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裁判例


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         主    文
     本件控訴は之を棄却する。
         理    由
 検察官田中万一の控訴趣意は、本判決末尾添附の控訴趣意書に記載のとおりであ
り、弁護人石島泰、同高沢正治、同鹿野琢見、同渡辺卓郎、同音喜多賢次、同松井
康浩、同鈴木紀男、同河嶋昭、同西田公一、同柴田睦夫、同増永忍、同蒔田太郎、
同関原勇、同大塚一男、同池田輝孝、同金綱正己、同岡林辰雄、同佐藤義弥、同松
本善明、同芦田浩志、同井上義男、回内谷銀之助、同河崎光成、同斎藤一好、同窪
田澈、同的場武治および同鍛冶良堅の答弁の趣意は、本判決末尾添附の答弁書に記
載のとおりであるから、これらについ判断する。
 一、 控訴趣意第六について
 所論に基いて記録を査閲するに、原審においては、第五回公判期日後たる昭和二
八年一〇月九日原審弁護人高沢正治より証拠調請求書を以て第一三国会の参議院お
よび衆議院における文部又は法務各委員会の会議録合計六通の取寄を求め、原審は
同月一二日これが取寄決定をして取寄せた上同年一一月一六日の原審第九回公判期
日に右高沢正治ほか二名の弁護人の証拠調請求により右会議録六通の証拠調をした
が、その際同証拠の立証趣旨を明確にすること竝びに同取調に対する相手方の意見
を聴く等の法定手続を経たことは同公判調書に記載なく、その他にも之を認めるに
足る資料のないこと所論のとおりである。従つて右会議録に対する証拠調は所論の
如く訴訟手続上違法のものと謂わなければならない。
 然し、右会議録は、国会関係法規にいわゆる証人の供述を録取したもので、その
供述内容は本件公訴事実に関するものなることは認められるが、元来弁護人の請求
によつて取調べられた証拠であつて公訴事実立証のための証人の供述の証明力を争
う目的の証拠として提出されたものなることは自ら推認できるところであり而して
原判決は之を現実に引用して判断資料に供していないのみならず、原判決の無罪認
定の理由は右証拠を除外するも優に肯認できる実状にあること後述するとおりであ
る。故に、畢竟右訴訟手続上の違法は判決に影響あること明らかなものとは謂い得
ない。論旨は結局理由がない。
 一、 同第一および第二について
 所論は、要するに、本件劇団「A」主催の演劇発表会は有償の入場券を発売して
一般人をも入場せしめていた通常の集会で大学の学内集会と観るべき特質を具えた
ものではなく而もその集会の行事の内容は単なる演劇そのものに限らず警備活動の
対象となるべき各種の事実の出現は初めから予想されたのである。而して本件警察
官B、同Cおよび同D等は右警備活動の公務執行の目的を以て入場したには相違な
いが、その際入場券を買い求めて普通の入場手続を経たのであるから、右入場は適
法な行動である。然るに、原判決がその摘示(二)の部分において、右演劇会を純
然たる学内集会とし而して右警察官等の入場を違法行為となしたのは事実誤認なる
旨主張するものである。
 そこで審按するに、
 押収にかかる教室使用願、教室使用料免除願および研究発表会は政治目的を有し
ない旨の保証書の各写書合計三枚(昭和二九年押第八六五号の九ないし十一)、原
審証人Eの供述(原審第六回公判調書記載)、同Fの供述(同第四回公判調書)お
よび同Gに対する尋問調書を綜合すると右劇団「A」は、演劇の理論および上演の
研究を目的としH大学の学生によつて組織されており同大学当局より公認された学
内団体であつて、昭和二七年二月二〇日の本件演劇発表会も成規手続を経て右当局
から許可され学生および教職員を主たる対象として開催したものなることが認めら
れ而して押収にかかるH大学学生新聞一部(前同押号の一)、H大劇団A演劇発表
会入場券三枚(同押号の六ないし八)、原審証人Bの第一回供述(原審第三回公判
調書記載)、同Cの第一回供述(同第四回公判調書記載)および同Dの供述(同第
二回公判調書記載)によれば、右演劇会は所論反植民地斗争デーの一環として行わ
