弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


戻る

主文
1原告が,被告に対し,労働契約上の権利を有する地位にあることを確認する。
2被告は,原告に対し,平成17年6月から本判決確定に至るまで,毎月17日
限り金28万7100円及びこれらの金員に対する各支払日の翌日から支払済み
まで年5分の割合による金員を支払え。
3被告は,原告に対し,平成17年6月から本判決確定に至るまで,毎年6月末
日及び12月末日限り,金57万4200円及びこれらの金員に対する各支払日
の翌日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
4被告は,原告に対し,金100万円及びこれに対する平成17年6月1日から
支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
5原告のその余の請求を棄却する。
6訴訟費用はこれを8分し,その1を原告の負担とし,その余を被告の負担とす
る。
7本判決は,第2項ないし第4項に限り,仮に執行することができる。
事実及び理由
第1請求
1主文第1ないし第3項と同旨
2被告は,原告に対し,金300万円及びこれに対する平成17年6月1日か
ら支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2本件事案の概要
本件は,被告が従業員である原告を整理解雇したところ,原告は当該整理解雇
は無効であると主張して,労働契約上の権利を有する地位にあることの確認及び
解雇の意思表示後の賃金,賞与の支払を求めるとともに,当該整理解雇は違法で
あるとして不法行為に基づき300万円の慰謝料の支払を求めた事案である。
1争いのない事実等(証拠等により認定した事実は当該証拠等を文末に掲記し,
当事者間に争いのない事実は証拠等を掲記しない)
(1)被告は,健康保険法に基づき設立された公法人であり,国の健康保険事業
全般を代行することを主たる業務としている。被告の加入者は,主に自転車
及び原動機付き自転車の製造,関連部品製造,卸売,競輪関係団体などであ
り,労働者及びその被扶養者の業務外の事由による疾病,負傷若しくは死亡,
出産に関する保険給付を行い,このほか,疾病予防等の保健事業を営んでい
る。被告の主な収入は,加入者からの毎月の保険料,賞与保険料である。
(2)原告は,平成10年12月21日,被告との間で,本俸月額20万950
0円,支給日毎月17日,期間の定めなしとの約定で労働契約(以下「本件
労働契約」という)を締結して被告に入社し,同日以降,総務課勤務を命じ
られた(甲2,10)。
(3)被告の就業規則によれば,解雇事由について,次のとおり規定している
(甲1)。
第31条次の各号の1に該当するときは,30日前に予告するか,また
は30日分の平均賃金を支給したうえ解雇する。
(1)ないし(3)省略
(4)その他やむを得ない事由によるとき
(4)被告は,平成17年4月28日,原告に対し,「事業の運営上のやむを得
ない事情により,健康相談室の廃止を行う必要が生じ,他の職務に転換させ
ることが困難なため」という理由で,解雇予告を行い,同年5月31日をも
って解雇した(甲5,以下「本件整理解雇」という)。
(5)本件整理解雇時の原告の本俸は月額27万2100円,住宅手当は月額1
万5000円であった。また,原告は,被告から,平成16年6月,同年1
2月に,賞与として各57万4200円(本俸及び住宅手当の合計額28万
7100円の2か月分)を受給していた。(甲3及び4の各1,2)
(6)被告は本件整理解雇に基づき原告の就労を拒否しており,原告は本件整理
解雇は無効であるとして争っている。そして,本件事案の概要の冒頭に記載
したとおり,原告は,被告に対し,労働契約上の権利を有する地位にあるこ
との確認及び本件整理解雇の意思表示後本件判決確定までの間の賃金,賞与
