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平成7年合(わ)第141号,同第187号,同第254号,同第282号,同第329号,同第38
0号,同第417号,同第443号,平成8年合(わ)第31号,同第75号 殺人,殺人未遂,
死体損壊,逮捕監禁致死,武器等製造法違反,殺人予備被告事件
          主        文
     被告人を死刑に処する。
          理        由
【認定事実】
Ⅰ 教団の設立と発展
 1 被告人は,昭和30年3月2日,熊本県八代郡a1村で出生し,目が不自由であった
ことから,熊本県立E1学校の小学部に入学し,中学部,高等部(普通科),専攻科(2年
間)を経て,同校を卒業した。
 被告人は,昭和51年6月5日,同県八代市内のホテルの客室で,被告人らの組織して
いるマッサージクラブに所属していた者が同クラブを辞めて元の職場に戻ったことを難詰
した際,同人が返事をせず薄笑いをしたと因縁を付け,いきなり手けんで同人の側頭部
を数回殴打してその場に転倒させるなどの暴行を加え,同人に左側頭部打撲傷等の傷
害を負わせたとの事実により,昭和51年9月6日,八代簡易裁判所において,傷害罪で
罰金1万5000円に処せられた。
 被告人は,昭和52年5月,東京都渋谷区内にある受験予備校のE2に入り,同校に在
籍していたA1と知り合い,昭和53年1月7日,同女と婚姻し,平成6年までに4女2男を
儲けた。
 被告人は,婚姻後,鍼灸師として生計を立て,あるいは,千葉県船橋市内で薬局の開
設許可を受けて医薬品の販売業を営んでいたが,昭和57年6月1日から同月11日まで
の間,19回にわたり,E3ホテルなどにおいて,疾病治療の目的で厚生大臣の許可なく
製造した風湿精及び青龍丹と称する医薬品を業として販売したとの事実により,同年7月
13日,東京簡易裁判所において,薬事法違反の罪で罰金20万円に処せられた。
 2 被告人は,このころ既に宗教活動に入り,仙道,仏教,ヨーガ等に傾倒していたが,
「A2」を名乗り,都内でヨーガ教室を開いて指導に当たり,昭和59年ころ,オウム神仙の
会を発足させた。
 被告人は,昭和60年10月ころ,オカルト雑誌に,自己が蓮華座を組んで空中に浮い
ているように見える写真と空中浮揚に至るまでの修行法を掲載させ,昭和61年3月ころ
には「ザ・超能力秘密の開発法」と題する書籍を発行し,その中で「本書では,仙道,仏
教,密教,ヨーガの集大成の中から,特に空中浮揚等の超能力に関して効果を持つ修
行法のみを抜き出し組み合わせてあり,だれでもこの方法で修行すれば超能力者になれ
る。既に私の指導を受けている人たちはこの方法で着実に力を付けている。」などと説
き,また,被告人によるイニシエーション(霊的エネルギーを授ける儀式)の一つであるシ
ャクティパット(クンダリニーという霊的エネルギーを覚せいさせ,ひいては超能力を身に
着けることができるとするもの)を受けられるセミナーを開催し始めていた。そして,これら
により,被告人の説く内容を信じ,超能力を身に着けたい,あるいは,悟り,解脱の境地
に達したいと考え,オウム神仙の会に入会を希望する者が次第に増えていった。
 被告人は,オウム神仙の会における会員に対する指導において,次第に原始仏教や
チベット密教等の宗教色を深めていき,昭和61年夏ころヒマラヤで修行し最終解脱をし
たと称するようになり,その後出家制度を作り,同年9月ころには,出家者は二十数名を
数えた。出家者は親族との縁を絶ち,私財を被告人ないしオウム神仙の会に寄附するな
どし,修行やバクティ(後のワーク)と言われる被告人から与えられた課題である同会での
奉仕活動をしながら,東京都内などで共同生活を営んでいた。
 3 被告人は,昭和61年12月,「生死を超える」と題する書籍を発行し,その中で解脱
に至った体験及びその修行法について説いた。
 また,被告人は,昭和62年1月4日に行われた丹沢セミナーでの説法の中で,完璧な
功徳に関する質問に対し,「密教修行者のティローパが生きた魚を焼いて殺して食べて
いた。彼は完全な成就者であった。何をやったというとポアをやってたわけだね。その魚
の魂を他の世界へ上昇させるわけだ。高い世界へ上昇させるんだから,ティローパは功
徳を積んでるわけだ。ところが,釈迦牟尼の殺生するなかれという言葉からいったら,殺
生してるだろう。だから,そこは,定義上の問題で非常に難しいんだね。だから,ランクに
応じて,その人がそのときにできる最高のことをやる,これしかないと思います。だから,
例えば,チベット密教というのは非常に荒っぽい宗教で,例えば,X6が教えを乞うた先
生の一人に『お前はあの盗賊を殺してこい。』と言われ,やっぱり殺しているからね。そし
て,このX6は,その功徳によって,修行を進めているんだよ。だから,どの門の修行に入
るかによって,功徳は若干変わります。仏教的な,オーソドックスなやり方をするとするな
らば,まず,とにかく,禁戒を守る。殺さない,盗まない,これから入っていくプロセス。…
だから,どちらのプロセスで入ってくるか,あるいはその人がどのステージにいるかによっ
て,非常に複雑になります。」と述べ,さらに,「グルのためだったら死ねる,グルのためだ
ったら殺しだってやるよというタイプの人はクンダリニー・ヨーガに向いてるということにな
る。そして,そのグルがやれと言ったことすべてをやることができる状態,例えばそれは殺
人も含めてだ,これも功徳に変わるんだよ。だから,どのプロセスをたどっていくか,条件
によって違ってくるわけだ。そして,今の日本の宗教理念からいったら,特にクンダリニ
ー・ヨーガというものは受け入れられづらいだろうなと考えている。私も過去世において,
グルの命令によって人を殺してるからね。自分は死ねるが,カルマになる,人を殺すとい
うものはできないものだ。しかし,そのカルマですらグルに捧げたときに,クンダリニー・ヨ
ーガは成就するんだよ。だから,その背景となるもの,修行法によって変わってくるわけ
だ。『いや,じゃあおかしいじゃないか。そこで殺したんだからそれはカルマになるじゃな
いか。』と考えるかもしれないけど,そうではないんだよ。例えばグルがそれを殺せと言うと
きは,例えば相手はもう死ぬ時期に来てる。そして,弟子に殺させることによって,その相
手をポアさせるというね,一番いい時期に殺させるわけだね。そして,例えばもう一度人
間界に生まれ変わらせて修行させるとかね,いろいろとあるわけだ。だから,功徳につい
ては非常に説明しづらい。ただ,無難な方法は,釈迦牟尼の言葉を借りるならば,仏陀と
仏陀の説く法とその弟子たちサンガに帰依し供養するということ,それから,殺さない,盗
まない,よこしまなセックスをしない,うそをつかない,心の乱れるような酒の飲み方をしな
いということになっています。そして,私も,それが無難だろうなと思っている。」と述べ,場
合によっては,グル(解脱に導くことのできる宗教上の指導者)の指示に従って人を殺し
てその者を高い世界に上昇させることで功徳を積むことができるという説明の中で,人を
殺すという意味で「ポア」という言葉を用いた。
 4 被告人は,昭和62年6月ころ,「オウム神仙の会」の名称を「オウム真理教」に変更し
たが,その命名の由来について,当時の説法において,「私は,オウムの主宰神であるシ
ヴァ大神(独力で真理によって最終解脱まで到達し多くの衆生を済度し続けている魂で
ある真理勝者方のグルであり,この果てしない宇宙において救済活動をしているとす
る。)から『もう世の中の真理というものはないよ,A2。』と啓示を受けた。そこで,オウム
は,真理の教えを実践し,体得しようではないかと考え,『オウム神仙の会』では生ぬるい
ので『オウム真理教』になった。」旨述べ,また,自らをシヴァ大神とコンタクトを取ることの
できるグルであると称して,自己の絶対化をもくろんだ。
 そのころ,A3は,最終解脱に至る一つの段階であるクンダリニー・ヨーガを成就したと
被告人に認定され,大師というステージ及びマハー・ケイマというホーリーネームを与えら
れた。次いで,A4が,同年7月に同様に最終解脱に至る一段階であるラージャ・ヨーガを
成就したと被告人に認定され,大師というステージ及びX15というホーリーネームを与え
られた。このようにして,被告人は,同年中に,10名前後の弟子たちを成就を遂げた者と
認定し,大師というステージやホーリーネームを付与した。
 5 被告人は,昭和62年ころから,それまで説いていた小乗(ヒナヤーナ)の教え(自分
個人の解脱に至る教え)から大乗(マハーヤーナ)の教え(自己のみならず他の人をも救
済し解脱に導く教え)に重点を移行し,これを中心として教義を説くようになっていたが,
その一環として,同年7月16日,世田谷道場において,グルへの帰依の在り方やオウム
の救済活動について,「解脱のための一番手っ取り早い方法は,自分の持っているもの
全部を空っぽにし,グルあるいはシヴァ神の求めているものを意思して実行することであ
る。オウムの救済活動とは,まずは真解脱者を3万人出すことだ。そして,3万人が世界に
散ったならば,そのサットヴァのエネルギーによって,例えば核兵器を持つことが無意味
になる。そして真理は一つになるはずだ。そうなったら,核戦争が起きることはない。」と説
法し,同年8月には,同年5月の集中セミナーでの被告人の説法等を編集した「イニシエ
ーション」と題する書籍を発行し,その中で,「1993年までに世界各国に二つ以上の支
部ができなかったら,1999年から2003年までに確実に核戦争が起きる。私は初めて核
戦争の話に触れた。私たちに残されている時間は,あとわずかに15年くらいしかない。…
核戦争を回避するためには,オウムの教えを世界に広めていかなければならない。支部
を各国に作っていかなければならない。1993年までにオウムが,シヴァ神の意志を理解
し実行し,役割を果たすことができたなら,確実に戦争回避はできる。」などと,核戦争の
可能性について不安をあおりながら,オウムによる人類救済を説いた。
 6 被告人は,昭和62年12月12日,世田谷道場での説法において,「オウムでは,特
殊な,タントラヤーナに近いことをやっている。このタントラヤーナというのはマハーヤー
ナ・ステージの千生分を一生に集約して成就させようというものだ。そのためには何をや
るかというと,秘儀伝授,それからグルのエネルギー移入。この連続である。」と説き,昭
和63年1月,福岡支部での説法においては,「今年,私は,大乗から,タントラヤーナ(秘
密乗。秘密の教え,密教であり,管・風・心滴という三つの要素を昇華,浄化することによ
り,速やかに解脱を得る方法とする。)のプロセスについて説きたいと考えている。」旨述
べ,同年2月には,昭和62年10月の集中セミナーでの説法等を編集した,オウム真理教
の教義の根幹ともいえる「マハーヤーナ・スートラ 大乗ヨーガ経典」と題する書籍を発行
した。
 7 被告人は,以前から,富士山が見える場所に信者が一堂に会することのできる大き
な総本部道場を造ることを考えていたが,その費用に充てるために多額の寄附を募り,
昭和63年3月ころには,被告人の血を飲むと飛躍的に修行が進み,悟りや解脱に近づく
と称して,富士山のオウム道場を造るために100万円以上の募金をした信者約30人に
対し,血のイニシエーションを実施するなどした。
 被告人は,同年6月ころ,「人間界にあまねく真理を体現しようとする被告人の活動はシ
ヴァ神の大いなる意思によるものであり,より多くの魂が真理の生活をし,解脱し,高い世
界に行けるように,真理に基づいた社会,理想郷(シャンバラ)を建設する。」などと称し,
日本シャンバラ化計画を打ち出して,全国主要都市に支部や総本部道場を建設し,ある
いは,衣食住,修行,医療,教育等すべて整ったオウムの村(ロータス・ヴィレッジ)を作ろ
うとし,信者に対し,30万円以上の布施をすれば種々の特別イニシエーションを受けら
れるとして布施を募るなどし,その費用の調達に努めた。
 富士山総本部道場は,静岡県富士宮市b1において,建設工事が進められていたが,
同年8月に竣工して開設され,同年10月にはこれに隣接して4階建てのサティアンビル
(後の第1サティアン)が竣工し,被告人及びその家族は千葉県内の自宅から同所に引
っ越した(以下,富士山総本部道場及びサティアンビルを合わせて「富士山総本部」とい
う。)。
 8 被告人は,同年8月から同年9月にかけて,富士山総本部において,出家信者らに
対し,「グルに対する帰依がしっかりしていて,信の篤い者,そして思考する力の強い者
は,タントラ的な修行によって,より早く成就することができる。グルに対する帰依というも
のを背景として24時間のワークがあり,24時間のワークを背景としてタントラの修行があ
る。帰依の土台から言うと,大乗は一応グルを尊敬すればよいが,タントラやヴァジラヤー
ナ(金剛乗。身・口・意の意味であり,救済者として自己の使命を確立し,他の魂を真理
の流れに引き入れ,引き上げ,他を救済するために身と口のカルマを積んで自己にカル
マの清算がやってこようとも心が成熟するならばよしとする立場であり,最終解脱に到達
するのはマハーヤーナに比べて断然早いとする。最終解脱に向かうにはタントラヤーナ
の道を歩いても,最終的にはヴァジラヤーナの道に入らねばならないとし,合わせてタン
トラ・ヴァジラヤーナと呼ぶ。)は,完璧な帰依が必要である。」「自己に与えられた任務で
あるワークのできない人間は去れ。私はあなた方一人一人に課題を与えている。それが
ワークだ。そして,その課題を正しく理解し,評価し,回答し,実践し,それを得て修行の
進歩とし,そして,解脱に対して一歩近づく。あなた方の最高の修行はワークだ。」「あな
た方にとっては,シヴァ神もいない。あなた方にとってのシヴァ神,ヴィシュヌ神,法はい
ずれも私である。その関係が成立したとき,初めてあなた方は,今生で猛スピードで成就
ができる。」「タントラやヴァジラヤーナで成就する場合のポイントは,絶対的なグルに対
する帰依である。どんなに素質のある修行者であっても,グルの与えるイニシエーション,
エネルギーの移入というものがなければ成就はしない。弟子のグルに対する最も強い帰
依ができたとき初めて,グルの心は,さあそろそろ成就させようかと動くわけである。」など
と説法し,同年10月2日に富士山総本部で行われた説法の中では,「いよいよオウムが
ヴァジラヤーナのプロセスに入ってきた。このヴァジラヤーナのプロセスは善も悪もない。
ただ心を清め,そして真理を直視し,目の前にある修行に没頭し,後は神聖なるグルの
エネルギーの移入によって成就する。…金剛乗の教えというものは,もともとグルというも
のを絶対的な立場に置いて,そのグルに帰依する。そして,自己を空っぽにする努力を
する。その空っぽになった器にグルの経験あるいはグルのエネルギーをなみなみと満ち
あふれさせる。つまり,グルのクローン化をする。あるいは守護者のクローン化をする。こ
れがヴァジラヤーナだ。」と述べ,より早く成就するためにはヴァジラヤーナの教えによる
ことが必要であるとして,グルである被告人に対する絶対的な帰依を求めるとともに,布
教活動を行う教団への奉仕活動としてのワークの重要性を強調した。
 出家信者らは,このような被告人の説法を聞いて,日夜,修行及びワークに精を出し,
立位礼拝の際には「オウム,グルとシヴァ神に帰依し奉ります。私を速やかに解脱へとお
導きください。」という詞章を唱えるなどしていた。
 そのころまでに,教団は,種々の布教活動を通じて,超能力や死後の世界,解脱,悟り
等に関心を寄せ,あるいは,現代社会に不安や不満を持ち,被告人の説くシャンバラ化
計画や3万人の成就による人類救済計画に引かれる若者を勧誘し入信させるなどして,
出家信者は約100ないし200名,在家信徒は約3000ないし4000名に達し,さらに,富
士山総本部及び東京本部のほかに,大阪,福岡,名古屋,札幌,ニューヨークに支部を
開設するなどして,その勢力を急速に伸ばしていった。
 9 被告人は,同年12月13日,富士山総本部におけるポアセミナーでの説法におい
て,在家信徒に対し,近々発行予定の「滅亡の日」と題する書籍に触れ,「私は,その書
籍では,『ヨハネの黙示録』の第16章までを完璧に解き明かした。そこに書かれている内
容は,人類が滅亡するであろうということであり,生き残る人の条件というのは,仏教的な
戒めを守ることと禁欲,もう一つはシヴァ神に対する帰依,あるいはグルに対する帰依だ
った。つまり,聖書に書かれている預言中の預言と言われている『ヨハネの黙示録』の中
には,タントラ・ヴァジラヤーナの精髄が説かれていた。そして今,世界のどこを探しても
そのことを最も激しく実践しているのは,オウム真理教の信徒だけだ。私達の欲求をつぶ
し,戒を守り,グルに帰依し,シヴァ神に帰依し,瞑想をすること。これ以外に本当の幸福
はないし,高い世界へ至る道はないことが説かれていたというわけだ。」と述べ,平成元
年2月発行の「滅亡の日」と題する書籍の中で,「人間の悪業が満ちてくると神は火元素
を操ることで火山を噴火させて部分的にカルマ落としをしている。何よりも怖いのは,この
ような自然の噴火でカルマを落とし切らなくなったときだ。神は人工的な火を使ってカル
マ落としをさせるだろう。それがハルマゲドン(人類最終戦争)だ。」「『今やヨハネの黙示録
の封印を解くべき時が来た。その示唆を受け取り,オウム真理教の救済計画を固めよ。』
私のグルであられるシヴァ神があまりに突然にこう告げた。」「力で良い世界をつくる。これ
こそ,タントラ・ヴァジラヤーナの世界だ。シヴァ神は,シヴァ神への強い信仰を持ち続け
たタントラ修行者が,諸国民を支配することを望んでいらっしゃるんだ。」と説き,平成元
年5月発行の「滅亡から虚空へ」と題する書籍の中では,「ハルマゲドンは回避できない。
しかし,オウムが頑張って多くの成就者を出すことができれば,その被害を少なくすること
ができる。ハルマゲドンで死ぬ人々を,世界人口の4分の1に食い止めることができる。残
りの4分の3の人口の中のどれだけが生き残れるかは,オウムの救済活動次第だ。私は,
私に与えられたこの使命に命を懸けている。」などと,ハルマゲドン(人類最終戦争)が不
可避であるとして終末感をあおりながらオウムによる救済活動の重要性について説いた。
 10 平成元年ころまでには,オウムの出家制度は,シヴァ神及び尊師である被告人に
生涯にわたって,心身及び自己の全財産を委ね,肉親,友人,知人等との直接及び間
接の接触など現世における一切のかかわりを断つことであるとされ,教団への出家手続
の際には,「出家中は教団に迷惑を掛けない。親族とは絶縁する。損害を与えた場合に
は一切の責任を取る。すべての遺産,財産は教団に寄贈する。葬儀等は被告人が執り
行う。事故等で意識不明になったときはその処置を被告人に任す。慰謝料,損害賠償も
すべて被告人に任す。」という趣旨の内容の誓約書,遺言書等を見本を見て書くように指
導がされた。
 11 被告人は,教団が宗教法人となれば社会的にも認知されるほか,税制上も優遇措
置を受けられることから,かねてから,教団を法人化しようと考え,出家信者を介して東京
都の担当部署との間で相談ないし折衝をしていたが,平成元年3月1日,宗教法人設立
のために教団の宗教法人規則認証申請書を東京都知事あてに提出し,紆余曲折を経て
同年8月25日教団の宗教法人規則認証書の交付を受け,同月下旬ころ,宗教法人登記
手続をし,教団は法人格を取得した。その教団の規則及び設立登記における教団の目
的は,「主神をシヴァ神として崇拝し,創始者A5(別名=A2)はじめ真にシヴァ神の意志
を理解し実行する者の指導の下に,古代ヨーガ,原始仏教,大乗仏教を背景とした教義
を広め,儀式行事を行い,信徒を教化育成し,すべての生き物を輪廻の苦しみから救済
することを最終目標とし,その目標を達成するために必要な業務を行う」こととされた。
 12 また,被告人は,教団の勢力をより一層拡大するためには,宗教活動をするだけで
はなく,政治力を付ける必要があると考え,次期衆議院議員総選挙に大師ら教団幹部と
共に立候補することとし,同月16日,自らを代表者とし政治団体を真理党として政治資
金規正法6条1項の規定による政治団体設立届を提出するなどし,選挙の準備を始め
た。
 13 このころのワークは,信徒勧誘活動や選挙準備活動のほか,CBI(コスミック・ビル
ディング・インスティテュート)に係る建設関係,CSI(コスミック・サイエンス・インスティテュ
ート)に係る科学関係,CMI(コスミック・メディカル・インスティテュート)に係る生化学関
係,AFI(アストラル・フード・インスティテュート)に係る食糧関係,AMI(アストラル・ミュー
ジック・インスティテュート)に係る音楽関係,教団刊行物の編集・出版関係,車両関係,
生活関係等多種類のものがあり,出家信者らは,グルである被告人に対する絶対的な帰
依に努めながら,被告人の言う3万人の成就者の中に入ることを目指して,日夜修行をし
ながらそれぞれに課せられたワークに従事していた。
 14 被告人は,平成元年9月24日,世田谷道場で行われた説法の中で,「例えば,Aさ
んという人がいて,Aさんは生まれて功徳を積んでいたが慢が生じてきて,この後悪業を
積み,寿命尽きるころには地獄に堕ちるほどの悪業を積んで死んでしまうだろうという条
件があったとしましょう。このAさんを,成就者が殺したら,Aさんは天界へ生まれ変わる。
しかし,このAさんを殺したという事実を他の人たち,人間界の人たちが見たならば,これ
は単なる殺人。そして,もしこのときにAさんは死に天界へ行き,そのときに偉大なる救世
主が天界にいて,その人に真理を解き明かしAさんが永遠の不死の生命を得ることがで
きたとすると,このときに殺した成就者は何のカルマを積んだことになりますか。すべてを
知っていて,生かしておくと悪業を積み,地獄へ堕ちてしまう。ここで,例えば生命を絶た
せた方がいいんだと考え,ポアさせた。この人はいったい何のカルマを積んだことになり
ますか,殺生ですか,それとも高い世界へ生まれ変わらせるための善行を積んだことにな
りますか。人間的な客観的な見方をするならば,これは殺生です。しかし,ヴァジラヤー
ナの考え方が背景にあるならば,これは立派なポアです。そして,智慧ある人─ここで大
切なのは智慧なんだよ。─智慧ある人がこの現象を見るならば,この殺された人,殺した
人,共に利益を得たと見ます。ところが,智慧のない人,凡夫の状態でこれを見たならば
『あの人は殺人者』と見ます。…ここにいる人を,今,人間界の低次元から天界へ上げる。
しかも,そこには偉大な救世主がいて,その人と縁があって,その天界へ行った人は永
遠不死,マハー・ニルヴァーナに入ることができるとしましょう。そこに一人送り込んだわけ
だから,大変な功徳を積んだことにならないですか。だから,そういう偉大な功徳の積み
方,これができるのがヴァジラヤーナあるいはタントラヤーナであると考えてください。しか
し,それは最後にあなた方がなす修行である。今は,修行としては小乗(ヒナヤーナ)の
実践をなして初めて次のステージの大乗(マハーヤーナ)の真の意味合いというのが分
かるようになってくるということを理解しなければならない。」と説き,ヴァジラヤーナの考え
方によれば,成就者が,地獄に堕ちるほど悪業を積んだ者を殺して天界へ上昇させた場
合,これは立派なポアであり,偉大な功徳となる旨述べ,殺人をポアと称し,これを容認
する考え方としてヴァジラヤーナの教えを用いた。
Ⅱ B1事件(殺人)
(平成7年11月10日付け追起訴状記載公訴事実)
[犯行に至る経緯]
 1 B1(昭和42年12月26日生)は,昭和63年6月ころ,教団に出家し,CSI内の電気
班に所属し,電気関係のワークに従事していた。
 2 D1は,在家信徒として,同年9月下旬ころ,富士山総本部道場で修行していた際,
奇声を発するなど異常な行動に及んだ。大師のA4らは,その旨の報告を受けた被告人
の指示に基づき,D1に水を掛けるなどしていたところ,誤って同人を死亡させてしまっ
た。被告人は,このことを警察その他の関係機関に連絡するか否かについて,もしこの件
を公にすると教団による救済活動がストップしてしまうなどと言いながら,A4ら教団幹部
の同意を求めてこの件を警察等に連絡しないことに決め,同人らに命じて,ドラム缶にD
1の遺体を入れ護摩壇で焼却した(以下「D1事件」という。)。D1事件には,A4のほか,
A6,A7,A8らがかかわり,B1も遺体の焼却に関与していた。
 3 被告人は,同年12月中旬ころ,教団の発行する書籍等を出版しているE4の責任者
であるA4に指示し,B1をその営業に従事させた。しかし,B1が,「このような営業をやっ
ても功徳にならない。在家信徒のままで家に帰って自分なりに修行したい。」などと不満
を述べるようになったことから,A4は,平成元年1月上旬ころ,被告人にその旨報告し,
被告人の指示により,サティアンビル4階の被告人のもとに連れていった。
 被告人は,会議室で,B1と二人で話をした後,A4ら居合わせた大師に対し,B1が変
なことを言うなどと言い,その後,B1を富士山総本部の道路を隔てた向かいにある静岡
県富士宮市c1所在の空き地に設置された独房修行用に改造したコンテナ内に入れ,そ
の両手や両足をロープで縛り,被告人の説法が録音されたテープを聞かせるなどして翻
意させようとした。
 しかし,逆に,B1は,教団から脱会する旨主張し,被告人を殺すとまで言うようになり,
被告人は,A6を介するなどして,そのことを知った。
 4 被告人は,自分を殺すとまで言うB1に憤慨するとともに,D1事件に関与したB1をこ
のまま教団から脱会させると,B1により同事件が公表されるおそれがあり,そうなれば組
織を拡大しようとしている教団が多大な痛手を受けるなどと考え,B1が翻意しない以上B
1を殺害するしかないと決意した。
 そこで,被告人は,同年2月上旬ころの深夜,サティアンビル4階の図書室に,A4,A
6,A8,A7及びA9らを集め,同人らに対し,B1が教団から脱会することを考え,被告人
を殺すとも言っている旨説明した上,「まずいとは思わないか。B1はD1のことを知ってい
るからな。このまま,わしを殺すことになったとしたら,大変なことになる。もう一度,おまえ
たちが見にいって,わしを殺すという意思が変わらなかったり,オウムから逃げようという考
えが変わらないならばポアするしかないな。」「ロープで一気に絞めろ。その後は護摩壇
で燃やせ。」などと言って,B1が翻意しない場合にB1を殺害することなどを命じ,A4らは
全員これを承諾し,ここに,被告人及びA4らは,B1の殺害について共謀を遂げた。
 5 A4,A6,A8,A7及びA9は,直ちに,B1の入れられている前記コンテナまで行
き,A9はコンテナの外で見張りをすることとし,他の4名はコンテナ内に入り,両手や両足
を縛られたままあぐらを組んで座っているB1に対し,その意思を確認したが,B1から,教
団に残って修行しようとは思わないなどと言われ,翻意する旨の回答を得ることができな
かったことから,被告人の前記の指示に従い,B1の殺害を実行することとした。
[罪となるべき事実]
 被告人は,A4,A6,A8,A7及びA9と共謀の上,B1(当時21歳)を殺害しようと企
て,平成元年2月上旬ころ,静岡県富士宮市c1に設置されたコンテナ内において,B1に
対し,その頸部にロープを巻いて絞め付け,さらに,両手で同人の頸部を強くひねるなど
し,よって,そのころ,同所において,同人を頸髄,延髄又は脳幹部損傷による呼吸又は
循環停止により死亡させて殺害したものである。
Ⅲ B2事件(殺人)
(平成7年10月13日付け追起訴状記載公訴事実)
[犯行に至る経緯]
 1 B2(昭和31年4月8日生)は,B3(昭和35年2月24日生)と,大学時代に共に身体
障害者のためのボランティア活動をしていた際に知り合い,昭和59年3月に婚姻し,同
年,司法試験第2次試験に合格した後,司法修習を経て,昭和62年4月,横浜弁護士
会に弁護士登録をし,E5法律事務所で弁護士業務に携わるようになった。そして,昭和
63年5月から横浜市d1所在のF棟a号室に居住するようになり,同年8月25日には長男
B4が出生した。
 2 被告人は,昭和63年ころから,教団を宗教法人とするため,A7やA8らを介して,設
立手続について東京都の担当部署と相談し,2回にわたり教団施設について現場調査
を受け,平成元年3月1日,宗教法人設立のために教団の宗教法人規則認証申請書を
東京都知事あてに提出した。東京都の担当部署は,子供が教団に入信して家に帰らな
い,あるいは,子供に会うために教団施設を訪れても会わせてもらえないなどの苦情が
多数寄せられていたことから,その受理を保留した。
 これに対し,被告人は,自ら多数の信者を引き連れて東京都の担当部署を訪れて速や
かに申請を受理して規則を認証するよう抗議し,あるいは,教団所属の弁護士であるA1
0らを介して同様の上申をするなどし,同年5月25日,前記の認証申請が受理された。さ
らに,被告人は,同年6月1日には,東京都知事を被告として同認証申請についての不
作為の違法確認訴訟を提起した。
 3 B2弁護士は,同年5月ころから,教団に出家した信者の親たちの依頼を受け,その
子供の帰宅や子供との面会等について教団と交渉するようになり,また,東京都に対し,
出家信者を巡るトラブルの実情や教団の法令違反の有無等について情報を提供したい
旨伝えていた。
 4 被告人は,教団の勢力を伸ばすためには,宗教活動をするだけではなく,政治力を
付ける必要があると考え,次期衆議院議員総選挙に教団幹部らと共に立候補することと
し,同年8月16日,自らを代表者とし政治団体を真理党として政治資金規正法6条1項の
規定による政治団体設立届を提出するなどし,選挙の準備を始めた。教団は,同月25
日には,東京都知事から教団の宗教法人規則認証書の交付を受け,同月下旬ころ,宗
教法人登記手続をし,法人格を取得した。
 5 E6編集部は,同年9月下旬ころ,子供の家出人捜索願を警察署に提出している者
をはじめとする教団信者の家族数名から,座談会形式で,教団では,(1)出家と称して未
成年者を含め子供を親から隔離している,(2)多額の布施を要求し,払えない者には借
金をさせその返済のために事実上過剰な労働を強いている,(3)信者に教祖である被告
人の生き血を飲ませるなどの非現実的な修行をさせているなどの話を取材し,さらに,同
家族らが相談を持ち掛けているB2弁護士,教団施設周辺の住民及び教団側等から取
材した上,同年10月から,「オウム真理教の狂気」と題して教団に関する特集記事の連
載を始めた。その第1回は,教団信者の家族からの前記の取材内容を中心としたもの
で,同月2日都内発売に係るE6(同月15日号)に掲載された。
 その記事の内容を知った被告人は,同月2日午後,A8ら信者数名を連れてE6編集部
に押し掛け,編集長D2に教団側の話も聞いてほしいなどと抗議したが,水掛け論となり
話にならないと言ってその場を立ち去った。
 その後も,E6は,同年11月26日号(都内同月13日発売)まで合わせて7週にわたり,
血のイニシエーション,布施,被告人の経歴等に言及して教団を批判する記事を連載し
た。同年10月23日都内発売に係る同誌(同年11月5日号)では,「教団に入信し家出し
た子供の両親から相談を受けた弁護士が,『E7大医学部で,被告人の血を研究してみ
たところ,血液中のDNAに秘密があり,これを体内に取り入れると,クンダリニー(霊的エ
ネルギー)が上昇し,潜在意識が現れるということが明らかになり,計り知れない霊的向上
をもたらす。』旨の教団関係の出版物の記載について,E7大医学部に照会していたの
で,E6において直接同学部に取材したところ,同学部ではそのような研究が行われたこ
とはない旨の回答がされたことが判明し,また,同学部助教授が,科学的にもそのような
効果はない旨明言した。」という内容の記事が掲載された。
 これらの記事に対し,被告人は,A4,A8,A11ら幹部に指示し,同年10月中旬から同
月下旬にかけて,E6編集部に対し,連載を中止し謝罪文を掲載するよう抗議させ,同編
集部のあるE8ビルやD2編集長の自宅付近で抗議のビラをまかせたり,街宣車を使って
抗議をさせたりし,あるいは,A6と相談するなどしてE8ビルを爆破するための下見をさせ
るなどした。また,同月25日には,E8等を被告として名誉毀損による損害賠償請求訴訟
を提起した。
 6 他方,被告人は,同月9日及び同月16日,E9放送のラジオ番組に電話で生出演
し,E6の特集記事に対し反論した。同月16日の同番組では,B2弁護士も,電話で生出
演し,未成年者の出家,高額な布施,血のイニシエーションなどについて批判的な意見
を述べた。
 そして,同月21日には,教団に入信して家に帰ってこない子供の親たちが,B2弁護士
の支援の下で,オウム真理教被害者の会(以下「被害者の会」ともいう。)を結成し,B5が
その会長に就いた。
 7 E10テレビは,同月26日,教団の長時間水中に潜る水中クンバカを取材し,これを
翌日,被害者の会関係者のインタビューと共にテレビ放映することを予定していた。被告
人は,その情報を入手したA8から報告を受け,A8に対し,その番組の放映についてE1
0テレビと交渉するよう指示した。A8は,同月26日夜,A11及びA10と共にE10テレビ
に赴き,その放映予定のインタビューが,B2弁護士,D2編集長及びB5会長による教団
を批判する内容のものであることを知り,その旨被告人に報告し,その指示を受けてその
番組の放映を中止するようE10テレビ担当者に働き掛け,これを中止させた。
 8 被告人は,同月28日から同月30日までの間にサティアンビルで開かれた大師会議
において,出席していたA6,A11,A4,A8,A7,A10,A12,A13らに対し,あらかじ
め入手していた被害者の会の活動状況に関する情報を基に,被害者の会を組織したの
はB2弁護士であり,E6の記事に関する情報が被害者の会から流されていることや,B2
弁護士は,被害者の会から弁護士を介して警察に事情を話し教団を捜査させるという考
えを持っていることなどを話し,A11やA10らに対し,B2弁護士に抗議をするよう指示し
た。
 A11及びA10は,同月31日夜,A8と共に,B2弁護士の勤務するE5法律事務所を訪
れ,DNAのイニシエーションについて説明し理解を求めたが,B2弁護士にそれでは科
学的な証明とはいえないなどと言われて議論は平行線となった。B2弁護士は,A10に
対し,被害者の会の目的は,会員である親たちのもとに信者の子供たちが戻ることができ
るようにすることである旨説明し,未成年の出家信者は必ず家に帰し,他の出家信者に
は少なくとも家に連絡をさせることなどを申し入れるとともに,会員から教団に対し法的措
置をとることも考えている旨伝えた。これに対し,A10は,被害者は子供たちのほうであ
り,子供たちのほうから親たちに対し,監禁罪等を理由に告訴し,あるいは,訴訟を提起
する考えがある旨答えた。
 A11,A10及びA8は,B2弁護士の顔写真入りプロフィールが記載されたパンフレット
をE5法律事務所から持ち帰り,同日深夜,被告人に対し,同日におけるB2弁護士との
話合いの状況について報告するなどした。
 9 被害者の会は,同年11月1日ころ,教団に公開質問状を送付し,同書面により,被
告人に対し,水中で自らの意思で仮死状態になる水中サマディや蓮華座を組んだまま
空中に浮かぶ空中浮揚を公開して実演するよう要求した。
 被告人は,同年11月1日か2日にサティアンビルで開かれ,A6,A11,A4,A8,A7,
A10,A12,A13らが出席した大師会議において,その公開質問状を読み上げさせる
と,その場は,被害者の会に対する反発の声や反感の情で包まれた。
 10 被告人は,B2弁護士が,教団に批判的な特集記事を掲載しているE6編集部に教
団や被告人に関する情報を提供し,公開質問状を送ってきた被害者の会の実質的リー
ダーとして同会を指導している人物であると考え,また,同弁護士自らもラジオ番組等で
教団や被告人に批判的な意見を述べ,教団側との話合いの中でも法的措置をとる旨明
言していたことから,B2弁護士の活動をこのまま放っておくならば,勢力を伸張させようと
している教団や最終解脱者を自称する被告人自身が打撃を受け,教団からの出馬を決
めている次回の総選挙に向けての選挙活動に支障を来し,総選挙の結果にも悪影響を
及ぼすものと考え,B2弁護士を殺害することを決意し,同月2日深夜ないし翌3日未明こ
ろ,A6,A8,A4,A7及びA14の5名をサティアンビル4階の瞑想室に呼び寄せた。
 被告人は,A6らに対し,「もう今の世の中は汚れきっておる。もうヴァジラヤーナを取り
入れていくしかないんだから,お前たちも覚悟しろよ。」などと教団による救済にとって障
害となるものに対しては殺人をはじめ非合法的な手段により対処していく趣旨のことを言
い,「今ポアをしなければいけない問題となる人物はだれと思う。」と述べて,教団にとっ
て最も障害となる殺害しなければならない人物はだれかという意味の問い掛けをした後,
B2弁護士を名指しし,同弁護士について,被害者の会の実質的リーダーであり,将来教
団にとって非常な障害になるから,同弁護士をポアしなければならない旨述べて,同弁
護士の殺害を指示した。
 続いて,被告人は,あらかじめA6らから,痕跡を残さずに人を短時間で死に至らせる
薬物であると説明を受けていた塩化カリウムの薬効等について説明するなどした後,駅
から自宅に帰る途中のB2弁護士を襲い,塩化カリウムを注射して殺害するよう指示し,A
6ら5名はこれを承諾した。また,被告人は,A4に対し,B2弁護士の住所を弁護士の在
家信者から聞き出すよう指示した。さらに,被告人は,A7らの意見を聞いた上で,被告人
の警護を担当する警備班に所属し教団の武道大会で優勝したA15が歩いている者を一
撃で倒せる自信がある場合には,A15に,B2弁護士を一撃で気絶させる役割を担当さ
せることに決めた。A8らは,被告人の指示を受け,瞑想室を出て,A15に対し,同人から
歩いている男を一撃で倒せる自信があることを聞いた上で,教団に敵対する外部の者を
被告人の指示により殺害することになったことを説明し,被告人の指名でA15がその者
を気絶させることに決まったのでその役割を果たすように告げ,A15の承諾を得た後,被
告人にその旨を報告した。このようにして,被告人は,A6,A8,A4,A7,A14及びA15
ら6名(以下「実行犯6名」ともいう。)との間で,B2弁護士を殺害する旨の共謀を遂げた。
 11(1)A4は,同月3日午前8時ころ,九州在住の弁護士である在家信者に電話をしてB
2弁護士の住所が横浜市d1所在のF棟a号室であることを聞き出した。
 (2)被告人は,前記瞑想室で,A4からその旨の報告を受け,「そうか,分かったか。ほ
かの手段を使わなくて済んだな。よしこれで決まりだ。変装していくしかないな。」と言っ
た。同席していたA6が「スーツを買うんだったら幾らくらいかかるかな。」と言うと,被告人
は,「五,六十万もあれば足りるだろう。」と言って,A3に金員を用意するよう指示した。
 12 実行犯6名は,同日午前9時ころ,いすゞビッグホーンとニッサンブルーバードの2
台の車に分乗して富士山総本部を出発し,途中塩化カリウム飽和溶液の入った注射器
を用意したり,2台の自動車に無線機を取り付けたり,変装用具を身に着けたり,手袋や
スーツ等を購入して着用したりするなどして準備した上,同日夕方ころ,B2弁護士方付
近に到着した。
 13 実行犯6名は,B2弁護士方付近を下見した後,二手に分かれ,A8及びA7はブル
ーバードに乗車して同弁護士方の最寄りの駅であるJR洋光台駅前でB2弁護士が現れ
るのを待ち,他の実行犯4名はビッグホーンに乗り,B2弁護士方付近の路上でA8らから
の連絡を待った。B2弁護士がなかなか現れないことから,A8及びA15がB2弁護士方
に電話をしたが,だれも電話に出ることはなかった。その旨の連絡を受けたA4は,同日
午後10時半過ぎころ,B2弁護士方の様子を探り,戻ってきて,A6に対し,B2弁護士方
居室内に明かりがついていること及びその玄関ドアの錠が掛けられていないことを伝える
とともに,B2弁護士が帰宅しているかもしれない旨話し,さらに,A6と共に,無線を通じ
て,そのことを駅前で待機しているA8に連絡した。
 14(1)A8は,同日午後11時ころ,被告人に対し,電話で,A4らから聞いたB2弁護士
方の状況を説明し,どうすればいいか指示を仰いだ。
 被告人は「じゃ,入ればいいじゃないか。家族も一緒にやるしかないだろう。」と言い,さ
らに,「人数的にもそんなに多くはいないだろうし,大きな大人はそんなにいないだろうか
ら,おまえたちの今の人数でいけるだろう。今でなくても,遅いほうがいいだろう。」などと
言って,夜遅くまで待ってもB2弁護士が現れない場合には,帰宅途中のB2弁護士を襲
う従前の計画を変更し,B2弁護士方に侵入し家族以外の者がいなければB2弁護士を
その家族もろとも殺害するよう命じた。
 A8は,その電話を終え,被告人からB2弁護士方に入れと言われた旨をA7に伝えた
後,ブルーバードでA7と共にビッグホーンのところに戻り,車外でA6及びA4に対し,被
告人からの指示であることを明示してその指示内容を言われたとおり説明した。
 (2)そして,A8,A6,A4及びA7の4名は,相談の上,最終電車までB2弁護士を待ち
それでも同弁護士が現れない場合には,午前3時ころにB2弁護士方に入り同弁護士及
びその家族を殺害することを決めた。A14及びA15もそのことを伝えられ,これを承諾し
た。
 (3)このようにして,被告人は,実行犯6名との間で,夜遅くまで待ってもB2弁護士が現
れない場合には,従前の計画を変更し,B2弁護士方に侵入し家族以外の者がいなけれ
ばB2弁護士をその家族もろとも殺害する旨の共謀を遂げた。
 15 実行犯6名は,再び二手に分かれ,A8及びA7はブルーバードでJR洋光台駅前
に行き,A6ら他の実行犯4名はそのままB2弁護士方付近路上に駐車したビッグホーン
に乗車し,それぞれ待機した。
 実行犯6名は,最終電車まで待ったが,B2弁護士が現れなかったため,B2弁護士方
に侵入して家族以外の者がいなければB2弁護士を家族もろとも殺害するようにとの被告
人の指示を実行することとし,A14において塩化カリウム飽和溶液の入った注射器3本を
携帯し,A4,A7,A15及びA14において手袋を着用するなどして,実行犯6名は,B2
弁護士方に向かい,同月4日午前3時過ぎころ,B2弁護士方に侵入した。
 A8は,B2弁護士方寝室でB2弁護士及びその家族が就寝していること及びB2弁護士
方には他に人がいないことを確認した後,他の実行犯5名に合図し,実行犯6名は,B2
弁護士,B3及びB4の3人が就寝している寝室に入った。
[罪となるべき事実]
 被告人は,A6,A4,A8,A7,A14及びA15と共謀の上,B2(当時33歳),B3(当時
29歳)及びB4(当時1歳2か月)を殺害しようと企て,平成元年11月4日午前3時過ぎこ
ろ,横浜市d1所在のF棟a号室のB2方において,
第1 B2の身体に馬乗りになり,その顔面を数回手けんで殴打し,同人の背後からその
頸部に腕を巻き付けて頸部を絞め付けるなどし,その場の状況から塩化カリウム飽和溶
液の静脈注射をするには至らなかったものの,そのころ,同所において,同人を窒息死さ
せて殺害した
第2 B3の身体を押さえ付け,同人の腹部に数回両膝を落として打ち付け,同人の頸部
を絞め付け,その場の状況から塩化カリウム飽和溶液の静脈注射をするには至らなかっ
たものの,同人の右後方から右手を同人の前頸部に回してその着衣の左奥襟辺りをつ
かみ自己の左腰部との間にB3の頸部を挟んだ上右手を強く引いて同人の頸部を絞め
付けるなどし,そのころ,同所において,同人を窒息死させて殺害した
第3 B4の鼻口部を押さえて閉塞するなどし,そのころ,同所において,同人を窒息死さ
せて殺害した
ものである。
Ⅳ 教団の武装化
 1 被告人は,政治力を付け,教団の勢力を一段と拡大するために,平成2年2月3日
公示,同月18日施行に係る衆議院議員総選挙に真理党として教団幹部ら24名と共に,
東京都,神奈川県,埼玉県及び千葉県内の選挙区において立候補したが,いずれもわ
ずかの票数しか得られず全員が落選し,惨敗した。被告人は,このような結果に対し,得
票計算で不正が行われたなどと弁解した。
 被告人は,同年3月ころ,一部の教団幹部にボツリヌス菌の培養計画を実施させていた
が,同年4月ころ,第1サティアン4階の被告人の部屋に,A3,A11,A6,A7,A16,A
17,A8,A9,A18,A19,A14,A20,A21,A22,A23など教団幹部ら二十数名を
集め,同人らに対し,「今回の選挙は私のマハーヤーナにおけるテストケースであった。
その結果,今の世の中は,マハーヤーナでは救済できないことが分かったので,これから
はヴァジラヤーナでいく。現代人は生きながらにして悪業を積むから,全世界にボツリヌ
ス菌をまいてポアする。」「中世ではフリーメーソンがペスト菌をまいた。それでヨーロッパ
の人口は3分の1か4分の1になった。今回まくものは白死病と呼ばれるだろう。」「本来な
らばこれは神々がすることであるが,神々がやると残すべき人を残すことができないので
我々でやる。オウムの子供たちを残していく。」などと言い,猛毒のボツリヌストキシンを生
成するボツリヌス菌を大量に培養してボツリヌストキシンを世界中に散布して多くの者を殺
すという無差別大量殺りくを実行するよう指示し,「救済の計画のために私は君たちを選
んだ。」と言って話を締めくくった。
 これを受けてCSI,いわゆる科学班のリーダーであるA6の指示に基づき,大学院で獣
医学や医学を専攻していたA19及び医師の資格を有するA14らが,山梨県西八代郡e
1村の第1上九と称する場所に建設されたプラントでボツリヌス菌の大量培養計画を進
め,A16らが,このプラントを運転し,A18やA21らが,培養された細菌を噴霧する装置
を製作し,同月ころから同年5月ころにかけて,A7やA20らが,噴霧装置の備え付けら
れたトラックで,培養された細菌を都内等数箇所において噴霧したが,毒性のあるボツリ
ヌス菌が培養されていなかったため,人を殺害するには至らなかった。
 被告人は,そのころ,クンダリニー・ヨーガの成就者に師,マハームドラーの成就者に正
悟師,大乗のヨーガの成就者に正大師の各ステージをそれぞれ与えることとし,同年7
月,A6,A7及びA16がマハームドラーを成就したものと認めて,同人らに正悟師のステ
ージを付与した。
 2 被告人は,日本シャンバラ化計画の一環として,阿蘇山麓にある熊本県f1村に教団
の施設を造ろうと考え,同年5月ころ,同所の土地を取得し,施設の建設工事を進めるな
どしていたが,これに反対する住民との間でトラブルとなり,教団は社会的にも強く非難さ
れ,その後,同年10月下旬から11月にかけて国土利用計画法違反などによりA10,A8
及びA3らが逮捕され,全国の教団施設が捜索を受けるなどした。
 これに先立ち,A6は,被告人の指示に基づき,同年9月ころ,自らが中心となって,ホ
スゲン爆弾による無差別大量殺りくを企て,ホスゲンを生産するプラント及びホスゲン爆
弾を造るのに必要な硝酸を生産するプラントを建設することとし,当初は第1サティアン
で,同年10,11月ころからは熊本県f1村で,A18,A23,A21,A14らがA6の指示を
受けて,ホスゲンや硝酸のプラント造りに携わった。しかし,いずれのプラントも完成する
ことなく,平成3年8月ころ,その計画は立ち消えになった。
 3 被告人は,そのころから平成4年秋くらいまでの間,生物・化学兵器等による殺りく計
画に関する話をすることはなく,国外では,信者らを連れ,救済ツアーあるいは巡礼ツア
ーと称して,チベット,ラオス,スリランカ,インド,ロシア連邦,ブータン,ザイールなどを
訪問し,その国の政府要人や著名な僧侶等と会い,種々の援助をし,仏跡を巡り,スリラ
ンカ支部やモスクワ支部を開設するなどし,国内では,テレビに出演し,雑誌等で著名人
と対談し,大学での講演会や教団各支部での説法を精力的に行い,支部活動に力を入
れるなどし,国内外で,入信者や出家信者の拡大に努めた。
 また,CSIは,平成3年9月ころ,広報技術部に名称が変更されたが,そのリーダーであ
るA6ら同部所属のメンバーは,被告人の指示により,教団には高度の科学技術があると
いうことを外部に知らしめ,理科系の優秀な人材を多数入信,出家させるため,飛行船の
ほか,ホバークラフト,フリークラフト,多足歩行ロボット,ビラ配りロボットなど一応外観上
それらしいものを製作し,これらを教団の宣伝ないし広報のために利用した。
 このような教団における種々の活動等により,E11大学大学院で有機化合物の合成等
について研究をしていたA24や,E12大学大学院で物理学を専攻していたA25らが出
家するに至った。
 4 被告人は,平成4年11月に行われた全国の大学での講演会において,「ヨハネの
黙示録」や「ノストラダムスの予言」を解読したとして「これから2000年にかけて,筆舌に
尽くしがたいような,激しい,しかも恐怖に満ちた現象が連続的に起きる。世界的に戦争
が起き,そこでは核兵器だけではなく生物兵器や化学兵器も使用される。その結果,文
明国では10分の1くらいの人間しか生き残らない。10人中9人は死んでしまう。」などと説
いた上で,「皆さんに伝授する瞑想法に熟達すれば,多くの外的刺激に対し,生理的,
機能的に変化の起きないような自分自身を形成することができる。瞑想ステージが高い
ほどその生命維持機能は強くなる。例えば,酸素濃度が危険値に突入したとしても成就
者は危険な状態にはならない。」などと述べ,暗に,生き残るためには教団に入信して被
告人の下で修行し成就するしかない旨示唆するなどし,高度の専門知識等を有する人
材の獲得に努めた。
 他方で,被告人は,そのころ,関西の大学での講演会に随行したA6,A18,A23ら広
報技術部の信者らに対し,「またヴァジラヤーナを始めるぞ。」などと話した。その後,A6
は,A34県内にある教団関連の鉄工所からの帰途,A23に対し,同鉄工所から持ち帰っ
たプラズマ切断機を参考にしてプラズマについての装置を造るように指示し,A23はそ
の製造に従事した。被告人は,平成5年春ころ,A23らに対し,強力なマイクロ波を発生
させて物を焼き溶かすプラズマ兵器の製造を指示し,業者からマイクロ波を発生させるパ
ワーユニット等を購入させるなどしたが,結局プラズマ兵器を完成させるには至らなかっ
た。
 5(1)被告人は,教団の武装化の一環として武器を製造することを考え,同年2月上旬こ
ろ,第2サティアン3階の被告人の瞑想室において,広報技術部のA6,A18,A25及び
A23に対し,「もう理由は分かっているだろうが」と言い,武力による教勢の拡大を図るた
めに必要な武器を製造するためであることは言わずもがなであるという趣旨の前置きをし
た後,「教団で実際に造れるように,ロシアに武器の情報を集めに行け。」と指示し,武器
の例として,ピストルよりも大きい銃,ラムジェットと呼ばれるロケットエンジン,固体燃料で
飛ぶロケットなどを挙げた。
 そこで,A6,A18,A25及びA23らは,同月11日から同月28日までの間,被告人らの
前記訪問等により政府要人らとのつながりのできたロシア連邦に赴き,軍の施設や大学,
研究所等を訪れ,銃やロケット等について種々の説明や講義を受けるなどし,教団自ら
が設計製造するために,旧ソ連軍に採用された初速900m毎秒の弾丸を発射できる自
動小銃「アブドマット・カラシニコフ1974年式」(以下「AK-74」という。)1丁を入手し,こ
れを分解して銃身及び弾倉の各一部や銃床など大型で銃の部品と一見して分かる部分
を除いたAK-74の部品多数と適合実包10発くらいを日本に持ち帰った。
 被告人は,帰国したA6らから報告を受け,AK-74を模倣した自動小銃を製造しようと
考え,同年3月初めころ,A26を自動小銃製造の責任者に指名して,その製造作業を進
めるよう指示した。
 (2)その後,A26は,第1サティアン1階で,A6らが持ち帰ったAK-74の部品を基に
して設計図を作成し始め,A6と相談するなどして,部品の素材について銃床を木製から
プラスチック製に,尾筒を鋼鉄製からステンレス製に変更するなど一部AK-74と異なる
ものを採用することとし,銃部品と分からないような形状のばねやピン部品は,教団の在
家信徒が経営する会社や一般業者から購入することとした。
 (3)さらに,A18及びA23は,被告人の指示により,同年5月4日から同月28日までの
間,ロシア連邦に赴き,弾丸の製造法や火薬プラントのほか,自動小銃の金属部品の表
面に窒素を浸透させてその表面を硬くし耐摩耗性を強めるために行う窒化処理の方法
について調査し,窒化炉の図面等を入手するなどし,帰国後,A18が中心となって窒化
炉の設計を始めた。
 6 被告人は,核兵器の開発を企て,同年4月ころ,国内数箇所でウラン鉱石の有無を
調査させ,また,同年9月8日から同月18日までの間,A6ら広報技術部の信者らを連れ
て,オーストラリアに赴き,ウラン鉱石の存在する可能性があるとして既に購入させていた
牧場で,ウランの採掘調査をしたが,核兵器を製造するに足りる十分なウランを確認する
ことができなかったため,核兵器開発計画は実現するに至らなかった。
 7 A19は,平成4年ころから,毒性のある細菌類などを扱うことのできる気密性のある
部屋をあてがわれ,同所で,猛毒の炭疽菌やボツリヌス菌などの細菌類等について研究
していたが,A11又はA6は,被告人の指示に基づき,平成5年5月ころ,A19,A14,A
23,A21ら多数の教団幹部又は広報技術部の信者らに指示し,東京都江東区g1にあ
る8階建ての亀戸道場内に,炭疽菌を大量に培養してこれを同建物から外部に噴霧する
施設を造らせた上,同年六,七月ころ,2回にわたり,同建物の屋上から周辺一帯に炭疽
菌を噴霧し,特に,2回目の際には,被告人自ら現場で指揮をとったが,その毒性にも疑
問があったほか噴霧の際の高圧で菌が死滅するなどしたため,人を殺害するには至ら
ず,異臭騒ぎを起こすにとどまった。
 被告人は,その後,炭疽菌の培養施設をe1村内の教団敷地であるいわゆる第2上九
に移転させて,引き続きA19らに炭疽菌等の培養をさせ,A11を介してA27やA21らに
トラックを改造した噴霧車を造らせるなどした上,同年七,八月ころ,2回にわたり,自らも
A19やA7と共に噴霧車に乗車し,東京都内及びその周辺地域において,同噴霧車か
ら培養した細菌を散布させたが,人を死に至らせる毒性を持つ炭疽菌等を培養すること
ができなかったため,人を殺害するには至らなかった。
 8 被告人は,同年4月9日,高知支部での説法において,第3次世界大戦で使われる
中心的兵器はプラズマであり,ABC兵器,すなわち,原爆,水爆,中性子爆弾などのA
兵器も,トキシンつまり毒素を出す生物兵器であるB兵器も,サリン系のものなどの化学
兵器であるC兵器も,プラズマ兵器に対抗することができない旨述べる中で,「サリン系の
ものもプラズマによりすべて原子の状態に戻り,これにより力が発揮できなくなるが,これ
には抜け道があり,例えば,そのものが毒性がある塩素やフッ素等の場合,電離したとし
ても,それをもし吸ったならば相当の被害を与えることができるだろう。その場合,その元
素そのものを化学反応させない形で保存しなければならない。」などとそのサリンに関す
る知識を吹聴した。
 9(1)サリン(化学名はイソプロピルメチルホスホン酸フルオリダート)は,有機リン系の化
学物質であり,無色無臭で常温では液体であるが揮発性が高く,VX,ソマン,タブン等と
並ぶ化学兵器である。サリンは,気化するなどして体表から又は呼吸によりヒトの体内に
吸収され,神経伝達物質であるアセチルコリンを分解する酵素であるアセチルコリンエス
テラーゼの活性部位に作用してその作用を阻害し,その結果,呼吸筋に障害を起こし,
あるいは,呼吸中枢をまひさせるなどしてヒトを死に至らしめる。その毒性ないし殺傷力に
ついては,1立方メートル中にサリンが0.1g存在する場合,その中に1分間ばく露される
と,その半数が死に至るとされている。
 (2)被告人は,同年6月ころ,A6やA24らの意見を聴いた上,化学兵器の中でもサリン
をしかもプラントで大量に製造しようと考え,A6を介するなどしてA24に対し,その生成
方法について研究するよう指示した。
 A24は,文献等を調査するなどして,第1サティアン4階で,まず標準サンプルとなるサ
リンの生成実験を始め,購入したメチルホスホン酸ジメチル(以下「ジメチル」という。)から
3段階の反応を経て,同年8月ころ,フラスコ内で少量のサリンの生成に成功した。A24
は,同月下旬ころ,e1村に建設中の第7サティアン脇にあるA24の実験施設であるX1棟
に移動し,同所で引き続きプラントにおけるサリンの大量生成の方法について研究を進
めた。
 (3)被告人は,そのころ,第2サティアン3階の被告人の部屋で,A3やA28の前で「私
の今生の目標は最終完全解脱と世界統一である。」旨の話をしてみせた。
 被告人は,第7サティアンに70tのサリンを生成するプラント(以下「サリンプラント」とい
う。)を造ろうと考え,同年8月末か9月初めころ,A11,A6,A7らの同席する第2サティ
アン3階の被告人の部屋において,A11の下で炭疽菌の培養,噴霧等に関与していた
A21に対し,「70tのサリンプラントを造ってくれ。いきなり大きいのでいこう。」などと言っ
て70tのサリンを生成することができるプラントの設計をするよう指示した。
 A21は,A24に聞いたり文献等を調査したりするなどし化学的知識を吸収してサリンプ
ラントの設計に取り掛かり,サリンプラントを設置する第7サティアンの建設を担当するCB
Iに対し,吹き抜け部分を一部設けてほしいなどの要望を出した。また,機械部品の製造
や溶接等に従事していたA27は,A11から,A21の設計に基づいてサリンプラントを建
設するよう指示された。
 A6は,同年夏ころ,被告人の意を受け,A7に対し,責任者としてサリン生成の原料と
なる化学薬品を購入する手続を進めるよう指示した。A7は,その後,A24の計算したサ
リンの大量生成に要する化学薬品の数量に基づいて,配下の教団信者に対し,A7の取
り仕切っていた教団のダミー会社を通じて,サリンの大量生成に要する原料であるフッ化
ナトリウム,イソプロピルアルコール等の化学薬品を購入するよう指示した。
 また,被告人は,サリンをヘリコプターで上空から散布することも考え,ヘリコプターの購
入を図り,A29やA30にヘリコプターの操縦免許を取らせるために,同人らを,同年9月
にはアメリカ合衆国に,平成6年2月にはロシア連邦に派遣した。
 (4)第7サティアンは平成5年9月完成したものの,A24はなおサリンプラントにおけるサ
リンの生成方法の研究について試行錯誤しており,同年10月ころからは,A14がサリン
中毒に備えるとともにサリンの生成方法について助言などするためにA24のしている研
究にかかわるようになり,A31及びA32もその補助者としてこれに関与するようになった。
 なお,被告人は,同月18日,広報技術部の名称を真理科学技術研究所に変更した。
 (5)被告人は,同月25日,清流精舎での説法において,「この1週間の間に,家族や弟
子が私に対して頭痛がする,吐き気がする,目の奥が痛いなどと言ってきたが,これらは
すべて,マスタードガスなどのびらん性ガスや,サリン,VXなどの神経ガスであり,私たち
の神経を冒し,私たちを死に至らしめるものである。そしてこの第2サティアンの出来事
は,このびらん系のガスと神経系の毒ガスが混ざったものを長期にわたり,第2サティアン
に対して攻撃した結果としての現象であった。」旨述べ,前記のとおり自らサリン等の製造
を弟子に指示しておきながら,教団敷地内で起きた出家信者らの症状について外部から
毒ガス攻撃を受けた結果であるなどとうその説明をした。
 (6)A24は,サリンの大量生成の研究を続け,A6,A14及びA21らと相談するなどした
上,同年11月ころ,サリンプラントにおける5工程から成るサリンの大量生成の方法を決
め,第1工程では,溶媒としてN-ヘキサンを用い,三塩化リン,メタノール及びNNジエ
チルアニリンを反応させて亜リン酸トリメチルを生成し,第2工程では,触媒としてヨウ素を
用い,亜リン酸トリメチルからジメチルを生成し,第3工程では,ジメチル及び五塩化リンを
反応させてメチルホスホン酸ジクロライド(以下「ジクロ」という。)を生成し,第4工程では,
ジクロ及びフッ化ナトリウムを反応させてメチルホスホン酸ジフロライド(以下「ジフロ」とい
う。)を生成し,第5工程では,ジクロ,ジフロ及びイソプロピルアルコールを反応させてサ
リンを生成することとした。
 10(1)被告人は,かねてから説法等の中で,E13会を非難し,平成2年の衆議院議員
選挙の際にE13会が選挙妨害をしたとか,E13会がメディアを利用してオウムを攻撃した
などと主張してE13会を誹謗中傷するとともに,E13会の名誉会長であるD3に対しては
世界を崩壊させようとしているフリーメーソンの日本における手先であり,多くの人をだま
して来世悪趣に転生させてしまうのでこれを防がなければならないなどと主張してこれを
敵対視し,その殺害の機会をうかがっていたが,前記のとおりサリンの大量生成の方法に
ついてめどがついたことから,その製法によって生成されたサリンを使ってD3を暗殺する
ようA6らに指示した。
 (2)A6らは,当初,暗殺の手段としてラジコンヘリコプターにより空中からサリンを散布
することも考え,ラジコンヘリコプターを数機購入し,アメリカ合衆国から帰国したA29ら
にその操縦の練習をさせていたが,ラジコンヘリコプターを大破させてしまったことから,
その方法によることは止めて,乗用車の後部トランクに霧状に噴霧する農薬用噴霧器を
積載し,車を走行させながらサリンを噴霧することとした。
 そこで,A6,A7,A14及びA21の4名は,平成5年11月中旬ころ,前記の生成方法に
基づき生成されたサリンを含有する約600gの溶液(以下「600gサリン溶液」という。)を
注入した前記噴霧器の積載された乗用車に乗車し,D3が滞在しているとの情報を得た
東京都八王子市内にあるE13会の施設の周辺を走行しながら600gサリン溶液を噴霧し
た(以下,この事件を「第1次D3事件」という。)が,D3の殺害には至らなかった。
 (3)他方,A6ら4名は,車内で防毒マスクをしておらず,車内に流入したサリンにより,
程度の差はあれ,手足が震える,息が苦しくなる,目の前が暗くなるなどのサリン中毒の
症状が現れたが,付近に乗用車を停め,A14があらかじめ用意していたサリン中毒の治
療薬であるパムを注射して事無きを得た。その後,A14は,現場近くまで来ていた被告
人に「サリンを吸って死にかかりました。」と報告すると,被告人から「死ななくてよかった
な。」と言われた。
 11(1)A6は,再度,被告人から,教団で生成したサリンを使ってD3を暗殺するよう指示
を受け,サリンによる殺傷力を高めるために,A14に対し,5㎏のサリンを造るよう指示す
るとともに,A21に対し,サリンをガスバーナーで加熱し気化させて噴霧することのできる
噴霧車を製作するよう指示した。そこで,A14及びA24は,前記の5工程の生成方法に
より,サリンを含有する約3㎏の溶液(以下「3㎏サリン溶液」という。)を生成し,A21は溶
接班のメンバーに指示して,鉄板の上にサリンを滴下して気化させそれを大型ファンで
上方に排気する構造の噴霧装置を幌付きの2tトラックの荷台に装備しサリン噴霧車を製
作した。
 (2)A6及びA7は,同年12月中旬ころ,3㎏サリン溶液を入れたサリン噴霧車で,D3が
滞在しているとの情報を得たE13会の前記施設前に赴き,同人を暗殺しようとして,同所
でサリンの噴霧を始めた(以下,この事件を「第2次D3事件」という。)。しかし,ほどなく後
部荷台の幌内部が燃え始めたため,同施設の警備員に不審を抱かれ,A6及びA7は,
同所でのサリン噴霧をあきらめてその場から逃走した。
 A6及びA7の両名は,ビニール袋を頭から被り酸素ボンベからエアラインを通して酸素
を送り込む方式の防毒酸素マスクを着用していたが,サリン噴霧車を運転していたA7
は,警備員の追跡から逃れる途中,防毒酸素マスクを外すなどしたため,サリンに被ばく
し,次第に視界が暗くなり,呼吸困難に陥り,やがてひん死の状態に至った。
 (3)医療役としてワゴン車で現場付近に赴き待機していたA14及びA19らは,A6及び
A7と合流し,A7に対しパム等を注射し,A6と共に人工呼吸を施すなどの救急救命措置
をとりながら,東京都中野区h1にある教団附属医院にA7を搬送した。前回と同様に八
王子に来ていた被告人もその報告を受けて教団附属医院に赴き,同医院の医師である
A33に対し,サリンでD3を殺害しようとしてA7がサリンに被ばくした旨の説明をしてその
治療をするよう指示した。A14らの前記措置及びA33の治療によりA7は一命を取り留
め,症状は回復した。
 現場付近で待機しワゴン車で前記救急救命措置をとりながらA7を教団附属医院に搬
送したA14,A19及びA21は,視界が暗くなる,鼻水が出る,足や舌がしびれるなどの
症状が出たので,同人らにもパムが注射された。
 (4)第2次D3事件にかかわりA7の症状を目の当たりにした被告人及びA6ら教団幹部
らは,これを契機に,A24らが生成したサリンを加熱し気化させて噴霧した場合に相当な
殺傷力を有すること及びサリン中毒を避けるために前記防毒酸素マスクが有効であること
などを認識した。
 (5)被告人は,そのころ,亀戸道場の被告人の部屋で,信徒対応に当たっているA28,
A34,A22,A35らに対し,「サリンができた。あと3万人いれば何とかなる。だから,何と
してでも3万人のサマナを作らないといけないんだ。」などと大量の出家信者を獲得する
よう指示した。
 12(1)A6は,2度にわたりD3暗殺に失敗したことから,同月終わりころ,被告人の意を
受け,A14に対し,再度D3を暗殺するために使うサリンを50㎏造るよう指示した。
 (2)A14は,平成6年1月,A21に依頼して,X1棟内に強力な排気装置を備えた実験
室であるスーパーハウスを造らせ,A24と共にA32,A31,A36に指示しながら,同所
で,前記の5工程の生成方法により,第4工程まで生成を済ませた。しかし,同年2月上
旬から同月中旬にかけて,A14が別件でe1村を離れることが多かったことから,A21及
びA24が被告人に対しA14抜きで第5工程を行ってよいか相談したところ,被告人から
A14が戻るまで第5工程を実施するのを待つよう指示された。
 A14は,同月中旬ころ,e1村に戻ってサリン生成作業を再開し,サリンプラントの設計
に資するために反応熱等のデータを入手したかったA21らと共に,第7サティアン3階に
おいて,防護服を着用し,容量が100リットルのグラスライニング製反応釜などを使用して
第5工程の作業を実施し,サリンを含む溶液約30㎏を生成した。なお,同工程におい
て,A14らは,当初予定していた量を超えてイソプロピルアルコールを加えたため,サリ