れ、演劇の内容もいわゆるI事件に取材し、開演に先き立つて同会場で右事件の資
金カンパやいわゆるJ事件の報告等もなされたこと竝びにB、CおよびDの三巡査
は孰れも入場券を購入して入場したのであるが、当時右三名以外にも一部少数の同
大学の学生や教職員ならずと思しき者の入場したものがあつたこと所論のとおりな
ることも夫々認められる。
 然し、一般に、良識ある公民たるに必要な政治的教養は大学教育上も十分尊重す
べきであり(教育基本法第八条第一項参照)、従つて、学生が政治的社会的諸現象
に関心を抱き、それらを命題とし又はそれらに取材して演劇等の具体的方法によつ
て広義の研学的行動をなし更にその際極めて附随的にその演材に因む実社会的事実
の報告や之に関連する資金蒐集運動をなすが如きことあつても、それが学校当局公
認の場所と方法とによる以上やはり学内活動の一部たるを失わず、而して同集会の
入場に際し同会の目的や会員の一般的資力よりみて不当ならざる程度の入場料を徴
することや同入場券頒布の方法に便乗して観劇資格者の主要部分として予想してい
る当該学校の学生および教職員以外の一部少数者が会場に混入するが如きことがあ
つたとしても、それは同会経理担当者の能力や入場者看視員の注意力の批判の原由
となるや否やは格別、これによつて同集会の学内集会たる性格に変更を来す程本質
的な事柄ではない。故に、本件劇団「A」についても前記の如く演劇自体の取材等
に若干当時の実社会的事象を加味し、併せて同事象に関連する報告や資金蒐集等を
なし又入場券を頒布したため本件警察官等のみならず他にも幾分同入場券によつて
入場した外来者があつたとしても、右劇団がH大学公認の学内研究団体であり、右
演劇会が同学内集会たるに変りないものである。
 そこで、次に、右演劇会場にBおよびC等の警察官が入場したことの法律的性質
につき按ずるに、
 此の点に関し、まず根本的に考究すべきは警察権と大学自治との関係である。而
して元来大学は学問の研究および教育に関する国内最高部の機関として比較的早く
よりその構内殊に教室や研究所内における教職員や学生の行動については特別の自
由が認められていわゆる大学自治の原則が成立しつつあつたが、現行憲法に至つて
は、その第二三条に学問の自由は、思想、集会、言論等と相ならんで保障の明規が
設けられ(憲法第一九条第二一条参照)、此の根本精神を汲む教育基本法と相俟つ
て大学自治の観念は一層明確に公認されたのである。
 而して、此の原則によれば、大学は学長(又は総長)の校務管掌権限を中心とし
て、その大学内における研学および教育上の有形無形の諸点につき教職員および学
生の真理探究又は人間育成の目標に向い一定の規則に従つて自治的活動をなすこと
が認められ(これを大学自治の積極面ということができる)、同時に外部との関係
においては政治的又は警察的権力は治安維持等の名下に無制限に大学構内における
諸事態に対して発動することは許されず、たとい客観的には警察的活動の対象とな
るが如き外観の事実ある場合にも、それが大学構内殊に教室や研究室内におけるも
のなる場合には、事情のゆるす限り先ず大学当局自らの監護と指導とに委ねて解決
を図り、同当局の処理に堪えず又は極めて不適当なものとして同当局より要請ある
場合初めて警察当局が大学当局指定の学内の場所に出動するを妨げずとなすこと
は、わが国における大学自治の実態として公知の事実である(これを大学自治の消
極面ということができる)。これは、もし然らずして警察当局において警察活動の
対象事実が存在する限り大学内にも随時随所に警察権を発動し得るものとすれば、
大学の生命的任務たる学問および教育の事業は実際上警察権の下に屈従を余儀なく
されて到底その自由と公正との保持が不可能となるが如き場合の出現が虞れられる
結果自然醸成せられた観念である。原判決において、警察は公共の秩序維持を任務
とするが、その公序とは憲法以下国内法秩序全体の均衡調和の上に想定される憲法
的秩序の全体像に則つて把握されるべきで単に刑罰法令を含む実定法秩序の実現の
観念のみを以て理解されるべきではないとの理由の下に大学に対する警察権行使に
限界あるべきを判示しているのも此の大学自治の原則の実質的一根拠としての大学