の支払を求めるとともに,本件整理解雇は違法であるとして不法行為に基づ
き300万円の慰謝料の支払を求めているが,被告はこれらをいずれも争っ
ている。
2争点
(1)本件整理解雇は有効か(争点1)
【被告】
本件整理解雇は,次の事由に基づきなされたものであり,有効である。
ア人員削減の必要性
(ア)被告は,ここ30年以上にわたり,加入組合員数,被保険者数とも
に長期逓減傾向が著しく,健康相談室を設置した昭和45年比で,加入
組合数(事業所数)は半減,被保険者数は60%減と財政は逼迫した状
況にある。
(イ)被告は,平成16年6月に,同じビルに存在している訴外東京自転
車厚生年金基金(以下「基金」という)と双方の事務,経理等の合理化
のための合同委員会を設置し,被告については,相当以前から基金との
「専従常務理事」の兼務,被告の総務部長の業務部長職との兼務,レセ
プト(医療費の請求書,病院が健康保険の報酬を被告に請求するために
提出された明細書)業務職員の1名削減などの合理化方策を実施してき
た。合同委員会は,健康相談室の本来の利用が殆どなく,全く機能して
いないことから,健康相談室を廃止する方針を確認した。被告は,平成
17年2月23日開催の理事会で,正式に健康相談室の閉鎖を決定し,
同年3月一杯で嘱託医との契約を解約し,続いて同年4月6日の理事会
で,保健師である原告の解雇を決定した。
イ人選の合理性
(ア)被告は,最初から前任の保健師の欠員補充を目的として従業員を募
集し,原告もそのことを認識して被告に応募し,保健師として採用され
た。
(イ)被告は,前記のとおり,健康相談室を廃止し,同室で保健師の資格
を活かして働いていた原告を解雇したものである。
ウ手続の相当性
被告は,労働基準法による予告期間を踏まえて,平成17年4月28日,
原告に対し,解雇予告をした。そして,被告の理事は,同日午後4時27
分から同5時37分過ぎまでの間,原告に対し解雇予告に至った経緯につ
いて説明をし,原告の理解を得た。このことは,原告が,被告から退職金
を異議なく受領していることからも明らかである。
【原告】
本件整理解雇が有効であるためには,人員削減の必要性,解雇回避努力義
務の履行,人選の合理性,説明協議義務の履行の4要件を満たす必要がある
ところ,本件整理解雇は,いずれの要件も満たしていない。
ア第1要件(人員削減の必要性)
(ア)被告は,健康相談室の廃止を整理解雇理由としている。しかし,原
告は,健康相談室の業務には,1週間にわずか2時間程度しか就いてい
ない。したがって,健康相談室が廃止されたからといって,原告の被告
における業務自体が失われたわけではなく,健康相談室の廃止が原告の
解雇についての経営上の必要性を裏付けるものではあり得ない。
(イ)被告は,平成15年度に1億0535万円,同16年度に1億10
33万円の黒字を計上している。また,被告は,平成16年度決算にお
いて約8億円の剰余金を計上し,同17年3月分からは保険料率を引き
下げている。このように,被告は,そもそも黒字基調の経営をしている。
(ウ)被告は,原告を解雇した翌日,従業員を新規に採用している。
(エ)以上のとおり,被告においては,本件整理解雇時において,人員削
減の必要性はまったくなかった。
イ第2要件(解雇回避努力義務の履行)
被告は,本件整理解雇に際し,経費削減,新規採用の停止,労働時間短
縮や賃金カット,希望退職募集など他の雇用調整手段によって解雇回避の
努力をする信義則上の義務を負っているところ,本件整理解雇に際し,上
記のような解雇回避努力を一切行っていない。かえって,被告は,前記ア
(ウ)のとおり,本件整理解雇直後に従業員を新規に採用している。
ウ第3要件(人選の合理性)
原告は,被告職員の中でも経験,知識,勤務態度ともに最も優れた職員
であり,およそ原告を整理解雇する理由はない。
エ第4要件(説明協議義務の履行)
被告は,本件整理解雇に際し,原告との間で,本件整理解雇についての
説明,協議を一切しておらず,また,代償措置も講じていない。
