弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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            主         文
1 被告豊橋市長に対する訴えを却下する。
2 原告の被告豊橋市に対する請求を棄却する。
3 訴訟費用は原告の負担とする。
            事実及び理由
第1 請求
1 被告豊橋市長が,平成11年4月2日付けで別紙物件目録(5)記載の土地に対して
した滞納処分による差押えが無効であることを確認する。
2 被告豊橋市は,原告に対し,677万4800円を支払え。
第2 事案の概要
本件は,被告豊橋市長(以下「被告市長」という。)が,訴外株式会社A(以下「A」と
いう。)所有に係る土地に対し,滞納処分による差押えをしたところ,同土地について
賃借権の仮登記を有していた原告が,同差押えは国税徴収法(以下「法」という。)48
条2項によって禁じられた無益な差押えに当たるなどと主張して,その無効確認を求
めるとともに,国家賠償法1条1項に基づき,被告豊橋市に対して,損害の賠償を求
めた事案である。
1 前提事実(争いのない事実及び証拠によって容易に認定できる事実)
(1) 原告等
原告は,平成元年10月23日に設立された水産物の加工及び販売,食料品
の販売,不動産の賃貸借,管理並びに運用等を業とする株式会社である(乙4
の2)。
A(平成元年10月23日に変更される前の商号はA’株式会社)は,昭和35年
4月27日に設立された海産物加工販売,食料品菓子製造販売,駐車場の経営
等を業とする株式会社であったが,平成11年2月26日に株主総会決議によっ
て解散し,清算人に代表取締役であったB(原告代表者でもある。)が就任した
(乙4の1)。
(2) 本件の経緯等
ア 別紙物件目録(5)記載の物件(以下「本件土地」という。)については,平成1
1年4月当時,いずれもAを債務者とし,①株式会社東海銀行(以下「東海銀
行」という。)を根抵当権者とする極度額4000万円の根抵当権(名古屋法務
局豊橋支局(以下,本項において同じ。)昭和46年5月17日受付第17916
号。順位1番),同じく東海銀行を根抵当権者とする極度額7000万円の根抵
当権(昭和52年9月27日受付第31381号。順位2番),東海銀行(その後,
愛知県信用保証協会に一部移転)を根抵当権者とする極度額5000万円の
根抵当権(昭和60年3月28日受付第10351号。順位3番),愛知県信用保
証協会(その後,株式会社整理回収機構に一部移転)を根抵当権者とする極
度額6000万円の根抵当権(平成元年3月24日受付第9108号。順位4
番),株式会社名古屋銀行(その後,愛知県信用保証協会とさくら債権回収サ
ービス株式会社に移転)を根抵当権者とする極度額1億円の根抵当権(平成
2年3月19日受付第8869号。順位5番),東海銀行(その後,愛知県信用保
証協会に一部移転)を根抵当権者とする極度額1億3000万円の根抵当権
(平成3年10月28日受付第32880号。順位6番),蒲郡信用金庫を根抵当
権者とする極度額6000万円の根抵当権(平成8年7月10日受付第23537
号。順位7番)の各設定登記がされていた(上記各根抵当権は,別紙物件目
録(1)ないし(4)記載の物件についても設定され,共同担保となっていた。)。
そのほか,別紙物件目録(6)ないし(11)及び(19)記載の各物件については,
Aを債務者とする5件の共同根抵当権(極度額合計4億1500万円)が設定さ
れ,同目録(12)ないし(18)記載の各物件については,同様の17件の共同根抵
当権(極度額合計10億7000万円)が設定されていた。
なお,別紙物件目録(1)ないし(19)記載の各物件に設定された上記各根抵
当権の極度額の合計は,重複分を控除すると,17億7000万円であった(乙
3の1ないし19)。