と警察権との関係をいうものにほかならない。このことは、また、一般に警察比例
の原則即ち社会生活の秩序維持の障害を除去するために加える制限は、その障害の
程度と適当なる比例を保つことを要するものとせられる観念にも合致するものであ
り、たとい警察当局よりみて大学(学生をも含む広義のもの)がわに若干警察活動
の対象を以て目せらるる事態がありとしても、その予防または除去のため直ちに大
学の使命とする学問や教育の本務の実質を害する程度の警察活動をおよぼすが如き
は警察権の限界を踰越するものといわねばならない。所論の文部次官通達は昭和二
五年七月三日東京都条例第一一一号(即日施行)「集会、集団行進及び集団示威運
動に関する条例」第一条所定の公共の場所における集会の許可制につき当時の文部
事務次官より東京都内およびその他の各大学長等に宛ててなした通達であり、之に
よれば右集会が学生等により学校長の定める手続を経て許可せられ学生等特定者を
対象として催されて一般公衆の自由参加を認めない場合には右条例による許可を要
せざることに文部当局と東京都の警視総監との間に協議成立した旨公知したもの
で、右大学自治の事実が代表的一警察機関によつて実際上公認された一証左という
ことができる。
 本件においては、B、CおよびD等の本富士警察署の警備係巡査が前記劇団
「A」の演劇会場においては警備活動の対象事実発生の疑あるにより、之を直接に
査察して対策を講ずる要ありと解し、即ち司法警察および予防警察の措置をなす準
備の意味において、公務執行の意図を以て入場したものであり、その際入場券購入
使用はしているが、たとい有償公開の一般興業場ですら、その公開時間中に警察官
が犯罪の予防等のためその場所に立ち入る際には、同場所の管理者等は正当の理由
ある場合には右立入の要求を拒むことができるばかりでなく、右管理者等の要求あ
るときは、同警察官はその立入の理由を告げ且つその身分を示す証票を呈<要旨第
一>示することを要する事例等にかんがみるも(警察官等職務執行法第六条第二項お
よび第四項参照)本件の如く治を認められた大学の教室内において学内
団体が大学当局の許可の下に演劇開催中警察官としての認定によつて警備活動の対
象現存するものとし、その会場内に立ち入る場合には、その旨を大学当局に少くと
も告知すべきことは現行憲法下におけるわが国の全法律秩序に照して当然のことで
ある。果して然らば、大学当局や右団体の代表者等には何等の連絡もなさざるまま
右演劇場内に立ち入ることは前記大学の自治を乱すものであつて、正しく前記全法
律秩序に違反する所為たるを免れない(警察官等職務執行法第六条第三項参照)。
而して入場券によつて入場したことは、私人としての入場ならば格別、前述のよう
な法秩序に違反する公人としての入場行為を正当化し得ないことは当然である。斯
くして、大学自治そのものが久しきに亘る慣行の末今や憲法および法律の積極的な
保障を受けて既に確定的な法律的制度となつている以上、その制度の基盤となつて
いる前記法秩序を棄す前記警察官等の行動は、その主観的信念においては職務の遂
行に熱心なる上のこととしても、結局わが国現下の憲法を頂点とする全法的秩序に
違反する意味において違法行為であると言わなければならない。
 所論は本件警察官等の右会場立入は専ら会場内の実状を査察内偵して警備情報の
蒐集や犯罪予防等に当る目的に出でたるに過ぎず而してその結果警察的にみて同集
会を解散させる要ありと認めても直ちに解散を命ずることなく右大学当局に通報し
ておいて警察当局の措置を待つ予定であつたから、右立入は適法なる旨主張する。
 然し、斯ように学内集会に対し職権を以て実状査察の目的で立ち入るためには、
前述の如く大学当局等に対しその旨予め通報連絡すべきであるから、斯る手続を経
ずして突如不知に乗じて立ち入ること自体が既に違法となるのであつて、立ち入つ
て査察した結果得られる判断や措置の適否によつて遡及的に右立入行為の法律的性
格に変更を来す訳のものではない。
 故に、原判決がその摘示(二)において本件劇団「A」を以てH大学の学内団体
にして本件演劇会は学内集会であるから、大学自治の原則上たとい入場券によつて
