づき,下記(ア)ないし(ウ)の住民訴訟を提起した(乙8ないし10の各1,1
1。以下,総称して「本件住民訴訟」という。)。
(ア) 名古屋地方裁判所平成7年(行ウ)第41号損害賠償請求事件(以下「4
1号事件」という。)
同事件は,半田市が,平成6年以降,住宅宅地関連公共施設整備促進
事業の名目で,鴻池組及び東海旅客鉄道株式会社(以下「JR東海」とい
う。)から道路用地を買収した上,鴻池組に道路工事を請け負わせて工事
費用等を支出したことにつき,道路建設は,本来鴻池組及びJR東海の負
担において行われるべきものであるから,上記工事費用等の支出は違法
であるなどと主張して,Dら及び鴻池組に対し,半田市が支出した4億160
0万円(後日,7億2200万円に請求が拡張された。)及びこれに対する遅
延損害金の支払を請求した事案である(乙8の1,2及び4,11)。
(イ) 名古屋地方裁判所平成7年(行ウ)第42号損害賠償請求事件(以下「4
2号事件」という。)
同事件は,半田市が,平成6年,誘致しようとした日本福祉大学情報社
会科学部の用地に供する目的で鴻池組及びJR東海から用地買収を行っ
た際,原価積上方式によって9億4127万0502円で買収すべきところ,鑑
定評価方式によって28億3000万円で買収したなどと主張して,Dらに対
し,半田市が支出したその差額18億8872万9498円(後日,15億1866
万7699円に請求が減縮された。)及びこれに対する遅延損害金の支払を
請求した事案である(乙9の1及び3,11)。
(ウ) 名古屋地方裁判所平成7年(行ウ)第43号損害賠償請求事件(以下「4
3号事件」という。)
同事件は,半田市が,平成6年及び平成7年,日本福祉大学情報社会
科学部の校舎建設費に対する補助金として7億円を支出したところ,これ
は公益上の必要性を欠く支出であるなどと主張して,Dらに対し,同金額及
びこれに対する遅延損害金の支払を請求した事案である(乙10の1及び
3,11)。
イ Dらは,平成7年12月4日,本件住民訴訟において応訴すべく,名古屋弁護
士会所属のG弁護士(以下「G弁護士」という。)ほか2名の弁護士(以下,3名
の弁護士を「G弁護士ら」という。)を訴訟代理人に選任した(なお,DらがG弁
護士らに訴訟委任したのは一審及び控訴審である。乙8の3,9の2,10の
2,11)。
ウ 他方,被告(当時の半田市長はD)は,平成8年2月22日,本件住民訴訟に
行政庁として訴訟参加することとし,同月26日,半田市の顧問弁護士であっ
たG弁護士を訴訟代理人に選任した。
そして,半田市は,同年11月8日から平成13年2月2日までの間,半田市
議会の議決を経て,G弁護士に対し,前記訴訟参加に係る弁護士報酬とし
て,5回にわたり合計495万円を支払った(乙11)。
エ 本件住民訴訟は,別紙事件経過一覧表のとおり,一審,控訴審及び上告審
(上告及び上告受理申立事件)のいずれにおいてもDらが勝訴し,平成12年
1月27日までにすべて確定した(乙8の4,6及び8,9の3,5及び7,10の
3,5及び7,11)。
(3) Dらによる弁護士報酬公費負担の要請
ア Dらは,本件住民訴訟において勝訴が確定したことを受けて,平成12年3月
23日,被告(当時の半田市長はH。以下「H前市長」という。)に対し,旧法24
2条の2第8項に基づき,弁護士報酬5000万円を公費で負担することを要請
したが,H前市長は,同年11月20日,上記要請に対して公費負担を0円と決
定する旨通知した。
これに対し,Dらは,G弁護士らが,同年12月27日ころ,弁護士報酬額50
00万円のうち1950万円(41及び43号事件につき各150万円,42号事件
につき1650万円)につき債権放棄をしたことを理由に,平成13年1月16
日,上記負担要請額を3050万円に減縮するとともに,上記の決定に至った
経緯や理由を明らかにすることを求めたが,H前市長は,同年2月6日,上記
決定のとおりである旨の回答をするにとどまった(甲9ないし11,14,20,28
の8,乙11)。
イ さらに,Dらは,平成13年11月12日,被告(A現市長)に対し,前記弁護士
報酬3050万円の公費負担を要請したが,被告は,公費負担の承認に関す
る議案を半田市議会に提出しなかった(甲28の9,乙11)。
(4) 国家賠償請求訴訟の提起とその結果