オ以上によれば,本件整理解雇は整理解雇の有効要件である4要件をいず
れも満たしておらず,客観的に合理的な理由を欠き,社会通念上相当とし
て是認できないから,解雇権の濫用として無効である。
(2)本件整理解雇は違法として不法行為に該当するか(争点2)
【原告】
本件整理解雇は,法的に有効とされる余地がないのにもかかわらず行われ
た違法なものであり,不法行為を構成する。本件整理解雇は,原告の復職希
望を不当に拒絶し,出産を控えた原告に著しい精神的苦痛を与えた。したが
って,本事案においては,原告に対し,地位確認と就労拒絶期間の賃金及び
賞与の支払を認めただけでは原告の上記精神的苦痛は慰謝されない。そして,
本件整理解雇と相当因果関係のある原告の精神的損害の額は300万円を下
らない。
【被告】
争う。
第3判断
1認定事実
本件整理解雇の効力(争点1)及び違法性の存否(争点2)を判断するに当
たっては,被告の組織,財政状態,原告の担当職務,本件整理解雇に至る経緯
等をみておくことが必要となるので,まず,この点について判断する。前記争
いのない事実等,証拠(文末に掲記したもの)及び弁論の全趣旨によれば,次
の事実が認められる。
(1)被告の組織等
ア被告は,健康保険法に基づき昭和34年8月に設立された公法人であり,
国の健康保険事業全般を代行することを主たる業務としている。被告の加
入者は,主に自転車及び原動機付き自転車の製造,関連部品製造,卸売,
競輪関係団体などであり,労働者及びその被扶養者の業務外の事由による
疾病,負傷若しくは死亡,出産に関する保険給付を行い,このほか,疾病
予防等の保健事業を営んでいる。被告の主な収入は,加入者からの毎月の
保険料,賞与保険料である。(前記争いのない事実等(1),弁論の全趣旨)
イ被告には総務課と業務課の2つの部署がある。被告は前記2部署以外に
健康相談室を設けていた。健康相談室は独立した部署ではなく,毎週木曜
日午前9時30分から同11時30分までの2時間開かれており,嘱託医
であるA医師及び被告従業員1名が健康相談室の業務に当たっていた。
(甲16,乙5,証人B【5頁】,原告本人【1頁】)
ウ被告の職員数は,平成15年1月31日時点で8名であったが,同16
年1月31日時点では7名,同17年3月31日時点では6名,同18年
6月1日時点では8名となっている。ちなみに,被告は,原告を本件整理
解雇した翌日に,一般職員1名を新たに採用している。(乙5,9,証人
B【20頁】)
(2)被告の財政状況
被告の平成10年度から同16年度までの間の決算状況は,次のとおりで
ある(甲8,9,乙5,証人B【6ないし9頁,13頁,16ないし19
頁】)。
ア平成10年度
(ア)被保険者数5671人
(イ)収入22億7410万円(千円以下省略,以下同じ)
(ウ)支出22億2701万円
(エ)収支黒字4709万円
(オ)準備金5億8833万円
(カ)別途積立金2億2513万円
(キ)退職積立金1億3575万円
イ平成11年度
(ア)被保険者数5408人
(イ)収入21億3740万円
(ウ)支出21億2718万円
(エ)収支黒字1022万円
(オ)準備金5億8833万円
(カ)別途積立金1億1426万円
(キ)退職積立金1億1975万円
ウ平成12年度
(ア)被保険者数5220人
(イ)収入19億3674万円
(ウ)支出18億2871万円
(エ)収支黒字1億0803万円
(オ)準備金5億8833万円
(カ)別途積立金1億6373万円
(キ)退職積立金1億1975万円
エ平成13年度
(ア)被保険者数4924人
(イ)収入19億3083万円
(ウ)支出18億8866万円
(エ)収支黒字4217万円
(オ)準備金5億8848万円
(カ)別途積立金2億0689万円
(キ)退職積立金9288万円
オ平成14年度
(ア)被保険者数4587人
(イ)収入19億2958万円
(ウ)支出19億0787万円
(エ)収支黒字2171万円
(オ)準備金5億6087万円
(カ)別途積立金4041万円