イ 被告市長は,平成11年4月2日,本件土地を含む別紙物件目録(5)ないし(
19)記載の合計15の物件に対し,滞納処分による差押えをした(以下,本件土
地に対する差押えを「本件差押え」という。甲2,12の1ないし4,乙3の5ない
し19)。
ウ 豊橋簡易裁判所は,平成11年6月21日,国民金融公庫の申立てに基づ
き,本件土地を含む別紙物件目録(1)ないし(11),(19)記載の合計12の物件に
ついて仮差押命令を発令し,名古屋法務局豊橋支局同月22日受付第1711
5号をもって,その旨の登記がされた(甲2,乙3の1ないし11,19)。
エ 名古屋地方裁判所豊橋支部(以下「名地裁豊橋支部」という。)は,平成11
年8月13日,東海銀行の申立てに基づき,本件土地を含む別紙物件目録(1
)ないし(19)記載の合計19の物件について競売開始決定を行い(名地裁豊橋
支部平成11年(ケ)107号),名古屋法務局豊橋支局同日受付第24121号
をもって差押登記がされた(以下「本件競売事件」という。甲2,乙1の1,3の
1ないし19)。
なお,名地裁豊橋支部は,同年6月15日,豊橋信用金庫の申立てに基づ
き,別紙物件目録(12)ないし(18)記載の物件について競売開始決定を行い
(名地裁豊橋支部平成11年(ケ)73号。乙2の1,3の12ないし18),同年8
月31日,豊川信用金庫の申立てに基づき,同目録(6)ないし(14)及び(16)ない
し(19)の物件についても競売開始決定を行っている(乙3の6ないし14,16な
いし19)。
オ 原告は,平成11年6月25日,本件土地について,同月11日設定に係る下
記の賃借権を原因とする賃借権設定の仮登記(以下「本件賃借権仮登記」と
いう。)を経由した(乙3の5)。
(ア) 賃貸人 A
(イ) 賃借人 原告
(ウ) 賃料及び支払期 毎月末日限り3万円
(エ) 存続期間 5年
なお,原告は,同月25日,別紙物件目録(3)及び(6)ないし(19)の物件につ
いても,本件賃借権仮登記と同様の仮登記を経由している(ただし,賃料は物
件によって異なり,存続期間は,土地については5年,建物については3年と
されている。乙3の3,6ないし19)。
カ 被告市長は,平成11年9月22日,本件競売事件において,Aに対する被告
豊橋市の地方税(固定資産税,都市計画税,事業所税,法人市民税)の未納
税額合計額2068万8000円,延滞金合計額326万9300円,督促手数料
合計額1400円,合計2395万8700円について交付要求をし(乙1の10,1
1),同日付けでA(清算人B)に対し,その旨通知した(甲1)。
キ 名地裁豊橋支部は,平成12年2月22日,最低売却価額を1億6272万円
として,本件土地を含む別紙物件目録(1)ないし(5)記載の物件を一括して期間
入札に付し,買受申出がない場合はそれ以外の方法で売却する旨の売却実
施命令を出したが,所定の期間内に買受申出がなかった。そこで,同支部
は,平成14年7月10日,別紙物件目録(1)ないし(4)記載の物件と,本件土地
とを分離し,前者の最低売却価額を7209万円,後者のそれを3886万円と
して,期間入札に付し,買受申出がない場合はそれ以外の方法で売却する旨
の売却実施命令を出した(乙1の2,3)。
これに対し,原告及びAは,平成14年9月9日,本件土地についての原告
の賃借権は買受人に対抗できない旨の現況調査報告書及び物件明細書の
記載は事実誤認であることなどを理由に,執行異議を申し立てたが,名地裁
豊橋支部は,同月24日,本件差押え以前に原告の賃借権が成立したものと
は認められないし,仮に成立したとしても対抗力を認める余地はないとの理由
で,同申立てを却下した(乙1の40,41)。
ク 前記売却実施命令に対し,期間入札の入札者はなかったが,平成14年10
月28日,C及びD(以下,両名を「本件買受人」という。)から,3886万円で本
件土地を買い受けるとの申出があったため,名地裁豊橋支部は,同年11月5
