弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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         主    文
     本件控訴を棄却する。
     控訴費用は控訴人の負担とする。
         事    実
 控訴代理人は郵便送達の方法による適式の呼出しを受けながら本件最初になすべ
き昭和三七年三月一六日午前一〇時の口頭弁論期日に出頭しなかつたので、その提
出した控訴状を陳述したものとみなした。右控訴状には、「原判決を取り消す。被
控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」と
の判決を求める旨の記載がある。被控訴代理人は主文同旨の判決を求めた。
 当事者双方の事実上の陳述、証拠の提出、援用、認否は、被控訴代理人が「被控
訴人はAを信用して控訴会社に貸金をして本件各手形の交付を受けたものである。
Aは実質的には控訴会社のために保証をする意味で本件手形の振出しを受けこれを
被控訴人に裏書譲渡したものである。」と述べ、当審での被控訴法人代表者Bの供
述を援用したほか、原判決事実摘示と同一であるからこれを引用する。
         理    由
 控訴人が被控訴人主張の金額二〇万円、支払期日昭和三五年一月三一日、支払地
振出地いずれも大阪市、支払場所第一銀行C支店、受取人A、振出日昭和三四年一
一月三〇日とする約束手形合計三通を振り出したことは当事者間に争いがない。A
は右三通の手形を拒絶証書作成の義務を免除して被控訴人に裏書を、被控訴人がそ
の所持人として、支払期日の翌日に支払場所で適法に右各手形を呈示したがいずれ
も支払いを拒絶された、との被控訴人主張事実は、控訴人において明らかに争わな
いから、これを自白したものとみなす。
 控訴人は、本件各手形は、控訴会社が控訴会社の取締役Aに取締役会の承認を受
けずに振り出したものであるから、無効であると抗弁する。被控訴人は右事実を否
認し、右振出当時Aは控訴会社の取締役ではなかつた、仮にそうではないとして
も、控訴会社の全取締役の承認のもとに振り出されたものである。のみならずAは
実質的には控訴会社のために保証の意味で本件手形の振出しを受け、これを控訴人
に裏書譲渡したものであるから、本件手形の振出しは商法第二六五条の制限に触れ
る取締役の自己取引に該当しないと主張する。
 よつて、案ずるに、受取人欄と裏書欄を除きその他の部分の成立について争いが
なく、右除外部分も当審での被控訴法人代表者Bの供述で真正に成立したものと認
められる甲第一号証の一ないし三、真正に成立したと認められる甲第二号証(登記
簿謄本)に、原審での、証人Dの証言、被告本人としてのAの供述(一部)、控訴
会社代表者Eの供述(一部)、当審での証人Fの証言、原審ならびに当審での被控
訴法人代表者Bの供述ならびに弁論の全趣旨を総合すれば、次の事実が認められ
る。
 控訴会社は昭和三三年五月頃資金難に陥り代表取締役であつたAは、これを打開
するために被控訴法人代表者Bに対し金借方を懇請した。Bは控訴会社の財政状態
等は全く知らなかつたが、Aを信用してその保証のもとに金借申入れに応じて金二
〇〇万円を貸し渡した。控訴会社は右借用金額を分割した数通の控訴会社取締役A
振出名義の受取人欄白地の約束手形を被控訴法人に差し入れた。Aは昭和三三年八
月三〇日控訴会社の代表取締役を辞任し、昭和三四年一一月取締役をも辞任し、被
控訴法人の理事に就任した。その間右差入手形は数回書き替えられたが、途中か
ら、書替手形は、昭和三三年八月三〇日控訴会社の取締役にその後代表取締役に就
任(昭和三四年一一月四日登記)したEを代表者とする振出名義に変り、Aを受取
人兼第一裏書人とするものになつた。Aの右裏書は振出人である控訴会社のために
保証の趣旨でなされたものである。甲第一号証の一、二、三はその最後の書替手形
であつて、昭和三四年八月三〇日に振出日および受取人欄白地のまま振り出され、
被控訴法人が補充権に基づいて後に補充したものである。右書替え振出しにあたつ
