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平成30年(受)第1856号損害賠償請求事件
令和2年7月9日第一小法廷判決
主文
本件上告を棄却する。
上告費用は上告人らの負担とする。
理由
上告代理人高橋達朗ほかの上告受理申立て理由(ただし,排除されたものを除
く。)について
1本件は,交通事故によって傷害を受け,その後に後遺障害が残った被上告人
が,加害車両の運転者である上告人Y1に対しては民法709条に基づき,加害車
両の保有者である上告人日本ホワイトファーム株式会社に対しては自動車損害賠償
保障法3条に基づき,損害賠償を求めるとともに,加害車両につき上告人日本ホワ
イトファームとの間で対人賠償責任保険契約を締結していた保険会社である上告人
損害保険ジャパン株式会社に対しては同保険契約に基づき,上告人Y1又は上告人
日本ホワイトファームと被上告人との間の判決の確定を条件に,上記損害賠償の額
と同額の支払を求める事案である。後遺障害による逸失利益につき,被上告人が定
期金による賠償を求めていることから,同逸失利益が定期金による賠償の対象とな
るか否かなどが争われている。
2原審の適法に確定した事実関係等の概要は,次のとおりである。
被上告人(平成14年8月生まれ。当時4歳)は,平成19年2月3日,道
路を横断していたところ,上告人Y1が運転する大型貨物自動車に衝突される交通
事故(以下「本件事故」という。)に遭った。本件事故における過失割合は,上告
人Y1が8割であり,被上告人側が2割である。
被上告人は,本件事故により脳挫傷,びまん性軸索損傷等の傷害を負い,そ
の後,高次脳機能障害の後遺障害(以下「本件後遺障害」という。)が残った。本
件後遺障害は,自動車損害賠償保障法施行令別表第2第3級3号に該当するもので
あり,被上告人は,これにより労働能力を全部喪失した。
被上告人は,本件において,本件後遺障害による逸失利益として,その就労
可能期間の始期である18歳になる月の翌月からその終期である67歳になる月ま
での間に取得すべき収入額を,その間の各月に,定期金により支払うことを求めて
いる。
3所論は,後遺障害による逸失利益は不法行為時に一定の内容のものとして発
生しており,また,定期金による賠償は,賠償をすべき期間が被害者の死亡により
終了する性質の債権についてのみ認められるべきであるから,同逸失利益が定期金
による賠償の対象となることは否定されるのに,これを肯定した上,定期金による
賠償を認める必要性及び相当性の要件を欠くにもかかわらず,本件後遺障害による
逸失利益として,上記就労可能期間の終期より前の被害者の死亡時を定期金による
賠償の終期とせずに,同期間の終期までの間に被上告人が取得すべき収入額につき
定期金による賠償を命じた原審の判断には,法令の解釈適用の誤りがある旨をいう
ものである。
同一の事故により生じた同一の身体傷害を理由とする不法行為に基づく損
害賠償債務は1個であり,その損害は不法行為の時に発生するものと解される(最
高裁昭和43年(オ)第943号同48年4月5日第一小法廷判決・民集27巻3
号419頁,最高裁昭和55年(オ)第1113号同58年9月6日第三小法廷判
決・民集37巻7号901頁等参照)。したがって,被害者が事故によって身体傷
害を受け,その後に後遺障害が残った場合において,労働能力の全部又は一部の喪
失により将来において取得すべき利益を喪失したという損害についても,不法行為
の時に発生したものとして,その額を算定した上,一時金による賠償を命ずること
ができる。しかし,上記損害は,不法行為の時から相当な時間が経過した後に逐次
現実化する性質のものであり,その額の算定は,不確実,不確定な要素に関する蓋
然性に基づく将来予測や擬制の下に行わざるを得ないものであるから,将来,その
算定の基礎となった後遺障害の程度,賃金水準その他の事情に著しい変更が生じ,
算定した損害の額と現実化した損害の額との間に大きなかい離が生ずることもあり
得る。民法は,不法行為に基づく損害賠償の方法につき,一時金による賠償によら
なければならないものとは規定しておらず(722条1項,417条参照),他方
で,民訴法117条は,定期金による賠償を命じた確定判決の変更を求める訴えを
提起することができる旨を規定している。同条の趣旨は,口頭弁論終結前に生じて
いるがその具体化が将来の時間的経過に依存している関係にあるような性質の損害
については,実態に即した賠償を実現するために定期金による賠償が認められる場
合があることを前提として,そのような賠償を命じた確定判決の基礎となった事情
について,口頭弁論終結後に著しい変更が生じた場合には,事後的に上記かい離を
是正し,現実化した損害の額に対応した損害賠償額とすることが公平に適うという
ことにあると解される。
そして,不法行為に基づく損害賠償制度は,被害者に生じた現実の損害を金銭的
に評価し,加害者にこれを賠償させることにより,被害者が被った不利益を補塡し
て,不法行為がなかったときの状態に回復させることを目的とするものであり,ま
た,損害の公平な分担を図ることをその理念とするところである。このような目的
及び理念に照らすと,交通事故に起因する後遺障害による逸失利益という損害につ
き,将来において取得すべき利益の喪失が現実化する都度これに対応する時期にそ
の利益に対応する定期金の支払をさせるとともに,上記かい離が生ずる場合には民