ンのほかメチルホスホン酸ジイソプロピルも生成されてサリンの含有率は約70%となり,さ
らに,反応釜の内部のグラスライニングされているコバルトを含有するガラスが溶け出て,
生成されたサリンを含有する溶液は青色を帯びた(以下,この溶液を「青色サリン溶液」と
いう。)。
 ほどなくして,被告人は,約30㎏の青色サリン溶液が生成された旨の報告を受けた。
 (3)A14は,青色サリン溶液約30㎏をA21らと共に3個のテフロン容器に小分けしてそ
の容器を第7サティアン3階の小部屋に保管し,その後同年4月になってその容器をX1
棟内に移してA24の下で保管するに至った。
 13 被告人は,かねてから自己の前生は中国を宗教的政治的に統一した明の朱元璋
であるなどと公言していたが,同年2月22日から数日間,A6,A7,A28,A8,A19,A
14ら教団幹部や真理科学技術研究所のメンバーその他の出家信者ら合計約80名を引
き連れて中国に旅行し,前世を探る旅として朱元璋ゆかりの地を巡った。
 被告人は,その旅の途中,ホテルの一室で,約80名の同行した出家信者に対し,タン
トラ・ヴァジラヤーナにおける五仏(ラトナサンバヴァ,アクショーブヤ,アミターバ,アモー
ガシッディ,ヴァイローチャナ)の法則について,「ラトナサンバヴァの法則とは,財というの
ものはもともと個人に帰納されるものではなく,善あるいは徳のために使うべきであり,善
あるいは徳のために財を使うことができるとするならば,それは盗み取ってもいいという教
えである。アクショーブヤの法則とは,例えば毎日悪業を積んでいる魂は長く生きれば生
きるほど地獄で長く生きねばならずその苦しみは大きくなるので,早くその命を絶つべき
であるという教えである。アモーガシッディの法則とは,結果のために手段を選ばないと
いう教えである。」などと体系的に説いた上,「1997年,私は日本の王になる。2003年ま
でに世界の大部分はオウム真理教の勢力になる。真理に仇なす者はできるだけ早く殺さ
なければならない。」旨の説法をし,武力によって国家権力を打倒し日本にオウム国家を
建設して自らがその王となり,さらに世界の大部分を支配する意図を明らかにした。
 14(1)被告人は,そのために,サリンプラント製造計画と自動小銃製造計画を軸とする
教団の武装化をより一層早める必要があると考え,中国旅行から帰国した直後である平
成6年2月27日ころ,亀戸道場において,中国旅行に同行したメンバーに対し,「私や教
団が毒ガス攻撃を受けている。このままでは殺されるからホテルに避難する。」などと言っ
て,都内のホテルE14に移動した上,同ホテルにおいて,亀戸道場から移動してきたメン
バーらの前で,「このままでは真理の根が途絶えてしまう。サリンを東京に70tぶちまくし
かない。」などと言い,さらに,A6,A8,A28らの前で,サリンによる壊滅後,日本を立て
直して支配するが,オウムが生き延びるためにも食糧事情等の調査もしなければならな
いという趣旨のことを話した。
 また,被告人は,同ホテルで,サリンプラントの設計担当者であるA21ら真理科学技術
研究所のメンバーを集め,同プラントの設計担当者を追加して工程ごとに設計担当者を
割り振るとともに,その設計を急ぐよう発破を掛けた。
 (2)被告人は,その翌日,千葉市内のホテルE15に移動し,同所に呼び寄せた真理科
学技術研究所のA26,A25やA23のグループに対し,「X2(A23)とA25は,X3(A2
6)のほうに入れ。AK-74,1000丁,一,二か月でできるか。」と言い,A23及びA25
に,A26が責任者を務めていた自動小銃の製造チームに加わり,自動小銃1000丁を
一,二か月で完成させるよう指示した。被告人は,その際,A23に対し,A6から指導を受
けながら,鍛造でAK-74の部品を製造すること及び,弾丸を造る目的で購入したもの
の部品が欠けていて正常に作動しないトランスファープレスを配下の信者を使って稼働
できる状態にすることを指示し,A25に対し,窒化炉の製作に携わっているA18を引き継
いでこれを完成させるよう指示した。
 (3)被告人は,同ホテルにおいて,A10,A34やA37らのグループに対しては,自衛
隊を取り込むために自衛隊員の意識調査をし,また,東京が壊滅した後に理想的な社会
を作っていくための作業として,現代の日本の矛盾点について1か月で調査するよう指示
するなどした。
 15 被告人は,同年3月11日,教団仙台支部において,一般信者に対し,「E16と呼ば
れる日本を闇からコントロールしている組織やそれと連動する『公安』等がイペリットガス
や神経ガスを,オウム真理教に対し,特に富士山総本部道場,第2サティアン,第6サテ
ィアンに対し噴霧し続けてきた。オウム真理教がこのままでは存続しない可能性がある。
オウム真理教が存続しなくなるとするならば,この地球は,そしてこの日本は完全なる壊
滅の時期を間もなく迎えるであろう。私の弟子たちや信徒は立ち上がる必要がある。皆さ
んの周りの多くのまだ無明に満ちた魂をしっかりと真理に引き入れ,この日本を,この地
球を救う必要があるんだということを厳に理解してほしい。さあ,君たちも自分自身の輪廻
を懸けて立ち上がってほしい。君たちにできる精一杯の救済活動,精一杯の聖・科・武の
実践に励んでほしい。」旨の説法をし,一般信者には,教団がサリンの大量生成や自動
小銃の製造などの武装化を進めていることを秘し,教団が国家権力から毒ガス攻撃を受
け続けているなどとうそを言い,危機的状況にあることを強調して国家権力に対する敵が
い心をあおり,これに対抗するためには「聖の実践(最高の聖者になるよう修行するこ
と)」,「科の実践(科学的知識を磨くこと)」及び「武の実践(耐える力を強めること)」に励
むことが重要である旨を説き,これを皮切りに以後同月下旬まで,大阪支部,高知支部,
杉並道場などにおいて,同趣旨の説法を行った。
 16 被告人は,同月中旬ころ,沖縄のホテルに宿泊した際,同ホテルで,同行していた
A7,A28,A22らに対し,「もうこれからはテロしかない。」などと言い,A7をリーダーとし
て,自衛隊出身あるいは武道のできる出家信者十数名をそのまま沖縄に残し軍事訓練
のためのキャンプをさせ,そして,同年4月6日ころには,そのうち約10名をロシア連邦に
派遣し,数日間,軍の施設で自動小銃等による射撃の訓練をさせた。
 被告人は,ロシア連邦から帰国した射撃訓練のメンバーらを集め,同人らの話やロシア
連邦での訓練の様子等を撮影したビデオなどに表れた浮ついた態度に腹を立て,お前
たちはこれから死んでもらう,オウムから抜け出したら殺すなどと強く言い,他方で,A6や
A7については,一度自分のために命を捨ててくれたから信用できる旨言うなどして,同メ
ンバーに対し,命懸けで事に当たるよう厳しくしったした上で,布施を集めることができる
者は支部に戻って布施を集め,それ以外の者は,A7をリーダーとする軍事訓練のキャン
プに入るよう指示した。
 なお,ロシア連邦における射撃等の訓練は,同年9月下旬ころにも,異なるメンバーで,
多種の武器を用いて実施された。
 17(1)A23らは,平成6年3月から自動小銃の製造に携わるようになり,週1回くらい被
告人に呼ばれて第6サティアンでのミーティングに加わり,進ちょく状況等について報告
するなどしていた。A23は,同年4月中旬ころまでに,鍛造部品のほかにも,自ら被告人
に申し出て鋳造部品の製作も担当するようになり,引き金,遊底,撃鉄など発射機能に関
係する機関部の21種類の金属部品を造ることになったが,鍛造では,余分にはみ出す
金属部分である「バリ」をマシニングセンターで取り除く後加工に時間がかかるという問題
があり,鋳造では,鋳型の中の隅々まで溶かした金属が行き渡らないという問題があった
ことから,同月下旬ころまでに,被告人にその旨報告した。
 被告人は,その際,A23に対し,「とにかく早く1丁造れ。」と言ったほか,「鍛造鋳造につ
いては新たに開発しなければいけないことがあるから,マシニングセンターのほうがすぐ
できるだろう。最初からマシニングセンターでやればいいだろう。」などと言い,上記21種
類の金属部品の製造方法をマシニングセンターで行うことに変更するよう指示するととも
に,マシニングセンターで部品を造るのにどれくらい時間がかかるか調べるよう指示した。
A23は,後者の指示に対し,各部品平均で4時間かかる旨報告すると,被告人から「もう
少し短くしろ。」と言われたことから,プログラムの改良等により30分縮めて平均3時間半
にした旨報告すると,被告人から「それでいい。」と言われた。
 また,被告人は,A6にマシニングセンターを購入するよう言い,A23に必要な台数をA
6に報告するよう指示した。A6は,A23から,21種類の部品について1部品につき1台
と,素材加工用2台の合計23台のマシニングセンターが必要である旨聞き,業者から1
台三,四百万円もするマシニングセンター22台を購入する手続をした。そして,A25が,
被告人の指示で,その22台に清流精舎にある1台を加えた23台のマシニングセンター
を第11サティアンに搬入し設置した。
 (2)A23らは,上記21種類の部品について清流精舎での試作を同年5月ころ終え,第
11サティアンでの量産の準備に入り,真理科学技術研究所所属の教団信者十数名をマ
シニングセンター担当者とし,試作段階で清流精舎で組んでいたプログラムを新しい機
械に合わせて組み直す作業をさせるなどし,第11サティアンで部品を製造する準備に当
たらせた。
 18 被告人は,平成5年12月ころから,信者らに電極付きの帽子を被らせて被告人の
脳波をその脳に送り込むというイニシエーション(PSI)を始め,これにより修行が飛躍的
に進むなどとして,在家信徒に対して,PSIの対価として高額の金員を徴収していたが,
さらに,平成6年6月ころからは,幻覚剤であるLSDの入った液体を飲ませるキリストのイ
ニシエーションを出家信者や在家信徒に実施してLSDのもたらす作用により神秘的な幻
覚体験をさせ,被告人に対する帰依を強めるとともに,その対価として高額な金員を徴収
し,また,同年秋ころからは,LSDと覚せい剤の入った液体を飲ませるルドラチャクリンの
イニシエーションを実施した。
 19 被告人は,同年5月ころ,A10らのグループに対し,オウムでも日本やアメリカ合衆
国のような省庁制度を作るので,その国家制度について調査するよう指示するとともに,
そのころ,日本国を壊滅した後における将来の国家体制を担うオウム国家の憲法草案を
起草するよう指示した。同年6月ころの段階での憲法草案には,主権は神聖法皇である
被告人に属することや神聖法皇に国家権力を集中することなどの規定が置かれ,国名は
太陽寂静国とされていた。
 また,被告人は,オウム国家の建設に向けて組織の改編を断行し,日本やアメリカの行
政組織を模した省庁制を採用することとし,教祖である被告人を頂点とし,その下に,被
告人が直轄する法皇官房(実質的責任者はA34),武装化に向けて兵器等を開発する
などしていた真理科学技術研究所が改編された科学技術省(大臣はA6),被告人やそ
の家族の警護や軍事訓練,スパイの摘発等を担当する自治省(大臣はA7),食品・生化
学関係の研究開発等を担当する厚生省(大臣はA19),信者の医療等を担当する治療
省(大臣はA33),信徒からの情報収集その他の諜報活動等を行う諜報省(CHS,大臣
はA28),被告人やその家族の世話をする法皇内庁(長官はA14)などの省庁を設け,
その大臣や次官には教団幹部を任命した。
 被告人は,同年6月26日深夜から翌27日未明にかけて,都内にある教団の飲食店
で,省庁制の発足式を行い,各省庁の大臣や次官を出席させ,各自をしてそれぞれの
決意を述べさせた。
 なお,省庁制の施行に伴い,ステージの制度の見直しもされ,師のステージが菩師長,
菩師長補,菩師,愛師長,愛師長補,愛師の6段階に細分化され,また,師の下に師補
などが設けられた。
Ⅴ サリンプラント事件(殺人予備)
(平成7年12月1日付け追起訴状記載公訴事実第3の事実)
[罪となるべき事実]
 被告人は,A6らと共謀の上,サリンを生成し,これを発散させて不特定多数の者を殺
害する目的で,平成5年11月ころから平成6年12月下旬ころまでの間,山梨県西八代郡
e1村i1所在の第7サティアン及びその周辺の教団施設等において,同サティアン内に設
置するサリン生成化学プラント工程等の設計図書類の作成,同プラントの施工に要する
資材,器材及び部品類の調達,その据付け及び組立て並びに配管,配電作業を行うな
どして同プラントをほぼ完成させ,さらに,サリン生成に要する原料であるフッ化ナトリウ
ム,イソプロピルアルコール等の化学薬品を調達し,これらをサリンの生成工程に応じて
同プラントに投入し,これを作動させてサリンの生成を企て,もって,殺人の予備をしたも
のである。
Ⅵ B6サリン事件(殺人未遂)
(平成8年3月5日付け追起訴状記載公訴事実第1の事実)
[犯行に至る経緯]
 1 B6(昭和32年1月17日生)は,昭和55年に司法試験第2次試験に合格し,昭和56
年から2年間の司法修習(第35期)を経て,昭和58年4月,横浜弁護士会に弁護士登録
して弁護士業務を始め,昭和63年4月には自宅のある神奈川県大和市内に法律事務所
を開設した。B6弁護士は,B2弁護士一家が行方不明となった平成元年11月,オウム真
理教被害対策弁護団に入り,平成2年以降,教団の出家者や自動車等の把握に努め,
e1村での教団をめぐるトラブルの担当者となり,教団を相手方とする民事訴訟等の代理
人として活動するなどした。
 また,B6弁護士は,平成5年7月ころから,教団信者の親族から依頼を受け,在家信徒
の出家をやめさせこれを脱会させるために,オウム真理教被害者の会のB5会長の長男
である元教団出家信者のD4らの協力を得るなどして当該教団信者に対するカウンセリン
グ活動を行い,平成6年5月ころまでの間に12人くらいの教団信者にカウンセリングを行
い,ほぼ全員が脱会した。B6弁護士は,カウンセリングの際には,教団の実態や教えの
矛盾に関する様々な話をした上で,同弁護士自身が実際に蓮華座を組んだまま跳び上
がった瞬間を撮影した,いかにも空中浮揚をしているように見える写真を示し,被告人の
空中浮揚の正体を暴いて被告人が最終解脱者ではないことを分からせるようにし,脱会
を決意した信者については,その代理人となって,教団あてに詳細な脱会通知書を内容
証明郵便で送付し,被告人が当該信者に対し著しく不安をあおって出家させようとした上
借金までさせてPSI等の種々の費用を支払わせるなどの違法行為に及んだとして,民法
95条の錯誤無効等を主張し同信者の支払った金員の返還を求めるなどした。
 なお,平成3年11月ころ,第2上九の入口通路部分の境界をめぐり教団と地元農協との
間で争いがあり,一度打ち込まれた杭を教団側が抜いたため,住民がユンボを使って杭
をもう一度打ち込んだ。教団側は,その際,そのユンボが教団出家信者に当たったとし
て,教団幹部である弁護士のA10が原告である同出家信者の訴訟代理人となり,富士
吉田簡易裁判所に対し,前記住民を被告として損害賠償請求訴訟を提起した。B6弁護
士は,被告代理人の一人として加わり,中心となって訴訟活動を行ったが,平成4年8月
ころ,同裁判所から1万4000円の支払を命じる一部敗訴判決を受けたため,被告側が,
これを不服として,甲府地方裁判所に控訴した。B6弁護士は控訴人の訴訟代理人とな
り,A10が被控訴人の訴訟代理人となって,控訴審の手続が進められ,その第8回口頭
弁論期日が平成6年5月9日午後1時15分に指定された。
 2 被告人は,A10らから,このようなB6弁護士の訴訟活動や教団信者に対する出家
阻止,脱会のためのカウンセリング活動等について報告を受けていたが,オウム国家の
建設に向け大量の出家信者の獲得に精力的に努めている時期に,前記のB6自身の空
中浮揚の写真により被告人自身の空中浮揚の正体を暴き教団の実態等を明らかにする
などして在家信徒の出家阻止,脱会のための活動を活発化させているB6弁護士をこの
まま放置することはできず,教団の活動の妨げとなる同弁護士を排除する必要があるも
のと考え,平成6年5月上旬までに,同弁護士の殺害を決意するに至った。
 3 被告人は,同月7日ころ,第6サティアン1階の被告人の部屋にA10,A19,A14ら
を呼び,A10に対し,B6弁護士と次に会う日時場所や同人の同所までの交通手段を尋
ね,A10から,同月9日午後1時15分に甲府地裁でB6弁護士を相手方訴訟代理人とす
る口頭弁論期日があるが,同弁護士はいつも自動車を運転してきているから同期日も自
動車で来るであろうと聞いた。そこで,被告人は,A10,A19及びA14に対し,サリンの
隠語である「魔法」という言葉を用いて「B6の車に魔法を使う。」と言い,さらに,第1次D3
事件で噴霧したサリンが乗用車内に流入してきた経験を踏まえ,B6の運転してくる自動
車の外部,ボンネットなどにサリンを滴下して外気の導入口を通じて車内に気化したサリ
ンを流入させ,これを同人に吸入させるなどして同人を殺害することを命じ,A10,A19
及びA14はいずれも格別「魔法」の意味について聞き返すことなく,これを承諾した。
 被告人は,その際,A19及びA14に対し,サリンの代わりにA14の提案したアンモニア
を使って実際に普通乗用自動車の外部に滴下して気化したものが車内に流入するのか
試してみるよう指示した。
 4 その後,A19及びA14は,第6サティアン1階リビングにおいて,B6弁護士と同人の
自動車の後部が写っている写真をA10やA28と共に見て,B6の自動車が相模ナンバ
ーの三菱ギャラン(以下「B6車両」ともいう。)であることを知った。A19が,部屋から出て
きた被告人にB6車両がA17の車と同車種であることを伝えると,被告人は,A17のギャ
ランを実験に使うよう指示した。
 A19及びA14は,A17のギャランを借り受けた上,富士山総本部とe1村の間の山道
で,アンモニア水を同車のフロントグリル(ボンネットの先端部分)付近とフロントウインドー
付近にそれぞれ滴下し,空気循環を外気導入の状態にして同車を走行させるなどして比
較した結果,前者よりも後者のほうが車内でのアンモニア臭が強いことを確認し,同日昼
ころ,被告人にその旨を報告すると,被告人は「よし,そこでいい。」と言った。
 その場に同席していたA10は,A19及びA14に対し,甲府地裁の見取図を書き,駐車
場が表側と裏側にあり,B6弁護士は表の駐車場に駐車するであろうことを説明した。す
ると,被告人は,A19及びA14に対し,「おまえらは,裏の駐車場に停めろ。裏の駐車場
から歩いていってB6の車に掛ければいい。掛けた人を後で回収しろ。」などと具体的手
順を指示するとともに,サリンをB6車両に滴下する実行役について,「A38にやらせる。
B型女性はいったんやると決めたらためらわないから。わしのほうからA38に話してお
く。」などと言い,また,B6車両の駐車位置をA38らに教える役をA10の運転手であるA
37に割り当てる旨話した。
 5 A19及びA14は,同日午後,甲府地裁に車で下見に行き,その周囲を歩くなどし,
同日夜,A10が同席している第6サティアン1階の被告人の部屋で,被告人に対し,下見
の結果を報告した。
 その際,被告人は,サリンを入れる容器について,A14やA19の話を聞いて,A19の
持っているテフロン製の遠沈管を使うよう指示し,A38の服装等について,「裁判所にふさ
わしい服を着せろ。お布施のものがあるだろう。倉庫のかぎを開けてそこから借りればい
い。マスクとサングラスを掛けさせろ。化粧もさせろ。」などと話した上,自動車にサリンを
掛ける練習をA38にさせるよう指示し,さらに,甲府地裁に乗っていく自動車について,
「教団にお布施された車の中でまだ名義変更のされていないものを使え。ナンバーは不
自然ではない近県のナンバーを用意しろ。」などと指示した。
 また,被告人は,A19から,A38の化粧や服を選ぶことなどに関してA32を使っていい
か聞かれ,これを了承した。
 6 被告人は,同日夜,第6サティアン1階の被告人の部屋にA37を呼び,同人に対
し,「サマナを無理やり下向させているB6という弁護士がいる。明日もその関係で甲府で
裁判がある。B6に魔法を使う。君にはX4(A10)の車を運転してもらう。詳しいことはX5
(A19)たちに聞いてくれ。」と言って,B6弁護士の殺害に加担するよう命じ,A37はこれ
を承諾した。
 7 その後,A10,A19,A14及びA37の4名は,第6サティアン1階のリビングで,打合
せをし,(1)A37がA10を乗せた車を運転し,A19とA14がA38を車に乗せ,車2台で
別々に出発し,途中,甲府精進湖道路を抜けてしばらく行ったところにある大きく左側に
曲がり道路幅員が広くなっている所で待ち合わせをすること,(2)甲府地裁には表と裏に
駐車場があり,A10らの車は表側に,A19らの車は裏側に停めること,(3)B6は表側の
駐車場にB6車両(シルバー系統の相模ナンバーのギャラン)を駐車するであろうからそ
の駐車位置をA37がA19らに伝えること,(4)B6が法廷に行ったすきをねらって,A38
がB6車両の外気取入口に「魔法」を掛けること,(5)その後,A19らの車が,裁判所正門
から少し行ったところでA38を乗せること,(6)当日はあらかじめ各自で予防薬を飲んで
おくことなど翌9日の行動を確認した。
 8 被告人は,同月8日夜,第6サティアン1階の被告人の部屋にA38を呼び,同人に
対し,「やってほしい仕事があるんだが,やる気はあるか。」と聞いたところ,同人から「ぜ
ひやらせてください。」と言われ,「ちょっと危険なワークだけれども,できるかな。ある人物
をポアしようと思うんだよ。」などと述べて,B6弁護士の殺害に加担するよう命じ,A38は
これを承諾した。
 9 A14は,前記リビングでの打合せ後,予防薬のメスチノン,治療薬の硫酸アトロピン
やパム,注射器等を準備した上,A37に対し,2時間前にこれを1錠飲むよう指示してA1
0の分を含めた2人分のメスチノン2錠を渡したが,その際,E12大医学部卒業後同学部
付属病院研修医の経歴を有するA37に対し,A19やA14がサリン中毒になった場合に
は代わりにパムを注射してくれるよう頼んだ。
 A14は,第2次D3事件のときのように重症のサリン中毒者が出た場合などを慮り,なお
も不安を感じていたことから,教団附属医院の医師であるA33に手伝ってもらおうと考
え,被告人の了解を得た後,同月9日午前1時か2時ころ,A33に対し,「サリンの中毒患
者が出た場合に対処できるように準備して,午後2時ころ,甲府南インターで待っていて
ほしい。」旨依頼した。
 10 A19は,同日未明,第6サティアンにいるA38にワークだからすぐ来るように言って
A38を呼び出し,また,A32に指示して富士山総本部でお布施品の中からA38の着衣
等を選ばせたり,A38の着替えや化粧を手伝わせたりした。
 また,A19は,甲府地裁までの往復に使用する車両として,富士山総本部で,布施の
車の中から,名義変更のされていない名古屋ナンバーの普通乗用自動車ニッサンパル
サーを借り受けた。
 A14は,同日早朝,A19から,直径3ないし5㎝,長さ十二,三㎝の試験管のような形
でねじ込み式のふたの付いているテフロン製46㏄用遠沈管を3本くらい受け取り,X1棟
スーパーハウス内のドラフトにおいて,防毒マスク及び合成樹脂製の手袋を着用した上
で,当時X1棟内に保管されていた同年2月に生成した青色サリン溶液の一部を各遠沈
管に30ないし40㏄ずつ移し入れてふたをし,さらにふたの部分にシーロンテープ(サラ
ンラップを分厚くし更に伸縮し粘着性のあるもの)を巻き付けて溶液が漏れないようにす
るなどしてサリンを準備した。
 11 A19及びA14は,A38がサリンを吸い込まないで所定の場所にサリンを掛けること
ができるように,同年5月9日午前7時か8時ころ,A19専用の実験施設であるX5棟付近
で,前記遠沈管と同種の容器にサリンの代わりに水を入れ,A38に,自動車に水を掛け
る練習をさせた。
 まず,A19が,A38に実演してみせ,指示された車の方にゆっくり歩いていき運転席側
に近づきながら遠沈管のふたを緩め,自分の車かどうか確認する振りをしてボンネットと
フロントガラスの間にある溝に一気に掛け,掛け終わった後も,あわてて走ったりしないで
落ち着いてやり,車から離れながらふたを閉めるという内容の手本を具体的に示した。次
いで,A14も,A38に対し実演してみせ,A19の手本に加えて,「掛けるときには顔を背
けて,息は止めるように。手や服に付かないように気を付けるように。付いたらすぐに言う
ように。」などと言って,そのとおりの手本を示し,その後,A38が2回くらい練習をした。
 12 A19,A14及びA38は,同日午前9時ないし10時ころ,A19運転のパルサーで,
e1村の教団施設を出発し,途中,G店に寄り,A38がスーツに着替え,手袋とサングラス
を買うなどした後,A19らは甲府地裁に向かった。その車中で,A19は,A38に対し,
「今日はオウムの裁判があるから,これから甲府の裁判所に行く。そこで,私たちの指示し
た車に練習してもらったとおりやってもらう。」旨話した。
 他方,A10及びA37も,そのころ,A37運転の普通乗用自動車トヨタクラウンで甲府地
裁に向けてe1村の教団施設を出発し,その後,A10が,予防薬を飲むのを忘れていた
A37に注意し,車を停めて二人共メスチノンを1錠ずつ飲んだ。
 A19らとA10らは,事前の打合せで決めた待ち合わせ場所で合流し,A10,A19及び
A14は,同所で,前記口頭弁論が始まる時刻等を最終確認するなどした上,帰りにも待
ち合わせをすることとし,その場所については甲府地裁に着くまでに探すことを話し合っ
た後,再び2台の車両に前同様に分乗して同所を出発し,甲府市内に入って,帰りの待
ち合わせ場所を決め,甲府地裁に向かった。
 そのころ,A14は,A38に予防薬だから飲むようにと言って同人にメスチノンを1錠飲ま
せた。また,A19及びA14もメスチノンを1錠ずつ服用した。
 13 B6弁護士は,ギャランを運転して,同日午後零時15分ころ,甲府市j1所在の甲府
地裁に到着し,表側(西側)駐車場の正門より南側のスペースに駐車し,車内の空調は
オートエアコンで内気循環のままエンジンを停止し,窓は全部閉め,ドアも施錠した状態
で車を離れ,相代理人の弁護士と打合せをするため近くにある同弁護士の事務所に歩
いていき,その後同日午後1時15分ころ,甲府地裁における前記口頭弁論に出廷した。
 14 A19ら及びA10らは,同日正午ないし午後零時半ころ,甲府地裁に到着し,A19
らのパルサーは同地裁の裏側(東側)駐車場に駐車し,A10らのクラウンは表側(西側)
駐車場の正門より北側のスペースに裁判所の建物に背を向ける態勢で駐車した。
 A10は,南側に既に駐車してあるギャランに気付き,A37に指示して,車両ナンバーに
より同車がB6車両であることを確認させた上,A37に対し,B6車両の駐車位置をA19ら
に知らせるよう指示した。A37は,同裁判所の建物の中を通って裏側駐車場に行き,同
所に駐車中のパルサーの後部座席に乗り込み,A19,A14及びA38に対し,B6車両の
駐車位置を記した図面を見せながらB6車両の位置を教え,すぐにパルサーを降りて,同
裁判所の建物の外側を通って表側駐車場に駐車していたクラウンに戻った。
 15 A10は,同日午後1時15分前ころ,クラウンの窓を閉め,A37に対し,「裁判は5分く
らいで終わる。危険だから窓を開けるなよ。」と言って,クラウンを降り,同裁判所の建物の
中に入っていき,前記の口頭弁論に出廷した。
 16 一方,パルサー内で,A19は,A38に対し,やるべき行為を指示するとともに,その
行為後は正門を出て左側にある公園の時計台の下で待つように言った。また,A14は,
サリン中毒防止のために,A38に対し,合成樹脂製の手袋を渡し,G店で購入した手袋
の下にその手袋を着用するよう指示し,A38はそれを着用した。
 A38は,A14から,青色サリン溶液30ないし40㏄が入っている遠沈管1本を受け取っ
てスーツ上着のポケットに入れ,A19から,使用後の遠沈管を入れるためのチャック付き
ビニール袋を受け取って上着の反対側ポケットに入れて,同日午後1時15分ころ,サン
グラス,帽子,マスクを着用したまま,A19の合図に従ってパルサーを降り,同裁判所の
建物の北側を通って西側駐車場に行き,A37から教えてもらった場所に駐車中のB6車
両を見つけ,同車両に近づきながら,ポケット内から遠沈管を取り出してそのふたを開
け,同車両の運転席側に立った。
[罪となるべき事実]
 被告人は,A10,A19,A14,A37及びA38と共謀の上,サリンを発散させてB6(当
時37歳)を殺害しようと企て,平成6年5月9日午後1時15分ころ,甲府市j1所在の甲府
地方裁判所西側駐車場において,A38において,同所に駐車中のB6所有の普通乗用
自動車(B6車両)の運転席側のフロントウインドーアンダーパネルの溝及びその付近に,
所携の遠沈管内のサリンを含有する溶液30ないし40㏄を滴下し,サリンを気化発散させ
て同車両内に流入させるなどし,同駐車場及びその後の走行中の同車両内などにおい
て,前記口頭弁論などを終え同日午後1時30分ころ同車両に運転席側ドアを開けて乗り
込み同車両を運転し走行させたB6をしてサリンガスを吸入させるなどしたが,B6にサリン
中毒症の傷害を負わせたにとどまり,殺害の目的を遂げなかったものである。
Ⅶ 松本サリン事件(殺人,殺人未遂)
(平成7年8月7日付け追起訴状記載公訴事実・平成9年12月2日付け訴因変更請求
書)
[犯行に至る経緯]
 1(1)教団は,長野県松本市k1(以下「本件土地」という。)上に教団松本支部及び食品
工場を建設することを計画し,本件土地の使用権を取得するため,本件土地を賃貸借契
約に基づき使用する部分(315㎡,以下「賃貸借部分」という。)と売買契約により取得す
る部分(492㎡,以下「売買部分」という。)とに分け,賃貸借部分については,地主との間
で,教団関連会社であり被告人が代表者を務めるE17の名義で賃借し,売買部分につ
いては,仲介不動産業者が中間に入って地主から購入しそれを教団等が買い受けるな
どして,教団が本件土地全体を使用することとし,平成3年6月18日,進入路部分を含む
上記内容の賃貸借契約及び各売買契約が締結された。
 しかしながら,地元住民は教団の進出に対する反対運動を起こし,上記地主は,同年1
0月19日ころ,E17に対し,同社が賃貸借部分の賃貸借契約の際,教団が同部分を道
場として使用することを秘匿し,あたかもE17が工場兼事務所として使用するかのように
装って地主を欺罔したとして,詐欺を理由として賃貸借契約を取り消すとともに,要素の
錯誤を理由として契約の無効を主張する旨通知した。これに対し,教団は,本件土地に
建築面積514㎡余,延べ面積1646㎡余の食品工場及び事務所を建築する計画を維持
したまま,同年11月下旬ころ,建築主事による建築確認を受けた。
 (2)教団は,同年12月9日,長野地方裁判所松本支部(以下「地裁松本支部」という。)
に対し,k1地区の町会長を債務者として,教団が本件土地等に工場及び事務所を建築
するのを妨害してはならないことなどを求める仮処分命令の申立てをし,一方,地主も,
同月10日,同裁判所に対し,教団及びE17を債務者として,賃貸借部分に建物の建築
工事をしてはならないことなどを求める仮処分命令の申立てをした。
 これに対し,地裁松本支部は,平成4年1月17日,教団を巡って道場における未就学
児童問題,国土利用計画法違反問題等から各地で地元住民や信者の家族らとの間でト
ラブルが多発し,社会的な関心を呼んでいたことから実質的な借主が教団であるとの事
情は,地主が土地賃貸借契約という継続的な契約関係を結ぶか否かの判断に影響を与
えかねず,これを意図的に誤らせるような言動は取引上の信義則に反するとして,地主
の主張に係る詐欺を理由とする賃貸借契約の取消しを認めた上で,教団の申立てをい
ずれも却下する旨の決定及び地主の申立てを担保を立てることを条件に認容する旨の
決定をした。
 教団は,上記認容決定に対し,仮処分異議を申し立てるとともに,上記却下決定に対
し,東京高等裁判所に抗告したが,同年3月13日,抗告を棄却する旨の決定がされた。
 (3)そこで,教団は,賃貸借部分をも使用して教団松本支部及び食品工場を造ることを
あきらめ,当初の計画を縮小して,売買部分に教団松本支部を建築することとし,同月2
3日,建築面積299㎡余,延べ面積579㎡余の教会(布教所)を建築する計画につい
て,建築主事による建築確認を受けた。
 これに対し,地主は,同年4月3日,地裁松本支部に対し,教団及びE17を債務者とし
て,賃貸借契約の詐欺による取消しの場合と同様に売買契約の詐欺による取消しを主
張し,売買部分に建物を建築してはならないことなどを求める仮処分命令の申立てをし
たが,地裁松本支部は,同年5月20日,売買契約における仲介不動産業者の説明等
が,売買の取引慣行,信義則に照らして違法性があるとはいえず,詐欺を認めるだけの
疎明がない上,詐欺を理由として取り消された賃貸借契約と売買契約が経済的には密
接な関係を有しているとしても,両者の契約が運命を共にすべき理由はないなどとして,
地主の申立てを却下する旨の決定をした。
 そこで,地主は,同月27日,地裁松本支部に対し,教団等を被告として,売買部分の
所有権移転登記の抹消登記手続,売買部分の明渡し,本件土地における建物の建築
禁止等の判決を求める旨の訴えを提起した。地主側は,訴訟の中で,前記の教団を巡る
様々な問題を取り上げて教団の反社会性を強調し,詐欺を理由とする賃貸借部分の賃
貸借契約の取消しや売買部分の売買契約の取消しの有効性を基礎づける立証活動を
行うとともに,仮処分申立事件で詐欺を理由とする取消しが認められた賃貸借契約と売
買契約は取引の目的も契約締結も密接不可分で二者一体の関係にあり,観念的に分け
て考えることは全く無意味であるなどと主張した。
 (4)教団の代理人を務めていたA10は,これらの仮処分申立事件や訴訟の経過及び
結果については要所要所でポイントとなる部分を被告人に逐一報告していた。
 教団は,上記訴訟の係属中に教団松本支部を完成させたものの,被告人は,教団を
非難する地主を含む反対派住民やその申立てを認めて教団松本支部を縮小させた地
裁松本支部裁判官に反感を抱き,同年12月18日,教団松本支部で行われたその開設
式において,「現代は,正に世紀末である。この世紀末という意味は,1990年代を迎え
たという意味ではない。例えば,ノストラダムスの予言詩の中にこのような詩がある。それ
は『司法官が乱れ,そして宗教家が乱れる。』と。この『司法官が乱れ』とは,例えば,裁判
が正,あるいは邪というものの判定を正しくできなくなり,世の中に迎合し,そして力の強
いものに巻かれる時代,それと同時に宗教が本来持っている,宗教の特性である人々を
真に苦悩から解放するという役割を果たさないという意味である。正に現代はその時代で
ある。そしてこれは,今がその時代であり,そしてその成就は何を意味するかというと,私
たちの近い未来において大いなる裁きが訪れることを予言している。この松本支部道場
は,初めはこの道場の約3倍ぐらいの大きさの道場ができる予定であった。しかし,地主,
それから絡んだ不動産会社,そして裁判所,これらが一蓮托生となり,平気でうそをつ
き,そしてそれによって今の道場の大きさとなった。また水についても同じで,松本市はこ
の松本支部道場に,上水道,つまり飲み水を引くことを許さず,また下水道においても社
会的圧力に負け,何とか下水道を設置することは目をつむったわけだが,実際問題とし
て普通の状態で許可したわけではない。しかし,これらの現象は,別の見方をすれば大
変ありがたいことといわざるを得ない。それはなぜかというと,例えばある化学変化を起こ
す場合,その化学変化を起こす場合には二つの条件が必要となる。一つは熱であり,一
つは圧力である。また外的条件においては,触媒というものが必要となる。この三つをそ
れぞれ検討した場合,まず触媒はグルあるいは真理の教えというものがそれを果たし,そ
して熱はその中で生活しているつまり真理を実践している人たちが大いに功徳を積むこ
と,そして外的圧力とはいうまでもなく社会の理不尽な圧力である。これらの圧力,熱,触
媒という三つの力によって,普通では考えられないような化学変化が起き,新しい物質が
生成される。正にこれは私たちが,この汚れた人間社会から出離し,脱出し,解脱し,悟
るためのプロセスであるといわざるを得ない。そのような意味において,この社会的な圧
力というものは,修行者の目から見ると,大変ありがたいものであるということができる。し
かし,これは修行者から見た内容であって,これがもし逆にその圧力を加えている側から
見た場合,どのような現象になるのかを考えると,私は恐怖のために身のすくむ思いであ
る。」などと説き,地裁松本支部裁判官や地主ら反対派住民を敵対視し,これらの者には
将来恐るべき危害が加えられることを予言する旨の説法をした。
 (5)地裁松本支部は,前記民事訴訟の審理を経て,平成6年5月10日,同事件の弁論
を終結し,判決言渡し期日を同年7月19日と指定した。
 A10は,そのころ,被告人に対し,前記民事訴訟についていよいよ弁論が終結して判
決になる旨を報告し,その際,判決の見通しについて,仮処分時と特に状況は変わって
いない旨話したものの,仮処分申立事件で教団側の主張が認められた売買部分につい
て勝訴するとまでの断定的な言い方は控えるなど,賃貸借部分は無理でも売買部分に
ついては確実に勝訴できる旨の誤解を被告人に与えないように慎重に言葉を選びなが
ら意見を述べた。
 2 前記のとおり,被告人は,70tのサリンを東京に散布して首都を壊滅し,国家権力を
打倒して日本にオウム国家を建設し自らその王となってこれを支配することをもくろみ,既
に,サリンの大量生成やサリンプラントの建設を教団幹部らに指示してその計画を着々と
進行させ,自らが敵対視してきたD3やB6弁護士に対し,教団で生成したサリンを使用
するなどし,その過程で生成したサリンの殺傷力を確認するとともに,その効果を最大限
に引き出すためのサリンの噴霧方法やサリンを噴霧する側のサリン中毒を防止する方法
等について試行錯誤を繰り返していたものであるが,同年6月ころ,A6と相談した上,新
たに造る加熱式噴霧装置の性能ないしこれにより噴霧するサリンの殺傷力を実験的に確
かめておこうと考え,その使用する対象として,反対派住民である地主の仮処分の申立
てを認めて教団松本支部の建物を当初の予定よりも縮小させる原因を作り,本案訴訟に
おいても,賃貸借部分についてはもちろんのこと,売買部分についても教団に不利な判
決をする可能性もないとはいえない地裁松本支部を選び,新たに造る噴霧装置を搭載し
たサリン噴霧車により,昼間地裁松本支部を目標にしてサリンを噴霧し,自ら敵対視して
いた同支部裁判官のみならず同支部周辺の住民を殺害することを決意した。
 3 被告人は,同月20日ころ,A6の同席していた第6サティアン1階の被告人の部屋
に,A7,A19及びA14を呼び集め,同人ら3名に,「オウムの裁判をしている松本の裁
判所にサリンをまいて,サリンが実際に効くかどうかやってみろ。」と言った。続いて,A6が
「昼間,裁判所にまくことになる。サリン噴霧車ができ次第すぐにやる。」と言った。A7は,
第2次D3事件の際加熱用のガスバーナーの火が噴霧装置搭載部分に燃え移ったこと
に起因してサリンに被ばくしひん死の状態に陥ったことから,A6に対し,噴霧方法や防
御のマスクについて聞くと,A6は,ガスバーナーではなく電気ヒーターで加熱するので
大丈夫である旨及び第2次D3事件のときの防毒酸素マスクが有効であったのでそれと
同じものを着用する旨の返答をし,被告人もそのマスクを使用することを了承し,A14が
その防毒酸素マスクを準備することとなった。
 また,A7は,第2次D3事件の際警備関係者に不審を抱かれ追跡されたことから,警察
官や通行人に目撃された場合の対応策について聞くと,被告人は,「警察等の排除はX
6(A7)に任せる。武道にたけたX7(A22),X8(A39),X9(A15)の3人を使え。」と指
示し,また,サリン噴霧車の運転をA15にさせるように言った。
 このようにして,被告人は,A6,A7,A19及びA14に対し,地裁松本支部を目標とし
てサリンを噴霧し,同支部の裁判官ほか多数の者を殺害することを指示し,A6ら4名はこ
れを承諾して,ここに被告人ら5名はその旨の謀議を遂げ,サリン噴霧車の準備ができ次
第すぐにその計画を実行することとなり,最後に,被告人が「後はおまえたちに任せる。」
と言って,具体的な準備や実行はA6やA7に任せる旨を伝えた。
 4 A6は,その後,A7に依頼して,サリン噴霧車に改造するための2tアルミトラックを調
達した上,A18,A27ら真理科学技術研究所のメンバー数名に対し,これを改造してそ
の後部のアルミコンテナ部分に加熱式噴霧装置,すなわち,運転席からの遠隔操作によ
り,コンテナ上部の3個のタンク内の液体を,電気ヒーターで加熱した3個の箱型銅容器
内に落下させて,これを加熱して気化させ,コンテナ内に設置した大型送風扇で気化し
たものを外部に噴霧することができる装置を設けるよう指示し,同月27日朝までに,コン
テナの右側面に空気の取り入れ口が,左側面に噴霧口がそれぞれあり,いずれも下部
にちょうつがいを,上部に止め金が付けられ上から下にその開口部を開けることのでき
る,上記の指示に従ったサリン噴霧車を完成させた。
 5 A14は,サリンを噴霧する際に実行メンバーが着用する防毒酸素マスクの製作の指
示を受け,第2次D3事件のときに使用した防毒酸素マスクと同じ方式の,ビニール袋を
頭からかぶりそれに酸素ボンベからエアラインを通して酸素を送り込むというものに,さら
に,首の部分をひもで絞れるようにして脱げにくくしたものの製作に取り掛かった。また,
A14は,防毒酸素マスク用及び被ばくした際の治療用の酸素ボンベとして,実験用のも
のも含め,7立方メートルのものを3本,1.5立方メートルのものを8本くらい準備し,A6の
指示により,A6の指定した1人当たりの酸素量を15分間流せるかどうかを実験して確認
した。
 6 A7は,同月25日,サリン噴霧車の運転手を務めるA15と共に,地裁松本支部周辺
の下見に行った際,A15に対し,地裁松本支部に向けてサリンを噴霧する計画を打ち明
け,A15がサリン噴霧車を運転することになっていることなどを伝え,A15はこれを承諾し
た。A7らは,地裁松本支部周辺が詳しく掲載されている地図を教団松本支部の信者か
ら借り受けた後,地裁松本支部周辺を下見し,タバコの煙で風向きを調べながら,サリン
噴霧車を駐車してサリンを噴霧することのできそうな適当な場所を見つけて,e1村の教
団施設に戻った。
 7 A6は,同月26日,A14に対し,「明日実行する。」旨伝えるとともに,「X1棟でサリン
を噴霧車に注入してくれ。」と指示した。同日午後,A19は,A6の指示により,A14と共
に,サリン噴霧を実行する際自分たちが乗るワゴン車を借りるために松本市に赴き,その
際,地裁松本支部等を下見し,同日午後6時ころ,レンタカー業者からワゴン車を借りて,e
1村の教団施設に帰った。
 その後,A14は,実行メンバーのサリン中毒を予防し又はこれを治療するために,予防
薬のメスチノン,治療薬のパム,硫酸アトロピン等の医薬品や注射器,注射針等の器具を
準備し,さらに,X1棟に保管していた青色サリン溶液の入った容器を同棟内のスーパー
ハウス内に集めた。
 8 同月26日深夜から同月27日未明にかけて,東京都杉並区l1にある教団経営の飲
食店Hで,省庁制の発足式が開かれ,各省庁の大臣,次官100人くらいが出席し,被告
人の前で決意表明をし,A6,A7,A19,A14及びA22もこれに出席して決意を述べe1
村の教団施設に戻った。
 A7は,そのころ,A6から,サリン噴霧車が同月27日午前中に準備でき,昼ころ出発す
るので,第7サティアンの前に集まるように言われ,A22,A15及びA39に対し,同月27
日は用事があるので待機しておくように連絡した。
 A7は,同日早朝までにe1村の教団施設に戻り,第6サティアン2階のA7の部屋にA2
2,A15及びA39を呼び集め,3人に対し,同日松本に行き地裁松本支部にサリンを噴
霧すること,サリン噴霧車はA6が造って第7サティアンに置いてあること,サリン噴霧車の
運転はA15がすること,サリンを噴霧している最中に警察官等がくるなど妨害があった場
合は3人でこれを排除すること,万一の場合はA7がサリン噴霧車を運転して逃げること,
同日昼に第7サティアン前に集合して出発することになっていることなど地裁松本支部に
向けてサリンを噴霧し多数の者を殺害する計画を打ち明け,既にその話を聞いていたA
15のほかA22及びA39もこれを承諾した。
 その後,A39らは,A7の指示により,同日午後1時前ころ,サリン噴霧計画の実行メン
バー7名分の作業服上下,帽子,ベルト等を購入して第6サティアンに戻り,A7,A15,
A22及びA39の4名は付近の建物でその作業着に着替えるなどし,他の実行メンバー
にも作業着等を渡した。
 9 一方,A14は,省庁制の発足式からe1村の教団施設に戻り,同日午前10時ないし
11時ころ,完成したサリン噴霧車がX1棟内に運び込まれた際,A6から指示を受け,エ
アラインを通して空気が供給される防毒マスクと手袋を着用してサリン噴霧車のコンテナ
上部にある3個のタンクにサリンを約4リットルずつ合計約12リットル注入した。A14は,そ
の際,自分がサリン中毒になったときに備えて,A19にX5棟に待機してもらった。
 10 こうして実行メンバー7名は,当初の予定より遅れて同日午後3時半ないし午後4時
ころ,第7サティアン前に集合し,出発の準備を終え,A15の運転するサリン噴霧車の助
手席にA6が,A39の運転する前記ワゴン車にA7,A19,A14及びA22がそれぞれ乗
り込んで出発し,一般道路を使って松本市に向かった。
 A14は,途中長野県諏訪市内のディスカウントストアーの前で2台の車両が停車した
際,ワゴン車に乗車している他の4名に対し「予防薬だから飲んでください。」と言ってメス
チノンを1錠ずつ渡したほか,サリン噴霧車のところに行ってA6に2人分のメスチノンを渡
すなどして実行メンバーにメスチノンを飲ませた。また,A14は,松本市に行く途中の車
内で,A39及びA22に対し,噴霧したガスを吸ったら視界が暗くなり,呼吸が困難になっ
て頭痛,腹痛,下痢等の症状が出てくるから,症状が出たら治療薬を準備しているので
すぐ申し出るように言い,これは非常に危険なガスで吸ったら死ぬ可能性がある旨注意し
た。
 11 A6,A7ら実行メンバーは,同日午後8時ころ,長野県塩尻市内のドライブインI前
の駐車場に2台の車両を入れて休憩した際,既に裁判所の閉庁時刻を過ぎ,開庁時間
中にサリンを噴霧することができなくなっていたことから,A7は,A6に対し,その点につ
いて相談し,地裁松本支部と裁判所宿舎が同じページにある住宅地図を見せながら,裁
判官をねらうなら時間帯から考えて裁判所では意味がないのでサリンを噴霧する目標を
裁判所から裁判所宿舎に変更することを提案し,考えてくださいと言うと,A6は,同駐車
場内の公衆電話から被告人に電話を掛けその了承を得た上でその旨A7に伝え,A6及
びA7は他の実行メンバーに対し,サリンを噴霧する目標を裁判所から裁判所宿舎に変
更する旨を伝え,その同意を得た。
 12 その後,実行メンバー7名は,裁判所宿舎から西方約190mの地点にあるJ店西側
駐車場(以下「J駐車場」という。)に2台の車両を停め,教団の犯行と発覚しないように,
サリン噴霧車とワゴン車の各ナンバープレートの上に異なるナンバーのシールを貼り付け
て車両ナンバーを偽装したほか,A14が中心となって防毒酸素マスクを組み立て実際に
酸素が流入するかどうかのチェックをした。また,A14は,実行メンバーがサリン中毒にな
った場合に備え,治療薬のパムを注射器に吸い込みいつでも注射できるように準備し
た。
 その間,A6は,サリンを噴霧する場所を探すために裁判所宿舎の方に下見に行き,風
向き等を考慮の上,裁判所宿舎の西方三十数mの地点にある松本市m1所在のD5所
有の西駐車場(以下「D5西駐車場」という。)を噴霧場所とすることに決め,J駐車場に戻
ってきて,他の実行メンバーにその旨を伝えた。
 13 実行メンバー7名は,その後,2台の車両に乗車してD5西駐車場に行き,サリン噴
霧車は同駐車場の北側の東寄りに,サリンをコンテナ左側から裁判所宿舎のある東方に
噴霧できるようにその前部を南に向けて駐車し,ワゴン車はサリン噴霧車から十数mしか
離れていない同駐車場の北西側に駐車した。
 A6は,サリン噴霧車を降りて,コンテナの左右側面の開口部を開け同車の助手席に戻
るなどし,実行メンバー7名は各自防毒酸素マスクを着用した。なお,この時点までに,A
6は,他の実行メンバーに対し,噴霧を開始する時期や噴霧が終わるまでの時間等につ
いて伝えていた。
 同所付近は,一般住宅,マンション,社宅等が立ち並ぶ閑静な住宅街であり,東側に
はD5方の池ややぶを挟んでK寮や裁判所宿舎があり,北東方にはLハイツやMハイツ
が位置し,北側はB7方と隣接している。松本市の同日午後10時ないし午後11時ころの
気温は約20ないし21℃で,雨は降っておらず,相対湿度は九十数%であり,風速3.2又
は0.5m毎秒の北西ないし南西の風が吹いていた。
[罪となるべき事実]
 被告人は,A6,A7,A19,A14,A39らと共謀の上,サリンを発散させて不特定多数
の者を殺害しようと企て,平成6年6月27日午後10時30分過ぎころ,長野県松本市m1
所在のD5西駐車場において,同所に駐車させた普通貨物自動車であるサリン噴霧車に
設置した,青色サリン溶液を充てんした加熱式噴霧装置をA6が助手席から遠隔操作に
より作動させてサリンを加熱し気化させた上,同噴霧装置の大型送風扇を用いてこれを
周辺に発散させ,後記表1記載のとおり,同市m2所在のLハイツc号室などにおいて,B
8(当時26歳)ほか6人をしてサリンガスを吸入させるなどし,よって,同月28日午前0時1
5分ころから同日午前4時20分ころまでの間,Lハイツc号室ほか6か所において,サリン
中毒によりB8ほか6人を死亡させて殺害するとともに,後記表2記載のとおり,同市m3所
在のB7方などにおいて,B9(当時46歳)ほか3人をしてサリンガスを吸入させるなどした
が,同人らに対し,同表加療等期間欄記載の各加療等日数を要するサリン中毒症の各
傷害を負わせたにとどまり,殺害の目的を遂げなかったものである。
                 記
表1
││被害者氏名(年齢)│ B8 (当時26歳)│
│1│吸入等の場所(長野県)│ 松本市m2│
│││ Lハイツc号室│
││死亡日時│平成6年6月28日午前0時15分ころ│
││死亡場所(長野県)│吸入等の場所と同じ│
││被害者氏名(年齢)│ B10 (当時19歳)│
│2│吸入等の場所(長野県)│ 上記Lハイツd号室│
││死亡日時│平成6年6月28日午前0時15分ころ│
││死亡場所(長野県)│吸入等の場所と同じ│
││被害者氏名(年齢)│ B11 (当時29歳)│
│3│吸入等の場所(長野県)│ 上記Lハイツf号室│
││死亡日時│平成6年6月28日午前0時15分ころ│
││死亡場所(長野県)│吸入等の場所と同じ│
││被害者氏名(年齢)│ B12 (当時53歳)│
│4│吸入等の場所(長野県)│ 松本市m4│
│││ Mハイツh号室│
││死亡日時│平成6年6月28日午前0時15分ころ│
││死亡場所(長野県)│吸入等の場所と同じ│
││被害者氏名(年齢)│ B13 (当時35歳)│
│5│吸入等の場所(長野県)│ 上記Mハイツj号室│
││死亡日時│平成6年6月28日午前0時15分ころ│
││死亡場所(長野県)│吸入等の場所と同じ│
││被害者氏名(年齢)│ B14 (当時45歳)│
│6│吸入等の場所(長野県)│ 松本市m5│
│││ K寮b号室│
││死亡日時│平成6年6月28日午前2時19分ころ│
││死亡場所(長野県)│松本市n1│
│││ E18病院│
││被害者氏名(年齢)│ B15 (当時23歳)│
│7│吸入等の場所(長野県)│ 前記Mハイツk号室│
││死亡日時│平成6年6月28日午前4時20分ころ│
││死亡場所(長野県)│松本市o1│
│││ E19病院│
表2
││被害者氏名(年齢)│ B9 (当時46歳)│
│1│吸入等の場所(長野県)│ 松本市m3 B7方│
││加療等期間│不 詳│
││被害者氏名(年齢)│ B16 (当時19歳)│
│2│吸入等の場所(長野県)│ 前記Lハイツg号室│
││加療等期間│613日間│
││被害者氏名(年齢)│ B7 (当時44歳)│
│3│吸入等の場所(長野県)│ 前記B7方│
││加療等期間│278日間│
││被害者氏名(年齢)│ B17 (当時44歳)│
│4│吸入等の場所(長野県)│ 前記Mハイツl号室│
││加療等期間│200日間│
Ⅷ 小銃製造等事件(武器等製造法違反)
(平成7年12月1日付け追起訴状記載公訴事実第2の事実)
[罪となるべき事実]
 被告人は,A26,A23らと共謀の上,通商産業大臣の許可を受けず,かつ,法定の除
外事由がないのに,
第1 ロシア製自動小銃「AK-74」を模倣した自動小銃約1000丁を製造しようと企て,
平成6年6月下旬ころから平成7年3月21日ころまでの間,山梨県西八代郡e1村i2所在
の第11サティアンにおいて,マシニングセンターで鋼材を切削するなどして引き金,遊
底,撃鉄など21種類の金属部品をそれぞれ製作するなどし,同村i3所在の第9サティア
ンにおいて,大型射出成形機で銃床,握把等のプラスチック部品をそれぞれ製作するな
どし,同県南巨摩郡p1町q1所在の清流精舎において,深穴ボール盤で丸棒に銃腔とな
る穴を開け,NC旋盤で銃身の外形加工を施すなどし,同村i4所在の第12サティアンに
おいて,形彫り放電加工機で銃身にライフル加工を施すなどし,同自動小銃の部品多数
を製作するなどして同自動小銃約1000丁を製造しようとしたが,同月22日,上記各施設
が警察官による捜索を受けるなどしたため,その目的を遂げなかった
第2 平成6年12月下旬ころから平成7年1月1日までの間,清流精舎において,上記犯
行により製作した小銃1丁の必要部品一式を取りそろえるなどした上,これらを組み立て
て小銃1丁を製造した
ものである。
Ⅸ B18事件(殺人,死体損壊)
(平成7年7月5日付け追起訴状記載公訴事実)
[第1(殺人)の犯行に至る経緯]
 1 B18(昭和39年11月13日生)は,薬科大学薬学部を卒業後製薬会社に就職して
薬剤師の免許を取得したが,平成2年4月同社を退職して,妻子と共に教団に出家し,
同年夏ころから東京都中野区h1所在の教団附属医院(AHI)で薬剤師の業務に従事し
ていた。
 D6は,昭和62年にオウム神仙の会に入会した後,教団への入信出家や下向を繰り返
し,最終的には,平成4年春ころ,脱会したが,教団信者であった平成3年秋ころ,A35と
共に,難病にかかり栃木県で療養していた実母D7に対し教団附属医院に入院するよう
勧めた。D7は,同年11月ころ,教団に入信し教団附属医院に入院して治療を受けるよう
になり,同所で薬剤師をしていたB18と知り合い,親しくしていた。
 2 被告人は,平成5年12月末ころ,B18がD7と親密な関係になり性欲の破戒をしたと
して,二人を引き離すためにD7をe1村の教団施設である第6サティアン3階の医務室に
移動させ,以後,D7は,同所で投薬治療のほか,教団信者に被らせるヘッドギアの電極
を通じて被告人の脳波を電流化したものを教団信者の頭部に流すPSIの修行を受けるよ
うになった。
 B18は,教団に不信感を抱いていた上,好意を寄せていたD7にPSIの修行をさせて
いることを含め,適切な治療が行われているか疑問を持っていたことから,同人を教団施
設から連れ出して薬局店を開業し自分の手でD7の病気を治そうと考え,平成6年1月20
日ころ,教団施設から逃げ出し,同月24日ころまでに,D7の夫でありD6の実父であるD
8やD6に対し,教団の治療やPSI修行の問題点などを話し,同人らに対し,教団施設か
らD7を連れ出したいのでこれに協力してくれるよう話を持ち掛け,D8及びD6は,協力
する旨約束した。
 3 B18は,同月30日午前2時ころ,D6及びD8と共に,普通乗用自動車で第6サティ
アン付近まで行き,D8を車で待たせ,同日午前3時ころ,D7を連れ出すために,D6と
共に第6サティアンに侵入し,3階の医務室内に寝かされていたD7を抱えて部屋から出
ようとしたところ,教団信者に発見され,捕まえられそうになったため,あらかじめ用意して
いた催涙スプレーを噴射するなどして抵抗した。しかし,騒ぎに気付いた教団信者が次
々と同所に駆け付けてきたため,結局,B18はA7とA35に,D6はA40とA41にそれぞ
れ取り押さえられ,いずれも両手に前手錠を掛けられた。
 4 A7は,A35らに対し,B18及びD6を監視するよう指示して,第6サティアン1階の被
告人の部屋に行き,B18らの侵入事件について報告した。被告人は,それを聞いて,B1
8が破戒をして脱走したにとどまらず,D6と共に,D7を無断で連れ出そうとし,そのため
に被告人の居住する第6サティアンという神聖な場所に侵入して暴れるなどの教団ないし
被告人に対する敵対行為に及んだものであり,このままB18及びD6を放置するわけに
はいかず,B18らを殺害するほかないと決意し,A7に対し,B18とD6を第2サティアン3
階に連れていくよう指示した。
 その後,被告人は,A1に先導させてA20が運転する被告人専用車両に乗り込み,A2
0に「第2サティアンに行ってくれ。」と指示し,出発させた直後に「今から処刑を行う。」と
言った。
 5 一方,A7は,被告人の指示を受け,A35やA41らと共に,B18及びD6をワゴン車
に乗せて第2サティアンまで搬送し,同サティアン3階のエレベータ前付近まで連れてい
き,同所で,A41らにB18及びD6を監視させた。
 6 被告人は,第2サティアンに到着した後,A1の先導で同サティアン3階の「尊師の部
屋」と呼ばれている東西方向約12m,南北方向約7.5mの広さの瞑想室(以下,「尊師
の部屋」ともいう。)に入り,同室内の東側に置かれているソファに座り,A6,A7,A28,
A20,A35及びA40も同室に入った。被告人は,A6らからB18らの持ち物等について
報告を受けるなどした後,「これからポアを行うがどうだ。」と,B18及びD6を殺害するつ
もりであることを話した。A6やA7は「尊師のおっしゃるとおりです。」「ポアしかないです
ね。」などと相づちを打ち,A28は「泣いて馬謖を切る。」という言葉を使って賛意を表し,
他の者もすべて被告人に同調した。
 7 続いて,被告人は,「その前にD6と話がしたいから。」と言って,A7に対し,D6を呼
び入れるよう指示した。3階エレベータ前付近でD6を監視していたA41は,A7から指示
を受け,前手錠をされたD6を尊師の部屋内の被告人の前まで連れていった。そのころま
でにA14は被告人に呼び出され尊師の部屋に入っていた。
 8 被告人は,相対して正座しているD6に対し,「なんでこんなことをしたんだ。」と理由
を尋ねると,D6が「B18さんに母親のことを聞いて,心配になったので。」と答えるので,
「なんでB18がこういうことをしたか分かるか。」と言ってB18が教団施設に侵入してD7を
連れていこうとした理由を聞くと,D6は,B18がD7のことを気遣ったのだろうと思ったが,
とりあえず「分かりません。」と答えた。
 被告人は,B18がD6にこのような悪業を積ませたのであるから,D6にB18を殺害させ
ることによりそのカルマを清算させるのがカルマの法則(因果応報の法則)にかなうと説明
することによってB18を殺害することを弟子たちに正当化することができるし,D6にも口
封じをすることができると考え,D6に対し,「B18は,教団にいるときに,母親にイニシエ
ーションだと偽って性的関係を持ったり,精液を飲まそうとしていたんだ。それで教団がB
18と母親を引き離したが,B18はそれを不服に思って,母親を連れ出して母親と結婚し
ようともくろんでたんだ。もし,おまえや私がその結婚を止めるようなことがあったら,B18
はおまえや私を殺すつもりでいたんだ。だから,B18の言った母親の状態というのは全く
うそっぱちなんだ。」などと言った上,「おまえは,B18のそういう思惑があるのも知らない
で,B18にだまされて,ここに来て真理に対して反逆するという,ものすごい悪業を犯し
た。ぬぐうことができないほどの重いカルマを積んでいる。間違いなく地獄に落ちるぞ。お
まえは帰してやるから安心しろ。ただし条件がある。それはおまえがB18を殺すことだ。そ
れができなければおまえもここで殺す。」などと言って,B18を殺害することを指示した。
 D6が返事をしないで黙っていると,被告人は,B18がD6をだましてD6に大きな悪業
を積ませ,D7を破戒に巻き込んだのは大きな悪業であるから,ポア,すなわち殺害しな
ければならない旨説明した。そして,被告人は,D6から,「それはどうやってやるんです
か。」と尋ねられると,「ナイフで心臓を一突きにしろ。」と言い,さらに,D6から「やったらほ
んとに帰してもらえるんですか。」と聞かれ,「私がうそをついたことがあるか。」と答えるな
どした。D6は,このようなやり取りを経て,悩んだ末,B18を殺害することを承諾した。
 9 そこで,被告人は,B18を尊師の部屋に入れるよう指示した。B18は,同室内に連
れてこられ,同室内の西寄りに敷かれた約2m四方のビニールシートの中央に前手錠の
まま座らされた。D6がB18に目隠しをしてほしいと被告人に頼むと,被告人は,「それは
構わない。ただし,自分でやれ。」と言って「だれか目隠しするものを持ってきてくれ。」と
指示し,D6が,用意されたガムテープでB18に目隠しをした。その後,被告人の弟子た
ちによりロープが準備され,これで首を絞めて殺害する方法に変更してはどうかという提
案がされ,被告人もこれを了承した。
 その際,被告人は,B18が催涙ガスを使ったことを指摘し,「それならばB18に対して
も,催涙スプレーを使わないとまずいな。」と言い,催涙スプレーをB18に掛けるよう指示
した。そこで,D6は,催涙ガスが拡散しないようにA35と共にB18にビニール袋を被せ,
その袋の中で催涙スプレーを噴射すると,B18はせき込みうめき声を上げ,体を揺すり立
ち上がろうとするなど暴れ出したので,周りにいた者数名でこれを取り押さえた。このとき
催涙ガスが袋の外に漏れたことから窓が開けられて換気がされたが,被告人が「なんで
窓を開けるんだ。閉めろ。」と言ったことから,直ちに窓が閉められた。
 その後,D6は,A7から,二つ折りにされたロープを受け取った。
[罪となるべき事実第1(殺人)]
 被告人は,D6らと共謀の上,B18(当時29歳)を殺害しようと企て,平成6年1月30日
未明,山梨県西八代郡e1村i5所在の第2サティアン3階の尊師の部屋において,D6
が,B18に対し,その頸部に二つ折りにしたロープを巻いて頸部を絞めたものの,手錠が
掛けられていたため十分に力が入らず,A7から助言を受けて,ロープの折り返し部分に
右足を掛け,他方の端を両手で引っ張る方法でB18の頸部を絞め続け,その間,周囲
にいたA28,A35,A40,A41ら数名がB18の身体を押さえ付け,被告人が,A14から
B18の脈拍の有無について報告を受ける都度,D6に対しB18の頸部を更に絞め続ける
よう指示するなどし,そのころ,同所において,B18を窒息死させて殺害したものである。
[第2(死体損壊)の犯行に至る経緯]
 被告人は,B18の死亡をA14に確認させた後,A6と相談の上,第2サティアン地下室
にあるマイクロ波加熱装置とドラム缶等を組み合わせた焼却装置であるマイクロ波焼却装
置でB18の死体を焼却することとし,A6に対し,その焼却を指示した。被告人は,その
際,A6から人手が欲しいと言われたことから,外で待機している警備担当のA42とA43
を尊師の部屋に呼び入れ,同人らにB18を殺害した経緯等について説明した上,A42,
A43及びA41の3名に対し,B18の死体を梱包して地下室に運び,A6の指示に従って
B18の死体を処理するよう指示した。
 その後,被告人は,D6を呼び寄せ,「これからは,また,入信して,週1回は必ず道場
に来い。おまえが今回積んだカルマはちょっとやそっとでは落とすことができないカルマ
だから,一生懸命修行しなさい。」と言い,最後に「おまえはこのことは知らない。」と付け
加えてB18の殺害について口止めをし,D6を帰した。
 A41ら3名は,B18の死体をビニールシートで梱包した後,同サティアン地下室にある
マイクロ波焼却装置のそばまで運んだ。
[罪となるべき事実第2(死体損壊)]
 被告人は,A6,A41らと共謀の上,同日,第2サティアン地下室において,B18の死体
をマイクロ波加熱装置とドラム缶等を組み合わせた焼却装置(マイクロ波焼却装置)の中
に入れ,これにマイクロ波を照射して加熱焼却し,もって,同人の死体を損壊したもので
ある。
Ⅹ B19事件(殺人,死体損壊)
(平成8年3月5日付け追起訴状記載公訴事実第2の事実)
[犯行に至る経緯]
 1 被告人は,前記のとおり,平成5年10月以降,説法等において,教団施設が,敵対
する組織から,イペリットなどのびらん性ガスや,サリン,VXなどの神経ガスによる毒ガス
攻撃を受け,そのために家族や弟子に頭痛,吐き気など種々の症状が出ているなどと述
べ,そのころ,自らサリン等の化学兵器や炭疽菌等の生物兵器の研究,製造等について
弟子たちに指示しておきながら,教団施設内で生じた信者らの症状について敵対組織
から毒ガス攻撃を受けた結果であるなどとうその説明をし,教団の武装化に向けて教団
信者らの危機感や国家権力等に対する敵がい心をあおるとともに,教団による化学兵器
や生物兵器の研究,製造等を隠ぺいすることに努めていた。
 2 被告人は,サリンのほか,皮膚,粘膜をただれさせ呼吸器を冒し死に至らしめるびら
ん性の毒ガスであるイペリットの生成についてもA24に指示していたところ,平成6年7月
8日,治療省所属の女性信者が第6サティアン内の浴室で,熱傷を負い意識を失うという
事件(以下「女性信者熱傷事件」という。)が発生するや,A6を介してA24に浴室内の水
を分析させ,イペリット関連物質が検出された旨の報告を受けると,この機会に,教団信
者らに対し,公安警察等の教団施設に対する毒ガス攻撃の一環としてそのスパイが教団
信者の生活用の水にイペリットを混入させたということにし,教団におけるイペリットの生成
を隠ぺいするとともに,教団信者の国家権力等への敵がい心をより一層あおろうと考え,
教団防衛庁を通じて,同月9日,「富士・上九近辺の井戸水は大変危険です!! 勝手
に汲んで飲んだりしないように!! 曖昧な情報には気を付けましょう!! 許可が出る
迄井戸水は絶対に飲まないように!!」あるいは「水道水は絶対に指示があるまで使用
しないで下さい!! 例え水が出ていても危険ですので絶対に使用しないで下さい!!