(キ)退職積立金6081万円
カ平成15年度
(ア)被保険者数4355人
(イ)収入18億5310万円
(ウ)支出17億4774万円
(エ)収支黒字1億0536万円
(オ)準備金5億6087万円
(カ)別途積立金1億4576万円
(キ)退職積立金5999万円
キ平成16年度
(ア)被保険者数4263人
(イ)収入18億1912万円
(ウ)支出17億0878万円
(エ)収支黒字1億1034万円
(オ)準備金5億6087万円
(カ)別途積立金2億2609万円
(キ)退職積立金5999万円
上記アないしキ及び弁論の全趣旨によれば,被告の被保険者数は年々減少
してきているが,被告の収支は平成10年度から同16年度までは7期連続
黒字であり,殊に,同15,16年度は連続して1億円を超える黒字を計上
している。また,被告の平成15年度の準備金は5億6087万円,別途積
立金は1億4576万円,退職積立金は約6000万円であるところ,同1
6年度には,準備金,退職積立金は同15年度と同額であるが,別途積立金
は2億2609万円と増加しており,内部留保額も多く,財政的には当面心
配のない状況にあったことが認められる。
(3)原告の入社と担当職務
ア被告では,平成10年に,看護師の資格を有する総務課の職員1名が退
職した。退職した職員は,健康相談室の業務のほか,総務課での仕事を担
当していた。被告は,欠員を募集したところ,保健師及び看護師の資格を
有する原告が応募した。被告は,平成10年12月21日,原告を採用し,
同人との間で本件労働契約を締結し,同日以降,同人に総務課勤務を命じ
た。(前記争いのない事実等(2),甲10,証人B【2頁】)
イ原告は,被告に採用されてから本件整理解雇通知を受けるまでの間,総
務課において,総務部長の指揮のもと他の職員と同様に日常業務を行って
いた。すなわち,原告は,健康相談室が開設されている毎週木曜日の午前
中だけは健康相談室で業務を行っていたが,それ以外は総務課において,
①被保険者及び被扶養者の健康増進・保持に向けた継続的な保健指導,②
医療を要する者に対して必要に応じた受診勧奨,③健診データに基づく分
析,評価,健診事後フォローすることにより適正な医療給付への結びつけ,
④健康管理事業の計画,実施,⑤個別健診データ管理,⑥加入事業所から
の労働衛生を含めた相談,文書指導,⑦各保険給付担当者への専門的見地
からの助言。⑧健診結果との照合に基づいた健診費用の支払,請求業務等
の仕事を行っていた。(甲16,原告【1,2,4頁,14ないし18
頁】
(4)退職金規程の不利益変更問題の発生
ア被告は,平成16年9月22日,被告従業員に対し,現在の退職金規程
を改正し,同17年3月31日付けで全員退職の手続をし,同日までの退
職金を精算し,翌4月1日付けで全員再雇用とするとの案を提示した。こ
れに対し,原告らは回答を留保し,被告に対し,何故退職金規程を変更し
なければならないのかについて質問した。(甲16,原告本人【1頁】)
イ被告理事長は,平成16年12月7日,原告ら職員に対し,退職金,賃
金について,改定することを理事会で決定したと述べ,各人に対し,封書
を交付した。原告ら職員らは,その場で封書を開封したところ,封書内の
文書には,現行の退職金規程に比べ退職金が約70%も減額される内容の
改正案が記載されていた。そこで,原告らは,被告に対し,改正の理由や
必要性を質問したが,被告理事長らは理事会で決定したことであると述べ
るに止まった。(甲12,13,14の1及び2,同16,原告本人【1
頁】)
ウ原告らは,退職金規程の改定理由が不明でかつ大幅な減額であったため,
上野労基署に労働相談をし,相談員の助言を参考にし,平成17年1月1
4日,被告を相手方として,労働条件の一方的な不利益変更無効の確認を
求め,東京労働局による助言,指導の申請をした。東京労働局は,平成1
7年1月27日,被告理事長らを呼び,助言指導を行った。(甲16,原
告本人【4頁】)