日,同土地について売却許可決定をした(乙1の4,5)。
これに対し,原告及びAは,同月12日,前記執行異議とほぼ同様の理由で
執行抗告の申立てをしたが,名地裁豊橋支部は,同月27日,仮に原告の主
張する賃借権が買受人に対抗できるものであるとしても,売却によって実体的
に消滅することはないから,執行抗告の利益を有しないとの理由で,これらを
却下した(乙1の42ないし47)。
ケ 名地裁豊橋支部は,平成15年2月13日,本件土地の売却代金3886万円
について配当を行ったが,手続費用を除くその余の売却代金は,株式会社ユ
ーエフジェイ銀行(東海銀行の承継者)を根抵当権者とする前記順位1番の根
抵当権にのみ配当され,前記交付要求に係る地方税等はこれに劣後してい
たため,被告豊橋市に対する配当はされなかった(乙1の31)。
コ 本件買受人は,平成15年1月14日,本件土地の売却代金を納付した上,
同年2月21日,名地裁豊橋支部に対し,本件土地についての引渡命令を申
し立てたところ,同支部は,同申立てを相当と認め,同月26日,原告に対し,
本件土地の引渡命令を発令した(乙1の48,49)。
サ 原告は,平成15年5月26日,被告市長に対し,本件土地に対する本件差
押えにつき異議申立てをしたが,同市長は,同年7月14日,行政不服審査法
47条1項所定の異議申立期間経過後にされた不適法なものであるとの理由
で,これを却下した(甲9の1,2)。
2 本件の争点及び争点についての当事者の主張
(1) 本件差押えの無効確認請求に係る訴えの利益の存否(本案前の争点)
(被告市長の主張)
本件差押えは,平成15年1月14日の売却により,その執行を終了している。
また,そもそも地方税法331条6項,373条7項,701条の65第6項が準用
する法48条2項に違反する差押えは,当然に無効とはならず,取り消し得べき
処分にすぎない(超過差押えに関する最高裁判所昭和46年6月25日第二小法
廷判決・訟務月報18巻3号353頁参照)。
よって,原告の被告市長に対する訴えは,訴えの利益を欠き不適法である。
(原告の主張)
被告市長の主張は争う。
本件差押えは,法48条2項,79条1項が禁止する無益な差押えとして違法で
ある以上,これに基づいて執行された引渡命令は無効であるから,手続上終了
しているか否かは無関係である。被告市長は,本件差押えの無効確認を求める
訴えの利益がない旨主張するが,行政処分の無効確認の訴えは,実体上無効
であるが,外観上有効に存在する行政処分の効力を否定し,排除することを目
的とし,損害を受けた者又は受けるおそれがある者は,それだけで無効確認を
求める訴えの利益を有するから,被告市長の主張は失当である。
また,被告市長は,無益な差押えは取り消し得べき処分にとどまる旨主張す
るが,被告市長の引用する裁判例は,超過差押に関するものであるから無意味
な主張であるし,上記のとおり,無益か否かの判断は処分前にされるものであ
り,無益な差押えは,いかなる状況下においてもあり得べきでないから,重大な
違法行為として,当然に無効である。
(2) 本件差押えの適法性
(被告らの主張)
以下のとおり,本件差押えは適法である。
ア 原告は,本件差押えが無益な差押えに当たると主張するが,被告豊橋市長
は,本件土地を含むA所有の不動産15物件(土地12筆,建物3棟)を対象に
して滞納処分による差押えをしたものであるから,無益な差押えに当たるか否
かの判断も,本件土地だけでなく,差押えの対象となったA所有の不動産全
体をみて判断する必要があるところ,不動産の評価は,鑑定人によって評価
額に大きな差があり,また,その評価には相当の日数を要することから,徴税
職員が無益な差押えに当たるか否かについて厳密な判断を求めるならば,差
し押さえるべき時機を失することにもなりかねない。
また,本件土地については,共同担保となっている他のA所有の不動産と
ともに,銀行及び信用金庫の根抵当権が設定されているところ,被担保債権