 手や鍋が溶けてしまいます!! 尚,トイレの水も流さないで下さい。」などと記載され
た「防衛庁からのお知らせ」と題する書面により,教団信者に対し,井戸水や水道水の使
用を禁じ,教団幹部にそのスパイ捜しを指示した。
 3 その後,被告人は,当時タンクローリーで第6サティアンのある第2上九に教団の生
活用の水を運搬していた教団車両省所属のB19(昭和42年3月23日生)の名前がスパ
イとして挙がってきたことから,A33に対し,タンクローリーで生活用の水を運ぶ仕事をし
ている車両省のB19が第6サティアンの生活用の水に毒を混入したスパイである,B19
がタンクローリーから第6サティアンの貯水槽に水を入れるときに毒を混入したと思われる
などと伝えて,B19に対するスパイチェックを実施するよう指示した。
 A33は,B19に対し,スパイチェックとしてポリグラフ検査とイソミタールインタビューを実
施し,ポリグラフ検査では毒を混入したスパイであることについて陽性反応を示したが,イ
ソミタールインタビューでは,スパイであるかどうか,水に毒を入れた事実があるのかどう
か,そのようなスパイを働くような背景事情があるのかどうかを聞いても,被告人が疑うよう
な事実をB19が答えることはなかった。
 4 被告人は,A33から上記のスパイチェックの結果について報告を受け,ポリグラフ検
査における陽性反応の結果が出たことを奇貨として,無理強いをしてでもB19にイペリッ
トを混入したスパイであると自白させ,スパイに仕立て上げれば,教団が毒ガス攻撃を受
けているといううその話をもっともらしくすることができるなどと考え,平成6年7月10日こ
ろ,スパイの摘発を所管する自治省の大臣であるA7を第6サティアン1階の被告人の部
屋に呼び,A7に対し,第6サティアンの浴室内の水からイペリットが検出されたこと,その
水を運んでいたB19にスパイチェックをしたところ陽性の結果が出たこと,したがってB19
がイペリットを混入させたスパイであることなどを説明した上,同省次官のA22及びA20
並びに同省所属のA42を使い,第2サティアンにおいて,強制的にでも教団の生活用の
水に毒ガスを混入したことやその背後関係についてB19を自白させるよう指示し,A7は
これを承諾した。その際,被告人は,「X10(A20)の状態が悪い。」と言い,A20の被告
人に対する帰依心が揺らいでいる趣旨の話をした。
 5 A7は,被告人の部屋から出た後,A22及びA42に対し,第2サティアンに来るよう
に伝え,A20と共に,B19を連れてくるため同人のいる富士山総本部道場に車で向かっ
た。A7は,その車中で,被告人がA20の状態が悪いと言っている旨告げた上で,B19
がタンクローリーの水の中に毒を入れて多くの出家信者を殺そうとしたので,これからB1
9を連れにいき,毒を入れたことを自白させる旨を話した。A20は被告人からその旨の指
示があったと思い,これを承諾した。
 A7は,富士山総本部道場で車両省大臣のA44の了解を得,A20と共に,車でB19を
第2サティアン付近まで連れていき,B19に対し,被告人の警備をしてもらうかもしれない
からそのためのテストを行うなどとうそを言い,A22及びA42と合流した後B19を連れて,
一般の出家信者が出入りをしない同サティアンの地下室に入った。A7は,B19に対し,
まず体力をみると言って,足の屈伸運動であるヒンズースクワットをするよう指示した。
 B19がヒンズースクワットを始めると,A7は,A22と共に地下室から出て,第6サティア
ンに行き,警備の部屋等において,拷問などに使う道具として待ち針,手錠,竹刀等を調
達して第2サティアンの地下室に戻った。
 A7は,厳しく責め立てるヤマ役と優しく語り掛けるダルマパーラ役が組んで相手方をざ
んげさせるという「バルドーの導き」を装い拷問によりB19を自白させようと考え,既にヒン
ズースクワットを300回くらいするなどして息があがっていたB19に対し,「体力があるの
は分かった。これから精神面をみる。」などと言って,B19を折り畳み式のパイプいすに座
らせ,A22,A20及びA42と共に,手錠やベルトを使用してB19の両手,腰及び両足を
それぞれいすに固定し,ガムテープでB19に目隠しをした上,A7とA20がヤマ役,A22
とA42がダルマパーラ役となり,B19への尋問を始めた。
 6 被告人は,そのころ,同サティアン3階の尊師の部屋に移動していたが,同所にA7
を呼んで,B19の件について「今,どういう状況だ。」と尋ねた。A7が「まだ尋問を始めて
いません。これからする予定です。」と答えると,被告人は,被告人に対する信の揺らいで
いるA20が被告人の指示に従えるかどうかを試すとともに,その指示の実行を通じてA2
0の信仰心を高めさせようと考え,「X10にやらせればいい。」と言って,強制的にB19を
自白させるのをA20に担当させるように指示し,A7は「分かりました。」と言って部屋を出
た。
 7 同サティアンの地下室に戻ったA7は,A20に対し,竹刀を手渡し,「尊師からX10
にやらせろと言われています。」などと言って拷問を行うように指示した。そこで,A20は,
B19に対し,なぜ毒を入れたなどと尋問しながら竹刀で背中等を殴り付け,B19がこれを
否定すると,ではなぜスパイチェックで反応が出たんだと尋問しながら竹刀でB19を殴り
付け,A7も,尋問しながら竹刀で,B19の背中,肩,腕,足等をめった打ちし,他方で,
A22やA42は,ダルマパーラ役として,B19に対し,「何かざんげするようなことがあるん
じゃないですか。」などと聞いた。A20やA7は,B19が毒を入れたスパイであることを認
めようとしないことから,さらに,待ち針をB19の足の爪の間に何本も刺したり,バーナー
で熱した鉄製の火かき棒をB19の腕や背中に押し当てたりするなどの拷問を加え続けた
が,B19は,それでも,自己の潔白を訴え続け,A7に対し,「X6正悟師は人の心が読め
るはずですから,私の心を読んでください。そしたら私が毒なんか入れていないことを理
解してもらえると思います。」と哀願するように何度も言ったが,やがて,力尽き意識を失
った。
 8 A7は,このような拷問を加えてもB19が毒を混入したスパイであることを自白しようと
しないことから,今後の対処について被告人の指示を仰ぐため,既に被告人が移動して
いた第6サティアン1階の被告人の部屋に行き,A6が同席する下で,被告人に対し,「B
19は自白しませんが,どうしましょうか。」と尋ねた。
 被告人は,無理にでもB19を自白させてイペリットを教団の生活用の水に混入したスパ
イに仕立て上げようとしたがそれがかなわず,さりとて,自白させるためにB19に拷問を加
えてしまった以上このままB19を生かしておくと後々教団の発展にとって障害となるおそ
れがあることから,口封じのためB19を殺害することを決意し,A6とも相談した上,A7に
対し,マイクロ波焼却装置(マイクロ波加熱装置とドラム缶等を組み合わせた焼却装置)を
使いB19を焼却するように言って,同人を殺害した上その死体を損壊するよう指示すると
ともに,「X10にやらせればいい。」と言ってA20にその焼却をさせるよう指示し,A7はこ
れを承諾した。
 9 A7は,第2サティアンの地下室に戻り,A20,A22及びA42に対し,「自白をしようが
しまいが,どちらにしろ,ポアだ。」と言って被告人の指示内容を伝えるとともに,B19をマ
イクロ波焼却装置により焼却する方法で殺害するのにはちゅうちょを覚えたことから,B18
事件と同様にロープで絞殺した後マイクロ波焼却装置で焼却しようと考え,A20に対し,
ロープを渡しながら,「尊師がX10にやらせろと言っていました。」と言ってこれでB19を
絞殺するよう指示し,A20はこれを承諾した。また,A22及びA42もB19を殺害すること
について格別異議を唱えることはなかった。
[罪となるべき事実]
 被告人は,A7,A20,A22及びA42と共謀の上,
第1 B19(当時27歳)を殺害しようと企て,平成6年7月10日ころ,山梨県西八代郡e1
村i5所在の第2サティアン地下室において,A7及びA20が,B19に対し,その頸部をロ
ープで巻いて絞め付け,その間,A22及びA42が,B19の脈が止まるまでその脈を確認
し,B19の身体やいすを押さえるなどし,よって,そのころ,同所において,B19を窒息死
させて殺害した
第2 その後直ちに,同所において,B19の死体をマイクロ波加熱装置とドラム缶等を組
み合わせた焼却装置(マイクロ波焼却装置)の中に入れ,これにマイクロ波を照射して加
熱焼却し,もって,同人の死体を損壊した
ものである。
ⅩⅠ VX3事件
 (B20VX事件[殺人未遂],B21VX事件[殺人],B5VX事件[殺人未遂])
(平成8年2月9日付け及び平成7年12月22日付け追起訴状記載公訴事実)
[VX事件に至る経緯]
 1(1)被告人は,松本サリン事件後,現場からサリンが検出された旨の報道がされたこと
から,同事件が教団の犯行によるものであることが発覚するのを避けるため,しばらくサリ
ンの使用を控えることとした。そしてそれに代わるものとして,これまでA6やA24らに調査
検討させていた化学兵器のうち最強の神経剤と言われるVXを教団で生成することとし,
平成6年8月ころ,A19を介してA24に対し,1㎏を目標としてVXを生成するよう指示し
た。A24は,これを受け,X1棟で実験の末,エチルメチルホスホノクロライドを生成するA
工程,2-(N,N-ジイソプロピルアミノ)エタンチオールを生成するB工程及びその両者
の生成物をヘキサン又はベンゼンを溶媒としトリエチルアミンを反応促進剤としてそれぞ
れ用いて反応させVXを生成する最終工程の3工程からなる生成法に基づき,同年9月
上旬ころ,B工程の2-(N,N-ジイソプロピルアミノ)エタンチオールについては市販の
塩酸塩を使用してVX約20gを生成し,GC/MS(ガスクロマトグラフィー質量分析計)等
でもこれを確認した。なお,被告人やA7,A28らVX関係者は,VXを「神通」又は「神通
力」と呼ぶようになった。
 (2)VXは,化学名がO-エチル-S-(2-N,N-ジイソプロピルアミノエチル)メチル
ホスホノチオレートで,1950年代にイギリスやアメリカで開発された化学兵器であり,無
臭で常温では無色ないし黄褐色の液体で,揮発性は低いが,皮膚に付いた場合の浸透
性が強く,その場合の半数致死量はヒト1人当たり15㎎であり,毒性がサリンの100倍とも
1000倍とも言われる最も殺傷力の強い神経剤である。VXは,サリンと同様,コリンエステ
ラーゼ活性を阻害するなどしてヒトを死に至らしめ,VX中毒の主な症状は,縮瞳,呼吸
困難,嘔吐,発汗,けいれん,意識障害などである。
 (3)教団の武装化の一環として,法皇官房に指示して信徒の拡大と出家者の大量獲得
をもくろんでいた被告人は,在家信徒の出家阻止,脱会等のための活動を精力的に行
っているB6弁護士に対し,平成6年5月にはB6サリン事件に及ぶなどその排除の必要
性を以前から感じていたが,VXが生成された旨の報告を受け,B6弁護士にVXを付着
させその殺傷力を確かめようと考え,同年9月中旬ころ,A7やA19に対し,治療役として
A14を連れていき,VXの効果を確かめるために,B6弁護士の使用する自動車のドアの
取っ手にVXを付けるよう指示した。
 A7,A19及びA14は,A24の生成したVXを持参し,B6弁護士方付近でこれを付着
させるために整髪料と混ぜてB6車両のドアの取っ手にその混合物を付けたが,その方
法等に問題があったためVXの効果を確かめることはできなかった(以下,この事件を「第
1次B6VX事件」という。)。
 (4)A24は,同月下旬ころ,B工程の2-(N,N-ジイソプロピルアミノ)エタンチオール
を自ら生成するなどして,VX約20gを生成し,GC/MS等でもこれを確認した。 
 被告人は,同年10月中旬ころ,A28に対し,「B6の乗っている車にVXを付けてこい。
VXはA24から受け取れ。」と指示した。
 A28は,A24から,A24の生成したVXを受け取り,A14及びA45と共に,B6弁護士
方付近に行ったが,同所に警察官がいたことから,実行はしなかった(以下,この事件を
「第2次B6VX事件」という。)。
 2 B20(明治45年1月1日生)は,平成6年当時,東京都中野区r1所在の自宅で一人
暮らしをしていたが,D9とは,約20年来の知り合いであり,同人の美容院開業の際にも
保証人になるなど親しい関係にあった。
 D9は,平成5年ころ,家族で教団に入信し,平成6年8月には家族と共に出家するなど
し,その間,数千万円の金品を教団に拠出したが,教団幹部によりD9の娘に対しバルド
ーの導きが強引に行われたことなどから,同月中旬ころ,家族と共に教団施設を出てB2
0方に逃げ込んだ。教団信者がD9らを連れ戻しにB20方に押し掛けてきたが,B20はこ
れを追い返した。D9は,教団から財産を取り戻すことを考え,B20から弁護士の紹介を
受けるなどして,同年11月4日,東京地方裁判所に対し,教団を被告として,D9が教団
に拠出した数千万円の金品の返還請求訴訟を提起した。B20は,その弁護士費用やD
9がマンションに居住するのに要する費用を立て替えるなどした。
 3 被告人は,A10らから上記の訴訟等について報告を受け,B20がD9を背後から操
っているのではないかと考え,同月21日ころ,A28に対し,B20の身辺やD9親子がB2
0方に出入りしているかどうかを調査するように指示した。A28は,教団諜報省等の出家
信者を使って調査した結果,B20が朝ごみを出したり散歩をしたりし,夕方もよく散歩する
こと,D9親子がB20方の近くのマンションに住み,B20方に出入りしていることなどが分
かり,被告人にその旨報告した。
 被告人は,それを聞いて,D9に上記の訴訟を提起させたのはB20であり,B20がいな
くなればD9親子は教団に戻ってくると考え,VXでB20を殺害しようと企て,同月下旬こ
ろ,A6を介して,A24に対し,100gのVXを至急生成するよう指示した。
 A24は,VXの生成を試みたが,最終工程において,反応促進剤としてトリエチルアミン
ではなくNNジエチルアニリンを使用したため,VXではなく毒性のないVX塩酸塩を生成
してしまった。
 4 被告人は,同月26日ころの朝,第6サティアン1階の被告人の部屋で,A7,A28及
びA19に対し,「B20は悪業を積んでいる。D9の布施の返還請求は,すべてB20が陰
で入れ知恵をしている。B20にVXを掛けてポアしろ。そうすれば,D9親子は目覚めてオ
ウムに戻ってくるだろう。これはVXの実験でもある。B20にVXを掛けて確かめろ。」など
と言って,B20にVXを掛けて殺害することを指示し,さらに,具体的な殺害方法としては
VXを注射器に入れてB20に掛けること,役割分担については,VXを掛ける役割はA28
が務め,それが失敗した場合には自治省に所属するA46に実行させること,実行役等が
VX中毒になった場合の治療役としてA19及びA14が同行すること,さらにA19はVXを
注射器に入れて用意すること,諜報省に所属するA45及びA47も犯行に加えること,現
場指揮はA28が務め,A7がこれを補助することなどを指示し,A28,A7及びA19はこ
れを承諾した。ここに,被告人は,A28,A7及びA19との間で,B20にVXを掛けて殺害
する旨の共謀を遂げた。
 5 A28らは,A14,A45及びA47に被告人の指示を伝え,A28,A7,A19,A14,
A45及びA47の6名は,同月26日夕方,B20方付近に赴き,B20が出てくるのを待って
いた。A28は,見張り役のA45からB20が出てきた旨の合図を受け,用意されていたVX
塩酸塩入りの注射器を持って,B20に近づいたが,これを掛けるタイミングを失い,失敗
した(以下,この事件を「第1次B20事件」という。)。
 A28ら6名は,その後,諜報省の東京における拠点である東京都杉並区s1にある一軒
家(以下「s1の家」という。)に戻り,B20方の斜め向かいにある空き家を見張り場所及び
実行役の待機場所とすることなどを話し合い,A28ら3名が同所に赴きその空き家を使
用できることを確認した。また,A7は,A28が実行役を降りたい旨言い出したことから,実
行役をA46に変更することについて念のために被告人の了解を得た上で,e1村にいる
A46に迎えをやった。
 6 A28,A7,A14,A46,A45及びA47は,同月27日朝,B20方付近に赴いた。A
46は,同所で,A28,A14及びA7らから,B20という老人の後頭部をねらって,皮膚に
付くと強い殺傷力を有する注射器内の液体を掛けるように指示されるとともに実行の際に
注意すべき点などについて説明を受け,また,被告人の指示でA46が実行役を務めるこ
とになったことを聞かされた。A28ら実行メンバーは,B20が自宅から出てくるのを同日
午後10時ころまで待っていたがB20が出てこなかったため,翌朝出直すこととし,また,
A7がB20に声を掛け注意を引きつけるおとり役も兼ねることとした。
 A28ら実行メンバー6名は,同月28日朝,B20方付近に赴き,A7,A46及びA47がB
20方の斜め向かいにある空き家に入り,B20が自宅から出てくるのを待っていたところ,
同日午前8時30分過ぎころ,B20がゴミを出しに自宅から出てきたことから,A46及びA
7がB20に近づき,A7がB20に声を掛けて注意をそらしている間に,A46がB20の後方
から注射器でVX塩酸塩をB20の後頭部付近に掛けた(以下,この事件を「第2次B20事
件」という。)。
 7 実行メンバー6名のうちA45を除く5名は,e1村の教団施設に戻り,第2サティアン3
階の被告人の部屋に行き,被告人に第2次B20事件について報告をしたところ,被告人
は,「よくやった。」などとねぎらいの言葉を掛け,A46に対し,「この毒液はVXという最新
の化学兵器だ。こういうことはX11(A46)が適任だな。今日からX11は菩師だ。」などと
言って,A46のステージを師補から菩師に昇格させ,A47のステージも愛師から愛師長
補に昇格させた。
 しかし,被告人は,A28らがB20にVXを掛けた結果について確認していないことを知
ってそのことをしかり,至急B20の状態について確認するようA28らに指示した。A28ら
が調査をした結果,B20が普段と変わらない生活をしていることが分かり,被告人にその
旨報告した。
 8 被告人は,その後,B20に掛けた物質がVXとは化学的性質が異なるVX塩酸塩で
あったことを知り,同月30日ころ,A6を介してA24に対し,VX塩酸塩ではなくVXを50g
至急生成するよう指示した。A24は,X1棟でVXの生成に取り掛かり,反応促進剤として
トリエチルアミンを使ってVX約50gを含む二百数十㏄の溶液(以下「VX溶液」という。)を
生成した。
 9 被告人は,A24が新たにVXを生成したことを聞き,同年12月1日ころ,第6サティア
ン1階の被告人の部屋で,A7に対し,「新しいVXができた。これでB20をポアしろ。今度
は大丈夫だろう。」などと言って,新しいVXでB20を殺害することを指示した。その際,A
7が,VXを掛ける方法について,「前と同じ方法でよいでしょうか。」と尋ねると,被告人
は,「それでいいんじゃないか。」と答えた。
 10 A7は,その足で,X5棟に赴いて,A19に対し,被告人から新しいVXができたと聞
いた旨話した上,VXを注射器に詰めてほしい旨頼み,後でA14に取りにいかせる旨告
げた。A7は,次にA14のところに行き,新しいVXができ,それでB20をポアすることにな
ったことを告げ,A46と連絡が取れ次第東京に行くから準備してほしい旨及びA19のとこ
ろにVX入りの注射器を後で取りにいってほしい旨頼んだ。A19は,VX若干量を注射器
2本に吸引しこれをA14に渡した。
 A7は,電話でA28に対し,東京に行くから待機していてほしい旨伝え,また,配下の出
家信者にA46を東京まで連れていかせるなどした。このようにして,A28ら前記実行メン
バー6名がs1の家に集合した上,A7がおとりになってB20の気をそらしそのすきにA46
がB20にVXを掛け,A45が空き家で見張りをし,A14が治療役として待機し,A47がワ
ゴン車を運転することなど各自の役割を確認するなどした。
 11 A28ら実行メンバー6名は,同月2日早朝,ワゴン車など2台の車両に分乗してB2
0方付近に行き,A7,A46及びA45がB20方の斜め向かいの空き家に入り,自宅からB
20の出てくるのを待った。見張りをしていたA45が,同日午前8時30分ころ,B20がゴミ
を出すために自宅から出てきたのを見て,A7らにその旨知らせると,A7及びA46は空き
家から外に出てB20に近づいていき,A7がB20の注意を引き付けるために,その前に
立って「おはようございます。お寒いですね。」と声を掛け,A46がB20の後方に近寄っ
た。
第1 B20VX事件
[罪となるべき事実]
 被告人は,A7,A19,A28,A14,A46及びA47らと共謀の上,B20(当時82歳)にV
Xを付着,浸透させて同人を殺害することを企て,平成6年12月2日午前8時30分ころ,
東京都中野区r1付近路上において,A46が,B20の後方から,あらかじめ準備していた
注射器内のVXをB20の後頭部付近に掛けて体内に浸透させたが,同人に加療61日間
を要するVX中毒症の傷害を負わせたにとどまり,殺害の目的を遂げなかったものであ
る。
第2 B21VX事件
[犯行に至る経緯]
 1 B21(昭和40年12月23日生)は,平成6年当時,大阪市t1区に居住し,食品販売
会社に勤務し,柔道二段で柔道場に通うなどしていた。同人は,超能力等に興味を持っ
ていたことから,教団の法皇官房における信徒拡大プランの一つで,ミステリーツアーと
称してe1村に連れていきLSD等を使用して神秘体験などをさせる「ヴァジラクマーラの
会」に参加したことはあったが,それ以外教団とかかわりがなかった。
 2 被告人は,平成6年11月ないし12月ころ,教団大阪支部の在家信徒であるD10が
信徒を下向させて自分の一派を作ろうとしているという情報を得たことから,法皇官房で
その調査をさせたところ,D10と関係のある不審人物としてB21の名前が挙がってきたた
め,同人がD10を操るスパイであると決めつけ,VXでB21を殺害することを決意した。
 3 そこで,被告人は,同年12月8日から同月9日にかけての深夜,第6サティアン1階
の被告人の部屋で,呼び出したA28及びA7に対し,「D10は悪業を積んでいる。D10
は女性信徒に性的強要を謀ったり,教団分裂を謀った。D10を操っているのは,大阪の
柔道家でヴァジラクマーラの会に参加したことのあるB21という者だ。法皇官房で調査し
たんだが,B21が公安のスパイであることは間違いない。VXを一滴B21にたらしてポア
しろ。」と言い,さらに,実行するメンバーは,B20VX事件のメンバー,すなわち,A28,
A7,A14,A46,A45及びA47の6名でいいのではないかと言って,その実行メンバー
6名でVXによりB21を殺害するよう指示し,A28及びA7はこれを承諾した。
 4 A28及びA7は,その後,二人で手分けして他のメンバーに連絡し,また,A28が別
件で同月11日に札幌に出張する予定があることから,A7は,同月11日,一足先にA47
らと大阪に行き,B21の自宅や勤務先等の下見をするなどした。A28は,同日午後10時
ころ,関西国際空港で,迎えにきたA7と合流し,一緒にB21の勤務先や自宅等を下見
し,B21方近くの建物の屋上からB21方2階の様子を探るなどした後,A46及びA47の
待つ宿泊先である大阪市内のホテルE20に行った。
 A14は,A28から直接又はA45を介して指示を受け,VX入り注射器2本を持って,A
45と共に大阪に行き,迎えにきたA28と一緒にB21方の下見をしたりB21が自宅から出
てくるのを見張る場所を検討したりした後,ホテルE20でA7らと合流した。
 A28ら実行メンバー6名は,同月12日午前5時ころ,ホテルE20の一室に集まり,A28
やA7が,他の4名に対し,被告人の指示でB21という公安のスパイにVXを掛けることに
なったこと,B21が30歳くらいの男性で,背が高く,大阪の柔道家であるらしいこと,B21
は,朝自宅から新大阪駅まで歩いていき,同駅から御堂筋線とモノレールを使って会社
に通勤するだろうということなどについて説明し,話合いの結果,B21が自宅から新大阪
駅まで歩いていく途中,A7とA46がジョギングを装って近づき,A7がB21の注意を引き
付け,A46がVXを掛けるという方法で実行すること,A14が治療役,A28及びA45がB
21方付近にあるマンションNの屋上での見張り役及びその後B21を尾行し結果を確認
する役,A47がワゴン車の運転手役をそれぞれ担当することなどが決められた。
 5 実行メンバー6名は,治療用の酸素ボンベやVX入り注射器などをワゴン車に積む
など準備をした後,ワゴン車に乗車して上記ホテルを出発し,同日午前6時ころ,B21方
付近に到着し,マンションNの前にワゴン車を停めた。A28及びA45は,マンションNの
屋上に行き,B21方2階の様子を探りながら,B21が自宅から出てくるのを待っていたと
ころ,同日午前7時過ぎころ,B21が出勤するため自宅から出てきたのを見て,ワゴン車
内で待機しているA7に無線機で,B21が自宅から出て新大阪駅に向かっていることやB
21の服装などについて連絡した。
 A7は,間もなく,連絡を受けたとおりの服装のB21が右側の路地からワゴン車を停めた
通りに出てきたのを認め,A46と共にワゴン車から降りて,ジョギングを装ってB21に近づ
いていき,大阪市t1区u1付近路上において,A7がB21を追い抜いてその前方に回り込
んでその進路をさえぎり,A46がB21の後方に近寄った。
[罪となるべき事実]
 被告人は,A7,A28,A14,A46及びA47らと共謀の上,B21(当時28歳)にVXを付
着,浸透させて同人を殺害することを企て,平成6年12月12日午前7時過ぎころ,大阪
市t1区u1付近路上において,A46が,あらかじめ準備していた注射器内のVXをB21の
後頸部付近に掛けて体内に浸透させ,よって,同月22日午後1時56分ころ,大阪府吹
田市所在のE21病院において,同人をVX中毒により死亡させて殺害したものである。
第3 B5VX事件
[犯行に至る経緯]
 1 B5(昭和13年4月21日生)は,平成7年1月当時,自動ドア修理業を営み,妻及び
長男D4と共に,東京都港区v1所在のOマンションn号室に居住していた。
 B5は,昭和62年ころ,D4が教団にかかわっていることを知り,当初は様子を見ていた
が,D4が,教団に借用証を差し入れて借りた20万円を集中修行の費用に充てたり,学
校にも満足に行かず夕方になると出掛けては午前3時ころ帰宅し,食事も十分でないと
いう日常生活を送るようになったり,ついには,親子の縁を切って出家したいので120万
円を生前贈与してくれと言って土下座するなどD4の言動がエスカレートしてきたことか
ら,このまま放ってはおけないと考え,被告人がどのような人物であるかを調査し,被告人
の説法会に出席して被告人に疑問点を質すなどした。そして,D4が,平成元年8月こ
ろ,家出同然に出家した後は,B5は,同じ立場にある親同士で連絡をとり合い,同年10
月ころには,B2弁護士を紹介され,同弁護士の提案により,教団に入信して家に帰って
こない子供の親たちと共に被害者の会を結成し,その会長に就任した。そして,B5は,
平成2年1月ころ,D4を説得して教団との関係を絶ち切らせ,その後は,スピーカーで教
団施設内の信者に呼び掛けをしたり,教団施設のある自治体や住民に啓蒙活動をした
り,D4らと共に教団信者に対し脱会の説得に当たるなどし,平成5年7月ころからは,B6
弁護士らと協力し,教団信者に対し出家をやめさせ脱会させるように説得するカウンセリ
ングを行うなどし,平成6年12月ころまでの間,そのカウンセリングを行った約30名の在
家信徒のうち25名くらいが脱会した。
 2 被告人は,このような事情により,かねてから,B5及びD4を敵対視していたが,平
成6年12月に入り,以前D4らがある団体と共に教団松本支部の信者に対し脱会活動を
行っていたことを聞き,さらに,同月24日ころ,出家しようとしていた法皇官房の信者が親
族により実家に連れ戻され,A7らを動員したものの結局その信者の取戻しをあきらめざ
るを得なかったことがあった際,東信徒庁長官のA16から,その信者の実家には「B5」も
いた旨の報告を受けるなどしていたことから,もはやB5やD4を放っておくことはできない
と考え,VXでこれを殺害することを決意した。
 3 被告人は,同月30日昼ころ,第6サティアン1階の被告人の部屋で,A7に対し,B5
やD4がこれまで教団や教団信者に対し行ってきたことなどを話した上,「どんな方法でも
いいからB5にVXを掛けろ。幾らお金を使ってもいい。VXを掛けるためにはマンションを
借りてもいい。息子のD4のほうが行動力があるから,B5ができなければD4でもいい。A
28としっかり打合せをするように。」という趣旨のことなどを言って,B5かそれができなけ
ればD4をVXを使って殺害するよう指示し,A7はこれを承諾した。なお,そのころ,被告
人は,A7に対し,「100人くらい変死すれば教団を非難する人がいなくなるだろう。1週
間に1人ぐらいはノルマにしよう。」などと言ったことがあった。
 4 A7は,東京に行き,A28に対し,被告人の指示を伝え,A28と共に,B5方周辺を
下見したほか,見張りをするのに適したマンションを探したが適当な見張り場所はなかっ
た。その後,A28は,A7と別れ,s1の家に戻って,A45及びA47に対し,被告人の指示
でB5かD4にVXを掛けることになったことを伝え,諜報省の信者に対し,B5方に現にB
5が住んでいるかどうかを確認するために同人方を監視するよう指示した。
 5(1)A28及びA7が,同月30日から同月31日にかけての深夜,第6サティアン1階の
被告人の部屋を訪れ,A28が,被告人に対し,現在B5の調査をしている旨報告するとと
もに,B5にVXを掛ける件についてメンバーはいつもどおりでいいのかどうかを尋ねると,
被告人は,A14の精神状態が不安定であると感じていたことから,A14を現場に連れて
いかないよう指示し,VXがメンバーの身体に付着した場合の治療については,ネブライ
ザーにパムを入れて吸えば治療ができるのではないかなどと言った。
 (2)A7及びA28は,いったん被告人の部屋を出たが,なお治療の点について不安が
あったことから,被告人に再度確認するためにA14を連れて被告人の部屋に行った。A
14が被告人に対し「私は現場に行かなくてもよいのでしょうか。」と尋ねると,被告人は,
「治療が必要ならAHI(教団附属医院)を使えばいい。東京だから,AHIが近いからAHI
を使えばいい。」と答え,続けて「おまえは医者だから,人を潜在的に助けようと思ってい
るから,ポアが成功しないで人を助けてしまう。だから現場に行くな。」などと説明し,A7ら
を納得させた。
 6 A28,A7及びA14は,被告人の部屋から出た後,話合いをし,現場に行かないこと
になったA14がB5に掛けるVXを準備することとなった。そこで,A14は,A24のいるX1
棟に赴き,神通力をくれと言ってVXの入った容器を受け取り,その中からそれぞれ若干
量を注射器2本に吸引するなどしてこれを準備した。
 A46は,A7から今度はB5をVXで殺害する旨の指示を受け,A7と共に,A14から上
記のVX入り注射器2本を受け取るなどして自動車で東京に向かったが,その車中で,A
7から「尊師が『教団に反対している者が100人くらいいなくなったら,だれも逆らうやつは
いなくなるんじゃないか。』というようなことを言っていた。」旨を聞かされた。A7及びA46
は,同月31日夕方ころ,s1の家に到着して,A28,A45及びA47と合流し,VX入り注
射器2本をs1の家の冷蔵庫内に入れた。その後,これら実行メンバー5名は,B5方付近
に下見に行き,B5方を監視していた信者からB5一家が帰宅している様子はない旨を聞
き,s1の家に戻り,深夜になってもB5らが帰宅したとの連絡がなかったため,A7はA46
及びA47を連れてe1村の教団施設に帰った。
 7 A28は,平成7年1月3日夕方ころ,B5方を監視させていた信者から,B5一家が帰
宅したとの報告を受け,A7にその旨連絡した。A28ら実行メンバー5名は,同日夜,s1
の家に集合し,同所において,B5方周辺の住宅地図を見ながら,翌1月4日朝からB5方
のあるOマンションを見張り,B5が同マンションから出てきた機会にB5にVXを掛けるこ
と,B5にVXを掛ける役はA46が務めること,A47が,B5にもD4にも顔を知られているA
7に代わりおとり役になること,A28及びA45が,Oマンションから人が出てくるのが見え
る位置に乗用車を停めて同所からB5が出てくるのを見張り,B5が出てきたら無線を使
い,暗号でA7に知らせること,A7は,実行役及びおとり役が待機するワゴン車の運転手
役を務め,見張り役からの連絡を受けて最終的に実行するか否かを決めることなどを確
認し合った。
 8 A28ら実行メンバー5名は,同月4日朝,冷蔵庫に保管中のVX入り注射器,酸素ボ
ンベ,ネブライザー等を用意するなどし,ワゴン車及び見張り用乗用車に分乗してs1の
家を出発し,同日午前8時半ころ,Oマンション付近に到着し,B5が同マンションから出
てくるのを待った。
 B5は,東京都港区v2付近路上に設置されている郵便ポストに年賀状を投函するた
め,同日午前10時30分ころ,雨が降っていたことから傘をさしてOマンションを出て郵便
ポストに向かった。これを見たA28らが暗号を間違えてA7に知らせたため,A7らが不思
議に思って周囲を見ているとB5が歩道上を歩いてくるのを発見した。そこで,A46及び
A47はワゴン車から降りてB5の後を追うなどし,郵便ポストに年賀状を投函した後向きを
変えて自宅に帰ろうとするB5の背後に,注射器を握ったA46と傘を広げたA47の二人
が並んで近づいた。
[罪となるべき事実]
 被告人は,A7,A28,A14,A46及びA47らと共謀の上,B5(当時56歳)にVXを付
着,浸透させて同人を殺害することを企て,平成7年1月4日午前10時30分ころ,東京都
港区v2付近路上において,A46が,B5の後方から,あらかじめ準備していた注射器内
のVXをB5の後頸部付近に掛けて体内に浸透させたが,同人に加療69日間を要するV
X中毒症の傷害を負わせたにとどまり,殺害の目的を遂げなかったものである。
ⅩⅡ B22事件(逮捕監禁致死,死体損壊)
(平成7年9月4日付け追起訴状記載公訴事実)
[第1(逮捕監禁致死)の犯行に至る経緯]
 1 B22(大正15年10月22日生)は,平成7年2月当時,東京都江東区内の自宅に居
住し,東京都品川区w1号所在の目黒公証役場(以下「公証役場」という。)に事務長とし
て勤めていた。
 B22の実妹であるD11は,昭和62年,公証役場が1階にある建物及びその敷地(以下
「D11方土地建物」という。)等を夫から相続により取得し,同建物の2階に居住してい
た。
 2 D11は,平成5年10月ころ,ヨーガ教室で知り合った教団信者であるヨーガ指導者
に誘われ,健康のためにヨーガ修行をすることとし,教団の在家信徒となり,教団東京総
本部道場に通うようになった。D11は,東信徒庁長官のA16,教団信者のA48やA49ら
から教団への布施を勧められ,平成7年1月20日ころまでに教団に合計約6000万円の
布施をし,そのうち4000万円は同月20日ころ直接被告人に現金で手渡し,その際,被
告人から,早く出家するよう言われた。
 A16やA49は,被告人の意を受け,D11を出家させてD11方土地建物を含む資産す
べてを布施として教団に拠出させるため,D11に対し執ように出家を勧め,薬物を使用し
たイニシエーションを施すなどして,出家することを同年2月中旬ころ承諾させ,その後
は,D11を出家前の信者として東京総本部道場に寝泊まりさせ,信徒対応の上手なA2
2にD11と面談させるなどして全財産を教団に拠出するよう働き掛けた。D11は,B22や
その家族らに譲るつもりであったD11方土地建物を含めすべての財産を教団に取り上げ
られてしまうことを危ぐするなどしていたところ,同月24日,友人を入信させるためにx1に
行くと言い置いて東京総本部道場を出,教団に連絡することなくその日は知人方に,同
月25日及び翌26日は実兄のB22方に,同月27日は別の知人方に泊まり,その間B22
や知人らと話合いをするなどして悩んだ末,後記のとおり,同月28日午後5時ころ,東京
総本部道場に電話を掛け,A49に対し,教団に出家するのをやめる旨伝えた。
 3 A49は,同月26日,D11が2日間も東京総本部道場に戻らず連絡もないことから,
A22やA16にそのことを報告した。A22及びA16は,D11から従前D11方土地建物を
実兄ら親族に譲渡する約束があると聞いていたことから,D11の親族がD11方土地建物
を布施されるのを阻止するためにD11をらちした可能性があると考え,諜報省大臣のA2
8にD11を捜す手伝いを頼んでA28の配下のA48やA45をよこしてもらい,同日から翌
27日にかけての深夜,D11方の様子を見にいくなどしたがD11の所在を突き止めること
ができず,被告人に電話でその旨を連絡した。
 A22,A16及びA49らは,同月27日昼ころ,公証役場付近まで車で行き,A49が一
人で公証役場に様子を探りにいった。A49は,公証役場から戻ってきて,A22やA16に
「おかしいですよ。『D11さんはいますか。』と聞くと,『D11の兄だけど。』と名乗る人が出
てきて『ここにはD11はいません。随分前から帰っていない。何の用ですか。』と言って,
とても不審がるような感じで話をしてきました。その人の態度は不自然でした。」などと報
告した。A22及びA16は,それを聞いて,B22がD11と接触し,あるいは,その居場所を
知っている可能性が高いと考え,B22の動きを見張っていたところ,B22がボディガード
らしい男性と共に公証役場から出てきたのを見てこれを尾行したが,JR目黒駅で見失っ
た。
 A22及びA16は,B22を見張っている際にA28に応援を求めていたが,B22の尾行
に失敗した後,A28と合流し,同人に,D11が行方不明になった経緯やB22を尾行した
状況等について説明をした上,B22の様子からしてB22がD11を監禁している可能性が
高いなどと訴え,さらに,B22からD11の居場所を聞き出すためにどうしたらいいかなど
今後の対応について協議をした。A28は,「もう少し様子をみた方がいい。この時点では
決められない。」などと言い,A22らにD11方を案内された後,A22をA28の車で東京
総本部道場に送ったが,遅くともそれまでに,A22は,A28との間で,B22をらちしてD1
1の居場所を聞き出すしかないのではないかという話をした。
 4(1)被告人は,同月27日から翌28日にかけての深夜,第2サティアン3階の第2瞑想
室において,A6,A7,A28,A22,A16や各支部の支部長ら数十名を集めて信徒対
応責任者会議を開いた。A16及びA22は,その会議が終了した直後,同所において,
被告人に対し,D11の居場所は分からなかった旨伝え,B22を尾行した状況やその際
のB22の不審な行動,すなわち,A49が公証役場に行った際D11の兄と名乗るB22が
出てきてD11はいないと言うなど不自然な態度であったこと,その後B22は銀行や喫茶
店に立ち寄ったが喫茶店では何も注文をせず電話をしただけで店から出るなど不自然
な行動をとっていたこと,B22は公証役場から帰る際女性とボディガードらしい暴力団員
風の男性を連れていたこと,B22がD11を監禁している可能性があることなどについて
説明した後,D11の居場所を聞き出すためB22をらちして聞き出す方法もあると思う旨
報告した。被告人は,D11が出家して多額の布施をすることになっていたのに同人がい
なくなりそれが難しくなったことから怒り,A16に対し,「おまえがたるんでいるんだからこ
んなことになるんじゃないか。東信徒庁の活動も落ちているじゃないか。」と言ってしっ責
し,さらに「そんなに悪業を積んでいるんだったらポアするしかないんじゃないか。」などと
言ってA16らの言うB22のらちだけでは済まされず,同人を殺害しなければならないほど
の重大な問題であることを指摘した。被告人は,その際,A6から耳打ちされるなどして,
これまで違法行為に関与したことのない信者も周りにいたことに気付き,「ポア」という言
葉を撤回する趣旨で「じゃ,おまえたちの言うようにらちするしかないんじゃないか。」と言
い,さらに「らち」という言葉も適当でないと直ちに思い直して「ほかしておこうか。」などと
ぼやくように言って部屋を出ていき,関係者だけでD11の件について話を続けるため,
隣の尊師の部屋に移動し,A6,A28,A22及びA16らも被告人に続いて尊師の部屋に
入った。
 (2)被告人は,B22をらちし,麻酔薬を投与して半覚せい状態にし潜在意識に働き掛け
て会話をする「ナルコ」をB22に実施してD11の居場所を聞き出そうと考え,尊師の部屋
において,A28及びA22に対し,B22をらちしてナルコを実施しD11の居場所を聞き出
すよう命じた上,更に具体的に,武道の得意なA22及びA50が中心となってB22をらち
すること,B22のボディガードにはA6の開発したレーザー銃を使って目をくらませることと
し,その役は以前レーザー銃を使ったことのあるA51にさせること,そのほか諜報省の信
者にも手伝わせること,医師資格のあるA14がB22に麻酔薬を注射して眠らせe1村まで
連れてくることなどを指示し,A28及びA22はこれを承諾した。
 5 その後,A22は,電話でA51を呼び,A6やA28を交えて上記らち計画について話
をし,レーザー銃のバッテリーの充電に時間がかかることから,A51はそれを終えて東京
で合流することとした。また,A22は,A50がA8の部下で自分で運転のできるA52の運
転手をしていることを知り,被告人にその旨報告したところ,被告人はA8を呼び,A52に
運転手を付けたことをしかり,A50を早く戻してA22に渡すよう指示した。
 A28は,第6サティアン2階で被告人の指示に基づき修行に入っていたA14に対し,上
記らち計画を説明し,東京でらちを実行する際相手を麻酔で眠らせてくれるよう頼んだ。
A14はこれを承諾して,全身麻酔薬である筋肉注射用のケタラールと静脈注射用のチオ
ペンタールナトリウムのほか,注射器,注射針,点滴セット等を工具箱とキャリーバッグに
入れて用意し,東京に向かった。
 6 A28,A22,A14及びA51のほか,上記らち計画について説明を受けてこれを承
諾した諜報省所属のA45,A47及びA48は,同月28日午前11時ころ,ワゴン車(デリ
カ)及び普通乗用自動車(ギャラン)の2台のレンタカーに分乗して公証役場付近に到着
し,しばらくしてA50も合流し,上記らち計画について説明を受けてこれを承諾した。
 その後,A28は,A51にレーザー銃を操作させ,通行人にレーザーを照射してレーザ
ー銃の効果を実験したが,目くらましの効果がないことが判明したため,らち計画を練り
直すこととし,A28及びA22が中心となり実行メンバー全員で話合いをした結果,B22が
公証役場から出てJR目黒駅に向かって歩いているところを襲うこととし,B22が二人で出
てきた場合は状況によっては中止し,3人で出てきた場合は中止すること,A48がワゴン
車を運転して左に入る路地に差し掛かったときに左折してB22の進路を塞ぎ,A22,A5
0及びA47が後ろからB22を抱き込むようにしてサイドドアからワゴン車内に押し込み,A
45がワゴン車内からB22を引っ張り込み,A14がB22に麻酔薬を注射して眠らせること,
その後,A48がそのままワゴン車を,A51はギャランを運転して現場から逃走し,A28は
現場指揮をとることなどのらちの方法と各自の役割分担が決められ,実行メンバー8名
は,B22が公証役場から出てくるのを待った。
 7 A22は,同日午後4時30分ころ,B22が公証役場から一人で出てきたのを発見し,
A50及びA47と共に,JR目黒駅に歩いて向かうB22に近づいた。
[罪となるべき事実第1(逮捕監禁致死)]
 被告人は,教団への出家を案じ身を隠した信徒D11の所在を聞き出すため,同人の
実兄B22(当時68歳)をらちすることを企て,A28,A14及びA22らと共謀の上,平成7
年2月28日午後4時30分ころ,東京都品川区w2付近路上において,同所を歩行中のB
22に対し,A22がその背後からB22の身体に抱きついて転倒させ,大声で助けを求め
る同人の身体をA50及びA47と共に抱えるなどして,同所付近に停車させていた普通
乗用自動車(ワゴン車デリカ)の後部座席にB22を押し込むと同時に,同車内からA45
がB22の身体を引っ張り込むなどしてB22を逮捕した上,直ちにA48が同車を発進させ
て,B22を自らの支配下に置き,同車内において,A14がB22に全身麻酔薬を投与して
意識喪失状態に陥らせ,その後A16から電話で,D11から出家を取りやめるとの連絡が
入った旨知らされたものの,D11の居場所が分からないままであったし,被告人から新た
な指示がない限り自分たちの判断で勝手にB22を解放することもできなかったことから,
A28らにおいて,B22をe1村の教団施設に連れていきD11の居場所を聞き出すしかな
いと考えた上このまま計画を続行することとし,さらに,同日午後8時ころ,東京都世田谷
区y1所在の都立芦花公園付近路上において,意識喪失状態のままのB22の身体をA2
2らが別の普通乗用自動車(マークⅡ)に移し替えた上,A47が同車を運転しA14及び
A45がこれに乗車してB22をe1村の教団施設まで運ぶこととし,同車内において,A14
がB22に全身麻酔薬を投与して意識喪失状態を継続させながら,同日午後10時ころ,
山梨県西八代郡e1村i5所在の第2サティアンに同人を連れ込み,そのころから同年3月
1日午前11時ころまでの間,同サティアン1階の瞑想室(以下「1階瞑想室」という。)にお
いて,A14及びA33がB22に全身麻酔薬を投与して意識喪失状態を継続させるなどし
てB22を同所から脱出不能な状態に置き,もって,同人を不法に逮捕監禁し,同日午前
11時ころ,同所において,大量投与した全身麻酔薬の副作用である呼吸抑制,循環抑
制等による心不全により同人を死亡させたものである。
[第2(死体損壊)の犯行に至る経緯]
 1 A14は,上記監禁中である同年2月28日午後10時ころ,第2サティアンに着いた
後,第6サティアン3階に行き,A33に対し,「尊師が『X12に手伝ってもらえ。』と言われ
たので,一緒にやってください。」と言ってナルコへの協力を依頼した。A33は,これを承
諾して第2サティアンに行き,A14及びA45からB22が同所に連れてこられた事情や状
況,それまでの全身麻酔薬の投与状況等について説明を受けた後,医療器具等を用意
し,同サティアン1階瞑想室で,B22を診察した上,点滴を始めるなどしてその呼吸,循
環等の管理に当たった。
 2 A33は,同年3月1日午前3時ころ,第2サティアンに現れたA28から,「D11から出
家しない旨の電話がA16にあったが,それでもD11の居場所を聞き出してくれ。」と言わ
れたことから,A14と共に,1階瞑想室で,B22に対しナルコを実施したが,D11の居場
所は聞き出せなかった。その間,A28は,A22と共に,B22の所持品を調べるなどし,D
11の居場所の手掛かりをつかむことができなかったが,B22の手帳の住所録欄に記載さ
れている知人らしき人物がD11をかくまっているのではないかと考え,自らも加わり,再度
B22に対しナルコを実施したが,結局,D11の居場所を聞き出すことができなかった。そ
こで,A28及びA22は,今後のB22の処置について被告人の指示を仰ぐために,被告
人のいる東京に向かったが,e1村に戻る被告人と行き違いになり,会うことができなかっ
た。
 3 A6は,同日午前4時ころ,第2サティアンにきて,A14らから,B22にナルコを実施
した結果D11の居場所を聞き出すことができなかったことや,頭部に電気刺激を与えて
記憶を消すニューナルコでは,教団にらちされたというB22の記憶を消すことができない
ことなどを聞いた上,「そうか,帰せないかな。塩化カリウムでも打つか。」などとB22を殺
害する趣旨のことをほのめかし,A14に,らちを実行した際に着用していた衣服を早く焼
却するよう指示し,さらに被告人は昼近くまで帰ってこないなどと言って帰っていった。
 4 その後,A6は,被告人に対し,A14らから聞いた話の内容を報告し,今後のB22の
処置について指示を仰いだところ,被告人から,口封じのためにB22を殺害して従前と
同様に証拠隠滅のためにその死体をマイクロ波焼却装置で焼却し,B22の殺害に当た
ってはA50にB22の首を絞めさせるという旨の指示を受けた。
 5 A14は,同日午前6時30分ころから,らちを実行した際に着用していた衣服を焼却
するなどした後,同日午前9時30分ころ,それまでB22を意識喪失状態で管理していた
A33からその引き継ぎを受け,以後,第2サティアンの1階瞑想室で,B22の意識喪失状
態を保持したままその管理を続けた。
 その後,A6は,同日午前10時ころ,第2サティアンを訪れ,A14に対し,「やっぱりポ
ア。A50に首を絞めさせろ。A50にポアさせることによって徳を積ませる。A50を今後ヴ
ァジラヤーナで使うから。」などと言い,自分の言ったとおりB22を殺害することになったと
いう趣旨の発言をした上,塩化カリウムの注射ではなく,首を絞めることによってB22を殺
害し,しかも,A50を今後教団の違法行為に関与させるために,実行役をA50にさせる
旨の指示をした。そこで,A14は,まだ都内にいたA28に電話をし,A50を連れてくるよ
うに頼んだ。
 A14は,その後も,B22の様子をみていたが,部屋の外にいたA45に上記の被告人か
らA6を介して指示された内容を伝えるために1階瞑想室から出てB22から目を離した同
日午前11時ころ,前記のとおり,B22は死亡した。
 A28及びA22は,A14からの上記依頼を受けて,そのころ,都内のファミリーレストラン
の駐車場でA50を乗せてe1村の教団施設に向かい,同日昼過ぎころ,第2サティアンに
到着し,その際,A14から,B22が死亡したことや上記の被告人からA6を介して指示さ
れた内容について聞いた。
 A14らは,被告人の指示に従い,A50にB22の死亡を知らせないまま,既に死亡して
いたB22の首を絞めさせた。その後,A14やA22らは,B22の死体を焼却するためにこ
れをマイクロ波焼却装置のある第2サティアン地下室に移動した。
 6 その後,後記のとおり,B22の死体がマイクロ波焼却装置のドラム缶の中に入れら
れ,その焼却が開始された後,A28,A14及びA22は,二,三日間を要する死体焼却の
監視にだれが立ち会うかについて被告人に指示を仰ぐため,同日夕方ころ,第6サティ
アン1階の被告人の部屋に行った。すると,被告人は,それまでにA16から「B22さんが
車で連れ去られたことで,大崎警察署からあなたがたは知らないかという電話が入りまし
た。」などと報告を受け,レーザー銃をうまく使わなかったために通行人に現場を目撃さ
れ警察に通報されてしまったと思い込んでいたことから,A28ら3人に対し,「なぜ,無理
してやったんだ。警察が動いてるじゃないか。レーザーを使わなかったんだろう。」としっ
責し,これに対し,A28が,「レーザーは実験しましたが,使えませんでした。」などと弁明
した。その後,A14が,被告人に,B22の死体の焼却にはだれが立ち会えばいいか尋ね
ると,被告人は,「おまえたちでやるしかないんじゃないか。」と言って,B22のらちを実行
した者で責任を持って遺体を処理するよう指示した。
 7 そこで,A28やA14らは,A22,A14,A50及びA47の4人が交替でB22の死体
の焼却作業の監視に当たることにした。
[罪となるべき事実第2(死体損壊)]
 被告人は,A28,A14及びA22らと共謀の上,同年3月1日ころから同月4日ころまで
の間,第2サティアン地下室において,B22の死体をマイクロ波加熱装置とドラム缶等を
組み合わせた焼却装置(マイクロ波焼却装置)の中に入れ,これにマイクロ波を照射して
加熱焼却し,もって,同人の死体を損壊したものである。
ⅩⅢ 地下鉄サリン事件(殺人,殺人未遂)
(平成7年6月6日付け起訴状記載公訴事実・同年9月20日付け訴因変更請求書・平成
9年12月2日付け訴因変更請求書)
[犯行に至る経緯]
 1(1)平成7年1月1日,読売新聞朝刊に,「e1村で平成6年7月9日に悪臭騒ぎがあっ
た際に現場から採取された土壌からサリンの残留物である有機リン系化合物が検出さ
れ,警察当局は,この悪臭騒動が松本サリン事件のほぼ12日後に起きている上,現場が
隣接県にあることを重視し,山梨,長野県警合同で両事件の関連などについての解明に
当たることになり,両県警では,全国警察の協力を求め,サリン生成に使う薬品の購入ル
ートを中心に捜査を急いでいる。」旨の記事が掲載された。被告人は,教団施設に対す
る捜索が近々行われるのではないかと考え,これに備えるため,A6らに対し,サリンプラ
ントを停止して神殿化などの偽装工作をし,保管中のサリンやその中間生成物等を処分
又は隠匿するよう指示した。
 (2)A24は,その指示を受けて,X1棟において,残っていた青色サリン溶液等の中和
処理作業をしていたが,サリン中毒になったため,A14がこれを引き継ぎ,サリン等の中
和処理作業を進めた。A14は,その作業の途中,処理すべき化学物質のうちサリン生成
の前段階の物質であるジフロについて,これを造るには手間がかかり,サリンプラントも使
用できない状態になるとサリンを造ることができなくなることを慮り,ジフロの入った容器を
持ち出して教団施設内に隠匿保管し,その後,A6やA28にジフロないしサリンの原料を
隠していることを話した。
 2(1)被告人は,間近と思われた強制捜査が平成7年1月17日に発生した阪神淡路大
震災の影響により立ち消えになったものと考えていたが,A28らに実行させたB22事件
がその事件直後から教団による犯行と疑われるに至り,警視庁による強制捜査の可能性
がにわかに現実味を帯びてきたことから,これを避けるため,警視庁に近い帝都高速度
交通営団(以下「営団」という。)地下鉄霞ヶ関駅構内にボツリヌストキシンを噴霧して混乱
を起こそうと企て,A28らに指示して,同年3月15日に同駅にアタッシュケース型噴霧装
置を置いてボツリヌストキシン様の液体を噴霧させたが,人を殺傷させることができず,そ
の計画は失敗に終わった(以下,この事件を「アタッシュケース事件」という。)。
 (2)同月16日には,読売新聞に「B22事件に使われたワゴン車が押収され,車体から
事件関係者のものとみられる指紋も検出された。」旨の記事が掲載されたため,被告人
やA6,A28ら教団幹部は,捜査の進展に危機感を抱き,教団施設に対する大規模な強
制捜査に備え,自動小銃の部品等を隠したり,B22事件にかかわった信者に対し,その
記憶を消去するためにニューナルコを実施したりするなどした。
 3(1)被告人は,同月18日午前零時過ぎころから,東京都杉並区z1にある教団経営の
飲食店Pにおいて,新たに正悟師に昇格したA28やA34ら教団幹部ら約20名を集めて
祝いの食事会を開いた。被告人は,その際,A28やA10らに対し,「エックス・デーが来
るみたいだぞ。」「なあ,X4(A10),さっきマスコミの動きがf1村の強制捜査のときと一緒
だって言ったよな。」などと間近に迫ったと思われる警視庁による教団施設に対する強制
捜査を話題にしていたが,同日午前2時過ぎに食事会を終え,同所からe1村の教団施
設への帰途その強制捜査への対応について検討しようと考え,A6,A10,A28,A19
及びA34に対し,被告人専用のリムジンに乗るよう指示した。
 (2)e1村に向かうリムジン車内において,被告人が,A6らに,間近に迫っている強制捜
査にどのように対応すればいいかについて意見を求めると,A6が,阪神大震災が起きた
から強制捜査が来なかったと以前被告人が話していたことに言及し,これに相当するほ
どの事件を引き起こす必要があることを示唆するとともに,アタッシュケース事件が失敗し
た原因は,噴霧口が目立たないようにメッシュを付けたために噴霧されたボツリヌストキシ
ンがこれに当たって噴霧されなかったことにあるのではないかなどと言った。被告人が,
A28に何かないのかと聞いたところ,A28は,ボツリヌス菌ではなくてサリンであれば失
敗しなかったということなんでしょうかという趣旨の意見を述べ,A6も,これに呼応して地
下鉄にサリンをまけばいいんじゃないかと発言し,地下鉄電車内にサリンを散布すること
を提案した。被告人は,首都の地下を走る密閉空間である電車内にサリンを散布すると
いう無差別テロを実行すれば阪神大震災に匹敵する大惨事となり,間近に迫った教団に
対する強制捜査もなくなるであろうと考え,「それはパニックになるかもしれないなあ。」と言
ってその提案を容れ,A6に総指揮を執るよう命じ,A6もこれを承諾した。
 続いて,A6が,被告人に,地下鉄電車内にサリンを散布する実行役として,近く正悟
師になるA53,A23,A26及びA25を使うことを提案すると,被告人は,これを了承する
とともにA33も実行役に加えるよう指示した。
 さらに,地下鉄電車内に散布するサリンを生成することができるか否かについても話が
され,被告人が,A19に対し,「サリン造れるか。」と聞くと,A19は「条件が整えば造れる
と思います。」と答え,サリンの生成に携わることを承諾した。
 (3)リムジン車内では,そのほかに,地下鉄電車内におけるサリンの散布が教団による
ものであることが発覚するのを防ぐために,教団が,敵対勢力に攻撃されたように見せ掛
けてテロの被害者を装い,世間の同情を買うことなどについても話合いがされ,その自作
自演の具体案として,A10が,教団に好意的な学者の自宅に爆弾を仕掛けることを,A2
8が,より直截に教団東京総本部道場を爆破することをそれぞれ提案したところ,被告人
は,その双方を採用し,学者の自宅に爆弾を仕掛け,東京総本部道場には火炎瓶を投
げるよう指示した。
 (4)また,被告人は,e1村の教団施設に向かうリムジン車内において,A28に対して
も,東京における現場指揮を命じてその承諾を得,このようにして,被告人は,東京の地
下鉄電車内にサリンを散布する無差別殺りく計画について,A6には総指揮を,A19に
はサリンの生成を,A28には現場指揮をそれぞれ指示してその承諾を得,同人ら3名と
の間でその共謀を遂げた(以下,この共謀を「リムジン謀議」という。)。
 4 被告人らを乗せたリムジンは,同月18日午前4時ころ,e1村の教団施設に到着し
た。
 A6は,同日午前8時か9時ころ,第6サティアン3階のA6の部屋に呼び集めたA53,A
33,A23及びA26に対し,「君たちにやってもらいたいことがある。これは…」と言って顔
や視線を上に向けた後,「からだからね。」と言いながら顔及び視線を元に戻す仕草をし
て,上の者,すなわち,被告人からの指示であることを示した上で,「近く強制捜査があ
る。騒ぎを起こして強制捜査の矛先をそらすために地下鉄にサリンをまく。嫌だったら断
ってもいいんだよ。」と言うと,4名共それが被告人の指示によるものであることを認識した
上でその実行役となることを承諾した。
 A6は,引き続き,「3月20日月曜日の通勤時間帯に合わせてやる。対象は,公安警
察,検察,裁判所に勤務する者であり,これらの者は霞ヶ関駅で降りる。実行役のそれぞ
れが霞ヶ関駅に集まっている違う路線に乗って霞ヶ関駅の少し手前の駅でサリンを発散
させて逃げれば,密閉空間である電車の中にサリンが充満して霞ヶ関駅で降りるべき人
はそれで死ぬだろう。」と言い,さらに,A53らに対し,サリン散布の方法について,被告
人の案であると断った上で,ジュース等の容器にサリンを入れてふたをし,散布するとき
にふたを開けて転がしてサリンを流出させるという方法を挙げ,他にいい考えがあれば考
えておくように言った。また,A6は,実行役はかつらで変装する旨の被告人の指示や,
実行役一人当たりのサリン散布量が約200ミリリットルであること,A25も実行役の一員で
あり,A28もこの計画に加わることなどを伝え,A53に対しA28との連絡役を務めるよう指
示した。
 5(1)A6は,同月18日夕方ころ,第6サティアン3階のA6の部屋に集まったA23,A2
6,A28及びA53と共に,営団地下鉄千代田線(以下「千代田線」という。),同丸ノ内線
(以下「丸ノ内線」という。),同日比谷線(以下「日比谷線」という。)の各霞ヶ関駅につい
て駅付近の略図,各駅からの所要時間,出口に近い車両等を示した図等が記載されて
いるA28の持参した「地下鉄最新ガイドマップ」等を見ながら,サリンを散布する地下鉄
の路線や散布する時刻等について検討し,日比谷線,丸ノ内線及び千代田線の3路線
5方面の電車内で,同月20日の乗客の多い時間帯である午前8時に一斉にサリンを散
布することなどを決めた。
 その際,A28は,A6らに対し,実行役らが都内で集まる場所として諜報省の部屋を使
うことができる旨申し出たほか,実行役の乗車駅までの搬送及び降車駅からの逃走のた
めに自動車5台及び運転手5人が必要であることを説明し,A6も納得してその件は被告
人に聞いてみる旨述べた。
 (2)A28は,A6の部屋での話合いが終わった後,A53に対し,準備ができ次第,実行
役並びに運転手役候補者のA20,A36及びA51を連れて,諜報省が東京における拠
点の一つとして使用しているs1の家に行くよう指示した。
 (3)A6は,同月18日夜,第6サティアン3階のA6の部屋で,A25に対し,地下鉄にサリ
ンを散布する仕事をすること及びA28や他の実行役と連絡して行動することを指示し,A
25はこれを承諾した。
 6(1)ところで,A6は,リムジン謀議後,第6サティアン2階のA14の部屋に行き,A14に
対し,「できるだけ早くサリンを造ってくれ。造れるだけ造ってくれ。地下鉄でサリンを使う
んだ。」などと言って,A14の隠匿しているジフロを使ってA19らと共にサリンを生成する
よう指示していたが,A14はこれを承諾し,同月18日夕方までに,隠匿していたジフロを
X5棟に持参し,A19に渡した。A19は,青色サリン溶液をはじめこれまで教団で造った
サリンは最終工程においてジフロとジクロにイソプロピルアルコールを反応させて生成し
ていたが今回はジクロがないことからジクロを使わないでジフロからサリンを生成せざるを
得ず,そのためにはジフロにイソプロピルアルコールを加えればよいとされているものの,
具体的な生成方法をも含めて検討する必要があると考え,A24に対し,ジフロからサリン
を生成する方法について尋ねるとともに,A14から渡されたジフロが本当にジフロである
かどうかについて分析を依頼した。
 (2)A19は,同日午後11時ころ,A6に連れられて第6サティアン1階の被告人の部屋
を訪れた。その際,被告人は,A19に対し,「X5,サリン造れよ。」などと言い,責任を持っ
てサリンの生成に取り組むよう念を押した。
 (3)A19は,その後,A14を呼び出して,A24から教わった生成方法に基づき,さらに
具体的に議論を交わし,A24に相談するなどした上で,ヘキサンを溶媒として,NNジエ
チルアニリンを反応促進剤としてそれぞれ使いジフロにイソプロピルアルコールを滴下す
るという方法でサリンを生成することを決め,A24に対し,ジフロからサリンを生成するた
めに必要な薬品等の量に関する物質収支メモを作成するよう依頼した。
 7 A53は,同月19日午前8時ころ,A6から,皆で東京に行くように言われ,A23,A2
5,A26,A20,A36及びA51と共に自動車2台に分乗して出発し,同日午前11時ころs
1の家に着き,待機していた。しかし,A28が来ないことから,A53が中心になって,実行
役がサリンを電車内に散布する担当路線等について話合いがされ,その結果,A53が
日比谷線中目黒方面行き,A25が同線北千住方面行き,A23が丸ノ内線荻窪方面行
き,A26が同線池袋方面行き,A33が千代田線代々木上原方面行きの各電車内でサリ
ンを散布することが決められ,さらに,乗降車駅や乗車時刻等についても話合いがされ,
引き続き,下見や買い物等に行くことになった。
 A53ら7名は,同日午後1時30分ころ,新宿に出て食事をしたり,ワイシャツやネクタ
イ,変装用のかつらや眼鏡等を購入したりした後,二手に分かれ,A53,A25及びA51
はそのまま新宿でサリンを入れるのに適当な容器に入っている食料品を買うなどし,A2
3,A26,A20及びA36は,降車駅となる丸ノ内線四ッ谷駅や同線御茶ノ水駅を下見す
るなどして,7名は,同日午後7時ころまでに,s1の家に戻った。
 8 前日の夜責任を持ってサリンの生成に取り組むよう念を押されたA19は,同月19日
正午前ころ,A6に連れられて第6サティアン1階の被告人の部屋を訪れた際,被告人か
ら,「まだ,やっていないんだろう。」と言われて早くサリンの生成に着手するよう暗に指示
され,部屋を出た後,A6からも「早くやってくれ。今日中にやってくれ。」などと督促され
た。
 9 一方,A6及びA28は,同日午後1時過ぎころ,被告人に運転手役の人選や実行役
との組合せ等について指示を仰ぐため,第6サティアン1階の被告人の部屋に行った。被
告人は,サリンの生成など犯行の準備が進んでいないことにいら立ち,A6及びA28に対
し,同人らの覚悟を確かめるため,「おまえら,やる気ないみたいだから,今回はやめにし
ようか。」と言い,同人らが黙っていると,被告人は,さらに「X13(A28),どうだ。」と聞い
た。これに対し,A28は,「尊師の指示に従います。」と答え,A6も「X2師(A23)たちも
やる気満々で,みんな下見に出掛けています。」などと答え,計画を実行する意思の強
いことを示したので,被告人は,「じゃ,おまえたちに任せる。」と言った。
 その後,A6が,被告人に対し,実行役の搬送及び逃走用の車の運転手役等について
指示を仰いだところ,被告人は,A7,A20,A54,A43及びA47を運転手役として人選
した上,A33とA7,A53とA20,A26とA54,A23とA43,A25とA47をそれぞれ組み
合わせて実行するよう指示した。
 10 A6及びA28は,被告人の部屋を出た後,今後の段取りについて相談の上,二人
で手分けして実行役及び運転手役に連絡して,実行役及び運転手役全員を,同日午後
8時ころ,諜報省の東京における活動拠点の一つである東京都渋谷区a2所在のQに集
めることや,A28が都内ナンバーの自動車を5台用意することなどを決めた。
 11 A28は,同日午後3時半過ぎにe1村の教団施設を出発して同日午後7時ころs1の
家に到着し,待機していたA53らに対し,被告人の指示により運転手役がA7,A20,A
54,A43及びA47の5名に決まったことなどを告げ,実行役及び運転手役に対しQに移
動するよう指示し,A47に対し地下鉄にサリンを散布する計画を打ち明けその運転手役
を務めるよう伝えた。
 その後,A28は,リムジン謀議に基づき,2件の自作自演事件を実行するために,配下
の信者らと共に,同日午後7時25分ころ,前記学者宅の前に時限爆弾を仕掛けて実際
に爆発させ,続いて,教団の東京総本部道場に火炎瓶を投げ込むなどして騒ぎを起こ
し,いずれについても,現場に教団を誹謗する犯行声明文を置き,教団の敵対勢力によ
る教団を対象としたテロであるように装った。
 12 A6やA28の指示を受けた実行役のA53,A25,A23,A26及びA33並びに運
転手役のA20,A47,A43,A54及びA7にA28を加えた合計11名は,同日午後9時
過ぎころまでに,Qに集結した。
 A28は,同日午後10時ころまでの間に,同所において,実行役及び運転手役計10名
に対し,散布するサリンの量が実行役1人につき1リットルになったことを伝えたほか,日
比谷線中目黒方面行きはA53とA20,同線北千住方面行きはA25とA47,丸ノ内線荻
窪方面行きはA23とA43,同線池袋方面行きはA26とA54,千代田線代々木上原方面
行きはA33とA7がそれぞれ担当すること,サリン散布後降車する駅については,A53が
秋葉原駅,A25が恵比寿駅,A23が御茶ノ水駅,A26が四ッ谷駅,A33が新御茶ノ水
駅であること,サリンを散布する時刻はいずれの路線も同月20日午前8時とし,降車駅で
降車する直前に電車内でサリンを散布すること,実行役は降車駅の二つか三つ手前の
駅で乗車することとするが,午前8時にサリンを散布してその直後に降車駅で降車できる
ような電車を選び,しかも,霞ヶ関駅において警視庁への出口に近い車両に乗車するこ
となどを指示した。
 その後,実行役及び運転手役らは,同日午後10時ころ,数台の自動車に分乗して,そ
れぞれの担当する路線の乗降駅に行って下見をし,乗車駅で乗車すべき電車の発車時
刻や,サリン散布後の降車駅における待ち合わせ場所等を確認するなどし,Qに戻っ
た。
 13(1)一方,被告人やA6から早くサリンを生成するよう言われたA19は,A14らと共
に,A24の作成した前記物質収支メモ等に基づき,必要な薬品や器具等を準備し,同月
19日夕方ころ,強制排気装置が残されているX5棟内のドラフトルームで,ジフロ,ヘキ
サン,NNジエチルアニリンの溶液にイソプロピルアルコールの滴下を始めてサリンの生
成を開始し,A24の協力を得てその溶液を加熱するなどしてこれを反応させ,同日午後
8時ころ,ヘキサン,NNジエチルアニリンのほかサリンを約30%含有する約5ないし6リッ
トルの溶液(以下「サリン混合液」という。)を生成した。サリン混合液は上下2層に分かれ
たが,A24がGC/MSにより分析した結果,いずれもサリンを含有することを確認した。
 (2)A19は,サリン混合液からサリンだけを分留することを考えたが,A24から1日くらい
かかると言われたことから,被告人の指示を仰ぐため,同日午後10時30分ころ,第6サテ
ィアン1階の被告人の部屋に行き,被告人に対し,「できたみたいです。ただし,まだ純粋
な形ではなく,混合物です。」と報告すると,被告人は,「X5,いいよ,それで。それ以上
やらなくていいから。」と,サリンを分留することなくそのまま使って構わない旨答えた。
 (3)被告人は,そのころまでに,サリンの散布方法について,A6と検討した上,サリンを
袋詰めにし,これを先のとがった傘で突き刺してサリンを流出させ,気化させる方法を採
用することにし,その意を受けたA6の指示により,A14は,既に約20㎝四方の四角形の
密閉ナイロン・ポリエチレン袋(以下,単に「ビニール袋」という。)の一角が切り取られ注入
口となっている五角形のビニール袋を作っていた。
 (4)A19及びA14は,サリンの分留が不要になったことから,A6の指示に基づき,その
五角形のビニール袋に,1袋当たりサリン混合液を約500gないし約600gずつ注入した
上注入口をシーラーで圧着するなどして,サリン混合液入りのビニール袋(以下「サリン
入りビニール袋」という。)を11個作り,さらに,A6の指示を受け,実行時までのサリンの
漏出に備え,いずれも新たに作った一回り大きいビニール袋に入れてビニール袋を二重
にした後,段ボール箱に入れた。
 14(1)A28は,同月20日午前零時ころ,まだサリンがQに届けられていなかったことか
ら,サリンを受け取るためにe1村の教団施設に向かった。
 (2)被告人は,実行役にサリン散布方法について練習をさせておくことが必要であると
考え,A6にその旨指示した。A6は,A28に連絡して実行役全員をe1村の教団施設に
呼び戻させようとしたが,A28となかなか連絡がとれなかったため,A53に直接,実行役
5名全員で第7サティアンに戻ってくるよう指示した。A53ら実行役5名は,同日午前2時
ころ,A20及びA54の運転で普通乗用自動車2台に分乗してQを出発して第7サティア
ンに向かった。
 (3)A28は,同日午前2時ころ,e1村の教団施設に到着し,第6サティアン1階の被告
人の部屋に行き,被告人に自作自演事件を実行したことを報告した。被告人は,A6から
A28がe1村の教団施設に向かっていて連絡がとれないことを聞いていたため,A28に
対し,「何でおまえは勝手に動くんだ。」と怒った。そのとき,A6が同所にきて被告人に対
し,1時間余りで実行役が第7サティアンにやってくることや,まだ傘を買っていないようで
あることを伝えた。
 (4)その後,A19が前記サリン入りビニール袋11個を入れた段ボール箱を持って同所
に来て,被告人に対し,中にサリンが入っていることを説明し,被告人のエネルギーを注
入することによってその物の効果を高める儀式である修法を求めてきたことから,被告人
は,A19にそれを持たせたまま,段ボール箱の下に手を触れて瞑想をし修法を終えた。
 15(1)A6は,被告人の部屋から出た後,A28に指示し,同日午前2時30分ころ,コンビ
ニエンスストアーでビニール傘7本を購入させた上,A21に指示して傘の先をグラインダ
ーで削って鋭くさせた。
 (2)A53ら実行役5名は,同日午前3時ころ,第7サティアンに到着した。A6は,第7サ
ティアン1階で,実行役5名に対し,先をとがらせた傘の先端でサリン入りビニール袋を突
き刺してサリンを流出させ,気化させる方法でサリンを散布することを説明した上,サリン
入りビニール袋はビニール袋が二重になっているので,実行前に外側のビニール袋を取
り外すこと,傘の先端に付いたサリンは水で洗い流し,傘は持ち帰ることなどを注意した。
そして,実行役5名は,A6の指示でA19が作った水入りビニール袋を使い,これをビニ
ール傘の先端で突き刺す練習をした。その結果,乗客に不審を抱かれないようサリン入り
ビニール袋は新聞紙で包み,それを傘の先端で突き刺すことになった。
 (3)続いて,実行役5名は,A6から,サリン入りビニール袋が11個ある旨の説明を受
け,A53が3個,他の4名の実行役が2個ずつを引き受けることになり,A6から,サリン入
りビニール袋11個及び前記ビニール傘5本を受け取った。
 また,A19は,A14から受け取っていた予防薬のメスチノンの錠剤を実行役5名に1錠
ずつ配り,サリンを散布する2時間前にこの錠剤を飲むように言った。
 さらに,A6は,料金所の係員に目撃されないよう,A53らに対し,被告人の指示とし
て,東京への帰り道では河口湖インターチェンジを通行しないように伝えた。
 (4)A53ら実行役5名は,普通乗用自動車2台に分乗して,同日午前5時ころ,Qに戻
った。
 16(1)実行役5名は,Qで,サリン入りビニール袋を先に決めたとおり分配してA53がそ
のうち内側のビニール袋からサリン混合液が漏れているもの1個を含む3個を,他の実行
役4名は2個ずつを持ち,メスチノンを服用し,着替えをするなどした。また,A33が,他
の実行役4名に対し,サリン中毒にかかったと思ったらこれを注射をするようにと言って,
あらかじめ用意していた硫酸アトロピン入りの注射器を配った。
 なお,A28は,A47やA53らに指示するなどして,同日午前6時ころまでに,在家信徒
や出家信者から普通乗用自動車5台を借り受けてこれを用意していた。
 (2)実行役5名は,同日午前6時前後ころ,サリン入りビニール袋及びビニール傘等を
用意するなど準備を終えた者から相前後して,それぞれの運転手役と共に,普通乗用自
動車5台に分乗し,Qを出発した。
 17(1)A53は,A20の運転する普通乗用自動車で,日比谷線上野駅まで送られる途
中,新聞等を購入してサリン入りビニール袋3個を新聞紙で包むなどし,上野駅到着後,
その新聞包みとビニール傘を入れた手提げ紙袋を持って自動車から降り,時間調整をす
るなどした後,上野駅かあるいは仲御徒町駅において,北千住始発中目黒行き日比谷
線A720S電車に乗車し,次の秋葉原駅に到着するまでの間に,同電車の第3車両にお
いて,上記新聞包みを車両床上に落とし,ビニール傘を取り出した。
 (2)A25は,A47の運転する普通乗用自動車で,日比谷線中目黒駅まで送られる途
中,新聞を購入してサリン入りビニール袋2個を新聞紙で包むなどし,中目黒駅到着後,
その新聞包みを入れたかばんとビニール傘を持って自動車から降り,時間調整をするな
どした後,午前7時59分ころ発の同駅始発東武動物公園行き日比谷線B711T電車の
第1車両に乗車し,次の恵比寿駅に到着するまでに,上記新聞包みを車両床上に置い
た。
 (3)A23は,A43の運転する普通乗用自動車で,丸ノ内線四ッ谷駅まで送られた後,
サリン入りビニール袋2個を入れたかばんやビニール傘等を持って,丸ノ内線,JR線で池
袋駅に行き,新聞を購入してサリン入りビニール袋2個を新聞紙で包むなどし,時間調整
をした後,午前7時47分ころ発の同駅始発荻窪行き丸ノ内線A777電車に乗車し,御茶
ノ水駅に到着するまでに,その第3車両において,かばんから上記新聞包みを取り出そう
としてむき出しになったサリン入りビニール袋2個を車両床上に落とした。
 (4)A33は,A7の運転する普通乗用自動車で,千代田線千駄木駅まで送られる途中,
購入した新聞紙でサリン入りビニール袋2個を包むなどし,同駅到着後,その新聞包みを
入れたショルダーバッグとビニール傘を持って自動車から降り,時間調整をするなどした
後,同線北千住駅から,同駅午前7時48分ころ発の我孫子始発代々木上原行き千代田
線A725K電車の第1車両に乗車し,新御茶ノ水駅に到着するまでに,上記新聞包みを
車両床上に落とした。
 (5)A26は,A54の運転する普通乗用自動車で送られ,サリン入りビニール袋2個を新
聞紙で包むなどし,時間調整をした後,その新聞包み及びビニール傘を持って,荻窪始
発池袋行き丸ノ内線B701電車に四ッ谷駅手前の駅で乗車し,四ッ谷駅に到着するまで
に,その第5車両において,上記新聞包みを車両床上に移動した。
[罪となるべき事実]
 被告人は,A6,A28,A19,A24,A14,A53,A25,A23,A33,A26,A20,A4
7,A43,A7,A54と共謀の上,いずれも東京都千代田区b2所在の営団地下鉄霞ヶ関
駅に停車する日比谷線,千代田線及び丸ノ内線の各電車内等にサリンを発散させて不
特定多数の乗客等を殺害しようと企て,
第1 平成7年3月20日午前8時ころ,東京都千代田区c2所在の日比谷線秋葉原駅直
前付近を走行中の北千住始発中目黒行き電車(A720S)内において,A53が,新聞紙
に包まれたサリン入りビニール袋3個を所携の先端をとがらせた傘で突き刺し,サリンを
流出気化させて同電車内等に発散させ,上記秋葉原駅から東京都中央区d2所在の同
線築地駅に至る間の同電車内又は各停車駅構内において,後記の表1番号1ないし8
記載のとおり,B23(当時33歳)ほか7人をしてサリンガスを吸入させるなどし,よって,同
日午前8時2分ころないし同日午前8時30分ころから平成8年6月11日午前10時40分こ
ろまでの間,同区e2所在の同線小伝馬町駅構内又はその付近ほか7か所において,同
表番号1ないし7記載のB23ほか6人をサリン中毒により,同表番号8記載のB30(当時5
1歳)をサリン中毒に起因する敗血症により,それぞれ死亡させて殺害するとともに,後記
の表2-1記載のとおり,B35(当時35歳)ほか2人をしてサリンガスを吸入させるなどした
が,同人らに対し,同表加療等期間欄記載の各加療等日数を要するサリン中毒症の各
傷害を負わせたにとどまり,殺害の目的を遂げなかった
第2 平成7年3月20日午前8時ころ,東京都渋谷区f2所在の日比谷線恵比寿駅直前
付近を走行中の中目黒始発東武動物公園行き電車(B711T)内において,A25が,新
聞紙に包まれたサリン入りビニール袋2個を所携の先端をとがらせた傘で突き刺し,サリ
ンを流出気化させて同電車内等に発散させ,上記恵比寿駅から前記霞ヶ関駅に至る間
の同電車内又は東京都港区g2所在の同線神谷町駅構内において,表1番号9記載のと
おり,B31(当時92歳)をしてサリンガスを吸入させるなどし,よって,同日午前8時11分
ころないし同日午前8時43分ころ,上記神谷町駅構内において,同人をサリン中毒によ
り死亡させて殺害するとともに,後記の表2-2記載のとおり,B38(当時61歳)ほか1人
をしてサリンガスを吸入させるなどしたが,同人らに対し,同表加療等期間欄記載の各加
療等日数を要するサリン中毒症の各傷害を負わせたにとどまり,殺害の目的を遂げなか
った
第3 同日午前7時59分ころ,東京都文京区h2所在の丸ノ内線御茶ノ水駅直前付近を
走行中の池袋始発荻窪行き電車(A777)内において,A23が,サリン入りビニール袋2
個を所携の先端をとがらせた傘で突き刺し,サリンを流出気化させて同電車内等に発散
させ,上記御茶ノ水駅から東京都中野区j2所在の同線中野坂上駅に至る間の同電車内
又は上記中野坂上駅構内において,表1番号10記載のとおり,B32(当時54歳)をして
サリンガスを吸入させるなどし,よって,同月21日午前6時35分ころ,東京都新宿区所在
のE22病院において,同人をサリン中毒により死亡させて殺害するとともに,後記の表2
-3記載のとおり,B40(当時31歳)ほか2人をしてサリンガスを吸入させるなどしたが,同
人らに対し,同表加療等期間欄記載の各加療等日数を要するサリン中毒症の各傷害を
負わせたにとどまり,殺害の目的を遂げなかった
第4 同月20日午前8時ころ,東京都千代田区k2先所在の千代田線新御茶ノ水駅直前
付近を走行中の我孫子始発代々木上原行き電車(A725K)内において,A33が,新聞
紙に包まれたサリン入りビニール袋2個を所携の先端をとがらせた傘で突き刺し,サリン
を流出気化させて同電車内等に発散させ,上記新御茶ノ水駅から同区l2所在の同線国
会議事堂前駅に至る間の同電車内又は前記の同線霞ヶ関駅構内において,表1番号1
1及び12記載のとおり,B33(当時50歳)ほか1人をしてサリンガスを吸入させるなどし,
よって,同日午前9時23分ころから同月21日午前4時46分ころまでの間,同区所在のE
30病院ほか1か所において,B33ほか1人をサリン中毒により死亡させて殺害するととも
に,後記の表2-4記載のとおり,B43(当時25歳)ほか1人をしてサリンガスを吸入させ
るなどしたが,同人らに対し,同表加療等期間欄記載の各加療等日数を要するサリン中
毒症の各傷害を負わせたにとどまり,殺害の目的を遂げなかった
第5 同月20日午前8時ころ,東京都新宿区n2所在の丸ノ内線四ッ谷駅直前付近を走
行中の荻窪始発池袋行き電車(B701)内において,A26が,新聞紙に包まれたサリン
入りビニール袋2個を所携の先端をとがらせた傘で突き刺し,サリンを流出気化させて同
電車内等に発散させ,上記四ッ谷駅から同線池袋駅で折り返した後前記の同線霞ヶ関
駅に至る間の同電車内において,後記の表2-5記載のとおり,B45(当時37歳)ほか3
人をしてサリンガスを吸入させるなどしたが,同人らに対し,同表加療等期間欄記載の各
加療等日数を要するサリン中毒症の各傷害を負わせたにとどまり,殺害の目的を遂げな
かった
ものである。
               記
表1