ア Dらは,平成14年7月29日,名古屋地方裁判所に対し,半田市を被告とし
て,市長らが公費負担を拒否し,その承認に関する議案を市議会に提出しな
かったことが違法な職務執行に当たり,これにより損害を被ったとして,国家
賠償法1条1項に基づき,弁護士報酬相当額の損害賠償の支払を求める訴
訟(名古屋地方裁判所平成14年(ワ)第3131号。以下「本件国賠訴訟」とい
う。)を提起した(乙11)。
イ 半田市は,本件国賠訴訟において,普通地方公共団体の長は,当該住民訴
訟の内容,経過,当該職員の訴訟代理人である弁護士の訴訟追行状況,他
の普通地方公共団体の状況等を勘案し,当該職員が負担した弁護士報酬を
公費負担することが公益性の見地からやむを得ないものであるかという観点
から,旧法242条の2第8項所定の議案を提出すべきか否か,提出するとし
てどのような内容にするかを決定するにつき広範な裁量権を委ねられている
と主張した上で,本件住民訴訟においては,行政庁として訴訟参加した被告
の訴訟代理人として弁護士に訴訟委任する以外に,Dらが個人的応訴のため
に独立して弁護士に訴訟委任する必要はなかったというべきであるから,これ
に関する弁護士報酬を公費負担することの公益性を見出すことはできないな
どと主張した(乙11)。
ウ 名古屋地方裁判所は,平成15年6月12日,当該職員が住民訴訟で勝訴し
たとしても,長による議案の提出と議会の議決を経る前は,保護に値する権
利ないし利益を有するものではないことなどを理由として,Dらの請求を棄却
する旨の判決を言い渡した(乙11。以下「本件判決」という。)。
Dらは,本件判決に対して控訴したが,その後,控訴を取り下げたため,本
件判決は確定した。
(5) 本件住民訴訟に係る弁護士報酬負担の決議と支出
被告は,平成15年8月29日,第4回半田市議会臨時会に対し,本件住民訴
訟に関する弁護士報酬として,合計990万円(1人当たり330万円)を半田市が
負担する旨の議案を提出し,同議案は,同日,可決された。
これを受けて,半田市は,同年9月17日,公費負担金に係る支出負担行為を
行った上,同年10月3日,Dらに対し,合計990万円(前同)を支出した(乙2の
1ないし3,3の1ないし3,12。以下「本件支出」という。)。
(6) 住民監査請求
原告らは,平成15年9月3日,半田市監査委員に対し,前記弁護士報酬の公
費負担は違法又は不当であると主張して,現行法242条1項1号に基づき,そ
の負担金の支出の差止めを求める旨の監査請求を行ったが,半田市監査委員
は,同日付けで,上記監査請求を却下し,原告らに通知した(甲7の1)。
なお,原告らは,平成15年9月29日付けで,半田市監査委員に対し,再度,
上記監査請求と同趣旨の監査請求を行ったが,同月30日付けで,却下されて
いる(甲8)。
(7) 原告らによる住民訴訟の提起
ア 原告らは,平成15年10月1日,名古屋地方裁判所に対し,前記公費負担
は社会的妥当性を欠き,旧法242条の2第8項の趣旨を逸脱した違法なもの
であるなどと主張して,現行法242条の2第1項1号に基づき,被告に対して
上記負担金の支出を差し止めることを求める住民訴訟を提起した。
イ しかしながら,前記のとおり,半田市が本件支出を行ったため,原告らは,
平成15年10月16日,現行法242条の2第1項4号に基づく本件請求の追
加的変更を申し立てるとともに,同月28日,上記差止請求を取り下げた。
2 本件の争点
本件支出は,旧法242条の2第8項に反する違法なものか。具体的には,以下
の事項が争点となっている。
(1) 同項の「勝訴(一部勝訴を含む。)した場合」の該当性
(2) Dらによる弁護士報酬支払の有無
(3) 公費負担(額)の相当性
(4) 弁護士報酬の公費負担に関する決定の変更の可否
3 争点についての当事者の主張
(原告の主張)
本件支出は,以下のとおり,旧法242条の2第8項に反して違法である。
(1) 同項の「勝訴(一部勝訴を含む。)した場合」の該当性について
旧法242条の2第8項所定の「勝訴(一部勝訴を含む。)した場合」に該当す
るかは,住民訴訟の結果を形式的に当てはめるのではなく,住民訴訟の内容を
実質的に審理して判断すべきである。
そこで,本件住民訴訟を検討するに,当時の新聞によれば,日本福祉大学情
報社会科学部の誘致のために半田市が負担する用地取得費28億5000万円