入場しても本件警察官等の右会場立入行為は違法のものなりとしているのは、前述
するところに照し結局正当であつて、前記以外の原審取調諸証拠および当審取調に
かかる総ての証拠によるも、原判決には、これらの点につき所論のような事実誤認
の廉ありとはみられない。論旨は第一および第二共に理由がない。
 一、 同第三および第五について
 所論は、全体として、本件公訴事実の内容は、被告人が外数名と共同してBおよ
びCの両巡査に対し夫々数挙動の暴行を加えた旨のものなるに、原判決は、その中
B巡査に対して単独に一部の暴行的動作をなしたことのみを認め、その余は総て認
めるべき証拠なしとし而も右B巡査に対する暴行的動作についてすらも、その違法
性は阻却される正当行為なりとして、結局被告人に無罪の言渡をしたのは事実誤認
より延いて法律の適用を誤れる旨主張するものである。
 そこで、まず、被告人が右BおよびC両巡査の身体や所持品等に対して如何なる
行為をしたかを討査するに、押収にかかる黒紐一本(昭和二九年押第八六五号の
二)、検事土田義一郎の昭和二七年三月一日附領置調書、警察手帳三冊(同押号の
三ないし五)、原審証人Bの第一回供述(原審第三回公判調書記載)、同Cの第一
回および第二回供述(同第四回および第五回公判調書記載)、同Dの供述(同第二
回公判調書記載)、同Kの供述(同第九回公判調書記載)、同Lの供述(同公判調
書記載)、同M、同N、同O、同P、同Qおよび同Rに対する各尋問調書、原審検
調証書を綜合すると、前記の如く本件演劇会場たるH大学ST番教室に本富士警察
署員たるB、CおよびDの三巡査がその職務上警備情報蒐集の目的を持ち私服姿で
相前後して入場し観劇者席に着いて場内の状況を監視中第一幕が終つた頃右B巡査
が場内略々中央辺にいた同大学生より警察官なることを感付かれたような気配を覚
え急遽同会場より退去しようとして右中央辺の席を起つて同室の後ろ側の西南部に
ある出入口に向つて歩み寄つたとき同大学経済学部学生たる被告人が同巡査に近づ
いてその右手を掴み、「私服がもぐり込んでいる」と叫んだので場内にいた他の学
生数名も同所に集つて来て同巡査を同所から東方の舞台(演壇)前に連行して同巡
査に警察手帳の呈示を求めたり同巡査の写真を撮ったりしたが、そのとき被告人も
同所に来て、それまで同巡査が右手帳を呈示しないのをみて、同巡査の着用してい
るオーバーコートの襟に手をかけて引きながら同手帳の呈示を促したりしているう
ち同巡査が所持の同手帳(前同押号の五)を取り出して被告人等に呈示したので被
告人等は之を一見した後同巡査に返した事実を認めることができる。
 所論は、右のほか、更に、(イ)被告人は右B巡査の右腕をつかんだ直後手拳で
同巡査の胃の辺を突き、(ロ)同巡査の洋服内ポケツトに手を差し入れてオーバー
コートのボタンをもぎ取つたこと(以上公訴事実(一)の内)、(ハ)C巡査に対
しても同教室に連る踊り場において他の学生が同巡査の両手をおさえているとき被
告人が同巡査の洋服の内ポケツトに手をさし入れてボタン穴に紐でつけてあつた警
察手帳を引つ張つて紐を引きちぎる暴行(公訴事実(二))をなした旨主張する。
そこで、順次検討するに、
 (イ) 被告人がB巡査の胃の辺を突いたとの所論点については、原審証人Bの
第一回供述(原審第三回公判調書記載)においては被告人が前記の如く右教室内で
右B巡査の片腕をおさえた際「私服がもぐり込んでいる」と叫んだので同巡査が被
告人のおさえた腕を振りはなそうとすると被告人は右手で同巡査の胃の辺を突いた
旨述べていること所論のとおりである。然し、これは、原判決にもいうとおり同巡
査が急いで同教室から退去しようとしていたとき被告人が追いついて制止しようと
した瞬間における事態であつて、右証言によるも被告人が何故に又如何なる姿勢で
同巡査の特に胃の辺を突いたか而してその突かれた結果は同巡査は何らか苦痛を感
じたか否か等すら一切不明であることに鑑みれば、たとい当時被告人と同巡査とが
接近して互に相手を抑制しつつあるうちに被告人の手先きが同巡査の腹部に接触し
たことがあつたとしても之を以て直ちに暴行の故意に出て同腹部を突いたものと認