││被害者氏名(年齢)│ B23 (当時33歳)│
│1│吸入等の場所│ 第1記載の電車内又は小伝馬町駅構内│
││死亡日時│平成7年3月20日午前8時2分ころないし同│
│││日午前8時30分ころ│
││死亡場所│小伝馬町駅構内又はその付近│
││被害者氏名(年齢)│ B24 (当時29歳)│
│2│吸入等の場所│ 第1記載の電車内又は小伝馬町駅構内│
││死亡日時│平成7年3月20日午前10時2分ころ│
││死亡場所(東京都)│中央区o2 E23クリニック│
││被害者氏名(年齢)│ B25 (当時50歳)│
│3│吸入等の場所(東京都)│ 第1記載の電車内又は中央区p2所在の日比谷│
│││線八丁堀駅構内│
││死亡日時│平成7年3月20日午前10時30分ころ│
││死亡場所(東京都)│新宿区所在のE24病院│
││被害者氏名(年齢)│ B26 (当時42歳)│
│4│吸入等の場所│ 第1記載の電車内又は築地駅構内│
││死亡日時│平成7年3月20日午前10時30分ころ│
││死亡場所(東京都)│渋谷区所在のE25病院│
││被害者氏名(年齢)│ B27 (当時64歳)│
│5│吸入等の場所│ 第1記載の電車内又は築地駅構内│
││死亡日時│平成7年3月22日午前7時10分ころ│
││死亡場所(東京都)│千代田区所在のE26病院│
││被害者氏名(年齢)│ B28 (当時53歳)│
│6│吸入等の場所│ 第1記載の電車内又は小伝馬町駅構内│
││死亡日時│平成7年4月1日午後10時52分ころ│
││死亡場所(東京都)│千代田区q2 E27病院│
││被害者氏名(年齢)│ B29 (当時21歳)│
│7│吸入等の場所(東京都)│ 第1記載の電車内又は小伝馬町駅,中央区r2│
│││所在の日比谷線人形町駅若しくは茅場町駅のいず│
│││れかの駅構内│
││死亡日時│平成7年4月16日午後2時16分ころ│
││死亡場所(東京都)│中央区所在のE28病院│
││被害者氏名(年齢)│ B30 (当時51歳)│
│8│吸入等の場所│ 第1記載の電車内又は築地駅構内│
││死亡日時│平成8年6月11日午前10時40分ころ│
││死亡場所(千葉県)│松戸市s2E29病院│
││被害者氏名(年齢)│ B31 (当時92歳)│
│9│吸入等の場所│ 第2記載の電車内又は神谷町駅構内│
││死亡日時│平成7年3月20日午前8時11分ころないし│
│││同日午前8時43分ころ│
││死亡場所│ 神谷町駅構内│
││被害者氏名(年齢)│ B32 (当時54歳)│
│10│吸入等の場所│ 第3記載の電車内又は中野坂上駅構内│
││死亡日時│平成7年3月21日午前6時35分ころ│
││死亡場所│第3記載のE22病院│
││被害者氏名(年齢)│ B33 (当時50歳)│
│11│吸入等の場所│ 千代田線霞ヶ関駅構内│
││死亡日時│平成7年3月20日午前9時23分ころ│
││死亡場所│第4記載のE30病院│
││被害者氏名(年齢)│ B34 (当時51歳)│
│12│吸入等の場所│ 千代田線霞ヶ関駅構内│
││死亡日時│平成7年3月21日午前4時46分ころ│
││死亡場所│前記E26病院│
││││
表2-1
││被害者氏名(年齢)│ B35 (当時35歳)│
│1│吸入等の場所│ 第1記載の電車内又は築地駅構内│
││加療等期間│不 詳│
││被害者氏名(年齢)│ B36 (当時51歳)│
│2│吸入等の場所│ 第1記載の小伝馬町駅構内│
││加療等期間│104日間│
││被害者氏名(年齢)│ B37 (当時59歳)│
│3│吸入等の場所│ 第1記載の電車内│
││加療等期間│103日間│
表2-2
││被害者氏名(年齢)│ B38 (当時61歳)│
│1│吸入等の場所│ 第2記載の電車内│
││加療等期間│58日間│
││被害者氏名(年齢)│ B39 (当時23歳)│
│2│吸入等の場所│ 第2記載の電車内│
││加療等期間│36日間│
表2-3
││被害者氏名(年齢)│ B40 (当時31歳)│
│1│吸入等の場所│ 第3記載の電車内又は中野坂上駅構内│
││加療等期間│不 詳│
││被害者氏名(年齢)│ B41 (当時53歳)│
│2│吸入等の場所│ 第3記載の電車内│
││加療等期間│67日間│
││被害者氏名(年齢)│ B42 (当時60歳)│
│3│吸入等の場所│ 第3記載の電車内│
││加療等期間│61日間│
表2-4
││被害者氏名(年齢)│ B43 (当時25歳)│
│1│吸入等の場所│ 第4記載の電車内│
││加療等期間│73日間│
││被害者氏名(年齢)│ B44 (当時23歳)│
│2│吸入等の場所│ 第4記載の電車内│
││加療等期間│73日間│
表2-5
││被害者氏名(年齢)│ B45 (当時37歳)│
│1│吸入等の場所│ 第5記載の電車内│
││加療等期間│60日間│
││被害者氏名(年齢)│ B46 (当時51歳)│
│2│吸入等の場所│ 第5記載の電車内│
││加療等期間│43日間│
││被害者氏名(年齢)│ B47 (当時25歳)│
│3│吸入等の場所│ 第5記載の電車内│
││加療等期間│37日間│
││被害者氏名(年齢)│ B48 (当時25歳)│
│4│吸入等の場所│ 第5記載の電車内│
││加療等期間│ 37日間│
【証拠の標目】
   (略)
【弁護人の主張に対する判断】
[Ⅱ B1事件について]
〔弁護人の主張〕
 1 第34回公判期日の公判手続の更新の際に被告人が供述したように,本件は,修行
に行き詰まったB1の苦しみを見かねたA4らが,「B1を説得せよ。」との被告人の意向を
超えて,B1の嘱託に基づいてB1を殺害したという,A4らによる嘱託殺人であり,被告人
は,A4らにB1の殺害を指示したことも,A4らとの間でその旨の共謀をしたこともなかっ
た。被告人からそのような指示があったとするA4の公判供述は信用することができない。
 2 A4は,公判で,「被告人が『B1をポアするしかないな。』と言った。この場合『ポア』と
は殺害を意味する。」旨供述するが,ここで被告人が言ったという「ポア」という言葉は殺
害を意味するものではない。
 すなわち,「ポア」とは,本来,意識を身体から抜き取ってより高い世界へ移し替えるチ
ベット密教のヨーガ的秘法を指すものであり,教団では,通常,意識の変容という意味で
使用され,それによってより高い宗教的な次元に達することを指し,あるいは,人の死に
際して,その者を死後高い世界に転生させるために行う一種の宗教的儀式を意味する
場合にも使われていたものであって,被告人は,説法や弟子たちとの話の中で度々ポア
という言葉を用いたが,一度も殺人を肯定する意味で使用したことはない。タントラ・ヴァ
ジラヤーナとは密教という意味であり,被告人に特異な教えではなく,殺人を肯定するも
のではない。被告人はいかなる説法においてもこれを具体的に実践せよと説いたことは
なく,教義を理解しやすくするための方便として使用したにすぎない。
〔当裁判所の判断〕
第1 弁護人の主張1(被告人の指示ないし共謀の有無)に対する判断
 1 関係証拠により容易に認められる前提事実は,判示B1事件の犯行に至る経緯(4を
除く。)及び罪となるべき事実(被告人の共謀を除く。)のほか,次のとおりである。
 (1)A4らは,B1の死亡後,被告人の指示に基づき,B1の遺体をドラム缶に入れ,富士
山総本部の敷地内に設けた護摩壇に載せ,10時間くらいかけて焼却し,遺灰は水に混
ぜてその敷地内にまいた。
 (2)被告人は,その後しばらくして,A4に対し,「真理を障害するものを取り除かないと
真理はすたれるが,その障害を取り除くと悪業は殺生となる。私は,救済の道を歩いてい
る。多くの人の救済のために,悪業を積むことによって地獄に至っても本望である。」など
という内容のヴァジラヤーナの詞章を伝授し,これを毎日唱えるように指示した。A4は,
それを受けて,この詞章はB1事件に関係するものと思った。
 2 A4は,B1事件の共謀について,公判において要旨次のとおり供述する(以下,同供
述を「A4供述」という。)。
 (1)被告人は,平成元年2月3日深夜ないし同月4日未明に,サティアンビル4階の図書
室に,A4,A6,A7,A8,A9らを集めた。
 まず,被告人は,同所で,A4らに対し,「X14(A6)が言うんだけれども,B1がいるだろ
う。あいつがオウムを抜けようと思っているみたいだ。そして,わしを殺すとも言っているん
だよ。」「まずいとは思わないか。B1はD1のことを知っているからな。このまま,わしを殺
すようなことになったとしたら,大変なことになる。もうポアするしかないじゃないか。」などと
B1が教団を抜け出したらD1事件のことも公表するかもしれないのでB1を殺害するしか
ない旨のことを言った。その後,被告人は,D1事件に関与していないA9に向かって,グ
ルがポアしろと言ったらグルの命令に従うことができるかと聞くと,A9は,従う旨答えた。
 被告人は,A6に対し,B1の状態を聞くと,A6は,「両手両足を縛っている。説法テー
プを聞かせているけれども,全然変わりませんね。」と答えた。
 被告人は,「このままではまずいから。もう一度,おまえたちが見にいってこい。そして,
わしを殺すという意思が変わらなかったり,オウムから逃げようという考えが変わらないなら
ばポアするしかないな。」と言い,A8に対し,その点をよく確認するように指示した。B1を
殺害することに反対する者はいなかった。
 被告人は,殺害の方法について,血を見ないでやるほうがいいと言い,さらにA7からロ
ープならある旨聞いて,「なら,ロープで一気に絞めろ。その後は護摩壇で燃やせ。」と言
って,殺害方法のほか遺体の処理方法まで指示した。なお,被告人は,「こういうときに溶
鉱炉があればよかったのにな。」などと,溶鉱炉に突き落とせば証拠が残らない旨の含み
を持たせて話していた。
 (2)B1の遺体を焼却中に,被告人がやってきて,「早く燃やす方法はないのか。」「骨が
なくなるまで粉々にできないのか。」などとA6に聞いたことがあった。
 3 A4供述の信用性について検討すると,同供述は,前記のとおり,B1に対する殺害
の指示を受けた状況等について具体的かつ詳細に述べられたものであり,前記1の認定
事実ともよく整合している。特に,D1の死亡を公にすることなくその遺体を秘密裏に焼却
した経緯ないし理由や,B1をこのまま教団から脱会させると,D1事件に関与していたB1
がD1事件について口外する可能性を否定することができないことに照らすと,被告人の
指示内容についてA4供述で述べられているところは自然かつ合理的である。また,A4
は,他の共犯者の供述調書等に基づく詳細な反対尋問を受けながらも,その供述は揺ら
ぐことなく,むしろ,その供述をより具体化し根拠づけてその信用性を増幅させている。A
4は,本件殺人の実行行為を担当した者でありながら,自己の関与した行為について公
判で相応に供述しており,自己の刑責を軽減させるために殊更被告人に不利益なうその
供述をして被告人を無実の罪に陥れようとしている様子はうかがわれない。さらに,A4供
述の信用性を否定し得るほどの客観的証拠や第三者供述は見当たらない。
 これらの事情等に照らすと,A4供述の信用性は優に認められ,同供述に沿う事実を認
めることができる。
 そうすると,判示認定のとおり,被告人が,A4らに対し,B1が翻意しない場合にB1を
殺害することを命じ,A4らとの間でその旨の共謀を遂げたことは明らかである。
 4 なお,弁護人は,本件は嘱託殺人にとどまる旨主張するが,前記認定のとおり,B1
は教団から脱会しようと考え,被告人を殺すとまで言ったことがあることや,被告人はA4
らに対する指示の中で,B1が被告人を殺す意思や教団から脱会する考えを変えないな
らB1を殺害するしかない旨述べていることなどに照らすと,弁護人の主張するようなB1
から殺害してほしい旨の嘱託はなかったものと認められる。
 以上のとおりであるから,弁護人の主張1は採用することができない。
第2 弁護人の主張2(「ポア」の意味)に対する判断
 1 被告人が謀議の際「ポア」という言葉をどのような意味で使ったかについて検討する
と,まず,被告人は,昭和62年1月の丹沢セミナーでの説法では,結論的には,功徳を
積むのに無難なのは,殺さない,盗まないといった禁戒を守ることであるとしているが,他
方で,どのような門でどのような修行法を行うか,どのようなステージにいるかによって,功
徳になることは異なるとし,場合によっては,グルの指示に従って人を殺してその者を高
い世界に上昇させることで功徳を積むことができるという説明の中で,人を殺すという意
味で「ポア」という言葉を用いている。次に,被告人は,昭和63年10月の富士山総本部
での説法では,教団がヴァジラヤーナのプロセスに入ってきたとして,絶対的な立場にあ
るグルである被告人に帰依することの重要性を説き,B1事件後である平成元年9月の世
田谷道場での説法では,ヴァジラヤーナの考え方によれば,成就者が,地獄に堕ちるほ
ど悪業を積んだ者を殺して天界へ上昇させた場合,これは立派なポアであり,偉大な功
徳となる旨述べ,殺人をポアと称し,これを容認する考え方として「ヴァジラヤーナの教
え」を用いている。
 2 そして,B1事件に限らず,その後のB2事件をはじめとする特定の人物に対する一
連の殺人,殺人未遂事件において,その謀議にかかわった共犯者の多くが,被告人の
上記説法に言及した上で,被告人が言ったポアとは殺害を意味する旨供述し,例えば,
B2事件では,A8,A4及びA15は,いずれも,公判において,瞑想室での謀議の際に
用いられた「ポア」という言葉は,人を殺害する意味である旨供述し,それに伴い,A8
は,「悪業をなしている人がいて,その人が将来にわたってますます悪業を積み,善業を
全く積まないということが分かったときに,慈悲の心からその人を救済する意味で殺生し
た場合,これは一般的にみれば悪業であるが,それはヴァジラヤーナ的な観点からする
と善業だという説法があった。当時,オウム真理教の教義では,グルである被告人が指示
した場合,人を殺すことがポアとして許された。」旨供述し,A4は,「被告人は,丹沢セミ
ナーでの説法で,功徳の意味合いについて,『クンダリーニ・ヨーガに向いている人は,
グルの命令なら何でも従うことができる。たとえ殺人でもそうだ。その場合は功徳になる。
もう死に近付いている者があったとしよう。その人をグルの命令でポアさせたら,それはた
とえ弟子にやらせたとしても功徳だ。』と言っていたが,当時その教えはヴァジラヤーナの
教えと言われていた。当時教団において殺生の意味でのポアをすることを決定すること
のできる者は最終解脱者である被告人だけであった。」旨供述し,A15は,「被告人か
ら,本来悪業である殺害であっても場合によっては許されることがあるという説法を聞いた
ことがある。人を殺すことが許されるかどうかを判断できる者は教団の最高指導者グルで
ある被告人以外いないという理解だった。」旨供述する。
 3 これらの点や「ポア」という言葉が使用された際の状況等に照らすと,B1殺害の謀議
の際被告人が言った「ポア」という言葉は殺害を意味する旨の前記A4の公判供述の信
用性に何ら疑問はなく,また,その後のB2事件をはじめとする殺人,殺人未遂事件にお
ける謀議の中で,被告人が使った「ポア」という言葉も同様に殺害を意味するものであるこ
とは明らかである。
 以上のとおりであるから,弁護人の主張2は採用することができない。
[Ⅲ B2事件について]
〔弁護人の主張〕
 A6,A8,A4及びA7は,マスコミ等の教団に対する攻撃が理不尽極まりなく,殊に被
害者の会を指導するB2弁護士の活動は,E6と双璧をなすものであり,教祖である被告
人を侮辱し教団の存立を脅かすB2弁護士を最大の敵と考え,被告人に無断で,B2弁
護士の殺害を計画し,実行犯6名でその旨の共謀を遂げた上,B2弁護士方に赴いた。
実行犯6名は,その後,同弁護士が現れず,同弁護士方の玄関の錠が開いていたことか
ら,同弁護士方に侵入してB2弁護士一家を殺害することに計画を変更し,これを実行し
たものである。被告人は,B2弁護士又はB2弁護士一家を殺害する旨の共謀をしていな
い。
〔当裁判所の判断〕
 1 関係証拠によれば,判断の前提となる動かし難い事実として,判示犯行に至る経緯
1ないし9,11(1),12,13,14(2),15及び罪となるべき事実(被告人の共謀を除く。)のほ
か,次の事実が認められる。
 (1)実行犯6名は,B2弁護士一家3人を殺害した後,その3人の遺体を布団と共に運び
出し,ビッグホーンの後部荷台に載せ,平成元年11月4日午前3時30分ころ,B2弁護
士方を出発し,往路と同様にビッグホーン及びブルーバードに分乗して,富士山総本部
に向かった。なお,A14は,衣服に付けていた「プルシャ」という教団のバッジをB2弁護
士方寝室内に落としたが,同弁護士方を出る際だれもこれに気が付かなかった。
 A6は,富士山総本部への帰途,被告人に電話で連絡をとり,B2弁護士一家3人を殺
害したことや富士山総本部への到着予定時刻などを伝えると,被告人から,午前7時ちょ
うどにサティアンビルから入るよう指示を受けた。
 (2)実行犯6名は,同日午前7時ころ,富士山総本部に戻ると,被告人の指示を受けた
車両班リーダーに誘導され,通常は被告人専用車しか入れることのできない車庫内に2
台の自動車を入れた。被告人は,実行犯6名の帰還を出家信者に見られないよう出家信
者を道場に集めていたが,サティアンビルに入ってきたA8らに対しねぎらいの声を掛け
た。
 その後,被告人は,サティアンビル4階で,A6及びA8らから,A6及びA8が犯行時に
手袋をはめていなかったことや注射が全然効かなかったことなどB2弁護士一家3人を殺
害した状況について報告を受けた後,その3人の遺体をどうするかについてA6及びA8
らから意見を聴いた上,ドラム缶に遺体を入れてできるだけ遠くにある山まで運び,穴を
深く掘って遺体を埋め,ビッグホーン及びブルーバードを海に捨てるよう指示した。
 (3)実行犯6名は,被告人の指示を実行するため,B2弁護士一家3人の遺体や着衣等
を3本のドラム缶に入れた上,これをマツダボンゴワゴン(以下「ワゴン車」という。)に載
せ,同日午前9時ころ,ワゴン車,ビッグホーン及びブルーバードの3台の車両に分乗し
て富士山総本部を出発した。
 実行犯6名は,遺体が発見された場合に身元が分かり難いようにするため,3人の遺体
を別々に,しかも,警察の管轄を異にする場所に埋めることとし,同日から同月6日にか
けて,B4,B2弁護士,B3の各遺体をそれぞれ長野県,新潟県,富山県の山中に埋め
てこれを遺棄し,富山湾で,遺体等を入れていたドラム缶や遺体を埋めるときに使用した
スコップ等を海に投棄し,B2弁護士方の布団や同弁護士らの着衣等を海岸で焼却する
などした。A8が,電話で,被告人にその旨報告すると,被告人から温泉にでも入ってゆ
っくりするよう言われたため,実行犯6名は,近くの温泉街に行き,その後,京都市,鳥取
市,境港市等を経由し,ブルーバードとビッグホーンを投棄する場所を探した。
 A10は,同月8日,E5法律事務所を訪れた際,同事務所の弁護士から,B2弁護士一
家が行方不明になったこと及びB2弁護士方にプルシャが遺留されていたことを聞いた。
被告人は,A10からの情報を受け,A8からの電話連絡の際,A8に対し,プルシャをB2
弁護士方に落とした者がいないか聞いた。A8は,他の実行犯5名に尋ねると,自分が落
としたかもしれないとA14が言うので,被告人にその旨報告した。その後,被告人は,A8
に対し,B2弁護士方でプルシャを落としたA14,同弁護士方で手袋をしなかったA8及
びA6の3名について,早く富士山総本部に戻るよう指示し,自動車は海中に投棄しなく
てもよい旨を告げた。そこで,まず,A8,A6及びA14の3名がブルーバードで,その後,
A4,A7及びA15の3名が自分たちの着衣等を処分した後,ビッグホーンとワゴン車でそ
れぞれ富士山総本部に帰った。また,被告人は,A8に対し,ブルーバードの車体の色を
塗り替えるので車体にきずを付けてくるよう指示した。
 (4)被告人は,同月中旬ころ,実行犯数名が集まった際,A4から,B2弁護士一家の転
生先について聞かれ,「オウムに対して妨害をしている者は悪業を積んでいるのと同じ
だ。そして,悪業を積んだ人のお金で養われている家族は悪業という面から見れば同罪
だ。」と言い,B2弁護士は地獄界,同弁護士の妻子は餓鬼界又は動物界に転生したとし
て,いずれも三悪趣と呼ばれる,人間界に比べると低い世界を転生先として答えた。
 (5)被告人は,同月下旬ころから,多数の出家信者を連れて,ボン,ニューヨーク等に
海外旅行をしたが,その際,A6及びA8に対し,手指の指紋を焼くよう指示し,同人らは
これに従った。同人らは,その後,指紋が再生してきたため,被告人の指示により,A14
から指紋を除去する手術を受けた。
 2 ところで,(1)平成元年11月2日深夜又は同月3日未明ころの瞑想室における謀議
(以下「瞑想室での謀議」という。)の状況及び(2)同月3日B2弁護士一家を殺害するよう
計画が変更された際の電話による謀議(以下「電話謀議」という。)の状況について,A8
は,公判において,要旨次のとおり供述する(以下,この供述を「A8供述」という。)。
 (1)瞑想室での謀議の状況について
 ア被告人は,平成元年11月2日夜か同月3日未明に,サティアンビル4階の瞑想室に
おいて,A6,A4,A7,A14,私が同席している中で,「E6はけしからん。もう今の世の
中は汚れきっておる。もうヴァジラヤーナを取り入れていくしかないんだから,お前たちも
覚悟しろよ。」と言った。私は,それを聞いて教団による救済の障害となるようなものに対
しては,非合法的なものも含めてポアも含めてやっていく必要があるという意味だと思っ
た。
 被告人は,続いて,「今ポアをしなければいけない問題となる人物はだれと思う。」と教団
に対して最も障害となっている人物はだれと思うかという意味のことを尋ねてきた。ここで
ポアというのは殺生という意味である。被告人は,「B2弁護士が一番問題なんだ。B2弁
護士をポアしなければいけない。」と言った。私が「えっ,弁護士さんですか。」とつぶやく
と,被告人は,すぐに「B2弁護士は弁護士といっても被害者の会の実質的なリーダーな
んだ。彼はその将来において,教団にとって非常な障害になる。」と言った。その後すぐ
に,被告人は,「実はいい薬があるんだよ。」と言って,すぐに全身が動かなくなる薬,使
ったことが分からずに自然死する薬だという意味の話をした。
 その薬をどうやって使うのかという話が次に出て,自宅への帰り道を襲って注射をすると
いう話になったが,そんな簡単に注射させてもらえないという話が出てきた。すると,被告
人が,「じゃ,気絶させればいいじゃないか。おまえたち,気絶させる自信がないのか。」と
言うので,武道の達人を入れようかという話になった。武道大会で優勝したA15の名前が
挙がった。そこで,A15に対し,歩いている人を1発で気絶させる自信があるか聞いてみ
ようということになり,被告人は,私とA7に対し,A15に聞いて,そのような自信があるよう
だったらメンバーにするように指示した。
 イ私は,サティアンビル4階から降りてA15を捜し,A15に「歩いている男性を1発で気
絶させる自信はあるか。」と聞いた。A15は「まあ,できます。」と答えた。私は「実は教団
に敵対する教団外部の人をポアしなければいけなくなった。ポアは別のメンバーがやる
が,あなたは気絶させるだけでいい。歩いているところを1発で気絶させてくれ。これはグ
ルがあなたを指名している。」と言うと,A15は,しばらく考えた後,これを承諾した。私
は,ポアする相手は,被害者の会の弁護士であるB2弁護士であることを付け加えた。
 私は,A15との話を終えると,被告人のもとに戻り,被告人に,「A15君はオーケーで
す。」と報告した。
 ウ被告人は,A4に「お前が住所調べろ。」と指示した。A4が「弁護士録をA10から借
りましょうかね。」と言うと,被告人は「それはまずい。A10はまだ使えない。」ということを言
った。
 (2)電話謀議の状況について
 私は,B2弁護士方に電話を掛けた後,A4から,無線で,B2弁護士方のドアのキーが
開いているなどと連絡を受け,もう本人が帰っているかもしれないので待っていてもあまり
意味がないのでビッグホーンの方に戻るように言われた。ひょっとしたら被告人に連絡し
てくれと言われたかもしれない。その無線連絡の後,このような状況であれば被告人の指
示を仰ぐしかないだろうなという話をA7として,被告人に電話を掛けた。
 私は,被告人に「今,家の近くで待ってますが,まだ本人は来ません。実はX15大師
(A4)が言われるんですけども,家のキーが開いてるという話なんです。どうすればいい
でしょうか。」と話すと,被告人は「ほほう,そうか。じゃ,入ればいいじゃないか。」と,家の
かぎが開いているならばB2弁護士方の中に入ればいいということを言ってきた。私は,
自宅に入るとなると家族を巻き込むことになると思い,「じゃ,一緒にいる人はどうなるんで
すか。」と聞くと,被告人は「それは,しょうがないんじゃないか。一緒にやるしかないだろ
う。」と答えた。さらに,被告人は,悪業を積んでる者だからポアする必要があるということ
では家族も同じだという意味のことを言い,その後,「人数的にもそんなに多くはいないだ
ろうし,大きな大人はそんなにいないだろうから,おまえたちの今の人数でいけるだろう,
いけるはずだ。」というようなことを言った。それに対して,私が,「ひょっとしたら,お父さ
ん,お母さんなりが泊まってたら,そうもいかないんじゃないですか。」と聞くと,被告人
は,「それなら調べればいいじゃないか。最初に見て,だれもいなければやれ。確認して
家族だけだったらやれ。」と言った。それに対して,私が承諾し,「まだ今の時間では,ひ
ょっとしたら帰っていないかもしれませんので。」と言うと,被告人は,「そうだな。今でなく
ても,やはり遅いほうがいいだろう。」と言った。「5時まで待て。」という話はなかった。私
は,被告人との電話を終え,A7に「入れと言われた。」と伝えた後,ビッグホーンに戻り,
A6,A4及びA7に対し,遅い時間に,B2弁護士方に入りB2弁護士を一緒にいる家族も
ろとも殺害すること,家族以外の者が泊まっていれば計画は中止することなど被告人の
指示を言われたとおり説明し,A6ら3名と相談して,午前3時ころにB2弁護士方に入るこ
ととし,B2弁護士が帰ってくるかもしれないので,A7とJR洋光台駅前の方に戻った。
 3 そこで,A8供述の信用性について検討する。
 (1)まず,A8供述は,瞑想室での謀議の際,被告人が,A6ら実行犯に対し,B2弁護
士の殺害を指示した経緯等や,電話謀議の際,被告人が,A8に対し,従前の計画を変
更してB2弁護士一家の殺害を指示するに至った経緯等について,具体的かつ詳細にさ
れたものである。
 (2)そして,このようなA8供述の内容は,前記認定に係る事実の経緯と整合した自然な
ものである。
 すなわち,同事実中,特に,被告人が,教団の勢力を伸ばすために,教団を宗教法人
とし,次期総選挙に教団幹部らと共に出馬するために選挙の準備を進めていたこと,そ
の過程で,マスコミ各社が教団や被告人に批判的な報道をし,教団に入信して家に帰っ
てこない子供の親たちが結成した被害者の会やB2弁護士が,マスコミを通して,同様に
教団や被告人を批判する意見を述べてきたこと,これに対し,被告人は,自らあるいは教
団幹部に指示して,マスコミ各社やB2弁護士に抗議をしたが,B2弁護士は,教団に対
する法的措置をとっていく旨の意思を表明し,被害者の会は,被告人に空中浮揚等を公
開して実演するよう要求するなどしてきたこと,被告人は,被害者の会からマスコミに教団
に関する情報が流されており,その被害者の会を組織化したのはB2弁護士であることも
知らされていたこと等の事実関係は,被告人が,将来教団にとって最も障害になる人物と
してB2弁護士を名指しし,同人を殺害しなければならないと考え,その殺害を実行犯に
指示した経緯等についてのA8供述と整合し,よくこれを裏付けている。
 さらに,前記認定事実中,実行犯6名がB2弁護士方付近で数時間待ち伏せていても
同弁護士が現れなかったこと,そこで,A4が同弁護士方の様子を探るなどし,A8らに対
し,同弁護士方の室内の明かりがついていて,玄関の錠が掛けられていない旨伝えたこ
と,実行犯がB2弁護士一家を殺害した後における被告人の言動,特に,被告人が実行
犯に対し,B2弁護士一家3人の死体の遺棄その他種々の証拠隠滅を指示し,B2弁護
士一家の転生先について答えたこと等の事実関係は,被告人が,実行犯に対し,当初
の計画を変更し,B2弁護士方に侵入して同弁護士を家族もろとも殺害することを指示し
た経緯等についてのA8証言と整合し,よくこれを裏付けている。
 また,被告人は,それまでの説法の中で,教団がヴァジラヤーナのプロセスに入ってき
たとして,殺人をポアと称し,これを容認する考え方としてヴァジラヤーナの教えを説いて
きたものであるが,A8供述は,そのような事実関係ともよく整合する。
 (3)そして,瞑想室での謀議の状況については,A4が,公判において,要旨,「瞑想室
での謀議の際,被告人は,『B2弁護士をポアする。』と,B2弁護士を殺す意味のことを言
い,続けて,『B2弁護士にこれ以上悪業を積ませてはいけない。B2弁護士は法的手段
をもって今後徹底的にたたいてくる。被害者の会も大きくなる。このまま放っておいたら大
変なことになる。だからポアしなければいけないんだよ。』と言った。」と,A8供述と同趣旨
の供述をし,さらに,B2弁護士殺害計画を前提として,判示犯行に至る経緯11(2)の事実
(A4がB2弁護士の住所を調べた上被告人に報告した際の状況)に沿う供述をしている。
また,A14においても,表現はA8供述及びA4の前記公判供述とは異なるものの,公判
で,この謀議の際に,被告人のほうから,B2弁護士を殺害するのはどうかという意味のこ
とを言ってきた旨供述している。
 電話謀議の状況については,A4が,公判において,要旨,「私は,午後10時半を回っ
たころ,B2弁護士方の様子を探り,A6に対し,『部屋に電気がついていて,ドアのかぎ
が開いている。もしかしたら,弁護士は帰っているかもしれませんよ。先生(被告人)に報
告してください。』と話すと,A6は無線で駅前で待機しているA8に対しその旨伝えた。A
8は,午後11時前後に,戻ってきて,A6と私に対し,『尊師の指示は,もしB2弁護士がこ
のまま帰らないんだったら家にいるはずだから家族共々やれ,まだ時間があるから最終
電車まで見張りを続けろ,ということです。』と言った。」と,A8供述と同趣旨の供述をして
いる。
 これらA4やA14の公判供述はA8供述を支えるものといえる。
 (4)これに加えて,A8は,公判において,「被告人は,B2弁護士一家殺害事件後に,
実行犯数名が集まり,A3に六法全書の条文を読ませた際に,『指示をしたわしも同じ罪
だな。3人殺せば死刑だな。』と言った。」旨供述し,A4は,公判において,これと同旨の
供述をするほか,「事件後,A14が,被告人に対し,B2弁護士方でプルシャを落としたこ
とについて謝っていたことがあり,また,被告人が,A6やA8が手袋を着け忘れたことや,
私がA28の名前を使ってB2弁護士の住所を聞いたことについて質した後,『一家3人が
突然いなくなっても,家出したか蒸発したかと普通思われるだろう。そんなに問題になら
ないだろう。』と言っていたことがあった。」旨供述している。これらの供述は,瞑想室での
謀議や電話謀議の内容とよく符合し,作り話とは思われない具体的なエピソードに係るも
のであり,A8供述及び謀議に関するA4らの前記公判供述と相まって瞑想室での謀議
及び電話謀議に関する同人らの供述全体の信用性を高めている。
 (5)A8は,公判において,「私が最初に逮捕されたのは平成7年4月20日,脱会したの
は同年5月中旬ころであるが,地下鉄サリン事件で被告人や教団幹部が起訴され,事情
を捜査官から聞いて非常に絶望し,これで被告人の今生の救済計画ももう終わりという気
持ちになったことなどから,同年6月終わりころ,B2弁護士一家殺害事件について供述
を始めた。そのときは被告人に対する信があったから,今生を超えたところでは被告人と
のつながりや救済計画は自分の心の中に残っていた。今現在は,被告人を信じている部
分もあるが,以前のように全面的に信じているかというと,やはり疑念も随分ある。」と公判
供述時の心境を語り,また,証人尋問を受けている際に,被告人が不規則発言を続けた
ため退廷させられたとき,証言台に両手を置いてその上に突っ伏して泣き出してしまった
理由について,後の公判で,いろんな思いが入り交じり,無性に悲しくなって自然に涙が
出てきた旨供述している。
 このようなA8の供述内容や供述態度等に照らすと,その公判供述時において,被告人
がA6ら実行犯に対しB2弁護士一家殺害を指示した旨の被告人に決定的に不利益なう
その供述をしなければならない事情は何らうかがわれないというべきである。
 4 以上の事情等に照らすと,A8供述及びこれと同趣旨のA4らの前記公判供述は,判
示犯行に至る経緯10,11(2),14(1)(3)に係る事実について十分信用することができるとい
うべきであり,これらの各公判供述その他の関係証拠によれば,同各事実が認められる。
 そうすると,被告人が,実行犯6名との間で,夜遅くまで待ってもB2弁護士が現れない
場合には,B2弁護士方に侵入し家族以外の者がいなければB2弁護士をその家族もろ
とも殺害する旨の共謀を遂げたことは明らかである。
 以上のとおりであるから,弁護人の主張は採用することができない。
[Ⅴ サリンプラント事件について]
〔弁護人の主張〕
 1 サリンプラントにおけるサリン生成の5工程のうち,第1ないし第4工程は順次試運転
をしたがいずれも思うように機能せず,当初予定した生成能力にははるかに及ばず,第5
工程は試運転すらできない状態で,平成6年12月末の時点においてサリンプラントは未
完成であり,平成7年1月1日そのまま同プラントの建設は中止された。このプラントにお
いてサリンが生成されたことはなく,その生成工程の一部はできていたとしてもプラントと
しての機能を有するものではなかった。
 したがって,本件公訴事実(なお,裁判所は前記のとおりほぼこれと同じ事実を認定し
た。)は殺人予備罪には該当しないから,被告人は無罪である。なお,本件公訴事実に
は罪となるべき事実が包含されていないから,公訴棄却の決定がされるべきである。
 2 サリンプラントによるサリンの生成は,被告人が予言した最終戦争(ハルマゲドン)に
備えて教団を防衛するためにA6が提案した一連の荒唐無稽な企画の一つにすぎず,
実際に最終戦争が起きるか否かは客観的には不明である上,それが起こったときに教団
を防衛する手段として利用するにとどまり,現実に使用することまでを予定したものではな
く,本件公訴事実に係る行為には具体的な殺人の目的があったとはいえないから殺人予
備罪は成立しない。
 3 サリンプラントによるサリンの生成は,A6が提案した一連の荒唐無稽な企画の一つ
であり,被告人は,その実現は不可能であると考えたが,A6や弟子たちのマハームドラ
ーの修行にもなると考え,第7サティアンの使用を許可し,後はA6のなすがままに任せた
にすぎず,被告人には殺人の目的がなく,殺人予備の共謀もない。
〔当裁判所の判断〕
第1 前提事実
 関係証拠によれば,前記「Ⅳ 教団の武装化」に係る事実のほか,次の事実が認められ
る。
 1 前記のとおり,被告人は,平成5年6月ころ,A6らの意見を聴いた上,化学兵器の
中でもサリンをしかもプラントで大量に製造しようと考え,A6を介するなどしてA24に指示
しその生成方法の研究をさせていたものであるが,同年8月末か9月初めころ,A21に対
し,サリン70tの生成能力を有するサリンプラントを造るよう指示した。
 A21は,図書館に通って資料を集め,不明な点はA6らに相談するなどして一人で設
計を始めた。A21は,機械装置類から設計を行い,その後,清流精舎のチームやA27
の溶接担当チームに機械工作を要する装置類,溶接作業の必要な機械類や反応容器
類の製作等を依頼したり,購入担当者に対し市販の遠心分離器,配管,部品類等の購
入を依頼したりするなどした。また,A21は,機械装置類等の購入資金について,当初
はA7から受け取っていたが,その後,被告人から直接もらうようになり,平成6年3月ころ
からは教団の通常の経理手続を経て購入代金の支払がされるようになった。そのうち被
告人から直接もらった回数は三,四回くらいを数え,1回に1000万円や2000万円を渡
してもらったこともあり,その合計だけでも約5000万円にも上った。また,薬品類を除い
たプラント本体だけでも3億円前後の費用を要した。
 2 サリンプラントが造られる第7サティアンは,平成5年9月ころ,第3上九と称するe1村
i6の土地上に,3階建てで吹き抜け部分も含めると各階とも五百数十㎡程度の鉄骨亜鉛
メッキ鋼板葺き建物として建設され竣工した。
 3 A7は,同年10月ころから平成6年初めころにかけて,A55に指示し,同人を代表者
とする教団のダミー会社の名義で,大量のサリンを生成するのに必要な三塩化リン,フッ
化ナトリウム,イソプロピルアルコール等の原材料を,A24の算出した数量に基づいて大
量に購入するなどして調達した。
 4 前記のとおり,A24は,平成5年11月ころ,5工程から成るサリンの大量生成方法を
確立し,実際にその方法に基づき600gサリン溶液を生成した。600gサリン溶液は,第1
次D3事件の際,農薬用噴霧器で噴霧され,噴霧にかかわったA6ら4名にサリン中毒の
症状が現れた。
 さらに,その後,A21らにより検討が加えられ,第1工程に必要なNNジエチルアニリン
を節約するためにNNジエチルアニリン再生プロセスが,また,第3工程に必要な五塩化
リンについては国内年間生産量を超える量を要することからこれを生成する五塩化リン生
成装置が,さらに,この五塩化リンの生成に必要な塩素を生成する電解プラントがそれぞ
れ設けられることになった。
 5 A21は,同年11月ころまでに,A24から,サリンの大量生成方法について口頭で説
明を受け,また,前記5工程の反応のプロセス等がモル比入りで手書きされたメモをもら
い,各物質の分子量等に基づき,同年12月ころ,前記5工程のメインプラント並びにこれ
に付属するNNジエチルアニリン再生プロセス,五塩化リン生成装置及び電解プラントな
どの付属プラントについて,大量のサリンを生成するに当たり各工程ないしプロセスにお
いて必要とされる物質,その重量等及び反応の過程等をブロックダイヤグラムの形式で
表した物質工程表を作成した。
 6 前記のとおり,A24は,同年12月ころ,同様の方法に基づき,3㎏サリン溶液を生成
した。A6及びA7は,第2次D3事件において,これを加熱し気化させて噴霧したが,逃
走中A7がサリンに被ばくし,ひん死の状態に陥った。
 7 A21は,平成6年2月ころ,第1工程の設計を七,八割方終え,主に電解プラント関
係の調査を進めていた。
 8 被告人は,同年2月下旬,中国旅行から帰国した後,ホテルE14に真理科学技術
研究所のメンバーらを集めた際,同所において,サリンプラントの建設を早く進めるため
に,各工程毎に設計担当者等の割り振りをし,第1,第2工程はA21に,第3,第5工程
及び五塩化リン生成装置はA56に,第4工程はA18に,電解プラントはA18及びA6に
それぞれ担当させ,これらをA6に統括させる旨を告げた。
 9 A21ら設計担当者は,その後清流精舎に詰めて設計をするようになり,被告人には
週1回の割合でその進ちょく状況を報告した。
 被告人は,同年3月ころのミーティングの際,A21に対し,A57の配管チームをサリン
プラントの建設に投入することにした旨を伝えた。同月ころ,第7サティアン内でプラントの
組立て作業が始まり,A21は,清流精舎で設計をしながら,第7サティアンの現場でプラ
ントの組立てについて指揮し,図面を見ながら具体的な指示をした。
 10 被告人は,同年4月中ごろ,A6,A18及びA21から,サリンプラント建設の進ちょく
状況について報告を受けた際,同プラント建設の遅れを怒り,A21に対し,「4月25日ま
でに完成させろ。グルの絶対命令だ。必ず完成しろ。そうしないとおまえは無間地獄行き
だ。」などと脅し付け,新たにA8をサリンプラントの現場の監督者に指名するなどして,サ
リンプラントの早期完成を命じた。
 11 A21は,同月25日までにサリンプラントを完成させることはできなかったが,同年5
月初めころまでに清流精舎において付属プラントも含めある程度の設計を済ませ,その
後A8から指摘を受けて第7サティアンに寝泊まりするようになった。
 A21は,機械装置の据付けや配管配電作業の終了した工程から動かすこととし,同年
6月ころ,第1工程の稼働を開始し,同月中は第1工程の試運転に精力を傾けた。
 12 A21は,同年7月に2回にわたり,第1工程の稼働上の過誤により異臭騒ぎを起こ
し,付近住民が押し掛け,警察官もやってくるなどした。A21は,被告人にその旨を報告
した際,強制捜査を受けるかもしれないなどの不安を抱き動揺していたが,被告人から
「もうプラントをやめるか。おまえは人前でさらし者になるのが嫌かもしれないが,私はシヴ
ァ大神の意思,真理に背くことは嫌だ。このまま続けないとおまえは後で絶対後悔する
ぞ。大丈夫だから。」などと言われ,そのままそのワークを続けることにした。また,被告人
は,その際,A6に対し,実際にプラントを動かす初期の段階ではしっかり監督するよう指
示した。
 13 被告人は,同年6,7月ころ,第6サティアン1階の被告人の部屋で,A6,A18及び
A21との間で,第5工程の反応釜の形状,材質等について話合いをし,ステンレス製の
四角い釜にテフロンコーティングをしたものを第5工程の反応釜として使用するとともに,
第4工程の反応釜も同様のものを使うことを決めた。
 そして,同年6,7月ころ,サリンプラントの機械装置の据付けや配管配電作業が一応終
了した。
 14 被告人は,同年7月末ころ,第2サティアン3階に,自治省や科学技術省のメンバー
数名ずつを呼び集め,同人らに対し,「これから第7サティアンでプラントのオペレーター
をやってもらうが,そのボタン操作を誤ると富士山麓が壊滅する。このワークを40日間ず
っと第7サティアン内に詰め込んで作業をやる。これは死を見つめる修行だ。全員菩長に
する。」などと話し,サリンプラントの稼働要員として従事するよう指示し,サリンプラントの
稼働責任者としてA14を指名した。
 A14は,第7サティアンに常駐するようになった稼働要員に対し,サリンプラント内を案
内し,同プラントにおける各工程の説明をした。
 15 稼働要員が第7サティアンに常駐するようになって間もない同年7月末ころ,A21
は,第2工程の稼働を開始し,以後第1工程で亜リン酸トリメチルができる都度,第2工程
を稼働させた。
 同年8月末ころには,稼働要員の手により第1工程を連続して稼働させることができる状
態になった。
 第1工程については,同年12月まで反応自体の安定性がなく,種々のトラブル等が発
生し,また,1回の反応が終わる都度ガスクロマトグラフィーで分析してその結果を見なが
ら遠心分離器にかける必要があり,同工程での自動化も予定していたレベルに達してい
なかったことなどから,生成量は当初の目標を大幅に下回る状態であったが,最終的に
は同工程で合計十二,三tくらいの亜リン酸トリメチルが生成された。
 第2工程については,第3工程で使われる五塩化リンを大量に生成することができなか
ったため,第3工程に連動させることができず,第2工程で生成したジメチルはドラム缶に
入れ,第7上九(e1村所在の多数の倉庫を設置した教団施設)で保管した。第1工程で生
成された亜リン酸トリメチルはすべて第2工程に使用され,最終的には十二,三tのジメチ
ルが生成された。
 NNジエチルアニリン再生工程は,第1工程とほぼ同じ時期に稼働を始め,第1工程と
同時に作動させ,同年8月末ころ,稼働要員がこれを操作し運転できるようになった。
 16 A6やA21らは,同年9月か10月ころ,第3工程を初めて稼働させ,市販の五塩化
リン約250㎏を使い,また,同年3月に第7サティアン3階で造られた70ないし100リット
ルくらいのジクロとオキシ塩化リンの混合液も一緒に蒸留して単蒸留装置から出ている配
管からジクロを取り出し,結局,50ないし80リットルくらいのジクロを生成した。
 17 A6らは,ジクロを生成して間もない同年10月ころ,そのジクロを使って第4工程を
稼働させたが,反応釜内部のテフロンコーティングがはがれ,また,反応釜に付いている
熱交換器の冷却能力が足りずジフロが蒸発するなどしたため,ジフロを取り出すことがで
きなかった。被告人は,A6,A18及びA21からその旨の報告を受けて改善策について
話合いをし,反応釜を同じ形状のハステロイ製のものに替えるとともに,熱交換器の冷凍
能力を増強することを決めた。
 なお,サリンプラント建設の進ちょくがはかばしくない状態であったため,同年10月こ
ろ,A25が同プラント建設に投入され,第7サティアンに常駐することになった。また,A6
は,同月ころ,A14に代わり,稼働要員のミーティングの指揮をとるようになった。
 18 A18が担当していた電解プラントは,種々のトラブルが生じていたが,同年11月こ
ろ,同プラントで造った塩素を五塩化リン生成装置に供給できる状態になり,同年12月
末の時点では低出力であれば連続運転することができる状態であった。
 19 A6らは,同年11月か12月ころ,前記の第3工程でできた残りのジクロを使い,第4
工程を再度稼働させ,ジフロの生成に成功した。
 20 被告人は,同年8月ころ,五塩化リン生成装置について,三塩化リンの液中に塩素
を吹き込んで五塩化リンを生成するというA56の設計に係る当初の方法を変更し,A21
の意見のとおり,塩素ガス中に三塩化リンを投入し反応させて五塩化リンを生成する方法
を採用することとした。A21は,その指示に基づき,五塩化リン生成装置を数回にわたり
設計し直すなどして,同年12月ころ,その装置を完成させ,一部市販の塩素ガスを使
い,最終的には約300㎏の五塩化リンを生成した。
 21 A6やA21らは,同年12月後半,前記の五塩化リン生成装置で生成した五塩化リ
ン約300㎏を使用し,再度第3工程を稼働させ,前回と同様に配管からジクロを取り出
し,結局,50ないし80リットルくらいのジクロを生成した。
 22 第5工程の反応釜や配管等については,気密テストが行われ,配管の継ぎ目等か
ら液が漏れるかどうかのチェックがされた。第5工程のハザード室(貯蔵室)や分取室(充
てん室)は他の部屋から隔離するために気密性を保つようにされていた。また,第5工程
に係る部屋と他の部屋や通路との間に前室を設けて同室でシャワー等による洗浄を経て
出入りするような構造とされていた。
 同年12月末時点において,第5工程関係の配管の気密テストが完全ではない上,いま
だ同工程に係る部屋自体の気密テストの段階には至っていないことなどから,第5工程
は稼働されなかった。
 なお,第5工程は,蒸留も遠心分離も必要がなく,ジクロ,ジフロ,イソプロピルアルコー
ルを1対1対2のモル比で反応させるという単純な工程であり,サリンプラントにはそれぞ
れを計量して第5工程の反応釜に投入する装置が付いていた。また,生成されたサリン
は,第7サティアン2階の充てん室でポリタンクに入れた後,ビニール製の袋に入れ,真
空引きしてシールし,ステンレス製の缶の中に入れて第7上九に保管する予定となってお
り,実際に同年10月か11月に包装機械や真空引きする機械等が,充てん室に運び込ま
れ,充てんする実験がされた。サリンの充てん作業をする際に着用する防護服は同年10
月ころ支給されていた。
 23 同年12月末の時点で,サリンプラントにおいて,サリンの生成に必要な機械装置類
や配管は,若干未配線の部分や不具合の部分等はあるものの,ほぼ一応整っており,サ
リンプラントの稼働が停止されなければ,早晩同プラント内でサリンは生成され得る状態
に至っていた。なお,第3工程で生成したジクロを自動的に第4工程及び第5工程に流す
ことが予定されていたが,同月末時点において,いまだそのような機能を備えるには至っ
ていなかった。
 24 平成7年1月1日,e1村でサリン残留物質が検出された旨の新聞報道がされたた
め,被告人は,強制捜査を受けることを恐れて,サリンプラントを停止して神殿化などの偽
装工作をするよう指示し,A6らは,同プラントの稼働を停止し,配管等をできるだけ壊さ
ないように同プラント全体が隠れるような形で神殿化をした。また,同プラントで生成され
たジクロ等の中間生成物や原料の薬品類等は,苛性ソーダ等と反応させるなどして処分
された。
 以後,被告人が,サリンプラントを稼働させることはなかった。
第2 弁護人の主張1(殺人予備罪の該当性)に対する判断
 1 弁護人は,前記の理由から,本件公訴事実は殺人予備罪に該当しない旨主張する
ので,前記認定事実を踏まえ,当裁判所が殺人予備罪に該当するものと判断した理由
について補足して説明する。
 2 殺人予備は,殺人の実行の着手に至らない段階における,殺人罪の構成要件実現
に向けられた準備行為であるが,殺人予備罪の成否については,当該準備行為が,殺
人罪の構成要件実現のために実質的に重要な意味を持ち,殺人罪の構成要件実現の
現実的危険性を発生させ得る程度に客観的に相当の危険性を有するものであるか否か
という観点から判断すべきである。
 3 そこで,検討すると,平成5年11月ころまでに,(1)A24らによる研究,検討の結果,
少量で多数の者を殺傷し得る化学兵器であるサリンを大量生成するための工程がほぼ
確立され,その工程に基づき実際にサリンを含有する600gサリン溶液が生成されたこ
と,(2)その工程によりサリンを大量生成するために必要な化学薬品等が,教団のダミー
会社を介して大量に購入され始めたこと,(3)サリンプラントが造られる予定の第7サティ
アンが建設されたこと,(4)A21がサリンプラントに用いる機械装置類の設計を始めたこと
は前記認定のとおりである。
 これらの事実に照らすと,同年11月ころには既にサリンの大量生成工程がほぼ確立
し,それに必要な大量の化学薬品等の購入が開始され,サリンプラントを設置する工場も
完成するなどサリンの大量生成に向けての態勢が整えられていたのであるから,その時
点以降の準備行為である,第7サティアン内に設置するサリンプラントの工程等に係る設
計図書類の作成,同プラントの施工に要する資材,器材及び部品類の調達,その据付
け及び組立て並びに配管,配電作業を行うなどして同プラントをほぼ完成させ,サリン生
成に要する原料であるフッ化ナトリウム,イソプロピルアルコール等の化学薬品を調達し,
これらをサリンの生成工程に応じて同プラントに投入しこれを作動させてサリンの生成を
企てる行為は,大量殺人を実行するために実質的に重要な意味を有するものであり,ま
た,大量殺人が実行される現実的危険性を発生させ得る程度に客観的に相当の危険性
を有するものであって,殺人予備罪に該当するものと解される。
 4 弁護人は,サリン生成の5工程のうち,第1ないし第4工程はいずれも思うように機能
しない状態で当初予定した生成能力にははるかに及ばず,第5工程は試運転すらできな
い状態でサリンが生成されたことはなく,平成6年12月末の時点においてサリンプラント
は未完成であり,プラントとしての機能を有するものではなかったから,殺人予備罪が成
立しない旨主張する
 しかしながら,平成5年11月ころ以降のサリンの大量生成に向けてされた前記一連の
行為が殺人予備罪に該当するものと解されることは前示のとおりであり,サリンプラントに
おける第1ないし第4工程が思うように機能せず当初予定した70tという生成能力にはは
るかに及ばず,同第5工程においてサリンが生成されたことがないにしても,実際に,平
成6年12月末までの間に,サリンプラントにおいて,第4工程まで稼働させて50ないし80
リットルのジクロを2回にわたり生成し,そのうち1回分のジクロからジフロを生成することに
も成功しているのであり,後は,第5工程関係の部屋や配管等について気密テストをする
などした上で,生成済みのジクロ及びジフロに調達済みのイソプロピルアルコールを加え
て反応させれば相当量のサリンを生成させることができるまでの状態に至っているのであ
って,サリンプラントで生成されるサリンにより大量殺人が実行される現実的危険性を発
生させ得る程度の客観的な相当の危険性は平成5年11月ころ以降徐々に高まりこそす
れ,決して減少してはいないのであるから,平成5年11月ころから平成6年12月下旬ころ
までの間のサリンの大量生成に向けてされた前記一連の行為は殺人予備行為というに
何ら妨げないというべきである。この点に関する弁護人の主張は採用することができな
い。
 また,弁護人は,本件公訴事実にはサリンが生成された事実が含まれていないから本
件公訴事実は何らの罪となるべき事実を包含していないとして公訴棄却の決定がされる
べきである旨主張する。
 しかしながら,サリンプラントにおいてサリンが生成されたか否かが殺人予備罪の成否を
左右しないことは,これまで説示してきたことから明らかであり,この点に関する弁護人の
主張も採用することができない。
第3 弁護人の主張2,3(殺人の目的,殺人予備の共謀の有無)に対する判断
 1 弁護人は,サリンは最終戦争が起こったときに教団を防衛する手段として利用する
にとどまり,現実に使用することまでを予定したものではないなどの前記の理由により,本
件公訴事実に係る行為には具体的な殺人の目的があったとはいえないから,殺人予備
罪は成立しない旨主張し(弁護人の主張2),また,被告人はA6の提案したサリンプラン
トによるサリンの生成は実現不可能であると考えたが,A6らのマハームドラーの修行にも
なると考え,A6のなすがままに任せたにすぎないなどの前記理由から,被告人には殺人
の目的がなく,殺人予備の共謀もないと主張する(弁護人の主張3)ので,これらの点に
ついて検討する。
 2 前記認定事実によれば,被告人がサリンプラントの建設にかかわるようになった経緯
及びその関与の態様は,次のとおりである。
 (1)被告人は,平成2年の衆議院議員総選挙に教団幹部らと共に立候補して惨敗した
ことから,同年4月ころ,教団幹部らに「今の世の中はマハーヤーナでは救済できないこ
とが分かったので,これからはヴァジラヤーナでいく。現代人は生きながらにして悪業を
積むから,全世界にボツリヌス菌をまいてポアする。」などと言って,無差別大量殺人を実
行するよう宣言して以来,ボツリヌス菌の培養,ホスゲン爆弾の製造,自動小銃の製造,
核兵器の開発,炭疽菌の培養等を教団幹部らに指示して教団の武装化を強力に推し進
めてきたものであり,その一環として,平成5年6月ころ,サリンをプラントで大量に製造し
ようと考え,A6を介するなどしてA24に対し,その生成方法について研究するよう指示し
た。
 (2)被告人は,A24が実験室レベルで少量のサリンの生成に成功した同年8月ころに
は,一部の教団幹部に「私の今生の目標は最終完全解脱と世界統一である。」旨の話を
し,その後,同年8月末か9月初めころ,A21に対し,70tのサリンを生成できるプラントの
設計を指示し,以後サリンの大量生成に必要な資金として多額の金員を出捐した。
 (3)被告人は,サリンをヘリコプターで上空から散布することも考え,ヘリコプターの購入
を図り,出家信者にヘリコプターの操縦免許を取らせるために,同人らを,同年9月には
アメリカ合衆国に,平成6年2月にはロシア連邦に派遣した。
 (4)被告人は,A24らの研究等によりめどのついたサリンの大量生成の方法によって生
成されたサリンを使い,かねてから敵対視し殺害の機会をうかがっていたD3を暗殺しよう
と考え,その旨A6らに指示し,平成5年11月及び同年12月の2回にわたり暗殺を試み
たが,いずれも失敗に終わった。
 (5)被告人は,平成6年2月下旬,中国旅行をした際,約80名の同行した出家信者に
対し,五仏の法則について体系的に説いた上,「1997年,私は日本の王になる。2003
年までに世界の大部分はオウム真理教の勢力になる。真理に仇なす者はできるだけ早く
殺さなければならない。」旨の説法をし,武力によって国家権力を倒し日本にオウム国家
を建設して自らがその王となり,さらに世界の大部分を支配する意図を明らかにした。
 (6)被告人は,中国旅行から帰国後の平成6年2月27日ころ,ホテルE14において,同
行してきた出家信者らに対し,「このままでは真理の根が途絶えてしまう。サリンを東京に
ぶちまくしかない。」などと言い,真理科学技術研究所のメンバーを集め,サリンプラント
の設計担当者を追加して工程ごとに設計担当者を割り振るとともに,その設計を急ぐよう
発破を掛けた。
 (7)被告人は,サリンプラント建設の進ちょくがはかばかしくないことから,同年4月中ご
ろ,A21に対し,「4月25日までに完成させろ。グルの絶対命令だ。必ず完成しろ。そうし
ないとおまえは無間地獄行きだ。」などと脅し付けるなどして,サリンプラントの早期完成
を命じるとともに,A8を現場の監督者に指名した。
 (8)被告人は,同年7月,第7サティアンにおける2回にわたる異臭騒ぎが起きた際警察
官もやってくるなどしたため強制捜査を受けるかもしれないなどの不安を抱き動揺してい
たA21に対し,「もうプラントをやめるか。私はシヴァ大神の意思,真理に背くことは嫌だ。
このまま続けないとおまえは後で絶対後悔するぞ。大丈夫だから。」などと言って,プラン
トの建設を続けさせた。
 (9)被告人は,同年6,7月ころ及び同年10月ころ,A6,A18及びA21と話合いをした
末,第4工程又は第5工程の各反応釜の形状,材質等について決定し,また,同年8月こ
ろ,五塩化リン生成装置について,A56の設計に係る当初の方法を変更し,A21の意見
のとおり,塩素ガス中に三塩化リンを投入し反応させて五塩化リンを生成する方法を採用
することを決めた。
 (10)被告人は,同年7月末ころ,サリンプラントの稼働要員となるメンバーに対し,「これ
から第7サティアンでプラントのオペレーターをやってもらうが,そのボタン操作を誤ると富
士山麓が壊滅する。このワークを40日間ずっと第7サティアン内に詰め込んで作業をや
る。これは死を見つめる修行だ。全員菩長にする。」などと話した。
 (11)被告人は,平成7年1月1日,e1村でサリン残留物質が検出された旨の新聞報道が
されたことから,強制捜査を恐れ,サリンプラントの稼働を停止して神殿化などの偽装工
作をするようA6らに指示した。
 3 以上に摘示した一連の事実に照らすと,被告人は,東京に大量のサリンを散布して
首都を壊滅しその後にオウム国家を建設して自ら日本を支配することなどを企て,ヘリコ
プターの購入及び出家信者によるヘリコプターの操縦免許の取得を図るとともに,大量
のサリンを生成するサリンプラントの建設を教団幹部らに指示したものというべきであるか
ら,被告人が,最終戦争が起こったときに教団を防衛する手段としてサリンを使用するた
めにサリンプラントの建設を指示したものとは到底考えられない。
 したがって,本件公訴事実に係る行為に具体的な殺人の目的が認められることは明ら
かであり,弁護人の主張2は採用することができない。
 なお,A24は,公判(第235回)において,要旨「A6が,平成5年6月ころ,プラントにお
ける70tのサリンの生成方法等について検討するよう私に指示した際,A6は,このサリン
は最終戦争が起きたときに自衛のために使う,オウムから仕掛けることはないという趣旨
のことを話してくれたので,抵抗感が激減した。」旨の供述をしている。しかしながら,A2
4の供述内容の真偽はともかく,仮にA6がその趣旨の内容の話を当時A24にした事実
があったとしても,それはA6がA24にサリンの生成方法について検討させるための方便
にすぎないとも考えられるのであり,むしろ,前記認定事実に照らすと,被告人は最終戦
争の際に自衛的に使用するためにサリンを生成しようとしていたとは到底認め難く,A24
の前記公判供述をもって,本件公訴事実に係る行為に具体的な殺人の目的が認められ
る旨の前記判断が左右されるものではない。
 4 加えて,被告人は,その後も,サリンプラントの早期完成に向けて,(1)1年以上もの
期間にわたり多額の金員と多数の人員をサリンプラントの建設に充てるなどし,(2)その
進ちょくがはかばかしくないことにいら立って,随時人材を投入してサリンプラント建設担
当者の増強を図ったり,A21に対し,グルの絶対命令だ,無間地獄行きだなどと脅し付
けてサリンプラントの早期完成を命じたり,新たに現場の監督者を置いたりするなどし,(3)
サリンプラントの稼働要員に対してはステージを上げることを約束するなどして危険な業
務に従事させ,(4)他方で,サリンプラントで使用する反応釜の形状,材質等や五塩化リ
ン生成方法など技術的な細部についても自ら裁定するなどし,(5)平成7年1月1日付け
の前記新聞報道がされるや強制捜査を受けることを恐れ,サリンプラントを停止させて偽
装工作をさせるなどしたものである上,実際にサリンプラントにおいてジクロ及びジフロを
生成することができているのであるから,被告人はサリンプラントによるサリンの生成が実
現可能であると考えていたものと認められるし,被告人がA6らのマハームドラーの修行
にもなると考えてA6のなすがままに任せたものとは到底認め難い。
 したがって,被告人に殺人の目的及び殺人予備の共謀が認められることはもとより明ら
かであり,弁護人の主張3は採用することができない。
 なお,A14は,公判(第247回)において,要旨「私は,平成6年10月初めころ,被告人
に呼ばれて第6サティアン1階に行くと,被告人がA6をしかりつけ,A6に対し,サリンプラ
ントを完成させることができるのかと聞くと,A6ができる旨答えたので,被告人は『分かっ
た。頑張ってくれ。』と言ってA6を帰した。その後,被告人は私に『もうできない。第7サテ
ィアンはもうできないよ。おまえはもう第7サティアンから外れていい。X14の責任だからX
14にやらせる。』と言った。」旨を供述している。しかしながら,自己の刑事責任を軽減さ
せようとするA14の一連の供述内容,態度や,現に被告人がA6に引き続きサリンプラン
トの建設を担当させていることなどに照らし,果たして被告人がA14に対し第7サティアン
はもうできない旨の話をしたのか疑わしいのみならず,前記認定のとおり被告人は終始
積極的かつ意欲的にサリンプラントの早期完成に取り組んでいたのであるから,被告人
が内心においてサリンプラントが完成することはないと諦めていたとは思われず,A14の
前記公判供述をもって,被告人に殺人の目的及び殺人予備の共謀が認められる旨の前
記判断が左右されるものではない。
[Ⅵ B6サリン事件について]
〔弁護人の主張〕
 1 次の理由から,青色サリン溶液をB6車両に滴下したA38の行為(以下「本件行為」
という。)は,人を死に至らせる危険性がないから,殺人の実行行為に該当しない。
 (1)本件で使用された青色サリン溶液が,サリン又はその関連物質であるか疑問であ
る。
 (2)それがサリン又はサリンを含有するものであるとしても,その殺傷力はそれほど強い
ものではない。
 (3)しかも,サリンが揮発しやすい天候の下でその少量をB6車両のボンネットのフロント
ウインドー部分付近に滴下しただけでは,同車両内へのサリンの流入可能性にも疑問が
あることなどから,人を死に至らせる危険性はない。
 (4)B6弁護士の目の前が暗くなったという症状には疑問があり,そのような症状が出た
としても青色サリン溶液が原因ではない。
 2 次の理由から,被告人は,B6弁護士に対する殺意はなく,A38ら5名との間で殺人
についての共謀はなかった。
 (1)被告人及びその弟子であるA38ら5名には,B6弁護士を殺害する動機が全くな
い。
 (2)被告人は,グルが弟子に対しその指示どおりの成果が出ないことを承知の上で無
理難題とも思われるような課題を与え実行させるという修行であるマハームドラーの一環
として,A38らに対し,B6車両に青色サリン溶液を滴下するよう指示したにすぎず,被告
人及びA38ら5名は,青色サリン溶液又はB6車両に滴下する液体が致死性を有すると
の認識がなく,そのような行為に及んでも,人が死亡するとは思わなかった。
〔当裁判所の判断〕
第1 前提事実
 関係証拠によれば,前記「Ⅳ 教団の武装化」並びに判示犯行に至る経緯及び罪とな
るべき事実(本件犯行についての被告人及び共犯者の殺意,共謀などの主観的側面に
係る部分を除く。)に係る事実のほか,次の事実が認められる。
 1 A38は,平成6年5月9日午後1時15分ころ,B6車両に青色サリン溶液を滴下した
際,立った白い煙と共に気化したサリンを鼻で吸い込み,強い刺激臭を感じた。A38は,
青色サリン溶液を掛け終わると,正門の方に歩きながら,空になった遠沈管にふたをし,
ビニール袋に収納してチャックを閉め,ポケットに入れ,正門を出て待ち合わせ場所であ
る甲府地裁南側にある中央公園に行った。
 他方,A19及びA14は,甲府地裁裏側駐車場でA38を降ろした後,パルサーで同公
園に向かい,同所でA38と合流して,A38を後部座席に乗せ,A10らとの待ち合わせ場
所に向かった。
 A38は,車内で,A14から「身に着けているものですぐ取れるものをゴミ袋に入れるよう
に。」と言われ,帽子,サングラス,マスク,G店で購入した手袋,合成樹脂製手袋,スー
ツの上着,遠沈管入りのビニール袋を,A14が合成樹脂製手袋を着用して持っているゴ
ミ袋の中に入れた。
 また,A38は,A19から「どうだった。」と聞かれ,「液体を掛けたら白い煙が出て,鼻が
ツンとして詰まった。」旨答えると,A14に「目の前が暗くない。気持ち悪くない。」と聞か
れ,「少し暗いかもしれない。」旨答えた。
 2 A19らは,同日午後1時30分ころまでに,A10との待ち合わせ場所に到着し,A38
が着替えをして,A14から渡された別のゴミ袋にブラウス,スカート,ストッキング,パンプ
ス等を入れた。
 また,A14は,後部座席で,A38の目をのぞき込み脈を取るなどして診察をし,「少し
瞳孔が縮んでいるな。」と言った。A38は,A14から気分を聞かれ,最初に聞かれたとき
よりも目の前の暗さがひどくなってきていたことから,「目の前が暗いし,気持ちが悪い。
頭も少し痛い。」と答えた。すると,A14は,「これはパムと言って,目の前が暗かったり気
分が悪かったりする症状を和らげてくれる。」と言って,A38にパムを注射した。
 A19及びA14も,目の前が少し暗いなと言って,お互いにパムを注射し合った。
 3 他方,A37は,A38がB6車両に青色サリン溶液を滴下して正門から出た後も,引き
続き,甲府地裁表側駐車場の正門より北側のスペースに駐車しているクラウン内で,窓を
閉めた状態で,A10が戻るのを待っていたが,甲府地裁の職員から別の場所に駐車す
るよう注意され,その誘導により,甲府地裁の建物の西側にある正面玄関の南側のスペ
ースにクラウンを駐車させられた。
 A10は,同日午後1時30分ころ,正面玄関から出てきてクラウンに乗り込み,その駐車
場所がB6車両から十数mしか離れていないことから,A37に対し,「こんな近くに停めた
ら危ないじゃない。」としかった。
 A10らは,間もなく正面玄関から出てきたB6弁護士が数名の男性と一緒に正門から出
ていくのを見て,同所を出発し,同日午後1時40分ころ,待ち合わせ場所に到着し,A1
9らと合流した。
 A10は,同所において,A19及びA14に対し,B6弁護士がすぐには車には乗らず喫
茶店にでも行ってしまった旨話した。
 その後,A10及びA37は,クラウンで先に出発し,直接e1村に戻った。
 4 A19,A14及びA38は,A33と落ち合うために,同日午後2時ころ,パルサーで待
ち合わせ場所である中央自動車道の甲府南インターチェンジに行った。
 A38は,同所で,A14に対し,まだ気分が悪く目の前が暗い旨訴えたので,A14は,
サリンのような有機リン系のコリンエステラーゼ活性阻害剤には時間がたつとパムが効か
なくなるエイジングという性質があることを考え,「パムは時間がたつと効かなくなるんだけ
ど,一応,もう1本打っておこう。」と言って,A38にパムを注射した。
 A19らは,同所にA33が来ないことから,そのままe1村に帰り,同日午後3時ころ,第6
サティアンに到着した。
 5 A10,A19及びA14は,その後しばらくして,第6サティアン1階の被告人の部屋
で,被告人に対し,指示されたとおりやった旨を報告し,その際,A10が,B6が車に戻ら
ず喫茶店に行ってしまった旨話した。A38が被告人の部屋に呼ばれた際,A14が,A3
8がにおいをかいでしまったようなのでA38に注射をした旨被告人に報告すると,被告人
がA38に大丈夫かと尋ねてきた。A38は,被告人に心配を掛けたくなかったので「大丈
夫です。」と答えた。
 A38は,同日夜,被告人の部屋で,被告人に「1時15分にやりました。」と言うと,被告
人は,「ジャストタイミングだな。私もそのころ瞑想に入ったんだよ。」と言った。そして,A38
が被告人に「この仕事の成果は必ず私にも教えてください。」と頼むと,被告人は,「今調
査中だから,分かったら教えるよ。」などと言った。
 6 A38は,同月10日ないし12日ころ,A32から借りていた化粧ポーチ等をA32に返
してくれるようA14に頼んだ際,A14にまだ目の前が暗い症状がある旨を伝えると,A14
から「すぐ消えるから大丈夫だよ。」と言われた。
 また,被告人は,同月11,12日ころ,被告人の部屋にA38を呼び,A38に液体を掛け
たときの様子を教えてくれるよう言うと,A38から「白い煙が立ち,臭いにおいがした。」と
言われたので,「おかしいな。あれは無色無臭のはずだけど。」と言った。
 被告人は,数日後,B6弁護士が元気であることを確認し,「結果が出なかったな。」など
と言った。
 7 A14は,A38が青色サリン溶液をB6車両に滴下した際に着用していた衣服その他
の物を,富士山総本部道場の焼却炉で燃やし,空になった遠沈管やサリンの入った遠
沈管は,中和処理をした後,A19に返した。
 8 B6弁護士は,前記弁論期日を終え,甲府地裁の正門の外の歩道で,依頼人と立ち
話をした後,平成6年5月9日午後1時30分過ぎころ,B6車両に戻り,運転席側のドアを
開けて乗り込み,エンジンを掛けて運転を開始し,別荘地の下見のため長野方面に向か
った。エンジンが掛かると同時に内気循環でオートエアコンが作動した。
 B6弁護士は,甲府インターチェンジから中央自動車道に入り,八ヶ岳パーキングエリア
に立ち寄った後,同日午後3時ころ,同所を出発して小淵沢インターチェンジで中央自
動車道を下り,長野県t2町近辺の保養地を回り,車の外や中から,何枚か写真を撮り,t
2町役場を訪れて別荘地に問題がないか尋ね,次いでもう1か所の別荘予定地にも寄っ
た。B6弁護士は,同日午後5時前ころ,小淵沢インターチェンジから中央自動車道に入
り,同日午後6時ころ,相模湖インターチェンジで中央自動車道を下りたが,同所の料金
所を通過するまでの間,自己の身体の変調を感じることはなかった。なお,B6弁護士
は,相模湖インターチェンジを下りる直前に,景色が広がる場所があり,さわやかな感じ
がするので,前の方に車が見えなければ10ないし20秒くらいの間外気導入に切り替え
ることが時々あった。
 B6弁護士は,同料金所を出た後,右側に見える太陽が黒っぽく見え,また,視野全体
が暗く速度が出過ぎる感じがして怖くなり速度を落とし,他の車両はライトをつけていない
のに自車だけ前照灯までつけている状態で,前のめりの態勢で前方の車を頼りにしてこ
れに追走した。同弁護士は,同日午後7時半か8時ころ帰宅したが,居間の蛍光灯が4
本のうち2本しかついていないのではないかと思われるほど暗く感じた。
 B6弁護士は,家系上,くも膜下出血の前兆ではないかと思い,同年5月11日,前記の
症状は出ていなかったが,E31クリニックの脳神経外科を専門とする医師の診察を受け,
その際,同医師に対し,同月9日に車を300㎞運転したが,その後視野全体が暗くなっ
た旨を話し,MRAとMSAの検査を受けたが,脳血管に異常はなく,脳が萎縮しているこ
ともないとの結果だった。B6弁護士は,視野全体が暗くなる症状が出たのはこのときだけ
であり,本件行為時前及び同月11日以降そのような症状が出ることはなかった。同弁護
士は,同月9日に別荘地の下見の際に写真を撮ったときには,八ヶ岳や別荘地に薄くも
やがかかっているように見えたが,その数日後に現像された写真を見るとよく晴れ渡って
いる状況だった。
 B6弁護士は,同年6月17日に胸痛の症状が出たため,翌18日に医師の診察を受け
たところ,気胸と診断され,同年7月に内視鏡手術を受け,肺胞を一部切除したが,その
ころには視野全体が暗くなる症状はなかった。
第2 弁護人の主張1(殺人の実行行為性の有無)に対する判断
 1 弁護人は,本件行為には殺人の実行行為性がない旨を主張する。
 しかしながら,前記の認定事実に照らすと,本件行為は,化学兵器である強い殺傷力
を有するサリンを相当程度含有する青色サリン溶液30ないし40㏄をB6車両の運転席側
フロントウインドーアンダーパネルの溝部分及びその付近に滴下することにより,その後,
同車両に乗り込んで同車両を運転し走行させる者に気化発散したサリンを吸入させ,そ
の結果,同人をサリン中毒により直接的に又は交通事故等を介して間接的に死亡させる
現実的危険性を有するものであり,現にB6弁護士は気化したサリンを吸入してサリン中
毒症にかかるなど死の危険にさらされたものであるから,本件行為が殺人の実行行為性
を有することは明らかである。
 2(1)弁護人は,本件行為が殺人の実行行為に該当しない理由として,まず,本件で使
用された青色サリン溶液がサリン又はその関連物質であるか疑問であることを挙げる。
 しかしながら,①A38が青色サリン溶液を滴下したB6車両の運転席側のフロントウイン
ドーアンダーパネルの溝及びその付近に対応するフロントウインドーアンダーパネル運
転席側の表の面及びカウル右側水抜き穴の付着物から,いずれもサリンの第一次加水
分解物であり,比較的安定性を有するメチルホスホン酸モノイソプロピルが検出されたこ
と(L甲32,86,C1[150,160回]等),②青色サリン溶液は,その生成時である平成6
年2月において,サリンを70%くらい含有していたものであること(「Ⅳ 教団の武装化」12
の事実,A14[188,249回],A21[185回],A24[236回]等),③青色サリン溶液は
平成6年6月下旬に実行された松本サリン事件にも使用されたものであるが,後記のとお
り,犯行現場周辺や被害者の生体資料等からサリンやその第一次加水分解物であるメ
チルホスホン酸モノイソプロピル,第二次加水分解物であるメチルホスホン酸,サリンの
副生成物であるメチルホスホン酸ジイソプロピルが検出されていること,④サリンは自然
界には存在せず,かつ,他の化合物からサリンの分解物と同一物が得られることはなく,
サリンの分解物であるメチルホスホン酸モノイソプロピル及びメチルホスホン酸が検出さ
れ,副生成物であるメチルホスホン酸ジイソプロピルが検出されたということは,実際にサ
リンが存在した化学的証拠となるとされていること(弁74),⑤その他後記のとおり青色サ
リン溶液の気化ガスを吸入してサリン中毒と同様の症状に陥った者が少なくないことなど
を併せ考えると,本件で使用された青色サリン溶液がサリンを相当程度含有するものであ
ることは明らかである。
 (2)これに対し,弁護人は,A24の公判供述等に基づき,青色サリン溶液生成の最終
工程において,イソプロピルアルコールを過剰に加えてしまったために,副生成物である
メチルホスホン酸ジイソプロピルが3割くらいでき,しかも,かなりの量のイソプロピルアル
コールが反応しないまま残っていたことから,生成したサリンは,生成後2か月の間に,イ
ソプロピルアルコールの中ですべて分解された可能性がある旨を主張する。
 この点について検討すると,まず,A21は,青色サリン溶液生成の最終工程において,
当初予定された量のイソプロピルアルコールを投入した後,A14の指示を受け,目算で
当初の予定量の4分の1ないし3分の1くらいの量のイソプロピルアルコールを追加して投
入したものである(A21[185回]。追加投入したのはA21であり,追加した量に関するA
21の同旨の供述の信用性は高い。)。
 そして,ジクロ1モルとジフロ1モルとイソプロピルアルコール2モルを反応させるとサリン
2モルが生成されること,ジクロ1モルとイソプロピルアルコール2モルを反応させるとメチ
ルホスホン酸ジイソプロピル1モルが生成され,ジフロ1モルとイソプロピルアルコール2モ
ルを反応させるとメチルホスホン酸ジイソプロピル1モルが生成されること,メチルホスホン
酸ジイソプロピルがサリンの分解物である可能性は低く,むしろサリン合成の際の副生成
物と考えられていることなど関係証拠によって認められる事実関係に照らすと,イソプロピ
ルアルコールを2モルを超えて投入した場合,例えば,予定量の4分の1を更に追加した
2.5モルのイソプロピルアルコールを投入した場合には,ジクロとジフロ合わせて1.5モ
ル分が1.5モルのイソプロピルアルコールと反応して1.5モルのサリンが生成され,残り
のジクロとジフロ合わせて0.5モル分が残りの1モルのイソプロピルアルコールと反応して
0.5モルのメチルホスホン酸ジイソプロピルが副生されるものと認められる(D甲566,弁
74,C2[85回],C3[88回]等参照)。分子量は,サリンが140,メチルホスホン酸ジイソ
プロピルが180であるから,青色サリン溶液内でのそれらの質量比は7対3となるが,この
ことは,前記認定に係る,青色サリン溶液がサリンを70%くらい含有する事実とよく整合
する(なお,青色サリン溶液中にフッ化水素ないし4フッ化ケイ素があるにしても,化学反
応式及び分子量に照らすと,その量はサリンの十数分の一以下であり,前記認定を左右
するものではない。)。そうすると,追加投入されたイソプロピルアルコールはほぼジクロ及
びジフロと反応し,サリンを70%くらい,メチルホスホン酸ジイソプロピルを30%くらいそ
れぞれ含有する青色サリン溶液が生成されたものであり,その後の時間経過等を考慮し
ても本件行為時及び松本サリン事件の際にはなお相当程度サリンを含有するものという
べきである。
 したがって,本件行為時及び松本サリン事件の際には青色サリン溶液中のサリンはイソ
プロピルアルコール下ですべて分解されてメチルホスホン酸ジイソプロピルとなった旨の
A24の公判供述は信用することができず,これに依拠する弁護人の前記主張は,その前
提を欠くものであるから,採用することができない。そして,このことは,松本サリン事件に
おいて,犯行現場周辺等からサリンやメチルホスホン酸ジイソプロピルが検出されたこと
をよく説明し得ている。
 以上のとおりであるから,弁護人の主張1(1)は採用することができない。
 3(1)次に,弁護人は,教団で造った青色サリン溶液中のサリンの殺傷力はそれほど強
いものではない旨を主張する。
 しかしながら,①青色サリン溶液中には,1立方メートル中にそれが0.1g存在する中に
ヒトが1分間さらされるとその半数が死に至るほどの強い殺傷力を持つサリンが相当程度
含まれていること,②第1次D3事件において,青色サリン溶液を生成した方法と同様の
方法に基づき生成したサリンを農薬用噴霧器で噴霧した際,同噴霧器を積載した乗用
車に乗車していたA6,A7,A14及びA21の4名が,車内に流入したサリンにより,手足
が震える,息が苦しくなる,目の前が暗くなるなどのサリン中毒の症状を呈し,パムの注射
により事無きを得たが,その症状はA14が被告人にサリンを吸って死にかかった旨報告
するほどのものであったこと,③第2次D3事件において,青色サリン溶液を生成した方法
と同様の方法により生成したサリンを噴霧した際,サリン噴霧車を運転していたA7がサリ
ンに被ばくして,視界が暗くなり,呼吸困難に陥り,やがてひん死の状態に至り,パムの
注射その他の救急救命措置等により一命を取り留めたこと,④A38が本件行為の際B6
車両に滴下した青色サリン溶液の気化したガスを吸い,次第に目の前が暗くなる,気持
ちが悪くなるなどのサリン中毒の症状を呈したが,パムの注射により事無きを得たこと,⑤
本件行為後A38を乗せた乗用車内にいたA19やA14も目の前が少し暗くなるなどのサ
リンによる症状が出たこと,⑥後記のとおり松本サリン事件において,青色サリン溶液が
使用されたことから,サリン中毒により住民7人が死亡するなどの重大な結果が生じたこと
などを併せ考慮すると,青色サリン溶液中のサリンが強い殺傷力を有するものであること
は明らかである。
 (2)これに対し,弁護人は,サリンの予防薬とされている臭化ピリドスチグミンは通常1回
当たり30㎎を投与することとされているが,メスチノン(1錠は臭化ピリドスチグミン60㎎含
有)は,それ自体アセチルコリンエステラーゼの活性を阻害するというサリンと同様の効果
を持ち,これを服用するとサリンとの相乗効果により,重い中毒症状が出るものであり,第
2次D3事件におけるA7の症状は,A7が臭化ピリドスチグミン60㎎を含有するメスチノン
1錠を服用してサリンに被ばくしたことによるもの,すなわち,過剰投与した臭化ピリドスチ
グミンとサリンの相乗効果により生じたものであって,A7の症状をもって教団で造った青
色サリン溶液中のサリンの殺傷力が高いとまではいえない旨を主張し,その根拠として,
臭化ピリドスチグミンの過剰投与が有機リン系化合物被害の防御又は治療に逆効果とな
る旨の学術報告(弁71)があることを挙げる。
 そこで検討すると,なるほど,弁71においては,マウスとモルモットを対象とし全血液の
アセチルコリンエステラーゼのおよそ30%阻害を誘導するピリドスチグミン(モルモットで
は0.47㎎/㎏,マウスでは0.2㎎/㎏)と,同60%阻害を誘導するピリドスチグミン(モ
ルモットでは1.9㎎/㎏,マウスでは0.82㎎/㎏)をそれぞれ経口投与し,サリンを投
与した後,アトロピンと2-PAMを投与したという実験をした結果,モルモットにおいて
は,①ピリドスチグミンを投与しなかった場合は保護率36.4,②ピリドスチグミン0.47㎎
/㎏を投与した場合は保護率34.9,③ピリドスチグミン1.9㎎/㎏を投与した場合は保
護率23.8,マウスにおいては,④ピリドスチグミンを投与しなかった場合は保護率2.1,
⑤ピリドスチグミン0.2㎎/㎏を投与した場合は保護率2.2,⑥ピリドスチグミン0.82㎎
/㎏を投与した場合は保護率2.0となったことが報告されている。
 しかしながら,同報告にある測定値の下限及び上限をも考慮すると,マウスの場合の④
⑤⑥の間,モルモットの場合の①②の間にはそれほどの差はなく,しかも,モルモットの
場合で明らかに保護率が低下しているとみられる③のピリドスチグミンの投与量(アセチ
ルコリンエステラーゼのおよそ60%を阻害する量)は,②のそれ(同30%を阻害する量)
の4倍以上であること,アセチルコリンエステラーゼと可逆的に結合しサリンの予防薬とさ
れている臭化ピリドスチグミンは通常1日3回1回当たり30㎎を投与することとされており,