額は極度額の範囲内で増減変動するから,徴税職員が優先する債権の合計
額を正確に把握することも期待できない。一般的には,差押対象財産の価額
が,差押えに係る滞納処分費及び徴収すべき租税に先立つ他の租税その他
の債権の金額の合計額と比較して著しく過小でない限り,当該差押えは違法
性を有しないとされているところ,差押えの対象とされたA所有の不動産15物
件の価額は,優先する他の債権の額と比べて著しく過小とはいえない。
イ そもそも本件差押えは,原告代表者と同一人物であるAの代表者Bの要請
に基づくものである。すなわち,被告市長は,平成11年3月25日,Aの国税
(消費税等)還付金457万9687円を差し押さえたところ,同還付金をあてに
していたBから猛烈な抗議を受けたため,同差押えを解除し,平成11年4月2
日,同人の指示により,本件土地を含む不動産の差押えに切り替えた経緯が
ある。
なお,原告は,本件差押えは,第三者である原告の利益を侵害するもので
ある旨主張するが,Aと原告とは,目的,資本及び役員構成をほぼ同じくする
同族会社であり,原告代表者は,同時にAの代表者(平成11年2月26日の
解散登記後は清算人)であるから,原告が純粋な意味で第三者といえるかは
疑問である。
(原告の主張)
ア 以下のとおり,本件差押えは違法かつ無効である。
(ア) 本件差押えは,以下のとおり,地方税法331条6項,373条7項,701
条の65第6項が準用する法48条2項に反する無益な差押えであって,無
効かつ違法である。
Aの被告豊橋市に対する滞納地方税額の合計は,平成11年9月22日
現在,延滞金,督促手数料を加えて2395万8700円であり,これに優先
する7件の根抵当権の極度額の合計は5億1000万円であるところ,本件
土地の第1回目の売却実施命令における最低売却価格は5552万円にす
ぎず,最低売却価格の10倍近い金額で入札する者がいるはずがなく,落
札価格が極度額の合計額を超えることは,配当結果を見るまでもなくあり
得ない。
すなわち,本件土地の評価額は,平成11年1月1日現在,被告豊橋市
の土地価格証明書によれば5494万2000円,国税庁の路線価によれば
5914万7000円であるが,土地価格は10年以上前から下落傾向にあ
り,本件土地周辺の市街地路線価のピーク時から現在までの下落幅は,
平均で70パーセントを超え,将来も更に下落していくであろうことは容易に
想定できる。このような社会情勢及び経済情勢に照らすと,競売における
最低売却価格すら高いという判断が一般的であり,最低売却価格による売
却は相当以前から困難な状態が続いていたところ,現に本件土地について
も,第1回目の売却は不調に終わり,最低売却価格を30パーセント減価し
た第2回目の売却において,ようやく隣接所有者によって落札されたもので
あるから,本件差押えは,「差し押さえることができる財産の価額が・・・債
権の金額の合計額をこえる見込がない」(法48条2項)差押えに当たるとい
うべきである。
このことは,共同担保となっている本件土地以外の土地の価格を含めて
検討しても同様である。すなわち,共同担保とされている土地建物の評価
額の合計は,被告豊橋市の価格証明書によれば6億8909万6577円(国
税庁の路線価によれば7億5466万3599円)であるのに対し,上記延滞
地方税等に優先する根抵当権の設定極度額の合計は19億9950万円で
あって,本件土地を含めた価格との差額は12億5100万円に達するから,
本件差押えは明らかに無益な差押えである。
(イ) 滞納処分としての差押えが無益か否かは,処分結果でなく,処分予定時
に判断されるべきものである(法基本通達第48条関係5項参照)にもかか
わらず,被告市長は,本件差押えを行うに当たり,登記簿謄本を確認する
などして,法48条2項を始めとする関連するすべての法律,通達,規則等
に抵触するか否かの検討を行うことを怠り,又は法48条2項に反すること