エ被告理事長らは,平成17年2月3日,原告ら一般職員を集め,退職金
規程改定について,説明をした。被告理事長は,説明の際,原告ら一般職
員に対し,原告らの労基署に対する相談行為,東京労働局に対する申請行
為について,被告理事会に反旗を翻したことになると述べた。また,被告
理事長は,原告に対し,責任をとって一緒にやめようと述べた。さらに,
被告のC理事長代理は,被告の説明に納得しない原告らに対し,「被告に
いてもらいたくない。辞めろとは言わない。去ってもらいたい。」と述べ,
話し合いの途中で席を立った。(甲16,原告本人【4,5頁】)
オ原告らは,平成17年2月18日,被告に対し,要望書を提出した。こ
れに対し,被告は,理事会が開催される平成17年2月23日の開催直前
である同日午後12時30分から10分間,原告らの話を聞くと回答し,
同時刻ころから,原告らとの間の話合いが開始された。話合いの冒頭,原
告が一般職員を代表して,今回の退職金規程改定の客観的根拠の提示を求
めたが,被告理事長らからは原告らを納得させるだけの説明はなく,退職
金規程改定はこれまでどおり実施すると回答した。これに対し,原告らは,
退職金規程改定を一旦白紙に戻すよう要求したが,被告は,これを拒否し
た。当該話合いの最後に,被告のC理事長代理は,原告らに対し,「いず
れにせよ,これで君らはいづらくなる。これで昇給もない。」と述べ,話
合いは同日午後1時25分ころで終了した。(甲16,証人B【13ない
し15頁】,原告本人【3ないし6頁】)
(5)健康相談室の廃止
ア被告の平成17年度予算では,健康相談室の経費が計上されていた。と
ころが,前記(4)オの話合いが行われた直後の平成17年2月23日開催の
被告理事会において,原告が担当する業務の一部である健康相談室の廃止
が議題として提出され,これが決定された。(甲16,証人B【9頁,1
3ないし15頁】,原告本人【3頁】)
イ健康相談室の廃止は,昭和45年ころから嘱託医をしているA医師にも,
保健師,看護師の資格を有し同相談室の仕事をしていた原告にも,事前に
何らの相談もなく,決定された(甲16,原告本人【2,6頁】)。
ウ被告のB常務理事は,平成17年2月24日(木曜日),A医師に対し,
同17年度から健康相談室を廃止するので,同年3月31日付けで同相談
室での仕事を終えてほしいと述べた。A医師は,平成17年4月1日以降,
健康相談室での仕事には従事していない。(甲16,証人B【15頁】,
原告本人【6頁】)
(6)本件整理解雇の通知に至る経緯
ア被告は,平成17年2月28日,原告ら職員に対し,退職金規程改定は
せず,従前どおりの規程を適用すると発表した(甲16,原告本人【1
頁】)。
イ被告理事長は,平成17年4月1日,原告に対し,東京社会保険事務局
に被告の健康相談室廃止や内情について相談しているのは原告かと尋ねた。
原告は,被告理事長に対し,「犯人捜しのようなことはやめてもらいた
い」「B常務理事,D総務部長に話をしても埒があかないので,相談し
た」などと述べた。これに対し,被告理事長は,原告に対し,以後,その
ような行為をしないように注意をした。(甲16,原告本人【1頁】)
ウ原告は,平成17年4月11日,被告のE常務理事に対し,妊娠してい
ること,里帰り出産を予定していることを伝えた。E常務理事は,平成1
7年4月19日,職員全員に,同年12月までの隔週土曜日出勤当番表を
配布したが,当該当番表には,原告の名前も記載されていた。(甲15,
16,原告本人【7頁】)
エ被告理事長は,平成17年4月28日,原告に対し,解雇予告通知書を
交付し,本件整理解雇の意思表示をした。原告は,解雇予告通知書の解雇
理由に,「健康相談室の廃止を行う必要が生じ,他の職務に転換させるこ
とが困難なため」と記載されていることについて,原告の健康相談室での
勤務時間は週2時間であると述べたところ,被告理事長は「そんなの知ら
なかった」と主張するのみであった。そして,被告理事長は,原告に対し,