ヒトが臭化ピリドスチグミン30㎎を服用すると体内の20ないし40%のアセチルコリンエス
テラーゼが臭化ピリドスチグミンと結合することとされていること(弁73等),メスチノンは1
錠中臭化ピリドスチグミン60㎎を含む重症筋無力症の治療薬で,1日180㎎を3回に分
けて服用することとされ,ペンチを使用しても分割することの難しい錠剤であり,その投与
が過剰な場合に,ムスカリン様作用として縮瞳等が現れることがあるとされているにとどま
ること(A14[162,187回])などに照らすと,30㎎の2倍にすぎない60㎎の臭化ピリドス
チグミンを含有するメスチノン1錠を1回服用しただけで,前記のA7のようなひん死の状
態に至るほどのサリンとの相乗効果が生じたとは考え難いというべきである。また,松本サ
リン事件において,青色サリン溶液が使用された結果,サリン中毒により住民7人が死亡
するなどの重大な結果が生じたことなどを併せ考慮すると,青色サリン溶液中のサリンが
それほど殺傷力がないにもかかわらず過剰に投与したメスチノンとの相乗効果ゆえにA7
に前記の重い中毒症状が生じたなどといえないことは明らかであり,この点に関する弁護
人の主張は採用することができない。
 (3)弁護人は,サリンには光学異性体としてプラス体のものとマイナス体のものとがあり,
マイナス体のサリンは強い殺傷力を有するものであるのに対し,プラス体のサリンはほと
んど毒性がないものであるが,教団で生成した青色サリン溶液中のサリンはほとんど毒性
のないプラス体のものであるから,殺傷力の極めて弱いものであった旨を主張する。
 しかしながら,サリンに光学異性体としてプラス体のものとマイナス体のものとがあり,そ
のいずれかによってその効力が極端に異なることがあるにしても,青色サリン溶液中のサ
リンあるいは教団においてこれと同様の生成方法で生成したサリンの殺傷力は,前記(1)
でみてきたとおり,極めて強力なものであると認められるのであり,光学異性体の性質に
言及して教団で生成した青色サリン溶液中のサリンの殺傷力が極めて弱いものであった
とする弁護人の主張は採用することができない。
 以上のとおりであるから,弁護人の主張1(2)は採用することができない。
 4(1)弁護人は,サリンが揮発しやすい天候の下でその少量をB6車両のボンネットのフ
ロントウインドー部分付近に滴下しただけでは,同車両内へのサリンの流入可能性にも疑
問があることなどから,人を死に至らせる危険性はない旨を主張する。
 (2)しかしながら,①B6車両を使用しての外気流入実験において,B6車両の運転席側
フロントデッキ部(運転席側フロントウインドーアンダーパネルの溝部分)にイソプロピルア
ルコール30㏄を掛けた後,車両のドア,窓,ダンパー(外気取り入れ用)を閉め,オート
エアコンを内気循環にした状態で車両を高速道路で約12分間走行させた後,検査をし
たところ,車内の助手席側のサイドデフロスター付近の空気からイソプロピルアルコール
が検知されたこと(L甲82,C4[150,156回]),②B6車両の運転席側フロントデッキ部
にコーヒー30㏄を掛けたところ,コーヒーは右側前部タイヤの後方の地面に流れ落ちた
こと,③その流れ落ちた地点で発煙筒をたくと煙は上方に立ち上り,30秒後に運転席側
ドアを開閉したところ車内に少量の煙が流入したこと,④同じ地点でドライアイスに水を加
えると白色煙状のものが地面上に発生し,30秒後に運転席側ドアを開閉すると煙状のも
のが吸い込まれるように車内に流入したこと,⑤同車両の運転席側フロントデッキ部付近
でドライアイスに水を加えると白色煙状のものが車体をはうように下方に流れ出し,30秒
後に運転席側ドアを開閉すると,煙が車内に流入したこと(以上,L甲33,C5[148,15
2回]),⑥A19及びA14が,事前に,B6車両と同車種の車両を使用して,アンモニア水
を同車のフロントグリル付近とフロントウインドー付近にそれぞれ滴下し,空気循環を外気
導入の状態にして同車を走行させたところ,前者よりも後者のほうが車内でのアンモニア
臭が強いことを確認したことなどを併せ考えると,サリンと上記各実験で用いられたイソプ
ロピルアルコール,ドライアイス,アンモニア,コーヒーの化学的性質の種々の違い等を
考慮に入れても,B6車両のドア,窓,ダンパー(外気取り入れ用)を閉め,オートエアコン
を外気導入にした場合はもちろんのこと,それを内気循環にした状態でも,B6車両を走
行させた場合,運転席側フロントウインドーアンダーパネルの溝部分に滴下したサリンの
気化したガスが外気と共に車内に流入し得るものであること及び,B6車両の同部分にサ
リン30㏄を滴下した場合,その一部は車両右側前部のタイヤの後方地面に流れ落ちて
同所で揮発し,運転席側ドアの開閉により気化したサリンが車内に流入する可能性があ
ることを認めることができる。
 (3)そして,前記のとおりサリンの場合ヒトの経気道半数致死量が0.1g分/立方メート
ルであることを考慮すると,サリンを相当程度含有する青色サリン溶液30㏄をB6車両の
運転席側フロントウインドーアンダーパネルの溝及びその付近に滴下しただけでも,その
場で及び走行中に気化したサリンガスを吸入させることなどにより,人を死に至らせる現
実的危険性は大きいものと認められる。
 以上のとおりであるから,弁護人の主張1(3)は採用することができない。
 5(1)弁護人は,本件行為に殺人の実行行為性が認められない理由の一つとして,B6
弁護士の目の前が暗くなったという症状には疑問があり,そのような症状があったとして
も,それは青色サリン溶液中のサリンによるものではない旨を主張する。
 (2)しかしながら,B6弁護士は,公判で,前記第1の8の認定事実に沿う供述をするところ
であるが,その中で,視野全体が暗くなる症状についても具体的かつ詳細に述べている
上,同弁護士は,本件行為が行われたことさえ知らない平成6年5月11日に脳神経外科
を専門とする医師の診察を受けた際,既に同医師に対し,同月9日車を300㎞運転した
がその後視野全体が暗くなった旨の話をしていた(L甲97,D12[150,158回])のであ
り,同弁護士の前記供述の信用性を疑う余地はないというべきである。
 (3)そして,B6弁護士は,本件行為の約15分くらい後である平成6年5月9日午後1時
30分過ぎころにB6車両の運転席側のドアを開けて乗り込んでその運転を開始し,同日
午後5時前に帰途につくまでには,既に視野全体が暗くなる症状が出始めており,同日
午後6時ころ,相模湖インターチェンジの料金所付近で更にその症状が進んでこれを自
覚するに至ったこと,B6弁護士は,本件行為時前に視野全体が暗くなる症状が出たこと
はなかったし,同症状は,同月11日には既に消失しその後そのような症状が出たことは
なく,同月11日の診察においてもそのような症状を呈する脳疾患等の異常は何ら発見さ
れなかったこと,視野全体が暗くなるのはサリンを吸入した場合の症状の一つであるこ
と,本件行為後,B6弁護士がB6車両に乗車して同車両を運転し走行させたが,その
際,同車両内にサリンを流入させ,同弁護士にこれを吸入させることは物理的に可能で
あることなどを併せ考えると,B6弁護士の視野全体が暗くなったという症状は青色サリン
溶液中のサリンによるものと認められる。
 (4)なお,B6弁護士の事務所の事務員であるD13は,平成8年2月27日付け検察官
調書(L甲104)において,「B6弁護士は,平成6年6月17日依頼人との面談中,『おかし
いな。暗い。胸が苦しい。』などと不調を訴え,面談を途中でやめた。同年7月4日に入院
して気胸の手術を受けた後は,同弁護士が暗いなどと訴えたことはない。」旨供述する。
 しかしながら,前記のB6の公判供述の信用性に加え,視野全体が暗くなるというのは
気胸の一般的な症状ではなく,また,B6弁護士は呼吸が困難になるほど気胸の症状が
重かったわけではないから,平成6年6月17日の気胸の症状として視野全体が暗くなると
いう症状が出たとは考え難いことや,事務員のD13は,B6弁護士が同年5月11日ころ脳
の検査を受けたが何も異常はなかったことを聞いていたこと(以上,前記D12及びB6の
各公判供述)などに照らすと,前記のD13供述は,D13が同年5月11日ころ聞いたB6
の症状と同年6月17日の出来事とを混同してされたものと疑われるのであり,直ちに信用
することはできない。
 したがって,弁護人の主張1(4)は採用することができない。
 6 以上のとおりであるから,本件行為に殺人の実行行為性がない旨の弁護人の主張1
は採用することができない。
第3 弁護人の主張2(殺意及び共謀の有無)に対する判断
 1 弁護人は,被告人及びその弟子であるA38ら5名は,青色サリン溶液又はB6車両
に滴下する液体が殺傷力ないし致死性を有するとの認識がなく,本件行為に及んでも人
が死亡するとの認識はなかった旨を主張する。
 2(1)しかしながら,まず,被告人についてみると,①被告人は,サリンの殺傷力につい
て繰り返し説法等に及び,また,教団の武装化の一環として,平成5年6月ころ以降,A6
やA24,A21,A14らに対し,直接又は間接的に,サリンの生成を指示し,教団でサリン
の生成に成功するとこれを使用して2回にわたりD3を殺害するようA6らに指示し,平成6
年2月に青色サリン溶液30㎏が生成された旨の報告を受けた後は,A6らに対し,東京
に70tのサリンをまいて壊滅すると言うなどして,サリンプラントの設計を急がせたこと,②
被告人は,第1次D3事件の際,600gサリン溶液を噴霧していた乗用車に乗車していた
A14から,「サリンを吸って死にかかりました。」と報告を受け,A14に対し,「死ななくてよ
かったな。」と声を掛けたこと,③被告人は,第2次D3事件の際,A7が3㎏サリン溶液中
のサリンに被ばくし,ひん死の状態に陥った旨の報告を受け,A7が搬送された教団附属
医院に赴き,同医院の医師であるA33に対し,サリンでD3を殺害しようとしてA7がサリン
に被ばくした旨の説明をしてその治療をするよう指示したこと,④被告人は,平成6年5月
8日夜,A38に対し,ある人物をポアすることに加担するよう指示した際,その方法がA3
8にとって「ちょっと危険なワークだ。」と説明したこと,⑤A14が,本件行為を実行するに
当たって,第2次D3事件のときのように重症のサリン中毒者が出た場合などを案じて,A
33に手伝ってもらおうとした際,被告人がこれを了解したこと,⑥被告人は,本件行為
後,A14から,A38がにおいをかいでしまったようなのでA38にパムを注射した旨の報
告を受けた際,A38に大丈夫かと尋ねたこと,⑦被告人は,本件行為の数日後,B6弁
護士が元気であることを確認し,「結果が出なかったな。」などと言ったことなどの事実を
総合すれば,被告人が青色サリン溶液中のサリンの殺傷力や本件行為の現実的危険性
を認識した上で,A10,A19,A14,A37及びA38の5名に対し,B6弁護士の殺害を指
示し,同弁護士を殺害する旨の共謀を遂げたことは明らかである。
 (2)次に,A14について検討すると,①A14は,被告人の進める武装化計画の一環とし
て,被告人から,強い殺傷力を有するサリンを生成するよう指示を受けたものと認識した
上で,そのようなサリンを生成しようと努めたこと(A14[179回]等),②A14ほか3名は,
第1次D3事件の際,600gサリン溶液を噴霧していた乗用車に乗車中,車内に流入した
サリンにより,手足が震える,息が苦しくなる,目の前が暗くなるなどのサリン中毒の症状
が現れたが,パムの注射により事無きを得,その後,A14が,被告人に「サリンを吸って
死にかかりました。」と報告したこと,③A14及びA19は,第2次D3事件の際,医療担当
として現場付近に停めたワゴン車内で待機していたところ,A7が3㎏サリン溶液中のサリ
ンに被ばくし,ひん死の状態に陥ったため,パムの注射などその救急救命措置に当たり
ながら,A7を教団附属医院に搬送したこと,④A14は,青色サリン溶液を生成した際,
その7割くらいがサリンである旨認識していたこと(A14[162,249回],A21[171回]
等),⑤A14は,B6車両に青色サリン溶液を滴下するのに備え,サリンの予防薬としてメ
スチノン,治療薬として硫酸アトロピンやパムを用意し,A37に対し,A19やA14がサリン
中毒になった場合には代わりにパムを注射してくれるよう頼んだ上,A33に対し,サリン
中毒患者が出た場合に対処できるように準備して待機するよう依頼したこと,⑥A14は,
X1棟スーパーハウス内のドラフトで,防毒マスク及び合成樹脂製の手袋を着用した上
で,青色サリン溶液を遠沈管に入れ,漏れない措置を施すなどして,B6車両に滴下する
サリンを準備したこと,⑦A14及びA19は,A38がサリンを吸い込まないで所定の場所
にサリンを掛けることができるように,A38にサリンの代わりに水を自動車に掛ける練習を
させ,その際,A14がA38に「掛けるときには顔を背けて,息は止めるように。手や服に
付かないように気を付けるように。付いたらすぐに言うように。」などと注意したこと,⑧本件
行為の前に,A14,A19,A10,A37及びA38の5名共,予防薬としてメスチノンを1錠
ずつ飲んだこと,⑨A14は,サリン中毒予防のために,A38に対し,合成樹脂製の手袋
を渡し,これをG店で購入した手袋の下に着用するよう指示したこと,⑩A14は,本件行
為後,A38と合流した際,同人に対し,身に着けているものですぐ取れるものをゴミ袋に
入れるよう指示した上,目の前が暗くないか,気持ち悪くないかを尋ね,さらに,同人を診
察して少し瞳孔が縮んでいることを確認し,同人から「目の前が暗いし,気持ちが悪い。」
などと言われ,同人にパムを注射したこと,⑪その際,A14及びA19は,目の前が少し暗
いと言ってお互いにパムを注射し合ったこと,⑫A14は,A33との待ち合わせ場所でも,
A38からまだ気分が悪く目の前が暗い旨訴えられ,エイジングを恐れ同人に更にパムを
注射したこと,⑬A14は,A38が本件行為時に着用していた衣服等を焼却し,遠沈管を
中和処理してA19に返したことなどの事実を総合すれば,A14は,D3事件を通じて3㎏
サリン溶液など教団で生成したサリンが強い殺傷力を有するものであり,同様の方法で生
成した30㎏サリン溶液がサリンを7割くらい含有する旨認識し,そのサリンの殺傷力や本
件行為の現実的危険性を認識した上で,本件行為を行うA38をはじめ現場に赴く5名が
サリン中毒により死亡し又は重大な傷害を被ることのないよう事前に周到な準備をし,事
後にも十全な注意を払ったものであり,A14が,被告人の前記の指示により,青色サリン
溶液中のサリンの殺傷力や本件行為の現実的危険性を認識した上で,B6弁護士を殺
害する意思を持って,A38ら4名と共に本件行為に及んだことは明らかである。
 (3)A19について検討すると,前記の(2)(③,⑦,⑧,⑪)の事実のほか,①A19は,一
般的に化学兵器であるサリンの殺傷力を知っていたが,被告人は,A19,A14及びA10
に対し,サリンの隠語である「魔法」という言葉を用いて「B6の車に魔法を使う。」と言い,
自動車のボンネットなどにサリンを滴下して外気の導入口を通じて車内に気化したサリン
を流入させるという内容の話をしたことなどの事実を総合すれば,A19は,30㎏サリン溶
液など教団で生成したサリンの強い殺傷力を認識した上で,自分やA38らがサリン中毒
により死亡し又は重大な傷害を被ることのないよう前記の種々の準備ないし行為に及ん
だものであり,A19が,被告人の前記の指示により,教団で生成したサリンの殺傷力や本
件行為の現実的危険性を認識した上で,B6弁護士を殺害する意思を持って,A38ら4
名と共に本件行為に及んだことは明らかである。
 (4)A10について検討すると,A10は,検察官調書(L甲105)で,当時被告人の言っ
た「魔法」という言葉がサリンの隠語であると認識していたかどうか覚えていない旨供述す
るが,①被告人が,A10らに対し,サリンの隠語である「魔法」という言葉を用いて「B6の
車に魔法を使う。」と言った際,A10は格別その意味について聞き返してはいないこと,
②A10は,本件行為の当日,A37と共にe1村を出発した後,予防薬を飲むのを忘れて
いたA37に注意して二人共メスチノンを飲んだこと,③A10が,同日午後1時15分ころ,
口頭弁論に出廷するためクラウンから降りた際,その窓を閉め,A37に「危険だから窓を
開けるなよ。」と注意したこと,④A10が,同日午後1時30分ころ,B6車両から十数mしか
離れていない正面玄関南側のスペースに駐車していたクラウンに乗り込んだ際,A37に
対し,「こんな近くに停めたら危ないじゃない。」としかったことなどの事実に加え,A10
が,前記検察官調書で,上記の供述をしながらも,「被告人の言った『魔法』については
何らかの薬物だろうと思った。被告人はLSDのことはLSDと言っていた。本件行為より前
の時点で,被告人の指示で,人の生命,身体に危害を及ぼすような揮発性のある液体を
アメリカに運ぶという計画があった。その危険なものがサリンであり,魔法と呼ばれていた
ものであるとしたら,私もそのことを聞いていたかもしれない。そのころ,教団で化学兵器の
研究もしているという話を聞いていた。」などとも供述していることを併せ考えると,A10
は,被告人の指示内容が,化学兵器である強い殺傷力を有するサリンをB6車両に滴下
することにより気化したサリンをB6弁護士に吸入させるなどして同弁護士を殺害すること
と理解した上で,同弁護士を殺害する意思を持って,A38ら4人と共に本件行為に及ん
だことは明らかである。
 (5)A37について検討すると,A37は,公判において,「5月4日ころ,被告人の自宅で
被告人に言われてLSDを飲んだとき,意識がなくなるなどして生死の境をさまようという
非常にショッキングな強烈な印象が残ったから,B6車両の外気取入口に仕掛けるものは
LSDであり,これを使ってB6に交通事故を起こさせて殺害するのだと思った。」などと供
述する。
 しかしながら,(4)(②,③)の事実のほか,①A37は,E12大学医学部を卒業した後同
学部付属病院研修医を務めていた経歴を有すること,②A37は,A14から,事前に飲ん
でおくように言われて予防薬を渡され,また,A19やA14が中毒になった場合にはパム
を注射するよう頼まれたこと,③A37は,本件行為後,B6車両に滴下した液体の気化し
たガスを吸い込んだかもしれないと思い,A19やA14らと合流した際,自分にも注射を打
ってくださいと頼んだこと,④LSDを服用したときには,A19や被告人から,その蒸気を
かいだらおかしくなるなどの注意もなかったし,両名ともマスクをしていたことはなかったこ
と(以上,A37[151,156回],A14[169回])などの事実を総合して考えると,まず,A
37は,E12大学医学部を卒業した後同学部付属病院研修医を務めていたという経歴を
有していた者であり,しかも,実際にLSDを服用したときにはその蒸気をかいではいけな
いなどの注意も受けていないのであるから,仮にB6車両にLSDが掛けられるものと認識
していたとすれば,A10から危険だからクラウンの窓を開けないように指示された際,B6
車両から相当程度離れたところにクラウンを駐車していたにもかかわらずなぜ危険である
のか疑問に思ってしかるべきであるのにそうではなかったこと,また,A37は自らLSDを
B6車両に掛ける役割を務めるわけではなく,自分の役割を終えた後は前記クラウンで待
機するだけであるのに,なぜ予防薬をしかも自分もA10も飲まなければならないのか疑
問を抱いてしかるべきであるのにそうではなかったこと,さらに,A37は,本件行為後,L
SDの蒸気を吸い込んだかもしれないという程度で,なぜ治療用の注射を打ってほしいと
A14らに頼んだのか疑問であること,そもそもA37は,B6車両の外気取入口にLSDを
滴下して車内に流入させ運転者を交通事故死させ得るものと理解したのか甚だ疑問で
あることなどからすれば,A37が本件行為時においてB6車両にLSDを滴下するものと
認識していた旨のA37の前記公判供述は信用することができない。むしろ,平成6年3月
ころの被告人の説法において,教団が毒ガス攻撃を受けている話があり,その際,毒ガ
スとしてサリンも挙げられ,また,その一環として,「教団は,アセチルコリンと呼ばれる体
内物質と反応し神経系の働きを完全に停止させ呼吸停止等により死に至らしめる毒ガス
であるサリンやソマンと呼ばれる神経ガスの攻撃を受けているが,今,教団では,サリンや
ソマンに対し,それを消す実験,すなわち,弱アルカリ性の水酸化カルシウム等の水溶液
を空気中に噴霧してサリンやソマン等と反応させて無毒化する方法を実験している。」な
どの説法もされ,A37もこれを聞いてそのように認識していると推認されること(A37[154
回],弁26等)などをも併せ考えると,A37は,被告人の指示を受け,強い殺傷力を持つ
サリンをはじめとする化学兵器をB6車両に滴下し,これをB6弁護士に吸入させるなどし
て同人を殺害する意思を持って,A38ら4人と共に本件行為に及んだことは明らかであ
る。
 (6)A38について検討すると,本件行為の実行担当者であるA38は,公判において,
「その液体によって,その車の持ち主の気分を悪くさせたり,ブレーキを効かなくさせたり
して事故を起こさせるのかなと思った。その液体がどういう物質であるかは聞いていなか
った。」などと供述する。
 しかしながら,①A38は,被告人から,「ちょっと危険なワークだ。」「ある人物をポアしよ
うと思う。」と言われたこと,②A38は,その当時,ポアの現実的な意味として殺すという意
味があることを知っていたこと,③A38は,A19及びA14からそのワークの手本を見せら
れ,その練習をした際,液体を車に掛けるときには,顔を背けて息を止め,手や服に付か
ないように気を付け,手や服に付いたらすぐ言うように注意を受けたことや,④A38は,本
件行為時までには,液体を掛ける車両の使用者が教団に敵対する人物であることを認識
したこと(A38[154,159回]),⑤前記のとおり,被告人により,平成6年3月ころには,
教団がサリン等の毒ガス攻撃を受けているなどの説法がされ,その一環として,サリン等
を無毒化する実験をしているなどの説法もされていたことなどを併せ考えると,A38は,
被告人の指示を受け,強い殺傷力を持つサリンをはじめとする神経ガスの液化したもの
を指定された車両に滴下し,その車両を運転する者にそのガスを吸入させるなどして同
人を殺害する意思を持って,本件行為に及んだことは明らかである。
 (7)以上によれば,被告人は,青色サリン溶液中のサリンの強い殺傷力や本件行為の
現実的危険性を認識した上で,B6弁護士をそのサリンにより殺害しようと企て,A10,A
19,A14,A37及びA38の5名に対し,サリンによるB6弁護士の殺害を指示し,A10,
A19,A14,A37及びA38の5名はいずれも被告人の指示内容を理解した上で,B6弁
護士を殺害する意思を持って,本件行為に及んだものであることを優に認めることができ
る。
 3(1)これに対し,弁護人は,サリンの生成過程や2回にわたるD3事件等に関与したA
6,A14,A19らは,教団で生成されたサリンについては,強い殺傷力はなく,致死性は
ないものと認識するに至り,特に,A14は,教団生成のサリンは光学異性体であって一
般のサリンより効力は数千倍も低く,また,臭化ピリドスチグミンを過剰投与した場合は,
サリンとの相乗効果により,サリンの効果としてではなく,臭化ピリドスチグミンの効果とし
てサリンと同様の効果が生じるものとの認識を抱き,被告人は,A6やA14から,これらの
報告を受けており,被告人においても,教団生成のサリンの殺傷力は強いものではなく,
致死性はないとの認識を持っていた旨主張する。
 (2)この点に関し,A14は,公判において,上記弁護人の主張と同旨の供述をし,「第2
次D3事件の際,メスチノンを飲んでサリンと類似の症状が出たということがあり,薬効から
もそういうことが明らかなので,メスチノンの作用とサリンの作用が重なることはないのかと
思って,事件の直後に図書館で調べたところ,メスチノンはむしろサリンに対しては予防
効果がなくて害作用のほうが大きいという論文があったので,すぐに,A6や被告人に対
し,メスチノンはサリンに関して効果がなく,むしろ害になることを話した。そして,私は,こ
のような調査の結果,1錠が臭化ピリドスチグミン60㎎の錠剤であるメスチノンを1錠を飲
むと過量投与となり,A7はその過量投与となるメスチノン1錠を飲んだ上で,サリンに被
ばくしたためにその症状がひどくなったのではないかと考えるに至った。」「平成6年1月
にA6らとロシアに行った際,A6がロシア科学アカデミーの関係者と会い,サリンには2種
類あり,化学式が同じでも光学異性体であると毒性が数千倍違い,毒性の非常に強いサ
リンを選択的に造る方法もあるという話を聞いてきた。3回目のサリンを造るときにその方
法を採用しようという話は出たが,全く違う方法であり,既に従前の方法で造り始めていた
ので,その新たな方法は採用しなかった。私は,ロシア訪問を経て,教団で造ったサリン
は毒性の強いものと弱いものの混合物であり,その総体としては毒性の弱いものとの認
識を持った。」などと述べ,教団で造ったサリンの毒性は低く,殺傷力はそれほどないと思
っていた旨供述する。
 (3)しかしながら,①A14は,被告人から強い殺傷力のあるサリンを生成するよう指示を
受けたものと認識した上でそのようなサリンを生成しようと努めていたのであるから,3回目
にサリンを造る際に,それまで教団で造ってきたサリンの殺傷力に疑問を持っていたなら
ば,たとえ既に従前の方法でサリンの生成に着手していても,関係者に相談するなどして
毒性の非常に強いサリンを選択的に造る方法を採用し,あるいは,従前の方法とは違う
方法で生成することを検討するなどして毒性の高い,強い殺傷力を持つサリンを造るよう
に努めてしかるべきであるのに,そのようなことをすることなく,従前の方法によりサリンの
生成を続けていること,②A14は,青色サリン溶液中のサリンの殺傷力が強いことを認識
しているからこそ,前記の2(2)(⑤ないし⑬)のとおり,本件行為の前後において,周到か
つ入念にサリン中毒の予防又は治療等の種々の行為に及んだものと考えるのが自然で
あること,③A14は,サリン中毒の予防薬としてメスチノンを準備し,本件行為前にA38ら
5名に1人当たりメスチノン1錠分を渡して服用させたものである(A38にはメスチノン1錠
を半分に割って半錠分を渡したとのA14の公判供述は,A38の反対趣旨の供述等によ
りもとより信用することができない。)が,少なくとも第2次D3事件の直後において,臭化ピ
リドスチグミン60㎎を含有するメスチノン1錠はサリン中毒の予防としては過量であると認
識したのであるならば,各自にメスチノンを1錠ずつ服用させることは考えられず,むし
ろ,各自にメスチノン1錠を服用させていることは,A14が臭化ピリドスチグミンの過量投
与について全く認識していなかったことを物語っていること,④A14は,捜査段階におい
ては,メスチノン1錠がサリン中毒の予防としては過量であり,過量のメスチノンとサリンの
相乗作用によりA7の症状が重くなったこと,第2次D3事件の直後,図書館で調べた結
果,そのようなことが分かり,その旨をA6や被告人に伝えたこと,サリンには2種類あり,
光学異性体であると毒性が数千倍違うことをロシア訪問で知ったこと,以上のことから,教
団で造ったサリンの毒性は弱く,殺傷力がそれほどないとの認識に至ったことなどを供述
してはおらず,むしろ,A14が教団で造ったサリンに強い殺傷力があること及びそのこと
をD3事件等により認識したことや,A14にメスチノン1錠が過量であるとの認識がなかっ
たことなどを前提に,平成7年6月5日付け検察官調書(A甲12081)では「地下鉄サリン
事件の際に,A19から予防薬を5錠くれと言われ,私は,サリン中毒の予防薬としても使
えるメスチノン5錠(正式名称臭化ピリドスチグミン)を渡した。これは,両面をアルミ箔でパ
ッケージしてある薬で,この予防薬の容量は1人1錠で,事前に飲んでおくものなので,
地下鉄でサリンをまく実行グループは5人なのだろうと思った。」旨,同年7月28日付け検
察官調書(L甲99)では「第2次D3事件のとき,A7は本当に生命が危ない状況で,A7
はこのとき予防薬を飲んでいたが,もしメスチノンを飲んでいなかったら死んでいたと思
う。」「噴霧後,A6がそのまま防毒マスクを着けていたので何ともなかったのに対し,A7
は,途中でマスクを外してしまったためにサリン中毒になったようだった。」旨,同年8月6
日付け検察官調書(D甲805)では「松本サリン事件では,A39とA22に対し,噴霧した
ガスは非常に危険なガスであり,吸ったら死ぬ可能性があると言って注意した。」「12リット
ルもの大量のサリンを噴霧すれば,大勢の人が死亡したり負傷したりすることも,これまた
十分過ぎるほど分かっていた。」旨,同日付け(D甲805)及び同月7日付け(D甲806)各
検察官調書では「松本サリン事件の際にはあらかじめ全員がメスチノンを1錠ずつ飲ん
だ。」旨,同日付け検察官調書(D甲807)では「サリンの毒性の持続期間については実
際のところよく分からず,これについて他の者と話し合ったこともなかった。私の読んだ文
献にはほとんど記載されていなかった。だから,私の認識としては,長期間保管した場
合,多少サリンの毒性が弱まることがあったとしても,噴霧して人を殺すことは十分できる
だろうという程度のものだった。」旨,平成8年3月5日付け検察官調書(L甲103)では「A
38にサリンの代わりに水を使って車に掛ける練習をさせたのは,所定の場所にサリンを
掛けさせるためと,非常に危険な物質であるサリンをA38が吸い込まないようにするため
であった。」「実行役でないA10やA37にメスチノンを飲ませたのは,第2次D3事件のと
きに,A7がサリンを吸って死にかかったことがあったので,怖かったというのが一番の理
由だった。」旨をそれぞれ供述しており,後記のとおり,これらの供述の信用性が高いこと
や,A14が公判でこのような供述を変遷させたことについて合理的な説明をし得ていな
いことなどに照らすと,前記(2)のA14の公判供述は信用することができない。
 (4)なお,弁護人は,A14の上記のものを含む検察官調書5通(L甲99ないし103)に
関し,A14は,既にB2事件,地下鉄サリン事件,松本サリン事件でも起訴されているし,
逮捕された直後から,死刑になって責任をとるしかないと思っていたので調書の内容に
ついてはどうでもいいという心境であり,検察官がそのような調書を作りたいと望んでいた
ので,検察官に妥協し,検察官の言うままに調書に署名指印したとして,A14の同旨の
公判供述を援用した上,A14の同検察官調書における供述は信用することができない
旨を主張する。
 しかしながら,A14は,平成7年5月18日地下鉄サリン事件で逮捕され,事件について
は黙秘していたが,同月24日,弁護人と接見し,同月25日,事件について話すことを決
意し,その心境について,同月26日,陳述書(L甲98)に「私は今回のサリンに関する事
件に関与していた事実を認めます。私がこの事実を認める気持ちになったのは,何も知
らないで,作業に従事した同僚や後輩のためです。そして,また,事件に全く関与するこ
とのなかった大部分の法友のためです。A6氏が,死去された今,私が弁護し,真実を明
らかにしてやるべき者も数多く存在することと考えます。彼らのため,私は自らの責任を明
確にし,罪なき者が苦しむことのなきよう,真実をお話しする所存です。」としたためて,事
実関係を述べ始め,同年6月3日,同月5日及び同月6日にそれぞれ検察官調書(A甲1
2080ないし12082)が作成され,特にその同月3日付け検察官調書においては,「最初
に,今回の地下鉄サリン事件のような大量殺人・殺人未遂に私が関与した動機について
話をする。別の機会に詳しく話をしようと思っているが,私は,これまでに,B2弁護士一
家失踪事件,松本サリン事件,B22さん拉致事件等の多くの事件に関与し,多くの人を
殺してきた。」との記載がされていること,A14は,その後,他の事件についても事実関係
を認め,少なくとも,同年7月28日から同年8月7日までの間に松本サリン事件について5
通(D甲802ないし806,ただし,最初の2通は,D3事件及び青色サリン溶液生成に関
するものでL甲99,100と同じもの。),同月24日から同月30日までの間にB22事件に
ついて7通(J甲161ないし167),同年9月26日から同年10月3日までの間にB2弁護士
一家殺害事件について4通(G甲161ないし164),平成8年2月29日から同年3月5日ま
での間に3通(L甲101ないし103)の検察官調書がそれぞれ作成されたこと(A14[193
回]等)に照らすと,A14は,何も知らないで地下鉄サリン事件に関連する作業に従事し
た教団信者らのために,罪のない者が苦しむことのないように,真実を明らかにして自ら
の責任を明確にしようとして,地下鉄サリン事件について事実関係を供述し,引き続き,B
6サリン事件を含め他の事件についてもできる限り真実を明らかにしようと努め,供述して
きたものと認められる。
 そして,他方で,A14は,B6サリン事件においては,検察官調書の中で,「B6弁護士を
殺す理由について,被告人の指示の時点ではっきりとは分からなかった。」「被告人のB6
弁護士を殺害する指示のときに,ポアという言葉を使ったかどうか記憶がはっきりしな
い。」などと供述しているほか,本件行為後A10らとの合流場所でA38の瞳孔を見て,
「縮んでいるな。」と言ったのではないかとの検察官の問いに対し,「私は,そのように言っ
た記憶はない。」旨,A38が息苦しさを訴えたので2回目のパムを注射したのではないか
との検察官の問いに対し,「私の記憶では,A38が息苦しさを訴えたようなことはなかった
と思う。」旨,A38は容器の中の液体が何らかの危険な物質であることは十分に分かった
のではないかとの検察官の問いに対し,「それは,A38の認識の問題なので,A38に聞
いてほしい。」旨それぞれ答えるなど,その供述内容は,検察官が作りたいと望んでいる
調書に検察官の言うままに署名指印した者あるいは,調書の内容についてはどうでもい
いという心境の持ち主が供述したものとは到底考えられない。
 また,A14は,前記の最初の検察官調書(A甲12080)では,「私は,一般社会で生き
ていけない私を今日まで導いてくださったという意味で,今でもA2尊師に救われたと思
っている。」と供述しており,その捜査段階における供述の経緯,内容や公判での供述内
容,態度等に照らしても,A14が格別被告人との関係で被告人に不利益なうその供述を
しているものとは考えられない。
 なお,弁護人は,A14の公判供述が事実であるとの前提に立ったとしてもA14が他に
関与した事件のことを考慮すると,A14の刑事責任が軽減されるとは思われず,そのこと
はA14も自覚している旨を主張する。しかしながら,A14の他の事件での供述内容や,B
6サリン事件で使用した青色サリン溶液が松本サリン事件でも使用されているものである
ことなどを併せ考えると,A14が,青色サリン溶液中のサリンの致死性又はこれに対する
認識を否認したのは,A14を含め,サリンに関連する一連の犯行に関与した教団信者ら
の刑責を軽減する意図に出たものとみるのが自然である。
 以上のとおりであるから,B6サリン事件に関係するA14の前記検察官調書(L甲99な
いし103)におけるA14の供述はその全部を信用することができるわけではないものの,
前記(3)④記載の供述をはじめ自己に不利益な供述部分の信用性は高いというべきであ
る。
 (5)したがって,被告人がA14らから教団生成のサリンの殺傷力が強いものではなく致
死性はない旨の報告を受けてそのような認識を有していた旨の弁護人の前記(1)の主張
は採用することができない。
 4 また,弁護人は,被告人は,教団信者の脱会について執着はなく,B6弁護士が脱
会にかかわっているにしても同弁護士に対して殺意を抱くほどの反感は持っていない
し,B6弁護士の空中浮揚写真を見せられたとしても修行とは無縁な者の写真は単なるま
ねごとにすぎないから,このような写真で被告人がB6弁護士に対して殺意を抱くとは考
えられないことなどを理由として,被告人には,B6弁護士を殺害する動機が全くない旨を
主張する。
 しかしながら,前記犯行に至る経緯のとおり,当時,被告人は,オウム国家の建設に向
け武装化計画の一環として大量の出家信者の獲得を目指していたものであり,そのよう
な時期に,教団信者獲得の有力な手段の一つであったいわゆる被告人の空中浮揚の写
真を真似たB6弁護士自らの空中浮揚の写真を利用し教団の実態等を明らかにするなど
して教団信者に対する出家阻止,脱会のためのカウンセリング活動を活発化させている
B6弁護士をそのまま放置することができないと考え,同弁護士の殺害を決意するに至っ
たものであり,その動機形成の経緯は,B2事件やB5VX事件の場合と同様に十分了解
可能である。A14は,検察官調書(L甲101)で,B6弁護士は教団と対立関係にある弁
護士で悪業を積んでおり,教団の活動の妨げになるので何とかしなければならないと被
告人が考えているという認識を持ったので,B6弁護士殺害の指示の直前に,被告人とA
10との間で,これに近い話が出ていたのではないかと思う旨供述しているが,A14自身
がB6弁護士に関する被告人の心情について上記のような認識を持っていること自体,前
記認定に係る動機の存在を物語っている。
 したがって,弁護人の上記主張は採用することができない。
 5 さらに,弁護人は,被告人は,グルが弟子に対しその指示どおりの成果が出ないこと
を承知の上で無理難題とも思われるような課題を与え実行させるという修行であるマハー
ムドラーの一環として,A19らに対し,本件行為を指示したにすぎない旨を主張する。
 しかしながら,被告人は,前記のとおり,教団信者に対する出家阻止,脱会のためのカ
ウンセリング活動を活発化させているB6弁護士をこのまま放置することはできないと考え
てその殺害を積極的に意欲し,強い殺傷力を持つサリンをB6車両に滴下して気化発散
したサリンを吸入させ,人の死という結果を発生させる現実的危険性を有する本件行為を
A19やA14らに指示したものであり,その指示を受けたA19やA14らにおいても,本件
行為がそのような現実的危険性を有するものであることを認識しながら,本件行為に及ん
だものである。したがって,被告人が,その指示どおりの成果が出ないことを承知の上
で,マハームドラーの一環として,A19らに対し,本件行為を指示したものといえないこと
は明らかであって,弁護人の上記主張は採用することができない。
 6 以上のとおりであるから,被告人にB6弁護士に対する殺意及び同弁護士を殺害す
る旨の共謀がないとの弁護人の主張2は採用することができない。
[Ⅶ 松本サリン事件について]
〔弁護人の主張〕
 1 次の証拠は,違法収集証拠として,証拠能力が否定されるべきである。
 (1)D甲540の鑑定資料であるD5西駐車場の土砂は,司法警察員が付近の実況見分
に際し採取したものであるが,その所有者の承諾を得ることなく被疑者の遺留物として領
置した疑いが強い。したがって,D甲540の鑑定書は,その鑑定資料の押収手続に令状
主義に反する重大な違法があるから,証拠能力はない。
 (2)D甲544の鑑定資料であるD5方及びB7方の各池の水は,司法警察員がその池の
所有者の承諾を得ることなく領置したものである。したがって,D甲544の鑑定書は,その
鑑定資料の押収手続に令状主義に反する重大な違法があるから,証拠能力はない。
 (3)D甲566の鑑定資料であるK寮b号室の浴室内にあった洗面器内の水は,司法警
察員がその洗面器の所有者の承諾を得ることなく領置したものである。したがって,D甲
566の鑑定書は,その鑑定資料の押収手続に令状主義に反する重大な違法があるか
ら,証拠能力はない。
 (4)D甲693の鑑定書は,その鑑定資料である加熱容器3個(以下「本件加熱容器」と
いう。)の押収手続に次のとおり令状主義に反する重大な違法があるから,証拠能力はな
い。
 ア本件加熱容器の捜索差押えは,いわゆる地下鉄サリン事件の被疑事実に基づいて
発せられた捜索差押許可状(以下「本件捜索差押許可状」という。)によりいわゆる松本
サリン事件の被疑事実に係る物件を対象として行われたものであるから,憲法35条2項
に違反する。
 イ本件捜索差押許可状に基づく捜索差押えは,平成7年5月23日に実施され,その
後中断され,同年6月14日にその捜索差押えが再開されたものであるとしても,到底同
一の機会の捜索差押えが継続していることを前提とした中断とみることはできず,同日に
おける本件加熱容器に対する捜索差押えは,それ以前の別の機会に行われた捜索差
押えと共に1個の令状で済ませたものであり,憲法35条2項に違反する。
 ウ本件加熱容器を差し押さえた捜査官は当時本件加熱容器が地下鉄サリン事件で
使用されたものでないことを認識していたから,本件加熱容器は,地下鉄サリン事件に係
る本件捜索差押許可状記載の「サリンの生成,試験,保管又は運搬に使用したと思料さ
れる容器」に該当せず,同許可状記載の「差し押さえるべき物」の範囲を超えており,本
件加熱容器に対する捜索差押えは,憲法35条1項,刑訴法219条1項に違反する。
 (5)D甲698の鑑定書は,その鑑定資料である本件加熱容器の付着物の収集手続に
次のとおり令状主義に反する重大な違法があるから,証拠能力はない。
 ア本件加熱容器の押収手続に前記の違法があるから,その付着物の収集手続も違
法である。
 イ本件加熱容器の付着物は,同容器に強く付着しているから,その所有権は,本件
加熱容器の所有者にあるところ,捜査官は,その所有者を確認する努力もせず,鑑定処
分許可状の要否を検討することもなく,漫然とその付着物を遺留物として領置したもので
あるから,その収集手続は令状主義を潜脱した違法がある。
 (6)D甲823の鑑定資料及びD甲825の鑑定資料のうち一覧表資料番号7ないし9は,
鑑定受託者である医師がB14,B13,B8から採取した血液,脳,肺などの生体資料であ
るが,同医師は自らこれらの資料についての検査を行わず,これをいったん長野県警察
本部(以下「長野県警」という。)に任意提出し,長野県警から科学警察研究所(以下「科
警研」という。)に鑑定が嘱託されたものである。しかしながら,他の機関において鑑定さ
せるのであれば,別個に鑑定処分許可状により資料の採取をさせるべきであって,上記
のように死体解剖のための鑑定処分許可状をもって,これに代えることは許されない。し
たがって,この点において令状主義に反する重大な違法があるから,D甲823の鑑定書
及びD甲825の鑑定書のうち資料番号7ないし9に係る部分は証拠能力がない。
 (7)D甲830の鑑定資料のうち一覧表資料番号1の水抽出物は,B7方の池の水につい
て長野県警刑事部科学捜査研究所(以下「長野県警科捜研」という。)において抽出作
業をした後のものであるが,この元になる池の水は,B7方の所有物であるのに,何らの
令状もなく遺留品として領置したものである。したがって,D甲830の鑑定書は,上記の
鑑定資料の押収手続に令状主義に反する重大な違法があるから,同鑑定資料に係る部
分は証拠能力がない。
 (8)D甲825の鑑定資料のうち一覧表資料番号3,4は,K寮,Mハイツにおいて窓や
家具などを拭き取ったガーゼであるとされているが,この点については何らの立証もされ
ていない。したがって,D甲825の鑑定書は,上記の鑑定資料については関連性がない
から,同鑑定資料に係る部分については証拠能力がない。
 (9)D甲825の鑑定資料のうち一覧表資料番号10ないし15は,B14,B11,B15,B
8,B10,B12の鼻汁,血液などの生体資料であるが,その採取手続には鑑定処分許可
状又は捜索差押許可状が必要であるのに,被疑者が遺留した毒物を遺留物として領置
したものである。したがって,D甲825の鑑定書は,上記の鑑定資料の採取手続に令状
主義に反する重大な違法があるから,同鑑定資料に係る部分については証拠能力がな
い。
 (10)D甲827ないし829の医師C6作成の各鑑定書は,科警研における血液や現場遺
留物の鑑定の結果,サリン関連物質が検出されたことに依拠しているが,前記のとおり,
科警研における鑑定資料の収集過程に令状主義に反する重大な違法があり,これに基
づく科警研の鑑定書も証拠能力がない。したがって,同鑑定書に依拠したD甲827ない
し829の各鑑定書も証拠能力がない。
 2 発散現場又は被害者から採取された資料から検出されたものがサリン又はサリン関
連物質であるとする各鑑定の結果には疑問の余地があり,発散されたものがサリンであっ
たとの事実について,合理的な疑いをいれない程度の立証がない。
 B6サリン事件における弁護人の主張のとおり,青色サリン溶液中のサリンは,生成後約
4か月を経た本件時点においてはサリンはすべてイソプロピルアルコールによって分解さ
れている可能性が高い。
 3 気化発散されたものがサリンであったとしても,本件後に周辺住民を対象としてされ
たアンケート調査では,平成6年6月27日午後8時から同日午後10時までの間に鼻水が
出る,息が苦しいなどの症状を自覚していた人が計13名,本件実行行為から既に7時間
以上経過している同月28日午前6時から同日午前11時までの間も多数の人が同様の
症状を自覚していた旨の結果となっている。本件の実行行為より前に症状を自覚した前
者の13名の症状については実行行為との因果関係が否定されるべきであり,後者の多
数の者の症状については相当因果関係が否定されるべきであるが,どの時点より前ある
いはどの時点より後であるなら因果関係が否定されるのか,その限界について,明らかに
されていないから,結論において,どの被害者の症状について,実行行為と因果関係が
あるのかについて立証がなく,したがって,実行行為と被害者の死傷との間の因果関係
が不明であるというべきである。
 4 次の理由から,被告人は,A6やA7らとの間で,判示の松本市内でのサリンによる
無差別殺りく,すなわち,松本市内でサリンを発散させて不特定多数の者を殺害する旨
(松本サリン事件)の共謀をしていない。
 (1)検察官が松本サリン事件の謀議が遂げられたと主張する,平成6年6月20日ころ被
告人の部屋で被告人,A6,A7,A19及びA14の間で行われた話合いにおいては,A6
が突然サリンを散布する旨の提案をしたものの,A7やA14から散布する側の危険性を
指摘されるなどして結局その提案は具体化されることなく否定されたものであって,その
話合いは松本市内でサリンを発散させて人を殺害する旨の共謀と評価されるべき実体を
持たないものである。また,被告人が,サリンを散布する対象を地裁松本支部から裁判所
宿舎に変更することを指示又は了承したことはない。同事件は,A6が,サリンの新しい噴
霧方法を実験してみたいと考え,独断でサリンを散布する計画を進め,A7ら他の実行メ
ンバー6名と共に,教団で生成したサリンを松本市内で発散させたものである。
 (2)そもそも被告人,A7,A19及びA14は,D3事件又はB6サリン事件等を通じて,教
団で生成したサリンが殺傷力を有するものではないと認識するに至っていた。A6もその
殺傷力に疑問を持たざるを得ない状況であったが,あきらめることなく噴霧方法の工夫に
取り組んでいた。A15は,サリンに殺傷力があることを知らず,A22及びA39は,松本市
内でサリンを散布すること自体を知らされていなかった。
 (3)また,被告人は,地裁松本支部に係属していた民事訴訟について,売買部分は勝
訴するだろうとA10から伝えられ,賃貸借部分は当初の予定より手狭な建物が完成して
いる以上勝訴しても意味のないことと考えていたのであるから,教団の主張を排斥するお
それのある地裁松本支部の裁判官を殺害するために裁判所ないし裁判所宿舎を標的と
してサリンを噴霧するという動機は成立し得ないものである。
〔当裁判所の判断〕
第1 弁護人の主張1(違法収集証拠排除)に対する判断
 弁護人は,前記のとおり,鑑定書等について違法収集証拠としてその証拠能力が否定
されるべきである旨を主張するので,当裁判所がこれらの証拠についていずれも証拠能
力を肯定した理由について補足して説明する。
 1 D甲540(D5西駐車場の土砂の鑑定書)について
 関係証拠によれば,①平成6年6月27日深夜から翌28日未明にかけて松本市mにお
いて,多数の死傷者が発生した事件が起きたことから,松本警察署警察官C7は,同日
午前6時ころから同年7月5日午後9時15分ころまでの間,付近一帯の全般的な実況見
分を行ったこと,②C7警察官は,何らかの毒物を発生させたとするとその発生源はわず
かに白く変色している部分のあるD5西駐車場東側ではないかと考え,同月1日,実況見
分の一環として,2m四方を1区画として同駐車場東側を27区画に分け,各区画から表
面部分について握りこぶし大くらいずつの無価物でしかも毒物が混入している可能性の
ある土砂を採取したこと,③D5西駐車場の所有者であるD5は,同日,同駐車場におけ
る実況見分に立ち会い,駐車場の範囲等に関するC7警察官からの質問に応じていたこ
と,④D5は,同駐車場における実況見分について格別の異議を申し出ていないこと,⑤
同駐車場は,車両出入口が2か所あり,いずれも鎖はあるが張ってなく,いつも自由に出
入りできる状態になっていたことなどの事実が認められる。
 以上の事実関係に照らすと,同駐車場東側における上記土砂の採取は,少なくともそ
の所有者であるD5の黙示の承諾を得て行われたものであり,これを採取し領置した手続
に違法はないというべきである。
 2 D甲544(B7方及びD5方の各池の水の鑑定書)について
 関係証拠によれば,①平成6年6月27日深夜から翌28日未明にかけて松本市mのB7
方及びその周辺において,多数の死傷者が発生した事件が起きたが,松本警察署警察
官C8及び長野県警警察官C9は,その報を受けるとともに,同本部警察官から,C8警察
官においてはB7方の実況見分をするように,C9警察官においてはB7方の池の中に毒
物が混入している可能性があることなどからその池などの水を採取するようにそれぞれ指
示され,同日午前5時ころB7方に赴いたこと,②当時B7方で負傷者が出ていたためB7
らは子供1人を置いて病院に行っており,B7方にやってきた友人のD14がその留守を任
されていたこと,③C8警察官らはB7方でD14の承諾を得て実況見分を始め,同人がそ
の立会人となったこと,④C9警察官はB7方の池に行き,その池の水を約250㏄採取し
て領置し,さらに,フェンス等もなかったことからその南側にあるD5方の池をB7方の池と
誤信し,D5方の池の水を約250㏄採取して領置したこと,⑤C8警察官は,D14の見て
いるところで,B7方の犬小屋の前にあった漬物樽のポリバケツ内の水を約250㏄採取し
て領置したが,D14に格別異議を述べられることはなかったことなどの事実が認められ
る。
 これらの事実に照らすと,C9警察官は,B7方及びその周辺で多数の死傷者が出たと
いう状況の下で,B7方の留守を任されているD14の承諾を得て開始されたB7方の実況
見分の一環として,屋外にあるB7方の池の無価物でしかも毒物が混入している可能性
のある水を約250㏄採取したにすぎず,犬小屋の前のポリバケツ内の水の採取にも格別
異議が述べられていないのであるから,B7方の池の水の採取については留守を任され
ているD14の推定的承諾があったと認められ,したがって,その採取し領置した手続に
違法はないというべきである。
 また,C9警察官は,D5方の池の水をその所有者の現実の承諾なく採取したものでは
あるが,B7方の適法な実況見分の一環として行う認識の下で,しかも,周囲の状況から
D5方の池をB7方の池と誤信して,屋外にあるD5方の池の無価物でしかも毒物が混入
している可能性のある水を約250㏄採取して領置したものであるから,D5方の池の水を
採取し領置した手続に,これを鑑定資料とする鑑定書の証拠能力を否定するまでの瑕疵
があったとはいえないというべきである。
 3 D甲566(K寮b号室浴室内の洗面器内の水の鑑定書)について
 関係証拠によれば,①前記のとおり,平成6年6月27日深夜から翌28日未明にかけて
松本市mにおいて,多数の死傷者が発生した事件が起きたことから,長野県警警察官C
10は,同警察官C11らを補助者として,同日午前6時5分ころ,同所にあるK寮につい
て,同寮の管理人らを立会人として,実況見分を始めたこと,②同寮b号室の居住者B14
は浴室内で倒れ病院に搬送され同日午前2時19分ころ死亡していたことから,C10警察
官は,管理人にb号室のドアの錠を開けてもらい,同室の実況見分を始め,その後,同警
察官から指示を受けたC11警察官が,管理人の立会の下で,同室浴室内の洗面器内の
無価物でしかも毒物が混入している可能性のある水を約250㏄採取し領置したことなど
の事実が認められる。
 したがって,上記洗面器内の水の採取については,K寮の管理人の承諾があるから,こ
れを採取し領置した手続に違法はないというべきである。
 4 D甲693(本件加熱容器の鑑定書)について
 関係証拠によれば,①平成7年5月18日に発付された地下鉄サリン事件を被疑事実と
する本件捜索差押許可状に基づき同月23日から第6サティアン等において捜索差押え
がされたが,大規模複雑事案で捜索場所が広範で押収物が多数あることなどからその執
行が中止されたこと,②その後,警視庁警察官C12は,上司から,A27が松本サリン事
件で使った本件加熱容器等を第6サティアンに捨てたと供述している旨聞かされ,本件
加熱容器等の捜索差押えをするよう指示を受け,同年6月14日,本件捜索差押許可状
に基づき捜索差押えを再開し,第6サティアンを捜索し本件加熱容器等を差し押さえたこ
と(以下,これを「第1次捜索差押え」という。),③A27がその加熱容器を示され,それが松
本サリン事件で使われたものと確認したことから,同月19日に発付された松本サリン事件
を被疑事実とする差押許可状に基づき,同月20日,本件加熱容器について差押えがさ
れたこと(以下,これを「第2次差押え」という。)などの事実が認められる。
 そこで検討すると,本件加熱容器は,これに付着残留しているサリン関連物質の鑑定
等を通じて地下鉄サリン事件で使われたサリンと松本サリン事件で使われたサリンが同じ
ものであるか否かを明らかにすることにより,地下鉄サリン事件に係る裏付け証拠になり
得るのであるから,第1次捜索差押えは,地下鉄サリン事件の被疑事実に係る証拠につ
いてされたものであり,本件捜索差押許可状に基づくそれ以前の捜索差押えとの継続性
も認められ,しかも,本件加熱容器は,地下鉄サリン事件の裏付け証拠となり得る松本サ
リン事件で使われた「サリンの保管及び運搬に使用したと思料される容器」に該当するも
のであって,第1次捜索差押えは,憲法35条,刑訴法219条1項に違反しないものと解
するのが相当である。もとより,本件加熱容器は,松本サリン事件の被疑事実に係る差押
許可状に基づき第2次差押えがされており,その押収過程に何ら違法はないというべき
である。
 5 D甲698(本件加熱容器の付着物の鑑定書)について
 本件加熱容器の押収手続が違法でないことは前記のとおりであるから,その違法を前
提とする弁護人の前記主張は理由がない。
 次に,関係証拠によれば,警視庁警察官C13は,平成7年6月16日,警視庁築地警察
署において,本件加熱容器の実況見分と並行して,上司の指示により,金ベラでこそぎ
落としたりすくったりし,キムワイプでふき取り,ピンセットで直接つまみ,鑑識採証テープ
に押し当てて付着させるなどの方法により本件加熱容器の合計14か所から付着物を採
取したことが認められる。そして,このようにして押収物である本件加熱容器からその付着
物を取り去ること自体は,本件加熱容器の実況見分をするに当たっての押収物の処分と
して許されるところ,その取り去った付着物自体は無価物であるからその占有をそのまま
取得できることは明らかである。したがって,本件加熱容器の付着物の収集手続に,その
付着物を鑑定資料とする鑑定書の証拠能力に影響を及ぼす違法があるものとは考えら
れない。
 6 D甲823,825(資料番号7ないし9関係)(B14,B13,B8から採取した血液の鑑定
書)について
 関係証拠によれば,①医師C6は,平成6年6月28日,松本警察署からB8,B14及び
B13の死因等について鑑定を嘱託され,同日,鑑定処分許可状に基づき,上記3人の
死体を解剖し,その際,3人の心臓血,脳,肺の各一部を採取し,その毒物の含有の有
無等について他の機関で検査してもらうために,これらを長野県警に任意提出し,同県
警から鑑定嘱託を受けた科警研で,上記の資料のうち心臓血についてだけ鑑定がされ,
その経緯及び結果についてD甲823,825の各鑑定書が作成されたこと,②C6医師
は,その鑑定内容を参考にして,上記3人の死因等について鑑定を行い,D甲827ない
し829の各鑑定書を作成したことが認められる。
 ところで,死亡者の死因等について鑑定を受託した鑑定人は,鑑定について必要があ
る場合には,鑑定処分許可状に基づき死体を解剖することができるとされている(刑訴法
225条1項,168条1項)が,死因等を鑑定するために解剖の際血液の一部を採取して
保管し,その毒物含有の有無等について自ら検査するのみならず,自らの鑑定を補助さ
せるために他の機関に毒物含有の有無等の検査を依頼する意図でこれを捜査機関に
任意提出することもまた,格別遺族の権利ないし利益を新たに侵害することがないことか
ら,許されるものと解するのが相当である。
 したがって,C6医師は,死因等の鑑定のために,解剖の際血液の一部を採取して保
管し,自らの鑑定を補助させるために他の機関にその毒物含有の有無等について検査
を依頼する意図で,これを長野県警に任意提出したものであるから,その行為に違法が
あるとは認められない。もとより,関係証拠から認められる遺族感情等に照らすと,当該血
液の処分について遺族の推定的承諾がないものとは考えられず,いずれにしても,前記
の鑑定書の証拠能力が否定されるいわれはないというべきである。
 7 D甲830(資料番号1関係)(B7方の池の水の抽出物)について
 関係証拠によれば,①長野県警科捜研は,前記2のB7方の池の水について毒劇物含
有の有無等について鑑定の嘱託を受け,その水についてノルマルヘキサンを加えて抽
出操作をするなどして鑑定を実施したこと,②科警研は,長野県警から同県警科捜研で
使用した残りについて毒物含有の有無等について鑑定の嘱託を受けて鑑定し,その鑑
定資料を資料番号1とするD甲830の鑑定書を作成したことが認められる。
 そうすると,上記B7方の池の水を採取し領置した手続に違法がないことは前記2のとお
りであるから,D甲830の鑑定書(資料番号1関係)の証拠能力が否定される理由はない
というべきである。
 8 D甲825(資料番号3,4関係)(K寮,Mハイツで窓や家具などをふき取ったガーゼ
の鑑定書)について
 D甲19,25,825,C7,C14及びC10の各公判供述によれば,①D甲825の資料番
号3は,平成6年6月28日及び同月29日に行われたK寮の実況見分の際同寮b号室の
各窓の外側・内側や家具等の表面をふき取ったガーゼ合計22枚であること,②D甲825
の資料番号4は,同月28日及び同月29日に行われたMハイツの実況見分の際同ハイ
ツ3階の11室の窓や窓枠の外側又は内側をふき取ったガーゼ合計20枚であることが認
められ,D甲825の資料番号3,4の鑑定資料について関連性を優に肯定することができ
る。
 9 D甲825(資料番号10ないし15)(B14,B11,B15,B8,B10,B12の生体資料
の鑑定書)について
 関係証拠によれば,①長野県警警察官C15は,平成6年6月28日午前7時50分ころ
からB14ら死亡者7名の遺体の実況見分をした際,一定の地域で同時に7人の死者や
多数の傷病者が出たことから,その原因物質と思われる毒物を可及的速やかに究明する
緊急性及び必要性を認め,その指示によりB14,B11,B15,B8,B10及びB12の各遺
体から,若干量の血液が医師により注射器で採取され,又は,若干量の鼻汁が警察官に
より採取され,いずれも領置手続がとられたこと,②これらの血液や鼻汁を資料番号10な
いし15としてその毒物含有の有無等について鑑定嘱託がされ,科警研においてその経
過及び結果を含むD甲825の鑑定書が作成されたことが認められる。
 そこで検討すると,まず,鼻汁の領置については,鼻汁は無価物であり遺体を傷つける
ことなく容易に採取することができるから,その手続に違法があるとはいえない。次に,血
液の領置については,毒物と思われる物により一定の地域で同時に多数の死傷者が発
生したという重大事件の解明のために原因物質である毒物を早期に究明する緊急性及
び必要性の認められる状況の下で,毒物が含有されていると思料される血液を,しかも,
医師によりそれほど遺体を傷つけることなく少量採取して行われたものである上,関係証
拠から認められる遺族感情等に照らすと,血液の採取について遺族の推定的承諾がな
いものとは考えられないことなどに照らすと,その領置手続に鑑定書の証拠能力を否定
し得るほどの瑕疵があるとはいえない(なお,B8の鼻汁については鑑定がされていな
い。)。
 10 D甲827ないし829(B14,B13,B8の死因等の鑑定書)について
 関係証拠によれば,D甲827ないし829の各鑑定書は,遺体から採取された血液や鼻
汁からサリン関連物質が検出された旨の科警研における鑑定結果を参考にしていること
が認められるところ,科警研における上記鑑定資料の収集過程に令状主義に反する重
大な違法はなく,科警研の鑑定書の証拠能力を否定することができないことは,これまで
検討したとおり明らかであるから,その鑑定書を参考にしたD甲827ないし829の各鑑定
書の証拠能力もまた否定される理由はないというべきである。
第2 弁護人の主張2(気化発散された物質がサリンか否か)に対する判断
 1 関係証拠によれば,次の事実が認められる。
 (1)前記の噴霧場所から数mくらいしか離れていないD5方の池の北方十数mくらいの
ところにあるB7方にいたB9及びB7は,平成6年6月27日午後11時30分ころ,E32病
院に搬入され,その際,B9は,心肺停止状態にあり,瞳孔は縮瞳し左右共2㎜であり,血
液中のコリンエステラーゼ値は8(同病院の計測による正常値が100ないし240)という状
態であった。B7は,同病院に搬入された際,全身の筋肉の痙攣,著名な発汗,発熱等
が見られ,瞳孔は縮瞳し1㎜であり,血液中のコリンエステラーゼ値は低下し24(正常値
は上記のとおり)であった。D5方の池の北東やや東よりに四十数mくらいのところにある
Mハイツのl号室にいたB17は,同月28日午前1時ころ,同病院に搬入され,その際,呼
吸困難,著名な発汗が見られ,瞳孔は縮瞳し左右共2㎜であり,血液中のコリンエステラ
ーゼ値は低下し12(正常値は上記のとおり)という状態であった。同病院における上記3
人の診察,治療は,医師C16らが担当した。同病院には同じころ上記3人の他にも同様
の症状の患者が15人入院したが,これらの入院患者の介護や処置に当たった10人の
看護婦全員から,目が痛む,周囲が暗く見えるなどの症状が認められた。(D甲75,85
1,C16,C17等)
 D5方の池の北東やや北寄りに四十数mくらいのところにあるLハイツのg号室にいたB
16は,同月28日午前1時25分ころ,E33病院に搬入され入院した際,眼振があって注
視することができない,口から泡沫状の分泌物が大量にある,呼吸状態が極めて不安定
である,全身の筋肉に筋線維束攣縮があるなどの症状が認められたほか,瞳孔は縮瞳し
左右共0.5㎜であり,赤血球中のコリンエステラーゼ値は0.1以下(同病院の計測による正
常値は1.1ないし2),血しょう中のコリンエステラーゼ値は21(同病院の計測による正常値
は109ないし249)で共に低下していた。B16の診察,治療は,同病院医師C18が主治
医を指名しこれを指導して行った。(C18)
 (2)松本警察署警察官が,平成6年6月28日午前2時56分ころからLハイツc号室の,
同日午前3時45分ころから同ハイツd号室の,同日午前4時19分ころから同ハイツf号室
の各実況見分をした際,それぞれの室内で死亡していたB8,B10及びB11の各瞳孔は
いずれも縮瞳し,左右共それぞれ,約2㎜,約3㎜,約2㎜であった(D甲15ないし17,C
19等)。
 医師C6は,平成6年6月28日午後2時58分から,D5方の池の東方二十数mのところ
にあるK寮のb号室で倒れたB14の,同日午後7時21分からLハイツで死亡したB8の,
同日午後10時20分からMハイツで死亡したB13の各死体解剖をした際,3人共,主要
臓器の高度のうっ血,眼瞼結膜下に溢血点,暗赤色流動性血液などの強い急死所見が
認められ,瞳孔はいずれもやや縮小し,B14及びB8においていずれも3㎜,B13におい
て4㎜であり,また,3人とも農薬の異臭はなかった(D甲827ないし829,C6等)。
 (3)長野県警科捜研技術吏員C3らは,B14が倒れていたK寮b号室の浴室で採取され
た前記洗面器内の水,D5西駐車場の東側から採取された前記の土砂並びに前記の採
取に係るB7方の池の水,その池に注いでいる井戸の水,D5方の池の水及びB7方の犬
小屋の前にあったポリバケツ内の水に毒劇物が付着しているかなどについて,平成6年6
月28日から平成7年2月14日まで,GC/MS(EI法)等の方法により鑑定を行い,上記
の洗面器内の水,土砂,B7方の池の水,D5方の池の水及びポリバケツ内の水がサリ
ン,メチルホスホン酸モノイソプロピル,メチルホスホン酸及びメチルホスホン酸ジイソプロ
ピルを含有する旨並びに上記の井戸の水がメチルホスホン酸モノイソプロピル及びメチ
ルホスホン酸を含有する旨の鑑定結果を得た(D甲540,544,566,C3等)。
 (4)科警研警察庁技官C20らは,上記C3技術吏員らが上記のB7方の池の水につい
てノルマルヘキサンを加え抽出操作などをして鑑定をした,その残りの抽出物である有機
溶媒層の部分が毒物を含有するかなどについて,平成6年7月1日から同年9月20日ま
で,GC/MS(EI法及びCI法)等の方法により鑑定を行い,上記の資料がサリン及びメ
チルホスホン酸ジイソプロピルを含有する旨の鑑定結果を得た(D甲830,C20等)。
 (5)C20技官らは,前記のK寮やMハイツの実況見分の際同寮b号室及び同ハイツ3
階の窓等をふき取ったガーゼ並びにLハイツ,Mハイツ及びK寮で死亡した被害者7人
から前記の実況見分又は死体解剖の際採取された血液又は鼻汁が毒物を含有するか
などについて,平成6年6月29日から平成7年1月27日まで,GC/MS(EI法又はCI
法)その他の方法により鑑定を行い,死亡被害者7人の各血液の血しょうブチリルコリンエ
ステラーゼ(BChE)と赤血球アセチルコリンエステラーゼ(AChE)の各活性値(単位は
U/ミリリットル),同各血液又は鼻汁におけるサリン,メチルホスホン酸モノイソプロピル(M
IMP),メチルホスホン酸(MPA)及びメチルホスホン酸ジイソプロピル(DIMP)の含有
の有無について下記の結果を得たほか,上記の窓等をふき取ったガーゼがメチルホスホ
ン酸モノイソプロピル,メチルホスホン酸及びメチルホスホン酸ジイソプロピルを含有する
旨の結果を得た。なお,健康人8人から採取した輸血用保存血について同様の測定条
件で得たコリンエステラーゼ値については,BChEは1.84~4.45で,その平均値は3.0
0,標準偏差は0.80,AChEは2.21~7.56で,その平均値は4.91,標準偏差は1.62
である。(D甲823,825,C20等)
              記
 B8   0.93と0.41 血液:MIMP,MPA,DIMP含有
 B10  0.70と0.29 血液:MIMP,MPA,DIMP含有
                鼻汁:サリン, MPA,DIMP含有
 B11  0.51と0.66 血液:MIMP,MPA     含有
 B12  0.43と0.41 血液:MIMP,MPA,DIMP含有
                鼻汁:MIMP,MPA,DIMP含有
 B13  0.82と0.22 血液:MIMP,MPA,DIMP含有
 B15  0.60と0.32 血液:MIMP,MPA     含有
 B14  1.26と0.59 血液:MPA,     DIMP含有
                鼻汁:MIMP,MPA,DIMP含有
 (6)科警研警察庁技官C2らは,サリン噴霧車の噴霧装置を構成する本件加熱容器か
ら採取された前記の付着物にサリン及びサリン分解物質が付着しているか否かについ
て,平成7年6月21日から同年10月2日まで,GC/MS(EI法及びCI法)等の方法によ
り鑑定を行い,前記採取に係る付着物がサリンの第1次分解物であるメチルホスホン酸モ
ノイソプロピル及び第2次分解物であるメチルホスホン酸並びにサリンの副生成物である
メチルホスホン酸ジイソプロピルを含有する旨の鑑定結果を得た(D甲698,C2等)。
 2 上記認定事実のとおり,①上記負傷被害者4人の病院搬入時における縮瞳等の症
状や血液中のコリンエステラーゼ値低下の程度,②上記死亡被害者7人の縮瞳等の状
況や血液中のコリンエステラーゼ値低下の程度,③同死亡被害者7人の血液又は鼻汁
がサリン,サリンの第1次分解物であるメチルホスホン酸モノイソプロピル,第2次分解物
であるメチルホスホン酸又はサリンの副生成物であるメチルホスホン酸ジイソプロピルを
含有すること,④噴霧場所であるD5西駐車場東側の土砂,B7方の池の水,同池に注い
でいる井戸の水,D5方の池の水,B7方のポリバケツ内の水,K寮b号室及びMハイツ3
階の窓等をふき取ったガーゼが,サリン,メチルホスホン酸モノイソプロピル,メチルホス
ホン酸及びメチルホスホン酸ジイソプロピルを含有すること,⑤サリン噴霧車の噴霧装置
を構成する本件加熱容器の付着物がメチルホスホン酸モノイソプロピル,メチルホスホン
酸及びメチルホスホン酸ジイソプロピルを含有することなどに照らすと,サリン噴霧車から
加熱気化され発散された物質はサリンを含有するものであり,そのサリンに被ばくし,上
記死亡被害者7人がサリン中毒により死亡し,上記負傷被害者4人がサリン中毒症の傷
害を負ったものであることは明らかである。
 そして,上記の生体資料や現場資料等の毒物含有の有無等に関する鑑定や,被害者
の血中コリンエステラーゼ値の検査,縮瞳その他被害者に見られる症状の確認は,異な
る研究所や病院において,異なる研究者や医師により,本件の手段方法が明らかでない
時期に行われたものであり,しかも,その結果,いずれの鑑定資料からも,サリン,サリン
の分解物又はその副生成物の少なくともいずれかが検出され,どの被害者にもサリン中
毒の症状である縮瞳や血中コリンエステラーゼ値の低下が認められるに至ったものであ
って,上記の鑑定,検査及び確認は,相互にその正確性ないし信用性を補強し合ってい
るものといえる。
 3 これに対し,弁護人は,(1)青色サリン溶液にサリンが含有されていたとしても,生成
から4か月を経た松本サリン事件当時においてはサリンはすべてイソプロピルアルコール
によって分解されている可能性が高い,(2)青色サリン溶液がサリンを含有するものであ
っても,本来のサリンとしての殺傷力を有するものか否かは不明であるなどと主張する。
 しかしながら,B6サリン事件における弁護人の主張に対する判断において,詳細に説
示したとおり,青色サリン溶液は,松本サリン事件当時においても,なお相当程度サリン
を含有していたというべきであり,また,それが強い殺傷力を有するものであることは松本
サリン事件の結果をみても明らかである。
 弁護人の上記主張は採用することができない。
 4 弁護人は,C3技術吏員ら作成の各鑑定書(D甲540,544,566)について,①同
技術吏員は,毒劇物としてシアンを疑いながらこれを恣意的に除外してその検出を試み
ることなく,しかも,サリンとの当たりをつけ,質量スペクトルにおいても質量数が50未満の
ものは除外するなど恣意的に分析している,②GC/MSによる分析だけでは物質の同
定としては不十分である,③質量スペクトルにおける各ピークの強度比の数値が鑑定書
に記載されておらず明らかにされていない,④ライブラリーサーチの精度が8割というの
ではその精度そのものが疑わしいなどの理由から,上記各鑑定書の正確性に疑問があ
る旨を主張する。
 しかしながら,関係証拠によれば,C3技術吏員は,現場の状況等から揮発性が高い有
機リン系の毒物ではないかと考え,ただ有機リン系の毒物でガス状の物質が分からない
ので,とにかく加熱してガスを分析するという姿勢で操作をしたものであり,また,質量の
小さいもののピークは元の化合物を推定するに当たってさほど特徴的な情報を与えない
上,比較対照すべきニストのライブラリーも質量数50から表示されているので,質量数は
50以上のものをとったものであって,分析が恣意的であるという非難は当たらない。次
に,関係証拠によれば,GC/MSとは,物質に特有な保持時間と質量スペクトルを測定
してその化合物が何であるかを同定する検査方法であり,GC/MSにおいて保持時間
と質量スペクトルが一致するものがあれば,それは非常に強力な物質の同定の手段とな
ると考えられているのであり,GC/MSだけでは物質の同定が不十分であるとはいえな
い。さらに,質量スペクトルにおける各スペクトルの強度比は数値では表されていない
が,チャートは添付されているのであるから,正確性に欠けるとはいえない。関係証拠に
よれば,C3技術吏員は,ニストのライブラリーサーチにより,最初に類似度の最も高い物
質としてサリンがヒットした際,高い確率で鑑定資料がサリンであるとの認識を有していた
ものである上,類似度第2位でヒットしてきた物質のスペクトルは明らかに違うスペクトルで
あったものであるから,サリンと同定した結論に格別の問題はないというべきである。
 以上のとおりであるから,上記各鑑定書(D甲540,544,566)の正確性ないし信用性
に疑問がある旨の弁護人の主張は採用することができない。
 5 弁護人は,C2技官ら作成の鑑定書(D甲698)について,①GC/MSによる分析
だけでは物質の同定としては不十分である,②サリンとの当たりをつけてピークを取捨選
択するなど客観性を欠く分析をしている,③質量スペクトルにおける各ピークの強度比の
数値が鑑定書に記載されておらず明らかにされていないなどの理由から,上記鑑定書の
正確性に疑問がある旨を主張する。
 しかしながら,①,③については前記4で説示したとおりであり,②については,関係証
拠によれば,主たる鑑定事項は鑑定資料にサリン及びサリン分解物質が付着しているか
否かであるから,サリン又はその関連物質と当たりをつけて分析してもその客観性に疑問
はないし,実際には,機械によるよりも正確に判断できる肉眼により特定できるすべての
ピークについて解析をした上で結論を出しているのであり,その分析の方法に格別問題
があるとはいえない。
 以上のとおりであるから,上記鑑定書(D甲698)の正確性ないし信用性に疑問がある
旨の弁護人の主張は採用することができない。
 6(1)弁護人は,C20ら作成の各鑑定書(D甲823,825,830)について,①血液のコ
リンエステラーゼ活性値の測定の正確性に疑問がある,②血液の毒物検査について,G
C/MSによる分析だけでは不十分である,③D甲823はB14の血液がメチルホスホン
酸ジイソプロピルを含有するとするが,標品とはスペクトルが一致しておらず,EI質量スペ
クトルも得られていない,④D甲825の血液鑑定資料からメチルホスホン酸モノイソプロピ
ル及びメチルホスホン酸が検出された点については,資料番号9の質量スペクトルしか添
付されておらず,恣意的である上,死亡被害者によりメチルホスホン酸モノイソプロピル
やメチルホスホン酸ジイソプロピルの検出の有無が区々であり,矛盾がある,⑤D甲830
は,保持指標が文献値と完全に一致しているわけではなく,スペクトルの比較も不十分で
あり,CI法も分子量を確定することができるわけではなく,リンを含むとしてもサリンと矛盾
しないというだけであるから,サリンと同定することはできない,⑥D甲825の資料14の鼻
汁について,その質量スペクトルはサリンのそれとは一致していないから,同資料からサ
リンが検出されたとはいえず,同様に,D甲825の資料15の鼻汁について,その質量ス
ペクトルはメチルホスホン酸モノイソプロピルのそれとは一致していないから,同資料から
メチルホスホン酸モノイソプロピルが検出されたとはいえない,⑦C20技官は,標品として
サリンを合成し又は自衛隊から入手した疑いがあり,鑑定資料と標品とを比較するとサリ
ンと同定することができなくなるため,標品の質量スペクトルを提出しない疑いがあるなど
の理由から,上記鑑定書の正確性に疑問がある旨を主張する。
 (2)しかしながら,①についてみると,関係証拠によれば,死亡被害者らの血液のコリン
エステラーゼ活性値の測定では,ピペッターの精度や分光光度計の読み等の誤差があ
るため誤差自体は避けられないが,その誤差は5%前後にとどまるものであり,また,C2
0技官は,上記の測定において,原則として1検体につき2回測定してその平均値を結果
としたが,その差が10%を超える場合は測定回数を増やすなどして平均値を是正したも
のであるから,上記の測定にその正確性に疑問を抱かせるような事情は見出せないし,
もとより,死亡被害者らの血液のコリンエステラーゼ活性値が正常人のそれに比し著しく
低いことは前記認定に係る数値の比較から明らかである。
 ②については前記4で説示したとおりであり,GC/MSによる分析だけで不十分とはい
えない。
 ③についてみると,関係証拠によれば,D甲823の鑑定資料のEI質量分析において
は,妨害ピークが非常に強いため保持時間752秒に特異なピーク及び質量スペクトルは
得られなかったものの,不純物の影響を受けにくいCI質量分析においては,妨害ピーク
が多いながらも,サリンの副生成物であるメチルホスホン酸ジイソプロピルの擬分子イオ
ンピークm/z181及び特徴的なフラグメントイオンピークm/z139,97等が観測され,
これらのイオンの強度比がメチルホスホン酸ジイソプロピルの標品のそれと類似しており,
また,同鑑定資料からサリンの第2次分解物であるメチルホスホン酸が検出され,他の鑑
定資料の血液からもメチルホスホン酸ジイソプロピルが検出されていることなどを総合考
慮して,D甲823の鑑定資料がメチルホスホン酸ジイソプロピルを含有する旨の鑑定結
果が出されたものであり,格別その鑑定結果に誤りがあるとは認められない。
 ④についてみると,関係証拠によれば,C20技官は,D甲825において,すべての検
査結果のスペクトルチャートを添付すると膨大な量になり鑑定書として非常に見づらくな
ることを考え,代表的なもののみを鑑定書に添付することとしたものである上,サリンを含
む4種のサリン関連化合物のそれぞれについて,検出しなかったものと検出したものに分
け,後者についてはさらにトータルイオンクロマトグラムで明確なピークが出たもの,トータ
ルイオンクロマトグラムでは若干見づらいがピークとしてはっきり見えるもの,トータルイオ
ンクロマトグラムではっきり見えないがマスクロマトグラムを使うとピークとして出てくるもの
に分けて検出結果をまとめたものであり,格別その鑑定が恣意的であるとの疑いはない。
また,関係証拠によれば,死亡被害者によりメチルホスホン酸ジイソプロピルが検出され
なかったのは,沸点の異なるサリンとメチルホスホン酸ジイソプロピルが気化発散した後
均一の状態で流れていき,双方が全く同じように体内に吸収され分解されたとはいえな
いなどの種々の理由により検出レベルに達していなかったことによると考えられるのであ
るから,死亡被害者によりサリン関連物質の検出の有無が区々となるのが矛盾であるとま
ではいえず,むしろ,上記鑑定が誠実かつ正確に行われたものであることを示唆してい
る。
 ⑤についてみると,関係証拠によれば,GC/MSにおいて,同じDB-5のカラムを使
う場合でもメーカーによる違い等があることから,保持指標の一致の有無の評価に当たっ
ては,プラスマイナス10くらいまでは許容範囲であると認められる上,サリンの保持指標
については文献上817から829までとされているのに対し,D甲830の鑑定資料の各測
定法によるピークAの保持指標はその範囲内にある817,822,829のほか上記許容範
囲内にある813であるから,鑑定資料の保持指標がサリンのそれと一致していると認める
ことに格別の支障はないというべきである。加えて,関係証拠によれば,四重極型GC/
MS(EI法)において,保持時間4.97分のピークについて,ライブラリーサーチの結果,
類似度第1位でサリンであることが示唆されたこと,イオントラップディテクター型GC/M
S(EI法,CI法)においてもサリン特有のフラグメントイオンピークを持つ分子量140の化
合物であることが示され,上記ピークがサリンであることが支持されたことなどに照らすと,
D甲830におけるサリンの同定についての鑑定結果には何ら疑問がないというべきであ
る。
 ⑥についてみると,関係証拠によれば,D甲825の資料14及び同15の各鼻汁につい
て,イオントラップディテクター型GC/MS(EI法,CI法)等による分析がされ,資料14に
ついては,その保持時間406秒がサリンのそれと一致し,不純物を多く含む生体資料に
由来する妨害を受けやすいEI法においてもサリンを比較的よく示す99と125のピークが
EI質量スペクトルに含まれ,しかも,そのピークがサリンの場合と同様に3対1の割合で現
れていること,不純物の影響を受けにくいCI質量スペクトルではサリンのそれとほぼ一致
するスペクトルが得られたこと,窒素リン検出器付きGCによる検査でもサリンの場合と同
等のピークが得られたことなどを総合して同資料がサリンを含有する旨の鑑定がされ,資
料15については,EI質量スペクトルでは不純物による妨害が多くメチルホスホン酸モノイ
ソプロピルを示すピークについては153のもののみ確認できるにとどまるが,不純物の影
響を受けにくいCI法ではメチルホスホン酸モノイソプロピルの含有を強く支持する質量ス
ペクトルが得られたことなどから,同資料がメチルホスホン酸モノイソプロピルを含有する
旨の鑑定がされたものであり,これらの判断に誤りがあるとは認められない。
 ⑦については,C20技官らが,サリン標品の質量スペクトルと鑑定資料のそれとの不一
致を隠ぺいしている趣旨の弁護人の主張は何ら根拠がないといわざるを得ない。
 以上のとおりであるから,上記各鑑定書(D甲823,825,830)の正確性ないし信用性
に疑問がある旨の弁護人の主張は採用することができない。
 7(1)弁護人は,C6医師作成の各鑑定書(D甲827ないし829)は,①同医師は,死体
検案医師からの情報やマスコミ報道等により原因物質がサリンであるとの予断を抱いて,