訴法117条によりその是正を図ることができるようにすることが相当と認められ
る場合があるというべきである。
以上によれば,交通事故の被害者が事故に起因する後遺障害による逸失利益につ
いて定期金による賠償を求めている場合において,上記目的及び理念に照らして相
当と認められるときは,同逸失利益は,定期金による賠償の対象となるものと解さ
れる。
また,交通事故の被害者が事故に起因する後遺障害による逸失利益について
一時金による賠償を求める場合における同逸失利益の額の算定に当たっては,その
後に被害者が死亡したとしても,交通事故の時点で,その死亡の原因となる具体的
事由が存在し,近い将来における死亡が客観的に予測されていたなどの特段の事情
がない限り,同死亡の事実は就労可能期間の算定上考慮すべきものではないと解す
るのが相当である(最高裁平成5年(オ)第527号同8年4月25日第一小法廷
判決・民集50巻5号1221頁,最高裁平成5年(オ)第1958号同8年5月
31日第二小法廷判決・民集50巻6号1323頁参照)。上記後遺障害による逸
失利益の賠償について定期金という方法による場合も,それは,交通事故の時点で
発生した1個の損害賠償請求権に基づき,一時金による賠償と同一の損害を対象と
するものである。そして,上記特段の事情がないのに,交通事故の被害者が事故後
に死亡したことにより,賠償義務を負担する者がその義務の全部又は一部を免れ,
他方被害者ないしその遺族が事故により生じた損害の塡補を受けることができなく
なることは,一時金による賠償と定期金による賠償のいずれの方法によるかにかか
わらず,衡平の理念に反するというべきである。したがって,上記後遺障害による
逸失利益につき定期金による賠償を命ずる場合においても,その後就労可能期間の
終期より前に被害者が死亡したからといって,上記特段の事情がない限り,就労可
能期間の終期が被害者の死亡時となるものではないと解すべきである。
そうすると,上記後遺障害による逸失利益につき定期金による賠償を命ずるに当
たっては,交通事故の時点で,被害者が死亡する原因となる具体的事由が存在し,
近い将来における死亡が客観的に予測されていたなどの特段の事情がない限り,就
労可能期間の終期より前の被害者の死亡時を定期金による賠償の終期とすることを
要しないと解するのが相当である。
以上を本件についてみると,被上告人は本件後遺障害による逸失利益につい
て定期金による賠償を求めているところ,被上告人は,本件事故当時4歳の幼児
で,高次脳機能障害という本件後遺障害のため労働能力を全部喪失したというので
あり,同逸失利益は将来の長期間にわたり逐次現実化するものであるといえる。こ
れらの事情等を総合考慮すると,本件後遺障害による逸失利益を定期金による賠償
の対象とすることは,上記損害賠償制度の目的及び理念に照らして相当と認められ
るというべきである。
また,本件後遺障害による逸失利益につき定期金による賠償を命ずるに当たり,
被上告人について,上記特段の事情はうかがわれない。
5以上によれば,所論の点に関する原審の判断は,是認することができる。論
旨は採用することができない。
よって,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。なお,裁判官小池裕
の補足意見がある。
裁判官小池裕の補足意見は,次のとおりである。
私は,法廷意見に賛同するものであるが,補足して意見を述べておきたい。
1事故に起因する後遺障害による逸失利益につき定期金による賠償を命じた場
合において,その後就労可能期間の終期より前に被害者が死亡したときにも就労可
能期間の終期が被害者の死亡時となるものではないとすると,被害者の死亡後もそ
の遺族等に対する定期金による賠償の支払義務が継続することになるが,この点に
ついては違和感があるという指摘もあろう。しかし,このような場合,被害者の死
亡によってその後の期間について後遺障害等の変動可能性がなくなったことは,損
害額の算定の基礎に関わる事情に著しい変更が生じたものと解することができるか
ら,支払義務者は,民訴法117条を適用又は類推適用して,上記死亡後に,就労
可能期間の終期までの期間に係る定期金による賠償について,判決の変更を求める
訴えの提起時における現在価値に引き直した一時金による賠償に変更する訴えを提
起するという方法も検討に値するように思われ,この方法によって,継続的な定期
金による賠償の支払義務の解消を図ることが可能ではないかと考える。
2定期金による賠償に関する実体規定が存しないことから,どのような場合
に,あるいは,どのような事情を考慮して定期金による賠償の対象となると解する
ことができるか(相当性の判断)については,解釈に委ねられている。この点につ
いては,不法行為に基づく損害賠償制度の目的及び理念に照らし,定期金による賠
償制度の趣旨,手続規定である判決の変更を求める訴えの提起の要件との関連性等
を考慮して検討すべきものであると考えられ,定期金による賠償に伴う債権管理等
の負担,損害賠償額の等価性を保つための擬制的手法である中間利息控除に関する
利害を考慮要素として重視することは相当ではないように思われる。
(裁判長裁判官小池裕裁判官池上政幸裁判官木澤克之裁判官
山口厚裁判官深山卓也)

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