めるには未だ証明十分とは謂い難く而してその他にも右証言の裏付となるべき証拠
は全く見出せない。
 (ロ) 次に、被告人が右教室内でB巡査のオーバーコートのボタンをもぎ取つ
たとの所論点については、右証人Bの第一回供述によれば、B巡査が舞台前で被告
人からオーバーの襟を引つぱつて警察手帳を出せと云われてから気がついて見ると
右オーバーのボタンが取れてなくなつていたが、それは舞台前で取れたと思う旨述
べているが、右供述によるもB巡査はボタンが取れ落ちる瞬間を目撃していたこと
は認められず且つ同証言によればB巡査は前述の如く教室の後部において被告人に
腕をおさえられた後他の学生によつて両手を押えたりしながら舞台前に連行された
ことがわかるので、右証言のみを以ては確かに被告人が舞台前で同巡査のオーバー
コートの襟を引つぱつたために右ボタンが取れ落ちたものと認めるには十分でな
く、而して此の点についても右証言以外に特に証拠がない。
 而して、被告人が回舞台前でB巡査の洋服内ポケツトに手をさし入れたとの主張
事実については之を認めるに足る証拠は全くない。
 (ハ) 次に被告人がC巡査に対しても踊り場で両手をおさえたりポケツトに手
を入れて警察手帳の紐を引きちぎつたりする暴行をなしたとの所論点については、
原審証人Cの第一回供述(原審第四回公判調書記載)によれば之に照応するが如き
供述があるが、之を更に原審証人Lの供述(同第九回公判調書記載)、同Uの供述
(同第一一回公判調書記載)および同Gに対する尋問調書その他原判示(一)にお
いて此の点につき引用の各証拠に比照検按すると、C巡査は右手帳を被告人に引き
ちぎつて取られたと称する時刻の後同大学厚生部長Gがその場に来たときも同巡査
は被告人を指名して同人の右行動の申告および右手帳返還要求をなした事跡はな
く、むしろ同巡査は踊り場で多数の学生の要求により警察手帳を被告人以外の学生
に渡したもので、その頃被告人も同踊り場内に居たようであるが、右巡査のポケツ
ト内に手を差し入れて同手帳の紐を引つぱり又は進んでその紐を引きちぎるなどの
態度に出たことは到底認め難いこと原判示のとおりである。
 而して前記の如く被告人のB巡査に対する所為として認められる範囲即ち初め同
巡査の腕をつかみ、その後舞台前で同巡査着用のオーバーコートの襟を引いたこと
がVその他の学生との共同行為なりやの点については、腕をつかんだ所為当時は被
告人が最初に同巡査の身体に接触したものであり又オーバーコートの襟を引いた所
為も共に被告人自らの発意でなしたものという以外特に他の学生と意思連絡してな
した共同行為とみるべき証拠はない。
 而して以上の諸点については原審取調にかかる爾余の各証拠および当審取調にか
かる総ての証拠によるも特に之と認定を異にすべき筋合のものとはみられない。
 そこで、進んで、本件被告人の行為に対する原判決の法令適用の当否につき審究
するに、
 所論は、畢寛原判決においては本件公訴事実中被告人の所為と認めた範囲内のも
のと雖も国内法全体の均衡調和による秩序(憲法的秩序)保全の点よりすれば大学
の自治ないし学問教育の自由の擁護を目ざした行動であり、その価値は警察官の個
人的法益の価値より優るが故に正当行為なりとして刑法第三五条により罪とならざ
るものと判断している。然し、本来学問の自由も警察官個人の身体等に関する法益
も憲法以下法律的保護の対象として上下あるべきわけはない。而して本件の場合は
警察官等は既に演劇会場内より退去しつつありしを被告人が追いついてその身体や
所持品等に所論の如き行為を加えたのであるから、たとい同警察官の会場立入り行
為が違法のものと仮定しても猶被告人の所為は刑法第三五条には勿論正当防衛や自
力救済の法則にも該当しない違法行為なる旨主張するものである。
 然し、原判決において正当行為というは、一般に法益に対する不法なる侵害行為
に対しては一定の限度内において之を阻止排除する権利あることを前提とし、その
防衛の限度および方法自体も亦公共の秩序を棄さざる範囲に止まるべきであるが、
その公序とは前記警察権の限界について述べたと同様に憲法以下法律全体によつて
<要旨第二の(イ)>企図せらるる均衡と調和(原判決にいわゆる憲法的秩序)の維