を承知の上で本件差押えをしたものである。このことは,公の秩序を法の下
で保ち進める使命を有する被告豊橋市の行政上の重大な誤りであり,地方
公務員法30条,32条に反する行為であるから,本件差押えは,民法90
条によっても無効である。
この点につき,被告らは,不動産の評価は,鑑定人によって評価額に大
きな差があり,また,その評価には相当の日数を要することから,徴税職員
が無益な差押えについて厳密な判断をすることは,差押えの時機を失する
ことにもなりかねない旨主張するが,仮に鑑定人によって見解の違いがあ
ったとしても,法48条2項の要件を満たしているか否かの判断に支障のな
い数パーセントの範囲に止まるものであるし,被告豊橋市自身,固定資産
評価証明書に記載された土地価格を公式なものとして証明しており,各地
の法務局はもちろんのこと,国税庁も,その発表する路線価を同証明書の
金額を1.1倍したものとしており,同証明書記載の金額を正当かつ客観的
にも公平な価格として扱っている。
そして,被告豊橋市の担当部局は,不動産の土地評価の情報として,上
記の①豊橋市の同証明書の価格,②国税庁の路線価のほかに,③国土交
通省の公示価格,④県の基準地価といった情報を有していたか,又は行政
機関相互間,不動産業者に対する問い合わせ,インターネット等の手段に
よって容易に入手できたはずであり,優先する担保権の債権額も,各金融
機関への照会によって正確に把握することが可能であったから,法48条2
項の要件の充足性の判断に必要な「処分予定価格」の概数を推定すること
が期待不可能であるはずがない。
(ウ) また,本件差押えの後も,被告市長が,①差押物件である本件土地の
現況調査報告書,物件明細書及び評価書の作成,公表時,②Aの清算人
が口頭で審査請求を申し出たとき,③本件土地の売却実施通知書が到達
したときなど,無効な本件差押えを是正する機会を多々有していたにもか
かわらず,故意又は過失によりこれを無視し,放置したことは,前同様,地
方公務員法30条,32条が規定している地方行政の市民に対する正義と
遵法精神や,民法90条が規定する公の秩序に違反する無効な行為であ
り,不法行為を構成するというべきである。
(エ) 本件差押えに先立ち,被告豊橋市の職員が本件土地の現況を調査した
際,原告は,平成2年からAより本件土地を駐車場として賃借している旨説
明し,関係資料を提示したにもかかわらず,被告市長は,これを無視して本
件差押えをした。これは,滞納処分による差押えをする際に第三者が有す
る権利を尊重すべきことを定めた法49条に違反する行為である。
   イ 本件差押えがBの指示に基づくものであるとの被告らの主張は否認する。
  (3) 損害の発生及びその金額
   (原告の主張)
原告は,以下のとおり,本件差押えによって677万4800円の損害を被った。
ア 本件土地は,原告が,平成2年ごろから,Aより賃借し(以下「本件賃借権」と
いい,これに係る原告とAとの間の賃貸借契約を「本件賃貸借契約」とい
う。),原告が第三者への賃貸駐車場として運用してきたが,本件差押えを根
拠とする売却後の後続処分である引渡命令の執行により,原告は,正当かつ
適法な本件賃借権をはく奪された。そのため,原告は,本件土地を駐車場とし
て転貸することによる賃料収入の欠如による事業計画の狂いや,心ならずも
上記賃貸駐車場の提供の破棄を余儀なくされたことによる違約金の賠償等に
よる金銭的喪失のほか,社会的信用も失墜させられた。
これによる原告が被った損害額は,本件土地を利用できなくなった平成15
年1月から賃借人に代替の駐車場をあっせんした同年6月までの6か月分,1
0契約分の損害賠償額の合計582万4800円である。
イ 被告豊橋市は,本件差押えによって原告の有する正当かつ適法な本件賃借
権をはく奪した上,本訴訟において,本件競売事件における本件土地の現況
調査報告書に記載されていないにもかかわらず,「現況調査において(本件賃