死亡被害者の死因をサリンによる中毒死とした,②信用性のない科警研の鑑定書を問題
のないものと考え,これを引用して,死因についてサリンによる中毒死との結論を出して
いる,③C6医師には,コリンエステラーゼ活性値についての判断能力が欠如している,
④同医師は,原因物質はサリンであるとの予断に基づき,縮瞳が明確ではなかったにも
かかわらず,縮瞳がある旨の所見を鑑定書に記載した,⑤同医師は,死亡被害者の急
死所見として主要臓器のうっ血があったことを供述するが,鑑定書にその記載はなく,ま
た,同医師のサリン中毒に関する見解は一般的なものではないし,毒物の摂取経路につ
いて経口からの可能性を考えることなく,胃の内容物の検査もしなかったなどの理由を挙
げて,上記各鑑定書の正確性ないし信用性に疑問がある旨を主張する。
 (2)しかしながら,関係証拠によれば,同医師は,死体解剖の際の急死の所見や縮瞳
の状況に加え,前記のとおり,血液からサリン関連物質が検出され,血液のコリンエステ
ラーゼ値が低いという,信用性の高い科警研の鑑定結果をも総合考慮して上記の鑑定を
したものであって,原因物質がサリンであるとの予断に基づき恣意的に鑑定をしたとは認
められない。また,同医師はコリンエステラーゼ活性値についての判断能力が欠けている
とはいえないし,同医師は,解剖時における瞳孔の大きさの標準である5㎜と比較して各
死亡被害者の瞳孔径3㎜,4㎜を縮瞳とみたものであり,それが誤りであるとはいえない。
さらに,同医師は,公判で,鑑定書に基づきうっ血を示す所見を具体的に供述している
し,サリン中毒の具体的な機序については専門家により説明の仕方が千差万別であり同
医師のそれも他の専門家と全く同じというわけではないが,サリンの中毒作用に関する同
医師の見解は,アセチルコリンエステラーゼ活性の阻害を中心に考える一般的なもので
ある。加えて,同医師は,上記鑑定に当たり,胃の内容物の検査はしていないが,少なく
とも農薬由来の異臭がないことは確認しており,その検査をしなかったことが鑑定結果を
左右するとは考えられない。
 以上のとおりであるから,上記各鑑定書(D甲827ないし829)の正確性ないし信用性
に疑問がある旨の弁護人の主張は採用することができない。
 8(1)弁護人は,①負傷被害者4人がサリン中毒による傷害を負ったとするには,カーバ
メイト系薬物,メチルホスホン酸モノイソプロピル,メチルホスホン酸などのサリン以外の薬
物による中毒でないことが客観的に判断される必要があるが,これらの被害者を診察した
医師は,そのような判断をすることなくサリン中毒の診断をしている,②B7を診察したC1
6医師は,その重要な臨床所見として著名な発汗を挙げたが,医師記録や看護記録に
その記載がないから,そのような所見はなかったものである,③B17について,診断書
(D甲851)の根拠となった診療所見表は縮瞳の記載に誤りがあるなど症状の記録がで
たらめである上,保険診療録にはサリン中毒の記載がなく,同被害者の転院前の診療所
見が中等症とされているのに対し,転院後のC17医師の診療所見は重症としているのは
不合理である,④B16の治療に当たったC18医師は,その治療の過程において,ジアゼ
パム及び硫酸アトロピンを投与したがパムを投与していないなどサリン中毒を念頭に置い
た治療をしておらず,また,同被害者には心室性期外収縮(いわゆる不整脈)が生じてい
るがこれは本件で散布された物質による中毒の症状ではないことなどを理由として,負傷
被害者4人がサリン中毒の傷害を負った旨のC16医師,C17医師及びC18医師の各公
判供述並びに診断書(D甲851,B17関係)は信用することができない旨を主張する。
 (2)しかしながら,①についてみると,関係証拠によれば,(ア)B9,B7及びB17の3人を
診察したE32病院医師C16は,これら3人にみられた縮瞳,呼吸困難,著名な発汗等の
症状やコリンエステラーゼ値の低下などから有機リン中毒を疑い,さらに,現場からサリン
が検出された旨の警察発表を踏まえ,上記の症状がサリン中毒の症状と合致すること,
被害者から農薬を服用したときのような異臭がしないことや,被害者らと長く接触していた
看護婦らに目が痛み周囲が暗く見えるなどの二次汚染が生じたことなどを併せ考慮し
て,上記被害者3人がサリン中毒の傷害を負った旨の診断をしたものであること,(イ)転
院後のB17の診断治療に当たったE19病院医師C17は,まず縮瞳やコリンエステラー
ゼ値の低下などから有機リン中毒の一種と考え,現場から有機リンの一種であるサリンが
発見された旨の警察発表から,縮瞳やコリンエステラーゼ値の低下が何百人単位で起き
ていることも併せ考慮した上で,同被害者がサリン中毒の傷害を負った旨の診断をしたこ
と,(ウ)B16の主治医を指導したE33病院医師C18は,B16の縮瞳,筋線維攣縮,呼吸
状態等やコリンエステラーゼ値の低下などから有機リン系の毒物による中毒を最も疑い,
最終的には,周囲からサリンが検出された旨の警察からの情報を踏まえ,集団で中毒が
発生していることや,B16の尿を分析したところ,サリンの分解物であるメチルホスホン酸
及びメチルホスホン酸モノイソプロピルを検出したことなどを併せ考慮し,同被害者がサリ
ン中毒の傷害を負った旨の診断をし,あるいは,その旨の公判供述をしたことが認めら
れ,これらの医師の診断又は公判供述に格別不合理な点はないというべきである。
 ②についてみると,C16医師は,公判で,看護記録や医師記録にB7の著名な発汗に
ついて記載がされていないことを認めた上で,6月28日午前8時半ころ同人に著名な発
汗があり,それゆえに全身の脱水を考え,重症看護記録に記載されているように合計25
00㏄の点滴をした旨の,具体的な根拠に基づく信用性の高い供述をしており,その供述
に沿う著名な発汗があったと認められる。
 ③についてみると,関係証拠によれば,(ア)弁護人の指摘する診療所見表には若干の
記載ミスがあるものの,診断書(D甲851)には縮瞳について正確に記載されており,(イ)
保険診療録にはサリン中毒の記載がないが,保険診療の事実上の制約から,疑われる
他の傷病名が記載されたものであり,(ウ)サリン中毒は症状判断が確立していない傷病
で,重症かどうかの判断について専門家の間で見方の相違があったとしても不思議では
なく,C17医師はB17のコリンエステラーゼ値が死亡被害者より低いことに着目して重症
である旨の診断をしたものであって,その診断に不合理な点はうかがわれない。
 ④についてみると,関係証拠によれば,C18医師は,B16の傷病名について当初はサ
リンと特定することなく何らかの有機リン系の毒物による中毒であると判断した上で,パム
を使うと他にも存在するかもしれない毒物が別の症状を引き起こすのではないかと考え,
パムの使用経験が少ないことや,現に硫酸アトロピンで症状が改善してきていることなど
もあってパムの使用を控えたものであるが,前記のとおり,同医師は,現場からサリンが検
出された旨の警察情報などをも併せ考慮して最終的にB16がサリン中毒の傷害を負った
旨の診断をしたのであるから,上記の経緯があったからといって,その診断が誤ったもの
であるということにはならない。また,C18医師は,公判で,「B16は,今回の事件の前に
心電図の異常を指摘されたことがなく動悸も感じたことがなかったのに今回の事件後は
自覚症状として動悸を感じるようになるとともに,事件後現れた徐脈が改善してきた段階
で,著しい心室性期外収縮(いわゆる不整脈)が出現し,その後改善傾向を示しているこ
とに照らすと,上記の心室性期外収縮は今回の事件によって生じた傷害である。」旨の
同医師の診断結果及び根拠を供述しているが,その診断内容は,格別不合理な点はな
いというべきである。なお,この点に関連して,弁護人は,B16が回復までに長期間かか
ったとしてもそれがすべて本件で散布された物質によるものではない旨を主張するが,関
係証拠によれば,同人が加療等を要する症状は,上記の心室性期外収縮だけではなく
脳波異常も含まれ,しかも,いずれの症状もサリンによるもので加療等日数として613日
間を要するものと認められるのであるから,もとより,弁護人の上記主張は理由がないとい
うべきである。
 以上のとおりであるから,負傷被害者4人がサリン中毒の傷害を負った旨のC16医師,
C17医師及びC18医師の各公判供述並びに診断書(D甲851)は信用することができな
い旨の弁護人の前記主張は採用することができない。
第3 弁護人の主張3(因果関係の存否)に対する判断
 サリンを気化発散させた本件実行行為により死亡被害者7人がサリン中毒により死亡
し,負傷被害者4人がサリン中毒症の傷害を負ったこと,すなわち,本件実行行為と死傷
被害者合計11人の死傷との間に因果関係が存することについては,これまで個別に検
討してきたことから明らかであり,それ以上に一般的にどの時点より前あるいはどの時点
より後であるなら因果関係が否定されるのかについてまで明らかにする必要はないという
べきであるから,弁護人の主張3はそれ自体失当というべきである。
 なお,弁護人の主張にかんがみ検討すると,E34作成の松本市有毒ガス中毒調査報
告書(弁70)によれば,松本市が本件実行行為がされた現場に隣接し居住する住民に
対し,平成6年7月中旬,自覚症状の有無等を調査し被害の実態を把握するため健康に
関するアンケート調査を実施した結果,アンケート回答者で自覚症状を感じた者約470
人のうち,本件実行行為がされる前の時点である同年6月27日午後10時までの間に自
覚症状を感じたと回答した者が13人いたものであるところ,その自覚症状には,くしゃみ
が出た,鼻水が出た,せきが出た,息苦しかったなど,サリン中毒以外の原因で起こる症
状も少なくないし,また,そのうち1人は,同日午後8時から同日午後9時までの間に目の
前が暗いという症状を自覚したものでもあるが,2週間以上も後の調査でその時間帯を覚
えていたのかどうか,実際に「目の前が暗い」と感じたのかどうか,どのように目の前が暗
いと感じたのかなどという点について十分な吟味もされていないのであるから,同日午後
10時までの間に自覚症状を感じたと回答した者が13人いたことから直ちに,本件実行
行為と死傷被害者11人の死傷との因果関係が否定されることになるわけではない。さら
に,同報告書によれば,同月28日午前6時以降自覚症状を感じたと回答した者が多数
に及んでいるが,そのころ以降現場付近で採取された土砂や水からサリンが検出された
ことに照らすと,そのころ起床した人が,残存していたサリンの影響により,種々の自覚症
状を感じたということも十分考えられることであり,さして不可思議な現象とはいえないか
ら,そのことから,直ちに上記の因果関係が否定されることになるわけではない。むしろ,
同報告書によれば,自覚症状を感じた時間のピークが同月27日午後11時からの1時間
で全体の約30%を占め,同日午後10時台以降自覚症状を感じた者が全体の97%以上
に及んでいるのであり,そのこと自体が本件実行行為と死傷被害者11人の死傷との間の
因果関係の存在を裏付けているものといえる。
第4 弁護人の主張4(被告人の指示ないし共謀の有無)に対する判断
 1 関係証拠によれば,判示犯行に至る経緯及び罪となるべき事実(本件犯行につい
ての被告人及び共犯者の殺意,共謀に係る部分を除く。)に係る事実のほか,松本サリ
ン事件におけるサリンの噴霧開始以後の経緯について,次の事実が認められる。
 (1)ワゴン車内のA7らは,サリンの噴霧が始まった後,周囲の見張り等をしていたが,A
39の防毒酸素マスク内に酸素ボンベから酸素が流入しなかったことから,A39が「空気
が出ない。空気が出ない。」と言ってパニック状態になり,騒ぎ出したため,A14は,予備
のボンベに切り替えるなどした。
 (2)A6は,サリンを約10分間噴霧し続けた後,噴霧を終え,A15に指示をしてサリン噴
霧車を発進させ,これに続き,ワゴン車も同駐車場を出たが,その際ワゴン車が,右側面
を出口の石柱にこすって車体に傷を付けた。ワゴン車内の実行メンバー5名は,出発後
もしばらくは防毒酸素マスクを着けていたが,そのうち1.5立方メートルの酸素ボンベか
ら各人の防毒酸素マスクに酸素が供給されなくなったため,その後は7立方メートルの酸
素ボンベから出ているホースを順に回して口に当て酸素を分け合って吸った。
 当初はサリン噴霧車の後にワゴン車が走っていたが,なお噴霧車からサリンが少し出て
いたことから,A14は,車内の者に,危ないからワゴン車が先に行こうと言ったことがあっ
た。
 (3)その後,実行メンバー7名は,松本市内のR駐車場にワゴン車とサリン噴霧車を停
め,2台の車両から偽造ナンバーのシールをはがし,農薬用噴霧器等で中和剤をサリン
噴霧車やワゴン車の外側に掛けて中和作業をし,サリン噴霧車のコンテナの開口部を閉
めるなどし,同所を出発して,平成6年6月28日午前1時か2時ころ,e1村の教団施設に
到着した。
 (4)A14は,同日午後,X1棟で,A27に手伝ってもらい,手袋と防毒マスクを着用した
上で,サリン噴霧車の内部及び外部に農薬用噴霧器等を使って中和液を掛けたり,配
管内に中和液を入れたりするなどして中和作業をし,その廃液をポリタンクに入れて富士
川の河川敷に捨てた。
 また,A14は,サリンが付着した物をすぐに処分することが怖かったことから,サリンの
保管や噴霧等に使用したテフロン容器,灯油用ポンプ,ポリタンク等は中和剤の水溶液
に二,三日浸した後,焼却した。
 (5)A19は,同月29日,A20と共に,ワゴン車で東京都内のファミリーレストランに行
き,その駐車場で,ワゴン車の前記の損傷部位と同じ箇所をわざと柱に擦り付け,同所で
初めて同箇所の損傷が生じたかのように警察官に届け出て事故証明書を得た上,レンタ
カー会社にワゴン車を返した。
 2 ところで,被告人の松本サリン事件への関与について,A7及びA19は,公判で次
のとおり供述する。
 (1)まず,A7は,公判で,ア 平成6年6月20日ころ行われた松本サリン事件の謀議の
状況,イ 省庁制の発足式における被告人との会話,ウ サリンを噴霧する目標を裁判所
から裁判所宿舎に変更した際の状況,エ サリンを噴霧した後e1村の教団施設に帰る途
中電話で被告人に報告した際の様子について,要旨次のとおり供述する。
 ア「6月20日ころ,第6サティアン1階の被告人の部屋に,被告人,A6,私,A19及び
A14が集まったとき,被告人が『オウムの裁判をしている松本の裁判所にサリンをまいて
サリンの効果を試してみろ。』という趣旨のことを言い出した。続いて,A6が『昼間,まくこ
とになる。サリンの噴霧車ができあがり次第,実行する。』旨言った。私は,第2次D3事件
の際警備していた車に追い掛けられてサリンに被ばくしひん死の状態に陥ったことから,
そのようなことを心配し,『警察とか警備の人が来たらどうしますか。』と尋ねると,被告人
は『警察が来たら排除すればいいじゃないか。』と答えた。私が『どうやって,排除をすれ
ばいいのですか。』と尋ねると,被告人は『X7,X8,X9を使えばいい。』と言った。防毒マ
スクについては,A6が第2次D3事件の際使用した防毒酸素マスクを使用することを提
案し,被告人もこれを了承した。被告人の指示で,サリン噴霧車の運転をA15がすること
になった。そして,サリン噴霧車ができたらすぐ計画を実行するということになり,被告人
が『あとはおまえたちに任せる。』と言って話合いが終わった。」
 イ「私は,省庁制の発足式の際,A6から明日昼ころ出発すると聞いた後,被告人に
『あしたA6さんと一緒に行きますから。』と言うと,被告人は,しっかりやってこいというよう
な感じの激励の言葉を掛けてくれた。」
 ウ「私は,Iの駐車場で休憩した際,既に裁判所が閉まっている時間であったので,A
6に対し,『裁判所は閉まっているけど,どうするんですか。』と尋ね,『裁判所の官舎なら
地図で調べられますよ。』と言って,裁判所と裁判所の官舎が同じページにある住宅地図
を見せながら,裁判官をねらうなら時間帯から考えて裁判所では意味がないのでサリンを
噴霧する目標を裁判所から裁判所宿舎に変更することを暗に提案し,『考えてくださ
い。』と言うと,A6は,その地図を持って,駐車場内の公衆電話ボックスの方に歩いて行
った。私は,トイレの方に行きながら,A6が電話ボックス内に入るのを見た。それを見て,
私は,A6一人の判断では決断できないから,被告人の指示を仰ぐのかなと考えた。私が
小用を足すなどして車の方に戻ると,A6が私に『官舎にするから。』と言って,サリンを噴
霧する目標を裁判所から裁判所の官舎に変更する旨を伝えた。」
 エ「e1村に戻る途中,被告人から電話があった際,私は,暗号で,サリンをまいて,今
帰っているという趣旨の返事をした。」
 (2)また,A19は,公判で,オ 松本市内でサリンを噴霧してe1村の教団施設に戻った
後,被告人にその旨を報告した際の状況等,カ 松本サリン事件の報道を聞いた際の被
告人の様子等について,要旨次のとおり供述する。
 オ「私は,被告人に報告するためにA14と共に,第6サティアン1階の被告人の部屋
に行くと,既にA6とA7がいた。私とA14は,『今戻りました。』と報告すると,被告人から
『ご苦労。』と声を掛けられた。そして,私が『現場から出るとき車をぶつけてしまったんで
すが,どうしたらいいでしょうか。』と指示を仰ぐと,被告人が『だれが運転したんだ。』と聞
くので,私は『X8師です。』と答えた。すると,被告人が『だれがX8に運転させたんだ。』と
聞くので,私が『X6正悟師です。』と答えると,被告人は『どうしてX8なんかに運転させる
んだ,しょうがないな。』と言った。その後被告人はワゴン車の傷について『X10(A20)に
直させろ。』と私に指示した。それで,私は,A20にその旨を伝えにいき,A20に修理を
頼んだが傷が大きすぎて簡単な修理では手に負えないと言われたことから,その旨を被
告人に伝えると,被告人から『X10と東京にでも行って,同じところをぶつけて事故証明
をもらって,返せ。』と指示された。それで,被告人に言われたとおり実行した後,事故証
明をとったことやワゴン車を返したことを被告人に報告した。」
 カ「私が松本サリン事件の報道記事を見た前後ころ,被告人が『まだ原因がわからな
いみたいだな。うまくいったみたいだな。』と言っていたのを聞いて,報道自体が何者かに
よる行為ではなくて単なる事故として報道されているので,被告人がそのようなことを言っ
たのだと思った。」
 3(1)A7及びA19の上記2の各公判供述(アないしカ)の信用性について検討すると,
アないしカの各公判供述は話合いや発言の内容等について具体的かつ詳細に再現さ
れたもので,相互に符合してその信用性を互いに補強し合い,特に,A7のアの公判供
述については,A14やA19も,公判で,被告人から裁判所にサリンをまく旨の指示があ
った事実を含め大筋においてこれと同旨の供述をし,A7のエの公判供述については,
これを裏付けるA19の公判供述があり,A19のオの公判供述については,A14も公判で
これと同旨の供述をしている。また,上記アないしカの各公判供述は,前記認定の松本
サリン事件の犯行前後の状況を述べたものとして自然であるのみならず,当時,被告人
が,東京に大量のサリンを散布するなどして首都を壊滅して国家権力を倒しオウム国家
を建設して自らその王となり日本を支配するという野望を抱き,一方では,出家信者の大
量獲得に動き,自動小銃の製造を企て出家信者に射撃等の軍事訓練をさせ,サリンプラ
ントの早期完成を目指してそのメンバーに強く発破を掛けるなどして教団の武装化を強
力に推し進めるなどし,他方では,将来の国家体制を担うオウム国家の憲法草案の起草
を命じて国家権力を主権の属する神聖法皇である被告人に集中させる旨の草案を作成
させ,組織を改編して国家の行政組織に習い被告人を頂点とする省庁制を採用すること
とした事実関係ともよく整合するものである。
 したがって,上記のA7及びA19の各公判供述の信用性は高いというべきであり,同公
判供述のほか関係証拠を総合すれば,被告人が,A6やA7らとの間で,松本市内の裁
判所宿舎に向けてサリンを発散させて不特定多数の者を殺害する旨の謀議を遂げた事
実をはじめとして判示犯行に至る経緯に係る事実及び罪となるべき事実を認めることが
できる。
 (2)なお,A7は,捜査段階で検察官に対し,「サリン噴霧の場所の変更を裁判所から裁
判官官舎にしたことについては,自分は被告人に了解を取ったり,連絡したりしていない
し,A6も報告しておくとは言ってなかった。携帯電話をそれぞれ持っていたし,店にも公
衆電話があったので被告人に電話をすることはできたが,私はしていないし,A6もしなか
ったと思う。」旨供述し,A7のウの公判供述と異なる供述をしている。
 しかしながら,A7は,公判で,この点について「捜査段階では,被告人をかばい立て
し,被告人の心証を少しでもよくしようと考えて,私とA6の2人が独断で噴霧目標を官舎
に変更したように供述した。この部分は私しか知らない事実であり,その事実を述べるの
は忍び難かった。私が証言することによって,かつての法友たちが苦しむとしたならば,
それは慈悲に反するのではないかと考えて慈悲の実践として黙秘,証言拒否をしてきた
が,被告人に関しては,被告人自身は迷妄に陥ってなく,むとんちゃくの実践をしている
から,私が何を言おうが苦しまない,だから,証言をすることとした。」旨供述しているとこ
ろ,6月20日ころの謀議についてはA14やA19も知っていることであるのに対し,Iの駐
車場でA6がサリン噴霧目標の変更に関するA7の提案を受けた後公衆電話ボックスのと
ころに行ってボックス内に入り,その後戻ってきた際にA7にサリン噴霧目標の変更を告
げたという事実関係については被告人を除けばA7しか知り得ないことであり,捜査段階
ではその事実を述べることが忍び難く,被告人をかばい立てしたというA7の心情は容易
に理解できるところである。また,前記認定に係る,A7が,松本市内でサリンを噴霧してe
1村の教団施設に帰る途中に被告人から電話を受けた際の報告内容,A7らが第6サテ
ィアン1階の被告人の部屋で被告人に報告した際の状況,被告人が松本サリン事件に関
する報道記事に接した際の被告人の話の内容は,A6とA7が被告人に断りなくサリンの
噴霧目標を変更したことを前提としたものとは言い難いし,前記のとおり強く教団の武装
化を推進していた当時の被告人の教団幹部らに対する命令服従関係等を考慮すると,
そもそもこのような重大な事柄についてA6及びA7が被告人の了承を得ることなく変更す
ること自体不自然であることなどに照らすと,A7のウの公判供述の信用性は高いというべ
きである。
 4 以上に認定した事実関係に照らすと,被告人は,平成6年6月20日ころ,A6,A7,
A19及びA14に対し,他にA15,A22及びA39を使い,地裁松本支部にサリンを発散
させて不特定多数の者を殺害することを指示し,A6ら4名がこれを承諾して同人らとの間
でその旨の謀議(以下「6月20日ころの謀議」という。)を遂げ,その後,A7から上記殺害
計画の実行を指示されこれを承諾したA15,A22及びA39との間でもその旨の謀議を
遂げ,さらに,同月27日午後8時ころ,A6から電話を受けて,サリンの噴霧目標を地裁
松本支部から裁判所宿舎に変更する旨のA6の提案を了承し,A6を介して他の実行メン
バーにもその旨告げられてその承諾が得られ,ここに改めてA6ら実行メンバー7名との
間で,裁判所宿舎にサリンを発散させて不特定多数の者を殺害する旨の謀議を遂げた
ことは明らかである。
 以上のとおりであり,6月20日ころの謀議とされている話合いは松本市内でサリンを発
散させて人を殺害する旨の共謀と評価されるべき実体を持たない旨及び松本サリン事件
はA6の独断で行われたものである旨の弁護人の主張4(1)は,いずれも採用することがで
きない。
 5(1)ところで,弁護人は,前記弁護人の主張4(2)のとおり,被告人やA7,A6,A19及
びA14は教団で生成したサリンに,A15はサリンそのものにそれぞれ殺傷力があるとは
考えておらず,A22及びA39は松本市内でサリンを噴霧することを知らなかった旨を主
張する。
 (2)しかしながら,被告人がB6サリン事件当時において青色サリン溶液中のサリンに強
い殺傷力があることを認識していたことはB6サリン事件における弁護人の主張に対する
判断において説示したとおりであり,B6サリン事件の後,B6弁護士が元気であり,結果
が出なかったことを確認したものの,①被告人は,A19及びA14らと同様に,そのサリン
を使用する態様が,B6車両の外気導入口付近に少量の青色サリン溶液をただ単に滴
下させそれを自然に気化発散させてこれを吸入させるというものであると認識していたこ
と,②被告人は,B6サリン事件後,A10,A19及びA14からその報告を受けた際,A10
から,B6車両にサリンを滴下したがその後B6が車に戻らず喫茶店に行ってしまった旨聞
いたこと,③被告人は,A19及びA14らと同様に,A7が第2次D3事件の際教団で生成
したサリンに被ばくしてひん死の状態に陥ったのを目の当たりにしたことなどに照らすと,
B6サリン事件の結果が出なかった原因としては,B6弁護士がB6車両に乗車するまでに
サリンが全部気化して雲散霧消したためではないかなどとまず考えるのが自然であり,B
6サリン事件の結果が出なかったとの一事をもって,直ちに被告人が青色サリン溶液中の
サリンに殺傷力がない旨認識するに至ったとは考えられない。
 むしろ,④被告人は,A6と相談した上で,A7がサリンに被ばくしてひん死の状態に陥
った第2次D3事件の際に使用した加熱式噴霧装置とは熱源等が異なり,電気ヒーター
でサリンを加熱する新たな噴霧装置を搭載したサリン噴霧車を製作し,加熱気化したサリ
ンガスを噴霧してどの程度の死傷の結果が発生するかを実験しようと考え,それゆえに6
月20日ころの謀議の際,「オウムの裁判をしている松本の裁判所にサリンをまいて,サリ
ンが実際に効くかどうかやってみろ。」とA6,A7,A19及びA14に指示し,その際,第2
次D3事件で使用した防毒酸素マスクが有効であった旨の報告を聞いて,それと同じ防
毒酸素マスクを使用することを了承したこと,⑤被告人は,松本市内でサリンを噴霧して
帰ってきたA6,A7,A19及びA14から報告を受けた際,A19から,現場から出るときレ
ンタカー業者から借りたワゴン車をぶつけて同車両に傷を付けた旨を聞いて,再度その
部分を別の場所でぶつけ事故証明をもらって業者に返すように罪証隠滅工作を指示し,
松本サリン事件が教団による犯行であることの発覚を防ごうとしていること,⑥被告人は,
松本サリン事件の報道内容を知って,格別これを意外に思うことなく,「うまくいったみた
いだな。」などと期待したとおりの結果であることに満足している旨の発言をA19の前でし
ていることなどは,被告人が,青色サリン溶液中のサリンに殺傷力がある旨認識している
ことを物語っている。
 したがって,被告人が松本サリン事件当時においても青色サリン溶液中のサリンに強い
殺傷力があることを認識していたことは明らかである。
 (3)ア次に,A14及びA19が,B6サリン事件当時において青色サリン溶液中のサリン
に強い殺傷力があることを認識していたことは前記(B6サリン事件における弁護人の主
張に対する判断)のとおりであり,その後,B6サリン事件の後,B6弁護士が元気であり結
果が出なかったことを知らされたものの,前記(2)の①ないし③の事情のほか,⑦A14及び
A19は,B6サリン事件の際,A38がサリンをB6車両に滴下する際にサリンガスを吸って
気分が悪くなり目の前が暗くなったことからパムを注射し,A14及びA19自身も目の前が
少し暗く感じたのでお互いにパムを注射し合ったことなどに照らすと,被告人の場合と同
様に,直ちに青色サリン溶液中のサリンに殺傷力がない旨認識するに至ったとは考えら
れない。
 イむしろ,A14については,前記(2)の④⑤の事情のほか,⑧A14は,あらかじめ,サリ
ン中毒を予防,治療するために予防薬のメスチノン,治療薬のパム等,注射器,防毒酸
素マスク,酸素ボンベ等を準備したこと,⑨A14は,エアラインを通して空気が供給され
る防毒マスクと手袋を着用してサリン噴霧車のタンクにサリンを注入したこと,⑩A14は,
その際,自分がサリン中毒になったときに備えてA19にX5棟に待機してもらっていたこ
と,⑪A14は,松本市に行く途中,実行メンバー全員に対し,予防薬を渡して飲ませたこ
と,⑫A14は,松本市に行く途中,A7やA19も乗車しているワゴン車内で,A39及びA
22に対し,噴霧するガスは非常に危険なガスで,吸ったら視界が暗くなり呼吸が困難に
なるなどの症状が出るので症状が出たらすぐ申し出るように注意したこと,⑬A14は,サリ
ンを噴霧するに当たり,他の実行メンバーに防毒酸素マスクを着用させ,実行メンバー7
名は,サリンの噴霧を終え現場から出発して逃走中もしばらくは防毒酸素マスクを着用し
て酸素を吸い,1.5立方メートルの酸素ボンベから各人の防毒酸素マスクに酸素が供給
されなくなった後は,7立方メートルの酸素ボンベから出ているホースを順に回して酸素
を分け合って吸ったこと,⑭サリンの噴霧開始直後,A7,A19,A14,A22及びA39の
乗車しているワゴン車内で,A39の着用している防毒酸素マスク内に酸素ボンベからの
酸素が流入しなかったことから,A39が「空気が出ない。空気が出ない。」と言ってパニッ
ク状態になり騒ぎ出したため,A14が予備のボンベに切り替えるなどしたこと,⑮A14ら
実行メンバーは,松本市内でサリンを噴霧後ほどなくして別の駐車場で,サリン噴霧車や
ワゴン車の外側に中和剤を掛けて中和作業をしたこと,⑯A14は,e1村に帰った後も,
サリン噴霧車の外部,内部及び配管について念入りに中和作業を行い,サリンの保管,
注入に使用したテフロン容器,灯油用ポンプ等は中和剤の水溶液に二,三日浸した上,
焼却したことなどに照らすと,A14は,松本サリン事件当時においても,青色サリン溶液
中のサリンに強い殺傷力があることを認識していたことを優に認めることができる。
 これに対し,A14は,公判で,B6サリン事件と同様に,青色サリン溶液中のサリンに殺
傷力があるとは思っていなかった旨供述するが,その公判供述に信用性が認められない
ことや,A14の検察官調書における反対趣旨の供述,すなわち,「サリンが非常に危険
な毒ガスであることは十分過ぎるほど分かっており,12リットルもの大量のサリンを噴霧す
れば,目標としている裁判官のみならず,裁判官が住んでいる官舎の住民及び官舎周
辺に居住している大勢の人が死亡したり負傷することも,これまた十分過ぎるほど分かっ
ていました。」などの供述の信用性が高いことは,B6サリン事件における弁護人の主張に
対する判断において説示したとおりであるほか,上記の事実関係に照らしても明らかであ
る。
 ウまた,A19については,前記(2)の④ないし⑥や上記⑩ないし⑮の事情に照らすと,
A19は,松本サリン事件当時においても,青色サリン溶液中のサリンに強い殺傷力があ
ることを認識していたことを優に認めることができる。
 これに対し,A19は,公判で,B6サリン事件と同様に青色サリン溶液中のサリンをまい
ても人が死ぬとは思っていなかった旨供述するが,その供述に信用性が認められないこ
とは,B6サリン事件における弁護人の主張に対する判断において説示したとおりである
ほか,上記の事実関係に照らしても明らかである。
 (4)A7は,第2次D3事件の際,教団で生成したサリンを加熱式噴霧装置により加熱し
気化させて噴霧したサリンガスに被ばくしてひん死の状態に陥ったことから,そのような方
法で噴霧した教団で生成したサリンには強い殺傷力がある旨認識するに至ったものと認
められるところ,前記(2)の④⑤や(3)の⑪ないし⑮の事情に照らすと,A7は,松本サリン
事件当時において,教団の生成した青色サリン溶液中のサリンに強い殺傷力があること
を認識していたことを優に認めることができる。
 これに対し,A7は,公判で,青色サリン溶液中のサリンの効果について,謀議の時点
では死傷者が出る可能性はあるかもしれないと思っていたが何人の人が死ぬとかそのよ
うなことまで考えていたわけではない旨述べ,青色サリン溶液中のサリンが強い殺傷力を
有するとの認識までなかったかのような供述をするが,その公判供述に信用性が認めら
れないことや,A7の検察官調書における「サリンについては,私自身はD3事件の時に
その怖さは身をもって体験しているので,サリンを直接吸ったり浴びたりすれば,解毒剤
など急には用意できないでしょうから,その人はまず間違いなく死ぬだろうと思っていまし
た。」などの供述の信用性が高いことは,上記の事実関係に照らし明らかである。
 (5)A6は,第2次D3事件の際,教団で生成したサリンを加熱式噴霧装置により加熱し
気化させて噴霧したサリンガスにA7が被ばくしてひん死の状態に陥ったのを目の当たり
にしたことから,A7と同様に,そのような方法で噴霧した教団で生成したサリンには強い
殺傷力がある旨認識するに至ったものと認められるところ,前記(2)の④⑤,(3)の⑪⑬⑮
の事情のほか,A6は,松本サリン事件当時,被告人の指示により,サリンプラントの建設
を統括する立場にあったこと,A6は,教団で生成したサリンの効果を最大限に引き出す
ために自ら新しい加熱式噴霧装置の開発製造に取り組んだこと,A6は,松本サリン事件
の報道記事内容についてA19やA14らに知らせていること(A19及びA14の公判供述)
などに照らすと,A6は,松本サリン事件当時において,教団の生成した青色サリン溶液
中のサリンに強い殺傷力があることを認識していたことを優に認めることができる。
 (6)アA15は,平成6年6月25日にA7と共に地裁松本支部周辺の下見に行った際に,
A7から,同裁判所に向けてサリンを噴霧する計画があり,その際,A15がサリン噴霧車
の運転をすることになっている旨告げられてこれを承諾したこと,A22及びA39は,同月
27日早朝までに,A15と共に,A7から,同日松本に行き地裁松本支部に向けてサリン
を噴霧すること及びサリンを噴霧している最中に警察官等による妨害があった場合には3
人でこれを排除することを告げられ,3人はこれを承諾したこと,サリンについてはその殺
傷力や予防治療法を含め,被告人の説法の中で,そのころまでに繰り返し言及されてい
たことのほか,前記(3)の⑪ないし⑮の事情等を併せ考えると,A15,A22及びA39のい
ずれも,A7から地裁松本支部に向けてサリンを噴霧する旨を告げられてこれを承諾し,
また,A6やA7らからサリンを噴霧する目標を地裁松本支部から裁判所宿舎に変更する
旨を告げられてこれを承諾した際,サリンを噴霧するとこれを吸入した不特定多数の者が
死に至ることを認識していたものと認められる。
 イこれに対し,A15は,公判で,サリンを噴霧しても鼻水が出るとかだるくなる程度の
効果しかなく,付近の人が死ぬかもしれないということは考えていなかった旨供述する
が,上記の事実関係のほか,A15の検察官調書における反対趣旨の「毒ガスのサリンを
まけば裁判所にいる人がサリンを吸って死んでしまうということは分かりました。」という上
記の事実関係によく符合する供述を公判で上記のとおり変更させた理由について合理
的な説明をし得ていないことなどに照らすと,上記の公判供述を信用することはできな
い。
 ウまた,A22は,公判で,「平成6年6月27日昼過ぎに,ヴィクトリー棟において,A7か
ら,A15及びA39と共に,これから松本の裁判所に裁判の邪魔をしに行くので,その警
備をしてもらうと言われ,街宣車でその裁判所に行って街宣活動的な形の邪魔をすると
思った。毒物をまくという発想はなかった。現地に着いてマスクをかぶれと言われてマスク
をかぶった。何かまいてもどうせ効果は出ないのだから,単にここで捨てるつもりなのかな
というふうにしか思っていなかった。」旨,A39は,公判で,「平成6年6月27日昼過ぎこ
ろ,ヴィクトリー棟において,A7から『松本にガスをまきにいく。A39とA22はA6が作業し
ている間に警察官など邪魔する者が来たらぼこぼこにしろ。』と言われた。それを聞いて,
教団施設にガスをまいている相手方にガスをまき返すのだと思った。ただ,まき返すガス
は,一,二回まいたくらいでは健康被害が生じない程度のものだと認識していた。」旨そ
れぞれ供述して,両名共に強い殺傷力のあるものを散布する旨の認識を否定し,A7も,
公判で,「平成6年6月27日午後2時くらいに,ヴィクトリー棟で,A15,A22及びA39に
対し,『今から松本の裁判所に裁判の邪魔をしに行く。警備の人が来たら対処をしてほし
い。』と言った。サリンをまきに行くんだということは伝えていない。行く道中のワゴン車内
でサリンは話題になっていなかった。」旨供述する。
 しかしながら,サリンを噴霧する最中に警察官等による妨害があった場合に,これを排
除するのがA22ら3人の役割であるから,A7としては,A22らの安全のために,殺傷力
を有するサリンを噴霧することを同人らに伝えてしかるべきであること,実行メンバーが,
あらかじめ予防薬を飲み,噴霧時には防毒酸素マスクを着用するなどしているのに,何ら
効果のない物を捨てるくらい,あるいは,一,二回まいたくらいでは健康被害が生じない
程度のガスをまき返すくらいの認識しかなかったというのは不自然不合理であること,そ
の他前記アで摘示した事実関係に照らすと,A22及びA39の上記各公判供述は到底
信用することができない。
 加えて,A7は,検察官調書において,「平成6年6月27日の未明か早朝に,A15,A2
2及びA39に対し,『明日松本に行き松本の裁判所にサリンをまいてくる。サリンをまいて
いる最中,警察等が来て妨害があった場合は君たち3人でその妨害を排除してほしい。』
旨言った。」旨供述するところ,さらに,「私が3人に説明したときには『サリンをまく』とはっ
きりと『サリン』という名前を出しており,『毒ガス』とか『あるもの』とか中途半端な言い方は
していない。」と付加して,サリンをまく旨明確に伝えた旨を供述し,あるいは,「3人が実
際にどのような道具を持っていったかどうかについては,結果的に使わずにすんだせい
か余り記憶がないのでこの3人に聞いてください。」と述べて,3人に関して供述が難しい
部分はその旨断るなど,その意味ではA7が真しな態度で供述していることがうかがわれ
ること,A7の上記公判供述の内容が真実であるなら,捜査段階で検察官に対しなぜこの
ような供述をしたかについて合理的な説明をし得ていないこと,むしろ,A7の公判供述
は,かつての部下であるA22やA39がサリンを噴霧する旨の認識や共謀を争っているこ
とから,これに自身の供述を合わせてA22やA39の刑事責任を軽減させるために,捜査
段階で検察官に対し述べたことと異なることを公判で供述するに至ったとの疑いが濃厚
であることなどをも併せ考えると,A7の上記公判供述は直ちに信用することができない。
 (7)以上のとおりであるから,弁護人の主張4(2)は採用することができない。
 6 弁護人は,弁護人の主張4(3)のとおり,被告人は,地裁松本支部に係属している民
事訴訟において,売買部分は勝訴するものと考え,賃貸借部分は勝訴しても意味のない
ものと考えていたのであるから,教団の主張を排斥するおそれのある地裁松本支部の裁
判官を殺害するためにサリンを噴霧するという動機は成立しない旨主張する。
 しかしながら,前記認定のとおり,被告人は,平成4年12月に行われた教団松本支部
の開設式における説法の中で,地主,不動産会社や裁判所が一緒になって平気でうそ
をついたため,教団松本支部道場は当初の予定の3分の1くらいの大きさになってしまっ
た旨述べ,地主やその申立てを認めて教団松本支部を手狭にした地裁松本支部裁判
官に反感を抱いていたこと,賃貸借部分については勝訴すれば支部道場を拡張すること
も物理的には可能となるのであり,賃貸借部分について勝訴しても全く意味がないとはい
えず,むしろ,敗訴することによって,教団松本支部道場をこれ以上拡張できなくなること
が決まってしまうこと,のみならず,住民側代理人は売買部分と賃貸借部分の結論が異
なることの不合理性などを主張しており,A10も,売買部分について,勝訴するとまでの
断定的な言い方は控えるなどし,被告人においても,場合によっては賃貸借部分のみな
らず売買部分も敗訴してしまうのではないかという思いを完全には払拭し切れなかったこ
と,そして,被告人は,「またヴァジラヤーナを始めるぞ。」と言って教団の武装化を再開
し,あるいは,全国の大学での講演会で「これから2000年にかけて,筆舌に尽くしがたい
ような,激しい,しかも恐怖に満ちた現象が連続的に起きる。世界的に戦争が起き,そこ
では核兵器だけではなく生物兵器や化学兵器も使用される。その結果,文明国では10
人中9人は死んでしまう。」などと説いていたころ,前記の教団松本支部開設式において,
「私たちの近い未来において大いなる裁きが訪れることを予言している。」「圧力を加えて
いる側から見た場合,どのような現象になるのかを考えると,私は恐怖のために身のすく
む思いである。」などと述べ,地裁松本支部裁判官や地主ら反対派住民を敵対視し,こ
れらの者には将来恐るべき危害が加えられることを予言する旨の説法をしたことなどに照
らすと,被告人が,新たに開発製造する加熱式噴霧装置による教団で生成したサリンの
噴霧実験の対象として,被告人が反感を抱きこれまで敵対視してきた,そして,現に継続
中の民事訴訟事件において教団側の主張を排斥する判決を言い渡すのではないかとい
う思いを払拭し切れない地裁松本支部裁判官を選んだと認められるところ,そのような被
告人の動機は十分に成立し得るというべきである。
 したがって,弁護人の主張4(3)の主張は採用することができない。
 7 以上のとおりであるから,被告人は,A6やA7らとの間で,松本サリン事件の共謀を
していない旨の弁護人の主張4は採用することができない。
[Ⅷ 小銃製造等事件について]
〔弁護人の主張〕
 1 捜査官は,第2サティアンの検証や判示第2の小銃(以下「本件小銃」という。)の押
収等に際し,第2サティアンの建物を構成している鉄骨を破壊し,また,便所室の壁等を
破壊したが,これは,検証場所として「第2サティアン内,付属建物である車庫,ボイラー
室及びコンテナ」としか記載のない検証許可状による検証や,捜索差押えに伴い許容さ
れる物の破壊の限界を明らかに超える違法なものである。したがって,その検証手続は
違法であり,その違法な手続によって押収された本件小銃やこれを鑑定の対象とした鑑
定書(E甲135)その他本件小銃や小銃部品に関する書証には証拠能力がない。
 2 本件小銃は,銃としての機能,特に,発射される弾丸が殺傷力を有することについ
て立証がされておらず,また,実際に銃としての機能を備えていないから,武器に該当し
ない。
 3 被告人は,弟子たちに対し,自動小銃の製造を指示してはいない。被告人は,A6
の提案した自動小銃製造計画について,到底実現できるはずもないと考えたが,弟子た
ちのマハームドラーの修行になるためあえてこれを禁じることなくA6のなすに任せていた
にとどまるから,被告人には自動小銃製造の故意も共謀もない。
〔当裁判所の判断〕
第1 弁護人の主張1(違法収集証拠排除)に対する判断
 1 関係証拠によれば,次の事実が認められる。
 (1)捜査官は,武器等製造法違反の罪の関連被疑者が同罪の証拠品となるものを第2
サティアン2階の3本の鉄骨の中に隠匿した旨の供述をしたことから,その証拠品が隠匿
されている状態を検証するとともに,これを押収するために,①検証場所を「第2サティア
ン並びに同サティアン付属建物である車庫,ボイラー室及びコンテナ」とする検証許可
状,②被疑事実が小銃製造未遂の武器等製造法違反で,捜索すべき場所を第2サティ
アン等上記の場所,差し押さえるべき物を本件に関係あると認められる小銃,銃器部品
などとする捜索差押許可状の発付を受け,鉄骨を切断する技術を有する専門家を補助
者として同道させ第2サティアンに赴いた。
 (2)捜査官は,上記被疑者が図面を作成して特定した第2サティアン2階の3本の鉄骨
の位置に天井から床まで柱状に石膏ボードがあったことから,その中にその鉄骨があると
考えて石膏ボードを除去すると,中に鉄骨があり,しかも,3本とも天井から約40㎝辺りの
部分の色が他と違い濃い赤色を呈していたので,この部分を切り取って中に証拠品を隠
し再度ふたをして塗装し直したのではないかと考え,ガスバーナーで鉄骨に穴を開け,ス
コープで内部を見て何かが隠されていることを確認した。
 そこで,横二十数㎝,縦数十㎝の四角の穴を鉄骨の上の方から開け,中に手を入れて
物を取り出しては更にその下に同様の穴を開けて中の物を取り出すことを繰り返すと同
時にその隠匿状況等について検証するなどし,それを3本の鉄骨について行い,本件小
銃や銃器部品等を押収した。
 (3)その間,捜査官は,3本の鉄骨のうち本件小銃が発見された鉄骨とは異なる鉄骨1
本がある便所室が狭い上に多量の薬品が隠匿されていたことから通気を図って安全を確
保するためにその便所室と隣の瞑想室との間の壁,便所室内の仕切りや汚物洗い場を
撤去した。
 2 ところで,刑事訴訟法222条1項が準用する同法129条は,検証については,物の
破壊その他必要な処分をすることができる旨を,同様に準用されている同法111条1項
は,差押状又は捜索状の執行については,錠をはずし,封を開き,その他必要な処分を
することができる旨をそれぞれ規定し,後者の処分に物の破壊が含まれることは明らかで
ある。もちろん,差押状若しくは捜索状の執行又は検証に際して,物の破壊をする場合
でも,それには性質上自ずから限界があり,捜索差押え又は検証の目的を達するため,
必要でかつ最小限度のものに限られ,その方法も社会的に相当なものでなければならな
いが,そうである限り,物の破壊は許容されることになる。
 そこで,上記1の認定事実に照らし,判断すると,捜査官は,関連被疑者がその中に武
器等製造法違反の証拠品があると供述して特定した第2サティアン2階の3本の鉄骨を
捜し当てた上,その鉄骨に新しい塗装痕を発見したことからその中に何かが隠匿されて
いる可能性が高いと判断し,まず鉄骨に小さい穴を開けてスコープにより中に何かが隠
匿されていることを確認し,横二十数㎝,縦数十㎝の四角の穴を上方から一つずつ開け
て順次中の物を取り出し押収するとともにその隠匿状況について検証するなどしたもの
であって,これらの行為は,捜索差押えの執行又は検証の目的を達するために必要でか
つ最小限度にとどまり,その方法も相当であったというべきであるから,上記の検証及び
本件小銃等の押収手続に違法があったとは認められない。また,上記のとおり,鉄骨内
の検証又は捜索差押えに当たり便所室の仕切りや壁などを撤去した点についても,多量
の薬品が隠匿されていたことから安全を確保するためにそのような行為に至ったことなど
を考慮すると,そのことが,上記の押収手続や検証手続全体に,これらに関する証拠の
証拠能力を失わせるほどの違法性をもたらすものとはいえない。
 以上のとおりであるから,本件小銃やこれを鑑定対象とする鑑定書(E甲135)その他本
件小銃や小銃部品に関する書証の証拠能力はない旨の弁護人の主張1は採用すること
ができない。
第2 弁護人の主張2(本件小銃の武器該当性の有無)に対する判断
 1 関係証拠(特に,C21の公判供述及び同人ら作成の鑑定書[E甲135],資料入手
報告書[E甲369]等)によれば,次の事実が認められる。
 (1)本件小銃は,全長約93.5㎝,重さ約3.6㎏の突撃銃ようのものであり,銃身の内
径は約5.4㎜で銃腔には右回転4条のライフルが認められる。
 (2)警視庁科学捜査研究所物理研究員C21が本件小銃の銃としての機能の有無につ
いて鑑定をした際,本件小銃の薬室後端の内径がAK-74の適合実包のきょう体の径よ
りもやや小さく,同実包を本件小銃に装てんすることが不可能であったことから,同実包
のきょう体外周部をヤスリで切削してきょう体の径を小さくすることにより装てん可能とした
上,同実包の発射薬量を半分にしたものを本件小銃に装てんして撃発操作を繰り返した
ところ,4回目の撃発操作により弾丸が発射され,また,同実包の発射薬量を減らさない
全量のものを本件小銃に装てんして撃発操作を繰り返したところ,3回目の撃発操作によ
り弾丸が発射された。
 (3)C21研究員が,後者の発射の際,銃口から約1mの位置に,弾速測定器(四角い箱
状のものでその中に弾丸を通すことによりその速度を測る器械)を置いてその位置での
弾丸の速度を測定した結果,秒速約831.6mであった。その発射された弾丸にはライフ
ルマークが印象されていた。
 (4)1940年代に旧ソ連で開発され,旧ソ連軍制式ライフルとして採用されたAK-47
は7.62㎜口径で,発射された弾丸の初速は秒速約710mであり,1974年に開発され
旧ソ連軍に採用されたAK-74は5.45㎜口径で,発射された弾丸の初速は秒速900
mである。
 (5)上記(2)の発射実験の際に,1回の撃発操作で弾丸が発射されなかったのは,本件
小銃の撃針の形状がAK-74のそれと比べて平面状になっているため打撃力が分散さ
れた上,AK-74の適合実包は軍用銃のライフル実包であることから誤爆を防止するた
めに起爆しにくくされ,また,湿気等によって起爆しにくくなるのを防ぐため雷管に塗料な
どが塗られていることから,本件小銃の撃針では,一,二回程度の打撃による雷管自体
の起爆が困難であったことによる。
 2 以上の認定事実に照らし,本件小銃が銃砲に該当するかどうかについて判断する
と,まず,上記鑑定では,1回目の撃発操作により弾丸を発射することができなかったが,
その原因は上記1(5)のとおりである上,三,四回目の撃発操作により金属性弾丸を発射
することができたのであるから,本件小銃については,金属性弾丸を発射する機能を有
するものというべきである。
 次に,本件小銃から発射された弾丸が殺傷力を有するかどうかについてみると,上記
鑑定では,弁護人の指摘するような貫通力等について実験がされなかったものの,本件
小銃の銃口から約1mの位置に置かれた弾速測定器に向かってAK-74の適合実包
(きょう体外周部をヤスリでやや切削したもの)を発射してその弾丸の速度を測定したとこ
ろ,秒速831.6mで,AK-74の初速である秒速900mには及ばないもののこれに準じ
る速度であり,1940年代に旧ソ連軍に採用されたAK-47の初速である秒速710mを
上回るものであって,貫通力等の実験をするまでもなく,本件小銃から発射された弾丸が
殺傷力を有することは明らかである。
 3 したがって,本件小銃は,銃砲に当たるから,武器等製造法に定める「武器」に該当
するものと解するのが相当である。本件小銃が武器に該当しない旨の弁護人の主張2は
採用することができない。
第3 弁護人の主張3(被告人の指示ないし共謀の有無)に対する判断
 1 関係証拠(特に,A23の公判供述等)によれば,前記「Ⅳ 教団の武装化」(特に,
5,14(2),17)に係る事実のほか,次の事実を認めることができる。
 (1)A23は,平成6年秋ころ,ミーティングの際に,まだAK-74の銃身の成分を調べて
いないという話が出たことから,被告人に「一応調べてみろ。」などと言われ,業者に成分
の分析を依頼し,その結果,マグネシウムを多く含む鉄でチタンが添加されていることが
分かった。
 (2)A23は,平成6年8月初めころ,銃身の製作をA26から引き継いだ際,銃腔に深さ
0.1㎜の溝をらせん状に四条付けるライフリングの作業の見込みが立たない状態であ
り,工夫を凝らしたもののうまくいかず,同月中旬ころ,被告人にその旨報告すると,被告
人は「放電加工機で行え。」と言った。A6が「ちょっと時間がかかって無理じゃないです
か。」と言ったが,被告人は,「いいからやってみろ。」とA23に指示した。そこで,A23は,
絶縁油の中に素材を浸して電極と素材との間で放電させて素材を徐々に融解させなが
ら加工する機械である放電加工機で実験してみたところ,うまくできそうな結果が出たが,
放電加工機の加工範囲が銃身より短かったため,銃身の長さ分のライフリングができず,
その旨A6に報告した。A6は,被告人から大型の放電加工機を購入するよう指示され,
同年9月末ころ,1300万円で形彫り放電加工機を購入し,第12サティアンに設置した。
A23は,これを使ってライフリング作業をしたがうまくいかず,被告人にその旨報告する
と,被告人から「回転機構を造って,ライフリングと銃腔の穴開けを一体で行え。」と指示さ
れ,そのように試したところ,二,三㎝の深さの穴を開けるのに二,三日かかり,しかも,そ
れ以上加工することができなかったことから,同年10月半ばころ,被告人に,当初の穴開
け後のライフリングのみを形彫り放電加工機で行うという方法でやっていることを話すと,
被告人から「指示どおりの方法で造れ。回転機構を早く造れ。一体でやれ。」などと強くし
っ責された。
 (3)結局,A23は,穴開けについて,銃身の素材を当初よりもやや固めに焼き入れをす
ることによって深穴ボール盤とガンドリルでもまっすぐに開く率が高くなり,形彫り放電加
工機によって深さ0.1㎜の溝を加工することができたことから,同年11月末ころ,その旨
をA6に報告した。A6からそのことを聞いた被告人は,第6サティアン1階の被告人の瞑
想室にA23を呼び,「できたそうじゃないか。やればできるじゃないか。」とうれしそうに言
い,A23から「まだライフリングと穴開けを一体でやっていないんですが。」と聞いても,
「結果が出れば方法なんかどうでもいいんだ。」などと言った。
 被告人は,その際,A23のほうから「あと2週間くらいで完成すると思います。」と言わ
れ,「年内にできればいいな。」と言い,年内に自動小銃1丁を完成させるよう指示した。
 (4)そこで,A23は,A26にもその旨を話し,同人らは,平成6年12月下旬ころから平
成7年1月1日までの間,清流精舎において,自動小銃1丁の必要部品一式を取りそろえ
るなどした上,これらを組み立てて小銃1丁(本件小銃)を製造した。なお,本件小銃は,
急ごしらえのため若干の不具合があり,自動連射機能を欠くものであった。
 (5)A23及びA26は,平成7年1月1日夜,第6サティアン1階の被告人の部屋に本件
小銃を持参し,被告人に小銃ができた旨を報告した。すると,被告人は,「今日はすごい
日だな,知ってるか。」「今朝の読売新聞にe1村でサリン濃厚という記事が出たんだ。新
聞にはこのような記事が出るし,おまえたちは小銃を持ってくるし,今日はほんとにすごい
日だな。」などと言い,A23らから本件小銃を受け取り,A26から操作の仕方を教わると,
自ら上部遊底を引いて弾を込める動作をして引き金を引く動作をするなどし,「よくやっ
た。」と言ってA23らをほめた。被告人は,その際,A23に「弾丸を造れ。」と,A26に「も
っと大型の砲を造れ。」とそれぞれ言って新たな指示を出した。
 (6)被告人は,上記の新聞報道により教団施設に対する強制捜査がされるおそれがあ
ると考え,A8に本件小銃や小銃部品を第2サティアン近くの小屋の地中に埋めてある鉄
管に隠すよう指示し,A8の指示に基づき,A23らは,本件小銃や小銃部品をその場所
に隠した。A23及びA26は,教団施設に対する強制捜査の気配がなくなったことから,
同年1月半ばころ,隠した部品類を取り出し,同年2月初めころから,自動小銃の部品の
製造作業を再開した。
 (7)A23が,同年4月20日前後ころ,被告人と話した際に,e1村の教団施設の地下室
を警察が捜しているという話があったので,本件小銃は大丈夫かどうか聞いたところ,被
告人は,どこかの壁の中に隠した旨答えた。
 2 ところで,弁護人は,上記認定の主たる証拠であり,同認定事実に沿うA23の公判
供述(以下「A23公判供述」という。)について,その信用性がない旨主張する。
 しかしながら,被告人が,中国旅行から帰ってきた後の平成6年2月終わりころ,ホテル
E14にサリンプラント設計担当者らを集めて同人らにその設計を急ぐよう発破を掛け,あ
るいは,その翌日にホテルE15に自動小銃製造担当者らを集めて同人らにその製造を
急ぐよう発破を掛けたことは,A23だけでなくA7,A28,A21らの教団幹部も公判で認
める,動かし難い事実であるところ,A23公判供述は,その事実とよく符合している。ま
た,A23公判供述は,多額の資金と多数の人員を必要とする自動小銃製造計画につい
て被告人がこれをA6のなすに任せているとは考え難いという点からも,自然で合理的で
ある。また,A23は,公判で,「平成6年8月初めくらいに銃身の製作をA26から引き継い
だ際,A6から技術的なライフリングの仕方についての指示を受けた記憶はあるが,その
ほかの人から指示を受けた記憶はない。」旨述べ,検察官から「被告人から,A26から引
き継いでやれと言われたことがないか。」と尋ねられても「自分の記憶としてはない。」旨答
え,あるいは,弁護人から「主尋問では,大型放電加工機の購入については,被告人か
ら直接指示があったということになっているが,間違いないか。」と尋問された際に,「直接
というか,A6から,被告人の指示で大きいのを買えという指示があったから,買うというこ
とを聞いている。」旨誤解のないように答えるなど,自己の記憶に忠実に証言していること
がうかがわれ,殊更被告人に不利益なうその供述をしようとする態度は見受けられない。
 これらの点に照らすと,A23公判供述の信用性は高いというべきであり,同供述その他
の関係証拠を総合すると,前記1の事実を優に認めることができる。
 3 そして,前記認定事実によれば,被告人は,サリンプラント計画と並ぶ教団の武装化
の柱である自動小銃製造計画を推し進めるため,第9,第11,第12各サティアンや清流
精舎などの教団施設を使用し,多数の教団信者をかかわらせた上,あらかじめ武器の情
報を集めるためにロシアにA6ら数名を1か月近く派遣し,1台三,四百万円もするマシニ
ングセンターを22台,1300万円もする大型の放電加工機1台を購入するなど多額の資
金を投入するなどしたものであり,その計画は,到底A6のなすに任せるような事柄とは認
め難い。加えて,被告人は,平成6年2月28日,ホテルE15で,A23らに対し,自動小銃
1000丁を造るよう指示し,その後,ミーティングで,A23らから直接作業の進行状況や問
題点などを聞き,自動小銃の機関部の21種類の金属部品についてはマシニングセンタ
ーで造るように言い,ライフリング作業については大型の放電加工機で穴開けと一体化し
てやるように言うなど技術的な指示をしたこと,被告人は,平成7年1月1日,A23らから,
完成した本件小銃1丁の献上を受けた際,よくやったと言って同人らをほめ,早速次の段
階としてA23には弾丸を造るよう指示したこと,被告人は,同日,教団施設に対する強制
捜査がされるおそれがあると考え,本件小銃や小銃部品を隠匿するよう指示したことなど
を併せ考えると,被告人は,教団の武装化の一環として,自動小銃製造計画を進め,約
1000丁の自動小銃を製造することを企て,弟子たちに指示して,判示第1及び第2の各
犯行に及んだことは明らかである。
 4 以上のとおりであるから,被告人の小銃製造の指示ないし共謀がなかったとする弁
護人の主張3は採用することができない。
[Ⅸ B18事件について]
〔弁護人の主張〕
 1 被告人は,D6のカルマを清算させるため,B18の首を素手で絞め失神させた後直
ちに蘇生方法を講じれば,B18は怖い思いをし,これに懲りて悪業を犯さなくなるだろうと
考え,D6に対し,その意図を伏せて,「素手でB18の首を絞めれば帰してやる。」旨告げ
たにすぎず,B18の殺害を指示してはいない。
 被告人は,しばらくして物音などが途絶えたので,D6のカルマ落としの行為が終了した
と思い,「蘇生させろ。」と指示したが,既にB18は死亡していた。B18の死亡は,D6の
行為に対し,B18が激しく反抗したため,その場にいた弟子たちがD6の行為に加功した
結果発生したものである。被告人は,弟子たちに対し,B18にビニール袋を被せろとかロ
ープを使って首を絞めろなどD6に協力させる旨の指示はしていない。
 2 被告人は,B18の死体の取扱いについては,予期しないB18の死亡による驚きと失
意のため,A6に対し,「あとは任せる。」とだけ告げてその場から去ったのであり,被告人
には死体損壊の認識も共謀も存在しない。
〔当裁判所の判断〕
 1 関係証拠によれば,動かし難い事実として,①A6,A7,A14ら被告人の弟子たち
及びD6が共謀の上,平成6年1月30日未明,第2サティアン3階の尊師の部屋におい
て,D6が,B18に対し,ロープを巻いてその頸部を絞め,B18を窒息死させて殺害した
こと,②A6,A41ら被告人の弟子たちが共謀の上,同日,第2サティアン地下室におい
て,B18の死体をマイクロ波焼却装置の中に入れ,これにマイクロ波を照射して加熱焼
却したことのほか,③D6は,平成6年1月30日午前5時ころ,D8の車でe1村の教団施
設を出て帰宅し,手荷物だけを持って自宅から逃げ出し,ホテルを転々とした後,秋田県
内のアパートに身を隠したこと,④被告人は,その後,D6が道場に出てこないことから,
その所在を調査させてD6が秋田県にいることを突き止めた上,同年2月中旬ころ,A6ら
弟子たちにD6を連れ戻すよう指示し,A6,A7,A28,A35,A22,A14,A33,A41,
A42らは,被告人の指示に基づき,秋田に向かい,A28とA22がD6に会って説得して
連れて帰り,説得できなければ全員で力ずくで連れ帰ることとしたが,A28らがD6の居
住するアパートに行った際,D6により警察に通報されたため,同人を連れ戻すことに失
敗したこと,⑤D6は,その夜のうちにそのアパートを出てホテルを転々としたり海外に行く
などし,帰国後も教団に見つからないように注意して暮らしていたことを認めることができ
る。
 2 次に,被告人がA6,A7ら弟子たちやD6に対し,B18を殺害することを指示したか
どうか,被告人がA6やA41ら弟子たちに対し,B18の死体を焼却することを指示したか
どうかについて判断すると,関係証拠(各認定事実の後の括弧内に記載した証拠は,同
事実を認定した主たる証拠)によれば,次の事実を認めることができる。その認定に供し
た証拠の信用性が高いことについては後記3のとおりである。
 (1)被告人は,判示第1の犯行に至る経緯4のとおり,A20が運転しA1の同乗する被
告人専用車両で,第6サティアンを出発した直後,「今から処刑を行う。」と言った(A20の
公判供述)。
 (2)被告人は,判示第1の犯行に至る経緯6のとおり,尊師の部屋で,A6,A7,A28,
A20,A35及びA40に対し,「これからポアを行うがどうだ。」と言って,B18及びD6を殺
害するつもりであることを話すと,弟子たちは,いずれも賛意を表し,あるいは,同調した
(A20の公判供述)。
 (3)判示第1の犯行に至る経緯8のとおり,被告人は,尊師の部屋に呼び入れたD6に
対し,「おまえは帰してやるから安心しろ。ただし条件がある。それはおまえがB18を殺す
ことだ。それができなければおまえもここで殺す。」などと言って,B18を殺害することを指
示し,D6は,悩んだ末,これを承諾した(D6,A20及びA41の公判供述)。
 (4)被告人は,判示第1の犯行に至る経緯9のとおり,その後,弟子たちによりロープが
準備され,これで首を絞めて殺害する方法に変更してはどうかという提案がされてこれを
了承し,その際,B18が催涙ガスを使ったことを指摘してB18に催涙スプレーを掛けるよ
う指示し,催涙スプレーがB18に使用され催涙ガスが室内に拡散して窓が開けられた
際,「なんで窓を開けるんだ。閉めろ。」と指示した(D6,A20及びA41の公判供述)。
 (5)被告人は,判示罪となるべき事実第1のとおり,D6がB18の頸部を絞めている間,
A14からB18の脈拍の有無について報告を受け,D6に対しB18の頸部を更に絞め続
けるよう指示し,判示第2の犯行に至る経緯のとおり,B18の死亡をA14に確認させた
(D6,A20及びA41の公判供述)。
 (6)被告人は,判示第2の犯行に至る経緯のとおり,A6と相談の上,第2サティアン地
下室にあるマイクロ波焼却装置でB18の死体を焼却することとし,A6にその焼却を指示
する(A20の公判供述)とともに,A42,A43及びA41の3名に対し,A6の指示に従って
B18の死体を処理するよう指示し(D6,A20及びA41の公判供述),D6を帰す際に,同
人に対し,B18の殺害について口止めをした(D6及びA20の公判供述)。
 (7)A7及びA28は,その後,被告人からD6をD8の車まで送るよう指示を受け,第2サ
ティアンからワゴン車でD6を第6サティアン付近で待っているD8のもとに送り届けた際,
D6に対し,「とにかく1週間に1度は道場に来い。来ないとこちらから行くぞ。」と念を押し
た後,「父親には『母親を助けにいったが,母親の具合が悪いというのはB18の勘違いで
実際は母親の病気はかなりよくなっていてもうすぐ退院できるんだ。B18はここで被告人
ともう1回話をして修行をやる気になったから教団に残ることになったんだ。』ということを
言いなさい。」とうその話をするよう指示した(D6の公判供述)。
 3 上記2の認定に係るD6,A20及びA41の各公判供述の信用性について検討する
と,まず,これらの各公判供述は,いずれも被告人がB18の殺害及びその死体焼却を指
示した状況等につき,具体的かつ詳細に述べられたものであり,事柄の核心部分につい
てよく合致し,相互にその信用性を補強し合っている。のみならず,そこで述べられてい
る内容は,一連のB18事件の事実経過,すなわち,①D6は,B18に誘われ,B18と共
にD7を連れ出すために第6サティアンに侵入した際,教団信者に捕らえられ,第2サティ
アンに連行されたこと,②D6は,第2サティアン3階の尊師の部屋において,被告人と話
をした後,被告人の前で,数名の教団信者の手を借りながらB18の頸部をロープで絞め
続けて殺害したが,その間その場にいた教団信者のだれからもD6の行為を制止される
こともなく,その後においても,被告人から「これからは,また,入信して週1回は必ず道場
に来い。一生懸命修行しなさい。」と言われるにとどまり格別D6がB18を殺害したことに
ついてしっ責されることなく家に帰ることを許されたこと,③D6は,それにもかかわらず,
帰宅直後,教団との接触を断つために自宅を出て行方をくらまし,そのため,教団から所
在を突き止められ無理やり連れ戻されそうになったこと,④他方,B18の死体はB18が殺
害された後,直ちに,第2サティアン地下室でマイクロ波焼却装置により焼却されたことな
どの事態の推移について,非常によく説明し得ている自然で合理的なものである。
 また,A20の公判供述にある「第6サティアンを出発した直後被告人が『今から処刑を
行う。』と言った」ことの根拠について,A20は,公判で,「被告人が第6サティアンを出た
際,『今から処刑を行う。』と言っていたので,第2サティアンに着いた際車の中で待機し
ていると後でしかられるかと思い,自分はどうしたらいいか尋ねると,被告人から一緒に上
に来てくれと言われたことから,被告人専用車両のベンツの向きを変えることなく,直ちに
車から降りて階段を駆け上がった。」旨の説明を加えているところ,他方で,A20は,公
判で,「被告人が,A6から,B18の死体を焼却するのに人手が欲しい旨頼まれた際に,
『警備の者がいるんじゃないか。』と言い,それに対して私がA42とA43が表にいると思う
旨答えたが,そのことを知っていたのは第2サティアンに着いたときにベンツの方向転換
を彼らに頼んだからである。」などと供述しており,これらの一連のA20の供述は,A20
が,第6サティアンを出発する際,被告人が「今から処刑を行う。」と言うのを聞いたため,
第2サティアンに着いた際被告人に,自分はどうしたらいいか尋ねると,一緒に上に来て
くれと言われたことから,いつもは自らベンツの向きを変えるところ,その余裕がなかった
ためその方向転換を表にいたA42やA43に頼み,それゆえに,被告人が,A6から,B1
8の死体を焼却するのに人手が欲しいと言われた際に,「警備の者がいるんじゃないか。」
と言ったのに対して,A42とA43が表にいると思うと答えることができたという事実の経過
をよく説明し得ているのであり,その供述の信用性は高いというべきである(弁護人は,A
20の上記公判供述について,「ベンツの向きの入れ替え作業をしないまま被告人と一緒
にベンツから降りて第2サティアンに入っていくことはベンツの運転手として絶対にな
い。」旨のA35の公判供述を根拠として種々論難するが,もとより採用することができな
い。)。
 これらの点に照らすと,上記2の認定に係るD6,A20及びA41の各公判供述の信用
性は高いというべきである。
 そして,上記D6,A20及びA41の各公判供述によれば,被告人がB18の殺害及びそ
の死体の焼却を指示したことを優に認定することができる。
 4 弁護人は,被告人の検察官調書(B乙1ないし6[書45])における「私は,D6にB18
の首を絞めさせ,柔道でいう絞め落としをして後で蘇生させることによってB18を懲らしめ
るために,D6に対し,『素手でB18の首を絞めれば帰してやる。』と言っただけで,殺せと
は指示していない。また,ビニール袋をB18に被せろとかロープを使って首を絞めろとい
う指示は決して出していない。数分間たってから,B18の『助けてくれえ。』という声が聞こ
え,その声が10秒くらい続き,その声が聞こえなくなったので,すぐに私は『生きかえ
せ。』と言って,B18を蘇生させるよう命じたが,A14からB18が死んでしまったことを知ら
された。私は,その後,B18の死体をどうするかについては,その部屋にいた弟子たちに
『あとは任せるよ。』と声を掛けて,すぐこの部屋を出た。」旨の供述や,第34回公判にお
ける公判手続の更新の際における被告人の「私は,B18の殺害の指示はしていない。弟
子たちがその直感的なものによってB18を殺したものである。」旨の供述に基づき,前記
「弁護人の主張」のとおり,主張する。
 しかしながら,被告人が捜査段階において自認するとおり,このとき現場にいた最高責
任者は被告人であり,被告人の指示以外のことをやるのであれば,当然被告人の許可を
受けなければならないのであるから,被告人が,D6に対し,素手でB18の首を絞めるよう
指示したのであれば,なぜD6がロープでB18の首を絞めて殺害したのか,しかも,なぜ
そばにいた弟子たちはだれ一人としてこれを止めようとせずむしろD6にロープを渡し,こ
れに加勢したのか甚だ疑問である。また,被告人は,B18の死亡を確認した後も,D6や
弟子たちに対し,被告人の指示に反してロープでB18の首を絞めて殺害したことについ
てしっ責することはなかったというのも不自然である。逆に,被告人は,D6をしっ責するこ
となく家に帰したにもかかわらず,道場に出てこないからといって,行方をくらましているD
6の所在を調査の上突き止め,弟子たちに無理にでも連れて帰るよう指示したというのも
不可解である。
 したがって,被告人の上記供述は,B18事件の一連の事実経過に照らし,不自然不合
理といわざるを得ず,信用性の高い前記D6,A20及びA41の各公判供述に照らし,信
用することができない。
 5 また,A35及びA40は,公判で,被告人からはB18を殺害する旨の指示はなかった
などと供述する。
 しかしながら,A35及びA40は,公判で,上記の供述をするものの,被告人の指示がな
かったのであれば,なぜD6が被告人の前でB18を殺害し,被告人の弟子たちもこれを
止めることなく逆にこれに加勢したのかなどその事実経過について合理的な説明をする
ことができない上,A35は,被告人に対する信と帰依があることを明言し,A40は,「過去
に被告人に対して帰依をしていた。少なくともそういう状態で,てのひらを返すということ
は言動ではしたくないという意思はある。被告人のいない教団には興味がないことから脱
会した。」と述べるなど,いずれも,被告人をかばい立てするために被告人に不利な供述
を回避しようとする態度が明らかであり,また,信用性の高い前記D6,A20及びA41の
各公判供述に照らし,A35及びA40の上記各公判供述は信用することができない。
 6 以上のとおりであるから,被告人が弟子たちにB18の殺害及びその死体の焼却を
指示していない,あるいは,弟子たちとそのような共謀をしたことはない旨の弁護人の主
張は採用することができない。
[Ⅹ B19事件について]
〔弁護人の主張〕
 本件当時教団施設に毒ガス攻撃が行われており,被告人は,少なくともその旨信じて
いたものであるが,女性信者熱傷事件が発生し,その水の化学分析の結果イペリットが
検出されたことから,公安警察等のスパイにより教団の生活用の水に毒ガスが混入され
たものと思い,そのスパイ捜しをさせたところ,教団の生活用の水を運搬する作業に従事
していたB19についてポリグラフ検査で陽性反応が出た旨の報告を受けたため,A7に
対し,B19がスパイであるかどうか,B19がスパイである場合に毒ガスを混入させた背後
関係はどうかについて調査を指示しただけであって,拷問によりB19を自白させることや
B19を殺害することを指示したことはないし,B19の死体の焼却についても一切指示した
ことはない。
 本件は,スパイの摘発を任務とする自治省の大臣であるA7が,拷問をしてでもB19を
自白させたいとの責任感から,被告人の上記調査の指示を,場合によっては拷問を加え
てでも自白させることと勝手にそんたくしてB19に拷問を加え,ついには同人を死に追い
やったものである。
〔当裁判所の判断〕
 1 まず,弁護人は,本件当時教団施設に毒ガス攻撃が行われており,そのような事実
がないとしても,少なくとも被告人は教団が毒ガス攻撃を受けていたと信じていた旨主張
する。
 しかしながら,判示のとおり,被告人は,平成5年10月25日以降,説法で,家族や弟子
に頭痛,吐き気等の症状が出たが,これは第2サティアンがイペリットガスのようなびらん
性ガスや,サリン,VXのような神経系の毒ガスが混ざった物で長期にわたり攻撃された
結果としての現象であるなどと述べているところ,このように何者かが,長期にわたり,イ
ペリットのようなびらん性毒ガスや,サリン,VXのような神経系の毒ガスが混合した毒ガス
を教団施設に対し噴霧して攻撃しているということ自体,荒唐無稽で到底信用することが
できない。むしろ,被告人は,以前から,A19やA24らに対し,ボツリヌス菌や炭疽菌等
の細菌兵器や,サリン,イペリット等の化学兵器の研究,培養・生成等を指示し,その進
ちょく状況等について報告を受け,種々の菌類,中間生成物やサリン等が教団施設で培
養,生成されて存在していることや,教団施設においてそれらの菌類や化学物質に由来
する種々の異臭事件が発生したことなどを熟知しており,e1村の教団施設内の教団信者
らに体調の変化が見られたならば,まずもって,上記の培養,生成等に由来するのでは
ないかと疑ってしかるべきである。そうであるのに教団が国家権力等をはじめとする敵対
組織から毒ガス攻撃を受けているなどという到底信用できない説法をしたのは,教団の
武装化を推進していた被告人が,信者らに体調の変化が見られたことを逆手にとり,教
団における生物兵器や化学兵器の製造等を隠ぺいするとともに,教団信者の危機意識
を高め,国家権力等に対する敵がい心をあおるために話をすりかえたものと見るのが自
然である。また,仮に第6サティアンの生活用の水にイペリットが混入されたのであれば,
女性信者熱傷事件だけでなく第6サティアンに居住する多数の教団信者に同様の被害
が生じたであろうことは,被告人においても容易に思い及ぶことであるにもかかわらず,な
お,女性信者熱傷事件の原因が,タンクローリーで第6サティアンに水を運搬する作業に
従事していたB19がスパイとして第6サティアンの生活用の水にイペリットを混入したこと
であると考えるのは,教団が毒ガス攻撃を受けていたと信じる者の発想としても不自然か
つ不合理といわざるを得ない。
 そうすると,本件当時教団施設に毒ガス攻撃が行われた事実も,被告人が教団が毒ガ
ス攻撃を受けていたと信じていた事実もなく,判示のとおり,教団が毒ガス攻撃を受けて
いるというのは被告人の創作したうその話であることは明らかである。
 2 そして,被告人は,教団に敵対する組織等のスパイが毒ガスを教団施設の生活用
の水に混入したものではないことを認識していたのであるから,B19をそのようなスパイで
あると真実考えたこともなかったのであり,したがって,被告人は,B19が教団施設の生
活用の水にイペリットを混入したスパイでないにもかかわらず,判示の理由からそのような
スパイに仕立て上げようと考え,拷問をしてでもB19を自白させようとしたことを優に認め
ることができる。そのことは,被告人が,A7らから女性信者熱傷事件についてその当日
同女が湯を張った後わずかの間その場を離れたことがあった旨の報告を受けた際には,
だれかが,同女がその場を離れているすきに毒ガスを混入させたか,浴室のすきまから
毒ガスをまいたのではないかなどと言っていたのに,その2日後くらいには,タンクローリ
ーで教団の生活用の水を第6サティアンに運搬するB19が第6サティアンの生活用の水
に毒を混入させたらしいなどと前記のとおり到底ありそうにないことを言うに至る(A7の公
判供述)など,被告人の女性信者熱傷事件の原因に対する見方が不自然に変遷してい
ることや,B19がスパイと疑われるような事情はこれまで見当たらず,B19は判示認定の
拷問を加えられても,教団の生活用の水に毒を混入したスパイであることを一貫して否定
し,拷問を加えていたA7らもB19がそのようなスパイでない可能性は高いと思っていたこ
と(A7及びA20の公判供述)などからも,明らかである。
 なお,弁護人は,被告人がB19をスパイに仕立て上げ,教団の生活用の水に毒物を混
入したことにしようとしたものであれば,教団信者に対し,B19がスパイであることを知らせ
なければその目的を達することができないはずであるのに,被告人がB19を殺害しその
死体を焼却し,しかも,その事実を関係者以外に知らせていないのは矛盾する旨主張す
る。
 しかしながら,被告人はB19をスパイに仕立て上げるために強制的にでも自白させよう
としたがそれができず,結局B19をスパイに仕立て上げることに失敗したことから,B19が
スパイであることを公表することができなかったのであり,他方で,このような拷問を加えた
以上は口封じのために殺害するほかないと考え,B19を殺害したものであるから,弁護人
の主張は当たらない。
 3(1)次に,弁護人は,被告人は,A7に対し,B19がスパイであるかどうか,B19がスパ
イである場合に毒ガスを混入させた背後関係はどうかについて調査を指示しただけであ
って,拷問によりB19を自白させることやB19を殺害することを指示したことはない旨主張
する。
 (2)しかしながら,まず,A7は,公判で,①被告人が,平成6年7月10日ころ,A7に対
し,強制的にでも教団の生活用の水に毒ガスを混入したことやその背後関係についてB
19を自白させるよう指示するなどしたこと(犯行に至る経緯4),②被告人が,バルドーの
導きが始まった後,A7を呼んで進ちょく状況を尋ね,強制的にB19を自白させるのをA2
0に担当させるよう指示するなどしたこと(犯行に至る経緯6),③被告人は,A7から「B19
は自白しませんが,どうしましょうか。」と聞かれ,A7に対し,B19をマイクロ波焼却装置を
使って焼却するように指示するなどしたこと(犯行に至る経緯8),④A7は,B19を殺害し
た後第6サティアン1階の被告人の部屋に行き,被告人に「終わりました。」と報告すると,
被告人から「どうだったんだ。」と聞かれ,「ロープ使ってしまいました。」と答えると,被告
人から「ああそうか。何でロープを使ったんだ。」と言われ,「どうもすいませんでした。」と
言って謝ったこと,⑤その際,B19を下向したことにして,車両省大臣にその旨申し出る
ことや当時B19と親しかった女性信者がB19の下向に不審を抱く懸念があったため,同
女にB19の死を知られないように,同女をロシア支部に転属させることが話し合われたこ
となどについて供述する(以下,この供述を「A7供述」という。)。
 (3)そこで,A7供述の信用性について検討すると,A7供述の中で被告人について述
べられている部分は,B19を教団に敵対する組織のスパイに仕立て上げ,そのスパイが
教団の生活用の水にイペリットを混入したといううその話を教団信者に知らしめることによ
り,教団が毒ガス攻撃を受けているといううその話をもっともらしくすることができるなどと考
えていた被告人がとるべき行動として,あるいは,B19をスパイに仕立て上げることに失
敗した場合に被告人がとるべき事後措置として,極めて自然で合理的な内容を含む具体
的なものである。また,A7供述中,A7がA20に対し被告人の指示内容を伝えて指示し
た部分は,A20がB19を拷問し殺害する際にA7から受けた指示に関するA20の公判
供述ともよく符合している。さらに,A7供述は,A33の公判供述,すなわち,「被告人が
『B19は…』と言った後,こぶしを握って親指だけ立てた状態で胸の辺りから上に首目掛
けて切り上げるような動作をすると同時に『…したから。』と言うなどし,B19がポアされて
しまったと解釈できるような動作をした。」旨の供述とも合致している。
 そして,A7は,捜査段階では,B19事件における被告人からの具体的な指示内容に
ついて黙秘し,公判で供述するに至った理由について,公判において,「自分と被告人
しか謀議の場面を知っている者はいないことから,自分が言わなければ謀議の部分は明
らかにならないと考え,被告人からの具体的な指示内容については黙秘していた。私が
証言をすることによって,他の共犯者の法友の人たちで苦しむ人はいるが,被告人は空
を悟っているので,私が何を言っても苦しまないと考えた。現在も被告人は最終解脱をし
た者だと信じている。被告人に対する帰依は現在もある。」旨供述しているところ,捜査段
階において,被告人のほかには自分しか知り得ない被告人に不利な事実について,被
告人をかばい立てするためにその具体的な供述を拒否したというA7の心情は理解する
に難くない上,A7は証言時においても被告人に対する帰依を維持しながらも,被告人の
面前でためらいながらではあるがあえて被告人に不利益な事実を内容とする供述(A7供
述)をしたものである。
 加えて,仮に弁護人が主張するように,A7が拷問をしてでもB19を自白させたいとの
責任感から,被告人の指示を,場合によっては拷問を加えてでも自白させることと勝手に
そんたくしてB19に拷問を加えたものと見たとしても,更に進んでそのようなA7がなぜ被
告人に無断でB19の頸部をロープで絞めて殺害したのかを説明することは困難というほ
かなく,結局A7には被告人の指示がないのにB19を殺害する動機は何ら見当たらない
というべきである。
 (4)これらの点に照らすと,A7供述の信用性が高いことは明らかであり,その供述に沿
う事実を認めることができる。
 弁護人は,被告人がマイクロ波焼却装置の使用によってB19を殺害することができると