余のうち,どこまでが用地取得費でどこまでが造成費かは企業秘密のため判明
しないとか,8か月の間に用地取得費が6億円ほど急上昇したとか報道されてい
るように,全容を解明すれば,行政当局に何らかの違法行為があったのではな
いかという疑惑の存在を否定できない事件であった。にもかかわらず,Dらが勝
訴したのは,Cの訴訟遂行が稚拙だったためにすぎず,実質的に判断すれば,
Cが勝訴していたと考えられる事案である。このことは,Dらが何の根拠もなく被
告にされたと主張していたにもかかわらず,G弁護士が本件住民訴訟を重要案
件ととらえ,裁判の流れ次第では勝訴するか敗訴するかどちらの可能性もある
と認識していたことによっても裏付けられる。
(2) Dらによる弁護士報酬支払の有無について
Dらは,半田市に対して弁護士報酬の公費負担を要請するに際し,弁護士報
酬の根拠となる訴訟委任に関する契約書及び領収書等の書類を一切示してお
らず,契約内容と支払の事実を確認できないから,公費負担は許されないという
べきである。
すなわち,原告らは,半田市当局に対し,平成14年7月3日付け公開質問書
により,Dらに対して上記契約書を求めた事実の有無を尋ねたところ,半田市当
局は,同年8月2日付け回答書により,請求書及び1950万円の債権放棄通知
書の写しを確認した旨述べているが,契約書や領収書には一切触れておらず,
半田市の幹部職員の中には「そこまで確認する必要はないのでは」と発言する
者さえいた。この事実に照らすと,上記契約書は存在せず,半田市当局もその
存在を確認しないまま,本件支出を行ったと考えられるが,DらとG弁護士との勝
手な口頭での契約をもって弁護士報酬の公費負担を行うのは違法である。
また,弁護士報酬の支払の事実についても,Dらから提出された公費負担の
要請書(平成12年3月23日付け,平成13年11月12日付け)その他の文書に
は,DらがG弁護士に対し弁護士報酬を「支払う」と記載されているが,「支払っ
た」とは記載されておらず,半田市当局も,上記回答書によって,支払の事実を
確認できる文書は存在しないことを認めている。また,G弁護士が出した領収書
に記載された弁護士報酬の入金日と,FがA現市長に提出した公費負担に関す
る追加報告書及び本件国賠訴訟の訴状に記載された支払日とは一致しておら
ず,真実,Dらが弁護士報酬を支払ったのかは疑わしい。ことに,Dが支払ったと
される最後の2000万円について,Fによる上記追加報告書には,金融機関か
らの借入金を充てる予定との記載があるが,そのような理由で金融機関が貸付
けに応ずるとは信じ難い。
(3) 公費負担(額)の相当性について
前記のとおり,Dらには,本件住民訴訟において問題視された行政の行為に
関し,住民訴訟を提起されてしかるべき疑惑があったのであるから,本件住民訴
訟の弁護士報酬を公費で負担すべき理由はないというべきである。それにもか
かわらず,A現市長は,個人的な感情から,市議会対策を重視し,Dらとのもめ
事を終わらせることにより,本件住民訴訟及び本件国賠訴訟において紛争の長
期化を招いた半田市の責任をあいまいにすべく,本件支出を決定したのである。
したがって,A現市長らが私的に弁護士報酬を負担することは制限しないが,公
費で負担することは許されない。
現に,Dらに対する弁護士報酬の公費負担の是非は,平成12年10月31日
の政策調整会議で話し合われ,最終的にH前市長の判断として公費負担しない
ことが決定されたところ,A現市長はその当時の助役,B助役は当時の総務部
長であり,仮に公費負担すべきとの意思を有していたとしても,低額を考えてい
たはずである。しかるに,A現市長は,立場が変わるや,市議会議長,元県職員
らを仲介者としてDらと交渉を行っているが,このように,水面下で公費負担額の
折り合いをつける行為は,明らかに公正さをねじまげるものである。
この点について,A現市長は,半田市が本件住民訴訟に訴訟参加した際の弁
護士報酬を基準に,訴訟係属期間の長さなどを考慮して,裁量の範囲内で,同
報酬額の2倍が適当と考えたと説明したが,おおざっぱな算出根拠を示したにす
ぎず,自由裁量という理由では到底納得できるものではない。
(4) 弁護士報酬の公費負担に関する決定の変更の可否について
H前市長がDらに対してした公費負担を0円とする旨の決定(5000万円につ