借権が)濫用的賃借権と認定され」たなどと事実を歪曲し,原告の行為を「執
行妨害・執行免脱」を図るものである旨主張しているところ,これらの行為によ
って原告はその名誉を著しく毀損された。
これにより原告の受けた苦痛を慰謝するためには,95万円を下らない金銭
が必要である。
   (被告豊橋市の主張)
原告の主張は,否認ないし争う。
原告は,違法,無効な本件差押えにより,原告の有していた本件賃借権がは
く奪されたと主張して損害賠償を請求しているが,以下のとおり,仮に本件差押
えが違法であったとしても,本件賃借権には要保護性が認められないから,被
告豊橋市が賠償責任を負うことはあり得ない。
   ア 本件賃貸借契約の内容は不明であるが,仮に平成2年に設定されたものであ
れば,本件差押えの効力いかんにかかわらず,もともと民法395条の短期賃
貸借として保護されることはない。
   イ 原告の本件賃借権設定の仮登記は,平成11年6月22日付けの仮差押え(債
権者は国民金融公庫)に劣後しているから,本件賃借権は,本件差押えの効
力いかんに関わらず,民事執行法59条2項により,競売による売却の結果,
効力を失うことになる。
   ウ 本件賃借権は,①Aが代表者を共通とする同族会社の原告を通じて駐車場を
転貸していること,②Aの清算手続中にその設定登記が経由されていること,
③その後,本件賃借権は株式会社Eに贈与されていることなど不自然な点が
あり,執行免脱の意図がうかがわれるものである。原告は,本件土地以外の
A所有の不動産についても,本件土地同様,競売開始決定直前に賃借権を
設定し,その仮登記を経由しているが,本件競売事件の現況調査において,
濫用的賃貸借と認定され,買受人への対抗力を否定されている。
第3 当裁判所の判断
1 被告市長に対する訴えに係る訴えの利益について
(1) 被告市長は,本件差押えは,平成15年1月14日の売却により,その執行を
終了しているから,その無効確認を求める原告の被告市長に対する訴えは,訴
えの利益を欠き不適法である旨主張するので,これについて判断するに,前記
前提事実によれば,本件土地について,平成14年11月5日,本件買受人に対
する売却許可決定がなされ,同月27日,原告及びAによる執行抗告が却下され
たことに伴い,平成15年1月14日に代金が納付されているから,これにより,本
件土地の所有権は本件買受人に移転したことが明らかである(民事執行法79
条)。
そして,証拠(乙3の5)によれば,上記所有権移転に伴い,執行裁判所の書
記官は,買受人のための所有権移転登記を嘱託し(同法82条1項),登記官
は,職権をもって本件差押えに係る登記を抹消した(滞納処分と強制執行等との
手続の調整に関する法律32条)ことが認められる。
そうすると,少なくとも本件土地に関する限り,本件差押えの法的効果は消滅
し,原告がその無効確認を求めることによって回復すべき利益・権利は何ら存在
しないから,訴えの利益が消滅していることは明らかである。
(2) この点につき,原告は,①本件差押えに基づいて引渡命令が執行されてい
る,②損害を受けた者又は受けるおそれがある者は,それだけで無効確認を求
める訴えの利益を有するなどと主張する。
しかしながら,前記前提事実によれば,本件競売事件は,東海銀行の申立て
により開始,進行していたものであって,本件差押えに基づいて行われたもので
はない上,代金納付により売却による所有権移転の効果は確定している(民事
執行法184条)から,本件差押えの無効が確認されたとしても,引渡命令の効
力に何らの影響を与えるものではない。また,当該行政処分の無効が確認され
なければ行政主体に対する損害賠償を請求できないものではないし,逆に無効
が確認されたからといって直ちに損害賠償を請求し得るものではなく,両者は法
的に連動する関係にないから,損害賠償請求の可否をもって上記訴えの利益を
基礎付けることもできない。
よって,原告の上記主張は採用できず,被告市長に対する本件訴えは,原告