は考えていなかった旨主張するが,被告人は,少なくとも,B18事件においてマイクロ波
焼却装置によりB18の死体を焼却したことなどからも,マイクロ波焼却装置の殺傷力を十
分認識していたのであるから,この点に関する弁護人の主張は採用することができない。
 以上のとおりであるから,被告人がA7に対し,B19の殺害を指示したことはない旨の弁
護人の主張は採用することができない。
 なお,前記認定によれば,被告人がマイクロ波焼却装置でB19を殺害するよう指示した
のに対し,A7らはロープによる絞殺の方法でB19を殺害したものであるが,A7がB19を
殺害した後被告人にその旨の報告をした際における被告人との会話内容,A7らはB19
を殺害した後マイクロ波焼却装置を使用してその死体を焼却したこと,B18事件では被
告人の指示によりB18を絞殺した後その死体をマイクロ波焼却装置により焼却していたこ
となどに照らすと,A7らによる殺害行為が被告人の指示の範囲を逸脱していたとはいえ
ず,被告人がB19の殺害について共謀共同正犯としての責任を負うことは明らかであ
る。
 4 弁護人は,被告人はA7に対しB19の死体の焼却について一切指示したことはない
旨主張する。
 しかしながら,前記認定のとおり,被告人は,A6と相談の上,B19に対し,マイクロ波焼
却装置を使うことにしたものであるところ,被告人としては,B19を殺害した後はその死体
をそのまま放置するわけにいかず罪証隠滅のために死体について何らかの措置を講じ
る必要があることや,被告人は,B18事件において,B18をロープで絞殺した後,マイク
ロ波焼却装置によりその死体を焼却するよう指示したことなどに照らすと,B19にマイクロ
波焼却装置を使うようにとの被告人のA7に対する指示は,同装置によりB19を殺害する
のみならず,殺害後はその装置で死体を焼却することまでをも含んだものとしてされたこ
とは明らかである。
 したがって,弁護人の上記主張は採用することができない。
[XⅠ VX3事件について]
〔弁護人の主張〕
 1 A46が,VX3事件を実行する際,B20,B21及びB5に掛けた注射器中の液体は,
VXではなく,また,殺傷力を有するものでもない。
 2 被告人は,そもそも,教団で生成したとされるVXに殺傷力があることを認識していな
かった。
 3 VX3事件は,A28やA7ら弟子たちが被告人に無断で計画し実行したものであり,
被告人は,A28やA7ら弟子たちに対し,B20,B21及びB5を殺害する旨を指示したこ
とはなかった。
〔当裁判所の判断〕
第1 弁護人の主張1(被害者3名に掛けた液体がVXであるか否か)に対する判断
 1 B5VX事件においてB5に掛けた液体について
 (1)関係証拠によれば,次の事実が認められる。
 アA46が,平成7年1月4日午前10時30分ころ,B5にVXを掛けた際,VXは,B5の
後頸部及び同人の着用していたジャンパーの後ろ襟元に掛かった。
 イB5は,液体を掛けられたことに気付かないまま帰宅したが,昼食後,多量の発汗,
全身けいれん等の状態に陥ったため,同人の妻が救急車を呼び,同日午後1時53分こ
ろ,救急隊がB5方に到着した。その際,B5は,全身のけいれんや筋肉の硬直,多量の
発汗や唾液等の分泌がみられ,痛み刺激を加えるとかろうじて目を開ける程度の意識状
態であった。
 同人は,同日午後2時25分ころ,昏睡状態でE24病院に搬送され,やがて呼吸停止
状態となり,瞳孔は右眼が直径5㎜,左眼が直径7㎜で,若干散瞳傾向がみられ,対光
反射はない状態であったため,C22医師は,直ちに気管内挿管をして人工呼吸器を装
着した。B5は,約1時間後,両眼の瞳孔が1.5㎜に縮瞳し,急激に徐脈の状態になり,
重篤な状態になったことから,硫酸アトロピンが投与され,徐脈は改善されたものの昏睡
状態のままで縮瞳も続いた。なお,同人から農薬臭はなかった。
 同月5日の時点における同人の血液中のコリンエステラーゼ値は14IU/リットル(同病
院の計測による正常値は245~470IU/リットル)と低値であったことから,C22医師
は,これまでのB5の症状等を総合し,有機リン中毒と判断し,呼吸器管理に加え,硫酸
アトロピン及びジアゼパムの投与を行ったところ,同人は,徐々にコリンエステラーゼ値が
改善し,意識状態も同月6日には回復の兆候が見られ,同月10日には意思の疎通もで
きるようになり,同月18日退院した。
 なお,C22医師は,公判において,B5の症状について有機リン中毒と診断するが,そ
の症状はVX中毒と考えると非常によく説明することができる旨述べている。
 ウ警視庁科学捜査研究所(以下「警視庁科捜研」という。)薬物研究員C1が,B5の着
用していた前記のジャンパーにVX及びその分解物が付着しているか否かについて,G
C/MS(EI法,CI法)の手法により鑑定をした結果,そのジャンパーの襟部分からVXの
加水分解物であるメチルホスホン酸モノエチル及びその加水分解物であるメチルホスホ
ン酸を検出した。
 (2)上記認定のとおり,①A46に液体を掛けられた後B5に現れた種々の症状やそれに
対する治療の内容,効果等は,その症状がVX中毒によるものと考えると非常によく説明
し得ること,②A46に液体を掛けられたB5のジャンパーの襟部分からVXの加水分解物
であるメチルホスホン酸モノエチルやその加水分解物であるメチルホスホン酸が検出され
たこと,③後記のとおり,その液体は,A24が判示の3工程から構成されるVXの生成方
法に基づきVXを造ろうとして生成した物質であること,④その液体は,B5にVXを掛けろ
という被告人の指示に基づき,A14が用意してA46がB5に掛けたものであることなどを
併せ考えると,A46がB5に掛けた液体は,VXを含有する溶液か純粋なVXのいずれか
であり,しかも,殺傷力を有するものであることは明らかである。
 (3)なお,弁護人は,B5の血清中からフェニトロチオンが検出された旨のC23作成の有
機リン系農薬検査成績に基づき,B5がフェニトロチオンを摂取した可能性を否定すること
ができない旨主張する。
 関係証拠によれば,B5から平成7年1月4日に採取した血清中からフェニトロチオンが
検出されたものであることが認められる。しかしながら,他方,その濃度は18.3μg/ミリリ
ットルであり,マウスに関する文献から推定すると,フェニトロチオンの50%乳剤を四,五
百ミリリットルくらい飲まないと出ない極めて高い数値である上,文献によれば,フェニトロ
チオンを摂取して死亡した者の摂取後5時間くらいの時点におけるその血中濃度が16
μg/ミリリットルであるところ,C23の検査結果はそれを上回っていること,同日B5の体調
が急変する前に同人がフェニトロチオンその他の有機リン系農薬を摂取したことをうかが
わせる事情が全くないこと,B5の治療に当たった医師も,B5の身体から農薬臭を全く感
じなかったこと,C23自身も自己の検査結果に疑問を抱いていたこと,科警研警察庁技
官C2において,同日B5から採取された血液のうち血清を除いた部分や翌1月5日にB5
から採取された血清等について鑑定した結果,いずれからもフェニトロチオンやその分解
代謝物である4-ニトロ-m-クレゾールを検出しなかったことが認められるのであり,こ
れらの事実のほか,上記(1)(2)の事実等を併せ考慮すると,C23もその可能性を肯定す
るとおり,鑑定資料と比較対照をするために標準品のフェニトロチオンについても鑑定資
料と同様に抽出等の作業を行っており,その過程でフェニトロチオンの付着したピペット
の先端や手袋等が鑑定資料のガラス器具等に触れるなどして鑑定資料中にフェニトロチ
オンが混入汚染し,それゆえに,元々鑑定資料中にフェニトロチオンが含有されないにも
かかわらずこれが検出されるに至ったものと認めることができる。
 したがって,弁護人の上記主張は採用することができない。
 (4)また,弁護人は,前記のC1研究員の鑑定の手法及び推論過程について種々論難
してその鑑定結果には疑問があると指摘し,B5に掛けられた物質は,A14が平成6年1
2月31日にA31から受け取った,VXの前駆体であるエチルメチルホスホノクロライドであ
る可能性が極めて高い旨主張する。
 しかしながら,関係証拠によれば,C1研究員の前記鑑定の手法及び推論過程には格
別疑問を差し挟むような事情があると認められず,その鑑定結果に誤りがあるとはいえな
い。
 また,関係証拠によれば,①A24は,平成6年11月30日ころ,A6からVX塩酸塩では
なくVXを50g至急生成するように指示を受け,A31に2-(N,N-ジイソプロピルアミノ)
エタンチオールを準備させるなどしてA31とVX約50gを含有する二百数十㏄の溶液(V
X溶液)を生成し,A6から分留しなくてもよいと言われ,分留することなくVX溶液をその
まま容量250㏄の耐熱ねじ口瓶に入れ,中に入っている液体がVXであることが分かるよ
うな表示をしたラベルをそのねじ口瓶に貼ったこと,②A19が,そのVX溶液の中から若
干量を注射器2本に吸引してこれをA14に渡し,そのVX溶液がB20VX事件に使われ
たこと,③その後,A24はA6からそのVX溶液の効果があることが分かった旨聞いたこ
と,④A7は,同年12月20日ころ,D15にVXを掛けるよう指示を受けた際,A24からVX
溶液の入れられた瓶を受け取ったこと,⑤A24は,同月25日,A6からVXを室温くらい
で固化させたい旨を聞き,VXと何らかの溶媒を混ぜて固化させようと考え,そのためにま
ずVXを生成しようとして,前回VX溶液を生成したのと同じ工程でA31と共にVXを含有
する溶液を生成した後,さらに,分留をして純粋なVX約50gを生成し,その一部は固化
実験で使用されたり,A6により一部持ち出されたりするなどし,同月31日には,残った四
十数gの純粋なVX(以下「純粋VX」という。)を,耐熱ねじ口瓶に入れて保管していたこ
と,⑥A14は,同日,A24のいるX1棟に赴き,A24又はA31に対し,VXをくれということ
が分かるような言い方で神通力をくれなどと言って,渡された瓶の中に入っている液体か
ら若干量を注射器に吸引するなどし,それがB5VX事件に使用されたことが認められる。
そして,これらの認定事実によれば,同日,X1棟にはVXについてはVX溶液入りのねじ
口瓶と純粋VX入りねじ口瓶の両方があったか,純粋VX入りねじ口瓶があったかのいず
れかであり,A24及びA31はいずれもVX溶液及び純粋VXの両方の生成にかかわった
ものであることからすると,A14からVXをくれということが分かるように言われて同人に渡
した物は,渡した者がA24であろうとA31であろうと,VX溶液入りねじ口瓶か純粋VX入
りねじ口瓶のいずれかであったことは明らかである。なお,A24は,公判で,VX溶液を生
成した後寝て起きてみたらVX溶液入りねじ口瓶がなくなっており,その後一切見たことは
ない旨供述するが,上記認定事実(特に④)に照らし,信用することができないというべき
である。
 したがって,弁護人の上記主張は採用することができない。
 (5)以上のとおりであるから,B5に掛けた液体が殺傷力を有するVXではない旨の弁護
人の前記主張は採用することができない。
 2 B20VX事件においてB20に掛けた液体について
 (1)関係証拠によれば,次の事実が認められる。
 B20は,平成6年12月2日午前8時30分ころ,その後頭部付近にA46によりVXを掛け
られた後,自宅に戻ったが,間もなく激しい吐き気を催して数回おう吐し,意識不明の状
態に陥るなどしたことから,D9が救急車を呼び,同日午前10時27分ころ,救急隊が到
着した。その際のB20は,仰向けになって倒れ,瞳孔は右眼が1㎜と縮瞳し,対光反射も
鈍く,痛み刺激を与えるとかろうじて手足を動かすような反応を示す意識状態であった。
B20は,酸素吸入を施されながら,同日午前10時48分,E35病院救命救急センターに
搬送されたが,その際,意識状態はそのまま変わらず,手足を突っ張って硬直した状態
であり,瞳孔は左眼1㎜と縮瞳し,対光反射がなく,下顎呼吸であり,そのまま放置してお
くと窒息の危険があるので,C24医師は,気管内捜管をして人工呼吸器を装着し,また,
高血圧に対する降圧剤の投与等を行ったところ,全身状態が改善したため,同月8日一
般病棟に移った。B20の血液中のコリンエステラーゼ値は,同月9日においても0.42
(同病院の計測による正常値は0.56~1.31)と低い数値を示していたが,その後徐々
に数値が改善していった。なお,B20は,病院に搬送された際,農薬臭はなく,また,1
時間でも発見が遅れていれば,あるいは,直ちに適切な処置が施されなければ死亡する
可能性のある重篤な状態であった。
 C24医師は,公判において,B20の症状について,これがVXによるものだとするなら
ば,急激な意識障害,瞳孔の不調,縮瞳,コリンエステラーゼ値の低下,呼吸の失調など
をよく説明することができる,一過性脳虚血発作ではこのような状態にはならない旨述べ
ている。
 (2)上記認定のとおり,①B20は,A46に液体を掛けられた後,短時間のうちに急激に
上記の種々の症状が生じ,直ちに適切な処置がとられていなかったならば死亡していた
可能性のある重篤な状態に至ったこと,②そのような症状は,VX中毒によるものと考える
と非常によく説明し得ること,③さらには,前記のとおり,その液体は,A24が,VX塩酸塩
ではなくVXを造れと指示されて,判示の3工程から構成されるVXの生成方法に基づき
VXを造ろうとして生成したVX溶液であり,B5VX事件に使用されたものと同じものか,少
なくとも,B5VX事件に使用されたものと同じ工程で生成されたものである(ただし,分留
はしていない。)こと,④また,後記のとおり,B20にVXを掛けろという被告人の指示に基
づき,A14やA19が用意してA46がB20に掛けたものであることなどを併せ考えると,A
46がB20に掛けた液体は,VXを含有する溶液であり,しかも,殺傷力を有するものであ
ることは明らかである。
 (3)以上のとおりであるから,B20に掛けた液体が殺傷力を有するVXではない旨の弁
護人の前記主張は採用することができない。
 3 B21VX事件においてB21に掛けた液体について
 (1)関係証拠によれば,次の事実が認められる。
 アB21は,平成6年12月12日午前7時過ぎころ,A46にVXを掛けられた際,首筋に
注射針を刺され,痛みを感じたことから,逃走するA7らを追い掛けたが,間もなく二百数
十m離れた路上に倒れ,警察からの連絡で救急隊が到着した同日午前7時27分ころに
は,うつぶせになって倒れており,痛み刺激に対して全く反応を起こさない意識不明の状
態で,心肺は停止し,瞳孔は左眼2㎜で縮瞳状態であり,対光反射はなく,血中酸素飽
和度は65%(正常人の場合は98~100%)と低値を示した。B21は,救急隊により人工
呼吸と心臓マッサージを同時に行う心肺蘇生法を施されながら,同日午前7時51分こ
ろ,E21病院特殊救急部に搬送された。
 B21は,病院に搬送された際,依然として意識はなく心肺停止状態であり,また,気管
内捜管後において瞳孔は左右共1㎜程度の縮瞳であった。B21は,同病院で心臓マッ
サージと人工呼吸が実施されて約15分ないし20分後,心臓が動き始め,上半身に著し
い発汗が見られたが,意識は戻らなかった。B21から翌13日朝採取された血液中のコリ
ンエステラーゼ値は166U/リットル(同病院の計測による正常値は2700~5600U/リ
ットル)と著しく低い数値であった。B21については入院後しばらくして胃洗浄が行われた
が有機リン中毒特有のにおいはなく,胃液の性状等は有機リンのものではなかった。担
当のC25医師は,B21について突然心停止に至る原因となり得るような特段の健康上の
問題を発見することができなかった。B21は,意識の戻らないまま,同月16日脳死状態
に陥り,同月22日心停止となり死亡した。
 なお,C25医師は,公判で,B21の死因はVX中毒と考えて矛盾しないとするのみなら
ず,コリンエステラーゼ値の低下,縮瞳,心拍再開後の大量の発汗,心臓や脳に異常の
ないこと,通勤途中突然倒れてしまったことなどB21の上記症状からすると,VX中毒以
外考えられないと供述している。
 イ大阪府警察本部刑事部科学捜査研究所技術吏員C26は,同月12日にB21から
採取した血清に薬毒物含有の有無等について,GC/MS(EI法,CI法)の手法により鑑
定をした結果,同血清から,生体内におけるVXの解毒的代謝産物である二つの化合
物,すなわち,2-(ジイソプロピルアミノ)エチルメチルサルファイド及びメチルホスホン酸
モノエチルを検出した。
 (2)上記認定のとおり,①A46に液体を掛けられた後B21に現れた上記の種々の症状
は,その症状がVX中毒によるものと考えると非常によく説明し得ること,②B21の血清か
ら,生体内におけるVXの解毒的代謝産物である上記(1)イの二つの化合物が検出された
こと,③さらには,前記の認定に照らすと,その液体は,A24が判示の3工程から構成さ
れるVXの生成方法に基づきVXを造ろうとして生成した物質であるVX溶液である可能
性が極めて高いこと,④その液体は,B21にVXを掛けろという被告人の指示に基づき,
A14が用意してA46がB21に掛けたものであることなどを併せ考えると,A46がB21に
掛けた液体は,殺傷力を有するVXを含有する溶液であることは明らかである。
 (3)なお,弁護人は,上記のC25医師の公判供述やC26技術吏員の鑑定結果の信用
性等について種々論難するが,関係証拠によれば,C25医師の公判供述に,格別同医
師の判断結果に影響を及ぼすような不合理な点はうかがわれないし,C26技術吏員の
前記鑑定の手法や推論過程にも何ら疑問を差し挟むような事情があるとは認められず,
その鑑定結果に誤りがあるとはいえない。
 (4)以上のとおりであるから,B21に掛けた液体が殺傷力を有するVXではない旨の弁
護人の前記主張は採用することができない。
第2 弁護人の主張2(VXの殺傷力の認識の有無)及び弁護人の主張3(被告人の指示
ないし共謀の有無)に対する判断
 1 関係証拠によれば,判示VX事件に至る経緯,第1ないし第3の事実中,A28,A
7,A14,A46,A47及びA45の6名(判示実行メンバー6名)が共謀の上,B20,B21
及びB5を殺害しようと企て,同人らにVXを掛けて,B21をVX中毒により死亡させて殺
害し,B20及びB5に対してはVX中毒の傷害を負わせたにとどまり殺害の目的を遂げな
かったことを優に認めることができる。
 2 次に,被告人がA28やA7らに上記の各殺害行為を指示したか否かについて判断
すると,関係証拠(各認定事実の後の括弧内に記載した証拠は,同事実を認定した主た
る証拠)によれば,次の事実を認めることができる。その認定に供した証拠の信用性が高
いことについては後記3のとおりである。
 (1)被告人は,判示VX事件に至る経緯1(3)のとおり,平成6年9月中旬ころ,A7らに対
し,第1次B6VX事件の実行を指示した(A7の公判供述)。
 (2)被告人は,判示VX事件に至る経緯1(4)のとおり,同年10月中旬ころ,A28に対し,
第2次B6VX事件の実行について指示した(A28の公判供述)。
 (3)被告人は,判示VX事件に至る経緯4のとおり,同年11月26日ころ,A7及びA28
らに対し,第1次B20事件の実行について指示した(A28及びA7の公判供述)。
 (4)被告人は,判示VX事件に至る経緯5のとおり,第2次B20事件の実行の前に,A7
から,実行役をA28からA46に変更することについて確認を求められてこれを了解した
(A7の公判供述)。
 (5)被告人は,判示VX事件に至る経緯7のとおり,A28,A7,A46らから第2次B20事
件の報告を受けた際に,ねぎらいの言葉を掛け,A46には「この毒液はVXという最新の
化学兵器だ。」などと話し,また,A28らに対し,B20にVXを掛けた結果について確認し
ていないことをしかり,至急B20の状態を確認するよう指示した(A28,A7及びA46の公
判供述)。
 (6)被告人は,判示VX事件に至る経緯9のとおり,同年12月1日ころ,A7に対し,B20
VX事件の実行について指示した(A7の公判供述)。
 (7)A28及びA7らは,B20VX事件後,B20方の電話を盗聴し,同人の親族間の会話
内容から,B20が急に苦しがって吐き,そのときにあごが外れたかもしれないことや,B20
がE35病院に搬送され集中治療室にいることなどを知った。
 そこで,A28は,被告人から携帯電話に電話が掛かってきた際,被告人に対し,VXを
うまく掛けたこと,救急車がきたこと及びB20が集中治療室にいることについて暗号で伝
え,続いて,A7が,被告人に対し,B20の容体についてあごが外れた,仰向けになって
おう吐していたなどと暗号を使わないでそのまま報告すると,被告人から「電話でそんな
ことを言うな。」と言われ,電話を切られた。
 その後,被告人は,杉並区u2にある教団経営の飲食店であるPの前路上に停めた被
告人専用車の中で,A28及びA7から報告を受けた際,「X6(A7),電話であごが外れた
なんて露骨な表現をするな。」「電話の報告はこれからX13がやるように。」などと言った。
また,被告人は,その際,マハーバーラタに登場する主人公であるクリシュナの話をし,
「クリシュナはシヴァ神の化身で,普段はぼうっとして女と戯れて遊んでばかりいるんだ
が,戦うときには相手を一気にせん滅するんだ。これはおれにそっくりだろう。」と言い,続
けて,「神々の世界に行くためにはポアしまくるしかない。」などと言った。(被告人との会
話内容について,A28,A7及びA46の公判供述)
 (8)被告人は,判示第2の犯行に至る経緯3のとおり,同月8日から同月9日にかけての
深夜,A28及びA7に対し,B21VX事件の実行について指示した(A28の公判供述)。
 (9)A28は,B21VX事件後,被告人に電話を掛け,B21にVXを掛けたこと及びその
結果を確認していることを伝えると,被告人は「ああ,そうかそうか,分かった分かった。」と
答えた。その後,A28は,A45をしてB21の勤務先に電話を掛けさせ,同人が会社に出
勤しておらず病院に行っていることを確認して,ホテルE20に戻った。A28は,A46か
ら,VXをB21に掛けるときに誤って注射器の針を外さず付けたまま掛けたためB21の首
筋に注射針を刺してしまったことを聞き,警察に発覚することを恐れた。
 A7は,先にe1村の教団施設に戻り,B21VX事件について被告人に報告した後,A2
8及びA14も,同月12日から翌13日にかけての深夜,第2サティアン3階の被告人の部
屋で,B21にVXを掛けたことのほか,A46が間違って注射針でB21を刺したことなどを
報告した。被告人は,A14に「VXということがばれるか。」と尋ねると,A14は「大きな病
院だったらばれるんじゃないでしょうか。VX中毒というかもしれません。」と答えた。
 A14は,被告人からB21の容体を確認するよう指示され,同月14日,B21方に電話を
掛けてE21病院に入院していることを聞き出した上,同病院に電話をしてB21が入院し
ていることを確認した。(被告人との会話内容について,A28の公判供述)
 (10)被告人は,判示第3の犯行に至る経緯3のとおり,A7に対し,同月30日昼ころ,B5
VX事件の実行について指示し,また,そのころ,「100人くらい変死すれば教団を非難
する人がいなくなるだろう。1週間に1人ぐらいはノルマにしよう。」などと言った(A7の公
判供述)。
 (11)判示第3の犯行に至る経緯5のとおり,A28及びA7は,同月30日から同月31日に
かけての深夜,A14を一緒に連れていくなどして,被告人に対し,B5VX事件の実行の
際,実行役等にVXが付着した場合の治療に不安があることから,A14が現場に行かな
くていいかどうかを再度確認し,これに対して,被告人は,A14を現場に行かせない旨話
してA28やA7らを納得させた(A28及びA7の公判供述)。
 (12)A28らは,B5VX事件後の平成7年1月4日午後2時ころ,Oマンションに救急車が
到着してB5が病院に搬送されたことを確認し,その後,A28及びA7は,e1村の教団施
設に戻り,同日夕方ないし夜ころ,第6サティアン1階の被告人の部屋に行き,A46がうま
くB5にVXを掛けたこと,その後数時間で救急車がきたこと,B5はE24病院に収容され
たはずであることなどを報告した。
 被告人は,A14を呼ぶよう指示し,やってきたA14に対し,A7らの報告内容をそのまま
伝えた上,「E24病院に電話して確認してこい。X6(A7)と一緒に確認してこい。」と指示
した。
 そこで,A14ら3名は,B5がE24病院に入院していることを確認した後,被告人に対
し,その旨報告した。被告人は,「E24病院なら,X12(A33)が詳しいから,調べてもら
え。」と指示したほか,「B5は後悔しているだろうなあ。おれのアストラル(夢のようなビジョ
ンの世界の意味)でA5さんごめんなさい,ごめんなさいと言っていたんだよ。ポアできなく
ても成功だな。」などと言った。(被告人との会話内容について,A28及びA7の公判供
述)
 3 上記2の認定に係るA28,A7及びA46の各公判供述の信用性について検討する
と,まず,これらの各公判供述は,いずれも,被告人から指示を受けた状況や,事件実行
後に被告人に報告した状況等につき,具体的かつ詳細に述べられたものであり,出来事
の核心部分についてよく合致し,相互にその信用性を補強し合っている。特に,被告人
に対する帰依心を失ってはいない一方でA28をかばうのをやめて同人の事件への関与
や役割を明らかにしようという気持ちで証言に臨んでいるA7と,かつてのグルである被告
人に対する気持ちの整理をした上で被告人の事件への関与を明らかにしようという思い
で証言しているA28と,被告人に対しA28に責任を被せるようなまねは余りにもひきょう
でありやめてもらいたいなどと呼び掛けるA46の三者が,被告人の指示等について一致
した供述をしていることはより一層その三者の公判供述の信用性を高めているといえる。
さらに,A28,A7及びA46の各公判供述は,その述べられている一連のVX事件の事
実経過それ自体に不自然さがないのみならず,教団の武装化の一環として信徒の拡大
と出家者の大量獲得をもくろんでいた被告人が,教団信者の出家阻止,脱会に向けて行
動しているB6弁護士,B20及びB5並びに教団の分派活動にかかわっている公安のス
パイと誤信したB21らをこれ以上放ってはおけないと考え,同人らを相手としてとるであろ
う行動について述べたものとして,極めて自然である。むしろ,平成6年11月には教団施
設に強制捜査が入るとのうわさがあり,平成7年1月1日には,新聞に,e1村からサリンの
残留物が検出され警察が松本サリン事件との関連を捜査している旨の記事が掲載され
たという状況の中で,教団信者の出家阻止,脱会に向けて行動し,あるいは,教団に批
判的な立場にある者に対する暗殺事件を次から次へと企てることは,弟子の立場からす
れば,これらの事件が教団による犯行であると疑われ,ひいては教団施設が強制捜査を
受けるに至るおそれがあって教団の存続に重大な影響を及ぼすものではないかと容易
に思い及ぶ事柄であって,教団の代表者であり,教団幹部らのグルでもある被告人に何
の断りもなく,弟子である教団幹部らが独断でこれを決定し実行することは合理性を欠
き,考え難いというべきであり,その点からも,被告人の指示,関与等を認めているA28,
A7及びA46の前記各公判供述の信用性は高いというべきである。
 4 以上のとおりであるから,被告人が,A28及びA7らに対し,B20,B21及びB5にV
Xを掛けて同人らを殺害する旨を指示し,その殺害の実行行為をさせたことは明らかであ
る。なお,被告人がB20,B21及びB5を殺害する旨指示した動機についても,判示認定
事実中の各犯行に至る経緯に判示したとおり,被告人においてB20,B21及びB5に対
する殺意を形成するに十分な事実関係を認めることができる。
 したがって,前記の弁護人の主張3,すなわち,被告人が,教団幹部らに,B20,B21
及びB5を殺害する旨の指示をしたことはなく,これらVX3事件は,A28やA7ら弟子たち
が被告人に無断で計画し実行したものである旨の主張は採用することができない。
 5 ところで,弁護人は,B5VX事件に関して,平成7年1月1日,被告人は,教団施設
に対する強制捜査に備えるため,教団で生成したサリンやVX等の処分を指示したから,
それ以降教団内にVXがあるとは思わず,VXが使用されることはないものと考えていた
旨主張する。
 しかしながら,①被告人は,同日,その新聞記事についてA28から知らされた以降に
おいて,A28やA7らに対し,B5VX事件の実行を中止するようにとの指示をしていない
こと(A28及びA7の公判供述)や,②被告人は,B5VX事件の実行後,A28及びA7か
ら,同事件について報告を受けた際にも,同人らがVXを処分することなくB5VX事件を
実行したことについてしっ責することなく,「ポアできなくても成功だな。」などとその結果
についても相応に満足していたことのほか,③被告人が平成7年1月1日にしたサリンプ
ラントの神殿化や保管中のサリンの処分等に関する指示は,同日の新聞朝刊に「e1村で
悪臭騒ぎがあった現場から採取された土壌からサリン残留物が検出され,警察当局が松
本サリン事件との関連等について解明に当たることになった。」旨の記事が掲載されたこ
とに起因するものであり,当時B5VX事件の実行のためにs1の家に保管されていたVX
を処分する趣旨のものではないと考えられることなどを併せ考慮すると,被告人は,平成
7年1月1日以後においても,B5VX事件を実行する意思を有していたことは明らかであ
る。
 6 また,弁護人は,そもそも被告人は教団で生成したVXに殺傷力があるとの認識を持
っていなかった旨(弁護人の主張2)主張する。
 しかしながら,①被告人は,説法等において,殺傷力の高い化学兵器としてサリンと共
にVXも挙げており,一般論として,VXというものの殺傷力が高いことは認識していたこ
と,②そして,被告人は,当然のことながら,そのような殺傷力を有する化学兵器としての
VXを生成するようにとの趣旨で,VXの生成を指示したものであること,③被告人は,第2
次B20事件後,A28ら実行メンバーから報告を受けた際,「よくやった。」などとねぎらい
の言葉を掛け,A46には「この毒液はVXという最新の化学兵器だ。」と言うなど,その効
果を確認する前において教団で生成し第2次B20事件で使用した液体が化学兵器とし
てのVXであることに相応に自信を持っていたこと,④被告人は,その液体がVXとは化
学的性質の異なるVX塩酸塩であったために殺傷力がなかったことを知り,VX塩酸塩で
はなくVXそのものを生成するよう指示したこと,⑤被告人は,その後,新たにVXが生成
されたことを聞き,「新しいVXができた。これでB20をポアしろ。今度は大丈夫だろう。」と
言ってB20VX事件の実行を指示したこと,⑥被告人は,B20VX事件の実行後,A28ら
から,B20が,急に苦しがって吐きあごが外れるほどの状態であったことや救急車で運ば
れ病院の集中治療室にいることなどVXの効果につ報告を受けてもこれを意外とするよう
な様子はなく,むしろ,「神々の世界に行くためにはポアしまくるしかない。」などと言っ
て,VXの殺傷力に対する自信を深めるに至ったこと,⑦被告人は,その後,B21VX事
件やB5VX事件の実行を指示したが,VXの殺傷力に対する確信を抱きこそすれ,その
自信が揺らぐことはなかったこと,⑧被告人は,B20,B21及びB5にVXを掛けるよう指
示した際,実行役等にVXが付着した場合の治療について配慮し,B20,B21に対する
実行を指示したときには治療役を同行するよう指示し,B5に対する実行を指示したときに
はネブライザーでパムを吸入するか教団附属医院で治療を受けるよう指示したことなどを
併せ考えると,被告人は,教団で生成したVXの殺傷力について,B20VX事件の実行を
指示した際には,おそらく殺傷力はあるであろうという程度の認識は少なくとも有していた
ものであり,B21VX事件及びB5VX事件の実行を指示した際には,B20VX事件あるい
はB21VX事件の結果を踏まえ,十分な殺傷力を有することを認識するに至っていたこと
を優に認めることができるのであって,もとより,被告人の指示内容等に照らすと,いずれ
の事件の際にも,被告人が相手方に対する確定的殺意を有していたことは明らかであ
る。
 したがって,被告人は教団で生成したVXに殺傷力があることの認識を有していなかっ
た旨の弁護人の主張2は採用することができない。
[ⅩⅡ B22事件について]
〔弁護人の主張〕
 1 B22の死因は不明で特定することができず,少なくともチオペンタールナトリウムの
過剰投与が原因でないことは明らかであるから,逮捕監禁行為とB22の死亡との間に因
果関係は認められない。
 2 被告人は,出家を約束したD11が所在不明になっている件についてA22らから報
告を受け,A28に対しD11の探索を手伝うよう指示したにとどまり,A28らに対し,B22の
らちや,その死体を焼却することを指示したことはない。B22のらちは,A6が提案し,A2
8が無理やり現場で指揮をして引き起こしたものであり,B22の死体の焼却は,A14が言
い出し,A28及びA22との暗黙の了解により決まり実行されたものであって,被告人は,
B22のらちについても,その死体焼却についても共謀した事実はない。
〔当裁判所の判断〕
第1 弁護人の主張1(因果関係の存否)に対する判断
 1 関係証拠によれば,次の事実が認められる。
 (1)A14は,平成7年2月28日午後4時30分ころ,B22がワゴン車内に押し込まれた
後,直ちに,その右足ふくらはぎに筋肉注射用のケタラール約3.5ミリリットルないし4ミリ
リットル(塩酸ケタミン約150㎎ないし約200㎎含有)を注射し,間もなくB22は入眠した。
 (2)A14は,上記のとおり入眠し意識喪失状態にあるB22に対し,同日午後5時ころか
ら,その静脈に点滴ラインを確保した上,チオペンタールナトリウム約0.5gを含有する水
溶液を三,四回に分けて静脈に注入した。その後,B22は,一時呼吸停止状態に陥った
が,人工呼吸などにより呼吸を回復した。A14は,その後第2サティアンに到着する同日
午後10時ころまで断続的にチオペンタールナトリウム合計約2.0gないし2.5gを含有す
る水溶液をB22の静脈に注入し,B22の意識喪失状態を継続させた。
 (3)A33は,A14から,上記(1)(2)の経緯について説明を受けた後,管理に必要な医療
器具等を用意し,第2サティアンの1階瞑想室で,B22を診察した。その結果,呼び掛け
ても反応がなく,痛みに対してもほとんど反応がなく,睫毛反射はなく,対光反射は少し
あり,眼球も少し動き,瞳孔は縮瞳気味であるなど,少し浅い麻酔状態で,懸念された心
臓や呼吸の状態には異常がなかったことから,A33は,とてもすぐには麻酔は覚めない
が保温しておけば時間の経過とともに覚せいするであろうと考え,覚せいさせるための治
療を始め,点滴ラインを確保し,B22が狭心症の予防薬であるニトロールを持っていたこ
とから狭心症の発作を予防するために血管を拡張させるフランドルテープに類するテー
プを貼るなどした。また,当初5%グルコースの点滴を500㏄弱実施した後,同年3月1日
午前1時ころから同日午前9時半ころまでの間,ソリタT3Gの点滴を1時間当たり40ない
し60㏄の割合で注入した。
 (4)A33は,ナルコを実施する前に,B22の身体を揺すぶって呼び掛けると,B22が
「オウムがやった。オウムがやった。」と言い,睫毛反射も対光反射も眼球の動きも普通に
あることから,A14と共に,同日午前3時ころ,B22にナルコを実施するため,チオペンタ
ールナトリウム合計約0.325gないし0.375gを含有する水溶液を静脈に注入し,いった
ん深い麻酔を入れて覚ました後,ナルコを実施し,D11の居場所がどこかと聞いたが,い
くら聞いても,B22からは「オウムがやった。オウムがやった。」という答えしか返ってこな
かった。
 (5)A33は,同日午前6時半過ぎころ,B22の覚め具合をみるために揺するなどすると
B22が体動して起き上がりそうになったことから,同人に対し,チオペンタールナトリウム
合計約0.01gないし0.02gを含有する水溶液を2回にわたり静脈に注入した。その後
も,A33は,同日午前9時半ころまで,B22の血圧を測ったり,脈を見たり,瞳孔の状況を
見たりしたが,B22の入眠状態は続いていた。
 (6)A14は,同日午前9時半ころ,A33から,入眠状態のB22の管理を引き継ぎ,以
後,同人に睫毛反射が出現したらチオペンタールナトリウムを投与するようにして同人の
入眠状態を継続させていた。A14は,同日午前10時ころ,A6から被告人の指示を聞
き,A28に電話で,A50を連れてくるように伝えるなどした後,1階瞑想室の隣の広間で
寝ているA45にも事情を説明しておく必要があると思い,過剰に投与したチオペンター
ルナトリウムの麻酔作用による舌根沈下を防ぐためにエアウェイをB22の口にはめた上
で,15分足らずの間広間に出てA45を起こし,被告人の指示内容を説明するなどして
同日午前11時過ぎころ1階瞑想室に戻ってみると,B22は呼吸も心臓も停止し死亡して
いた。このとき,B22の口にはめていたエアウェイは口の中にあったが,舌から外れた状
態であった。
 なお,A33は,当初医療道具をそろえた際にエアウェイも幾つか用意しており,救急医
療の常識としてあらかじめB22に合うものがあるかどうか確認したが,その中にはB22に
合うエアウェイがなかった。
 (7)チオペンタールナトリウムは静脈内に投与する全身麻酔薬であり,10分ないし15分
で終了するような短時間の小手術や,麻酔導入剤として用いられ,いずれの場合も,体
重50㎏程度の成人の場合,通常0.2gないし0.25gくらいを投与し,手術の時間が予
定よりも延びた場合には追加投与することがあるが,当初から投与されたものとも合わせ
て1gを超えないように指導されている。
 チオペンタールナトリウムの副作用には呼吸抑制と循環抑制がある。呼吸抑制の場
合,呼吸中枢が抑制され,呼吸が弱くなり,呼吸の回数や換気量が減少し,完全に呼吸
が止まることもあり,また,舌根沈下による気道閉塞,喉頭けいれんによる声帯閉塞,気
管支けいれんを引き起こす。循環抑制の場合,循環中枢が抑制されると同時に,心筋そ
のものも抑制されてその収縮力が弱まるとともに末梢の血管が拡張され,心臓から送り出
される血液量も減り血圧が低下し,心停止に至ることがある。また,循環抑制により脳の
血流量が減ると,それが呼吸抑制を引き起こす。
 2 ところで,上記の認定事実を前提とした上で,E36大学医学部麻酔学教室のC27
助教授及びA33の各公判供述に係るその知見内容を総合すると,(1)一般的に,全身
麻酔薬であるチオペンタールナトリウムを投与する場合には,被投与者がその副作用で
ある呼吸抑制及び循環抑制による危険な状態に陥るのを予防するために,揺り動かせば
応答する程度の不完全な覚せい状態までのみならず,完全に覚せいするまで被投与者
の状態を管理し,完全に覚せいするまでのいつでも起こり得る呼吸抑制及び循環抑制の
副作用に対し適切な処置をとらないと被投与者を死亡させる可能性があること,(2)チオ
ペンタールナトリウムの投与許容量は,一機会にせいぜい2gであるから,B22に対する
チオペンタールナトリウムの投与(約2.8gないし約3.4g)は過剰投与であり,B22に対
し,その副作用である呼吸抑制及び循環抑制に対する適切な処置をしなければ,危険
な状態を招くおそれがあったこと,(3)B22は,平成7年3月1日午前11時ころの時点に
おいて,意識喪失状態にあり,麻酔状態が遷延し,呼吸抑制及び循環抑制の状態にあ
ったこと,(4)それゆえに,B22は,①呼吸中枢が抑制されて呼吸が停止した,②エアウ
ェイの装着が不完全であり,舌根沈下により気道が閉塞した,③合わないエアウェイの装
着を契機として,呼吸抑制に起因する喉頭けいれんを誘発し,声帯が閉塞し呼吸ができ
ない状態になった,④循環中枢が抑制され心停止に至った,⑤循環抑制により心筋その
ものに抑制作用が働くなどして心停止に至った,⑥循環抑制が呼吸抑制を引き起こし呼
吸が停止した,以上の①ないし⑥の機序のいずれか又はその複合により心不全に陥り死
亡したことが認められる。
 したがって,B22が死に至った具体的な過程は必ずしも特定することはできないもの
の,いずれにしても,B22は,大量の全身麻酔薬を投与され呼吸抑制及び循環抑制の
状態に陥り,それが原因で心不全により死亡したと認められるから,B22を監禁するため
の手段である全身麻酔薬の投与とB22の死亡との間に因果関係があることは明らかであ
る。
 3 なお,A14は,公判で,B22を第2サティアンに連れてくるまでにB22に投与したチ
オペンタールナトリウムは約2.0ないし2.5gであり,また,B22が死亡する直前にB22に
エアウェイを装着しなかった旨供述し,前記の認定に沿う検察官に対する供述と異なる
供述をしている。
 しかしながら,(1)A14は,捜査段階においては,自ら「B22さんに対する麻酔薬投与
の状況」と題する書面や,「B22さんに使用したエアウェイの形状」と題する図面を作成
し,それに基づき詳細に供述している上,前記のとおり,A14は,平成7年5月に捜査官
に対し陳述書を提出して以降,地下鉄サリン事件その他の事件について自白をし,その
一環として,B22事件についても上記のとおり供述したものであり,その供述の信用性は
公判供述に比し相対的に高いと認められること,(2)A14が,公判で,上記のとおり捜査
段階と異なる供述をした理由について述べるところは取り立てて合理性があるとは認めら
れないこと,(3)A14は,公判で,「A33と一緒にいるときB22にエアウェイを装着しようと
したことがあり,捜査段階ではその場面と混同して述べてしまった。」旨供述するが,A33
は,公判で,そのような場面はなかった旨明確に否定していること,(4)A14は,公判で,
B22事件を含む一連の事件について,自己の刑事責任を軽減させるために不自然不合
理な供述をしている部分が少なくないことなどに照らし,A14の上記公判供述は信用す
ることができない。
 4 ところで,弁護人は,B22は,低色素性貧血症の既往歴があり,また,狭心症の薬で
あるニトロールを携帯していた事実を挙げて,このような状況の下ではB22の死因を特定
することができないとも主張する。
 しかしながら,関係証拠(C27,C28の公判供述等)によれば,貧血があるときは低たん
ぱく血症を伴うことが多く,その場合,麻酔薬と結合するたんぱくが少ないことから,麻酔
薬の作用が強く働くものとされていること,B22の主治医は,平成5年7月以降,数回B22
の心電図をとったが,いずれも正常であり,心疾患の異常はなく,B22が心臓に不安を
抱いていたことから,その不安感を取り除くために,お守りの意味も兼ねてニトロールを処
方して持たせたものであることが認められるのであり,弁護人の指摘する上記事実は上記
の因果関係の判断を左右するものではない。
 5 以上のとおりであるから,判示の逮捕監禁行為とB22の死亡との間に因果関係はな
い旨の弁護人の主張1は採用することができない。
第2 弁護人の主張2(被告人の指示ないし共謀の有無)に対する判断
 1 関係証拠によれば,A28,A14及びA22らが共謀の上,判示罪となるべき事実第
1,第2のとおり,B22を逮捕監禁して死亡させ,その死体を焼却した事実並びに判示第
1の犯行に至る経緯1ないし3,5ないし7及び判示第2の犯行に至る経緯1ないし3,5,7
の事実は優にこれを認めることができる。そこで,被告人が,A28やA22らに対し,これら
の行為を指示したかどうかについて検討する。
 2 まず,A28は,公判で,判示第1の犯行に至る経緯4の事実及び第2の犯行に至る
経緯6の事実に沿う供述(以下「A28公判供述」という。)をしている。
 次に,A22は,B22のらちについて,捜査段階において検察官に対し,「第2サティア
ン3階の第2瞑想室での会議が終わった後,詳しい場所は言えないが,第2サティアン内
で教団の『最高幹部』から,A16,私,A28が呼ばれ,この4名の話合いの中で,この『最
高幹部』の指示によりB22をらちすることが決まった。A6も後から話に参加したような気
がする。B22事件の実行の指示が被告人によるものであったかについて否定はしない
が,現段階では私の口からは『最高幹部』としか言えない。」と述べた上,A22がB22のら
ちを中心に行うこと,A28に手伝ってもらうこと,A50とA14を使うこと,A6の開発したレ
ーザー銃を使うことなどが決まった旨供述し,さらに,「このような決定は,私はA16やA2
8などのレベルの判断ではなく,教団の『最高幹部』の指示によるものだったから,絶対に
従わなければならず,もちろん私たちが勝手に変更したり中止したりすることのできないも
のだった。」と付け加えている。また,A22は,B22の死体の焼却について,捜査段階に
おいて検察官に対し,「私は,A28,A14と一緒に,第6サティアンにいた『最高幹部』に
B22が死亡したことなどを報告し,B22の遺体の焼却にだれが立ち会えばよいのかなど
について相談した。その結果,『最高幹部』の指示により,B22のらちを実行した者で責
任を持って遺体の処理をするということに決まった。『最高幹部』が被告人であるかにつ
いて否定はしないが,今のところは『最高幹部』とだけしか言えない。」旨供述している(以
下,これらの供述を「A22供述」という。)。A22がこれらの供述の中で言う「最高幹部」
は,その言葉の用いられた趣旨ないし文脈に照らし,被告人を指すものであることは明ら
かである。
 さらに,A14は,公判で,判示第2の犯行に至る経緯6の事実に沿う供述をしている(以
下「A14公判供述」という。)。
 3 そこで,A28公判供述等の信用性について検討すると,A28公判供述は,被告人
がB22のらちやその死体の焼却に関して指示したことについて,A22供述やA14公判
供述とよく合致し,相互にその信用性を補強している上,そこで述べられている内容につ
いてみても,これまで違法行為に関与したことのない教団信者のいるところで「ポア」とい
う言葉を使ったことについて弟子から注意されて「らち」と言い換え,さらに「ほかしておこ
うか。」とぼやくに至ったくだりは,被告人がD11を放っておこうという趣旨のことを言いな
がらその直後別室でD11の実兄をらちしてD11の居場所を聞き出すよう指示した経緯を
よく説明し得ているし,B22らちの現場を目撃され警察が動き出している旨の報告を既に
受けていた被告人が,レーザー銃の使用に関してA28と交わした一連の会話の内容も
相応の具体性と現実性を有するなど,その前後における事態の推移ともよく符合し自然
で合理的である。また,教団においては,平成7年1月1日以来,教団施設に対する強制
捜査は相当の関心事となっていたものであり,出家を約束した資産家の教団信者が教団
から布施を強要されるあまり所在不明となっていた状況で,その信者の実兄をらちした場
合,同人がその前日にはボディガードらしき人物を付けるなど教団の違法行為に対して
警戒をしていたふしがあることなどを併せ考慮すると,まずもって警察から疑われるのは
教団であり,ひいては,教団施設が強制捜査を受けることにもなりかねず,このような教団
の存続にも影響を及ぼしかねない行為を,弟子たちが教団の代表者であり弟子たちのグ
ルでもある被告人に無断で計画し実行するとは到底考え難い。A14は,当時,被告人の
指示に基づき修行に入っていたにもかかわらず,B22らちの実行計画にかかわるよう指
示を受けているのであり,そのような指示をすることができるのは被告人をおいてほかに
いないことも,A28公判供述の信用性を補強している。
 さらに,A28は,VX3事件における公判供述と同様に,かつてのグルである被告人に
対する気持ちの整理をした上で被告人の事件への関与を明らかにしようという思いで,
被告人の面前で供述し,しかも,被告人に対する信仰心に特に変化はないと公判で明
言するA22が,捜査段階において検察官に対し,被告人であることを明言するのを避け
最高幹部という言葉を用いながらではあるが被告人からB22のらちやその死体の焼却に
関して指示があったことについてA28公判供述と合致する供述をしていることに照らす
と,A28が,自己の刑事責任を軽減するために無実の被告人を引き込もうとして被告人
に不利益なうその供述をしたとは認められない。
 これらの点に照らすと,A28公判供述,A22供述及びA14公判供述の信用性は高く,
これらの供述をはじめ関係証拠を総合すれば,判示第1の犯行に至る経緯4の事実及び
第2の犯行に至る経緯6の事実が認められ,被告人がA28に対し,B22のらち等やその
死体焼却の指示をしたことは明らかである。
 4 そして,①判示第2の犯行に至る経緯3のとおり,平成7年3月1日午前4時ころ,A6
が,第2サティアンに来てA14に対し,塩化カリウムを注射してB22を殺害する趣旨のこと
をほのめかした上,被告人は昼近くまで帰ってこないなどと言ったこと,②同経緯5のとお
り,それから6時間くらい経過した同日午前10時ころになって,第2サティアンを訪れたA
6が,A14に対し,自分の言ったとおりB22を殺害することになったという趣旨の発言をし
た上,塩化カリウムの注射ではなく,首を絞めることによってB22を殺害し,しかも,A50
を今後教団の違法行為に関与させるために,その実行役をA50にさせるという指示をし
たこと,③さらには,前記認定のとおり,被告人がD11の所在を聞き出すためにB22をら
ちすることをA28らに指示したこと,④B22を殺害する以上はその証拠を隠滅するためこ
れまでのB18事件やB19事件と同様にその死体を焼却する必要があり,それは被告人
やA28らの間で当然の了解事項であったこと,⑤被告人がB22の死体の焼却はB22の
らちを実行した者が責任を持ってするようにA14らに指示したことなどの事実関係を総合
すると,被告人は,同日午前10時ころまでに,A6と相談の上,A50にB22の首を絞めさ
せてB22を殺害し,その死体はマイクロ波焼却装置で焼却することを決意し,その旨A6
を介してA14らに指示したものと認められる。
 なお,A14らは,A6を介して被告人の指示を受け,東京からA50を呼びその到着を待
ってA50にB22を殺害させようとしたが,その前にB22が死亡したため,被告人の指示
に従い,その死体をマイクロ波焼却装置で焼却したものである。
 5 これに対し,A22は,公判で,B22のらちについても,その死体の焼却についても
被告人から指示はなかった旨供述する(以下,この供述を「A22公判供述」という。)。
 しかしながら,A28公判供述の信用性を基礎づける前記の種々の理由のほか,A22
が,捜査段階で検察官にした供述と異なる供述を公判でするに至った理由について合
理的な説明をしていないこと(すなわち,A22は,公判で,「検察官調書に署名する際に
は,尊師との会話を供述調書に残したくなかったので,尊師が何々言ったという表現があ
ったらまずいので,それについてはチェックした。」旨供述するところ,そうであるならば,
調書上被告人を指すことが明らかである「最高幹部」が何を言ったかという点についても
当然に確認しているはずである。)や,A22が公判で被告人に対する信仰心に特に変化
がない旨明言しており,検察官調書中の教団の最高幹部とはA6を指すと供述するなど
被告人をかばい立てするために被告人に有利なうその供述をしていることがうかがわれ
ることなどに照らすと,A22公判供述は信用することができないというべきである。
 6 以上のとおりであるから,被告人はB22のらち及びその死体の焼却についてA28ら
に指示をしていない旨の弁護人の主張2は採用することができない。
[ⅩⅢ 地下鉄サリン事件について]
〔弁護人の主張〕
 1 地下鉄サリン事件において散布された物質がサリンであることについては重大な疑
問がある。すなわち,現場遺留品とされる新聞紙に包まれたサリン入りビニール袋内等の
液体についてサリンを含有するとの鑑定結果があるが,その現場遺留品と鑑定資料との
同一性について証明がされていないし,その鑑定方法も鑑定資料からサリンが検出され
たと結論づけるには十分なものとはいえない。
 2 サリンに被ばくしたとされる被害者らが,実際にサリンに被ばくし,その結果サリン中
毒により死傷したことについては証明がされていない。
 3 地下鉄サリン事件は,教団に対する強制捜査が迫ったことに危機感を抱いたA6及
びA28が,被告人を差し置いて,相談し企画立案した上で,指揮を執り,実行役をして
実行させたものであり,被告人が,A6,A28及びA19らに対し,地下鉄電車内にサリン
を散布するよう指示をした事実はなく,被告人が同席していたリムジン車内においても地
下鉄サリン事件の実行について何ら決定されていなかったものであるから,被告人には
地下鉄サリン事件に係る殺人の共謀は存しない。
〔当裁判所の判断〕
第1 弁護人の主張1(現場遺留品がサリンを含有するか否か)に対する判断
 1 関係証拠によれば,次の事実が認められる(なお,特に年月日を記載していない時
刻は平成7年3月20日のものであり,営団地下鉄の駅名については駅名のみ記載し
た。)。
 (1)A53は,日比谷線A720S電車の第3車両に持ち込みその床上に落とした新聞紙
で包まれたサリン入りビニール袋3袋(以下「新聞包み①」という。)を傘で突き刺した後,
直ちに秋葉原駅で降車した。同電車は,午前8時ころ,同駅を出発し,午前8時2分ころ,
小伝馬町駅に到着したが,その間,新聞包み①からサリン混合液が床上に流れ出すとと
もにサリン等が気化して車両内に拡散して刺激臭を発するなどしたため,同車両内の乗
客が,異臭を感じ,また,息苦しくなってきたことから,同駅で,新聞包み①をホーム上に
押し出した。同電車は,午前8時3分ころ,同駅を出発し,人形町駅,茅場町駅,八丁堀
駅に順次停車した後,午前8時10分ころ,築地駅に到着し,同駅で運転が中止された。
 警察官が,小伝馬町駅ホームで新聞包み①を発見し,午前10時35分ころ,応援に駆
け付けた警察官にこれをビニール袋,布袋,大型ビニール袋に重ねて入れさせて回収し
た。同回収物は,午後3時5分ころから,大宮市にある陸上自衛隊化学学校で仕分けさ
れた結果,新聞包み①を収納していたビニール袋内に黒褐色の油様の液体が若干量あ
り,その新聞紙は同液体で湿っていたことや,新聞包み①の中には,約20㎝四方の四
角形の一隅が切り落とされた五角形の密封型のビニール袋2袋と,同様の形のビニール
袋1袋を更に約25㎝四方の大型のビニール袋に密封したもの1袋があることが判明し
た。
 同液体の毒物含有の有無等について,警視庁科捜研薬物研究員C29らにより鑑定が
され,同液体がサリンを含有する旨の結果が得られた。
[A53,C30,C31,C32,C33,C34,C35,C29,A甲65,11675,11676,11678
ないし11680,11683,11768等]
 (2)A25は,日比谷線B711T電車の第1車両に持ち込みその床上に置いた新聞紙で
包まれたサリン入りビニール袋2袋(以下「新聞包み②」という。)を傘で突き刺した後,直
ちに恵比寿駅で降車した。同電車は,午前8時2分ころ,同駅を出発し,広尾駅,六本木
駅に順次停車し,午前8時11分ころ,神谷町駅に到着したが,その間,新聞包み②から
サリン混合液が床上に流れ出すとともにサリン等が気化して車両内に拡散するなどしたこ
とから,せき込んだり,けいれんを起こしたりする乗客が出るなどしたため,同駅で同車両
内の乗客はすべて降車し,同車両を空にした状態で,同電車は,午前8時18分ころ同駅
を出発し,午前8時20分ころ霞ヶ関駅に到着し,同駅で運転が中止された。
 警察官が,午前9時25分ころ,日比谷線霞ヶ関駅に停車していた同電車の第1車両内
の床上にぬれた新聞包み②を発見し,機動隊処理班に指示し,その周辺の床上に流出
した液体を脱脂綿に付け,それをビニール袋に入れて領置し,警視庁科捜研係員に渡
すとともに,新聞包み②もビニール袋に入れて領置した。後者の領置物は,午後6時50
分ころから,大宮市にある陸上自衛隊化学学校で仕分けがされた結果,新聞包み②の
中に,約20㎝四方の四角形の一隅が切り落とされた五角形の密封型のビニール袋2袋
があることが判明した。
 上記脱脂綿に付着させた液体の毒物含有の有無等について,警視庁科捜研薬物研
究員C29らにより鑑定がされ,同液体からサリンが検出された旨の結果が得られた。
[A25,C30,B38,B39,C36,C37,C38,C34,C35,C29,A甲11695,11696,
11698ないし11700,11769]
 (3)A23は,丸ノ内線A777電車の第3車両に持ち込みその床上に落としたサリン入り
ビニール袋2袋(以下「ビニール袋③」という。)を傘で突き刺した後,直ちに御茶ノ水駅で
降車した。同電車は,午前7時59分ころ,同駅を出発し,淡路町駅,大手町駅等の各駅
を経て,午前8時25分ころ,中野坂上駅に到着したが,その間,ビニール袋③からサリン
混合液が床上に流れ出すとともにサリン等が気化して車両内に拡散するなどしたことか
ら,倒れたり,目の前が暗く感じたり,せき込んだりする乗客が出るなどし,同駅におい
て,異常に気付いた同駅の駅員が,倒れた乗客を運び出すとともに,同車両内のドア付
近の床上にあったビニール袋③を新聞紙に乗せてホーム中央に置き,さらにそれをビニ
ール袋に入れて同駅事務室に運んだ。警察官は,午前9時30分ころ,駅員から同ビニ
ール袋について任意提出を受けてこれを領置した。なお,同電車は,午前8時30分こ
ろ,同駅を出発し,その後新高円寺駅等に停車した後,午前8時40分ころ,終点の荻窪
駅に到着した。
 上記の領置物は,平成7年3月24日午後4時34分ころから,大宮市にある陸上自衛隊
化学学校で仕分けがされた結果,ビニール袋③の中に,約20㎝四方の四角形の一隅が
切り落とされた五角形の密封型のビニール袋2袋があり,そのうち1袋に無色及び薄茶色
の2層をなす液体が在中していることが判明した。
 同液体の毒物含有の有無等について,警視庁科捜研薬物研究員C1らにより鑑定がさ
れ,同液体がサリンを含有する旨の結果が得られた。
[A23,C30,B42,B41,C39,C40,C35,C13,C41,C29,C1,A甲11708,11
710,11712,11715,11770]
 (4)A33は,千代田線A725K電車の第1車両に持ち込みその床上に落とした新聞紙
に包まれたサリン入りビニール袋2袋(以下「新聞包み④」という。)を傘で突き刺した後,
直ちに新御茶ノ水駅で降車した。同電車は,午前8時4分ころ,同駅を出発し,大手町
駅,二重橋前駅,日比谷駅に停車した後,午前8時12分ころ,霞ヶ関駅に到着したが,
その間,新聞包み④からサリン混合液が床上に流れ出すとともにサリン等が気化して車
両内に拡散するなどしたことから,座席に倒れ込んだり,せき込んだりする乗客が出るな
どした。同駅においては,B33助役やB34助役らが,同車両内から新聞包み④をホーム
上に出し,同車両内に流れ出ていた液体を新聞紙でふき,ふいた新聞紙や新聞包み④
をビニール袋に入れて千代田線駅事務室に運んだ。警察官は,午前11時27分ころ,駅
員から同ビニール袋の任意提出を受け,機動隊処理班に回収させてこれを領置した。な
お,同電車は,同駅を午前8時14分ころ出発し,午前8時16分ころ国会議事堂前駅に到
着し,運転を中止した。
 上記の領置物は,同月24日午後1時50分ころから,大宮市にある陸上自衛隊化学学
校で仕分けがされた結果,新聞包み④の中に,約20㎝四方の四角形の一隅が切り落と
された五角形の密封型のビニール袋2袋があり,そのうち1袋に無色及び薄茶色の2層を
なす液体が在中していることが判明した。
 同液体や上記領置物中の湿った新聞紙の毒物含有の有無等について,警視庁科捜
研薬物研究員C29らにより鑑定がされ,同液体は約615ミリリットル(以下,この液体を
「霞ヶ関駅物件」という。)であり,サリンを含有し,新聞紙からサリンが検出された旨の結
果が得られた。
[A33,C30,B44,C42,C43,C35,C13,C44,C45,C29,C1,A甲11729,11
730,11733,11734,11738,11740,11743ないし11745,11771]
 (5)A26は,6両編成の丸ノ内線B701電車の第5車両に持ち込みその床上に移動し
た新聞紙に包まれたサリン入りビニール袋2袋(以下「新聞包み⑤」という。)を傘で突き刺
した後,直ちに四ッ谷駅で降車した。同電車は,午前8時2分ころ,同駅を出発し,赤坂
見附駅,国会議事堂前駅等の各駅を経て,午前8時30分ころ,終点の池袋駅に到着し,
折り返し新宿行きのA801電車として午前8時32分に池袋駅を出発し,午前8時42分に
本郷三丁目駅に到着したが,その間,新聞包み⑤からサリン混合液が床上に流れ出すと
ともにサリン等が気化して車両内に拡散するなどしたことから,せき込んだり,視界が暗く
感じたりする乗客が出るなどした。同駅で,駅員が,同電車の第2車両(B701電車の第5
車両に相当する。)から新聞包み⑤をちりとりに掃き入れ,そのころ,警察官がその任意
提出を受けて領置し,ゴミ用ビニール袋に入れた。
 上記の領置物は,同月25日午前9時40分ころから,大宮市にある陸上自衛隊化学学
校で仕分けがされた結果,新聞包み⑤の中に,約20㎝四方の四角形の一隅が切り落と
された五角形の密封型のビニール袋2袋があり,いずれにも無色及び薄茶色の2層をな
す液体が在中し,液量は一方が少なく他方が多いことが判明した。
 同液体の毒物含有の有無等について,警視庁科捜研薬物研究員C29らにより鑑定が
され,同液体は一方は約50ミリリットル,他方は約630ミリリットル(以下,後者の液体を
「本郷三丁目駅物件」という。)であり,いずれもサリンを含有する旨の結果が得られた。
[A20,C30,B45,B46,B47,B48,C46,C47,C35,C29,C1,A甲11757,117
60,11761,11764,11767,11773,11774]
 2 上記認定によれば,地下鉄サリン事件の実行担当者が地下鉄車両内に持ち込み傘
で突き刺した新聞包み①②④⑤内の各ビニール袋及びビニール袋③の中にあった液体
又はそのビニール袋から流れ出た液体について警視庁科捜研において鑑定がされ,い
ずれもサリンを含有する又はサリンが検出されたとの鑑定結果が得られた事実を優に認
めることができる。そのことは,地下鉄サリン事件の実行に使用されたビニール袋を製作
したA14が,公判において,鑑定資料の一部であるビニール袋の写真を見て自分が作
った袋である旨認めていることや,鑑定結果の内容も,サリンの生成にかかわったA19,
A14及びA24の認識とも格別異なるものではないことからも明らかである。
 したがって,現場遺留物と鑑定資料の同一性が証明されていない旨の弁護人の主張
は採用することができない。
 3 次に,警視庁科捜研における上記鑑定の経過ないし方法についてみると,関係証
拠(主として1の鑑定関係の証拠等)によれば,(1)警視庁科捜研研究員において,①全
鑑定資料について,GC/MS(EI法)による分析を行い,信頼性の置けるニストのライブ
ラリーにあるサリンのスペクトルや他のサリンのデータとも照合した上で,サリンと同定した
こと,②霞ヶ関駅物件及び本郷三丁目駅物件について,CI法による分析を行い,サリン
の分子量と一致するスペクトルを得たこと,③霞ヶ関駅物件に関し,水素とリン31につい
て核磁気共鳴法(NMR)を実施し,同物件がメチルホスホン酸タイプのリン化合物でリン
とフッ素が結合している旨の結果を得たこと,④霞ヶ関駅物件について水酸化カリウム水
溶液により加水分解したところ,メチルホスホン酸モノイソプロピルエステルを確認するこ
とができ,また,同物件を,エタノールに金属ナトリウムを溶かした物に加えたところ,メチ
ルホスホン酸エチルイソプロピルエステルを確認することができるなど,同物件がサリンで
あることの裏付けを得たこと,⑤全鑑定資料について,サリンのほかに,サリンの副生成
物であるメチルホスホン酸ジイソプロピルエステル及びジフロからサリンを生成する際に
発生するフッ化水素をトラップすると同時に反応促進剤の役割を果たすNNジエチルア
ニリンを検出したこと,⑥数個の鑑定資料から,工業用ノルマルヘキサンの成分であるノ
ルマルヘキサン,2-メチルペンタン,3-メチルペンタン及びメチルシクロペンタンを検
出したこと,⑦霞ヶ関駅物件についてNMRにより分析した結果,同物件中にサリンが約
35%の割合で含まれている旨の結果を得たこと,(2)科警研においては,GC/MSによ
る分析がされ,霞ヶ関駅物件中にサリンが約30%含まれている旨の鑑定結果が得られた
ことなどが認められる。
 上記認定に係る鑑定の経過ないし方法に照らすと,上記鑑定資料である液体にサリン
が含有されている,又は,同液体からサリンを検出した旨の鑑定結果は十分に首肯する
に足りるものというべきである。さらに,その鑑定結果は,教団において,そのサリンが,ヘ
キサンを溶媒としNNジエチルアニリンを反応促進剤として使い,ジフロにイソプロピルア
ルコールを滴下させて生成されたものであること,サリン生成後に,A24がGC/MSなど
により,生成した液体にサリンが約30%含有されていることを確認したこと,後記のとおり
サリンに被ばくした被害者のうち数人の血液中からサリンの第1次加水分解物であるメチ
ルホスホン酸モノイソプロピルが検出されたことともよく整合している。
 これらの点に照らすと,地下鉄サリン事件の実行担当者が地下鉄車両内に流出させた
液体はサリンを含有するものであったことは明らかである。
 以上のとおりであるから,弁護人の主張1は採用することができない。
第2 弁護人の主張2(死傷被害者らがサリンに被ばくしたか否か)に対する判断
 1 B23について
 (1)B23は,普段自宅から茅場町駅が最寄り駅である会社に通勤するため,東武伊勢
崎線で北千住駅まで行き同駅で同駅始発の日比谷線電車に乗り換え茅場町駅で下車
していた。同人は,平成7年3月20日も午前7時15分ころ,会社に出勤するため自宅を
出て,東武伊勢崎線を利用して北千住駅に午前7時45分前後ころ到着し,同駅で日比
谷線電車(午前7時46分発のA720S電車の可能性が高い。)に乗車したが,小伝馬町
駅に到着した際,降車を余儀なくされた。同人は,午前8時30分ころ,既に死亡した状態
で,小伝馬町駅の地上出入口であるSビル口付近で他の傷病者と共に自動車に乗せら
れ,E28病院に搬送された。
 C48医師らの鑑定によれば,同月21日に採取されたB23の心臓内血液中の血清コリ
ンエステラーゼ値は41IU/リットル(同医師らの計測による正常値は245~470IU/リッ
トル),赤血球真コリンエステラーゼ値は0.1U/ミリリットル(同正常値は1.2~2.0U/ミ
リリットル),赤血球偽コリンエステラーゼ値は1.4U/ミリリットル(同正常値は4.1~8.5
U/ミリリットル)であり,いずれも異常低値とされた。
 同医師らは,遺体の主要臓器全体において強いうっ血が見られたことから,死亡の直
前に急激な呼吸循環障害が生じていたとした上,主要臓器のうっ血は上記のコリンエス
テラーゼ阻害による呼吸不全が生じたため低酸素状態又は窒息状態に陥って心機能・
循環障害を引き起こしたことによるものとし,他に急激な呼吸循環障害を生じた原因とな
る異常が認められないことから,死因はコリンエステラーゼ阻害性毒物中毒による急性呼
吸循環不全である旨の鑑定をした。
 なお,科警研C20技官らの鑑定において,B23の解剖時に採取された血液中の血しょ
うに係るブチリルコリンエステラーゼの活性値は0.58U/ミリリットルであり,赤血球に係る
アセチルコリンエステラーゼの活性値は0.15U/ミリリットルであり,正常値(同技官らの計
測による正常人8名の血しょうに係るブチリルコリンエステラーゼの活性値は1.84~4.4
5U/ミリリットルで平均値は3.0U/ミリリットルであり,同赤血球に係るアセチルコリンエス
テラーゼの活性値は2.21~7.56U/ミリリットルで平均値は4.9U/ミリリットルである。)
と比較して低い値とされた。
[A甲73,11935,11950,C49,C48,C20]
 (2)上記の事実関係に加え,前記第1の1の認定事実をも併せ考えると,B23は,北千
住駅から日比谷線A720S電車に乗車し,同電車内又は小伝馬町駅構内においてサリ
ンガスを吸入し,サリン中毒により死亡したものと認められる。
 (3)なお,弁護人は,A甲11935(C48ら作成の鑑定書)について,経口による毒薬物
の摂取を調べるための胃内容物の検査を怠っており,コリンエステラーゼ値の低下が致
死の程度にあったとの証明もなく,他の死因も否定し切れず,死因の鑑定として不十分
である旨主張する。
 しかしながら,C48医師は,コリンエステラーゼ活性を阻害するものとしては有機リン系
ガスのほかに有機リン系農薬やカーバメイト剤があるが,致死量の有機リン系農薬やカー
バメイト剤を飲んでいれば強いにおいがするはずであるのにそれを疑う所見がなかったこ
とから,胃内容物の詳しい検査をしなかったものであり[C48],関係証拠に照らしても,
同医師の鑑定手法や上記の判断過程に誤りがあるとはいえず,この点に関する弁護人
の主張は採用することができない(このことは,同医師ら作成の他の鑑定書であるA甲11
937,11939,11943,11945についても同様である。)。
 (4)弁護人は,A甲11950(C20ら作成の鑑定書)について,①鑑定資料である血液
は,遺体解剖をした医師が解剖に際し採取して捜査機関に任意提出し捜査機関から科
警研に鑑定嘱託されたものであるが,他の機関に鑑定させるならば別個の令状により血
液の採取をさせるべきであって,死体解剖のための鑑定処分許可状をもってこれに代え
ることは許されないから,鑑定資料の収集過程に令状主義に反する重大な違法があり,
同鑑定書には証拠能力がない,②鑑定資料や比較対象である正常人血液についての
コリンエステラーゼ活性値の測定の正確性や,両数値を比較する作業における手法の正
確性,客観性に問題がある旨主張する。
 しかしながら,前記(松本サリン事件における当裁判所の判断第1)のとおり,死亡者の
死因等について鑑定を受託した鑑定人は,鑑定について必要がある場合には,鑑定処
分許可状に基づき死体を解剖することができるとされているが,死因等を鑑定するために
解剖の際血液の一部を採取して保管し,自らの鑑定を補助させるために他の機関に毒
物含有の有無等の検査を依頼する意図でこれを捜査機関に任意提出することもまた,格
別遺族の権利ないし利益を新たに侵害することがないことから,許されるものと解するの
が相当であり,C48医師らは,上記の趣旨で解剖の際採取した血液の一部を捜査機関
に任意提出したものであるから,その行為に違法があるとは認められない。もとより,関係
証拠から認められる遺族感情等に照らすと,当該血液の処分について遺族の推定的承
諾がないものとは考えられず,いずれにしても,上記の鑑定書の証拠能力が否定される
いわれはないというべきである(このことは,同技官ら作成の他の鑑定書であるA甲1195
5,11960,11965,11970,11975,11980,11985,11990,11995,12000につ
いても同様である。)。
 また,関係証拠に照らしても,C20技官らによるコリンエステラーゼ活性値の測定の正
確性に疑いを抱かせる事情は見出し難いし,同活性値の正常値を求める過程において
検体を8人とした点も不合理とはいえず(このことは,同技官ら作成の上記他の鑑定書に
ついても同様である。),さらに,B23の血液の同活性値が正常値と比較して低い値であ
ったとする点も何ら疑問はないというべきである。
 以上のとおりであるから,A甲11950に関する弁護人の上記主張は採用することができ
ない。
 2 B24について
 (1)B24は,普段自宅から霞ヶ関駅が最寄り駅である会社に通勤するため,自宅から歩
いて5分くらいのところにある日比谷線北千住駅で電車に乗り同線霞ヶ関駅で下車して
いた。同人は,平成7年3月20日も会社に出勤するため午前7時33分ないし39分ころ自
宅を出て,日比谷線北千住駅で電車(午前7時46分発のA720S電車の可能性が高
い。)に乗車したが,小伝馬町駅に到着した際,降車を余儀なくされた。同人は,午前8
時過ぎころ,同駅構内で大声で奇声を発し足をばたつかせ鼻水やよだれが出ている状
態で救護され,午前9時8分ころ,縮瞳し既に心肺機能が停止している状態で判示E23
クリニックに搬入され,午前10時2分ころ,同クリニックで死亡した。同クリニックで行われ
たB24の血液化学検査では,血しょう中コリンエステラーゼ活性値は0.03(同クリニック
での正常値は0.70~1.20)であった。
 C50医師らの鑑定によれば,同月21日の解剖時に採取されたB24の脳組織(前頭葉
皮質部分)のアセチルコリンエステラーゼ活性値は26.6mU/g(同医師らの計測による
正常値は110.0±8.1mU/g)で,著しく低下していたとされ,また,赤血球由来のアセ
チルコリンエステラーゼに結合しているリン酸化合物としてサリンの第1次分解物質である
メチルホスホン酸モノイソプロピル及び第2次分解物質であるメチルホスホン酸が検出さ
れた。また,同医師により,脳組織のアセチルコリンエステラーゼに結合しているサリン分
解物の検出が試みられ,脳組織からメチルホスホン酸が検出された。
 同医師らは,解剖所見は急死の所見が認められるのみで内因死を考えなければならな
い所見は認められないことや,上記の検査成績や検出結果等を総合した上で,B24の
死因は急性サリン中毒死である旨の鑑定をした。
 なお,科警研C20技官らの鑑定において,B24の解剖時に採取された心臓血中の血
しょうに係るブチリルコリンエステラーゼの活性値は0.58U/ミリリットルであり,赤血球に
係るアセチルコリンエステラーゼの活性値は0.15U/ミリリットルであり,前記の正常値(ブ
チリルコリンエステラーゼの活性値は1.84~4.45U/ミリリットルで平均値は3.0U/ミリリ
ットル,アセチルコリンエステラーゼの活性値は2.21~7.56U/ミリリットルで平均値は
4.9U/ミリリットル)と比較して低い値であるとされ,また,同人の心臓血がサリンの第1次
分解物質であるメチルホスホン酸モノイソプロピルを含有するとされた。
[A甲74,11955,12003,C20,C51,C50]
 (2)上記の事実関係に加え,前記第1の1の認定事実をも併せ考えると,B24は,北千
住駅から日比谷線A720S電車に乗車し,同電車内又は小伝馬町駅構内においてサリ
ンガスを吸入し,サリン中毒により死亡したものと認められる。
 (3)アこれに対し,弁護人は,①A甲12003(C50ら作成の鑑定書)について,C50医
師ら自身が鑑定をしていない疑いがある上,その鑑定の手法及び推論の過程に重大な
疑問がある旨,②同鑑定書及び第54回公判調書中の同医師の供述部分(速記録24丁
~38丁)について,同医師は,鑑定終了後も,死体解剖保存法に違反して,遺族の承諾
等のないまま死体の一部である脳の一部を保管し続け,その一部を消費して検査行為
等を行ったものであり,そのような違法な行為によって収集した検査結果を証言すること
によりその不備を補完した同鑑定書並びに同検査過程及び結果について証言した同医
師の供述部分は違法収集証拠に基づくものとして証拠から排除されるべきである旨,③
鑑定資料である心臓血がメチルホスホン酸モノイソプロピルを含有するとしたA甲11955
(C20ら作成の鑑定書)について,保持指標から計算したサリンの保持時間が他の鑑定
書と5秒異なる上,本来一つであるべき標品の保持時間が2種類あるなど,GC/MSに
よる検査の正確性等について著しい疑問がある旨を主張する。
 イしかしながら,関係証拠によれば,(ア)C50医師は,解剖には少なくとも補助者とし
て立ち会い,鑑定作業の中で補助者を使用している部分もあるが,鑑定書の内容につい
ては相鑑定人と討論するなどしてすべてチェックしており,(イ)参考にしたカルテ等が鑑
定書に添付されていないものの,そのことから直ちに検査成績等の鑑定への引用に信用
性が欠けるわけではなく,(ウ)カーバメイト製剤についても,これを溶かしている有機溶剤
の異臭が遺体に認められないことを確認するなど検討がされており,(エ)メチルホスホン
酸やメチルホスホン酸モノイソプロピルの検出からサリンに被ばくしたことを推定しても不
合理とはいえず,(オ)脳組織のアセチルコリンエステラーゼ活性値の測定経過や赤血球
アセチルコリンエステラーゼ結合性リン酸化合物の検出経過は合理的であり鑑定手法と
してこれを否定するいわれはないなどC50医師の鑑定手法ないし鑑定経過やその判断
において,格別疑問を差し挟むような事情はうかがわれない(このことは,同医師ら作成
の他の鑑定書であるA甲12005,12007[なお,同医師自ら解剖したものである。],12
009についても同様である。)。
 なお,C50医師は,上記鑑定において,鑑定資料の全血におけるアセチルコリンエス
テラーゼの活性値と正常人の血清中のブチリルコリンエステラーゼ活性値とを比較可能
な条件で測定しているか証拠上判然としないが,C20技官らによる鑑定によれば,鑑定
資料に係るアセチルコリンエステラーゼ活性値及びブチリルコリンエステラーゼ活性値は
いずれも正常値と比較して明らかに低い値であると認められるのであるから,結局,上記
の不明確さが上記鑑定の結果を左右するものとはいえない。
 これらの事情等に照らすと,弁護人の上記①の主張は採用することができない。
 ウ次に,C50医師は,A甲12003に係る鑑定終了後も,遺族の明示の承諾のないま
ま遺体の一部である脳の一部を保管し続け,その一部を消費して検査行為等をしていた
ものである。脳組織のアセチルコリンエステラーゼに結合しているサリン分解物の検出を
試み,脳組織からメチルホスホン酸を検出し,その検出経過及び結果も公判で証人とし
て供述したものである[C50]。
 ところで,死体解剖保存法は,大学医学部の法医学の教授が解剖する場合や刑事訴
訟法225条1項の規定により解剖する場合などに死体の解剖をすることができる者は,医
学の教育又は研究のため特に必要があるときは,遺族から引渡しの要求がない限り,解
剖をした後その死体の一部を標本として保存することができる旨を規定している(18条)
が,サリンに被ばくした者の脳組織については医学の教育又は研究のため特にこれを保
存する必要があるものと言い得る上,いったん鑑定は終了したとして鑑定書を提出してい
ても当該事件の公判審理が終了するまでは一定の限度で鑑定の補充ないし追加や再
試の必要性が生じることも考えられるから,そのために鑑定資料を返還することなく保存
することにも理由が全くないわけではなく,実際に,C50医師は,鑑定受託事項に関する
鑑定の補充ないし追加として,上記認定のとおり,脳組織からサリン分解物の検出を試
みてメチルホスホン酸を検出し,公判において,証人としてその検出経過及び結果につ
いて供述したものである。また,遺族から引渡し要求があったと認めるに足りる事情もうか
がわれない。したがって,このような事実関係の下では,遺族の承諾等がないとしても,
上記鑑定書(A甲12003)提出後の鑑定の補充ないし追加に関する公判供述がその証
拠能力を否定されるほどの重大な違法を帯びているとはいえないし,もとより,上記鑑定
書(A甲12003)までが違法に収集された証拠になるものではない。したがって,弁護人
の上記②の主張は採用することができない。なお,C50医師は,脳組織のアセチルコリン
エステラーゼ活性値の正常値を得るために,遺族の承諾を得ずに集めていた別件の脳
組織を使用しているが,上記の趣旨に準じて考慮すると,鑑定書の証拠能力に影響する
ような重大な違法があるとはいえないというべきである。また,脳組織のアセチルコリンエ
ステラーゼに結合しているサリン分解物であるメチルホスホン酸を検出した手法,経過及
び判断内容それ自体にも不合理な点はうかがわれない(以上の点は,C50医師ら作成
の他の鑑定書であるA甲12005,12007,12009やそれらの鑑定内容に関する同医師
の公判供述においても同様である。)。
 エA甲11955についてみると,関係証拠によれば,サリンの保持時間の記載に2種類
あるのは単なる誤記であり,メチルホスホン酸モノイソプロピルの保持時間の記載に2種
類あるのは誤差を考慮したものであって,いずれも鑑定結果を左右するものではなく,そ
の他の点においてもC20技官らが鑑定資料からGC/MSによりメチルホスホン酸モノイ
ソプロピルを検出した手法,経過及び結果について格別不合理な点はうかがわれず,そ
の正確性に疑問を差し挟む事情は見当たらない。弁護人の上記③の主張は採用するこ
とができない(このことは,C20技官ら作成のA甲11960についても同様である。)。
 3 B25について
 (1)B25は,普段,東西線を利用して茅場町駅まで行き同駅で日比谷線に乗り換え同
線を利用して目黒区x2にある会社に通勤していた。同人は,平成7年3月20日朝も,通
勤途中,日比谷線茅場町駅で電車(A720S電車の可能性が高い。)に乗車したが,次
の八丁堀駅に到着した際,降車を余儀なくされ,同駅のホームに保険証を入れたかばん
や紙袋を遺留したまま,同駅から救急車でE24病院まで搬送され,午前10時30分ころ,
同病院で死亡した。
 C48医師らの鑑定によれば,同月21日に採取されたB25の心臓内血液中の血清コリ
ンエステラーゼ値は50IU/リットル(同医師らの計測による正常値は245~470IU/リッ
トル),赤血球真コリンエステラーゼ値は0.1以下U/ミリリットル(同正常値は1.2~2.0
U/ミリリットル),赤血球偽コリンエステラーゼ値は1.7U/ミリリットル(同正常値は4.1~
8.5U/ミリリットル)であり,いずれも異常低値とされた。
 同医師らは,遺体の主要臓器全体において強いうっ血が見られたことから,死亡の直
前に急激な呼吸循環不全が生じていたとした上,上記の重症のコリンエステラーゼ障害
や後記の科警研における心臓血からメチルホスホン酸モノイソプロピルが検出された旨
の鑑定結果をも踏まえ,上記の主要臓器のうっ血はサリン中毒による呼吸不全が生じた
ため低酸素状態又は窒息状態に陥って心機能障害を含む循環障害を引き起こしたこと
によるものとし,他に急激な呼吸循環障害を生じた原因となる異常が認められないことか
ら,死因はサリン中毒による急性呼吸循環不全である旨の鑑定をした。
 なお,科警研C20技官らの鑑定において,B25の解剖時に採取された心臓血中の血
しょうに係るブチリルコリンエステラーゼの活性値は0.63U/ミリリットルであり,赤血球に係
るアセチルコリンエステラーゼの活性値は0.00U/ミリリットルであり,前記の正常値(ブチ
リルコリンエステラーゼの活性値は1.84~4.45U/ミリリットルで平均値は3.0U/ミリリッ
トル,アセチルコリンエステラーゼの活性値は2.21~7.56U/ミリリットルで平均値は4.