き平成12年11月20日付け,3050万円につき平成13年2月6日付け)は行政
処分に当たるところ,この決定が適法であることは被告も自認するところである。
このように,いったんなされた行政処分に重大かつ明白な違法が認められない
にもかかわらず,当該決定を変更して公費負担する旨の決定をすることは行政
処分の法的安定性を欠くことになるからできないというべきである。
この点について,A現市長は,本件判決において裁判所から支払勧告がなさ
れたと説明し,同判決が本件支出の契機であると主張するが,本件国賠訴訟に
おける半田市の主張と明らかに矛盾するものである上,裁判所が公費負担する
よう法的な和解勧告したり,被告に公費負担の議案を提出する法的義務がある
と判示したわけではないから,これをもって本件支出の根拠となし得るものでは
ない。
(被告の主張)
(1) 旧法242条の2第8項の「勝訴(一部勝訴を含む。)した場合」の該当性につい

原告らの主張は争う。
本件住民訴訟の経緯は,別紙事件経過一覧表のとおりであり,いずれもDら
の勝訴が確定しているから,旧法242条の2第8項の勝訴要件を充足している
ことが明らかである。
(2) Dらによる弁護士報酬支払の有無について
原告らの主張は争う。
Dらは,本件住民訴訟に関し,G弁護士に対して現に3050万円を個人的に
支出しており,その額は名古屋弁護士会報酬基準規程に照らしても必ずしも不
当なものとはいえない。
(3) 公費負担(額)の相当性について
原告らの主張は争う。
被告としては,現段階においても,本件住民訴訟に係る弁護士報酬を公費負
担しないとしたH前市長らの決定は適法であったと認識している。しかしながら,
本件判決が,旧法242条の2第8項の立法趣旨や経緯に照らすと,上記決定は
違法ではないものの不当である旨を強く示唆したため,被告は,より妥当な解決
を目指して再検討した結果,以下の諸事情を総合考慮して,裁量権の範囲内で
最も妥当と判断した990万円を公費負担するとの議案を提出し,議会の議決を
得たことから,本件支出を行ったものである。
ア 弁護士報酬額は,原則として対象事件の経済的利益の額を基準にして算出
するのが通例であり,当該弁護士の活動を細分化して個々の行為に対する
報酬額を積算するものではなく,もとより計量的な算出になじまない。
イ 本件住民訴訟におけるG弁護士らの活動内容は,これを事細かく把握するこ
とができず,現存する訴訟記録等からその概略を推認するほかない。
ウ 現存する訴訟記録等によれば,G弁護士らは,本件住民訴訟において,行
政庁として訴訟参加した被告(当時の半田市長はD)のためにのみ活動してい
たものではなく,Dらと個別的に打合せを行うなど,Dら個人のためにも活動し
ていたと判断された。
エ 現存する訴訟記録等によれば,G弁護士らは,本件住民訴訟において,通
常の事件よりも事件管理に多大な労力を投じていることが容易に判断でき
た。
オ 前記のとおり,Dらは,本件住民訴訟に関し,G弁護士に対して現に3050
万円を個人的に支出しており,その額は名古屋弁護士会報酬基準規程に照
らしても必ずしも不当なものとは判断されなかった。
カ 前記規程によれば,弁護士報酬は,「委任事務処理の一部が共通であると
きは」,「適正妥当な範囲で減額できる」(5条2項)ものであるが,原則は,委
任者ごと,審級ごとに算出されるべきものである。
キ 本件住民訴訟における弁護士報酬の公費負担額は,行政庁として訴訟参
加したことに関する495万円が一応の目安になるところ,990万円(1人当た
り330万円)はその2倍を超えない金額であり,1名当たりの金額もその3分
の2に相当する金額である。
(4) 弁護士報酬の公費負担に関する決定の変更の可否について
原告らの主張は争う。
第3 当裁判所の判断
1 争点(1)(旧法242条の2第8項の「勝訴(一部勝訴を含む。)した場合」の該当性)
について
旧法242条の2第8項は,同条第1項4号に基づく請求の相手方とされた当該
職員が,住民訴訟において「勝訴(一部勝訴を含む。)した場合」に,その所属先で
ある普通地方公共団体が,弁護士報酬のうち相当額を公費で負担することができ
る旨規定していたところ,その立法経緯に照らすと,同条第8項は,4号請求にか
かる住民訴訟が個人責任を問う形式をとっているものの,実際はその所属先であ