適格の有無等,その余について判断するまでもなく,却下を免れない。
2 被告豊橋市に対する請求について
(1) 原告は,被告豊橋市のAに対する延滞地方税等に優先する7つの根抵当権の
設定極度額の合計は,本件土地の評価額の約10倍にも達するから,本件差押
えは,地方税法331条6項,373条7項,701条の65第6項が準用する法48
条2項に反する無益な差押えとして違法であり,この理は,共同担保とされてい
るすべての不動産の価格を考慮しても同様である旨主張するところ,なるほど,
前記前提事実及び証拠(甲1及び2)によれば,本件土地については,本件差押
えに係る滞納地方税等に優先する根抵当権設定登記が存在し,その極度額の
合計は5億1000万円であったのに対し,本件土地の固定資産評価額は5494
万2000円,国税庁の路線価を基にした価額は5914万7000円であったこと
が明らかである。
しかしながら,不動産に対する執行において,無益なものであるか否かは,最
終的に配当が行われる時点で確定するものであり,それまでは,弁済等によっ
て優先する被担保債権が減額ないし消滅する可能性があるから,法48条2項
にいう「……財産の価額が……滞納処分費及び徴収すべき国税に先だつ……
債権の金額の合計額をこえる見込がないとき」とは,差押えをするに当たり,上
記のような流動的要素を考慮しても,およそ当該租税債権を徴収する可能性が
ないことが明白である場合を指すと解すべきところ,①本件土地に設定されてい
る担保権は根抵当権であって,その極度額は,あくまで当該根抵当権が把握し
得る担保価値の上限を示すものにすぎず,継続的な取引によって発生する現実
の債権額と同一となるものではないこと,特に本件土地に設定されている根抵
当権の設定時期は,古くは昭和46年であり,新しいものでも平成8年であって,
この間,現実の被担保債権額が減少している可能性があると考えても無理から
ぬこと,②固定資産評価額ないし路線価に基づく価額は,当該不動産の価額を
推測する資料となり得るものの,実勢価額と一致するものではなく,最終的な価
額は,売却が実施されて確定すること,③最低売却価額も,これ以下の価額で
は売却が許可されないという基準を示すものにすぎず,競争の結果,これを相
当額上回る価額で売却されることはまれではないこと,④本件土地に設定され
ていた根抵当権は,別紙物件目録(1)ないし(4)及び(6)ないし(19)記載の各物件
の一部ないし全部と共同担保の関係にあったこと,などを考慮すると,本件にお
いて,被告豊橋市の徴税職員が,本件差押えをするに当たり,Aの所有する不
動産の価額と優先する被担保債権の状況を正確に把握することは,必ずしも容
易であったとはいえず,かつ,上記状況を正確に把握できるまで調査を尽くさな
ければ滞納処分による差押えをすることができないとまでは解されない(原告
は,優先する被担保債権の額は,金融機関等に対する照会によって容易に判明
する旨主張するが,法は,徴税職員がこのような照会をなすことのできる権限を
定めておらず,事案によっては,このような照会は,滞納者に対する信用不安を
増大することにもなりかねないから,原告の上記主張は採用できない。)以上,
結果的に被告豊橋市に対する配当がなされなかったからといって,直ちに本件
差押えが違法な行為であったとは断定できない。
加えて,差押債権者又は仮差押債権者に対抗できない不動産に関する権利
は,売却によりその効力を失うとされている(民事執行法59条2項参照)ところ,
本件賃借権に係る仮登記は,前記前提事実記載のとおり,平成11年6月22日
付けの国民金融公庫による仮差押に劣後するものであったことが明らかである
し,仮に原告の主張するとおり,原告が平成2年にAとの間で本件賃貸借契約を
締結したとしても,その対抗要件は上記仮登記以外にあり得ないから,同様の
結論となる。したがって,本件賃借権は,いずれにしても本件競売事件によって