既に,原告の代わりに別の人を雇うことが決まっていると述べた。なお,
原告,被告双方とも,本件整理解雇通知時までに,原告を他の職務に転換
させる可能性について話し合ったことはないし,職員に対し希望退職を募
ったこともない。(前記争いのない事実等(4),甲16,原告本人【7,8
頁】)
オ原告は,平成17年5月31日で被告を解雇され,被告は,翌日,原告
の代わりに別の人を職員として採用した(甲5,原告本人【8頁】)。
2本件整理解雇の有効性について(争点1)
(1)判断の枠組み
整理解雇が有効か否かを判断するに当たっては,人員削減の必要性,解雇
回避努力,人選の合理性,手続の相当性の4要素を考慮するのが相当である。
被告である使用者は,人員削減の必要性,解雇回避努力,人選の合理性の3
要素についてその存在を主張立証する責任があり,これらの3要素を総合し
て整理解雇が正当であるとの結論に到達した場合には,次に,原告である従
業員が,手続の不相当性等使用者の信義に反する対応等について主張立証す
る責任があることになり,これが立証できた場合には先に判断した整理解雇
に正当性があるとの判断が覆ることになると解するのが相当である(同旨,
東京高判昭和54.10.29判時948号111頁・東洋酸素事件,東京
地判平成15.8.27判タ1139号121頁・ゼネラル・セミコンダク
ター・ジャパン事件,東京地決平成18.1.13判時1935号168頁
コマキ事件)。以下,このような観点から,本件整理解雇の有効性の有無に
ついて検討することにする。
(2)人員削減の必要性
前記1(1)イ,ウ,(2),(3)で認定した事実によれば,①確かに,被告の被
保険者数は年々減少してきているが,被告の収支は平成10年度から同16
年度まで7期連続黒字であり,殊に,同15,16年度は連続して1億円を
超える黒字を計上していること,また,同15年度の準備金は5億6087
万円,別途積立金は1億4576万円,退職積立金は約6000万円である
ところ,同16年度には,準備金,退職積立金は同15年度と同額であるが,
別途積立金は2億2609万円と増加しており,内部留保額も多く,財政的
には当面心配のない状況にあること,②被告は原告を本件整理解雇の翌日に
原告の代替職員を採用していること,③原告の健康相談室での勤務時間は1
週間にわずか2時間であることが認められる。
以上のような被告の財政状態,職員の採用状況に照らすと,被告において
は,本件整理解雇時に人員削減の必要性があったということはできない。
(3)解雇回避努力
前記1(6)エ,オで認定した事実及び弁論の全趣旨によれば,被告は,本件
整理解雇時までに原告を他の職務に転換させる等の話し合いなどしたことが
なく,その他解雇回避努力を尽くした形跡はないこと,かえって,原告を整
理解雇した直後に新たに原告の代替職員を採用していることが認められる。
以上によれば,被告は,本件整理解雇に際し,解雇回避努力を尽くしたと
はいえない。
(4)人選の合理性
被告は,健康相談室の廃止に伴い,原告を整理解雇したと主張する。しか
し,前記1(1)イ,(3)で認定した事実によれば,原告が担当していた健康相
談室での担当業務は木曜日の午前中だけの執務であり,原告の大部分の職務
は総務課での業務であることが認められ,そうだとすると,健康相談室廃止
に伴い,原告を整理解雇の対象に選ぶ合理性は乏しいというべきである。
以上によれば,本件整理解雇には,人選の合理性があるということはでき
ない。
(5)小括
前記(2)ないし(4)で検討したとおり,本件整理解雇には,人員削減の必要
性,解雇回避努力,人選の合理性について,いずれの要素についても立証が
されていないというべきであり,本件整理解雇は有効ということはできない。
したがって,この点の被告の主張(抗弁)は,その余の点を判断するまでも
なく理由がないということになる。
3本件整理解雇の違法性について(争点2)
前記2で判断したとおり,本件整理解雇は,解雇の要件を満たしていないに