る普通地方公共団体自身の政策判断や意思決定の当否を争うものが多く,したが
って,当該職員による応訴は,当該地方公共団体のためになされているとの側面
を有すること,にもかかわらず,応訴費用をすべて個人負担とするならば,公務員
としての勤務意欲の低下を招くおそれがあること,特に同訴訟が政争の具や訴訟
マニアの自己満足の手段として利用された場合に,個人負担を強いることは酷に
過ぎると考えられることなどから,議会の議決を経ることを条件に,勝訴した当該職
員が支払義務を負った弁護士報酬のうち相当額を当該地方公共団体が公費で負
担することを許容したものと解される。
そうすると,当該職員が訴訟委任した弁護士の訴訟行為等が,果たして上記政
策判断や意思決定を擁護するために必要であったと考えられるか否かは,公費負
担すべき金額の相当性の判断において考慮されるべき事項であるから,上記の勝
訴要件自体は,当該住民訴訟に係る判決書(ないしこれと同視すべき調書)におい
て当該職員に対する損害賠償等の請求権が肯認されているか否かによって,その
充足性を判断すべきところ,前記前提事実(2)記載の事実によれば,半田市が日本
福祉大学情報社会科学部を誘致した過程において,Dらに財務会計法規に反する
違法な行為があったことを理由とする損害賠償請求権の存在が否定され(なお,同
所に掲記した各証拠によれば,請求の一部に係る訴えは,監査請求前置を経てい
ないことを理由に却下された事実が認められる。),同人らが本件住民訴訟におい
て勝訴した事実は明らかというべきである。
この点につき,原告らは,上記勝訴要件の充足は,当該住民訴訟の内容を実質
的に審理して判断すべきであるところ,本件住民訴訟は,全容を解明すれば,行政
当局に何らかの違法行為があったのではないかという疑惑の存在を否定できない
事件であったにもかかわらず,Dらが勝訴したのはCの訴訟遂行が稚拙だったため
にすぎないと主張して,その充足性を否定するが,いわゆるなれ合い訴訟のような
場合はともかくとして,上告審まで争われて確定した本件住民訴訟の判決の効力
を否定することは許されないと解するのが相当である(前掲各証拠によれば,本件
住民訴訟がなれ合い訴訟であったとは到底認められないし,原告らが援用する新
聞報道に係る用地取得費の問題も,乙9の3,5及び7によれば,証拠に基づいて
判断された上で結論が出されていることが認められる。)から,上記主張は採用で
きない。
2 争点(2)(Dらによる弁護士報酬支払の有無)について
原告らは,DらとG弁護士らとの訴訟委任に関する契約書の提出がなく,弁護士
報酬支払の事実も疑わしい旨主張するところ,なるほど,同契約書の提出がないこ
とは原告らの主張するとおりであるが,一般に訴訟委任は信頼関係を有する依頼
者と弁護士との間で行われることから,これに関する契約は,必ずしも書面を作成
しないまま,口頭で契約を締結して済ますことがあるのは顕著な事実である(弁護
士報酬額については,弁護士会報酬基準規程が一応の基準とされることから,契
約書を作成しなくとも,特に不都合はないというのが実情である。)。したがって,通
常の弁護士業務のあり方からすれば,契約書の提出がないからといって,訴訟委
任の事実や弁護士報酬支払の合意がないことを推認することはできないばかり
か,証拠(乙8の3,4及び6,9の2,3及び5,10の2,3及び5)によれば,G弁護
士らは,Dらから本件住民訴訟(一審及び控訴審)の遂行を受任している事実が認
められ,したがって,弁護士報酬の支払合意の存在も優に推認することができる。
そして,Dらが,本件住民訴訟遂行に関する弁護士報酬として,G弁護士に対
し,8回にわたって総額3050万円を支払った事実は,証拠(甲27の3,28の2な
いし6,38)によって十分に認めることができる。もっとも,その支払日につき,甲2
8の2(F作成の報告書)の記載と甲38(G弁護士作成の領収書3通)のそれとの間
に一致していないもの(Dにつき3回及びEにつき4回)が存在するが,Fの支払日
は完全に一致し(甲28の3のFの振込金受取書の日付とも一致する。),D及びE
の支払のうち,日付の一致しないものも1,2日の違いであることに照らすと,Fは,
自分の支払日と同じ日にD及びEも支払ったと錯覚して甲28の2を作成したものと
推認できるから,上記不一致の事実をもって支払に関する上記認定を覆すことは