9U/ミリリットル)と比較して低い値とされた。
[A甲72,75,11937,11960,C48,C20]
 (2)上記の事実関係に加え,前記第1の1の認定事実をも併せ考えると,B25は,茅場
町駅から日比谷線A720S電車に乗車し,同電車内又は八丁堀駅構内においてサリン
ガスを吸入し,サリン中毒により死亡したものと認められる。
 4 B26について
 (1)B26は,普段,自宅から六本木駅が最寄り駅である会社に通勤するため,東西線を
利用して茅場町駅まで行き同駅で日比谷線に乗り換え六本木駅で下車していた。同人
は,平成7年3月20日朝も,通勤途中,日比谷線茅場町駅で電車(A720S電車の可能
性が高い。)に乗車したが,築地駅から救急車でE25病院まで搬送され,午前10時30
分ころ,同病院で死亡した。
 C48医師らの鑑定によれば,同月21日に採取されたB26の心臓内血液中の血清コリ
ンエステラーゼ値は63IU/リットル(同医師らの計測による正常値は245~470IU/リ
ットル),赤血球真コリンエステラーゼ値は0.1U/ミリリットル(同正常値は1.2~2.0U
/ミリリットル),赤血球偽コリンエステラーゼ値は1.9U/ミリリットル(同正常値は4.1~8.
5U/ミリリットル)であり,いずれも異常低値とされた。
 同医師らは,遺体の主要臓器全体において強いうっ血が見られたことから,死亡の直
前に急激な呼吸循環障害が生じていたとした上,主要臓器のうっ血は上記のコリンエス
テラーゼ阻害による呼吸不全が生じたため低酸素状態又は窒息状態に陥って心機能・
循環障害を引き起こしたことによるものとし,なお,血清中のトリグリセライド,リン脂質,遊
離脂肪酸,総コレステロール及び遊離コレステロールが高値を示しているのは高脂血症
又は食後の脂質値上昇によるもので直ちに死因となり得る異常とはいえず,他に急激な
呼吸循環障害を生じた原因となる異常が認められないことから,死因はコリンエステラー
ゼ阻害性毒物中毒による急性呼吸循環不全である旨の鑑定をした。
 なお,科警研C20技官らの鑑定において,B26の解剖時に採取された心臓血中の血
しょうに係るブチリルコリンエステラーゼの活性値は0.80U/ミリリットルであり,赤血球に
係るアセチルコリンエステラーゼの活性値は0.43U/ミリリットルであり,前記の正常値(ブ
チリルコリンエステラーゼの活性値は1.84~4.45U/ミリリットルで平均値は3.0U/ミリ
リットル,アセチルコリンエステラーゼの活性値は2.21~7.56U/ミリリットルで平均値は
4.9U/ミリリットル)と比較して低い値とされた。
[A甲72,76,11939,11965,C48,C20]
 (2)上記の事実関係に加え,前記第1の1の認定事実をも併せ考えると,B26は,茅場
町駅から日比谷線A720S電車に乗車し,同電車内又は築地駅構内においてサリンガス
を吸入し,サリン中毒により死亡したものと認められる。
 5 B27について
 (1)B27は,普段自宅から神谷町駅が最寄り駅である会社に通うため,東武伊勢崎線
を利用し北千住駅から日比谷線に入り神谷町駅で下車していた。同人は,平成7年3月
20日朝も,会社に行くため北千住駅に午前7時46分前ころ到着するような時刻に自宅を
出て,電車に乗り日比谷線北千住駅を経由して(北千住駅始発の午前7時46分発のA7
20S電車に乗り換えた可能性が高い。)築地駅に到着した後,救急車でE26病院まで搬
送された。その時点においては,同人の血液中のコリンエステラーゼ活性の低下が観察
され,著名な縮瞳が認められた。同人は,同病院でパムの投与などの治療を受け,血液
中のコリンエステラーゼ活性値はほぼ正常値に回復したものの,同月22日午前7時10
分ころ,同病院で死亡した。
 C50医師らの鑑定によれば,同日の解剖時に採取されたB27の脳組織(前頭葉皮質部
分)のアセチルコリンエステラーゼ活性値は33.8mU/g(同医師らの計測による正常値は
110.0±8.1mU/g)で,著しく低下していたとされ,また,赤血球由来のアセチルコリン
エステラーゼに結合しているリン酸化合物としてサリンの第1次分解物質であるメチルホ
スホン酸モノイソプロピル及び第2次分解物質であるメチルホスホン酸が検出された。ま
た,同医師により,脳組織のアセチルコリンエステラーゼに結合しているサリン分解物の
検出が試みられ,脳組織からメチルホスホン酸が検出された。なお,脳神経細胞と血管と
の間には障壁すなわち血液脳関門があり,治療薬であるパムはこれを通って脳神経細
胞に達することができないため,パムの投与により血液中のコリンエステラーゼ活性値が
正常値に回復したにもかかわらず脳組織のコリンエステラーゼ活性値が著しく低下したま
まであることに矛盾はない(この点は,B34についても同様である。)。
 同医師らは,解剖所見では急死の所見が認められるのみであること,肝硬変の所見が
認められたが中等度のものであるなど経過及び解剖所見より考えて死因となり得る程度
のものではないことや,上記の検査成績や検出結果等を総合した上で,B27の死因はサ
リン中毒死である旨の鑑定をした。
[A甲72,77,12005,C50]
 (2)上記の事実関係に加え,判示第1の1の認定事実をも併せ考えると,B27は,北千
住駅から日比谷線A720S電車に乗車し,同電車内又は築地駅構内においてサリンガス
を吸入し,サリン中毒により死亡したものと認められる。
 6 B28について
 (1)B28は,普段,自宅から最寄り駅が人形町駅である会社に通勤するため,JR線を使
って上野駅まで行き,同駅で日比谷線に乗り換え人形町駅で下車していた。同人は,平
成7年3月20日朝も,通勤途中,上野駅から日比谷線の電車(A720S電車に乗った可
能性が高い。)に乗車したが,小伝馬町駅に到着した際,降車を余儀なくされ,同駅ホー
ム上に押し出された新聞包み①から約4.5m離れたホーム上で全身をけいれんさせて
仰向けに倒れていたところ,午前8時35分ころ,乗降客に一時介抱してもらい,午前9時
ころ,縮瞳,心肺停止の状態でE27病院に搬送され,蘇生術が施行され,心拍は回復し
たが,意識は戻らなかった。血液中のコリンエステラーゼ値は,同日に17単位/リットル
(同病院での計測による正常値は186~490単位/リットル)であり,4日目に151単位と
やや回復したが正常範囲には至らなかった。B28は,3日目の脳波検査では脳波平坦
で,8日目の聴性脳幹反射検査でも誘発電位が得られず,脳死状態であり,以後,心臓
機能が低下し,呼吸器感染,腎不全が続発し,同年4月1日に同病院で意識の回復しな
いまま死亡した。
 C52医師は,B28の解剖所見及び臨床経過症状等を総合し,①解剖所見では,異常
所見として,脳が全体として硬度を失い,泥状に近い状態であったが,これは脳の機能
がほぼ失われた後,長期間人工呼吸器により延命されていた状況で脳死の所見を呈し
ている,②同人の心臓は肥大しているが,心筋梗塞や冠状動脈狭窄などの直ちに死因
となる所見はない,③左右肺には急性肺炎の像が認められたが,これは脳死状態から心
停止に至る過程で随伴的に発現したものであるなどとした上で,B28は,有機リン系の有
毒ガスを吸引して心臓及び呼吸機能が停止したため脳機能が障害され,心拍は回復し
たが,脳死状態となって13日間その状態が続き,諸臓器の機能が低下し,最後は肺炎
が起こって呼吸が障害され,心臓停止に至ったものであり,死因は有機リン中毒である旨
の鑑定判断をした。
 なお,科警研C20技官らの鑑定において,B28の解剖時に採取された心臓血中の血
しょうに係るブチリルコリンエステラーゼの活性値は0.87U/ミリリットルであり,赤血球に
係るアセチルコリンエステラーゼの活性値は1.30U/ミリリットルであり,前記の正常値(ブ
チリルコリンエステラーゼの活性値は1.84~4.45U/ミリリットルで平均値は3.0U/ミリリ
ットル,アセチルコリンエステラーゼの活性値は2.21~7.56U/ミリリットルで平均値は
4.9U/ミリリットル)と比較して低い値とされた。
[A甲17,79,11975,12019,C53,C52,C20]
 (2)上記の事実関係に加え,前記第1の1の認定事実をも併せ考えると,B28は,上野
駅から日比谷線A720S電車に乗車し,同電車内又は小伝馬町駅構内においてサリン
ガスを吸入し,サリン中毒により死亡したものと認められる。
 (3)弁護人は,B28は心停止,呼吸停止の状態で病院に収容されたものの,蘇生術と
人工呼吸装置により呼吸循環機能を回復し維持することができたが,肺炎を発症し,これ
に抗生物質を投薬して重篤な副作用を生じさせ,その結果,敗血症,引き続いて腎不全
を発症させ,ついには医師の手によって人工呼吸装置が外され,窒息死に至ったもので
あり,A甲17(C52医師作成の鑑定書)は明らかに誤りである旨主張する。
 しかしながら,同医師は,公判で,この点に関し,「すべての臓器に障害が来ているが,
呼吸できる状態でないという意味では肺炎が最も直接的に心臓に障害を与えたものであ
る。そして,その肺炎を起こしたのは脳死の状態にあったことによるものであり,その原因
は有機リン中毒である。」旨供述しているところであり,関係証拠に照らしても,その供述
内容や鑑定結果に格別不合理な点を見出すことはできないのであって,同医師の鑑定
結果に明らかな誤りがある旨の弁護人の上記主張は採用することができないというべきで
ある。
 7 B29について
 (1)B29は,普段,自宅から最寄り駅が茅場町駅である会社に通勤するため,北千住
駅まで東武伊勢崎線を,同駅から茅場町駅までは日比谷線をそれぞれ利用していた。
同人は,平成7年3月20日朝も,午前8時30分の勤務開始時刻に間に合うように自宅を
出て,電車に乗った(北千住駅から日比谷線A720S電車に乗った可能性が高い。)が,
小伝馬町駅,人形町駅又は茅場町駅のいずれかの駅からE28病院に搬送された。同人
は病院搬入時には心肺停止状態にあり,その後蘇生術等が施され,呼吸循環機能は一
応回復したが,脳死状態となり,意識の戻らないまま,同年4月16日,死亡した。なお,
同人の血液中のコリンエステラーゼ活性値は,同年3月20日午前11時に6(同病院での
計測による正常値はおよそ50~150),正午に10であったが,パム等の投与の効果が
出て,午後3時30分には100になり,正常値に回復した。
 C54医師は,B29の解剖所見及び臨床経過症状等を総合し,①B29は脳死状態にお
いて全身感染症を引き起こして死亡した,②臨床的には,抗アセチルコリンエステラーゼ
物質による中毒作用の急性中毒期(コリン作動性発作期。コリン作動性の末梢細胞にお
ける中毒作用の発現期で,縮瞳,筋肉のけいれん,呼吸循環不全,意識障害等が発現
する時期である。)に見られる発作の発生が捕捉されており,パム等の効果があったこと
から,有機リン中毒の存在があった可能性を十分に肯定できる,③病理組織学的には,
大脳の脳死状態,脊髄及び末梢神経系の軸索変性を中心とした病巣,骨格筋や心筋の
変性が認められ,特に,脊髄や末梢神経系に認められたOPIDN(有機リンによる遅発性
神経症候群期。有機リンに被ばくして2ないし4週間後になって四肢の麻痺が生じる型
で,病理組織学的には末梢神経が侵襲を受け,また,脊髄の神経経路にも重篤な侵襲
が生じる。)の存在が特徴的である,④有機リン系化学物質の中で,ホスホン酸化合物で
あるサリンはOPIDNを引き起こし得ると推定されており,サリンに被ばくしたというのであ
れば,脊髄及び末梢神経線維に認められた病変はサリンによって生じたということは十分
考えられるなどとして,上記脳死状態は重篤な有機リン中毒によって引き起こされた可能
性が強く,死因は重篤な有機リン系の化学物質(リン酸又はホスホン酸系統の有機リン化
合物)による中毒である可能性が高い旨の鑑定判断をした。
 なお,科警研C20技官らの鑑定において,B29の解剖時に採取された心臓血中の血
しょうに係るブチリルコリンエステラーゼの活性値は0.87U/ミリリットルであり,赤血球に
係るアセチルコリンエステラーゼの活性値は2.06U/ミリリットルであり,前記の正常値(ブ
チリルコリンエステラーゼの活性値は1.84~4.45U/ミリリットルで平均値は3.0U/ミリ
リットル,アセチルコリンエステラーゼの活性値は2.21~7.56U/ミリリットルで平均値は
4.9U/ミリリットル)と比較して低い値とされた。
[A甲80,11941,11980,C54,C20]
 (2)上記の事実関係に加え,前記第1の1の認定事実をも併せ考えると,B29は,北千
住駅から日比谷線A720S電車に乗車し,同電車内又は小伝馬町駅,人形町駅又は茅
場町駅のいずれかの駅構内においてサリンガスを吸入し,サリン中毒により死亡したもの
と認められる。
 (3)これに対し,弁護人は,A甲11941(C54医師作成の鑑定書)及びC54医師の公
判供述について,同医師は,軸索,髄鞘の変性について判断する能力に欠けており病
理組織学上の所見は信用できない,個々の所見について他の原因を十分検討すること
なく,有機リン,特にサリンに結び付けて結論を導こうとしており公正中立さに欠ける,OP
IDNについての所見もこれまでの症例とは明らかに異なるなど,同医師の鑑定内容は信
用できるものではない旨主張する。
 しかしながら,関係証拠に照らすと,弁護人は病理組織学上の所見につき,添付写真
等をもとに種々論難しているが,鑑定書の記載内容で補充訂正すべき部分は公判供述
により補充訂正されている上,C54医師の個別の所見を誤りとしなければならないような
事情があるとは認められないし,同医師の個別の所見がサリンに被ばくしたとの予断に影
響されて歪められていることを疑わせる事情もうかがわれない。また,OPIDNについての
C54医師の所見がこれまでの症例とは明らかに異なるとはいえないことも同医師の公判
供述から明らかである。この点に関する弁護人の上記主張は採用することができない。
 8 B30について
 (1)B30は,普段埼玉県内の自宅から東京都港区y2にある職場まで通う経路の一部と
して日比谷線を利用していた。同人は,平成7年3月20日朝も,職場に向かうため,日比
谷線電車(A720S電車の可能性が高い。)に乗車したが,築地駅に到着した後,同駅か
ら救急車でE37病院に搬送された。同人は,同病院搬入時には,意識を喪失して心肺
停止状態にあり,直ちに蘇生術が開始された。また,同人には,同日,縮瞳や唾液・喀痰
分泌の亢進が見られ,血清中のコリンエステラーゼの活性値が極端に低下し,22IU/リ
ットル(同病院での計測による正常値は540~1300IU/リットル)であり,同年5月9日
時点でも同活性値は373IU/リットルであった。同人は,1年2か月以上にわたり医療行
為を施されたが,意識の戻らないまま,平成8年6月11日に死亡した。
 C50医師らは,治療を担当した医師のカルテ及び解剖所見を総合し,①平成7年3月2
0日の時点の状態からB30は有機リン系毒物の中毒で心肺停止と意識障害を来し,その
後,医師が何度かレスピレーターからの離脱を図ろうとしたができなかったものである,②
このような遷延的に継続する意識障害に対しては,気管切開,中心静脈栄養,尿道内カ
テーテル挿入等の生存に不可欠な医療行為を施す必要があり,実際にB30に対して最
大限の医療行為が施されている,③このような医療行為が長期にわたって施されると,不
可避的に肺炎や尿路感染,静脈注射部位からの細菌感染,褥瘡からの細菌感染などを
合併し敗血症で死亡することが多いが,B30の解剖所見として,心内膜炎,腎臓及び心
筋内の微小膿瘍並びに脾炎の存在が認められ,これらは医療行為に不可避的に合併し
て死亡の数箇月以内に形成されたものであり,同人は敗血症により死亡したものである,
④末梢神経において,座骨神経では有髄線維は比較的よく保たれているのに対し,腓
腹神経では有髄線維,無髄線維とも変性脱落し,特に大径有髄線維がより強く脱落して
いるが,これらの所見は,逆行性死滅型の軸索末梢神経障害に一致し,有機リン剤によ
る神経炎の所見としても矛盾しない,⑤1か月以上たってもコリンエステラーゼ活性値が
回復していない状況では当該毒物はカーバメイト製剤ではあり得ないなどと判断した上
で,B30は,平成7年3月20日の時点で有機リン系毒物中毒の状態となって意識障害,
呼吸停止,低酸素脳症を来し,それに対する1年以上にわたる生存に不可欠な医療行
為が施された結果,その医療行為に不可避的な合併症として細菌感染から細菌性心内
膜炎を起こし,最終的には敗血症で死亡したものである旨の鑑定判断をした。
[A甲72,90,12015,12032,D16,C50]
 (2)上記の事実関係に加え,前記第1の1の認定事実をも併せ考えると,B30は,日比
谷線A720S電車に乗車し,同電車内又は築地駅構内においてサリンガスを吸入し,サ
リン中毒に起因する敗血症によって死亡したものと認められる。
 (3)アこれに対し,弁護人は,A甲12032(C50ら作成の鑑定書)について,①C50医
師ら自身が鑑定をしていない疑いがある,②カルテ等の写しが添付されておらず鑑定の
客観性が担保されていない,③B30はE29病院に転院直後の平成8年2月4日に心停
止の状態が生じ,これが死亡につながる直接の契機となったものであるから,これにより
因果関係が中断されている,④所見が軸索末梢神経障害に一致すると言えるのか疑問
であるなどとして同鑑定書の内容は信用することができない旨主張する。
 イしかしながら,関係証拠によれば,①鑑定の中には神経内科の知見に委ねた部分
もあるが,鑑定内容の信用性を左右するものではなく,②カルテ等の写しは添付されて
いないが,その内容は弁護人のカルテに基づく反対尋問により公判供述に詳細に現れ
ている上C50医師のカルテ等の検討結果に誤りがあるとは言えず,③B30の転院後の
心停止が死亡に影響を与えた可能性は否定し切れないが,だからといって因果関係の
中断があるとは言えず,④所見が軸索末梢神経障害に一致する旨の同医師の判断に疑
問があるとは言えないのであって,C50医師らの上記の鑑定手法,判断過程及び判断
内容に格別の不合理ないし誤った点があるとは認められない。この点に関する弁護人の
上記主張は採用することができない。
 9 B31について
 (1)B31は,普段,z2で仕事をするために自宅の最寄り駅である恵比寿駅から日比谷
線を利用していた。同人は,平成7年3月20日朝も,仕事に行くため日比谷線恵比寿駅
で電車(B711T電車の可能性が高い。)に乗車したが,神谷町駅で降車を余儀なくさ
れ,午前8時43分ころ,既に死亡した状態で,救急隊員らにより同駅の地上出入口に運
ばれ,同所から救急車でE25病院に搬送された。
 C48医師らの鑑定によれば,同月21日に採取されたB31の心臓内血液中の血清コリ
ンエステラーゼ値は29IU/リットル(同医師らの計測による正常値は245~470IU/リッ
トル),赤血球真コリンエステラーゼ値は0.1以下U/ミリリットル(同正常値は1.2~2.0
U/ミリリットル),赤血球偽コリンエステラーゼ値は1.3U/ミリリットル(同正常値は4.1~
8.5U/ミリリットル)であり,いずれも異常低値とされた。
 同医師らは,遺体の主要臓器全体において強いうっ血が見られたことから,死亡の直
前に急激な呼吸循環障害が生じていたとした上,主要臓器のうっ血は上記のコリンエス
テラーゼ阻害による呼吸不全が生じたため低酸素状態又は窒息状態に陥って心機能・
循環障害を引き起こしたことによるものとし,冠動脈の一部に70%の内腔狭窄を伴う動脈
硬化症が見られるなど加齢に伴う全身動脈硬化症が認められるが,急激な呼吸循環障
害を起こす直接の原因としては冠動脈硬化症などより重症のコリンエステラーゼ障害の
ほうが寄与度が大きいこと,アルブミンが低値であるがこれは主として加齢性変化による
肝機能低下によるものと推察され,直ちに死因となり得る所見ではないこと,他に急激な
呼吸循環障害を生じた原因となる異常が認められないことなどから,死因はコリンエステ
ラーゼ阻害性毒物中毒による急性呼吸循環不全である旨の鑑定をした。
[A甲72,81,11943,C55,C48]
 (2)上記の事実関係に加え,前記第1の1の認定事実をも併せ考えると,B31は,恵比
寿駅から日比谷線B711T電車に乗車し,同電車内又は神谷町駅構内においてサリン
ガスを吸入し,サリン中毒により死亡したものと認められる。
 10 B32について
 (1)B32は,普段,自宅の最寄り駅から総武線快速を利用し東京駅で丸ノ内線に乗り換
えて新宿三丁目駅まで行き,同駅で都営新宿線に乗り換えるなどして職場のあるa3まで
通っていた。同人は,平成7年3月20日朝も,職場に向かうため東京駅で丸ノ内線A777
電車に乗車したが,新宿三丁目駅で降車することなく,午前8時25分ころ中野坂上駅に
到着後,救助され,同駅から救急車でE22病院に搬送されたが,同月21日午前6時35
分ころ,同病院で死亡した。
 C48医師らの鑑定によれば,同日に採取されたB32の心臓内血液中の血清コリンエス
テラーゼ値は142IU/リットル(同医師らの計測による正常値は245~470IU/リット
ル),赤血球真コリンエステラーゼ値は0.3U/ミリリットル(同正常値は1.2~2.0U/ミリリ
ットル),赤血球偽コリンエステラーゼ値は3.2U/ミリリットル(同正常値は4.1~8.5U
/ミリリットル)であり,いずれも異常低値とされた。
 同医師らは,遺体の主要臓器において全体に強いうっ血が見られたことから,死亡の
直前に急激な呼吸循環障害が生じていたとした上,主要臓器のうっ血は上記のコリンエ
ステラーゼ阻害による呼吸不全が生じたため低酸素状態又は窒息状態に陥って心機
能・循環障害を引き起こしたことによるものとし,なお,総蛋白等の低値は過去の胃切除
による消化管からの栄養摂取障害によるものと考えられること,癌胎児抗原の高値につ
いては,癌などの悪性腫瘍が増殖している形跡は認められず死因となり得る異常が生じ
ていたとは考えられないこと,他に急激な呼吸循環障害を生じた原因となる異常が認めら
れないことなどから,死因はコリンエステラーゼ阻害性毒物中毒による急性呼吸循環不
全である旨の鑑定をした。
[A甲72,82,83,11945,B42,C48]
 (2)上記の事実関係に加え,前記第1の1の認定事実をも併せ考えると,B32は,東京
駅から丸ノ内線A777電車に乗車し,同電車内又は中野坂上駅構内においてサリンガス
を吸入し,サリン中毒により死亡したものと認められる。
 11 B33について
 (1)B33は,千代田線霞ヶ関駅の駅務助役を務めていたが,平成7年3月20日午前8
時12分ころ同駅に到着した千代田線A725K電車の第1車両内にあった新聞包み④を
ホーム上に出し同車両内に流れ出ていたサリン混合液を新聞紙でふき,これらを片付け
るなどして意識を失い,E30病院に搬送された。その時点において,同人には著名な縮
瞳が認められた。同人は,午前9時23分ころ,同病院で死亡した。
 C50医師らの鑑定によれば,同月21日の解剖時に採取されたB33の脳組織(前頭葉
皮質部分)のアセチルコリンエステラーゼ活性値は20.3mU/g(同医師らの計測による正
常値は110.0±8.1mU/g)で,著しく低下していたとされ,また,赤血球由来のアセチ
ルコリンエステラーゼに結合しているリン酸化合物としてサリンの第1次分解物質であるメ
チルホスホン酸モノイソプロピル及び第2次分解物質であるメチルホスホン酸が検出され
た。また,同医師により,脳組織のアセチルコリンエステラーゼに結合しているサリン分解
物の検出が試みられ,脳組織からメチルホスホン酸が検出された。
 同医師らは,解剖所見では急死の所見が認められるのみであり,冠動脈硬化症及び心
筋内における軽度の陳旧性心筋梗塞像が認められるがこれらは死因となり得る程度のも
のではなく,他に内因死を考えなければならない所見も認められないことや,上記の検査
成績や検出結果等を総合した上で,B33の死因はサリン中毒死である旨の鑑定をした。
 なお,科警研C20技官らの鑑定において,B33の解剖時に採取された心臓血中の血
しょうに係るブチリルコリンエステラーゼの活性値は0.94U/ミリリットルであり,赤血球に
係るアセチルコリンエステラーゼの活性値は0.11U/ミリリットルであり,前記の正常値(ブ
チリルコリンエステラーゼの活性値は1.84~4.45U/ミリリットルで平均値は3.0U/ミリリ
ットル,アセチルコリンエステラーゼの活性値は2.21~7.56U/ミリリットルで平均値は
4.9U/ミリリットル)と比較して低い値とされた。
[A甲85,11995,12007,C42,B44,D17,C20,C50]
 (2)上記の事実関係に加え,前記第1の1の認定事実をも併せ考えると,B33は,千代
田線霞ヶ関駅構内においてサリンガスを吸入し,サリン中毒により死亡したものと認めら
れる。
 12 B34について
 (1)B34は,千代田線霞ヶ関駅の乗務助役を務めていたが,平成7年3月20日午前8
時12分ころ同駅に到着した千代田線A725K電車の第1車両内に流れ出ていたサリン
溶液をふき取った新聞紙や新聞包み④等を片付けるなどして意識を失い,救急車でE2
6病院に搬送された。その時点において,同人の血液中のコリンエステラーゼ活性の低
下と著名な縮瞳が認められた。同人は,同病院でパムの投与などの治療を受け,血液中
のコリンエステラーゼ活性値は正常値に回復したものの,同月21日午前4時46分ころ,
同病院で死亡した。
 C50医師らの鑑定によれば,同日の解剖時に採取されたB34の脳組織(前頭葉皮質部
分)のアセチルコリンエステラーゼ活性値は17.2mU/g(C50医師らの計測による正常値
は110.0±8.1mU/g)で,著しく低下していたとされ,また,赤血球由来のアセチルコリ
ンエステラーゼに結合しているリン酸化合物としてサリンの第1次分解物質であるメチル
ホスホン酸モノイソプロピル及び第2次分解物質であるメチルホスホン酸が検出された。
また,同医師により,脳組織のアセチルコリンエステラーゼに結合しているサリン分解物
の検出が試みられ,脳組織からメチルホスホン酸が検出された。
 同医師らは,解剖所見では急死の所見が認められるのみであり,極めて軽度の陳旧性
心筋梗塞巣及び脂肪肝が認められるがこれらはいずれも死因となり得る程度のものでは
なく,他に内因死を考えなければならない所見も認められないことや,上記の検査成績
や検出結果等を総合した上で,B34の死因はサリン中毒死である旨の鑑定をした。
[A甲72,86,12009,C42,B44,D18,C50]
 (2)上記の事実関係に加え,前記第1の1の認定事実をも併せ考えると,B34は,千代
田線霞ヶ関駅構内においてサリンガスを吸入し,サリン中毒により死亡したものと認めら
れる。
 13 B35について
 (1)B35は,普段自宅から神谷町駅が最寄り駅である会社に通勤するため,JR総武線
等で秋葉原駅まで行き,同駅で日比谷線に乗り換え神谷町駅で下車していた。同人は,
平成7年3月20日朝も,会社に出勤途中,秋葉原駅で日比谷線の電車(A720S電車に
乗った可能性が高い。)に乗車したが,築地駅で倒れていたところを救護され,午前9時
5分ころ,救急車でE38病院に搬送された。同病院搬入時においては,同人は昏睡状態
で,全身を強直させるようなけいれんをし,瞳孔は1.5㎜と縮瞳し,分泌物が非常に多い
状態であった。午後には同人の血液中のコリンエステラーゼ値が0.06(同病院での計
測による正常値は0.6~1.1)と異常に低い値であることが確認されたが,同人に硫酸
アトロピンやパムが投与された結果,その数値は正常値に近いところまで回復した。
 同人の治療をしたC56医師は,臨床症状等から,B35は,有機リン系の毒物による中
毒症である旨の診断をした。
[A甲94,12023,C56]
 (2)上記の事実関係に加え,前記第1の1の認定事実をも併せ考えると,B35は,秋葉
原駅から日比谷線A720S電車に乗車し,同電車内又は築地駅構内においてサリンガス
を吸入し,サリン中毒症の傷害を負ったものと認められる。
 14 B36について
 (1)関係証拠(A甲12034,12059,12060,12075,C30,D19等)によれば,次の
事実が認められる。
 アB36は,平成7年3月20日当時,東京都足立区b3に居住し,同所から川崎市c3に
ある会社まで通勤していた。そのような通勤の場合,東武伊勢崎線の自宅最寄り駅から
電車に乗り,北千住駅から日比谷線を利用して中目黒駅まで行き,同駅で東急東横線
に乗り換えて勤務先会社の最寄り駅である武蔵小杉駅まで行くという経路ないし方法を
選択するのが最も合理的であり,同人は,同日もその経路ないし方法により会社に出勤
しようとした可能性が高い。
 イD19は,乗車していた日比谷線電車が午前8時12分ころ小伝馬町駅に到着して運
転中止となり,大勢の客が座り込んだり倒れ込んだりしていた同駅ホームで15分くらい待
っていたが,運転再開の見込みがない旨の構内放送を聞いて地上に出ると,駅ホームと
同様に座り込んだり倒れ込んだりしている人が多数いたが,自分も目が痛く,また,暗く
感じ,のども痛み,せき込む状態で体の具合が悪かったので,近くの喫茶店で休むことと
し,同駅から歩いて5分くらいのところにある喫茶店に入った。
 ウB36は,同日朝通勤途中,体の具合が悪くなったため,D19よりも前に,同喫茶店
に入り休んでいたが,同店内で,腕がしびれて動かない,目が見えないなどと訴え,救急
車を呼んでくれるよう助けを求めた。
 D19は,これを聞いて,周囲の状況から救急車を呼んでもこないだろうからタクシーでB
36を病院に連れて行こうと考え,B36の席に行き,B36が自力で立ち上がれない状態だ
ったので肩を貸して店を出,タクシーを拾ってE39病院までB36を乗せていき,同病院
で車いすを借りてB36を乗せ診察室まで連れていった。なお,D19は,タクシーに乗り込
む際に,他の者からも具合が悪いので病院に連れていってくれと頼まれその者も乗せ
た。
 エD19は,同病院で,B36から,同人の勤務先の電話番号等の記載された名刺を渡
され,会社に連絡してほしい旨頼まれたことから,同人の勤務先に電話を掛け,B36が小
伝馬町駅の近くで具合が悪くなったのでE39病院に連れていった旨を連絡した。
 その後,D19は,同病院の医師に,B36と同じ症状が出ているので診察を受けるよう言
われて診察を受け,1日入院した。 
 オB36は,同病院で診察を受け,点状の縮瞳が認められたため,精査加療を目的と
して午後1時ころ緊急入院した。B36は,入院時,縮瞳(径1㎜)しており,労作時の息切
れ,軽度の頭痛,上肢のしびれや暗黒感などがあった。また,同人の血液中のコリンエス
テラーゼ値は47U/リットル(同病院での計測による正常値は181~440U/リットル)と
低値であったが,パムの投与などにより,翌日には151U/リットル,同年4月5日には19
7U/リットルまで回復した。
 B36の病状については,医師により,サリン中毒と診断された。
 (2)上記の事実関係に加え,前記第1の1の認定事実をも併せ考えると,B36は,小伝
馬町駅構内においてサリンガスを吸入し,サリン中毒症の傷害を負ったものと認められ
る。
 15 B37について
 (1)B37は,平成7年3月20日,通勤途中,北千住駅から日比谷線A720S電車の第3
車両に乗車した。同人は,同車両内では,新聞包み①から流れ出た液体の近くに立って
いたが,秋葉原駅に着いたときにその刺激臭を感じて息苦しくなり,人形町駅で下車して
からは周囲が薄暗く見えるようになった。
 同人は,会社に出勤した後,E39病院で診察を受け,ピンポイントの著名な縮瞳が見ら
れ,血液中のコリンエステラーゼ値が108U/リットル(同病院での計測による正常値は1
81~440U/リットル)と低下していたことから,サリン中毒と診断され,緊急入院した。同
人は,入院後,硫酸アトロピンとパムの投与を受け,同月23日には,コリンエステラーゼ
値が236U/リットルとなり,瞳孔も両眼共径2㎜と散瞳傾向が見られたため,退院した。
[A甲12036,12060,C30,B37]
 (2)上記の事実関係に加え,前記第1の1の認定事実をも併せ考えると,B37は,北千
住駅から日比谷線A720S電車に乗車し,同電車内においてサリンガスを吸入し,サリン
中毒症の傷害を負ったものと認められる。
 16 B38について
 (1)B38は,平成7年3月20日,仕事の現場に向かう途中,中目黒駅から日比谷線B7
11T電車の第1車両に乗車した。同人は,同車両内では,新聞包み②の付近に立って
おり,そのにおいをかいだりしたが,神谷町の駅のホームに出たころ,目の前が暗くなる
などし,さらにその後頭がふらつくなどしたので,仕事の現場に到着した後,E40病院に
行き診察を受け,ピンポイントの著名な縮瞳が見られたので入院した。血清中のコリンエ
ステラーゼ値は880U/L(同病院での計測による正常値は1800~4000U/L)と低下
していたが,硫酸アトロピンの投与を受けるなどして,退院した同月22日には同値は116
0U/Lであった。同人は,医師からはサリン中毒である旨の診断を受けた。
[A甲12038,12061,C30,B38]
 (2)上記の事実関係に加え,前記第1の1の認定事実をも併せ考えると,B38は,中目
黒駅から日比谷線B711T電車に乗車し,同電車内においてサリンガスを吸入し,サリン
中毒症の傷害を負ったものと認められる。
 17 B39について
 (1)B39は,平成7年3月20日,通勤途中,中目黒駅から日比谷線B711T電車の第1
車両に乗車した。同人は,同車両内では,新聞包み②を左斜め前方に見る,同包みの
向かい側の座席に座り,そのにおいを感じるなどしたが,神谷町の駅のホームに出たこ
ろ,視野が狭窄したようになり,頭痛がするなどし,さらに全身が震えてくるようになり,救
急車でE41病院に搬送され,入院した。同人は,病院搬送時には,ピンポイントの著名
な縮瞳,呼吸困難,徐脈が見られ,また,コリンエステラーゼ値は120と同病院での計測
による正常値に比し著しく低下していた。同人は,硫酸アトロピンやパムの投与を受け,コ
リンエステラーゼ値は同月21日には401,同月24日には429と著しく改善し,同月28日
退院した。なお,同人は,医師により,急性揮発性ガス中毒と診断された。
[A甲72,12040,12062,C30,B39]
 (2)上記の事実関係に加え,前記第1の1の認定事実をも併せ考えると,B39は,中目
黒駅から日比谷線B711T電車に乗車し,同電車内においてサリンガスを吸入し,サリン
中毒症の傷害を負ったものと認められる。
 18 B40について
 (1)B40は,平成7年3月20日,最寄り駅が丸ノ内線新高円寺駅である会議の開かれる
場所に行くため午前7時20分ころJR金町駅に到着し同駅から千代田線に入る電車に乗
り,同線霞ヶ関駅で丸ノ内線電車(A777電車に乗った可能性が高い。)に乗り換えた
が,途中の中野坂上駅で降車を余儀なくされ,意識がなく,呼吸や脈もないなどの状態
で救護され,午前9時15分ころ,同駅から救急車で心肺蘇生法を施されながら昏睡状態
でE35病院に搬送された。同人は,病院搬入時において,縮瞳(径1㎜)し,呼吸は弱
く,脈拍もかろうじてふれる程度であった。また,血清中のコリンエステラーゼ値は0.14
(同病院での計測による正常値は0.56~1.31),赤血球内のコリンエステラーゼ値は
0.1未満(同病院での正常値は1.2~2.0)と異常に低い値であり,パムや硫酸アトロピ
ンが投与され,循環動態は安定してきたが,意識状態の回復はなかった。血清中のコリ
ンエステラーゼ値は同月24日には1.12に,赤血球内のコリンエステラーゼ値はその後
同年5月23日になって1.2になりそれぞれ回復したものの,意識障害を伴った脳障害等
が残っている。B40の病状については,C57医師により,サリン中毒及び意識障害を伴
った脳障害と診断された。
[A甲72,2998,2999,12021,12024,C57]
 (2)上記の事実関係に加え,前記第1の1の認定事実をも併せ考えると,B40は,霞ヶ
関駅から丸ノ内線A777電車に乗車し,同電車内又は中野坂上駅構内においてサリン
ガスを吸入し,サリン中毒症の傷害を負ったものと認められる。
 19 B41について
 (1)B41は,平成7年3月20日,最寄り駅が新宿御苑駅である会社に出勤する途中,東
京駅から丸ノ内線A777電車の第3車両に乗車したが,急に目の前が暗くなって新聞が
読めなくなり,頭痛,めまい,吐き気,鼻水が出てきたため新宿御苑駅で降りて何とか会
社にたどり着いた後,E22病院の救命科により同病院に搬送され,診察を受けたが,そ
の際,ピンポイントの著名な縮瞳,歩行障害,運動障害が見られ,血液中のコリンエステ
ラーゼ値は0.56(同病院での計測による正常値は0.6~1.2)と低く,硫酸アトロピンや
パムの投与を受けるなどし,一時意識レベルが低下したが,縮瞳が改善するなどし,同
月23日にはコリンエステラーゼ値は0.81に回復した。同人の病状については,医師に
より,サリン中毒と診断された。
[A甲12042,12063,C30,B41]
 (2)上記の事実関係に加え,前記第1の1の認定事実をも併せ考えると,B41は,東京
駅から丸ノ内線A777電車に乗車し,同電車内においてサリンガスを吸入し,サリン中毒
症の傷害を負ったものと認められる。
 20 B42について
 (1)B42は,平成7年3月20日,同人の妻及びB32と共に,東京駅から丸ノ内線A777
電車の第3車両に乗車し,妻と一緒に銀座駅で降車したが,周囲が異常に暗く見え,くし
ゃみや鼻水が出てきた。B42は,会社に到着したが,その後,目の痛みや頭痛も重なり,
同日,眼科を受診した際,医師から縮瞳していると言われた。同人は,同月22日の時点
でも,目の痛み,くしゃみ,鼻水,頭痛があり,体に力が入らない状態であったため,E42
医院で診察を受け,医師に,サリン中毒と診断された。
[A甲12044,12046,12064,12065,B42]
 (2)上記の事実関係に加え,前記第1の1の認定事実をも併せ考えると,B42は,東京
駅から丸ノ内線A777電車に乗車し,同電車内においてサリンガスを吸入し,サリン中毒
症の傷害を負ったものと認められる。
 21 B43について
 (1)B43は,平成7年3月20日,千代田線A725K電車の第1車両に乗車したが,国会
議事堂前駅に到着した際,座席に倒れ込んでいるところを救助され,パトカーに乗せら
れ,B44と共にE43病院に搬送された。
 B43は,同病院搬送時には,縮瞳(径1㎜)が見られ,血液中のコリンエステラーゼ値も
163(同病院での計測による正常値は300~700)と低値であったが,硫酸アトロピンや
パムの投与を受けるなどし,午後3時には367と正常値に回復した。
 同人の病状は,医師により,急性薬物中毒(サリン)と診断された。
[A甲12048,12066,12076,B44]
 (2)上記の事実関係に加え,前記第1の1の認定事実をも併せ考えると,B43は,千代
田線A725K電車に乗車し,国会議事堂前駅に至る間の同電車内においてサリンガスを
吸入し,サリン中毒症の傷害を負ったものと認められる。
 22 B44について
 (1)B44は,平成7年3月20日,大手町駅から千代田線A725K電車の第1車両に乗車
したが,せきが出て止まらず視界がセピア色になり,流れ出たサリン混合液でぬれた床を
踏んで座席のところに行き座り込んだ。同人は国会議事堂前駅に到着した後,ホームに
出たが,せきや鼻水が激しくなっていたのでホームに座り込むなどした後,駅員に地上ま
で連れていってもらい,パトカーに乗り,B43と共にE43病院に搬送された。
 B44は,同病院搬送時には,縮瞳(径1㎜)が見られ,血液中のコリンエステラーゼ値も
190(同病院での計測による正常値は300~700)と低値であったが,硫酸アトロピンや
パムの投与を受けるなどし,同月22日には308と正常値に回復した。
 同人の病状は,医師により,急性薬物中毒(サリン)と診断された。
[A甲12050,12067,B44]
 (2)上記の事実関係に加え,前記第1の1の認定事実をも併せ考えると,B44は,大手
町駅から千代田線A725K電車に乗車し,同電車内においてサリンガスを吸入し,サリン
中毒症の傷害を負ったものと認められる。
 23 B45について
 (1)B45は,平成7年3月20日,池袋駅から丸ノ内線のB701電車の折り返し電車であ
るA801電車の第2車両に乗車したが,本郷三丁目駅で駅員が新聞包み⑤を取り出す
などした際に,その異臭をかぎ,その後目の前が暗くなり,頭痛や吐き気がしてきたが,
職場まで行った。
 B45は,その後,E44病院で診察を受け,その際,縮瞳(径1.5㎜)が見られ,血しょう
中のコリンエステラーゼ値も159(同病院での計測による正常値は230~470)と低値で
あったが,硫酸アトロピンやパムの投与を受けるなどし,翌日には196まで回復した。
 同人の病状は,医師により,急性薬物中毒(サリン)と診断された。
[A甲12052,12068,C30,B45]
 (2)上記の事実関係に加え,前記第1の1の認定事実をも併せ考えると,B45は,池袋
駅から丸ノ内線A801電車に乗車し,同電車内においてサリンガスを吸入し,サリン中毒
症の傷害を負ったものと認められる。
 24 B46について
 (1)B46は,平成7年3月20日,池袋駅から丸ノ内線のB701電車の折り返し電車であ
るA801電車の第2車両に乗車したが,目がしょぼしょぼしたり,鼻水が出たりするように
なり,本郷三丁目駅で駅員が新聞包み⑤を取り出すなどしたり,御茶ノ水駅で駅員が新
聞包み⑤のあった辺りの液体でぬれた床をモップでふいたりするのを見ていたところ,次
第にその症状が悪化し,さらに目の周りが暗く感じるようになるなどしたが,何とか職場ま
でたどり着いた。
 B46は,その後,E45病院で受診したが,その際,ピンホールの著名な縮瞳や低酸素
血症が認められ,硫酸アトロピンの投与を受けるなどした。また,同人は,入院後翌日くら
いまで,目の裏辺りから頭全般に強い痛みを感じた。同人の病状は,医師により,サリン
中毒と診断された。
[A甲12054,12070,C30,B46]
 (2)上記の事実関係に加え,前記第1の1の認定事実をも併せ考えると,B46は,池袋
駅から丸ノ内線A801電車に乗車し,同電車内においてサリンガスを吸入し,サリン中毒
症の傷害を負ったものと認められる。
 25 B47について
 (1)B47は,平成7年3月20日,池袋駅から丸ノ内線のB701電車の折り返し電車であ
るA801電車の第2車両に乗車し,新聞包み⑤の近くに立っていたが,異臭を感じた後,
新聞の字が見づらくなり,その後目の前が暗くなった。同人は,会社に着き,同僚の見送
りなどした後,会社の診療所で診察を受けたところ,縮瞳が認められ,酸素吸入を受け,
その後E25病院に搬送され,硫酸アトロピンの投与等の治療を受けた。血清中のコリン
エステラーゼ値は,同月20日に84(同病院での計測による正常値は220~470),同月
21日に99など低値を示した。
 B47の病状は,医師により,サリン中毒と診断された。
[A甲12056,12071,C30,B47]
 (2)上記の事実関係に加え,前記第1の1の認定事実をも併せ考えると,B47は,池袋
駅から丸ノ内線A801電車に乗車し,同電車内においてサリンガスを吸入し,サリン中毒
症の傷害を負ったものと認められる。
 26 B48について
 (1)B48は,平成7年3月20日,東京駅から丸ノ内線のB701電車の第5車両に乗車
し,新聞包み⑤の近くの座席に座っていたが,鼻水が止まらずせき込むようになり,新大
塚駅で下車した後は視界が暗くなり,頭が痛くなった。
 同人は,会社に着いた後,E46病院に行って診察を受け,その際,縮瞳(径1㎜くらい)
が見られ,血液中のコリンエステラーゼ値も35ないし41(同病院での計測による正常値
は100~240)と低値であったが,硫酸アトロピンやパムの投与を受けるなどし,徐々に
回復していった。
 同人の病状は,C58医師により,急性サリン中毒と診断された。
[A甲12058,12072,C30,B48,C58]
 (2)上記の事実関係に加え,前記第1の1の認定事実をも併せ考えると,B48は,東京
駅から丸ノ内線B701電車に乗車し,同電車内においてサリンガスを吸入し,サリン中毒
症の傷害を負ったものと認められる。
 27 以上のとおり,上記の死亡被害者12人及び負傷被害者14人が実際にサリンに被
ばくし,その結果サリン中毒(B30についてはサリン中毒に起因する敗血症)により死傷し
たことは明らかであるから,弁護人の主張2は採用することができない。
 なお,弁護人は,地下鉄サリン事件の実行行為が殺人の実行行為であるといえるため
には,大気中のサリンの量が人を殺すに足りる一定濃度以上存在し,あるいは,人が一
定時間以上その場に留まっていることが必要であるが,その点の証明がなく,地下鉄サリ
ン事件の実行行為が殺人の実行行為であることには疑問があるという趣旨の主張をして
いる。
 しかしながら,前記認定のとおり,サリン中毒により死亡した被害者12人はサリンが流出
し気化した電車内又は地下鉄駅構内においてサリンガスを吸入してサリン中毒により又
はサリン中毒に起因する敗血症により死亡し,サリン中毒症の傷害を負った被害者14人
も同様にサリンが流出し気化した電車内又は地下鉄駅構内においてサリンガスを吸入し
て縮瞳,コリンエステラーゼ値の低下をはじめ重いサリン中毒症の傷害を負ったものであ
り,本件サリン散布の各実行行為が,死亡被害者12人に対する関係はもとより負傷被害
者14人に対する関係においても,人の死という結果発生の危険性のある行為として殺人
の実行行為性を有することは明らかである。この点に関する弁護人の上記主張は採用す
ることができない。
第3 弁護人の主張3(被告人の指示ないし共謀の有無)に対する判断
 1 関係証拠によれば,判示犯行に至る経緯(ただし,2(1)のうち被告人が強制捜査を
避けるためA28らに指示してアタッシュケース事件を起こしたこと,3(1)のうち被告人が食
事会で教団施設に対する強制捜査を話題としたこと,3(2),3(3)のうち被告人の自作自
演事件の実行指示が地下鉄サリン事件の実行計画を前提としていること,3(4),6(2),8,
9,13(2),13(3)のうち被告人が地下鉄サリン事件で実行されたサリン散布方法を採用し,
A6のA14に対する指示がその意を受けたものであること,14(2)のうち被告人が実行役に
サリン散布の練習をさせることが必要と考え,A6にその旨指示したこと,14(3)(4)を除く。)
及び判示罪となるべき事実(ただし,被告人の共謀を除く。)のほか,次の事実を認めるこ
とができる。
 (1)A6は,地下鉄サリン事件の犯行後,A23,A25及びA26の3人がe1村の教団施
設に帰ってきたので,平成7年3月20日午後5時ころ,その3名と共に第6サティアン1階
の被告人の部屋に報告に行くと,被告人は,「科学技術省の者にやらせると結果が出る
な。」「ポアは成功した。シヴァ大神,すべての真理勝者方も喜んでいる。」と言った。
 A25が,「姿を見られてしまいました。」と言うと,被告人は,「変装していたんだろう。大
丈夫だよ。見た人はいってるよ。」と答えた。A25は,「見た人はいってるよ。」という言葉
について,A25のことを見た人がサリンにより死んでいるので心配することはないという意
味だと思った。続いて,A23が「女子中学生に気付かれそうになって車両を換えました。
サリンの袋はむき出しのまま置きました。」と報告すると,被告人は,「わしは,みんなのア
ストラル(潜在意識)をずっと見ていたんだよ。X2(A23)のアストラルが暗かったのでどう
したんだろうと思ったが,そういうことだったのか。」と言った。また,A23は,被告人から「X
2が一番修行が進んだな。」と言われ,被告人がA23のことを悪いカルマを積むのを恐れ
ていてマハーヤーナの救済にこだわっているようなことを以前言っていたので,そのよう
な者がヴァジラヤーナの実践をしたのでほめてくれたのだと思った。
 そして,被告人は,3名に対し,「偉大なるグル,シヴァ大神,すべての真理勝者方にポ
アしてもらってよかったね。」というマントラを1万回唱えるように言った。
 (2)A7,A53及びA20は,地下鉄サリン事件の犯行後,e1村の教団施設に帰り,第6
サティアン1階の被告人の部屋に報告に行き,各自ホーリーネームを名乗ると,被告人
は,「今回はご苦労だったな。」と答えた。A7が,「ニュースで,死者が出ています。」と言
うと,被告人は,「そうか。」と言って,大きく深くうなずいた。被告人は,「帰りがずいぶん
遅かったじゃないか。」と言うので,A20が「今回使った衣類などを焼却していて遅くなり
ました。A28も焼却に加わっていたんですけれども,八王子で別れて,A28は東京に戻
りました。」と報告した。
 被告人は,「これはポアだからな,分かるな。」と言い,続いて「これから君たちは瞑想し
なければいけない。『グルとシヴァ大神とすべての真理勝者方の祝福によって,ポアされ
てよかったね。』のマントラを1万回唱えなさい。これによって君たちの功徳になるから。」と
言った。
 (3)A33は,同日午後9時ころ,e1村の教団施設に戻り,同日午後10時ころないし午
後11時ころ,第6サティアン1階の被告人の部屋に行き,被告人に対し,名前を名乗って
「今戻りました。やってきました。」と報告すると,被告人は,「そうか。」と言ってうなずき,
続いて,A6の指示に従って治療棟の地下にフッ化ナトリウム等を隠すよう指示し,さら
に,「シヴァ大神とすべての真理勝者方にポアされてよかったね。」とのマントラを1000回
唱えるように言った。
 2(1)ところで,判示犯行に至る経緯に係る事実のうち,①犯行に至る経緯2(1)のうち被
告人の指示によりA28が地下鉄霞ヶ関駅構内にボツリヌストキシン様の液体を噴霧したこ
と,②犯行に至る経緯3(1)のうち被告人が食事会の際教団施設に対する強制捜査につい
て話していた内容,③犯行に至る経緯3(2)のリムジン内における地下鉄サリン事件に関す
る被告人らの会話の内容,④犯行に至る経緯9のA6及びA28が運転手役の人選や実
行役との組合せについて被告人に指示を仰ぎにいった際の被告人とA6及びA28の話
の内容,⑤犯行に至る経緯14(3)(4)のA28が平成7年3月20日午前2時ころe1村の教団
施設に戻った際の被告人とA6及びA28の話の内容や,被告人がサリンを修法した際の
状況について,A28が,公判において,判示認定に沿う供述(以下「本件A28証言」とい
う。)をしているほか,⑥犯行に至る経緯3(2)のうちリムジン内での被告人とA19の会話の
内容,⑦犯行に至る経緯6(2)の同月18日午後11時ころ被告人がA19に話した内容,⑧
犯行に至る経緯8の同月19日正午前ころ被告人やA6がA19に話した内容,⑨犯行に
至る経緯13(2)の同日午後10時30分ころの被告人とA19との会話の内容について,A19
が,公判において,判示認定に沿う供述(以下「本件A19証言」という。)をしているが,
本件A28証言及び本件A19証言の信用性は優にこれを認めることができる。その理由
は次のとおりである。
 (2)これまでみてきたとおり,被告人は,国家権力を倒しオウム国家を建設して自らその
王となり日本を支配するという野望を抱き,多数の自動小銃の製造や首都を壊滅するた
めに散布するサリンを大量に生成するサリンプラントの早期完成を企てるなど教団の武装
化を推進してきたものであるが,このような被告人が最も恐れるのは,教団の武装化が完
成する前に,教団施設に対する強制捜査が行われることであり,平成7年に入り,e1村の
土壌からサリンの残留物が検出された旨の新聞報道がされ,さらに,被告人がA28らに
実行させたB22事件がその事件直後から教団の犯行と疑われ,同事件に使用された車
両から事件関係者のものとみられる指紋も検出された旨の新聞報道がされるに至って
は,現実味を増した教団施設に対する大規模な強制捜査を阻止することが教団を存続
発展させ,被告人の野望を果たす上で最重要かつ緊急の課題であったことは容易に推
認されるのであって,阪神大震災が発生したため間近と思われた教団施設に対する強制
捜査が立ち消えになった旨認識し,かつ,東京にサリン70tを散布することまでも考えこ
れまでも松本サリン事件等の実行を指示してきた被告人が,阪神大震災に匹敵する大惨
事を人為的に引き起こすことをもくろむことなく,教団に対する世間の同情を引くためだ
けの自作自演事件だけをA28らに指示するということは考え難い。また,教団施設でサリ
ンの生成に取り掛かった後に強制捜査があった場合,あるいは,地下鉄サリン事件が失
敗しそれが教団による犯行であることが発覚した場合には教団は多大な打撃を受けるに
至るのであり,そのような教団の存続にかかわる重大な事柄について,被告人の弟子で
あるA6やA28らが,グルである被告人に無断で事を進めることもまた考えられない。
 その意味で,本件A28証言及び本件A19証言は,このような当時の被告人を取り巻く
教団における内部事情をよく説明し得ている上,前記1の認定に係る犯行に至る経緯に
係る事実ともよく整合し,のみならず,相互に符合し,互いにその信用性を補強し合って
いる。
 (3)また,本件A28証言及び本件A19証言は,前記1(1)ないし(3)で認定した,地下鉄
サリン事件の犯行後,実行役5名及び運転手役2名が被告人に同犯行について報告し
た際の,被告人と実行役及び運転手役との会話の内容ともよく整合している。
 弁護人は,この点について,弟子たちが勝手に行ったとはいえ,生じた被害に驚いて
いる弟子たちもいたことから,教祖として慰めの言葉を掛けたにすぎず,そのこと自体が
被告人の共謀及び殺意を認定する根拠とはならない旨主張する。
 しかしながら,「科学技術省の者にやらせると結果が出るな。」「これはポアだからな,分
かるな。」などをはじめ,前記認定に係る,被告人が実行役らにした話の内容は,到底弟
子たちが被告人に無断で地下鉄サリン事件の犯行に及んだ際のものとはいえないという
べきであり,弁護人の上記主張は採用することができない。
 (4)アA28は,平成7年5月から同年6月にかけての捜査段階では,被告人とはグルと
弟子の関係にあり9年間くらい被告人を信仰していたことから,被告人が出てくる場面に
ついては一切供述せず,それ以外の差し障りのないことについては供述していたが,同
年10月ころ,被告人のB18事件に関する供述調書で弟子が勝手にやった趣旨の供述
がされている旨の新聞報道に接し,被告人への信仰が揺らぎ始め,検察官に対し,リム
ジン車内での話の概要だけ供述し,その後,気持ちの整理をした上で,被告人の面前で
本件A28証言をし,しかも,被告人の不規則発言にもその供述内容は動揺しなかったも
のであり,このような事情等に照らすと,A28が,地下鉄サリン事件について被告人の指
示がないのに被告人から種々の指示が出された旨のうその供述をあえてしたものとは認
め難い。
 イところで,関係証拠に照らすと,A28は,地下鉄サリン事件の犯行において東京に
おける現場指揮者というA6に次ぐ重要な立場にあったにもかかわらず,公判では,地下
鉄サリン事件の実行については,A6が総指揮を執り,A28は自動車を手配したり,実行
役と運転手役の組合せをQに伝えたりするなどの手伝いをしたにすぎず,むしろ,自分は
自作自演事件を主に担当していたという趣旨の供述をするなど,自己の刑事責任を軽減
させるために既に死亡しているA6や逃亡中であったA53に一部責任を転嫁し,自己の
役割をわい小化する不自然不合理な供述をしている。しかしながら,自己の刑責を軽減
させるために死亡した者や逃亡中の者に一部責任を転嫁する供述がみられることから直
ちに,長い間グルとして信仰してきた被告人の面前で供述した,地下鉄サリン事件に被
告人が関与している旨の本件A28証言の信用性が左右されるものではなく,その信用性
が高いことはこれまで説示してきた理由から明らかというべきである。
 ウなお,弁護人は,A28の公判供述の信用性が認められない理由として,地下鉄サリ
ン事件で使用されたサリンの生成原料となったジフロについて,A28は,公判で,平成7
年1月初めころ,A14から隠しておいてくれと言われてVXを預かり,その際A14からサリ
ンの材料を一部どこかに隠したことを聞いたが,そのとき,ジフロは預かっていない旨供
述するところ,その供述は,A6が発見したジフロをA6の提案でA28に預けたというA14
のジフロに関する公判供述に照らし,信用することができないことを挙げる。
 しかしながら,A14は,捜査段階で検察官に対し,A28の上記公判供述に符合し,判
示犯行に至る経緯1(2)のA14がジフロを隠匿保管した事実に沿う供述をしており,その
検察官調書における信用性が高いことはB6サリン事件等における当裁判所の判断の中
で説示したとおりであること,A14は,公判で,地下鉄サリン事件について,捜査段階の
供述と異なり,A6から地下鉄内でサリンを使うという話は聞いていない,サリンを生成す
るのはすぐに使うためではなく保存しておくためであると思ったなどと自己の刑事責任を
軽減させるための不自然不合理な供述をしていること,A19が,公判で,「A14から今回
のサリン生成の原料となったジフロの由来について,A14がX1棟にあったジフロを1本
持ち出して取っておいた旨を聞いた。その話の内容からして,ジフロを隠したことにはA6
がかかわっていない。」旨供述していること,A28がジフロを保管していたならば,A6が
ジフロをA28から預かりA14に渡してA19のもとに届けさせるのは迂遠であり,むしろ,A
6がA14をしてA19のもとにジフロを届けさせたのは,A14がジフロを隠匿保管していた
証左であるといえることなどに照らすと,A14のジフロに関する公判供述は信用すること
はできず,A28のジフロに関する公判供述の信用性は高いというべきであるから,弁護
人の上記主張は採用することができない。
 (5)次に,関係証拠に照らすと,A19も,A28と同様に,公判で,自己の刑事責任を軽
減させるために,サリンの生成に関しその責任の一部をA14やA24に転嫁することにな
るうその供述をし,あるいは,サリン生成について被告人の指示した内容の理解等につ
いて不自然不合理な供述をしている。
 しかしながら,本件A19証言の信用性が高いことはこれまで説示してきたとおりである
上,A19は,公判で,A14がジフロを隠匿保管していたことについて被告人はある時期
までは知らなかったはずであるなどと被告人に有利な事情についても供述しており,グル
であった被告人の面前で,被告人がサリン生成にかかわる指示をしていないにもかかわ
らず,そのような指示があったといううその供述をしたことをうかがわせる事情は見出すこと
ができない。したがって,A19が上記のとおりサリン生成に関し自己の刑責を軽減させる
ために一部うその供述をしているからといって,直ちに,サリン生成に関する被告人の指
示等に関して供述した本件A19証言の信用性が左右されるわけではないというべきであ
る。
 3(1)上記のとおり信用性の高い本件A28証言及び本件A19証言その他関係証拠を
総合すると,判示犯行に至る経緯3(2)ないし(4)のとおり,被告人は,e1村の教団施設に
向かうリムジン車内において,A6,A19及びA28との間で,地下鉄電車内にサリンを散
布する無差別殺りくについてその共謀を遂げ,その後,A6又はA19を介して,地下鉄電
車内に散布するサリンの生成に関する被告人の指示がA14及びA24に伝えられ,また,
A6又はA28を介して地下鉄電車内にサリンを散布する旨の被告人の指示が実行役5名
及び運転手役5名に伝えられ,これら12名との間でも地下鉄電車内にサリンを散布する
無差別殺りくについて共謀が成立したことは明らかである。
 (2)なお,弁護人は,リムジン車内では地下鉄電車内にサリンを散布することはまだ決
定していなかった旨のA28の公判供述を根拠として,被告人が同席していたリムジン車
内においては,地下鉄サリン事件の実行については何ら決定されていないから,同車内
において地下鉄サリン事件の共謀は成立していない旨主張する。
 しかしながら,リムジン車内においては,教団施設に対する強制捜査を阻止するという
犯行の目的,地下鉄電車内にサリンを散布するという犯行の方法,犯行の指揮はA6及
びA28が,サリンの生成はA19が,サリン散布の実行はA53,A25,A23,A33及びA
26がそれぞれ務めるという犯行の役割分担など犯行の重要部分が決定されているほ
か,このリムジン謀議の後地下鉄サリン事件の実行に至るまでの被告人のA6,A28及び
A19に対する種々の指示内容や,実際にリムジン車内で決められたとおりに犯行の準備
がされ実行されたことなどに照らすと,リムジン車内において,被告人と
A6,A28及びA19の間で,地下鉄電車内にサリンを散布する無差別殺りくについて共
謀が成立していたことは明らかである。
 したがって,A28の上記供述は信用することができず,弁護人の上記主張は採用する
ことができない。
 1 以上のとおりであるから,被告人には地下鉄サリン事件に係る殺人の共謀が存しな
い旨の弁護人の主張3は採用することができない。
【法令の適用】
   (略)
【量刑の理由】
 1(1)被告人は,自分が解脱したとして多数の弟子を得てオウム真理教(教団)を設立
し,その勢力の拡大を図ろうとして国政選挙に打って出たものの惨敗したことから,今度
は教団の武装化により教団の勢力の拡大を図ろうとし,ついには救済の名の下に日本国
を支配して自らその王となることを空想し,多数の出家信者を獲得するとともに布施の名
目でその資産を根こそぎ吸い上げて資金を確保する一方で,多額の資金を投下して教
団の武装化を進め,無差別大量殺りくを目的とする化学兵器サリンを大量に製造してこ
れを首都東京に散布するとともに自動小銃等の火器で武装した多数の出家信者により
首都を制圧することを考え,サリンの大掛かりな製造プラントをほぼ完成し作動させて殺
人の予備をし(サリンプラント事件),約1000丁の自動小銃を製造しようとしてその部品を
製作するなどしたがその目的を遂げず,また,小銃1丁を製造した(小銃製造等事件)。
 (2)そして,被告人は,このような自分の思い描いた空想の妨げになるとみなした者は
教団の内外を問わずこれを敵対視し,その悪業をこれ以上積ませないようにポアするす
なわち殺害するという身勝手な教義の解釈の下に,その命を奪ってまでも排斥しようと考
え,しかも,その一部の者に対しては,教団で製造した無差別大量殺りく目的の化学兵
器であるサリンあるいは暗殺目的の最強の化学兵器であるVXを用いることとしてその殺
傷力の効果を測るための実験台とみなし,弟子たちに指示し,以下のとおり,一連の殺
人,殺人未遂等の犯行を敢行した。
 すなわち,被告人は,教団からの脱会を表明しこれを阻止しようとする被告人を殺すと
まで言うようになった信者や教団から脱走した上教団信者を連れ出すために教団施設に
侵入した信者を,被告人に離反したり背いたりしたとの理由で殺害し(B1事件,B18事
件。B18事件では更に死体をマイクロ波焼却装置で焼却損壊した。),自己に敵対する者
であるとの理由で,オウム真理教被害者の会を支援する弁護士業務に従事していた弁
護士をその妻及び幼子ともども殺害し(B2事件),オウム真理教被害対策弁護団の一員
として教団信者の出家阻止,脱会活動に精力的に取り組んでいた弁護士をサリンを吸入
させて殺害しようとしたがサリン中毒症を負わせたにとどまりその目的を遂げず(B6サリン
事件),同弁護士らと協力して教団信者に対する出家阻止,脱会に向けたカウンセリング
をしていた,オウム真理教被害者の会の代表者に対し,あるいは,教団から脱会しようと
した信者を支援していた男性に対し,それぞれVXを掛けて殺害しようとしたがいずれもV
X中毒症を負わせたにとどまりその目的を遂げなかった(B5VX事件,B20VX事件)。
 のみならず,被告人は,ある男性が警察のスパイではないのに一方的にそのように疑っ
た上,VXを掛けてその男性を殺害し(B21VX事件),さらには,ある信者がスパイでない
ことを知りながら教団が敵対組織から毒ガス攻撃を受けているという話を真実味のあるも
のとし教団の武装化に向けて信者らの危機意識や国家権力等に対する敵がい心をあお
るためにその信者をスパイに仕立て上げようと拷問を加えた上,その信者を殺害した(B1
9事件。更に死体をマイクロ波焼却装置で焼却損壊した。)。
 また,被告人は,多額の布施を引き出す目的で資産家である信者の所在を聞き出そう
としてその兄をらち監禁し自白を強要するため全身麻酔薬を注射するなどして死亡する
に至らせた(B22事件。更に死体をマイクロ波焼却装置で焼却損壊した。)。
 (3)被告人の犯罪は,以上のような特定の者に対する殺害等にとどまらず,化学兵器で
あるサリンを使用した不特定多数の者に対する無差別テロにまで及ぶ。すなわち,被告
人は,弟子たちに指示し,教団で新たに造った加熱式噴霧装置の性能ないしこれにより
噴霧するサリンの殺傷力を実験的に確かめておこうと考え,その実験台として仮処分事
件で教団松本支部の建物を当初の予定より縮小させる原因を作ったなどとして敵対視し
てきた長野地裁松本支部の裁判官を選び,裁判所宿舎を標的として同宿舎及びその周
辺にサリンを発散させ,住民ら不特定多数の人々を殺害し,かつ,殺害しようとしたがサリ
ン中毒症を負わせたにとどまりその目的を遂げず(7人を殺害し,4人に重傷を負わせ
た。松本サリン事件),また,阪神大震災に匹敵する大惨事を引き起こせば,間近に迫っ
た教団に対する強制捜査を阻止できると考え,東京都心部を大混乱に陥れようと企て,
地下鉄3路線5方面の電車内等にサリンを発散させて乗客,駅員ら不特定多数の人々を
殺害し,かつ,殺害しようとしたがサリン中毒症を負わせたにとどまりその目的を遂げなか
った(12人を殺害し,14人に重傷を負わせた。地下鉄サリン事件)。
 (4)松本サリン事件及び地下鉄サリン事件で多数の訴因が撤回された後においても死
亡被害者27人,負傷被害者21人に上るこの13件の誠に凶悪かつ重大な一連の犯罪
は,自分が解脱したものと空想してその旨周囲にも虚言を弄し,被告人に傾倒する多数
の取り巻きの者らを得ると,更に自分が神仏にも等しい絶対的な存在である旨その空想
を膨らませていき,自ら率いる宗教団体を名乗る集団の勢力の拡大を図り,ついには救
済の名の下に日本国を支配しようと考えた,被告人の悪質極まりない空想虚言のもたらし
たもの,換言すれば,被告人の自己を顕示し人を支配しようとする欲望の極度の発現の
結果であり,多数の生命を奪い,奪おうとした犯行の動機・目的はあまりにもあさましく愚
かしい限りというほかなく,極限ともいうべき非難に値する。
 2 そして,本件は,これまでみてきたとおり,その被害が誠に膨大で悲惨極まりないこ
と,犯行の態様が人命の重さや人間の尊厳を一顧だにしない無慈悲かつ冷酷非情で残
酷極まりないこと,長期間にわたって多数の犯罪を繰り返しついには無差別大量殺人に
至るまで止めどなく暴走を続けたこと,多数の配下の者を統制して組織的・計画的に敢
行し更に一層大掛かりなものへとその規模を拡大させたこと,宗教団体の装いを隠れ蓑
として被告人に都合のいいようにねじ曲げあるいは短絡化させた宗教の解釈によって犯
行を正当化しつつ更に凶悪化させていったこと,犯行により被害者,その家族近親者ら
及び被害を生じさせた地域の人々はもとより広く我が国や諸外国の人々を極度の恐怖に
陥れたもので人間社会に与えた影響が甚大かつ深刻で広範に及ぶことにおいて,これ
まで我々が知ることのなかった誠に凶悪かつ重大な一連の犯罪である。
 3 被告人の犯行によって命を奪われ,また,奪われようとした多数の人々は,誰一人と
してそのような被害に遭わなければならないような落ち度等は一切なかった。そうである
のに,3人の信者は,いずれも教団の密室内等に身体を拘束され取り囲まれて助けを求
めることが不可能な状況に追い込まれた上,あるいは首をロープで絞められた挙げ句両
手でひねられて殺害され,あるいは爪の間に待ち針を差し込まれるなど手ひどい拷問を
受けた挙げ句ロープで首を絞められて殺害され,証拠隠滅の意図でその身体を跡形も
なく焼却損壊され,また頭からビニール袋をかぶせられ催涙ガスを吹き込まれた挙げ句
ロープで首を絞められて殺害され,証拠隠滅の意図でその身体を跡形もなく焼却損壊さ
れた。オウム真理教被害者の会を支援していた弁護士の一家は,深夜自宅で休息の床
にあるところを突如襲われ,必死の抵抗も適わず,「子供だけはお願い。」との妻の悲痛
な叫びもむなしく,幼子もろとも首を絞められるなどして殺害され,証拠隠滅の意図で一
家はばらばらに遠く人里離れた山中に埋められた。オウム真理教被害対策弁護団の一
員である弁護士は,裁判所構内に駐車した乗用車にサリンを仕掛けられ,帰途車を運転
中にサリン中毒症に襲われ,交通事故死等の危険に見舞われた。VXに襲われた3人
は,あるいは朝の通勤途上,路上で突然後方から注射器でVXを身体に掛けられ,犯人
を追跡しようとしたもののごく短時間のうちに路上に転倒,絶命させられ,あるいは朝自宅
近くに家庭ゴミを出しに行った際,また,あるいは朝食を済ませた後自宅近くのポストに
年賀状を投函しに行った帰り途,いずれも自宅と目と鼻の先の路上で突然後方から注射
器でVXを身体に掛けられ,帰宅後重度のVX中毒症に襲われて生死の淵をさまよい,
かろうじて一命を取り留めた。松本サリン事件では,一日の終わりにそれぞれの自宅で憩
いや休息などの時を迎えていた多数の人々が,加熱式噴霧装置で気化発散させられた
サリンの突然の侵襲を受け,まさに悶絶のうちに命を奪われ,また奪われようとし,地下鉄
サリン事件では,朝の通勤時間帯に密閉空間ともいえる地下鉄内で,多数の人々が,発
散させられたサリンの急襲を受け,同様悶絶のうちに命を奪われ,また奪われようとした。
一時に多数の人々がサリンに襲われ極度の苦しみにあえぐその被害の有様は想像を絶
するすさまじさであり目を覆うばかりである。資産家の信者の兄は,夕刻路上で手荒くらち
され麻酔薬を注射されながら教団の密室内に連れ込まれ自白強要のため更に麻酔薬を
注射されるなどして命を奪われるに至り,証拠隠滅の意図でその身体を跡形もなく焼却
損壊された。残虐非道極まる犯行の数々というほかはない。
 4 被告人の犯行によって命を奪われた多数の人々は,あるいは死の恐怖を味あわさ
れつつ絶命させられ,あるいは死への途にあることすら知ることもできずに絶命させられ,
またサリン中毒症との長期にわたる闘いの果てに絶命させられたのである。将来におい
てさまざまな出来事や人々と巡り会いさまざまな感動に出会いながら家族,近親者,友
人,仲間らとともに精一杯に充実させて生きていくはずであったその人生をことごとく無惨
にも奪われたその無念さは,余りにも大きく言葉では表現できようはずもない。そして,命
を奪われた被害者の遺族らの悲嘆は誠に深くその衝撃は甚大である。その心奥からの
精神的苦痛はこれをわずかでも和らげようとすることすらできようもない。
 かろうじて一命を取り留めた多数の人々も,今なお死にも等しい状態に置かれ苦しみ続
ける人があり,重い後遺症によりその人生の実質をほとんど奪われて苦しみ続ける人があ
り,また心身の重い不調に苦しむ人も少なくない。その精神的肉体的苦痛は癒されようも
なく大きい。そして,その家族及び近親者らの精神的苦痛やのしかかるさまざまな負担も
誠に大きく耐え難いものである。
命を奪われた被害者の遺族ら,命を奪われようとした被害者及びその家族,近親者ら
はこれまで長期間にわたって日夜苦しみ続け,今後もその苦しみは果てることがなく,ま
さにその心身を切りさいなまれる日々である。これらの人々の被告人に対する怒りはこの
ような苦しみや悲しみから発するもので,その処罰感情がこれ以上はないほど厳しいのは
誠に当然である。
 5 そうであるのに,被告人は,かつて弟子として自分に傾倒していた配下の者らにこと
ごとくその責任を転嫁し,自分の刑事責任を免れようとする態度に終始しているのであ
り,今ではその現実からも目を背け,閉じこもって隠れているのである。被告人からは,被
害者及び遺族らに対する一片の謝罪の言葉も聞くことができない。しかも,被告人は,自
分を信じて付き従ったかつての弟子たちを犯罪に巻き込みながら,その責任を語ることも
なく,今なおその悪しき影響を残している。
 6 他方,被告人は幼いころから視力に障害があり恵まれない生い立ちであった。将来
の希望と目的を持ち,妻子と共にその人生を生き抜こうとしてきた時期もあったであろう。
被告人の身を案じる者もいることであろう。
 しかし,これまで述べてきた本件罪質,犯行の回数・規模,その動機・目的,経緯,態
様,結果の重大性,社会に与えた影響,被害感情等からすると,本件一連の犯行の淵源
であり主謀者である被告人の刑事責任は極めて重大であり,被告人のために酌むべき
上記の事情その他一切の事情をできる限り考慮し,かつ,極刑の選択に当たっては最大
限慎重な態度で臨むべきであることを考慮しても,被告人に対しては死刑をもって臨む
以外に途はない。
(求刑 死刑)
 
   東京地方裁判所刑事第7部
         裁判長裁判官   小   川   正   持
            裁判官伊 名 波   宏   仁
            裁判官浅   香   竜   太

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