持せらるることをいうのである。而して此の秩序を紊して或る
法益に対し侵害を加える行為については当然一定の阻止排除行為が公認され、而し
てその排除行為にして同様の公序を紊さざる限度に止まり之により防衛を受ける法
益が防衛行為(侵害排除行為)によつて損害せられる法益と適当の比例を保つて相
当優越する場合においては、その防衛行為は正当行為として肯認せられ、刑法上も
違法性を阻却するものと解するを相当とする。而してこれは所論の如く正当防衛や
自力救済の法則とも範疇を一にせず又刑法第三五条を形式的に引用するものでもな
く、同条にいわゆる「正当」の観念の基礎をなし一層広汎且つ深遠な法則として一
般に認められていや条理である。而して亦此の理論はその初め侵害を受けた法益が
身体財産等に関する私益たると研学教育機関等に関する公益たるとによつて差異あ
る理由なく又その防衛行為主体は被害法益の主体自身たると之に準ずる地位の者も
しくは第三者とを区別すべき必要もみない。
 之を本件についてみるに、H大学においては従前より大学自治の原則の適用が一
般に確立せられている結果本件警察官等の前記同大学内演劇会場立ち入り行為が違
法のものなること、而して被告人は右警察官中の一名たるBに対して腕をつかみ又
は着用のオーバーコートの襟を引つ張るなどの所為あつたことは執れも前述のとお
りである。而して、原審証人Fの供述(原審第四回公判調書記載)、同Eの供述
(同第六回公判調書記載)、同Gに対する尋問調書、同Wの供述(同第七回公判調
書記載)、同Xの供述(同公判調書記載)、同Bの第一回供述(同第三回公判調書
記載)、同Cの第一、二回供述(同第四、五回公判調書記載)、同Dの供述(同第
二回公判調書記載)および押収にかかる警察手帳三冊(昭和二九年押第八六五号の
三ないし五)を綜合すると、右大学の所轄警察署たる本富士警察署の警察官等は警
備情報蒐集等のため同大学構内においても予てより学生や教職員の身許、思想傾向
および背後関係等を調査し学内諸団体の集会状況、団体役員の動向等も不断に査察
監視しており、このため同大学の自治は実質上相当重大な抑制を受けるので同大学
当局の教職員のみならず学生中にも心あるものは之によつて学問の自由の阻害され
ることを憂い右警察官等の学内潜入の排除方を屡々大学当局に訴えつつある有様な
りしところ、右学生たる被告人は偶々教室たる本件演劇会場内において右警察署員
と思しきB巡査等が大学当局又は右演劇団体代表者の了解ないまま同会場内に潜入
している姿を現認したため予てから斯ような警察官の学内潜入を阻止排除し併せて
将来も斯ような警察活動態度の廃絶を求めるため、まず、同人が果して右警察職員
なりや否や、もし然りとせばその氏名、担当職務、潜入目的等を一応知つておく目
的で、取り敢えず、同会場より退去せんとする右B巡査に追いつき、その片腕をお
さえて退出を止め、その後他の学生が被告人と同様の意図で同室舞台前において同
巡査の氏名、職務等を知らんとしにが、同巡査は之を語らず且つ警察手帳の呈示等
をもなさないでいるとき、同所に行つた被告人は同手帳の呈示を一層迅速ならしめ
る考で同巡査着用のオーバーコートの襟を手で引つぱ等の態度に出たことが認めら
れる。而して、本来は憲法等基本法規によつて保持せらるる法益は学問上の自由た
ると警察活動たるとに差異あるわけはなく、又警察官の身体、所持品等の私的法益
も亦ひとしく右法規に<要旨第二の(ロ)>よる保障の対象たること所論のとおりで
あるが、此の具体的場合においては、たとい職務に忠実の余りとして (ロ)>も右会場内に潜入したことは違法の処置には相違なく、一方被告人のB巡査
に対する行動は、外観上やや素朴粗野に流れる嫌いあるにしても、その動機目的は
右大学自治保全の念願にあり、而して同巡査に加えに現実の損害は僅かに片手をお
さえ、着衣の襟を引いた程度に過ぎない。しかもそれ等の所為も、前述のように右
会場の管理者等において適法に要求し得る警察手帳の呈示に関連してなされている
にすぎない。而して被告人は同大学にとつては当時一学生であるが、同大学の自治
の法益擁護上の立場は大学当局の職員以外に少くとも学生その他同大学と特殊関係