できない。
3 争点(3)(公費負担(額)の相当性)について
前記の旧法242条の2第8項の制定の経緯,趣旨並びに,争点(1)及び(2)で判
断したところに照らせば,4号請求に係る住民訴訟において勝訴した当該職員が弁
護士報酬支払義務を負った場合に,これを公費で負担すべきか否か,負担すると
してその額をいくらにするかの判断は,必ずしも当該職員と訴訟代理人たる弁護士
との訴訟委任契約にとらわれることなく,当該住民訴訟の内容が当該地方公共団
体自身の政策判断や意思決定の当否を争うものといえるか否か,委任を受けた弁
護士の訴訟行為が,かかる政策判断や意思決定を擁護するために必要と考えら
れるか否か,公費による負担の見地から,弁護士に対して支払われる報酬額が相
当なものといえるか否かといった諸要素を総合して行われるべきものである。そし
て,この判断権は,第一次的には,議会への議案提案権という形で,当該地方公
共団体の事務を統括する立場にあり,上記の諸要素について最も熟知していると
考えられる長に属しているというべきであるが,最終的には,民意に基づいて選出
された議員らによって構成される議会がその相当性の有無を判断することが予定
されているというべきである。したがって,このような判断を経て公費で負担するこ
とが確定した以上,長及び議会による判断が明らかに合理性を欠いていると認め
られない限り,負担(額)の相当性について司法審査権は及ばないと解すべきであ
る。
しかるところ,別紙事件経過一覧表記載の事実に,証拠(乙8の3,4及び6,9
の2,3及び5,10の2,3及び5)から推認できるG弁護士らの訴訟活動の状況を
総合し,更に前記前提事実(2)ウに係る弁護士報酬495万円の支払の事実を加味
すると,合計990万円(1人当たり330万円)を公費負担するとの長及び議会によ
る判断が,明らかに合理性を欠くものとは認められない。
この点につき,原告らは,①Dらには日本福祉大学情報社会科学部の誘致に絡
んで本件住民訴訟を提起されてしかるべき疑惑があったから,弁護士報酬を公費
で負担すべき理由はないにもかかわらず,A現市長は,市議会対策を考慮して,半
田市の責任をあいまいにするため,個人的感情に基づいて本件支出を行ったこ
と,②990万円の公費負担額の算出根拠は,おおざっぱにすぎて納得できるもの
ではない旨主張するが,①については,前記の勝訴要件としても,また公費負担の
相当性としても考慮できるものではなく,②についても,上記の説示から明らかなと
おり,違法性を基礎づけるものとはいえない。
4 争点(4)(弁護士報酬の公費負担に関する決定の変更の可否)について
原告らは,H前市長がした公費負担を0円とする旨の決定は行政処分に当たる
ところ,重大かつ明白な違法が認められないにもかかわらず,これを覆して本件支
出をしたことは違法である旨主張する。
しかしながら,行政処分とは,法令に根拠を有し,直接国民の権利義務を形成し
又はその範囲を確定するものを指す(最高裁判所昭和30年2月24日第一小法廷
判決・民集9巻2号217頁,最高裁判所昭和39年10月29日第一小法廷判決・民
集18巻8号1809頁参照)ところ,旧法242条の2第8項によれば,普通地方公共
団体の長は,当該住民訴訟の内容を検討し,勝訴した当該職員が支払義務を負っ
た弁護士報酬のうち公費負担すべき相当額を判断した上,議会にその承認に関す
る議案を提出する権限を与えられていると解されるが,議案の提出,不提出によっ
てDらの権利義務を直接形成したり,その範囲を確定することはおよそ考え難いの
で,H前市長が公費負担を0円とする旨決定し,これをDらに通知した行為は事実
上の見解の表明にすぎず,これを超えて行政処分と解する余地はないというべき
である。
そうすると,その変更の要件充足を論ずるまでもなく,原告らの上記主張は,そ
の前提を欠くものとして採用できない。
5 結論
以上の次第で,原告らの本訴請求はいずれも理由がないので棄却し,訴訟費用
の負担につき行政事件訴訟法7条,民事訴訟法61条,65条1項本文により,主文
のとおり判決する。(別紙省略)
 名古屋地方裁判所民事第9部
 裁判長裁判官     加藤幸雄
 裁判官舟橋恭子
 裁判官横山真通

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