ては控訴会社の取締役会の承認は受けておらず、控訴会社の取締役前記A、綿谷お
よびG等が相談してしたのであるが、控訴会社のその当時の代表取締役Hの同意は
求めなかつた。控訴会社からこれを受領したBは、かねてからAの諒解をえていた
ので、その後Aの東上不在中自己の部下に命じて受取人欄にAの氏名を補充し、第
一裏書欄にAの氏名の記載とかねて預かつていた同人の印章による捺印をさせ、か
つ事後にもその旨をAに告げておいた。
 以上の事実が認められる。右認定に反する証拠は信用しない。そうすると、本件
三通の約束手形は、控訴会社が被控訴法人に対する借受金債務の支払いのために振
り出した手形の最後の書替手形であり、Aは当初の金借の保証をした関係上、控訴
会社のために被控訴人に対する手形債務の保証をする趣旨目的で控訴会社の振り出
した本件約束手形の受取人となり、これに第一裏書をしたものである。そして右書
替当時Aはなお控訴会社の取締役であつたけれども、右振出しについては取締役会
の承認はなかつたわけである。
 おもうに、手形行為はその原因関係上の権利とは別個に、それによつて手形上の
権利を発生取得させるものであるから、手形行為は商法第二六五条にいう取引きに
該当し、取締役が取締役会の承認を受けずにした自己取引きたる手形行為は無効と
解すべきである(最高裁判所昭和三五年(オ)第一一三九号昭和三八年三月一四日
一<要旨>小判決参照)。しかしながら株式会社と取締役との間に利害の対立を生じ
ない手形行為、たとえば、取締役が株式会社のために保証をなす趣旨目的
で、会社の振り出す約束手形の受取人となりこれに第一裏書をする、いわゆるかく
れた保証裏書をなす行為は、商法第二六五条の適用を受けないと解するのが相当で
ある。けだし同条は会社の利益が取締役個人のために、その忠実義務に違反する行
為によつて害されることを防止する目的に出でたものであり、この規定の趣旨に照
らすと、同条の取引きとは会社と取締役間に利害関係の衝突を惹起すべき取引きに
かぎられ、会社に不利益を及ぼすおそれのない場合は除外されるものというべく、
かくれた保証裏書のごときは、会社に不利益を及ぼすおそれのないものであるから
である。単に形式上振出人と受取人の関係にあることのみをとらえると、取締役と
会社とは対立的な関係であつて、取締役は会社に対し権利を取得する外観を呈して
いるが、その実保証のために裏書をなす目的のもとに借用した形式にほかならない
から、実質的には、第三者に対し、一は振出人として他は裏書人として手形債務を
負担し、共同責任を負う並列関係にあるのであつて、取締役は受取人として手形上
の権利を取得することはないのである。手形上の債務について保証として手形債務
を負担するには、もちろん、会社振出の手形に取締役が正規の手形保証をなすのを
本則とし、かくれた保証裏書は裏書の担保的機能を利用するいわば変則的手段とい
うべきであろう。しかし、その前提要件としての裏書の連続を満足させるために取
締役が受取人と表示されたとしても、取締役と会社との間に利害の対立が存しない
ことにおいては、本則たる手形保証の場合と変則的な保証裏書の場合とでなんら異
なるところはなく、会社に不利益を及ぼすことのないことは同断である。そうだと
すれば、前認定のごとく、かくれた保証裏書と裏書の連続のために、控訴会社がそ
の取締役を受取人として(補充せられることを予定して)本件手形を振り出すにあ
たつては、控訴会社の取締役会の承認を要しないものというべくその承認を欠如し
ていても、もとより本件手形振出しは有効であつて控訴人の抗弁は採用できない。
 そうすると、控訴人は被控訴人に対し、本件手形金額合計六〇満円およびこれに
対する支払期日たる昭和三五年一月三一日より右支払いずみまで手形法所定の年六
分の法定利息を支払うべき義務があり、被控訴人の本訴請求は正当として認容すべ
く、これと同趣旨の原判決は相当である。
 よつて民事訴訟法第三八四条、第八九条を適用して主文のとおり判決する。
 (裁判長裁判官 平峯隆 裁判官 大江健次郎 裁判官 古崎慶長)

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