もかかわらず行われた,解雇権を濫用したものであり,違法というべきである。
そして,本件整理解雇が行われた経過をみてみると,前記1(4)ないし(6)及び
弁論の全趣旨によれば,①被告において退職金規程を改定し,職員の退職金を
減額しようとしたところ,原告ら職員はこれに反対し,労基署,東京労働局に
相談したこと,②被告は,原告らの外部機関への相談行為を嫌悪したこと,③
原告は,被告の健康相談室廃止について東京社会保険事務局に相談したこと,
④被告は,原告の前記③の行為を注意したことが認められる。
以上の認定事実によれば,被告は,退職金規程の改定,健康相談室廃止など
の施策を実施しようとしたところ,これに反対する原告が外部機関に相談する
ことを快く思わず,整理解雇の要件がないにもかかわらず,本件整理解雇を強
行したと認めるのが相当である。そうだとすると,本件整理解雇は不法行為を
構成するというべきであり,当該判断を覆すに足りる証拠は存在しない。
4原告の請求はどの範囲で理由があるか
(1)地位確認請求
前記2でみてきたとおり,本件整理解雇は無効である。したがって,原告
が被告に対し労働契約上の権利を有する地位にあることについての確認請求
は理由がある。
(2)賃金請求(バックペイ)
ア原告は,被告に対し,本件整理解雇後の平成17年6月から本判決確定
に至るまで,毎月17日限り賃金・住宅手当として28万7100円及び
これらの金員に対する各支払日の翌日から支払済みまで年5分の割合によ
る遅延損害金の支払を求める。
イ前記争いのない事実等(2),(5),(6)によれば,①被告の給与支給日は毎
月17日であること,②本件整理解雇時の原告の本俸は月額27万210
0円,住宅手当は1万5000円であること,③被告は本件整理解雇に基
づき原告の就労を拒否していることが認められる。
ウ前記イに照らすと,本件整理解雇が無効な本件にあっては,前記アの原
告の請求は理由があるということになる。
(3)賞与請求
ア原告は,被告に対し,賞与として,平成17年6月から毎年6月末日及
び12月末日限り,金57万4200円及びこれらの金員に対する各支払
日の翌日から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金の支払を求める。
イ前記争いのない事実等(5),証拠(甲2,証人B【16頁】,原告本人
【1,2頁】)及び弁論の全趣旨によれば,①被告の職員給与規程11条
によれば,賞与は,6月1日及び12月1日に在職する職員に対して,そ
の日から15日以内に支給するものとし,その額は理事長がこれを決定す
ると規定していること,②賞与は職員に一律に支払われていること,③被
告は職員に対しこれまで6月,12月に本俸及び住宅手当の合計額の2か
月分を支給していたこと,④原告は,被告から,平成16年6月,同年1
2月に,賞与として各57万4200円(本俸及び住宅手当の合計額28
万7100円の2か月分)を支給されたことが認められる。そうだとすれ
ば,本件整理解雇が無効であり,原告が従前どおり被告において勤務して
いれば,原告は,被告から,平成17年6月以降,毎年6月末日及び12
月末日,本俸及び住宅手当の2か月分である57万4200円の支払を得
られていたであろうことが推認することができ,この判断を覆すに足りる
的確な証拠は存在しない。
ウ以上によれば,本件整理解雇が無効である本件においては,原告の前記
アの賞与請求は理由があるということになる。
(4)慰謝料請求
ア原告は,本件整理解雇は違法であるとして,被告に対し,慰謝料300
万円及びこれに対する平成17年6月1日から支払済みまで年5分の割合
による遅延損害金の支払を求める。
イ一般に,解雇された従業員が被る精神的苦痛は,解雇期間中の賃金が支
払われることにより慰謝されるのが通常であり,これによってもなお償え
ない特段の精神的苦痛を生じた事実が認められるときにはじめて慰謝料請
求が認められると解するのが相当である(同旨東京地判平成15.7.