消滅すべき運命にあったから,本件差押えによって「はく奪された」ものではな
く,これにより原告が損害を被ったということもできない。
(2) 次に,原告は,本件差押えは,国税徴収法49条にも違反する旨主張するとこ
ろ,本条は,「……財産を差し押えるに当つては,滞納処分の執行に支障がない
限り,その財産につき第三者が有する権利を害さないように努めなければならな
い。」と規定しているとおり,徴税職員に対する職務上の訓示規定にすぎないと
解されるから,この規定を違法の根拠とすることはできないし,そもそも,前記前
提事実のとおり,A所有の不動産については,その大多数について原告を賃借
人とする賃借権設定の仮登記が設定されていたから,これらを滞納処分による
差押えの対象から外せば,その執行に支障を生ずることは容易に想定し得ると
いうべきである。
(3) さらに,原告は,本件差押えは,無益な差押えであることが判明した場合に当
該差押えを解除すべきことを規定した法79条1項にも違反する旨主張するが,
前記のとおり,不動産に対する執行において,無益なものであるか否かは,最終
的に配当が行われる時点で確定するものである上,そもそも,本件競売事件
は,東海銀行の申立てによって開始,進行していたものであるから,本件差押え
の解除がなされなくとも,原告はもちろん,Aに対する関係においても,何らの影
響を与えるものではなかったことが明らかであり,したがって,これを放置したか
らといって,原告に対する不法行為を構成するものとはいえない。
(4) なお,原告は,被告らが,本訴訟において,本件競売事件における本件土地
の現況調査報告書に記載されていないにもかかわらず,「現況調査において(本
件賃借権が)濫用的賃借権と認定され」たとか,原告の行為を「執行妨害・執行
免脱」を図るものである旨主張した行為が原告に対する名誉毀損に当たる旨も
主張するところ,本件記録によれば,被告らは,答弁書第4の2③において,本
件土地以外の土地について,現況調査において濫用的賃借権と認定された旨
主張した上(この主張は,乙1の36と整合している。),「本件土地の賃借権につ
いても,㈱Aが同族会社の原告を通じて駐車場を転貸していること,平成11年2
月26日に解散した㈱Aの清算手続中に賃借権設定登記が経由されていること,
その後,賃借権が㈱Eに贈与されていること等の不自然さから,何らかの執行妨
害,執行免脱の意図が窺われる。」と記載していることが明らかである。
しかして,対審構造を採る民事訴訟においては,当事者がそれぞれ攻撃防御
を尽くす中から真実を発見することが期待されているから,明らかに事実と異な
ることを知りつつ,相手方に対する非難を内容とする主張を行うことは許されな
いものの,一応の根拠を示して行う主張は,それが節度ある表現にとどまる限
り,仮に相手方に対する誹謗が含まれているとしても,正当な訴訟行為として不
法行為を構成するものではないと解されるところ,上記のとおり,被告らの主張
は,本件賃借権の不自然さを指摘し,これらを考慮すると執行妨害,執行免脱
の意図がうかがわれると述べたものであり,断定を避けた文章体を使っているこ
とをも考慮すれば,訴訟行為として許容される範囲を逸脱していると判断するこ
とはできない。
(5) 以上のとおり,本件差押えは,いかなる観点からしても,原告に対する不法行
為を構成するものとはいえないから,被告豊橋市に対して損害賠償を求めること
はできない。
3 結論
以上の次第で,原告の被告市長に対する訴えは不適法であるから却下し,被告
豊橋市に対する請求は失当であるから棄却し,訴訟費用の負担につき行政事件
訴訟法7条,民事訴訟法61条を適用して,主文のとおり判決する。
 名古屋地方裁判所民事第9部
 裁判長裁判官     加藤幸雄
 裁判官舟橋恭子
 裁判官小嶋宏幸
(別紙添付省略)

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