ある者にはひとしく認めるを妨げないのみならず、被告人の本件所為によつて齎ら
される大学自治保全の法的価値と同所為によつて損害を被つた右警察官の個人的法
益の価値とを前述公共秩序維持の原理に照して勘按考量すると、前者の著しき優越
は自ら明白である。従つて、此の際右警察官に対する外観上犯罪類型に該当する法
益侵害行為はありとしても被告人の該行為は刑法上違法性を阻却せられるものとい
わなければならない。
 故に、原判決において被告人に対する本件公訴事実中起訴状記載の公訴事実
(一)の一部たるBに対する前記一定の行動については罪とならざるものとし、そ
の余の公訴事実については総て之を認めるに十分なる証拠なしとして、刑事訴訟法
第三三六条を適用して被告人に無罪の言渡をしたのは正当である。
 従つて、原判決には所論第三の如き事実誤認もなく又同第五の如き法令適用上の
誤りもない。
 論旨は第三および第五共に理由がない。
 一、 同第四について
 所論は原判決が被告人の行動として認めたところのB巡査の腕をおさえたこと並
びに同巡査のオ―バーコートの襟を手で引きながら警察手帳の呈示を求めたこと以
外にVその他数名の学生がB巡査の写真を撮るとき同人の髪の毛をつかむ等本件教
室および踊り場において同人並びにCおよびD両巡査に加えた各種の暴行について
も被告人が共同加工したのであるから、その刑責を負うべきものなるに、原判決に
おいて同事実につき被告人に共同加工の事実なしとしたのは事実誤認なる旨主張す
るものである。
 そこで記録を査閲するに、本件起訴状の公訴事実には、被告人はV外数名と共同
して、(1)「Bに対して同人の右手を抑え手拳で腹部を突き或は同人の洋服内ポ
ケツトに手を入れオ―バ―のボタンをもぎ取る等の暴行を加え」、(2)「Cに対
し同人の両手を押え洋服の内ポケツトに手を入れボタン穴に紐でつけてあつた警察
手帳を引張つて其の紐をちぎる等の暴行を加えたもの」なる旨記載あり、これにつ
き原審第一回公判期日において弁護人より右(1)(2)の各「等」の具体的意義
の釈明を求められたに対し、検察官より「等」とは「被告人以外の者もやつている
ものと解して戴き度い」旨の釈明をなしたことは右公判調書上明らかである。而し
て元来起訴事実は訴因を明示して起訴状に記載すべく、そのためには、できる限り
日時、場所および犯罪方法を挙げて罪となるべき事実を特定することを要するは刑
事訴訟法第二五六条に明規するところであるから、起訴状記載の公訴事実の文言を
右釈明および法意と綜合すると本件公訴事実の行為主体は被告人ほか数名であり且
つその行為範囲も分析的にみればBおよびC両巡査に対し孰れも数個の行動に分解
し得るものなることを示す意味において「等」の文言を用いたもので、要するに被
告人の犯行として起訴されたところは起訴状に具体的に明記された範囲に限られて
おり、原判決の摘示(一)の末尾において「被告人の行動として認定した以外の学
生等の行動については、被告人がそれらの行為者と意思連絡があつて共同加工の行
為に出たことを確信すべき何等の根拠もない」旨判示しているのも、畢竟被告人が
他の学生等と共同暴行したとして提起された本件公訴事実中原判決において被告人
の行為と認定した以外の部分については被告人の共同加工を認むべき証拠なく、た
とい事実そのものが実在したとしても、それは被告人以外の学生等の行動に過ぎざ
る旨を説示したものとみるを妥当とする。
 然るに、所論は公訴事実として具体的に明記せざる多数の暴行にして直接には他
の学生によつてなされた事実を列挙し、これらについても被告人は共同加工者とし
て刑責を負うべき旨主張するのであつて、その実質においては公訴事実に対する原
判決の事実誤認というよりは、むしろ起訴以外の事実に対する判断遺脱の主張に帰
し、到底適正なる控訴理由とはなり得ない。論旨は理由がない。
 以上の如く本件控訴趣意は総て理由ないから、刑事訴訟法第三九六条により本件
控訴はを棄却することにして、主文のとおり判決する。
 (裁判長判事 久礼田益喜 判事 武田軍治 判事 石井文治)

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