7労判862号78頁・カテリーナビルディング事件)。
ウこれを本件についてみるに,前記1(6)ウ,前記3,証拠【甲16,原告
本人【9,10頁】)及び弁論の全趣旨によれば,①本件整理解雇は,被
告において,退職金規程の改定,健康相談室廃止などの施策を実施しよう
としたところ,これに反対する原告が外部機関に相談すること等を快く思
わず,整理解雇の要件がないにもかかわらず,本件整理解雇を強行したと
こと,②原告は本件整理解雇時妊娠しており,被告は当該事実を知ってい
たこと,③原告は被告に対し本件整理解雇を撤回し,原職に復帰させるよ
う要求したが拒否されたことが認められる。
エ以上によれば,原告は,本件整理解雇により,解雇期間中の賃金が支払
われることでは償えない精神的苦痛が生じたと認めるのが相当であり,本
件整理解雇の態様,原告の状況等本件証拠等から認められる本件整理解雇
の諸事情に照らすと,その慰謝料額は100万円が相当であり,当該判断
を覆すに足りる証拠は存在しない。よって,原告の慰謝料請求は100万
円の支払を求める限度で理由があるのでこれを認容し,その余は理由がな
いのでこれを棄却することにする。
5結論
以上によれば,本件整理解雇は無効かつ違法であり,原告の被告に対する請
求は,①地位確認請求,②平成17年6月から本判決確定に至るまで,毎月1
7日限り賃金28万7100円の支払請求,③平成17年6月から本判決確定
に至るまで,毎年6月末日及び12月末日限り,賞与57万4200円の支払
請求,④慰謝料100万円の支払請求の限度で理由があるのでこれを認容し,
その余の慰謝料請求は理由がないのでこれを棄却することとし,主文のとおり
判決する。
東京地方裁判所民事第36部
難波孝一裁判官

戻る



採用情報


弁護士 求人 採用
弁護士募集(経験者 司法修習生)
激動の時代に
今後の弁護士業界はどうなっていくのでしょうか。 もはや、東京では弁護士が過剰であり、すでに仕事がない弁護士が多数います。
ベテランで優秀な弁護士も、営業が苦手な先生は食べていけない、そういう時代が既に到来しています。
「コツコツ真面目に仕事をすれば、お客が来る。」といった考え方は残念ながら通用しません。
仕事がない弁護士は無力です。
弁護士は仕事がなければ経験もできず、能力も発揮できないからです。
ではどうしたらよいのでしょうか。
答えは、弁護士業もサービス業であるという原点に立ち返ることです。
我々は、クライアントの信頼に応えることが最重要と考え、そのために努力していきたいと思います。 弁護士数の増加、市民のニーズの多様化に応えるべく、従来の法律事務所と違ったアプローチを模索しております。
今まで培ったノウハウを共有し、さらなる発展をともに目指したいと思います。
興味がおありの弁護士の方、司法修習生の方、お気軽にご連絡下さい。 事務所を見学頂き、ゆっくりお話ししましょう。

応募資格
司法修習生
すでに経験を有する弁護士
なお、地方での勤務を希望する先生も歓迎します。
また、勤務弁護士ではなく、経費共同も可能です。

学歴、年齢、性別、成績等で評価はしません。
従いまして、司法試験での成績、司法研修所での成績等の書類は不要です。

詳細は、面談の上、決定させてください。

独立支援
独立を考えている弁護士を支援します。
条件は以下のとおりです。
お気軽にお問い合わせ下さい。
◎1年目の経費無料(場所代、コピー代、ファックス代等)
◎秘書等の支援可能
◎事務所の名称は自由に選択可能
◎業務に関する質問等可能
◎事務所事件の共同受任可

応募方法
メールまたはお電話でご連絡ください。
残り応募人数(2019年5月1日現在)
採用は2名
独立支援は3名

連絡先
〒108-0023 東京都港区芝浦4-16-23アクアシティ芝浦9階
ITJ法律事務所 採用担当宛
email:[email protected]

71期修習生 72期修習生 求人
修習生の事務所訪問歓迎しております。

ITJではアルバイトを募集しております。
職種 事務職
時給 当社規定による
勤務地 〒108-0023 東京都港区芝浦4-16-23アクアシティ芝浦9階
その他 明るく楽しい職場です。
シフトは週40時間以上
ロースクール生歓迎
経験不問です。

応募方法
写真付きの履歴書を以下の住所までお送り下さい。
履歴書の返送はいたしませんのであしからずご了承下さい。
〒108-0023 東京都港区芝浦4-16-23アクアシティ芝浦9階
ITJ法律事務所
[email protected]
採用担当宛